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末梢動脈疾患(PAD)について

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末梢動脈疾患(PAD)について
末梢動脈疾患(PAD)について
血管内治療(平成 20 年 11-12 月号)
PAD とは
動脈によって全身の各臓器に酸素と栄養が運ばれますが、その動脈が何らかの原因で狭窄や閉塞を起こし、循環障
害をきたすことがあります。その中で四肢の動脈に生じた循環障害を「末梢動脈閉塞症(PAOD)」と呼んでいます。この末
梢動脈閉塞症には動脈硬化による閉塞性動脈硬化症(ASO)や慢性閉塞のバージャー病(TAO)、急性動脈閉塞などが含
まれますが、圧倒的に下肢の ASO が多く、このため海外では PAD という言葉は ASO とほぼ同義に使われており、日本
でもこのような呼び方が広まってきています。
PAD は動脈硬化性疾患(言い換えると“血管病”)ですので、四肢の動脈硬化のみならず脳血管や冠動脈などにも動脈
硬化を高頻度で合併しており「全身の動脈硬化性血管病変の一部分症」と捉えて治療計画を立てる必要があります。
ここでは現在の当院における PAD 診療のおおまかな流れを解説していきますが、個々の患者様の状態によって検査手
順や治療は変わってくることをご理解下さい。
PAD の症状
下肢の PAD の場合、典型的な症状は「間欠性破行」と呼ばれる歩行時の下肢の痛みがあります。これは通常運動によ
り出現し、筋肉のだるさや痛み、あるいはこむらがえりといった症状になりますが、休憩すると 10 分以内に軽減するもの
です。
これとは別に分けて考える必要がある症状が安静時の痛みや難治性潰瘍などです。これらの症状は放置すれば足の
切断を要するようなより重症な状態を意味しており、「重症下肢虚血」と呼んでいます。「重症下肢虚血」の場合はより早く、
より積極的に治療を行う必要があります。
しかし PAD のうち典型的な「間欠性破行」を自覚している人は約 3 割程度、「重症下肢虚血」は全体の数%と言われてい
ます。つまり大多数の人は「何ともない」とか「大したことない」症状でいますが、他の理由で症状に至るほど動きまわるこ
とができないだけのことが多く、症状がないから大丈夫とは必ずしも言えないことを理解する必要があります。
PAD の検査
検査には大きく分けて 2 つの目的があります。血流状態の評価と解剖学的な情報を得ることです。血流状態が非常に悪
く重症なのか、そうでないのかの判断は治療を進める上で非常に重要です。さらにどこの血管が悪いのか?1 か所だけな
のか、複数個所の治療を考えなければいけないのか?などを把握することが治療計画に必要不可欠です。このため以下
のような検査を行います。
血流状態の評価
【 ABI ( 足関節上腕血圧比 ) 】
腕と足首の血圧を比較することで血管の硬さや、血管の詰まり具合が分かる簡便な検査です。
正常であれば足首の血圧は腕の血圧より高くなりますが、PAD がある場合は足首の血圧が
低くなります。重症な PAD ほど下肢の血圧が低下するため重症度の判定に役に立ちます。
しかし弱点としては測定によりばらつきがあることと、実際よりも良い値が出てしまう人がいるため、
他の検査と合わせて判定する必要があります。
【 SPP ( 皮膚灌流圧 ) 】
ABI は比較的太い血管の血流を判断する指標ですが、この SPP は皮膚の毛細血管レベルの
血流評価のために行います。ABI では実際よりも良い値が出てしまう人でも、この検査と組み
合わせて正しく判定できます。
しかし弱点は測定中に動いてしまうと正しい値が測定できません。
解剖学的な病変の評価
【 3D-CT 】
造影剤を使った CT 撮影で血管の状態を把握します。立体画像(3D)にすることで病変部位は非常に分かりやすくなりま
す。血管以外の情報(骨との位置関係など)も得られるため治療戦略を考える上で重要です。弱点は造影剤により腎機能
に負担をかけてしまうことがあるため、すでに腎臓が悪い方には行えません。また動脈硬化による石灰化が強いと狭窄
度の判定はできなくなります。
【 MRA 】
造影剤やレントゲンを使わずに行えるため、腎機能の悪い方でも行うことができる検査です。弱点は血管以外の情報と突
き合わせることが難しいため、細かな治療戦略を立てる上では血管エコーの力を借りる必要があります。またペースメー
カーなどの植え込み術を行っている方には行うことができません。
【 血管エコー 】
超音波で血管の形態や血流状態を把握できますが、下肢の血管全体の把握には時間
がかかるため向きません。しかし CT や MRA で見つかった病変部分や判断に迷うとこ
ろをエコーで確認し、総合的に判断するのに威力を発揮します。さらに血管内治療を行
う場合は術中に使用することもできます。検査には熟練を要することが難点ですが、当
院では 3 学会認定(脈管学会、心臓血管外科学会、静脈学会)の血管診療技師資格を持
った臨床検査技師が検査にあたり、検査のクオリティを保つようにしています。
次回は「PAD の治療について」です。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
末梢動脈疾患(PAD)について
血管内治療(平成 21 年1月号)
PAD の治療法
PAD の治療には下記の 4 つがあり、前述の検査結果と患者さまの状態に合わせて治療法を選択していきます。
運動療法
薬物療法
バイパス手術
血管内治療(PPI:末梢血管インターベンション)
運動療法
運動療法は間欠性破行を呈する場合の第一選択となる治療法です。しかし、ただ単に運動すればよいのではなく適切
な負荷をかけ、継続することが重要です。このため監視下運動療法が望ましく、また安全とされています。この治療では歩
行距離がどれだけ伸びたかで治療効果を判定しますが、効果がある場合は歩行距離が 2 倍以上に伸びます。これは薬物
療法単独では得られない効果です。現在、当院では十分な監視下運動療法を行う体制が整っていないため、近隣の医療
機関(誠潤会城北病院血管外科)と連携して監視下運動療法を行っています。
この治療の短所はすぐに効果が得られないことであり、3 か月を目安に継続することが重要です。また重症下肢虚血の
場合には運動療法は行わず、早期に血管内治療やバイパス術を考慮します。
薬物療法
薬物療法は下肢の症状改善を目的にシロスタゾールなどの抗血小板薬が選択されます。しかし PAD 患者は全身の動
