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『没落と新生活』

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『没落と新生活』
フリードリヒ・デュレンマット著
『没落と新生活』喜劇1943作、1951改訂
登場人物:
よそ者、兵士、吊るされた男、酔っぱらい、警官、売春婦、モイゼクリーク、
一本足のラスプーチン、快楽殺人犯ナーベルプフィフ、将軍、死刑執行人、そ
の弟子、二人の兵士、人びと。
1
廃墟が夜のうちに雨で水浸しになる。右側の城壁突出部の下に両腕両脚のない
兵士が一人。眠っている。背景の中央に薄暗い街灯、そこに裸の男が一人ぶら
下がっている。街灯に二三の踏み段が通じている。ずっと左手の外側に、マン
トにくるまった、よそ者が城壁にもたれている。
よそ者
私は名無しの権兵衛だ。みんなによそ者と呼ばれている。ある男が私
をつくり、ある女が産んだ。遠くから私は町へやってきた。そこの町は破壊さ
れた。いつかある時あれは起きた。たいていの人が死んだ。戦争、ペスト、地
震、飢餓。
兵士
そこでうだうだと嘆き悲しんでいるのはだれだ?
だれが雨の中をあて
もなくほっつき歩き、騒いでおるのか?
よそ者
いまいましい雨のせいですよ。あんたの近くに避難所はありますか?
葬られた者のように、私は黙りますよ。
兵士
ぶちこむ穴。それだけはある。それにネズミがあんたの尻をかじるだろ
うな。
よそ者は手探りで兵士のほうへ行く。
よそ者 これはどんな肉の切り身です?
兵士 おれの肉だ。両腕両脚がない。それにしても貴様はだれだ?
よそ者 ある人。
兵士 どこから?
よそ者 どこかから。兵隊さんは?
つばを吐く おれのつばに、これは何か、と尋ねろ。おれに人を殺すた
兵士
めの手があるか?
よそ者
歯はガタガタだ。外套をおれの肩にかけてくれ。
私はあんたの体にしがみつきたい。あんたの手足の付け根を感じ、顔
と顔をくっつけてみたい。雲が斜めに空を駆けているのが見えますか?
とが叫んでいるのが聞こえますか?
楽しくないですか?
人び
死ぬのにちょうど
よい頃合いでは?
ますます近づいてくる歌:
死神は口がある、
口はパタンと開いたり閉じたり、
死神はお前の頭をかみ切り
そうしてお前は静かになる。
よそ者 糸玉のように人びとが転がってきて、影が石の上に踊っている。
兵士 疫病が町に蔓延している。だから人びとは死体を運び去っておる。
だれともわからぬ人影の混雑した行列が通り過ぎて消える:
お前は地中に沈む
海中のように、
お前は忘れるだろう、
また我々の叫び声ももうお前の耳には入らない。
よそ者
そこの上の街灯にぶら下がっているのはだれですか?
風に吹かれて
じたばたし、頭の上にカラスが一羽とまっている方はだれですか?
兵士 知らないね。日が昇った時に、首をつった男さ。
よそ者 日が昇った時に。彼は裸ですよ。
兵士
死体に服が必要かね?
だれかが服を奪わないとでもいうのかい?
にかく手足が切断されている俺を寝かせてくれ。すべては夢も希望もない。
と
雨はやんでいた。よそ者は首つりのもとへ上がり、体を揺する。
よそ者
なぜそこにぶら下がっている、裸のだんな?
そこの私たちのなかで
あんたの縄とあんたの死で何をしているのですか?
吊るされた男
私を揺するのはだれだ?
めいど
私を驚かせて冥途から引き戻すのは
だれか?
よそ者 日が昇った時に、なぜあんたは首をつったのか?
吊るされた男
私は太陽を見た。大きく、丸く、清く、美しかった。それで自
分が恥ずかしくなった。それにしても、あんたは私にどうしろというのか?
よそ者
なぜ我々は生きているのか、あんたは私にいわねばならん。
吊るされた男 そんなことは知らん。
よそ者 あんたは死んでいる。
吊るされた男 それでおれの方がよく知っているって?
よそ者
必死に なぜ我々は生きているのか、あんたは私に答えを出さねばな
らん!
吊るされた男 あんたの手で触れないでくれ、氷より冷たいぞ。
よそ者は街灯のまぢかに腰を下ろして、吊るされた男の両脚を肩にかける。
吊るされた男 おれを肩車するなんて、あんたはどういう人ですか?
よそ者 私はよそ者です。
吊るされた男
我々の町で何をするつもりかね
ここは死者の町だと知らない
の?
よそ者 私はおのれの罪を探している。
吊るされた男
それじゃ、しずくを海の中で海をしずくの中で探すようなもの
だ。それよりタバコを一本おくれ。
よそ者
ない。
男に一本タバコを上にさし出す 私の最後の一本だが、火は持ってい
吊るされた男
月が黄色く雲間から姿を見せないかな?
男はタバコに月で火
をつける。
よそ者 そりゃたいしたことだ。もう一度してくれ。
吊るされた男は月を空から取って手渡すと、よそ者は月を両手に握って観察す
る。
よそ者
月よ!
月よ!
両手の中にある!
お前はなんと小さいことか。子供の頭のように私の
彼は月にキスをする。チェッ、私の哀愁の友よ、お前の火
はこんな冷たいのか?
お前も死んだのか?
よそ者は月を再び吊るされた男
に手渡す。月とともに天までのぼれ。この月は、私たちの古い難破した地球よ
りもほんの五倍ほど小さいだけだ、と私たちに話して信じ込ませていなかった
か?
酔っ払い 千鳥足でやってくる
神様は私たちを愛していらっしゃる、
すばらしい、すばらしく美しい、
ああ、神は私たちみんなを愛している、
すばらしく、すばらしく美しい。
キリスト様も私たちを愛していらっしゃる、
とてもすてき、とてもすてき、
ああ、あの方は私たちみんなを愛している、
とてもとってもすてき!
ハロー!
よそ者 ハロー!
酔っ払い おーい!
よそ者 おーい!
酔っ払い
あんたはばかな人間か、それとも、人間のばかか?
あんたはそも
そもいるのか、いないのか、つまり、おれが酩酊状態にあるときに限って存在
する、要するに神かね?
