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保険金受取人の変更と保険契約者の債権者による 保険金請求権等の
保険金受取人の変更と保険契約者の債権者による 保険金請求権等の差押え 東京地裁平成 20 年2月 14 日判決(平成 18 年(ワ)第 21657 号保険金請求事件)判例集等未登載 [事実の概要] 4.上記オペレーターは、差押えに関する担当部 1.原告XとAは、平成4年5月に婚姻し、Aは 門に連絡を取り、受取人変更は差押債権者に変 平成7年3月1日、被告Y生命保険会社との間 更可否を確認し、可であれば手続可能である旨 で、次の内容の生命保険契約(本件保険契約) の回答を得たため、同日午後3時 46 分頃、Aに を締結した。 電話をかけ、「現在、差押えがされているため、 電話では受取人変更の手続を進めることはでき 保険種類:定期保険特約付終身保険 保険契約者 A 被保険者 A 死亡保険金受取人 を話した。 X 主契約の死亡保険金額 その後、Yの支部の担当者が、Aに連絡をと 200 万円 定期保険特約の死亡保険金額 2800 万円 災害割増特約の災害保険金額 100 万円 傷害特約の災害保険金額 500 万円 り、電話で「本件保険契約は県税事務所から差 押えをうけているため、県税事務所に対して受 取人変更の可否を確認してもらい、可であれば 連絡いただきたい。」旨依頼した。 2.Aは、その後、Xと別居し、平成 12 年頃から 5.Bは、Aに頼まれて、埼玉県税事務所を訪れ、 訴外Bおよびその子と同棲を始め、Xとは平成 本件保険契約の受取人変更ができないか尋ねた 13 年6月 20 日に協議離婚した。平成 15 年 11 が、同事務所の担当者は「とにかく滞納してい 月 11 日にAとBは、婚姻届を提出した。 る自動車税を支払うことが必要で、支払わない と変更できない。」旨を回答した。そこで、Aは、 3. Bは、平成 15 年 11 月 13 日午後1時 24 分頃、 Yの東京コールセンターに電話をし、本件保険 自動車税を分割で支払うことを始めた。 契約の受取人をXからBに変更したい旨を申し 6.Aは、その後、Yに連絡をすることはなく、 出た。これに対し、Yの担当オペレーターは、 本件約款に定められた受取人変更のための書類 「死亡保険金受取人の変更の申出は、直接契約 を提出する等の手続もしないまま、滞納自動車 者本人からしていただきたい。」旨を回答した。 税の分割支払の途中で、平成 17 年3月1日、腹 部をナイフで刺される犯罪被害に遭い、翌2日、 同日、Aは、Yに電話をかけ、担当オペレー ターに対し、 「結婚を理由として戸籍上の妻とな 肝臓損傷により死亡した。 ったBに保険金受取人を変更したい。」旨を申し 7.Aによる受取人変更の申出があった当時に埼 出た。この電話に対し、Yのオペレーターが、 玉県税事務所が差し押えていたのは、本件保険 同日午後3時 34 分頃、Aに対し、本人の意思確 契約に基づく保険金請求権および解釈返戻金請 認のため折り返し電話をかけ、その旨の確認を 求権であった。死亡保険金受取人は、埼玉県税 事務所の債務者であるAではないため、死亡保 した。 担当オペレーターは、この通話中に、操作中 険金請求権には差押えの効力が及んでいない。 のコンピューター端末を通じて、Aが自動車税 埼玉県税事務所の差押えが、本件保険契約の受 を滞納しており、本件保険契約に基づく保険金 取人変更の障害になることはなく、その変更に 請求権、解約返戻金請求権について埼玉県税事 差押債権者の承諾等は不要であり、Yとしては 務所が差押えをしていたことを知り、差押えが Aの申出に応じて、受取人変更の手続を進める べきであった。したがって、YがAに対し、県 ある場合の受取人変更の取扱いを確認したいと 考えたため、後で電話をかけなおすことにして、 一旦電話を切った。 16 ない。Yの支部の担当者がAに電話をする。」旨 税事務所の承諾を得て欲しいと依頼したことは、 Yの誤りであった。 8.Xは、平成 17 年4月 15 日、Yに対し、本件 新旧保険金受取人のいずれに対してもよく、こ 死亡保険金の支払を請求した。