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自動車がもたらす騒音の社会的費用とその評価方法

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自動車がもたらす騒音の社会的費用とその評価方法
自動車がもたらす騒音の社会的費用とその評価方法
Social Cost of the Noise by the Automobile and the Evaluation Method
東北大学大学院経済学研究科
林山 泰久
1.はじめに
「自動車の社会的費用」なるセンセーショナルな
書物が刊行され,宇沢 1)が先駆けて社会システムへ
警鐘を鳴らしたのは 1974 年である.それから約 30
年,今日では,急速なモータリゼーションの進展に
伴い交通ネットワークが整備され,その多大なる恩
恵に与っている.しかし,その一方で,交通による
騒音,振動,大気汚染および地球温暖化といった深
刻な環境問題をもたらしていることは周知の事実で
ある.すなわち,我が国は,高度経済成長期以来蓄
積された深刻な社会的・経済的歪みに対する猛省を
迫られているのである.
それでは,
「環境問題によってもたらされている社
会的・経済的歪み度合いは,どの程度なのであろう
か?」という問いに対して答えるべく,本稿では,
自動車交通がもたらす環境問題の典型として騒音
に着目し,まず,騒音の経済学的解釈および政策
論を概観することを第1の目的とする.
また,理論のみならず,実際に我が国では,騒音
を含む環境質への影響を経済学的に評価し,交通施
設整備事業の採択という政策判断材料にするという
試みが見られる.これは,効率的な社会資本整備の
推進,情報公開の必要性および説明責任の明確化等
の社会的ニーズから,第2次橋本内閣組閣時の所信
表明(1996.11)における
「公共事業の投資効果を高め,
その効率化を図る必要があり,公共事業の建設コス
トの低減対策,費用対効果分析の活用等を計画的に
推進されたい.
」との指示に端を発している.この所
信表明以来,各関連諸官庁では費用対効果分析の考
え方およびその実施要領を詳述した費用対効果分析
マニュアル(俗称,
以下では費用便益分析マニュアル
と総称する)を取りまとめている.そこで,本稿は第
2の目的として,道路整備事業の事業主体である
国土交通省が公表している「道路投資の評価に関す
る指針(案)」2)の考え方を平易に解説し,さらに,
その問題点と今後の課題を明らかにする.
自動車の社会的費用を定義し,それによる社会的・
経済的歪みを補正するという技術的外部性
(Technological Externality) <i>の内部化論について論ず
る.
2.1 自動車の社会的費用の定義
社会的費用(Social Cost)を如何に定義するかは,
様々な立場がある.しかし,一般的には,自動車の
社会的費用とは,
「本来,自動車の所有者ないしは運
転者が負担しなければならない費用を,歩行者ある
いは住民に転嫁して,自らはほとんど負担しないま
ま自動車を利用しているようなとき,社会全体とし
てどれだけの被害を被っているのかということを何
らかの方法で尺度化したもの」
,より簡潔に言えば,
「自動車走行によって社会全体に転嫁され,誰も自
主的に負担しようとしない費用」という定義に落ち
着くであろう.ここで,有識な読者の中には,
「この
定義は,社会的費用ではなく社会的損失なのではな
いか?」という疑問を持った方が少なくなかろう.
厳密に言えば,社会的損失と社会的費用は等価では
ない.例えば,人命は一度失われてしまえば,元に
戻すことができないという意味で不可逆的であるた
め,社会的損失と社会的費用は等価ではないのであ
る.しかし,本稿では,社会的損失を把握するため
の近似解として,人命や健康の損傷といった社会的
損失をでき得る限り費用化することによって社会的
費用として捉えるものとする.
なお,宇沢が主張している自動車の社会的費用と
は,本稿の定義とは異なり「市民の基本的権利の具
体的内容(例えば,健康で文化的生活の確保等)を明
確にし,自動車走行によってこのような基本的権利
が侵害されないようにするために必要な追加的投資
額」を意味していることに注意されたい.
