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「多摩美術大学修了論文作品集」の抜粋で - Tama Art University
これは多摩美術大学が管理する修了生の論文および 「多摩美術大学修了論文作品集」の抜粋です。無断 転載・無断使用はいかなる場合でもこれを禁じます。 使用の際は必ず以下にご一報ください。 多摩美術大学大学院 e-mail: [email protected] 2003 年度修士論文 『動的なヴィジュアル言語−キネティック・タイポグラフィについて』 About dynamic visual language – Kinetic Typography 多摩美術大学大学院美術研究科デザイン専攻 Graduate School of Tama Art University Art Research Department Master’s Course in Design 李 盛ヒ Lee Sunghee 学籍番号 30130070 論文指導教員 須永 剛司 原田 泰 Sunaga Takeshi Harada Yasushi 目次 はじめに 第一章 キネティック・タイポグラフィについて ⒈タイポグラフィーとキネティック・タイポグラフィの定義 ⑴タイポグラフィーの定義 ⑵キネティック・タイポグラフィの定義 ⒉キネティック・タイポグラフィの具体的な特徴 ⒊韓国語キネティック・タイポグラフィの特徴 ⑴韓国語の性質(音素〔phoneme〕、音節〔syllable〕) ⑵口語体の表現(助詞、句) ⒋意味をもたらすための動きの特性 ⑴動きの定義 ⑵動きによる意味伝達 ⒌キネティック・タイポグラフィの活用 第二章 タイポグラフィーを用いた作品事例 ⒈動的な表現を用いたタイポグラフィー ⑴フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(F.T.Marinetti 1876-1944)の実 験的タイポグラフィー ⑵エル・リシツキー(El Lissituky 1890-1941)のダイナミック・タイポグラ フィー ⒉キネティック・タイポグラフィを使った映像作品 ⑴映画のタイトルに用いられているキネティック・タイポグラフィー ⑵日本のテレビ CM での使用例 第三章 自分の作品について ⒈作品Ⅰ−『文字圖』 映像 2001 60 秒 ⑴文字圖について ⑵作品の具体的説明 ⑶作品の問題点と課題 ⒉作品Ⅱ−『木と語らい』 CD—R 映像 2002.2 5 分 ⑴『木と語らい』について ⑵作品の具体的説明 ⑶作品の問題点と課題 ⒊作品Ⅲ−『動く新聞』 ウェブ映像 2002 60 秒 ⑴『動く新聞』について ⑵作品の具体的説明 ⑶作品の問題点と課題 ⒋作品Ⅳ−『BIRD SONG』 映像 2002 60 秒 ⑴キネティック・タイポグラフィ作品として民謡を選んだ意図 ⑵制作プロセス ⑶表現の試作 ⑷作品の具体的説明 ⑸作品の問題点とまとめ 注記 引用文献 参考文献 はじめに 最近の映像メディアを見ると、必ずと云って良い程どこかで文字を動かして いる。ウェブデザインやニュース、スポーツ番組などのタイトル、特に CM で 最も多く見られる。 この動く文字表現、つまりキネテイック・タイポグラフィは、背景やその他 の文字情報を含めて、最低限必要な情報に関連する膨大な量の情報を短時間で 表示し、読んで理解させるのではなく感覚的に解らせてしまう効果をもってい る。 最近キネテイック・タイポグラフィが良く使われているものの、文字に与え られている動きと文字に対しての不適切な動き、文字表現以外に用いられてい る線、輪、図形、点などが文字より強調され、意味や関連性が感じられないこ ともしばしばある。ただ止まっているよりは動いた方が目を楽しませ、注目を 引くからといって使っているのか、実は動きや配置までからめて全てに意味が 与えられているのに読み取れていなかったのか、いずれにせよこの動く文字に ついての理解が欠けている気がする。 