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無線LANからM2Mネットワークへ - ITU-AJ
スポットライト 無線LANからM2Mネットワークへ もりくら 京都大学 大学院情報学研究科 通信情報システム専攻 教授 まさひろ 守倉 正博 1.はじめに て、地域社会で安心安全なコミュニティを実現する手段とし 各家庭やオフィスにメタリックケーブルで高速通信を行う て利用が期待される。 方式や2000年頃に商用化された光アクセス方式により高速 データ通信サービスが利用可能な時代に入った。その結果、 2.機械と機械との通信 家庭やオフィス内ではケーブルの配線問題を解決するため、 無線LAN(Local Area Network)の実用化が図られた。無 世界的に化石燃料の使用を減らし、持続可能な社会を築 線LANの普及を促進したのは、世界中のどのメーカが製造し くためには風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギ ても互いに通信できるよう定められたIEEE 802.11シリーズ ーを組み合わせ、時々刻々変動する発電量と電力使用量を の国際標準規格の役割が大きい。現在では、無線LANはノ 制御する必要がある。このような目的のために研究開発が進 ートパソコンだけではなく、スマートフォン、ゲーム機、タブ められているのが図1に示すスマートグリッドと呼ばれる電力 レット端末、プリンター、カメラ等種々の機器に搭載されて 需給システムである。スマートグリッドの特徴は電力供給網 いる。また家庭内やオフィスにとどまらず、学校、街角のコ と通信網を融合させたシステムである。このシステムは情報 ーヒーショップ、ホテル、空港、駅等様々な場所で公衆無線 通信という仮想世界(Virtual World)と電気エネルギーと LANが利用可能になり、多くのコンピュータ端末がインター いう実世界(Real World)を結びつけるものでもある。通信 ネットに接続され、 「人と人との通信」に加えて「人と機械 ネットワークの中核は、光ファイバーネットワークを中心と との通信」が実現され、今日に至っている。 した高品質で高速な通信システムと、それらの末端部分で多 これまで、通信システムは有線・無線のいずれの方式にし くの情報収集を行うワイヤレスアクセスネットワークから構 ても、多くの情報を伝達するための研究(ブロードバンド化) 成される。末端部分でワイヤレス方式が採用される理由は設 が中心であった。その一方、将来の通信システムとして重要 置の簡便性とコストの点で優れているからである。我々の研 なのが、伝送する情報は小さくても端末数が膨大な「機械と 究室では無線通信方式という観点からこのスマートグリッド 機械の通信」である。この通信システムはM2M(Machine 用のワイヤレスアクセスシステムの研究を進めている。 to Machine)システムと呼ばれる。M2Mシステムは人類が 図2にはスマートグリッドを構成する重要な要素であるス 直面する大きな課題であるエネルギー問題や環境問題に加え マートメータと双方向の通信を実現するスマートグリッド用 上位系統と連携 通信網 電力供給網 発電 電力貯蔵 太陽光発電・風力発電 蓄電池 エネルギーマネジメントシステム 蓄電池 スマートハウス・電気自動車 集合住宅 スマートメータ 一家庭に一台 図1.スマートグリッド 8 ITUジャーナル Vol. 43 No. 12(2013, 12) Multiple Access with Collision Avoidance)の課題として、 トラヒック輻輳時のスループット劣化がある。想定されるシ ステムでは1台のアクセスポイントに1万台程度のセンサ端末 を同時に収容する必要がある。この場合、例えばショッピン グモールに設置されたセンサ端末で火災が発生した時に煙セ ンサ等が一斉にデータフレーム送信を行うことが想定される。 端末からアクセスポイントへの輻輳が起こり、結果としてス ループット劣化に至ることになる。 この課題を解決するためには、端末からのトラヒックの輻 図2.スマートグリッド用ワイヤレスアクセスシステム 輳を緩和することが必要であり、同時にデータフレーム送信 を試みる端末数を意図的に減らすグループ化が有効である。 ワイヤレスアクセスシステムの実現例を示している。このワ 図3に端末のグループ化を示す。例え1万台の端末があったと イヤレスアクセスシステムに用いられる無線周波数は2.4GHz しても、グループ化をすることにより、トラヒックの輻輳に 帯域や920MHz帯域の利用が想定されている。ワイヤレスア よってデータフレームが衝突する確率は下げることができる。 クセスシステムはスマートグリッドに限らず、災害対策用シ ただし、この方式ではアクセスポイントから端末に対して、 ステム、環境保全監視システム等の様々な監視制御アプリケ どのグループに属してどのような期間だけ通信すればよいか ーションに対応できるプラットフォームとして望まれる。こ ということを集中制御する必要があり、アクセスポイントや のプラットフォームで使用されるワイヤレス端末の長年にわ 端末の機能が複雑になるという欠点がある。 たる保守を簡易化するためには、電池の交換をなくすことが 我々はこの問題を解決するために、図4に示すCSMA/CA 重要である。将来一人で数百、数千台といった無線端末を プロトコル上の「フレーム間の間隙(IFS) 」部分を工夫する 保有する時代になると、電池交換が保守上の課題となり、 ことにより、端末を仮想的にグループ化する方式を考案した。 この解決が必要である。この問題を解決するため、我々は 仮想グループ化が実現できれば、アクセスポイントが端末を ENTERPRICE M2Mネットワーク(M2M network consist- 集中制御することから解放され、装置の複雑さが軽減され ing of Enormous Number of TERminals without PRImary る。具体的な「フレーム間の間隙」部分の動作は、ランダム CElls)と名付けたワイヤレスアクセスシステムの研究を行っ ている。このシステムは、数百台から数万台に及ぶ端末数、 AP 数kbit/sから数Mbit/sに及ぶ伝送速度、これら全ての監視 制御アプリケーションの要求を統一的に扱え、エネルギー供 給も電池ではなく、エナジーハーベストやマイクロ波給電と STAs いった技術を用いて実現することを目指している。 