よそ者 私は私だ。
酔っ払い
か?
そりゃ不思議だ。驚いた。当惑させられる。あんたは信頼できるの
あんたはおれか?
あんたはあんたでないのか?
あんたはあんただ、
と思っていたが、いまやあんたはおれだ。おれはおれの隣に坐っていいか?
よそ者 どうぞご遠慮なく。
倒れる ドシン! 世界がおれの上に落ちてきた。世界はおれにみ
酔っ払い
だらな申し出をした。世界はおれの子供―世界の子―をほしがったが、おれの
美徳はおれの美徳だ。あんたはおれが何者か知っていますか?
よそ者 あんたは取るに足らない人物だが、しかるべきものではある。
酔っ払い
そいつはいい答えだ。おれはちょっと酔っぱらっている。あんたは
おのれが何者か知っていますか?
よそ者 あんたは私にそれが言えれば、正直な若者だ。
酔っ払い
あんたは酔っぱらっていない。だから、このシュナップスを飲まな
ければならない。
酔っ払いはよそ者に瓶を一本手渡すと、よそ者はその瓶を地面で粉々に壊す。
よそ者
私が酔いつぶれるとでも!
私のしらふについてどれほど知っておる
のか、愚か者!
酔っ払い
ひどく不幸そうに
そこの男は何をしている!
ボーデン
土壌 じゃなく、
ホーデン
睾丸に!
よそ者 お前に平手打ちをくらわすべきだろう。だが、お前のような愚か者は、
金で買えぬほど貴重だ。
酔っ払い つけ値してくれ。
よそ者
お前さんにこちらの答えをわかりやすく説明したくて、うずうずして
いるよ。
酔っ払い
うずうずしているなら、街灯によじ登り、天をつかみ、天の川を連
れてきてくれ。おれはのどが渇き、天の川を飲みほしたい。あの大熊座を、お
れは腹がすいているので、食べたい。あのアンドロメダ星雲も、おれはナプキ
ンが必要だ。
神様は私たちを愛していらっしゃる、
とてもすてき、とてもすてき、
ああ、神は私たちみんなを愛している、
とてもとってもすてき!
よそ者
とどまれ!
お前の愚かしさを頭のまわりに巻きつけ、それで私の耳
を詰めてふさぎたい!
酔っ払い
それがあんたに何の役にたちますか?
手前の愚かさはズボンに穴
があいていますよ。
よそ者
こちらはむなしさに埋もれている。永遠の闇に息がつまり、この人生
に絶望しておる!
酔っ払い
キリスト様も私たちを愛していらっしゃる、
とてもすてき、とてもすてき、
ああ、あの方は私たちみんなを愛している、
とてもとってもすてき!
よそ者 お前はどこへ駆けていく?
酔っ払い
地球のまわりだ、自分の尻が眼前に彗星のように見えるようになる
まで。
よそ者 お前は道中で何を探すのだ?
酔っ払い そいつは走れば思いつくでしょう。
聖霊も私たちを愛していらっしゃる、
とてもすてき、とてもすてき、
ああ、霊は私たちみんなを愛している、
とてもとってもすてき。
酔っ払いはとび去る。
よそ者
また会うだろう。そのときは、お前の愚かさも私の愚かさも、私たち
の知恵がとっくに尽きているように、終わっているだろう。楽しめ、あの上で!
お前は死んでおり、また人びとは調子が良くない!
吊るされた男 あれこれ考えるからだ。心配は人肉を食うオオカミの歯だ。
よそ者は飛び上がって、吊るされた男の首にしがみつき、激しく空中であちこ
ちへ揺れる。
よそ者
おのれの考えは捨てられない!
それで自分の腐敗を体内に引きずり
こみたい。
吊るされた男
のですか?
愚か者!
あんたは自分の考えからのがれられると思っている
それこそが私たちの地獄だ:私たちは永遠に尋ねなければならず、
けりがつかないことが!
二人はますます激しく揺れる。
左側から、小さい、飲んだくれの、みすぼらしい、すり切れた制服を着た、一
人の警官がやってくる。
警官
そこで騒いでいるのはだれだ?
おい、おまえ!
そこの上の死体のと
ころで何をしておる!
よそ者
あんたに何の関係がありますか?
なぜ二人の死んでいる男のじゃま
をするのです?
2
崩壊した路地。暗赤色の太陽ががれきの下に沈む。ほら穴の前に娼婦が坐り、
顔を覆っている、布切れが白く光っている。よそ者が遠方からやってくる。
娼婦
皆さん、
私はお金で買える、娼婦です、
名前はノーと言って、
みなさんの気にいることは、なんでもします。
私は未亡人です、
私の夫は卸売業者でした、ちょっと言わせてくださいな、
あのとき爆弾が空から落ちてきて
私の目と,おまけに夫まで奪いました。
私はしがない娼婦です、
露頭では動物そのものです、
でも冷静に主張できます、
お客様は私に満足していると。
私のまわりは永遠に暗やみです、
また私は布切れを顔にあてています。
あわれみたまえ、お集まりの皆様がた、
私の愛をさげすむなかれ。
よそ者 娼婦、私はあんたと寝たい。
娼婦
顔をこちらへ傾けてちょうだい、私の両手でさわってみたい。あんたの
額は鉄みたいね。
よそ者 何が言いたいのだ、娼婦。いつの間にかこうなってしまったのさ。
がんか
娼婦 あんたの目は眼窩のずいぶん奥にあるわねえ。
よそ者 恐怖を見てきたのだよ。
娼婦 手を出して。恐ろしい手だわ。あんたと寝たら、何をくれるの?
よそ者 ほしいものを要求しろ。
娼婦 それじゃ私に死を与えて。
よそ者 私は殺し屋か?
よそ者は行こうとするが、娼婦が引きとめる。
娼婦
行かないで。私を軽蔑しないでよ。なぜ私によくしてくれないの?
私
はあんたと寝たい、あんたは私の体をあんたの体にくっつけなさい。ただ、朝
がくれば、私を殺して。
よそ者 どうして私をあんたの死刑執行人にさせるのだ?
離してくれ、娼婦。
娼婦 あんたはそうなるように呪いをがけられていることを知らないの?
