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Entamoeba histolytica による大腸炎から人工肛門周囲に 皮膚潰瘍を
73 症 例 Entamoeba histolytica による大腸炎から人工肛門周囲に 皮膚潰瘍を併発した 1 例 1) 国立病院機構東京医療センター皮膚科,2)東京都健康安全研究センター微生物部病原細菌研究科, 3) 慶應義塾大学医学部感染症学教室,4)北里大学北里研究所病院皮膚科 佐々木 優1) 小林 正規3) 吉田 佐藤 哲也1) 友隆4) 鈴木 淳2) (平成 27 年 4 月 3 日受付) (平成 27 年 9 月 24 日受理) Key words : cutaneous ulcer, stoma, Entamoeba histolytica 序 文 細菌感染合併が疑われメロペネム(MEPM)が投与 赤痢アメーバ症では Entamoeba histolytica(E. histo- されたが,さらに潰瘍拡大を認めた.直腸潰瘍の既往 lytica)により大腸炎や肝膿瘍を引き起こす事が知ら があることから壊疽性膿皮症を疑い,潰瘍底の壊死組 れているが,稀に皮膚にも病変を生じる.今回我々は 織より皮膚生検を施行したところ,真皮全層のびまん E. histolytica による人工肛門周囲の皮膚潰瘍から赤痢 性の壊死と好中球やリンパ球を主体とする炎症細胞浸 アメーバ症の診断に至り,メトロニダゾールの投与よ 潤を認めた.E. histolytica は検索していなかった.病 り完治した 1 例を経験したので,文献的考察を加えて 理組織は壊疽性膿皮症として矛盾せず,入院 23 日目 報告する. に当科へ転科となった. 症 例 転 科 時 現 症:体 温 36.9℃,血 圧 132/66mmHg,脈 症例:66 歳,男性,既婚者. 拍数 78/min 整,眼瞼・眼球結膜に貧血・黄疸なし, 主訴:人工肛門周囲の皮膚潰瘍. 表在リンパ節を触知せず,心音純,呼吸音清,腹部は 既往歴:59 歳時に前立腺癌に対し小線源,外照射 平坦軟,腸音異常なし,反跳痛なし.左下腹部の人工 療法を施行.61 歳頃から少量の血便を認め,65 歳時 肛門部 6 時方向に連続して中央部の黒色壊死と周囲の に大腸内視鏡検査にて直腸潰瘍を認めたが,脳梗塞の 堤防状隆起を伴う 8×7cm 大の有痛性潰瘍を認めた 既往あり抗血小板薬内服中のため生検は施行しなかっ た.直腸潰瘍の原因は,放射線照射,糖尿病,非ステ (Fig. 1). 検査所見:血液検査では,白血球 12,400/μL,好中 ロイド性抗炎症薬や抗血小板薬内服の影響と考えられ 球 77.5%,CRP ていた.内視鏡検査の約 1 カ月後より肛門から尿流出 た.肝機能障害は認めず,HBs 抗原,HCV 抗体,RPR あり,膀胱鏡検査と腹部造影 CT 検査にて直腸膀胱瘻 定性,TP 抗体,HIV 抗体は陰性であった.腹部造影 を認め,人工肛門と膀胱瘻を造設した. CT 検査では,人工肛門周囲の皮膚および皮下に腹直 16.9mg/dL と炎症反応は陽性であっ 生活歴:同性間や不特定多数の異性との性的接触歴 筋直上まで拡がる高吸収域を認め,横行結腸から下行 なし.42 歳時に台湾への渡航歴あり.知的障害者施 結腸の腸管拡張を認めた.直腸から S 状結腸の人工 設の勤務歴なし. 肛門にかけて大腸内視鏡検査を施行し,直腸に白苔付 現病歴:人工肛門造設の約 2 カ月後より,人工肛門 着のある深掘潰瘍を認めた.潰瘍辺縁と潰瘍底から生 部 6 時方向に接する皮膚潰瘍を認め, 脂肪織まで達し, 検を施行したが E. histolytica は検索していなかった. 5×2.5cm 大まで増大のため当院外科へ入院となった. 転科後後経過:入院 23 日目から壊疽性膿皮症の治 別刷請求先:(〒152―0021)東京都目黒区東が丘 2―5―1 独立行政法人国立病院機構東京医療センター皮 膚科 佐々木 優 平成28年 1 月20日 療としてプレドニゾロン(PSL)60mg/日の内服を開 始すると一時的に潰瘍の拡大は停止したが,入院 31 日目から再び拡大し,36 日目には 12×8cm 大となっ 74 佐々木 Fig. 1 An ulcerative lesion on the abdomen inferior to the stoma containing centrally placed necrotic tissue on the floor. The ulcer margins are thickened and undermined with surrounding erythema. 優 他 Fig. 2 Erythrophagocytosis by trophozoites of amebae can be identified on PAS stained slides obtained from the peristomal ulcer margin. 我々は臨床経過や病理組織所見から壊疽性膿皮症の診 断とした.実際に本邦で人工肛門周囲に生じた壊疽性 膿皮症の報告は散見され,ステロイド全身投与,免疫 た.治療抵抗性と考えソルメドロール 1,000mg/日の 抑制剤,顆粒球除去療法などが有効とされる1).自験 3 日間の治療を行ったが病変は拡大した.入院 43 日 例ではステロイドや免疫抑制剤などにより症状が悪化 目より PSL 60mg/日にシクロスポリン 300mg/日の し,皮膚生検の再施行により結果的に赤痢アメーバ症 併用を開始し,さらに 44 日目に顆粒球除去療法を施 の診断に至った.最終的には治癒したが,初期に正し 行したが,潰瘍の拡大は続いた.潰瘍辺縁から再生検 い診断に至らず症状を増悪させた点については猛省し を施行し,真菌を疑って Periodic Acid-Schiff(PAS) たい.