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他人の生命・身体の保険契約について

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他人の生命・身体の保険契約について
生命保険論集第 160 号
他人の生命・身体の保険契約について
遠山
優治
(日本生命保険相互会社)
1.はじめに
現在、法制審議会保険法部会において、保険法の改正に向けた検討
が行われている。諮問では、保険契約者の保護、保険の健全性の維持
などに配慮して規律を見直す旨が示されており、部会でもこれらの視
点を意識した審議が行われているようである。具体的な審議では、い
くつかの論点において被保険者同意のあり方が議論されているようで
あり、ここでも保険契約者などの保護や保険の健全性の維持が重要な
視点とされているようである1)。本稿では、同意主義を巡るこれまで
の議論を振り返りつつ、近時の新たな課題を踏まえて、被保険者同意
に関わる保険法改正において留意すべき事項について検討したい。
(なお、本稿では、他人を客体とする保険契約のうち、その生存また
は死亡に関するものを他人の生命の保険契約、その他のものを他人の
身体の保険契約と呼ぶこととする。)
注1)法務省ホームページ(http://www.moj.go.jp/SHINGI/index.html)参照。
―161―
他人の生命・身体の保険契約について
2.他人の生命の保険契約
(1) 沿革
近代の生命保険はイギリスにおいて発達してきた。16世紀から18
世紀にかけてオランダ、フランス、スペイン、プロイセン等の各国
においては、賭博保険の横行により生命保険が全面的に禁じられて
いたが、イギリスでは、他人の生命の保険契約を締結することに特
段の制約はなされていなかった。しかし、18世紀になってその弊害
が顕著となり、1774年に生命保険法(Life Assurance Act)が制定
され、その有用性と危険性を斟酌して、他人の生命の保険契約に関
する規律がなされることとなった2)。わが国においては、明治23年
の旧商法制定当時から他人の生命の保険契約を認めていたが、その
規律については、当初の利益主義から親族主義を経て現在は同意主
義と、大きな変遷をたどっている3)。
(2) 有用性と危険性
他人の生命の保険契約が一定の場合に有用であることは、各国法
制の中でも認められている。後に見るように、各国とも概ね、債務
者保険、組合員保険・被用者保険、夫婦保険についてその有用性を
認めている。その反面、他人の生命の保険契約は、①賭博保険の危
険4)、②道徳的危険5)あるいは③人格権侵害の危険6)を有する7)。した
がって、他人の生命の保険契約を認めるためには、それらの危険性
を防止するための規律が必要とされる8)。
(3) 危険性防止のための規律
他人の生命の保険契約の有用性を認めつつその危険性を防止する
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生命保険論集第 160 号
ための規律の在り方として、利益主義、親族主義、同意主義がある。
これらは単独で、あるいは併用して各国の制度に取り入れられてい
る。
①
利益主義
利益主義とは、他人の生命の保険契約は保険契約者においてそ
の他人の生存につき利益を有しないかぎり締結できないとする主
義である9)。利益主義は賭博保険の危険を防止するために生まれ
たものであり、人格権侵害の危険を防止することは考慮されてい
ないとされる10)。
②
親族主義
親族主義とは、他人の生命の保険契約はその他人の親族でなけ
れば締結できないとする主義である11)。これは、親族であれば、
賭博保険の危険、道徳的危険、人格権侵害の危険のいずれも回避
されるであろうとの見地に立っているとされる12)。
③
同意主義
同意主義とは、他人の生命の保険契約を締結するためにはその
他人の同意を要するとする主義である13)。これは元来、道徳的危
険の有無の判断をその対象となる他人自身に委ねるとともに、人
格権侵害の危険を回避する見地に立っているとされる14)。
これら三つの立法主義について、わが国では、生命保険にも被保
険利益があることを要するとする考え方に基づくこと自体に対する
疑問や被保険利益の概念を広く捉えると他人の生命の保険契約の危
険性の防止が実効的でなくなることから利益主義は妥当でなく、ま
た、他人の生命の保険契約の利用範囲の拡大を考えると親族主義も
妥当ではないなどとされ、概ね同意主義によることが支持されてい
る15)。
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他人の生命・身体の保険契約について
(4) わが国における規律の変遷
わが国では、明治23年の旧商法では利益主義をとり、明治32年の
新商法では親族主義、明治44年改正後は同意主義がとられている。
これらの経緯は以下のとおりである16)。
①
明治23年旧商法17)18)
旧商法においては、保険契約全般について総則を定め、その締
結には被保険利益が必要であるとされ(625条~627条)、生命保険
契約の特則において、他人の生命の保険についても財産上の利益
が必要とされた(678条)。その理由として、賭博保険の危険があ
げられている。財産上の利益が認められる例としては、家族の場
合や債権者が債務者の生命に保険を付す場合、合名会社・合資会
社の社員間の場合などがあげられている。一方、被保険者の承諾
または了知を要しないことが明文で定められており(679条)、そ
の理由として、被保険者が何らの義務を負うものではないことや
財産上の利益がある場合には他人の生命は恰も物件と異ならない
ことなどが挙げられている19)。
②
明治32年商法(新商法)20)21)
明治32年の新商法では、損害保険と生命保険をそれぞれ定義し
(384条、427条)、生命保険について、保険金受取人を被保険者、
その相続人または親族に限定する親族主義をとっている(428
条)22)。親族主義とした理由として、生命保険のうちの多数が自
己または近親者を被保険者とするものであって財産上の利益があ
って契約するものではないことや、利益主義では保険詐欺が頻繁
に行われる弊害があることがあげられているほか23)、賭博保険や
被保険者を害して保険金を得ようとする罪悪の防止を目的とする
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生命保険論集第 160 号
とも説明されている24)。
③
明治44年改正後商法(現行商法)25)26)
明治44年改正では、親族主義を改め同意主義をとっているが、
その理由として、保険契約をする利益を相続人または親族に限る
のは狭きに失するのみならず、親族間においても必ず常に存在す
るものではないことがあげられており、被保険者が同意を与えた
場合には他人を受取人とする保険契約の締結の利益があるものと
みなし、保険契約の利益の存否を被保険者の同意につながらせた
とされている27)。また、改正前の規定が保険の実地に適合せず、
実際上必要な保険を排斥する不利があることは新商法施行当時
から実際家が主張しており、その要求を容れたものともされて
いる。28)29)
以上のとおり、わが国においては旧商法制定当時から他人の生
命・身体の保険契約が認められていたが、どのような場合にこれを
認めるべきかについては、その有する危険性とその防止のための方
策をどのように評価するかによって立法過程においてもさまざまな
見解が見られ、結局、被用者保険や債務者保険などの現実のニーズ
に応じてその有用性を広く認める一方、同意主義により危険性の防
止を図るに至った。旧商法が利益主義をとったこともあってか、現
行商法に至るまでの立法過程においては、賭博保険の危険が重視さ
れている。道徳的危険は故意の事故招致の側面からとらえられ、被
保険者の生命・身体自体への危険という視点はあまりなかったよう
である。一方、人格権侵害の危険は意識されていなかったといえる。
(5) 諸外国の制度
①
イギリス30)
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他人の生命・身体の保険契約について
イギリスでは 1774 年に生命保険法が制定され、利益主義がとら
れている。被保険利益は金銭上の利益に限定されるが、判例法に
よれば、自己の生命の保険、配偶者の生命の保険については被保
険利益の存在を立証する必要はなく、また、雇用者と被雇用者間、
連帯債務者間、組合員間について、被保険利益を有することが認
められている。一方、親子間については、親が子の扶養義務を法
的に負っている場合にのみ子は親の生命に対し被保険利益を有す
ることが認められ、また、親子間で養育および教育に関する契約
がある場合にのみ親は債権者として債務者たる子に対して被保険
利益を有することが認められている。
②
アメリカ31)
アメリカでも利益主義がとられているが、イギリスとは異なり
被保険利益の概念は広くとらえられている。被保険利益は道徳的
危険や賭博保険の防止のために必要と考えられており、自己の生
命の保険、夫婦間、親子間、兄弟姉妹、婚約者にはその関係の存
在だけで被保険利益を認めているが、その他の血縁関係の場合や
債務者の生命の保険において債権者が契約者となる場合は経済的
利益を必要としている。多くの州法では、被保険利益に加え被保
険者同意が必要とされている32)。
③
ドイツ33)
ドイツでは、1908年公布の現行法が同意主義をとっており、ま
た、去る7月5日に連邦議会を通過した改正法案においてもその
点に変更はないようである34)35)。道徳的危険の防止の観点から同
