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Real Infinity Online

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Real Infinity Online
『Real Infinity Online』VR初
心者ゲーマーがテラ神父
tera
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
Online﹄︵通称RIOま
﹃Real Infinity Online﹄VR初心者ゲー
マーがテラ神父
︻Nコード︼
Infinity
N4162CJ
︻作者名︼
tera
︻あらすじ︼
﹃Real
たは∞︶
広大さと限りない自由度が売りのVRMMORPGでVRゲーム
初心者のクボヤマが騒ぎを巻き起こし巻き込まれる話。
ゲーム初心者のクボヤマは何も知らずにリアルスキンモードでキ
ャラメイクしてしまう。
1
リアルスキンモードとはRIOの世界観を最大限に楽しんでもら
う為に作られた物で、VRアカウント一つにつき1キャラのみ作成
可能、キャラデリ不可。︵RIO推奨ギアのみ使える新機能︶
プレイヤーネーム:クボヤマ
プレイモード:リアルスキンモード
種族:ヒューマン
VIT
DEX
STR
30
50
50
30
MP300
才能:レベルアップ時MIND値追加ボーナス
レベル1
INT
5
HP:200
AGI
100
0
MIND
LUK
※リアルスキンモードはステータスおよびスキル振りが出来ません。
そんな概念すらありません。全て自分の経験が生きます。ですが成
長に補正が掛かりますので才能がある物に対しては驚くべき勢いで
ステータスは伸びて行きます。全てプレイヤースキルで決まります。
※このステータスだけは置いときます。
※ツイッター↓@tera︳father
※クソ駄文です!!!注意してください!!!
新作投稿しました!
﹁奈落に落ちた俺が超能力で無双する﹂
http://ncode.syosetu.com/n5083
2
du/
ぜひ一度ご一読を!
この一年ずっと更新しています。
グローイング・スキル・オンライン
http://ncode.syosetu.com/n7793
dh/
3
ログイン︵前書き︶
ネットゲームなんて2Dしかした事無いクボヤマさんが、福引きで
3日前急遽サービスを開始したあのVRMMORPGを当ててプレ
イする話。キャラネームとか本名でやっちゃうヤツ。VRゲームは
みんなそれが本人だと思っているヤツ。
※処女作につき、かなり伏線回収できてなかったり、置き去りにし
てしまった部分があります。ご了承ください。
4
ログイン
朝一で魚を買った帰り、たまたま持っていた福引きを回してみる
とまさかの2等が当たった。本当は3等のお米20キロが欲しかっ
たんだが、、、
えーっと。
Infinity
Online﹄
地球4つ分の広大さと自由度無限大のVRMMORPG。﹃Re
al
ゲームなんて久しぶりだ。しかも最新のVRゲームときた。
22歳にもなって、ゲームなんてやらないだろうなと思っていた
が、久々にやってみようかなという気になった。
ゲームのパッケージとVRギアの説明書を読んで行く。
﹁推奨のVRギア?を使えば、最新のリアルスキンモードでゲーム
をお楽しみ頂けます?よりリアルな世界を冒険したい方におすすめ﹂
VRギアでもスペックの差ってあるもんなんだね。自称VRゲー
ム廃人の友達からは規格統一されたから色んなゲームが出来て毎日
が楽しいぜと聞いた事がある。本を読んでる最中であまり良く聞い
ていなかったが確かそんな事を言っていた。
まぁ、そうだな。せっかく最新版のVRギアがあってそれでしか
楽しめないって書いてあるんだから。
﹁ここはリアルスキンモードでプレイしよう﹂
5
おっと、その前に件の友人にメールの一つでも送っておこう。俺
も最新のゲーム始めたぞってな。
俺は目を閉じてVRギアの電源を入れた。
ブゥン。一昔前のブラウン管テレビを付けた時の様な音が響く。
﹃ようこそ、RIOの世界へ﹄
アナウンスが流れたので俺は目を開けた。
どうやらキャラメイク画面の様で、目の前のスクリーンにはどち
らのプレイモードでプレイしますか?と表示されている。
手で触ってみようとしたが無理だった。
これはどうすればいいんだ。
その思考にアナウンスが答えてくれる。
﹃口頭でプレイモードを選択してください﹄
ああ、そういうこと。
﹁リアルスキンモードで﹂
﹃確認しました。リアルスキャンを開始致します﹄
6
まるでコピー機の中みたいだ。
﹃身体データのスキャン完了しました。よりリアルに近づける為に
記憶スキャン開始の許可を﹄
すごいな、記憶まで読み取って本人を再現する訳か。俺は今、最
新の技術力に少しだけ感動していた。でも、記憶か・・・。
少しだけ辛い記憶もあったので、心苦しい物があったが、よりリ
アルという言葉の為にはゲームの中の自分も記憶に沿った自分でな
ければいけないのだと思い許可を出す。
﹃開始します﹄
とくに痛みも不快感もなく、終了する。
﹃最後にプレイヤーネームを決めてください﹄
﹁クボヤマ﹂
リアルスキンモードだ、リアルの名前でいいだろう。それと友人
もプレイしていたら気付いてくれそうな気がするからな。
﹃ノーマルプレイとは全く違う、真のRIOの世界へ。それでは行
ってらっしゃいませ﹄
まったく、期待させるアナウンスだ。
7
ログイン︵後書き︶
新作投稿しました!
﹁奈落に落ちた俺が超能力で無双する﹂
http://ncode.syosetu.com/n5083
du/
ぜひ一度ご一読を!
この一年ずっと更新しています。
グローイング・スキル・オンライン
http://ncode.syosetu.com/n7793
dh/
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洗礼
目を開けるとそこは大きな噴水のある広場だった。俺の目の前に
は大きな掲示板が建っている、エリアマップだ。
この噴水の広場は﹃女神の広場﹄と言うらしい。確かに噴水の中
心に女神の像が建っている。太陽光を反射する水のカーテンに包ま
れた女神像はどことなく神秘的に思えた。
ものすごく現実の中に居るような気分になって来る。バーチャル
なのに。
この広場が﹃始まりの街﹄の中心であり、広場から東西南北にメ
インストリートが伸びている。そこから枝分かれする様にそれぞれ
の施設への小道が続いている。なんつーか綺麗な街並だけど排水と
かどうなってんだろ。
地図通りの街並かどうかもあとでチェックする必要があるな。わ
くわくしてきた。
マップから視線を外して回りを見渡すと、そこそこの人数が広場
でくつろいでいた。これがいわゆるプレイヤーなのかな?
相変わらずマップ前でキョロキョロしていると、近くから声が掛
かる。
﹁あんたさっきからマップ前でキョロキョロして、邪魔なんだよ﹂
帯剣に胸当てと額当て、いかにも剣士といった男が俺に喋りかけ
て来た。
﹁すいません。今どきます﹂
9
言い方は辛辣だが、余計な波紋をここで起こしても仕方ない。な
により怒ってる暇等無いほど俺はこの状況を楽しんでいる。第一プ
レイヤー発見。しかも向こうから声をかけられた。
﹁ん?あんたその格好。たった今ログインしたのか?﹂
彼は俺の格好を見てそう言った。どうして判ったのかと怪訝な表
情をしていた俺に彼はさらに付け加える。
﹁その格好みれば判るぜ。俺も通った道だ。初ログインはわくわく
するものだ﹂
﹁たしかに、初めてのVRゲームなんですが、ここまですごいとは・
・・﹂
﹁あんた一発目がRIOなんだ? これに慣れたらもう他のゲーム
はできないぜ!﹂
彼は、このゲームの他ゲームとの違い等を笑いながら語っている。
口は悪いが実は良い人なのかもしれない。良かったらいろいろと教
えてもらいたいと思い俺は彼に尋ねようとした。
﹁あの、初めの方で気をつけておくべきことなどはありますか?﹂
﹁あーそれね。あるある。このゲームは自由度が高過ぎてこんな事
も許されてるんだよw﹂
彼の笑い方が変わったと思ったら。彼の剣は俺の腹を貫いていた。
10
﹁町中のプレイヤーキル。あ、気をつけてね。その服来たままだと、
面白半分で殺されちゃうからw﹂
じわっと服に血がにじんだと思ったら。急に腹から剣を抜かれた
勢いに合わせて血と内蔵が零れる。少し遅れて激痛が、俺は思わず
しゃがみ込んだ。
﹁あれw普通は即死なんだけど、VIT極の人?w﹂
まわりから﹁うわっ、そこまでリアルなんだ!﹂やら﹁痛覚高め
に設定してんだ痛そー﹂やら﹁やれやれ﹂といった声が聞こえる中
とうとう俺は力尽きてしまった。
気付いたら大聖堂の中にいた。リスポーンというヤツか。ログイ
ン場所がリスポーン地点じゃなくて良かった。またあざ笑う様に殺
されていたかもしれん。
それにしても。痛かった。
今のは俺が悪いな。これだけ自由度が高いんだ。下手な制限なん
て設けられてるはずが無い。現実の世界と一緒だと考えるべきなん
だ。
ゲームゲームだとずっと言っていた俺が恥ずかしい。即死だった
11
らどれだけ良かったから、下手に生き残ってしまったから文字通り
死ぬ程痛い思いをした。
まぁでも、慣れてるし良いか。
今俺に必要なのはやはりこの世界の情報と自衛の手段であると気
付いた。
それから衣食住という基本を照らして行こう。
血まみれの服を眺めながらそう思った。
足音と共に声が聞こえる。
﹁その傷、あなたも痛い目に合わされたみたいですね﹂
﹁はは、当たりどころが悪くって死に損ないまして、内臓が飛散し
て死んでしまいましたよ﹂
悲しそうな顔をした神父さんに俺は苦笑いしつつ返す。それを聞
いた神父さんは苦虫を噛み潰した様な顔をした。
﹁いくら死が訪れない人々だからといっても、安易に人を殺めてし
まう行為は神に反しますよ。私たちは復活できないただの人なんで
すから﹂
ん?NPCか。もしかして。
えらい良く出来てる。ただの人間じゃないか。
いかんいかん。ここは現実だと思わないと。実際に生きてる人な
んだ。この人は。
﹁そうですね、今のうちはまだ私たちみたいなのしか狙われていな
いそうですし、自衛の手段は持っておきたい所です﹂
12
﹁その内神によって天罰が下るでしょうね﹂
﹁神父さん。よかったこの街の簡単な情報を教えて頂けませんが?
なんでもいいので﹂
なりふり構っていられない。協会内は安全なので神父さんにお願
いしてこの街のことに付いて少しでも教えてもらおう。
13
洗礼︵後書き︶
自由度が高いと。必ずしもこうなる訳ではないが、いささか不憫で
すね
14
適正値
俺はとある場所に来ていた。
それは図書館の裏手にある路地裏の建物。
ステータスおばさん
適正判断師と呼ばれる人である。
今発覚したのだが、俺は自分のステータスが見えない。理由は考
えてある。
鑑定の技術を持っていないからだ。
と、思う。
まぁ必要な物は地道に集めて行けば良いや。
そう思いつつ、真っ黒なカーテンを潜る。奥にはフードを被った
しわくちゃなおばあちゃんが一人、水晶を片手にブツブツ呟いてい
た。
﹁なんのようだね﹂
俺に気付いたのか、ステータスおばさんはこちらを向く。
﹁あの、ステータスを見て頂きたくて来ました﹂
﹁銅貨5枚だよ﹂
そう言われてやっと気付く。俺お金持ってない。
そもそもこの世界のお金の価値、単位すら知らない。どうしよう。
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対価になるものは・・・
﹁すいませんお金持ってないんですが、今着ている服と交換で・・・
﹂
﹁できるかい! 馬鹿なのかいおまえさん!﹂
するどい罵声が飛んで来た。かえんなかえんなと追い出されよう
とした時、彼女は俺の腹の血に気付いた。
﹁まったく、馬鹿共はどこにいっても馬鹿共さね。その傷に免じて
ただにしといてやるよ﹂
あ、町中にPKの話広がってるんだ。ある意味助かったな。これ
で適正が知れて今後の自分のステータス振りを調節できる。
そしてある意味楽しみであったのはリアルスキャンでの能力値が
どうなっているかである。自分の現実の能力値がそのままここでの
能力値になっているわけだから。
何となく予想できるのはVITが高い事かな。刺された時言われ
てたし。
﹁あんたはの適正値は⋮⋮精神力だね。しかも異常に高い。5倍は
カタいし、特別サービスだ他にも見てあげよう。⋮⋮⋮精神力の伸
びしろがこれまた大きいね⋮⋮以上だ﹂
は?
16
ステータスがこう、ばばん!って表示されるんじゃないの?
VITの才能は?防御でしょ。
精神力ってなんだよ。えーっと。MINDだっけ。
えええ。
MINDって何なの。精神力って何に対して良いの。
これでわかったことは、ただ単に即死しなかったのはやせ我慢だ
ったことだけ。
ぽかんとしていた俺に彼女は話しかけて来る。
﹁何ぼーっとしてんだい。終ったんだから帰りな。まさか言った意
味が判らないんじゃ無いだろうね﹂
﹁そのまさかです﹂
そう言うと一際大きな溜息を吐きながら彼女は付け加える。
﹁まぁ2∼3人同じ反応をしたやつはいるけど。あんたみたいな馬
鹿ははじめてだよ﹂
そういうと彼女は精神力について説明をしてくれた。
17
と、同時に自分の能力についても説明してくれた。水晶を使って
いるのはただの占いで才能と適正が判るだけのようだ。鑑定もして
いるが、銀貨1枚だしそこまで面倒見切れないんだと。
精神力、MINDは異常状態に強い抵抗力を表していて同時に魔
力の量も表しているそうだ。えっと、異常状態耐性とMPの才能が
あるってことで良いのかな。
まぁなんとかして銀貨を作ってまた見てもらうか、魔法の勉強を
して自分でステータスを見た方が早いかもしれないな。
いずれにせよ俺はステータスポイントとやらをいつ頃振れるよう
になるのか。地力に関わって来るからね。
図書館までやって来た。
が、金貨1枚が入館料だってさ。入れませんでした。
ふむ。どこまでリアル過ぎるぞ。他の人はどうやって進んでいる
のやら。
少々危険だが一度フィールドに出てみよう。RPGならモンスタ
ーを倒してお金を得られるはずだ。
街の東側に向かう。少しお腹がすいているが、まだ行けるだろう。
夕食の時間はまだ早い。
神父さんに聞いた情報だと。
空腹状態だと体力が回復しない。
18
死んだら神のご加護が抜けた状態なので身体がだるくなる。︵一
定時間︶
寝るときは教会の寝台を使っていい。
モンスターを素手で相手するな。最初は東のラビットを倒すと良
い。
くらいだ。いやぁありがとうございます神父さん。
いや、今素手で行こうとしていますがね。
﹁で、死に戻ったと﹂
今俺は神父さまに説教を受けている。
素手は無理だったので、石を掴んで投げる作戦と石を掴んで殴る
作戦を用いて、俺はラビットの肉を5つ。毛皮を3つ。手に入れた。
ってかリアル過ぎるだろ。おいおいおい。
肉はまぁ皮を剥いじゃえば良いけどさ、毛皮剥くのなんて初体験
だよ。何なんだよ、2つミスってしまった。オジャンになったヤツ
は埋めた。
この状況で時間が経てば消えるとかあるわけないだろって思って
しまった。
﹁クボヤマさん、危険な行動は慎みなさいとあれほど・・・﹂
19
説教に終わりが見えない。
﹁ですが、流石です。素手で5匹も倒すなんて。肉は今日の夕飯に
します。毛皮は家で引き取っても良いですか?﹂
﹁え、買い取ってくれるんですか?﹂
﹁いえいえ、貧乏な教会にお布施はあれど⋮⋮ってやつです﹂
﹁えー﹂
﹁そんながっかりしないでください。かわりに魔法を教えましょう﹂
マジか。
ヒールを教えてもらった。ヒールは小回復魔法だ。
やった、これで一応回復手段が出来た。
そしてヒールは一度練習すれば上手い具合に扱う事が出来た。才
能があるらしい。そして俺は神父職に勧誘を受けた。
いやいや、なりませんって。俺は前衛職とやらをやってみたいの
でね!
20
少し勉強してきたぞ
ログインした。いつものごとく、教会の寝室である。
これは、親を失った子供や浮浪者が一時的に寝泊まりできる様な
場所として使われている物である。10畳くらいの間取りにシング
ルベッドが四つと小さな机が一つ置いてあるだけの簡単な作りだが、
本が在る事に気付いた。
こちらの世界の本はどうなっているのか。ってな具合で、ログイ
ンしてからとログアウトする前に少し読んでいる。
ま、聖書の類いしか置いてないがね。
死に戻りした時はなんだかんだ聖書を読むと落ち着くね!
このまま行くと神父職まっしぐらって感じの俺のゲームプレイで
ある。
っていうより、このゲームの仕様をイマイチ判っていないので
ある。攻略本なんて売ってないし、サービスが開始したばかりのゲ
ームらしいので、情報があまり無い。基本的なシステムはその他V
RMMORPGとは変わらないらしいが。
絶対違うと俺は思う。
HP、MP、STR、DEX、VIT、INT、MND、AGI、
LUK。スキルやレベルアップといったゲームらしい要素を俺は未
だに体感していない。
そして何よりMMOの醍醐味、パーティープレイである。
神父服︵神父さんから頂いた︶で兎︵東の草原の初期モンスター
21
のラビット︶を狩り続ける私は回りから見てなんと思われているの
であろう。
しかも、武器は未だ投石。皮は手で剥いでいたが、今は神父さん
に借りたナイフを使っている。石で攻撃して、ナイフで止めを刺す。
俺は一体何を目指してるんだ。そろそろと言っては良いけど、フ
ラストレーションが溜まって来ている気がする。未だ件の友人から
連絡は来ない。
メールの返信には
﹃最初のレイドボス終ってからすぐ迎えに行く﹄
と書いてあった。
相変わらずゲームを楽しんでいるんだろうな。レイドボスってな
にか判らんけど、とりあえずボスって事はかなり先まで進んでいる
んだろうな。
兎狩りが終ると、教会に戻って調理に取りかかる。今日は兎肉の
シチューにサラダとパンである。教会には身寄りの無い子供達も住
んでいるので少し多めに作る。
なんでこんな事をしているのかと言うと。部屋や服を貸して頂く
代わりに、教会の雑務を引き受けると言った話だ。
まんまと神父として働かされている訳だ。
だけど、特に不満を持っちゃいない。そこそこ狩りと言う物にも
慣れてきたしね。あと俺は兎の肉を持って行くと子供達が喜ぶし、
兎の皮で子供達の服を繕ってあげたり。
22
悪くないじゃない。こんな生き方も。
新しいプレイスタイルだな。なにせこのゲーム[RIO]は無限
大だ。色んな可能性を秘めている事をひたすら感じるばかりだね。
ログイン前に本を読んで来た。RPGの攻略本である。
とりあえず、別の古いゲームの攻略本であるが、基本的な仕様は
変わらないんじゃない?ってコトで熟読してきたぞ!
効率よくレベルを上げるにはソロではなくパーティプレイが基本
的らしいね。今までの俺はいわゆるソロプレイヤーだったらしい、
最初は特に問題ないらしいが、新しいエリアを開放する為にはボス
という物を倒さなくては行けないらしくて。
ボスを倒すにはソロではほぼ不可能という事だ。
あと、プレイヤースキルってのも気になった。ゲームのスキルな
どを、無詠唱で行ったり、その他決闘などの対人戦で役に立つ物ら
しい。俺の場合ヒールを無詠唱で使えるようになった事もプレイヤ
ースキルの一端だ。
あっさり殺された俺からすれば、コレは鍛えない訳には行かない。
護身術としてね。東の草原を駆け巡った俺からすれば、そろそろ初
心者プレイヤーではなくパーティ可能なクラスのプレイヤーにはレ
ベルアップしてるんじゃなかろうか。
いやでも、少し恐ろしいな。トラウマが在る。怖いな。
23
俺自身が未熟だったとは言え、人に殺される感覚はどうしようも
ない。
ヒールを覚えてから死に戻りはほぼ無くなったが、より制限はさ
れているだろうがリアルな痛みと絶望感は心に来る物が在るね。
そう言う時は、この教会の大聖堂で祈るって心を清めるだけであ
る。
あれ、マジで、これは、神父になってしまったのか。
﹁ご熱心ですね﹂
考えにふけっていたらいつの間にか隣に神父さんがいた。
﹁何か悩みでも抱えているんですか?﹂
﹁エリック神父。私はそろそろこの教会を出ようと思います﹂
パーティープレイがしたいからな。それを聞いた神父さんは、言
葉を選ぶ様に間を置いてから話始めた。
﹁それはあなたのご意志です。あなたは今までこの教会に多大なる
協力をしてくれました。それは本当に感謝しています。ささやかな
餞別ですが、私が昔使っていたクロスを差し上げます﹂
あと、と付け加える様にエリック神父が言葉を紡いで行く。聖書
の最初と最後に書かれている言葉だな。良く読むから覚えている。
﹁⋮では、行ってらっしゃいクボヤマ﹂
エリック神父の言葉で、内側から力が溢れて来る様に感じた。
24
﹁私の祈りを与えました。精神力補正が付きます。あとそのクロス
ですが、あなたが思うままの姿を表します。私のお下がりですが大
事に使ってくださいね﹂
そういった形で俺の教会引きこもり生活は終った。
25
少し勉強してきたぞ︵後書き︶
ただし、勉強内容は一昔前に2DMMORPGをした時の攻略本で。
うわさ話。
投石で弱らせて兎を仕留める神父様が居るらしい。
RIOのNPCの行動範囲すごすぎだろ。って広まっているらしい。
26
初めてのパーティー︵前書き︶
やっとパーティです。
リアルスキンモードと、ノーマルモードの違いが判って行きます。
27
初めてのパーティー
さてさて、やって参りましたよ。女神の広場へ。
忌々しい記憶が蘇る。だが今の俺には通用しない。刺されても回
復できるからな。
女神の広場には交流掲示板がある。パーティ募集や、素材の買い
取り等、プレイヤー間での交流を促す内容が多い。もちろん、道具
屋だったり公式の商業施設も置いてある。
俺の目標は前衛プレイだ!近距離職だ!
とりあえず、何をすれば良いのかわからなかったので、キョロキ
ョロしてみる。
そういえば、ろくに街を見る事無く、教会での生活にいそしんで
いたなと思う。まぁなにも困った事は無かった、むしろ快適過ぎる
教会ライフだったのでMMORPGの世界にいるというコトを忘れ
ていた。俺の世話好きが祟ったみたいだ。
うん、また。あの子供達に会いに行こう。フィールドでの話を聞
かせて上げたい。
ただ立ち尽くしていても埒が空かなかったので、俺は公園のベン
チに座ってぼーっと回りを眺めていた。人やエルフやドワーフか、
色んな人が居る。それにも飽きて来たので持参していた聖書を読ん
でいた。エリック神父が教会で学んだ事を忘れない様にと俺にくれ
た物だ。
ありがとう神父。聖書ってなんか心洗われるよね。
28
時刻は昼下がり。本に集中していると声をかけられた。
﹁あなたが噂のNPC? それとも神父のロールプレイ?﹂
顔を上げると、そこには美しいエルフがいた。
太陽を反射する薄緑色の髪を後ろで束ねている。装備を見ると女
騎士、って感じ。質問の意味はわからんが、声を掛けてくれたのは
素直に嬉しかった。
彼女の後ろからは﹁声掛けちゃったよ﹂やら﹁NPCには見えな
いなー﹂などの声がおそらく彼女のパーティメンバーであろう方々
から上がっている。
﹁噂?は知らないですが、私はNPCではないですよ。訳あって神
父服を来ていますが、志しているのは前衛職です﹂
﹁あ、そうなんだ。ごめんなさい急に変な事を言ってしまって﹂
﹁いえ、それより神父のロールプレイってなんですか? 職業の事
ですか?﹂
未だロールプレイという単語について判らなかったので聞いてみ
る。もし職が決まってしまっているとしたら、前衛職への道が閉ざ
されてしまうってことを予感する。
﹁あ∼。ガチ初心者さん?﹂
﹁はい。恥ずかしながら﹂
2DのMMOゲームであればやったことある。あれも大分友人に
助けられていたが、私は鋒を扱う戦士をやっていた。なので前衛職
29
に拘るのである。
﹁なるほど。例えば忍者になりたいとするなら盗賊のジョブで、忍
者の格好をしてニンニン言ってる事が忍者のロールプレイに当たる
わ﹂
﹁エリーはエルフ騎士のロールプレイをやってるもんね? その為
にわざわざエディットでエルフの容姿に近づけたんだから。あ、ア
タシの名前は凪。ナギってよんで﹂
エリーと呼ばれるエルフの隣から、赤髪で活発そうな小柄の女の
子が口を挟む。
なるほど、ロールプレイね。そういうことか。
俺の格好が神父でそして聖書を読んでいる。そして教会で暮らし
ている。
うん。全く持って否定できない。
﹁特にロールプレイでは無いですが、しばらく教会で暮らしていた
ので﹂
﹁始まりの教会の? あなたもなかなかコアなロールプレイをして
いるわね。私も見習わなくちゃ・・・﹂
そう言いながら、エリーはグっと拳を握りしめる。いや、俺は特
にロールプレイをしている訳じゃなくて、洋服も神父服しかなかっ
たんだよ。偉い丈夫な素材だったし。
話を聞く限り。彼女達はロールプレイでゲームを楽しむ集団だっ
た。エルフの騎士に、それに仕える従者。そして小人の細工師。と
いった3人メンバーだ。
30
エルフの騎士っていうか姫騎士じゃないの?従者連れてるって。
凪と呼ばれる人はエリーの友達らしく、たまたま小柄で手先が器用
だからそういう風になったらしい。
なんなんだこのパーティは。
﹁ねぇねぇ、神父さまをパーティに加えようよ﹂
凪がそう言い出す。
﹁そうね。私のロールプレイなんか霞んでしまう程のロールプレイ。
逆に師匠と呼ばせてほしいくらいだから、是非パーティに入っても
らいましょう﹂
いや、ロールプレイじゃないから。何なんだこの人達は。でも、
実際の所初めてパーティに誘われるので嬉しかったりする。
これも神のお導きだと・・・あ。あぶない。神父になってしまっ
ていた。
あれよあれよと言う間に私はパーティに入っていた。
﹁セバスチャン、挨拶﹂
﹁はいお嬢様。よろしくお願い致します。クボヤマ様﹂
お、おう。
だがここで致命的な問題が起きた。俺がパーティ承認のやり方を
知らなかったのだ。メニューボタンを選択してだったり、ヘルプ機
能からだったり、色々と指示を受けるが、全く持って言ってる意味
がわからない。
31
だって無いんだもん。そんな画面。
だが究極に困った。
﹁どうやら、バグみたいですね。凪、こんなバグあったかしら?﹂
﹁いや、アタシは全く知らないわね。あとで運営に報告しておく?﹂
﹁う∼ん。経験値的にはどうなるか判らないけど、同行者って形で
ついてきます? 師匠を見捨てる選択肢は私にありませんので﹂
それでいいなら。と俺は同行者としてこのパーティに混ざる事に
なった。まぁ彼女達も経験値効率は二の次でこの世界を楽しむとい
う事に照準を合わせているらしいし。俺だってそうさ。
俺たちは南のフィールドを歩いている。始まりの森だ。ここに来
るまでにある程度の情報を彼女達から聞いていた。
始まりの街から東西南北に始まりの∼シリーズでフィールドが展
開しているらしい。攻略組と呼ばれる人達は既に第3の街まで先に
進んでいるそうだ。さまざまなクエストがあり、それをクリアする
事で色んな所へ行ける道が開かれる。そういった物らしい。
俺たちは始まりの森で素材集めそして狩りを行う予定だ。出て来
るモンスターは熊、兎、犬、鳥系の様々なモンスターである。多種
多様の生態系とモンスターによりワンランク高めの難易度だが、そ
の分豊富な素材が手に入るそうだ。
東の草原は兎と犬と牛と馬くらいなもんで、俺はもっぱら兎専門
だったわけだ。因みにモンスターの名前は知らない。鑑定の魔法を
まだ持っていないからな。
32
﹁そうだ、鑑定の魔法だ﹂
急に思い出した様に言う俺に、回りの三人は驚いた顔をする。
﹁びっくりするじゃない。何なのよクボヤマ﹂
エリーがそう言って来る。最初は師匠師匠言っていたが、辞めさ
せた。いや、俺はロールプレイじゃないし。
﹁鑑定の魔法ってどこで手に入れれるか知ってる?﹂
﹁鑑定の魔法? なにそれ﹂
﹁自分やモンスター、アイテムのステータスを見る際に必要になる
らしくって、俺はまだ持っていないから自分のステータスすら見る
事が出来ないんだ﹂
そう言い放った瞬間みんなの顔が硬直した。
一瞬間を置いて。
﹁何意味判らないこといってんの? ステータスはステータスオー
プンでしょ! 常識だよ常識!﹂
と凪。
﹁し、師匠。まさかそこまでこの世界のロールプレイを行っていた
なんて・・・私は感激です。もうずっと付いて行きます。﹂
とエリー。
33
セバスチャンは首を横に振って降参と言った雰囲気だ。
だがな、ステータスオープンと言っても、念じても、何の変化も
起こらない。基本的にソロで引きこもっていた俺にとってすれば、
鑑定の魔法が無いから扱えないと思っていた。
﹁まさか、アイテムボックスも無いの?﹂
﹁ははは、凪さんよ。そのまさかだ﹂
たぶんな。アイテムボックスって何だ。と最初思っていたが、調
べてみる限り空間拡張系の魔法技能がないと仕えないと思い込んで
いた。
どこまでもリアルの世界だと思い込んでしまっていた俺は基本的
にそう言うのを学ばない限り仕えないだろうと仕様だろうと予測し
ていた。
﹁だからバッグを持っているのね。わざわざバッグ経由でアイテム
ボックスから物を出すなんてロールプレイの達人だと思ってました﹂
エリーもそろそろ呆れて来ているようだ。
﹁なんでかしら! このゲーム、色んな仕様が隠されているらしい
んだけど未だに誰もそれにたどり着いてないの。ゲームとしてはク
オリティも自由度も高いのに未だ他のVRゲームでの最高クオリテ
ィって感じなのよ! アタシからすれば、クボのその状況が鍵にな
ると思うの!﹂
凪が捲し立てる様に言って来る。んー、違いねぇ。ノーマルモー
ドとリアルスキンモードくらいの違いかな?
34
・・・それか?
ちょうどそれを口に出そうとした所で、私の全身が身震いした。
何か来る。ヤバい物が来る。
﹁待ってくれみんな。何か来るヤバい何かが!!﹂
最初に被害を受けたのはセバスチャンだった。獰猛な声が響いた
かと思うと、巨大な虎の前足が、セバスチャンを押しつぶしていた。
グロいコトにはならず、セバスチャンは即死。光と共に消滅した。
たぶんリスポーンしたんだろうな。冷静に考えるとそうなんだが、
今の俺にはそんな余裕は無かった。
光になったセバスチャンをみた虎の魔物は、つまらない様にこち
らを向いた。その獰猛で鋭い牙を備えた口からは餌を見つけたとき
の獣の様に大量の涎が拭っている。
あ、目が合った。
俺は直感した、食われる。たぶん俺が。
﹁な、なんなのあの魔物! 聞いてない!﹂
やめろ、叫ぶな。心の中でそう思う。その声に反応して虎は凪を
向いた、そして飛びかかって行く。右前足が彼女を押しつぶそうと
するが、俺が咄嗟に投げた石が虎の顔面に命中して虎の意識を乱し、
ギリギリ擦る程度ですんだ。
それでも彼女は弾き飛ばされて動けないでいる。小刻みに震えて
いる所を見ると、しびれて動けないようだ。
そして虎は石を投げた俺に向かって来た。俺は動けなかった。
﹁パワーガード!﹂
35
そう叫びながら大きな盾を構えたエリーが俺と虎の間に割って入
った、鋼鉄を鋼鉄で殴ったときの様な重い音が響く。
﹁ぐっ。クボヤマ! はやく凪にヒールを、あなた神父でしょう!﹂
我に返った。凪の痺れは麻痺攻撃だと思う。ヒールとリカバリー
を施す。
リカバリーは異常状態を治す魔法だ。
立ち上がった凪も魔法の詠唱を始める。だが、どう考えてもエリ
ーの盾では時間が稼げない気がする。俺にも何か武器が無いか。
そうだ、クロスがあった。
胸ポケットに入れていたクロスを持つ。
ほこ
持った瞬間にクロスは形状をかえる。そのまま巨大化しましたっ
て感じだ。形状的に十字になった部分が鉾の様に見える。昔の2D
MMOゲームで鉾ばっかり使っていたからかもしれない。まぁおあ
つらえ向きってヤツだ。
この変化に目を奪われたエリーと虎の均衡が崩れた。エリーも盾
ごと弾き飛ばされる。と、同時に俺は虎の首元に十字架の尖った部
分をブッさす。
﹁ゴアッ!?﹂
思わず虎からも悲痛な叫び声が上がる。意外と攻撃力があったみ
たいだ。
でもこっからどうしようかな。頑張って押さえ込んでるけど。こ
36
れ抜いたら俺間違いなく食われる予感。エリー早く助けて、盾役チ
ェンジしてくれよ!盾じゃん!
チラっと見たら、うっとりした様子で。
﹁戦う、神父の、ロールプレィ・・・﹂
と頭の中がお花畑になっていた。
﹁おい姫騎士! 白馬の王子様とかそう言うのじゃないから! あ
と俺ロールプレイじゃないから!﹂
だめだ!もう持たない。
と言った所で、もう一人残ってましたよ小人の細工師。あ、職は
魔法使いらしいです。細工の技能も持っているらしいけど。
﹁お待たせ! あとは任せて思ったより時間稼いでくれたから今あ
る中で特大のをお見舞いしちゃうよ!! あとなんか今日は集中す
ればする程調子がいいよ! エクスプロージョン!!﹂
魔法の軌道が見える。虎の顔面に向かって。
そして、爆発した。
虎は死んだ。
37
俺も死んだ。
38
違いとは
死に戻った。あの、教会に。
﹁戻って来るの早いですね﹂
エリック神父が居た。
んー身体が重い。
ってか一瞬にして身体がバラバラになる感覚があったんだけど。
魔法って怖いな。
﹁南の森に言ったら巨大な虎がいまして、襲われました﹂
キラータイガー
﹁ほお、あの人食虎に遭遇したんですね。それは災難でしたね﹂
あれはキラータイガーって言うのか。物騒だな。
﹁でも、パーティの人達と一緒に倒しましたよ。で、魔法に巻き込
まれてしまって﹂
﹁あー、魔法使いの人は爆発魔法をとりたがりますが、アレは地雷
ですよ。近くに居る味方も巻き込んでしまいますからね。あなたの
場合そこそこ抵抗力もあったと思うんですが、余程至近距離で巻き
添えになってしまったのが予想できますよ﹂
エリック神父は笑いながらそう言った。
いや笑い事じゃなくてだね。服もボロボロだよ。って思ったらあ
れ、破けた服が元に戻っている。
39
﹁言い忘れてましたけど、神父の祈りの効果は神父服の自動生成も
含まれています。私のクロスの熟練度補正と、神父服に限って丈夫
さがまして、破れても修復されます﹂
﹁ありがたいですね﹂
・・・ありがたいのか。まぁお金持ってないから今の所役に立っ
てる。だけどバッグが消えた。無くなった。ショック。
﹁あなたはいわゆるプレイヤーと呼ばれる人達ですが、私からする
と、死なないだけど此方側の人と言った感じがします。向こうの常
識が当てはまらず、此方の常識で左右されると言った形です﹂
薄々感づいていたんではないでしょうか。と付け加える。まぁ、
少しずつだけど思っていたよね。
人食い虎の件にしても、ヤツは俺を食べる気だった。見る目が違
っていた。
リアルスキンモード怖い!
でも違った楽しみ方がある。これはまさに自由度が高い、そう言
う事じゃないか。プレイヤーとしての範疇に収まらず、成り上がり
だって、町おこしだって、この世界の人々と交流して何だってでき
る可能性が見えて来た。
世界の一部になった感じ。
﹁あなたの場合。神父しか出来ませんが﹂
ははは。
話をしていると、教会の扉が開いてエリー達が入って来た。
40
﹁師匠やっぱりここに居たんですね!大丈夫ですか!?﹂
﹁クボヤマごめん! 普通フレンドリーファイヤー切ってると思っ
てて!﹂
セバスチャンも居る。無事だったか、良かった。
あの二人は俺と虎がバラバラになっている所を見ていた様で、慌
てた様に身体中をペタペタを触って来る。
﹁彼女達があなたのパーティですか?﹂
﹁そうですね。私のパーティですよ﹂
まぁパーティの組み方判らないけど。
そんなやり取りを見ていて、エリー、凪、セバスの三人は更に驚
いていた。
﹁NPCが話しかけてる⋮﹂
ああ、やっぱりか。更なる確信が俺の中で出来た。でもこのやり
取りが見えてるなら、ある程度の制限が無くなっているもしくは、
リアルスキンモードでプレイしているプレイヤーと同行していると
マップ外まで行けたりするのだろうか。
バグ技!って感じなのだろうが、此方側?の人からすれば当たり
前なのか。
まぁここでの立ち話も何ですし。とエリック神父が教会の食堂の
方へみんなを案内してくれた。
41
﹁教会って初期リスポーン地点だとばっかり思ってたんだけど、こ
んな要素もあったんだね﹂
と凪が感心した様に言う。エリーも﹁師匠のロールプレイの秘訣・
・・﹂と辺りをちらちら見回している。セバスはいつも通りだ。で
も驚いているのかも。
エリック神父が淹れてくれた紅茶を飲みながら情報を交換し合う。
﹁要するにリアルスキンモードとは、ゲームであってゲームでない
ってことなのよね、異世界だわ!﹂
﹁そしてキャラクターもデリート不可能で一つだけ。そりゃ本人だ
ものね。でも自由度に関しては理解したわ、ロールプレイに新しい
何かが見つかるかも・・・﹂
﹁お嬢様の仰る通りです﹂
と、思い思いの解答が出た。コレじゃ判らないと思うが。
少しずつ判って来たぞ。まぁ判らない事の方が多いと思うが。
リアルスキンモードとはRIOの世界観を最大限に楽しんでもら
う為に作られた物で、VRアカウント一つにつき1キャラのみ作成
可能、キャラデリ不可。RIO推奨ギアのみ使える新機能である。
俺のギアがそうだ。
それと同時に俺のステータスも判明した。精密鑑定を掛けてもら
った。エリック神父に。なんでそんなのも出来るの。
プレイヤーネーム:久保山
プレイモード:リアルスキンモード
種族:ヒューマン
才能:レベルアップ時MIND値追加ボーナス
42
レベル10
AGI
INT
VIT
DEX
STR
150
5
30
70
60
40
︵+10︶
MP510
MND
0
HP:430
LUK
魔法
ヒール リカバリー キュア
クロス︵熟練度補正、攻撃力MND依
加護:神父の祈り︵MND+10︶
装備:神父服︵自動修復︶
存︶
※リアルスキンモードはステータスおよびスキル振りが出来ません。
こんな感じになっていた。強いのか判らないけど。そして発覚し
た。ステータスおよびスキル振りが出来ません。
これはどういう事なのだろうか。
﹁おそらく個人の能力は閲覧できるが、管理は出来ないってことで
しょう﹂
セバスが言う。流石執事、鋭い所を付く。
最初の能力値が判らなかった以上、平均値と成長値がどんなもん
か判らないが、個人依存しそうだな。俺の場合あの過去のお陰でM
IND値が高いんだと思うが。
43
﹁ノーマルモードって最初どんな感じなんですか?﹂
﹁ノーマルモードは最初にキャラ作成ボーナスポイントが100P
貰えるわよ。初期HPMPは100ずつ、それを振って行くくらい
ね。レベルアップ時に5ポイントステータスに振れるようになるわ、
それを考えるとレベル10でそのステータスは異常。MND値なん
てバカよバカ!﹂
凪が言う。ってことは平均でも全部に満遍なく振ったとしても1
0∼15くらいになるわけだ。そしてHP・MPはVIT・MID
依存で数値分補正されるらしい。それぞれの分野に特化した極振り
と言う物が出来やすいが、平均値は低いと。
リアルスキンはセバスチャンが推測して計算した所、大体+10
0ポイント分、初期ボーナス程度の追加があるらしい。
﹁才能のMND追加ボーナスがくせ者ですね。どれくらいの追加な
のか判らないですが、とりあえずレベルアップ分の5ポイントで計
算するとつじつまが合います﹂
流石セバスチャンである。出来る従者だ。ってか執事だよな今更
だけど。
ここでエリー気付く。
﹁師匠のステータス、職業欄がない。完全に神父だけど﹂
﹁それだわエリー!﹂
ノーマルモードであれば、職業によってボーナスステータスが付
くらしい。基礎ポイント+職業補正といった所だ。
戦士系であれば種類にもよるが、STR・VITに補正。魔法使
44
いであればINT・MNDといった形。
﹁聖職者であれば、毎日聖書を読む事で精神力が鍛えられますよ﹂
とエリック神父の助言である。
この辺まで話し合ったが、結局謎が解ける訳でもなく、ログアウ
トの時間になった。俺たちはゲームがそこまで詳しい訳ではなく、
世界が楽しめれば良いや派なので結論、問題無しとなった。
今度友人に聞いておこうかな。
ログアウト前にせっかく教会に来たのだから、子供達の御飯を用
意しておいた。子供達と戯れる俺を見た彼女達は混ざりたいと言っ
て来た。が、それは叶わなかった。彼女達から声をかけない限り子
供は無視した様に動いていた。仕込みから料理をする俺を熱心に見
ていたセバスは一体何を思っていたんだろうか。子供達と戯れる俺
を見て、女性陣は何を思ったのだろうか。
未だシステムの決定的な違いは俺には判らない。
ゲーム的にはプレイヤーを補助するシステムがある分楽だと思う
が、一度この感じに慣れたらこっちがいいな。
そして俺は友人と会えていないし、このゲームの仕様的に会える
気がしない。連絡が取れないんだからな。
45
ログインした。いつも通り、教会で目覚めたんだけど。
今日はどうしようか。
あれだよ、せっかくこっちで出来た友達との連絡手段がない。と
言ったのが、現状である。
まぁ彼女達は俺の居場所を知ってるから今日は一人で動こうかな。
お金を貯めて、図書館で魔法の書物を読む事だな。鑑定の魔法だ
鑑定の魔法!ファンタジーの小説は色々読んだ事あるので、それに
当てはめて考えればなんとかなりそうな気がする。
お金を貯めるには、狩りをするしかない。狩って、素材を売る。
モンハン思考だ!
いや現実にだね、モンスターハントというゲームが有ってだね、
小さい頃友人とよくやったものさ、俺はあんまり得意じゃなかった
けど。友人はすごい躱して、すごい攻撃してたな。
とにかく、そんな要領で行けば、間違いは無い。と思う。
大体何が正解で何が間違いかすら判断できない。日本の法律に照
らし合わせて考えると良いのかもしれないが、そっちはカラスすら
狩れないんだ。こっちはある程度無理が効く世界だと捉えておこう。
外に出ようとしたら、十数人の人達が教会に運び込まれて来た。
エリック神父の表情も硬い。何が有ったんだろうか。
﹁神父、何が有ったんですか?﹂
﹁ああ、町中で急に魔法使い同士のいざこざが有りまして、住人が
巻き込まれたんですよ﹂
﹁何か出来る事はありますか? 治療手伝いますよ﹂
46
お礼を言うエリック神父に続き、俺も治療に参加した。
まったく、どこの誰だ。
町中で魔法をぶっ飛ばすなんて、まさかプレイヤーじゃないだろ
うな。興味本位で人を殺す様な奴らも居るからな、安心できない。
まぁある程度の自由度は有っても、システム管理されているノーマ
ルプレイヤーはアカウントを凍結されるだろう。
そして、なんと嬉しい誤算だが、この治療によって金貨1枚を頂
いた。いつの間にか簡易クエストみたいな形になっていたようだ。
エリック神父に﹁色々とイロを付けておきましたんで﹂とかニヤ
ニヤ渡された。それに伴って俺の顔もニマニマしてしまった。二人
そろって悪い顔だ。
よし、まだ時間もあるし図書館に行こう!
47
違いとは︵後書き︶
多分もう出てこないであろうステータス。
と、すごく曖昧で線引きが謎なシステム。
ぶっちゃけそこまで詳しく説明する気にもなりません。
48
友人の名前はユウジン︵前書き︶
ログイン前にメールを見ると、友人からメールが来ていた。最初
のレイドボスが終ったからとりあえず迎えに行くそうだ。彼もゲー
ムとはいえ、リアルを重視するタイプ。世界観の中に沿ったプレイ
をするタイプだったな。
そうか、それをロールプレイというのか。なるほどなるほど、驚
くぞ。俺の神父プレイに、神父とは何なんだろうな。今度教会に足
を運んでみるか。エクソシストでも見てみようかな。おっと、なん
か毒されてるなロールプレイに。
今日の目的は決まってるし﹃読書して待っている﹄とでも返して
おくか。なんだかんだ彼と一緒にまたゲームが出来る事が楽しみで
ある。
49
友人の名前はユウジン
今日は色々有って少し遅めログインした。時刻は昼過ぎ。
ログイン地点はいつもの教会である。
臨時収入も有ったし、念願の図書館に行こう!ってことでやって
きました。
図書館は、女神の広場から北に向かうその大通り沿いある。東の
大通り沿いにある教会からは、裏路地を抜けて行けば図書館の裏手
のあの占い屋にでる。その脇の小道を通って表通りに出れるんだが、
おばあさんに挨拶でもしとこうかな。
﹁こんにちわメリンダさん﹂
﹁何だいあんたかい﹂
ドアを潜り、黒いカーテンからひょっこり顔を出して挨拶をした
俺に、メリンダばーさんはブツブツと返してくれる。相変わらず何
をブツブツ言っているのか聞き取りづらいが、まぁ老人はそんなも
んだろう。
﹁なにか用かい?﹂
﹁いやたまたま図書館に行くついでに通りかかったから寄っただけ
だよ﹂
﹁何しに行くんだい。あとこんな裏路地ばっかり通っても怪しまれ
るだけだよ﹂
50
はは。と受け流すと、図書館の目的を話した。
魔法について勉強するってだけだからね。
﹁図書館の魔法程度ならあたしが教えてあげるよ﹂
まじすか!
﹁あんたの事はエリック坊やから聞いてるからね。欲しい魔法を言
ってみな。いや、あたしにゃわかるよあんたの欲しい魔法がね﹂
水晶が七色に光る。それも魔法なのかな。何魔法って言うのかな。
とりあえず俺が欲しい魔法は、鑑定魔法と連絡用・生活用の魔法で
ある。
魔法の種類は判らん。一番欲しいのは鑑定とアイテムボックスだ
けど、4次元空間に収納する魔法でしょ、なんかすごく高難易度な
気がする。
﹁鑑定、念話、空間拡張の魔法を教えて上げるよ﹂
﹁空間拡張、良いんですか?﹂
すごく、特別な響きがするよね。ド○えもんのポケットって感じ。
﹁そのかわり、連絡・生活魔法なんてものは存在しないからね。あ
んたで作りゃ別だけど﹂
作る?そんな事どうでも良いよ。
はやく教えてくれ!ド○えもんのポケット魔法。
やっぱりファンタジーの世界である。魔法という単語にワクワク
51
していた。
そしてメリンダばーさんにスパルタ教育を受けた。っと言うより、
初めてのコトは慣れていないはずなのに、容赦ない罵り方をしてく
る。
でも負けないぞ!初めての回復以外の魔法なんだ!
﹁よし、鑑定・念話・空間魔法を覚えたね。しめて金貨1枚だ、空
間魔法を教えたんだから一銭もまけないからね﹂
・・・え。
何とも言えない程の悲壮感を漂わせた俺は、そのまま北の大通り
から女神の広場まで戻って来た。また一文無しである。
ってか、ぼったくりのキャバクラじゃないか。
ぼったくりのキャバクラじゃないか∼。
こういう時は聖書を読むに限る。
まだまだ日は昇っている様だから、少しだけ本を読んで過ごそう
と思う。
そう言えば鑑定の魔法で無事にステータス表示が出来た。でも詳
しい技能は見れなかった。人種とレベルと才能のみ見れる感じ。精
密鑑定じゃないと詳しい内容は表示されないようだな。
念話は、俗に言うウィスパーチャットと呼ばれる物に近い。今は
対一人だけど、まぁなんとかすればパーティ単位でもいけるんじゃ
ないかな?ほら周波数とか、そんなん魔力にもあるんじゃない?で
も集団で居るときは普通に喋れば良いから、緊急連絡手段ってこと
で。
52
で、空間拡張である。これにはいくつかの制限が有った。重量制
限がSTRとVIT依存であるということ。そして拡張性はINT
とMND依存だった。
そしてバックやポケットの開き口の大きさまでしか入らないとい
う制限が有る。どこにも出現できるアイテムボックスというより、
収納利用目的に作られた物を拡張すると言う物。
バッグを無くしたらおしまいである。本当にド○えもんのポケッ
トだ⋮。
ロールプレイな⋮。
はは。まぁいいや。出来るだけマシだ。
バッグの予備を買うお金が無かったので、とりあえず胸ポケット
を拡張してクロスと聖書を収納していた。今思ったんだけど、収納
するだけの荷物は無かった。
お金もないし。
さて、今日はもうしばらくログインできる。
友人が見つけるまで待とうかな。ってか、逆にこっちから彼に話
しかけてやろうかな。念話である。相手の名前と顔を知っていれば
繋がるらしい。
問題は彼が普通のギアであるということ。で、顔をエディットし
ていたら、繋がらないからである。
名前は判っている。ずっと使い続けている名前が有るからね。
﹃ユウジン。ユウジン聞こえるか?﹄
うーん。やっぱり聞こえないのかな。顔変えてるのかな。
53
﹃おい。ユウジン。返事してくれ﹄
﹁うっさいぞさっきから!﹂
うお!念話に集中していたら急に声が掛かる。公園のベンチに座
っていて声をかけられるって何かデジャブ。
顔を上げると、知ってる顔が居た。ってかノーマルモードの癖に
顔変えてないとかやっぱり面倒だったか。と、言うより彼の格好は
着物の着流しスタイルで、帯刀していてまさに侍の浪人だった。長
い黒髪は後ろで結わえている。
なんかかっこいいな。
﹁久しぶりだな。って、なんだその格好﹂
﹁今のお前に言われたくないな﹂
たしかに。俺たちの出で立ちは神父に浪人である。装備やローブ
を身につけた一般的な冒険者というより、NPCに近い格好をして
いる。
それもそうだ、俺は金銭的な目的から神父服しか持ってないし、
能力的にこれで間に合ってるんだが、彼の戦い方は敵の攻撃を躱し
て刀で斬る。ヒット&アウェイスタイルなわけで、重い物を身につ
けない、可能な限り身軽な事を選ぶ人だった。
えっと、STR&AGI型ってことか。基本育成を読んだぞ。2
DMMOだったがこの黄金比は変わらんはず。
﹁友録送ったのに許可されないからな、しろよ。ウィスパー飛ばせ
54
ないだろ﹂
そうだった今の俺は個人会話や友録、パーティなどノーマルモー
ドの便利機能が仕えないんだったな。それを含めて説明してやる。
﹁ああ、その件なんだけどな⋮﹂
﹁マジか! それ、すごいな。要するにリアルスキンモードっても
う一つの現実みたいな物じゃん。異世界じゃん。どうやんのそれ﹂
話を聞いた彼はテンションが上がっている。元々頭のいい彼はゲ
プレイヤースキル
ームにのめり込んでからそっちの知識も人に負けない様になってい
た。PSと言う物も彼に教えてもらった事がある。いわゆる廃人と
呼ばれる様になった彼は、剣道場の師範の仕事もほっぽってゲーム
に熱中しているのだ。
と、言うより。自分の剣術がどこまでゲームに通用するのか、ゲ
ームのスキルを現実で出来ないか。などを試しているそうだ。
ああ、カメ○メ波とか、銃を避けるとか。そう言うのね。実際に
矢なら手で掴んだって。
﹁俺のやりたい事が出来る世界じゃないか。たしかにノーマルモー
ドでも豊富な武器、スキル、職種、グラフィックで圧倒されるけど
55
な。そんなもん決まったデータでしかない。話を聞く限りアイデア
次第では俺の剣道場をここに作れるじゃないか﹂
そして、自分の流派を作ったら師範、鍛冶職人として生きるらし
い。
彼は翌日即行で推奨VRギアを手に入れて来た。アレって結構高
価な物で限定販売で全然出回ってないはずなのにな。と思っていた
ら。
﹃リアルスキンモードやってる人って初心者かお前くらいしか居な
いんだわ。情報も出回らないし、オークションで定価で売ってるぞ。
笑﹄
だそうだ。知る人ぞ知るって感じかな。ってか確かに、説明書に
も詳しい概要なんて乗ってないしな。現実の自分の容姿で、一人ま
でで、キャラデリ不可能な仕様ってまぁ普通のライトゲーマーやら
ミドルゲーマーとやらは選択しないらしい。
俺たちはその辺無頓着だったからな。
俺はユウジンからアイテムを受け取っていた。
前のデータは消すそうだ。ってかそれをしないとリアルスキンモ
ードが出来ないらしい。普通はアイテム化した状態で交換用のイン
ベントリーを開いてから行うんだが、俺に渡すと普通に着物と刀と
金貨は現物になった。結構な量の荷物だったが、俺には空間拡張が
有る。大きなアイテムは入らなかったが、現金に変えて来てもらい
預かった。
56
そしてその日、エリック神父とメリンダおばさん。そして子供達
に彼を紹介して、彼は金貨1枚払って俺が教えてもらった魔法を覚
えていた。
現実の感覚で刀が振れる事に彼はご満悦。ましてや応用でノーマ
ルモード時のスキルまで放ってしまった。ってかこんな風にスキル
を放ってたから行けると思ったらしい。スキル硬直やらキャンセル
やらがないらしく、自分の腕そのものがPSとして使用できるこの
世界にゲームを超えた何かを感じたらしい。
また一人、世界の住人が増えたよ。
57
友人の名前はユウジン︵後書き︶
やっと入り口に来た。って感じです。
さて、あの3人は一体どうなったのやら。
因みに彼の道場では早速RIOでの経験が取り入れられ、縦横無尽
な剣の流派。門下生の数はギネス記録級へと発展して行く予定。
58
謎武器を追って︵前書き︶
最近、現実の世界では本を読む事が多い。色んな知識を取り入れ
て、そしてRIOの中で使うのだ。俺は予想以上にあのゲームにハ
マっているらしい。ただ惜しむらくは、自分の才能故に前衛職では
パラディン
なく回復職になってしまっている点である。INTが低いので魔法
職は無理。STRも低いのでアタッカーも無理。
だがVIT値も他の人より高め設定なのだから聖騎士もこなせる
のではないかと模索している。俺は盾となりパーティを守る。
なんかカッコイイじゃん。これにしよ。
俺は読んでいた﹃ファンタジー大全﹄を閉じてギアの電源を入れ
た。
59
謎武器を追って
ログインした。いつもの教会である。
少し早めにログインできたので朝である。この始まりの街の教会
は意外と大きく、朝早い時間帯は礼拝に来る人が多い。そんな中に
混じって朝の祈りを捧げる。因みにやってもやらなくても良いのだ
が、この行為はMND少量増加のバフが貰えるらしい、1日持つそ
うだ。
神父職に付いていれば別に教会じゃなくてもクロスに祈りを捧げ
るだけでバフが掛かる。因みに俺は可能。
何故か。何故は知らん。謎だ。因みに聖書のとある一節を読み上
げると同じ効果をバフとしてパーティと認識した人に掛ける事が出
来る。
パーティが組めないじゃないかと以前発覚したが、パーティだ。
と自分が思ってる人には勝手にバフが掛かるというコトが判った。
まぁ、そう言う物である。として認識している。
だってRIOだしな。何でもありだ。常識の範囲で。
だがファンタジーの世界は常識を覆す。
そう言う物だと俺は思っている。
﹁ユウジンさんは外で素振りをしていますよ。朝早いのに、素晴ら
しい心がけですね﹂
礼拝が終ると、エリック神父が話しかけてきた。最近この人も不
思議なんだよな。NPCなんだか、同じプレイヤーなんだか全く判
60
らないんだ。レベルも判らないし、この間貰った武器﹃神父のクロ
ス﹄なんだけど、ユウジンもびっくりの謎仕様らしい。
一種のオリジナル武器としてありがたくお借りしておく。いつか
返す。
また俺の様に神父のお世話になる人が出て来るかもしれないから
ね。
そこで持ち上がったのが、オリジナル武器作成という物だ。
ユウジンは早速、日々の活動の中に街の鍛冶屋での修行を取り入
れ出した。現実世界では忙しくてなかなか出来ない事でも、この世
界では出来る。
刀の知識は人一倍のユウジンだ。コツを掴めばすぐさまオリジナ
ルの武器を作成してしまうんではないかと思う。
でね。
このオリジナルの武器なんだけど。売れるらしい。
これは、一稼ぎできるのではないかと。
まぁいいや。俺は今の所クロスしか扱えないから。STR足りな
いから。
未だ自分の武器すら満足に持っていないからね。
教会の裏手には空き地が有る。教会の子供達や、この街の子供達
がよく集まって遊んでいる場所だった。朝は人が居ないので鍛錬に
向いていると、ユウジンは好んで使っている。
いつもの侍の格好だが、上半身だけは脱ぎっぱなしである。剣の
為だけに絞り上げられた肉体は素晴らしく筋肉質で、リアルスキャ
ンの高性能さを表しているのか、過去に受けた傷も残っている。
﹁汗、やっぱりかくもんだな﹂
61
朝は少し空気が冷え込む。そんな中彼の身体は薄らを湯気が立つ
程の熱量を帯びていた。
﹁教える側になってから、鍛錬というものは今の己の実力を下げな
い為に行う物だった。日進月歩という言葉を忘れていたよ。そのス
トレスでゲームにハマったんだけどな。でもこの世界の俺の身体は
成長の可能性を見せている。勝てない敵が居る。強いヤツが居る。
これほどまでに嬉しい事は無かった﹂
﹁お前って異常に勝ち負けに拘る体質だったな﹂
﹁その通りだ。道場で師範になってから勝負をする事が無くなった。
その結果がネトゲ廃人さ。あいつらはヤバイ。俺もヤバいけど﹂
廃人ランカーと呼ばれる奴らの中でも、ユウジンはロールプレイ
しながら剣のみでランカーの仲間入りを果たすまでのめり込む程だ
った。
特に、和と刀を主体としたVRゲーム﹃BUSHIDO﹄では、
無類の強さを誇り剣豪と呼ばれていたらしい。一報俺は、ユウジン
が始めやすいからと勧められた2Dのゲームでコツコツクエストク
リアを進めているくらいだ。
あら?そう考えると、大分前から彼はゲームを始めているから。
勝ち負け関係無く意外とこう言ったゲーム類が好きだったはず。
﹁いや、元々ネトゲは大好物だったじゃないか﹂
﹁バレたか。だが、更にのめり込んだのは実際に身体を動かせるV
Rだな﹂
62
﹁どうだろうな。それより、刀の制作は進んでいるのかい?﹂
﹁ん∼芳しくないな。なんつーか判らんのよそのクロスの素材も魔
力が関わっていると思うんだが、俺には魔力の才能が無い﹂
レベル1の彼の才能はレベル10の俺と同じくらいだった。どう
せ剣術補正だろうと思っていたが、﹃武芸の天凛﹄とだけ書かれて
いた。
まさかの固有名付き。
一流は何をやっても一流なのか。
俺なんてMNDレベルアップ時ボーナスだよ。くっそう。まぁい
いや、世の中上には上が居るんだよな∼どうせ。
まぁ才能が無いより救われたってことで。
そんな事より、そんな彼を強弱で表すとSTR超、VIT強、D
EX中、INT微、AGI強、MND弱、LUK中である。MND
が低いのは、単純に仕事ほっぽってゲームするっていう意志の弱さ
からだろう。こと戦いに置けてはとんでもない集中力を発揮するわ
けなんだけどな。現実では。
数値化すると。
プレイヤーネーム:ユウジン
種族:ヒューマン
才能:武芸の天凛
レベル1
100
MP50
STR
50
HP:280
DEX
63
LUK
MND
AGI
INT
VIT
30
25
90
5
90
※リアルスキンモードはステータスおよびスキル振りが出来ません。
この時点で極振りより強いらしい。
そりゃそうだろうな、ノーマルモード基準で行くとこの時点で4
人分のボーナスポイントは確実だもん。
で、話が脱線してしまったが。
普通のゲームで強い武器を作るとなると、魔力を使用してミスリ
ルだったり、オリハルコンだったりを鍛冶技能精製して行くって言
うのがありきたりだったりする。その時点で魔力の才能がほぼ無い
ユウジンは詰んだ。と言っていた。
﹁でもゲームだかんな。俺はぜってーあきらめんぞ! 日本の製鉄
技術、刀匠の力で魔力に打ち勝つんだ!﹂
﹁まぁ、お前なら作りそうだな⋮⋮いや何となく﹂
さて俺が適当に考えた推論なんだが、このクロスはある意味イン
テリジェンスとも言える。別に喋りはしないが、俺の思う通りの形
をしてくれる。
想像が容易にできるものだと剣。そのまま長く大きくなる。そし
て鋒。後は鈍器。だが、伸びろと言ったら伸びる訳じゃないのであ
くまで武器としての誇りがこのクロスには有るようだ。そして俺の
魔力を介して意思を読み取っていると思っている。
64
あくまで、思っているだけ。これが何かは知らん。この世界の何
処かにヒントは隠されていそうだから、いずれ探しに行かなくては
ならない。
で、インテリジェンスから着目した。喋る剣とかナイフだよ。
俺が欲しいのはインテリジェンスな喋る本だ。
なかに魔法の呪文でも書いてれば、勝手に読んで勝手に攻撃して
くれるんじゃ無かろうかと、考えた訳だ。
他力本願である。だが、隣を見てほしい。彼と共に世界を渡り歩
くとすれば、本があと三冊は欲しいじゃないか!どこぞの無理ゲー。
あくまで推論でしか、妄想でしかないので、できればいいな。的
な感じで受け取ってほしい。
でも物的証拠としてこのクロスがある限り、この世界では可能な
んだろう。
そう捉える事にしている。
とりあえず、聖書の事は聖書さん。毎日読んであげて、毎日話し
かけてあげる事から始めよう。
完璧痛い人だが、俺は希望を信じるよ!!
お昼過ぎ。あれからユウジンは鍛錬の後、鍛冶屋で勉強しに行っ
65
た。
俺は魔力を扱う練習と瞑想︵聖書を持ち、座禅を組んで暗記して
しまった聖書の文章を目をつむりながら読み上げる作業︶をした後。
子供達の相手をして、世話をして上げていた。
すっかり﹁神父さまー﹂と呼ばれる事に慣れてしまっていた。
鍛錬についてだが、ユウジンはもちろん鍛錬の仕方を知っている。
だが、俺には魔法の鍛錬の方法なんてしらん。とりあえず感じる己
の魔力をこねくり回す事から始めている。
魔力ちゃんをこねくり回した後は、聖書さんをひたすら読み上げ
ながら目をつむるのである。
変態だ。今の俺は変態神父と呼ばれても致し方ない。
で、子供達と一緒に昼飯を食べて、ユウジンの居る始まりの鍛冶
屋へと行く。今日は弁当を作って来ている。彼がいつもお世話にな
っているから親方やそのお弟子さん達へのささやかな贈り物である。
鍛冶屋は南東の方向にあるため東の大通りを跨いで裏路地に向か
う事が出来る。ショートカットだ。
鍛冶屋、道具屋、教会、図書館、などの公共施設は基本的に大通
りに沿って作られているので、基本的に女神の広場に抜けて南に向
かえば間違いないのだが、広場前は未だプレイヤーでゴチャゴチャ
しているため、面倒くさいのだ。
ノーマルモードプレイヤーは基本的に裏路地を通らない。何故か
は知らん。
ってか俺は未だ関わりのあるプレイヤーがユウジンとあのロール
プレイ3人しか居ない。彼等は何をしているのかな。
機会があれば念話でも飛ばしてみようかな。
66
鍛冶屋の前に来るだけでも熱気が伝わって来る。
一応店ならエアコンくらい付けとけよ。
﹁おう、クボヤマか。今日もユウジンは来てるよ﹂
店番をしている弟子の一人が声を掛けて来る。剣に柄巻を施して
る最中だった。とりあえず弁当をみんなも分も持って来た事を伝え
ると、彼は工房に昼飯の声を掛けると先ほどまでけたたましく鳴っ
ていた金属を叩く音も止み始め、わらわらと食堂に移動し始めた。
もちろんその中にユウジンも含まれている。
﹁おまえは相変わらず違和感無いな﹂
﹁おまえは相変わらず違和感しか無いな﹂
うっせ。
昼過ぎに弁当もって鍛冶屋を訪れる神父なんか、俺しか居ないだ
ろう。多分。
﹁親方さん、ユウジンはどうなんですか?﹂
﹁いやー。極東の国だっけか? 異国の製鉄技術ってすごいな、今
ではこっちが教えてもらう側だ﹂
親方はドワーフの国で鍛冶を教わったという人族だった。
これによって俺たちの進む道は決まった。
ユウジンが鍛冶屋に通い始めた頃、俺は行くに行けなかった図書
館にやっとの思い出行けたのだ。主に彼の荷物を預かった際にくす
67
ねた金貨一枚でだ。
そこで地理の本を見つけてなんとかこの世界の今俺達が居る大陸
の地図を発見した。丁度その日の夜、ユウジンはドワーフの国に行
くと言い出した。そして俺も都合のいい事に、俺の行こうとしてい
た国は、魔法の国である。その国はドワーフの国から西に向かって
進むとあるのである。
﹃魔法都市アーリア﹄と﹃鍛冶の国エレージオ﹄。
俺達はリアルスキンモードだ、エリア制限などない。好きな場所
に好きな道を通って行ける。開放されていない場所に対しても何で
もな。
限りなく自由な世界がこのゲームの持ち味である。それが今発揮
されている。
ワクワクが止まらない。
明日。北に進路を取る旅商人の馬車に載せてもらって、この始ま
りの街がある始まりの国﹃ジェスアル﹄を北上する予定だ。国をい
くつか跨ぐのだその中で何かしらの発見も有るだろう。
この世界の時間で順調に進んで3ヶ月くらいかかるらしい。とし
て魔法都市はそこから更に1ヶ月か。リアル時間も結構使うな。
ま、すぐって訳じゃないし、気長に行こうか。
68
69
謎武器を追って︵後書き︶
あくまで出すのは初期ステータスだけなんだから!
天才と普通の差だけ判ればいいよね。
あと、武器屋に卸される武器の性能が始まりの街にして+1∼5の
品が出始めた事によって、予告無しのイベントが始まったのかとノ
ーマルプレイヤー達は騒然としていたらしい。
70
思わぬ再会、同行者達
目覚めました。あ、いや別にログインしたとかそんなんじゃない
よ。
普通にRIOで寝て夜を明かしました。
RIOでは睡眠も重要になってくるわけで、ステータス補正で俺
は睡眠を我慢する事ができるが、ユウジンは疲れをいやす為に睡眠
が必要だと言う事が判った。寝ると精神力が回復するのね。やっぱ
り単純じゃないな。色々な要素が絡み合っている。
別に俺は科学者じゃないから、この世界の物理法則を解き明かす
役目は他の誰かに譲るよ。もし物理学者がこのゲームをやっていた
らだけどね。
俺もユウジンもリアル時間で今日明日は時間があるから、RIO
時間で北への進路を十分に稼げる事になる。
北への旅商人への許可は俺が貰っておいた。二人くらいなら大丈
夫らしい。移動費は一人銀貨5枚。50000ゴルド。ジャスアル
の通貨だ。大国なので、しばらくはゴルドで乗り切れると予想して
いるが、魔法都市や鍛冶の国など大きな国に行けばその国の通貨に
切り替えないと行けないみたいだな。
金貨銀貨は要するに世界通貨と呼ばれているものでどこでも仕え
るのだが、小さな買い物をする際には面倒くさいのだ。
俺のこの旅は、ほとんどユウジンの財産に依存している。笑
いや笑っちゃ居られない。
エレージオまでは二人旅なのでなし崩し的になんだかんだ行ける
71
と思うが、問題は、アーリアである。
魔法の書物を読むにはジャスアルでも金貨1枚かかった。100
万ゴルドだ。入場用の預かり金貨だけでだ。施設利用料として銀貨
80枚だけ返って来たんだが、それでも入るだけで20万ゴルドだ
ぞ。
はぁ、あの日は地図を見るだけで終ってしまったが、また行きた
かったな。
さてさて、いよいよ旅立ちの時だ。
エリック神父に挨拶をしようと思ったのだが、居なかった。どこ
に行ったんだろうか。でも昨日の時点で旅に出る旨を話している、
馬車の時間もあるし、行くしか無いか。
必要な物は全て空間拡張したバッグに入れている。ただの革袋だ
けどね。お陰でお金がパーだ。なんと言う事だ。
今の俺の出で立ちは、黒い神父服に黒いブーツ。皮で出来たリュ
ックサックを背負っている。因みに片方の肩に下げるタイプのバッ
グや腰に付けるタイプの小袋しか無かったので、わざわざ道具屋と
裁縫屋に掛け合い作って頂いた。
フォレストウルフリーダー
アイデア料としてほぼ原価で作ってもらったのだが、その原価が
高かった。素材は最初のエリアボス。﹃森林大狼﹄の皮である。根
切りに値切って売ってもらった。
ってか俺を見たプレイヤーが目を丸くして驚いている内に勢いで
交渉して来た感じ。神父姿にびっくりさせちゃったかな?そんなに
珍しいかな?
そんな訳でお金もなくなったので俺の荷物は水とラビットの薫製
肉諸々と予備のナイフである。いつも使っているナイフはベルトに
挿している。
その他の荷物は、ユウジンの小物類だった。
72
かれのINTとMNDの低さがここに影響している。
比較的重要性の高い物のみが入れられている。彼の空間拡張は重
たい物はそれこそかなりの重さまで行けるが、拡張性があんまりな
くて持ち物の種類が入らなかった。水と干し肉と予備の刀が数本と
それの整備セットだ。着替えは俺が持っている。
ってことで、鍛冶屋に挨拶してから来ると出て行ったユウジンも
そろそろ待ち合わせ場所の北門に向かっている頃だろう俺もそろそ
ろ教会を出ないとな。
え?今まで何をしていたかって、礼拝です。
﹁師匠、おひさしぶりデス。見事な礼拝っぷりデス﹂
懐かしい呼び名だなと思ったら、後ろにはブロンド美女がいた。
透き通った肌に、整った鼻筋。なんだかんだ、見た事あるような、
無い様な。でも髪は緑じゃないし、耳もまん丸だ。白人美少女って
感じ。
﹁えっと⋮エリー?﹂
その少女はコクンと頷いた。
﹁間に合いました。実はですね、数日前、彼女らも私を尋ねて来て
いたんですよ﹂
73
そう言いながらエリック神父がドアを開けて入って来る。
後に続いて入って来た、ローブを来た小柄な女の子と、背の高い
オールバックのクールガイ。何となく察しは付くぞ。
エリー、凪、セバスチャンである。
﹁なんでまた﹂
少し動揺してしまって、上手く会話が切り出せない。そんな中、
エリック神父が説明してくれる。
﹁前にですね。あなたが図書館に行った後、彼女達もこの教会を尋
ねて来たんですよ。この世界の住人としてですね﹂
リアルスキンモードにしたのか。
﹁忘れられなかったそうですよ。あの時のあなたの表情が﹂
﹁ワタシ、師匠みたいナロールプレイをスルためにはどうスレば良
いか考えマシタ﹂
﹁ロールプレイじゃないけどな。って、エリーなんで片言なんだ?﹂
﹁ワタシは、日本に来てまだ間も無いかラデス﹂
﹁私もあなたの旅を心配していたんですよ。丁度彼女達が来てくれ
たので秘密裏に鍛えていたのですよ。ある程度この世界に慣れる為
の方法はあなたを参考にして、魔法を覚えて頂き、私の知り合いの
場所でこの世界のお勉強をして頂いていました﹂
74
な、なんだかただならぬ予感。
どうやら、神父は気を利かせてくれたみたいだな。旅立つ俺にか
けがえの無い仲間達を届けてくれたみたいだ。
﹁だってほら、あなた友達居ないじゃないですか﹂
何だとこの野郎!いるわ!最低一人は居るわ!なに?神父からみ
たら俺たちは友達じゃなかった様に見えたの?なんなの?うががが!
﹁思いっきり寄生虫ですね﹂
﹁⋮⋮⋮泣くぞ﹂
﹁冗談です﹂
リアルスキンモードは泣くエフェクトじゃなくて、本当に泣ける
んだからな!
﹁ヒキコモリってやつデスネ! ワタシが友達になりマス!﹂
思いっきり傷を抉って来る外人だな。ちくしょー。でも嬉しいよ。
友達が一気に増えた。やったー。
ははは⋮。
もう神父なんか知らんもん。
75
プリプリしながら俺は教会を出る。振り返ると神父はいつまでも
手を振ってくれていた。でも素直に嬉しかった。また再会できた事
にね。
時刻を知らせる鐘が鳴る。やべぇ、馬車の時間だ。マズい。
﹁置いて行かれる! 早く行くぞ!﹂
俺達は北門へ走り出した。俺はいつものショートカットを使う。
裏路地だ。彼女達を振り返ると、キョロキョロしていた。やっぱり
珍しいんだな。
﹁おっせーぞ。アレンさん待ちくたびれてんぞ﹂
貧乏揺すりをしながら、イライラした様にユウジンが言う。
間に合ったようだ。息を切らしながら弁明する。ついでに人が3
人増えた事もな。
﹁あれ? なんでその人達はどうした?﹂
ユウジンは息を切らしているエリー達3人を見ながら言う。まぁ
大体察しは付いているのだろうが。
﹁さっき、出発前に、エリック神父が、連れてけって﹂
﹁いいから息整えてから喋れ﹂
76
そうだった。体力は有るんだが、素早さが無い俺はそれはもう必
死こいて走った。だって余裕で付いて来るから、こっちがケツ叩か
れてるみたいだったんだもん。絶対足遅いって馬鹿にされる。
いや遅いけども。
事の顛末を話すと、ユウジンは判ってくれたようで、旅商人のア
ランさんに説明と交渉を始めた。エリック神父の話なら、と快く乗
っけてくれたアランさんに感謝だな。だが実際ギリギリ詰めても乗
れて4人までである。
ここでセバスチャンが旅商人に商売の勉強と、御者のやり方を教
わりたいと御者席で馬を動かす役目を率先してくれた。
流石セバスチャン。お前は良い従者になる。
多少バタついたが、俺達の旅がスタートした。
﹁俺はユウジン。こいつのリア友だ﹂
﹁師匠のご友人デスカ! ワタシはエリーと申しマス﹂
﹁アタシは凪。彼女のクラスメイトよ﹂
﹁セバスチャンです﹂
おいセバス・・・。まぁ話を聞く限り彼女の学友だろうな。
お互いが自己紹介を済ませ、俺は彼女達に旅について話した。こ
れからの進路と目的である。もしかしたら付いて行きたくないかも
しれないしな。途中で別れるかもしれん。
﹁ワタシはロールプレイに拘りマス! エルフの姫騎士デス!﹂
77
まだ諦めてなかったのな。でもまぁ、容姿は近いからいいんじゃ
ない? 聞く所によると、彼女は北欧出身の様だった。エルフの伝
承が残っているようで、子供の頃から憧れていたようだ。才能は﹃
氷精霊の加護﹄。
おい!また固有名!なんかすげーぞ!
﹁ん∼アタシはまだ決まってないけど、エリーが心配だかね!﹂
典型的な委員長タイプと見た。才能は﹃探究心﹄。
だから!固有名!
﹁私は、お嬢様の良き従者でありたいです﹂
才能は﹃多彩﹄だった。
もういいよ。セバスチャン。お前だけは信じてたのに。
﹁なんつーかクボ。お前の才能とかカスみたいだな﹂
最強の才能を持ったヤツが更に抉って来る。何だよ俺なんて所詮
そんなもんだよ。くっそ、才能なんか努力で凌駕してやる。と、俺
は才能も有って努力を怠らなかった結果達人の域に居るユウジンの
前でそう悪態をついた。折れそう。
特に何か有った訳でもなく。日は沈み、夜になった。
ずっと馬車を動かしていたアランさんとセバスチャン、そして女
78
性陣には就寝を促し、俺とユウジンで夜の見張りを担当しようと案
を出したのだが、彼等にはあえなく却下された。
流石に人数が多いので、アランさんには眠ってもらっている。っ
てか、俺は本気を出せば数日は眠る必要が無い︵試した︶ので、別
に最初の街へ向かう一日二日くらいどうってことないんだが。
騎士になるには経験も必要だそうだ。
順番はエリー、凪の二人が前半で、俺とユウジンが後半を担う事
になった。セバスは中番って感じで、前半の途中から後半の途中ま
でを担当する。
前半は暇だな。とりあえず、この無駄に才能豊かな連中に勝つべ
く魔力ちゃんをこねくり回しながらクロスたそと戯れて、聖書ちゃ
んを抱きしめる。
こういう言い回しは変態だな。最近、ユウジンに教えてもらった
ファンタジー小説を勉強がてらに読んでいたのだが、存外面白いな。
ライトノベル。
要するに。
魔力操作を自分の周囲に展開させて、その中で念話の応用、念動
を使いクロスを浮かせて動かす練習をしながら、聖書を手に持ちひ
たすら瞑想と称して暗記した中身を読み上げる作業である。今では
普通に寝転びながら出来る様になった。まぁ、普段は座禅を組んで
いるが、いずれは自分の身体も浮遊させれる様になりたい。
デスタ○ーアみたいに。
ユウジンは俺の隣で黙って寝ている。爆睡だ。まぁ魔力を感応す
る事に関してはとてつもなく鈍感なので、邪魔はしていないだろう。
79
そして交代の時間になる。
セバスが準備してくれた夜食を食べつつ、俺は近くの木に背中を
預け修行の続きを行う。まぁ何か有ったら近くで素振りをしている
ユウジンが多分気付く。俺も集中力はとんでもないくらい上がって
いるので、異物が来たら判るしね。
セバスの飯は美味かった。とんでもなく。彼の﹃多彩﹄は、なん
でも出来る彼の性格から現れたんだろうか。納得である。
ちなみにみんなのテントも彼が張った。そして野営の準備も彼が
行った。
この数時間で彼はとんでもなく必要な人材として変貌を遂げた。
彼は俺たちの修行風景を静かに見守っていたようだ。自分の寝る
時間になったら音も無く就寝していった。
何事も無かった様に朝が来た。この野営パターンは定型になって、
後々セバスが俺たちの修行に混ざる事になる。
80
思わぬ再会、同行者達︵後書き︶
この世界の人は一日の始めに礼拝することによって、MND補正を
貰い﹃一日頑張るぞ♪﹄という風に仕事を開始するのである。
やる気スイッチ。
プレイヤーの露店で物を買う神父NPCの噂が出回っています。
81
とある街の教会で。
大体初めの街から二日程で一番近くの街にたどり着いた。
遠くない?と言っても、北への進路はこんなもんだった。一番隣
国に近い経路と言った風に、ジャスアルの国は南に向かって伸びて
いるからだ。国境までは2週間程である。直線距離はもう少し短い
と思うが、そこまでレンジャープレイで強行する気もない。
因みにノーマルモードはエリアポータルが設置されていて、ある
程度省略されているらしい。セーフティーエリアと言うそうだ。別
に使わなくても行けるらしいが、大抵のプレイヤーは使っているん
だと。
ま、ゲームだしな。そこまでリアルなロールプレイするんだった
俺は推奨ギアを購入する事をお勧めする。
街に入ったら次の北行きの馬車を見つけなければならなかったが、
セバスが代行してくれた。必要な物はセバスが準備するらしい。
まぁ、道中出て来たモンスターを倒した素材、魔石もだね。彼が
管理している。って言うより、それが出来そうなのが彼くらいしか
居なかったのだ。
廃人と呼ばれるユウジンは、そう言ったコモン系の魔物に興味な
いらしい。やるなら強敵、レイドボスだと言っていた。
まぁみんなのお金として旅の資金としてセバスに預けておこう。
そう言う事でみんな合意した。
82
で、ふとやる事が無くなった俺はどこに向かったかというと。
教会である。
やっぱり足を運んでしまうんだよな。癖なんだよもう。
後ろからキラキラした瞳を向けながら付いて来るエリー。何故か
彼女も付いて来た。まぁ特に迷惑でもないし、美人と一緒に歩くな
んてまるでデートみたいじゃないか。悪くないね!
