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天然記念物標津湿原保全対策調査報告書 2016 年 2 月 259 ~ 265 ページ
10. ポー川の魚類
市村政樹
NPO 法人サーモンサイエンスミュージアム・標津サーモン科学館
Fish Fauna in Po River, Eastern Hokkaido
Masaki ICHIMURA
Incorporated non-profit organization Salmon Science Museum Shibetsu Salmon Museum
North1, West6, SHIBETSU-CHO, HOKKAIDO 086-1631, JAPAN
は,ほとんどが Bc 型の流れになっている ( 市村 2015).
はじめに
本調査河川であるポー川は,標津町ホームページおよ
つまり,忠類川以北の河川では,通常の河川の上流域が
び国土地理院の地図によると伊茶仁川水系の支流,つま
そのまま海へ流れ込んでおり,伊茶仁川以南の河川は典
り伊茶仁川が本流となっている.しかしながら,河川現
型的な湿原地帯の河川といえる.この河川形態の違いを
況台帳によるとポー川が本流であり,伊茶仁川は支流の
反映し,そこに住む魚類相が違う.例えば,イトウの生
扱いとなっている.水系名については,河川現況台帳に
息域は,伊茶仁川以南の湿原地帯の河川であり,忠類川
従うべきではあるが,標津町および標津町民はポー川が
以北では確認されていない.また,アメマスも,伊茶仁
本流であるとの認識が全くないため,本報告ではポー川
川以南では全ての河川で確認されているものの,忠類川
を伊茶仁川の支流として扱うこととする.
以北ではごくまれに生息が確認されている程度で ( 市村
石城 (1984) によると,北海道東部根室海峡に流入す
2015),その繁殖は確認されていない ( 石城 1984).つ
る河川は,標津町内にある忠類川と本調査の対象河川で
まり,根室支庁においてのイトウおよびアメマスの天然
ある伊茶仁川を境に 2 つの対照的な河川形態が存在す
分布域の北限が伊茶仁川である.また,サケ ( シロザケ )
る ( 図 1).忠類川以北の知床半島の河川では,河床勾配
の産卵場所は,忠類川以北の河川では,ほぼ河口域から
が急であり,河川形態はほぼ全域が一つの蛇行内に複
産卵が確認されているのに対し,伊茶仁川以南の河川で
数の瀬と淵が存在し白瀬で淵が連結している Aa 型 ( 可
は中流域から上流域で確認されている ( 市村,2015).
児,1944) であり,海岸線近くでは,一つの蛇行内に複
なお,標津町では,1892 年に標津川,薫別川および
数の瀬と淵が存在する Bb 型のところも見られるが,水
忠類川に,そして 1900 年に伊茶仁川にふ化場が建設さ
面勾配が緩やかな Bc 型は見られない.一方,忠類川の
れた ( 標津漁業協同組合 1988).現在,標津川,伊茶仁川,
南に隣接する伊茶仁川より南の河川では,低湿な原野の
忠類川,薫別川および元崎無異川の 5 水系にあるふ化
湧き水からはじまるため,標津川の上流域を除いて Aa
場から,毎年約 7,500 万尾のサケの稚魚が放流されてい
型の部分はなく,部分的に Bb 型のところが見られる他
る ( 根室管内さけます増殖事業協会,2013).
これまで,ポー川における総括的な魚類相調査は行わ
元崎無異川
れておらず,小宮山 (2003) の報告および標津サーモン
薫別川
科学館における断片的な魚類採集記録があるに過ぎな
忠類川
い.本調査では,現状におけるポー川の魚類相を明らか
標津川
にすることを目的とし,伊茶仁川水系の各定点において
魚類採集を行った.
伊茶仁川
ポー川
1.調査地の概要
ポー川は流路延長 15.8km,流域面積は 53.0k ㎡ ( 山
地 2.3km,平地 50.7km) であり,流域の多くは湿原地
帯を流れる.また,中流域では,昭和 50 年代から行わ
れた牧草地の造成のために流路長約 4.7km の区間で直
図 1.ポー川の位置
-259-
市村政樹
図 4.採集を行った調査地点
図 2.直線化された区間 (st.3 川沿 3 号橋 )
図 5.エレクトリックショッカーを用いた魚類採集状
況 ( 伊茶仁川 , st.7)
びポー川の 5 定点で行った ( 図 4).採集方法としてエレ
図 3.ポー川と伊茶仁川の合流点 (st.1 伊茶仁橋 ) に
クトリックショッカー (Smith-Root 社製 LR─20B 型 ),
設置されたウライ ( 写真上 )
投網 ( 目合 15 皿,節目 1200),さで網 ( 目合 2mm),お
よび,たも網を用いた ( 図 5).採集した魚類は,魚種を
線化されている ( 図 2.).ポー川は河口から 150 m地点
確認した後に放流,もしくは,その場で麻酔 (FA-100)
で伊茶仁川と合流しており,合流地点には増殖用のサケ
にかけ,写真撮影を行った後に麻酔から回復した魚は採
の捕獲装置である「ウライ」( 図 3) が根室管内さけます
集地点に放流した.
