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スポーツ選手のメンタルローテーション能力に及ぼす トレーニングの影響
順天堂大学スポーツ健康科学研究 〈報 第 7 号,91~93 (2003) 91 告〉 スポーツ選手のメンタルローテーション能力に及ぼす トレーニングの影響 木下 玲子・中島 宣行 On the mental rotation abilities for sport players Reiko KINOSHITAand Nobuyuki NAKAJIMA . 緒 言 受けられない. さらに,これまで様々な研究で IT が取り上げ スポーツ選手の競技力向上に関して,イメージ られてきたが,その多くはフォームの矯正や,心 トレーニングの重要性が広く認識されており,研 理面のコンディショニングに関するものであっ 究も盛んに行われている. た.しかし,団体スポーツにおけるフォーメーシ スポーツの場面におけるイメージトレーニング ョンのような新しい動きのパターンを習得する際 (Image Training以下 IT とする)の有効性は各 にも IT は効果的であり,より研究を進めること 種の要因に規定されており,その効果には大きな が必要だと思われる. 個人差があることが知られている.すなわち, イメージの統御可能性に関しては様々な要因が IT をより効果的に行うためには,その有効性に 関係しているが,それらの中でも,特にフォー 影響を及ぼす種々の個人差の要因について考慮す メーションの学習などに関わると思われるものに ることが必要だといえる. IT に影響を及ぼす個 メンタルローテーション(心的回転,以下 MR ) 人差の要因はいくつか挙げられているが,中でも と呼ばれる能力があげられる.両者の関係につい 特に,学習者のイメージ想起能力の問題が重要だ て西田ら3) は,「密接に関連している」と述べて とされる1). いる. イメージ想起能力には,鮮明性と統御可能性と この能力は,認知心理学の分野でイメージの統 いう 2 つの性質がある.鮮明性とは「あたかも現 御可能性に関わる問題として研究が進められてき 実であるかのようにはっきりした明瞭なイメー たもので,2 次元図形を 3 次元の物体として知覚 ジ」を描く能力であり,統御可能性とは「思い浮 し,頭の中で回転(移動)させる能力である.ス かべたイメージを自分の思い通りに自由に操作・ ポーツ選手がイメージを用い,それを自在に操作 変換できる」6) 能力のことである.先行研究によ しようとする際に MR 能力は大きな影響を及ぼ ると, IT を行う際には統御可能性が特に重要な すものと考えられる. 役割を果たしているということである4).そこで, この MR 能力を向上させることが可能であれ IT をより有効に行うためには,この統御可能性 ば,それにより統御性に影響が及ぼされることが をより高めることが求められるといえるが,意図 予測され,その結果イメージトレーニングの効果 的に統御可能性自体を高めようと試みた研究は見 が高まることが期待される.しかし, MR 遂行 体育心理学研究室 Seminar of Sports Psychology のための一般的な能力は 8 歳までに確立されると 言われており,意図的にこの能力の向上を試みた 92 順天堂大学スポーツ健康科学研究 研究はほとんど見受けられない. そこで,スポーツ選手に MR 能力の向上を目 第 7 号(2003) 実際のバスケットコートが縮小して描かれてい ◯ る用紙の上に,4 色のポイントが印されたものを 的としたトレーニングを行い,8 歳までに確立さ 3 秒間眺める. れるといわれている MR 能力を,訓練により意 その後,何もポイントがされていない状態の◯ ◯ 図的に向上させることが可能であるか検証するこ で見たポイントをイメー と同様の用紙の上に,◯ ジする.与えられる時間は 10 秒間であった.ま とを本実験の目的とする. . 方 法 た,イメージを描く際は,常に上からコート全体 を眺めている視線で行うよう注意が与えられた. 被験者は,関東大学バスケットボールリーグ 2 ◯ と同様の用紙に 4 箇所ポイントが記された別 ◯ 部に所属する J 大学女子バスケットボール部員24 紙が示され,自分の描いたイメージがその用紙と 名(平均年齢19.6歳)であった. 同様であったか異なるかを,○×で解答用紙に記 被験者には,Pre テストを実施し,それら得点 をもとに対配分法により等質の 3 群を構成した. 第 1 群を MR トレーニング群(以下 MR 群) とし,被験者には, MR を必要とするイメージ を描く課題を実施した. トレーニングは 2 種類あり,それぞれ以下の手 入した. 1 回のトレーニングにつき,この作業を10回行 った. 第 3 群は統制群であり,被験者は,内田クレペ リン検査2)をもとにして単純加算作業を行った. これは,イメージを用いない単純作業課題であ 順で行われた. り,検査用紙を使って,簡単なひと桁の足し算を トレーニング 1 行うものである.3 分間を 1 セットとし,計 2 セ 実際のバスケットコートが A4 サイズに縮小し ◯ ットを 1 度のトレーニングで行い,セット間には て描かれている用紙の上に,4 色のポイントが印 1 分間の休憩をはさんだ. されたものを垂直の視点で15秒間眺める.