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計算機に描かせた物理光学用教材 - 愛知教育大学学術情報リポジトリ
愛知教育大学研究報告,30(自然科学編), pp. 101 110 , March, 1981 計算機に描かせた物理光学用教材 石 田 博 幸 (物理学教室) (昭和55年9月1日受理) 1 序 大学においてはもちろん,高校においてもHe-Neレーザーはかなり普及しているが,そ れを活用するための回折や干渉用の教材は充分用意されているとは思われない。物理光学 的な演示としては,エナメル線による細線の回折や,ノギスやスリットによる細隙の回折, 及び透過型回折格子やフレネルのパイプリズムを使った回折・干渉を見せることが行なわ れている程度ではないだろうか。折角のレーザーを有効に利用するために,簡便に使用で きる各種の回折・干渉用パターンと,それを容易に演示できる装置が必要である。 そこで計算機によって必要な計算をし.XYプヨツターに描かせたものを35mmフイルムに 写し込んで作製した回折・千渉源試料について,その原理と作製法及び得られた結果を簡 略に報告する。 2 作 製 法 各回折・千渉源パターンの理論は項目別に後に記すが,各々の理論に従って計算機に計 算させ,その結果得られたデータに基づき,同じプログラム内でパターン原画を作画し, XYプロッターに出力させた。使用した計算機は,名古屋大学大型計算機センターのシステ ムI (FACOM-230-75)である。プロッター用紙は紙幅800mmであり,ロール方向には長さの 制限はないが,今回の場合,描かれたパターンを35mmフイルムに写し込むので,描ける最 大の面積は1200mm x 800mm となる。また,ペンはボールペンを含めて数種類あるが,インク ペンの細い方は0.5㎜である。描き上ったパターンは。こコンの複写用レンズ,マイクロニ ッコールでミニコピーに写し込んだ*。可能な限り分解能を良くするために,照明には数ケ の光源と多数のリフレクターを用い,スポット露出計によって,全画面内で露出目盛にし て3分の1以内に抑える'ようにし,現像処理にも最大限の注意を払った。 プロッター用紙とベンの太さの関係から,このシステムで作り得る最密な回折格子は, 33本/mmということになるが,実際にはインクのにじみ等も考慮して20本/mmとした。 ゛同システムには画像出力を直接フイルム上に描き出すサービスもあるが,線幅や拡大率に充分な保障がな く,物理光学的な使用には若千の不安が残る。 101- 石 田 博 幸 この格子を6分の1に縮尺**しても充分に解像力を示しており,ミニコピーで120本/mm の回折格子を実現することができた。 3 回折●干渉観測装置 回折・干渉観測装置としては図一1に示すような台が是非必要であるご通常行なわれて ぃるような,水平なビーム中に,回折・千渉源を挿入する方法では,安定な像が得られな いばかりか,教師の注意力が手元へいって,説明や説得が不充分となる。また,クランプ で支えたのでは,細かい位置を設定することができないし,XYZ微動合があれば良いがコ スト高である。それに比して,図の装置は,回折・干渉源が安定なばかりか,細かい任意 の移動が可能となり,各種の回折・千渉観測に非常に有用である。また,現在フーリエ変 換レンズとして,焦点距離1.5mの分光器用凹面鏡を使用してぃるが,一般演示用としては, 5m位先の壁にそのまま投影して充分である。 4 回折源パターンと結果 1)最密格子 一部既述したように,このシステムで作り得る最も密な格子である。この図を,カメラ を遠のけて,順次縮尺した写真を撮ってゆき,ミニコピーの限界を調べた。10倍即ち200本/ mmでは回折光は極めて弱く実用にならない。I充分に回折光が見え,又顕微鏡観察で刻線が 分離してみえるのは6倍即ち120本/mmである。写真1-1にその顕微鏡写真。写真1に25本/而nからの回折パターンを示す。