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ストレス社会と現代的病理

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ストレス社会と現代的病理
第 3 節 社会の主体としての消費者・生活者∼幸福の探求
2.ストレス社会と現代的病理
2
.ストレス社会と現代的病理
ストレス社会と現代的病理
理
幸福度に関する分析によって、統計学的に、ストレスがない人はある人より幸福であるという
ことが分かったが、現代社会はストレス社会とも言われるように、多くの人がストレスにさらさ
れながら生活を送っている。今後の社会の在り方を検討するに当たっては、
「ストレス」につい
て考察することが重要である(学術的な意味の「ストレス」についてはコラム参照)
。
ストレスを感じる人の割合の推移を見ると、感じると回答した人(
「強く感じる」
、
「やや強く
第1章
(1)日本のストレス社会化の程度とその原因
感じる」の合計)の割合は、2003年以降5割前後で推移しており、ほぼ半数がストレスを感じな
ストレスを感じる人が半数を超えている
第1-3-6図
●ストレスを感じる人の割合の推移●
強く感じる
やや強く感じる
どちらともいえない
41.7
27.3
あまり感じない
まったく感じない
(年)
11.4
2007
13.1
2006
12.8
2003
9.7
39.4
2002
8.9
38.9
2001
8.4
19.8
25.0
43.2
30.5
37.4
20
17.1
31.2
37.0
2004
0
25.3
43.6
11.0
2005
19.1
40
0.5
0.9
1.0
17.8
1.2
19.4
1.0
29.6
21.4
1.2
31.7
21.5
1.0
60
80
消費者市民社会に向けた消費者・生活者の役割と課題
がら生活をしていることが分かる(第1−3−6図)
。
100(%)
(備考) 1. アサヒビール株式会社お客様生活文化研究所「食と健康のセンサス」
により作成。
2.「あなたは普段、
どの程度ストレスを感じていますか。」
との問に対する回答者の割合。
3. 首都圏の15∼69歳の男女1,000人。
63
2008年の内閣府の調査においても「あなたは日頃、
ストレスを感じますか」と尋ねたところ、
「ス
トレスを感じる」と回答した人(
「とてもストレスを感じる」
、
「ややストレスを感じる」と回答
した人の合計)が、57.5%と過半数を占めている(第1−3−7図)
。年齢層別に見ると、40代の
69.1%を最高に、30代66.5%、20代64.1%、50代61.0%と続いており、10代でも52.0%が「ストレス
を感じる」と回答している。また、
「ストレスを感じる」と回答した人に対して、その理由を尋
ねたところ、
「収入や家計に関すること」
(39.9%)
、
「仕事や勉強」
(38.3%)
、
「職場や学校におけ
る人間関係」
(34.4%)などが挙げられ、
個人によって様々な要因が影響していることが分かる(第
1−3−8図)
。
20代から50代では日頃ストレスを感じている人が6割を超えている
第1-3-7図
●日頃のストレスの程度(年齢層別)●
とてもストレスを感じる
全体
14.9
15∼19歳
14.8
20∼29歳
60∼69歳
70∼79歳
6.9
0
19.2
49.8
15.3
20
20.3
40
31.2
33.2
60
(備考) 1. 内閣府「国民生活選好度調査」
(2008年)
により特別集計。
2.「あなたは日頃、
ストレスを感じますか
(○は1つ)
」
との問に対する回答者の割合。
3. 回答者は、全国の15歳以上80歳未満の男女4,163人
(無回答を除く)
。
64
3.1
1.1
1.0
13.4
1.3
14.3
1.3
22.6
17.5
31.2
24.2
15.0
37.6
9.4
2.8
18.6
47.0
44.9
16.1
22.4
16.1
46.2
19.3
50∼59歳
20.6
37.2
19.5
40∼49歳
17.3
42.6
17.9
30∼39歳
まったくストレスを感じない
どちらともいえない
あまりストレスを感じない
ややストレスを感じる
80
4.3
8.3
100 (%)
第 3 節 社会の主体としての消費者・生活者∼幸福の探求
様々な要因がストレスの原因になっている
第1-3-8図
(%)
50
●ストレスの原因●
39.9
40
38.3
34.4
28.3
30
21.8
15.3
6.4
4.7
(備考) 1.内閣府「国民生活選好度調査」(2008年)
により作成。
2.
