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人間の本性と地球温暖化についての予備的考察

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人間の本性と地球温暖化についての予備的考察
SERC Discussion Paper:
SERC09026
人間の本性と地球温暖化についての予備的考察
杉山大志*,
(財) 電力中央研究所
社会経済研究所
Abstract:
人間は、地球温暖化問題に関わる様々なリスクのトレードオフを理解し、国際協調のも
とでそれを解決することができるのだろうか?
本稿では、進化心理学の知見によって、リスク認知バイアスや利他性等の人間の心理的
特性の理解を深め、地球温暖化問題解決の道筋について考察する。
人間は、石器時代の脳を持って生きており、天才でもなければ神様でもない。一部の人
を例外として、リスクのトレードオフはよく理解できないし、世界規模で心から共感する
こともできない。もとより人間は文化の影響を受けるが、それによって、この状態を近い
将来に変えることは難しいだろう。このような限界をよく踏まえた上で、どのようにした
ら地球温暖化を防止できるか考える必要がある。
人類が様々な環境問題を一応は解決してきたのは、リスク認知バイアスなど、さまざま
な不合理性にさいなまれ続けながらも、社会に受容される技術を開発し、安価にしたうえ
で、政策的に選択してきたことによる。そのような技術進歩をもたらす進取の心理的特性
も、道徳的な普遍的秩序を形成する能力も、包括適応度を高める過程で獲得された。これ
らの人間の高貴な心理的特性の作用が期待できるという点において、地球温暖化問題が特
別ということはない。
ただし、地球規模での共感に限界があることは、政治的な解決よりも技術的な解決を重
視する理由となるだろう。また、温暖化対策費用は他の環境問題よりもコストがかかるこ
とを考えると、リスク認知バイアスによる経済的損失が巨額になり、技術的に可能である
はずの問題解決が阻まれることが危惧される。
免責事項
本ディスカッション・ペーパー中,意見にかかる部分は筆者のものであり,
(財)電力中央研究所又はその他機関の見解を示すものではない。
Disclaimer
The views expressed in this paper are solely those of the author(s), and do not necessarily
reflect the views of CRIEPI or other organizations.
*
Corresponding author. [e-mail: [email protected]]
Copyright 2007 CRIEPI. All rights reserved.
目次
1.進化心理学による人間の本性の理解 ------------------------------------ 2
2.リスク認知バイアスと石器時代の脳 ------------------------------------ 7
3.人類の共感の拡大と限界 --------------------------------------------- 10
4.人類は地球温暖化問題を解決できるか --------------------------------- 12
5.結論 -------------------------------------------------------------- 15
参考文献 -------------------------------------------------------------- 16
-1-
Copyright 2007 CRIEPI. All rights reserved.
1. 進化心理学による人間の本性の理解
人間は、地球温暖化問題に関わる様々なリスクのトレードオフを理解し、国際協調のも
とでそれを解決することができるのだろうか?
本稿では、この問いに回答するために、
近年急速に進んできた進化心理学による人間の本性についての理解を紐解き、それに基づ
いて予備的な考察をする1。
進化心理学では、人間の脳や心理的特徴も、淘汰圧に対しての適応の結果として形成さ
れたと考える。この学問は過去20年ほどで急速に進み、現在では、進化論的な観点から
の人間研究は我々の道徳性の起源まで扱えるようになった。人間の本性がどのようなもの
であるかについて理解し、いかにそれをマネジメントしていくかということが、環境問題
をはじめとする多くの現代社会が抱える問題を解決する鍵になる(小田2003)。
人間の本性が善か悪かということは、孟子が性善説を、荀子が性悪説を唱えて後、中国
の思想史においても、二千年以上も議論されてきた。また、裕福な、経済的に満ち足りた
人間がなぜわざわざ冒険をしに北極に行くか、といった問いは、著名な経済学者にとって
もパズルであった(サムエルソン 1992)。これらの哲学的難問に対して、進化心理学では、
人間の心理的特性が適応によって形作られたという事実に注目することで、体系だった説
明をできる。
すなわち、人類は、適応の過程で、共感や秩序を重んじるようになり、それが道徳性あ
るいは人間の性善の起源となった。他方で、同じく適応の過程では、私的な財産や権力を
求めることももちろん必要であったから、それが性悪の起源となった。わざわざ冒険に行