被験者 各被験者とも MR 能力の変化を捉えるために, は,ポイントを眺めている間,なるべく水平の視 Pre テ ス ト , Post テ ス ト と し て Vandenberg and 点からそれぞれのポイントを見た映像をイメージ Kuse が作成したメンタルローテーション・テス するよう指示された. ト(Mental Rotation Test5)以下 MRT)を行った. その後,◯ と同様の用紙の上に, 4 色(◯ で示 ◯ このテストは,与えられた基準立体と同一の立体 されたポイントと同様の 4 色)の立体の物体が立 を 4 つの選択肢の中から 2 つ選ぶものである. てられたものが 3 種類提示された.被験者はそれ . で見 を水平の視点から眺め,3 つのうちどれが◯ たポイントと同じものかを選択するよう求められ 結 果 表 1 に,各群の MRT の平均得点と標準偏差 た. を,図 1 に各群の Pre テストと Post テスト間に トレーニング 2 おける平均得点の変化を示した. トレーニング 2 は,トレーニング 1 を逆の手順 各 群 の Pre テ ス ト の 平 均 得 点 は MR 群 20.50, で行った. 1 回のトレーニングにつき,トレーニング 1, 2 表1 ともにそれぞれ 5 問,すなわち計10問が与えられ MRT 得点の平均及び標準偏差 Pre た. 第 2 群をイメージトレーニング群(以下 IT 群 とする)とし,イメージトレーニング課題を行っ た. 被験者は以下の手順でトレーニングを行った. MR 群 IT 群 C群 Post M SD M SD 20.50 4014 27.38 6.55 19.75 24.88 9.47 4.52 21.63 26.25 9.46 5.39 順天堂大学スポーツ健康科学研究 第 7 号(2003) 93 はあまり見受けられない.イメージトレーニング を行う際にはイメージの操作性も大きく関わって くるため,本研究のトレーニングの有効性が示さ れたことにより,イメージトレーニングの効果に 及ぼす更なる影響が期待される. 本研究の結果から,スポーツ選手に本実験で用 いた MR トレーニングを行うことにより, MR 能力が向上することが示された.これは, MR 図1 MRT 得点の平均及び標準偏差 能力が 8 歳までに確立されるというこれまでの見 解に疑問を呈するものであり,さらに MR 能力 のトレーニングの可能性を大きく示すものであっ IT 群 19.75, C 群 24.88 であり, Post テストの平 た. 均得点は MR 群27.38, IT 群21.63, C 群26.25であ った. 文 各群の Pre テストと Post テスト間,つまりト レーニング前後の平均得点の変化を検定するため 1 ) 中込四郎編著・土屋裕睦・高橋幸治・高野 聰. 1996 イメージが見える~スポーツ選手のメンタル に, Wilcoxon の t テストを行った.その結果, トレーニング~,東京,道和書院 MR 群において有意な得点の向上が認められた ( p < .01 ).しかし, IT 群, C 群においては,と 献 2 ) 日本・精神技術研究所編( 1973 )内田クレペリン 精神検査・基礎テキスト,東京,日本・精神技術研 もに有意な変化は認められなかった. 究所 . 考 察 3 ) 西田 政展・小山 MR 群 に お い て の み MRT の Pre テ ス ト と これは, MR 群のトレーニングが,平面的な 情報を立体的なイメージに変換する,またはその 22 4) 滝浦 5) Steven, G. Vandenberg, Allan, R. Kuse (1978) Mental Rotations, a group test of three-dimensional spatial IT 群に変化がなかったことから,この能力は単 ングとして意図的にイメージを操作することが必 貞・ 静雄訳)( 1973 ),心像,紀伊国屋書店,より 引用 と考えられる.また,他の群の MR 能力,特に, にイメージを描くだけでは鍛えられず,トレーニ Richardson, A., ``Imagery and mental practice,'' Psy- chol., Washington (1963)リチャードソン(鬼沢 逆の作業が求められるものであり,この際に MR 能力を活用し,その能力が高められたため 哲・ほか( 1986 )運動イメージの統御 可能性テスト作成の試み.体育学研究, 31 ( 1 ) , 13 Post テストの平均得点の間に有意な向上が認め られた(p<.01). 保・勝部篤美・猪俣公宏・岡沢祥訓・伊藤 visualization. Perceptual and Motor Skills, 47, 599604 6) 杉原 隆(1979)イメージによる運動技能の指導, 体育の科学,447451 要であると考えられる. 先行研究では,イメージを描くトレーニングを 行っているものは数多く見られるが,イメージの 操作を主体としたトレーニングを行っているもの ( ) 平成15年 2 月12日 受付 平成15年 2 月25日 受理