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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号

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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
株式会社
国際協力銀行(JBIC)
JBIC 中国レポート
2012 年
7・8
月号
新公布法令・改正法令情報................................................................................................... 2
主な新公布法令 .................................................................................................................... 2
新公布法令解説 1.................................................................................................................. 6
輸出財貨・役務に係る増値税及び消費税管理弁法
新公布法令解説 2................................................................................................................ 12
雇用単位職業健康監護監督管理弁法及び関連法令
新公布法令解説 3................................................................................................................ 15
外商直接投資における人民元決済業務に係る操作の細則を明確にすることに関する中国
人民銀行の通知
時事問題研究-中国及び東南アジアのFTA発動のインパクト........................................... 22
中国智庫- 寄稿(毎号掲載)
富士通総研経済研究所 主席研究員 柯
日中関係の新たな動き―日本企業の対中投資戦略のあり方
隆 ........................ 26
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
JBIC 中国レポート
本レポートは、株式会社国際協力銀行
北京代表処が、日系企業の皆様の中国に於ける
ビジネスの参考として役立ちそうな投資、金融、税制等にかかる現地の情報を集め、配
信させて頂くものです。本レポートに関するご質問・ご要望等ございましたら、当代表
処までご照会下さい。
また、本レポートはホームページでも御覧頂けます。
(http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html)
株式会社国際協力銀行
北京代表処
菊池 洋
新公布法令・改正法令情報
主な新公布法令【 1 】
(直近 3 ヶ月にて公布された新法令のうち、特に重要と思われるものについて会社設立・
M&A、債権管理、労務管理、税関管理、税務・会計、外貨管理、その他の項目別にとりま
とめたもの。また、法令名が太字の法令等については解説等を掲載。
)
 会社設立・M&A
法令名:
外商投資ベンチャー投資企業の備案管理を完全化することに関する商務部の通
知
公布部門:
商務部
文書番号:商資函[2012]269 号
公布日:
2012 年 5 月 7 日
施行日:-
概要等:
本通知は、外商投資ベンチャー投資企業の備案管理を完全化するため、
「外商投
資ベンチャー投資企業管理規定」(対外貿易経済合作部/科学技術部/国家工商行
政管理総局/国家税務総局/国家外貨管理局令[2003]年第 2 号)及び「外商投資ベ
ンチャー投資企業及びベンチャー投資管理企業の審査認可事項に関する商務部
の通知」(商資函[2009]9 号)に基づき、これらの関連事項について通知するも
のである。
1
本来、法令の公布は、中央性法規については国務院の、地方性法規については地方人民代表大会常務委
員会の承認を経てなされる。本レポートでは、かかる公布手続きを経たことが確認できない法令、規範性
文書(法令以外の文書)についても、便宜上、その発出日を公布日として表記。施行日については、規定
により確認可能であるものについてのみ、表記している(「-」は未確認の意)。また一部法令については、
遡及施行されている。
例)企業所得税法に基づき制定された税務通達
公布日:2009 年7月 1 日、施行日:2008 年 1 月 1 日(遡及適用)。
また、文書番号の文字部分は、法令公布部門を表す。
2
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
・ 税務・会計
法令名:
企業所得税課税所得額に係る若干の税務処理問題に関する国家税務総局の公告
公布部門:
国家税務総局
文書番号:国家税務総局公告 2012 年第 15 号
公布日:
2012 年 4 月 24 日
施行日:2011 年度以降
概要等:
本公告は、
「企業所得税法」(中華人民共和国主席令第 63 号)及び「企業所得税
法実施条例」(国務院令第 512 号)並びにその他の関連規定に基づき、企業所得
税課税所得額に係る、各種費用の損金算入、過年度に発生した損金算入すべき
であるけれども損金算入していない支出の税務処理等の若干の税務処理問題に
ついて定めるものである。
法令名:
労働災害従業員が取得する労働災害保険待遇に関係する個人所得税政策に関す
る通知
公布部門:
財政部、国家税務総局
文書番号:財税[2012]40 号
公布日:
2012 年 5 月 3 日
施行日:2011 年 1 月 1 日
概要等:
本通知は、労働災害従業員及びその近親者に対し、「労働災害保険条例」(国務
院令第 586 号)規定に従い取得した労働災害保険待遇(労働災害保険待遇には、
一括性の後遺障害補助金、後遺障害手当、一括性の労働災害医療補助金、一括
性の後遺障害就業補助金、労働災害医療待遇、入院での食事補助費、外地で治
療を受けるための交通費・食費・宿泊費用、補助器具費用、生活看護費等を含
む)については、個人所得税を免除することを通知するものである。免除は 2011
年 1 月 1 日以降のものを対象とするとされている。
法令名:
広告費及び業務宣伝費支出の税前控除に政策に関する通知
公布部門:
財政部 国家税務総局
文書番号:財税[2012]48 号
公布日:
2012 年 5 月 30 日
施行日:2011 年 1 月 1 日から
2015 年 12 月 31 日まで
概要等:
本通知は、化粧品製造・販売業、医薬製造業及び飲料製造業(酒類製造を含ま
ない)企業に発生した広告費及び業務宣伝費支出は年間売上高の 30%まで損金
算入が認められ、30%を超える部分は翌年度以降へ繰越して控除をすることが
できることを定めるものである。
法令名:
「輸出財貨・役務に係る増値税及び消費税管理弁法」の発布に関する公告
公布部門:
国家税務総局
文書番号:国家税務総局公告 2012 年第 24 号
公布日:
2012 年 6 月 14 日
施行日: -
概要等:
本公告は、増値税及び消費税の輸出税額還付に関して、従来存在していた 85 に
及ぶ規定・通知等を廃止し、役務の輸出も加え、総合的に還付手続きについて
定めるものである。
→新公布法令解説 1
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
・ 労務管理
法令名:
雇用単位職業健康監護監督管理弁法
公布部門:
国家安全生産監督管理総局
公布日:
2012 年 4 月 27 日
概要等:
本弁法は、「職業病防止処理法」に基づき、労働者の健康及びその関連権益を
文書番号:国家安全生産監督管理総局令第 49 号
施行日:2012 年 6 月 1 日
保護するため、雇用単位の職業健康に対する監護業務を規範し、職業健康に対
する監護の監督管理について定めるものである。なお、本弁法の公布と同日に、
「職業病防止処理法」に基づく関連事項に関する法令が本弁法以外に 5 件、公
布されている。
→新公布法令解説 2
法令名:
対外労務合作管理条例
公布部門:
国務院
文書番号:国務院令第 620 号
公布日:
2012 年 6 月 4 日
施行日:2012 年 8 月 1 日
概要等:
本条例は、対外労務合作すなわち労務人員が他の国又は地域に赴き国外の企業
又は機構のために業務するよう組織する経営活動の健全な発展を促進し、労務
人員の適法な権益を保障するため、対外労務合作に従事しうる企業の資格及び
責任、関係する契約、政府によるサービス及び管理並びに法律責任等に関する
事項について定めるものである。
法令名:
防暑降温措置管理弁法
公布部門:
国家安全生産監督管理総局
文書番号:安督総安健[2012]89 号
公布日:
2012 年 6 月 29 日
施行日:2012 年 6 月 29 日
概要等:
本弁法は、「職業病防止処理法」、「安全生産法」、「労働法」、「労働組合法」等
の関連法律法規に基づき、高温下での作業・高気温での作業労働保護を強化し、
労働者の健康及びその関連権益を維持することを目的とするもので、高温作
業、高気温等について定義しその基準を明確にすると共に、雇用単位等の責任
について定めるものである。
・ 外貨管理
法令名:
外商直接投資における人民元決済業務に係る操作の細則を明確にすることに関
する中国人民銀行の通知
公布部門:
中国人民銀行
文書番号:銀発[2012]165 号
公布日:
2012 年 6 月 14 日
施行日:-
概要等:
本通知は、外商投資企業の人民元による直接投資に関する実務上の取扱いに関
し明文規定がない事項について、その明確化と規範化をすることを目的として、
各種の実務上の取扱いについて定めたものである。
→新公布法令解説 3
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
法令名:
貨物貿易外貨管理制度改革に関する国家外貨管理局、税関総局及び国家税務総
局の公告
公布部門:
文書番号:国家外貨管理局公告 2012 年第 1 号
国家外貨管理局、税関総局、
国家税務総局
公布日:
2012 年 6 月 27 日
施行日:2012 年 8 月 1 日
概要等:
本公告は、貨物貿易に係る外貨管理方式の変更、輸出通関手続きの変更につい
て定めるものである。本公告の施行により、
「貨物貿易外貨管理制度の改革試行
に関する国家外貨管理局、国家税務総局及び税関総署の公告」
(国家外貨管理局
公告 2011 年第 2 号、本公告の施行により廃止)により一部地域について試験的
に行われていた貨物貿易外貨管理制度改革が全国的に行われることになる。
・その他
法令名:
遊休土地処置弁法
公布部門:
国土資源部
文書番号:国土資源部令第 53 号
公布日:
2012 年 6 月 1 日
施行日:2012 年 7 月 1 日
概要等:
本弁法は、
「土地管理法」、
「都市不動産管理法」及び関係法律法規に基づき遊休
地の取り締まり等について定めた「遊休土地処置弁法」(国土資源部令第 5 号、