脈硬化が進行しているため、下肢の症状改善だけでなく冠動脈疾患や脳卒中などの血管イベントを低下させる薬剤(スタ
チン、ACE 阻害薬、ARB など)を積極的に使用する必要があると考えています。重症下肢虚血の場合は血流改善作用を期
待してプロスタグランディン製剤の点滴を連日行うこともあります。
バイパス手術
バイパス術の長所は豊富な研究結果から長期成績がはっきりしていることです。当院でのバイパス術は PAD の世界共
通の治療ガイドラインである TASC‐Ⅱに沿って適応を判断しています。しかし前述のとおり PAD の患者様は他の合併疾
患があることが多く、必ずしもガイドライン通りにはいかないこともしばしばです。当院ではバイパス手術は心臓血管外科
が担当し、血管内治療グループでは血管内治療を担当していますが、症例に応じて心臓血管外科と検討しながら判断して
います。
血管内治療(PPI:末梢血管インターベンション)
PPI は血管内にカテーテルと呼ばれる細い管を挿入し、狭窄部位や閉塞部位をバルーンで拡張(風船治療)したり、ステ
ントと呼ばれる金属の筒で血管の内側から補強することを行います。最大の長所は局所麻酔で行う全身への負担の少な
さであり、入院期間も 2 泊 3 日を原則としています。逆に短所は治療した部位が再び狭くなってしまう“再狭窄”が一定の頻
度で起こることです。しかし“再治療”も可能であり、状態に応じて行っています。また特に下肢の場合は病変範囲が広く、1
回ではすべて治療できず、複数回に分けて治療しなければいけないことがあります。
治療法も部位によって若干異なっており、当グループでは現在のところ病変別に下記の方針で行っています。
腸骨動脈領域
下肢の動脈は腹部大動脈からほぼ“おへそ”の高さで左右の腸骨動脈に分かれてそ
れぞれ下肢へ血液を供給しています。この腸骨動脈は血管径が太く約 10mm 程度あ
り、ステント留置を原則としています。狭窄病変のみならず慢性完全閉塞でも PPI を
行っていますが、長区間の慢性完全閉塞病変では心臓血管外科と検討し、バイパス
術単独やバイパス術+ステントといった選択する場合があります。
浅大腿動脈領域
“太もも”の血管ですが、この領域は長区間で完全閉塞となっていることが多いのが
特徴です。特に完全閉塞病変では再狭窄率が高い傾向にありますが、当院ではバル
ーン拡張を原則としています。ステント留置も行われていますが、長期的にステント
の破損などの問題が生じるなど 現時点では十分なデータがそろっていないことから
緊急時の離脱目的に使用することを原則と しています。しかし今後ステントの改良
が進むことが期待されており、その際は我々も使用したいと願っています。
膝窩動脈以下領域
重症下肢虚血患者にはバルーン拡張を行っています。しかし症状が破行のみの場合
には PPI は行わない方針としています。理由としてこの領域での PPI については、ま
だ十分に成績が検討されていないことが挙げられます。しかし当グループでは重症
下肢虚血であれば下肢の切断を回避するためにあらゆる手段を講じたほうが良いと
考えて、可能な症例では積極的に PPI を行っています。
その他
重症下肢虚血に対する再生医療や遺伝子治療はまだ一般病院での臨床応用ができ
る段階には
至っていませんので、当院でも行っておりません。また条件があう場合はLDL吸着療
法(LDL ア
フェレーシス)を行っています。
次回は「血液透析患者さんにおける内シャント拡張術について」です。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
血液透析患者さんにおける内シャント拡張術について
血管内治療(平成 21 年2月号)
はじめに
最新の統計である 2007 年末現在、日本では約 27.5 万人の維持透析患者さんがいらっしゃいます。そのうち、約
96%が血液透析患者さんです。血液透析の円滑な施行・継続には機能・形態に優れた内シャントが必要であり、そ
の重要性は強調しすぎることはありません。
血液透析患者さんの入院原因の主な原因の一つに内シャント血流不良(シャントの狭窄や閉塞)があげられま
す。透析患者さんの増加・高齢化・透析継続時間の長期化を主因としてシャントの治療が必要な患者さんは増加傾
向を示しています。
以前はシャント血流不良に対しては外科的な手術が中心でしたが、1980 年台に内シャントの狭窄・閉塞部位をバ
ルーンカテーテル(風船状の管)を用いて拡張する方法(内シャント拡張術)が登場しました。その後、内シャント拡
張術は技術・道具が急速に普及し現在に至っております。
当院では現腎臓内科医が赴任した 2000 年より内シャント拡張術を行っております。年間のシャント拡張術症例数
は 80~100 件で、その多くが近隣の関連透析施設からの紹介患者さんで占められています。
内シャント拡張術の利点と血管
利 点
・ シャント穿刺部位を変更することなくシャントの使用が可能であること
・ 治療直後よりシャントの使用が可能であること
・ 施行時間がシャント手術より短時間であること
欠 点
・ 拡張困難な場合があること(石灰化病変など)
・ 再狭窄する可能性があること(治療が時間をおいて繰り返される場合があること)
・ 治療中に痛みを感じること(1 分間を数回繰り返す)
内シャントイメージ(引用;ボストン・サイエンティフィック・ジャパン社)
当院での内シャント拡張術の現状
2008 年 83 件
紹介患者数(率)
47 名(57%)
シャント閉塞患者数
19 名(23%)
紹介元一覧(茨城県のみ)
県北
05 名(11%)
県央
27 名(57%)
県西
11 名(23%)
県南
09 名(09%)
83 名中 9 名(11%)が再狭窄のため年に 2 回以上の治療を受けています。
83 名中 2 名(2.4%)が拡張困難で手術へ移行しています。
PTA 診察予約方法
すべての血管が PTA 可能という訳ではないので、時間的余裕があれば一度診察をさせてください。
以下の方法で予約をしてください。
腎臓内科が担当している外来は月・水・木・金曜日の午前です。
腎臓内科 海老原 至
次回は「腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療」です。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療
血管内治療(平成 21 年5月号)
腹部大動脈瘤とは動脈硬化の影響により大動脈がこぶのように拡張し、突然破裂することがある疾患です。通常は無
