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故惹か不慮の事故か不明な場合と特約死亡保険金

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故惹か不慮の事故か不明な場合と特約死亡保険金
故意か不慮の事故か不明な場合と特約死亡保険金
‥ ̄− ̄ ̄ ̄ ̄ ̄一一一日一一一一‥一日一日−‥一日一一一一…一日一一.一日一一一一日−.一一日一一.一日一日一日−‥一日一日一一一一.一一日−‥一一一一一一一.一一‥一一一一一一一一一一日−‥−‥一一一一‥一日一
間1.後記判例の生命保険契約の約款および各特約条項において、保険事故としての「不慮の
事故」につき、「昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定められた分類項目中
別表F対象となる不慮の事故』の記載のとおりとし、分類項の内容については厚生省大
臣官房統計情報部絹r疾病、傷害および死因統計分類提要j(昭和54年版)による」
とするが、これらが本件保険契約の内容とされる理由(同条項の拘束力を含む)につい
て検討して下さい。
間2.客観的証明(立証)責任および主観的証明責任(証明の必要)について述べ、これらが
訴訟においてどのような違いがあるかを述べて下さい。また、保険実務において、証明
責任がある事項とない事項とで、立証活動またはその準備についてどのような違いがあ
るか。
間3.自殺・不慮の事故・重過失のぞれぞれの証明責任および相互の関係について述べ、後記
判例の判旨(1)について検討して下さい。
間4.後記判例において、「故意によるものか不慮のものか不分明である」とされた理由につ
いて検討して下さい。
判例 東京地判平成3年7月4日(判時1409−115、
判タ779−268)
で、免責事由としての「重大な過失」によるもの
である。
〔事実の概要〕
(1)保険契約者Xは、昭和61年5月1日、保険会社
Yとの間で、次の保険契約を締結した。
被保険者 A(Xの長女)
保険金受取人 Ⅹ
(1)本件生命保険契約の普通保険約款、災害割増特
約および傷害特約の各関係条項によれば、右の各
死亡保険金 500万円
災害割増特約死亡保険金 500万円
(別表記載の不慮の事故を直接の腋因としてそ
の事故の日から起算して180日以内に死亡し
たことを保険事故とする)
特約における保険事故たる不慮の事故とは、急激
かつ偶発的な外来の事故(ただし、疾病または体
質的な要因を有するものが軽微な外因により発症
しまたはその症状が増悪したときには、その軽微
な外因は急激かつ偶発的な外来の事故とは見徹さ
傷害特約死亡保険金 500万円
(上記保険事故による)
(2)Aは、昭和62年11月25日午前3時頃、自宅であ
るマンション4階401号室の窓から墜落して、腹、
ない)で、かつ、昭和53年12月15日行政管理庁告
示第73号に定められた分類項目中別表「対象とな
る不慮の事故」記載のとおりのものとし、分類項
目の内容については、厚生省大臣官房統計情報部
編「疾病、傷害および死因統計分類提要(昭和54
年版)によるものとするとして、約款上不慮の事
背部等の打撲等の傷害を受け、昭和63年1月11日、
上記傷害に起因する化膿性腹膜炎により死亡した。
Xの主張
(1)本件保険事故は、Aが自宅でビールを少量飲ん
で就寝後に発生したもので、自殺によるものでは
ない。
(2)Xは、本件事故の日から起算して180日以内に
死亡したものであるから、上記各特約による死亡
保険金合計1000万円の支払を訴求した。
Yの主張
(1)Aは、故意に窓から身を乗り出し、発作的に自
殺を図って墜落したものとの疑いを払拭しえない。
8
(2)Aは、故意に墜落したものではないとしても、
窓から不必要に身を乗り出したため墜落したもの
〔判旨〕
故に該当する例を限定的に列挙しているが、本件
事故への通用が問題となるものとしては、「建物
またはその他の建造物からの墜落」及び「他殺及
び他人の加害による傷害」が約款上の不慮の事故
に含まれている一方で、右「疾病傷害及び死因統
計分類提要」の分類項目のひとつである「不慮か
故意かの決定されない高所(住宅、その他の人工
構築物、自然の場所、詳細不明)からの墜落」そ