娼婦が布切れを引きはがすと、彼女の顔がよそ者に見える。
よそ者 あんたを殺すとしよう。
娼婦はよそ者の手を取って、中へ連れ込む。
3
狭い暗い丸天井の広間。左側前景によそ者が坐っている。右側に娼婦が寝てい
る。背景は暗やみに消えている。
娼婦 お昼ですか?
よそ者
知るものか?
時、日々、年々、それに対応して人は手のひらをかえ
さない。
娼婦
がんか
眼窩が焼けつくように痛む。私のような者はこのように腐っていかけれ
ばならないのね。
よそ者 そのために我々は生まれるのだ。
静かである。
娼婦 あんたは話をしたくないの?
よそ者
いつも暗やみで頭が変になるのよ。
皆それぞれの洞窟で焼け死ぬ。そこではほかの人が叫ぶのが聞こえる
とでもいうの?
よそ者はリボルバーの安全装置をはずす。
娼婦 何だったの?
よそ者 ネズミだ。大きいネズミ。
娼婦 のどが渇いたわ。
よそ者
鉢があんたの横にある、動物のように鉢の上に身をかがめれば、飲め
るだろう。
娼婦は飲むために、鉢の上に身をかがめる。
よそ者は娼婦の頭を撃ち抜く。
よそ者 あんたの血はあったかくないの?
モイゼクリーク老人が暗やみから出てくる。
モイゼクリーク
ここでだれか発砲したのか?
彼は死体にぶつかる。ここで
何か死んでいる。いまいましい。モイゼクリークは娼婦の頭を鉢から取り出す。
頭のまん中を貫通。なんたることだ、女は完全に死んでいる。
よそ者 女を寝かせ。もうどうしようもない。
モイゼクリーク お前が女を射殺したのだ、あの娼婦ノーを!
よそ者 貧しい男が貧しい女を殺した。
よそ者は徐々に暗やみに消え、モイゼクリークは娼婦の頭をあちこちまわす。
4
一本足のラスプーチンはギターを抱えてびっこをひきながら通り過ぎ、ネズミ
をあわれむ歌を歌う。
ラスプーチン
私は戦争に行かねばならなかった、
女房はマリーと呼ばれていた、
将軍はズボンを脱いだ
そして女房と寝た。
えっさっさ。
女房に子供ができた、
雪のように白かった、
だが大きな赤いネズミが
子供を食べつくした、おーおー!
えっさっさ。
私は戦争から帰った、
木で足はできていた、
女房はラッパ手のそばに寝て
私を中に入れなかった。
えっさっさ。
私はドアの前に坐っていた、
陰に隠れて、
すると大きな赤いネズミが
私をやさしくなめた。
えっさっさ。
5
運河の岸辺。濃い霧。運河の囲壁にナーベルプフィフが坐っている。膝の上に
布を広げて、なにわからぬものをたいらげる。よそ者が霧の中から現れ、リボ
ルバーを水中に沈める。
ナーベルプフィフ そこであんたは何を水の中に捨てているのか?
よそ者 リボルバーだ。
ナーベルプフィフ そう、リボルバーをねえ。またどうして?
よそ者
あんたになんの関係がある?
ひょっとすると私は自殺をおそれてい
るのかもしれない。
ナーベルプフィフ
それは正直な話だ。ナーベルプフィフ老人の気にいった。
死の恐怖は人体のとげだ。
よそ者 あんたはそこで何をしているのですか?
ナーベルプフィフ ネズミを食べている。きれいな、よいネズミを。
よそ者 あんたはどなたですか?
ナーベルプフィフ あんたの同僚だ。快楽殺人犯ナーベルプフィフです。
よそ者 あんたは私を同僚と呼ぶ。私はあんたと職業が同じですか?
ナーベルプフィフ おや、あんたは戦争に行かなかったのかね?
よそ者 戦争に?
ずいぶん昔のことですよ。
ナーベルプフィフ あんたは人を殺さなかったのだね?
よそ者 私は人を殺しました、そうしなければならなかったから。
ナーベルプフィフ
あんたはそうしなければならなかったから。あんたはそう
したかったから! あんたは反乱を起こしたのか?
よそ者 兵士は反乱を起こさない。
ナーベルプフィフ
ていえますか?
それじゃ、あんたは殺さなければならなかった、とどうし
軍人階級に満足していなかったのか?
あんたの血が殺しを
求めた、私の血も。それは悪い血、人間の血だ、同僚。
よそ者
私に罪がありますか?
告を下されましたか?
あんたに罪がありますか?
私らは死刑の宣
よそ者は霧の中に姿を消す。
6
巨大な古びたホール。背景の中央に途方もない円筒状の機械があり、小さいラ
ンプの輪に囲まれて、空間をたえず新たな光にくるんでいる。機械の左側に大
きな鋼鉄製金庫、右側にドア。真ん中に安楽いすに囲まれた小さなテーブルが
あり、その上に瓶とグラス。テーブルの前の床には広げられた地図。テーブル
に片めがねをはめた将軍が坐っている。
将軍
戦争が二十年後に
やっと終わった時、
将軍は辺りを見まわした:
そこには全員が死んでいた。
共同墓穴や糞尿の中に:
将軍はそれを曲解した。
いまや将軍は分列行進をせず、
旗がひっそり雪の中に立っていた。
兵舎はうつろに横たわり、
そこにはすべての死者が死んでいた
共同墓穴や糞尿の中に:
大砲はもはや発射されなかった。
そこで将軍はシャンパを飲んだ、
安全な防空壕にうまくかくまわれて、
そうして世界をののしった。
すべての死者らは死んでいた
共同墓穴や糞尿の中に:
こよなく素敵な戦争がついえた!
前方左側のドアを通ってよそ者がやってくる。
よそ者
だれかいるのか?
おおい、だれかいるのか?
将軍 あいつはけたたましい悲鳴をあげているが、時間が吹き払うだろう。
よそ者 銀髪の酒飲みさん、あんたはどなたです?
将軍 地下に眠る、大きな軍隊の将軍だ。私は百個師団をウラジオストックへ、
百個師団をグアダルキビール[スペイン]へ、百個師団をティンブクトゥ[アフリカ西部]
へ派遣し、だれ一人帰還しないと、ここじゃ私のことを忘れ去っていた。
よそ者 あなたはご自分の蜘蛛の巣で何をなさっているのです?