症状ですが、破裂した場合は死亡してしまう危険の高い疾患です。近年では他の理由でエコー検査や CT 検査を受けた
際に偶然に見つかることが多くなっています。
破裂してから緊急手術を行っても、残念ながら救命できる可能性は高くありません。このため無症状のうちに手術を行
うのが原則です。その目安となるのが大動脈瘤の大きさです。腹部大動脈瘤の場合、径が 5.5cm を越えると破裂する危
険が高くなるため、5cm を越えたあたりから手術の時期を検討する必要が出てきます。またたとえ小さくとも大きくなるス
ピードが速い場合も破裂の危険が高まるため、手術を考慮します。逆に 5cm 未満の小さいうちに手術をしてもあまりメリ
ットがないことが分かっているため、早期の手術は行いません。重要なことは大動脈瘤が分かったら定期的に検査を受
ける必要があるということです。
治療法としては開腹手術による人工血管置換術が標準的な治療として行われています。しかしより低侵襲な治療法と
して 1990 年に世界で初めて大動脈ステントグラフトによる治療が成功してから欧米を中心に広く行われるようになりまし
た。日本でも 2002 年からこの治療法が保険適応となりました。しかし当初はそれぞれの症例に合わせて、医師がステン
トを手作りしたものを使用していました。
2006 年に商品化された腹部大動脈用のステントグラフトが日本でも使用できるようになり、徐々に施行される症例が増
加しています。
大動脈ステントグラフトの最大の長所は低侵襲(体への負担が小さい)と周術期(術後 30 日以内)の死亡率の少なさで
す。低侵襲とは言い換えれば手術後の回復が早く、入院期間が短くてすむということです。具体的には開腹手術の場合
2、3 週間の入院が必要でしたが、大動脈ステントグラフトではほぼ 1 週間以内の入院で済みます。周術期死亡率につい
ては開腹手術でも大動脈ステントグラフトのどちらでも治療可能な症例を比べた場合、開腹手術に比べて 1/3~1/4 に低
下することが分かっています(海外データ)。逆に大動脈ステントグラフトの弱点はステントの耐久性の問題から、後にな
って治療の追加が必要になる場合があります。このため、定期的な検査で異常がないかを確認する必要があります。ま
た大動脈瘤すべてにステントグラフトによる治療ができるわけではありません。
大動脈の蛇行が強い場合や分岐枝の状態などによってはステントグラフトでは治療できない、むしろ危険なことがあり、
解剖学的な適応基準を守る必要があります。また日本では何らかの理由で開腹手術ができない症例に対してステントグ
ラフトを行うように定められています。
ジャパンゴアテックス提供
次回は「IVR 認定看護師について」です。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
IVR 認定看護師について
血管内治療(平成 21 年6月号)
日本インターベンショナルラジオロジー学会(以下 IVR 学会)では 2008 年から IVR 認定看護師制度を発足させて
います。この制度は安全で効率的な IVR を施行するためには、看護師、技師、医師、それぞれの立場を理解しあ
って、三位一体の協力が必須であるとの認識から発足した制度です。これまで医師と看護師の関係は指示を与え
る立場と指示を受ける立場、すなわち主従・上下の関係になりがちでしたが、IVR 学会の重鎮の一人は「患者様へ
のきめ細やかな配慮には看護師としてのインフォームド・コンセント、患者状態の把握に始まり、術前・術中・術後
のケア、必要物品、特殊な器具、器材の配備とその確認、緊急時の対応、感染症対策などを学習し、IVR に生かさ
れるべきである。また、技師の業務は複雑化・精密化した X 線装置、および IVR 関連機器を理解し、素早く診断・治
療に役立つ画像を提供すること、機器を管理し、いつでも稼働できる状態にすること、さらに X 線被ばくを軽減する
ことにある。そのためにはIVRの内容を理解し、その進行状況を把握していなければならない。」と述べています。
IVR の現場では医師は IVR 手技に熱中するあまり、それ以外のことに注意が散漫になりがちです。しかし患者
様に最も良い治療を行うためには医師だけでなく、看護師、技師を合わせた三位一体の協力が重要であることは
容易に理解できます。IVR学会では10年以上前から各地域でこのような認識に立って議論を重ねてきた実績があ
り、学会レベルで制度発足となった訳です。受験資格には「2 年間に IVR 学会指導医のもとで 100 例以上の IVR 看
護経験を有すること」といった厳しい基準があり、さらに認定試験をパスしなければなりません。
当院では制度発足の 2008 年に 1 名、さらに今年 2009 年に 3 名が IVR 認定看護師試験に合格しています。体へ
の負担が少ない血管 内治療をより質が高く安全に行えるように、IVR 認定看護師、技師と協力して治療に当たっ
ています。
次回は「深部静脈血栓症(DVT)について」です。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
深部静脈血栓症(DVT)について
血管内治療(平成 21 年 8 月号)
原因と頻度について
DVT は静脈内に血栓が生じることで血流障害が引き起こされる病気で、その結果として局所の痛みや腫脹、時
に発赤や熱感を来たすようになります。しかし無症状のことも多いため、より重篤な状態となってから気づかれる
ことも多いのが現状です。より重篤な状態とは静脈内の血栓が肺まで流されて起こる肺血栓塞栓症を指します
が、これについては後日改めて述べることにします。
DVT は主に下肢に起こることが多いのですが、稀ながら上肢に起こることあります。原因としては、
(1) 血液の流れがうっ滞する状態(飛行機などで同じ姿勢が長く続く場合や他の臓器が血管を圧迫している
場合など)
(2) 血管自体が傷ついた場合(手術やカテーテル操作など)
(3) 血液が固まりやすい状態(脱水や薬剤の影響など)
が挙げられます。
発生頻度は統一した検査で診断されていないため正確な発生頻度は不明ですが、日本では厚生労働省研究班
の調査で年間 650 例との報告があります。しかし,これらの発生頻度は欧米の 1 万人あたり年間 5 人という報告
より著しく少なく、実際にはもっと多いと考えるべきでしょう。
症状と病型について
形成された静脈血栓は通常,数時間から数日で中枢側や末梢側に進展すると言われています。例えば膝から下
の細い静脈にできた血栓でも、治療を行わない場合は太ももなどのより太い血管まで進展することがあります。ま