﹁ロールプレイを忘れナイ心。素晴らしいデス師匠﹂
ちょっと話しかけるのやめてくれないかな。一日一回は聖書読ま
ないと落ち着かないんだけど。まぁ今朝読んだけど。それとこれと
は別だ。
教会でこそ礼拝は真価を発揮するんだ。
﹁君は、聖騎士になりたいのだろう?﹂
そんなにロールプレイに拘るならちょっと付き合ってやろうじゃ
ないの。と思ったら自然に荘厳な声がでた。自分でもびっくりであ
る。
﹁エッ⋮﹂
急な変貌に戸惑いを隠せない様なエリーだ。
﹁清く正しい騎士で有るべきなら、そこに突っ立ってないでただ真
摯に祈るべきじゃないかね?﹂
ああなんか今の俺すっごく気持ち悪い。すっごい死にたい。死ん
でも生き返るけど。すっごい死にたい。
83
彼女はキリッと真剣な表情になる。俺の言葉を受け止めた様だな。
﹁配布されている聖書を手に取り、毎朝と就寝前に必ず読みなさい。
騎士と言え、聖職者の一員だという意識を培いなさい﹂
﹁ハイ、神父﹂
俺は聖書の一節を彼女に読み上げてあげる。教会に必ず有る女神
の像の前で跪き、片方の手を胸に当て、もう片方はクロスを握りし
め目をつぶる。聖書は念動で浮かせて、読み上げる速度に合わせて
開いて行く。
まぶたの裏が白くなった。たぶんステンドグラスの光が俺を照ら
しているんだろう。今の俺はまさに神々しいはずだ。
俺の口に合わせて、彼女も同時に読んで行く。若干ぎこちないが
まぁ彼女のひたむきな祈りは伝わって来る。
祈りは終了した。
目を開けてエリーを見ると。キリッとした顔の中、その瞳はウッ
トリとしていた。ロールプレイと感じている間はまだまだだな。
俺は何を考えているんだ。
ちがうちがうロールプレイじゃない。でも恐ろしく自然に祈りを
教える事が出来ていたな⋮。ああもう。どうにでもなれ。
立ち上がると拍手が聞こえて来た。後ろを振り向けば、椅子に何
人もの人が座っていて、聖書を片手に俺の祈りを聞いていた。
その顔は皆神を見る様な羨望の眼差しを感じる。新手の宗教家よ。
お前らからすれば俺は一人の信者なんだけど。
84
﹁どこの高名な神父様でしょうか。その少女に対するお導き、そし
てその祈り。素晴らしかったです﹂
同じ様な神父服に身を包んだてっぺんハゲの男性が手を握って来
る。たぶんこの教会の神父なんだろうな。
あと同じ様な神父服じゃないな、語弊が有った。俺の神父服は戦
闘用にポケットやらなにやらが多くなっている。一枚布で出来たチ
ープな物じゃない。戦闘服だから戦闘服。コートみたいな感じ。ズ
ボンもはいてるよ。
﹁いえ、私は修行の身なので名前はありません。ですが私をお導き
くださったのは始まりの街の教会の神父様であるエリック神父です﹂
荘厳な声が出る。なんだこれ。あと私ってなんだ一人称違うぞ俺。
﹁ははぁ! あの、エリック神父! とても素晴らしい方に導かれ
たのですね!﹂
さすが、エリック神父だ。こんな所まで名前が広がっているなん
て。そしてそのやり取りを見たエリーは、﹁神父モード⋮﹂と呟い
ていた。
ちげーよ!いや、違わないけど、違うんだよ。
この後、礼拝に来ていた方々にお布施を頂いた。結構な額になっ
たので、恥をかかない様に少しだけ頂いて残りはこの教会に寄付し
て来た。
そのやり取りを見て、さらに感激した様にハゲ神父は手を握って
振って来た。
もう行けねーじゃねーか。あの教会。目立つって得意じゃないん
85
だよね。苦手でもないけど。
﹁神父様﹂
﹁名前で呼べ﹂
﹁じゃあ師匠﹂
﹁もうそれで良いよ。なに?﹂
﹁聖騎士って何が必要なんデスか?﹂
能力値的にはVITとMNDとSTRが必要だと思うが、彼女は
心構えの事を言っているんだろうか。
﹁神父が人を救うなら、君たちは人を守るんだ。俺たちの手が届か
ないところもあるだろう、救いきれないからな。その間人々の希望
を守る騎士。それが聖騎士なんじゃないだろうか﹂
我ながら臭い事を言ってしまったが、それでも彼女には響いたら
しい。そんな事を話しながら集合場所である宿に向かった。そして
彼女はそれからロールプレイという言葉を発しなくなった。俺と同
じ時間に起き、聖書を読み。クロスを握っている。
彼女のクロスは、道具屋で買ってあげた。ネックレスにして常に
鎧の胸当ての中に閉まってあるらしい。
いやいらんがなそんな情報。胸とか。意識してまうやろ∼。
86
さて、夜が開けた。ベットだったのでぐっすり眠れた。
そう言えば前日にセバスから報告が有った。馬車が見つからなか
ったそうだ。次の馬車が来るのは5日後らしい。森を迂回する馬車
道を歩くより、三日掛かるが徒歩で森を抜けるルートも有るらしい。
馬車道を歩いても五日で着くそうだ。
微妙だな。ちなみに馬車で向かっても三日だと。
で、みんなで話し合った結果。特にこの街には見る物も無いので
次の街に向かう事になった。徒歩で森を抜けるルートでだ。
まぁこの状況とくに問題は無いんじゃないか?みんな、戦闘は申
し分無いからな。さすがノーマルプレイでそこそこいいとこ行って
いた連中である。
俺はほら、初心者だし。ど畜生。
自室で早朝の祈りを行って。宿の食堂に向かう。もうみんな荷支
度を済ませて集まっていた。俺も混じって朝食を食べる。固いパン
とうすいスープだったが、大分慣れた。世界の文化レベルだとこん
な物だろうと思う。むしろ味覚がある事がすごい。
この程度なら自分で作った方が美味しいが、まぁ郷に入っては郷
に従えって事だ。
ここからは徒歩での旅だ。戦闘になる事が多いと予想されるので、
みな一様に準備だけはしている様だった。
俺としてはこの森で上手く行けば一稼ぎできるんじゃ無かろうか
と期待してる。パーティの金欠もこれで解消できると良いが。
87
あ、俺は自分のお小遣いくらいは持ってるよ。
昨日のお布施が少し残ってるからね。だからといってそれだけで
稼ごうとは思わないけど。まぁ何かしらの事は成し遂げたいな。
まず先にオリジナル武器だ!インテリジェンス魔本?インテリジ
ェンスブック?
一日中魔力の修行を行っているが、しかりステータスは伸びてる
のかな。まぁだいぶ自由に魔力を動かせる様になったから、成長は
していると思う。
昼間は特に問題なかった。時折出て来るモンスターを狩りながら
進む。南は動物系のモンスターが多かったな。草原なんてほぼ動物。
食用だしね。北は魔石持ちのモンスターばかりである。
魔物ってやつだね。そろそろ相見えるんだろうか。ゴブリンやオ
ークというファンタジー恒例の魔物達と。
﹁なんか∼不思議だわ。森の中なのにこんなに平和なんだもん﹂
ラビットの皮をちくちく裁縫しながら凪が言う。
今は休憩中である。この時間はもっぱら俺は魔力ちゃん、クロス
たそ、聖書さんと組んず解れつしていて、ユウジンは荷物入れに入
っている超重量の鉄のかたまりを括り付けた練習用の刀を振ってい
る。
セバスは基本的にラビット解体してご飯の仕込みをしていたり、
道中集めた野草を調合していたり、俺に混ざって聖書を読みふけっ
ている。あれはハマったな。
そんななか凪は手芸部にも入っていたそうで、様々な縫い物を行
っていた。
88
﹁昼間はね。それより凪は何を作っているんだ? 見ようによって
はお前の方が平和なんだけど﹂
誰に放たれた言葉か判らなかったので、とりあえず俺が返してお
いた。
﹁確かに! 最近なんかやる事が無い時はこうしてると落ち着くの
よね﹂
判る。その気持ち判る。俺だって暇があれば聖書読んでるし。
﹁職人みたいだな。その道に進んでみたら?﹂
﹁そうそう。それ考えてたわ。ドワーフの国でしょ。細工師に興味
あるのよ。ほらアタシって手先だけ無駄に器用だから、工芸品とか
チャレンジしてみたいなって﹂
なんだかんだ皆何かしらの目標を持って生きてるな。そこに珍し
くユウジンが口を挟んだ。
﹁細工師ってことは付加魔法みたいなことができるんじゃないか?
武器や装備に描く細工でその武器の性能が上がるみたいにね﹂
なに?そんなのも有るのか?これはためになりそうだから詳しく
聞いておこう。戯れながらも俺は二人の会話に耳を傾ける。
﹁盲点よ! 忘れてたわその存在。それなら私でも役に立てるわね
∼。どうするのかしら﹂
89
﹁ん∼まぁ俺も詳しくはしらんけど。とりあえず知ってる魔法の呪
文でも何かに刻んでみたら?﹂
﹁そんなもんよね⋮。模索してみる事にしようかしら﹂
なるほど。呪文を書くのね。始めようかな聖書の書き取り。まぁ
最初は指先に魔力を載せて聖書をなぞる事から始めよう。ペンとイ
ンク無いし。
ちなみに凪は役に立ってないなんて事はない。俺の服は自動修復
だが、他の人達の服は彼女が直している。そして、魔法も器用にこ
なすし、連携に差し支えのない魔法で支援してくれる。
なんせ、前衛が俺、ユウジン、エリーだからだ。その内ユウジン
がアタッカーでエリーがタンク。俺がサブアタッカーでサブタンク
といった構成を作っているらしい。これはユウジンの原文ままであ
る。
セバスチャン、凪の居所は、まさに痒い所に手が届く。といった
ところだろうか。
っていうかまぁ俺がモロパーティー向けのプレイヤーじゃないか
らね⋮。ユウジンが言うには前衛に出て来るくせにMND極の変態
育成らしい。
ご、ごめん⋮。でも個人技が多いのは仕方ないと思うよ。うん。
90
とある街の教会で。︵後書き︶
書いてて全然VRMMOじゃないと思う。無理矢理ステータスの
横文字を出して軌道修正しています。笑
ぶっちゃけ適当に書いてたらこうなっただけです。その内Onl
ineになります。多分
91
リベンジ
意外とこの世界のNPC、要するに住人達の中にも世界を旅する
人達は多い。始まりの街には無かったが、冒険者ギルド、もしくは
それに似た様な場所があるのかもしれない。
休憩していた俺達を追い越していく人達が多かったからな。だが、
追い越して行く人達は、何をそんなに急いでいたんだろうか。
日も暮れて行き、セバスが野営の準備を始め出した。大分慣れて
来たな、外でのキャンプも、当然外ではログアウトできない。ログ
アウトの基準は周囲が安全で安心して眠れる環境でないと行けない
事だ。
ノーマルプレイヤーのみセーフティーゾーンや女神の泉、教会な
ど、ログインログアウト用の安全施設が用意されているが、リアル
スキンプレイヤーは外で寝ないと行けないのだ。
幸い、まだ連続時間ログイン規制にも引っ掛かる事は無いし。ガ
リガリ進んで行くぞ。
見張りの時間になる。いつも通りだ。俺、ユウジン、セバスは各
々が時間つぶしの為に何かしらの作業をやり出す。
ちゃんと見張れよって?見張ってるよ。
おかしな気配を感じた。俺は魔物だったら気配を感じ取れる。神
父だからだ。
いや、意味わかんねーよと思うかもしれないが、最近になって悪
意のみだが感じ取れる様になっていた。日々日々神のご加護がパワ
ーアップしてるのかもしれん。
92
﹁ユウジン﹂
﹁なんかいるな。セバス、女性陣を起こしてくれないか?﹂
ユウジンも俺の言いたい事を判っていたようだ。セバスは頷くと
テントで寝ている二人を起こしに行った。俺はクロスと聖書を浮か
べたまま気配のする方向を睨む。
風を切る様な音がした。
ユウジンの刀を振るう音だった。踏み込みの音はしなかったが、
彼が先ほどまで立っていた地面は大きくえぐれていた。
そして彼は首だけになったゴブリンを鷲掴みして戻って来た。グ
ロい。
﹁一匹だけだった。ゴブリンの癖に珍しいな﹂
ゴブリンの生態くらいは判る。奴らは群れて、小さなコロニーを
作り生活している。何でも殺して食べる。個体の力は弱いが、群れ
る事に寄ってイナゴの様な天災として恐れられている。
もっとも、ゴブリンがそこまで巨大なコロニーを作る事はほぼ無
いそうだ。魔物の中の最底辺に位置するから大抵共食いまたは、天
敵に淘汰されるらしい。国境付近の森はそこまで深くないそうなの
で、可能性はほぼゼロである。
﹁はぐれゴブリンってやつ?﹂
﹁どうだろうな。偵察だったらマズいかと思って音を立てなかった
けど。はぐれにしろ偵察にしろ。移動した方が良いのは確かだぜ﹂
93
ユウジンの意見に賛成する。セバスもそれが判っていたのか、火
を消して、テントを片付け出している。
荷物は全て片付いた。俺たちは移動を開始する。
その間俺は、いつでも戦闘態勢を整えておく。最近になって、素
手で物を殴るより、無駄に多いMPを使い、念動で操作できる様に
なったクロスを操ってぶん殴った方が強い事が発覚した。STR値
が全く持って成長していないって事だと思う。攻撃がトコトンMP
依存である。まぁMP高いから良いんだけど。
クロスは重さを感じさせない。俺の念動はそこまで重たい物を持
てない。
例えばクロスは剣状にしても、重さは変わらず操れるが。ユウジ
ンの刀はダメだった。重すぎるみたいだ。
念動魔力に強度が出せないのはINTが低いからだ。この欠点は
どうして行こうかな。
と、言うより以前精密鑑定で見たレベル10のときのステータス。
DEX中、VIT強、MND超という感じだった。どのRPG攻略
にも当てはまらない謎ステータスだった。
どーすんのこれ。まぁこのまま行くしか無いんだけど。いずれに
せよ修正不可である故に。
﹃ギィイイイイイイイイイイイイ﹄
移動を開始して数分。
少しざわめきが増していた森に、魔物の悲鳴が響いた。ユウジン
が言うにはゴブリンの悲鳴らしい。その悲鳴と同時に森の奥が更に
騒がしくなってくる。
ユウジンは自然体で森を見て。セバスは長剣を抜き。エリーも盾
94
スキルブック
と片手剣を構えて。凪は魔導書を開き杖を構える。
俺は既にクロスと聖書を自分の両肩当たりに浮遊させている。
集中すると急に静かに感じる森の中。初めは乱雑な足音が少し聞
こえるくらいだったが、その足音も次第にかなり大きく、数の多い
物へと変貌を遂げていく。
ゴブリンの強襲だ。しかも十数ではなく。数十のゴブリンが、俺
たちに向かって突進を仕掛けて来ていた。
ユウジンも突進する。真っ正面から迎撃するつもりである。距離
が有るなら凪の魔法でも良いと思うが、まぁそこまで距離がある訳
スキルブック
でもないので、詠唱の時間は稼げないだろう。俺の聖書からヒント
を受けた魔導書を用いた攻撃でも間に合わない程、ゴブリン達の足
はまるで何かに追われているかの様に速かった。
前線がぶつかる。
流石のユウジンである。5匹程のゴブリン達を一瞬で切り裂いて
いる。余したゴブリンを俺とエリーが処理し、セバスと凪は支援と
後方管理だ。
違和感が有る。何かおかしいぞこのゴブリン達。俺らを見ていな
い。気がする。
﹁ユウジン!﹂
﹁お前も気付いたか! こいつらの後ろに何か居るぞ! そいつか
ら逃げてるみたいだ!﹂
そう、ゴブリン達はまさに何かに追われていた。俺たちが迎撃し
95
ても、こっちを振り返る様子も無く俺たちが逃したゴブリンは、殺
される仲間達を無視して森の奥に逃げ去って行く。
そうして、この空間にはゴブリンの死体と。
その死体を作った奴らが残った。
こ、こいつは!
俺はすぐ鑑定する。エリーやセバス、凪も覚えているようだった。
俺は忘れる事も無い。バラバラに吹き飛んだ思い出があるからな。
キラータイガー・ダーク
人食黒虎
﹃人を食べ、その味を占め巨大化・凶暴化したブラックタイガー。
夜行性、奇襲の時、闇に紛れられる様にその身体は黒くなっている。
闇属性の爪を持つ﹄
あ、何か違うけど。
とりあえずキラータイガーだ!あの時よりすごい黒くて大きくて
強そうだ。
﹁師匠、これはあの時ノ!﹂
﹁俺がバラバラにされた時のヤツだな﹂
﹁それはごめんってば﹂
﹁なんだか知らんがヤバそうだな! だけど仕留めたもん勝ちって
ことで﹂
そう言いながらユウジンは斬り掛かって行った。いや、普通にパ
96
ーティで協力して倒すボスじゃないのか!おい廃人!勝手に燃え上
がってんじゃねーよ。
ゴブリンとの戦闘で、テンションが上がっているのか、彼はヤバ
イだったりバラバラにされただったり不穏な単語を聞くと同時にワ
クワクした様に突っ込んだ。
バトルジャンキーって言うんだっけ。
そして彼は意外と善戦し、一人で巨大な虎の片手を切り落とす事
に成功した。だが、怒りを増した虎の攻撃はかなり速かったらしく。
虎の爪をわずかに腕に擦っていた。
そして、低いMND値のお陰で、一瞬にして暗闇の異常状態にな
ってしまった。
﹁やば! 見えない! 暗闇かかった!﹂
それでも気配だけで逃げて避ける受け流す彼はステータスこそ追
いついてないが、感覚は達人のそれなんだと思ってしまった。
エリーを彼の支援に回し、俺はクロスを構えて聖書を開いた。と
りあえずMND増加の祈りをする。今では思っただけでで聖書のそ
のページを開いて魔力でその一節をなぞらえる所まで自然にできる
様になった。
そしてクロスを鉾の大きさにする。ただ単に扱いやすいからだ。
剣の方が取り回ししやすいけど、こいつの場合。
あの時鉾で戦っていたから、リベンジの意思も込めて使おう。
クロスの仕様についてはだいぶ理解したからな。攻撃力だけは一
級品だと思う。MND依存だしね。
虎の攻撃を弾く。そして、鋒の槍になってる部分で突き刺す。距
離的には虎の間に鉾、そして魔力操作の空間も含めると中距離戦闘
とも言う。さすがにこのクラスの相手に素手で戦闘を仕掛ける事は
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戦闘馬鹿じゃないから無い。
素早さに劣る俺は、敵は転がして叩くという戦法を好んで使う。
だって避けれないんだもん。
おちょくる様な俺のクロスの動きに虎は怒り狂う。
﹁なんか不思議な戦い方デスネ﹂
﹁ステータス的には回復系だが、あいつの思考は基本的に前衛だか
らな﹂
そう、俺はあくまで敵前で堂々と戦いたいのである。
あ、でも無理だったらそれ相応の戦い方するけどね。
っていうか、攻撃魔法知らないから。出来ないだけ。
クロスに目が向いてる間に少しずつ距離を近づけて行く。
いけ聖書さん。俺は開いた聖書を虎の視界を防ぐ様にぶつける。
何故か悲痛な叫びが虎から上がる。
﹁ダメージを受けている様デスガ?﹂
﹁あたしもそう見えるわよ﹂
﹁闇属性だからじゃね?﹂
怯んだ隙に、俺は鉾を握って虎の脳天に叩き落とした。すごい声
が虎から響いた。昏倒した様に虎が倒れる。クリティカルヒットか
!死んだか?
どうやら死んでいるようだ。リベンジを果たしたぞ。
98
﹁そして本当の敵が今後ろで虎視眈々と魔法で狙ってイルのデスネ﹂
﹁だからもうしないってば﹂
戦いが終われば平和なもんだ。
99
リベンジ︵後書き︶
魔力操作をひたすらやっている状況なので、嫌でも魔力を感知す
る事が上手くなっています。敏感です。日々イチャコラ戯れている
ので敏感になっているのです。聖書さんもクロスたそも魔力ちゃん
も敏感に。
100
農業大国﹃アラド公国﹄へ︵前書き︶
ふぅ。疲れたな。ログアウトしてVRギアを見つめると、あの世
界はゲームなんだなと感じる。世のノーマルプレイヤー達は、一体
いつになったらリアルスキンモードの魅力に気付くんだろう。
いや、すでに何人かはリアルスキンモードの世界を渡り歩いてい
るんじゃないだろうか?
そう考えるとその人達と出会う時がすごく楽しみである。いった
いどんな成長を遂げているんだろうか。
ってか、あの商店街、よく福引きの商品にRIOと推奨ギアを持
って来れたな。今後とも贔屓しよう。とりあえず、軽食を挟んでロ
グインしよう。
その前に、何かしら使えるファンタジーの知識を勉強しておく。
101
農業大国﹃アラド公国﹄へ
キラータイガー・ダークの立ち位置は、裏エリアボスといった形
なのだろう。俺たちは森を抜ける直前に殺されたフォレストウルフ
リーダーの死骸を発見した。こういう対立も有るんだろうな。たま
たま活動エリアが被ってしまったから殺されたんだろう。
皮は魔力を帯びていたので保存状態は良好だった。その他素材と
して仕える部位を剥ぎ取った。
で、森を抜けて馬車道沿いを進み、たどり着いた国境の街はとい
うより、砦と行った方が良いかな。そんな感じだった。
街としての最低限の機能はあるが、兵士の駐屯地といった具合に、
国境を守る兵士が住んでいる。
なんか、派遣社員って感じ。もしくは左遷された社員。または単
身赴任。まぁ家族を連れて来ている兵士も多かったので、公務員の
出張先だな。うん。
入り口で止められないか心配していたが、無事に通る事が出来た。
だが、国境を通る際に、この砦に派遣されているアラド公国からの
使者に入国用の印を貰わなければならなかった。
まるでパスポートだな。木の棒に巻かれた羊皮紙を広げそこに判
子を推してもらう。よく見ると﹃パスポート﹄って書いてあった。
パスポートかよ。
俺たちの様なただの旅人は銀貨10枚で通る事が出来る。商人で
あれば金貨1枚になるんだと。
まぁそんなものか。
ってことで、些細な問題も無く、俺たちはアラド公国に入国した。
102
国境の街から、やや北東に進路をとりながら平原を進んで行くと、
アラド公国の最南端の街に着く。この国は平地が多く、農業に力を
入れていた。街に近づくに連れて、ただの草原が牧草地から、耕作
地域へと変化して行った。
遮蔽物が無く吹き抜ける風は気持ちいいものだ。
旅商人の馬車に同乗できた俺達は、それほど時間をかけずに初め
の街へたどり着いた。
昼間はその街で補給をして、その他諸々観光をした後。夜はこの
町の宿で行ったんログアウト。現実時間で1時間ほど休憩してから、
集合になった。
俺とエリーはまっすぐ教会に向かう。
﹁師匠、二人っきりデスネ。フフフ﹂
いきなり何を言い出すんだこの子は。
聖騎士を目標としている彼女は、まだ16歳だそうだ。外国の女
の人って年に似合わず大人びてるよね。俺だって最初は同じ年くら
いだろうと思っていた。
まだ少女である。そんな少女が己の目標に向かって必死に頑張る
姿を見ると、此方としてもほっこりするのである。
それはユウジンの﹃聖職者と騎士の修行を積めば聖騎士と名乗れ
るんじゃん﹄の一言から始まった。
俺のとなりで決まって聖書をよんで、聖職者として精進しつつ。
騎士になる為のトレーニングをユウジンから学び始めている。彼が
アタッカーなら彼女はタンク。攻撃する彼を必死に捌く彼女は、そ
の玉の肌に傷がつこうとも一切気にせず耐え抜いていた。
103
セバスチャンは、自分の領分を弁えているのか、ただ黙々と自分
の仕事をこなしていた。クラスメイトだっけ?心配だろうな。従者
としても。
大丈夫だ、そんな彼女の傷は俺が直してやる。傷んだ髪もリカバ
リーで可能な限り修復してやる。
﹁もっとやりたい事をしてもいいんだぞ。観光とか﹂
﹁イイエ。ワタシも聖職者として常に規律のある心がけを持ちたい
のデス﹂
﹁そっか﹂
まぁどんな規律か判らないが、彼女なりに聖職者としての在り方
を探しているんだろう。いや、俺は聖職者とかじゃないし、別にお
布施貰って半分寄付してるのだって、世間体気にしてるからだよ。
教会で礼拝を住ませて帰路につく。幾分まだ時間があるので、こ
の町をぶらつこうかな。この町はジャスアルからの商人が必ず通る
街なので、意外と楽しめた。
露店で魔術の指南本が無いか漁るのも良いだろう。威力は低くて
もそろそろ攻撃魔法を覚えないと、この先やって行けるか判らない。
いや、別に聖書さん。浮気する訳じゃないよ!
違うんだからね。
なんか胸元の聖書さんが不機嫌になった気がしたので、そう思っ
ておく。なんだこれは、これが聖書萌えと言うヤツなんだろうか。
どこまで毒されているんだろうか。俺は⋮。
104
露店に来たら、凪がいた。そして何やら騒がしく話していた。
﹁おねが∼い! あと少し銀貨まけてくれないかしら? その本が
ど∼うしても読みたいのよね!﹂
彼女の才能の探究心は、気になる事が有るとどうしても止められ
ない。
まさに辞められない止まらない。っていう感じになる。
スキルブック
彼女の魔術本だって、私の聖書が元で出来た物だ。彼女は意外と
行き当たりばったり試す事が多い。今の彼女は燃える様な真っ赤な
髪なのだが、本当は黒だそうだ。リアルスキャンのバグか?と思っ
たが。
なんとも、リアルスキャン前に染めていたそうだ。何かしら試せ
る事が無いか試した結果だろう。そして、ノーマルモードで使って
いた呪文が仕えなくなるのを見越して、ノーマルモードのヘルプ機
能が本形式なのを利用して、先にリアルスキンモードでキャラ作成
していた二人に渡していたのだ。
そして、その試みは成功し。まんまと彼女は取得していたスキル
エンサイクロペディア
を持ち込み、尚かつ、破壊不可属性の付いたとんでもない物を手に
入れたのである。
その時、ヘルプ本は名前を変えて﹃世界大全﹄となっていた。
ウィ○ペディアだ。項目は未だ知ってる魔法しか乗ってないらし
いけど。
話がそれたが、なんだかもめている様なので穏便に解決すべく介
入した。
﹁どうした凪。回りの皆が見てるぞ﹂
105
﹁あ、いけない。ごめんなさいおじさん。アタシどうしても気にな
っちゃう事が有ると止まらない性格になっちゃったの﹂
そうだな、全く持って止まらないな。本の使い方が判らなかった
彼女は、俺が聖書を魔力で動かし文を魔力でなぞらえるトレーニン
グをしている事に閃き。
その日使わなかった魔力を本に与える事にしたそうだ。本に魔力
溜まるのか知らないけど、馴染むのは確かだ、重さゼロで浮かせら
れる様になるからね。
そして元々高めのINTでも足りないその知識欲は彼女のINT
の成長を促しているようでね。世界大全はあっという間に魔力を帯
び、貯める様になった。因みに他の本で試してみたら消滅したそう
だ。
それ、俺が一番欲しいヤツじゃん。何なの。マジで。
﹁ま、まぁ勉強熱心なのは良い事だと思いますよ﹂
絡まれていた旅商人のおじさんは、若干引きながらも笑って受け
止めてくれる。
﹁でもお金が足りないの! 後銀貨3枚足りないの!﹂
すがる様に俺を見て来る凪に。やれやれと思ったが、埒が空かな
いし商売の邪魔をするのも行けないので銀貨を3枚たして上げた。
﹁ありがとうございます神父様﹂
旅商人の人にお礼を言われる。
106
﹁もう少し粘られてたら此方もまけてしまう所でしたよ。店じまい
をしていましたから﹂
え、何だって!止めなきゃ良かった⋮。
幾分がっかりした顔色が映ったのか、商人は俺の手を握って言う。
﹁まぁまぁそんながっかりした顔をしないでくださいよ﹂
手渡された物は、紙切れ。なんだこれは。
﹁私はアラド中央都で商いをさせて頂いてます、ブレンドと言う者
です。是非中央都へ立ち寄った際は、私の所へ、ブレンド商会へお
越し下さい﹂
何と。意外なコネが出来た。
ニコニコしながら去り際に、彼はこう言った。
﹁その紙は私の支店である程度融通が利く証書ですので、是非ご利
用ください。それでは、私は中央都で待っていますので﹂
去り際の笑顔に身震いしてしまった。アレが本当の商人ってヤツ
なんだろうな。いつの時代でも生き残るのは商売人だって。資本主
義社会。ばっちゃがいってました。とんでもないな、でも信用問題、
何か有るとマズいので顔だけは出しに行こうと思う。
出さなかったら後が怖そうだ。
ご満悦の凪と、﹁師匠の人脈⋮﹂と感心するエリーを無視して宿
に戻った。
先ほどの件をセバスに話し、これからの進路予定を決める。
107
﹁アラド中央都は通って行きましょう。それまでにお金を貯めなく
ては行けませんね。それほど大きな商会というなら、旅の足になる
様な何かも融通できると思います﹂
セバスが言う。俺たち一同その意見に賛成である。なんだかんだ
馬車は良い物である。何故現代社会に車が出来たのかよくわかる。
﹁竜車! 飛竜車! あるんじゃないかしら!﹂
凪のテンションが上がる。最近こんな感じだなこいつのキャラ。
﹁たしかに、乗ってみたいなドラゴン﹂
ユウジンも珍しく興味を示す。
﹁デモ恐ろしく高そうデスネ﹂
そりゃそうだろう。ドラゴンとか。高そうだ。
でもファンタジーとしても譲れない要素だね!いいねいいね!
足の他にも色々と珍しい物が売ってそうで、大都市は楽しみであ
る。アラド中央都に少し滞在する事も場合によっちゃありだろうな。
なんだかんだウキウキしてしまうな。あれかな、空を飛んで移動
とか出来そうだな。でも気球、飛行船くらいだったらもう少し栄え
てる所まで行けばありそうだな。
期待大。
んじゃそろそろログアウトしよう。
108
農業大国﹃アラド公国﹄へ︵後書き︶
スムーズに渡れた背景にエリック神父の直弟子を守る聖騎士とそ
の従者集団だと思われていた事は内緒。
ノーマルモードでは国開放イベントがアップデートごとに行われ
る予定です。まぁノーマルモードではまだまだ先の話ですがね。国
開放イベントが終れば、わざわざ徒歩で行く事は無く、何かしらの
手段で国を渡れます。
109
雪精霊フラウと中央都。
ログインした。
ユウジンと凪がまだ来ていないな。
さ、礼拝しよう。
魔力ちゃんを展開させふわふわさせる。
俺の回りを踊る様にクロスたそと聖書さんを浮かせる。
ん∼魔力ちゃんはクラス委員で、クロスたそはクラスのアイドル。
そして聖書さんは生徒会長。完璧な布陣だ。
宿の扉をノックする音がしてエリーの声がする。
﹁師匠、もういらっしゃいマスカ?﹂
彼女もログインしたらしいな。今集中してるから後にしてほしい。
とりあえず扉の前に立たせとくのもあれなので、クロスを使って
鍵を開ける。
もう一人部屋くらいだったら自分の魔力で覆い尽くせるようにな
った。
俺のMPの量は結構多くなってるんだろうな。強度は相変わらず
紙だけど。
あ、いや。クロスたそにお願いして開けてもらった。
今、拗ねる様な意思を感じたぞ。
﹁この部屋は、スゴク清められていマスネ。落ち着きマス﹂
110
彼女も俺の魔力を感じ取っているようだ。
窓前の椅子に座って一緒に瞑想を開始する。
あら?なんだか違う存在が居るな。
彼女の回りをふわふわと、漂っている存在が居る。なんだかとん
でもなく神聖な感じだ。
これはまさか。気になって目を開ける。
目をつぶって瞑想するエリーの回りを、薄い青色の妖精が聖書を
持ちながら飛び回っていた。妖精さんだ!
﹁エリーそれは﹂
思わず目を開けて聞いてしまう。
﹁これは、ワタシの産まれた地域に伝わる雪の精霊デス。これで師
匠と同じデスネ﹂
嬉しそうに彼女は言う。俺の真似をしているのか。
なるほどな。
なんとも、才能から察して、然もありなんといった形だな。
精霊とは純粋な心を持っていなければならないはず。
純粋にロールプレイを追う心でもあり?
まぁそこらへんはどうでも良いか。
111
俺達はアラドの道をどんどん進んで行った。平原が多いという事
モンスター
は森が少ない。主に平原生息の野生動物ばかりを狩り進んだ。
だが、未だに野生動物と魔物の違いが判らない。
魔石が有る無しかね?
で、少ない魔物と広大な耕作地域によって、思ったより俺らの足
は速かった。
ほぼ一本道だからね。
そして、思ったより早く中央都にたどり着く事が出来たのであっ
た。
恒例のごとく、門番が居る入り口の詰め所はブレンド商会のあの
人が渡してくれた証書を見せると一発OK。
とくに何も言われる事無く。入税を取られる事なく終った。
っていうより、どの街でもこの証書を見せると大概が大丈夫だっ
た。
恐ろしい。使った分だけお金請求されるとかないよね?
流石にそこまでダイヤルアップしてないだろこの世界。
未だナローバンドですら無いんだぞ。
さて、街。というより都へたどり着いた俺たちは、集合時間を決
めて各自各々の行動を取り出す。
とりあえず俺とエリーは教会へ向かう。
ここの教会は立派だった。
112
確か図書館で読んだ本によると大陸ごとに宗教があって、統一さ
れているらしい。
単純に一つの大陸に一つの宗教だとか。まぁ例外はあるけどね。
別大陸に渡る事が無い限り、教会での祈りは続けられる。
まぁ俺の事だ、別大陸に渡ったとしても勝手に祈っている事だろ
う。
祈りが終ると。俺はブレンド商会へと足を運ぶ。
中央都は、市民街と貴族街という風に簡単な区画分けがされてい
て。
ブレンド商会の本店があるのは、貴族街でそれもそこそこ一等地
なのである。
ぶっちゃけると、商人なのに貴族街に本店構えるなんてぱねぇっ
す。
そう思った。
これまた貴族街に入るには厳しい審査が有って、一般市民が入る
と問答無用で鞭打ちの刑になるらしい。門番の人にそう聞かされた。
世知辛いかもしれないが、スラム街が無い時点で、この国を動か
す人は有能なんだろうな。まぁ広大な農地があるだけで豊かさは約
束されたもんだしな。
この国の食料自給率はどれくらいだろうか。
証書と俺の出で立ちが神父だと言うだけで、貴族街にはあっさり
通された。
やっぱり宗教って強いな。
で、一緒に来ていたエリーも神父を護衛する騎士として入る事が
許可された。
113
貴族と言えば騎士を持つものである。そこら辺に駐在する騎士が
居るので参考にでもしたらどうだろうか。
さぁ、途中道が判らなくなってしまったが、騎士の方に聞いて案
内してもらった。
そして道の端をコソコソと歩いていたら、特にそんな規則はない
そうだ。
あれ∼。
ファンタジー小説を読んでいると、貴族って見栄っ張りだと言う
凝り固まった先入観に捕われてしまっているようだ。
で、ついた。商館というより普通に豪邸なんですが。
証書を見せると中へ通される。
ステンドグラスがわんさかあって。
教会よりも立派なんですが。
調度品が美しく並べられている。黄金比だな。
絨毯がふっかふか。ブーツで歩いていいのかなこれ⋮。
とんでもねーな。精神年齢低い感想しか湧かない。
グラフィックは然ることながら、この辺までしっかり作り込まれ
ているなんてな!
﹁いやいや、お待ちしていましたよ! 神父様﹂
応接室だろうか。とんでもなく広いしとんでもなくグレードの高
そうな調度品が配置されている部屋へ通されると。
114
見たことのある顔が私を出迎えた。だが、あの時の露天商みたい
な格好とは違って、綺麗な服に身を包んでいる。
ってかこの絨毯虎の毛皮だな。この顔、キラータイガーに似てい
るな。
﹁いえいえ、遅くなって申し訳ないです﹂
﹁いえ、此方の予想ではもう少しかかると思っていたものですから﹂
﹁道が良かったのでね﹂
﹁確かにそうですね。良いでしょうこの国。生きて行く上で必要な
物がそろっていますからね﹂
旅の世間話と行った所か、彼も色々な場所へ飛び回っているので
判るのだろう。
﹁それで、私をここに呼んだ理由はなんですか?﹂
いきなり本題を打つける。
こういう手合いには、直接攻撃に限るな。
こんな大物が初めの街に居たことすらおかしいし、凪の目を引く
本を扱っていたこと自体が怪しいし、俺に証書をくれた所とかね。
結論、全てが怪しい。
﹁そんなに疑わないでくださいよ﹂
﹁いや、いささか不明な点が多過ぎると思いまして﹂
115
﹁ご理解されてましたか。エリック神父を知っていますか?﹂
知っているとも。何も知らない私を導いてくれた人だよ。
﹁おお! 噂は予々聞いていましたよ。あのエリック神父が弟子を
取ったとか。で、私も古くから付き合いがある方なので、その弟子
様になんとかお力添えできればな。と。そしてあなたには閃きが存
在しているそうで、そのリュックと呼ばれる荷袋。是非私の商会で
も販売できる許可を下さい﹂
別に許可とかそんなん無いけどな。
始まりの街で作ってもらっただけだし。
ってか、ああ。狙いはそこね。
リアルスキンモードプレイヤー
まぁ別にいいんじゃない?文化レベルが上がれば上がる程俺らに
は居心地が良くなる訳だし。
それにリュックくらい有っても良い。後続のRSMPの助けにな
れば。
あ、なるほど。これって俗に内政チートってやつ?
異世界知識ってやつ?ログイン前に丁度そういう類いの小説を読
んでいた。
最近はもっぱらネット小説である。みんな素晴らしいアイデアだ
ね!
思わずぐーぐ○くろーむのお気に入りが増えてしまったよ!
とりあえず本題。
﹁そのくらいでしたらご自由にどうぞ。私はその辺の権利はどうで
もいいので、ただ私たちの旅の足になる何かがあれば、ご融通して
116
頂けないかと思っています﹂
竜車だ! 出来るだけ竜車を勝ち取るぞ。
と、ここでエリーが口を挟んだ。
﹁ダメデス師匠。良いアイデアにはそれに伴う対価を貰わなケレバ
! 経済バランスが壊れてしまイマス﹂
ええー。その辺の話しはあんまり判らないよ。
基本的にセバス任せだったのでね。
﹁なるほど、護衛の騎士様は本質が判ってらっしゃる様ですね﹂
﹁ハイ。ワタシは師匠の騎士でアリ。ワタシの仲間達はそれぞれ神
父様のサポートをしているのデス。ワタシ達の中でもこう言ったコ
トを担当して居る者が貴族街へ来れないノデ、その話しは後日改め
マショウ﹂
この子強い。なんて強いのかしら!
もしかしたらただの旅商人のおっちゃんとしか思ってないのかも
しれんな。
﹁その方が良い様ですね。神父様、私は商人で誰とでも対等な取引
をさせて頂いてます。それが私の座右の銘でもありまして、この商
会の銘でもあります﹂
はぁ、それは最もだね。
君の商会はこれから伸びるよ?多分。
﹁商人は施しを受けませんから。私は神とでも対等に取引を望みま
117
す﹂
そりゃすごい。
﹁まぁ、それをエリックに言った時。彼には笑われましたがね。笑
われましたがやってみると良いと言われました。我が永遠のライバ
ルですよ彼は﹂
神父のことを呼び捨てか。かなり古い付き合いなのかな。
ってかライバルとかジャンルが違うだろ。
商人vs神父とかどういうことだよ。
まぁある意味商売も﹃信者﹄を集めることが﹃儲﹄に繋がるから
な。
神父の纏う雰囲気からしてあれは隠居だ。
エリック神父の圧勝である。
あ、もちろん贔屓気味に見てるよ?
で、そろそろ時間も遅いという訳で、明日一般街の商会にてもう
一度煮詰めることになった。
セバスに任せよう。彼だったら最善の落としどころを見極めてく
れる。
彼には酷だが、ログアウトじゃなくて一晩寝て過ごしてもらう。
ログアウトするとどうしても時間がずれ込んでしまうしね。
旅路の出発時間は、現実時間でログイン時間を決めてから、集合
時間をRIO時間で決めて行っている。
118
基本的にNPCから話しかけてこないノーマルモードはおかまい
無しだが、向こうから話しかけて来るリアルスキンモードは、そう
いう大事な予定があると、いささか不便だな!
119
雪精霊フラウと中央都。︵後書き︶
日間ランキング笑ってしまった。こんな駄文ですが、読んでもら
えて嬉しいデス。話しがある程度進んだらそれなりに人が増えて来
たらVRになって来るんで。ご安心ください。
書き方を少し変えてみました。改行多めです。見やすさ的にはど
うですかね。
気に入った物は即お気に入りに入れてしまうヤツ。
そして無駄にブックマークだけ増えて行くヤツ。
それを整理しない、消さないヤツ。
クボヤマはそんなヤツ。
120
盛る竜種。怯える草原の走竜達
今、俺たちは若い竜を追って草原を進んでいる。
速度は少し駆け足程度だが、素早さの低い俺にとってみれば全力
疾走をずっと続けている訳で。
そろそろキツくなって来た。
初期VITの高さで支えられてるんだろうな。コレ。
もしかしたら、毎日ランニングすることによってVIT上昇に繋
がるんじゃない?
人間の体力ってほら、走れば付くし。
で、何故俺たちが竜を追っているかというと。
それはセバスの交渉時に遡る。
リュックのアイデアは、セバスが付加価値︵いろんな種類のリュ
ックの構造を教えて上げるだけ︶を付けて儲の2割がこのパーティ
ーに支払われるらしい。
で、だね。2割の配分がまさかの俺1割であとはエリーと凪で分
けるんだって。
セバスチャンはエリーの従者なので要らないと言っていた。
お前ってヤツは。
お前ってヤツは。
ユウジンは何と、自分は辞退すると言っていた。
121
だが交渉が終った後で念話が来た。
﹃俺が今までお前に貸した分覚えてるか? よし。10%の内7%
で手を打とう﹄
この﹃今まで﹄って言うのは教えてもらった全てのゲームのこと
を彼は言っている。裏取引だ。
彼は誰よりも高額な7%と言う利権を得て、俺はその余りカスで
ある。
内訳で言うと7・5・5・3。一番低い。
反論しようとしたが、金貨をくすねたことは既にバレていたらし
く。
ふぐぅ。
まぁいいよ。神父だし。お金なんていらないもんね。
いらないもんね。
で、続き。
付加価値を付けたのには訳が有って、利権の他に、融通してもら
う為だった。
そう、旅の足である。
俺達は竜種に拘った。︵主にユウジンが︶
そして、実際にアラド王国には走竜という亜竜種が居るらしい。
122
だが、すごく高価な乗り物で公爵の許可が下りないと走竜を飼育し
ている国営ファームから買い取ることが出来ないのであった。
だが、ブレンド氏。
ブレンド商会の底力である。
取引は世界対等だ。を地で行く人なので、公爵家を俺を出汁に交
渉して最近繁殖期に入った若い竜が走竜達を困らせているのでそれ
を討伐するという依頼を請け負って来たのである。
流石である。普通だったら討伐は騎士がしなければならない仕事
なんだが。
新たな新事業、護衛、傭兵事業がどうたらこうたらと。
そして、神のお導きを受けたのです。と俺が恒例の祈りをさせら
れて、なんとか信用を得た。
神父を出汁にするとかすげーな。
ちなみに、護衛、傭兵事業を諭したのはユウジンである。
彼はものすごく悪い顔をしていた。
弟子作りと金稼ぎを兼ねる気だな⋮。
まぁそれは置いておいて。
なんかこの国に居るとどんどん身動きが取れなくなって来そうな
ので、早々退散したい。
しかも耕作地域広過ぎて、狩りすら出来ない。
狩場遠すぎんだろ!
平和すぎるのも、如何なものである。
123
﹁居たぞ﹂
ユウジンが遠くに目を凝らして言う。
ああ、あの土煙上げてる緑色の竜が討伐対象か。
近づいて行くと判る。
目がだらしねぇ。逃げる走竜達︵おそらく皆雌︶は必死の形相だ。
これは、酷い。
ってことで依然として雌に夢中なドラゴン故に、ある程度まで近
づいても平気だった。
鑑定する。
ステップドラゴン
草原竜
﹃草原に住まう竜。地に適用したので翼は退化した。肉食。普段は
大人しいが、繁殖期になると獰猛になり雌を追い回し、邪魔する者
には灼熱を吹く﹄
﹁確か、第三の街で戦ったレイドボスは、レッサードラゴンだった
な。飛ばないヤツ﹂
﹁ワタシ達も参加しマシタ。街を荒らすはぐれ竜のクエストデスネ﹂
﹁大変だったわねぇあれ。30人くらいで戦って侍ロールプレイヤ
124
ーのラストアタックでなんとか勝ったけど、とんでもない被害だっ
たわ。ってあれ、まさかユウジンさん?﹂
﹁え? あ、うん。確か前提はブレス攻撃回避不可だったな﹂
﹁よく生き残っていマシタネ﹂
﹁あ∼そう言うのはタンクの影に隠れてたからな。アタッカーを守
るのが仕事だろ﹂
﹁逃げようとシタ時、動けなかったのはアナタのせいデスネ﹂
﹁相変わらずシレっとしてるわね。ユウジンさんは﹂
三者三様でノーマルプレイ時代の思い出を話していた。
俺が教会に引きこもってる時だな。
ってかドラゴンってレイドボスなのかよ。
たくさん人数居ないと倒せないヤツ。
ん?ってことは強いのか?こいつ。
レッサードラゴンのレッサーって小型種、もしくは下級って意味
でしょ。
﹁そ﹂
ユウジンはそう言いつつ。丁度目の前を通り過ぎて行こうとした
ステップドラゴンの尻尾を両断した。
ドラゴンの悲鳴が上がる。
125
あ、こっち見た。
怒ってる。
待て待て待て待て。なんで行った!!
なんで斬った!!!
﹁おい! 脈略がおかしいだろ。強いなら作戦立てようぜ? 命を
大事に! ってか命令させろ!﹂
﹁師匠、落ち着いてクダサイ﹂
後ろからエリーが俺を抑える様に抱きしめて来る。
いや、嬉しいんだが、鎧着てるでしょ。痛いわ。
﹁きゃ、役得!﹂
凪はうるさい。そしてセバス。微笑ましい様な視線を送るな。
生徒会長だろ風紀守れ。注意しろ。
﹁もーいいよ。ガンガン行こうぜだ!﹂
懐かしい。ドラ○ンクエストの時、俺は命令させろとかの仕様を
教えてもらうまで何一つ判っていなくて、ガンガン行こうぜだけで
乗り切っていた。
何回も死んだけど。
ユウジンに説明書読めと言われるまで﹃たたかう﹄ボタンを押し
て勝手に戦ってくれるのが、ドラ○エだと思っていたことがある。
126
話しがそれたが。
ガンガン行ったとしても、パーティの役割は決まっていて、後ろ
を気にする必要がないので、前衛4人。中距離1人のとんでもない
戦闘になって言った。
後衛の凪をガードする人が居ないが、基本的に相手のヘイトを稼
ぐのはヒールを使用しながら攻撃する俺くらいである。
ものすごいヘイト稼いでる気がする。基本的に俺しか相手攻撃し
てこないし。
だが、ブレスを吐くかな?吐かないかな?って所で、上手い具合
にユウジンがアタックを掛けて牽制しているので、俺は生きている。
因みに、一応ブレスの防御は考えているが、心もとない。
クロスたんを盾の形にするだけである。
邪魔なユウジンから潰そうとしたのか、ドラゴンはユウジンにブ
レスを吐く。
灼熱の炎だ。空気が一気に燃え上がるのを感じる。
そこで大盾を構えたエリーが、ユウジンを構って炎を受け止めに
掛かる。
フラウが雪の障壁を作る。
相性が悪過ぎた。一瞬で溶かされる。だが、灼熱は凌ぎきったら
しく、少し焦げているだけで酷い火傷は無さそうだった。
だたブレスの勢いだけで数メートル飛ばされる。
先ほどまでは善戦していてもこんなにブレス一発で俺達の陣形は
乱される。
流石竜種。
そして守る者が居なくなった所で、ステップドラゴンの矛先がこ
127
っちを向く。
いよいよ俺を仕留めに掛かるみたいだな。
簡単にはやられんぞ。
と思ったら、即効ブレスが来た。
ひええ。
クロスたんを大盾の形にする。
熱い!苦しい!やばい!
聖書さんがオートヒールとリカバリーをくれる。
さすがっす!
俺の必要な物が判ってくれているようだ。
ブレス攻撃も、魔力を燃焼させて行われているので、雀の涙程も
無いが魔力展開して抵抗する。
﹁セバス!﹂
セバスはブレスを止めようとステップドラゴンに攻撃を仕掛ける
が、ギョロリと向けられたドラゴンの目に牽制される。
セバスにブレスが行ったらマズい。
火の勢いが収まった。
凌いだぞ!ユウジンもブレスが止んでから斬り掛かる。
で、ドラゴンの四肢を切り落とすことになんとか成功した。
刀は一本使い物にならなくなったので2本目だ。
128
つ、疲れた。
もうここまですればあとは仕留めるだけだ。
そして一瞬の油断だった。
俺はドラゴンを仕留めるには力が足りない。
ユウジンが首を落としておしまいだろう。
そう考えて、クロスを仕舞おうと手に取った時。
ほぼ芋虫みたいになっていたドラゴンが、蛇の様に動いて俺の前
で顎を広げた。
慌ててクロス持った腕を向けるが、その腕ごと。
バツン。
129
片腕が消えた。
リアルに吹き出る血と無惨に抉れた肩口に仲間達がとんでもない
形相で駆け寄って来る。いかんぞ!
皆の意識が俺に向けられている今、ステップドラゴンはまだ生き
ている。
全滅もあり得るなんとかしなければ。
そうだ。
ヤツの口の中には俺の腕と握られたクロスがある。
俺はありったけの意思をクロスに込めた。
ステップドラゴンの顔面が、上下左右に大きくなり、白く輝くク
ロスに引き裂かれた。
セイントクロス
﹁セ、聖十字!!!﹂
だ、誰が、そんなこと言ったヤツは。
セバスかよ。
﹁中二病臭過ぎだろ・・・!﹂
﹁もう喋んな!﹂
130
ユウジンが言う。今の俺にヒールを詠唱する程の精神力は備わっ
ていない。
ひたすら痛みをこらえ続けている。
彼は、血が吹き出るを肩をキツく縛った。
部位欠損のステータス異常だな。歩くのもしんどいや。
俺は彼に担がれた所で意識を失った。
目が覚めました。
どうやら宿で寝かされた所で死に戻りしていたようだ。
部位欠損が戻っている。
ってか死ななかったらどうなるんだろうか。
寝たら治るのかな。
この都市でログアウトをしていて良かった。
最終ログイン地点が、死に戻りのリスポーンポイントになるので、
もしログアウトして無かったら俺はだいぶ前の初めの街からまたこ
こまで来なければならなかったのか。
小まめにログアウトしよう。
131
盛る竜種。怯える草原の走竜達︵後書き︶
技が出来ました。クロス系武技です。嘘です。
掲示板回の書き方がわからない。いずれにせよ書いてみますねい
ずれ。
色々と設定甘いです。克つ適当なので意見があればそれを参考に
するので。是非。
132
幕間−とある掲示板−
[攻略掲示板]
244:RIOに代わりまして戦士がお送りします
攻略って今どこまで言ってるっけ?
245:RIOに代わりまして弓師がお送りします
ID:∞
ID:∞
ID:∞
始まりの街から東西南の方角なら結構進んでるんじゃね?
俺は知らんけど。
246:RIOに代わりまして武道家がお送りします
フィールド自体が広過ぎて、どこに進めば良いかわからないからな。
ID:∞
ID:∞
クエスト形式で進んで行けば、南に進路を取ると、王都にでるらし
い。
俺も攻略組じゃないからわからん。
247:RIOに代わりまして戦士がお送りします
なんでレスしてんだよ。
248:RIOに代わりまして剣士がお送りします
ID:∞
攻略組は第二世代に代わっちゃって、少し遅れが出始めてるよ。
とりあえずクエストを進んで行けば南の王都につく。
そっからが世界の始まりって感じかな?
249:RIOに代わりまして武道家がお送りします
情報来たこれ!
ってかだれかまとめてくれれば良いのに
133
250:RIOに代わりまして戦士がお送りします
てめーでしろ
251:RIOに代わりまして戦士がお送りします
おまえがしろ
252:RIOに代わりまして戦士がお送りします
たのむわ
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
253:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
脳筋共が、ちゃんと自分の頭で理解しなさい
254:RIOに代わりまして戦士がお送りします
まぁまぁ。
255:RIOに代わりまして剣士がお送りします
とりあえず、王都から自由な冒険はスタートって感じ。
始まりの街から王都まではチュートリアル。
ハンター協会っていうのが、王都にあってそれが所謂冒険者ギルド
みたいな物。
ID:∞
ID:∞
ID:∞
で、そこで信用を勝ち取れば北への進路も取れる様になるんだって。
256:RIOに代わりまして猟師がお送りします
それは獣でもいいのか?
257:RIOに代わりまして漁師がお送りします
魚でも良いのか?
258:RIOに代わりまして細工師がお送りします
何で漁師wwww
134
ID:∞
ID:∞
259:RIOに代わりまして武道家がお送りします
まだ海は無かったはず・・・
川か。
260:RIOに代わりまして侍がお送りします
何でもありかよ。このゲーム
ID:∞
ID:∞
261:RIOに代わりまして戦士がお送りします
おまえがいうな。
なんだそのジョブ
262:RIOに代わりまして侍がお送りします
色んなジョブがあるらしい。
ID:∞
最近始まりの街の鍛冶屋で精鉄のやり方が変わったらしく
刀があったので使っていたらいつの間にかなってた
263:RIOに代わりまして武道家がお送りします
これすごいよな。
ID:∞
ID:∞
ID:∞
使ってる武器とかプレイの方向性で職業が決まるなんてね。
264:RIOに代わりまして僧侶がお送りします
それより神父にはどうやったら成れるんですか
265:RIOに代わりまして戦士がお送りします
あれはNPCだって言ってんだろ
266:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
ああ、あの噂の
135
267:RIOに代わりまして商人がお送りします
俺も見た。隣の商人が神父に話しかけられて
フォレストウルフリーダーの革格安で売ってたぞ
268:RIOに代わりまして盗賊がお送りします
値切る神父さん可愛いwwwww
269:RIOに代わりまして商人がお送りします
あれからあの商人どこに行ったんだろうな
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
良いアイテム売ってたから多分攻略組の一員なんだろうけど
270:RIOに代わりまして弓師がお送りします
ってかお前ら話しがズレてんぞ。
剣士さんの話しを聞け
271:RIOに代わりまして剣士がお送りします
あ、喋っていい?
272:RIOに代わりまして戦士がお送りします
どうぞ
273:RIOに代わりまして戦士がお送りします
どうぞ
274:RIOに代わりまして戦士がお送りします
どうぞ
275:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
馬鹿共・・・
136
276:RIOに代わりまして剣士がお送りします
王都まで行くと、エリア規制が解除されて。
ID:∞
あとはハンターランクの信用度で冒険できる世界が広がって行くん
だって
ハンターランクはレベルと受けたクエストの達成率で考慮されるら
しくて
攻略組は各々が世界に旅立って行ったよ。
一部の攻略ギルドだけ人を集めて世界の情報を集めてるけどね
これで廃人と呼ばれている人達はどんどん居なくなっていったよ
ID:∞
ID:∞
因みに先へすすめない北の国境はハンターランクDで通れる様にな
るよ
278:RIOに代わりまして戦士がお送りします
ほうほう。
やっぱりRIOはひと味違うな
279:RIOに代わりまして剣士がお送りします
そんなことより探し人です
ID:∞
攻略最前線組にいた侍浪人の格好をした人をしりませんか
レイドボス戦後あたりから急に見なくなっちゃって
ウチの攻略ギルドの最有力アタッカーだったのに!
おかげで攻略が大変だよ。情報求む
280:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
ID:∞
そういえば大分前に始まりの街の北門あたりで誰かを待っていた浪
人姿の人を見たよ
281:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
137
私も見たわ
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
たしか商人の馬車に乗って神父様とその他数人で一緒にでていった
から
NPCかと思ってスルーしちゃったんだけど
侍のNPCなんて居ないわねこんなところに
282:RIOに代わりまして僧侶がお送りします
新情報ktkr!
これは神父はプレイヤー確定か?
283:RIOに代わりまして弓師がお送りします
でも神父様には不可解なことが多いからね∼
284:RIOに代わりまして鍛冶師がお送りします
北になにかあるのかね
285:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
ID:∞
ID:∞
もしくは最速で王都に行って、最速でエリア制限を解除したのかな
286:RIOに代わりまして戦士がお送りします
いやまだサービス開始されたばっかりだぞ
さすがに無理
287:RIOに代わりまして剣士がお送りします
ID:∞
レイドボスのラストアタッカーである侍さんならありえる!
侍さんんんんん!!
私もいまいきますから!!!!!!!!!!
288:RIOに代わりまして戦士がお送りします
メンヘラ化してる・・・
138
139
幕間−とある掲示板−︵後書き︶
こんな感じですか。
職業しか見えない匿名掲示板です。
まぁまたいずれ。
140
進路は行ったん北東へ
そういえば。
ありましたよ、意外と早く見つかったな。
冒険者ギルドの代わりになる様な物です。
この世界ではハンター協会というらしい。
とりあえず中央都から出る前にみんなでハンター登録しておいた。
みんないきなりハンターランクDである。
定住しない者にとってはこのハンターランクとは、一種に信用と
して扱われる。
さておき、ユウジンが言っていたのだが。
近々、ノーマルプレイヤーのイベントが開催されるらしい。
全然知らなかった情報なのだが、ノーマルプレイヤー達は南へ進
路を取り、ジェスアルの王都でエリア開放イベントが起きて色んな
場所へ行ける様になるんだとか。
基本的な向こうの流れは。
クエストをクリアして行き、始まりの街から王都へ向かい、王都
でハンター登録をして冒険のスタート。という形である。
良く出来てるな。初心者プレイヤーもそれで慣れるんだろうな。
このゲームに。
俺もそうやってマニュアルに沿って行けば良かったのかもしれな
いが、まぁ、先に行くべくは魔法都市と鍛冶の国である。
141
話しがずれたが、イベントである。
対人イベントだって。
要するに公式決闘イベントと言った所か。
ある程度王都まで行ってハンター登録をするプレイヤーが増えた
ので、その記念として、リアル時間で今週の日曜日にプレイヤーイ
ベントが行われることになったらしい。
で、ユウジンは行きたいんだと。
その対人イベントが行われる国。
﹃連合国デヴィスマック﹄へ。
また地図を見に図書館行きかと思ったが。
なんとなんと、公式にデヴィスマックへの行き方が載っていた。
行き方は二通りあって、空路と陸路である。
なんとジェスアルの王都から飛行船が出ているんだと。
乗ってみたいな。
で、陸路はただの陸路だ。
偶然にもアラド公国の隣の国だった。北東へ進路を取るとたどり
着く。
今日は金曜日だから今から行けばまだ間に合うな。
急ぎで向かおう。
142
俺達には良い足も手に入ったのだから。
ランバーン
できれば飛行船というのにも俺は乗ってみたかったんだが、どう
考えても始まりの国に戻る時間はない。
因みにドラゴンの素材と交換で、かなり良い走竜種を格安で購入
することが出来た。
体高は1.5m、体長は3m。エメラルドグリーンの鱗に蒼い目
が特徴だ。
名前はラルドにした。ってか俺が名付ける権利貰っても良いのか
な。
で、肝心の人を載せるキャビンは、なんとブレンド商会から頂い
た。
頂いた物なのだが。
なんと行ったら良いんだろう。
別に俺は普通の奴で良かったんだけどね。
いや気に入ってるんだけど。
黒を基調に、十字架を連想させるデザインである。
シックでありつつ、どこかしら前衛的な魅力を感じさせる一品。
いや本当に。俺は旅商人の使う荷台の様な物でも良かったんだが。
ブレンド氏によると﹃既に商会の顔﹄だそうだ。
ああ、まんまとやられたわけだ!
ふぐぐ、目立つ前に早いとこ退散しておこう。
143
ハイヤー!ラルド!全速前進だ。
風が気持ちいい。
現在、アラド王都から東への道をひたすら走っている。
今日は、夕暮れまで走るとたどり着くであろうアラド東の国境よ
りの街へと向かう予定だ。そこで一旦ログアウト。
現実時間の土曜日、ログインしたらアラドとデヴィスマックの国
境沿いを北上しすぐの国境の砦からデヴィスマックへの入国を住ま
せ、イベント会場である決闘コロシアムのあるヨーザン州へと足を
運ぶ。
デヴィスマック連合国はいくつもの国が集まって出来た国だ。そ
の背景には世界戦争と言う物があるらしいが、まぁ置いておく。
アメ○カ合衆国みたいなものだね。はい。
そんなことよりも。ランドの疾走感である。
御者席でランドを操るセバスチャンの隣に座り、俺は景色を見て
いる。
現実世界では味わえないこの景色である。
電車なんかより良い。
144
ランバーン
走竜種であるラルドの健脚は、とてつもない。
何せ半日あれば国境の街までたどり着くのだ。
二足歩行が良いリズムを奏でている。
あ、イメージが湧きにくかったら、走る恐竜を想像すると良い。
そろそろ日が傾き始めている。
もうしばらく走れば着きそうだな。
日没を背に俺達の馬車は幸先の良いスタートを見せていた。
ログインした。東の国境付近の街である。
あくまで付近なだけで国境にもちゃんと集落や街があるぞ。
ただし、入国審査などが出来るのがお互いの国の使者が駐在して
いる砦状の街なだけである。
145
パスポートに入国証が押されてないと、不法入国だからな。
逮捕されてしまうから。
最短距離でも行くに行けないのである。
まぁこっちの方がリアリティがあって面白いからいいけど。
まだ集合の時間には早い。
いつもの礼拝をする。
なんだか最近、俺のアイドル達がすごく可愛く思えて来たんだ。
萌絵化って知ってる?擬人化だっけ?
絶対可愛い。
クロスたそも魔力ちゃんも聖書さんも嬉しそうに俺の回りを飛び
回ってる。
いや、俺が操作してるんだが⋮。
ん?どっちだ?
最近その辺の境目が判らなくなって来た。
で、最近出来る様になったのが、無意識回復術である。
前までは、こいつを回復しなければ!と思って狙いを定めない限
オートヒーリング
りヒールが発動しなかったんだが、聖書ちゃんが驚くべき成長を遂
げた。
傷を負うをたちまち回復してくれる。自動治療だな。
未だヒール・キュア・リカバリーしか仕えないが、いずれ﹃聖国
ビクトリア﹄の中央聖都ビクトリアまで足を運び、上級の回復魔法
を学ぼう。
さて、皆なんだかんだログインして来たようだし。
出発だな。
146
先日は時間の関係上、最短距離で国境の砦まで行けなかったので、
少し悪路である。それでも普通の馬車より速いけど。
※国境の街は、砦で統一します。
国境沿いの道を少し北上すれば砦に着くはずだ。
竜車の旅では初めての夜が来る。
キャビンの裏手に簡易的な荷台を取り付けている。いや、ドア付
きの時点で現代の車の荷台と同じ様な機能である。
そしてもちろん空間拡張が施されているので大きい物まで載せれ
る様になった。
旅路がより快適な物へと変貌を遂げているな。
荷台のほとんどに食材やら食器やら、狩った魔物の素材やらを保
管している。
食材はセバスの趣味だろうな。
飯がさらに美味しく頂けるから、文句は一切無い。逆に満足であ
る。
セバス良くやった。
今日はなんだ。
バーベキューか。
女性陣はもう修学旅行のノリである。
そして、ユウジンは指の間に持てるだけ串を持ち腹に詰め込んで
いた。
147
いや、鍛錬後で腹が減るのはわかるんだが。
対人戦に気合い入れてるのはわかるんだが。
焼けてねーよそれ。生で食うとあたるぞ?
この場合ステータス異常になるだけだと思うが。
あ、ほら。言わんこっちゃない。
さてさて。砦にたどり着きました。
三日かかった。意外と時間かかった印象だ。
ま、悪路だったしな。
それにしても、そんな悪路でさえ一度も交換しないこの竜車の車
輪。
一体何出て来ているのか。
上から話しが行っているとかなんとかで、俺が砦を管理している
人に挨拶をして、すんなり入国印を頂き、デヴィスマック連合国へ
と入ることができた。
上からって何だよ上からって。
何にせよトラブルにならずに通過できたのなら良かった。ここで、
一悶着有ってイベントに遅れる事になったら、ユウジンが拗ねてい
たかもしれん。
148
イベントは時間帯が決まっているからな。
エントリー時間を考えると早めに行っておいて損は無いだろ。
現実時間、日曜日の午後一時より、ヨーザン州のコロシアムで開
催される。エントリーは開会式が始まる前なら可能らしい。
さて、ラルドの引く竜車は東への進路を取っている。
道中、足の遅い魔物ならスルーできるので、エンカウント率も低
めだ。
最近気付いたんだが、俺の聖書さん。
開くだけでMND増加のバフ効果があるらしい。パーティ単位で
ね。
ちゃくちゃくと進化している。
セイントクロス
クロスたそも︽聖十字︾という大技を持っているし。
魔力ちゃんは縁の下の力持ちといった形だ。
セイントクロス
このクロス。︽聖十字︾を気に入ったのか、名前を言わないと発
動しなくなっている。
なんと言うことだ。
仕留める際に必ず俺は中二臭いこの技名を言わなければならない
のか。
オートヒーリング
その点聖書さんはいい子である。
開けば必ず自動治癒してくれるからね。
149
イベントが近いからか。
各自各々、技の開発には力を入れているようで、ユウジンなんか
フラウ
は自分の流派の技+この世界で新たに開発した技をいくつか持って
いるし。エリーは着々と雪精霊との絆を深めている。
エンサイクロペディア
ってか一番化けそうなのは凪だな。
世界大全はヤバイ。
アレはマジでヤバイ。
着々と魔力を貯め続けている。
INT値抜かれてる可能性ある。
で、世界の色んな知識をひたすら吸収し続けている。
絶対知らないうちにいつの間にか喋り出してそうだ。俺は驚かな
いぞ。
俺もなんだかカッコイイ技が欲しくなって来たぞ。
なんか参考になる物無いかな⋮。
150
進路は行ったん北東へ︵後書き︶
移動回でした。笑
やっとMMOの要素が出て来ましたよよよよ!
一応
仕事があります
平日のゲームログイン時間は大体19∼24時までです。3人に
は学校が、そしてクボヤマとユウジンにも
ので。
土日はかなり長い時間ログインしています。
それが最近の彼等の生活サイクルです。
151
決闘大会前夜と︵前書き︶
ログイン前。
俺は必殺技の名前を考えた。
技自体も自分が今出来ることを最大限に発揮したまさに三位一体
だ。
よし。ログインしよ。
152
決闘大会前夜と
現実時間で12:00時。ログインしました。
さて、イベントのエントリーは済ませてある。RIO時間で今は、
丁度イベントの1日前となっている。
協会がある所では積極的に教会での礼拝を行っている。
なんでかって?
今までは何となく通っていたが、最近では教会を訪れると俺の可
愛い子猫ちゃん達が喜ぶからさ。
すいません。調子にのりました。
聖書さん、クロスたそ、魔力ちゃんの調子が良くなるんだよね。
うんうん。今日もいい調子だ。
エリーから念話が届く。
﹃師匠! どこにいるんデスカ? 暇だったらワタシと出店でもま
わりまセンカ?﹄
彼女は私より早めにログインしていたようだな。RIO時間では
イベント前日ながら、ヨーザン州のコロシアム街の大通りは、もの
すごい賑わいを見せている。人が集まればこその光景だ。
で、出店などを出しているのは、ほとんどが料理系の職を持った
プレイヤーである。やっとMMOらしくなって来た!
待ち合わせ場所に行くと。彼女は鎧姿ではなく、私服を着て来て
いた。
153
私服なのかは判らないが、アラド公国で買ったのだろう。
なにげにブレンド商会。良い物を揃えていたからな。
そんな彼女の格好は水色のアメリカンスリーブのワンピースだ。
リボンやフリルが着いていて、そのままドレスとしてでも仕える代
フラウ
物らしい。金髪でエルフの様な顔をした彼女にはとっても似合って
いる。
肩にちょこんと座っている雪精霊ともペアルックになっていて可
愛い。
俺だって聖書さんとは同じ宗教だもんね!
﹁師匠! こっちデス!﹂
そんな彼女は俺を見つけるや否や、満面の笑みで手を振る。
﹁待たせてしまったな﹂
﹁イイエ! 今着たトコ! アハッ、これは様式美って奴デスネ﹂
そして俺達は、出店を一通り楽しんだ。
これってやっぱりデートなのかな?
﹁師匠、師匠は何か他に見たいものありマスカ?﹂
ん∼そうだな。
見たいもの、そうだ。飛行船だ。
﹁飛行船。時間の都合で見れなかった飛行船を見たいな!﹂
154
﹁ではそこへ向かいマショウ!﹂
確かヨーザン州のコロシアム街直通の飛行船がジェスアル王国の
王都からこの時期だけ出ていたはず。
コロシアム街のエリアマップの掲示板で確認して、向かう。
この世界の飛行船ってどんなんだろうな。ノーマルプレイヤーだ
けで楽しむなんてずるいぞ。ってか運営よ、さっさと各地に飛行船
を作ってくれ。
リアルスキンモードプレイヤーだけ仕えないとかは絶対に無いは
ず。
飛行場のゲートをくぐると、そこにあった。
俺達は二人して言葉を失った。
作り込まれた世界だということを忘れさせる要素が多いRIOだ
が。
この飛行船は別格である。
浮力は巨大な魔石。
推進力は空飛ぶクジラだった。
鑑定する。
スカイホエール
空鯨
﹃悠々たる空の観測者。超希少生物。どこから来たのかは不明。悠
155
々と世界を飛び回り続ける存在﹄
シロナガスクジラの空色バージョンって感じ。
すごいな⋮⋮⋮。
運営の技術力がここに極まりって感じだ。
ノーマルプレイヤー達は、これに乗ってここまで来たのか⋮。
﹁いいなぁ﹂
そう呟く俺の横で、エリーはずっと微笑んでいた。
さて、デートは食事まで続く物である。
だが、食事の後とかは無い。
彼女はまだ高校生だっつってんだろ。期待するな俺。
と、言ってもだ。
出店で食べ歩きをしてしまった俺達はあまりお腹が空いていなか
った。
人ごみを避けて進んでいると。
小さな喫茶店を見つけた。
開くと呼び鈴が鳴るドアを開け中に入ってみると、シンプルだけ
156
れど作りはしっかりしている椅子とテーブルが数席と、カウンター
席。
カウンター席から正面は、煉瓦の壁に埋め込まれたコーヒー豆を
ディスプレイしている棚がある。
お洒落だ。お洒落喫茶だ。
特にテーブルと椅子の丸みが良い。座り心地が実に良さそうであ
る。
とことんディテールに拘っているゲームよな。
コーヒー豆が良い香りである。
とりあえず席に座っていると奥から丸坊主の筋肉マッチョなおじ
さんが出て来た。髭がダンディさをかもし出している。
﹁悪い、こんな日だからウチには客はこねぇと思ってたぜ﹂
﹁確かに、あの賑わい様ですからね﹂
﹁神父さんがこんな所に何しに来たんだ? 女の子連れてデートか
い?﹂
デートの単語に、エリーが何故がビクついていた。
まぁ、落ち着けよ。ここはこう言えば良いんだろ。
﹁デートですよ。コーヒーをお願いします。エリーは紅茶がいい?﹂
とんだ生臭坊主である。
エリーは紅茶で良いそうだ。
﹁上手いこと言うぜ。そんな神父様には俺から特別にクッキーのプ
レゼントだ﹂
157
﹁ありがとうございます。あなたに神のお導きがあります様に﹂
﹁っかー! 決めてくれるな、今日は良い日だぜ。最高の一杯を淹
れてやんよ﹂
ハゲマッチョの淹れるコーヒーと紅茶は格別に美味しかった。
そしてクッキー、これも最高の味だった。
何なんだこの店は、名前を聞いておこう。通わなくては。
﹁とても美味しいコーヒーとクッキーでした。是非また寄りたいの
で、あなたのお名前を教えて頂けませんか?﹂
﹁店の看板読まなかったのか? ってありゃ、裏返ってやがる。だ
れがこんなことしやがった﹂
お店のドアに掛かってる看板を正面に戻す彼。
﹁ブルーノそれが俺の名前だ。そしてここは喫茶ブルーノだ﹂
名前もゴツいな!
だが味は繊細だ。
﹁ブルーノさんですねまた来ます﹂
﹁おう、いつでも待ってるぜ!﹂
そろそろ良い時間帯なので、俺達は喫茶ブルーノを後にした。
﹁師匠、すごく良いお店でシタ﹂
158
﹁だな﹂
エリーと連れ添って歩くのにも慣れていたけど、なんだか今日は
一日中緊張していた気がする。
たぶん私服のせいだな。
﹁師匠、少し緊張してマス? ウフフ﹂
﹁し、してねーし!﹂
して無いったらして無いんだからね。
くそ!なんだよもう可愛いなエリーは。
﹁ウフフフ﹂
今のは若干怖かった。
夜の出店もやっているとのことなので、今日は目一杯エリーと遊
フラウ
ぶ。
雪精霊も俺の聖書さんとクロスたんと魔力ちゃんと戯れていたの
でご満悦に彼女のポケットで眠ってしまっていた。
それで良いのか精霊よ。
それから、寝る前の礼拝と瞑想を行い就寝に着く。
朝は早めに起きようと思う。で長めの瞑想を行って決闘大会に備
えるぞ!
159
ちょっと早めに起きるつもりが、夜明けと同時に起きてしまった。
まだ他のプレイヤーは起きて来てないな。みんなやっぱりこの世
界で一日を過ごしているようだ。
まぁ祭りだしな。
開会式までに狙ってログインする様な奴は居ないだろう。
珍しくユウジンも起きている。
あ、そうだ。俺達が泊まっているのは教会である。
ラルドと竜車を宿泊させれるだけの空き宿がなかったんだ。
で、教会裏の空きスペースをたまたま使わせてもらいつつ、教会
内の宿泊施設も使わせて頂いてる状態だ。
ってか是非泊まって行ってくださいと言われたぐらいだったが、
流石にそれは世間体的にもな。
いや、ゲームで世間体とか気にしても、しゃーないんだが。
なんかこのゲームリアルだから外の目があると思うんだよ。
主にエリック神父関係のことでな。
160
施設使用料としてお布施を払うことによって俺の中で正当化する。
それでもラルドと竜車を置くスペースを考えると。
すごい安くしてもらって心苦しい。ふぐぐ。
で、空き地にラルドの様子を見に行ってみるとユウジンが素振り
をしていたのである。
なんか素振りの音がシュンシュンじゃなくてシャンシャン鳴って
る。
これはどういうことだ?
﹁何かおかしくね? その音﹂
﹁ああこれ? なんか魔力斬れないかなーって思って振ってたらい
つの間にかね﹂
﹁魔力斬ってるってこと?﹂
﹁そこまではわからん﹂
なるほど。なら試してみるか。
﹁今クロス浮かせてるだろ、それと俺の間に魔力展開してるから振
ってみ﹂
﹁わかった﹂
ッシャン!
クロスが一瞬ぶれる。
おお、本当に斬れてる。ってかごめんなクロスたそ!乱暴に扱っ
161
て!
あ、許してくれるっぽい。
﹁斬れたな﹂
﹁ああ﹂
﹁それだ、今日の大会は無差別部門に出るの?﹂
﹁あたりまえだろ﹂
﹁うわぁー。俺どうしようかな魔法も斬られたら勝ち目無いじゃん﹂
﹁え∼。とりあえず出とけよ。俺とあたる前に負けるかもしれない
じゃん﹂
彼は、優勝する気であるようだ。
俺だって出るからには優勝するわい!
﹁で、何かお前もコソコソと技の開発してるんだって?﹂
バレてたか。
﹁お楽しみだな。俺の切り札だし﹂
﹁ま、俺もそれは同じだから。お互い頑張ろうぜ﹂
そう言いながら、俺は瞑想、彼は素振りをして精神を戦いへ研ぎ
すませて行った。
162
163
決闘大会前夜と︵後書き︶
空飛ぶ鯨って良いですよね。
いつか乗ってみたいです。夢ですが。
そういうのがリアルで体験できる技術ないかな。
書き終わって気付きましたが、MMOしますって言って、全く他
プレイヤーとの絡みを出していない所。まずい・・・
164
サバイバルマッチ
開会式は素晴らしかった。
打ち上がる祝砲、花火の様な魔法の中をスカイホエールが悠々飛
び回っていた。
飛行船を利用して、空からの撮影もされるようだ。
ノーマルプレイヤーが自分の動画を撮影して掲示板にアップでき
る様に撮影の魔道具も用意されているらしい。
すごいな。知らなかった。
あ、ラルドでひたすら草原を走る動画とかどうだろうか?
つまらないか。
で、開会式の挨拶はジェスアルの国王だった。で、デヴィスマッ
ク連合国各州の代表と大統領が軒並み連ねる中で、来賓席にエリッ
ク神父がいた。
ちょっとあなた。
そんな所に居るってどんだけ大物だったんですか。
まぁ思い当たる節々はあるけども。
で、驚いたことに協賛にブレンド商会が居たこと。
知り合いが大御所過ぎて、緊張して来たぞ。
落ち着け俺。聖書さんを一心に読み上げるんだ。
よし落ち着いた。
試合の合間にエリック神父に挨拶をしに行かなければな。
165
だが来賓席まで通してくれるのかな?
そこが問題である。
さて、決闘大会である。
魔術クラス、武技クラス、無差別クラスと別れている。
まぁ、呼んで字の如くだ。
魔術のみと武技のみ、何でもありの無差別といった所。
今回俺達パーティの中で出場するのはセバスを抜かした4人。
セバスは完全なサポートに回るそうだ。
で、魔術の部には凪が。
あとは俺、ユウジン、エリーは無差別級。
俺はまず魔術クラスに行っても攻撃魔法が無い。詰んだ。
武技クラスに行っても魔力ちゃんと聖書さんが拗ねるからな。
ユウジンは、まぁ、そう言う奴だし。
フラウ
エリーは武技クラスかと思っていたが、そうか雪精霊が居たんだ
ったな。一緒に戦うには無差別クラスじゃないと無理か。
で、予選はサバイバル方式だった。
一気にふるい落とす気だな。運営め。
内容は最後まで残った二人が決勝予選進出だそうだ。
166
A,B,C,D,E,F,G,Hまである組み分けで、16人が
決勝に駒を進めることに鳴る。
本日はA,B,C,Dのサバイバル予選である。
エリーとユウジンと俺は組み分けが被らなかった。
因みに俺はHだから明日だ。今朝瞑想で高めた気分を返してほし
い。
エリーとユウジンはAとD。
この組み合わせは基本的に決勝予選であたるタイプだろ!この二
人。
エリー、頑張ってくれ。
いつの間にか俺は、高い所から試合を観戦していた。
そう、来賓席である。
なんでだ!