「あなたは日頃、
ストレスを感じますか。
(○は1つ)
」
という問に、
「とてもストレスを感じる」、
「ややストレスを感じる」
と答えた人
に、
「そのストレスの原因として、
あてはまるものは何ですか。
(あてはまるもの全てに○)
」
と尋ね、
回答した人の割合。
3.回答者は、
全国の15歳以上80歳未満の男女2,393人。
子どもの半数以上がストレスを感じるというのは憂慮すべき事態であるが、これに関連し、子
どもの置かれている状況についての国際比較調査の結果を紹介しよう。先進24か国の15歳の生徒
に対し、
「自分が孤独であると感じるか」を尋ねたところ、
「孤独を感じる」と回答した生徒の割
合は、日本が24か国中で飛び抜けて多かった(日本29.8%)
(第1−3−9図)
。
この二つの調査結果から、国際的に見れば経済的には恵まれているものの、孤独とストレスに
さいなまれている日本の子どもの姿が浮かび上がる。
消費者市民社会に向けた消費者・生活者の役割と課題
7.6
その他
高齢者や病人の
介護
子育て
8.1
通勤・通学
9.1
近所付き合い
9.1
子どもの教育
家事
家族の健康状態
家族関係
自分の健康状態
職場や学校に
おける人間関係
仕事や勉強
収入や家計に
関すること
0
9.3
親せき付き合い
10.4
10
第1章
20
日本の15歳の約3割が孤独を感じている
第1-3-9図
●自分が孤独であると回答した15歳の割合●
29.8
日本
7.6
カナダ
フランス
6.4
ドイツ
6.2
イタリア
6.0
5.4
英国
0
5
10
15
20
25
30 (%)
(備考) 1.UNICEF Innocenti Research Centre「An overview of child well-being in richcountries」
(2007年)
により作
成。
2.2003年に孤独を感じると回答した15歳の学生の割合。
65
コ
ラ
ム
ストレスとは
「ストレス」という言葉は、現在では広く普及しているが、学術的には仕事の忙殺、人間関
係など「ストレッサー(ストレスを引き起こす要因)
」によって「心身に負荷がかかって歪ん
だ状態」を意味する。元来、物理学での用語であったが、人のこころにこの言葉が使われる
ようになったのは、生理学者のハンス・セリエが1930年代に「ストレス学説」を提唱したこ
とに由来する88。
ストレスには生体的に有益である快ストレス(eustress)と不利益である不快ストレス
(distress)の2種類があるとされるが、同じ要因(あるスポーツをする、しないなど)でも
その人にストレスが現れるか否かは違い、ストレッサーには個人差がある。また適度のスト
レスは個々人の生産性を上げるとされる。しかし、ストレスがある一定の限界を超えてしまっ
た場合、身体や心に摩耗が生じてしまう(アロスタティック負荷)。
これをセリエは、実験動物(ラット)にいろいろな物質を注入しても、体内組織に同じ症
状が現れることに注目し、動物は外部から加えられた有害な作用が何であろうと同じように
反応するという考えに立って研究を進め、動物のストレス反応が一定のプロセスから成るこ
とを明らかにした。まず、リンパ組織の萎縮、自立神経の失調、胃潰瘍などが起こるなど、
体内の組織や器官が警告を発するようになる(警告反応期)が、それを過ぎると、身体が抵
抗力を示して一時的にこれらが治る(抵抗期)。しかし、抵抗するエネルギーにも限界があり、
やがて最後にはエネルギーが尽きて死んでしまう(疲はい期)
。後に、このストレス反応は、
ヒトにも見られることが確かめられ、セリエのストレス学説は広く普及していくことになっ
た。
88 詳細は杉晴夫(2008)を参照のこと。
66
第 3 節 社会の主体としての消費者・生活者∼幸福の探求
我が国では出生率が低下し、少子化が進んでいるがその理由の一つとして、子育ての大変さが
挙げられる。では、子育て中の母親は世間の風潮をどう感じているのだろうか。
妊娠中もしくは出産後3年未満の女性に対し、
「周囲や世間の人々に対してどのように感じて
いますか」と尋ねたところ、
「社会全体が妊娠や子育てに無関心・冷たい」
、
「社会から隔絶され、
自分が孤立しているように感じる」という項目について、
「そう思う」
(
「非常にそう思う」
、
「ま
あそう思う」の合計)と回答した女性は、
それぞれ48.8%、
44.2%となっている(第1−3−10図)
。
第1章
第1-3-10図
子育て中の母親は周囲の環境に不満や不安を持っている
●子育て中の母親の意識●
社会全体が妊娠や
子育てに無関心・冷たい
まあそう思う
20.1
社会から隔絶され、
自分が
孤立しているように感じる
28.7
11.3
32.9
不安や悩みを打ち明けたり、 4.5
相談する相手がいない
0
0
16.5
10
10
20
20
30
30
40
40
50
50 (%)
(備考) 1.財団法人こども未来財団「子育て中の母親の外出時等に関するアンケート調査」
(2004年)
により作成。
2.
