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全文(1264KB) - 新エネルギー・産業技術総合開発機構
ISSN 1348-5350 〒212-8554 神奈川県川崎市幸区大宮町1310 ミューザ川崎セントラルタワー http://www.nedo.go.jp 2010.9.15 1066 NEDO 海外レポート 【再生可能エネルギー】 1. 太陽熱バロメータ-2010 年(EU) 2. 2009 年の風力新規設置容量は 10GW で記録を更新(米国) 3. フライホイールによるエネルギー貯蔵(米国) 1 29 31 【バイオマス】 4. 藻類系バイオ燃料の商業化(米国) 33 【地球温暖化】 5. DOE が二酸化炭素回収技術の開発に 6,700 万ドルの資金拠出(米国) 42 【電子・情報通信】 6. 量子コンピュータへのダイヤモンド窒素・格子欠陥材料の応用研究(中国) 47 【ライフサイエンス】 7. 短時間でゲノムマッピングできる技術を開発(欧州) 49 0 【研究開発・評価】 8. FP7 COST の中間評価 2010-最終レポート(欧州) 9. 研究とイノベーションに欧州史上最高額 64 億ユーロを拠出 52 58 【政策】 10. 米国2012 年度予算における科学及び技術の優先課題 11. ワシントンで第 1 回クリーンエネルギー閣僚会議が開催される(米国) 12. IEA: 中国が米国を超え世界最大のエネルギー消費国家に(中国) 13. 米中クリーンエネルギー研究センター(米国側)を発表 62 68 71 73 URL:http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/ 《本誌の一層の充実のため、ご意見、ご要望など下記宛お寄せ下さい。》 NEDO 総務企画部 E-mail:[email protected] Tel.044−520−5150 Fax.044−520−5204 NEDO は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の略称です。 Copyright by the New Energy and Industrial Technology Development Organization. All rights reserved. NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【再生可能エネルギー】太陽熱 太陽熱・バロメータ 2010 年(EU) ―2009年のEUの太陽熱市場は9.6%のマイナス成長― ―2009 年に EU で設置された太陽熱パネルの総面積は 416 万 6,056 m2― ―2009 年末時点の設置済み太陽熱システムの総設備容量は 2 万 2,786.1 MWth 注1― 本稿は、フランスの Observ’ER(Observatoire des énergies renouvelables:再生可 能エネルギー観測所) が 2010 年 6 月に発表した報告書「太陽熱・バロメータ 2010 年」 を、同観測所の許可を得て全訳・掲載するものである。 1. はじめに 2. 欧州市場は停滞 2.1 2009 年 EU の新規設置面積は 420 万 m2 2.2 主要な EU 市場 2.2.1 ドイツ連邦下院が助成を凍結 2.2.2 不動産危機がスペイン市場を引き下げ 2.2.3 イタリア市場は経済危機を持ちこたえる 2.2.4 やや構造的なしくみに欠けるフランス市場 2.2.5 オーストリア市場は安定 2.2.6 ギリシャ市場は急落 2.2.7 ポーランドは太陽熱を支持 2.3 3. 4. EUの総設置面積は3,260万m2 産業界の不調 3.1 市場の停滞は雇用機会の喪失を招く 3.2 自動化が進展 3.3 ヨーロッパ産業界は回復を待っている 3.3.1 GREENoneTEC社は生産能力を300万m2 まで引き上げることを狙う 3.3.2 Bosch Thermotechnik社は事業拡張を進める 3.3.3 将来の真空テクノロジーを先導するViessmann社 3.3.4 Vaillant社が空白の期間を埋め合わせる 3.3.5 Solvis社は製造を自動化 3.3.6 Kingspan社が新しい工場を開設 2011年までは、はっきりとした市場の回復はみられない MWth:megawatt thermal(メガワットサーマル)の略。ワットサーマルは熱出力の単位で、メガは 100 万のこと。 注1 1 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 2 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 1. はじめに 2008 年、ヨーロッパの太陽熱市場は強い伸びを見せたが、2009 年には停滞し、新規設 置面積は約 420 万 m2、前年比で 44 万 3,708 m2 の減少となった。5 月初旬のユーロ危機 と、経済危機の欧州市場への波及により、2010 年も太陽熱市場の停滞が続くと思われる。 太陽熱の集熱器は、主に温水用、あるいは暖房用に使用されている。夏期の建物内を冷 房する特定の技術は開発されてきたが、この市場は今もなお、比較的限定されている。太 陽熱の収集には大きく分けて 3 つの主要な方法があり、そのすべての方法において、熱伝 導流体を用いる。 ヨーロッパにおいて、最もよく利用されているタイプは、ガラス面の後部に設置された、 吸収シートの中で熱伝導流体を循環させる平板ガラス型集熱器であり、断熱ケーシング内 に組み込まれている。太陽熱利用の 2 つめのタイプは、真空型集熱器技術であり、熱伝導 流体が二重の真空の管の中を循環する。この場合、真空状態によって断熱が実現される。 3 つ目のタイプとしては、非ガラス集熱器があり、黒色プラスティック管網(ネットワーク) を使用し、それぞれの管を積み重ねて並べて外気中に置いておくというものである。この タイプは主に、夏季にスイミング・プールの水温を上げるために使われている。 太陽熱温水器を設置した個人用住宅 3 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 2. 欧州市場は停滞 2.1 2009 年の EU の新規設置面積は 420 万 m2 経済危機は、ヨーロッパ太陽熱市場の急成長を凌ぐものになった。 「EurObserv’ER」の 見解では、2009 年の欧州連合(EU)加盟国の新規設置面積は、全体でおよそ 417 万 m2(熱 容量では 2.9 GWth に相当する)に達するとのことである(表 2) 。これは、2008 年の新 規設置面積、およそ 461 万 m2(表 1)と比較して 9.6%の減少となる。EU 加盟国すべて が同じように影響を受けたという訳ではなく、ドイツ、フランス、ギリシャ、スペインな ど、欧州の主要な市場における設置数の漸減を目の当たりにした一方、ポーランド、英国、 ポルトガルなどの国々のように設置数が伸びているケース、あるいはオーストリアのよう に成長が安定している場合もある。 専門家たちは、金融引き締め政策により多くの人々がシステムへの投資を見合わせてい るという理由に加え、太陽熱市場の縮小に関して別の見解を述べている。 特にドイツとフランスの自動車産業の再生計画が、一部の世帯の資金力をひっ迫させて いる。また、2009 年に設置数に急激な伸びがみられた太陽光発電部門との同類同士の競争 のため(詳細は海外レポート 1065 号「太陽光発電・バロメータ 2010 年(EU)」で参照 できる注2)、太陽熱市場が負担を強いられているのかもしれない。 2009 年のヨーロッパ市場では、真空型集熱器の割合が 9.8%、非ガラス集熱器が 3.6% (図 2 を参照)に対し、平板ガラス型集熱器技術は 86.6%となっており、市場のほとんど を占めている。 注2 http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/1065/1065-1.pdf 4 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 表 1 2008 年に新規設置された集熱器の種類別設置面積(m2)および出力容量(MWth) 国名 ガラス集熱器 平板型 真空型 集熱器 集熱器 非ガラス 集熱器 合計面積 (m2) 出力容量 (MWth) 1,710,000 190,000 20,000 1,920,000 1,344.0 スペイン 414,000 32,000 20,000 466,000 326.2 イタリア 361,000 60,000 421,000 294.7 フランス* 352,252 16,000 6,000 374,252 262.0 オーストリア 343,617 4,086 15,220 362,923 254.0 ギリシャ 295,000 5,000 300,000 210.0 ポーランド 89,820 39,812 129,632 90.7 ベルギー 66,860 20,640 3,500 91,000 63,7 チェコ共和国 26,500 8,500 55,000 90,000 63.0 ポルトガル 86,620 86,620 60.6 英国 47,250 33,750 81,000 56.7 スウェーデン 14,530 12,283 28,648 55,461 38.8 オランダ 23,305 28,216 51,521 36.1 アイルランド 31,727 11,883 43,610 30.5 キプロス 39,270 843 40,552 28.4 デンマーク 33,000 33,000 23.1 スロバキア 10,250 10,250 7.2 スロベニア 6,565 10,100 7.1 ハンガリー 10,000 10,000 7.0 ルーマニア 10,000 10,000 7.0 6,999 4.9 ドイツ 439 3,535 マルタ 3,758 ブルガリア 6,000 6,000 4.2 ルクセンブルグ 3,994 3,994 2.8 フィンランド 2,100 3,300 2.3 ラトビア 1,500 1,500 1.1 リトアニア 700 700 0.5 エストニア 350 350 0.2 4,609,764 3,226.8 EU27 ヵ国合計 3,989,968 3,241 1,200 441,573 *海外県含む 178,223 出典:EurObserv’ER 2010 5 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 表2 2009年*に新規設置された集熱器の種類別設置面積(m2)および出力容量(MWth) 国名 ガラス集熱器 平板型 真空型 集熱器 集熱器 ドイツ 1,440,000 160,000 19,800 1,619,800 1,133.9 スペイン 375,000 16,000 11,000 402,000 281.4 イタリア 340,000 60,000 400,000 280.0 オーストリア 349,000 7,700 8,300 365,000 255.5 フランス** 284,456 26,500 6,000 316,956 221.9 ギリシャ 204,000 2,000 206,000 144.2 ポーランド 106,494 37,814 144,308 101.0 ポルトガル 140,000 140,000 98.0 90,000 63.0 89,100 62.4 70,713 49.5 非ガラス 集熱器 50,000 合計面積 (m2) 出力容量 (MWth) チェコ共和国 30,000 10,000 英国 51,975 37,125 オランダ 43,713 ベルギー 44,000 11,000 55,000 38.5 デンマーク 53,683 817 54,500 38.2 スウェーデン 13,126 8,183 46,302 32.4 アイルランド 26,383 16,131 42,514 29.8 キプロス 31,973 2,736 34,963 24.5 スロベニア 16,920 6,970 23,890 16.7 ルーマニア 20,000 20,000 14.0 スロバキア 10,700 12,600 8.8 ハンガリー 10,000 10,000 7.0 8,508 6.0 27,000 24,993 254 1,900 マルタ 4,386 ブルガリア 5,000 5,000 3.5 ルクセンブルグ 3,352 3,352 2.3 フィンランド 2,000 3,000 2.1 ラトビア 1,500 1,500 1.1 リトアニア 700 700 0.5 エストニア 350 350 0.2 4,166,056 2,916.2 EU27 ヵ国合計 *推計 3,608,711 4,122 1,000 408,998 **海外県含む 148,347 出典:EurObserv’ER 2010 6 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 4,609,764 4,166,056* 3,125,302 3,054,867 2,142,220 1,596,792 725,815 849,538 944,277 981,776 1,271,591 1,007,039 1,731,104 1,461,040 1,119,069 *推計 図1 出典:EurObserv’ER EU における 1995 年以降の新規設置面積の推移(m2) 2.2 主要な EU 市場 2.2.1 ドイツ連邦下院が助成を凍結 ドイツにおける再生可能エネルギーの統計データの収集を行っている、「太陽エネルギ ーおよび水素研究センター(Zentrum fur Sonnenenergie und Wasserstoff-Forschung: ZSW)」は、2009 年に設置された太陽熱集熱器の総面積は 161 万 9,800m2 であったと述べ ている。2008 年は 2007 年比で約 2 倍(96 万 m2 から 192 万 m2)も伸びたが、2009 年の 太陽熱市場は 2008 年比で 9.2%縮小したことになる注3。 欧州太陽熱産業連盟(European Solar Thermal Industry Federation: ESTIF) の会長で ある Olivier Drucke 氏 によれば、この減少の主な原因は金融危機と石油の安値である。 他の要素として、ドイツの自動車産業支援計画がある。Drucke 氏は、 「およそ 200 万もの ドイツ世帯に対し、2,500 ユーロの中古車スクラップ手当注4(car scrapping allowance)が支 払われた(総額最大 50 億ユーロ) 。この手当がある程度まで、一般世帯に対して新しいソ 注3 表 1 と表 2 のドイツの数値(設置面積)を比較すると、約 16%の縮小となっている。この不一致の理由と して、①単純な誤り、②金額での比較、等の可能性が考えられる。 注4 9 年以上使用した車を新車に買い替える場合に 2,500 ユーロを支給する総額 15 億ユーロ(約 19 億 8,000 万ドル)の補助金制度。 http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-37312220090403 7 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 ーラーシステム設置よりも、新車購入を奨励してしまったことになる」と述べた。 さらに引き続いて、4 月 9 日には、ドイツ政府がコスト削減実施の一環として、市場刺 激プログラム(Marktanreizprogramm: MAP) への予算割当を打ち切るという悪いニュー スが発表された。 資金不足により、2010年5月3日に100kW未満の太陽熱システム、ヒートポンプ、バイ オマス暖房器具への投資に対する助成金プログラムが打ち切りとなった。2010年4月まで に、わずか8万2,000件の再生可能エネルギー・システムしか助成を受けておらず、今後2010 年内に助成が行われることはないだろう。以下のインセンティブが打ち切りの日まで適用 されていた。個人住宅用太陽熱温水器の助成金は、既存の住宅に対して60ユーロ/m2(1件 の設置につき、上限は410ユーロ) 、新築には45ユーロ/m2(1件の設置につき、上限は307.5 ユーロ)となっている。また、上限を40m2として、複合システム(温水と暖房)設置の割 増助成金(premium)は、既存住宅に対して105ユーロ/m2 、新築には78.75ユーロ/m2 とな っている。より広い設置面積に対する割増助成金は、既存住宅に対して45ユーロ/m2、新 築には33.75ユーロ/m2と金額が下げられた。ソーラー冷房システムへの助成金は、既存の 住宅に対して105ユーロ/m2、新築には78.75ユーロ/m2が割り当てられていた。この決定(助 成金プログラムの打ち切り)は、2010年の再生可能エネルギー暖房器具の売り上げに打撃 を与えるだろう。 2.2.2 不動産危機がスペイン市場を引き下げ スペイン太陽熱産業協会(Spanish solar thermal industry association: ASIT)によれば、 2009年の太陽熱パネルの新規設置面積は40万2,000 m2で、2008年と比較すると6万4,000 m2の減少(-13.7%)となる。この設置面積のうち33万2,000 m2 は、建築技術基準(Codigo Tecnico de la Edificacion: CTE)の順守により設置されたものである。この基準では、新築 または、増改築の計画のすべてを対象に、屋内の温水の30%∼70%は太陽熱システムを使 用してまかなうことを義務付けている。上記以外では、自治コミュニティ助成プログラム (5万5,000 m2)の一環としての設置、産業用(5,000 m2)や他の用途(1万m2)などがある。 スペイン市場縮小の理由のひとつとして、同国の壊滅的な不動産業界の停滞があり、数 え切れないほどの建設計画や再開発計画が中止になったことがある。この危機によって、 新しい建築基準の効果が制限された。2009年時点で、わずかに24万件の新規建設や増改築 計画が建築基準の適用を受けた。2010年には、件数が19万件に下落すると予測されている。 ASITは、新しいメカニズムの実施によって、この傾向が修正されなければ、2010年の市 場は20%以上縮小し、32万m2 にとどまると考えている。これでは、2005年から2010年の 再生エネルギー計画目標である500万m2には遠く及ばない。 スペイン産業省は現在、再生可能エネルギーおよびエネルギー効率に関する法律を作成 中である。そして、EU再生可能エネルギー新指令の目標を組み込んだ新しい再生可能エ ネルギー計画(PER 2011-2020)を策定中である。ASITは太陽熱に対する反論を一掃するた め、システムエネルギー効率の検査方法が組み込まれるよう、主張している。協会が議論 している主な方法とは、太陽熱システムのエネルギー効率を促進するための規制の枠組み 8 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 を確立することであり、それにより、産業界は、新規の、より強くて競争力の高い技術に 対して投資を行うことになる。ASITは、地方行政区(それぞれの地方は独自の助成方針を 持つ)が設置面積を基にして助成を行っている現状は、最も効率の高いシステムを優遇し ていないため、正しい選択ではないと考えている。 9.8% 3.6% 真空型集熱器 非ガラス集熱器 86.6% 平板型集熱器 出典:EurObserv’ER 2010 図2 2.2.3 2009 年の EU 太陽熱市場の技術分野による内訳 イタリア市場は経済危機を持ちこたえる 数年前に定められた、個人向けの太陽熱システム設置への減税政策(ソーラー・システ ム1台分の費用全額の55%が控除される)は、2006年から2008年のイタリア市場の着実な 成長(この期間に130%)を支えた。Assoltherm(Italian Solar Thermal Industry Association: イタリア太陽熱産業協会)は、2009年の経済危機を太陽熱市場が持ちこたえ、 新規設置面積40万m2 (2008年は42万1,000 m2)を達成したものと推定している。イタリア の世帯の経済的困難は当面の間、太陽熱システム設置数に何らかの影響を及ぼす可能性が 高いと考えられており、太陽熱部門は非常に厳しい状況になると予想されるが、協会は 2010年の市場が縮小するとは考えていない。イタリア市場における将来の成長の重要な要 9 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 素のひとつに、太陽熱システム設置業者の育成があげられる。Assolthermは、イタリアは この分野に関して、著しく進歩したと考えている。また、育成は主に太陽熱システムのメ ーカーが関わっているが、イタリア市場の将来の成長を築くという方向性において、育成 を継続していかなければならないと協会は考えている。