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シリーズ│建設業の2007年問題を考える 技術・技能継承問題の現状と対策 第6回 [最終回] 技能の継承方策と活用方策 (株)三菱総合研究所 ソリューション研究グループ 主任研究員 中村 肇 6回にわたった本連載の最終回は,技能 承は,儲けにつながる」である。ただし, 「自 を次世代に継承していくための方法論,さ 社が持っている技能によってもたらされる らには継承した技能を活用して自社の 儲 他社との優位性や,それら技能を用いるこ け につなげていくための方法論について, とによって顧客が享受できる 価値 等に 紹介したい。 ついて十分な形でアピールすることができ なお筆者の研究フィールドは,建設業で ていれば」という前提つきではあるが。 はなく製造業(ものづくり企業) である。 図表1は,後述する「技能の戦略的活用 そのため,以下に述べる内容も製造業を例 のためのステップ」の実施状況を「現在の としたものとなっているが,建設業におい 売上状況」別に見た結果である。この図を ても同様の考え方が当てはまると考えられ 見ると明らかなように,「売上高が増加傾 る。読者諸氏においては,適宜,建設業に 向」にある企業群は,すべてのステップに 置き換えて,お読みいただければと思う。 おいて「売上高が減少傾向」の企業群の実 『技能の戦略的活用』 ∼「技能経営」の考え方 施状況を上回っている。これは逆方向に見 れば,「技能の戦略的活用のためのステッ プ」を確実に実施すれば,「売上高が増加 「技能継承は,ものづくり企業にとって 傾向」の企業となれる可能性を示唆してい 重要なことだとは認識している。しかし, ると言えよう。 それをやっていて儲かるのか?」という質 従来,「技能」に対しては,単に もの 問を,ある経営者の方から受けたことがあ づくりのための手段 る。技能継承を着実に行うためには経営と かった。この認識を変え,「技能」の持つ して相当の投資が必要であることを考えれ 価格交渉力や新規顧客の獲得など営業面へ ば, 経営者にとっては当然の質問であろう。 の効果にも注目して,「技能」というもの この答えに対する筆者の答は, 「技能継 を認識し直す必要が出てきている。 38 建設業しんこう 2007.2 という認識しかな 図表1 「現在の売上状況」別にみた「技能の戦略的活用のためのステップ」の実施状況 (非常にできている)4.0 増加傾向 減少傾向 3.5 (大体できている) 3.0 2.5 (少しできている) 2.0 1.5 6. 技能の発揮 7. 技能面の しやすい 社外との連携 職場づくり Ⅲ. 自社の技能の強みを増す 22 23 24 25 26 技能の育成と活用は経営の問題と経営トップが認 .識 5. 自社の技能の強化 21 .自社の技能についてのブランドを確立 20 .自社の技能の存在を広く,常にアピール 19 自社の技能の優位性を社外に対してわかりやすく .提示 18 .技能を活用したものづくりの実践 17 他社との連携により更なる強みが発揮できる体制 .を構築 16 .足りない技能の社外からの調達,調達戦略を策定 Ⅱ. 自社の技能の活用方法を考える 15 技能者が技能を十分に発揮できる職場配置や業務 .分担 技能のレベル等に応じた技能者の適正な評価と処 .遇を実施 コア技能について,資金面・人材面等で重点的に .投資 育成技能の特徴を認識して,それぞれに合った能 .力開発手法を実施 4. 技能の活用戦略の立案 14 .技能の育成戦略を実施 13 .技能の育成戦略を長期的視点に立って策定 Ⅰ. 自社の技能を知る 3. 顧客・社会の 動向の把握 12 .コア技能を明確化 フェーズ 2. 技能の 価値の把握 11 .今後の自社の技能活用・利益確保戦略を立案 1. 技能の存在状況の把握 10 自社の様々な技能の組合わせを新製品分野・新工 .程等に適用 自社技能の活用可能な製品分野や工程,顧客貢献 .等を明確化 ステップ 9.今後の技術動向を把握 1.0 営業担当が顧客と密接に接することにより,顧客 8.の課題や今後の動向を把握 自社の技能が戦っている市場のトレンドやニーズ 7.を把握 総合力としての自社のものづくり力の,同業他社 6.と比べた優位性を把握 自社の技能の市場での優位性及び弱みを客観性を 5.持って把握 自社にある技能群の基盤・起源・大元となってい 4.る技能は何かを把握 社内にある技能がお互いにどのような関係を持っ 3.ているかを把握 各技能は誰が持っているか,所有者の歳・次世代 2.への継承状況を把握 社内の﹁どこに﹂﹁どのような技能が﹂﹁どれくらい﹂ 1.あるかを把握 (できていない) 8. 技能 9. 