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5 音楽科 イメージを表現につなげるために

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5 音楽科 イメージを表現につなげるために
5
音楽科
イメージを表現につなげるために
松井 弥寿雄
本論の要旨
音楽科の授業の中で,イメージという言葉は非常に大切な言葉である。この形の見え
ないイメージを,音楽科の授業の中で生徒たちとどのように共有していけばよいか考え
ると非常に難しい。それは,頭の中でイメージしたことの説明を,周囲に正しく説明で
きる生徒が少ないと感じているからである。生徒自身がもどかしさを感じるポイントは,
頭の中で描いたことをぼんやりと抽象的にしか説明できず,具体的に整理して伝えられ
ないためである。
特に実技教科の中でも,形に残すことができない音楽というジャンルにおいて,イメ
ージしたことを具体的に整理して伝えるためには,別の力を育てていかなければならな
いのではないか。その力はどのような力で,どのような方法を用いると,生徒たちが身
につけることができるのかを模索していきたい。
キーワード
新学習指導要領,イメージマップ,根拠をもって批評
1.研究主題によせて
る。再確認することができれば,自分の記憶にしっ
(1)はじめに
かりと焼き付けることができ,他人のイメージと比
平成24年度からの新中学校学習指導要領に[共
較もしやすい。
通事項]が新設された。しかし,この新しく設定さ
生徒の持っているみずみずしいまでの感性をどこ
れた[共通事項]を見ていると,これは決して新し
まで具現化させられるかが音楽科教師の勝負どころ
いものではなく,今までから学習指導要領に書かれ
になるであろう。
ていたことの大切なポイントがわかりやすく整理さ
(3)研究仮説
れていることがわかる。
この[共通事項]は,すべての音楽活動の支えと
歌唱する曲に初めて触れたとき,シンキングツー
なる指導内容であるので,自分の頭の中で描いたイ
ルを用いて曲のイメージを書き込む。そして,楽曲
メージを具体的に説明できるようになれば,表現や
を深く学習した後にもシンキングツールに書き込
鑑賞の指導と関連付けしやすくなり,生徒たちの多
む。そのシンキングツールを見比べながら生徒自ら
くが成就感を持つことができるのではないかと考
が自分自身の変化に気づき,また分析することによ
え,本研究テーマを設定した。
って,学習の深化を自ら確認することができるであ
ろう。
(2)研究のねらい
人間が漠然と頭の中でイメージしたことを他人に
伝えることは非常に難しい。途中で,何を言ってい
(4)研究方法
研究は次のように行う。
るのかわからなくなっていたり,イメージしていた
ことを口に出して説明してみたら全然違うものに変
①生徒の実態把握,教材化に向けての幅広い資料収
集
化していたことなど,誰もが一度はそんなもどかし
②教材化に向けた授業内容の焦点化と内容の吟味
さを経験したことはあるだろう。
音楽科では,表現や鑑賞の授業において,イメー
③授業展開の検討,授業用資料の作成および準備
ジしたことを他人にわかりやすく,そして具体的に
④授業の実践と記録,生徒の観察
伝えられる方法を見つけることができれば,頭の中
⑤授業の分析,考察
で描いたことが自分の中で再確認することができ
音楽1
との関わりを意識した歌唱表現ができる。
2.授業実践1
【表現の技能】
(1)題材名,対象学年,授業時数
「ドナドナ」~楽曲の背景を知ることによる心情
の変化を表現しよう~
第1学年,2時間
④つかんだイメージや曲想をもとに,曲にふさわし
い歌唱表現をすることができる。
【学んだことを活用する力】
(2)題材によせて
この楽曲は「旋律の重なりや曲の構成」が学習す
るポイントであると教科書には記載されてある。教
(4)学習計画
第1次 メロディーを覚え,音と言葉の関わりから
イメージマップに表現できる。
材研究を進めれば進めるほど,「旋律の重なりや曲
1時間
の構成」を学習しただけて終わってよいのだろうか
と疑問を持ってしまう。「ドナドナ」には,壮絶な
第2次
歌詞に隠された歴史的背景を知り,考えを
背景があるにもかかわらず,学習する生徒が「仔牛
深め,歌唱表現につなげることができる。
がかわいそう」という思いだけで取り組みを終わら
1時間(本時)
