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最良の医療を受けるための コミュニケーション法
患者さんとその家族の皆様へ贈る9つのアドバイス 最良の医療を受けるための コミュニケーション法 監修:テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター 上野 直人 目 次 目 次 1 はじめに 2 アドバイス 1 あわてずに自分の病気を知ろう 3 アドバイス 2 必要な情報を病院で集める 5 アドバイス 3 「自分のカルテ」を自分で作る 6 コ ラ ム 患者さんを支える人々の輪(チームA・B・Cの役割) 7 アドバイス 4 質問上手になる 9 アドバイス 5 医師の話した内容を消化する 11 アドバイス 6 標準療法か確かめる 13 アドバイス 7 ベストの治療法を決断する 15 患者さんの気持ちを知る(家族の役割) 17 コ ラ ム アドバイス 8 自分の希望を伝えよう 19 アドバイス 9 恐れずにチャレンジしよう 20 最良の医療を受けるための9つのアドバイス 21 ま と め 参考文献:上野直人著 「最高の医療をうけるための患者学」 講談社 2006 1 はじめに ∼最良の医療を受けるには∼ 納得のいく医療、最大限の効果を上げる医療を受けるためには、 コミュニケーション力をつけることが必要だと私は考えています。 しかし、実践するのは実に難しく、繰り返し練習しなくてはできる ようになりません。すぐにうまくいかなくてもあきらめず、努力を 続けていくことが大切です。 患者さんには、 よりよい医療を受ける権利、医師や病院を選ぶ権利、 治療を自己決定する権利、情報を得る権利、尊厳とプライバシーが 守られる権利など、様々な権利があります。これらの権利は、主張 するだけでは自分のものにはなりません。すべての権利を確保して いくためには、 これからお伝えする 「9つのアドバイス」を参考にして、 あなたにできることから実践していってください。 テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンター 上野 直人 2 ア ドバイス 1 あわてずに自分の病気を知ろう 病院で「がん」だと言われても、決してあせらないでく ださい。とにかく一歩引いて考えましょう。先入観も、今ま での知識も、全部捨ててください。まっさらな気持ちで、 「がんでは ないかもしれない」と疑ってみることから始めましょう。 本当にがんなのか、はっきりさせることが大切です。必ず 顕微鏡で細胞を検査(細胞診)して確定診断をしてもらい ましょう。 がんと確定診断されたら、どの場所にできたがんか、どの くらい進行しているがんなのか(病期)を知るのも大切 です。がんが小さくまとまっていて転移の恐れもないⅠ期なら、手 術で取り除けば完全に治る可能性があります。しかし多くの病期 ではいろいろな治療を組み合わせることになります。 3 「治療法はこれ1つしかない」と言われたら、本当にそれ しかないのかをまず聞きましょう。そして、セカンドオピニ オン(別の専門家の考え方)を聞いてみることをおすすめします。 がんは治療法が進み、 「 不治の病」 「命がけで退治する病気」 から「治る病気」 「長くつきあう病気」 になりつつあります。 生活の中心ががんの治療になってしまいがちですが、できるだけ 普通の生活を送りながら気長に治療が続けられるように、医療者 と一緒に工夫していきましょう。 4 ア ドバイス 2 必要な情報を病院で集める 診察室でのコミュニケーションは真剣勝負です。メモの 用意をして診察にのぞんでください。一言も漏らさず聞く ぞという気合いが医師にも伝わります。また、テープレコーダーの 併用もお勧めします。繰り返し聞けるため、聞き逃しを防げます。 録音する際には「先生の説明を ちゃんと理解したいので、テープ に録音させてください」と許可を もらいましょう。メモとテープを 活用して、理解できないことや疑 問点を整理し、次の診察で質問し てみるといいでしょう。 重い病気や慢性の病気にかかったときほど、冷静な立場の 人と一緒に医師の話を聞くことをお勧めします。家族や 友人は精神的な支えとなり、正確に話を聞き取り、客観的な判断を してくれます。 積極的に医療者とのコミュニケーションの腕を磨いてく ださい。診察後に質問・疑問が浮かんだときにはメモをして おき、疑問に思ったことは必ず医師に確認しましょう。適切な質問 をし、相手のさらなる説明を引き出せるように、コミュニケーション 上手になりましょう。 5 ア ドバイス 3 「自分のカルテ」を自分で作る 自分の飲んでいる薬の記録をしましょう。