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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について 序 論

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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について 序 論
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
序 論
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
001
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚距離について
2-1.集落空間の調査手法
2-1-1. 既往研究からの位置づけ
集落における分析方法に関する既往研究を見てみる。
まず、「図説集落」には、「機能空間としての集落空間の構成は、生活・生産
行為と空間との対応関係、土地利用・施設配置などに着目することによって
その抽出が可能であり、社会空間としての空間構成は、人々の集まりや共同
性の社会単位とそれに対応する住居の位置関係、集落城における土地所有や
共同空間の空間は配置に着目することによって社会関係の空間への投影を抽
出することができる。それに対して意識空間としての集落空間、すなわち集
落空間のメタフィジカルな側面の抽出の方法には定説がなく、集落空間の認
識構造を抽出・把握することは容易ではない。そこで、「生活地名」を使っ
ているが、その分析方法とは、土地・空間に対する呼称菜の由来、生活地名
の希望の分布傾向を手掛かりに意識空間としての集落空間の構成を読み取ろ
うとする方法である注1)。」と述べている。この図説では、単にデザインボキ
ャブラリーを項目的に羅列しただけではない。農村景観の特徴として自然、
風土、生産空間を重要な視点として取り上げ、次にそれを単位空間の連結と
いう形でまとめているなど、構造の分析からデザイン手法に進んでいく見事
な構成をもっている。
特に「集落空間の構造を空間的に視覚的に表現することは、空間に対する
人々の認識を容易にするために極めて有効なこととなる。集落の領域のエッ
ジ、集落領域の人口、集落の空間軸、集落空間の中心、空間ネットワークを
空間デザインの有効な手段と考えたい」とする点は、デザインの勘どころを
よくおさえているといってよい。
次に、1970 年代に行われた原研究室の「住居集合論」注 2)は、日本の研
究者が海外の住居や集落を評価する方法を求めた旅であった。その「方法」
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
とは(通り過ぎるもの)の眼で集落の観察、記録、学習を行い、対象の持つ
さまざまな観念や空間の記述方法を明らかにすることにあった。すなわち「フ
ィジカルに現象している【もの】の側から、そこに投影された【意味】を解
読し、集落空間の全体的な【様相】を把握する」事であり、「そこで研究の
客観性は、住居集合を写像した図の厳密さにあるのではなく、形態を語る論
理や記述手法にある」と考えられている。原研究室の方法は、集落というテ
クストの解読が観察者固有の文化の反証となって、ものの意味を観察者にも
たらし、しかもそうした事実認識の問い方が近代主義を超えた空間の発見へ
導くと述べている。しかし、原によって表現方法に依存するとされる事実認
識もまた、逆に表現方法を規定する一面がある。事実認識には常に制度を伴
う水準があり、観察者を介して認識される【制度】が表現方法を構想させる
からである。したがってこれを無視した視点はいたずらに価値の相対比を招
来させるだけであろう。原研究室の非比較法の新たな進展は、第6回の中国
調査に託されている。原広司は「サバンナの集落を歩きながら、世界のすべ
ての集落が共有している【一覧表】と【配列表】があるのではないかと思っ
た。おのおのの集落は、この共通の図表から、思い思いに適当な要素の組み
合わせと配列規則を抽出し、これらを素材として、工夫と考案を重ね、具体
的な集落を計画したのではあるまいか」と、集落の極めて多様な現象を振り
返る。原広司は住居集合論の形態論的アプローチにおける集落の要素群によ
って、論の構造は規定され、またその論の妥当性も問われている。要素群と
それらを結び合わせる論の構成法に関して3つの手掛かりをもっている。こ
れらの手掛かりは、AC 論(活動等高線論)にその基礎を置き、そして、住
居集合論に対してなされてきた形態論的アプローチとを融合させてものであ
る。その手掛かりは、第1に、住居集合の中に現れている特異性を有する点、
あるいは点の集合のあり方である。特異性を有する点とは、ある種の規則性
が乱されている点としての要素、視界をさまたげている要素で、ある場合に
▲図 2-1.
集落集合の形態モデル
:住居集合論の中から
は点であり、ある場合には線となり、またある場合には面となり、その性状
もそれぞれ特性を有している。
図 2-2.
AC 論の記述過程について
住居集合論の中から
地形図における特異性要素
等高線地形図
構造図
仮想 AC 図
仮想 AC 図の特異性要素
第2の手掛かりは、領域という面的な構成要素の組み合わせとして住居集
合を対象化した時に。それら領域の組み合わせシステムを問題としていくこ
とである。AC 論においては、領域区分の観点がこれに対応している。
以上、このような要素から AC(Activity Contour) 論という抽象化の一手法
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
が、住居集合の形態論的把握において有効な手法として使われている。
AC 論とは活動等高線論と名付けている本来なら純粋に数学的研究である
が、都市現象を地図として表現し、解明しようとする目標を、都市の様態を
等高線の構造を表示することで記述したものだ。
集落構造図とは、住居集合の構成把握のための基礎図であり、簡略化と抽象
化の操作を対象とする住居集合に及ぼした後の生成物である。この目的は、
住居集合の全体構造を記述する最良の方法の探素であり、ある単純化、簡略
化により抽出された要素は、それらを統合していく手法の上に乗った時に価
値があるとしている。集落構造図による記述される具体的な項目は、住居集
合の居住域、住居集合の外部領域、道路ネットワーク、広場、中心的施設、
城壁、以上6つの要素の他に重要としているのが地形である。
これらをまとめてみると、前者は日本の集落空間を計画する立場から編纂
したもので、学会の農村計画委員会がまとめた「図説・集落」である。日本
では戦後、伝統的な集落が急速に失われていく運命にあったが、当時は開発
への価値観に抗して持続や保存をテクストにして研究を進めることは困難で
あった。そういった流れを踏まえてこの本は総括されている。図説の特徴は、
集落空間のデザインの手法を、農村景観の構造をもとに系統だて、それに具
体的な空間表現を与えたと集落空間の造形方法を系統的にまとめて、具体的
に図を用いて示したことである。
後者の原研究室による集落研究は、集落を記号として解読する作業ととも
に、事例のアイデンティティを読み込み、データベース化することにも力が
注がれている。記号として解読された集落の形態と配置を数値的に分析を行
い、類似化、図形化することで集落の構造を把握している。
以上、これらの研究をふまえて、本研究は集落における住居内部と外部の
関係、生活方式、文化、構成要素などを人間の空間認知能力の視覚という面
からみて集落空間の評価手法として立体角量による分析方法を用いている。
この方法により得られる開放度や閉鎖度などの開閉分布図や視覚距離などの
指標 を用いて、集落に対する 定量的な評価を可能にしていること が本研究
の特徴として考えられる。
2-1-2. 集落空間の定量化手法について
一般的な集落景観の評価手法として使われている方法は、SD 法や一対比
較法等の評価尺度を使ったのが多く用いられている。
まず、SD 法(Semantic Differential 法 ) とは、全てのものの印象やイメー
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
ジを評価することのできる手法である。ある対象物に対して、人はどのよう
な印象を受けるのか、その受けた印象の要素を抽出することができる。SD
法では、物体のデザイン評価のほか、「雰囲気」などの実体の無いものにつ
いても評価することができる。また、視覚だけでなく、味覚、嗅覚、聴覚、
触覚から得られる感覚を評価することもできる。
都市、建築の展開を計る上での、空間解析論の有効性とは何であろうか。
まず空間解析論とは、空間の物理的な側面の問題と心理的な側面の問題の間
にある相関関係を分析することである。つまり空間解析を行うことにより、
どのように都市や建物を展開させれば、人々にどのような印象を与えるのか
がわかるようになり、より目的に沿った都市や建物を展開させることが可能
となってくる。ここで空間の物理的な側面とは規模や形態だけでなく、人や
車などの通過物、樹木や生活用品などのあふれだし、騒音、臭い、空気の淀
みなど様々な面のことで、これらの多様性を把握するために空間をモデル化
し、類型化する。そして空間の心理的な側面とは、その空間が人間に与える
印象のことで、これをデータ化するには心理評価アンケートに頼らざるを得
ず、そのうちの一つの手法にSD法がある。SD法とは、ある空間が人々に
与える印象を定義するのに空間を言葉に置き換え、20 ほどの形容詞対を用
意し、例えば「都会的な」と「田舎っぽい」という形容詞対ならば、「非常
に都会的な」、「やや都会的な」、「どちらでもない」、「やや田舎っぽい」、「非
