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新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示-職階からの

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新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示-職階からの
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
──職階からの検討──
1)
2)
3)
結城 裕也 ・畑中 美穂 ・福岡 欣治
・井上 果子
・
*****
******
*******
板村 英典
・松井 豊
・安藤 清志
*
**
***
****
問題
大規模災害や大事故などの惨事に出遭った後に生じる外傷性のストレス反応は、総称して
「惨事ストレス(Critical Incident Stress: CIS)
」と呼ばれている。このような惨事ストレス
を受ける可能性がある職業や立場の者たちは、4つのタイプに分類することができる(松井,
2005)
。惨事の直接的被害を受ける1次被害者、被災者の家族や保護者である1.5次被害者、
事件や事故を目撃したり災害救援を直接行う2次被害者、事故や事件を見聞きする地域住民
である3次被害者である。これらの中で、直接的に惨事を被る1次被害者や1.5次被害者を
はじめ、2次被害者である消防職員、警察職員、自衛隊員などの災害救援者においても、災
害援助時の経験によって外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder: PTSD)に
罹患する危険性が指摘されている。日本では、1995年に発生した阪神・淡路大震災が契機と
なり、災害救援者が活動中に被るストレスとして近年注目を集めるようになった(松井,
2005)
。
これまでの惨事ストレス研究は、職務上惨事に遭遇する可能性が高い消防職員などを中心
に行われ、その成果に基づいてさまざまな対策が検討されてきた。たとえば、2005年より、
筑波大学人間総合科学研究科生涯発達専攻カウンセリングコースと総務省消防庁の共催で、
消防職員を対象にした惨事ストレス初級研修が行われている(松井・立脇・高橋, 2008)。研
修直後に実施された調査によると、少なくとも意識面では研修効果の有効性が示されており、
東洋大学大学院・社会学研究科社会学専攻博士後期課程3年
*
名城大学・人間学部・助教
**
川崎医療福祉大学・医療福祉マネジメント学部・准教授
***
横浜国立大学・教育人間科学部・教授
****
関西大学大学院・社会学研究科
*****
筑波大学・人間総合科学研究科・教授
******
東洋大学・社会学部・教授
*******
― 51 ―
実践面での介入の効果が期待されている。
しかしながら、職務上惨事に遭遇するのは消防職員、警察職員、自衛隊員などの災害救援
者だけではない。災害現場にいち早く向かって活動を行うジャーナリストも、凄惨な現場を
目撃したり、被害者・被災者やその家族に取材したりすることが多く、その意味でもジャー
ナリストは2次被害者に分類され(松井,2005)
、こうした職務に伴って惨事ストレスを被
る可能性があることが指摘されている(板村・松井・安藤・井上・福岡・小城・畑中,
2007)。
こ の よ う な 状 況 に 対 し、 海 外 で は ダ ー ト セ ン タ ー(Dart Centre for journalism and
trauma)がユニークな活動を行っている(Brayne,2007;福岡・安藤・松井・井上・畑
中・板村・小城,2008; 福岡・井上・安藤・畑中・松井・小城・板村・結城,2008)
。このセ
ンターは、トラウマや紛争、惨事に関するマスコミ報道の改善を目的として創設された世界
的なネットワークであり、惨事状況での取材に関する指針を作成したり、惨事ストレス対策
の重要性を訴える啓発活動を積極的に行っている。たとえば、その一つとして、凄惨な現場
を取材するジャーナリスト、編集者、管理職向けのガイドであるTrauma & Journalism: A
guide for journalists, editors & managers を 作 成 し、web 上 で 公 開 し て い る(http://
dartcenter.org/content/trauma-journalism-handbook)
。なお、このガイドは福岡他(2008)
によって日本語訳が刊行されている。
一方、日本では、取材や報道に伴うジャーナリストの心理的側面に注目した研究や組織に
よるストレス対策はほとんど見られないのが現状であり(畑中・福岡・小城・松井・安藤・
井上・板村,2007;松井・板村・福岡・安藤・井上・小城・畑中,2006)
、この点について
十分に議論することが必要と思われる。ジャーナリストは、メディアスクラムなど取材や報
道のあり方について批判されることが多いが、ジャーナリスト側もこうした取材・報道活動
によりさまざまな心理的影響を受けたり、場合によってはPTSDに罹患することも十分考え
られる。ジャーナリストの惨事ストレスに対して適切な対策が講じられることは、本人はも
とより、取材される側の被害者や被災者にも肯定的な影響が期待できる(福岡他,2008;福
岡・小城・畑中・松井・安藤・井上・板村,2007)
。
現在までジャーナリストの惨事ストレスへの対策がほとんど講じられてこなかった背景の
一つとして、先述のようにジャーナリストは職業的災害救援者ではないために、ジャーナリ
ストの惨事ストレスに関する知見が蓄積されていないことが挙げられる。また、
「ジャーナ
