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レジュメ
2016 年度上智大学文学部講義「日本史特講(近世史)」 3.近世秩序と超越観念(2)―民の秩序意識と新しい神格 2016. 4.25. 大橋 幸泰 はじめに 支配・被支配:双務(恩頼)関係によって維持される *近世の場合、民による「御百姓」意識のもと、領主・領民双方が領主の責任として「仁政」を当然視 →これが実現可能と信じられている限り、近世秩序は安定:「天」からの委任という超越思想が担保 *「天」からの委任は治者支配を正当化する論理であると同時に治者を拘束する論理ともなる →近世後期、天譴論の展開:民独自の超越観念はなかったか? 1.百姓一揆に見る民の秩序意識 (1)統一権力の登場の意味 中世における自力救済を原則とする秩序 戦場:雑兵による「乱取」 村落:権利維持のための武装、水論・山論における武力行使 →自力救済の惨禍:紛争解決のための強力な権力(公儀)登場の希求 →統一権力(豊臣政権・徳川幕府)による「惣無事」:「天」からの委任という論理で正当化 *ただし、村の自律性は保持:近世期、村の暴力が完全に消滅したのではなく、権力と民衆の双務(恩頼) 関係の成立により、その発動が封印された (2)百姓一揆の思想 「御百姓」意識のもとで「百姓成立」を求める *「仁政」を媒介に百姓と領主は双務(恩頼)関係を維持(17C 中~ 19C 前)していたことを示す →百姓一揆における主要行動は、訴願(多くの場合、強訴):この時期の百姓一揆の一次史料には、 「一揆」 という文言は登場しない *百姓一揆は近世秩序の枠内の運動:近世人にとって、「一揆」とは島原天草一揆(1637-38)のこと →「もの」に対する暴力(打ちこわし)はあっても、「人」に対する暴力(殺傷・放火)は封印 2.民による新しい神格の登場 (1)「世直し神」の登場 1830 年代(天保期)を画期として、百姓一揆の作法が変質 *甲州騒動(1836)、三河加茂一揆(1836)など a.意識:幕藩体制を前提とした「御百姓」意識から、公儀離れ(「御百姓」意識の後退)へ b.行動: 「百姓成立」を求める訴願から、豪農など富裕者に対する制裁(打ちこわし)へ →「開国」による混乱を経て、1860 年代、暴力行為を第一義的目的とする世直し一揆の展開へ →「悪党」の登場:一揆において、暴力・放火・盗みを実践 *百姓一揆の作法から逸脱:訴願を目的としない *無宿・博徒の他に、中下層農・下層商工業者により構成 -1- 「悪党」の意識 a.一揆勢:「異形」の出で立ちにより、「御百姓」意識を乗り越えようとする b.一揆を迎える側: 「仁政」の対象外と規定 →「仁政」を媒介とした双務(恩頼)関係の崩壊:一揆勢の論拠は「世直し神」 →一揆を迎える側、「悪党」へ武力行使を発動:豪農による農兵隊の組織 *世直し一揆における一揆勢と農兵隊の交戦 →それでもなお、世直し一揆の場合、一揆勢は一揆の作法を守ろうとする意識が存在 *新政反対一揆(明治ゼロ年代)では、世直し一揆段階よりさらに激しい殺傷・放火が展開 (2)義民と民衆宗教 a.義民顕彰 佐倉惣五郎伝説:17C 中に起こったといわれる佐倉藩領減免越訴が伝承化 *惣五郎物語の代表作「地蔵堂通夜物語」:原型が 18C 中に成立、以後、普及 →瀬川如皐(三代目)作の歌舞伎「東山桜壮士」:嘉永 4 年(1851)江戸中村座にて初演 *各地の義民顕彰も近世後期以降、伝承化 b.民衆宗教 たとえば、教祖中山みき(1798-1887)による天理教:「天理王命」 *世直しの思想という点で世直し一揆の世界観と共有 おわりに 近世百姓の手元には多数の武器が存在:紛争解決の際の行動において、武力の行使を封印 *支配と被支配との間の合意が前提 →近世後期、幕藩体制の矛盾の顕在化:民の暴力の変質とともに民独自の超越観念が萌芽 *超越観念の多様化:根底に、「天」による秩序維持の観念は維持されつつも、現実の治者への不審感 →近世秩序の解体を促進:その一方で、近代では天皇権威を支える国家神道と対立 →明治政府による、被治者の新しい神格への弾圧と取り込み 【参考文献】 藤木久志『雑兵たちの戦場』(朝日新聞社、1995 年) 藤木久志『刀狩り―武力を封印した民衆』(岩波書店[岩波新書]、2005 年) 保坂 智『百姓一揆とその作法』(吉川弘文館、2002 年) 保坂 智『百姓一揆と義民の研究』(吉川弘文館、2006 年) 須田 努『「悪党」の一九世紀―民衆運動の変質と“近代移行期”』(青木書店、2002 年) 深谷克己『増補改訂版 百姓一揆の歴史的構造』(校倉書房、1986 年) 深谷克己『民間社会の天と神仏 江戸時代人の超越観念』(敬文舎、2015 年) 【付 記】 大橋のホームページに講義済みのレジュメを公開している。欠席した場合、ここからダウンロードのこと。 http://www.f.waseda.jp/yohashi/ -2-