常に田舎っぽい」、というように3段階から9段階のレベルに分け、それぞ
れの形容詞対に於いて被験者にそのレベルを決定してもらうという手法であ
る。そしてSD法によって得られた結果を主成分分析し、さらにクラスター
分析することでその空間をある程度類型化することができる。主成分分析と
は、ある評価結果に対して多種の要因が考えられるときその要因を1つ1つ
独立して扱うのではなく、いくつかのグループに集約して扱う統計手法のこ
とであり、クラスター分析とは、数種類の数値化された評価軸によって多種
のサンプルを分類する統計手法のことである。まずSD法によるアンケート
調査によって得られたデータを類型化する分析を行う。類型化を行うために
は分類の基準となる空間評価軸を決定しなければならず、2、3種類の評価
軸が必要となる。SD法評価に使用した形容詞というのは、人間が言語化で
きる断片的な価値であるけれども、個々の言葉の中にはよく似た評価傾向を
示すものがあるはずである。よって、形容詞間の相関を考慮しながら、すべ
ての形容詞を数種類のグループに分類できれば、その各グループがあるまと
まった価値基準となり、評価軸として設定できることとなる。このようにし
て複雑でわかりずらかった空間を、ある程度心理的分類化することができる。
これが心理的な側面の分析方法である。それでは、物理的な形態構成と心理
評価結果の相関を分析するにはどうするか。それには、イメージの類型とそ
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
れを規定する評価軸が空間形態とどのように結び付いているのかを調べる。
そこでこの空間形態をデータ化する1つの手段にグラフィックスの利用が挙
げられる。グラフィックスは、コンピューターの内部では数値化されている
ので、これを利用して形態を分析することが可能になるのである。
一対比較法は嗜好型官能評価法の一つである。イメージやコンセプト等の
比較にこの調査手法を用いている。自分の提示した尺度(基準)に従って、
対象物を比較することができる。これから、どちらがどれだけよりその基準
に合っているかを分析することができる。対象を 2 つずつ比較し、得られ
た数値をもとに分析を行なう。最終的には対象を一本の数直線状に配置させ、
対象物間の関係性と順位を見ることができる。SD 法では一度に全部の代替
案を評価するが、一対比較法は代替案のうち 2 つだけを取り出して、比較
を繰り返す。そうする事により、代替案間の順位付けをする事が可能になる
点が利点である。
一 対 比 較 法 の 中 に も 幾 つ か の 手 法 が 開 発 さ れ て い る が、 イ ン タ ー ス
コ ー プ が 利 用 し て い る 手 法 と し て、サ ー ス ト ン 法 (Thurston Method) や
AHP(Analytic Hierarchy Process= 階層分析法 ) 等がある。
まず、サーストン法 (Thurston Method) は、回答者に 2 つの評価対象を
比較してもらい、どちらがよい(より当てはまる)かを判定してもらい、そ
してその「勝率」から正規分布の Z 値を求め、一次元で表せる尺度つまり
数直線に変換し、判断する手法である。イメージやコンセプト等の序列が、
順位だけでなく、距離感や広がりを持って表現出来るのが特徴だ。
次に、AHP は米ピッツバーグ大学のサーティ教授によって開発された意
思決定法である。Analytic Hierarchy Process( 階層分析法 ) という名称が示
http://www.interscope.co.jp/research/
m2_01_f2.html す通り、まず意思決定を、問題・評価基準・代替案という「階層構造」とし
て捉える。そして階層ごとに一対比較を行った上で、代替案のどれが好まし
いかを決める手法だ。この手法は人の主観判断を取り扱う事に適しているた
め、「ペルー人質事件」「首都機能移転」等の 国家規模の政策から、「コンセ
プト評価」「企業イメージ評価」「デザイン評価」「人事評価」等の企業経営
上の意思決定まで幅広く利用されている注3)。
このような評価手法を海外の集落で使う場合、言語の問題と長時間の滞在
と現地の住民の協力がなくてはできない。しかし、今後集落空間の研究をす
る上で立体角量による調査手法には上記の手法を補助的に使うことでより完
成度の高い研究結果を得ることができると考えられる。
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
2-2.立体角量について
2-2-1. 経緯
大規模な人工的環境の開発が増加傾向にあり、ここ最近、都市空間に双肩
するような規模を有する建築空間は珍しくない。しかしながら、部屋や廊下、
玄関、吹き抜けや喫煙スペースなど、都市空間と比較して役割ごとに空間が
明確に設定され、各々の空間的演出が用途などに合わせて工夫されているた
めに、建築空間のみに存在する特性の少なからぬことが予想される。よって、
建築空間における環境認知の方略に関しても、都市空間におけるそれとは異
となると思われる。
なお、建築空間の内部を構成する要素としては、床・壁・天井が基本とさ
れ、中でも、壁は内部空間において人間の視野の最も多くの部分を占めるた
めに、建物内部の印象や人間の心理を大きく左右する要素である。それと同
時に大きさの様々な窓や飾り物の設置、そして人間の居住性や感覚性を満足
させるためのものとして床と天井がある。これらは人間の視野を遮り、行動
を限定する空間でもある。
以上のことから建築空間は、採光などを考慮して開放感を高める設計が
なされているものが少なくないものの、人間自ら創造する“閉ざされた空
間”であり、生活と結びついている必要不可欠な空間である。したがって必
然的に、その空間は経験・知識・文化など数多くの積み重ねを基礎として、
人間の行動や行動の決定を容易かつ快適にすることを念頭にして計画されて
いる。しかし、そのように計画された空間においても“物理的空間(実空間)
と心理的空間”との間には相違が生じる。そのため、立体角量による空間性
質の分析を行なうこととした。
つまり、本研究に行なっているような集落空間における空間認知に関する
研究の積み重ねは、人間の空間認知過程の理解のためだけでなく、集落・都
市・建築空間を計画する側の人間に対してより良い空間作りを提案をするこ
とに役立つと考えられる。
2-2-2. 立体角量の定義
本研究では、集落空間の評価手法として立体角量を用いるが、この立体角
に関する理論は高橋注4)の理論をもとにして展開する。
高橋はその定義を以下に述べている。 視点のまわりに視点を中心とする
球を想定し、それを全球と呼ぶと、その全球の立体角比4π(ステラジアン)
を 100%とした場合、任意の物の史める立体角の比(%)を、その物の立
022
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
体角量は 0 ∼ 100 の間の値をとる。
特に、空間の構成要素として、天空、建物、地面を考えた場合、天空の立
体角量を天空量、建物の立体角量を建物量、地面の立体角量を地面量と定義
する。この他の空間構成要素、例えば、樹木の立体角量等は、同様に、樹木
量等と定義できる。
*立体角量の定量化計算式の事例(南沙里の場合注5))
立体角とは、ある点からものを見てその点を
中心とした半径 1 の球面上の、それの射影
の面積にあたり、立体角の百分率で示したも
のが立体角量である。
建物の立体角量 + 内部領域の立体角量 + 外部領域の立体角量 + 天空の立体角量
=100%
となる。
本論文における空間構成要素については、調査対象集落の特徴のよって違
う分類となっているが、基本的ルールとして開放性−閉鎖性の要素に分類さ
れる。
2-2-3. 既往研究について
上記の定義に関する文献として、高橋鷹司(1986)の「空間の知覚的尺
度に関する研究」を参照している。人間の日常生活の場である建築や都市の
単位としての部屋、部屋の集合体としての建物、建物の周囲のあるいは建物
狭間にできる外部空間などの空間構成の仕方やその規模、形態を計画したり
評価するときに、その判断基準として利用される尺度を論じられている。そ
こでは、識別尺度に関連して、立体角がパラメーターとして導入されている。
「ある地点『視点』を中心とする全球(4 π sr、720°、100%)内に
ある全空間構成要素(空、建物、地面、その他)を一義的な量として示した
ものとして、立体角量(sr、%) を定義し、視軸や視野に原則的に左右されない、
場所のみの関数として用い、分析していてある点としてのその場所の心理量
に着目している。
図 2-3(左) 立体角の計算
:文 24)の中から
図 2-4(右) 立体角量の分類
:文 24)の中から
刈谷哲朗(2000)は「建築インタフェイス論」注6) で、生態学的記述主
義のメタ理論に基づき、プロセミクスが与える情緒的意味がプライベートと
パブリックの評価値の尺度に重なり得るものとして、人間を等立体角射影魚
眼レンズで撮影した環境画像の観察記述を行い、人間の環境への参考による
023
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
変化する平均評価値の人間の周囲の分布が、個人スペースを決定付ける可能
性について検証している。この研究の特徴は、建築的環境におけるアイデン
ティティ注7)、ストラクチャー注8)、ミーニング注9)等について検証し、主体
をとりまく環境と、主体としての人間の観念の間のインタフェイスとしての
視覚像のあり方をあきらかにしていることだ。苅谷は、論文の中で、立体角
の分析においては、その分割を細分化することで、現実の空間の多様性の要
因を取り込むことに関して分析を行なっている。
図 2-5.
