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Page 1 金沢大学学術情報州ジトリ 金沢大学 Kanaraพa University
Title
オスカー・ワイルドについて
Author(s)
桑野, 英正
Citation
金沢大学教養部論集. 人文科学篇 = Studies in Humanities by the
College of Liberal arts Kanazawa University, 6: 450-443
Issue Date
1969-02-10
Type
Departmental Bulletin Paper
Text version
publisher
URL
http://hdl.handle.net/2297/39327
Right
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,各著作権等管理事業者に確認してください。
http://dspace.lib.kanazawa-u.ac.jp/dspace/
450
オスカー・ワイルドについて
はじめに
ワィルドの作品のなかで、僕が自分の意志で選び、そして読んだ最
初の作品は、﹁獄中記﹂︵一八九七年執筆︶である。この書簡体の自己
桑野英正
ありそうだ。
い、自分にこだわりすぎた生まじめなワイルド﹂を語る資格が僕には
1
可世紀末かLとヘンリー卿はつぶやいた。
オスカー・ワィルド︵一八五四’一九○○︶の伝記的事実を詳細に羅
lドリアン・グレイの肖像第十五章
ドリアンが言った。可人生って大いなる失望だL
フエン・ドユ・グローブ
告白録は僕にとって忘れがたい本だ。僕はこの本によってはじめ、て
可この世の終わりですわLと女主人は応える。
フエン・ド・シエックル
英語の文章の音と均整の美しさを知った。英語の文体の妙味を知った。
可この世の終わりであったらいいんだがLと溜息まじりに
スタイルスタイル
後になって、﹁我々に物事を信じさせるものは文体なのだI文体以
ドを知り、あらためて彼の才能を認識した。その精妙な文体で描かれ、
外の何物でもない﹂︵虚言の衰退一八八九年発表︶と揚言するイワル
表現されている、美しい瞬間や美しい思想に満ちた﹁獄中記﹂に僕が
氏がはじめて手にした作品が﹁サロメ﹂であったことを述べた後、﹁
ところで、三島由紀夫氏はその﹁オスカア・ワイルド論﹂のなかで、
宣伝をし、一八八一年処女詩集を出版している。つまり八○年代のは
いる。その後すぐにロンドンに出て﹁美的服装﹂で街を闇歩して自己
十分である。彼は一八七九年に二五才でオックスフォードを卒業して
列するつもりはない。ただ以下の事実を想起してもらえれば、それで
人間は結局、前以て自分を選ぶものだ﹂と、氏とワイルドとのある面
じめに詩人として彼は出発したわけである。﹁芸術のための芸術﹂の首
感動したことは言うまでもない。
での類似性を告白している。もし自分の意志で選んだ最初の本が、著
︵T且︶
者と選択者との類似性をある程度まで暗示しているのであれば、三島
彼にとっては苦しい習作時代と言える。その後、八八年童話﹁幸福な
魁として一時的に世間の注目を集めたが、概して八○年代のはじめは
二
アート・フォー・アーッ・セイク
氏がその論文の最後の部分で極言している﹁もはや誰も相手にしな
オスカー・ワイルドについて︵桑野英正︶
九
448
を模倣する以上に人生が芸術を模倣する﹂︵虚言の衰退︶などという
グレイの肖像第二章︶などという駄酒落的なものから﹁芸術が人生
惑から免れる唯一の方法は誘惑に負けてしまうことだ﹂︵ドリアン・
ペリシテ人に葬られる美の殉教者になるという彼の筋書きどおりに悲
う。俗物主義的な時代に美の使徒としてはなばなしく登場し、遂には
その悲劇を望んでいたのであれば、我々が一体何を言うことがあろ
悲劇は彼自身のなかに最初から用意されていたのだ。しかし彼自身
劇が演じられたのであるから、我々が一体何を言うことがあろう。獄
芸術家としての自己を賭けたものまでl彼が使ったのは、その威力
中の身となった彼は言う。I
ロード・オブ・ラソグウイジ
のすばらしさもあろうが、やはり、そのような危険な武器をも使いこ
人々にも感じさせたのだ。
初に自分自身の犠牲の山羊になってしまったのだ。
一一一一
︵44︶
彼は時代の犠牲の山羊になることを望んだ。しかし結局は、まず最
いるが、至言である。I
チャード・エルマンはこのようなワイルドについて次のように評して
