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高等学校芸術科音楽における我が国の伝統音楽の指導に関する研究

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高等学校芸術科音楽における我が国の伝統音楽の指導に関する研究
高等学校芸術科音楽における我が国の伝統音楽の指導に関する研究
―
感性を豊かに働かせるためのアプローチ
―
企画部
1
松本
徹
研究の要約
ねらい
本研究は,新学習指導要領の実施に伴い,我が国の伝統的な歌唱や和楽器の指導など,高
等学校芸術科音楽に取り入れることが一層求められた我が国の伝統音楽について,その指導
の理念・内容,方法等について考察・検討するとともに,感性を豊かに働かせるための指導
のアプローチを試みることをねらいとしている。
2 成果の概要
調査研究からは,中・高等学校ともに,我が国の伝統音楽の指導に関しては,多くの学校
が試行錯誤の段階であり,その効果的な指導方法について模索していることが判明した。こ
のことを踏まえ,文献研究やカリキュラム開発に当たりその実践を試みた。それらから得た
知見としては,我が国の伝統音楽の指導においては,感性を高めることを第一義的な指導の
理念としてもちながら,我々に内在する感性の働きを覚醒・触発していくことが必要である
ということである。また,そのためには,我が国の伝統音楽の特徴に着目し,その中でも
「音」そのものの実感を目指したアプローチが感性を豊かに働かせるために有効であること
が明らかとなった。
目
はじめに
Ⅰ 研究の概要
1 研究の目的
2 研究の内容と方法
3 研究計画
Ⅱ 研究の基本的な考え方
1 我が国の伝統音楽を取り扱う基本的
な考え方
(1) 我が国の伝統音楽とは
(2) 時代の要請
(3) 主体性と感性の育成
2 感性について
(1) 感性とは
(2) 感性を豊かに働かせることについて
3 サウンドスケープと我が国の伝統音楽
4 我が国の伝統音楽の指導について
(1) 指導の内容
① 音楽の素材としての「音」への理解
② 音楽の仕組みへの理解
③ 表現技能の習得
④ 背景となる風土や文化・歴史の理解
⑤ 創造性を働かせた新たな音楽創造へ
の取組み
Ⅲ 調査研究
1 調査の概要
(1) 調査の目的
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次
(2) 調査の対象及び方法
(3) 調査
2 調査結果の分析・考察
(1) 中学校音楽科における指導の実際
(2) 高等学校音楽科における指導の実際
(3) 生徒に対する調査結果
(4) 音楽科教員に対する調査結果
Ⅳ カリキュラム開発
1 カリキュラム開発に当たって
(1) 我が国の伝統音楽の特徴
(2) 指導の内容
2 実践の概要
Ⅴ 実践事例
1 表現・歌唱 広島県立黒瀬高等学校
2 表現・器楽 広島県立賀茂高等学校
3 表現・創作 広島県立黒瀬高等学校
4 鑑賞 広島県立広島国泰寺高等学校
Ⅵ 実践事例の分析・考察
1 実践事例1について
2 実践事例2について
3 実践事例3について
4 実践事例4について
Ⅶ 研究のまとめと課題
1 研究のまとめ
2 課題
おわりに
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はじめに
学校教育には,心豊かでたくましく,そして知
性と感性のバランスのとれた人間の育成が求めら
れている。
このためには,学校の教育活動全体を通じて,
知・情・意の調和のとれた児童生徒の育成を図る
ことが重要である。
遠藤友麗らは『高等学校新学習指導要領の解説
芸術』の中で,学校教育における芸術教育につい
て「特に美的教育は感性の教育ともみなすことが
でき」ると主張している。そして,感性を育成す
ることについて,「直接的に人間の心に働きかけ
美的情操を培いながら人間性の覚醒と陶冶を図る
働きをもっている。」と述べている。(注1)
このことから,芸術科は,抽象的な芸術美を感
受させ,人間の心情に訴え,感性を育成する教科
であるといえる。そして,その営みに対しては,
「人間性の覚醒と陶冶」という生徒の生活や将来
にわたっても,総体として生きるものにしていく
ことが求められていると考えられる。
さらに,遠藤は前掲書の中で,「生きる力」の
育成の観点からの芸術教育の目的について,次の
ように定義付けている。 (注2)
○ 生活を文化的で明るく心豊かに営むことので
きる豊かな精神,資質・創造的能力及び,人間
らしくよりよく生きたいという自己実現の願望
を具体化できる資質・能力の育成を図る。
○ すなわち,文化的で明るく心豊かな精神生活
や創造的な生活を営んでいくために必要な芸術
についての理解と実践力・態度,資質・能力を
養う。
この定義を踏まえ,音楽科教育の使命を考える
とき,我々にもたらし与える音楽の豊かな力を生
かしながら,より一層生徒が様々な「美」にふ
れ,実感できるようにし,そして,それを自分な
りに価値付けができる感性などを育成することが
一層求められていると考えられるのである。
Ⅰ
研究の概要
1
研究の目的
新学習指導要領は,国際化,情報化の進展に伴
い,幅広く国際社会において活躍できる日本人を
育成する観点から,我が国の伝統文化を尊重する
態度とともに,異文化を理解することのできる能
力を育成することを重視し,改訂された。
このことから,音楽科においても,我が国の伝
統音楽や諸外国の音楽を取扱い,指導することが
より一層重要視され,中・高等学校の歌唱におけ
る「曲種に応じた発声」や「我が国の伝統的な歌
唱」の指導,器楽指導におけるいわゆる「和楽器
の必修化」などが示されているのである。
このような改訂に伴い,小・中学校において
は,その趣旨を具現化した我が国の伝統音楽の指
導の実践的な研究が多く行われており,その指導
方法や題材の構築について,様々な実践例が提示
されている。そのような実践例からは,今後より
多様な我が国の伝統音楽に関する音楽経験をもっ
た生徒を高等学校において指導していかなければ
ならないことが分かる。つまり,これからの高等
学校音楽科における指導の内容・方法等の構築に
当たっては,より多様な生徒の実態を踏まえたも
のにしていくことが課題であるといえる。
一方,そのような実践例の中には,和楽器を表
現の技能の習得のみに取り扱った実践や本来の発
声法に基づかない民謡等の指導の実践,五線譜の
いわゆる再現のみや「合わせる」ことに主眼をお
いた実践などもみられる。これらは,言うなれば
西洋音楽を指導する体系化に基づいた我が国の伝
統音楽の指導であるといえ,その要因の一つに
は,今まで長く行われてきた指導方法があると考
えられる。
従来,学校における音楽教育は,いわゆる西洋
音楽を主軸とした展開であった。それは,いわば
西洋のメソッドに基づく体系化された歌唱法や演
奏法等の指導といえよう。このような指導は,一
面では大きな成果を収めながら現在に至ってい
る。しかし,我が国の伝統音楽には,そのような
統一したメソッドがなく,種目ごとに独自の発展
性・継承性をもっているという特性があり,それ
も多様である。そのため,学校において我が国の
伝統音楽を指導しようとする際,おのずといわゆ
る西洋音楽を指導する内容・方法等の枠組みの中
で行われることが多かった。そのような従来の指
導方法によれば,我が国の伝統音楽は西洋音楽と
は様態が異なるため,我が国の伝統音楽の指導を
通して,何を学ばせるのか,身に付けさせるのか
といった指導の視点が明確にならず,児童生徒が
感性を豊かに働かせたり,我が国の伝統音楽の本
質的な面を実感したりすることなどが困難である
と考えられる。
- 118 -
つまり,我が国の伝統音楽の指導に当たって
は,従来の指導の枠組みのみではない指導内容・
方法等の構築が必要であると考えられるというこ
とである。
そこで,これからの高等学校芸術科音楽(以
下,音楽科と表記する。)における我が国の伝統
音楽の指導の在り方について考察・検討し,感性
を豊かに働かせることができる指導のアプローチ
を試みることを目的としたものが本研究である。
3
研究の内容と方法
(1) 研究の内容
○ 我が国の伝統音楽の指導に関する文献研究
○ 実態調査の実施及び分析・考察
○ カリキュラムの開発とその授業実践及びその
分析・考察
(2) 研究の方法
○ 文献研究
○ 調査研究
○ 実践的研究
研究計画
研
○
○
○
○
○
○
○
Ⅱ
1
2
究
内
容
期
研究計画書の作成
文献研究
第一回研究協力員会議
調査・研究及びカリキュラム開発とその授業実践による研究
授業実践の分析・考察
第二回研究協力員会議
研究のまとめと研究報告書の作成
研究の基本的な考え方
我が国の伝統音楽を取り扱う基本的な
考え方
(1) 我が国の伝統音楽とは
我が国の伝統音楽について,新高等学校学習指
導要領芸術(音楽)編解説では,「『我が国の伝
統音楽の種類』としては,雅楽,声明,能楽,琵
琶楽,箏曲,三味線音楽,尺八音楽などのいわゆ
る古典音楽と,郷土の伝統音楽すなわち各地域に
伝承されている民俗音楽などが挙げられる。」と
その種類について定義している。 (注3)
また,「伝統」とは「広辞苑」によれば「ある
民俗や社会・団体が長い歴史を通じて培い,伝え
てきた信仰・風習・制度・思想・学問・芸術な
ど。特にそれらの中心をなす精神的在り方。」と
記述されている。このことから,伝統とは歴史を
遡り過去と現代を生きる人間を結び付ける概念と
して考えられる。よって,前掲解説書に挙げられ
た我が国の伝統音楽の種類は,我が国の過去の歴
史の上で,歴史的・文化的に人々に世代を越えて
受け継がれ,形成され蓄積された音楽ということ
ができる。そしてその音楽は,その時代における
社会的・歴史的な背景と密接に関連し,変化・発
展してきたものである。言い換えれば,それぞれ
の時代の人々の生き方に根差した文化の中にある
間
4月
5月∼8月
8月
9月∼12月
10月∼1月
1月
1月∼2月
音楽ということができる。
そのような我が国の伝統音楽の様態の変化は,
現代においても同様であり,過去の我が国の伝統
音楽の特徴や和楽器の特性を生かしたり,いわゆ
る西洋音楽との融合を図ったりした新たな音楽の
創造として,多様な楽曲が作曲され発表されてい
る。さらに,そのような音楽の中には,親しみや
すく教材として取り上げられることが想定される
楽曲も少なくない。また,そういった楽曲を指導
に取り入れる趣旨は,我が国の伝統音楽を基盤と
した新たな音楽の創造の契機にするためと考える
ことができる。よって,本研究においては,前掲
解説書に示された我が国の伝統音楽の定義を踏ま
えつつ,我が国の伝統音楽の特徴や和楽器の特性
を生かし,新たに創作された音楽も含めて我が国
の伝統音楽とすることとする。
(2) 時代の要請
平成13年12月に「文化芸術振興基本法」が公布
された。その前文では「現状をみるに,経済的な
豊かさの中にありながら,文化芸術がその役割を
果たすことができるような基盤の整備及び環境の
形成は十分な状態にあるとはいえない。二十一世
紀を迎えた今,これまで培われてきた伝統的な文
化芸術を継承し,発展させるとともに,独創性の
ある新たな文化芸術の創造を促進することは,我
- 119 -
々に課された緊要な課題となっている。」と述べ
ている。さらに「文化芸術振興基本法案に対する
附帯決議(参議院文教科学委員会)」において
は,本法の施行に当たり,「我が国独自の音楽で
ある古典邦楽が,来年度から学校教育に取り入れ
られることにかんがみ,古典邦楽教育の充実につ
いて配慮すること。」と我が国の伝統音楽の指導
の充実について指摘している。(注4)
また,平成14年4月に,文部科学大臣及び文化
庁長官の諮問機関である文化審議会から「文化を
大切にする社会の構築について∼一人一人が心豊
かに生きる社会を目指して」という答申が出され
た。 (注5)
この中の「2.文化を大切にする心を育てる」
における「(1)我が国の歴史,伝統や世界の多
様な文化を尊重する教育の充実」では,「学校教
育においては,初等中等教育から大学教育までを
通じて,歴史,伝統や文化に対する理解を深め,
尊重し,豊かな人間性を涵養するとともに,一人
一人の個性や能力に応じた教育を展開し,文化を
担う個を確立することが大切」と述べ,各教科等
において文化に関する指導の充実を図ることを指
摘している。さらに,このことに関して本答申の
