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ベクトル表記による光の反射・屈折の法則
大阪市立科学館研究報告 26, 31 - 34 (2016) ベクトル表記による光の反射・屈折の法則 長 谷 川 能 三 * 概 要 光 の反 射 や屈 折 の法 則 についてはよく知 られているが、通 常 は入 射 光 と反 射 光 や入 射 光 と屈 折 光 を 含 む平 面 内 での図 を用 いて入 射 角 と反 射 角 や屈 折 角 の関 係 が示 されている。しかし気 象 光 学 現 象 では、 この面 を考 えることが難 しい場 合 があり、そのため、現 象 の見 え方 が直 感 的 にわかりにくいことがある。 そこで、光 の反 射 や屈 折 の法 則 をベクトルで表 記 するとどのようになるかを示 し、その計 算 例 として気 象 光 学 現 象 の幻 日 環 や環 天 頂 アークに適 用 した。その結 果 、これらの現 象 が一 定 の高 さに見 えることが 簡 単 にわかるようになった。 1.はじめに 反 射 の法 則 は、図 1のように、入 射 角 物 質 の境 界 面 における光 の屈 折 や反 射 について、 が等 しいというものである。ここで、入 射 角 入 射 角 と反 射 角 や屈 折 角 の間 には、図 1および図 2の 射角 よ う に 示 さ れ る 関 係 が あ る 。ここで、この図 の描 かれ 界 面 の法 線 との間 の角 である。 ている面 は、入 射 光 と、入 射 光 が境 界 面 にあたった位 置 での境 界 面 の法 線 (以 下 、単 に境 界 面 の法 線 とす と反 射 角 および反 は、図 に示 したとおり入 射 光 および反 射 光 と境 一 方 屈 折 の場 合 には、図 2の入 射 角 と屈 折 角 の間 には、スネルの法 則 で示 される次 の関 係 がある。 る )を 含 む 平 面 であり 、反 射 光 や 屈 折 光 も 、こ の 平 面 sin 内 にある。 ここで、 と = sin ・・・(1) は入 射 角 および 屈 折 角 で、それぞれ 入 射 光 および屈 折 光 と境 界 面 の法 線 との間 の角 である。 また と は、入 射 光 が通 っ ている部 分 の媒 質 (媒 質 1)の屈 折 率 と、屈 折 光 が通 っている部 分 の媒 質 (媒 質 2)の屈 折 率 である。 図 1.反 射 の法 則 水 面 の よう に媒 質 の境 界 面 が水 平 であ る場 合 など は、図 1や図 2に示 している面 内 で入 射 角 や反 射 角 、 屈 折 角 を 考 え る こ とは 容 易 であ る 。しか し、気 象 光 学 現 象 では、空 中 にある六 角 柱 形 の氷 の結 晶 などを取 り 扱 う。そのた め、境 界 面 が 水 平 や垂 直 であるとは限 ら ない。また、境 界 面 が垂 直 な場 合 であっても、この境 界 面 とも水 平 面 とも直 交 する面 内 に入 射 光 が含 まれると は限 らない。このため、図 1や図 2のような面 を考 えるこ とは難 しい場 合 が多 い。 2.反 射 の法 則 のベクトル表 記 図 2.屈 折 の法 則 反 射 の法 則 をベクトル表 記 するために、まず、必 要 な3つのベクトルを定 義 する。入 射 光 の進 行 方 向 の単 * 大阪市立科学館 学芸員 中之島科学研究所 研究員 hasegawa@sci-museum.jp 位 ベクト ル(以 下 、入 射 光 ベクトル)を 、反 射 光 の進 行 方 向 の単 位 ベクトル(以 下 、反 射 光 ベクトル)を - 31 - 、 長谷川 能三 境 界 面 の法 線 で境 界 面 から入 射 光 や反 射 光 がある媒 質 側 へ向 かう方 向 に取 った単 位 ベクトル(以 下 、境 界 面 の法 線 ベクトル)を とする(図 3)。 図 3.反 射 の法 則 に関 わるベクトル すると、− + 2 cos は 図 5.屈 折 の法 則 を考 えるための直 交 単 位 ベクトル と同 じ向 きで、その大 きさは となる。このことから、入 射 光 ベクトル 光 ベクトル − + と境 界 面 の法 線 ベクトル と反 射 これより、屈 折 光 ベクトル ・・・(2) の関 係 がある。これより、反 射 光 ベクトル は と = sin を と表 わすことが できる。これ がベクト ル表 記 による反 射 の法 則 である。 反 射 の法 則 と同 様 に、入 射 光 ベクトルを 、屈 折 光 = × = 1 sin = 1 sin ・・・(5) 1 sin { −( ∙ ) } cos =− ̇∙ sin = cos = {1 − ( ̇ ∙ ) } 1− {1 − ( ̇ ∙ ) } である。