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書評 武内清著『学生文化.生徒文化の社会学』
書 評 武内清著 「学生文化・生徒文化の社会学』 (ハーベスト社2014年) 葛城浩一(香川大学) 本書は、学生文化研究の第一人者である武内清氏がこれまで様々な媒体で公表してきた論 文や小論、コラム等をまとめたものである。もっとも古いのは1972年のものだから、実に 40年以上にわたる武内氏の研究の足跡を辿りながら、学生文化や生徒文化、そしてそれに 関連する大学や学校の変化等を感じとることのできる良書である。 本書は4部26編から構成されている。具体的には、第1部は学生文化や大学に関するも の(12編)、第Ⅱ部は生徒文化に関するもの(3編)、第Ⅲ部は子どもや生徒を外から規定す る家庭や学校に関するもの(5編)、第IV部は大学や大学生についてコラムに書いたもの(6 編)、という構成になっている。タイトルの「学生文化・生徒文化」との関連でいえば、「学 生文化」に関連する内容は第1部と第IV部、「生徒文化」に関連する内容は第II部と第III部に あたる。初出一覧をみると、「学生文化」に関連する内容のものは2000年代に公表されたも のが多くを占めているが(第IV部についてはすべて2012年以降に公表されたもの)、「生徒文 化」に関連する内容のもので2000年代に公表されたものは少ない。特に第Ⅱ部については1 編が1972年、残る2編が1993年に公表されたものである。こうしたことからも、武内氏の 研究関心が生徒文化から学生文化にシフトしていることがみてとれる。 「はじめに」でも述べられているように、武内氏が生徒文化研究に着手したのは大学院の 頃である。「生徒が学校に適応していく過程で発生し、葛藤や反抗を含みつつ機能していく」 (5頁)生徒文化の視点から学校教育のあり方を考えるのは有効であると考えたからだという しかし職を得た後に、学生との共同研究・共同作業の中から学生文化への関心が生まれ、学 生文化研究にシフトしていくことになる。武内氏が生徒文化研究よりも学生文化研究により 魅力を感じたのは、「学生文化は、生徒文化と同一の側面ももつと同時に、そして、さらな る広がりと深さをもつ存在である」(同上)と考えたからであろう。 かくして武内氏は学生文化研究に傾注していくわけであるが、その初期の研究が第1部に 収録されている。1985年に『青年心理』に掲載された「1.教師にとってはさびしい時代」で ある。分量的には多くはないものの、非常に面白い切り口で研究がなされており、高等教育 研究者の端くれである評者がもっとも興味深く読んだのがこの小論である。 この小論が公表された1985年は、「大学のレジャーランド化」がしきりにいわれ、多くの 学生が学生生活を証歌すべくサークル活動やアルバイト等の正課外の活動に多くの時間をあ て、学生の本分であるはずの学業に対して真剣に取り組まなくなっていった時期にあたる。 大学が教育の場として機能しなくなってきたことを受けて、高等教育関係者や高等教育研究 者の中には、それまで問題にされてこなかった大学教育上の課題に関心を向ける者が現れ始 めた。その一人ともいえる武内氏は、学生がどのように授業にのぞんでいるのか、その実態 を非常に面白い切り口で明らかにしている。 ヘ ヘ ヘ 冬竺。 子ども社会研究21号 そのひとつの切り口が「座席占有率」である。座席占有率とは、教室を5ブロックに分け、 各ブロックにどの程度の学生が座っているかを示したものである。単に学生がどこに座って いるかを調べただけではなく、その学生がどのような特徴を有しているのかも調べており、 その関連性についての検討が行われている。学生の特徴として、どのような受講態度をとっ ているのかという点は勿論のこと、どのようなファッションであるのかという点も分析の視 角としているところに、学生文化研究の面白さが表れている。 また、いまひとつの切り口が「受講態度の変化」である。これは、学生がどのような受講 態度をとっているのか、100人の行動を観察した結果に基づいたものである。その観察の方 法が非常に面白い。すなわち、「1つの教室から3名(前方1名、中頃1名、後方1名)を選び、 観察者は選んだ学生の斜め後にさりげなく座り、3分おきに20回(1時間)、用意された11 の行動カテゴリーに落としていく」(10頁)という方法である(1つの教室から3名というサ ンプルの抽出方法に多少疑問があるようにも感じたが、観察後にはその学生およびその周辺 の席の学生にアンケートも実施しているようである(125頁))。アンケート調査に基づいた 無機質な(あるいは無機質にみえる)研究が大多数を占めている学生文化研究の現状に鑑み れば、こうしたアプローチの研究は非常に興味深いものである。なお、評者は「受験すれば 必ず合格するような大学、すなわち、事実上の全入状態にある大学」を対象とした研究を行 っているが、こうした大学に所属する学生に同様の調査を行うことが許されるのならば、非 常に面白い結果が得られるのではないかと考えている。 