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平成 16 年度岡山大学 COE「植物医科学の拠点形成」研究進捗

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平成 16 年度岡山大学 COE「植物医科学の拠点形成」研究進捗
平成 16 年度岡山大学 COE「植物医科学の拠点形成」研究進捗状況発表会
日時:2004年
9月9日
場所:岡山大学農学部第4講義室
(発表10分,質疑応答5分)
開会の挨拶
13:00∼
(敬称略)
岡山大学理事
大崎紘一
自然科学研究科長
阪田憲次
13:15∼13:25
プロジェクトの概要(一瀬)
13:25∼14:40
第一部
病原体応答(進行:山本)
一瀬勇規:病原体認識による植物の過敏感反応シグナル伝達機構
山本幹博:宿主特異的毒素による病態発現の解析とその制御に向けて
鈴木信弘:クリ胴枯病とハイポウイルス
白石友紀:植物表層における病原体認識と情報伝達
多賀正節:植物病原糸状菌のゲノム解析法の開発 − 分子細胞遺伝学的アプローチ
14:50∼15:35
第二部
環境応答(進行:木村)
木村吉伸:糖鎖生物学と植物医科学との接点
山本洋子:酸性土壌ストレスの植物に与える影響と耐性機構の解析
久保康隆:果実の細胞壁分解機構の解析
15:45∼16:45
坂本
第三部
遺伝素因(進行:坂本)
亘:環境ストレス適応のために葉緑体が持つ生存戦略
稲垣善茂:植物防御における細胞死の役割とそのシグナル伝達の分子解析
豊田和弘:モデル植物からみえる植物と病原体との相互作用:
"model to crop & crop to model" 耐病性強化へ向けた新たなターゲット遺
伝子の探索とその検証
西田英隆:メロンにおける健全種苗の作出と品質管理に関する研究
16:45∼16:50
閉会の挨拶
農学部長
白石友紀
病原体認識による植物の過敏感反応シグナル伝達機構
一瀬
勇規
植物は自然界に存在する殆どの病原微生物に対し、抵抗性を示す。非宿主病原菌あるい
は非親和性病原菌がある植物に接触し、感染行動を起こした場合に、植物は病原菌に特徴
的な細胞外分泌物や、表面構造を感染初期に認識することにより、能動的な防御応答を始
動させ、そのもっとも激しい応答が局所的・自発的な植物細胞死を伴う過敏感反応(HR:
hypersensitive reaction)である。HR が起こると、その後の病徴発現が抑制されることか
ら、HR は個体としての生存を可能にする生体防御システムと言える。
私達は多くの植物が植物病原細菌 Pseudomonas syringae のべん毛構成タンパク質フラジ
ェリンを認識し、多くの場合 HR が誘導されることを見出してきた。また、フラジェリンは
糖タンパク質であり、糖鎖により HR 誘導の特異性が決定されることを明らかにしてきた。
このような研究背景を基に、本研究ではフラジェリンによる HR 誘導のシグナル伝達機構を
明らかにしたい。その具体的解析手段は以下の通りである。
1.フラジェリン処理により初期に誘導されるシロイヌナズナ遺伝子の同定
2.初期誘導遺伝子の中で転写因子遺伝子の経時的は発現パターンの解析
3.上述の転写因子遺伝子の T-DNA タグ欠損変異株の入手とフラジェリン応答の解析
4.上述の転写因子遺伝子の過剰発現形質転換体の作出とフラジェリン応答の解析
5.シロイヌナズナの転写因子遺伝子の変異株や過剰発現形質転換体に各種べん毛変異菌
株を接種した場合の応答性の解析
6.各種病原細菌をシロイヌナズナの各エコタイプやシグナル分子の受容や伝達機能が欠
損した変異株に接種して、フラジェリンのシグナル伝達経路・機構を明らかにする。
これまでに、シロイヌナズナの培養細胞にフラジェリンを処理して、1, 6, 12 時間後の
RNA を用いてマイクロアレイを行い、1時間後に発現が3倍以上増加した転写因子遺伝子
11 個を同定し、それらの経時的な遺伝子発現を RT-PCR 法を用いて解析した。シロイヌナ
ズナでは T-DNA の挿入による特定の遺伝子の欠損変異株を入手して解析することができる。
今後、入手した候補変異株について DNA 解析を進めると共に、上述の転写因子遺伝子を高
発現させた形質転換体を作出し、フラジェリンと植物病原細菌に対する応答を調べていく
予定である。
宿主特異的毒素による病態発現の解析とその制御に向けて
山本幹博
目的
イチゴ黒斑病菌が宿主植物イチゴに引き起こす病態をモデルに,植物における病態
発現(感染∼病徴形成)の機構およびその制御の可能性を探ることを目的とする.
背景
i) イチゴ黒斑病菌は本来の宿主植物であるイチゴ以外に,ナシに対しても病原性
を発揮する.これら 2 種の植物に対する病原性の原因は,本菌が感染時に分泌
する宿主特異的毒素(AF 毒素)によって決定されている.
ii) 本菌は,化学構造が類似した 3 種の AF 毒素を生産するが,主毒素である AF
毒素 I がイチゴおよびナシ両方に生物活性を有するため,両植物に病原性を示
す(表 1 および図 1).
iii) AF 毒素が菌の侵入に先立ってイチゴ植物の感染に対する防御応答である (+)カテキンなど感染阻害因子の蓄積を抑制し,菌を感染に導くと考えられている.