イタリアの地方行政区にも、国の 法律を適用してもらうよう取り組まなくてはならない。その内容は、温水需要の少なくと も50%は太陽熱でまかなうよう、新築建物に太陽熱システムの設置を義務づけるというも のである。この法律は、実施するにあたっての条件がまだ明確にされておらず、地方自治 体と市町村はこの法律の強制力に関する検討を行っている。2009年には、20地方行政区の うち、7地方のみが太陽熱システム設置の義務化を決定し、 (8,000の市町村のうち)253市 町村のみが太陽熱システム設置の義務化を建築基準法に組み入れた。現在、Lombardy(ス イスと国境を接するイタリア北部の州)がシステムの設置率が最も高い。 2.2.4 やや構造的なしくみに欠けるフランス市場 2009 年のフランスの太陽熱市場は、 約 10 年間の安定した成長から、 小康状態になった。 Enerplan (フランスのソーラー・エネルギー産業協会)によれば、フランス本土の市場は 2008 年に設置面積で 31 万 3,000 m2 であったが、2009 年は 26 万 5,000 m2 程度であった と推定されている。個人住宅向け太陽熱温水ヒーターの設置数は 2008 年の 4 万 2,000 台 から、2009 年には 3 万 6,000 台へと減少し、この減少は温水と暖房の複合システムの場 合、5,800 台から 2,600 台とより急激に下落している。唯一、見通しの明るい分野は、集 合住宅部門であり、 フランス本土において拡大が続き、 設置面積は 2008 年の 5 万 6,000 m2 から 2009 年の 6 万 6,600 m2 へと伸びている。 「Observ’ ER」は、公共および民間のスイ ミング・プール用の非ガラス集熱器の設置面積として、さらに 6,000 m2 を加えた。 プールの屋根に取 り付けた非ガラス 集熱器 10 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 フランス環境・エネルギー管理庁(ADEME)の現地事務所からのデータによれば、フラ ンス海外領の市場はフランス本土の市場を反映して、2008年の5万5,252 m2 に対して 2009年は4万5,956 m2 となった。不況とそれに続く失業に対する怖れが、市場縮小の主な 理由として挙げられている。他の要因としては前述の通り、化石エネルギー燃料価格の下 落、太陽光発電容量の増加、中古車払戻し計画により多くの世帯に新車購入を奨励したこ とが、市場の不振の一因となった。 より悩ましい構造的な問題があるために、周期的な問題が悪化する。フランスの太陽熱 部門はいまだに構造改革が難航しており、多くの市場関係者によって投機の対象にされ易 い。数年にわたって、ソーラーシステムの値段は高騰し、年々、設置の原価償却期間が増 えている。Observ’ER の調査によると、4.6m2 サイズの個人向け温水システムの税抜き 平均価格は、2005年は5,290ユーロだったが2008年には6,817ユーロになり、4年間で1,500 ユーロ上昇した。銅などの原料価格の上昇だけでは、この価格上昇を説明できない。他の 構造的な問題として、個人住宅や集合住宅用のシステム設置業者の育成がある。現在のと ころ、この分野の成長に直ちに対処できる熟練した設置工の人数が十分でない。フランス 当局は再生可能エネルギーの開発に非常に熱心である。フランスのインセンティブ・シス テムはヨーロッパで最も魅力的なシステムのひとつである。個人向けシステムの場合、設 備費用に対する税額控除50%に加えて、地方自治体(地域、県、市町村)から数百ユーロ に上る割増助成金が支給される。 システム導入のもうひとつの奨励要素として、2009年に政府により設立された、3年間 で10億ユーロを支援するヒート・ファンド(heat funds)がある。このファンドはAdemeに よって管理され、集合住宅、施設、すべての企業(農業、産業、サービス業)に割り当て られる。再生可能エネルギー源による熱生産コストが通常のエネルギー源による熱生産コ ストを下回るよう保証し、再生可能エネルギー源による熱生産プロジェクト(バイオマス、 地熱、ソーラー等)への融資を行っている。この助成は、再生可能エネルギー由来の熱が、 化石燃料由来のものよりも、少なくとも5%は低価格で販売が可能なように等級分けされ ている。もし、太陽熱システムの経済的妥当性、技術的効率、信頼性が実証できれば、フ ランスの太陽熱部門の利益は巨大なものである。 11 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 複合ソーラーシステムが 設置された生物気候学的 (Bioclimatic)設計の家 2.2.5 オーストリア市場は安定 オーストリアでは、太陽熱部門の試行と検証が行われている。ソーラーへの移行は、す でに人々の生活の中によく浸透している。オーストリア・ソーラー(Austrian Solar Industry Association)によれば、オーストリア市場は、2008 年の新規設置面積約 36 万 3,000m2 に対し、2009 年は 36 万 5,000m2 と安定している。不況の時代に安定している理 由として、連邦政府による大規模なコミュニケーション・キャンペーンによる信頼できる 政治的支援が太陽熱部門を支えていることが挙げられる。2010 年 2 月 28 日以来、すべて のメディア(テレビ、ラジオ、インターネット、報道など)でキャンペーンが流されてい るが、最近のキャンペーン・スローガンは、”Schlauer heizen mit der Sonne”(賢い人は 太陽熱で温める)というものである。各州は独自のインセンティブ政策を持ち、個人向け の 6m2 サイズの太陽熱温水器の設置に対して 600 ユーロから 1,700 ユーロの範囲で助成 金の割り当てを行う。15 m2 複合システムの設置への助成は、1,250 ユーロから 3,325 ユ ーロの範囲となっている。 2.2.6 ギリシャ市場は急落 ギリシャでは、財政・経済危機により、太陽熱市場が深刻な打撃を受けた。専門家によ ると、市場は 2009 年には、新規設置面積 20 万 6,000 m2 と 31.1%下落した模様である (2008 年は 30 万 m2) 。この下落の主な理由は、多くの世帯が新しいソーラー温水器への 支出を延期すると判断したことにある。ギリシャのソーラー温水器の設置レベルはすでに とても高く、ギリシャの市場は主として現在設置されているシステムの大規模な買い替え であるということを銘記しておかなければならない。 12 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 ギリシャ市場の大部分は熱サイフォンシステムで占められている。熱サイフォンシステ ムは地中海の気候に適しており、強制循環式のソーラーシステムより、費用がかからなく て済む。ギリシャは個人世帯向けに、設置費用の 20%を税控除するという政策を基にした、 インセンティブ・システムを実施してきた。どのケースにおいても、減税額は 700 ユーロ を上限としている。差し当たり、このインセンティブは、政府が実施する公的債務削減政 策に脅かされてはいない。 ギリシャ議会は数週間、法律の草案について議論を行う予定である。この議論では、す べての新しい建築物の屋内温水ニーズの少なくとも 60%は、再生可能エネルギーで生産さ れることを義務化することに焦点を当てる予定である。現在の提案では、再生可能エネル ギー由来の暖房テクノロジーを特定していないが、太陽熱が最も道理にかなった解決法だ と思われる。義務化は、ギリシャが EU 指令に沿って再生可能エネルギー政策を実施して いることを示すものである。しかし、新しい建物の建築が停滞しているため、この政策の 太陽熱市場に対する影響は限定的なものになるだろう。 屋根に設置された 真空型集熱器 13 NEDO海外レポート 2.2.7 NO.1066, 2010.9.15 ポーランドは太陽熱を支持 ポーランドは、太陽熱市場がプラス成長の傾向(2008年から2009年で11.3%の伸び)を 維持している、ヨーロッパ諸国の中では数少ない国のひとつである。IEO EC BREC (Polish Institute for Renewable Energy: ポーランド再生可能エネルギー研究所)によれ ば、2008年の新規設置面積12万9,632 m2 に対して、2009年は14万4,308 m2 と拡大して いる。ポーランド市場の主要な要素は、集合住宅(2008年の3万8,890 m2 に対して、2009 年は4万3,292m2)によって占められている。関係者達は、6月に発表された再生可能エネル ギー国別行動計画(EU指令の一環で立案)に促され、2020年に向けた計画を立てた。こ れに関連して、IEO EC BRECは、ソーラー設備メーカーおよび設置業者の利益を代表す るソーラー同盟20*2020(Solar Alliance 20*2020)という新組織と共同で、7,700 GWth 以上(設置面積にすると2,000万m2)と推定される同国の太陽熱エネルギーの潜在能力を 開発するために必要なリソース注5 を明らかにした。 この計画に呼応して、ポーランドにおける再生可能エネルギー資金の助成を行う、国家 環境保護基金が、2010年から2012年の間、最大で3億ポーランド・ズロチ (7,400万ユーロ) の助成を行うと発表した。この助成の優先対象は、個人住宅の持ち主と集合住宅の持ち主 となるだろう。助成は設置費用の最大45%、そして、1m2 当たり2,500ズロチ(790ユー ロ)が上限となるだろう。このプログラムは2010年秋までに実施される予定である。 集合住宅に温水を供 給する平板ガラス型 集熱器 注5 リソースとは、資金、手段、材料、人、設備など、ある目的を実現するために必要となるものを幅広く指 す言葉。 14 NEDO海外レポート 2.3 NO.1066, 2010.9.15 EUの総設置面積は3,260万m2 廃棄された古いシステムを除いて集計しなければならないため、太陽熱集熱器の総設置 面積の算出はより難しくなっている。EurObserv’ERは、廃棄条件を以下のように仮定し た。 - 20年経過した平板ガラス型集熱器 - 12年経過した非ガラス集熱器 また、私たちがコンタクトした専門家が国独自の廃棄条件を適用して集計した場合、あ るいは公的な推定がある場合、EurObserv’ERは、これらを用いている。 それによると、EUで使用されている太陽熱集熱器の総設置面積は3,260万m2という規模 であり、容量では22.8 GWth(表3)となる。集熱器の面積が最も大きい国は、ドイツ、 オーストリア、ギリシャとなっている。一人当たりの設置面積は、太陽熱技術に対する国 の取り組みをより強く反映した指標である。なぜなら、国土面積が大きければ、設置面積 も大きくなるといったような、データの歪みが生じる心配がないからである。この新しい 分類では、キプロスは住民1,000人当たり873.9 m2 とオーストリア(517.1 m2)やギリシ ャ(360.5m2)を上回っている。この指標は、EUの他の国々もまだまだ、太陽熱システム を増やすことが可能であることを示している(表4) 。 15 NEDO海外レポート 表3 国名 NO.1066, 2010.9.15 2008 年末および 2009 年末*の EU の太陽熱集熱器の総設置面積および総設備容量** 2009 年末 2008 年末 2 (m ) (MWth) (m2) (MWth) 11,307,000 7,914.9 12,899,800 9,029.9 オーストリア 3,964,353 2,775.0 4,330,000 3,031.0 ギリシャ 3,870,200 2,709.1 4,076,200 2,853.3 イタリア 1,616,010 1,131.2 2,014,875 1,410.4 フランス*** 1,691,016 1,183.7 1,994,772 1,396.3 スペイン 1,463,036 1,024.1 1,865,036 1,305.5 オランダ 703,632 492.5 774,345 542.0 キプロス 665,752 466.0 700,715 490.5 チェコ共和国 423,750 296.6 513,750 359.6 ポーランド 365,528 255.9 509,836 356.9 デンマーク 430,880 301.6 484,080 338.9 英国 387,160 271.0 476,260 333.4 ポルトガル 390,000 273.0 445,000 311.5 スウェーデン 388,000 271.6 422,000 295.4 ベルギー 280,013 196.0 335,013 234.5 スロベニア 134,012 93.8 157,902 110.5 アイルランド 78,454 54.9 120,967 84.7 ルーマニア 94,300 66.0 114,300 80.0 スロバキア 91,920 64.3 104,520 73.2 ハンガリー 56,700 39.7 66,700 46.7 マルタ 36,359 25.5 44,867 31.4 ブルガリア 31,600 22.1 36,600 25.6 フィンランド 25,463 17.8 28,463 19.9 ルクセンブルグ 16,809 11.8 20,161 14.1 ラトビア 6,850 4.8 8,350 5.8 リトアニア 4,150 2.9 4,850 3.4 エストニア 1,820 1.3 2,170 1.5 28,524,767 19,967.3 32,551,532 22,786.1 ドイツ EU27 ヵ国合計 *推計 **非ガラス集熱器を含むすべての技術 ***海外県含む 出典:EurObserv’ER 2010 16 NEDO海外レポート 表4 NO.1066, 2010.9.15 2009 年*の住民(1,000 人)あたりの太陽熱設備容量**注6 m2/1,000 人 kWth/1,000 人 キプロス 873.9 611.7 オーストリア 517.1 362.0 ギリシャ 360.5 252.4 ドイツ 157.8 110.4 マルタ 107.8 75.4 デンマーク 87.3 61.1 スロベニア 76.9 53.8 チェコ共和国 48.9 34.2 オランダ 46.7 32.7 スウェーデン 45.1 31.6 ポルトガル 41.8 29.3 スペイン 40.5 28.3 ルクセンブルグ 40.1 28.1 イタリア 33.4 23.4 ベルギー 30.9 21.7 フランス*** 30.8 21.6 アイルランド 27.2 19.0 スロバキア 19.3 13.5 ポーランド 13.4 9.4 英国 7.7 5.4 ハンガリー 6.7 4.7 ルーマニア 5.3 3.7 フィンランド 5.3 3.7 ブルガリア 4.8 3.4 ラトビア 3.7 2.6 エストニア 1.6 1.1 リトアニア 1.5 1.0 64.9 45.5 国名 EU27 ヵ国合計 *推計 注6 **非ガラス集熱器を含むすべての技術 総設備容量/住民(1,000 人) 17 ***海外県含む 出典:EurObserv’ER 2010 NEDO海外レポート 3. NO.1066, 2010.9.15 産業界の不調 3.1 市場の停滞は雇用機会の喪失を招く 太陽熱セクターは、再生可能エネルギーの中で最も雇用と利益を生む部門のひとつであ る。その理由として、ヨーロッパで販売されている太陽熱システムコンポーネントの圧倒 的多数がヨーロッパ内で生産されていること、そして他の理由としては、システムの販売、 設置とメインテナンスは労働集約型であることなどが挙げられる。 しかし、ヨーロッパ市場の成長はさまざまであり、それが太陽熱セクターによって創出 される雇用数(正社員相当)と付加価値に影響を与える。BSW(ドイツソーラー産業協会) によれば、ドイツ市場の縮小は5,000人分の雇用喪失を引き起こし、同セクターの雇用総 数は2万まで減少した。また同時に、同セクターの登録された売上高は、17億ユーロから、 12億ユーロへと転落した。スペインの太陽熱セクターは、国内市場の停滞による影響を受 けている。ASIT(スペイン太陽熱産業協会)は、同セクターの雇用数が1万(直接雇用が 8,000、間接雇用が2,000)から7,500(直接雇用が6,000、間接雇用が1,500)へと25%減 少したと発表した。同時に、売上高も3億7,500万ユーロから3億2,200万ユーロへと、14% 減少している。 4 つのレーザー光源を持つ ロボットが、コイルをアル ミニウム板に溶接 18 NEDO海外レポート NO.1066, 表5 2010.9.15 2009 年* EU 太陽熱部門を代表する企業 企業名 国名 GREENoneTEC オーストリア 2008 年の 生産量 (m2) 2009 年の 生産量 (m2) 平板型集熱器 1,320,000 980,000 真空型集熱器 1,440,000 1,110,000 技術の種類 Viessmann ドイツ 太陽熱暖房設備 Schüco ドイツ 二重ガラス・ 410,500** 308,000** 320,000 n.a. 太陽熱システム Thermosolar ドイツ 太陽熱暖房システム 300,000 270,000 Solvis ドイツ 太陽熱・PV システム 250,000 n.a. Ritter Solar ドイツ 太陽熱暖房システム 211,264 140,000 Wolf ドイツ 太陽熱暖房システム 200,000 200,000 アイルランド 太陽熱・PV システム 180,000 135,000 ドイツ 太陽熱暖房設備 128,000 190,000 Kingspan Solar Vaillant *推計 **平板集熱器、Viessmann 製真空型集熱器は含まれていない 出典:Sun & Wind Energy (2009/12)、EurObserv’ER 2010 イタリア市場の安定にもかかわらず、太陽熱セクターの雇用数が上昇したのは、新たな 製造設備の建設によるものである。Assolterm(イタリア太陽熱産業協会)によれば、2009 年は雇用数が300増え、総数は4,500となった。イタリアでの売上げは、市場の縮小を受け て、4億2,000万ユーロから4億ユーロへとわずかな減少がみられる。 フランスもまた、太陽熱セクターの雇用数が減少すると予測されている。Ademe(フラ ンス環境・エネルギー管理庁)が調査を行い、2008年の雇用数は4,420となっている。雇 用の減少が予測されているのは、オーストリア(オーストリア・ソーラーによれば、2008 年の雇用数は7,400)とギリシャ(EBHEによれば、2008年の雇用数は3,300)も同様であ り、国内生産の多くは輸出用である。各国の専門家たちによる情報と多様な要因から我々 が出した暫定的な予測では、ヨーロッパの太陽熱セクター関連の直接雇用数と間接雇用数 は合わせて約5万人である。この数字は、2008年のヨーロッパ太陽熱セクターの雇用数の 我々の最新の予測(2009年6月発行)が、かなり控えめであったことを示しており、2008 年のヨーロッパ・セクターでの雇用数は、5万8,000人近くになっているはずである。 19 NEDO海外レポート 3.2 NO.1066, 2010.9.15 自動化が進展 ヨーロッパの太陽熱産業界は、2010年の市場停滞の見通しに対して、過度の心配はして いないようにみえる。 これは、ヨーロッパでエネルギー効率の向上や再生可能エネルギーの促進が求められて いることを考慮すれば、太陽熱市場の短期的、あるいは中期的な大量生産市場への成長は、 ますます確実になるとみられているのがその理由だろう。 さらなる大量生産の必要性により、すでに多くのメーカーが、製造ラインの一部自動化 を進めている。FIX Maschinenbau 社、Reis社、KG Maschinenfabrik社、DTEC社、 Reimann und Kahl社、ATS Automation Toolng Systems社といった設備の自動化に特化 しようとする多くの企業は、新型で自動化がより進んだ生産ラインの設計と構築の分野で 吸収器メーカーや集熱器メーカーと協力している。 DTEC社のようないくつかの企業は、すぐに稼働可能なターン・キー方式の設備をメー カーに提供している。太陽熱産業界は、高い品質を確実に維持するのと同時に、コストを 減らすため、製造サイクルの期間を大幅に減らす必要がある。 メーカーは、費用効果を高めるために大量に生産する必要があるので、これらの投資は 戦略的な選択である。そのため、製造の自動化のレベルは、各メーカー毎に、特有なもの である。 溶接ロボットの全体像 20 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 吸熱器製造ラインは、吸熱器の質と設計を向上させるレーザーや超音波の溶接機の出現 によって、最も早く自動化が進んだ。