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生命保険における意思表示の到達

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生命保険における意思表示の到達
生命保険における意思表示の到達
中 村 敏 夫
(弁護士)
−.はしがき
生命保険において、実務上、意思表示がいつ相手方に到達したのか
は、しばしば問題となる。たとえば告知義務違反にもとずく保険契約
解除の通知がいつ保険契約者に到達したのか、解除期限内に到達して
いるのかどうかは重要な問題である。また、意思表示は相手方自身の
手に入らなければ到達したことにならないのか、どういう状態になれ
ば相手方に到達したことになるのか、その範囲、態様が具体的には判
然としないところである。
意思表示の到達についての法的解釈は、ひとり生命保険の問題にか
ぎらないことで、広く一般的に民法の問題であるが、生命保険の分野
においても問題なのであってかねてから関心を持っていたところ、最
近フランツーヨーゼフ・ブリンクマン,「意思表示の到達」(Franz−
Josef・Brinkmannの“DasZugangvon Willenserklarung,”1984,)と
いう200貢ほどの学位論文を読み、これに触発されて生命保険におけ
る意思表示到達の問題を整理してみたのである。
叙述の方法としてこの本のように、総論から解説するのも一つの方
法であるが、それでは生命保険における問題が明確にならないおそれ
があるので生命保険のいくつかの事項について各論的に解説し、その
−43−
生命保険における意思表示の到達
中で総論的説明を必要に応じて述べていくことにした。なお、生命保
険契約の申込・承諾、保険金受取人の変更通知、告知義務違反による
契約の解除など保険契約の成立から消滅にいたるまで時系列的に述べ
てゆく方法もあるが、ここでは意思表示の到達について理解し易い順
序として、(1)菖反による契約解除の通知(2)保険契約の申込・承
諾(3)保険金受取人変更の通知の順に述べることにした。
二.告知義務違反による契約解除の通知
(−)問題の所在
保険契約者または被保険者に告知義務違反があれば、保険者が生命
保険契約を解除できることは、保険約款ないし商法の規定するところ
であるが、この解除通知がいつ相手方である保険契約者に到達したの
か、解除期限との関係でしばしば問題となる。保険約款ないし商法で
は、保険会社が解除原因を知った時から1ケ月以内に解除権を行使し
なければならないことになっているのでこの解除期間にからんで解除
通知の到達時点が問題となるのである。
(二)解除権の行使
商法678条は解除権の行使の方法を定めてなく、民法540条1項によ
り相手方に対する意思表示によって行うことになるのであるが、保険
約款は保険契約者に対する通知によることを明定している。この解除
通知は保険約款の申込や承諾と同じように法律にいう意思表示である。
解除通知は多くの場合保険者により郵送されるので、この場合は隔地
者に達する意思表示となり、民法97条1項が「隔地者二対スル意思表
示ハ其通知ノ相手方二到達シタル暗ヨリ其効力ヲ生ズ」と定めるとお
り、解除通知が保険契約者に到達したとき解除の意思表示がその効カ
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生命保険における意思表示の到達
を生ずる。約款や商法がいう「解除権を行う」とは、解除の通知を相
手方に発信しこれを到達させることであり、到達がなくては解除の意
思表示の効力が生せず、したがって解除したことにはならないわけで
ある。
(三)意思表示の到達とその効力発生
(イ)到達主義の立法趣旨
民法97条1項は、ドイツ民法130粂1項を表現もそのままで継受し
たものであるが、意思表示の効力発生時期について、表白主義、発信
主義、到達主義(受領主義)l)、および了知主義があり、民法はそのう
ち到達主義を採用したものである。了知主義によるときは意思表示の
相手方の保護は十分であるが、それでは、相手方がすでに配達されて
いる意思表示の了知を遅らせることにより意思表示の効力発生を延ば
すこともあり得ることであり、それでは到達を相手方の悪意にゆだね
ることとなり、それは取引の要請に添わない。また表意者は相手方が
意思表示の内容を了知したこと、しかも、いつ了知したのかを立註し
なければならないが、それは困難である。そこでドイツ民法の立法者
は、到達はできるかぎり相手方の協力に依存せず相手方の窓意にまか
されることを防ごうとして到達主義を採用したのである。
(ロ)到達の概念
一般に到達とは意思表示が相手方の了知可能の状態におかれたこと
をいい、換言すれば、意思表示が相手方のいわゆる勢力範囲(支配圏)
内におかれたことであり、それをもって足る、といわれている。以下
どの項目も判例を主として説明する。
[1]「思うに、隔地者間の意思表示に準ずべき右催告は民法97条
によりY会社に到達することによってその効力を生ずべき筋合のも
のであり、ここに到達とは右会社の代表取締役であったBないしは
−45−
生命保険における意思表示の到達
Bから受領の権限を付与されていた者によって受領され或は了知さ
れることを要するの窮ではなく、それらの者にとって了知可能の状
態におかれたことを意味するものと解すべく、換言すれば意思表示
の書面がそれらの者のいわゆる勢力範囲(支配圏)内に置かれるこ
とを以て足る」(最判昭和36年4月20日、最高裁民事判例集(以下民
集という)15巻4号774貢2)・3)・l)・5)。
到達の一般概念としては意思表示を相手方の了知可能の状態に置く
とか勢力範囲内に置くとかで理解されるがこの概念はBrinkmannも
いうように抽象的で不明確であって、その具体化、類型化が必要であ
る。けだし意思表示は本来、相手方が了知することを目的として発信
されるのであるから、法律が到達主義をとったとはいえ意思表示の法
的効力発生について、少なくとも了知の可能性がなくてはならず、そ
れなくしては意思表示の受領必要性とは一致しないというわけである
から、問題はそう単純なものではない。到達は相手方への配達という
物理的客観的要件と相手方がそれを了知した、または、了知する可能
性があるという心理的主観的要件との二つが必要なのである。
[2]「書面ヲ以テ債権譲渡ノ通知ヲ為ス場合二於テハ其ノ書面ガ
一般取引上ノ通念二従ヒ相手方ガ之ヲ了知スルコトラ得ル状態二置