技能を活用するための 仕組みづくり を活用 したもの づくり Ⅳ. 技能を生かす ※ については,実施状況の差が特に大きい。 このような「技能を, ものづくりのた 知的資産を活用しながら生き残りを図って めの手段 としてだけではなく, 企業に いくための『知的資産経営』の方法論の1 利益をもたらす源泉 として捉え,技能を つとして,2006年5月に出された国の『素 活用して利益を得ていく経営」 の方法論は, 形材産業ビジョン』の中でも大きく取り上 『技能経営』 と呼ばれ,最近注目されてき 1) げられている。 ている。 「技能が提供する価値を表現する」の例 2004年に(財) 機械振興協会と (株) 三菱総 を図表2に示す。 合研究所によって開発されたこの方法論の 中心は,技能によって提供される製品や加 工サービスそのものではなく,技能によっ 技能経営の進め方∼技能の戦略的 活用のための9つのステップ て顧客に提供される「価値」を前面に出す 技能経営を進めていくための具体的な方 (顧客に対して「見える化」する)ことによっ 法論は,図表3に示す4つのフェーズ,9 て,その「価値」を必要とし評価してくれ つのステップに大きく分けることができ る顧客との関係を形成していこうという考 る。これらは更に,図表1に示した26の実 え方であり,ものづくり企業が社内にある 施項目から構成される。 建設業しんこう 2007.2 39 図表2 「技能が提供する価値」の表現 よく見かける技能の表現の例 改良の方向性及び改良した表現(案) ・製品写真 ・どういうところに「すごさ」があり,「自社の強み」が 生かされているかを明示する。 ・「困った」を解決します。ご相談ください。 ・顧客のどういう「困った」を解決して,それによって 顧客はどれくらいよいことがあったかを明確にする。 ・「切削加工ひと筋30年」 ・自社のものづくりの拠って立つ考えを示す。 ・「高精度」 「実績あります」 ・具体的な精度や実績事例を示す。 【具体例】 ・超深彫り加工用ボールエンドミル コスト低減にも貢献。 ・後工程不要。時間と手間が軽減し, ・金型の深い溝部分などの加工を,これまでの放電加工 から切削加工に置き換えることが可能。 ・パイプをナットで接合できる ・手や機械が入らないような間口が狭いパイプにほかの パーツを, 溶接を使わなくても, 取り付けることができる。 ・組立・分解,異素材同士の組み合わせが容易になる。 ・金型鋳造を砂型鋳造に ・型などの初期費用を10分の1に抑える。 図表3 技能の戦略的活用のための9つのステップ 【フェーズⅠ.自社の技能を知る】 〈ステップ 1〉社内での技能の存在状況について把握する 〈ステップ 2〉自社の技能の価値について把握する 【フェーズⅡ.自社の技能の活用方法を考える】 〈ステップ 3〉顧客や社会の動向について把握する 〈ステップ 4〉自社の技能の活用戦略を立案する 【フェーズⅢ.自社の技能の強みを増す】 〈ステップ 5〉自社の技能を強化する 〈ステップ 6〉技能を発揮しやすい環境をつくる 【フェーズⅣ.自社の技能を生かす】 〈ステップ 8〉技能を活用したものづくりを行う 〈ステップ 9〉技能を活用するための仕組みを作る 40 建設業しんこう 2007.2 〈ステップ 7〉技能について社外と連携する フェーズⅠ は, 「自社の技能を知る」た 仕事をしやすく,また能力向上を図る動機 めのフェーズである。 「社内のいろいろな (ステッ づけとなるような取り組みを行う。 ところに散在している技能の状況をきちん プ6)」及び「自社の技能の強みに相乗効 と整理し体系的にまとめることで,今後, 果や補完関係を築くことができる技能を持 技能を戦略的に活用していくための土台を つ企業を探し出し,連携してものづくりを 作る。(ステップ1)」及び「自社の技能が 行うことによって,他の企業グループと比 市場でどのように評価されており,どのよ べて優位性を高める。(ステップ7)」を行 うな位置付けにあるのかを把握して,今後 う。 (ステッ の技能活用戦略策定の基礎とする。 フェーズⅣ は,「自社の技能を生かす」 プ2)」を行う。 フェーズである。「自社が持っている高い フェーズⅡ は, 「自社の技能の活用方法 技能を活用して,他社では簡単に真似がで を考える」ためのフェーズである。 「自社 きない,優位性のあるものづくりを行う。 の技能と関わりがありそうな製品分野や市 (ステップ8)」及び「自社の強みとして自 場の動向を把握し,これから技能の活用を 社の持つ技能の優位性を積極的にアピール 図っていく製品分野や市場の設定に役立て し,その優位性を活かした仕事を受注でき る。(ステップ3)」及び「自社の技能を活 るような仕組みを作る。