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博士論文 Npr2 遺伝子の突然変異により C 型ナトリウム利尿ペプチド

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博士論文 Npr2 遺伝子の突然変異により C 型ナトリウム利尿ペプチド
博士論文
Npr2 遺伝子の突然変異により
C 型ナトリウム利尿ペプチド受容体の機能が欠損した
SLW マウスに関する研究
平成 25 年 3 月
曽川 千鶴
目次 第 1 章:緒論 3 第 2 章:SLW マウスの骨形態の解析および遺伝様式の決定 2-1 緒言 18 2-2 材料と方法 20 2-3 結果 22 2-4 考察 24 2-5 図表 27 第 3 章:原因遺伝子 slw の染色体上へのマッピングおよび slw の同定と突然変異部位 の決定 3-1 緒言 32 3-2 材料と方法 34 3-3 結果 38 3-4 考察 41 3-5 図表 44 第 4 章:SLW マウスの消化管の表現型と Npr2 変異の関連 4-1 緒言 56 4-2 材料と方法 59 4-3 結果 65 4-4 考察 69 4-5 図表 74 1
第 5 章:マウス精子形成における CNP の役割 5-1 緒言 88 5-2 材料と方法 90 5-3 結果 93 5-4 考察 96 5-5 図表 100 第 6 章:総括 107 謝辞 117 参考文献 119 2
第 1 章 緒論 3
Npr2 遺伝子はナトリウム利尿ペプチドの一つである C 型ナトリウム利尿ペプチド (CNP) の受容体 NPR-B の遺伝子である。ナトリウム利尿ペプチドは、心房性ナトリウム
利尿ペプチド(atrial natriuretic peptide: ANP)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide: BNP)および CNP の 3 つのファミリーで構成される
1-3
。またこ
れらの受容体として Natriuretic peptide receptor type A (NPR-A)、type B (NPR-B)、
type C (NPR-C)の 3 つが知られている 4。NPR-A および NPR-B は細胞外リガンド結合ド
メインである細胞外領域(exteacellular domain: ECD) 、1 回膜貫通ドメイン(trans membrane domain: TMD)、リン酸化相同ドメイン(kinase homology domain: KHD)および
グアニル酸シクラーゼドメイン(gunanylyl cyclase domain: GCD)にてそれぞれ構成さ
れている 5。KHD は、プロテインキナーゼの ATP 結合サイトに類似した配列を持ち、そ
こへ ATP が結合することにより GC 活性が亢進する。KHD はキナーゼ活性を示さないも
ののリガンドの結合による GCD の活性に必須の調節領域とされている 5。NPR-A と NPR-B
は細胞膜上でダイマーを形成した状態で存在し、GC 活性により細胞内セカンドメッセ
ンジャーcGMP を生成する 4。GC 活性はリガンドの結合が無くても有しているが、リガン
ドの結合により数十から数百倍亢進する 5。ANP と BNP は NPR-A に(ANP>BNP>>CNP)、CNP
は NPR-B に(CNP>>ANP=BNP)高い親和性を持つことが知られ
5, 6
、また NPR-C は非選択的
であり 5 これら 3 つ全てと結合するものの細胞内ドメインを持たないためクリアランス
レセプターと考えられている 7。NPR-A のダイマー1 個に対し、1 分子の ANP が結合する
ことが明らかとされており 8、恐らく NPR-B に対する CNP も同じであると推測されてい
る (1-1)。 ANP と BNP は循環ペプチドとしてそれぞれ心房および心室にて生産、分泌され 9、血
管、腎臓などを標的として血管拡張やナトリウム利尿作用をもたらす循環ホルモンとし
て知られている。また、心臓自身に受容体を発現し、オートクリン作用として心保護作
用を有している。ANP ノックアウトマウスの表現型は塩感受性高血圧症と肺高血圧症で
あり 10、ANP トランスジェニックマウスの表現型は動脈低血圧症と 11、ANP は血圧に重
4
要な因子である事がわかる。BNP のノックアウトマウスでは心臓の線維化が主な表現型
で 12、BNP のトランスジェニックマウスは動脈低血圧症
13
および骨過形成が現れ 14、血
圧や心機能の制御以外に骨形成への関与も明らかとなっている。ANP と BNP の共通した
受容体 NPR-A のノックアウトマウスの表現型は、塩抵抗性(食塩非感受性)の高血圧症
および心臓の肥大と線維化を生じ 15-17、トランスジェニックマウスは動脈低血圧症およ
び食塩抵抗性となることから 18、ANP・BNP/NPR-A シグナルの循環器制御と塩制御への重
要さがうかがえる (1-2)。 一方 CNP は、主に中枢神経系や血管内皮細胞で生産され 19、それらの局所で作用する
局所ホルモンと考えられている。脳に高濃度に存在し脳神経系に広く分布していること
が確認されている CNP は 20-22、脳神経ペプチドとして中枢性の水・電解質代謝の調節や
飲水行動を制御している。また血管内皮細胞から分泌される CNP は、血管平滑筋の収
縮・増殖・遊走を抑制し 20, 22-24、末梢組織でのオートクリン・パラクリン因子として循
環器系に作用している 25。NPR-B を介した CNP のシグナルは消化管平滑筋においても様々
な動物種で弛緩作用が実験的に確認されている 26-30。しかし消化管運動の制御機構に重
要な役割を果たしていることが考えられているものの、生体における実態はまだ明らか
にされていない。また、CNP および NPR-B はそれぞれノックアウトマウスの作出により、
矮小の表現型が示され 31, 32、それぞれのトランスジェニックマウスでは骨過形成が示さ
れた事から 33, 34、CNP は軟骨細胞を介した骨伸長に重要な因子であることが明らかとさ
れている。そして、ヒトの軟骨形成不全症においても NPR-B の変異が多数報告されてい
る
34-38
。その他に、最近、CNP の精子形成や卵成熟などの生殖機能制御に対する作用も
報告されており 32, 39-45、不妊症への応用も期待されている (1-2 と 1-3)。 クリアランス作用を持つと考えられている ANP・BNP・CNP 非選択的受容体 NPR-C のノ
ックアウトマウスでは骨奇形が報告されており 46、突然変異マウスでは骨過形成が報告
されている 47。ナトリウム利尿ペプチドの骨形成への関与が示されている (1-2)。 5
脊椎動物の骨は膜性骨化と内軟骨性骨化という二つの異なるプロセスにより形成さ
れる。膜性骨化は、真皮の直下にできた密生結合組織から、この組織の中心部に間葉細
胞由来の骨芽細胞が出現、膠原原繊維と骨基質を分泌することで、これが核(骨化中心)
となり周囲に向かって放射状に骨化が進む。このように結合組織が直接骨に転換するの
が膜性骨の特徴で、前頭骨や頭頂骨などの扁平骨、上顎骨、下顎骨、鎖骨などが分類さ
れる。 一方内軟骨性骨化は、胎生期に間葉系細胞が凝集することで軟骨原基を形成し、中心
部に向かって増殖・成熟した軟骨細胞が、静止軟骨細胞層・増殖軟骨細胞層・肥大軟骨
細胞層からなる成長板を形成する (1-4)。軟骨原基中心部の肥大軟骨細胞層の一部では
基質が石灰化し、肥大軟骨細胞の周囲には骨芽細胞によるボーンカラー(骨芽細胞によ
り形成される骨幹部周囲の軟骨膜より分化した骨)が形成される。このころになると石
灰化軟骨部分に血管が侵入し、血管侵入とともに多くの未分化な細胞が付随してくる
(これらは後に骨芽細胞・破骨細胞・骨髄造血系細胞へと分化する)。肥大軟骨細胞は
アポトーシスに陥り、侵入した造血細胞の単球系細胞より破骨細胞が誘導され軟骨基質
が溶解されると、血管とともに侵入した間葉系細胞が骨芽細胞に分化して骨基質(約
90%のコラーゲンと非コラーゲン性のオステオカルシン、オステオネクチン、オステオ
ポンチン、BMP など)とアルカリフォスファターゼを生産し、ヒドロキシアパタイトを
コラーゲンに沈着することで軟骨は骨に置き換わってゆく。軟骨領域は骨の伸長に伴い
骨端側に位置するようになり、明瞭な骨幹端が形成される。その結果、2つの骨化中心
には骨端成長板と呼ばれる特徴的な構造ができあがり成長板が閉鎖されるまでのあい
だ増殖軟骨細胞が増殖を続け骨は伸長を続ける (1-4)。このように軟骨を介して骨への
置換が行われるのが内軟骨性骨化の特徴で、四肢や指、椎骨などが分類される。内軟骨
性骨化による成長過程が過ぎると、骨リモデリングと呼ばれる再構築過程が続き維持さ
れる。 6
消化管は食道、胃、小腸、大腸で構成される器官で、体内に有りながら外界と接触し、
食物や細菌などの外来物に常時暴露されている特殊な環境下にある。消化管は腸管運動
をはじめ、消化、吸収、免疫調節、粘膜による防御機構など多彩な機能を持ち、生体全
体の恒常性維持に重要な役割を果たしている。そして消化管の構造は非常に複雑であり、
上皮、間質、免疫細胞、血管、神経等の多彩な細胞から成る複雑なネットワークにより
制御されている。 食道は口から送られて来た食塊の胃までの通り道となり、噴門部を経て胃と連結して
いる。上皮は重層、扁平化し、下層は細胞分裂の行われる基底層、中間層は大きな細胞
が多数の細胞間橋で連絡している有棘層、表層は細胞が扁平化した角質層となっている。
胃では上皮が間充織に落ち込み胃腺を作り、ペプシノゲン(ペプシン前駆体)と胃酸(ペ
プシノゲンをペプシンにする作用を持つ)が分泌されている。胃は一時的な食物のスト
ックと受納された食塊のはじめの消化を行なう。食塊は胃の中で分泌液とともに撹拌さ
れ粥状にされる。幽門部では幽門腺による粘液の分泌とガストリンの分泌が行われ、胃
酸分泌を促進しているとともに、幽門は幽門括約筋により十二指腸への食塊の移行がコ
ントロールされている。小腸では栄養分の吸収と輸送が行なわれる。小腸には十二指腸、
空腸、回腸が含まれこれらの明確な境界はない。十二指腸では胆汁と膵液が流れ込み消
化を促進している。小腸の上皮は絨毛と呼ばれる特徴的な構造をなし、栄養の吸収と消
化液の分泌という二重の働きをする。絨毛の表層は単層円柱上皮でその表面は刷子縁と
なっている(吸収上皮細胞)。絨毛の間には杯細胞とよばれる少数の粘液分泌性の細胞
を有している。絨毛の根元には陰窩(クリプト)という縦穴構造があり幹細胞、増殖細
胞を経て杯細胞、神経内分泌細胞、パネート細胞、吸収上皮細胞などの腸管上皮細胞へ
と分化している。蠕動により小腸の終末まで送られて来た内容物は、平滑筋が発達して
ヒダ上になった回盲部括約筋を境界に大腸へ移行し、回盲部では大腸から小腸への逆流
を防いでいる。大腸には盲腸、結腸、直腸が含まれる。大腸では栄養素の分解と吸収を
受けた食塊の残渣の、水分の再吸収が行なわれ肛門括約筋の制御を受けて体外に排泄さ
7
れる。大腸では小腸と異なり発達した絨毛はなく上皮は深い管状の陰窩へと分化をする。
陰窩の壁と粘膜表層は吸収上皮細胞で覆われ、多数の杯細胞も存在する。 消化管は内腔側(外界と接している側)より、粘膜上皮、粘膜筋板、粘膜下組織、マ
イスネル神経叢、内輪筋層、アウウェルバッハの神経叢、外縦走筋層、そして最外側を
漿膜(腸間膜)の順に層を形成し、消化管の中に張り巡らされた血管系は漿膜に包まれ
門脈に合流している。小腸から吸収された栄養素は門脈から肝臓を経て全身に巡る (1-5)。 消化管では平滑筋の連続した収縮により運動が起こり、食塊を口側から肛門側へと一
定方向に運ぶ作用がある。消化管には内輪筋および縦走筋という異なる二つの平滑筋層
があり、蠕動運動、分節運動、振子運動が伝播される。平滑筋は自律神経系に支配され
運動の制御は主にアウウェルバッハの神経叢に支配されている。蠕動運動は内容物を肛
門側に運ぶ。分節運動は内輪筋が一定間隔で収縮し分節をつくり収縮を繰り返すことで
内容物の撹拌に貢献している。振子運動は縦走筋が収縮弛緩を繰返し、腸を長軸方向に
伸縮させ内容物の撹拌に貢献している。また、消化管はペースメーカー機能が有り、カ
ハール介在細胞がそれを担っている。平滑筋の収縮/弛緩運動は細胞内カルシウムイオ
ン濃度の増加/低下により引き起こされ、そのカルシウムイオンの細胞内濃度の調節因
子の一つとして、cGMP が重要な役割を果たしている (1-6)。 雄性の生殖腺である精巣は腹腔の外にある陰嚢内に左右一対あり、精細管と呼ばれる
細い螺旋状の管とその周囲にあるライディッヒ細胞からなっている。精巣の発生は胎児
の腹腔内で起こるが、体温では正常に機能しないために誕生前後に体温より 2 から 3 度
低い陰嚢に移動する。精子形成は精細管の中で行なわれ精細管の中は体細胞であるセル
トリ細胞と様々な分化段階にある精細胞から成っている。セルトリ細胞は精細管基底側
で血液精巣関門(BTB)を構築し、管腔側に在る精細胞を体内と隔離し減数分裂や相同
組換えにより非自己となった精細胞を精子が持つ抗原に対して抗体を作らないように
8
働き、体内の免疫機構から守る役割を持っている。またセルトリ細胞は、精細胞の支持、
エネルギー供給および、分裂に失敗した精細胞を貪食しクリアランスも行なっている (1-7)。 精子形成は有糸分裂による細胞の増殖と 2 回の連続した減数分裂による相同染色体
の分離がおこなわれる。精原細胞、第一次精母細胞、第二次精母細胞、精子細胞、そし
て精子の順に形成され、精子は精細管の腔内に至る。精原細胞は BTB の外側(基底膜側)
にあるが、第一次精母細胞への変化にともない BTB を通過しセルトリ細胞間(管腔側)
に移動する。第一次精母細胞は、セルトリ細胞から栄養供給を受けながら、セルトリ細
胞間を管腔方向へ移動しながら 2 回の減数分裂を起こし、常染色体と X または Y 性染色
体をもつ精子細胞になる。精細管の周囲にあるライディッヒ細胞では男性ホルモンとし
て知られるアンドロゲンの合成・分泌が行なわれている。マウスでは精原細胞が精子に
なるまで約 1 ヶ月かかり、生後約 1 週間で減数分裂が開始する。特にはじめの減数分裂・
精子形成は精巣内の精細管の全領域で同調して起こりファーストウェブと呼ばれる。 モデル生物の突然変異体を用いた解析は、個体レベルでの遺伝子機能や高次の生命現
象を解明するための最も強力な手法の一つである。実験動物であるマウスには、ヒト疾
患モデルを含めて多数の突然変異体が知られており、これまでも疾患原因の解明や診
断・治療法の開発に利用されてきている。また、マウス遺伝子において見出された新た
な知見の多くはヒト遺伝子を解明する上で重要なツールとなり、生物学的理解や生命現
象に大きな知見を与えることとなる。近年では遺伝子工学や生殖工学の発展によりノッ
クアウトマウスやトランスジェニックマウス等が比較的容易に作成されるようになり
ターゲット遺伝子の機能の解明に貢献している。しかし、遺伝子情報を元に作成された
マウスの表現型が正常な場合もあり、生体における緻密なシグナル機構には未解明な部
分が多い。一方、突然変異動物を用いた解析は、先に表現型が現れていることにより、
突然変異動物の原因遺伝子を同定することができれば、その遺伝子の生体での役割を明
9
らかとすることができる。 Short-limbed dwarfism (SLW) マウスは、2002 年に岡山大学農学部山地畜産学研究
室にて維持していた ddY 系マウスコロニーに自然発生した矮小個体(雄)より樹立した
新しい突然変異系統である。SLW マウスにみられる矮小の表現型は出生時には認められ
ず、生後 3 から 5 日で認められるようになり成長とともに顕著になる (1-8)。また矮小
個体の多くは消化管へのガスの充満により腹部が膨張するという異常を呈し死亡する。
これは SLW マウスにみられる最も特徴的な表現型で、早期死亡個体では胃にミルクは確
認出来るものの腸への移行が僅かで、近位小腸にはミルクの移行が確認できるものの中
間部以降の遠位部には達しない。また、稀に成長した矮小個体では多くの場合産仔が得
られず、不妊である。SLW マウスのこのような特徴から、SLW マウスの詳細な病態やこ
の表現型を引き起こす原因遺伝子が同定できれば、骨形成や消化管機能障害また不妊症
などのヒト疾患モデルとして、臨床応用にむけた多くの重要な知見を得ることが期待で
きる。ヒトの疾患と同じ病態が、もしヒトと同じ遺伝子の変異により引き起こされてい
るならば、病態解明への貢献度は高くヒト疾患モデル動物としての利用価値も高くなる。 以上の背景から、本研究では SLW マウスの表現型を引き起こす原因遺伝子の同定を試
みるとともに、詳細な表現型の解析をおこなった。はじめに第 2 章では SLW マウスの骨
形態の解析および遺伝様式の決定について、第 3 章では原因遺伝子 slw の染色体上への
マッピングと、原因遺伝子 Npr2 の同定および SLW マウスの Npr2 に生じた突然変異に
ついて述べる。第 4 章では、SLW マウスの最も特徴的な表現型である消化管障害が Npr2
の変異に起因している事の証明とマウスの消化管における CNP の詳細な作用部位およ
び消化管内容物の移行に与える影響、詳細な NPR-B の局在について述べる。さらに第 5
章では、NPR-B を介した CNP のシグナルの欠損がマウス精子形成に影響をもたらしてい
るかどうかを明らかとするため SLW マウスの精巣の詳細な表現型について述べる。 10
1-1. Natriuretic peptides and receptors family 1-2. Mouse models resulting from genetic alterations of natriuretic peptides and their receptors. KO: knock out mouse; TG: transgenic mouse; Mu: mutant mouse. 11
1-3. Currently reported NPR-B related knock-out mouse and mutant mouse
12
1-4. Endochondral ossification leads to the development of long bones. During the endochondral ossification, mesencymal cells initially defferentiate into chondrocytes and progress through proliferating, maturating, and hypertrophic stages with strict columnar alignment. Distal hypertrophic chondrocytes undergo apoptosis and are replaced by trabecular bone. 13
1-5. Basic stracture of intestine 1-6. Relaxation and constriction system by cGMP of smooth muscle 14
1-7. Spermatogenesis and structure of seminiferous tubule Newborn Postnatal day 5 Postnatal day 13 Adults 1-8. Short-limed dwarfism (SLW) mouse. Newborn and postnatal day 5, 13, and adults (normal: left and affected: right) 15
16
第 2 章 SLW マウスの骨形態の解析および遺伝様式の決定 17
2-1 緒言 2002 年に岡山大学農学部山地畜産学研究室にて維持していた ddY 系マウスコロニー
に自然発生した矮小個体(雄)は Short-limed Dwarfism (SLW) マウスと命名し、系統
樹立および原因遺伝子の同定を目的として、単離、交配をおこなった。得られた F2 以
降の産仔の中には矮小個体も存在し、その表現型は遺伝していることが明らかとなった。
SLW マウスにみられる矮小の表現型は出生時には認められず、生後 3 から 5 日で認めら
れるようになり成長とともに顕著になる。矮小個体は正常個体と比較すると、頭部が丸
みを帯び、四肢や尾、体長が明らかに短く、また多くが離乳までに死亡した。SLW マウ
スにみられるこのような表現型から骨形成に何らかの異常があると考えられた。特に四
肢等の長管骨の短縮から、軟骨が骨に置換することにより骨が伸長する内軟骨性骨化の
機構に、何らかの異常が生じていることが推測された。 ヒトの低身長疾患のひとつとして、軟骨無形成症や軟骨低形成症等の軟骨形成不全症
があげられる。身長の伸びに最も関係しているのは成長軟骨とよばれる軟骨で、この成
長軟骨は大きく分類して静止軟骨細胞、増殖軟骨細胞、肥大軟骨細胞とよばれる形態、
分化の程度、増殖能、機能が異なる軟骨細胞により構成されており、肥大軟骨細胞は壊
骨細胞に取り込まれると、骨芽細胞が分泌するコラーゲンなどにミネラルが吸着し骨に
置換されてゆく。このような内軟骨性骨化のプロセスは、多くの遺伝子により正確にコ
ントロールされている 48。これに関わる遺伝子機能に障害が生じると軟骨形成不全症と
なり、軟骨や骨伸長に異常が生じることで低身長となる 49, 50。しかし、骨身長に関わる
全体のメカニズムは不明な点も多く残されており、したがって、軟骨形成に関わるそれ
ぞれの遺伝子の働きを理解することは、内軟骨性骨化における軟骨形成過程の理解につ
ながる。これまでに、ocb, cbo, stb, bm, cn といった様々な矮小を呈する突然変異マ
ウスが報告され 51-53、cbo, bm, cnの原因遺伝子と変異はそれぞれ同定されている 54-56。
また、ヒト軟骨形成不全症患者においても同様にこれらの遺伝子の変異が明らかとされ
ている 34-38。突然変異マウスにみられる軟骨形成不全の表現型は、ヒトの骨形成異常に
18
おける原因を明らかにするために有用なモデル動物となっている。 SLW マウスは矮小を呈する新しい突然変異マウスであり、SLW マウスを解析すること
は、複雑な骨制御系に対する新しい知見の取得が期待出来る。本章では、SLW マウスの
骨格形態や軟骨組織の状態を詳細に調べるとともに、交配実験をおこない SLW マウスの
矮小の表現型の遺伝様式を決定した。 19
2-2 材料と方法 マ ウ ス ddY マウスコロニー内に自然発生した突然変異マウス(雄)は近交系マウス C57BL/6J
(雌)との交配により F1 を作出した。 近交系樹立のため、F1 同士の交配により F2 を作出し、その後、同腹ヘテロ個体同士の
兄妹交配を繰返し行なった。またコンジェニック系統樹立のため、F1 雄個体を C57BL/6J
(雌)へ戻し交配をおこない、得られた産仔のうちヘテロ個体(雄)の C57BL/6J(雌)
への戻し交配繰返し行った。 ※本研究期間は系統樹立の完成はしておらずその過程である 体 長 の 測 定 体長の測定は、正常個体および矮小個体について、出生時より離乳まで 3 日に 1 度、
離乳以降 12 週まで1週間に 1 度、測定をおこなった。離乳は生後 21 日目とし、その後
1 ケージあたり 4-6 匹のマウスは自由飲食で飼育した。体長は鼻の先から尾の付け根ま
でとした。各表現型はそれぞれ 7 個体測定し、統計処理は、標準偏差および Student の
t-test をおこなった。上記のうち近交化交配の F2 の正常個体および矮小個体を使用し
た。 骨 格 標 本 の 作 成 マウスは同腹の矮小個体および正常個体を二酸化炭素により安楽死させた後、皮膚お
よび内臓を除去し、95% エタノールに 24 時間静置した。その後 0.15% アルシアンブル
ー/80% エタノール/20%酢酸溶液に 24 時間静置した。次いで 100% エタノール中で 2 時
間静置後、1% 水酸化カリウム/0.015% アリザリンレッド溶液に移し 24 時間静置した。
1% 水酸化カリウム/20% グリセロール溶液中に標本を移し筋肉の透明化を図るため溶
液を交換しながら 1 ヶ月静置した。その後、50% グリセロール溶液中にて保存した。上
20
記マウスのうち近交化交配の F2 の正常個体および矮小個体を使用した。 頸 骨 成 長 板 の 組 織 標 本 の 作 成 マウスは同腹の矮小個体および正常個体を二酸化炭素により安楽死させた後、後肢を
摘出し皮膚および筋肉を除去した。サンプルは 4% パラフォルムアルデヒドにて一晩固
定し、2-12 日間 10% EDTA溶液にて脱灰をおこなった。10% EDTA溶液は数日ごとに交換
した。サンプルは脱水、パラフィン包埋し、5μm で薄切後ヘマトキシリン・エオジン
染色をおこなった。上記マウスのうち近交化交配の F2 の正常個体および矮小個体を使
用した。 21
2-2 結果 交 配 実 験 SLW マウスは岡山大学にて維持していた ddY マウスコロニー内に自然発生した突然変
異マウス(雄)が起源である。このマウスは一度だけ近交系マウス C57BL/6J(雌)と
の交配に成功し産仔を得ることができた(F1)。得られた F1 は 8 匹(雌 4 匹、雄 4 匹)で、
これら F1 の表現型には異常はみられなかった。したがって、SLW マウスの表現型を支配
する遺伝子は、優性遺伝はしておらず、または、遺伝していないことが考えられた。F1
同士の交配では矮小個体と正常の両タイプの F2 が得られた。交配実験期間中の F2 の生
後 7 日齢のマウス (P7)は、合計 380 匹で、そのうち 64 匹が矮小個体(雌 41 匹、雄 23
匹)、316 匹が正常個体(雌 162 匹、雄 154 匹)であった (2-1)。 矮小の雄と F1 雌マウスの交配実験では、8 匹の矮小と 6 匹の正常産仔が得られ、F2
矮小同士の交配実験では 3 匹のみ産仔を得る事ができ、いずれも矮小であった。これら
のことから、SLW の矮小の遺伝様式は常染色体劣性であることが確認された。また、常
染色体劣性の遺伝様式にも関わらず、メンデル比から期待される矮小個体の数が少ない