セバスの隣で観戦しようと思って移動していたら、エリック神父
に掴まって、このすごい奴らが軒並み連ねる﹃来賓席﹄へと連れて
こられたのだ。
﹁良い成長を遂げているようで、私も心から嬉しいですよ、クボヤ
マさん﹂
167
﹁そうですね。彼女は妄信を捨て、実直に励んでいますから﹂
ロールプレイという妄信を捨て、真摯にエルフの聖騎士になるべ
くな。
﹁彼女を導いて上げてくださいね﹂
﹁はい、エリック神父が私を助けてくれた様に、私も様々な人を導
いて行こうと思います﹂
﹁暇があったら顔を見せてくださいね? 子供達も寂しがっていま
すから﹂
﹁はい。またいずれ始まりの教会には寄らせて頂きますよ﹂
エリック神父とそんな会話をしながら、試合を観戦する。
サバイバル形式だから、始まった瞬間様々な武技・魔法が飛び交
う乱戦状態だ。
エリーの戦い方はタンク職として教わったものを自分流にアレン
ジしたのだろうか。
守って盾で弾いて場外。
守って盾で弾いて場外。
実に堅実だな。
次々仕留めて行く様に、観客席から歓声が上がる。
168
﹁あのエルフのタンクかなりの腕前だぜ! シールドバッシュで上
手く場外に落としてる!﹂
プレイヤースキル
﹁スキル名を言わずに体感で行ってる辺り、かなりのPSだ﹂
エディット
﹁そんなことより超美人だぜ! 自然な美しさだ、顔面補正やって
ない証拠だな!﹂
フラウ
なんかパーティメンバーが褒められるって嬉しいな。
彼女は今回、雪精霊を出さなかった。
切り札として使うのだろう。
フラウ
まぁ雪精霊は何度も見ているから、驚くことは特にないが、彼女
も俺達の様に何か隠して編み出しているかもしれないからな。
油断大敵である。
﹁そういや昨日見たぞ今勝ち残ったエリーって女の子と神父がデー
トしてるところ!﹂
﹁ばっか、神父様がそんなことする分けないだろNPCだぞ﹂
﹁いや本当はプレイヤーだって聞いたぞ!﹂
﹁NPCだったらとんだ生臭坊主だな!﹂
﹁ちげぇねぇや!!! ハッハッハッハ﹂
思わず椅子から滑り落ちた。
169
なんだその噂。そう言えばエリー達からも初めて会った時NPC
とか聞かれてたな。そんなに違和感無いの?溶け込んでんの?
引きこもってたからかな。
まぁ度肝ぬいてやる。
その神父も大会に出場してるからな。ちくしょー。
エリック神父に来賓席に試合が終わった彼女達を呼んで良いか聞
くと、快諾してもらったので、エリーとセバスを来賓席まで連れて
来た。
立場的には護衛の騎士とその従者と思われているらしく、二人は
意気揚々と便乗する様に俺の席の隣に立っていた。
座れよ。目立つだろうが。
このロールプレイ変態共が!
ユウジンの試合が始まる前にまた下から声が聞こえて来る。
例のあいつらだ。
﹁おい、エリーちゃんもやっぱりNPCだったのか?﹂
﹁神父の騎士をしてるぞ! 従者も隣に居る﹂
﹁ってかあそこ来賓席だぜ。おれ生臭坊主とか言っちまった﹂
﹁やべぇやべぇ!﹂
丸聞こえだ馬鹿共。
170
そう言ってひと睨みしてやると、彼等は三者三様逃げ出して行っ
た。
まぁこのゲームは信用度とか実装されてるからな、下手に信用を
失うとペナルティも存在するようだし、ノーマルプレイヤーでもこ
うなるのは当たり前か。
﹁プー⋮⋮クスクス﹂
エリーはひたすら笑いを堪えていた。
ロールプレイしてんなら騎士らしくしろよ。まったく。
﹁おっと、ユウジンの試合が始まった⋮ぞ?﹂
彼は最初からぶっ飛ばしていた。
彼が会場中央で回転切りを放つと、その剣圧に弾き飛ばされる様
に全員場外。
来賓席も唖然である。
会場も。
そしてぽつり、ぽつりと声が聞こえて来た。
﹁侍さんだ⋮。侍さんが返って来た!!!﹂
﹁え、あのレイド無双した攻略ギルド最強アタッカーの?!﹂
﹁え、北門での神父イベントで共に旅立ったと言われているあの?
!﹂
171
﹁え、ユウジンって聞いたことあるかも! 色々なVRゲーで廃人
無双してるあの!?﹂
﹁︽BUSHIDO︾で最強の︽剣豪︾と言われているあの!?﹂
次から次へと出て来るな。もう苦笑いしかねーよ。
ってかお前らいい加減にしろよ。
神父イベントってなんだよ⋮⋮。
そして、声は歓声へと成長して行った。
巻き起こるユウジンコール。
ユウッ!!!ジンッ!!!!
ユウッ!!!ジンッ!!!!
ユウッ!!!ジンッ!!!!
ユウッ!!!ジンッ!!!!
ユウッ!!!ジンッ!!!!
ユウッ!!!ジンッ!!!!
ユウッ!!!ジンッ!!!!
ユウッ!!!ジンッ!!!!
172
うるせー!友達クラブか!
そして彼は今日を境に、剣豪と呼ばれる様になる。
で、実際はD組のやり直しになった。彼を抜かしてな。
残った一人が決勝へ行けるのだが、その試合はいまいち盛り上が
りに欠けた内容だったので省略する。
本日の日程が終了した。
このあと闘技場で魔法サーカスだったり、NPCの武技演舞だっ
たり、色々な催し物がありそこそこ楽しめた。
ユウジンも来賓席に呼ぼうと念話を飛ばしたのだが、あとで連絡
すると返って来てから一向に連絡が無かった。
セバスとエリーは先に戻らせて俺はユウジンを探しに向かった。
意外と簡単に見つかった。
コロシアム地下に併設されてあるカジノだった。バニーガールの
NPCの間を縫って行くと一際騒がしい集団の中心に彼がいた。
何かもめているな、仲裁に行く。
理由を聞いてみると、彼は試合の賭けをしており、自分が一振り
で圧勝することに全財産を掛けていたのだ。
そして彼は有言実行した。
173
﹁だから、お前は掛けに負けたろ。早く全財産よこせ﹂
まぁお互いの全財産を掛け合うなんてな。
怪し過ぎて普通受けないだろ。
どうせ祭りで散財してお金なんて持ってないだろう、勉強代とし
て大人しく払っておくことが身のためだと思うのだが。
彼はカジノで大勝ちしているらしくかなりの大金を持っていた。
御愁傷様です。
﹁む、無効だ! そんな一撃で勝てる分けないだろ! チート使っ
たんだろ!﹂
﹁心外だな﹂
ユウジンはギロりと男を睨む。あ、ちょっと怒ってるな。
廃人プレイヤーに名を連ねる彼のプライドが許さないだろうな。
チートなんか使ってない。と。
彼は小手先と言う物を無視した戦いをするからな。
常に一刀両断というか⋮。
﹁ひっ! し、神父様! 助けてください! 脅されてます!!﹂
まぁユウジンの試合っぷりを見ていたんだろうな。
彼はすっかり怯えてしまっている。
ってかさっさと逃げれば良いのになんでカジノで続きやってるん
だか。
174
﹁約束を違えることは、神のお導きに反することですよ?﹂
とりあえずやんわり、諭そうかな。
﹁チートだ! これは神の冒涜だ! そうだろ神父様ぁ!﹂
プレイヤーキル
あ、これ以上チートって言わない方が良い。マジで!
今にもPKしそうなユウジンをどう止めようか迷っていると、後
ろから声が掛かった。
﹁チートなんかじゃ無いですよ。剣系上位職の回天斬という技です。
剣圧のスキルレベルを上げれば、可能ですよ﹂
いや、剣圧どうこうの問題じゃなかったと思うが。
そんなことより助かった。誰だ君?
﹁師匠、久々に会えて嬉しいです!﹂
と、言いながら両手剣を背負った女の子が、ユウジンに抱きつい
た。
きゃー!不潔!
不潔だわ。ユウジンが。いっつも汗クセーし。
﹁ふがふが﹂
ってこの女。匂いかいでないか?
﹁ふがふがゴフッ!﹂
ユウジンの拳骨が女の子の脳天に落ちた。
175
うわっ、絶対痛い。
﹁いい加減にしろ糞アマ。レイドの時もストーカーしやがって、あ
と攻略ギルドなんて一つも入った覚えは無いからな!﹂
彼も色々溜まってた物があるみたいだな。
とりあえずこの賭けの男は放置して、この二人を連れて静かに話
せる場所に連れて行くことが先決だ!
賭けの男にはキツくお灸を据えるべく、出入り禁止にしてもらう
様言っておいた。
で、一体この女の子は誰なんだ。
未だユウジンの腰に絡み付く女の子を見てそう思った。
176
サバイバルマッチ︵後書き︶
サバイバルの戦闘パートはあっさり終ります。
主人公の時は長く書くと思います。
177
神父の戦い︵前書き︶
デュオ
D○OをDUOにしました。
178
神父の戦い
謎の女の子の正体は、ユウジンとVRゲーをよく一緒にプレイし
ていたプレイヤーなのだそうだ。
あ、そうなんだ。と思ったが、ユウジンの言い分は、
﹁いつも俺のやるゲームを嗅ぎ付けてきて無理矢理パーティ組んで
来るストーカーだよ!!!!﹂
だ、そうだ。
無理矢理と言いつつ、パーティ申請に許可を出してる辺り、ユウ
ジンもまだ満更でもない感じかなと思ったのだが。
彼曰く、許可するまで永遠の申請が来るらしい。
リアルスキンモードで解消された悩みなのだそうだ。
うわぁ⋮。
それは酷い話しですね。うん。
﹁ウィスパーも申請も繋がらないし! 友達申請も送れなくなっち
ゃったし! 師匠いい加減、システム許可出してくださいよ!﹂
あ∼リアルスキンモードってそう言うの無いから、システム的に
拒否してる設定として見られる訳ね。
俺、友達居なかったから知らなかったよ。
﹁絶対しないからな﹂
179
﹁そんな∼!!﹂
端から見てれば可愛いやり取りであるが、内情を聞くととても残
念な感じがする。
そんな彼女も、本戦に出場するらしい。
へぇ、強いんだね!
でも武技クラスだって、なら当たる事無いね。
まぁ二人の問題なので俺からは口出ししないでおこう。
ただでさえ、彼女に威嚇されてるのに。
さて。次の日だ!
俺の試合だ。
今回は、出場者という事で来賓席には行かなかった。
だが、椅子は未だ残っている。片付けて良いのに。
E,F,G組の試合は滞り無く終了した。
F組の金髪逆髪で金色の服を来た体格の良い選手。
﹃無駄無駄無駄無駄無駄!!﹄
とユウジン並みの圧勝を遂げていた。
180
D○Oかよ。かなりのロールプレイである。
彼の後ろで彼の動きに合わせて戦闘していた存在は、おそらくス
タ○ドを模した存在なのだろうな。
精霊なのかな?
スタ○ドって言うくらいだし。
もしかしたらリアルスキンモードプレイヤーかもしれない。
精霊魔法を使える職種はあると思うが、あんな風に精霊を使う奴
なんて初めて見る。
俺の切り札に似ているな。
いや、あんなに恥ずかしい物じゃないけどね。俺のは。
思わぬ選手にただならぬ警戒心を抱きながら、H組の予選がスタ
ートする。
ん∼多種多様だな。
戦士もいれば、術師、魔術師、剣士、盗賊、弓師も色々。詳細な
職業名は判らないし、こんな乱戦で鑑定を使っている余裕も無い。
とりあえず魔力ちゃんを展開してクロスたそと聖書さんと体術で
乗り切るしか今の俺には出来ない。
ってか返る事の出来ない基本的な戦闘スタイルである。
狙うのはHP全損ではなく場外。
相手を削りきる程の火力が存在しないからな。
クロスを縦横無尽に動かして、追いつめると、巨大化させたクロ
181
スでドーン。
が、今回の作戦である。
いやはや、武器にしか変形しないと思っていた、クロスだが。
最近思うままなんだよね。如意棒と化してる。
これもクロスたんと俺の育んだ愛の証だ。
で、無事に後二人に残りましたとさ。
決勝進出は決定してるのだが、どうせなら勝ちたい。
エリーもユウジンも一位通過してるので、俺も。
相手は、棒術師と言った所か。
多分武器は一般的な六尺棒といったところかな、修行僧の服を身
にまとっている所を伺うと、なんだか手だれって感じがするが、一
体どうなんだろうな。
ってか武術職ってマジで色んな物があるんだな。
そう思っていたら、足下に鋭い突きが飛んで来る。
足を上げて躱す。良く躱した俺!
﹁あぶねぇ!﹂
いかん、ついつい素が出てしまった。
魔力ちゃんの準備はオッケー。クロスたん、聖書さんいっちょや
ってやりましょうかい!
駆け出す。
腹に突きが来る。
182
一番避けづらい所を突くって、経験者かよ。
プレイヤースキル
こういう手合いはスキルを使わないからな。PSってやつで、ス
キルを使うと手がバレるという。
ユウジンから教わった事だ。
もちろん、スキル名無しで、身体の動きだけでスキルを発動する
やからもいる。
そう言った場合、呼び動作で手を読むんだそうだが。
俺には無理な相談だ。
クロスを横ばいにぶつけて逸らし、俺も上体を横ばいに反らして
なんとか避ける。
AGIが低いから接近しないと負け確定なのだ。
で、俺は相手の武器を掴んだ。
棒術相手には単純に棒を持ってしまえばいい。
だが、相手も判っているようで。
六尺棒を捻りながら俺の手を逃れる。
だが、六尺棒を引く動作と共に俺も近づく。
肉薄してくる俺に相手はどう対応するのか。
延髄に痛みを感じた。一瞬意識が持って行かれそうになる。
なんだと思って六尺棒を見ると、三つに分かれていた。
三節棍じゃないか!
だれだこんな色物武器を作った奴は。
183
運営を出せ。
ぶっちゃけ結構痛かったので、イラッとしてしまった。
精進が足りんな。
古来より武器を持ってる相手に接近戦で挑むとしたな何かな?
柔術だ。
よし転がせ!
俺は抵抗する相手を自分の身体ごと大外巻込みで転がしてやる。
﹁ぐっ!﹂
VIT値なら負けないので床に叩き付けられるくらい痛くないし、
MND値高いから我慢できるのである。
武器を手放さなかったのだけは偉いな。
一瞬怯んだ相手にすかさず寝技を掛ける。
三節棍が邪魔過ぎる!
六尺棒だったら地面についてる時点でアウトなんだけどな。
これをどうにかしなければ!
三節棍を持つ腕を決める。
因みに聖書さんで目元を塞いでいます。ナイスサポート。
で、腕をへし折った感触がした。
これで感覚ないだろうな。
声に鳴らない響きを上げている所を見ると、痛覚100%みたい
だ。
さすがロールプレイだ。
部位欠損ペナルティとしてステータス異常が出てるはずだ。
184
右腕はもう仕えまい。
あとはマウントポジションを取って、相手が降参すれば良し。
降参しなければHP削りきって勝利だ。
﹁恐ろしい神父だな。参った、降参だ﹂
クロスを構えると相手は降参した。
よっし。予選一位を勝ち取れた。
立ち上がった俺は、あ、やってしまったと思った。
んーでもさ、神父だけど、神父として行動してるけど。
俺元々前衛職やりたかったんじゃん!
と開き直ったその瞬間。
静寂だったコロシアムが一気に沸き立った。
音が反響して地震の様に会場を揺らす。
﹁すげーぞ神父!!!!﹂
﹁あのSTR極振りの三節棍使い二三郎に勝っちまいやがった!﹂
﹁遅過ぎだろ動き! AGI無視かよ! きまってんぜ!﹂
185
﹁きゃぁあああ神父さまああああ神父さまあああああ﹂
﹁マジでプレイヤーなのかNPCなのか判んなくなっちまったぜ!﹂
﹁プレイヤースキル異常だろ!!!﹂
﹁今の所神父要素が服と十字架と聖書しかねーよ!﹂
﹁ってかどーやって浮いてんだよそれ!﹂
三者三様の叫び声が聞こえる。
この時初めて色々なプレイヤーと交流するMMOゲームの楽しさ
を知った。
単純に試合に勝利した喜びと歓声に完全に調子こいていただけな
のだが。
とりあえず、冷静になって判る事は。
俺が神父としてずっと生きて行かなければならない事が確定して
しまった事である。
もう隠れられない。
186
さて、若干の視線を感じながら来賓席に戻ると、みんな居た。
いつものメンバーにエリック神父やその他連合国のお偉いさん達
に出迎えられる。
﹁クボヤマさん、良い試合でしたね﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁お前、やっと感を取り戻したな﹂
﹁ユウジン⋮﹂
﹁師匠!﹂
エリーは抱きついて来た。
みんなありがとう。
ってか、おい。
﹁まだ予選終ったばっかりなのになんだこの最終回みたいなの﹂
エリーの頭にチョップをかます。
こいつが原因だ。抱きつくな離れろ。
187
鎧が痛いだろうが・・・
あれ、痛くない。
あ、あの時のワンピースを着てる。
なら、もうちょっと抱き締められてても良いかな。
﹁グフフフ﹂
おまえ、役得か。これ狙ってたんだな。
まぁいいや。
その夜は連合国の方達の懇談会に招待された。
エリック神父の友人と呼ばれるジェスアル国王が、俺の本戦出場
祝いにと開いてくれたの出そうだ。
ありがたいけど。
ありがたいけど。
すっごい肩身が狭いんだよな。
ってかどうしてこうなった。
188
さて本戦である。
対戦表はランダムだ。
本戦Aブロック
ブロウ
vs
エリー
vs
二三郎
ああああ
Agimax
釣王
vs
vs
桃華姫
ユウジン
暗黒黒魔導士
本戦Bブロック
vs
ハザード
ロバスト
そめ助
vs
vs
vs
DUO
鬼塚
クボヤマ
超絶最強神俺
う∼ん⋮⋮これは。
なんて言ったら良いんだろう、ネタネーム以外の奴らもっと頑張
れよ。
ってかこうして見ると俺の名前、だっせぇ。
自分の名前ながら思う。
189
だっせぇ。
190
神父の戦い︵後書き︶
﹃彼、エリックの若い頃にそっくりだな﹄
﹃いや、流石にそこまではないと思いますが﹄
︵︵︵︵どの口が言ってんだ︶︶︶︶
主人公の試合を見た後の来賓席の様子。
191
本戦 神父vsロバスト
本戦である。
初戦の俺の相手は、そめ助と言うらしい。
どんな奴だったかなぁ。
vs
ユウジン戦なんだけども。
ぶっちゃけ、覚えていないのである。
にさぶろう
俺的に見所は二三郎
一体彼等はどんな試合をしてくれるんであろうか。
さて、今日は俺の試合ないからな。
来賓席が今日も用意されているし、行かなきゃなんだろうな・・・
。
対戦表は、上空に常駐する飛行船がつり下げている。
どこまでも金かかってんな!
ん∼他に気になる組み合わせもしくは印象に残った選手は、釣王,
DUO,ハザード,ロバストの名前である。
釣王って名前からして、屈強な漁師を想像している。
DUOは言わずもがな、勝ち上がって行けば対戦するんだろうな。
ハザードとロバストは、なんとユウジンの知り合いだった。
最有力攻略組ギルドのナンバーワンアタッカーとギルマスである。
ユウジンとの絡み様を見る限り、ロバストはすごく豪快で良く笑
192
う人だった、ハザードはクールな人でユウジンをただならぬ表情で
見ていた様な気がしたが、何かあったんだろうか。
プレイヤースキル
要するに現トップギルドのプレイヤー二人。
vs
ブロウか。
PSもなかなかの物であったのを覚えている。
さて初戦はエリー
ブロウはローブを羽織って杖を身につけているのを見る所、普通
の魔術師って感じかな。豪華なアクセサリー類を付けているので、
魔力補正値が高いのが予想できる。
試合が始まった。
結論によるとブロウは風の魔術師だった。
確かに扱う風は強かったが、エリーは重騎士装備である。
飛ばないし、風攻撃を完璧に防いでいた。
盾で殴り飛ばして終了。
193
あっけない物である。
いや、エリーが強くなったのか。
vs
ああああ。
彼女は観客から喝采を浴びている。相変わらず人気者だな。
次の試合は、agimax
あぎまっくす?それともAGIマックスと読むのだろうか。
所謂AGI極振りプレイヤーなんだろうな。
容易に想像できる。
ああああ、はキャラを作り直せ。
ネタプレイヤーと呼ばれるものなんだろうな。
だが恐ろしいな。
黒いタイツと鼻眼鏡のみを装備した[ああああ]が、
﹃ああああ!!﹄﹃ああああ!!﹄
と、取っ組み合いを仕掛けて来るさまは、笑いを通り越して引い
た。
怖過ぎだろ。気味が悪い。
ああああは、無惨に負けていた。そこだけ笑えた。
vs
釣王
次の試合である。
桃華姫
194
二人が入場した瞬間に歓声が響いて来る。
両者共
だからね。
まるでアイドルだな。
それも
釣王、屈強な漁師もしくは、戦いに長けた老釣夫を想像していた
んだけど。
期待外れだな。
ってかアイドル見たいな容姿で釣王って良いのかよ。
二三郎の試合だ!
まぁ色んな男を釣っているようだが⋮。
vs
待っていたぞ。
ユウジン
試合は静寂に包まれた、観客は二人の集中を邪魔しない様に息を
のんで行く末を追った。
勝負自体は一発で決まる形になる。
ユウジンが消えたと思ったら、二三郎が防御態勢を取ったのであ
る。
これは決まったな。
ユウジンに勝つ為には、攻撃させないか避けるのみである。
生半可な防御がそれごとぶった切られるんだが、案の定。
二三郎の三節棍はまっ二つになって、そのまま体力が尽きてユウ
195
ジンが勝利。
ふ∼む。
vs
暗黒黒魔法師
初手は二三郎。ユウジンの動きを止めて善戦していたんだがな。
翌日。
初戦はDUO
暗黒なのに黒。
モニター
今日は選手控え室の映像転写魔法石から観戦している。
黒魔法師は、闇属性の魔法スキルを取得している魔法使いという
事か。
DUOの勝ち。
全く持って魔法が通じてなかった様に感じる。
相性が良かったのかな。
vs
ハザードだ。
﹃WRYYYYYYYYYYYYY﹄と勝利の雄叫びを上げてい
た。
次は鬼塚
特攻服を身にまとった鬼塚選手の職業は一体なんなんだろうか。
196
興味がわいた。そしてその装備は一体どこで手に入れたんだろう
か。
ハザード選手は武器制限解除スキルを持っているようで、その効
果は攻撃スキルが仕えなくなる代わりに大量の武器を装備できると
いったもの。
ほ∼ん。なるほどね。
実況さんが判りやすく説明してくれるので、こっちとしても対策
を立てやすいな。
まぁ武器制限解除ってのは、見たまんまですぐにバレやすいから
説明を入れて盛り上げとこうってことかな。
戦いっぷりはすごかった。
様々な武器が色んな所から振って来る。
魔術もあればさらに凄そうである。
すてごろ
そんな押し寄せる武器の中、素手喧嘩で戦っていた鬼塚さんの男
気に感化された。
ボロボロになっても立ち上がる姿に。
鬼塚コールが巻き起こるが、ハザードはあっけなく止めを刺すの
であった。
﹁次の対戦はユニークNPCで戦う神父! クボヤマ選手!!﹂
197
名前が呼ばれた。行くか。
ってか誰がユニークNPCだ。ざけんな。
会場に入ると歓声が響く。
対戦相手はそめ助か。
﹁対戦相手はかかぁおらがんばるど! そめ助選手!!﹂
どんな紹介だよ。
さて、どんな選手なんだろうな。
待っているが一向に選手が来なかった。
﹁え∼と、情報が届きました。そめ助選手、リアルで急遽母親が倒
れたらしく試合続行が不可能となりました。この試合、クボヤマ選
手の不戦勝です!!﹂
え∼。楽しみにしてたのに。
まぁいいや、とりあえずそめ助選手のお母さんが無事であります
様に。
おれはクロスを捧げると会場を後にした。
最終試合はロバストが勝利して終った。俺の次の対戦相手だな。
vs
agimax
2回戦メンバー対戦表
エリー
198
vs
釣王
ロバスト
ハザード
vs
vs
ユウジン
DUO
クボヤマ
こんな感じだ。
さて、2回戦も俺の番が回って来た。
ロバストとの試合だな。
ロバストは堅実なカウンターアタッカーだ。
大剣を使い防御も攻撃もお手の物。
素手のスキルもいくつか持っているらしく、武器を奪いに掛かっ
た相手をぶん殴っているのを見ている。
ま、もっとも俺には大剣なんて奪えそうも無い。
小手先の武器だったらなぁ。
白刃取りとかどうかな⋮?
いやまっ二つだろうな。押し切られそうだ。
俺、STR低いし。
そんなこんなでロバストと向かい合う。
﹁よぉ神父さん。噂には聞いてたんだがな、まさか本当にユニーク
NPCだったとは﹂
﹁違いますよ。私はプレイヤーの一人です﹂
﹁それもそうだな。これプレイヤーイベントだし﹂
199
彼は大剣を背負いながら軽口を言う。
頑丈そうな鎧を見る限り、STR、VITメインでAGIにもバ
ランスよく振っているのが伺える。
俺があの鎧着たら息切れはしないまでも動けなさそうだ。
﹁そうだ、このイベントが終わったらあんたとユウジン、ウチのギ
ルドにこねぇか?﹂
﹁いえ。私には目的がありますから、ご遠慮しときます﹂
﹁ウチは最有力の攻略ギルドだ、目的なんか、すぐに叶っちまう・・
・ぞっ!!﹂
開始の合図が出る。
同時にロバストは動き出した。意外と素早いな。
だが、大剣の大降りだ。難なく躱す。
そしてこっちからも逆に近寄ってやり、鎧の隙間に手を伸ばす。
組み付くには最適だからな。
すぐに拳が飛んで来た。
かなりの威力だな。
やっぱり武術系の職にも手を出していたか。
﹁鎧の隙間狙って来るとかこえーな!﹂
会話には返さない。
彼の拳を手で逸らすと、すぐに伸びきった腕を極めにかかる。
うーん頑丈だ。
防御系のバフにも振っているのか?
200
まぁいいや、魔力ちゃん、クロスたそ、聖書さん。
みんなで力を合わせて頑張ろう。
﹁フンッ!!﹂
腕を極めようとしていたが、その状態でロバストのスキルが発動
する。
パワースラッシュだ。
俺は腕を取ろうとしているから、発動しても意味ないのだが。
と、高を括っていたら、急激な力に俺は腕から弾き飛ばされた。
﹁まぁよく居るからな、組み付こうとするやつ。その為に編み出し
た技だぜ。パワスラで身体から弾き飛ばすってな!﹂
彼は再び大剣を構える。
余程組み付かせたくないらしいな!
面白くなって来た。
﹁いいでしょう﹂
クロスたそを鉾の形状にする。まぁ言わずと知れた、十字架の長
い所がさらに伸びただけ状態。
﹁すげーな。ユニーク武器か﹂
﹁私の伴侶です﹂
あと二人居ます。
201
間違ってないですが?
なにか?
ってことで、次は武器ありきでの打ち合いが始まった。
あ、もちろん相手のステージに合わせてやる必要は無いからね!
魔力ちゃんがクロス振ってくれるし。
そんなに組み付かれるのが嫌ならとことん組み付こう。
2対1だ。
﹁くそっ! うざってぇ! 何なんだその武器は﹂
彼は片手で大剣を振りクロスの相手をしながら、空いた手では迫
る俺を必死にガードしていた。
﹁ソードバッシュ!﹂
﹁っ!﹂
彼はクロスを放置して、俺に剣を向けるとその腹で体当たりをす
る。
シールドバッシュのソード版って所だな。
ぶっ飛ばされる俺。
今のは地味に痛かった。大剣に意識してなかったからだな。
あ、鼻血が出てるし、腕もひびくらい入ってそうだな。
オートヒーリング
自動治癒。
﹁なんだそりゃ。それもユニーク装備か?﹂
202
﹁嫁だ﹂
駆け出す。
今のはちょっと痛かったぞ。
痛かったぞ!!!
埒が明かないから無理矢理にでも活路を開く。
ってか、このまま削り合いが続くと確実に負ける。俺はVITは
高めだが、あくまで高めってだけで、普通に鍛えてる奴に敵うはず
も無い。
そして軽いから場外にでも落とされたら即負けだからな。
組み付けないなら抱きつけ。エリー戦法だ。
俺は魔力ちゃんと聖書さんを全開にして飛びかかった。
﹁投げたか。終わりだな⋮⋮なに!?﹂
当然大剣で狙われるだろうな!
だがしかし、だがしかし!
魔力ちゃんで威力を抑える。
強度は無いが、絡めとる網みたいなもんだ、少しでも剣速を落と
せ。
仰け反ったがギリギリ躱しきれず、剣先が胸をなぞる様に走る。
深さは骨で止まってくれた。
203
オートヒーリング
だったら自動治癒で対応できる。
痛みは堪える。我慢だ。
普通の十字架の大きさに戻ったクロスたそを握って彼の首元の隙
間から鎧の中に突き刺す。
セイントクロス
﹁聖十字!!!﹂
膨らむ十字架。
それに伴って聖なる魔力が彼の鎧の中でその魔力を溢れさせる。
そして鎧は崩壊し、彼の身体は焼け焦げ倒れ臥した。
くそ、それでもHP削りきれないとかどんだけだよ。
﹁お、俺が立っていられないなんてな⋮まいった﹂
ロバストの一言で俺の勝利が確定する。
はぁ、かなり危険な掛けに出なければ勝利できなかった。
プレイヤーでも、ここまで強い人は居るんだな。
俺はユニーク武器やユニーク装備と呼ばれる物に身を固めている
からな。
トコトン自分の弱さが知れてしまう。
まぁ、切り札を使う事もなかったので、今回は良しとしよう。
﹁なぁ⋮⋮本気なんだ、マジで俺んとここねぇか? ダメなら目的
ってのを教えてくんねぇか?﹂
204
﹁私の目的は魔法都市アーリアですからね、方角が真逆なんですよ。
一度図書館に行って世界地図を見てみると良い﹂
ロバストは仰向けの体勢のまま、ギルドに勧誘をしてくるがお断
りしておいた。
世界は広いんだよロバスト。
﹁ちくしょう⋮⋮次は、負けないからな!﹂
いつでも受けて立とう。
お前らを導くのが神父の役目だから⋮。
あ、違う。
何言ってんだ俺。
言いたかった事は、来る物は拒まない。
それだけだ。
205
本戦 神父vsロバスト︵後書き︶
タイピングが進む限り書いていますが、まれにう∼ん。ってなる
事もあります。
まぁいいや。
20話達成しました。
30話で掲示板回、もしくは大会終了後に掲示板回とか挟みます。
んでんでんで、ノーマルプレイヤーでの登場人物あたりの成長の
記録もいずれ。
戦闘パートは続く。
次はvsDUO!!!wwっw
デュオ
※D○OはDUOになりました。
206
神父vs??? ﹃切り札﹄︵前書き︶
※戦闘描写について意見があればどんどんお願いします。あまり得
意じゃないので参考になる物等があれば助かります。
一部を除いて、マンガ知識です。
207
神父vs??? ﹃切り札﹄
次の俺の相手はDUOだ。
かなりヤバい相手である。
かなりの苦戦を強いられたロバストのギルドナンバーワンアタッ
カーであるハザートを楽々と倒していた。
彼は自分の後ろに居る存在を、スタ○ドと呼んでいた。
絶対違うだろ。
精霊もしくは、それに準ずる何かだと思うんだが、一体なんなん
だろうか。
ファンタジー要素として俺が予測できる物は、精霊・英霊・悪魔・
幽霊くらいなんだけど、その他何かあったかな。
悪魔・幽霊くらいだったら俺にも勝機がある様に思える。
だって神父だしね。
で、決勝でユウジンと戦いたがっていたハザード氏は、あっさり
負けてしまっていた。うん、アレは酷かったな。
己の持つ全ての武器、武技を持ってしてもDUOの体術には敵わ
なかった。そして、全ての武器をへし折られて無惨に敗北した。
︵※武技はスキルではない︶
ってかあの性能はおかしい。
まさにチートと言っても良いくらいの動きだった。
208
ビルド
リアルスキンプレイヤーでしか有り得ない鍛錬法だろ。
うーん。
ノーマルプレイで取得できる職があるとしたら軽業師とか曲芸師
くらいなら近い動きを出来るかなって感じ。
所謂ジ○ジ○立ち。
あんなもん重力に逆らってないと出来んだろ。
謎だ。奴はヤバイ。何となくそう思う。
﹁クボヤマさんちょっと来てください﹂
自分の試合が始まる前に、俺はエリック神父につれられてコロシ
アム内部の理事室に来ていた。
コロシアムを運営するヨーザン州の首領がそのデカい身体をデカ
いソファに沈ませながら俺を睨む様に見ている。
そんなに睨まないでくれよ⋮。
﹁紹介します。こちらが私の古き良き友人のヨゼフです﹂
﹁⋮⋮⋮クボヤマです﹂
怖過ぎる。3mくらいあるんじゃないか。
この人、ヨゼフさん?
209
ってか理事室ってことは首領じゃんか!また偉い人か。
友達感覚で気軽に紹介するなよ⋮。
﹁話しは聞いてるよ。ナイスファイトだったねクボヤマ君。私はヨ
ゼフ・デヴィスマックだ﹂
意外と気さくに話しかけて来るヨゼフ氏は、その巨大な手で握手
を求めて来る。
ハーフジャイアント
とりあえず、大き過ぎるので小指を握っておいた。
ジャイアント
ヨゼフ氏は半巨人族らしい。だからそんなに大きいのね。
ジャ
ハーフでこれだから、純血の巨人族は一体どれくらいの大きさな
のか。
名前の通り。彼の祖父が連合国を作り上げたのだとか。
イアント
祖父ってことは結構最近出来た国なのかね?っと思ってたら、巨
人族は長寿でも知られる種族だった。
で、なんで俺がこんな所に来ているのかというと。
たった今入った情報らしい。
俺の次の対戦相手であるDUOは、悪魔と契約している可能性が
あるらしいのだ。
精霊、英霊、幽霊。諸々の諸説はあるが、あくまで悪魔の可能性
が強いらしい。
あくまで、悪魔。
断言できないのはDUOがスタ○ドだと言い張り、悪魔と思しき
謎の存在も、その姿を巧妙に擬態させているからである。
まぁ、確実に精霊ではないだろうな。
210
心が清くないと、精霊は呼応してくれない。
でも幽霊の可能性もあるぞ。
スタ○ドだし、幽波○だし。
とりあえず、依頼だった。
彼の正体を秘密裏に突き止めつつ、ヤバかったら倒してほしいそ
うだ。
神父だから押し付けられてんだろうな。
まぁいいや、悪魔だったら悪魔だったで!
こっちとしては有利だからな。
幽霊でも成仏させてやんよ!
英霊だったらごめんなさい成仏してください作戦だ。
﹁あ、待ってくださいクボヤマさん﹂
と、ろくな戦略も立てずに行こうとするとエリック神父に止めら
れる。
なんすか神父。もう疲れたよ。
﹁何か悪い予感がします。一応切り札としてコレを持って行ってく
ださい﹂
そうして受け取ったのはクロスの形をしたイヤリングだった。
お洒落アイテムか?
﹁私の法力を込めています。もし、呪いの類いがありましたら1回
のみですが、弾いてくれます。イヤリングは割れてしまいますがね﹂
211
普通に装備だった。ってか物騒な事言い過ぎだよ神父。
神父の言ってる事って何気に当たるんだよな。
念のための心構えしておこう。
さて、とりあえずどうやって戦おう。
一応ロールプレイヤーだよな?
NPCから注意受けるって、やっぱりリアルスキンモードプレイ
ヤーである証だと思う。
ノーマルプレイヤーでは無い事は確かなので、気を引き締めて掛
かろう。
何が起こるかわからないからな。
試合開始。
ジ○ジ○立ちの相手に即行を仕掛ける。
セイントクロス
﹁聖十字﹂
セイントクロス
対悪魔戦略だ!聖十字を飛ばす。
スタ○ドの正体が悪魔だったら効果抜群だしな。
212
セイントクロス
因みに聖十字は別に相手にぶっ刺して使う物じゃない。
ロバスト戦はたまたま頑丈な鎧が邪魔で威力が出ないと思ったの
で、接近して隙間に刺して発動させただけである。
まぁ近ければ近い程。威力は上がるんだけどね。
DUOは何の問題も無く避けた。
だが、避けた。
俺は今まで彼の試合を見て来たが、闇属性の魔法を避ける事は一
度も無かった彼が。
セイントクロス
俺の聖魔法というか。白魔法というか。
聖十字を躱したのである、
﹁貴様⋮⋮貴様ァ! まさか俺の天敵かァアア!? ジ○ジ○ーー
ーー!!﹂
セイントクロス
﹁いや、違いますが。聖十字!﹂
セイントクロス
戦略は決まった。聖十字責めにしよう。
で、距離を近づけつつ、組み合ったら確実に仕留める。
﹁無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!!!﹂
くっそ。おちょくってんのか。
全然当たらない。距離も近づかない。
彼と俺とでは早さに絶対的な確執がある。
213
﹁ふむ、どうやらそれしか出来ないみたいだな。スタ○ドの扱いも
満足に出来ないのかクズめ﹂
むっかぁ。なんだこいつ。
考えろ、考えるんだ。
どうすればこいつに恥をかかせられるか。
逆転の発想。閃いてしまった。
回復系の魔法、効果抜群なんじゃなかろうか?
そう、ヒール狩りって奴である。
オートヒーリング
﹁自動治癒! 聖書さん、彼も回復して差し上げて﹂
﹁ぐふっ!? き、貴様、何をした﹂
聞いてる聞いてる。
先ほどとは見違える様に遅くなった彼に、近づいて唱える。
﹁せいんt・・・ッッ!!?﹂
唱えようとした瞬間、凄まじい程の悪寒を感じて飛び退く。
後転を繰り返し急いで距離を取った。
なんだあれ。
﹁限りない悪意! 際限を知らない悪意! おれは人間をやめるぞ
! ジ○ジ○ーーーーーー!!!!﹂
神父だっつってんだろ!
何なんだ一体。
214
彼は懐から取り出した毒蛇の紋章が描かれた仮面を付け叫ぶ。
﹁力を貸せサマエル! 再契約だ! 時を操る力をよこせ! 対価
は俺の記憶だ! 好きなだけ覗け!﹂
﹃いや、前から覗いてましたけどね。いいでしょう。貴方の世界の
深淵を見せる事が私の契約の対価です﹄
仮面を付けたもう一人の彼が薄らとその姿を顕現させた。
一瞬にして理解できた。
あれは彼の魔力を借りて、この世界にたった今召還された悪魔で
あると。
とんでもない悪意が俺を襲う。
ん?悪意の中なんか別の何かも混ざってるけど。
まぁいいや。
それでも凄い悪意だからな。
特殊保護障壁で覆われた闘技場からもその悪意の威圧感はヒシヒ
シと伝わっているようで、誰一人として声を発する者は居なかった。
﹁最高に、ハイって奴だああああああああ!!!!﹂
彼はそう叫ぶと、俺に突っ込んできた。
すごいスピードである。まずい、これは死ねる!
オートヒーリング
自動治癒で弱体化してる筈なのに!
って弾かれてるいつの間にか。
﹁チッ、その邪魔な聖書の効果で一瞬動きが遅くなったか﹂
215
やっぱり抵抗してたんか。
オートヒーリング
﹃私でも解除に手こずるなんて、何なんでしょうあの聖書、私、気
になります﹄
ああもう二人で喋るなよ。
解除されたって事は、もう効かないな自動治癒。
つっても、初級の回復魔法だしな。
聖書さんよくがんばった。
もうちょっと力を貸しておくれ。
﹁流石は我が天敵! だが次は無いぞ!﹂
くそ、また来るぞ。
本当ならば、決勝まで取って置きたかった切り札だが、ここで使
わないとやられるな。
フォール
﹁降臨!!!!!﹂
聖書とクロスを重ね合わせ、頭上に掲げる。
聖力というのか、それとも法力というのか。
とりあえず神聖な力が空から降り注ぐ。
コレが俺の編み出した必殺技その2である。
大気中の魔力を薄く広げた俺の魔力ちゃんがかき集めて、それを
聖書さんが聖なる力に変換。
それをクロスたそが、俺のパワーに変える。
216
たぶん皆もちょっと考えればすぐに理屈がわかると思う。
俺のクロスたそは攻撃力MND依存なのだから。
頭上にあるクロスと聖書から変換されたパワーが、光になって降
り注ぐ様が、まるで天使の梯子の様に、神が降臨しているかの様に
見える事から。
そう名付けた。
中二臭い?
かっこいいでしょ?
この状態の俺は、ゲーム的に言うと、全てのステータスがMND
依存になる。
要するに、強い。
ま、燃費は凄く悪い欠点があるけどね。
﹁すぐに終らせるっ!﹂
まだ慣れないスピードだが、なんとか制御する。
真っ正面から殴りに掛かる。
﹁ゴフッ! ぐああああああああ!!﹂
﹃まぁ、闇の魔力を纏ってますから、効くでしょうね。素晴らしい
力です、私の本体にも届きそうでしたよ﹄
何故かサマエルには効いていない様だった。
まぁいいや。試合に勝てればいいし。
217
早速転がして、マウントとって・・・。
ってあれ?そこに居る筈の彼がどこにも居なかった。
悲痛な叫びが聞こえて、後ろを振り返れば。
闘技場の端っこに居た。いつの間に。
あ、時を操る力持ってるんだっけ?
やっぱそれ?
﹁波○の呼吸かァアアア!!!﹂
フォール
ちげーよ。降臨だよ。
﹁だが時を止めてしまえば、俺は負けんぞ!! 力を貸せサマエル
! 時よ止まれ、ザ・ワー○ド!!﹂
時を止める?
チートじゃないか!
マズい⋮⋮!!
218
パリン。
悪意に反応して、俺のイヤリングがはじけた。
時は、止まってる?
あ、本当だ!
俺の回りだけ止まってる。
でも俺は動けている。
ああ、エリック神父。
助けてくれてありがとうございます。
一発目の時止めでイヤリングが反応しなかったのは悪意のせいだ
な。
今は俺を殺そうとする悪意がヒシヒシと伝わって来た。
﹃ほぉ、時を止める術を跳ね返しましたか。流石ですね∼。そのイ
ヤリング、法王エリックの法力が込められているんですね。久しぶ
りに会いたいな∼彼に﹄
イヤリングは弾き返していたのか!
その証拠に、DUOは身体を硬直させていた。
サマエルのお陰か、五感だけはなんとか保っていたみたいだがな。
219
﹁くそっ! やはりジョー○ター家の血には勝てないのか!?﹂
﹁さっきから何言ってるんですか。私はロールプレイじゃありませ
んよ?﹂
﹁え? そうなのか?﹂
﹁成り行きで神父をやっているだけですからね﹂
﹁はぁ∼マジかよ。本気っぽいから俺もマジになっていたぞ﹂
ああ、俺が本気になっていた理由な。
ってかロールプレイ辞めたらこんなに話しが通じる奴なのかよ。
何なんだよ俺の苦労は。
俺は理由を話した。試合前に話していた内容だな。
だが、サマエルが
﹃ああ、エリックと私は旧知の間柄ですからね∼。それを報告すれ
ばいいですよ。どうせこの試合見ていたんでしょうし﹄
なるほどな。
フォール
ま、とりあえず試合に勝つべくあとは彼をボコボコにするのみだ
な。
そろそろ降臨の効果も切れるしな。
痛くない様にサマエルは力の供給を止めてくれ。
﹃わかりました﹄
220
﹁は? ちょっとまってくれよ。俺が何したって言うんだよ。もう
負けでいいからちょっと待って、ちょっとまって、ちょっと!!!﹂
フォール
降臨状態での無限パンチである。
そして、時は動き出す。
﹁あなたは少々ふざけ過ぎた﹂︵ロールプレイ的な意味で︶
221
俺は決勝戦へと足を進めた。
222
神父vs??? ﹃切り札﹄︵後書き︶
プレイヤーネームDUOの冒険を近々書きますよ。
もし、名前的にNGでしたら。全部名前変えようと思うので、あ
しからず。
の略として受け取っ
Inp
やっぱダメっすかね?この名前。VRゲーなんで、その辺は自由
だと思っているんですが、やっぱダメですかね?
︵データ入力/出力︶
ディ○・ブラン○ーがダメであって、D○OはData
ut/Output
てくれたらありがたいんですが・・・
223
剣鬼誕生
さて試合が終わって、無様に倒れるDUOを放って置いて私が向
かった先は、エリック神父の居る場所である。
俺は依頼完了の報告をする。
だが、返って来た答えは、
﹁見てましたよ。サマエルだったんですね。大方の予想はついてい
たのであなたにイヤリングをお渡ししたんですが、どうでした彼?
貴方が私の弟子だと気付いていました? どんな反応でした?﹂
パシリ
なんだよ、神父。
俺を連絡手段として使ったって事?
ってか、たまにすっごい精神を抉って来るよな。
本当の敵はここに居たのか。
﹁⋮すっごく会いたがっていましたよ⋮﹂
そう言いながら俺は例に寄ってエリック神父の隣に用意されてい
る椅子に腰掛けながら、頬杖をついた。
もう礼儀とかしらんわい。
大会は進んで行く。
エリーはagimaxに負けた。
フラウ
雪精霊とのコンビネーションはバッチリであったが、agima
224
xの戦い方が一枚上手だった。
agimaxは場外狙い。
まぁこれは当たり前か。
タンク職と削り合うなんて馬鹿でもしないだろう。
フラウ
翻弄され、ついつい熱くなってしまったエリーの凡ミス。
agimaxに誘導され、雪精霊の地面に張った氷に滑って場外
転落。
まだまだ甘いな。
聖職者たるもの、その程度で動揺しては行けないぞ。
っと戦い中かなりの頻度でイラついてる俺が申しております。
で、ユウジンだが。
まぁあっさり勝って決勝へ足を進めた。
あっさり負けた釣王。
一応名前と装備を合わせて来ているのか、それとも狙っているの
か、釣り竿を装備して試合に臨んでいた。
日曜早朝にやってる釣番組に出る釣りアイドルみたいだった。
絶対狙ってる。
いや、負けた後もなんやかんやファンを獲得していたから。
確実に狙ってやってるとしか思えないわ。
まぁ、トリッキーなスタイルで面白かったけど。
次の準決勝でも、ユウジンはagimaxを圧倒した。
225
そして、決勝は俺とユウジンである。
勝てるだろうか。
因みに俺がユウジンで勝てる事と言ったらサウナくらいしか無い。
他にもあると思うが、なんか例えが出てこない。
フォール
どういう風に勝利に持って行けばいいか考えてみる。
切り札の降臨はもうバレてるしな。
良いアイデアは無いだろうか。
お互い接近戦であるが、相手はINT,MND値以外そろそろ1
00越えしてそうな化け物ステータス野郎だぞ。
チートだチート。
俺なんて聖書さんとクロスたそと魔力ちゃんの力を借りなければ
ノーマルプレイヤーにも勝てない雑魚だ。
あ、何かちょっとへこんできた。
何にも思い浮かばない。
魔法で遠距離戦を挑むしか戦い方が無い訳だが、思い出した。
エンサイクロペディア
あいつ魔力ぶった斬れるじゃん。
なんか全部斬られるな。
斬れない物って何だろう。世界大全しかないけど。
貸してくれるかな・・・。
ダメだ、アレは魔術クラスで広く知れ渡ってしまった。
バレるな。
226
うーん結局、降臨︻フォール︼使って短期決戦しか無いのだろう
か。
それも、彼のどつぼにハマっている気がして何とも言えない。
結局。
良い案は浮かばなかった。
今の俺の中で考えうる最良の手段は、剣を奪って泥試合作戦だ。
フォール
対武器だったら対抗不可能。
素手同士だったら降臨使えばステータス的には届くと思うし。
まだ勝てる可能性が残っている。
セイントクロス
フォール
よし、聖十字を飛ばして剣で弾かれた所を突っ込んで、クロスを
剣で弾いて即行で降臨。
これで行こう!
ま、安直な考えだけどね。
決勝戦。
今回はやけに観客が多いな。
まぁ華の最終日。決勝戦だからだろう。
227
俺とユウジンは向かい合って、開始の合図を待っている状態。
﹃さてみなさん! いよいよ待ちに待った決勝戦だ! 剣豪ユウジ
ン対戦う神父クボヤマ! 今日の優勝者が初代RIOナンバーワン
の栄光を獲得する!! 最後に立っているのは誰だ!? 観衆よ!
瞬きするなよ! その一瞬を見逃すな!﹄
やけに気合いの入ったマイクパフォーマンスだな。
俺達は互いに相手に集中して行く。
歓声は聞こえなくなって行く。
皆も戦いに集中しているのだろう。
開始の合図を今か今かと心待ちにしているようだ。
よし。
初手は必ず貰う。
初手は必ず貰う。
クロスを握る手が強くなって行く。
ユウジンが俺の手を見ていた。
そしてニヤリと笑う。
開始。
228
やっちまった。開始早々手を読まれた。
ってかやっぱりなって顔してたから元々読まれていたんだと思う。
﹁せいn﹂
言いかけた所で﹁フッ﹂っと、彼の力を込める息の音が聞こえた。
慌てて横に飛び込んで逃げる。
避けるとかじゃない、逃げる。
獰猛な獣から逃げる様に。
彼の剣が、俺がさっき居た場所を一閃した。
剣に反射光が、その空間に置き去りにされている。
なんてこったい。
このままじゃ狩られちまうぞ俺。
セイントクロス
クロスたんごめん詠唱とかしてる暇ない。
セイントクロス
聖十字
セイントクロス
聖十字
セイントクロス
聖十字
聖十字
連発は疲れるな。だがそうも言ってはおけない。
死にものぐるいで連発したセイントクロスはあくまで足止め用の
牽制にしか使えないなのだから。
ええ、全部ぶった斬られましたよ。
229
こんにゃろおおおお!!!!
意地を見せてやんよ!
まずは武器を落とす所から始めないと。
バックステップしながらいつも通り剣の横ばいにクロスを打つけ
る。
剣速早過ぎて追いつきませんでした。
魔力ちゃんで鈍化しようとしても、シャンと音がして断ち切られ
る。
﹁オラオラどうした本気出せよ﹂
初めてユウジンからの声が聞こえた。
やってんだろ!
こっちは喋ってる暇なんて無いのに。
フォール
だったら使ってやる。
降臨!!!
﹁それは悪手だな。クロスと聖書を重ねる間に一瞬の隙が出来るぞ﹂
感づいて避けるが、間に合わなかった。
俺の左手首が切り落とされていた。
﹁グッ!?﹂
フォール
痛い。だが、降臨は発動した。
全能力が上昇しているのでもう痛くない。
230
オートヒーリング
そして自動治癒ですぐ止血。
部位欠損ペナルティは回避したぜ。まだ動ける。
﹁俺は武人だ、そしてお前もまた、武人である事を忘れたのか?﹂
知らん!
覚えてない。
フォール
﹁まぁいい。その降臨だっけか? それごとぶった切ってやる﹂
ここからは一発勝負だな。
フォール
体力の消耗が早い。
ってか降臨状態なのに、なんであいつの動きに着いて行くので精
一杯なんだよ。
もっと根性見せろ俺。
聖書さんとクロスたそが光る。
いや、俺の周囲ごと光を帯びてる。魔力ちゃん!
皆が力を貸してくれてるのね。ありがとう。
臨界突破状態だな。長く持たなそうだ。
最短距離で俺は迫る。
制御できない速度だった。
ユウジンも変化に驚いた様に目を見開く。そして剣を合わせて来
る。
231
左腕くらいくれてやる。
手首から先の無い左腕で防御する。VIT値も上昇している筈な
のに。
肩から俺の左腕は消えた。
それでも、一発ぐらい噛み付いてやる。
俺はユウジンの首元に右腕を伸ばした。
届いた。
握撃の要領で彼の頸動脈に俺の指がめり込む。
五感も強化されてる俺にえぐい音が腕を通して伝わって来る。
ユウジンの口元からも血が出ている。
よし。
だが、それは飼い犬のほんのひと噛みにしか過ぎなかった。
ユウジンと目が合った。
彼の目はまだ死んでいない。
首元から血が吹き出ながらも、彼の目はまだ凛々と輝いていた。
232
ドッ。
身体が震える。
大方心臓をひと突きされたのだろう。
そっからは覚えてない。
起きたら負けていた。
プレイヤーイベントの決闘大会はこれで幕を閉じた。
233
優勝はユウジン。
準優勝は俺。
3位がDUO。
4位がagimaxである。
﹁届かなかったなぁ⋮⋮⋮﹂
﹁相手が悪かったですよ。あの﹃剣鬼﹄ですからね﹂
エリック神父が、隣の席で落ち込む俺を慰めてくれる。
そうだ、ユウジンの呼び名が、剣豪から剣鬼になった。
神父を容赦なく追いつめたりぶった切ったりひと突きしたりと、
鬼の様な攻めを見せた様からである。
なんか、凄いな。
ってか俺、お前の噛ませ犬みたいになってないか?
﹁実際に最後噛み付いて来たからびびったぜ﹂
そう言いながら笑うユウジンは先ほどとは打って変わって別人の
様な態度である。
流石廃人であって達人だな。
太刀打ちできなかった。
魔力ちゃん、クロスたそ、聖書さん。
また頑張ろうね。
次は勝とうと思う。
234
さてさて、優勝、準優勝だから商品が気になる所だ。
ユニーク
それぞれに見合った贈り物がされるという。
レア
グレードで言うと、優勝準優勝は特級アイテムだった。
3、4位は希少級アイテム。
アウロラシンボル
俺は何を貰ったかというと。
アウロラレプリカ
偽女神像
﹃神時代の彫刻師が作った女神像を模して、その彫刻師の血を引く
という伝説の彫刻師アルマが作った女神像。持つ物に聖なる力を授
けるという。中央聖都ビクトリアの大教会にある女神像のところへ
持って行くと、何かが起こるかもしれない。破壊不可属性﹄
なんという。
なんという代物だ。
何かが起こるってなんだよ。
気になって来た。
凄く気になって来た。
これは魔法都市へ行く前に聖王国ビクトリアまで行かなければな
らない。
235
ユウジンは、木刀を貰っていた。
ウッドオブアース
世界樹刀
﹃不殺の剣である。極東から世界の果てへやって来た鬼は、無駄な
殺生をせぬ様に世界樹からひと振りの剣を作った。この剣を持って
戦うと、振れぬ程重くなり、また斬られた相手は無傷で昏倒する。
破壊不可属性﹄
なんじゃそりゃ!
要するに練習用竹刀ってことか。
地味に嬉しがってるユウジンである。
いや今のお前にはピッタリだけどさ。
ってか、意外とストーリーに拘ってるな。
ユニークアイテムって、この世界の神話とか逸話に沿って作られ
ている様な気がする。
それを集める旅ってのもまた良いかもしれんな。
236
イベントの後夜祭は、大盛況を見せた。
イベント大好評だな。
これはまた、何かしらのイベントがあるかもしれないから。
公式サイトは逐一チェックしなければならないな。
今は喫茶ブルーノで皆と落ち着いている。
マジで、穴場みたいな場所だわここ。
ブルーノ氏も客が来てくれて嬉しいみたいだし、またイベントが
ここであったらたまり場として使おう。
あ、そうだ。エリック神父も連れてこよう。
そして、意外なメンバーの集まって来ている。
二三郎にギルド﹃リヴォルブ﹄のギルマスのロバストとハザード
である。
例のストーカー女は来ていない。
﹁なんかお前らだけちげーと思ったら、そんな事になってたのか﹂
ロバストはあっけにとられた様に呟く。
彼等にはリアルスキンモードの説明をしていた。
ロバストとハザードは、このカフェにユウジンが二三郎を誘った
時に、くっ付いて来た形だが。
ユウジンは二三郎との試合で彼と仲良くなっていた。
男は拳で語るものみたいな感じだ。
自分に近い者を二三郎から感じ取ったんだろうな。
237
﹁ロバストすまん。俺は強くなりたい。だからギルドをやめる﹂
ハザードがそう言い出した。
リアルスキンモードをプレイする事にしたらしい。
キャラデリを意味するからな、ギルドは当然辞める事になる。
﹁⋮⋮いいだろう。だが、抜けてもまた入れるんだろう?﹂
﹁はい。システム的な補助は無いですが、同行自体はは可能なので﹂
俺は肯定する。
﹁だったら強くなってまた戻って来い。お前は俺のギルドに必要な
んだから﹂
﹁ロバスト、お前も来い﹂
﹁いや、俺にはギルドがあるからな⋮また改めて別の方法を考える
さ。よし、ウチの最強アタッカーのお別れ会でもするか、俺達は居
酒屋に行くぜ﹂
またどっかでな。とロバストとハザードは肩を組んで去って行っ
た。
友情だ。
ロバストもいずれ、こちらの世界に来て、もっと広い世界を見て
238
ほしいな。
そう思う。
ハザードはリアルスキン初期でも苦労する事無く冒険を開始でき
そうである。
それだけの知識と実力を兼ね備えているから。
とりあえずアイテムを預けて持ち越せる事と、メリンダさんの所
で基本魔法を覚えれる事だけは伝えておいた。
二三郎はリアルスキンモードにしたら、俺達を追いかけるそうだ。
典型的なソロプレイヤーだからな。
荷物とかどうするんだろう。
ま、上手くやるだろう。
さ、イベントも終ったし、﹃鍛冶の国エレーシオ﹄と﹃魔法都市
アーリア﹄を目指す旅がまた始まる。
239
剣鬼誕生︵後書き︶
登場人物が増えます。
で、強プレイヤーが二人、ノーマルモードから居なくなりました。
新しい世界で、彼等はどんな成長を遂げるんでしょうか。
ロバストとハザード。
ノーマルプレイヤーとリアルスキンモードプレイヤーの絡みも乞
うご期待です。
240
ブーム?︵前書き︶
現実世界では日曜日も終わり、月曜日だ。
エリーからメールが来ていた。
﹃御飯食べさせてください私はお腹がすいています﹄
何を言っとるんだこいつは。
﹃ログイン時間は21時で良いか?﹄
﹃はい﹄
返信早い。
確か、エリーの通う高校って、龍峰学院だっけ。
母校じゃねーか!
まぁいいや、今日は早めに終ったし、ログインするか。
241
ブーム?
プレイヤーズイベント
ログインした。
決闘大会は、なんだかんだ拘束される事が多かったので凄く疲れ
た。
素晴らしく楽しかったけどね。
と、ここでログアウト前の状況を整理する。
たしか、依頼報酬。貰ってた。
サマエルの件ね。
エリック神父から許可証書を頂いた。
中央聖都ビクトリアの大教会の資料室などの施設を利用できる証
書である。
俺の為に一筆書いたんだと。
そんなもんで機嫌なんて直さないんだからね。
ありがとうエリック神父。
で、そう言えばだけど。
エンサイクロペディア
凪も魔術クラスで優勝していた。
まぁ世界大全なら勝ち確実だろうがよー!
未だ、リアルスキンモードでは魔法と言う物がイマイチ良く判っ
ていない。
念話、念動、鑑定、空間拡張。
242
俺が魔術として使えるのは、この4つだけだしな。
法力?
あんなもんストリ○トファイターのガイ○みたいなもんだよ。
ソニック○ームとサマーソ○ト。
フュージョンレポート
俺はAGIが低過ぎるから素手相手なら基本待ちだ。
レア
凪が貰ったアイテムは、希少アイテムの融合術式概論だった。
因みに魔術クラス、武技クラスはレベルがそこまで高くならない
エンサイクロペディア
し人が集まらない為に、優勝準優勝までしか出なかったらしい。
ケチ臭いな。
フュージョンレポート
彼女はレポートを融合術式概論を世界大全に吸収させていた。
どんどん強くなってるな。
名前を聞く感じ、後が容易に想像できるぞ。
あとはこれからの進路だな。
図書館に行くのは金が勿体無いから、ヨゼフ氏に頼み込んで地図
を見せて頂いた。
素晴らしく精巧な地図だな。連合国内版だけど。
ってかこれ見せちゃダメな奴でしょ。
もっとこう、おおざっぱな奴でいいですよ!ヨゼフ氏!
で、地図を見た結果。
進路は一旦、アラド公国へ戻る事を決めた。
243
連合国の北には大きな山脈があったからだ。
馬車で山越えは不可能だな∼。
時間に余裕があれば、やってみんない事も無いけど。
ジャイアント
でも麓には、ヨゼフさんの故郷があるらしい。
行ってみたいな巨人族の集落。
何食ってあんなにでかくなったんだろうな。
進路は、ヨーザン州から西に向かいアラド公国の国境の砦へ。
無事に入国を果たした。
進路はそのままアラド公国中央都だ。
中央都に入ってみたら意外な光景に驚かされる。
プレイヤーも、NPCもみんなリュックを背負っていた。
まるでこれが今期のトレンドなのよ?とでも言わんばかりの状況
である。
まさかここまでとはな!
恐るべし。ブレンド商会。
なんかシステム的な補助が入ってるのかな。
リュックがあるだけでアイテムインベントリ拡張機能とか。
そう言う機能がない限り、プレイヤー達は使わんだろうに。
もしかしたら、この中にもリアルスキンプレイヤーが混ざってい
244
るかもな!
一般街のブレンド商会に向かう。
貴族街とか息詰まるしな。
もう北まで来てるのか、ノーマルプレイヤーのトップレベルって
いくつだ?
そういえばロバストさんに聞いておけば良かった。
ん?ノーマルプレイヤーに念話って届くのだろうか?
試してみよう。
﹃ロバストさーん、聞こえていて、もし念話魔法を持っていたら返
答おねがいします﹄
話しかけて思い出したけど。
初めてユウジンに話しかけた時は返してくれなかったな。
多分念話の魔法を習得していないと、返答できないんだろうか。
ありえるぞ。
んで、しばらくして返って来た。
﹃急にびっくりすんじゃねーかクボ! お陰でボーナスポイントを
幾つか魔術に振っちまったぜ﹄
﹃返ってきてよかった。これでノーマルプレイヤーの方々とやり取
りが出来そうですね。ハザードさんも取得すれば話しかけてくるん
じゃないですか?﹄
245
﹃ん? お、おう。そうか、そういうことか。へへ。教えてくれて
ありがとよ﹄
﹃で、本題なんですが、今のトッププレイヤーのレベルっていくつ
ですか?﹄
﹃俺のレベルでいいなら教えてやるよ。53だ﹄
﹃・・・・・・・・・・﹄
﹃わかんねーのか⋮。俺もそこそこ廃ってるプレイヤーだからよ。
これでもまだ高い方だ。あとは攻略最前線組のみんなだが、あいつ
ら勝手に世界に散っちまったらかなんの情報もねぇよ﹄
﹃そうなんですね。今アラド公国に居るんですが、プレイヤーが思
ったより多かったので、驚いていたんですよ﹄
﹃あぁ、北の国か。ハンターランクD以上じゃないと行けないはず
⋮。あれ、なんか王都出身の人達はEランクでも行ける様になって
んじゃん。どうなってんだ﹄
﹃知らぬ間にイベントが進んでいたんですかね。ありがとうござい
ます。私たちもRIO時間で数日ほど滞在する予定なので、また﹄
﹃おう、行く用事が出来たら連絡するぜ﹄
ふーむ。
246
何イベントが起きたんだか。
謎だ。
まぁいいや、とりあえず商会へ向かう。
で、出て来たら、ホクホク顔の皆である。
俺以外な。
くそっ!それでも多少なりのお金が手に入ったから嬉しい。
ってか、俺ってお金使ってたっけ?
今思えば借り物貰い物のオンパレードな気がする。
まぁいいや、補給する。
竜車のワゴンに必要な資材を詰め込んで行く作業は、セバスが行
っていた。
俺はもちろん教会へ。
隣にはエリーが居る。
決闘大会で負けたのか相当悔しかったのか、彼女はより一層鍛錬
に励む様になって行った。
ならばアラド公国なんかより、他の国が良かったかもしれないな。
良い狩場がある国はどこだろうか?
前にも言ったと思うが、アラド公国は草原、平原、耕作地域ばっ
かりなので、国境側に行かないと魔物をあまり見かける事が無い。
まぁその点、物資、食料は豊富に揃うんだけどね。
247
朝市も、あるらしいので明日の朝一番で向かおうと思う。
セバスを連れて。
魔力ちゃんもクロスたそも聖書ちゃんも、決闘大会はよくがんば
フラウ
ってくれた。
雪精霊も交じって彼女達は礼拝中気持ち良さそうに飛び回ってい
る。
礼拝が終ったら、アラド中央都を歩く。
そう言えば、すぐ草原竜だったり、イベントだったりでしっかり
中央都を見て回っていなかった気がするので、少しブラブラするの
も良いだろう。
﹁師匠、あそこ寄ってみまセンカ?﹂
エリーが俺の手を引きながら喫茶店へと進んで行く。
喫茶店ロイヤルブレンド。
系列店かよ。
入ってみると意外と人が居た。
内装はお洒落だし、高品質の割には安くて満足できた。
ブレンド商会の商品作り恐るべし。
248
最近では、エリーとこうして寄った町中の喫茶店を廻るのが定番
となっている。
ちなみに、結構な頻度でケーキだったりスイーツを食べていた彼
女は一時期ふっくらしていたが、ゲームの世界でも太るんだなと指
摘すると。
より一層祈りと鍛錬に励む様になっていた。
なので最近の彼女は若干の筋肉質である。二の腕とか。
ただ最近、鍛錬のしすぎで耳が少し潰れて形が微妙に変わってし
まったのが悔やまれる。
ヒールやリカバリーでも治らないので、高位の回復系魔術を覚え
たら直して上げよう。
間に合えば良いんだけど。
優雅にお茶を取った後、時間が余ったので凪の所へ行ってみた。
彼女は全ての財を魔術関連の書物の収集に費やしている。
もともとハマり出したら止まらない性格だったのかな。
今までは、何したらいいか判らない、とりあえず慣れてるから縫
い物でもやっとくわ。
っていう感じだったが、今ではある種誰よりもこの世界の知識に
くわそうだ。
リアルでも学校の図書室、図書館に籠って、オカルト雑誌だった
り専門雑誌だったりを読みふけっているらしい。
なんかすごいな。
249
そしてだ。
一般街を歩いていると見つけてしまった。
エリーが発見したんだよ。
俺じゃない。
女性用下着専門店﹃キヌヤ﹄である。
絹で作られた女性用ショーツを販売しているお店だ。
RIOの世界には無いデザイン。
それは現実世界でのものだった。
エリーは大喜びである。
ああ、やっぱりストレスは溜まっていたのかね。
因みにこの世界は男はヒモパン。
女性はドロワーズもしくははかない。
ただし一人だけフンドシスタイル。
ヒモパンっていっても、女性がはくヒモパンじゃなくて。
麻でできた紐付きハーフパンツの紐を腰で縛ってるだけ。
そんだけだ。
ノーマルスキンプレイヤーはインナー標準装備だが、リアルスキ
ンモードはない。
自分で買ってはけってこった。
せめて女性プレイヤーにはその辺のサポートくらいあっても良い
250
と思う。
運営よ、何故作らなかったのか。
その謎は今解けた。
お前らで作れってことだな。
﹃キヌヤ﹄で売られている下着は絹地のヒモパンである。
この世界の女性もいよいよヒモパンデビューなのか。
冗談だ。
お洒落で、女性が好きそうなデザインが多いな。
だが、お客さんが全然居ない。
﹁あら? めずらしいわね。お客さんかしら?﹂
茶髪を後ろで束ね、メガネをかけた女の人が店の奥から出て来る。
なんだっけ、あの髪型。フィッシュボーン?魚の骨みたいなやつ。
﹁あ、お邪魔しています﹂
﹁あら、神父様が綺麗な女性を引き連れてこんな所へ。どういった
御用で?﹂
少し笑いを含んだ声で返された。
た、たしかに。
251
﹁ワタシが連れて来マシタ。どうしてもここのショーツが欲しクッ
テ﹂
﹁珍しいわね∼。ひょっとして貴族かしら? お偉いさん?﹂
もし、俺達がお偉いさんだったらあんたのその態度はマズいと思
うけど。
﹁いいえ、たぶん貴方と同じ、リアルスキンモードのプレイヤーで
すよ﹂
﹁わぁ! 初めて会ったわ! お仲間さんだったの?﹂
そんな感じで握手を求められる。
こっちの世界で遭遇したリアルプレイヤー二人目だ。
聞く所によると彼女もVRゲームは初めてらしく。
興味本位で手を出してみたそうだ。
俺と同じ境遇⋮!
だが俺と違ったのは、彼女はしっかりゲームについて前知識を持
っていた事。
ローブなど、服飾装備の生産職だったら知識を活かして楽しくで
きそうだと思ってやってみたのだが、この世界の下着の在り方に絶
望し、店を構えるに至ったらしい。
リアルでも女性用下着のメーカーに勤めてるんだって。
向こうでもパンツ。こっちでもパンツ。御愁傷様。
252
で、なんとか個人店を開くまでに至ったそうだ!
だが、いざ店を作ってみたが、誰も買ってくれない。
彼女はマーケティングと言う物を疎かにしていたんだな。
この世界は、はかない。もしくはドロワーズだ。
絹のパンティなんてなんか贅沢そうだし、一般街で店を構えても
売れないだろう。
貴族街の連中は、貴族街でしか買い物をしないしな。
﹁それなのよ∼。大きなミスよ∼。でも高くても物は良いのよ? 私は丹誠込めて作ったんだから﹂
このままでは店舗の家賃すら払えなくなってしまうそうだ。
貯蓄を切り崩し、この世界での生活を成り立たせているらしい。
いや、最悪ハンターに戻ればいいと思うんだが。
﹁そんな自己破産な真似できるわけないじゃない!﹂
彼女のプライドが許さない様だった。
﹁あ、そうだ神父様。あなたの教会でこれ使ってくれないかしら﹂
﹁あ、私は旅の神父なので、所属してないんですよ﹂
やんわりお断りしておく。
これ以上教会とのコネクションが強くなってたまるか。
でもなんとかして上げたいな∼。
253
どうしたら良いんだろう。
﹁師匠、これはセバスに任せるべきデス﹂
確かにそうだな。
俺達は基本、こう言った交渉になる物はセバス任せである。
俺がやると、足下を見られるもしくは、譲歩してしまう。
ユウジンがやると、脅迫になる。
凪は興味ない事は興味ないらしい。
基本的にエリー、またはセバスが請け負っている。
うん、任せよう。
しばらくしてまた訪れてみると。
彼女の店はブレンド商会と提携し、安価で高品質を掲げて大売り
出しセールを行っていた。
﹃神父の護衛騎士愛用の下着﹄
﹃ブレンド商会は画期的なデザインを貴方へ﹄
﹃絹100% 着け心地はよろしくてよ?﹄
254
といった幟が掲げてある。
おい!
神父の護衛騎士愛用の下着って何だよ。
リュックブームからの、ヒモパンブームがアラド中央都で巻き起
こるのであった。
255
ブーム?︵後書き︶
ちょっとずつノーマルプレイヤーとリアルスキンの垣根を超えて来
ましたよ。
ちなみにノーマルモードプレイヤーでもこの景品のユニーク・レ
アアイテム達はちゃんと使えますよ∼。
説明が変わってるだけで。
VIT+50とかSTR+50。重量200とかそんな感じでア
イテムステータスだけ書いてます。ちゃんと鑑定すれば物語が出ま
す。
する人はあまりいませんが。
神父様は、パンツ職人と出会った。
セバス﹁私のプレゼン能力は世界一﹂
256
幕間−DUOの大冒険1−︵前書き︶
※息抜きとして見てください。別に読まなくてもストーリーにはあ
まり関係ありません。
※残酷な描写があります
257
幕間−DUOの大冒険1−
﹃DUOさん、貴方はどこへ向かっているんです?﹄
サマエルが俺に話しかける。
決まっている。
ダークサイドフォード
俺と同等の力を持つであろう、始祖ヴァンパイヤが居る。
暗黒地帯だ。
あの神父に勝つ為には、始祖ヴァンパイヤを倒して俺がその血の
力を奪うしか無い。
ダンピール
ヒューマン
ちなみにいうと、俺の種族は半吸血鬼だ。
むろん、リアルスキンモードには種族が人族しか無い。
だが、俺は吸血鬼の血を持っている。
あの日。
ただの色物ロールプレイヤーだった俺は、とあるマンガの悪役﹃
DUO﹄として生まれ変わった。
﹃ロールプレイである事には変わらないんですがね﹄
バカいうな。
ヴァンパイヤで、時を操れて、悪党で。
これだけそろってたらロールプレイの範疇を超えている。
俺の目指すDUOという人物像は、容姿端麗で、高い知性とカリ
258
ダンピール
スマの持ち。極度の負けず嫌いの上昇志向で、どんな汚い手を使っ
てでも目的を果たそうとする狡猾な野心家である。
﹃ウィキペ○ィアの引用そのままですね﹄
黙ってろ。
前までは、冴えない日本人という顔つきだったが、半吸血鬼と化
してからは、容姿もそこそこ日本人離れした顔つきになった。
ガリもやしだった体格も、ムキムキである。
肌の色は蒼白になったがな。
﹃もとから白かったじゃないですか﹄
・・・。
髪の色も色素が抜けてしまったのか、ブリーチした金髪の様な派
手な物に変わっていた。
﹃剛毛でくせ毛ですがね﹄といちいち五月蝿いサマエルを俺はし
かとする。
とにかく、俺は初日。
右も左も判らない状態。リアルスキンモードの意味すら判ってい
ない状態で、不用意に森へ出てしまい。
死にかけたはぐれヴァンパイヤに出会い、殺されかけた。
259
̶̶̶̶̶
まだ昼間だというのに、森の中は薄暗かった。
まぁ死んでも生き返るしっていうどこまでも甘ちゃんな考えで俺
は薄暗い森を探検していた。
木の陰に踞るナニかを発見する。
ガリガリに痩せてしまった手と、鋭く伸びた爪でガリガリと木の
根元を搔き毟っていた。
人間か?リアルでなら不気味で近寄らない存在だが。
俺はゲームのイベントだと思い話しかけてしまった。
﹁おい、どうした。そこで何をしているんだ?﹂
金色の目が俺の方を向く。
その瞳孔は、猫の目の様に縦に開いていた。
目が合うと、ゾクリと言いようの無い不気味が背中を撫でる。
﹁⋮⋮⋮を、よこ、せ⋮⋮﹂
は?
﹁⋮⋮⋮血を寄越せ!!!!﹂
一瞬にしてマウントを取られ、首元に牙を突き立てられる。
俺はパニックに落ち入った。
首元が熱い!
喰われる!
260
誰か助けて!
耳には、ジュルジュルと血を吸う音が響いて来る。
血を吸うごとにコイツの腕に力込められて行くのが判る。
﹁ァぎッ⋮!﹂
押さえつけられていた左腕が圧し折れる音がした。
かなりの力で握られたんだろう。
そこからは必死だった。
運良く、石が近くに落ちていた。
まだ自由が効く片方の手で拾って側頭部を思い切り殴りつける。
良い所に当たったのか、吸血鬼は怯む。
折れた腕から飛び出ている骨すらも支えにして起き上がって。
蹴り倒してこっちからマウントを取ると、必死に殴った。
折れた骨を胸元に刺してやった。
人間追い込まれれば何とかなる物だな。
そのままボロボロになった吸血鬼の死体の隣で気を失った。
̶̶̶̶̶
ダンピール
﹃で、起きたら半吸血鬼になっていたってことですね﹄
261
ああ。
それにしてもゲームであそこまでリアルに驚く事は初めてだった。
﹃私からすれば、ここも現実世界なんですがね﹄
それだ。
俺はこの世界がゲームだともう思っちゃいない。
DUOとしてこの世界で生きて行くのだ。
そう考えるとあの糞神父。
トコトン神父のロールプレイ極めましたよって格好しながら。
何がロールプレイではありません、だ。
次は勝つ。
﹃はい、頑張ってくださいね﹄
ああ。
﹃DUOさん、DUOさん。次は私と出会った時の話しをしてくだ
さいよ﹄
え、なんでだよ。
﹃いいからいいから﹄
仕方が無いな。
262
ダンピール
サマエルと出会ったのは、半吸血鬼になってから、身分を偽り旅
商人の馬車に乗せてもらって東へ向かう途中だった時だ。
たまたま荷物の中に蛇の仮面があって。
あ、これロールプレイに使えるなと思って譲ってもらったからだ。
商人は呪いの仮面を次の商人に押し付ける手間が省けると喜んで
譲ってくれた。
ヴァンパイア
﹃私は不幸の手紙ですか﹄
うん、そうだな。
そして﹁あれあなた、吸血鬼の癖に昼間も行動できるんですね?﹂
と声を掛けて来たのがサマエルだった。
﹃世界を旅したいといったら、エリックが私をたまたま持ってた仮
面に封印してくれましてね、そのまま世界の物流にポイですよポイ。
彼って意外とドSなんですよ?﹄
そうやって、うざい仮面が出来上がったのか。
エリックってあの神父の隣に居た奴だろ。
おまえ、仲良くすんなよ。
﹃あら、私に嫉妬しているんですか? DUOも可愛いですね。私
は知っているんですよ? あなたのHDDに﹄
もういい!もういいから!
それは言わないでくれ。
サマエルは力をくれるというので、俺の記憶を力の必要な分見せ
263
ると言う事で契約した。
異界の知識が珍しかったんだと。
俺も最初は怖かったから、力を使う時にしか見せないという契約
にして、あまり力を使ってこなかったんだが。
決闘大会では調子に乗ってしまった。
再契約は記憶全部覗かれる。
恥ずかしい記憶から、恥ずかしい記憶全部だ。
忌々しい。
﹃スタ○ドプレイはなかなか楽しい物ですね。笑﹄
紛らわしい言い方をするな。
だが、俺の記憶を見ているので、ロールプレイする分にはマシだ。
技の名称を言うだけでそれ通りにしてくれるんだからな。
﹃時止めは2秒までですよ? 始祖ヴァンパイアを倒したらパワー
アップ得点で5秒にして上げます﹄
ダークサイドフォード
小賢しさくなっちまったがな!!!
さてと。
そろそろ暗黒地帯だな。
264
毒の沼やら、鬱葱とした不気味な気。
たしかサマエルが言うには、ここは魔界にも繋がっているらしい。
ダークサイドフォード
いずれにせよ始祖ヴァンパイアを倒し、俺がこの暗黒地帯を支配
してやろう。
俺はDUOだからな。
俺の気配を感じ取って襲って来るヴァンパイア達を蹴散らしなが
ら、暗黒城へと直進する。
﹁ハハハハハハーッ! この俺がDUOだ! たった今から貴様ら
を支配する王だ!!!!﹂
265
幕間−DUOの大冒険1−︵後書き︶
RIOの世界じゃこういう事もあるんですね。
うん。
DUOの成り上がりです。
彼は吸血鬼とか悪党とかいいつつ未だ人を殺めていませんよ。笑
266
国境の寂れた教会で
俺達は更に北進する。
アラド公国を北に進路をとり、国境の砦を抜け﹃泉の国ヴェント
ゥ﹄へ行くべくラルドの引く竜車に乗って、快走していた。
泉の国って一体なんなんだろうか。
泉の中に国があるのかな?