くのは、個体の適応度ではなく遺伝子プールとしての民族集団の適応度(これを包括適応
度という)を高めるための行動であると考えると腑におちる。このように、進化心理学は、
人間の心理的特徴を理解するために大変に有益である。
進化論はナチスなどに悪用されたなどの歴史があり、進化論と倫理の関係については長
い歴史がある(内井 1996)。進化論を人間に適用するにあたって大事なことは、進化論的
にいえることは、人類を含めた生物における「そうである」という傾向であって、どう
「すべきか」という規範については別の問題である、ということだ。そして、人間の心性
は文化的な影響によっても大きく影響されることを忘れてはならない。
本稿では、人間とはどうであるかという観察に基づいて、温暖化の防止という規範を達
成するための手段について検討し、その実施可能性や費用対効果を考えることとしたい。
以下、まず本章では、石器時代にどのような心理的特性が人間に与えられてきたかを概
観する。2章では、それらの心理的特性が、リスク認知バイアスにどのように影響を与え
てきたか、試論をする。3章では、人間にとって地球規模の共感が可能かという点を検討
進化心理学について楽しく読める分かりやすい入門書として(エヴァンス2003)
1
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する。最後に、以上の検討と、地球温暖化問題の関係について考察する。
石器時代の脳
人間の脳の遺伝的特徴は石器時代に形成された。そして、その遺伝的特徴
はそのままに、現代社会において生きている。このことを、(ガードナー 2009)は、「人
間は石器時代の脳を持ち、情報時代に生きている」、と表現している。人類的な特徴をも
った祖先は700万年前ごろから存在したらしいが、遺伝的に殆ど現代の人間と同じ人々
は、10万年前に西アジアに現れた。ただし、その後も歩みは遅く、ヨーロッパや東南ア
ジアに進出するまで五万年以上もここに停滞していた(山極 2008)。さらに、人間が農耕
をはじめてからは、地域によるが、数百年から数千年しかたっていない。この農耕の時間
は、遺伝的な性質を変化させるには短すぎたので、現代人は狩猟採集の石器時代の環境で
進化してきた。このようにして、「石器時代の脳」が現代人に引きつがれることとなった。
遺伝と環境
人間の心理については、生まれか育ちか、すなわち遺伝か環境かという二分
法がかつては存在したが、今日ではこの両者の組み合わせであるということで決着がつい
ている。人間は遺伝的に一定の傾向をもった心理的特徴を持って生まれ、それが環境要因
によって成熟をしていく。このことを理解する学問としては、「進化発達心理学」が生ま
れている。そこでは、成人期の心理的特徴と同様に幼齢期の心理的特徴も、地質年代にわ
たって作用してきた自然淘汰によって形作られてきたと考える。例えば、遊びたいという
心理的特徴が形成された理由は、それによる経験が成人期の包括適応度を高めたためと考
えられる(ビョークランド 2008)。遊びたいという欲求が、大人にとって必要な能力の獲
得につながり、そのような能力が遺伝的に有利であるという考え方は、筆者も腑におちる。
政治に没頭するサル
人間の脳が飛躍的に発展したのは、互いの心理状態を探りコミュニ
ケーションを図って、共同で生活するためであったと考えられている。その過程で音楽と
言語が生まれた(山極 2008)。言語の登場はそれほど昔にさかのぼるわけではない。むし
ろ、他者とどう付き合うかという社会的な知性の発達のほうが先行したと考えられている
(山極 2008)。サルなどの霊長類は、微妙な互いの心理を読みあい、群れ内部の序列を巡
って「政治に没頭する」(ライト 1995)。群れにおける序列や公平という観念は類人猿にお
いても発達しており、人類の基本的な心理的特性と考えられる。
閉じた言語世界
およそ人類あるところ、すべて複雑な文法を持った言葉がある(ピンカ
ー 1995)。世界には現在6000を超える言語があるが、石器時代の人類の言語は50人から
150人の血族集団で暮らし、そのような集団内部で固有の言語が流通していた。実際に、パ
プアニューギニアでは現在でもそのような少数民族が多く存在する(田中克彦 2009;アシ
ャー 2000)。今日の英語、日本語などのような巨大な民族言語というのは政治的・軍事的
な力の産物であり、人間の心理的特徴が形作られた石器時代においては、そのような言語
は存在せず、ただ部族内およびその一部の近隣でのみ通用する言語があったに過ぎないと
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考えられている。つまり、当時は民族集団がすなわち言語集団であって、これら固有の言
語は、それら民族の身内と、外部世界との差を明確に認識させる役割を果たしたと考えら
れる。
石器時代のリスク
女性は妊娠と出産を繰り返し、月経期間がむしろ例外的であった。子
沢山であったが、死亡率が高かったために人口爆発は長い間起こらなかった。リスクには
寄生虫、毒、捕食者などがあった。この捕食者という観点が、人間の心理的特性を理解す
るうえで特に重要であるとの指摘がある。人類は勇ましい狩猟者であるとするのは西欧男
性の文化的願望であり、実際には、人類は現在の他の類人猿と同様に捕食される側であっ
