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静脈血栓塞栓症の 発症機序とリスク因子
特集 静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 静脈血栓塞栓症の 発症機序とリスク因子 太田覚史 1) OTA Satoshi 山田典一 1) YAMADA Norikazu 中野 赳 2) NAKANO Takeshi 1)三重大学大学院循環器内科学 2)三重県病院事業庁 Q 深部静脈血栓症はどのように発生するのか? *深部静脈血栓塞栓症(DVT)の発生には血流の停滞の関与が大きい.停滞することで活性化された凝固 因子が局所に濃縮され,トロンビンの産生から凝固カスケードが進み,最終的にフィブリン塊が産生さ れ,静脈血栓が形成される. *静脈血栓の形成部位としては,ヒラメ静脈や静脈弁ポケット内が多く,同部で産生した血栓が中枢側も しくは末梢側へと進展していくことでDVT の症状が出現する. Q 肺血栓塞栓症の塞栓子は深部静脈血栓症に由来するものが多いか? *肺血栓塞栓症(PE)とは,静脈系に生じた血栓塞栓子が遊離し,肺動脈を閉塞する疾患であり,その 塞栓子のほとんどが下肢および骨盤内のDVT に由来する.このことから,DVT,PE を総称して,静 脈血栓塞栓症(VTE)ともよぶ. *DVT 以外にも,頻度は低いとされるが,上肢静脈に形成された血栓が塞栓子となることもある. Q Virchow の血栓形成 3 大因子は静脈血栓塞栓症の発生因子となりうる か? *①血流の停滞,②血管壁の障害,③血液凝固能の亢進,の3 つをVirchow の血栓形成3 大因子とよぶ. これらは動脈系および静脈系血栓の重大な形成因子とされ,これら3 因子に大別される複数の因子が関 与することにより静脈血栓が形成され,VTE を発症すると考えられている. 深部静脈血栓症はどのように発生するのか? 知識 DVT の発生には,静脈血流の停滞が大きく関与し 発生要因 ● ているとされている.血流が停滞すると,活性化さ 深部静脈血栓症(DVT)とは,主に下肢の深部静 れた凝固因子が局所に濃縮され,トロンビンの産生 脈が血栓により還流障害をきたした状態を指す(笊)1). から凝固カスケード(笆)が進み,最終的にフィブリ 14 (278) EBNURSING Vol.7 No.3 2007 血管内皮下組織と接触 XII XIIa VIIa 組織因子/VIIa複合体 XI 内因系 組織因子(Ⅲ)の流入 XIa 2+ Ca (IV) IX 外因系 IXa 2+ X Ca (IV) VIIIa Xa Ca2+(IV) V プロトロンビン(Ⅱ) トロンビン(Ⅱa) フィブリン(Ⅰa) フィブリノゲン(Ⅰ) 左:骨盤内∼総大腿静脈内血栓 右:大腿∼膝窩静脈内血栓 血液凝固には内因系と外因系の 2 種の経路があるが,いずれも第 X 因子を 活性化し,最終的にフィブリノゲンからフィブリンが産生される. 笊 深部静脈血栓症(上行性下肢静脈造影) 笆 凝固カスケード(簡略図) 膝窩静脈 ヒラメ静脈 腓腹筋 血栓 内側枝 乱流 ヒラメ筋 外側枝 中央枝 静脈弁 血流 後脛骨静脈 腓骨静脈 前脛骨静脈 ヒラメ静脈には,内側枝,中央枝,外 側枝があり,その数には個人差がある. 左:血管内視鏡による静脈弁 右:静脈弁ポケットでの血栓産 生機序 笘 下肢静脈弁 左および中央:腓腹筋およびヒラメ筋 右:下腿静脈群 下により内皮障害を生じやすい.その結果,血小板 笳 下腿筋と下腿静脈 よりセロトニンが放出され,血小板凝集が起こり, 2) ン塊が産生され,静脈血栓が形成される .ほかにも, トロンビン形成,フィブリン析出から血栓形成が生 静脈血栓の形成には多因子が複雑に関与していると じ,主として中枢側へ,ときには末梢側へと進展し され,特に血液凝固能の亢進や,血管壁の障害が重 ていく. 要とされている.前述の血流停滞と合わせて,これ ら3 因子をVirchow の血栓形成3 大因子とよぶ. このほか,外傷,骨盤内腫瘤,腸骨静脈圧迫症候 群(笙)などにより,腸骨大腿静脈といった近位側か ら生じることもある. 