2.2 技術的外部不経済とその内部化論
いま,自動車(正確には,自動車走行時)に技術的
外部性が存在しない財とする.この場合には,図−
1のように自動車交通需要曲線 D と供給曲線 S の
交点 E で均衡価格 p と均衡需要量 x が決定し,消費
2.自動車の社会的費用と環境政策
ここでは,本稿の第1の目的を達成するために,
者余剰と生産者余剰を合計した社会的余剰が最大化
1
され,その時の社会的余剰は ∆BEC で計測すること
ができる.ここで,ミクロ経済学の定義によれば,
自 動 車 交 通 需 要 曲 線 は 社 会 的 限 界 便 益 (Social
Marginal Benefit)曲線であり,供給曲線は私的限界費
用(Private Marginal Cost)曲線を意味する.
ている場合に,それを内部化しない場合は,内部化
した場合と比較すると純社会的余剰は ∆AEE※ 分だ
け小さくなることが分かる.この ∆AEE※ を死加重
損失(Dead Weight Loss)と呼ぶ.このように技術的外
価格
B
部性を内部化するような課税(或いは,補助金) E※ F
SS(SMC)
をピグー税(Pigouvian Tax)<ii>と言う.
S(PMC)
A
E※
p※
p
C’
C
0
3.我が国における騒音の貨幣的評価
我々は,技術的外部費用 AE を如何に知ることが
E
できるのであろうか?
図−1の縦軸は価格であることから,その単位は
D(SMB)
F
x※
x
自動車交通需要量
貨幣単位である.すなわち, AE は,自動車交通量
が x である場合の騒音を貨幣換算したものである.
しかし,騒音レベルは計測可能であるものの,騒音
は市場で売買されているような市場財(Market
Goods)ではなく,価格が無い非市場財(Non-market
Goods)である.したがって,騒音レベルを何らかの
方法で貨幣換算する必要が生じることから,環境経
済学的評価手法を適用することになる.
そこで,ここでは,騒音の貨幣的評価に適用され
ている環境経済学的評価手法を紹介し,その適用事
例を整理する.
3.1 環境経済学的評価手法
非市場財の評価手法は代理市場法と擬制市場法に
大別することができる.まず,代理市場法とは,市
場で取引される他の財の価格を用いる方法であり,
代替法(Environmental Surrogates Method),旅行費用法
(Travel Cost Method)およびヘドニック・アプローチ
(Hedonic Approach)を挙げることができる.一方,擬
制市場法は代理市場が存在しない場合に用いられる
方法であり,仮想評価法(Contingent Valuation Method,
以下 CVM と略す)およびコンジョイント分析
(Conjoint Analysis)を挙げることができる. この中で,
ヘドニック・アプローチと CVM は騒音の貨幣的評
価に関する研究に数多く適用されている.
(1)ヘドニック・アプローチ<iii>
非市場財の価値は,代理市場,例えば,土地市場(地
代,或いは,地価)および労働市場(賃金)にキャピタ
ライズするというキャピタリゼーション仮説
(Capitalization Hypothesis)に基づいて,その価格を被
説明変数とし,非市場財を含めた諸属性を説明変数
図―1 外部性の内部化論の図解
一方,自動車が走行時に,大気汚染,交通事故,
騒音等の技術的外部性を発生させる財とした場合に
は,社会全体の費用は生産時の PMC に加えて技術
的外部費用 AE を考慮する必要がある.すなわち,
PMC に加えて技術的外部費用を加えた曲線が SS
であり,これを社会的限界費用(Social Marginal
Benefit)曲線と呼ぶ.この社会的限界費用なる概念は,
各個人が社会資本を限界的に一単位だけ使用した時
に,混雑現象を引き起こして他の経済主体に対して
どれだけ影響を与えるかを表すものであり,社会資
本の相対的希少性を表す尺度である.この社会的費
用をも考慮した供給曲線 SS に基づいて生産を行う
としたならば,均衡点は E※ となり,均衡価格 p ※ お
よび均衡需要量 x※ が新たに決定し,この時の社会
的余剰は ∆BE※ C ' で計測することができる.この場
合は,社会的費用を考慮しているため,通常言われ
ている外部性を内部化した場合に相当する.
さて,自動車が走行時に技術的外部性を発生させ
ているにも係わらず,その外部費用を内部化してい
ない場合を考える.外部費用を内部化していないと
いうことは,SMC と SMB の交点である均衡点 E に
おいて価格と需要が決定されることを意味している.
