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生涯をかけた 変身への挑戦
6 船戸満之 な伝記 生の歴史である。一 らくは最も早い時期の本格的 本書はカネッティの、おそ ーグに挟まれた二十七章で展 全体はプロローグとエピロ 版に至ったものと思われる。 の邦訳は一九七一年(法政大 あまり注目されなかった。こ はナチズム研究の観点からは ハヌシェクはプロローグに 開する「変身」を記録する。 けでもない。ハヌシェクは本 ものとは言えないが、思弁だ きる。目指すのは、事実その 知られざるカネッティ像を明 ューを交えて詳しく物語り、 地調査、関係者へのインタヴ 続く第一章を「伝記 い も参照しつつ二〇〇五年に八 〇二年から閲覧可能な資料を 言状の意図にも沿って、二〇 するにハヌシェクは作家の遺 覧可とするよう指定した。察 後三十年ですべての資料を閲 後十年で伝記の出版解禁、没 を没後八年に閲覧可とし、没 料百五十箱のうち約百三十箱 リヒ中央図書館収蔵の遺品資 言状で、カネッティはチュー 九九四年の死の三カ月前の遺 あるが、当時の群衆論あるい に詳しく言及されているので (一九六〇年)においてすで のモチーフ に つ い て は 、『 眩 を貫くモットーでもある。こ 観のエッセンスであり、生涯 ている。「 変 身 」 は 彼 の 人 間 の引用がタイトルとしてつい いうカネッティからの箴言風 間は変身する動物である」と 開される。 プロローグには 「人 る様々な天分」の全面的開放 的富に由来する「個人に備わ 主著と目される 『群衆と権力』 は、往古の「変身」という内 暈』(一九 三 五 年 ) と 並 ん で であり、そのために不可欠な ネッティの希求する人類社会 邦訳の訳者あとがきでは、カ 年版(ノーベル賞受賞の年) だが同じ訳者による一九八一 うキーワードは登場しない。 あとがきに も 、「 変 身 」 と い 序文にも、岩田行一氏の訳者 本の読者へ」のカネッティの 学出版局) に出ているが、 「日 る。これではとても伝記 い ァンタジー を 面 白 が っ て い 作者は実際の出来事に似たフ す」。死の 四 半 世 紀 も 前 に 、 〈真の〉死後の名声を生み出 こすセンセーションが、彼の 作家」 、 「遺稿の公開が巻き起 年ごとのまとまりに整理する 版されるようにと、遺稿を五 白い。「途 切 れ る こ と な く 出 ついて、遺稿からの引用が面 熱」で始める。死後の評価に カネッティ の 反 伝 記 へ の 情 も量が多い主要なテキストで はカネッティの作品の中で最 ハヌシェクは言う。第八章で ても暮れても断想を書いたと 者もいる。カネッティは明け ッティのシステムと呼ぶ研究 ル、形式である。断想をカネ ない宇宙が断想というジャン れば、時間による制約を受け る時間的契機をあらわすとす 変転が自伝(伝記)におけ と呼んでいる。 書をドキュメンタリー風伝記 ーリヒの墓地で自称「自発的 イギリスで終わる国籍、チュ りながらトルコ帝国で始まり ないこと、ドイツ語作家であ 以外の小説も遺稿には存在し 衆と権力』第二部も『眩暈』 な評言、予告されていた『群 彩な交流、彼らに対する辛辣 究、ヨーロッパ知識人との多 共産党員への接近と資本論研 ァヌスのような」女性関係、 ザに片腕がなかったこと、「フ るみに出す。最初の妻ヴェー ! 百頁にわたる浩瀚な伝記の出 $ " # 局面に対応しつつ多面的に展 の伝記はカネッティが様々な したのは、むべなるかな。こ を、プロローグのタイトルと いる。ハヌシェクが「変身」 ければならないと主張されて う欲求は「変身」の情熱でな 者を内面から経験しようとい ができなくてはならない、他 人はあらゆるものになること の使命」というテーマで、詩 記念講演では、端的に「詩人 ュンヘン大学名誉博士号授与 くる。その間、一九七六年ミ 心的概念として押し出されて であるとさ れ 、「 変 身 」 が 中 恵まれた生」を実現する社会 「より長い、またより変身に クストに考え入れることがで というタイトルも同じコンテ の小説の中で同時に生きる」 示す。後半部の章「私は多く の導きの糸としていることを 方法をハヌシェクが伝記執筆 去の変転というカネッティの い。つまり変身、反自伝、過 自体を追求 し て い く ほ か な 中の過去の絶え間のない変転 かれない。とすれば、記憶の ても、記憶自体の加工はまぬ と言えば語義に矛盾するとし ある。「虚 構 」 と し て の 自 伝 いう遺稿の一節がタイトルで 過去の絶え間のない変転」と の根本原則としての「自分の とは言えない。第四章は自伝 にわたるカネッティの旅の現 遺稿資料を軸に、さらに広域 も、新たに閲覧可能となった されている自伝を参照しつつ を、ハヌシェクはすでに刊行 択として主 体 的 に 生 き た か の中でいかに変身を自らの選 代の動向と切り離せない。そ はユダヤ人に亡命を強いる時 そもそもカネッティの生涯 断想から展開されたという。 発する。自伝(伝記)もまた でもない。彼の比類のない存 ある「断想」を扱っている。 の弔辞を借りて、カネッティ う遺稿管理者フォン・マット したのはこれなのか?」とい が変身という言葉で言おうと クは「エピ ロ ー グ 」 で 、「 私 帆だった。それでもハヌシェ ル賞受賞と、後半生は順風満 年代、そして八一年度ノーベ にして一家の父」となる七十 年代、ヘラとの再婚によって に世間の注目を浴びる」六十 は『眩暈』でも『群衆と権力』 ど。そのカネッティも「つい 冒頭から「カネッティの主著 が生涯をかけた変身への挑戦 、「夫 想である」とハヌシェクは挑 「ようやく社会に適応し」 在すべてを飲み込む作品は断 を讃える。 (ドイツ文学) スの隣に埋 葬 さ れ た 遺 体 な 亡命者」ジェイムス・ジョイ $ ‥ 知られざるカネッティ像を明るみに出す 15 S・ハヌシェク著『エリアス・カネッティ伝記 上・下』(上智大学出版) を読む ▼ ス ヴ ェ ン・ハ ヌ シ ェ ク 著 、北 島 玲 子・黒 田 晴 之・ 宍戸節太郎・須藤温子・古 矢晋一訳 『エリアス・カネ ッティ伝記 上・下』 ・ 刊、 A5判総一〇八二頁・ 本 体 各 三 五 〇 〇 円・発 行 上智大学出版/発売 ぎょうせい ‥ 生涯をかけた 変身への挑戦