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Page 1 みなさんは、尾道にある八坂神社をこ存知でしょう か? かんざし魔
y坂の狛犬 千葉菜美 どうろうぎおんまつり や さか みなさんは 、 尾 道 に あ る 八 坂 神 社 を ご 存 知 で し ょ う か ? かんざし燈龍や七月下旬の祇園祭の三体回しで 有名な神社なのですが、ここに奉納されている狛犬が あぎよううんぎよう 尾道最大の大きさを誇っているということは意外に知 られていません 。 さて、 狛 犬 と い え ば 阿 形 と 件 形 の 二 体 で 一 対 で あ り、 普 通 一 緒 に 作 ら れ る も の で す が 、 こ の 八 坂 神 社 の 狛犬は先に昨形だけが奉納されて阿形はそれから十六 年後に奉納されました 。 またそれぞれの姿をよく見てみますと、どちらも大 きな玉に前足を乗せているところは同じですが、件形 が若い雌犬の姿であるのに対して、阿形は雄の老犬で、 腰は曲がり、大きく聞いた口は歯がほとんど抜けてし まっているということがわかります。 どうして後から 作られた阿形がこのような姿をしているのでしょうか? 実 は 、 八 坂 神 社 に 阿 形 が 奉 納 さ れ 左 右 一対 が そ ろ う までには、こんな物語があったそうなのです。 八坂神社に昨形が奉納されてから数年ほ ど 経 った あ る 日 の こ と 、 一 匹 の 子 犬 が 神 社 どうど 、 ヮ ﹁ほうら、見てごらん 。 あの子はお前と違 つ てこんなに 堂 々としているじ ゃないか ﹂ それは、八坂神社の昨形 の狛犬でした 。 けいだい の 境 内 に 捨 て ら れ て い ま し た 。お 腹 を す か どうだ、立派だろう?この子はこの神社の ﹁ 誇 りなんだよ 。 お 前 も こ の 子 の よ う に お な せて震えているところを見つけた心優しい 神主 さ ん は 、 そ の 子 犬 を 拾 って飼 ってあげ りよ﹂ た ち が 暮 ら し て い て 、 彼 ら は 子 犬 を 引 っか しかし神主さんのうちにはたくさんの猫 ずに前を見すえる彼女のその態度が、なん は、神主さんにほめられでも尻尾さえ振ら 彼 女 が 石 造 で あ る こ と を 知 ら ない子犬に せきぞう ることにしました 。 いたり追いかけ回したりしました 。 ともしとやかで 気 高 く 感 じ ら れ ま し た 。 子 しんざんもの ﹁新参者の犬コロが、 いい気にな ってんじ ゃ 犬 は ま ば た き を す る の も 忘 れ て 、 優 美 な昨 形の姿を食い入るように見 つめました 。 ゆ、ヲぴ ないよ﹂ やせ っぽ ち の 自 分 よ り も 一回 りも大きい のきした 猫たちに子犬はすっかりおびえてしまって、 い つ も 柱 の 陰 や 軒 下 に 隠 れ て 小 さ く な って いました 。 そ れ を 見 か ね た 神 主 さ ん は 、 自 分の仕えている神社に子犬を連れて行き、 あるものを見せてやりました 。 30 八 坂 の狛 犬 ひと でになった時からずうっと独りだのう﹂ ていねいに顔を洗い終わ ったあと、猫は 子犬の顔を見るとひげをゆらして笑いました 。 ﹁ほほう、お 主 の考えていることがわかった ぞ。 じ ゃが や め と け 、 お 主 な ん か が 狛 犬 様 になれるはずないよ﹂ 猫の思った通り、次の日から子犬は、本 ﹁ああ、あのお方は鋲お様だよ 。 この神社 を 張 って狛犬の真似をしているのを見て、 よ う に な り ま し た 。 やせ っぽ ち の 子 犬 が 胸 来阿形がいる場所にちょこんと立っている に 悪 い も の が 入 ら な い よ う に あ あ や って見 猫たちは馬鹿にして人間たちは面白がりま 唯一子犬を引っかかないキジトラ模様の猫 神主さんの家の猫の中で一番の年長で、 た。 な ぜ な ら 、 阿 形 の 代 わ り に み す ぼ ら し 尻尾を巻いて逃げ出したりはしませんでし したが、どんなに笑い者にされても子犬は まね 張 っておられるんだ﹂ は、前足で顔を洗いながら子犬に教えてや い子犬が隣にいることを笑われても、昨形 ゆいいつ りました 。 はすました顔で優雅に前足を玉の上に乗せ ゅうが ﹁ 本 当 は も う お 一方 い ら っし ゃるはずなん ていたからです。 ひとかた じゃが、ここの神社の狛犬様はここにおい 31 八 坂 の 狛 犬 季節が変わり月日が流れ、子犬のやせ細 っ 也、さe て い た 体 は す っか り 大 き く た く ま し く な り、狛犬の真似もすっかり様になるように そな なりました 。猫たちは彼に近づかなくなり、 面白がっていた人間たちは今度は彼に供え 物を持ってくるようになりましたが、彼は 決してそれらを口にすることはありません でした 。 な ぜ な ら 、 ど ん な に い い 匂 い の す るごちそうが供えられていても、昨形はチ ラと見ることすらなく鳥居の方を見すえて いたからです。 ﹁お前もすっかり立派になって 。 う ち の 神 社 の阿形はお前しかいないなあ﹂ 神主さんもそう言ってほめてやりました が、心ひそかに悩んでおりました 。 実は、八坂神社に阿形を奉納したいとい 32 八坂の狛犬 4 ,giνよ-ヲ ご ‘ う申し出が、盛岡屋という豪商の主人から 来 て い た の で す。 神 主 さ ん も ぜ ひ と も お 願 いしたいところでしたが、本物の阿形が来 てしまえばあの犬がどんなに落ち込むかと みみ 'aM 思うと、なかなか決心がつかないのでした 。 そんなことなど知る由もなく、彼は彼女 みと の元へ通い続けました 。 どんなに神主さん に ほ め ら れ る よ う に な って も 、 彼 女 に 認 め て も ら え な け れ ば 彼 に と って は 意 味 な ど あ りません 。 彼女にひと目だけでもいいか ら見てもら 33 八 坂 の 狛 犬 。 ひと声だけでもいいからかけても えた ら は らえたら 。 途ずか 狛の 犬願 のい 真 が にそ 似か z て 彼 彼女にふさわしい立派な狛犬になればい -Zつ す る ノ の の だ で T と 乞か 主 管 むじよう しかし無常にも年月ばかりが過ぎ、犬は だんだん年老いていきました 。歯は抜け体 も思うように動かなくなり、毎日彼女のい る神社へ通うのも難しくなってきました 。 ﹁なあお 前 、 も う い い ん じ ゃないか。 お前は 立派に勤めを果たした 。 だからもう休んで いいんだよ﹂ 結局盛岡屋さんの奉納の件を断ってし まった人の良い神主さんは、すっかりしわ くちゃになった手で犬をなでてねぎらつて やります。 しかし、それでも彼はやめません 。 ﹁なあ、 おやめよおじちゃん 。 普 通 の 犬 の お じちゃんが、狛犬様になんかなれやしないん だって﹂ あのキジトラ模様の猫の孫が犬の体をい た わ る よ う に す り 寄 って き て も 、 彼 は 黙 っ て首を横に振るのでした 。 34 人坂の狛犬 犬にとって十何回目の冬がやってきました 。 その年は例年よりずいぶん寒く、尾道にも むち 雪 が 降 ってきました 。 犬 は 神 主 さ ん が 止 め る の も 聞 か ず に 、 老 体 に 鞭 を 打 って 白 い 花 びらの舞う中、彼女の元へと向かいました 。 そしてや っとの思いで神社にたどりつくと、 寒 さ に 丸 ま って し ま う 体 を グ ッと 伸 ば し て その隣に立ちました 。 ふ、ヲせっ ょうしゃ 風が出てきました 。 容赦なく体に吹きつ ける風 雪 に 、 老 犬 の 体 力 は ど ん ど ん 奪 わ れ て い き ま す 。 ビュウ ッと吹いた強い 風に、 彼は思わずしゃがみ込みました 。 すると、彼の目の前にコロコロと丸い物 が転がってきました 。 そ れ は 近 所 に 住 む 女 の子の鞠でした 。 こ の 天 気 の 中 で 遊 ぼ う と して母親に止め ら れ た 際 に 女 の 子 が 手 放 し て し ま い 、 今 の 風 で こ こ ま で や ってきたの です 。 再び風にさらわれそうになる鞠を、 彼はとっさに両足を乗っけて押さえ込みま した 。 そ し て 、 あ る こ と に 気 が つ き ま し た 。 彼は今、昨形とまったく同じ体勢になって いたのです。 36 八坂の狛犬 昨形の体には雪が降りつもっていました 。 彼 の 体 に も 、 同 様 に 雪 が つ も っ て い き ま す。 しかし彼はそれを振り落とそうとはしませ やわ んでした 。 そ ん な 柔 な や つ は 、 彼 女 に 認 め て も ら え な い と 思 っ た か ら で す。 両 足 の 感 覚がなくなっても、耐えきれずに腰が曲がっ てしまっても、彼はしがみつくように鞠を せく んな でつ して たも hA 半 / やJ 半 / ふ / ' 公 刊 ル 苧 、、 ,-苧-ゃv ' -、占 そんなことは ついに 手放しませんでした。彼女の姿が見えなく いか まな なり、 な ん の 音 も 聞 こ え な く な り 、 とま 女と同じになれたことがうれしくてうれし もで 構2き くて、彼は口を大きく聞いて笑いました 。 37 八 坂 の 狛 犬 ちは つ鼻 狛 犬 に 焦 が れ 続 け た 一匹 の 犬 は 、 そ の ま ま 眠 る よ う に 死 ん で し ま い ま し た 。 ですが、 神主さんが盛岡屋さんにその話をしたとこ ろ、石工に頼んでそっくりの阿形を奉納し てくださったのだそうです。 こうして、彼 は晴れて本物の阿形として、昨形の隣にい つまでもいつまでもいることができるよう になりました 。 これで片方だけが年を取った狛犬の話は おしまいです。 それにしても、盛岡屋さん ももう少し考えてくれていたらと思いませ んか? なぜって? 一番男前の時の姿でいたいもんでしょう? 惚れた女の隣には、 W陶 〆 38 八坂の狛犬