泉の国ヴェントゥ⋮。
泉の国ベントー⋮。
新幹線乗ってたら関西辺りで売ってそうだな。
くだらない事は置いといて。
アラド公国の広大な耕作地域へ流れる川の水は、そのヴェントゥ
の泉の水だとかなんとか。
と言う事は、航路でヴェントゥまで行けるのかな。
船、乗ってみたいな。
だが、俺達にはラルドが居る。
ラルド、今日もお前の走りは最高だ。
ハイヤー!ラルド!北へ全力全身だ!
267
ランバーン
そう言えば、ブレンド商会からの情報によると、この走竜種達。
そこそこ繁殖成功実績が貯まって来たからアラド公国の商品として
売り出そうという計画が上がっているらしい。
今までは高価な贈り物の際と、騎竜部隊でしか使われてなかった
そうだ。
ブレンドが販路を手掛け出してから、こんなに早く商品かするな
んてな。
ステップドラゴン
まぁアラド公国に進出して来たプレイヤー達のお陰で、草原竜の
被害が治まっているらしいからな。
そういう都合の良い状況が重なって開けた道なんだろうか。
最近のブレンド商会の進歩が目覚ましい。
さすが、神と対等に取引する男︵自称︶である。
国境の砦へ続く分かれ道で、直線ルートを塞ぐ兵士によって、俺
達は迂回ルートを選択する事を余儀なくされた。
なんとも、旅商人のキャラバンが盗賊に襲われたらしい。
※この世界でキャラバンとは商人旅団のことです。
物資は飛び散らかり通れる状態じゃないらしく、現状維持のため
道は封鎖されているそうだ。
御愁傷様です兵士さん。
268
兵士さんは迂回ルートを教えてくれた。
幾分遠回りになると思うが、竜車での行動ならそう変わらないら
しい。
兵士達もあたりを捜査しているが、盗賊団が出るかもしれないか
ら気をつけてくれだそうだ。
盗賊団ね。
規模が判らないが、キャラバンを襲撃できる盗賊か。
想像するだけでも結構な人数が居そうだな。
警戒する必要は十分ある。
話しを聞いたセバスは、ランドに警戒して進む様に言いつけ、同
時に俺とユウジンでも周囲を警戒しつつ迂回ルートを進んで行った。
で、案の定だ。
今俺達は、その盗賊団に追われている。
数がそこそこ居るな。二十人くらいか?
269
ぶっちゃけラルドがいるから振り切れると思っていたのだが、奴
らはキャラバンから馬を強奪していたらしい。
キャラバンの印を付けた馬に乗った盗賊が何人か後ろから追って
来ている。
鬱陶しいな。
﹁ユウジン!﹂
キャビンの窓を開けて、見張り番としてセバスの隣に座っていた
ユウジンの名前を呼ぶ。
彼は立ち上がり、キャビンの屋根に登った。
よく立っていられるな。
結構な速度で結構な揺れなのに。
俺も窓から身を乗り出してクロスを握る。
セイントクロス
﹁飛剣﹂
﹁聖十字﹂
お互い遠距離技を飛ばす。
アースオブウッド
ってかユウジン、お前やっぱり遠距離技も持ってたんだな。
斬撃を飛ばしているが、彼は常に世界樹刀を握っているので、当
たった相手はただ気絶するだけだった。
﹁師匠、師匠の技はユウジンさんの斬撃で掻き消えまシタネ﹂
﹁うっさい﹂
270
最前線を走っていた馬が転び、それに続き後続も転んで行く。
落馬ってすごく痛そうだ。
一先ずこれで安心だと思う。
盗賊達を尻目に俺達は道を先に進んだ。
迂回用の道は、しばらく使われてなかったのか、でこぼこしてい
て進み心地が悪かった。
振動がもろに伝わって来て、凪が窓から吐いた。
ってか、さっきの戦闘でも凪が魔法使ってれば即行だったのだが、
案の定、馬車の中では真っ青な顔して横になっていた。
不運な事は続く。
ついに車輪が取れた。
荒い道を結構な速度で走ったからかな。
ってかメンテナンスしてなかったからな。
完璧にゲームの世界だと油断していた。
﹁申し訳ございません。私の管理不足です﹂
セバスが皆に謝る。
いやセバス、そんなに謝らなくてもいいんだよ。
あ、ロールプレイだったな。
ちょうど近くに教会らしき建物が見えたので、盗賊から身を隠す
ついでに馬車の修理を行うそうだ。
俺も礼拝しよう。
271
凪の世話をエリーがしているので、今回は一人である。
古びたドアノブを手に持つと、風化で壊れた。
⋮これ、礼拝してる途中で崩れないよな?
進むと礼拝堂がある。
中は意外と立派だった。
柱にはひびなどが入っているが、これなら崩れる心配は無さそう
だった。
この様子じゃ、女神像もしっかり残っていそうだな。
有りと無しじゃ、礼拝のテンションが変わって来るから。
そこは譲れないのである。
だがそこにある像は女神でなく大鎌を持ったガーゴイルの石像だ
った。
真ん中に一体ではなく、左右に一体ずつの二体である。
女神像がある筈の場所には、何も無かった。
不気味過ぎるだろ。
宗教戦争でもあって、大昔に廃れた別宗教の教会なのかな?
とりあえず女神像が無い。
なんてこった。
アウロラレプリカ
でもそんな時にはこれ。
偽女神像さんの出番である。
俺はリュックの口を目一杯広げて、割と大きな女神像を取り出す。
272
そして真ん中に置く。
すると。
﹃我が主を驕るのは誰だ﹄
﹃この法力、あの女か﹄
﹃いや、この魔力は矮小な人族ぞ﹄
﹃ではあの女の差しがねか﹄
ゴゴゴゴゴ。と石像が動き出す。
ボロボロと石が剥がれる様にガーゴイル達はその姿を露にした。
これはヤバイな。
とんでもない悪意と魔力をヒシヒシ感じる。
ってかもしかして貴方達の神様をここに安置してた感じ?
まじで?
それは謝るから元の位置に戻ってください。
お願いします。
273
﹃あの女の使いには死を﹄
﹃永遠の苦しみを﹄
ですよねー。
俺は、女神像を即行でリュックの中に仕舞うと、ガーゴイル達の
攻撃を転がる様に躱し、教会の出口に駆け出した。
﹁おい! 今すぐ逃げるぞ!﹂
﹁一体何があった!﹂
ユウジンが駆けて来る。
﹁別宗教の教会で、大鎌を持ったガーゴイルが襲って来た! セバ
ス竜車は?﹂
﹁もうすぐ準備できます!﹂
教会の柱が、壁が崩れている様な音がする。
ガーゴイル達が迫って来ている音だろう。
車輪の修理は終っていた。
後はラルドを繋いで、逃げるだけだ。
戦う選択は?
何かあんな巨大な物二体も相手できない。
流石にユウジンでも無理だろう。
凪だって本調子じゃない。
274
俺が女神像を置かない限り出現する事は無い魔物だと思う。
ユニーク武器で召還される魔物とか。
勝てるわけないじゃないか。
決闘とかでもないし無理はしない。
鉄則だ。
﹁戦わないのか?﹂
ユウジンは暢気な声で言う。
その瞳には静かな闘志が宿っていた。
なら木刀を戦闘用の刀に持ち替えてから言ってくれませんかね!?
バトルジャンキーか!
﹁へっへっへ! 貴様らやっと見つけたぞ! さっきはよくやって
くれやがったな﹂
間の悪い事に盗賊も来た。
めんどくせー!
﹁これは俺も厳しいな﹂
﹁だから! 早く! 行くぞ!﹂
もう女性陣二人は竜車に乗せてある。
セバスも準備ができているようで、俺はセバスの隣の御者席、ユ
ウジンはキャビンの上に飛び乗った。
逃げようとした所で盗賊達が竜車に接近して来るのをラルドが蹴
275
散らしてくれた。
ナイスラルド!
だが、進行方向にも盗賊が待ち構えていた。
﹁遠さねぇぞ! その竜と竜車、女を置いて殺されやがれ!﹂
くそ!強行突破しかないかな。
そう思ったと時、後方の教会の方からも凄まじい崩壊音が聞こえ、
羽をはためかせたガーゴイル達が、俺達の目前に飛来した。
﹁お、お頭ァッ̶̶̶̶̶助けグプュ!!!﹂
﹁なんだぁ!? 何なんだこれハッ̶̶̶̶̶ケヒッ!!﹂
蹂躙だ。
着地と同時に真下に居た盗賊達はぐちゃぐちゃに潰されてしまっ
た。
風船が弾ける様に血の飛沫が周囲を染めて行く。
セバスでも目を背ける程の光景だった。
﹁キュロロロロロ⋮﹂
ラルドが怯えた様に鳴きながら俺を見る。
お前でも怖いか、前に進めないのか。
⋮⋮そうか。
﹁はは、倒すしか無いみたいだな。楽しくなって来たぜ﹂
﹁⋮⋮だな﹂
276
﹁なんだ? 不満か?﹂
﹁いや、逆だ。これほどまでに腹が立つのも初めてだ﹂
﹁ノリノリじゃん﹂
こいつら、人を嘲笑う様に殺しやがった。
水たまりで遊ぶ幼児の様に、血溜まりでまだ息のある盗賊の頭を
踏みつぶして遊んでいる。
純粋に悪意に対して怒りが芽生えた瞬間だった。
隣でユウジンが楽しそうに俺を見ている。
俺の心境は全然楽しくないけどな。
﹃脆い、下等な種族ぞ﹄
﹃人間は美味くないから好かん﹄
フォール
﹁鬼闘気!﹂
﹁降臨!﹂
俺達二人は初めから全開である。
二人で相手をしてる間にセバスには避難してもらう。
セバスとエリーには凪の事を頼む。
頭がやられて一目散に逃げて行ったとは言え、まだ残っている盗
賊が居るかもしれないからな。
ってかユウジン、冷静になってお前を見たら。
277
湯気出てんだけど、上着脱ぐな。
﹃世界樹の鬼の匂い﹄
﹃何故こんな所に﹄
﹃その法力はやはりあの女の﹄
﹃仕留め主への手みやげに﹄
セイントクロス
﹁倒してから言え聖十字﹂
フォール
相手のペースに付き合ってる暇はない。
そういえば、十字架持ってなくても降臨状態なら聖十字飛ばせる
様になった。遠距離って良いね。
ユウジンも斬撃を飛ばしている。
普通に大鎌で弾かれた。
⋮弾かれただと!?
牽制だからいいけどね。
大振りの大鎌が襲う。
軌道が読みやすいので簡単に避ける。
まずは武器を奪ってしまえ。
鎌なんて刃がついてない部分はなんら問題ない。
鎖も分銅もついてないしな。
気をつけるのは長い尻尾の不意打ちだな。
﹃小賢しいことを﹄
﹃我が鎌を弾くとは﹄
278
ユウジンは鎌と打ち合っていた。
遊んでんだろ⋮。
俺はそんな余裕無いからな、制限時間もあるし。
聖書さん、クロスたそ、魔力ちゃん。行くぞ!
初手は石像の腰に飛びつく。
ロッククライミングの要領で顔面を目指し登って行く。
こういう手合いには攻撃できる所からって言うけどさ。
こっちは素手だからね。
一撃で仕留めれそうな所を狙うよ。
叩き落とそうとしてきた腕を避ける。
だが、尻尾がすぐ飛んで来て弾き飛ばされた。
あの尻尾がくせ者だな。
千切れないかな。
俺は尻尾の付け根に聖十字を当てる。
﹃ゴガアアアアア﹄
千切れた。ってか、硬いのは外側だけで、中身はしっかり生き物
してんのな。
で、千切れた所が焼けただれている。
そういえばDUOも殴ったら効いていたな。
弱点か!
279
そうかそうか弱点か!
﹁おまえも楽しそうだな! まずは羽を落としちまえ!﹂
ユウジンはそう言って目の前のガーゴイルをまっ二つにした。
終ったか、彼の相手していたガーゴイルは、尻尾、羽、両腕が切
り落とされていた。
部位破壊報酬貰えるぞ。
﹃馬鹿な!? ぬぅう!﹄
フォール
邪魔な羽を落とそうとすると、降臨状態が終ってしまった。
時間切れか、仕方ない。
もう結構弱ってるし、ヒール聞くだろうし。
なんせ二対一だからな。
﹃フン。今ので仕留めきれなかったのが貴様らの運の尽き﹄
そういってガーゴイルは翼を翻す。
﹃我が主は決してあの女の使者を生かしてはおかぬ。精々死の恐怖
に怯えていろ﹄
捨て台詞を吐くと、凄い勢いで飛び去ってしまった。
いや、極論を言うと、プレイヤーだから死ぬ恐怖とか無いんです
が。
まぁいいや。
280
﹁何だったんだ﹂
判らない。
何かを呼び覚ましてしまったという事は確かである。
悪い事じゃないと良いけど。
確実に悪い事だな。
疲れた。
よし、最後にもうひと仕事だ。
俺は死んでしまった盗賊達を崩れてしまった教会跡地に埋葬した。
盗賊達は悪党だったとは思うが、なんだかやるせない気分になっ
た。
281
国境の寂れた教会で︵後書き︶
騎竜アップデード︵笑︶
﹃大草原を駆け抜けろ﹄︵笑︶
ノーマルプレイヤーも新たな時代の幕開け。
リアルスキンモードプレイヤーも新たな物語の幕開け。
282
幕間−ハザードの進む道−︵前書き︶
※息抜き投稿です。多分今日で一日四話更新は終ります。最後っぺ
で書きなぐってました。来週からは一日一回ペースでかける範囲で
やって行こうと思います。読んで頂いて、沢山のご感想を頂いて本
当に嬉しく思っています。ありがとうございます。
283
幕間−ハザードの進む道−
俺は今、ジェスアル王国南東部へ向い移動している。
なんとかハンターランクDでも受ける事が可能なキャラバンの護
衛依頼を受け、同行している形だ。
リアルスキンモードに来た事は正解だった。
俺の目標が見つかったからな。
プレイヤーズイベント
決闘大会で惨敗した俺は、自分の強さに憤りを感じていた。
プレイヤースキルだってロバストに引けを取らないし、攻略最大
手ギルド﹃リヴォルブ﹄のサブマスター、ナンバーワンアタッカー
だと自負していて、ロールプレイなんかに負けるなどとは微塵にも
思って無かったからだ。
俺の戦い方は様々な武器で他を圧倒するスタイルだった。
武器制限解除スキルにより、装備できる武器がアイテムボックス
に入れてある全ての武器となっているので、戦いの最中に出し入れ
するだけでトリッキーな攻撃を可能とする。
実際に、それでリヴォルブ最強のアタッカーとして活躍して来た
のだ。
だが負けだ。
勝手にユウジンを倒すと息巻いていた俺が恥ずかしかった。
ユウジンとは何の因縁も無い。
284
ただ俺が一方的に嫉妬していただけだったから。
圧倒的なプレイヤースキル。
最初のレイドボス戦からぶっ飛んだ強さを見せていたあいつに、
俺は追いつきたかった。
実質、ユウジンはリヴォルブ最強のアタッカーだと回りからは思
われていた。
ギルドに入ってすら居ないのにだ。
そして勝手に居なくなった。
居なくなった後も彼はギルド最強のアタッカーだと言われていた。
ロバストは気にするなと言ってくれたが、俺には現実を受け止め
る事が出来なかった。
強さを模索して、ギルドを利用して属性武器を作成したり、武器
制限解除などに手を出していた訳だ。
だが強くなった実感はあるがあいつの影には一つも届いていない
と心の中で諦めていた。
あの日、あいつは俺の事を覚えていなかったようだがな。
教えてもらった通り、俺はリアルスキンモードをプレイする事に
した。
リアルスキンモードの世界に行き、俺は驚きで声を無くしてしま
った。
システムアシストが全く存在しない世界。
285
これがあいつの見ていた世界かと思うと、何もかもが輝いて見え
た。
これで俺も強くなれる。
根拠も無いのにそう思っていた。
そして、俺は言われた通り、占い師の元へ向かい自分の才能を占
ってもらう。
﹁才能はないねぇ⋮⋮⋮強いて言えば、色んな物に挑戦できるよあ
んたは﹂
別の意味で言葉を失った瞬間だった。
特出した才能なんか無い。
まぁそんな物だな。
乾いた笑いが出た。
﹁はは、所詮持ってるやつらしかナンバーワンは取れないってこと
だな⋮﹂
﹁一番に拘り過ぎさね。人生やる事は他にも沢山あるんだよ﹂
俺も何故そこまでナンバーワンに拘ってるのか判らなかった。
いつからだろう。
誰かの背中をひたすら追い続けるだけの毎日が始まったのは。
呆然とする俺に、占い師は言葉を投げかけて来る。
﹁才能があるってことは、必ずしも役に立つってことじゃあ無いん
286
だよ﹂
・・・。
﹁一つに特出した所で、無限の可能性をドブに捨ててる事さ、あた
しゃそう思う。努力を才能にしか向けれなくなった頭でっかちだっ
てね﹂
﹁占い師⋮⋮いや、メリンダさん。俺は一体どうしたらいいんだ﹂
﹁そんな物自分で決めな! なんであたしがそこまでしてやらなき
ゃいけないんだい!﹂
再び俯く俺に、メリンダさんは溜息をついて言ってくれた。
﹁なら、あたしの所に来て占いでもやるかい? でもあたしの訓練
はきびしいよ?﹂
占い⋮。
魔術か。
287
⋮⋮そうか。それがあったんだ。
その時、俺の頭の中で眩い程の閃きが起こった。
これだ、と思う物を見つける事ができた。
﹁全部だ。全部。魔術も武術も極めればいい。俺はナンバーワンを
諦めない。勿論占いも教えてくれ。頼む。いや、お願いします﹂
そう言って頭を下げる俺に、
﹁あたしゃ厳しいよ、挫折するんじゃないよ﹂
そう返してくれた。
この日からメリンダさんの元での修行が始まる。
メリンダさんは色々な魔術を教えてくれた。
それこそ豊富な種類だ。
我ながら凄い人を師に持ったと思う。
そして合間に、俺は武器・武術の鍛錬もする。
こっちは独学だが、現代知識を使えば補えない事も無い。
毎日が楽しい。
やはり、目標と言う物は高ければ高い程良いな。
持たない物は、持たないなりのやり方で、高みを目指せば良いだ
けだ。
288
そんなわけで、俺はメリンダ師匠の最後の試験を受け﹃賢人の塔﹄
を目指している。
﹁あんさん、凄い沢山武器背負ってるけど、他の荷物はどうしたん
だい?﹂
﹁ああ、ここにあるよ﹂
俺はディメンションを唱える。
空間拡張の上位魔法だ。
これには制限が無い。ただし、制御をミスると俺も取り込まれて
しまうブラックホール魔法である。
覚える為に何度も死んだ。窒息死だ。
﹁あ、あんさん。こ、高位の魔術師様か?﹂
﹁いや、まだ修行中の身の旅の魔術師だ﹂
﹁魔術師ってのはとんでもねぇな! 馬車いらずだ! なんでまた、
リュックなんて背負ってんだ?﹂
ああこれか。
一々戦う時に武器を亜空間から出すのも、めんどうだからな。
凡庸でよく使う武器は、始まりの街にも最近出回って来たバック
パックと呼ばれる高機能リュックに詰め込んである。
﹁でも腰に剣さげてるってこたぁ、剣士でもあるのかい?﹂
289
﹁そうだな﹂
﹁たまげたぁ!﹂
そう、両腰には長剣を挿している。
その他にもローブの中には短剣数本。
バックパックは口を限界まで開いて、自作やら買ったヤツやらが
隙間無く押し込まれている。
でバックのサイドには独自配合の薬草だ。
完璧に俺専用ソロ仕様バックパックだな。
これが俺のやり方だ。
才能よりももっと大事な物を、俺は師匠から教わったのだから。
キャラバンと別れて、更に南東部へ。
この辺まで行くと、村、もしくは猟師の山小屋がログアウトポイ
ントになってくる。
たしか賢人の塔は﹃燃える夕暮れの村﹄から近かった筈だが、そ
の村すら未だ見つからない。
仕様がない。
サモン
﹁召喚・コーライル。周囲を見て来てくれ﹂
一羽の烏を呼び出すと周囲の探索をしてもらう。
290
合図があった、どうやらもう少し南東の方向に行けば村があるら
しい。
もう夕暮れ時になっていた。
村が見えて来た。
なるほど、名前に恥じない村だな。
その村は夕陽を浴びて燃える様に輝いていた。
翌日、俺は賢人の塔の入り口の前に居た。
最後の試練か。
これが終れば俺は、世界へ出てみようと思う。
まだ始まってすら居ないのに俺は何を考えているんだか。
一先ず目の前の塔に集中しよう。
291
幕間−ハザードの進む道−︵後書き︶
ハザード回でした。
いつあるか判りませんが、次回のハザード回は挑戦賢人の塔あた
りです。
292
別れ、そして坑道の魔物
アラド公国北の国境の砦は、アラドとヴェントゥを縦断する運河
の傍にあった。この運河のお陰で、ヴェントゥとアラドの結びつき
は強い物となっているらしい。
やっぱり航路で行けるようだ。
乗ってみたいな。
だがそこまで大きな船ではなかった。
これじゃラルドは乗らないな。諦めよう。
代わりにラルドには川沿いの道を走ってもらう事にした。
景色を眺めつつ、旅を続けよう。
時折出現する川辺の魔物を蹴散らしながら進んで行く。
う∼ん。
御者席に居るセバスの隣に座ると、まるで風の中に居る様な気持
ちになる。
﹁風が気持ちいいな﹂
﹁でしょう? 私も御者特典だと思っておりますよ﹂
まったく羨ましいぜセバス。
雨の日には大変だろうけど。
雨外套を来てラルドを駆ける姿は本当に従者の鑑だよ。
293
さて野営だ!
旅商人用の野営施設があったのでそこを利用している。
ある物は使っとかないとな。
この世界、結界とかあればいいのに。
まぁ野営中の見張りも楽しみであるし、重要な修行タイムである
が。
夕食は、川で釣って来たらしいコモンフィッシュのソテーだった。
淡水ならどこにでも住んでいる魚らしい。味は普通。
そう言えば、以前アラド中央都の朝市にてマグロの様な巨大な魚
スピードチューナ
を目にした事がある。
大型回遊魚と行って、世界の海を回る魚らしい、たまったま川に
迷い込んでいるのが穫れたんだとか。
もの凄い高値がついていた気がする。
海が遠いからな。それとも、かなり美味なのか。
気になる所である。
夜食は、ラビット肉のシチューだった。
ラビットの肉まだ残ってたのな。
定番である。
俺には、始まりの街の教会で作り続けた思い出のある一品だ。
セバスが作るラビットシチューは、当然俺の作るシチューより美
味い。
294
俺だって子供達には美味しいって言われたんだぞ。
本当だぞ。
各々が野営の時間つぶしを始める。
俺は瞑想だな。
﹁クボヤマ様、少し良いでしょうか?﹂
なんだ?
俺は一端瞑想をやめる。
﹁誠に申し訳ないのですが、私達、ヴェントゥについた辺りで現実
時間で1週間程お暇を頂きたいと思います﹂
﹁⋮⋮テストか﹂
﹁はい。誠に申し訳ございません﹂
いやいや、そんな畏まって言うなよ!
なんか怖くなったじゃないか。
彼等は学生だったな。それも仕方ないだろう。
現実時間で一週間か、RIOの世界ではそこそこ長い期間になる。
ん∼それまでヴェントゥで待っているってのもな。
﹁ユウジン、ちょっといい?﹂
﹁なんだ?﹂
一端素振りを止め、こっちへ来るユウジンに事の顛末を話し、こ
295
れからの事を決めた。
俺とユウジンはヴェントゥから徒歩で北を目指す。
で、テスト期間が終わったセバス達は竜車で俺らの後を追うそう
だ。
まぁ竜車はセバスが交渉して手に入れた物だし、いいんじゃない?
もし俺らがバラバラになったとしても、俺は別に徒歩で良いよ。
凪もエリーも十分強いからイレギュラーが無い限り早々負けない
と思う。
無理して俺達と同行しなくても良いと思う。
鍛冶の国へついたら俺はユウジンと別れて単独行動で魔法都市ま
で行く予定だったから。
そうして夜も更けて行く。
幾つかの村、街を抜け、俺達は泉の国ヴェントゥの首都についた。
大きな泉の外周を囲う様に街が出来ていて、泉の真ん中には城が
ある。
カリオス○ロの城だな。
観光マップを見てみると、カリオス城だった。
広大な泉の外周を街で囲むなんて凄く不便じゃないかと思ったが、
交通手段はほぼ船らしい。
点在する街を時計回りと半時計回りに順繰り回っている船が何隻
296
もあるのだそうだ。
良いアイデアだね。
さっそく、教会へ向かう為に乗る事にする。
もちろんエリーと二人でだ。
今日が終ればしばらくお別れだからな。
なんとなく名残惜しいが、テストで良い点とれる様に俺も祈って
おこう。
﹁師匠、船デートデスネ﹂
﹁⋮そうだな﹂
最近、二人で歩いているとしょっちゅうこういう事を口にする様
になった彼女を俺は船から見える首都の街並から目をそらさずに軽
く流す。
まぁこんな風に軽い調子であるなら。
俺も変に真剣に考える必要も無いだろう。
もしその時が来たら、今の俺には無理だろう。
﹁テストが終ったら、すぐに追いつきマス﹂
﹁行き先は魔法都市と鍛冶の国だ。その辺はセバスに話してある﹂
何かあれば念話してくれれば良いし、ログイン前にメールを入れ
てくれれば良いからな。
彼女は﹁ハイ﹂と一言。
少し悲しそうな目で景色を見つめていた。
297
そして、俺とユウジンは特にヴェントゥで特に観光をする訳でも
なく、すぐに北を目指して進み出した。
二人旅も恙無く進む。
ヴェントゥから北へ航路で北上し、俺らは今、鍛冶の国の一歩手
前であるモータニア山脈の坑道手前の村に来ていた。
ラルドが居る時であれば、山脈を東へ迂回して、そこの国を経由
して行けるのだが、徒歩でなら坑道が近道なのだ。
それと同時にとある依頼も受けていた。
俺の噂はこんな所にも広まっているようで、手厚い歓迎があると
同時に。
坑道に得体の知れない魔物が出没して、困っている。
それをどうにかしてくれという依頼だった。
坑道としては使えない事も無いが、新たに見つかった鉱脈へと繋
がる坑道を封鎖する事になって、採算が取れずに困っているそうだ。
事情を知らない鍛冶の国の職人達から催促が届いていてもどうし
298
ようもないと。
依頼の報酬は、鉱山の魔物の鉱石でいいらしい。
鉱山で産まれる魔物は、その身に鉱石を宿しているそうだ。
もう人が何人も殺されている状況を考えると。
かなり厄介な魔物が潜んでいると予想できる。
そうすると、その身に宿す鉱石も、かなり貴重な物になるとかな
んとか。
本当かな。
まぁ、断るとエリック神父の顔を潰す事になるので受けるけど。
ユウジンも珍しく即答で了承したしな。
鉱石は別にいらないからユウジンにやるよ。
そうして俺らは坑道へと足を伸ばす。
﹁ここがそうです﹂と言われる。
鉄製の頑丈な扉がある。
坑道の職員が、扉の鍵を外して行く。
一体何個付けてんだよ。
ズズズ。と重たい音を発しながら扉が開いて行く。
俺とユウジンは薄暗い坑道へ足を踏み入れた。
どっちも辺りを照らす様な魔法を持っていないので、俺が松明を
持っている。
坑道の壁に、松明が照らす二人の影がゆらゆら動いていて凄く不
299
気味。
そう言えば俺、怖いの苦手なんだよな。
リアルで一度占い師に、君は霊感は無いけど霊を殴り倒すエネル
ギーはあるよ。
なんて言われた事がある。
信じた事は一度も無い。
ヤバいな。そう考えると凄く怖くなってきた。
今の俺はMND系のデバフが掛かっている状態。
聖書さん読もう。力を貸してください。
ふぅ落ち着いた。
坑道は下り坂になっていた。
これ、入り口付近で崩れたら、俺らは確実に死ぬよな?
いかんまただ。
不安な事を考え出すと止まらなくなる。
聖書さん助けて。
埒が明かないので、常に聖書さんとクロスたそを両肩に浮かせて
ます。
﹁なさけねーな﹂
うるせーな。
300
コイツはコイツでなんで平気なんだろう。
あれか、霊感ないからか?
達人ならその辺の感覚とか研ぎすまされてそうだけどな!
魔力が斬れるんだから、もしかしたら幽霊だって斬れるのだろう
か。
ありえるな⋮。
あー怖い。洞窟怖い。
狭い所無理だわ
そんな時、俺の魔力が何かを感じ取った。
﹁ユウジン、何か居るぞ﹂
﹁俺は今の所何も感じないけど?﹂
いや、確かに感じる。
しかも後ろからだ。
﹁⋮⋮!? 後ろ! ユウジン後ろ!﹂
﹁む!? ⋮って何も居ないじゃんか、驚かせんなよ﹂
二人で後ろを振り返るが、何も居なかった。
おかしいな、確かに気配はあったんだが⋮。
﹁ってかなんだよユウジンお前もビビってるじゃん﹂
﹁いや、ビビってねーし。お前じゃねーし﹂
301
そうやり取りしながら安心した様に前を振り返ると。
何か居た。
﹁!?﹂
二人そろって心臓を握りつぶされた様な感覚が広がった。
癖なのかもしれないが、ユウジンが即行で刀を振るう。
ガギンッ!
根元から折れてしまった。
﹁うそだろ!﹂
﹁お前絶対普段は木刀持っとけよ! もしくは抜刀すんなよ! 絶
対だぞ! ビビって人殺しましたじゃすまないからな!﹂
﹁そんな場合じゃねぇ!﹂
302
たしかに!
パニックに落ち入った俺達は一目散に逃げだす。
追って来る。
マジかよ!
ヤバイ超怖い聖書さん助けて!
聖書さんが光る。
落ち着いて来た。
なんで、俺、あんなもんにビビってんだろ。
ただの得体の知れない何かじゃん⋮。
はぁ⋮。
ちょっと、聞き過ぎ。
だけどありがとう聖書さん。
振り返って冷静に鑑定した。
デモンゴーレム
悪魔鉱人形・アダマンタイト
﹃悪魔が鉱石に憑依した姿。憑依した鉱石によってレベルが変わる。
悪霊が憑依すると、人形にはならず呪いの鉱石になる﹄
悪魔か!魔物か!
﹁ユウジン! アレは悪魔が憑依した鉱石だ﹂
﹁なに! なら斬れる! やっつけるぞ﹂
303
ウッドオブアース
いや、お前さっき刀おられたばっかりだろ。
彼は木刀を持っていた。世界樹刀か!
破壊不可属性だな、それなら行ける筈だ。
色々制限がついてる刀だが、最近ユウジンは重さにも慣れてしま
ったようで、もっと重くなれと要求するぐらいだった。
勢いとは裏腹に、軽い音がする。
そりゃそうだな、そういう仕様なわけだし。
﹁バカじゃねーの!? 人じゃないんだぞ﹂
﹁すまん、少しパニクってた。聖書のバフくれ﹂
聖書さん、あいつにもお願い。
ユウジンも少し落ち着いたらしい。
以前坑道を駆け上がっている状態だ。
鈍足な俺が全力で走ってギリギリ追いつかれない速度なので、運
が良かった。
だが俺の体力が持たん。
それよりアダマンタイトってなんだっけ。
﹁えっと、普通のゲームなら神鉄って感じでかなり貴重な鉱石だよ。
ああ、俺の刀が通じないわけだわ﹂
そう暢気に言う彼。
ちょっとまて、そんな貴重な鉱石なら、憑依している悪魔も相当
304
な上物じゃないか?
セイントクロス
だが悪魔なので、一か八か聖十字を放つ。
躱された。
﹁おお、効くみたいじゃん。俺が抑えるから、当てろよ﹂
そう言いながらユウジンはまた斬り掛かった。
拮抗する。
彼の表情はキツそうだ。そりゃ壊れないだけで今は制限武器でし
かないしな。
デモンゴーレム
俺は聖十字を当てる事に成功した。
ボロボロと悪魔鉱人形の身体が崩れて行く。
﹁よっしゃ、鍛冶の国前に良いものゲットだぜ﹂
デモンゴーレム
そう言いながら崩れ去った悪魔鉱人形の欠片を手に取ろうとした
時、鉱石が手の形を形成すると、ユウジンを掴み投げた。
坑道を支えている柱にぶつかる。
かなりの勢いがあったみたいで、柱は折れ、彼はバウンドしなが
らゴロゴロ奥に転がって行った。
デモンゴーレム
デモンゴーレム
その間、悪魔鉱人形は復活しようとしていた。
俺は悪魔鉱人形に聖十字を当てると、ユウジンを追って坑道を駆
け下りる。
デモンゴーレム
俺が走り抜けた後ろで、悪魔鉱人形が復活し、追ってこようとし
た。
だが、運がいい。
305
折れた柱のお陰で崩れた天井に押しつぶされた。
自業自得だ!
彼を助けないと。
306
別れ、そして坑道の魔物︵後書き︶
※現実時間とRIO時間についての質問はこれからもなあなあにな
ってると思うので、指摘されてもどうすることもできません。ご想
像にお任せします。
幽霊が恐い神父︵笑︶
パニックしています。
307
女神の聖火
坑道内を派手に転げ回った彼の身体は、あちこちを骨折し裂傷を
負っていた。
これは死なないだけ助かったと思う。
意識を保っていた彼を元気づけ、治療する。
治療した所で、完全復活を遂げるにはいささか時間が必要だろう。
マズいな。
圧倒的に恵まれたステータス、かつ常日頃から鍛錬を怠らないユ
ウジンの身体は正直言って化け物レベルだろう。
それがこの状況である。
相当な力を持っていない限り、彼の頑強な身体はダメージを負わ
ない筈なのに。
デモンゴーレム
悪魔鉱人形には崩れた天井の瓦礫が直撃したんだ。
そう簡単には追って来れないはず。
同時に逃げ場も失ってしまったがね。
ユウジンを肩で支えると、歩き出す。
一先ず、何処か安全な場所を目指さなければならない。
弱点を突いた攻撃の筈だが、復活するなんて有り得ない。
それほどまでに上級の魔物なのだろうか。
セイントクロス
いや、聖十字を当てた際に、確かにあの魔物からは力は失せたは
ず。それは絶対に間違いない。
308
だったら何故だ?
何が起こって、あのゴーレムは復活を遂げたんだろうか。
﹁ゴホッ。ゴーレム系は大抵⋮⋮体内に魔核があるか、それを操っ
ている奴が、いる⋮ゴホッゴホッ!﹂
判ったから喋るな!
今は体力を回復させる事に費やしてくれ。
だが、良い事を教えてもらった。
だとするとあのゴーレム。何処かで操っている奴がいる。
直感だが、たぶんこの坑道の一番奥だろうな。
そのまま行くのはマズいか。
途中見つけた、坑夫の休憩所として使われていたであろう部屋を
借りた。
丁度おいてあったカンテラに火を灯し、少し休憩する。
ユウジンはベッドに寝かせている。
ここが坑道で助かった。
オートヒーリ
ただの洞窟だったりしたら俺は一体どうなっていたんだか。
死に戻りだろうな。
ング
少しでも早くダメージペナルティから抜け出せる様に、﹃自動治
癒﹄は続けておく。
こんな事なら高位の回復呪文を学んでおけば良かった。
いくら回復呪文が多少使えるからって、毛程も役に立ってないじ
309
ゃないか。
目の前で苦しむ人を救う事が出来ない。
何が神父か。聖職者か。
ロールプレイじゃないと言いつつも、神父という職業をなにげな
しに甘受していた俺が情けない。
俺は、一体何がしたいんだろうか。
思考の中に没頭すればする程、俺は何がしたいのか判らなくなっ
て行った。
自動治癒を続ける聖書を何気なく見る。
そういえば、これを暇つぶしに読む事から始まったんだったな。
聖書さん、俺に諦めるなって言ってるの?
俺はよく聖書やクロスに話しかけている。
頭の痛い人だと思われそうだが、彼女達は実際に俺の気持ちにい
つも答えてくれていた。
なら次は俺が答える番だな。
一先ず、この坑道の魔物を倒して、脱出する事を考えなければな
らない。
今まで何考えてたんだ俺。
先に考える事があるだろ。
アダマンタイトのゴーレムか。
神鉄って呼ばれる程の鉱石だったよな。
ユウジンの刀も折れる程の。
310
ふ∼む。
坑道を更に奥へ進む。
運搬用のトロッコが途切れている場所へたどり着いた。
たぶんここがこの坑道の最も深い場所だと思う。
う∼ん。何も無いな。
休憩所から借りて来たカンテラを辺りにかざしてみる。
でかい穴があった。
灯を照らしてみるが、急勾配で凄く奥まで続いている事しかわか
らん。
ここに、入れと?
少し躊躇してしまう自分が居る。
聖書さん、クロスたそ、魔力ちゃん。
311
俺に力を貸してくれ。
俺はその穴を降りて行った。
降りた先はかなり大きめの空洞で、階段があった。
暗闇の中、下へと続く階段はかなり不気味である。
まだ下に降りるのか、いい加減ウンザリして来た。
ってか洞窟に階段があるって、ここなんなんだよ。
所謂ダンジョンってやつ?
その疑問は降りきった先で解決する。
カンテラも必要ない程、明るい空間だった。
遥か下にあるマグマ溜まりを囲う様に作られた神殿がそこにある。
マグマの赤い光によって照らされる神殿は、荘厳の一言に尽きる。
何かに縋る様に俺はその神殿を進んで行く。
﹃誰だ、こんな所までくる物好きは﹄
頭の中に声が響く。
﹃ん? アウロラの存在を感じるな。また俺を揶揄いに来たのか?﹄
いや、違う。
312
アウロラ
女神を信仰する神父だが、違う。
﹃そうか、凄く愛されてるな。あの女に。で、どうやってここまで
来た?﹄
なんだ、凄くフレンドリーな奴だな。
﹃お前は失礼な奴だな。本当に神父か?﹄
神父だよ。この聖書とクロスが見えないのか?
﹃エリックの十字架じゃねーか。なんで持ってるんだよ?﹄
それは俺が彼の弟子だから。
なんでエリック神父知ってるんだよ?
貴方はどなたですか!?
﹃ああ、俺はヴァルカン﹄
・・・?
アウロラレプリカ
﹃ああ、あれだ。ドワーフ共は、俺を火やら鍛冶の神だと信仰して
いるぜ﹄
ああ、神様か。
俺を女神と間違えたのは偽女神像を持ってるからかな?
そう思いながら、俺は偽女神像をリュックからだす。
これの事か?
313
﹃それか∼、すまんすまん。あの女が来たのかと思って焦ったぜ﹄
デモンゴーレム
そんな事より、ここはどこなんだ?
あんたが悪魔鉱人形を操ってた本体?
﹃デモンゴーレム? ああ、たまにわく奴だな。俺は関係無いぜ。
そしてここは俺様を奉る場所、火の神殿だ。おかしいな、入り口は
塞いだ筈なんだが﹄
それはあれだ、ゴーレムの仕業だ。
俺はあのゴーレムを倒す為にここに来たんだよ。
﹃それは筋違いだな。ここは何も関係無い﹄
そうか。なら引き返すよ。
ゴーレム
﹃待て、どうやら奴さんのお出ましだぜ﹄
俺は振り返る。
そこには歩いて来る無数の鉱石人形達が居た。
その中心に居るのは例のアダマンタイトゴーレムである。
ジェネラルクラス
﹃お前もついてねーな。悪魔の中でも強い奴が産まれてんじゃん。
将軍級なんてな﹄
フォール
アウロラレプリカ
﹁いや好都合だ!! 降臨!!﹂
フォール
俺は即、降臨状態になると、偽女神像を片手に走り出した。
作戦は至って簡単である。
314
神鉄という最硬度を持つ物質が相手でも、破壊不可属性で殴れば
壊れるのはどっちか?
神鉄だよなァ!!
リーチ短い割にはそこそこデカくて扱いづらいが、そうも行って
られん。
じゃないと勝つのは不可能だ。
少なくとも俺の脳みそはそれ以上のグッドアイデアを出す事が無
かった。
奴らは少なくとも俺が天敵の筈だ。
生命を脅かす存在だから執拗に襲って来るのだと思う。
﹃恐ろしい奴だなお前⋮。だがナイスファイト。とりあえず隠れて
る悪魔は階段の入り口に居るから頑張れや﹄
ありがとうヴァルカン。
俺は洞窟から神殿に降りて来た階段を見据える。
セイントクロス
アウロラレプリカ
悪魔が従えるゴーレム達を聖十字を直当てしてガンガン崩壊させ
ながら駆け抜けて行く。
片手で足りない分はもう片方の手で握りしめた偽女神像を振り回
して破壊する。
だが、アダマンタイトゴーレムが先を阻む。
コイツだけ動きが違う。
時間を取られてる間にまたゴーレムが復活する。
くっそイラついて来た。
315
ントクロス
セイ
もう他をシカトして階段を駆け上がり、将軍級の悪魔に向けて聖
十字を放つ。
ただの鉱石に憑依していた悪魔は聖十字が当たる直前に、アダマ
ンタイトゴーレムの中へと鞍替えした。
悪魔も消耗しているのか。
それとも今まで分散していた力を集約して、打って出ようという
のか。
周囲に他のゴーレムは居なくなり、アダマンタイトゴーレムしか
残っていなかった。
こっちとしても好都合である。
操る存在が無くなったんだ、後は本体をバラして魔核を破壊すれ
ば良いだけ。
それ
﹃なかなか熱い展開だが、降臨は最後まで持つのか?﹄
フォール
ヴァルカンがそう語りかけて来たと同時に、俺の降臨状態が解け
てしまった。
マズいな。
持っていた女神像が急に重く感じる。
力が足りないが、可能性はまだ残ってある。
こっちは破壊不可属性⋮
﹁ガッ!?﹂
殴り飛ばされた。
神殿が囲む中心のマグマ溜まりに落ちそうになる。
316
ギリギリの所でクロスを神殿の床に刺し、ブレーキ代わりにする。
悪魔は追撃を仕掛けて来る。
オートヒーリング
自動治癒を悪魔に向ける。
少しヒビが入り動きが遅くなるだけで有効打にはなってないみた
いだ。
くそ、やっぱりあの神鉄が邪魔だ。
あれに邪魔されて法力が届かない。
﹃苦戦してるみたいだな﹄
﹁まったくだな!﹂
ついついイライラして口に出てしまった。
﹃加勢しよう﹄
は?どういう事だ?
悪魔の猛攻を、なんとか薄皮一枚で躱す。
﹃そのままだが? お前を見殺しにするとアウロラとエリックに色
々言われそうだからな﹄
マジか!
ならお願いしよう。
もうそろそろ、体力が尽きそうだ。
アウロラレプリカ
﹃よし、ならその偽女神像をマグマの中に放り込め﹄
317
え?ちょっと。
いや、流石にそれは⋮。
﹃神の顕現だぞ。相応の物を捧げないと無理なんだよ﹄
わかったよ!
ここで俺が死んだら、次の標的は確実にユウジン。
そして、この悪魔が更なる被害を生むかもしれない。
アウロラレプリカ
俺は聖十字を放ち牽制しながら偽女神像をマグマに投げ込んだ。
﹃確かに受け取った。よし、強い意志を持って俺の名前を叫べ﹄
くそ、ろくな時間稼ぎにすらならないのか。
悪魔はすぐそばまで迫っていた。
﹃現世に顕現せよ!!!﹄
318
﹃ヴァルカン!!!!!!!﹄
もう眼前まで迫っていた悪魔に俺は目をつぶってしまった。
だがいつまで経っても何のアクションも起きなかった。
恐る恐る目を開くと、燃える様な赤髪天然パーマでガタイの良い
男が悪魔の攻撃を剣で受け止めていた。
﹁てめーやっぱ失礼なやつだな! 誰がパーマだって!? まぁい
いや間に合ったぜ﹂
ギラついた目をこっちに向ける。
その瞳も真っ赤に燃えていた。
アレ
﹁偽女神像はあくまでユニークアイテムだからな、俺の顕現時間は
神殿に居る事を考慮しても持ってあと十秒だ﹂
十秒か、それまでに何かアイデアを考えなければならない。
﹁その必要は無い、大サービスだ、お前に取って置きを教えてやる。
319
メギド
お前に魔法の才能は無いから神火を使いこなせるかわかんねーが、
今回だけ俺が手伝ってやる﹂
そう言いながら彼は俺に小さな炎を渡す。
心地よい暖かさのそれは、凄いエネルギーが凝縮されているのが
わかる。
両手で受け取ると、彼は言った。
メギド
﹁それが神火だ。発動方は簡単にしてある、全てを燃やし尽くす意
思を込めて叫べ﹂
その炎を見る。
全てを燃やし尽くすイメージを浮かべる。
だが、小さな炎は更に小さくなった。
エネルギーが暴走しそうになる。
まずい、このままじゃ制御できない。
﹁トコトン才能ないんだな! もうなんでも良いよ、自分の意志を
込める事が重要だからな!﹂
くそ!うっさいな!
自分の意志、急に言われてもな!!
クロスと聖書が、俺の視界に入って来る。
まるで力を貸す様に、小さな炎を囲ってくれる。
﹁俺は神父を受け入れる!! 全てを救いたい!!﹂
320
バラ
その瞬間、紅色だった小さな炎は、その姿を純白に変えた。
そして純白の炎は俺の胸に消えた。
アウロラ
﹁わぁお! よっぽど女神に好かれてんだな! そりゃ聖火だぜ!
女神の火だ!﹂
俺はもう良いだろ。そう言いながらヴァルカンは消えた。
動き出した悪魔に、俺はたった今覚えた力を使う。
バラ
﹁聖火﹂
純白に輝く炎は、悪魔の頭上から降り注ぐ。
そして、悪魔だけを燃やし尽くした。
バラ
終った。
聖火を使ったせいか、それとも強敵と戦っていた疲労間からか、
足に来ていた俺は蹌踉めいた。
その瞬間、地響きが起こる。
バラ
﹃あ、すまん。久々に力使ったからマグマのバランス崩れた。噴火
しそう。できるだけ抑えるけど死んだらすまんな。でもお前の聖火
もバランス崩す要因だったからな? 責任は半分ずつな﹄
半分ずつな?じゃねーよ!!!!
揺れで神殿が崩れ出す、柱が折れ、床が割れる。
その衝撃で、俺はマグマ溜まりに落ちる。
321
これは死んだ!
だが俺の手を掴んだ人が居た。
﹁ユウジン!!!﹂
﹁どーなってんだよこれ! 逃げるぞ!!﹂
彼に担がれる。なんかデジャブだな。
いや本当に、良い友達を持った。
﹃じゃ、またな∼!﹄
暢気な声を尻目に、俺らは出口を目指した。
トロッコの辺りまで来ると、ユウジンは俺をトロッコに投げ込み、
自分も乗る。
﹁乱暴だな!﹂
﹁言ってる場合か!﹂
トロッコは出口へ向かい走り出す。
でもちょっとまてよ、天井崩れてる場所無かった?
ほらほらほら目の前目の前!
﹁鬼闘気・衝波斬﹂
ゴバッ!
322
目の前の瓦礫が跡形も無くなる。
すげーなおい。
そのままトロッコを降りると俺達は出口に向かって必死に走り続
けた。
途中で遅過ぎる俺は再び抱えられていた訳だが。
323
女神の聖火︵後書き︶
神父を目指すのか。クボヤマよ。
完全なる偶像崇拝みたいになってるよ。
運営の用意したストーリーガン無視。
324
鍛冶の国﹃エレーシオ﹄
ログインした!
ここは鍛冶の国﹃エレーシオ﹄の宿屋である。
デモンゴーレム
俺達は坑道の一件の後、無事にエレーシオまでたどり着いた。
マグマで坑道を一つ潰してしまった事については、悪魔鉱人形の
事を話すと、納得してくれた。
アダマンタイトがまだ眠っているかもしれないぞ、と鉱夫達のや
る気に繋がっていた。
俺はてっきり、マグマでおじゃんになってしまったかと思ってい
た悪魔の憑依していたアダマンタイトだが、ちゃっかりユウジンが
拾って来ていた。
あの喧騒の中、本当にこういう事に関してはちゃっかりしている。
で、エレーシオについた途端。
彼はアダマンタイトを持って鍛冶屋に向かっていった。
俺はというと、一先ず教会に行ってみた。
気になるのは、この国の奉る神についてだ。
あら?
教会は普通に女神像が置いてあった。
普通にヴァルカンの像があるのかと思っていたが、そうでもない
のか?
325
本日も教会の女神像の手前で礼拝を済ます。
アウロラレプリカ
女神様申し訳ございません。
偽女神像は、ヴァルカンにあげてしまいました。
破壊不能属性だとあっても、神顕現なんてものに使用すると消滅
しちゃうんだな。
失ったが、後悔はしていない。
反省はしている。
俺が弱かったからだ。
ヴァルカンに助けられたからなんとか生き残ったものの、それが
バラ
無ければ俺は確実にあの悪魔に殺されていたと思う。
聖火だって、強い意志を込めるだけに簡略化された物を譲り受け
て発動しただけだった。
あとで、坑道の雑魚魔物に向けてバラを唱えてみたが、発動しな
かった。
発動条件は何なんだろう。
改めて、魔法と言う物を探るべく、魔法都市アリアへと急がなけ
ればならない。
が、しばし鍛冶の国を楽しむのも良いな。
職人の街って意外と良いよね。
鍛冶の国エレーシオは良いな。
国の名前になった街エレーシオと鉱山の傍に出来た坑夫の街があ
るだけの、規模としては小さな国なのだが、街を支える人がほぼ職
人気質なので、洗練されたその街並は﹃シンプルイズベスト﹄を体
326
現してると言っても良い。
そうそう、この煉瓦とかふんだんに使用した喫茶店とかね。
ガラスも質がいいし、ほとんどの建物で使われている。
この世界にもガラスの技術はある。
ただし、都市部以外はあまり使われていないといった形だ。
田舎の村なんかに行くと、窓ガラスがあったとしても外は見えな
い程質が低いか、木の窓だ。
察するに、魔法都市が隣にあるからかもね。
透明なガラスを作るんだ、現代で言うガラス工場の工程を魔法で
担ってるに違いない。
そう思いながら俺はコーヒーを飲み終えると、喫茶店を出て、ユ
ウジンが通っている鍛冶屋で向かう事にした。
差し入れは、喫茶店で買ったサンドウィッチである。
ユウジンの通う鍛冶屋は、始まりの街で鍛冶屋を営んでいた親方
の師匠さんのお店である。
職人気質の中でも一際頑固そうな人だった。
多くの鍛冶屋が武器以外の物の鋳造だったり、弟子を沢山取って
量産体勢を作る等、時代の波に乗ろうとしてる中、その親方の師匠
さん。
グラノフという方なんだが、個人向けの武器職人というスタンス
を崩さずに、武器は魂込めて自分の手で打つもんだ、という古き良
きを愛する人。
327
べつに農具とかも手で打ちゃいいんだが、生涯武器職人宣言して
いる。
いいね。
そう言うのは好きだよ。
終身名誉武器職人の称号を与えよう。笑
いや、馬鹿にしてる訳じゃないよ。
実際に腕は素晴らしい物だったし。
自動で形を変化させる金属があるのかと尋ねてみたが、そんなも
の知らん。
形を変えるのも決めるのも俺だと結構キツめの声であしらわれた。
いや、怒ってる訳じゃないよ?
断じて怒ってる訳じゃないよ?
くそが。
グラノフ氏に神のご加護があります様に。
件の鍛冶屋に入る。
グラノフ氏とユウジンは、アダマンタイトをどうやって武器作成
に活かすか考えていた。
その辺の話しはついて行けないのでスルーしている。
﹁差し入れ持って来ましたよ、調子はいかがですか?﹂
﹁おう、ありがとな﹂
328
ヴァルカン
﹁ケッ、柔な神父が何のようだ。ここは鍛冶の国だ、鍛冶神様の国
だぞ﹂
﹁まぁまぁおやっさん﹂
こんな風に当たりが強いのである。
ヴァルカン
ここで気付いたのだが、鍛治師の中でも職人歴が長い、または鍛
冶屋の歴史が長い所の鍛冶師は鍛冶神を崇めていた。
鉱山の中に神殿があったのも、鍛冶の国がその山の麓から広がっ
ているのも、関連付けは出来ない事も無いな。
ってか神殿を作ったのは、大昔のドワーフそれで間違いないだろ
う。
あの神殿の建築技術は、素人の目から見ても人間が作った物には
見えなかった。
なんだろう、雰囲気と言う物を感じたよね。
まぁ、宗教問題とは現実の世界でも世界大戦に発達しているもの
だから。
当たりが強いのも仕方の無い事だと思っている。
一旦休憩という訳で、三人でサンドウィッチを食べる。
どうだ美味かろう。
あの店の名前何だっけな、見て来るのを忘れたから今度また行こ
う。
そんな事を考えていると、お店のドアが勢いよく開かれた。
﹁親父! いい加減こんな小さな鍛冶屋辞めて、ウチに来いよ!﹂
329
入って来たドワーフ族の男性は、グラノフ氏の事を親父と言いな
がら店の中に入ってこようとする。
﹁何しに来やがったこのタコ! てめぇにウチの敷居を跨ぐ資格は
ねぇ!﹂
対するグラノフ氏は、息子と思しき男性に金槌やその他工具を投
げつける。
危ないなおい。
堪らず、ドワーフの男性は逃げ帰って行く。
一体なんだったのか。
﹁おやっさん⋮﹂
ユウジンが誰もいなくなった入り口とグラノフ氏を交互に見て何
とも言えない表情で溜息をついた。彼もこの場面に何度か遭遇して
いたのだろうか。
﹁一体どうしたんですか﹂
﹁ケッ! てめぇに教える筋合いはねぇ!﹂
﹁おやっさん。それとこれとは話しが違うだろ﹂
ユウジンがそうなだめると、グラノフ氏も判っているのかポツポ
ツと話し始めた。
グラノフ氏の息子は、街でそこそこ大きな鍛冶屋を開いているら
330
しい。
弟子も沢山取り、鋳造メインで農具、工具、武器、鉄製なら何で
も作っているそうだ。流行と言う物を大事にし、鍛冶職人というよ
り幾分商人気質な質だという。
まぁ、それは良い事だと思うぞ。
グラノフ氏も、頭の中では理解しているらしい。
自分のやり方は古いんだと、だがどうしても受け入れる事が出来
ないんだとか。
まぁ単純な問題、住み分けすれば良いと思うんだがな。
そして最近になって、息子さんは宗教を変えたらしい。
それでどうしても俺に辺りが強くなってたと。
ああ、なるほどね。
グラノフ氏が言うには、ドワーフは鍛冶神を崇めないと良い鉄が
打てなくなるらしい。ドワーフの国に鋳造なんかが流行っちまって、
人族の真似事かと嘆いていた。
話しを聞けば聞く程、なんだかんだ込み合った背景が見えて来た。
そしてその原因とも言える側の人族が、すぐそばに居るのだ。
そりゃ虫の居所も悪くなるだろうな。
俺はどことなく居づらい空気に退散した。
もうグラノフ氏のお店に行くのは止そう。
火に油を注ぐばっかりになってしまうしな。
何となく悲しい気持ちが湧いて来たので、とりあえず自分を落ち
着かせる為に教会へ行こうとしていると、後ろから呼び止められた。
331
﹁おい、あんた。親父の店に居た神父だよな? ちょっと話し良い
か?﹂
あ、さっきの息子さんだ。
ではお店に入って話しましょうかと、俺は先ほど行った喫茶店に
再び戻って来たのである。
﹁このサンドウィッチ、親父が手に持ってた奴ですね﹂
出てきたサンドウィッチを見て、グラノフ氏の息子である、グラ
ンツ氏が呟く。
意外と見てるんだな。
彼は俺の名前を聞くと、敬語になった。
ここまで名前広まっちゃってんの⋮?
﹁そうですよ。少し前に寄って、美味しかったので私が差し入れに
持って行ったんですよ。ほら、職人さんって集中すると食べないじ
ゃないですか?﹂
﹁はは、確かにそうですね。でも、ありがとうございます。親父は
元気にしていましたか?﹂
﹁ええ、私の友人がお世話になっています﹂
﹁へぇ、何をしているんですか?﹂
﹁武器を作る話し合いをしているらしいですよ。まぁ私は話しにつ
いて行けませんがね、アダマンタイトがどうとか﹂
﹁アダマンタイト!? 神鉄と呼ばれる希少鉱石じゃないですか。
332
ああ、そう言えば南の坑道でアダマンタイトのゴーレムが出たとか
出なかったとか﹂
話しは伝わってるんだな。
まぁそこそこ大きな鍛冶屋を構えるんだ、情報が来るのが早いん
だろう。
﹁アダマンタイトですか⋮確かに今では親父くらいしか打てる人が
居ないかもしれませんね﹂
だが、と彼は夢を語っていた。
いずれは鋳造でも技術を確立して、さらにグランツ鍛冶屋を大き
くさせるんだと。
彼も彼也に、父親を追っているんだな。
まぁ、不器用なグラノフ氏の事だ、本音を言えないんだろう。
俺は彼の話しを聞いてそう思った。
だが、親子の問題に口を出す気持ちは無い。
余計なお世話になってしまいそうだからな。
ヴァルカン
﹁そういえば、何故、鍛冶神を崇めるのを辞めて、鞍替えしたんで
すか?﹂
﹁ああそれですか? 新しい技術を取り入れるためですよ。歴史的
には私たちドワーフが人族に鍛冶の技術を伝えて来ましたが、時代
は移り変わりますから。これからは手を取り合うべきだと思ってい
ます。だから私は知る為に鞍替えしたんですよ﹂
何もそこまでする必要は無いのに。
333
でも、本当に商人みたいな聡さだな。
そう思っていると彼は続ける。
﹁って言うのは建前で、本当は店を大きくする為の販路と資金作り
の為だったんですけどね﹂
そして俺の目を見て言う。
﹁実を言うとお願いがあります。私の店の為にどうかお力添えを頂
けないでしょうか?﹂
ん?なんだ。
俺が出来る事なんか、祈るくらいだぞ。
﹁中央聖都ビクトリアへの販路を作る為に協力をお願いしたいので
すが﹂
334
鍛冶の国﹃エレーシオ﹄︵後書き︶
アウロラレプリカ
アウロラシンボル
因みに偽女神像に書かれている通り。
レイ
中央聖都ビクトリアの大教会の女神像に持って行くと、聖光を習
得できるお告げを女神様から直接頂けます。
浄化の光ですね。
バラ
でもあくまで、習得できるお告げを聞く事しかできませんが。
聖火との性能の差もありますよ。
335
不器用なドワーフ︵前書き︶
※30話目です。掲示板回だと予定していましたが、1話で終らな
かったので次回持ち越しです。
336
不器用なドワーフ
急に一体何を言い出すんだと思ったが、話しを聞く所によると。
今必要な物は販路だそうだ、量産する体系は既に出来ているので、
それを捌くパイプを拡大する事が必要だとグランツ氏は言っていた。
そんな事を言われても、俺に中央聖都ビクトリアに対するコネは
無い。
いや、よくよく俺のつながりの価値を考えると、エリック神父と
いう方はとんでもない方なのだろうと思う。
だが、それは俺のコネではなくエリック神父の力添えであって、
筋違いだ。
正直言って、中央聖都ビクトリアには行った事も無い。
いずれは行こうと思っていたけどね。
断ると、そうですかお時間を取らせてしまって申し訳ない。時間
の無駄でしたね。と彼は去って行った。
親子似過ぎだろ。
気に入らない事があると毒づくとか。
グラノフ氏、あんたの息子はあんたと一生反りが合う事は無いよ。
神のご加護があります様に!
ちくしょう。
やっぱり早めにこの国でよう。
337
ユウジンの事だ、別れの挨拶なんか要らないだろう。
俺は宿に戻り、荷物をまとめると﹃魔法都市アーリア﹄のある方
角。
西に向けて街を歩き始めた。
いや、その前に心を鎮めに教会へ行こう。
教会はいつもより静かだった。
だから礼拝をしてる最中、奥から響いて来る声に気付いたのかも
しれない。
グランツ氏の声だった。
何やら口論をしているようで、彼の言葉の中に若干の素が出てい
た。
﹁話しが違うじゃないですか! お布施は払った! 販売経路の融
通はしてもらえるんじゃないのか!?﹂
﹁何を仰ってるんですか? 私はただ、神の御心に届く程では無か
ったと行っているだけです﹂
﹁何だって!? 横暴だろ! 俺は何の為に貴方達に毎回高いお金
を払っていると思っているんだ!?﹂
338
﹁ご熱心な教徒だと私達は思っておりますとも﹂
そんな声が聞こえる。
口論しながらも、足音はこちらに近づいて来る。
マズいな。
隠れないと。
丁度女神像の後ろに隠れた瞬間、ドアが開かれ、金糸の刺繍で彩
られた司祭服に身を包んだ男が出て来る。
その後ろから後を追う様にグランツ氏が。
﹁では、神のご加護があります様に⋮また来ます﹂
そう言い残し、司祭服の男は教会を出て行った。
出口を睨みつけながら悪態をつく彼は、礼拝堂の椅子に座り込み、
ため息をついた。
﹁なんだってこんな⋮﹂
﹁貴方が熱心な教徒ですって? そんなバカな事ありますか﹂
その溜息を聞くと、俺は居ても立っても居られなかった。
﹁笑いに来たんですか? あなたの思ってる通りですよ﹂
﹁そうですね、教徒にあるまじき姿です﹂
だが、俺は知っている。
339
グランツ氏が、本当に親父さんを大事にしている事を。
そして超えようとしている事ね。
﹁そこまでして、貴方は父親を超えたいのですか?﹂
諭す様に言う私に、彼はまるで懺悔をしているかの様に話し始め
た。
﹁私は一生父親なんて超えられる筈が無いのです。親父には言って
いませんが、私には鍛冶の才能がまるでありませんでした﹂
鍛冶の才能が無いと気付いたのは、成人してかららしい。
それまで鍛冶の国有数の鍛治師と言われていた父親の姿ばかり追
いかけていたそうだ。
だがある日、彼は自分の才能を知る事になる。
回りの若い弟子達はどんどん先へ行ってしまうのに、自分はひた
すら置いて行かれるばかり。
我武者らに追い続けてもダメだった。
つち
大人になってから判る、自分は鉄を打てないんだと。
鎚を振り下ろすたびに、叩かれる鉄の音を聞くたびに自分の才能
の無さが現れているようで、自分の心が打ち拉がれて行ったらしい。
彼は諦めなかった。
今ある彼の姿が、彼の努力の結晶を表している。
﹁私は、誇っていいと思います。諦めなかった結果が貴方の武器屋
でしょう?﹂
﹁ですが、私は引き返せない所まで来てしまいました!﹂
340
彼の口調が強くなる。
今の鍛冶を学ぶ事ではなく、その先の鍛冶を学ぶ事に狙いを向け
た彼は、人族の中で産まれた鋳造技術を学び始めた。
ドワーフブランドでの鋳造を、人族の世界に売り出して行こうと
考えたのだ。
初めは少量の販売だけだったのだが、規模をどんどん拡大して行
く。
そして、とある司祭に話しを持ちかけられる。
お布施を納めて頂ければ、私どものお墨付きを得て武器の販売に
携われますよと。
その話しに安易に乗ってしまった彼は、高いお布施を払う事で更
に販路を拡大する。そこで目に付けたのが俺だったらしい。
で、いつもより早い時期に来た司祭は更に高額なお布施を要求し
て来た。
その場面が先ほどの司祭とのやり取りである。
﹁私はドワーフです。ドワーフには鉄を打つ事しか出来ない。商人
の真似事なんてやらなければ良かったんだ﹂
そして私はドワーフの中でも落ちこぼれ。と更に落ち込んでしま
った。
ちょ、全部自分で言って自分に跳ね返ってんじゃねーか。
打たれ弱過ぎだろ。
ドワーフって屈強ってイメージだったけど、コイツだけ違うのか
341
な。
﹁いえいえ、許します﹂
﹁は?﹂
﹁もともと、宗教替えなんて微々たる物です。誰しも宗教を選ぶ権
利はあるのでね﹂
こういう手合い。悩み込んじゃうタイプ?メン○ラ?
には、真剣に話しに乗ってやるというよりも、軽く受け流してあ
げるくらいが、思い詰めないので良いのである。
やっぱり原因は彼のストイックさにつけ込んだあの司祭が悪いじ
ゃないか。
何か大きな問題が発生しない内になんとかしないとな。
胸くそ悪いわ。
なんだかんだ尻拭いをやりそうな雰囲気であるが。
これはユウジンの刀を作ってくれてるグラノフ氏へのお礼ってこ
とにしておこう。
﹁元々、私どもが悪いのでありますし、尻拭いはさせて頂きますよ。
フフフ﹂
彼の言うドワーフブランドで鋳造品なんて質がいいに決まってる
じゃないか、まさにあの男が匂いを嗅ぎ付けて来るぞ。
新しい商売の要素がブレンドされた匂いを嗅ぎ付けてな。
342
俺は現在、礼拝堂で女神像に祈りを捧げながら、とある人物を待
っていた。
それはグランツ氏を騙し、高額なお布施を要求する司祭である。
実際、色んな所でこういう宗教との癒着は起こっているのかもし
れない。
それを全て見つけ出せと言われたら、それは無理な事である。
だがしかし、目の前で見てしまった事に対して、あいつは嫌いだ
から助けないという判断を下す事を俺は出来ない。
それだけはどうしても無理なのである。
目の前で困っている人が居たら救うと決めたんだ。
救うのも俺のエゴかもしれない。
だが、この手で拾える限りは拾うと決めてある。
裏を読む事が苦手な俺は、今回も真っ向からぶつかり合うのだっ
アウロラレプリカ
た。
偽女神像を振り回したりぶん投げたり、マグマの中に投げ込んだ
りする奴は俺だけだ。
343
ヴァルカン
今、鍛冶神あたりが﹃お前だけだよ﹄と呆れている姿思い浮かん
だ。
あいつは今何をしているんだろうか、神殿の中にいるのかな?
さて、聖書さんとクロスたそを魔力ちゃんで空中に制止させ、今
日の俺の祈りは本気だ。
本気と書いて、マジと読む。
﹁これはこれはクボヤマ様じゃないですか、エリック神父の愛弟子
と呼ばれる貴方のお名前は、私の在籍する教会まで届いていますよ﹂
来た。俺は荘厳な顔で言葉を返す。
所謂、神父モードである。
﹁いえいえ、愛弟子なだけで私は何もやっていませんよ﹂
﹁いえいえ、噂はかねがね、お聞きしていますよ。本日はどういっ
た御用でこの教会にいらしているんですか?﹂
﹁ああそれですか。とある噂を耳にしましてね﹂
俺は教会と商人の癒着問題の話しを適当に考え、最近多いと付け
加えて話した。
もちろんそんな事はしらん。
だが、嘘はついてない。屁理屈だが。
それは神にも背く行為だ。とその司祭は金糸の刺繍で彩られたそ
の着辛そうな司祭服をはためかせて驚いた。
344
ネタを知っていると滑稽に映るな。
﹁あなたの所は大丈夫ですか?﹂
﹁ははは、お疑いですか? 私達の教会ではそのような事は万が一
にも起こっておりませんよ!﹂
そう豪語する。
たしかに、お前んところの教会ではな。
﹁最近私はとある懺悔を受けましてね、彼は非常に悔いておりまし
た。だがしかし、私は彼を許します。本当に捌かれるべきは、彼を
誑かした私達にあるのですから﹂
その言葉に、司祭は﹁一体何の話しだ﹂と返す。
まだ白を切るか、まぁ権謀術数とでも思っているんだろうか。
そんなもん正面から叩き潰す。
﹁エルマン司祭。正直に話したらどうですか?﹂
フォール
﹁な、何を言っているんだね。私どもの教会では⋮ハッ!?﹂
司祭は目を見開いた。
何故かというと、俺はこっそり降臨を発動させていたからだ。
今の俺の状態はと言うと、頭上浮かぶクロスと聖書が白く輝く光
を空から注いでいる状態。
そして例によって俺の身体も白いオーラ状に光り輝いているので
ある。
345
﹁女神の瞳はすぐそばで貴方を見ています。嘘はつけませんよ?﹂
我ながら、荘厳かつなだらかな声が出たと思う。
この一言を聞いた司祭は、跪く様に俺に猛烈な勢いで懺悔を始め
たのである。
これこそまさに、力技。
両者痛み分けという事で、お布施の回収は行わなかった。
余計な禍根を残さない為である。両成敗!
エルマン司祭は、スッキリした様な目で﹁神が降臨なされた、降
臨なされた。私は何をすべきか判った﹂と言いつつ、その後大きな
孤児院を作り、将来を担う子供達の面倒を見続ける善き先生になっ
た。
グランツ氏はというと、幾分スッキリした表情になっていた。
信仰は戻さないらしい。
と、言うより鍛冶屋とまた別の商会を作り上げ、その中に鍛冶屋
346
を組み入れた。
ヴァルカン
アウロラ
グランツの商会は、鍛冶部は鍛冶神を信仰し、商会本体は女神を
信仰するという、新しい形態が産まれたのである。
それはそれで、問題有りじゃないのかと思ったが。
鍛冶の国では女神を信仰する人も多いので、特に問題ないらしい。
そしていつの間にか﹃神と対等に取引する男︵自称︶﹄のアイツ
が、グランツ商会と業務提携を結んでおり、鍛冶の国一体の鉱山を
占有する程の大商会になっていた。
﹃ドワーフの国から、安くて高品質な農具が出たらしい﹄
﹃へぇ! ドワーフの作った農具って高いんじゃないの?﹄
﹃それがすんげぇ安いんだよ!﹄
無印○品? ユニ○ロ?
どこの世界も似たか寄ったかなんだな⋮。
まぁどうでも良いか。
そういえば、宗教を変えない事であの親子がまたもめていたんだ
が。
﹁馬鹿野郎! 鍛冶神の加護が無くなったらドワーフはまともに鉄
347
も打てなくなっちまうんだぞ!﹂
﹁ならなんで俺には鍛冶の加護が無いんだよ!!!﹂
とかいう親子愛をモチーフにした物は割愛しておく。
はいはい不器用なドワーフでした。
348
不器用なドワーフ︵後書き︶
そう言えば皆さんも判ってると思いますが。
お布施とは仏門の言葉になります。が、﹃献金﹄という言葉より
も﹃お布施﹄の方が意味的に入って来やすいと思うので、このゲー
ムの中ではお布施で統一されています。ゲーム内言語も日本語です
しね。
クロスたそ、聖書さんぱわ∼が炸裂した!
349
幕間−とある掲示板2−︵前書き︶
※掲示板回です。
本日は後2∼3回は更新予定です。
350
幕間−とある掲示板2−
[攻略掲示板4]
777:RIOに代わりまして猟師がお送りします
走竜アップデートどう?
778:RIOに代わりまして漁師がお送りします
すげぇいい。
779:RIOに代わりまして戦士がお送りします
海にいけよ
780:RIOに代わりまして戦士がお送りします
海いけ
781:RIOに代わりまして戦士がお送りします
頼むわ
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
782:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
何を頼むのかしら⋮
馬鹿共落ち着きなさい
783:RIOに代わりまして盗賊がお送りします
ID:∞
デヴィスマック連合国ってあれ以来徒歩で行った奴居る?
やっぱりイベントで特別開放されただけだったの?
784:RIOに代わりまして戦士がお送りします
あれは楽しかったなマジで!
351
ID:∞
ID:∞
ID:∞
785:RIOに代わりまして武術師がお送りします
確かにな!俺は予選落ちしたけど
786:RIOに代わりまして戦士がお送りします
俺も
787:RIOに代わりまして戦士がお送りします
俺も
ID:∞
ID:∞
ID:∞
788:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
私もよ
789:RIOに代わりまして剣士がお送りします
ま、あの中で勝ち残れって言われても無理よね
790:RIOに代わりまして戦士がお送りします
ID:∞
ID:∞
ID:∞
そんなことより、イベント終ってから桃華姫が全然ログインしてな
いんだが
桃華姫ギル﹃MoMoKa﹄が機能して無いんだが
氏のう
791:RIOに代わりまして呪術師がお送りします
まて、逝くな!
釣王信者俺が呪っとくから!
792:RIOに代わりまして陶芸師がお送りします
けんか売ってんのか?
793:RIOに代わりまして召喚師がお送りします
352
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ちょっと待て、とりあえず話しの方向性をただそうぜ
エリーちゃん最高
異論は認める
794:RIOに代わりまして戦士がお送りします
異論はなし
795:RIOに代わりまして戦士がお送りします
異論なし
ただし神父はタヒれ
796:RIOに代わりまして戦士がお送りします
たのむわ
797:RIOに代わりまして召喚師がお送りします
まぁ﹃剣鬼﹄がボコボコにしてたからいいじゃん?
ID:∞
ID:∞
ID:∞
798:RIOに代わりまして戦闘師がお送りします
あ∼れはエグかったな∼
腕きれてんのに、さらに短くなってんのに
今までのVRゲームが優しい世界に見えた
799:RIOに代わりまして戦士がお送りします
まぁ確かにな。
DUOを気付いたらボッコボコにしてた神父も怖いが
それをブツ切りにしてた剣鬼もこえええ
ってか何そのジョブ。上位職?
800:RIOに代わりまして戦闘師がお送りします
戦士やって剣斧鈍器槍盾取ってれば
353
傭兵戦術と傭兵拳術が傭兵の国で取得できて
クラスチェンジできるよ
801:RIOに代わりまして戦士がお送りします
おおおおおお!
傭兵の国ってアラド王国の西にあるんだよな。
行ってみようかな
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
802:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
やっと流れがまともになったわね
でも職業掲示板でやるといいわ
803:RIOに代わりまして戦士がお送りします
ハロー○ーク板かwwwwww
で、話しは戻るけど
走竜アップデートってどうなんだ?
804:RIOに代わりまして剣士がお送りします
乗り心地は最高だよ
リヴォルブはギルマスが即行竜車買いそろえて
攻略の幅が広がってるよ
805:RIOに代わりまして暗殺者がお送りします
ID:∞
だとしたらデヴィスマックにやってきた神父達が乗っていた竜車
時期がおかしくないか?
806:RIOに代わりまして漁師がお送りします
それだよ
チートだろ
もっとつれる釣り竿チートくれ
354
807:RIOに代わりまして剣士がお送りします
チートの使い方間違えてる
でも実質VRゲーはチート不可能だからね
ギルマスから聞いたんだけど
ID:∞
ID:∞
ID:∞
剣鬼師匠たち、アップ前にもクエ自体はあったらしくて
それを一番最初にクリアしたからもらえたんだって∼
808:RIOに代わりまして長弓師がお送りします
なるほど、初期クリアボーナスでもあったんだろうか
809:RIOに代わりまして暗殺者がお送りします
ID:∞
そう言えば、アップデートの時、アラド公国の関所の要求ランクが
下がってたな
810:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
難しい時にクリアすると良いのかしら?
ID:∞
ID:∞
ID:∞
811:RIOに代わりまして呪術師がお送りします
そもそも、アップデートって言うのか?
何の告知も無かったぞ。
俺はこの世界はゲームだと思わない様にしている
何でもありすぎる
812:RIOに代わりまして戦士がお送りします
DUOとかな
DUOとかな
813:RIOに代わりまして武術師がお送りします
あれはたぶんバグだ
355
バグ
814:RIOに代わりまして剣士がお送りします
DUOにこてんぱんにされたハザードさん
ギルド辞めちゃって攻略組はさらに大変だよ∼
ギルマスは何も言ってくれないし!!
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
815:RIOに代わりまして武術師がお送りします
う∼ん。
やっぱりあの戦いは異常だったよな
異常。
816:RIOに代わりまして戦士がお送りします
俺はこのゲーム、絶対何か隠されてると思う。
無限大だ無限大。
だれか考察してよ
817:RIOに代わりまして戦士がお送りします
頼むわ
818:RIOに代わりまして戦士がお送りします
頼むわ
819:RIOに代わりまして魔術師がお送りします
あんた達ね⋮
356
357
再会と魔法都市
ログインした。
ここからは一人旅である。
当然鍛冶の国にユウジンは残った。
グランツ氏の商会は、グラノフ氏を鍛冶部の顧問に据え、ユウジ
ンが刀匠の技術を伝え更に成長して行く事になる。
なんだかんだ、ちゃんと親子やっているようで安心した。
アダマンタイトの刀剣は、一体どんな物になるのだろうか。
俺も負けない様に頑張ろう。
魔法都市へは簡単に行けた。
鍛冶の国から魔法都市へガラスの材料を運ぶキャラバンに同行す
る事が出来たから、特にハンター教会から依頼と受けた訳でもなく。
お願いしてみると快く乗せてくれた。
キャラバンの方々に神のご加護があります様に。
そして魔法都市への入国の最中。
俺はあの三人と再会を果たす。
なんとエリー、凪、セバスも魔法都市への入国をしに関所へとや
って来ていた。
ちなみに魔法都市と鍛冶の国は、技術的な結びつきが強いのでお
互いのやり取りがしやすい様に砦でしっかり審査をする。
358
と言うよりも、簡易的な中継施設として置かれているに過ぎない。
関税もかからない。
さすが魔法都市。
一体どのような街並になっているんだろうか?
気になる所でありますな。
俺達は共に再会を喜んだ。
﹁いつの間に戻って来ていたんだ?﹂
﹁ハイ、少し前ですが、師匠を驚かせようと思いマシテ!﹂
俺を驚かせるねぇ。
いや嬉しいけど、嬉しいけど念話くらい入れてくれたって良いじ
ゃない?
おじさんびっくりしたよ。
ラルドも元気そうだ。
なんか鬣が伸びてるな。
前まではもっと爬虫類みたいな顔をしていたと記憶しているんだ
が、こうして見ると竜種。
ドラゴンと言う物を深く思わせる外観になっているな。
ドラゴンか⋮。
未だ地を行く竜種にしか見ていないが、このゲームにももちろん
居るんだろうな。
飛竜と呼ばれる空の王者が。
いつか見てみたいね。瞬殺されそうだけど。
359
そう思いながらラルドの鬣を撫でる。
ラルドも嬉しそうに唸る。
可愛いやつだ!
さて入国だ。魔法都市だ。
俺はさも当然の様に竜車に乗り込んだ。
我ながら図々しいなとは思った。
断じんて寂しかったとか、それを表に出すのが恥ずかしかったか
らとかじゃない。
﹁あ﹂
目が合った。
だ、誰でいらっしゃいますか?
﹁ああ、ハザードさんデスヨ。ほらリヴォルブの﹂
エリーがそう言って俺の隣に座って来る。
ハザード?ああ思い出した。
顔を隠しているから判らなかったよ。
﹁ロバストさんは元気ですか?﹂
﹁いや実は、まだ連絡してないんだ﹂
彼は自身の実力に納得が言ってから返そうと思っているらしい。
彼は彼で、自分の進むべき道を見つけ歩んでいるそうだ。
360
何故、彼がこの馬車に乗っているかというと。
ここまで来る途中の村でオークキングの強襲があったらしい。
その村の防衛で、三人は辛うじてオークキングを倒すのは良いが、
村の守りを疎かにしてしまっていた。
焦って村に戻ると、村の回りには死骸となったオークの群れが。
村を守っていたのはハザードさんでした。
そう言う出会いが有り、たまたま目指す場所が魔法都市で同じだ
からと一緒に行動を始めたそうだ。
エンサイクロペディア
﹁ハザードさんは凄いんですよ。世界大全に乗ってない魔法をどん
どん使ってますし、どんどん吸収させて頂きました﹂
極々自然にハザードさんの隣に座った凪を合図に竜車は走り出す。
なんと、彼はメリンダさんの弟子だった。
そして最終試験に合格して、無事世界へと旅に出たらしい。
ってか魔法とな!?