水戸六番地集合住宅の景
観の立体角比の細分化
大野隆造(1993)注10)は、環境からの視覚情報をその受容形態によって、
意識的に注意の向けられた環境の局所的な部分 ( 要素 ) から取り出される焦
点視情報と 、 受動的に広い範囲の環境から受け取られる環境視情報とに明確
に区別した上で 、 従来ほとんど論じられたことがなかった後者の環境視につ
いて 、 それに関わる視覚情報の定量的な記述と分析の方法を提案し 、 種々の
心理的な環境評価との関連を明らかにしている 。 ここでは、視覚情報需要に
おける2形態、焦点視 focal vision 、環境視 ambient vision 、 という2つ
の大きな特性が示されている。後者はギブソン流の視点を取り入れたもので
ある。焦点視(あるいは、中心視、注視野)、環境視(あるいは周辺視)につ
いての、厳密な物理的特性についての検証する上で、環境の視知覚のモデル
▲図 2-6. 焦点視と環境視について
:文 23)の中から
表 2-1.
焦点視と環境視の比較
:文 23)の中から
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
を明確にし 、 環境視の記述のための要件を整理した上で 、PC による記述方
法と分析方法を提案しその妥当性を検討したものである 。
次に述べる既往研究らは、刈谷の論文を参考にしている。
岩佐明彦は、人体モデルのシュルエットの立体角量計算、に示されている
ように、3次元の人体モデルのデータに基づき、それが任意の場所で観察さ
れた時の量塊 mass としての人体の立体角をコンピュータにて計算し、高層
住宅の住戸からみた地上の人間の見え方に関して分析を行なっている。
三好隆之、藤井明、及川清昭らは、立体角による空間分析に示されている
ように、住宅の抽象化した3次元モデルを入力したバーチャル空間上で、立
体角を roof、inside、enclosure、floor、sky、ground について住居内の床
上の場所毎に計算し、アクソノメトリック図法で表現している。
以上、これらの研究は都市の外部空間、あるいは集合住宅の街路空間にお
いて立体角量やその変化量について分析している。しかし、刈谷は空間構成
要素をなるべく細分化することでそれがもつアイデンティティ、ストラクチ
ャーやミーニングについて検討している。
本研究では、集落空間内の住居間境界面の視界の変化から内部空間と外部
空間の関係において、空間構成要素について、開放性と閉鎖性、公私領域など、
集落の特性によって立体角量の分類を行なっている。開放性と閉鎖性を感じ
る要素として、住居の内部から見た外部に関し、住民の生活領域内・外、天
空、他人の領域を定量化し、その割合によってその空間の開放度・閉鎖度を
確認することを試みている。数値化された開放度と閉鎖度の分析においても
開閉分布図を使うことでより分かりやすい空間性質の変化をみることができ
る。視覚距離においては、視覚量における集落の新しい住居配置図を作成す
ることで集落空間の仕組みを探ることを試みた。また、公私領域が曖昧な住
居間の境界に仮想壁を作ることで、その空間の持つ意味を明らかにしている。
本研究がこれまでの研究と違う点は求められた立体角量をさらに仮想壁、
視覚距離や開閉分布図などに応用することでその空間の性質を明らかにして
いる点で特徴があると考えられる。
これは、集落空間の評価手法をより確立されたものにすると同時に、客観
的な視点からの判断することがきるものであると考えている。
2-2-4. 立体角量と視野について
視覚世界と視覚野について
ギブソン(1985)は”視覚世界(visual world)と視覚野(visual field)”
とに区別した。前者の”視覚世界”は現実に知覚される空間であり、境界を
もたず観察者の周囲に球の面のように広がっている。
025
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
したがって、大きさ、形、位置、方向などに関する知覚の恒常性がみられ、
観察者の移動や身体の動きにかかわらずその対象の知覚は安定する傾向が保
たれる性質を有する。
図 2-7. 眼球の両眼視野
これに対して、後者の”視覚野”は、1点を注視した際にみられる遠近法
による絵画的な空間であり、上下およそ 150°・左右およそ 180°の楕円
形な境界をもち、三次元世界を二次元像へ投影する性質をもつ。視覚野には
視覚世界でみられたような知覚の恒常性はなく、眼の動き、身体の移動など
にともなって、暗い空間において懐中電灯の光が投射されている面のような
変化が見られる。ギブソンはこれらの空間を規定する要因として、日常的、
行動的態度が視覚世界の知覚に影響を与え、遠近法的、分析的態度が視覚野
に作用すると考えたのである。本研究に考える視空間とは“認知された空間”
であり、知覚レベルで考えられる空間とは大きく異なる可能性が低くないと
思われる。
われわれの視覚世界は、網膜像から脳内で推定され表現された世界である。
だから、われわれは自らが作り上げたそれぞれの世界の中を行動していると
いうことになる。そのような世界の中でうまく行動するためには、脳内で作
り上げた視覚世界が安定なものであると同時に、さまざまな変化に対して敏
感でなければならない。また、動いている対象物に対して行動するときには、
少し先の状態を見越して行動しなければならない。つまり予測的に行動を制
御する必要があるのだが、われわれの作る視覚世界はこのためにも適切なも
のでなければならない。このような予測的な制御は、実際に運動制御におい
て機能している。
安定した視覚世界の構造
視覚が運動によって制御されていることを示す現象の一つに、位置の恒常
性がある。位置の恒常性とは、眼を動かしても頭を動かしても体を動かして
も、静止している世界なら静止して見える現象である。眼や頭、体を動かし
ているわけだから、網膜像は動く。ところが世界はとまって見えるのである。
これは、自分の意志によって体を動かしたときには、脳の後頭葉から頭頂葉
の働きによって、その位置の補正がなされているからである。自分の意志に
026
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
よって体を動かそうとすると、運動野から体の各筋肉に運動指令が伝達され
る。脳内ではその運動指令信号が位置の補正にも利用されている。
このような運動指令信号を利用した位置の補正は、体が実際に動く前に予
測的になされていることも知られている。運動指令を位置の補正に使ってい
るから、自分の意志によって運動しても、世界はとまってみえるのである。
一方、自分の意志とは別に、人工的に眼を動かされると、世界の像は大きく
揺れて見える。これは自己の運動指令によらない運動だからである。
脳−身体−環境
われわれは環境に対して、あるいは環境から得られる情報に対して、様々
な操作をうまく行なっている。この操作の多くは情報の予測的処理によって
可能になる。予測的処理や予測的制御がうまくはたらくためには、「操作の
結果、予測どおりに事が進んでいるか」を評価せめばならない。このために
環境や身体からのフィードバックと予測した状態との照合がなされる。この
ことから、フィードバックには視覚情報だけではなく、触覚を含む体性感覚
が重要であることがわかる。
以上述べたような人間と環境との複雑な関係についてメルロ・ポンティは、
自分の左手と右手を重ね合わせるときに生じる主観と客観の転換、つまり触
れる主体と触れられる主体の転換に例えている。そこには主観と対象の単純
で固定的な関係ではなく、複雑に絡み合った関係が生じているのである。こ
のような認識する主体と環境は、切り離すことのできない複雑な関係にある
ことを心にとめておかねばならない。
視野について
人間の眼はある一点を見つめた場合、約 149°の視野があるといわれ、
眼球運動があり時、つまり自然の状態では、180°の視野があるといわれる。
