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3 - 中佐啓治郎のホームページ
2011/8/22,2011/10/30,2012/3/22 改定 禁転載 ぜい性材料におけるき裂の発生と伝ぱ・分岐形態 (研究回想を含む・中佐啓治郎) 1. 研究の背景 ガラスなどのぜい性破壊における高速き裂伝ぱ過程におけるき裂の分岐現象は,古くから,多 くの研究者の興味をひいてきた。この問題は,材料の衝撃破壊の研究分野に属している。実験的 には,古くから用いられていた光弾性法(応力解析を含む) ,その後の超高速度カメラの発達, コースティックス法の開発により,分岐挙動が可視化されてきている。また,動的破壊力学の発 展によって,高速で伝ぱするき裂先端の応力分布も明らかになってきている。 光弾性法 コースティックス法 1 高速で伝ぱするき裂が分岐を繰返す理由を説明する理論として,Yoffe の理論がある。これは, き裂の伝ぱ速度が音速(弾性波,縦波)の 80%を超えると,き裂伝ぱ面と約 60 度をなす面の引 張り応力σθθが大きくなり,き裂の分岐が起こる,というものである。しかし,この理論から 導かれたき裂分岐角度は,実際に観察される分岐角度(上の図)よりも大きい。 注:上記の図が掲載されている文献は,現在,調査中です。 また,実験によると,動的応力拡大係数とき裂伝ぱ速度の関係において,き裂の伝ぱ速度がほ ぼ一定になる応力拡大係数の近傍で,き裂の分岐が起こるという報告がある。もしこれが正しけ れば,以前述べた水素脆化割れや応力腐食割れと同様,き裂伝ぱ速度を制限する過程の存在が, き裂の分岐をひき起こすことになる。この場合の速度制限過程とは,き裂伝ぱ速度が音速を超え ることができないことに相当する。外部から与えられたエネルギを単一き裂が高速で伝ぱして表 面エネルギおよびき裂の運動エネルギとして吸収することができなければ,き裂が何回も分岐し てエネルギ解放の効率を上げるしかないと思われる。ただ,動的き裂分岐挙動については,いろ いろ複雑な現象があるようで,専門家でない私は,これ以上の記述はできない。動的き裂伝ぱに ついて研究された,あるいは現在もされている研究者(私がお会いした方のみ)には,Dr. J. Congleton(Newcastle 大学),Prof. A.S.Kobayashi(ワシントン大学), Dr. J.F.Kalthoff (Fraunhofer Institute für Werkstoff-Mechanik),坂田 勝教授・青木 繁教授(東京工業大学名誉教 授),西岡俊久教授(神戸大学) ,鈴木新一教授(豊橋技術科学大学)がおられる。 2. 研究の動機 1980 年代に入って,日本では,世に言うセラミックスブームが起こった。今まで金属の破壊 2 を研究していた研究者も,こぞって,ファインセラミックスの破壊の研究を始めた。私も,セラ ミックスが構造材料として用いられる日も近い,と思っていたが,じん性の不足,信頼性の不足 から,セラミックスブームは,やがて下火になった。 私は,当時,水素脆化割れ,溶融金属ぜい性,応力腐食割れにおけるき裂分岐現象に関する研 究を終わりにし,つぎの研究の方向を模索していた。セラミックスの研究には関心があったが, セラミックスの研究を始めるには,多くの研究費が必要である。ファインセラミックは高い。加 工費も高いので,企業との共同研究が望ましいが,私には,これといった「つて」が探せなかっ た。セラミックスの高温強度を測るための試験機もセラミックス製の冶具も高い。とても,通常 の研究費では実験ができない。金属・材料関係の学会では,新しいセラミックスの開発が,強度 関係の学会では,セラミックスの破壊じん性を測定する,疲労き裂伝ぱ速度を測定する,静疲労 の研究をする,高温強度を研究する,強度の信頼性を評価する,セラミックスのじん性とマイク ロクラッキングの関係を求める,というのが,当時の主な研究テーマであったが,私は,他人の 研究を眺めていただけである。 私は,別の事情もあって,セラミックスの本格的な研究はあきらめ,日本では,まだ新しい研 究テーマと思われたチタン合金の研究に力を注ぐことにした。しかし,水素脆化割れ・溶融金属 ぜい性におけるき裂分岐現象の延長線上として,ぜい性材料におけるき裂分岐現象には興味があ った。そこで,私は,自分のできる範囲の,高価なファインセラミックスを用いない,高速度カ メラを用いない,難しい理論解析ではない,ぜい性材料のき裂の分岐に関する研究のテーマを探 すことにした。 