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中国の「農民工」 - 労働調査協議会

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中国の「農民工」 - 労働調査協議会
連載
第212回
中国の「農民工」
みつはし
さ お り
三橋 沙織
●在中国日本国大使館
経済部・二等書記官
北京の中心部を少し抜け出すと、縫製工場など
に「戸籍制度登録条例」を交付し、住民を「農村
のいわゆる町工場等に隣接した住まいに家族で暮
戸籍」と「都市戸籍」に分類しました。ここでい
らす農民工の姿があります。彼らは様々な地方都
う戸籍の種類はそのまま社会的待遇の違いを意味
市から出稼ぎに来て北京で働き、生活しています。
しますので、事実上の身分制度と言えるかもしれ
彼らの暮らすエリアの各工場の外壁には多くの求
ません。
人広告が貼り付けられています。日雇いで生活し
農民工は「世界の工場」、また今日では「世界
ている者が多く、安定した収入、生活習慣、子女
の市場」と呼ばれる中国を支えてきましたが、現
教育などの問題を抱えているという話を耳にしま
在は特に沿海部において労働力不足が生じていま
す。
す。その背景には、就職、失業、医療、年金等の
改革開放以来、急速な成長を遂げてきた中国社
社会保障面における農民工への制度的差別が改善
会では農村から都市への労働力移動過程において、
されていないことにより、都市への出稼ぎ労働者
非農業の仕事に従事する「農民工」と呼ばれる層
が減少していること、その他にも政府主導の中西
が生み出されました。農民工は出身地である郷鎮
部開発戦略等による内陸部の産業開発に伴い、内
(日本の町村)から都市部に出て就労する農村戸
陸部で雇用先を見つけることが容易になっている
籍者を指し、中国特有の都市戸籍・農村戸籍の二
ことがあるのではないかと考えられます。とはい
元管理により生み出された層です。
え、2014年に中国国家統計局が発表した統計によ
新中国建国間もない1954年憲法の下では、農村
から自由に都市に移り住むことができましたが、
都市部の住民は国有企業に就職できれば手厚い社
ると、農民工は2億7,395万人に達し、総人口の
2割を超えています。
農民工の抱える問題は、中国の経済発展を支え、
会サービスと社会保障が受けられるため、数千万
都市部の経済成長に大きく貢献しているにも関わ
単位の農民人口が農村から都市部に流入しました。
らず、農村戸籍であるが故に、都市住民との間に
都市部における食料や住宅の配給が間に合わず、
様々な面で格差が存在しているところにあります。
政府は農民の大量流入を食い止めるため、1958年
この問題は中国社会の安定、発展のために放置で
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労 働 調 査
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きない社会問題となっており、農民工に対する社
啓発及び研修等を実施するとともに、家族・子弟
会的関心はますます高まっています。
を取り巻く問題の解決を目的に、交流の機会や場
農民工に対しての社会的関心に伴い農民工をめ
の提供等を行っています。農民工の現状や相談内
ぐる政策も大きく転換してきています。特に農民
容をデータ化し、全国人民代表大会などの出席者
工の就業・生活に関わる諸問題を解決すべく対策
に配布するなどの活動を行っている社会組織もあ
が打ち出されており、2014年農民工動態調査報告
り、都市で働く農民工の間ではこのような社会組
でも賃金不払の減少、社会保険加入の増加、平均
織の存在が口コミで広がっています。同時に、農
月収の増加(前年比9.8%増の2,864元、約5万6
民工が労働組合に加入しているケースは多くない
千円)が明らかになるなど、農民工の就業制限の
こともあるため、労働組合自身も課題として農民
緩和や労働保護、子女教育、社会保険への適用等
工の加入を挙げています。
の領域に改善がみられます。このように多くの方
日本と中国では政治体制や社会風土など多くの
面で改善が見られる一方、農民工の社会保障等の
点で異なっていますが、自分たちの住んでいる国
問題の解決は図られていないのです。実際に、
や地域の問題、また労働者自身の問題を草の根レ
2014年農民工の社会保険の加入率を数字で見ると、
ベルで解決し、住み良い社会を作っていきたいと
労 災 保 険 26.2 % 、 医 療 保 険 17.6 % 、 養 老 保 険
いう願いは共通だと思います。農民工が労働組合
16.7%、失業保険10.5%となっており、高いとは
に組織されることで彼らの抱える問題は著しく改
言えません。
善するのではないかと考えています。
2002~2003年頃から中国では労働組合とは別に、
NGOのような社会組織が、農民工の窮状を少し
でも緩和するために、農民工自身によって設立さ
※文中データは中国国家統計局
2014年農民工動態
調査報告より引用。
※本稿に含まれる見解はすべて筆者の個人的な見解
れ、地道に活動しています。農民工を支援する社
であり、所属組織の公式見解を示すものではあり
会組織は労働者・生活者としての権利擁護を主張
ません。
し、労働関連法や安全・健康に関する相談対応、
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