表 1. イチゴ黒斑病菌の病原性と AF 毒素の生物活性
イチゴ黒斑病菌
毒素Ⅰ
毒素Ⅱ
罹病性イチゴ
+++
+++
−
罹病性ナシ
+++
+++
+++
O
毒素Ⅲ
+++
+
O
HO
OH
O
OH
O
O
OH
O
O
AF 毒素 I
COOH
O
O
O
COOH
AF 毒素 II
O
O
O
AF 毒素 III
図 1. AF 毒素の化学構造
経過および計画
AF 毒素 I(病態を誘導する)および AF 毒素 II(病態を誘導しない,AF 毒素 I のアナロ
グ)を処理したイチゴ葉における転写変動を解析し,病態発現につながる変動を捉え
ようとしている.これまでに,
1. 変動する遺伝子群の網羅的解析
2. 同定遺伝子の毒素処理後の経時的な発現変動
などによって全体的な変動傾向を捉えてきた.
今後は,病態発現につながる特異的な遺伝子群の絞り込みを試みる.
COOH
ハイポウイルスとクリ胴枯病
鈴木 信弘(岡山大学資源生物科学研究所)
クリの胴枯病は20世紀初頭アメリカ合衆国ニューヨーク市で初発生が認められ、瞬く間
にアメリカ東部の州(メイン州ーアラバマ州)、さらに西はミシシッピ川流域にまで広がり、クリ
林の消失(数十億本のクリ樹の枯死)を齎した。アメリカでは、本病は 19 世紀にアイルランド
での飢餓と海外移住を余儀なくしたジャガイモ疫病に次いで衝撃の大きい植物流行病害と
受け止められている。クリ胴枯病は子のう菌(亜)門に属する糸状菌
、Cryphonectria parasitica によって引き起こされる。本菌は宿主の傷口から侵入し、樹皮組
織のえそを伴うかいよう、さらには栄養補給路である師部、分裂組織である形成層の機能障
害を惹起し、樹体の枯死を招く。
1953 年、アメリカと同様大被害に見舞われた南ヨーロッパのイタリアで胴枯病に侵されて
いるにも拘わらずかいようが治癒し、クリ樹が回復するという現象が、見つかった。このような
病斑からは、かいよう形成能の著しく低下した(hypovirulent)菌が分離された。病原性が衰
退した菌株からはハイポウイルスと呼ばれる一群のウイルスが高頻度で分離され、胴枯病の
生 物 防 除 因 子 と し て 実 用 化 さ れ て い る 。 ハ イ ポ ウ イ ル ス の 1
種Cryphonectria parasitica hypovirus 1 (系統 713)(CHV1-EP713)のゲノム構造が 1990 年
代に明らかにされた。CHV1-EP713 のゲノムは約 12.7kbpのdsRNAからなり、(+)鎖のみが
2つの連続するORF(ORF A, ORF B)を保有する。このウイルスが宿主である胴枯病菌に引
き起こす病徴には、クリに対する病原性の低下の他に、コロニーの形態異常、色素形成の抑
制、無性胞子形成の抑制、雌性交配不能等が含まれる。尚、これらは宿主遺伝子発現パタ
ーンの変化、そしてセルラーゼ、クチナーゼ等の各種酵素の活性低下を伴っている。筆者
は、パパイン様プロテアーゼp29 と塩基性蛋白質p40 をコードするORF Aに焦点を当て機能
解析を進めてきた。p29 はプロテアーゼの活性中心をH162, C215に持ち、ORF A前駆体蛋白
質,p69,からG248/G249で自己切断を行う。最近、p29 が蛋白質分解酵素としてだけではなく、
多様な働きを持つことが明らかとなった。本稿ではp29 のウイルス複製および宿主の病徴発
現における役割について紹介する。
野性型ウイルスは、色素形成抑制能、分生胞子形成抑制能、効率的ウイルス複製能、分
生子への効率的ウイルス伝搬能を有する。しかし、p29 の 88%を欠失したウイルス(∆p29)は
複製能、宿主菌を低病原性化する能力は保持していたが、分生胞子形成、色素形成抑制
能が低下し、さらにウイルス伝搬効率、ウイルスRNA蓄積量の低下も認められた。p29 のこれ
らの抑制能は変異株を用いた解析によってアミノ酸F25-Q73の領域にマップされた。この病徴
決定領域は植物感染性ポティウイルスのHC-Proのシステインに富む領域とアミノ酸配列相
同性が認められ、4つのシステイン、C38, C48, C70, C72が両ウイルス間で保存されている。こ
のうち、C38, C48をGに置換したウイルスは野性型のウイルスと同じ病徴型を示したが、C72をG
に置換したウイルスは∆p29 ウイルスと類似の病徴を引き起こし、C70をGに置換したウイルス
はp29 欠失ウイルスあるいは野性型ウイルスとも異なる激しい病徴を引き起こした。従って、こ
れらの結果は C70, C72が野性型p29 が病徴決定因子として正常に機能するのに必須である
ことを示す。p29 はそれ自体(ウイルスゲノムからの発現を必要としない)で宿主因子と結合し