この場合,社会的余剰は ∆BEC であるものの,
'
AECC で示される社会的費用が発生している.した
がって,純社会的余剰は ∆BE※ C ' から ∆AEE※ を除
いた面積となる.すなわち,技術的外部性が発生し
2
ある.なお,これら WTP および WTA と非市場財の
供給水準の変化の方向と厚生経済学の厚生指標であ
る等価的変差(Equivalent Variation)および補償的変差
(Compensating Variation)の関係には十分に注意され
たい 3).
3.2 騒音の貨幣的評価に関する既存研究の整理
海外の事例では,ECMT(1998)4)は,スイスのデー
タを用いてヘドニック・アプローチにより推計を行
った Soguel(1994)5)の結果を採用している.
一方,我が国の事例としては,山崎(1991)6),矢澤・
金本(1992)7),肥田野・林山・(1996)8)がヘドニック・ア
プローチを用いて推計を行っているものの,いずれ
の事例も騒音レベルが非常に高い首都圏での推計結
果である.この中で,山崎(1991)では地価関数の形
状を線形,片対数形および両対数形の3種類を設定
しており,関数形の設定により推計された原単位に
大きな幅が生じている.また,CVM を適用した事
例として,横山・太田他(1998)は東京都内でアンケー
トを行い,その結果に基づき騒音の排除に対する支
払意思額を推計している.
とした地価関数,或いは,賃金関数(これらを総称し
てヘドニック価格関数(Hedonic Price Function)と呼
ばれる)を推定することにより,非市場財の価値を貨
幣タームで評価する方法である.すなわち,地価,
或いは,賃金を騒音レベル等の変数で説明する地価
関数を推定する方法であり,騒音レベルの上昇に伴
う限界的な費用を推計する方法である.なお,ヘド
ニック・アプローチによる評価値は,限界的な非市
場財の整備に対する評価には適応可能であるものの,
一般的には過大評価傾向を有することは理論的に証
明されている.
(2)CVM<iv>
CVM は擬制的市場法および価値意識法とも呼ば
れており,統一的な邦訳は存在していない.
同手法は,非市場財の内容を被験者に説明した上
で,その質を向上するために費用を支払う必要があ
るとする場合に支払ってもよいと考える金額(支払
意志額,Willingness to Pay),或いは,非市場財が悪
化してしまった場合にもとの効用水準を補償しても
らうときに必要な補償金額(受取補償額,Willingness
to Accept Compensation)を直接的に質問する方法で
30,000
28,123
山崎(上位値)
25,000
20,000
11,044
山崎(中位値)
10,736
15,000
10,000
5,000
6,248
矢沢・金本
1992
3,813
ECMT
4,661
公害裁判
0
1990
6,808
横山・太田
6,032
肥田野・林山
1994
年
1996
1998
2000
図−2 騒音の貨幣的評価に関する既存研究の試算値
これらの試算値をとりまとめたものが図−2であ
る.これを見ると,騒音の貨幣評価原単位は,3,813
∼28,123 円/dB(A)/人/年(以下はすべて 2001 年価格)
の幅で設定されている.なかでも海外の事例である
ECMT(1998)が 3,813 円/dB(A)/人/年で最も小さく
設定されていることが分かる.国内では,公害裁判
<v>
の判決を用いた設定値が 4,661 円/dB(A)/人/年で最
も小さく設定されているのに対して,山崎(1991)は
下限値 10,736 円/dB(A)/人/年∼上限値 28,123 円
/dB(A)/人/年の幅で推計されており,これが最も高い
値となっている.
このように,騒音の貨幣的評価値,すなわち,騒
音の社会的費用の計測値は,必ずしも安定的な値を
示していないことは事実である.
なお,
このことは,
3
種および走行速度によって異なり,影響の貨幣評価
値は沿道状況によって異なる.したがって,走行速
度や沿道状況の異なるリンク<vi>ごとに騒音(等価騒
音レベル)への影響を算出し,これに騒音への影響を
貨幣換算する貨幣評価原単位を乗じることにより,
騒音への影響の貨幣評価値を算定する.すなわち,
貨幣評価値の差異が環境改善便益である.なお,指
針(案)においては,環境改善便益は道路整備の有無
による環境への影響の貨幣評価値の差と定義してお
り,(1)および(2)式のように騒音への影響の程度の算
定と騒音への影響の貨幣換算の2段階に分けられて
いる.