た症状は血栓の進展する速度と範囲が関係します。診療の際は症状や治療方針が異なるため DVT を中枢型と末
梢型の二つに分けて対処していきます。一般的に中枢型が重い症状になると考えて差し支えありません。
(1) 中枢型:膝から中枢側(頭側)では、急性期の静脈環流障害として、腫脹、疼痛、色調変化が出現します。
急速に発生した場合には、静脈還流障害がさらに高度となり、時には動脈灌流障害による静脈性壊死が発
生することもあります。身体所見としては、血栓化した大腿静脈や膝窩静脈の触知や圧痛などと共に、静脈
還流障害による所見として下腿筋の硬化や圧痛がみられます。
(2) 末梢型:腫脹や疼痛などが多く、無症状も少なくありません。身体所見もはっきりしないことが多いようです。
一般的な経過
急性期の静脈還流障害は,無治療でも通常,数週間から数か月で消失します。これは側副血行路と呼ばれる血
流のう回路が徐々に発達する ためですが、一部では慢性期の静脈還流障害である血栓後症候群に移行すること
が知られています。血栓後症候群では、静脈瘤、静脈性間歇性跛行、皮膚鬱血症状(静脈性潰瘍など)が出現しま
す。血栓で閉塞した範囲との関係が指摘されており、広範囲に血栓で閉塞した場合では約 40 % で発生するとされて
います。血栓後症候群になった場合は有効な治療法がなく、長期間にわたり症状に悩まされることになります。
また DVTは,抗凝固療法をしない場合には約30 % で再発するとされ、内服治療(抗凝固療法)にも拘わらず再発す
る場合には、何らかの血液が固まりやすい病気が隠れていることが多いようです。再発は単に下肢の問題だけで
なく、新たな肺血栓塞栓症の危険も伴います。
次回は「DVT の検査・治療について」です。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
深部静脈血栓症(DVT)について(2)
血管内治療(平成 21 年9月号)
検査について
DVT の診断には様々な検査がありますが、近年では血液検査での D ダイマー、画像検査として血管エコー検
査、造影 CT 検査が簡便かつ低侵襲であり、重要度を増しています。
D ダイマー
血液検査でわかる指標です。血栓が形成されているときに値が上昇しますが、必ずしも DVT だけで異常値を
示すわけでなく、他の病気の場合でも異常値を示します。逆に言えば、これが正常範囲なら DVT の可能性は
低くなります。他の検査でDVTが間違いないと診断された場合は、その値がおおよそ病気の勢いを反映してい
るため、治療効果の判定にも有用です。
血管エコー
血管エコー検査で血管内に血栓を見つけることで診断になります。場所によってはエコー検査で判断しにくい
場合がありますが、上肢および下肢いずれでも検査可能です。
造影 CT 検査
CT 検査では DVT の場所と範囲が分かるだけでなく、他の臓器との関係も把握できます。また肺血栓塞栓症を
すでに起こしているか否かの判断に重要な役割を果たします。
さらに DVT を引き起こした原因を探るために血液検査で特殊項目を調べます。特に血栓の出来やすい体質(血栓
性素因)や血栓を合併しやすい病気(抗リン脂質抗体症候群など)をチェックし、これらがあればその治療も併せて
行う必要があります。
治療について
治療の目的として症状の緩和とともに DVT の再発および肺血栓塞栓症の予防、さらに後遺症の一つである血栓
後症候群の予防があります。以下の治療と合わせて、DVT の原因や誘因を明らかにし、取り除くことが治療効果を
高める上で重要です。
抗凝固療法
血液を固まりにくくする薬剤を用いる DVT 治療の基本となるものです。ヘパリンおよびワーファリンという薬剤が
使用されます。ヘパリンは点滴で用いるものですが、即効性があり、用量の調整がしやすいため入院中に用い
られます。通常は血液検査の APTT という項目を連日チェックし、効果を確認しながら用います。しかしずっと点
滴のままでは不自由ですので、内服薬であるワーファリンに変更します。ワーファリンは納豆を食べると効果が
無くなってしまうため、納豆禁止の薬として有名です。ワーファリンは効果が出るまで 3~4 日かかるため、ヘパリ
ン点滴中から開始します。ワーファリンの難点は食事などの影響で効果にムラができてしまうため、定期的に採
血で PT-INR という項目をチェックし、治療域(PT-INR:2.0~3.0)に用量を調整する必要があります。また効果に個
人差が大きいため、1錠で十分効果が出る人もいれば、10 錠飲まないと効果が出ない人もいます。合併症は出
血ですが、ヘパリン点滴中の大小あわせた出血の頻度は海外の報告で 11%とされています。
抗凝固療法はDVT治療の基本となるものですが、残念ながら血栓が溶けて消失することは非常に少なく(完全消
失は 10%以下、部分溶解でも 20~25%)、血栓の拡大を抑えるという役割が主体です。血栓を溶かすためには次
に述べる血栓溶解療法が必要になります。
DVT の特殊なタイプ
May-Thurner(メイ・ターナー)症候群
別名で腸骨静脈圧迫症候群と呼ばれます。これはもともと解剖学的に左総腸骨静脈が右総腸骨動脈と交差して
いますが、この交差する部分で腸骨静脈が腸骨動脈と背側にある椎体との間で圧排されることで血流障害がお
こり、何らかの誘因が加わり左下肢の DVT を引き起こすものです。
Paget-Schroetter(パジェット・ショレッター)症候群
原発性鎖骨下静脈血栓症とも呼ばれる上肢に起こるタイプの DVT を指します。このタイプは頻度が少なく稀とさ
れています。比較的若い男性に多く、ウエイトトレーニングやスポーツ、肉体労働などで上肢の血管が圧迫や機
械的刺激を受けることで DVT が形成されると言われています。
メイ・ターナー症候群に対するカテーテル治療の一例
Fig1、治療前
うつ伏せの状態で左膝静脈からカテーテルを挿入し造影すると、
左ソケイ部から中枢側は閉塞していました(矢印)。
Fig2、血栓破砕吸引療法+カテーテル血栓溶解療法後
カテーテルから血栓を吸引したり、バルーンで破砕したりすることで血
流が改善しましたが、腸骨動脈と交差する部位(矢印)では血流は改善
していません。この状態では再閉塞してしまいます。
Fig3、ステント留置後
左総腸骨静脈にステント(矢頭)を留置することで血流が保たれるよう
になり、血栓もほぼ消失しました。この後、現在までの 2 年間良好な状
態を保っています。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
血栓溶解療法