2. ぜい性材料の二軸引張り応力下におけるき裂の発生形態 まず手始めに,ガラス円板や硬質プラスチック円板の曲げ試験(二軸応力状態)を行って,き 裂の分岐形態を調べることにした。ガラスに石が当たったときなどにできる,放射状の分岐き裂 は,自分の不注意で割ったのでなければ,ある意味で美しい。実は,以前に,広島出身の平田森 三という先生(寺田寅彦の弟子)がおられ, 「平頭銛:平田銛」を発明されて日本の捕鯨船の命 中率を高めた,ぜい性材料の割れ目の研究をされて最初にできる割れ目は一本であると言われた (平田の割れ目) ,という記事をどこかで見たことがあった。たまたま,文献(4)を本屋でみ かけ,平田先生の研究の経緯を知ることができたので,元の文献(2),(3)などを調べ,この ことを確認した。 実際,最初にできるき裂の本数は,3 本が安定であるように思えるが(結晶粒界の 3 重点,3 本足の鼎など) ,直線(2 本)であるのはどうしてか,まず,それを考えなければ,放射状のき 裂分岐形態を考えることができない。最初に一本のき裂が発生するかどうかは,破壊の基本的な 問題であるので,誰かが証明しているはずであるが,破壊力学の書物にも見当たらない。ただ, 二軸引張り応力を受ける星型き裂(き裂本数が 2 本以上)の先端の応力拡大係数の数値解析結 果(北川,結城)あるいは円孔にき裂がある場合の応力拡大係数の数値解析結果はある。応力拡 大係数 K が,二軸引張り応力σとき裂本数 n の関数として,K=f(σ, n)の形で分かっていれば, き裂の発生形態・分岐形態を議論できるが,そのような論文は見当たらなかった(実は,後から 分かったことであるが,この関数形は,すでに 1968 年に Panasyuk によって導かれていた(後 述)。 そこでまず,円板の中心に鋼球ボールを押し付けるという実験により,最初の割れ目が,平田 森三教授の言われる一本のき裂(n=2)であることを確かめることにした。 3 n=2 n=3 n=4 スチロール パイレックスガラス アルミナ ジルコニア 実験によると,円板中心部に発生する最初のき裂は やはり一本で(n=2),三本に見えるき裂も,一本の き裂の片方が二本に分かれたと考えれば説明がつく。 しかし,これは実験であるので,円板支持台や試験片 の平滑精度がよくないために,力が偏って加わって一 本になった可能性もある。そうすると,実験でいくら n=2 になった,と言っても,それ以上の進展はなく, どうしても,理論解析で,n=2 を証明しなければな らない。 しかし,私には,とても高級な数学を駆使する力は ない。分かっているのは, n=2 のとき,長さ 2a のき 裂先端に蓄えられるひずみエネルギが, U= ps 2 a 2 E であるという,教科書に出てくる Griffith の理論で用いられる式(一軸引張りでも二軸引張りで も同じ)と,n=∞(円孔)では, U = 2ps 2 a 2 E 4 となる,という知識しかない。n=2 と∞の間がどのような形の式になるのかは,すぐには分か らないが,これは軸対称の力が加わる問題であるから,き裂が特異応力場をもっていても,蓄え るひずみエネルギは簡単な関数で表されるはずである,と信じるしかない。n=4 の場合を例に して,いろいろ考えているうちに,き裂本数が n の場合のひずみエネルギ(単位厚さあたり) を表す式として, 2ps 2 a 2 æ 1 ö Un = ç1 - ÷ E è nø を仮定した。そうすると,エネルギ解放率 Gn は, Gn = 1 ¶U n 4ps 2 a 1 æ 1 ö = ç1 - ÷ n ¶a E nè nø となる。応力拡大係数 Kn と Gn との間には, K n = の場合の応力拡大係数を K = s EGn (平面応力状態)の関係があり,n=2 p a とすると, Kn 2 = n -1 K n となる。この式から計算した値を,下表の北川・結城の計算結果と比べると,驚くほどよく一致 している。 この式は,高等数学を使わないで,殆ど直感で出した式であるから,研究者としては大変格好 が悪いが,き裂分岐則を求めるという目的のためには,そんなことは言っておられない(前述の ように,この問題は,すでに 1968 年に Panasyuk によって解かれていたのであるが(後述の研 究回想参照) ) 。 解放エネルギの形が求まったので,あとは Griffith の理論と同じような取扱をすれば,最初の き裂が何本であるかが分かるはずである。 