1999 年 4 月 28 日公布)を改正するもので、遊休土地の認定基準や認定手続き
について明確化される等の変更が見られる。
法令名:
発明特許出願優先審査管理弁法
公布部門:
国家知識産権局
公布日:
2012 年 6 月 19 日
概要等:
本弁法は、所定の要件を満たす発明特許出願に対して、通常の出願に比べて優
文書番号:国家知識産権局第 65 号
施行日:2012 年 8 月 1 日
先的に審査し、早期に審査を終了させることを定めるもので、優先的な審査が
行われる要件及び審査手続きについて規定している。
法令名:
出入国管理法
公布部門:
全国人民代表大会常務委員会
文書番号:中華人民共和国主席令第 57 号
公布日:
2012 年 6 月 30 日
施行日: 2013 年 7 月 1 日
概要等:
本法は、中国人及び外国人の中国における出入国と在留について定めたもので
ある。同法は、現行の中国人に関する「公民出入国管理法」及び外国人に関する
「外国人出入国管理法」の 2 法令(共に 1985 年 11 月 22 日全国人民代表大会常
務委員会公布、1986 年 2 月 1 日施行)に代わる新法として制定されたもので、
本法の施行と同時にこれらの現行法を廃止することとされている。
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
新公布法令解説 1
輸出財貨・役務に係る増値税及び消費税管理弁法
国家税務総局より 2012 年 6 月 14 日に公布された「輸出財貨役務の増値税及び消費税の
管理弁法」(国家税務総局公告 2012 年第 24 号。以下、「本弁法」という。
)は、増値税及
び消費税の輸出税額還付(免除)に関して、従来の 85(リストでは重複法令があるため実
際は 84)に及ぶ規定、通知を廃止し、役務の輸出も加え、総合的に輸出に関する増値税、
消費税の免除、還付手続きについて定めており、財貨、役務を輸出する企業にとっては、
必ず理解しておかなければならない法令である。
特に、増値税の輸出税額還付に関する基本的規定であった「輸出財貨税額還付(免除)
管理弁法」(国税発〔1994〕031 号・1994 年 2 月 18 日)は、従来部分的に執行停止又は
廃止条文が指定されていたが、本弁法により全面的に廃止されたことに注意を要する。
また、本弁法に関連する事項である輸出企業及び輸出財貨役務の範囲、税額還付(免除)
及び免税の適用範囲と計算方法は、
「財政部・国家税務総局の輸出財貨の増値税及び消費税
に関する政策の通知」(財税[2012]39 号・2012 年 5 月 25 日)に規定されている。
1.本弁法の位置づけ
「増値税暫定施行条例」及び同実施細則と「消費税暫定条例」及び同実施細則は、いず
れも 1994 年 1 月 1 日から施行されているが、その後、
「対外貿易法」
【 2 】の改正による対
外貿易企業の認可制度から届出制への改正、物流園区の設置、
「外商投資商業領域管理弁法」
【 3 】の制定による生産型企業に対する仕入輸出の容認、輸出に関する人民元決済の一部容
認、輸出外貨回収消込の電子データ処理化、保税加工貿易手帳の電子化等の法令の改正が
行なわれてきている。本弁法は、これらをすべて取り入れた輸出税額還付、免税に関する
総合的な法令として制定されたものである。
2.検討
(1)輸出財貨・役務に関する増値税、消費税の問題
①増値税の財貨役務の輸出売上に対応する仕入税額の還付についての概要
2
3
全国人民代表大会常務委員会、国家主席令第 15 号、2004 年 7 月 1 日施行。
商務部令 2004 年第 8 号、2004 年 6 月 1 日施行。
6
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
中国の「増値税」とは、“Value added Tax”(付加価値税)の中国語への翻訳であり、
アメリカ以外の国では広く採用されている税金である。課税標準からいえば付加価値税で
あり、日本では最終消費者がこの税を負担することから消費税と呼んでいる。
一般に増値税は、輸出売上については免税とし、輸出売上に対応する仕入税額について
は還付し、国外から輸入されるときは輸入通関時に関税とともに課税される。
これは、「国境税調整」
“Border Adjustment”と呼ばれ、国ごとに税率が異なることを
除去し、国際取引ではこの税金がない状態を作り出すのが目的である。付加価値税の基本
的仕組みのひとつとされる。
つまり、国内売上に対応する要納税額があれば、その税額から還付額を控除して、還付
額が大きいときはその差額を還付し、還付額が小さい時は差額を納付することになる。
②消費税の輸出売上に関して免除又は還付の問題についての概要
中国の「消費税」とは、日本の旧物品税に相当し、タバコ、酒及びアルコール、ガソリ
ン、乗用車等に課税されている。課税品目は、奢侈品、社会的に消費の抑制が必要なもの、
資源の保護等の観点から選定されている。
原則は、工場出荷課税であり、自社生産輸出については免税ではあるが、代理輸出等で
は実務上、一旦納税した後に還付されることもある。ただし、同税の根拠法令である「消
費税暫定施行条例」及び同実施細則その他消費税関連法規には、還付に関する規定は見当
たらない。
輸出の場面では、内国消費でないこと、国際的な競争力を維持すること等を理由として、
消費税については免除又は還付とされている。
(2)輸出税額還付(免除)資格の認定
本弁法第 3 条は、輸出税額還付(免除)資格の認定に必要な書類を次のとおり規定して
いる。
(a)届出登記専用印が押印された《対外貿易経営者届出登録表》又は《中華人民共和国外
商投資企業認可証書》
(b)中華人民共和国税関輸出入財貨受領発送者通関登録登記証書
(c)銀行口座開設許可証
(d)届出登記未手続で委託輸出業務が発生した生産企業は、委託代理輸出協議を提出し、
(a)、(b)の資料は提出する必要がない。
(e)主管税務機関が要求するその他の資料。
内国資本企業は、対外貿易企業の届出が必要であるが、外商投資企業はもともと自ら生
産する製品及び生産に必要な原材料部品については輸出入権を有しているため、対外貿易
企業の届出は必要はない。
7
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
(3)生産企業の輸出財貨の税額の「免除・控除・還付」の申告手続
そもそも、増値税の「免除・控除・還付」とは、輸出については免税とし、輸出売上に対
応する仕入税額は還付され、国内売上の納税額があればそこから控除できることを指して
いる。よって、控除は単に税額納付上の手続の問題であり、本質的には免除・還付が実体
上の規定であるため、財貨の輸出時における増値税の取扱いとして一般的に使用される「免
除・控除・還付」という表現は、場面の異なった概念の言葉を含む非常に混乱を招きやすい
表現であるといえる。
①申告手続と期限
本弁法第 4 条第(1)号では、当月の輸出財貨については、翌月の増値税申告期限内に主管
税務機関に免除・控除・還付手続及び消費税の免税申告を行なうものとされている。
また、財貨の輸出の日の翌月から翌年の 4 月 30 日までにこの手続を行なわないと、期
限経過後は増値税の免除・控除・還付手続及び消費税の還付手続きができないことに注意を
要する。
②免除・控除・還付の申告資料
本弁法第 4 条第(2)号第 2 に基づけば、増値税の免除・控除・還付手続きを行なうのに必要
な資料は次のとおりである。
(a)《税額の免除・控除・還付申告総括表》及びその付表(付属文書 5)
(b)《税額の免除・控除・還付申告資料状況表》(付属文書 6)
(c)《生産企業輸出財貨税額の免除・控除・還付申告書明細表》(付属文書 7)
(d)輸出財貨税額還付(免除)の正式申告電子データ
(e)下記の原始証憑
ⅰ輸出財貨通関申告書(保税区内企業は国外移送財貨届出リスト)
ⅱ輸出外貨回収消込票(延払決済、保税区内の輸出企業、国境間人民元決済業務等は別
の資料)
ⅲ輸出インボイス
ⅳ委託輸出財貨は、受託側の主管税務機関が発行した代理輸出財貨証明及び代理輸出協
議の写し
ⅴ主管税務機関が提出を要求するその他の資料
③進料加工の場合にさらに必要な資料
(a)《生産企業進料加工登記申告書》(付属文書9)
ⅰ進料加工材料部品の消込に係る資料
ⅱ主管税務機関が提出を要求するその他の資料
二重委託方式(生産企業が輸入・輸出をすべて輸出企業に委託して行なっていること、
以下同じ。)で進料加工業務に従事している企業は、委託側の代理輸入・輸出協議及
び受託側の上記資料の写し
(b)輸入通関申告書、代理輸入財貨証明及び代理輸入協議等の資料、《生産企業進料加工
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
輸入材料部品申告明細表》(付属文書 11)、《生産企業進料加工輸出財貨幇助保税輸入
控除申請表》
(付属文書 12)
(c)進料加工で保税輸入する材料部品の消込証憑、輸出入の正式電子申告電子データ
(4)対外貿易企業の輸出財貨の税額の免除・控除・還付の申告
本弁法第 5 条に基づけば、対外貿易企業の輸出財貨の税額の免除・控除・還付の申告手
続き及び期限、申告資料については次のとおりである。
①申告手続及び期限
これに関しては、生産型企業の上記 2.(2)①と同様である。
②申告資料
(a)《対外貿易企業輸出税額還付総括申告表》
(付属文書 15)
(b)《対外貿易企業輸出税額還付仕入明細申告表》(付属文書 16)
(c)《対外貿易企業輸出税額還付輸出明細申告表》
(d)輸出財貨税額還付(免除)正式電子申告電子データ
(e)下記の原始証憑
ⅰ輸出通関申告書
ⅱ増値税専用インボイス(「発票」を指す。以下、同じ)
(控除票綴り)
、輸出税額還付仕
入ロット別申告書、税関の輸入増値税専用納付書(及び輸入財貨通関申告書)
ⅲ輸出外貨回収消込票
ⅳ委託輸出財貨は、受託側主管税務機関が発行した代理輸出財貨証明、及び代理輸出協
議副本
ⅴ消費税課税物品に属するときは、消費税専用納付書又は分割票、税関の輸入消費税専
用納付書(及び輸入財貨通関申告書)
(5)輸出企業及びその他の単位が輸出するみなし輸出財貨及び対外的に提供する加工修
理修繕役務の税額還付(免除)の申告
本弁法第 6 条に基づけば、輸出企業及びその他の単位が輸出するみなし輸出財貨及び対
外的に提供する加工修理修繕役務の税額還付(免除)の対象となる取引は次のとおりであ
る。
(a)対外援助の輸出財貨
(b)対外請負工事に使用する輸出財貨
(c)国外に投資する輸出財貨
(d)税関が隔離する免税店に供せられる財貨
(e)国際入札機械電気製品の販売
(f)海上油田ガス田の探査企業が自ら製作する海洋工事構造物
(g)外洋、遠洋航海船に販売される財貨
(h)国際航空便に製造販売される航空食品
9
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
(i)対外提供される加工修理修繕役務
(6)輸出財貨役務の税額還付(免除)のその他取扱いのある事項
本弁法第7条に基づけば、輸出財貨役務の税額還付(免除)のその他の申告対象となる
取引は、次のとおりである。
(a)特殊区域(例:物流園区、輸出加工区等)に供給される水、電機、ガス
(b)保税区に搬入される財貨の国外販売
(c)輸出企業及びその他の単位が輸出する 2008 年 12 月 31 日以前に購入した設備及び
2009 年 1 月 1 日以後に購入したが、関連規定に基づいて仕入税額の控除が認めら
れない設備
