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20年度総会勝又美智雄国際教養大学教授講演録

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20年度総会勝又美智雄国際教養大学教授講演録
演
題
『秋田の底力と展望』
講演者 公立大学法人 国際教養大学 勝又 美智雄 教授
講 演 要 旨
期
時
場
日
間
所
平成20年 7月23日(水)
午後6時より 開
宴
アルカディア市ヶ谷・冨士の間
(東京都千代田区九段北 4-2-25)(TEL 03-3261-9921)
主
催
在京秋田県高等学校同窓会連合会
『秋田の底力と展望』
公立学校法人 国際教養大学 勝又 美智雄 教授
【はじめに】
只今ご紹介頂いた勝又です。お手元に私が話すレジメが先ほど配られています。も
う一つ資料として「秋田県の日本一」と「全国ベスト3あれこれ」というタイトルの
コピーが皆さんのところに配られていると思います。これは秋田県庁がこの春、秋田
を元気にするのに何か自慢出来る物が無いかと県庁内のいろんな課にデータを探す様
に言い、出てきたものです。
その中には、先ほど根岸教育長からも話があったように、小学校・中学校は素晴ら
しく成績が良い、学力テストでは全国一だというデータも載っていますので、ぜひ、
ご参考にして頂ければと思います。
私は秋田に住んで4年3ヶ月になりますが、県内あちこちで高校や民間団体、市民
講座などで講演を頼まれまして、大体年間 30 回から 40 回、全部でもう 100 回は軽く
超えています。そういうときに、このレジュメの「はじめに」で書いたように、聴衆
の皆さんから感想としてよく出るのが「秋田県人ってダメだねぇ」とか「秋田って本
当にPR下手だから」という言葉です。
これを聞いて、私はホントかなあ、とずっと疑問に思っています。もし秋田が今、
他の県に比べて何んとなく元気がない、活力がないとすれば、その理由は秋田県人が
「ダメ」なのではなく、別の説明ができるのではないか、「PR下手」にもちゃんとし
た歴史的な理由があって、それは何も秋田県人が卑下する必要など無いのではないか、
と感じてきたからです。
【自然・資源に恵まれた秋田】
歴史的に翻ってみると、秋田は東北の中では江戸時代、いや、そのずっと前の平安
の頃から際立って豊かな所だったんですね。海の幸、山の幸に恵まれて、食材は豊富
にあるし、秋田杉、金・銀・銅など優れた天然資源に恵まれ、特に江戸時代になって
から鉱山開発が進み、全国でも有数の経済的に豊かな国だった。この会の冒頭に「秋
田県民歌」を歌われましたが、その歌の中でも豊かな資源のことが誇り高く語られて
います。
小坂銅山は昭和の初めまで日本一というより東洋一だったし、院内銀山も日本一で
石見銀山よりもたくさん産出していた。さらに尾去沢鉱山、阿仁鉱山もたいへん豊富
な産出量を誇っていました。佐竹藩が慶長 7 年(1602)に常陸から国替えされた時は
54 万石で、全国でも 10 位以内、関東以北では伊達藩 60 万石に次ぐ大々名であった訳
ですが、佐竹は秀吉・石田三成と親しかったため、家康に左遷されて秋田に無理やり
移された。その石高があとで 20 万石とわかって愕然としたでしょうが、私が思うに、
おそらく佐竹藩の人達はのちにひそかに喜んだに違いありません。
なぜなら 20 万石は明らかに過小評価で、江戸時代も半ば過ぎるころには実質的に
は 40 から 50 万石ぐらいまで発展していたのではないかと思われるからです。
たとえば江戸時代の天明や天保の大飢饉、夏の冷害や日照りで凶作が続いときには
全国で大量の餓死者が出た。特に東北は悲惨で、南部藩にしろ津軽藩、最上藩、庄内
-1-
藩など周りの藩ではそれぞれ何十万人も餓死する。ところが秋田藩だけは死者の数が
10 分の 1 ぐらいに止まっていた。その理由は簡単で、最近わかった調査データによる
ると、秋田藩の人間は周りの藩よりも米を領民一人当たり 10 倍食べていた。だから死
者も 10 分の 1 で済んでいると言う事でした。
【なんもなんも、と言う感覚】
こうした経済的な豊かさが江戸時代半ばから明治、大正、昭和を通して脈々と続い
ていた。
「秋田の着倒れ・食い倒れ」という言葉があるのを私も秋田に来てから知ったので