CO2,NOx,SPM(Suspending Particulate Matter;浮遊
性粒子物質)等の環境質の貨幣的評価値についても
同様なことが言える.
4.道路投資評価の指針(案)
ここでは,本稿は第2の目的を達成するために,
道路整備事業の事業主体である国土交通省が公表
している「道路投資の評価に関する指針(案)」の考
え方を平易に解説し,さらに,その問題点と今後の
課題を明らかにする.
4.1 基本的考え方
「道路投資の評価に関する指針(案)」は,道路事
業の効率的かつ公平な遂行にあたり,社会・経済的
な側面から事業の妥当性を評価するために作成され
たものである.基本的には事業実施決定の前段階に
おいて,つまり整備計画の決定に際して,道路事業
を実施することによる便益と事業を実施する費用を
算出し,便益(Benefit)と費用(Cost)の比較により事業
の評価を行い,事業実施の妥当性を判断することを
目的としている.この指針(案)では,道路事業がも
たらす効果項目として,利用者便益,交通事故減少
便益および環境改善便益を計測するものとしている.
ここで,利用者便益とは道路利用者が享受する走行
時間短縮便益および走行費用減少便益を意味してい
る.なお,道路事業がもたらす効果項目として上記
以外に,道路利用効果である走行快適性の向上およ
び,歩行の安全性・快適性の向上,環境効果である
景観および生態系への影響,
さらに,
住民生活効果,
地域経済・財政効果,国土均衡効果は別途計測対象
としている9).
なお,本稿において紹介する自動車がもたらす騒
音の貨幣的評価は,環境改善便益に含まれ,図−3
に示すように2段階の手順を踏む.
※走行速度,交通量,
BE = BEWO − BEW
BE k = ∑ (ξ k × δ ks × L ks )
(2)
ここで,
BE : 騒音の改善便益(円/年)
BE k :整備 k の場合(整備ありの場合 W,整備なし
s
の場合 WO)の騒音の貨幣的評価値(円/年)
L ks : 整備 k にある沿道状況 s のリンク延長(km)
δ ks : 整備 k にある沿道状況 s における騒音の貨幣
評価原単位(円/dB(A)/km/年)
ξk
: 整備 k の場合での等価騒音レベルへの影響の
程度(dB(A))
自動車の走行時に等価騒音レベルに与える影響の
程度は,車種および走行速度に依存し,さらに,等
価騒音レベルへの影響を貨幣換算する場合には,沿
道状況の違いにより自動車の影響を受ける沿道人口
が異なっている.したがって,騒音の環境改善便益
の算定はリンクの沿道状況別に行うものとしている.
(1)車種
車種区分は,小型車と大型車の2種とし,小型車
は乗用車および小型貨物車,大型車はバスおよび普
通貨物車としている.
(2)走行速度
走行速度は,交通配分時に算出される平均走行速
度を用いるものとしている.
(3)沿道状況
リンクの沿道状況は,道路交通センサス<vii>に準拠
して,人口集中地区(DID),その他市街部(DIDを除
く市街部)
,非市街部(平地部)および非市街部(山地
部)の4種に分類しており,これら4種の沿道の路線
長の合計は,調査対象区間の総延長と等しくなけれ
ばならない.
①等価騒音レベルの算定
混入率
※沿道状況(暴露人口指数)
(1)
②貨幣評価原単位
※騒音の貨幣的評価値
騒音の社会的費用
図−3 騒音の社会的費用の算出フロー
4.2 騒音の環境改善便益の算定式
道路整備による騒音への影響は道路を走行する車
4
算出されるものであり,道路中心より水平距離 7.5
m,
高さ 1.2m地点で観測される等価騒音レベルであ
る.
ここでは,
日本音響学会が示した ASJ Model 1998
に示された(5)式を用いている.なお,(5)式には自動
車単体規制の低減効果は見込んでいない.