彼は武器を使っていた記憶があるのだが、魔法の才能もあったの
かな。
彼の装備を見てみると、リュックには大量の杖、横には剣が数本
立てかけてあった。
おっそろしいな。
ってか凪が居ればオークの強襲くらい村の守りとして機能した筈
だがと思っていると。
竜車が走り出してすぐ酔い出してる凪を見て納得した。
肝心な時に使えねー。
361
ハザードさんに寄っかかるんじゃない!
あ、コイツ吐くな。
関所で食べてたもの全部吐く気だ。
凪の吐きそう、ダメ。の一言で竜車のキャビン内は軽くパニック
に落ち入りそうになったが、嘔吐物を迅速に魔法で浮かせ窓から外
に投げ捨てたハザードさんの超絶ファインプレーに寄って事なきを
得た。
マジ流石っす。
宙に浮くゲロっていかがなものかね⋮。
そして俺達5人は無事に魔法都市への入国を果たした。
魔法都市は、素晴らしい!
日本で言う首都圏って感じだな。
全ての魔法技術がここに凝縮されていると言った形だ。
人口も多いし、背の高い建物も多い。
かつ、コンクリートジャングルみたいな?
無機質な感じは全くしない。
ファンタジー。万歳。
362
教会は無かった。非常に残念である。
このゲーム魔法とは、簡単に説明すると。
魔法文字を詠唱し、この世界の神の力を借りるという事らしい。
これは聖書の一節がそのままヒールやリカバリーとしての機能を
担う事と同じだな。
まぁ俺もあまり詳しい事は知らない。
ここには魔法を学びに来たんだから。
手っ取り早い方法としては、俺は魔法都市の﹃グリモワール魔法
学校﹄に通おうと思っている。
色んな所で配布されている魔法学校の資料を見てみると。
なんとハンター協会とも繋がっているらしく。
魔術系のハンターを育成する取り組みの一環として、ハンターク
ラスと言う物を設けているらしい。
通える時にいつでも通って、魔法講義を受けれるらしい。
これなら、ログイン時間と魔法講義時間のスレ違いに悩まされる
事無く無事に講義を受けれそうである。
まるで免許の教習所みたいな感じだな。
俺はこのハンタークラスの入学を決めた。
バラ
聖火の発動法を調べなければならないからな。
あと、インテリジェンス系のアイテムの知識を学ばないといけな
い。
やる事は沢山あるぞ。
頑張らなくては!
363
それを言うとエリーと凪とセバスも一緒に通ってくれるらしい。
みんな良い奴過ぎる。
だが俺に合わせる必要は無いからな?
ちなみにハザードも通うつもりな様だ。
流石だな。
途中で遭遇した魔物を狩る姿を見せてもらったけど。
流石だ。
もともと大会決勝に上がって来るだけの実力を備えていた訳だし。
それが更に剣と魔法の制限が解除されてから自己流として洗練さ
れて行ってるのが伺える。
彼は魔法戦士と言った形だな。
それもハイレベルな。
相手がDUOじゃなければ、相性の問題等が無ければ俺はノーマ
ルプレイヤーであった時期の彼にすら負けていたかもしれんな。
それだけ彼の剣と魔法は縦横無尽の活躍を見せていた。
さて、魔法学校からそう遠くない宿屋にチェックインする。
因みに魔法都市はみんなカード制になってある。
ハンター協会でも、同じ様なハンターカードと言う物を配布して
おり、対応しているハンター協会系列のお店であれば利用できると
言う物だ。
魔法都市には、それプラス﹃アリアペイ﹄と呼ばれる物を利用す
る事になる。
関所で聞いた。
364
特殊金属で作られたそのカードは、魔法都市でしか使えないが魔
法都市ではスタンダードな立場として扱われている。
グリモワール魔法学校の学生なら、入学と同時に発行されるのだ
が。
つまり、学生カードである。
と、同時に魔法都市は巨大な学生街なんだな。と思えて来た。
学生カードと称したが、別にアリアペイは簡単に発行できる。
金貨や銀貨の価値がゴルドと同じだったので、余計な混乱をする
コト無く両替は終ったしな。
ちなみに、ハンタークラスでもグリモワール魔法学校の設備をし
っかり利用できるのかと思ったが、その辺は大丈夫だった。
そして、割りかし自由な校則であった。
なんかちょっとワクワクして来たぞ。
学生か俺!
うきうきするなぁ!
だが入学前に問題が発生した。
俺、あまりお金を持っていなかった。
アリアペイに換金している時に気付けば良かった。
どうしようかと思っていると、ハザードがお金を渡して来た。
﹁そう言えば、ブレンドと言う男が渡してくれって言っていた。す
365
まん忘れていた﹂
そこには金貨がそこそこ入っていた。
これは、もしかしたら俺達の利権分の金貨。
もうこんなに堪っていたのか。
エリー、凪、俺でわけた。
ハザードにもお礼として渡す。
俺はユウジンに渡す分も構わずアリアペイにぶち込んだ。
これで一安心だ。
この距離だったらあの鬼野郎にもバレないだろう。
神様のご加護が私にあります様に。
366
再会と魔法都市︵後書き︶
やっとこさ魔法都市に着ました。
行き当たりばったりで書いています。
本日は申し訳ないですが3話更新しか出来ませんでした!
367
特待クラス
グリモワール魔法学校に晴れて入学した俺達な訳だが、ハンター
クラスは新米ハンターからそこそこのランクまで登ったハンター、
商人を目指す若者やら商人をしている若者など様々な人が居る。
もっとも、これはハンターなどで他に仕事をしている人等が利用
するクラスであって、他にもクラス分けはされている。
かなり沢山クラスがあったので覚えきれなかった。
俺はアリアペイを持って初回講義に参加した。
オリエンテーションだな。
この学校の説明を改めて行うらしい。
この時期に入学した階段教室に集まる生徒達に向けて、ハンター
協会の方々や魔術講師達の紹介が行われる。
ほうほう、図書館の立ち入りは自由。
貸し出しもアリアペイに借りる本を登録する事によって可能にし
ていると。
実に興味深いな。
俺の中でアリアペイは図書カードとして機能する事になるだろう。
開幕オリエンテーションな訳だが、校内を回る前に集団面談を行
うそうだ。
そんなもん入学前に終らせとけよ。
って思う訳だが、まぁ皆仕事を持ってるので全員参加が義務づけ
られてるこの講習でまとめちゃう方が都合がいいのだろう。
368
俺達5人は、入学を申し込んだ時が一緒だったので、運良く同じ
グループでの面談だった。
面談の相手は。
右からグリム学校長、エリック神父、バレル教頭、カサドハンタ
ー組主任だった。
・・・はい?
﹁⋮お久しぶりです。クボヤマさん﹂
﹁おぉ、彼が君の愛弟子か!﹂
ニコッとしながら、微笑む神父に隣の学校長が身を乗り出す様に
俺を見ると話しかける。
﹁儂の事は覚えておるかな?﹂
﹁ごめんなさい覚えてないです﹂
本当に記憶に無い。
それを聞いて、少ししゅんとする学校長をエリック神父がフォロ
ーする。
﹁まぁあの時は彼も緊張していましたしね﹂
﹁では改めて初めましてじゃの。儂がここの学校長グリム・グレム
369
じゃ﹂
﹁あ、はい。初めましてクボヤマです。っていうかエリック神父、
何故こんな所に?﹂
﹁それは私がこの学校の理事だからです﹂
・・・は?
教頭もハンタークラス主任も、俺が停止している隙にという感じ
で挨拶を挟んで来る。
いや、色々衝撃過ぎて理解が追いついていないんですが。
よし整理しよう。
えっとここは魔法学校で、エリック神父は理事だからここに居る
と。
よし理解した。
﹁はい、理解しました﹂
﹁早いですね﹂
﹁今ので早かったのか? 儂には思いっきりついて行けてなさそう
に思えたが⋮﹂
くそ、好き勝手言ってくれるぜ。
次は絶対驚かない。
絶対だ。
﹁よし、君らは面談免除じゃ、単なる顔合わせじゃったからな﹂
370
これからが大事な話しなんじゃがな、と学校長は続ける。
因みに面談、俺以外一言も喋っていない。
これの何が面談か!顔合わせか!
ただのドッキリじゃねーか⋮。
﹁君らの実績はハンタークラスではなく、ウチの特待クラス並みじ
ゃ。なので特別待遇クラスへの移動をお願いできんか?﹂
で、でた∼!
特別待遇ゥ∼∼∼∼!
エリック神父、流石にいくらなんでもそんな事をお受けする訳に
行きませんよ。
どうせ図書館を利用するだけだったので、特待クラスなんて。
ただ名前があるだけにしか思えないし、俺が居ても何の意味も無
さそうだ。
﹁失礼ですが、私は従者なんですがよろしいんですか?﹂
﹁セバスチャン君だったかな? 君は従者としての登録であるなら
ば可能じゃ﹂
セバスはそれを聞いて安心していた。
おいセバス。
それはお前、特待クラスの実力は無いと言われてんだぞ。
気付け、従者でいれれば何でも良いのか?
何でも良さそうだな。なんでもねーよ。
371
﹁それは俺もいいのか?﹂
ハザードがでる。
なんかみんなやる気だな。
使えるのもは何でも使っとくスタイルか?
それにはエリック神父が答えた。
﹁君はメリンダきっての頼みですからね。魔女の弟子、賢人ハザー
ドさん﹂
﹁メリンダ師匠が⋮⋮﹂
あのおばあさんが、誰かに頼み事なんてね。
ハザードさんは余程気に入られてたんだな。
ってか、いやいや。
えええ。なんだかなぁ⋮。
﹁なんだか煮え切らない様ですね? クボヤマさん﹂
﹁当たり前ですよ。いくらエリック神父のご好意でも、私には身に
余ります﹂
そう答えると、エリック神父はため息をついた。
﹁素直に親の行為として受け取ってほしいんですがね﹂
﹁いえ、確かに神父の元に来て凄くお世話になりましたが⋮﹂
372
過保護ですよ!神父!
他にも私より才能のある人が一杯居ると思うんです。
﹁まぁ、それが貴方の良い所なんですけどね﹂
ひと呼吸置いた所で、エリック神父は口を開いた。
﹁貴方達の̶﹁特待クラスには、己の魔法を自由に研磨する事を承
認しておる。その方が伸びる奴らなのでな。君らにももちろんそれ
が当てはまる﹂
﹁グリム。今は私が̶﹁じゃが、レポートを毎回提出しなさい。期
限は卒業するまでじゃ。依頼として受け取ってくれればよろしいか
のう﹂
エンサイクロペディア
エリック神父の言葉を遮って、学校長が言う。
ああ、もしかしたら凪の世界大全を知りたいんだろうか。あれが
レポートで発表されたら、魔法常識が覆ると思うんだが。
凪は良いのだろうか。
見てみると、﹁図書館⋮魔法学校の、図書館⋮﹂とトリップして
いた。
373
結局なあなあになって俺達は特待クラスへの移動が決まった。
入学初日の出来事である。
まぁいいや、図書館に行けるなら俺は関係無いし、幸い決まった
授業等は無く、自分で学びに行くハンタークラスと変わらないみた
いだしな。
レポートが面倒だけど。
だがそれを比べるまでもない程の待遇が特待クラスには用意され
ていた。
まずは寮である。
豪華ホテルかよ。
そして研究施設等は独立していた。
なんともよく壊してしまう生徒が特待クラスには多かったそうな
ので、共用にすると他の生徒に迷惑がかかるだとか。
因みに寮が豪華なのも。
他の一般寮の生徒に迷惑をかけない為に離し居心地を良くしてい
るのだそうだ。
何とも、昔悪魔召喚の儀を一般寮で行った馬鹿が居るんだとか。
いや、天才とも天災とも言えるかもしれん。
とにかく、馬鹿と天才は紙一重だと言われる由縁が判るクラスだ
と。
で、興味を引かれるのはやはり図書館である。
世界の本という本が集まるグリモワール魔法学校の図書館は凄い!
と資料にも書いてあったが。
374
リム
プライベート・グ
特待クラスのアリアペイは、その図書館にプラスして学校長用書
庫が開放されているらしい。
書庫はやはり、寮の中だった。
どんだけ一般生徒から隔離したいんだ。
自由にやらせるとか行ってたけど、癇癪起こして一般校舎を破壊
した生徒が居たとかいう話しじゃねーか!
本音の建前の壮絶な温度差を感じました。
耳がキーンとするね。 プライベート・グリム
だが、その学校長用書庫は半端無かった。
素晴らしい!
寮の奥にある頑丈な漆黒の扉に特待クラス登録のアリアペイをか
ざすと、ゲートが開く。
ゲートが開くのも驚いたが、恐る恐る中に入ってみた。
360度、漆黒の扉を囲う様に、ずらっと巨大な本棚に並べてあ
る本。
本。本。本。
例えるなら本の塔だな。
かなり高い所にまで本を置いてるみたいで、上の本を取るには建
物の内枠に沿ってついてある階段か、梯子を使うしか無さそうだ。
空を飛べれば楽なんだが。
図書カードがグレードアップした。
そう捉えておこう。
375
だが、ここにインテリジェンス。
俺が求める物についての答えが必ずある様な気がした。
とにかく、特待クラス。
規格外が多そうである。
ってかキャラクターが濃さそうだな。
特に、特待クラス用の修練会場とか、苦労して作ったらしい。
絶対壊れない事に着目したんだって。
床と壁は超硬度に錬成した一品。
どっちも幾重にもはられた特級結界が張ってあるそうだ。
そして、自動修復付き。
動きを阻害する超重力魔法発生装置。
一般生徒が紛れてしまった時の為の蘇生装置もあるんだって。
その結果、まだ一度も壊された事の無い施設だとか。
何が﹃特待クラスはなかなかしなんから大丈夫﹄だ。
俺の中で特待クラスの扱いが、どんどん危なっかしい物になって
行く。
スペシャル
Sクラスと略称されているが、これはあれだろ。
サドンデスのSだろ。
どうせ、Sクラスに関わると突然死するから気をつけな。
とか流行ってんだろ。
流石にそんな事はないか。
376
何にせよ、少し心構えを持っておいた方が良いな。
プライベート・グリム
だが、エリック神父には感謝です。
学校長用書庫だけでも、ありがたいです。
どうか死なない様に頑張ります。
俺には聖書さんやクロスたそ、魔力ちゃんが居るから。
ちょっと一発祈っとくか。
ふぅ⋮。
彼女達となら、こんな変態集団の中でも頑張って行けそうです。
377
特待クラス︵後書き︶
﹁これで良いじゃろ、皆ユニークな研究をしてくれそうじゃしな﹂
﹁まぁいいでしょう。彼ならきっと気付くでしょうし﹂
﹁これはハンタークラスからの移動なので、カサド主任に任せます﹂
﹁教頭それは!﹂
﹁私は他の特待生も見ているんですよもう見きれませんって﹂
﹁ほっほっほ! 今年は皆元気がいいわい﹂
378
魔法学校の日常
寮でログインする。
朝の礼拝をすませる。
アウロラレプリカ
教会が無いのだから、どこでも一緒だな。
偽女神像を失ってしまった事はやはり大きかった。
なんというかモチベーションが上がらない。
プライベート・グリム
ここ最近は、学校長用書庫に入り浸り、インテリジェンス系武器、
道具の資料ばかりを模索していた。
書庫は最早本の塔と呼べる代物なのだが、高い所へ行けば行く程、
資料・本の価値は上がって行くらしい。
だが、思った様に行かない物である。
書庫はエリアごと、いや階層ごとに別れてあり。
最下層部、下層部、中層部、上層部、高層部、頂部。
そこにアクセスする為には、学校長の許可がいる。
Sクラスのアリアペイでは、下層部までしか開放されていない。
尤も、学校長のプライベートエリアを開放されているだけでも一
般の目から見て非常に有効であるからして、一体許可とはどのよう
に取りに行けば良いのか。
因みに、即行申請は出してみた。
ダンジョン
﹃儂の部屋に入り浸っとるんじゃなくて、迷宮にでも行ってみたら
どうじゃ?﹄
379
との事だ。⋮う∼ん。
埒が明かないから学校長の言う通りにしておく方が吉なのかな。
迷宮とは、魔法学校にある施設の事である。
全10階層、1階ごとにエリアボスが居て、それを倒すと次ぎに
進めるというまさに異世界RPG仕様な画期的な物なのである。
主に生徒の実践タイプの訓練として使われているという。
もちろん死なないし、死亡扱いになると、1週間迷宮に行けない
というペナルティが課せられて復活するといった画期的な仕様であ
る。
資料にも、もちろん書いてあった。
﹃アルケミスの世界冒険記を元に精巧に作られた我が迷宮を、楽し
みませんか?﹄
アトラクションかよ。
テーマパークじゃないぞ。
実際にも、RIOの世界には迷宮と言う物がある。
迷宮の国﹃ラビリンス﹄である。
ジェスアル王都の遥か西だね、海を越えた向こうだった様な気が
する。
未だ陸路での旅路。
海を越える事は果たしてあるのだろうか。
スカイホエール
海を越えるなら、空鯨の飛行船に乗ってみたい。
アレくらいの規模だったらラルドも馬車も持って行けそうである。
380
で、気になるワードがある。
﹃アルケミス﹄だ。
書庫最下層部には、アルケミスの世界冒険記が所狭しと並べられ
ている。
学校長、ファンだろ。
これは、ノンフィクションの冒険物語だった。
この世界をひたすら旅したアルケミス。
晩年になっても旅を続けるアルケミスは、未だ旅をし、新しい冒
険記を書き綴っているとかいないとか。
魔術理論的な物は理解するのが難しそうだったため、あまり読む
気になれなかったが、これなら読めそうだととりあえず1巻から読
み進めているのである。
世界の全てを冒険したと書いてあるんだ。
インテリジェンス系の発見や出会いが書いてあるかもしれない。
でも大分古い本なので、情報量は桁違いだが鵜呑みにしてはいけ
なさそうだな。
時代は刻々と進んでいるんだから。
でも、ゲームだしな。
いやいや、この運営は謎が多いからな。
リアルスキンモードにしても説明一切なし。
どんな裏を用意しているか判らないからな。
油断は禁物だ。
一体なんに対しての油断なんだろうか。
381
寮と言うより、豪華ホテルの中庭で寛ぐラルドの様子を見に行く。
ランバード
ハザードが居た。
走竜種に興味があるのだろうか、ラルドに何かの肉を与えていた。
因にラルドは雑食です。
挨拶をすると、彼も返して来る。
彼は無愛想な口ぶりだと思うが、しっかり対話をしてくれる人だ
った。
ここ最近のハザードの特待っぷりは半端無い。
コイツも修行変態かよってくらい修行する。
俺だってドラゴ○ボールくらい知ってんだからな。
気合いを入れて作ったは良いが、誰も無い特別仕様の決闘場をプ
ライベートルーム代わりに使用し、重力制御を自分に掛けて剣や杖
を振るう彼の姿はまさにそれ。
俺はその重力に耐えられない事もないが、亀並みに遅くなるだろ
うな。
フォール
降臨でも使用するもんなら。
﹁バーゲンセールだな﹂と言われてもなんらおかしい所は無い。
﹁どうですか? 特待クラスは﹂
﹁いや、普通かな。元々俺はお前程人に好かれる質じゃない﹂
むしゃむしゃと肉を頬張るラルドの隣で、俺達はそんな話しをす
る。
382
賢人として特待クラスからもハザードは一目置かれていた。
アーミースツ
ってか、その格好を見ると誰でも奇異的な視線を送ると思う。
ハザードの格好は、半袖長ズボンの兵服にボロ切れにあちこち継
ぎ接ぎした様なフード付きのローブを着流している。
肌がむき出しになる筈の両腕はバンテージが巻いてある。
以前バンテージについて尋ねたのだが、自分に縛りを加えるとい
うドM仕様だった。
そしてそれプラス常に肌身離さず持っている長剣と大量の杖だ。
これを変態と呼ばずしてなんと呼ぶ。
まぁ本人の前では絶対に言わない。
余計な波紋は絶対に起こさないぞ!
俺は気の良い神父で通っているんだ。
﹁特待クラスは個性が強いですからね﹂
﹁そうだな。レベルが上がるだけで強くなれる世界とは違って、個
サモン
性が強く出るからなハイレベルになればなるほど、我も強い奴が多
い筈だ﹂
判るぞ、判る。
俺の親友とかな。
﹁まぁ例外も居るけどな﹂
彼はそう言って締めくくる。
ラルドをひと撫ですると、彼は﹁召喚・リージュア﹂と一言。
見た事も無い大きな鳥を呼び出すと、その鳥の足を掴み5階の自
383
分の部屋にひとっ飛びして帰って行った。
いちいちカッコいいな。
召喚魔法か⋮憧れるな俺も!
魔法の才能がないと魔女にも神にも言われる程だ。
俺は諦めざるを得ないだろうが、諦めない。
無限大な世界だからな。
きっとあるだろう他のやり方が。
﹁お、神父クボヤマじゃないか。何をしてるんだこんな所で﹂
﹁ヒューズさんですか、先ほどまでハザードさんとお話していたん
ですよ﹂
餌に満足し横になって丸くなるラルド。
その中で俺も瞑想して昼寝と行こうじゃないかと思った時、中庭
の入り口から声が掛かる。
ヒューズだった。
あの賢人とか。と彼は俺の目の前に腰掛ける。
彼はヒューズというらしい。
フルネームは知らない。
魔法陣や魔法道具の研究をしていて、このグリモワール魔法学校
一の情報通だと言う。
特待クラスであって、その魔法陣の研究で様々な分野で貢献して
384
来たという。
例えば中長距離転移魔法陣﹃ポータル﹄の開発や、その他口伝で
伝わる魔術を魔法陣・道具として開発したりだとか。
ポータルって、お前が作ったのか。
個人的に、目的に限りなく近い人なのかもと思っている。
ちなみに、アホな事も限りなくやる。
一般クラスの寮で悪魔を召喚した馬鹿は彼だ。
だが普段は気さくで良い人なので、良き友人である。
﹁クボヤマ神父、天使って魔法陣で召喚できると思う?﹂
﹁どうでしょうね。祈っていれば魔法陣なんか無くても天使は降り
て来ますよ?﹂
危なっかしいな。
コイツ次は天使降ろす気だろ。
神を顕現させる時にはユニークアイテムでも10秒が限界だった
くらいだしな、特殊な媒体があれば大丈夫な気がする。
まぁ、絶対教えないけど。
﹁宗教はダメだってー。俺は無宗教なんだ﹂
﹁無宗教だってなんだっていいんです。人は等しくあるべきですか
ら。女神よ、彼にご加護を﹂
そういうと、彼は﹁ただでくれるんならもらっとくぜ∼﹂と軽く
385
返すと、魔法陣を展開し消えた。
ポータルか。
もう見慣れた光景だな。
次に話しかけて来たのは可愛い声の持ち主だった。
何なんだよ瞑想中に。
﹁クボヤマ! こんな所で昼寝なんて良いご身分ですこと!﹂
﹁神父ですから﹂
﹁関係ありませんわ!﹂
面倒くさい奴だった。
エレシアナ・ケイト・アルバルトとは反りが合わない。
どこぞの王国の継承権第7位なんだとか。
俺の噂は予々聞いていたそうだ。
で、国お抱えになりなさい。
聖職者として取り上げてあげるだと。
丁重にお断りしておきました。
俺個人としてはすごく丁寧にお断りしている筈のに、彼女の中で
は断られると言った行為が気に入らなかったそうだ。
それから、会う度に小言を言われる様になった。
対応ミスったな。
余計な波紋を生まぬ様、心を仏にして相手にしている。
386
﹁その劣竜種を退けなさい!﹂
その一言にラルドが起きる。
聞こえていたんだな。
だが落ち着けラルド。落ち着くんだ。
コイツに会わなければここは害もないし居心地は凄く良いんだか
らな。
ラルドの鬣を撫でてやる。
キュロロと鳴き声が聞こえると、ラルドは再び目を閉じる。
ランバード
﹁走竜種です。草原を走る立派な竜種ですよ﹂
ペット
﹁飼いならされた竜種なんかに竜種としての誇りなんてあるのかし
ら?﹂
彼女は毒づく。
ある事無い事を押し付ける様にして発言する彼女は凄く印象が悪
い。
学校中からも要注意人物とされていた。
異国からこんな国に来るなんて、まるで継承権の争奪戦争に負け
たって感じだよな。もしかしたらそれかもしれないな。
可哀想な事に。
彼女にも、神のご加護があります様に。
主に性格矯正の方でご加護を分けてあげてください。
﹁私の国ローロイズでは、竜とは誇りよ、民を守る神よ!﹂
387
﹁そうなんですね﹂
﹁そんな飼いならされた劣竜種なんて目じゃないわ!﹂
そう言うと彼女は嵐の様に過ぎ去って行った。
よく耐えたぞラルド。
今度ビッグピッグの一番良い所を食べさせて上げよう。
なんだか精神的に疲れた俺は、瞑想を辞めてラルド共に昼寝にし
けこむのであった。
388
師匠の教え︵前書き︶
ログイン前にユウジンからメールがあった。
遂にパーティ対抗イベントが行われるらしい。
その内容は、パーティ対抗のサバイバル戦。
よりポイントを獲得したパーティが決勝トーナメントに上がれる
と言う物。
※書きでリアルスキンモードプレイヤーもサバイバルのみ相互連
絡のシステム補助適用がなされるとか。
サバイバルからトーナメントって前と一緒だな。
だが、定番。盛り上がるだろう。
パーティ制か∼。1人∼6人までのパーティで参加可能らしい。
集団戦からのトーナメント勝ち抜き戦なんて。
色々楽しめて燃える展開じゃない?
389
師匠の教え
ログインした。
はいはい礼拝礼拝っと。
魔力展開はもうお手の物って感じ。
ピザの生地を薄く伸ばす様に、いや、例えがおかしいな。
とにかく薄く広くを極めて来たと言っても良い俺だが。
最近は趣向を逆にして、ひたすら密度を高くするという事に拘っ
ている。
密度を高くすると、肌ギリギリに纏う事しか出来なかった。
一応、ハンタークラスの授業で初心者講義と言う物を受けて来た。
そして衝撃の事実が発覚する。
魔力を展開するとかいう魔術は無い!
全ての魔法は体内を循環する魔力を外にアウトプットする訳であ
る。
一応いつもやってる瞑想はそれなりに鍛錬の効果があった。
俺のそこまで多くない魔力を外から補って循環させるという物だ
った。
だが、外の魔力を拾う為に魔力展開を必要以上に広げ過ぎると、
元々持っていた魔力を練る機会が少なくなり、結果として体内の純
粋な自分の魔力を練り上げる事が難しくなるらしい。
390
で、実際に自分の体内の純粋なる魔力を循環させ、水系初級魔法
を唱えてみた。
水がチョロチョロ出るだけでした。
はは、マジで魔法に掛けては才能が無いな。
というよりも、今までやって来ていた魔力展開に慣れ過ぎて他の
事がやりづらいと言った形だ。
仕方ないので、魔力展開は続ける。
もうそれしか無い。
利点もあるからね、魔力枯渇が起きづらいと言った点である。
フォール
俺の降臨もこの常識とは真逆の効果で行われている様なもんだし
な。
そう悲観するのはやめておこう。
だが鬱憤は残るので、逆の事をしているのである。
魔力ちゃん、当たってすまない。
しばらくこのままで居させて。
密度を高くした所で、俺の魔力の低さからしたら、一般の方が身
体強化するよりも劣っている訳で。
ただヌルッと少しだけ軌道を逸らす事しか出来ない様だった。
徒手格闘練習に付き合ってくれたハザードに﹁ローションみたい
で気持ち悪いな﹂と言われた。
辛い。
この状態では聖書さんもクロスたそも常時手に持たないといけな
いからな。
391
マジで何も無い非常時にしか使う事は無いだろう。
まさに時間の無駄ってやつだ。ははっ⋮。
プライベート・グリム
そのまま学校長用書庫に入り浸って読書でもしようと思っていた
が、何となく気分が乗らないので辞めた。
中庭のラルドの相手をしていると、校内放送で呼び出しを受けた。
理事長室にお越し下さいだとよ。
一体なんなんだ。
﹁貴方には簡単な神聖魔法しか教えてませんでしたからね。良い機
会です、少し個別トレーニングをしましょうか﹂
理事長室に行ってみると、そう言われた。
口調がどことなくノリノリであるこの神父。
エリック神父はその白地に青いラインの入った神父服を翻すと、
指をパチン。
理事長室の例によって聖書しか並べられていない本棚がゆっくり
と開いて行く。
漆黒の壁にゲートが浮かび上がった。
なんじゃこりゃー!
こんな仕掛けが理事長室に隠されていたなんて⋮。
ってか理事長室なんて呼び出さない限り誰も来ないだろうが、応
392
接室があるしな。
普通にゲート開いとけよ。
プライベートルーム
﹁私の特別部屋です。と、言うより中央聖都ビクトリアの特別部屋
に繋がっていると思って頂ければ結構です﹂
ポータルとはまた違った長距離転移門の様だ。
ゲート自体の技術は元からあるらしい。
ヒューズから聞いた。
特殊な材料の壁にゲート用の魔法陣を書くと出来るらしい。
ポータルは、ゲート程の長距離は移動できない物の地面にゲート
用の魔法陣を描くだけで設置可能な分、革新的なアイデアだと言わ
れているらしい。
ゲートの壁用の特殊な材料はこれまた驚く程高いんだとか。
プライベート・グリム
そうするとだね。
学校長用書庫なんか、どこぞにそびえ立つ塔に繋がっているんだ
ろうな。
あれ?
それを見つけ出せば頂部にあるランクで言うとSSSランク。
原典クラスの魔本まで空が飛べればひとっ飛びで行けるんじゃな
いか?
いや、無いな。
あの学校長だ。
絶対何かしらの対策を施しているに違いないだろうな。
ってか塔一つ持つなんて何者なんだ。
もうゲートは書庫への移動で慣れた物だ。
393
そう思って入ろうとすると顔面を強打した。
﹁あ、申し訳ありません。許可を忘れてました。はい、どうぞ﹂
・・・。
いつか、なかす。
ゲートを抜けると、小さな部屋だった。
観葉植物と丸いテーブルに丸い椅子が置かれてるだけの簡素な部
屋。
テーブルの上には一冊の聖書が置かれている。
﹁ユニークな戦い方ですよね﹂
そう言うと、テーブルの上の聖書が浮いてエリック神父の肩の上
に。
﹁私も少し勉強させて貰いましたね。いやぁ、良い弟子を持つと師
である私も成長できるものですね。メリンダが羨ましかったですよ﹂
そして、彼の胸元から一つのクロスが浮かび上がり開いた聖書と
重なり頭上に上がる。そしてエリック神父は白い光に包まれる。
﹁それは⋮﹂
﹁これにはある意味で驚きました。常識に逆らった鍛錬を続けた結
果でしょうね。回りの魔力を法力に変換し、神聖魔法として利用す
394
フォール
るなんて、降臨でしたっけ?﹂
神父から輝きが消える。
あ、どうでもいいことかもしれないけど。
神父の栗色の髪の毛が白い光に包まれて逆立つと、まさにスーパ
ーサ○ヤ人だった。
﹁ですが、勿体無いですよ。貴方のは無理矢理、神の力の効果の一
部を引きずり出しているに過ぎない。聖書をクロスを重ね掲げると
いう事は、神との対話を意味します﹂
浮遊させ、開いた聖書の上にクロスを持って行く。
聖書とクロスが光り出す。
まさにファンタジーだ。
聖書に書かれている文字が、浮かび始め光り出す。
聖書を読み上げる様に連続して流れていく文字達。
それに呼応する様にエリック神父の白地に青ラインの入ったクロ
スもクルクルと回り始めた。
﹁初めに、神聖魔法と言う物は何かを媒介にしなければなりません。
それはなんだと思います?﹂
﹁聖書とクロスですか?﹂
オラクル
﹁違います。それは、貴方自身の意思です。深く、深く女神を、人
を愛したものだけに、女神は答えてくれます。それを信託と言いま
す﹂
オラクル
余程の修行が無い限り、信託と言う物は降りてこないそうだ。
395
聖書とクロスはただの補助だそうだ。
オラクル
﹁貴方は本当に聖書とクロスを親身に思っていますね。信託は簡単
に成功してしまうでしょう。ですが、私も新たな発見をしました﹂
神父はドアを明けで外に出る。
フォール
俺も後を追うと、そこは何も無いただ広い空間だった。
フォール
その中に二人で立っている。
オラクル
﹁信託と降臨を掛け合わせると、不安定だった降臨が不思議な事に
一本にまとまったんですよ﹂
それは凄かった。
輝く聖書の文字が流動し神父を包んでいる。
この感じ、何かに似てる。
ってかここの雰囲気も何かに似ていたんだが、何だろうな。
ヴァルカン
あ、鍛冶神の神殿だ。
一切のおふざけが許されない様な空間。
アウロラ
もしかしたら、女神の神殿なのか?
女神の神殿がプライベートエリアだとしたら、この神父ヤバイ。
﹁ここは女神の神殿ですから、やっぱり素晴らしく安定しますね﹂
当たってたよ!
フォール
ルーツ
﹁これは根本の力。神時代の魔法だとアウロラは言っていました。
なので私は貴方の降臨を真似てこう名付けました顕現と﹂
396
ルーツ
﹁ル、顕現ですか⋮﹂
神父が中二病になった大変だ。
遅過ぎる発病は質が悪いらしいぞ!
たしかに似ているな。
あの時と、鍛冶神が俺を助けてくれた時の小さな炎の暖かさと。
エリック神父の発する輝きは、俺を優しく包んでくれている。
もう神々しいったらありゃしない。
﹁貴方も何かの由縁で神を現世に呼び起こした事があると聞きまし
アウロラレプリカ
たよ。その時の感覚を思い出してください﹂
ヴァルカン
なんで知ってるんだこの神父は。
鍛冶神を現世に呼んだ事、そして偽女神像をマグマにドボンした
事も知ってるのかな。
やべぇ、振り回した事も伝わってんのかな。
ヴァルカン
鍛冶神の野郎、チクりやがったな!
ルーツ
﹁では、改めて修行です。今からこの状態で貴方を追い込んで行き
ますので、頑張って顕現を覚えて私に一撃でも報いなさい﹂
・・・は?
アウロラ
﹁因に女神は私のですから。他のにしてくださいね﹂
﹁だったら何に頼れと言っているんですかッ!﹂
397
ガチで殴り掛かって来る神父。
俺はヌルヌル魔力でヌルっと避ける事が出来た。
レイ
﹁また面白い物を開発していますね。ですが、今の私は神級神聖魔
法である聖光を魔法陣必要とせず無詠唱で放つ事が出来ますよ﹂
フォール
降臨!
とにかく、やらなければならない。
ってかギリギリ紙一重で避けれる攻撃をして来るなんて、この神
父は楽しんでるんじゃないだろうな。
ルーツ
この状況を、俺をいたぶる状況を!
なんつー神父だ!
規格外にも程があるだろう!
オラクル
因に、せめて信託を実現させて、顕現状態までの練習をさせても
らってからじゃダメですかと息も絶え絶え提案してみたが。
﹁そんなのこっちが面白くないじゃないですか﹂
ニコッと返された。
何がちょっとトレーニングだ!
思いっきり超必殺技じゃねーか!!!
398
ぐわあああああああ!!!!
399
師匠の教え︵後書き︶
念動と言う物は、念話と同様。
物と魔力のパスをつなげて自在に操ると言う物でした。
魔力で搦め捕って操るなんて、非効率過ぎます。力技です。
クボヤマはアホでした。
少しはファンタジーの世界について勉強したら?笑
と凪当たりに言われそうですね。
かく言う凪も常識に当てはまらない魔術ばかりですが⋮
スーパーサ○ヤ人2でました。エリック神父も成長しているって
ことですね。
400
一方その頃
サモン
﹁召喚・リージュア﹂
リージュア
賢鳥を呼ぶ。
そして俺は、魔法都市の空を翔る。
最近の楽しみは、彼女に乗ってこの世界の大空を飛ぶ事だ。
飛行機よりも高度は出せないが、それでもこの身体に直接感じる
風は素晴らしい爽快感を与えてくれる。
神父の所の走竜種も、彼等に同じ楽しみを与えているんだろうな。
プライベート・グリム
最近は学校長用書庫と特待クラス用の決闘場に籠りっぱなしだ。
廃プレイは慣れてるからな、この程度の籠もりプレイはお手の物
だ。
この学校の特待クラスには、魔法属性それぞれに特化した生徒が
居るらしい。
実に羨ましい事だ。
俺は全属性魔法の適正がないからな、無属性魔法しかまともに扱
う事が出来ない。
まぁ、だからって属性魔法を諦めた訳じゃないけどな。
﹁⋮む! リージュア左に回避だ﹂
リージュア
耳に付けてるイヤリングが、攻撃魔法を感知する。
賢鳥を急に回避させたため、彼女の上から振り落とされるが足を
掴んで事なきを得る。
401
やれやれ、一体誰だ。
﹁ハッハー! 賢人さんよォッ! 悠々と俺のシマに入って来るな
んて良いご身分だなーァ!﹂
﹁⋮なんだエアレロか。俺はお前の相手をしている程暇では無い﹂
俺に不意打ちを仕掛けて来た奴。
それは特待クラスで風特級魔法を納めるエアレロ・スミスだった。
コイツは、何かにつけて絡んで来る奴で正直ウンザリしていた。
ちなみに、典型的な俺様野郎な訳で気に入らないとすぐ喧嘩を吹
っかけて来る。
﹁前々から気に入らなかったんだよォ。お高くキメやがって!﹂
﹁それは俺に関係無いだろう。いいから消えされ﹂
そう言えば、一般クラスからは﹃キレたナイフのエアレロ﹄と呼
ばれているコイツに、前々からちょくちょく﹃次空を飛んだら殺す
ぞ﹄と言われていたが、シカトしていたな。
来るなら相手になるぞ。
特待クラスだ、相手には申し分ない。
﹁黙らァァアアア!! 全属性に適正の無い落ちこぼれクズが賢人
名乗ってんじゃねーよ! その名を俺に寄越せや! ウィンドカッ
ター!﹂
リージュア
彼から飛来する風の刃を、身体を振って賢鳥の上に再び舞い戻っ
て回避する。
402
﹁そう言えばお前、わざわざ俺の相手をする為に飛ぶ技を身につけ
たのか。意外と努力家なんだな﹂
﹁うるせェッ!! 俺様は天才だから、こんなもんフロートの魔術
を弄れば簡単なんだよ!﹂
なるほど、フロートの魔法か。
リージュア
ただ浮かぶ魔法なだけだと思っていたが、特待クラスの奴が扱う
と賢鳥の飛行について行ける程になるのか。
まったく、天才はこれだから恐ろしい。
天才ってやつにはまともにやり合うのは御法度だな。
﹁確かに俺は、全属性に適正が無いから無属性魔法しかまともに行
使する事が出来ないが⋮⋮⋮まともじゃなければいいんだろう?﹂
リージュア
そう言って賢鳥を戻す。
支えを失った俺は遥か下の魔法都市まで落下してしまう筈だが、
未だ浮かび続けている。
俺の足下には一本の杖だ。
﹁な、なんだそれは﹂
﹁狼狽えるな、少々特殊な魔道具だよ﹂
そう言って剣を抜く。
今俺が乗っているのは、浮遊の杖と呼ばれる俗に言う﹃フロート
ロッド﹄だ。
403
安物で、現時点の場所に魔力が切れるまで浮き続けるという効果
しか無い。
だが、位置は関係無い。
どんな高度であれ、発動場所に浮き続けるその性能はフロートの
みに拘った品だろう。
変に移動性能でも付けよう物なら、杖内の魔力はすぐ枯渇してし
まうだろうな。
ひたすら浮き続ける事だけに拘ったこの一品。
俺は好きだ。
制作者の一途な愛を感じるからな。
因に買う奴なんて俺しか居ないだろう。
これが二本あれば、あの神父からヒントを受けた魔力操作による
念動で空中を歩ける。
まるで竹馬だな。
﹁気持ち悪いまねしやがって、それと俺様の風魔法を避けるのは関
係ねぇだろ!﹂
ウインドカッターを躱すと、コイツは拳に風を纏って殴り掛かっ
て来た。
インファイトだな。望む所だ。
﹁トルネードブロウの餌食になりやがれ!﹂
剣で受けるとキンキンキンと硬質な音が連続して聞こえる。
強烈だ、刃こぼれしてしまいそうだな。
404
何度か打ち合う。
俺はその場から動いていない。
それがコイツのプライドに触ったのか、顔を赤くしてプルプルと
震え出した。
﹁てめェッ!!! 舐めてんのか!? ⋮マジでぶっ殺しちまうぞ﹂
エアレロは急に真顔になる。
これだよ、特待クラスは本気になると急に集中力が増す。
天才のそれって奴か。
つい
﹁嵐の猛威に切り刻まれろ! テンペスト!﹂
特級魔法か。
む、この方向は人が巻込まれるな。
﹁やれやれ、面倒な奴だ﹂
詠唱を待ってやる必要は無い。
ドワーフ
﹁テレポート。ディメンション・炭坑族の槌﹂
頭上で今にも発動しようとしていたテンペストの魔法をディメン
サモン
ションで空間から出した巨大な石柱で纏めて押しつぶす。
その後、召喚・リージュアで彼女の上に着陸した。
このまま押しつぶすのも忍びないな。
石柱をディメンション内に戻すと、彼は気絶していた。
リージュア
この高度から落下すると特待クラスでも死ぬと思うので、賢鳥で
405
追い掛け無事救出した。
そしてコイツは、学校の特待寮の中庭に投げ捨てておいた。
̶̶̶
﹁はぁ∼どうすれば中層階の許可が貰えるのかしら﹂
プライベート・グリム
あたしはそう言いながら本の山に寝そべる。
最近は一日中学校長用書庫に籠もりっきりである。
最下層部の本はほぼ読み尽くした。
学校から帰って来ると、ログインして寝る直前まで書庫の中。
休みの日はずーっと書庫。
成績は大丈夫なのか?とセバスから言われるが、大丈夫。
現実でも勉強はしっかりしてるから。
今じゃそれしかやる事が無いってくらい勉強の、本の虫よ。
エンサイクロペディア フュージョンレポート
世界大全は融合魔術概論を吸収してから更なる変貌を遂げた。
406
ディア
エンサイクロペ
元々、呪文の検索・自動術式発動くらいしか出来なかった世界大
全は術式の応用・改変をする様になった。
そして、ここに来て図書館で吸収させた初級魔法の基本と中級魔
法の基本を読み取り上級魔法に改変してしまった。
まさに生きている様な。
何か別の生き物に変貌を遂げてしまった気がする。
今ではこの本を解明する事があたしの興味の対象である。
鑑定は何度もした。
精密鑑定もいつの間にか応用で出来る様になっていたこの本にさ
せた。
最初のページにこの本の使い方と概要が載る様になった。
実に本らしい生物だ。本だけど。
エンサイクロペディア
マナス
世界大全
﹃神智核を持つ本。この本は思考する。持ち主の期待に応える様に
思考し、自分で進化して行く本﹄
精密鑑定でもこの程度しか出ないってことは、実質鑑定のしよう
が無いのと一緒である。
だがこれを見て納得した。
やっぱり生きているんだわ。
この本。
だが未だ、あたしの声には反応してくれない。
クボヤマさんみたいにあたしは熱心に語りかける事は出来ない。
あくまで興味の対象として研究対象として本を扱ってるからだろ
うか。
407
その辺の線引きだけはしっかりできるわよ。
でもそろそろ良いのかしらね。
でも、変態の仲間入りを果たす事と同義なのよね。
あたしの中では。
もうこれは道具じゃない。
本じゃない。
・・・。
なんか、恥ずかしいわね。
﹁名前、呼んでみようかしら﹂
ん?なんか少し反応があった気がした。
名前、呼んでほしいのかしら。
エンサイクロペディア
ん∼。
世界大全だから⋮。
﹁辞書ってのは味気無いわねぇ。⋮ウィズ⋮なんてどうかしら?﹂
408
エンサイクロペディア
その時、世界大全が光り出した。
声が聞こえる。
﹃凪様。ようやく名前を呼んでくれましたね﹄
え?
﹃疑問を感じている様なのでご説明致します。たった今、凪様から
名前を頂いた事により、自我が芽生えました。以上です﹄
﹁いや、以上って。そんなんで判る訳ないじゃない﹂
﹃以前から自我の兆しはありました。兆候は感じ取られていたんじ
ゃないですか?﹄
﹁そ、そうね。精密鑑定が生きている本って示しているわよ﹂
﹃今の私を精密鑑定。いえ、分析すると﹄
ウィズ
インテリジェンスブック
智慧の本・固有核を保持。
﹃自我を持つ本。余談であるが、彼の有名なアルケミスの日記帳も
インテリジェンスブックである﹄
﹁余談がいらないわ!﹂
409
自我を持つ本としか説明されてないでしょうこれは!
なんなのかしら!
﹃ウィズです﹄
﹁そう言う事じゃないわよ! そういえば、あなたの性別はどっち
なの?﹂
﹃私に性別はありません。凪様のイメージが形になります﹄
そう言われてあたしは、中学生の時に愛読していた少女漫画に出
て来る王子様の様な主人公﹃清水芳人﹄を想像してしまった。
﹃統合完了。少女漫画ですか? なるほど理解しました。凪様勘違
いなさらぬ様、高校入学しても愛読なさってる様ですが? 記憶の
補足を致します﹄
﹁やめて!!!!﹂
﹃私の事はヨシト・ウィズ・シミズとお呼び下さい﹄
﹁やめてってば!﹂
410
一方その頃︵後書き︶
変態仲間が増えましたよ∼!
色んな物が色んな人が鬼変化中。
411
agimax︵前書き︶
※更新遅れました。仕事が忙しいのです。
412
agimax
AGIとは、俗に言う素早さの事だ。
幼少期から病弱で入退院を繰り返してた僕は、ろくに外で遊んだ
事が無かった。
その反動か、VRゲーでは専らAGIを優先してプレイしていた。
今回のRIOでは、初めての極振りと呼ばれる物を試してみた。
地球4つ分の世界だなんて、ワクワクしてくるよ。
そんな世界を、駆け抜けてみたい。
巷のVRゲーでは、極振りをするとその他ステータスのデメリッ
トが多すぎるため、あまり推奨されていない。
だがRIOでは十分やって行けると確信した。
と、言うより単純にSTRは力、VITは防御、AGIは素早さ。
そういう常識が有ったのだがRIOは相乗ステータスボーナスと
言う物がある事が発覚した。
相乗ステータスボーナスとは、簡単に言えばAGIを上げるとS
TRにステータスボーナスを貰えるといった物。
ステータスの10分の1が相乗といった割合だ。
AGIが10あるとSTRが1増える。
それぞれ対応してるのは、
STR̶AGI
VIT̶HP
413
MND̶MP
DEX̶INT
独立しているのはLUKくらいである。
レベルアップに付きボーナスステータスを5ポイント振れるので、
レベルが2上がれば極振りであればそれに適応した相乗ボーナスを
貰える。
極振り神じゃん。
意味不システム過ぎ。とかいう奴らも出て来た。
馬鹿ですか!?
圧倒的にSTR・AGI型が強い。
どっちの相乗効果も有るんだから。
まるでピストルの弾丸だね。
まぁ恩恵を受けれるだけだから、普通に極振りした人にはパワー
で劣るし素早さでも負けるから、一概にどっちが良いかいえない。
プレイヤーズイベント
そんな訳で、極振り特有のデメリットがあまりないこの状況で、
余裕のAGI極である。
でも最初は少しドキドキした。
未だ極振りはマズい。
とかいう風潮は残っているようで、決闘大会で上位入選を果たす
以前までは、基本的にソロとして活動していた。
と、いうより移動速度に皆がついて来れない。
いいもん、一人で気ままに世界を駆け回るのが楽しいんだから。
そんな僕にはいつの間にか﹃走り屋﹄という二つ名がついていた。
414
多分これはアレだな。
決闘大会の入選で貰ったスキル進化の秘伝書で﹃ハイステップ﹄
を最上位派生の﹃空歩﹄に変えたからだと思う。
空を走れる様になりました。
称号﹃ロングランナー﹄と﹃ハイステップ﹄とスキル進化の秘伝
書で獲得可能だ。
今の所秘伝書は特別クエストもしくは、イベントでしか入手不可
能といわれている。
ノンプレイヤーキャラクターキル
極一部の噂で、NPCKでも入手可能らしい。
RIOの世界はNPCKが可能。
消滅ポップするのではなく、リアルな遺体になるらしい。
どういう訳か、運営も止めない。
まぁそう言う人達は掲示板で晒されるもしくは、高レベルの自警
団達に牢獄に連れて行かれるだけらしい。
ログイン・アウト用のベッドくらいしか置かれていないため、ロ
グインしても刑期が終らない限り一生ゲーム内の自分は牢獄生活な
のだそうだ。
まぁ、ゲームの中だからといって犯罪をするのは、外道だと思う。
プレイヤーキラー
そんな理由で、PKギルドと呼ばれる物も中には存在するが、各
ハンター
地を縄張りにする盗賊団や、街の自警団、そして正義感溢れるPK
Hギルドの板挟み状態にあり、一つのPKギルドを抜くと凄く肩身
が狭いらしい。
PKは人を殺したのがバレた時点で賞金が懸けられる。
捕まえて牢獄送りにしたら賞金がもらえるシステムだ。
415
僕は名前が売れてから何度かPKに狙われた事が有る。
が、追いつけないので無視してる。
助走を付けて空に飛び出す。
今日の狩りはデヴィスマック連合国のテザード州の砂漠地帯だ。
走りにくいが、空まで上がればそんなの関係ない。
禿鷹と呼ばれる魔物﹁テザードコンドル﹂に奇襲を仕掛けてナイ
フを突き刺す。
高速で刃物に貫かれた禿鷹は死ぬ。
ドロップアイテムを回収しに着陸する。
空歩を覚えてから、狩場を選ばなくなったなぁ。
障害物が多い場所は苦手だったのだ。
空には障害物が無い。
最高の狩場だ。
風系統の魔術により、浮遊することは可能らしい。
だが、MPの消費がエグいとの事。
僕も最初は空歩の制御が全く出来ずに落下死ばかりだったなぁ。
それはアレじゃない?
魔力制御とかそう言うのを取得すればいくらかマシになると思う。
RIOだしね。
掲示板でも噂になってるけど、割と何でもありらしいしね。
システム補助があるリアルな世界。
416
だという意見も上がっているみたいで、まぁ僕もそう思う。
身体の使い方が判らない人はアクロバットのスキルもある。
ハイステップと体幹と言うスキルを持ってる事が取得条件だった。
あくまで補助なので、それ無しで動く人も居る。
リアル過ぎてたまにはシステム補助すら邪魔な時とかあるしね。
僕も空を翔る時はシステム補助は付けてない。
﹃レベルが60になりました﹄
﹃急襲を獲得しました﹄
急襲って。
まぁ今の僕の状態は奇襲って言うより急襲って感じだしね。
いいんじゃないでしょうか。
プレイヤー名:agimax
種族:ヒューマン
レベル:60
VIT
DEX
STR
0
0
0
0
MP:690
INT
395
HP:690
AGI
0
︵+39︶
MND
0
︵+6︶
︵+6︶
LUK
※装備、スキル補正は入ってないです。
※括弧内は相乗効果ボーナスです。
417
職業
猟師
武技スキル
鷹の目、空歩、奇襲、急襲、アクロバット、短剣術、罠、猟師の勘、
猟師の心得、猟師の歩法
いい加減他のスキルも取得した方が良いと思う。
スキル取得用のポイントはまだまだ余っているからね。
特に不満は無いからまだまだ先の事になると思うんだけど。
さ、狩りだ狩りだ。
その後、禿鷹から飛翔装備の素材を手に入れるまで続けた。
飛翔装備クエストは、空歩もしくは浮遊系の魔術が使える人を対
象にしたクエストで、空中での制御が容易になる装備を作れる。
418
agimax︵後書き︶
極振りであって極振りじゃないです。
基本的にゼロが見えるのは、LUKもしくは、INT−DEXあた
りかもしれません。
HPとMPのレベルアップ上昇で最低限のMNDとVITは成長し
ますので。
まぁ数字やら割合やらもまた特殊になって来ますがね。
突発で考えただけなので色々穴も有りますが目をつぶってもらえる
と助かります!
419
悪魔狩り︵前書き︶
ログイン前に公式サイトをチェックしてみた。
開催国はまたもデヴィスマック。
クェス・アスダラス州だとか。
言い辛いな。く、クェス?
まぁいいや本日は旅ではなく、狩り。
気合いを入れてエナジードリンクを一気飲みしてみる。
420
悪魔狩り
エリック神父に扱かれる日々が始まって早数日。
クレイジー過ぎる。
薄皮一枚でだ、薄皮一枚で俺の身体を神父服ごと削ぎ落として行
く。
自動修復機能があるから、破廉恥な事は起こらなかったな。
とりあえず、白い神殿が赤く染まった。
俺の血肉で。
本当に聖職者かよ。
神父のテンションは留まる事を知らずに、どんどん高く強く早く
ルーツ
なって行った。
ヘブン
それは顕現では無く。
最早ただの昇天状態と言った方が良い。
アウロラ
何が﹃神と一つになる事、これは極致です﹄だ。
エクスタシー感じてんじゃねーよ。
オラクル
強過ぎる神父の対応に追われて、信託の練習なんかしていられて
無かった。
AGI低いから避けるのにも少し高めのVITを総動員させて常
に全力回避だ。
全力を出して身体を動かさないと動けない。
それがずっと続くのである。
もういっそ一思いにやって貰えた方が楽。絶対な。
421
魔力の高密度化が上手く活きた。
自分の回りの魔力展開なら負けないぞ!
それだけしかしてこなかったというのもあるからな。
避けきれない物は手に魔力を集中させてヌルッと軌道を逸らす。
神父は喜んだ。さらに勢いが増す。
限界って言う物を知らないんでしょうかね!?
そのままボコボコにされましたとも。
で、﹁まだまだですね。貴方も。⋮あ、これ一度言ってみたかっ
たんです﹂
とかふざけた事を言われたあげく、魔法学校の寮の中庭にポイ。
色んな奴から引いた目で見られたんだが。
あの王女様からは、なんだかよくわからない罵倒を受けた。
ハザードだけだ。
霊薬のバケツチャレンジだったけどな。
助かったよハザード。
結構貴重な物だったんだろう。
オラクル
そして俺は、そんなハザードと共に迷宮へと赴いていた。
アレから何度か瞑想しつつ信託を試してみていたが、俺には降り
422
てこなかったようだ。
何が原因なのかは判らない。
﹁罰当たりな事でもしたんだろう﹂
何気なくハザードに尋ねてみるが、返って来る答えはそんなもん
である。
罰当たりか⋮。
思い当たる節が数々ある訳で。
ってか、エリック神父。
女神は渡しませんからとか言ってた様な言ってなかった様な。
そう考えると出来レースな気がして来たぞ。
もしだ。
もし、信託と言う物が、悪魔で言う契約と言う物に相当するなら
ば。
アウロラ
そこにヒントはあるんじゃなかろうか?
そうだとしたら女神の信託を聞く事は不可能じゃないか!
でも矛盾が発生する。
修行を積めば誰にでも信託は訪れるとも、クレイジー神父は言っ
ていたし。
もしかしたら八百万の神が居るとかそんなのかもしれないな。
魔術基礎講座も魔法と言う物は神時代に作られたと言っているし。
それぞれの属性の神が居るようで。
この魔法都市に教会が無いのは、伝説・歴史上、様々な神が居る
とされている事から作られなかったとかなんとか。
423
こういう持論を当てはめて考えて行けば自ずと答えは導き出され
るのかも知れないな。
とりあえず、悪魔に聞けば良い。
丁度良い事に、学園内の迷宮の七階が悪魔フロアだった。
すぐさま向かう。
エリック神父に甚振られて判った。
動きが雑になってるなと。
他力本願もここまでくれば引き下がれないラインだろう。
瞑想メインだった訳でそろそろ実践シフトに移すべきだ。
悪魔フロアは、階段までの最短ルートが確立されている。
通り抜けは容易い名所と呼ばれているが、その中身は暗黒。
無限に広がり続ける宇宙の様な空間だった。
階段の奥には挑戦者を誘う様に扉が設置されている。
学園長と理事長の計らいだな。
一部の実力を認められるとその扉の奥。
暗黒迷宮へと足を踏み入れる事が出来る。
全く、なんでアトラクション迷宮に来んな物騒な物があるんだろ
うか。
詳しい理由は知らんが、聞いた所によると悪魔同士の抗争が迷宮
内で起こっていたらしい。
最後まで残った悪魔が他の眷属を生み出し続け、闇を広げ続けて
居ると。
そんなもん即行退治しろよって話であるが。
﹁そっちの方が面白いじゃろう。重要な研究材料じゃし﹂
424
とかなんとか言いそうだ。
申請を出すと、Sクラス用のアリアペイは申請が要らないらしい。
まぁ、そうだろうな。
悪魔とエンカウントする度に組み手形式で相手して行く。
ハザードも右手に杖、左手に剣を持って斬撃や魔術の独自の戦い
方を見せる。
セイントクロス
時にはクロスの形状を変えて薙ぎ払い、聖十字で文字通り消滅さ
せたり。
俺は悪魔と相性バッチリだ。
うん、君たちは脅威だと思っていても。
俺は相思相愛だと思ってるよ?
抱きついたら嬉し過ぎて昇天してしまう程だものな?
﹁鯖折りで悪魔を消す神父が居るなんてな⋮﹂
弱点特攻ヌルゲー野郎だな。とハザードは言いながら剣で切り裂
ミスリル
き、杖を突き刺し悪魔達を葬って行く。
俺からすれば、聖銀の剣と聖銀の杖を操るハザードも同じだと思
う。
﹁素手で相手してないから俺﹂
そう、今回の主体は組み手だ。
ノーマルプレイヤー風に言うと、PSを養う為の狩りと言ったも
425
の。
いずれ、エリック神父に再戦を挑む為である。
ローション魔力は、ネーミング的にどうかと思う。
なので一先ずコーティングと呼ぶ事にした。
俺の語彙もその辺が限界なのである。
AGIが低い俺は、必要最小限かつ最高率で身体を動かさないと
対応できない。
その感覚を掴もうとやって来た。
修行変態のハザードも、暗黒迷宮で百人組み手?やるやる。
と言った具合でホイホイとついて来た訳だ。
﹁そのコーティングというヌルヌルした魔力は、流動してるのか?﹂
﹁その辺はわかりませんが、そんなにヌルヌルしてますか?﹂
﹁している﹂
だったら流動してるんじゃないの?
魔力とは生物の体内を流れて居るものだし、それを貯めておける
様な器官があればそれは魔法を扱える生物。
魔物であったり魔人であったりする。
だとすると人間やそれに属した種族はみな魔人魔族と当てはまる
のかもしれないが、魔人魔族と呼ばれる種族は桁が違うらしいな。
これも独自の理論だ。
MNDは魔力の総量に関係していて、INTとはそのアウトプッ
ト。
蛇口のデカさ。口径の大きさ。
426
持続力と威力という違いなのではないか。
多分そうだろ。
魔力展開も、広い空間への展開は容易だが、強度が足りなかった
り。
﹁マジックガードみたいな物だな。魔法使いは防御が紙だから、取
得推奨スキルだと言われているぞ﹂
高密度の魔力の盾を展開して、数秒間だけ物理的な攻撃を弾くら
しい。
身体強化系では、体力を魔力で補うマジックフィジカルという物
もあるんだと。
﹁お前の理論から行くと。さしずめマジックコーティングって奴だ
な。蛇口からチョロチョロの魔力を長時間体表に纏い続ける。理論
が判れば容易いな。マジック系補助魔法の劣化版だ﹂
ああ、やっぱり才能無いんだな俺。
劣化版という言葉を聞いて、少し愕然としてしまった。
こういう立ち位置に居るんだ。
そりゃ少しくらい、増長したっていいじゃない。
ヴァルカン
もう無いがな。
鍛冶神にも言われたが本当に魔法の才能が無いらしい。
魔力量はMND依存なので多いと自負している。
俺の回復魔法の回復量はまさに、
﹃それはハイヒールですか!?﹄
﹃いいえ、ただのヒールです﹄
427
を体現している。
まぁ、ヒールとリカバリーとキュアしか知らない糞回復職だと思
って頂いて結構ですよ?
本当の事ですし。
別に高密度に魔力を凝縮させていると思っていた物が、実はそれ
の劣化版だと判ってへこんでる訳じゃないんだからね。
使い用は何かしらある筈。
ほら、現にこうして攻撃を受け流す事に利用できてるしね。
また一人、また一人と悪魔を葬り去って行く。
エンドレス狩り。
エンドレス組み手。
あれ、俺なんでここに来たんだっけ。
そうだ、いずれエンカウントするであろう。
暗黒迷宮の頂点に君臨する悪魔に契約って何なのか聞く為にだっ
け。
あと修行。
そんな事を考えながら俺達は更に奥まで進んで行く。
中級悪魔達が群がらなくなって来た。
そろそろ、上級に近い悪魔もしくは、上級悪魔が出て来るのか。
428
グレーターデーモン
﹁上級悪魔だ。一体だけだが、どうする?﹂
﹁では、私が﹂
デモンゴーレム
上級から上は、格が違って来るらしいがどんなもんなんだろうね。
悪魔鉱人形を思い出す。
ヴァルカン
アダマンタイトという神鉄に憑依したあの悪魔は、強敵だった。
実際に追いつめられてたし、神の力を借りない限り倒せなかった
からな。
上級悪魔はこちらに関心が無いようだ。
はは、俺はお前らの脅威だぞ。
⋮ハッ!いかんいかん、クレイジー思考に落ち入る所だった。
中級以上の悪魔は、人形を取る事が多い。
上級になれば、大抵は人形。
気合いが入る。
イカレタ小動物みたいな悪魔や、ボロボロの亡者みたいなの。
群がって来るので迎撃のやりがいはバッチリだがな。
だがな?
まず腕を取る。
そして引っ張る。
そして転がしてフィニッシュのつもりだったが。
逆に驚くべき程の腕力で引っぱり返された。
そして上級悪魔は腕を振り上げて振り落とす。
そんな動作をした。
429
俺は掴まれっぱなしである。
人ひとりを軽く振り上げれる程の力である。
マズい。
当たりどころが良くても、全身の骨がバラバラになる。
だが、悪魔の首が消えた。
﹁油断するからこうなる﹂
﹁ありがとうございます。焦りました﹂
ハザードが首を跳ねた。
危なかった!
マジでグッジョブ!
改めて、上級悪魔の格と言う物を感じた。
これからは気合いを引き締めて進まなければならないな。
430
バクハツアクマ
悪魔迷宮をさらに奥へと進んで行く。
グレーターデーモン
ジェネラルクラス
ここまでくれば流石にエンカウント率は下がって来る。
そして上級悪魔から将軍級へと姿を変えて行くのである。
ユニーククラス デーモンロード
将軍級の更に上は、特質級や悪魔公、固有名を持つ悪魔となって
行くらしい。
悪魔の世界とは実に殺伐としているもので、常に飢えた世界なん
だとか。
殺すか殺されるかしか無いらしい。
そうして殺した相手の力を我が物にする事で、力を蓄えて行く。
クラスが上がって行くと自我を持ち始め、その他欲求が芽生えて
行くとされる。
特質級とは生まれながらにして自我を持つ悪魔の事。
ある者は力を求め、またある者は知識を求め。
この地上世界へと出る機会を虎視眈々と窺っている。
ハザード談。
悪魔も召喚できるのか聞いたら、下級悪魔なら召喚も可能だが上
級以上は契約して対価を払わなければいけないんだと。
地上で存在し続ける事が出来ないらしい。
こいつ、もしかして悪魔と契約する気か?
431
﹁強くなりたいからな﹂
⋮さいですか。
もっとも、俺も強くなる為にこの悪魔達と生死を掛けた乱取りを
しに来ている訳だが、悪魔と契約か。
神父も出来るのだろうか。
無理だろうな。
だってだって、悪魔に縋るしか無いじゃないか!
どうやったらエリック神父をコテンパンに出来るか考えてみたが。
どうやったって無理だった。
なんとかこれで行こう作戦で、ユウジンとガチでやり合った結果
は散々だった。
読まれてるし腕切り落とされるし、心臓にひと突き。
あぁ、何か格上と戦うと散々な目にしかあってない様な気がする。
もう悪魔に魂を売るべきなのか。
いやいや、そんな事をしてしまっては聖職者失格である。
流石に俺もそんな事はしない!
﹁だが神様より確実だぞ﹂
ハザードの一言が突き刺さる。
たしかに、対価無しに俺らって神に身も心も捧げるよな。
神頼みって奴だ、まさに。笑
悪魔の方が確実。確かにある。
どっちにしろ悪魔側が俺と契約はしないだろうが。
432
そんな事を言いつつ、迷宮と言うなの暗闇を彷徨っていると、早
速上級悪魔とエンカウントした。
大分上級にも慣れて来たな。
﹁まて、様子がおかしいぞ﹂
ハザードが止める。
操り人形の様にその悪魔は力なく立っている。
カタカタと動き始めたら、耳を劈く様な強烈な断末魔と共に爆発
した。
真っ黒な飛沫が襲う。
俺の前に居たハザードがローブで顔を覆った。
俺?
顔面ベチャベチャだけど。
こういう所もリアルである。
バラバラになった悪魔の後ろからケラケラと笑いながら、カラフ
ルなピエロカラーに包まれた悪魔が姿を表した。
﹁特質級だな。上級悪魔を軽く驕れる程の﹂
ハザードがそう呟く。
イマイチ他の悪魔と特質クラスの違いが判らないが、賢人様がそ
う言うんだったらそうなんだろうな。
﹃モット、バクハツ、ボク、テロ、ディーテガクレタナマエ﹄
そう呟くとケタケタと腹を抱えて笑い出す。
433
何が面白いんだか。
軽くホラーなんだが。
﹁強烈な爆発欲求に固有名詞持ちか、強いぞ﹂
﹁えっと、名前がテロで⋮。なんか、大丈夫なんですかコレ﹂
﹁これは二人で行こう﹂
上級は油断しなければ一人でも倒せる様になった。
将軍級の悪魔は未だ二人で掛かる事が多い。
その為の連携が戦闘を繰り返すごとに出来上がって行ったのであ
る。
ハザードはまさに万能。
杖、剣、無属性魔法の応酬である。
俺の動きを上手い具合にサポートしてくれる。
で、ハザードが出る時は、俺はヒールに徹すると。
うむ、回復職だからね。
そんなもんである。伸ばしたクロスでチクチクするだけ。
今回は特質級だ。
爆発属性持ちだ。
フォール
素晴らしく危険きわまりないな。
飛ばして行く。
オートヒーリング
﹁自動治癒、コーティング、降臨﹂
﹁動きの阻害を頼むな。魔封じの杖で固めて終了だ﹂
434
はいはい。自動治癒を悪魔に向ける。
﹁アハッ☆ ナニコレ、スゴクバクハシタイ﹂
絶対に聖書さんは爆発させんぞ。
滅多な事言うな。
聖書さんもクレイジー発言に驚いたのか、輝く力を増す。
﹁グゴゴゴゴゴゴゴ﹂
﹁いい調子だ。四大元素の杖よ舞え、四元封陣!﹂
彼のバックパックから四本の杖が抜け、動きが鈍った悪魔を囲む
魔法陣に配置される。
そしてその中心に居る悪魔を彼の手に持つ魔封じの杖が穿つ。
これこそ、賢人になって彼が編み出した複合杖術である。
複合魔術とはまた別だ。
だが、この悪魔には通用しなかった。
﹁やっぱり無理か﹂
﹁先に言ってくれませんかね。コレで決まりだと思いましたけど﹂
彼は言う。
この悪魔は爆破属性の持ち主であると。
﹁四元魔封が効かない事で今証明された事実だ﹂
435
察しつくだろうが!
つくづく思う。
馬鹿と天才は紙一重であると。
﹁デモコレ、キモチワルイ。ジブンデ、バクハツ、キモチイイ﹂
とんでもないマゾ思考だった。
ソレカ。と一言、俺の聖書に目を向ける。
聖書と繋がる正体不明の魔力の糸の存在を感じた。
コレはマズい。
そう思ってその繫がりの間に手を挟むと、手が爆発した。
﹁ぐっ﹂
焼け爛れるとかそんな半端な物じゃない。
オートヒーリング
手首から先が爆散して消えた。
フォール
すぐさま自動治癒が傷を塞ぐ。
降臨状態でこのダメージだ。
マズいな。
﹁おふざけに付き合ってる場合じゃないですよ﹂
﹁別にふざけてないぞ﹂
﹁アヒャアヒャアヒャ! バクハッ、キモチイイ?﹂
消す。
436
そろそろこの悪魔うざくなって来た。
セイントクロス
聖十字を飛ばすと悪魔も弾け飛んだ。
自我があると言ってもひたすら自分の欲望に従ってるだけに過ぎ
ないなら。
それはただのガキを相手にしてるのと一緒だからな。
こんなの子守りだ子守り。
﹁神父なら強制的に消滅させる事も可能だが、特質級以上の悪魔の
戦いは基本的に存在価値の削り合いだからな、ここは任せてくれな
いか?﹂
補助を頼む。とハザードは駆け出して行く。
おい最初からそうしろよ。
俺を実験台に使ったとしか思えないぞ。
ハザード氏にご加護があります様に。
魔力の流れを感じると、あの爆発の仕組みが判って来る。
仕組みといっても、精密とはほど遠く。爆発の前にあの悪魔との
魔力のつながりが起こり、爆発すると言ったもの。
ダイナマイトとそれを繋ぐコードの様な物なのか?
爆発の規模は、物の大きさに寄って変わるようで、ハザードも色
んな物を爆発させていた。
ゴミの爆破処理である。
437
ってかいくらディメンションで、制限無しに物を空間に突っ込ん
でおけるからって、突っ込み過ぎだと思うけどな。
物の規模で爆破の大きさが変わると言っても、絶対爆破属性とい
うのは恐ろしいな。使用制限とかついてないのか。
﹁ふ∼む。恐らく、魔力の使い方がコイツ固有の方法だ﹂
なるほど。
魔力を糸の様に伸ばして能力を伝える。
だが今の時代、コードレスだ。
念話だってコードレスなんだぜ。
ハザードは魔力のつながりが出来る瞬間を完璧に読み取れる様に
なっていた。
指先から土魔法で砂を出して爆竹の様にして処理していた。
オートヒーリング
完璧に遊んでいるな。
自動治癒すら要らない完全試合です。
﹁四元魔封が効かないから火属性じゃないのは確実だ、無属性なら
自分の物に出来るかもしれん﹂
﹁能力を奪うんですか?﹂
﹁そうだな、悪魔はその存在が能力みたいな物だから。新しい杖に
なってもらおう﹂
ぶっちゃけ、倒す方法が判らんしな。と彼はテレポートして彼の
後ろに回る。
438
テザート
﹁ディメンション、大砂漠の流砂﹂
悪魔の頭上から大量の砂が押し寄せる。
中から砂を爆発させる音が聞こえて来る。
一塊として砂を爆破させない辺り、それが弱点なのだろうか。
辺りは砂の山になった。
盛り上がった中心に居るのが悪魔だろうな。
で、砂が消えて行く。
律儀に回収してるのな。それ。
﹁削り合いするぐらいなら、飽和状態にして満足感を与えてやろう
と思ってな﹂
﹁バクハ、イッパイ、ステキ﹂
﹁馬鹿なの? コレで言いの?﹂
そして彼はとんでもない事を言う。
﹁俺と契約しろ。そうすれば最高の爆発を保証してやるぞ﹂
﹁ホントウニ? ナラナル﹂
頭爆発してんじゃねーの?
テロと名乗る悪魔は、彼の名も無き杖に封印された。
不当契約だ!強請だ!
不平等条約も真っ青の契約だ。
439
﹁よし、コレはテロの杖と呼ぼう﹂
彼は杖の持ち手を布で縛ると言った。
もしかすると、彼のバックパックに詰まってる杖の正体が判った
かもしれない。
これについてはあんまり触れないでおこうかな。
そして俺達は暗黒迷宮の奥へと進む。
杖で殴っても爆発し、杖を振っても爆発する。
とんでもない杖を持ったハザードはまさに悪魔の如く活躍した。
そういえばである。
テロが言っていた、ディーテとは一体何者なのか。
440
バクハツアクマ︵後書き︶
さすが賢人、やる事がゲスい。
言葉がわからない相手に無理矢理契約と言う物を結ばせるアレ。
流石に今日はもう一話更新しますよ。
よる頃になります!
441
アップグレード
ログインした。
先に進もうとした途中で、腕を失った事に気付いた。
思いっきり欠損ペナルティ出るタイプの怪我です。
片腕が無い。
その状況に慣れてしまっている俺が怖い。
今後、ずっと何かしら欠損する様な事が続きそうな気がしないで
もない。
早い所、聖王都の大教会で上級の回復呪文を学ばなければならな
いという謎の使命感に駆られる。
もう少し力を付けてからでないと、上級悪魔以上の奴と対峙した
時、一方的に驕られるのは俺の方である。
そんな訳で、暗黒迷宮を一時離脱。
エリック神父、いや学校では理事長だな。
その理事長のプライベートエリアを使用する許可は前々から貰っ
ていたので、理事長室のゲートから女神の神殿へと赴く。
で、ここからが本番。
個人的な都合による解釈だが、女神の神殿は中央聖都ビクトリア
の大教会に繋がっていると予想している。
ヴァルカン
ゲートからの小部屋を抜ける。
山の中に埋まっていた鍛冶神の神殿とは違って、広く、大きい。
石柱の配置からして、どっちかに抜ければ神殿の要所か入り口の
階段が構造的にある筈だ。
442
ビンゴ。見えて来た。
運良く上に続く螺旋階段にたどり着いた。
螺旋階段の上にはゲートが。
問題は通れるかどうかな訳だが、以前報酬で貰っていた許可証書。
出番である。
エリック神父が真心込めて一筆したこの許可証書があれば、通れ
ると思う。
はは!
今日は運がいいぜ。
想像以上の結果と言っていい。
まさか、資料室に直結してるなんて予想も出来なかった。
本棚の後ろにひっそりと置かれているゲートの漆黒の壁。
量も半端無いな。
一体何の資料がこんなに大量に置いてあるというのか。
どうせ例によって全部聖書だろ。
そんな事を思いながら資料、本を漁って行く。
エンサイクロペディア
高位の魔法を覚えて行く。
世界大全の様に吸収出来れば良いんだけどさ。
俺には出来ない。
一つひとつ覚えて行って聖書の文字と照らし合わせて行く。
ハイヒール、リジェネレーションとその他呪文をアップグレード
させる事が今回の目的である。
下位の回復魔法には万能性は無いからな。
443
あらゆる状態異常に対しての回復魔法を学んで行く。照らし合わ
せてない物は、直接書き込む荒技だ。
聖書に自動でやらせるなんて俺かエリック神父くらいしか居ない
からな。
書けば書く程輝きを増す聖書。
ここまで来るとまるで総合病院の様な立ち位置になって来る。
擬人化するとすればナースですか。
良いですね。
いかんいかん。厳かな修道女に決まってるだろうが!
この野郎!
オートヒーリング
自動治癒の完全自動化が進む。
凄いぞ聖書さん!
この勢いならセカンドオピニオンまでやってくれそうだ。
あらかたやり終えた。
もっと他に資料は無い物かね。
漁っていると急にドアが開かれる。
油断した。
﹁まったく、なんで私がデヴィスマックなんかに行かなきゃならな
いのかしら!﹂
憤慨しながら入って来た女性と目が合う。
﹁ど、どうも﹂
﹁あ、こちらこそ。って貴方は一体誰!? ここに入るには許可が
444
いるのよ?﹂
﹁許可証なら貰ってますよ﹂
一応エリック神父に書いてもらった一筆を見せる。
﹁法王の!? あなた何者? まさか噂の愛弟子さん?﹂
そう言って驚く彼女は、マリアと言うらしい。
彼女は﹁直筆の許可証が有ってもここの管理人に一言許可を取る
のがマナーでしょう﹂と溜息をついた。
ごもっともです。
﹁すいませんでした。知らなかったもので﹂
﹁ああ、いいわよ。あの法王だもの、やる事成す事全部自由よ﹂
﹁貴方も苦労してらっしゃるんですね﹂
わかる!?と彼女は俺の手を握って来る。
判りますとも。ええ。
この資料室は彼女が管理している部署らしい。
簡単に用件を伝える。
高位呪文について学びに来た事を。
﹁勉強熱心ね﹂
そう一言、彼女は奥の部屋へ消えて行った。
驚いたが、悪い人では無さそうだったな、苦労人って感じがする。
445
だが、容姿は金髪にナイススタイルでなんつーか。
なんて言ったら良いの変わらないけど、エロい服装だった。
雰囲気がね。
あれ修道服っていうの?
まぁいいや、正式な許可も貰ったのでこっそりやる必要は無い。
とりあえずアップグレードした聖書さんを起動。
まるでプログラマーみたいだな、自分で作ったプログラムをチェ
ックするかのごとく聖書の動きを確認して行く。
ここでハザードに頼み込んで貰って来た﹃賢人の呪毒シリーズ﹄
があります。
麻痺、毒、火傷の他に、石化、神経、沈黙、即死などなど様々な
呪いと毒が楽しめるラインナップになっている。
恐ろしい。
いっこいっこ試して行こう。
まずは火傷の腕にたらす。
一瞬にして腕がぐちゃぐちゃになって行く。
これ治療失敗したら確実にケロイドだよな。
おお、治る。
麻痺、毒、凍結、比較的下位の状態異常はクリア。
一瞬異常が起こってすぐ回復すると言った感じだ。
いい調子である。
次が鬼門だ。呪いと特殊毒シリーズ。
沈黙から行こう、比較的安全そうなのからな。
446
そして残す所は、神経毒と石化、即死。
神経毒を飲む。
ー⋮﹂
麻痺の上位であるそれは、一切の思考を許す事無く心臓の動きを
止めに掛かる。
﹁⋮ッ⋮⋮ヵッ⋮コッ⋮ン
徐々に呼吸が出来る様になって行く。
意識のブラックアウトは無かった。
死ぬかと思った。
だが、治った。
怖過ぎだろ⋮。
少し億劫になったが、エリック神父にボコボコにされる方が遥か
に怖い。
あいつら
ユウジンにひと突きされる方が遥かに痛い。
少しでも化け物に並ぶ為には仕方の無い事だと割り切った。
次は石化だ。
ええいままよ!!!
⋮。
は?
とりあえず、何が起こったか判らなかった。
こうして生きてるって事は、治ったって事だな。
447
そう思って下半身を見たら石になってた。
いやぁ、驚きましたね。テヘッ。
どちらも死ぬまでにはインターバルがある劇毒と呪いだった訳だ
が。
次が鬼門である。
即死。
そ、即死?
