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ダンスと体操ー伊沢エイ の動きとダンスの

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ダンスと体操ー伊沢エイ の動きとダンスの
レク チ ャ ー デ モ ンス トレー シ ョン
ダ ンス と体 操 一伊 沢 エ イ の 動 き と ダ ン ス の と らえ 方
研 究報告
田川典子
出
東京女子体育大学
演
ダ ンス部 ・
新体操部
1、 東 京 女 子 体 操 音 楽 学 校 の あ ゆ み と伊 沢 エ イ
明治35年, 音 楽 と体操 の 密接 な 相乗 作 用 に着 目
した高 橋 忠 次 郎 に よっ て, 日本 初 の女 性 の体 育 指
導 者 養 成 機 関 と して 創 設 され た 東 京 女子 体 操 音 楽
学 校(以 下 音 体 と称 す)は,
明 治41年 高橋 の客 死
とい う ア ク シ デ ン トに よ りそ の 学校 経 営 と指 導 を
藤 村 トヨに委 ね られ る こ と にな る。 藤 村 トヨの 実
妹 で あ る エ イ は 明 治42年 に姉 の い る音 体 に 入学 し
翌 年 卒 業。 そ の後, 母校 に残 り音 体 に着 任 した坪
井 玄 道 の助 手 と して勤 務 し, ダ ンス に 関 す る多 大
な影 響 を受 け る。 大 正11年 坪 井 没 後 は ダ ンス の教
授 を継 承 して い る。 音 体 は 後 に 東京 女 子 体 育 専 門
学 校, 東 京 女 子 体 育短 期 大 学, 東 京 女 子 体 育 大 学
と校 種 を変 え な が ら現 在 に至 っ て い るが, エ イ は
トヨの没 後 学 長 と して そ の 任 にあ た り, 教 授 と し
て も最 後 ま で ダ ンス指 導 に情 熱 を注 ぐ。 昭和40年
1月 没。
2.伊 沢 ダ ン ス形 成 の過 程
(1)坪 井 玄 道 の ダ ンス へ の 疑 問
ク, ボ ー デ, ヴ ィグ マ ン, ドロ テ ヤ, シ ュ ミ ッ ト
らに 師事 した エ イ は 「背 中 を丸 く した り, 力 を抜
い た り, 女 子 が 全 裸 で 体 操 を す る。」 な ど, これ
まで に は思 い も及 ば な か っ た運 動 体 験 を し, 少 な
か らず 困惑 して い る。 しか しなが ら後 の述 懐 にみ
られ る よ う に こ の 研 修 の 中 で 「シ ス テ ム に於 て
各 々特 徴 を持 っ て い た と して もボ ー デ の 自然 体 操
が全 部 根 本 に な っ て い る事。」 を学 び, そ れ まで
自分 が 行 っ て きた体 操 が 「い か に非 科 学 的 で あ っ
た か, 科 学 的 に理 解 しよ う と して い な か っ たか 」
と自 らを反 省, 長 年 抱 きっ づ け た疑 問 の空 洞 を一
挙 に埋 め るべ く充 実 した時 間 を送 っ た。 エ イ は こ
の 自然 体 操 理 念 を も とに, ダ ン ス の動 きの根 幹 に
自然 運 動 を捉 え る こ とを確 信 した。 ま た, ドロテ
ヤ の ダ ンス指 導 で生 徒 全 員 に タ ンバ リ ンを持 たせ,
リズ ム ・拍 子 の理 解 を させ てい る こ と, ヴ ィグマ
ン ・シ ュ ー レで は 「ヴ ィ グマ ンの 指 導 法 は, 全 員
を体 操 隊 形 に並 べ て運 動 させ る の で は な く, 1人
か2人 の 移 動 式 の 基 本 指 導 で あ る。」 「ダ ン ス は
各 々個 人 的 な動 き に特 徴 を もつ の が 当 然 なの で,
こ の指 導 法 で な けれ ば各 々の 特 技 を上 達 させ る こ
とは む ず か しい。」 と感 服 し, 自 らの 指 導 法 確 立
に む けて の 新 鮮 な体 験 を重 ね てい る。
坪 井 玄 道 を絶 対 の 師 と仰 ぎ, そ の 人格, 指 導 理
念 に啓 蒙 さ れ な が ら も, 実技 と して の ダ ンス に は
徐 々 に疑 問 が 生 じた。 エ イ は 当 時 を 回想 し, 「私
に は此 の少 しの上 肢 運 動 とス テ ップ の変 形 で は物
3.エ
足 りな さ を覚 え る よ うに な っ た。 そ こ で 身体 を体
