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原子状酸素照射によるカーボンナノチューブ電界放出カソードへの影響評価

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原子状酸素照射によるカーボンナノチューブ電界放出カソードへの影響評価
H24年度 宇宙輸送シンポジウム~非化学推進部門~ STEP-2012-080
原子状酸素照射によるカーボンナノチューブ電界放出カソードへの影響評価
○島田温子(静大工),村田文彦,田中善信(静大工・院),
大川恭志(JAXA)
,松井信,山極芳樹(静大工)
Keyword:Field Emission Cathode, Carbon Nanotube, Atomic Oxygen
1.
目的および背景
現在,宇宙航空研究開発機構(JAXA)では,スペースデ
本研究では FEC に軌道環境における速度で AO を照射し,
照射前後における FEC の電子放出性能変化を調べた.また,
ブリ除去技術として導電性テザー(EDT)システム(図 1)
AO 照射による影響が,照射エネルギーの影響か AO の活性
が検討されている.EDT システムとは,テザーと呼ばれる
による影響かを評価するために,酸素イオン及び不活性ガ
導電性の紐が地球磁場を横切ることにより発生する誘導起
スであるアルゴンイオン照射試験を行った.
電力によって電流が生じ,地球磁場と干渉させることによ
りローレンツ力を得て推進する推進システムである.EDT
Solar Min,
Nighttime
Solar Min,
Daytime
Solar Max,
Nighttime
Solar Max,
Daytime
1000
Altitude [km]
システムの電子放出源としては,作動ガスが不要である点
や,低電力動作が可能である点から電界放出カソード(FEC)
が有効であり,機械的強度に優れる点や,高アスペクト比
を持つ点からカーボンナノチューブ(CNT)型を採用して
いる.EDT システムをデブリ除去システムとして運用する
800
600
400
200
0
1.E+00
際に問題となるのが,高度が低くなるにつれて大気中の原
1.E+03
1.E+06
1.E+09
Number density of AO
,
子状酸素(AO)密度が著しく高くなることであり(図 2)
図 2
その AO の衝突による FEC の電子放出性能の劣化が懸念さ
1.E+12
[atoms/cm3]
AO 数密度分布
れる.これまでの研究で,酸素分子中または酸素イオン中
における FEC の性能評価は行われており,酸素環境中にお
2.
電界放出カソード(FEC)(3)
いて FEC の性能が劣化することが示されている(1)(2).しか
電界放出カソードは,電界放出を利用したカソードであ
し,AO 環境での評価は行われておらず,FEC 性能への AO
る.電界放出とは,試料表面に強電場をかけることで,試
による影響を明らかにすることが求められている.
料表面から電子を放出させる現象である.原理図を図 3 に
示す.試料表面に強い電界が加えられると電子に対するポ
テンシャル障壁の厚みが非常に薄くなる.電子は波動の性
質を持っているため,このようなポテンシャル障壁の中で
減衰はするが電子の波は浸透する.つまり,ポテンシャル
障壁の他方に,電子の波の振幅があるということになり,
電子は見かけ上ポテンシャル障壁を通り抜けることができ
る.これをトンネル効果という.この現象によって電子放
出が行われる.電界放出には,表面電界として 109 V/m ほど
の高電界が必要である.
図 1 導電性テザーシステム
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表 1 照射相当量
Case
図 3
FEC 原理
電界放出によって得られる電流密度は次式で表される.
 8 2me 3 / 2 
e3 F 2
exp  
 
J


8h
3
heF


A
高度 400km-太陽活動極大期昼間-15 日間-RAM 面
B
高度 600km-太陽活動極大期昼間-15 日間-RAM 面
C
高度 400km-太陽活動極大期昼間-15 日間-Parallel 面
D
高度 800km-太陽活動極大期昼間-15 日間-RAM 面
FEC の概観を図 4 に,構造を図 5 に示す.本研究で用い
た FEC は,CNT エミッタ,マスク電極,ゲート電極からな
(2.1)
り,ゲート電極はスペーサーによりエミッタと絶縁されて
いる.電流電圧特性取得実験における回路図を図 6 に示す.
上式を Fowler-Nordheim の式といい,電界放出の基本式であ
エミッタを接地し,ゲートに正電圧を印加することにより
る.ここで, e は素電荷, h はプランク定数, me は電子質
アノードに対して電子放出を行った.
量, は仕事関数,F は先端の表面電界である.このとき,
Fは
F  E
(2.2)
と表される.このとき  は電界増倍係数, E は電極間電界
である.