「 2 ( 3) 教 員 の 豊 か な 感 性 と 幅 広 い 教 養 の 涵
養」では,「学校において,子供たちに文化を大
切にする心を育成するためには,まず個々の教員
が豊かな感性と創造力をもち,幅広い教養を身に
付けることが強く求められる」と述べ,教員の自
己啓発や研修の重要性を指摘している。
また,音楽教員養成においても,平成12年7月
に教育職員免許法施行規則が一部改正され,中学
校,高等学校の音楽教員養成課程においては,在
学期間中に「我が国の伝統的な歌唱」「和楽器」
の履修が義務付けられた。
これらの法律や答申にもみられるように,学校
教育には,我が国の伝統文化,伝統音楽の指導が
より一層求められており,これは,時代の要請と
もとらえることができる。そのような教育の潮流
の中で,音楽科において,我が国の伝統音楽の指
導について研究し,その指導の充実を図ること
は,音楽科に携わるものとしての使命・役割とい
える。
(3) 主体性と感性の育成
異文化に接したときに,その文化を尊重しなが
ら,「私はこうだと考える」「私たちの国の文化
はこうである」と主体的に意思を表していくこと
ができるようになることが,今の「情報化・国際
化」の中において求められている資質である。こ
のような「主体性」の育成は,国際社会の中にお
いて他者との関係性を築く上においても重要なポ
イントとなると考えられる。
我が国の伝統音楽に限らず,芸能は,それを創
り,表現する人々の存在だけで成り立つものでは
ない。それら芸能活動を支える大衆にも,古来よ
り伝わる伝統の「心」や「技」が,精神文化とし
て脈々と受け継がれてきている。教育活動の場に
おいて伝統音楽・芸能を取り扱うのは,そのよう
な「技」を保護し,継承者を育てようという目的
のものではない。学校教育に求められていること
は,「継承者としての理解者」,そして「新たな
文化の創造者」の育成である。しかしながら,社
会が進展し,一層価値観の多様化がみられる現
代,学校教育活動において,教師がそのような我
が国の伝統文化の指導の意義を認識することなく
それを取り扱うとするならば,それを継承してき
た「継承者としての精神性」などを生徒に十分に
実感させることができないと考えられる。
このような考えから,我が国の伝統文化である
伝統音楽の指導は,今後の我が国の伝統文化の継
承と進展を支える基盤,つまり今後の情報化・国
際化社会で必要な「主体性」を育成することであ
るということである。
さらに,ここに求められるのは世界中のあらゆ
る文化遺産・音楽遺産を「伝統文化」として受け
止めることのできる感覚,つまり幅広い音楽に対
する柔らかな「感性」を育成することである。そ
のために,音楽科においては,我が国の伝統音楽
も西洋音楽も,また世界の諸民族の音楽などもす
べて一つの「音楽」としてとらえ,それぞれが人
間にとってかけがえのない音楽文化であることを
認識させることが重要であるということである。
これらのことから,我が国の伝統音楽を取り扱
う際,「主体性」や柔らかな「感性」を育成する
という考え方をもつことが重要であると考える。
そして,その指導に当たっては,次代に生きる生
徒が将来真に役立たせることができるものは何な
のか,というようなプラグマティズムの指導の視
点をもつことが必要である。そのことが,我が国
の伝統文化を尊重していく態度を養い,新たな文
化を創造する基盤を育成するための教育的意義で
あると考えられるのである。
- 120 -
2
感性について
(1) 感性とは
今回の学習指導要領の改訂では,「感性」を高
めることを一層強調し,教育課程審議会答申,音
楽,芸術(音楽)の「改善の基本方針」におい
て,小学校,中学校及び高等学校を通じて「音楽
に対する感性を育て」ることが明言された。ま
た,高等学校音楽の「改善の具体的事項」の中で
は「生徒が感性を豊かに働かせ個性を生かし,発
展的に学習内容を深める」ことなどを重要視して
改善が図られた。これを受け,高等学校音楽科の
目標では「感性を高め」ることが示されている。
このように高等学校音楽科教育の目標の大きな
柱は「感性」の育成であり,それは「音楽を愛好
する心情」「創造的な表現と鑑賞の能力」をはぐ
くむ根幹にかかわるものである。
この「感性」について,文部省(現文部科学
省)新高等学校学習指導要領解説芸術(音楽)編
では,「一般的に『感性』は,外界からの様々な
刺激に対して,よいもの,美しいもの,豊かなも
のなどの価値を感じる心の働きという意味であ
る」と述べている。 (注6)
また,峯岸創は『高等学校新学習指導要領の解
説芸術』の中で「音楽の美しさ,豊かさなどの美
的価値を感じる心の働きとしての感性を高めるた
めには,感性が,対象である音楽から触発される
と同時に,構造的側面を知覚し,そこに感性的側
面としての美しさを感じ取るという,能動的な面
をもっていることを注目する必要がある。」と音
楽に対する感性の働きについて指摘している。
(注7)
これらの記述や指摘を指導の観点から考えたと
き,感性を,対象としての音や音楽から触発させ
ながら音楽の構造的側面を知覚させること,そし
て感性がもっている能動的な面を働かせ,美的価
値を探究し,それを認識させることが重要である
といえる。
では,感性がもっている能動的な面を働かせる
ことを実現するにはどのようにすればよいのであ
ろうか。
片岡徳雄は『子どもの感性を育む』の中で,
「感性(senses,sensibility)とは『価値あるも
のに気づく感覚』であり,情操(sentiment)と
は,『価値あるものに向かう感情』または『その
ような感情を起こす準備状態』である。」と述べ
ており,「感性は,その後に知性や感情の働きを
起こさせる『初発』であり,『刺激に対する敏感
さ』(感受性)であり,もっと突きつめていえば
『驚きの反応』である。しかし,その人は,なに
に対して敏感なのか。なにに驚くか。この点を考
えると,様々な人の示す感性には,その人なりの
選択があり,その人なりの働きかけがあるわけで
ある。私たちが豊かにしたい感性,特に情操の働
きを促す感性は,けっしてたんなる感覚(sensation)ではない。『価値あるものに気づく感覚』
であり,主体のほうが『気づく』という点で,若
干は能動的なもの」と主張している。(注8)
このように片岡は,「気付く」という点に,主
体者の対象選択,対象に対する働きかけを認める
点で感性を能動的なものとしている。
このことから,刺激を音や音楽とするならば,
そのどのような側面に対して反応するのか,とい
う点に関しては,気付くという能動的な心の働き
があるといえる。
ところで,音や音楽のよさ,美しさ,豊かさと
いった感性的側面は,音や音楽そのものから直感
的に感受することができるものである。しかし,
それが価値あるものであると気付き,また自分な
りに価値付けるとするならば,その動機となるも
のは,例えば,音色のよさ,旋律の美しさ,リズ
ムの面白さ,あるいは音や音楽の背景に基づくよ
さなどの気付きであったり,それらの総合的なか
かわりや組合せによる気付きであったりすると考
えられる。これらのことを,感性がもつ能動的な
面を働かせるという指導の観点として考えると,
音や音楽のどのような側面を刺激とするのか,そ
してどのように反応させようとするのか,その価
値にどのように気付かせるのか,ということが重
要であると考えられる。なぜならば,例えば教師
が魅力的な音楽であると判断し,それを生徒に提
示したとしても,その音楽が生徒にとってそれま
での人生経験から,未知のものであったり,馴染
みがなく興味・関心を喚起しないものであったり
するならば,それをただ単に提示するだけでは,
その音楽の刺激からどのように反応し,何に気付
きをもつかという感性の能動的な面を働かせるこ
とは期待できないからである。
一方,音や音楽の感性的側面は,単に享受でき
るものであるだけでなく,感じ取ろうとすれば主
体的に探究することもできるものである。つま
り,音や音楽の価値をどのように見付けさせるの
かといったことも指導の観点として考えられると
- 121 -
いうことである。
このように感性がもっている能動的な面を働か
せるためには,感性には,音や音楽などの外界の
刺激を選択的に感受するという働きがあることを
を基本におきながら,「気付く感覚」としての動
機を喚起することが重要である。そして,その動
機に従って,音や音楽に対してより積極的にその
価値を探究したり,自分なりに価値付けたりする
ような働きに高めていくことが,峯岸の指摘する
「感性的側面を感じ取」る主体者の心に豊かさを
つくりだすことであるといえる。そして,そのよ
うな感性の働きは,個々によって多様であるた
め,そのことを生かした主体的・創造的な音楽活
動の基盤になると考えられるのである。
(2) 感性を豊かに働かせるために
我々は,日常生活において,ありとあらゆる音
や音楽に溢れる環境の中で暮らしている。その音
や音楽を,常にすべて刺激として感受しているわ
けではなく,意識的・無意識的に取捨選択してい
る。また,能動的に選択した刺激としての音や音
楽についても,すべてそれを価値付けようとして
いるわけではない。この取捨選択の仕方・価値付
けは,それまでの人生経験からの動機や,音や音
楽から心に内在する感覚が誘発されたものが基盤
となっていると考えられる。
ところで,我が国の精神文化の中には,自然の
音を愛しみ,そこから感興や情感を得るという特
質があるといわれる。このことは,松尾芭蕉の
「閑けさや岩にしみ入る蝉の声」という自然の音
に関する句にもみることができる。これは,鳴り
響く蝉の声を一旦音の刺激として感受しつつも,
いつの間にか心的に静寂という価値付けをする働
きを示していると考えられる。我々がこの句から
イメージを描き,芭蕉の生きた時代の様相に思い
を馳せ,深く味わう感覚をもっているというよう
なことは,芭蕉の句に表されている音に対する感
性の働きを現代を生きる我々の精神も有している
ことを示していると考えられる。
しかし,このような感性の働きは,我々の中に
確かに内在しているものと思われるが,覚醒しな
ければ認識するものではない。つまり,句の味わ
いを通じて芭蕉の音に対する感性にふれると同時
に音に対する情感を得ることからもうかがえるよ
うに,感性を働かせるためには,何らかのきっか
けが必要であると考えられるということである。
これを我が国の伝統音楽の指導から考えたと
き,その指導を通して「何かに気付かせる」とい
う「きっかけ」を提示することが,感性の働きを
覚醒,触発するために必要であると考えられるの
である。
峯岸は『音楽教育が変わる』の中で,「音楽教
育が目指す音の文化の醸成とは,伝統音楽の中に
蓄積されてきている精神文化のコアをいかにくみ
取るかということになる。過去から時折送られて
くる堆積した時間のメッセージを,休眠状態の精
神が感じ取り回生させる。このことは,音楽の現
代性を感性の働きとして考えるうえできわめて重
要なことで,日本の音の文化への覚醒と直結して
いるものなのである。」と述べている。
また,この感性の働きについて,「普段,意識
にない過去の時間に蓄積された中から,突如とし
て垣間見られる一瞬の美的『気づき』や『ひらめ
き』」と述べている。(注9)
その「気付く」「ひらめく」きっかけとなるも
のが,我が国の伝統音楽でいえば,その音楽その
ものであり,また,独特な発声の仕方,日本語の
もつ情感,一音の響き,余韻の変化,ズレ,噪
音,間,静寂などの独特な特徴であろう。なぜな
らば,これらの特徴は,それぞれ過去から現代に
至るまで我々が価値あるものとしてとらえ,大切
にしてきたものであるからであり,またそれら
が,我が国の伝統音楽を我が国の伝統音楽として
形作り,認識させる諸要素であるといえるからで
ある。
つまり,これらの特徴に着目した指導が,新た
な気付きをもつような感性の働きを覚醒・触発す
ることになると考えられるということである。
したがって,まずこれらの特徴である声や楽器
の音そのものを知覚させることが重要であり,そ
して,それら音の一つ一つの価値を探究する指導
のアプローチが感性を豊かに働かせる営みとなる
と考えられるのである。
3
サウンドスケープと我が国の伝統音楽
サウンドスケープ(音風景)とは,R.M.シ
ェーファーが,視覚文化に偏りがちな社会の風潮
に対し,聴覚文化の重要性を主張するため,ラン
ドスケープ(風景)から考案した造語である。シ
ェーファーはカナダの作曲家であるが,ジョン.