た。今でもアフリカでは毎年3000人以上がワニに食われている。ヒトは、どちらかといえ
ば、狩ることではなく、捕食されないように知能を発達させてきた(ハート 2007)。また、
人類は、栄養の大半は、狩猟ではなく採集によって摂っていた(山極 2007b)。人類が知
能を発達させて他の動物を圧倒するようになった後は、ある人間の群れに対する主要な淘
汰圧は他の人間の群れになった。この状態は、パプアニューギニアなどで、つい最近まで
観察することができた。人の敵は人であり、他の民族との戦いにおいてどのように勝利を
収めるかという点が重要課題であった。
血讐
この人の敵は人という淘汰圧への回答として、狩猟採集社会では血讐がよく行われ
た。血讐は、敵の家族や兄弟までも及ぶものであった。また、何世代にもわたり、先祖が
受けた汚名を雪ぐために多くの労力が割かれた。このような習慣は、個人にとっては危険
が大きく明らかに不利益である。しかしこれは、群れとしての存続、すなわち群れの遺伝
子プール全体の適応度(包括適応度)の向上のためには、利益のある行動だった(デイリ
ー 1999)。パプアニューギニアでは、20世紀になっても、諸民族は、そのような血讐に
明け暮れていた(塩田 2006)。この社会では、敵に対して復讐する勇敢な集団であるとい
う評判がないと、他の民族からの攻撃対象になってしまった。このもとでは、汚名を雪ぐ
血讐の習慣が形成された。
道徳性の起源
利他的な行動は、利己的な動機から形成されてきた。これには、2種類の
典型がある。第1は、繰り返しゲームである。継続的な関係のある相手である場合には、
利他的な行動も自己利益になる場合がある(Axelrod 1984)。第2は、包括適応である。
これは、自分の血縁者に対して利他的に振舞うことであり、自らの属する遺伝子プールの
繁栄に役立つ。
人間の道徳性は、この両者に立脚している。これは、血族であり恒常的に接する他者で
ある集団内の人間への、共感や感情移入である。それらの上に、政治的秩序ができて、そ
の秩序に沿って道徳的に振舞うという戦略が、利己的な動機から成り立つ(小田2003)。
このように、遺伝子に利益をもたらすことを目的としながらも、良心と思いやり、そして
愛情にまで恵まれた種が、やがて現れたと考えられている(ライト 1995)。
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多くの場合、人は単純な自己利益追求モデルで予測されるようには行動しないし、非合
理的行動の理由は、人々の計算ミスとは限らない。感情は非合理的行動の動機になってい
るし、感情に動機づけられていると物質的な意味でも有利になることが多い。例えば、公
平性の感情が強ければ、不公正だが利益の得られる取引から手を引くという脅しに信憑性
を持たせることが出来る。また、報復のコストが非常に高いときにでも、相手に攻撃を思
いとどまらせることができる。他人を害することをしない、利他的に振舞う、といったよ
うな人間性の高貴な要素は、長期的には自己利益をもたらすことが多い。そのような徳性
は、実際にそのようにふるまうことで強化される(フランク 1995)。
幸福感
進化心理学では、幸福感も適応度を上げるためにあると考える。人間が幸福感を
感じるのは、物質的に豊かになったり、政治的に認知を得た場合だけであると考える人々
は多い。確かに、群れにおいて政治的な序列を高めたり、物質的に豊かになることで、自
らの遺伝子を残す機会は増えるので、これで適応度は高まる。ただし、このような幸福感
は、その達成と同時に喪失してしまうものであり、むしろ、持続する幸福感というのは、
何かの未知や困難に向かって努力したり集中している場合にある(ネトル 2007)。2
自発的に、やりたい、ないしは良いことだと思った活動をしているときには、それに関
わるリスクを軽視する傾向がある。自動車を運転しているときの事故のリスクなどがこの
例である。これは、リスク認知の研究としては、自己正当化バイアスとして知られている。
ところで、このような自発的なリスクテイキング活動に没頭することは、なぜ幸福に感じ
るのだろうか?
進化心理学的な説明は、この「なぜ」に答えるものである。それは、適
応分散を図ることで遺伝子プールの包括適応度を上げているために、個人にとっては幸福
感として感じられるようになった、というように、ポジティブ心理学では考えられている。
冒険好きな群れは、何人かの勇者が死んだとしても、何人かは新たな資源を獲得し、周囲
の群れに対して優位にたち、結果として多くの遺伝子を残すことに成功しただろう。
ヒューリスティクスとコントロール
人間は、定常的な情報パターンについては、ヒュー
リスティクス、すなわち、素早く、節約的で単純、かつ暗黙的なメカニズムによって認知
をする。特に変わった情報があると、コントロールされた問題解決、すなわち、遅く、努
力を必要とし、複雑かつ明示的・意識的なメカニズムによって認知をする(ギアリー
2007)。
脳はおおむね層の構造になっており、内部は下等生物的な感覚をつかさどり、外部は言
語、知性や道徳といった人類特有な機能を司るようになっている。コントロールの機能は、
後者の部分に属することが解剖学的に知られている(甘利2008)。
このように、大半の問題についてヒューリスティクスで片付けるという「思考の節約」
2
心理学はうつ状態などのネガティブな状態の研究から始まったが、近年では、幸福感などのポジティブな状態につい
