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第60回アマチュア本因坊戦全国大会

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第60回アマチュア本因坊戦全国大会
第60回アマチュア本因坊戦全国大会
【囲碁力】
文章力を「物事の魅力を文章で引き出す力」と定義し、人間力を「相手の魅力を言動で引き出す力」と定義
する。すると、囲碁力は「囲碁の魅力を引き出す力」と定義される。
文章で、言葉で、あるいは行動で。「いかに囲碁の魅力を引き出せるか」が、すなわち囲碁力の高さであ
る。
【アマ本】
全日本アマチュア本因坊戦は、2014年で60回目を迎えた。
江戸幕府は家元制度で囲碁を保護した。本因坊・井上・安井・林の「家元四家」は、しかし明治維新によっ
て崩壊せられた。
現代まで遺る家名は、「本因坊」ただ一つである。毎日新聞社の主催で、全てのプロ棋士が同名のタイトル
を求めてしのぎを削る。現在の保持者は井山裕太九段、彼は本因坊とともに、棋聖・名人・王座・天元・碁
聖の計6大タイトルを同時に保持する。囲碁界の羽生善治は、現在25歳である。
アマ本因坊戦の優勝者は、プロ本因坊戦の優勝者と「プロアマ本因坊対抗戦」を行う。Startup IGO!!の
CIO(※)、井場悠史(25歳)の目標は、もとより「打倒井山裕太」であった。
(※Chief Igo Officer、最高囲碁責任者)
【ホンさん】
CIOの前に一人の男が立ちふさがる。ホンソッギ氏、韓国出身の28歳。アマ名人・アマ竜星・アマ本因坊の
「アマ三冠」を総なめにする、文字通りの「最強」である。棋力はトッププロと比べても遜色ない、どころ
か、今すぐタイトル戦のリーグに名を連ねてもおかしくないレベルだという。
CIOは昨年も、全く同じ大会の全く同じ回戦で、ホンソッギ氏と戦っている。結果は、黒番中押し負け。
「アマチュア本因坊戦全国大会2回戦」、打倒井山裕太へ至る道中の、アマ囲碁界で最も巨大な16文字が、
今年もCIOの前に立ちはだかった。
【いばちゃん・ここまで(勝ち上がり)】
CIOは、東日本本因坊としてこの大会に出場している。別名は東京代表、言うまでもなく日本随一の激戦区
である。大会初日に予選二局を打ち、全国から選りすぐられた囲碁の猛者が、ここでさらに32名に絞られ
る。
その32名で、決勝トーナメントを戦う。むろんCIOはそれに残り、1回戦で北東北本因坊の寺山文哉氏を撃
破した(190手以下略、白9目半勝ち)。その結果、本来ならばこれが決勝戦でもおかしくない「井場悠史vs
ホンソッギ」が、2回戦で早くも実現することとなる。
「アマチュア本因坊戦全国大会2回戦」。
因縁の対決の第2ラウンドが、一年の時を経てその幕を開けた。
【いざ】
言うまでもなくホン氏は、この大会に名を連ねるすべての猛者にとって壁である。心象風景の視界を80%
ほど狭めるこの名前は、同時に行動レベルにおいて「特殊対策」を要求する。
しかし、CIOは違っていた。「ホン氏のための対策」「打倒ホン氏」を謳った時点で、井山裕太に至るはる
か以前に、自分がホン氏に劣ることを自ら公言することになる。
「もし自分が一番強いのなら、相手の事は気にする事なく、1手1手最善を尽くせばいい。」
「そうすれば負けない、なぜなら、自分が一番強いのだから。」
われらがCIOはそう語る。ホン氏に勝つのではない、囲碁に勝つのだ。盤を挟んで相対するのが井山であろ
うとホン氏であろうと、やるべきことは変わらない。
ただ無心で、1手1手最善を尽くすだけだ。
【白番】
ニギリの結果、CIOは白番になった。実はこの大会、ここまでの3局すべてを白番で打っている。個人差は
あるけれど、CIOは黒番で打つことをより好む。ただし、それは白番があたって落胆することを意味しな
い。
黒であっても白であっても、ただ無心で、1手1手最善を尽くすだけだから。
【頂上】
勝利とは山登りである。この場合、登る山の名前は「井山裕太」だ。勝利という頂上への踏破を期するなら
ば、まず知るべきは「最短距離」である。ただでさえ長い道中を、わざわざ遠回りして、さらに長くする理
由はどこにもない。
ホン氏は、その山の途中に居る。「対策をする」となってしまえば、それは井山裕太という山の途中で、ホ
ン氏の方角へ遠回りをしてしまうことだ。
CIOは一手目を打ち下ろした。ホン氏に向けてではない。いずれその場所に座するであろう、井山裕太とい
う巨山を登る、その一歩目としてである。
【「普通」の大変さ】