リストは強くあらねばならない」という職業的意識が根強く存在するために(小城・畑中・
福岡・松井・安藤・井上・板村, 2007;松井, 2005;松井他,2006)
、自己のストレスに気付
かなかったり故意に目を向けないことも多く、結局その影響が表に現れることが少なかった
可能性も考えられる。しかし、放送ジャーナリストの中でも非管理職においては、職務によ
る精神的健康の低下の可能性が指摘されており(畑中他,2007)
、ジャーナリストの惨事ス
― 52 ―
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
トレスへの理解を深めてその対策を講じることが急務であると考えられるが、現実には惨事
ストレス対策に関する組織的な取り組みはそれほど行われてはいない(畑中・福岡・松井・
安藤・小城・板村・井上,2008;小城他,2007)
。
上記のような背景をふまえ、今後ジャーナリストの惨事ストレスへの統合的な対策を検討
するために、われわれは新聞ジャーナリストに対する大規模な質問紙調査を行った。この調
査では、放送ジャーナリストに対する大規模調査と同様に、ジャーナリストの惨事ストレス
や職務に伴うストレスを多面的に捉えるために多様な質問項目が設定されていたが、本論文
では、特に惨事ストレスに伴う精神的健康に関連していると考えられる自己開示に焦点を当
てて検討することを目的とした。
自己開示とは、Jourard(1971)によって「自分自身をあらわにする行為であり、他人た
ちが知覚しうるように自身を示す行為である」と定義されている。Jourardは、臨床心理学
的な立場から自己開示を研究し、自分の感情を抑制して自己開示しないことは、アイデンテ
ィティ、欲求の充足、自己性、創造性、ひいては身体的健康に対してネガティブな影響をも
つことを指摘している。そして、自己開示などをとおして自分の内的な感情を他者に対し開
示 す る こ と が、 健 康 的 な 生 活 を 送 る 上 で 必 要 不 可 欠 で あ る と し て い る。 同 様 に、
Pennebakerの一連の研究は、トラウマティックな出来事を経験することに伴う感情を自己
開示や書き記すことによって解放することで、精神的な緊張が低減され、それが身体的健康
にまで影響を及ぼすことを繰り返し明らかにしている(e.g., Pennebaker, 1989, 1997a)。さ
らに、経験を語ることがなぜ肯定的な影響を及ぼすかについても、さまざまな観点から検討
が加えられてきた(e.g., Kennedy-Moore & Watson, 2001;Pennebaker, 1997b)
。
このように、自己開示に関する多くの研究においては、自己開示のポジティブな側面に焦
点が当てられてきた。しかし、特に被開示者との関係を考えた場合、自己開示が否定的結果
を招く可能性があるために、自己開示が回避される可能性があることも指摘されている。た
とえば、一般に、自己開示の内容やタイミングに関する社会的規範が存在するため、これが
自己開示行動に影響を及ぼす可能性がある。Chaikin & Derlega(1974)は、自己開示する
相手(友人、顔見知り、見知らぬ人)
、自己開示の深さを操作し、被開示者の立場から自己
開示への評価を比較したところ、友人への自己開示が最も適切であり、見知らぬ人に対する
自己開示が最も不適切であるとみなされていた。また、友人に対しては深い自己開示が好ま
れる一方で、見知らぬ人に対しては深い自己開示が好まれないことを指摘している。したが
って、たとえ自己開示が否定的感情の解放という点で肯定的影響が期待されるとしても、規
範から外れた自己開示は抑制される可能性があると考えられる。この他にも、自己開示が受
け手の拒絶を招いたり、被開示者が開示内容を第三者に漏洩してしまう危険もある(Kelly,
1999)
。また、相手に心理的負担をかけたくないという理由から自己開示が抑制されること
もある(e.g., Burke, Weir, & Harrison, 1976)
。さらに、ジャーナリストの場合、職業上の
― 53 ―
守秘義務が自己開示の様相に影響を及ぼす可能性も十分に考えられる。これらのことから、
どのように自己開示することが肯定的結果を導くかを検討するためには、まず、具体的にジ
ャーナリストが、どのような内容を誰に自己開示をしているのか、また、自己開示そのもの
に対してどのような態度をもっているかについて実証的な知見を得ることの重要性が示唆さ
れる。
以上の議論から、本論文では新聞ジャーナリストの(1)取材・報道活動に関わる悩みや
ストレスを他者に打ち明けることに対してどのように考えているかという、職務上の自己開
示についての意見、
(2)衝撃的な事案の取材・報道に際しての自己開示、
(3)ふだんの職
務上の自己開示の3点について、管理職、非管理職という職階別に検討した。
方法
調査対象者
新聞機関に勤務し、現在報道に関わっている非管理職291名と、過去に報道に関わった経
験がある管理職102名(以下、それぞれ「非管理職」
、
「管理職」と表記する)の合計393名を
対象とした(有効回収率はそれぞれ57.3%、30.8%)
。
調査方法
調査用紙は、協力依頼状や返信用封筒とともに、調査協力の承諾が得られた3社の職場機
関に一括して送付された後、職場で個別に配布された。回答は個別に無記名でおこなわれた。
回答済みの調査票は、個々の回答者によって直接返信用封筒に入れられ、郵便にて調査会社
宛に返送された。
調査時期
2008年6月上旬に職場機関宛てに質問紙を発送し、7月下旬までに返送された回答票を分
析対象とした。
調査内容
調査内容は、今までにもっとも衝撃を受けた取材・報道、ストレスフルな取材の直後2~
3ヶ月の影響、精神的健康の測定、惨事ストレス(災害や事故などの衝撃的な取材現場で受