ての「ポジティブ心理学」が隆盛している。(ネトル 2007)は、中でも、進化心理学的な立場からポジティブ心理
学を論じている。
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は、石器時代の人類にとって重要だった。猛獣が現れたらとっさに行動しないと食われて
しまう。一度危ない事故があった場所は避けたほうがよい。他方で、このようなヒューリ
スティクスは、人間がその科学的知性によって合理的と考えるものを棄却してしまうこと
もあることを、次章で詳しく見る。
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2. リスク認知バイアスと石器時代の脳
人間のリスク認知にはさまざまなバイアスがあることが知られている。そのリストには
常に手が加えられており、定まったものは無いようだが、古典的なものとしてはスロヴィ
ックによるものがある(ガードナー 2009)。
ある活動あるいは技術が特定の性質を持っていると判断されると、多くの人が死ぬこと
になると考えられているかいないかに関係なく、リスクとしての度合いの認識が高まる。
特に劇的な例は原子力であり、リスクの認知と年間死者数の間には殆どつながりがなく、
多くの場合、素人にとっては最上位のリスク項目として認知される。
これらのリスク認知のバイアスは、遺伝的な起源と文化的な起源の双方によって形成さ
れていると考えられるが、これについて進化心理学的な説明を試みた例は未だ無い模様で
ある。ただし、石器時代の生活状態とそこでの脳の活動を想像すると、このリスク認知バ
イアスは腑に落ちる場合が多い。もちろん学問的により厳密な検証を経ないと確たること
は言えないが、全てのリスク認知のバイアスについて、全てが一応の進化心理学的な根拠
付けが可能と思われるので、その作業を試みに実施してみたのが表1である。
表1
スロヴィックのリスク認知バイアスリストへの進化心理学的理由付けの試み
リスク認知バイア
スの項目
1
リスク認知バイアスの説明
「石器時代の脳」がリスクとしての優先順位
を高く認知する理由
(時間軸上に分散された少数の死者
ではなく)一回の事件で多数の死者
が出る場合、リスクの認識が高ま
る。
群れの全滅の危険がある。群れとしての包括
適応度への最大の敵であろう。
馴染み
よく知らない、あるいは聞いた事
がないリスクは、余計に心配す
る。
毒のある食べ物を避けるために、知らないも
のは食べない、といったリスク回避行動であ
る。
理解
活動あるいは技術の働く仕組みが
よく理解できないと、危険意識が
高まる。
動物の血抜きなど寄生虫や食中毒への対応方
法を知らない場合は食べない。「礼に適ってい
ない食べ物は口にしない(論語)」
個人による制
御
(飛行機の乗客のように)被害の可能
性が自分で制御できるレベルを超
えていると感じると(車の運転のよ
うに)制御できると感じる場合より
心配する。
3に同じ。対処方法を知っている毒であれば
高いリスクと思わない
自発的に近づくことのできるリス
クよりも、降りかかってくるリス
クのほうが恐ろしい。
自発的なリスクテイキング活動に没頭するこ
とは適応分散を図ることで遺伝子プールの包
括適応度を上げる。
大惨事の可能
性
2
3
4
5
自発性
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6
子供
子供が関与すると、より深刻にな
る。
群れの繁栄による包括適応度の向上のため。
未来の世代
リスクが未来の世代に脅威を与え
る場合、余計に心配する。
群れの繁栄による包括適応度の向上のため。
犠牲者の身元
統計上の抽象概念ではなく身元の
わかっている犠牲者だと、危険意
識が高まる。
自分の属する遺伝子プールの群れの繁栄。包
括適応度の向上のため。
極度の恐怖
生じる結果が恐怖心を引き起こす
場合、危険意識が高まる。
捕食者(ヘビなど)、病気、死体などに対する
嫌悪感情によって危険を回避するため。
信用
関係している機関が信用できない
と、リスクは高まる。
群れにおいて政治に没頭していた原始人にと
って、信頼する仲間や裏切り行為を見つける
ことは重要だった。
11
メディアの
注目
メディアで扱われることが多けれ
ば多いほど、余計に心配になる。
利用可能な範囲の情報によって判断する習慣
がある。原始時代には、体験を通じて知って
いる範囲で物事を判断してきたため。
12
事故の歴史
過去に良くない出来事があると危
険意識が高まる。
11に同じ。原始時代には、体験の範囲で物
事を判断してきたため。
公平さ
一方に利益がもたらされ、他方に
危険がもたらされる場合、リスク
の順位が上がる。
原始人は群れにおいて政治的・経済的な公平
に敏感だった。公平性の感情があることで、
不公正だが利益の得られる取引から手を引く
という脅しに信憑性を持たせることが出来た
利益
活動あるいは技術のもたらす利益
が明確でないと、明確である場合
よりリスクが大きいと判断する。
「良いと思うこと」は正当化してリスクを過
小評価する。良いと思われることはどんどん
実施することで包括適応度があがる。
復元性
何かがうまく行かなかったとき
に、その結果を元に戻せないと、
リスクは高まる。
群れが再び繁栄できないような、なわばりの
破壊などには強く抵抗する。
個人的なリ
スク
自分を危うくするものであると、
リスクは高まる。