、色素形成、分生胞子形成を低下させる。この機能はプロテアーゼ触媒活性を破壊したp29
でも認められる。また、宿主染色体から発現されたp29 がトランスに相補し、p29 欠失ウイルス
のRNA蓄積量、胞子へのウイルス伝搬効率を高めることも明らかとなった。p29 が色素形成、
分生子形成の低下を齎すには宿主成分との相互作用が必要である。p29 病徴決定領域、
中でもC70, C72がその相互作用を調節すると考えられる。p29 のこれらの活性は植物ウイルス
由来のRNAサイレンシング(PTGS, post-transcriptional gene silencing)抑制蛋白質が示す
作用(ウイルス複製の促進、病徴の激化)と類似する。p29 が宿主菌のPTGSを抑制するかど
うかは今後の検討課題である。
もう一つの p29 機能ドメインが最近見つかった。p29 の 88%(コドン 25-248)はウイルス複製
には不要であるが、N 末端の 24 コドンは 5’非翻訳領域と共にウイルス複製に必須の領域で
あることが明らかとなった。おそらくキャップ構造非依存のリボゾーム内部結合配列(IRES,
internal ribosome entry site)による蛋白質の翻訳を促すものと考えられる。IRES はリボゾー
ムが mRNA5’末端に結合することなく、内部認識、そこからの翻訳開始を促進する RNA 配列
(通常非翻訳配列)である。N 末端翻訳領域を含む IRES の例は種々のウイルスで見つかっ
ており、IRES に続くコーディング領域が翻訳に必要なことが示されている。CHV1 の場合、24
コドン領域にコードされたペプタイドが関与するのか、それとも RNA 配列が関与するのかは
定かではない。
以上のように、p29 は少なくとも3つの機能領域、1)ウイルス生存に必須なN末端領域
(コドン 1-24)、2)それに続く病徴決定・ウイルス複製促進領域(F25-Q73)、3)さらにC末端側
半分にマップされている自己切断に関与するプロテアーゼ活性領域、を有する多機能性蛋
白質である。ハイポウイルスはクリ胴枯病菌のクリに対する病原性を衰退させることより、クリ
胴枯病菌の生物防除因子として古くからヨーロッパを中心に利用されている。p29 遺伝子を
改変し、より環境適応力の強いハイポウイルス(ウイルス伝搬効率を高く保持したまま胞子形
成抑制能が低いウイルス)を作出できればクリ胴枯病菌の生物防除にも大きく貢献するであ
ろう。
植物病原糸状菌のゲノム解析法の開発
分子細胞遺伝学的アプローチ
多賀
正節
(理学部生物学科)
一般に植物病原糸状菌と呼ばれている生物群は、厳密に言えば、真性の菌類(以
下、菌類と呼ぶ)と Stramenopiles 群に属する卵菌類に分類できる。これらのゲノ
ムサイズは、高等動植物に比べてはるかに小さく、一方で原核生物よりも明らかに
大きい。例えば、植物寄生性菌類の多くはゲノムサイズが 30∼40 Mb であり、これ
は一般的な細菌ゲノムの約 10 倍、イネとヒトゲノムのそれぞれ約 10 分の 1 と 100
分の 1 である。また、卵菌類については、大きいゲノムを持つものでも、せいぜい
130 Mb 程度と考えられる。
糸状菌のゲノム解析を実施する場合、原理的には細菌や高等動植物で成功した戦
略や解析技術がほとんどそのまま適用できる。したがって、他の分野の研究者から
すると、植物病原糸状菌のゲノム解析などは大規模なゲノム解析センターで実施す
れば簡単に完了すると思うかもしれない。しかし、イネいもち病菌(子のう菌)や
トウモロコシ黒穂病菌(担子菌)などで既に相当の努力が傾注され、その他のいく
つかの重要病原菌でもゲノムプロジェクトが進行中であるが、酵母やヒトのそれに
比肩するような染色体と塩基配列が対応づけられた全ゲノム情報は未だ発表され
ていないのが実状である。
現時点における植物病原糸状菌のゲノム解析の主要な問題点として、基盤情報の
不足(核型が未決定、連鎖地図が飽和していない等)や contig の整列に関わる障
害(contig 間のギャップの存在、contig の方向の不明、contig と染色体との対応
関係の欠如等)が指摘できる。もし、何らかの方法でこれらが解決できれば、植物
病原糸状菌におけるゲノム解析は格段にスピードアップされるであろう。演者の研
究室では、基礎学問的な興味から糸状菌を対象とする分子細胞遺伝学的手法の確立
を手がけてきたが、この手法は植物病原菌のゲノム解析における上記の問題点を解
決する上でも非常に有用であると考えている。
本 COE で 実 施 す る 研 究 で は 、 菌 類 と し て ム ギ 類 赤 か び 病 菌 ( Fusarium