自動化はまた、ガラスの洗浄、フレーム、裏板、吸 収器、フレームの絶縁体などの組み立て、ガラス部分の接着など、様々な集熱器の組み立 て段階にまで進んでいる。自社の自動化に最も投資した集熱器メーカーでは、いまや、2 分以内で集熱器1台の製造が可能になった。自動化のレベルは、今後数年間でさらに上昇 するだろう。現状では、太陽熱業界において、吸熱器と集熱器の製造工程が分かれている。 多くの場合、集熱器メーカーは、吸熱器製造に関わることはなく、吸熱器専門メーカーか ら調達することを好む。そして、自社で吸熱器を製造することを選択した集熱器メーカー は、工場内の吸熱器と集熱器の製造工程を分けている。このような製造シナリオは、近い 将来変わるかもしれない。増産への動きにより、設備の自動化を専門にする多くの企業は、 吸熱器生産を統合した集熱器生産ラインを持つ完全自動製造工程を開発することを考える ようになった。 自動化が専門であるFix Maschinenbau社は、顧客である集熱器メーカー2社(会社名と 製造ラインの稼働予定日は明かされていない)が、この方向で動いていることを確認した。 太陽熱産業の他の企業家たちは、総合的な自動化自体が最終目的ではなく、真の課題は生 産サイクルの短縮よりも、コストを下げることだとはっきりと述べている。ソーラー産業 の主な問題のひとつは、吸熱器の製造に広く使われている銅の価格の急激な上昇である。 進められている研究のひとつは、主に銅パイプの厚さを薄くすることによって集熱器製造 に必要な銅の量を減らすことである。他の解決方法として実施されているのは、銅の代わ りにアルミニウムを利用することである。しかし、アルミニウムを使用した場合、接触し た部分から生じる腐食を防ぐために集熱器の設計を調整する必要があり、このため開発プ ロセスが遅れている。 3.3 ヨーロッパ産業界は回復を待っている 目を見張る成長から5年が過ぎ、ヨーロッパ産業界が成長軌道に回復するまで、しばら く時間がかかるだろう。 「黄金期」には、近代化、新規製造設備への投資により、より信頼 性が高く効率の良い製品を生産することが可能だった。結果的に、太陽熱市場は無傷では すまなかったが、産業界は、市場の将来の成長を危険にさらすような困難を切り抜けるの に必要な財源を持っている。EU諸国は太陽熱テクノロジーに対してますます好ましい認 識を持っているため、より良好な経済状況へ回復することにより、市場動向は再び勢いよ く上向きになるはずである。 しかし現在の状況は、不況の影響をまだ引きずっており、また2010年中は市場が回復す る前兆が見られないため、かつてないものといえる。それにもかかわらず、関係者の中に は、ヨーロッパ市場における(次の章を参照)新規生産能力への投資を回避してはいない ものがいる。一方、他のヨーロッパの製造関係者は、アジアと北米地域の太陽熱市場の健 全な成長をうまく活用するため、これら2つの地域への投資を選択している。 21 NEDO海外レポート 3.3.1 NO.1066, 2010.9.15 GREENoneTEC社は生産能力を300万m2 まで引き上げることを狙う GREENoneTEC社の成功のカギのひとつに、同社の製造工程を徐々に自動化していった ことが挙げられる。同社のSt.Veit工場(オーストリア)の生産能力は、いまや最大160万 m2 となった。同社の期待に反した工場の稼働レベルは、2009年のヨーロッパ市場の停滞 によるものと説明がつく。Sun & Wind誌上に2009年末に発表されたSolrico調査によれば、 GREENoneTEC社による平板ガラス型集熱器の生産量は、2008年の127万m2 に対し、 2009年は98万m2 に、吸熱器の生産量は、2008年の144万m2 から、2009年には111万m2 へ と減少した。GREENoneTEC社は、真空型集熱器数万m2も生産している(2008年は5万 m2) 。 集熱器 FK8000 モ デルのロボット化 された生産ライン 新しいレーザー溶接機能を備えた工場自動化への作業は、2009年を通して続けられた。 この生産ラインでは、吸熱器の部品数を削減して軽量化し、ロボット化が導入されたライ ンの生産目的に合うように設計されたFK8000という最新式集熱器シリーズを製造する予 定である。地面に直接設置する、あるいは屋根一体型にするために、集熱器にはモジュー ル式組立システムが取り付けられる予定である。 2009年の初めに、GREENoneTEC社は、同社のガラス・サプライヤーであるPetraglas 社を自社の敷地内に移したため、自前のガラス生産工場を持つことになった。この新しい 配置で、輸送費と倉庫代のコストが減ることにより、両社とも競争力が高まるだろう。ま 22 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 たGREENoneTEC社は、市場のさまざまな需要に応えるための柔軟性が増し、事業を拡張 することが可能となるだろう。そこで、同社は集熱器の年間生産量を300万m2 まで徐々に 増やすことを望んでいる。GREENoneTEC社の株の50%を所有するオーストリアのグル ープ企業、Kioto Clear Energy社(残りの50%はデンマークの持ち株会社VKR社が所有) は、北米市場へ進出することを決意した。昨年、同社はKioto社という名のパネル組み立て 工場をメキシコに開設した。Kioto社は10万m2 の初期生産能力を持ち、GREENoneTEC 社製の吸熱器を使用する予定である。 3.3.2 Bosch Thermotechnik社は事業拡張を進める Bosch Thermotechnik社は、太陽熱事業に大規模な投資を行ったヨーロッパを代表する 企業のひとつである。このドイツの暖房装置の企業グループによる最近の投資は、中国の 上海近郊に2万2,300m2 の初期生産能力を持つ平板ガラス型集熱器の製造ラインを開設す るためであった。この新規の投資は、ドイツのWettrigen工場での集熱器の生産能力拡大 に続くもので、2008年に比べ年間5万台増えて現在は20万台生産している。工場の従業員 数は25%増加し、200人近い社員が働いている。2007年以来、同グループはポルトガルの Aveiroに年間15万台の生産能力がある工場を持っている。直近の3年間で、集熱器の生産 能力が50万m2以上拡大し、総生産能力は86万m2 以上となった。太陽熱集熱器は、Buderus、 Junkers のブランド名で販売されている。Bosch Thermotechnik社の再生可能エネルギー 事業は、2009年で総売上の15%を占めるようになり、金額にして28億7,000万ユーロ相当 となった。 3.3.3 将来の真空テクノロジーを先導するViessmann社 2009年10月、ヨーロッパ内で第4位のドイツの暖房装置の企業グループは、中国の北京 から30km南に位置するDachangに真空型集熱器の製造工場を開設した。この戦略的投資 は、世界の主要な太陽熱市場をはるかに凌ぐ高景気に沸く中国市場における、このドイツ グループ企業の基盤を強化する。当初は、その工場で300人を雇い、2010年時点で真空管 の生産能力が65万本、2012年には100万本に成長する予定である。そのため、Viessmann 社は平板ガラス型集熱器と同様に、真空型集熱器テクノロジーでも世界的な主要メーカー となるだろう。Viessmann社は2008年以来、中国の真空管製造会社であるEurocone社の 大株主である。Eurocone社は、Viessmann社のこの新しい投資の基盤としての役割を果た している。同グループのヨーロッパでの集熱器生産はフランスのFaulquemont工場に集中 しており、同工場は66万m2 (年間29万台分)の生産能力を持つ。Viessmann社は2010年 4月に新しいレーザー溶接設備を稼働させることにより、吸熱器の生産能力を拡大した。 オーストリアの工作機械メーカーであるDTEC社から供給されているこの設備は、72秒毎 に1台の吸熱器を生産することが可能である。 ヨーロッパ市場の縮小はViessmann社の太陽熱ビジネスに影響を与えている。 同社のFaulquemont工場では、2008年の41万500m2 に対し、2009年は30万8,000m2 の平 板ガラス型集熱器を生産している。同工場は、真空型集熱器のハウジングも製造している 23 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 (真空管はDachangで製造) 。これらのハウジングの生産量は1万2,000台(3万3,000 m2 相 当)で、2010年の生産量は、1万3,700台と推測されている。Viessmann社は、自社の最新 製品である2m2 サイズと3m2 サイズの真空型集熱器を2010年4月から市場に投入する予 定であると発表した。 3.3.4 Vaillant社が空白の期間を埋め合わせる ドイツのVaillantグループは、Bosch社に続くヨーロッパ第二の暖房設備企業グループで あり、やや遅れて太陽熱集熱器事業に参入した。 2008年、年間10万台(25万m2 相当)の生産能力を持つ、同社にとって初めての集熱器 製造工場をドイツのGelsenkirchenに開設することにより、参入への第一歩を踏み出した。 2009年9月、このドイツの企業グループは、年間12万5,000台(年間30万m2 相当)の生産 能力を持つ2番目の集熱器製造工場を、フランスのNantesに開設した。これにより、同グ ループ企業の年間生産能力は年間22万5,000台(55万m2 相当)へと成長した。同社は、環 境に優しい暖房テクノロジー製造活動の大幅な拡大を目指し、欧州投資銀行から、貸付限 度額である1億2,000万ユーロを借り入れることを決意した。 100 白 書 24.0 28.5 32.6 35.9 出典:EurObserv’ER 2010 図3 現在の傾向と白書の目標の比較(単位:百万 m2) 24 NEDO海外レポート 3.3.5 NO.1066, 2010.9.15 Solvis社は製造を自動化 自動化へ巨額の資金を投資し、生産能力を上げている再生可能テクノロジー専門の企業 が数多く存在する。ドイツのメーカーであるSolvis社はまさに、この好例である。2009年 5月、同社はロボット化された生産ラインを開設し、年間生産量を30万m2 まで拡大した。 それと同時に、Solvis社は吸熱器の年間生産量を50万m2 まで増やすため、3台目のレーザ ー溶接設備に資金を投入した。これらの機械の購入は、 「ゼロ・エミッション」生産拠点の 拡張も合わせて、1千万ユーロという巨額の投資によるものである。 3.3.6 Kingspan社が新しい工場を開設 2009年の厳しさにもかかわらず、真空型集熱器メーカーのRitter Solar社(2008年の販 売実績およそ21万1,000m2 に対して、2009年は14万m2)とKingspan Solar社(2008年の 販売実績およそ18万 m2 に対して、2009年は13万5,000 m2)は将来のヨーロッパ市場の 成長に備えるため、ロボット化を導入するという賭けに出た。アイルランドの企業グルー プであるKingspan Solar社の最近の投資は、2010年の第1四半期にアイルランドのポータ ダウンにおいて、完全に自動化された新生産ラインを開設するものであった。しかし、同 グループは、自社の新しい生産能力を発表してはいない。 4. 2011年までは、はっきりとした市場の回復はみられない 2010年にヨーロッパの太陽熱市場の成長は回復するだろうという当初の見込みは期待 薄とみられている。財政難と経済停滞の後、ほとんどのEU加盟国は、今年の初めからユ ーロ危機に取り組まなくてはならなかった。 この新しい混乱は痛みを伴い、ギリシャとスペインによる金融引き締め対策は、両国の 太陽熱市場を迅速な好転へとは導かないとみられる。一般的に、加盟国の多くは政治上の 知恵として、公共支出の引き締めを行うものと思われるが、これでは投資を促進する余地 に限界が生じる。再生可能エネルギー暖房器具向けの投資助成への予算割り当てを一部停 止するというドイツの決断は、2010年のドイツ市場の回復を支援しないだろう。しかし、 いくつかの市場は他の市場に比べて、危機をうまく切り抜けるだろう。特にポーランドと 英国の市場は、成長し続けるに違いない。2010年に、イタリアとオーストリアは少なくと も現状を維持するだろう。フランス市場に関しては、集合住宅部門の成長から、利益を生 み続けるだろう。個人住宅市場の回復は、非常に有利なインセンティブ計画があるにもか かわらず、まだ不安定のままである。市場の回復には大幅なシステム費用の軽減を必要と するだろう。2009年のヨーロッパ市場の40.4%はドイツが占めているので、結局、2010 年のEUにおける集熱器設置数は、大規模な助成システムがなくても稼働しているドイツ 市場の能力に大きく左右されるだろう。 このような様々な要因は、2011年までは、太陽熱市場の成長の見込みはないであろうこ とを示している。2010年はさらなる停滞に苦しむだろう。EurObserv’ERによれば、この 減少は約10%であり、2010年の新規設置面積は、約370万m2 とみられている。廃棄され 25 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 るシステムを考慮に入れると、EUの集熱器の総設置面積は最終的に、3,600万m2 弱とな るだろう。 それにもかかわらず、太陽熱セクターの将来には暗雲が立ち込めているわけではない。 6月に公開される、EU諸国から欧州委員会に提出義務のある再生可能エネルギー国別行動 計画では、再生可能エネルギー部門の開発促進について、加盟国の様々な方策が盛り込ま れているであろう。これを踏まえて、ESTIF(欧州太陽熱産業連盟)は、EUにおける2009 年の太陽熱の可能性に関する調査結果を発表した。エネルギー効率対策によって2020年ま でに、総エネルギー需要を2006年比で9%削減することを前提としたとき、「EUのエネル ギー需要の20%を再生可能エネルギーでまかなう」というEUの目標の内、6.3%が太陽熱 による貢献となるだろう。これは、政策的、財政的支援メカニズム、エネルギー効率化施 策、及び研究活動からなる「完全な研究開発と政策シナリオ(full R&D and Policy (RDP) scenario)注7」が実施された場合の予測である。一方、目標を控えめにし、政策的、財政的 支援メカニズム、より緩やかなエネルギー効率化施策、研究活動の強化を包含した AMD(Advanced Market Deployment: 先進市場導入)シナリオの場合には、太陽熱エネル ギーの貢献はわずか2.4%となるかもしれない。目標の達成に必要な太陽熱集熱器の総設置 面積は、RDPシナリオの場合は1億4,550万m2 (101.9 GWth)、AMDシナリオの場合は3億 8,800万m2 (271.6 GWth)となるだろう。BAU(Business As Usual: 現状通り)シナリオは、 「現行ペースでの開発」を意味し、同じ期間で集熱器の総設置面積は9,700万m2 (67.9 GWth)となるだろう。こうした研究結果は、野心的に見えるが、加盟国のコミットメント に沿ったものである。各国の行動計画の一環として発表されたこのロードマップは、太陽 熱セクター開発の明確なビジョンを提示してくれるだろう。 表1 と表2の出典: ZSW(ドイツ) 、ASIT(スペイン) 、Assolterm(イタリア) 、Enerplan (フランス) 、Ademe(フランス) 、Austria Solar(オーストリア) 、IEO EC BREC(ポ ーランド) 、ATTB(ベルギー) 、Ministry of Industry and Trade(チェコ共和国) 、ADENE (ポルトガル) 、Solar Trade Association(英国) 、Svensk Solenerg(スウェーデン) 、CBS (オランダ) 、SEAI(アイルランド共和国) 、Cyprus Energy Institute(キプロス) 、 PlanEnergi(デンマーク) 、Energy Centre Bratislava(スロバキア) 、IJS(スロベニ ア) 、 MRA(マルタ) 、Sofia Energy Center(ブルガリア) 、STATEC(ルクセンブルグ) 、 BSRIA(英国) 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 髙村 祐子) 出典:“Solar Thermal Barometer” 注7 EU 再生可能エネルギー「20-20-2020 目標」における、太陽熱シナリオ(想定)のひとつ。Full R&D and Policy (RDP) シナリオ、Advanced Market Deployment (AMD)シナリオ、Business As Usual (BAU)シナリ オの 3 種類のシナリオがある。http://aee-intec.at/0uploads/dateien710.pdf 26 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 http://www.eurobserv-er.org/pdf/baro197.pdf フランスの Observ’ER(Observatoire des énergies renouvelables:再生可能エネルギー 観測所) が作成した刊行物を同観測所の許可の基に翻訳・掲載した。この刊行物は 「EurObserv’ER プロジェクト」の成果であり、その詳細は下記のとおりである。 27 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 EU 諸国における太陽熱集熱器設備容量*(単位:MWth) 2009 年末時点の総設 2009 年の新規設置容量 備容量 28 出典:EurObserv’ER 2010 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【再生可能エネルギー】風力発電 2009 年の風力新規設置容量は 10GW で記録を更新(米国) ―DOE の「2009 年 風力市場報告書」より― 米国の風力発電産業において、2009 年は記録的な年となった。 最新の DOE 報告書では、 新規設置容量は 10GW で、210 億ドルの投資が行われたことが明らかになった。2010 年 8 月 4 日に発行された「2009 年 風力市場報告書(2009 Wind Technologies Market Report)」 によれば、2009 年中続いた経済混乱にもかかわらず、風力発電の総設備容量は 40%の伸 びをみせた。DOE のローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)の分析結果は、米国内の 送電網に追加された新規発電設置容量では、天然ガスに次いで風力発電が 5 年連続で 2 位 であることを示した。しかし、電力の卸売価格の急激な下落(天然ガス価格の下落が一因) により、2009 年の風力発電産業の最終利益には抑制がかかり、近い将来の困難を示唆して いる。 2009 年の米国の風力発電設備 容量は再び拡大した。しかし新 規設置容量が最も多かったのは 中国である。 Credit: Todd Spink 風力発電設備容量の増加は、DOE 報告書の主要成果の中でも特に際立ったもので、ア メリカ経済再生・再投資法による支援と、2008 年に完了する予定であったプロジェクトの 繰り越し分が後押しとなった。この結果、2009 年の事業者規模の風力発電新規設置容量は、 2008 年比で 20%の成長を示した。風力発電は新規に設置された全米の発電設備容量の 39%を占め、前年の 44%から下落はしたが、グリッド接続される新エネルギーとして、天 然ガスに次ぐ 2 番目の位置を維持している。2009 年、米国は風力発電総設備容量では世 界でトップであるが、新規設置容量では中国に追い抜かれている1。米国の世界市場シェア はおよそ 26%であったが、中国は 36%を記録したことで 1 位に躍り出た。米国内では、 テキサス州の風力発電新規設置容量が 2,292MW となり、2 位以下に続くインディアナ州 1 下記ウェブサイトの P15 の表 1 で参照できる。 http://www1.eere.energy.gov/windandhydro/pdfs/2009_wind_technologies_market_report.pdf 29 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 の 905MW とアイオワ州の 879MW、および大規模な風力タービンを新設した他の 26 州 を大きく引き離している。 ローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)の報告書によれば、2009 年の風力発電市場 の状況は、将来の不確実性を示唆している。たとえば、LBNL の報告書の作成者は、ゆく ゆくは経済が回復するとしても、天然ガスの価格は以前のようなレベルには戻らず、この ため風力発電の当面の相対的な経済状況は、当面リスクにさらされるかもしれないと述べ ている2。