そして、それら の薬について、2つの名前(製品名・一般名)、用法、用量、目 的などを書けるようになりましょう。 ●記入例 薬の記録 薬の製品名 フェマーラ 薬の一般名 レトロゾール 用 法 1日1回 用 量 2.5 使 用 量 開 始 日 5月 予想終了日 目 的 術後の再発予防のためのホルモン療法 副 作 用 次に、あなた自身のカルテを作りましょう。できれば、2種類、 これまでの病歴すべてを詳しく書いてあるものと簡易版の 2つを用意しておきましょう。それをもとに、医師とのコミュニケー ションをスタートさせましょう。 病 名 診 断日 これまでの 治療と経過 既 往 歴 ・既往 歴: 年 月/ 年 月/ 年 月/ ・喫煙歴: 喫 煙 歴 ・飲 酒: 飲 酒 家 族 の 病 歴 ・家族構成: 問題点 ・家族の病歴: ・職業: ・その他: ・その他: 6 コ ラ ム 患者さんを支える人 チーム医療は、患者さんを中心に3つのチ この3つのチームが協力し合い、補うこと 理解し納得のうえ、治療を進 チーム A 医学的治療チーム 医師・看護師・薬剤師 など それぞれが専門性を発揮して、病気 の治癒を目指し、患者さんを中心に 連携して治療を行います。 チーム B 支援チーム 臨床心理士・ソーシャル 病院の患者図書館の司 患者さんと会話し、適切なア の不安や心配を取り除いて、 7 々の輪(チームA・B・Cの役割) ームから成り立っていると考えてください。 で、患者さんは質の高い生活を維持しつつ、 めていくことができるのです。 チーム C 社会的資源チーム 患者さんのご家族やご友人・ 研究者・メーカー・政府 など 患者さんのニーズを常に考慮し、闘病 環境がベストになるように患者さんを サポートします。 ワーカー・栄養士・ 書 など ドバイスをすることで患者さん 主体的な姿勢を引き出します。 8 ア ドバイス 4 質問上手になる 医師に説明を求めるにはタイミングが大事です。聞きた いことを十分に聞くためには、医師が余裕を持って話ができ る他の時間の約束をもらいましょう。あるいは診察時に、いま質問 の時間がとれそうか、医師の都合をたずねてみるのもよいでしょう。 適切な説明を引き出すために、質問を簡潔な箇条書きに しておきましょう。また、事前に質問リストを渡しておくと、 医師も準備ができます。 ●質問リストの例 ・この薬は、 なぜ必要なのですか? ・どうしてこの薬が良いのでしょうか? ・副作用は、 どのようなものですか? ・この治療は、 なぜ必要なのですか? ・別の選択肢はありますか? ・リスクには、 どのようなものがありますか? ・ 9 コメディカル(看護師、薬剤師など医師以外の医療従事者) にも質問をしてみましょう。質問時間が取りやすかったり、 質問によっては医師に代わって答えられる場合もあり、またその 病院を知るうえでも役立つでしょう。 上手に質問するには病気について自分でも勉強し、自分 の考えを整理しておくことが大切です。自分にとって何 が大事か、優先すべきことは何か、手術後の人生をどう考えている か、きっちり自己分析しておきましょう。そして、必要なことが質問 できるように、日頃から練習しておきましょう。 10 ア ドバイス 5 医師の話した内容を消化する 家族や友人を相手に、自分の病気を説明する練習をしま しょう。他の人にわかるように説明できれば、あなた自身が 理解しているといえます。それにより、さらに医療従事者とのコミュ ニケーションを進めていくことが可能になります。 ●説明の練習例 血中コレステロールの問題で通院中の患者さんが病院を変わるに あたって、次の病院の医師に説明する場合・ ・ ・ 練習前の説明 血液の中に悪い脂肪がたまっていて、 その数値が上がっているから薬をのんでいます ! 医療情報が少なく、検査し直すことに。治療が前に戻ったり、思う ように進まず、結果として回復が遅れることになりかねません。 ご家族やご友人の質問 『悪い脂肪って、 正確にはどんな名前?』 『数値は、 どのくらいの期間でいくつからいくつに上がったの?』 『なんという名前の薬をどれくらいの量、 いつからいつまでのんでいるの?』 ! 質問により情報を整理し直して、以下のようによい説明ができる ようになりました。 練習後の説明 中性脂肪の値が3ヵ月前には200だったのが、 先月には350に上がったので、 ○○○という薬をこれだけの量服用しています。 1ヵ月経ちましたが、 数値が 下がらないので、正しい治療かどうか知りたいのです 11 図書館やインターネットを利用して、医師からの説明を 復習したり、自分でも勉強してみましょう。それには、自分 にとって参考にすべき資料は何か、医療従事者に確かめることが 大事です。テレビ、 雑誌、 書籍などの情報は鵜呑みにせず、主治医に 相談しましょう。 