(d)辺境地区での一般貿易又は辺境小額貿易項目の下での人民元決済
(e)国境貿易での人民元決済で輸出する財貨
(7)条文ごとの施行時期
本弁法第 14 条第 1 項、第 2 項に基づけば、次のとおり、条文ごとに施行時期が異なるも
のとされている。
①2011 年 1 月 1 日から
本弁法第 4 条、5 条、6 条、7 条のうち税額還付(免除)の申告期限に関する規定、第
9 条第(2)号第 3 の輸出財貨の免税申告期限の規定、及び第 10 条第(2)号の中の代理輸出
財貨証明の発行期限の規定
②3 ヶ月延長される条項
2011 年の輸出財貨役務の税額還付(免除)申告期限、第 9 条第(2)号第 3 の輸出財貨
の免税申告期限、第 10 条第(1)号の代理輸出財貨証明の発行申請期限、第 11 条第(7)号第
2 に規定する期限
③2012 年 7 月 1 日から
上記以外の条項
(8)廃止規定で重要なもの
①「輸出財貨税額還付(免税)管理弁法」(国税発[1994]031 号・1994 年 2 月 18 日)
同弁法は、増値税、消費税の還付、免税手続きに関する基本的な法令であったが、
「す
でに失効又は廃止された租税規範性文書目録を公布することに関する国家税務総局の通
知」
(国税発[2006]62 号・2006 年 6 月 12 日)において、第 4 条、第 5 条、第 6 条、第
11 条、第 12 条、第 13 条、第 24 条、第 25 条、第 26 条、第 30 条、第 31 条、第 33 条
について、関連規定の変更により廃止されていることが確認されていた。これについて、
今回、本弁法により、上記条文を含め全文が廃止された。
②「『生産企業の税額の免除・控除・還付管理操作規程』(試行)」を印刷公布することに
関する国家税務総局の通知(2002 年 2 月 6 日・国税発[2002]11 号)
10
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
同通知については、本弁法により第 1 条、第 2 条、第 4 条、第 6 条が廃止されている
が、このうち特に第 2 条第(5)号(次を参照)が廃止されていることに注意を要する。
第 2 条(5) 新たに輸出業務が発生した生産企業は第 1 回目の輸出業務が発生した日か
ら 12 ヶ月以内の輸出業務は、当期の要還付税額を計算せず、当期免除・控除税額は当
期免除・控除還付税額に等しい。控除しきれない仕入税額は、次期に繰り越して控除し、
13 ヶ月目から免除・控除・還付税額の計算式で当期の要還付税額を計算する。
この点、第 2 条第(5)号の規定に基づいて、新設企業も含め新たに輸出業が発生した生
産企業は 12 ヶ月間は輸出税額の還付(控除)が受けられないものとされていたが、本弁法
によって廃止されたにもかかわらず、本弁法にはこれに変わる規定がない。そこで、今
後の実務の取扱いに注意を要する。
11
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
新公布法令解説 2
雇用単位職業健康監護監督管理弁法及び関連法令
中国における労働者の職業病からの保護に関する基本的法律は「中華人民共和国職業病
防止処理法」
(全国人民代表大会常務委員会、2002 年 5 月 1 日施行。以下、「職業病防止
処理法」という。)であるが、同法は 2011 年 12 月 31 日に改正され(主席令第 52 号)、
同日より施行されている。
職業病防止処理法は、職業病【 4 】に関する初期予防、労働過程における防護及び管理、
診断及び職業病患者に対する保障等に関する事項を定めており、これらについて、国務院
の安全生産監督管理部門、衛生行政部門及び労働保障行政部門が関連する職責を負うもの
とされている(同法第 9 条第 2 項等)。これに関連し、2012 年 4 月 27 日、国家安全生産
監督管理総局より 4 つの法令(部門規則)が同時に公布された(いずれも同年 6 月 1 日施
行)【 5 】。
1.本弁法の位置づけ
上記の 4 つの法令(部門規則)とは、
「作業場所職業衛生監督管理規定」
(国家安全生産
監督管理総局令第 47 号)、「職業病危害プロジェクト申告弁法」(同 48 号)、「雇用単位職
業健康監護監督管理弁法」
(同第 49 号。以下、
「本弁法」という。)
、
「建設プロジェクト職
業衛生“三同時”監督管理暫定施行弁法」
(同第 51 号)である。このうち本弁法は、職業
病防止処理法に基づき、主に職業病危害に接触する作業に従事する労働者の健康監護等に
関する事項を定めており、企業管理においても関連する条項が比較的多いと見受けられる
ことから、以下において中心的に紹介する。
なお、本弁法上、
「職業健康監護」とは、労働者の職位就任前、職位在任期間、職位離脱
時及び緊急対応の職業健康検査及び職業健康監護ファイル(档案)管理をいうとされてい
る(第 3 条)
。
2.検討
4
職業病防止処理法上、職業病とは、「企業・事業単位及び個人経済組織等の雇用単位の労働者が職業活
動において、粉塵、放射性物質その他の有毒・有害要素に接触して引き起こされる疾病をいう。」ものと
定義されている(同法第 2 条第 2 項)。
5 なお、国家安全生産監督管理総局からは、本文で紹介する 4 つの法令のほか、
「職業衛生技術サービス
機構監督管理暫定施行弁法」(国家安全生産監督管理総局令第 50 号)も同日に公布されているが(2012
年 7 月 1 日施行)、同弁法は日系企業を含む一般の企業とは関連性が薄いと思われるため、本稿では言及
しない。
12
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
本弁法の多くの条項は、職業病防止処理法の内容を確認し、同様の内容を再言したもの
であるといえるが、同法を受け、その詳細又は具体的事項について定めているものも少な
からず存在する。
(1)健康検査に関する具体的事項
そもそも職業病防止処理法上、「職業病危害」とは、「職業活動に従事する労働者に対し
職業病をもたらすおそれのある各種危害をいう。」とされ、「職業病危害要素には、職業活
動に存在する各種有害な化学、物理及び生物的要素並びに作業過程において生ずるその他
の職業有害要素が含まれる。」(同法第 87 条第 2 項)とされている。そして、職業病危害
に接触する作業に従事する労働者に対しては、雇用単位が職位就任前、職位在任期間及び
職位離脱時に職業健康検査を行うべきことが義務付けられている(同法第 36 条第 1 項)。
これを受けて、本弁法においては、これらの健康検査に関して次のとおり、より具体的な
事項を定めている。
①
雇用単位が職位就任前の健康検査を実施すべき労働者の類型として、次を規定して
いる(第 11 条)。
(a)職業病危害に接触する作業に従事しようとしている新採用の労働者(当該作業を行
う職位に移籍する労働者を含む。)
(b)特殊な健康要求のある作業に従事しようとしている労働者
②
労働者の職位在任期間中、雇用単位が即座に応急の職業健康検査を実施すべき場合
として、次を規定している(第 14 条)。
(a)職業病危害要素に接触する労働者に、作業の過程において職業病危害要素への接触
と関連する不適症状が現れたとき。
(b)労働者が急性職業中毒危害を受け、又は職業中毒症状が現れたとき。
③
その従事している職業病危害に係る作業又は職位から離脱しようとしている労働者
に対しては、雇用単位は、その離脱前 30 日以内に職位離脱時の職業健康検査を実施
しなければならない(なお、離脱前 90 日以内の在職期間中に実施された職業健康検
査は、職位離脱時の職業健康検査と見なすことができる。)
とされる(第 15 条第 1 項)
。
(2)職業健康監護ファイル(档案)の作成・保存等
職業病防止処理法上、雇用単位は、労働者のために職業健康監護ファイル(档案)を作
成し、所定の期限まで適切に保存しなければならないところ(同法第 37 条第 1 項。これ
は(1)にて紹介したとおり、本弁法上の「職業健康監護」の定義事項にも含まれている。)、
本弁法においては、労働者個人に関する当該ファイルに記載すべき内容として次を定めて
いる(第 19 条)。
(a)労働者の氏名、性別、年齢、戸籍、婚姻、文化程度及び嗜好等の状況
(b)労働者の職業歴、既往病歴及び職業病危害接触歴
(c)過去の職業健康検査の結果及び処理状況
13
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
(d)職業病診療資料
(e)職業健康監護ファイルに盛込む必要のあるその他の関連資料
なお、このファイルは、労働者が雇用単位を離脱する際には、本人に当該ファイルの写
しを取得する権利があり、雇用単位は、真実の内容に従い無償で提供し、かつ、その提供
した写しに押印しなければならない(職業病防止処理法第 37 条第 3 項、本弁法第 20 条第
2 項)。
また、職業病防止処理法上、雇用単位に分割、合併、解散、破産等の自由が生じた場合
には、当該雇用単位は、職業病危害に接触する作業に従事している労働者に対して健康検
査を実施し、かつ、職業病患者について法に則り適切な手配を行うべきこととされている
ところ(同法第 61 条第 2 項)、本弁法においては、この場合に更に職業健康監護ファイル
につき、国の関連規定に基づく移管・保管を行うべきことを明確にしている(本弁法第 21
条)。
(3)その他の規定
本弁法においては、上記のほか、国の安全生産監督管理部門による雇用単位の職業健康
監護措置に対する監督管理の要領を詳細に定め(第 22 条乃至第 25 条)、雇用単位による
違反行為等に対する具体的な法律責任をも規定している(第 26 条乃至第 30 条)
。このう
ち法律責任の多くは職業病防止処理法所定の内容を再言したものであるが、一部(第 26
条所定事項)については、同法に直接の規定のないものとなっている。この点について、
「行政処罰法」【 6 】上、部門規則は法律又は行政法規が定める行政処罰を科する行為、種
類及び幅の範囲内でのみ具体的規定をすることができるのが原則であり(同法第 12 条第 1
項)、法律及び行政法規が制定されていない場合には、行政管理秩序に違反する行為に対し
て警告又は一定金額の罰金のみの行政処罰を設定することができる(同条第 2 項)
ところ、
本弁法第 26 条【 7 】所定の事項は、このうち後者に基づき規定されたとの理解が可能であ
る。
全国人民代表大会、主席令第 63 号により公布、1996 年 10 月 1 日施行、2009 年 8 月 27 日主席令第 18
号により最終改正、同日施行。
7 具体的な条文内容は次のとおりである。
本弁法
第 26 条 雇用単位が次に掲げる行為の 1 つをした場合には、警告をし、期間を限り是正するよう命ずる
ものとし、3 万元以下の罰金を併科することができる。
(1)職業健康監護制度を確立せず、又は具体化しない行為
(2)規定どおりに職業健康監護計画を制定せず、及び専門項目経費を具体化しない行為
(3)虚偽を弄し、他人を教唆して名を冒用し代わって職業健康検査に参加させる行為
(4)職業健康検査に必要な文書及び資料をありのままに提供しない行為
(5)職業健康検査の状況に基づき相応する措置を講じない行為
(6)職業健康検査費用を負担しない行為
6
14
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
3.法令の背景についての補足
Q
職業病防止処理法に基づく他の部門規則の概要如何?
