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走査電子顕微鏡を用いた1分子ダイナミクス計測法

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走査電子顕微鏡を用いた1分子ダイナミクス計測法
日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要
No.50(2015)pp.275 − 280
走査電子顕微鏡を用いた 1 分子ダイナミクス計測法の開発
小川 直樹*・溝川 涼*・広畑 泰久*・石川 晃*
Development of Single Molecular Dynamics Measurement by a Scanning Electron Microscope
Naoki OGAWA * , Ryo MIZOKAWA * , Yasuhisa HIROHATA * and Akira ISHIKAWA *
(Accepted November 17, 2014)
Diffracted electron tracking (DET) method has been developed for obtaining the information of the single-molecule
dynamics. DET can be per formed using a Scanning Electron Microscope (SEM) equipped with a highly sensitive
detector for electron backscattered diffraction (EBSD). Besides using high vacuum electron microscope, DET can be
applied to various elements in various environments by using Environmental Cell (EC) which is a small chamber with
sealing by carbon thin-film. We are aiming to measure the movement of biological macromolecules under physiological
conditions by DET. We measured motions of gold nano-particles under water condition as a preliminary step. In this gold
nano-particle study, we compared motions of gold nano-particles made by different ways whence their shapes and
crystallinities are different from each other. As results, the motions of gold nano-particles are influenced by those shapes.
We think it is caused by the number of chemical bonds between gold and thiol group. Through this study, we could
establish the DET for observing single gold nano-particle motions under water condition and prove the DET is a suitable
method for further applications for the single-molecule dynamics of biological molecules.
Keywords : scanning electron microscope, environmental cell, EBSP, single molecular observation,
Brownian motion
1.はじめに
分子ダイナミクスを実験的に計測する方法がようやく可
生体における生命活動の究極的な計測はその生体を構
能 と な っ て き た。 例 え ば 蛍 光 分 子 を 利 用 し た 1 分 子
成する個々の 1 分子の運動をリアルタイムで観察し,そ
FRET 法 2),または液中高速 AFM を利用した 1 分子計測
れぞれの相互作用を捉え,理解することと考えられる。
法等である 3)。FRET 法は全反射顕微鏡など既存の装置
しかし,現在のところ,細胞内の特定の分子に対し,そ
を利用できる利点があるが,環境中の化学的条件による
の局在および 1 分子レベルの挙動(ダイナミクス)を同
影響が非常に大きい,また,得られる情報が 2 つの蛍光
時に計測する手法は存在しない。タンパク質を始めとす
分子間の直線的な距離のみといった欠点がある。AFM
る生体分子は生理条件下で非常に柔軟な構造をしている
はラベル分子が不要という大きな利点があるが,分解能
と考えられ,これが生理学的な機能を発揮するために非
と時分割能の両立が困難であり,比較的大きな分子でし
常に重要であることが,酵素の持つ温度依存性など様々
かダイナミクスを計測できていない。東京大学大学院新
な生化学的な面から示唆されてきた。そのため,このよ
領域の佐々木祐次教授のグループでは,これら,欠点を補
うなダイナミクスは酵素工学の初期から重要視されてい
う方法の一つとして,X 線 1 分子計測法 DXT(Diffracted
て,MD シミュレーションを始め,理論科学として発展
X-ray Tracking)を発展させてきた 4)。DXT の原理は非常
してきた 1)。また近年では計測法の発展に伴い,直接 1
に単純で,計測したい分子にチオール基を介して金ナノ
*
日本大学文理学部自然科学研究所:
〒 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
*
─ 275 ─
The Institute of Natural Sciences, College of Humanities and Sciences,
Nihon University 3-25-40 Sakurajousui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550,
Japan
( 1 )
小川 直樹・溝川 涼・広畑 泰久・石川 晃
結晶を標識する。そこに白色 X 線を照射し,金ナノ結晶