ける、強い精神的ショックやストレス)対策に関する考え方、ふだんの状況のストレスおよ
び部下のストレスに関する考え方、個人属性などが含まれていた。
本論文では、この中から新聞ジャーナリストにおける自己開示に焦点を当て、非管理職と
管理職の比較を中心に結果を紹介する。
(1)自己開示についての意見、
(2)
(回答者があげた)衝撃的な事案の取材・報道に際
しての自己開示、
(3)ふだんの職務上の自己開示の3点について回答を求めた。具体的に
は、(1)は、職務上の自己開示についての意見の8選択肢(
「1. 相手の迷惑になるので、話
さない方がよい」
、
「2. 話すと弱みを人に見せることになるので、話したくない」
、
「3. 悩みや
― 54 ―
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
ストレスを話したら、この仕事に向いていないと思われるのではないかと心配だ」
、
「4. 取
材・報道活動に関わる事柄は、プロとして誰にも話すべきでない」
、
「5. ジャーナリストの職
務が厳しいのは当然であり、いちいち誰かに話すようなことではない」
、
「6. 悩みやストレス
は、あまり人に話すものではない」
、
「7. 誰かに話して解決するとは思えないので、話しても
無駄だと思う」、「8. あてはまるものがない」
)に対して、多重回答方式で該当する選択肢を
選択するように求めた。
(2)
、
(3)は、それぞれについて、自己開示の相手(職場の上司、
同僚・その他の仕事上付き合いのある人たち、家族や親しい友人(以下、それぞれ「上司」、
「仕事仲間」
、
「親密な他者」と表記)
)に対して、どの程度「取材・報道に関わる体験(4段
階評定:
「1. あてはまらない」
、
「2. ややあてはまる」
、
「3. かなりあてはまる」
、
「4. とてもあ
てはまる」)」、「自分の個人的な気持ちや感情(4段階評定:
「1. あてはまらない」
、
「2. やや
あてはまる」、「3. かなりあてはまる」
、
「4. とてもあてはまる」
)
」
(以下、それぞれ「取材・
報道体験」
、
「個人的気持ち」と表記)
)を開示するのかについて回答を求めた。
結果
職務上の自己開示の抑制に関する意見
職務上の自己開示の抑制に関する意見(8選択肢)に対して、多重回答形式で回答を求め
た(Fig. 1)
。集計の結果、管理職、非管理職ともに約6割の者が「8. あてはまるものはない」
と回答しており、残りの約4割の者が職務上の自己開示について何らかの抑制傾向を示して
いた。具体的には「5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然であり、いちいち誰かに話す
ようなことではない」
(管理職23.5%、非管理職15.5%)
、
「6. 悩みやストレスは、あまり人
に話すものではない」
(管理職16.7%、非管理職12.7%)
、
「7. 誰かに話して解決するとは思
えないので、話しても無駄だと思う」
(管理職13.7%、非管理職16.8%)が、職務上の自己
開示の抑制傾向を示す選択肢として比較的肯定率が高かった。一方、
「1. 相手の迷惑になる
ので、話さない方がよい」
、
「2. 話すと弱みを見せることになるので、話したくない」
、
「3. 悩
みやストレスを話したら、この仕事に向いていないと思われるのではないかと心配だ」、「4.
取材・報道活動にかかわる事柄は、プロとして誰にも話すべきでない」は、それぞれ1割弱
の肯定率にとどまった(ただし、
「1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい」は、非管
理職での肯定率が11.0%であった)
。なお、8選択肢すべてで管理職と非管理職の間に有意
な肯定率の差はみられなかった。
衝撃的な事案の取材・報道に際しての自己開示における職階差の検討 まず、衝撃的な事案の取材・報道に際して、他者にどの程度自己開示するかを検討するた
めに、全選択肢得点(6選択肢:range 6-24)を単純加算し、t検定により管理職と非管理職
で自己開示得点に差があるかを検討した(Table 1)
。その結果、管理職(M=13.62)と非管
― 55 ―
1.相手の迷惑になるので、話さない
方がよい
7.8
11.0
2.話すと弱みを見せることにな
るので、話したくない
8.8
7.9
3.悩みやストレスを話したら、この仕
事に向いていないと思われるのではな
いかと心配だ
4.9
8.2
4.取材・報道活動にかかわる事柄は、
プロとして誰にも話すべきでない
7.8
7.6
5.ジャーナリストの職務が厳しいの
は当然であり、いちいち誰かに話す
ようなことではない
管理職 N=102
非管理職 N=291
23.5
15.5
6.悩みやストレスは、あまり人に話
すものではない
16.7
12.7
7.誰かに話して解決するとは思えな
いので、話しても無駄だと思う
13.7
16.8
62.7
57.7
8.あてはまるものはない
0.0
0.7
無回答
0
20
40
60
80
(%)
Fig 1.職務上の自己開示の抑制に関する意見
Table 1.職階別に見た衝撃的な事案に際しての自己開示得点の平均値
自己開示得点
上司
自己開示
の相手
仕事仲間
家族や友人
取材・報道体験
自己開示
内容
個人的気持ち
職階
平均
管理職(n=78)
13.62
4.74
非管理職(n=226)
13.29
4.50
管理職(n=81)
3.88
1.91
非管理職(n=230)
3.89
1.78
管理職(n=80)
5.14
1.79
非管理職(n=228)
5.00
1.87
管理職(n=80)
4.59
2.24
非管理職(n=230)
4.37
2.13
管理職(n=82)
7.04
2.33
非管理職(n=229)
6.86
2.32
管理職(n=78)