冒頭で紹介したとおり、本弁法の公布と同日に、職業病防止処理法に基づくその他の関
連事項に関する部門規則も公布されており、本弁法と同日に施行されている。これらの部
門規則の概要について、ごく簡単ではあるが以下において紹介する。
(1)「作業場所職業衛生監督管理規定」
同規定は、職業病防止処理法に基づき、雇用単位における作業場所【 8 】に関する職業病
の防止・処理等の労働者の健康管理に関する事項を定めるものである。
同規定においては、職業病危害が厳重な雇用単位【 9 】に対して、職業衛生管理機構若し
くは組織を設置又は指定し、専業の職業衛生管理人員を配備すべきことを定め、その他の
職業病危害が存在する雇用単位に対しては、労働者が 100 名を超える場合には上記と同様
の措置を、労働者が 100 名以下の場合には専業又は兼業の職業衛生管理人員を配備し、当
該単位の職業病防止・処理業務に責任を負わせるべきことを定める(第 8 条)。
また、職業病危害を発生させる雇用単位の作業場所が適合すべき基本的要求の内容につ
いて、職業病防止処理法第 15 条を受け、その一部について若干の具体化を図った規定を
置いている(第 12 条)。
このほか、同規定においても法律責任に関する詳細な規定を置いているが(第 46 条乃
至第 57 条)、その一部について、本弁法と同様、職業病防止処理法に直接の規定がない行
政処罰を規定している。
(2)「職業病危害プロジェクト申告弁法」
同弁法は、職業病防止処理法上、雇用単位の作業場所に職業病目録所定の職業病の危害
要素が存在する場合に、適時に、ありのままに所在地の安全生産監督管理部門に対して危
害プロジェクトを申告し、その監督を受けるべきこととされていることを受け(同法第 16
条参照)、同法に基づき、その申告手続に関する具体的内容を定めるものである。
(3)「建設プロジェクト職業衛生“三同時”監督管理暫定施行弁法」
8
同規定上、労働者が職業活動を行う全ての場所(建設単位の施工場所を含む。)であると定義される(第
58 条第 1 項第 1 号)。
9 同規定上、国家安全生産監督管理総局が公布する「建設プロジェクト職業病危害分類管理目録」中に列
挙される職業病危害が厳重な業種の雇用単位をいうと定義される(第 58 条第 1 項第 2 号、同条第 2 項)。
15
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
同弁法は、職業病防止処理法上、建設プロジェクトの職業病防護施設に必要な費用は建
設プロジェクトの工事予算に組み入れなければならず、かつ、主体工事と同時に設計、施
工及び生産への投入・使用を行うべきとされていること(いわゆる「(職業衛生の)三同時
原則」)、及び建設プロジェクトの竣工・験収前に建設単位が職業病危害コントロール効果
に関する評価(事前評価)を受けるべきとされていること(同法第 18 条参照)から、同
法に基づき、この原則及び事前評価手続に関する詳細等を定めるものである。
同弁法においては、各建設プロジェクトにおける職業病危害の発生リスクの程度に応じ、
次のような分類監督管理が行われることを定めている(第 6 条)。
(a)職業病危害が一般的な建設プロジェクトは、その職業病危害事前評価報告を安全生産
監督管理部門に備案し、職業病防護設備は建設単位が自ら竣工・験収し、かつ、験収状況
を安全生産監督管理部門に備案しなければならない。
(b)職業病危害が比較的重い建設プロジェクトは、その職業病危害事前評価報告を安全生
産監督管理部門に報告して審査承認を受けなければならず、職業病防護施設の竣工後、安
全生産監督管理部門が験収する。
(c)職業病危害が厳重な建設プロジェクトは、その職業病危害事前評価報告を安全生産監
督管理部門に報告して審査承認を受けるべきほか、職業病防護施設の設計について安全生
産監督管理部門の審査を受けなければならず、職業病防護施設の竣工後、安全生産監督管
理部門が験収しなければならない。
また、同弁法においては、上記の職業病危害事前評価手続について、建設単位が当該建
設プロジェクトのFS論証段階において、相応の資質を有する職業栄成技術サービス機構に
委託して行い、事前評価報告を編成しなければならない(第 10 条)等の規定が存在して
いる。
16
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
新公布法令解説 3
外商直接投資における人民元決済業務に係る操作の細則を明確にすることに
関する中国人民銀行の通知
昨年、全面的に解禁された国外投資家による中国への人民元直接投資は、原則を定める
根拠法令が明確となったものの、具体的な取扱いについて規定がない事項も少なくなく、
実務上の対応において困難も見られていた。2012 年 6 月 14 日に公布された「外商直接投
資における人民元決済業務に係る操作の細則を明確にすることに関する中国人民銀行の通
知」
(銀発[2012]165 号。以下、
「本通知」という。)は、従前の根拠規定を基礎とし、この
人民元直接投資に関する銀行における具体的事項を定めるものであり、各種人民元資金(預
金口座)ごとの取扱いや国外からの人民元借入れに関する事項、資金の用途制限等が明確
にされている。本通知の制定により、利用者たる国外投資家にとっても、手続の予測可能
性の向上に資するものといえる。
1.本通知の位置づけ
国外投資家による中国への人民元直接投資については、2011 年、「クロスボーダー人民
元直接投資に関係する問題に関する商務部の通知」(商資函[2011]第 889 号。以下、「889
号通知」という。)により、その利用可能な資金の範囲、商務部門における具体的手続及び
規制等が明らかにされている【 10 】。また、これを受けて中国人民銀行より、「外商直接投
資における人民元決済業務に係る管理弁法」
(中国人民銀行公告[2011]第 23 号。以下、
「23
号弁法」という。)が発布され、同弁法により、外国企業等の国外投資家がクロスボーダー
人民元直接投資を行う際の銀行における人民元決済業務及びその関連事項の取扱いの原則
について定められている【 11 】。
本通知は、これらを受けて、「23 号弁法の具体化を貫徹し、国外投資家の人民元による
対中投資の便利化を図り、銀行業金融機構による外商直接投資人民元決済業務の処理を規
範化するため」(本通知前文)、その関連事項について規定したものである。
2.検討
10
11
詳細については、本レポート 2011 年 11・12 月号「新公布法令解説 1」参照。
詳細については、本レポート 2011 年 11・12 月号「新公布法令解説 2」参照。
17
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
(1)各専用預金口座に関する具体的取扱い
23 号弁法においては、国外投資家による人民元直接投資にあたり、その人民元資金の性
質に応じて細分化された専用預金口座の開設を義務付けていた【 12 】(23 号弁法第 5 条、
第 8 条、第 15 条)。本通知において更に定められている各専用預金口座に関する事項は次
のとおりであり、各口座において、開設口座数の制限や、投資家が自然人である場合の取
扱い【 13 】等について規定されている(本通知第 2 条、第 3 条、第 4 条、第 6 条、第 8 条、
第 9 条、第 16 条)。従前、明確でなかった不動産に対する投資制限につき、一部の専用預
金口座内の資金については、明確にその使用が禁止されている点に注意が必要である。
専用預金口座の種類
口座開設制限
投資家が自然人の場
口座内資金の不動産
合の取扱い
に関する投資制限
人民元初期費用専用
国外投資家 1 社あた
関連規定【 15 】に従い
土地の入札募集・競
預金口座【 14 】
り 1 口座のみ開設可
個人人民元銀行決済
売・公示による払下
能
口座の開設を申請
げ又は建物購入への
し、利用可能
使用不可
同上
人民元再投資専用預
金口座【 16 】
人民元資本金専用預
認可文書(外商投資
非自社用不動産の購
金口座【 17 】
企業の新規設立又は
入不可
増資)1 件あたり 1
口座のみ開設可能
人民元合併買収専用
認可文書 1 件あたり
預金口座【 18 】
1 口座のみ開設可能
同上【 19 】
12
また、いずれの専用預金口座にあっても、現金の収受・支払い業務を取扱うことは禁止される。
従前の 889 号通知、23 号弁法では、「国外投資家」について法人(企業)の場合と個人(自然人)の
場合との区別はなかったが、本通知においては明確に区別されている。
14 投資プロジェクトに関係する人民元の初期費用資金を扱う。
15 「人民元銀行決済口座管理弁法」
(中国人民銀行令第 5 号、2003 年 9 月 1 日施行)等。
16 利益分配、清算、減資、持分譲渡等を通じて取得し、国内再投資に用いる人民元資金を扱う。
17 ①国外投資家により被仕向送金される人民元の登録資本又は人民元による出資払込み資金、及び②外
商投資性会社、外商投資ベンチャー等資企業等が国内において人民元により投資を行う場合の人民元資金
を扱う。
18 国外投資家が人民元による国内企業を合併買収する場合の合併買収資金を扱う。
19 当該専用預金口座の解説義務者は買収合併される国内企業の中国側出資者であるため、ここでいう投
資家は、中国側株主ということになる。
13
18
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
人民元持分譲渡専用
同上
預金口座【 20 】
なお、上記の取扱い開始に伴い、本通知公布後 3 ヶ月以内に、国外投資家、外商投資企
業及び中国側出資者は、従前開設していた各専用預金口座につき、本通知に適合するよう
手続を行わなければならないものとされた。また、各口座開設制限に適合しない(2 つ以
上の)専用預金口座を保有している場合には、そのうち 1 つのみを継続使用するものとし
て確定し、他の口座については解約手続を行わなければならない(以上につき本通知第 10
条)とされているため、注意が必要である。
(2)国外からの人民元資金の借入れに関する取扱い
①
原則的規定
23 号弁法において、外商投資企業による国外からの人民元借入金については、その他の
人民元借入金と同様、人民元一般口座を開設してその口座に預け入れなければならないも