子に対し,水中での運動を計測し,金粒子への環境中の
由来の回折点を時分割で取得することにより,ラベルさ
水分子の衝突により誘発されるブラウン運動を,1 金粒
れている分子の運動を計測する方法である。DXT 法の最
子単位で計測した。また,金粒子の形状により現れるブ
大の特徴は,極めて高い分解能であり,最高で 0.01 Å の
ラウン運動の差を検証した。
構造変化をとらえることが可能である。また,時分割能
も高速カメラの開発より,ナノ秒レベルまで可能となっ
2.実験方法
ている。これらは他の計測法にくらべ 100 倍以上の性能
2. 1 DET 計測用 EC の作成
である。また,環境中の化学的条件による影響も非常に
電子顕微鏡の鏡体内は電子線の気体分子への衝突によ
受けにくいという特徴もある。これらの特徴を生かし,
る散乱を防ぐため,高真空に保つ必要がある。そのため,
細胞表面のカリウムイオンチャンネル(KcsA)の回転運
水分を含む試料を直接鏡体内に入れることができない。
5)
動 ,好熱性古細菌由来のシャペロニンタンパク質のサ
6)
我々は,電子顕微鏡で含水試料を観察する目的で,環境
ブユニット間協調運動などを証明した 。しかし,欠点
8)
セル(Environmental cell : EC)を開発した(図 1 )
。EC
として使用している白色 X 線源の利用が挙げられる。こ
内は 1 気圧の環境が保たれていて,内部に水分を含む試
の白色 X 線は非常に高輝度なものが必要であり,KEK や
料をいれることも可能である。上部の蓋(グリッド)に
SPring- 8 といった大型放射光施設を利用しなければなら
は厚さ 20 nm の隔膜で密閉された窓があり,この窓を通
ない。また,適した白色 X 線が得られるビームラインは
じて内部を電子線により観察できる。
限られていて,他の研究目的のユーザーとのマシンタイ
ムの競合が発生している。そのため,計測機会が非常に
2. 2 DET 計測の基本原理
限られてしまい,計測結果に対するフィードバックに時
DET 法による金粒子の方位決定の基本原理を図 2 に
間を要し,研究の進行が制限されている。そこで,X 線
示す。電子線は物質との相互作用が非常に大きく,物質
の代わりに電子線を用いる計測法,電子線 1 分子計測法
に照射するとあらゆる方向に散乱する。結晶性試料にお
DET(Diffracted Electron Tracking)の開発を試みた
7, 8)
。
いては散乱した電子は各結晶面に対して回折を起こすた
電子線源としては市販の走査電子顕微鏡による電子線を
め,各結晶面の方位情報が対応する後方散乱回折パター
利用できるため,小規模な研究室で運用でき,マシンタ
ン(Electron Backscatter Diffraction Pattern : EBSP)と
イムに左右されない研究が可能となる。しかし,電子顕
して取得できる 10)。このパターンは物質により決まって
微鏡内は高真空に保つ必要があり,ネイティブなタンパ
いるため,物質が判明していればその結晶方位を算出で
ク質など水分を含む試料を直接は観察できない。そこ
きる。また,電子線に対する結晶の方位変化に応じて回
で,1 気圧環境を維持し,かつ電子線透過可能なカーボ
折パターンが変化するため,この変化を時分割で取得
9)
ン薄膜(隔膜) を通して内部を観察可能な小型のセル,
し,計算することにより,結晶の方位変化を時分割で確
環境セル(Environmental cell)を開発した。
定できる。結晶の方位変化を 3 次元でとらえるため,基
本研究では,DET を用いて生体高分子の運動を計測す
る前段階として,無機高分子ポリマーに吸着させた金粒
  
本単位格子ベクトル( a , b , c )の回転角度(α ,β ,γ )を
定義した。
図 1 DET 計測用 EC
走査電子顕微鏡用環境セル(EC);(a)組立状態の EC (b)EC 断面図 (c)3 スリットグリッドおよび隔膜の模式図
( 2 )
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走査電子顕微鏡を用いた 1 分子ダイナミクス計測法の開発
図 2 DET 計測法原理
(a)DET では金結晶に電子線を照射し,電子後方散乱回折(EBSD)パターン(EBSP)を時分割で取得する.実際の EBSP
は(b)に示すように,電子線の散乱により各結晶面由来の回折パターンとして得られる.このパターンより金の結晶方位
  
を三次元情報として得る.(c)結晶方位の変化は基本単位格子ベクトル( a , b , c )の回転角度(α ,β ,γ )で表す.
ラン化合物は,隔膜上に 1 時間,蒸気を暴露させコート
2. 3 DET 計測による金粒子のブラウン運動計測
DXT による計測経験から,DET によるタンパク質等,
したのち,95 ℃で 10 分間加熱し,重合反応を行った。
生体高分子の計測は,隔膜上に Ni-NTA 等を介して配向
金ナノ結晶と金コロイドはそれぞれ分散液をシラン膜上
性を持たせた状態で吸着させ,人為的に導入したシステ
に乗せ,室温で 2 時間結合反応を行った。結合後,余分
イン等のチオール基を介して金粒子を標識し,その金粒
な分散液は純水で洗い流した。その後,少量の純水を加
子の運動を時分割で取得し,生体高分子の運動として計
えて EC に密閉し,SEM の二次電子像(図 3c)を利用し,
測する。その前段階として,生体高分子の代わりにチ
金粒子や水の状態を確認した。金粒子同士が凝集してい
オール基を持った無機高分子,メルカプトシラン化合物
ない独立した金粒子,約 300 個に対して DET 計測を行っ
(信越シリコーン : KBM-803)を介して,隔膜に金粒子を
た。金ナノ結晶を用いた場合の,DET 計測を模式図で示
吸着させたサンプルを作製した(図 3 )。メルカプトシ
す(図 3d)
。
─ 277 ─
( 3 )
小川 直樹・溝川 涼・広畑 泰久・石川 晃
図 3 EC の SEM による二次電子像,DET 計測の模式図,および 60 ms 間隔で取得した水中の金粒子由来の EBSD パター
ン(EBSP)
(a)
;3 スリットの SEM 二次電子像(70°傾斜)(b)
;スリットの拡大像.EC 内外の気圧差により隔膜が膨らんでいる様子が
見られる.(c)
;さらに拡大すると,隔膜の下側,EC 内にメルカプトシランにより吸着させた金粒子が見られる.このうち,
独立した金粒子を選択し,電子ビームをスポット照射して EBSD を 60 ms 毎に 2 秒間,時分割で取得し,3 次元立体方位を
求める.(d)
;水中環境での金粒子由来の撮影時間 60 ms での EBSD パターン(EBSP)
.