血栓を溶かすための薬剤で日本ではウロキナーゼという薬剤が用いられます。この薬剤は血栓を溶かす効果
がありますが、その効果を十分に発揮できるのは、血栓が形成された早期に限ります。特に 3 日以内は効果が
十分期待できますが、それ以降は時間経過とともに効果が低下していきます。通常 14 日以内であればこの薬
剤を使用しますが、明らかに 1 カ月以上経過した場合は使用しません。合併症は抗凝固療法と同様に出血です
が、その頻度は 24%とヘパリン点滴中より 2.2 倍多いとされています。特に長期間投与することで出血の危険性
が高まるとされているため、短期使用で済むように投与法が工夫されています。
血栓溶解療法は血栓の消失が期待できる薬剤ですが、海外に比べて日本で承認されている用量は 1/3 と非常
に少なく、当然治療効果も劣ります。点滴による全身投与では大量の薬剤が必要ですが、次に述べるカテーテ
ル治療と組み合わせて、薬剤の用量が少なくとも、効果を高める工夫がなされています。
カテーテル治療
DVT に対するカテーテル治療はまだ一般化された治療とは言い難い状況ですが、上記の薬物療法のみでは得
られない血流の改善など非常に有効な症例があるのも確かです。日本国内で DVT に対するカテーテル治療を
行っている施設は限られており、かつ方法も標準化されたものはなく、各施設で一番良い方法を模索しているの
が現状です。欧米では日本に比べて DVT 患者が多いこともあり、カテーテル治療の報告は多く見られますが、
やはり一般化されているとは言い難い状況です。
ここでは当血管内治療グループで行っている現在の DVT に対するカテーテル治療の戦略を述べます。
【適応】
発症から 2 週間以内の DVT で中枢型、特に腸骨静脈に血栓を有する DVT が適応となります。末梢型はカテ
ーテル治療の適応はないと考えています。
【方法】
まず肺血栓塞栓症予防のために下大静脈フィルターの留置を行います。通常は右内頚静脈もしくは右肘静脈
から局所麻酔で行いますが、留置するフィルターは 14 日以内であれば回収可能なタイプのものを使用しま
す。その後うつ伏せの状態で DVT のある側の膝窩静脈(膝裏の静脈)からカテーテルを血管内に挿入し、血栓
吸引やバルーンカテーテルを用いて血栓破砕を行います。さらに血栓に直接薬剤が効くようにカテーテルか
ら血栓溶解薬(ウロキナーゼ)を注入します。しかし血管内にある血栓は想像以上に多量のため、1 回の治療
で血栓が消失することは通常ありません。このためカテーテルを留置したまま数日間(最大 4 日間を目安にし
ています)にわたって血栓溶解剤の持続投与を行います(カテーテル血栓溶解療法:CDT;Catheter Directed
Thrombolysis)。この際、数日間は膝裏からカテーテルを入れたままにしますが、起立や歩行は可能です。途
中で血流が改善しているかを造影やエコー検査で確認しながら、追加の血栓吸引やカテーテルの位置の変
更を行います。治療のポイントは血栓が多少残っていても、血流が回復すると徐々に血栓が消失していきま
すが、血流が回復しない場合や十分でない場合は必ず再閉塞してしまいます。このため血流を維持するため
に血栓溶解剤と血栓破砕吸引を組み合わせながら何回か繰り返しカテーテル治療を行う必要があります。ま
た腸骨静脈圧迫症候群(メイ・ターナー症候群)の場合は、血流を維持するために静脈内にステントを留置する
ことがあります。
全ての DVT に対してカテーテル治療を行えるわけではありませんが、症状が強く、重篤な肺血栓塞栓症を起こす
危険の高い腸骨静脈領域の DVT に対しては有効な治療法と考えており、今後も成績の向上に努めてまいります。
急性肺血栓塞栓症について
血管内治療(平成 21 年 10 月号)
急性肺血栓塞栓症とは
急性肺血栓塞栓症は何らかの原因で静脈内に血栓が形成され、その血栓が血管壁から遊離し、血流に乗り
流されて肺に達した際に急激に肺血管を閉塞することによって生じる疾患です。その静脈内に形成される血
栓は約 90 % 以上で下肢あるいは骨盤内の深部静脈血栓由来とされています。肺血管を閉塞する血栓の大き
さやそれぞれの患者の心肺予備能などにより症状は様々で、無症状から突然死を来たすものまであります。
実際のところ、日本では心筋梗塞より死亡率が高く(急性肺血栓塞栓症 11.9 % 、急性心筋梗塞 7.3 % )、
致死性の疾患であるという認識が必要です。特徴的な症状がないことから診断にあたってはまず肺血栓塞栓
症がないか疑うことが重要となります。
国内での調査によれば急性肺血栓塞栓症と確定診断された 309 例のうち、院外発症よりも院内発症が
51 %と院内での発症が若干多く、さらに院内発症例のうち約 7 割が手術後の症例でした。特に整形外科や
産婦人科、消化器外科のような腹部・骨盤・下肢に対する手術を扱う診療科で多く見られました。その他に
起こしやすい状況としては高齢、肥満、長期臥床、悪性腫瘍、外傷,骨折後、血栓性素因などが有名ですが、
他に妊娠出産、血管カテーテル検査、慢性心疾患、中心静脈カテーテル留置、慢性呼吸不全、脳血管障害な
ども起こしやすいとされています。
エコノミークラス症候群という病気は一般的に知られるようになりましたが、急性肺血栓塞栓症のことを指
すものです。もともとは航空機の利用に伴って生じた静脈血栓症やその血栓による塞栓症を指す名称ですが、
これは長時間の同一姿勢や機内の低湿度,脱水傾向などが原因として考えられており、実際にパリのシャル
ルドゴール空港における調査では飛行距離が長くなるほど発症率が高いことが示されています。しかしエコ
ノミークラスに限らずビジネスクラスでも生じること、更には航空機に限らず長時間の移動の場合には、自
動車、列車、船舶などでも起こりうることから旅行者血栓症(traveller’s thrombosis)と呼ぶことが提唱
されています。
症 状
呼吸困難、胸痛が主要症状であり、特に呼吸困難は最も高頻度に認められます。しかし急性肺血栓塞栓症
と診断できる特異的な症状はなく、このことが診断を遅らせたり、或いは診断を見落とさせる大きな理由の
一つとなっています。失神も重要な症状で重症例に出現し労作性に起こります。他に咳や肺梗塞の合併によ
る血痰、動悸、喘鳴、冷汗、不安感が認められることもあります。さらに発症状況を確認することも重要で、
特徴的な状況としては安静解除直後の最初の歩行時、排便・排尿時、体位変換時があり、こういった状況で
注意が必要です。
次回は急性肺血栓塞栓症の検査と治療についてです
