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植物中の中毒原因物質の分析
植物中の中毒原因物質の分析 理化学部 豊田安基江 1. はじめに 最近,危機管理体制の確立が急がれているが,理化学部では,化学物質による健康被害発生時に原 因物質を迅速に同定するため,中毒原因物質の分析法の検討を行っている。 食中毒のうち,有毒植物を原因とする事例は,過去 30 年の間に全国で約 200 件発生しており,有毒 植物と食用植物を誤食する場合が多く,毎年数件の発生がみられている。 植物中にはサポニン,アルカロイド等の成分が含まれ,それ自体が毒性の強いものから,多量に摂 取することで健康被害が発生するものまで多種多様である。また,植物の個体毎でも生育状況等によ りその成分含有量は一定ではない。食中毒を含めた健康被害の原因究明のために,原因物質の特定, または有毒成分が含まれているかどうかの分析には,種々の分析装置を用い,データベース等の活用 が必要である。今回,これまでに経験した事案等から,ジャガイモ,シキミ,イチョウ,カエデドコ ロ等の植物中に存在する,中毒原因物質として疑われる物質について GC/MS,LC/MS,また昨年度 当センターに導入された LC/MS/MS 等で分析を検討した結果について報告する。 2. ジャガイモのソラニン ジャガイモを原因とする食中毒は,国内での死亡例はないものの,これまでに家庭・小学校等で発 生がみられ,県内においても,平成 12 年に小学校で食中毒事案が発生している。 ジャガイモにはソラニンという有毒物質が含まれ, 摂取することで嘔吐,下痢,食欲減退等の症 状が現れる。ソラニンはアルカロイド配糖体で,同じナス科のトマトなどにも含まれている。ソラニ ンには多くの種類があるが,ジャガイモではα-ソラニンとα-チャコニンがその大部分(95%以上)を 占めている。HPLC によるジャガイモのα-ソラニンとα-チャコニンの定量分析法はこれまでに報告 されている1)が,今回, LC/MS を用いた,より迅速な分析法の検討を行なった。 α-solanin α-chaconin R1=glucose R1= rhamnose R2= galactose R2= glucose R3= rhamnose R3= rhamnose 図1 α-ソラニン及びα-チャコニン 2−1. 方法 試料 食中毒の原因食品残品(ゆでジャガイモ及び生ジャガイモ;メークイン) 市内小売店で購入したジャガイモ(メークイン) α-ソラニン及びα-チャコニン標準品:シグマ社製 HPLC 及び LC/MS による定量分析を行った。 2−2. 結果及び考察 ジャガイモ中のソラニン (α-ソラニンとα-チャコニンの合計) 含有量は, ゆでジャガイモ (皮つき) , ゆでジャガイモ(皮なし) ,ゆでジャガイモの皮,生ジャガイモ及び市販ジャガイモでそれぞれ,490, 330,1300,249 及び 60mg/kg であった。今回の定量値からの平均推定摂取量は 30mg 程度であり,人 での中毒量とされている200∼400 mg よりも少ない量での発症がみられた。LC/MS による分析では, ESI positive モードで測定することにより,妨害物質の影響は認められず,α-ソラニンとα-チャコ ニンともに 1∼50ng の範囲で定量測定が可能であった。 3. シキミのアニサチン シキミは枝葉を霊前に供えるなど,仏事に用いられることでよく知られている有毒植物である。シ キミの有毒成分はアニサチンで,中枢神経興奮作用を有する痙攣毒である。自然毒のうちでは,シキ ミの実のみが劇物に指定されている。人におけるシキミ中毒としては,果実の形状が香辛料等に使用 される大茴香(無毒)に類似していることから,両者の混用による中毒事故等が報告されている。平 成 12 年に県内で牛のシキミ中毒が疑われる事案に遭遇した。 これまで, アニサチンは実に多く含まれ, 葉にはほとんど含まれないとされていたが,本事案においては牛がシキミの葉を摂取していたため, 葉を中心としたアニサチンの分析について検討を行なった。 図2 アニサチン 図3 大茴香(左)及びシキミ(右)果実 3−1. 方法 試料 死亡した牛の異内容物から採取したシキミの葉 敷料に使用したシキミの葉 県内で採取したシキミの葉,花及び果実 アニサチン:長崎大学薬学部 河野教授から分与されたものを用いた。 試料を粉砕後,メタノールまたは酢酸エチルで抽出し,GC/MS 及び LC/MS による分析を行った。 3−2. 結果及び考察 LC/MS によるアニサチンの分析条件を検討したところ,ESI negative モードで測定することによ り,妨害物質の影響は認められず,0.05∼10ng の範囲で定量測定が可能であった。 牛が食べたシキミの葉から 0.5mg/g(乾燥重量)程度のアニサチンを検出した。牛の中毒発生状況 及び,シキミの葉からアニサチンが検出されたことから,シキミによる中毒の可能性が疑われた。