増殖事業協会により設置されている.また,伊茶仁川の
中流部には北海道区水産研究所伊茶仁さけます事業所が
3.結果と考察
あり,サケ,カラフトマスおよびサクラマスの人工ふ化
3-1.調査結果
放流が行われている.
2014 年 お よ び 2015 年 の 魚 類 相 調 査 の 結 果,9 科
21 種 ( 内移入種無 ) の魚類が確認された ( 表 1).市村未
2.調査方法
発表および小宮山 (2003) によると西暦 2000 年以前に
魚類相調査は 2014 年 5 ~ 12 月の 9 日間および 2015
伊茶仁川水系で確認された魚種は 9 科 27 種 ( 内移入種
年の 10 ~ 11 月の 2 日間,主に伊茶仁川の 2 定点およ
-260-
種名
ヤツメウナギ科
-261-
Platichthys stellatus
Noemacheilus barbatulustoni
Luciogobius guttatus
Gymnogobius opperiens Stevenson
Gymnogobius urotaenia
Cottus hangiongensis
Cottus amblystomopsis Schmidt,
Pungitius sp.
Pungitius pungitius
Pungitius tymensis
Gasterosteus sp.
Phoxinus perenurus sachalinensis
Tribolodon hakonensis
Carassius buergerisubsp
Cyprinus carpio
Osmerus eperlanus mordax
Hypomesus nipponensis
Hucho perryi
Salvelinus malma malma
Salvelinus leucomaenis leucomaenis
Oncorhynchus mykiss
Oncorhynchus kisutch
Oncorhynchus masou masou
Oncorhynchus gorbuscha
Oncorhynchus keta
Lethenteron kessleri
Lethenteron japonicum
学名
* 小宮山(2003), 市村未発表
** 移入種
ヤツメウナギ
シベリアヤツメ
シロザケ
カラフトマス
サクラマス
**ギンザケ
サケ科
**ニジマス
アメマス
オショロコマ
イトウ
ワカサギ
キュウリウオ科
キュウリウオ
**コイ
ギンブナ
コイ科
ウグイ
ヤチウグイ
イトヨ日本海型
エゾトミヨ
トゲウオ科
トミヨ淡水型
トミヨ汽水型
エゾハナカジカ
カジカ科
カンキョウカジカ
ウキゴリ
ハゼ科
シマウキゴリ
ミミズハゼ
ドジョウ科 フクドジョウ
カレイ科
ヌマガレイ
合計
科
表 1.伊茶仁川水系における確認魚種
9科21種
9科27種
□
△
□
○
△
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* 2000年以前 今回の調査
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河口
㻔㼟㼠㻚㻝㻕
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6月4日
本流直線区 落差工下
㻔㼟㼠㻚㻟㻕
㻔㼟㼠㻚㻠㻕
○
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○
10月25日
カヌー乗り場 ポンカリカリウス
㻔㼟㼠㻚㻞㻕
㻔㼟㼠㻚㻡㻕
□ 2015年追加調査による確認種
△ 本調査では未確認であるが、生息の可能性が極めて高い種
○
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5月20日
河口
㻔㼟㼠㻚㻝㻕
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○
支流
㻔㼟㼠㻚㻢㻕
12月29日
河口
㻔㼟㼠㻚㻝㻕
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4~6月(計5回)
伊茶仁本流
㻔㼟㼠㻚㻣㻕
ポー川河川改修
自然産卵調査協
ポー川落差工
伊茶仁川の特異
魚類相調査結果
10.ポー川の魚類
10.ポー川の魚類
表 2.伊茶仁川水系の希少種
ヤ
チ
ウ
グ
イ
種 名
環境省レッド
データブック
㻞㻜㻝㻠㻖
絶滅(EX)
野生絶滅(EW)
絶滅危惧
ⅠA類(CR)
Ⅰ類
絶滅危惧
ⅠB類(EN)
絶滅危惧Ⅱ類(VU)
準絶滅危惧(NT )
情報不足(DD)
イ
ト
ウ
オ
シ
ョ
ロ
コ
マ
エ
ゾ
ト
ミ
ヨ
●
●
ト
ミ
ヨ
属
汽
水
型
ハ
ナ
カ
ジ
カ
エ
ゾ
ハ
ナ
カ
ジ
カ
ミ
ミ
ズ
ハ
ゼ
●
●
●
●
●
●
付属資料絶滅のおそれのある地域個体群
㻔㻸㻼㻕
北海道レッド
データブック
㻞㻜㻜㻝 㻖㻖
絶滅種 (Ex)
野生絶滅種
絶滅危機種
絶滅危惧種
絶滅危急種
希少種 (R)
地域個体群
留意種 (N)
(Ew)
(Cr)
(En)
(Vu)
●
●
●
(Lp)
* レッドデータブック2014(4.汽水・淡水魚類). .環境省.