これに対して、 Yは、本件保険契約の死亡保険金受取人がBに の場合には、保険者への通知を必要とせず、こ の意思表示によって直ちに保険金受取人変更の 変更されていたとして、平成 18 年8月 28 日、 効力が生ずるものである(最高裁判所昭和 62 Bに対し、本件保険契約に基づく死亡保険金(普 年 10 月 29 日判決・民集 41 巻7号 1527 頁) 。そ 通死亡保険金 3000 万円および災害死亡保険金 して、保険者に対する通知は保険者との関係で 600 万円の合計金額から保険料立替金 123,739 対抗要件になることはあっても、保険者以外の 円を控除した 35,959,375 円)を支払い、Xの保 険金支払請求には応じなかった。 者に対しては何らの手続も要しないで変更の効 力を対抗できるものである。 9.本件保険契約の約款には次のように規定され したがって、亡Aが訴外Bに対して、保険金 ていた。 「29 条 保険契約者またはその承継人は、被保険 受取人を同人に変更する意思表示をすれば、保 険金受取人変更の効果が生じることになる。 者の同意を得て、死亡保険金受取人を指定 (2) そこで、亡Aが訴外Bに対して、保険金受取 または変更することができます。 2項 前項の指定または変更をするときは、保 人を変更する意思表示をした事実が認められる かどうかについてみると、まず、訴外Bは、要 険契約者またはその承継人は、会社所定の 旨次のように供述している(乙 13、証人B) 。 書類を提出してください。 ア 3項 訴外Bは、亡Aとの同棲中から本件保険契 第1項の指定または変更は、保険証券に 約の保険金受取人がXのままになっていたこ 表示を受けてからでなければ、会社に対抗 とが気にかかっており、亡Aとの婚姻届を提 することができません。」 10.Yは、Aは、平成 15 年 11 月 12 日頃、Bに対 出した翌日である平成 15 年 11 月 12 日ころ、 亡Aとの会話の中で、本件保険契約のことが し本件保険契約の保険金受取人をXからBに変 話題になり、保険金受取人のことを尋ねると、 更する旨の意思表示をし、同月 13 日、Yに対し 亡Aが保険金受取人を訴外Bに変更すること ても電話で本件保険契約の保険金受取人をXか を了解し、保険会社であるYに連絡して欲し らBに変更する旨の意思表示をしたという。受 い旨を述べた。 取人変更の保険者への通知は、対抗要件にすぎ ず、受取人変更自体は、保険者、新旧受取人の イ 訴外Bは、翌 13 日にYのコールセンターと の電話で、保険金受取人の変更の申出は契約 いずれかに対する一方的意思表示で足りるので、 者本人からするように言われた後、携帯電話 保険者は、対抗要件が充足されていない場合、 で亡Aに連絡を取り、その旨を伝え、亡Aが 事実調査の結果、受取人変更の効力要件が満た 直接Yに電話をするように話した。 されているときは、新受取人に保険金を支払う ウ その後、亡Aから電話があり、亡Aは、Y ことができるという。 Xは、これらの受取人変更の意思表示があっ に電話をしてみたが、電話だけでは変更がで きず、保険会社に行くか、保険外交員に家に たことを否認し、保険金受取人変更については、 来てもらうかしないといけないようだと述べ 上記約款 29 条2項の解釈として、必要書類の提 た。 出を受取人変更の効力要件と解すべきであり、 (3) 上記の訴外Bの供述は、前記〔本稿では、上 その書類がAからYに提出されていないから、 記〔事実の概要〕3=筆者注〕の平成 15 年 11 受取人変更は生じていないと主張して、Xへの 保険金の支払を請求した。 月 13 日、まず訴外BがYのコールセンターに電 話をし、保険金受取人を変更したい旨述べたと ころ、Yのオペレーターが、そのためには契約 [判旨]請求棄却 者本人が申し出るように回答し、同日中に契約 「(1) 本件のように、保険契約者が保険金受取人 者本人である亡Aが改めてYに電話をかけて保 を変更する権利を留保した場合において、保険 契約者がする保険金受取人を変更する旨の意思 険金受取人を訴外Bに変更したい旨を述べたと 表示は、保険契約者の一方的意思表示によって いう事実(これらの事実はYにおいて保管され ていた録音等(乙4から乙8まで)によって認 その効力を生ずるものであり、また、意思表示 められる事実であり、動かし難い事実関係であ の相手方は必ずしも保険者であることを要せず、 る。