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自由図書の部 優秀賞 日下 花さん 文学部日本文学科 2 年
自由図書の部 優秀賞 日下 花さん 文学部日本文学科 2 年 『仏果を得ず』三浦しをん著 双葉社 たったの 51 行が、価値観を変える この小説は、文楽の舞台裏を舞台にした、文楽技芸員たちの「芸」と人間らしさにまつ わる物語である。主人公の健は文楽の大夫をつとめており、様々な文楽の演目を解釈し語 る営みの中で、技芸員たちの「芸」への思いを知り、自分の「芸」への思いを深めていく。 これは健の成長物語でもある。 健はとても人間らしい人物である。日常のほとんどを文楽に費やすが、なかなか文楽の 真髄にはたどり着けない。芸に邁進したいと願いながらも、付き合いのあった小学生の母 親で、真智という女性に一目ぼれし、その恋に煩悶する。芸にも恋にも一生懸命に悩むが、 なかなか両立することはできない。 読み進めていくうちに、読者はその人間らしさに何度もあきれることになる。作中には、 健が演目の途中に真智のことを考えて語りをないがしろにしてしまい、相三味線の兎一郎 に怒鳴られ、諭される場面がある。かといって、健がきちんと真智を扱えているわけでも ない。物語の中盤には、 「古いアパートに娘と住み、いつもきっちり化粧し、華やかな服を 着て夜遅くまで働いている真智を、健はてっきり水商売なのだろうと思っていた。」「真智 に遊ばれているのだと誤解したとき、どうして憤ったのか。偏見と狭量が理由だ。やっぱ り水商売の女だ。適当に男を食い散らかしやがって、と感じたからだ。」という文章がある。 芸にも恋にも中途半端で、愚かとさえ思えるその人間らしさには非常にいらいらさせられ る。文章も何だかばたついているように感じ、あまり健に感情移入することもできない。 読者の頭には「どうしてそんなに愚かなのか」「どうしてそこまでままならないのか」とい う思いがひっきりなしに浮かぶ。 ところが、その思いはある場面によって一気に覆される。健は、芸と人間らしさを融合 して、愚かな人間らしさを昇華することができるのだ。 物語の最終章に、健が『仮名手本忠臣蔵』の「早野勘平腹切の段」を語る場面がある。 千秋楽の前日の公演で、健は勘平というあまりに人間らしい男を語りきる。量にしてたっ た 51 行の場面。しかし、ここがこの小説の価値のすべてである。この 51 行が、今までの 健のいらいらさせるような人間らしさを別物に変えてしまう。この 51 行で、健は「芸」の なんたるかを、観客にも読者にも見せてくれる。文章自体もほかの箇所に比べて水際立っ ている。読みながら、本当に客席で健の語りを聞いているような気分になる。 「金色に輝く仏果などいるものか」 「仏に義太夫が語れるか」という言葉がこの場面には ある。人間らしさを愚かだと思っていた自分の目から鱗が落ちる。たったの 51 行で、価値 観を変えられる。人間らしさの持つ力を心行くまで教えてくれる。これはそういう小説で ある。