立体角になおすと 180°で 50%、140°は約 33%になる。
動的・静的視野
可視視野
1.動的視野と静的視野
単眼視の状態で固視点を注視し眼球の方位を固定したとき、固視点以外の
★
位置に提示された所定の円形視標を均一の背景のなかから見いだせる空間的
範囲で、その計測の仕方で動的・静的視野が求まる。
2.可視視野
眼球運動しないで、均一背景のなかで物の形の知覚または弁別が可能な範
囲。動的・静的視野は提示された円形視標の存在がわかる範囲で、視標が円
形であることは知覚していない。可視視野の方が視覚的には仕事が多いわけ
であるから、動的・静的視野より狭いのが一般的である。 作業時検出視野
検出視野
▲図 2-8. 動的・静的視野、可視視野、検出
視野及び作業時検出視野の相対的大小関係
(Ikeda,Uchikawa,&Saida,1979)
3.検出視野(conspicuity field)
固定した状態で、背景ノイズのなかから視標を検出できる範囲。可視野よ
り視覚的な負荷が多いので、同一視標であれば検出視野の方が狭い。検出視
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
野は、眼球運動を伴わないという制限はあるが、われわれの通常の視覚情報
収集特性による近い視野といえよう。
図 2-8 は、一番外側の視野が動的・静的視野で、明るさの感覚が生ずる領域
である、次が可視視野で、これより内側は知覚の領域といえる。可視視野、
検出視野、作業時検出視野の順で狭くなることを表している。
4.有効視野(useful visual field)
ある視覚的仕事をしているとき、その仕事をするのに有効に活用されてい
る視覚情報収集範囲。もし、この定義を広義に解釈し、視覚的仕事が固視し
た状態で周辺に提示された光点の検出のにを求めるものであれば、有効視野
はいわゆる静的・動的視野そのものであるし、ある文字を中心窩で読むと同
時に周辺部に出された視標を背景ノイズのなかから検出することが視覚的課
題であれば、有効視野は作業時検出視野となる。
5.周辺視
周辺視は(peripheral vision) は中心視(foveal vision) に対する視機能の
総称であり、前者は周辺視野、後者は中心視野における情報処理の機能を
さしている。周辺視と中心視はそれぞれ、間接視(indirect vision) と直接視
(direct vision)、あるいは、周辺視(ambient vision) と焦点視(focal vision)
などと呼ばれることもある。周辺視と中心視は拮抗的関係を維持しながら相
互鵜依存的関係にもあるため、片方だけを切り離して考えることはできない。
視覚依存行動全般のパフォーマンスを最適化するため両者はダイナミックな
相互作用を営んでいるといえる。
2-2-5. 魚眼レンズについて
立体角とは「見かけの大きさ」あるいは「見かけの面積」である。視覚の
中で立体角が何を意味するか考えてみると、それは「網膜の大きさ(面積)」
といえる。網膜象と「見えている」像の大きさの差は、その人間の意識ある
いは、潜在意識に何らかの影響を与えているはずである。視野は均質ではな
く、a のグリッドは b のように知覚される。もし、グリッドを知覚するため
図 2-9(左) Helmholtz のチェッカー盤
図形:図形を拡大して A の距離から観察す
ると、曲線は直線に見え、また中心と周辺
で四角形が等しい大きさに見える(図形と A
は同じ拡大率 1910)
図 2-10(右) 写真の画像範囲
028
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
にはヘルムホルフの将棋盤のように描かれる必要がある。
図 2-11 視空間のゆがみ
文 24)の中から
「写真 = 網膜造 = 人間の視覚」ではない点に注意しよう。たとえば写真は
平面であるが、人間の目の網膜は半球状である。そして写真は四角いフレー
ムで区切られ、すみずみにわたって像があるのに対し、網膜像がハッキリし
ているのはごく中心のみで、周縁にゆくにしたがって、ボケてゆく、という
より「見える」という意識がしだいに簿らいでゆく。こうして改めて比較す
ると、写真と綱膜像はまったくといっていいほど似ていない。カメラのレン
ズは上記の人間の視野の錯覚を修正して映し出された画像にすぎない。
以上、人間の視覚世界は、一眼レフカメラより魚眼レンズによる射影写真
に近いものと判断された。その魚眼レンズの仕組みと種類を検証してみよう。
魚眼レンズ
魚が水中から上の景色を見るように、一般には 180°の画角を写し込む
ことができるレンズ。よく、「わざと負の歪曲を残して」と表現されるが、
これは射影方式の違いによるものである ので、歪曲ととらえるのは明らか
な間違いである。
像高を y、焦点距離を f、半画角をθとすると通常のレンズは、
y = f tan θ
で表されるが、魚眼レンズではおもに次の4種類の射影方式が挙げられる。
(1) 立体射影 sterographic projection:
y = 2 f tan( θ /2)
▲図 2-12. 像高と入射角の関係
θ=天頂角、φ=入射面が zx となす角
(2) 等距離射影 equidistance projection:
円の中心からの距離が天頂角に比例 y = f θ (3) 等立体角射影 equisolid angle projection:
画像上の面積が立体角に比例 y = 2 f sin( θ /2) (4) 正射影 orthogonal projection:
y = f sin θ 一般に“円周魚眼”と呼ばれるものは、概ね (2) の射影方式による。こ
の方式では角度と 像高が比例するので、天体の天頂角の測定や日照時間の
測定などに有効である。また、
“対角魚眼”レンズは概ね (3) の射影方式を
とっており、この方式は立体角と面積が比例する ので、学術的には雲量の
029
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
図 2-13(左) 等距離射影の入射方式
測定などに使用される。(4) の射影方式は OP フィッシュアイニッコール
図 2-14(右) 正射影の入射方式
▲写真 2-1(上) 等距離射影による画像
10mmF5.6 が唯一の例となる。この方式では瞳にケラレがなければ 物体の
▲写真 2-2(下) 正射影による画像
輝度と像面の照度が比例する。市販の写真レンズでは (1) の方式のものを知
http://www.fit-movingeye.co.jp/pages/gyog
らないが、球面上の被写体の角度を等しく平面に射影することができる。
an.htm
光線の入射する角度と像高(画面の中心からの距離)が比例するように
フィルム面上に像を形成するのに対して、「正射影」の「OP Fisheye」は図
2-14 のように、天球をフィルム面上にそのまま投影したように像を形成す
る。簡単に言えば「正射影」の「OP Fisheye」は、普通のフィッシュアイレ
ンズに比べて中心部の被写体がより大きく、周辺部の被写体がよりひしゃげ
てより小さく写るのである。普通の写真レンズの感覚からすれば、" 今まで
の魚眼レンズよりさらにディストーション注11)の大きいレンズ”といえる
だろう。正射影のレンズには、" 画面に占める面光源の面積が撮影した場所
での照度に比例する " という特徴があり、もともと照度測定や建築照明など
学術研究用途に開発したレンズである。
等距離射影は、半球状の点を放射線上の線でもって投影され、高度円は等
間隔になる。正射影では等角度間隔の高度円が地平に近いところでは狭い間
隔になり、40 ゚以上の緯度では適さないために正射影での欠点を補正したも
のである。
本研究では、空間における視界の定量的分析をすることから最も適し
ていると判断された等立体角射影レンズの Sigma 8mm F4 EX CIRCULAR