群れは血縁集団ではあったが、個人の身を守
りその遺伝子を保存する動機ももちろんあっ
た。
出所
人工のリスクは自然起源のリスク
よりリスクが大きい。
敵から受けた被害は復讐しないと群れの存続
に関わる。自然起源であれば復讐する必要は
ない。復讐の感情を持つ性向は、他者からの
攻撃への抑止となる。
タイミング
差し迫った脅威ほど大きく感じら
れ、未来の脅威は割り引かれる傾
向がある。
群れでは子沢山で死亡率も高かったなど、将
来についての不確実性が高かったので、割引
率が高かった。
7
8
9
10
13
14
15
16
17
18
注:「リスク認知バイアスの項目」および「リスク認知バイアスの説明」については、
(ガードナー 2009)を一部を分かりやすく変更して用いた。
リスクのトレードオフ
素人がさまざまなリスクのトレードオフを判断する場合には、表
のように、じつに多くのリスク認知バイアスを受けている。この結果として、全体として
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の生存確率最大化や、経済的な効用の最適化という観点からは、最適というには程遠い政
策や技術が選択されることが多くある。現代の環境規制では、ダイオキシン規制など、桁
違いにコスト効率性の悪いものがある(ロンボルグ 1998)。
さらに、多くの人々は、コスト効率性を検討すること自体を拒絶し、批判する。基本
的価値観について考えることをタブーとするのは、まったく非合理的というわけではない。
人々は、他人を、その行動だけでなく、どのような人間であるかによっても判断する。個
人的に信頼がおけるかどうか、それを判断するには、相手が自分の利益を神聖なものと考
えているのか、それともつねに、自分を裏切ることによって得られる利益と天秤にかけて
いるのかを確かめなくてはならない(ピンカー 2004)。
残念なことに、強く求めるものを無限の価値をもつものと見なす心理は、ばからしさに
つながる場合がある。発がん性リスクのある商品を禁止することで、もっと危険な食品添
加物にさらされたままになり、製造業者は、発がん性さえなければあらたな食品添加物を
導入するという行動を誘発された。このような失敗が起こるのは、そうした政策を実施す
るために必要な厳しい交換条件を政治家が正直に示すと、タブーをおかすことになって吊
るし上げにあうためだ(ピンカー 2004)。
社会では、リスクトレードオフを理解しようという専門家集団があり、素人的な判断
をする集団があり、その両者に利害関係者が絡みついて、政治的な意思決定がなされてい
る。
このような意思決定は、健康被害や死亡のリスクを減らすためのコスト効率性という面
でみると、極めて非効率であった。
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3. 人類の共感の拡大と限界
人間の価値規範は文化によって変容を受けてきた。共感する範囲も拡大してきたが、こ
れによって人類は共通の問題として、温暖化問題に対処するようになるのだろうか?
上述のように、人間の心理的特性は、包括適応度を広げるために発達してきた。人間は
50人から150人の小集団であり、その内部だけで通用する言語をもっていた。自分た
ちの生存に必要なものを守る傾向が強く、利他的な活動をするベースである共感は、この
群れの内部に限られてきた。群れの外部は、未知の、敵の多い世界だった。人間は警戒を
怠らず、最大の敵である別の人間の群れに対しては戦闘的だった。今世紀に入っても石器
時代が続いていたパプアニューギニアでは、絶え間なく、百人規模の民族の間での戦争が
続いていた(塩田 2006)。そこでは、敵を殺すことは勇者の証であった。復讐を重視する
心理的特性は、過去の多くの大きな戦争や差別の要因にもなった。
しかしながら、人類は、共感範囲を文化的に拡大し、殺し合いを抑制することに成功し
てきた。小さな民族間での殺し合いは、他の国々では文化的にタブーになった。農耕が始
まり共同体の規模が大きくなると、内部での抗争は全体としての力を弱めることになるの
で、共同体の長はそれを抑制する側に回った。決闘は禁止され、暴力は共同体、やがては
国家が独占するようになった。この過程で人殺しはタブー化され、同じ人同士で殺し合い
をすることには強い嫌悪が感じられるようになった。このような文化的な規範の拘束力は
強く、その結果は、多くの戦争における兵士の殺人忌避行動になって現れた。(グロスマ
ン 2004)。共感の範囲はその他にも拡大がみられた。国家を家族と同一視する国民国家思
想によって拡大した。女性や奴隷の人権も認められるようになった。
このような共感の拡大を進めるためには、できるだけ身近な存在として感じられる機会
を増やせばよいことになる。言語の標準化は、国民同士の意思疎通を容易にする、国民国
家づくりの基本であった(田中克彦2009)。また、戦争において、敵との物理的距離や社
会的距離は、人殺しのし易さと密接な関係があったことが知られている(グロスマン
2004)。文化的なステレオタイプに基づく偏見や、内戦後の民族間の信頼回復のためには、
共同で生産作業にあたらせるといった方法が、旧ユーゴスラビアの学校などの場で採られ
て来た(上瀬 2002)。共感を増す方法として、人間は一緒に食事をする「共食」によって
互いの信頼関係を増すことも知られている。このように、共感には、進化心理学的な起源