のとされている(同弁法第 18 条)ところ、本通知においてもその内容を再言し、かつ、
更なる事項に関する規定を置いている。
すなわち、外商投資企業は、登録資本金が期限どおりに満額払い込まれた後に初めて国
外から人民元資金を借り入れることができ、借入れ利率は貸主及び借主双方が商業原則に
従い合理的な範囲内で自主的に確定するものとされる。また、外商投資不動産企業は、国
外から人民元資金を借り入れることができない(以上につき本通知第 11 条第 1 項)。
また、国外借入れ人民元一般口座は、借入れ 1 件につき 1 口座のみ開設でき、原則とし
外商投資企業の登録地で開設しなければならない(同条第 2 項)。
更に、外商投資性会社及び外商投資ファイナンスリース会社等の特殊の類型の外商投資
企業を除き、外商投資企業の人民元・外貨借入れの総規模はいわゆる投注差を限度として
行われるべきとされる(第 13 条第 1 項【 21 】)。
②
外商投資企業の国外出資者、グループ内の関連企業及び国外金融機構からの借入れ
この場合についても、既に 23 号弁法において、人民元借入金及び外貨借入金について
総規模を合算しなければならないとされている(同弁法第 17 条)ところ、本通知におい
てもその旨を再言している。
また、この場合において、政府部門の認可又は備案文書における金額が外貨建てとなっ
20
国外投資家が中国側出資者に対して人民元により支払う外商投資企業の出資持分譲渡代金を扱う。
本条項において「国家の関連部門が認可する投資総額及び登録資本の差額を超過してはならない。
」と
規定されている。
21
19
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
ているときは、その人民元と外貨の換算為替レートは、借入契約発効日当日の中国人民銀
行が授権・公布する人民元為替レートの中間値とされる(本通知第 12 条第 1 項)
。
更に、(a)国外からの人民元借入れは発生額に基づき総規模を計算し、この借入れが期間
延長(いわゆるロールオーバー)
【 22 】する場合には、その期間延長の 2 回目以降から総規
模計算に組み入れられ、(b)外商投資企業を受益者とする国外機構又は個人による国内銀行
に対する担保の提供がなされたときは、実際に履行した人民元金額を総規模に組み入れる
ものとされ、(c)外商投資企業が国外からの人民元借入れを増資資本に転換する場合には、
この総規模に計上しないとの規定が置かれている(以上につき同条第 2 項)。
これらは、従前からの(外貨による)外債管理に関する取扱いと概ね同様の部分もある
【 23 】が、(a)発生額に基づく総規模計算の具体的内容が必ずしも明らかでなく、また期間
延長が 2 回目以降となって初めて総規模計算に組み入れられるといった点は通常の外債管
理方法とは異なるとも見受けられるため【 24 】、今後の実務の状況を確認する必要があると
いえる。
(3)用途制限等
直接投資された人民元資金の用途については、889 号通知において、既に有価証券に対
する投資、金融デリバティブ商品への投資及び委託貸付への利用が禁止されているが(同
通知第 4 条)、本通知においては、外商投資企業の人民元資本金専用預金口座及び人民元
国外借入れ一般預金口座に預け入れた人民元資金について、同様の内容が再言されている。
また、これらの人民元資金について理財商品・非自社用不動産の購入に用いることも明確
に禁止している。また、非投資類の外商投資企業が当該資金を国内再投資に用いることも
明文上禁止された(以上につき本通知第 16 条)。
特に不動産に対する投資制限については、
(1)にて既述のとおり、人民元初期費用専用預金口座資金の用途制限として個別に規定
されつつ、更に同条において上記両口座内資金の利用に対する禁止を規定しており、その
規制方針が明確となっている【 25 】。
一方で、人民元資本金専用預金口座の資金を期間 1 年以内の預金に振り替えることが明
文上認められ(人民元国外借入一般口座の資金は振替不可)
、上記両口座内の資金を国内外
22
中国語:「展期」
たとえば(b)について、
「外債管理を完全化することに関係する問題に関する国家外貨管理局の通知」
(匯
発[2005]74 号、2005 年 12 月 1 日施行)参照。
24 「一部の資本項目外貨業務管理をより一層明確にし、及び規範化することに関係する問題に関する国
家外貨管理局の通知」
(匯発[2011]45 号、2011 年 11 月 9 日発布、施行)第 2 条第 2 項においては、短期
外債についても、期間延長の回数を問わず、期間延長が生じた場合には投注差の統制に組入れられる旨が
規定されている。
25 この点、従前の 889 号通知、23 号弁法でも不動産投資に対する制限規定は存在していたものの、制限
規定をクリアすれば投資が可能とも読み取れる規定であったのが、本通知により明確に禁止されたことか
ら、一部の不動産投機筋を落胆させたといったインターネット記事(例として
http://finance.eastmoney.com/news/1359,20120716222142595.html)も見られる。
23
20
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
の貸付償還に用いることも認められた(第 16 条、第 17 条)。
また、上記両口座内の資金については、給与支払及び企業の出張旅費、小口調達及び小
口支出等を用途とする準備金等を除き、国内の同名義人民元預金口座に振り替えてはなら
ないとされる(第 18 条)。
21
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
時事問題研究-中国及び東南アジアのFTA発動のインパクト
FTA(Free Trade Agreement。自由貿易協定)の締結が世界で多数行われている。FTA
はその締結国間のみで関税の撤廃などの優遇措置を約束するものであるから、本来はそれ
が WTO 加盟国間で行われる場合、最恵国待遇原則に反する。最恵国待遇原則は WTO 加
盟国という閉じた社会において一部加盟国間での差別的な優遇措置を設けることを許さず、
そのような約定がなされた場合、他の加盟国は特段の約定なしに当該優遇措置を享受する
ことを認めるものだからである。しかるに、当該原則には 2 つの例外がある。第一の例外
は先進国が FTA の締結当事者となる場合で、この場合には(a)実質的に全ての貿易
(substantially all the trade)を対象とし、(b)合理的な期間内(within a reasonable
length of time)、すなわち公的解釈によれば 10 年以内に関税の撤廃などの開放約束をし
なければならない(例外的に 10 年を超える例もある)。
(a)の「実質的に」という文言が
どの程度開放約束をしない裁量を容認するのかは一義的に決まらないが、近時その解釈が
緩和傾向にあるとしても、全品目の 90%を下回らないというのは 1 つの目処である(90%
を下回る例も絶無ではない)。工業製品のみならず、農業製品についても働くこのように広
範な開放強制は、関税の撤廃及び低下による農業製品の大量輸入により日本の農業の維
持・育成に深刻な影響を与えると思われる国(米国、中国など)との FTA 締結に日本が躊
躇する最大の理由である。第二の例外は発展途上国のみが FTA の締結当事者となる場合で、
この場合には上記(a)、(b)の要件遵守が不要となる。換言すれば、発展途上国のみが
FTA の締結をする場合、その限度で最恵国待遇原則は機能しない。発展途上国同士が国力
及び国情に合わせて FTA を通じて貿易促進を図ろうとする努力を、先進国と同一基準を要
求することにより阻害してはならないという発想がダブル・スタンダードの合理的根拠で
ある。
FTA が最恵国待遇原則の例外として容認されるのは、WTO 加盟国全体で世界の貿易促
進に関する約定を形成するのを待つよりも、特に上記(a)、
(b)を充足する前提で、FTA
が一部加盟国間限りであっても貿易促進を図る効果を生み出せば、中長期的に世界的な貿
易促進がより図られることになり、WTO の目的に適合する結果を確保できるからである。
WTO 加盟国は 150 カ国を超えており、国連加盟国 193 カ国の約 8 割を占めている状況に
おいて、多数の加盟国間(特に先進国と発展途上国間)の利害調整を図ることができず、
8 次ラウンド(ドーハラウンド)が機能不全に陥っているのを見れば、今後も FTA 締結の
増加傾向は継続すると思われる。
中国及び東南アジアも FTA 締結には積極的であり、中国と ASEAN10 カ国との ACFTA
(The Framework Agreement on Comprehensive Economic Co-operation between the
Association of Southeast Asian Nations and the People’s Republic of China)は 2002 年
11 月 4 日に締結され(その後、貨物貿易協定(Agreement on Trade in Goods of the
Framework Agreement on Comprehensive Economic Co-operation between the
Association of Southeast Asian Nations and the People’s Republic of China)(2004 年
22
JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
11 月 29 日締結)等いくつかの重要な協定が締結されている)、次に示すとおりのスケジュ
ールで工業製品及び農業製品の全品目を対象として関税の撤廃及び低下が図られている
(発展途上国間の FTA として全品目を実質的に全ての貿易を対象とする必要がないとい
う議論も可能であったが、自主的に、実質的に全ての貿易を対象とすることが合意された)。
ASEAN の先行加盟 6 カ国(ASEAN6)と後発加盟 4 カ国(CLMV、すなわちカンボジア、
ラオス、ミャンマー、ベトナム)との間で開放スケジュールに差が設けられるのは、CLMV