事から、矮小個体の一部は胎生致死または出生直後に死亡していることが推測された。
SLW マウスの表現型を支配する遺伝子座を slw と命名した。 4 匹の F1 雌から最終的に得られた産仔は合計 424 匹で、矮小 72 匹、正常 352 匹であ
った (2-2)。また、多くの矮小個体は早期に死亡した。 成 長 曲 線 SLW マウスにみられる矮小の表現型は出生時には認められず、生後 3-5 日で現れ始め、
成長とともに顕著になった。slw/slw の体長は生後 3 日目で有意に正常個体よりも短く
なり、6 日以降ではさらに体長の違いが顕著になった。slw/slw の体長は同腹正常個体
の 70-80%であった (2-3 A)。また、体重も体長と同様に 3 日目で違いが現れはじめた
(2-3 B)。成長曲線は正常個体と矮小個体で同様のカーブを描き特に slw/slw は離乳時
22
期に個体差が大きくなった。 骨 形 態 の 観 察 7 日齢の骨格標本では、slw/slw および正常個体ともに軟骨領域と骨領域は染色され、
骨の数や位置について違いは認められなかった (2-4 A)。21 日齢と 84 日齢においても、
成長に伴って軟骨は減少しているものの両者での軟骨・骨領域に違いは認められなかっ
た (2-4 B と C)。しかし、slw/slw は正常個体と比較したとき、頭部がまるみを帯び四
肢や尾などの長管骨が著しく短縮していることが明らかとなった (2-4 D)。また、骨
の短縮は成長とともに顕著になった。 骨 端 成 長 板 の 組 織 解 析 成長板組織標本の観察の結果、7 日齢の個体では、slw/slw および正常個体ともに骨
端部はまだ骨化していないため、はっきりとした成長板は未だ形成されていなかった。
骨幹側に存在する成長板領域では、静止軟骨細胞、増殖軟骨細胞層には大きな違いがみ
られないものの、slw/slw の肥大軟骨細胞層は正常個体に比べて薄いことが認められた (2-5 A)。14 日齢では、slw/slw および正常個体ともに骨端部の骨化がすすみ、はっき
りとした成長板が識別できるようになっている。両者の骨の形には違いは見られないが、
slw/slw では正常個体に比べ、肥大軟骨細胞層の薄さに加えて、増殖軟骨細胞層も薄く
なっていることが認められた (2-5 B)。21 日齢になると、slw/slw の成長板軟骨細胞層
の細胞数は正常個体に比べ著しく減少し、そのために成長板軟骨細胞層全体として非常
に薄い層となっていることが容易に識別できるようになった (2-5 C)。また、slw/slw
では、正常個体よりも破骨細胞が多数存在していた (2-5 D)。 23
2-4 考察 軟骨形成不全症は、ヒトの骨形成異常症における最も一般的な疾患で、これらのモデ
ル動物の利用は内軟骨性骨化の研究や病因解明に大きく貢献し、基礎研究から臨床応用
まで軟骨形成不全症の治療へ向けた新薬の開発・試験などの進展が見込まれる。SLW マ
ウスは矮小を呈する新しい突然変異マウスであり、新たな知見の獲得が見込まれた。本
章では、SLW マウスの骨の組織形態学的観察を行ない、この矮小の表現型を支配する遺
伝様式を決定した。 SLW マウスの骨格標本を作製し、軟骨領域と骨領域を染め分け骨形態に違いがみられ
るかどうかを観察した。その結果、矮小個体と同腹正常個体と比較した時に軟骨は成長
に伴って減少しているものの、両者での骨の数や軟骨・骨領域に違いは認められなかっ
た。しかし、矮小個体は正常個体と比較したとき、頭部がまるみを帯び四肢や尾などの
長管骨が著しく短縮していることが明らかとなった。これにより、slw/slw の長管骨の
伸長過程において何らかの異常が在ることが考えられた。そこで、代表的な長管骨であ
る脛骨の骨幹部と骨端部との間に位置する成長板軟骨細胞層の観察を試みた。脛骨成長
板軟骨細胞層の観察は、骨の成長過程である 7 日齢、14 日齢、21 日齢の各ステージを
観察した。その結果、slw/slw 成長板軟骨細胞層の細胞数は正常個体に比べ著しく減少
し、成長とともに違いが顕著になった。はじめは肥大軟骨細胞数が少ないことが観察さ
れ、成長すると次第に増殖軟骨細胞数の減少も顕著になった。そして slw/slw では多く
の破骨細胞が観察された。交配実験では SLW マウスの遺伝様式は常染色体単一劣性であ
ると考えられたが、生後 7 日における矮小の個体数がメンデル比から期待される数より
も少なかった。これらのことから胎生致死または出生後に何らかの理由で死亡している
ことも示唆された。 ヒトの低身長疾患のひとつとして、軟骨無形成症や軟骨低形成症等の軟骨形成不全症
があげられる。身長の伸びに最も関係しているのは成長軟骨とよばれる軟骨で、この成
長軟骨は大きく分類して静止軟骨細胞、増殖軟骨細胞、肥大軟骨細胞とよばれる形態、
24
分化の程度、増殖能、機能が異なる軟骨細胞により構成されている。軟骨細胞の増殖、
分 化 、 機 能 の 調 節 に は 液 性 因 子 で あ る BMP(bone morphogenetic protein) 、
IGF(insulin-like growth factor) 、 FGF ( fibroblast growth factor )、 TGF- β
(transforming growth factor-β)、IHH(Indian hedgehog)、PTH(parathyroid hormone)、
PTHrP(parathyroid hormone related peptide)、Wnt(Wingless/int-1)、レチノイン酸、
ビタミン D 受容体、甲状腺ホルモンなどや、転写因子である Sox、Cbfa1、EGR などが関
連していることが知られている。 IHH は前肥大軟骨細胞に作用し、その増殖を促進すると同時に、PTHrP や BMP の生産
を高める。IHH により軟骨辺縁 PTHrP の生産が高まると、PTHrP が増殖細胞、前肥大軟
骨細胞の肥大軟骨細胞への分化を抑制し増殖しうる細胞層を維持する 57。同時に Ihh に
より産生が高まる BMP ファミリーの因子も軟骨細胞の分化・増殖の制御に重要な役割を
果たす 58。そして BMP は、IHH-PTHrP 系とは独立して軟骨細胞の増殖維持に必要であり、
Ihh の発現に影響を及ぼすこと、肥大軟骨細胞の最終分化を直接抑制することも示され
ている
59
。また、骨系統の疾患で、最も高頻度にみられる軟骨無形成症が FGFR3
(fibroblast growth factor receptor 3)の活性変異によることが示され、FGF が軟
骨細胞の分化の負の調節因子であることが示されている。FGFR3 異常症は、FGFR3 遺伝
子の変異の部位により、周産致死性の TD(thanatophoric dysplasia)、最も頻度の高い
骨異形成症 ACH(achondroplasia)、軽症型の HCH(hypochondroplasia)という異なる病態
を示す、内軟骨性骨化の障害により骨幹端の盃状変形による骨湾曲、偏平椎、長骨低形
成等を示す疾患である。FGFR3 が活性化すると、IHH と BMP-4 の発現が抑制され、軟骨
細胞の増殖抑制および分化の遅延をもたらすことが報告されている 60。FGFR3 のノック
アウトマウスは、骨格の過形成を示すことも報告されている 61。骨芽細胞分化の制御因
子として同定された Cbfa1 は、軟骨細胞でも発現し肥大軟骨細胞で最も多く発現し、肥
大軟骨細胞での BSP、MMP13 の発現を抑制している可能性も示唆されている 62。さらに
Cbfa1 軟骨細胞特異的過剰発現トランスジェニックマウスの骨格奇形から、Cbfa1 の活
25
性は肥大軟骨細胞の分化を促進させ、内軟骨性骨化を亢進させることも示されている 63, 64
。また、血圧調整や利尿に作用していることで知られるナトリウム利尿ペプチドファ
ミリーのうち、BNP のトランスジェニックマウスでは骨格の過形成を示し 14、CNP のノ
ックアウトマウスは矮小となることが報告されている 31。またそれらのレセプターのう
ち NPR-B のノックアウトマウスは矮小が報告され 32、NPR-B のトランスジェニックマウ
スは骨形成異常を呈する 34。さらに NPR-C のノックアウトマウスも骨形成異常が報告さ
れている 46。したがって、これらのペプチドも骨系統の制御機構に深くかかわっている
と考えられる。 このように、ノックアウトマウスや、トランスジェニックマウスを用いた研究や、骨
疾患の原因となる変異遺伝子の解明等から、骨格系の制御にかかわる数多くの因子が明
らかとなってきたが、これらは、まだ、制御因子の中のごく一部にすぎず、多くの新し
い発見が待たれている。SLW マウスは成長板軟骨細胞層の増殖軟骨および肥大軟骨細胞
の減少と多くの破骨細胞がみられ、内軟骨性骨化の障害による骨伸長疾患を来している
と考えられたことから、ヒト軟骨形成不全症の原因究明に有用なモデルになると考えら
れた。 26
2-5 図表 2-1. Results of mating experiments with SLW mice. The χ2 values were calculated to test the goodness-of-fit of the observed segregating generations in F2 (slw/+ slw/+) and backcross ( slw/+ slw/slw) mice under th e a utosomal single recessive locus model. 2-2. Numbers of total offsprings in F2 and numbers of female and male 27
A B 2-3. Growth curve of normal and slw/slw mice. Body length (A) and body weight (B) changes of slw/slw and normal mice were measured until 84 days after birth. Data are shown as the means SDs for 7 female mice in each group. The differences are significant in body length at 6-84 (P < 0.01) and body weight at 6-18 and 28-84 (P < 0.01) of postnatal day. 28
D 2-4. Skeletal morphological of SLW mice. Skeletal appearance of the whole structures at 1 (A), 3 (B), 12 (C) of weeks age, and hind limbs and skulls at 12 weeks age (D) of slw/slw and normal mice; f: femur; t: tibia; pa: parietal bone; ip: interparietal bone; so: supraoccipital bone. 29
D slw/slw +/? 2-5. The tibial epiphyseal growth plate of SLW mice. The growth plate of SLW mice at 1 (A), 2 (B) and 3 (C a nd D ) weeks of age, and the left column represent slw/slw and right column represent normal mice. Dotted line: zone of resting chondrocytes; line: zone of proliferating chondrocytes; dashed line: zone of hypertrophic chondrocytes. Orignal magnification 4 (upper) and 20 (lower and D). 30
第 3 章 原因遺伝子 slw の染色体上へのマッピングおよび slw の同定と
突然変異部位の決定 31
3-1 緒言 突然変異遺伝子の染色体上の位置の特定は、連鎖解析を行うことにより可能である。
連鎖解析とは、減数分裂時におこる遺伝子間での組換え頻度から、遺伝子間の距離と配
列順序を決定する解析法であり、染色体上の遺伝子の位置を調べることができ、遺伝子
同定の足がかりとすることができる。 連鎖解析を行うにあたり最も一般的に使用されるマイクロサテライトマーカーは、全
染色体上に散在するマイクロサテライト(単純な塩基配列の繰り返し配列)を PCR 法と
電気泳動法により容易に検出するために作られたマーカーで、多くのマイクロサテライ
トマーカーが既にマウスの染色体上に位置付けられている。連鎖解析では、このマイク
ロサテライトマーカー間の連鎖を調べることで組換え率を算出することができる。組換
え率はセンチモルガン(cM)で表し遺伝距離として扱われる。100 回に 1 回の組換えが起
きたとき、つまり、組換え率が 1%である二つの遺伝子間の距離を 1cM としている。組
換え率とは二つの対立遺伝子間で組換えを起こす確率を%で表したものであり、どのく
らいの頻度で両マーカー間に組換えが起こっているのかを表すことから、マーカー間の
染色体上での相対的距離に対応し、連鎖地図が作成できる。 連鎖解析では、解析に使用する系統間においてマーカーに多型が示されなければなら
ない。マイクロサテライトは、系統間で繰り返しの回数が異なるものが多く存在し、繰
り返し回数が異なれば PCR により増幅されるプライマー間の距離が異なるため、泳動後
のバンドの位置に違いが生じ多型として検出される。この多型性の示されたマーカーを
使用することで、遺伝子タイピングを行うことが可能となる。遺伝子タイピングとは、
系統間に多型が示されたマイクロサテライトマーカーを使用することで、分離個体にお
ける対立遺伝子がどちらの系統由来なのかを判別することをいう。遺伝子タイピングに
より分離個体の表現型と比較することで目的の遺伝子がどのマーカーの近傍に位置し
ているのかを特定することができる。 SLW マウスは、前章までの形態学的、組織学的な観察より軟骨を介した骨形成に異常
32
が生じていることが推測され、また常染色体単一劣性の遺伝様式であると推測され F2
世代の中に矮小の表現型を示す個体が得られた。SLW マウスの場合 F1 の染色体は
C57BL/6J と ddY の交配により両系統間で組替えを起こし、F2 の染色体は F1 同士の交配
でさらに組替えを起こしている (3-1)。SLW マウスの連鎖解析では、この表現型の現れ
た F2 世代の DNA を用いて遺伝子タイピングをおこない、表現型と連鎖する(ddY の遺伝
子型を示す)マイクロサテライトマーカーを探索すれば、表現型を引き起こす原因遺伝
子 slw の補遺伝子を見つけ出すことが可能となる。 本章では、SLW マウスの表現型を引き起こす未知の原因遺伝子 slw の同定を目的とし
て、はじめに slw の染色体上の位置を明らかにし、その後 slw の同定と突然変異部位を
決定した。 33
3-2 方法 マ ウ ス SLW マウスは第 1 章の方法、マウスのうち近交系樹立過程の F2 を利用した。 連 差 解 析 連鎖解析には F2 のうち矮小が確認された 69 個体の DNA を使用した。抽出した DNA は
ddY(起源となった自然発生突然変異個体)および C57BL/6J 間で多型が確認されたマイ
クロサテライトマーカーを、全染色体の全領域を網羅するように選出し、PCR 法にて増
幅後 3% アガロースゲルにて泳動、遺伝子タイピングをおこなった。タイピング結果は
Map Manager QTL ソフトウェアにて解析をおこなった。 相 反 交 雑 に よ る 対 立 性 検 定 同座検定交配には、アメリカジャクソン研究所より導入した軟骨形成不全マウス (Npr2cn/Npr2cn) を使用し、slw ヘテロマウスと Npr2cn ヘテロマウスとの相反交雑をおこ
なった。 RNA 抽 出 slw/slw と同腹の正常個体および C57B6J は二酸化炭素により安楽死させ脳を摘出し
た。Total RNA はトリゾール法により抽出した。滅菌処理済みの乳鉢と乳棒、薬さじお
よびピンセットはあらかじめ液体窒素に付けて冷やしておいた。素早く摘出した脳は約
500mg 分を液体窒素中で凍結させ粉末状になるまですりつぶした。粉末状になったサン
プルは 50mL チューブに入れ、サンプル 100mg に対して1mL の冷トリゾールを添加、2
分間ホモジナイズを行い、5 分間室温で静置した。つづいて、サンプル 100mg に対して
200μL のクロロフォルムを加えて手で強く撹拌し 1.5mL チューブに移した。室温にて 3
分間静置後、12000rpm/4℃にて 15 分遠心した。遠心後、上清を新しい 1.5mL チューブ
34
に移し、サンプル 100mg に対して 500μL のイソプロパノールを加えて手で強く撹拌し
た。そして 10 分間室温にて静置後、12000rpm/4℃にて 15 分遠心した。上清を除去し、
冷 75%エタノールを 200μL 加え、沈殿物を浮かせて洗浄した。軽く遠心後上清をピペ
ットにて完全に除去し、DEPC 処理水を 100μL(沈殿物の量に応じて加減)加えて溶解
した。Total RNA 50μL は、50μL 1 DNaseI-buffer に 10 U DNaseI(TaKaRa)を加
えた後、37℃にて 30 分 DNase 酵素反応を行った。1μL を 200 倍希釈して吸光度を測定
し(OD260nm)濃度を求めるとともに、1μL を 0.7%アガロースゲルで電気泳動して、
total RNA の製精度と有無を確認した。保存は−20℃で凍結保存した。 cDNA の 合 成 cDNA 合成は、SuperScriptTMIII Reverse Transcriptase (Invitrogen)を用いて行っ
た。DNase 処理をした 5μg の Total RNAと 0.5μg のオリゴ d(T)プライマー(Invitrogen) を、12μL になるように DEPC 水で調整し、RNA 伸展のため 70℃で 10 分間処理をした後、
直ちに氷上にて冷却し伸展した RNA を固定した。冷却後、SuperScriptTMIII Reverse Transcriptase (Invitrogen) 付属の PCR-buffer (Final conc.1
)、dNTP (Final conc. 0.5mM)、DTT (Final conc. 0.01M) を加え、42℃で 5 分間処理し、オリゴ d(T)
のアニーリングを行った。続いて、200 U の逆転写酵素 SuperScriptTMIII Reverse Transcriptase (Invitrogen)を加えて、逆転写の伸長反応を 42℃で 50 分
90 分おこ
なった。つづいて、逆転者酵素の失活のため 70℃で 15 分間処理した。その後、鋳型と
なった Total RNAを消化し cDNA のみとするため、2U の RNaseH を加えて 37℃で 20 分反
応させた。cDNA を鋳型として、多くの組織や細胞中に共通して一定量発現している遺
伝子(ハウスキーピング遺伝子)Gapdh に設定されているプライマーを用いて、RT-PCR
反応を行い、cDNA が合成されていることを確認した。その後、Npr2 上に、fowrd およ
び revers 方向にそれぞれプライマーを設計した。塩基配列情報は NCBI データベースの
マウスゲノム配列より取得した。 35
TA ク ロ ー ニ ン グ RT-PCR 産物はエタノール沈殿法により精製し 10μL の TE 溶液に濃縮した。1%低融点
アガロースゲルを用いて電気泳動(50V/60 分)した後、エチジウムブロマイド溶液
(0.1mg/mL)で 5 分間染色後、トランスイルミネーター上で目的のバンド(約3kb)を
確認し、目的のバンドを含むゲル部分を切り出した。切り出したゲルは、65℃で 10 分
間溶解処理し、フェノール/クロロフォルム法により抽出した。次いでエタノール沈殿
法により精製、12μL の TE 溶液に懸濁した。得られたサンプルは 1μL を 200 倍希釈し
て、吸光度計で吸光度(OD 260nm)を測定し、濃度を求めた。 上記で得られた精製産物は pGEM T-Easy Vector System (promega) を用いて、プラ
スミド(pGEM T-Easy Vector)にライゲーションした(5μL 2 Rapid ligation buffer、
50ng pGEM T-Easy Vector、10ng PCR 産物、3U T4 DNA ligase)。ライゲーション反応
溶液は、4℃で1週間静置した。つづいてライゲーション産物は、大腸菌へトランスフ
ォーメーションした。ライゲーションサンプルは氷中で溶解したコンピテントセル(DH5
α)に加え、氷中で 30 分静置した。次に、42℃で 45 秒反応させた後、直ちに氷中に移
し 2 分以上静置し、1mL の SOC 培地内で 37℃、1 時間震培養した。その後、全量を、
40μL の X-gal(20mg/mL)と 4μL の IPTG(200mg/ml)を塗布した Amp LB 寒天培地に播種
し、37℃で 12
16 時間培養した。その後、DNA 断片が挿入されている白いコロニーを
3mL の Amp LB 液体培地に移植し、37℃で 12
16 時間震盪培養し、プラスミド抽出を行
った。抽出したプラスミド DNA 50μL に等量の 20% PEG/2.5M NaCl 溶液を加えてよく混
合し、5 分以上氷冷して遠心(12000rpm、4℃、10 分間)後、上清を除去し 70%エタ
ノールにて洗浄し、完全に乾燥させてから 20μl の TE-buffer に溶解した。一部は EcoRI
消化をして電気泳動により目的のサイズのインサートが組み込まれているか確認した。 プラ イ マ ー Npr2 上に、Forward および Reverse 方向にそれぞれ約 500 600 塩基ごとに、また必
36
要に応じてプライマーを設計した (3-2)。塩基配列情報は NCBI データベースのマウス
ゲノム配列より取得した。 塩 基 配 列 の 決 定 塩基配列の決定は、ABI PRISM Big Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit を用いて
行った。はじめにサーマルサイクラーを用いてシークエンス反応を行った。シークエン
ス反応は、サンプル(DNA250ng 精製プラスミド、0.32μL 5μM プライマー、1μL プ
レミックス Big Dye terminator、1.5μL half BD buffer、滅菌水 to 10μL)を、96℃ 3 分、96℃ 30 秒、60℃ 30 秒、60℃ 3 分を 1 サイクルとして 25 回、60℃ 1 分とした。
反応後、1.5μL の 3M 酢酸ナトリウム pH4.6、25μL の 95%エタノール、7.25μL の滅菌
水を加えて、撹拌し、15 分静置(室温)した。その後、遠心(14000rpm、室温、20 分)
し、上清を除去、100μL の 70%エタノールで洗浄し、遠心(14000rpm、室温、5 分)後、
上清を完全に除去し乾燥させた。最後に 10μL の Hi-Di ホルムアミドにて溶解し、4℃
で保存した。続いて Hi-Di ホルムアミド溶解液は数秒間撹拌し、95℃で 3 分間加熱して
熱 変 性 を さ せ た 後 、 直 ち に 氷 冷 し た 。 こ の 溶 液 を 、 ABI PRISM 30 DNA Analyzer(Perkin-Elmer-Applied Biosystems)にて、塩基配列を決定した。 遺 伝 子 タ イ ピ ン グ 遺伝子タイピングには、slw/slw の Npr2 エクソン 8 内に認められた 7 塩基の欠失部
位を挟むように設定したプライマーを使用して、ゲノム DNA を鋳型として PCR をおこな
った (3-3)。PCR 産物は 8% ポリアクリルアミドゲルにて電気泳動を行った。 37
3-3 結果 連 鎖 解 析 マウスマイクロサテライトマーカー増幅用プライマーを用いて、はじめに C57BL/6J
系統および ddY(SLW)における多型マーカーを選出した。多型マーカーの選出は全染色
体を網羅するように各常染色体上に約 20cM 間隔で設定できるようになるまで試みた。
その結果、108 個のプライマーのうち、48 個のプライマーで多型が得られ、全染色体を
ほぼ網羅することができた。しかし、染色体によっては一部多型が得られない領域があ
った。次いで C57BL/6J と ddY(SLW)の交配により得られた F1 同士をさらに交配し得られ
た F2 のうち、明らかに矮小を呈した 52 個体の DNA を使用して、全染色体を網羅する遺
伝子タイピングを行った。その結果、マウス第4染色体常の D4Mit178 において、52 個
体中 43 個体が表現型と連鎖、組み換え個体は 9 個体と、強い連鎖が認められた (3-4)。
一方、他の染色体上のマイクロサテライトマーカーでは有意な連鎖は認められなかった。 D4Mit178 で強い連鎖が認められたため、新たに得られた矮小を呈する F2 17 個体の
DNA を追加し計 69 個体分のタイピングをおこなった。マウス第 4 染色体において更に
細かい間隔でマーカーを選出し D4Mit178 周辺領域のマーカーについてタイピングを行
ったところ、近位側でさらに強い連鎖が認められ、D4Mit109 においては、69 個体すべ
てが表現型との連鎖を示し、組み換え個体が 0 となった。D4Mit172 では、組換え個体
が 7 個体、D4Mit139 では組換え個体が 8 個体となった (3-4)。更に詳細なマッピング
を行うため、マウス第 4 染色体上の D4Mit172 から D4Mit139 の間で多型マーカーの検出
を試みたが、多型性を示すマイクロサテライトマーカーを得る事ができなかった。 ここまでの結果から、SLW マウスの原因遺伝子 slw はマウス第 4 染色体上の D4Mit172