の他の不慮か故意かの決定されない損傷がこれよ
り除外されており、また、当該事故が被保険者の
故意または重大な過失によって招来・されたもので
ある場合には、保険者は前記各特約による保険金
′ヽ
を支払わないものとして、これを免責事由のひと
つとしているところである。
そして右各免責条項は、被保険者の故意と重大
な過失とを並列的に定めているけれども、前記の
条項を通覧し、とりわけ「不慮か故意かの決定さ
れない高所からの墜落」その他不慮か故意かの決
定されない損傷が約款上の不慮の事故には該当し
ないものとされていることに鑑みると、右災害割
増特約または傷害特約に基づく保険金請求訴訟に
あっては、保険金の請求者(受取人)は、当該事
故が被保険者の素因や故意に基づくものではなく
て、急激かつ偶発的な外来の事由に起因するもの
であること(いわゆる災害起因性)についての立
証責任を負い、他方、保険者は、当該事故が被保
′ヽ 険者の重大な過失によるものであることについて
の立証責任を負うものと解するのが相当である。
したがって、本件事故がAの故意によるものであ
るか不慮のものであるかが結局において明らかで
はないときには、前記の「不慮か故意かの決定さ
れない高所からの墜落」に該当するものとして、
Xの本訴請求は排斥されざるを得ないことになる。
(2)A(昭和14年11月17日生れ)は、昭和56年4月
に夫と離婚した後、洋装店の店員として勤務して
いたが、昭和60年6月頃に競輪等で多額の債務を
負い、某市に離別した際Lを残して上京してきた
Bと知り合って、同年10月頃から同棲するように
なり、昭和62年6月以降は自宅マンション4階
401号室を賃借して、そこでBと共に居住してい
たこと、Aが転落した右居室の窓は、床面からの
高さ約44cmの窓台の上にある縦約1.3m、横約1.8
mのものであって、窓台からの高さ約56cm(床
面からの高さ約1m)のところまでは危険防止用
の桟が設けられていたこと、Aは、本件事故の前
Hの同年11月24日午後9時30分頃に帰宅し、同日
午後11時頃に入浴をすませ、コップ2杯程のビー
ルを飲んで、前記居室の窓際に置かれたベッドで
就漬していたこと、Bは、右の当時、Aと同室し
しては、Bの加害行為によるものであること、あ
の故意の自招行為によるものであること及び不慮
の事故であることの3つか想定されるけれども、
Aは、その意識が回復した後に行われた司法警察
則こよる取り調べ等において、「どうして墜落し
たのか、記憶がない」、「眠っていて、気かつい
たのは手術後のことであった」などと供述するば
かりであり、またBも、検察官による取り調べ等
において、「就寝中のできごとであって、どうし
て墜落したのか分からない」と供述し、これに関
わっていることを強く否認したままであることが
認められるのであって、Aが墜落するに至った原
因を特定するに足りる直接証拠は一切ない。
そして、Bは、本件事故の発生まで、Aに対して
も、偽名を用いるなどして自らの素性を明らかに
していなかったこと、Bは、本件事故前、本件生
命保険契約の受取人を自分に変更するべく、担当
の保険外交月と交渉するなどしたが、正式に入籍
していないからとしてこれを断られたことがあり、
また、本件事故後においても、Aが前記傷病を原
因として早晩死亡するに至ることを想定し、Aと
の婚姻の届出をして本件生命保険契約の受取人を
自分に変更し、死亡保険金を領得しようと企てて、
Aに婚姻の届出をすることを提案し、これを拒絶
されるや、昭和62年12月8日頃、恋にAの印鑑を
日用してその作成名義の婚姻届を偽造し、区役所
に婚姻の届出をした(Bはこれによって有印私文
書偽造、同行便、公正証書原本不実記載の罪で検
挙され、有罪の判決を受けた)ことの各事実を認
めることができ、これらの事実によれば、Bが死
亡保険金を領得する目的でAを殺害するべく窓か
ら転落させたことの可能性を否定することはでき
ないけれども、他方、Bが何故に未だ本件生命保
険契約の受取人がXのままの右の段階において右
のような犯行を敢行したのかの合理的な疑いが残
るのであって、なんらの直接証拠のない本件にお
ていたものであって、他に同室者はいなかったこ
と、Aは、翌25日早朝、右の窓の直下からやや離
れた地点の路上に転倒しているのを通行人によっ
て発見され、意識不明のまま大学付属病院に収容