この論文は、読んで理解させるのではなく感覚的に解らせてしまう効果をもっ ているキネテイック・タイポグラフィの性質を活かし、言葉の異なる国民の誰 もに内容が伝わるようにと、ナレーションや台詞に頼らず、文字の動きだけで 内容が理解できるようなキネテイック・タイポグラフィを研究し、言葉の壁を 超えて万国共通にコミュニケーションができる作品を作ることに目的がある。 広い意味でキネテイック・タイポグラフィはタイポグラフィーに属するもの なので、先人のタイポグラファーによる、現在のキネテイック・タイポグラフ ィに通じるようなタイポグラフィー作品や、最近の映像メディアで使われてい るキネテイック・タイポグラフィについて考察する。また、米カーネギ・メロ ン大学デザイン学科助教授の石崎豪*による先行事例を参考にし、キネテイッ ク・タイポグラフィについてまとめ s る。最後に自分の作品を通して検証して みる。 第一章 キネティック・タイポグラフィについて ⒈タイポグラフィーとキネティック・タイポグラフィの定義 ⑴タイポグラフィーの定義 平凡社の世界大百科事典によると、「印刷物及びそれによる印刷物のことで、 本来は活版術の技法と印刷物のことをいった。近年になり印刷技術全般とその 印刷物を指すようになり、更にそのうち文字が主体になっているものの印刷表 現を主にいうようになった。ところが今日では印刷媒体にとどまらず、動くタ イポグラフィーとして映画やテレビ、ビデオの分野が加わり、コンピューター グラフィックスが応用されるようになって、より高度で複雑な表現が可能にな りつつある」と書かれている。 タイポグラフィーとは、伝達したいメッセージを受け手に伝え読ませること を目的として、有効にメッセージを伝えるため特定の文字書体に変換しつつ、 伝えたい内容を再現・描写する手法の伝達のための手段であり、また文字書体 を設計する行為も含む。 ⑵キネティック・タイポグラフィの定義 キネティック・タイポグラフィとは、時間軸の上で表現される動きをもつタ イポグラフィーである。従来紙などのメディアに表現されたタイポグラフィー がコンピューターの普及に伴い、ムービーやウェブのような動的表現空間に拡 張された。文字に動作をつける、すなわち文字に時間軸を与えることによって 感情や口調といった情報を付加してメッセージをより効率的に伝達することを 可能にしたのがキネティック・タイポグラフィである。 例えば、‘おはようございます’という言葉を画面の上に流すとしよう。人各々 その日の気分によって、またはイントネーションよって楽しげに点減したり、 悲しげに小刻みに動いたり、細いウェートの小さい文字を連続的に速いスピー ドで動かすことでささやくような声を表すなど。このように動きをつけること で文字に感情や声のイメージが伝わる新しい文字表現形式である。 ⒉キネティック・タイポグラフィの具体的な特徴 タイポグラフィーは、話し言葉やダンス、音楽、映画などと違い、本来は動 きを持たない。だから文字は、平面上に真すぐに位置付けられ、正面から読む ようにデザインされている。しかし、キネティック・タイポグラフィは、話し 言葉が持つイントネーションや声、ダンスや音楽が持つエモーショナルな感覚、 あるいは映画が持つストーリー性などを持つことが可能だ。 米カーネギ・メロン大学デザイン学科助教授の石崎豪*はキネティック・タ イポグラフィについて、 ①すばやい連続的な視覚の表現(RSVP) ②時間のフォームを描写(Describing Temporal Forms) ③口調(Tone of Voice) ④動作・感情(Motion & Emotion) ⑤リズム・読み取り(Rhythm & Reading) など、その特徴を述べている。このような先行研究結果を踏まえて、キネテ ィック・タイポグラフィの具体的な特徴を考えてみる。 ①すばやい連続的な視覚の表現(RSVP) 高速連続視覚表現(Rapid Serial Visual Presentation)は心理学の分野で研 究なされている文章の表示方法に関する研究で、文章は比較的速いスピードで 単語ごとに表示された方が意味伝達が速い。