し かし,アニサチンの牛における感受性等,未だ不明な点が多く,今後の検討課題である。 4. イチョウの 4-O-メチルピリドキシン及びギンゴール酸 イチョウは身近な植物で,その実は銀杏として食用にも供されている。ドイツなどではイチョウ葉 エキスを認知機能障害を伴う種々の症状を緩和する目的で医薬品として使用されているが,日本では 食品として扱われており,現在,イチョウ葉を使用した多くの健康食品が販売されている。イチョウ 葉の成分のうち特にフラボノイド類やテルペンラクトン類にその効果があるとされている。しかし, その一方でアレルギーを引き起こすとされるギンゴール酸や,銀杏の食中毒の原因物質とされる 4-Oメチルピリドキシン(MPN)などの物質が存在しており,これらの物質が製品に含まれている可能性 がある。MPN の分析については HPLC による定量分析2),LC/MS による定性分析3)の報告があるが, 今回,ギンゴール酸及び MPN の LC/MS による高感度な定量分析の検討を行い,イチョウの各部位及 びイチョウ葉製品中の含有量の調査を行なった。 4−1. 方法 試料 店頭販売,通信販売等で購入したイチョウ葉製品(29品目) 県内で採取したイチョウ葉,果実(銀杏を含む) ギンゴール酸 イチョウ葉から,ギンゴール酸類として,Ⅰa,Ⅰb,Ⅰc の 3 種を分離精製し, 標準品とした。 MPN 標準品 北海道医療大学薬学部 和田啓爾教授から分与されたものを用いた。 試料を粉砕後,メタノール抽出を行い HPLC,GC/MS,LC/MS により分析を行った。 4−2. 結果及び考察 HPLC 及び GC/MS によるイチョウ葉エキス製品のギンゴール酸の定量分析では,ドイツ製品はいず れも定量限界以下であったが,日本製2製品,アメリカ製1製品で高率に含有していた。またイチョ ウ葉茶製品では 6500∼15000μg/g と高含有率であった。 MPN は調査を行なった全ての市販のイチョウ葉製品から検出された。エキス製品では,ドイツ製品 において 53∼61μg/g であったのに対し,日本製品では 2∼167μg/g とばらつきが多かった。また, 銀杏中の MPN 含有量は 58∼158μg/g(乾重量)であった。銀杏で中毒を起こすのは,小児で 7∼150 個,成人で 40∼300 個と大量に摂取した場合とされている。このことから,通常のイチョウ葉製品の 摂取においては,MPN による中毒を起こす可能性は極めて低いと考えられるが,ビタミン B6 欠乏症 の人などが摂取する場合は注意が必要と考えられた。 5. カエデドコロのジオスシン 本年度に県内で植物の根茎を喫食したことが原因と疑われた有症事例の原因究明のために,種々の 成分分析を行った。この根茎からはステロイド配糖体のジオスシン等が検出された。ジオスシンには 溶血作用があり,摂取すると嘔吐などの症状が見られる。現在,本植物の根茎の成分分析については 継続中であるが,これまでに得られた結果について紹介する。 図4 カエデドコロと思われる根茎(左) ,及び葉(右) 5−1. 方法 試料 植物の根茎 試料を粉砕後,メタノールあるいは水抽出を行い, ①シュウ酸キット及び HPLC によるシュウ酸の定量,②GC/MS 及び LC/MS/MS による試料中の成分 の検索について行なった。 5−2. 結果及び考察 植物の根茎とその地上部が入手できたため,葉の形態等から同定を行なったところ,ヤマノイモ科 の植物(カエデドコロ)と推定された。 ① イモ類による植物中毒事例ではシュウ酸が原因物質であることが多いため,植物根茎中のシュウ 酸の定量を行なった。シュウ酸含量は 37mg/100g であり,シュウ酸が多く含まれるとされるほうれ ん草では約 700mg/100g であることから,一般的な野菜と比較しても低い値であった。また,実体 顕微鏡による形態観察においてもシュウ酸カルシウムの結晶は認められなかった。 ② GC/MS 及び LC/MS/MS による成分分析 HO O で得られたマススペクトルのデータベース 検索により,ステロイド配糖体のジオスシ ン及びその同族体,ジオスシンの非糖部で H H3C OH O CH3 O CH3 H HO O CH3 CH 3 OH あるジオスゲニンが確認された。 diosgenin O H O OH H H O H HO HO O CH 3 OH OH 図5 ジオスシン(左)及びジオスゲニン(右) [文献] 1)衛生試験法・注解2000,日本薬学会編,pp246-247,2000,金原出版株式会社,東京 2)藤澤真奈美,中嶋真理子,堀寧,嶋田健次,吉川秀人,和田啓爾,羽賀正信,中毒研究,14:127-132,2001 3)Scott,P.M. ,Lau,B.P.Y. ,Lawrence,G.A. ,and Lewis,D.A. :Journal of AOAC. ,83,1313-1320,2000