「書き残す」 「確認する」ことが大切です。説明の練習で 整理できた情報や、復習であいまいなところ、予習で疑問 に思ったことなどは書き残して、医療従事者に説明・確認しましょう。 病気のときは、あせったり、落ち込んだり、判断がつかな くなるのは仕方のないことです。そんなときこそ、自分に 時間をあげましょう。自分の心の状態を落ち着かせ、病気を理解し てから、前向きな治療に取り組みましょう。 12 ア ドバイス 6 標準療法か確かめる 治療を決定する際には、まず自分の病気の「標準療法」 は何かを知りましょう。医師に「私が受ける治療は標準療 法ですか?」と尋ねてください。標準療法は、多くの専門家の合意 が得られ、ガイドラインに基づいた、最大多数の人が確実に延命す る療法です。また、標準療法は膨大なデータにより経過と結果、利 点と危険性(ベネフィットとリスク)が明快にわかっている治療です。 標準療法とは、地図でいえば誰もが通りやすいメインストリート。 危険な箇所も全てわかっていて、きちんと道路標識が整備された 目的地までの1番の近道ということができるでしょう。 13 複数の選択肢を提示された場合には、その中で自分には どれが一番合っているかを考えましょう。もし、標準療法 でない治療を勧められたら、その理由を尋ねましょう。心臓病の持 病があるので、心臓への副作用が少ない薬を使うといった明確な 理由がわかれば安心です。 最新治療や臨床試験などのオプションは、標準療法を試 したうえで、視野に入れましょう。氾濫する最新治療の情 報に惑わされてはいけません。最新治療を検討する際には、それ が標準療法になっているのか、臨床試験がすでに行われているのか、 新しすぎてまだ何もわかっていないのかなど、詳しく知らなくては なりません。また、臨床試験においても (詳細は20ページ参照) 同様 の考慮が必要です。 14 ア ドバイス 7 ベストの治療法を決断する 自分にとってベストの治療法を選択するために、右記の リストを一つひとつ確認してみてください。 すべてにチェック を入れられたとき、治療法を決断しましょう。 ※「エビデンス」 とは・ ・ ・ 日本語では「科学的根拠」 などと訳されています。エビデンスがあるかどうか ということに加え、 どのレベルのエビデンスなのかが重要です。 ●エビデンスのレベル 信頼性 エビデンスの レベル 内 容 Ⅰa 複数の無作為比較試験(試験対象となる患者さんを無 作為に、対照となる2つ以上のグループに分けて行う 臨床試験) の結果を総合し、 統計学の手法を用いて解析 (メタアナリシス)する 高い Ⅰb 無作為比較試験(試験対象となる患者さんを無作為に、 対照となる2つ以上のグループに分けて行う臨床試験) Ⅱa 無作為でない2つ以上のグループに分けて行う臨床 試験 (非無作為比較試験) Ⅱb 比較試験ではないが、 きちんとした計画に基づいた臨床 試験を行った結果 (準実験的試験) Ⅲ 低い 15 Ⅳ 同じ症例を文献的に集めて比較検討した結果 (非実験的記述的研究) 専門家による症例報告・意見・経験など ●治療法を決定するときのチェックリスト □ あなたが受けようとしている治療法は、 現在の医療の中で、 どんな位置にあるのか理解していますか? □ テレビ、 新聞、 雑誌などマスコミが発信した「最新」治療の 情報を鵜呑みにしていませんか? □ その治療法に「エビデンス」※ があるか、医師に確認しま したか? □ その治療法は「標準療法」かどうか、医師に確認しまし たか? □ 今のあなたにとって、がん治療のゴール(目的地)は何で あるか、 わかっていますか? □ 治療のゴールを医師と話し合い、 共有していますか? □ 自分の人生で何が最優先事項か、自分自身としっかり 向き合いましたか? □ その治療を始めて、 後悔はありませんか? 16 コ ラ ム 患者さんの気持 ご家族には、医療でない領域の3つの大切なことができ ます。 問題点を 発見すること 患者さんの 気持ちを 認識すること 解決しない 問題に つきあうこと 患者さんの悩みは、多くの場合、回答がなく解決できない問題 です。患者さんの抱えている問題点をご家族が認識するだけで も十分なサポートの一環といえるでしょう。ぜひ、それに気づい ていただきたいと思います。 大切なのは、患者さんに同意しながら患者さんの話を 傾聴することです。例えば、患者さんがいらだっていたら、 「いらだつんだね、それも無理はないよ」と受け止めましょう。 そして、 「どう思っているの?」と話を引き出す助けを出し、特に 何も言わずに、話をよく聞きましょう。きっと、患者さんは、 「ああ、 私の気持ちをわかってくれるんだなあ」と喜びを感じることで しょう。 