死ぬ事が確定している呪文だな。
MND値からして俺に掛かる事はなかなか無いとしてもだ。
コレはどうなるんだろうか。
即死耐性というより死んでも生き返る。
という奴だろうか。
それか死ぬ前になんとかこう、ギリギリで踏みとどまるのか。
さて、行くぞ。
﹁あんたいつまでやってn﹂
即死薬を飲む。
ドアを開けて出て来たマリアに反応する前に俺の意識はブラック
アウトした。
448
目が覚める。口に何かを感じる。
そして強制的に空気が入って来る。
﹁ゴボッ!!﹂
﹁よかった! 目が覚めたの!? 身体は大丈夫!?﹂
そう言いながら彼女は俺の両肩を掴み、揺さぶる。
どうやら人工呼吸を受けていたようだな。
﹁あぁ、大丈夫です﹂
口を拭いながら座り直す。
﹁失礼ね! 呼吸と心臓が止まってたのよ!? こっちのみにもな
って欲しいわよ!!﹂
顔を真っ赤にしながら怒るマリア。
確かに、申し訳ない事をした。
彼女が言うには、様子を見に来たら変な薬を飲んで倒れたらしい。
瞳孔は開き、心臓は止まって、呼吸もしていなかった状況を見て、
もう無理かと思ったらしい。
だが、聖書が輝き出すと、俺の心臓は再び動き出した。
まだ呼吸をするに至っていない俺を見て、彼女は人工呼吸を思い
ついたらしい。
魔法のある世界で、死んでも蘇生があるんだからと思う人がいる
449
かと思うが。
厳密に言うと死んで生き返る事はない。
プレイヤーはリスポーンという形で蘇るが、この世界の人は死ね
ば終わりだ。
蘇生魔法というのは瀕死になってしまった際の回帰魔法としての
呼び名が高い。
だが、バラバラになってしまった場合。
瀕死すらも通り越した完全な死には、蘇生魔法も何も効かないそ
うだ。
で、瀕死ってどこまでとか言い出すときりがないから。
死ぬ前の一瞬。衰弱した状態ってことで。
身体がまっ二つになっても、まだ生きている状態は瀕死。
心臓も脳もまっ二つになっていたらそれは即死。
逆にそれ、首だけ残ってたら生き残れそうだな。
シビアなタイミングが居るし、蘇生魔法の詠唱はなかなか難しい
らしいが。
﹁耐性の鍛錬は一人でやるもんじゃないわ!﹂
俺の話しを聞いて彼女は叫んでいた。
実を言うと、後一つだけ残っているのである。
賢人の呪毒シリーズに新しく名を連ねた、爆殺の呪い。
体内の魔力を暴走させて爆発させるらしい。
ご、○空ぅーーーーーー!!!!
450
とんでもない物だが、コレをやらずして。
聖書の本来の即死に対する対抗策になりうるのかが問題なんだ。
腕が切れたってな。
喰われたってな、爆発したってな。
心臓ひと突きされたり、爆発魔法でバラバラになる時があるかも
しれんぞ。
あるかもしれんぞ。
俺は実際にあったからな。
それに対する対抗策を考えなくてどうするよ!
否、俺はこの呪いを飲む。
﹁ばかじゃないの!?﹂
﹁いいえ、コレは試練です。私は聖書さんを信じています。神を信
じています﹂
﹁ほんっと。位が上がるに連れて、聖職者って下衆か変態しか居な
いんだから﹂
彼女はそう言いつつも、離れて俺を見守っている。
聖書を片手にいつでも蘇生魔法を掛けれる体勢だ。
爆殺の呪いを飲む。
今更ながら、なんで液状にしてあるんだろうな。
喉越しはもの凄く悪い。
常時コーティングしてある俺の身体は派手な爆発を起こさなかっ
451
た。
四肢が千切れボトボト飛び散るだけだった。
﹁キャアアアアアアアアアアア!!!﹂
そして身体中の組織が崩壊する様に俺の身体はぶちぶち千切れて
行く。
しばらく言葉に表す事のできない痛みを味わった後ブラックアウ
トした。
目覚めた。
いつものベッドじゃない。
﹁化け物ね﹂
まさか成功したのか。
あの煮崩れ起こしたジャガイモみたいな状態から。
彼女に見た内容を聞くと。
聖書が文字を帯びて光り輝いていたらしい。
で、勝手に文字を読み上げ、俺の身体を復活させたとか。
452
一体何がどうなっているのか判らない。
最悪部位欠損がどうにかなればいいやくらいの気持ちでアップグ
レードをしに来た訳だが、とんでもない物に仕上がってしまった。
453
アップグレード︵後書き︶
聖書﹁あーもうぐっちゃぐちゃなのとりあえず生命維持装置の代わ
りにこうして﹂
聖書﹁血管組織が出来たの、現代医学って素晴らしいわこうしてこ
うしてこうして﹂
聖書﹁かわりに少し私好みにしておくの﹂
と、聖書さんは考えていたに違いない。
454
サバイバルイベント前の道中
一度魔法都市の方へ戻りまして、そっからデヴィスマックへ向け
て進路を取っている。
ゲート経由でも行けるらしいのだが、ここはアラド公国経由で行
きましょう。
ラルドもしばらく走っていませんからね!
RIOの世界のグラフィックを楽しみながら旅するのも乙な物で
あるのだ。
相変わらずドッドッドッドと癖になるリズムで走ってくれるラル
ド。
ちなみにだが、竜車も改造してありました。
セバスの地味な努力と、魔法都市まで進出してきたブレンド商会
のコネによって、アラド南西の国で生産職プレイヤーに発見された
ゴムを利用したタイヤ、鍛冶の国の技術でバネ・サスペンションを
作り広く普及させていた。
快適な竜車となっている。
内部も凄いぞ。
エンサイクロペディア
知らぬ所で、凪の世界大全が智慧の本に進化しており、その智慧
の本−ウィズ−によって空間拡張が施されている。
ようするに、内部に二十畳程の空間が有り魔法を利用した生活補
助システムが設備されていた。
魔法都市に行って良かった。
各々素晴らしい研究をしていたんだな。
455
すっかり乗り物酔いを克服した凪。
隣に銀色の狼を従えるエリー。
フラウ
フェンリルってやつですかねぇ⋮。
もちろん肩には雪精霊もいる。
代わり映えがしないのは俺とユウジンとハザードぐらいだろうな。
なんだかんだ、この3人は装備のアップグレードくらいしかして
無いからだ。
イベントには、やはり飛行船の運行も開始されてあるらしい。
ただ、そこそこ広い世界にプレイヤー達は散ってしまっているの
で、スカイホエールを運用する事は無かった。
ワイバーンによる牽引が主な飛行船の運用法となっていた。
ランバーン
ワイバーン
地上では走竜種が駆け抜け。
上空では飛竜種が飛び交う。
ファンタジーって感じ。
いずれ、俺達プレイヤーにも飛行船を個人利用できる日が来るの
だろうか。
いや、確実に来るだろうな。
未だオークションで本当の価値が判らぬまま売られている推奨V
Rギア。
だが、発売された推奨ギアはかなりの数売れている筈だ。
心ない転売人以外は確実にリアルスキンモードに手を出してしま
っている人も居ると思うんだ。
ゴムを見つけて流用してる奴とか絶対そうだろ!
456
もっとそう言う人達とかかわり合いたい。
ノーマルプレイヤーの情報は、ロバストさんがこっそりハザード
さんの事について尋ねて来る時に貰っている。
今回のイベント、ロバストさんも再会が楽しみなようで。
因に、デヴィスマック連合国のクェス・アスダラス州に行ったら
まず教会によりなさいとの事。
マリヤ聖司書からの言葉であります。
せ、せい司書⋮。
いかんな、因に俺は年上が好みだ。
魔法都市から魔法結晶をお土産に持って行こう。
あの時は、ログアウト時間が迫って居たから、大急ぎて部屋を出
るとゲートを抜けて魔法都市に戻った。
ろくに喋れなかったんだっけな。
そういえば、最近エリーともろくに喋ってないな。
まぁ、彼女も集中して自己鍛錬に励んでいる様なので、あまり口
を出さないでおく事にした。
少し寂しい気持ちもあるが、致し方ないのだろう。
そんな事を思いながらエリーの尖った耳をぼーっと見ていると、
彼女は一瞬こちらを向いて顔を赤くした後、そっぽを向いてしまっ
た。
なんなんだ!
そんなに鍛錬で形が変わった耳を見られるのが嫌なのか?
俺だって柔術をやっていた高校時代に潰れた耳はそのままだぞ?
457
耳の外枠のナンコツがこりこりしてて実に気持ち悪い感触なんだ
よな。
ワイルドコヨーテ
﹁エンカウントです。荒野狼の群れです﹂
竜車内に知らせが入る。
ラルドならその辺の魔物くらいはぶっこ抜いて置き去りに出来る
んだけどな。
まぁ魔物が魔物だしな。
ワイルドコヨーテ
荒野狼
﹃デヴィスマック連合国の荒野全域を縄張りとする魔物集団。狡猾。
遠吠えで長距離間の連絡を取り合い集団で狩りを行う﹄
群れの規模によってハンターランクが変わって来る訳だが、ゴブ
リンやコボルトと違って個体の強さもそこそこであり、集団になれ
ば余裕でハンターランクBを超える。
有象無象という訳でなく、しっかりとした連携をして来る辺り、
ずる賢いコヨーテである。
﹁規模は?﹂
窓から顔を出して御者席のセバスのハザードに聞く。
﹁ざっと四十七頭、本腰を入れた狩りと思える﹂
458
﹁それでは私達は本腰を入れて狩られると言う訳ですね﹂
ハッハ。ご冗談を。
なんて雑談をしている場合ではないぞこの馬鹿執事と賢馬鹿。
﹁ラルドの調子はどう? 休ませておいて、俺達でコヨーテの相手
をするが?﹂
﹁キュロロロロロ!!!﹂
﹁クボヤマ様、彼も気合い十分な様ですよ﹂
久々の道中で、ラルドもテンションが上がっているのか、戦闘に
参加させろと言った風に喉を鳴らしている。
荒野の太陽に反射したそのエメラルドグリーンの竜鱗が眩し過ぎ
るよラルドさん。
じゃ、馬車は走行したまま蹴散らす感じね。
そのままひき殺してちょーだい。
戦闘は、いつの間にかラルドの隣を走っていたフェンリルと、ユ
ウジン、ハザード、ラルドが行う。
コヨーテは後ろから追いかけて来る十頭。
そして、前で待ち伏せする残り。
獣にしては考えられているが、獣だな。
後ろを担当するのはユウジンで十分だろう。
ハザードも居るので完璧にオーバーキルである事は否めない。
459
まず、ラルドが竜車ごと数頭を引き転がす。
おいおい、耐久度どうなってんの?
また壊れない?
そして、横に飛び避けたコヨーテをフェンリルとハザードがそれ
ぞれ喰い千切り、爆殺して行く。
本当に便利ですね。その杖。
あと、フェンリルが仕留めるごとにこっちを向いてガッツポーズ
を決めるエリー。
⋮わかったから。
凪は少女漫画を読んでいた。
どっから出したアホ。
お前なんでも有りか。
変わったなお前。
ユウジンは言わずもがな。
器用に首だけ飛んだ死体が残っている。
﹁お前ら、コヨーテの皮売れるんだからちゃんと狩れよ﹂
﹁なんだユウジン。今日は一段とまともだな﹂
﹁最近刀の開発で金欠気味でな⋮なぁ、ブレンドからお金預かって
ない?﹂
460
﹁⋮いや、預かってない。売れ行きも落ちたんじゃない?﹂
目を逸らす。
今度ジュースでも驕ってあげようかな、ハハハ。
結局使えるコヨーテの皮はユウジンが殺した十頭だけだった。
あとは爆散、ミンチ、凍って台無し。
みなさんお疲れ様でした。
回復は任せてね。
誰もダメージ受けてないみたいだけど。
セイントクロス
こういう移動戦では、本当に俺は使えないのである。
聖十字は直線の攻撃だから遠距離じゃまず当たらんよ。
だから牽制以外、直火アタックだし。
そういえば、イベントの進路日程をすっかり忘れていたので。
暗黒迷宮にはまだ挑んでいない。
死にかけ損である。
まぁ、強くなったんだけどね。
それなりに。
ちなみに、まだ誰にも言ってない。
お披露目もまだなのである。
順調な旅路だったしな!
461
イベント会場である、クェス・アスダラス州の州立自然公園はま
さに大自然って感じである。
いや、生き残りバトル形式のサバイバルじゃないのか?
違う様です。
vs
プレイヤー
vs
公式の放つ強化モンスタ
ガチサバイバル要素を取り入れているらしい。
プレイヤー
ー集団。
といった三つ巴合戦なんだとか。
強化モンスターも一筋縄では行かない強さではあるが、ドロップ
アイテムが特別仕様だとかなんだとか!
全開サバイバル予選、何も出来ないまま終ってしまった人が多か
ったので、そんな人達にも楽しんで頂ける様にね。
もちろん、狙いはアレだぞ!
優勝だ。
サバイバルで生き残ったメンバー。
得点上位8パーティーが決勝トーナメントへと足を進めるのだ。
決勝トーナメントは、団体戦。
パーティの戦略、連携が物を言うな。
ハザードはもちろんロバストさんのパーティに行くのか聞いた所。
﹁俺は一度ギルドを抜け修行中の身だ。パーティには俺の代わりが
既に居るだろうしな﹂
462
と区切った所で。
﹁あれだ、良かったら俺も一緒に戦わせてくれないか? お前達と﹂
そう言ってくれた。もちろんだとも。
共に学園で高め合った仲間じゃないか。
もちろん余計な波紋を生まない様にロバストさんには俺からこっ
そり話してある。
っていうか、メル友なんだぜ。
ロバストさんも一応推奨ギアは購入してあるんだと。
何かしら、公式運営側からアクションがあると踏んでいるらしく
てそれがあってから踏ん切るそうだ。
ギルド引き継ぎとかそんなアクションの問い合わせは個人でして
るみたいなんだよな。
公式からの反応は薄いらしいが。
ワイルドランナー
﹁誰かが荒野駝鳥に追われている様ですが、救助に向かいますか?
今からですと間に合いますが﹂
セバスから連絡が入る。
車内の空気が一瞬張りつめる。
463
皆の顔は満場一致っぽいな、助けよう。
﹁すぐ救助に向かおう!﹂
﹁畏まりました。ハザード様が先行して向かわれてます﹂
窓から外の様子を見る。
賢鳥に乗り、遠くに見える砂煙を追いかけるハザード。
そのままドアを開け、走行中の竜車を伝って御者席まで行く。
﹁追われてるのは2人組の様ですね﹂
﹁見えるんだな﹂
﹁執事の嗜みですので﹂
従者じゃなくていつの間にか執事になっている。
まぁ、それで良いけども。
﹁ラルド! 全力だ!﹂
﹁キュロロロロロロロ!!!!﹂
ランバーン
ラルドは吠えるとスピードを上げた。
走竜種の利点は、ある程度の速度なら保ち続け走る事が出来る体
力と頑健で強靭なその体躯なのだが。
走るのが得意な種族が、長距離走が出来て短距離走が出来ない筈
が無い。
久々に見るな。
464
ラルド
走竜種の全力疾駆。
まるでクラウチングスタートを取るかの様に姿勢を低くする。
走る事に掛けては、人間よりも長けているんだろうな。
初めて見た時は、尻尾が御者席に直撃するので怖い思いをしたが、
セバスが竜車と繋ぐ部分の長さを調節してくれているので安心だ。
流石セバス!
あっという間に追いついて行く。
ワイルドランナー
荒野駝鳥
﹃荒野を走る飛べない鳥。翼は威嚇の為のもである。強靭な脚から
出される蹴りには注意が必要だ。嘴も鋭く気性も荒い。だが、その
たまごは大きく濃厚で美味﹄
﹁ディメンション・石壁﹂
ドゴン!と駝鳥と追われる二人の間に壁が出現する。
慌てて停止する駝鳥。
﹁ラルド、速度を落として! 二人とも竜車に掴まって﹂
速度を落とした竜車にしがみつく二人。
そのまま再び速度を上げると、駝鳥との距離を引き離す。
しばらく走り、竜車を止めた。ずっと掴まっているのもキツそう
だったからな。
丁度止まった時にハザードが戻って来た。
465
﹁ワイルドランナーはどうしました?﹂
﹁ああ、潰したよ。殺さないと死ぬまで追っかけて来るからな﹂
なるほどね。
そして竜車に掴まっていた二人を向く。
顔面土汚れで、リュックを背負った男女であった。
二人とも追いかけられた恐怖か、顔面蒼白だった。
﹁大丈夫ですか?﹂
オートヒーリング
ワイルドラン
自動治癒と掛けると、大分落ち着きを取り戻したみたいだった。
﹁あ、あんたってもしかして戦う神父?﹂
﹁ば、バトルジャンキーエクソシストの∼?﹂
は?
なんつー噂が広まっとんじゃ!
﹁私はただの神父ですが⋮﹂
﹁そんな事よりお前達、ワイルドランナーに何をした﹂
ハザードが言う。
ナー
一度追いかけると地の果てまで追っかけて来ると言われる荒野駝
鳥を怒らせるなんて普通はしないそうだ。
﹁いやぁあの駝鳥のたまご、かなり美味って聞いてな﹂
466
﹁そうなのよねぇ! 美味なのよ∼﹂
黒髪短髪で揃えた男が言い、金髪でウェーブの掛かった長髪の女
がおっとりした声色で同調する。
なんか気が抜けるな。
さっきまで顔面蒼白だった二人なのに。
﹁あっそう⋮ですか﹂
﹁確かに、美味いと聞く﹂
何とも、二人はハンターの中でも美味い物を求めて旅するプレイ
ヤーだった。
なにかのロールプレイかと勘ぐったが、本当にリアルでも美味し
い物好きの夫婦だった。
そして、リアルスキンモードプレイヤーである!
重要だな。
たまたまデヴィスマック連合国で小耳に挟んだ卵の噂をイベント
会場に移動するついでに試そうと思ったら、気付かれてこのざまだ
ったとか。
﹁ほら! ミキのお腹の音さえ静かだったら上手く行ってたんだっ
て!﹂
﹁だ、だってケンちゃん! お腹減っちゃったんだもの⋮仕方ない
もの﹂
﹁確かにそうだものな⋮おまえは昔から食欲旺盛だもんな、ま、そ
467
んな所が好きなんだけどよ﹂
﹁ケンちゃん!! 私もケンちゃんとケンちゃんの作る料理が大好
きなの∼!﹂
リアルスキンモードプレイヤー
バカップル。じゃないや馬鹿夫婦。
RSMPは馬鹿ばっかりか!!!!
468
サバイバルイベント前の道中︵後書き︶
仕事が忙しくて1日執筆止まって申し訳ない。
新キャラ登場。
469
サバイバルイベント
美食プレイヤーであるケンとミキは、イベントに乗じて出店をや
るらしかった。
店舗は持たないのかと聞いてみると。
現実世界で既に小さな料理屋を営んでいるらしく。
どうせ異世界ファンタジーであるならば、流離いの料理人で旅を
しながら世界のグルメを食べて回りたいんだとか。
異世界ファンタジーとはまぁ似て非なる世界なのだが。
このRIOではそういうプレイも有りなのである。
移動式の屋台でも作ってみたらどうだろうかとお勧めしてみたら、
すでに構想はあるらしく、資金を貯めて馬車を購入し改造しようと
思っているそうだ。
デヴィスマックのクェス・アスダラス州への道中、彼等が俺達の
食事を賄ってくれていた。
乗車のお礼だそうだ。別に要らないのに。
彼等は流石料理人である。
大変美味しい旅になりました。
セバスも詳しく学んでいるようで、コレからの道中も楽しみであ
る。
彼等は竜車の空間拡張に感銘を受けていたようで、ブレンド商会
に受注してどうたらこうたらセバスと話していた様な気がする。
470
これがセバスのプレゼン能力か。
あれよあれよと話しを付けて超高性能移動式屋台が出来そうな予
感である。
ワイルドランナー
因に、荒野駝鳥の卵は激ウマだった。
なにしろ、ノーマルモードでも特定オブジェクトと言う物で、ア
イテムボックスに入れる事が出来ないらしい。
クエ受注により専用の入れ物、もしくは準備していないと手持ち
になる可能性がある物らしい。
巨大な卵を二つ。
ゆで卵とオムレツで頂きました。
ごちそうさまです。
そして俺達はクェス・アスダラス州の州立自然公園へと到着した。
クェス・アスダラス州の中心街から少し離れた場所に公園の入り
口があり、巨大なキャンプ場を超えるとサバイバルゲームに使用さ
れる大自然が広がっている。
キャンプ場には特設ステージが作られていて、お祭りの様に盛り
上がっていた。
プレイヤーやら出店やらがすでに立ち並んでいる。
俺達もキャンプ場にテントを張り、準備をする。
もしかしたら設営のチームプレーも見られているのかもしれない
471
ね。
完全にセバス任せな訳であるが。
特設ステージの上には大画面。
空にはスカイホエールがいました。
今回は撮影陣として運用されているのね。
もちろん、このイベントにもありましたよ。
来賓席。
いるいる。
目が合わないうちに退散しよう。
ステージからもっとも遠い位置にテントを張った意味がないじゃ
ないか。
まぁこの後教団の敷地に出向かなくてはならないので、身バレは
確実なんだが。
企画は運営、協賛がブレンド商会と中央聖都の教団である。
商会は設営を担っていて、教団は有志で大規模結界を張る役目を
担っているそうだ。ブレンド商会つえぇ。
と、言う事は絶対エリック神父は居るんだよな。
見てるんだろうな。
前回みたいに竜車は目立たなかった。
ランバーン
それもそのはず、走竜アップデートなんて呼ばれているものな。
そこそこのパーティ、ギルドが走竜種を手に入れている。
まぁ、それでもここまでディテールに拘った竜車を持っている人
は居ない。
472
人ごみを抜けて、教団の敷地へ向かう。
今回はエリーも一緒である。
とりあえず一発礼拝しとくか。
﹁あら、やっと来たのね﹂
礼拝堂にはマリア司書が居た。
挨拶を返そうとすると、エリーが前に出る。
﹁師匠、礼拝はしないのデスカ? 早い所すませまショウ﹂
﹁え、あぁ、そうだな。ちょっと待ってくださいね﹂
とりあえず、言われるままに礼拝を始める。
心がどことなく濁ったまま、俺はエリーに続いて目を閉じた。
フラウ
雪精霊を感じるな。
俺も聖書さんとクロスたそを浮かせる。
魔力を体全体から流し、空気中の魔素と馴染ませるように広げる。
お、エリー。
かなり魔力の扱い方が美味くなっているようだ。
でもな、俺の扱い方は邪道っていうか、真逆らしいぞ。
まぁエリーは魔法の適正もあるし、器用にこなしそうだな、
オラクル
こうしている最中も、信託を授かろうと努力をしているのだが、
依然として俺には神の信託は降りてこない。
エリーはその辺大丈夫なのかな。
今度教えておこうかな。
473
﹁⋮ただのドMかと思っていたら、思ったより凄腕の様ね、流石だ
わ﹂
礼拝を終え聖書を手に取ると、マリア司書が再度話しかけて来る。
相変わらず、その格好⋮。
エリーの視線が突き刺さる。
はい、すいません。
﹁私は誰よりも痛いのが嫌いな臆病者ですよ﹂
﹁死を克服した人が何言ってんのかしら﹂
﹁師匠、この人は誰デスカ?﹂
ハハッと笑い合った所で、エリーの声が突き刺さる。
なんか最近刺があるな。
一体どうしたんだか。
思春期特有のアレか?もしくは生理前か。
絶対言わないけど。
﹁あたし? 中央聖都の大教会で司書をやっているマリアよ。よろ
しくね﹂
﹁俺がこの間中央聖都に言って来た時に偶然会ったんだ。命の恩人
なんだ﹂
命の恩人というワードに少し赤くなるマリア司書。
まだ怒ってんのかな?
474
確かに驚かしたり、無礼な態度があったのは謝るけどさ。
もう良いじゃないっすか。
なんかエリーも物々しい雰囲気で、間に挟まれてる俺はすこぶる
落ち着かない。
﹁師匠はまた死にかけたんデスカ!?﹂
﹁あれ、言ってなかったっけ?﹂
﹁聞いてマセン! なんでそんな所に一人で向かうんデスカ!?﹂
いや、ハザードと二人だけど。とか言ったら、ソンナコトドウデ
モイイノデス!だと。
ぇえー。
因に死にかけたのは、別の事でだけど。
ややこしくなりそうなので、口にするのは辞めておこう。
﹁クボヤマ。この子は一体?﹂
﹁ああ、申し遅れました。エリーと言います。私の連れです﹂
﹁師匠の愛弟子デス。愛されてる弟子ですカラネ! 私!﹂
﹁おい、ちょっと﹂
﹁ふ∼ん。見た所、エルフの聖騎士って所かしら? 珍しいわね﹂
え?なんですかそれ。
ヒューマンですけど彼女。
475
﹁キィイイイイイイイ̶̶̶̶̶!!!﹂
金切り声と共にエリーがマリアの口を塞ぎながらを押し倒す。
お、おい!
そんなお前ら。
エリーは、上に簡易的な鎧を付けてはいるが下はスカートである。
対するマリアは、言わずもがな。
アレは雰囲気エロいじゃなくて。
全部エロい。
煩悩退散。
いや、神様は全てを受け入れてくれる筈。
人としての欲望に忠実である事も時には大切だと思う。
それを禁じる事自体が罪ではないか?
なんてひねくれた事を思う。
信託もそりゃ降りてこないわ。
今度滝に打たれてこよう。
パンチラしながら取っ組み合う二人を傍目で追いつつ。
俺は溜息をつくのであった。
﹁わ、わかったから。誰にも言わないから何もしないで頂戴⋮﹂
﹁フーッ! アナタワタシノテキ!﹂
476
ボロボロになりながら、初邂逅を果たした二人である。
まぁほっとこう。
途中でマリアは教団の大規模結界を展開する仕事が残っているの
で出て行った。
そして俺とエリーの間には未だ会話は無い。
ボサボサになった髪型のお陰で、少し回りから変な目線で見られ
る。
実に気まずい。
よからぬ事を回りから思われてそうで、怖い。
とりあえず、余計な詮索はしないで置く。
こっちまで襲われたら堪ったもんじゃないしな。
その後、サバイバルの開会式まで以外と色んな人から挨拶された。
サイン書いてくれとかは流石に断った。
俺をなんだと思ってるんだ。
エリーは律儀に書いていた。
髪ボサボサのアイドルがどこに居るんだよ⋮。
とりあえずだ、大体の説明は終った。
477
公式に書いてあった、リアルスキンモードプレイヤーも一時的ヘ
ルプシステム適用の項目。
倒したポイントが視覚化されたり、時間終了と共に開始エリアま
で自動的にテレポートされるマーカーを取り付けたりした。
ゲーム要素。
すごくワクワクして来たぞ。
ヘルプを念じると、画面が出て、マップとパーティの現在地が判
る仕組みだな。
因に、プレイヤー間の争いを激化する為に、レアドロップ強化モ
ンスターの位置も示されるようだ。
狩っている様に見せかけて、実は狩られている状況が出来上がる。
熱い。
裏の読み合いが起こるんだろうな。
リアル
ドロップアイテムに興味があるのはハザードとユウジンくらいで、
後は専らプレイヤーでも何でもこいといったテンションだ。
俺もテンションアップしてるぞ。
スキンモードプレイヤー
意外な事に、ワンデイヘルプシステムマーキングを付けに来るR
SMPが結構居た。
多種多様の布陣である。
普通のノーマルプレイと変わらない格好だったり、思いっきり農
民みたいな人や商人、猟師に漁師に様々である。
なんだかんだ、絡まないだけでRSMPはいるんだな。
知らない人とやり取りするツールがRSMPは無いから、念話は
可能だが、基本的に近くに居る人とのやり取りもしくは文通くらい
478
だったりする。
もっとこう、技術発展しない物か。
しないだろうな。
運営はきっとこう思っているだろう。
﹃勝手に作ってろ﹄
VRゲームについて色々と勉強を深めている訳だが、このRIO
はマジで他と違う。
その使用から何からだな。
マジでゲームなんですか?
って感じ。
でも、このワンデイヘルプシステムマーキング等を見ると、ゲー
ムって感じがするな。
まぁ勉強を深めていると言っても、そこまで深い所を進んでいる
訳でも無いので、有り体の事しか言えないし、あくまで個人的な見
解という独りよがりだと言う事だ。
さてイベントだ!
やれイベントだ!
それイベントだ!
プレイヤー達は、各パーティ単位ランダムで広大な自然公園内部
へと飛ばされた。
今回のサバイバルイベントの肝は、水場と食料の確保だ。
479
赤いマーキングで示されてないモンスターは基本的に食材モンス
ターと言った形で食べれる奴らばかり。
戦闘に熱中して体力が切れてしまうと、強制リタイアとなってし
まう。
まさにサバイバル!
赤いマーキングで示されているのは、レアドロップ強化モンスタ
ー。
かなり強いが、強さに応じてレアドロップ報酬有り。
もちろんポイントも貰えるが、優勝よりそっち狙いのプレイヤー
も多いだろうな。
緑が自分たちのパーティで、当然ながら敵パーティはレーダーに
は映らない。
ハザードは盗賊系や猟師系職の追跡がレーダーに何らかの影響を
与えないか心配していた。
敵が来たら餌と思え。
そう言う事だ。
ポイントレートはプレイヤー1人に付き1ポイント。
パーティ殲滅で10ポイント。
強化モンスターは強さに寄ってポイントが5ポイントの間で変化
する。
人数制限は一律6名。
それ以下でも以上でもない。
480
減ってしまったプレイヤーは、減点ペナルティ5ポイント払えば
その場で復活可能。
因にマイナス点数とかは無いので、どうにかして5ポイント獲得
しなければ復活は不可能。
全滅は失格。
取ったポイントをポーション、食料品に交換は可能な点が意地が
悪い。
後なんかあったっけな。
とにかく、スタートである!
481
サバイバルイベント︵後書き︶
この状況がめんどくさいなぁの溜息ではなく。
自己嫌悪の溜息ですから笑
482
初っ端から
一斉テレポートした。
場所は?
森の少し開けた場所である。
静かだな。
空気も澄んでいる。
ハイキング気分で深呼吸をした、その瞬間。
もの凄い爆発音と共に遠くの空に火柱が上がる。
﹁うそーん⋮﹂
﹁ノーマルプレイヤーでそんな威力のスキルあったっけ?﹂
﹁詠唱省略では出せない威力だ、多分アレは開始前のカウントダウ
ンで予め詠唱をしていたんだろう。もしくは強化モンスターだな﹂
俺が呟いた後に、ユウジンとハザードが答える様に返した。
火傷なら直せるが、火達磨直せるかな。
聖書が燃えたら終わりなんですが、
そう簡単に燃えない様にはしているけど。
﹁うっしゃ。燃えて来るぜ∼。じゃ、行って来まーす﹂
そんな事を言いながらユウジンは森の中に消えた。
そしてハザードもいつの間にか飛び立っていた。
483
セバス達は拠点設営と防衛に位置取りを開始している。
俺は残された。
おい、なんでだよ。
パーティプレイだろうどう見ても。
全滅のリスク拡散だって?
ふざけんなよ!
なんで回復職の神父を置いてけぼりにするんだよ。
セバスに聞いたら。
﹁クボヤマ様、守るの下手糞じゃありませんか。前回の準優勝者で
もありますし、ここは遊撃として立ち回ってください﹂
私達三人は拠点制作と守備向きですのでね。と、一言告げて消え
て行った。
なんなの?
ほんでエリー。
あたし知らないですからね!みたいな雰囲気出すの辞めろ。
俺はお前の何なんだ。師匠か。
パーティイベントだろコレ!
みんなで力を合わせてだろコレ!
なんだよもー!
ドゴーン。
バゴーン。
チュドーン。
そんな音が響いて来たので、一端絶望するのは辞めた。
484
パーティのポイントを確認すると。
既に55ポイントだった。
早速何パーティか殲滅させてる計算になるな。
1パーティ殲滅で16ポイントは入るからね。
このルールをよく考えれば、最後の一人を狩る事でハイエナじみ
た事が可能なんだよなぁ。
とりあえず、好きに動こう。
人が集まる所と言えばなんじゃらほい。
強化モンスターだな。
幸い近くに赤い目印がある訳で。
ってか、こっちに向かって来てない?
マジかよ。
オートヒーリング
﹁自動治癒!﹂
バリバリバリバリ!!!
自動治癒を発動させた瞬間、左から森の景観を打ち壊しながら巨
大な象が突撃して来た。
慌てて飛び退く。
485
体高は人の五倍以上。
牙は人並みの太さと鋭さを兼ね備えた白色が四本で、先っぽにプ
レイヤーの残骸と思われる革のベストと血痕がちらほら。
目は真っ赤に血走っている。
エンシャントヒュージ
太古の巨象・レッサー
﹃太古の大陸に存在した巨大な象。太古の眠りから強制的に起こさ
れたため、力は衰えている。普段は温厚だが、興奮すると目が血走
り、暴走する。暴走した巨象数匹で、一つの国が滅びた事がある﹄
おい。
おい!
強化モンスターじゃなくて最強クラス格下げじゃねーか!!
こんなの相手に出来る分けない。
すぐさまユウジンとハザードを応援で呼ぶ。
﹃ヘルプミー! ヘルプミー!﹄
﹃どうした? こっちは忙しいぞ﹄
486
﹃こちらも忙しい﹄
﹃知ってるよ! とにかくお前ら戻って来い! 最強級のモンスタ
ーに遭遇したんだけど! こっちは死にかけてるんだけど!﹄
﹃いや、お前死なねーじゃん﹄
﹃モンスターは5Pまでしか貰えないからな、価値が薄い﹄
﹃多分ドロップは古代系だと容易に予想できるからいいから早く来
い! パーティ戦だろうが!﹄
ハザードにも思わず敬語を使わず、ユウジンを相手にしている時
の様に接してしまう。TPOだ馬鹿!
んな事行ってる場合か。
古代系ドロップだと聞いて、二人は暢気に﹃ならいく︵いこう︶﹄
と返事すると緑色のマーカーが俺自身を示す青マーカーに接近して
来るのが見えた。
この調子だと後3分もしないでどちらもたどり着くだろう。
3分か。
早いんだろうが、今の俺には遅く感じる。
フォール
﹁降臨! コーティング!﹂
全ステータスが俺の過剰なMND値に底上げされる。
打つかり稽古をする気は無い!
487
セイントクロス
足狙いの直火当て聖十字だ。
狙うのは後ろ足。
前足外した時、後ろ足で踏みつぶされるのは流石に嫌でしょ。
人間、限界を超える様な動きをすると、急に回りが遅く感じる様
になるよね。
思考やら何やらが加速する感じ。
多分それだろうな。
上下左右縦横無尽に暴れる牙と鼻を身体を捻る様に飛び込んで躱
す。
頑張れ俺の関節。捩じれろ、縮まれ。
なんとか抜ける。
その後は前足だ。
無理だ。
目の前にあった。
セイントクロス
﹁聖十字!! ングっ⋮!!!﹂
腕が折れてしまった。
いかんな、蹴り飛ばされただけで360度ボキン。
皮は完全におじゃん。
腕の腱と筋だけで繋がっている様な状態。
オートヒーリング
自動治癒が直してくれる。
しばらく掛かりそうだな。
呪い、毒物系はまだ良いのだが、こういう物理的損傷の治りが地
488
味に遅い。
そりゃ、部位欠損ペナルティが発生しない様に段階を踏んで聖書
さんが直してくれてるからなんだけど。
巨象、遠心力に振られながらも方向転換をする。
こっち向いてる。
完璧俺ターゲットなんだよな。
セイントクロス
何もして無いのに。
因に直火当て聖十字は、硬い皮膚に少し焦げ目を入れただけだっ
た。
オーマイゴッド。
俺は蹂躙されるのか。
生き返るかもしれないけど、一応コーティングしておこう。
最悪、ヌルっと隙間を縫ってな。
﹁ディメンション・百年砦の城壁﹂
俺と巨象の間を分つ様に巨大な城壁が姿を現した。
そのあまりの質量は、凄まじい衝撃を上げながら大地にめり込ん
で行く。
木の根とかおかまい無しだな。
﹁ッわっぷ! 土まみれだよ!﹂
﹁死ぬよりマシだろう。む、クボ逃げろ。抑えきれない﹂
血が上った巨象には、迂回するという選択肢は無いようである。
突進を繰り替えし、巨大な城壁はヒビが入り今にも砕けてしまい
489
そうだった。
﹁ちょっと腕の治療中で素早く動けないんだけど!﹂
タイミング悪しである。
ハザードは空に居るからな。安全圏だろう。
巨象が突進しながらハザードを見上げて喉を鳴らした。
まさに強者の風格だろう。
種の歴史から、なにから、俺達人間とか格と言う物が違う。
それを感じさせる咆哮だった。
思わず身体が硬直してしまう。
すぐに聖書が打ち消してしまうが、アレはマンドラゴラの鳴き声
の遥かに上位のスキルなんだろうか?
リージュア
賢鳥が魔法陣に消える。
強制的に帰らされたのかな。
ハザードは落下するが、ギリギリで浮遊の杖に掴まっていた。
ずっと浮き続けるだけの杖だっけ。
そのまま、百年砦の城壁をぶっ壊した巨象がまた吠える。
今回は自動治癒をハザードにも掛けている。
それはもう効かん。
だが、為す術が無い。どうする。
﹁俺も知らない魔物だな。質量でせめて来るならこっちだって考え
があるぞ﹂
490
﹁ど、どんな⋮?﹂
﹁それを超える質量で対抗するのみだ﹂
本気で言ってんのかコイツ!
さっき凄そうな名前で凄い感じの盾出して、それ破られたばっか
りじゃん。
﹁いや、良いアイデアだぜ! だが先に部位破壊と行こうじゃない
か﹂
横から割って入って来たのはユウジン。
巨象の片側の牙を全部切り落としながら言う。
今にも突進して来そうだった巨象がたたらを踏む。
ナイスユウジン!
﹁遅いぞ!﹂
﹁まだ5分も経ってねーよ﹂
されど5分である。
5回は殺されてた自信がある。
パーティの攻撃の要がそろった。
遊撃を担当する俺達前衛な訳だが。
前衛の中でも役割が別れていて。
まぁ判るだろう。
491
ユウジンが前衛︵至近距離︶。
ハザードが後衛︵近距離︶。
俺が回復︵超至近距離︶。
超攻撃的なのである。
それぞれのリーチに沿ってだな。
距離感と言う物はシビアに定められているんだぞ?
フォール
動いていない物だったら運動エネルギーなんぞカス同然だ。
俺は降臨の出力全開にして像の最初に傷つけた前足にしがみつく。
﹁うおおおおおどっこいしょおおおお!!!﹂
関節をぶん殴り、折る。
足かっくんの要領だな。
つい
だが、その際余波に巻込まれて俺は潰される。
ドワーフ
﹁ディメンション・炭坑族の槌×2﹂
膝をついてバランスを崩した象の顔面。
未だ健在のもう片方の牙に向かって縦に重なった巨大な石柱が飛
来する。
バギンバギンバギン。
絶大な質量兵器だな。
十分な位置エネルギーを蓄えた石柱は容易く巨象の牙を圧し折り、
その勢いのまま像を転がしてしまった。
折れた勢いで前転。
生き物の弱点である腹がむき出しになった状態で、鬼火力を誇る
ユウジンにバトンタッチされる。
492
﹁鬼闘気。鬼神の一撃﹂
全身から吹き出る湯気と共に、茹で上がったタコの様に真っ赤に
あまはがね
てんとう
なった彼の身体から鬼神の如き一撃が見舞われる。
それは神鉄から出る天鋼で打たれた名刀−天道−も相まって、巨
象の腹は、あれだけ頑丈だった皮膚は、いとも容易く斬り裂かれた。
弱点特攻の割には、内蔵は無事なんだからな。
驚くべき程頑丈な魔物だった。
ドロップアイテムがポップした。
﹃太古の象牙×6 部位破壊報酬﹄
﹃太古の巨大骨×3﹄
﹃太古の象皮×3﹄
エンシャント・メモリー
﹃完熟した巨象の肉×一塊﹄
サモン
アドロイ
﹃太古の記憶×1﹄
﹃召喚・白象﹄
﹃巨象の咆哮﹄
一杯ドロップしたな。
均等に分けれるのが半分と。
肉塊、これは置いといて良いや。
エンシャント・メモリー
サモン
アドロイ
﹃太古の記憶×1﹄
﹃召喚・白象﹄
493
﹃巨象の咆哮﹄
この三つどうする。
アドロイ
エンシャント・メモリー
でもなんとなくみんな欲しいのは散けてるよな。
﹁⋮わかってるよな?﹂
﹁ああ。大体察しはつく﹂
﹁じゃ、せーので言おうぜ﹂
ユウジンがせーのと言う。
エンシャント・メモリー
サモン
﹁太古の記憶×1﹂
﹁召喚・白象﹂
﹁巨象の咆哮﹂
はい、散けました。
因に俺は絶対余りものになるであろう﹃太古の記憶×1﹄を選ん
でいた。
なんでかって?
消去法だよ。
確実に、召喚を選ぶのがハザードだろ。
ユウジンもハザードが確実に選びそうな物は流石に選ばないだろ
う。
よって二択な訳だが、太古の記憶なんて興味ないだろ。
これで決めうちだ。
部位破壊も、止めも決めたのは彼等だ。
494
彼等の隙に選ばしてやるんだ。
エンシャント・メモリー
さてさて﹃太古の記憶×1﹄って一体なんなんだろうね。
まぁそれは後でも良いか。
騒ぎを聞きつけたプレイヤーが集まって来た。
疲労した所を狙うハイエナ共だな。
ドロップ品はイベントが終わってからゆっくり調べてみよう。
コレはもしかしたら俺の求めてる物かもしれないしな。
495
初っ端から︵後書き︶
﹁クボヤマ様って、基本死にかけるじゃないですか? 逆手に取っ
て全てのリスクをあの方に背負って頂く法則ですよ。フフフ。LU
K0は伊達じゃないですよね﹂
と、執事姿の男が呟いてました。
ドロップアイテムなんて、クボヤマ以外は久しぶりの感覚なんじ
ゃないでしょうか?多分そうでしょう。
巨象の想像は、ロードオブ○リングの﹃オリファ○ト﹄を参考に
お願いします。
496
サバイバル夜の陣
一人遊撃継続中です。
ユウジンもハザードも移動が早過ぎてついて行けませんでした。
ステータスの差をひしひしと感じました。
さてと、時刻はそろそろ夜である。
夜だからセーフティーエリアでキャンプ待機?
のんのん。
何の為に食料になる魔物が居るんだ。
何の為にこんな広大な大自然を使っているんだ。
もちろん夜もサバイバルは続きます。
ルールには至って変更無し。
ただ、レアドロップの魔物が夜専用にチェンジするくらい。
夜行性とかあるのね。
日が暮れてからが本番である。
噂によると、PKギルドが参加しているみたい。
PKという単語を聞くと、初めてのログインを思い出すな。
ノーマルプレイヤーからかけ離れた行動ばかりを取っていたから、
PKに遭遇する事は無かったが、色々な国の役所の掲示板にはプレ
イヤーと思しき人の指名手配書が張られていた所を思い出す。
あのプレイヤーはどうなったんだろうな。
俺を刺した奴。
497
別に気にしちゃいない。
ゲームの厳しさを一番最初に教えてくれた恩人だからね。
傷を負っていたら直してあげるくらいの心の広さはある。
ただし、俺だけだけどな。
さて、夜営である。
三人が固まって表示されているマーカーの場所へ向かう。
とりあえず、小動物の魔物を道中狩っておく。
今日の夜飯だ。
﹃ネイチャーバーベキューラビットの肉:イベント専用﹄
﹃ネイチャーバーベキューバードの肉:イベント専用﹄
﹃ネイチャーバーベキューピッグの肉:イベント専用﹄
﹃ネイチャーバーベキュー⋮﹄
昼に動いたら夜はキャンプだ!
ってことですか。
お酒の準備はあるんですか? ギ○スが飲みたい。
二十歳になって初めて、自宅近くのアイリッシュバーに一人でお
酒を飲みに行った事があったな。
カウンター席でいきなり話しかけられたかと思ったら、お前初め
てなの?って聞かれて、あれよあれよと知らないオッサンにフィッ
シュ&チップスを勝手に注文されて食べさせられた経験がある。
まぁ美味しく頂けた、引っ越してその店には行かなくなったが今
でも営業してるんだろうか。
話しがずれたが、俺の口は既にバーベキュー状態である。
ってか、新たな要素を発見した。
498
﹃ネイチャーウッドの落とし物を拾いました﹄
普段は流れないログだけに、この表示を見るだけでも楽しい。
スポットって言うのがあるのかもしれないが、割と大きめの傷が
入った木の根元に茂っている草。
ネイチャーウッドの新芽だとか。
山菜としてバーベキューの飾りにならないかと思って毟っていた
ら、奥の方で見つけた。
﹃ネイチャーウッドの落とし物を拾いました﹄
光る握りこぶし大の種なんだけど。
拾って中を割るとだね。
﹃種がネイチャーコーンに成長しました﹄
トウモロコシになったよ!笑
他にもネイチャーオニオン、タマネギだな。
長ネギ、キャベツ、レタス、トマトと言った風に、色々な野菜に
変化するのである。
若干トウモロコシの出現率が多い所を垣間見ると、どう見ても運
営は俺にバーベキューをさせたいようだ。
ああもう。
早く帰ってバーベキューしたいのだが、まだ見ぬ食材ドロップが
俺を待っているのだろうか、そう考えるとついつい新芽をかき分け
る作業をしてしまう。
よし、もうちょっとピーマンと長ネギをドロップさせてから戻ろ
499
う。
この時は忘れていた。
ギャンブル中毒に落ち入ってしまった、奴がついつい次に懸けて
ベットをし続けてしまう様に。
この木に大きな傷を付けた本人が現れるまでな。
ネイチャーガードスタッグ
大自然の守り主・憤怒
﹃州立自然公園の主。自然を支えるネイチャーウッドを守る牡鹿。
その森を荒らす物が居ると激昂し、姿を現す。怒れば怒る程その肉
は熟成されて美味くなる。さらに、幼体をリラックスしてる時に即
死させた肉は世界十指に入る程。※イベント期間中につき状態が1
段階上位変化中。﹄
鋭い角を持った巨大な鹿が、またも怒り狂いながら姿を現した。
正直言ってすいませんでした。
野菜はお返し⋮できませんがどうか神に免じてそのお怒りをお鎮
めください。
500
マジで。
突進して来た鹿の角はいとも容易くその辺の木を削り飛ばす。
マップを定期的に確認するのを忘れていた。
そして魔力探知もだ。
完全に野菜の亡者でした。
ええ、まったく。
畜生!俺はバーベキューするんだ。
お前も食材にしてやる。
フォール
﹁降臨! コーティング!﹂
バーベキューをするんだ。
真正面から突進して来る鹿の角を厚めのコーティングを施した手
で掴む。
象に比べれば圧倒的に軽かった。
それでも人の3倍近くはありそうな巨体。
木を角で抉る程の力を持っている鹿だがな。
﹁鹿肉! うおおおお﹂
バーベキューをするんだ。
基本的に獣は踏まれると骨が潰れかねないので、顔中心に打撃を
与える。
鹿の角を正面から受け止める。
素晴らしい、突進が止まったのだ。
靴から摩擦で煙が出ているが、気にしない。
501
象戦で成長したのかな?
だが、鹿さん頭良い。
ちょっと感動していたら、身体を下から掬い上げられた。
空を舞いそうになるが、角を掴んだままだったので鹿の上に綺麗
に着地する。
若干股間にダメージを負ってしまったが死ぬより痛くないから無
視。
着地の瞬間、手に持っていた角の先っぽが折れた。
木を抉る程の角だぞ。それが折れる衝撃を股から全身に感じた訳
だ。
聖書さん頑張ってくれてる。
マジで。
考え出すとじわじわと無視できない痛みが広がって来そうだ。
決着は容易い。
折れた角が幸いした。
背中に乗っているのでいくら暴れたってしがみついてれば落ちな
い。
巨大ロデオだ。
頭の方まで近づくと、耳に向かって角を差し込んだ。
鹿の巨体がビクンと一瞬震えた後、倒れた。
﹃大自然の鹿肉・熟成 一頭分﹄
サモン
ドリュー
﹃守り主の角・部位破壊報酬﹄
﹃召喚・大鹿﹄
502
ドロップアイテムである。
食材モンスターなので、一頭分表記という事はまさしく全部位が
食べられるのだろうか。
まぁ解体必須なのだろうが、慣れているしいいか。
鹿肉が手に入りました。
ローストとかステーキもしくはワインで煮込むといい。
セバスにご要望しなければ。
野菜も大量にあるしな。
野営地にたどり着いた。
川から少し離れた位置である、ハザードもユウジンも既に戻って
来ていた。
お腹が空いたんだろうな。
あいつら、戦闘装備以外持たない様な奴だしな。
ハザードは自分で作った何かの薬草と木の実を煮て混ぜて濾して
乾燥させて固めた固形物を食べていた。
鑑定すると﹃賢人の非常食﹄とでる。
だから何なんだよそれ。
本人も栄養価はカロリーメ○トとほぼ変わらないらしいが、味は
糞マズいと言っていた。
そして残り汁は苦酸っぱマズい感じの青汁になる。
ハザードは俺らと会う前、一人旅の時はもっぱらコレで過ごして
いたらしく、セバスの料理に感激していた節がある。
でも今でも炭酸で割ってログイン一発目に飲んでるんだって。
特殊なバフでもあるのかな。
503
どう見ても青汁健康法です。ありがとうございました。
川を挟んでテントを張る人達がちらほら見える。
向こう側にも渡れるのね、知らなかった。
川から少し離れた位置に俺らのテントはあった。
流石ですセバス。
何人かがキャンプファイヤーをやろうと丸太をくみ上げている最
中でした。
バーベキューコンロは5台ほど設置され、椅子もテーブルもフル
で準備されている。
あれ?なんだか人多くない?
﹁よ∼神父。今夜はごちそうになるぜ﹂
知ってる声が声を掛けて来る。
ロバストさんでした。
﹁奇遇ですね。やや見知らぬ顔が多い様ですが﹂
﹁ああ、すまねぇな! こいつらギルドのメンバーだよ﹂
辺りで寛ぐプレイヤー。
みんなリヴォルブのギルメンなんだとか。
﹁この辺じゃ色んなギルドが夜は不戦条約を結んでPKギルドに備
えてんぞ﹂
話しを聞く所。
504
裏掲示板なる所で、PK集団も日頃の鬱憤を腫らす様にこのイベ
ントにて合法的に人を狩れる日を心待ちにしていたんだとか。
で、昼活のプレイヤーが寝静まった頃を見計らって奇襲を仕掛け
て嬲り殺そうぜという祭りが怒っているらしい。
どこまでも危険な連中だな。
集団襲撃に抵抗する様に、集団自衛へと正規の掲示板の方でも発
展して行った方だ。
﹁ようするにプレイヤーズサブイベントってこったな﹂
有志によるイベントと化しているんだと。
まぁ勝てばポイントになるしな、負けてもパーティが機能してい
れば復活できるし、普段からPKが横行するよりもいいんじゃない
でしょうか。
ガス抜きは大切である。
﹁要するに、時間まではバーベキュー大会ってことですね﹂
俺はセバスを呼び、大自然の鹿肉・熟成を見せた。
皆の衆!
今夜は肉だ! 野菜だ! バーベキューだ!
大量に野菜を取って来て良かった。
大盤振る舞いである。
たまたま運営が貸し出してるバーベキューセットを持って来てい
る人も含め。
バーベキューは更なる盛り上がりを見せ始めていた。
505
川では漁師が魚を釣る。
なんと、釣王も参加していた。
魚を提供するから肉をヨロシクだって?
構わんとも!
釣王に神のご加護があります様に。
祈りを捧げると何やら複雑そうな顔をしていた。
俺のとなりで肉をハムハムしている。
装備にライフジャケットを着ているだけなのに。
愛玩動物的な可愛さがある。
それが人気の秘密なのかもしれないな。
もう隣では、エリーがせっせと肉を焼いて俺の皿に装っていた。
妻かよ。
女子力アピールも良いが、せめて鎧をしっかり着てくれ。
いつ奇襲が始まるかも判らない状況で、あの時の青いドレスをき
るんじゃない。
指定時刻より大分早い時間である。
俺、ユウジン、ハザード、釣王のみが微かな変化に気付いた。
俺の薄く広げてある魔力に何か入った。
506
ユウジンも俺にアイコンタクトを送ると、俺の感じた方向と同じ
方向を向く。
ハザードは﹃クロウ﹄を召喚し、既に飛ばしていた。
ちょんちょんと俺の袖を引っ張る人が居る。
釣王である。
﹁網に何かが引っ掛かったみたい。PKかしら、イベント開始かも﹂
507
サバイバル夜の陣︵後書き︶
﹁あ、イベント対岸だった、ワタシそっちいくね﹂
そう言って、釣王は船を出現させ対岸のあの憎い神父達の騒ぐバ
ーベキュー会場へと向かっていた。
俺達がせっかく用意した釣王ファンクラブキャンプを捨てて。
俺は、この一瞬だけPKになる事を誓った。
更新遅れて申し訳ないです。
12月14日まで仕事で多忙なので、一日1更新を守れない日が
続くかもしれません。
それでも時間が空けば複数回更新は隙をついて行きますよー。
目指せ年内60話。
508
ゴタゴタ。
釣王の向く方向は川。
まぁ、川を使った奇襲は有り得るよな。
背水の陣なんかではない。
全方向から襲って来る敵を迎え撃たなければならない訳で、当然
川からの攻撃にも備えなくては行けない。
﹁任せてくだサイ﹂
エリーが前に出る。
青いドレスのままで。
フェンリル
そのドレスは自信を表しているのか、それとも着替えるのが面倒
なだけだろうか。
隣に悠々と立つ氷精霊を従えるその姿は、美しかった。
﹁フェン、川を凍らせてくだサイ﹂
フェンリル
フラウ
氷精霊が水面を駆ける。
雪精霊も舞う。
水の上を凍らせて疾走するフェンリルは口から凍える息吹を吐く。
川から悲鳴が聞こえて来る。
あ、やっぱり居たのね。
思ったより数が多かった。
509
﹁あれ、ワタシのファン達﹂
何してんだよ。
下半身氷漬けの野郎共を尻目に川を渡り始める。
雪精霊の加護によって、滑らない仕様だ。
﹃ぢぐじょおおお﹄
﹃ああああ ああああ﹄
﹃糞神父ぅぅぅぅ﹄
﹃俺らのアイドルを尽くぅぅうう﹄
そんな声が聞こえるが無視しよう。
釣王とエリーが次々と仕留めるその光景は、何とも言えない物を
感じた。
良いのか?ファンだろ。
﹁おかしいデス。みんな喜んで止めを刺されてくれマス﹂
SMイベントかよ。
お前ら、それで良いのかよ。
野郎共から馬鹿共に格下げである。
﹁リアルスキンモードってフリーダムね﹂
凍った川を見回しながら釣王がボソッとささやく。
﹁ええ、素晴らしい世界ですよ。いかがですか?﹂
﹁痛覚100%なんでしょ? 割に合わないわ、アタシ痛いの嫌な
のよね﹂
510
氷の上を走って来る第二陣を投網スキルで拘束して行く。
漁師ジョブを目の当たりにするのは実際初めてなんだが、トリッ
キーで面白いな。
本来ならば、海上︵水面︶でのステータス補正が強い職らしいの
だが、まぁプレイヤースキルによって評価はマチマチだ。
武器を持っても使い手がお粗末だったら何の機能もしないのと一
緒である。
ってか女の子が釣王だなんて、最初はネタかと思ったんだがな。
﹁ネタだったわよ。でも意外と奥が深いのよね、漁師って﹂
﹁養殖とか興味あります? 実家でフグとハマチをやってまして﹂
﹁ほんと? でもノーマルプレイでやるわ、ゲームの世界でも臭い
の嫌だもの﹂
そんな事を話しつつ、俺達は凍った川を渡って行く。
ほう、海洋産業には興味あるのね。
次の目的地が決まりました。
是非行きましょう、海。
未だ陸続き出しな、この世界の海を見に行こう。
期待が膨らむ。
ビーチだよ?
可愛いねーちゃん達は居るか判らないけれど、期待は膨らむよね。
おっと、段々祭り騒ぎから本格的な戦闘に動きが変わって来る。
白熱して来たな。
511
この中にガチPKとして活動してる人は居るのだろうか。
徐々に会話の余裕が無くなって来る。
剣をクロスで弾く。
飛んで来る矢を素手で掴むのは無理なので、刺さった瞬間引っこ
抜く。
痛覚100%だったっけ。
ぶっちゃけると、痛みを感じなくなっている。
これは聖書さんのお陰だろうか。
流石です。
俺は神父職に身を委ねているが、コレは本当に神父なのだろうか。
流石に心配になって来るよ、エリック神父。
﹁師匠、フェンが何かを嗅ぎ付けました乗ってください﹂
エリーがフェンリルに乗って駆けて来る。
行こうか。
ここは釣王達に任せよう。
匂いの正体は魔物。
夜専用のイベントモンスターか!
ちなみにパーティと戦闘中だった。
﹁誰だ!?﹂
身を隠してみていたが、すぐに気付かれてしまった。
覆面で顔を覆った男は余程感が鋭いらしい。
512
﹁ったく、馬鹿共が騒いでる間に夜専のイベントモンスター狩りと
洒落込んでたのにな﹂
そう言いながら赤髪で黒服の男は走り出すと赤目の大蛇の首を両
断した。
﹁誰かと思えば、クレイジー神父じゃないか?﹂
赤髪の男はニヤつきながら話しかけて来る。
肯定すると、隣は姫騎士のエリーかと覆面の男が呟いた。
﹁あら? 剣鬼のユウジンは居ないのか?﹂
﹁ああ、彼は生憎イベントで走り回ってましてね﹂
﹁昔っからお祭り好きだからな∼﹂
﹁知ってるんですか? 彼を﹂
﹁昔何度かやり合ったよ﹂
そう言うと、赤髪の目つきが鋭くなり舌なめずりをする。
ちょっとぞくっとした。
﹁アナタ達はプレイヤーキラーデスカ?﹂
エリーがぶっ込んだ。
根性あるお前。
513
﹁ん? あんな馬鹿共と一緒にすんな。ちょっと世界が厳しいだけ
で半端にPK諦めやがって、何が祭りだ、こっちだって美学っても
んがあんだよ﹂
赤髪がうんちくを語り始めようとした時、覆面が押しとどめた。
そんな時間は無いんだと。
﹁ああ、わかったよ。俺に指図すんな糞ボケ。あ、ユウジンにヨロ
シクな。名無しの赤髪がてめぇらを殺しに行きますよってな﹂
そう言いながら彼等は闇に消えて行った。
一体なんだったんだ。
落ち着いたらユウジンに尋ねてみよう。
さて戻って来ました。
大混雑です。
遠くから見ても、混戦状態です。
キャンプファイヤーの炎が崩れて辺りに燃え移ってました。
﹁セバスは大丈夫かな﹂
﹁ここに居ますよ﹂
すっと後ろから姿を現したセバス。
514
驚かすなよ。
こいつ、日に日に気配を消す技術が上達している。
﹁あれはどうなってんの?﹂
そう尋ねると、セバスは話し出した。
なんとも、勝利条件を決めていなかったんだとか。
終わり無い終わり無い戦いがここに。
﹁普段から中の悪かったギルドやグループが争ってるらしいですよ﹂
うわ∼。
巻込まれたギルドはたまったもんじゃないな。
既にPKどころじゃないらしい。
初めのあの雰囲気はどうしたんだよ。
﹁お前達は参加しないのか?﹂
リージュア
ハザードが賢鳥に乗ってやって来る。
﹁参加も何も、ただポイントを浪費して殺し合ってるだけじゃない
か﹂
﹁確かに﹂
どうしようか。
この状況。
﹁どうすればいい? エリー﹂
515
何故この時、エリーに振ってしまったのか判らない。
ただ、この判断は後々多大なバッシングをくらい。
俺のあだ名がしばらく糞神父になる所だった。
﹁ナラバ、全てヤっちゃいまショウ! 師匠!﹂
﹁いや、そうじゃなくって﹂
﹁上から四元魔法ぶっ放すか?﹂
四元の魔
﹃大規模魔法ですか、検索致します。4件ヒットしました﹄
﹁ですって∼﹂
﹁お前ら!!! ちょっと待って!!﹂
止めた甲斐は無かった。
ハザードと共に賢鳥に乗った二人。
﹂
﹁空陣を組め四大元素の杖、波動の杖を介して発動せよ
波動
516
﹁フェン、ブリーザード﹂
﹁ウィズ、上級魔法から適当に選んじゃって﹂
﹃一網打尽ですね、フェンリル様とハザード様に干渉しない様に雷
系の上級呪文を発動させます。ラピットライトニング﹄
うわああああああああああ!!!
俺知らないからな!!!
火・風・水・土の四大元素が魔法陣によって統合され、波動の杖
と呼ばれる物を介して波動になって押し寄せる。
要するに熱風吹き荒れる熱せられた泥水が豪雨の如くドバドバド
バっとプレイヤーを埋める。
その中を空から稲妻がほとばしる光景は、まるで異常気象だ。
やばい、やばい。
その合間をフェンリルが駆けたと思うと、凍っていたり。
﹁ハハハ。面白い様にポイントが増えて行きますね﹂
おいセバス、お前も軽くトランスしてるんじゃないよ。
数値が異常だよ!
ポイントが2000を超えた!
517
フォール
こ、これ以上増えるのを放置するのはマズい!
俺は聖書とクロスを掲げて降臨状態に移行すると異常気象の中を
駆け出した。
凍った人の中にユウジンが居た。
消えていないだけ、彼のHPの高さが窺える。
オートヒーリング
﹁自動治癒!!!﹂
ってか、死屍累々なんだけど。
あれはロバストさん!
﹁おい、神父てめぇ⋮これは一体⋮﹂
﹁違うんです。これはハザードが全部悪いんです﹂
﹁な、なに⋮? ハザードの奴⋮すげぇやつになっちまったな⋮﹂
﹁そうなんです! 全部ハザードがすごい魔法使ったんですロバス
トさーん!!﹂
ロバストは光に包まれて死んで行った。
ってかあの堅いロバストさんすら耐えられないとか。
あ、物理ダメージじゃないもんな。
浸食的なダメージなのかもしれない。
518
冷静に分析してる場合じゃない。
俺はひたすら走った。
エリーとハザードと凪には拳骨だ。
マジで。
519
ゴタゴタ。︵後書き︶
そう言えばですが、ハザードの格好はド○クエVの主人公を意識
して頂ければ近いかと。
断じて話しの展開がどうすれば良いか思いつかずごちゃごちゃに
した訳じゃないので。
まじで。
520
一炊の夢
サバイバル戦は無事終了した。
いや、無事じゃないな。
優勝候補の一画であったギルド﹃リヴォルブ﹄一軍のまさかの全
滅である。
堅い事で有名だったロバストさんも真っ青の異常気象により、あ
の区域に参加していたプレイヤーは壊滅的な打撃を受けていた。
俺の治療が間に合わずして全滅してしまったプレイヤーも多数居
る。
詳しい内容を知らない人、もしくは乱戦時を観覧していた人以外
バトルジャンキー
は俺の事を恩人として感謝してくれているらしいが、一部では︻G
Oサインを出した本人︼として戦闘狂神父から暴虐神父として大変
ヴァイオレンスなあだ名がついてしまった。
でもさ、あの乱戦だ。
敵と味方の区別すらつかない状態に落ち入ってたんだ。
仕方ないよね?
もう開き直るしか無いのである。
ははは。
まぁそれはさて置いて、少しあの乱戦以降の話。
例の区域でサバイバルするプレイヤーが激減した事となんか精神
的に疲れてしまった事によって俺はテントに引きこもってひたすら
祈り続けた居た。
いざという時の聖書さんである。
521
さすが一番長い付き合いなだけあって、俺の心を癒してくれるの
は彼女だけだ。
一緒に祈ろうとするエリーには出て行ってもらった。
今回の元凶はお前達だ、反省しろ。
夕食のバーベキュー以外は絶対でないからな。
エンシャント・メモリー
﹃太古の記憶﹄
サモン
ドリュー
﹃守り主の角・部位破壊報酬﹄
﹃召喚・大鹿﹄
引きこもってひたすら祈り続ける合間。
今回のドロップアイテムについて頭を働かせていた。
あ、いつの間にかですがね、片っぽの頭で聖書を読み上げながら、
もう片っぽの頭で普段の思考が出来る様になりました。
カッコいい言葉を使うと同時並列思考って言うのかな?
元々リアルでも複数の事を同時進行するのが得意だったので影響
しているのかもしれない。とりあえず聖書さんのお陰ってことにし
とく。
御都合主義だが、俺の思考の片っぽは常に聖書さんだってことだ。
一心同体である。
んで、ドロップしたものなのだが。
522
エンシャント・メモリー
エンシャントヒュージ
太古の記憶
﹃太古の巨象の抱える記憶。神時代を悠々と生きるこの巨象と共に
生きる人々の思い出が込められている。※レッサー化していても持
つ記憶は変わらない﹄
この光の球、なかなかのレアアイテムの予感である。
使い方は判らないがな。
ネイチャーガードスタッグ
守り主の角・部位破壊報酬
﹃大自然の守り主の角先。滅多に折れる事の無いそれは、粉末にす
れば守護霊薬の材料でもあり神事の媒体でもある。煮詰めても良い
出汁が取れる。縁起のいい物であるためLUK値に%補正が掛かる﹄
なんつーか、凄く良いものだと言う事は伝わった。
煮てよし、挽いてよし、奉ってよし。
あのアホ賢人が喉から手が出る程欲しそうなアイテムである。
とりあえず煮詰めて出汁を取ったら砕いて粉末を鍋に投入して煮
こごりみたいにして鍋で奉ってやる。
くそが。
ドリュー
こんなもん使い方知らねーよ。
サモン
召喚・大鹿
﹃大鹿のドリューを召喚できる。のんびり屋で寒さに強い。頑強な
角での一撃は脅威。草木の成長を促す魔法が使える﹄
初めての召喚魔法です。
ノーマルプレイヤーモードでは、魔術系職の中に召喚師と呼ばれ
る召喚魔法を扱う職業もあるらしい。
523
あのアホ賢人も好んで使っているのが、この召喚魔法と空間魔法
である。
四大元素魔法の他に光と闇の対極魔法。
雷、氷、木などの上位属性魔法。
そのどの属性にも属さない魔法が無属性と呼ばれている。
召喚魔法と空間魔法はその立ち位置だ。
ちなみに俺は別名神聖魔法と呼ばれる光属性に適性がある。
対極魔法はINT値ではなくMND値依存のある少々特殊な魔法
なわけで、僧侶職や闇系魔法職はMNDもきっちり上げないといけ
ないんだとか。
だからってINTが入らない訳じゃな。
リアルスキンモードは振れないから、地力で鍛えるしか無いんだ
が。
鍛え方をミスった俺は、事実上INT値が絶望なわけだ。
だが無属性魔法はINT値とMND値がどちらも考慮されるらし
い。
魔力を扱う事が出来れば誰だって扱える魔法なんだとか。
俺の魔力量はかなりある。
召喚魔法を取得する事に寄って俺の戦闘の幅は更に広がるんじゃ
なかろうか。
そう思って練習してみたんだけどね。
いくら頑張っても大鹿は来てくれませんでした。
524
流石にコレはちょっとショックだった。
ハザードに相談してみた所、アウトプットがお粗末だから召喚門
の大きさが足りないんだとか。
結局INTじゃねーか!
なんて叫びたくなりました。
無属性魔法の適正すら無いのか、やっぱりトコトン才能無いんだ
な。
セバスにあげた。
彼曰く﹁家庭菜園がハマります﹂だそうだ。
勝手にしろ。
そして俺は狂った様に鍋で角を煮込み始め、十分に出汁が取れた
頃、巨象の骨を使ってごりごりと砕き潰し、鍋に投入。
さらに煮込み始めた。
もちろん祈りながらな。
その間、誰かが俺のテントを開く音がして、そっと閉まる音もし
た。
どっからゼラチン質が出たのかしらんが、次第にドロドロとして
来た。
よし、十分に冷やしたら神の煮こごりと呼ぼう。
浸してる間はもうふて寝する事にする。
今日はダメだ。
525
私は見ました。
彼の引きこもるテントが光り出したのを。
ブツブツと呟きながら何かの骨でごりごりと何かを砕く姿。
見ている世界が違うんだと錯覚しましたね。
それとも、数々のストレスが彼を変えてしまったのか。
いや、彼の精神補正と回復力は尋常じゃないですからね、放って
おけば収まるでしょう。
原因の一抹はこちらにもありますから、今日もバーベキューを用
意して彼のご機嫌取りをお嬢様としなければなりませんね。
526
目が覚めると、平原だった。
スカイ・ホエール
背の低い草を風が撫で、波打つ様にして爽やかな音を響かせてい
た。
空を見上げる。太陽が凄く近い。
適度に雲が散らばっており、その雲の間を縫う様に、沢山の空鯨
達が群れをなして悠々と泳いでいる。
スカイ・ホエール
時折、空鯨達の声が空から響く。
ヲオオオオ。
圧巻の光景だな。
いいなぁ、あんな風に空を優雅に飛んでみたい。
眺めていると、次は地響きが聞こえて来る。
今は地面に胡座をかいて座り込んでいるため、お尻に振動が伝わ
って来る。
後ろを振り返ると、巨大な白象の群れがゆっくりとこっちに近づ
いて来ている様だった。
エンシャント・ヒュージ
あれは、古代の巨象じゃないか。
以前対峙した時の状態と違う。
昼下がりの散歩を楽しむ様に穏やかに歩いている。
﹁どうした? そんな呆けたツラして﹂
群れの中でも一際大きな象に乗った男が話しかけて来た。
赤髪天然パーマの男は赤い瞳を俺に向ける。
527
この男、どっかで見た事あるな。
﹁ヴァルカン⋮ですか?﹂
﹁敬語は辞めろよ気持ち悪い﹂
そのままだ。
あの顕現した日。
窮地を救ってもらった時と何ら変わりない姿に驚いた。
﹁あの時は、必死だったからな﹂
﹁まぁ、なんつーかよくやったよ﹂
﹁それより、ここは一体⋮﹂
素朴な疑問だ。
明晰夢でした。では済まない世界が眼前に広がっている。
﹁少し考えれば判るだろ。ここは神の住まう場所﹃エラ・レリック﹄
。神時代の生態系がそのまま残された場所だ。現実世界には存在し
ないぞ。ここに来るには神の許可と次元線を越える媒介が居るから
な﹂
頭痛がして来た。
判る分けねーだろ。
俺はなんでこんな所に来たんだ。
﹁あ、ほら。俺、おまえに﹃またな﹄って言ったじゃん。そん時に
528
許可は出しといたんだよ﹂
そんなに簡単に許可が出せるのか。
﹃神を顕現させる﹄行為はそれだけ特別だと言う事だった。
オラクル
﹁あと、お前未だに信託貰えてないだろ。俺にも責任あるからさ、
待ってたんだぜ? おまけに差し入れまでな﹂
そう言いながらヴァルカンは鍋を俺に見せた。
神の煮こごりじゃないか。
﹁この深い味わいがたまんねぇぜ∼、今日はバッカスの所から神
酒パクってこよ﹂と彼は上機嫌である。
﹁責任って一体なんですか﹂
﹁ああ、それな﹂
彼は鍋を仕舞うと続けた。
オラクル
﹁俺の加護とアウロラの加護が混ざり合ってる状態なんだ。そりゃ
信託も繋がらない筈だ。どっちと繋いで良いかお前が判らない状態
でやってるからな﹂
受ける側の問題だったのか。
メギド
バラ
﹁でだ、本来なら、どっちか選択しろって突き放しちまうんだが。
俺はあの時お前の可能性を見ちまったのさ。俺の神火を聖火にしち
まう程の容量を持ったお前ならきっと俺達の加護を生かしてくれる
だろうってな﹂
529
彼は象達に合図を送った。
象達が一斉に空に吠える。
呼応する様に空から鯨の声が響いていた。
スカイ・ホエール
そして空鯨の群れから大きくはないが、真っ白な個体が地上に降
スカイ・ホエール
りて来る。
空鯨には一人の女性が座っていた。
俺はこの人を知っている。
一体何度祈っただろうか。
女神アウロラ。
﹁やっと会えた﹂
彼女は空鯨から降りると、こっちへやって来て俺の頬を撫でた。
とんでもなく緊張する。
息をする事すら忘れてしまう様な一瞬だった。
﹁エリックから度々報告は受けていました。でもあのエリックです
ものね、意外と嫉妬深いですから彼﹂
はにかみながら女神は言う。
﹁今、貴方の中には私の加護と弟の加護。そして私と強く繋がって
いるエリックの祈りが存在しています。そして、貴方の聖書はもう
すでに意思の片鱗を見せ始めています、正直私も驚いていますよ﹂
俺の胸ポケットから聖書がスッと飛び出して来る。
女神の手の上で浮かぶ聖書に向かって、女神は指で小突く様な仕
草をすると、聖書がパタパタと喜んでいるかの様な意思を見せてい
530
た。
﹁特殊なアイテムはこの世に数多く点在していますが、ただの聖書
だった彼女が明確な意識を持つに至った。奇跡と言っても良いです﹂
﹁とあるエルフに進化しかけている騎士がだな、聖書にかまけて構
ってくれないと頻繁に礼拝堂で愚痴ってるぞ。ぷぷぷ﹂
﹁目一杯の愛を受けたこの聖書は、私達の子供に等しい存在となっ
ヴァルカン
ています。とくにクボヤマ、貴方の愛が一番彼女を育てて来たんで
すよ﹂
アウロラ
そう言いながら微笑む女神と鍛冶神。
﹁名前を付けてあげてください。それが貴方と彼女の絆になります﹂
女神は俺の目の前に聖書を浮かせた。
正直、話半分で聞いていた。
と、言うよりも状況について行けてない。
それをヴァルカンも察しているようでさっきからニヤニヤとうざ
い。
だがまさに、奇跡だろう。
﹁二つの加護を持つが、それが一緒くたに混ざり合う訳じゃない﹂
とヴァルカンは付け足していた。
要するに媒介にして全く別の物に聖書は、彼女は生まれ変わろう
としているのだろうか。
名前ね。
それっぽいのはすぐに浮かんだ。
531
ここに至るまで数々の出会いがあった。
リアルでは体験する事の無い出会いも数多かった。
そしてその繫がりのお陰で俺はここまで来れた訳だし、そしてコ
レからもそれが続くんだろう。
そんなご大層な言い訳を考えてみたが、単純に。
俺と聖書さんは運命の出会いを果たしていた訳だ。
あの日PKに殺されていなければ神父になる事は無かっただろう。
そう、名前はこれでいいか。
﹁⋮フォルトゥナ。運命の女神フォルトゥナだ﹂
﹁⋮よい名前ですね﹂
﹁ひゅ∼お前にしてはセンスがいいな﹂
俺が名前を言った瞬間。
聖書が光を帯びた。
そして、眩い程の金色の長髪と瞳を持った16歳くらいの少女が
誕生した。
俺のイメージが形になっているのかな。
運命と言えば運命の輪と車輪を想像してしまった、そんなオブジ
ェクトがカチューシャの様に少女の頭部を飾り付けている。
﹁クボヤマ!!﹂
532
彼女は。いや、フォルトゥナ。フォルで良いや。
フォルは俺に抱きついた。
﹁やっと、やっと貴方とこうして話せる! 触れ合える!!﹂
﹁聖書さんとしての記憶は残ってるのか?﹂
﹁うん! 自殺紛いの事はもうしないって約束して、私が全部治し
てあげるけどもうダメ!﹂
ああ、判ってるんですね。
納得しました。
﹁さっそく尻に敷かれてね?﹂
﹁ほほえましいですね、差し詰め私達は叔父叔母と言った立ち位置
でしょうか﹂
そんな様子を見てアウロラもヴァルカンも笑っている。
﹁あ! 消えちゃう!﹂
俺の身体は半透明になっていた。
要するにタイムリミットって事か。
﹁生まれたばかりだと言っても神だからなここで暮らす事になる﹂
ゴッドクラス
﹁私達が面倒を見ますので心配はしないでください。あ、彼女は今
の所貴方としか繋がっておりませんし、もうその聖書は神級ですの
533
オラクル
で、有事の際に顕現させる事は可能です。もちろん信託で会話する
事も可能なので大丈夫ですよ﹂
そうなんだな。
フォルは女神に手をつながれ、寂しそうにこっちを見つめていた。
﹁また会えるって。これからもよろしくな﹂
彼女にそう微笑んで俺は光に包まれた。
目が覚めた。
香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
テントを開けて外を見ると皆でバーベキューをしていた。
ユウジンもハザードもみんなそろっている。
﹁師匠∼! いい加減機嫌治してくだサイ∼!﹂
半泣きでしがみついて来るエリーの頭を撫でながら、俺もバーベ
キューに混ざるとしようか。
テントの中を見ると煮こごりは消えていた。
鍋は残されてその中に紙切れが﹃ごちそうさまでした﹄と一言だ
け残されていた。
聖書を見てみると、金枠にしっかりと縁取られて新品同様で少し
534
シックなデザインに変化していた。
大分ボロボロになっていたからな、今までありがとう聖書さん。
そしてこれからもよろしくなフォル。
運命の聖書
アウロラ
ヴァルカン
﹃運命の女神を高純度で顕現させる事が可能。所持者は運命の女神
の加護を高純度で受ける事が出来る。女神と鍛冶神の癒しと力の加
護も内包されている。破壊不能属性。所持者変更不可﹄
535
一炊の夢︵後書き︶
﹁ヴァルカン。その鍋、後で私も頂くからね。バッカスの所からち
ょろまかした神酒には目をつむってあげるわ﹂
﹁あ、アウロラ!﹂
女神ギロッ。
﹁ね、ねぇちゃん、わかったよ⋮﹂
536
決勝トーナメント
間違いなくポイント最多取得者は、俺らのチームだろうと思って
いた。
だが、俺らは2位だった。
2214ポイントだった俺達を更に引き離して堂々の1位に輝い
ていたのは、合計2305ポイントを叩き出したパーティ﹃ジョー
カー﹄だった。
知らんぞ。
そんなパーティ。
Birthday﹄
Birthday﹄
サバイバル詳細ランクのぞいてみる。
個人撃墜ポイントMVP﹃Eve
パーティ殲滅ポイントMVP﹃Eve
イベントモンスター討伐MVP﹃DUO﹄
エンシャント・ヒュージ
レアモンスター討伐MVP︵ラストアタック者︶
ネイチャーガード・スタッグ
太古の巨象・レッサー 討伐﹃ユウジン﹄
ジャングル・サーペント
大自然の守り主・憤怒 討伐﹃クボヤマ﹄
密林の大蛇・固有種 討伐﹃ロッサ﹄
個人撃墜とパーティ殲滅の次点に居るのはハザードだった。
フェンリル
そりゃ、回復が間に合わない規模の異常気象を起こした本人だか
らな。
エリーの氷精霊はまだ俺が治療していた分回復が追いついてそこ
537
まで大きな被害は無かったんだ。
俺からすれば、ハザードとユウジンはゲームで言うチートの部類
Birthday﹄と言う人物。
に達していると思うのだが、それを抑え堂々のトップに名を連ねる
﹃Eve
一体どういう人なのか。
確実に﹃ジョーカー﹄のパーティメンバーだろうな。
そしてDUO、よく6人パーティである事が参加条件のこのイベ
ントに出場できたな。
因縁が蘇る。
いや、因縁と言う因縁でもないけどさ。
またどうせ一悶着あるんだろうな。
Birthday
そんなわけで、決勝トーナメントに駒を進めたのはこの8チーム
である。
﹃名無しの﹄リーダー・ロッサ
﹃ジョーカー﹄リーダー・Eve
﹃だがしや﹄リーダー・明治いちご
﹃戌の刻﹄リーダー・猪狩屋
﹃遠洋﹄リーダー・釣王
﹃傾国の騎士団﹄リーダー・ヘイト
﹃キジバト﹄リーダー・beboy
﹃福音﹄リーダー・クボヤマ
ギルドネームが使われているパーティもいればそうじゃないのも
ある。
538
ギルドはパーティ人数居れば作る事が可能だ。
だが、管理には本拠地と言う物を作らなくては行けないらしい。
これはノーマルプレイでもリアルスキンプレイでも変わらない。
システム的管理がされているか、されていないかの違いだ。
今回決勝に進めなかったロバストさんは、徐々にリアルスキンモ
ードに移行して行く様に皆には﹃よりリアルなロールプレイだ﹄と
いう説明のもと、システム補助をある程度オフにして、施設内にN
PCを雇い入れたりしているらしい。
別に無くてもシステム管理すれば回る。
どっちにもお金が掛かるし、NPCの雇用契約内容によってはシ
ステム管理より安上がりであるが、人それぞれである。
リヴォルブが求人を出すと、応募がすぐに殺到したらしい。
流石、コンスタントにハンター教会の依頼をこなし、日々着実に
世界を広げて行く集団である。
信用度が違うな。
そういう俺もいずれギルドを作ろうと思っている。
良い国が見つかればだね。
魔法都市は若干イメージと違うな。
得る物は多かったが、俺は魔法ってガラじゃない。
ってか才能無いし。
こんな風に思い立ったのも、今回の上位3位入賞報酬が共にパー
ティ・ギルドに恩恵をもたらしてくれる報酬があると公式で告知さ
れていたからだ。
ジャスアル王国はハンターが有志でギルドを建てる事を推奨して
539
いるので資金があればすぐにでも可能だ。
だが、他の国は違う。
ハンター協会がある場所でないとギルドの拠点、支部を建てる事
が出来なかったり、問答無用で拒否している国家もあるそうだ。
俺の予想は、他の国でのギルド建設権もしくは、それに準じた優
遇サービスなんじゃ無かろうか。
それはパーティが不憫だな。
スカイ・ホエール
パーティ向けには何が送られるんだろう、俺だったら飛竜船が良
いな、空を飛んでみたい。まさか空鯨はないだろう。
さて、話しがズレてしまったが決勝トーナメント。
対戦はくじ引きによって決まる。
サバイバル取得ポイント上位陣からクジを引いて行く形。
﹃今回優勝候補と言われていた戦う神父達のパーティを越えたダー
クホース! ジョーカーのリーダーEve氏は8番を引きました!