から D4Mit139 の間約 11.7cM の領域に存在している事が明らかとなった (3-5)。 原 因 遺 伝 子 slw は Npr2 slw がマッピングされたマウス第四染色体上の D4Mit172 から D4Mit139 の領域には、
38
軟骨形成不全により矮小の表現型となる CN マウスの原因遺伝子 Npr2 が存在し 56 (3-6 A)、また Npr2 は slw における連鎖解析で表現型との完全連鎖を示した D4Mit109 と近傍
に位置していた。相反交雑による対立遺伝子の対立性検定は、 slw/+(雌)
+(雄)および Npr2cn/+(雌)
Npr2cn/
slw/+(雄)を各 1 回ずつ行った。その結果、合計
16 個体の産仔が得られそのうち 6 個体が両系統と同様の矮小を呈し slw と Npr2cn は同
一の対立遺伝子であることが確認された (3-6 B と 3-7)。したがって、SLW マウスの原
因遺伝子は Npr2 であると考えられた (3-8)。 slw/slw に お け る Npr2 変 異 部 位 の 同 定 slw/slw における Npr2 の変異部位を同定するために、slw/slw および野生型マウスの
塩基配列を比較した。その結果、エクソン 8 の膜貫通直下をコードする領域に 7 塩基の
欠失が確認され、この欠失に起因するフレームシフトにより 505 番目以降のアミノ酸配
列に異常が生じ、513 番目のアミノ酸が終止コドンとなっているナンセンス変異を起こ
していることが明らかとなった (3-9 A)。また、この変異が SLW マウスに特異的なもの
であるか確認するため、欠失部位を挟むようにプライマーを設計し(野生型 82-bp、
slw/slw 75-bp)、ゲノム DNA を用いて遺伝子型のタイピングを行った。その結果、他の
各種近交系マウスでは欠失は認められず、SLW 系統の腹部膨張・矮小個体のみで欠失タ
イプのバンドが認められた。これらのことより、7 塩基の欠失が slw/slw に特異的であ
ることが確認された (3-9 B)。そしてこの 7 塩基の欠失は、連鎖解析に使用した矮小
69 個体およびその後の系統維持において得られた腹部膨張・矮小個体全てにおいても
認められ、F2 の正常個体およびその後の系統維持で得られた正常個体では、全て野生型
またはヘテロタイプのバンドが示された。slw/slw では Npr2 に生じた 7 塩基欠損に起
因したナンセンス変異により、NPR-B の細胞内ドメインの機能消失が推測された (3-10)。 slw/slw に お け る 変 異 型 ス プ ラ イ シ ン グ の 多 様 性 39
また、slw/slw の Npr2 ではエクソン 3 からエクソン 12 の間で、既知のアイソフォー
ム以外に様々なスプライシングが行われていることが明らかとなった (3-11)。 塩 基 配 列 そして、SLW 系統では、NCBI の塩基配列情報と比較したとき ddY および SLW 系統の野
生型、ヘテロ型、slw/slw に共通して、720 番目の塩基が T から C へ、2490 番目の塩基
が A から G へ置換が認められたが、これらはアミノ酸置換を伴っていなかった(3-12 と
13)。 40
3-4 考察 マウス第四染色体上の slw がマッピングされた約 11cM の領域には SLW マウスの表現
型と関連していると考えられる幾つかの候補遺伝子が存在していた。Rmp1 はミトコン
ドリア RNA プロセッシングのエンドヌクレアーゼをコードし 65、ヒトでは(ヒトの相同
遺伝子: RMRP)遺伝子の変異により軟骨や毛髪の形成不全が引き起こされる常染色体劣
性の遺伝病である 66。Tgfbr1 は、TGFβの 1 型受容体をコードし、肥大軟骨細胞の分化
を調節している 67。その他、腺機能低下症および甲状腺機能低下症による矮小が報告さ
れている cga 68、ラットを用いた培養系の実験により骨分化を調節していることが明ら
かとされた Cntf 69、四芽再生の役割を担う Tmeff1 70、身体の成長・皮膚・毛・副腎皮
質などの形成に関与している B4gal1 71、顔面形成や歯の形成に関与する Aqp 72 などが
存在していた。その中でも、表現型との完全連鎖を示したマイクロサテライトマーカー
D4Mit109 の近傍に位置し、遺伝子変異が軟骨形成不全を引き起こすことで知られる
Npr2 は最も有力な候補として考えられた。 すでに原因遺伝子が明らかとなっている突然変異マウスやノックアウトマウスの情
報をもとに、その表現型が類似し、さらに同じ領域内に遺伝子がマッピングされた場合、
相反交雑を行うことにより、原因遺伝子が交配に用いたマウスと同じかどうかを明らか
とすることができる。両系統とも常染色体単一劣性の遺伝様式に支配されている場合、
もし、原因遺伝子が同じであれば、両方の原因対立遺伝子を持つ個体は複合へテロ接合
体となるため同様の表現型を示すことになるが、異なる遺伝子である場合、両系統由来
の原因となる対立遺伝子はいずれもヘテロとなり突然変異特有の表現型を示す個体は
得られないことになる。そして Npr2cn/+と slw/+の相反交雑の結果、矮小の表現型を呈
する産仔が得られたことにより、slw は Npr2 である事が強く示唆された。slw/slw の
Npr2 の塩基配列を決定したところエクソン 8 の膜貫通直下をコードする領域に 7 塩基
の欠失が確認され、この欠失に起因するフレームシフトにより 505 番目以降のアミノ酸
配列に異常が生じ、513 番目のアミノ酸が終止コドンとなっていた。slw/slw では Npr2
41
に生じた 7 塩基欠損に起因したナンセンス変異により、NPR-B の細胞内ドメインが機能
消失したと考えられる。 また、Npr2 にはもともと選択的スプライシングによる 3 種類のアイソフォーム(1
つの遺伝子から得られる複数種類のタンパク質)が知られている
73
。slw/slw の Npr2
では、特定の領域を挟むプライマーセットの RT-PCR 産物を泳動するとバンドが多数存
在した。そこで、全体を画分せずにクローニングをおこない、各々のプラスミドを EcoRI
消化し泳動すると挿入された配列は様々なサイズが確認された。それらのクローニング
産物について塩基配列を決定したところ、slw/slw の Npr2 ではエクソン 3 からエクソ
ン 12 の間で、既知のアイソフォーム以外に様々なスプライシングが行われていること
が明らかとなった。slw/slw において 7 塩基の欠失が存在するエクソン 8 を持たないス
プライシングパターンも確認された。slw/slw に見られる多様なスプライシングは 7 塩
基の欠失により、スプライス部位の認識の自由度が高まったためと考えられる。または、
RNA の品質管理機構が働いたものと考えられる。RNA の品質管理機構の代表的なものと
して nonsense-mediated-mRNA-decay:ナンセンス変異介在的 mRNA 分解(NMD)がある。
NMD とは、遺伝子の突然変異によって生じてしまった異常な mRNA は翻訳前に RNA の段
階で積極的に分解されてしまう機構であるが 74、これよりもむしろ slw/slw にみられた
スプライシングの多様性は nonsense-mediated alternative splising:ナンセンス変
異依存性選択的スプライシング(NAS)によると考えられた。この機構は NMD による変
異を持つ RNA の分解のみではなく、正常とは異なるスプライシングを引き起こす現象で
スプライシングエンハンサー非依存的であり正常なスプライシングで受けたナンセン
ス変異をシグナルとしていることが確認されている 75。これは、異常タンパク質の発現
を抑制するための緊急避難措置と考えられているが、詳細については未だ不明な点が多
く残されている。 ヒト劣性遺伝の軟骨形成不全症 AMDM は、ヒト NPR2 遺伝子に変異が生じている事が明
らかとされている 34-38。これは稀な遺伝性疾患で、著しい四肢の短長を特徴とし、長管
42
骨は先端に寄るほど短さが目立ち手足の指は非常に短くなる。他の特徴として、腕の湾
曲、短く横広がりの爪、大きな頭部、扁平な顔などが見られる。これらは出生後の数年
で外観上識別出来る様になるが、もしかすると出生時には既に手や足の指は短く太いの
かもしれない。SLW マウスはヒト AMDM 患者と同じ遺伝子に疾患をもち、さらにヒトの
疾患と同様の表現型を示すことから、この患者の治療に向けた基礎研究に、有用なモデ
ルマウスとなることが考えられた。 43
3-5 図表 3-1. Phenotype of SLW is controlled by autosomal single recessive gene 44
3-2. Structure of Npr2-mRNA and the specific primer of entire coding region of Npr2. 3-3. The specific primer to detect the Npr2 mutation in the slw/slw mice. 45
3-4. Results of genotyping of 69 homozygous (slw/slw) of F2 progeny in mouse choromosome 4. Black, white, and gray boxes indicate the mutant homozygote (slw/slw), C57BL/6J, and heterozygote of the SLW-type allele, respectivery. 3-5. Chromosomal mapping of slw locus. Segregation pattern of slw and flanking microsatellite loci in 69 homozygous (slw/slw) mice of F2 progeny ( A). Black and white boxes indicate the homozygote and heterozygote of the SLW-type allele, respectivery. The numbers of mice with each haplotype are given at the bottom. The position of slw locus on mouse choromosome 4 ( B). The region of the slw locus is indicted by an arrow. 46
A
B
3-6. Normal (upper) and Npr2cn/Npr2cn (lower) of CN mice (A). Normal (left) and Npr2cn/slw (right) mice gave by mating between slw heterozugote and Npr2cn heterozygote mice (B). 3-7. Allelism test between slw and Npr2cn. Mating between slw heterozugote and Npr2cn heterozygote mice gave 16 offspring, and 6 of these mice showed dwarf phenotype similar to skeletal feature of the Npr2cn/Npr2cn and slw/slw mice. 3-8. Allelism test 47
A 3-9. Structure of NPR-B and nucleotide sequences of Npr2 in wild-type (+/+) and slw/slw mice ( A). A 7-base deletion was identified in exon 8 of the slw/slw mice ( cggatcg in red). Exon 8 of Npr2 codes for the domain just below the transmembrane domain of NPR-B. The deletion caused a frameshift and the appearance of a premature termination codon at codon 513 ( tga
in red). Detection of an Npr2 mutation by electrophoresis using 7-base deletion in exon 8 confirmed that the deletion was unique to the mutant allele (B). 48
3-10. Putative model of the NPR-B structure and signal cascade in the slw/slw. In slw/slw mice, the CNP signal does not produce cGMP because of the lack of the intracellular element of NPR-B. 3-11. The structure and alternative splicing of Npr2. The three splicing patterns that results in generation of type 1, type 2, and type 3 are shown (A). Splicing variant between exon 3 and exon 12 of Npr2 in slw/slw (B). 49
3-12. Nucleotide sequences of wild type (C57BL/6J) and slw/slw :C57BL/6J :slw/slw 1 ' C T T C T G C C A C C C T A T C C T T A G T C C C T G G A C C T G G C T G T G G G C T G G T A G C C C A C T C C T T C C 1 " C T T C T G C C A C C C T A T C C T T A G T C C C T G G A C C T G G C T G T G G G C T G G T A G C C C A C T C C T T C C 6 1 ' C G A C C C A G G T T T C C C C C C A T C C T C T T C T T G C G T G G T C C C C A G C A C T T T C T G T A T C C G G G C 6 1 " C G A C C C A G G T T T C C C C C C A T C C T C T T C T T G C G T G G T C C C C A G C A C T T T C T G T A T C C G G G C 1 2 1 ' C G A C T A A G C T T G C C C C C A C T T C T C T T C C T G G C C C T C T T C C C C A G G C T C C A G G C T G G G T G G 1 2 1 " C G A C T A A G C T T G C C C C C A C T T C T C T T C C T G G C C C T C T T C C C C A G G C T C C A G G C T G G G T G G 1 8 1 ' C G C T T G T G C C T G C C C A G T A G G C C A G A G C G G C C C C T G G T T C G G G G G A C C G T G G G T C A G C T G 1 8 1 " C G C T T G T G C C T G C C C A G T A G G C C A G A G C G G C C C C T G G T T C G G G G G A C C G T G G G T C A G C T G 250 start codon 2 4 1 ' C T C T A T C C C C A T G G C A C T G C C A T C C C T G C T G C T G G T G G T G G C A G C C C T G G C A G G T G G G G T 2 4 1 " C T C T A T C C C C A T G G C A C T G C C A T C C C T G C T G C T G G T G G T G G C A G C C C T G G C A G G T G G G G T 3 0 1 ' G C G T C C T C C G G G G G C A C G G A A C C T G A C G C T G G C G G T G G T G C T G C C A G A A C A C A A C C T G A G 3 0 1 " G C G T C C T C C G G G G G C A C G G A A C C T G A C G C T G G C G G T G G T G C T G C C A G A A C A C A A C C T G A G 3 6 1 ' C T A T G C C T G G G C C T G G C C A C G G G T G G G T C C T G C T G T G G C A C T G G C T G T G G A G G C A C T G G G 3 6 1 " C T A T G C C T G G G C C T G G C C A C G G G T G G G T C C T G C T G T G G C A C T G G C T G T G G A G G C A C T G G G 4 2 1 ' C C G G G C A C T G C C C G T G G A C C T G C G G T T T G T C A G C T C C G A A C T A G A C G G C G C C T G C T C T G A 4 2 1 " C C G G G C A C T G C C C G T G G A C C T G C G G T T T G T C A G C T C C G A A C T A G A C G G C G C C T G C T C T G A 4 8 1 ' G T A C C T G G C A C C A C T G C G C G C T G T G G A C C T C A A G C T G T A C C A T G A C C C C G A C C T T C T G T T 4 8 1 " G T A C C T G G C A C C A C T G C G C G C T G T G G A C C T C A A G C T G T A C C A T G A C C C C G A C C T T C T G T T 5 4 1 ' G G G C C C C G G T T G T G T G T A C C C C G C T G C C T C T G T G G C T C G C T T T G C C T C A C A C T G G C G C C T 5 4 1 " G G G C C C C G G T T G T G T G T A C C C C G C T G C C T C T G T G G C T C G C T T T G C C T C A C A C T G G C G C C T 6 0 1 ' T C C C C T C C T G A C T G C G G G G G C A G T G G C C T C T G G C T T T G C A G C T A A G A A T G A G C A T T A T C G 6 0 1 " T C C C C T C C T G A C T G C G G G G G C A G T G G C C T C T G G C T T T G C A G C T A A G A A T G A G C A T T A T C G 6 6 1 ' T A C C C T G G T T C G C A C T G G C C C C T C T G C G C C C A A G C T G G G T G A G T T T G T A G T G A C A T T G C A 6 6 1 " T A C C C T G G T T C G C A C T G G C C C C T C T G C G C C C A A G C T G G G T G A G T T T G T A G T G A C A T T G C A 7 2 1 ' C G G G C A C T T C A A T T G G A C A G C T C G G G C T G C T T T G C T G T A T C T G G A T G C T C G C A C A G A T G A 7 2 1 " C G G G C A C T T C A A T T G G A C A G C T C G G G C T G C T T T G C T G T A T C T G G A T G C T C G C A C A G A T G A 7 8 1 ' C C G G C C C C A C T A C T T C A C C A T C G A G G G C G T C T T T G A G G C C C T G C A G G G C A G C A A C C T C A G 7 8 1 " C C G G C C C C A C T A C T T C A C C A T C G A G G G C G T C T T T G A G G C C C T G C A G G G C A G C A A C C T C A G 8 4 1 ' T G T G C A G C A C C A G G T G T A T G C C C G A G A G C C A G G T G G C C C T G A G C A A G C C A C C C A C T T C A T 8 4 1 " T G T G C A G C A C C A G G T G T A T G C C C G A G A G C C A G G T G G C C C T G A G C A A G C C A C C C A C T T C A T 9 0 1 ' C A G A G C C A A C G G G C G C A T T G T G T A T A T C T G C G G C C C C C T G G A A A T G C T G C A T G A G A T C C T 9 0 1 " C A G A G C C A A C G G G C G C A T T G T G T A T A T C T G C G G C C C C C T G G A A A T G C T G C A T G A G A T C C T 9 6 1 ' G C T T C A G G C T C A G A G G G A G A A C C T G A C C A A T G G G G A C T A T G T C T T C T T T T A C C T T G A T G T 9 6 1 " G C T T C A G G C C C A G A G G G A G A A C C T G A C C A A T G G G G A C T A T G T C T T C T T T T A C C T T G A T G T 1 0 2 1 ' C T T T G G G G A G A G T C T C C G A G C A G G C C C C A C C C G T G C A A C A G G C C G G C C A T G G C A G G A C A A 1 0 2 1 " C T T T G G G G A G A G T C T C C G A G C A G G C C C C A C C C G T G C A A C A G G C C G G C C A T G G C A G G A C A A 1 0 8 1 ' T C G A A C C C A G G A A C A G G C C C A G G C C C T C A G A G A G G C C T T T C A G A C T G T A T T G G T G A T C A C 1 0 8 1 " T C G A A C C C A G G A A C A G G C C C A G G C C C T C A G A G A G G C C T T T C A G A C T G T A T T G G T G A T C A C 1 1 4 1 ' A T A C C G A G A A C C C C C A A A T C C T G A G T A T C A G G A G T T T C A G A A T C G C C T G C T G A T C A G A G C 1 1 4 1 " A T A C C G A G A A C C C C C A A A T C C T G A G T A T C A G G A G T T T C A G A A T C G C C T G C T G A T C A G A G C 50