graminearum)、卵菌類としてジャガイモ疫病菌(Phytophthora infestans)を用い、
それらに対して FISH 法を基幹とする一連の分子細胞遺伝学的技術を確立していく。
言うまでもなく、両菌は世界的に重要な病原菌であり、前者は米国農務省を中心と
してゲノムプロジェクトが進行中、後者についても欧米でプロジェクトが立ち上が
っている。本研究では、最終的には確立した技術の有用性をそれらのプロジェクト
の中で実証し、全ゲノム解析の完成に寄与したいと考えている。また、両菌のゲノ
ムは非常に特色があり(F. graminearum はこれまで糸状真菌類で最少の染色体数
n=4、P. infestans は特異的な染色体構造や核型を有する)、研究の過程で生物学
的な観点からも有意義な結果が得られるものと期待している。
植物表層における自他識別と情報伝達
農学部/白石友紀
研究目的
本研究の目的は、病原菌と植物の接触初期過程におけるシグナル分子の情報伝達系を解析し、植
物感染の成否の決定機構を解明することにある。本研究では特に、植物表層に存在する病原菌シグ
ナル受容装置とその遺伝子、さらにこのエフェクター分子や下流への情報伝達のためのシステム等、
感染の成否に関わる重要な分子・装置を分子生物学、生理生化学的に解析する。
研究計画
1
これまでに、感染過程初期の防御応答に,植物細胞壁/アポプラストに存在する酸化還元酵素
群と NTPase が深くかかわっていることを示した。エンドウの1NTPase(PsAPY1)の活性は,エリシ
タ−によって直接活性化され,サプレッサーにより直接阻害されることを報告した(Kawahara et al.
2003)。この活性化と防御応答の関連について調べた結果,リン酸によって作動する新たな情報伝
達系の存在が強く示唆されたので、この経路を inorganic phosphate signaling pathway と称する
ことを提案した(Shiraishi et al. 2004)。本研究では、細胞壁から始まる新規な(複数の)情報
伝達系について解析する。
また、細胞壁に存在する酸化還元酵素群や PsAPY1 等の防御応答への意義を個体あるいは組織レ
ベルで明らかにするために、モデル植物 Nicotiana benthamiana や Medicago truncatula を用いた
機能解析系の構築を進めている。これらの解析から、異物認識と応答における各分子の役割を解明
したい。
2
エリシター分子と相互作用する細胞壁タンパク分子の解析から、トマト抵抗性遺伝子 cf-9 の
ホモログ、germin-like protein などの存在が明らかとなった。これらは、原形質膜タンパク質と
相互作用する細胞壁タンパクでもあることから、シグナル分子と原形質膜間の情報伝達を担う可能
性が強く示唆された。また,細胞壁から原形質膜系への情報伝達系にはインテグリン様分子、さら
にこの下流には、タンパク質リン酸化酵素とポリホスホイノシチド代謝系が関与することが明かと
なりつつある。従って、これら情報伝達系路についても解析を進める。
3
エリシター処理された無傷エンドウ組織では、ファイトアレキシン合成系は作動しないにもか
かわらず,拒絶応答が誘導される。そこで、病原菌シグナル分子処理エンドウ無傷組織における防
御応答を担う分子と遺伝子応答を解析する。
糖鎖生物学と植物医科学の接点
岡山大学農学部 生物資源化学講座 木村 吉伸
【背景と目標】
ヒト医学を対象にした糖鎖生物学の進展は著しいが,植物医学(病理)に注目した糖鎖生物
学は未だ系統的な研究が成されていない。当研究室では,植物細胞の環境変化や脱分化等
に伴って,糖タンパク質糖鎖の構造と糖鎖代謝酵素(加水分解酵素・糖転移酵素)の発現に
変化が生じていることを明らかにしている。従って,本申請課題では,ウイルス・細菌感染した
植物,異常表現形を呈する植物,腫瘍化植物,分化・脱分化・老化途上の植物について,糖
鎖構造変化の解析,糖鎖関連遺伝子の発現変化の網羅的解析を行うことにより,植物疾患に
関わる診断チャートを作成し,植物健康診断・疾病治療等に応用することを試みる。
【進捗状況と展望】
我々は,植物細胞の環境変化や生理変化に伴い,アスパラギン結合型糖鎖が顕著な構造
変化を起こすことを既に確認している。例えば,タバコ培養細胞の耐塩化に伴い,細胞内の糖
タンパク質糖鎖においては,ハイマンノース型 (Man9-5GlcNAc2-Asn) 構造の割合が減少す
るとともに,植物複合型(GlcNAc2-0Man3Xyl1Fuc1GlcNAc2-Asn)構造の発現量が増加する。
これと類似した糖鎖構造特性の変化は,ヒマ種子子葉の脱分化の際にも観察される。また,相
