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発表要旨 グローバルな市民社会における「自分探し」 ―日本人男性

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発表要旨 グローバルな市民社会における「自分探し」 ―日本人男性
発表要旨
グローバルな市民社会における「自分探し」
―日本人男性同性愛者の北米への移動を例として―
平野邦輔
東京大学大学院
本発表では、国際移動がマイノリティのライフコースに与える影響を、北米に一時滞在
経験がある日本人男性同性愛者を例に考察を行う。
これまで、日本人の西洋諸国への移動は、「精神移民」「文化移民」「自分探しの移民」な
どといった言葉で表されてきたように、経済的な成功を目的とするよりも、精神的な充足
を動機とする側面が注目されてきた。特にジェンダーの観点から見ると、女性の方が職場
での性差別を主な理由として、より積極的にアメリカを始めとする西洋諸国への移動を決
意する傾向があることがこれまで指摘されてきており、仕事を通じた自己実現の問題が、
男女間での国際移動に対する動機に大きく違いを与えることが示されている。しかし、上
記の分析は異性愛の女性/男性という単純な二項対立を前提としたものである。実際には、
社会学者 Manuel Guzmán による Sexile という造語(1997)が存在するように、性的指向
(Sexual Orientation)に起因する国際移動(Exile)に対しても先行研究が存在する。本
発表では、性的指向という視点を加えることで、日本人の国際移動研究に対し新たな一面
を提示することを目的とする。
現代の日本では、経済的特権により可能になった自分探しの一手段、としての移民が可
能になっており、日本人男性同性愛者の国際移動も、現地男性との出会いをも含んだ自己
実現の一環という側面を持つ。この点では日本人女性が、白人男性とのロマンスを求め西
洋諸国へ移動する動機とほぼ一致する。しかし、女性と異なり日本人男性同性愛者はカミ
ングアウト(自身の性的指向を周囲に明らかにすること)を行わなければ異性愛者の男性
として見逃されること(Passing)が可能である。彼らは結婚が職場内での出世要因として
求められる場合などを除けば、年月の経過と共に社会の中心へと移行する可能性を保持で
きる場合があり、職場においては自身の男性性をコントロールしながら生活している。ゆ
えに日本人男性同性愛者は、女性と同様に現状への見限りも促進される一方で、海外に行
くことは逃げである、という言説に代表されるような、日本社会における男性特有の移動
のしにくさの影響をも受ける。日本人男性同性愛者にとって、国際移動を行うのか、移動
するとしたらどのような形態で行うのが良いのかという決断は、異性愛女性や男性の場合
よりも、より重層的な要因から成るものである。
男性同性愛者に限らず、日本人の北米への移動は西海岸の都市が圧倒的多数を占める。
それらの都市は多くの場合、同性愛に対し政治的に寛容な風潮を擁することから、日本人
男性同性愛者は自身の性的志向を、より肯定的に受け止めるようになる。彼らは北米へと
移動することで、地球市民社会的な性質を持つ都市空間で新たな地位を手に入れることと
なる。また、移動先でのネットワーク形成の手段として、チャットを始めとするインター
ネットが非常に位置を占める。
日本人男性同性愛者は日本と北米の社会の間で、それぞれにおいて異なったマイノリテ
ィとしての属性、と対峙しながら生活をする。例として言語と人種という要素が挙げられ
る。日本人の滞在先候補となる都市の多くは、多数の民族から構成されているが、彼らの
北米での交流関係は、他の日本人、アジア諸国からの移民、アジア系アメリカ人に限定さ
れる場合が多い。つまり人種や言語の違いは、同じ性的指向という属性を共有することで
取り払うことができる境界ではない。加えて市民権を持たない移動者は、国家レベルでの
政治参加は難しい。
経済的特権により可能になった移動であれ、一定期間滞在した後の定住資格をどう獲得
するのかは問題となる。入国当初は学生として滞在していても、終了した後は主に労働ビ
ザ取得が必要になり、結婚によるビザの獲得が不可能、もしくは非常に困難な状況なこと
から、自身の性的指向を主な動機として移住をした場合でも、パートナーの有無に拘わら
ず、どう仕事をしていくのかという問いに直面することになる。永住権を手にして長期滞
在する、また 2 国間を自由に行き来する生活を送るケースも存在するが、多くは外国人で
あるという不利な条件を克服できず、帰国することになる。
滞在を終え日本に帰国した後、彼らは自身のアイデンティティをより重層的な形で維持、
調整、交渉しつつ、人生において何にプライオリティをおくのかという問いを再考する。
このとき一時滞在を通して身につけた語学力、人脈、経験はその後のキャリアパスに大き
く関与し、専門職として働くことを容易にする手段としても機能する。また国内でも主に
インターネットを通じて、海外滞在経験のある日本人男性同性愛者同士、加えて、在日外
国人男性同性愛者(多くは非欧米圏出身者)とのネットワークを積極的に形成する傾向を
見せる。
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