「周囲や世間の人々に対してどのように感じていますか。」
との問に対し、
「 社会全体が妊娠や子育てに無関心・冷た
い」、
「社会から隔絶され、
自分が孤立しているように感じる」、
「不安や悩みを打ち明けたり、相談する相手がいない」の
各項目について、
「非常にそう思う」、
「まあそう思う」
と回答した人の割合。
3.回答者は、全国の18歳∼49歳既婚女性で、妊娠中もしくは出産後3年未満の人1,069人。
消費者市民社会に向けた消費者・生活者の役割と課題
非常にそう思う
(2)ストレスの増大とともに増加する現代的病理
このように子ども、母親を含めて多くの国民がストレスにさいなまれている。ストレス自体は
適度な状況に置かれていれば、社会的な問題にはならない。しかし、ストレスが一定の限界を超
えたとき、いわゆるうつ病、いじめ、家庭内暴力など現代的病理との関係が問題とされている。
● うつ病の増加
現代的病理には様々なものがあるが、例えば、精神疾患の患者数はどのくらい存在するのであ
ろうか。
「気分[感情]障害(躁うつ病を含む)
」に分類される推計患者数は、96年には全国で約
6万人とされていたが、2005年には約10万5千人とされており89、推計値が9年間で約1.7倍に増
加している(第1−3−11図)
。
うつ病の分類方法については、様々な議論があるが、そのうちのある分類方法では、うつ病を
原因別に、
「身体因性」
、
「内因性」
、
「心因性」の三つに分類している90。
「身体因性」とは脳や身
体の器官の特質や薬物を原因とする場合を言い、
「内因性」とは遺伝子レベルに原因があったり、
生来脳内に精神疾患を引き起こす原因があったりする場合を言い、
「心因性」とは心理的なスト
89 厚生労働省「平成8年患者調査」
(1998年)
、
「平成17年患者調査」(2007年)より。
90 Kielholz(1978)
67
第1-3-11図
現代的病理は一層増加傾向にある
●現代的病理の概況(2002年(度)=100)●
200
172.7
171.2
150
配偶者からの暴力が関係する相談件数等
114.8
100
自殺者数
100.0
66.4
103.0
66.0
気分障害の推計患者数
50
児童相談所における児童虐待相談の対応件数
4.6
0
1990
91
92
93
94
95
96
97
98
99
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007
(備考) 1. 内閣府「配偶者暴力相談支援センターにおける配偶者からの暴力が関係する相談件数等について」、厚生労働省
「患者調査」、警察庁「平成19年中における自殺の概要資料」
(2008年)
、厚生労働省「社会福祉行政業務報
告」
(福祉行政報告例)
により作成。
2. 配偶者からの暴力が関係する相談件数等については年度、
自殺者数、児童相談所における児童虐待相談の対応
件数、
気分障害の推計患者数は年で集計。
3. 数値は、
2002年の各項目の数値を100として指数化したもの。
レスを経験したことを原因とする場合をいう91。この三つは厳密に分けるのは難しく、今日では
(第1−3−12図)
三つが相互に作用し発症する可能性が高いとの説も提唱されている92。
ストレスに関し、最近の医学では、
「うつ病は尽きるところ、脳のある部分の細胞がストレス
に弱いということではないか」という観点にたった研究も行われている93。人にはストレスに直
面すると、体を変化させることで、ストレスに対抗しようとする仕組みがある。つまり、ストレ
スがかかると、副腎皮質からはステロイドホルモン、交感神経と副腎髄質からはカラコラミンな
どといった物質が分泌される。これらの物質はストレスに対抗するために必要な物質ではあるが、
分泌状態が長く続き過ぎると体に負担がかかる。通常は、負担がかかり過ぎないようにブレーキ