ケージらによる「近代西洋音楽の伝統における非
楽音の排除」の傾向を見直した「芸術の環境化を
- 122 -
志向した芸術運動」と呼応し,音環境が我々にも
たらす影響について研究している。そして,「サ
ウンドスケープ」の概念について,「個人あるい
は社会における音の理解と知覚の方法を通しての
音環境」と述べ,「音響学と音響心理学からは,
音がどのような論理的特性をもち,それが人間の
脳によってどのように解釈されるか学ぶ。社会か
らは,人間が音に関してどのような影響や変化を
もたらすかを学ぶ。」ことであると提唱してい
る。 (注10)
このように,サウンドスケープとは,自然界の
音をひとつの風景としてとらえ,人がどのように
それらの音を知覚し,感じ取り,理解しているか
を探究するための考え方であるといえる。
中学校学習指導要領音楽では,音楽の素材とし
ての音について関心をもたせる観点から,新たに
「音や音楽への興味・関心を養い」と「音」とい
う文言が加えられ,「指導計画の作成と内容の取
扱い」において,「自然音や環境音などについて
も取り扱う」ことが明記されている。(注11)
このことは,新高等学校学習指導要領音楽にお
いても発展的に踏襲し,「いろいろな音素材」を
取り扱うことを重視し,自然音や環境音などの自
然界の音を意識的に聴き,それらを知覚した音の
体験を表現や鑑賞の活動に生かすことができるよ
うにすることを求めている。
これらの趣旨を踏まえ,音や音楽に対する興味
・関心をもたせ,音楽的視野の拡大を図るために
は,自然音や環境音などの身の回りの音にも意識
付けを行い,音に対する豊かな感覚を育て,音楽
に対する概念の幅を拡大することが重要である。
ところで,我が国には自然の音を大事にし,生
活の中に取り入れるという豊かな音文化が伝統的
に存在し,我が国の伝統音楽や和楽器は,そのよ
うな音文化を背景として,はぐくみ伝承してきた
ものであるといわれている。すなわち,我が国の
伝統音楽は,我が国の自然音の知覚と感受に深く
結び付き,そのことを和楽器などの音に反映さ
せ,音楽を構成してきたものであり,その時代の
人間と音とのかかわりの形象や様相を表した音楽
といえる。しかし,現代の都市化・近代化に伴
い,かつて我が国が伝統的にもっていた自然やそ
の音環境に対する鋭敏さや,それと人とのかかわ
りを意識することが損なわれてきているという指
摘がある。このような状況下において,我が国の
伝統音楽を自然界の音を踏まえてとらえること
は,その音楽の成立の条件について,文化的特質
を含有しながら認識させることを意味する。ま
た,演奏される地域性,季節,場所等の中の特徴
的な音として,それに応じた固有な情緒を含みな
がら感じ取らせることでもある。
一方,一般に音楽は右脳で知覚するといわれて
いるが,角田忠信は『右脳と左脳−その機能と文
化の異質性−』の中で「日本楽器の音は日本人に
は全部ことばとして扱われる。」と述べ,我が国
の伝統楽器音は左脳で処理されると主張してい
る。 (注12)
これは,我が国の伝統音楽の音が,日本語の特
徴である母音の多用とも関連付けられているとい
う指摘であり,そのことは尺八音楽や箏の音楽に
みられる,一音への没入や余韻の変化にも影響を
与えていると考えられる。実際,このことは,和
歌の朗詠における母音の延音性にみることができ
る。また,口三味線という言葉があるように,さ
しょうが
らには,箏の音楽の余韻の変化等を唱歌という形
態で伝承してきたように,我が国の伝統音楽を,
音韻を付けた言葉としてとらえてきたことからも
理解できることである。
以上のことから,我が国の伝統音楽の指導にお
いて,サウンドスケープの考え方に基づき,自然
音や環境音を取り扱い,人がどのように音を知覚
し,そのことが我が国の伝統音楽や和楽器にどの
ように生かされているかを探究させることは,我
が国の伝統音楽がもつ文化的特質に迫ることにつ
ながり,また,日本語のもつ美しさや豊かさへの
理解を深める契機ともなると考えられるのであ
る。
4
我が国の伝統音楽の指導について
(1) 指導の内容
中学校及び高等学校学習指導要領解説音楽に示
された指導の観点に基づいて,我が国の伝統音楽
を指導する内容として,次の5点について,考察
することとする。
① 音楽の素材としての「音」への理解
② 音楽の仕組みへの理解
③ 表現技能の習得
④ 背景となる風土や文化・歴史の理解
⑤ 創造性を働かせた新たな音楽創造への取組み
①
- 123 -
音楽の素材としての「音」への理解
音楽は多様な音素材を媒体としていることか
ら,音楽の素材についての理解を図ることは,指
導の根幹に係るポイントである。この指導におけ
る音素材は,声や楽器の音のみならず,我々を取
り巻く環境にある音も含めて考えることが必要で
ある。我が国の伝統音楽の指導においては,我が
国の伝統音楽の素材となる「音」について,歌唱
では,義太夫や民謡等にみられる独特な発声法に
よる声,また,その言葉や歌詞も音楽の重要な素
材ととらえることが大切である。器楽において
も,和楽器固有の音色やその変化に着目させると
いうことは,音楽の素材としての「音」であるこ
とを実感させるということである。さらに,鑑賞
では,声や楽器の種類や特性,身の回りの音,そ
れらがもたらす効果などについて理解させる必要
がある。
もとより,我が国の伝統音楽の素材となる
「音」は,自然や環境における「音」などと密接
な関連をもっている。したがって,多様な「音」
に対する興味・関心を養い,自然音や環境音など
の様々な音も扱うことにより,和楽器が自然音な
どの「音」を素材としていることをも実感させる
ことが大切になってくるのである。
②
音楽の仕組みへの理解
音楽の各諸要素は,構成要素(音色,リズム,
旋律,和声を含む音と音とのかかわり合い,形式
など)と表現要素(速度,強弱など)に分けて考
えることができる。我が国の伝統音楽において
も,この諸要素は存在しており,その働きによっ
て,「豊かさ,情感,日本的な感覚」を覚醒する
ものである。このような我が国の伝統音楽を構成
する諸要素に着目し,その知覚の働きを通して,
その楽曲が生み出している雰囲気や曲想とのかか
わりを感じ取ることによって,その音楽の仕組み
を理解し,音楽への味わいを深めることができる
と考える。
③
表現技能の習得
音や音楽を認識した内的なイメージなどを実際
に音で表現するためには,その技能が必要であ
る。民謡を,いわゆるベルカント的に歌唱しても
違和感が伴うように,我が国の伝統音楽の歌唱に
おいては,コブシ,節回しなどの独特な表現方法
があり,その技能を身に付けることによって,そ
の音楽を実感することとなるのである。また,和
楽器の表現においても,西洋音楽にはない独特な
「所作」や「間」「躍動感」なども,表現技能の
特徴として理解し,身に付けさせることが大切で
ある。
④
背景となる風土や文化・歴史の理解
あらゆる音楽は,生み出された様々な風土,文
化・歴史,伝統などに根差して存在している。
我が国の伝統音楽もそのようなものと深いかか
わりをもっており,その特質を理解させることが
必要である。我が国の伝統音楽を地域や時代,作
曲者などの特徴と関連させることによって,人間
生活と伝統音楽のつながりを感じ取ったり,理解
したりすることが大切である。また,伝統音楽を
伝承してきた精神性も実感させることは,文化の
中の音楽として,その本質にふれることでもあ
る。
⑤
創造性を働かせた新たな音楽創造への取組み
新たな文化は常に伝統文化のうえに生まれてく
るといわれる。我が国の伝統音楽についても,多
様な流派の枝葉化にみられるように,それぞれの
種目が主体的に独自の発展を遂げてきているので
ある。生徒に新たな音楽を経験させ,理解させよ
うとするとき,このような音楽が創造される経緯
を踏まえ,伝統音楽を扱うことは,新たな音楽の
特性を把握することに一層有効に働くものと考え
る。また,我が国の伝統音楽を取り扱う際には,
その背景の伝統性に気付き,考えることが重要で
ある。
Ⅲ
調査研究
1
調査の概要
(1) 調査の目的
次の項目について調査し,音楽科に関する課題
を明らかにすることを目的とする。
○ 県内中学校及び高等学校における音楽科や我
が国の伝統音楽の指導の実態
○ 県内中・高等学校生徒の音楽科や我が国の伝
統音楽などに対する意識
(2) 調査の対象及び方法
調査対象は,高等学校音楽科担当者に対して
は,県内県立高等学校87校に依頼し,47校から回
答を得た。また,中学校音楽科担当者に対して
は,地域のバランスを図るため教育事務所ごとに
- 124 -
10校程度とし,県全体としては59校とした。回答
を得た学校数は,46校である。生徒に対する調査
は,中学校は8校を抽出し,1496名の回答を得
た。また,高等学校は7校を抽出し,1051名の回
答を得た。方法は,両者とも質問紙法である。
は多くないが,その内容は,鑑賞と関連させて,
鑑賞する楽曲の一節を実際に表現させてみるとい
う取扱いであった。また,わらべうたを和楽器の
表現や創作と関連させた扱いもみられた。
5
(3) 調査数
① 音楽科担当者
3
時
3
間
数 2
2
生徒
1
0
歌唱
表1
日本古謡
わらべうた
長唄
16
11
図2
第1学年
第2学年
第3学年
8
5 5
4
他
2
唄
う
そ
べ
2
長
た
1
の
6
ら
18
16
14
12
学 10
校
数 8
6
4
2
0
鑑賞
複数回答
わ
(1) 中学校音楽科における指導の実態
図1は,中学校における各領域別に我が国の伝
統音楽を取り入れている時間数を示したものであ
る。(時間数は,各領域ごとに回答した時間数の
平均を表す。)このように,各領域ごとに2∼4
時間程度,我が国の伝統音楽を取り入れているこ
とが分かる。これは,各領域に設定している時間
数のほぼ1割から2割程度の時間数という結果で
あった。そして最も配当時間数の多い領域は創作
であった。このような結果となったのは,創作活
動に我が国の伝統音楽や和楽器等を取り入れてい
る学校においては,器楽指導や鑑賞指導を取り入
れながら,比較的多くの時間数を設定して創作活
動を展開しているためである。
歌唱指導において取り入れている我が国の伝統
音楽のジャンルと主な楽曲としては,次の図2及
び表1のような結果となった。
図2のように「民謡」を取り入れている学校が
多く,楽曲については表1のように比較的生徒が
親しみやすいものを選択していることがうかがえ
る。
長唄や義太夫,狂言の謡いを扱っている学校数
創作
領域別我が国の伝統音楽の指導時間数(中学校)
謡
図1
器楽
古
調査結果の分析・考察
ジャンル
民謡等
第1学年
第2学年
第3学年
2.4
日
2
回答者数
1496
1051
2.8
2.4
1.9
1
調査校数
8
7
3.6
2.7
謡
中学校
高等学校
2.8
2.6
民
②
4
調査校数
46
47
3.8
3.2
3.0
本
中学校
高等学校
4.2
4
歌唱における我が国の伝統音楽のジャンル(中学校)
器楽指導において取り入れている和楽器は,図
3から分かるように,「箏」が最も多く次に「和
太鼓」となっている。これは,他の和楽器に比
べ,比較的身近で導入を図りやすい楽器を選択し
ているということである。実際,「箏」や「和太
鼓」は比較的演奏しやすく,また,地域との連携
も図りやすいことがその理由として考えられる。
しかし,無回答の学校が12校(26.1%)あり,
このような回答した理由は,今年度,器楽指導に
おいて,和楽器を取り扱った指導をしていないた
歌唱における我が国の伝統音楽のジャンル(中学校)
※
複数回答
主な曲名
五木の子守唄 ひえつき節 ソーラン節 賀茂台地の民謡 音戸の舟唄 津軽じょんがら節 神田囃子 田楽
地元の和太鼓の民謡 谷茶前 てぃんぐさぬ花 こきりこ節 金比羅船々 白市小唄 タント節 斎太郎節
草津節 もっこ 大漁節 沖縄民謡 かりぼしきり唄
越天楽今様 さくらさくら 六段の唱歌
うさぎ かぞえうた
長唄「勧進帳」
- 125 -
めと思われる。多様で創意工夫のある音楽活動を
展開していくという趣旨からは,各学年段階に応
じ,歌唱や鑑賞等の指導と関連させた和楽器の活
用も含めた指導の構築が課題と考えられる。
25
学
校 20
数
15
1
箏
和太鼓
図3
篠笛
三味線
尺八
大正琴 その他
図4
取り入れている和楽器
表2
楽
能
1
芸
土
郷
能
3
文
伎
楽
舞
歌
の
伝
統
音
八
尺
3
複数回答
土
の
鼓
32
音
楽
楽
楽
音
楽
音
味
線
音
1 1 1
1
鑑賞指導においては,回答したすべての学校
が我が国の伝統音楽を取り入れている。そのジ
ャンルや楽曲を図4及び表2に示す。
第1学年では主として雅楽,第2学年では尺八
音楽,第3学年では歌舞伎を取り扱っており,表
2の曲名をみると,ほとんどが教科書に記載して
ある教材等であり,それに沿って指導しているこ
とが分かる。今回の改訂では,学校の実態を生か
した創意工夫のある多様な音楽活動ができるよう
にするという趣旨から,学習指導要領には共通教
材が示されていない。そのことを踏まえるとより
一層の教材開発が必要であることが課題といえよ
う。
ジャンル
雅楽・舞楽
箏の音楽
三味線音楽
和太鼓の音楽
尺八音楽
郷土の音楽等
歌舞伎
能
文楽
郷土芸能
の
和
2
3
2
2
雅
楽
・舞
学
校 6
数
4
楽
6
6
3
1
三
8
0
5
1
第1学年
第2学年
第3学年
郷
10
5
0
22
太
11
10
複数回答
32
30
箏
12
40 36
35
鑑賞における我が国の伝統音楽・芸能のジャンル
(中学校)
民謡や和楽器を表現指導に取り入れている学校
については,歌唱や和楽器の取り入れと同様な回
答をした学校が多く,表現と鑑賞の関連を図って
いることがうかがえる。
選択教科としての音楽については,それを開
設している学校数は,第1学年おいては,10校
( 2 1 .7% ) , 第 2 学 年 に お い て は 4 0校 ( 86. 9
%),第3学年は41校(89.1%)という結果で