5 Nakasa 無限板の中心に n 本のき裂が発生したことによる自由エネルギの変化は, F = Wn - U n であり,き裂の表面エネルギ Wn は, Wn = 2agn であるので(ここで,γは,単位面積あたり の表面エネルギである) ,き裂発生時の安定 な本数とき裂長さは, ¶F = 0, ¶n ¶F =0 ¶a の条件から, a = a= E gn 2 ps 2 i 1 Egn 2 2(n - 1) ps i2 となり,両者を等置すれば,安定なき裂本数 が求められるはずである。 図は,無次元化した自由エネルギと無次元化したき裂長さおよびき裂本数の関係を示したもの であり,自由エネルギは,サドル型になっている。上の式から,安定なき裂本数が求まるが,予 期しないことに,n=1.5 と計算された。つまり,図の A 点を通るように,き裂が発生するとい う結果が得られる。しかし,物理的な意味から n は 2 以上の整数であり, 6 n=2 となる。つまり B 点を通って一本のき裂が発生し,伝ぱとともに自由エネルギが減少する,と 結論づけた。しかし,これは,すっきりしない結果である。き裂が発生してすぐであるので,き 裂の運動エネルギは無視できると思われるが,n=1.5 となったのは,それを考慮しないためであ るのか,サドルポイントでは,このようなことが起こるのか,n=3 も,ある確率で起こりうる のか,などと疑問が残る。考え方の道筋に誤りはないと思うが,最初から n=2 という,きれい な形になっておらず,これで,平田森三先生の観察された「最初の割れ目は一本である」という ことが証明できたことになるかどうか,今もって気がかりである。 3. ぜい性材料の二軸引張り応力下のき裂の伝ぱ形態 最初のき裂は一本であることと,任意のき裂本数におけるエネルギ解放率が分かったので,当 初の予定どおり,あとは発生した一本のき裂の先端からつぎつぎとき裂が分岐しながら伝ぱして いくときの,二軸公称応力σ,き裂長さ a,き裂本数 n の関係(き裂分規則)を,次式から求め ればよい(原論文の導出とは少し異なるが,同じ意味である)。つまり, ¶F =0 ¶a より,近似的に,等二軸引張りを受けるぜ い性円板における「き裂分岐則」として, 2 2i +1 Eg ai » i +1 2 - 1 ps i2 が求まる。ここで,i は,最初のき裂(n=2, 0 回目の分岐)から,i 回目の分岐が起こ ったことを表し(1 回目の分岐で 4 本,2 回目で 8 本, ・・・・) ,ai は i 回目のき裂 分岐が起こったときのき裂長さ, σi は,そのときの二軸引張り公 称応力である。このき裂分岐則は, 実験結果ともほぼ合致する。 7 4. フラクタル次元と分岐次元 あるとき,本屋で「フラクタル」 (高安秀樹著)という題名の本が目に留まった。フラクタル という言葉は,フラクチャー(破壊)と共通した響きがある。内容を見ると,き裂の分岐に関係 がありそうなので,すぐに購入して読んだ。あわよくば,これを利用して論文を書こうと思った からである。当時,しばらく前の「カタストロフィー」に続いて,「ファジー」,「カオス」, 「フ ラクタル」という言葉で,さまざまな現象を理解しようとする一種の社会現象があった。それら の深い理論は私にはとても難解で手に負えなかったが,実験結果を整理することはできそうに思 えた。 フラクタルとは,自己相似なパターンが繰返し現れる現象であり,自然界では,樹木の枝や根 の分岐,アマゾン川の分岐,リアス式海岸,雲の形,などがその例として示されている。また, 応用例としては,コンピュータグラフィックスを行う際に,この考えをプログラムに組み込むと, 繰返し現れるパターンを効率よく作成できるし,フラクタル次元を変えれば,そのパターンの複 雑さを変えることができる,という。 1977 1986 1987 1986 フラクタルパターン 8 フラクタル次元 私は,円板の曲げ試験で観察されたき裂の分岐パターンからフラクタル次元を求め,分岐の複 雑さがフラクタル次元で表現できるとして,学会で発表した。もちろん,き裂長さとき裂本数の 対数関係は一部の範囲でしか直線にはならず,「擬似フラクタル」であるが,それでも意味はあ ると思ったからである。ところが,M 先生から, 「分岐の角度はどうなっていますか」という質 問を受けた。理想的なフラクタルパターンであれば,分岐の角度は同じでないといけない。他の 数人の先生も,首をかしげている。私は,写真を見せて,強引に「ほぼ同じように思えます」と 言って,その場を逃れたが,やはりしっくりこない。 