さて、この小論からは1980年代の学生の姿がうかがえるわけであるが、第1部に収録さ れている他の小論からも、それぞれの時代を反映した学生の姿がうかがえる。例えば、「3. 1990年代の学生像」(1990年公表)、「4.2000年代初頭の学生生活」(2002年公表)、「6.2000年 代中期の学生生活」(2008年公表)は、いずれも『IDE・現代の高等教育』に掲載されたもの であり、限られた紙幅の中でその時代の学生の姿が平易な言葉で描かれている。「3.1990年 代の学生像」は、タイトルだけみると1990年代の学生の姿がうかがえるかのように勘違いし てしまうのだが、これは1990年代の学生像を予測するという趣旨でつけられたタイトルで ある。「1.教師にとってはさびしい時代」から間がないこともあるのだろうが、この時点では 学生文化に大きな変化はみられない。大きな変化がみられるのは、「4.2000年代初頭の学生 生活」であり、この時点では隆盛を極めていた「遊び文化」が減退し、「勉強文化」が台頭し 始めている様子がうかがえる。そうした変化は、「6.2000年代中期の学牛牛活」になるとより 顕著なものとなり、「まじめ化」という言葉で表現されるまでになっている。 第1部には、このようなそれぞれの時代の学生の姿が描かれた小論の他にも、興味深い 論文等が収録されている。例えば、「8.学生文化の実態と大学教育」(2008年公表)は、日本 高等教育学会の学会誌に掲載された、学生文化等に関する先行研究のレビュー論文である し、「9.講義内容と学生の反応」(2003年公表)、「10.学生のレポートの考察」(2004年公表)は、 所属大学の紀要に掲載された、武内氏の授業実践が紹介された論文である(特に後者の、歌 詞の社会学的分析を行った授業実践は、個人的に非常に興味深かった)。 以上、本書の中心をなす第1部に収録されている論文等を中心に紹介してきたが、第Ⅱ 部以降に収録されている論文等も非常に興味深い内容であった(特に第II部に収録されてい 224 書 評 る論文等は公表時期も古く、分量的には少ないのだが、改めて学ぶべき点は多い)。しかし、 本書を通して読み終えた後に、何かしら物足りなさを感じてしまうのは評者だけだろうか。 その物足りなさのひとつの要因は、構成のわかりにくさにあると考えられる。ただでさえ 本書は武内氏がこれまで公表してきた論文等をまとめたものであるのだから、「はじめに」に でも本書におけるそれぞれの論文等の位置づけ等が示されていた方が読者にはわかりやすい。 しかし、本書にそうした記述はみられず、「それぞれの章を通して、子どもや学生の実態や 心情に関して再考し、いろいろ考えていただけたら幸いである」(6頁)と、読者頼みの構成 となってしまっているように見受けられる。これまで公表してきた論文等をまとめることそ れ自体が本言の目的(のひとつ)であったのだろうとは推察するのだが、読者への配慮がも う少しあった方がよかったのではないだろうか。 いまひとつの要因は、「学生文化・生徒文化の社会学」というタイトルにあると考えられ る。本書のような専門書を手に取る者の多くは、学生文化・生徒文化に少なからず学術的関 心を持つ者であろう。本書は彼らの期待にどれだけ応えられたのだろうか。特に生徒文化に 関心を持つ者の期待にはどれだけ応えられたのだろうか。というのも、生徒文化に関する論 文等を収録した第II部は収録数が3編と少ない上に、そのいずれもが20年以上も前に書かれ たものだからである。「あとがき」で自ら述べているように、「学校、大学や生徒、学生は日々 変化して」おり、「過去に書かれたものは現代に通用しない部分も多い」(252頁)。いかに「学 校、大学や生徒文化、学生文化の本質は不変(普遍)の部分もあ」(同上)るとはいえ、それ が不変(普遍)なものであるかどうかは現代との比較によってはじめて認識できるものであ る。タイトルに「生徒文化」を冠するからには、せめて現代との比較が可能となるような論 文等(欲をいえば、その後の生徒文化に関する先行研究のレビュー論文)があった方がよか ったのではないだろうか。 その点でいえば、学生文化に関心を持つ者の期待には応えられたのかもしれない。しかし 誤解を恐れずにいえば、評者の期待に応えるものでは必ずしもなかった。これまで武内氏の 書かれてきた『キャンパスライフの今』(2003年、玉川大学出版部)や『大学とキャンパスラ イフ』(2005年、上智大学出版)等に多くを学び、刺激を受けてきた評者にとって、本書に対 する期待はそれだけ高かったからである(その期待は端的には書き下ろしであることを指す のだが)。これらの出版からはや10年が経過し、この間に大学を取り巻く環境は大きく変化 しているのだから、学生文化にも小さからぬ変化が生じているはずである。この10年の学 生文化の変化を捉えた武内氏の「書き下ろし」次回作を心待ちにしている。 つつ匡 竺坐一J