あった。 学年の人数からの選択音楽を選択して
いる生徒数の割合は,第1学年は28.4%,第2学
年は25.9%第3学年は24.1%という結果であっ
た。その選択音楽に 我が国の伝統音楽を取り入
れている学校数は,第1学年は2校(4.3%),
鑑賞における我が国の伝統音楽・芸能のジャンル (中学校)
※
複数回答
主な曲名
越天楽 陵王乱序
さくら 六段の調 さくら変奏曲
津軽じょんがら節
屋台囃子 鳥人太鼓
巣鶴鈴慕 鹿の遠音
郷土の民謡 エイサー 神田囃子 各地域の子守唄
勧進帳
船弁慶 安宅
木遣りの段(「三十三間堂」から)
天神祭 鹿踊り
第2学年と第3学年においては,それぞれ6校
(13%)という結果であった。その指導として
は,ほとんどが箏や和太鼓等の器楽指導であっ
たが,中には,必修音楽との関連を図り,「歌
舞伎」等の伝統芸能を選択音楽において課題学
習として展開し,必修音楽に生かしているもの
もあった。
追分
谷茶前
以上の結果から,中学校においては,すべての
学校が鑑賞指導において,我が国の伝統音楽を取
り入れており,また,歌唱や鑑賞で取り入れてい
るジャンルや楽曲については,比較的親しみやす
い楽曲を取り扱っていることが分かった。しか
し,学校の実態に応じた教材開発は課題といえよ
う。
- 126 -
(2) 高等学校音楽科における指導の実態
本項では,新高等学校学習指導要領総則に示さ
れた「芸術のうち『音楽Ⅰ』『美術Ⅰ』『工芸
Ⅰ』及び『書道Ⅰ』のうちから1科目をすべての
生徒に履修させるものとし,その単位数は標準単
位数を下らないもの」ということを踏まえ,必履
修科目となる「音楽Ⅰ」について分析・考察して
いくこととする。
科目「音楽Ⅰ」(以下音楽Ⅰと表記する。)を
選択している生徒数を学年人数からみた割合は,
35.3%であり,最も選択者が多い学校の割合は48
%,最も少ない生徒数の割合は10.6%という結果
であった。回答を得たほとんどの学校が芸術科と
して,「音楽」「美術」「書道」の科目を開設し
ていることをかんがみると,この結果からは,生
徒は音楽に対する興味・関心や自分の特性に応じ
て音楽を選択していることがうかがえる。また,
このことは中学校における選択音楽の選択者が約
2割強であったことからもうかがえることであ
る。
我が国の伝統音楽を取り入れている学校数は29
校(29/47校,61.7%)であり,比較的多くの学
校で我が国の伝統音楽を指導していることが分か
った。その各領域ごとの配分時間数は,図5に示
したように2∼4時間程度であり,歌唱ではその
設定時間数の中から約1割程度,器楽では約2
割,創作・鑑賞では約3割程度であった。器楽と
表3
ジャンル
民謡
わらべうた
日本古謡
長唄
能
校数
12
7
5
2
1
創作において,我が国の伝統音楽を取り入れてい
る学校数は延べ6校(6/47校,12.7%)と多く
はないが,そのほとんどが,和楽器の指導やいわ
ゆる五音音階を利用した創作の活動や篠笛等の自
作を含めた活動であった。
4
3.6
3
2.7
創作
鑑賞
2.2
時
間2
数
1
0
歌唱
図5
器楽
領域別我が国の伝統音楽の指導時間数
これらから,各学校の実態に応じて,各領域に
重点付けて,それぞれ約2割程度(14時間程度/
70)を我が国の伝統音楽の指導に充当しているこ
とが分かった。
歌唱において我が国の伝統音楽を取り入れてい
る学校は19校(19/47校,40.4%)であった。そ
のジャンル別の内訳と主な曲名は次の表3のとお
りである。
歌唱における我が国の伝統音楽のジャンル(高等学校)
主な曲名
中国地方の子守唄
ソーラン節 五木の子守唄 鞆の大漁節
こきりこ節 谷茶前
ほたるこい
越天楽今様 ふるさと さくらさくら 六段の唱歌
勧進帳 越後獅子
高砂
表3からも分かるように「民謡」を取り入れて
いる学校が多い(12校,25.5%)。また,ジャン
ル別の楽曲をみると,中学校から得た回答結果と
同様なものが多い。このことから,高等学校にお
いては,中学校音楽との関連を図ったり,生徒の
既習経験を生かしたりする指導の構築が課題とい
える。次に,器楽指導に取り入れている和楽器に
ついてであるが,それを回答した学校数は6校
(12.7%)であった。その中で取り入れている楽
器は,複数配備しているものも含めて箏,篠笛,
三味線であった。この結果から,ほとんどの学校
2.6
※
複数回答
てぃんぐさぬ花
音戸の舟唄
に和楽器を取り入れていないことが分かった。和
楽器の導入等については,急務な課題であるとい
えよう。鑑賞において,我が国の伝統音楽を取り
入れている学校数は,29校(29/47校,61.7%)
であり,そのジャンル別の内訳と主な曲名は次の
表4のとおりである。このように,ほとんどの学
校が和楽器に関する楽曲を取り上げており,特に
箏曲を取り扱っていることが分かる。また,民謡
については,表1に示した曲名と同じものが取り
上げられており,民謡は表現と鑑賞を関連付けて
指導していることがうかがえる。しかし,この結
- 127 -
さくら
六段
千鳥の曲
鶴の巣籠
津軽じょんがら節など
祇園精舎
越天楽 納曾利 陪爐
こきりこ節 会津磐梯山
金比羅船々
五木の子守唄
てぃんぐさぬ花
音戸の舟唄
京鹿子娘道成寺
越後獅子
八岐大蛇
大江山
悪狐伝
郷土の神楽
高砂
6.2
高等学
校
鞆の大漁節
24.6
9.3
0%
20%
30.7
29.9
40%
とてもある
図6
中国地方の子守唄
38.5
32.7
ある
28.1
60%
80%
あまりない
100%
まったくない
我が国の伝統音楽についての興味・関心
扱ってみたい和楽器
34.4
27.8
26
30.0
23.5
17.5
中学校
高等学校
1.3
1.1
1.6 2.92.5
他
の
そ
の
篠
楽
笛
器
12.8
7.7
神
楽
尺
鼓
八
11.1
太
40
35
30
25
% 20
15
10
5
0
線
(3) 生徒に対する調査結果
図6から分かるように,我が国の伝統音楽に
ついての興味・関心については肯定的な回答が
多くない。中学校においては,回答を得たすべ
ての学校が鑑賞において,我が国の伝統音楽を
指導しているが,このような結果となってい
る。生徒の我が国の伝統音楽に対する興味・関
心を喚起していく指導の内容・方法等の構築が
課題であるといえよう。しかし,肯定的な回答
をした理由について分析すると,中・高等学校
ともにマスメディアの影響を受けた和楽器に関
する好奇心をうかがわせる回答が少なからずあ
り,このことから,我が国の伝統音楽の指導に
当たっては,和楽器への興味・関心を踏まえた
指導の構築が重要であるといえる。
図7は,どのような和楽器に興味・関心をもっ
ているか,その調査結果について示したものであ
る。 図のように,箏,三味線,和太鼓など比較
的生徒が馴染みをもっていると考えられる和楽
器に対して興味・関心をもっていることが分か
る。特に,和太鼓や三味線については最近のマ
スメディア等の影響もあり,これを選択した生
徒の多くが,楽器に対するあこがれについて述
中学校
和
果も表2に示した中学校音楽の回答結果と同様な
楽曲が多く,ここでも中学校音楽との関連を図る
ことが重要であることが分かる。以上の結果か
ら,高等学校音楽科においては,各学校の実態に
応じて我が国の伝統音楽の指導を取り入れてお
り,その指導はおおむね表現と鑑賞の関連を図っ
たものであることが分かった。しかし,それは主
として歌唱と鑑賞によるものであり,器楽及び創
作において取り入れている学校は少ない。また,
我が国の伝統音楽の指導に関しては,中学校音楽
における生徒の既習状況を把握するなど,中学校
音楽との関連を図ることが課題である。
味
3
4
1
複数回答
主な曲名
さくら変奏曲
春の海
箏
歌舞伎
神楽
能
鑑賞における我が国の伝統音楽のジャンル(高等学校)※
校数
11
4
7
1
3
7
三
表4
ジャンル
箏の音楽
尺八音楽
三味線音楽
琵琶楽
雅楽
民謡等
図7
和楽器に関する興味・関心
べていた。一方,箏に関しては「音が美しい」
「ゆったりしている」などといった音楽の諸要
素に関することを述べており,音や音楽に対す
る興味・関心をもっていることがうかがえる。
また,篠笛や神楽の楽器を選択した生徒はそれ
を演奏できることを理由として述べており,こ
のような生徒の個性を生かして展開することも
考えられる。
以上の結果から,生徒は我が国の伝統音楽に関
しては,さほど多くの肯定的な回答は得られなか
ったが,和楽器に関する興味・関心をもっている
ことがうかがえ,そのことを手がかりとした指導
の構築が重要であるといえる。
- 128 -
(4) 音楽科教員に対する調査結果
次の図8は,音楽科担当者に対する我が国の伝
統音楽の指導に関する調査結果である。ここから
分かるように,ほとんどの教師が我が国の伝統音
楽の指導について,肯定的に回答していない。こ
の理由を分析すると次のようになる。
○ 教師自身が我が国の伝統音楽にあまり馴染ん
でいない。
○ 西洋音楽の指導に比べて指導の内容や方法な
どのメソッドが分かりにくい。
○ 我が国の伝統音楽に関して教育的な意義をあ
まり見いだしていない。
図9から分かるように,和楽器の技能の習得に
ついての研修を望む意見が多く,また我が国の伝
統音楽における指導内容・方法についても研修を
望んでいることが分かった。また,意見の中に
は,「まとまった研修の日数の確保とその場の設
定」などを望んでいる意見が多くみられ,集中的
な研修日数の確保と研修の場の設定が課題である
といえる。
次に音楽科における課題について自由記述法に
よって求めた結果を図10に示す。
音楽科の課題
43
70
中学校
我が国の伝統音楽の指導について自信があるか
56
設備・予算の確保
時間数の確保
研修の必要性
その他
12
中学校 2.3 2.3
74.4
21.0
18
14
10
高等学校
6
高等学校 4.3
69.6
8.7
0%
20%
ある
図8
40%
0
17.4
60%
どちらかといえば
80%
あまり
100%
23
17
回 15
答
数 10
10
9 9
中学校
高等学校
8
6
6
4
5
4
2
3
そ
の
他
法
歌
唱
賞
鑑
法
指
導
内
方
容
技
導
実
指
楽
器
80
音楽科の課題
この主な回答の設備・予算の確保の内容として
は和楽器の配備等に関するものが多く,我が国の
伝統音楽の学習に必要な教材や楽器をいかにそろ
えていくか思案していることがうかがえる。そし
て,その指導に伴う研修の必要性について述べる
意見も多くあった。また,時間数の縮減に伴い,
今までの指導内容を見直していくことを述べてい
る記述も多くあった。以上の結果から,音楽科の
教員は,今次の改訂に伴い,新しい授業を構築し
ていかなければならないという課題意識をもって
いることが分かった。特に,我が国の伝統音楽の
指導については,どのように指導を展開するか,
模索しており,そのため自らが体験し,指導力を
高める研修を望んでいることが分かった。その研
修においては,我が国の伝統音楽をなぜ取り扱う
のかというその教育的意義を再確認するような展
開も重要であることを課題として挙げておかなけ
ればならない。
0
図9
60
ない
また,回答に記述した理由からは,指導の内容
や方法について模索している意見や研修の必要性
について述べているものが多くみられた。一方,
肯定的でない回答の中においても,「生徒ととも
に勉強している」「研究している内に自分自身が
我が国の伝統音楽を好むようになった」というよ
うな積極的な意見もあった。次に,我が国の伝統
音楽の指導について,どのような研修を望んでい
るか,自由記述法によって求めた調査結果を図9
に示す。
20
40
回答数
図10
我が国の伝統音楽の指導に関する調査結果
25
20
望む研修内容
- 129 -
Ⅳ
カリキュラム開発
1
カリキュラム開発に当たって
(2) 指導の内容
本研究における実践においては,第Ⅱ章で述べ
た次の5点から,各領域ごとに数点を指導の内容
として設定することとした。
以上の文献研究・調査研究を踏まえ,我が国の
伝統音楽を取り扱う有効な指導について研究する
ため,そのカリキュラム開発を研究協力員ととも
に当たった。それに際しては,各領域ごとに次の
2点を踏まえたアプローチを試みることとした。
○
①
②
③
④
⑤
(1) 我が国の伝統音楽の特徴
我が国の伝統音楽から次のような特徴を生徒に
実感させることを目指して各領域ごとにカリキュ
ラムの開発に当たった。
指導に当たっては,我が国の伝統音楽の特質を
踏まえ,できるだけ教師の実演やティーム・ティ
ーチングによる指導などを多く取り入れることと
し,また,生徒の様々な学習経験を生かし,我が
国の伝統音楽の文化的な特徴の理解も目指すこと
とした。
我が国の伝統音楽の特徴を実感できるように
すること
○ 指導の内容に迫ること
2
余韻の変化,ズレ,間,静寂,自然音と我が国の伝統
など
表5
実践の概要
校
名
科
目
歌
唱
黒
瀬
高
校
音 我 が 国 の 伝 統 的
楽 な歌唱に着目した
Ⅰ 指導の試み
器
楽
賀
茂
高
校
音 我 が 国 の 伝 統 音
楽 楽の諸要素に着目 箏の音楽
Ⅰ した指導の試み
余 韻 の 変 化 ,ズ レ ,噪
音 ,間 ,静 寂
創
作
黒
瀬
高
校
我 が 国 の 伝 統 音
音
楽 と西 洋 音 楽 の 融
楽
合を図った指導の
Ⅱ
試み
篠 笛 ,三 味
A(3)ア ウ
和 楽 器 の 音 ,音 律 ,西
線 ,和 太
②⑤
エ
洋音楽の構成感
鼓 ,シ ン セ
Bア イ ウ
サイザー
広
島
国
泰
寺
高
校
音 自 然 音 ・環 境 音 に 自 然 音 ・環 境 噪 音 ,間 ,静 寂 ,拍 節
楽 着 目 し た 指 導 の 試 音 ,尺 八 音 的 で な い リズ ム ,日 本
Ⅰ み
楽 ,俳 句
語の持つ情感
領域
表
現
実践の概要
実践の概要は,表5のとおりである。これらの
実践の分析・考察については,第Ⅵ章において述
べる。
独特な発声の仕方,日本語のもつ情感,一音の響き,