ステロイド投与後に一時的に症状が軽快したこ 染色を追加したところ栄養型 E. histolytica による赤血 とも診断を遅らせた一因であった.あとから振り返る 球貪食像を認めた(Fig. 2).PCR(Polymerase Chain と,直腸潰瘍や直腸膀胱瘻の原因は赤痢アメーバ症で Reaction)法で皮膚組織より E. histolytica 特異的遺伝 あり,診断が得られないまま人工肛門を造設したこと 子を検出し,糞便検査で虫体を認めた.また直腸潰瘍 が皮膚潰瘍の形成につながったと思われる.赤痢ア の生検組織を見直すと栄養型虫体を認めた.血清赤痢 メーバ症を炎症性腸疾患と診断してステロイドを投与 アメーバ抗体価(蛍光抗体法)は 100 倍未満で陰性で し,症状が悪化してから正しい診断に至ることはしば あった.以上から赤痢アメーバ症と診断し,ステロイ しば経験される2).特に潰瘍性大腸炎と診断してステ ドの漸減とメトロニダゾール 2,250mg/日の内服を 14 ロイドが投与された場合に死亡例が多数報告されてお 日間行い,潰瘍部にメトロニダゾール軟膏を外用した り3),早期の診断が極めて重要である.同症の内視鏡 ところ潰瘍の拡大は停止した.入院 57 日目より肝機 所見は,たこいぼ様所見や厚い白苔,周囲粘膜の血管 能障害を認めたが,腹部造影 CT 検査で肝膿瘍などは 透過像などが特徴である4).血清アメーバ抗体価は 認めず,薬剤終了後に肝機能は改善したことから,メ 85% が陽性を示す.糞便の塗抹鏡検は一般に陽性率 トロニダゾールによる薬剤性肝障害と考えた.その後 は低く,採取後速やかに行う必要がある.生検組織で サイトメガロウイルス感染症を合併し,ガンシクロビ の原虫検出率は 50∼80% で,栄養型を検出する.潰 ルを 14 日間投与した.さらにメチシリン耐性表皮ブ 瘍辺縁部よりも中心部で検出率が高く,Hematoxyline- ドウ球菌菌血症を生じ,MEPM とバンコマイシン投 Eosin(HE)染色に加えて PAS 染色を行うと検出し 与により治療した.入院 100 日目に全身麻酔下に遊離 やすいため,自験例でも早期に行うべきであった. 分層網状植皮術を施行し,植皮の生着が良好のため E. histolytica による皮膚潰瘍は,本邦では肛門,外 137 日目に退院となった.その後皮膚潰瘍の再発は認 陰部,臀部の潰瘍の報告があり5)6),海外では人工肛門 めていない. 周囲の他,瘻孔部,肝膿瘍ドレーン刺入部,開腹術創 考 察 人工肛門周囲に皮膚潰瘍を来たす原因としては,縫 部などの潰瘍が報告されている7).E. histolytica によ る皮膚病変は,疼痛の激しい皮下膿瘍として始まり, 合不全,圧迫,接触皮膚炎,排泄物の刺激,細菌など 急速に潰瘍化する.辺縁は赤褐色調で浸潤を触れ,表 の感染症,壊疽性膿皮症などが鑑別に挙げられ,当初 面は黄色調の膿汁を分泌するため壊死組織が付着す 感染症学雑誌 第90巻 第1号 E. histolytica による人工肛門周囲の皮膚潰瘍 る.潰瘍底は凸凹不正な肉芽を形成し,易出血性で, 6) 壊死組織脱落後は瘢痕治癒する .潰瘍底の壊死組織 より潰瘍辺縁からの生検で陽性率が高く,HE 染色と PAS 染色が有用である7). 本邦での赤痢アメーバ症は増加傾向にあり,5 類感 染症として年間 900 例を超える届け出がある.国内感 染が多く,感染経路としては性感染,特に男性の同性 間性的接触が大多数だが,最近では異性間性的接触に よる男性患者や性産業従事者の女性の感染が増えてい る.知的障害者施設での集団感染も報告される8).自 験例では問診上このような感染経路は確認されなかっ た.発症時期も不明であるが,血便のみられた 61 歳 時にはすでに同症を発症していたと考えられた.台湾 への渡航歴は有していたが,発症推定時期と約 20 年 の差があり,同症発症との関連性は不明である. 今後,赤痢アメーバ症に遭遇する頻度の増加が予想 される.糞便に汚染された部位の難治性皮膚潰瘍をみ た際には同症を念頭に置き,内視鏡検査,糞便検査, 血清赤痢アメーバ抗体価,生検組織検査を施行し,迅 速に診断や治療を進める必要性があると考え報告す る. なお,本論文の要旨は第 77 回日本皮膚科学会東京 支部学術大会(2014 年 2 月東京)にて発表した. 利益相反自己申告:申告すべきものなし 平成28年 1 月20日 75 文 献 1)小林真二,武下泰三,古江増隆:潰瘍性大腸炎 に合併した壊疽性膿皮症の 1 例.西日本皮膚科 2011;73:474―7. 2)青松和揆,大川清孝,大平美月,山崎智朗,追 矢秀人,青木哲哉,他:巨大結腸症を呈した劇 症型アメーバ腸炎の 1 例.消化器科 2003;36: 101―5. 3)齋田 真,小澤俊総:潰瘍性大腸炎に合併し診 断に難渋した劇症型アメーバ性大腸炎の 1 例.日 本大腸肛門病会誌 2010;63:82―7. 4)平田一郎,村野実之,井上拓也:潰瘍性大腸炎, Crohn 病と鑑別を要する腸の炎症性疾患.胃と 腸 2006;41:869―83. 5)齋藤 京,関根克敏,川田真幹:肺結核患者に 合併した肛門部潰瘍を呈する赤痢アメーバ症.臨 床皮膚科 2013;67:733―6. 6)宮崎貴子,赤城久美子,根岸昌功,比島恒和: AIDS 患者の臀部に巨大な皮膚潰瘍を形成した赤 痢アメーバ症の 1 例.皮膚科の臨床 1999;41: 1367―9. 7)Fernández-Díez J, Magaña M, Magaña ML:Cutaneous Amebiasis : 50 Years of Experience. Cutis 2012;90:310―4. 8)中村(内山)ふくみ,吉川正英:消化器症状を 主症状とする寄生虫感染症 アメーバ性腸炎.臨 床と微生物 2014;41:27―9. 