分岐き裂が円板の中央から縁に向かって進展する とき,応力は減少し,それによって分岐の起こり方も 異なり,分岐角度も変わる可能性がある(途中で停止 するき裂がなければ,分岐角度は次第に小さくなる)。 一方,フラクタルパターンでは,繰返し現れる形が相 似形でないといけないから,応力の変化には無関係で ある。学会が終わったのちに,講演論文を正式な論文 として投稿するかどうか迷ったが,き裂分岐現象をフ ラクタル次元で取り扱うこと自体に意義がある,と自 分に言い聞かせ,講演原稿の内容をほぼそのままの形 で投稿した。結果は,掲載否である。記憶は不確かで あるが,校閲者が,このパターンはフラクタルパターンではないと指摘したのが,返却の理由で あったと思う。そう言われると,逆にき裂分岐パターンがフラクタルであることを証明すること が難しく,引き下がるしかない。 私は,自分が時流に乗ったつもりで,深く分析をしないままに,論文を投稿したことが大変恥 ずかしくなった。私の新しい試みを評価してくれた人も数人おられたが,その話題が出ると,あ れには問題がありました,と言って言葉を濁した。しばらくは憂鬱であったが,いろいろ考えて 9 いるうちに,私は,自分の足元を見るのを忘れていたことに気がついた。自分の足元とは,自分 が行った研究結果,つまり「き裂分規則」を忘れていたのである。フラクタル次元ではなくても, き裂分岐の複雑さを,何かの次元で表現する試み自体は間違いではなく,むしろ新しい試みであ るから,自分で新しい次元をつくればよいことに気が付いた。極論すると,自然界のパターン形 成を支配しているのは,幾何学的に定義される「フラクタル」ではない。自然界のパターン形成 を支配する法則は, 「熱力学の第二法則:自由エネルギが減少する方向に変化が起こる」である。 自分が,熱力学の法則に基づいて導いた,「き裂分岐則」を出発点として,自分で,分岐の複雑 さを数値化できる次元を定義すればよかったのである。まわり道ではあったが,このようにして 定義した,角度一定(相似形)の制限がなく,応力の変化にも対応できる次元が,以下に述べる 「き裂分岐次元 Db」である。 まず,円板の中心から半径rの中にある全き裂長さ L が,つぎの関係 L =µ r Db で表され,i 番目の分岐が起こるときの応力σi とそのときのき裂長さ ai の関係がつぎの関係で 表されると仮定する(もちろん,この仮定が成立しないケースもたくさんあるが)。 æa ö s = s 0 çç i ÷÷ è a0 ø m ここで,σ0 および a0 は最初のき裂が発生するときの公称応力およびき裂長さである。 途中の計算は省略するが,前述の「き裂分規則」を用いると,分岐次元 Db は,さまざまな力 学パラメータで表現できる。つまり,分岐次元は,き裂が伝ぱするときの応力の増加割合,き裂 本数の増加割合,解放エネルギの増加割合などを表す。また,フラクタル次元は,分岐次元の特 殊なケース(応力分布が特殊な場合)として関係づけられる。 き裂分岐則 分岐次元 10 「分岐次元」が異なる場合のき裂伝ぱ形態 Db=2 Db=4 Db=1 私は,論文を掲載否と判断された校閲者には大変感謝している。もし,擬似フラクタル的な取 扱が論文として掲載されたら,かりに一定の評価があったとしても,かえって後悔する結果にな ったであろう。掲載否という,不名誉な出来事があったからこそ,「分岐次元」にたどり着いた といえる。 参考文献 1) E.H. Yoffe, Phil. Mag., 42, 739 (1951). 2) 平田森三,理研彙報, 5, 52 (1929). 3) 平田森三,応用物理, 5, 482 (1936). 4) 兵藤申一, 「割れ目の物理と平田森三」 ,形・フラクタル,別冊「数理科学」,サイエンス社, (1986),pp.6-11. 5) 青木繁,下川正樹,平野昌宏,坂田勝,日本機械学会論文集, 41, 1942 (1975). 6) 北川英夫,結城良治,日本機械学会論文集, 41, 1641(1975). 7) 河野俊一,清水茂俊,藤田慎一,日本機械学会論文集,A-51,2600(1985). 8) 河野俊一,上西研,山下優,清水茂俊,日本機械学会論文集, A-53, 1307 (1987). 9) A.H. Griffith, Phil. Trans. Roy. Soc. Lond., A221, 163(1920). 10) フラクタル,高安秀樹,朝倉書店(1986) 11)フラクタル科学,高安秀樹,朝倉書店(1987) 12)鈴木増雄,「「次元」の概念の拡張」,形・フラクタル,別冊「数理科学」,サイエンス社, (1986),pp.109-117. その他は,公表論文 1) ,3)および 6)の文献をご参照下さい。 