の経済力が ASEAN6 と比較して脆弱であることを勘案したものである。ACFTA は中国と
ASEAN10 カ国が関税の撤廃などにより 1 つの巨大マーケット化することを意味している。
ACFTA による開放効果が拡大する過程で、なお今後巨大化する中国市場を攻略するため
に、労働集約型の生産工程は CLMV で実施し、その成果物である部材や半製品を関税ゼ
ロで中国に輸入し(関税撤廃効果を享受するために 40%以上の付加価値が CLMV を原産
地として実現される必要がある)、人件費高騰を勘案してもなお中国で実施すべき複雑な生
産工程のみを中国で実施する、という生産分業体制が新たなトレンドとなる可能性が高い。
(表)
■ACFTA関税減免スケジュール【 26 】
アーリー
ハーベスト品目
ノーマルトラック品目
ノーマル
ノーマル
トラック 1 品目 トラック 2 品目
ASEAN6+中国 2006 年関税撤廃 2010 年関税撤廃
CLMV
2010 年関税撤廃 2015 年関税撤廃
150 品目は
センシティブトラック品目
センシティブ
高度センシティブ
リスト品目
リスト品目
2012 年 20%に引下げ
2015 年 50%以下
2012 年関税撤廃 2018 年
250 品目は
0%~5%
2015 年 20%に引下げ
2018 年関税撤廃 2020 年
0%~5%
に引下げ
2018 年 50%以下
に引下げ
これと並行して ASEAN10 カ国で構成される AEC(ASEAN Economic Community)
の創設に向けた動きが本格化しており、ASEAN 加盟地域間の物品貿易における関税障壁
及び非関税障壁を撤廃することを目的とした AFTA(「ASEAN Free Trade Area」)の整備
も進められている(1992 年 1 月 28 日に AFTA‐CEPT 協定(「Agreement on the Common
Effective Preferential Tariff Scheme for the ASEAN Free Trade Area」が締結され、2009
年 2 月 26 日には AFTA‐CEPT 協定を基礎として、「ATIGA」(ASEAN Trade in Goods
Agreement)が締結され、2010 年 5 月 17 日に発効している)。これにより CLMV を含め
た ASEAN10 カ国は 2015 年 1 月 1 日に向けて関税の撤廃及び低下がさらに進められ、1
つの巨大マーケットが誕生する。これにより例えば 2015 年時点でなお電力不足を解消で
きず、しかも長く続いた社会主義及び軍事政権の負の影響で中小企業の育成が進んでいな
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【出所】
:JETRO「ASEAN-中国自由貿易協定(ACFTA)の物品貿易協定」、枠組み協定、貨物貿易
協協定を参照に作成。http://www.jetro.go.jp/theme/wto-fta/asean_fta/pdf/acfta.pdf
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
いミャンマーはタイ製品により市場を席巻され、国内産業育成の遅延及び貿易収支の恒常
的赤字による GDP 成長率の抑制に苦しむという弊害に直面するかもしれない。しかし、
日本企業のビジネスチャンスの観点から考察すると、テイン・セイン大統領が 2015 年ま
でに 2012 年の GDP と比較して 3 倍の規模を実現すると表明し、急速な成長が見込まれる
ミャンマー市場を攻略するために、わざわざ電力不足のミャンマーで工場建設を図る必要
はなく、タイで完成した製品をミャンマーに輸出すればよいという選択肢が導かれる。お
そらくこのような選択肢は一時期のトレンドとなる可能性が高い。ACFTA にせよ AFTA
にせよ、CLMV の後進性に対する一定の配慮は行われたものの、その経済力が成熟する前
に広範な開放段階を迎えることで CLMV の後進性が固定化する懸念もあるかもしれない。
中国の大陸と台湾の相互間でも 2010 年 6 月 29 日に ECFA(Economic Cooperation
Framework Agreement)が締結され、現在はアーリーハーベストで記載された限定的な
製品についてのみ関税の撤廃が図られているにすぎないが、馬英九政権が標榜する 633 政
策(同政権が継続する間は GDP 成長率を 6%以上とし、失業率を 3%以内に抑制し、2016
年には 1 人当たりの GDP を 3 万ドルに引き上げるという政策)の実現のために、二期目
に突入した現在、第二次アーリーハーベストによる製品範囲の拡大が予測される(GDP の
7 割を貿易に依存している台湾において、2008 年 9 月のリーマン・ブラザースの破綻以来、
欧米市場が疲弊化する中でなお巨大化する中国市場の活用は最も重要な政策的課題であ
る)。
以上のような傾向に対抗して、日本は ASEAN10 カ国と 2008 年 4 月に AJCEP
(ASEAN-Japan Comprehensive Economic Partnership―ASEAN と日本の包括的経済
連携)を締結し、同年 12 月以降、段階的に開放スケジュールを進めていくことに成功し
た。しかし、なお最大市場を擁する中国との FTA は締結できていないし、ASEAN 諸国と
の関係でも ASEAN 市場を攻略するためには、圧倒的な差別化を図ることができる製品を
除き、高コストの日本から製品輸出をするより、ACFTA 効果に立脚し、中国から製品輸
出を図り、また AFTA 効果に立脚し、ASEAN 諸国内部で製品輸出を図るほうがコスト抑
制のために合理的選択である。しかも中国及び ASEAN 諸国内部では 2020 年までに鉄道、
高速道路のネットワークが形成される予定であり(その一部は既に完成している)
、陸路の
利用により大幅なリード・タイム短縮にも資する。また、中国の反対側に位置するインド
との間においても 2009 年 8 月 13 日付にて AIFTA (Agreement on Trade in Goods under
the Framework Agreement on Comprehensive Economic Cooperation) が締結され、関
税品目ベースで約 90%の関税撤廃又は削減が合意されている。こうして ASEAN 諸国にお
いて、中国及びインドと地理的に近接するという優位に立脚し、その経済的関係が一層緊
密化して、1 つの巨大マーケット形成が促進されることになろう。
そうすると、日本におけるものづくり機能の維持と雇用の維持は極めて重要な課題では
あるが、過度にそれに固執する余り、第三国 FTA(ACFTA、AFTA、ECFA)の戦略的活
用を熟考する観点を失えば、中国及び ASEAN 諸国の単一市場化の流れの中で置き去りに
されてしまう可能性が高い。日本が国家として国内産業をある部分犠牲にしてでも FTA
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
立国を図る韓国のような大胆な行動をとることができないでいる中で、日本企業はこの巨
大な単一市場における第三国 FTA の戦略的活用を真剣に検討することが急務であると思
われる。(了)
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
富士通総研経済研究所 主席研究員
柯
隆
日中関係の新たな動き―日本企業の対中投資戦略のあり方
ここ 10 年来、日中関係は大きくぎくしゃくしている。かつて、戦争責任に関する歴史
認識を巡り日中は対立していたが、最近は、領土・領海の所有権を巡り激しく対立するよ
うになった。
一方、日中両国は、経済の相互依存関係がかつてないほど強化されている。中国商務部
の発表によれば、2012 年上期の日本企業の対中直接投資は 41 億ドル(実行ベース)に上
り、前年同期比で 16.9%伸びたといわれ、半期の投資額としては過去最高となっている。
それに加え、これまでの累計として日本企業の対中直接投資で設立されている日系企業は
約 25,000 社に上るといわれている。一方、直接投資だけでなく、日中の国際貿易も順調
に拡大している。日本にとって中国は最大の輸出相手国であり、中国との経済関係の悪化
は日本にとり想像以上の悲劇になることを意味する。
中国経済は、ドル建ての名目 GDP で計算すれば、2010 年に日本を抜いて世界第二位と
なった。しかし、中国経済の中身をみると、技術力は依然弱く、ハイテク製品輸出の 67%
は外資系企業によるものである。その主役の一つは在中国の日本企業である。換言すれば、
中国企業の技術の源は日本企業などの外資系企業にある。仮に、日中関係が悪化し、日本
企業が対中投資を減らせば、中国企業の技術力が弱まるだけでなく、中国に集約されてい
る日系企業は東南アジアなどその他の国や地域に移出する可能性があり、中国経済への影
響も不可避となろう。
こうした文脈から考えれば、日中両国はすでに持ちつ持たれつの関係にあるといえる。
しかし、その中で、日中双方が激しく対立している。最近の世論調査では、中国について
良くない印象を持つ日本人は 84%に上るといわれ、日中両国で国民感情は著しく悪化して
いるといわれている。このままいくと、日本企業にとって中国の投資環境が悪化し、カン
トリーリスクとして看過出来ない問題となる可能性が出てくる。
1.中国の台頭と日本の失われた 20 年
振り返れば、1980 年代の日中関係は蜜月であった。中国では、「改革・開放」政策が始
まったばかりだった。経済をキャッチアップさせるために、戦後の日本経済の成功例は中
国にとりまさに模範的な存在であり、また、中国企業の技術レベルを向上させるために、
日本企業からの技術移転を受ける必要があった。日中国交回復のコミュニケでは、中国政
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
府は国民の賛同を得ないまま、日本に対する戦争賠償の放棄を宣言した。
1980 年代、中国政府は戦前の日本の軍国主義を糾弾するのではなく、日本に歩み寄った。
同時に、日本も戦争の責任を認め、戦争賠償を放棄してくれた中国に政府開発援助の形で
経済協力を実施した。同時に、民間レベルでは、日本の大企業を中心に中国に直接投資を