すが、本当に皆さん、豊かな生活をずーとしてきた。そのピークは昭和 30 年代の八郎
潟の干拓、国家の一大プロジェクトで、当時の金で 852 億円、今の金に換算すると軽
く 50 倍以上と言いますから何兆円という金がつぎ込まれて八郎潟の干拓が始まった。
秋田市内の歓楽街、川反には毎晩、腹巻に札束を突っ込んだ人たちが繰り出して豪遊
していた、という話をたくさんの人から聞きました。
その当たりから実は、秋田は経済的に下降線をたどり段々衰退していく。だが県民
の意識はずっと豊かさに慣れ親しんでいて、生活習慣も生活感覚も「豊かさ」をずっ
と受け継いできている。
その証拠として、ここで配布資料の中の指標から言えば、例えば人口当たりで美容
院理髪店が全国一多い。大人の日本酒摂取量もトップクラスだし、代行タクシーの数
も一番多い。
私が秋田市内の宝飾店の社長から直接伺ったことですが、「秋田かんざし」という高
価な銀細工のかんざしを作っている店が昭和 40 年くらいまで市内に 10 軒以上あり、
今でも数軒ある。これは元々長崎県の「平戸かんざし」と呼ばれた贅沢品なのですが、
飾り職人が秋田に渡り定着させていったもので、今でも嫁入り道具に使われていると
のことです。
とにかく秋田は実は、東北の中では経済的に貧しくなどなく、むしろ東北の中でも
抜群に物質的に豊かだった。それが秋田県民のおおらかさ、心の豊かさを育んできた
のだと私は見ています。
私が秋田に来て最初に憶えた言葉が「なんも・なんも」です。「秋田はいいところ
ですね」と言うと、必ずと言っていいほど「なんもなんも、だす」という返事が返っ
てくる。よく観察してみると、それが実は卑下でも謙遜でもなく本気でそう考えてい
る。つまり自分たちが良いものに囲まれていると、その良さが意外とわからないまま
こんなものはたいしたことない、どこに行ってももっと良いものがあるだろう、と思
い込んでいるということなのですね。
お酒もそうです。日本酒の蔵元が48もあって、それぞれが素晴らしくいい酒をつ
くっている。首都圏で秋田の酒といえばせいぜい「大平山、両関、爛漫、高清水、新
政」くらいしか知られていない。それも、まあ中級程度の酒、という印象です。とこ
ろが秋田に来てみると、実に美味しい酒がいっぱいある。
「太平山」の小玉酒造の小玉真一郎社長に「太平山は東京の神田辺りでは安酒と思
われていますよ」と言うと、「そのイメージを変えるために、ぜひこれを」と「天巧」
を飲ませてもらった。
実にいい酒で、すっかりファンになりました。フランスの食品フェアに出品して 9
年連続でモンド賞の金賞を取っているのが頷けます。他の県では、良い酒は“外貨”
-2-
を稼ぐために首都圏、京都・大阪に積極的に売り込んでいるのに対し、秋田では良い
酒は皆、自分たちで飲んでしまって、首都圏にはほとんど出荷もしないし、宣伝もし
ない。
全国的に見ても一級品、一流の品質のものを普段から自分たちで飲んでいて、この
程度のものはどこにでもあると思い込んで、外に向かって宣伝もしない。「秋田は PR
下手」と言われる所以です。
【秋田に『おしん』はいない】
こんなところは実は他にはないんじゃないか、と私は思います。他県なら1流 2 流の
品物でも「高級品」として積極的に宣伝して売り込みに知恵を絞っている。何としても
競争に勝ち、生き残りを図ろうと躍起になって闘争心を燃やして石にかじりついても忍
耐強く頑張りぬこうとする。そうした我慢強い女性の典型である「おしん」は山形の寒
村の出身でした。
世間によく言う「東北の粘り強さ、我慢強さ」は実は歴史的に貧困の時代が長かった
山形、青森、岩手の人たちには当てはまるが、「豊かさ」に浸っていた秋田人にはあま
り当てはまらない、秋田には「おしん」はいない、というのが私の率直な印象です。
我慢しない、というのは裏返せばあきらめが早いということでもあります。秋田の人
は概して、ちょっとやってダメなら「まあいいか」と適当な線で妥協してしまう。秋田
は過去 13 年間、自殺率が人口当たり全国で一番高いので有名ですが、自殺者の内訳を
見ると 50~60 代の男性が非常に多い。それもサラ金などで多重債務を抱えて、経済的
理由で自殺する人が多い。
若い頃から豊かさに慣れていい思いをして、高金利の借金をしてまで「いい暮らし」
を続けようとする。年をとって体力が衰え、経済的にも苦しくなると、すぐあきらめて
自殺してしまうんじゃないか。秋田弁で言う「いいふりこき」ええかっこしい、ができ