意主義をとったとされており、賭博保険の危険などについては理
由とされていない。
④
フランス 36)
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フランスでは、1930年法から同意主義をとっているが37)、その
理由は、乱用の弊害を除去するためとされている。
⑤
その他
スイスでは、ドイツと同様、1908年公布の現行法が同意主義を
とっているが、その理由は、人の生命をその人の同意なくして取
引的計算の中に引き入れることは人間の価値・自己決定の自由の
冒瀆であるとすることによるとされている38)39)。
イタリアでは、1942年の民法典により、旧商法の利益主義から
同意主義に変更されている40)41)。
ベルギーでは、1992年の新陸上保険契約法において、保険金受
取人に被保険利益が求められており、その趣旨は賭博保険の防止
とされている42)。
注2)三宅一夫「他人の死亡の保険契約」大森忠夫=三宅一夫『生命保険契約法
の諸問題』(1958、初出は1943)261頁以下、266頁、田辺康平「生命保険法に
於ける利益主義と同意主義」新潟大学法経論集第3巻(1952)97頁以下、福田
弥夫「他人の生命の保険契約と保険会社の義務及び責任」
『生命保険契約にお
ける利害調整の法理』(2005、初出は1988)19頁以下、今井薫「他人の生命の
保険」金融・商事判例986号(1996)70頁以下、潘阿憲「生命保険契約における
被保険利益の機能について」文研論集第129号(1999)128頁以下。
3)江頭憲治郎「他人の生命の保険契約」ジュリスト764号(1982)59頁以下、福
田弥夫「他人の生命の保険契約」日本大学法学紀要第27巻(1986)254頁以下、
今井前掲注2)71頁以下、鈴木達次「他人の死亡の保険契約における被保険
者の同意」愛媛法学会雑誌第26巻3・4号(2000)196頁以下、山下友信『保険法』
(2005)267頁注1)。
4)賭博保険の危険について、三宅前掲注2)296頁は、無関係な人殊に著名人
の死亡を賭博癖の満足のために保険に附する可能性とし、江頭前掲注3)59
頁は、その者の生死について何ら利害関係をもたない者が、賭博的な動機で
保険契約を締結する可能性としている。なお、保険(契約)と賭博の関係に
ついて、大森忠夫「保険契約の射倖契約性」『保険契約の法的構造』(1952、
初出は1943)141頁以下、山下前掲注3)72頁以下参照。
5)道徳的危険について、三宅前掲注2)297頁、江頭前掲注3)58頁、福田前
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他人の生命・身体の保険契約について
掲注3)252頁、石田満『商法Ⅳ(保険法)
』改訂版(1997)278頁は、保険金を
取得する目的で被保険者の生命を害しようとする危険とし、田辺前掲注2)
101頁、大森忠夫『保険法』補訂版(1985、初版は1957)267頁は、被保険者の
生命の危険あるいは故意にその他人の生命に危害を加える危険とし、西島梅
治『保険法』第三版(1998)321頁は、他人の死亡を期待し積極的または消極的
に保険事故を招来するおそれとしている。道徳的危険については、故意の事
故招致の危険と被保険者の生命・身体を害すること自体の危険の2点が意識
されているように思われる。
6)人格権侵害の危険について、三宅前掲注2)297頁、田辺前掲注2)101頁、
江頭前掲注3)59頁、山下前掲注3)268頁はいずれも、他人の生命を勝手に
評価して取引の対象とすることはその他人の人格権の侵害になる(可能性が
ある)としている。なお、山下前掲注3)267頁注1)は、利益主義、親族主
義について、いずれも被保険者の知らないところで保険が付されるというこ
とが大きな問題であるとしている。
7)三宅前掲注2)294頁以下、田辺前掲注2)101頁、江頭前掲注3)58頁以
下、山下前掲注3)267頁以下。一方、大森前掲注5)267頁、西島前掲注5)
321頁は、賭博保険の危険と道徳的危険のみをあげ、福田前掲注3)246頁以
下、今井前掲注2)70頁以下、石田前掲注5)278頁は、道徳的危険のみをあ
げている。
8)これに対し、自己の生命の保険契約については、賭博保険の危険はなく、
また、道徳的危険も小さい、あるいは道徳的危険に対する契約成立段階の規
制としては保険金受取人の指定権を有するとすることで十分などとされ、こ
うした規律の必要性は問題とされていない(田辺前掲注2)100頁、大森前掲
注4)267頁、山下前掲注3)267頁参照)。
9)三宅前掲注2)299頁、江頭前掲注3)59頁、石田前掲注5)279頁注(2)、
山下前掲注3)267頁注1)。一方、大森前掲注4)267頁、西島前掲注5)321
頁注(1)は、保険金受取人が被保険利益を有することを要するとする。また、
福田前掲注3)254頁は、保険契約者(保険金受取人)において被保険利益を
有しとする。
10)三宅前掲注2)297頁、299頁以下。なお、同302頁、江頭前掲注3)60頁、
福田前掲注3)257頁は、緩和された利益主義は道徳的危険に対して無力であ
るとする。
11)三宅前掲注2)303頁、江頭前掲注3)60頁、福田前掲注3)258頁、石田
前掲注5)279頁注(2)。一方、大森前掲注4)267頁、西島前掲注5)321頁
注(1)は、保険金受取人が被保険者の親族であることを要するとする。また、
山下前掲注3)267頁注1)は、被保険者の親族のみが保険契約を有効に締結で
きるとするかまたは被保険者の親族のみを保険金受取人とすることができる
とする。
12)三宅前掲注2)303頁、福田前掲注3)258頁。三宅前掲注2)303頁では、
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「親族なれば危険性なし」と表現されている。
13)三宅前掲注2)304頁、大森前掲注4)267頁、江頭前掲注3)61頁、福田
前掲注3)260頁、石田前掲注5)279頁注(2)、山下前掲注3)267頁。
14)三宅前掲注2)304頁、江頭前掲注3)61頁。福田前掲注3)260頁は、賭
博保険の危険についても防止できるとする。一方、大森前掲注5)267頁、西
島前掲注5)321頁注(1)、は、被保険者の異議のないことをもって契約の不
当性のないことを推断するとの立場に立つものとしている。
15)三宅前掲注2)300頁、303頁、306頁、大森前掲注4)268頁注(2)(3)、江
頭前掲注3)59頁、60頁、福田前掲注3)254頁以下、石田前掲注5)279頁
注(2)、西島前掲注5)321頁注(1)、山下前掲注3)267頁注1)。
16)立法経緯の詳細については、鈴木前掲注3)193頁以下参照。
17)旧商法第11章保険は、第1節総則、第2節火災及ヒ震災ノ保険、第3節土
地ノ産物ノ保険、第4節運送保険、第5節生命保険、病傷保険及ヒ年金保険、
第6節保険営業ノ公行からなっている。
第625条 保険契約ハ保険者カ保険料ヲ受ケテ或ル物ニ関シ或ル時間ニ於テ
不測又ハ不確定ノ事故ニ因リテ生スルコト有ル可キ喪失又ハ損害ニ付キ被
保険者ニ賠償ヲ為ス義務ヲ負フ契約タリ
第626条 ① 保険スルコトヲ得ヘキ危険ハ主トシテ火災、地震、暴風雨其他
ノ天災、陸海運送ノ危険死亡及ヒ身体上ノ災害ナリ然レトモ其他ノ危険ニ
対スル保険ハ此カ為メニ妨ケラルルコト無シ
②・③ (略)
第627条 (略)
第677条 人ノ生命又ハ健康ハ終身其他或ル期間中之ヲ保険ニ付スルコトヲ
得
第678条 ① 何人ニテモ自己ノ生命若クハ健康ヲ保険ニ付スルコトヲ得又
保険ニ付セントスル時ニ於テ他人ノ生命若クハ健康ニ付キ財産上ノ利益ヲ
有スル者ハ其他人ノ生命若クハ健康ヲ保険ニ付スルコトヲ得
② 配偶者、兄弟姉妹、尊属親及ヒ卑属親ノ生命若クハ健康ニ関スル相互ノ
利益ニ付テハ証拠ヲ挙クルコトヲ要セス
第679条 他人ノ生命又ハ健康ノ保険ノ有効ナルニハ其人ノ承諾又ハ了知ヲ
要セス
第681条 他人ノ生命又ハ健康ハ其人ノ為メ又ハ第三者ノ為メ契約上ノ義務
ニ依リテ之ヲ保険ニ付スルコトヲ得
18)旧商法は当初、明治24年1月1日に施行予定であったものの、修正のため数
度その施行が延期された(鴻常夫『商法総則』全訂第四版補正二版(1994)43
頁)。結局、会社、手形及び破産の部分は修正のうえ明治26年7月1日より施
行され、その他の部分は明治31年7月1日より修正のないまま施行されたが、
その後、明治32年6月16日の新商法典の施行に伴い、破産を除く部分につい
て廃止された(志田鉀太郎『日本商法典の編纂と其改正』(1933、復刻版は
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1995)46頁以下、86頁)。
19)磯部四郎『商法釈義』巻之三(1890、復刻版は1996)2751頁以下、長谷川喬
『商法正義』第五巻(1892、復刻版は1995)172頁以下。
20)新商法第10章保険は、第1節損害保険、第1款総則、第2款火災保険、第
3款運送保険、第2節生命保険からなっており、その体系は現在に引き継が
れている。損害保険と生命保険の二節とした理由は、
「生命保険ト損害保険ト
ハ其性質ヲ異ニシテ二者ニ同一ノ規定ヲ適用スルコト能ハサルモノ多キヲ以
テ既成商法ノ如ク第1節総則ニ掲ケタル規定ヲ損害保険及ヒ生命保険ニ通シ
テ適用スヘキモノト為スハ其当ヲ得タルモノニアラス」とされている(八尾
書店『商法修正案参考書』(1898)321頁)。
第384条 損害保険契約ハ当事者ノ一方カ偶然ナル一定ノ事故ニ因リテ生ス
ルコトアルヘキ損害ヲ填補スルコトヲ約シ相手方カ之ニ其報酬ヲ与フルコ
トヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス
第385条 保険契約ハ金銭ニ見積ルコトヲ得ヘキ利益ニ限リ之ヲ以テ其目的
ト為スコトヲ得
第427条 生命保険契約ハ当事者ノ一方カ相手方又ハ第三者ノ生死ニ関シ一
定ノ金額ヲ支払フヘキコトヲ約シ相手方カ之ニ其報酬ヲ与フルコトヲ約ス
ルニ因リテ其効力ヲ生ス
第428条 ① 保険金額ヲ受取ルヘキ者ハ被保険者其ノ相続人又ハ親族ナル
コトヲ要ス
② 保険契約ニ因リテ生シタル権利ハ被保険者ノ親族ニ限リ之ヲ譲受クルコ
トヲ得
③・④ (略)
21)明治28年より新商法典の草案(旧商法の修正案)の検討が始められ、明治30
年12月には成案(第一草案)を得たが、その後衆議院が解散され、第三草案
が可決されたのは明治32年2月であった(志田前掲注18)86頁以下)。
22)ここでは保険契約者と被保険者の間には何らの利益関係や近親関係にある
ことを要せず、一方、被保険者と保険金受取人との間に親族関係があること
を要するとされている(岡野敬次郎「他人の生命に有する利益を論す」法学
新報第14巻4号(1904)55頁)。
23)八尾書店前掲注20)360頁。
24)粟津清亮「日本保険法論」『粟津博士論集(8)』(1928、初版は1910)144頁。
一方、新商法起草者の一人である岡野敬次郎は、親族主義をとった理由とし
て、
「他に適当の標準を発見せさるか故なるへしと信する」としている(岡野
前掲注22)56頁)。
25)第428条 ① 他人ノ死亡ニ因リテ保険金額ノ支払ヲ為スヘキコトヲ定ムル
保険契約ニハ其者ノ同意アルコトヲ要ス但被保険者カ保険金額ヲ受取ルヘ
キ者ナルトキハ此限ニ在ラス
② 前項ノ保険契約ニ因リテ生シタル権利ノ譲渡ニハ被保険者ノ同意アルコ
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生命保険論集第 160 号
トヲ要ス
③ 保険契約者カ被保険者ナル場合ニ於テ保険金額ヲ受取ルヘキ者カ其権利
ヲ譲渡ストキ又ハ第1項但書ノ場合ニ於テ権利ヲ譲受ケタル者カ更ニ之ヲ
譲渡ストキ亦同シ
26)明治39年より改正の検討が始められ、施行は明治44年10月1日(志田前掲注
18)116頁以下参照)。
27)法律新聞社編纂『改正商法理由』増補4版(1912、初版は1911)376頁。
28)松本烝治『商法改正法評論』増補再版(1911)156頁。
29)「実際家」は、公私の法人を受取人として寄付をすることができないこと、
雇人のために生命保険を利用して恩給的保護を与えることができないこと、
戸籍上の親族以外にも親密な関係にあるもののために生命保険が利用できな
いこと、戸籍上証明できないが血縁のある親族に保険金を与えられないこと、
債権者に対し生命保険を利用して信用を高められないことを理由として、同
意主義への修正を求めていた(阿部泰蔵「生命保険会社協会沿革史」生命保
険会社協会会報第1巻1号(1911)10頁参照)。
30)イギリスについて、三宅前掲注2)266頁以下、田辺前掲注2)97頁以下、
福田前掲注2)19頁以下、潘前掲注2)128頁以下。
31)アメリカについて、三宅前掲注2)283頁以下、田辺前掲注2)97頁以下、
福田前掲注2)22頁以下、潘前掲注2)133頁以下、ジョン・F・ドビン(佐
藤彰俊訳)『アメリカ保険法』(1998、原書は第3版(1996))79頁以下。
32)例えば、ニューヨーク州保険法3205条参照。
33)ドイツについて、三宅前掲注2)274頁以下。なお、ヴァイヤース=ヴァン
ト(藤岡康宏監訳)『保険契約法』(2007、原書は第3版(2003))178頁、296
頁参照。
34)ドイツ保険契約法159条。
35)改正法案150条(現行法159条とほぼ同じ内容の規定となっている。改正法
案については、ドイツ連邦議会ホームページ
(http://dip.bundestag.de/btd/16/058/1605862.pdf)参照)。
36)フランスについて、三宅前掲注2)270頁以下。
37)フランス保険法L.132-2条。
38)スイスについて、三宅前掲注2)280頁以下。
39)スイス保険法74条。
40)イタリアについて、今井前掲注2)72頁、74頁。
41)イタリア民法1919条。
42)この利益は経済的利益に限らず、道徳的利益、愛情的利益(家族関係・姻
族関係)を含む。また、被保険者の同意がある場合は保険金受取人の被保険
利益が証明されることとなるとされる。ベルギーについて、今井前掲注2)
72頁、山野嘉朗「現代社会と生命保険契約法」文研論集117号(1996)229頁。
―171―
他人の生命・身体の保険契約について
3.被保険者の同意
前述のとおり、わが国では、他人の生命の保険契約の有する危険性
に対する方策とされる3つの立法主義のいずれをも経験した結果、現
在は同意主義をとるに至っている。以下、現行商法674条の被保険者同
意について考察する。
(1) 同意を必要とする場合
他人の生命の保険契約のうち、他人の死亡を保険事故とする保険
契約の締結について、被保険者同意が必要である(674条1項本文)。
一方、他人の生存の保険契約については、被保険者の同意を必要と
しない43)。また、他人の死亡の保険契約であってもその他人(被保
険者)を保険金受取人とする場合にはその同意を必要としない(674
条1項但書)
。しかし、この場合に被保険者の同意を不要とすること
については、保険金を受け取るのは相続人であることから、批判的
な見解が多い44)。保険金請求権を譲渡する場合にも、被保険者の同
意を必要とする(674条2項)が、これは、道徳的危険の防止を重視
する考え方によるとされる45)。
(2) 同意の性質
被保険者同意は、契約当事者の意思表示と結合して保険契約を成
立させるための要件ではなく、同意があるまでは契約の効力が発生
しないという外部的な効力要件である。被保険者同意のない契約は
無効である。同意は契約について異議がないことについての被保険
者の意思の表明にすぎず、その性質は準法律行為であって、これに
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生命保険論集第 160 号
ついては民法の意思表示の瑕疵に関する一般原則が類推適用される。
この同意は相手方のある単独行為である46)。
(3) 同意の方式
現行商法では、同意の方式について特段の定めを置いておらず、
柔軟な解釈が可能である。立法論としては書面による同意を求める
ことが望ましいとする見解も多く見られる47)48)。
(4) 同意の時期
同意の時期についても現行商法では特段の定めを置いておらず、
かつては契約成立時までに同意を必要とするとの見解が有力であっ
たが、現在は、団体保険のことを考慮して、事後の同意でもさしつ
かえないとする見解が有力である49)50)。
(5) 同意の内容
同意は包括的に与えられても効力がない。契約内容について、保
険契約者および保険金受取人を認識していることは不可欠であるが、
保険金額や保険期間については、実際に締結された契約内容が多少
被保険者の認識と異なっても同意の効力には影響がないとされ
る51)。
(6) 同意の相手方
被保険者の意思さえ明瞭になれば足りることから、同意は保険契
約者または保険者のいずれか一方に対してなされればよい52)。
(7) 被保険者が行為無能力者である場合
―173―
他人の生命・身体の保険契約について
被保険者同意が準法律行為であり、民法の意思表示の瑕疵に関す
る一般原則が類推適用されることから、被保険者が行為無能力者で
ある場合には、法定代理人による同意をもって足りると解されてい
る53)。これに対しては、立法論として、一定の制限を設けるべきで
あるとする見解が多く見られる54)55)。
(8) 同意の撤回
被保険者の同意は、契約成立前であれば撤回できるが、契約成立
後は、撤回することはできないと解されている。これは、同意を求
める理由として賭博保険ないし人格権侵害の危険を重視すれば当然
そうした結論になること、あるいは、契約が不安定になることなど
が理由とされている 56)57)58)。
(9) 小括
被保険者同意に関するかつての考え方では、その法的性質が保険
契約の効力発生要件であって相手方のある単独行為たる準法律行為
であることから、同意は契約成立時までに必要であり、一方で、契
約成立後は撤回することはできないとし、また、法定代理人が本人
に代わって同意することができると解されていた。現在では、同意
の時期については、事後の同意でもさしつかえないとする考え方が
有力となっている59)。
現行674条に対する主要な立法論としては、
同意の要否に関して1
項但書を削除すべきとするもの、同意の方式に関して書面とすべき
とするもの、未成年者を被保険者とする保険契約に関する問題、同
意の撤回を認めるべきとするものが見られる。
―174―
生命保険論集第 160 号
注43)純粋の生存保険には道徳的危険はなく、賭博保険の危険のおそれも小さい
とされる(三宅前掲注2)310頁、大森前掲注5)268頁、江頭前掲注3)58
頁、石田前掲注5)279頁、西島前掲注5)322頁、山下前掲注3)268頁、270
頁)。
44)実質的には他人を受取人とする場合と異ならないとされる(大森前掲注5)
269頁注(2)、江頭前掲注3)61頁、石田前掲注5)280頁、西島前掲注5)322
頁、山下前掲注3)273頁)
。一方、福田前掲注3)264頁は、受取人が親族だ
からといって道徳的危険がないとはいいきれないとする。
45)江頭前掲注3)62頁、石田前掲注5)280頁。なお、フランスには同様の規
定があるが、ドイツおよびスイスではこの場合に被保険者同意は必要とされ
ていない(フランス保険法L.132-2条2項、スイス保険法74条2項、三宅前
掲注2)282頁、311頁、田辺前掲注2)118頁)。保険金請求権の譲渡の場合