6.59
2.48
非管理職(n=227)
6.41
2.31
― 56 ―
標準偏差
t値
0.55
-0.04
0.55
0.78
0.59
0.57
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
理職(M=13.29)の間で自己開示得点の差は有意ではなかったが、職階ごとに自己開示得
点と理論的中間点(15)の差を比較したところ、管理職、非管理職ともに有意な差がみられ
(それぞれ、t(77)=-2.58, p<.05; t(225)=-5.72, p<.001)
、管理職、非管理職ともにあまり
自己開示していなかった。
また、自己開示の相手(上司、仕事仲間、親密な他者)によって管理職と非管理職で自己
開示得点が異なるかを検討するために、自己開示の相手ごとの自己開示得点(2選択肢:
range 2-8)を単純加算し、t 検定を行った。その結果、どの関係性においても平均値に有意
な差は無かった。ただし、職階ごとに各関係性における自己開示得点と理論的中間点(5)
の差を比較した結果、管理職において上司(M=3.88)に対する自己開示得点が有意であり
(t(80)=-5.30, p<.001)、管理職は上司に対してあまり自己開示していなかった。また、非
管理職において上司(M=3.89)および親密な他者(M=4.37)に対する自己開示得点が有
意であり(それぞれ、
(t(229)=-9.47, p<.001; t(229)=-4.49, p<.001)
、非管理職は上司お
よび親密な他者に対してあまり自己開示していなかった。
次に、自己開示の内容(取材・報道体験、個人的気持ち)によって管理職と非管理職で自
己開示得点が異なるかを検討するために、自己開示の内容ごとの自己開示得点(3選択肢:
range 3-12)を単純加算し、t 検定を行った。その結果、いずれも平均値に有意な差はなか
った。ただし、職階ごとに自己開示の内容における自己開示得点と理論的中間点(7.5)の
差を比較した結果、管理職において個人的気持ち(M=6.59)に対する自己開示得点が有意
であり(t(77)=-3.24, p<.01)
、管理職は個人的気持ちをあまり自己開示していなかった。
また、非管理職において取材・報道体験(M=6.86)および個人的気持ち(M=6.41)に対
す る 自 己 開 示 得 点 が 有 意 で あ り( そ れ ぞ れ、t(228)=-4.17, p<.001; t(226)=-7.10,
p<.001)
、非管理職は取材・報道体験および個人的気持ちをあまり自己開示していなかった。
ふだんの職務上の自己開示における職階差の検討 同様に、ふだん他者にどの程度自己開示するのかを検討するために、全選択肢得点(6選
択肢:range 6-24)を単純加算し、t 検定により管理職と非管理職で自己開示得点に有意な
差があるかを検討した。その結果、管理職と非管理職の間に有意な自己開示得点の差があ
り、ふだんの状況では非管理職(M=13.40)よりも管理職(M=12.46)の方が他者に対す
る自己開示傾向がより低かった(t(386)=2.09, p<.05)
。また、職階ごとに自己開示得点と
理論的中間点(15)の差を比較したところ、どちらも有意な差がみられ(それぞれ、t(97)
=-6.83, p<.001; t(289)=-6.94, p<.001)
、管理職、非管理職ともにあまり自己開示していな
かった。
次に、自己開示の相手(上司、仕事仲間、親密な他者)によって管理職と非管理職で自己開
示得点が異なるかを検討するために、自己開示の相手ごとの自己開示得点(2選択肢:
― 57 ―
Table 2.職階別に見たふだんの状況の自己開示得点の平均値
自己開示得点
上司
自己開示
の相手
仕事仲間
家族や友人
取材・報道体験
自己開示
内容
個人的気持ち
職階
平均
管理職(n=98)
12.46
標準偏差
3.68
非管理職(n=290)
13.40
3.92
管理職(n=100)
3.43
1.57
非管理職(n=290)
3.72
1.67
管理職(n=100)
4.49
1.37
非管理職(n=290)
4.63
1.62
管理職(n=102)
4.50
1.87
非管理職(n=290)
5.05
1.92
管理職(n=99)
6.33
1.90
非管理職(n=290)
6.76
2.02
管理職(n=100)
6.12
1.95
非管理職(n=290)
6.64
2.03
t値
-2.09 *
-1.52
-0.78
-2.52 *
-1.84
-2.26 *
注:*p <.05
range 2-8)を単純加算し、t 検定を行った。その結果、親密な他者に対する自己開示得点に
有意な差があり、ふだんの状況では非管理職(M=5.05)よりも管理職(M=4.50)の方が
親密な他者に対する自己開示傾向がより低かった(t(390)=2.52, p<.05)
。また、職階ごと
に各関係性における自己開示得点と理論的中間点(5)の差を比較した結果、管理職におい
て上司(M=3.43)
、仕事仲間(M=4.49)
、親密な他者(M=4.50)に対する自己開示得点が
有 意 で あ り( そ れ ぞ れ、t(99)=-10.03, p<.001; t(99)=-3.73, p<.001; t(101)=-2.71,
p<.01)、管理職は上司、仕事仲間および親密な他者に対してあまり自己開示していなかった。
また、非管理職において上司(M=3.72)
、仕事仲間(M=4.63)に対する自己開示得点が有
意であり(それぞれ、t(289)=-13.03, p<.001; t(289)=-3.89, p<.001)
、非管理職は上司お
よび仕事仲間に対してあまり自己開示していなかった。
また、自己開示の内容(取材・報道体験、個人的気持ち)によって管理職と非管理職で自