11 公表論文 1. 軸対称引張り荷重を受けるぜい性材料円板におけるき裂発生形態,中佐啓治郎,中塚純一, 材料,第 38 巻,第 425 号,pp.100-105,(1989) 2. き裂の分岐・曲折現象と破壊力学, 中佐啓治郎, 日本金属学会会報, 第 28 巻,第 9 号,pp.753-759, (1989) 3. 軸対称引張荷重を受けるぜい性材料円板におけるき裂伝ぱ形態,中佐啓治郎,中塚純一,材 料,第 39 巻,第 441 号,pp.687-693,(1990) 4. Crack Branching Morphology in a Disk of Brittle Material under Axisymmetric Tension,Keijiro Nakasa,Jun-Ichi Nakatsuka,Proc. KSME/JSME Joint Conf. “Fracture and Strength ‘90”,(1990), pp.508-513. 5. Crack Initiation, Propagation and Branching in a Disk of Brittle Material under Axisymmetric Tension, Engineering Fracture Mechanics, Keijiro Nakasa, Jun-ichi Nakatsuka, Vol.39, No.4, pp.661-670,(1991) 6. 軸対称引張り荷重を受けるぜい性材料円板におけるき裂分岐形態の分岐次元による解析,材料, 第 40 巻,第 452 号,pp.613-618, (1991) (中佐啓治郎,中塚純一) 7. Analysis of Crack Branching Morphology in a Disk of Brittle Materials under Axisymmetric Tension by Using Branching Dimension, Eng. Frac. Mech., vol.47, No.3, pp.403-415, (1994) (Keijiro Nakasa and Jun-ichi Nakatsuka) ○ 1. 研究回想 すでに,き裂発生についての論文も掲載され,何年もたってから,私は,Cherepanov 著 “Mechanics of Brittle Fracture”(1971) という本を買った。その中に,有名な Panasyuk が 1968 年に行った研究(私が助手になってすぐの年)の紹介があった。これを見ると,私が 1989 年に発表した, Kn 2 = n -1 K n つまり Kn = 2 n - 1 pa n と同じ形の式がある(n → n+1 とすれば同じ)。星型き裂の形をハイポサイクロイド曲線 で置き代えることにより,解析解が求められているようである。詳しくは分からないが,おそ らく複素応力関数か何かを用いた解析がされているであろう。 12 私は,これを見て,やはりそうだったかと,納得がいった。エネルギ解放率が簡単な形にな るとすれば,解析解しかない。私の導いた星型き裂のエネルギ解放率あるいは応力拡大係数は, 自分で独立に求めたとはいえ,オリジナルなものではなかったのである。私は,いくぶんがっ かりしたが,反面ほっとした。私の推定した関数形は,北川先生・結城先生の計算結果と比べ て初めて,どうやら間違いではないと分かったのであって,Panasyuk のように,正々堂々と 解析的に求めたものではない。ほっとしたのは,本当のことが分かり,エネルギ解放率を自分 で見つけたという必要がなくなったからである。 それでは,Panasyuk の式を基にして,Griffith の理論(あるいは,熱力学の第二法則)か ら,n=2 を導いたのは,私のオリジナルな仕事になるのか。また,き裂分岐則を導いたのは, 私のオリジナルな仕事になるのか。私の仕事は,単なる演習問題を解いただけ,ということに なるのか。あるいは,古い問題であるから,世界のどこかで,すでにこのような研究は行われ ていたのか,私にはわからない。ただ,紆余曲折はあったが,少なくとも「分岐次元」を提案 したことは, ささやかではあるが,私のオリジナルな仕事ではないかと思っている。とにかく, 私は,ある時期,身の程知らずにも,このような問題に取組み,破壊の問題の奥深さを感じつ つ,ぜい性材料におけるき裂分岐現象を考えたことは間違いない。 