なくなったら「なりふり構わず、石にかじりついても頑張る」ことなど考えもせず、あ
っさりと死を選んでしまうのではないかと私には思われます。
人間関係でもそうです。人とぶつかることを避け、ちょっと議論になると「じゃあ、
まあいいか」とあっさりあきらめてしまう。会議なんかでも途中で意見が対立すると、
割合かんたんに「では、この問題はもう一度白紙に戻して」「もっと時間をかけて練り
直した方がいい」なんて平気で言うんですね。
せっかく前回までの議論で決めたことを、また元に戻していたら物事は何も前に進ま
ない。いや、進まなくても余り気にしない。そういう「緩い時間感覚」が、結構、若い
世代の人たちにも染みついている。
このことは生き残りをかけて厳しい競争をする都会の人間たちには大きなマイナス
に映るでしょうが、逆に考えてみると、そうした都会の厳しい論理に疲れた人たちには、
たいへんな救い、「癒し」になるんです。つまり従来「マイナス」と考えられていたこ
とが、今は、あるいはこれからは、むしろ「プラス」、長所になるということが重要な
のです。
秋田の県民性で明るさ、優しさに加えてもうひとつ、忘れてならないのは開放的とい
うことです。秋田県民は「口下手、商売下手」と言われるけれども、決して閉鎖的では
ない。外から来る人たちを温かく迎える。貧しいところの県民性には、よそ者を警戒し、
なかなか打ち解けないところがあるのですが、秋田県民は素直に歓迎してくれる。
それが「よそ者」で来た私の実感ですし、昨年の秋田わか杉国体、今年の第 59 回全
-3-
国植樹祭など、秋田に来た人たちが皆、口をそろえて言っていたことです。国体選手団
など滞在期間の長い人たちほど「秋田の人たちの心の優しさに触れて感動した」「ぜひ
また来たい」と語っていた。それが決して社交辞令ではなく、ホンネでそう思っている、
ということが私にはよくわかります。それがもう半歩か一歩進めば、「秋田に行くと癒
される」ということが全国的に広がる可能性を十分持っているのです。秋田県民は、そ
れをもっと自覚していいのではないでしょうか。
そして実は、秋田が「癒しの里」であることを一番よくご存知の人たちは、今日ここ
にいらっしゃる秋田出身で首都圏に住んでいる皆さん方ではないでしょうか。皆さんの
中で本気で「秋田はダメだ」と思っている人はいないでしょう。
故郷を離れて長くなればなるほど、秋田の良さが身に沁みて解ってくる。単に「故郷
は遠きに在りて想うもの、そして悲しく思うもの」などと歌う必要などなく、本当に秋
田は良いところなんだよな、でも今こちらで仕事しているから秋田に戻れないんだよな
と言う感覚が強いのではないでしょうか。
つまり故郷に誇りと自信を持っているのではないでしょうか。
【地域の活性化策は】
レジュメの二番目に「地域を活性化する要素」を整理しておきました。三つありま
す。秋田を元気にすると言う時に、まず「ヒト(人)」がいなくてはいけない。それか
ら「モノ(物)」、そして「カネ(金)」。これには皆さん頷かれると思いますが、この
うち一番重要なのが「ヒト」で、具体的にどんな人たちなのかと言うと「よそ者」「若
者」「ばか者」の三つのタイプの人たちです。
この三つのタイプの人たちが組み合わさって初めて良い仕事が出来る、地域が活性
化できるのです。
(1)3つのタイプの人たち
まず「よそ者」。私もその一人ですが、秋田が大好きになり、もう秋田が完璧に私の
「第二の故郷」と言うか、ここを「終の棲家」にしてもいいと決めています。私も新聞
記者を 32 年間やって日本国内で行ってない県はほとんどないくらい、いろんな所を取
材してきました。
それからアメリカが長かったのですが、ヨーロッパ、アジアもあちこち行って見て
いますが、そういう外を見た経験から、秋田の良さがすごくよくわかってくる。
それは秋田の高校を卒業なさって首都圏で仕事をして家庭を持っている皆さんが一
番良くわかっていらっしゃるはずです。そういう「よそ者」の目で秋田を評価し、元
気にすることが何かできるはずだということです。
次に「若者」です。絶対に若者が必要です。この若者というのは年齢的に若いとい
うことではなくて精神的に若いということでいいんです。何でもドンドン意欲を持っ
て取り組める人、そういうチャレンジ精神旺盛な人ですね。
そして「ばか者」というのは表現が悪いですけど、ひとつのことに打ち込んで、自