なお,新設道路については遮音壁や環境施設帯な
どによる騒音対策を行うことが一般的であるため,
この場合には,ある目標値(例えば環境基準値)を
達成できるように騒音対策を実施することから,指
針(案)では騒音対策の目標値を以って騒音対策後の
等価騒音レベルとするものとしている.なお,道や
関連道路などの既存道路に施されている騒音対策に
ついては,日本音響学会が示した1993年エネルギー
モデルにより算定するものとし,トンネル部につい
ては騒音の影響は考慮していない.
4.3 環境への影響の算定式
環境への影響は,車種(混入率),走行速度および
交通量を用いて算出するものとし,算定式はこれら
3要因によって変化する環境への影響の非線形性を
表現し得るものである.
表−1 走行速度別の等価騒音レベル
の影響の算定式( ξ k )
走行速度
等価騒音レベル(dB(A))
(km/時)
10
40 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
20
40 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
30
40 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
40
40 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
50
40 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
60
40 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
42 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
70
80
L Aeq ,2 
 L Aeq ,1
(3)
L Aeq = 10 ⋅ log  10 10 + 10 10 


L Aeq ,i = LWA ,i − 10 ⋅ log D − 10 ⋅ log V
(4)
3.6
+ 10 ⋅ log Qi + 10 ⋅ log
2 ⋅ 86400
A + 10 ⋅ log V (10km/時≦V≦60km/時)
 82.3
A = 
 88.8
(i = 1 : 小型車類)
(i = 2 : 大型車類)
LWA,i =
(5)
B + 30 ⋅ log V (60km/時≦V≦80km/時)
43 + 10 ⋅ log (a1 + 4.5 a 2 ) + 10 ⋅ log
Q
24
注) a1 :小型車混入率,a 2 :大型車混入率( a1 + a 2 = 1.0 ),
Q :交通量(台/日)を示す.
 46.7
B = 
 53.2
(i = 1 : 小型車類)
(i = 2 : 大型車類)
ここで,
L Aeq :等価騒音レベル(dB(A))
なお,大規模な道路事業に際しては,
「建設省所管
事業に係る環境影響評価実施要綱」に基づき環境へ
の影響を予測および評価することとなっている.そ
の際の環境の変化の程度を予測する手法は「建設省
所管道路事業環境影響評価技術指針」に示されてお
り,その手法の詳細は「道路環境整備マニュアル
(1989)」にまとめられている.しかし,指針(案)は道
路計画の初期の段階での適用性を考慮して,環境へ
の影響の算定に詳細な条件を必要としない簡略的な
手法を示している.もちろん,等価騒音レベルを把
握するための厳密かつ詳細な手法が存在しているも
のの,指針(案)の意図が,道路事業実施の妥当性を
総合的に判断する材料を提供することにあることか
ら,簡便性を優先させたことに他ならない.
表−1における等価騒音レベル算定式は,(3)式で
L Aeq ,1 :小型車による等価騒音レベル(dB(A))
L Aeq ,2 :大型車による等価騒音レベル(dB(A))
LWA ,1 :自動車1台から放射される音のパワーレベ
ル
D :音源(道路中心)から観測点までの距離(m)
V :走行速度(km/時)
Qi :交通量(台/日)
4.4 貨幣評価原単位
道路整備が環境に与える影響を貨幣的に表現する
ために,騒音への影響の単位量を貨幣的に換算した
値を貨幣評価原単位と定義する.
3.で述べたように,これまで騒音の貨幣評価値
に関する調査・研究の蓄積はなされているものの,
環境質の貨幣評価原単位算定が我が国で試みられた
5
物によるしゃへい効果が期待できるため評価対象範
囲には含めない.また,両側 20m(合計 40m)の範囲
における住宅・商業地占有率(道路を含む公共用地を
除いた面積)を 60%と仮定する.評価の対象時間は
居住者の生活サイクルを考慮して1日のうちで半分
の 12 時間とする.したがって,騒音の貨幣評価原単
位は以下のように算出される.
事例は極めて少ない.また,世界的にみた場合,算
定が試みられた事例はあるものの算定された原単位
自体は必ずしも安定した値であるとは言い難い.し
かし,指針(案)ではこうした問題があるとは言え,
あえて国内における貨幣評価原単位を求めることと
している.したがって,表−2に示した貨幣評価原
単位は,あくまでも試算的な推定値であることは言
うまでもない.
