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システム・ダイナミックスの利用(PDF:42kb)

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システム・ダイナミックスの利用(PDF:42kb)
実践! 地域経済分析
連載
システム・ダイナミックスの利用
静岡地域分析研究会※による本シリーズも本
稿で最終回となる。各種の分析ツールの特徴や
使い方を解説しつつ、静岡県の状況について、
【静岡地域分析研究会(Shizuoka Regional
Analysis Research Group)】
平成18年度の静岡県の現総合計画の検討をき
様々な角度からの分析を試みた。本連載を通じ
っかけに、当時県の企画部、(財)静岡総合研究
て、静岡県の経済・人口等の実態について、改
機構(SRI)、静岡大学人文学部の有志による自
めて考えるきっかけとなっていれば幸いである。
主的な共同研究の形で、各種経済データを活用
連載の最終章として、本稿では、システム・
し、静岡県を経済分析の視点から分析を行って
ダイナミックスという手法の紹介と、現在も開
いる。
発が続いている「静岡SDモデル」を用いた将
来の静岡県の姿を明らかにする。
はじめに
ュレーションを念頭においたインダストリアル・ダ
将来を的確に見通すことができれば、 我々は常
イナミックス(Industrial Dynamics、1961)に始
に適切な行動をとることができる。気象予測は、第
まり、都市計画を扱うアーバン・ダイナミックス
2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の帰すうを
(Urban Dynamics、1969)、前述の『成長の限界』
制した。経済予測は、政府の経済政策の質を向上さ
で活用されたワールド・ダイナミックス(World
せてきた。1972年にローマクラブが発表した報告書
Dynamics、1971)を経て、その後、整理統合され
『成長の限界』における未来予測は、人口増加や環
てシステム・ダイナミックスとなった。
境汚染などの当時の傾向が続けば100年以内に地球
ワールド・ダイナミックスによるシミュレーショ
上の成長は限界に達すると警鐘を鳴らし、資源の制
ン結果は、その衝撃的な内容が世界中で反響を呼ぶ
約や環境の制約に人々の注意を向けさせた。このよ
と共に、システム・ダイナミックス(System
うに、予測は適切な行動をとるための前提となるも
Dynamics、以下SDと略す)の分析手法が広く知ら
のである。
れることになった。
正確な予測を立てるためには、諸事象の間の因果
SDでは、ある時点において測られた変数の量を
関係や相互依存性をモデル化する必要がある。しか
ストック(stock)、一定の単位時間当たりで測られ
し、しばしば不確実性や予期せぬ事態がそのモデル
た変数の変化量をフロー(flow)と呼ぶ(図1)。
の体系を襲う。そうした変動要因に対応する柔軟な
ストックはフローの累積であり、フローはストック
手法として、本稿では、システム・ダイナミックス
の変化分の関係にある。雲(cloud)はフローの供
という手法について解説する。
給源または吸収源を意味しており、無限の容量を持
1 産業連関分析の基礎
システム・ダイナミックスは、1956年にマサチュ
ーセッツ工科大学のフォレスター(J.W.Forrester)
つと仮定される。
図1 ストックとフロー
ストック
雲
によって開発されたシミュレーション手法である。
社会・経済現象への応用としては、企業行動のシミ
32
SRI 2010.8 No.101
フロー
実践! 地域経済分析
例として、人口成長の問題を考えよう。N=N(t)
ここで、出生率や死亡率のように、システムに必
をある時点 t における人口を表すものとする。t+1
要な数値や入出力をコンバータ(converter)ある
期の人口は次のように計算される。
いは補助変数と呼ぶ。
N
( t+1)=N
(t)+
(出生数)−(死亡数)
(1)
ここで、ある時点での人口はストックであり、そ
さて、子どもの数は、経済的またはその他の要因
に依存するという考え方がある。静岡県では長泉町
の年の出生数と死亡数はフローである。SDの手法
が高い出生率を維持しているが、その理由として、
で 描 け ば 、 出 生数 はパ イプ を通 じて 人口 に流入
保育所への待機児童数の少なさ、乳幼児医療費の支
(inflow)し、死亡数はパイプを通じて人口から流
援による子育てのしやすさが注目されている。もし
出(outflow)する(図2)。因果関係で考えれば、
も、それらの要因が出生率と一定の関係にあるので
出生数、死亡数により人口が決まる。
あれば、モデルに追加して考察を進めることも可能
である(図4)。
図2 フィードバックのない人口モデル
図4 長泉町モデル
人口
人口
出生数
死亡数
出生数
死亡数
しかし、図2のメカニズムは完全ではない。子ど