RSVP 研究で前後の文や行に影響 を与えることなく,読者の読みのペースに合わせて文字の形態を時間的に変化 させることができる。 ②時間のフォームを描写(Describing Temporal Forms) デジタルメディアにおいて,文字(text)はもはや固定した形態をとる必要 がない。 大きさ,色,位置などタイポグラフィーにおけるいろいろな形態の 属性が時間軸において変化することで,メッセージの内容をより表現豊かな物 にすることができる。広い意味でのタイポグラフィーは,文字の形態を注意深 く扱うことで書き言葉の意味をより豊かに,あるいはより正確なものにするこ とである。時間軸という 新しい時限を有効に使うことによって,タイポグラ フィーの伝達能力の可能性をより豊かなものにすることができる。 ③口調 (Tone of Voice) 発音・発声・抑揚(Rhythm and Intonation/Contours/Pitches)をまとめて 音調、口調(Tone of Voice)という。発音(Pronunciation)とは、ふつう一般に いう発音のことと、単語一つひとつの発音のことがある。発声 (Stress/Enunciation/Articulation) と は 、 感 情 の 移 入 (Incorporation of Emotions)のことで、優しくいわなければならないときは優しくいう。感情に あわせた発声(=感情移入)をおこなう。抑揚は文の意味を決定する重要な役 割をもつものである。 ④動作・感情(Motion & Emotion) 一つの運動形態が感情的な内容を表現できる。例えば、メッセージを小刻み に振動をさせることで憤怒、刺激を表す。また、 ’up’という文字を画面の下か ら上へ移動させることで動作と単語の内容を一致させ表現を強調することもで きる。 ⑤リズム・読み取り(Rhythm & Reading) リズムはキネティック・タイポグラフィにおいて可読性を与える重要な役割 をもつ。劇的な効果を高めるため一時的に停めたり、単語にアクセントを入れ 強い印象を与えたり、声に高・低のトーンを入れ読むことで表れるリズムは運 動メッセージを表現するのに重要な要素である。キネティック・タイポグラフ ィでは感情的な内容を伝達する手段としてリズムを効果的に使える。 ⒊韓国語キネティック・タイポグラフィの特徴 ⑴韓国語の性質(音素〔phoneme〕、音節〔syllable〕 1446 年李朝第四代の皇帝世宗によって公布された韓国語は、24 個の基本音 素で構成され、母音 10 個と子音 14 個をいくつか組み合わせてはじめて文字に なる。文法的には日本語ととても似ている。表音文字であるハングルは、アル ファベットと同じく子音字と母音字を区別する音素文字であるが、また言語音 を音節単位でまとめて表記するものだから、同時に音節文字としての性格もも っている。英語は音素の位置と関係なく一つの形態の文字である。しかし、韓 国語は音素がどの位置に置かれるか、またどの音素と組み立てられるかによっ て形が変わる場合もある。音節・音素両面にも使える韓国語をキネティック・ タイポグラフィで表現するにあたって、字間の幅に変化をあたえ静けさや緊張 感、視線の集中など言葉に含まれている情緒の表現が容易である。また単語を 音節単位に書いて読みやすい特徴ももっている。 ⑵口語体の表現(助詞、句) 一般に印刷された媒体などに見られるタイポグラフィーは文語体として表現 される場合が多いが、キネティック・タイポグラフィの表現で文字は単語ごと のまとまりや時間的な操作によって表現することが可能である。韓国語の場合、 文語体において助詞は重要な意味上の指示を伴うが、口語体ではしばしば省略 されても意味が通じる場合がある。キネティック・タイポグラフィ表現では、 口語体のリズムを句ごとにまとめたり、助詞の大きさやウェートを調節したり して、リズムをうまく与えることで可読性も高まるし、口語体に近い表現も可 能になる。