1 2 0 1 ' C C G G G A A G A C T T T G G T G T G G A G C T G G C C C C A T C C C T G A T G A A C C T T A T T G C T G G C T G C T T 1 2 0 1 " C C G G G A A G A C T T T G G T G T G G A G C T G G C C C C A T C C C T G A T G A A C C T T A T T G C T G G C T G C T T 1 2 6 1 ' C T A T G A T G G G A T C C T G C T C T A T G C C C A A G T C C T G A A T G A G A C T A T A C A G G A A G G G G G T A C 1 2 6 1 " C T A T G A T G G G A T C C T G C T C T A T G C C C A A G T C C T G A A T G A G A C T A T A C A G G A A G G G G G T A C 1 3 2 1 ' C A G G G A A G A T G G A C T T C G A A T T G T G G A G A A G A T G C A G G G A C G A A G A T A C C A T G G T G T A A C 1 3 2 1 " C A G G G A A G A T G G A C T T C G A A T T G T G G A G A A G A T G C A G G G A C G A A G A T A C C A T G G T G T A A C 1 3 8 1 ' T G G A C T G G T T G T C A T G G A C A A G A A C A A T G A C C G C G A G A C T G A T T T C G T C C T G T G G G C C A T 1 3 8 1 " T G G A C T G G T T G T C A T G G A C A A G A A C A A T G A C C G C G A G A C T G A T T T C G T C C T G T G G G C C A T 1 4 4 1 ' G G G A G A C T T G G A T T C T G G G G A C T T T C A G C C C G C A G C C C A T T A C T C T G G A G C A G A G A A G C A 1 4 4 1 " G G G A G A C T T G G A T T C T G G G G A C T T T C A G C C C G C A G C C C A T T A C T C T G G A G C A G A G A A G C A 1 5 0 1 ' G A T T T G G T G G A C A G G C C G G C C A A T T C C C T G G G T G A A G G G G G C C C C A C C T T T G G A C A A T C C 1 5 0 1 " G A T T T G G T G G A C A G G C C G G C C A A T T C C C T G G G T G A A G G G G G C C C C A C C T T T G G A C A A T C C 1 5 6 1 ' C C C C T G T G C C T T T G A C T T G G A C G A C C C A T C C T G T G A T A A A A C T C C A C T T T C C A C T C T G G C 1 5 6 1 " C C C C T G T G C C T T T G A C T T G G A C G A C C C A T C C T G T G A T A A A A C T C C A C T T T C C A C T C T G G C 1 6 2 1 ' A A T C G T G G C C C T G G G C A C G G G A G T C A C C T T C A T C A T G T T T G G T G T T T C C A G T T T C C T A A T 1 6 2 1 " A A T C G T G G C C C T G G G C A C G G G A G T C A C C T T C A T C A T G T T T G G T G T T T C C A G T T T C C T A A T 1 6 8 1 ' T T T C C G G A A G C T G A T G C T G G A G A A G G A G C T G G C T A G C A T G C T A T G G C G C A T T C G C T G G G A 1 6 8 1 " T T T C C G G A A G C T G A T G C T G G A G A A G G A G C T G G C T A G C A T G C T A T G G C G C A T T C G C T G G G A 1 7 4 1 ' A G A A C T G C A G T T T G G C A A C T C G G A T C G C T A T C A C A A G G G T G C A G G C A G T C G C C T G A C G C T 1 7 4 1 " A G A A C T G C A G T T T G G C A A C T - - - - - - - C T A T C A C A A G G G T G C A G G C A G T C G C C T G A C G C T 7-base deletion stop codon 1 8 0 1 ' G T C G C T G C G G G G A T C C A G T T A C G G C T C G C T C A T G A C A G C C C A T G G G A A A T A C C A G A T C T T 1 7 9 4 " G T C G C T G C G G G G A T C C A G T T A C G G C T C G C T C A T G A C A G C C C A T G G G A A A T A C C A G A T C T T 1 8 6 1 ' T G C C A A C A C C G G T C A C T T C A A G G G A A A T G T T G T T G C C A T C A A A C A C G T G A A T A A G A A G C G 1 8 5 4 " T G C C A A C A C C G G T C A C T T C A A G G G A A A T G T T G T T G C C A T C A A A C A C G T G A A T A A G A A G C G 1 9 2 1 ' C A T C G A G C T G A C C C G G C A A G T T C T G T T T G A A C T C A A A C A C A T G A G A G A T G T C C A G T T C A A 1 9 1 4 " C A T C G A G C T G A C C C G G C A A G T T C T G T T T G A A C T C A A A C A C A T G A G A G A T G T C C A G T T C A A 1 9 8 1 ' C C A T C T T A C T C G C T T C A T C G G A G C C T G C A T A G A C C C T C C C A A C A T C T G C A T T G T C A C C G A 1 9 7 4 " C C A T C T T A C T C G C T T C A T C G G A G C C T G C A T A G A C C C T C C C A A C A T C T G C A T T G T C A C C G A 2 0 4 1 ' G T A T T G T C C T C G T G G G A G C T T A C A A G A T A T T C T A G A A A A T G A C A G C A T C A A T T T G G A C T G 2 0 3 4 " G T A T T G T C C T C G T G G G A G C T T A C A A G A T A T T C T A G A A A A T G A C A G C A T C A A T T T G G A C T G 2 1 0 1 ' G A T G T T T C G C T A C T C G C T C A T C A A T G A C C T T G T G A A G G G T A T G G C C T T T C T C C A C A A C A G 2 0 9 4 " G A T G T T T C G C T A C T C G C T C A T C A A T G A C C T T G T G A A G G G T A T G G C C T T T C T C C A C A A C A G 2 1 6 1 ' C A T T A T T T C A T C T C A T G G A A G C C T C A A G T C C T C C A A C T G T G T G G T G G A T A G T C G A T T T G T 2 1 5 4 " C A T T A T T T C A T C T C A T G G A A G C C T C A A G T C C T C C A A C T G T G T G G T G G A T A G T C G A T T T G T 2 2 2 1 ' G C T C A A A A T A A C A G A T T A C G G T C T G G C T A G T T T C C G A T C A A C T G C T G A A C C G G A C G A C A G 2 2 1 4 " G C T C A A A A T A A C A G A T T A C G G T C T G G C T A G T T T C C G A T C A A C T G C T G A A C C G G A C G A C A G 2 2 8 1 ' C C A T G C C C T C T A T G C C A A G A A G C T G T G G A C T G C C C C A G A A C T G C T T A G C G G G A A C C C C T T 2 2 7 4 " C C A T G C C C T C T A T G C C A A G A A G C T G T G G A C T G C C C C A G A A C T G C T T A G C G G G A A C C C C T T 2 3 4 1 ' G C C A A C C A C A G G C A T G C A G A A A G C A G A T G T C T A C A G C T T T G C C A T C A T T C T A C A G G A A A T 2 3 3 4 " G C C A A C C A C A G G C A T G C A G A A A G C A G A T G T C T A C A G C T T T G C C A T C A T T C T A C A G G A A A T 2 4 0 1 ' A G C A C T T C G A A G T G G T C C T T T C T A C T T G G A A G G C C T G G A C C T C A G T C C C A A G G A G A T T G T 2 3 9 4 " A G C A C T T C G A A G T G G T C C T T T C T A C T T G G A A G G C C T G G A C C T C A G T C C C A A G G A G A T T G T 51
2 4 6 1 ' C C A G A A G G T G C G G A A T G G T C A G A G G C C G T A T T T C C G G C C A A G C A T T G A C C G G A C A C A A C T 2 4 5 4 " C C A G A A G G T G C G G A A T G G T C A G A G G C C G T A T T T C C G G C C A A G C A T T G A C C G G A C A C A A C T 2 5 2 1 ' G A A T G A A G A G T T A G T T T T G C T G A T G G A G A G A T G C T G G G C C C A G G A C C C A A C A G A A C G T C C 2 5 1 4 " G A A T G A A G A G T T A G T T T T G C T G A T G G A G A G A T G C T G G G C C C A G G A C C C A A C A G A A C G T C C 2 5 8 1 ' A G A C T T T G G G C A A A T C A A G G G C T T C A T T C G C C G G T T T A A C A A G G A A G G T G G T A C C A G C A T 2 5 7 4 " A G A C T T T G G G C A A A T C A A G G G C T T C A T T C G C C G G T T T A A C A A G G A A G G T G G T A C C A G C A T 2 6 4 1 ' A T T G G A C A A C C T C T T G C T G C G C A T G G A A C A G T A T G C T A A T A A C C T G G A A A A G C T G G T G G A 2 6 3 4 " A T T G G A C A A C C T C T T G C T G C G C A T G G A A C A G T A T G C T A A T A A C C T G G A A A A G C T G G T G G A 2 7 0 1 ' G G A A C G C A C A C A G G C C T A T C T A G A G G A G A A A C G C A A A G C A G A G G C C C T G C T G T A C C A A A T 2 6 9 4 " G G A A C G C A C A C A G G C C T A T C T A G A G G A G A A A C G C A A A G C G G A G G C C C T G C T G T A C C A A A T 2 7 6 1 ' T C T A C C C C A T T C T G T A G C A G A G C A G T T A A A G C G G G G A G A G A C G G T T C A G G C G G A G G C C T T 2 7 5 4 " T C T A C C C C A T T C T G T A G C A G A G C A G T T A A A G C G G G G A G A G A C G G T T C A G G C G G A G G C C T T 2 8 2 1 ' C G A C A G C G T C A C C A T C T A C T T C A G T G A C A T C G T G G G C T T C A C A G C G C T G T C A G C T G A G A G 2 8 1 4 " C G A C A G C G T C A C C A T C T A C T T C A G T G A C A T C G T G G G C T T C A C A G C G C T G T C A G C T G A G A G 2 8 8 1 ' C A C C C C C A T G C A G G T G G T G A C A C T T C T T A A T G A C C T T T A T A C C T G C T T T G A T G C C A T T A T 2 8 7 4 " C A C C C C C A T G C A G G T G G T G A C A C T T C T T A A T G A C C T T T A T A C C T G C T T T G A T G C C A T T A T 2 9 4 1 ' C G A C A A C T T T G A T G T C T A C A A G G T G G A A A C C A T T G G G G A T G C C T A C A T G G T G G T A T C T G G 2 9 3 4 " C G A C A A C T T T G A T G T C T A C A A G G T G G A A A C C A T T G G G G A T G C C T A C A T G G T G G T A T C T G G 3 0 0 1 ' C C T T C C A G G C C G A A A C G G T C A G C G C C A T G C A C C A G A A A T T G C T C G A A T G G C C C T A G C A T T 2 9 9 4 " C C T T C C A G G C C G A A A C G G T C A G C G C C A T G C A C C A G A A A T T G C T C G A A T G G C C C T A G C A T T 3 0 6 1 ' G C T A G A T G C T G T C T C T T C C T T C C G C A T C C G C C A T C G A C C C C A T G A C C A G C T G A G G T T A C G 3 0 5 4 " G C T A G A T G C T G T C T C T T C C T T C C G C A T C C G C C A T C G A C C C C A T G A C C A G C T G A G G T T A C G 3 1 2 1 ' C A T A G G T G T C C A T A C T G G G C C A G T C T G T G C T G G G G T G G T T G G C C T G A A G A T G C C C C G G T A 3 1 1 4 " C A T A G G T G T C C A T A C T G G G C C A G T C T G T G C T G G G G T G G T T G G C C T G A A G A T G C C C C G G T A 3 1 8 1 ' C T G T C T T T T T G G A G A C A C A G T A A A C A C T G C T T C T C G A A T G G A G T C G A A T G G C C A A G C T C T 3 1 7 4 " C T G T C T T T T T G G A G A C A C A G T A A A C A C T G C T T C T C G A A T G G A G T C G A A T G G C C A A G C T C T 3 2 4 1 ' A A A G A T C C A T G T C T C C T C G A C C A C C A A G G A C G C C C T G G A T G A G C T G G G A T G C T T C C A G C T 3 2 3 4 " A A A G A T C C A T G T C T C C T C G A C C A C C A A G G A C G C C C T G G A T G A G C T G G G A T G C T T C C A G C T 3 3 0 1 ' C G A G C T C C G T G G G G A T G T G G A G A T G A A G G G A A A A G G A A A A A T G C G A A C T T A C T G G C T C T T 3 2 9 4 " C G A G C T C C G T G G G G A T G T G G A G A T G A A G G G A A A A G G A A A A A T G C G A A C T T A C T G G C T C T T 3392 stop codon 3 3 6 1 ' G G G A G A G C A A A A G G G A C C T C C C G G A C T C C T G T A A A G C C C A G G C C G G C C A T C T T C T G C T G C 3 3 5 4 " G G G A G A G C A A A A G G G A C C T C C C G G A C T C C T G T A A A G C C C A G G C C G G C C A T C T T C T G C T G C 3 4 2 1 ' T G G T A C T T G G A T G G G C A A T G G T C A C T G T G T T T C C A C A C A G C A A A A A C A G A C G T A G C C A T A 3 4 1 4 " T G G T A C T T G G A T G G G C A A T G G T C A C T G T G T T T C C A C A C A G C A A A A A C A G A C G T A G C C A T A 3 4 8 1 ' T C A G A T G G A A A A C A T G C A T A G A C A C A A A C C C C C T G C C T T A T G T G G A A A T C A T A G C C C C C T 3 4 7 4 " T C A G A T G G A A A A C A T G C A T A G A C A C A A A C C C C C T G C C T T A T G T G G A A A T C A T A G C C C C C T 3 5 4 1 ' G C C G C T C A G C C T T G T A C A T A G A C C T A T C C C T C C C T G C C C T G G T C C T C T T C C T G C C T C C T G 3 5 3 4 " G C C G C T C A G C C T T G T A C A T A G A C C T A T C C C T C C C T G C C C T G G T C C T C T T C C T G C C T C C T G 3 6 0 1 ' T A A A T A T C T G T A T C T A G A C C A G A A T A T T T T G T C C A A G T A T A A A A C A A C A A C A A C A A A A A A 3 5 9 4 " T A A A T A T C T G T A T C T A G A C C A G A A T A T T T T G T C C A A G T A T A A A A C A A C A A C A A C A A A A A A 3661' AAAAAAAAA 3654" AAAAAAAAA 52
