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平和学を学ぶ若い人々へ
特別寄稿:平和研究の課題 平和学を学ぶ若い人々へ 浅 井 基 文 (広島平和研究所所長/PRIME 元所長) 私は、 外務官僚上がりで学問的トレイニングも 際社会」 における政治の営みとして捉える視点が 受けたことがない人間ですので、 「平和学を学ぶ 明確に提起されていたことに私は 「これだ、 これ 若い人々へ」 というテーマで文章を書くなどとい だ」 という手応えを感じたのです。 この著作の主 う能力も資格も備えていません。 しかし、 明治学 題は 「秩序」 (私の理解においては、 「国際平和」 院大学国際学部に勤めていたときに PRIME 所長 というテーマを考える上での基底的要素) であり、 を2年間務めたことがあること、 そして2005年4 国際秩序を成り立たせる要素が、 勢力均衡、 国際 月以来広島平和研究所所長という立場にあること 法、 外交、 戦争、 大国の五つに整理されています。 で、 何かを書かなければいけない仕事を仰せつか 私の浅薄な理解を棚においてあえていえば、 ア り、 本当に呻吟していました。 そうしたときに国 メリカの国際政治学には 「国際社会」 という視点 際政治学の 「イギリス学派」 の重鎮であるジェー はありませんし、 国際社会を社会たらしめる 「秩 ムズ・メイヨール著 序」 という問題に対する問題関心も希薄です。 端 世界政治 進歩と限界 (原題:“World Politics: Progress and its Limits” 的に言えば、 アメリカ国際政治学においてはシス 2000年) を読む機会に恵まれ、 ようやく若いみな テムとして捉える視点が主流であり、 米ソ冷戦が さんを念頭に進んで書いてみたい主題を見つける 終わってからは 「システム」 から 「社会」 を飛び ことができました。 越して欧米に淵源を持つ普遍的価値観 (その代表 先ほども書きましたように、 私は大学中退で学 が人権・デモクラシー) を共有する 「コミュニ 問的トレイニングを受けたこともない、 外務省で ティ」 (その反面、 この価値観を共有しないと米 の実務体験を自己流で消化してきただけの人間で 欧諸国が見なす国々は 「コミュニティ」 からはじ す。 そんな私が外務省生活の最後の1年間をイギ き出され、 「ならず者国家」 という烙印を押され リス・国際戦略研究所 (IISS) で過ごす機会に恵 ることになる) として捉える視点が有力になって まれ、 その際に出会ったのが国際政治学で 「イギ います。 いずれにしても、 多様な価値観からなる リス学派」 を率いたヘッドレー・ブル著 国際社 諸国家を成員として成り立つ 「国際社会」 の平和 会論 な秩序という可能性を探究する余地は出てきませ (原題:“The Anarchical Society: A Study of Order in World Politics” 1977年) でした。 私 ん。 は、 この著作に出会ったとき、 私の実務体験を通 ブルにおいては、 国際社会における普遍的価値 じた国際政治に関するそれまでの知見をはじめて 観という問題は、 時代的な制約もあり、 上記著作 理論化された形で確認することができる思いで、 における主題とはなっていませんでした。 しかし、 本当に興奮しました。 そこでは、 国際政治を 「国 米ソ冷戦終結後の普遍的価値観の台頭を目の前に ―9― 平和学を学ぶ若い人々へ したメイヨ−ルは、 伝統的な国際社会が普遍的価 「それは、 本書で論じたようなさまざまな試練を 値観と関わることによっていかなる本質的修正を 学者だけではなく一般市民も知的に議論できるよ 余儀なくされるのか、 それとも伝統的本質は変わ うに、 枠組みを構築すること」 (p.200)であり、 らず、 普遍的価値観との折り合いの可能性を模索 本書は安易な回答を用意するものではありません。 していると捉えるべきなのか、 という問題意識に そうではなく、 私たちが平和学に取り組む上で避 取り組むという企てを、 国際社会、 主権、 民主主 けることができない本質的な問題に取り組む上で 義、 介入という四部構成で行っています。 メイヨ− の知的な枠組みを提供するものです。 平和学を本 ル自身が指摘しているように、 「政治分析の目的 格的に志す若い人々には是非本著の知的挑戦を積 は、 将来の展開を読むことであるべきではない」、 極的に受け止めてほしいと思います。 ― 10 ―