対存在量が増加する植物複合型構造というサブクラスにおいても,より詳細な構造解析を行う
と,バイアンテナ型複合型構造が減少し,マンノーストリミングをより受けた Truncated 構造が
増加するといった構造変化が生じていることが判明した。更に,これらの糖鎖構造変化に付随
して数種のエキソグリコシダーゼ活性及びエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼの比活性
が上昇することを確認している。以上の結果は,植物細胞の生理状態変化(分化・脱分化,老
化,罹病)が,糖タンパク質糖鎖の生合成やプロセシング機構に大きな影響を与えることを示
唆するものである。従って,植物細胞の罹病(ウイルス・細菌感染,形態異常,脱分化)や環境
変化に伴う糖鎖構造変化及び糖鎖代謝酵素の活性(発現)変動を網羅的に解析し,病態と糖
鎖構造変化との相関を鳥瞰するデータベースを構築することは,糖鎖生物学と植物医科学と
の重要な接点を形成すると思われる。更に,この糖鎖構造・病態相関データベースは,健康診
断チャートあるいは潜在病態の検出を可能にし,今までには無かった発想で植物病理を捉え
る新技術開発の基盤となりうる。
酸性土壌ストレスの植物に与える影響と耐性機構の解析
資源生物科学研究所
山本洋子
研究の背景
農業において、不良土壌における作物の生産性向上は最重要課題の一つで
ある。酸性土壌は代表的な不良土壌であり、火山性の酸性土壌が広がる日本
を含め、世界の農耕可能地の 30∼40%を占める。特に東南アジアや南アメリ
カ、中央アフリカには、熱帯・亜熱帯地域に特有の強酸性土壌が分布してお
り、これら地域の開発途上国では、土壌改良に加え、耐性作物の育種に対す
る期待が特に大きい。このような酸性土壌問題は、国際協力のネットワーク
の中で解決をめざすべきものであり、International Symposium on Plant-Soil
Interactions at Low pH(植物と低 pH 土壌の相互作用に関する国際シンポジウ
ム)が3年に一度開催されている。
研究の目的と進捗状況
酸性土壌において主要な生育阻害因子は、アルミニウム(Al)イオンである。
従って、酸性土壌において作物の健全な生育を助け、耐性作物の育種を有効
に進めるには、Al イオンによる根の生育阻害機構や耐性機構に関わる遺伝子
とその機能を明らかにするための基礎研究が必要である。Al 耐性遺伝子に関
しては、共同研究者の佐々木孝行らにより、世界で初めてコムギのリンゴ酸
輸送体遺伝子がクローニングされ、機能解析が進められている(Sasaki et al.
2004)。
一方、Al 障害機構に関しては諸説が提唱されているが、未解明な部分が多
い。Al による根の障害は、根の先端数ミリのしかも表層に限られるために、細胞レベ
ルの解析には困難を伴う。この問題を克服するために、私達はタバコ培養細胞を用
いた系を独自に開発し、Al による障害機構を解析する中から、Al イオンが細胞表
層に結合後、ミトコンドリアの機能を阻害し活性酸素を誘発すること、活性酸素が細
胞増殖を阻害することを初めて明らかにした(Yamamoto et al. 2002)。現在、ミトコン
ドリアを単離して、Al イオンの影響を解析している。さらに、最近、Al イオンが、細胞
内へのショ糖の取り込みを直ちに阻害することを新たに見いだした。本年度は、この
現象の分子機構について解析する予定である。
果実の細胞壁分解機構の解析
応用植物機能学講座 久保 康隆
植物の細胞壁は、各約30%を占める高分子多糖類のセルロース、ヘミセルロースおよびペクチン並びに約
10%のタンパク質で構成され、細胞および組織の物理的強度の源である。果実において細胞壁は、食味品質
に直結する肉質の決定因子であるとともに病原菌侵入に対する最初の防御機構でもある。多くの果実では、成
熟期に入るとペクチンおよびヘミセルロースが分解され、低分子化、可溶化することによって、軟化して適食状
態となるが、同時に腐敗しやすくなる。したがって、果実の流通における品質・鮮度保持技術の改善、長期貯蔵
技術の開発には果実の軟化機構の解明が決定的に重要である。
果実における細胞壁の分解機構についてのこれまでの研究では、ペクチンを分解するポリガラクチュロナー
ゼ(PG)やヘミセルロース分解に関与するβ-1,4 エンドグルカナーゼをはじめとして、多数の細胞壁分解酵素が
解析され、軟化に伴ってその活性や遺伝子発現が促進されるいくつかの因子は同定された。しかしながら、これ
らをコードする遺伝子を用いた形質転換トマト果実では、野生型果実とほとんど同様な軟化特性を示したため、
果実軟化の鍵因子は未だに決定されていない。
