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原信夫とシャープス&フラッツ プロフィール
<原信夫とシャープス&フラッツ プロフィール> 1951年、10人編成で「シャープス&フラッツ」をスタートさせた原信夫は、短期間で現在 と同じ17人編成のビッグ・バンド・スタイルを取り入れ、アメリカのスイング・ジャズか らモダン・ジャズへの推移を敏感な感覚で捉え、いわゆるダンス・バンドではないコンサ ート・バンドとも言うべき、「デューク・エリントン」「カウント・ベイシー」「ウデ ィ・ハーマン」「スタン・ケントン」などの本場のトップクラスを射程におさめた音楽活 動を繰り広げていった。 58年には初リサイタルを成功させ、「NHK交響楽団」「日本フィルハーモニー交響楽 団」「東京フィルハーモニー交響楽団」との共演など、音楽性の高さは初期から高く評価 され、熱狂的なファンだけでなく全国規模で幅広い音楽ファンに受け入れられた。そして 国民的スターであった「美空ひばり」と出会い、原信夫自身の作曲による『真っ赤な太 陽』の大ヒットは周知のとおりである。そうした多岐にわたる活動の中でも、ジャズ・ビ ッグ・バンドとしての本質はかた時も失われず、<アメリカ・ニューポート・ジャズ・フ ェスティバル><スイス・モントルー・ジャズ・フェスティバル>に出演するなど、海外 でも大成功を収め、その後もアメリカ、ソビエト、ヨーロッパ、アジア各国から招待さ れ、多くの公演を行った。さらに「クインシー・ジョーンズ」「サミー・デイヴィス Jr 」「ダイアナ・ロス」「イブ・モンタン」「パット・ブーン」「ペリー・コモ」をは じめとする国際級の大スター達と多数共演し、世界の『シャープス&フラッツ』としてそ の実力をさらにアピールした。 また、若いアマチュア音楽家に対する支援活動「青少年ジャズ・ミュージック・サクセシ ョン(JMS)」を設立し、北海道や高知、浜松などの国内各地で「クリニック&コンサー ト」を開催し、音楽教育活動の一環として、中・高等学校の芸術鑑賞会にも積極的に参加 している。浜松では、1994年から浜松市音楽文化顧問に、1998年の期間終了後は、音楽文 化名誉顧問に就任。アクトシティ音楽院開校と同時に、「原信夫のバンドクリニック」が 立ち上がり、積極的な指導を行う。 こうした幅広く精力的な活動によって、「南里文雄賞」「芸術祭優秀賞」「芸術祭賞」 「日本レコード大賞/功労賞」など数々の賞に輝く。また、リーダー原信夫自身も長年に わたる日本の音楽文化に対する貢献が高く評価され、88年に「紫綬褒章」、98年には「勲 四等旭日小綬章」を叙勲。 1958 年の初リサイタル以来、周年記念コンサートも定期的に行い、2001 年、渋谷オーチャ ードホールにて結成 50 周年を記念したリサイタルを開催、好評を博す。2009 年、天皇皇后 両陛下御成婚 50 年及び天皇陛下御即位 20 年奉祝行事にて御前演奏の栄誉に浴する。そし て、その輝く 60 年の足跡をジャズ界に刻んだ「ファイナルコンサート 2008-09」を敢行。 2010 年 2 月 11 日、アクトシティ浜松でのグランドファイナルコンサートを最後に、その 栄光の歴史に幕を閉じた。