されたが、腹、背部打撲傷、左肋骨・骨盤骨折、
腰椎圧迫骨折、内蔵破裂等の傷害を受けていて、
昭和63年1月11日右傷害に起因する化膿性腹膜炎
によって死亡したことの各事実を認めることがで
きる。
いて、右のような事情のみをもって右事実を肯認
するにたりる十分な証明があったものということ
はできない。
また、Aがなんらかの目的で右の窓から身を乗
り出していたところ過って転落したものであると
することも、本件事故の発生時刻、Aが墜落した
前記窓及び居室の構造、A自身が墜落の経過につ
いて一切の認識がないと供述していることなどに
照らすと、極めて想定し難い状況といわなければ
ならないのであって、本件全証拠によっても、本
(3)そして、右の事実関係によれば、Aが右居室の
窓から墜落するに至った原因の一般的な可能性と
件事故が右のような態様の不慮の事故であったも
のと認めることもできない。
(4)以上によれば、Aがその居室の窓から墜落する
この分類提要を採用した理由は、災害関係特約に
に至った原因や経過は、結局、これを特定するに
たりる証拠がなく、本件事故は、Aの故意による
ものであるか不慮のものであるかも不分明であっ
間1について
おいて不慮の事故の範囲をできるだけ正確に、そ
して会社間で取扱いに差異が無いようにという趣
旨からであるこの分類提要は、国際比較等を行な
うために疾病、傷害および死因について諸統計を
ベースとし国が作成するもので、ほぼ10年ごとに
内容改正が行なわれている。
昭和51年災害特約改正時
不慮の事故の定義に使用されている疾病・傷害お
よび死因分類提要を昭和33年版から昭和43年版に
改めた。
昭和58年災害特約改正時
(1)通常、不慮の事故の一般概念として「被保険者
が急激かつ偶然な外来の事故によって身体に傷害
を被ったこと」とされており、つまり、事故の急
激性、外来性の三要件を必要とする。
「次に不慮の事故の定義として分類提要を昭和43
年版から昭和54年版に変更することに関しては、
①生命保険会社が不慮の事故の定義に死因統計 ′ヽ
分類提要を採用しているのは、それが権威ある分
しかし、災害関係特約上、この要件の他に、分類
提要の内容に該当することが、要求されます。
・(当社約款より)
対象となる不慮の事故とは急激かつ偶発的な外来
類であることにもよるが、最大の理由は、不慮の
事故の解釈について、支払担当者間に差異が出ず
統一的に処理できるというメリットがあること、
②昭和39年創設の災害保障特約で採用して以来
20年近くにわたって使用して来た定義であり定着
していること。③昭和54年版分類提要は、今後
10年間、昭和64−65年頃まで使用されること、等
の理由から分類提要を引き続き使用することとし、
昭和43年度版から昭和54年度版に変更することと
て、前掲「疾病、傷害および死因統計分類提要」
の分類項目にいわゆる「不慮か故意かの決定され
ない高所からの墜落」に該当し、本件生命保険契
約の保険事故としての不慮の事故にはあたらない
ものといわざるを得ない。
(研究報告)
の事故(ただし、疾病または体質的な要因を有す
る者が軽微な外因により発症しまたはその症状が
増悪したときには、その軽微な外因は急激かつ偶
発的な外来の事故とはみなしません。で、かつ、
昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定めら
れた分類項目中のものとし、分類項目の内容につ
いては、「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病傷
害および死因統計分類提要、昭和54年版」による
ものとします。(分類項目省略)
実際に、生命保険会社が、どういう意図で約款に
この記載を編入したかについては、私的健康保険
研究会の論説において、次のように述べられてい
ます。
・(生保業界の災害特約における分類提要採用の経
緯)アクチュアリー会報36号
昭和39年災害特約創設時
生命保険会社が不慮の事故の定義に「疾病、傷害
および死因統計分類提要」を採用したのは、昭和
39年創設の災害保障特約からである。
「昭和39年4月の災害保障特約創設時には、事業
方法書で、不慮の事故を、昭和32年11月20日行政
管理庁告示第63号に定められた分類項目中次のも
のとし、分類項目中の内容については、[厚生省