の意味で世紀末の芸術について我々に適切に何かを伝えてくれそ。リ
上に引いた彼の生まじめな発言は皮肉にも、彼の意図する意味とは別
たしかに彼はイギリス﹁世紀末﹂の﹁象徴的な芸術家﹂であった。
l獄中記
である。しかし、僕の場合は違っていた。僕はみずからそれを感じ、
過ぎ去ってしまった後、歴史家か批評家によって認められるのが普通
る人は少ない。たとえ認められるにしても、本人とその時代がはるか
生涯の間にこのような地位を占め、そしてそのことを世間に認めさせ
た。そして後には、自分の時代にこのことを悟るように迫った。その
あった。僕は既に、このことを青年時代の初期にみずから悟ってい
僕は自分の時代の芸術と文化にたいして象徴的な関係に立つ人間で
なせる練達の﹁言葉の王者﹂だという彼の自負心に因るのだろう。
この強力な武器の向けられた主な対象は、当時の人々の俗物根性で
︵。◎︶
あり、偽善であった。又、文学に関して言えば、当時大勢を占めてい
たリアリズムがその攻撃目標であった。
逆説も、それが言葉の領域に留まっているかぎり危険はない。﹁ド
リアン・グレイの肖像﹂︵第一章︶のなかでドリアンは、逆説を弄する
ヘンリー卿に﹁あなたは不道徳的なことばかり言っているけれどもけ
っしてそれを行動に移そうとはしない﹂と言っているが、この場合の
ヘンリー卿の逆説などは言葉の領域を一歩も出ない逆説である。しか
し、もし逆説のなかに行動への契機が孕まれていたらどうだろう。l
その時こそ、逆説が逆説として生き、相手に危険を警告する強力な武
器となるのではないか。だがそれは、あくまでも行動への契機であっ
て、行動そのものであってはならないはずだ。ワイルドが蹟いたのは
この点においてであった。悲劇の後に彼自身次のように述懐してい
プ︵﹀O1Illll
高みにあることに飽きてくると、新しい感動を求めてわざと深淵に
l獄中記
まで降りていった。想念の世界で逆説が僕に果たしたとおなじ役割
を、情念の世界では片意地が果たしたのだ。
オスカー・ワイルドについて︵桑野英正︶
447
オスカー・ワイルドについて︵桑野英正︶
3
一一一一一
過剰の人間の特徴以外の何物でもない。中編小説﹁アーサー・サヴィ
ル卿の犯罪﹂︵一八八六年発表︶のなかでワイルドはウィンダミァ夫
人にこんなことを言わせている。I
だれでもひとつきに一度は手相を見てもらうべきだとおもいます
lドリアン・グレイの肖像第一章
魂と肉体の調和lそれはなんと得がたいことだろう/、
芸術における真実は、物がそれ自体と一致することである。
言葉をあびせて見捨ててしまう。Iという﹁ドリアン・グレイの肖
ビル・ヴェインを、夢を追いつづける若いドリアン・グレイは残酷な
するのである。現実の恋を知ったがために演戯することを放棄したシ
仮面に自己を賭けること、此処に美を、そして生き甲斐を見出そうと
いだろう。醜い現実を逃れ、演戯の力で夢に生きることlつまり、
るければ、自分で選んだ運命であるから、それは夢と言い換えてもい
を見出そうとするのである。もともと自分で創造したlと言ってわ
く演ずることに美を、そして︵ワイルドにとってすなわち︶生き甲斐
一旦自分の運命が設定されたら、自分に振り当てられた役割をうま
警告されるって、とても素敵ですものね。
の。勿論そんなこと言われても、やはりやってしまいますけど、でも
わ。そうしたら、何をしてはいけないかということがわかりますも
l獄中記
外面が内面を表現していることである。魂が肉化されているこ
とである、肉体が霊で満ちあふれていることである。
︵FD︶
ワイルド自身の告白を待つまでもなく我々は、彼の本質がさまざま
のかたちで、色で、調べで、彼の個々の作品に表われているのを認め
ることができる。なかでも、小説﹁ドリアン・グレイの肖像﹂は、虚
︵穴b︶
構を装っているだけに益々鮮明に、l我々は此処で、﹁仮面は素顔
よりさらに多くのことを語ってくれる﹂という彼の逆説を思い出さざ
るを得ないlワイルドという人間を物語っている。この小説で彼が
意図したものは、勿論、﹁人生が芸術を模倣する﹂という彼の最大の
逆説を小説のかたちで例証してみせることであった。この作品が小説
としてどうか、という問題をさておいて考えれば、みずから発した﹁
逆説﹂の犠牲者となるワイルドの運命を、この作品ほど鮮明に予表し
が、この夢と現実と演戯の関係を適切に説明している。
像﹂のなかの女優シビル・ヴェィンに関する挿話は、単純ではある
しかし又、仮面をつけとおすことのむづかしさを、ワィルドほど痛