カレタルトキハ相手方二到達シタルモノト為スベキコト所論ノ如シ
(本件債権譲渡ノ通知ガ被上告人二発送セラレタル当時被上告人ハ
明石市鍛冶屋町二其ノ住所ヲ有シ送付セラレタル兵庫県多可郡日野
村羽山ニハ住居シ居ラザリシ所ナレバ本件通知ハ被上告人ガ之ヲ了
知シ得ル状態二置カレタルモノニアラザルヲ以テ末ダ到達シタルモ
ノト為スヲ得ズ)」(大審院(以下大判という)昭和6年2月14日、法
律評論20巻民法317頁)。
(ハ)到達の具体例
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生命保険における意思表示の到達
到達の概念を類型化できれば理解が容易になるのであるが、ともか
く類型化とまではいかなくとも、具体例をあげて理解に供したい。
(1)相手方が了知する可能性が客観的にあればよいので、具体
的に相手方が了知することは必要ではない6)。支配圏説をとれば、意
思表示が支配圏内に届けば、相手方の知・不知にかかわらず原則とし
て到達となるわけである。なお、相手方の了知不要を明言する判決が
ある。
[3]「債権譲渡ノ通知ハ譲渡人ヨリ債権ノ譲渡アリタルコトヲ債
務者二知ラシムルコトヲ目的トスル意思ノ表示ニシテ民法第97粂ノ
規定二従ヒ其ノ意思表示ガ表意者タル譲渡人ヨリ相手方タル債務者
二到達スルニ因リテ其ノ効力ヲ生ジ相手方タル債務者ガ其ノ意思表
示ヲ認識シタルヤ否ヤハ意思表示ノ効カニ何等ノ影響ヲ及ボスコト
ナシ是レ意思表示ノ効カニ付キ到達主義即チ受信主義ト了知主義ト
ノ間二存スル差別ノ要点ニシテ我民法ガ受信主義ヲ採用シ前掲第97
条二於テ之ヲ規定シタルヨリ生ズル当然ノ結果ナリトス・・・‥
本件ノ如ク書面ヲ以テ通知ヲ為ス場合二於テハ其ノ書面ガ一般取引
上ノ観念二従ヒ相手方ノ為メニ其ノ書面ヲ受領スルノ機関トナルベ
キ者ノ手裡二帰シタルトキハ其ノ通知ハ相手方二到達シタルモノ二
シテ其ノ発送ノ方法如何ハ之ヲ間フノ必要ナシ而シテ本件ノ通知書
ハ上告人ノ同居ノ親族Aニ交付セラレタルコトハ原院ガ事実トシテ
確定シタル所ニシテ同居ノ親族ガ其ノ戸主又ハ他ノ親族ノ為メ戸内
二於テ書面其他ノ通信物ヲ受領スルコトハ取引上一般二認メラルル
所ノ慣習ナルヲ以テ原院ガ本件ノ通知書ヲ以テ上告人二到達シタル
モノト判断シタルハ適法ニシテ此点二関スル上告論旨モ亦其ノ理由
ナシ」(大判明治45年3月13日、民録18輯193頁)。
[4]「書面二依ル意思表示ハ相手方ノ了知シ得ベキ場所二送達セ
ー47−
生命保険における意思表示の到達
ラレタル以上其ノ効力ヲ発生シ必ズシモ相手方ノ住所又ハ営業所二
送達セラレ若シクハ相手方ガ之ヲ了知スルコトヲ要セザルヤ言ヲ侯
タズ」(かつての同居先甲に送達された場合でも、本人がその場所
を時々来訪し、また2,3の通知が甲宛に到達しているときは、本人
の了知しうる場所に送達されたといえる)(大判昭和9年11月26日、
法律新聞3790号11頁)。
【5]「本件の場合の如く、上告人の不在中その住居において留守
居中の上告人の妻に対し催告がなされた時には、その催告は上告人
の勢力範囲内に入り上告人において了知可能の状態を生じたと認め
得るから、現実に上告人がこれを了知したと否とを問わず、且つそ
の了知の時を待たず直ちにその効力を生ずるものといわねばならぬ。
右の場合、夫たる上告人と共同生活を営む上告人の妻は当然上告人
のために上告人に対する催告或は意思表示の受領機関となるものと
解すべきである。原審が右の場合上告人の妻は夫たる上告人に対す
る催告を受領する程度の代理権限を授与されているものとみるべき
であると認定したのは、前示の通り上告人の妻に対する本件催告が
当然直ちに上告人に対しその効力を生じた所以を説明せんとしたも
のであって、その結論において結局正当に帰するから、本件論旨は
理由がない。」(広島高判昭和32年2月4日、時報103号24頁)7)
これらの判決からみると、到達の時点は意思表示が相手方の家族や
従業員に渡されたときその時点で到達となり後に相手方がこれを受
け取った時点で到達となるのではないと解される。
(2)相手方が病院で入院中でも同じように解すべきものなのか。
判例がある。
[6]「隔地者に対する意思表示ならびにこれに準ずべき履行の催
告は取引の関係上受信者がこれを受領し得べき場所に到達したとき
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生命保険における意思表示の到達
にその効力を生ずべきものにして、受信者が病気不在等の主観的事
情に因り内容を了知せぎりし場合といえども、その効力の発生を妨
げられるべきにあらず」(東京民事地判昭和13年7月21日法律新報
516号22頁)。事案は受信者が痛手術のため入院中であったものであ
る8)。しかし、発信者が相手方の入院先を知っているようなときは、
そこに通知を出すべきであろう。ただし、それは到達主義の要請で
もあり、発信者は尽くすべきことをすべて尽くすべきだからであ
る。なお事案の結論は反対であるが、参考判例としてつぎのものが
ある。
[7]「相手方ヲシテ意思表示ノ内容ヲ了知セシムベク表意者ノ
側トシテ常識上為スベキコトヲ為シ了リタルトキヲ以テ意思表示
ハ相手方二到達シタルモノトシ其ノ以後ノ推移ト運命バーニ之ヲ
相手方ノ危険二移スモノ之ヲ所帯到達主義ノ要諦卜為ス」もので
あるから、相手方が遠行して帰期が判明しないとか失踪して所在
が判らないというのではなく、昼間不在がちだというのでは、相
手方と同棲する内縁の妻に対し郵便物の「受領ヲ求メタル以上表
意者トシテ為スベキコトハ己二為シ了リタルモノニシテ受領拒絶
ノ危険ハ正二至り宛名人二帰スト認ムベキハ日常生活ノ実際二徴
シ棲説ヲ侯ツベカラズ被上告人ガ郵便配達人ヨリ右郵便物ノ受領
ヲ求メラレタル当時前記ノ意思表示ハ到達二因り其ノ効力ヲ生ジ
タルヤ論無シ」(大判昭和11年2月14日、民集15巻158頁)。
(3) 相手方が一時不在ではなく行方不明であるときは通知はど
うすれば到達させることができるのか。民法97条の2にもとづき公示
送達の方法によればよいことは当然であるが、保険契約解除の場合1
ケ月の解除期間内には間に合わない公算が大きい。
この場合、公示送達の方法によらず家族が受領すればよいとする判
−49−
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決がある。
[8]「Aは昭和29年10月分以降賃料の支払いを怠り、その間口頭
による催告にかかわらずこれに応ぜず、昭和30年6月頃からは店を