(ホンソッギ戦、棋譜はこちら。井場悠史(白) vs ホンソッギ(黒)、107手以下略 黒中押し勝ち)
CIOは碁石のエネルギーにピントを合わせる。最初の被写体は7手目だった。この上辺黒3子は「ミニ中国
流」と呼ばれる陣形だが、近年の大会でその姿を見かけることは少ない。
姿を見かけることが少ないということは、研究が進んで「有利になりにくい」と結論が下されたということ
だ。しかし、それをあえて打つ。有利になりにくいのに「打った」のではなく、自分の考えをしっかり持っ
ているから「打てる」のである。
ホン氏の碁石エネルギーは碁界への迎合から発されていない。自分への信頼から発されている。CIOのカメ
ラは、敵の御しがたしをファインダーに捉えていた。
13手目。定石では一路右の一間トビだが、最近の研究でこの二間トビが多く打たれている。ここでは、ホン
氏は自分への信頼と碁界への迎合を両立させている。良否はむろん、本稿の論じるところではない。
14手目。星下へのこのヒラキを打つなら、右下はカタツギであることが多い。(参考図1)しかし、「ただ
多い」というだけの話。
【参考図1】
CIOはこう語る。「黒に詰められたときのバランスを考えた。通常のヒラキだと右上にカカったときに反撃
を喰らう恐れがあるが、一路控えれば詰めに対するカカリやすさが変わる。さらに、カケツギはカタツギよ
りも打ち込みに対して柔軟性を保っている。よってカケツギ⇒星下ヒラキの順である」(参考図2)
【参考図2】
CIOの碁石エネルギーも碁界への迎合から発されていない。自分への信頼から発されている。自信と自信の
正面衝突するところ、碁盤の下の碁石を繋ぐ命脈が、静かに激突の火花を散らし始めている。
18手目から30手目。一見何の変哲もないこの進行に、CIOのカメラは蠢動を禁じ得ずにいた。未だ対局開始
より十数手ほどながら、ここで一手間違えればそれだけで囲碁そのものを負けにするところ。ピントを合わ
せる作業は、その局面が「普通」であるほど、地味で、辛い。
「この一連の流れに対し、ホン氏は小考程度。自分の方は正確には覚えてないが、持ち時間の半分は使って
しまったと思う。序盤で悪くしてはいけないという意識がどこかにあったかもしれない」
少しずつ、「アマ最強」の陰影が、CIOの心象風景に侵入を始めている。
34手目。侵入者の存在を、CIOはここで自覚した。40手目までの進行は白石がヨレており、34手目自体も
働きが乏しい。
ではどうすればよかったのか。
「34手目でS16のノゾキから石を運ぶのはどうか、と師匠の藤澤一就先生(プロ八段)から意見をもらった。
確かにここで様子を見るのはいいタイミングかもしれない。最善はさらに深く調べる必要があるが、34手
目への違和感から、自分の発想力の弱さを痛感した」(参考図3−1、2)
【参考図3−1】 【参考図3−2】
その破れかけた均衡を、42手目から修正する。
「43手目から49手目まで、白一子を取りに来てくれたのはありがたかった。52手目まで芯を止めれば、形
勢は挽回したと思う。ホン氏と同じ土俵で戦っているという実感があった」(参考図4)
【参考図4】
昨年の「アマチュア本因坊戦全国大会2回戦」では、圧倒的な実力差に加え、「積極的にいかなければなら
ない」というメンタル面における事前負けを喫していた。本年、実力において不足なし、メンタル面におい
ても不覚なし、その証左たる52手目であった。
53手目。ホン氏の非凡さがこの一手に凝縮されている。この時点でCIOの持ち時間は「残り5分(その後は秒
読み一手40秒)」、54手目は時間に追われる中での仕方なしの選択だった。ここからの12手で、一気呵成に
形勢が定まる。
65手目。ここを黒に詰められては、白がはっきり悪い。64手目はそれを打開する最後のチャンスであった
が、そのチャンスを生ぜしめた黒の63手目にも緩みがあった。(参考図5−1、2)「この二手、お互いに
手が伸びていない」とCIOは語る。その緩みが、全国大会においては勝敗に直結するのだ。
【参考図5−1】 【参考図5−2】
白の形勢は悪化した。既に秒読みに追われる中、しかも相対するのは「アマ最強」である。消去法でも、積
極策でも、勝利のための方針はただ一つに絞られた。
左辺の黒を屠る。
そのための準備工作が76手目である。効果は確実に発揮された。91手目・93手目を打つとき、冷静沈着で
知られるホン氏が「くそっ!」と日本語で吐き捨てたそうである。
それを誘発したのは白の82手目・84手目だ。この二手が本局のハイライトだと筆者は思う。「左辺の黒を
殺さなければならない」という前提から必然的に導き出される結論は、「自主的なアキ三角」であった。碁