に同意を不要とするのは、同意を必要とする理由として賭博保険の防止を重
視し、道徳的危険の防止は免責で対処することで足りるとする考え方による
とされる(大森前掲注5)270頁注(5)、山下前掲注3)274頁注15)。なお、
三宅前掲注2)308頁参照)。
46)松本烝治「他人ノ生命ノ死亡保険ニ於ケル被保険者ノ同意ニ付テ」私法論
文集第1巻300頁以下(1916)、三宅前掲注2)313頁以下、大森前掲注5)270
頁、江頭前掲注3)61頁、福田前掲注3)263頁、石田前掲注5)282頁、西
島前掲注5)324頁、山下前掲注3)269頁。
47)松本前掲注46)306頁、三宅前掲注2)315頁、大森前掲注5)271頁、江頭
前掲注3)62頁、福田前掲注3)267頁、石田前掲注5)281頁、西島前掲注
5)325頁、山下前掲注3)270頁参照。なお、同意主義をとる国においては、
概ね同意は書面によることとしている(ドイツ保険契約法159条2項、同改正
法案150条2項、フランス保険法L.132-2条1項、スイス保険法74条1項、イ
タリア民法1919条2項)。
48)保険業法施行規則11条2号は、事業方法書の認可基準として、被保険者同
意について原則書面によることとしており、保険会社向けの総合的な監督指
針において、他人の生命の保険契約に関する取扱の詳細が定められている(Ⅳ
-1-16)。
49)江頭前掲注3)63頁、山下前掲注3)269頁注4)参照。契約成立時までに同
意を必要とする見解として、松本前掲注46)307頁、三宅前掲注2)319頁。
福田前掲注3)270頁、272頁は、個別保険では契約成立までに同意を必要と
し、団体保険では原則として個別保険と同様の規制をし、これを要求するこ
とがその性質上困難なものに限り例外的に緩和した取扱をすべきとする。一
方、事後の同意でもさしつかえないとする見解として、大森前掲注5)271
頁、石田前掲注5)281頁、西島前掲注5)325頁。山下前掲注3)269頁注4)
は、事後の同意でよいとしても、成立と同意の時期が多少前後してもかまわ
ないという程度のことであるというべきであるとする。
―175―
他人の生命・身体の保険契約について
50)なお、利益主義をとるイギリス、アメリカでは、被保険利益は保険契約締
結時に存在することが必要とされている(三宅前掲注2)267頁、283頁、田
辺前掲注2)105頁、江頭前掲注3)60頁、福田前掲注2)20頁、24頁、潘前
掲注2)132頁参照)。
51)松本前掲注46)309頁、三宅前掲注2)316頁、大森前掲注5)272頁、江頭
前掲注3)63頁、福田前掲注3)272頁、西島前掲注5)325頁、山下前掲注
3)270頁参照。
52)松本前掲注46)304頁、三宅前掲注2)314頁、江頭前掲注3)63頁、福田
前掲注3)273頁、石田前掲注5)281頁、西島前掲注5)325頁、山下前掲注
3)269頁。
53)松本前掲注46)317頁、大森前掲注5)271頁、石田前掲注5)282頁注(1)、
西島前掲注5)324頁注(2)。ただし、松本前掲注46)は、法定代理人が保険
金受取人であるときは利益相反となるとして、特別代理人または後見監督人
の同意によるか(316頁)
、未成年者の同意に対して法定代理人が同意する必
要がある(318頁)とする。一方、三宅前掲注2)318頁は、意思能力を有す
る限り無能力者本人の同意でも、その法定代理人でも、いずれか一方の同意
さえあれば充分とし、一方、意思能力がない場合はこの解釈を無条件に適用
すべきではないとする。福田前掲注3)275頁は、意思能力のある行為無能力
者については、法定代理人が未成年者本人の意思に反して同意を与えること
は許されず、また、被保険者が同意しても法定代理人が不同意の場合は、法
定代理人の意思を優先すべきであるとする。
54)大森前掲注5)271頁注(2)は、立法論としては、未成年者ことに幼児など
の死亡を保険事故とする契約について、法定代理人による同意をみとめるこ
とは問題であるとして、諸外国の立法例を引用する。江頭前掲注3)64頁は、
立法論としては、意思能力のある未成年者については、本人および法定代理
人双方の同意を要求することを明定すべきとし、意思能力のない未成年者に
ついては、法定代理人が同意する以外に方法はないが、保険金額を低く制限
することによって弊害の防止をはかるべきとする。福田前掲注3)275頁は、
意思能力のある未成年者については、本人および法定代理人双方の同意を要
求する立法が望ましいとし、意思能力のない未成年者については、法定代理
人の同意以外に方法はみいだせないため、付保禁止とするか、保険金額を制
限することで対処すべきとする。石田前掲注5)282頁注(1) は、立法論とし
て検討の余地があるして、諸外国の立法例を引用する。西島前掲注5)324
頁注(2) は、同意主義の空洞化を避けるために、12歳以下の子供についての
死亡の保険を禁止し、それ以上の者の場合でも、法定代理人の許可とともに
本人の同意を要求するとか、保険契約者が法定代理人であるときに限って法
定代理人による同意を認めないなどの制限をつけるのが妥当であるとする。
山下前掲注3)272頁は、被保険者の意思能力がある場合には、法定代理人が
代理する方法によらず、被保険者の同意も要求することが望ましいとしつつ、
―176―
生命保険論集第 160 号
そもそも未成年者、とりわけ幼児の生命保険を認めるべきか、あるいは認め
るにしても葬祭費用程度を超える生命保険を法律上禁止すべきではないかと
いうような政策的問題があると指摘する。
55)被保険者が未成年者の場合に一定の制限を設ける例として、ニューヨーク
州保険法3207条、ドイツ保険契約法159条、同改正法案150条、フランス保険
法L.132-3条、L.132-4条、ベルギー新陸上保険契約法96条参照。一方、明
文で法定代理人による同意を認める例として、スイス保険法74条、イタリア
民法1919条参照。
56)松本前掲注49)310頁、三宅前掲注2)314頁、大森前掲注5)272頁、江頭
前掲注3)64頁、西島前掲注5)325頁。ただし、意思表示の瑕疵による無効・
取消の主張は認められる。
57)一方、福田前掲注3)276頁は、モラルリスクが増加する中で、あえて保険
契約を継続させる合理的理由がない限りは、同意の撤回を認めてもよいので
はないかとする。石田前掲注5)281頁は、違法な行為(殺人未遂)があると
きにその撤回を認める。山下前掲注3)271頁は、婚姻中に生命保険を締結し
ていたが離婚した場合、会社が保険契約者兼被保険者として生命保険契約を
締結していたが、当該被保険者が退任・退職した場合、保険契約者または保
険金受取人が契約成立後に被保険者の殺害を企図するような場合などについ
て、同意の撤回を認めてしかるべきであるとする。
58)なお、利益主義をとるイギリス、アメリカでは、被保険利益は保険契約締
結時に存在すれば足りその後の消滅は契約の効力に影響しないとされている
(注50)参照)。
59)契約の効力発生要件が事後に満たされる場合、契約は成立しているが契約
の効力が発生していないという状態が生じるが、これをどのように考えれば
よいのか、被保険者同意のない契約が無効であることからも、難しい問題で
ある。無効行為の追認と考えると、契約の効力は追認のときから生じること
になりそうである(民法119条)。被保険者同意がなく契約が無効であるとき
に、その後の契約当事者の意思とは無関係に被保険者の事後の同意だけで契
約の効力が発生すると考えてよいかという問題もありそうである(無効行為
の追認に関する四宮和夫=能見善久『民法総則』第7版(2005)256頁参照。な
お、単独行為の無権代理に関する民法118条参照)。
―177―
他人の生命・身体の保険契約について
4.被保険者同意を巡る近時の問題
(1) 傷害保険
当時は実際上ほとんど行われていなかったことから、新商法では
傷害・疾病保険契約に関する規律は置かれなかった60)。しかし、明
治44年に日本傷害保険株式会社(のちの日産火災海上保険株式会社)
が設立され、その後、損害保険会社による傷害保険がいち早く普及
し、一方、生命保険会社の傷害特約も徐々に広がりをみせた結果、
昭和40年頃には、人を保険事故の客体としつつも生死を保険事故と
するものではないため生命保険契約には属さず、一方、物保険契約
に属しないことはもちろん、具体的な損害額に応じて支払保険金額
を定めることなく、傷害の結果の種類や程度に応じて所定の金額を
支払う傷害保険契約について、保険契約法の体系上どのような地位
を与えるべきかが問題とされるようになった61)。その当時から、他
人の傷害の保険契約について、原則として被保険者の同意を必要と
するとされていたが62)、生命保険におけるのとは異なり、一定の場
合に、死亡給付について被保険者同意を不要とする見解も見られ
る63)64)。
(2) 団体保険
企業が従業員を被保険者とする生命保険を利用して従業員の福利
厚生を図ることがあることは古くから言われていたが65)、団体保険
の普及に伴い、商法674条1項の解釈として、団体保険の被保険者同
意の手続を簡略化することを認める見解があらわれた66)。
これに対し、平成8年ころから全員加入型の団体定期保険(いわ
ゆるAグループ保険)についてトラブルが相次いだことから、この
―178―
生命保険論集第 160 号
ような見解に対する批判がなされることとなったが67)68)、一方で、
保険金を被保険者の遺族に帰属させるため、被保険者同意について
さらに柔軟な解釈を行う見解も見られるようになった69)70)。
(3) 小括
現行商法674条が直接適用されない傷害保険および現行商法674条
が想定していない類型とされる団体保険について、その普及に伴い、