そしてこれらの客観的事実だけでも、亡A 17 が訴外Bに対して保険金受取人変更の意思表示 件になることはあっても保険者以外の者に対 をした事実を推認する事情として非常に強力な ものと考えられる。)と整合するものであり、そ しては何らの手続を要しないで受取人変更の 効力を対抗できることを判示している。 の信用性は高いものである。 (4) Xは、訴外Bの供述について、訴外Bが亡A (2) 以上の解釈に基づいて、本判決は、本件で は、③保険契約者が新保険金受取人に対して と入籍した翌日に、たまたま保険の話になって、 受取人変更の意思表示をして、その効力が発 保険金受取人を訴外Bに変えることにしたとい 生していたものと解し、保険者に対して受取 う同人の供述はいかにも不自然である、また、 訴外Bは、同時期に存在した他の契約や、その 人変更の通知が行われていなくても、旧保険 金受取人は、保険者に対してもはや保険金の 保険の失効との関係についてあいまいな供述を 請求ができないとする。 している、さらに、訴外Bが、自動車税の分割 さらに、解釈上の争点にはなっていないが、 返済を行う一方で、保険の失効時期もよく確認 ④保険契約者の債権者が、保険金受取人の保 しないまま、保険金(ママ=筆者注)の不払を 険金請求権を差押えても、それは第三者(保 続けていたことは不自然である等として、訴外 Bの供述の信用性を論難する。 険金受取人)の権利には及ばないから、差押 えがないのと同様の法的関係であり、したが しかしながら、訴外Bの供述にかかる保険金 って、この場合、保険契約者が保険金受取人 受取人変更の事実は、前記のように平成 15 年 変更をすることができる状態にあるという解 11 月 13 日の訴外B及び亡AとYとの間の会話 釈を本件判断の前提として述べている。 が客観的に記録されていることで裏付けられて いるのであり、このことに照らすと、Xの指摘 する諸点は、訴外Bの供述の信用性の判断に影 響を及ぼすものとは考えられない。 (5) 以上によると、訴外Bの前記供述によって、 (3) 私見は、本件判旨に賛成する。以下の研究 では、上記①から④の諸点について検討する。 2.保険金受取人変更の意思表示とその効力発生 (1) 本判決が保険金受取人変更の意思表示とそ 亡Aが平成 15 年 11 月 12 日ころ訴外Bに対して、 の効力発生について述べる部分(上記①)は、 保険金受取人を訴外Bに変更する旨の意思表示 引用されている最判昭和 62・10・29 民集 41 巻 をした事実を認めることができる。 結論 7号 1527 頁に従う判示であり、現行商法 675 条ないし 677 条の判例、実務の解釈上は固ま 以上によれば、亡Aの訴外Bに対する保険金受 っているものである。すなわち、同最高裁判 取人変更の意思表示によって、保険金受取人がX 例は、 「商法 675 条ないし 677 条の規定の趣旨 から訴外Bに変更された効果が生じるものである。 に照らすと、保険契約者が保険金受取人を変 3 そうすると、その余の争点について判断するま 更する権利を留保した場合(商法 675 条1項 でもなく、Xは、本件保険契約に基づく死亡保険 金を請求できないことになるから、本件請求は理 但書)において、保険契約者がする保険金受 取人を変更する旨の意思表示は、保険契約者 由がなく、これを棄却すべきである。」 の一方的意思表示によってその効力を生ずる ものであり、また、意思表示の相手方は必ず 18 [研究] しも保険者であることを要せず、新旧保険金 1.本判決の主旨 (1) 本判決は、保険契約者による保険金受取人 受取人のいずれに対してしてもよく、この場 変更の意思表示に関する解釈論として、①保 合には、保険者への通知を必要とせず、右意 思表示によって直ちに保険金受取人変更の効 険契約者が保険金受取人変更権を有する場合、 力が生ずるものと解するのが相当である。