将軍
将軍たちが忘れ去られたとき、いつもすること、つまり私はシャンパン
を飲みながら発明をしている。
よそ者 何を発明されましたか?
将軍 あくびだ。
よそ者
あなたをもう一度生み出すべきでしょうね。あなたは超一流の将軍で
す。
将軍 さらに、ひとりでに自分の着ているボタンを掛ける、ズボン。
よそ者 それは見ればわかります。実用的だ。
将軍
それから爆弾も。これで私は大陸をマンハッタンもろともアフリカの原
生林にいたるまで空中に吹き飛ばすことができる。
よそ者 それもすばらしい発明です!
将軍 そうだろう。じゃあ、きみは何を発明した?
よそ者 絶望。
将軍 それならきみはとびきりのばかだ。きみはどこから来たのか?
よそ者 ある売春婦の腹から。
将軍
二十年このかた私はもう人っ子ひとり見かけなかった。再びこのような
人間を眼前にするのは楽しい。腕と脚はこのようなものなのか!
顔にささっ
ているような鼻。そして目!
ない頭の穴なのだ!
おや、おや、目だ!
こいつはなんてとてつも
すべてはお笑い種。でも、そう、そうなのだよ。私のあ
くびが自分の笑いを食いつぶしておる。人は退屈していると、ハンセン病にか
かっているのだ。しかし、そこのきみ!
きみはお腹がゆれるほど、笑いなさ
い!
よそ者 笑えません。
将軍 どうして私のところに来たのだ?
よそ者
この町で道に迷ったのです。三日三晩。私は犬のように疲れきってい
ます。
将軍
何かさしさわりがありますか?
我々はみんな浮浪者だし、浮浪者のよ
うに死ぬ。そのうえ瓶はからっぽだ。全世界が私の前にあんぐり口を開けてい
る。絶望的だ。新しい瓶をよこせ。将軍はつぐ。飲め、浮浪者、きみが支払え
るなら。
よそ者 金はない。
将軍 きみには支払う心がある。
よそ者
心を体から引き裂いてください、私はしらふにうんざりしています。
あなたのシャンパンで酔いたい。
将軍 私はお前の心をもって地獄へ出かけとしよう。
よそ者 さあ
やりたまえ!
私が一緒に地獄へ!
よそ者は坐り、二人はがぶがぶ飲む。
将軍 ヘンリー・クレーをとれ。将軍らはヘンリー・クレーしか吸わないのだ。
よそ者 あんたのシャンパンはいい。ついでください!
将軍 飲んでよし。きみは何を探しているのだ?
よそ者 あんたに何の関係がありますか?
私の罪と私の墓が。
将軍 同じことだ。私のかたわらに見つかるだろう。さあ飲みたまえ!
よそ者 ワインは卓上の血であり、そこに映る自分の姿が見える。
将軍
きみはぬれた表面に自分の顔が見えるのか?
私の死刑執行人がきみを
待ち受けておるぞ。
よそ者 誓って言う、私はあんたを殺さないだろう、たとえ私が王であっても!
将軍
きみは一介の人間であり、人間たちは人殺しで、彼らの誓いは偽りの宣
誓なのだ。飲め、夜は長い。
よそ者
夜は永遠であり、昼は過ぎ去る。そこの陰で多種多様な色にきらきら
輝くものは何ですか?
将軍 私の爆弾、私のマシーンだ!
よそ者 それをなぜつくったのですか?
将軍
なぜ父上はきみをつくったのかね?
我々は何事も退屈しのぎでしてお
る。
よそ者 あんたは爆弾をどうするつもりですか、将軍?
将軍
なにも。私はいつも待っていたように、兵士たちが死んでしまうまで、
戦争中ずっと待っていた。爆弾が破裂するまで、私は待っている。
よそ者 それはいつのことでしょう?
将軍
尋ねるな。飲め。そいつは今日かもしれない。あるいは明日、あるいは
明後日。十年後。またはこの瞬間に。いつでもきみが好きな時に。きみはただ
この卓上のボタンを押しさえすればよい。
よそ者 するとマシーンが爆発する。
将軍
ボタンを押すか、あそこの鋼鉄製金庫の中にある時計仕掛けを巻くのを
忘れろ。
よそ者 それで絶滅装置があらゆるものをこっぱみじんにする!
将軍
大陸は大西洋に没して、マンハッタンやカナダの森を水浸しにし、砕け
ながら地中海に沈む。それからアフリカでは空が燃えるようにジャングルの後
ろに立ち、逃げていくレイヨウの中や、ラッパのような声でほえる象の群れの
まん中へ、あるいは太鼓をたたく黒人の中へ割り込んでゆく。
よそ者 あんたのマシーンに!
将軍 マシーンに!
二人はグラスを打ち合わせる。
将軍
あれはすてきなマシーンだ!
額のまわりに葬式の花輪をつけて!
花
輪で飾られた神のように!
よそ者 これほどすてきなマシーンを見たことなかった。
将軍 私は酔っぱらった!
よそ者 床のワインは深紅の衣です!
将軍 我々は王と道化を演じよう!
将軍ははさみを手に取って地図を切る。
将軍 国王万歳!
よそ者 道化万歳!
将軍
だれが道化です?
きみが国王だ。きみはかなりひどい道化だから。我々は自分たちのため
に世界を建設しよう。
よそ者 我々が建設する、世界万歳!
将軍は切断した地図を広げる。
将軍 そこのそれは何だ、浮浪者よ?
よそ者 私の頭にのせる王冠だ!
将軍 きみの首が飛ぶかもしれないぞ。
よそ者
感激して 王冠をかぶせてくれ、道化の大天使!
将軍はよそ者の頭上に王冠をのせる。
将軍 私は汝を、浮浪者一世よ、すべての人びとの王位につける。
よそ者
私は汝を最高の道化の家臣に任命し、毎日三十回殴られることを許可
する。
将軍 私のマシーンを贈ります!
よそ者 それでどうなるというのだ、道化?
将軍
それは愉快になりますぞ。あんたは一人殴り殺さねばならない。万事は
殺人で始まる。
よそ者 めんどうくさい!
将軍
人を打ち殺すことは、人を作るのに必要なほど、手間がかかりますか?