己開示得点が異なるかを検討するために、自己開示の内容ごとの自己開示得点(3選択肢:
range 3-12)を単純加算し、t 検定を行った。その結果、ふだんの状況では個人的気持ちの
自己開示得点に有意な差があり、ふだんの状況では非管理職(M=6.64)よりも管理職
(M=6.12)の方が個人的な気持ちの自己開示傾向がより低かった(t(388)=2.26, p<.05)
。
職階ごとに自己開示の内容における自己開示得点と理論的中間点(7.5)の差を比較した結
果、管理職において取材・報道体験(M=6.33)および個人的気持ち(M=6.59)の自己開
示得点が有意であり(それぞれ、t(98)=-6.11, p<.001; t(99)=-7.10, p<.001)
、管理職は
― 58 ―
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
Table 3.管理職における衝撃的な事案に際しての自己開示の重回帰分析結果
衝撃的な事案に際しての自己開示
1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい
2. 話すと弱みを見せることになるので、話し
たくない
3. 悩みやストレスを話したら、この仕事に向
いていないと思われるのではないかと心配だ
4. 取材・報道にかかわる事柄は、プロとして
誰にも話すべきでない
5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然で
あり、いちいち誰かに話すようなことではない
6. 悩みやストレスは、あまり人に話すもので
はない
7. 誰かに話して解決するとは思えないので、
話しても無駄だと思う
R2
* p <.05, β: 標準偏回帰係数, 列:説明変数, 行:基準変数
−は投入されなかった変数を表している。
自己開示得点合計
上司
仕事仲間
家族や友人
β
β
β
β
取材・報道体験 個人的気持ち
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
β
β
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
-.26*
‐
-.23*
-.25*
-.28*
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
.07*
‐
.05*
.06*
.08*
‐
取材・報道体験および個人的気持ちをあまり自己開示していなかった。非管理職においても
取材・報道体験(M=6.76)および個人的気持ち(M=6.64)に対する自己開示得点が有意
であり(それぞれ、t(289)=-6.26, p<.001; t(289)=-7.88, p<.001)
、非管理職は取材・報
道体験および個人的気持ちをあまり自己開示していなかった。
職務上の自己開示についての意見が自己開示に及ぼす影響の検討
職務上の自己開示についての意見が自己開示に及ぼす影響を検討するため、職階ごとに、
職務上の自己開示についての意見を説明変数、各自己開示得点を基準変数とした変数増加法
による重回帰分析(変数投入基準 p < .10、変数除外基準 p >.15)を行った。
衝撃的な事案に際しての自己開示 点双列相関に基づく解析のため説明率は低いものの、
衝撃的な事案に際しての自己開示において、管理職では「5. ジャーナリストの職務が厳しい
のは当然であり、いちいち誰かに話すようなことではない」から「自己開示得点合計」、「仕
事仲間」
、
「親密な他者」
、
「取材・報道体験」に、それぞれ負の標準偏回帰係数が有意であっ
た(Table 3)
。
一方、非管理職では「1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい」や「4. 取材・報道に
かかわる事柄は、プロとして誰にも話すべきでない」から「親密な他者」に、
「6. 悩みやス
トレスは、あまり人に話すものではない」から「仕事仲間」に、
「7. 誰かに話して解決する
とは思えないので、話しても無駄だと思う」から「自己開示得点合計」
、
「取材・報道体験」、
「個人的気持ち」に、それぞれ負の標準偏回帰係数が有意であった(Table 4)
。
ふだんの職務上の自己開示 衝撃的な事案に際しての自己開示と同様に説明率は低いもの
の、ふだんの職務上の自己開示において管理職では「3. 悩みやストレスを話したら、この仕
事に向いていないと思われるのではないかと心配だ」から「親密な他者」に対する正の標準
偏回帰係数が有意であり、「1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい」から「個人的気
― 59 ―
Table 4.非管理職における衝撃的な事案に際しての自己開示の重回帰分析結果
衝撃的な事案に際しての自己開示
1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい
2. 話すと弱みを見せることになるので、話し
たくない
3. 悩みやストレスを話したら、この仕事に向
いていないと思われるのではないかと心配だ
4. 取材・報道にかかわる事柄は、プロとして
誰にも話すべきでない
5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然で
あり、いちいち誰かに話すようなことではない
6. 悩みやストレスは、あまり人に話すもので
はない
7. 誰かに話して解決するとは思えないので、
話しても無駄だと思う
R
2
自己開示得点合計
上司
仕事仲間
家族や友人
β
β
β
β
取材・報道体験 個人的気持ち
β
β
‐
‐
‐
-.16*
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