また助詞を単独で表示し、強調するような効果をもつこともある。 ⒋意味をもたらすための動きの特性(文字がわからなくてもメッセージが理解 できるような動きについて) ⑴動きの定義 動きとは、オブジェクトのフォルムや属性を作ったり、変えたり、あるいは 変化を暗示したりするアクションまたはアレンジ、と定義できる。紙媒体では、 タイポグラフィーに動きはないので、方向と言った場合、文字字体の向きおよ び文字を読む向きのことを指す。しかし、キネティック・タイポグラフィで方 向と言った場合は、タイポグラフィーでの方向の上に、実際移動する文字の動 きの方向、時間軸を中心として回る、回転の動きなども含まれる。印刷物では、 重要度に応じて文字を階層分けする場合、大きさを変えたり、色を変えたり、 位置を変えたりする。キネティック・タイポグラフィではさらに、動きの速度 を変えたり、奥行き方向に対する位置関係を変えるという要素が加わる。 ⑵動きによる意味伝達 ①意味をもつ文字のキネティック表現 一文字の単語でもその言葉に何らかの意味がある場合、その意味をキネティ ックの動きとして照らし合わせてみることができる。例えば、歩く・飛ぶのよ うに物理的な動作を表す属性と忘れる・あたたかいのように感覚的な状態を形 容する属性をもつ単語があるとする。字がわからない場合でも、物理的な状態 を視覚的な動きに置き換える表現にすれば、動きを参照しやすい。しかし、感 覚的な属性の場合、視覚的に物理的な動きを直接参照できないため、感覚を連 想させる動きに置き換える必要がある。例えば、‘忘れる’の文字を消えてい く(消す)など、メッセージの意味に即した動きで置き換えられる。ここでの 動きとは私たちが普段理解している「動き」をアニメ化することである。 ②動きで感じられる感情表現 映像言語(特にテレビの例)における電通の経験的な集積結果からわかるよ うに文字の物理的な表れ方によって感情の表現が可能である。 ⅰ.左から右へ-軽快にみえる ⅱ.左上から右下へ-美しく情緒的 ⅲ.右から左へ-反抗的で強い印象 ⅳ.右上から左下へ動き、そこで停止する商品-力強く、説得的 ⅴ.真上へ動く-力強く、印象が強い ⅵ.後退する商品-安定した沈静感 ⅶ.接近する-興奮を感じる この研究はキネティックの場合でも当てはまる。視覚上でスクリーンは、奥 行きのある空間として認識される。奥行きを表現するために「スケール」はも っとも重要な要素で、フレームに対して文字が大きくなると、文字が手前に接 近している感じを、小さくなると文字は遠くに後退している感じを与える。ま た、同様の効果が速度の違いでも作られる。手前の文字は動きが速く、奥の文 字はゆっくり動くのだ。なぜならば、手前の大きな文字にとって画面は小さく、 すぐに横切れたり、消えたりするが、奥の小さな文字にとって画面は大きく、 長い距離を移動しなければならないからである。この他に、文字の明暗や色合 いのコントラストでも、奥行きは表現できる。 ③記号として文字のキネティック表現 一つの記号としての文字に意味をもったせ有効なビジュアル効果のため文字 を変形させることができる。文字を変形させると、単なる記号ではなくイメー ジになる。例えば、記号としての‘とり’の文字を飛ぶ鳥としての言葉の意味 をもたせるため鳥らしきの形、動きに変形させることで単なる‘とり’が‘鳥’ のイメージで意味が伝わるであろう。 この外にも具体的な動きとして、瞬間表示、場面転換、残像、反復、反転、 流れ、ずらし、広がり、ぼかしなどの動きからも意味把握ができる。 ⒌キネティック・タイポグラフィの活用 現在、映画やテレビのタイトル、テレビ番組またはチャンネルのアイデンテ ィティ広告、ウェブサイトでのバーナー広告やイントロ画面、CD-ROM タイ トルなどのさまざまなプロジェクトに利用されている他に、「聴覚障害児のた めの単語学習システム」、「携帯情報端末システム」、「交通情報システムのお ける表示方法」、「マルチメディアデザインのための基礎学習」などの研究に もキネティック・タイポグラフィが活用されている。 