研究対象となるENTERPRICE M2M無線ネットワークの 要求条件の一つは、従来の無線LANで想定されていたアク Group #3 Group #1 セスポイント(基地局)ごとのサービスエリア半径と比較し Group #2 て非常に大きいことである。また、サービスエリア半径が大 図3.端末のグループ化 きいため、競合型の媒体アクセス制御を用いる場合にデータ AIFS[j] フレームの送信権獲得に際して互いに競合(contention)す る端末数が膨大となる。 AIFS[i] DIFS [1] 3.仮想グループ化 Busy Medium 膨大な端末数の無線システムで、無線LANの通信プロト コルとして広 く用 いられるCSMA/CA(Carrier Sense Contention Window (0 - CWmin) SIFS Data Frame Slot time 図4.AIFSを用いたCSMA/CAプロトコル ITUジャーナル Vol. 43 No. 12(2013, 12) 9 スポットライト Number of competing stations 10000 1000 100 10 0 10 図6.病院内のENTERPRICEシステム 20 AIFSN max る。今後、省電力化された無線LANチップの消費電力とし 図5.競合に参加する平均端末数 て、送受信動作時に100mW、スリープ時に数μWと想定す AIFSN(Arbitration Inter-Frame Space Number)方式を ると、単純にはデューティ比を1/100程度に抑えればよいこ 用いている。AIFSNを用いるもともとの目的は送信優先度の とになる。周波数の有効利用の観点からマイクロ波伝送の無 設定であり、優先度に応じて固定的にAIFSNの値を設定す 線帯域と通信用無線帯域の共用を考えた場合、時間的に給 る。例えば、優先度の高い端末には小さなAIFSNを設定し、 電と通信を分離した動作(間欠動作)が必要となる。 早く通信が開始できるようにする。一方、本ランダムAIFSN 図7に電波暗室の実験風景を示す。左側から2.4GHzのマ 方式では、各端末はフレーム送信後に新たなAIFSN値を設 イクロ波送電を行い、右のレクテナアンテナを有する無線 定するに当たり、[2、AIFSNmax]の範囲で一様ランダムに LAN端末で受電するシステムである。無線信号とマイクロ波 再設定する。これにより、図5に示されるように、全員が同 送電は間欠動作を行っており、センサ端末は、10.24s置きに じAIFSNの値を用いる場合と比較し、競合に参加する端末 送信されるビーコンの受信タイミングの前後2s以外はスリー の数が事実上減少する。これは、グループ化によって競合に プさせている。図8の上はセンサ端末の消費電流の実測値で 参加する端末を少なくすることと等価であり、仮想グループ あり、ビーコンの受信タイミングの前後で大きな消費電流が 化と呼んでいる。 計測されている。図8の下は送電装置からの送電の有無の実 測値であり、ビーコンの前後を除外して送電していることが [2] 確認できる。 4.電池なしのワイヤレス端末 第2章で述べたように、多数のワイヤレス端末から構成さ れるシステムでは通常運用時のメンテナンスの点で端末のバ ッテリーレス化が望ましい。したがって電灯線以外の何らか の手段により、コンデンサ等に充電しながら行う給電が必要 である。 図6は、例として病院内におけるENTERPRICE M2M無 線ネットワークを示しており、多数のセンサを必要とするこ とと、近距離の通信であることからマイクロ波送電によりワ イヤレス端末のコンデンサへの給電を行うシステムである。 マイクロ波電力伝送には、電波防護指針により空間内の 電力に1.5GHz以上では1mW/cm2という制約があるものの、 1cm四方の面積で原理的には最大1mWの給電が可能であ 10 ITUジャーナル Vol. 43 No. 12(2013, 12) 図7.電波暗室内での実験風景 Current drain of the SN (mA) 160 120 80 40 0 802.11ahにてタスクグループを形成し鋭意標準化が進められ ている。伝送速度は低速ながら1km程度のセル半径で膨大 なセンサ端末を信頼性高く、いかに簡易に管理運用を行うか が鍵となる。センサネットワークに対して世界各国の無線帯 Power transmission 0 5 10 15 20 25 Time (s) 30 35 40 45 域が920MHz帯で統一される状況で、通信規格も統一が図 られると、無線LANと同様に広く普及することが期待され ON る。 また、マイクロ波伝送については太陽光発電や様々なエナ ジーハーベスティング技術とともに、適材適所で研究開発が OFF 0 5 10 15 20 25 Time (s) 30 35 40 45 進められていくものと考えられる。 (2013年3月29日 第321回ITU-R(無線通信)研究会より) 図8.マイクロ波給電と通信のスケジューリング 参考文献 [1] K. Ogawa, Y. Sangenya, M. Morikura, K. Yamamoto, and T. Sugihara, “IEEE 802.11ah based M2M network employ- 5.むすび ing virtual grouping and power saving methods”, Proc. of IEEE VTC, Las Vegas, USA, Sep. 2013 エネルギー問題や環境問題、メディカルケアといった課題 [2] N. Imoto, S. Yamashita, T. Ichihara, K. Yamamoto, M. を解決する手段としてあらゆるものに通信機能を付け、機械 Morikura, and N. Shinohara, “Experiment of Microwave と機械の通信を行うシステムについて述べた。国際的にも無 線LANやセンサネットワークの標準化組織であるIEEE Power and Data Transmission Scheduling for IEEE 802.11-based Sensor Networks”, Proc. of PIMRC, London, UK, Sep. 2013 ITUジャーナル Vol. 43 No. 12(2013, 12) 11