筆者らは、セイヨウナシやメロン果実において、エチレン作用阻害剤 1-MCP を用いて、エチレン作用が軟化
の開始ばかりでなく、その後の進行にも決定的な役割を果たすことを示した。また、これらの果実の軟化様相と
PG 遺伝子の発現に強い相関関係があることを認めた。さらに、成熟中にエチレンを多量に生成するにもかかわ
らず、全く軟化しないチュウゴクナシでは、PG 遺伝子発現が全く検出されないことを見いだした。
そこで、果実軟化における鍵因子を決定するために以下のアプローチを試みている。
1. 果実軟化における PG 遺伝子の役割の形質転換技術による再検討
メロン(Charantais, プリンスメロンの親品種で成熟に伴う軟化が急激、形質転換系
確立済み)
RNAi 法を用いて PG 遺伝子を強力に抑制した形質転換果実の作出とその解析
2. 数種の細胞壁分解関連遺伝子の発現解析
β-galactosidase, pectate lyase arabinofuranosidase
成熟・軟化に伴う変化 (メロン、セイヨウナシ)
1-MCP、エチレン処理の影響(メロン、セイヨウナシ)
セイヨウナシ、チュウゴクナシ、ニホンナシの比較
3. プロテオミックス的手法を用いた新規細胞壁分解関連遺伝子の検索
細胞壁画分タンパク質の二次元電気泳動による解析
未熟果実と成熟果実の比較(セイヨウナシ)
無処理成熟果と 1-MCP 処理果の比較(セイヨウナシ)
成熟セイヨウナシと成熟チュウゴクナシの比較
以上の他に、 エチレン信号伝達系の下流部に位置する EIN3 を抑制した形質転換トマトを作出し、マクロアレ
イを利用して、エチレン生合成制御およびエチレンによる成熟・軟化制御ついて解析を進めている。
環境ストレス適応のために葉緑体が持つ生存戦略
坂本
亘
植物は温度や光条件、栄養条件などの変動を受けた時、動物のように新たな
場所に移動することができないので、これらの環境ストレスに適応するための
能力を発達させている。それらの悪環境条件を植物個体が克服できなくなると、
適応不全の「病徴」や「症状」を起こし、やがて枯死する。本研究では、この
ような植物の状態を医学で言う病気と捉え、それらを改良するための遺伝的基
盤を明らかにすることを目的とする。特に本研究では「光ストレス」に焦点を
絞り、植物側の症状と原因となる遺伝要因に関する研究を進めることとする。
植物にとって光とは、光合成を行うためのエネルギーであり、同時に葉緑体
が発達するためのシグナルでもある。光のない真っ暗な場所では、もやしにな
り死んでしまう。一方で、真夏の日光など過剰な光は、光酸化を起こし植物に
悪影響を起こす。光酸化障害は主に光合成の場である葉緑体に起こるので、葉
緑体を過剰な光から守るしくみが植物の生存には重要な役割としてはらたく。
我々はモデル植物であるシロイヌナズナというゲノム解析の進んだ小型植物
を材料とし、植物の葉に斑入りを起こす突然変異の解析を進めてきた。原因遺
伝子を明らかにした結果、斑入りの原因遺伝子は葉緑体の光酸化ストレスを緩
和するために重要な因子を作ることが明らかとなった。この因子は、いかにし
て植物が「光障害を受けないようにするか」に関わるのではなく、むしろ「障
害を受けた部分をいかにして修復するか」に関わる興味深いものであった。本
研究では、この作用を詳しく調べると同時に、斑入り変異体ではなぜ均一な黄
緑色変異とならずに不均一な斑入りを示すかについて深く掘り下げたい。すな
わち、光ストレスの症状として表れる斑入りは、植物が葉緑体を維持して生存
するための戦略的適応機構であるとの仮説を立て、これらを実証するための研
究を計画したい。植物が斑入りを起こす遺伝的要因と、それらに関わる様々な
内在性因子を明らかにし、光ストレスを克服するための植物の持つ機能の全貌
を明らかにしたい。
モデル植物からみえる植物と病原体の相互作用
Model to Crop & Crop to Model
耐病性強化へ向けた新たなターゲット遺伝子の探索とその検証
農学部・生物機能開発学講座
豊田和弘
最近,BSE,鳥インフルエンザなどヒトの健康や食の安全を脅かす感染症や病
原体の名前をよく耳にする.新興病原体とも称された新たな病原体の出現に未
経験のことではないが,日常生活に不便ささえ感じさせられるようになってき
た.改めて記すまでもないが,同様の感染症は我々の生存基盤を支える作物(植
物)にもある.飽食の時代であるがゆえ,この頃話題になることは少ないが,
世界規模では年間,食糧生産の約 15%(約8億人分の食糧に相当)が失われて
いるのが現状である.したがって,食の安全を含めた食糧の恒久的な供給を脅
かす植物の病気も今世紀に持ち越された重要課題といえる.