-.19**
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
-.14*
‐
‐
‐
-.16*
‐
‐
‐
-.16*
-.15*
.03*
‐
.02*
.08***
.03*
.02*
* p <.05, ** p <.01, *** p <.001, β: 標準偏回帰係数, 列:説明変数, 行:基準変数
−は投入されなかった変数を表している。
Table 5.管理職におけるふだんの職務上の自己開示の重回帰分析結果
ふだんの職務上の自己開示
1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい
2. 話すと弱みを見せることになるので、話し
たくない
3. 悩みやストレスを話したら、この仕事に向
いていないと思われるのではないかと心配だ
4. 取材・報道にかかわる事柄は、プロとして
誰にも話すべきでない
5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然で
あり、いちいち誰かに話すようなことではない
6. 悩みやストレスは、あまり人に話すもので
はない
7. 誰かに話して解決するとは思えないので、
話しても無駄だと思う
R
2
自己開示得点合計
上司
仕事仲間
家族や友人
β
β
β
β
β
β
‐
‐
‐
-.19*
‐
‐
取材・報道体験 個人的気持ち
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
.20*
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
-.37***
‐
‐
-.22*
‐
‐
‐
‐
-.24*
‐
‐
‐
‐
‐
‐
.05*
‐
‐
.13**
‐
.10**
* p <.05, ** p <.01, *** p <.001, β: 標準偏回帰係数, 列:説明変数, 行:基準変数
−は投入されなかった変数を表している。
持ち」に、「5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然であり、いちいち誰かに話すような
ことではない」から「親密な他者」に、
「6. 悩みやストレスは、あまり人に話すものではな
い」から「自己開示得点合計」
、
「個人的気持ち」に、それぞれ負の標準偏回帰係数が有意で
あった(Table 5)
。
一方、非管理職では「4. 取材・報道にかかわる事柄は、プロとして誰にも話すべきでない」
や「5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然であり、いちいち誰かに話すようなことでは
ない」から「親密な他者」に、「6. 悩みやストレスは、あまり人に話すものではない」から
「自己開示得点合計」
、
「上司」
、
「仕事仲間」
、
「取材・報道体験」
、
「個人的気持ち」に、
「7.
誰かに話して解決するとは思えないので、話しても無駄だと思う」から「自己開示得点合
計」、「仕事仲間」
、
「親密な他者」
、
「取材・報道体験」
、
「個人的気持ち」に、それぞれ負の標
準偏回帰係数が有意であった(Table 6)
。
― 60 ―
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
Table 6.非管理職におけるふだんの職務上の自己開示の重回帰分析結果
ふだんの職務上の自己開示
1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい
2. 話すと弱みを見せることになるので、話し
たくない
3. 悩みやストレスを話したら、この仕事に向
いていないと思われるのではないかと心配だ
4. 取材・報道にかかわる事柄は、プロとして
誰にも話すべきでない
5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然で
あり、いちいち誰かに話すようなことではない
6. 悩みやストレスは、あまり人に話すもので
はない
7. 誰かに話して解決するとは思えないので、
話しても無駄だと思う
R2
自己開示得点合計
上司
仕事仲間
家族や友人
β
β
β
β
取材・報道体験 個人的気持ち
β
β
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
‐
-.14*
‐
‐
‐
‐
‐
-.15*
‐
‐
-.20**
-.20*
‐
-.18**
-.17**
- . 14*
- . 24* * *
- . 21* * *
- . 22* * *
.07***
.12***
.09***
.09***
-.18**
- . 22* * *
.10***
* p <.05, ** p <.01, *** p <.001, β: 標準偏回帰係数, 列:説明変数, 行:基準変数
−は投入されなかった変数を表している。
.04**
考察
本論文では、新聞ジャーナリストの衝撃的な事案の取材・報道に際しての自己開示、ふだ
んの職務上の自己開示について、自己開示の相手や自己開示の内容による自己開示傾向を職
階の違いから検討した。また、職務上の自己開示の抑制についてどのような考えを持ってい
るのかを検討した。
まず、職務上の自己開示の抑制に関する意見に対して、多重回答形式で回答を求めた結
果、管理職、非管理職ともに約4割の者が職務上の自己開示について何らかの抑制傾向を示
していた。その中でも、特に「5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然であり、いちいち
誰かに話すようなことではない」
、
「6. 悩みやストレスは、あまり人に話すものではない」、「7.