FISHEYE を使っている。
030
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
2-3. 空間知覚と視覚距離について
2-3-1. 空間知覚について
空間知覚は、1)広がり(extent)、2)距離(distance)
・奥行き(depth)、3)
方向(direction)・位置(position)、3つの属性から構成されており、人間
は通常、これらの属性を全て、もしくはその幾つかを知覚している。したが
って、日常的な体験を通じて理解されることはあまり無いかもしれないが、
空間知覚とは視覚に限って生じるものではなく、聴覚・嗅覚・触覚・味覚、
さらには内臓感覚(胃の満腹感・空腹感、腹痛など)においても認められる
原初的なものである。また、空間知覚とは空間を知覚することではなく、空
間に存在する対象を知覚することであることを意識することも大切なことで
あると思われる。
方向知覚
頭部と身体を正立させて外界を観察したとき、視方向に関して二つの
異なる知覚体験が存在する。そのひとつが相対的視方向(relative visual
direction)である。この視方向は眼の節点(nodal point)を通過して任意の
網膜細胞を刺激する視線(visual line)を、中心窩を刺激する視軸(visual
axis)に関して決定したときに得られる。
方向の恒常性
方向の恒常性(direction constancy)とは客観的に静止した対象の頭部中
心的視方向が眼球位置の変化にもかかわらずほぼ一定に保たれることを意味
する。
距離・奥行きの知覚
観 察 者 の主 観 的 原 点 か ら 対 象 ま で の 主観的空間的間隔を見えの距離
(apparent distance)と呼び、異なる見えの距離を持つ対象間の主観的空間
的見えの奥行きを(apparent depth)と呼ぶことにする。また距離や奥行き
の知覚に影響を与える刺激要因を手がかり(cue、clue)と呼ぶことにする。
本節では手がかりが十分にしかも調和して与えられている日常空間における
距離知覚について最初に述べ、ついで各手がかりを紹介分析し、最後にすべ
ての手がかりが与えられない還元条件のもとで距離・奥行の知覚について論
ずる。
環境条件の受け手である人間の知覚特性(能力)の測定というかたちで、音・
熱・光などに対する人間の感覚特性・知覚を調べようとする研究分野がある。
主に環境計画の分野で行なわれるいる。
より建築や都市空間のスケールの問題と近いところでは、戸沼幸一(1978)
の人間尺度の研究がある。人体のもの尺度能力に着目し、身体尺・歩行尺・
031
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
感覚尺・時間尺と人間のもつスケール感覚を多角的に論じたものである。人
間は自分自身の肉体の形や大きさを通して、また器官の働きを通して外部を
計測し、自分の相対位置を知り、方向を定めて行動決定をし自他を評価して
いる。「人間尺度」とは、人間の肉体自身を外界を捉える物差とするという
ことである。この理論は人間と文明の対応を考え、人体の基本的尺度性を、
身体尺、歩行尺、感覚尺、時間尺として明確化し、それが生活環境を考える
うえで何よりの物差であることを確認しようとしたものである。E・ホール
も都市に存在する温度の感覚、触感などが空間の知覚に大きく関わっている
ことを述べている。多方面に影響力を持つ建築・都市のデザインはスケール
の問題を別にしても、機能・デザイン・生産性を満たせば成立するインダス
▲図 2-15. 空間の知覚(戸沼幸一、相場一郎)
小学生と先生に体育館の大きさをどのよう
にとらえているのかを実験したものである。
低学年ほど空間を実際より大きなものと
思っている。
トリアルデザインとは全く異なった行為であり、G・エクボのいう「著しい
客観性」を必要とする。言い換えるとそれは建築を含めたすべてを単一の要
因としてではなく、関係させて複合体として扱う能力、多くの要因を総合的
に評価しながらデザインする能力を必要とする行為である。
知覚と運動の双対的関係
知ることと動くことは一つのものだからといって知ることと動くことー知
覚と運動ーを分析することなく、その本来の機能を損なわないように一括し
て取り扱うことは、決して容易ではない。なぜなら二つは、一対になったも
のではあっても決して同一のものではないからである。
例えば「歩いていける」という眼前の環境についての意味あるいは価値は、
生態心理学において「アフォーダンス(affordance):アメリカの実験心理
学者 J.J.GIBSON の造語である)」と呼ばれる。これは、一般に、人間や動物
に対してその棲息環境が提供し、その人間や動物の行動の根拠となる意味や
価値のことを表す特別な用語である。アフォーダンスは、環境(他者や対象
化された自身なども含む)の中に知覚されるが、しかしそれは純粋に環境あ
るいは対象の側の属性ではない。例えばあなたの身体と比較して、その開口
部がとても小さかったら、その開口部はあなたの通行をアフォードしないだ
ろう。けれと小さい子供には、通行をアフォードするかも知れない。このよ
うにアフォーダンスは環境から知覚されるものであるにもかかわらず自己の
身体性が包含されており、したがって、伝統的な主客の分類には当てはまら
ないような特別な概念なのである。
続いて、扉のところまであなたは歩いていったとしよう。するとその過程で
開口部からの眺望はさらに広がっていき、その眺望の広がり自体が、さらに
遠くまであなたは歩いていけるということをアフォードするだろう。
さて、ここまでの事象から、知ることと動くこととの関係について整理して
みよう。最初にいた場所を s、部屋の開口部を g とし、s と g のあいだの現
在地を p とする(図 2-16)
。p から g への眺めは、どちらかと言えば「知覚」
032
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
に属するものかもしれない。これからのあなたの歩き方、運動を、運動その
ものではない形式で、いわば「情報」によって、制約、特定しているからで
g
ある。一方、s から p へ至る歩行(図 2-16 の実線)は、「運動」の領域に属
p
するのかもしれない。その経路は s から p への眺めを実際の歩行という運動
に変換してきた過程であり、知覚されたアフォーダンスの実現の過程である
s
からだ。
しかし、この運動は単純な知覚の実現ではない。それは知覚の機会を広げた
り、これからの運動の可能性を制約したりする機能を備えているからである。
▲図 2-16. 移動経路の鳥瞰図
例えば s から p へとただ歩いた場合と急いで走った場合とを比較してみよ
p は現在地である。すでに移動してきた経
図中の曲線は、s から g までの移動を表す。
う。どちらの場合も眼前の眺めによってその後の運動を制約するアフォーダ
路(s-p 間)は実線で、これから移動する経
ンスが特定されるが、特定されるアフォーダンスは、s から p まで歩いた場
視覚世界と外界の構造推定、p98 ∼ p100、
合と走った場合とでは、その質が異なるだろう。歩いた場合は同様に歩行を
継続することがアフォードされ、走った場合にはもしかすると危険がアフォ
路(p-g 間)は点線で表している。−乾敏郎:
INTERCOMMUNICATION NO.45、NTT 出 版
株式会社、2003 ードされるかもしれない。危険がアフォードされた場合には、移動速度を減
少させるように、さらに運動が調整されていくであろう。
知ることと動くこととの「双対性」
ここまで、生態心理学の立場から、知覚と運動との関係について考えてき
た。その中で、二つは分断すべきではないが、一方でそれらを同一視するこ
ともできないことが確認された。生態心理学者ギブソンの盟友である R・シ
ョーの言葉を借りれば、知覚と運動とは「双対性(duality)」を形成してい