さらに,技能の問 用することによってより一層の利益,ある 題はものづくり現場だけの問題ではなく経 いは新たな利益を得ることができそうな製 営の問題でもあることを,経営者がしっか 品分野や市場を見定め,そこへ参入するた りと認識する。(ステップ9)」を行う。 めの技能の活用方法など,技能の活用戦略 これらのフェーズ・ステップの中でも, を立案する。(ステップ4)」を行う。 図表1に示したように,売り上げが「増加 フェーズⅢ は, 「自社の技能の強みを増 傾向」と「減少傾向」の企業の分かれ目, す」ためのフェーズである。 「 それぞれの すなわち『戦略的技能経営』の成功の決め 技能者の持つ技能の幅を拡げる 手となるのが,『ステップ9:技能を活用 熟練技 能者の持つ熟練技能を次世代に継承する 時代とともに変化するものづくり環境に するための仕組みづくり』,とりわけ「実 施項目23:自社の技能の優位性を社外に対 応じて,新しく出てきた技能を習得させた してわかりやすく示す」である。 り従来の技能を進化させる などの方法に この具体例としては,例えば「顧客商品 より,自社の技能を一層強化することに を分析し,自社の技能の活用ポイントを示 よって,ものづくり力の他社との差別化を す」ことがあげられる。ある製品を作る場 「自社の強みとなる 図る。(ステップ5)」 合,個々の部品の製作は協力会社に発注し, 技能を十二分に発揮できるよう,技能者が メーカーはそれら部品を組み立てて完成品 建設業しんこう 2007.2 41 にする,という形態がよくとられる。この 検討しておき,それを元にその顧客候補の 際,以前であれば,いわゆる「ケイレツ」 次世代製品に対する自社の技能を活かした により,発注先となる協力会社は固定化し 提案を携えて行くぐらいの気構えが求めら ている傾向があったが,近年は系列企業に れている。 限らず広範囲に発注先を探すことによっ この事例は,建設業界においても同様で て,コスト削減を図ることが一般的になっ はないだろうか。専門工事業者側は,元請 ている。 業者に対して,単に「人工が安価で提供で すなわち最近はメーカー側としても協力 きる」ことを言うだけでなく,自社(が持 企業側からの売り込みや提案を待っている つ技能) を活用することで元請業者側に, 訳だが,メーカー側の発注担当者に聞くと, さらには元請業者への発注主に対してどの 「売り込み・提案に来る際に,発注者のも ような価値を提案することができるか,と のづくりに対して何の提案もないままに来 いった点まで提案していくことが,生き残 てもらっても,意味がない」とのことであ りのためには求められていると言えよう。 る。メーカー側発注担当者も多忙を極めて そのほかにも, 「自社の技能をパンフレッ いるため,協力会社側が自社の技能を紹介 トやホームページ等を通じて積極的に社外 して「この技能は,貴社のものづくりのど に発信する」「自社のものづくりの足跡を こかに使えるんじゃありませんか?」と切 広く顧客や社会にアピールする」 「会社ホー り出したとしても,メーカー側はその技能 ムページで自社のものづくりの思想を伝え をどういうように使えば自社のものづくり る」など,「自社の技能の優位性を社外に に活用できるか,といった応用の仕方の点 対してわかりやすく示す」ために,様々な までは思考を巡らさないで,ただ単に「わ 方策が考えられる。 かりました」と聞き置くだけに終わってし まう可能性が高い。 技能の継承のための方法論 発注する側の論理は「すぐ使えるか」で あり,そのためには顧客(メーカー)の商 技能の戦略的活用を図るためには,「自 品の分析が必要となる。これから新しく取 社が持つ技能の価値をアピールすること」 り引きをはじめてもらおうと考えている顧 と共に「自社の技能を維持・継承し,強化 客候補に売り込む際には,その顧客候補の すること」が重要である。そのための手順 現行商品を実際に分解してみて,自社の を「技能継承戦略のフロー」として,図表 持っている技能がどの部分に適用できそう 4に示す。 なのか,その時にどのような価値(コスト まず行うべきは,「自社のどこにどうい 低減等)を提供できるのか,等を予め十分 う技能が存在しているか」を把握すること 42 建設業しんこう 2007.2 図表4 技能継承戦略のフロー 技能の経営への位置づけ (戦略的課題として) 自社の経営戦略 (どのようなものづくりをするか) 重要技能の選定と継承 自社の製品に付加価値 をつけるためには,どう いう種類の技能者がどれ だけ必要か? 