を働かせる仕組みがあって元に戻るのであるが、このブレーキが弱く、脳に負担がかかった結果、
うつ病になるのではないかというのである。
うつ病は「心の風邪」とも呼ばれているが、社会の複雑化により多くの人がストレスを抱え込
んでいることを考えれば、今後のうつ病の増加が懸念される。
● 多様な現代的病理
また、うつ病と自殺の関連性が高いことから、自殺者数が減らない原因の一つとしてうつ病の
増加が考えられている。日本の自殺による死亡数は、90年には21,346人であったが、98年に急激
91 青木・笠原(2007)
、片田(2006)
92 野村(2004)
93 野村(2008)
68
第 3 節 社会の主体としての消費者・生活者∼幸福の探求
第1-3-12図
多因子の相互作用によるうつ病発症の可能性が提起されている
●うつ病の発生原因についての考え方●
内因性
心因性
遺伝
第1章
発達期環境
(過去のストレス)
体質・性格
(脳の反応性)
環境
(現在のストレス)
加齢・薬物
感染・身体病など
精神疾患
(うつ病業)
(備考) 青木公義、笠原洋勇「うつ病の成因、分類、診断基準」
より抜粋。
に増加し32,863人となり、98年以降3万人を超え高止まりしている94。2007年には90年の約1.6倍
となっている(前掲第1−3−11図)
。人口10万人当たりの自殺死亡者数で見ると、日本は23.7
人となっており、ロシアの32.2人よりは少ないものの、アメリカ(11.0人)の約2倍となっている95。
多数の自殺者がいる一方で、他者を傷つける行為に走る人々も存在する。例えば、児童に対す
消費者市民社会に向けた消費者・生活者の役割と課題
身体因性
る虐待は、近年急激に増加しており、児童相談所における児童虐待相談への対応件数は、90年に
は1,101件であったが、2007年には40,639件にのぼり、17年間で約37倍になっている96(前掲第1−
3−11図)
。また、全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられた配偶者からの暴力に関する
相談は、2002年度には35,943件であったが、2007年度には62,078件と約1.8倍になっている97(前掲
第1−3−11図)
。
その他の現代的病理とも言えるものとして、ひきこもり、いじめなどが考えられるが、ひきこ
もりの状態にある子どもがいる推計世帯数が約26万世帯98 、学校におけるいじめの認知件数は約
10万1千件(2007年度)99となっている。
94 警察庁「平成19年中における自殺の概要資料」
(2008年)より。
95 世界保健機関ウェブサイト(http://www.who.int/mental_health/prevention/suicide/country_reports/
en/index.html)より。
96 厚生労働省「社会福祉行政業務報告」
(福祉行政報告例)より。
97 内閣府「配偶者暴力相談支援センターにおける配偶者からの暴力が関係する相談件数等について」より。
98 小山・三宅(2007)。なお、
「ひきこもり」とは、「仕事や学校にゆかず、かつ家族以外の人との交流をほ
とんどせずに、6ヶ月以上続けて自宅にひきこもっている」状態とされている(時々は買い物などで外出
することもあるという場合も含まれる)
。
99 文部科学省「平成19年度児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(2008年)より。いじ
めの認知件数は国公私立の小中高等学校および特別支援学校を合わせたもの。なお、2007年よりいじめと
は「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的
な苦痛を感じているもの」と定義をしている。 69
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