があるのみならず、文化的にも拡大してきた。
他方で、共感には限界もあることが、現代社会の観察によって分かる。遠くで飢えてい
る人がいても、自分の財産をまるまる引き渡すような人は稀である。世界には10億人以
上の貧困人口があるが、彼らの生活改善のために、自らの生活を省みずに尽くす人も稀で
ある。また殆どの人は、自分の子のほうが他人の子よりもかわいい。自分の子にはあれこ
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れと与えるが、他人の子供にそうしてやることは稀である。
なぜこのような限界があるかは、包括適応度を上げるために人間の心理的特性ができて
きたと考えれば、いずれも腑におちる。すなわち、人の共感の基盤は血縁者であり、その
外縁のつきあいのある人々にはある程度広がるが、それは容姿、言語、社会的地位などの
類似性に制約されている。地球のそのような共感の程度はだんだんと希薄になり、地球の
裏側までは殆ど及ばない。(グロスマン 2004)は、戦争において人殺しがおきやすいかど
うかは、類似性の距離に大きく依存しているという。
また共感については、それが良い結果をもたらすか否か、あるいは、それが拡大するか
否かも、明白ではない。国民国家という擬制によって共感範囲を国まで拡大したことは、
生産性の向上には寄与したが、ナポレオン戦争や二度の世界大戦など、大規模な戦争の思
想的な基盤にもなった。これは、政治的ないし文化的に、共感範囲を自国内にとどめ、そ
の外部に敵を求めた結果であった。また、共感が拡大するかどうか、また、その方向性は
どうかも明確ではない。日本では、物理的な領土と、政治的な国家と、言語的な国家が殆
ど一致しているが、このような国家は稀である。多くの国では、この3者は異なるうえに、
宗教の存在感も高い。このような場合に、どこに共感するか、すなわちどのような帰属意
識を持つか、将来を占うことは難しい。世界も、場所によっては、共感範囲は、広がるど
ころか、狭まる傾向にある。
世界規模での共感を促進する国際交流や情報交流という試みは、地球温暖化だけではな
く、あらゆるグローバルな問題を改善するための基礎として重要な行動であろう。しかし
ながら、人類がせいぜい150人程度の集団で進化した(小田2004)ことを考えると、共
感できる範囲というのは小さく、殆どの人にとっては、地球の裏側との連帯ということを、
日々の行動に反映するというところまで体化することは望みにくい。地球規模で環境保護
などの抽象的規範を共有し、それに没頭する人々を各国に見出し、並列的に働かせること
は、ポジティブ心理学の知見に照らしても、または、文化的な作用として、基本的人権を
はじめとする世界的な道徳規範が共有されてきたことからも想像できる。しかし、南北間
の所得の格差や温暖化問題解決のために、自己犠牲的な分配行動をとることを望むことに
は、限界があるのだろう。
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4. 人類は地球温暖化問題を解決できるか
本章では、ここまでの知見をもとに、どのようにして温暖化問題が解決に向かいうるの
かを改めて考える。
そもそも、なぜ地球温暖化問題は重視されるのか?
地球温暖化がもたらすリスクについては、科学的知見としては、よく分からないところ
が多くある。それにも関わらず、地球温暖化問題が政治的アジェンダのトップになってい
るが、このことは、そのリスク認知バイアスからよく理解できる。2章の表にあるリスク
認知のバイアス要因は、地球温暖化問題によくあてはまる。それは、人類全体の存続に関
わる「終末論的」ものであり、個人の自発的リスクではなく、何がどう起こるのか分かり
にくく、かつ、その制御の方法も分からない。
人類は普遍的な共感をできるか?
地球温暖化の被害は、おきるにしても、人の生存を脅かすような重大な被害は、遠く南
の国で、遠い将来におきると考えられる。また、対策を打つ場合には、貧しい国々を含め
た、世界中の国々と負担を分担する必要がでてくる。実際には、南北問題が「問題」とし
て存在しつづけること自体に皮肉にも象徴されるように、いざ経済的な分配を伴うとなる
と、世界全体での共感の水準というのは極めて低い。情報通信技術の発達で映像や音声が
世界で共有されるようになるためにそのような共感範囲が広がるという期待もあるが、実
際には、人々がそもそも欲しいと思ってアクセスし受容する情報範囲は限定されているし、
言語も異なることから、そのような共感がそれほど広がるとも考えにくい。
温暖化問題の悪影響によってひどい被害を受けるかもしれない人々がいると聞かされて
も、それが行動に結びつく程度は弱い。もちろん、被害が、自分のした行動の結果である
という場合には、人はそのような行動を控える道徳的傾向にはあるが、その因果関係が複
雑な科学で記述されたり、抽象的であったりすると、そのような傾向も弱くなるだろう。
地球温暖化問題は終末論的であるために、リスク認知バイアスの点から優先順位は高く、
政治的アジェンダの上位になるだろう。これによって、条約や法律などの形でトップダウ
ン型の規範は形作られる。しかし、それは、多くの人々の個人的な経済活動レベルでの共
感とは乖離したところに作られる宿命にあるのではないだろうか。その乖離がある限り、
政治的に人々の行動を大きく変えることは難しいだろう。
温暖化対策は費用効果的に実施されるだろうか?