回折パターンの写真は全て,レンズをはずしたカ メラのフイルム上に直接写されている。 2)ミッシングオーダー **800mm x I200mmの図を35㎜フイルム1枚に写し込むことを1倍としている。即ち6分の1とは1200mmが6 mmに写ること指している。 102- 2 計算機に描かせた物理光学用教材 一次元回折格子のフラウンホーファーパターンは と表わされる。ここでNは格子の溝の数,kは光源の波数ベクトル,pは回折角度,dは溝 の間隔,1は溝の幅である。右辺の前項は無限に細い溝がNケ並んでいるときの千渉パター ンを示し,後項は,-ケの孔によるパターンを示している。従ってlとdがある比をなして いる場合,その中のあるピークが,包路線のOになるところに当り,消えてしまうことが 起こる。これをミッシングオーダーといい,線の太さと間隔の比を求めるのに使用するこ とも出来る。作製されたパターン(写真1-3)では格子の上に,線の幅が格子間隔dの 何%に当るかを示してある。例として33%の場合では,3次回折光が消えているのが見ら れる。 50%のものを除いて,各々下側には,そのコントラストが逆になるもの,即ち33% に対しては66%のものが描かれている。これらは後に示すバビネの原理の参考とするため である。(50%の下側にある99%は最細線即ち原図上で0.5mmの線であることを表わしてい る。)写真1-3にその格子,写真1-4 6に各々2次,3次,4次光が消失しているパ ターンを示す。 3)多角形の孔による回折 いろんな形の孔からの回折パターンを見たいとき,スリットや丸い穴は比較的容易に用 意することができるが,三角形や五角形で,しかも,充分に小さいものを得ることは困難 である。しかも明るいパターンを見るには,その数が多くなければならない。写真2-1 の右側の三ケは,上から六角形,五角形,三角形の穴の正方配列である。それぞれが示す 回折パターンは,写真2-2,3に見られるようにあざやかであり,学生の光学への関心 を強めるのに充分な働きをする。配列を正方ではなくランダムにとれば,一ヶの孔による パターンのみが見られる。 4)ブルネルのソーンプレート フレネルの回折理論によると,ある点Pより一定距離はなれた平面上に垂線を下し,そ の点をOとし,その点Oを中心としてその平面上に点Pからの距離が, OPよりλ/2 だけ増加する毎に円を描いてゆけば,いわゆるフレネルの半波長帯が得られる。この輪の 間を一つおきに塗りつぶしてゆけば,フレネルのソーンプレートが得られ,各々の輪は点 Pに対して位相を強め合う光しか通さないので,点Pに強力なスポットが得られる。写真 2-4のゾーンプレートは,焦点距離30cmのものを示す。フレネルのゾーンプレートは強 力なレンズとして働くばかりでなく,ホログラフィーの原理を説明するのになくてはなら ない教材である。得られるパターンは単なるスポットであるので提示されていないが,理 想的には,リングの濃度は連続的に変化したものでなければならないので,不連続性によ るバックグラウンドがでている。しかしスポットは強力なので適当な減光フィルターを用 いれば,スポットのみを観測することができる。この観測をするときは,レーザーを充分 遠のけ,ビーム幅がゾーンプレートの大きさになるようにせねばならない。また同時に, -103 石 田 博 -104 - 幸 - 計算機に描かせた物理光学用教材 -105- 石 田博 幸 -106- 計算機に描かせた物理光学用教材 そうすることによって,ビームが球面波であることを無視できなくなる。即ちレーザービ ームの球面半径は,レーザーから充分遠くでは殆んどレーザーからの距離に等しくなるの で,数mで球面波の平面波からのズレが波長程度となる。ビームエキスパンダを使用しな い限り,余りリングの数を多くしても有効でないことを示している。 5)間隔標準格子,線幅標準格子 単に縦横に間隔の異なった格子を並ぺたものである。