原則として被保険者同意を要するとしつつ、その手続きを簡略化す
るなどの解釈論が見られるようになった。傷害保険については総じ
て被保険者同意を不要とする方向で議論がなされているが、団体保
険では当初、被保険者同意の手続きを簡略化する方向で議論がなさ
れたものの、トラブルが相次いだことから、その解決策として、被
保険者同意を厳格に解する見解と、被保険者同意をさらに柔軟に解
する見解とに議論が分かれることとなった71)。
注60)八尾書店前掲注20)358頁。なお、旧商法では病傷保険に関する規律を置い
ていた(注17)参照)。
61)鴻常夫「傷害・疾病保険の法律問題」
『保険法の諸問題』(2002、初出は1964)218
頁、大森忠夫「商法における傷害保険契約の地位」
『保険契約法の研究』(1969、
初出は1965)100頁。なお、傷害・疾病保険に関する生損保間の分野調整が行
われたのは、昭和40年12月のことである。
62)大森前掲注61)113頁、石田前掲注5)347頁。中西正明「傷害保険」
『傷害
保険契約の法理』(1992、初出は1984) 8頁、同「生命保険契約の傷害特約概
説」『傷害保険契約の法理』(1992、初出は1981) 57頁は、他人の傷害の保険
契約を締結するには、被保険者を保険金受取人とする場合を除くほか、死亡
に至らない後遺障害や入院等に対して保険金が支払われる部分についても、
被保険者の同意を得ることを要するとする。三宅前掲注2)310頁、江頭前掲
注3)58頁、福田前掲注3)245頁注(8)は、傷害保険も死亡に対する保険金
支払を認める場合は被保険者の同意を必要とする。
63)大森前掲注61)114頁注(4)は、いわゆる団体傷害保険契約について、団体
員のすべてから同意を求めることは実際上かなり手数であろうが、被保険者
―179―
他人の生命・身体の保険契約について
自身を受取人とする以上同意は不要であるから問題はないとしており、傷害
保険契約(死亡給付を含む)に商法674条1項但書が類推適用されるとするよ
うである。中西前掲注62)
(傷害保険)8頁は、傷害保険約款について、死亡
保険金受取人の指定がない場合には「被保険者の法定相続人」に支払うと規
定しているから、この約款による契約において、保険契約者が死亡保険金受
取人をとくに指定しなかった場合は、被保険者を保険金受取人に指定した場
合と同様であるとして、被保険者同意を不要とする。山下前掲注3)273頁は、
保険金受取人が被保険者自身であれば商法674条1項但書により被保険者の
同意は不要ということで済み、また、被保険者死亡の場合の保険金受取人が
法定相続人である場合も、商法674条1項但書に該当するとしてよいと考えら
れ、生命保険契約以外の人保険契約においては、立法論としても、単純に生
命保険契約と同じ規制をするのは適切ではないとしている。
64)なお、中西前掲注62)
(傷害保険)7頁注(6)は、損害填補方式の傷害保険
契約についても、保険契約者と被保険者とが別人であるときは、商法674条の
類推適用により、契約の締結について被保険者の同意を要すると解すべきで
あろうとする。
65)親族主義から同意主義への改正を求める理由の一つともされていた(2.
(4)および注29)参照)。
66)江頭前掲注3)63頁、福田前掲注3)270頁、山下前掲注3)275頁参照。
大森忠夫「いわゆる事業保険と被保険者の同意」大森忠夫=三宅一夫『生命
保険契約法の諸問題』(1958、初出は1956)220頁は、被保険者を受取人とする
場合には同意を必要としない点で諸外国法より要件が緩やかなだけでなく、
同意を必要とする場合についても、その方式については何らの制限を設けず、
また、同意は効力発生のための要件と解されており、これに従えば事後の同
意も認められることから、被保険者となるべき者が充分に知悉し得るような
状況の下において団体保険契約が締結され、しかも被保険者とされた者がこ
れを知りかつ異議を述べ得る機会を与えられてしかも異議を述べない限り、
被保険者の黙示の同意があったものとしてその保険契約が効力を生ずるもの
と解することが可能であるとする。一方、石田満『商法Ⅳ(保険法)』(1978)280
頁は、団体生命保険契約の場合には、同意の方式をきびしく要求する必要は
なく、就業規則や労働協約に保険条項があれば足りるとしていた(同改訂版
(前掲注5))280頁では記述が変更されている)。また、西島梅治『保険法』
新版(1991)327頁は、団体保険では会社の労働組合の代表者による一括的同意
の意思表示で足りると解すべきであり、また新入社員について個別的に団体
保険の被保険者になることの同意書を徴求することは必ずしも必要ではなく、
就業規則ないし労働協約中に保険条項が挿入されていれば足りると解すべき
であるとしていた。これは、団体保険は個別保険に比較すると賭博的悪用の
危険が少ないと考えられるほか、保険契約条件の適否に対する集団的な監
視・是正が合理的に期待できるので、保険制度の悪用ないし被保険者の生命
―180―
生命保険論集第 160 号
に対する危険などの弊害は少ないことを理由とする(同328頁注(2)。同第三
版(前掲注5)322頁では記述が変更されている)。
67)この問題に対する批判には、保険会社の販売姿勢に対するものも含まれ、
保険会社としても当然、真摯に改善対応をしていくべきであるが、本稿にお
いては、被保険者同意の要否に関する点のみをとりあげる。なお、トラブル
を契機として、平成8年に総合福祉団体定期保険が導入されている。
68)事業者が保険金を受け取る形態の団体生命保険においても被保険者の個別
的な同意を必要とするものとして、家田崇「従業員を被保険者とする「他人
の生命の保険」
」名古屋大学法政論集174号(1998)111頁、132頁。なお、静岡
地裁浜松支部平成9年3月24日判決(判例時報1611号127頁)は「たとえ団体定
期保険契約の場合であっても(中略)同意は被保険者個々人の個別的具体的
なものでなければならないというべきである。」として保険契約を無効とした
が、そのため、以後の裁判例では、もっぱら保険金の帰属が争点になったと
されている(山下友信「団体定期保険と保険金の帰趨」NBL834号14頁)。
69)商法674条1項但書により、被保険者が保険金受取人である場合には同意を
要しないことをもとに、団体生命保険契約の趣旨から実質的に被保険者ある
いはその遺族が保険金受取人であると考えることによって被保険者同意のな
い保険契約の瑕疵が治癒され、有効とされるとするものとして、石田満「団
体定期保険と被保険者の同意」上智法学論集第40巻2号(1996)10頁、今井薫
「わが国における企業団体生命保険に関する一考察」産大法学30巻3・4号
(1997)237頁、山野嘉朗「団体定期保険契約の効力・効果」判例タイムズ933
号(1997)42頁。その他、保険金受取人指定部分のみを無効としたり、弔慰金
等の額を超える部分は無効とする一部無効の主張や解釈も見られる(山本哲
生「被保険者の同意のない団体定期保険契約の効力」ジュリスト1137号
(1998)140頁参照)。
70)団体傷害保険についても同様の問題があるが、保険金が全額本人または遺
族に支給される仕組みがあるのであれば、仮に個々の被保険者の同意を求め
たとしても同意が得られる蓋然性がきわめて高いといえ、このような場合に
は同意要件を緩和することも合理的であるとされる(山下前掲注3)278頁注
21))。団体傷害保険に関する裁判例として、大阪高裁平成15年11月27日判決
(金融・商事判例1202号30頁)があるが、判旨は、災害補償規定書の保険会
社への提出を、従業員およびその遺族に対して保険金の中から災害補償金を
支払う旨の保険会社に対する意思表示とし、保険会社がこれを承諾した第三
者のためにする契約であると考え、商法674条1項但書の趣旨に照らすと特段
の事情のない限り付保に同意することが推認されるから、被保険者同意があ
った場合と同様に、有効に保険契約が成立すると解するのが相当としている。
なお、保険会社向けの総合的な監督指針参照(Ⅳ-1-16)。
71)傷害保険において人格権侵害の危険について触れられることはあまりない
が、団体生命保険においては人格権侵害の危険を重視した議論がなされる傾
―181―
他人の生命・身体の保険契約について
向にある(家田前掲注68)132頁、山野前掲注69)42頁参照)。傷害保険につ
いて、保険金受取人が被保険者またはその法定相続人である場合には(死亡
給付が含まれていても)被保険者同意を不要とする見解が見られることは注
63)のとおりであるが(なお、団体傷害保険については、注69)、注70)参照)、
それらの見解が、この場合に人格権侵害の危険を考慮する必要はないとする
ものか否かは判然としない。
5.これからの同意主義について
ここまで見てきたように、現行商法の同意主義は賭博保険の危険の
防止を重視して導入され、その法的性質等が考えられてきたが、その
後の道徳的危険をめぐる状況の変化や人格権の概念の浸透および現行
法が必ずしも想定していなかった保険契約類型の登場により、さまざ
まな解釈論や立法論が行われるに至っている。したがって、ここで同
意主義について改めて整理しておくことにも意義があると思われる。
2.で見たように、同意主義は、他人の生命の保険契約にともなう
賭博保険の危険、道徳的危険、人格権侵害の危険を防止するための方
策の一つとして存在するものであるが、賭博保険および道徳的危険の
うち故意の事故招致の危険は保険契約一般に共通する問題であり、一
方、道徳的危険のうち被保険者を害する危険および人格権侵害の危険
はその客体が人であるところから生じるものである。したがって、同
意主義が他人の生命の保険契約にのみ必要かつ有効なものであると考