石で人を魅了するとは、こういうことを言うのだろう。
96手目。このアテがきて、左辺黒に生命の導火線が出現した。あとは右辺に連なる導火線に白石の炎を灯
すだけだった。106手目、その最大のチャンスを、
CIOは、逃した。
「結論を言うと、参考図Aで死んでいた。参考図Bのオキは4までで生き、参考図Cのハネからツケは手筋に
見えるが、結果は良くてコウ。黒は右辺に豊富なコウ材があって、白はいかなるコウも争えない」
よって白は無条件で黒を殺さなければならない。爆発に至る唯一の道筋は参考図Aの1のアテからの3のハ
ネだった。詰碁として出されればすぐに解けたであろうこの問題は、秒読みの中でCIOの掌から零れ落ち
た。
【参考図A】 【参考図B】
【参考図C】
107手目、ツギ。あらゆる可能性はこの一手で雲散する。以下略、黒中押し勝ちである。
「秒読みの中何も見えなかった。というより何も考えられなくなっていた。技術的な勝負ではなかったが、
イメージにおける勝負で実は負けていなのかもしれない」
つまり、CIOは結果としてホン氏をイメージ「してしまっていた」ということだ。既にアマ最強として名を
確立しているホン氏は、相手の一人一人を一顧だにする必要はない。
ホン氏がアマ最強でCIOがアマ最強ではない理由は、「イメージの差」にしかない。CIOが万全だと考えて
いたイメージは、しかしホン氏のそれ以上のイメージによって覆された。
その違いは碁石の体積以上に視覚化されない。それでも彼らは、視覚化されないそのレベルで戦っていたの
である。2014年8月、ベスト16に名を連ねて、CIO井場悠史はアマチュア本因坊戦全国大会から姿を消し
た。
【勝負の超越】
CIOの今後の課題は、「勝負をいかに超越するか」に収斂する。そして、それは同時に日本囲碁界の課題で
もある。
「勝ちたい」「負けたくない」「戦いたい」のいずれにせよ、勝負の次元でおのが目標を語る時点で、「イ
メージの卓抜」をその人物は達していない。理由は前述したとおり、「本当に自分が一番強いなら、1手1手
最善を尽くしていればただそれでいい」はずだからだ。
「勝負の次元で囲碁を語る時点で、その人はすでに敗北している。」
CIOはそう語る。むろんこれは勝負における敗北ではなく、イメージにおける敗北である。あらゆる勝負
は、結果の源を「イメージの差」に帰結せしめる。日本のプロ棋士の発言を眺めてみれば、彼らが「イメー
ジ」において既に世界に敗北していることが察せられるであろう。
碁界に迎合し、勝負の次元でしか囲碁を語らず、しかも囲碁人口の母数が少ない現状では、日本囲碁界は飛
躍の翼を持たない。
それについて、CIOはこう語る。
「日本はもともと、職人芸・達人芸の国だった。囲碁界でもそれを追求すれば、遠からず日本は世界に冠た
る"囲碁大国"になる。」
筆者は、それにこう付け加える。
「棋力の土台には人間力がある。棋力のみを指標とし、人間力の醸成を怠る平成囲碁界では、そも人間力を
重視していた大正・昭和囲碁界にすら遠く及ばない。囲碁界低迷の遠因は囲碁棋士の人間力低迷である。」
課題は「盤外の世界」にある。
【囲碁力】
文章力を「物事の魅力を文章で引き出す力」と定義し、人間力を「相手の魅力を言動で引き出す力」と定義
する。すると、囲碁力は「囲碁の魅力を引き出す力」と定義される。
文章で、言葉で、あるいは行動で。「いかに囲碁の魅力を引き出せるか」が、すなわち囲碁力の高さであ
る。
プロは盤上で、アマはそれ以外の場所で、囲碁の魅力を精一杯引き出そうとする。プロはプロとして、アマ
はアマとして囲碁力を高め、結果として日本全体の囲碁力を増加せしめる。
世界に冠たる囲碁大国。
その指標は、常に我々の囲碁力である。
【執筆後記〜彼の指導はリスペクトから始まる〜】
CIOは普段、インストラクターとして院生を教えている。
彼の指導は、いつも「相手をリスペクトすること」から始まるそうだ。
年齢に関わらず、棋力に関わらず、まず、目の前の相手を尊敬する。然るのち、盤上でその相手の魅力を引
き出す。言うまでもなく彼は相手を尊敬しているのだから、引き出せる魅力も無尽蔵だ。
それは院生相手に限らない。Startup IGO!!の活動で、彼は全く同じ指導を全ての人に行っている。一言で
言えば、「彼と打てば打つほど、僕らは自分の魅力を引き出してもらえる」。
こんなに素晴らしい囲碁インストラクター、他にいるだろうか。
僕が院生のころに彼の指導を受けていれば、きっと今頃井山裕太と名人戦を戦っていたはずなのになあ。
(記:橘諒)
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