音楽とのかかわり
音楽の素材としての「音」への理解
音楽の仕組みへの理解
表現技能の習得
背景となる風土や文化・歴史の理解
創造性を働かせた新たな音楽創造への取組み
鑑賞
指導の特色
取 り扱 う内 容
内容の特徴
指導
学習指導要
和楽器等 領の内容
内容
独 特 な 発 声 の 仕 方 ,日 ① ② 篠 笛 ,三 味 A(1)ア
本語の持つ情感
③ ④ 線 ,和 太 鼓 Bア イ ウ
民謡
和楽器の特
性 と音 楽 の
構成
- 130 -
①②
箏
③④
①④ 尺八
A(2)ア
Bア イ ウ
A(2)ア
Bア イ ウ
Ⅴ
実践事例
実践事例1
領
科
題 材
実 践
実施対
1
域:表現・歌唱
目:音楽Ⅰ
名:「民謡への親しみ」 ─ 我が国の伝統的な歌唱に着目した指導の試み
校:広島県立黒瀬高等学校 学級数12 生徒数434
象:福祉科 第2学年 15名
─
題材について
かせる発声であったのに対し,我が国の発声は「土に響か
(1) 題材観
本題材は,郷土に伝わる民謡の表現や鑑賞の活動を通し
て,我が国の伝統的な歌唱法とその特徴を感じ取らせるこ
せる」発声といわれるように,屋外や一方向に向けての発
声であったことからもうかがえることである。
とと幅広い音楽観を培うことをねらいとして設定した。
これらのことから,民謡を表現及び鑑賞させたりするこ
我が国の伝統的な歌唱法は,民謡や長唄,義太夫などの
とは,我が国の伝統音楽の特徴を感じ取らせ,幅広い音楽
歌唱にみられるように,いわゆる西洋音楽における発声法
観を培うために有効に働くことと考える。
等とは全く異なる特徴をもった表現方法である。
それは,我が国の伝統音楽の文化的背景に基づいた成立
(2) 生徒観
生徒は,いわゆるポピュラーソングの歌唱には強い興味
の由来をもっていると考えられる。例えば,西洋音楽と我
が国の伝統音楽を対比させる場合,端的に「石と畳の音
楽」といわれるように,全く異なった文化的特質を背景に
もつものととらえられていることから理解できることであ
・関心を示し,高い音域への歌唱法を身に付けることやよ
りよい声へのあこがれをもっていることがうかがえる。し
かし,音楽科の授業における発声については,生徒は合唱
表現等に必要とされるいわゆる頭声的発声が音楽科の授業
る。
実際,このことは,民謡等を西洋音楽のベルカント唱法
によって表現しても,我々はそこから異質観をもつことは
ぬぐい去れない事実であり,その逆もしかりであることか
における発声であるという観念を強く抱いているため,ど
のような楽曲であっても,その発声で歌おうとし,本来曲
種が違う楽曲がもつ特徴の本質的な理解までには至ってい
ない。そのため,どのような曲種であっても音楽科の授業
らも分かることである。
つまり,西洋音楽における歌唱法と我が国の伝統音楽の
歌唱法の相違に気付かせ,それはなぜそのような相違性を
もつのか,背景となる文化的特質も踏まえて体験的に気付
においては,同様な発声で歌おうとし,楽譜に表されたも
のを忠実に再現することだけを目指していることが多くあ
る。
そこで,そういった発声に対する固定的な概念を崩し,
かせることが,幅広い音楽観を培う営みであると考えると
かつ様々な音楽の特質を感得させるために,いろいろなジ
いうことである。
ところで,民謡は一般的に拍節のはっきりした「八木節
様式」と拍節のはっきりしない「追分様式」に分類され,
ャンルの歌唱曲を取り上げ,個のイメージや歌い方を追求
した,個に応じた表現方法を求めてきた。
一方,民謡の発声は,生徒の好む楽曲を構成している要
どちらもその成立の背景については,その時代における文
化的な様態を表している。端的にいえば,「ハレ」の日の
音楽としての「お囃子」の民謡と,木挽き歌,木遣り歌に
素が多くあり,先述した生徒の興味・関心にこたえるもの
を備えうるものである。
したがって,本題材では,民謡の指導を通して,生徒の
見られる仕事唄の民謡と考えることができる。しかし,ど
のような分類であったとしても,いわゆる民衆の生活に密
着し,親しまれてきたことは事実であり,現代においても
固定的な歌唱法の概念をさらに打ち破り,楽譜に頼らな
い,本来の我が国の伝統音楽の魅力を味わわせたい。
当時の様態とは異なる生活様式ではあるが,脈々と受け継
(3) 指導観
がれてきていることも事実である。
また,その発声法については,「喉を絞る」といわれる
指導に当たっては,郷土の民謡を取り上げ,実際に和楽
ように,全く西洋の発声とは異なるものである。それは,
器による伴奏の表現を取り入れ,歌唱させることとによ
先述した「石と畳」という対比に示したように,西洋は音
り,その魅力をより身近に実感させたい。
の反響を意識し,いわゆるコンサートホールで隅々まで響
- 131 -
具体的には,歌詞の母音の延音性とその変化に着目さ
せ,それが個独特の表現であることを理解させたい。ま
工夫し,時代や地域に基づく特徴や様式の違い,発声の
た,そういった歌唱法の体得を通して,我が国の伝統音楽
多様性を感じ取らせる。
の文化的特質にもアプローチさせることとしたい。
○
楽曲にふさわしい発声のイメージをもって歌唱表現を
工夫し,基本的な発声の技能を身に付けさせる。
2
題材の目標
○
楽曲にふさわしい発声のイメージをもって歌唱表現を
4
評価規準
3
教材
「音戸の舟唄」「鞆の大漁唄」など
ア 関心・意欲・態度
イ 芸術的な感受や表現の工夫
ウ 創造的な表現の技能
○時代や地域に基づく特徴や様式の違 ○時代や地域に基づく特徴や様式の違い, ○楽曲に対するイメージを表現するための
い,発声の多様性に関心をもっている。 発声の多様性を感じ取って,歌唱表現を工 姿勢,呼吸法,共鳴法,等の基本的な発声
夫している。
の技能を身に付けている。
○楽曲にふさわしいイメージをもって意欲 ○楽曲にふさわしい発声のイメージをもって
的に歌唱や器楽の表現をしている。
歌唱表現を工夫している。
5
次
指導計画(全4時間)
学習内容(時数)
関
心
民謡の歴史について知 ○
り,既存の曲(VTR)
一 や世界の様々な発声法に
よ る 歌 唱 曲 を 聴 き 比 べ
る。
(1時間)
「音戸の舟唄」や「鞆
の大漁節」を歌唱する。
指導者の模範唱を模倣
二 しながら独特な発声のポ
イントに気付く。
(1時間)
感
受
◎
○
三
6
評価方法
ア
グループで伴奏を工夫
しながら,歌唱活動を行
う。
録音し,客観的に聴取
しながら,再検討する。
(1時間)
演奏をVTRに録画・
四 試聴し,意見・討議して
感想を書く。(1時間)
評価
主な評価規準
技
能
○
意欲的に聴取し,歌詞や音楽の構成
聴取状況
等について初発の素朴な疑問をもって
観察
いる。
イ
音 楽 の 諸 要 素 の 働 き を 感 じ 取 り な が ワークシート
ら,聴取している。
イ
指導者の表現から民謡の特徴(コブ
シ,音律,間,ノンタンギング)を学
び取っている
◎ ア
指導者の表現から,技能等を学び取
っている。
行動観察
自己評価
◎ ウ
行動観察
篠笛や和太鼓の特性を生かしながら
伴奏を工夫している。
◎ ウ
民謡の発声法を生かした歌唱法を工
夫している。
イ
構成を把握し,諸要素の働きを感じ
取りながら,客観的に比較聴取してい
る。
◎ ウ
楽曲にふさわしい発声法に気付き,
その技能を身に付けている。
演奏録音
行動観察
自己評価
演奏録音
指導のアプローチ例
指導の内容
アプローチ
指導方法
①
音楽の素材としての「音」への理解
曲種に応じた発声の相違性
様々な発声法による楽曲の比較聴取
②
音楽の仕組みへの理解
拍節,音律
様々な様式をもつ楽曲の比較聴取と表現
③
表現技能の習得
メリスマの体得
教師の実演やCDの繰り返し模倣
④
背景となる風土や文化・歴史の理解
民謡の歴史の理解
歌詞のもつ意味の探究
- 132 -
実践事例2
領
科
題
域:表現・器楽
目:音楽Ⅰ
材 名:「箏∼一音の響きとその風景」
─ 我が国の伝統音楽の諸要素に着目した指導の試み
実 践 校:広島県立賀茂高等学校 学級数31 生徒数1237
実 施 対 象:普通科 第1学年 26名
1
題材について
我が国の伝統音楽がもつ音楽の諸要素の中から箏の音
楽に最も特徴的だと思われるものに,「一音の響き」を
大 切 に し た 「多 様 な奏 法 に よ る余 韻 や 音 色 及 びその変
化」が挙げられる。「一音の響き」は,余韻を味わい,
余韻の中に多彩な変化を楽しみ,音の消えた後の静寂を
も味わうことができる。また,このような「響き」を大
切にした精神は,箏の音楽に限らず,我が国の伝統音楽
がもつ特質でもある。したがって,「余韻」や「静寂」
に着目させることは,「日本的な情緒」といった感性的
側面を覚醒し,我が国の伝統音楽と人間とのかかわりを
実感させることでもある。また,箏の唱歌は,その奏法
や余韻の変化等を口承にて伝えるための一手法である。
よって,「余韻の変化」を感得させるためには,唱歌を
唄うことが効果的である。
したがって,余韻の唱歌を指導過程に位置付け,生徒
が唱歌を唄い,その余韻を発声することにより,旋律や
リズムの実際の流れ,フレージング,間の取り方,緩急
法などの音楽的な諸要素を体験的に知覚させていくこと
に有効であると考える。
2
ティームティーチングの導入について
箏の名手による生演奏は,その演奏や音の質感のみな
らず奏者の姿,表情,様子からも圧倒的に心に迫るもの
がある。それは,箏に向かう所作や演奏前の「間」,ま
た,一音に心を託した表情等からも醸し出される表現で
ある。このように我々の心にもたらす作用は,奏者が表
現技能を追究した結果であることはもちろんであるが,
それを支えた精神性にもよるものであることに気付く必
要がある。
5
─
このような精神性は我が国の文化,歴史,風土,など
といった文化的側面と人間とのかかわりによってはぐく
んできたものである。これを理解させるためには,活動
と結び付いて文化的側面への「気付き」をもたせ,音楽
と人間とのかかわりの価値を認識することが,活動に帰
結するような仕組みを授業の中に作る必要がある。
指導においては,箏の名手をゲストティーチャーとし
て招へいし,その表現を実感させたい。また,その際,
演 奏だけでなく,ティームティーチングとして,お作
法,座礼から始まる箏に向かう姿勢などの心構え,絹糸
弦―象牙の爪―可動の柱―桐の木の共鳴胴といった発音
の仕組み,演奏曲の作曲者とその時代背景,余韻と自然
音を大切にした日本人の文化などにも理解させ,実感さ
せ ていくという流れを指導過程に取り入れることとす
る。
3
○
題材の目標
箏に対する関心をもち,箏独特の表現を生かして器
楽表現する技能を身に付け,箏の音楽の豊かさや特徴
を感じ取り,理解して聴取する。
○ 音楽の表している情景や音風景を想像し,イメージ
を膨らませ,その中に自分をおいて表現したり鑑賞し
たりすることができるようにする。
4
教材
日本古謡 「さくら さくら」
八橋検校作曲 「六段の調」
評価規準
ア 関心・意欲・態度
① 箏を演奏することに関心をもち,意
欲的に器楽表現に取り組もうとしてい
る。
イ 芸術的な感受や表現の工夫
ウ 創造的な表現の技能
エ 鑑賞の能力
① 箏の音楽がもつ諸要素の働きと唱 ① 箏を奏するにあたってのお作法・心構 ① 箏の特徴を感じ取り,箏の音楽の豊
歌とのかかわりを理解し,それらが生み え・弾き方・唱歌による模倣などの基本的 かさや美しさを深く味わって,聴くことが
できる。
な事項を身につけている。
出す曲想や美しさを感じ取っている。
② 箏の音楽がもつ諸要素の働きと曲 ② 多様な奏法による音色や余韻及び ② 箏の表現の特徴を生かして,器楽表 ② 創造的に表現するおもしろさを深く
味わって聴取することができる。
想とのかかわりについて関心をもち,意 その変化など,箏独特の表現を感じ取 現する技能を身に付けている。
り,唱歌を伴って,それらを生かして奏
欲的に聴こうとしている。
法を工夫する。
③ 音楽の表している情景や音風景を
想像し,イメージを膨らませ,その中に
自分をおいてそのイメージにふさわしい
表現の工夫をする。
- 133 -
6
指導計画(全9時間)
次
評価
学習内容
関心 感受 技能 鑑賞
評価規準
評価方法
○ふれる
・箏のいろいろな場所をはじいて音を出し,自由に箏に触れ
る。
第
一
次
・
2
時
間
○
ア① 箏の音や構造に関心をもち,初発の素朴な疑問や感想を
もっている。
・「さくら」の範奏を視聴し,気付きを話し合う。
行動観察
・箏の基本的な事項を理解する。
●お作法●心構え ●弾き方 ●唱歌
○唱歌を唄いながら箏で表現する。
○
○
・「さくら」の(合)までを,唱歌を唄いながら弾く。
●斗・為・巾 ●押し手(弱押,強押)
・「さくら」の(合)からを,唱歌による模倣に則って,歌いな
がら表現する。●掻き爪 ●割り爪 ●合せ爪
・楽譜以外に音楽を伝える手段があることを知る。
○音色と余韻を感じ取り,静寂を味わう。
・目を閉じて,音が消えるまでを追いかける。
第 ・ギターと箏の音色・余韻の違いを比較聴取し,気付きを自
二 分なりの言葉で表現する。
次
・ ・音の消えた後の静寂を味わう。
1
時
○「さくら」での奏法を工夫する。
間
・箏の表現の特徴を感じ取り,それらを大切にした音の出し
方を工夫する。
◎
ウ① 箏を演奏するに当たっての基本的な事項を身に付けてい
る。
ウ② 唱歌を唄い,弦名及び左手奏法を理解し,表現する技能
を身に付けている。
イ② 唱歌による模倣に則って,右手奏法を理解し,奏法を工
夫している。
ア② 箏への関心を深め,進んでそのよさや美しさを聴き取ろ
うとしている。
○
○
行動観察
・ギターと箏,ピアノと箏,それぞれの表現を比較聴取し,
気付きを自分なりの言葉で表現する。
○ エ① 箏への関心をさらに深め,箏独特の表現と音楽的効果を
聴き取ろうとしている。
第
三 ・各自桜の情景を想像し,イメージを膨らませ,そのイメー
次 ジにふさわしい音の音探しをし,表現の仕方を工夫する。
・
2
時 ○「さくら」の学習成果を発表し,相互評価する。
間
◎
