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δ-トコトリエノールの生理作用について Biological function of δ
7 号(7 月)2015〕 351 トピックス δ-トコトリエノールの生理作用について %LRORJLFDOIXQFWLRQRIįWRFRWULHQRO 脂溶性ビタミンの一つであるビタミンEには強い抗 いるアナトーに多く含まれることが知られている.δ- 酸化作用があることが知られている.これまでビタミ トコトリエノールの有名な作用は,がん細胞における ンEに関する研究は,α-トコフェロールによるものが アポトーシスの誘因と内皮細胞での血管新生の抑制作 ほとんどであった.その理由は,生体内には元来 α- 用である 3).細胞死の誘因作用はがん細胞に特有で正 トコフェロールが多く存在すること,また後に明らか 常細胞ではみられず,さらにその効果は複数のがん細 になったことであるが,生体内にはα-トコフェロー 胞腫で確認されている.新潟大学の Eitsuka ら 4)は, ルを特異的に輸送する輸送タンパク質が存在すること 前立腺がん細胞(DU-145),乳腺がん細胞(MCF-7), 1) によるところが大きい .しかし,ビタミンEは動物 膵臓がん細胞(PANC-1)など各腫瘍細胞株における δ- の体内では生合成ができないため,通常は植物より摂 トコトリエノールでの細胞死の誘引を報告している 取するが,その植物内ではγ-トコフェロールのほう (図 2).また,結腸腺がんの DLD-15),肺胞上皮腺が が圧倒的に多い.そのため,γ-トコフェロールに関す る研究報告がα-トコフェロールの次に多く見受けら れる.近年では,側鎖に二重結合を有するトコトリエ ノール体にも注目が集まり,同様にα体とγ体に関 する報告が見受けられるようになった.しかし,図 1 に示すようにビタミンEにはこれらの同族体以外に, トコフェロール類と同様にトコトリエノール類でも β 体とγ体が存在する 2).これらの生理機能について は不明な点も多く,意見が集約されていないのが現状 であろう.その中で,最近,δ-トコトリエノールに 関する論文がいくつか PubMed に出ていたので,本ト ピックスにて紹介したい. δ-トコトリエノールは,他のトコトリエノール同 族体と同様にパームオイルやゴマなどに多く含まれる が,その中でも亜熱帯地方で栽培されているベニノキ の種子から抽出され,天然の着色料として汎用されて 図 1 ビタミンEの構造式 2) 図 2 δ-T3 による細胞増殖抑制効果 4) δ-T3 は様々なガン細胞株において細胞増殖抑制効果を示す.この作用は正常細胞ではみられない. 352 〔ビタミン 89 巻 トピックス んの A5496),膵がんの MIAPaCa-27),別の乳がん細胞 トコトリエノールが十分に効果を発揮するためには, 株である MDA-MB8)シリーズでも同様にδ-トコトリ ドラッグデリバリーシステムなどを利用して選択的に エノール添加による細胞増殖抑制効果が確認されてお 患部に輸送するシステムなどの技術開発が必要であろ り,多様な種類のがん細胞に効果があることが伺える. う.いずれにせよ,δ-トコトリエノール全般について これらの効果の多くはδ-トコトリエノールに特異的 論文が他のビタミン E 同族体に比べ非常に少ないた もしくは,他の同族体に比べ効果が数倍高いと報告さ め,さらなるエビデンスの集約が必要であろう. れており,培養実験では数 μM の添加で効果を発揮す る.この細胞死誘引効果のメカニズムには,細胞周期 Key Words : į-tocotrienol, apoptosis, angiogenesis, anti- における S 期の減少と G1 期の割合の増大 4)7),c-Jun cancer N-Terminal kinases(JNK)のリン酸化による mitogen-activated protein kinases(MAPK)カスケードを介したアポ Physiological Chemistry Laboratory, Department of Biosci- トーシスの誘因 9),ミトコンドリアからのチトクロー ence and Engineering, College of Systems Engineering and 6) ム C の漏出によるカスパーゼ経路の活性化 などが報 Sciences, Shibaura Institute of Technology, Fukasaku 307, 告されている.Shun ら 7)は報告の中で,δ-トコトリエ Minuma-ku, Saitama, 337-8570, Japan ノールによるアポトーシス誘因のメカニズムには,α- Koji Fukui トコフェロールコハク酸エステル(vitamin E succinate; 芝浦工業大学システム理工学部生命科学科生理化学研 VES)をがん細胞に投与した際のデスリガンドである 究室 Fas を介して起きる経路と類似した点が多いと指摘し 福井 浩二 (平成 27.3.2 受付) ているが,同時に両化合物では構造が大きく異なるの 7) で,さらなる検討が必要だとも述べている .δ-トコ トリエノールのこれらの作用は ferulic acid との同時投 与でその効果が増強する 4)が,α-トコトリエノールと 文 献 の同時投与では,取り込みに競合が起き,その結果, δ-トコトリエノールの取り込み量が相対的に低下し て細胞死誘引効果が消失する 10) .また,その他物質と 併用した際のδ-トコトリエノールの効果を検討した 報告もある.いずれにせよ,現段階では腫瘍細胞株で の実験が多数を占めているので,生体における効果の 確認にはまだデータの蓄積が必要であろう. 1)Arita M, Nomura K, Arai H, Inoue K (1997) alpha-tocopherol transfer protein stimulates the secretion of alpha-tocopherol from a cultured liver cell line through a brefeldin A-insensitive pathway. Proc Natl Acad Sci U S A 94, 12437-12441 2)Fukui K, Takatsu H, Koike T, Urano S (2011) Hydrogen peroxide induces neurite degeneration: Prevention by tocotrienols. Free Redic Res 45, 681-691 一方,血管新生の抑制効果については human umbili- 3)Miyazawa T, Shibata A, Sookwong P, Kawakami Y, Eitsuka T, cal vein endothelial cells(HUVECs)細胞株や鶏杯漿尿膜 Asai A, Oikawa S, Nakagawa K (2009) Antiangiogenic and anti- 法(chick embryo chorioallantoic membrane assay,CAM) cancer potential of unsaturater vitamin E (tocotrienol). J Nutr Bio- を用いた報告 11) が多く,がん細胞と同様に細胞死を誘 引して,tube formation の形成抑制を介し血管新生を抑 制するとしている 3)10).