閉じたきりながらく所在不明を続け、沓として行方が知られなかっ
たので、ついに同年9月15日内容証明郵便による書面で、賃料債務
の履行遅滞の事由をもって本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示
をAにあてて発信し、右書面が同月17日Aの住居先に配達され、そ
の同居の家人即ち受領機関に受納されるにいたった、という事実が
認められる。そうすると、Aにおいて右書面の内容たる意思表示を
了知しうべき状態におかれたわけであるから、たまたまその頃Aが
その住居先をはなれて行方不明になっていたとしても、右意思表示
はAに到達したものとみなければならない。」(東京地判昭和32年12
月6日、判例タイムス80号80頁)。
しかし、この場合も発信者が相手方の行方不明を知っていてもこの
判決のように理解してよいか疑わしい。
「9」「会社に対する代物弁済予約完結の意思表示を受領した者が、
会社印および代表印を所持しており、会社の債務の弁済あるいは会
社所有の不動産に関する登記手続に関与するなどの原判決認定のよ
うな事情が存在していたとしても、相手方において、右会社がすで
に倒産し、代表者が行方不明であることを知っていながら、右受領
者に対し代理権の有無について確かめるなどの措置に出なかった場
合は、同人に右意思表示を受領する代理権があると信ずべき正当の
理由があるとはいえない。」(最判昭和42年7月20日、民集21巻6号
1583頁)。
[10]「相手方がすでに失踪し当分帰来の見込みがなかった点の証
拠のない限り、同居の妻が受領した時意思表示は相手方に到達した
−50−
生命保険における意思表示の到達
と認定するのを相当する。」(東京地判昭和29年3月31日、下級民集
5巻3号439頁)。
この[10】の判決の反対解釈をすれば、妻が受領した時すでに相手
方が失踪し当分帰来の見込みがなかったことの立証があれば到達した
ことにはならないわけである。このような場合に対処するため、保険
約款は「保険契約者またはその住所もしくは居所が不明であるか、そ
の他正当な事由によって保険契約者に通知できない場合には被保険者
または保険金の受取人に通知します」と定めている9)。
(4) 家族や従業員のように相手方に代わって意思表示を受領す
る者がいないときは、意思表示の到達はどう解すればよいのか。この
ごろは職場に通勤する独身者とか共働きの夫婦とかが多く、この間題
は考慮しておく必要がある。
一般的な問題として、直接これに関する判決はないが郵便受函に投
入された郵便物の到達につきつぎの判例がある。
[11]「被上告人ガ上告人Aニ対シテハ株主名簿二記載アル同人ノ
住居即チ京都府相楽郡加茂村二宛テ又上告人Bニ対シテモ同ジク同
人ノ住所トシテ株主名簿二記載アル横浜市寿町二宛テ郵便葉書ヲ以
テ株金払込二関スル催告並二失権通知ヲ発シタル二該葉書ガ被上告
会社二戻り釆ラザリシコトヲ認メ得可ク而シテ郵便物ガ其ノ発信人
二戻ラザリシトキハ反証ナキ限り該郵便物ハ受信人二到達シタルモ
ノト推断スルヲ当然トス」(東京控判大正2年5月5日、法律評論2
巻商法109頁)10)。
[12]「昭和26年9月当時は郵便業務の運営も敗戦後の混乱時期を
過ぎてほぼ正常に行われたとみるべきであるから、返送されないの
は到達したものであろうと一応の推測をしてよいけれども普通郵便
として郵便局へ渡された郵便物について、それが返送もされないが、
−51−
生命保険における意思表示の到達
宛名人にたいして配達もされないということも絶対にないことでは
ないのであるから返送されないとの一事によって到達したと認定す
ることはできない」(東京高判昭和29年5月29日、行裁例集5巻5号
1087頁)。この判決は課税の不服申立に関するもので特別に厳格に解
したものといえる。
これらの判決を通して解釈すると、諸般の事情を掛酌した上でなけ
ればならないが、郵便事情の良くなった今日返送がない郵便物は到達
したものと言いたいところであるが、数日前も2回にわたり誤配を経
験している私としてはそういう結論は下しにくい11)。
ともかく、普通郵便については当事者間でその受廟につき争われる
ことが多いので、重要な書面は内容証明郵便で出すことが実務上は通
常である。保険者が出す解除通知もそうである。この内容証明郵便を
相手方が不在で受け取らなかったときはどうなるか。
[13]「内容証明郵便が受取人不在により郵便局に留め置かれ、留
置期間経過によって差出人に遺付された場合において、右郵便物に
よる意思表示が到達したものとは認められない。」その理由とする
ところは、「郵便局員が受取人方に差し置くいわゆる「不在配達通
知」には、差出人の氏名はもとより、郵便物の内容たる物が現金で
ある(現金書留)か、現金以外の物である(内容証明、特別送達郵便
など)かも明らかにしない取扱いであることは公知の事実であるか
ら、特段の事情がないかぎり、右郵便物が本件賃貸借に関するもの
でその差出人が被上告人であることを了知しえたものと推認するこ
とは困難であり、また、郵便物の受取人またはその同居者は「不在
配達通知」を受けたからといって、当該郵便物を受領する手続きを
とらなければならない義務を負うものではなく、また、受取人は当
時仕事の関係上、当該郵便物を受け取るため、郵便局に出頭しな
−52一
生命保険における意思表示の到達
かったことにつき、格別責められるべき理由はないから、他に特段
の事情のないかぎり、留置期間を徒過したとしても右郵便物が社会
通念上受取人において了知しうべき状態に置かれたものと解するこ
とはできず、これによって意思表示の「到達」があったと解するのは
相当でない」(註3)の大阪高判12り。
判例の態度がこのようなことであれば、発信者は相手方に通知を到
達させるためさらに一段の工夫が必要となるわけである。
(5)相手方ないしはその受領機関が受領を拒んだときはどうな
るのか。つぎの判例はいずれも到達したものとしている13)。
[14]「郵便物ガ受信人ノ住居二配達セラレタルニ拘ラズ正当ノ理
由ナク受信人之ガ受領ヲ拒絶スルニ於テハ意思表示ノ到達アリタ
ルモノトシ其ノ効力ヲ認ムベキモノニシテ我民法二於テ隔地者間
ノ意思表示ノ効力発生時期ヲ定ムルニ付表意者及相手方ノ利益ヲ
平等二保護シ取引上ノ需要二適セシムル為受信主義ヲ採用シタル
立法ノ精神二徴シ右ノ如ク解スルヲ正当トス」(宮城控判昭和2年
1月10日、新報137号18頁)。
一度、家族が受領したが、後日、その者が返還した場合につき、