200(円/㎡/dB(A)/km/年)×40(m)×0.6(占有率)
×0.5(日)×1,000(m/km)
=2,400,000(円/dB(A)/km/年)
(6)
表−2 貨幣評価原単位( δ ks )
沿道状況
騒音(円/dB(A)/km/年)
人口集中地区
2,400,000
その他市街部
475,200
非市街部(平地部)
165,600
非市街部(山地部)
7,200
表−4 騒音の沿道状況別暴露人口指数
センサス区分
(人/km )
表−3 我が国における貨幣的評価計測の研究例
対象地域
内山(1983)
人口集中地区
6,682
1.000
その他市街部
1,325
0.198
非市街部(平地部)
463
0.069
非市街部(山地部)
17
0.003
試算値
また,騒音については局所的な環境問題であるこ
とから,沿道状況の違いによる暴露人口の差を考慮
し,表−4のように暴露人口指数を用いて沿道状況
別に騒音の貨幣評価原単位を算出している.なお,
貨幣評価原単位の算定に用いた騒音の被害費用の研
究例である表−3は人口集中地区における試算値で
あることから,人口集中地区を 1.000 と基準化して
いる.
4.5 残されている問題および課題
以上概説した「道路投資の評価に関する指針(案)」
における騒音の取り扱いについては,指針(案)自ら
が指摘しているように幾つかの問題・課題が残され
ている.本稿では,図−3に示した算定フローに従
って問題・課題を指摘したい.
(1)等価騒音レベルの算定に関する問題・課題
道路交通センサス一般交通量調査に基づく走行速
度は,混雑時1時間の旅行速度データである.した
がって,表−1のように等価騒音レベル算定時に用
いる走行速度は,この値を用いざるを得ない.しか
し,現実には,自動車は24時間走行していること
から,時間帯別走行速度分布を考慮する必要性が生
じよう.
次に,指針(案)を用いて我が国の騒音がもたらす
自動車の社会的費用を算定しようとした場合には,
対象道路の問題が生じる.すなわち,交通量および
(円/dB(A)/ ㎡)
10)
暴露人口指数
2
注)平成 11 年価格
研究事例
人口密度
R246 沿線
1,300
山崎(1991)
環状七号沿線
21,000
矢澤・金本(1992)
川崎市
3,500
肥田野・林山(1996)
世田谷区
5,300
注)平成 11 年価格
騒音については,我が国において表−3に示した
研究例に基づく平均的な値として 5,000 円/dB(A)
/㎡を用いる.ここで計測されている被害費用は,
過去から将来にわたって発生する被害費用の合計値
であるため,これを年間の値として換算する必要が
ある.ここでは社会的割引率<viii>4%を用いてフロ
ー値とし,騒音の貨幣評価原単位を 200 円/dB(A)
/㎡/年とする.なお,図−2に示した研究事例と
重複しているにも係わらず試算値が異なるのは価格
年次および単位が異なるためである.
また,騒音の貨幣評価値は,等価騒音レベルが
55dB(A)以下の場合には騒音の影響は無いものと考
え,等価騒音レベルで 55dB(A)からの増加分に貨幣
評価原単位を乗じて算出するものとしている.
指針(案)における騒音の評価対象範囲は,道路
に面している住居・商業地を想定し路肩端より 20m
の範囲とした.道路に面していない住居・商業地に
ついては,騒音の距離減衰および道路に面した建築
6
て,評価を行うことも考えられる.
走行速度という交通流データは,道路交通センサス
一般交通量調査から得られる値を用いることから,
評価が可能となる道路は,道路交通センサスの調査
対象道路である都道府県道以上に限定される.した
がって,表―5に示したように我が国の道路の約
84%を占める市町村道における自動車の社会的費用
を算定することはできない.
5.おわりに
本稿は,自動車交通がもたらす環境問題の典型
として騒音に着目し,まず,騒音の経済学的解釈
および政策論を概観し,道路整備事業の事業主体
である国土交通省が公表している「道路投資の評
価に関する指針(案)」の考え方を平易に解説し,さ
らに,その問題点と今後の課題を明らかにした.
