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海外赴任と日本の労働法の適用
東京経営者協会「ぱとろなとうきょう」52(平成 19 年秋季号) 労働法Q&A 石井妙子弁護士(経営法曹会議常任幹事、太田・石井法律事務所) 海外赴任と日本の労働法の適用 就業規則や労働契約で権利義務関係が明らか になっている場合には,法の適用関係を考えるま Q:海外赴任中の社員にも日本の労働基準法の でもなく,就業規則等によって権利関係が定まり ますが,それでも権利義務の内容や効力について 適用がありますか。 法律の適用関係が問題となる場合があります。例 A:労働基準法には,公法的側面と,私法上の権 えば,海外赴任中は管理職でなくても時間規制の 利義務関係を律する法規としての私法的側面と 適用除外であるとの合意をした場合,このような があります。国際的な適用関係については,両者 合意は有効でしょうか。日本国内であれば,労基 法違反の合意として無効ですが(労基法 13 条) , を分けて考える必要があります。 まず,公法的側面についてですが,公権力の行 赴任先の法律によってはホワイトカラーエグゼ 使は,国内に限られますので,労基法違反に対す ンプションなど有効となる余地があり得ます。 労働関係に限らず,国際的な法律関係において, る罰則や行政指導は国外の支店・支社には及びま せん。国外における業務が独立した事業と認めら 民事法規として,どこの国の法律を準拠法にする 「法の適用に関する通則法」があ れないような場合,例えば,海外出張のように国 かについては, 内における事業の一部と認められる場合には,国 ります。原則は,契約当事者の選択によるとされ 「当事者 内の事業主を指導等の対象とすることができま ています。法律行為の成立及び効力は、 すから,違反の事象自体が海外で発生していると が当該法律行為の当時に選択した地の法による」 しても,労基法適用の対象となると解されます。 (同法7 条)とされています。準拠法は途中で変 。当事者の選択がな しかし,海外支店・支社として独立した事業場と 更することも可能です(9 条) ければ, 「当該法律行為に最も密接な関係がある なっている場合は,適用範囲外です。 (8 条1 項)とされています。労働 また,罰則の適用については,次のような通達 地の法による」 があります。 「労働基準法違反行為が国外で行わ 契約において,この最密接関連地は,労務提供地 。また,特例があり, れた場合には,刑法総則の定めるところにより罰 と推定されます(12 条3 項) 則は適用されない。ただし日本国内にある使用者 労務提供地以外の法が選択されている場合でも, に責任がある場合にはこの使用者は処罰され 労働者が,労務提供地の特定の強行法の適用を求 る。 」 (昭和 25 年 8 月 24 日基発 776 号) 。刑法総 めた場合には,その法律を選択することができま 則は「属地主義」を定めていますから,国外で行 す(12 条1 項) 。 われた犯罪行為について,日本の罰則を適用する 以上が法の原則ですが,ただし,明示の選択が ことはできません。この通達に言う「日本国内に ないから,ただちに労務提供地法が準拠法になる ある使用者に責任がある場合」には,前記のよう ということではなく,契約関係における諸般の事 な国内の事業の一部と認められる場合のほか,例 情を考慮して,当事者の「黙示の意思による選択」 えば,国内で支払っている賃金があるときに,不 を認定しています。日本国内における外国法人に 払いや全額払い原則違反があった場合なども該 よる外国人の雇用の例ですが,黙示の選択を認定 当します。この場合には,国内にある使用者が是 するという手法により,日本法を準拠法とした例 正勧告を受けたり,場合によっては罰則の対象と もあれば,外国法を準拠法とした例もあります なります。 (東京中華学校事件東京地裁昭和58 年3 月15 日 以上のとおり,海外の支店において,公法とし 決定:労働経済判例速報1161 号14 頁,サッスー ての労基法の適用はありませんが,同法の私法的 ン・リミテッド事件東京地裁昭和63 年12 月5 日 側面の適用があるかどうか,すなわち,労基法が 決定:労働関係民事裁判例集 39 巻 6 号 658 頁, 民事上の権利義務関係を定める準拠法となるか ルフトハンザ事件東京地裁平成 9 年 10 月 1 日判 どうかは,上記とはまた別の問題です。 決:労働経済判例速報1651 号3 頁など) 。 *法令の内容は掲載当時のものです。