** 北海道の希少野生動植物 北海道レッドデータブック2001. 北海道
4 種 ) であり ( 表1,表 2),本調査では新たな生息魚種
多数確認されているものの,ポー川の上流部では確認さ
は確認できなかった.本調査による未確認魚種は,サケ
れなかった.支流のポンカリカリウス川およびカリカリ
科魚類では,ニジマス,ギンザケ,イトウであり,コイ
ウス川において目視より確認されたが,伊茶仁川と比べ
科ではコイ,ヤチウグイ,およびキュウリウオ科では,
かなり少ないものと推察される.その要因として,伊茶
キュウリウオの計 6 種であった.しかしながら,ヤチ
仁川河口でウライが設置されており,ポー川への親魚の
ウグイについては,主な生息域が三日月湖などの止水域
遡上が増水時のみであること,さらにポー川ではこれら
であり,今回の調査定点には含まれていない.さらにキュ
魚種の稚魚放流が行われていないことが挙げられる.
ウリウオは春に産卵のため河川を遡上するが,本調査で
サクラマス ( 図 8),アメマス,オショロコマ ( 図 9)
は河口域での調査が不十分であった.そのため,キュウ
については,伊茶仁川流域全体の広い範囲で分布が確認
リウオ,ヤチウグイについては,本調査では未確認では
されており,各支流で産卵繁殖していると考えられる.
あるが,現状においても生息しているものと考えられる.
また,伊茶仁川河口においてサケとカラフトマスの交
雑個体が確認されている ( 市村,2011).
したがって,本調査により伊茶仁川水系から絶滅した
可能性のある魚種は,移入種のコイ,ニジマス,ギンザ
サケ科魚類では移入種であるギンザケ,ニジマスおよ
ケおよび在来種のイトウの 4 種である.
び在来種のイトウは確認できなかった.
ギ ン ザ ケ は,1979 年 に 試 験 的 に 70,000 万 尾 が 伊
以下,本調査によって得られた主要な魚種を記す.
茶仁川本支流に移植放流されたが,定着はしなかった
3-2.サケ科
( 梅田ら 1981).その後,1990 年代前半に標津サーモ
サケ ( 図 6) とカラフトマス ( 図 7) は,伊茶仁川では
ン科学館が行った調査においてギンザケが確認された
-262-
市村政樹
図 10.イトウの成魚
図 6.サケ ( シロザケ ) の成魚
図 7.カラフトマスの成魚
図 11.エゾトミヨ
図 8.サクラマスの成魚
図 12.ミミズハゼ
が,これらは,1990 年代前半まで,伊茶仁川とポー川
合流地点にニジマスとギンザケの養魚場があり,そこか
ら逃げてきた個体であると考えられる.
イトウ ( 図 10) は,2004 年代まで,標津サーモン科
学館において,その生息を確認していたが,その後の断
片的な産卵床調査において確認されておらず,本水系に
おいて絶滅が心配される魚種である.
3-3.トゲウオ科
本調査により,イトヨ日本海型,トミヨ属淡水型,ト
図 9.オショロコマ ( 上 ) とアメマス ( 下 )
-263-
10.ポー川の魚類
4.今後の保全について
ミヨ属汽水型およびエゾトミヨ ( 図 11) が確認された.
エゾトミヨは環境省第 4 次レッドリストにおいて,準
前述のとおり,ポー川中流域は,昭和 50 年代に河川
絶滅危惧 (VU) となっている.しかしながら,伊茶仁川
の直線改修が行われた.そのため,改修が行われた区間
水系においては,ほぼ全域でその生息が確認されており,
では,瀬や淵が無い単調な流れとなっており,各魚種の
その資源量も多いと推察される.