この他にも,ラットモデルに おけるスタチンとの併用での骨梁幅や骨梁数の増加に chem 20, 79-86 4)Eitsuka T, Tatewaki N, Nishida H, Kurata T, Nakagawa K, Miyazawa T (2014) Synergistic inhibition of cancer cell proliferation with acombination of į-tocotrienol and ferulic acid. Biochem Biophys Res Commun 453, 606-611 伴う骨粗しょう症のリスク低下 12),T 細胞の増殖抑制 5)Eitsuka T, Tatewaki N, Nishida H, Kurata T, Nakagawa K, Mi- に伴う炎症性サイトカインの産生抑制を介したタイプ yazawa T (2006) Down-regulation of telomerase activity in DLD- Ⅱコラーゲン誘発性の関節炎の抑制効果 13)などの可能 1 human colorectal adenocarcinoma cells by tocotrienol. Biochem 性が報告されている. Biophys Res Commun 348, 170-175 勿論,血管新生の抑制とがん細胞の増殖抑制効果は, 両方が同時にはたらくことでより腫瘍抑制効果が高ま ることは明白である.しかし前述したように,生体で は日常の食物から十分な量のα-トコフェロールを摂 取していることから,このような環境下において δ- 6)Lim SW, Loh HS, Ting KN, Bradshaw TD, Zeenathul NA (2014) Cytotoxicity and apoptotic activities of alpha-, gamma- and deltatocotrienol isomers on human cancer cells. BMC Complement Altern Med doi: 10.1186/1472-6882-14-469 7)Hodul PJ, Dong Y, Husain K, Pimiento JM, Chen J, Zhang A, Francois R, Pledger WJ, Coppola D, Sebti SM, Chen DT, Malafa MP 7 号(7 月)2015〕 353 トピックス (2013) Vitamin E į-tocotrienol induces p27(Kip-1)-dependent cell- Į-Tocopherol suppresses antiangiogenic effect of į-tocotrienol in cycle arrest in pancreatic cancer cells via E2F-1-dependent mecha- human umblical vein endothelial cells. J Nutr Biochem pii: nism. PLoS One 8, e52526, doi: 10.1371/journal.pone.0052626 S0955-2863(14)00260-5, doi: 10.1016/j.jnutbio.2014.11.010 8)Elangovan S, Hsieh TC, Wu JM (2008) Growth inhibition of hu- 11)Weng-Yew W, Selvaduray KR, Ming CH, Nesaretnam K (2009) man MDA-mB-231 breast cancer cells by delta-tocotrienol is as- Suppression of tumor growth by palm tocotrienols via the attenua- sociated with loss of cyclin D1/CDK4 expression and accompanying changes in the state of phosphorylation of the retinoblastoma tumor suppressor gene product. Anticancer Res 28, 2641-2647 9)Shun MC, Yu W, Gapor A, Atkinson J, Sanders BG, Kline K (2004) Pro-apoptotic mechanisms of action of a novel vitamin E analog tion of angiogenesis. Nutr Cancer 61, 367-373 12)Abdul-Majeed S, Mohamed N, Soelaiman IN (2014) The use of delta-tocotrienol and lovastatin for anti-osteoporotic therapy. Life Sci doi: 10.1016/j.lfs.2014.12.012. 13)Haleagrahara N, Swaminathan M, Chakravarthi S, Radhakrishnan (alpha-TEA) and a naturally occurring form of vitamin E (delta- A (2014) Therapeutic ef¿cacy of vitamin E į-tocotrienol in colla- tocotrienol) in MDA-MB-435 human breast cancer cells. Nutr gen-induced rat model of arthritis. Biomed Res Int doi: Cancer 48, 95-105 10.1155/2014/539540. 10)Shibata A, Nakagawa K, Tsuduki T, Miyazawa T (2014)