基本技能の 取得 それぞれのタイプに応じた 方法による技能者の育成 自社の基盤となる技能の 把握 ・経営トップが現場(技能者)を大事にする ・戦略技能(基本技能,重要技能)への重点投資 ・仕事量の確保 ・処遇,評価制度,その他支援制度 ・熟練技能者の再雇用・雇用延長制度,熟練技能者子会社 の設立 ・グループ会社,協力会社等との技能の持ち合い戦略 ・現場での作業 ・自分の技能の位置づけの把握 ・技能検定,職業訓練校の活用 スーパー ・技能工房,技能塾 技能者 ・地域内の他社とのネットワーク ハイテク ・Off−JT 技能者 ・公的職業能力開発施設の活用 マルチ技 ・ジョブローテーション 能者 自社の技能の賦存状況は? (技能マップの作成) 個々の技能者の性格・志向・生涯設計 である。このためのツールとしては「技能 づけ」,すなわち「技能とは,自社の存続・ マップ」と呼ばれるものがよく使われる。 繁栄を支えていくための重要な経営資源で 次いで,自社の経営戦略(ものづくり戦略) あり,それゆえに,技能継承は,現場ない に照らして,「自社の今後の発展に重要に しは人事担当者が扱う問題ではなく,経営 なる技能の選定」を行う。経営資源が限ら 者が考えるべき問題である」という認識を れている以上,現在自社が持つすべての技 持つことである。 能について継承を行っていくことは効率的 この認識に立った上で,継承の実施段階 でない。自社の今後の発展に重要な技能・ では,技能継承を経営の問題として位置づ 付加価値を生んでいる技能をきちんと見定 けたことを技能者にはっきりと見える形で め,その継承に経営資源を重点的に投資し 示すことも必要である。何よりも,経営トッ ていくことが肝要となる。それと共に,自 プがものづくり現場および技能者を大事に 社のものづくりの基盤となっている技能 する姿勢を示すことが,ものづくりを生業 (基本的技能)を把握し,その教育にも注力 にする企業においては重要であろう。 していく必要があろう。 最も単純には,「経営トップがものづく そして,これらの活動の前提となるのが, り現場に出向く」ことがあげられる。経営 「戦略的課題としての技能の経営への位置 トップがものづくり現場に出てくることも 建設業しんこう 2007.2 43 しなくなっては,「うちのトップは現場の 観点だけでなく,むしろ自社の技術力維持 我々(技能者) を大事に思ってないんだ」 の観点から,種々ある技能のうちどの技能 を技能者は感じることになり,どのような を社内で継承し,どの技能はグループ会社 継承方策を取ったとしても効果はない。技 内で,どの技能はグループ外の協力会社で, 能継承戦略の実施にあたる側(現場の職長 という持ち合い戦略を,自社・協力会社及 や能力開発担当者など)としては,経営トッ び働く技能者の3者がwin-win-winの関係 プができるだけ現場に目を向ける機会があ となるように配慮しつつ,考えていかなけ るように配慮すべきである。 ればならない。 また,経営の姿勢を具体的に示すものと しては,処遇及び評価制度およびその他の おわりに 支援制度がある。この1つとして最近よく 見られるのが,高度の熟練技能を持つ技能 以上,6回に渡って,「技能継承」の問 者を認定し,「マイスター」や「工師」な 題について考えてきた。 どの呼称で呼ぶと共に,相応の処遇を行う 「技能継承」というと,その言葉の持つ 評価・処遇制度である。独自の認定制度を ニュアンスから「古いものを次の世代に伝 持つことが困難な中小企業については,国 える」的なイメージを持たれることがある が認定している「高度熟練技能者」や自治 が,技能継承は決して過去の実績にしがみ 体が独自に創設している「地域マイスター つこうという後ろ向きの活動ではない。技 制度」等に,社内の熟練技能者を会社から 能継承は,その企業におけるこれからのも 推薦するなどの方策も考えられよう。 のづくりのあり方を再構築し,その企業の さらに,建設業のように,1社単独では 明日を拓くための前向きな取り組みである なく,複数の会社がそれぞれの専門性に応 こと,すなわち技能継承は「コスト」では じて分担してものづくりにあたっていく場 なく,儲けを生むための重要な「投資」で 合には, 「技能について社外と連携する(ス ある,という認識を持っていただければ幸 テップ7)」も重要であろう。 「自社の技能 いである。 の強みに相乗効果や補完関係を築くことが できる技能を持つ企業を探し出し,連携し [参考文献] てものづくりを行うことによって,他の企 1)財団法人機械振興協会経済研究所(委託 業グループと比べて優位性を高める。 」こ 先:株式会社三菱総合研究所):「中堅・中 とを考えていかなければならない。合わせ 小企業の経営資源における技能の戦略的活 て, 「グループ会社,協力会社等との技能 用」,2004年 の持ち合い戦略」も重要である。コストの 44 建設業しんこう 2007.2 ◆