人類は、温暖化対策をコスト効果的に実施できるのだろうか?
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「一人一人の活動」は、塵も積もれば山となるか?
自発的行動によって、大規模に行われるだろうか?
CO2の削減は啓蒙された人々の
おそらく、これは否である。「1人
1日1kg運動」などの国民運動として温暖化対策を実施するという考え方があるが、こ
れは多くの場合、効果という点からは微々たるものでしかない。リスク認知バイアスの検
討でもそうであったが、一般の人々の活動はヒューリスティクスによるところがあり、量
の大小を比較したうえで、費用対効果を検討して行動を決定するというような精密な合理
性はあまり期待できない。国民運動は、環境問題への認識を深めるといった別の目的にと
っては有益かもしれないが、量としてCO2を削減することには、直接にはほとんどつな
がらないだろう(星野、杉山 2009)。
温暖化対策の費用効果性
温暖化対策には終末的な響きがあるために、リスク認知バイア
スとしては上位に位置づけられる傾向があり、このため、今後も温暖化問題は環境問題の
中で優先順位の高いものに位置づけられて、政治家も対応を要請されるだろう。このとき、
政治家は野心的な目標を決定するなどの、トップダウン型の政策について言及することを
する。しかし、そこに隠されているトレードオフについてはできるだけ言及を避けようと
する。これには2つ理由がある。それは、費用については語ること自体を嫌う人々がいるこ
とと、人々が嫌がることは言わないほうが受けが良いということである。
しかしながら、実際に排出削減をしようというときに、それが経済的利害に大きく関わ
ることがらである場合には、それによって不利益を被ると考える人々は反対したり、別の
やり方を望むだろう。そして、多くのトップダウン型の政策は、実際のところ、効果が薄
いものになったり、強制力が弱くなったりする傾向にある。
多くの利害によって調整された形で、さまざまな政策が温暖化問題への対処として導入
されるが、全体として、それはコスト効率的なものにはならないだろう。例えば、現在、
太陽電池への補助金は、もっとも人気のある政策であるが、コスト効果性はきわめて低い。
ただし、これまでのところ、このような非効率は、他の環境問題で見られるものに比べ
るとましである。たとえば(ロンボルグ 1998)では、死亡リスクを削減する費用が7,8桁
と桁違いに高い環境対策が多くあることが示されている。地球温暖化以外の環境問題でコ
スト効果性が著しく低い理由は、「がんは怖い」などのリスク認知バイアスが強い規制を
求める一方で、全体としての費用は国民経済の規模に比べると少ないために、社会全体と
してはコストを吸収する仕組みを作ることができてしまい、そのような不合理が許容され
ているのだと考えられる。
温暖化問題においては、そこまで極端な非効率はなく、コストの高い対策でも、その対
策費用は2,3桁程度の幅には収まっている。ただし、これは人間の賢明さの現れである
というよりは、温暖化対策費用は巨額に上るので、そのような極端な非効率は許容されな
いようになっていると理解したほうがよかろう。
温暖化対策については、原子力はリスク認知バイアスによって拒絶される場合があるが、
そのようになると、温暖化対策全体のコスト効率性は著しく損なわれる。代わりに、風・
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太陽などの言葉の持つ牧歌的なイメージを人々は追いかける傾向にあるが、いまのところ、
これらのコストは大きく(今中、杉山 2009)、それらを今後大規模に導入しようとすると、
社会全体で吸収できる費用の範囲を超えてしまうだろう。
地球温暖化問題における「敵の不在」
ところで、問題としては重要であると認知されやすい温暖化問題であるが、その解決は
遅々として進みにくい印象がある。地球温暖化問題の解決に関する特有の難しさとして、
経済的コストが膨大になること、排出が経済活動全体にわたること、汚染者と被害者の区
別が明確ではないこと、国際的には囚人のジレンマ状態にあることなどがよく挙げられる。
これに加えて、本稿の観点からは、先に述べたような「共感の限界」に加えて、「敵の不
在」を挙げたい。
公害問題においては、汚染者企業など、何らかの「仮想敵」があり、被害を受けてい
ると感じた人々はその補償を求めて戦い続けた。このような状態はその後の環境問題でも
引き継がれている。
ところで、地球温暖化問題についても、大企業を加害者として敵に仕立て上げようとい
う動きも多いが、実際のところは豊かな暮らしを送る人々は自身が加害者でもあり、程度
の問題であることを認識する。このために、伝統的な公害問題ないし環境問題を支えてき
た人間の心理的特徴である人為的な危害への「復讐」という心理的特性とはミスマッチを
起こしている。このように誰が敵で見方かはっきりしないという状態においては、誰を罰
すればよいのかがよく分からず、従って、強制力をもち実効性を伴った制度は、なかなか
形成されにくいのだろう。
人間は環境問題をどう解決してきたか?