他の例と同じように,一ヶの格子 は3mm×3mmに作ってあり,レーザービームを直接あてるのに適当にしてある。格子間隔 をmm単位で書入れてあるので,未知の綱目状の試料の格子間隔を比較推定するのに使用す ることができる。線幅標準格子は単孔パターンのプロファイルの標準に用いるものである。 6)点配列の平行シフト 写真3-1の一番左側は,上下左右に点が正方に配列されている。右に移るに従って, 一つ上の層が各々横方向の点間隔の4分の1及び3分の1だけすれた配列となっているも のである。 このように一定量だけシフトした点配列による回折パターンは,簡単な導出によって, となる。ここでN,Mはx,y方向の格子点の数,4,ゐはx,y方向の回折角による位相 のすれ,hはx方向の点配列の一層毎のシフト量の4に対する割合である。この取扱いは 物理学を専攻する課程の三年程度にならなければ学習しないが,この結果は了度,結晶学 における逆格子と1対1に対応しており,この点配列のシフトを結晶の格子点のシフトに よるX線回折パターンの説明に利用することができる。 7)正弦濃度格子 ブラウンホーファー回折はフーリェ変換であるので,通常の矩形型透過関数を持つ格子 sin X の単孔パターンは(-)2型の強度を持つことになる。ところが,透過関数帝sin xと Xすると(負の透過率は作れないので最小値-1をOとするようレベルを上げる。)そのフー リエ変換はδ関数となり,一次回折光のみの回折パターンとなる。XYプロッターで濃度 の変化を得ることはできないので,線の太さと間隔の比で濃度変化を表現し,正弦的に濃 度の変化する格子を作った。即ち描くべき濃度関数をf(x).ペンの太さをe, Xoの位置に あるぺンが次に引くべき位置をXとすると,その間の平均的濃度dはε/(X-xo)(ただし X-xo≧e)となり,その中間点の位置は(X-xo)/2であるので を満足するXに次の線を引けば良いことになる。ただしf(x)= 0なる点ではXは(x)となる ので,変化量の最大値等に做値処理上の工夫をしなければ精度の良い図は得られない。 このようにして描いた格子は,回折格子の溝の数に相当する関数のピーク点が少ないの で,出来上りの格子の溝間隔を適当なものにするために,実際の回折に供する格子は,6 分の1に縮尺したものを用いている。 -107- 石 8) 田 博 幸 sin x/x型格子 同様の考えから, sin x/xの濃度分布を持つ格子を用いれば,その回折パターンは矩形 になる筈である。ただしここでも負の濃度は得られないので負の最大値を零とするように ベースアップをして格子を描いた。結果は矩形のパターンの土にベースアップした分の単 孔パターンに相当するスポットが重なる筈である。同様に,濃度を線間隔で表現するため にプロッタ上に描けるピークの数は少ない。従って,同じく,回折用の格子は縮尺したも のを用いている。結果の写真では濃度の均一性までは読み取れないものの,その幅は定量 的に求めるものと一致している。 写真4-1に正弦濃度格子を,写真4-2にsin x/X型濃度格子を,写真4-3にそれ から得られた矩形型回折・干渉パターンを示す。 9)十字に並んだ点配列 写真5-1の右側は十字形に並んだ点配列が,縦の点の配列によるパターンと横の点の 配列によるパターンと,両方に共通している中央の一ヶの孔のパターンの合成であること を示すものである。大きなパターンは演示者が暗い中で目的のパターンの場所を容易に捜 すことができるように描かれている。ただしこれは理論的に説明するためのモデルであっ て,実際には数十ケ分の孔から出来たパターンの中から,一ケ分のうすいパターンを見い だすことは難かしい。 10)二次元パターンの合成 写真5-2の右側は,二次元の格子状のパターンが縦のスリット群と横のスリット群に, 交点のパターンを物理光学的に重ね合わせたものであることを示すためのものである。上 側には,パターンの形を見易いように,大きな同形のパターンを描いてある。