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
急性肺血栓塞栓症 検査・治療について
血管内治療(平成 21 年 11 月号)
検 査
通常行われる検査には血液検査と画像検査があります。血液検査のみでは急性肺血栓塞栓症と診断できる
特徴的な所見はありませんが、検査データを総合的に判断することで診断の助けになります。
【 血液検査 】
血液ガス
血液中の酸素濃度を見るものですが、急性肺血栓塞栓症の特徴として低酸素血症、低二酸化炭素血症、
呼吸性アルカローシスが挙げられます。しかし正常範囲であっても肺血栓塞栓症を否定することはでき
ません。重症な肺血栓塞栓症ほど低酸素血症が高度になるため、このため重 症度の 評価に有用です。
D ダイマー
血栓が存在するときに高値になりますが、これのみでは急性肺血栓塞栓症とは診断できません。
トロポニン
心筋細胞が破壊されたときに上昇するもので、通常は急性心筋梗塞の診断などに用いられています。
しかし急性肺血栓塞栓症でも重症例では上昇することがあり、重症度の評価の一つに役立ちます。
【 画像検査 】
造影 CT 検査
肺動脈内に血栓が存在するかを判断できます。緊急検査でも行うことができ、第一選択の検査とな
ります。弱点としてはヨード造影剤を使用するため、腎機能の悪い人には慎重に行う必要があります。
肺血流シンチグラム
放射線同位体を注射し、肺の血流状態を調べる検査です。肺換気シンチグラムと合わせて以前は診断に
重要な位置を占めていましたが、緊急検査に向かないことや、もともと肺に異常がある場合は診断の精
度が悪くなってしまいます。
肺動脈造影
カテーテルを肺動脈まで挿入し、造影することで血栓が存在するかを判断します。この検査は肺血栓
塞栓症の診断のゴールドスタンダードとされていますが、診断のためだけに行うというよりは、引き続
きカテーテル治療を行うために施行することが多く、診断は造影 CT 検査にとって代わられています。
弱点としてはヨード造影剤を使用するため、腎機能の悪い人には慎重に行う必要があります。
消化管出血と血管内治療について
血管内治療(平成 21 年 12月号)
はじめに
吐血や下血などを示す消化管出血症例は、出血性ショックを来す例もあり、直ちに出血源を検索し、適切
な処置を施さないと、重篤な状態に陥り死に至る例もあります。
内視鏡が発達している今日、この出血源がピンポイントで同定できる場合はすべて内視鏡治療が first
choise となります。内視鏡で治療できる消化管出血は、全体の 9 割以上を占めます。そのうちの7割から8
割が胃十二指腸潰瘍などの上部消化管からの出血です。
表に消化管出血を来しうる疾患をお示しします。
【表 1】
一般的治療としては、まず内視鏡治療
まず、出血量と重症度やショック状態の有無を迅速に判断して、適宜の輸液や輸血を含めた全身状態の安
定化を図ります。
具体的な止血法には、内視鏡/カテーテル的止血(IVR)/開腹手術がありますが、その中心は内視鏡での
止血術です。最も多い胃十二指腸潰瘍からの出血においては、図に御示しするように、クリップによる機械
的止血やエタノールによる薬剤局注止血がもっとも頻繁に行われます。
【図1】
内視鏡止血が出来ない場合どうするか
しかし、内視鏡止血困難例や、出血源が内視鏡検査で同定できず、出血が持続する例も少なからず存在し、
特に容態が安定しない場合には、動脈撮影に引き続く血管造影下の塞栓止血治療(≦intraventional
radiology,IVR)ないし、開腹手術が速やかに検討されます。
【図 2】
消化管出血治療では、欠くことの出来ない血管内治療
当院では、時を待たずに行われる緊急内視鏡は年間 90 件程度行われています。異物除去術などをのぞく
消化管出血に対する内視鏡は 80 件でした(内視鏡で出血が止まっており止血術を行う必要がなかったもの
については勘定から外しております)
。 うち、内視鏡的止血が困難で、IVR(ここでは特にカテーテル的止血)
で救命した症例は、7例を占めます。内視鏡止血困難なため、他院から転入院されるケースなども多く、
IVR 無くしては、完全な対応は出来ないと言っても良いでしょう。
【図 3】
【上部消化管出血で IVR を行い止血した一例】
コイル塞栓術後
心エコー検査
重症の肺血栓塞栓症の場合、右心室から肺動脈への血流が障害され、結果として右心室の拡張を認め
ることがあります。直接血栓を見る検査ではありませんが、重症度の評価には必須の検査と言えます。
血管エコー
肺に流されて来た血栓はそのほとんどが下肢もしくは骨盤内の深部静脈血栓が由来とされています。
このため、エコー検査で静脈内に血栓が確認できればより確実な診断となります。
その他
胸部レントゲンや心電図も行われますが、疑うことはできても診断に結びつく特徴的な所見がない
ことがあります。
治 療
急性肺血栓塞栓症の治療は、呼吸不全および循環不全に対する急性期の治療と、再発予防のためにその
原因である深部静脈血栓症に対する治療に分けられます。実際の治療では以下の3つの場合に分けて対応し
ます。
1) ショックが遷延する場合:
ショックが遷延する例では人工呼吸器による呼吸管理に加えて、血栓溶解療法を積極的に用います。状況
によりカテーテル治療や外科手術を行ったり、心肺補助装置(PCPS)を使用することもあります。
2) 血圧は正常であるが、心エコー検査所見上、右心機能不全を認める場合:
この場合、抗凝固療法のみでは予後が悪い場合が少なくなく、症例により人工呼吸器による呼吸管理に加
え血栓溶解療法も考慮します。
3) 血圧、右心機能とも正常である場合:
この場合ではほとんどの症例で抗凝固療法のみで治療可能です。
【 呼吸循環管理 】
軽症例は酸素吸入のみで対応できることがほとんどですが、血圧の低下を来たす場合や、血液の酸素化が
十分得られない重症例では人工呼吸器管理や昇圧剤などの持続点滴が必要となります。最重症例では心停
止を来たすため、心肺補助装置(PCPS)を用いることもあります。
【 血栓溶解療法 】
血栓を溶かすための薬剤で日本ではウロキナーゼという薬剤が用いられます。この薬剤は血栓を溶かす効
果がありますが、合併症として重大な出血が挙げられます。このため急性肺血栓塞栓症すべてに使用すれ
ばよいというわけではありません。血圧が維持できないようなショックが遷延する重症例に使用が限られ
ます。また後で述べますが、カテーテルを使って肺動脈内に直接投与するだけでは点滴からの全身投与と
何ら効果に差がないことが分かっています。
【 抗凝固療法 】