分の専門分野で一流を目指しているプロ、職人、達人たちのことです。仕事は農業で
も商売、営業、工芸、教育、何でもいい、「ばか」と言われるくらい愚直に、まじめに
しっかりと自分の専門分野を心得て精進する人たちのことです。
この三つのタイプの人たちが集まって、協力し合うことで、地域起こし、町の活性
化がうまく進む、と私は考えています。そのひとつの、面白い具体例として、ここで
私の大学のことを少し紹介したいと思います。
-4-
(2)活性化の拠点としての国際教養大学
公立大学法人・国際教養大学(AIU)は 2004 年(平成 16 年)開学で、この春初め
ての卒業生を出しました。最初にお断りしなければなりませんが、うちの大学のこと
を、この会のパンフに「秋田県立」と書いていますが間違いです。秋田県から 6~7 割
の助成金を貰っているけれども、県立ではなく、民間型の独立行政法人で、正しくは
公立大学法人と言います。
これはどういう意味かと言いますと、われわれ教職員は地方公務員ではない。県立
大学なら教職員が全員、知事からの任命で地方公務員となります。これは決定的に重
要な違いなのです。
地方公務員は公共の仕事を公正に行うという建前で法律でしっかりと守られ、生涯
安心して仕事ができることが保証されている。逆に言うと、仕事ができなくても、無
能でも、欠勤が多くても、それで辞めさせられることなどない。大きなスキャンダル
を起こしたり犯罪で捕まったりしない限り、まず定年まで絶対に辞めさせられません。
ところが国際教養大学は、建学の理念として、日本に世界に誇れる国際的な水準の
高い大学をつくろう、秋田に日本一の理想的な大学をつくろう、という高い理想を掲
げて中身づくりに取り組んできました。横並びで画一的に、ほどほどでいいと安直に
考えるヒト、無能な教職員は要らないんです。
理想に挑戦する有能な人でないと困るんです。年齢に関係なく教育に熱心ないい先
生を高い給料を出しても採用したいと思っても、雇ってみても期待はずれだった先生
を辞めさせようとしても、県立大学ではまず絶対と言っていいほど出来ません。
その点、国際教育大学は最初から教職員の任期を3年と決めています。毎年、業績
評価をきちんとして、特に教員の場合はどういう研究業績を上げているか、授業や教
育指導が優れているか、学生からどの様な評価を受けているか、地域貢献をどれだけ
やっているかなどを全部詳細にチェックをして点数化する。
アメリカの一流大学の評価方式を参考に、うちの大学独自のものをつくって、評価
の低い人には「頑張らないと契約更改しにくいですよ」と事前に注意するシステムを
導入しています。
それで開学にあたって教員を世界中から公募したら、670 人の応募があった。授業
をすべて英語でやりますから、別に教員は何国人でも構わない。それで外国人の応募
が大量にあるのです。その中から書類審査で 70 人に絞り、東京で面接するから自費で
来てくれと言ったら 60 人が来た。そこから 25 人を採用したんです。また昨年、丸 3
年経ったところで、任期満了となる 36 人の教員の審査で、11 人が契約更改されなか
った。実に 3 分の 1 の人に辞めてもらったわけです。
その後任や新規採用で公募したら世界中から 400 人の応募があり、15 人採用された。
しかも皆、前任者より優れた人たちばかりです。こんなことは、県立大学ではまず絶
対出来ない、独立行政法人で学長がイコール理事長、つまり経営最高責任者となって
人事権を持ち、リーダーシップを発揮できるから初めて実現できたことなのです。
うちの入学定員は最初 100 人、今 150 人ですから、全国でも最小規模の大学です。
その狭い門を目指して、北海道から沖縄まで全国から志願者が来て、競争率は大体 10
~15 倍になります。今、在学生のうち秋田県出身者は2割で、8割が県外からです。
県議会は「県内出身者を3割にしろ」と注文をつけていますが、受験生全体を見て
も県内者は2割しかいない。県内高校からもっと受験してほしいのですが、県内の優
秀な学生はどうしても東京に進学したがるから、仕方ない。私自身は2割くらいがち
ょうどいいのかなと思っています。
-5-
国際教養大学の評価は今、代々木ゼミ、河合塾など受験産業界のランク付けでは全
国に 740 校くらいある文科系で偏差値が 72.8 もあって、トップ級の4位、うちよりも