誰かに話して解決するとは思えないので、話しても無駄だと思う」が多く選択された。この
ことから、ストレスや悩みは誰かの支援によって解決するのではなく、自分自身で対処する
べきと考えていることが推察される。先述のように、暗黙の強い職業的観念により自己開示
できない風潮があるとすれば、たとえ重度のストレスを抱えていても誰にも相談ができない
という状況に陥り、深刻な問題を引き起こす可能性があろう。
次に、衝撃的な事案の取材・報道に際しての自己開示の程度は、職階による差はみられな
かったが、職階に関わらず衝撃的な事案の取材・報道に際しては、あまり自己開示をしない
ことが示された。管理職では「5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然であり、いちいち
誰かに話すようなことではない」が、非管理職では「7. 誰かに話しても解決するとは思えな
いので、話しても無駄だと思う」が、それぞれ自己開示傾向の少なさに影響を与えていた。
管理職は衝撃的な事案だからといって特別なこととして考えない、あるいは考えないように
努力している可能性があり、一方で、非管理職では誰かに話すことで問題が解決されること
はなく、自分の問題は自ら解決するべきであるという意識が働いていることが示唆された。
自己開示の相手、自己開示の内容においても職階による差はみられなかったが、自己開示の
― 61 ―
相手では、管理職は上司に対する自己開示傾向が少なく、非管理職は上司や親密な他者に対
する自己開示傾向が少なかった。管理職と非管理職の上司に対する自己開示傾向の少なさ
は、上司には一般的に話しをしないという規範が存在するためであると推察されるが、本結
果においては明確に言及することはできない。また、非管理職の親密な他者に対する自己開
示の少なさは「1. 相手の迷惑になるので、話さない方がよい」や「取材・報道にかかわる事
柄は、プロとして誰にも話すべきでない」が影響しており、親密な他者への配慮や、取材で
知り得たことを話すべきではないという守秘義務の遵守意識のために自己開示しない傾向が
示唆された。
自己開示の内容では、管理職は個人的気持ちの自己開示が少なく、非管理職では個人的気
持ちと取材・報道体験の自己開示の両方が少なかった。管理職と非管理職の両方で個人的気
持ちの自己開示が少ないことは「5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然であり、いちい
ち誰かに話すようなことではない」が影響しており、ジャーナリストとしてタフネスさを重
視する強い職業的観念が影響していることが示唆された。非管理職における取材・報道体験
の自己開示傾向の少なさは、「7. 誰かに話して解決するとは思えないので、話しても無駄だ
と思う」が影響しており、自分の悩みやストレスは自分自身で解決するべきとの認識を持っ
ていることが示唆された。
次に、ふだんの状況での職務上の自己開示の程度は職階による差がみられ、非管理職より
も管理職で自己開示傾向が少ないことが示された。これは、管理職は職務上、自己開示を行
う対象が少ないことや、高地位者から低地位者への自己開示は少ないため(Chaikin &
Derlega, 1974)と推察される。また、職階に関わらず、ふだんの状況においてはあまり自
己開示しないことが示された。管理職、非管理職ともに「6. 悩みやストレスは、あまり人に
話すものではない」や、非管理職のみ「7. 誰かに話して解決するとは思えないので、話して
も無駄だと思う」が自己開示傾向の少なさに影響を与えていた。これは、悩みを他者に話す
ことは自分の中の規範を逸脱することであり、また、たとえ話したとしても自分の悩みやス
トレスを緩和する効果はないと考えているためと推察される。
また、自己開示の相手、自己開示の内容においても職階による差がみられ、非管理職より
も管理職の方が親密な他者に対して個人的気持ちの自己開示傾向が少なかった。自己開示の
相手では、管理職は上司、仕事仲間、親しい他者のすべての者に対して自己開示が少なく、
非管理職は上司や仕事仲間に対する自己開示が少なかった。特に、管理職の親密な他者に対
する自己開示傾向の少なさには「5. ジャーナリストの職務が厳しいのは当然であり、いちい
ち誰かに話すようなことではない」が影響を与えており、先述のように、ジャーナリストと
して強くあるべきとの意識が強いことが推察される。一方で、
「3. 悩みやストレスを話した
ら、この仕事に向いていないと思われるのではないかと心配だ」が親密な他者に対する自己
開示傾向を高めることが示された。これは、自分がジャーナリストに向いていないという悩
― 62 ―
新聞ジャーナリストにおける職務上の自己開示
みは上司や同僚には自己開示しづらいが、職務とは直接関係の無い親密な他者には自己開示
しやすいことを示唆している。これらの親密な他者に対する相反する結果は、ジャーナリス
トは強くあるべきという規範から自己開示に対する否定的意識は持っているものの、その反
面では悩みを聞いてもらいたいという自己開示に対して矛盾した意識を持っていることが示
された。次に、非管理職において「6. 悩みやストレスは、あまり人に話すものではない」が
上司や仕事仲間に対する自己開示傾向の少なさに影響を与えており、
「7. 誰かに話して解決
するとは思えないので、話しても無駄だと思う」が仕事仲間に対する自己開示傾向の少なさ
に影響を与えていた。この結果から、ふだんの職務において、非管理職は自分の悩みやスト
レスを上司や仕事仲間に対して自己開示するべきではないという自己開示の規範とともに、
自己開示することで悩みやストレスに効果があるとは考えていないことが示された。
また、自己開示の内容では、管理職、非管理職ともに個人的気持ちと取材・報道体験にお
ける自己開示傾向が両層で少なかった。管理職では「6. 悩みやストレスは、あまり人に話す
ものではない」が個人的気持ちの自己開示傾向の少なさに影響を与えており、非管理職では
「6. 悩みやストレスは、あまり人に話すものではない」と「7. 誰かに話して解決するとは思
えないので、話しても無駄だと思う」が取材・報道体験の自己開示と個人的気持ちの自己開
示傾向の少なさに影響を与えていた。先述したように、悩みやストレスを他者に話すことは
自分の規範から逸脱しており、たとえ話したとしても自己開示にストレスを緩和させる効果
はないと感じていることが示唆された。
まとめ
本論文では、新聞ジャーナリストの衝撃的な事案の取材・報道に際しての自己開示とふだ
んの職務上の自己開示について、職階の違いから検討した。先に述べたとおり、職階によっ
て自己開示の相手や自己開示の内容に対する自己開示傾向に相違がみられた部分もあるが、
全体的傾向として管理職、非管理職ともに自己開示の程度は低いことが明らかになった。衝
撃的な事案の取材・報道に際して、管理職は衝撃的な事案だからといって特別なこととして
考えない、あるいは考えないように努力していることが、非管理職では自分の問題は自ら解
決するべきであるという意識が働いていることが、それぞれ自己開示傾向の少なさに影響を
与えていることが示唆された。また、ふだんの職務上の自己開示傾向の少なさは、管理職、
非管理職ともに、悩みを他者に話すことは自分の中の規範を逸脱することであり、また、た