さらに、風力発電プロジェクトの設置コストは上がり続けた。2009 年に新規設 置された多数の風力発電プロジェクトのサンプルから算出した設置コストは、容量加重平 均で 2,120 ドル/kW と報告された。これは、2008 年に新規設置された風力発電プロジェ クトの容量加重平均コストの 1,950 ドル/kW と比較すると、9%増となった。 設置コストはいずれ下がるであろうが、風力プロジェクトのディベロッパーは、2008 年の早期に最高値で仕入れたタービンの在庫を用いるので、当面、平均的なコストは高止 まりだろう、と報告書は結論付けている。DOE の報告書では、2009 年の風力発電の力強 い成長が示されていたが、本年 7 月 27 日に発行された米国風力エネルギー協会(American Wind Energy Association: AWEA)の中間年報では、風力産業の成長は 2010 年の上半期に 減速したことが明らかになった。 「2009 年 風力市場報告書」(2009 Wind Technologies Market Report3)と「AWEA 中 間年報」(AWEA Q2 report4)はウェブサイトで参照できる。 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 髙村 祐子) 出典: “2009 a Year of Growth, Challenge for U.S. Wind Power” http://apps1.eere.energy.gov/news/news_detail.cfm/news_id=16231 2 天然ガスの価格が元のレベルには戻らないであろうことの理由として、新たなシェールガス田の発見や開発 が挙げられている(2009 年 風力市場報告書 ⅵ頁) 。 3 http://www1.eere.energy.gov/windandhydro/pdfs/2009_wind_technologies_market_report.pdf 4 http://www.awea.org/publications/reports/2Q10.pdf 30 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【再生可能エネルギー】フライホイールエネルギー貯蔵 スマートグリッド 融資保証 フライホイールによるエネルギー貯蔵 (米国) 2010 年 8 月 9 日、米国エネルギー省(Department of Energy:DOE)は、ニュー ヨーク州ステファンタウンにおける Beacon Power 社の革新的なフライホイールエネ ルギー貯蔵プラント 注 1(容量 20MW)に対し、4,300 万ドルの融資保証を行うことを 最終決定した。同社によれば、この種類では世界初となる同プラントは、発電量と電 力消費量のバランスをとるためにフライホイールを使用した充放電、すなわち、同社 の称する「ショックアブゾーバー(緩衝装置)」の役割を成し、同州のグリッド(電力 網)の安定性と信頼性の向上に一役買う。総工費 6,900 万ドルと推定される同施設は、 通常日のグリッドの周波数を調整するため、同州全体の電力の約 10%に相当するエネ ルギーを貯蔵する予定である。全体で、このプロジェクトは温室効果ガスの排出削減 と石油への依存の軽減に貢献するだろう。同社はまたプラントの操業により、ニュー ヨーク州で 20 の雇用(建設作業)が創出され、本社が置かれているマサチューセッツ 州では 40 の正規雇用が創出されるとしている。同社のプロジェクトへの出資予定額は 約 2,600 万ドルである。 フライホイールを用いた周波 数調整は応答性が速く、効率的 であり、通常の調整で使用され る従来の化石燃料を用いた発電 機よりも 10 倍速い。ステファン タウンの同プラントの内、4MW 相当分は 2010 年末までに、また プラント全体では 2011 年第 1 四 半期までに営業運転が開始され るものと見込まれている。また、 Beacon Power 社はグリッドの 周波数調整を行うため、さらに 2 つのフライホイールエネルギー 貯蔵プラント(それぞれの容量 20MW)を開発中である。13 州 2010 年 6 月、Beacon Power 社のフライホイール エネルギー貯蔵システムを支えるため、ニューヨ ーク州ステファンタウンの基礎地に専門設備を備 えたコンテナーを納品する従業員達。 Credit: Beacon Power とコロンビア特別区の一部を取 フライホイール・バッテリーとは、エネルギーの保存方法の 1 つであり、電気が持つエネルギーを一 時的に回転運動の物理的エネルギーに変換することで保存しておき、後ほど電気が必要な時に回転運動 から発電によって電気を得るものである。(参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%9B%E3%82%A4%E3% 83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%BC ) 注1 31 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 り囲む、地域送電機関である PJM Interconnection のグリッド内に設置予定のプラン トは、DOE スマートグリッド支援助成金(2,400 万ドル)より一部資金提供される。 ニューヨーク州グレンビルに設置予定のもうひとつのプラントは、DOE が現在評価中 の第 2 次融資保証申請の対象となっている。詳細については、DOE 注 2と Beacon Power 社 注 3のプレスリリースから参照できる。 一方で 2010 年 8 月 5 日、DOE は、クリーンエネルギープロジェクトのための 2009 年 7 月付けの融資保証募集の申請期限を延長すると発表した。この新たな期限(2010 年 10 月 5 日)の設定は、エネルギー効率、再生可能エネルギー、高度な送電および配 電技術プロジェクトに対する融資保証への第 1 次申請を準備・提出するため、企業に さらに 6 週間が与えられたことになる。同融資保証は、米国再生・再投資法の第 1705 条の下で提供される。第 2 次申請の期限は延長されず、2010 年 12 月 31 日である。詳 細については、DOE のプレスリリース 注 4と DOE 融資保証プログラムのウェブサイト 注5 から参照できる。 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 飯塚 和子) 出典: “DOE Finalizes $43 Million Loan Guarantee for New York State Energy Storage” (http://apps1.eere.energy.gov/news/news_detail.cfm/news_id=16227) 注2 http://www.energy.gov/news/9315.htm 注3 http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=123367&p=irol-newsArticle&ID=1457909&highlight= 注4 http://www.energy.gov/news/9306.htm 注5 http://www.lgprogram.energy.gov/ 32 NEDO海外レポート NO.1066, 【バイオマス】藻類系バイオ燃料 2010.9.15 国家藻類系バイオ燃料技術ロードマップ 藻類系バイオ燃料の商業化(米国) 本稿では、エネルギー省(Department of Energy: DOE)が 2010 年 6 月 28 日に発表 した、藻類系バイオ燃料の商業化に向けた三つの研究コンソーシアムに関するニュース・ リリースを紹介する。 次に、DOE が同日発表した「国家藻類系バイオ燃料技術ロードマップ(National Algal Biofuels Technology Roadmap)」より抜粋して、技術的な課題を紹介する。三つの研究コ ンソーシアムは、ロードマップに添って研究を実施していく。 3 番目に、参考用として、藻類系バイオマスの基本について、同ロードマップから紹介 する。 なお、同ロードマップでは技術的な課題とその内容について展開されているが、スケジ ュールについては、特段触れられていない。 目次 1. 藻類系バイオ燃料の商業化に向けた三つの研究コンソー シアム 2. 藻類系バイオ燃料商業化の課題 3. 参考(藻類系バイオ燃料の基本) 1. 藻類系バイオ燃料の商業化に向けた三つの研究コンソーシアム エネルギー省(Department of Energy: DOE)は、2010 年 6 月 28 日に、選出した三つ の研究コンソーシアムを発表した。これらのコンソーシアムは、最大 2,400 万ドルの助成 を受け、藻類由来バイオ燃料の商業化に取り組む。この選考は、クリーンで持続可能な輸 送部門の発展や、国内バイオ産業での雇用創出を支援する一方で、温室効果ガスの排出を 削減し化石燃料への依存を軽減するのに役立つと考えられる。三つのコンソーシアムには、 学界、国立研究所、米国内に拠点を置く民間企業のパートナーが含まれている。プロジェ クトは 3 年間継続する予定である。 今回選出された三つのコンソーシアムは、それぞれ別々のアプローチを取る計画である。 アリゾナ州立大学率いる Sustainable Algal Biofuels Consortium(持続可能な藻類系バイ オ燃料コンソーシアム)は、石油由来燃料の代替として藻類系バイオ燃料がどの程度受け 33 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 入れられるかを検討する。最大 600 万ドル供与される DOE の資金は、藻類燃料や燃料中 間生成物の物理的、化学的特性を分析することに加え、藻類から燃料や製品を生産する際 のバイオ化学的変換について研究することに使用される。 また、カリフォルニア大学サンディエゴ校率いる Consortium for Algal Biofuels Commercialization(藻類系バイオ燃料商業化コンソーシアム)は、バイオ燃料の確実な 原料として藻類を使用するための開発に集中する計画である。 最大 900 万ドルに上る DOE からの資金供与は、藻類の保護、藻類の栄養素の利用、遺伝的手段を模索する新たなアプ ローチの研究を支援する。 最後に、ハワイの有限責任会社(LLC)である Cellana 社率いる Cellana, LLC Consortium は、海水で培養する微細藻類から燃料や飼料を大規模に生産する方法につい て研究する。DOE は、パイロット規模の試験藻場で新たな藻類収穫技術を導入する研究 や、養殖業向け飼料としての海洋性微細藻類の開発に最大 900 万ドルを投資する。 これらの連携したグループは、藻類系バイオ燃料の使用という課題に取り組むに当たっ て、DOE がこの日発表した「国家藻類系バイオ燃料技術ロードマップ(National Algal Biofuels Technology Roadmap)」に描かれたパスに従うことになろう(以下、ロードマッ プ) 。このロードマップは、2009 年 6 月に発表された草案に対する一般の意見を反映させ たものである。草案には、DOE のロードマップ・ワークショップに参加した 200 名を超 える専門家や利害関係者の取り組みに関する要点が記載されている。ロードマップの最終 版は、藻類系バイオ燃料に関する未来の研究や藻類系バイオ燃料への投資を促すことを意 図している。 詳細は、国家藻類系バイオ燃料技術ロードマップ注1および DOE のバイオマスプログラ ム・ウェブサイト注2から参照できる。 注1 注2 http://www1.eere.energy.gov/biomass/pdfs/algal_biofuels_roadmap.pdf http://www1.eere.energy.gov/biomass/ 34 NEDO海外レポート 2. NO.1066, 2010.9.15 藻類系バイオ燃料商業化の課題 表 1 再生可能燃料基準の量的要件(単位:10 億ガロン) 年 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 セルロース系 バイオ燃料 N/A 0.1 0.25 0.5 1.0 1.75 3.0 4.25 5.5 7.0 8.5 10.5 13.5 16.0 b バイオマス由 来ディーゼル 0.5 0.65 0.80 1.0 a a a a a a a a a a b 先進バイオ燃 料 0.6 0.95 1.35 2.0 2.75 3.75 5.5 7.25 9.0 11.0 13.0 15.0 18.0 21.0 b 全再生可能燃 料 11.1 12.95 13.95 15.2 16.55 18.15 20.5 22.25 24.0 26.0 28.0 30.0 33.0 36.0 b 先進バイオ燃料には、セルロース系バイオ燃料とバイオマス由来ディーゼル が含まれる。 a 後日、規則制定を通じて環境保護庁が決定(ただし 10 億ガロン以上)。 b 後日、規則制定を通じて環境保護庁が決定。 2.1 藻類からバイオ燃料へ:今日のチャンスと課題 豊富で、価格が手頃で、持続可能な原料の開発が、今日急成長しているバイオ燃料産業 の活力源である。藻類は、先進的バイオ燃料生産のための原料の重要な構成要素であると みなされなければならない。セルロース系バイオ燃料の開発は、農業工学やプロセス工学 などから直接的な恩恵を受けているが、藻類の培養についてはセルロース系と同等規模の 農業企業は存在しない。藻類系バイオ燃料の課題に取り組み、商業化活動を支援するため には、戦略的に組み立てられた相当規模の投資が必要である。 ロードマップ・ワークショップで提供された情報を検討した結果、藻類からバイオ燃料 への変換プロセスに伴うリスクや不確実性のレベルを下げて商業化に結びつけるためには、 今後も大規模な研究開発と実証(Research, Development and Demonstration : RD&D) が必要であるとの結論が出された。さらに、こうした活動には、非技術的な分野(規制や 基準、官民パートナーシップ)での支援が必要である。ロードマップは、技術のギャップ や分野横断的なニーズの見直しを基に、実行可能で持続可能な藻類系バイオ燃料産業の育 35 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 成に向け、研究者やエンジニア、政策立案者、連邦機関、民間部門を指導して、国家レベ ルの組織的な取り組みを実施することを目標に掲げている。 2.2 技術的課題 このロードマップは、藻類を原料とする燃料と副産物の生産技術の全体的な状況、およ び、商業生産に向けた規模拡大の実現可能性と技術・経済的課題について述べた初めての 文書である。 表2 工程段階 原料 注3 注4 藻類バイオ燃料生産の技術的課題 藻類の生態 研究開発上の課題 •最大限の多様性を実現するための、広範な環境から の藻類株の採集 •小規模、ハイスループット・スクリーニング注3技術 の開発 •オープンアクセス注4・データベースの開発および詳 細な特徴を記した既存の藻類株の収集促進 •燃料前駆物質生産のための遺伝学的、バイオ化学的 経路の研究 •遺伝子操作技術や品種改良により、目標とする藻類 株への改良 藻類の培養 •多面的アプローチの研究(たとえば、①開放式、閉 鎖式、ハイブリッド、沿岸/洋上のシステム、②光合 成独立栄養、従属栄養、両者の混合タイプ) •商業規模での丈夫で安定的な培養の実現 •藻類からの燃料前駆物質(脂質など)生産性向上の ためのシステムの最適化 •持続可能で費用効果的な土地使用、水利用、栄養利 用の管理 •環境リスクや環境への影響を明らかにし、解決 収穫および脱水 •収穫方法の多面的アプローチに関する研究(たとえ ば、沈殿、線状沈殿、気泡浮上分離法、ろ過、遠心 分離、海藻収穫の自動化(機械化)) •処理工程のエネルギー強度の最小化 •資本コスト、操業コストの低減 •システム全体の整合性、持続可能性という点での各 技術の評価 ハイスループット・スクリーニング(high-throughput screening)とは、自動化装置・ロボットなどを利 用して迅速な物性評価を行う方法で、試料ライブラリの設計、合成、評価、情報処理等の段階から成るシ ステムである。 オープンアクセスとは、主に学術情報の提供に関して使われる言葉で、広義には学術情報を,狭義には査 読つき学術雑誌に掲載された論文を,インターネットを通じて、誰もが無料で閲覧可能な状態に置くこと を指す。(引用:「オープンアクセス」、ウィキペディア (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%82%A2%E3 %82%AF%E3%82%BB%E3%82%B9)) 36 NEDO海外レポート 工程段階 変換 インフラ整備 2.3 NO.1066, 抽出および分別 2010.9.15 研究開発上の課題 •多面的アプローチの研究(高周波音による分解、マ イクロ波、溶媒システム、超臨界流体、亜臨界水、 選択的抽出、分泌物) •望ましい中間生成物の高収量の実現、副産物の保存 •処理工程のエネルギー強度の最小化 •廃棄物を最小限にするためのリサイクル・メカニズ ムの研究 •規模拡大に伴うさまざまな課題(運転時の温度、圧 力、運搬能力、副反応、分離)への取り組み 燃料への変換 •液体輸送用燃料へ変換するための多面的なアプロー チの研究(直接燃料生産、熱化学や触媒を利用した 変換、バイオ化学的変換、嫌気的消化など) •触媒特性、活動度、耐久性の向上 •コンタミネーション注5および反応抑制剤の軽減 •処理工程のエネルギー強度の最小化およびライフサ イクル全体の温暖化ガス排出量の最少化 •規模拡大後の高変換率の実現 副産物 •付加価値のある化学物質、エネルギー、藻類の残余 物から得られる材料といった副産物(バイオガス、 動物用飼料/魚類用飼料、肥料、産業用酵素、バイオ プラスチック、界面活性剤など)の特定と評価 •副産物の抽出と回収の最適化 •適用基準を満たすための、品質試験および安全性試 験を含む市場分析の実施 流通および利用 •さまざまな貯蔵方法や輸送シナリオを想定したコン タミネーション、気候の影響、安定性および最終製 品の生産のための藻類バイオマス、中間生成物、バ イオ燃料、バイオ製品の特徴付け •流通時の所要エネルギーやコストの最適化(生産工 場の立地との関連において) •使用に際しての全ての規制や顧客の要求との適合性 (例えば、自動車エンジンの性能や材質との適合性 など) 資源および立地 •微小藻類(従属栄養および光合成独立栄養)および 大型藻類の生産システムの立地のための、土地、気 候、水、エネルギー、栄養資源要件の評価および特 徴付け •排水処理施設および/または CO2 排出施設との統合 (従属栄養性アプローチの場合) •塩分バランス、エネルギーバランス、水および栄養 素の再利用、熱管理に対する取り組み 規制および基準 ロードマップの第一の目的は、藻類系バイオ燃料の商業化に伴う技術的課題やチャンス を明確にすることであるが、基準、規制、政策の枠組みの下で RD&D 活動を実施する必 注5 Contamination(汚染)とは、ここでは、培養したい藻類以外の藻類、細菌、生物が繁殖し、目的とする 藻類の培養が妨げられることを指す。 37 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 要があるとの認識が強調されている。藻類系バイオ燃料の開発者は、藻類を合法的かつ安 全に開発し、また最終製品(バイオ燃料や副産物)が適切な消費基準を遵守したものにな るように、研究開発の段階から、事前に適切な法的要件を予測し理解しておく必要がある。 この産業はまだ初期段階にあるため、藻類系バイオ燃料生産のさまざまな側面に関する 基準が存在しない。しかし、RD&D 活動により、適切な法律の導入や基準策定に関する知 識を得ることができるのである。 2.4 官民パートナーシップ 官民パートナーシップ(public-private partnership: PPP)の協力枠組みは、技術的課 題、経済的課題、政策上の課題、規制に関する課題に共同で取り組む機会を提供する。な ぜなら、こうした問題を解決するにはさまざまな団体の参加が必要になるからである。し かし、無数の問題が存在し、さまざまな利害(知的所有権など)が絡むことから、ベンチ ャーを成功させるために官民パートナーシップを構築すること自体が難問である。さらに、 この産業を成長させるのに必要な知的才能や人材の育成に向け、教育支援を行うことが不 可欠になろう。 3. 参考(藻類系バイオ燃料の基本) 3.1 藻類原料 バイオエネルギーの原料としての藻類とは、微小藻類、大型藻類(海藻) 、シアノバクテ リア(正式名はラン藻)などの生命体の多様なグループを指す。