[15]「夫ト同居スル内縁ノ妻ガ夫ノ住所二配達セラレタル夫宛ノ郵
便物ヲ受領スルトキハ其ノ郵便物二記載セラレタル意思表示ハ一般
取引ノ通念二照ラシ夫二於テ了知シ得ベキ通常ノ状態ニオカレタル
たとい
モノ即チ夫二到達シタルモノトシテ其ノ効力ヲ生ジ縦令内縁ノ妻ガ
当該郵便物ヲ其ノ受領後二於テ夫不在ノ故ヲ以テ差出人二返還シタ
リトスルモ之ガ為前示意思表示ノ効力ノ発生ヲ妨グルモノニ非ラ
ズ」(大判昭和17年11月28日、新聞4819号7頁)。
(6)相手方が無断で事務所を変更し、その届をせず発信人が転
居先を知らなかった場合はどうなるのか。
−53−
生命保険における意思表示の到達
[16]「法人が契約の相手方に無断で事務所を変更した場合に、代表
者個人の居所にあてて契約解除の書面を発しそれが了知されうるよ
うな状態におかれれば、契約解除の効力を生ずる」(東京地判昭和31
年6月6日、下級民集7巻6号1486貢)山。
さらに、つぎの判例もある。
【17]「およそ隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達
したときにその効力を生ずることは、民法第97条第1項の明定する
ところであり、ここにいわゆる「到達」とは、意思表示が事物自然の
順序に従えば相手方においてその内容を了知することができる状態
に置かれたことをいい、相手方が意思表示の内容を了知したことを
指すものではないとなすことすでに通説である。換言すれば、表意
者はその意思表示の内容を相手方に了知せしむべく常識上為すべき
ことを為し終えたときをもって意思表示は相手方に到達したものと
なし、その後の推移による危険はすべて相手方をして負担せしめん
とするのが、前示民法の規定の趣旨と解するのである。」とし、登記
簿の記載による会社の代表取締役の住所にあてて、条件付契約解除
の通知を内容証明の郵便で発送し、それが同番地に住居している実
弟に配達された場合、その時をもって右意思表示の効力を生ずると
した。(東京地判昭和31年7月19日、時報88号14頁)
保険約款は保険契約者が住所変更をしたときは、これを保険会社に
通知する義務を負わせ、これを怠ったときは、保険会社の知った最終
の住所に発した通知は通常到達するために要する期間を経過した時
に、保険契約者に到達したものとみなすと定めて、転居先不明による
場合に対処している。
一弘−
生命保険における意思表示の到達
註
1)日本では到達主義といい、ドイツでは受領主義Empfangs−
theorieといっている。ニュアンスは異なる。
2)事案は、会社に対する催告書が使者によって持参された時たま
たま会社事務室に代表取締役の娘が居合わせ代表取締役の机の上
の印を使用して使者の持参した送達簿に捺印の上、右催告書を右
机の抽斗にいれておいたというもので、判決は、本文の理由によ
り同人に右催告書を受領する権限がなく、また同人が社員に右の
旨をつげなかったとしても、催告書の到達があったものと解すべ
きである、とした。
3)同旨、最高判昭和43年12月17日、民集22巻13号2998頁。大阪高
判昭和52年3月9日、法律時報(以下時報という)857号86頁。
4)この判決につき倉田最高裁調査官(最高裁判所判例解説民事篇
昭和36年度126貢以下)は、民法97条については最高裁としての
判例が従来なかったので、本判決は、理論上は大審院当時の判例
理論を確認踏襲したに止まるけれども、重要な判例として、判例
集に登載されることになったのである、とされる。しかし、大審
院当時から、到達とは相手方の了知可能の状態におくことである
といわれてきているが、相手方の勢力範囲(支配圏)という表現
は、この判決が日本でははじめてである。倉田調査官は大審判決
はドイツのライヒスゲリヒト(RG)の判決を襲用したものが多い
ようであるというが、この判決も西ドイツの連邦通常裁判所(B
GH)の判決を襲用したものであろう。ドイツでは1934年3月3
日のRGの判決(RGZ,144,291)以来BGHの判決(1951年1月
31日判決【NJW1951,Heft.8,S.313],1962年5月30日判決
[NJW1962,Heft.31,S.1389],1964年6月15日判決【NJW
−55−
生命保険における意思表示の到達
1964,Heft.42,S・1951],1980年2月13日判決[NJw1980,
Heft・18,S・990],1982年10月27日判決[NJW1983,Heft.17,
S.929])が勢力圏(Machtbereich)説をとっている。
わが最高裁の判決は、「了知可能の状態におかれたこと、換言すれ
ば勢力範囲内におかれたこと」と述べており、BGHの判決は、通
常の状態なら了知し得るように相手方の勢力圏にとどいたことと
述べていて、多少ニュアンスは異なるようである。
5)同旨、我妻 栄「新訂民法総則」(昭和40年)317頁。幾代通「民法
総則」第二版、現代法律学全集(5)(昭和59年)291頁。
Brinkmann S,24ffは、到達について西ドイツの各学説を詳細に
紹介し批判を加えている。西ドイツにおいても支配圏説が学説に
おいて通説である。
なお意思表示の到達については、意思表示の紛失または遅着につ
いての危険配分の問題と意思表示の効力発生の問題と二つの面が
あり、当然それぞれについて検討さるべきであるが、ここでは意
思表示の効力発生の面を検討した。上記両方面についてBrink−
mannは詳細に述べている。
6)前註3)の大阪高判昭和52年3月9日。
学説も同じである。我妻・317貢。幾代・291頁。川島武宜「民法
総則」法律学全集(昭和40年)215頁。
7)同旨、拘留中の被疑者に対する文書を、住所に宛てて配達した
場合につき、被疑者がその内容をただちに了知し得なくとも到達
したとする判決あり(東京高判昭和39年10月27日、時報418号40頁)。
8)同旨、川島・215貢。幾代・292頁註2。
9)この約款は有効とされている。戸塚 登「解除の意思表示の相
手方」生命保険判例百遺101頁、西島梅治「保険法」(昭和50年)388
−56−
生命保険における意思表示の到達
貢、石田満「保険法」商法IV(昭和53年)301貢。
10)同旨、東京控判大正元年11月20日、評論2巻民法79頁(天災事
変の発生もしくは郵便物の紛失等配達を不能ならしむべき特別の
事情なき限りとする)。東京高判大正2年10月4日、評論2巻民
法559頁(発信の年月日中に到達したものとする)。大阪控判大