3-13. Amino acid sequences of wild type (C57BL/6J) and slw/slw :C57BL/6J :slw/slw 1 ' M A L P S L L L V V A A L A G G V R P P G A R N L T L A V V L P E H N L S Y A W A W P R V G P A V A L A V E A L G R A L 1 " M A L P S L L L V V A A L A G G V R P P G A R N L T L A V V L P E H N L S Y A W A W P R V G P A V A L A V E A L G R A L 6 1 ' P V D L R F V S S E L D G A C S E Y L A P L R A V D L K L Y H D P D L L L G P G C V Y P A A S V A R F A S H W R L P L L 6 1 " P V D L R F V S S E L D G A C S E Y L A P L R A V D L K L Y H D P D L L L G P G C V Y P A A S V A R F A S H W R L P L L 1 2 1 ' T A G A V A S G F A A K N E H Y R T L V R T G P S A P K L G E F V V T L H G H F N W T A R A A L L Y L D A R T D D R P H 1 2 1 " T A G A V A S G F A A K N E H Y R T L V R T G P S A P K L G E F V V T L H G H F N W T A R A A L L Y L D A R T D D R P H 1 8 1 ' Y F T I E G V F E A L Q G S N L S V Q H Q V Y A R E P G G P E Q A T H F I R A N G R I V Y I C G P L E M L H E I L L Q A 1 8 1 " Y F T I E G V F E A L Q G S N L S V Q H Q V Y A R E P G G P E Q A T H F I R A N G R I V Y I C G P L E M L H E I L L Q A 2 4 1 ' Q R E N L T N G D Y V F F Y L D V F G E S L R A G P T R A T G R P W Q D N R T Q E Q A Q A L R E A F Q T V L V I T Y R E 2 4 1 " Q R E N L T N G D Y V F F Y L D V F G E S L R A G P T R A T G R P W Q D N R T Q E Q A Q A L R E A F Q T V L V I T Y R E 3 0 1 ' P P N P E Y Q E F Q N R L L I R A R E D F G V E L A P S L M N L I A G C F Y D G I L L Y A Q V L N E T I Q E G G T R E D 3 0 1 " P P N P E Y Q E F Q N R L L I R A R E D F G V E L A P S L M N L I A G C F Y D G I L L Y A Q V L N E T I Q E G G T R E D 3 6 1 ' G L R I V E K M Q G R R Y H G V T G L V V M D K N N D R E T D F V L W A M G D L D S G D F Q P A A H Y S G A E K Q I W W 3 6 1 " G L R I V E K M Q G R R Y H G V T G L V V M D K N N D R E T D F V L W A M G D L D S G D F Q P A A H Y S G A E K Q I W W 4 2 1 ' T G R P I P W V K G A P P L D N P P C A F D L D D P S C D K T P L S T L A I V A L G T G V T F I M F G V S S F L I F R K 4 2 1 " T G R P I P W V K G A P P L D N P P C A F D L D D P S C D K T P L S T L A I V A L G T G V T F I M F G V S S F L I F R K 4 8 1 ' L M L E K E L A S M L W R I R W E E L Q F G N S D R Y H K G A G S R L T L S L R G S S Y G S L M T A H G K Y Q I F A N T 4 8 1 " L M L E K E L A S M L W R I R W E E L Q F G N S I T R V Q A V A R C R C G D P V T A R S Q P M G N T R S L P T P V T S R 5 4 1 ' G H F K G N V V A I K H V N K K R I E L T R Q V L F E L K H M R D V Q F N H L T R F I G A C I D P P N I C I V T E Y C P 5 4 1 " E M L L P S N T I R S A S S P G K F C L N S N T E M S S S T I L L A S S E P A T L P T S A L S P S I V L V G A Y K I F K 6 0 1 ' R G S L Q D I L E N D S I N L D W M F R Y S L I N D L V K G M A F L H N S I I S S H G S L K S S N C V V D S R F V L K 6 0 1 " M T A S I W T G C F A T R S S M T L R V W P F S T T A L F H L M E A S S P P T V W W I V D L C S K Q I T V W L V S D Q L 6 6 1 ' T D Y G L A S F R S T A E P D D S H A L Y A K K L W T A P E L L S G N P L P T T G M Q K A D V Y S F A I I L Q E I A L R 6 6 1 " L N R T T A M P S M P R S C G L P Q N C L A G T P C Q P Q A C R K Q M S T A L P S F Y R K H F E V V L S T W K A W T S V 7 2 1 ' S G P F Y L E G L D L S P K E I V Q K V R N G Q R P Y F R P S I D R T Q L N E E L V L L M E R C W A Q D P T E R P D F G 7 2 1 " P R R L S R R C G M V R G R I S G Q A L T G H N M K S F C W R D A G P R T Q Q N V Q T L G K S R A S F A G L T R K V V P 7 8 1 ' Q I K G F I R R F N K E G G T S I L D N L L L R M E Q Y A N N L E K L V E E R T Q A Y L E E K R K A E A L L Y Q I L P H 7 8 1 " A Y W T T S C C A W N S M L I T W K S W W R N A H R P I R R N A K R R P C C T K F Y P I L Q S S S G E R R F R R R P S T 8 4 1 ' S V A E Q L K R G E T V Q A E A F D S V T I Y F S D I V G F T A L S A E S T P M Q V V T L L N D L Y T C F D A I I D N F 8 4 1 " A S P S T S V T S W A S Q R C Q L R A P P C R W H F L M T F I P A L M P L S T T L M S T R W K P L G M P T W W Y L A F Q 9 0 1 ' D V Y K V E T I G D A Y M V V S G L P G R N G Q R H A P E I A R M A L A L L D A V S S F R I R H R P H D Q L R L R I G V 9 0 1 " A E T V S A M H Q K L L E W P H C M L S L P S A S A I D P M T S G Y A V S I L G Q S V L G W L A R C P G T V F L E T Q T 9 6 1 ' H T G P V C A G V V G L K M P R Y C L F G D T V N T A S R M E S N G Q A L K I H V S S T T K D A L D E L G C F Q L E L R 9 6 1 " L L L E W S R M A K L R S M S P R P P R T P W M S W D A S S S S S V G M W R R E K E K C E L T G S W E S K R D L P D S C 1 0 2 1 ' G D V E M K G K G K M R T Y W L L G E Q K G P P G L L S P G R P S S A A G T W M G N G H C V S T Q Q K Q T P Y Q M E N M 1 0 2 1 " K A Q A G H L L L L V L G W A M V T V F P H S K N R R S H I R W K T C I D T N P L P Y V E I I A P C R S A L Y I D L S L 1081' HRHKPPALCGNHSPLPLSLVHRPIPPCPGPLPASCKYLYLDQNILSKYKTTTTKKKK 1081" PALVLFLPPVNICITRIFCPSIKQQQQKKKK 53
54
第 4 章 SLW マウスの消化管の表現型と Npr2 変異の関連 55
4-1 緒言 slw/slw は、そのほとんどが生後 2 週程度までしか生存できずに死亡してしまい、死
亡個体は、消化管へのガスの充満による腹部の膨張という特徴的な表現型を呈する。
slw/slw の表現型を引き起こす原因遺伝子として同定された Npr2 はナンセンス変異に
より NPR-B の細胞内ドメインの機能が消失していることが示唆された。 CNP は末梢組織でのオートクリン・パラクリン因子として循環器系に作用し 25、血管
平滑筋の弛緩、細胞の増殖や遊走を制御していることが知られている 23, 24。血管平滑筋
の弛緩作用をもつ物質として一酸化窒素(NO)もよく知られており、CNP は NPR-B、NO は
可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)をそれぞれ活性化し共に細胞内 cGMP を増加させる。
cGMP は血管平滑筋細胞質中のカルシウム濃度を低下させ弛緩を誘導する 76-80。すなわち
平滑筋細胞は細胞質中のカルシウムイオン濃度が上昇すると収縮、低下すると弛緩する
が、その制御を cGMP が担っている。ガス状物質の NO は拡散により容易に細胞や組織間
を横断し sGC を活性化させるのに対して、ペプチドである CNP は膜貫通型の NPR-B を標
的とし、NPR-B 発現細胞の cGMP を直接的に増加させる 77。また、平滑筋の収縮・弛緩に
関わるカルシウムイオンは神経伝達物質としても知られていることから、cGMP の生成
に寄与する CNP は、消化管神経系を介した蠕動運動への関わりも考えられる。 消化管の神経系を介した蠕動運動や腺分泌は、外来神経の交感神経と副交感神経およ
び、内在神経の縦走筋と輪走筋の筋層間に在るアウェルバッハの神経叢、輪走筋と粘膜
筋板の間に在るマイスナーの神経叢に支配されている。交感神経はアドレナリン作動性
で交感神経節後線維からノルアドレナリンが放出される。副交感神経はコリン作動性で
副交感神経後線維からはアセチルコリンが放出される。消化管の運動や分泌機能は交感
神経(アドレナリン)により抑制され(平滑筋は弛緩・括約筋は収縮)、副交感神経(ア
セチルコリン)により促進(平滑筋は収縮・括約筋は弛緩)される。またアウェルバッ
ハの神経叢は蠕動運動を調節し、コリン作動性神経節前線維とシナプスを形成し、コリ
ン作動性神経の節後線維としての役割を果たしている。アドレナリン作動性神経は、主
56
にコリン作動性神経の抑制に働く。マイスナーの神経叢は粘膜筋板の運動やイオン・水
輸送・腺分泌を調節している。これら内在神経間にも神経連絡を有し相互に活動を調節
している 81-84。 一般に消化管では、アセチルコリンがムスカリン 3 受容体(M3)に結合し、それに続く
シグナル伝達が活性化し筋小胞体からの細胞質へのカルシウムイオン放出および細胞
膜カルシウムチャネルからのカルシウムイオン流入が誘導される。細胞質カルシウムイ
オン濃度の上昇によりカルシウム-カルモデュリン複合体が形成されるとミオシン軽鎖
がリン酸化され、ミオシンの ATP アーゼが活性化することでアクチンフィラメントへの
滑り込みがおこり平滑筋は収縮する。すると、NO 合成酵素が活性を受け L-アルギニン
から NO が合成される。NO は sGC を活性化させ cGMP を生成しカルシウムイオン排出ポ
ンプが活性化を受け細胞内カルシウムイオン濃度が低下すると、ミオシン軽鎖が脱リン
酸化されアクチンフィラメントから解離し弛緩する。ノルアドレナリンは、β2 受容体
と結合し細胞内カルシウムイオンの上昇を阻害する様に作用し弛緩を誘導する。このよ
うに消化管は交感神経および副交感神経の拮抗支配によって調節されているが、括約筋
は副交感神経に支配され、平滑筋が収縮すると弛緩し、平滑筋が弛緩すると収縮する。
例えば下部食道括約筋と幽門括約筋は、胃の大彎上部で発生した蠕動波が伝達すると収
縮する。これにより出口が塞がれることで食塊の消化(撹拌)は促進される。回盲部、
肛門も平滑筋が輪状に発達した括約筋の調節を受け、内容物の撹拌や移行、排出の調節
に働いている。 けれども、消化管などの末梢組織ではアドレナリンやアセチルコリンを神経伝達物質
としない第三の神経、非アドレナリン非コリン作動性 (NANC) 神経が発達し、NO はそ
の NANC 神経伝達物質として独立した作用を持つことが知られている。CNP の結合によ
り NPR-B に生成される cGMP の作用も、同様に考えられるがこれらの研究は進んでいな
い。CNP は、局所ホルモンとして、NANC 神経伝達物質や平滑筋の弛緩誘導物質としての
重要な作用を持つことが考えられる。また CNP の弛緩作用は消化管平滑筋において様々
57
な動物種で実験的に確かめられてきた
26-30
。これらの研究では、CNP が消化管の弛緩を
誘導することが認められ、CNP が消化管の制御に重要な役割を果たしていることが強く
示唆されてきたが、これまでに CNP シグナルと消化管の制御機構に関する因果関係は、
決定的な証明が無かった。slw/slw は、胃へのミルクの滞留とガスによる消化管の膨張
により、ほとんどの個体が離乳前に死亡する。この消化管に見られる表現型は slw/slw
特異的であることから Npr2 に生じた変異と関連していることが考えられる。slw/slw
の消化管の表現型と Npr2 突然変異の関係が明らかになれば、NPR-B を介した CNP の生
体での機能に新たな知見を得ることができる。本章では、slw/slw の消化管の表現型と
CNP シグナルの関連を証明するとともに、マウス消化管における CNP の詳細な作用部位
と NPR-B の局在、また CNP が消化管内容物の移行に与える影響を明らかにすることを目
的として研究をおこなった。 58
4-2 方法 マ ウ ス 薬理反応実験には、第 1 章の方法、マウスのうち、SLW マウス近交系樹立過程の F10
から F13 の slw/slw と同腹の正常個体を利用した。 生体での CNP の作用部位の解析には、4 週齢(雌)の ddY を日本エスエルシー(Japan SLC, Inc. Shizuoka, Japan)より購入し、12 時間の明暗周期の状況下にて 1 週間飼育
した。全ての実験は 5 週齢マウスを用い、処置時間は午前 8 時から 10 時の間に統一し
た。ネガティブコントロールの SLW マウスは、第 1 章の方法、マウスの兄妹交配を 20
世代以上繰返した近交系の SLW マウスを一度 ddY に戻し交配をおこない、ヘテロ同士を
交配させて得られた産仔を用いた。 薬 理 反 応 実 験 消化管断片を用いた CNP への薬理反応実験はマグヌスシステムを利用した。生後
14-17 日齢の slw/slw と同腹の正常個体は過剰麻酔または二酸化炭素により安楽死させ
消化管を摘出した。摘出した消化管は生理食塩水(136.9mmol/L NaCl, 5.4mmol/L KCl, 23.8mmol/L NaHCo3, 5.5mmol/L glucose, 1.5mmol/L CaCl2, 1.0mmol/L MgCl2, 0.01mmol/L EDTA)中に浸けた。幽門、空腸、結腸は約 5mm の長さにカットし、95% O2, 5% CO2 を送
気しながら 37℃に温めた新しい 10mL 生理食塩水中にて両端をピンで挟んで固定した。
CNP-22(Peptide Institute Inc., Osaka, Japan)は、10mL に対して終濃度 10-7mol/L
または 10-6mol/L になる様に添加し収縮弛緩反応を記録した。 消 化 管 組 織 標 本 の 作 成 生後 10-20 日齢の slw/slw と同腹の正常個体および、5 週齢の ddY マウスは安楽死後、
胃から肛門までを摘出しブアン固定液(75mL 飽和ピクリン酸、25mL 37%ホルムアルデ
ヒド、5mL 氷酢酸)にて室温で 4 時間固定した。続いて 48 時間 70%エタノールに浸漬
59
後脱水、パラフィン包埋をおこなった。4μm に薄切したサンプルはスライドグラスに
貼付け乾燥させた。組織標本はヘマトキシリン・エオジン(HE)染色した。 免 疫 組 織 染 色 上記で作成したパラフィンブロックは、2µm または 4μm に薄切しスライドグラスに
貼付けた。脱パラフィン、親水後 95℃の 10mmol クエン酸バッファー (pH6.0)、0.05% Tween 20 溶液にて抗体の賦活化を 20 分おこなった。そのまま室温になるまで静置し室
温の蒸留水にて 10 分間冷却し、Tris-bufferd saline (TBS) (DAKO S3001, DAKO Japan, Tokyo Japan)にて 5 分間浸漬した。以降は全て室温にて作業をおこなった。内在性ペル
オキシダーゼブロッキング(3% H2O2 in メタノール)に 10 分浸漬後、蒸留水にて 1 分、
TBS にて 5 分
1 回、1 分
2 回浸漬洗浄し、続いて非特異結合のブロッキングを 10 分
おこなった(DAKO X0909)。その後一次抗体と 1 時間反応させた。TBS にて 5 分
1分
2 回浸漬洗浄後、二次抗体を 30 分反応させた。TBS にて 5 分
1 回、1 分
1 回、
2 回浸
漬洗浄後、ジアミノベンジジン(DAB)にて約 2 分反応させた。蒸留水にて洗浄し反応を
止めた。核の対比染色はヘマトキシリン染色をおこなった。 一次抗体は以下を使用した。 ・cGMP の局在の指標は、抗 PDE5A 抗体 (ab14672, Rabbit polyclonalto PDE5A, Abcam KK, Tokyo, Japan) を 10 倍希釈で使用した。 ・ 末梢神経細胞およびアクソンマーカーは、抗 PGP9.5 抗体 (ab8189, Mouse monoclonal [13C4/l3C4] to PGP9.5-Neuronal Marker, Abcam KK) を 10 倍希釈で使用した。 ・ シュワン細胞マーカーは、抗 S-100 抗体 (ab14849, Mouse monoclonal[4B3] to S100, Abcam KK) を 1,000 から 3,000 倍希釈で使用した。 ・ NPR-B の局在は、抗 NPR-B 抗体(ab37620, rabbit polyclonal antibody for the anti-NPR-B carboxyterminal end, Abcam KK)を 50 倍希釈で使用した。 60
・ 平滑筋は抗 SM22α抗体(ab10135, goat polyclonal anti-SM22 alpha, a smooth muscle marker, Abcam KK)を 70 倍希釈で用いた。 ・ 血管内皮細胞は抗 CD34 抗体(HM1015,monoclonal rat antibody to mouse CD34 (MEC14.7), Hycult Biotech, Uden, Netherlands)を 50 倍希釈で使用した。 ・ NPR-B のネガティブコントロールにはウサギ血清由来イムノグロブリン (I5006, IgG from rabbit serum, Sigma Aldrich, St. Louis)を 10µg/mL の濃度で使用した。 ・ 二次抗体は以下を使用した。 ・ 抗 PDE5A 抗体、抗 NPR-B 抗体およびウサギ血清由来イムノグロブリンには、ENVISION+ rabbit horseradish peroxidase (HRP) (K400211; Dako Japan)を原液で使用した。 ・ 抗 PGP9.5 抗体および抗 S100 抗体には、ENVISION+ mouse HRP (K4000; Dako Japan)
を原液で使用した。 ・ 抗 SM22 抗 体 に は 、 HRP 標 識 ロ バ - 抗 ヤ ギ イ ム ノ グ ロ ブ リ ン (SC-2020, donkey anti-goat IgG HRP, Santa Cruz)を 500 倍希釈にて使用した。 ・ 抗 CD34 抗 体 に は 、 ビ オ チ ン 標 識 ウ サ ギ - 抗 ラ ッ ト イ ム ノ グ ロ ブ リ ン ((E0468, polyclonal rabbit anti-rat immunoglobulins/biotinylated, Dako Japan)を 200 倍
希釈で使用した。抗 CD34 抗体は二次抗体反応後に HRP 標識ストレプトアヴジン(K1016, LSAB®2 Streptavidin HRP,Dako Japan)を原液で 10 分間反応させた。 抗 PDE5A 抗体および抗 S-100 抗体の蛍光染色による共染色は、一次抗体の反応まで上
記と同様におこなった後、蛍光標識二次抗体を 30 分反応させた。二種類の蛍光標識二
次抗体は、Cy3 標識ウサギイムノグロブリン(ab6939, goat polyclonal rabbit IgG-H&L Cy3, Abcam KK)および Cy5 標識マウスイムノグロブリン(ab6939, Goat polyclonal mouse IgG-H&L Cy5, Abcam KK)をヤギ血清で 50 倍に希釈し使用した。 TBS にて 5 分
分
1 回、1
2 回浸漬洗浄後、DAPI 入り封入剤(DAPI-Fluoromount-G, 0100-20; Southern Biotech, 61
Birmingham, AL)にて核染色と同時に封入した。 cGMP の 測 定 マウスは 1)非投与群、2) 2mg/kg CNP 投与群、3) 1mg/kg CNP 投与群、4)賦形剤(生
理食塩水)群の 4 群に分けた。純水で溶解し生理食塩水にて 200µL/mouse に調整した
CNP-22 (4229-v; Peptide Institute, Osaka, Japan)と賦形剤は尾静脈より投与した。
3 週齢(生後 18-20 日)の slw/slw は 50µL/mouse とした。cGMP レベルは cGMP Enzymeimmunoassay Biotrak (EIA) System (RPN226; GE Healthcare, Little Chalfont, UK)を使用して測定した。消化管組織からの cGMP の精製は取り扱い説明書のプロトコー
ル 2 にしたがった。cGMP 測定部位は、幽門、十二指腸、空腸、回腸、結腸および直腸
の 6 ヶ所とした(図 1)。消化管サンプルは内容物をピンセットで押し出して重量を測
定後、1mL の冷 65% エタノールに入れた(このとき重量変化と細胞の生理的反応を控え
るために洗浄はおこなわず、かつ迅速にサンプリングした)サンプルは細かく刻み約
15 分間 65% エタノール中で氷上にて静置後、4℃ 2000 g にて 15 分間遠心した。上
清は新しいチューブに移し 60℃に設定した遠心エバポレーターにて完全に乾燥させ、
組織 10mg に対して 50µL の EIA 希釈液を加えて 4℃で保存した。統計処理は、標準偏差
および Student の t-test をおこなった。 消 化 管 イ メ ー ジ ン グ 1% agar で固めた 30% sucrose 10 g に対し 2 g の硫酸バリウム (Wako Pure Chemical Industries, Osaka, Japan) を混ぜ皿に乗せ、正常飼育のままケージ内に置き、マウス
に自由飲食させた。マウスはイソフルランを吸気させ麻酔状態を維持した。尾静脈にル
ートを確保し 2 mg/kg CNP を投与した。X 線による透視画像は、小動物用マイクロ CT (R_mCT2; Rigaku Corporation, Tokyo, Japan)により、CNP 投与前から投与後約 5 分間
の動画を取得した。 62
ウ ェ ス タ ン ブ ロ ッ ト タンパク質の抽出は、マウスから摘出した消化管サンプルを、タンパク質分解酵素抑
制 剤 (P8340; Sigma-Aldrich) を 加 え た タ ン パ ク 溶 解 試 薬 (CelLyticTM MT; Sigma-Aldrich)でホモジナイズし、4℃、15,000 rpm にて 2 分間遠心した。トータルプ
ロテインは SDS-PAGE(e.PAGEL(R); ATTO Corporation, Tokyo, Japan)により分子量ごと
に分離し、iBlot Gel Transfer Device (IB1001 and IB4010-02; Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)を用い PVDF 膜 (Millipore, Billerica, MA, USA)に転写した。転写後、膜は
ブロックエース (Dainippon Pharmaceutical, Osaka, Japan) に浸漬し室温で 1 時間震
盪 さ せ て 非 特 異 的 結 合 の ブ ロ ッ キ ン グ を お こ な っ た 。 続 い て 、 抗 NPR-B 抗 体 (LS-C-101220, rabbit polyclonal anti-human NPR2 N-terminus antibody, LifSpan BioScience, Inc., Seattle, USA, 100 倍希釈) および、抗βアクチン抗体 (C-11, goat anti-human actin antibody,Santa Cruz Biotechnology, 200 倍希釈)を室温にて 1 時
間反応させた。その後、TBS 0.05% Tween 20 (TBS-T) にて 10 分間 3 回洗浄し二次抗体