も 保険契約者のその受取人変更の意思表示は一 っとも、同法 677 条1項は、保険契約者が保 方的意思表示により効力を生じ、その意思表 険金受取人を変更したときは、これを保険者 示の相手方は保険者、新旧の保険金受取人の いずれに対してでもよく、保険者への通知を に通知しなければ、これをもって保険者に対 要せず、この意思表示によって直ちに受取人 抗することができない旨規定するが、これは 保険者が二重弁済の危険にさらされることを 変更の効力が生ずること、②保険者に対する 防止するため、右通知をもって保険者に対す 受取人変更の通知は保険者との関係で対抗要 る対抗要件とし、これが充足されるまでは、 保険者が旧保険金受取人に保険金を支払って ること、また保険契約者の意思をできるだけ も免責されるとした趣旨のものにすぎないと いうべきである。」という。したがって、本件 尊重できる解釈を採るべきであるという学説 の主張もあり、本件裁判所も、本約款の規定 判決はとくに新しいことを述べるものではな は、商法 675 条ないし 677 条と同趣旨を規定 い(上記最高裁判決の判例研究として、江頭 したにすぎず、保険者への必要書類の提出は 憲治郎・判批・生命保険判例百選(増補版) 対抗要件を備えるための手続的な定めにすぎ 214 頁(1988 年)、藤田友敬・判批・法協 107 ないと考えているものと思われる。上記最高 巻4号 702 頁以下(1990 年)等参照) 。 この判断枠組みに従うと、本件AがBに対 裁判例は、保険者が訴訟の当事者ではなく、 約款規定は問題とされていない(中西正明・ して保険金受取人変更の意思表示をしたと認 生命保険法入門 197-199 頁 (有斐閣 定される限りは、これは保険契約者の新保険 参照)。しかし、本件のような約款規定の下で、 金受取人への受取人変更の意思表示であるか 上記最高裁判例に沿う実務が行われている現 ら、有効に受取人変更が行われたことになる。 状では、本件判決の態度に実務上の意外感は (2) 本件生命保険契約に用いられた保険約款に おいては、保険契約者が被保険者の同意を得 て、保険金受取人を指定変更できる旨が定め 2006 年) あまりないであろう。 3.保険金受取人変更の意思表示の保険者以外の られ、その際には、会社所定の書類を提出す 者に対する効力 べきこと、そして保険証券にその指定変更が 本判決が「保険者に対する通知は保険者との関 表示されてからでなければ保険者に対抗でき 係で対抗要件になることはあっても、保険者以外 ないことが定められている。原告Xは、指定 変更の必要書類の提出を保険金受取人指定変 の者に対しては何らの手続も要しないで変更の効 力を対抗できるものである。」という部分は、従来 更の効力要件と解すべきであると主張してい の判決例では直接に述べるものが見当たらない判 る。上記の約款規定の文言によれば、Xの解 示であると思われる。この判示部分は、やや分か 釈も成り立たないではない。すなわち、保険 りにくい表現を採っているが、その意味は、保険 金受取人指定変更の必要書類を保険者に提出 金受取人変更が保険契約者による保険者・新旧保 して、その意思表示をしなければ、保険金受 取人指定変更の効力が生じないという解釈で 険金受取人のいずれかに対する意思表示によって 行われている場合、その受取人変更は、その通知 ある。その方が法的な確実性、安定性は高く が保険者に対しては対抗要件になることがあるが、 なると思われる。また、保険金受取人の指定 保険者以外の者に対しては、受取人変更の意思表 変更権を留保しない生命保険契約も可能であ 示があれば直ちにその効力を主張できることにな ることを前提としている商法の立場(676 条 るという意味であろうと考えられる。 はこのことを前提にした規定である)によれ ば、675 条が認める指定変更権の留保は、保 この判示部分は、その前に述べられている保険 金受取人変更の意思表示とその効力発生に関する 険金受取人の指定変更の方法も当事者間の約 解釈論に続くものである。保険金受取人変更の意 定によることができると解される。