上は東大、一ツ橋大、京大の 3 校だけです。うちの下に東北大、北海道大、弘前大な
どがあるわけです。
受験生がうちと併願する大学をみても、国立では東北大や東京外語大、私立では早
稲田、慶応大、上智、ICU(国際基督教大)が多い。うちに入学してくる学生には法
政、立命館、青山などを中退してきた子が何人もいます。
全国から集まった子が1年の時には全寮制ですから、24時間、顔をあわせて、仲
間に自分のことを日本語でわかりやすく説明しなければならない。それが説明能力、
発表能力を高める上で、実にいい訓練になるのです。しかも授業では、英語での説明
能力、作文力を厳しく鍛えられる。そういうことが世間でも高く評価されて、この春
卒業した学生のほぼ全員がいいところに就職しています。
そのうちの一人が今日ここに来ている水野勇気君です。彼は東京で生まれ育って秋
田に来て、一流企業に受かっていましたが、「自分は秋田が好きになったので、秋田で
ベンチャービジネスを起こして、秋田を元気にするために頑張りたい」と決意した。
今、その具体策として秋田にプロバスケットチームをつくろうと動いています。
ここで強調したいのは、うちの学生が皆、海外からの留学生を含めて、水野君のよ
うに秋田に住んで、秋田が大好きになっているということです。竿灯祭りには国際教
養大学として車をつくり竿灯を2本揚げています。そのために学生、留学生たちが 20
人以上、自主的に春から猛練習をしています。
お囃子も女子が 30 人以上、そのほとんどが生まれて初めて秋田に来て、秋田の祭り
に参加したいから、という子たちなのです。
そういう学生が卒業して首都圏で、あるいは世界中で活躍し、何かのきっかけで秋
田とビジネスで結びつけるようになる。そういう全国的な、あるいは世界的なネット
ワークをうちの大学はつくれるのではないか、そして秋田を活性化する核になるので
はないかと考えているところです。
大学はまさに「よそ者」「若者」「ばか者(プロ根性を持った専門研究者、という意
味です)」の集まる場であり、それゆえに地域活性化の拠点になれると考えているわけ
です。
(3)秋田は「モノ」の宝庫
次に「モノ」の話に移りますが、これはもう秋田は日本中に誇れるものがいっぱい
ある。まず四季折々に美しい自然の景観。私が秋田に来てとにかく喜んでいるのは、
県内至る所に温泉があることです。
今、秋田市内の借家に住んで大学に車で 20 分くらいで通勤しているのですが、昨
日はさとみ温泉に寄りましたし、一昨日は貝ノ沢温泉に入りました。いい温泉に浸か
ってゆったり手足を伸ばすと、本当に疲れが吹っ飛ぶ感じです。田沢湖高原の乳頭温
泉にはほぼ毎月、週末に泊りがけで行きますし、阿仁合の「マタギの里・打当温泉」
も好きでもう3回行ってます。その先にある「安の滝」まで歩いて行きましたが、こ
れだけの絶景はなかなかない。秋の宮の温泉郷も紅葉の季節は最高です。そして海の
幸、山の幸の食材が豊富にあるし、とりわけ日本酒がうまい。
さらに歴史的な伝統文化、祭礼行事がたくさんある。秋田に来て以来、私の夏はい
つもお祭りの追っかけです。7月20日の土崎港の曳山祭りに始まって、西馬音内を
中心に各地の盆踊りが魅力的だし、大曲の花火大会が圧巻で、9月の角館の飾山ぶつ
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けまでたっぷりと楽しむことができる。
大晦日には男鹿のなまはげを見るだけではなくて、実際に青鬼の面をかぶって座敷
に上がり「泣く子はいねがあ」と小さな子を追いかける体験もさせてもらいました。
そういう地域に根ざした文化、習俗が今日までしっかりと継承され、生きている。
秋田は民謡の宝庫、ということは日本中に知られている。こうした伝統的無形文化
財が秋田には豊富にある。
私はこの4年間に東京の友人たち、異業種交流会などで親しくしてきた人たちを誘
って 100 人くらいは秋田に来てもらい、あちこち案内してきましたが、皆さん、「秋田
は素晴らしい所だ」と感激、感心しています。それを秋田県民はもっと素直に誇りに
思い、自慢してもいいのではないですか。
(4)「カネ」より「チエ」が重要
活性化の三番目の要素として「カネ」をあげましたが、実は「カネ」よりもはるか
に重要なものがあります。それは「チエ(知恵)」です。
秋田に来て驚いたのは、「カネがないからできない」とあっさりと止めてしまう事例