を反応させた。抗 NPR-B 抗体には HRP 標識ロバ-ウサギイムノグロブリン(donkey anti-rabbit IgG, GE Healthcare, 2,000 倍希釈) 、抗βアクチン抗体には HRP 標識ロ
バ-ヤギイムノグロブリン(SC-2020, Santa Cruz, 4,000 倍希釈) と 30 分室温で反応
させた。その後 TBS-T にて 10 分間 3 回洗浄し LuminataTM Forte Western HRP Substrate (WBLUF0100; Millipore) を用いて検出した。NPR-B とβアクチンの検出は同一の膜を
使用した。 継 時 的 消 化 管 内 容 物 の 追 跡 37kBq の
111
In-DTPA (Nihon Medi-Physics, Tokyo, Japan)は、20µL/mouse となるよ
うに 30% sucrose にて調整し、マイクロピペットにてマウスの舌上に乗せ経口投与と
した。マウスは賦形剤群と 2 mg/kg CNP 投与群の 2 群に分け尾静脈投与した。マウスは、
63
投与 1, 3, 6, 12, 24 時間後にイソフルランの過剰麻酔により安楽死させ、消化管を摘
出した。消化管は胃、近位小腸、遠位小腸、盲腸、大腸(含肛門)の 5 つの領域に分離
し、オートウェルガンマカウンター(ALOKA, Tokyo, Japan) にて各領域の放射活性を測
定した。 オ ー ト ラ ジ オ グ ラ フ ィ ー 185kBq の
111
In-DTPA は 20µL/mouse となるように 30% sucrose にて調整し、マイク
ロピペットにてマウスの舌上に乗せ経口投与とした。マウスは賦形剤群と 2 mg/kg CNP
投与群の 2 群に分け尾静脈投与した。マウスは、投与 1, 3, 6, 12 時間後にイソフルラ
ンの過剰麻酔により安楽死させ、消化管を摘出した。胃から肛門までをイメージングプ
レート上に乗せ 10 分間露光した後、FLA-7000 イメージャー(Fuji Film,Tokyo, Japan)
にて画像化した。 64
4-3 結果 slw/slw の 早 期 死 亡 slw/slw は生後、胃のミルクは確認できたことから授乳は成功していることが確認で
きた (4-1 A)。そしてほとんどの slw/slw は離乳までの間に、消化管内のガスの充満に
より腹部が膨張し死亡した (4-1 B)。正常個体ではミルクは小腸に移行し胎便は排泄さ
れていることが確認できたが、slw/slw はミルクの腸への移行がわずかで徐々にガスが
溜まってくることが確認された (4-1 C)。さらに、slw/slw マウスは胃にミルクが滞留
しているだけでなく、直腸や回盲部に腸閉塞や腸捻転が生じ、その近位側にガスが溜ま
っていた (4-1, D, E, F, G および H)。 消 化 管 の ex vivo で の CNP へ の 反 応 slw/slw および正常個体の消化管断片は、幽門、小腸および結腸の全てにおいて両者
とも自律運動がみとめられた (4-2 と 4-3)。slw/slw では、ガスにより消化管が膨張し
薄膜状になっているにもかかわらず、自律運動は正常個体同様に活発に行われているこ
とが確認できた。CNP 添加による消化管断片の薬理反応を調べたところ、正常個体の幽
門部と結腸では、10-7 mol/L の CNP を添加すると直ちに収縮がみられなくなった (4-2 A
と 4-2 C)。そして、その後回復もみられなかった。しかし slw/slw の幽門部と結腸で
は、10-7 mol/L の CNP を添加しても反応は無く、CNP 濃度を 10-6 mol/L まで上げても反
応がみられなかった (4-3 A と 4-3 C)。空腸では slw/slw、正常個体ともに CNP への反
応がみられなかった(4-2 B と 4-3 B)。 CNP 投 与 に 誘 導 さ れ た cGMP の 生 成 ( 消 化 管 の 部 位 に よ る 比 較 ) CNP への反応の指標として幽門、十二指腸、空腸、回腸、結腸および直腸の 6 つの領
域の CNP 投与後の cGMP 生成量を測定した。非投与群(基準値)の cGMP は、幽門、結腸
および直腸よりも、小腸(十二指腸、空腸および回腸)で高かった (4-4 A)。賦形剤の
65
投与群は全ての領域で cGMP レベルにほとんど変化がみられなかった (4-4 B)。2 mg/kg CNP を投与すると、回腸以外の全ての領域で cGMP は基準値よりも増加した(4-4 C, D, E, F, G および H)。2 mg/kg CNP を投与後の幽門と直腸では、1 mg/kg CNP を投与した時よ
りも cGMP は著しく増加し、特に 1 分後の直腸では際立った (4-4 C と H)。結腸では、
幽門および直腸と同様に投与直後の 1 分で cGMP は著しく増加したが、CNP の投与量に
よる大きな違いはなく、1 mg/kg または 2 mg/kg CNP 投与後の cGMP はほぼ同レベルで
あった (4-4 G)。十二指腸と空腸の cGMP レベルは、CNP 投与後の cGMP は増加したが、
幽門、結腸および直腸の様な著しい増加ではなく穏やかな増加をみせた。そして 1 mg/kg の CNP を投与したときよりも、2 mg/kg CNP を投与した時のほうが cGMP 生成量はわず
かに増加した (4-4 D と E)。回腸では、CNP の濃度に関係無くほとんど cGMP は増加し
なかった (4-4 F)。 CNP 投与により増加した cGMP が NPR-B の活性によることを証明するため、slw/slw マ
ウスに 2 mg/kg CNP を投与して cGMP を測定した。その結果、slw/slw 消化管では cGMP
は存在していたものの基準値とほぼ同じで、CNP 誘導による cGMP の生成はみられなか
った (4-4 I)。 CNP 投 与 時 の 消 化 管 の 反 応 2 mg/kg の CNP 投与により一過性に上昇した cGMP の生体での影響を X 線透視により
確認した。CNP 投与前に確認された腸の運動は、CNP 投与直後に動きを止め、小腸は 2
から 5 分後に再び動き出した。盲腸から結腸の領域は再び動き始めるまでに 3 から 10
分の時間を要した。一度動きを止めた消化管が再び動き出すまでの時間は個体差が有っ
たものの、全ての個体において小腸が先に動き出し、それに続いて大腸が動き出した
(http://ajp.amjpathol.org)。 消 化 管 内 容 物 移 行 に 対 す る CNP の 効 果 66
111
In-DTPA を経口投与し、内容物の移行を継時的に追跡した。2 mg/kg の CNP 投与群
と賦形剤群はそれぞれ投与 1, 3, 6, 12 および 24 時間後の内容物の位値を確かめた。1
時間後、放射活性部位は両者とも大きな違いは見られずほとんどが胃にとどまっていた
が、わずかに賦形剤群の方が胃からの移行が早い傾向がみられた (4-5 A, Bおよび C)。
3 時間後、賦形剤群と比べて CNP 群の方が残存する胃の放射活性が少なく盲腸の放射活
性が高いことから、胃排出が早く盲腸への移行が早いことがみとめられた (4-5 A, B
および D)。6 時間後は両者とも内容物の殆どが盲腸および大腸に移行し違いはなかった (4-5 A, B および E)。12 時間後になると両者とも内容物はわずかに盲腸および大腸に
残る程度で (4-5 A, B および F)、24 時間後はほぼ全量が排泄されていた。 消 化 管 の 組 織 解 析 HE 染色による組織解析では、slw/slw の幽門は正常個体に比べて粘膜筋板が厚く粘膜
上皮の増殖がみられ、腔径が著しく狭くなっていた (4-6 Aと B)。しかし、これは狭い
腔に対して粘膜上皮が正常に発達している可能性もあり、粘膜上皮の異常増殖とは断定
はできない。そして slw/slw の幽門平滑筋細胞は無秩序に配置されていたが、正常個体
の幽門平滑筋は整列していた (4-6 Cと D)。回盲部、肛門においても輪状に配列した括
約筋が両者で確認された (4-7)。 slw/slw は、胃へのミルクの滞留、腸閉塞や腸捻転が見られたため、ヒルシュスプラ
ング病の様な腸管神経節の欠損が考えられたため HE 染色により腸管神経節の有無を確
認した。その結果、slw/slw の消化管は予想に反し、全領域で神経叢が確認された (4-8)。
それが神経節であることを確かめるために、2 種類の神経マーカーを用いて免疫染色を
おこなった。その結果、末梢神経アクソンマーカーPGP9.5 およびシュワン細胞マーカ
ーS100 は、slw/slw の腸管で正常個体と同様に陽性となり、神経節であることが確かめ
られた (4-9 A と B)。 また、Npr2 がコードしている NPR-B は、CNP の結合刺激により細胞内 cGMP を生成す
67
ることが知られているため slw/slw では cGMP が生成されていないことが考えられた。
それを確認するため、cGMP 特異的 phosphodiesterase type 5A:抗 PDE5A 抗体を用いた
免疫染色により消化管 cGMP の発現と局在を確かめた。これは、cGMP の局在を直接的に
調べるものではないが cGMP の分解酵素である PDE5 の局在によって cGMP 局在の指標と
した。その結果、正常個体では幽門および大腸において PDE5A の発現が認められたが (4-10 A, B および C の上段)。一方、slw/slw では PDE5A の発現はみられなかった(4-10 A, B および C の下段)。 消 化 管 に お け る NPR-B の 発 現 部 位 と 局 在 ウェスタンブロット解析では、消化管における NPR-B の発現量は幽門、結腸および直
腸で高く、小腸では低かった (4-11)。NPR-B の免疫染色では、幽門、結腸および直腸
で強い陽性となった (4-11, 12 および 13)。NPR-B の詳細な局在を明らかとするため、
連続切片を用いて平滑筋マーカー(SM22α)、シュワン細胞マーカー(S100)、血管内皮
細胞マーカー(CD34)の免疫染色をおこない確認した。その結果、腸管神経においては
NPR-B の局在はシュワン細胞とは一致せず神経に局在し、平滑筋(縦輪筋、横輪筋、粘
膜筋板および血管平滑筋)においては核と細胞質に局在していることが明らかになった (4-12)。小腸では神経繊維および平滑筋の核に陽性となったが、細胞質ではほとんど陰
性であった (4-11 と 4-12)。これは、ウェスタンブロットによる発現量とも一致して
いた。抗 NPR-B 抗体の特異性は、使用した抗 NPR-B 抗体の宿主(ウサギ)のイムノグロ
ブリンおよび二次抗体のみの染色をおこない確認した (4-11)。 68
3-4 考察 この章では、 slw/slw に現れた消化管の表現型が、 Npr2 に生じた突然変異による
CNP/NPR-B シグナルの欠損によることを証明し、またこれまで明らかにされていなかっ
た消化管における CNP の特異的作用部位を明らかにした。また、マウス消化管における
CNP の詳細な作用部位と NPR-B の局在、CNP が消化管内容物の移行に与える影響を明ら
かにした。 slw/slw に現れる消化管の表現型は胃排出障害、直腸や回盲部における腸閉塞や腸捻
転に起因しており、内容物の移行や排便が困難となり、閉塞部位の近位側の領域にミル
クやガスが溜まっていた。slw/slw および正常個体の消化管断片を用いた薬理反応実験
では、自律運動は両者で確認されたものの、slw/slw の幽門と結腸は CNP による弛緩反
応がみられなかった。そしてこれらの結果は、PDE5A の免疫染色の結果と一致した。正
常個体の消化管神経叢において PDE5A 陽性の胃と大腸は CNP により弛緩反応を示したが、
slw/slw の胃と大腸は消化管神経叢が正常マウスと同様に存在しているにもかかわらず
PDE5A が陰性で CNP による弛緩反応がみられなかった。これにより、slw/slw では NPR-B
の機能が消失しているために消化管神経叢で cGMP が生成されない事により PDE5 が活性
されず、免疫染色で陰性となり、cGMP が生成されないことで弛緩しないと考えられた。
cGMP は平滑筋の細胞膜および筋小胞体のカルシウムチャネルに作用しカルシウムイオ
ン変換を制御することで筋弛緩に作用していること、および CNP の中枢神経、感覚神経、
副交感神経等の神経伝達物質としての作用 85-87 を考えると、slw/slw では NPR-B を介し
た CNP による cGMP の作用が無いために、細胞内のカルシウムイオンが、神経系に作用
せず脱分極の刺激が伝達されていないこと、および平滑筋において、弛緩に作用してい
ないことが考えられた。 また小腸は、遺伝子型に関係無く PDE5A が陰性で CNP への反応も示されないことを考
えると、小腸での NPR-B の発現量は少なく、そもそも cGMP があまり存在していないた
めに PDE5 が活性していないことが示唆された。生体でのマウス消化管における CNP の
69
作用部位を詳細に解析するため、cGMP を測定する事で CNP の作用の指標とし、CNP が瞬
時に全身に作用する様に尾静脈から投与し、部位毎に cGMP の上昇率を非投与の平常時
における基準値と比較した。その結果、幽門、結腸および直腸は、基準値よりも有意に
CNP 投与後の cGMP が増加し、時間とともに穏やかに減少した。一方小腸では CNP 投与
に誘導された cGMP の増加はわずかであった。小腸は薬理反応実験において CNP に反応
せず、また PDE5A の免疫染色もほとんど陰性であったため、初めは、小腸では cGMP の
存在が少ないために PDE5 の活性が無いことが予想されたが、この推測に反して、平常
時の基準値の cGMP 測定値は幽門および大腸よりも小腸で有意に高いことが明らかとな
り、非常に興味深い結果を得た。これはもしかすると、CNP が部位得意的に作用してい
るのと同様に、PDE5 も得意的な活性部位を持つ可能性を示唆しており、小腸では元々
PDE5 による cGMP の分解が起こらず、幽門や大腸では PDE5 の活性により cGMP が分解さ
れていることを示しているのかもしれない。 そして、重要なことは、NPR-B の機能が消失している slw/slw では CNP の投与に誘導
された cGMP は増加せず、これにより、CNP 投与後の cGMP の増加は NPR-B の活性化の結
果であることが明らかとなったことである。そして、slw/slw の NPR-B は第 2 章で予測
されたように機能が消失していることが ex vivo、in vivo の両者で証明された。しか
し slw/slw は、cGMP そのものは基準値とほぼ同程度に測定され、NPR-B の機能が欠損し
たことで腸の cGMP が少ないということはなかった。 これまでの報告では、NPR-B の局在は直接的に明らかにされてこなかった。抗 CNP 抗
体を用いたリガンド CNP の局在はシュワン細胞の細胞質であることが報告され 28、また
CNP アミノ末端にチロシン残基を付加し
125
I 標識をした 125I-[Tyr0]-CNP-22 によるオー
トラジオグラフィーから CNP の結合部位すなわち NPR-B の局在が平滑筋であることは報
告されている 26。本研究では、カルシウムイオン結合体の、カルモデュリンとトロポニ
ン C に属するタンパク質として知られ、カルシウムイオンの誘導と解放に作用するとさ
れている S100 の免疫染色により、CNP と S100 がシュワン細胞に共局在していることと
70
なった。神経線維に NPR-B が局在しているということは、シュワン細胞でリガンド CNP
が生産され、それが神経線維の NPR-B に作用し、神経繊維内で生成された cGMP は、自
らカルシウムチャネルを開き神経線維外にカルシウムイオンを放出する事で、消化管神
経系の過分極に作用しているのかもしれない (4-14)。これにより、NO 同様に CNP も NANC
神経伝達物質としての作用を有することを示唆した。 また膜結合型受容体として知られる NPR-B が幽門と大腸の平滑筋細胞質に均一に陽
性となったのは、細胞骨格に発現しているためかもしれない。膜結合型受容体が液性の
細胞質に局在することは考えにくく、細胞小器官に発現すれば特異的な陽性シグナルが
見られるはずである。細胞骨格にはマイクロフィラメント、マイクロチューブ、中間径
フィラメントの 3 種があり、それぞれ、細胞の極性と形を安定に保っている。細胞骨格
は、細胞の収縮、分泌、食作用やアメーバ運動など、個々の組織や細胞の活動に適応し
ながら常に動いている。平滑筋においては主に筋繊維を形成し収縮・弛緩にはたらくが、
幽門や大腸は小腸よりも CNP/NPR-B の陽性の細胞骨格が多いために細胞質が陽性にな
ったと考えられる。もしかすると CNP は平滑筋の細胞質で生成され、細胞骨格の NPR-B
を活性化させることで自らの収縮・弛緩を制御しているのかもしれない。一方で NPR-B
を介した cGMP 生成は細胞の弛緩を誘導しているだけでなく、もしかすると核に発現し
た NPR-B は核内 cGMP を上昇しカルシウムイオン濃度を調整して、細胞分裂や核輸送の
制御に関与していることも考えられる。核に発現した NPR-B がどのような役割をはたし
ているのか非常に興味深い。 slw/slw の表現型から CNP/NPR-B シグナルの弛緩作用は消化管内容物移行にも貢献す
る可能性も示唆された。CNP 投与後 1 時間では賦形剤投与群よりも、わずかに胃排出が
遅れ 3 時間後に早まっていた。これは、投与直後の cGMP の増加により弛緩が誘導され、
一時的に 1 時間後の胃排出は遅くなったものの、その後の cGMP の減少に伴い、収縮運
動が活発になったことが考えられる。そして、6 時間後以降で賦形剤群と同様の移行速
度となったのは、一時的に反動的に活発になった幽門をはじめとする消化管の運動はゆ
71
るやかに正常な状態に戻ったのかもしれない。近位小腸は CNP 投与による cGMP の増加
がわずかであったことから CNP の影響は小さく、遠位小腸ではほとんど影響されないこ
とが考えられた。これは、元々PDE5 の活性が無く cGMP の分解作用が少ない領域の過剰
な cGMP 増加を抑制するために、生体に備わったしくみなのかもしれない。本章では ddY
の雌、5 週齢マウスを用いて、2 mg/kg および 1 mg/kg の CNP を静脈投与したときの効
果を解析したが、今後は経口投与や腹腔内投与などによる投与方法による違い、マウス
の系統や雌雄による違い、また、年齢(乳児期や成体などの週齢)による違いがあるか、
比較検討することも必要である。 これまで、消化管に表現型が現れる突然変異マウスとして、c-Kit およびリガンドの
SCF、エンドセリン受容体 B およびリガンドのエンドセリン 3 をコードする遺伝子の突
然変異マウスが知られている
88-93
。c-Kit シグナルは消化管ペースメーカー細胞として
知られるカハール介在細胞(ICC)の発達に寄与する因子であり、変異に起因した ICC の
欠損によりペースメーカー活性が失われ自律運動に乱れが生じる 90。エンドセリン 3 シ
グナルは、腸管神経節の発達に必要でこれらの変異マウスは腸管遠位部の腸管神経節が
欠損し、神経節欠損部位の蠕動運動の消失により巨大結腸症となる。そして早期に死亡
する 91。これはヒトのヒルシュスプラング病と同様の症状である。しかし slw/slw では、
自律運動は認められ、また腸管神経節も全領域にて確認された。slw/slw の消化管の表
現型は、c-Kit シグナルやエンドセリン 3 シグナルの欠損により消化管に現れる表現型
とは明らかに異なり、slw/slw 独特の表現型といえる。slw/slw の消化管の表現型は、
ヒトの乳幼児肥厚性幽門狭窄症(IHPS)や嚢胞性線維症(CF)に類似している。IHPS は生
後数ヶ月のうちに嘔吐を繰返し体重が減少する。さらに筋層の肥厚により幽門は狭窄す
る。これまでに IHPS の発症機構に神経性 NO 合成酵素(nNOS)の減少が報告されている 94。
nNOS は NO を生成し、NO は sGC を活性化し cGMP を生成する。slw/slw の、幽門狭窄症
に似た表現型は、sGC 同様に cGMP を生成する NPR-B の機能欠損に起因していることは
十分考えられる。CF は、肺、肝臓、膵臓、腸などの分泌異常を呈する遺伝病で、ヒト
72
CFTR の変異に起因する。この病気の腸での表現型はクロライドチャネルの異常により
腸閉塞を発症し腸内に胎便が滞留してしまう。CNP は CFTR 依存性クロライドチャネル
の輸送を活性化することが、マウスの研究で報告されている 95。もしかすると CNP/NPR-B
シグナルに障害をもつ slw/slw は、これらの機構とも関連しているのかもしれない。 近年、cGMP(8-Bromo-cGMP)の処置により、消化管ガンの増殖が抑制される結果が in vitro で示されている 96。また、8-Bromo-cGMP の投与は、マウスの小腸において放射線
傷害によるアポトーシス抑制も報告されている 97。したがって CNP は消化管の運動や内
容物の移行に限らず、上皮細胞の再生、抗腫瘍効果などに非常に重要な因子であると考
えられる。噴門部、幽門部、肛門は発達した輪走状の平滑筋により括約筋が形成される。
回盲部はヒダ状に発達した平滑筋が大腸からの逆流を防いでいる。括約筋は副交感神経
に支配されており、副交感神経は括約筋の弛緩に作用する。slw/slw に見られるミルク
の滞留、回盲部や直腸の腸閉塞という表現型から、CNP はもしかすると NANC 神経伝達
物質としての作用に限らず、副交感神経を介した括約筋の運動制御にも深く関わってい
る可能性も考えられる。本章では slw/slw の表現型と NPR-B を介した CNP シグナルの欠
損との関係および、正常マウス消化管における CNP の作用部位と内容物移行への効果、
NPR-B の詳細な局在を明らかとした。更なる研究により消化管の種々の疾患の新たな治
療法の一端として CNP の臨床応用へ向けた研究が期待される。 73
4-5 図表 4-1. Gastrointesrinal (GI) phenotype of SLW mouse. Phenotype of slw/slw and their normal littermates at postnatal day five (P5) (A). The slw/slw shows dwarfism and stomach distention. The autopsied GI tract sample of slw/slw show that the intestinal tract was distended and filled with gas (B). Autopsy results of the GI tract of slw/slw and their normal littermate at P10 (C). The stomach of slw/slw, milk did not enter the intestine, which is dilated and filled with gas. The asterisk indicate milk in the stomach and small intestine, and the double asterisk indicate meconium. T he phenotype of P14 slw/slw mouse, indicating ileus in the ileocecal region (white arrows) (D). The phenotype of P14 slw/slw mouse, indicating ileus in the rectal region (black and white arrows) (E). Upstream of ileus showed distended and filled with gas. The phenotype of P12 slw/slw mouse, indicating volvulus in the ileocecal region (white arrows) (F). The volvulus produced congestion in the cecum. Radioscopic images of P12 in slw/slw mice (G and H). The GI tract showed abnormal morphology due to distension and was filled with gas. C indicates cecum. 74
A B C 4-2. Results of the pharmacological response study of contractically and relaxation by the addition of CNP in normal mice. Contractile activity profile curves of the pylorus (A), small intestine (B), and colon (C) of normal mice. ● and ● ● indicate the time points at which 10
respectively, were added. 75
-7 mol/L and 10 -6 mol/L CNP, A B C 4-3. Results of the pharmacological response study of contractically and relaxation by the addition of CNP in slw/slw mice. Contractile activity profile curves of the pylorus (A), small intestine (B), and colon (C) of slw/slw mice.