2. 平田森三教授の書かれた論文を実際に見るまでは,私は n=3 が安定なき裂本数であると思 っていた。しかし,ものごとは単純な形から始まるというのが本当かも知れない。ところで, このような研究をしているときに,山口大学の河野俊一先生が,ある研究会でお会いしたとき に,n=2 ではなく,n=4 の十字型のき裂が発生すると言われた。清水茂俊先生・河野俊一先 生が書かれた論文には,金属薄板に円錐体を押し込むと,n=3 または,n=4 の花びら型のき 裂ができることが書かれている。この場合には,等二軸引張りと異なり,円板に円錐体を押し 込むので,まず直線(n=2)のき裂ができるが,変形の対称性を保持しようとして,一本の き裂の片方の先端から分岐が起こって n=3 になるか,あるいは一本のき裂の中心部に 2 次き 裂ができ, n=4 になるのではないかと思われるが,材料が塑性変形する場合には,ぜい性体 13 とは別のき裂発生・分岐現象が起こるかもしれない。割れの形態は,ある意味では芸術的でさ えあり,誰しも,なぜこのようなパターンが現れるかに興味をもつのは自然ではないかと思わ れる。この方面の研究でも大きな足跡を残された北川英夫先生は,ある学会で,講演の終わり に,大変美しいき裂分岐パターンの写真を紹介されたことがあり,印象に残っている。 3. 私の学生時代に,普段は近づきがたいほど,いかめしいある教授が,「研究は城を落とすの に似ている。どのように攻めるかが問題だ。」,と言われたことが記憶にある。我々のような学 生に,なぜこのようなことを言われたのかは分からないが,今では,その感覚はよく理解でき る。のちに分かったことであるが,その先生が提案された数値解析法は,コンピュータのない 時代に,○○の方法として,その分野でよく知られた方法だったそうである。実験で大きな城 を見つけ,数学・力学を武器にして城を落とすことができれば,研究者冥利につきる。実験結 果には,いろいろな現象が複雑に絡み合っていて,それを定量的に説明する糸口がつかめない ことがたくさんある。上記の問題も,実験をするだけであれば,隣の山から城を「とおめがね」 で眺めただけで,結局城は落とせなかったことになる。眺めただけの人は,昔からたくさんお られたはずであり,私もかなり長い間眺めていた。搦手から,何とか 1 つの櫓を落としたよう な気がするが,それは幻であったのかもしれないし,すでに誰かが落とした櫓だったかもしれ ない。小さな城は見つけたが,私には落とせなかった城はたくさんある。 4. フラクタルについての研究は,その後は一切行わなかった。しかし,せっかく仕入れた知識 をそのままにするのももったいないので,大学の 1 年生に対して,専門への導入科目として設 けられていた「教養ゼミ」のテーマにした(1 グループ 6 人程度)。最初は,フラクタルの例 についての説明と両対数グラフを用いたフラクタル次元の求め方の演習,つぎは AFM で試料 の凹凸を測定して付属のソフトでフラクタル次元を求める実習,後半は学生自身がフラクタル 的なものを探してフラクタル次元を求め,順番に紹介する,というプログラムである。全員で はないが,学生の目の付け所には面白いものもあって,発表を楽しんだ思い出がある。学生が 楽しんだかどうかは,「教養ゼミ」という科目が,学生による「授業評価」の対象外の科目で あったので,知ることはできなかったが。 「フラクタル」追記: 私は,フラクタルとは縁が切れたと思っていたが,最近,「フラク タル」と再会している。最近の我々の実験で,スパッタエッチングで形成した微細突起物が超撥 水性(水滴の接触角 150 度以上)を示すことがわかった。文献によると,表面がフラクタル形 状であれば,表面積が無限大となり,超撥水性が現れるという。しかし,現実には,このような 理想的なフラクタル形状をもった表面を実験で作ることはできていない。我々の突起物形状の分 布から,擬似的なフラクタル次元を求めることはできるであろうが,スパッタエッチングにより, 理想的なフラクタルパターンをつくることはできない。また,そのようなパターンができても, 水滴は細かい突起まで入り込まず,ほとんどを空気が支えるから,水滴と接触する部分の形状が 重要である。現在のところは,やはり「フラクタル次元」に深入りして考察することはしないで おこうと思っている。 PDF の転載は,固くお断りします ホームページに戻る http://www006.upp.so-net.ne.jp/nakasa/ 14