操 的 に動 かせ る全 身 的 な運 動 の含 ま れ る ダ ンス を
考 え, 殊 に運 動 会 用 教 材 と して動 きの大 きな も の
を創 作 して み た くな っ た。」 と記 して い る。 そ こ
で 生 まれ た作 品が 表 現 的 に創 作 した 「麗 しき 山」
で, これ が エ イ の処 女 作 とな っ た。 この 作 品 が,
イの ダ ン ス理 念
(1)帰 国 後 の 活 躍
昭 和4年3月
積 年 の 疑 問 を解 消 し, 自信 を も っ
て帰 国 したエ イ は早 々 に創 作 活 動 に入 り次 々 に ダ
ンス 作 品 を発 表 す る傍 ら, 姉 トヨ と共 に 自然 運 動
の 理 解 を広 め よ う と講 習 会 を通 して 熱 心 な指 導 を
坪 井 の 賞 讃 を得 る とこ ろ とな り, 更 に 「これ か ら
ど ん ど んや っ てみ よ。」と激 励 ま で受 け た こ とで 自
展 開 して い る。 しか し自然 運 動 が 当 時 の 日本 で 容
易 に受 け入 れ 理 解 され る と はエ イ 自身 も考 えて は
お らず, 覚悟 の 上 で 最 初 の 気 お くれ を乗 り越 え,
信 を深 めて い っ た よ う で あ る。
(2)ド イ ツ留 学
坪 井 亡 き後 の ダ ンス指 導 の重 責 に苦 慮 し, 子 供
の 成 長 段 階 に応 じた指 導, 固 くな りつ つ あ る生 徒
の 動 きや 不 自然 な姿 勢 の矯 正 ・指 導 の 解 決 策 を模
自身 を も って 実 行 す る こ と を心 に誓 っ た と 回想 し
てい る。 ま た, 日本 の 現 状 を配 慮 し, 自然 運 動 の
索 して い たエ イ は, 既 に そ の研 究 の ため に渡 独 し
て い た トヨ に呼 ばれ 昭 和3年 に ドイ ツ に留 学, そ
こで の 研 修 に活 路 を見 出 した。 そ の 当 時 の ドイ ツ
は 自然 主 義 が 各 分 野 に浸 透 し, 身 体 文 化 と関 連 す
る もの と して は型 の 束 縛 か らの 解 放 に よ る 自由 運
動 が 自然 運 動 へ と進 展 してい た状 況 にあ る。 この
中 で 活 躍 して い た カ ルマ イエ ル, メ ンゼ ンデ ィー
大 切 な 部 分 で あ る, 緊 張 ・解 緊 ・弾 性 ・振 動 に重
点 を置 き柔 軟 度 の 意 識 を喚 起 す る こ と に努 力 して
い る。
(2)エ イの考 え る ダ ンス
エ イは, ドイ ッで の ダ ンス学 習 に於 い て そ の 最
も重 要 な こ とは 基礎 指 導 にあ りと実 感 し, そ の 基
礎 が極 め られ て い れ ば, 振 り付 け ・創 作 は無 尽 蔵
で あ る と まで言 い, そ れ は ヴ ィグ マ ン ・シ ュー1レ
で の ダ ンス指 導 が徹 底 的 な基 礎 練 習 で あ っ た こ と
-34-
か ら, 単 に教 材 とな る作 品 の 数 を習 って も何 年 と
は続 か な い こ とを看 破 して い る。 従 っ て, ダ ンス
の指 導 につ い て は, 「従 来 の ス テ ップ と跳 躍 を主 と
した古 い 殻 を破 っ て, 身体 の動 きを素 材 とす る基
本 運 動 に重 点 を置 き, 其 の結 果 と して, 動 きの美
を推 進 し, 創 作 の糧 と して の ダ ンス の教 養 を与 え
る と共 に表 現 技 術 の培 養 に効 を奏 す る。」との ダ ン
ス理 念 を確 立 す る。 しか しエ イ は 後 年, 「こ の理
念 は未 まだ 完 成 に至 らな い。」 と述懐 して い る。
(3)体 育 舞 踊
エ イ は ドイ ッ留 学 か ら帰 国 後 昭 和1!年, ダ ンス
モ ンス トレ-シ ョ ンの 内 容
伊 沢 エ イの 構成 に よる動 き と作 品
〈実 演 〉
(1)ダ ンス 基 本 運動
(2)小 鳥 と青 空(1954)
(3)水 藻 は ゆ ら ぐ(1935)
*(4)昭 和33・34年 度 団体 徒 手 体 操 規 定 種 目
VTR)
*(1)ワ
ル ター女 史 に よる ドイ ッ体 操
(2)青 嵐(1931)
動 き, リズ ム 的 な動 き に よ って, 身 体 各 部 の 修 練
を し端 正 優 美 な る容 姿 を養 い 美 的情 操 を陶 治 し高
尚 な る徳性 の 酒 養 に資 す る もの で あ る。」 と述 べ,