イ③ 「さくら」での桜のイメージにふさわしい音を選び,表
現の工夫をしている。
イ① 桜のイメージにふさわしい音色や奏法,余韻の変化や静
寂を感じ取っている。
イ③ 表現したい内容を明らかにし,そのイメージや曲想にふ
さわしい表現を工夫している。
◎ エ② 生徒作品の表現したい桜の情景を想像し,醸し出す雰囲
気を味わいながら,視聴している。
○
・生徒作品を視聴し合う。
○「六段の調」を鑑賞し,楽曲を理解する。
ア② 楽曲の表現の特徴や,曲の構成及び曲想表現に関心をも
ち,進んでそのよさや美しさを聴き取ろうとしている。
○
・鑑賞する。
・作曲者と曲名と曲の仕組みの関係を理解する。
○
ワークシート
(演奏)
創作作品
ワークシート
ウ② 唱歌を唄い,弦名及び左手奏法を理解し,表現する技能
を身に付けている。
・「一段」の二行目までを,唱歌を唄いながら弾く。
ヒ キ イ ロ
行動観察
ワークシート
◎ エ① 余韻の長さだけではなく,余韻の微妙な変化や音が消え
た後の静寂も味わって聴いている。
イ② 様々な手法による奏法とその音楽的効果を感じ取り,一
音の響きを大切にした奏法を工夫している。
○「さくら」での表現の工夫をする。
第
四
次
・
2
時
間
ワークシート
行動観察
アトオシ
●引き色 ●後押 ●押し放し
○唱歌の有意性を感じ取り,奏法を工夫する。
◎
・ゲストティーチャーよる演奏を鑑賞する。
・余韻の変化を唱歌でとらえ,音の出し方を工夫する。
イ① 唱歌と演奏を聴き比べる中から,唱歌が音楽の構成要素
だけでなく言葉のニュアンスで音楽のリズムや旋律だけでなく
その表情までも伝えていることに気付いている。
イ② 唱歌を唄うことで,弦名及び左手奏法を理解し,奏法を
工夫している。
・「一段」の二行目までを,唱歌による模倣に則って,歌い
ながら演奏する。
○「六段の調」より「初段」での表現を工夫する。
第
五
次
・
1
時
間
第
六
次
・
1
時
間
7
・ギターと箏で,「六段の調」での表現を比較聴取し,気付
きを自分なりの言葉で表現する。
・音風景を想像し,イメージを膨らませ,そのイメージにふ
さわしい音を探し,表現の仕方を工夫する。
・「初段」の二行目からを,各自の進度に合わせて弾き進ん
でいく。
○「六段の調」の表現のまとめ
・生徒作品を視聴する。
○
イ③ 表現したい内容を明らかにし,そのイメージや曲想にふ
さわしい表現を工夫している。
ワークシート
創作作品
(演奏)
◎ エ② 生徒作品から表現したい音風景を想像し,醸し出す雰囲
気を味わいながら,視聴している。
指導のアプローチ例
音楽の素材としての「音」への理解
音楽の仕組みへの理解
表現技能の習得
背景となる風土や文化・歴史の理解
行動観察
ワークシート
・表現効果を高めるためにはどのような工夫が必要かを考え
る。
・学習成果を発表し,相互評価する。
指導の内容
①
②
③
④
◎
○ エ① 余韻の変化による微小な音程とその音楽的効果を感じ取
り,それが独特の深い味わいを醸し出していることを聴取して
いる。
イ③ 音風景のイメージにふさわしい音を探し,一音の響きや
余韻を大切にした表現の工夫をしている。
イ① 音風景を想像し,そのイメージにふさわしい音色や奏
法,余韻の変化や静寂を感じ取っている。
アプローチ
箏の余韻
音階(平調子)
箏の技能
箏音楽の伝承方法
- 134 -
指導方法
箏音楽の鑑賞及び唱歌の表現
箏の調弦
箏の奏法と唱歌
奏法譜と唱歌の研究
実践事例3
領
科
題
域:表現・創作
目:音楽Ⅱ
材 名:「和楽器によるインヴェンション」
─ 我が国の伝統音楽と西洋音楽の融合を図った創作指導の試み
実 践 校:広島県立黒瀬高等学校 学級数12 生徒数434
実 施 対 象:福祉科 第3学年 4名
1
題材について
─
ある自然や風土にはぐくまれた人間の美意識により創造
(1) 題材観
さ れたものであることを認識させることであるととも
本題材は,和楽器といわゆる西洋の楽器(以下洋楽器
に,その楽器や音楽に対するアプローチの違いを実感さ
と 表 記 す る )を 織 り交 ぜ た 楽 曲創 作 の 創 意 工 夫を通し
せ,“ 今を生きる人間 ”として,新たな音楽を創造する
て,音楽に対する感性と主体的な自己表現の能力を高め
契機となる感性をはぐくむことであると考える。
ることをねらいとして設定した。
音楽に対する感性と主体的な自己表現の能力を高める
(2) 生徒観
ためには,多様な音楽に親しませ,音楽の特徴を体験的
生徒を取り巻く音楽的な環境やその嗜好状況を勘案す
に感じ取らせることが不可欠である。なぜならば,音楽
ると,我が国の伝統音楽の生演奏を聴いたり,和楽器に
は,どのような音楽であっても,音楽の構造的側面(構
ふれたりするような経験はあまりないと考えられる。こ
成要素・表現要素)が感性的側面を醸造し,それがその
のような実態を踏まえ,まず生徒に我が国の伝統音楽に
音楽の特徴として,我々に一種の感興をもたらす作用を
親 しませ,そのよさを理解させるために,昨年「音楽
もつものであるからである。
Ⅰ」において,篠笛を扱った授業を展開した。その指導
和楽器による我が国の伝統音楽は,その音色や奏法の
では,教師が実演しながら,篠笛の魅力を感じ取らせる
工夫等により,いわゆる西洋音楽にはない独特な特徴を
よう工夫した。そういった指導の工夫により,生徒は,
もっている。それらは音楽の感性的側面として,日本的
楽器に対しての興味・関心を強く示し,その音楽の楽し
な感覚を覚醒するものである。このような感覚を認識さ
さを味わいながら篠笛の基礎的な技能を身に付けた。こ
せ,「我々はなぜそのような感覚をもつのか。」「西洋
れらから,生徒は,我が国の伝統音楽に親しみをもち,
音楽から受ける感覚等との差異は何か。」というような
より身近なものと感じ取ることができているといえる。
課題意識をもたせ,それを追究させることが,幅広い音
このことから,このクラスでは,本年1学期に我が国
楽に対する感性を高める基盤となると考える。
の伝統音楽の指導として,「民謡への親しみ」を題材と
一方,我が国の伝統文化の心技を継承する世界には,
し,唄,三味線,篠笛,和太鼓によるアンサンブルの授
師(指導者)の姿から“ 見てつかむ ”という技能習得の
業を展開した。その際,和楽器や表現形態等を生徒に主
考え方がある。これは,師の「技」を受け継ぎ,それを
体的に選択させ,その表現の追求に当たらせた。そのた
創意工夫することによって自己の「技」として確立しよ
め,選択した楽器の演奏表現や合奏表現の技能は高まっ
うとする所為には,師の「技」を支える感性をも学ぶ心
ている。
構えの必要性を表したものと考えられる。我が国の伝統
文化は一定の「型」を守りながらも,常に先のものを変
(3) 指導観
化・発展させてきたという特質からも理解できることで
ある。
指導に当たっては,直接体験を重視し,鑑賞と表現の
関連を図った学習活動を展開する。具体的には,諸外国
このような考え方に基づき,和楽器の演奏表現の技能
を効果的に身に付け,主体的な自己表現の能力として定
の 音楽を比較聴取させるとともに,実際に三味線,篠
笛,和太鼓で演奏表現する場面を設定する。
着 さ せ る た めに は ,い わ ゆ る 演奏 技 能 の 追 求 だけでな
和楽器の表現指導においては,指導者の演奏(響き,
く,このような伝統文化継承のための考え方も理解させ
所作,間の取り方等)のアプローチを通して,我が国の
ることが重要と考える。
伝統文化の継承における“ 見てつかむ ”という考え方を
また,和楽器と異文化の楽器との融合を図った楽曲創
実感させたい。また,創作指導においては洋楽器,和楽
作の創意工夫は,それぞれの楽器や音楽が,その背景で
器という異文化の楽器という概念を取り払い,楽器とい
- 135 -
う一つのくくりでとらえ,創作させることとする。その
際,MTR(多重録音装置)などの音響機器を活用する
を感じ取る。
○
ことにより,現代の音楽制作の方法も理解させるように
したい。
2
題材の目標
○
指導者の表現方法から学び取りながら,和楽器演奏
音響機器を活用した現代的な音楽制作方法を理解
し,楽曲創作を創意工夫する。
○
和楽器の響きを生かした演奏技能を身に付ける。
○
和楽器と洋楽器の表現方法の違いを認識し,それら
の特性を生かしながら創作する。
の楽しさを味わう。
3
○
“響き,所作,間”などの我が国の伝統音楽の特徴
4
評価規準
ア 関心・意欲・態度
教材
「和楽器と洋楽器のための創作」(自作資料)
イ 芸術的な感受や表現の工夫
ウ 創造的な表現の技能
① 指導者の表現から,技能等を意欲的に学
び取り,表現の楽しさを味わっている。
① “響き,所作,間”などの我が国の伝統
音楽の特徴を感じ取ることができる。
① 和楽器の響きを生かした演奏技能を身に付け
ている。
② 和楽器や洋楽器の音や音楽の特性を感じ
取りながら聴取することに意欲的である。
② 音響機器を活用した現代的な音楽制作方
法を理解しながら,楽曲創作を創意工夫する
ことができる。
② 和楽器と洋楽器の表現方法の違いを認識し,
それらの特性を生かしながら,創作することがで
きる。
③ 和楽器や洋楽器の音や音楽の諸要素の働
きを感じ取りながら,聴取することができ
る。
5
次
一
指導計画(全6時間)
評価
関 感 技
主な評価規準
心 受 能
既存の和楽器と洋楽器の混合の創作曲 ○
ア② 意欲的に聴取し,初発の素朴な疑問をもっている。
(VTR)を試聴する。
学習内容(時数)
(1時間)
和楽器を選択し,練習する。
聴取状況
◎
イ③ 音楽の諸要素の働きを感じ取りながら聴取している。
ワークシート
行動観察
○
イ② 音響機器を活用した現代的な音楽制作方法を理解し,
テーマ・方向性・題材を検討している。
ア① 指導者の表現から,技能等を学び取っている。
曲のテーマ・方向性・題材を検討す ○
る。
二
評価方法
自己評価
◎ ウ① 和楽器の響きを生かした演奏技能を身に付けている。
(1時間)
曲のモティーフを作り,それらを繰り
返しながら和楽器の演奏を加えたものを
三 何パターンかMTR(多重録音装置)に
録音し,試聴する。
(1時間)
◎ ウ② 和楽器と洋楽器の特性を生かし,融合を試みながら創
作している。
行動観察
創作作品
(演奏)
第三次で創作したパターンをつなぎあ
わせ,修正し,再録音する。
(1時間)
◎ ウ② 各モティーフを前後させ,その印象の違いを認識・修
正し創作する。
行動観察
第四次で創作したベーシックの音源
に,生演奏を加える。
五
(1時間)
ウ① 和楽器の特性を生かした,フレーズをつくり,音源の
音を意識しながら演奏する。
◎ イ③ 創作した作品構成を把握し,諸要素の働きを感じ取り
ながら,客観的に比較聴取している。
◎
イ① “響き,所作,間”などの我が国の伝統音楽の特徴を
感じ取ることができている。
四
演奏をVTRに録画・試聴し,意見・
討議して感想を書く。
六 (1時間)
創作作品
(演奏)
行動観察
創作作品
(演奏録
行動観察
自己評価
創作作品
(演奏)
6
指導のアプローチ例
指導の内容
②
⑤
アプローチ
指導方法
音楽の仕組みへの理解
我 が 国 の 伝 統 音 楽 と 西 洋 音 様々な和楽器と歌唱などの組合せの工
創 造 性 を 働 か せ た 新 た な 音 楽 創 造 へ 楽の融合
夫
の取組み
作品の創作
- 136 -
実践事例4
領
科
題
域:鑑賞
目:音楽Ⅰ
材 名:「松尾芭蕉の音世界」
─ 自然音・環境音に着目した我が国の伝統音楽指導の試み
実 践 校:広島県立広島国泰寺高等学校 学級数28 生徒数 1103
実 施 対 象:普通科 第1学年 26名
1
題材について
─
ことができる。
(1) 題材観
これらのことから,芭蕉の音に対する感覚を生徒に我
本題材は,我が国の伝統音楽の指導において,自然音
々がもっている固有の感覚として覚醒し,認識させるこ
や環境音に着目させ,それが我が国の伝統音楽にもたら
とは,我が国がもつ固有の文化的特質を実感させること
した影響について理解させることを通して,音に対する
であり,その営みは音に対する感性を高めることになる
鋭敏な感覚を育て,音楽的な視野の拡大を図ることをね
と考える。
らいとして設定した。
俳句は,自らが感受した世界を五・七・五という限ら
(2) 生徒観
れた言葉数の中に,自らの心象風景を凝縮し,表現した
生徒を取り巻く音環境は常に溢れており,そのため,
ものである。そのため,その創作に当たっては,イメー
音を意識的に聴いたり,そのことの意味を感じたりする
ジを表出し,膨らませるような言葉の選択・吟味とその
ことは少ないと考えられる。
推敲が求められ,一種の緊張感をもった表現の表出が要
求される。
実際,音楽科の授業においても,音楽そのものの実感
は多様にとらえられていても,音そのものに着目し,そ
松尾芭蕉は,音に関する句として,「古池や蛙飛び込
の意味を考察するような場面は少ない。そのため,生徒
む水の音」や「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という句を
の鑑賞活動の目的のとらえが,消極的なものとなり,本
残している。
来の意義にまで迫ることができていない。
これらからは,蛙の飛び込んだ水の音,つかの間の余
しかし,表現・創作における歌詞の創作に対しては,
韻,そして静寂,また,蝉の声が取り巻く内次第に無感
興味・関心を強く示し,自分なりの思いや願いを言葉に
覚になりいつの間にか静寂に出会う,しかしその静寂を
託し,表現している。
意識すればまた蝉の声を認識するといった,音と静寂に
このような実態を踏まえ,本題材においては,他教科
関する感覚を感じ取ることができ,芭蕉の音に対しての
(古文等)と関連を図り,生徒の学習経験を多様に生か
感性をうかがうことができる。
して,展開することとしたい。
このような感覚は,何も芭蕉特有のものではなく,我
々は頷きをもって認識することができるものである。つ
(3) 指導観
まり,現代に生きる我々にも感覚として備わっていると
考えられることである。