第二章 タイポグラフィーを用いた作品事例 ⒈動的な表現を用いたタイポグラフィー ⑴フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(F.T.Marinetti 1876-1944)の実 験的タイポグラフィー イタリア未来派の詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティが「未来派宣 言」(フランスの新聞 『ル・フィガロ』紙 1909 年 2 月 20 日付に掲載)に発 したのをきっかけで始まった未来派の芸術運動は、スピードや機械を賛美し、 古いものをぶち壊して、過激な主張を宣言した。スピードや機械の躍動感を文 字組で表現していたマリネッティは、単語を作る文字が単なるアルファベット 記号でないことに気づき、言葉を見る新しい方法や活字で形を作る方法を取り 入れ、異なったウェートや形が紙面の位置だけでなく言葉に明瞭な表現的性格 を与え、言葉の意味・音と、文字の形・配置とが共鳴し錯綜するように表現し た。『ツァン・トゥム・トゥム』は、バルカン戦争に想を得たもので武器の音 をイメージする音節や母音・子音で表現されたフリーワードの詩である。機械 音や兵器倉庫の音と振動、それに伴う戦争讃美といった未来派宣言文の過激な 表現がそのまま言葉とダイナミックな活字でデザインされている。 図 1) 題 名:『ZANG TUMB TUMB』 出版: Edizioni futuriste di "Poesia",Milano,1914 著:Filippo Tommaso Marinetti マリネティは『自由への叫び』の詩で、戦場からの恋人の手紙を読む少女と 戦争の混沌を表す。この詩でも、ダイナミックな動きのリズム、様々な級数・ 様々な活字の併用という革命的な手法で、それまでの詩と絵画の区別を破壊し た。 図 2)題名:『自由への叫び』1919 著:Filippo Tommaso Marinetti マリネティの実験的タイポグラフィーは印刷頁面の伝統的な対称配置を打破 し、ドイツにおけるダダ主義のタイポグラフィー的な革新の先例となり、ロシ アにおける実験主義にも影響を与えた。 ⑵エル・リシツキー(El Lissituky 1890-1941)のダイナミック・タイポグラ フィー マリネティの芸術とデザインの新しい概念と、言葉のイメージの融合を求め、 機械的な美しさを認識した運動がロシアの構成主義へ波及した。その頃ロシア のエル・リシツキーは 1923 年雑誌『Merz』の 4 号に掲載された「タイポグラ フィーのトポグラフィ」でダイナミックなタイポグラフィーという新しい命題 を公表した。その内容は以下のものである。 ①紙の上に印刷されたことばは、聴覚ではなく、視覚によって了解されるもの である。 ②さまざまな思想はありふれた言葉によって伝達されるが、その思想は文字を 通して定着されねばならない。 ③音声ではなく視覚による、表現の簡潔性。 中略 彼の代表作のひとつである『2 つの正方形のシュプリマティストの物語』は 子どものための絵本で、物語が幾何学的に黒い正方形(混沌)と赤い正方形(秩 序と光明)の動きよりロシア革命の勝利を物語っている。 図 3) 題 名: 『Pro Dva Kvadrata/Of Two Squares』 出版:Berlin: Skythen, 1922 著:デザイン:El Lissitzky リシツキーのデザインした本のなかでも傑作の一つである、1923 年ウラジ ーミル・マヤコフスキー著『声を出して読むためにー文字通りには〈声のため に〉』という詩集のデザインで、音を伴うことを前提とした詩句を、文字と線、 記号による構成で視覚的なイメージに転換させた。また、それまでのどれにも 見ることのできない斬新で自由な空間、声を視覚化するためにデザイナーによ って正確にコントロールされたタイポグラフィーの構成、声に出して詩を読む 行為を誘発するインデックスという構造の斬新さなどである。 