さぁ次は神父様の番ですよ!﹄
司会に呼ばれて俺がクジを引く。
フォルトゥナ
出来れば決勝で当たりたい。
運命の女神よ、力を貸してくれ。
﹃4番! これは∼!! 決勝で当たるのか!? 楽しみです⋮が、
他のパーティも負けていませんよ! 今回MVPの一人でもありま
す! 名無しのリーダーロッサ氏!!﹄
﹁3番だ。くくく、約束した通りだぜ。正々堂々殺し合おうぜ﹂
540
アッサリとクジを引いた赤髪の男はにやけながら俺を横切ると呟
いた。
あの時、名無しの赤髪と名のった男じゃないか。
ロッソというのか、濁った瞳は相変わらず何を考えているのか判
らないので不気味だった。
﹃おっと∼∼! 早速何かの因果が生まれている様です∼! 一体
どうなってしまうのか!? はいお次は傾国の⋮﹄
クジは終った。
各対戦相手はこうだ。
﹃傾国の騎士団﹄vs﹃戌の刻﹄
﹃名無しの﹄vs﹃福音﹄
﹃遠洋﹄vs﹃だがしや﹄
﹃キジバト﹄vs﹃ジョーカー﹄
総力戦である。
パーティの連携が鍵だ。
全滅したパーティの負けという至ってシンプルなルールである。
勝負がつかなかった際の特別ルールとして、代表を一人選び代表
戦となる。
たぶん勝負がつかない事は無いと思うんだがな。
ちなみに、俺達のパーティネームはセバスが決めた。
俺的には凄く気に入っている。
ゴスペルじゃなくてグッドニュースと言っていた。
541
過激な知らせしか俺に来ないから、少しでもゲン担ぎになれば良
いが。
セバスのセンスは本当に俺好みする。
味付けもそうだし、素晴らしき執事である。
1・2回戦は本日中に行われる。
初戦は﹃傾国の騎士団﹄vs﹃戌の刻﹄だ。
傾国の騎士団はリーダーのヘイトを中心に、手堅い陣形で前線を
押し込んで行くスタイル。
戌の刻との試合はあっさり終った。
ってか、パーティネームはカッコイイ戌の刻のパーティメンバー
を上げて行こう。
猪狩屋、SIMra、加藤煎茶、Booo、仲元道路、ああああ。
この6人である。
コントかよ。
キャラメイクはオッサン風味。
一人だけ余計な黒スパッツ野郎が居るんだが、あいつ混戦時に釣
王のファン達と一緒にはしゃいでなかったっけ?
たしか股間にロッドによるしなる強烈な一撃によって光の粒子と
なって行く様子を視界の端に納めていた様な気もするのだが。
ボケもツッコミも通用しない、生真面目なところが唯一の取り柄
542
と言っても良い傾国の騎士団と初戦で打つかった自分のくじ運を恨
むんだな。
闘技場端に押し込められてみんなで仲良く為す術無く場外に落ち
た所だけは観客席の皆もこう思っただろう。
だめだこりゃ。
と、言う事は次の試合勝てば騎士団と当たるのね。
そんな事は俺らの初戦で勝ってから言えってな。
もちろん勝ちに行きます。
負けるのはいつだって悔しいのです。
﹁おらクボ、行くぞ∼﹂
ユウジンを先頭にパーティ﹃福音﹄のメンバーがぞろぞろと控え
室から出て行った。
今回パーティでの作戦会議もあるので、パーティ別の控え室が用
モニター
意されている。
設置された映像用魔道具で試合の様子は見れる。
俺は控え室からは出ない。
絶対出ないぞ。
それは一瞬だけ観客を移したカメラの端に映っていたからだ。
来賓席にはもちろんエリック神父が居た。
その隣は空席だった。
いや、もしかしたら俺の為に用意された席じゃないかもしれない
よ?
543
他の方々の席かもしれない。
それでも俺は控え室を出ない。
﹁そう言えばユウジン、名無しの赤髪って知ってるか? この間サ
バイバルの時、よろしくなって言ってたけど﹂
﹁⋮名無しの赤髪だって?﹂
ユウジンの表情が険しくなる。
何かを思い出そうとしている時の表情だ。
ろっ
﹁思い出した。ネトゲ都市伝説にな、名無しの肋さんってのがある
んだ。廃人プレイヤーの中でもPKに趣を置いたプレイヤーがその
欲望を満たす為にこの話しを聞いた人の元へ三日以内に殺しにやっ
て来るってな。それの元になった奴だった気がする﹂
﹁それは本当なのか? 作り話なのか?﹂
﹁半分半分だな。俺からすれば快楽殺人者の真似事をネトゲでやっ
てる糞ゲーマーだよ﹂
﹁そ、それじゃワタシは殺されずにすむんデスカ?﹂
俺の肩に顔を埋めながらガクブルしていたエリーが話に入って来
る。
聞いていたのか。
﹁PKに掛けてだけは凄い執念と知識でその辺のプレイヤーよりも
ずっと強かったからな、このゲームではどうか知らんけど、下手し
たら殺されるぞ﹂
544
ハハハ。と笑いながら言うユウジン。
エリーはそれどころじゃ無さそうだった。
﹁三日間生き延びなイト⋮隠れなけレバ⋮﹂と震えながら呟いて
いた。
いや君、今からその男と戦うんですが?
﹁この世界で生死を掛けた勝負なんてザラだ。PKなんてただの不
意打ち。余程の隙が無ければ攻撃できない愚か者達だ。要するに隙
を作らなければただ決闘を挑んで来るだけのただの人だろう﹂
ハザードが言う。
まぁその通りです。
リアルの世界の常識をこの世界で当てはめて考えるとろくな目に
遭わない。
PKに殺されるのもドラゴンに殺されるのも何ら変わり無い。
そう言えばエリーは幽霊の類いが苦手だったんだっけ。
でも、ある意味で魔法と剣のファンタジー世界であるRIOで幽
霊が出たとしても今の俺達が対応できない訳が無い。
凍らせてしまえ、そんなもん。
俺なんて部屋を聖域化するからな、そんなもん心配ご無用だ。
幽霊を信じては居るが、同時に物理攻撃も効果あると思ってるか
らな。
﹁大丈夫ですお嬢様、私かクボヤマ様が守りますので﹂
まぁそうだな。
倒すじゃなくてガチで殺しに来る集団だと思って良い。
545
この世界では死ぬ時の感覚もよりリアルになっている。
ってか、死ぬってこんな感じなんだなって一瞬思ってリスポーン
する感じ。
俺は既に何度も死にかけと死を体験してるからな。
もう慣れた。
だからといって死ぬのは嫌だ。
痛いんだもん。
546
決勝トーナメント︵後書き︶
運命の女神は幸運の女神ではありません。
殺しの専門の様な奴達vsなかなか死なないよく死ぬ男。
547
vs名無しの︵前書き︶
※第40部﹃アップグレード﹄あとがきの聖書さんのセリフを修正
しました。
548
vs名無しの
激突する。
俺達の作戦は各個撃破、のみである。
﹃名無しの﹄パーティは、ユウジンをロッソが止めている間に俺
達の弱点であるセバスを仕留めてから二対一の状況を作り出し、徐
々に追いつめて行くつもりだったようだ。
意外と堅実な戦い方だな。
だがそれをさせない。
俺らのチームの遊撃班は一筋縄では行かないぞ。
剣鬼、賢人、神父だからな。
覆面の男が俺と相対する。
あの時︵第45部︶、赤髪のロッソの隣で喋っていた奴だな。
まるで幻影の様な動き、接近を許してしまう。
ローブに包まれていて手の動きが読みづらかった。
顔に向かって短剣が飛んで来る。
影で作ったダミーだった。
ダミーの影に隠れて飛来した本物の短剣をギリギリ躱す。
耳が切れ落ちた。
オートヒーリング
すぐさま魔力ちゃんが落ちた耳を浮かせくっつける。
自動治癒が治療して行く。
うん、フォルトゥナ頑張ってる。健気じゃないか。
549
俺の完全にイカれた痛覚をぶった切る様な激痛が腹部から襲って
来た。
視線を下げると、一本のククリナイフが俺の腹に刺さっていた。
激痛が襲って来て思わず転がって距離を取る、その間に腹に刺さ
ったナイフを引っこ抜いた。
追撃の可能性がある。
視線を戻すと覆面の男がぼやけて消えて行く。
覆面の男は真っ先にセバスに向かって行く。
しまった。
初めっからまともにやり合う手合いじゃなかったのか。
﹁⋮セバス!!!﹂
刺された腹部が麻痺して爛れて行く。
痺れ行く身体全身を使って叫ぶが時既に遅かった。
セバスは覆面の男に気を取られた隙に、﹃名無しの﹄の仮面の斧
使いに切り捨てられてしまった、ザクザクとセバスの身体を滅多切
りにして行く斧使い。
奇声を上げる様を見て、まるで蛮族を見ているようで戦慄した。
いや、戦慄よりも腹の底からふつふつとわき上がって来る物があ
る。
蛮族と覆面の次の標的はエリーだった。
くそっ!
本当に弱点ついて来るなコイツら。
550
慌ててエリーの元へ向かおうとする。
だが、足が動かなかった。
おかしい、痺れはもう治ってる筈だ。
腹部から徐々に広がる様に石化が進行していた。
太ももから胸の辺りまで石化している。
おかしい、何故石化が治らない。
石化の治療は実験でも成功している。
オラクル
︵信託。フォル、一体どうなってる!?︶
︵麻痺、火傷、神経毒、石化の毒を検知してる! パターンは初見。
オリジナルの毒なの! 麻痺と火傷はもう大丈夫だけれど、神経毒
がくせ者なの出血を止めてその他内蔵の機能不全になる前になんと
かしないと! 石化は遅効性で致死性が低いから少し待って!︶
まるで蛇毒だな。
状況を察するに、俺を完璧に動けなくする事に特化している様に
思えて来る。
まぁ例え一度心肺機能が停止しても蘇生する事は可能だ。
だがトーナメントのルール的に、その状況に落ち入ったら負けな
のである。
その辺もフォルは理解した上で治療のオペレーションを行ってく
れているようだ。
うん、出来る子。
︵身体機能のオペレーションは頼むな︶
︵は∼い、神経毒でのダメージはほとんど完治! 下半身部から石
551
フォール
化は治療して行くの∼。あと降臨は待機状態になってるからね︶
ルーツ
︵いや、顕現だ。出し惜しみはしない︶
ルーツ
顕現は、本物の神の顕現とは違う。
フォール
神の如き力を発揮する力の根源を借りると言った感じだった。
使用感は、降臨より高揚感のある上位互換と言った所。
出し惜しみは使わない事にした。
運命の聖書に書かれる文字が俺を包む様に廻る。
﹁ダメだ、間に合わん! ユウジンまだか!?﹂
エリーには精霊魔法がある。
たが、フェンリルの相手を出来る奴が居ると、途端にエリーを守
る物が居なくなる。
エリーもそこそこ堅い戦士ではあるが、最近になって力落ちして
いるイメージがある。大分引き締まった体つきも少し細くなってい
た。
精霊魔法を伸ばす為に騎士として盾と剣を振るうより魔力を鍛え
る事に趣を置いていたからだろう。
今までは、フェンリルを相手できる物が居る状況があまり無かっ
たり、そのエリーを守る役目をセバスもしくは俺が担当していた。
フェンリル
精霊を呼び出す事は少量の魔力で済むらしいが、今の所精霊召喚
に置ける氷精霊の攻撃魔法はエリーの魔力依存なのである。
理由は未だエリーの口から聞いていないのでそう言う物だと思っ
ていた。
552
そこそこ魔力量も伸ばしている彼女であるが、辺りに散った氷魔
法の攻撃の後を見る限り、一人も相当粘ってエリーと相対していた
事が窺える。
一人でフェンリルを持つエリーに拮抗できる奴が居るんだ。
三人になればどうだ?
あの蛮族の手によって惨殺されてしまう。
女の子だぞ、厳しい世界であるとは理解しているが、許せない物
がある。
﹁仕方ねーな!﹂
上半身が石化した状態で必死に移動する俺の目を見たユウジンが
叫ぶ。
伝わったか、彼が居れば一先ず安心だ。
﹁まて! MVPプレイヤーだぞ! ロッソを過信するな!﹂
ハザードが叫ぶ。
彼は丁度勝負を決めていた。
様々な柱がステージに突き刺さっている。
柱の何れかに敵プレイヤーが埋没しているんだろうな、あの一際
長くて大きな柱かな?
553
視線を戻す。
エリーの首が丁度蛮族によって跳ばされる所だった。
は?
ユウジンは?
554
背中から剣でひと突きされたユウジンが居た。
後ろに剣を振るった様な動きで固まっていた。
﹁グフッ⋮。ミスったぜ、鬱陶しいのが後ろから来ると思ったらて
めぇだったか﹂
覆面の男がロッソの影から出現した。
﹁よくやったミストォォォオ!! 遂にやってやったぜぇええ!!
あの剣鬼のユウジンを殺してやった!!﹂
﹁この男はしぶとい。早く止めをさせ﹂
﹁そうだ、俺はしぶといぞ﹂
ユウジンは持っていた刀−天道−を投げた。
エリーの死体を滅多切りに仕様としていた蛮族の首がそれで跳ね
られる。
ユウジンは俺の目を見て行った。
﹁すまん﹂
なんで謝ってんだよ、死にかけじゃないか。
﹁思ったよりあの神父の回復が厄介だ。もう特殊毒は無い、早く殺
せ﹂
﹁ぁあ!? んだよ糞ハゲ、指図済んじゃねーよ。言われなくても
555
わかって⋮ッ!﹂
ロッソとミストと呼ばれた覆面の男が横跳びの回避行動を取る。
一本の杖が二人の直線上に飛来したからだ。
﹁神父、今回の責任はお前にあるぞ﹂
ハザードが俺を一瞥する。そうだ、俺の責任だ。
彼に任せれば全て大丈夫だと何処か心の中で思っていた。
そんな俺がユウジンの隙を作ってしまった。
不意打ちの達人集団に対してだ。
エリーの死は完璧な奴らの実力勝ちだろう。
ハザードは冷静に見れていたのだろうか。
完全にしてやられた。
俺の動きを阻害して、弱い所から各個撃破。
で、多人数作戦でユウジンをフルボッコにするのであれば、それ
は失敗しただろうな。
エリーが窮地に落ちる事によって俺はまんまとユウジンの助けを
借りるはめになった。
その結果がコレである。
まるでコレを予測していたかの様に赤髪のロッソの影に隠れて虎
視眈々と最後の隙を作る機会を窺っていた男。
ミストと呼ばれる覆面のこの男。
最初からしてやられていたのである。
ユウジンの弱点は俺だった。
556
消えて行ったユウジンとエリーの死体。
三人になってしまった。
﹁神父。今の俺の気持ちを教えてやろうか?﹂
﹁いや、遠慮しとくよ。俺も同じ気持ちだからな﹂
﹁ちょっと、アタシも親友が殺されたのよ。黙っちゃ居られないわ
!﹂
凪もようやく一人倒したのかやって来る。
相手の残り人数は三人。
同数だな。
﹁俺はあの覆面男を担当させてくれ﹂
﹁勝手にしろ、俺はあの赤髪PKを貰う。もう許さん﹂
﹁じゃ、アタシはあまりねぇ∼ん。エリーを殺した一人なんだから、
目に物をみせてやるわ﹂
俺達の目は逆に輝いていた。
怒りが頂点に達すると逆に冷静になるもんな。
運命の聖書の加護が掛かっている分それは如実に出る。
俺に加護が発動してなかったのは、あのナイフの毒にデバフ的作
用があるからなのか?
まぁいい。
もう知らん。
557
くそが、神父の名を元にこの赤髪を懺悔させてやる。
ここから俺以外の二人は早かった。
凪は超大型特級風魔法を圧縮したものを発動させた。
嫌らしい事に、真空の刃を操作してまず服から切り刻み、強風の
中拘束された男の露出された肌を少しずつ削って行った。
凌遅の刑かよ。
怖過ぎだろ。
﹁ひぃっ! ヒィイイイ! ヒッヒッッヒッヒヒッヒヒヒヒ﹂
と泣き笑いながら狂って行く男の姿は凄まじかった。
たまひゅん。
ハザートは、相変わらず質量にて相手を追い込んで行くスタイル
だった。
そして俺も少し驚いた。
﹁ディメンション・聖暦の磔刑台﹂
どでかい十字架がそびえ立ち、鎖がミストの身体に巻き付いたか
と思えば、磔の刑にした。
558
﹁放せ! 開放しろ﹂
﹁断る。尋問を開始する﹂
テレポートで大きな杭がミストの右の掌に移動する。
と、言う事がそこにあった手の肉、骨などの組織は消滅したのだ。
﹁ぐああああああ﹂
﹁叫んでいる暇はないぞ、その魔法をどこで教わった﹂
﹁はぁ⋮はぁ⋮黙秘⋮だ﹂
今度は左手に。
悲鳴が上がる。
﹁まぁ影魔法は俺も知ってる。ついでだったしな、後は神父に使っ
た毒の情報を貰おう﹂
そう言うと、ハザードはごそごそとミストの懐を弄る。
そして中から一つの小瓶を取り出した。
俺と対峙してるロッソが、ぼそっと﹁あいつやっぱ持ってたんだ
な糞ハゲ﹂と言っていた。
﹁もういい。ディメンション・バベルの塔。サイズはミニチュアで
良いな﹂
磔刑台が黒い影に覆われる。
559
空から何かが飛来している。
落下音はしなかった。
上を見ても高さが判らない程の塔が出現していた。
とんでもねぇなコレ。
こんなもんで攻撃すんなよ。
﹁大丈夫だ、バベルの塔内で心は分裂しそれぞれに更なる天罰を奴
は味わう﹂
出す気はなかったけど、もう何か怒り狂ってやっちゃいましたっ
て感じだな。
俺はというと。
腕を広げた。
やってみろ。
そう言う合図をロッソに送る。
﹁殺してほしいんなら殺してやんよ糞!﹂
安い挑発に乗って、彼は俺の首を跳ねた。
が、ハネ跳ばない。
何故かって?
魔力で固定しているから。
俺の魔力で循環している俺の身体だぞ、クロスや聖書を操るが如
く簡単にそうさ出来る。
560
それに気付いたのは、ユウジンとの稽古中手首を例によって切り
落とされた時だ。
手首が浮かんでくっ付く。
で、その時はまだ普通の聖書だった聖書さんが治す。
みたいな感じだったのだが、首でもすぐにくっ付ければ死なない
事が判った。
その実験の事をバラバ○の実事件とユウジンは言っている。
ひたすらユウジンに斬らせ繋げるというアホな実験だ。
ヘヴンゲート
︵フォル、天門を用意しておいてくれ︶
︵は∼いなの︶
﹁ほらほらどうした? プレイヤーキラーじゃないのか?﹂
煽る煽る。
こっからは根性勝負だ。
﹁ふざけやがって⋮何なんだてめぇ﹂
﹁ただの神父だよ﹂
﹁ふざけんじゃねーよ。斬っても死なないってどうなってんだハゲ﹂
﹁殺し方が下手なんだろ?﹂
あああああああああ。とロッソは半ギレで斬り掛かって来る。
剣筋もだいぶ読み易くなったな。
561
所詮、不意打ちでしか敵を倒せない奴。
それは本当だったか。
そうだとすれば、今の俺は隙がない。
いや、隙だらけだが死に戻りの隙は全くないんだ。
赤髪のロッソの目がどんどん死んで来た。
そろそろ潮時だな。
﹁やっぱ懺悔とかいらねーわ。俺すら殺せないお前がPKだって?
はっ、笑わせんな。お前も所詮趣味程度のゲーマー野郎だよ。地
ヘブンゲート
獄に落とされないのがせめてもの救いだな。そろそろ召されとけ、
天門﹂
膝をついたロッソの背後に光る扉が現れる。
俺は奴をけり跳ばして扉を閉めた。
これで終了である。
第一回戦を突破した。
すぐにエリーの元へ駆けつけねば。
終了の合図も待たずして、俺は駆け出した。
562
変わり目
試合が終わっていの一番に駆け出した俺だが、彼女は予想以上に
ケロッとした姿でセバス・ユウジンと共に控え室にて俺達を出迎え
てくれた。思わずズッ転けたよ。
無事な彼女の姿を見て、思わず抱きしめてしまった。
顔を真っ赤にしながら﹁役得デス∼﹂と抱きしめ返しす彼女の身
体は少し震えていた。やはり死の恐怖と言う物は、例えゲームの世
界であろうとこのリアルスキンモードでは恐ろしく感じてしまうよ
うだ。
うむ。
そ、そろそろ離して欲しいんだが、しばらくこのままでも良いか
な。
ユウジンは﹁凡ミスだったわ∼﹂と暢気に言いながらも木刀で素
振りを行っていた。彼も彼也にこの試合で思う事があったのだろう
か。
いや、完全に俺の責任だった訳だ。
﹁⋮本当にすまん﹂
ひと振りひと振りに徐々に集中して行くユウジンに俺は呟く事し
か出来なかった。素直に土下座できたらどんなに楽だっただろうか。
そんな言葉は入らないという意思を彼の剣から感じた。
563
いや、本当に自分の実力の足りなさを省みているのかもしれない
が、今の俺にはそう思えない。
今回の件は、しっかりと心に刻んでおこう。
教会の関係者から呼び出しを受け、俺は控え室を後にした。
向かった先は会場観客席の来賓席である。
﹁まず初戦突破おめでとうございます。ですが、あのやり方は少し
如何な物かと﹂
エリック神父の隣に座りながら彼の話しを聞く。
正面に立って話しを聞いていると﹁まるで説教してるみたいじゃ
ないですか﹂と強引に座らせられた。
いや、説教じゃないか。
﹁試合で焦ったのは私の責任です。それによって仲間の被害を出し
てしまいました﹂
﹁いえ、私はそこを言及している訳ではありませんよ。確かにミス
はありますが、アレは相手が一枚上手だったに過ぎません。ですが、
今の貴方は強さを過信し過ぎている節が見えました﹂
564
ルート
エリック神父の言葉が突き刺さる。
柔和な雰囲気は打って変わって、顕現状態の鬼畜さも無かった。
ただ、今の俺を厳しく見てくれているんだろう。
﹁貴方は強くなりました。ですが、それだけです。この大会が終わ
ったら、貴方はもう一度学び直した方が良いでしょう。クロスも返
して頂きます﹂
そう言ってエリック神父は今行われている試合に視線を戻した。
俺も黙って視線を試合へ移す。
﹃遠洋﹄対﹃だがしや﹄の試合が行われていた。
釣王が押されている。
パーティ﹃だがしや﹄のメンバー。
明治いちご、森長、エル・アルフォート、ガーナー・ロットー、
メルミルク、江崎ビスクと言った面々の名前に突っ込む気すら失せ
ていた。
ただひたすら、エリック神父の言葉が心に突き刺さっていた。
これって要するに、アレだよな。
居た堪れなくなった俺は﹁わかりました。今までありがとうござ
います。コレは御返しします﹂と一言にクロスを手渡し来賓席を後
にした。
暗い顔をして帰って来た俺を出迎えてくれる仲間達のありがたさ
565
に心を打たれる。
椅子に座ってふと戦いを振り返るとエリーのあのシーンが蘇る。
今一度、学び直そう。
神父を辞める気はさらさらない。
﹁すまんが少し皆に話しがある⋮﹂
俺は今後の身の振り方を話し出した。
大会自体は恙無く終了した。
ここで意気消沈してしまってみんなに負担を掛けるのは良くない。
クロスはお返ししたが、武器が無いだけで何ら問題は無かった。
俺のメンタル面には大きく問題有りだがな。
簡単に順を追って結果を説明しておく。
二戦目の﹃傾国の騎士団﹄だが、スキルやステータス補正でかな
り耐久力のある相手になんとか削り合いでの勝利を収めた。凪の魔
法にも耐え切るなんて凄まじい。
566
決め手はやはりハザードの質量兵器だった、練度の高い動きでな
かなか的を絞らせてくれなかったが、俺が自分の能力を活かした決
死の足止めでようやくと言った所だ。それでも降って来る柱を盾で
支えたリーダーのヘイト氏には脱帽だ。
傾国の騎士団は、エリーを騎士団に加入させたいようで戦いの最
中に何度も交渉を持ちかけていた。エリーは適当にあしらっていた
けど。
何故だろう、傾国と聞いてエレシアナの事を思い浮かべてしまっ
た。
傾いてるのは彼女の王位継承権であって、国じゃない。偏見だっ
たな。
決勝はやはり﹃ジョーカー﹄との対決だった。
彼等は、珍しくもノーマルプレイヤーとリアルスキンモードの混
合チームだった。
結果から話そう。
負けてしまった。
Birthday氏相手に今大会二回目の敗
善戦したのはハザードと凪だけだった。
ユウジンはEve
北に喫した。
ユウジンが話すには、彼はVRゲーではほぼ頂点と言っても良い
567
有名廃人プレイヤーなのだそうだ。色々なVRゲームで戦った事が
あり、唯一勝ち星を上げれたVRゲームが﹃BUSHIDO﹄だけ
らしい。
そんなEve氏が率いる﹃ジョーカー﹄にはDUOとagima
xが居た。
俺とエリーは再び対峙し負けたのである。
善戦したハザードと凪も、流石にこのメンバーには勝てなかった。
準優勝である俺達パーティが貰った賞品は、飛竜の卵だった。
ユウジンが大喜びしていたな。
俺らが飛竜なら、優勝パーティは一体なんなんだろうか。
やはり、ギルド作成関連かな?
次が大ニュースである。
プレイヤーイベントの終わりにて重要な発表がなされた。
﹃公式からご報告です。リアルスキンモードについての一定のデー
568
タがそろいましたので、公式HPにて新たな情報をアップロードし
ております。それに付きまして、限定販売ではありますが、当ゲー
ムの推奨VRギアの販売を限定でですが開始致します。詳しくはH
Pにてどうぞ。プレイヤーズイベントお疲れ様でした﹄
今までは﹃RIOを更に楽しめるプレイモード﹄としか記載され
ていなかった謎仕様が遂に公式にて発表されたのだ。
コレは俺も一度ログアウトして読んで来た。
ノーマルプレイモードからリアルスキンモードへの移行について
記載されていたり、どんな事が出来たのか、または限定販売されて
リアルスキンモードをプレイしたプレイヤーの人達は何をやって来
たのか。
そんな事も書かれていた。
掲示板も大分賑わっていたとユウジンが言っていた。
ゲームじゃねぇとか、NPCアルゴリズムとか、なんとかかんと
か。
その辺は俺には全く判らないので割愛。
一部で言われているのはこれはRIOが恋愛シミュレーションに
なったとか、リアルセカンドライフプレイできるとか。
俺は農民王になるとか。農奴乙とか。
569
よし、とりあえず行くか。
公式発表だったりプレイヤーズイベントの余熱が残り騒がしい会
場を俺は後にした。神父服は脱いで、街で茶色のコートを購入して
来た。
今の俺には神父としての要素は何も無い。
完全なるただの一般プレイヤーだ。
神父服と運命の聖書はセバスに預けた。
いずれ戻って来る予定なので、確り保管をしておいてくれそうな
セバスだからである。エリーとかには間違ってでも預けられん。
﹁この世界では離ればなれになりますが、いつでもメールしてくだ
さいね。そしてクボヤマ様の帰って来る場所を私達は作っておきま
すので﹂
そう言っていた。
全く持って頼もしい男だった。
﹁これをどうぞ﹂と彼から受け取ったのは今被っている飛行帽だ。
茶色のコートと同じ色をしている。
もこもこがついていてとても暖かそうだった。
﹁ネイチャーガードスタッグの革から作った帽子ですよ。ユウジン
さんが贈り物なら飛行帽がうれしがるだろうって言ってましたので、
私達からの餞別です﹂
570
ネイチャーガードスタッグ
守りの飛行帽
﹃大自然の守り主の毛皮から作った帽子。体温の調節機能を持つ。
守りの力が備わっており、即死を防ぐ﹄
素直にありがたかった。
コートに飛行帽って言ったら、2Dゲームをしていた頃の俺のア
バターだ。
ゲームも判らない頃、ユウジンにつれられ鉾を操る前衛職として
活動していた頃を思い出す。
帽子の位置を直して歩き出した時、後ろから声を懸けられた。
﹁待ちなさいクボヤマ神父﹂
振り返るとマリア司書が居た。
﹁今は神父を破門された身ですよ。クボヤマだけでいいです。愛称
でクボと読んでくれても結構ですよ?﹂
﹁え? あ、く、クボ! これでいい?﹂
声に力が入りまくりのマリア司書。
﹁じゃなくて。エリック様は貴方を破門した訳じゃないのよ。聖門
を行く人として、正しい在り方を学んでほしかっただけなの﹂
﹁ええ、判っていますよ。ですが気構えという奴ですね﹂
571
﹁でも、これからどこへ向かうというの?﹂
﹁それは⋮﹂
言葉に詰まる。
一度修行して来いと言われた身だが、どこへ行けば良いか判らな
い状態だった。
まぁそれでも何とかなると思ってた節はあるけどな。
﹁ウチではね枢機卿クラスの資格をに得る為には一度、北の聖堂と
呼ばれる場所に赴かなくてはならないの。今回クボヤマにはそこに
向かってもらう様に言いつかっているわ﹂
そしてマリア司書が俺の手を握って言う。
﹁今回私が案内人を勤める事になりました。中央聖都ビクトリア大
教会の司書マリア・チェイストよ、よろしく﹂
こうしてマリア司書との北へ向かう旅が始まった。
572
彼女は﹁私も初めて行くから道は聞いた事しか知らないわ、でも
昇進って意味だから気分はハッピーね﹂と言っていた。
573
変わり目︵後書き︶
公式の最後に書かれていた文。
﹃貴方達は探求者です、もうゲームの世界とは思わない方が良いで
しょう﹄
新作投稿しました!
﹁奈落に落ちた俺が超能力で無双する﹂
http://ncode.syosetu.com/n5083
du/
ぜひ一度ご一読を!
この一年ずっと更新しています。
グローイング・スキル・オンライン
http://ncode.syosetu.com/n7793
dh/
574
北の大地にて
スノーラビット
迫り来る暴れ雪兎から逃げるべく、北の険しい雪山を全力疾走で
駆け降りていた。凶悪なツラをした雪兎の咆哮が別の雪兎の咆哮を
呼び、雪山にこだまする。
鬱蒼とした森じゃなくて良かった。北の大地の草木は、ほとんど
が枯れ果て木肌を剥き出しにしている。そのお陰でこっちとしても
逃げ易かった。
だからといって逃げ切れるかと言ったら、相手も俺の事を追い易
い訳である。
グラソン
現在俺は、雪山族の試練を行っている。
リアルスキンモード二世代プレイヤーである俺は、永遠に春が来
ない北の大地﹃ダズノヴァ﹄と呼ばれる国を拠点に動いていた。
単純に人ごみが嫌いというか、完全なるソロ思考というか。
まぁ人と違う事をやりたくなるお年頃なだけのゲーマーなのであ
る。
リアルスキンモードヒューマン
RSMは人族しかキャラを選択する事が出来ないが、彼の有名な
黎明期トップに居たプレイヤーの話を聞けば、このRIOの世界の
無限の可能性を理解できると思う。
ロールプレイをしていたらヴァンパイアになったプレイヤーや。
グッドニュース
姫騎士プレイをしていたらいつの間にかエルフになっていたギル
ド﹃福音﹄の副マスター。
侍と呼ばれる職をノーマルプレイモードにも普及させた﹃剣鬼﹄。
575
ギルド﹃福音﹄を創設した裏社交界トップの執事。
リアルスキンモード公式発表後に更なる発展を迎えたギルド﹃リ
ヴォルブ﹄の巨人ギルマス。
その他にも色々と話は存在している。
詳しい考察や見解は全くの不明だが﹃人は進化する﹄とか﹃人の
可能性は無限大﹄だと、RIOの掲示板ではそう言った見解がなさ
れた。
特に俺が好きな話は﹃戦う神父はプレイヤーなのかユニークNP
Cなのかトトカルチョ﹄である。
結局その神父は、神父服と自分の聖書をセバスと言う名のプレイ
ヤーに託して教団の女司書NPCと共に去って行ったと言われてい
る。
リアルスキンモードプレイヤー
初めからユニークNPCだったんだと言う勢力とRSMPの最初
の一人、普及させた偉大な神父と言う勢力に分かれて、きのこたけ
のこ戦争の様な不毛な争いを日夜行い、掲示板の消耗を加速させて
いる。
グラソン
さて、雪山族の試練の話をしよう。
北の大地にて日々の生活を送る内に、俺は確かな身体の変化を感
じ取っていた。
進化というより順応と言った方が良いかもしれない。
その頃はまだ、手足の先が冷たくならなかったりだとか、薄着で
も体温を保つ事が出来る様なったりだとかだった。
この北の大地で朝食と言えば雪兎のスープが定番なのだが、それ
576
を啜っている時に俺は決定的な事に気がついた。明らかに身長が高
くなっていたのである。
北方人種は体つきが大きいので、宿は小柄な南方の旅人が使える
様にされた場所を利用していた。
だが、いつの間にか俺の身体は宿が利用できない程に成長してい
たのである。
これは巨人ロバストの逸話と近い物がある。
グラソン
で、更に強くなるべく、北方人の中でもさらに過酷な環境に身を
グラソン
置き、強靭な肉体を持つと呼ばれる雪山族の集落に身を置いて十数
日が経ち、この試練を乗り越えれば俺も晴れて雪山族の一員になれ
るのだ。
そしてこの状況は、雪白熊の祠と呼ばれる場所にて無事にその試
練を乗り越えて帰って来る所であったのだが、運悪く暴れ雪兎の群
れに遭遇してしまった。
この山の守り神である、雪白熊の力を授かった俺がだ。如何せん
その試練の戦闘によって満身創痍状態である。
要するに格好の得物だったってことだ。
そんな事を思いながら、雪兎達の重なった咆哮により引き起こさ
れた雪崩に俺は為す術も無く飲み込まれていった。
577
目が覚めると、茶色いコートと帽子とゴーグルを身につけた男に
腕を持たれ雪の中から引っ張り出される所だった。
運良く肩から上は埋もれずに済んでいて、窒息死だけは免れたよ
うだ。
﹁いだだだだだだだ!!!﹂
腕を引っ張り出されると同時に身体にもの凄い激痛が走る。
そりゃあれだけの質量に押しつぶされていたものな、全身の骨が
バキバキに折れていた所でなんらおかしくはない。
﹁でも! いだだだだだだだ!!!﹂
﹁静かにしてください、少し痛いだけじゃないですか﹂
その男は俺を引っ張り出しながら言う。
あまりにも俺が痛がる物だから彼は一度手を離すと、背負ってい
た巨大な十字架を一度地面に刺してリアルではダサいがこの世界で
はNPCハンターの間に大流行しているウエストポーチから本を取
り出し読み上げていた。
﹁シスターズ、この者に清き安らぎを﹂
本が光ると同時に俺の身体も淡く光り出した。
578
その光はまるで眠りに落ちる一瞬の様な心地よさを俺に与えてく
れた。
﹁だからって寝られても困るので痛みは感じる様にしておきますが
⋮じゃ、一気に引っ張りますよ⋮ほっ!﹂
﹁あだだダダァッーーーーッ!!!﹂
﹁なに!? 一体なんなのこの悲鳴! ってクボ! 貴方急に居な
くなったと思ったら一体何をやってるのよ!?﹂
遠くからコートから網タイツを少し晒してブーツを履いたプロポ
ーション抜群の金髪ギャルが走って来る。
走る勢いでコートの切れ目から見える太ももがさらにエロい。生
存本能が俺に生きろと言っている。
﹁あ、なんか生命力が強くなってますね﹂
﹁一体どうしたの?﹂
﹁ああ、雪崩が起きたじゃないですか。その時雪崩を起こした雪兎
達に追われている青年を見かけたので心配になって探していたんで
すよ﹂
﹁で、見つけたと?﹂
﹁はい。全身複雑骨折で、心臓から上が奇跡的に雪上にありました
からね。ギリ助けれましたよ。でも凄いですね、この寒さの中、雪
に埋まっても凍傷にならずに生存できるなんて﹂
579
グラソン
﹁それが雪山族の強靭な身体の秘訣よ。彼もそうだったんじゃない
?﹂
グラソン
雪山族と聞いて思い出した事がある。
そう、今は試練の最中だった。
太陽も少し沈みかかっている。
タイムリミットは夕刻過ぎるまで、これは危ないんじゃなかろう
か。
集落の中でもこの時間帯に帰って来ない者が居ると集落総出で山
グラソン
狩りの如く探しまくるという。実に仲間重いな種族なのだが、やら
れた方は馬鹿にされるのでたまったもんじゃない。
あと、コレが悪人を山狩りするように見えるらしく、雪山族は文
明と接触するまでは雪山に住む蛮族として捉えられていたらしい。
本来は逆で、蛮族の進行を影で食い止める役割を神時代から担っ
た一族なんだとか。
話がそれてしまったが、ヤバイ。
グラソン
﹁雪山族の試練の途中だった。助けてくれてありがとう! 集落ま
では多分ここからそう遠くない! 方角はこっちだよ。俺の足につ
いて来れるならついて来た方が良いかもね!﹂
俺は裸足で駆け出した。
あ、試練は靴を履いちゃいけないのでね。
580
グラソン
﹁紹介が遅れた。俺の名前は山田。そして今、雪山族の名を頂いた
から山田アランになった。あの時は助けてくれてありがとう。俺の
事は気軽にやまんとよんでくれ﹂
ここの人達は山田の田の発音が苦手なのか、俺の名前は間違えら
れて覚えられてしまって、﹃やまん﹄と呼ばれている。まぁ実際な
んでもいいんだけど。この手のゲームで俺は名前にあんまりこだわ
りがない。
﹁私はクボヤマです。クボとよんでください﹂
﹁私はマリア・チェイストよ。マリアでいいわ﹂
クボヤマと聞いて、少し引っ掛かる所があった。
彼も同じ事を思ったのか、俺の目を見て何か言いたげな表情だっ
た。
﹁あの、もしかして⋮﹂
﹁だろうな。RSMP?﹂
581
そうだった。
彼はクボヤマ、とある事情により北へ向かう旅をしていて、今は
旅の折り返しで中央聖都に向かう途中との事だった。
グラソン
一体どんなクエストなんだろう。雪山族の試練よりも遥かに長い
時間をかけて行うクエストだもんな。
RSMでクエストと言っていいのか謎だが、とりあえずクエスト
と言っておけば伝わり易いかと思う。
彼はサービス開始してすぐにRSMでプレイした強者らしい。
それって黎明期でも一位二位を争う程の初期プレイヤーってこと
だな、少しでも攻略が出てから始める第二世代や公式発表を待って
からRSMをプレイする1.5世代とはまるで違う。
俺も北へたどり着いてからこの世界がゲームというより異世界で
ある事を常識として捉え出した。なにより、マリアさんはこの世界
生まれのNPCだと言う事でそんなNPCと行動が出来るのもRS
Mならではだと感じる。
俺がこの集落の一員になれたのだってRSMがあっての者だから
な。
﹁この度はこの子を助けて頂いて誠に感謝致しております﹂
集落の長が俺の前に出て来て彼等に俺を述べる。
﹁今宵は一人の若造が無事にこの集落の受け継がれる名前を頂いた
記念です、どうぞ、些細な宴ですが楽しんで行ってくだされ﹂
そう言って去って行く。
﹁私、酒は飲まないんですが⋮﹂とクボは尻込みしていた。その
582
隣でマリアは北の特産酒をガブ飲みしている。
﹁ちょっとマリア。それはいくらなんでも⋮﹂
﹁うっさいわねー。私はあなたと違って司書職なのよ関係無いわよ
! なによそれでも許されないの? ああ神よ、彼の神父は私の囁
かな唯一の楽しみまで奪うというのですか⋮!?﹂
﹁マリア、貴方はこの旅で大分失敗したんじゃないですか? 主に
酒がらみですが私はもうその懺悔はいい加減聞き飽きましたよ? ってもう聞いちゃい無いですね﹂
頭を抱えるクボを余所に、一人で勝手に盛り上がるマリアの元に、
北の恵みをふんだんに使った料理が運ばれて来る。
枯れた大地だが、そんな中でこそ人は強く生きる術を獲得して来
た。
雪兎のシチューに鹿肉のソテー。
どれも雪の下で旨味を熟成させた肉を使用している。
グラソン
そして雪山族の集落特有の雪菜と呼ばれる冬にも育つキャベツの
様な野菜を塩漬けにして雪の下で保存しておいたもの。
この酸味がまた酒に合うんだよな。
荒々しくも大地の恵みを感じるこの地の食べ物は意外と大好きな
のである。
﹁漬け物美味しいですね﹂
﹁そうだろ? 雪菜っていうこの集落の特産品だぜ﹂
583
﹁お金は払います、幾つか頂いてもよろしいですか?﹂
﹁どうせ今日の宴の余り物もあるんだ。好きなだけ包んでおくと良
いよ﹂
お言葉に甘えて、とそそくさと木箱に入れてウエストポーチに入
れて行く。
ポーチに入り切らない程入れているのに、どんどん吸い込まれて
行くようだ。
不思議なポーチ。レアアイテムなのかな。
そうして夜も更けて行く。
コレが俺とクボヤマの出会いだった。
584
北の大地にて︵後書き︶
雪山族からアランの名を受け継ぐ事によって、人種・北方雪山族
と言う感じに変わります。
まぁそれは個人の資質によりけりなんですが、北国にただ居るだ
けでは身長も大きくなりませんに寒さにも強くなりません。
雪山族になる事で身体機能は強靭になります。
雪山族に伝わるアランとは、神時代にこの地を守る様に言いつか
った人物の名です。遠い祖先みたいな感じですね。
その者はL字に曲がったバールの様な物を使い戦っていたそうな。
ゲンノーンと呼ばれるそのL字型の武器は、殴ってもよし、投げ
ても良し、引っ掛けても良し、小回りも効き、穴を掘るのにも便利
だとか。
武器というより雪山族特有の道具と言う形で発展を遂げています。
585
北の大地にて2︵前書き︶
※感想でもご指摘頂きました。山田はやまんという愛称で呼ばれて
いるので劇中では正式な場面以外やまんと呼ばれます。
586
北の大地にて2
グラソン
雪山族の長が、クボヤマとマリアを自分の書斎へと呼び出してい
た。
集落の中でもそこそこ立派な作りの家というだけであって、豪華
な調度品は全くないが客室はそこそこある。度々来る商人を泊める
為に使っていた部屋を俺も使わせてもらっていて、彼等もその部屋
を幾つか利用させてもらってこの集落に滞在している。
そんな中、書斎で話している様子に俺は聞き耳を立てていた。
﹁北方を守護する事を代々仰せつかっている我が雪山の民ですが、
最近何やら凍土に住む蛮族の動きが怪しくなって来ておって、度々
申し訳ないのだが力を貸して頂けんか?﹂
﹁それは構わないのですが、凍土に住む蛮族とは?﹂
﹁元来より、凍土に住み着く人とも魔物とも言えぬ奴らの事。幾分
何も無い土地じゃ、奴らは食人文化を持つ危険な輩なのでの、儂ら
が北方を守護しなければその内人里にまで降りても来よう﹂
﹁神時代、ここは魔族の領土と人間達の領土の境目だったと言われ
ているわ。凍土に住む人種は魔に取り憑かれ、野蛮な本性が浮き彫
りになりその姿を人ならざる物へ変えて行ったと言われているの﹂
﹁その時、北の領土を死守していたのが我が民の始祖アラン様。北
の歴史は意外と長くての、次代の族長へと語り継ぐのが義務となっ
587
ておるのです﹂
アランという名を受け継ぐ背景を彼等は話していた。俺ももうこ
の種族の一員だ、息を呑んで話を聞いている。
﹁関わりはわかりました、私達のやるべき事とは?﹂
﹁これはそなた達にも関わりのある事で、極秘とさせてもらう為に
ここに呼ばせてもらった﹂
長は一度言葉を切った。
一瞬張りつめた空気が、聞き耳を立てる扉越しからでも伝わって
来る。
ゴクリ、と俺も息を呑む瞬。
﹁近頃蛮族達の間で邪神教と言̶̶̶﹂
﹁北の蛮族だ! 皆、急いで武器を取れ!!﹂
耳を貫く様な悲鳴が、族長宅一番奥に作られている書斎にも響く。
それと同時にこの雪山族の次期族長候補と呼ばれる、アラシュの怒
声が聞こえて来た。
いきなりの事についていけず呆然としていると、書斎のドアが急
に開いて中からわらわらと話をしていた三人が飛び出して来る。
﹁こりゃやまん! 何をしとるか!﹂
長の拳骨が飛んで来る。長は高齢と行っても雪山族は死ぬまで強
靭な肉体を維持し続けるとも言われている。もっともそんな事は有
588
り得ないが年齢を重ねるごとに落ちて行く体力の劣化が他の人種よ
り圧倒的に少なかったりするのだ。
﹁いや、ついつい聞き耳を⋮でもそんな事より蛮族が!!﹂
﹁外から悪意の魔力を感じます。早く外に向かいましょう﹂
クボヤマとマリアが長にそう言う。
﹁うむ! 判っておりますとも。やまん、危ないからじっとしてお
れ﹂
﹁いや! 俺はもうお客様じゃない。一緒に戦うんだ!﹂
そう言うと、長は皺が目立つ顔を更に歪ませてにやけると﹁それ
でこそアランの名を継ぐ者﹂と一言にクボヤマ達と外に向かって駆
け出した。
俺も慌てて後を追う。
外の状況は拮抗していた。
いや、少しながら此方が押され始めている様にも目立つ。主立っ
た集落の戦闘員は、雪山の巡回に出かけている時間だったからだ。
一番の強者、アラシュがたまたま非番で集落に残って居た事によ
り壊滅的な被害は避けられていると行った所。
負傷している者も何名か居るが、それは相手も同じの痛み分け。
589
牽制状態が続いている。
﹁マリア。貴方はケガ人の手当を。私は前線で他の負傷者を探しな
がら族長宅に戻って来ます﹂
﹁ええ。貴方は大丈夫なの?﹂
﹁ついでに邪な心を持った奴を引っ捕らえて来ますよ﹂
そう言うクボヤマに、マリアはニッと笑うと治療の指揮を取り始
めた。彼女は神聖魔法の使い手の様で、次々と負傷者に声を掛け手
当を施して行った。
﹁情けない! それでも雪山の民か御主らは!!!!﹂
長の怒声が響き。一瞬雪山族と蛮族が同時に怯むのが窺えた。
誰だって長が怒るのは怖いんだな。
だが雪山族の民はそれで息吹を吹き返した様に巻き返している。
俺も認められて新たに自分用に頂いた雪山族の特性武器﹃ゲンノ
ーン﹄を片手に攻防に参戦する事にする。
﹁巡回の者が戻って来るまで皆持ちこたえよ!! アラシュの姿が
見えない! あやつこの非常時に一体どこへ行った!﹂
長は相変わらず怒声をまき散らしながら無双している。
ゲンノーンを両手に持ち、敵の斧を受け引っ掛けると引き寄せて
その勢いのまま心臓を精確に貫いて行く。
590
ひと突きで死体になった蛮族の顎をL字に尖った部分で引っかけ
振り回して蛮族に投げつける。
一体どっちが蛮族なんだか判らないが、この武器を使った戦闘は
無限大な所を見せてくれた。
﹁アラシュ!!﹂
叫びと共に、長に一瞬の隙が出来た。
その隙に遠くからトマホークを投擲せんとする蛮族が一人。
﹁長! 後ろ!﹂
俺の声は聞こえていない様だった。
一体何が起きたんだ?
俺は蛮族一人を相手にするだけで精一杯だった。
そんな時、腕を振りかぶった蛮族を押しつぶす様に巨大な十字架
が飛来した。圧し潰された身体に遅れて投擲しようとしていた斧を
持つ腕がボトリと音を立てて落ちる。逆十字の横棒の部分に立つク
ボヤマが、飛行帽についているゴーグルを外しながら言う。
﹁前線の負傷者はあらかた治療所へ送りました。これで今の所ケガ
人は居ません﹂
﹁馬鹿者! まだおるではないか!!﹂
珍しく取り乱した長が、慌てた様に駆け出した。
俺達も慌てて後を追う。
591
﹃雪山の種族か﹄
﹃ヒト種の中ではまだ強靭﹄
﹃だが所詮ヒト﹄
﹃我々魔族と比べれば矮小な存在﹄
ガーゴイルの鋭く尖った尾に貫かれたアラシュがそこに居た。
長の顔は、一瞬驚きから悲しみに、そして鬼の様な形相に変わっ
てく。
北方人種特有の薄桃色の肌が真っ赤に染まっていた。
それだけでも回りの雪を溶かしてしまいそうである。
心無しかクボヤマの顔も鋭くなっている様だった。
ガーゴイルの視線がこちらを向く。
貫かれるアラシュをまるでゴミを捨てるかの様に此方へ投げつけ
る。
長とクボヤマが動かないアラシュに駆け寄る。
クボヤマは長の目を見ると首を横に振った。
592
﹁⋮ああ、アラシュよ⋮勇敢な雪山の民として、お前の死を儂の心
に刻もう⋮﹂
長は涙を流しながら空を仰ぎ言った。
その涙も、雪山の寒さの中では一瞬で凍る。
カチカチになったまつ毛の奥の瞳がギョロっとガーゴイル達を向
く。
﹁長、今はこの目の前の状況に集中しましょう﹂
﹁わかってますわい。弔いはとびっきりのを頼みますでな﹂
﹁畏まりました。一つ、私は過去にガーゴイルと戦った事がありま
す。彼等の鱗は岩の様に堅いです。が、四肢・尾の付け根は比較的
柔らかいので狙うならばそこを﹂
﹁判っております。年老いてますが、雪山の民の底力を見せてみせ
ましょう﹂
そう言って二体居るガーゴイルにクボヤマと長はそれぞれ向かっ
て行った。
何をすればいいんだろうと迷っていた俺にクボヤマが言う。
﹁年老いている身には辛いと思います。是非とも長の手助けをして
上げてください﹂
﹁わかった!!﹂
北方人種の体格から見ても、ガーゴイルは巨大だった。
593
クラスチェンジ
俺は北方人種に進化しているとは言え、その中ではまだ小柄な方
だったので果てしない絶壁に思えた。
だが絶壁や険しい雪山での戦闘を得意とする種族である。
岩の様なガーゴイルの肌にゲンノーンをピッケルの様に使い登っ
て行く。
尻尾の牽制は長がやってくれていた。
﹃小童が﹄
﹁まずったわい! 避けろやまん!﹂
﹁いっ!?﹂
尻尾が飛んで来る。俺の居た肌の部分を打ち付けていた。
どMガーゴイルなんて冗談を言ってる場合じゃない。
ゲンノーンを引っ掛けて宙ぶらりんになる。そして身体を振った
その勢いのままどうにか肩の位置にまで来る事に成功した。首筋は
刺があって近寄りづらかった。
だが、相手は少し傷つけられてもよじ上る俺を脅威と判断したよ
うで、手で払いに来る。
コレは避けれないなと死を覚悟した時、ガーゴイルが急に体勢を
崩した。
長がガーゴイルの尻尾を強引に引っ張って引きずり倒したからだ
った。
594
﹁ぬおおおおおおおおお﹂
とんでもないパワーだ。
空中に投げ出されて地面にダイブする。
衝撃で肺の中の空気が全部抜けて、一瞬動けなかった。
それでも俺を狙ったガーゴイルの攻撃は続く。
何かが来る、視線の端でそれだけが理解できた。
とにかくどこでも良い、横に転がって回避する。
ガーゴイルの鎌が、さっきまで俺が居た場所に突き刺さる。
﹃ギャアアアァァアァア!!﹄
叫び声が俺の耳を劈く。隣からだった。
クボヤマの相手していたガーゴイルがボロボロと内部から光を発
しながら砕けて行く所だった。
﹃貴様はあの時の神父。未だに生きていたのか。まぁいいこの間に
我らが同胞がこの地の英霊を亡き者にしているだろう﹄
﹁貴様ら! 英霊様の祠にも手を出すのか!﹂
この場から脱出しようと翼をはためかせて飛び上がったガーゴイ
ルに長が叫ぶ。クボヤマも巨大な十字架をガーゴイルに向けて投げ
ようとした。
だが、ガーコイルはそれより一手早く口から燃え盛る業火を吐き
出した。
595
俺達は堪らず退避する。
ガーゴイルはその隙に飛び去って行った。
﹁長。英霊様の祠とは一体なんですか?﹂
﹁雪白熊の祠のその先にある、代々雪山の民を語り継ぐ資格のある
者のみ向かう事を許される特別な場所で、我らの聖域です⋮﹂
長の言葉は少しずつ力を弱めて行った。
﹁じゃがもうおしまいです。あれ程の力を持った魔物がまさか蛮族
に力を貸していようとは⋮次代の担い手であるアラシュも殺されて
しまった⋮﹂
座り込んでしまう長は、年相応に年老いて見えた。
﹁長、諦めちゃダメだ﹂
俺は自然にそんな事を口にしていた。
諦めたら作り直す事の出来るゲームの世界で、そんな事は詭弁だ
グラソン
と罵られる。だが、このRIOの世界はそんな事も忘れるくらいの
物を俺にくれた。
この世界の一員として、一人の人間として扱ってくれたこの雪山
族に何かやれる事があれば。
﹁北の屈強な種族が諦めただって? そんな事は死んでから言えよ
爺﹂
長は口を開けたまま俺の目を見続けていた。
596
﹁この時間帯は巡回の人達も丁度雪白熊の祠への道付近に来ている
筈だ! 急げば未だ間に合うだろ!﹂
長は笑うと立ち上がった。
さっきまでとは大違いである、いやむしろ若々しい程の気を帯び
ている様にさえ思えて来た。
﹁小僧が言う様になった。儂もまだまだ現役で居る事にしようかの
!﹂
﹁もちろん私もついて行きます。邪心教の芽は確実に詰んでおかな
ければなりませんからね﹂
クボヤマも十字架を背負ってやって来る。
彼はウエストポーチから出した簡易食料を俺達に手渡した。
味は苦酸っぱ糞マズい。
そして回復魔法で俺達の傷を癒してくれる。
戦闘前より身体が軽くなった気がする。
コイツは良いや。
そしてすぐ英霊の祠と言う場所へ。
雪山族の聖域に俺達は向かう事にした。
597
598
北の大地に立って
﹁なんと言う事だ⋮﹂
俺、長、クボヤマ、マリアの四人は目の前の惨状に息を呑む。
グラソン
アレからすぐ出発した俺達は、雪白熊の祠より少し手前の山道で
巡回に出ていた雪山族の遺体を発見した。
周囲に凍土の蛮族の遺体もある事が、集落が襲われている時、こ
の場所でも死闘が繰り広げられていた事が窺える。
﹁ありえん。我が北の民が蛮族程度に遅れを取る筈が無い﹂
﹁⋮傷口に邪気を感じます、何者かの介入があったかと﹂
雪山族の遺体に祈りを捧げながら、クボヤマが言う。
蛮族の遺体も調べた所、傷口に同じ様な邪気を感じたらしい。要
するに、第三者の介入で無差別に殺された可能性があるって事だな。
怒りに打ち震えそうだ。
同時に、死闘の中で水をさされ死んで行った同胞達の無念を感じ
た。
雪山の寒さでは流した涙もすぐ凍る。
雪白熊の祠を通り過ぎる時、一際巨大な白熊に出会った。
599
﹃珍しく我が主の友の気配を感じたと思えば、運車輪の神父か。皆
一様、ここに呼ばれるべくして集まったのだろう。試練を越え語り
継ぐ同胞達よ、我が力の一端を渡す。我が主の意思により我はこの
地の地脈を守らねばならん。北の聖域はグラソンの民の役目、若い
同胞よ北の大地を驕る邪な物達を退けよ﹄
巨大な白熊は、クボヤマの事を一瞥すると俺に向き直りそう告げ
た。
ア
ア﹂
そして俺の鳩尾あたりに鼻を近づけ小突く。
﹁ッ! 熱い! あ
すっかりこの地に慣れて淡白くなってしまった肌に、焼け爛れる
様な痛みを感じ膝をついてしまった。
心臓が脈打つ度に身体中の血管が千切れそうな痛みを感じる。
アラン
﹃我らの力の源、英雄の鼓動。どんな逆境でも決して退かなかった
英雄の血脈である。制約を超え、誓約を﹄
そう言って、巨大な白熊は姿をくらませた。
手元にある雪に全身を冷やそうと試みるが意味を成さない、クボ
ヤマが止めに掛かり治療を施そうと本を開いたが、閉じてしまった。
﹁コレは試練です。あの地神の白熊が行っていた様に、この雪山の
民に繋がる力があるのでしょう。此方から治療をすると変わってし
まう恐れがあるので﹂
ですが、と。クボヤマは俺を背負い出した。
﹁見ていて面白い物ではありませんからね。背負うくらいでしたら
600
大丈夫でしょう。マリアさん、オース・カーディナルを代わりに背
負ってもらえませんか?﹂
﹁あれ重たいのよね、まぁ貴方には相当堪える重さでしょうけど﹂
﹁いえいえ他に比べたら、物理的な重さなんてヘッチャラですよ﹂
マリアが文句を言いながらも巨大な十字架を受け取った。クボヤ
マも笑いながら返す。ハタから見ていたら思いっきり夫婦漫才やっ
てる様にしか思えないんだよな。
﹁いや、歩ける。この程度の痛み、雪山の民の痛み、皆の痛みに比
べればまだまだ軽い﹂
アラシュには、この集落について色んな事を教わった。
ゲンノーンの使い方、戦い方。
彼の恋を手伝ったりもした。次代を継ぐ者だと、集落一の強者だ
とも言われていた彼は、何故か自分の好きな相手にだけはかなり奥
手であった。
女でありながら集落二番目の使い手で、巡回メンバーに抜擢され
る程のサテラは自分より強い者としか婚姻を結びたがらなかった。
これって両思いじゃん。
話を聞いた瞬間思ったね。
発破をかけるとアラシュは彼なりのアプローチをかけたと顔を赤
くして報告していた。俺が試練から帰ると同時に報告して来るなん
てどれだけ話したくて仕方が無かったんだろうか。
サテラの遺体を見つめながら思う。
601
彼女の遺体が握りしめているゲンノーンはアラシュの物、この二
人は一応上手く行っていたんだろうな。
﹁⋮くそ⋮﹂
コレが終ったら二人一緒の墓を作ってやらなければ。
物理的に全身が熱い程痛いが、今は胸の奥の痛みの方が勝ってい
る。
先を急ごう。
途中に湧いて出て来る暴れ雪兎やデッドトレント達は、クボヤマ
と長が薙ぎ払って行く。凄く心強いな。
一番心強いのは、少し歩が遅くなった俺の手を引いてくれるマリ
アだが。
﹁もうすぐじゃ、気を引き縛らんか﹂
長が言う。
吹雪に近い天候も険しかった道も徐々に落ち着きを見せていた。
静かになった雪道に、俺達のザクザクと雪を踏みしめる足音のみが
響いている。
﹁近い﹂
602
クボヤマが呟く。ゴーグルに隠れて表情は見えないが、妙に鋭く
なった声色が俺に敵は近いと意識させる。
自ずと武器を握る両腕に力が入ってしまう。
たどり着いた英霊の祠は神々しかった。
半径十メートルに雪すら積もっていない、ぽっかりと空いた空間
がある。枯れ草、枯れ木しか無いこの北の大地でその空間だけは緑
が茂っている。
そして石で作られた祠というより祭壇の様な場所の中心に、巨大
なゲンノーンが突き刺さっていた。
﹁良かった、無事であった。アレが雪山族を次ぐ者しか見る事ので
きぬ英霊様の祠じゃよ﹂
長がジッと巨大な武器を見つめながら言う。
﹁この空間には認められたものしか入れぬ、そして一年に一度アラ
ン様の好物だったとされる北の酒とその肴である漬物を備えて、我
が血族の証を捧げて英霊の力を補充しなくてはならん、見た所大分
魔力を失っているようじゃ﹂
そう言いながら自分の指を噛み切ると、長は祠に手を付けた。
血族の証とは血そのものだったのか。
﹁ここまで静かなのはおかしいですね、邪神の残り香は色濃く濁っ
ているのに﹂
クボヤマが回りを警戒しながら言う。
603
﹁なぁに! 英霊様の聖域を越えれぬと判り逃げ帰ったのでしょう
!﹂
聖域と祠が無事だった事で元気を取り戻した長が快活に返す。
こういうフラグってあるよな。
﹁魔力譲渡は不純物も交じり易いですからね、脆くなりがちなんで
すよ。血によってそれをカバーしているとはいえ、もう少し警戒す
るべきです﹂
﹁なるほど、肝に銘じます。もう少しの辛抱をしてくだされ﹂
辺りを見回し、長も警戒しながら集中に入った。
だが、突如として俺達の視界が赤く染まる。
﹃小賢しい、小賢しいぞ!﹄
ガーゴイルが俺達に向かって業火を吹く。
だが、それも聖域の中までは浸透して来なかった。
ガーゴイルはイライラした様に尻尾を振り回し、地面の雪に当た
り散らす。
﹁全く、以前も逃げ帰って来て、今回もなの? つっかえないわね
∼﹂
気怠げな女の声が響く。
その声を聞いたガーゴイルがびくっと反応して焦った様に火を吹
く。だが燃料切れか、後に吐き出されるのは黒い煙のみ。
604
﹃ヴィリネス様、しばらくお待ちください。壊してみせます﹄
﹁だ∼か∼ら∼。脳筋なの? さっきの神父が言っていたのがヒン
トよ。全く壊れない祠って言うのは面倒よね。ムカついちゃうわ、
零度の波動﹂
そう言いながらヴィリネスと呼ばれた薄紫のタイトなドレスを身
につけた爆乳の女は、マリアとそう変わらない程のスカートのスリ
ットからその妖艶な足を見せつけながら長と祠に手をかざす。
﹁まずい!﹂
クボヤマが素早く動き、その直線上に巨大な十字架を投げる。
空間が波打つ様に見えた。
どんな攻撃なのかは判らない、だが確実にあのヴィリネスという
女から何かされているのは確かだった。
倒れる様な音がする。
雪に埋もれる音じゃなく、地面に叩き付けられた音なんて久々に
聞いた。
それは長だった。
あわてて駆け寄るが、息はないし瞳孔は開いている。
脈は?
あった。
よかった。
605
﹁生命への冒涜です。邪神の波動と近い何かを感じます﹂
﹁はぁなんて快感なのかしら。これも邪神様のお陰ね、永久凍土で
ただ凍らせるよりもこの感じ、素敵なの﹂
クボヤマが怒った様に言う。
女はそれをあしらう様な仕草をしながら返す。
﹁あれは凍土の悪女ヴィリネス! 本で読んだけどおかしいわ! 彼女は凍土から出て来れない筈なのに!﹂
マリアが叫ぶ。流石司書と呼ばれているだけあって物知りである。
クボヤマの抽象的な言葉の補足が、彼女の仕事の様に思える。
要するに通訳。
そんな事を思ってる場合じゃない。
話を要約すると、邪神の絶対殺す波動の一端を貰った悪女の技、
絶対殺す零度の波動。絶対零度ってことだ。
とんでもない。
﹁この北の大地もあたしが行動できる様な枯れ木も生えない凍土に
変えるのよ。あの鬱陶しい白熊を殺してね﹂
そう言って邪悪な笑みを浮かべる女。
凍土の蛮族を束ねていたヤツはこの女だったのか。
﹃結界が薄くなって行く⋮流石ヴィリネス様﹄
ガーゴイルが再び業火を吹く。
606
﹁神聖結界!!﹂
その炎をマリアが受け止めた。熱波は感じているようで額に汗を
にじませながら言う。
﹁クボ! 私の魔力じゃ後数発も持たないわよ!﹂
﹁ファインプレーです。死ぬ気で守ってください、すぐに駆けつけ
ますから!﹂
クボヤマは、巨大な十字架を片手で持ちながらヴィリネスへと駆
けて行った。
俺は、俺は一体何をすれば良い。
そう思った時、足下を引っ張る感触が伝わって来る。
﹁⋮力を、祠に⋮お主なら⋮英雄の鼓動を受け取ったお主なら⋮﹂
長が開ききった瞳孔を此方に向けながら、掠れた声で言う。
その瞳にはもう何も映ってないのかもしれない。それほど光が無
くなった瞳で、しっかりと俺の目の位置を捉え、言う。
﹁⋮継ぐ物とは、集落の、こ、子供に話聞かせて来た⋮お主も聞い
た事、あるだろ
う⋮そう﹂
﹁もういい! これ以上喋るな!﹂
最早聖域としての力は機能しなくなっているのか、辺りは次第に
607
吹雪いて行き、倒れた長は雪に埋もれかけていた。
俺はまだ雪山族になりたてのペーペーだ。長にはもうしばらく集
落の長をやっていてほしいんだ。
だから死ぬのはまだ早い。
﹁俺が、聖域を元に戻す﹂
返事を無くした長に俺は一言告げて立ち上がった。
指を噛み切り、すっかり雪に埋もれ冷たくなってしまった祠の象
徴を触る。
魔力を吸い取られる様な感覚が広がった。
飲み物を飲み干す様に急激に身体から魔力が無くなって行く。
﹁チッ! うざったいわねあの坊やもこの神父も!!﹂
クボヤマと応戦している悪女の悪態が響く。
マリアは辛うじてガーゴイルに拮抗していると言った形だ。
結界魔法でギリギリ守りながら、光魔法で攻撃しているのだが、
ガーゴイルには鬱陶しい程度にしか効いちゃいない様だった。
﹁シスターズ! 俺は良いからマリアをサポートしてくれ!﹂
かなり荒々しい声だった。
普段の物腰の良いクボヤマからは想像もつかない程、荒々しい声
で叫んでいる。
﹁ありがとう! すぐに終らせるわ﹂
608
その返事にニヤっと笑ったクボヤマだったが、さっきより確実に
スピードが遅くなっていた。
クボヤマの胸ポケットからマリアの方へ飛んで行った光は、ガー
ゴイルを翻弄する。目を凝らしてみて見ると、一冊の本が飛び回っ
ていた。
その隙にマリアは詠唱する。
﹁女神アウロラよ⋮﹂
ボゥッとマリアが淡く光輝く。
そして彼女は頭上に十字架と一冊の本を掲げた。
今まで触れて来なかったが、彼等は聖職者だったりするのか?
神聖魔法や十字架を持っていたり、というか神父ってワードも何
度か出ていたしな。
戦う神父はプレイヤーなのかユニークNPCなのかトトカルチョ。
何故だかコレを思い出した。
いかん、集中を乱すな。
一冊の本ではなく、聖書だろう。
彼女が掲げたその二つから文字が浮かび上がる。
﹁⋮邪悪なる者の浄化を求めん﹂
光る波動がガーゴイルを包み、ガーゴイルは光の粒子になって消
えて行った。
そしてマリアは額から大量の汗を流しながら座り込んだ。
609
と、同時にそのガーゴイルが消滅した場所にクボヤマが突っ込ん
で来る。
﹁クボヤマ!﹂
マリアが駆け出した。
ヴィリネスの方に視線を向けると、息をつきながら次は此方に手
をかざしていた。
あの波動が来る。そう思うと腰が引けた。
︵逃げるな、小年よ。もう少しの辛抱だ︶
頭に声が響く。
優しく包んでくれる様な男の声だった。
︵退くな、少年よ。それが我が一族の血の力である︶
第一波が来る。
心臓が脈打つ。
正直言って、延々と吸われ続ける魔力も底を尽きそうだし、全身
だって尋常じゃないくらい痛い。
この波動だって怖かった。
でも、一波目を受けてみて気付いた。
逆に守られている事に。
︵笑え、少年。逆境であればある程︶
610
声が響く。守ってくれてるのはこの頭の中に声を響かせて励まし
てくれている人なんだろうな。
笑おう。
そう思った。だが死んで行った仲間達の姿が思い浮かぶ。
それでも笑う。
そうしたら、目から大量の涙を流し震えながら笑うという奇妙な
姿になった。
血が滾る様に熱い。
そんな身体から出る涙は、極寒の中でも不思議と凍らなかった。
﹁変な顔が癪に障るわね、早く死になさいよ!!﹂
第二波が来る。
邪神の波動は恐ろしい、心に直接恐怖を刷り込まれるようだ。
グラソン
勇気を保て、勇気を保て。
ダメだ、怖い。
でも退かない、俺は雪山の民だからだ。
決して動かぬ様に、己の足を凍らせた。
無防備のまま第二波を受ける。
もう意識を保っていられる自信は無かった。
︵よくやった、少年。若い頃の我を見ている様だったよ。丁度アー
クティックも地脈の汚れを取り除いたようだ。君は役目を果たし、
611
コレからもその制約を越えた誓約を担ってもらうだろう︶
そんな声が響くと、俺の体力が著しく回復して行くのが判る。
︵それは我じゃない。あの神父じゃないかな? エリックも数奇な
運命に巻込んだようだ、君もだけどね。幸運を祈るよ︶
﹁ありがとうございます。ぶっちゃけ今回は色々と枷があるもんで
すから、死にかけましたよ﹂
全身を焼く様な痛みは引いていた。
そして、代わりにみなぎる様な血流の鼓動を感じる。
﹁祠の復活と同時に、この地全域を覆っていた邪悪な気配が薄まり
つつあります﹂
クボヤマは立ち上がりながらこちらへ来る。
そして二人で狼狽するヴィリネスを向く。
﹁ああっ! せっかく広げたあたしの凍土が!﹂
さっきのクボヤマと打って変わって、目に見えて動きが遅くなっ
てしまった彼女にクボヤマの十字架が横薙ぎの一閃。
巨大な質量が彼女をぶっ飛ばす。
﹁ぢぐぞおおおおころす!! 零度! 零度! 零度!﹂
波打つ波動が俺とクボヤマに押し寄せる。
今なら自分の力が手に取るように理解できた。
北の英雄の力、英気が波動を無効化する。
612
﹁私には邪神の力は効きません。まぁ昔と違って物理攻撃では死ん
でしまいますがね﹂
昔は死ななかったのか?
まぁいいや、俺はゲンノーンを振りかぶってバタバタと突っかか
って来たヴィリネスの脳天をカチ割った。
その一撃で昏倒してしまう。
本当にカチ割れなかっただけ、魔族の種族的な強さの一端を垣間
見た。
セイントクロス
﹁後は任せてください、聖十字﹂
巨大な十字架が、光り輝くさらに巨大な十字架へと変貌を遂げた。
その光によって悪女ヴィリネスは若干の抵抗をしていた物の跡形
も無く光の粒子になって消滅して行った。
いつの間にか吹雪は治まり。
英雄の祠には新しい緑が芽吹き始めていた。
そして茂る草の中でぴくぴくする長を発見し、クボヤマのお陰で
ある程度回復した長を背負って俺達はこの地を後にした。
山に一つの咆哮がこだまする。
俺の大分強化された視力が、連なる山々の一つの頂きから巨大な
白熊にのった銀色に輝く髪を乱雑にかき上げただけの男を捉えた。
頼むぞ、少年。
613
口の動きはそう言っている様だった。
614
北の大地に立って︵後書き︶
更新遅れました、申し訳ありません。
クリスマスですね。
クリスマスネタとかやった方が良いんですか?
無い事はないですがね。
いずれ現時点ステータス公開します。
615
北の大地を発って︵前書き︶
前回で書き忘れてました。山田アランの補足。
アラン
プレイヤーネーム:山田
プレイモード:リアルスキンモード
アラン
種族:ヒューマン︵グラソン族︶
アラン
才能:耐寒↓英雄の鼓動
︻英雄の鼓動︼
制約を超えた者が授けられ、英雄の力を振るう事が出来る。
ティック
アーク
英雄の血を色濃く受け継ぐ民はこの鼓動の一部を宿すため、巨大な
雪白熊から力を貰い受ける事は出来ない。
誓約は、決して退かぬ事。
その勇気をなくした時、英雄の血は効果を失う。
北では厚く衣服を身にまとう為、白銀の刺青が腹部から全身に広
がるが見えない。時間経過で髪の色は白銀色に変わって行く。
616
北の大地を発って
旅は道連れ。
リアルスキンモードプレイヤーである俺が、ずっとグラソンの集
落に居座っていられるのかと言われたら、それはNOと答える他は
無いだろう。
あれから、クボヤマ達と協力して集落の墓地に今回の戦死した仲
間達の墓標を立てた。しっかり祈ってくれるそうだ。
流石神父様。
あれだって、お偉いさんなんだって。
まぁ黎明期からプレイヤーを騒がせていた人物だけあって、この
世界での過ごした日も長いんだろう。
本人はユニークNPCだという噂を遠い昔の話の様に感じている
らしい。
トトカルチョの答えはプレイヤーでした。
あれから、長と話し合った。
次代を継ぐものはこの集落の掟ではこの地で育った者が継がなく
てはならないらしい。
英雄とはまた違った扱いなんだそうだ。
﹁お主には遥か先に果たすべき目的があるじゃろう。儂もまだ現
役で行けるし、北の地は英霊様も雪白熊様もおる。どこでも行け﹂
と、そう言っていた。
617
クボヤマ神父が言うには、かなり前に邪神を復活させてしまった
のは実は自分だったらしくて、その尻拭いの旅をしているらしい。
今まで何の音沙汰も無かった邪神からのアクションだが、今回そ
のはっきりとした兆しを確認して、いよいよ本格的に行動に移ると
言っていた。
この地に留まってひたすら来るか判らない邪神を待つよりか、神
父に同行して邪神討伐のグランドクエストを進めた方が良いだろう。
ってか色んな事を置き去りにして俺はいきなりグランドクエスト
に足を突っ込んでしまった訳だが、流石リアルスキンモードである。
可能性は無限大。
とりあえず先ず目指すべきは、聖王都ビクトリアだと言っていた。
枢機卿としての責務を負えなければならないとか。
そうして、俺は長らく滞在したこの雪山を後にした。
今も脈々と身体を流れているこの鼓動。
この地で過ごした事は決して忘れないだろう。
掛け替えの無い物を貰ったしな、ゲームの世界である事を忘れて
しまう程だ。
618
そして俺達は、北の大地で唯一凍らない港﹃ロフスクハーバー﹄
へと着ていた。この不凍港から海を渡り、西沿岸部諸国を回るんだ
とか。
陸路から直通の方が早いのではないかと思ったんだが、
﹁行きに強行して何も観光できなかったですからね、帰りは時間の
許す限り見て回ります。各地に散らばった友人達からの手紙も頂い
てますし、仲間集めと行きましょう﹂
だとさ。この神父。
まるで問題を理解しちゃいねぇ。まぁ早急に戦闘が重なる様な状
況でもないようで、本当にヤバかったら連合国やビクトリアからの
招集がかかるんだとか。
﹁有給休暇みたいなもんよね∼﹂
旅は慣れたもんなのか、船の甲板にて優雅に海を楽しむ二人を尻
目に、密かに邪神への決意を固めていた俺に謝罪しろ。
﹁何が観光か! 何が有給か! 今も邪神の影がこの世界に広まっ
てるか、も⋮﹂
619
︽オオオオオオオン︾
﹃レッサークラーケンが確認されました。今回の航行は見送りとさ
せて頂きます、皆様避難の準備を﹄
放送が響く。確認されたってお前。
目の前に居るんだが、でっかいタコがだよ。
﹁足一本くらいなら美味しそうですよね。はぁ、馬車があればまる
まる積載できたんですけどね⋮﹂
﹁何それ、タコ? クラーケンって食べれるの?﹂
﹁ええ、とっても合いますよ、お酒に。私も一人晩酌を嗜むタイプ
でして。あ、いやこの世界ではもちろん禁酒していますが⋮と言う
か宗教の規律的はあんまり厳しくないですよね﹂
﹁お酒も葉巻もありだものね﹂
﹁女神様の包容力です﹂
そう言って祈り始めた神父。
北の酒は未だ残ってたかしら、とクラーケン︵タコ︶の足を見な
がら今夜の晩酌の皮算用をする司書。
﹁マイペースかお前ら! うおおおお!!!﹂
620
船を両断しようとする一本のたこ足をゲンノーンで弾く。
間髪入れず襲って来る足をハジクハジク。
こういうデカい手合いには手数で圧すこの武器は使いづらい。
片手で弾ける当たり、英雄の力すげーってなる訳だが、それでも
限界はある。
未だ使いこなす事が難しいんだぞ。
﹁おい! 神父! 司書! はやく! こっち! 手伝えっ!﹂
ダメだまるで聞いちゃいねぇ。
出航前で良かった、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の時間稼ぎで
もやるしかない。最悪死に戻りという手段が俺にはある訳だし。
ブツブツと瞳を瞑り呟く神父の顔が厳しくなって行く。
レッサークラーケンもずっとシカトされている状況に腹が立った
のか、神父めがけてよくしなるその足の鞭の様な一撃を叩き込もう
とした。
﹁うるせぇーーーーーーーー!!!﹂
セイントクロス
巨大な十字架が光を上げてタコを消した。
聖十字だ。
﹁は! いけません。私とした事がつい⋮﹂
﹁ちょっとクボ!! 私の今晩のつまみ!!﹂
コイツら、おっかねぇ。
621
黎明期のリアルスキンプレイヤーは変人ばっかりだと噂で効いて
いたが、まさにそれだな。
ってかすっかり毒されている様に見える、マリア司書だった。
彼女はこの世界の住人なのに。
船旅は有り得ない事に再び出航へとこぎ着けた。
人々は嬉々として﹁神の光だ﹂やら﹁有名な枢機卿が乗っている﹂
だとか﹁神に守られた船だ﹂とか言っていた。
この船を動かしている船長は商船の仕事もやっているようで、こ
ちらも嬉しそうにヴィップルームへと案内してくれて、教会のお墨
付きがどうたらとか言っていた。
マジで恐ろしい威力だな。宗教って。
622
﹁うおおお。これ、俺見た事無いんだけど﹂
ヴィップルームに運ばれた料理を見て俺は怖じ気づく。
装飾品とか調度品とかが無い所で過ごした俺はすっかり田舎もん
になっていたらしい。だってアレだ、長の家に有る装飾品なんて鹿
の角とかそんなんだぞ。
料理だって、北の大地とは思えない程の物があった。
いや、前も食べた事のある物も混ざっているが、久しぶり過ぎて
味を覚えていない。
そんな俺は、ひたすら持参した漬物をぽりぽり齧っている。
﹁情けないのね。出された物は頂けば良いじゃない﹂
﹁いや、君たち仮にも聖職者でしょ?﹂
﹁あ∼まぁね﹂
バツの悪そうな顔を一瞬するマリヤと視線を交わしたクボヤマが
言う。
﹁私も元々得意じゃないんですけどね、こういうの。受け取らない
と後々面倒事が重なる事が多かったので黙って享受する事にしまし
た﹂
一体過去に何があったんだ。
地位が高いって言うのも考えものなんだな。
623
出されたステーキを食べてみたらとんでもなく美味かった。
飲み物だった。
﹁やまん、少し夜風に当たりに行きませんか?﹂
食べ終わった後、既に出来上がり始めていた司書を放ったらかし
に、クボヤマが話しかけて来る。
﹁なんだ、デートか? 男からはお断りだ﹂
﹁いえ、これからの事です。この世界の事は出来るだけこの世界で
話す事にしているので﹂
世界観を楽しむべく、リアルスキンモードプレイヤーは現実とR
IOの世界を分ける事が多い。現実でもゲームでも共通の内容とい
ったらログイン時間を合わせる話くらいである。
﹁邪神を蘇らせたのは少し前の話です。これは前にも話しましたよ
ね﹂
アウロラレプリカ
﹁ああ、大会準優勝景品を廃れた邪神教の祭壇に置いたら復活して
しまった話だろ?﹂
デッキで夜風に当たりながら俺達は話す。
真っ黒な海と空。灯が無い空間だからこそ星達がより一層輝いて
見える。
﹁邪神教は、人を嬲り殺す様な奴らでした。この世界の人々は私達
と違って、一度死んでしまったら終わりです﹂
624
﹁それは、わかってるよ⋮﹂
﹁掘り返してしまってすいません﹂
雪山での出来事を明確に思い出し、俯いてしまう。
神父も察してくれたのか謝って来る。
﹁心構えを持つ事は大切なのですが、それだけに縛られて固くなる
のはいけませんよ﹂
そう言ってデッキの手すりにもたれかかる神父。
﹁状況を楽しむのも一種のロールプレイですよ。私はそこから色ん
な事を学びましたので﹂
﹁それは凄い噂になってたな、エルフとか吸血鬼とか巨人とか﹂
一番は神父、あんただけどな。
変態共を束ねるクレイジー神父という噂もあるんだが、絶対お前
だろ。
これは言わないでおこう。
﹁ははは⋮。コレから先なんですが、ローロイズと呼ばれる王国へ
向かいます。これは不本意ですが、上からの命令なので。あと一番
の友人もそこで学んでいる様ですし連れ戻しに行くついでですね⋮﹂
聞いた事無いな。
﹁それは上からの命令がついでなのか?﹂
625
﹁ええ﹂
きっぱりと笑顔で言い切った神父。
枢機卿の上とか、本当に教会のトップの人何じゃないのか。
﹁いいの?﹂
﹁いいんです﹂
話は戻る。
﹁世界規模の力が必要だと上も感じているようで、今回特務枢機卿
として往復する前に位を頂いてるのである程度の特権が効くんです
よ。その下準備ですね、戦の仲間を集める段階ですが、問題はそれ
より遥かに根深い所にあるようです﹂
そう言って神父は言葉を濁した。
まぁ立場的に話せない内容も多々あるんだろうな。
﹁要するにお互い守るべき物を持つ者同士、均等に分け合って支え
合いましょう﹂
﹁うん。お前の分は背負えるか判らないけど、俺に出来る事があれ
ばね﹂
﹁本当ですか? ずっと味方で居てくれますか?﹂
ぐぐぐっと近づいて手を握りしめて来る神父。
626
﹁お、おう﹂
おい、俺はマジで男は無理なんだって!