がいくつもあることです。たとえば内陸線沿線の 100 キロマラソン。ファンも増えて
内陸線の PR にも役立っているというのに、3年前、予算が半分になったからできな
いと中止してしまった。
これには私もビックリしてたまたま仙北市の商工会議所に講演を頼まれたので「止めた
のはまずい。200 万円の予算が半分になったのなら低予算でも実現させる工夫をすべ
べきだ。継続させることに意味があり、自分たちでこれだけ出来るんだという自信に
もなるはずだ」と強調しました。それで今年、小規模ながら復活させるという話にな
ったのを喜んでいます。
また内陸線(秋田内陸縦貫鉄道)の存続問題でも、私もつい最近、地元の人たちに
呼ばれて講演したときに強調したことは「お役所に頼るな。住民が自分たちで知恵を
絞って、いろんな工夫をすべきだ」ということでした。
なぜ役所が頼りにならないか、無責任かというと、役所の担当者は2年くらいで役
職ポストが代わる。そのポストには細かく予算がついていて、予算にないことは本来
してはいけないのが公務員です。
ポストが代わったら新しい職場で粛々と担当業務をやるのが役人で、住民の声を聞
いてそれに共感して個人的にがんばる、というのは本来の職務ではないのです。
そういう立場の人間に同じ目線で情熱を持って取り組んでほしいと言っても無理な
のです。
今日ここにお出での岸部・北秋田市長がその夜、わざわざ私の講演を聞きに来て下
さったのですが、住民が「市長にお任せ」ではいけないのです。市長も住民に頼られ
るだけでは実は動けない。住民が積極的に動き、その中で市長に、市役所に注文をつ
けるようになって初めて、市長も「住民の声を生かす」形で動けるのです。
全国を見ても、元気な町、活気のある村というのはどこも行政主導ではなく、住民
主導で、地域住民が意欲的に動いている所ばかりです。住民が知恵を絞って、創意工
夫をしていることに役所が後から従っている所だけです。
別のいい例として「わらび座」があります。東北の良さを再認識させる独自のミュ
ージカルを年間通して公演する一方、地元、仙北地域の農家約70軒と提携して首都
圏の小中学生の研修旅行の中に農業体験を組み込んでいます。生徒たちが舞台で芝居
や踊りを練習するだけでなく、近くの農家で田植えや畑作り、雑草取りを手伝い、そ
-7-
こで採れたナス、キュウリ、トマトなどを農家で食べる。
地元の神代米も美味しいし、何より手作りの漬物が素晴らしい。子供たちが喜んで
お土産に持って帰ると、両親が「こんなに美味しいのは絶対にスーパーで買えない」
と言って、直接宅急便で送ってくれるように農家に頼む。それで農家のおばあちゃん
のつくる漬物が人気を呼んで、首都圏の家庭 120 軒くらいと契約して定期的に送るシ
ステムができ、年収何百万円にもなるという例が出てきている。
これも役所が主導してやったことではまったくない。あくまで地元の住民が好意で
始めたことが実を結んだわけで、秋田ではそういう知恵と工夫がまだいろんな形でで
きるはずだと私は思っています。
【秋田の将来展望】
そこで秋田の「底力」というのは実は、「おしん」のような石に噛りついても、歯を
食いしばって頑張るという悲壮感はないけれど、「まあいいか」と言いながら面白がっ
て創意工夫をする、ということにある。
そうして「秋田の良さ」「秋田が自慢できるもの」をうまく生かすことができたら、
これからの秋田は十分明るい、と私は思っています。では将来展望としてどんなこと
が考えられるか。その幾つかを此処で提案したいと思います。まず第一は秋田を「癒
しの里」にしようということです。
(1) 癒しの里づくり
これまで述べてきたように、秋田は今でも都会の人たちを癒す力を十分持っている。
それをもっと生かす工夫を積極的にすべきです。具体的には、恵まれた自然環境プ
ラス温泉プラス医療で、高齢者に優しい「老人天国」を目指すことです。秋田大学医
学部は米ミネソタ州にあるメイヨー・クリニックという循環器系では世界最高級の医
療機関と提携しています。
それを生かし、さらに温泉療法、東洋医学の専門家たちもたくさん招いて、秋田を
医療技術の最高レベルの場所にすることです。メイヨー・クリニックのあるロチェス
ターという町は私も10年ほど年前に訪ねたことがあるのですが、住民の医療費はタ
ダ、なぜなら心臓病を患っている世界中の大金持ち、政治家、映画俳優などがお忍び