舞 踊 の 芸術 性 につ い て は 「芸術 は 人 を して 高 尚 な
る快 楽 を得 せ しめ, あ くせ くた る現 実 の栓 桔 を脱
(3)路 傍 のバ ラ(1931)
(4)み て ご ざ る(1950)
(5)ベ コ の子 ウ シの 子(1950)
(6)し か られ て(1950)
(7)ア ル プ ス の夕 映 え(1950)
(8)泉 の ほ と り(1954)
*は 参 考 資料 と して
離 して悦 惚 忘 我 の 楽 土 に遊 ば しむ る にあ り。
」と他
の 芸 術 論 を引 用 し なが ら, 「体 育 舞 踊 に於 い て,
此 の 理想 を実現 す る事 は 容 易 な事 で は な く, 要 す
る に, 体 育 舞 踊 の 目的 を失 う こ とな く基 礎 の確 立
と心 身 の鍛 練 に よっ て 芸術 的趣 味 を養 い舞 踊 の理
〈ス ラ イ ド資料 〉
高 橋 忠 次 郎, 藤 村 トヨ, 坪 井 玄 道, 荒 木 直 範,
伊 沢 エ イ, メ ンゼ ンデ イー ク, ボ ー デ, ウ イ グマ
ン他
解 と鑑識 を養 成 し 目的 を誤 らな い よ うに すべ きで
あ る」 と して, 体 育 の 目的 か ら離 脱 す る こ と を戒
め て い る。
現 在 の 学 生 た ち に よる創 作 作 品
(1)ダ ンス 部4年 生作 品 「
手」
(2)新 体 操競 技 部
ンス指 導 の 実 際
自然運 動 を基 盤 と した, ダ ンス の基 本 運 動 は必
ず リズ ム太 鼓 や ピア ノ の伴 奏 に よ っ て フ ロ ア の端
か ら端 まで少 人 数 の 隊列 を もっ て次 か ら次 へ と止
る こ とな く連 続 し, そ の連 続 の 中 か ら, 力 の配 分
を理 解 し充 分 な 身 の こな しが 理 解 で きて行 く よ う
に指 導 され てい っ た。 そ の実 際 につ い て は デモ ン
ス トレー シ ョ ンで行 う。
5.本
伊 沢 エ イ の理 念 を育 て なが ら, 上 記 問題 点 の 改
善 に む け て今 後 も検 討 を重 ね た い。
6.デ
創 作 及 び 自然 運 動 紹 介 の 為 の 講 習 会 に精 力 的 な活
動 をす る中 で 執 筆 した, 師 範 大 学 講 座9巻 に, 体
育 舞 踊 につ い て の 所 信 を発 表 して い る。 まず, 体
育 舞 踊 の 意 義 につ い て は, 「体 育 効 果 を第 一 義 に考
え る こ と。 しか し, 体 育 舞 踊 の使 命 は体 操 に於 い
て 望 む こ との で き ない 微 細 な る動 き, 感 情 の あ る
4.ダ
(2)"表 現 体"と い う視 点 か ら は, 体 幹 に張 りが
な く姿 勢 の不 均 整 や動 きの 柔 軟 性 ・巧 緻 性 が 欠 落
して い る もの が 少 くな い。
(3)多様 化 の現 代 に あ っ て, 伊 沢 の 考 え る 「動 き
の 原 理 」 習 得 と他 の諸 々 の 内容 との バ ラ ンス を限
ら れ た時 間 の 中 で とる こ とが 難 しい。
(個人)伊 奈 あ ゆみ, 大塚 裕 子, 秋 山 エ リカ
(団体)全 日本1.C優 勝 チ ー ム
*1987年 秋 季 第24回 舞 踊 学 会
『
舞 踊 学 』 第11-1よ
学 の ダ ン スの 現 状 と今 後 の 課 題
本 学 で は, 伊 沢 エ イ の存 命 中 は ひ たす ら基 本 運
動 と自 身の オ リジ ナ ル作 品 を 中心 にそ の 指 導 が な
され た。 逝 去 の 後 は, 伊 沢 の究 極 の 目的 で あ りな
が ら果 し得 なか っ た ダ ンス創 作 の 指 導 の 面 を模 索
す べ く, 学 外 の 実 情 に も目 を開 きそ の 不 足 を補 う
こ とに懸 命 で あ っ た。 その 結 果, 根 本 の 基 本 運 動
が 徹 底 で きず に い る こ とは確 か で あ る。
現 状 の 問 題 点 と して は
(1)現代 に生 き る学 生 た ち は, ア ップテ ン ポで 直
線 的 な動 きへ の 志 向 性 が 強 く, 技 術 面 で の 動 きの
片審 の レ相 野 の 片客 のけ石:め かい。
-35-
り転 載
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