せてはいけないのではないか。教科書の中で,ここ
まで重い背景がある歌唱曲は数少なく,そこから学
(5)本時の目標 〔第2時の場合〕
ぶことはたくさんあるはずである。ホロコーストと
①歌詞の裏側に隠された,ホロコーストの歴史的事
いう隠された背景に迫ることにより,生徒が楽曲の
実を知る。
重みや深さを感じてくれてこそ「ドナドナ」を学習
②イメージマップによる自分自身の変化に気づき,
する値打ちがあると考える。
曲にふさわしい歌唱表現をすることができる。
1年生は,どんどん思春期に突入し,大きく歌声
を出すことに恥ずかしさを感じてきている生徒も見
(6)評価規準
られるが,音楽の学習は好きである。その気持ちを
①楽曲に関心を持ち,歌詞の意味や内容を考えて意
大切にしながら,学級の一員としてみんなで声を出
欲的に歌唱しようとしている。
【関心・意欲・態度】
すことの喜びと協調性を学ばせ,学級の団結にもつ
②歌詞の意味や内容,楽曲に隠された真実を感じ取
なげていきたいと考えている。しかし,歌い終えた
り,イメージをふくらませることができる。
ときの達成感を感じさせるまでにはまだ到っていな
【音楽の感受】
いので,楽曲の持つ力を利用しながら奥深さを感じ
③歌詞の意味や内容,言葉の抑揚にふさわしい表現
てもらいたい。また,想像力や発想力を活用できる
で歌唱することができる。
【表現の技能】
状況を少しでもたくさん作り出してやる場面を設定
し,純粋に音楽に浸り,音楽に対する愛好心をさら
(7)学習過程
に伸ばしていきたい。
〔第2時の場合〕次頁に記載
メロディを斉唱させてから,三部合唱へとつなげ
ていきたい。そして,イメージマップを用いること
により,歌詞に隠されている真実を知る前と後との
(8)イメージを具現化するために
生徒は楽曲を学習するときに,必ず頭の中に何か
違いや変化を,生徒自身に実感させて歌唱させたい。
また,社会科の学習の様であるが,ホロコーストの
を感じている。しかし,それが何なのかは生徒自身
歴史的事実を知ることにより,戦争が引き起こした
も具体的に言葉で説明できないことの方が多い。そ
ことによる悲しさと平和な世界を願う気持ちが,音
こで,イメージマップを用いて頭の中に浮かんだこ
楽の授業を通して少しでも表れてくれたのなら,こ
とや連想したことをまず単語から書かせて広げてい
れほど幸せなことはない。
く。そうすることにより,生徒自身がキーワードに
なる言葉を踏まえながらイメージしたことを説明す
ることができる。
(3)学習目標
音楽の歌唱の授業において,楽曲の歌詞だけを抽
①しっかりとした声で歌唱し,響きを作ろうとして
【関心・意欲・態度】
出して歌詞の意味や内容だけを学習することは,中
②楽曲の深みを感じ取り,それらによって生み出さ
身の薄い言語活動と言われるが,イメージマップを
れる曲想とのかかわりを理解することができる。
用いることで,中身の濃い言語活動になり,それだ
いる。
【音楽の感受】
③楽曲の持つ曲想や雰囲気を感じ取り,歌詞と旋律
けでなく先々の学習につながる足場を築くことがで
きる。
音楽2
ただ,言語
活動はあくま
でも言語活動
にすぎないた
め,音楽活動
につなげてい
かなければな
らない。
学習指導要
領の中に「ア
歌詞の内容や
曲想を感じ取
り,表現を工
夫して歌うこ
と。」とあり,
その中の「表
現を工夫して
歌う」部分に
大きくつなげ
ることができ
る。
そこには,
表現したい思
いや意図をは
っきりとさせ
て,生徒たち
と共有しなが
ら歌唱してい
くことになる
が,これはあ
くまでもはじ
めの段階であ
る。この「ド
ナドナ」の単
元2時間の場
合であると,
あくまでもこ
れから大きく展開されるほんの序章にしかすぎな
に影響と変化を与えられる。生徒にとっては,非常
い。
にショックを受ける生徒もいるくらいである。
「ドナドナ」に限ったことではないが,歌詞の裏
音楽教師の中にも,「ドナドナ」に隠された事実
側に隠された事実や史実を持っている楽曲の場合
を知らない人が多いのも現実であり,教材研究の必
は,いかに生徒たちに大きなギャップとして伝える
要性が再認識されるところである。
か,大きなインパクトを心の中に与えるかが勝負ど
ころであり,またとても楽しみの一つである。
「ドナドナ」の歌詞には,ホロコーストのユダヤ
人大虐殺で,強制収容所へ連れて行かれる貨車に乗
前出の学習指導要領の目標「歌詞の内容を感じ取