で治療を受け、直ると喜んで高額の寄付をしてくれて、財政的に豊かだからです。
日本でもそういう「医療特区」をつくることを目指せばいい。秋田に行って元気に
なろう、山歩き、ハイキングをしよう、と健康な老人村をつくるのです。田沢湖周辺
はその最有力候補になると思います。
(2)循環型エコ社会づくり
北秋田市から小坂町にかけて、同和鉱業が中心になってリサイクル産業の育成に取
り組んでいます。同和鉱業は銅の精錬技術では世界最高級のものをもっている会社で、
もう銅の採掘はとっくに止めていますが、今は都市鉱山と言われる産業廃棄物のリサ
イクル事業を進めています。
具体的には私たちの使っている携帯電話、これをゴミとして捨てるだけだったもの
をレアメタルや貴金属等を取り出すことを実用化している。それが環境保全、国内は
もちろん、世界からも注目され始めている。
その際、ぜひ考えてほしいことは、これから秋田の経済を活性化させるのに必要な
のは従来のように工場を誘致して雇用を増やそうというのではなく、リサイクルをは
-8-
じめ世界でも最先端の技術を開発する研究所施設を誘致することです。
つまりモノよりヒト、人材の誘致なんです。優秀な技術者、研究者たちは高給取り
で、何よりも快適な職場環境を求めている。家族が安心して住める安全で快適な地域
それに幼稚園から小中学生の子供が楽しく通学し、学校のレベルも高い地域を期待し
ている。今の秋田はそれに十分応えられると思います。
(3)国際的な学術・芸術・文化交流の拠点に
三つ目は秋田を国際的に開かれた土地にしようということです。今言った世界最先
端の技術を学べる場所、世界中からいろんな学者・研究者が来るような、さらには芸
術家もたくさん集まってくるような地域を目指そうと言うことです。これから日本海
経済圏というものが重視されるようなれば、日本海をまたいでロシアや中国、韓国、
北朝鮮ともいずれ経済交流が盛んになってくるでしょうし、そうした国の人たちがど
んどん入ってくるようになる。そうした試みはすでに始まっています。北前船航路の
再活性化、ロシアとのシー・アンド・レールの輸送網が出来つつある。
秋田に外国からの短期・長期の客がどんどん来るようになります。そうした外国人
と応対してビジネスをする仕事が増えるだろうし、そういう時に国際教養大学の卒業
生が力を発揮する場面が相当出てくる。
水野君のように、よその県から来て秋田が大好きになった学生たちが秋田で仕事を
見つけて、あるいは仕事をつくって活躍するようになることが期待できるのです。
(4)「美人の里」づくり
さらにもう一つ、レジュメには「シングルマザーの駆け込み寺を」と書きましたが
秋田を女性の味方、女性の天国にしようという呼びかけです。
秋田県の人口は毎年 1 万人ずつ減って、今は 110 万人台です。それで皆さん、少子
高齢化で困った、と言うけれど、もし本当に困っているなら、産みたくても産めない
で人工中絶する人たち、秋田に来て安心して産んでください、元気なおじいちゃん、
おばあちゃんが里親になって面倒をみますよ、という仕組みをつくればいいのです。
ちなみに全国で毎年人工中絶する数は 10 万人から 30 万人と言われている。その内
の1割でもそういう手術をしないで秋田で子供を産み、母親になっても「癒しの里」
で介護の仕事や「国際化」で通訳ガイドなどいろいろな仕事に就くことが出来る仕組
みをつくったらどうか、あるいは里親たちが子供の面倒を見て、母親は週末に子供に
会いに来るということでもいい。
とにかく秋田が働く女性の味方になる、女性が明るく元気で過ごせるような受け入
れ態勢をつくる。それが現代の美人を育てる県として全国的に注目されるようになる。
女性から見て、こういう場所があったらいいな、こういうことをやってくれる町
があったらいいなと願うことを秋田が実現しませんか、という提案です。
【秋田県出身者にできること】
いろんなことを申し上げましたが、最後に、今日ここにお集まりの皆さんにぜひお
願いしたいことがあります。それはまず身近な周囲の人たち、ご近所でも、職場の友
達でも、かっての同僚や部下でも、趣味の仲間でもいい。
「秋田はこんないいところだぞ」と話して秋田に行くことを薦めてほしいのです。
平鹿のリンゴがうまい、西木の栗がいいなど食べ物自慢でもいい。毎年お盆にお墓参
りや夏祭りで帰省するときに、できるだけ子供や孫やその友達も誘って秋田に連れて