したがっ 思表示がなされれば、それが保険者に対する対抗 て、約款により保険者に対する意思表示が受 関係の問題を除いて、保険契約者および新旧保険 取人指定変更の効力要件であると定めること 金受取人の内部関係においてはその効力を受取人 も可能である。本件約款の規定が保険者への 意思表示により保険金受取人指定変更が行わ 変更の当事者のみならず第三者に対する関係でも 主張できることをいうものと解される。保険金受 れるべきことを定めたものという見解は、そ 取人変更が法的に効力を有するのであれば、それ の意味で、成り立ちうる解釈である。しかし、 を争う者に主張できなければ効力があるというこ 裁判所は、この主張を採用していない。上記 との意味がないから、この判示部分もいわば理論 最高裁判例にもあるとおり、商法 677 条が保 上当然のことを述べたものといえよう(西島梅 険金受取人指定変更の保険者に対する対抗要 件を定めたものであり、保険者に対する意思 治・保険法〔第三版〕333 頁(悠々社 1998 年) は、 「対抗要件がなくても、保険契約者の意思表示 表示でなくても、保険金受取人指定変更が可 が関係者に対してなされた時点で指定または変更 能であることを商法が予定していると解され の効力は生ずるのであり、保険契約者は保険者以 19 外の者に対しては何の手続もとらないで変更を対 は、内部関係上、保険金受取人変更の事実が 抗できる。」という)。 認められるときは、新保険金受取人に保険金 を支払うことができると解したものとみるこ 4.旧保険金受取人の保険者に対する保険金請求 20 とができる。 (1) 上記3で述べたこととの関係で、本件判旨 (2) さらに進んで、新保険金受取人が保険金受 は、保険契約者が新保険金受取人に対して受 取人変更の事実を証明できるときに、保険者 取人変更の意思表示をし、その効力が生じて に対して保険金請求をした場合、保険者は新 いるときは、もはや旧保険金受取人は保険者 に対して保険金の請求ができないとしている。 保険金受取人に保険金を支払う義務を負うか どうか。これを肯定すると、この場合に、保 この判示は、保険者への保険金受取人変更の 険者は新保険金受取人に保険金を支払う義務 約款所定の手続が踏まれていない場合でも、 を負い、旧保険金受取人に対して支払うこと 保険契約者が保険金受取人変更の意思表示を はできず、誤りのない支払いをなすべき注意 行えば、旧保険金受取人は、保険契約者およ 義務を負うことになるのかどうかという問題 び新保険金受取人に対してのみならず、保険 者に対する関係でも保険金請求ができなくな が生じる。 従来は、保険者が保険金受取人変更につい ることをいうものと解される。 て悪意であっても、対抗要件が具備されてい 保険契約者、新旧の保険金受取人の三者関 ない以上、旧保険金受取人に保険金を支払え 係(内部関係という)においては、新保険金 ば免責されるという解釈が有力に主張されて 受取人が正当な権利者であるから、旧保険金 いた(上柳克郎・判解・生命保険判例百選(増 受取人が保険金請求権を主張し得ないことは 明らかである。内部関係上、旧保険金受取人 補版)43 頁(1988 年)、山下・保険法 504 頁)。 この見解に拠れば、新保険金受取人が保険金 が保険者に対して保険金請求できないことも 受取人変更の事実を証明できたとしても、保 当然の結論となる。 険者に対して保険金の支払を強制することは しかし、その結果、保険者は、対抗要件で できない。あくまで保険者の任意の判断によ ある受取人変更の通知を受けていない場合に、 る新保険金受取人への支払ができるにすぎな 新旧保険金受取人のいずれもから保険金請求 を受けたときに、保険金受取人変更の事実が いからである。 しかし、これは硬直的な解釈であろう。裁 確認できたとして、その新受取人を正当な保 判により新保険金受取人が正当な権利者であ 険金受取人と扱って保険金を支払ってよいか ることが確定される場合には、保険者は、二 どうかは議論の余地がある。保険者に対する 重払いの危険を負わないのであるから、対抗 対抗要件が充足されていない以上、保険者に 要件により保護される利益を確保しており、 対する関係では、新保険金受取人はその権利 を主張できず、名義上の保険金受取人である もはや対抗要件の不備を主張する意味がない。 