急性肺血栓塞栓症治療の基本となるものです。未分化ヘパリンおよびワーファリンという薬剤が使用され
ます。未分化ヘパリンは点滴で用いるものですが、即効性があり用量の調整がしやすいため入院中に用い
られます。通常は血液検査の APTT という項目を連日チェックし、正常の 1.5~2 倍になるように効果を
確認しながら用います。しかしずっと点滴のままでは不自由ですので、内服薬であるワーファリンに変更
します。ワーファリンは納豆を食べると効果が無くなってしまうため、納豆禁止の薬として有名です。ワ
ーファリンは効果が出るまで 3~4 日かかるため、ヘパリン点滴中から開始します。ワーファリンの難点
は食事などの影響で効果にムラができてしまうため、定期的に採血で PT-INR という項目をチェックし、
治療域(PT-INR:2.0~3.0)に用量を調整する必要があります。また効果に個人差が大きいため、1錠で十
分効果が出る人もいれば、10 錠飲まないと効果が出ない人もいます。
欧米では低分子ヘパリンが用いられることが多いのですが、そのメリットは 1 日 1~2 回の皮下注射で済
むため持続点滴が不要なこと、効果に個人差が少ないので用量の調整が容易であること、このため頻回に
APTT をチェックする必要がないことです。残念ながら日本では急性肺血栓塞栓症に対しては保険適応に
なっていませんが、腹部手術後および整形外科手術後の深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症の予防目的に使用
できるようになりました。
これらの治療法の選択には出血のリスクを考慮して、治療を行うか否かの判断を行います。特に院内では
術後の発症が多く、手術からの時期などを十分に考慮する必要があります。
【 カテーテル治療 】
急性肺血栓塞栓症の治療は、前述の呼吸循環管理、抗凝固療法、血栓溶解療法が主体となりますが、実際
の臨床では血栓溶解療法ができない症例や血栓溶解療法不成功例、両側の主肺動脈が急速に閉塞するよう
な重症急性肺血栓塞栓などでカテーテル的治療が試みられています。非常に有効な症例があるのは間違い
なく、後述する外科治療に比べて迅速に治療を開始でき、体への負担も小さいなど利点も多いのですが、
標準治療と呼べるほど一般化したものではないのが現状です。
① カテーテル的血栓溶解療法
この治療法は,カテーテルを用いて血栓溶解薬を直接肺動脈内に投与することで血栓溶解を効果的に
行うとともに,薬剤の使用量を少なくし、副作用(脳出血,穿刺部出血,消化管出血など)を軽減さ
せることを目的にしています。しかしながら過去の研究で単なる肺動脈内投与ではメリットがないこ
とが示されています。このためさまざまな器具が開発されており、さらに次に述べる血栓破砕術や除
去術と組み合わせて行われます。
② カテーテル的血栓破砕,除去術
a.血栓吸引除去術
ガイディングカテーテルを肺動脈内まで挿入し、シリンジでカテーテル内に血栓を吸引する方法です。
1 回に数 mm から数 cm 長程度の血栓を吸引出来ますが、改善するまで繰り返し行う必要があり、
単純ですが煩雑な手技です。
b.血栓破砕術(+血栓溶解療法)
肺動脈内で造影用ピッグテールカテーテルや血管形成用バルーンカテーテルを用いて,肺動脈中枢部
の血栓を破砕し末梢肺動脈へ分散させる治療です。さらに血栓溶解剤を投与することで治療効果を高
めます。
c.流体力学的血栓除去術
原理は造影剤注入器を用いてカテーテル先端から逆行性に生理食塩水を数 cc/秒の速度で噴射しなが
らカテーテルを血栓内に押し進めてベンチュリー効果で生じる陰圧を利用して血栓を吸引する方法
で,血栓溶解療法の禁忌例に用いられることがあります。
当院では軽症例には抗凝固療法を行うことを基本としていますが、血栓溶解療法が適応となるような比較
的重症な症例ではカテーテル治療を積極的に行っています。
【 外科的血栓除去術 】
両側の主肺動脈が急速に閉塞するような重症急性肺血栓塞栓では、ほとんどが発症数時間以内に死亡しま
すが、その多くが発症早期の循環虚脱と早期再発によると言われています。そのため循環不全やショック
を呈した症例では閉塞肺動脈をいかに速く再開通させるかが治療上の重要点となり,人工心肺を用いた直視
下肺動脈血栓摘除術が行われる場合があります。残念ながら、緊急でこのような手術に対応できる施設は
ごく限られるのが現状です。
<< 当院での急性肺血栓塞栓症に対するカテーテル治療の一例 >>
右肺動脈本幹で血栓閉塞を来たし、右肺動脈一次分枝より末梢は造影されません。
血栓吸引術・血栓破砕術を行い、さらに少量のウロキナーゼとヘパリンを肺動脈内に投与しました。これ
により肺動脈末梢も造影されるようになり、血液の酸素化も著明に改善が得られました。
水戸済生会総合病院 血管内治療グループ
消化管出血と血管内治療について
血管内治療(平成 22年 1 月号)
血管内治療は色々な場面で活躍しますが、外傷による出血に対しても威力を発揮します。今回はその中で骨盤骨折の際の血管
内治療の役割を紹介します。
はじめに
骨盤は恥骨結合及び2つの仙腸関節で結ばれた輪状構造をしています。また、それらの関節はからだの中
で最も強いとされる靱帯で補強されているため、骨盤は非常に強靱な構造をしています。このような強靱な
構造物が損傷を受けた場合、強力なエネルギーが人体に及んだことが示唆されます。
また、骨盤骨折そのものが後腹膜腔に大量出血を来す可能性がありますが、その出血量を推測する簡便な
方法はなく、外傷患者を扱う場合には、出血性ショックの原因として常に骨盤骨折を意識しながら、初期治
療を進める必要があります。
骨盤骨折は解剖学的に血管損傷を伴いやすい
下行大動脈から両側に分岐した総腸骨動脈は、さらに大腿動脈に連なる外腸骨動脈と骨盤内臓器を主に栄
養する内腸骨動脈に分岐します。
内腸骨動脈は壁側枝と臓側枝に分岐しますが、壁側枝は骨盤後方の骨に密接して走行しているため、後方
部の骨盤骨折で損傷を受けやすい血管です。また、臓側枝は膀胱や直腸などの骨盤内臓器に栄養血管を出し
ながら前方の骨にまで至るため、骨盤前方の転位した骨折時に損傷を受けやすい血管です。
また、静脈は総腸骨静脈、内・外腸骨静脈など動脈と伴走する比較的太いもの以外に仙骨前面に静脈叢が
形成されており、骨盤外傷時の出血源として考慮する必要があります。
上記から骨盤骨折では血管損傷を伴いやすいことがわかります。
外傷初期診療ガイドライン(JATEC)による治療戦略
日本外傷学会・日本救急医学会が定めた外傷初期診療ガイドライン(JATEC)では、次のような手順で診療