指導に当たっては,まず,鑑賞活動を通して,和楽器
の音色を知覚させ,我が国の伝統音楽のもつ文化的特質
しかし,現代の音環境をかんがみると,このような感
を感じ取らせる。
覚は常に認識できることではなく,覚醒しなければ,音
次に,そのことを踏まえ,学区内の自然音や環境音等
と静寂,そしてそれらとのかかわりを実感することは難
をフィールドワークさせ,取材・録音したりその意味を
しい。
考察させたりしたい。さらに,芭蕉の句を参考に音に関
一方,我が国の伝統音楽には,このような感覚に基づ
する俳句をつくり,モノドラマとして和楽器等を活用し
き,自然音や人間の感情を表出しようとしたのも少なく
た効果音等と一体化した「私たちの音世界」として創作
ない。例えば,本題材で扱う尺八の古典本曲である「鹿
を試みさせたい。なお,フィールドワークに関しては,
の遠音」は,鹿を題材として,人間の感情や感覚を託し
長期休業中の課題とする。
たものであるといわれる。また,尺八の音そのものは,
自然音を模倣するために,楽器の構造や奏法を工夫し,
2
題材の目標
深い重厚感のある音にしてきたことからもうかがい知る
○
我が国の伝統音楽の特徴を感じ取らせる。
- 137 -
○
我が国の伝統音楽の構造的側面を知覚し,それが自
る。
然音と深く関係していることを感じ取り,創作への創
意工夫に生かさせる。
○
3
自然音や環境音,人間と音とのかかわりが我が国の
教材
「鹿の遠音」「巣鶴鈴慕」「ノヴェンバース
テップス第2番」
など
伝統音楽にもたらす影響とその文化的特質を理解させ
4
評価規準
ア 関心・意欲・態度
我が国の伝統音楽の特徴を感
じ取ることに意欲的である。
② 身の回りの音に対する聴取活
動に意欲的である。
①
5
イ 芸術的な感受や表現の工夫
我が国の伝統音楽の構成要素を知
覚している。
② 我が国の伝統音楽が自然音と深く
関係するものであるることを感じ
取っている。
③ 自然音や環境音の特徴を創作の創
意工夫に生かしている。
①
①
エ 鑑賞の能力
自然音や環境音,人間と音
とのかかわりが我が国の伝統
音楽にもたらす影響とその文
化的特質を理解している。
指導計画(全6時間)
次
一
学習内容(時数)
評価
主な評価規準
関 感 鑑
心 受 賞
評価方法
学習課題とその流れを理解す
る。
「鹿の遠音」などの鑑賞活動
◎
イ① 意欲的に聴取・試奏し,音楽の諸要素を
や尺八の試奏を通して,音楽の諸
知覚している。
要素とその意味について考察す
○ エ① 自然音や環境音と音と人間とのかかわり
る。
について,考察している。
フィールドワークの方法につい
て検討する。
(2時間)
フィールドワークをし,地域の ○
ア② 地域の中から,音を聴取・取材,録音・
風景等を録音・録画する。
録画している。
ワークシート
ワークシート
二
音に関する俳句を作成する。
◎
◎
四
グループで,俳句や自然音や環
境音を生かしたVTR作品を創作
する。
(2時間)
発表する。
(1時間)
五
「鹿の遠音」などの鑑賞をす
る。
三
(1時間)
6
自然音や環境音から感覚を覚醒すること
を感じ取っている。
イ③ 自然音や環境音の特徴を創作の創意工
夫に生かしている。
◎ エ①
音の文化的特質を考察し,VTR作品に
生かしている。
◎ エ①
一次で聴取したときと比較し,音の文化
的特質が我が国の伝統音楽にもたらした影
響をどのように認識したかなどの自己の変
容を確認している。
行動観察
創作作品
行動観察
創作作品
(演奏)
ワークシート
指導のアプローチ
指導の内容
①
④
イ②
音楽の素材としての「音」への理解
背景となる風土や文化・歴史の理解
アプローチ
指導方法
自 然 音 ・ 環 境 音 と 我 が 国 の 尺八音楽の鑑賞及び尺八の試奏
伝統音楽とのかかわり
身の回りの自然音・環境音への探究
音に関する俳句の作成
- 138 -
Ⅵ
実践事例の分析・考察
民謡の特徴を感じ取ったか
14
実践事例の有効性について検討するため,各事
例ごとに次の視点によって分析・考察を行った。
その方法は,生徒に対する授業後の調査や授業を
録画したVTRや生徒の感想文等によるものと
し,対象は授業を実施した学級の中から1学級を
抽出して行うこととした。
13
12
12
10
10
9
8
回 8
答
数 6
6
4
2
0
指導の内容にアプローチできたか。
① 音楽の素材としての「音」への理解
② 音楽の仕組みへの理解
③ 表現技能の習得
④ 背景となる風土や文化・歴史の理解
⑤ 創造性を働かせた新たな音楽創造への取組み
○ 感性を豊かに働かせることができる指導であっ
たか。
① 我が国の伝統音楽の特徴に気付き,感じ取る
ことができたか。
② 音や音楽の価値を探究したり,自分なりに価
値付けをすることができたか。
メリスマ
○
1
実践事例1について
実践事例1は,我が国の伝統的な歌唱に着目
し,郷土の民謡である「音戸の舟唄」「鞆の大漁
節」などを教材として,西洋音楽における歌唱法
と我が国の伝統的な歌唱法についての相違を体験
させ,民謡の発声法を体得させることを目指した
「声」に着目した指導のアプローチである。
本事例でアプローチした指導の内容は次の4点
である。
① 音楽の素材としての「音」への理解
② 音楽の仕組みへの理解
③ 表現技能の習得
④ 背景となる風土や文化・歴史の理解
①音楽の素材としての「音」への理解について
は,曲種に応じた発声の相違性の体験を通してア
プローチすることとし,様々な発声法による楽曲
の比較聴取と表現を行っている。 ②音楽の仕組
みへの理解については,いわゆる五音音階を生
かした創作や,民謡の分類である拍節的な「八
木節様式」の楽曲とそうでない「追分様式」の
両者を表現,鑑賞させるアプローチにより,拍
節などの特徴の実感を目指している。 また,④
背景となる風土や文化・歴史の理解については,
民謡の歴史を理解させていくために,歌詞のもつ
意味に着目し,それを探究させている。
図11は,民謡から感じ取った特徴について,事
後の生徒の感想文等の記述から分析したものである。
図11
発声
拍節
よさ等
文化的
音階
民謡から感じ取った特徴
図11のように,メリスマや発声,つまり声その
ものを感じ取ったという回答が多く見られ,記述
の中には「コブシは民謡の独特な表現」「喉を使
って唄うのが民謡」というような記述が多くあっ
た。
また,「追分はゆったり,八木節は躍動的」
「民謡は五つの音しか使わなくて曲ができるの
か」といったような拍節や音階に関するものや,
「音戸の舟唄は大切に歌い継がれてきたのだろ
う」「歌詞から昔の人の唄いながら仕事を頑張る
姿に思いを馳せることができた。」というような
よさや文化的側面に関する記述もみられた。さら
に,曲種に応じた発声の相違性については,多く
の生徒が言葉の違いによるものであることに気付
いている記述をしており,「言葉の違いは文化の
違いであるから,発声や曲が違うことは当然」と
いった文化的特質に関するものも多くみられた。
これらから,本事例の指導内容①,②,④への
アプローチは有効であったといえる。
③表現技能の習得については,メリスマの体得
を目指し,楽曲からメリスマが顕著な一節を取り
上げ,そのイメージを図形楽譜に表させたり,教
師の実演やCDを繰り返し模倣させて歌唱をさせ
ている。また,地声での発声を促し,曲の雰囲気
をつくるために篠笛による旋律と和太鼓の音響効
果,リズムを生かしている。
次の図12は,民謡の歌唱に関する結果である。
この図から分かるように,約8割の生徒が,肯
定的に回答しており,このことから,本事例の指
導内容③にアプローチできているといえる。ま
た,「コブシを回す唄い方は,ポピュラーソング
にもよくある」というような記述が多くあり,民
謡の特徴の体得が,幅広い音楽への視野の拡大に
も生かされているといえる。これらから,③表現
技能の習得へのアプローチはおおむね達成できた
- 139 -
○
回
答 15
数
10
5
0
昔の人の唄いながら仕事を頑張る姿に思いを馳せる
ことができた。
○
図13
喉を絞り土に唄うという民謡の唄い方には,新しい
音楽のヒントがあるような気がした。
○
民謡も唄えるようになると音楽の幅が広がったと思
う。
これらの感想のように,多くの生徒が民謡への
気付きや感じ取ったことを述べており,民謡の特
徴が感性の働きを覚醒し,それに自分なりに価値
付けをしているといえる。
つまり,我が国の伝統的な歌唱においては,そ
の特徴に焦点付け,指導することが有効であると
いえる。
2
実践事例2について
実践事例2は,箏を扱い,その「余韻の変化や
奏法の工夫」について,ゲストティーチャーと連
携を図りながらアプローチを試みたものである。
本事例でアプローチした指導の内容は次の4点
である。
16
階
ポピュラーな歌い方と似ているところがあった。
22
18
20
音
○
22
・静
民謡の発声法に気付いた。
26
25
韻
○
30
寂
といえる。本実践の展開当初,生徒は民謡の発声
に対して,違和感をもっていたようであるが,
「音戸の舟唄」の冒頭にあるメリスマを繰り返し
模倣し,その特徴を実感するにつれ,自分なりの
唄い方を目指した試行錯誤を重ねている。このこ
とは,集団で合わせて唄っていても,少しずつ
「ズレ」を生じたため,集団で「合わせて」表現
しようとしていた形態から,徐々に「一人唄い」
という形態に変わっていったことからも分かる。
つまり,自分なりの特徴への気付きを基に,表
現のよさを探究する価値付けを行っているという
感性の働きを示したものといえる。この事例にお
ける生徒の感想は次のようなものである。
的
民謡の特徴を生かしたか
化
まったく
文
あまり
100%
等
図12
よく
80%
さ
とても
60%
よ
40%
0.0
法
20%
18.4
奏
0%
36.8
余
44.8
① 音楽の素材としての「音」への理解
② 音楽の仕組みへの理解
③ 表現技能の習得
④ 背景となる風土や文化・歴史の理解
①音楽の素材としての「音」への理解について
は,箏の余韻と静寂の実感をさせることを通して
アプローチすることとし,箏音楽の表現や鑑賞及
び唱歌の表現を行っている。 ②音楽の仕組みへ
の理解については,音階に着目し,平調子の音
の構成を調べたり,実際に「柱」を立てなが
ら,調弦にチャレンジさせたりしている。 ④背
景となる風土や文化・歴史の理解については,箏
音楽の伝承方法と意味に着目させることとし,奏
法譜の探究を行っている。
次の図13は,箏の音楽に関しての事後感想文を
分析した結果である。
箏の音楽の特徴について
図13のように余韻・静寂,そしてそれに伴う奏
法について実感している記述が多くみられ,「箏
の音色は古い日本の風景を表現する力をもってい
る」「お作法や,背筋をビンッと張った礼の仕方
などの心構えが大切」といった文化的側面に関す
るものも多くあった。②の音楽の仕組みについて
は,平調子における一弦一弦の高さを確かめなが
ら柱を操作し,ほとんどすべての生徒が平調子の
調弦ができている。このように,箏の一音の響き
に着目させる指導内容①②④への指導のアプロー
チは有効であったといえる。
③表現技能の習得については,箏の技能から唱
歌の模倣に則った奏法に着目し,外部講師と連携
し,箏の多様な表現方法の習得を目指している。
次の図14は,箏の表現に関する事後調査結果で
ある。
- 140 -
音楽の諸要素に着目し,それを実感させていくこ
とは,有効な指導であるといえる。
生徒の主な感想は次のとおりである。
○
0.0
53.9
0%
20%
29.8
40%
とても
図14
60%
よく
あまり
80%
16.3
100%
まったく
箏の音楽の特徴を生かしたか
この図14から分かるように,肯定的な回答が多
くみられた。特に,唱歌を取り入れることによ
り,左手奏法に関しては,ほぼすべての生徒が習
得できている。また,「唱歌を声に出して唄って
みると,唱歌の片仮名がちゃんと音に合っていた
のでびっくりした」「唱歌を唄ったら,間がとり
やすかった」と箏の楽譜に示された意味やその特
性についても唱歌を唄うことにより,実感してい
ることがうかがえた。これらから,指導内容③に
ついても,おおむね達成できたといえる。
箏の「音」は,実践事例の中にも述べられてい
るとおり,日本的な感覚を誘発するものである
が,生徒はともすれば,その表現技能の習得のみ
に視点を置きがちな実態がみられた。そこで,本
事例では「鈴」を用い,「余韻」そのものに着目
させ,余韻の変化が箏の音楽の特徴であることに
気付かせている。この指導を通して生徒の明らか
な変容がみられた。それは,それまでは,「合わ
せる」ことに終始していた表現から,演奏に「ズ
レ」が生じはじめたということである。これは,
箏の一音一音の響きを十分に実感しながらの表現
に変わったということであり,そのため「ズレ」
を生じたということである。
このように,「ズレ」を生じるということは,
余韻に気付き,それをよさ,美しさとして感性的
側面の自らの感覚に基づいた余韻の長さとして表
現しているということである。そして,その「ズ
レ」は自らの感覚に基づいた表現から生じたもの
であることから,それを認め,さらには「余韻」
や「ズレ」によさ,美しさとして価値付けをして
いるといえる。また,唱歌を取り入れ,余韻の変
化を唄いながら箏を演奏させることによって,生
徒の表現が個々に応じて多様となったことも感性
の働きを示しているといえる。これらから,箏の
昔の人は少ない音で,心の中にあるものやその時の
自然を伝えようとしているということを感じた時に,
もっともっと箏の余韻を追いかけてみたくなった。
○ 昔の人々の気持ちが少し分かったような気がする。
今みたいに車の音などの噪音がない中で,きれいな
音ばかりを聴いていたというのがちょっとうらやまし
くなった。
○ 一つの弦の響きがすごく心地よくて,余韻を聞きな
がら弾くことができました。前の音の余韻を残しつ
つ,次の音を重ねていくのが好きです。そこでまた,
新しい響きが生まれてくるんだなと思いました。
○ 箏を弾いている時,誰も歌っていないのに唱歌が聞