新保険金受取人は、対抗要件を具備していな 旧保険金受取人が権利者として取り扱われる くとも、保険者に対して少なくとも裁判によ べきであるという見解も成り立つからである。 り保険金の支払を請求できると解すべきであ この点については、保険者が自己の責任にお る。実際、対抗要件を具備していないが、新 いて保険金受取人変更があったものとして新 保険金受取人が保険者に対して保険金請求を 保険金受取人に保険金を支払うことができる と解するのが、多数説であろう(山下友信・ した場合に、これを認容する判決例がある(静 岡地富士支部判平成 11・12・21 生保判例集 11 保険法 503 頁(2005 年) )。 巻 709 頁。本件については、恩河昌人・判批・ 本判決は、この点について正面から明示的 文研保険事例研究会レポート 158 号 10 頁以下 な判断はしていない。しかし、受取人変更の (2001 年)、坂本秀文・判批・同誌 160 号1 約款所定の手続がなく、その通知も未だなさ 頁以下(2001 年)の判例研究がある。この他、 れていない本件において、YがBを正当な新 保険金受取人として保険金を支払ったことを 福岡高判平成 18・12・21 判時 1964 号 148 頁 も同旨。本件については、山下典孝・判批・ 認定し、旧保険金受取人XからのYに対する 保険事例研究会レポート 224 号 13 頁以下 保険金請求を認めないという結論は、保険者 (2008 年)、肥塚肇雄・判研・法学研究(慶 応大学)81 巻7号 143 頁以下(2008 年)、平 を差し押さえることができるのは、保険金受取人 澤宗夫・判批・保険事例研究会レポート 231 号1頁以下(2009 年)参照。 )。 の債権者である。県税事務所が保険金請求権を差 し押さえるのであれば、保険契約者に対して保険 (3) 本件では、保険金受取人変更の意思表示お 金受取人を保険契約者自身に変更させ、その上で よびその対抗要件具備の手続を取ろうとした 差押えをすべきである。債権者が民法 423 条の債 保険契約者に対して保険者が誤った指示を与 権者代位権を行使できる状態にあるときは、債権 え、結果として受取人変更手続を妨げたこと 者は、代位権を行使して保険契約者(債務者)の になっている点にやや特殊性がある。保険者 がその誤った指示をしなければ、そのまま受 保険金受取人指定を撤回し(大森・保険法 280 頁、 石田満・商法Ⅳ(保険法) 〔改訂版〕292 頁(青林 取人変更の手続は終えられていたであろうと 書院 いう場合であった。しかし、本判決の判断に 己のためにする生命保険契約にしたうえで、保険 おいては、この点は大きな影響はなかったも 金請求権を差し押さえることができると解される。 ののようである。 保険金受取人の指定変更権は、保険契約者の一身 5.保険契約者の債権者による保険金受取人の保 1997 年)。反対、山下・保険法 506 頁)、自 専属的な人格権とは解されていないからである (大森・保険法 280 頁、石田・前掲書 291 頁) 。も 険金請求権の差押えの可否 っとも、その債権者が代位権によって新たな受取 本判決は、 「判断の前提として認定する事実」の 人を指定変更することはできない。これは、債務 中で、次のようにいう。 者の意思に対する過剰な介入と見られるからであ 「(9) 亡Aによる受取人変更の申出があった当時 る(山下・保険法 505 頁) 。 に埼玉県税事務所が差し押さえていたのは、本 件保険契約に基づく保険金請求権及び解約返戻 以上によれば、本件において保険契約者Aは、 Bへの保険金受取人変更を死亡するまでに終えら 金請求権であった。 れていたであろうとも見られる。県税事務所の誤 本件保険契約に基づく死亡保険金の受取人は、 った差押えと保険者Yの誤った指示が重なったこ 埼玉県税事務所の債務者である亡Aではないた とによって、Aは、保険金受取人変更の手続を妨 め、死亡保険金請求権には差押えの効力が及ん げられていたという事情が認められる。