鋼鉄製金庫の中に、マシーンが自動的に爆発するのを防止するために、二十四
時間ごとに巻かなければならない、時計仕掛けがある。その時計仕掛けに接近
できるのは、金庫のパスワードをもつ者だけだし、鋼鉄製金庫を力ずくで開け
るのは不可能であり、破局を招くだろう。それゆえ、あんたはパスワードを書
き込む、労働者だけを殺せばよく、だれもあんたからマシーンを無理に奪うこ
とはできない。人びとはあんたが望むことをしなければならないのだ!
よそ者 さもないと死!
将軍
人びとは鳥もちにかかったハエのように人生にしがみついている。私の
言葉にしたがって何百万という人々が墓穴に向かって行進した、歌いながら一
直線に無をめざして進む果てしない隊列!
逆らう者がいたか?
不安がみん
なを臆病にするのだ!
よそ者 私は人びとの偉大な王であろう!
将軍 私は人びとの道化!
恐怖は人びとの信仰!
よそ者 そうしてマシーンは彼らの死!
将軍
宇宙が一つ多かれ少なかれ、どうでもよいことだ!
将軍はゆっくりと
立ち上がる。そしてこのように私は、シャンパンに酔ってよろめき、未亡人が
頭にかぶるベールのようにクモの巣に取り囲まれて、私の心の氷のように冷た
い息吹に包まれて、キングメーカーとして、再び自分のポストにつく。新たな
ふ
か
腐敗を孵化する、腐敗した肉体が、私の一度も見たこともない犠牲者の血の海
を歩いて渡る。
しかし将軍もくたばって横たわる、
彼は新たに行軍が始まるまで待っている、
ラッパの叫びが彼の眠りをさます:
死者はみんな死んでも
共同墓穴や排泄物の中で:
将軍は居合わせていない!
さよなら。私は就寝する、私の一万連隊の色あせた旗に周りを飾られて、それ
らの腐敗物に埋もれる!
か?
夜中に私の単眼鏡は流星のようになぜきらめくの
私たち人間はみんな浮浪者だ!
浮浪者!
浮浪者!
将軍はシャンパ
ンのせいでぎこちなく右側へ出る。
よそ者はこっけいな王冠をつけてよろめきながら立ち上がる。
よそ者
まわらぬ舌で話す 合言葉となるのは:そのとき神は人びとをつくっ
たことを後悔していた。
7
崩壊した道路。男女が列をなして通り過ぎながら歌う:
私たち人間は哀れな悪魔のよう、
かいよう
潰瘍が私たちの肉体をむしばみ、
ハゲタカのように疑惑が私たちにやどり、
死んだ子供を女たちが産む。
私たち人間は哀れなばか者さ、
私たちは天性の大物だと思い込んでいる、
すると私たちは死体の荷車に投げ込まれ、
土で口と耳をふさがれる。
私たち人間は哀れな子供さ、
神や永遠の人生を考え出す、
それから私たちは死につつこぶしを天上にふりあげ、
神が目をかけてくれなかったことを呪う。
8
巨大な広場、コケですっかり覆われ、その間に巨大なヒマワリ。人だかり。
ひとりが説教をしている:
いやな野郎!
スケープゴート!
売春婦!
私の愛する兄弟姉妹、悔い改
めよ。すぐさま世界は毒グモに刺されたように空中にとび上がり、私たちはそ
のあとからついてゆく。私は預言者だ!
ぶつだ
第二のマホメット、仏陀、ナポレオ
ン。箱詰めのチーズのように、一人ですべてを兼ねている。あんたがたは私を
信じなければなるまい。信仰とは何か?
それは、あんたがたが目を閉じ、私
がここで話していることが真実だ、と考えることである、ばかものども!
別の連中が駆け込んでくる:
マシーンが我々の頭上にある!
焼け落ちるぞ!
飲め!
かんいん
姦淫せよ!
殴
り殺せ! 我々が永劫の罰を受けるに値するように。
大虐殺。広場は死体で埋まっている。兵士は腕の残片を使って低い小さな車に
乗り、かたわらをさらに越えて転がってゆく。
兵士 死んだ男たちや女たちとその間にバラのような血。頭上の空は棺のふた。
最期の時は、バラの季節、すばらしい時。
9
夜。高い塀の上にギターを抱えた一本足のラスプーチン。よそ者が黒いマント
を羽織ってやってくる。
ラスプーチン ごきげんよう、ネズミやシラミの教皇陛下、ヒキガエルの皇帝、
貧乏人の国王、地上における貧窮の管理人、死の代理人、道化のリーダー兼絶
望のパトロン。
あなたはこの世の王で
私はあなたの第一宰相。
あなたの帝国は状態がよく、
みんなに気に入られている。
あなたは最高の道化貴族出身
そして輝きに満ちている、
足のつま先からへそのあたりまで
恐れを知らず非の打ちどころのない裁判官。
あなたの総司令官は死だ、
とてもすぐれた達人、
すでに多くの人が死に、
パンを求めて叫ぶ声は少なくなるばかり。
墓掘り人らはあなたの役人で、
愛する臣下、
な
みんな母胎から生まれ、
あなたの温情から死刑の宣告を下された。
よそ者 あんたは歌って私にどうしろと言うのか?
ラスプーチン
私は人間の中で最も貧しい者、地上で最も悲しい者、つまりあ
しゃく
なたの大臣であり、私の木製の義足はあなたの権力の 笏 です。
よそ者 私はあんたとなんのかかわりあいもない。
ラスプーチン
私たちは同じ素材で造られ、道化になったのではないか、あん
たは王冠をかぶり、私はこの一本足と私のギターを持って?
よそ者 わが道を行かせてくれ。
ラスプーチン 私たちは墓まで同じ道を行くのではないですか?
よそ者 お好きなように、ただ私を引きいれないで。
ラスプーチン
もし私が別の世界へこっそり入りたくて、あなたに一緒に来て
ほしいと頼めば?
よそ者 私の道はまだ終わっていない。
ラスプーチン あなたは生きておれば、うそをつく!
よそ者 私は、あんたの憧れる世界へ行けば、うそをつく。
ラスプーチン
死はあなたと私を救済しないのか?
私があなたに見せたい、
あの世界へ来なさい!
よそ者 あんたとはいやだ、影よ!