これまで,病原糸状菌の1種エンドウ褐紋病菌(Mycosphaerella pinodes)をモ
デルとして,本菌の病原性決定因子であるサプレッシンAならびにBが,宿主
の抵抗性発現に必須な情報伝達系を抑え防御に関連した多数の遺伝子発現を阻
害していることが明らかとなってきた.実際,この情報伝達系に作用点をもつ
阻害剤で処理した植物組織には,防御応答が完全に抑えられ,多数の非病原性
菌による感染を許し発病する.これらの結果は,病原菌が宿主の防御機能を支
える情報伝達系を標的とし,この阻害が発病の鍵を握ると考えられた.そこで,
病原菌による発病のしくみの分子遺伝学的解析に向けて,マメ科のモデルであ
る Medicago truncatula から寄生関係の成立に関連する宿主遺伝子の単離を最近
開始した.これには, 寄生関係の崩壊(破綻) を指標として選抜した変異体
から原因遺伝子を探り,それらの人為的な改変や交配による導入によって病原
菌に不感受性の植物を作るという狙いがある.つまり,病原性因子に対する標
的分子(受容体)を含む宿主の遺伝子型の改変によって寄生関係を破綻させれ
ば,侵入と繁殖がうまく進まず,結果として病気を回避できるという考えに基
づく.現在までに,点変異導入剤エチルメタンスルホネート(EMS)で処理し
た M. truncatula 種子から系統法で採種した M2 世代の中から,褐紋病菌による
感染が著しく抑制・遅延する個体が複数の系統から選抜されている.その多く
では,柄胞子からの宿主体への侵入は観察されるが,その後の菌糸の進展(蔓
延)が停止していた.この結果は,褐紋病菌による感染に必須な宿主遺伝子の
存在を示唆している.今後,原因遺伝子の単離に加え,他の植物種でのオルソ
ログの RNA サイレシングなどによる解析を通して,同属菌や感染様式が類似
する他の重要病原菌による病害の回避への利用の可能性についても明らかにし
たい.このように,従来の病原菌と直接対峙する方法とは異なり,自然環境に
対する負荷のない病害防除技術の開発を見据えた本研究は,病原菌による寄生
(病気)を裏打ちする新たな分子機構を見出すだけにとどまらず,21 世紀の耐
病性強化へ向けた新技術の分子基盤を築くものである.
「植物防御における細胞死の役割とそのシグナル伝達の分子解析」
稲垣善茂(岡山大学農学部)
植物病原菌は特定の植物(宿主植物)にのみ感染する。非宿主植物においては広範囲な病原菌から
の攻撃に対し強く防御応答反応を示し(非宿主抵抗性)
、その病原菌の侵入に対抗しようとする。防御
応答反応の中でも特に自発的な細胞死(過敏感細胞死)は病原菌への抵抗反応にとって重要な役割を
果たしているとの認識が一般的である。すなわち過敏感細胞死により病原菌の囲い込みを行い、さら
にその応答発現が植物の侵入抵抗性を促進させると考えられている。実際例えばbaculovirusのp35(過
敏感細胞死抑制タンパク)の強発現タバコではN遺伝子によるTobacco Mosaic Virus抵抗性が無効になる
(del Pozo O et al., 2003)。あるいは優勢のオオムギMlo遺伝子の場合は過敏感細胞死を抑制するが、劣勢
ホモのmlo遺伝子は過敏感細胞死が促進され、うどん粉病に抵抗性になることが報告されている (Kim
MC et al., 2002)。しかしながら近年、植物の抵抗性と過敏感細胞死の関係についてこの概念が変わる報
告がされ始めた。例えばAltanaria altanata菌の宿主特異性毒素AALトキシンは植物A. altanata菌が感染
するのに有利になるように過敏感細胞死を植物側に起こさせることが報告され(Markham JE et al.,
2001)
、さらに過敏感細胞死抑制タンパクであるbaculovirusのp35タンパク強発現トマトでは、このAAL
トキシンに対して過敏感細胞死を抑制しA. altanata菌の感染に対しても抵抗性を生じさせる (Lincoln
JE et al., 2002)。またcyclic nucleotide-gated ion channel 2 遺伝子をコードするA. thaliana 植物のdefense
and no death 1変異体は非親和性菌P. syringaeの感染に対して細胞死を起こさないが抵抗性を示すこと
が報告され (Clough SJ et al., 2000)、Potato Virus Xに対するジャガイモ抵抗性遺伝子Rx においても過敏
感細胞死とウイルス抵抗性が関係していないことが示されている (Bendahmane A et al., 1999)。さらに
植物防御応答における過敏感細胞死本体の発生機構とそのシグナル伝達解析においては、最近大きな
進展がありTobacco Mosaic Virus抵抗性における過敏感細胞死に直接関与するcaspase-1が世界で初めて
同定・単離された(Hatsugai N et al., 2004)。その他にもguard theoryに代表されるR complexの構成因子
群やそのシグナル伝達、オキシダティブバーストや防御応答遺伝子発現など、過敏感細胞死以外にも
非宿主植物が示す抵抗性のメカニズムについては分子レベルでの解析が未だ十分に明らかにされてい
ないのが現状である。これら過敏感細胞死を含めた非宿主抵抗性誘導機構がどのようになっているの
か分子レベルから解析される必要があろう。
我々は、過敏感細胞死シグナル伝達経路の解析のためのモデルとしてジャガイモ疫病菌
(Phytophthora infestans)由来のエリシチン—タバコ植物間の相互作用に着目した。植物が病原菌を認
識するときの病原体由来の分子種をPathogen Associated Molecular Patterns (PAMPs)と呼ぶが、糸状菌で
あるジャガイモ疫病菌(Phytophthora infestans)由来の10 kDa タンパク質であるINF1エリシチンはこの