大臣官房統計情報部編『疾病傷害および死因統計
分類提要』(昭和33年版)によるものとし、その
内容は E800−E929、E932、E934∼E936、
10
した。なお、従来の約款は、免責条項(契約者・
被保険者の責によるもの)と、除外項目(分類提
要から不慮の事故の範囲外として除くもの)と別
途に設けられており、デメリット条項は一括して
記載することが望ましいという観点からは問題が
なくはない。これを解決する一方法としては、分
類提要によらず不払条項を充実させる案も考えら ′ヽ
れるが、解決すべき問鷺点も多く、将来の検討課
題とすることとした。」
以上のように述べられており、権威ある資料、会
社間、担当者で差異がでないようにとの目的で現
在まで採用されてきている。
(2)約款引用資料としての拘束力(事例研究会レ
ポートNo.73P4)
約款における引用資料の拘束力については、次
の3つの説に分けられる。
(約款編入肯定説)
約款に引用されている以上約款に編入され約款と
一体となって拘束力を有する考え方。
(約款編入否定説)
約款に引用されていても、その趣旨からみて保険
E940∼E944、E950∼E959、E980∼E984、
事故の例示にすぎず、約款としての拘束力を有し
E990−E999」とした。
ないとする考え方。
(制限的約款編入肯定説)
約款への引用の趣旨と方法によっては約款として
の拘束力が認められる場合もあるが、その内客に
よっては不意打ち条項として拘束力が排除される
とする考え方。
本件判旨は、分類提要の効力を認めたもので、
約款編入肯定説に解釈の根拠をおいたものであろ
う。本判旨では約款引用資料の有効性について言
及されていない。
別表そのものが国家機関作成による権威ある資
料としてみなされており、その有効性について論
議されるまでもないものと解釈しているものと思
われる。
!ヽ 間2について
ノ 証明責任(立証責任)とは、訴訟において裁判所
がある事実の存否につきそのいずれとも確定できな
い場合、いわゆる真偽不明・ノン・リケットの場合
に、その結果として、当事者の一方が判決において
その事実を要件とする自弓に有利な法律効果の発生
が認められないことになるという危険または不利益
を負わされている。この危険または不利益を証明責
任という。
(客観的証明責任)
ノン・リケットの場合の裁判の基準をなす証明
責任を客観的証明責任と称する。証明責任は、当
事者の具体的な立証活動と無関係に定まっており、
審理の最終段階でいずれにも心証形成をなしえな
い場合の判断基準である。
一般的に証明責任とは客観的証明責任のことをい
う。(通説)
(結果責任)
′\(主観的証明責任)
係争事実の存否を不利益に判断されるため、審
理過程における立証の必要性を主観的証明責任と
称する。
(行為責任)
(主観的言正明責任と客観的証明責任)
主観的証明責任は客観的証明責任を前提とし、
そこから流出するものであり、主観的証明責任は
客観的証明責任の存在が弁論主義を通して特殊な
投影をしたものに他ならない。
(三ケ月法律学全集 406∼409)
事実認定問題中にノン・リケットの状況が存在し
た場合、裁判官がどういう方法論的な操作を経て判
決に至るかという問題に対して客観的証明責任なる
操作手段により、裁判官の判断理由に正当性の保障
をもちこむことが可能となる。客観的証明責任にお
いては、ノン・リケットの状況になる以前に裁判官
が事実の存否について確信を抱ければ、証明責任
云々は問題とならない。
つまり、当事者が事実を証明すべきではないと解
されるのではない、という点で当事者の行為責任を
示すものとされる主観的証明責任に対して、相違点
がみられるように思われる。
(保険実務と立証活動・その準備)
顧客サービスの観点から保険金請求者側の立場
(本証責任)会社側の立場(反証責任)は意識し
ておらず、つまり証明責任がある場合、ない場合
を問わず事実たる証拠の入手につとめている。
しかし、その証拠資料入手の過程で保険金支払
い査定上、免責等の理由による不払い決定を下す
場合、つまり顧客に対し不利益な決定を行う場合
はその判断の正当性を保障出来るさらなる証拠資
料の入手に力をいれているといってよい。
以上のことについては、第一義的に顧客への説得
を目的としているためである。
間3について