藻類は、淡水、半塩水、 海洋、高塩環境から土壌まで、水生、 陸生のさまざまな自然生息環境で生 息し、また、他の生命体と共生関係 を築く。 生産システムで使用するために選 別された藻の株の生体を理解し、管 理し、活用することは、原料を燃料 や製品に加工するための基礎である。 新たな株を固有の環境から直接分離 することにより、バイオ燃料生産用 に藻類を大量培養するための、多用 途で安定した株を確実に確保できる ようになるだろう。 微小藻類 シアノバクテリア 図 1 藻類原料 38 大型藻類 NEDO海外レポート 3.2 NO.1066, 2010.9.15 培養 微小藻類およびシアノバクテリアは、 開放池または閉鎖池での光合成独立栄 発酵タンク 閉鎖式光バイオリ アクター 養注6様式(藻類の成長や新たなバイオ マスの生成には、光が必要である) 、あ るいは従属栄養様式(藻類は光がなく ても成長し、糖類などの炭素源を与え られて新たなバイオマスを生成する) で培養することができる。大型の藻類 (または海藻)は、一般的に、開放型 の洋上施設または沿岸施設という異な る培養方法を利用する必要がある。 最適な培養システムを設計すること は、使用する藻の株の生態を利用し、 それを最適な下流プロセシング(生成 開放池 図 2 培養システムの種類 物の分離、回収工程)と統合すること でもある。どの培養システムを選ぶか は、バイオ燃料システムの値ごろ感や拡張の可能性、藻の持続的培養にとって重要である。 3.3 収穫/脱水 藻から液体輸送用燃料への変換プロセスには、いくつかの前処理(収穫、脱水など)が 必要である。藻類は主に水の中で育つため、燃料の抽出、変換に先立ち、収穫した藻類系 バイオマスを濃縮するための処理が必要な場合もある。 これらの工程は、エネルギー集約的(エネルギーを多 く消費する)になる可能性があり、また立地の問題に 直面することもある。 藻類系バイオマスからは、主に三つの物質を抽出で きる。その三物質とは、脂質(トリグリセリドや脂肪 酸を含む) 、炭化水素、タンパク質である。脂質と炭化 水素は燃料(ガソリン、バイオディーゼル、ジェット 燃料など)の前駆物質であるが、タンパク質は副産物 (動物用飼料、魚類用飼料など)として使用すること 注6 藻類脂質:バイオ燃料の前駆物質 図 3 抽出 栄養源を他の生物に依存せず、二酸化炭素や水などを摂取して、光合成あるいは無機化合物(二酸化炭素 など)の酸化によりエネルギーを獲得すること。二酸化炭素を利用して光合成を行う場合を、光合成独立栄 養という。これとは対照的に、エネルギー源を他の生物に依存することを従属栄養(性)という。(参照: 「独立栄養(性)」weblio 辞書、 (http://www.weblio.jp/content/%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E6%A0%84%E9%A4%8A)) 39 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 ができる。 抽出の際の課題のほとんどは、統合抽出システムの商業規模への拡大に関連するもので ある。分析テクニックは数多く存在するものの、藻類製品に含まれるエネルギーより少な い量のエネルギー消費で済む抽出システムを最適化することは、難問である。なぜなら、 必要とする製品の分離だけでなく、藻類系バイオマスの処理や乾燥に多くのエネルギーを 消費するからである。抽出プロセスを省いて藻類系バイオマスを生産するという選択肢も 研究されている。ただし、こうした選択肢を採用すると、規模拡大時に特有の多数の課題 に直面することになる。 3.3 変換 燃料および製品への変換では、基本工程における決定ポイントがある。 1) 藻類系バイオマス全体の変換 2) 藻類代謝物の抽出 3) 藻類直接分泌物の加工 変換技術の選択肢としては、化学処 理、バイオ化学処理、熱化学的処理、 あるいはこれらの組み合わせがある。 使用する変換技術により、最終製品は さまざまである。最終製品としてバイ オ燃料に焦点を合わせると、課題に直 面することになる。なぜなら、こうし た製品にはガソリンやディーゼル燃料 といったバルク商品に特有の、量が多 く相対的に価格が低いという問題が存 在するからである。 3.4 藻類原料の利点 藻類は、エネルギー密度が高く、液 体輸送用燃料の代替物になるという理 由で、望ましい原料になり得る。研究 図 4 最終製品 者の関心と世界中の起業家を結びつけ る藻類系バイオ燃料生産には、以下の ようないくつかの側面がある。 ①藻類は繁殖力が強いため、培養面 積 1 エーカー当たりのバイオマ ・バイオディーゼル ・再生可能な炭化水素 ・アルコール ・バイオガス ・副産物 (動物用飼料、肥料、産業用酵素、バイオプラ スチック、界面活性剤など) 40 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 ス収量を高めることができる。 ②藻類培養戦略は、通常の農業に使用される耕作地や栄養素(食料)との競合を最小限 にする、または回避することができる。 ③藻類の培養には、排水、生産水(produced water)注7、塩水を利用することができる ため、限りある淡水の供給を巡る競争を軽減することができる。 ④藻類は、定置汚染源(発電所や他の産業排出源)の二酸化炭素を多く含む排ガスから 炭素をリサイクルすることができる。 ⑤藻類系バイオマスは、さまざまな燃料や価値のある副産物を生産するという統合バイ オリファイナリー計画と両立させることができる。 表 2 バイオマス原料からの油の収量比較 a 作物 油の収量 (ガロン/エーカー/年) 大豆 48 カメリナ 62 ヒマワリ 102 ジャトロファ属 202 アブラヤシ 635 1,000~6,500b 藻類 a b 出 典: Chisti, Y., 2007. Biodiesel from microalgae. Biotechnology Advances, 25(3), 294–306 本報告書の推定値 編集: NEDO(担当 総務企画部 久我 健二郎) 翻訳: NEDO(担当 総務企画部 吉野 晴美 出典: ① DOE Awards $24 Million for Algal Biofuels Research (http://apps1.eere.energy.gov/news/news_detail.cfm/news_id=16126) ② National Algal Biofuels Technology Roadmap (http://www1.eere.energy.gov/biomass/pdfs/algal_biofuels_roadmap.pdf) 注7 石油産業において、石油やガスの採掘時に産出される水を指す。 41 ) NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【地球温暖化】二酸化炭素回収・貯留(CCS) DOEが二酸化炭素回収技術の開発に6,700万ドルの資金拠出(米国) 米国エネルギー省(Department of Energy: DOE)は、2010年7月7日、石炭燃焼排ガス中 の二酸化炭素(CO2)を回収する先進技術開発を目的に選出された、プロジェクト10件を発 表した。これらのプロジェクトにかかる費用は、3年間で最大6,700万ドルと見られており、 現在利用できる二酸化炭素回収・貯留(carbon capture and storage: CCS)技術を既存およ び新しい発電所に適用した場合の、エネルギー及び効率面における不利益を減らすことに 注力する。 この日発表された選出プロジェクトは、発電所の効率向上と、CO2回収システムを持つ 発電所で生産される電力に対する追加コストの削減に注力する予定である。具体的には、 粉炭発電所で30%未満まで、また、最先端のガス化プラントで10%未満まで減らす予定で ある。オバマ政権は、2016年までに5∼10件の商業実証プロジェクトの稼働を開始させ、 10年以内にCCS技術の導入を効率よく進めるという目標を設定した。 「クリーンコール実現への経路を示すことは、クリーンエネルギーの提供、国内の雇用 創出、温室効果ガスの排出削減といった我々の目的達成のために、必要不可欠である。こ れは、クリーンエネルギーの世界市場競争において、米国をリーダーの地位に押し上げる ことにもつながるのである」とスティーブン・チュー長官は述べた。 CO2回収機能を持つ発電所は、現在その稼働に多量のエネルギーを必要とするため、結 果的に発電効率が低下し、CO2回収・隔離技術を持たない発電所に比べて、正味出力量が 減少する。この研究の目標は、CO2回収・隔離技術に伴う「エネルギーペナルティ」注1を 減らすことで、コスト削減を図り、CCS技術をより広く普及させることである。 CO2 燃焼後回収技術は、既存の発電所に後で取り付けることができるため、近い将来、 発電部門からのCO2排出量を大幅に削減できる可能性がある。選出プロジェクトは、ベン チスケール(小規模な実験規模)およびスリップストリーム・スケール(0.5∼5MWe注2、実設 備の少量分岐規模)のシステム開発や、膜材、溶媒、固体吸着材等を用いた、CO2燃焼後回 収の最新技術の試験に注力することになる。 CO2 燃焼後回収方法には、次のような、さまざまな回収方法がある。 注1 注2 エネルギーペナルティ: CO2 の回収や貯蔵に余分なエネルギーを使うこと。 MWe: megawatt electrical(メガワットエレクトリカル)。ワットエレクトリカルは電力の出力単位。 42 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 ベンチスケールでのCO2燃焼後回収の開発と試験 膜材によるCO2回収 Air Liquide, Inc.社 (デラウェア州、ニューアーク) 2年に渡るこのプロジェクトでは、Air Liquide社のホローファイバー膜(hollow fiber membrane:中空繊維膜)を、準周囲温度で使用した際に得られた性能結果を基に、コスト 効率の良いCO2回収システムを開発する。このホローファイバー膜は、閉ループ試験シス テムで極低温処理される。この閉ループ試験システムとは、汚染物質になり得るもの(SOx、 NOx、水など)が、石炭火力発電所と同様の条件で使用した時の膜の性能にどのような影響 を与えるのか検証するものである。この実験結果を利用し、統合プロセスのシミュレーシ ョンをより正確なものにし、スリップストリーム回収用設備の設計を行う。(DOE負担額: $1,266,249) Gas Technology Institute (イリノイ州、デスプレーンズ) Gas Technology Institute(ガス・テクノロジー研究所)注3は、PoroGen Corporation社や Aker Process Systems社と共同で、吸収技術とホローファイバー膜技術を組み合わせて、 燃焼排ガスからCO2を回収するためのコスト効率の高いハイブリッドCO2隔離技術の開発 に向けた、3年間の計画を提案している。この技術は、NOxやSoxなど、膨大な数のガス汚 染物質の除去や、リファイナリーの排ガス中に含まれる水素からのCO2隔離、天然ガス中 のCO2の隔離(天然ガスのスウィートニング)にも適用できる。(DOE負担額: $2,986,063) 溶媒によるCO2回収 3H Company, LLC社 (ケンタッキー州、レキシントン) 3H Company, LLC社とそのパートナーは、同社が特許を取得した「自己濃縮吸収剤に よるCO2回収プロセス(Self-Concentrating Absorbent CO2 Capture Process)」の実現性に ついて、実験と分析による確認を行う予定である。このCO2回収プロセスは、非水溶性溶 媒に溶けたアミンをベースにしており、アミンがCO2と反応して、CO2濃度の高い相と、 低い相に分かれる。暫定的な実験データは、このプロセスにより、総再生エネルギーを最 大70%削減できる可能性を示している。このチームは3年に渡るプロジェクト期間に、エ ンジニアリング設計(実験データと経済的妥当性により裏付けされている)を行い、商業化 を進める次の段階として、米国のE-ON発電所に、スリップストリーム回収を実証する設 備を建設、稼働する。(DOE負担額: $2,740,033) Akermin, Inc.社注4 (ミズーリ州、セントルイス) Akermin, Inc.社は、従来のモノエタノールアミンと同程度の、再生に要するエネルギー 注3 注4 http://www.gastechnology.org/webroot/app/xn/xd.aspx?it=enweb&xd=gtihome.xml http://www.akermin.com/ 43 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 が低い溶媒を使用して、模擬燃焼排ガスからCO2の最大90%を回収する技術の実証を提案 している。Akermin社は、2年に渡るプロジェクトの経験から、溶媒を最適に処方し、1時 間あたり標準ガスを最大2,000リットル回収可能なプロセスの有効性を実証する予定であ る。(DOE負担額: $2,608,759) ION Engineering, LLC社 (コロラド州、ボルダー) ION Engineering, LLC社とそのパートナーは、15ヵ月におよぶプロジェクトで、CO2 回収効率の高いアミンベースの溶媒を使用する現在稼働中の発電所に、燃焼排ガスを処理 するベンチスケールのCO2回収ユニットを製造、設置、稼働させる予定である。同社の革 新的な溶媒製造方法では、物理溶媒として水の代わりにイオン液体を採用しており、これ はアミンの再生に必要なエネルギーとプロセス水の使用量を大幅に減らす。エネルギー使 用量を60%削減できるほかにも、イオン液体とアミノ溶媒の混合物により、従来の水溶性 のアミン技術よりもCO2吸収量が増加し、腐食率が低下し、溶媒のロスが減少するなどの メリットがある。(DOE負担額: $2,999,614) イリノイ大学 (イリノイ州、シャンペーン市) イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校とParsons Corporation注5社は共同で、炭酸塩(カ リウムまたは炭酸ソーダ)を、CO2燃焼後回収に使用する吸収溶媒として使用する研究を行 う予定である。暫定的な技術・経済評価によると、炭酸塩を吸収剤に使用して、高温のま まCO2を回収できるプロセス(Hot Carbonate Absorption Process:CAP)を用いた場合のエ ネルギー使用量は、従来のモノエタノールアミンを用いたプロセスのエネルギー使用量の 約半分となる。同研究チームは、プロセス工学および設備のスケールアップデータの構築 を目指した概念実証の研究を行い、3年以内にHot-CAP技術をパイロット規模の実証レベ ルで利用できるよう支援する。(DOE負担額: $1,261,459) URS Group社(テキサス州、オースティン) URS Group, Inc.社とそのパートナーは、石炭火力発電所の燃焼排ガスからCO2を吸収 する溶媒として、高濃度ピペラジン (PZ)を用いて研究を行う予定である。150℃でPZを2 段階に分けて瞬時再生すると、その他の溶媒と比べ、以下のような利点がある。1)CO2の 吸収速度が速い、2)CO2回収率が高い、3)吸収率がより安定する、4)熱劣化(熱分解)が極め て少ない、5)ピペラジンを抑制剤とともに使用したときの酸化的分解反応が極めて小さい、 6)高圧下でのCO2生産が可能(圧縮コストが低下)。3年に渡るプロジェクトは、初回は 0.1MWで実行されるが、最終的には、DOEの国立CO2回収センター注6(National Carbon Capture Center)内に、最終評価キャンペーン向けに設計、建設される0.5MWユニットで、 CO2吸収装置を使用する予定である。 注5 注6 http://www.parsons.com/ http://www.nationalcarboncapturecenter.com/ 44 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 スリップストリーム回収技術の開発およびCO2燃焼後回収技術の試験 膜材によるCO2回収 Membrane Technology and Research, Inc.社注7 (アリゾナ州、ジョゼフ市) Membrane Technology and Research (MTR)社とそのパートナーは、Arizona Public Service(APS)社注8のチョラ(Cholla)発電所における6ヵ月間のフィールドテスト(現地試験) 期間に、1MWの膜スキッドを作製予定である。この膜スキッドは、石炭火力発電所の燃 焼排ガスに含まれるCO2(1日あたり20t)のスリップストリームから、90%のCO2回収を目 指す。国立CO2回収センターで得られたフィールドテスト・データおよび膜の性能データ により、3年に渡るプロジェクトで、膜を用いたCO2回収プロセスの綿密な技術・経済評価 が可能になり、他の方法と比較した場合の将来性が明らかになる。(DOE負担額: $14,756,199) 溶媒によるCO2回収 Siemens Energy, Inc. 社(ペンシルバニア州、ピッツバーグ) Siemens Energy社は、TECO Energy社のビッグベンド発電所において、スリップスト リーム回収を行うパイロットプラント(1MW相当)の設計、設置、稼働を行い、CO2燃焼後 回収技術であるPOSTCAP技術の実証を行う予定である。Siemens Energy社のPOSTCAP 技術には、CO2の吸収剤としてアミノ酸塩製剤が用いられる(DOE負担額: $8,960,000)。 固体吸着によるCO2回収 ADA-ES, Inc. 社(コロラド州、リトルトン)注9 ADA-ES 社とそのパートナーは、スリップストリーム・パイロット試験およびプロセス モデリングを行うことにより、商業用固体吸着剤ベースの CO2 燃焼後回収技術の概念設計 に関してさらなる改善を図る。費用分担する参加者が所有する発電所の敷地の1つに、運 用を目的としたパイロットユニット(1MW)を設計、建設し、実際の燃焼排ガスを使って固 体吸着剤ベースの CO2 回収を、少なくとも 2 ヵ月間連続して実証を行う予定である。39 ヵ月のプロジェクトの期間に行われるパイロット試験とプロセスモデリングにより、この 技術(テクノロジー)の技術経済分析を完了させるために必要な情報が提供される(DOE 負 担額:$11,133,706)。 注7 注8 注9 http://www.mtrinc.com/ アリゾナ州の主要な電力会社。 http://www.adaes.com/ 45 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 原田 玲子) 出典: “Department of Energy Announces $67 Million Investment for Carbon Capture Development” http://www.energy.gov/news/9194.htm 46 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【電子・情報通信】量子コンピュータ ダイヤモンド窒素・格子欠陥材料 量子コンピュータへのダイヤモンド窒素・格子欠陥材料の応用研究 (中国) 1982 年にリチャード・ファインマン氏が初めて量子コンピュータを思い描いて以降、 可能性のある候補システム−つまり量子ビット(quantum bits または qubits)を使用 し、1 度に 1 つ以上の値を保持することができ、また従来のシリコンベースのコンピ ュータをはるかに超える速い速度で特定の問題を計算することができる、コンピュー タ−について数多くの研究が行われてきた。原子や半導体量子ドットなど、候補とな っているシステムの多くは、極低温でのみ量子計算に有効である。 現在、中国科学院の武漢物理・数学研究所 注 1と、中国科学技術大学の合肥微尺度物 質科学国家実験室 注 2の研究チームが、より高温での使用に向け 1 歩を踏み出した。 Applied Physics Letters 誌 注 3で報じられたように、同チームはダイヤモンド窒素・ 格子欠陥材料(Diamond nitrogen vacancy(NV)materials)の可能性を模索してい る。この材料では、人工的に作られたダイヤモンド・フィルムの中心にある「分子」 が、窒素原子(炭素原子の間に不純物として存在)とその近傍の格子欠陥、つまり原 子がまったく存在しない場所、から構成されている。これらのダイヤモンド構造は、 室温でのデータ保存と量子計算を実行できる可能性を示している。 この技術の課題の 1 つは、独立したダイヤモンド・ナノ結晶中に 1 対の NV センタ ー(NV centers:ダイヤモンド内の窒素-空孔複合体)注 4を作ることが困難だという点 である。