FEC は他のカソードに対して,作動ガスが不要,簡易な
構造,低電力での動作が可能というメリットを持つ.一方
で,空間電荷制限を受けてしまい,高圧電源が必要という
デメリットを持つが,EDT システムの電子源としてはメリ
図 4
FEC 概観
ットが大きく有効であるといえる.
CNT
3.
実験装置及び実験方法
本実験では,AO 照射前後に FEC の電流電圧特性取得試
験を行い,電子顕微鏡(SEM)で表面観察,また EPMA に
Substrate
図 5
Gate
Insulator
Mask
FEC 構造
よる定量分析を行うことで AO 照射の影響を評価した.AO
照射は JAXA の真空複合環境試験設備を用いてレーザーデ
トネーション法により行った.レーザーデトネーション法
とは,Physical Science Inc. により開発された AO 発生法で
あり,この方法によって軌道速度と同じ 8 km/s での AO 照
射が可能である.このときの AO の並進エネルギーは 5 eV
である(4).本実験では,FEC の電極面に対して垂直方向から
照射を行った.照射量は次のようにした.A) 3x1020 ,B)
3x1019,C) 1x1019,D) 3x1018 atoms/cm2.また,これらの照
射量は表 1 に示す条件に相当する量である.
このとき CaseC
の照射量は,LDEF の衛星データより Parallel 面に設置した
場合の照射相当量を推定し,算出している(5).
図 6 電流電圧特性取得回路図
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また,EPMA による定量分析は 27.5 x 38.1μm の範囲で行
射前後の電圧比を見ると,照射量の増加に伴い電圧比が増
い,AO の照射された照射部,マスク電極により照射されて
加していることがわかり,照射量の増加に伴い FEC の劣化
いない非照射部それぞれ 5 箇所について分析を行った.
が大きくなっていることがわかる.
アルゴンイオン及び酸素イオン照射は,ECR イオン銃を
使用してイオンを発生させ,AO 照射と同様に FEC の電極
以上のことから,AO 照射による FEC の性能劣化が示さ
れた.
面に対して垂直方向から照射を行った.チャンバー内の
1.4
及びゲート電位を-0 V にすることで空間電位からのイオン
1.2
引出によりイオンを照射した.このとき,空間電位はガー
ドリングプローブを用いてラングミュアプローブ法により
計測を行った.アルゴンプラズマ及び酸素プラズマ中の照
射位置における空間電位は約 15 V であった.イオン照射量
は 3x1018 atoms/cm2 とし,FEC に流入したイオン電流から照
Emission Current [mA]
FEC 配置について図 7 に示す.照射は,エミッタ,マスク
A before
A after
B before
B after
C before
C after
D before
D after
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
-0.2
250
350
射量を算出した.性能評価方法は AO 照射試験と同様であ
450
550
650
750
850
950 1050
Extraction Voltage [V]
図 8
る.
AO 照射前後の IV 特性比較
表 2 閾値電圧比較
照射量
Case
閾値電圧 [V]
照射前後
[atoms/cm2]
前
後
電圧比
A
3x1020
390
―
―
B
3x10
19
320
663
2.07
C
1x1019
370
530
1.43
D
3x1018
320
360
1.13
※CaseA 照射後:エミッション無し
3. 2
図 7 イオン照射試験チャンバー内配置図
4.
表面観察結果
CaseA の SEM 観察結果を図 9 に示す.
AO 照射試験結果
3. 1
電流電圧特性取得
4 ケースの AO 照射前後における電流電圧特性の変化を図
8 に示す.図 8 より,いずれの場合もエミッションに必要
な引出電圧は増加していることが分かる.また,エミッシ
ョン電流量が一定値を過ぎると絶縁破壊が生じやすくなり,
それ以上電圧を印加しても電流量が増加することはなかっ
(a)
図 9
(b)
FEC 表面(SEM 画像)(a)非照射部,(b)照射部
た.つまり,照射量の増加に伴いエミッション可能な電流
量が減少することが確認された.
図 9(a)の丸で示した部分には白い糸状の CNT が存在して
また,表 2 より照射前後の閾値電圧を比較すると,照射
いるが,図 9(b)の丸で示した部分は CNT が無く,基板表面
前より照射後の閾値電圧が高いことが分かる.さらに,照
が見えている.従って,AO 照射によって CNT が消失した
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ことが確認された.また,CaseA ではエミッション電流が
における AO の照射エネルギーが 5 eV であるのに対して,
得られなかったことからも,CNT の減少が FEC の性能劣化
酸素イオンの照射エネルギーは約 15 eV であることだと考
の原因であるといえる.