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くることです。そして生まれ故郷の実家にいるだけでなく、秋田県内をあちこちを回
ってみて欲しい。
秋田県に住んでいても秋田のことを知らない人がすごく多いのです。皆さんもおそ
らくそうだと思います。忙しくてもう何年も秋田に戻っていない、という人はぜひ、
休みのときに友人を誘って、秋田をあちこち訪ねてほしい。いろんな発見や驚きがあ
るはずです。
角館の桜見物のついでに内陸線に乗ってみる。小坂町の康楽館で歌舞伎を見るつい
でに大湯温泉のストーンサークルを見て縄文文化を考える。秋田市内のアトリオン音
楽ホールではかなり頻繁に一流のピアニスト、ヴァイオリニストを招いて素晴らしい
コンサートをやっているのを身近に、気軽に楽しめる。そうやって秋田をあちこち探
訪して知れば知るほど、秋田県人でよかった、という実感をますます深めると思いま
す。人を一番効果的に動かすのはマスメディアよりも口コミです。
なんと言っても首都圏にいる皆さんが「秋田の最高のPR係であり広報担当」であ
り皆さんが秋田を深く知り、秋田を愛すれば愛するほど、回りに秋田ファンが増えて
いくはずです。
それと同時に秋田に住んでいる親戚、友人たちには「東京では今、こんなことに関
心がある」「首都圏からの客に何度も来てもらうには、こういう工夫をしなきゃダメ
だよ」と助言してほしい。地域おこしのキーパーソンとして「よそ者」を揚げました
が、皆さんはもう半分以上「よそ者」です。
そのよそ者の目を持って、しかもいろんな職場の第一線で働いてきて、プロとして
の実績もある。それだけでも大変な「知恵袋」なのです。それをぜひ、秋田のために
生かしてほしい。助言は別に秋田に戻ったときだけすればいいのではない。
今はインターネット、電子メールという便利なものがあるので、いつでも気軽に書
き送れる。参考資料もどんどん添付ファイルで送れる。そして皆さんの知恵をいろん
な形で秋田に届け、秋田に住む人たちに元気と勇気を与える。
皆さんは秋田の応援団幹部として、これからますます重要な役割を果たすようにな
ると思います。
私のレジュメの最後に書いたように、皆さんが周囲に秋田を第二の故郷、お気に入
りの別荘、終の棲家にしようという人たちを、つまり私のような人間を少しでも増や
していく、それが秋田の将来展望を明るいものにするカギだと私は思います。
今日の私の話が皆さんに少しでも参考になれば幸いです。ありがとうございました。
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秋田県の日本一と全国ベスト3あれこれ
【第1位】
☆ 田沢湖の深度
…………423.4m
☆ 固定コンデンサの出荷額…3,439 億円
☆ 集成材の出荷額 ………… 237 億円
☆ 漆器製家具の出荷額 ……
25 億円
☆ 理・美容所の数(人口 10 万人当り)…522 ヶ所
☆ 杉人工林面積
…………
36 万 ha
☆ 農家人口比率
…………
26 %
☆ 小学校6年 国語・数学の正答率
☆ 中学校の長期欠席生徒低比率 2 %
【第2位】
☆
☆
☆
☆
☆
☆
【第3位】
変成器・整流素子の出荷額
カメラ用レンズの出荷額
食料自給率(174%)
杉の生産量
清酒の販売量(成人一人当たり 12ℓ)
中学校3年 国語・数学正答率
☆
☆
☆
☆
☆
☆
十和田湖の深度
普通合板の出荷額
原油生産量
大豆・えん麦の作付面積
合成酒の販売量
社会体育施設数
『秋高連の皆さんは秋田の観光大使ですよ!』
(公立大学法人国際教養大学 勝又教授が秋高連講演会で提供した資料の抜粋)
在京秋田県高等学校同窓会連合会
( 秋 高 連 )
会
〒180-0002
長
友 成
穂 秀
東京都武蔵野市吉祥寺東町 1-22-8
(T/F 042-222-2229)
【事務局】 幹事長 大 野
省 治
〒112-0004 東京都文京区後楽 1-4-11-704
(FAX 03-5802-6818)(携帯 090-5771-5331)
(Email [email protected])
編集・記録担当
高 橋
実
副幹事長
(T/F 0294-22--2587)(携帯 090-7217-6512)
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