正4年2月5日、新聞1002号23頁(発信の当時到達したものとす
る)。
11)学者はいずれも郵便受函への投入は到達となるとしている。
我妻317頁、川島・215頁、幾代・291頁、Werner Flume,“Allge一
meiner Teil des Btlrgerlichen Rechts,Das Rechtsgesch且ft”
S.235。
12)同旨、東京地判昭和48年10月18日(時報732号72貢)、反対に、
到達とする判決は東京地判昭和43年8月19日(時報548号77頁)。
この判決によれば留置期間の満了をもって到達したものとする。
13)同旨、[7]の判決。我妻・317頁。
14)Brinkmann S.151ff,は、このような場合を含め「到達障害な
いし妨害」Zugangshindemisseとして詳しく述べている。
三.保険契約の申込・承諾
(−)問題の所在
生命保険契約は契約であるから、申込と承諾によって成立すること
はいうまでもない。実際には保険契約者は外務員に申込書を交付して
申し込み、保険会社は保険証券を発送して承諾する。
問題となるのは、いわゆる承諾前死亡である。外務員が申込書を受
け取った時点で保険契約者の申込の意思表示が到達したことになるの
−57−
生命保険における意思表示の到達
か、それとも外務員が申込書を会社の担当課に持参した時点で到達し
たことになるかということである。承諾前死亡とは保険申込人が申込
書を外務員に交付してから保険会社が承諾の意思表示をするまでの間
に被保険者が死亡し保険事故が発生した場合、保険会社は保険約款の
責任開始期の規定1)を準用して保険金を支払うことをいうのであるが、
この責任開始期の規定では保険契約が成立したとき保険会社の責任を
第一回保険料領収の時に遡及させる、または第−回保険料充当金領収
(または告知)の時に遡及させるものであるがともかく契約の成立が前
提となっている。保険者が保険事故の後に契約を承諾する承諾義務説2)
によるにせよ、第一回保険料充当金領収(または告知)の時契約が成
立するとする即時契約説によるにせよ、契約の成立が必要なのである。
そのためにはまた当然のこととして有効な申込が存在することが必要
である。民法97条2項は「表意者ガ通知ヲ発シタル後二死亡シ又ハ能
力ヲ失フモ意思表示ハ之ガ為二其ノ効力ヲ妨ゲラレルコトナシ」と定
めていて、保険契約者が死亡しても申込は依然として有効としている
のであるが、承諾前死亡が問題になる多くの場合は、保険契約者と被
保険者とが同一人であって、この場合は、契約の相手方である保険申
込人が保険者の承諾通知発信前に死亡し、それと同時に被保険者死亡
による保険事故が発生したことになるのであって、そこに問題がある
のである。民法525条は「97条第2項ノ規定ハ申込者ガ反対ノ意思ヲ表
示シ又ハ其ノ相手方ガ死亡若クハ能力喪失ノ事実ヲ知リタル場合ニハ
之ヲ適用セズ」と定めているがほとんどの場合、保険者が承諾通知を
発する(保険証券発送)前に被保険者死亡の事実を知っているのである。
その場合保険契約申込が被保険者の死亡前に保険者に到達していれば、
もとより97条1項により申込は有効で申込人の地位はその相続人に継
承され問題はないのであるが4)、申込が会社に到達する前に被保険者
−58−
生命保険における意思表示の到達
が死亡したときは、民法525条が適用され、会社が死亡の事実を知って
いるときは申込は効力を失うことになる。そこで、申込の到達は外務
員に申込書を交付した時なのか、それとも契約担当課に届いた時なの
か到達の時期が問題となるのであり、もし後者だとすると有効な申込
はないこととなり、したがって契約の成立はなく、保険約款の責任開始
期の規定も適用されず保険者は保険金の支払の義務がないこととな
る。
(二)各説の紹介
これまでも、また現在も保険会社は外務貝に申込受領の権限を与え
ていることを明言していないので、各種の見解が生ずるわけである。
(イ)外務員に申込書を手渡しても到達にはならないとする説。
この見解の学説もあり5)、また判例もある。
つぎの判決は外務員に申込受領の権限はないとする。
[17]「保険会社ノ勧誘員ナルモノバ、保険会社ノ為メ保険契約
ノ申込ヲ誘引スル保険会社ノ使用人タルニ過ギズシテ、会社ヲ代
理シ保険契約申込ノ意思表示ヲ受クル権限ヲ有セザルモノト推定
セラルベキモノトス」(大判大正5年10月21日、民録22輯1959頁)。
(ロ)承諾前死亡につき申込が効力を失うとする説。
【18]「右保険契約ノ成否二付按ズルニ凡ソ生命保険契約ハ其ノ
はたまた
生存保険ナルト死亡保険ナルト将又生存死亡ヲ混合スル養老保
険ノ如キモノナルトヲ間ハズ特定シタル被保険者ノ生存ヲ主タル
要件トシテ成立スルモノナルコト勿論ニシテ該契約当事者双方ガ
第三者ノ死亡ヲ知ラズ之ヲ生存スルモノト信ジテ被保険者トシ契
約ヲ締結スル場合二於テハ当事者ノ意思ヲ尊重シ其ノ被保険者ヲ
生存スルモノト看倣スベキガ故二主タル要件ヲ欠クモノト謂フコ
トラ得ズト錐モ該契約ノ申込者タル当事者ノー方ガ同時二被保険
−59−
生命保険における意思表示の到達
者タル場合二於テハコレト同一二論断スルコト能ハザルコト言ヲ
侯タザル所ニシテ此場合ニモシ其ノ保険契約申込者ガ申込ヲ発シ
タル後相手方ノ承諾二先立チ死亡スルニ於テハ候令其ノ者二相続
人アルモ被保険者ノ、其ノ性質上特定人タルコトヲ要スルコト前示
ノ如クニシテ之ガ承継ヲ許サザルヲ以テ右死亡二因り絶対二被保
険者ヲ失ヒ生命保険契約ノ主タル要素ヲ欠クニ至ルベキモノナリ
トス然レバ被保険者先代Aハ自己ヲ被保険者トシテ控訴会社二対
シ養老保険契約ノ申込ヲナシタルモ控訴会社ガ承諾ヲナスニ先立
チ死亡シタルコト前示ノ如クナルヲ以テ其ノ死亡二因り被保険者
ヲ失ヒ該保険契約ノ主タル要件二欠敏ヲ生ジタルモノト謂フベク
斯ノ如ク申込者ノ死亡二因り契約ノ主タル要件二欠鉄ヲ惹起スル
場合二於テハ其ノ申込者ノナシタル申込ハ法律上当然二効力ヲ失
フベキモノナリト謂ハザルベカラズ民法第525粂ニハ隔地者二対
スル契約ノ申込者ガ其ノ申込ヲ発シタル後死亡スルモ申込者二於
テ反対ノ意思ヲ表示シ又ハ相手方ガ其ノ死亡ノ事実ヲ知リタル場
合ノ外申込ハ効力ヲ妨ゲザル旨ノ規定アリト堆モ該規定ハモシ其
ノ申込ヲ無効トナストキハ相手方二於テ契約不成立ナル不測ノ結
果ヲ招キ損失ヲ蒙ル二重ルベキコトヲ慮り其ノ損失ヲ免レシメン
トスルニ出タルモノニ外ナラズシテ前示ノ如ク申込者ノ死亡二因
り契約ノ主タル要件ヲ欠クニ至りタルガ如キ場合二於テモ尚其ノ