-6 ●● indicate the time points at which 10
76
mol/L CNP, respectively, were added. 4-4. Comparison of cGMP production. Comparison of the baseline cGMP levels in the GI tract (A). The data shown represent the means and SD (n = 4). CNP-induced cGMP production ratio at 1 min after vehicle administration vs. baseline (B). Time course of CNP-induced cGMP production (C: pylorus, D : duodenum, E : jejunum, F : ileum, G : colon, and H : rectum), and the data shown are the mean and SD (n = 4-8), cGMP production ratio of slw/slw at 1 min after 2 mg/kg CNP administration vs. baseline (I), and the data shown are the mean and SD (n = 3). The black and gray columns indicate the 2 mg/kg CNP-induced and 1 mg/kg CNP-induced cGMP levels, respectively. The sampling regions used in each experiment for the measurement of cGMP production (J). The double dagger marks indicates P < 0.05; the asterisks indicate P < 0.001, vs. baseline; the double asterisks indicates P < 0.01, vs. baseline; the dagger marks indicates P < 0.01, 2 mg/kg CNP-induced cGMP levels vs. 1 mg/kg CNP-induced cGMP levels. 77
4-5. Temporal changes in radioactivity transit in the GI tract following 2 mg/kg CNP or vehicle administration. Temporal changes in radioactivity retention were measured at 1, 3, 6, and 12 h after oral administration of 37 kBq 111In-DTPA in 2 mg/kg CNP-treated mice (A) and vehicle-treated mice (B). Fractional residual radioactivity (%) was measured in the stomach (red bars), proximal small intestine (yellow bars), distal small intestine (green bars), cecum (light blue bars), and large intestine (blue bars) (n = 4‒6). Autoradiography of the GI tract from the stomach (inside the circles on the top left) to the anus (on the bottom right) at 1 h (C), 3 h (D), 6 h (E), and 12 h (F) after oral administration of 185 kBq 111
In-DTPA. 78
4-6. Results of the histological analysis (HE staining) of slw/slw (A and C) and their normal littermates (B and D) at P20. Axial (left) and sagittal (right) sections of the pylorus (A and B). Higher magnification images of the boxed areas in A and B, respectivery (C and D). Scale bar indicate 50 µm. 4-7. Results of the histological analysis (HE staining) of slw/ slw (left) and their normal littermates (right). Axial section of the ileocecal region (upper row) and anus (lower row). Magnification 79
4 Pylorus Doudenum Jejunim Ileum Colon Rectum 4-8. Results of the histological analysis (HE staining) of slw/slw (left) and their normal littermates (right). 80
A PGP9.5 S100 Normal slw/slw B PGP9.5 S100 Normal slw/slw 4-9. Results of the Immunohistochemical analysis of the pylorus ( A), large intestine (B) of normal mice (upper row) and their slw/slw littermates (lower row) by using neuronal cell bodies and axon in central and peripherial neural marker (PGP9.5), and Schwan
s cell marker (S-100). Magnification 81
40. 4-10. Pyloris samples (A), jejunal sample (B), and large intestinal sample (C) of normal (upper row) and their slw/slw littermates (lower row) were stained with PDE5A (green) and S100 (red) for immunofluorescence study. The blue staining was achieved with DAPI.The pylorus and large intestine from an slw/slw does not show adequate PDE5A staining compared with that of normal mice, and small intestinall samples from both types of mice show lack of PDE5A staining. Magnification 82
40. 4-11. Difference in NPR-B expression. Western blot analysis of NPR-B expression in the pylorus, duodenum, jejunum, ileum, colon, and rectum from 3 mice (#1, #2 and #3). β -actin was used as a loading control. Immunostaining of pylorus, duodenum, jejunum, ileum, colon, and rectum, left columms: Results of immunostaining of NPR-B in the pylorus, duodenum, jejunum, ileum, colon, and rectum of normal condition mice; Middle columms: negative control using IgG from rabbit serum for NPR-B; Right columms: only secondary antibody. 83
40. 4-12. Higher magnification images of the boxed areas in figure 11.Immunolocalization of NPR-B in the pylorus, duodenum, jejunum, ileum, colon, and rectum. The pylorus, colon, and rectom highly expressing NPR-B. Smooth muscle cells, Schwann cells, and small vessel endothelial cells were identified by immunostaining for SM22-α, S-100, and CD34, respectively. NPR-B was localized to nerve fibers and to the nuclei and cytoplasm of smooth muscle cells, but was not detected in Schwann cells or endothelial cells. Magnification 84
20. 4-13. Whole axial image of the magnified image of figure 10. The scale bar indicates 1,000 µm. 85
4-14. Putative model of Ca2+ behavior change by NPR-B mediated CNP action 86
第 5 章 マウス精子形成における CNP の役割 87
5-1 緒言 精子形成は精巣の精細管内で行なわれ、精子が管腔内に放出されるまで精細管内では
生殖細胞が基底膜側から管の中央内腔に向かって分化・増殖しながら移動している。分
化段階と形態から生殖細胞は細かく分類され、生殖細胞集団の構成パターンは、精細管
の断面によりそれぞれ異なり、マウスでは 12 種類に分類されている 98, 99。精細管では、
精上皮周波と呼ばれる生殖細胞の分化が周期的に起こり、分化過程が精細管の長軸方向
に並んでいる。始原生殖細胞は、胚発生の初期にでき精巣に移動して有糸分裂を停止し、
出生後 1 から 2 日で DNA 合成が再開され精原細胞に分化・増殖を始める。その後生後約
1 週になると減数分裂が開始され精子へと分化してゆく。特に生後最初の精子形成周波
はファーストウェブと呼ばれ、精細管の全領域で同期化して精子形成が行なわれる特徴
をもつ。また、精細管内にはセルトリ細胞と呼ばれる支持細胞があり、体内側と精細管
の内腔側を隔てるバリア機能として血液精巣関門(BTB)を形成し、分化途中の生殖細胞
を体の免疫機構から守るとともに、生殖細胞の分化に必要なエネルギー補給をおこない、
分化に失敗した生殖細胞の貪食作用をもつ。 男性不妊症の原因の殆どが精子を作る機能にある。精子の数が少ない乏精子症や精子
が全くない無精子症などがあり、環境ホルモンの影響や遺伝性疾患などが原因とされて
いる。精子形成には極めて多くの遺伝子による厳密な制御機構が関わっており、原因も
様々であると考えられる。精子形成に異常を呈するモデルマウスは、不妊症の病態解明
に貢献している
100, 101
。近年、CNP は生殖器の作用に関連する報告が増えている。雌で
は NPR-B ノックアウトマウスの表現型として未発達な子宮角、薄い子宮筋層および小さ
な卵巣、そして本来第一減数分裂前期で休止した卵子が存在しているはずの卵巣内には、
多数の第二次卵胞の存在が報告された 32。その後、NPR-B を介した CNP のシグナルが卵
子の減数分裂の制御機構に重要な役割を果たしていることが明らかとなった 39, 45。雄で
はライディッヒ細胞とセルトリ細胞の制御や精細管の弛緩による精子輸送の制御機構
への関与が示唆されている 40, 41。また、精巣内の CNP および NPR-B-mRNA 量は生後数週
88
にかけて発現が減少しその後再び増減することが報告されている 43。近年、CNP はセル
トリ細胞の重要な機構の一つである BTB の制御に関連していることが成体ラットで報
告されている 42。もし、CNP により BTB が制御されているならば、CNP シグナルが欠損
するノックアウトマウスや突然変異マウスでは、精子形成に何らかの異常が生じ不妊と
なることが考えられるが、NPR-B ノックアウトマウスの成体の雄では野生型と比較した
とき生殖器は小さいものの精巣および精巣上体に精子は存在し精細管の大きさや構造
には違いがみられない 32。そして、slw/slw の雄は稀に生存し成長した場合、低い確率
で交配に成功し産仔を得ている(第 2 章)。また、NPR-B のリガンド結合ドメインにナ
ンセンス変異を持つ pwe/pwe マウスも雄は低い確率で産仔を得ている 44。これまでに CNP
または NPR-B のノックアウトマウス、突然変異マウスの精巣についての詳細な解析はお
こなわれていない。 本章では CNP シグナルの欠損が、マウス精子形成にどのような影響を及ぼしているか
を明らかとするため、SLW マウスの精巣の表現型を詳細に調べた。 89
5-2 方法 マ ウ ス 近交系の SLW マウスは一度 ddY に戻し交配した。ヘテロ同士を交配させて得られた産
仔を用い、slw/slw のコントロールは同腹の正常個体とした。slw/slw は消化管の障害
に よ り 衰 弱 が 激 し く な る た め 、 離 乳 期 に は マ ウ ス 用 Diet-Gel® 76A (Clear H2O, JapanSLC, Inc. Shizuoka, Japan) をケージ中に置いた。 精 巣 の 組 織 標 本 の 作 成 マウスはイソフルランの過剰麻酔により安楽死させ、精巣を摘出し室温にてブアン固
定液にて固定した。新生児の精巣は 1 時間、7 日齢は 2 時間、14 日齢は 4 時間、21 日
齢は一晩、28 日齢からアダルトは 24 時間固定した。続いて 48 時間 70% エタノールに
浸漬し、その後脱水、パラフィン包埋をおこなった。サンプルは 2µm に薄切しスライド
グラスに貼付けて乾燥させた。HE 染色は第一章の方法、4 組織標本の作成と同法でおこ
なった。 精 巣 組 織 標 本 の 免 疫 組 織 染 色 上記により作成した精巣組織標本は、第 3 章の、方法、免疫組織染色と同法でおこな
った。一次抗体は以下を使用した。 ・ NPR-B の局在は、抗 NPR-B 抗体(LS-C-101220, rabbit polyclonal anti-human NPR2 N-terminus antibody, LifSpan BioScience, Inc., Seattle, USA)を 50 倍希釈で使用
した。 ・ 未成熟セルトリ細胞は、抗 AMH 抗体(MCA2246T, mouse monoclonal anti-mullerian hormone antibody, AbD serotec,MorphoSys UK Ltd, Oxford, UK)を 20 倍希釈で使用
した。 ・ BTB 構成タンパクの局在は、抗 ZO-1 抗体(ab59720, rabbit polyclonal anti-ZO-1 90
tight junction protein antibody; Abcam KK)を 200 倍希釈で使用した。 ・ 細胞増殖期および DNA 合成期は、抗 PCNA 抗体(sc-25280, mouse monoclonal PCNA antibody; Santa Cruz Biotechnology, Inc.)を 200 倍希釈で使用した。 ・ NPR-B のネガティブコントロールにはウサギ血清由来イムノグロブリン (I5006, IgG from rabbit serum, Sigma Aldrich, St. Louis)を 10µg/mL の濃度で使用した。 二次抗体は以下を使用した。 ・ 抗 NPR-B 抗体、抗 ZO-1 抗体およびウサギ血清由来イムノグロブリンには、ENVISION+ rabbit horseradish peroxidase (HRP) (K400211; Dako Japan)を原液で使用した。 ・ 抗 AMH 抗体および抗 PCNA 抗体には、ENVISION+ mouse HRP (K4000; Dako Japan)を
原液で使用した。 アポトーシス細胞検出のための TUNEL 染色には、CHEMICOM® International, ApopTag® Peroxidase In Situ Apoptosis Detection Kit を使用し、操作は取り扱い説明書にし
たがった。 表面展開法による染色体標本の作成 12 日齢のマウスは二酸化炭素により安楽死させ素早く精巣を摘出した。精巣は室温
の PBS に浸漬して白膜を破り精細管を洗浄、新しい PBS に浸漬した。次いで 4℃の低張
液 (30mM Tris, 50mM sucrose, 17mM trisodium citrate dihydrate, 5mM EDTA, 0.5mM DTT, 0.5mM PMSF, pH 8.2) に浸漬し氷上にて 60 分静置した。続いて 20 µL の 100mM sucrose, (pH 8.2) 溶液中で細かく刻み、さらに 40 µL の 100mM sucrose, (pH 8.2)溶
液を穏やかに加えて混ぜた。スライドグラスは固定液 (1% PFA, pH 9.2, 0.15% Triton X-100) にあらかじめ浸漬しておいた。精細管混合液は 10 µL を固定液から引き上げた
スライドグラスの隅に乗せ、緩やかに傾けることで PFA と混合させた後、室温の湿潤箱
中で 2 時間固定した。0.4% DRIWEL (Fuji Film, Tokyo, Japan) PBS にて 2 分
2 回洗
浄し、室温にて風乾させた。スライドグラスは−20℃または−80℃にて保存した。免疫蛍
91
光染色は第 3 章の方法、免疫組織染色の非特異結合のブロッキング以降と同法でおこな
い、二次抗体の反応は蛍光染色による共染色と同法でおこなった。 一次抗体は以下を使用した。 ・ 二本差対合部位の同定には、抗 SPC3 抗体(Guinea pig polyclonal anti-rat SCP3) は
Dr. Bernard de Massy (National Center for Scientific Research) より贈られ、1500
倍希釈にて使用した。 ・ 1 本鎖 DNA 部位の同定には、抗γH2AX 抗体 (JBW301,Mouse monoclonal anti-mouse γ
H2AX Upstate Millipore, Billerica, MA, USA)を 500 倍にて使用した。 二次抗体は以下を使用した。 ・ 抗 SPC3 抗体には、Alexa-594 蛍光標識ヤギ抗モルモットイムノグロブリン(A11076, Invitrogen, Life Technologies Japan Ltd., Tokyo, Japan)を 200 倍希釈で使用した。 ・ 抗γH2AX 抗体には、Alexa-488 蛍光標識ヤギ抗マウスイムノグロブリン(A21121, Invitrogen)を 200 倍で使用した。 92
5-3 結果 マ ウ ス 精 巣 の フ ァ ー ス ト ウ ェ ブ に お け る NPR-B の 局 在 はじめに、正常マウスの出生時から 1 週ごとにファーストウェブの精巣における
NPR-B の局在を確かめた。出生時 (P0)、NPR-B は未分化精原細胞に特異的に局在してい
た。P7 になると、生殖細胞は基底膜側に整列した。NPR-B は P7、P14 において精原細胞
で陽性と陰性が局在していた。P21、P28、P35 および成体になると再び精上皮上に現れ
た精原細胞に陽性となった (5-1)。 離 乳 前 の 精 巣 重 量 軟骨形成不全による矮小を伴い同時に腸閉塞などの消化管の障害により、slw/slw は
同腹の正常個体よりも身体が小さい (5-1 A)。slw/slw の精巣は同腹の正常個体と比較
した時に小さく (5-1 B)、重量は正常個体の約半分であるが (5-1 C)、精巣/体重比は
正常個体よりもわずかに高かった (5-1 D)。 SLW マ ウ ス の フ ァ ー ス ト ウ ェ ブ の 表 現 型 P0 および P7 においては正常個体および slw/slw での構造的な違いは見られない。P14
と P21 は正常個体と比較した時に slw/slw の精細管が全体的に細い。P14 の正常個体で
は、各精細管断面にみられる精子形成のステージは全体的にほぼ同期化して進行してい
るが、slw/slw では、ファーストウェブにも関わらず一部はパキテン期まで進行し、一
部は精細胞の出現が見られず P7 の形態を保つなど、ステージの進行に統一感がみられ
ない。P21 になると、正常個体ではほとんどの精細管がパキテン期まで進行し、一部で
は円形精子細胞が現れ、精上皮には次の精原細胞が現れている精細管も存在しているの
に対し、slw/slw は円く大きな腔胞とエオジン好染色性の細胞が目立つようになった。
P28 では、正常個体ではほとんどが円形精子細胞まで進行しているが、slw/slw はパキ
テン期が多く一部で円形精子細胞まで進んでおり、正常個体の P21 に近い様子がうかが
93
える。P35 では両者とも精細管によっては精子が存在し、成体では様々なステージが見
られる様になった。P35 以降になると両者での構造的な違いは見られなくなった (5-3 )。 ※P21 まで生存する slw/slw は非常に稀で、P21 以降は各 n=1。 次にセルトリ細胞の成熟度を調べるため、未成熟セルトリ細胞のマーカーとして知ら
れる AMH の免疫染色をおこなった。その結果、両者とも P14 まで陽性となり P21 では陰
性であった。P14 の slw/slw は AMH 陽性および陰性が混在しており、同一の精巣内にお
けるセルトリ細胞の成熟度に差がみられた (5-4)。続いて、正常個体と slw/slw の精細
管内の表現型に違いがみられる P14 と P21 のセルトリ細胞の BTB の構造を確かめた。BTB
タイトジャンクションのアダプタータンパク質として知られる ZO-1 の局在を調べたと
ころ、P14 および P21 の正常個体では精細管の基底部付近に局在が見られたが、P14 の
slw/slw では正常個体の様に整列せず無秩序に局在し、P21 では陽性シグナルは検出さ
れなかった (5-5)。P21 の slw/slw では変性細胞が多く時期特異的な減数分裂の進行異
常または BTB 機能の障害により体内側と連絡したままの減数分裂の進行によるセルト
リ細胞によるファゴサイトーシスが考えられたため、増殖期および DNA 合成期、さらに
アポトーシス細胞の局在を正常個体と slw/slw で比較した。PCNA および TUNEL 染色を
おこなった結果、両者の PCNA 染色はパキテン期前期まで陽性となり染色結果に違いは
みられなかった (5-6)。しかし、TUNEL 染色の結果、正常個体のアポトーシス細胞はわ
ずかであったが、slw/slw では明らかにパキテン後期以降でのアポトーシス細胞が多か
った (5-7)。 シ ナ プ ト ネ マ コ ン プ レ ッ ク ス slw/slw のファーストウェブにみられた精子形成進行の同期化の乱れや、パキテン後
期以降でのアポトーシス細胞の多発から、シナプトネマコンプレックスの過程または相
同染色体の対合に異常が生じていることが考えられたため、染色体標本を作製し蛍光免
疫染色をおこなった (5-8)。P12 の同腹個体を比較した結果、正常個体ではパキテン期
94
細胞が 44%と最も多かったのに対して、slw/slw ではプレレプトテン期細胞が 57.1%と
最も多かった (5-9)。また、slw/slw においてザイゴテン期までは正常個体との形態的
な違いは見られないもののパキテン期細胞では対合異常が認められた。パキテン期細胞
の対合異常は、正常個体が 11.1%であるのに対して slw/slw では 64.3%と、slw/slw で
の比率が高かった。この時 slw/slw は消化管の障害により非常に弱っていた(正常個体
および slw/slw 各 n=1)。P12 の slw/slw で消化管に障害が現れていない個体では、各ス
テージの割合が正常とほぼ同じになった (n=1)。 95
5-4 考察 CNP シグナルと雄の生殖器との関わりは、報告が増えつつあるもののノックアウトマ
ウスや突然変異マウスの詳細な表現型は、これまで報告されてこなかった。この章は
CNP シグナルの欠損がマウス精子形成にどのような影響を及ぼしているかを詳細に確か
めた初めての報告となる。結果として、成長期の衰弱を乗り越えた数匹の slw/slw の精
巣では正常と同様に精子が作られていた。これは、NPR-B ノックアウトマウスおよび
pwe/pwe の報告 32, 44と、第一章の交配実験により示された slw/slw 雄と正常雌のわずか
な産仔獲得の結果を支持したこととなる。そして、ラットでは CNP が BTB の機能を制御
している
42
にも関わらず、マウスでは精子形成に対して影響は無いことが確認された。
また、ラット精巣における NPR-B-mRNA はセルトリ細胞に発現しているものの 42、マウ
ス精巣における NPR-B は精原細胞に特異的であった。これは、NPR-B の発現細胞が種に
よって異なることを示唆している。 はじめに正常マウスで確かめた NPR-B の局在は、出生時の未分化精原細胞に特異的で、
1 週および 2 週で基底膜側に移動した精原細胞は、NPR-B 陽性と陰性とが混在した。こ
れは未分化型と分化型が混在しているためと思われるが、3 週以降では再び精上皮上に
現れた精原細胞に NPR-B が陽性となった。もしかすると NPR-B は未分化精原細胞に発現
しているのかもしれない。しかし、NPR-B のマウス精原細胞における作用は不明である。
雌では顆粒層細胞に分泌された CNP が卵丘細胞の NPR-B を活性化させ、生成された cGMP
はギャップジャンクションを介して卵子内に流入、卵子内 cAMP の維持に働く。これに
より排卵までの一時的な減数分裂停止状態は維持され、早期の減数分裂の再開と卵子の
成熟は制御され、雌の正常な排卵と受精の同調は制御されている 39。雌での報告を参考
にすると、雄では、雌と異なり精原細胞の減数分裂への進行が直接制御されているのか
もしれない。また、雄は雌の様な厳密な性周期とは異なり、精子が常に新しく作り続け
られるため、減数分裂の開始が一定せずに乱れても、結果として精子は正常に作られて
いるのかもしれない。 96
2 週齢で目立った slw/slw 精細管の同調の乱れは、この減数分裂開始の制御機構が乱
れている結果なのかもしれない。または、もしかすると、精巣では精原細胞で発現した
NPR-B は、精原細胞内 cGMP を上昇しカルシウムイオン濃度の調節に働き、細胞分裂や
核輸送の制御に関与しているのかもしれない。または出生前後の時期において、CNP が
核内で生成され、外側に向いた NPR-B により外周の cGMP 濃度を上昇し、細胞内外のカ
ルシウムイオン濃度の調節に働くことで精原細胞自身の運動性の獲得またはセルトリ
細胞との相互作用により基底側に移動しているのかもしれない。カルシウムイオンは精
子の鞭毛の運動活性化に関わる因子として知られており
102
、cGMP によるカルシウムイ
オン濃度の制御は、ファーストウェブ開始前の精原細胞の基底側への移動に関与してい
る可能性も考えられる。未成熟セルトリ細胞マーカーAMH の免疫染色では、2 週齢
slw/slw 精巣で陽性シグナルを示す精細管と陰性の精細管が混在していたことから、セ
ルトリ細胞の成熟もまた、精母細胞の減数分裂の進行と同調していることが示唆された。 3 週齢の slw/slw で顕著に現れた腔胞や変性細胞、アポトーシス細胞はパキテン後期
以降で圧倒的に多かった。また BTB を構成するタンパク質の一つである ZO-1 の局在も
2 週齢の slw/slw 精細管は異常がみられ 3 週齢では局在が見られなくなった。しかし、
変性細胞や空胞が目立つ 3 週齢の精細管でも PCNA は正常と同様にパキテン前期まで染
色されていることから、その時期でも DNA の合成はおこなわれていると考えられる。DNA
合成はおこなわれているにも関わらず、パキテン期後期でアポトーシスが多発している
のは、もしかすると 3 週齢 slw/slw では BTB が機能せずに、免疫機構の作用で第一減数
分裂前期のシナプトネマ複合体形成時にアポトーシスが誘導されたか、または免疫機構
とは無関係にシナプトネマ複合体の対合または分離に異常が生じていると考えられた。
12 日齢の正常個体と比較すると slw/slw はシナプトネマ複合体形成の進行に遅れが認
められ、正常個体では 44%が既にパキテン期であったのに対して slw/slw では 57%がプ
レレプトテン期であった。けれども、slw/slw のシナプトネマ複合体は、ザイゴテン期
までは正常で、パキテン期に特異的に一本鎖 DNA のシグナルが多く対合異常が認められ
97
た。パキテン期は本来相同染色体の対合がおこり、キアズマが形成されるステージであ
る 103, 104。これは ZO-1 の局在が見られなくなる 3 週以前に既に異常がみられたことから、
シナプトネマ複合体のパキテン期特異的に、免疫機構とは関係無く生じていると考えら
れた。 またこれは生後 12 日齢で腹部膨張により衰弱した slw/slw と正常個体の比較である