行政が,公共事業の効率性を評価する際に,騒音
に代表される環境質への影響を含めて,費用効率性
を追求しようとする姿勢は,国民が多く望むところ
であろう.この意味で,この指針(案)は,画期的な
部分を多く含んでいる.しかし,これらの試みを踏
まえて環境政策を実施する際には,いくつか議論し
なければならない点がある.
まず,第1の議論として,
「仮に,政府という立場
で自動車がもたらす外部不経済を内部化する場合に
具備すべき点は何であろうか?」
という問題である.
この議論は例えば,
「政府の政策目標が単なる費用の
回収であるのか?」
,
「資源配分の効率性を追求する
ものであるのか?」
,または,
「汚染者負担という環
境経済学の原則に乗っ取った考え方であるのか?」
というコンセプトの問題であり,かつ,これらによ
り,外部性の範囲および具体的な政策が変容する可
能性を秘めている.このことは,第2の「仮に,政
府が回収した外部不経済(ここでは歳入)をどのよう
に使うべきか?」
という議論に大きく関連している.
これは直感的に,歳入を分配する際には「誰に?」
,
「どのような形で?」
,
「どれだけ?」還元するのか
が問題となろうことが想定される.さらに,歳入を
外部不経済の小さい新たな交通機関,例えば,電気
自動車等の技術開発やその導入促進等の補助金とし
て充当することも考えられよう.
第3の議論は「自動車がもたらす外部不経済を内
部化する場合に,如何なる政策ツールを用いること
が社会的に好ましいのか?」という問題である.す
なわち,自動車による外部不経済を内部化するため
に,
教育を含めた広報活動,
経済的インセンティブ,
規制(或いは,規制緩和)を如何に使い分けるかとい
う問題に帰着しよう.特に,規制という意味では,
環境税的な税制によるコントロールと汚染者負担原
則に基づいた料金政策による解決が議論されており,
これらの意見の主張者たちは,税制の中立性と所得
分配の公平性の何れを重要視すべきかという問題に
立たされていると言えよう.
表−5 道路種別道路延長(平成 11 年 4 月現在)
道路区分
高速自動車国道
一般国道
都道府県道
市町村道
合計
道路延長(km)
構成比(%)
6,455.0
0.6
53,684.8
4.6
127,916.0
11.0
973,837.7
83.8
1,161,893.5
100.0
(2)暴露人口の設定に関する問題・課題
指針(案)では,騒音の影響範囲を設定する方法と
して,表−4のように暴露人口指数なる概念を提案
している.この値は,全国の平均的な沿道状況別人
口密度から算出した値であるため,個々の沿道の人
口分布を考慮しているとは言い難い.すなわち,沿
道の人口分布を考慮することなく等価騒音レベルに
対して貨幣的評価を行っていることから,人口密度
の高い地域と低い地域における貨幣評価原単位に対
応させる必要があろう.
(3)騒音の貨幣的評価値に関する問題・課題
騒音の貨幣的評価値として用いる値は,最大の問
題・課題であると言っても過言ではない.まず,第
1に,全国の平均的な値として貨幣的評価値を提示
することが可能であるか否かという点である.当然
のことながら,騒音問題は地域局所的な環境問題で
あることから,地域特性を考慮し,環境経済学的評
価手法を用いて個々に計測すべきであろう.
しかし,
ながら,個々の計測に係わる調査費用の膨大さ,お
よび,指針(案)の目的等を考慮するならば,基準と
なる数値を提示せざるを得ないであろう.次に,評
価値の安定性および信頼性の問題である.前述した
ように,騒音の貨幣的評価値に関する研究はいくつ
か存在するものの,その値自体は必ずしも安定的な
ものではない.したがって,国内のみならず海外を
含めて,この種の研究および事例を積み上げること
により,計測値の安定性を確保することが急務であ
ろう.さらに,現時点での簡便な対応策としては,
評価値自体に上限値および下限値という幅をもたせ
7
謝 辞
本稿を草するにあたり,関連資料の提供に快諾し
て頂いた,(財)計量計画研究所次長 毛利雄一 氏を
はじめとする経済社会システム研究室の諸兄には深
甚の謝意を表する次第である.