図 4) 題名:『Dlia golosa/For the Voice』 出版:Berlin Lutze&Voget G.M.B.H ,1923 著者:V. Mayakovsky デザイン:El Lissitzky 読むタイポグラフィーから、見るタイポグラフィーへの移行を追求したリシ ツキーは、タイポグラフィー要素を活動的イラストレーションとして使い、概 念を表現するため、タイポグラフィーを科学的に分析し使った。 ⒉キネティック・タイポグラフィを使った映像作品 ⑴映画のタイトルに用いられているキネティック・タイポグラフィ ①ノーマン・マクラレン(Norman McLaren 1914-1987)の遊ぶ文字 ノーマン・マクラレンは、The National Film Board of Canada(カナダ国 立映画制作庁・略称 NFBC/NFB)に 30 年余り在籍し、実写映像を使わない 手描きアニメーション技術の可能性を探究し、開発し、発展させた人物で、オ プティカルプリントで数々の画期的なアニメーションフィルムを企画、制作し た。特に、現在のコンピューターを駆使したキネティック・タイポグラフィの 元祖とも言うべき手作りのアニメーション作品である、「The Wonderful World of Jack Paar」は、テレビの長寿インタビュー番組の特別番組のために ノーマン・マクラレンが制作したメインタイトルとエンドクレジットタイトル で、シプルな文字が突然生命を得て黒の背景をバックに一ケ所に集合、続いて、 遊び回り、踊り、競争し、ケンカをしながら、列を作り人名と単語の順番に並 ぶ。 図 5) 題 名: 『Jack Paar Credit Titles』3 分 27 秒 1959 監督:制作:Norman McLaren ②ソール・バス(Saul Bass 1920-1996)の記号化されたグラフィックと文 字 ソール・バスはニューヨーク市に生まれる。グラフィックデザイナーおよび、 映画のポスターや予告編などを制作していたバスは、特に、タイトル・デザイ ンの重要性を認識しこだわっていた監督アルフレッド・ヒッチコックの作品、 『サイコ』、『めまい』などのタイトル・デザインを手掛けた。『サイコ』に おける数少ない文字と線だけのとてもシンプルにまとまったこのタイトル・デ ザインでは、動きによる内面感情表現が良く表れている。題名は全て大文字の サンセルフのボールド体で組み、横方向に亀裂を入れて縦線をずらしてある。 2 つに分けられた文字はそれぞれ相手を探すかのように、ぴくりと小さく動く。 この動きは、自分の中に母親が住みついていると気づく時の主人公(ノーマン・ ベイツ)の精神分裂の状態を象徴するかのようだ。 図 6)題 名:『Psycho』1960 監督:Alfred Hitchcock デザイナー:Saul Bass ⑵日本のテレビ CM での使用例 ①「冬だけ物語」 テレビ CM15 秒 「メルティキッス・ポルテ」は冬限定商品のチョコレートで、公園で何かを 待っている女性、そこに、初雪が降ってくる。それは、文字の雪で冬だけ物語 が始まることを表している。 ’待つ’という期待感と、冬の訪れを、映画のワン シーンのように描くことで冬だけのチョコレートが待つ世界をつくりだす。 図 7)明治製菓 明治メルティキッス・ポルテ編 2002 ②「ウィスパーネオ」 テレビ CM15 秒 CM では、女子大生グループの使用実感を使用者の生のコメント声で伝えてい る。声のイントネーションに合わせ、コメントの文字が表れては消え、空間的 にしゃべている人の位置が見えているかのような文字の表れなど、これまでの CM ではなかなか見ることの出来なかったキネティック・タイポグラフィの作 品である。 図 8)P&G ウィスパーネオ編 2001 第三章 自分の作品について ⒈作品Ⅰ−『文字圖』 映像 2001 60 秒 ⑴文字圖について 文字圖は李朝時代の一番特徴的な民話の一つで、孝、弟、忠、信、禮、義、 廉、恥の 8 つ文字を絵に変型させ、屏風絵としてよく飾られた。