(1)証明責任の分配に関する通説
証明責任の分配については「法律効果の存在を主
張する者は、その効果の発生に必要な要件事実につ
いて証明を負う」とする法律要件分類説が通説とさ
れている。
・法律要件分類説
・権利根拠事実=権利者
・権利障害事実、権利滅却事実=相手方
・立証責任については保険事故の発生については請
求者側に、免責事由の発生については保険者弔酎こ
あると解されている。
(大判(民3)大正14.11.28,民集687)
(2)証明責任の負担者
現在、保険事故における証明責任の負担者につい
て、各学説をふまえてまとめると次の表のようにな
る。
要 故 意
( 非
件 事 ( 自 殺
偶 発 性
急 外 実
証 明 責 任 の 負 担 者
)
)
・請 求 者 説
・保 険 者 鋭
激 性
来 性
請 求 者
傭 考
請 求 原 因 説
抗 弁 説 ・折 衷 説
不 慮 の 事 故
偶 発 性
(非 故 意 )
重 過 失
・請 求 者 説
・保 険 者 説
請 求 原 因 説
抗 弁 説 ・折 衷 説
保 険 者
従来より故意免責(自殺)と不慮の事故との関係
において、不慮の事故か故意かを決定出来ない場合、
非故意性の立証責任の問題として学説が分かれ、そ
11
の問題について論じられている。これについては、
次の3つの説があげられる。
いが、事故の偶然性の証明責任を保険金請求者側
に課すると、保険者の免責事由の証明責任を転嫁
することになって不公平であるだけでなく、被保
険者側の自由意思にもとづかないことの立証が消
極事実の立証であるため不可能に近いのでこの一
(3)故意と偶発性に関する証明責任
(請求原因説)
「傷害保険契約の保険事故は、身体の損傷それ
自体ではなく「急激かつ偶然の出来事による身体
の損傷」が保険事故であり、保険金を請求する側
において傷害の原因を立証しなければならず、ま
た傷害の原因と傷害、および傷害事故とその結果
としての死亡、廃疾状態、要治療などの事実との
因果関係を立証しなければならない。」
石田 満 教授(現代法律学講座19商法5)
(抗弁説)
「被保険者の故意の立証責任は保険者にあると
解する。簡易生命保険の傷害特約では、不慮の事
故がr被保険者の意思によらない。』と言う要素
をふくむものとなっており、同特約の場合には、
被保険者の意思によるものではないことを保険金
受取人が立証することを要すと解されるが、被保
険者の故意を保険金免責事由として掲げている生
命保険会社の傷害特約については、この点の挙証
責任は保険者にあると解するのが適当であろう。」
中西 正明 教授(生命保険の傷害特約概説
林良平先生還暦記念・現
代私法の諌鷺と展望)
(折衷説)
「問題は、「急激・偶然・外来」の三要件の証
明責任がどちらにあるかである。保険金請求の発
生要件の証明責任は請求者側にあり、右の三要件
も保険事故を限定するものである以上、本来は請
求権者側に証明責任があるはずである。これらの
三要件のうち、「急激」と「外来」の二要件は被
保険者の故意・重過失とは無関係の客観的な判断
要素であるから、右の原則どおり請求者側に証明
責任があると解する。これに対し、「偶然」は、
保険契約者、被保険者または保険受取人の故意に
よる傷害が保険者の免責事由とされ、その免責事
由の証明責任が保険者側にあることとの関連にお
いて、これを請求者側の証明責任としてよいのか
どうか問題である。
ドイツ保険契約法180条は、請求者側の証明責
任を肯定してきた多くの判例とは反対に、保険者
側に亘正明責任があるという明文の規定を設け、し
かも、この規定は、被保険者の不利益に変更する
ことを許さない反面強行規定とされている。傷害
保険と生命保険では保険事故の性質に差があるた
め、傷害事故の要件の立証が生命保険の場合に比
較して保険金講求者側に重くなるのはやむをえな
12
点の立証ができないために被保険者側の請求がつ
ねに棄却されるのは妥当でないから、立法論とし
てはもちろん、解釈論としてもドイツ法と同じ処
理をすべきである。」
西島 梅治 教授(保険法〔新版〕)
(判旨1について)
判旨(1)によると不慮の事故の要件は、急激・
偶発・外来の3要素と分類提要に該当することと
される。分類提要の項目中、約款上限定列挙され
たもののみが不慮の事故に該当し、本文中で「建 (