更に参考の ために,交点の部分を抜いた格子状パターンを追加してある。縦横の格子のパターンは, 点状のパターンと,この交点抜きのパターンの合成でできていると説明できる。この演示 も,実際のパターンから定量的な納得は得られないが(特に位相情報は失なわれているこ とに注意)理論的説明の補助教材としてその意義は大きい。 n)バビネーの原理を示すパターン群 バビネーの原理によると,フラウンホーファー回折ではO次光の部分を除いて,ある回 折源パターンと,そのコントラストを逆にした,即ちネガのそれは全く同じ回折パターン を与えることを示している。即ちあるulという模様とu1のネガであるu2という模様を重 ねるとコントラストは0になる。従ってu1による回折パターンとu2による回折パターンと を重ねたものは,何もない時のパターンと同じ筈である。即ちuμこよる回折パターンを恥・ とすれば である。となるが,目に見えるのは光の強度であるので なり,全く同じパターンを呈する。原図(写真5-1の右側)には,やはり演示する者が 見やすいように大きなパターンを付してある。上段と下段ではコントラストが逆になった 図になっている。更に左から右へは,二次元のコンビネーションと同じく,縦の点配列, 108- 計算機に描かせた物理光学用教材 横の点配列,交点の配列となっている。ペンによるにじみによって,更にはパターンが無 限に拡がっていないことによる理論的誤差によって若千の差はあるが,演示者が,そのこ とを納得しておれば,充分に説得できる結果が得られている。写真5-3と写真5-4は 各々点配列と格子からの回折パターンを示している。 12)誤差を含んだ回折格子 回折格子の溝の位置に誤差を含んでいる場合,それが周期性を持っている時には,回折 光のピークの間にゴーストが生することはよく知られている。しかし周期的ではない,即 ち全く規則性を持たない正規分布をした誤差がある場合については実際の回折格子には起 り得ないため余り注目されていない。写真6-1の格子群は,一定の標準誤差を含む回折 格子であり,格子の上に,その標準誤差を格子定数で割った,いわゆる相対誤差を記して ある。誤差が増すに従って回折光がボヤけてくることが良く観察される。プロッター用紙 いっぱいに一枚の格子を描いたセットも作製した。標準誤差8%のものを写真6-2に掲 げておく。ただし教材用としては,一枚のフイルム上に並べたものの方が比較が容易で便 利である。なお,理論的帰結では,誤差を含んだ格子が無限に並んでいる場合には,回折 ピークは拡がらすに単に中央のO次先に対して減少してゆくのみであることを付記してお く。現実の有限の格子数の格子ではゴーストが生じ,そのゴーストは正規の回折光のまわ りに多く,遠くなるに従って少くなることにより,回折光がくすれてゆくように見えると 考えられる。なお,上記の一枚のフイルムに一枚の格子を描いたものでは,ピーク幅はか わらす,一次光ピークのO点に対する強度のみが減少してゆくのが認められた。 5 ま と め 干渉性のよい光源,レーザーが普及しているにもかかわらず,その特徴を活かした物理 光学的教材が普及していないことに注目し,計算機のXYプロッターに描かせた原画をフ イルムに写し込むことによって回折・千渉用教材を作ってみた。その結果 1)原画については,計算機処理をするため,任意のパラメーターのものが随時,比較 的短時間のうちに得られる。 2)フイルム作製については,照明,アライメント,現像処理等にかなりの技術を要す るが,量産は容易である。 3)得られた回折源フイルムは,複雑な理論に基づく定量的証明には不充分だが,各種 現象の定性的説明や簡単なモデルの定量的説明にも充分に使用でき,教師の演示に際して, 他の光学教材に比して,準備の負担が極端に軽減できる等の結論が得られた。 なお,この研究の写真技術には,当研究室の75年度卒業生高井勉君の協力があったこと を記して感謝し筆をおく。 -109- 石 田 110 博 幸