契約ノ申込ヲ有効二相続人二移転シ契約ノ成立ヲ妨ゲズトスル趣
旨ニアラザルコト明ラカナルニ依り同規定ハ右ノ場合二於ケル契
約ノ申込二付テハ其ノ適用ナク従テ同条二基ヅキ前記Aノ申込ガ
同人ノ死亡後其ノ効力ヲ存続スルモノナリトナスコトラ得ズ之ヲ
要スルニAノ本件保険契約ノ申込ハ同人ノ死亡二因り法律上其ノ
効力ヲ失ヒタルモノナルヲ以テ控訴会社ガ之二対シ其ノ後承諾ヲ
ー60−
生命保険における意思表示の到達
ナシタルコト前示ノ如シト錐モコレニヨリ保険契約ノ成立スベカ
ラザルコト論ヲ侯タズ従テ商法第397条[現行商法642粂]ニ基ヅク
契約無効ノ前示抗弁二付テハ之ヲ判定スルノ要ナシ既二然レバ其
ノ保険契約ノ成立ヲ前提トスル被控訴人ノ本訴保険金請求ハ全部
失当タルヲ免レザルモノナリトス」(名古屋控判大正11年6月
15日、新聞2028号13頁)。
この判決については、保険契約の申込が効力を失うとすべきではな
く、保険契約は申込と承諾によって成立するが、判決の前段で述べた
理由によって無効となると解すべきだとの批評がある6)。この判決の
ころは保険約款に今日のような責任遡及条項の規定がなかったのであ
り、この規定が設けられている今日では、保険契約申込後の被保険者
死亡について商法683粂1項、642条の適用を考慮したりまた契約の主
たる要件を欠いて申込が効力を失うというような見解をとる者はいな
い7)。
ハ)外務員に申込書を交付した時到達となるとする説。
説明の理由によりいくつかに分けられる。
(1)実情を理由として外務員に申込書を交付した時到達とする
説。
「一般に申込者が接する保険会社の関係者は殆ど外務貞に限られてし
まっていること、この外務員は会社のために保険加入を勧誘し、第一
回保険料の仮領収をすること、申込は書面でなされていること等々か
ら判断すれば、たとえ内部的に明確な申込受領代理権の授与はなされ
ていなくても、申込書が外務員に手交された時に、その申込は保険会
社に到達したものと解するのが妥当である」㌢
(2)支配圏説。
この説は、(1)の説と同じく実情から判断するものであるが、到達
−61−
生命保険における意思表示の到達
の理由づけとして、到達概念をもとにし、支配圏説によるものである。
つぎのとおりいう。
「通常の場合、保険契約者が接する保険会社の関係者はほとんど外務
員に限られており、またこの外務員は会社のために保険契約締結の媒
介をなし、第一回保険料相当額の受領に携わっている。さらに、契約
申込はすべて申込書でなされているのが実情である。これらの事実か
ら、たとえ内部的には外務員に申込受領の代理権を明確に授与してい
なくとも、申込書が外務員に交付された時点で「申込は保険者に到達
した」と解するのが妥当と考える。すなわち、これは、すでに客観化
され成立した意思表示が相手方の支配圏内に入るという客観的事実が
「到達」を意味することから、保険者の支配下にある外務員に申込書が
受理されれば、保険契約者の意思表示は保険者の支配下に入ったこと
になり、保険者はもはや契約申込の意思の末到達を主張しえないもの
と解されるからでもある。」9)
(3)外務員に申込の受領権限ありとする説。
この説は支配圏説のように単純に到達概念から説明するものではな
く、保険者が外務員に申込受領権を与えているとみるものである。
「申込書の受領は保険者が生命保険募集人に委託している任務の一
つであり、保険者がある者を生命保険募集人とした以上、その者は、
保険者から明示的な権限授与をうけていなくても、保険者に代わって
申込を受領する権限(申込に対して承諾をする権限ではない。)を有す
ると解する」10)。
(4)外務員を申込受領の使者とみる説。
わたくLは、外務員を申込書受領の保険会社の使者と考える11)。わ
たくしの見解は(1)ないし(3)の説と矛盾するものではなく、わたく
Lも(3)の見解のように、外務員が保険会社から黙示的に申込受領の
−62−
生命保険における意思表示の到達
権限を与えられているとおもう。実情から判断してそういわざるを得
ない。ただ、保険会社と保険申込人との関係では外務員は保険会社の
使者であると考えるのである。外務員が申込を承諾する権限を与えら
れていないことは勿論であるが、外務員に与えられた申込受領権限は
受領の代理権ではない。代理権が与えられているとすれば民法101条に
より、申込人の「意思表示ノ効力ガ意思ノ欠映、詐欺、脅迫又ハ或事情
ヲ知りタルコト若シクハ之ヲ知ラザル過失アリタルコトニ因リテ影響
ヲ受クベキ場合二於テ其ノ事実ノ有無ハ代理人二付キ之ヲ定ム」とい
うことで、外務員が保険会社そのものと全く同一に取り扱われること
になり、たとえ意思表示受領にかぎっても、保険会社がそのような代
理権限を授権するわけはない。そこで保険会社は外務員に意思表示受
領の権限は与えているが、それは代理人としてではなく、使者として
である、と考えるのである。授権は保険会社と外務員との内部関係で
あり、代理人か使者かは保険会社と保険申込人との外部関係である。
前者は会社と外務員が当事者であり、後者は会社と保険申込人が当事
者で外務員は中間者(会社の補助者ではあるが)である。
受領使者に意思表示が渡されたとき本人に到達したものとするわけ
であるが、それは本人の支配酎こ入ったからだといえるわけであるご)
繰り返して言えば、外務員は保険募集という職務上、会社から黙示
的に使者としての申込書受領の権限を与えられ、保険申込人から申込
書を会社の代理人としてではなく使者として受領するもので、外務員
が受領した時点で会社に申込書が到達したことになるのである。
註
1)各社とも、つぎのような規定を保険約款に置く。
会社の責任開始期
−63−
生命保険における意思表示の到達
第〇条 会社は、つぎの時から保険契約上の責任を負います。
(1)保険契約の申込を承諾した後に第1回保険料を受け取っ
た場合
…・第1回保険料を受け取った時
(2)会社所定の領収証をもって第1回保険料充当金を受け
取った後に保険契約の申込を承諾した場合
…・第1回保険料充当金を受け取った時(被保険者に関
する告知の前に受け取った場合には、その告知の時)
2.前項により、会社の責任が開始される日を契約日としま
す。
3.保険期間の計算にあたっては、契約日から起算します。
4.会社が保険契約の申込を承諾した場合には、その旨を保
険契約者に通知します。ただし、保険証券の交付をもって
承諾の通知にかえることがあります。」
2)中西正明「生命保険契約にもとづく保険者の責任の開始」生命
保険文化研究所所報(昭和54年)No.47.87頁(以下、中西として