PAMPsの1種として知られており、非宿主タバコ培養細胞BY-2や非宿主Nicotiana benthamiana植物に典
型的な過敏感反応を誘導し、過敏感細胞死シグナル伝達経路の解析のための良いモデルと考えられる。
INF1エリシチン−N. benthamiana植物間の過敏感細胞死シグナル伝達経路においてはMAP Kinaseカスケ
ードやCa2+シグナルを介する活性酸素種生成カスケードを伝達経路とすること以外には未だ明らかと
なっていない部分も多く、さらなる未知のシグナル伝達因子群の存在が予想される。そこで我々はこ
のINF1エリシチン−N. benthamiana植物間の過敏感細胞死シグナル伝達経路について分子遺伝学的なア
プローチを用いることによりこれら経路の解析を試みている。さらに我々はINF1 エリシチン処理-未
処理区間でのDifferential Display法から様々な因子を同定しているが、そのうちの一つに細胞周期を制
御している核分裂後期促進複合体(Anaphase-Promoting Complex)の構成因子であるNtCdc27 遺伝子を同
定している。INF1エリシチン処理によりその発現が抑制され、さらに細胞周期を制御していることも
あり、この因子の解析を取掛かりとして過敏感細胞死本体の発生機構に迫りたいと考えている。現在
このNtCdc27遺伝子の発現制御、細胞周期や過敏感細胞死現象との関係について分子レベルでの解析を
試みている。
<References> Bendahmane A et al., (1999) Plant Cell 11:781-792; Clough SJ et al., (2000) PNAS 97:9323-9328; del Pozo O et al.,
(2003) Mol Plant-Microbe Interact 16:485-494; Kim MC et al., (2002) Nature 416:417-451; Lincoln JE et al., (2002) PNAS
99:15217-15221; Markham JE et al., (2001) Mol Plant Pathol 2:229-240; Hatsugai N et al., (2004) Science 305:855-858.
メロンにおける健全種苗の作出と品質管理に関する研究
西田英隆・明石由香利・加藤鎌司(農学部植物細胞遺伝学研究室)
植物の健康に関わる多様な研究分野のうち,本研究では種子の医科学を中心に考える.人類に
よる農耕の開始以来,一貫して農業生産の基礎を担ってきたのが種子であり,現代的課題である
農業生産の維持・発展や環境調和型の持続可能型農業の展開にとっても,優良・健全種子の生産
が不可欠である.さらに,2005 年の臭化メチル全廃を控え,つる割病,えそ斑点病及び黒点根腐
れ病などの土壌伝染病害に対する抵抗性品種の育成も重要な課題となっている.そこで本研究で
は,わが国の重要な園芸作物の一つであるメロンを研究対象として,種子の医科学研究を展開し
ているところである.
研究内容の第1は,種子の斉一性に関する遺伝子診断である.わが国で栽培されているメロン
品種はほとんどがF1品種であり,優秀な両親系統間での人工交配によりF1種子が生産され,
斉一な高品質果実の大量生産を可能にしている.しかしながら,人為的あるいは偶発的ミスによ
りF1以外の種子が混入すると,果実品質の低下という経済的損失に加え,圃場における病原菌・
ウィルス増殖の加速にもつながりかねない.このような種子混入の予防策として種子純度検定が
必要であり,SSR マーカーを用いた純度検定法の確立を行っている.これまでに,121 種類の SSR
プライマーを解析した結果,12 種類の SSR マーカーを用いることにより,F1 種子の純度だけで
なく,他品種の混入についても解析可能なことが明らかになった.
研究内容の第2は,遺伝子診断技術を応用したウィルス感染種子の検出である.これまでは,
各ウィルスに特異的な抗体を用いた ELISA 法により分析が行われてきたが,検出感度が低いため
にウィルス感染種子を検出できないケースがあった.これに対して,ウィルスゲノムの RNA 分子
を PCR 増幅して検出する RT-PCR 法では検出感度が高く,感染種子の検定という実用的側面のみな
らず,植物体内におけるウィルスの動態解析も可能になる.本年度は,メロン幼苗の生長点から
RNA を抽出し,RT-PCR 法によるウイルス検定法を検討している.
研究内容の第3は,優良な種子の作出,つまり抵抗性品種の育成につながる研究である.本年
度は,世界各地から収集したメロン遺伝資源を用いた接種検定を行い,抵抗性素材のスクリーニ
ングを行っている.その後,抵抗性遺伝子の選抜DNAマーカー開発,さらには抵抗性遺伝子の
クローニングを行う予定である.このような研究により,数種の病害抵抗性遺伝子を導入した複
合病害抵抗性品種の育成が可能になる.
SSR (Simple Sequence Repeat)の原理
単純な配列の長さの多型で, 通常2-4塩基の反復配列からなる.
ゲノム中に散在しており, 多型検出が容易である.
A
B
A
ATATAT
RT-PCRを用いたSqMVの検定法
1. 播種
2. 2-3葉期に成長点を採取
F1
3. 30個体を混合してRNAを抽出
4. RT-PCRによるウイルスの検出
PCR
B
ATATATATATATATAT
SSRを用いた種子の純度検定
M C 1 2 3 4 5 6 7 8 9 101112 M
1-38
4-19
AB CDE F G H I AB CDE F G H I
レーン 4 と 8 においてウイルスが増殖
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