実施した。
要するに、建国以降、毛沢東時代において 30 年にわたり鎖国政策が続いた中国は、鄧
小平の時代に入り、
「改革・開放」に踏み切ったが、先進国になった日本との距離から、中
国政府と中国人は、日本の軍国主義や戦争責任などの糾弾よりも、一日も早く近代化を実
現したかったのである。他方、80 年代の日本人は、中国の政治体制にこそ違和感があるが、
中国文化に対する親近感は強く、何よりも 10 億人以上の中国が短期間に経済をキャッチ
アップするとは想像できなかった。日本政府と日本国民は中国に対する警戒感がほとんど
なかった。
おそらく「改革・開放」政策が成功せず、経済が成長しなければ、中国脅威論といった
論調は現れてこなかったはずである。事実として、1990 年代半ばまで、先進国の間では、
中国脅威論よりも、中国崩壊論の方が根強かった。わずかにアメリカの中国ウォッチャー
の間でのみ、
「中国は確かに眠れる獅子であり、それが目覚めたとき、暴れない保障はない。」
との論調があった。こうした中国脅威論が、広く世界において現実的に浮上してきたのは
1990 年代半ば以降のことだった。
偶然にも中国経済の台頭は日本の「失われた 20 年」と重なってしまった。1980 年代末
の日本の経済バブルは 90 年代初期に崩壊してしまい、それ以降、毎年、政府が巨額の公
共投資を実行してきたにもかかわらず、デフレを脱却することができていない。その原因
は公共投資が不十分だったというよりも、円相場が年々高騰し、製造業の輸出コストがそ
れによって押し上げられたことに加え、日本社会の少子高齢化が急速に進んだことにより
内需が縮小し、デフレがいっそう助長された。さらに、日本企業は、その技術力は向上し
続けたが、20 年にわたるコスト・カットの経営が行われた結果、ブランド力が急速に低下
している。本来ならば、日本経済は外需依存から内需振興に切り替えていかなければなら
ないが、現実は逆方向へと向かって進ん
でいる。その結果、日本の経済力も急速
に低下してしまった。
それに対して、これまでの 10 年間、
中国経済は GDP ベースで年平均 10%近
い成長を実現し、日本を追い抜いて世界
第二位となった。実は、中国経済の存在
はドル建て GDP が示す以上に、強い実
力を誇示している。なぜならば、中国経
中国の GDP は日本を抜いて世界第二位となり、強い
済の力よりもその経済力を背景とする国
経済力を誇示している。(写真:広州 北京路商業圏)
力が急速に強くなっているからである。
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
何よりも、共産党一党独裁の中国政府は先進国の政府に比べ動員できる財力と人力が遥か
に大きい。シビリアン・コントロールを受けない一党独裁の政治体制では、軍の暴走が考
えられ、中国政治は、先進国からみると、脅威と映る。このまま行けば、チャイナリスク
はかつてないほど増大していると思われる。
2.出口のみえない尖閣問題の行方
繰り返しになるが、ここに来て、日中関係は大きな変化がみられる。かつて日中の対立
は歴史認識などいわば戦争の負の遺産を巡る対立だったのに対して、最近は領土・領海と
いったいわば国益をめぐる対立に変わっている。国際法上、領土・領海の所有権について
必ずしも白黒とはっきり決める明確なルールが確立していない。歴史的には先に居住する
方の所有権が認められるが、それを立証することは必ずしも簡単なことではない。所有権
の確定が難しいとはいえ、実質的に実効支配する側の方が強い。
領土・領海の所有権に関する建前の議論はともかく、その所有権を最終的に決定するの
は当事者の総合的な国力の対比である。かつて、イギリスとアルゼンチンがフォークラン
ド諸島を巡り対立し、戦争にまでもつれ込んだが、アルゼンチンの軍事力が弱くイギリス
に敗戦したため、島の所有権を得ることができなかった。同じように、北方四島を巡り、
ロシアの経済がますます悪化し、仮に日本経済が改善し成長を続ければ、その所有権の解
決がみえてくるかもしれない。ただ、日本はこれまで失われた 20 年を喫しており、それ
により経済力が失われたため、北方四島問題の解決を直ちに実現することは難しくなって
いると言えるかもしれない。
中国においても、毛沢東時代の経済運営を続けていれば、経済力はさらに弱まっただろ
う。そうなれば、日中の間で領土・領海の所有権の問題が浮上してこないかもしれない。
しかし、日本がこの 20 年間、経済力を失い続けたのに対して、中国は急速に経済力を強
化してきた。こうした経済力対比の変化こそ領土・領海の所有権をめぐる対立を浮上させ
たのである。
中国の数千年の歴史を振り返れば、国土面積の伸縮はその経済力の強弱と完全に合致す
る。中国に限らず、世界で経済力の弱い国が国土を拡張することは耳にしたことがない。
反対に、経済力の強い国は国土を縮小させることもない。むろん、領土・領海をめぐる紛
争の解決を完全に経済力をバックとする軍事力に任せることは悲惨な結果となる。日中は
過去の戦争の教訓から二度と戦争をやるべきではない。
とはいえ、尖閣諸島をめぐる対立は出口がみえてこない。東京都は尖閣諸島を購入し、
島の開発に着手しようとしている。そうなれば、中国と台湾が刺激され、日本との対立は
一気に深まる恐れがある。野田政権は東京都による尖閣諸島の購入が望ましくないとみて、
それを実質的に国有化しようとしている。しかしながら、中国はそれにも反発し報復措置
を採ることをほのめかしている。
むろん、この段階で中国が日本に対して大規模な軍事行動を取る可能性は低いと思われ
る。考えられる報復措置といえば、2010 年、中国人船長が逮捕されたときに日本へのレア
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
アースの輸出を制限したことのような経済制裁に近いやり方である。しかし、経済のグロ
ーバル化と相互依存関係が深まっている中では、いかなる制裁措置でも、ロス・ロスのゲ
ームになる。かといって外交においては上げたこぶしを下ろすことの方がより難しいケー
スもある。日本政府は中国政府に対して尖閣諸島を国有化しても現状を変える意思がない
ことを繰り返して説明しているが、中国はそれによって尖閣諸島の領有権が既成事実にな
ることを警戒している。当面は両国が神経戦を繰り広げていくものと思われる。
3.中国啓東デモ事件からみえてくる中国ビジネスのリスク
これまで日中関係が悪化するたびに、中国の若者は日本製品の不買運動を呼びかけると
ともに、大規模な反日運動を繰り広げた。しかし、今年は、中国が 10 年ぶりの政権交替
を迎える。ここで仮に大規模な反日運動が発生した場合、その矛先が共産党に向かう可能
性が高い。
確かに、中国の若者が呼びかける日本製品不買運動は反日運動というよりも、日ごろ溜
まった鬱憤を発散するはけ口になっている。これらの若者の多くが日本製品を愛用してい
ることは何よりの皮肉である。日本のアニメ文化は中国で広く受け入れられている。2011
年の震災以降、訪日する中国人観光客は一時的に減少したが、日本政府観光局の統計によ
れば、本年に入り訪日中国人観光客の増加率は震災前(2010 年)の水準と比較してプラス
となり中国人の日本観光は明らかに回復しており、また東京の繁華街で中国人をたくさん
見かけるようになった。要するに、中国の若者の中に、根っこから反日の若者も一部はい
るが、それほど多くないはずである。
同時に、今の中国政府も反日的ではないはずである。最近の尖閣諸島の問題などに関す
る中国政府の論調や国内の新聞の報道ぶりはかなり抑制的である。要するに、本音として
日本とは喧嘩したくないということである。
しかし、王子製紙が巻き込まれた市民による抗議行動が示すチャイナリスクは無視でき
ない。王子製紙は江蘇省南通市に約 2,000 億円を投じ、原料のクラフトパルプからの一貫
生産体制を構築し、印刷用紙を主体とする年産能力 120 万トンに上る重要プロジェクトで
ある。2005 年には国家環境保護局から環境アセスメント認可を取得し、06 年には国務院
から事業認可を得た。しかし、王子製紙のプロジェクトは計画通りには行かなかった。当
初の計画通りであれば、より大きな排水処理施設を建設する必要がある。南通市から啓東
地区までのこの排水処理施設とパイプラインを建設するプロジェクトは南通市政府が計画
したものであり、南通市は約束を守らなかったことになる。それに対して、パイプライン
の建設コスト(1600 億円)の一部は南通市が約 100 億円を負担する約束だった、との報
道もある。(東洋経済の記事)
南通市民が立ち上がって市政府に対する抗議行動を繰り広げたのは、パイプラインが建
設された場合、そこで排出される廃水に発がん物質が含まれるとのうわさが生じたことが
きっかけだった。王子製紙はこのうわさを否定しているが、南通市民はそれを聞き入れず、
市政府に対する大規模な抗議行動となった。
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
論点を整理すれば、第一に、政府の環境アセスメントが市民にはほとんど信用力がない
ことである。第二に、王子製紙の説明は市民にとって環境保全の担保にはならない。第三
に、抗議行動を展開する市民は当該プロジェクトに対する抗議だけに限らず、政府に対す
る不満が一気に噴出したことである。第四に、うわさの発生源は不明であり、これは中国
社会における政府に対する不満と不信は一触即発の状況にあることを意味する。第五に、
中国の一般市民はかつてないほど自己の利益を主張するようになった。
このような事件を通じてどのようなチャイナリスクが見えてくるのだろうか。それは中
国政府(地元政府)と外資との約束が中国国民のレベルで必ずしも通用しないことである。
地元政府は自らの業績を上げるために、いかなる手段を使っていても、外資を誘致しよう
とする。一方、地方政府と市民との対立が激化している。こうした対立軸に外資が巻き込
まれがちである。今回の王子製紙の事例はその典型といえる。つまり、南通市民の抗議行
動は日本企業に向けたものというよりも、たまたま王子製紙という日本企業が巻き込まれ
ただけのものである。したがって、本件をもって日中関係を悪化させているとは断定でき
ない。
4.日本人と中国人のモノの考え方の違い