が、生後 12 日齢で、まだ消化管に障害が現れていない slw/slw では、各ステージの比
率は正常と同様であるだけでなく、対合異常もみられなかった。NPR-B は精原細胞に特
異的で精母細胞での発現はみられなかったことを考えると、この 3 週齢の精細管内に現
れる腔胞や変性細胞、アポトーシスや対合異常の増加は NPR-B を介した CNP のシグナル
の直接的な関連性は無いと考えられる。slw/slw の腸の表現型は、非常に重症で殆どが
2 週前後に死亡してしまう。そのため、2 週から 3 週では、もし生存していても飢餓状
態となっている。なぜなら、ミルクは多くが胃に滞留し、わずかに胃排出されたミルク
もほとんどが近位小腸までしか移行していない。すなわち、栄養の吸収が行なわれる小
腸には、十分なミルクが存在せずガスが充満してしまい、水分の再吸収が行なわれる大
腸もミルク由来の内容物は見られない(第 4 章の 4-1)。したがって、本研究で示され
た 3 週の精巣は死亡直前の飢餓状態のもので、身体の栄養失調が原因で、セルトリ細胞
が活性低下を引き起こしているのかもしれない。セルトリ細胞は BTB を形成し、また精
細胞を支持・保護するとともにホルモンや栄養を供給している。しかし飢餓状態に陥っ
た slw/slw ではセルトリ細胞も発育出来ず、精細胞はセルトリ細胞からの保護やエネル
ギー供給が無く、減数分裂進行過程におけるエネルギー不足によりパキテン期以降で正
確なシナプトネマ複合体形成のための進行出来なかったのかもしれない。稀に成体まで
発育した場合、体への栄養供給が行なわれるとセルトリ細胞の機能は復活し、精子形成
がおこなわれるようになったのかもしれない。マウスを用いた動物実験において、生後
離乳前の仔マウスを実験的に飢餓状態にすることは困難であり、苦痛の観点からもおこ
なうことは出来ない。たとえば、ビタミン A(VA)欠乏実験では、マウス精子形成が重度
98
に障害されるが、VA を与えると未分化精原細胞が分化型に転換し精子形成が回復する
だけでなく、それはセルトリ細胞の影響を受けていることが明らかとされている
105
。
slw/slw の場合、特定の栄養素欠損ではなく、腸疾患による総合的な栄養失調であり、
したがって、本章で得られた知見は成長期の飢餓状態の精子形成を示しているのかもし
れない。 slw/slw の精巣の大きさは正常マウスより明らかに小さいが、これは身体の大きさに
一致しているのかもしれない。精巣重量/体重比は正常よりも高く、成体の精細管にお
ける精子形成も正常個体と変わらないことから、NPR-B を介した CNP のシグナル欠損は、
マウス精子形成において大きな影響を与えていないことが考えられた。したがって、CNP
はマウス精子形成において、精原細胞の機能に対し何らかの作用を持つことおよび、減
数分裂や BTB の機能に時期特異的な作用を持つことが考えられた。 99
5-5 図表 5-1. Localization of NPR -B in the normal testis during the first -wave of spermatogenesis. NPR-B is specifically expressed in spermatogonia at P0. In 1w and 2w after birth, many of spermatogonia are NPR-B positive, however some of spermatogonia are not expressing NPR-B. Newly derived spermatogonia after 3w are NPR-B positive (left columns). Rabiit-IgG is negative control for NPR-B (right columns). Magnification 20 100
C D 5-2. Size and weight of the testes in P12 slw/slw. The slw/slw exhibited dwarfism and GI distention with gas (A). The testis of slw/slw was smaller than control testis and the weight of slw/slw testis was reduced by about 50% compared to that of control testis (B and C). Testis to body weight ratio, slw/slw was slightly higher than normal (D; slw/slw: n=6, normal: n=16). 101
5-3. The histological analysis of the testis of slw/slw revealed that spermatozoa were present in P 35 and adult testes of control and slw/slw (Left columns: normal mice; right columns: slw/slw). Note, despite the synchronous progression of spermatogenesis during the first-wave in the control testis, the slw/slw showed distinct incompatibility in seminiferous epithelium at P 14, and many vacuolated and eosinophilic cells were observed in the seminiferous epithelium of the slw/slw testis at P 21. Magnification 20 102
5-4. Results of the Immunohistochemical analysis of the normal (left columns) and slw/slw (right culumns) by using anti-AMH antibody. AMH was expressed in postnatal immature Sertoli cells both of slw/slw and normal at P 7 and P 14 and absent at P21.Magnification 20. 5-5. Results of the Immunohistochemical analysis of the normal and slw/slw by using anti-ZO-1 antibody. Magnification 40. 103
5-6. Results of the Immunohistochemical analysis of at P21 normal (left columns) and slw/slw (right culumns) by using anti-PCNA antibody. Both normal and slw/slw germ cells showed a similar expression pattern. Magnification 20. 5-7. Results of the Immunohistochemical analysis of at P21 normal (left columns) and slw/slw (right culumns) by TUNEL assay. Apoptotic cells were abundant in spermatocytes during late pachytene in slw/slw at P 21 compared to normal Magnification 20. 104
5-8. Meiotic synapsis of at P12 normal (left row) and their slw/slw littermates (right row) were stained with SCP3 (red) and γH2AX (green) for immunofluoresence study. The assembly of chromosome and synapsis appeared to be similar in the spermatocytes at preleptoten to zygotene in slw/slw compared to normal. Note the slw/slw pachytene spermatocytes, γH2AX was expressed in the autosomal region of the chromosomes. 5-9. Pachytene spermatocytes were predominant in normal mice, whereas preleptotene spermatocytes were predominant in slw/slw. The ratio of these abnormal pachytene spermatocytes at P12 was 64.3% and 11.1% slw/slw and normal littermate, respectively. 105
106
第 6 章 総括 107
SLW マウスは、2002 年に岡山大学農学部山地畜産学研究室にて維持していた ddY 系マ
ウスコロニーに自然発生した矮小個体(雄)より樹立した新しい突然変異系統である。
SLW マウスにみられる矮小の表現型は出生時には認められず、生後 3 から 5 日で認めら
れるようになり成長とともに顕著になる。また矮小個体の多くは消化管へのガスの充満
により腹部が膨張するという異常を呈し死亡する。これは SLW マウスにみられる最も特
徴的な表現型で、早期死亡個体では胃にミルクは確認出来るものの腸への移行が僅かで、
近位小腸にはミルクの移行が確認できるものの中間部以降の遠位部には達しない。また、
稀に成長した矮小個体では多くの場合産仔が得られず、不妊である。SLW マウスのこの
ような特徴から、SLW マウスの詳細な病態やこの表現型を引き起こす原因遺伝子が同定
できれば、骨形成や消化管機能障害また不妊症などのヒト疾患モデルとして、臨床応用
にむけた多くの重要な知見を得ることが期待できる。 以上の背景から、本研究では SLW マウスの表現型を引き起こす原因遺伝子の同定を試
みるとともに、詳細な表現型の解析をおこなった。はじめに SLW マウスの矮小の表現型
に着目し骨形態の解析をおこなうとともに、交配実験および遺伝様式の決定をおこなっ
た。SLW マウスの矮小を引き起こす表現型は常染色体単一劣性の遺伝様式に支配され、
この表現型は生後成長とともに顕著になった。同腹の正常マウスと比較したとき、矮小
個体の軟骨成長板は増殖軟骨細胞および肥大軟骨細胞の数が減少し成長板が薄くなっ
ていることが明らかとなり、矮小の表現型は内軟骨性骨化の障害に起因した骨伸長に障
害を持つことが示唆された。次いで原因遺伝子 slw の染色体上へのマッピングと、原因
遺伝子 slw の同定および突然変異を決定するため、連鎖解析をおこなった。全染色体の
全領域を網羅するように連鎖解析をおこなったところ、原因遺伝子 slw はマウス第四染
色体上の近位側約 11.7cM の領域にマッピングされ、D4Mit109 では連鎖解析に使用した
全ての矮小個体と連鎖した。そして、データベース上に公開されている遺伝子情報より
D4Mit109 の近傍に位置し、軟骨形成不全症の原因遺伝子の一つとして知られる Npr2 は
最も有力な候補となった。Npr2 が原因遺伝子 slw かどうかを確定的なものとするため
108
に、slw/slw 同様に常染色体単一劣性の遺伝様式により矮小の表現型を引き起こす既知
の Npr2 突然変異マウス Npr2cn/+と slw/+の相反交雑をおこなった。その結果矮小個体が
得られたことから原因遺伝子 slw は Npr2 である事が強く示唆された。そこで slw/slw
の Npr2 塩基配列を解析したところ、膜貫通直下の領域をコードするエクソン 8 に 7 塩
基の欠失が生じ、フレームシフトによるナンセンス変異を引き起こしていることが明ら
かとなった。そして 513 番目のアミノ酸に終止コドンが生じ slw/slw の NPR-B は細胞内
ドメインの機能が消失していることが示唆された。 Npr2 は CNP 受容体 NPR-B の遺伝子で、NPR-B は CNP の結合により細胞内グアニル酸シ
クラーゼを活性化し、セカンドメッセンジャーcGMP を生成する。CNP/NPR-B シグナルの
欠損は軟骨形成不全症を引き起こし、また cGMP はカルシウムイオンチャネルに作用し
細胞内のカルシウム濃度調節を通して細胞の弛緩や神経伝達に関与することが知られ
ている。 続いて、slw/slw の最も特徴的な表現型といえる消化管の異常が Npr2 の変異に起因
しているかどうかを検証した。NPR-B のリガンド CNP を用いた消化管断片の薬理反応実
験の結果、正常マウスの胃幽門部と結腸は CNP による弛緩反応が示されたのに対し、
slw/slw の胃幽門部と結腸は CNP による弛緩反応が起こらなかった。それは、slw/slw
の消化管の表現型が Npr2 の変異に起因していることを関連付けた。また小腸は正常個
体および slw/slw の両者で CNP による弛緩反応は示されなかったことから、CNP は消化
管の中でも特異的な部位に弛緩作用を持つことが示唆された。正常マウスへの CNP 静脈
投与による cGMP 生成量の増加は、幽門、結腸および直腸において投与直後に顕著で、
その後、時間の経過とともに減少した。近位小腸では、CNP 投与による cGMP の増加は
わずかで遠位小腸ではほとんど変化がみられなかった。これより、CNP はマウス消化管
において、幽門、結腸および直腸に特異的に作用することが確かめられた。そして NPR-B
の機能が消失している slw/slw では CNP の投与による cGMP は増加しなかった。これよ
り、CNP 投与に誘導された cGMP の増加は NPR-B の活性化の結果であることが明らかと
109
なった。放射性物質を利用した内容物移行の追跡により、CNP 投与は一時的に胃排出を
遅らせるが、その後一時的に穏やかに胃排泄を早め、その後、元に(非投与群と同程度
に)戻ることも確かめられた。またウェスタン解析では NPR-B は幽門と大腸で発現が認
められ、免疫染色では NPR-B は消化管神経、および幽門と大腸の平滑筋に強く陽性を示
した。これらのことから、マウス消化管における NPR-B を介した CNP による作用は、幽
門と大腸に特異的に作用している事が示唆された。 さらに、近年、CNP は精子形成に重要な役割を果たしているセルトリ細胞のバリア機
能、血液精巣関門 (BTB) の制御に関与している事が報告され、slw/slw でも産仔が得
にくいことから、NPR-B 機能の欠損がマウス精子形成に影響をもたらしていることが考
えられたため、SLW マウスの精巣の詳細な表現型について解析をおこなった。はじめに
免疫染色により正常マウス精巣における NPR-B の局在を調べたところ、NPR-B は出生日
(P0)の未分化型精原細胞に強く陽性を示しその後の週齢においても精原細胞で陽性と
なった。精原細胞の減数分裂への進行に対し何らかの作用をもつことが示唆された。続
いて slw/slw および同腹正常個体精巣の組織標本を観察した。その結果、P0 と 1 週齢
では両者に際立つ違いはみられなかった。しかし、2 週齢の slw/slw 精巣はファースト
ウェブにも関わらず精細管の同調した精子形成が見られず、BTB アダプタータンパクの
一つである ZO-1 の局在が正常マウスと異なり無秩序に配列されていた。3 週齢になる
と ZO-1 の局在が認められなくなり、パキテン後期以降の細胞で多くのアポトーシスが
生じていた。生後 12 日齢の正常個体と slw/slw 精巣から表面展開法による染色体標本
を作成したところ、slw/slw は正常個体と比較した時に、第一減数分裂前期のシナプト
ネマコンプレックスの進行に遅れが認められ、さらにパキテン期細胞では 60%以上で対
合異常が認められた。しかし、稀に成体に達した slw/slw の精子形成には異常はみられ
ず精子は正常に形成されていた。これにより CNP はファーストウェブ特異的に減数分裂
や BTB の機能に重要な作用を持つことが示唆された。 110
ヒト軟骨形成不全症 AMDM は、ヒト NPR2 遺伝子に変異が生じることで軟骨形成不全に
起因した低身長、四肢の短長や骨形成異常を伴う
34-38
。SLW マウスは生後約 2 週から 3
週で死亡してしまうため成体での解析に用いることは困難であるが、そもそも骨伸長は
大人になる前の現象であることから、ヒトの乳児から小児にかけての盛んな軟骨細胞の
増殖・分化に関する CNP/NPR-B の役割を解明する上で、ノックアウトマウスや他系統の
NPR-B 突然変異マウスとの比較も合わせ、AMDM の治療へ向けた応用実験に大きく貢献す
ると考えられる。また、slw/slw にみられた多くの破骨細胞が何を意味しているのか非
常に興味深い。slw/slw の薄い成長板は、CNP のシグナルが伝わらないことで、軟骨細
胞自身が増殖の活性を失った結果なのか、それとも破骨細胞が活性化し肥大軟骨細胞が
分化途中でどんどん吸収されてしまった結果なのか、これらが解明されれば CNP の軟骨
形成不全症に対する治療への応用がさらに進むと期待できる。 消化管は食道、胃、小腸、大腸で構成され食物の消化・吸収を担う重要な臓器である。
また体内にありながら体外と接している特殊な臓器で、疾患も多種多様である。胃がん、
大腸がんなどの悪性腫瘍、神経性胃炎や過敏性腸症候群、胃潰瘍や十二指腸潰瘍など日
常生活と密接に関わるもの、潰瘍性大腸炎・クローン病といった難病もある。ヒルシュ
スプラング病では遠位大腸の腸管神経節が欠損し蠕動障害が引き起こされる。他にも幽
門狭窄症や腸閉塞など、消化管の疾患には様々なものがある。しかし、消化管の疾患は、
他臓器と比較して機能制御に関する分子機構や理解が遅れている分野でもある。それは
一連の臓器として非常に広大であり食物や細菌の生存などの環境因子も直接的に絡み、
その構造も上皮系、内分泌系、神経系、平滑筋など多彩な細胞により構成されネットワ
ークが複雑であることも一つの理由となっている。これまで、消化管に表現型が現れる
突然変異マウスとして、c-Kit およびリガンドの SCF、エンドセリン受容体 B (ET-B) お
よびリガンドのエンドセリン 3 (ET-3) をコードする遺伝子の突然変異マウスが知られ
88-93
、このシグナルに関連した腸管の機能の解明に貢献している。SCF/c-Kit の突然変
異マウスでは腸管のペースメーカー細胞として知られるカハール介在細胞の発達異常
111
に起因した運動疾患が生じ、ET-3/ET-B の突然変異マウスでは大腸遠位部の腸管神経節
欠損となり、神経節欠損部の蠕動が生じない事で内容物が排泄されず、大腸に内容物が
滞留してしまうことからヒトヒルシュスプラング病のモデル動物として研究されてい
る。しかし slw/slw はこれらの突然変異マウスとは異なる表現型であり、自律運動障害
も腸管神経節欠損もみられなかった。腸閉塞に関連した病態解明のモデルマウスとして、
また消化管における CNP/NPR-B の生理機能を解析する上で非常に価値が高い。脳より同
定された CNP は、従来、脳神経系や循環器動態との関係が注目され、ノックアウトマウ
スの表現型から内軟骨性骨化に関して高く注目されているが、SLW マウスの解析をとお
して消化管での重要な役割も明らかとなり、消化管平滑筋と消化管神経系との相互関係
に対する、NPR-B を介した CNP シグナルの関係を解析する上で非常に有用であると思わ
れる。 もっとも良く知られた cGMP の働きは、細胞内カルシウムイオン濃度の制御による平
滑筋の弛緩、血管の拡張作用である (緒論の図 1-6)。ガス状物質の NO は自在に細胞内
外に連絡し sGC を活性化させるが、最終的に同じ作用を持つ CNP/NPR-B は NPR-B が発現
している細胞特異的に、その作用を発揮することになる。cGMP は cGMP 依存性カルシウ
ムチャネルを活性化させると、細胞内カルシウムイオンの細胞外流出により、細胞内の
カルシウム-カルモデュリン複合体が減少し、すると、カルモデュリン依存性ミオシン
軽鎖のリン酸化が抑制されて、ミオシン線維のアクチン線維からの解離が生じ弛緩が起
こる。cGMP は特異的分解酵素 PDE5 に分解されるとともに、カルシウムイオンは電位依
存性カルシウムチャネルや受容体作動性カルシウムチャネルを介して細胞内に流入し、
再びカルシウム-カルモデュリン複合体が形成されるとミオシン軽鎖がリン酸化され、
続いて ATPase が活性化しアクチン線維にミオシンが滑り込むと細胞は収縮する。また、
cGMP は cGMP 依存性プロテインキナーゼ G (PKG) を活性化するとイノシトール三リン酸 (IP3) が活性化され、細胞内カルシウムイオンストアである筋小胞体のカルシウムチャ
ネルを開き、筋小胞体から細胞質へカルシウムイオンを放出することで、弛緩だけでな
112
く自ら収縮も誘導している。この cGMP の作用は神経系において、神経内カルシウムを
放出することで過分極を引き起こすと同時に、細胞外に流出したカルシウムイオンが次
の神経に流入し脱分極に働く。つまり、cGMP すなわち、cGMP を生成する NPR-B、NPR-B
を活性化させる CNP は、平滑筋自身の弛緩だけでなく神経伝達物質として、特に NANC
神経伝達物質として生体に重要な役割を担っていると考えられる。 既に、PDE5 の cGMP 分解作用を阻害することで細胞内 cGMP 濃度の維持・上昇作用を
持つシルデナフィル
106
は、インポテンスの治療薬や、育毛剤として既に利用されてい
る。複数存在するグアニル酸シクラーゼには、細胞膜結合型の NPR-A、NPR-B、可溶性
の sGC、また、腸管グアニル酸シクラーゼとして知られる GC-C など複数存在し、それ
ぞれ異なるリガンドにより活性化している。NPR-A を介した ANP および BNP のシグナル
は、緒論で述べたように、主に心線維化の抑制や血圧調節やナトリウム利尿作用に働く。
NPR-B、sGC は主に前途した様に血管や平滑筋の弛緩に作用する。GC-C は、小腸で分泌
されるグアニリン・ウログアニリンにより活性化されると cGMP を生成し、塩素分泌を
亢進して、水・ナトリウム・塩素の再吸収を抑制する
107
。そして大腸菌に分泌される
耐熱性エンテロトキシンも GC-C を活性化し下痢を誘発する 108, 109。これらのグアニル酸
シクラーゼが、生体においてそれぞれどのように住み分けをし、どのように相互関係を
持っているのか興味深い。これらが詳細に解明されれば、cGMP の作用に関連する疾患
をそれぞれ特異的に治療できるようになるかもしれない。 これまでに Npr2 のノックアウトマウスやミュータントマウスは、slw/slw を含めて 4
系統が報告されている (1-3)。リガンド CNP のノックアウトマウスも含めて、全ての系
統において内軟骨性骨化の障害による矮小の表現型は共通していることから、CNP は長
管骨の成長に対し、重要であることがうかがえる。早期死亡に関しては、CNP、NPR-B
のノックアウトマウスでも報告されているものの、原因は追求されていない。また、
cn/cn は非常に活発で弱ることは無く、早期死亡は現れない。pwe/pwe も早期死亡につ
いては報告されていない。雌の生殖機能に関しては、初めに NPR-B ノックアウトマウス
113
で生殖器官の未発達とその卵巣内での第一次減数分裂前期で休止した卵子ではない第
二次卵胞が多数存在していることが報告された。次いで cn/cn および pwe/pwe において
も、卵の成熟異常が報告された。これらは異常な卵子が発生するわけではなく、本来第
一減数分裂前期で休止していた卵子は、排卵のタイミングに合わせて減数分裂を再開す
るが、第一減数分裂前期で休止することなく減数分裂が継続されてしまう異常である。
稀に成体に達した slw/slw の雌の中には産仔を得た個体もあり、固体差による偶然が考
えられるが、slw/slw でのこの偶然は cn/cn および pwe/pwe と同様に卵成熟に異常が生
じていたとしても、卵の成熟・排卵・受精のタイミングが一致さえすれば、受精し、個
体発生に至る事ができる事を示しているとも考えらる。雄の精子形成では、NPR-B ノッ
クアウトマウスおよび pwe/pwe の成体の正常な精子形成が報告され、pwe/pwe は低受精
ながら交配していることが記述されている。雌と同様に slw/slw は雄でも稀に交配し産
仔を得た個体もあり、これらを考えると、平滑筋の運動障害により、精子の輸送に障害
が生じている可能性や、また、四肢の短小といったフィジカルな原因で交配しづらいこ
とが雄の不妊として考えられる。そもそも、SLW マウスそのものが、自然発生した矮小
個体の雄を起源としていることからも、NPR-B を介した CNP のシグナルが欠損しても、
成体での精子形成への影響は少ないと考えられる。消化管の障害は slw/slw に特異的で、
明らかな理由は解決できていない。考えられることとして、①:CNP のノックアウトマ
ウスは、NPR-B は存在しているためわずかに NPR-B が作用を有している、②:NPR-B ノ
ックアウトマウスと pwe/pwe は、おそらく NPR-B 自体が存在していないと考えられるこ
とから、CNP はわずかに他の受容体に結合し何らかの作用を有している、③:cn/cn は
グアニル酸シクラーゼ活性が起こらないことが推測されるものの、KHD ドメインに在る
ATP 結合サイトへの ATP の付加はあると考えられることから、KHD ドメインによる他の
シグナル経路への作用を有している、④:slw/slw は、リガンドの結合サイトだけはあ
るものの、細胞内ドメインが欠損していると考えられることから、CNP は機能の無い
NPR-B に結合するだけしてしまい、他の受容体やシグナル機構への働きかけやレスキュ
114
ーが一切無いということである。これはあくまでも推測であるが、これが、同じ遺伝子
に変異を持つ他の系統よりも最も重症となる slw/slw の表現型の要因の一つと考えら
れる。 稀に生存し成体に達した slw/slw は、矮小の表現型は残るものの、その後は至って正
常に成長を遂げる。これまでの報告で CNP は胎児期から成長期に掛けて発現量が多いも
のの血漿中の CNP は老化とともに減少してゆくことが報告されている
110
。このことは
長管骨の伸長に CNP が重要であることも裏付けとなる。長管骨は永遠に伸び続ける訳で
はなく、成人となる頃には軟骨の分化は終わりを迎え成長も止まる。もしかすると、成
体に達してしまえば、NPR-B を介した CNP のシグナルはそれほど重要ではなくなり、末
梢の血管や神経系にて CNP の機能としてよく知られる細胞の抗線維化や抗増殖機能 23, 24
を発揮するようになるのかもしれない。成長期から老齢期にわたる様々な世代の CNP へ
の反応の違いや作用部位の違いなども興味が持たれる。 本研究で得られた新たな知見の意義は、NPR-B を介した CNP のシグナルが、これまで
の報告にあるように内軟骨性骨化制御機構に重要であることを確認するとともに、この
シグナルがマウス消化管制御機構のうち幽門と大腸に部位特異的な弛緩作用をもつ事
を解明し、またマウス精子形成に時期特異的に作用する可能性を示唆した点にある。
slw/slw に現れた表現型は、骨伸長や消化管機能をはじめ、精子形成にいたるまでの生
後から成長期の身体の発達に関わりを持つことから、これらの機構の解明により、この
時期にみられる疾患治療の発展に貢献することが期待できる。さらに SLW マウスは、
CNP/NPR-B の生理機能の解析とともに、NPR2 遺伝子の突然変異により軟骨形成不全症と
なるヒト AMDM 患者や、ヒト乳幼児肥厚性幽門狭窄症や腸閉塞、腸捻転などの消化管の
狭窄異常に関連した疾患の病態解明や治療法開発に向けた新しいモデル動物として有
用となると考えられた。 115
116
謝辞 本研究を行なうにあたり、終始御懇篤なるご指導、御鞭撻を賜わりました岡山大学大
学院 環境生命科学研究科 国枝 哲夫 教授に心より深謝の意を表します。 同時に、業務との両立について、寛容に御支援、御助力をいただきました放射線医学
総合研究所 分子イメージング研究センター 分子病態プログラム 佐賀 恒夫 プロ
グラムリーダーに心から感謝の意を表します。 SLW マウスの由来する ddY に現れた突然変異マウスを提供して下さいました岡山大学 農学部 山地畜産学研究室 河本泰生 元助教授ならびに、実験の遂行にあたりご指導
をいただきました岡山大学大学院 環境生命科学研究科 辻岳人 准教授、同研究科 阿部浅樹 准教授、研究を行なうにあたり寛容にお見守り下さいました分子病態プログ
ラム 古川高子 先生、Aung Winn 先生、Zhao-hui Jin 先生、犬伏正幸 先生、辻厚
至 先生、X 線透視画像の撮像に協力して下さいました先端生体計測研究プログラム 脇坂秀克さん、SLW マウスの放医研への導入に協力して頂きました研究基盤センター 塚本智史さん、石田有香さん、岡山大学大学院 自然科学研究科 動物遺伝学研究室 藤
原靖浩さん、論文執筆のご指導をして下さいました癌研究会有明病院 画像診断センタ
ー 核医学部 小泉満 部長に厚く御礼申し上げます。 多くの有益な御助言、御励ましを頂きました京都薬科大学 動物研究センター 西川 哲 先生、岡山大学 浅野友香さん、東京医科歯科大学 岩渕千里さん、放射線医学総
合研究所にて勤務する機会を与えて下さいました放射線医学総合研究所 福島復興支援
本部 被災者健康管理・調査プロジェクト準備室 原田良信 室長に深く感謝いたしま
す。 最後に、常に心の支えとなっていた息子の湧太に深く感謝するとともに、今後有意義
な人生を送ることを願い遠くから見守ります。 2013 年 3 月 曽川千鶴 117
118
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