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フラクタル図形とは何か

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フラクタル図形とは何か
鶯谷中学・高等学校
series 高校数学こぼれ話 第 28 話 渡邉泰治
数学科部長
■フラクタル図形とは何か
右の写真はカリフラワーの一種の「ロマネスコ」という野菜である。この野
菜はもちろん食用であるが、その美味しさ云々よりもむしろ特異な幾何学的形
状が話題となり、それにより有名になっている。
写真からわかるように、その形状の特徴は、個々の芽が螺旋を描いて円錐を
作り、その個々の円錐が再び螺旋を描いて大きな円錐を形作っている。すなわ
ち、自分の形の一部分に自分自身と相似な形をもっているということ(自己相
似形)であり、このような図形をフラクタル図形という。
この第 28 話では、フラクタル図形の数学的な性質や話題を日常の現象と絡めながら追っていこう。
● フ ラク タ ル 図形 は 日常 ど ん なと こ ろに 登 場す る か
日常的な観点でフラクタル図形を捉えると、限りなく複雑な図形、無数に分岐し
た図形、同じ形が内部で繰り返されている図形などを指す。身の回りの自然界を見
図 1 : 海岸線 c Google earth
渡すと、このような図形が溢れていてる。前述の「ロマネスコ」はその代表であっ
たが、その他の例を紹介しよう。図 1 は複雑な輪郭を持つ海岸線(英虞湾の一部)、
図 2 は葉脈(クルミの葉)である。また、木の枝分かれ、アマゾン川の支流、山や
摩天楼の輪郭線(skyline)、毛細血管網などが連想される。
図 2 : 葉脈
フラクタル図形は人為的に作ることも可能であり、その創作は興味深く遊び心を
くすぐる。その方法の一つとして、ビデオカメラによる画像を紹介しよう。図 3 は、
ビデオカメラで撮っている映像を映し出しているテレビを、そのカメラで撮った画
像である。このように撮影すると、内部に相似な画像を無限に含んだ超現実的(?)
な画像が簡単にできる。ちょうど鏡を鏡で映したような状況である。
図 3 : ビデオによる自己相似画像
● フ ラク タ ル 図形 の 数学 的 定 義は 何 か
フラクタル(fractal)幾何学は、フランスの数学者マンデルブロ(Mandelbrot, 1924
-2010年)が導入した幾何学の新しい一分野である。マンデルブロは、次の漸化式
z n+1 = z n 2 + c , z 0 =0
で定義される複素数の数列 6 z n7 について、lim z n が無限大に発散しないような複素数 c の
n.*
全体が作る集合(マンデルブロ集合と呼ばれている)の研究を通して、新たな幾何学の領域
を構築した。マンデルブロ集合を複素平面上に描くと、その概形はカージオイド曲線にギザ
ギザの円が無数にくっついたような形状であり、その境界は無限に複雑である(図 4)。実
際、その境界のどこを繰り返し拡大しても、同様の複雑な境界をもつ図形が現れる。
一般に、フラクタル図形を一通りで定義することは難しいとされている。その理由は、そ
れぞれの図形に応じて構成方法や性質が異なるからである。つまり「無限の複雑さ」という
ような定義し難い性質をもつので、一筋縄ではいかないということである。このことから、
ここでは、フラクタル図形を直観的に表現した性質を列挙することで定義に代えよう。すな
わち、フラクタル図形とは「部分と全体が自己相似形となる構造をもつ図形」「無限に複雑
な輪郭をもつ図形」「どれだけ拡大しても無限の複雑さをもつ図形」などをいう。
図 4 : マンデルブロ集合
● 数 学上 、 フ ラク タ ル図 形 は どの よ うに 作 られ る の か
ここでは、数学上有名な 3 つのフラクタル図形を紹介しよう。紹介する図形はそ
の作成方法が個別に定義されていて、それぞれに個性的である。しかし、上述した
ような直観的な性質を共通にもつことに注目しよう。