バイオマスは低いものと推察される.本来であれば,過
去に標津川で計画されていた蛇行復元工事を行うことが
3-4.ハゼ科
望ましいが,莫大な費用がかかるため容易には行えない
本調査により,ウキゴリ,シマウキゴリおよびミミズ
であろう.このような改修済みの中小河川における安価
ハゼ ( 図 12) の 3 種が確認された.ミミズハゼは北海道
な改修方法として,現在,バーブ工 ( 原田ら,2013) が
レッドデータブックにおいては,留意種 (N) であるが,
注目されており,将来的にポー川の自然再生を図るうえ
特に知床半島近辺では,その生息数は少ない ( 小宮山,
で,この工法は考慮すべきであると考える.また,直線
2003).今回の調査において,その確認数は 1 匹のみで
区間の上流部に落差工と呼ばれる小さなダムがあり,こ
あることから,今後,注視する必要がある種であると考
れまでサケ科魚類の遡上を妨げていたが,2014 年に標
えられる.
津町サケマス自然産卵調査協議会により,落差工の改修
図 13.ポー川の落差工改修 ( 上:改修前 下:改修後 )
-264-
市村政樹
可児藤吉 . 1944. 渓流棲昆虫の生態 . 昆虫・上 . 古川春
が行われた ( 図 13).この改修により,遡上の妨げが解
男編 , pp. 171-317. 研究社 , 東京 .
消されたことから,伊茶仁川水系のサケ,カラフトマス
環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室 (2015)
などを移植するなどして,それら魚種の定着を図ること
レッドデータブック 2014 -日本の絶滅のおそれ のあ
が望ましいと考える.
る野生生物- 4 汽水・淡水魚類.株式会社ぎょうせい,
また,本調査においてイトウの生息は,確認されなかっ
東京.
た.しかしながら,2000 年以降もポー川の上流部にお
いて,産卵しているとの情報もあることから,イトウが
小宮山英重 (2003) 知床の淡水魚 . しれとこライブラ
生息している可能性は少なからずある.2015 年には河
リー 4. 知床の魚類 . 240 pp. 北海道新聞社 , 斜里 .
根室管内さけ・ます増殖事業協会 (2013) 平成 25 年度事
川水を分析することにより,その河川に生息する生物種
を特定する「環境 DNA」により,ポー川のイトウの生
業報告書 . 根室管内さけ・ます増殖事業協会 , 標津
息確認調査が行われているため,この調査結果が待たれ
標津町サケマス自然産卵調査協議会 (2014) 平成 26 年
度役員会報告資料 . 標津町サケマス自然産卵調査協議
るところである.
会 , 標津 .
標津協同組合組合史編集委員会 (1988) 風雪の九十年 .
謝辞
357 pp. 北日本海洋センター . 札幌 .
今回の調査において,協力いただいた標津サーモン科
学館の皆様,標津町さけます自然産卵調査協議会の皆様
梅田勝博・松村幸三郎・奥川元一・佐沢力男・本 間広巳・
および北海道立総合研究所機構さけます・内水面水産試
荒内 学・笠原恵介・奈良和俊 (1981) 伊茶仁川に放流
験場の越野陽介博士に感謝申し上げる.
した北米産ギンザケについて . 北海道さけ・ますふ化
場研究報 . 札幌 .
要約
2014 年および 2015 年に伊茶仁川水系において魚類相
調査をおこなった.その結果,伊茶仁川水系 9 科 21 種
が確認され,現状において 9 科 23 種の魚類が生息して
いると推察された.2000 年以前の魚類相調査と比較し
た結果,移入種であるギンザケ,ニジマスおよびコイと
在来種のイトウが絶滅した可能性が示唆された.
引用文献
原田守啓 , 高岡広樹 , 大石哲也 , 萱場祐一 , 藤田裕一郎
(2013) 設置角度の異なる越流型上向き水制の河床変動
特性に関する実験的研究 . 土木学会論文集 B1 ( 水工
学 ), 69(4), I_1189-I_1194.
北海道 (2001) 北海道レッドデータブック.
http://rdb.hokkaido-ies.go.jp/
市村政樹 (2015)
根室地域におけるサケの自然再生産
の現状と評価に関する研究 . 北海道大学大学院水産科
学研究院学位論文 . 函館 .
市村政樹・柳本卓・小林敬典・正岡哲治・帰山雅秀 (2011)
北海道東部根室海峡周辺で採集された「サケマス」の
DNA 分析による交雑判別 . 日本水産学会誌 , 77: 834844. 東京 .
石城謙吉 (1984) イワナの謎を追う . 216 pp. 岩波新書 ,
東京 .
-265-
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