えられる.このエネルギー差により,酸素イオン照射によ
次に, EPMA による定量分析を行った結果について述べ
る劣化が大きかったのではないかと推測される.
Emission Current [mA]
る.図 10 に CaseA,B,D について非照射部に対する照射
部の炭素残存比を示したグラフを示す.ここで,図中のひ
し形で示したものは非照射部 1 箇所に対する照射部 5 箇所
の比であり,1 つの FEC について 25 点示した.また図中の
四角で示したものは,照射部,非照射部それぞれの平均値
の比である.FEC の個体差の影響を考慮する必要があるた
め,非照射部に対する比で示す必要がある.分析の結果,
1.4
Oxygen ion
before
Oxygen ion
after
AO before
1.2
1
0.8
AO after
0.6
0.4
0.2
0
-0.2
250 350 450 550 650 750 850 950 1050
Extraction Voltage [V]
CasaA では炭素がほとんど残っていないことが確認された.
図 11
次に CaseB では,CNT が消失している箇所と残存している
照射前後 IV 比較(酸素イオン‐AO)
箇所があることが分かり,CNT は不均一に消失していると
いえる.CaseD に関しては,基板上に CNT が残っているこ
とが確認された.それぞれの FEC の炭素残存比を比較する
次に,酸素イオンと照射とアルゴンイオン照射前後の電流
電圧特性の比較を図 12 に示す.
と,AO 照射量が増加するにつれて,炭素の残存比は減少傾
1.4
ッション電流の減少は CNT の減少によるものと示唆される.
1.2
Emission Current [mA]
向にあることが示された.これにより,図 8 で示したエミ
ただし,CNT の一部は AO 照射により基板からはがれた可
能性があり,SEM 観察及び定量分析によって確認された
CNT 全てがエミッションに寄与しているとはいえない.こ
れに関しては,現在調査中である.
Oxgen ion
before
Oxygen ion
after
1
0.8
Argon ion
before
0.6
Argon ion
after
0.4
0.2
0
-0.2
250 350 450 550 650 750 850 950 1050
Extraction Voltage [V]
C irradiated site /
non-irradiated site [%]
140
図 12
120
照射前後 IV 比較(酸素イオン‐アルゴンイオ
100
ン)
80
60
上図より,不活性ガスであるアルゴンイオンを照射した
40
FEC に比して活性ガスである酸素イオンを照射した FEC の
20
方が,性能劣化が著しいことが分かる.このことから AO
0
-20
0
A 3x1020
図 10
B 3x1019
D 3x1018
炭素残存比比較
照射試験における FEC の劣化の原因として,単純な衝突に
よる劣化だけでなく,酸素の活性による影響が大きいと考
えられる.
5.
イオン照射試験結果
酸素イオン照射と AO 照射前後の電流電圧特性の比較
6.
結論
を図 11 に示す.図 11 より,同照射量にもかかわらず AO
本研究では,低軌道環境における FEC の耐久性評価のた
照射と酸素イオン照射では,酸素イオン照射の方が,劣化
めに AO 照射,酸素イオン照射及びアルゴンイオン照射実
が大きいことが分かる.違いが生じた原因は,AO 照射試験
験を行った.その結果,AO の照射量に応じて電子放出性能
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が劣化することが示された.また,本実験条件による酸素
イオン照射では,AO 照射に比して劣化が大きく,その原因
はエネルギー差によるものと考えられる.さらにアルゴン
イオン及び酸素イオン照射試験結果を比較することにより,
性能劣化の主な原因が酸素の活性によるものであることが
示唆された.
参考文献
(1)
Charles J. Gasdaska et al., “Testing of Carbon Nanotube
Field Emission Cathodes”, AIAA 2004-3427.
(2)
齋藤奈々子, “宇宙環境におけるカーボンナノチューブ
カソードの耐久性評価” ,2008 年度静岡大学修士論文.
(3)
電気学会,
“電子・イオンビーム光学”オーム社,1995
年.
(4)
島村宏之,馬場勧,宮崎英治,
“真空複合環境設備
ハ
ンドブック”宇宙航空研究開発機構研究開発試料
JAXA-RM-10-013
(5)
LDEF ATOMIC OXYGEN FLUX AND FLUENCE
CALCULATIONS, NASA-CR-187418,1992
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