ラスプーチン
それならばすべては歯止めがきかなくなり完結するだろう。あ
なたに別れを告げさせてくれ、紙の王冠をかぶりルンペン王位についている哀
れな王様。さあ、私のギターよ、私のために最後の務めを果たし、私の最後の
モリタート[殺人物語大道歌]の伴奏をしてくれ:
世界はガラスでできている、
そうしてすべては破滅する。
昨日彼女はまだ生きていた、
いま彼女は死んでいる、一時間前から、
ノー、おおノーよ!
彼女のすばらしく美しい体、
それを私はよく楽しんだが、
いまや狭苦しい地下室に横たわる、
すっかり色あせて。
ノー、おおノーよ!
せんもう
私の父が譫妄状態で死んだとき、
すでに彼の女房は言っていた:
朝は紅顔、夕べは白骨。
驚いた、まさにその通り!
ノー、おおノー!
万事はとてつもなくはかない、
みんなが悩みを抱えている;
人はつくられるやいなや、
すでにまた死んでいる!
ノー、おおノー!
そうしてお前、わが木製の義足よ、哀れな辻音楽師の私をこの世からあの世
へたたき出しておくれ、まっすぐに私の小さい盲目の娼婦のベッドへ。彼女へ
の愛が私を人生につなぎとめ、今や私を殺すのさ!
ラスプーチンは塀からよそ者の足もとに身を投げる。
ラスプーチン 私は死ぬ!
だれかお前を引きずりおろせる者はいないのか?
よそ者はラスプーチンをドスンドスンと踏みつける。
よそ者
おりろ!
おりろ!
よそ者は自分のコートをラスプーチンにほうり
上げる。あんたにあげられるものは、これだけだ!
10
人びとは燃える町を見て歌う:
私たちは鋼と鉄で組み立てられた、
偉大な神に祈る。
その名は火と苦と死、
私たちみんなが神をほめたたえる。
私たちは壁にとまるハエのように
自分がいつ死ぬか知らない。
私たちの上で神の手が脅し
私たちを破滅に追い込む。
彼の恵みは破壊であり、
私たちはみんな集まってきて
神の永遠の炎の中で
願いが聞き入れられると思う。
偉大な神、私たちはあなたの前に、
ひざまずき手をつく:
苦境にある私たちを見たまえ、
苦しみから救いを!
たとえ私たちがみんな群れをなして来ても、
私たち自身をいけにえとして捧げるために:
神様、私たちをどうぞ受け入れ、
私たちをみんな飲み込みたまえ!
11
地下牢。中央に電気椅子。後方中央に重い扉。電気椅子で少年が眠っている。
死刑執行人が来て少年に平手打ちをくらわす。
死刑執行人
電気椅子から降りて、怠け者、卵とフライパンを持ってきてくれ
るか?
少年は卵とフライパンを持ってくる。死刑執行人はフライパンを電気椅子の上
に置く。
つぼ
死刑執行人 バターを取ってきてくれ、とんま、死体聖油わきの隅に置かれた壺
にある。
死刑執行人はバターをフライパンに入れる。
死刑執行人 さあまっすぐに置け、不潔漢。
少年はずっと左にある配電盤のへりに、まっすぐに置く。
死刑執行人は卵を割ってフライパンに落とす。
死刑執行人
卵一個、卵二個、卵三個、卵四個!
私が目玉焼きをつくるとき
に、これは何だね、隅に立っている悪党?
少年 知らない。
死刑執行人
知らないだと!
なんてばかな答えだ!
さんざんにぶちのめし
てやらねば、役立たず。だが大目に見よう、お前の母親は私のおじの子供をし
ょいこんでいるからな。つまり:これが人類愛というものだ。私が板を少し温
めなければ、悪党どもは冷たい尻のまま地獄に落ちる。我々は今日ほかにまだ
だれの首をはねるのか、一度暦で調べてみろ!
少年 イェレミーアス・ナーベルプフィフ、快楽殺人犯です。
死刑執行人
全くのナンセンス!
ばかげた話!
奴はすでに処刑されておる。
お前が流し込んだ電流があまりに少なすぎたために、とても笑わずにはいられ
なかった男だぞ、不器用者!
次の者!
少年 大軍隊の将軍。
死刑執行人 将軍を我々はちゃんと愛国心をもって殺そうじゃないか!
ノックする音。
死刑執行人
はり
ほら、彼らがやってくる。いまや用済みだが。梁がミシミシ音を
立てるほど、もう一度刺し殺されることになるだろうが。お前は行って、生意
気な小僧や、ドアを開けたいのか。ただ、私にきちんとしたおじぎをするよう
に!
少年はドアを開ける。ぼろぼろの制服を着た二人の兵士が将軍を連れてきて、
壁に向かって立つ。死刑執行人は両腕を広げて将軍に駆け寄って出迎える。
死刑執行人 ようこそ、閣下、ようこそ!
死刑執行人は少年の耳をつかまえ、一発ビンタをくらわす。
死刑執行人
お前は閣下におじぎをしなかった、生意気な小僧!
おじぎをし
ろ、さあ! 閣下はすぐに死ぬ、それで閣下に重なのだ。
将軍 そこの男になぜビンタをくらわすのか?
今日は大将軍の祝日だぞ。
死刑執行人 祝日ですって、閣下?
将軍 将軍が死ねば、下層民は祝日だ。
死刑執行人
苦しみを目撃されているでしょう、閣下!
あなたは死ぬことが
許され、私たちは苦労をする。
将軍
お前は、国王の命令に従って私を殺す、退屈な仕事をしている、ごろつ
きなのか?
死刑執行人
私は死神の門番です!
無常の大司祭であり、あなたをあの世へ
あしげ
送りこむ足蹴です。でも、あなたはなんという偉大な将軍でしょう?
私はず
っと前から新聞を読んでいない、仕事が忙しすぎて。あなたは戦争に敗れたの
ですか?
将軍 私はマシーンを発明した。
死刑執行人
すばらしい!
今日は天才をお迎えしている!
私はいつもこの
ように生気あふれる天才を臨んでいた。しかし、あのバカは卵焼きのフライパ
ンを電気椅子から取りたいのです!
すぐに閣下は電気椅子に坐られますか?
少年はフライパンを片づける。
かっけつ
将軍 私の処刑は骨折り甲斐がない。ここへ来る途中に大量の喀血をしたのだ。
死刑執行人
いったいなぜ!