人類は多くの環境問題については何とか解決してきた。これには、解決をもたらすよう
な技術が開発され、対策のためのコストが下げられ、それを実施に写す政治的な行動によ
って解決されてきた。これらの行動は、さまざまな政治的主体が目的を持って行動し、ま
た、その合意による法的強制のもとにあって、経済主体が利益を確保しようと努めた結果
でもあったという説明もできる。
他方で、この過程においては、人間の心理的特性が、良きにつけ、悪しきにつけ、多く
現れてきた。これまでの環境問題の殆どは、公害問題として、その汚染主体に対して被害
者が対決するという図式であった。このような行動様式は、復讐を重視する心理的特性と
よく合致した。公害問題の解決にあたっては、被害者と一般国民が共感するということも
重要だった。また、さまざまな技術開発や制度構築に献身する行動は、道徳的な目的に向
かって努力するときに幸福感や充足感を感じるという人間の特性が現れたものだった。
地球温暖化問題の技術による解決とは
温暖化問題は「終末論的」であるために、今後も優先的な政治的アジェンダであり続け、
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その解決のために英雄的な努力を行うことが賛美されるだろう。ところが、いまのところ、
温暖化対策はうまくいっているとは言い難い。既存の良い技術は多くあるが、リスク認知
のバイアスもあって、多くは社会的に選択されない。高コストで効率の悪い政策が多く実
施されている。人が最もよく行動するのは、自分の利益になるときであって、相変わらず、
経済的な利益がこの代表である。
過去の環境問題を例にとると、温暖化問題は、以下のような解決の道筋を取りうる:
人類には、独自の価値観を持ち、困難あるいは未知の問題に向かって努力することに、幸
福を感じる人々がいる。このような努力は、技術開発を進め、対策のコストを下げ、かつ、
特定の規範を世界全体で実現していく方向に働くだろう。対策技術のコストがある水準ま
で下がり、そのうちのいつくかの技術は人々の認知バイアスの網を通り、普及をするだろ
う。人々の、社会における技術選択は、あいかわらず原始時代の認知バイアスを引きずっ
た非効率なものであろう。しかし、技術進歩によるコスト効率の改善が、それを上回るよ
うになる。コストが高いうちは温暖化対策は掛け声倒れであるが、低コスト化することで、
その実施は大幅に容易になる。世界的な共感は最後まで深まらず、南北問題はそのままで
あるとしても、世界秩序における有力な国家群が温暖化対策を実施することで、排出量は
大幅に削減されるだろう。
技術不在の場合は解決は難しい
技術のコストが下がらない場合にはどうなるだろうか。人類には、温暖化問題を認識し、
政治的なアジェンダに挙げる力はある。しかし、個別具体的な利害調整においては、自己
利益を大事にするという傾向が強い。人々は、外的で逆らいようのない要因、たとえば自
然災害で経済的な不利益を被ることには慣れており、それは仕方が無いと思っている。し
かし、政治的な分配によって不利益を被ることには抵抗感が強く、調整はゆっくりとしか
進まない。これが国際的なものになる場合には、共感の基盤が弱いために、ますます調整
は難航する。普遍的な規範として温暖化防止のために没頭し働く人々はいるが、技術のコ
ストが高い限り、それは多数派ではないので、政治の世界において勝利を収め続けること
は難しいだろう。
5. おわりに
人間は、石器時代の脳を持って生きており、天才でもなければ神様でもない。一部の人
を例外として、リスクのトレードオフはよく理解できないし、世界規模で心から共感する
こともできない。もとより人間は文化の影響を受けるが、それによって、この状態を近い
将来に変えることは難しいだろう。このような限界をよく踏まえた上で、どのようにした
ら地球温暖化を防止できるか考える必要がある。
人類が様々な環境問題を一応は解決してきたのは、リスク認知バイアスなど、さまざま
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な不合理性にさいなまれ続けながらも、社会に受容される技術を作り、安価にしてきたこ
とによる。そのような技術進歩をもたらす進取の心理的特性も、適応度を高める過程で獲
得された。これと同じような形で、地球温暖化問題の解決を構想することはできよう。
ただし、そのような技術が存在するかどうか、よく分かってはいない。そのときには、
より一段、難易度の高い選択を人類はしなければならないのかもしれない。リスク管理の
エリートへの委任が「うまくなされる」ならば(このようなことは、願望としてはよく語
られるが、実際にできるかどうかは分からない)、よりコスト合理性のある温暖化対策を
実施することができるかもしれない。そして、世界規模の共感はできなくても、政治秩序
に埋め込む形で、その力関係と表裏一体にして、法的規範を国際的に広げ、温暖化を防止
するができるのかもしれない。ただし、筆者にとっては、やはり受容される安価な技術が
無い限り、解決は難しいと思われる。
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