えることは適当ではなく、人保険一般に妥当する立法主義であると考
えることができる。そして、人保険については、3つの危険性がある
ことを前提に、そのいずれかを重視するということではなく、そのい
ずれをもクリアできる方策としてどのような方法をとるべきかを改め
て検討すべきではないかと思われる。
―182―
生命保険論集第 160 号
利益主義および親族主義は、被保険利益があれば、あるいは親族で
あれば他人の生命にも保険を付することができるとする点で、人格権
侵害の危険に対する配慮はなされないものであり、それらの立法主義
をとるためには、別途、人格権侵害の危険を防止するための方策がと
られる必要があり、同意主義はより効果的な方策であると評価するこ
とができる72)73)。
(1) 同意の必要性の再検討
他人の生命の保険契約における3つの立法主義については、保険
契約者がそのような契約を締結するための条件として、保険契約者
について考えられるものと思われる。しかし、明治32年の新商法が
保険金受取人を親族に限定し、そのことも親族主義と呼ばれていた
ことなどからも明らかなように、他人の生命の保険契約の有する危
険性とそれを防止するための立法主義が、保険契約者、被保険者、
保険金受取人のうちいずれの関係について問題としているかについ
ては必ずしも意識されていなかったように思われる74)。
賭博保険の危険が、不労利得目的で保険契約を締結する危険であ
るならば、主として保険金受取人たる保険契約者と被保険者との関
係(契約者・被保険者・受取人=x・y・x)が問題となる。
(第三
者に利得させる目的で無関係な者を被保険者として保険を付すこと
(x・y・a)も考えられなくはないが、基本的には自己のために
する契約と考えてよいであろう。)
道徳的危険が、保険金取得目的で被保険者を害する(あるいは故
意の事故招致の)危険であるならば、主として保険金受取人と被保
険者との関係(a・y・z)が問題となる。
(第三者に利得させる目
的で事故招致すること(x・y・a)も考えられなくはないが、保
―183―
他人の生命・身体の保険契約について
険金受取人の事故招致が典型例と考えてよいであろう。)
なお、道徳的危険が問題となるさまざまな事案からも明らかなよ
うに、被保険者の同意だけで道徳的危険を防止することはできない
ため、道徳的危険についてはその他の方策もあわせてとられている
(故意免責など)。このことから、保険契約締結時の道徳的危険が小
さいと考えられる場合には、被保険者の同意に代わって、あるいは
被保険者同意の手続を緩和する一方、保険契約締結後あるいは保険
事故発生時にその他の方策をとることによって対応を図ることも考
えられる75)。
これらに対し、人格権侵害の危険は、他人の生命・身体を勝手に
保険の対象とすることが問題となり、保険契約者と被保険者との関
係(x・y・a)が問題となる76)。
以上を勘案すれば、他人の生命・身体が保険契約の対象とされる
場合の規律については、
被保険者と保険契約者の関係だけではなく、
保険金受取人との関係も含めて検討すべきと思われる。
(なお、保険
契約類型によっては、その特質から賭博保険の危険、道徳的危険、
人格権侵害の危険の程度が異なると考えられる場合がありうるので、
ここでは、基本的な考察として、個人保険を念頭に保険契約者、被
保険者、保険金受取人の関係について類型化して検討し、その後、
保険契約類型別の考察を行うこととする。)
①
自己の生命・身体の自己のためにする保険契約(Y・Y・Y)
自己の身体の自己のためにする保険契約は、現在、自己の生命
の保険契約についていわれているのと同様に、賭博保険や道徳的
危険はなく、また、人格権侵害の危険も問題とならない。従って、
被保険者の同意を要しない77)。
この契約関係の場合、保険契約者や保険金受取人の変更は被保
―184―
生命保険論集第 160 号
険者である保険契約者が自ら行うため、その際の被保険者の同意
は問題とならない。
一方、自己の生命の自己のためにする保険契約は、実質的に自
己の生命の他人のためにする保険契約(Y・Y・Z)であり、自
己の生命の他人のためにする保険契約(②)として検討すべきで
ある。
②
自己の生命・身体の他人のためにする保険契約(Y・Y・Z)
自己の生命・身体の他人のためにする保険契約も、現在、自己
の生命の保険契約についていわれているのと同様に、賭博保険の
危険はなく、人格権侵害の危険も問題とならない。一方、道徳的
危険については、保険金受取人による故意の事故招致が考えられ
るが、自己の生命・身体に保険契約を付す保険契約者が自ら保険
金受取人を指定するため、そのような道徳的危険のある保険金受
取人が契約締結時に指定されることはないと考えてよいと思われ
る。したがって、被保険者の同意を要しないとしてよいと思われ
る。保険金受取人の保険契約締結後の道徳的危険については、保
険金受取人の故意の事故招致を免責とすることなどにより対処す
ることとなる。
形式的には①に当たる自己の生命の自己のためにする保険契約
は、実質的には自己の生命の相続人のためにする保険契約である
ため、これも、道徳的危険について保険金受取人による故意の事
故招致が考えられなくはない。しかし、この場合も、保険契約者
は実質的な保険金受取人が自己の相続人となることを承知で保険
金受取人を自らに指定するものと考えられるから、道徳的危険の
ある保険金受取人が契約締結時に指定されることはないと考えて
よい。したがって、この場合も、被保険者の同意を要しないとし
―185―
他人の生命・身体の保険契約について
てよいと思われる。
この契約関係の場合も、①と同様、保険契約者や保険金受取人
の変更の際の被保険者同意は問題とならない。
③
他人の生命・身体のその他人のためにする保険契約(X・Y・
Y)
他人の身体のその他人のためにする保険契約は、保険契約者と
保険金受取人が別人であり、保険金受取人にとって自己の身体が
保険の客体となっていることから、賭博保険の危険、道徳的危険
のいずれも小さいと考えられる(ただし、保険金取得目的の自傷
事故も考えられることから、故意免責その他の方策をとる必要は
ある)。しかし、この契約関係の場合、保険契約者が他人である被
保険者を保険契約の対象とするため、人格権侵害の危険について
問題となり、被保険者への通知など被保険者が知るための別途の
方策がとられない限り、被保険者の同意が必要となろう78)。
この契約関係の場合、保険契約者や保険金受取人の変更が被保
険者とは無関係に行われうるため、変更後の契約関係に応じて被
保険者の同意が必要となる。
一方、他人の生命のその他人のためにする保険契約は、実質的
に他人の生命のその他の他人のためにする保険契約(X・Y・Z)
であり、他人の生命のその他の他人のためにする保険契約(⑤)
として検討すべきである。
④
他人の生命・身体の自己のためにする保険契約(X・Y・X)
他人の生命・身体の自己のためにする保険契約は、賭博保険の
危険、道徳的危険、人格権侵害の危険いずれも問題となるため、
被保険者の同意が必要となる。
保険契約者や保険金受取人の変更時にも、変更後の契約関係に
―186―
生命保険論集第 160 号
応じて被保険者の同意が必要となる。
⑤
他人の生命・身体のその他の他人のためにする保険契約(X・
Y・Z)
他人の生命・身体のその他の他人のためにする保険契約は、保
険契約者が保険金受取人とはならないため、賭博保険の危険は小
さいといえるが、道徳的危険、人格権侵害の危険はいずれも問題
となるため、被保険者の同意が必要となる。保険契約者や保険金
受取人の変更時も同様である。
形式的には③に当たる他人の生命のその他人のためにする保険
契約は、実質的には他人の生命のその相続人のためにする保険契
約であり、この場合も、道徳的危険について保険金受取人による
故意の事故招致が考えうる。保険契約者は被保険者の家族関係に
ついて必ずしも十分に把握しているとはいえないため、自己の生
命の自己のためにする保険契約のように、道徳的危険のある保険
金受取人が契約締結時に指定されることはないとは必ずしもいえ
ない。この場合には人格権侵害の危険も問題となることから、や
はり被保険者の同意を必要とすべきであろう。
⑥
小括
以上によれば、自己の生命・身体の保険契約には被保険者の同
意を要せず、他人の生命・身体の保険契約のうち、他人の身体の
その他人のためにする保険契約について被保険者への通知など被
保険者が知るための方策がとられれば被保険者の同意を要しない
が、その他の他人の生命・身体の保険契約には被保険者の同意を
要すると考えられる79)。
(2) 傷害・疾病保険契約について
―187―
他人の生命・身体の保険契約について
傷害・疾病保険契約については、約款上、被保険者を保険金受取
人とすることが多く、契約関係として(1)①または③に該当すること
が多い。したがって、傷害・疾病保険契約について、死亡給付以外
については、自己の身体の自己のためにする保険契約あるいは他人
の身体のその他人のためにする保険契約として、保険契約者と被保
険者が別人の場合に被保険者への通知などの方策がとられれば、被
保険者の同意は不要としてよいと思われる。一方、死亡給付につい
ては、自己の生命の自己のためにする保険契約または他人の生命の
その他人のためにする保険契約となり、(1)②、⑤のとおり、保険契
約者と被保険者が同一人物の場合には、被保険者の同意を不要とし
てよいが、保険契約者と被保険者が別人の場合は、被保険者の同意
を要すると考えられる80)81)。
(3) 団体生命保険、団体傷害・疾病保険について
団体生命保険には、全員加入型の総合福祉団体定期保険、任意加
入型の団体定期保険(いわゆるBグループ保険)
、団体信用保険、団
体年金保険などがある。
