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教養としての英語・道具としての英語

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教養としての英語・道具としての英語
ラーだが、週刊誌「タイム」は記事のタイトルに聖書か
らの辞句を使うことが多い。英語の場合は聖書は特別な
おか だ てるただ
岡田 晃忠
一般教育教授 野上弥生子が若いときのある日、師の夏目漱石に、英
のである。英国王ジェームズⅠ世の要請によって、1611
年に完成した聖書は欽定訳聖書と呼ばれる(左下の写真
はその「創世記」冒頭)
。堅実にして明晰、素朴にして威
文学を理解するにはどんな勉強をすればよいかと質問し
厳ある、その文体の故に長い間多くの人々に読まれ、文
たところ、漱石はギリシャ・ローマ神話と聖書とアーサ
章を書く際の模範とされて親しまれてきたもので、単に
ー王物語を読むのがよいと答えたそうである。師の教え
聖書といえばこの聖書のことを指すほどであった。人口
に忠実であった野上は、そのときからそれらを読むよう
に膾炙している英語の表現辞句は、聖書とシェイクスピ
になったという。
アからのものが一番多いと言っても過言ではあるまい。
かいしゃ
周知のように漱石には『薤露行』という初期の作品が
聖書は元より信仰の書ではあるが、すべての人々が読
あり、漱石自身がアーサー王物語に大変興味を持ってい
めるように、英語は語彙にしろ、表現にしろきわめて標
たので、その名があげられたのであろう。そして多分、
準的であるから、英語学習者にとって格好の手本となる
野上によるブルフィンチ著『中世騎士物語』と『ギリシ
であろう。旧約では「創世記」と「出エジプト記」
、新約
ャ・ローマ神話』
(いずれも岩波文庫所収)はこのときの
では四福音書のうち「マタイ福音書」と「ヨハネ福音書」
成果なのだ。
でも読んでみてはどうだろうか。さらに、聖書はどの国
先の話の中の「英文学」を「英語」あるいは「西欧語」
に置き換えてもよいだろう。われわれが外国語を学ぶと
き早く修得しようと急ぐあまり、つい実用的な面にばか
語で読んでも内容は同一だから、外国語学習には最適の
教材なのだ。
り気を取られて、その国の人たちが子供の頃から馴れ親
言葉こそはどの民族でもその出自一番の拠り所。その
しんできているものに対する関心を怠りがちである。ア
精華は文学の上に咲く。そして英語の文華はシェイクス
ーサー王伝説は広くヨーロッパに知られている話で、必
ピア。しかし、この詩人にして劇作家の作品は、今の諸
ずしもイギリス人だけに限られるものではないし、また
君には少々高嶺の花かもしれない。小田島訳(白水社)
ギリシャ・ローマ神話についての知識は西洋の人たち共
でも薦めるしか手がない。どんな人かと問うならば、下
通の常識といってよい。
の写真をご覧あれ。せいぜい、映画『恋に落ちたシェイ
クスピア』を見て、レンタルビデオでディカプリオの
今では「豚に真珠」も「猫に小判」と同じくらいよく
『ロメオとジュリエット』でその雰囲気を味わってくださ
使われる。これが聖書にある言葉であることは知ってい
い。その際、どうぞ『十戒』を借りることをお忘れなき
るだろう。
ようお願いする。そして、いつか原典で読んでみてくだ
これも英
さい。
語を通し
4
理工
Circular
て入って
世界広しといえども、桂冠詩人なる言葉が残っている
きたので
のは英国だけであるのをみてもわかるように、英語には
ある。聖
たくさんの優れた詩歌がありますが、詩人の名は列挙し
書は古今
ません。最後に一番手近な本を紹介して、この欄を終わ
の世界的
ります。
『イギリス名詩選』
『アメリカ名詩選』
、ともに岩
ベストセ
波文庫、対訳です。
College of Science and Technology Nihon University
VOL.29 1999.SUMMER No.101
ふく だ
あつし
福田
敦
交通土木工学科専任講師 あるいは翻訳され、何でも自由に日本語で
意味で「国際化」である。この春から理工
読めるので、どうしても英語で読まなけれ
学部でもマルチメディア教育に対する取り
ばならない物がないからではなかろうか。
組みを始めたが、これは単にコンピュータ
以前、外国の大学で教えていたときに、
やプロジェクターを使うということではな
フィリピンやスリランカの学生にどうやっ
く、学生の側からも質問、意見等を送り出
たら英語が上手になるのかと尋ねると、決
していく教育を意味する。当然、その発信
でも、実際に英語を使う場面など、そう滅
まって「それは、自国語のテキストが殆ど
されたものの行き着く先は最終的に全世界
多にあるものではない。本当に、英語を勉
なく、幼稚園から英語のテキストを使って
であろう。そうなると、道具としての英語
強しなければならないのであろうか?