文字に含まれ た内容は、親孝行、兄弟間の友愛、君主と国に対しての忠誠、人間間の信頼を 尊重、礼儀正しさ、義理、清廉、恥ずかしい考えや行動はしていけないなど、 儒教の内容を絵で表せた。作品は上のメッセージに加え、その中でも「義」の 文字で、文字絵が作られた背景である中国の三国史に登場する三人が桃園で義 兄弟を誓ったことをキネティックタイポグラフィの映像作品に仕上げた。 ⑵作品の具体的説明 ⑶作品の問題点と課題 この作品は私をキネティックタイポグラフィの研究に導いた作品で、韓国の 古い1枚の民話を静的ヴィジュアル表現から動的ヴィジュアル媒体に変え民話 のメッセージを分かりやすく表現しようとした。元々卒制で作った作品で、言 葉の意味を考慮した文字の動きというよりば、動きによるインパクトや綺麗に 見せようと工夫した。キネティックタイポグラフィの研究にあたって話し言葉 の表現や言葉の意味による動きなどを念に入れもう一度手を加えたものの動き と意味性に関する答えは得られなかった。 ⒉作品Ⅱ−『木と語らい』 CD—R 映像 2002.2 5 分 ⑴『木と語らい』について この作品は彫刻家(キム キュヨップ 2002 年度多摩美彫刻科の院修了) の個展を知らせる目的で作った。紙媒体の展覧会の案内カタログのようなもの である。日本語と韓国語で仕上げ、個展に来れない人に送ったり、作品の紹介 のため使われた。 自分で撮った写真とタイポグラフィーを上手く組み合わせ、作家の木に対し ての思いや作品を綺麗に見せようとした。 ⑵作品の具体的説明 ⑶作品の問題点と課題 作品を主に見せたいという作家の意志で、作品を紹介する場面では最低限の 文字情報しか載せられなかったが、文字と写真あるいは映像においてキネティ ックタイポグラフィの関わりについて研究の必要性を感じた作品である。プロ フィルの文字情報において何回のテスティングを繰り返し、ちゃんと読める文 字の速度を選んだが、もう少し書体を大きくしたり、書体に変化を与えたらも っと読みやすい文字になったのではないかと思う。 ⒊作品Ⅲ−『動く新聞』 ウェブ映像 2002 60 秒 ⑴『動く新聞』について 2002 年 7 月毎日新聞の見学でニュースサイト研究の話を聞いて、ニュース の見せ方の新しい表現について考察し、できあがった作品である。 ①既存のサイト(ニュース、記事)を中心とした分析 ⒜文字の固まりで個々の記事は何の訴えもしないでただずらりと並んでいる。 ⒝興味を引く記事があってもその記事からさらにさらに次の頁に飛んで行く 手間がかかるため余程の興味が沸かないと捨てられる情報である。 ⒞ジャンル別の記事が一目で把握できない。 などのことからキネティックタイポグラフィを使った見る記事、読む記事を 試みる。 ②作品の形態 新しいニュース表現としてキネティックタイポグラフィを利用した動的ニュ ース(記事)をウェブサ イトで見せる。 ⑵作品の具体的説明 1つ1つの記事が表れ、読みたい記事にカーソルを合わせると細かい記事の 説明が表れる仕組みで、文字の大きさや書体を変え、各々の文字に表情を与え ようとした。特に文字の読みやすさの速度に集中して作った作品である。 ⑶作品の問題点と課題 楽しく安心して、しかも一目で見られるウェブ映像に仕上げたかった。また 記事の内容に合わせた適切な文字の動きを探ろうとしたことで、文字の向きや 置かれる位置など細かいところの表現ができていなかった。様々な指摘と意見 から、紙の新聞より良い効果が得られないことに結論が走って、動く新聞の作 品は途中で終わってしまった。でも、自分の心の中には新しい試みの作品で、 この作品を通じて動きと文字に関して底から考え直された貴重な失敗作であっ た。今後の作品ではキネティックタイポグラフィに関してもっと意味のある動 き、タイポグラフィーの重要性などを考えた上で制作に取り込もうと思う。 ⒋作品Ⅳ−『BIRD SONG』 映像 2002 60 秒 ⑴キネティック・タイポグラフィ作品として民謡を選んだ意図 韓国語で「セタリョン」というこの民謡は鳥の特徴を描写している歌で、全 体で 9 分ぐらいの長い曲である。