17 ちを知る(家族の役割) 家族では対処できないほど問題が大きいと思ったら、チー ムB(臨床心理士、 ソーシャルワーカーなどの支援チーム、 詳細は7∼8ページ参照) などに助けを求めるのも、 ご家族の大切 な役割です。ご家族で抱え込もうとせずに、チーム医療の一員 として、チームBと共に患者さんを支えていきましょう。 ご家族はまず、ご自分を大切にしてください。患者さん のためにご自身を犠牲にしたり、やりたいことをすべて 我慢してはいけません。ご自身が元気なことが、患者さんを支 えるチームとしての活力を維持するためにも重要です。 寄り添い、思いやり・ ・ ・話に耳を傾けることが大切 18 ア ドバイス 8 自分の希望を伝えよう 病気の治療法は1つではありません。どんな状況において も選択肢(オプション)があります。そして選択は、あなたの ライフスタイルや希望によって個別化されるべきものです。治療 の前はもちろん、治療の途中でも常に自分の希望を医師に伝えま しょう。 自分の最優先事項は何かを伝えましょう。例えば、乳がん でしたら「乳房を失いたくない」ということが何にもまして 強い希望である場合もあるでしょう。また、副作用の強い治療を受 けたくない、積極的な治療を受けたい、なるべく入院期間を短くし たいなど、人それぞれ最優先にすることは違うはずです。それぞれ の希望を優先する治療と、標準療法を比べながら、医師と一緒に検 討することが大切です。 症状が悪化したときのことは、元気なときに考えておき ましょう。最悪の事態になったときでは、冷静な判断ができ ません。自分が希望しているのは何か、家族とも話し合い、どんな 治療を受けたいかを医師に伝えておきましょう。 19 ア ドバイス 9 恐れずにチャレンジしよう セカンドオピニオンを取る目的は、自分の病気の診断や 治療方針について、違う角度から見た意見を聞くことです。 別の病院の医師や、専門が違う医師の意見を聞いてみることで、 より広い視野で考えることができるようになります。自分が納得で きる方向が見つからないときは、サードオピニオンを受けてみるの もよいでしょう。 臨床試験への参加も考えてみましょう。その際に、まず 確認することは、自分は標準療法を受けたかどうかです。 次に、臨床試験と標準療法の関係について医師に確認してください。 そして、臨床試験がどういう規模で、どういう目的で、どういうシ ステムで行われるか、詳しく説明を求めてください。そのうえで、 ベネフィット(利点)とリスク(危険性)を考慮して判断するように しましょう。 20 ア ま と め 最良の医療を受ける ドバイス 1 あわてずに自分の病気を知ろう ●あせらない。 一歩引いて考えよう。 ●本当にがんなのか? ●医師は細胞を取って検査したか? ●治療法はいくつもある。 ●がんは上手につきあえる病気。 ア ●気長に闘病するぞと、 気持ちを切り替えよう。 ドバイス 2 必要な情報を病院で集める ア 診察室で医師の話を聞くときは・ ・ ・ ●話の内容を漏らさずに聞く。 ●医師から説明されないからといって、 自分は知らなくてもい いと考えない。 ●深刻な病気のときは、 医師の許可をもらって説明を録音させ てもらう。 ●家族や友人と一緒に医師の話を聞く。 ドバイス 3 「自分のカルテ」を自分で作る ●薬の名前、 用法、用量、目的などを書けるようになろう。 ●薬を服用する理由を理解する。 ア ●自分自身でカルテを作ってみよう。 ドバイス 4 質問上手になる ●質問するタイミングを考える。 ●質問の内容は事前に整理しておく。 ●医師以外のスタッフにも聞いてみる。 ●普段から質問の練習をしておく。 21 ア ための9つのアドバイス ドバイス 5 医師の話した内容を消化する ●医師から聞いたことは、 家族や友人の前で反復する。 ●図書館やインターネットなどで勉強する。 ●テレビ ・雑誌・書籍などの情報は鵜呑みにせず、医師に相談する。 ア ●疑問・質問は書き残しておき、 次の診断で確認する。 ドバイス 6 標準療法か確かめる ア 自分の治療法を決定する際に・ ・ ・ ●治療が標準療法かどうか聞く。 ●標準療法でないときは、 理由を尋ねる。 ●複数の選択肢があれば、 自分に合った治療を考える。 ●最新治療や臨床試験などは、 標準療法を試したうえで視野に 入れる。 ドバイス 7 ベストの治療法を決断する ●16ページのリストをチェックし、 自分にとってベストの治療法 ア を選択しよう。 ドバイス 8 自分の希望を伝えよう ●病気の治療法は1つではない。 どんなときにも選択肢がある。 ア ●医師に自分の希望、 最優先事項を伝え、納得して治療を進める。 ドバイス 9 恐れずにチャレンジしよう ●セカンドオピニオンを聞いてみよう。 ●臨床試験への参加を考えてみる。 22 2007年7月作成