総合福祉団体定期保険は、団体が保険契約者となり、その役員・
従業員を被保険者とし、当該団体が保険金受取人となるため、(1)
④に該当する。しかし、この保険の保険金額は弔慰金規程等に定め
られた金額とされるため、賭博保険の危険や道徳的危険は小さいと
考えられる。一方、人格権侵害の危険は問題となるが、被保険者へ
の通知などの方策がとられれば、被保険者の同意を不要としてよい
と考えられる。同様に、団体を保険金受取人とする団体傷害・疾病
保険も、保険金が全額弔慰金又は(死亡)退職金として支払われる
ものであれば、被保険者への通知などがなされれば同意を要しない
―188―
生命保険論集第 160 号
としてよいと考えられる82)83)。
団体信用保険は、銀行などの金融機関が保険契約者となり、債務
者を被保険者とし、銀行などが保険金受取人となるため、(1)④に該
当する。この保険の保険金額は残債務額であり、賭博保険の危険は
小さいと考えられるが、債権回収のための道徳的危険は必ずしも否
定できず、また、人格権侵害の危険も問題となるため、被保険者の
同意を要すると考えられる84)。
(4) 被保険者同意の法的性質とこれまでの立法論について
前にみたとおり、被保険者同意に関して現在見られる立法論とし
ては、商法674条1項但書を削除すべきとするもの、同意の方式に関
して書面とすべきとするもの、未成年者を被保険者とする保険契約
に関する問題、同意の撤回を認めるべきとするものが存在する。こ
こでは、これらの立法論と被保険者同意の法的性質との関係につい
て考察する。
これらのうち、商法674条1項但書を削除すべきという点について
は、規律の実質的内容に関するもので、規定の法的性質とは直接関
係しない。また、同意の方式を書面とすることは、被保険者同意の
法的性質を変更するものではないと思われる85)。しかし、他の2点
については、現在、被保険者同意の法的性質とされているものとは
必ずしも相容れない考え方による見解が含まれるように思われ、こ
れらの立法化を検討する場合には、被保険者同意の法的性質との関
係にも留意する必要があろう。
①
未成年者を被保険者とする保険契約に関する問題
未成年者を被保険者とする保険契約については、意思能力のあ
る未成年者を被保険者とする場合において、親権者の代理による
―189―
他人の生命・身体の保険契約について
同意を認めず、本人の同意および親権者の同意をともに必要とす
べきこと、および、意思能力のない未成年者を被保険者とする場
合において、契約を禁止すべきあるいはそのような契約の保険金
額を制限すべきことの2点が指摘されている86)。
前者の立法論については、被保険者同意の法的性質は準法律行
為であり、民法の意思表示の一般原則が類推適用されるとされて
いることを前提としつつ、親権者による代理による場合には賭博
保険の危険、道徳的危険、人格権侵害の危険のいずれについても
必ずしも払拭することができないためこれを禁じ、本人の同意に
対して親権者が同意することに限るべきとするものと考えること
ができる87)88)。
一方、後者の立法論については、現在の学説では意思能力のな
い未成年者について親権者の代理によるしかないことに対し、
ア)-1被保険者同意は身分行為であり親権者の代理にはなじまない
ことから、イ)-1意思能力のない未成年者を被保険者とする契約を
禁止すべき、イ)-2意思能力のない未成年者を被保険者とする契約
について保険金額を制限すべきとしたり、ア)-2被保険者同意も親
権者が代理できることを前提としつつ、イ)-1意思能力のない未成
年者を被保険者とする契約を禁止すべき、イ)-2意思能力のない未
成年者を被保険者とする契約について保険金額を制限すべきとす
るなどさまざまである。これらの見解の中には、その論拠が被保
険者同意の法的性質なのか、他人の生命・身体の保険契約の危険
性なのか、子の死亡によって親権者が(必要以上の)金銭を得る
べきではないといった政策論なのか明確でないものが見られる。
見解によっては、被保険者同意は準法律行為であり民法の意思表
示の一般原則が類推適用されるとする現在の考え方を変更するこ
―190―
生命保険論集第 160 号
とになると思われる89)90)91)。
②
同意の撤回
一定の場合に被保険者の同意を撤回することを認めるべきとい
う解釈論や立法論が見られるが92)、被保険者同意は保険契約の効
力発生要件であり、準法律行為であって、相手方のある単独行為
であるとされていることとの関係について検討する必要があろう。
被保険者同意を保険契約の効力発生要件という場合、被保険者
同意は保険契約の効力が発生するための停止条件であると考えら
れる93)。このことを前提とすると、被保険者同意により保険契約
の効力が発生した後は、継続して同意が得られている状態である
必要はなく、また、撤回もできないということになるのではない
かと考えられる94)95)。
したがって、解釈によって同意の撤回を認めることは、被保険
者同意の法的性質についての理解を変更するものと考えられ、一
定の場合に被保険者の意思によって保険契約を終了させるべきこ
とを認めうるとしても、被保険者同意の撤回ではなく、被保険者
に新たに保険契約の解約権を認めるような立法となるのではない
かと考えられる。その際には、被保険者の法的地位や被保険者同
意の法的性質との関係を改めて整理する必要があると思われる96)。
注72)このように考えると、損害填補方式の傷害・疾病保険契約についても、人
格権侵害の危険を防止するための方策を検討するかあるいは同意主義をとる
ことが必要と考えられるが、ここでは深くは立ち入らない。
73)なお、利得禁止が強行法的に適用されるとされる損害(物)保険において
も新価保険など必ずしも被保険利益からは説明が容易ではない保険契約が存
在するが(山下前掲注3)248頁注1)参照)、人保険においては、特に保険代
位の可否との関係で、定額給付方式が認められることから損害填補方式をと
る場合にも利得禁止が強行法的に適用されると考える必要はないとする見解
がある(洲崎博史「保険代位と利得禁止原則(1)(2)」法学論叢129巻1号(1991)
―191―
他人の生命・身体の保険契約について
1頁以下、3号(1991)1頁以下、山下友信「保険契約と民事責任」『現代の生
命・傷害保険契約法』(1999、初出は1993)289頁以下、山本哲生「保険代位に
関する一考察」北大法学論集47巻2号(1996)69頁以下、3号(1996)43頁以下
参照)。この場合、利益主義との関係について改めて整理する必要があるよう
に思われる。
74)2.(3)、注9)、注11)および(4)、注22)参照。
75)なお、従来は生命保険を念頭に議論されていたことから、自己の生命の保
険契約(y・y・y)
(y・y・z)には故意の事故招致による賭博保険の危険はな
く、道徳的危険も小さいとされていたが(注8)参照)、傷害・疾病保険も視
野に入れた場合、保険金取得目的で自傷事故を招致することなども考えられ
なくはなく、自己の生命・身体の保険契約についても、賭博保険の危険や道
徳的危険が存在する。しかし、その可能性はやはり小さいと考えられること
から、故意免責などその他の方策によることでよいと思われる。以下では、
自己の生命・身体の保険契約についてもあわせて改めて検討する。
76)他人の生命・身体を勝手に保険の対象とすることが人格権を侵害すると考
える場合でも、ここにいう人格権を「知る」
「自己決定」のいずれの権利と考
えるかによって、そのとるべき対応策も変わりうると考えられる。
「知る権利」
であれば、被保険者への通知など被保険者が知るための方策をとればよく、
一方、
「自己決定権」であれば、同意を必要とすることになりそうである。現
在の学説は、ここにいう人格権を「自己決定権」とまでは考えていないよう
であり(注6)参照)、人格権侵害の危険への対応として、被保険者への通知
などの方策をとることでよいと思われる。また、被保険者への通知でよいと
する場合でも、事前の通知とし、契約締結を拒絶する機会を与えるならば、
ここにいう人格権を「自己決定権」としても実質的な対応は可能と考えられ
る。
77)自己の生命の保険契約に対する評価について、注8)参照。なお、保険金
取得目的の自傷事故招致などの道徳的危険への対応について、注75)参照。
78)人格権侵害の危険への対応については、注76)参照。
79)なお、生存保険については、被保険者が知るための方策がとられていれば、
同意は不要と考えてよいと思われる(注43)参照)。
80)傷害を保険事故とする約款においては傷害死亡も他人の身体の保険契約に
あたるとの考え方もありうるが、給付の実質的な内容をとらえ、他人の生命
の保険契約として取り扱うべきであろう。
81)被保険者を保険金受取人とする団体傷害保険も(1)③に該当するが、保険金
が弔慰金、
(死亡)退職金として被保険者(または遺族)に支払われることか
ら道徳的危険は小さく、死亡給付についても、被保険者への通知がなされれ
ば、同意を要しないとしてよいと考えられる。
82)いわゆる事業保険についても、団体を受取人とする場合であっても、保険
金が全額弔慰金又は(死亡)退職金として支払われるものであれば、同様で
―192―
生命保険論集第 160 号
ある。一方、ヒューマン・ヴァリュー特約では最終的に団体が保険金を受け
取るため、賭博保険の危険や道徳的危険が存在し、被保険者の同意を要する
(団体傷害・疾病保険においても、最終的に団体が受け取る金額がある場合
には、被保険者の同意を要する)。なお、ヒューマン・ヴァリュー特約につい
て、被保険者同意を得る場合であっても認められるべきではないとする見解
もあるが、これは従業員の死亡・傷害等により団体が利得すること自体を認