76 佐々木 優 他 A Case of Peristomal Cutaneous Ulcer Following Amebic Colitis Caused by Entamoeba histolytica Yu SASAKI1), Tetsuya YOSHIDA1), Jun SUZUKI2), Seiki KOBAYASHI3) & Tomotaka SATO4) 1) Department of Dermatology, National Hospital Organization Tokyo Medical Center, Division of Clinical Microbiology, Department of Microbiology, Tokyo Metropolitan Institute of Public Health, 3) Department of Infectious Diseases, Keio University School of Medicine, 4) Department of Dermatology, Kitasato University Kitasato Institute Hospital 2) A 66-year-old Japanese male with a history of a rectal ulcer and rectovesical fistula following brachytherapy and radiotherapy for prostate cancer, who had undergone colostomy and vesicotomy presented with a painful peristomal ulcer of approximately 5×2.5cm adjacent to the direction of 6 o clock of the stoma in his left lower abdomen. Although he was admitted to be treated with intravenous antibiotics and topical debridement, the ulcer was rapidly increasing. In the laboratory findings, WBC was 12,400/μL, CRP was 16.9 mg/dL, ESR was 105mm in the first hour. Contrast enhanced CT images showed a wide high density area of skin and subcutaneous tissue around the stoma and dillitation of the transverse and descending colon. Colonoscopy showed furred profound ulcers in the rectum. A biopsy from the ulcer floor submitted to histopathology showed necrotic tissue with a mixed inflammatory infiltrates mainly composed of neutrophils and lymphocytes in the dermis. We suspected pyoderma gangrenosum with an inflammatory bowel disease in the beginning. Although he was started on oral prednisolone 60mg daily, the ulcer did not respond to treatment. Additional methylprednisolone pulse therapy, intravenous cyclosporine and granulocytapheresis were also ineffective. A biopsy specimen from the skin ulcer margin showed erythrophagocytosis by trophozoites of amebae which were identified on PAS stained slides. The PCR method and stool examination showed positive for Entamoeba histolytica (E. histolytica), but serum antibodies were negative. Within two weeks of treatment with oral metronidazole 2,250mg/day and topical metronidazole ointment, resolution of the ulcer was observed, then the prednisolone dosage was tapered. A split-thickness skin graft was used to cover the ulcer with a successful result. Even though we originally misdiagnosed this case, we finally reached a diagnosis of amebiasis. It is important to take account of amebiasis in the differential diagnosis of intractable ulcers which can be contaminated by feces. 〔J.J.A. Inf. D. 90:73∼76, 2016〕 感染症学雑誌 第90巻 第1号