るということになる。この「双対性」は、「二元論(dualism)」とはまった
く異なるものである。「双対性」とは、すなわち、存在論的に同一ではないが、
相互に関係しているという点で相互的(mutual)であり、なおかつ目的的
な行為においては、知覚は運動に、運動は知覚に置き換えられるようにして
その行為が達成されていくという点で相補的(reciprocal)である、という
ことである。
「アフォーダンス」に代表されるいくつかの生態心理学の概念が、伝統的
な心理学で用いられる概念と比較して異質な印象を与えるのは、それがこ
こで述べたような知覚と運動との特別な関係ー双対性ーを保存しつつ、人間
や動物のふるまいを研究するためのツールとして提案されているからであろ
う。知覚と運動との双対性を認めるかぎり、これら生態心理学の特別な概念
が必要とされるのである。
E・ホールは都市に存在する温度の感覚、触覚などが空間の知覚に大きく
関わっていることを述べている。多方面に影響力を持つ建築・都市のデザイ
ンはスケールの問題を別にしても、機能、デザイン・生産性を満たせば成立
するインダストリアルデザインとは全く異となった行為である、G・エクボ
のいう「著しい客観性」を必要とする。言い換えるとそれは建築を含めたす
033
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
べてを単一の要因としてではなく、関係させて複合体として扱う能力、多く
の要因を総合的に評価しながらデザインする能力を必要とする行為である。
「空間の知覚」に関連する研究として、数多く行われているのは、空間に
対する知覚を数量化した感覚量と、空間の構成要素を数量化した物理量との
関係を論じ、物理量で感覚量を説明しようとするもので、その代表としては、
谷口らの体系的かつ長期間にわたる「建築群の空間構成計画に関する研究」
があげられる。
この研究においては(集合住宅についてという限られた条件であるが、)
すでに各種の検証をもって物理量により感覚量を説明する関数を導き出して
いる。また西村らは、空間認識を設計に応用する際の分析を学生を対象とし
て行っいる。宮宇地は、人間が移動する行為とともに視覚情報を捉えており、
この研究は本研究と関連づけられる内容と思われる。また横山らは、実際の
建築とは直接には関わらずに、概念上で空間を図式モデル化することを考察
している。
2-3-2. 認知距離について
国家間の距離と自宅からの最寄り駅までの距離をイメージし比較してみる
と分かるように、Sarinen(1976)の指摘によると、“空間スケールによっ
て認知距離の内容が変化する”とは、世界スケールな認知距離に影響を与え
るのは、もはやに地上経験ではなく、政治・歴史・国民性などにある”とい
った指摘である。一方、戸沼は“移動手段による影響(ヤード・歩・里・と
いった人間の持つスケールに基づく尺度と直接関する“歩行”以外の移動手
段を用いると、人間の持つスケールを超越してしまうために認知距離が変化
してしまうとスケール(大きくなるにつれて認知距離と日常の行動との関係
が弱まり、具体的な距離単位を用いて距離を把握することすら困難になる”
と指摘している。
距離・奥行きの知覚
観察者の主観的原点から対象までの主観的空間的間隔を見えの距離
(apparent distance)と呼び、異なる見えの距離を持つ対象間の主観的空間
的見えの奥行きを(apparent depth)と呼ぶことにする。また距離や奥行き
の知覚に影響を与える刺激要因を手がかり(cue、clue)と呼ぶことにする。
本節では手がかりが十分にしかも調和して与えられている日常空間における
距離知覚について最初に述べ、ついで各手がかりを紹介分析し、最後にすべ
ての手がかりが与えられない還元条件のもとで距離・奥行の知覚について論
ずる。
034
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
視角と大きさの恒常性
大きさの知覚を規定する最も大きな要因は網膜像(あるいは視角)の大き
さである。一定の観察距離に提示された対象の客観的な大きさが大きいほど
網膜像も大きくなり、同時にその見えの大きさも大きくなることはきわめて
明白な事実である。しかし見えの大きさが対象の網膜像の大きさのみに依
存して変化するものでないことは日常の視覚体験からも明らかである。たと
えば1m の観察距離に立っている人がさらに1m 遠ざかったとき、網膜像
の大きさは半減するが人の見えの大きさには大きな変化が生じない。一般に
対象の見えの大きさが観察距離の変化にもかかわらず一定に保たれることを
大きさの恒常性(size constancy)と呼ぶ。また、対象の見えの大きさが観
察距離の増大に伴って増大する現象を大きさの超恒常(over-constancy)と
呼び、逆に見えの大きさが距離の増大に伴って減少する現象を不完全恒常
(under-constancy)と呼ぶ。
大きさと距離の処理様式
空間知覚の手がかりと呼ぶことにすれば、空間知覚の手がかり、見えの距
離、見えの大きさの間でいくつかの処理様式を考えることができる。第1の
処理様式は距離の斟酌することによって決定されると仮定する。見えの距離
と視角の大きさの結合様式にはいくつかの可能性があるが、両者の積に見え
の大きさが比例すると仮定することが多いようである。
月の錯視
外部空間の尺度
月が天空のどこに位置しても月の視角は約 0.5°であるが、水平線上の月
は天頂の月に比べて 15 − 30%ほど大きく見える。これを月の錯視(moon
illusion)と呼ぶ。月の錯視の説明理論は古くから存在する(Ross&Ross、
1976)がひとつの有力な考え方は月の見えの大きさの変化を眼球、頭部、
身体の位置のような変数によって説明する生理学的理論である。
対象の見え大きさを規定するものは対象の視角の大きさと対象までの見え
の距離である。月の錯視の場合、視角は一定であるから、水平線上の月の方
物的尺度
視 覚 的 尺度
線
的 角
度
的 面
的
・距 離−水平距離
認識距離
・角 度−仰角(D/H)
俯角
識別角
・立体角投射−形態係数
天空率
形態率
・立 体 角−壁面率
線
的
密
度
的
・高さ
・隣棟間隔
・D/H
・建物建ぺい率
・容積率
・密度(戸数,人口)
空面率
立体角面率
天空量
立体角量
(天空量、地面量、建物量)
▲図 2-17. 視覚的尺度と物的尺度の要素
が天頂の月に比べて遠く見えるので水平線の月の方が大きく見えるというも
のである。
認知距離
認知距離とは“ラージスケールな空間における複数の区間及びお互いが離
れていて見ることが出来ない空間の距離・環境内を移動することにより獲得
される距離”を意味し、研究では抽象的な事象(記憶・印象・判断など)を
問題とする。つまり、認識的距離研究は感覚的・知覚的事象を基礎とながら
も、事象を意味的・概念的にとらえるある種の情報統合の過程及び結果を検
討対象とする趣が強い。したがって、実距離と認知距離データとの比較検討
によって、環境と人間との相互作用、人間がその環境とどのような関係にあ
035
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
るかの理解を進めることができるものと考えられる。
一方、目的の有無に関係なく、行動は意識を伴わないことが大半である。
これは歩行に関しても同様であり、ある地点間の経路距離を想起する際には
無意識に獲得した流動的・連続的環境情報を手掛かりとすると考えられる。
実距離
距離はコミュニケーションである」といったのは E・ホールである。ここ
に端的に表現されているように、距離は建築・都市においても、人間の心理(感
覚・知覚)や行動を規定する属性の一つである、というのも人間の五感その
ものが距離に関係しており、味・触・嗅・聴・視の順で知覚の距離が大きく
なる。また歩行がそれらの能力を空間的に拡大するのである。