めるべきでないとする政策論によるものであろう。
83)保険会社向けの総合的な監督指針参照(Ⅳ-1-16)。なお、団体を保険金
受取人とする場合には、その保険金が社内規程に沿って遺族に支払われるこ
とにつき(ヒューマン・ヴァリュー特約分の保険金についてはその旨)
、保険
金請求時に遺族が確認することが定められている(Ⅱ-3-3-4、Ⅱ-3-3
-7)。
84)企業拠出型の団体年金保険は、確定給付企業年金法などの各法や団体の規
定に基づく退職年金などの支払に充当される生存給付を主とする保険であり、
また、死亡給付も実質的には積立金の返還であることから、賭博保険の危険
や道徳的危険は問題とならない。一方、人格権侵害の危険は問題となりうる
が、周知された就業規則に基づき全額退職年金又は弔慰金として支払われる
ものであれば、被保険者の同意を要しないとしてよいと考えられる。
85)被保険者同意を書面とすれば被保険者同意は要式行為となるが、それによ
っても、被保険者同意が保険契約の効力発生要件であること、相手方のある
単独行為であること、準法律行為であることは変わらないと思われる。
86)注54)参照。
87)第三者である受取人に賭博保険の危険、道徳的危険が存在する場合に、親
権者がその子たる被保険者を代理して同意することはないと考えられるため、
賭博保険の危険、道徳的危険は当該親権者自身が保険金受取人となる場合に
問題となると思われる。本人の判断能力が高くないことに鑑みれば、本人の
同意に対して親権者が同意することとしても、当該親権者自身が保険金受取
人となる場合は、やはり賭博保険の危険、道徳的危険が問題となりうるとも
考えられるが、ここで本人および親権者が同意していればよいとすることは、
故意免責など他の道徳的危険への対応策がとられることにより、この場合の
賭博保険の危険、道徳的危険は考慮する必要がなくなると考えるものと思わ
れる。
88)一方、人格権侵害の危険は本人の同意がない以上、すべての場合に問題と
なりうるが、被保険者同意における人格権侵害を「知らないこと」と考える
ならば、親権者が代理する(「知る」
)ことで回避できるとも考えられるので
はないか(注6)、注76)参照。この点は、意思能力のない未成年者を被保険
者とする場合も同様である。
)。人格権侵害の危険を重視して同意主義をとる
スイスにおいても、法定代理人による同意を認めている(2.(5)⑤、スイス
保険法74条1項参照)。なお、開示請求に関する個人情報の保護に関する法律
―193―
他人の生命・身体の保険契約について
29条3項、同施行令8条1号参照。
89)ア)-1・イ)-1の立法論は、人格権侵害の危険を問題とする点で論理的に一貫し
ていると思われるが(結論として契約を禁止するため、賭博保険の危険や道
徳的危険も問題とならない。
)、民法総則の法律行為に関する規定は財産行為
を前提としており、婚姻などの身分行為には当然には適用されないとされて
いることから(四宮=能見前掲注59)157頁)、この場合、意思能力のある未
成年者を被保険者とする保険契約についても、民法5条の類推適用を前提と
して本人の同意および親権者の同意を要するとすることはできない(あるい
は、本人の同意のみで足りるとすべき)こととならないかについては明らか
ではない。
ア)-1・イ)-2の立法論は、人格権侵害の危険を問題としつつ金額制限によって
同意を不要とするものであるが、金額制限は人格権侵害の危険を完全に払拭
するものではなく、その意味では、賭博保険の危険や道徳的危険も含めて総
合的に検討した結果、一定の保険金額であれば被保険者の同意なく契約を認
める政策論ということになろう。この金額が費用的な要素から決定されるべ
きとする見解は、利益主義的な観点から賭博保険の危険や道徳的危険に対応
することを考えるものと思われる。
一方、ア)-2の立法論は、親権者が代理により被保険者同意をできるとする
ことから、人格権侵害の危険は親権者が「知る」あるいは「コントロールす
る」ことによって回避されると考えるものと思われる。ア)-2・イ)-1の立法論は、
賭博保険の危険、道徳的危険は親権者の代理によっては回避されないとする
ものと思われるが、一切の契約を禁止することから、子の死亡により親が金
銭を取得することは一切許されないという政策論も含まれるものと思われる。
この場合、不法行為による損害賠償に関し、未成年者死亡の遺失利益を親権
者が相続することや未成年者死亡の遺失利益の損害賠償責任を担保する責任
保険との関係がどのように考えられるのかについては、明らかではない。
ア)-2・イ)-2の立法論は、賭博保険の危険、道徳的危険は親権者の代理によっ
ては回避されないが、政策的判断から一定の保険金額であれば認める(一定
の保険金額を超えるものを認めない)ものということになろう。この場合も、
その金額が費用的な要素から決定されるべきとされる場合には、利益主義的
な観点から賭博保険の危険や道徳的危険に対応することを考えるものと思わ
れる。
90)現行の実務は、親権者(法定代理人)が意思能力のない未成年者を代理す
るという考え方によっているが、これに対して、ア)-1の立法論のように、人
格権の観点からは代理にはなじまないとする見解も存在する。しかし、本人
の同意が必要であるとする場合でも、事後の同意を認めるならば、成人(あ
るいは意思能力を有する状態)となったときに改めて被保険者の同意を追完
することにより、契約締結時は同意不要としあるいは親権者の代理による同
意を認めることも可能と思われ、また、親権にもとづき親権者が自己の権利
―194―
生命保険論集第 160 号
として被保険者同意を行うことができると解されなくもなく、意思能力のな
い未成年者について本人の同意がなされえないことを理由に、そのような保
険は直ちに禁止すべき(あるいは存在しえない)と考えることについては、
疑問が残る(注88)参照。なお、未成年者の自己決定に関する民法の議論に
ついて、四宮=能見前掲注59)38頁参照)。
91)成年被後見人についても同様の問題があるが、後見人の代理による同意が
認められなければ、契約継続中に被保険者がはじめて成年被後見人となった
場合、その後の受取人変更などが行えないこととなり、これを認めるには、
一定の要件のもと同意を不要とすることが必要になると思われる。その場合、
利益主義や親族主義によるしかないとも思われるが、その結果、同意主義に
より契約締結時には認められていた契約形態や保険金額の一部が、被保険者
が成年被後見人となることにより否定されることになると思われ、その結論
の妥当性には疑問が残る。
92)注57)参照。
93)保険契約の締結までに同意を要するとする見解はそのような考え方を前提
としていたものと思われる(松本前掲注46)308頁、310頁参照)。
94)既になされた意思表示によって当事者間に権利義務が生じた場合には、原
則としてその意思表示を撤回できないとされる(なお、民法540条2項に関す
る内田貴『民法Ⅱ』第二版(1997)90頁参照)。
95)なお、保険金請求権の譲渡の際に被保険者の同意を要する(674条2項)の
は、契約形態が変わることにより危険の状況が変わるためであり、保険金請
求権の譲渡の際に同意を要することをもって、継続して同意が得られている
状態が必要であると考えることはできないと思われる(注45)参照)。
96)一方、被保険者同意が保険契約の成立要件ではない点を強調し、保険契約
の成立・消滅とは切り離されたものとして考えると、事後の同意を認める一
方、被保険者同意を撤回しても(将来に向かって契約の効力は失われるもの
の)保険契約自体は存続すると考えられそうである(注59)参照)。そのよう
に考えると、契約自体が消滅しない限り、保険契約成立後は、被保険者がそ
の意思により契約の効力を自由に発生・消滅させることができることになり
そうだが、その場合、保険契約は非常に不安定なものとなる。
6.保険法改正と同意主義(まとめに代えて)
これまで見てきたとおり、被保険者同意の要否やその法的性質につ
いては、現行法制定当時には想定されなかった新たな保険契約類型の
―195―
他人の生命・身体の保険契約について
登場などにより、その解釈論や立法論がさまざまになされることとな
ったが、これらはいずれも個別課題の解決のためのものであり、その
理論や政策判断は必ずしも体系的に意識されていたものではないので
はないかと思われる。
損害保険においても利益主義の一つのあらわれである利得禁止原則
を緩やかに解する傾向にあって97)、利得禁止の観点からは定額保険と
損害保険の相違が相対化してきており、このような傾向は、傷害・疾
病保険の分野で顕著に見られるものである。保険法改正においては、
傷害・疾病保険契約を新たな典型契約として規律し、体系化すること
が検討されているが、その場合、現行法の枠組みを前提として傷害・
疾病保険契約を給付方式によって整理するだけでなく、損害保険、生
命保険をも含めた保険契約の全体について、その有用性および危険性
を再評価した上で、それぞれの保険契約においていかなる立法主義を
とるべきかを改めて検討することが、百花繚乱の感のある同意主義を
巡る現在の議論に対する体系的な解決への手がかりとなるのではない
かと思われる。その際、人格権というものが広く意識されるようにな
った今日にあっては、人保険という視点は欠くべからざるものになっ
ているように思われる。
注97)山下前掲注3)389頁、注73)参照。
(付記)本稿は、平成 19 年5月 23 日に開催された生保・金融法制研
究会において行った報告に加筆・修正したものである。座長
の山田誠一教授ならびに参加いただいた皆様に厚く御礼申し
上げたい。
―196―
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