せられたユダヤ人の子どもを,市場へ連れて行かれ
る」部分の中に,歌詞や楽曲の成立の背景も必要に
る仔牛に見立ててある。何気なく歌唱すれば,さら
応じて学習することが望まれるとあるので,まさに
っと歌唱して終わる曲が,何十倍もの深みを生徒た
「ドナドナ」は背景を知ることが,大きく歌唱表現
ちに感じさせてくれるからである。
音楽3
その一例として二人の生徒のイメージマップをこ
喜びであり,自発的な音楽表現の変化につながって
の頁に掲載した。上の方の生徒は,はじめの段階で
くれるはずである。これが本論の要旨で述べた「別
歌詞のイメージを頭の中ではアニメで映し出してい
の力」として身に付き,また活用できるものと考え
たことに自分で気づき,成立の背景を知った後のイ
ている。
では,イメージマップで確認できたことを音楽表
メージマップでは,その広がり方から現実の生々し
現にどのようにつなげていくのか。そこがうまく機
さが感じられていることがよくわかる。
このように,生徒自身が楽曲成立の背景を知る前
能しなければ,ただ単にイメージマップを書いただ
後の変化に改めて気づけることが,生徒にとっても
けに終わってしまうので,ねらいをしっかりと持っ
音楽4
て[共通事項]につなげていくことが,生徒にもわ
楽のよさや美しさを感じること」とあり,「音楽の
かりやすく,指導する側も方向性を見失うことにな
よさや美しさを感じること」は表面的に快い,きれ
らないであろう。
いだといったことにとどまることなく,その音楽の
「ドナドナ」で考えると,生徒が考えやすい自発
内容を価値あるものとして自らの感性によって確認
的な音楽表現の変化では,[共通事項]の中の速度
する主体的な行為である。また,別の目標の中に,
や旋律,強弱,構成が挙がってくるのではないか。
「音楽の特徴をその背景となる文化・歴史や他の芸
また,それらの働きが生み出す特質や雰囲気までも
術と関連付けて理解する」ともあるので,この「ド
感受することができ,学級全体で共感し,より深ま
ナドナ」では歌唱領域の楽曲ではあるが,生徒自身
った音楽活動の楽しさを体験できるところまでつな
が背景となる文化や歴史,またそこに関連する項目
がっていくと
考えられる。
(9)考察と
まとめ
これは鑑賞
領域に首をつ
っこむことに
なるのである
が,学習指導
要領の目標の
中に,第2,
第3学年は
「根拠をもっ
て批評する」
とあり,この
部分を第1学
年では「言葉
で説明する」
とある。言葉
で説明するた
めには,音楽
を形づくって
いる要素や構
造と曲想との
かかわりを感
じ取って聴か
なければなら
ず,この力を
歌唱領域に応
用していって
もよいのでは
ないかと考え
ている。
前出の学習
指導要領の目
標 に は ,「 言
葉で説明する
などして,音
音楽5
してくるワー
ドを調べ,そ
して自分が気
になったキー
ワードを2種
類調べさせる
と,生徒の方
から気になっ
たキーワード
はたった2つ
では済まない
との声がたく
さん聞かれた。
また,早く次
の音楽の時間
になって,こ
の調べたこと
が「ドナドナ」
とどのように
リンクするの
か知りたいと
思う生徒も出
てきた。その
ことからも,
自ら調べてい
く中で,どん
どん興味と関
心が高まって
いったことが
よくわかる。
本論の要旨
にも書いたが,
音楽とは形と
して残すこと
ができないが,
そこにつなげ
るために創意
を自らが調べていくことにより,楽曲に対する深ま
工夫を施し,生徒たちに興味や関心を与えられるよ
りが変化し,その音楽の価値を高めることができ,
うな,目に見えるものを必要に応じて挿入していく
目標に迫ることができると感じている。
ことが必要である。
では,どのような形で生徒自身に迫らせればよい
今後,授業時数の限られた音楽の学習活動を進め
のかと考えたときに,ホロコーストという聞き慣れ
ていく中で,生徒たちとたくさんの発見や学びを共
ない言葉を先頭に,調べ学習ができるようにプリン
有し,新たな力を少しでも多く見つけていくための
トを配布し,各自で調べさせた。生徒は,軽い気持
努力は怠らないようにしていきたい。
ちで始めていったが,どんどん内容を知っていく中
で衝撃を受けている。ゲットーやアウシュビッツ=
ビルケナウといった,「ドナドナ」の歌詞にリンク
音楽6
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