知覚をもとにして、個体を中心として遠心的に広がっている距離に種々な
階段を仮定することができる。ホールの人間相互の社会的関係を四つの距離
で示したものや、人間の表情や身体の見え方で距離を分類する試みもある。
また、人間の見え方を建物のそれにアナロジカルに適応した、ブルーメンフ
ェルトのヒューマン・スケールの3分類がある。また室内空間における距離
序列を外部空間の距離は内部空間の 8 ∼ 10 倍に拡大することを経験的に理
論化した。
建築を離れて、自然の景観にあっても、それを認識する人間を中心として、
樹木との距離関係にも幾つかの階段が規定される。これらは人間の視覚によ
って、われわれの生活空間が地理的にいかに拡がってくるかを示すものであ
る。
▲図 2-18. D/H と囲み感、快適な D/H(かたちのデータファイルから、P51)
036
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
距離は、五感や歩行などの感覚・行動によって認知され、われわれの生活
建造物としての存在が強調される。
に種々の影響を与える。ひとが手で触れることのできる身近な距離から数十
細部(詳細)がみえる。
キロに及ぶ遠距離に至る空間は、物理的に連続していても、ひとを中心とし
た遠心的に認知された空間は不連続であり、幾つかのレベルに分けることが
全体の形を瞬時に認識できる。
できる。その基準となるのは、人間相互の視覚や声によるコミュニケーショ
対象と背景が等価となる
ンの変容であるとか、ひとや建物の見え方の変化とか、森林など自然景観の
対象は環境の一部となる。
知覚の変化によるものがある。
建築や彫刻の見え方は、対象の輪郭を張る視線の角度によって規定される。
これは視野の全半球のなかで、視覚の能力が一様でないことによる。見え方
の変化と視角とを単純な量で記述したのが、19 世後半の建築家メルテンス
▲図 2-19. 視角と建物の見え方
(メルテンスの理論:かたちのデータファ
イルから、P51)
であった。メルテンスは西欧の歴史的建造物の観察と同時代の物理学者ヘル
ムホルツの生理視覚理論を基に、対象の視角による相貌の変化を記述した。
これは対象の見え方の経験側として今日でも通用するものである。
メルテンスの理論は現代と視の外部空間のヒューマンスケールのよりどこ
ろして注目され、ブルーメンフェルト、リンチなどがその現代的解釈を述べ
ている。メルテンスは対象の全体と部分の見え方に着目したのだが、リンチ
らはむしろ空間の閉鎖性に興味をもった。特に外部空間にあっては建築の間
隔(D)と高さ(H)の比が、閉鎖性を単純に記述できるのである。ここで
閉鎖性とは、ひとが3次元的に包み込まれているという囲繞感と、ある場所
が周囲から区画されているという領域感との二つの意味があることに注意し
なければならない。D/H が大きくなると前者の閉鎖性は失われるが、後者
の感覚は保存される。これらはこの二つの閉鎖性を併せもった西欧建築の特
性を解釈するのに適した概念である。
次は、芦原義信による D/H について述べる。
芦原は『街並みの美学』で、建築空間には、大別して周囲の枠から内に向
かって収斂するような空間と、中央に核があって外に向かって発散するよう
な空間とがあるといえよう。そこで、空間の積極性と消極性ということにつ
いて考察し、収斂する空間と発散する空間とにおいて、それがどのように、
それぞれと関係するのかを検討している。
芦原による建築の高さ(H)と隣棟間隔(D)との関係について説明して
みよう。建築が独立して一軒だけ建っているときは、彫刻的、 記念碑的で、
その周囲には発散的なN−スペースが存在する。そこに、さらに一軒の建
築が出現することによって、両者の間に閉鎖的な相互干渉作用が始まる。芦
原の観察によると、 D/H=1を境として、D/H<1の空間とD/H>
1の空間とでは、空間の質において変節点であると思われる。別な言い方を
すれば、 D/Hが1より大きくなるにつれ、離れた感じとなり、D/Hが
1より小さくなるにつれ、近接した感じとなり、D/H==1のとき、建築
037
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
図 2-20(上) イタリアの町並みの D/H
:芦原義信、町並みの美学、P.72
図 2-21(下) 建物と視界の関係
の高さと間隔の問に、ある均整が存在する。実際の建築の配置計画では、D
建物の高さ(H1)の 2 倍の距離(D 1)をとっ
/H=1、2、3 あたりが最も広く応用される数値であり、D/H>4
る。その仰角(θ1)は tan θ1=1/2、θ1=
となると、もはや相互の影響力がうすれて、渡り廊下のようなコネクターが
27°、一群の建築として見る時は、D2=3H2、
両者の間にほしい距離となる。
て見ると、建物を全体として見ることができ
すなわち tan θ2=1/3、θ 2 = 18°となる。
:芦原義信、町並みの美学、P.73
一方、D/H<1となると、二つの建築の相互干渉が始まり、さらに近寄
ってくるとクラウストロフォビア(閉所恐怖症)現象を生ずるようになる。
D/H<1となるときは、その対する建築の形状、壁面の材質、窓や出入口
の大きさや位置、太陽の入射角等が関心事となる。言い換えれば、D/H<
1となるときは、前述の逆空間について、十分な均整がとれて安定している
ことが配置計画上必要なことがらであるといえよう。 この寸法は、建築の
みならず、人間と人間との関係にも応用できる。二人の人間がきわめて接近
したとき、 人間の顔の高さ(H=24cm∼30cm)と、 顔と顔の間隔
(D)との間にD/H<1となると、 干渉作用が強くきわめて親密的であり、
D/H>1で普通の関係となり、D/H=2、3 すなわち、60cm、
90cm は、顔だけを意識したときの手ごろな距離であり、D/H=4、
すなわち、12m離れると、顔だけの距離としては離れすぎで、むしろ座っ
て向かい合ったときの距離となる。
ここに、座高(H’)を約1.2mとすると、 ふたたびD’/H’=1と
いう均衡の関係が生ずる。屋外で立って向かい合っているときの状態では、
身長(H”)を簡単化するため1.8mとすると、間隔1.8mでD”/H”
=1となり、D”=3.6mでD”/H”=2となり、D”=7.2mでD”
/H”=4となると、もはや離れすぎて、二人だけが向かい合っているとい
038
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
う距離ではなくなってくる。
以上は、建築の高さと隣棟間隔との関係を人間にあてはめて類推したもの
である。外部空間のスケールについて、カミロ・ジッテは広場の大きさにつ
いて述べているが、それによると、広場の幅は最小寸法として主要建物の高
さに等しいこと、最大寸法としてその高さの2倍を超えないこととある。こ
れを前述の式になおすと1≦D/H≦2となり、D/Hが1より小さくなる
と広場というよりは建築と建築との相互干渉が強まりすぎた空間となり、D
/Hが2倍を超えると幾分離れすぎて広場としての閉鎖力が働きにくくなる
と考えられる。D/Hが1と2との間では、 空間が平衡していて、最もひ
きしまりた寸法であると述べている。
2-3-3. 視覚距離について
立体角量と視覚距離
立体角とは「見かけの大きさ」あるいは「見かけの面積」である。視覚の
中で立体角が何を意味するか考えてみると、それは「網膜の大きさ(面積)」
といえる。網膜象と「見えている」像の大きさの差は、その人間の意識ある
いは、潜在意識に何らかの影響を与えているはずである。 高橋は論文で「立体角の評価と、人間の距離とは、偶然以上の一致を示し
ていると思う。」と言っているが、これは視界から捕えた立体角量を距離に
なおすことも可能であるとことに解釈できる。
本研究では、立体角量の領域の分割と視覚距離の分析法を使っているが、
これは視覚を定量化することで距離を分析したものとしてこれまでとは違う
初めての試みである。