これより屈 折 光 ベクトル = すると、スネルの法 則 より、 ( × )= ( × ) ・・・(4) の関 係 がある。しかし、ここから屈 折 光 ベクトル を簡 単 に求 めることはできない。 と を含 む面 内 にあり、 と は きは図 5に示 すように取 る。 1 − となる 。ここ で 1 と直 交 す を考 える。ここで、 は とも直 交 し、それぞれ向 {1 − ( ̇ ∙ ) } ( ∙ )+ ( ∙ )+ −1+( ̇∙ ) −1+( ̇∙ ) ・・・(8) は媒 質 1に 対 する媒 質 2 の比 屈 折 率 (以 下 、単 に屈 折 率 )で、 そこで、入 射 光 が境 界 面 の法 線 ベクトル る2つの単 位 ベクトル = − ・・・(7) は、 { −( ∙ ) }− 1− = 図 4.屈 折 の法 則 に関 わるベクトル ・・・(6) =1−( ̇∙ ) sin とする。 × {( ∙ ) −( ∙ ) } であり、また、 の進 行 方 向 の単 位 ベクトル(以 下 、屈 折 光 ベクトル)を 、境 界 面 の法 線 ベクトルを − cos = × ・・・(3) 3.屈 折 の法 則 のベクトル表 記 を と表 わすことができる。ここで、 用 いて、 = −2( ∙ ) と屈 折 角 用 いて、 との間 には、 = 2 (− ∙ ) は、 、 = ⁄ である。反 射 の法 則 のベクトル表 記 と比 べると複 雑 だが、屈 折 光 ベクトル を入 射 光 ベクトル、境 界 面 の法 線 ベクトル、屈 折 率 で 表 わすことができた。ただし、 − 1 + ( ̇ ∙ ) < 0 の場 合 には全 反 射 となり、屈 折 光 は存 在 しない。 - 32 - ベクトル表記による光の反射・屈折の法則 4.気 象 光 学 現 象 の計 算 例 そこで、太 陽 の高 度 を 4-1.幻 日 環 を 幻 日 環 (げんじつかん)は、太 陽 と同 じ高 さで空 を一 、鏡 の法 線 ベクトルの方 位 とすると、入 射 光 ベクトル 法 線 ベクトル 周 する白 い筋 が見 られる現 象 である。 と境 界 面 (鏡 の面 )の は、 = ( 0 , cos , −sin ) = ( sin と表 わされる。 , − cos ・・・(9) ,0 ) ・・・(10) すると、(3)式 のベクトル表 記 した反 射 の法 則 より、 反 射 光 ベクトル は、 = 0 + 2 ∙ cos cos = cos sin 2 sin = cos − 2 ∙ cos ∙ sin = cos = − sin となる。 写 真 1.幻 日 環 cos 2 反 射 光 ベクトル 分が 幻 日 環 は、六 角 板 状 の氷 の結 晶 が、六 角 形 の面 を ・・・(11) は 単 位 ベ クト ルであ り 、そ の 成 によらないことから反 射 光 の俯 角 は一 定 である ことがわかり、しかも入 射 光 と同 じ である。また、その 水 平 にしている場 合 に、太 陽 の光 が氷 の結 晶 の側 面 方 位 角 は、鏡 の面 の方 位 角 の2倍 の角 度 となっている で反 射 されることで見 えるとされている。 ことが わかる 。こ れ らのこと は、そ れぞ れ ここで六 角 形 の面 が水 平 であるので、側 面 は鉛 直 に や = 0 の場 合 = 0 の場 合 に 成 り 立 つことは 直 感 的 にわかる 。し なっている(その法 線 ベクトルは水 平 である)が、どちら かし、反 射 の法 則 のベクトル表 記 を用 いて計 算 するこ の方 角 を向 いているかは決 まっていない。このような側 とで、 ≠ 0 かつ 面 で光 が反 射 されるのであるから、鏡 の面 を垂 直 に保 ったまま水 平 方 向 の向 きを変 えていったとき、反 射 した 光 はどのように進 むかという問 題 に帰 着 する。 ≠ 0 の場 合 にも成 り立 つことが、簡 単 に明 らかになった。 なお 、空 全 体 にこ のよう な氷 の 結 晶 が多 数 あり 、氷 の結 晶 で反 射 された光 の俯 角 が太 陽 の高 度 と同 じ角 度 でさまざまな方 位 を向 いている場 合 、地 上 にいる観 測 者 からは全 方 位 で太 陽 と同 じ高 度 から反 射 光 が来 ているのを見 ることになる。これはつまり、太 陽 と同 じ高 度 で空 を一 周 する輪 として見 える。 4-2.環 天 頂 アーク 環 天 頂 (かんてんちょう)アークは、太 陽 の高 度 が低 い時 に、太 陽 のずっと上 の方 に逆 さまになった虹 のよう に見 える現 象 である。 図 6.