物又はその他の建造物からの墜落」及び「他殺及
び他人の加害による傷害」が約款上の不慮の事故
に含まれる一方で、右「疾病傷害及び死因統計分
類提要」の分類項目のひとつである「不慮の事故
か故意かの決定されない高所からの墜落」その他
の不慮の事故か故意かの決定されない損傷が除外
される」と言及していることで、約款肯定説の立
場をとっている。
つまり、「不慮の事故か故意かの決定されない
高所からの墜落」が不慮の事故にはあたらないこ
とを明確に示しており、請求者は、不慮の事故を
証明しなければならないことになる。
請求者−「不慮の事故」を証明=請求原因説
本判旨は、分類提要の約款編入を肯定し(この点
については十分な検討がされたかどうか疑問であ
るが)、請求原因説による立証責任の分配を示し
たものと考えられる。
′ヽ
間4について
結論的に考えて、なぜ「不慮の事故であると認定
できない。」と書かなかったのかという疑問が生じ
る。
一般的に裁判官の得る心証は次の3つに分類され
る。
・事実の存在
・事実の不存在
・真偽不明(ノン・リケット)
「認定できる」=事実の存在の認定
「認定出来ない」=事実の不存在の
認定
客観的言正明責
任は問題とな
らない。
つまり、「認定出来ない」と判示した場合は事実
の不存在を認定することになり、客観的証明責任は
問題とはならない。
判旨が不分明とした理由としては、裁判官に「真
偽不明」という意識があり、つまりその「真偽不
明」を解釈する法理として裁判官の意識の中に客観
的証明責任なるものが念頭にあるため「真偽不明」
としたものと思われる。
〔講師のコメント〕
(松岡弁護士)
問1について
1.各特約条項における「不慮の事故」の規定の仕
方は、次の②および③を引用する方法によってい
る
急激かつ偶発的な外来の事故で
昭和53年12月15日行政管理庁告示第73号に定
められた分類項目中、下記のもので(例示)
分類項目 分類番号
不慮の墜落 E880−888
その他の不慮の事故 E916∼928
①
②
(
他殺・他書による損傷 E960∼978
③ 分類項目については、「厚生大臣官房情報統
計部編 疾痛、傷害および死因統計分類提要
昭和54年度版」による。
2.「不慮の事故」を以上のように限定列挙したこ
とにより、その他のものを除外する趣旨である。
E980−989「不慮か故意かの決定されない損
′ヽ
傷」
従って、E987「不慮か故意かの決定されない
高所からの墜落」は、除外される。
(本判決においては、E987「不慮か故意かの決
定されない高所からの墜落」が、除外されること
について、わざわざ言及している。)
3.以上の規定の仕方により、「不慮の事故」の範
囲を定めたことには、問題ないか。
① 限定列挙であり、官公署により定めたものの
援用であって、内容的に明らかである。
② 「不慮か故意かの決定されない損傷」は、除
外されているが、「不慮か故意か不分明」な場
合の取扱いとして、次の証明責任の分配の観点
からも妥当と考えられる。
問2について
1.客観的証明責任(いわゆる「証明責任」)
① 一定の事実の存否が確定しえないため、自己
に有利な法律効果の発生(または不発生)が認
められないこととなる当事者一方の不利益また
は危険
② 事実が不明な場合でも、当事者の紛争を解決
するための法的判断を要することに由来する。
(訴訟前にすでに証明責任は分配されてい
る。)
③ 証明責任は、法律関係ごとに最初から当事者
の一方に定まっていることであって後に転換す
るとか、双方に反対の証明責任がある、という
ものではない。但し、法解釈によって他方に、
証明責任を転換することはある。
2.(客観的)証明責任の分配
① 権利根拠規定(自己に有利な法律効果の発生
を定める規定)に定める要件事実 その効
果を主張する者
② 権利障害規定(根拠規定に基づく法律効果の
発生を障害する要件を定める規定)に定める要
件事実 権利発生の効果を争う者
③ 権利阻止規定(権利行使を一時的に阻止する
要件を定める規定)および権利滅却規定(権利
の消滅を定める規定)に定める要件事実
その効果の阻止・消滅を主張する者
⑥ 上記②の権利障害規定の証明責任をめぐって、
新説が提唱されている。
a.立法者の意思 b.証拠との距杜 C.立
証の難易 d.事実の存否の蓋然性
3.立証の必要(主観的証明責任)