いったいなぜ!
閣下はご自分の死の前に死に
たくはないでしょう!
将軍
ごろつきは一種類の死しか考えられない:処刑だ!
しかし、それはた
しかに正しい。私は常にもっぱら法律の味方になってきた。私が率いた、どの
戦争も、世界のこの上なく堅実な法基盤を持っていた。
死刑執行人 全部用意できたのか、役立たず?
少年 むむ。
死刑執行人
むむ!
むむ!
むむ!
お前は私が作った格言を暗唱できない
のか?
少年
椅子はあいている、
神は汝に味方する、
すべての人がたどらねばならぬ道をたどるために。
すぐに電流が来て、
命の流れを分離し、
天国で再会がある。
将軍
死刑執行人に報いるのがしきたりだ。将軍は白い食器一揃いを与える。
さあ仕置きにかかれ!
死刑執行人
さあ閣下の両脚と両腕を留め金で固定しろ。しかし柔らかく!
聞いての通り、閣下は大量の喀血をされている。だからお前が十分に注意して
いなければ、今にも亡くなりかねない。あの豚野郎はスイッチを手放したがる!
あいつを殺してやる!
死刑執行人はスイッチの所までとんで行き、少年に平
手打ちを食わす。スイッチをなぜいじっているのだ? お前は私のところで見
習修業をして一週間になったばかりで、早くも非常に身分の高い、おまけに天
才でもある紳士の首を切ろうとしている。そのくせ一時間前には仕立屋さえ殺
せなかった。閣下は準備ができているのか?
将軍 まあ彼にまかせなさい。
死刑執行人
尊敬する将軍様!
あなたはいま生涯の新しい重要な時期に第一
歩を踏み出されます:あなたは死ぬのです。この機会にこれまでの人生をいさ
さか振り返って見るのも不適当ではありません。そのために私たちは何ものに
も妨げられないで過去に身を置くことができるように、目を閉じましょう。
将軍
私も自分の兵士たちに同じような瞬間に壮烈な最期のことを話していた。
将軍は目を閉じる。
死刑執行人
少年に小声で さあしっかり見ておれ、がさつ者。我々はこれか
でんぶ
ら適量の電流を将軍の臀部に打ち込むとしよう。将軍は大量の喀血をした、し
たがって妊婦の場合と同じように、スイッチをただ九度までひねるだけにしな
ければならん。頑丈な者たちなら十一、十二あるいは十四まで。かつてある男
など、十七度でやっとダウンした。既婚の牧師、無茶苦茶な野郎で、雄牛十頭
並みの筋肉だった。お前は次回にうまくできるよう、今よく注意して聞け。こ
こでたいていの死刑執行人は一つの誤りをおかすのだ:彼らはゼロから直接九
度にする!
それは間違いで、様式に忠実な処刑とはならない。そこでこうす
るのだ:お前はまず一度にして、それから一秒待ち、それから一気に九度まで
上げて、一度に戻し、二秒待ってから零度にもどさなければならない。このこ
とがきちんと行われると、悪党の首がぱっと跳ね上がる様子、いわゆる跳躍が
よく見える。注意せよ。大声で将軍に
私たちの生活は苦労と労働です。しか
し私たちはそれでもなお存在したすべてのうるわしい時間について神の思し召
しに感謝します。このような意味で私たちはこの世からの別れをいたしましょ
う:多くのごみの中にいくつかのガラス玉がある。
死刑執行人は九度に、それから零度にまわす。
将軍は死ぬ。
死刑執行人 お前は見たか?
あの跳躍を!
兵士が一人背後からやってくる。
兵士 彼は死んでいますか?
死刑執行人 触れてごらんなさい!
完全にくたばっている。
兵士は別の兵士と出ていく。
少年は将軍の覆いから落ちた、紙切れを拾い上げて、それを読むや、叫び声を
あげる。
それから少年は走り去る。
12
死刑執行人 死んだ将軍を両腕に抱えている
かつて私はソロモンの寵児だった、
アイア
ポッペイア、
豪奢な身なりをして光り輝いていた
千の女に私は千の誓いをした、
アイア
ポッペイア、
私が女たちみんなを愛しているだなんて。
がま
死神が火を吐く鎌付き戦車を走らせた、
アイア
ポッペイア、
王と黄色い装身具をつけた女たちは
実る稲穂のようにくずおれた、
アイア
ポッペイア、
王冠がぬかるみに落ちた。
私は神の聖堂へとび込んだ、
アイア
ポッペイア、
苦痛と貧困のなかで叫びかけた、
私を救いたまえ、おお偉大な神よ、
アイア
ポッペイア、
神は耳を貸してくれなかった。
天と地の間に私の刑車を編んでいた、
アイア
ポッペイア、
ハゲタカが空をおおう雲を突き破った、
死神は赤いまだらの雄牛にまたがって来た、
アイア
ポッペイア、
私に憐れみ深い死神だった。
人間とは何か?
アイア
神の像、
ポッペイア、
母胎からはい出るものが、
灰になり、煙になる、
アイア
ポッペイア、
それが人間だ!
13
丸天井。背景に機械。机の前によそ者。酔っ払いがよろめいてくる。
酔っ払い
神様は私たちを愛していらっしゃる、
とてもすてき、とてもすてき、
ああ、神様は私たちみんなを愛していらっしゃる、
とてもとってもすてき。
よそ者
奈落の底から歌声が運ばれてくる、そして私はこの歌を、かつて、千
年前に聞いたような気がする!
酔っ払い
キリスト様も私たちを愛していらっしゃる、
とてもすてき、とてもすてき、
ああ、キリスト様は私たちみんなを愛していらっしゃる、
とてもとってもすてき。
ここに再びきみがいて、ここに再び私がいて、私の酒酔いにきみのしらふ、
ついに、これで完結した。
よそ者 私はきみを待っていなかったし、知るよしもなかった。
酔っ払い
私たちは二人とも、先へ進めない所、つまりみずからの終点に到着
したのさ!
よそ者 きみはかつて街灯の下でしたように、私の足もとに坐れ。
酔っ払い
そら、私は再びきみの両足の間にいる。すばらしい出産。きみとぼ
くとぼくの鼻は、心に思い浮かべることができる、この上もなく単純な一体を
なしている。
よそ者 どこから千鳥足で歩いて来たのか?