引用)。同じく「生命保険契約の成立および責任の開始」ジュリ
スト(昭和56 年)No.734.25頁以下。
3)吉川吾衛、静大法経論集32・33合併号172頁、三宅一夫「生命
保険判例百選」(昭和55年)166頁。
4)中西・12頁以下。我妻栄「債権各論」上巻(昭和29年)58頁以
下。
5)同旨、青木延一「生命保険約款」生命保険実務講座4巻(昭和33
年)118頁。三宅一夫「生命保険契約の成立」生命保険契約法の諸
問題(昭和33年)335貢註(1)は、「申込が媒介代理店へ到達し
たるのみにては末だ効力は生じない。代理店より本店へ回送し
一朗−
生命保険における意思表示の到達
本店に到達したとき初めて効力を生ずるものと解する」という。
6)中西・31貢。
7)中西・68貢以下。大森忠夫「生命保険におけるr遡及条項」につ
いて」続保険契約の法的構造(昭和31年)177頁以下。
8)奥田 宏「承諾前死亡について」保険学雑誌Ⅳ0.436(昭和42
年)56頁。吉田 明「承諾前死亡の問題点」生命保険契約をめぐ
る問題点(昭和56年)糾頁以下も同旨である。
9)石井 隆「責任遡及条項と承諾前事故の取扱い」保険学雑誌
No.459(昭和47年)95頁。
10)中西・7頁。
11)受領使者は、発信人の側の表示使者に対応するものである。
受領使者についてはBrinkmann S.108以下に詳しい。それによ
ば、西ドイツでは多数の学説が受領使者の概念を認め、これに意
思表示が交付されたとき到達したものとする。判例は、古くは認
めなかったが最近はBGH(NJW1965,966)も受領使者を認め
これに交付された意思表示は、通常の過程において受信者に届
く時点において到達したものとする。
12)KarlLarenz.“AllgemeinerTeildes
lichen
deutschen
Btlrger−
Rechts’’(1980),S.539.
四. 保険金受取人の変更通知と裏書
(一)問題の所在
保険金受取人変更の意思表示が、相手方ある意思表示であるか、相
手方のない意思表示かについて、判例は前者のようであるが、学者は
−65−
生命保険における意思表示の到達
後者であるとしている1)。後者であれば意思表示の効力発生について
表白主義を採ったことになる。受取人の変更の事実は、商法677条では
保険会社に通知しなければ対抗できないものとし、保険約款では保険
証券に表示(いわゆる裏革)してからでなければ対抗できないと定めて
いる。そこで一つの問題は変更通知がいつ保険会社に到達したのかと
いうことであり、もう一つの問題は保険証券の表示は変更通知の到達
とどういう関係にあるのかということである。
(イ)保険会社に対する変更通知
保険金受取人の変更が保険事故に近接して行われた場合新旧双方の
受取人からの保険金請求で保険会社はしばしば慎重な取扱いをせまら
れ、ケアレス・ミステイクがあれば保険金の二重私にもなりかねない
のである。保険金受取人の変更通知があってから保険証券の裏書が終
わらない間に被保険者が死亡した場合、保険会社は対抗要件である裏
書が終わっていないという理由で旧保険金受取人に保険金を支払うと
いうのであれば簡明であるが、それでは実情にそぐわないことが多い。
そこで保険会社は裏書が対抗要件にすぎないことから受取人変更を認
めて新受取人に保険金を支払うこともあるのである。そうなると変更
通知が被保険者の死亡前に会社に到達していたのか2)、または被保険
者の死亡後到達したのであるが、発信は死亡前であったのか、それと
もまた旧受取人に保険金を支払う前に変更の通知が会社に到達してい
たかなど変更通知の到達の時期が問題となるのである。
一般的に言って、官庁や会社に通知がとどけられたときはいつ到達
することとなるのか。
官庁にあてた文書につき、つぎの判例がある。
[19]「少なくとも国民対官庁の関係では、外部から官庁にあてら
れた文書が使の者によって届けられた場合にはその文書が当該官庁
−66−
生命保険における意思表示の到達
の職員に手渡されたときにみぎの文書はその官庁に到達したと解す
べきである。もし官庁の文書取扱規程によって文書受理の権限が特
定の部課ないし係のものにあたえられているような場合でも、それ
は一般国民の必ずしも知り得ないところであり、つねに必ずその部
課ないしは係の職員に提出せられることを要すると解するならばそ
の結果一般国民は思わない不利益をうけるおそれがあり、それは国
民にたいして、あまりにもむごいことだといわなければならない。
かような規程はその官庁内部の取扱い規程にすぎないもので、外部
に対してはなんらの拘束力をもたないとしなければならない。」(東
京高判昭和33年3月31日、高裁民集11巻3号197頁)。事案は国税局
協議軌こ届けられるべき審査請求書が課税主管課に持参されたもの
である。
会社につき、つぎの判例がある。
[20」「会社ノ雇人ガ郵便物受領ノ権限ヲ附与セラレ居ルヤ否ヤハ第
三者ノ知ル所二非ズ又之ヲ調査スベキ義務ナシ従テ萄モ会社ノ雇人
ガ配達ヲ受ケタル以上ハ其ノ会社ノ取締役宛郵便物ガ適法二配達セ
ラレタルモノト洞フベク且宛名人タル取締役二於テ其ノ雇人ヨリ直
チニ之ヲ受領シタリト看倣サザルベカラザルコトハ常識上当然ナ
リ」(名古屋控民判、裁判年月日不明、判例拾遺(一)民511頁)。
[21]「会社に対する会社代表者あての債権譲渡通知書が会社に配達
された場合に、守衛が、表示された代表者が転職したことを理由に
転送を指示したため、郵便集配人が他に転送したとき、守衛が一応
受け取った時に右通知は到達したものと解すべきである。」(東京地
判昭和35年8月30日、下級民集11巻8号1809頁)。事案では、この文
書は、会社の守衛詰所へ配達され、常時郵便物を受領している守衛
が転送を指示したものである。【1]の最高裁判決も会社に持参され
−67−
生命保険における意思表示の到達
た催告書の到達に関するものであるが、事案の比較において保険会
社のような大規模の会社には参考になるものではない。
大規模な会社においてどこに文書を届けたら到達となるのか、こ
れも取引通念にしたがって解するより外はない。もとより会社の文
書係や受付に渡せば、到達となるのであろう。受取人変更通知がそ
の担当課である契約保全係まで廻付されなくとも文書受付に届いた
とき到達となるのである。それでは変更通知が支社に届いたときは
どうか、支部に届いたときはどうか、さらには変更通知を外務員が
預かったときはどうか、組織が大規模となると簡明ではない。