① 客観的証明責任を前提としたうえで、当事者
が自己に有利な裁判を得ようとして証拠を提出
する当事者の行為責任
② 例えば、原告の立証によって裁判所が確信を
得ている状態にあるときに、被告がその確信に
動揺を与えるため、反証活動をすることにより
証明責任領域(真偽不明の状態)に引き戻す活
動。
③ 裁判所の心証形成・証拠評価にあっては、証
拠との距離、立証の難易、事実の存否の蓋然性
などが影響する(=主観的証明責任の場合に問
題となる)。
4.保険実務における立証準備と立証活動
① 早期に、要件事実を立証のための証拠を収集
しておくこと。そのためには、法律要件・効果
を予め十分に検討し、これらを立証するための
証拠やその項目を調査研究しておくこと。
② 相手方に証明責任のある事実についても、こ
れに対する反対証拠などを予め検討し、収集し
ておくこと。
③ 上記①および②の証拠等を収集したうえで、
提出証拠の内容、順序等については、代理人
(弁護士)の判断による。
間3について
13
1.主契約約款および各特約条項における故意免責
(自殺)、不慮の事故、および重過失免責に関す
る証明責任は、次のように考えられる。
証明責任は、法律関係ごとに考えるべきもので、
主契約と特約とで異なることがある。
故 意
不 明
主 契 約
(
保 )免責
(保 )支払
特 (
保 )免責
(受 )不払
約
不慮の事 故
支 重 過 失
払
(受)支払
(
保 )免責
()内、証明責任を負う者
2.主契約と特約とでは、「故意か不慮の事故か不
分明」の場合の取扱い、および重過失免責につい
て、それぞれ差異がある。
主契約と特約とで証明責任の分配が異なってお
り、受取人側、保険者側にそれぞれ証明責任が分
配されている。主契約では保険者側、特約では受
取人側に証明責任があることになるが、あくまで
も主契約と特約では、法律関係を異にするため、
このように証明責任が別個になっても、なんら問
題はない。
3.本件判旨(1)は、各特約に基づく請求について
①「不慮の事故」性については、請求者に
②「重過失」免責については、保険者に
それぞれ、証明責任があると判示した。
③「故意か不慮の事故か不明」な場合につき、主
契約と特約とでそれぞれ取扱いを異にしたことは
合理的であると考える。
蓋し、「故意」「不慮の事故」(非故意)が、
当事者いずれの立言正活動によっても心証形成上不
明な場合に、主契約に基づく請求権および特約に
基づく請求権が存在するか否かを判断するのが、
「証明責任」の趣旨だからである。「故意」(た
とえば、自殺)は、主契約に基づく請求権の「権
考えようとするものと思われるが、証明責任は、
ある要件事実の「存否不明」の場合に、当事者の
いずれに不利益を負わせるか、を定めたものにす
ぎないので、統一的に考える必要はないと思われ
る。
間4について
1.Bの加害行為を疑っているが、確証はないとし
た。
① Bは、妻子を残して上京、多額の債務を負う。
② 偽名を用いるなど素性が明らかでない。
③ 事故前、受取人を変更すべく交渉したが、断
られた。
⑥ Aの印鑑を冒用して婚姻届を偽造。
⑤ Aを窓から転落させた疑いがあるが、受取人 (
を変更していない段階で犯行を敢行したかは疑
問。
⑥ 就喪中の出来事で、知らない、と供述。
2.Aの故意による自傷行為を疑っているが、認定
しえないとした。
(D Aには、事故につき記憶がない。
② 墜落した窓、居室の構造、墜落の経緯につい
て認識がない。
(診 不慮の事故であったとすることも認定困難。
「故意か不慮の事故か決定されない」場合に相
当する。
(東京:H4.12.17)
報告:千代田生命 宮川 剛志氏
出題:弁護士 松岡 浩氏
指導:松岡弁護士
利消滅規定」(免責規定)であるため、その証明
責任は、免責を主張する保険者にあり、「不慮の
事故」(非故意)は、特約に基づく請求権の「権
利根拠規定」であるため、その証明責任は、請求
者にある、こととなる。
4.「不慮の事故」における急激性、外来性、偶然
性の三要件事実について、前二者を請求者に、第
三の要件につき保険者に、それぞれ証明責任があ
るとする折衷説がある。これは、「故意」による
免責は保険者に証明責任があることと、統一的に
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