ここで、日中関係の難しさを日本人と中国人の個人のレベルから考察してみる。昔から
日中関係がよくなる前提として日本人と中国人が同文同種であることが強調されてきた。
すなわち、日本人も中国人も黄色人種であり、同じように漢字文化圏である。歴史的に、
日本人は中国の文化の影響を多く受けており、両者は仲良くならない理由はないといわれ
ている。
しかし、日本人と中国人の肌の色こそ同じだが、それぞれの国民性はまったく違う。チ
ームワークを重んずる日本人と個人プレーを得意とする中国人がどうして同じといえるの
だろうか。オリンピックにおける両国選手の活躍ぶりをみれば、この点は一目瞭然である。
日本人は、サッカーなどの団体戦には圧倒的に強いのに対して、中国人は卓球などの個人
プレーに強い。日本人と中国人の国民性が異なっている一例といえる。
何よりも、日本人と中国人のモノの考え方がまったく異なるため、商談や外交交渉にお
いて物別れのケースが多い。では、両国民のモノの考え方のどこが違うのだろうか。
日本人の場合、モノの考え方はまずしっかりした前提条件を踏まえる傾向が強い。しか
も、いったん前提条件が決まれば、簡単にはそれを変えない。その後の議論はすべてこう
した前提条件を踏まえて展開される。すなわち、多くの場合において、日本人が論を展開
する際には前提条件は固定されている。
それに対して、中国人の場合、論を展開していくにつれ、常に最初の前提条件を修正す
る。というのは、状況は常に変化するからである。状況が変わっているのに、最初の前提
条件に固執する必要性がないと思われている。
商談や外交交渉を行う場合、両者はそれぞれのこうした違いをほとんど意識しないまま、
日本人が最初の前提条件を踏まえ、論を慎重に展開しているうち、中国人はそのときどき
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
の状況変化に応じて前提条件を修正してしまう。それに気が付かない日本人は最初の前提
条件をもって議論を展開する。その結果、両者の会談は物別れが多い。これこそ日中関係
の改善を妨げる重要な要因の一つである。
5.日本企業対中進出の問題点
こうした大きな流れの中で、中国市場の特異性に起因する種々のリスクに直面しながら
も、中国市場のポテンシャルを見込んで、日本企業の海外直接投資は中国に集約している
が、種々のリスクに直面している。
そもそも日本企業の対中直接投資が拡大するようになった背景に、円高進行とバブル崩
壊後のデフレとそれを助長する少子高齢化の加速がある。1990 年代半ばまで日本企業のア
ジア進出は主として東南アジアに集中し、中国では、国有企業との合弁が主流だった。多
くの日本企業が中国への投資を敬遠していたのは中国の市場開放が不十分だったことと計
画経済への逆戻りの心配があったからであろう。
1994 年、中国共産党は社会主義市場経済の構築を憲法に盛り込み、市場経済型の金融制
度と財政制度の構築が行われた。日本企業を含む外資企業からみても、中国が計画経済に
逆戻りする可能性は殆どなくなったと考えられた。また、市場開放について、2001 年に中
国は念願の WTO 加盟を果たした。実は、WTO への加盟申請自体が外資にとっては中国
の市場開放に向けた重要なメッセージだった。90 年代半ば以降、日本企業を含む外資系企
業は大挙して中国に進出するようになった。
日本企業にとり中国の市場開放そのも
のは一つのリスク要因としてカウントさ
れる。というのは市場開放に伴い、外国
企業の対中直接投資が増えることで市場
競争はいっそう激化するからである。た
とえば、1992 年 8 月、韓国が中国と国
交回復するまで、韓国企業の対中進出は
全くなかった。それ以降、韓国企業は徐々
に中国に進出するようになり、2001 年の
中国の WTO 加盟を機に、大手韓国企業は積極的に中
中国の WTO 加盟以降、サムスンや現
国市場へ進出している。(写真:広州中華広場)
代など韓国を代表する企業は大挙して
中国に進出し、日本企業の強力なライバルとなったのである。
全体的にみて、日本企業の対中進出は積極的かつ戦略的に行われたのではなく、日本国
内のデフレ進行を受けて、受身的に進出したものである。一般的に、日本企業の対中進出
は戦略性に欠け、特別な「人脈」に頼る傾向が強い。しかし、特別な「人脈」を生かす戦
略がないため、対中進出にとりプラスにならないことが多い。要するに、中国政府の有力
者などの人脈を生かすために、何をしてもらうか、そのための期待収益と諸費用がどれぐ
らいかを明確にし、できることならば、明確な顧問契約を行ったほうが無難である。そう
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
することによって、互いの責任と権限が明らかになる。しかし、ほとんどの日本企業は特
別な人脈との間で口約束しかなく、ビジネスにとりプラスにならないケースが多い。
結局のところ、日本企業は早い段階に中国に進出したが、その投資の業績は年々悪くな
っている。そもそも日本企業の比較優位はその高い技術力と品質にあるが、デジタル家電
を例にみると、日本製品の価格はライバルの韓国企業の製品や中国の地場メーカーの製品
に比べ遥かに高い。しかも、日本企業は「研究・開発」には成功しているが、ブランディ
ングには必ずしも成功していない。
6.日本企業対中投資戦略への提言
マクロ的にみて、中国経済は高成長から中成長への転換期に差し掛かっている。今後、
かつてのような二けた成長を実現することは可能性として低い。パイの拡大が次第に鈍く
なるため、中国市場における再編の動きは加速してくる可能性が高い。日本企業が中国市
場で生き残るために、どのような戦略で攻めれば良いのだろうか。
具体的な戦略について述べる前に、まず、日本企業はもっと中国社会と中国市場の特性
を知る必要がある。今回の啓東デモの事件からも、中国社会が不安定期に突入しているこ
とは中国に進出している日本企業としてもう少し知っておくべきである。何よりも、地方
政府の外資誘致担当の幹部の甘い誘惑を過信しないことは肝心であろう。
そして、中堅以上の日本企業は中国に複数の拠点を設けていることが多く、そのグルー
プ内で情報の共有を図ることが重要である。しかし、現実は、大企業の場合、事業部制の
縦割り行政のもとで中国にある出先機関や現地法人なども縦割りになっており、互いに助
け合う護送船団をとることもリスクの低減に資すると思われる。日本企業にとっては、い
かに中国ビジネスをコンパクトにまとめるかがカギとなっている。
さらに、中国ビジネスに限らず、日本企業全体においてバランスシート経営を一日も早
く改めなければならない。バランスシート経営を続ければ、経営者は利益を過大評価しよ
うとして、もっぱら原価を抑えることしか思い浮かばない。しかし、一律のコスト・カッ
トは一時的にバランスシートを良く見せることができるが、従業員のモチベーションが下
がり、研究・開発も滞り、広告費が削減されることでブランド力がさらに低下してしまう。
要するに、日本企業はバランスシート経営を諦め、ブランドの確立に取り組み、予算配分
にメリハリをつける工夫をしていかなければならない。
それに加え、中国に進出している日本企業は従業員の評価システムをより合理的かつ透
明なものに変えていかなければならない。一般的に、日本企業は成果主義の評価システム
を取り入れたがらない。その理由は、成果主義の評価システムを取り入れると、会社の経
営と従業員のビヘイビアはより短期的なものになってしまう恐れがあると思われているこ
とにある。しかし、成果と連動しない不透明な評価システムは従業員のモチベーションを
大きく押し下げてしまう。なぜならば、従業員の最大の関心事は自らの働きがきちんと評
価されているかどうかにあり、その分、報われるかどうかにある。従業員からすれば、不
透明な評価システムを続けるのは評価者の保身のいいわけにすぎない。
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
最後に、繰り返しになるが、中国社会は不安定期に突入している。2012 年は 10 年ぶり
の政権交代を迎える。そのうえ、欧州債務危機は長期化する様相を呈しており、中国経済
はその影響を受け、減速傾向を辿っている。こうした難局に差し掛かる中で、日本企業の
対中投資はより戦略的に進める必要がある。ここでは、各々の企業は自らの経営ビジョン
を明らかにしていかなければならない。経営のビジョンを明らかにすることができなけれ
ば、投資戦略は生まれてこない。そして、中国に進出している日本企業にとり、中国投資
の戦略を策定する以前に、まず、グローバル戦略を明らかにしておくべきである。その上
でこそ、グローバル戦略における中国の位置付けが自ずと明らかになり、経営ビジョンを
実現するための中国投資の果たすべき役割も明らかになる。日本企業にとり、中国投資は
決して安易なものではない。しかし、中国に進出しているすべての日本企業の経営者が心
得ておくべきことは、いかなるリスクも日本企業だけが直面するものではなく、中国市場
でビジネスを展開するすべての企業が直面するものである。同じ投資環境において、いか
にライバル企業よりも良い業績を上げるかを考えることは重要である。
筆者紹介:
1963 年中国南京市生まれ。1994 年名古屋大学大学院経済学修士課程修了。1998 年よ
り、富士通総研経済研究所 主任研究員を経て現職。専門は開発金融、中国経済論。
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
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JBIC 中国レポート 2012 年 7・8 月号
ご照会先
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中華人民共和国 北京市建国門外大街 2 号 銀泰中心 C 座
Tel: +86-10-6505-8989 Fax:+86-10-6505-3829
2102 号
本レポートは中国に関する概略的情報を株式会社国際協力銀行
北京代表処が皆様に
無償ベースにて提供するものであり、当代表処は情報利用者に対する如何なる法的責任
を有するものではありませんことをご了承下さい。
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