物体の観察点からの距離rとその視界をしめる比率(立体角量)xの関係
r=1/x
①
r 各建物の観察点からの距離
x 各建物の立体角量
②
r1
r2
x2
x1
視覚距離の算出方法 x→0%
x→100%
r1
<
r2
x1
>
x2
2+log1/x
lim(2+log1/x)=∞
lim(2+log1/x)=0
図 2-22 視覚距離の計算式
8㎜魚眼レンズを用いて各撮影地点から海側・山側に分けて撮影を行い、
周囲 360 度の画像が得られる。その周囲 360 度の画像の大きさを1とした
ときに、その射影された画像内の映像を建物領域(撮影を行なった建物やそ
の中の生活品等)−天空−海−山−他の領域(大地、壁面、他の家屋などの
周辺建物の領域)の比率をパーセントで算出を行う。
次に、ある物体を見るとき、その観察地点からの距離rとその立体角量x
039
第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
は反比例の関係にあることから、各建物の立体角量 (% ) の逆数をとり、さ
らにその対数を取ったモノを視覚上における仮想距離とした。( 以下、視覚
距離と呼ぶ )
そして、その視覚距離を撮影地点を中心とし、各建物の方向を維持した状
態で、球面上のグラフに表記し視覚距離上における仮想の配置図を作成した。
このグラフにおいて最外周は立体角量0%、視覚距離上では無限遠∞を意味
する。このことから各建物の視界を占める比率x%の逆数の対数をとり、2
を加えた物を意識上における仮想距離として観察点からの中心角を保った状
態で球面状に表記し、その仮想距離に基づく配置図と実際の距離に基づく配
置図に対して比較、解析を行った。
以上、視覚距離は実距離とは明らかに違う。これまで建築計画において使
われている D/H 理論などは外部空間からみた人間の尺度であるが、本研究
は内部空間からも外部空間から判断できる尺度である。また、人間の視覚的
感覚は国や人種などによって異となっていることから、種々に応用が可能な
ことと各文化やその文化の人間の感覚にあった尺度としてこれからも研究す
る価値のあるものであると確信している。
【注釈】
注1)日本建築学会編:図説集落−その空間と計画 、都市文化社 、1989
注2)原研究室:住居集合論 1 ∼ 5(SD 別冊 )、鹿島出版会 、1973 ∼ 79
注3)http://www.interscope.co.jp/research/m2_01_f2.html
注4)高橋研究室:かたちのデータファイル、彰国社、1984
注5)鄭王文 静,古谷誠章:韓国南沙里における視界の開放性と閉鎖性による空間特性に関する研
究∼視界の定量化による集落空間の評価手法の研究(その1) ∼、日本建築学会計画系論文集 NO.570、2003.8
注6)苅谷哲朗:Architecture as an Interface( 建築インタフェイス輪 )、東京大学、1998
注7)アイデンティティ:イメージが役立つためにまず必要なことは、それがその対象物を他の
ものから見分けていること、独立した実体として認めていることを示している。
注8)ストラクチャー:イメージは対象と観察者との、そして他の物体との間の空間の関係ある
いはパターンの関係、つまり構造を含んだものである。
注9)ミーニング:対象は実際的にしろ感情的にしろ、観察者にとって何らかの意味を持たなけ
ればならない。意味もまた関係であるが、空間あるいはパターンの関係と全く異となるものである。
注11)ディストーション(「歪曲」): 「球面収差」、「コマ収差」、「非点収差」と異なり、点は
点には写るが、被写体の形状が変形する「収差」。目に見える現象としては、3 つの代表的な類型:
*「タル型」(ビヤ樽のように変形する。たとえば、方形を撮影すると、その四隅の角度は本来の
90 度を超えて太ったように変形する)
*「糸巻き型」(くびれた糸巻きのように変形する。たとえば、方形を撮影するとその四隅の角度
は本来の 90 度には満たずに端が尖がるように変形する)
*「陣笠型」(「タル型」と「糸巻き型」が合わさった形。陣笠の形状)
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第2章 集落空間の定量化手法と空間知覚・視覚的尺度について
【参考文献】
文 1) 高橋研究室:かたちのデータファイル、彰国社、1984
文 2) 藤井明:集落探訪、建築資料研究者、2000
文 3)B・ルドフスキー:建築家なしの建築、鹿島出版会 、1975
文 4)原研究室:住居集合論 1 ∼ 5(SD 別冊 )、鹿島出版会 、1973 ∼ 79
文 5)日本建築学会建築計画委員会:住居・集落研究の方法と課題 - 異文化の理解をめぐって、
日本建築学会 、1988
文 6 )日本建築学会建築計画委員会 編:住居・集落研究の方法と課題Ⅱ - 討論・異文化研究の
プロブレマティーク 、日本建築学会 、1989
文 7)日本建築学会建築計画委員会 編:計画研究の新しい視座を求めて - アジアにおける住居・
集落研究の蓄積を素材に 、日本建築学会 、1996
文 8)畑聰一:エーゲ海・キクラデスの光と影 - エコノス・サントリーニの住まいと暮らし 、建
築資料研究社 、1990
文 9)茂木計一郎,稲次敏郎,片山和俊:中国民居の空間を探る −群居類住− ”光・水・土”
中国東南部の住空間 、建築資料研究社 、1991
文 10) D・フレイザー:未開社会の集落 、井上書院 、1984
文 11)R・ウォーターソン:生きている住まい - 東南アジア建築人類学 、」学芸出版社 、1997
文 12) 佐藤浩司 編:シリーズ建築人類学 1 ∼ 4 、学芸出版社 、1998 ∼ 99
文 13) 泉靖一 編:住まいの原型Ⅰ、鹿島研究所出版会 、1971
文 14) 芦原義信:町並みの美学、岩波書店 、1979
文 15) 日本建築学会 編:図説 集落 - その空間と計画 、都市文化社 、1989
文 16) 原広司:集落への旅、岩波書店 、1987
文 17) 原広司:集落の教え 100 、彰国社、1998
文 18) 戸沼幸市:人口尺度論− 居住環境の人間尺度 、彰国社、1978
文 19) エドワード・ホール:かくれた次元、みすず書房、1980
文 20) 中島義明 , 大野隆造編:すまう−住行動の心理学 、朝倉書店、1996
文 21) 日本建築学会編:図説集落−その空間と計画 、都市文化社 、1989
文 22) B・ルドフスキー:人間のための街路、鹿島研究所出版会、1973
【論文】
文 23) 大野隆造 : 環境視の概念と環境視情報の記述法 環境視情報の記述法とその応用に関す
る研究(その1)、日本建築学会計画系論文報告集 No.451、1993.7
文 24) 高橋鷹志:空間の知覚的尺度に関する研究、博士論文 、東京大学、1986
文 25) 苅谷哲朗:Architecture as an Interface( 建築インタフェイス輪 )、博士論文、東京大学、
1998
文 26) 畑聰一:離島集落における住居及び住居集合の共同性に関する研究、博士論文、東京大学、
1996
文 27) 柳瀬亮太:建築空間内の移動行動から生成される認知距離に関する一研究、博士論文、
早稲田大学、2001
文 28) 阿部一:視覚世界としての環境と人間の相互関係から見た文化の基層的な構造、博士論文、
東京大学、1999
文 29) 趙巖:二眼式立体映像の空間特性と視覚特性の研究 、博士論文、早稲田大学、1997
文 30) 西應浩司:連続視覚行動と認知地図の環節継起的視点からみた街路特性に関する研究 空間構造特性による経路選択のためのレジビリティ形成論、博士論文、京都工芸繊維大学、2000
文 31) 北川啓介:視深度による内部空間記述からの建築形態論、博士論文、名古屋工業大学、
2001
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