量子コンピュータを作るには多くのダイヤモンド NV センターをカップリン グしなければならず(量子をコヒーレンス、お互いが重ね合った状態を作ること)、そ れぞれの情報をエンコード(符号化)し、NV センターの相互作用(またはカップリ ング)に基づいた操作が行われなければならない。中国科学院、武漢物理・数学研究 所の Mang Feng 氏と共同研究者らは、このような NV センターの量子力学的カップリ ングにつながる「量子もつれ:Entanglement」と呼ばれるアイデアを発表した。この 原理の立証は、現在では複数(ビット)演算へと広げられるところまで来ている(決 して単純な演算の繰り返しではない)。 中国科学院の武漢物理・数学研究所:Wuhan Institute of Physics and Mathematics, the Chinese Academy of Sciences。 注2 中国科学技術大学の合肥微尺度物質科学国家実験室:Hefei National Laboratory for Physical Sciences at the Microscale:HFNL、University of Science and Technology of China:USTC。 注3 米国物理学協会の発行する学術雑誌の略称。 注4 NV centers は、Nitrogen-Vacancy centers の略で、ダイヤモンド格子中の炭素原子位置に置換され た窒素と、その最近接位置に空孔をもった格子欠陥のこと。 (参照:http://yap.nucl.ap.titech.ac.jp/AsahiLabJ/DiamondAbstract.html) 注1 47 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 「我々の研究は長きにわたり思い描かれてきた、現在用いられている技術、または 近い将来利用可能になる技術を備えた量子コンピュータを実現する上での 1 歩である。 不断の進歩は凝縮系物理学、量子情報科学、そしてダイヤモンド製造技術のさらなる 探索を促進するだろう」と、Feng 博士が語った。 詳細は、Applied Physics Letters 誌の以下サイトに掲載予定の記事を参照: 「 One-step implementation of multi-qubit conditional phase gating with nitrogen-vacancy centers coupled to a high-Q silica microsphere cavity」 Wan-li Yang 著、他著 http://apl.aip.org/(米国物理学会提供) 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 飯塚 和子) 出典: “Scientists Study Diamond Nitrogen Vacancy Materials for Quantum Computing Applications” (http://english.cas.cn/Ne/headline/201007/t20100701_55964.shtml) 48 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【ライフサイエンス】ゲノムマッピング 短時間でゲノムマッピングできる技術を開発(欧州) 欧州連合(European Union: EU)の助成を受けた研究者チームは、DNA(デオキシリ ボ核酸)の分子を「溶解」してバーコードを作るまで 1 時間∼2 時間で処理できる安価で容 易な方法を開発した(通常は 24 時間かかる。DNA バーコードにより、DNA 分子の配列 の特徴が一目で分かるようになる)。米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences USA)に発表されたこの新技法は、短期間でのゲノムマッ ピング注1や医療診断に利用できる可能性がある。 READNA('Revolutionary approaches and devices for nucleic acid analysis'、核酸分 析のための革新的なアプローチおよび装置)プロジェクトは、第 7 次枠組みプログラムの 健康テーマ(DNA シーケンシング注2および遺伝子決定の技術で核酸分析方法に革命をも たらすような画期的な技術に資金提供する)から約 1,200 万ユーロの助成を受けている。 「現状では、人のゲノムマップを作成するには、高額で複雑なプロセスを経なければな らない」とルンド大学(スウェーデン)の Jonas Tegenfeldt 氏は説明する。この新技法を 用いれば、二つの障害を乗り越えられる可能性がある。一つ目は、同技法により分析には DNA 分子 1 つだけで済むということである。そうすれば、DNA を事前に培養しておく必 要がなくなる。二つ目は、DNA 分子の前処理も断片化も必要なくなることである。した がって、ゲノムの全体的な構造に影響を及ぼすことなく核配列の変異を検出することがで きる。 すなわち、プロセスはより短縮され、より低価格になる。同新技法により、一群の培養 分子の結果を平均しなくても細胞同士の比較ができるようになる。この程度の質があれば、 たとえばある患者が遺伝学的にある病気にかかりやすいかどうかを調べる際に、病院内で 行うルーティン分析にとって理想的な検査方法になる。 注1 注2 ゲノムとは、遺伝情報全体のことをいう。どの染色体のどの部分にどのような遺伝情報が格納されている かについて地図を作成することを、ゲノムマッピングという。 DNA シーケンシングとは、DNA を構成するアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T) の塩基配列を決定することである。DNA シーケンスは、DNA の塩基配列のこと。(参照:「DNA シーケ ンシング」、weblio 辞書、 (http://www.weblio.jp/content/%EF%BC%A4%EF%BC%AE%EF%BC%A1%E3%82%B7%E3%83%BC %E3%82%B1%E3%83%B3%E3%82%B9)) 49 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 DNA バーコードは新しいものではないが、この新技法は、DNA 分子のさまざまな部分 はさまざまな温度で溶けるという事実を利用してバーコードを作成するものである。 DNA 分子は 2 対のらせん構造になっており、分析のために研究室で分離されることが ある。DNA のそれぞれのらせんは、独特の配列になっており、たとえば、アデニン(A)、 チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)と呼ばれる核酸塩基が特徴的に連なってい る。2 対のらせんは、核酸塩基の間で絡み合っている。A は T とだけペアになり、G は常 に C とペアになる。G-C ペアの結びつきは A-T ペアの結びつきより強い。したがって、 G-C ペアを溶かすには、A-T ペアの場合より高温での処理が必要である。 研究者たちは、まずナノチャンネルの中で DNA を引き延ばし、A-T ペアだけが溶ける 温度まで加熱した。溶けた分子のイメージを得るために、DNA は事前に特殊な蛍光物質 を用いて着色される。部分溶解のパターンから、基本的な配列が大雑把にわかる。すなわ ち、溶ける A-T ペアが多い部分は蛍光発光が少なく、バーコードの黒い部分になる。この バーコードは、分析された各 DNA 分子の独特な配列に特有なものである。 READNA プロジェクトのコンソーシアムは、欧州中の 12 の学術研究機関および 6 つの 民間会社の研究者から成る。この研究グループは、ナノファブリケーション技術(もとも と集積回路産業で開発された)の利点を、一つの分子を操作、分析するための小規模な「ナ ノ流体」装置の組み立てに適用している。 バーコード技法は現在、特許を取得しており、たとえばある患者の体内にいるウィルス やバクテリアを特定するなど、医療分野で利用された場合に重要な役割を果たすと考えら れる。 Tegenfeldt 博士は次のように語る。「われわれは、ヒトのゲノムで何かおかしなことが 起こっているかどうかを見つけ出すこともできる。というのも、染色体の一部が何らかの 理由で変化した場合に、それを見ることができるからだ。ある疾病では、こうしたことが 起こっているのだ」 詳細については、Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)注3およ びルンド大学注4のウェブサイトから閲覧できる。 注3 注4 http://www.pnas.org/ http://www.lu.se/lund-university 50 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 翻訳: NEDO(担当 総務企画部 吉野 晴美) 出典:Melting DNA into barcode drives speedy genome mapping (http://cordis.europa.eu/fetch?CALLER=EN_NEWS&ACTION=D&SESSION= &RCN=32359) 51 NEDO海外レポート 【政策】COST NO.1066, 2010.9.15 第 7 次フレームワークプログラム FP7 COST の中間評価 2010−最終レポート (欧州) 要旨 1. 前回の見直しと評価のフォローアップ、および COST(欧州科学技術協力機構) のさらなる展開についての一般的結論と勧告 本レポートは 2010 年 1 月から 5 月にかけ、 独立した専門家パネルに より行われた COST(欧州科学技術協力機構:European Cooperation in Science and Technology、 後述)の第 7 次フレームワークプログラム(7th Framework Programme: FP7)注 1の 中間評価(Mid-Term Evaluation:MTE)のアウトカムである。本評価の役割は、COST の第 6 次フレームワークプログラム(FP6)評価(2006 年の Monfret リポート 注 2) に対する勧告、および欧州科学財団(European Science Foundation:ESF) 注 3と欧 州委員会(European Commission)の間で結ばれた FP7 供与契約(Grant Agreement: GA)の評価サマリーレポート(Evaluation Summary Report:ESR) 注 4に対する勧 告が、実施されたかどうかを明らかにすることであった。さらに同パネルは COST の さらなる展開に向け、勧告も行う必要があった。FP7 に関する決定によると、COST の FP7 中間評価のアウトカムが、FP7 の下で COST の総予算(最大 2 億 5,000 万ユ ーロ)が増額されるかどうかを決定するためのベース資料となるとみられている。 COST の役割、および 既存の契約とオペレーション条件をどのように変更しても、デ ータ処理コストが便益を上回るという 第 1 回予備評価に基づき、独立した専門家パネル はそのタスクを 2 期に分けるのが合理的であるとし、本レポートの内容はこれを反映 している。つまり、まず現行のフレームワークプログラム(すなわち 2013 年まで)と の関連で COST を扱い、次に COST のさらなる展開を 2013 年以降の欧州研究領域 (European Research Area: ERA) 注 5の中で議論する。 フレームワークプログラム(Framework Programme:FP)は、欧州連合(European Union:EU) の研究開発支援制度である、欧州研究領域(European Research Area:ERA)を支援するために創 設されたもので、第 6 次フレームワークプログラム(FP6)の実施期間は 2002 年∼2006 年、第 7 次 フレームワークプログラム(FP7)の実施期間は 2007 年∼2013 年である。 注2 Monfret リポートは、第 6 次フレームワークプログラムで実施された COST プログラムの見直しを行 う委員会によりまとめられたもので、委員長の名を冠して「Monfret レポート」と呼ばれている。 (参照:http://www.cost.esf.org/library/newsroom/COST-Statement-on-the-Monfret-Report) 注3 欧州科学財団:http://www.esf.org/ 注4 ESR は、FP7 COST 提案書を評価する諮問委員会による、評価サマリーレポート。 注5 欧州研究領域の詳細に関しては、「欧州研究領域(ERA)1 創設への歩み(EU)」、NEDO 海外レポ ート 1039 号、2009 年 2 月 25 日を参照されたい。 (http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/1039/1039-02.pdf) 注1 52 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 COST は 1971 年に政府間のフレームワークとして設立され、1980 年代終わりまで 加盟国から資金提供を受けていた。しかし 1989 年の政変、そして欧州研究・技術開発 協力(European RTD cooperation)の拡大という新たな要請の出現を機に、欧州連合 (European Union:EU)のフレームワークプログラムの下で直接資金提供を受ける ようになった。FP6(8,000 万ユーロ)と FP7(最大 2 億 5,000 万ユーロ)では大幅 に予算が増額され、恩恵を受けている。2003 年までは欧州委員会が COST の運営事務 局の役割を行っていたが、それ以降は FP6 と FP7 下での同委員会との GA に基づき、 ESF が実施機関となっている。COST 自体は法的根拠を持たないため、同委員会との GA の当事者になることはできない。 Monfret リポートと ESR の勧告に対する実施状況の評価については、独立した専門 家パネルが FP7 の実施期間(2007 年から 2013 年)を考慮して検討した。COST 中間 評価での第 2 要求、すなわち COST をさらに展開させるという欧州委員会への助言に ついては、2013 年以降の時間枠を考慮して検討された。 全体としてみれば、ESF/COST Office 注 6と CSO(Committee of Senior Officers)注 7は Monfret レポートと ESR の勧告を順調に実施している。しかしガバナンス(管理) が課題として残っており、独立した専門家パネルの見解では、憂慮すべきことに、 COST の今後(の法的地位)、および ESF と COST CSO それぞれの内部そして両当事 者間で行われているその実施計画に関する論議が、両者にダメージを与える可能性が ある。 独立した専門家パネルは FP7 の終了前に、欧州委員会と ESF 間の GA を破棄しな いよう忠告している。なぜなら、GA が破棄された場合、かなりの破棄コストを負担し なければならない可能性があり、また、ESF が COST プログラム(COST Actions) の継続に責任を負わなくなるため、すべての当事者(ESF、欧州委員会、COST Office) および COST プログラムそのものに壊滅的な打撃を与えるかもしれないからである。 ESF は、GA から退く気はないが、CSO が GA を破棄する動きに出た場合には協力 する意向であることを確認した。2010 年 3 月と 4 月にそれぞれ開催された CSO 会議 と JAF 注 8会議を受け、FP7 の終了まで GA が継続される見込みが高まったと考えられ る。独立した専門家パネルは両当事者に対し、積極的かつ合理的に問題を解決するよ う、また FP7 の終了まで確実に GA を継続するよう強く求めている。 COST Office は、欧州科学財団(ESF)により提供されている COST の実施機関。 (参照:http://www.cost.esf.org/about_cost/structure) 注7 CSO は、COST の戦略的開発の責任を有する主要な意志決定機関。 (参照:http://www.cost.esf.org/about_cost/structure) 注8 JAF は CSO の執行グループで、CSO 会議や CSO により委任された日常的な決定事項の一部を準備 する。(参照:http://www.cost.esf.org/about_cost/structure) 注6 53 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 独立した専門家パネルは、FP7 の終了まで GA が継続され、COST と ESF がシナジ ー(相乗効果)とネットワーク作りに向けた共同作業に同意することを条件に、FP7 の COST 用の予算 4,000 万ユーロを追加配分するための適切なプロセスを導入するよ う勧告した。 COST のさらなる展開に関しては、「組織」としての COST から、「ネットワーキン グ・インストルメント」 注 9としての COST プログラムに切り離すことが重要である。 組織としての COST に関しては、Monfret レポートと勧告の発表以降、以下 2 つの組 織的オプションから 1 つを選ぶという、非常に特殊な課題が生じている。 y 独立法人としての COST、または y ESF への COST の完全統合 COST のさらなる展開という問題は、法人を設立するかしないかという問題にすり 替えられてはならず、ERA の目標、戦略および構造という、より広い文脈の中で答え が出されなければならない。もちろんその意味で、構造や手続きすべてが独特のもの を有する COST という複雑な政府間フレームワークが正当化され、かつ最適であるか、 また、こうした機関にとって比較的少ない予算配分で十分かどうかという問いが投げ かけられる可能性がある。 独立した専門家パネルによれば、ネットワークは新たな共同研究を準備し、研究を 本格化させるため、これまで以上に専門的な研究計画間での相補性を得るため、そし て孤立と ERA 内の(研究や情報の)細分化を減じるための場を提供する重要なツール である。 米国の建築家ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う(Form Follows Function)」 という格言に従い、独立した専門家パネルは COST Office Association(COA)案を検 討し、また加盟国、欧州委員会および他の利害関係者が、各国が助成する研究プロジ ェクトに対する「ボトムアップ・ネットワーキング」インストルメントを実施する際 に検討すべき、可能な 3 つの組織的オプションを示した。 同パネルは、将来、 (COST プログラムの)実施機関の役割を担う可能性のある独立 法人として COA を設立するという、CSO 内での議論に焦点を絞り検討した。また COA に関し、特に以下の具体的項目につき検討を行った。 ¾ COST 加盟国による多額の共同出資の約束なく、EU 資金を支出することに対 する政府間構造の有用性・妥当性 ¾ このような構造は EU が助成する ERA プログラムの手段と組織の崩壊を進め 注9 ネットワーキング・インストルメント:ネットワーク作りの手段。 54 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 るだろう ¾ このような比較的小規模のイニシアティブ(年間 3,000 万ユーロ)のために、 独立組織を持つことをどのように正当化できるのか? ¾ 独立組織として、COA は統治と管理のあらゆる側面で権利を持つだけでなく、 責任も負うだろう ¾ 加盟国間に多少の違いがあるものの、独立した専門家パネルは、COST が各国 の研究・技術に関する政策フレームワークにほとんど組み込まれて来なかった 状況(事実)を指摘している このため、独立した専門家パネルはさらに協議した結果、他のオプションを求めた。 第 1 段階として、COST プログラムのモデルとして構築する、理想的なネットワーキ ング・インストルメントの性格付けから検討を始めた。次に、ERA におけるネットワ ーキング・インストルメントの将来組織のため、考えられる 3 つのオプションを示し た: y 国の直轄組織(直接的な拠出) y ESF 加盟機関を経由した組織(加盟機関からの拠出) y EU が資金提供する ERA のポートフォリオ中への完全統合 独立した専門家パネルによれば、ネットワーキング・インストルメントは各種の ERA 実施手段の中でも、以下の場を提供する重要なツールである。 ─ 孤立を軽減し、ERA 内のコミュニケーションを高めるための場 ─ これまで以上に専門的な研究計画間での相補性を確認、得るための場 ─ そして、共通の研究を本格化するための場 独立した専門家パネルは、フレームワークプログラム内で ERA 向けの政策目標の多 様性を追求しているものの、各国が助成する研究プロジェクトのための「ボトムアッ プ・ネットワーキング」インストルメントのニーズや可能性についても認識している。 その点において、COST は過去 40 年近くにわたり、非常に貴重な貢献をし、COST プ ログラムはモデルケースとして役割を果たすことができる。 理想的には、このようなネットワーキング・インストルメントはどのような役割を 果たせば良いのだろうか? 独立した専門家パネルは以下の重要な特性を確認した: 9 知識の共有を円滑にする; 9 相補性を促進し、研究プロセスを触媒し、不必要な(かつ高コストの)重 複(例えば、同種類の分析のためのインフラの使用など)を避けるため、 同分野の研究意識を高める; 9 透明性とコミュニケーションの改善を通し、シナジーを生み出す; 9 相補的な能力と活動を確認する; 55 NEDO海外レポート 9 NO.1066, 2010.9.15 「Laboratory:研究室」、 「Incubator:研究者支援」、 「Launching platform: 研究の場の立ち上げ」の提供により、新たな共同国際プロジェクトとイニ シアティブのための道を切り開く; 9 研究者が必要だと考えるものと、社会的ニーズや工業的ニーズをマッチさ せる; 9 国際的な知識共同体を支援する(構造的影響); 9 初期段階の研究者に開発メカニズムを提供する; 9 研究者が必要とするトレーニングを特定する; 9 新規参入者のため、また国際的な交流や参加のため、柔軟かつ低コストの 入り口を提供する 独立した専門家パネルは「形態は機能に従う」アプローチに沿って、国家研究プロ ジェクトで、このような「ボトムアップ・ネットワーキング」インストルメントを実 施するために、考えられる 3 つの組織的オプションを示した。また、以下の一般的な 方向性を念頭におき、ERA に対する良い点、悪い点および影響の調査を決定した: ¾ ERA を最適化するには、資源や研究を分散させないことが不可欠である; ¾ 研究を本格化させるための量と規模が必要である; ¾ こうした文脈に照らして適切であると判断された場合には、ERA の発展を 支援する組織の整理統合が検討されるべきである 独立した専門家パネルは、COST と COST プログラムのさらなる発展のため、以下 の 3 つのオプションを確認した: A. COST プログラムは、強力な政府間組織である COST 機関を通して実施され、 COST 加盟国により COST 共同基金(Common pot)経由で、資金提供される; B. COST プログラムは、ESF へ完全統合、吸収合併され、ESF 加盟組織によって資 金提供される(政府間アプローチの終了); C. COST プログラムは、協調的プログラム(Coordination Actions)として、EU RTD フレームワークプログラムの下、EU が助成する ERA 実施機関へ統合される(政 府間アプローチの終了) オプション A は、COST に完全な独立、明確な地位およびブランドを与え、COST 加盟国からの約束と加盟国とのつながりを確実にするだろう。実際は、政府間フレー ムワークまたは政府間組織としての COST が、1989 年の政変から 20 年経過した今で も、EU により資金提供を受けていることを正当化するのは困難である。同オプショ ンは、加盟国による共同プログラムのイニシアティブに沿ったものとなるだろう。ま たインストルメントに、細分化ではなく、「知的な多様性」を加えるだろう。 オプション B は、COST と ESF 間の想定される緊張と不一致を回避するが、COST 56 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 加盟国というよりも、ESF 加盟組織によるコミットメント(財政支援を含む)、品質評 価アプローチ、異なるネットワーキング・インストルメント間のシナジーと相補性、 資金提供組織の構造的簡素化、そしてネットワーキング・インストルメントに関する ワンストップ・ショップが必要になるだろう。同オプションは細分化阻止に対する貢 献という点では限界があることを意味するだろう。 オプション C は、フレームワークプログラムに、FP6 と FP7 以降、いずれにせよ欠 落しているネットワーキング・インストルメントを(再)統合するだろう。同オプシ ョンは新たなインストルメントを作り出しはしないが、協調的プログラムを利用する だろう。また確実に、ERA 実施機関の一貫性と整合性、そして参加と評価に関する規 定だけでなく、統合と細分化の減少に向けた重要な一歩となるだろう。 独立した専門家パネルは決定に対して十分に根拠があり、かつ中立的な支援を行う という野心を持って調査結果を発表した。また、各オプションの ERA への影響だけで なく、良い点と悪い点を検討し、FP7 終了時まで利害関係者による意志決定プロセス を支持すると決定した。 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 飯塚 和子) 出典: “FP7 Mid-term Evaluation of COST 2010 – Final Report” (http://ec.europa.eu/research/era/docs/en/cost-fp7-mid-term-evaluation.pdf) 57 NEDO海外レポート 【政策】資金提供 NO.1066, 2010.9.15 欧州 2020 戦略 FP7 研究とイノベーションに欧州史上最高額 64 億ユーロを拠出 2010 年 7 月 19 日、ブリュッセルに於いて、欧州委員会のモイラ・ゲーガン=クィ ン委員は、同委員会が研究とイノベーションに約 64 億ユーロを拠出すると発表した。 欧州史上最高額となるこの包括的施策は、幅広い科学分野、公共政策分野および産業 部門を対象としている。この資金は科学分野の研究を進展させ、欧州の競争力を高め るだろう。また、気候変動、エネルギーと食の安全保障、保健や高齢化などの社会的 問題を解決する一助となるだろう。研究機関、大学、そして約 3,000 の中小企業(Small and Medium-sized Enterprises:SME)を含む産業界からの参加者、約 16,000 人が 資金提供を受ける。この助成金は「提案(プロポーザル)の募集」(入札)とその後 14 ヵ月にわたる評価を通して授与され、多くの募集は 7 月 20 日にウェブサイト上 注 1で 公式発表されている。同施策は 165,000 を超える雇用創出が期待される景気刺激策で あり、より賢く、持続可能で、より包括的な欧州への長期的投資である。また、欧州 連合(EU)の欧州 2020 戦略(Europe 2020 Strategy) 注 2と、特に 2010 年秋に開始 されるイノベーション連合(Innovation Union)イニシアティブ 注 3の重要要素でもあ る。 ゲーガン=クィン委員は、 「研究とイノベーションへの投資こそが、経済危機を脱し、 持続可能で社会的に公平な成長に向けた、唯一の賢くかつ持続的な道である。この包 括的施策は、より良い新製品とサービス、より競争力を持ち環境に優しい欧州、そし てより質の高い生活を伴うより良い社会に貢献するだろう。我々は研究者と革新者へ、 気候変動、エネルギーと食の安全保障、保健や高齢化といった大きな経済的・社会的 問題に着目した最先端プロジェクトのための 64 億ユーロを投資する。これは大規模で 効率的な景気刺激策であり、我々の将来への投資でもある」と語った。 史上最高額の資金提供 この資金拠出は幅広い政策分野におき、EU の第 7 次フレームワークプログラム (FP7) 注 4 からの資金提供を受けるチャンスとなるだろう。例えば、保健分野へは 6 億ユーロ以上が助成される。また、情報通信技術(Information and Communication Technology:ICT)分野へは、欧州デジタルアジェンダ(Digital Agenda for Europe) http://cordis.europa.eu/fp7/dc/index.cfm 2020 年までの欧州の新成長戦略。詳細は、NEDO 海外レポート 1061 号「欧州 2020:欧州委員会が 欧州の新経済戦略を提案」を参照。(http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/1061/1061-06.pdf) 注3 7 つの最重要イニシアティブのひとつ。同上参照。 注4 http://ec.europa.eu/research/fp7/index_en.cfm 注1 注2 58 NEDO海外レポート 注5 NO.1066, 2010.9.15 での欧州委員会の公約達成を支援するため 12 億ユーロが増額される。同分野への毎 年の助成金増額ペースが維持されたことになる。 欧州研究評議会(European Research Council) 注 6により選出される、最も優れた 独創的科学者のため、13 億ユーロ以上が確保されている。また、7,000 人の能力の高 い研究者に向けた(人材の)流動性(Mobility)助成金(7 億 7,200 万ユーロに相当) は、 「マリー・キュリー・アクション(Marie Curie Actions)」注 7を通じて授与される。 SME へ 8 億ユーロ (予算配分の)最優先は、EU のイノベーションシステムのバックボーン(主体) であり、EU 全体のビジネスの 99%に相当する SME に与えられている。SME は約 8 億ユーロの予算を受領する予定であり、いくつかの分野(後述)では、リング・フェ ンス予算(使途を限定した資金提供)が初めて導入される予定である。例えば、保健 分野、知識基盤型バイオ経済(Knowledge-based bio-economy)分野、環境分野およ びナノ技術分野において、SME への分配は、多くのテーマに対する総予算の 35%に達 しなければならない。 新たな製品とサービス 研究を新たな技術、製品やサービスへ変えていくことが、この施策の中核である。 保健研究分野 注 8だけで、約 2 億 600 万ユーロ(2011 年の総予算の 3 分の 1 に相当) が、新薬を市場により速く送り出すための治験責任医師が主導する臨床試験に投じら れる。 ナノ技術分野 注 9(2 億 7,000 万ユーロ)では、特許と商業化の機会につながる可能 性のある研究に焦点が置かれる。 ICT 分野への約 6 億ユーロの助成金は、次世代ネットワークとサービスインフラ、 ロボットシステム、電子・フォトニック(光子)部品、そしてデジタルコンテンツ技 術に充てられる。また、ICT が低炭素経済、高齢化社会、 (環境変化への)適応性があ り持続可能な工場などの課題への取り組み方法についての研究に、4 億ユーロ以上が 費やされる。欧州の重要なインフラを「賢く(Smart に)」するため、2011 年には 9,000 注5 注6 注7 注8 注9 http://ec.europa.eu/information_society/digital-agenda/index_en.htm http://erc.europa.eu/ http://ec.europa.eu/research/mariecurieactions/ http://cordis.europa.eu/fp7/health/ http://cordis.europa.eu/nanotechnology/ 59 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 万ユーロが将来のインターネット分野における官民パートナーシップに割り当てられ る。 環境研究結果へのアクセスをオープンにする新しい取り組み 環境研究 注 10プロジェクトへは約 2 億 500 万ユーロが授与される。欧州委員会は今年、 環境研究結果の共有を促進するための手順を発表する。EU による助成金の受給者は、 一定のアクセス禁止期間(Embargo period)後、研究成果の出版物を一般公開するこ とに取り組む。 背景 2011 年の提案公募型 FP7 の提案募集向け予算は 64 億ユーロであり、2010 年の 57 億ユーロから 12%の増額、2009 年の 49 億ユーロから 30%の増加である。 FP7 は 2007 年から 2013 年を対象としており、欧州原子力共同体(Euratom 注 11を) 除いて、505 億ユーロ以上の予算を有する世界最大の単一研究プログラムである。 欧州 2020 戦略の導入により、欧州の政治指導者らは、研究とイノベーションを欧州 の政治課題のトップに捉え、それを掲げ、持続可能な成長と雇用への投資の根本理念 とした。 7 月 19 日に発表された提案募集は、ゲーガン=クィン委員が 2010 年秋に創設予定 の、EU の最重要イニシアティブのひとつであるイノベーション連合に取り込まれる。 同イニシアティブは欧州 2020 戦略の中核を成しており、世界レベルの科学とイノベー ション経済、すなわち「i-conomy」を結合することにより、 「研究から小売りまで」の イノベーション・チェーン全体を後押しすることを目指している。また、イノベーシ ョン分野での単一市場化を阻止し、欧州だけでなく米国や他国の競争の妨げにもなっ ている障壁を取り除くだろう。 さらに、 「イノベーション・パートナーシップ」の導入により、重要領域の中心的活 動主体が結集され、協力と競争の適正なバランスをとることを狙っている。 出典: http://ec.europa.eu/research/environment/index_en.cfm 欧州原子力共同体は、欧州連合の下で運営されているものの、半ば独立した形態で設置されている 国際機関。原子力の平和利用を促進・共同開発し、加盟国間の保障措置を図ることを目的としている。 (参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/EURATOM) 注 10 注 11 60 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 募集ページ: http://ec.europa.eu/research/fp7/index_en.cfm 研究に関した欧州委員会のウェブサイト: http://ec.europa.eu/research/index.cfm 欧州委員会の「イノベーション連合」イニシアティブのフェイスブック: http://www.facebook.com/innovation.union 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 飯塚 和子) 出典: “€6.4 billion for smart growth and jobs – Europe's biggest ever investment in research and innovation” ( http://ec.europa.eu/research/index.cfm?pg=newsalert&lg=en&year=2010&na=na -190710) 61 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【政策】米国科学技術予算 OMB 米国2012年度予算における科学及び技術の優先課題 科学上の発見、技術のブレークスルー、および、イノベーションは、人間の知識の限 界を拡大させるための主要な原動力であり、以下のために不可欠である; - サステナブルな成長 - 健康なグループ人口の増加 - クリーン・エネルギー未来社会へのシフト - 世界的気候変動へのチャッレンジ - 環境に関する矛盾する要求のマネジメント - 米国の国家安全保証 この覚書(memorandum)は、行政管理予算局(OMB ;Office of Management and Budget へ提出される2012年度の予算(案)の作成のための行政府の科学技術の優先 順位を示すことにより、OMB覚書M-10-19をフォローアップするものである。これら の研究開発(R&D)投資や科学技術の優先順位は、アメリカ再生・再投資法、2010 年度・2011年度予算、および米国イノベーションのための大統領戦略のような行政府 の主な政策ガイダンスを既に反映して作成されている。また、この覚書きは連邦政府 省・機関における科学技術プログラムのガイダンスを提供する。 62 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 主要な科学技術活動の優先順位 各機関(連邦政府)は、その予算の提出において、利用可能な資金を、適切でそれぞ れのミッションに合致するように、どのような方法で、低い優先分野から6つのチャレ ンジに取り組む科学技術活動へとその方向を変え、そして、これらの全てのチャレン ジの取り扱いにおいて成功が見込まれる6つの分野横断的領域を強化しようとしてい るかを説明しなければならない(付属書 Aに6つのチャレンジと6つの分野横断的領域 を概説)。各機関は、科学技術投資により期待するアウトカムを記述し、出来る限り 定量的評価指標(metrics)を示す必要がある。 プログラムのガイダンス 大統領は、米国における研究開発投資(民間および連邦政府による)は、国民総生産 (GDP)の3%に到達すべきであるという長期目標を持っている。この目標における 連邦政府の現状の比率を理解するため、各機関は、OMBおよびOSTP(Office of Science and Technology Policy;科学技術政策局)と緊密な共同作業を実施し、正確に研究開発 投資活動を分類し、報告することが望まれている。 各機関は、米国の実務上のチャッレンジへの革新的な解決策を追求しなければならな い。それゆえ、予算申請においては、機関がどのような方法で,長期かつ明確なビジ ョンを持つ人が申請するハイリスク・ハイリターン(つまり、 “革新的な要素を有し た(potentially transformative)”)研究をサポートするかを説明しなければならない。 この研究の一部は、大統領の米国イノベーション戦略(Strategy for American Innovation)や米国技術アカデミー(National Academy of Engineering)により示さ れた研究等、21世紀の「大きな課題(grand challenges)」により、その実施の動機付 けとされるべきである。 各機関は、以下に示す新しいアプローチを振興し、かつ厳格に評価すべきである: - バイオ、情報、およびナノ技術の結集するような、多くの学問領域にわたる研究 をサポートする新しいアプローチ - 奨励金制度(incentive prizes)、大学-産業の連携、機能検証センター、および地 域イノベーションクラスターの設置等、技術の商品化やイノベーションを加速さ せる新しいアプローチ 大規模科学技術プロジェクトに関する、関係機関間・国際間の共同研究は、パートナ ーとなる組織に利益を与えることができるが、多くの場合、個々の機関が、自身の予 算要求内で資金をまかなえないためでもあり、そのマネージング能力を試されること 63 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 になる。 関係機関間・国際間の共同研究を含む大規模科学技術プロジェクトに対す る資金(fund)の要求に際して、各機関は以下の項目を明確にする必要がある; - 共同研究の中心組織 - それぞれのパートナー組織から共同研究に提供される固有の能力 - それぞれの組織の明確な役割や責任 各機関はパートナーの連邦政府機関と連携して、共同研究の予算要求を作成すべきで ある。 各機関は、OSTPおよびOMBと協力して、連邦政府の科学、技術、およびイノベーシ ョンの投資金をより上手く記録するためのデータ(セット)を開発・維持し、かつ、 これらのデータをアクセスできる有用なフォーマットで、公開すべきである。各機関 は、研究開発の実施者に対するデータを共有する考え方(ポリシー)を策定し、それ を定期的に更新し、プライバシー、国家安全および守秘が調和することを最大限に確 保する形で、相互運用可能な形で公としてデータを共有するインセンティブを作り上 げるべきである。 各機関は、それぞれの科学、技術、そしてイノベーション活動に対して、アウトカム 志向の目標を作成、かつその活動の成果を評価するためのスケジュールを設定し、予 算申請における多くの成果を期待できる投資を目指すべきである。各機関は科学政策 のための科学(science of science policy)用のツールの開発・活用を支援すべきであ り、それにより、各機関のR&Dポートフォリオの管理、並びに、科学、技術およびイ ノベーションの投資のインパクトがより良く評価できる。 