もの出生には両親が必要である。そこで、出生数が
死亡率
子育てのしやすさ
人口の大きさに依存すると仮定しよう。
(2)
出生数=出生率×N
出生率
保育所の数
医療費の支援
今度は、子どもが増えると人口が増え、人口が増
SDは、経済や社会、自然環境などの複雑なフィ
えると子どもが増えるという、双方向の因果関係が
ードバックをもつシステムを解析し、望ましい変化
組み込まれる。これをフィードバック(feedback)
を創り出すための方法論である。例えば経済では、
と呼ぶ。フィードバックとは、XからYへといった
価格が変化すると供給や需要の量も変化し、量の変
因果関係が巡り巡ってもとのXに影響を与えること
化が今度は価格に影響を与えるというフィードバッ
をいう。生物や物理などの自然科学の分野はもちろ
クが存在する。家庭でも、職場でも、市場でも、国
ん、経済、社会などの社会科学の分野にも広く見ら
際社会でも、多くの要素がつながりを持つシステム
れる構造である。
では、ほぼすべての場合にフィードバック構造が介
また、人口が多ければ死亡数も多くなる。死亡数
SDは、物事をシステムとしての全体像でとらえ、
も人口の大きさに依存すると仮定しよう。
(3)
死亡数=死亡率×N
在している。
フィードバックを組み込んだ人口成長は次のよう
要素間のフィードバック構造をモデル化し、問題の
原因を解析したり、解決策を探ったりするのに役立
つアプローチなのである。
になる(図3)
。
図3 フィードバックのある人口モデル
人口
2 地域経済のSDモデル
本連載で考察してきたように、地域における様々
な経済活動は相互に依存した関係にある。政策立案
出生数
出生率
死亡数
に広く利用されている産業連関分析や計量経済モデ
死亡率
ルは依存関係を考慮した分析手法であるが、それで
も十分とは言えない。
SRI 2010.8 No.101
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実践! 地域経済分析
産業連関分析は、明快な計算結果が得られる点で
口も含め全てが右肩上がりで成長していた20年前と
最も実用的な分析法であるが、その分かりやすさは
は異なる視点から静岡県の経済成長を考えなければ
投入量と生産量の関係(投入係数)を不変の比例関
ならないという問題意識から、人口減少が静岡県に
係で捉えることに依存している。このため、生産技
どのような変化をもたらすのかを調べることになっ
術の構造的変化や生産能力の限界という問題を考慮
た。そのためには、人口動向を正確に把握し、それ
しなければならない長期分析には向いていない。計
が経済・社会・環境にどのような影響を及ぼすのか
量経済モデルは、経済理論や経済統計との整合性が
を知る必要があった。直線的な成長が減少へ転じる
高いが、変数間の関係は原因から結果への一方向に
様相を明らかにするためには、非線形な動きをモデ
限定されていて、フィードバックは組み込めない。
ル化しなければならない。そこで我々は、非線形な
また、地域の経済活動は、経済活動単独で営まれ
動きをビジュアルに表現できるSTELLAというプ
ているのではなく、しばしば「地域性」という呼称
ログラミング言語を用いることで、新しい静岡SD
でひとくくりにされる地域固有の資源、人口、生活
モデルを開発することにした。
習慣等とも無関係ではない。こうした幅広い要素を
新しい静岡SDモデルは、以下の特徴を持つ、①
カバーするためには、因果関係を自由に組み込める
コーホート要因法に基づく各歳別の人口推計を行え
分析モデルが必要である。
ること(図5)、②産業別の経済活動の成長経路を
こうした目的で、地域経済のSDモデルの開発が
推計できること、③経済活動と県の環境指標との関
試みられてきた。総合計画策定支援のために開発さ
連を精査できること、④総合計画の数値目標の達成
れた「兵庫ダイナミック・モデル」(1975)がその
度合いを検証できること。
例であるが、実は、静岡県でもSDモデルが作成さ
1
図5 静岡県の人口推計(2010年モデル)
れたことがある。「静岡県SDモデル」(1984)であ
(千人)
る。大型コンピュータ用のDYNAMO言語でプログ
ラミングされたこのモデルは、総合計画用のシミュ
レーションを目指した県の一大プロジェクトであっ
3,900
3,800
3,700
3,600
3,500
たが、一般にはあまり知られていない。
3,400
3,300
3 静岡SDモデルの新開発
兵庫モデルは、予測モデルというよりは、行政と
住民が県政を共に考えるコミュニケーション・ツー
ルへとその性格を変化させつつも、現在も維持され
3,200
3,100
3,000
2,900
2,800
1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030
総人口
日本人人口
ている。しかし、残念なことに、静岡県SDモデル
人口減少の進展は県内の需要を減らすと考えられ
の開発は途絶えてしまった。DYNAMO言語による