発生部位 DVT の最初の発生部位としては,下腿の筋静脈で 3) 原因となる血栓の特徴 ヒラメ筋に広く分布するヒラメ静脈 (笳)や静脈弁 DVT の原因となるフィブリン血栓は,フィブリ ポケット内(笘)が多いとされる.これらの部位は血 ン網内に赤血球を多く含んでいることから赤色血栓 流停滞や乱流を起こしやすく,局所の酸素分圧の低 ともいわれる.フィブリン血栓は,血小板を主体と EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (279) 15 ● する動脈血栓(白色血栓)と比較して血流やプラス ミンに対して弱く,最終的には溶解や器質化する以 腹部大動脈 外に,発生部位から遊離し,塞栓化し,肺血栓塞栓 総腸骨動脈 下大静脈 症(PE)を発症する. この部分に 狭窄がみられる. 総腸骨静脈 左:右総腸骨動脈と左総腸骨静脈の位置関係 左図内の CT :腰椎,右総腸骨動脈による左総腸骨静脈圧迫図 右:左膝窩静脈からの上行性下肢静脈造影 笙 腸骨静脈圧迫症候群 肺血栓塞栓症の塞栓子は 深部静脈血栓症に由来するものが多いか? 肺血栓塞栓症(PE)とは,静脈系に生じた血栓塞 知識 PE の原因はDVT がほとんどとされるものの,明 栓子が遊離し,肺動脈を閉塞する疾患であり(笞 ) , らかなDVT 症状を有していないPE にもよく遭遇す その塞栓子のほとんどが下肢および骨盤内のDVT に る.下腿静脈に産生した「末梢型」DVT は一般に小 由来する(笵) .このことから,DVT,PE を総称し さいため,臨床的に無症状なことが多く,しばしば て , 静 脈 血 栓 塞 栓 症 ( venous thromboem- 自然に消退・溶解していくが,ときに中枢側へ進展 bolism :VTE)ともよぶ. 塞栓源 血栓 右肺動脈から 左肺動脈から 笞 肺動脈からの摘出血栓(手術症例) ● 16 (280) EBNURSING Vol.7 No.3 2007 左:下肢から肺動脈への血栓流入図 右:選択的肺動脈造影 右肺動脈主幹部内血栓 笵 肺血栓塞栓症(PE) 静脈血栓塞栓症予防のエビデンス 特集 することで症状を呈したり,慢性的に肺動脈への塞 だが,遊離しやすいためPE を発症する率が高いとも 栓を繰り返して有症状PE を引き起こしたりすること いわれており,注意が必要である. 下肢以外にも,頻度は低いとされるが,上肢静脈 もある. また,血栓が膝窩より中枢側に存在する「中枢型」 に血栓を産生することがある(DVT の約3.3 ∼5 %) . DVT では,静脈うっ滞によるDVT 症状を起こすこ Paget-Schroetter 症候群のほか,中心静脈カテーテ とが多いが,血管を完全に閉塞しない浮遊型DVT と ル,ペースメーカー,腫瘍による静脈の圧迫などが いう形態をとることもある.この場合は血流が妨げ 原因とされ,その1/3 で末梢型PE を引き起こすとさ られないためDVT 症状が出にくく,発見が遅れがち れている. Virchow の血栓形成 3 大因子は 静脈血栓塞栓症の発生因子となりうるか? 1856 年,ドイツの病理学者 Virchow は,血栓の 知識 形成されると考えられている(笨)4). 成因として,①血流の停滞,②血管壁の障害,③血 液凝固能の亢進,の3 つの要因をあげた. 血流の停滞 今日においてもこの理論は正しいとされ,あらゆ 動脈血流が心拍動により速い流速を維持している る動脈系および静脈系血栓症において,その病態解 のに対し,静脈血流を担っているのは筋収縮による 明に不可欠な考え方とされている. 押し出しが主である.長期臥床,長時間乗り物に乗 VTE においても,血栓産生機序を解明する試みが るなどでの「不動」によりこの筋肉ポンプ作用が機 数多くなされ,これまでに多くのことが判明してき 能しないことが,静脈血流停滞の最も大きな因子で たが,これらはいずれもVirchow の血栓形成3 大因 ある. 