元々パンソリの中で歌われていた曲で、中で も第一小節がよく知れれている。韓国の人ならほぼ皆が知っている歌である。 歌詞は中国の漢字の音だけを借りた部分が多く、皆に歌われている割にはちゃ んとした意味が伝わっていないことに注目し、第一小節の歌詞の文字に動きを 加え意味を伝えようとした。さらにこの歌を日本で発表することにあたって、 文字がわかっていなくても歌詞に意味のある動きを付けることである程度のメ ッセージを伝えることができるのではないかと考え、キネティック・タイポグ ラフィの研究作品として選んだ。 〈歌詞の翻訳〉 鳥が飛んでくる 様々な鳥が飛んでくる 鳥の中には鳳凰 豊年を知らせる豊年鳥 高い山奥 人がいないところに 様々な鳥が飛んでくる ⑵制作プロセス 始めに作品のテーマを決め、歌詞のストーリーを具体化させストーリーボー ドを描く。次にコンピューターで平面の文字の素材に時間と音を与えアニメ化 する。最後に表現の足りないところの修正や音と動きのテンポを一致させ完成 する。 ⑶表現の試作 この曲は特定の個人が作った歌ではなく口から耳に伝送された音楽で、歌わ れる地域や場面や心緒によって少し変わる歌で、歌詞以外の資料はほとんどな い状態で、まずこの歌の始めに歌われている鳥をどんな鳥にするのかでかなり 悩み身の周りの鳥や映画、アニメの中の鳥を観察することから始まって動きを 探っていた。昔ハードな農業の仕事や生活を少しでも忘れようと歌を歌ったり、 踊りを踊ったりした庶民の視覚から、農業の合間労働の疲れを癒すためにふと 見上げたところ鳥が飛んできて空想が始まる場面設定から、試作として動きを 表現してみた。 例 5)試作を1つの作品にまとめてみた ⑷作品の具体的説明 ⑸作品の問題点とまとめ まったく韓国語がわからない人たちに、最低限の状況で文字と動きだけでど のぐらいのメッセージが伝わるのであろうかの、いやあえてそんな制限の中で メッセージを伝えるのが目票であった。失敗の重ねであっても作ってきた試作 やもう少し長い映像に仕上げったら、もっと良い成果があったのではないかと 反省している。今回の作品で感じたことは世に出ている鳥のシーンが撮られて いる映像やアニメ、また実際空を飛んでいる鳥の動きを観察したものの、その 動きを文字の動きだけ(殆どの人には意味のない図形に過ぎなかったと思う が)で伝えるためにはある程度の映像心理や認知に関する研究などが行われな い限り、狙い通りの表現はできないと強く思った。今後は今までの研究を通じ て得たキネティックタイポグラフィを研究作品ではできなかった実写の映像と キネティックタイポグラフィ、テレビ CM などキネティックタイポグラフ表現 に一番適しているメディアで使いこなせたらと思っている。 注記(*) 石崎 豪(いしざき すぐる) カーネギー・メロン大学(CMU)デザイン学部助教授 グラフィックデザイナーの視点から,デジタル・メディアにおける視覚言語, 情報表現の思考モデルに関する研究を行ってきた.96 年 CMU にて Kinetic Design Group を創設し,時間軸とデザインをテーマにデジタル・メディア独 特のコミュニケーションの方法を探究している. http://www.andrew.cmu.edu/user/suguru/ 引用文献 『デザイン・映像の造形心理』水谷元彦監修 藤澤英昭著 鳳山社 昭和 53 『世界大百科事典』下中弘 平凡社 1988 『ブレーン』雑誌 2003.1 月号 宣伝会議 参考文献 『人間と文字』矢島文夫監修 田中一光構成(株)平凡社 1995 年 『視覚デザインの歴史』白石和也著 (株)大学教育出版 2000 年 『ムービング・タイポグラフィ』マット・ウールマン、ジェブ・ベラントーニ 共著 プロヴィジョン社(シンガポール) 2001 年 『モーション・タイポグラフィ』ジェブ・ベラントーニ、マット・ウールマン 共著 (株)グラフィック社 1999 年 『デザイン学研究』 日本デザイン学会 1998 年