とえ話したとしても自分の悩みやストレスを緩和する効果はないと考えているためであるこ
とが示唆された。このように、単に自己開示の量のみではなく、どのような動機によって自
己開示が抑制されるのかという自己開示の質の観点が重要であろう。つまり、
「言わない」
という自己開示の程度の少なさが問題なのではなく、
「言いたいけれども言うことができない」
ことが問題であり(Pennebaker, 1997a)
、その際にどのような対策を講じるかが重要である
― 63 ―
と考えられる。
以上の論点をふまえ、今後は積極的に自己開示ができるような業界全体としての体制を整
え、時間的・金銭的制約に囚われない、惨事ストレス対策の包括的なシステムを作るととも
に、「言わない」ということにどのような意図があるのかを詳細に検討する必要があろう。
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Psychological Science, 8, 162-166.
本研究は平成19~21年度科学研究費補助金(基盤研究B 19330140:研究代表者 松井 豊)の助成
1)
を受けた。
調査票の設計は、小城英子氏(聖心女子大学講師)との共同で行った。調査の実施に当たって
2)
は、毎日新聞東京本社、朝日新聞社、産経新聞東京本社(順不同)のご協力を得た。ご協力いた
だいた各社と質問紙調査においてつらい体験をご回答くださった方々に感謝いたします。
本論文は、日本心理学会第73回大会において発表されたものを一部加筆したものである。
3)
― 65 ―
Self-Disclosure of Job-Related Experiences and
Feelings among Managerial and
Non-Managerial Newspaper Journalists
YUKI Hiroya , HATANAKA Miho , FUKUOKA Yoshiharu , INOUE Kako
,
*****
******
*******
ITAMURA Hidenori
, MATSUI Yutaka
, and ANDO Kiyoshi
*
**
***
****
A questionnaire survey was conducted for newspaper journalists to identify the status of
the stress reactions caused by traumatic or critical incidents they encounter at work. A
total of 393 journalists(291 non-managers and 102 managers)returned valid responses. In
this paper, we examined the data as follows:(1)newspaper journalists’self-disclosure of
their experiences and feelings about the shocking coverage,(2)self-disclosure of their usual
job-related experiences and feelings, and(3)attitudes towards several aspects of selfdisclosure. Particular emphasis was put on examining the differential responses between
managerial and non-managerial journalists. The results revealed some interesting differences
between two groups. Specifically, there were some differences for the content and the target
of the self-disclosure among the groups only for the usual job-related self-disclosure, although
in general the respondents’level of self-disclosure was rather low. It was suggested that in
case of self-disclosure concerning the shocking coverage, the managerial journalists did not
regard it as a special one or tried to do so. By contrast, non-managerial journalists might
have a belief that the problems they encounter should be solved by their own effort. As for
the low tendency to self-disclose for the usual job-related experiences, it was suggested that
both managerial and non-managerial journalists had firm belief that one should not tell their
own distress to others. Also they seem to believe that telling their own distress to others
was not an effective way to get rid of it. So it seems crucially important to explore not only
the amount of self-disclosure but also the underlying motives of self-disclosure.
Graduate School of Sociology, Toyo University
*
Faculty of Human Studies, Meijo University
**
Faculty of Health and Welfare Services Administration, Kawasaki University of Medical Welfare
***
Faculty of Education and Human Sciences, Yokohama National University
****
Graduate School of Sociology, Kansai University
*****
Institute of Psychology, University of Tsukuba
******
Department of Sociology, Toyo University
*******
― 66 ―
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