まず外務員について考えよう。外務員の担当職務として受取人変
更のような契約保全に関する事務が課せられていないことはいうま
でもない。しかし、意思表示の受領につき外務員は会社の支配圏に
属しないものとも考えにくい。支配圏という概念は取引通念によっ
て考えるものであるから3)、変更通知に限って考えるとしても、外務
員が保険契約者の側にあって保険会社の側にはないとは考えられな
い。おなじように受領使者という概念が授権のみならず取引通念に
よっても定まるものであるとすれば4)、この場合の外務員は取引通
念による受領使者とみられよう。また外務員にとっては保険契約に
関する一切のサーヴィスをすることが保険募集につながることでも
あり会社がそれらの行為を禁止しているものではないから広い意味
で受領の授権もあるといえなくもない。そう解した場合、外務員が
変更通知を預かった時、通知が会社に到達したことになるのか。そ
れともこの場合は通知が会社の担当課に届いた時到達したことにな
るのか。この場合は、申込書受領の場合と異なって、わたくLは後
者と考える5)。申込書受領は外務員の保険募集という本来の職務に
屈するものであり、変更通知を預かることは本来の職務に属するも
ー68−
生命保険における意思表示の到達
のではないから、到達につきそのような区別があってよいものとお
もう。なお「担当課に届いた時」ということは、正確には、外務員が
受領した時点に、担当課に届くべかりし時間を加算した時点という
ことで、必ずしも現実に届いた時点をいうのではない。
外務員について述べたところを、支部や支社について考えれば、
それらの業務の実態によって、変更通知到達の時点がきまるのであ
り、支社といえども受取人変更手続を取り扱っていないかぎり、到
達は本社に届くべかりし時ということになる。
このように変更通知をどこに提出すれば保険会社に到達したこと
になるのかという争を防ぐため会社によっては保険約款で必要書類
を会社の本店または会社の指定した場所に提出して下さい、と定め
ている6)。
(ロ)意思表示の到達と保険証券の表示(裏書)
保険金受取人の変更は保険契約者にとっても新旧の受取人にとって
も重大な問題であるばかりでなく、保険者にとっても何人に保険金を
支払うべきか、もし誤って支払えば保険金の二重払をしなければなら
ないので細心の注意をしなければならないことなのである。そこで保
険約款は商法677条の対抗要件を加重して、保険金受取人の変更は保険
証券に表示(裏書)を受けてからでなければ保険会社に対抗することが
できないと定めたのである7)。そこでこの保険証券の表示(裏書)とは
どういう意味をもつものかについて、わたくLは、かつて、「保険金受
取人の指定変更と保険証券の裏書」(所報65号昭和58年12月)において
詳細に述べたところであるが、結論をいうと保険証券は有価証券では
ないからその裏書は手形におけるような権利移転的効力を有するもの
ではなく、単に、保険者が受取人変更を了知したことを示すもので
あって、要するに、対抗要件を通知という意思表示の到達主義から保
−69−
生命保険における意思表示の到達
険証券への表示という意思表示の了知主義、それも裏書という確認手
続を必要とする徹底した了知主義に加重したものである、と考えるの
である。
註
1)大森忠夫「保険法」(昭和32年)279頁。
2)保険金受取人の変更通知は対抗要件であるから被保険者(保険
契約者)死亡後その相続人が発信してもよいという見解(大森忠
夫「生命保険契約法の諸問題」(昭和33年)253頁)もあるが、わたく
Lはその説はとらない。拙著「保険金受取人の指定変更と保険証
券の裏書」18頁以下。なお、判例は発信が被保険者の死亡前であ
れば裏書のみならず到達も被保険者死亡後でよいとする(東京高
判昭和47年7月28日)もののようであるが、実務では被保険者死
亡の時点を基準として死亡前に到達している変更通知だけを考
慮しているようである。
変更通知の発信は被保険者の死亡前でなければならず、到達
や裏書は被保険者の死亡後でもよいのである。わたくLも、裏
書は対抗要件であるから、保険者において変更の事実を認める
ことができるにしても、その変更の通知は保険契約者自身が被
保険者死亡前に発信したものでなければならないと考える。到
達や裏書は被保険者の死亡後でもよいのである。
詳しくは拙稿を参照されたい。
3)Brinkmann,S.25.
4)西ドイツでは受領使者が授権によるものと取引通念によるも
のとがあると解している。Brinkmann,S.19.
5)受領使者に意思表示が交付されたとき、いつ、それが到達し
−70−
生命保険における意思表示の到達
たことになるのか学説は分かれている。
イ)意思表示が受領使者に交付された時を到達とする説
(Ernst
Wolf,“Allgemeiner
(1981)S.564;Dieter
Teil
des
Btlrgerlichen
Medicus,“Btlrgerlichen
Rechts”
Rechts”
(1981)S.34.)ただし、意思表示が期限内に届いたかどうかと
いうことについては(Rechtzeitigkeit)本人に届いた時点をも
って到達とする説がある。Flume,”S.237.
ロ)受領使者から本人に渡るに必要な時間がたった時点とす
る説(Hans Brox,“Allgemeiner Teil des Burgerlichen
Gese
tzbuches”(1980)S.80.)
ハ)本人の住居内とか営業所内で受領使者に交付された時は、
その時、それ以外の場所で受領使者に交付されたときは、本
人に渡るに必要な時間がたった時とする説(Karl
Larenz,S.539;Lange−K6hler,“GB,Allgemeiner
Teil”
(1980)S.253つ
6)日本生命約款。この会社は、保険契約者の変更またはその住
所変更、保険契約の復活、払済保険・延長保険への変更、保険
契約の復旧、保険金の支払などの必要書類をいずれも「会社の本
店または指定した場所」に提出することを約款で定めている。
7)保険証券に裏書を受けてからでなければ、保険会社に対して
効力を生じませんとする保険約款もあるが、これは対抗できな
いと解すべきだとする判例がある。(東京地判昭和45年3月12日、
時報601号91頁。その控訴審、東京高判昭和45年3月12日)
ー71−
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