ている作品はないだろう。﹁虚構の衰退﹂のなかで、ある小説の女主
切に意識していた作家もない。﹁ドリアン・グレイの肖像﹂にかぎら
人公と似ていると言われ夢中になった上流社会の一婦人が、その女主
ているが、その婦人の役割と全く同じ役割を後には彼自身演ずること
人公を模倣して遂には破滅してしまうという話を彼は例としてあげ
ず、彼の他の作品lたとえば、﹁ゥインダミァ夫人の扇﹂﹁アーネ
ストであることの重要性﹂などの戯曲を読んでみよ。あれほど彼が排
になるのである。しかも、自分が書いた小説の主人公を模倣すること
撃しようとした、まさにあの、倫理的な理由から主要人物は演戯をや
によって、祭司と犠牲の山羊の二役を一人で演ずることになるのだ。
め、仮面を脱ぎ、自己告白をしてしまうのである。
アソニユイ
不安を、そして倦怠を紛らすことlこれは、頽廃期に生きる自意識
自分で自分の運命を設定し、必然性のなかを歩んでいるという快感に
445
オスカー・ワイルドについて︵桑野英正︶
のなかに自分と共通するものを見出した、という印象を、いや、確信
を我々に抱か せ る 。 I
作品という卑俗な試金石によって人格を評価しようとするのはペリ
シテ人のみである。この若い伊達男は、何かをすることよりも、むし
ろ、何者かに成ろうと努力した。人生そのものが芸術であり、又人生
lペン、鉛筆、そして毒
は、人生を表現しようとする芸術と同様みずからの様式をもっている
ことを彼は認識していた。
﹁成る﹂という固定観念、それは、﹁ドリアン・グレイの肖像﹂の
場合のように陰に、又﹁獄中記﹂の場合のように陽に、彼の全作品の
なかにその基調として流れている。﹁何者かになる﹂、これほど大胆
な、ある意味では冒涜的な考えがあるだろうか。それは、何をしても
この世に存在するあらゆる精美なものの背後には、何か悲劇
的なものがあった。最もみすぼらしい花が開くためにも、世界
﹁芸術家﹂になった。しかしそれは、ワィルドにとって一つの仮面を
毒殺者にこそならなかったが、男色家になり、改俊者になり、そして
﹁芸術家﹂にだって、なれることを意味している。ワィルドは偽造者や
の作品l特に、童話を読んだ人には周知のことであろう。なかで
る。さらに、その悲劇性が自己犠牲のかたちで呈示されることも、彼
ところであり、又僕自身、既に、上述の各章でふれてきたつもりであ
ワイルドにおける悲劇性への志向については、大方の人が指摘する
lドリアン・グレイの肖像第三章
は産みの苦しみを経なければならなかったのだ。
脱ぎ、別の仮面をつけるという作業にすぎなかったように、僕にはお
まりもよい。両作品に共通した要素は、愛による自己犠牲の美しさで
あり、俗物主義的な人間Iことに、動物、植物、小供と対比された
も、﹁ナイチンゲールと薔薇﹂、﹁幸福な王子﹂などは詩情豊かで纒
意識を求めて悪に走った、とも言える。彼はじっとぬるま湯につかっ
滅ぼすことによってはじめて完成する、無償の、純粋な愛である。
子の市民に寄せる愛、燕の王子に寄せる愛lこれらの愛は、自己を
時の大人の醜さである。ナイチンゲールの学生に寄せる愛、幸福な王
﹁あの方の哲学があなたを幸福にしますの?﹂
ていることに堪えられなかったのだ。l
の意識が伴っていなければ彼は安心できなかった。逆に言えば、罪の
に。
ど、芸術と実生活を切り離して考えることが彼にはできなかったよう
っして、両者を切り離して考えることは彼にはできなかった。ちょう
た。そして時々、前者が後者の免罪符となることがあった。しかしけ
ワイルドのなかには﹁成る﹂という観念と罪の意識が共存してい
lドリアン・グレイの肖像第十七章
す。
。﹂
﹂
しいものですか。僕は快楽を伍
求求
めめ
たた
ののでです
﹂あ
とり
あま
りせ
まん
せよ
ん。
よ。幸福なんて、だれが欲
﹁僕は幸福なんて求めたこ言と
四
もえる。ただ、何に﹁成る﹂にしても、その﹁成る﹂ということに罪
て、毒殺者にだって、男色家にだって、改峻者にだって、⋮⋮そして
よいという一種の特権を自己に与えることを意味し、偽造者にだっ
5
0
444
︵7︶
ヴィヴィァン・ホーランド︵ワィルドの次男︶はワイルドの童話の
歴の夢幻的なパターンは、そのまま、彼が抱いていた哀しくも美しい
﹁美しい肉体には快楽があり、美しい魂には悲哀がある﹂l深淵
︵9︶
に落ちてなお一層、彼の夢は純粋性を帯び、悲槍美を帯びる。そして
夢であろう。
あったこと、他の一つは、中世的なものと神秘的なものが残存してい
歌う。死を一歩前にしたナイチンゲールは、最後の歌を歌う。.’