6)
7)
参考文献
1) 宇沢弘文:自動車の社会的費用,岩波新書,(1974).
2) 道路投資の評価に関する指針検討委員会編: 道
路投資の評価に関する指針(案), (財)日本総合研
究所, (1998).
3) 林山泰久:仮想的市場評価法による環境質の便
益評価,現代フォーラム,土木学会誌, Vol.83,
pp.58-61, (1998).
4) European Conference of Ministers of Transport:
Policies for Internalisation of External Costs,Efficient
Transport for Europe, (1998).
5) Soguel,N.: Evaluation Monetaire des Atteintes a
8)
9)
10)
I’Environment: une Etude Hedoniste et Contingente
sur I’Impact des Transports, Imprimerie de I’Evole
SA Neuchatel, (1994).
山崎福寿: 自動車騒音による外部効果の計測,環
境科学会誌, Vol.4, pp.251-264, (1991).
矢澤則彦·金本良嗣: ヘドニック・アプローチに
おける変数選択,環境科学会誌, Vol.5, pp.45-56,
(1992).
肥田野登・林山泰久・井上真志: 都市内交通がも
たらす騒音および振動の外部効果の貨幣計測,
環境科学会誌,Vol.9, No.3, pp.211-219, (1996).
道路投資の評価に関する指針検討委員会編: 道
路投資の評価に関する指針(案), 第2編総合評
価, (財)日本総合研究所, (2000).
内山久雄: 道路騒音の経済的評価の一試算,高速
道路と自動車, Vol.26, No.12, pp.20-29, (1983).
脚 注
<i>
資源配分の効率性を妨げる要因の一つに「外部性」と呼ばれる問題があり,これは金銭的外部性(Pecuniary Externality)と技術的
外部性に大別される.前者の金銭的外部性とは,市場における価格を通じて経済主体が不利あるいは有利な影響を他から間接的
に受ける効果を意味する.一方,後者の技術的外部性とは,市場機構以外を通じて経済主体が他から直接的に受ける効果を意味
する.なお,外部性とは通常,技術的外部性を指すことが多い.
<ii>
ピグー税は,その課税によって各汚染物質排出源の限界排出削減費用が均等化されると同時に,実現される環境水準が最適汚
染水準になっている.すなわち,最適汚染水準が最小の社会的費用で達成される.しかし,ピグー税の最大の難点は,その実行
の困難性にある.
<iii>
ヘドニック・アプローチの理論および適用例については,肥田野登:環境と社会資本の経済評価: ヘドニック・アプローチの理
論と実際,勁草書房,(1997).および金本良嗣: 都市経済学,東洋経済新報社,(1998).を参照のこと.
<iv>
CVM の理論および適用例については,栗山浩一: 公共事業と環境の価値: CVM ガイドブック,築地書房,(1997).,栗山浩一:環境
の価値と評価手法,北海道大学図書刊行会,(1998).および環境評価研究会: CVM による環境質の経済評価: 非市場財の価値計測,山
海堂,(2001).を参照のこと.
<v>
国道 43 号線訴訟では,地域グループ別に騒音 60dB(A)を超える水準について,約 4,800 円 dB(A)・人・年に相当する損害賠償額
が認められた.
<vi>
交通ネットワークは,ノード(Node)集合とリンク(Link)集合で表現されるグラフであり,グラフとは点と線の集合である.ここ
でいう点をノード,線をリンクと呼ぶ.
<vii>
全国道路交通情勢調査の俗称であり,国道および都道府県道を対象として,一般交通量調査および自動車起終点調査から構
成されている.なお,ここで言う道路交通センサスとは,一般交通量調査を指し示しており,調査地点を通過する歩行者,自動
車等の種別,種類別の交通量を観測調査するものであり,併せて,道路状況および走行速度も調査している.
<viii>
異時点間の便益(或いは,費用)を比較するには,全てを同じ時点の価値に換算する必要があり,公共事業による便益を評価す
る際に,将来発生する便益を割り引くために用いられる割引率を社会的割引率(Social Discount Rate)言う.なお,社会的割引率の
理論および実証分析については,阪田和哉・林山泰久:社会資本ストックの社会的割引率に関する実証的研究,応用地域学研究,
(2002).(投稿中)を参照のこと.
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