入 射 光 と鏡 の位 置 関 係 (上 が正 面 から、下 が上 から見 た図 ) 写 真 2.環 天 頂 アーク - 33 - 長谷川 能三 環 天 頂 アークは、幻 日 環 と同 じように、六 角 板 状 の 氷 の結 晶 が六 角 形 の面 を水 平 にしている場 合 に見 ら れる現 象 である。ただ、環 天 頂 アークの場 合 は、太 陽 の光 が氷 の結 晶 の上 面 から屈 折 して結 晶 の中 に入 り、 側 面 から出 ていった光 によって見 える。 写 真 4.天 頂 を中 心 に撮 影 した環 天 頂 アーク また、環 天 頂 アークがどのくらの角 度 の広 がりがある かは、全 反 射 にならない条 件 から計 算 することができる。 例 えば、太 陽 の高 度 が15 度 の場 合 、式 (12)の入 射 角は 写 真 3.環 天 頂 アークになる光 の経 路 度 の範 囲 は、 −1+( ̇∙ ) > 0 − 1+ cos ここで、氷 の結 晶 の六 角 形 の上 面 は水 平 であるため、 上 面 で入 射 する場 合 の屈 折 については、側 面 がどち cos らの方 角 を向 いていても関 係 がない。そこで、上 面 から 氷 の結 晶 の中 に入 った後 の太 陽 の光 の俯 角 を 面 の法 線 ベクトルの方 位 を と表 わされる。 と、側 は、幻 日 環 の場 合 と同 様 に、 = ( 0 , cos , −sin ) = ( sin 、側 とする。すると、氷 の結 晶 の中 から結 晶 の側 面 にあたる入 射 光 ベクトル 面 の法 線 ベクトル , − cos = 42.4° 、また氷 の屈 折 率 が1.309であるので、 = 1⁄1.309 と す る 。式 ( 8 ) が 全 反 射 を 起 こ さ ない角 ・・・(12) > 1− cos cos φ > 0 となる。これより、−29.0° < ・・・(15) < 29.0° の範 囲 のときには 全 反 射 とならずに環 天 頂 アークとなる屈 折 光 が出 てく る。ここで、全 反 射 と ならないぎりぎりの場 合 には屈 折 光 は境 界 面 に沿 って出 てくることから、屈 折 光 の方 位 は入 射 光 に 対 して±61.0° の範 囲 であり、環 天 頂 アー クの広 がりは、計 算 上 、天 頂 を中 心 に122度 となること ,0 ) ・・・(13) がわかる(実 際 には端 の方 は淡 いため、おそらくここま での広 がりとしては見 えない)。 これを用 いて(8)式 のベクトル表 記 した屈 折 の法 則 より、氷 の結 晶 の側 面 から出 て行 く屈 折 光 ベクトル 5.考 察 を計 算 すればよいのであるが、簡 単 な計 算 で、 1 = − sin ・・・(14) このベクトル表 記 による反 射 の法 則 ・屈 折 の法 則 は、 ど ん な場 合 に でも 便 利 なわ けでは ない 。気 象 光 学 現 象 の中 でも、虹 は球 形 の水 滴 による現 象 であり、光 が であることがわかる。幻 日 環 の場 合 と同 様 、屈 折 光 ベク どこにあたるかによって境 界 面 の法 線 ベクトルの向 きが トル は単 位 ベクトルであり、その によらな 異 なるので、この計 算 方 法 には向 かないかもしれない。 によらず一 定 であること しかし、平 面 で囲 まれた氷 の結 晶 による気 象 光 学 現 象 が明 らかである。つまり、環 天 頂 アークも、幻 日 環 と同 の場 合 には、例 のように簡 単 な計 算 で物 理 的 イメージ じように、高 度 一 定 で見 え ているのである。但 し、その が掴 み易 くなる場 合 があり、この計 算 方 法 が有 効 であ 俯 角 は、式 (14)から計 算 する必 要 がある。 る。 いことから、屈 折 光 の俯 角 は 成分が しかし、実 際 に環 天 頂 アークを見 上 げると、虹 を逆 さ また、入 射 光 や境 界 面 の法 線 ベクトルが、複 数 のベ まにしたような形 、つまり、まん中 が低 く、両 端 が高 くな クトルの演 算 で与 えられるような場 合 にも、ベクトルの公 っているように感 じる。ところが、天 頂 を中 心 にして環 天 式 である程 度 計 算 を進 められる場 合 も考 えられる。 頂 アークを撮 影 してみると、確 かに天 頂 を中 心 とした円 弧 になっており、高 度 一 定 であることがわかる。 ただ 、反 射 の法 則 は 比 較 的 簡 単 な式 である が 、屈 折 の法 則 は式 が複 雑 であるところが少 し難 点 である。 - 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