子にのっとったものであり,現在ではVTE はこれら 3 因子に大別される複数の因子が関与することにより 血液凝固能の亢進 アンチトロンビン欠損症 プロテインC欠損症 プロテインS欠損症 高ホモシステイン血症 異常フィブリノゲン血症 異常プラスミノゲン血症 低プラスミノゲン血症 活性化プロテインC抵抗性(Factor V Leiden) プロトロンビン遺伝子変異(G20210A) 抗リン脂質抗体症候群 悪性疾患,ネフローゼ症候群 経口避妊薬,エストロゲン製剤服用 手術,妊娠 多血症,脱水 など このほか,肥満,妊娠などによる静脈圧排も静脈 血流を停滞させる原因となる. 血流の停滞 長期臥床 長距離旅行(エコノミークラス症候群) 肥満,妊娠 うっ血性心不全 脳血管障害,下肢麻痺 など 血管壁の障害 手術による損傷 (整形外科,産婦人科,一般外科,ほか) 外傷,骨折,熱傷 各種カテーテル検査,処置 静脈炎 など 笨 静脈血栓の誘発因子: Virchow の血栓形成 3 大因子 EBNURSING Vol.7 No.3 2007 (281) 17 ● 血管壁の障害 骨盤から下肢の静脈に障害を起こしうる整形外科 や産婦人科手術のほか,近年,カテーテル検査およ 一般人口 (%) DVT患者 (%) プロテインC欠損症 0.19∼0.5 6.5∼12.5 プロテインS欠損症 2.0 15.6∼17.7 アンチトロンビン欠損症 0.16 1.77∼5.6 び治療が盛んに行われるようになり,血管壁が損傷 されることが多くなってきている.これらの血管壁 の障害により生じる血栓症は医原性の血栓症であり, 笶 プロテイン C,プロテイン S,アンチトロンビン欠 損症の日本人における頻度 (斉藤英彦:血液凝固異常と肺塞栓症.臨床医 2004 ; 30 (3): 295-297. 5)より改変) 診療従事者にとって特に注意しなければならないも のの1 つである.このほか,静脈炎などによる炎症性 障害も血栓症の原因となり得る. などの膠原病に合併する抗リン脂質抗体症候群があ げられる. 血液凝固能の亢進 血栓症と関連する遺伝子多型としてはプロテイン 先天的または後天的原因により血液が過凝固状態 S,プロテイン C 凝固制御系に抵抗性を示す Factor となることである.先天性の血栓性素因としては凝 V Leiden 変異が有名である.このほか,プロトロン 固制御因子であるプロテインS,プロテインC,アン ビンG20210A 変異が知られているが,これらの変異 5) チトロンビンの欠損症があげられ(笶) ,後天性の は日本人では見つかっていない 6). 血栓性素因としてはSLE(全身性エリテマトーデス) 文献 1) Hirsh J, Hoak J : Management of deep vein thrombosis and pulmonary embolism. Circulation 1996 ; 93 : 2212-2245. 2) 太田覚史,山田典一,中野 赳: 血液凝固・線溶の基礎知識.臨床泌尿器科 2006 ; 60(1) : 39-44. 3) 應儀成二, 前田晃央, 池淵正彦ほか:下腿深部静脈血栓症の診断−肺塞栓源検索の視点から.静脈学 1996 ; 7(1) : 29-35. 4) Lowe GD : Virchow’s tried revisited : abnormal flow. Pathophysiol Haemost Thromb 2004 ; 33(5-6) : 455-457. 5) 斉藤英彦:血液凝固異常と肺塞栓症.臨床医 2004 ; 30(3) : 295-297. 6) Ro A, Hara M, Takada A : The factor V Leiden mutation and the prothrombin G20210A mutation was not found in Japanese patients with pulmonary thromboembolism. Thromb Haemost 1999 ; 82(6) : 1769. ● 18 (282) EBNURSING Vol.7 No.3 2007