各機関は、“関係機関間の科学コレクションワーキンググループ(Interagency Working Group on Scientific Collections)” による報告書にある勧告や、“細菌法科学の国家研 究開発戦略(National R&D Strategy for Microbial Forensics)” に概説される成果を フォローすることにより、科学コレクションからもたらされる科学と社会の便益を増 加させるための戦略を実行すべきである。 最終的に、各機関は、以下のことを期待されている; - 倫理と科学的公正性に関する最高の基準に従ってプログラムを実行すること - 科学の開放、科学の不正、利害の対立、プライバシーの保護、および人の問題を 適切に扱う等の課題に関して、明確な原則、ガイドライン、および政策を持つこ と 64 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 付属書 A チャレンジと強化すべき領域 2012年度の予算において、(連邦政府)各機関は、以下の6つのチャレンジに資金を 集中させるべきである。 持続可能な経済成長と雇用の創出 ・ ロボット、サイバー-フィジカル・システム(cyber-physical systems)注1、および フレキシブル生産の領域における米国のリーダーシップの強化のための、先進的 製造における研究開発のサポート ・ 21世紀の “バイオ経済” に向けて、その基盤を確立するための研究開発。バイオ 技術を進歩させバイオ・システムの設計能力を進歩させることにより、農業、エ ネルギー、健康、および環境における国家的重要なニーズに取り組むポテンシャ ルをもつことが可能となる。 ・ 既存の関係機関間の活動の中で、特に次に示す2つの領域をサポート:国家ナノ テクノロジーイニシアティブ(National Nanotechnology Initiative)の特別な イニシアティブ、およびネットワーキングと情報技術の研究開発(Networking and Information Technology Research and Development ;NITRD) 重大疾病の撲滅と医療費を削減しつつ全国民の健康増進の達成 ・ ライフサイエンスにおける発見のペースを加速させる可能性のある技術への優 先的な研究資金の投入、特に映像、生命情報学(bioinformatics)、および高速 ゲノム解析(high-throughput biology) ・ 大統領府科学技術アドバイザー(President’s Council of Advisors on Science and Technology)の インフルエンザ・ワクチン学(Influenza Vaccinology) に 関する助言に合致する、今後発生する全国[世界]的流行病のワクチン開発時間 短縮のための研究に優先投資 温室効果ガスの排出の削減と同時にエネルギーの輸入依存を減少させるためのクリーン・エネルギー の未来に向かった動き ・ クリーン・エネルギー技術、特に、ソーラー・エネルギー、次世代バイオ燃料、 および省エネビル(green buildings)やビル改造技術に関する研究開発に優先 投資 注1 物理環境における実体の監視と制御に計算と通信が緊密に連携するシステムを CPS (Cyber-Physical Systems)と呼ぶ http://www.bcm.co.jp/site/youkyu/youkyu34.html 65 NEDO海外レポート ・ NO.1066, 2010.9.15 先進自動車技術に関する研究開発、特に、軽量資材を用いたモデリングシミュレ ーションとその製造プロセス、バッテリーやハイブリッド伝動機構(power train);および先進自動車プラットフォームのシステム統合と実証の研究開発 を優先する 世界的気候変動のインパクトの理解、適応および軽減 ・ 米国世界気候変動研究プログラム(U.S. Global Change Research Program)下で 合意された関係機関間の投資において、気候変動に関する科学、インパクト、弱 点、およびその対応戦略(適応や軽減等)についての、広い範囲の持続可能な国 の気候変動評価をサポート。 ・ 温室効果ガスの排出を測定、報告、および、実証するための研究を優先する 土地、真水、および海洋への要求(食物、繊維、バイオ燃料を生産するため)と、持 続可能性・生物多様性に基づいた生態系を作るという競合をマネジメント ・ 生物学、物理学、化学、そして人体学に用いられるデータを、予測モデルや評価 と判断ツールにまとめるための、統合的生態管理学的(ecosystem management) アプローチに関する研究のサポート ・ 気候や各種社会的要因(例えば、オイル流出)の変動という条件等を含んだ、エ コシステムに基づく管理をサポートするための海洋観察能力の開発と展開 我が国の軍隊、市民および国益を守るための技術開発 ・ 信頼のできるサイバースペース設計・製作のための高度な手法を開発するサイバ ー・セキュリティーの研究開発サポート(セキュリティーが問題となると想定で きる環境下で安全に運営できる防衛的サブシステムを有するシステム)。各機関 は大統領サイバースペース政策レビュー(President’s Cyberspace Policy Review)での、ターゲット可変防御技術戦略(moving target defense strategies)、 特別に作った信頼空間(tailored trustworthy spaces)、およびサーバー・イン センティブ(cyber incentives)のような、考えを全く転換する技術 (game-changing technologies)の研究開発への要望に応えなければならない。 ・ 核のない世界にむけて継続的な前進を支援する、検証技術の範囲の拡大に役立つ、 核配備の透明性のある評価法の開発等、包括的国家研究開発プログラムへの投資 を優先する ・ 関係機関間の努力で、兵器として高い脅威をもつ物質の使用から国家を守る能力 を向上させるための、国家の化学・生物物質の防御への投資をサポートする これらのチャレンジを取り扱うには以下の6つの分野横断的な領域で我が国の取り組 みを強化する必要がある: 66 NEDO海外レポート ・ NO.1066, 2010.9.15 幼児教育から生涯教育までの全てのレベルで、なおかつ、あらゆる社会階層におい て、科学、技術、工学及び数学(STEM)の教育並びに先進的な教育技術 ・ 我が国の研究大学と国立・私立研究所の活力と生産性、かつ基礎研究に対する継続 的なサポート ・ 情報・通信、輸送、およびエネルギーのためのインフラの能力と構造安定性 ・ 米国の海外政策、世界的な健康、エネルギー、気候変動、および地球規模の開発目 標を達成するための、研究者、民間企業、大学や他の高等教育機関の研究所、市民 社会や国際的なパートナーとの、高いインパクトが期待できる共同研究 ・ 地球外に向かった調査だけでなく、地球観察、地上の位置確認(geopositioning)、 通信、およびその他を対象にした、宇宙能力 ・ 研究、起業化、およびイノベーションの促進、または資金を提供する、経済・政策 環境 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 小笠原一紀) 出典:Science and Technology Priorities for the FY 2012 Budget (http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/memoranda/2010/m10-30.pdf) 67 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【政策】クリーンエネルギー ワシントンで第 1 回クリーンエネルギー閣僚会議が開催される(米国) 11 の国際クリーンエネルギー・イニシアティブが立ち上った 2010 年 7 日 20 日、世界初のクリーンエネルギー閣僚会議において、米国エネルギー省 スティーブン・チュー長官が、米国は 10 項目以上の国際的クリーンエネルギー・イニシ アティブの立ち上げを支援していると発表した。これらのイニシアティブにより、エネル ギー浪費の軽減、スマートグリッド(次世代送電網) ・電気自動車・炭素回収テクノロジー 導入の促進、再生可能エネルギー市場の支援、クリーンエネルギー資源と雇用へのアクセ スの拡大、クリーンエネルギー業界でキャリアを求める女性の支援を行う予定である。こ の新しい計画は、温室効果ガス排出とその他の汚染物質を削減する一方で、経済成長を促 進するための具体的かつ技術的な活動をパートナー諸国へ提供する。このイニシアティブ により、今後 20 年間に、世界中で 500 以上の中型発電所の建設が必要ではなくなるだろ う。 「クリーンエネルギー閣僚会議は、クリーンエネルギー技術(エネルギー効率に始まり、 再生可能エネルギー、スマートグリッド、炭素回収など)の導入に向けて、前例のない活 動を行うため、各国のリーダーを一同に集めた。これらの段階を踏むことにより、経済成 長、雇用創出、温室効果ガス排出の削減を促進する予定である。ここで我々が確認してき たのは、力を合わせて取り組むことにより、各国が単独で取り組むよりも、より多くのこ とを、より早く成し遂げることが可能だということだ」とチュー長官は語った。 今回、ワシントン DC で行われたクリーンエネルギー閣僚会議において、各国は将来の クリーンエネルギー化と低炭素化への世界的な移行に拍車をかけるための革新的なイニシ アティブの立ち上げに参加している。2 日間の閣僚会議には、24 カ国から閣僚たちが参加 した。これらの国々は、世界のエネルギー消費量の 80%以上を占め、クリーンエネルギー 技術の世界市場でもほぼ同等の割合を占めている。 米国は 世界エネルギー効率化への取り組み(Global Energy Efficiency Challenge)の一 環として、いくつかのイニシアティブ創設の先導を支援した。これらのプロジェクトは超 高効率電化製品の導入、大規模な産業施設と建築物のエネルギー効率の向上、スマートグ リッド技術の実施、数百万台もの電気自動車を普及させることにより、世界中のエネルギ ー浪費を削減する予定である。 例えば、超高効率機器および電化製品の導入(Super-efficient Equipment and Appliance Deployment: SEAD 注1 )イニシアティブでは、世界の電化製品市場を変えていくため、各 注1 米国による高効率な機器の導入を加速させる取り組み。 68 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 政府が民間セクターと連携する。この計画では、エネルギー効率の悪い電化製品を市場か ら排除するために、より厳しい電化製品基準を実施する一方、超高効率電化製品の導入を 奨励する等、効率に関して効率スペクトラムの両端からに取り組む予定である。同計画は まず、テレビと照明器具に焦点を当てる。これら 2 つの家電は世界規模で輸出入される製 品であり、 2 つ合わせると世帯での電気使用量の約 15%を占める。 世界的な専門家たちは、 テレビのエネルギー効率を向上させる国際的取り組みだけでも、2030 年までに約 80 基分 の発電所に相当するエネルギー使用量の削減が可能となるだろうと予測している。 また、世界エネルギー効率課題の一環として、各政府は、建築、産業、自動車の各部門 でのエネルギー効率を改善するため米国の取り組みに参加した。エネルギー効率向上に関 する国際パートナーシップ(Global Superior Energy Performance: GSEP)により、大型の 建築物や産業設備のエネルギー使用の測定と管理を支援する予定である。これにより、経 費と温室効果ガスの軽減となるだろう。この官民パートナーシップのもと、各政府は、国 際的に認められた認証プログラムを確立する予定である。このプログラムは、承認された エネルギー管理システムを採用し、著しい成果を上げ、かつ第三者によって長期的に効率 改善が検証された施設を認識するためのものである。まず始めに、年間の売り上げが 6,000 億ドルを超える企業 8 社とマサチューセッツ工科大学がこのプログラムを試験的に実施す る予定である。 輸送部門では、電気自動車の開発と導入の世界的な協調力を高めるための、電気自動車 イニシアティブ (Electric Vehicles Initiative: EVI)に米国と他の国々が参加している。姉 妹都市パートナーシップ、ハイレベルな討論、電気自動車投資に関する情報シェアリング および成功事例を用いて、EVI は各国の導入目標を達成する支援を行う予定である。国際 エネルギー局(International Energy Agency: IEA)によれば、同イニシアティブは参加国を 2020 年までに、少なくとも 2 千万台程度の電気自動車を導入するという工程に乗せ、今 後 10 年間で、世界の石油消費のおよそ 10 億バレル以上削減するための支援を行う予定で ある。 15 ヵ国の政府は、国際スマートグリッド行動ネットワーク注2(International Smart Grid Action Network: ISGAN)にも参加し、電気自動車の導入をさらに加速化、電気システム の信頼性の改善、再生可能エネルギーの促進、そして消費者と企業に対するより良い測定 とエネルギー使用の低減の支援を行う。このパートナーシップは、スマートグリッドの方 針、規則や財政、方針基準、技術研究、開発と実証、労働スキルと専門技能、消費者との 関わり等の重要な分野における協調を促進し、世界中のスマートグリッドの開発と導入を 加速するだろう。 各国政府はまた、7 つの追加イニシアティブに関する協議に参加するために集合した。 注2 http://www.sankeibiz.jp/macro/news/100703/mcb1007031213024-n1.htm 69 NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 その追加イニシアティブでは、以下の支援を行う予定である。 1. 再生可能エネルギーの世界的な市場の成長と炭素回収技術の支援 2. 2015 年までに世界中で 1 千万人以上もの貧困層へソーラーLED 灯の提供 3. 発展途上国の低炭素技術への移行を援助するための仮想クリーンエネルギー・ソリュー ションセンター(Clean Energy Solutions Center)の設立 4. 若い女性たちにクリーンエネルギー産業でキャリアを築くことを奨励 今回の閣僚会議の終わりに、アラブ首長国連邦が 2011 年春の第 2 回クリーンエネルギ ー閣僚会議の開催国に名乗りを上げた。英国は、第 3 回閣僚会議を開催すると述べ、その 日程は後日決定される予定である。 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 髙村 祐子) 出典: “Secretary Chu Announces Initiatives to Promote Clean Energy at First Clean Energy Ministerial” http://www.energy.gov/news/9233.htm 70 NEDO海外レポート NO.1066, 【政策】エネルギー消費量 2010.9.15 IEA IEA: 中国が米国を超え世界最大のエネルギー消費国家に(中国) 2010 年 8 月 11 日現在、国際エネルギー機関(International Energy Agency : IEA 注1)の 現時点でのデータによると、中国は首位の米国を抜いて、世界最大のエネルギー消費国と なった。IEA のチャートが示す 2009 年の石油消費量は、米国が約 22 億トンであったのに 対し、中国は約 22 億 5 千トンと、中国が予想以上に早く首位に立った。これは、中国が 受けた世界同時不況の影響が、米国よりはるかに小さかったからである。今日の中国のエ ネルギー消費量のさらなる増加は、中国政府が、同国経済のエネルギー強度注2、すなわち、 エネルギー生産量あたりのエネルギー消費量を、大幅に削減することが出来なかったため であると、IEA は指摘する。中国はまた、再生可能エネルギー(特に風力エネルギー、太陽 エネルギー)生産の首位国のひとつとなっており、原子力産業の大幅な拡大を計画している。 中国のエネルギー需要は、近年「驚異的に」伸びており、2000 年以降、エネルギー消費 量は二倍になっていると IEA は言及している。しかし、この急速な需要の伸びにもかかわ らず、中国の一人あたりのエネルギー消費量は、今もなお、先進工業国の平均の約 1/3 に 過ぎない。このように一人あたりのエネルギー消費量が低いことや、地球上で最も人口の 多い国家であることを考慮し、IEA は、「今後さらに目覚ましい伸びが見込まれる」と結 論づけている。 同機関は、11 月 3 日に発行予定の「世界エネルギー展望 2010 (World Energy Outlook 2010)」において、この傾向をさらに探求する予定である。これについては、IEA プレスリリース注3、および以下の図表を参照のこと。 International Energy Agency(国際エネルギー機関)。経済協力開発機構(OECD)の枠組みの中での独立組 織体。加盟国は 28 ヵ国。欧州委員会(EC)も同機関の活動に参加している。 注2 エネルギー強度は、国内のエネルギー総消費量(toe:tons of oil equivalent で表現)をGDP(100 万ユーロ)で除したものであり、経済のエネルギー効率を表す。 注3 http://www.iea.org/index_info.asp?id=1479 注1 71 NEDO海外レポート NO.1066, 石油換算(100 万トン) 2010.9.15 一人あたりの石油換算(トン) 中国 一人あたりの エネルギー消費量 (副軸) 中国 世界 現時点における 2009 年のデータ (http://www.iea.org/journalists/files/China_overtakes_US.jpg) 翻訳:NEDO(担当 総務企画部 原田 出典: “IEA: China Overtakes the United States as World's Largest Energy User” http://192.174.58.140/news/news_detail.cfm/news_id=16233 72 玲子) NEDO海外レポート NO.1066, 2010.9.15 【政策】クリーンエネルギー研究センター 米中クリーンエネルギー研究センター(米国側)を発表 2009 年 11 月のオバマ大統領訪中の折、オバマ大統領と中国の胡錦濤主席は米中クリー ンエネルギー研究センター(Clean Energy Research Center:CERC)の設立を公式に発表 していたが、去る 9 月 2 日、エネルギー省(Department Of Energy:DOE)のスティーブン・ チュー長官は、CERC の米国側センターとして、①クリーン自動車技術(焦点は自動車の 電化技術)の向上を目的とするセンターとして、ミシガン大学が率いるコンソーシアム、 ②二酸化炭素回収貯留(CCS)を含めた次世代クリーンコール技術の開発・実験を行うセン ターとして、ウェストバージニア大学が率いるコンソーシアム、を選定したと発表した。 ミシガン大学が率いるコンソーシアムのメンバーは、オハイオ州立大学、マサチューセ ッツ工科大学、サンディア国立研究所、共同バイオエネルギー研究所(Joint BioEnergy Institute)、オークリッジ国立研究所、GM、フォード、トヨタ、クライスラー、Cummins、 Fraunhofer、MAGNET、A123、アメリカン電力、First Energy、及び、交通研究センタ ー(Transportation Research Center)である。 ウェストバージニア大学率いるコンソーシアムのメンバーは、ワイオミング大学、ケン タッキー大学、インディアナ大学、ローレンス・リバモア国立研究所、ロスアラモス国立 研究所、国立エネルギー技術研究所(NETL)、世界資源研究所(World Resources Institute) 、 米中クリーンエネルギー・フォーラム、GE、デュークエネルギー、LP Amina、Babcock & Wilcox、及び、アメリカン電力である。 2 件のコンソーシアムに対する連邦政府の支援は、向こう 5 年間で総額 2,500 万ドルで ある。コンソーシアム参加メンバーからのマッチング資金を加えると、米国側の総資金は 最低でも 5,000 万ドルとなる見込みである。 米中 CERC の一環である、ビルディングのエネルギー効率化に焦点をあてたコンソーシ アムは今秋、発表される見通しである。 翻訳:NEDO(担当 ワシントン事務所 松山貴代子) 出典: "Secretary Chu Announces U.S. Centers for U.S.-China Clean Energy Research" http://www.energy.gov/news/9443.htm 73