これらの でいない。したがって、埼玉県税事務所の差押 えが、本件生命保険契約の受取人変更の障害に 事情を加えて本件を見ると、新株主が株主名簿の 名義書換を不当に妨げられた場合の法律関係に類 なることはなく、その変更に差押債権者の承諾 する状態がある。その場合、正当な権利者である 等は不要であり、Yとしては亡Aの申出に応じ 株主は、会社に対して株主であることを対抗でき て、受取人変更の手続を進めるべきであった。 ると解される(最判昭和 41・7・28 民集 20 巻 6 号 したがって、Yが亡Aに対し、県税事務所の承 1251 頁、江頭憲治郎・株式会社法〔第2版〕196 諾を得て欲しいと依頼したことは、Yの誤りで あった。」 頁注(6))。本件において、Yがこのような事情を 考慮して、Bに保険金を支払ったとすれば、実質 保険契約者と保険金受取人が別人である場合の 的にBへの保険金受取人変更の手続が完了してい 保険金受取人の保険金請求権は、生命保険契約に たものとして扱ったという見方もできよう。Bが よって保険金受取人が自己固有の権利として原始 保険金請求訴訟を提起するときには、Yらの誤っ 取得すると解する判例・通説(最判昭和 40・2・ た対応によってYに対する関係で保険金受取人変 2民集 19 巻1号1頁、大森忠夫・保険法〔補訂版〕 274-275 頁(1985 年)等)の見解によれば、保険 更手続が行われなかったことから、対抗要件を具 備していなくとも、そのことを保険者は主張でき 契約者の権利ではないから、保険契約者の債権者 ず、Bに対して保険金を支払うべきであるという がこれを勝手に差し押さえることはできないと解 主張が可能ではないかと思われる(坂口光男・保 される(岡野谷知広「生命保険契約に基づく権利 険法 310 頁(文真堂 の差押え」倉澤康一郎編・新版生命保険の法律問 的な理由なく保険証券の裏書を拒絶しまたは怠っ 題・金融商事判例増刊号 1135 号 88 頁以下(2002 年)参照)。その意味で、県税事務所が債務者であ た場合には、裏書がなくても受取人変更の効力が 保険者に対しても対抗できると解すべきであると る保険契約者の権利ではない保険金請求権を直ち いう。山下友信・判解・生命保険判例百選(増補 に差し押さえたのは、誤りである。保険金請求権 版)41 頁(1988 年)も同じ方向を支持する) 。 1991 年)は、保険者が合理 21 6.保険法の下での解決 保険法の下では、保険金受取人変更は、原則と して保険者に対する一方的意思表示によって行う ことになる(43 条2項)。本件では、受取人変更 は、新保険金受取人に対する意思表示によって行 われたと認定されており、これだけでは、保険法 の下では受取人変更の効力は生じない。Aが保険 者Yに対して受取人変更の意思表示をすることが 必要である。もっとも、本件では、Aは、Yに対 して受取人変更の申出をしており、これを誤りな くYが受け付けて手続を進めていれば、A死亡ま でに受取人変更の意思表示が形式的にも完了して いたであろうと見られる。その事情を考慮すると、 本件は、Aの受取人変更の意思表示がYに対して もあったものと取扱うことができる余地のある事 案であるようにも思われる(保険法の下での保険 金受取人変更については、萩本修ほか「保険法の 解説(4)」NBL887 号 90-92 頁(2008 年)、竹濵 修「生命保険契約および傷害疾病定額保険契約特 有の事項」ジュリスト 1364 号 42 頁以下 (2008 年) 、 潘阿憲「保険金受取人の指定・変更」落合誠一= 山下典孝編『新しい保険法の理論と実務』別冊金 融商事判例 115 頁以下(2008 年)、長谷川仁彦「保 険金受取人の変更の意思表示と効力の発生」竹濵 修=木下孝治=新井修司編『保険法改正の論点 中西正明先生喜寿記念論文集』249 頁以下(法律 文化社 2009 年)、萩本修編著・一問一答保険法 177 頁以下(商事法務 2009 年)等参照) 。 以上 (大阪:平成 21 年5月 15 日) 22 報告:立命館大学 教授 竹濵 修 氏 指導:大阪学院大学 教授 中西正明 氏 神戸学院大学 教授 岡田豊基 氏