を行います(Primary Survey)。
1.A(Airway)
2.B(Breathing)
3.C(Circulation)
4.D(Dysfunction of CNS)
5.E(Exposure & Emvironment)
骨盤骨折による出血性ショックが疑われる場合、すなわちC(循環)に異常がみられるとき、4(D)、5(E)に
は進まず、循環(バイタルサイン)を安定化させるため止血(術)が優先されることになります。
骨盤骨折に伴う出血性ショックでは TEA が施される
骨盤骨折に伴う出血性ショックを呈している場合、止血術として下記の1~4の方法が考えられます。
1.創外固定
2.Pelvic clamp
3.経カテーテル的動脈塞栓術(Transcatheter Arterial Embolization;TAE)
4.骨盤ガーゼパッキング
当院では、第一選択としてほとんどが経カテーテル的動脈塞栓術(TAE)による止血が施されています。転
位の大きな骨盤骨折では、TAE にてある程度の出血コントロール後、創外固定等を行っています。
平成 21 年 12 月までに当グループで施行した骨盤骨折に対するTAEは 10 件でした。近隣の提携病院
から依頼があった場合、こちらから出向いて緊急TAEを行うこともあります。
● 交通外傷による骨盤骨折の一例 ●
左上臀動脈からの出血(矢印)
TAE後;スポンゼルとマイクロコイルで止血を
行いました(矢印)
。
塞栓物質について
血管内治療(平成 22年2月号)
カテーテル治療で止血や血流改変を行う際に用いられる塞栓物質には様々なものがあります。対象疾患や血管の状態などに
よって使い分けています。今回はこれら塞栓物質の中で頻用されるゼラチンスポンジ、金属コイルを中心に説明します。
固形塞栓物質
・一時塞栓物質
短期塞栓物質
自己凝血塊、DSM
長期塞栓物質
ゼラチンスポンジ
・永久塞栓物質
金属コイル フリーコイル(トルネード)
離脱式コイル 機械式離脱(IDC, Detach)
水圧式離脱(DCS)
PVA
Plastic microsphere
液体塞栓物質
エタノール、
Ethanolamine oleate (オルダミン)
NBCA (N-butyl-cyanoacrylate:ヒストアクリル)
一時塞栓物質
ゼラチンスポンジ
国内ではもっとも汎用される塞栓物質です。シート状のスポンジを血管径に合わせて細かく切って使い
ます。塞栓効果は高く、1か月ほどで吸収されます。このため不十分な止血の場合、数日たってから再
出血することが稀にあります。利点としては再治療が容易であるため、癌のような血管新生がおこりや
すい場合は好んで用いられます。
DSM
デンプンでできた塞栓物質ですが、ゼラチンスポンジに比べて数時間で吸収されるという特徴があります。
この特徴を生かして、癌に対する治療の際に塞栓効果+再還流障害を期待しての用いられることがあり
ます。
永久塞栓物質
金属コイル
プラチナなどでつくられた金属を血管内に留置し、その血栓形成を利用するものです。血栓ができやすい
ように表面に繊維がついているものもあります。目的のところに留置できるようにさまざまな形状のコイ
ルがあります。太さも大きく2種類ありますが、太い大タイプの方がより確実な塞栓効果が得られます。
金属コイルの利点としてはレントゲンで容易に見えることから手技が行いやすいこと、確実に塞栓できる
ことです。欠点としては一度つめてしまうと、その先への追加治療ができなくなります。このため再治療
のことを念頭に塞栓物質を選択する必要があります。
NBCA
液状の塞栓物質でいわゆる「瞬間接着剤」です。塞栓力が強く確実な塞栓が行えるのが特徴です。具体的
にはカテーテルが不安定な状態で、コイルを目的の部位まで持ち込めない場合にも血流に乗せて塞栓物質
を到達させることが可能となります。また、血管腫など吻合が多い血管でも鋳型状に塞栓可能です。短所
としては手技が煩雑で習熟が必要で、塞栓範囲が予測しにくい、想定外の塞栓となった場合は回収できな
い、1回の塞栓でマイクロカテーテルが使えなくなるなどが挙げられます。
Ethanolamine oleate (オルダミン)
胃静脈瘤の治療に用いられます。溶血を来たすため、必ずハプトグロビンと併用して用います。
金属コイル(提供:メディコスヒラタ)
上大静脈症候群(SVC 症候群)に対するステント留置術
血管内治療(平成 22年3月号)
SVC 症候群は両上肢および頭部からの静脈が心臓に戻る直前で合流する部位(上大静脈)で、外部から圧迫されることで血流障
害を来たし、顔面や頚部、上肢の浮腫や呼吸困難、声の変化などをもたらす状態を指します。重篤な場合は喉頭浮腫を来たし、
呼吸できなくなり死に至ることもあります。重篤な経過をたどらなくとも日常生活の質(QOL)は著しく低下します。原因はほ
とんどの場合、肺癌などの悪性腫瘍です。
SVC 症候群の治療には化学療法や放射線療法といった原疾患に対する治療とステント留置術といった姑息的治療があります。
一般に化学療法や放射線療法は効果がでる(癌が小さくなり SVC の圧迫が軽減する)まで時間がかかります。さらに放射線療法
の場合は効果が出る前に一時的に浮腫のために症状が悪化する場合もあります。一方でステント留置術は翌日には症状の軽減
が見られ、3 日以内には全例で症状がほぼ消失するなど、速やかな治療効果が得られます(当院データ)。このためむしろ先に
ステント留置を行ってから原疾患に対する治療を行う方が安心して治療を行えると言えます。
当院では SVC 症候群に対して速やかにステント留置術を行える態勢を整えており、平成 22 年 3 月末現在で 25 件施行して
います。方法は右足の付け根に局所麻酔を行い、右大腿静脈内にカテーテルを挿入します。そのカテーテルを SVC まで進め、
ステントを留置してきます。通常は 30 分程度で終了します。
ステント留置の問題点としては、留置後にステント血栓症により閉塞してしまい、症状が再燃する可能性があります。このた
めにワーファリンによる抗凝固療法が望ましいとされていますが、原疾患により喀血や血痰などを来たし抗凝固療法が継続で
きないこともしばしばあります。当院でのデータでは抗凝固療法を行わなくとも再発率は低い(14.3%)ため、現在ではルーチ
ンでの抗凝固療法は行っていません。
写真:留置直後の SVC ステント
(腫瘍による圧排のため十分拡張していませんが、ステントの拡張力で徐々に開大していきます)
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