るが、静岡SDモデルによる将来シミュレーション
プログラミングに時間と経費がかかったことがその
では、内需依存型産業の成長が鈍化していくことが
一因であると考えられる。1980年代後半に入ると、
わかった。また、県内総生産の成長が鈍り始めても、
アイコンを使ったグラフィカルなプログラミング環
人口減少があるために、それが人口1人当たりの県
境が登場し始める。
内総生産の成長に反映されるには10年以上の猶予が
静岡SDモデルの新開発は、「総合計画人口・経済
フレーム調査業務」(2004年度・2005年度)で始ま
あることもわかった(図6)。
開発が行われた時期は、団塊の世代の退職が最も
った。
人口減少社会という未知の時代の到来を控え、人
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SRI 2010.8 No.101
1総人口と日本人人口の差は外国人人口である。
実践! 地域経済分析
集中する「2007年問題」が危惧されていた時期でも
ブと呼ばれる。M字カーブの解消は男女共同参画社
あったが、静岡県におけるこの問題の特徴を正確に
会の目標の一つでもある。25∼29歳、30∼34歳、35
把握することができた。最近、静岡SDモデルを更
∼39歳の各年齢階層で、2011年度より年1%の就業
新したところ、60歳以上の再雇用や外国人の雇用な
率上昇を実現するというシナリオを設定しシミュレ
ど企業による対応がシミュレーションどおりに進行
ーションを行うと、10年後の2020年度には1人当た
していたこともわかった。
り県内総生産が43,000円増加することがわかる。
2
図6 1人当たり県内総生産(2010年モデル)
8,000
おわりに
(千円)
7,000
6,000
5,000
4,000
静岡SDモデルは、現在も開発が継続中である。
2006年の静岡SDモデルでは、2000年国勢調査報告
に準拠した人口モデルを採用していたが、最近、
3,000
2005年国勢調査報告に準拠したモデルに更新した。
2,000
復活させた静岡SDモデルを途絶えさせないよう、
1,000
年度
0
1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 2020 2025 2030
4 SDによる政策シミュレーション
統計的なアプローチによるモデル構築では、過去
に観測されたデータから直線的なトレンドをつか
努力していきたいと考えている。
我々は、現在、静岡県を6つの地域に区分した新
たなモデルを開発中である。高齢化の進展や基盤と
なる産業は地域によって様相が異なるから、今後の
経済成長には県内格差が懸念される。この問題を明
らかにしたい。
み、モデルを作成する。予測の当てはまり精度は高
また、地域別のモデルが完成すれば、観光などの
いが、モデルの構造そのものが変わるような変数間
地域に特有な産業の動きがより明確になるであろ
の関係変化や予期せぬ一時的な株価の急落、局地的
う。機会があれば、本誌の紙面を借りて、地域別
な紛争の突発などの不測の事態には対応できない。
SDモデルについても紹介したいと考えている。
これに対して、時間変化の1期毎に計算を積み上
げていくSDによるモデル構築では、構造の変更や追
加が容易である。特定の時期に、モデルのフローに影
なお、静岡SDモデルの開発状況は、今秋から下
記のホームページで公開する予定である。
http://www.srag.hss.shizuoka.ac.jp
響を与える仕組みを作っておけば良いからである。不
(静岡大学人文学部教授 山下隆之)
測の事態に際しても、構造変化を起こす要因を探り
当て、モデルを対応させることができる。この特色
参考文献
を利用して、政策シナリオを設定し、その効果をシ
静岡総合研究機構(2006)「静岡県総合計画人口・
ミュレーションできるのもSDモデルの利点である。
経済フレーム調査業務報告書」
静岡SDモデルでは、女性就業率上昇の効果、外
D.メドウズほか(大来佐武郎監訳)(1972)『成長の
国人雇用増大の影響、技術進歩の効果などの政策シ
限界―ローマ・クラブ人類の危機レポート』ダイ
ナリオを設定し、シミュレーションを行ってきた。
ヤモンド社
例えば、女性の年齢階層別就業率には、25歳∼40
山下隆之(2007)「人口減少社会の地域マクロ経済
歳の間に著しい低下がみられ、この現象はM字カー
モデル―静岡県経済のシミュレーション―」『経
済政策ジャーナル』第4巻第2号,pp67−70
2図6は、県内総生産の成長率が2010年以降漸減していくシナ
リオを想定したものであるが、1人当たり県内総生産の成長
率は2026年度まで上昇を続ける。
山下隆之(2010)
「地域マクロ経済のSDシミュレーシ
ョン」
『システム・ダイナミックス』Vol.9(印刷中)
SRI 2010.8 No.101
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