最初はコッホ(von Koch, 1870-1924年 )曲線である。この曲線は次のように
作られる(図 5)。まず正三角形の一辺を 3 等分し、中央の線分を一辺とする正三
図 5 : コッホ曲線
角形を外向きに描き、下の線を消す。新たに得られた 4 つの線分に対して同じ操作
を繰り返す。この操作を正三角形の 3 辺上で無限に繰り返す。この曲線が作る図形
は雪の結晶を連想させることから、コッホ雪片ともいわれる。また、この図形は有
限の面積を持つにもかかわらず、周囲の長さは無限大であるという奇妙な性質をも
つ。この性質の立証は高校数学では漸化式による数列と極限の分野の適切な練習問
題であり、大学入試問題としてもよく取り上げられる。
次は、ヒルベルト(Hilbert, 1862-1943年 )曲線である。この曲線は次のよう
に作られる(図 6)。まず、正方形を 4 等分して、それぞれの中心を「コ」の字状
図 6 : ヒルベルト曲線
の折れ線で結ぶ。次に、分割された正方形をさらに 4 等分し、それぞれの中心を
「コ」の字状に結ぶが、このとき、一筆書きで繋がるように「コ」の字の向きを
調節しながら結ぶ。この操作を無限に繰り返す。この曲線は平面を覆い尽くす。
最後は、シェルピンスキー(Sierpinski, 1882-1969年)のガスケットである。
この図形は次のように作られる(図 7)。まず正三角形の内部を正三角形で 4 等分
し、中央を取り除く。残りの 3 つの正三角形に対して同様のくり抜きを施す。この
操作を無限に繰り返す。ガスケットとは接合部を密閉する機械部品のことであり、
ボルトなどの穴が複数空いている。この図形の名称はそれに由来する。
● フ ラク タ ル 曲線 は 「線 な の か面 な のか 」
図 7 : シェルピンスキーの
ガスケット
前述のように、コッホ図形は有限の面積を持つにもかかわらず、周囲の長さは無限大であるという奇妙な性質をもっ
ていた。さらに、コッホ曲線の一部分、すなわち曲線上の任意の 2 点 A, B の間にある輪郭線の長さも無限大であり、
この曲線の長さは至るところで無限大である。では、AB 間にある輪郭線、つまり「無限にくねくねした折れ線」は何
なのか。それは端点 A, B をもつから無限に伸びた線ではないので、線分なのか。しかし線分ならば長さは有限のはず
だから、線分ではないようだ。では面なのか、これも考えにくい。
同様の奇妙なことがヒルベルト曲線でも起こっている。この場合、有限の面積をもつ正方形の中に、無限の長さをも
つ折れ線が平面を覆い尽くすように充填されている。この折れ線は「線なのか面なのか」。
この性質を理解するには、次元という概念を拡張して捉える必要がある。次元とは、空間の広がりを表す指標のひと
つであり、空間とは直観的には物が存在し得る入れ物のことである。数学では、点のみで構成される空間を 0 次元空間、
線上に構成される空間を 1 次元空間、面上に構成される空間を 2 次元空間、立体が占める空間を 3 次元空間、さらに n
個の数の組が構成する空間を n 次元空間という。我々が住んでいる空間は、よく知られているように、縦横高さの 3 つ
の量で表されるので 3 次元空間であり、さらに時間軸を組み込んで 4 次元時空として考えることもある。
コッホ曲線は「線でも面でもなさそう」、つまりこの曲線が占める空間は 1 次元でも 2 次元でもなさそうであり、1
と 2 の間の中途半端な次元とみなすのである。これをフラクタル次元という。この次元の定義の仕方は様々あり、その
図形の構成方法により使い分けられる。具体的には、コッホ曲線は(相似次元で )
log e 4
=1.26186… 次元であるが、
log e 3
一方、ヒルベルト曲線は (ハウスドルフ次元で)2 次元であり、この意味で平面を充填すると考えられる。フラクタル
次元は、現在では、身の回りの様々な図形の複雑さを測る尺度として利用する研究が進められている。
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