ました。勉強しようと思えば英語のテキス
が改めて必要となる。
世の中では「国際化」が言われている。
コミュニケーションの道具としての英語
まったく蘭語を解せなかった杉田玄白ら
トしかありませんでしたから」という答え
富山大学の筒井洋一先生は、NHK の「地
が返ってきた。杉田玄白と同じである。確
球法廷」より以前から担当されている国際
かに、外国の書店を覗いてみると専門書は
関係論のゼミで、日本とドイツの戦後 50
が、西欧の医術を学ぶために、3 年もの年
殆ど英語で書かれたものしか置いていない。
年をテーマに日本とドイツの学生にホーム
月を費やして解剖書「ターヘル・アナトミ
ところが、日本では、学者が勤勉だから
ページを作らせているが、ここで使ってい
ア」を翻訳したのは今から 226 年前の話で
かどうかは知らないが、学部で勉強する程
る言葉は、日本語でもドイツ語でもなく共
ある。江戸時代、日本が鎖国をしていた間
度の内容であれば何でも日本語で読める。
通語としての英語である。
に進んだ西欧の科学技術を学ぶためには、
特に、理学・工学の場合は、書かれている
日本における、特に大学学部の教育にお
まずその国の言葉を解さなければならなか
事実が重要であって、文章の美しさなど原
ける情報通信化はまだ始まったばかりであ
った。
文で読まなければわからないというような
るが、これらの環境が整えば、世界に繋が
およそ学ぶとは、知識・経験を持ってい
ことは殆どない。結果として、道具として
り、情報を共有し、また自ら情報を発信し
る人とコミュニケーションできて初めて可
の英語を勉強する必要性が殆どなくなって
ていく社会となり、世界共通語としての英
能となる。したがって、外国語は日本以外
しまった。
語が必要となってくるのは確かである。
の国からあらゆる事柄を勉強するための道
このような状況で、関心のない文学作品
具である。これが、遣唐使の時代なら中国
や、すでに知っている新聞記事を読まされ
語が必要であったろう。現代でもイタリア
ても、学習に熱心になれないのは当然とも
建築を学ぶためには、イタリア語を勉強す
いえる。
るのは当然と誰しも思う。
このように、先進の学問は外国にあり、
−−−− 研究には英語が必須 −−−−
今回は学部での学習ということで書きまし
たが、大学院での研究であれば、状況は全然
それでも英語が必要?
違います。よい研究を行うためには、海外の
その学問を修めるためには、まず外国語を
かなり非観的なことを書いたが、これは
読み・書きできるようにするのが当然のこ
今までの教育の場合である。
「読書百遍意お
これらは「英語」で書かれたものです。また、
ととして、外国語が日本の高等教育に取り
のずから通ず」の喩えにあるように、今ま
研究の成果を世界で認めてもらうためには、
入れられた。
での日本の教育とは、知識を学ぶという一
国際学会で論文の発表をしなければなりませ
方的なものであった。
んが、これも普通は「英語」です。ですから、
日本大学でも、戦後、新制大学として生
最新文献を読まなければなりませんが、当然
まれ変わる中で語学教育を次のように位置
しかし、これからの教育に求められてい
大学院へ進学し、勉強を続けようと考えてい
付けている。いわく「成程外国語はある意
るのは双方向による知識の共有とそれによ
る人は、英語は必須ですので、しっかり勉強
味において、一般教養的要素が相当に含ま
る共通概念の形成であろう。それが本当の
してください。
れているともいえるが、他面外国語設置の
本来の目的からすれば、読み、書き、話す
RECOMMENDATION
ことを主眼とし、文学とはねらいどころを
異にするものであり、殊に初歩の語学など
は全くドリルに終止するといって差支えな
く、一般教養的要素よりはむしろ一般教養
Books
英語が苦手という人は、
英文法をぐっと身近に感じさせる本を読んでみよう!!
並に、専門教育の両者にとって多分に道具
すず き
びているものといわざるを得ない。
」
なぜ、スペイン語やオランダ語でなく、
英語かといえば、それは 20 世紀初頭にイ
ギリスがスペインやオランダに取って代わ
り、
「日の沈まぬ帝国」となり、引き続いて
アメリカが世界 No.1 となったからである。
恵まれた環境の中で、道具としての英
語は必要ない?
それでは、どうして江戸時代よりも、よ
り外国が身近である私達が「英語」の勉強
に熱心になれないのであろうか。英語の教
育が悪いのだという意見もあるだろうが、
結論から言えば、現代の日本ではありとあ
らゆるテキストや専門書が日本語で書かれ、
特集:English―Let's try it!
たかし
鈴木 孝
一般教育助手 的役割を演じ、準備的補助科目的性格を帯
『日本人の英語』
『続・日本人の英語』
(マーク・ピーター
セン 岩波新書)
、
『英文法の謎を解く』
『続・英文法の
謎を解く』
(副島隆彦 ちくま新書)
。いずれも広告に
使われたおかしな英語、日本人がおかしやすい間違い
などを例にしながら、英文法をわかりやすく説明して
くれている。
I、my、me ……のなかで、なぜ“I”だけが常に大文
字なのか? そんな疑問に答えてくれるのが、
『英語の
歴史』(中尾俊夫 講談社現代新書)、
『英文法を撫で
る』(渡部昇一 PHP 新書)の2冊。英語を歴史的にみ
ることによって、英語を学ぶことの楽しさを教えてく
れる。英語のルールも丸暗記ではなく、
「なぜ、そうな
るのか」がわかれば、すっと頭に入ってくるはず。
理工
Circular
5
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