こえてきた。
3
実践事例3について
本事例でアプローチした指導の内容は次の2点
である。
② 音楽の仕組みへの理解
⑤ 創造性を働かせた新たな音楽創造への
取組み
この事例は,我が国の伝統音楽と西洋音楽の融
合の試みとして,様々な和楽器と歌唱などと西洋
音楽の要素をどのように組合せれば,それを生か
した音楽が創造できるか,創意工夫させることを
通して,指導の内容である②音楽の仕組みへの理
解,⑤創造性を働かせた新たな音楽創造へアプロ
ーチしていくものである。
具体的には,和楽器(篠笛,三味線)といわゆ
る西洋の楽器(シンセサイザー等)を織り交ぜ,
MTR(多重録音装置)を活用して,詩の朗読,
篠笛・三味線・和太鼓,シンセサイザーによる演
奏,そして創作した歌唱曲を録音しながら,創作
表現を創意工夫させるものである。
②音楽の仕組みへの理解については,和楽器の
特性に気付かせ,理解させるために, 和楽器の
音の構成に合う伴奏の工夫とそれに組み合わせ
る旋律創作の試行錯誤をさせている。
指導の当初では,ともすれば生徒は,西洋音楽
的なアプローチにより,その一定の枠組みの中で
創作しようとする姿がうかがえたが,和楽器の音
の特性を生かした表現にするためには,和楽器の
もつ構造上,その枠組みでは十分に工夫ができな
いことに気付き,それ以後は,自由な発想のもと
で自らのイメージを表出させる試行錯誤を繰り返
している。
- 141 -
創作作品を視聴すると,三味線の調弦法「二上
がり」に合わせて,シンセサイザーによる伴奏を
工夫し,「雅楽」的な要素を取り入れたものに仕
上げている。そして,その曲想,雰囲気を生かし
て,自ら創作した三味線による伴奏,歌唱曲や篠
笛の旋律,和太鼓によるリズムを組み合わせた
り,それらを効果音として取り入れたりしてい
る。
生徒の事後の感想では,「三味線や篠笛の音階
を生かした創作の方法が分かった」というような
音楽の仕組みに関する記述がみられ,また,創作
作品は,それぞれの特徴を生かしたまとまりのあ
る作品に仕上がっており,これらから,②音楽の
仕組みへの理解へのアプローチは有効であったと
いえる。
⑤創造性を働かせた新たな音楽創造への取組
みについては,自由な発想やイメージを生かし
た創作とその方法の理解を図るため, あえてい
わゆる五線譜を全く用いず,簡単なメモによっ
て,また,口承によって表現方法を伝えながら,
MTRを活用し,録音・聴取を繰り返し,表現を
追究させている。そして,楽器等の演奏において
も,表現の技能を求めることなく,いかに効果的
にそれぞれの楽器の音色や特性を生かすことがで
きるかを追究させている。生徒は,創作した音楽
に合わせて詩の朗読を取り入れるアイディアを出
し,構成を工夫している。最終的には,作品を生
徒の意見により学校付近の自然の風景を取材・録
画し,そのBGMとして仕上げ,視聴する者に郷
愁を感じさせるものとなった。
このように作品の創作過程や完成した作品から
本事例は, ⑤創造性を働かせた新たな音楽創造
への取組みとして,有効であったといえる。
生徒の主な感想は次のとおりである。
何度も繰り返して録音できるので,失敗をおそれる
ことなくできたことがよかった。
○ 一人何役もやって大変だったけど,録音が進むにつ
れて,一つの音楽ができあがっていくことが嬉しかっ
た。
○ 楽譜にしようとしてもできなかったけど,楽譜にこ
だわらない方がいろいろと工夫ができて楽しかった。
○ 上手に演奏しなくても,和楽器の響きは何かを感じ
させると思う。
あるか「気付く」,また,よさを価値としてそれ
を「探究する」というような営みが必要であり,
感性を働かせた試行錯誤であるといえる。このこ
とから,この指導はそのために有効であるといえ
る。
4
実践事例4について
本実践事例は,我が国の伝統音楽の指導におい
て,生徒の俳句に関する学習経験を生かし,地域
の自然音・環境音に着目させ,鑑賞活動に生かし
た試みである。本事例でアプローチした指導の内
容は次の2点である。
① 音楽の素材としての「音」への理解
④ 背景となる風土や文化・歴史の理解
①音楽の素材としての「音」への理解について
は,尺八音楽の特徴である噪音的要素に着目さ
せ,尺八の試奏を通しての構造等の理解や尺八音
楽の焦点的な聴取活動をアプローチとしている。
④背景となる風土や文化・歴史の理解について
は,自然音・環境音に着目し,それと我が国の伝
統音楽とのかかわりについて理解させるために,
身の回りの自然音・環境音への探究やそれを生か
した音に関する俳句の作成を目指している。図15
は,事後の尺八音楽の特徴に関する調査結果であ
る。
30
28
24
25
20
20
回
答 15
数
10
14
10
5
0
噪音的要素
発音・ゆらぎ
拍節
よさ等
文化的
○
これらのように,生徒は創造性を働かせ,生徒
自身が納得のいく作品に仕上げるために試行錯誤
を繰り返す活動を行っていることが分かる。この
ような創意工夫のためには,自らの表現がどうで
図15
尺八音楽の特徴について
図から分かるように,噪音的要素や「発音」の
難しさ,音のゆらぎ等に関する回答が多く,音そ
のものに着目していることが分かる。
また,拍節的でないことや「尺八の音は自然の
音を表現したもの」といった文化的背景に気付い
ている記述も多くみられた。このことから,指導
内容①④は,おおむね達成できたといえる。
俳句については,実際に校区内などをフィール
ドワークし,音に着目させながら創作を試みさせ
- 142 -
ている。創作した主な俳句は次のとおりである。
○
○
○
○
○
鳥の声 平和の水と ひびき合う
冬空に 風とはばたく 音だけが
消えた街 平和の鐘が なりわたる
雪ふれば こころ踊らす 川面かな
パサパサと ほうきはく音 ボランティア
このように,校区内の風景や自らの身の回りに
ある音を題材として取り上げており,その創作に
当たって,音に気付き,自分なりに価値付けを行
っていることが分かる。本事例の実践後の生徒の
主な感想は次のとおりである。
○
尺八はいろいろな音が出せると思った。自然の中で
の厳しい感じ。風が吹くような感じ。
○ 音に関する俳句作りは,いろいろと思いが浮かんで
楽しかった。私は,平和の音を大切にしたい。
○ 尺八の音は一音に人間の感情や言葉があると思う。
○ 晴れた日に木が風でなびいてザワザワ音はとてもキ
レイな音(特にポプラ)金木犀の匂いはビブラフォン
の音の感じ。
○ 回りに山と川と森と木と泉と・・・など自然物しかない
状況を体験した古代の人と,それらがまったくない状
況しか体験したことのない現代の私たちが,同じ音楽
(日本の伝統音楽)を聞いて同じに感じることは難し
い。
このように,我が国の伝統音楽は自然音・環境
音を生かしたものであることを実感しているとい
える。そして,音には人間の感情や思いが価値と
して存在していることに気付いているといえる。
また,自然音や環境音を聴いていた古来の人々の
思いに心を馳せているものもみられる。これらか
ら,音そのものを実感しながら,自然音・環境音
や我が国の伝統音楽と人々とのかかわりが価値あ
るものであると気付かせているといえる。
つまり,音そのものに価値付けをさせるために
本実践事例の自然音・環境音に着目したアプロー
チは有効であったといえる。
Ⅶ
研究のまとめと課題
1
研究のまとめ
本研究は,新学習指導要領の実施に伴い,我
が国の伝統的な歌唱や和楽器の指導など,高等
学校芸術科音楽に取り入れることが一層求めら
れた我が国の伝統音楽について,その指導の理
念・内容,方法等について考察・検討するとと
もに,感性を豊かに働かせるための指導のアプ
ローチを試みることをねらいとして展開した。
調査研究からは,多くの教師が 我が国の伝統
音楽に馴染みをもっていないことや指導の意義
をあまり見いだしておらず,その指導の内容・
方法等について模索していることが分かった。
このことは,我が国の伝統音楽の指導では,
教師が理念をもち,「自信をもって」指導に当
たっているとは言い難い面があるということで
ある。そこで,本研究では,学校教育に求めら
れている社会的な要請を概観するとともに,そ
のことを踏まえ,我が国の伝統音楽を取り扱う
意義を「主体性と感性の育成」と定義した。
そして,指導のアプローチの構築に当たって
は,片岡の「価値あるものに気付く感覚」とい
う「感性」の定義やシェーファーの主張するサ
ウンドスケープ論に着目し,「感性」の育成を
図るためには,どのような指導の内容・方法が
有効であるか,そのアプローチを各領域別に考
察し,実践を試みた。
その結果,この指導においては, 我が国の伝
統音楽の特徴に着目し ,そのことを指導内容と
して実感させること,その中でも「音」そのも
のの実感を目指したアプローチが感性を豊かに
働かせるために有効であることが明らかとなっ
た。
2
課題
研究を通して明らかとなった課題としては,次
のことが挙げられる。
○ 個々多様な感性の働きに応じた指導方法の構
築
○ 発達段階や社会的音楽環境を踏まえた指導の
アプローチ
○ 小・中・高等学校の発達段階に応じた12年間
を見通した我が国の伝統音楽の指導の構築
○ 中学校音楽との関連を考慮し,系統性・発展
性を図った我が国の伝統音楽の指導の構築
また,次のような課題も明らかとなっている。
○ 和楽器の整備や外部講師の活用に関する工夫
○ 教員の我が国の伝統音楽に関する研修の充実
これらをどのように解決していくか,今後も研
究を推進していかなければならない。
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おわりに
音楽科教育における我が国の伝統音楽の指導の
充実は,昭和47年に文部省から音楽科指導資料
「日本の音楽の指導」として発刊されているよう
に,今回の学習指導要領の改訂で新しく始まった
ことではなく,今までも常に求められてきたこと
である。しかし,今回の学習指導要領において我
が国の伝統的な歌唱や和楽器のいわゆる「必修
化」となると,改めて今までの指導の不十分さを
認識せざるを得ない状況がある。先述したよう
に,この指導において最も基層的に指導者に求め
られることは「指導観・指導方法のパラダイム転
換」であり,何よりも生徒に我が国の伝統音楽に
ついて,いかにその価値を実感させるかというこ
とである。
そこには,柔軟な発想に立って我が国の伝統音
楽をとらえ直すことも必要ではないだろうか。確
かに,西洋音楽に慣れ親しんできた生徒が我が国
の伝統音楽をどのように受け止めるのかという不
安もあるであろう。しかし,西洋的な音楽の価値
【研究指導者】
エリザベト音楽大学
に気付く感性をもった生徒であるからには,我が
国の伝統音楽の価値のみならず,世界中の様々な
音楽の良さに気付く感性を併せもっているはずで
ある。つまり,その感性というアンテナを高める
ことを,何よりも大切にしなければならないので
ある。
本稿で示した指導の事例は,それぞれ感性の働
きを覚醒・触発し,豊かに働かせることを目指し
たアプローチであり,いわゆる従来の指導の枠組
みからの脱却を図ったものである。さらなる研究
は今後も必要と考えられるが,これからの指導の
在り方について考察・実践する上でその一助とな
れば幸いである。
最後に,本研究は,研究指導者であるエリザベ
ト音楽大学の権藤助教授をはじめ,ともにカリキ
ュラム開発に当たり,かつその実践を展開してき
た研究協力員の先生方及びその生徒の皆さん,さ
らに,調査研究に携わっていただいた多くの先生
方と生徒の皆さんの御協力により,推進すること
ができた。ここに厚く感謝申し上げる。
助教授
権藤
敦子
教
教
教
林 隆一郎
原 一千代
藤原 康行
【研究協力校及び研究協力員】
県立広島国泰寺高等学校
県 立 賀 茂 高 等 学 校
県 立 黒 瀬 高 等 学 校
諭
諭
諭
【 引用文献】
(注1)
(注2)
(注3)
(注4)
(注5)
(注6)
(注7)
(注8)
(注9)
(注10)
(注11)
(注12)
遠藤友麗他( 編著 )『高等学校新学習指導要領の解説芸術』学事出版 2001 p.5
前掲書 (注1) p.84
文部省『高等学校学習指導要領解説芸術(音楽)編』教育芸術社 平成11年 p.26
『文化芸術振興基本法』 平成13年12月
http://www.mext.go.jp/a_menu/bunka/geijutsu/
文化審議会答申『文化を大切にする社会の構築について∼一人一人が心豊かに生きる社会を
目指して』 平成14年4月
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/020401.htm
前掲書 (注3) p.16
前掲書 (注1) p.84
片岡徳雄『子どもの感性を育む』日本放送出版協会 1990 pp.74-75
峯岸創『音楽教育が変わる「遙かなる過去の呼び声」と感応する音楽教育』2002 pp.154-155
R.M.シェーファー『世界の調律』平凡社 1986 p.22
文部省『中学校学習指導要領解説音楽編』教育芸術社 平成11年 p.76
角田忠信『右脳と左脳−その機能と文化の異質性−』小学館 1981 p.70
【参考文献】
(1) 文部省『中学校学習指導要領解説音楽編』教育芸術社 平成11年
(2)文部省『小学校学習指導要領解説音楽編』教育芸術社 平成11年
(3) 文部省 高等学校芸術科音楽指導資料『指導計画の作成と学習指導の工夫』教育芸術社 平成
4年
(4) 文部省 中学校音楽指導資料『指導計画の作成と学習指導の工夫』教育芸術社 平成3年
(5) 文部省 中学校音楽指導資料『学習指導と評価の改善』教育芸術社 平成6年
(6) 文部省 中学校音楽指導資料『日本の音楽の指導』東山書房 昭和47年
(7) 日本音楽教育学会編『音楽教育学研究1.2.3.』音楽之友社 2000
(8) 峯岸創 ( 編著 ) 『日本の伝統文化を生かした音楽の指導』暁教育図書 2003
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