;金粒子の運動計測の模式図.(e)
水中での金粒子の運動は,シラン膜の柔軟性,金粒子
晶は円盤状に近い形状をしているため,大きな接触面で
の粒径,粒子の形状,環境中の温度等に依存すると考え
メルカプト基と結合していると考えられる。一方,金コ
られ,運動を生じさせるエネルギーはブラウン運動と同
ロイドは球形をしているため,より小さな接触面でメル
様に水中の分子の衝突によるものと考えられる。今回の
カプト基と結合していると考えられる。メルカプトシラ
計測では,真空蒸着法により NaCl 基板上で作製した金
ン層に含まれるメルカプト基の数は面積に比例するた
ナノ結晶
11)
および,より球形に近い市販の金コロイド
(図 4 )を用いてそれぞれの水中での運動を比較した。
め,金ナノ結晶の方がより多くのメルカプト基と結合し
ていると予想される。このため,接着抵抗が大きくなっ
ていると考えられる。今後,生体高分子の 1 分子計測に
3.実験結果および考察
応用する際は,メルカプト基の数を任意にコントロール
金ナノ結晶,および金コロイド,各約 300 粒子の水中
  
での粒子運動情報を基本単位格子ベクトル( a , b , c )の
回転角度(α , β , γ )として取得し,角度変化量を時間間
12)
できるため,金ナノ結晶,金コロイドによる運動の差は
小さくなると考えられる。ただ,金ナノ結晶は作製条件
をコントロールしにくく,粒径のバラつきも大きく,凝
隔当たりの,平均 2 乗変位(MSD) で示した(図 5 )
。
集を起こす傾向も強い。結果として DXT において実験
その結果,金コロイドの方が金ナノ結晶より約 15 倍程
結果の再現性があまり良くない原因ともなっている。金
度大きな運動をしていることが示された。この差は,
コロイドは白色 X 線由来の回折点を得ることができない
EC 内の環境,シラン膜の厚さの程度等は共通であるこ
ため,DXT には用いることが出来ないが,本研究から,
とから,粒子の形状によるものと考えられる。金ナノ結
電子線の回折は得られるため,DET には利用可能である
( 4 )
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走査電子顕微鏡を用いた 1 分子ダイナミクス計測法の開発
図 4 金ナノ結晶および金コロイドの SEM による二次電子像(70°
傾斜)
(a)金ナノ結晶の二次電子像.金を真空蒸着し,結晶成長させた NaCl 基板上の金ナノ結晶を観察した.エピタキシャル
に結晶成長をさせたため,円盤状の形状をしている.
(b)金コロイドの二次電子像(70°傾斜).市販の 40 nm 径金コロイド分散液を隔膜上に滴下し,乾燥,洗浄後,観察した.
金コロイドはほぼ 40 nm 径の球形をしている.
図 5 水中での金ナノ結晶,金コロイドの時間間隔当たりの運動量
メルカプトシラン層に吸着させた金ナノ結晶(a)または金コロイド(b)の水中での粒子運動量.各約 300 粒子の運動量を
平均 2 乗変位(MSD)で示した.金コロイドの方が金ナノ結晶より約 15 倍大きな運動量を示した.
ことが示された。DET においては,入手の容易さ,扱い
4.結 論
易さや粒子の均一性から考え,金コロイドの方が金ナノ
結晶より適した標識分子であると結論できた。
今回の結果から,DET では,ラボサイズで多くの研究
者が手軽に使えるような装置で,水溶液中に存在する直
径 40 nm の金コロイド 1 粒子の運動をピコメートル(原
子サイズの 1/100)精度で 60 ミリ秒の高速性で 2 秒間,
動画として計測することに成功した。今後,タンパク質
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小川 直樹・溝川 涼・広畑 泰久・石川 晃
分子に金コロイドを標識して,タンパク質 1 分子の動的
挙動を計測するためのツールとして発展させていけるも
のと考えている。
謝辞
本研究は,平成 25・26 年度自然科学研究所総合研究費(代
表者:斎藤稔教授(物理生命システム科学科)
)の助成を受け
行われたものである。ここに深く感謝致します。
参考文献
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