特質を二つあげているが、その一つは、彼が生粋のアイルランド人で
アイルランド的というのは、おそらく、花、烏、小供の美しさ、健気
lレディング獄舎の歌
僕はけっして、十九世紀末的なものにこだわるわけではない。僕の
等々:.⋮
関係。ワイルドと谷崎、三島氏との関係。ワィルドの現代的な意義。
ついて論ずること。ワィルドとキーッの関係。ワィルドとペイターの
論、戯曲、童話など、各ジャンル別に論ずること。又、特定の作品に
ワイルドについて書いてみるつもりでいる。たとえば、詩、小説、評
ったのだ。このエッセーを機に、今後、もう少し系統だったかたちで
過程を経ることなしに、いかなるワイルド論も僕には書けそうになか
してしまった。弁解がましく聞こえるかもしれないが、しかし、この
僕は臆面もなく、ワイルドから受けた感銘を感想文のかたちで呈示
おわりに
だから彼は死ななければならなかったのだ。
その男は自分の愛するものを殺してしまった。
るローマ教会に強く心をひかれていたこと、この二つである。此処で
さ、純真さを叙情的に、lいや、ほとんど感傷的と言えるまでに、
捕え、そして表現する資質のことであろう。ローマ教会的というの
は、l実は、僕自身この二つの特質について正確にはわかっていな
いのであるがlおそらく、象徴性を帯びた、荘厳な儀式などのこと
を指しているのだろう。ホーランドの指摘を上のように解釈した場
合、たしかに、この二つの要素はワィルドの童話の本質を成す要素で
あると言える。まるで縦糸と横糸のように、この要素は彼の童話のな
かを走っている。﹁わがままな巨人﹂とか、﹁若い王様﹂とかいうよ
うな作品はその好例であろう。ちいさな、かよわいものに寄せる愛
と、神に寄せる信頼が、美しい調和をつくり出しているのだ。なるほ
ど、逆説もある、風刺もある。しかし、それらが主目的でないのは明
らかだ。勿論、童話というジャンルの所為もあろう。しかし、ワイル
ドがこんなに伸び伸びと書いている作品を僕は知らない。もはやポ
ーズもなにもない。大きな図体をしたワイルドが、ある時は目を細め
て、ある時は目に涙を浮かべて、﹁美しい瞬間﹂のことを物語ってい
るのだ。童話のなかでは彼は片意地であることができなかった。彼の
感性と信仰は対立することなく、融け合って美しい調和をつくり出し
るに、十九世紀末を知ることなしに、現代を知ることはできない。少
関心は、むしろ、僕自身が生きている現代にある。ただ、僕が考え
とができた、と言っていいだろう。叉、彼の夢が美しく花開いたのも
た。童話のなかにおいてはじめて、ワイルドはワイルド自身であるこ
である。
なくとも、現代のイギリス文学を知ることはできない、と考えるから
一九六八年十月十五日
童話のなかにおいてであった。﹁星の子供﹂に見られる魂と肉体の遍
オスカー・ワイルドについて︵桑野英正︶
五
443
オスカー・ワイルドについて︵桑野英正︶
司獄中記L
ロロ。穴急◎鼻戸﹄Ca場p︺@騨
目匿①困四9国弔凰目8如言の CO自己①房旨一ごgo凰閉旦○開四円一言屋、
アンドレ・ジイド可可
一一
粒粒
のの麦もし死なずばL堀口大学訳 下巻三九三
ページ、 新 潮 文 庫
可虚言の衰退L
可獄中記﹂
忌
忌日
日の
の解
解説。
○
○門
の四。
門胃
昼ご
雪
﹄言の”の里の9塁三三言鴇ゞ○鴬。a︵弓意毒o1亀”・冨切富︶︾
彼の芸術観は、﹁芸術家としての批評家L可虚言の衰退Lに詳しいが、
圧縮したかたちで﹁ドリアン・グレイの肖像Lの序文にも見える。この
問題に関しては別の機会に述べるつもりである。
三島由紀夫評論全集新潮社一九六八年
平井博著司オスカー・ワイルドの生涯L松柏社一九六六年
しておく。
︹註︺ワイルドの作品からの引用にページ数を付さなかったのは、引用した
文が原文でなく訳文の所為もあるが、主として、実際に読んだ版が全集
ではなくさまざまの版の単行本であったことに因る。もし引用に関して
まちがいがあれば、それは、筆者の不精に因るものである。なお、﹁ド
リアン・グレイの肖像L、可獄中記Lからの引用文に関して、新潮文庫
版の福田恒存氏の訳文を一部そのまま借用したことも、併せてお断わり
321
4
765
8
9
一一エハ
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