酔っ払い 鼻の向くまま。ぼくは 鼻のあとを跳んで追ってきた。
よそ者 旅の途上で何を見つけた?
酔っ払い
すいせい
なにも見つけなかった。人びとは虚空をじっと見つめ、赤い彗星が
空をのろのろ動いていた。でもきみは、みずからの玉座で、何をしている?
よそ者 人民を統治しておる。
酔っ払い あわれな仕事。私はきみの臣下たちを告発する。
よそ者 臣下たちがきみに何をしたのだ?
酔っ払い 私を足で踏みつけ、つばを吐きかけた。
よそ者
きみは彼らの兄弟じゃないのか?
彼らは自分たち自身を憎んでいる
から、兄弟らしく振舞わないのか?
酔っ払い 彼らは売春婦に恋をしたのだ!
よそ者 彼らは自分たちを救済しようとした男を殺さなかったか?
酔っ払い 我々はこの世界から降りなければならない。
よそ者
私は告発されている。誰によってだか、私は知らない。なぜか、何の
ためか、私は知らない。知っているのはただ、私が死罪に値するということだ
けだ。
酔っ払い きみの罪はきみの夢だ。罪など存在しない。
よそ者 罪は存在する唯一のものだ。
酔っ払い それなら来い。
よそ者 どこへ私を連れていくのか?
酔っ払い まっすぐ虚空を目がけて!
二人はぴったりと抱き合ってドアの右側に向かって歩む。ドアがさっと開けら
れる。よそ者と酔っ払いは小銃斉射に見舞われてくずおれる。
酔っ払い
私はきみの腕の中で死ぬより以上のことが望めるだろうか?
払いは死ぬ。
男たちが駆け込んでくる。
酔っ
最初の男
機械は爆発するはずがない!
第二の男 将軍は自白した!
別の男
我々は踊ろう!
跳びはねて歌おう!
そして片足でぴょんぴょん跳
ぼう! そして声をかぎりに笑って腹を揺り動かそう!
さらに別の男
こりゃ愉快な世界だ!
私は頭の上に尻をおろしてやる!
彼
はテーブルの上に坐る。
機械がうなり始める。
最初の男 我々はだまされている!
機械が爆発するぞ!
これは没落だ!
第二の男 耳をふさいでいろ!
別の男 海だ、海だ!
さらに別の男
こりゃすばらしい!
昇る太陽みたい、空で爆発する星のよう
だ!
14
よそ者 潮に押し流されて
次々と新しい波に運ばれて、
波は沈みゆく大陸を
洗う、
銀波の渦、
貪欲に渦は打ち砕かれた
町々を飲み込み
私の血と混ざり合う、
無限が私を包む。
私の下には奈落の奥深さ、そして
私の上には天空の奥深さ。
たえず私を波が持ち上げ、また
たえず私は沈む、
恩寵と呪いが周りに戯れて。
影のない光に焼きつくされて感じる
私は大洋の冷たさを、
そっと私をかすめる魚、
魂のない生命。
おお
暗い深み、名状しがたい光、一つ
また一つ飲み込まれた!
大洋が私を押し流す、新たな
大地を水浸しにしつつ。
『没落と新生活』注解
この喜劇の始まりはきっと1941年秋ごろであると思われる。私は高校卒
業資格試験に合格していたが、画家になる見込みが立たず、大学はまだ始まっ
ていなかった―冬学期はその後ようやく始まったが―、初年兵学校が早くも次
の夏に迫った。私は世界没落喜劇『ボタン』をあれこれ書いていたが、どう書
けばよいのかわからず、できたものは断片、難儀な苦しまぎれの駄作だった。
1941、2年の冬学期にベルンのフリッツ・シュトゥリヒのもとでドイツ
語・ドイツ文学を学び、初年兵学校卒業後、そこから補充予備役勤務に転属さ
せられ、1942年から43年にかけてチューリヒの大学で勉強し、私の両親
が信じていたように、実際に極めて珍しく大学にとどまった。あるときは老エ
アマティンガー、また何度か当時きわめて激越だったシュタイガー、あるとき
は支離滅裂な哲学者の授業を聴講した。夜には画家のヴァルター・ヨナスの所
にとどまり、その時まで私を苦しめていた二つの大学以上に文学について学び、
夜の残りを『ボタン』の執筆を続けることで過ごした。
1942年のクリスマスの休日に『クリスマス』、『拷問吏』、『ソーセー
ジ』、
『息子』―私の最初の散文作品[『ある看守の記録から』。初期散文。作品集第18巻、detebe250/18
に収録]―を書いた。私のチューリヒ滞在は流行肝炎によって閉じられた。194
3年の夏はヴァリスで過ごし、『ボタン』をアイソンで、月面の風景を見下ろ
すような、ヴァルデラン(エラン谷)の東斜面上方にしがみつく、小さい我が家
で完成した。読み物としてジャン・パウル数巻を持っていった。 私が作品名に
したような『喜劇』への影響は―『ボタン』という題名はやめにしていたが―
ほとんど確認されないが、たしかに周囲の崩壊が、ゼルゲルの『時代の詩と詩
人』から私が知った、幾人かの表現主義作家や、ヴァルター・ヨナの勧めで訪
れた、チューリヒ劇場における『セチュアンの善人』などの上演も名残をとど
めたかもしれないが、『喜劇』にはシャンソンが存在する。ただし、これらの
影響を過大評価すべきではない。書き写しや筆記録ではなく、記憶による影響
なのである。
『喜劇』はわずかな人たちにしか読んでもらわず、最も重要な批評は私にと
って友人T.S.の批評であった:「きみは少なくともなにかを書き終えた」
『没落と新生活』という題名の本稿はビール湖畔リゲルツを越えた「フェス
ティ」で1951年に作られた。私は初期散文『町』を出版しなければならず、
最初の喜劇を思い出した。ストーリーと多くのシーンもそのままにした。新し
い点は厳密に言えば、初稿でヴァルデンという名であった、将軍の登場するシ
ーンだけであり、よそ者の名はアダム、機械の名はユグデゥラシルスであった。
最終詩も1951年に私が書いた。
本稿は1980年に執筆。
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