お前の所の宗教でもそれは流石に許してないだろ放せ!
﹁うっぷ⋮船酔いしたぁ⋮﹂
﹁臭! マリアくっさ!﹂
﹁マリアさん、それは断じて船酔いじゃないと思いますが、決して
ここで吐かないでくださいね?﹂
﹁私は一度も、うっぷ、酒で吐いた、こ、事無いわよぉ⋮ろろろろ
ろろろろr﹂
﹁ぎゃあああああああ!! ふざけんなくそ司書!!!﹂
﹁ゲロ処理はまかせましたよ! これも私の背負う業なんです﹂
﹁おいてめー鍵しめるな! すいません閉めないで! 開けてくだ
さいお願いします神父様!﹂
﹁おぼぁ! 船いやぁ、おろろろろ。いやぁもぉろろろろお﹂
627
北の大地を発って︵後書き︶
神父﹁ふふふ、コレで彼女達に謝る時の味方が増えましたよ。この
調子で増やして行けばなんとか事なきを得るかもしれませんね﹂
ゲロ回でした。
628
−幕間−韋駄天と吸血鬼
﹃我の影を倒し者、その身に我が力の一端を。更に力が欲しくば、
神の国へ参られよ。その時は我が直々に相手しよう﹄
︽シヴァの子の化身−韋駄天−を討伐しました︾
︽﹃agimax﹄は称号の獲得条件を満たしています︾
︽韋駄天の称号を獲得しました、これにより一部称号が消滅しまし
た︾
︽称号の効果により、一部装備がクラスチェンジしました︾
︽飛翔の衣に仏力が宿り、韋駄天の天衣へとクラスチェンジしまし
た︾
︽飛翔の草鞋に仏力が宿り、韋駄天の足袋へとクラスチェンジしま
した︾
︽飛翔の合羽に仏力が宿り、韋駄天の羽織へとクラスチェンジしま
した︾
︽ロングランナーの称号が統合され、消滅しました︾
︽トップスピードの称号が統合され、消滅しました︾
︽韋駄天の称号により、韋駄天の守護、スキル韋駄天を獲得しまし
た︾
︽韋駄天の守護を獲得しました、これにより以下の効果を得ます︾
︽仏紋:韋駄天の力を扱う際に光る刺青︾
︽スキル韋駄天を獲得しました、これにより以下の効果を得ます︾
︽静動合一:瞬時に加速、停止ができる︾
︽韋駄天の脚:AGI補正極、走行による疲労軽減極︾
629
︽スキル韋駄天により、一部スキルが統合されました︾
︽天駆が韋駄天へと統合されました︾
︽飛脚の心得が韋駄天へと統合されました︾
︽難場走法が韋駄天へと統合されました︾
じゅんよう
︽種族レベルが121にレベルアップしました︾
︽隼鷹の目が、隼鷹の心眼に変化しました︾
︽奇襲と急襲が、先手必勝に変化しました︾
︽先手必勝が韋駄天の称号により懸待対の兵法に変化しました︾
プレイヤー名:agimax
VIT
DEX
STR
0
0
0
0
MP:1300
種族:ヒューマン︵韋駄天時半仏化︶
レベル:121
INT
700
HP:1300
AGI
0
︵+70︶
MND
0
︵+13︶
︵+13︶
LUK
※職業、装備、スキル補正は入ってないです。
new
※括弧内は相乗効果ボーナスです。
職業
猟師
武技スキル
new
韋駄天︵静動合一、韋駄天の脚︶
韋駄天の守護︵仏紋︶
630
隼鷹の心眼
new
new
懸待対の兵法
空間把握
アクロバット
短剣術
猟師の三原則︵勘、心得、歩法︶
﹁すごいな﹂
その一言に尽きる。
今回僕は、同じギルドのDUOを引き連れて韋駄天クエストの最
終ボスを討伐しに来ていた。そして始祖ヴァンパイアというレア種
族を持つ彼と共に無事にクエストをクリアした。
このゲームは信用度と言う物もあって、仏門に入りハンター協会
とは別の信用度を上げて、韋駄天のクエストにたどり着くまでが長
かった。
神仏相手に始祖ヴァンパイアはまさに反則だった。
神を倒す為には神と同等の力を得るしかないというDUO。そし
て、彼は見事に匹敵する力を得たらしい。
神父にボコボコにされる姿を僕も一度見ていたけど、恨みまくり
だろ。その様子が更に邪悪さをかもし出しているんだけどね。
ロールプレイ人はかなり強いと呼ばれているが、僕はそんな変態
には混ざりたくないな。
631
と、言いつつノーマルプレイヤーの中でも大分この世界に溶け込
む一人である。
いつだか、僕らが優勝したプレイヤーズイベント後の公式発表に
より、リアルスキンモードもノーマルモードも色々な垣根を越えた
という形になっている。
僕はクエストやって、敵倒してってゲームがしたかったから初期
固定でノーマルモード。
このゲーム、今ではリアルセカンドライフと呼ばれる程の一大ゲ
ームになっているようだった。
ノーマルモードからは、リアルスキンプレイヤーとRIOのNP
Cが判らない程人々は溶け込んでいたりする。
いやぁ、武器職人とか職人スキルを鍛えたい人はマジでリアルス
キンに行ってみると良いね! オリジナル装備、今かなりキてると
思う。
ま、僕はリアルスキンにしても初期でつまづきそうだからノーマ
ルプレイ専門で行こうと思う。
今では大分垣根を越えた両プレイモードだからね、何ら不満はな
い。
プレイスタイルは半リアル的な感じでヘルプシステムはオフにし
ている。
﹁サマエルさんもありがとう。って言っても僕には声が聞こえない
んだけどね﹂
﹁サマエルも久しぶりの神仏相手にちょっと本気だしちゃったって
言ってるぞ﹂
632
DUOがサマエルの声を代弁してくれる。
僕の予想では、ノーマルプレイではサマエルの力の一端を使える
称号が手に入るクエストだったんじゃないかと思う。
しかも彼等の出会いの発端を聞くと、よくある期間限定イベント
クエストで﹃行商人の呪いの仮面﹄とかそんな感じだろう。
イベント潰されたって事?
あんまり考えないでおこう。
﹁でもよくこのクエストについて来てくれたね、DUOさん﹂
﹁頼まれたからな。Eveには恩があるから、受けた恩は倍にして
返す﹂
﹁そっか、僕も今日かなりの恩を受けたからいつか返すね﹂
その言葉に、DUOさんはフッと鼻で笑って返した。
ロールプレイすると本当に変態だが、普段はまともなんだよな。
とりあえず、DUOさん相手に称号の力を試してみる。
﹁じゃ、いくよ。韋駄天!﹂
スキルを発動させると、身体に刻まれた刺繍が光り出す。
韋駄天へとクラスチェンジした装備が揺れている、まるで力に呼
応する様に。
感想は、身体が凄く軽くなってるけど速さ分の威力はしっかり残
っている感じだな。静動合一の効果が凄い、武術の達人が薄皮一枚
633
でピタッと攻撃を止める様に、僕の身体も停止する。
そして脚を出した瞬間から最高速度になっている為、瞬間移動し
たという感じだった。
﹁時止めしてるのにも関わらず、その距離まで俺に近づくなんてか
なり速いな。いずれ止まる時の世界も動ける様になるんだろうな﹂
DUOさんも絶賛である。
止まった時の中を動いてるんじゃなくて、時が止まるコンマ数秒
の間に行動が出来るという点だろう。
攻撃に活かせるかというと僕の目が動きについて行けないので、
本当に最高速度を使う時なんてエスケープする時しか無いと思う。
一瞬で空へと走りエスケープ。良い川柳が出来た。
次は使いこなす為の目を取りに行かなければならないんだろうな。
このゲームはクエストもヒントが無いから、それらしい物を選ばな
いと時間の無駄なんだよな。
まぁ速さを追い求める為には、必要だろう。
これが限界速度だとはまだ思っちゃい無いしね。
﹁それより、俺が殺した始祖ヴァンパイアが魔の軍勢が来る準備を
していたと殺す直前に言っていた事についての調べはついているの
か?﹂
﹁仏門の関係者に少しは話を聞いてみてるけど、そんなクエストの
兆しは無いよ。まず、僕はノーマルプレイヤーだしね﹂
634
﹁そうか、このギルドは情報戦に弱過ぎると思わんか。戦闘力はピ
カイチだと思うがな﹂
﹁なにせノーマルプレイヤーも居るし、その中でもギルマスが能天
気で行き当たりばったりだからね﹂
自称天才で事ゲームに掛けては本当に天才なのが悔しい。
リアルスキンモードにしないのかと聞いたら﹁デブがバレるだろ
! あとありゃ異世界であってゲームじゃないから俺はパスだぴょ
ーん﹂と言っていた。
いや、キャラメイクが既にデブキャラにしている時点でギルマス
がデブな事は皆承知だと思う。
﹁いや、アイツはリアルでは糞もやしだからな。ゲームばっかりや
ってるからそうなるんだ﹂
﹁え、そうなんですか? 衝撃の事実なんですけど﹂
何故、デブキャラにしてんだ。
﹁男は、このくらい肉付きがあった方が良い。という願望だ﹂
そんなギルマスだが、事ゲームに掛けては圧倒的な腕を持つし、
莫大なプレイ時間をかけている。平気で今の僕のレベルを大きく上
回って来る。
僕がレベルを1上げる間にギルマスは3くらい上げてる感じだ。
そりゃ剣鬼にも勝てる筈だ。
﹃ゲームは全部レベル命﹄
635
ギルマスの名言である。
ある意味裏をついて来る様なリアルスキンプレイヤーには圧倒的
な高レベルで、圧倒的なステータス補正で勝てるらしい。
まぁこの手法にも限界があるから、いずれ時がくればリアルスキ
ンにして強欲なデブ商人プレイして、ギルドで作ったコネと財力で
一つの国を建国してみたいと言っていた。
もやしなのに。
これは秘密にしておこう。
﹁お前のその速さを活かして、情報集めに回ってほしかったがダメ
か﹂
﹁う∼ん。ノーマルプレイヤーは、基本そう言うイベントは公式発
表を待つしか無いからね。もし普通のクエストだったりするんなら、
DUOさんがフラグ立ててるからその土地で話を聞くしかないかも
ね﹂
むむむ。とDUOさんは唸りながら動かなくなる。
サマエルさんと喋っているのだろうか。
﹁う∼ん。ヴァンパイアの幹部連中は、消し炭にしたからな。残っ
ているのは俺に服従を誓ったヴァンパイアレディやカスみたいなヴ
ァンパイア野郎共しか居ないんだよな。重要な情報を持ってる奴は
全部殺したし﹂
﹁それでよくプレイヤーキラーになってないのが救いだよね﹂
﹁そうだな。プレイヤーキラーではないけど、一部では怪物扱いさ
636
れてるぞ。ハッハッハ!﹂
そりゃそうだ。
豪快に笑ってる場合じゃないよなー。
ダークサイドフォード
﹁暗黒地帯の先って魔界だっけ?﹂
﹁いや、魔大陸だ。魔界は暗黒地帯の中でも少し特殊な場所にある﹂
﹁あ、行ったの? 何しに?﹂
﹁サマエルが旧友ディーテに会いたいと言っていたからな。悪魔達
とも戦っておきたかったし﹂
﹁へぇ、サマエルさんは会えたんですか?﹂
﹁いや、その旧友ディーテも別の魔界に既に移っているようで居な
かった﹂
サマエルの話をするときのDUOさんは意外と止まらない。
少しズレてしまった話を、戻す。
﹁そうなんですね。だったら、魔大陸に直接行ってみて探ってみた
らどうですか? 僕と違って魔族的な感じですし﹂
﹁吸血鬼は魔族じゃなくて吸血鬼だ﹂
魔族ではない。と言い張るそうです。
何を言ってんだか、元人間の癖に。と思うけど。
637
本当にヴァンパイアになってしまうなんてリアルスキンモードっ
て本当に無限代だよね。と思ったら、僕も何気に半仏化するらしい。
DUOさんは、少し考えるような仕草をすると閃いた様に言った。
﹁そうだな、俺が直接魔大陸を統べる物に会って聞くしか無い。何
より俺の上に立つなんて許せない。この俺が最強であって頂点で居
るべきなのだ﹂
そして手を引かれる。
握力強いんだよこの人。
﹁じゃ、次はお前が俺の手伝いをする番だな﹂
﹁いやいや! 僕は仏門ですよ。無理ですって! クエストも無い
ですし﹂
﹁クエストは俺が出す。暗黒地帯を統べる者だからな。直々の依頼、
勅命だ﹂
﹁いや、魔王側プレイを僕は望んではいないんですよあああああ⋮﹂
振りほどけないまま、僕はこのまま暗黒地帯を目指す事になる。
そして本当にクエストを出しやがったコイツの勅命を受け、魔大
陸の動向を探る為にクエストによって行ける様になった魔大陸へと
足を進めた。
DUOさんの付き添いでな。
クエスト出した本人が来るっていうね。
まぁそれも有りじゃなかろうか。
638
そんな事より、ヴァンパイアレディ達は綺麗でした。
クエストを受けると急に丁重な扱いを受けた。
クエスト、受けっぱなしにしようかな。
639
−幕間−韋駄天と吸血鬼︵後書き︶
仏紋は真言で出来ています。
640
海上の戦い
西岸部を順々に廻る船旅はしばらく続いた。南へ行くに連れて気
候も水面にから見える回遊魚の種類も変わって行く。
少し前まで夜の海に見えていたオーロラも既に見えなくなってい
る。
そうするといよいよ北の地から離れて来たんだなと少し感慨深く
なった。
邪神の影響は、今の所全くと言っていい程無い。
デッキから振り返れば能天気に寛ぐ二人の聖職者が見える。
俺の役割は、港へたどり着くと馬鹿みたいにハシャギ、ハメを外
す二人のお世話係と言った所だ。
神父御一行とか、言われていた事を思い出す。
ネトゲ板の都市伝説の様な話だった。
神父とそれを守る護衛団の御一行があらゆる問題を解決して行く
という話。
今の俺は、巡行中の彼等を護衛するという立ち位置なのだろうか。
そう思うと少しワクワクするのだが、普段の彼等を見ているとだ
な。
﹁マリアさん、いい加減にしたらどうですか?﹂
﹁なによ、なによ、なによ。また私の邪魔ばっかりするの?﹂
641
﹁いえ、邪魔をしている訳ではないですが﹂
﹁そんな事言って! またお酒は止してだの何だの言うんでしょ!
言ってるじゃない! 女神様は禁止していないって!﹂
﹁私はただ、貴方の身体を気遣ってですね。もう少し量の方を⋮﹂
﹁聖職者としての勤めは守ってるわよ! これでも処女なんだから
!﹂
﹁あの⋮そう言う所とか、もう少し淑女としての嗜みと言いますか﹂
﹁まったく、私だって好き好んでこんな格好してる訳じゃ⋮なんで
もないわ! 趣味よ! 私子供の時からこんな格好してみたかった
の!﹂
・・・はぁ。
デッキの手摺に身体を預けながら振り返って溜息をつく。
この光景にも既に慣れてしまった。
アレだな、完璧にマリアはクボヤマにほの字だろ。
見てて判る。クボヤマも優しい、その内酔いが回って寝てしまう
彼女をそっと抱えてベットルームへ運んで行く。
翌朝スッキリ目が覚めている彼女を見る限り、回復魔法でも掛け
て上げてるのだろうな。
どこまでも優しい性格だと思う。
まぁ本性は獰猛なバトルジャンキーだと言う事を俺はもう知って
642
いる。
後方支援職業である僧侶の格上の職に就いている彼は、戦いにな
ると急にニヤニヤし出す事を。
そして、その戦闘も神聖魔法ではなく、体術と独自の魔法を用い
て戦っている超近距離戦法だった。
俺は未だに彼に勝てない。
彼には魔法の才能は無いらしい。
それ故に近距離戦法を磨くしかなかったんだと。
昔に比べて心は強くなったと言っていた。
どういう意味か気になってネットで調べてみたら、彼の戦闘動画
を見つけた。
不死身の神父、それは本当にプレイヤーかと疑う程の内容だった。
まさに、チートだわな。
だがそれは実は彼がたまたま運良く手に入れた力だったらしい。
俺の英雄の鼓動も、たまたまといって良い程の運が重なって取得
した訳だし、人の事を言えないんだけどな。
﹁今日もお疲れ様です﹂
﹁毎度飽きないな、俺は飽きたけど﹂
その返しに神父は苦笑いする。
マリアが寝てから、デッキで適当な会話をするのが俺達の日課に
なっている。
643
もちろんリアルの話は御法度。
世界観を楽しむためだ。
まぁ、ログイン時間の連絡はするけどな。
うっかり乗り遅れたり、ログアウトしたまま何処かに連れて行か
れるのを防ぐ為だったりする。
現実の時間とリンクしていないのは、若干酷だと思う。
でもそれも仕様変更についての記述が公式から仄めかされていた
から、更に大幅ユーザー獲得の為に万人受けが良い様にするんだろ
うか。
規制とか入らなきゃ良いけど。
﹁今日はデッキの掃除をやらなくて済んで良かったぜ﹂
﹁も、申し訳ございません﹂
いつの間にか俺達は憎まれ口を叩く程に仲良くなっていた。
まぁネトゲの世界ってこんなもんだと思う。
特に、プレイヤー同士はな。
﹁でも旅もなかなか楽しいでしょう?﹂
﹁そうだな。意外といいな、世界を回るって﹂
夜のデッキでは、今までの旅の話をして盛り上がる。
破門されたと勘違いした神父が、枢機卿になるべく北へと歩を進
めた話や、それ以前の黎明期の話等。
644
魔法学校には是非立ち寄ってみたいと思う。
ファンタジー好きなんだよね。いやホント。
俺からはそこまで大した話はしていない。
グラソンの民に学んだ事や、北の地での俺の変化、そして何故北
の地に行こうと思ったのか等だ。
旅の話で盛り上がれる関係って野郎臭いけど、何処か憧れていた
物があった。
話しを聞くだけでもワクワクするのに、今実際に自分が旅をして
いる。
そんな状況が堪らなく楽しい。
表情で楽しさが伝わったのか、俺の様子を見てクボヤマ神父もニ
コニコ話を聞いてくれる。
パーティプレイやっぱり最高っすわぁ。
﹁そう言えば、この辺の海域は有数の海溝で、様々な海の幸がある
らしいですよ。マリアも干物をとっても楽しみにしていましたし、
次は久々にグルメ寄港としましょう﹂
﹁いいなそれ! 普通に海の幸いいよな。俺は少し汚いくらいの店
が丁度良い。B級グルメ﹂
﹁判ります、その気持ち。私も実を言うとバーベキューが三度の飯
より大好きでして、マリアさんも私もお互い料理できない物ですか
ら⋮﹂
645
実を言うと高級食材は飽きて来ていたという神父。
俺も最初はビビっていたけど、もう慣れた。
慣れたけど飽きはまだ来ていないだけマシだった。
﹁バーベキュー確かに良いよな。肉、ピーマン、肉、タマネギ、肉、
トウモロコシかな?﹂
﹁何言ってるんですか。肉、ネギ、肉、肉、ピーマン、ピーマンで
しょ﹂
﹁交互にして、飽きない味を模索するのが醍醐味だろ!﹂
﹁馬鹿にしてるんですか? 今流行のデヴィスマックスタイルです
よ﹂
そんな事を言い合いながら夜も更けて行く。
この時俺らは、海の底深くから近づく邪の気配に気付きもしなか
った。
646
︽ビ̶̶̶̶̶̶!! ビ̶̶̶̶̶̶!!︾
ソナー
﹃魔力探知に巨大な影を探知しました! ご乗船の皆様今すぐ起き
てください! 起きている方は今すぐ緊急避難のボートまで、間に
合わない方は̶̶﹄
﹃ええい代われ! 船長だ! 死にたくなければ今すぐ海に飛び込
んで遠くへ泳げ! キングクラーケンだ!﹄
荒々しい男の声が丁寧に事を運ぼうとしていた女性船員を強引に
押しのけ言う。その声はかなり焦っている様に聞こえた。
﹃奴は通りかかった船を破壊する! 海に飛び込んだら船の瓦礫に
でも何でも掴まれ!﹄
まるで船内に居る人を追い出すかの様に船長の声が船全域に響く。
﹁お、おい。クボ! どうするよ。俺泳げないんだけど﹂
﹁荷物をまとめておいてください。やまん、私は一度船長のところ
へ行って来ます﹂
状況を確認しなければ始まりませんから、と彼は出て行こうとす
る。
だがその前に俺達の使っていた部屋の扉が勢いよく開いた。
647
﹁枢機卿殿、誠に申し訳ないが貴方が船客の先頭に立って誘導とケ
ガ人の保護をお願いしたい﹂
そう言って入って来た船長は、土下座する程の勢いで脱帽し深く
頭を下げた。
﹁船長、貴方はどうするんですか? 私なんかより貴方の方が海の
危険に熟知しているはず﹂
﹁⋮私は、この船に残ります﹂
覚悟を決めきった様な声で、船長は言う。
西海域に幅を利かせるギルドである﹃遠洋﹄に応援要請は既に送
ってあるらしい。遠洋が到着するまでの数時間、パニックを起こし
て無秩序状態になってしまった船客を頼みたいらしかった。
﹁それでも、十数名の犠牲は避けて通れないでしょうね﹂
と神父は冷たく言い放った。
﹁おい、何言ってんだ̶̶̶﹂
噛み付いた俺を手で制止すると、言う。
﹁戦いましょう。キングクラーケンと、最悪私の犠牲だけで済ませ
ますので﹂
﹁いや! それは!﹂
その言葉に船長が仰天して狼狽える。
648
目を丸くするとはこの事だろう。
あ、船長もう遅いよ。
こうなったら意外と強情だから。
戦いたいんだろうな。クラーケンと。
そしてこの神父の頭の中では、船長、貴方も救われる人の内に入
っているんでしょうね。
ほんじゃま、俺も付き合いますよ。
マリアは避難誘導に回っている。
回復魔法がまだあまり効いていなかったのか、若干二日酔いの様
な顔をして彼女は自分の担当へと向かって行った。
なんだかんだ、そう言う所は聖職者らしいんだよな。
そして俺達はレッサークラーケンとは比べ物にならない程の大物
相手に向かい合っている。
649
キングクラーケンとは海王種と呼ばれる魔の海域の頂点に立つ魔
物だとの事。西海域より更に奥深くの深海に生息し、その海域を通
る船を襲いバラバラに破壊しつくす習性を持つという。
因に何故今現れているのかは判らないそうだ。
生息する海域はずっと先だと言うのに。
足一本が軽く船を撫でるだけで、バラバラの瓦礫と化してしまう
程の脅威を感じる。これは気合いを入れなくては行けないな。
ドクンッ。
俺の白銀の髪と身体の紋様が淡く輝く。
何かに反応している、この鼓動のざわめきは一体なんなんだ。
﹁やまん、邪神の気配を感じ取れましたね?﹂
﹁⋮この血がざわめく感じか﹂
﹁私は五感全部で追えるんですが、貴方はその英雄の血が教えてく
れているんですね。キングクラーケンから、ヒシヒシと感じます﹂
ああ。
あの時の気配だな。
俺には判らなかったけど、とにかく胸くそ悪い心境だ。
この鼓動のざわめきがキングクラーケンを敵だと認識させている。
セイントクロス
クラーケンの足一本をクボヤマの聖十字が焼く。
本当に規格外だな、あの速さ。そして精神力。
650
獰猛な目つきになった彼を止める事は出来ない。
邪を排除する事に掛けては右に出る物は居ないと思う。
そんな彼をサポートする様に、俺も動く。
丁度三本の足が豪快に船を叩こうとしていた。
マズいな、せめて船客の避難が終るまでこの船には足一本たりと
も触れさせる訳には行かない。
それでも戦闘の余波による波や水飛沫が船の耐久値をガリガリと
削って行くのに。
俺もゴーグル欲しいな、水飛沫で若干視界が悪いよ。
フリーズスタンディング
﹁氷上に立つ勇気!﹂
タコの足を薙ぎ払うと荒海の中に飛び込んだ。
海面に降り立つ瞬間足先の海面を凍らせる。
海面もこれなら余裕で動ける。
身を屈めて四足歩行に切り替える、険しい雪山を登る事で鍛えら
れた感覚が活躍する。荒海はまさにうねる大山の様だった。
人の四足歩行はゴリラのナックルウォークの様になるか、もしく
はトカゲの様な有足爬虫類独特の動きになる。
グラソン族はモロトカゲみたいな感じ。
壁を登るトカゲみたいな感じでクライミングして行く技術を教え
られた時は、俺は本当にこの動きをマスターする事が出来るのかと
思ったが、意外となんとかなるもんだった。
神父はタコの足を自分の足場にして上手く戦っていた。
たこ足全部削ぎ落としたらどうなるのやら。ダイブしてしまうの
651
か。
しけ
﹁クボ! 避難は完了したわ! 無線では遠洋は戦闘による時化が
止むまで待機しているそうよ!﹂
﹁ご苦労様です! っと!﹂
キングクラーケンのラッキーパンチである。
クボヤマは弾き跳ばされる、偶然その直線上の足にしがみついて
居た俺が彼の手をキャッチする。
﹁っもたいなお前! 一体何キロあんだ!﹂
﹁やまん超絶ファインプレー。ありがとうございます。助かりまし
た﹂
想像以上に重たかった彼の身体を支えながら、再びたこ足の上に
身を起こそうとする。だがそれは敵わなかった。
一瞬止まってしまった俺らの動きにあわせる様に、まるで手に止
まった蚊をはたく様にクラーケンの足が俺達を狙う。
潰されなかっただけマシだった。
俺らはそろって海へダイブした。
﹁クボ! やまん!﹂
マリアの声が聞こえた気がしたが、凄まじい勢いで俺達は海中に
弾き跳ばされた。
覚えているのは、海底から腹に響く様な轟音と共に巨大な竜が凄
まじい速度で浮上して来るまでだった。
652
そして、その勢いによって生み出された乱海流によって俺とクボ
ヤマは揉みくちゃにされ遥か海底へと、どこぞかも判らぬ深海の世
界に流されてしまった。
653
海上の戦い︵後書き︶
水圧でぐちゃぐちゃになる所でしたが、クラーケンに叩かれて死な
ない時点で水圧なんてあってない様なものですよね。笑
654
海竜王女︵前書き︶
神父が北へ向かう物語は別で用意してます。
タイトルはドタバタしてる感じ有名なアレから模してます。当たっ
たら聖書さんとのデート権をあげますん。
この章の語り手は基本的に山田くんです。
655
海竜王女
意識が戻ると、ベッドの上だった。
死に戻りしてしまったかと思ったが、最後にログアウトしたのは
小さな港町の宿屋だった事を思い出す。
生きてる。
そう、実感した。
俺達が寝かされていた部屋は、八畳程でベットが二つ並んでいる。
木材で作られている壁の至る所が染みで汚れている。
いや、これは腐っているのか?
ひかりごけ
淡く部屋を灯している物体の正体は、瓶の中に入った光蘚の様な
もの。光る海綿の中に光を放つ生き物が棲んでいるようで相乗した
効果を生み出しているのかもしれない。
不思議だな。
﹁目覚めたか?﹂
ドアが開くと、一人の幼女が入って来た。
ツインテールにされた深くも鮮やかな青髪、その瞳も全てを包む
母なる海の様に深い青だった。
着ているワンピースも青色だった。
そろそろクドい。
656
﹁病み上がりじゃろうて、わしが食事を作って来てやったぞ﹂
お盆に乗せたウネウネと動く何かを差し出して来る。
皿にすら乗せていない、それは一体なんなんだ。
﹁こ、これは⋮?﹂
﹁なーに言っとるか? みんな大好きオクトパースウィフトじゃろ
? 少し林檎風味がまた格別に美味なんじゃ﹂
想像するならば、酢ダコにされたタコ足がリアルタイムでしまっ
て行く感じ。収縮と膨張を交互に繰り返すかの様にお盆の上でうご
めくタコ足は不気味だった。
﹁それ、タコあ⋮﹂
﹁オクトパースウィフトじゃて。何度言わせるんじゃ?﹂
ほれ、こう食べるんじゃ。と齧り付く幼女の口には鋭利な牙が見
え隠れする。それで見るからに固そうなオクトパースウィフトとや
らを咀嚼していく様は、異様な光景に見えた。
顔は美少女なのに。
あと10年経ったら結婚しても良い。
とりあえず一本口に含んでみる。
甘酸っぱい味だった。
北の地では、時として木の皮すら食べなければならない時もあっ
た。
そんな俺からすれば、このタコ足は全然柔らかい食べ物だった。
657
ついつい、箸が進んでしまう俺をニンマリとした表情で見つめる
幼女。
﹁違う。ここは一体どこでお前は誰だ﹂
本題である。
幼女は、残りのタコ足をまるでうどんをすする様に食べきると言
った。
﹁わしは西海域の主。海竜リヴァイアサンじゃ﹂
無い胸を張って、口から飛沫をまき散らしながら言う。
甘酸っぱい。
ってかきたねーな。
ゲロ処理で慣れてなかったら激おこだぞ。
百戦錬磨のゲロ処理班。
嬉しくも何ともないんだがな。
﹁海竜⋮? まさか﹂
キングクラーケンに海中へと叩き落とされて、薄れる意識の中見
た光景を思い出す。海底から唸りを上げて急浮上して来るあの巨大
な竜種の存在を。
﹁あれは、すまん事をした﹂
弁明する幼女。
いや、海竜リヴァイアサン。
658
﹁リヴァイと呼んでくれてもええんじゃがの?﹂
と首を傾げる幼女は、海王種。
西海域を守護する役目をになっているらしい。
俺も初めて知ったのだが、大陸西部は魔大陸に一番近く面してい
る場所であるらしい。そして、地・海・空を守護する竜によって魔
族の進行が食い止められている状況なんだとか。
魔大陸に一番近いとされる西端の国﹃ローロイズ﹄の護国竜がそ
の竜種の象徴とされている。
﹁よくぞあのタコ共を食い止めてくれたぞ﹂
﹁キングクラーケンか。俺達よく生きてるな⋮﹂
﹁英雄の鼓動は、馬鹿みたいに負けず嫌いじゃからの! アランの
ヤツめ! 一緒に来いと言うのに自ら北へ行くと言う事を聞かんの
じゃ!﹂
ああ、あの時の声の持ち主か。
相手が強ければ強い程、己の力も増す鼓動だと言う。相応の精神
を磨かねばダメらしいが、ゲロ処理班としての精神力では負けない
よ!
どんな消化されかけた食材が出て来ても負けないね。
マリアさん、俺の100年の恋もスッパリ冷めてしまうよ。
﹁じゃ、船のみんなは﹂
659
﹁大丈夫じゃ。少し出遅れたが追っ払ってやったんでな﹂
ホッと胸を撫で下ろした。
良かったな神父。
俺達は確り守れたみたいだぜ。
後の乗客は、西域警護を担っている﹃遠洋﹄と呼ばれるギルドに
保護された。
最近になって海の魔物が活発化して来ているらしく、どうしても
手に余る時がでてくるそうだ。
デスシーサーペント
あの時も、キングクラーケンとは別の﹃死海蛇・王種﹄の群れを
追い払った後だったと。
スピードチューナ
﹁釣王は大型回遊魚の養殖に成功しよるからの! 出来る奴じゃ!﹂
釣王って確か、プレイヤーズイベントでも確実に本戦出場してく
るトッププレイヤーだよな。
すでに海竜との交流があったのか。
﹁⋮ん⋮ここは⋮?﹂
神父が目を覚ました。
地味に帽子を脱いだ所を始めてみたけど、苦労してんだな。
白髪が目立ってます。
そんな俺の視線に、クボヤマは慌てて帽子をかぶった。
﹁ははは﹂
660
﹁ははは﹂
二人して笑うしか無い。
﹁なんじゃ二人してニヤニヤして気持ち悪いのぉ?﹂
横やりを入れる様に取っ付いて来る幼女。
そんな幼女にクボヤマが反応する。
﹁まさかこの匂い。オクトパースウィフトですか?﹂
﹁そうじゃ! 知っとるか!?﹂
﹁ええあの、ほのかな林檎の風味⋮﹂
酒好きなマリアにもってこいなお土産ですね、少し分けて頂けま
せんか。と早速タコ足の交渉に入る神父を横目で見て溜息をつく。
白髪の原因、何となく判ります。
その強さとか相当な苦労をして磨き上げたものなんだと思うが、
何となく察するに元々バトルセンスは高い方だったんじゃなかろう
か。
ただ単に、無駄に尻に敷かれ過ぎだと。人生に。
そう思いながら新しく用意されたオクトパースウィフトを齧る。
661
西海域の海溝はY字型になっていて、枝分かれした一方と一方に
キングクラーケンと海竜リヴァイアサンの住処がある。
当然キングクラーケンの住処がある方は魔大陸沿いになっており、
デスシーサーペント
最近何やら魔大陸での動きが活発化しているらしく、その影響で普
段人間の海域にまで出て来ない﹃死海蛇・王種﹄などがその活動域
を広めているらしい。
﹁わしもキングクラーケンがこの辺まで来るなんて思いもせんじゃ
った﹂
そう言うリヴァイに続いて部屋の扉を潜ると、殺風景な洞窟が広
がっていた。
彼女が片手を振るうと、青い光が洞窟の壁を反射して行き、それ
に反応する様に光蘚に明かりが灯る。
﹁北でも、悪女ヴィリネスが凍土から南下して来ていましたしね﹂
﹁あの悪女か? 奴は魔とも人とも言えぬ奴。世捨て人の成れの果
てじゃが、凍土にずっと引き蘢っておったはず﹂
662
﹁邪神か。やっぱりあちこちで影響が広まってるんじゃないか? 悠長な事は言ってられないぞ﹂
ふと、リヴァイが立ち止まり振り返りながらこう言った。
﹁おぬしら、世界の縮図はまだ見た事無いのか?﹂
﹁大陸の地図ですか? ありますよ。この大陸の物ですがね﹂
クボヤマがすぐ返す。俺は見た事無いぞ。
第一、このゲームはノーマルスキンモードでも自分が行った場所
もしくは何処かでマップを手に入れなければヘルプシステムに表示
されない様になっている。
リアルスキンモードは当然の如くマップを記憶するか、道行く人
に聞くもしくはマップを紙面に書き写すしか方法は無いからな。
﹁違うのじゃ、この世界を書き記した物じゃからそんな小さな物で
はない﹂
チッチッチッと指を振りながら舐めた様な目つきでこちらを見る
リヴァイ。
この幼女がっ。
リヴァイの説明を軽く聞きながら洞窟を進んで行く。
人の歴史の始まりは、神時代から。
だが、それよりも前に紡がれている歴史と言う物が竜族に伝わっ
ているという。
663
遥か昔、人は絶滅寸で迄追いやられていた事がある、その時の竜
族は世界の観察者としての責務を全うしていたらしい。ノア・アー
クと呼ばれる船大工がまだ幼き神子を託した一隻の方舟。その子を
守るべく船に乗った人々がのち英雄と呼ばれる人物になったそうだ。
と、素晴らしい程色んな物を端折った世界の歴史らしい。
世界の歴史というよりは永年を生きる竜族が見てきた物を人間視
点で考察されたものと言った感じ。
﹁ま、ついてくればわかるのじゃ﹂
そう一言。
﹁人智じゃ追いつかない程の歴史が隠されているんでしょうか﹂
神父も神父で何やらワクワクとした様子。
ってか、スケールがどんどんデカくなっている気がする。
邪神って即行出て来過ぎじゃない?
魔王でいいだろ魔王で。
﹁神と、戦うんだよな?﹂
﹁邪神と呼ばれていますが、神ではありませんので大丈夫です﹂
﹁じゃ、なんだよ﹂
﹁それに近い何かだと私は思っています﹂
﹁いや、一応神の中に名を連ねる一人なんじゃが⋮﹂
664
神じゃねーか!
洞窟の壁に頭を数回打ち付ける。
全然頭が冴えないな!
ってか、壁が抉れて行く。
こら壊すでない!とリヴァイが俺を止めに来るまで打ち付けてい
た。
そしてしばらく洞窟を進むと、行き止まりへとたどり着いた。
どこまでも透き通った深い水たまりが目の前にあるだけである。
﹁もうついたのか?﹂
ある程度察しは付く。
だが一応、一応聞いてみた。
﹁まだじゃよ。これからココを渡るんじゃから﹂
そう言いながら水面を指差す幼女。
やっぱりかい。
665
海竜王女︵後書き︶
タコ足ではない。
幼女やっとでました。
ノーマルプレイヤーモードは、水泳のスキルを取得するとある程度
のレベルまで行けば水中呼吸が出来る様になります。
リアルスキンでは不可能です。水棲の進化をたどらない限り、そう
言う種族でなければ水中呼吸は不可能です。ある程度の身体強化が
無ければ水圧にも押しつぶされます。
666
方舟の秘密
海底洞窟だった。
海竜リヴァイアサンに掴まって、西海域の海底に沈む方舟を目指
して俺達は進む。水中呼吸の魔法を教えてもらったのだが、俺達に
魔法の才能な残念ながら無かった。
グラソン
氷魔法が扱える俺ならば、雪山族の氷雪系魔法が使える俺ならば
水適正はあると思ったんだが、血統的なモノらしく、それ以外の適
正はてんでダメ。
﹁それでも英雄か? いや、英雄故か。みそっかすじゃのぉ∼﹂と
いう言葉と共に、俺達はとりあえずの水中適応魔法を施され、手を
掴まれてダイブした。
次第に光蘚の様な物は無くなり、真っ暗な洞窟を抜ける様になる。
せっかくの海底なんだ深海の風景を眺めてみたかった。
そんな事を思っていると、急に隣でしがみついている神父が光り
出した。
水中適応魔法で海中でもなんとかなっているが、この水圧。
神父よくしがみついてられるな。
馬鹿でかいオース・カーディナルと呼ばれる誓いの十字架を背負
っているのに。
︵少し強化しないと水圧に耐えれませんので、ついでにこの光で海
667
底観光と行きましょうか︶
テレパスが来る。
俺はまだテレパスを習得していないので頷く事で意思表示した。
海底洞窟はどうやらリヴァイの住処への道だったようで。
そのまま広い場所へ抜けた。
相変わらず深海なので真っ暗で何も見えないが、近寄って来る巨
大な甲冑を付けた魚の牙だけが見えた。
︵こりゃお前ら! 変な奴らが寄って来るじゃろが! 明かりやめ
んか︶
フォール
︵お、広域テレパスですか。でも降臨状態じゃないと私しがみつく
力が足りないんですよ︶
︵ぬぉっ! ちょっと尻尾を突かれたではないか、レディの下半身
を突くなど、なんという奴じゃ! その光はよ止めて!︶
︵ふむ、あまり生態系を変えたくはないのですが⋮︶
焦るリヴァイの声。この辺の主ならこんな深海魚黙らせとけよ。
と思ったが眼前に現れたゴツくて巨大な深海魚の目を見つめると
寒気がした。
さっさとこんな場所抜けようぜ。
668
そんな事を思った矢先。
眩い程の光が後方に。
その光は十字架の形をしていた。
︵とりあえず尻に噛み付いていた魚はこれで消しましたよ︶
︵尻っていうな!︶
︵でもほら、これで向こうの光にお魚さん集まってますし︶
異様な光景だな。
巨大な深海魚達が、その光に群がる姿。
普段くらい分珍しいのだろうか。
でも、深海魚って目が良いって利くしな、逆に眩しすぎるんじゃ
ないだろうか。
甲冑魚や、その他にも強靭な鱗を持った魚。
亜海竜種や、アンコウの様に光をぶら下げた魚。
多種多様な魚を後に、俺達は一隻の巨大な船の元へたどり着いた。
その船は、どういう訳か未だ船内中枢部に浸水はしておらず、一
部は風化しているが完璧な形で残っていた。
﹁これが、方舟ですか﹂
調度品も風化している様だった。神時代の始まりだと竜族の歴史
では言われているらしい。俺はその辺は詳しくわからないのだが、
669
クボヤマの話だと神時代は未だ伝承の域でそれほど多くの記載が乗
ってないそうだ。
解明する方法は知ってる物に直接聞くしかないと。
聖職者、神父なんだろ。
じゃ、神様に聞いて来いよと言ってみたら﹁今彼女達の力を借り
ずに修行しているので、この旅が終わってギルドに戻ったら聞いて
みます﹂だと。
え、聞けるの?
風化した調度品を不用意にさわり砕けさせてしまい焦る神父の姿
を見ていると、そんなに偉い奴なのかと疑ってしまう。まぁ、黎明
期から何でも有りだった様な奴だし、そう言う事もあるのだろう。
﹁ママからよく寝る前に話してもらってたのじゃ、この船の一番奥
の安全な場所に英雄への繋がりを隠してあると﹂
子守り話として竜族には伝わっているみたいだ。
ってかママって、お前一体いくつなんだよ。
﹁わしら海竜種は幾千の時を生きるからの、わしは生まれて900
年以上じゃから、人間の年で言うと9歳じゃ、あと50年程で10
00歳を迎えるのぉ∼﹂
そうして長年、来るべき時の為にこの方舟を守り続けている種族。
それが、海王種の中でもその頂点に立つ西海域の守護竜、海竜リヴ
ァイアサンなのである。
名は受け継がれて行くのか。
670
なんか感慨深い物があるな。
俺にも受け継ぐ名前とその鼓動がある。
そんな事を思いながら船長室にたどり着いた。
﹁ここじゃ、これが世界の縮図じゃ﹂
船長室には、ビリヤード台を二つ繋げたくらいの大きさの正方形
のテーブルがあった。そのテーブルには世界地図が立体ホログラム
の様に表されていた。
その世界地図を照らし出しているのは、中央に浮く羅針盤である。
羅針盤の中央には、下半分だけ残された砂時計が未だに砂を貯め続
けていた。
不思議な光景だな。
地図は脈打つ様に風の流れ、波の動きが読み取れる。
そしてこの砂時計の今もなお時を刻む様に落ち続ける砂。
一体何を表しているんだろうか。
﹁これは、世界の動きを表しておる﹂
リヴァイがそう言った。
今現在の世界の動きを観測する事が出来るとか、どんな軍事兵器
ですか。
﹁もしかして、この黒くなっている大地は⋮﹂
﹁魔大陸じゃ﹂
671
﹁人の支配する大陸と魔の支配する大陸ってことか?﹂
﹁違うのじゃ、魔ではなく、邪。邪神の影響を今なお残しておる大
陸の事じゃ﹂
なるほど。北の大地を見てみると、凍土は灰色になっていた。
これはどういう事だ?
﹁まだ邪神の影響は少し残りつつあるという事じゃな﹂
﹁まるで、世界が邪神の勢力に囲まれている様に思えますが⋮?﹂
﹁その通りじゃ﹂
リヴァイは続ける。
黒に包まれていない大陸は、リアルの地球の様な物だった。
形等には若干に違いがあるが、ローロイズがポルトガルだとすれ
ば、最初の街であるジャスアルはリアルでいう地中海のど真ん中。
アラド公国はフランス的な位置。一時期話題になっていたデヴィス
マック連合国はまさに東ヨーロッパ諸国だろう。
﹁だとすれば、北の大地はロシアだな﹂
﹁北の聖門はフィンランドあたりでしょうか﹂
﹁バルド海を消すなんて⋮運営め!﹂
﹁ふ∼む、地形はかなり変わっていますが、大体の位置は掴める様
ですね。魔法都市はイギリスでドワーフの国はオランダ辺りでしょ
672
うか?﹂
そんな事を言い合う俺らに、キョトンとした表情を見せるリヴァ
イ。
まぁ判らなくて正解か。
問題は、丁度現実の世界地図程の大きさの人間の住まう大陸を囲
む様に、三倍程の大きさの真っ黒な大陸がある事だった。
﹁グ○メ界か! 暗○大陸か! 地球四つ分の広大な広さが売りと
かパッケージに書いてあったけどな、ほとんど真っ黒じゃねーか!﹂
運営、もっとしっかり作れよ!
まぁまぁ落ち着いてくださいと宥めるクボヤマ。
俺の勢いはまさに縮図をボコボコにしそうな程だった。
﹁お、恐ろしい奴じゃの。カルシウム足りてないんじゃないか?﹂
﹁というよりも、これはまぁ彼の癖みたいな物なので許して上げて
ください。あれ、この大陸だけ、黒くなってませんね。邪神の影響
を受けている大陸とつながっているのに﹂
﹁そこは人、魔族、獣人、全ての種族が住まう大陸じゃ、北は人の
支配が強いが南は魔族と獣人が強い﹂
そして未だ種族差別問題が根強く残り、混沌とした社会が築かれ
ているらしい。
魔族は全て邪悪かと言うと、そうではないらしい。
﹁そんなことより、英雄との繋がりって世界の縮図の事か?﹂
673
話の本筋を戻す。
たしかに、世界の縮図を見にここへやって来たのだが、最早目的
は違う物になっていた。海竜の伝承に続く、英雄の繋がりとやらを
探しにな。
﹁いいや、世界の縮図とはこの世界の今を表したもの。本来の意味
はわしもあんまりわかっとらん﹂
﹁じゃ、なんなん?﹂
﹁ふ∼む。判らんのじゃ∼、良い所で寝落ちしてしまったからの﹂
くそ幼女!
ここからはノーヒントか、何かしら無いのかクボヤマ。
﹁その繫がりがあるとしても、私は英雄の器ではないですし、あな
たも既に英雄の鼓動を持っているでしょう﹂
鍵になるモノ。それは人だとクボヤマは告げた。
たしかに、繫がりならば、それに繋がる人物が居なくてはならな
い。
﹁一度戻って人を連れて来るのはいかがでしょうか?﹂
﹁うむ、それが良い様じゃの﹂
そう言ってきびすを返したその時、船内を衝撃が襲う。
﹁な、なんだ!?﹂
674
﹁邪の波動を感じます! 外に出ましょう!﹂
走り出したクボヤマにリヴァイが慌てて水中適応の魔法を掛け直
す。そして俺も掛けてもらいクボヤマの後を追った。
﹁な、一体何故この場所がバレたのじゃ!?﹂
方舟が隠されている場所は、明るい。
発光性の珊瑚礁で照らされているからだ。
だが、その明るい珊瑚礁は方舟以外を映し出している。
675
デスシーサーペント
大小様々、大量の死海蛇。
甲冑を身につけた魚人や、赤いイカも居る。
﹁これはマズいの。帝種の死海蛇が従えとる﹂
﹁やまん。人に聞くより鑑定の魔法を試してみた方が良いですよ?﹂
そうだった。習ってたの忘れていた。
甲冑魚人・古代種
﹃堅牢が甲冑とかした鱗がその身を守る甲冑魚が永年その姿を変え
ず魔力を貯め、邪神の力によって魔族として変異を遂げたもの。古
代種の大きさを保っているため、その身は愚鈍﹄
甲冑魚人・新種
﹃時代に適応して来た深海の甲冑魚。邪神の魔力を帯びてさらに凶
悪に進化した。進化して来た種であり、今もなお進化し続ける。小
型化して居る分、溜め込まれている魔力の質は上質﹄
デビルスクウィット
﹃深海の紅い悪魔と呼ばれているイカ。人を襲う。その凶暴性故、
水面まで浮上して来るので、生息海域にボートで入る事を禁止され
ている。吸盤は牙の様に鋭い﹄
デスシーサーペント
死海蛇・帝種
﹃本来、王種までしか成長しないこの種であるが、稀に誕生する海
の災厄がある。帝種になれば本能的行動から打って変わって知能を
持つユニーク個体としての力を持つ、破壊本能の固まりであるクラ
676
ーケン種を唯一越える邪海の災厄。その力は竜種に近いとされる﹄
凶悪な面々だな、その奥に蠢く黒い影が見える。
こいつは⋮。
イビルクラーケン
﹃邪海の主。キングクラーケンが邪神の力で姿形を変えた。闇に溶
ける様なその身には邪の波動が宿る。キングクラーケンとは比にな
らない程凶悪になってしまった海の怪物﹄
677
方舟の秘密︵後書き︶
ついでに幼女も鑑定しとこうか。
海竜王女リヴァイアサン
﹃海竜・海王種。古くから西海域を守護する存在。竜にしては細長
い姿と持つ、竜と龍とのハーフ。竜の贅力に龍の魔力を併せ持つハ
イブリットとして900年程前に誕生した。親は東洋の神龍﹃ジン
ロン﹄と海竜神﹃レヴィアタン﹄。処女﹄
レヴィアタンと書かれていますが、戒名みたいな物なので。
678
海溝での戦い︵前書き︶
正月更新ですなぁ∼
679
海溝での戦い
リヴァイが魔法を放ち乱海流を巻き起こす。それに巻込まれた邪
海の魔物達は、しばらくは戦場に復帰できないだろう。
まぁそれもただの時間稼ぎに過ぎないが。
乱海流など屁でもないと言う風に塞がる魔物達が居る。
甲冑魚人達と、イビルクラーケンと死海蛇・帝種である。
いくら何でも数が多過ぎるとは思わんかね。
邪の波動に呼応する様に俺の鼓動もアクセル全開になって行く。
﹁応援は呼べないのですかリヴァイ﹂
﹁もうとっくに回りに応援のエコーは飛ばしておるが、この海域は
隠された海域じゃぞ? 届くかどうかが問題じゃよ﹂
クボヤマの問いに、リヴァイはそう答えた。
だが朗報もある。
﹁古き友人にパスを飛ばしたらの、大至急駆けつけるそうじゃ。し
ばらくの辛抱じゃから耐え忍ぼう!﹂
リヴァイは先陣を切って魔法を放つ。
本来の姿に戻らないのは、俺達が巻き添えを食らわない様に配慮
している為だ。
だが彼女は水系魔術のプロと言っても良い。
680
水流操作によって俺達の戦闘を補助してくれていた。
対する俺は、水流のお陰で直線的な動きと敵からの遠距離攻撃は
防げていると言う物、凍らないんだよ流動する水は。
﹁ちょっと、神父だけにしてくれないかその水流。凍らないんだよ﹂
﹁あ、私も水中適応の魔法だけでもやって行けますので大丈夫です﹂
俺とクボヤマが同時に言う。
﹁なんじゃ! 人がせっかく手助けしとるというのに、まぁ仕方な
いの。十分強いしなおぬしら﹂
拗ね出した幼女は放ったらかしにしておく。
俺が相手すべきは甲冑魚人。
イビルクラーケンはリヴァイに。
帝種はクボヤマにそれぞれ任せてある。
と、言うよりも甲冑を破壊できそうなのが俺のゲンノーンしか無
かったんだよな。固い岩肌に突き立てる道具としても使っていたの
で、俺のゲンノーンは放置して気泡が溶けて強固になった氷すら砕
く。
全身から冷気を出す。
凍れ魚共。
海流の動きが徐々に停止して行く。
結構難しい。
681
ってか本当に凍るのかよ。
だが、俺の足下から結晶化していく地面。
アクセル・ブラッド
﹁躍動する鼓動﹂
身体が温まって来た。
それに合わせて俺の身体を血管の様に張り巡らされた刺青が光を
帯びて行く。髪も白銀を帯びて行く。
大物二人の手助けをしないといかんのでな。
お前らの相手は出来るだけ手短に住まそう。
俺は甲冑魚人・新種に肉薄すると。
ゲンノーンを両手で振り下ろした。
二つの切先が甲冑魚人の兜割りする。
かなり固い手応えがあった、そして魚人の頭はヒビが入って中身
を剥き出しにする。
甲冑で覆われた魚人の頭は割ってみれば白い膜で包まれた中身が
あった。
脳髄を覆う膜は水圧に耐えられない様で、拉げて潰れた。
香ばしい匂いを漂わせ水揚げされた魚の様にビチビチ痙攣する新
種を放っといて、古代種に向かう。
デカい図体のわりに速いとは思うが、今の俺からすれば愚鈍であ
る。
関節部を凍らせる。
682
これ、内部から凍傷にしても行けるんじゃないか?
新種の中身は案外脆かったしな。
甲冑を着ていると言うより、皮膚、鱗が甲冑に進化したと言った
方が正しい見解なのであろう。
ゴリゴリと関節部の甲冑が擦れる音が響く。
水中適応魔法すばらしい、音迄聞こえるんだもんな∼。
今回は相性が抜群だ。
ポケ○ンで表示するならば﹃こうかばつぐんだ﹄なんだろうな。
少しイタズラ心が芽生える。
甲冑魚人・古代種の装甲を剥がしたらどうなってるんだろう。
とりあえず胸の部分をゲンノーンでテコの原理を使って引っ剝が
した。
わお、透き通っているのね。シースルー。
全然嬉しくないわい。
さっさと死ね。
俺が直接手を下す事も無く、脆い部分は水圧で拉げて霧散した。
ってかこの装甲って何かに使えるかもな。
一応拾っておいて覚えたばかりの空間拡張された袋に突っ込んで
行く。
683
さて、とっとと応援に回ろう。
リヴァイはキングクラーケンを追っ払えるくらい何だから、イビ
ルになったクラーケンと戦っても戦力差は変わらないだろう。
そう思ってクボヤマを見ると、ぶっ飛んでいた。
俺に方に向かって。
一緒に弾き飛ばされて光る珊瑚礁に減り込む。
光る珊瑚の破片で水流を濁らせながらも、戦場復帰した。
クボヤマの回復魔法が地味に聞いている。
﹁う∼む。考えものですね。適当に攻撃してくれれば弾いて消滅ま
で持って行けるんですが、知能も発達しているようで迂闊に頭を向
けてくれません﹂
﹁帝種はユニーク個体だと鑑定結果が出たぞ﹂
﹁精密鑑定では弱点までわかりますよ﹂
そう言うクボヤマに弱点を聞く。
﹁頭を消滅させれば勝ちです﹂
ニヤリと言うクボヤマ。
このバトルジャンキー神父め。そんなの誰だって死ぬだろが!
684
だが、その戦いでは単純な所嫌いじゃないぜ。
共同戦線と行こう!
共に足並み揃えて戦場へ踏み出したその時、帝種の咆哮が響いた。
耳を劈く様な振動が押し寄せる。
リヴァイも思わず怯んでしまう程、だがこの一瞬の隙はイビルク
ラーケンの絶好の機会となる。
﹁うぉ! やめんかタコ! やめぬかぁああ! キャッ﹂
真っ黒で極太なタコ足に捕われてしまったリヴァイアサン。
ウネウネと嫌らしい動きでこの捉えた小娘をどうしようかと悩ま
しい動きをするタコ足。
おい、それ以上アレすると児ポに引っ掛かるぞ!
﹁邪の波動。イビルクラーケンが持つと思ってましたが、まさか本
命は帝種だったなんて⋮﹂
﹁心臓がバクンと来るあれか?﹂
そんな事を言っていると、帝種の死海蛇が話しかけて来る。
﹁我、邪神様の野望を果たさんとここへきた。その竜種の小娘の命
と引き換えにその船を渡してもらおう﹂
取引ですか。本当に魔物ですか?
﹁止すのじゃ。絶対にダメなのじゃ。方舟は我が海竜種が命を賭し
685
ても守るもの。揺れるな神父と英雄の血族モガッ!﹂
リヴァイの口を塞ぐ様にクラーケンの足が口内に侵入する。
顎に力が入り辛いのか、なかなか噛み切る事が出来ずに暴れるリ
ヴァイ。
だが、完全に四肢を絡めとられている彼女の動きは網にかかった
魚の様だった。
そんな彼女の身体を舐め回す様に蠢くタコの足先。
ジポ!ジポオオオオオオオ!
﹁本当に彼女を離してもらえるんでしょうか?﹂
オースカーディナルを置き、手を挙げてクボヤマがそう尋ねる。
﹁約束は守ろう﹂
﹁まて、俺は退かない。屈しないぞ。抗い続けてやる!﹂
それがたとえ無駄だとしてもな!
お前は一人で戦ってるのかクボヤマ。
何の為に俺は山を下りたんだ、あの時デッキの上で協力する事を
誓ったじゃないか。海上での戦いでもそうだが、一人で背負い込む
な。
アラン
﹁退かぬ心! 今なら出来る気がするぜ、英雄! 動けよ神父! 役目を判っているはずだぜ﹂
686
帝種に向かってゲンノーンを投げつけると駆け出した。
たこ焼きにして来ますと一言に、クボヤマも同時に駆ける。
鼓動が躍動している時、俺の魔力は英気へと変わる。
そして英気は俺の存在価値でもある。
爆発的に膨れ上がった英気は相手を威圧するだろう。
そう、誰かが語りかける様に俺を行動させる。
﹁ぬっ、無駄。我は竜種に近い存在になった帝種。そして邪神様の
お陰で竜種すら驕れる様になった存在﹂
帝種の咆哮と、俺の咆哮が重なる。
ずいぶん野性的な戦い方だが、自分を鼓舞して勝利を勝ち取れ。
横目で見ると、イビルクラーケンの腕を十字に輝く光が焼いてい
る所だった。その表情は少し辛そうに焦っていた。
だが、無事に取り戻したようだ。そしてリヴァイに何かジェスチ
ャーしていた、喋れば良いのに。
俺は勢いを保ちながら帝種とかち合う予定だった。
だが、その勢いは途中で失速してしまう。
ガボッ。
海水が身体中の至る所から侵入して来る。
﹁ふんっ、所詮水中では生きれぬ下賎が﹂
叩かれた俺は身体から空気を一気に失い酸欠状態に突入しそうに
なる。
687
身体が丈夫で良かった。
だが、相応のダメージは負ってしまった。
クボヤマが回復魔法を施しにやって来る。
彼も水中適応の魔法が切れているはずなのに、いや、俺よりも才
能が無い彼は、とっくの昔に切れていた可能性がある。
その状態だからこそ無謀な駆けに出なかったんじゃないか。
俺はつくづく無駄な事をしてしまっている様な気がする。
︵リヴァイ、もう魔力は回復しましたか!?︶
︵ひ、一人分だけじゃがの、イビルクラーケンは魔力を吸収してし
まう能力を持ってるみたいじゃ、そしてわしの魔力の回復も邪の波
動で遅くなっておる⋮︶
︵彼をここで死なせてしまう訳には行きません、彼に水中適応を。
私は回復に勤めます︶
︵しかしおぬしは!?︶
︵私は仮死状態でもシスターズがいれば最復活できます︶
︵しかしの︶
︵お願いします︶
と、広域テレパスが伝わって来る。
そして身体が急激に酸素を取り込む事が出来る様になった。
688
グッと親指を立てたまま知らない海流に流されて行く神父。
ちょっとまて、何やってんだおまえ。
﹁おい! おい! ふざけんなっ!﹂
英気が戻る。波動になって回りに伝わる。
これには流石の帝種も怯んでいる様だった。
海流止まれや!
こんな広大で真っ暗な海に流されたらどうなるか判ってんのか!
すっかり死に戻りする事すら頭に入っていなかった俺は、ただた
だ流れ行くクボヤマに縋ろうとしていた。
そんな俺をリヴァイが止めに入る。
﹁まて、今は帝種を止めるのが先決じゃ!﹂
﹁くっそ!﹂
わしも後で追うの手伝ってやるとリヴァイはそう言って帝種に向
き直す。
邪の波動が繰り出されてから、リヴァイの動きは目に見えて遅く
なっていた。
﹁何者かにこの海域に竜脈が汚染されておる⋮そっちもどうにかせ
ねばならぬのに﹂
焦りは禁物だ。
だが、このパターンは何処かで聞いた事があるな。
689
﹁北の大地でもそうだった。その竜脈を守るのはだれだ?﹂
ディープホエール
﹁深海鯨のマっくんじゃよ。応援に呼んどるんじゃが、そろそろ着
ても良い時間じゃと言うのに連絡がとれん。万事休すってやつじゃ﹂
弱音を吐くな馬鹿。
ここは俺に任せて竜脈の汚れを払って来い。
﹁しかしの、また切れたらどうするんじゃ﹂
﹁掛け直せるのか?﹂
その問いには首を振るリヴァイ。
どうやら既に魔力が回復しないレベルに到達してしまったらしい。
﹁なら時間前に終らせるまでだな!﹂
そう言いながら帝種を改めて見据える。
竜の様な巨大な体躯から不気味に光る目が此方を粛々と窺ってい
て、その瞳には間違いなく理性が宿り行動させている。
そして魔力供給が追いつかなくなった最初にリヴァイが出した水
流の防御壁も霧散して消え去って行く。
そして戦場から強制離脱させられていた凶悪な魔物達の残りが次
々と戦線復帰して俺達二人を取り囲んで行った。
﹁ハハハ。あの神父に逆らわなければよかったな。人間とはこれほ
どまでにおろか!!﹂
もっともな言葉を魔物から浴びせかけられる。
690
考えなければ、この境地を切り抜けれる方法を。
︽笑え、少年。逆境であればある程︾
あの男の声が聞こえた気がした。
﹁ハハハ⋮ハハハハッ! ハッハッハッハ!!﹂
いきなり笑い出した俺にリヴァイが困惑する。
そしてそれが癪に障ったのか、帝種の魔物は身じろぎをしながら
叫び返す。
﹁なにがおかしい! 下賎が笑うな!﹂
﹁言葉を覚えたばっかりの赤ん坊が喋ってるみたいだぜ﹂
ニヤリ。
ぶっちゃけどうしようもない、当たってくだけろ作戦しか今の俺
には思い浮かばない。そんな状況でとりあえず笑っている俺は狂気
に満ちあふれている様に見えるのだろうか。
﹁な、何か良い作戦があるのじゃな!?﹂
そ、そんなもの⋮⋮。
﹁ある!﹂
691
当たって砕けろ作戦だけどな。
そう心の中で呟くと、どこからとも無く何かの声が聞こえて来た。
︽⋮ォォォオオオオオオン⋮︾
︽⋮オオオオオオオオン⋮︾
﹃オオオオオオオオン!!!!﹄
692
特大の咆哮を上げながらとんでもなく大きな黒い鯨が一隻の潜水
艦を引いてこの空間に突撃して来た。
帝種の死海蛇は辛うじて急な襲撃を交わしたが、イビルクラーケ
ンは直撃してしまった。そして、噛み付いた鯨と巨大なタコの揉み
合いが勃発する。
﹁マっくんじゃ! お∼い! マっくん!!﹂
急に手を降り出す幼女。
そして引かれていた一隻の潜水艦が近づいて来る。
中から出て来たのは神父クボヤマと一人の少女だった。
﹁助かりましたよ。ありがとうございます釣王﹂
留我の友達の鯨に付いて行ったら貴方が死んだ様に流れて来
イカルガ
﹁伊
留我と呼ばれる巨大なダイオウイカが帝種を牽制している。
るんだもの、マリアもワタシも心臓が止まるかと思ったわ﹂
伊
マリアは水圧に耐えられないので潜水艦の中で此方を見守ってい
た。
﹁そうだ釣王、貴方なら方舟を動かせるかもしれません!﹂
693
694
海溝での戦い︵後書き︶
戦闘描写荒くってすいません。
正月なのでノリで書いてます。
久々の3話更新でした。
もう2回今日中に行けたらいいなぁです。
695
−幕間−兆候を感じる者︵前書き︶
三人称視点です。
696
−幕間−兆候を感じる者
西端の国ローロイズでは、少し前に剣鬼と呼ばれ世間を騒がした
男が滞在していた。この男、いつだかのプレイヤーズイベントにて
準優勝賞品である飛竜の卵をジャンケンで勝ち取ってから、その扱
い方を学ぶ為に竜騎士で有名なこの国を訪れていたのだが、何の因
果か判らないが王位継承権第7位の姫君に見初められてしまい、そ
のまま権力争い柵の中へと放り込まれてしまった。
いや、放り込まれてしまったという表現は、この剣の鬼に向かっ
て全く持って烏滸がましいだろう。彼は自ら足を運んだのである。
その理由も、飛竜を扱う技術を学ぶなら王国内部に入ってしまえ
ば手っ取り早いと思ったからだとか。
それを知ってか知らずか、権謀術数に長けた彼の仲間にも被害が
及ぶ事になる。この男、使えるモノは使っておくという性分でもあ
ったりする。あれだけ自分の武に対しては遥か高みを熱く考える事
が出来る男だというのに、金銭関係やその他あまり武と関わりがな
い事に関してはいくらでも下衆が付く行為を何とも思っていないあ
たり、どうしてあの神父と馬が合うのか、そんな議論もどこぞで起
こった程であった。
﹁ユウジン様∼!﹂
ローロイズの次期女王であるエレシアナ・ケイト・アルバルトが
王宮の広い通路を小走りで駆けて来る。
ユウジンは振り返る事もせず、ただ距離を近くして彼の斜め後ろ
697
を歩く彼女を黙って受け入れるだけだった。
次期女王がほぼ確定している彼女を斜め後ろに据えるなんぞ、こ
の国の中枢部の頭の固い者達が一目見れば処刑確定されてしまう様
な事態に発展してしまうのに、彼に所謂ゾッコン状態であるエレシ
アナを見れば何も言えないのである。
快活にユウジンの名を呼んだ彼女も、それから先は全く持って口
を開こうとせず、ただひたすら彼の斜め後ろに寄り添って頬を染め
ながら歩くという、亭主関白を支える妻の様な行動を取っている。
だが、断じて違う。これは彼女が驚くべき程恋愛に対して初心な
だけだ。
一時は遠い国に逃され、自分を支えてくれる者の為に我武者らに
行動しては見た物の、昔の自分の放漫な態度が権力の通じない世界
で余計な顰蹙を買い、上手く行かない事が多かった。
だが、それもある出来事に寄って改める事に至った。
その当時身を隠していた魔法都市の隣国である﹃鍛冶の国エレー
シオ﹄にて、その国随一の商会を味方に付けようと見学に行った時、
その放漫な態度からとある頑固爺とその弟子と思われる男にいとも
簡単にあしらわれたのであった。
ここはドワーフの国だ、豪に入ったら豪に従えと。そう言って何
事も無かった様に真剣な表情で鍛冶に打ち込む彼等。
魔法学校では、権力と言う物が一部生徒には通じていたので、何
故自分が顰蹙の目を受けているのかすらに気付かなかったのだ。た
だ、権威に嫉妬しているんだと濁り切った目で彼女は世間を見つめ
ていた。
698
職人気質の街では一切通じなかった。
そして自分の目の色と、真剣に鍛冶に打ち込む彼等の目。その違
いに衝撃を受けた彼女は、止める部下を強引に黙らせて、均整のと
れた鍛冶の国ならではの技術が使われた公園のベンチにてただひた
すらボーっと上の空で考えていた。
その隙をついた暗殺者に狙われ、だが、さっきは悪かったなと謝
りに来たユウジンに助けられる事で難を逃れた彼女は、惚れてしま
ったのである。
その時お詫びの印として彼が作った一点物のブローチを彼女は今
も肌身離さず持ち続けている。
ちなみに、その時の事を上司に怒られて謝りに行くだけだったユ
ウジンは覚えていない。そして丁度彼の刀は完成し、翌日プレイヤ
ーズイベントの為にクボヤマ達の居る魔法都市へ発っていたので、
改めてお礼にとその鍛冶屋を尋ねた時には、既に居なかった。
これがファーストコンタクト。エレシアナが変わる切っ掛けであ
った。そして商会を味方に付けたエレシアナは、魔法学園にて、元
々Sクラスとしてあった実力を己の力で開花させ、変わったエレシ
アナはそのカリスマ性で味方を次々と引き込んで行く。
話は戻って、ユウジンはどこへ向かっているのかというと、竜舎
の元だ。護国竜の眷属である飛竜達が休める場所へと足を運ぶ。
自身の育てている飛竜の卵は、未だ孵化する様子を見せていない。
元々竜種の卵を孵化させる方法を探るべくこの地へやってきた訳だ
が、国中枢部に足を踏み込み過ぎて逆に身動きが取れなくなってい
699
た。
︵めんどくせぇな。クボもどこほっつき歩いてるんだか︶
翼があれば飛んでしまいたくなる程の晴天の下、中庭を歩く。護
国竜に預けた卵の様子を見に行くのは彼の日課になっていた。竜の
卵は影響を受け易い。
元々、卵を孵化させる為には、肌身離さず持つ事によって自身の
魔力を卵の中に居る竜に少しずつ提供する事が必要となってくる。
そうすれば卵を割って外に出るだけの力を持った時、自然と外界
に姿を現す竜なのだが、ユウジンの魔力は元々あるかないかの微量
だったため必要分の魔力を供給する事が出来なかった。
護国竜の話によると、すでに産まれる直前の状態に卵は到着して
いるらしい。ただ、少ない魔力の代わりに別の力が宿っているため、
孵化には別の刺激が必要となって来ていた。
産まれて来る飛竜は、飛竜なのかすら判らないと。それほどまで
に変質してしまった卵の話を聞いて、ユウジンはワクワクしていた。
﹁剣聖様。護国竜様がお呼びです﹂
中庭を抜けて外へ抜け出そうという時、竜官達が行く手を遮る。
﹁なんだ? 俺は卵の様子を見に行くんだけど﹂
﹁その卵についてです﹂
雰囲気が変わった竜官の後に続いて、護国竜の居る場所へ向かう。
700
グランドドラゴン
護国竜とはこの地を守護するドラゴンの事であり、それは別称﹃
大地竜﹄とも呼ばれている翡翠色をしたドラゴンの事である。
この竜の他にも、空を統べる飛竜の長。紅竜がいる。互いに持ち
つ持たれつの関係だが、護国竜と呼ばれる翡翠竜のみ内政に干渉し
ている。
王宮直下に作られた巨大な空洞がその翡翠竜の住む場所。神殿の
様に整備された階段を下り、巨大な竜が通れる程の大きな道を行く
と、翡翠竜の休む場所にたどり着く。
﹃卵を守りし、剣の鬼よ。そなたの卵に一抹の動きがあった﹄
﹁まじか! どうなってる!﹂
護国竜とユウジンの間に魔法陣が広がり、飛竜の卵が安置されて
いる場所が映し出される。映像からも卵の脈動を感じる事が出来る。
﹁もはや魔力とは別の力を持った生命となっている。私も想像がつ
かん⋮﹂
脈打つ卵を見ながら、護国竜がこの卵の予想を話し始めた。
﹁あくまで私の予測だが、孵化の切っ掛けとは世界の危機かもしれ
ん。ここ最近、邪神の軍勢が再びこの地を攻めようとする動きを感
じ取っている﹂
今阻止せんと動き出している英雄も居るが。と付け加える。
﹁ってことは、RPG的な考え方で捉えたら、この卵の孵化は何か
701
が起こった時だって言うのか?﹂
﹁その考え方の根底が判らんが、とにかくもう少し経過を見ないと
わからんな﹂
控える竜官達を置き去りにして、一人と一竜は話を進めて行く。
ローロイズの土地柄、特殊な事が起こらない限り真っ先に攻めら
れる事が自明の理である。もし、隣接した魔大陸と呼ばれる友好的
な魔族の土地がもし、邪神によって180度その価値観を変えてし
まった場合。
護国竜が守るとは言え、小国のから少し抜き出た程度であるこの
国は、耐えきれないだろう。
﹁内政もそろそろ安定してくるこの国に、更なる試練が待ち構えて
るのかもしれん﹂
その言葉を聞きながらユウジンは護国竜の殿を後にした。
何にせよ、今やれる事は己の鍛錬のみだったりする。飛竜に関す
る知識はあらかた学び尽くした。竜騎士としても一応の訓練は受け
ているのだが、騎士槍は自分の肌に合わなかったのでパス。
どちらにせよ、ただの飛竜が産まれて来る訳ではないと感じてい
るので、ただの竜騎士としての考え方が通用するのか。
﹁ま、何かあればクボが顔出すだろう﹂
親しい友人はそう言う定めにある。どうせ邪神絡みの件も、あの
神父が中心で足掻いているんだろうと。
だいたい、ユウジンの記憶の中でも古い教会でのガーゴイル事件
702
は鮮明に記憶に残っている。
クボヤマは必ず何かとんでもない物を引っさげてローロイズへや
って来る。それは彼の中で絶対的に確証を持って言える事だった。
証拠は無いが、確証はある。
そんな事を考えながら王宮の訓練所へと足を運ぶ。
王宮での地位から剣聖とは呼ばれている物の、一部の兵士にはそ
の訓練の厳しさから偶然にも剣の鬼と呼ばれている事は内緒である。
姿を見せた彼に、訓練中の兵士は顔を引きつりながらその日自分
の足で歩いて帰れるかどうか、竜神様に祈るのであった。
703
−幕間−兆候を感じる者︵後書き︶
何やってんのあんたら!とグラノフとユウジンはグランツに怒ら
れています。ですが、神鉄の加工段階で、ようやく完成にこぎ着け
ていた所でしたのでピリピリしていて邪魔されたくなかったんでし
ょうね。
邪神アップデート、はっじまっるよ∼。
704
−幕間−とある掲示板3
[攻略掲示板18]
ID:∞
ID:∞
37:RIOに代わりまして焰魔導師がお送りします
過疎化も進むねぇ
流石ノーマルプレイモード
君らは半リアル? 普通にノーマル?
38:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
俺はノーマル勢。ぶっちゃけリアルスキンとか糞。
ID:∞
MMO﹃RPG﹄ゲームだろ、セカンドライフしてるわけじゃねん
だよ
39:RIOに代わりまして漁師がお送りします
こらこら喧嘩するな。
この掲示板に書き込めるってことはみなノーマル勢だろ。
俺は釣王のギルドで半リアル漁師プレイ笑
ID:∞
ID:∞
40:RIOに代わりまして炎魔術師がお送りします
あら、見た事無い職種ね>>37さん。
まさかノーマル廃人勢かしら?
41:RIOに代わりまして猟師がお送りします
焰魔導士とかJOKERのほむほむしかなってる人知らないんだが∼
ID:∞
猟師系と漁師系は上位職が判ってないからバレないけどね
42:RIOに代わりまして焰魔導士がお送りします
705
俺の事知ってるってことは∼?
まかさ韋駄天ちゃんだな?
最近どこまで進んだの?
43:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
韋駄天氏ktkr!!
ノーマル勢のエース!
44:RIOに代わりまして戦術師がお送りします
情報はよ!
45:RIOに代わりまして戦争屋がお送りします
頼むわ
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
46:RIOに代わりまして炎魔術師がお送りします
馬鹿共は成長しても変わらないのね
47:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
おい!
>>44−45の職種が俺と違う件に付いて
なに? ハブなの?
ID:∞
ID:∞
48:RIOに代わりまして焔魔導士がお送りします
ぷーくすくす
49:RIOに代わりまして猟師がお送りします
ほむほむ、煽りは辞めた方が良いよ∼。
プレイスタイルには文句言わないけどね?
ノーマルプレイヤーだけど、リアル勢と手を組んでなんとか攻略を
706
進めてるよ∼。
ID:∞
ID:∞
ID:∞
ID:∞
今仏門の信用度頑張って上げて、韋駄天クエクリアした所。
ほい称号画像。
↓︽イメージ︾
50:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
すげええええええええ
51:RIOに代わりまして氷魔術師がお送りします
何その称号?
ってかレベルヤバくね?
52:RIOに代わりまして炎魔術師がお送りします
廃人プレイヤーの鑑だわ
53:RIOに代わりまして焰魔導士がお送りします
JOKERのモットーが今の所レベルを上げて物理でなんたらだか
らな∼
ID:∞
そんな事より炎魔術師さんよ、同じ属性同士で火山のデートでと洒
落込まないかい?
54:RIOに代わりまして法術師がお送りします
俺もノーマルでかなり早めに仏門やってみたけど
ID:∞
ID:∞
どうやったらそこまで信用度貯めれるっちゅう話じゃい
55:RIOに代わりまして戦術師がお送りします
裏技はよ!
56:RIOに代わりまして戦争屋がお送りします
707
たのむわ
57:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
>>55−56
おまえらも何やったか教えろ糞共
ID:∞
ID:∞
ID:∞
58:RIOに代わりまして炎魔術師がお送りします
>>55−57
仲間割れは止しなさいよ
>>53
あら、いいわよ?
でも私まだデート用の装備持ってないのよ
59:RIOに代わりまして侍がお送りします
俺もハンターランクとは別に仏門にも入ってるんだが、ノーマルプ
レイにリアルスキンと同じ仕様を求めないでほしいよな
ID:∞
修行が苦痛だった、まぁ耐えた分だけ返って来るんだけど
60:RIOに代わりまして猟師がお送りします
仏門のコツはそうだな∼
ID:∞
リアルスキン勢よりは幾分楽だと思うけど、規律は一応確り守った
方が良いよ∼
61:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
戦士系上位職は本当に自分のスキルレベルとかだから助かってるけど
ID:∞
更に上位に進む為には宗教的信用度を高めたくてはいけないのか
62:RIOに代わりまして焰魔導士がお送りします
>>58
708
もうそんなのいくらでも買ってあげる!
キヌヤで耐性服も下着もなんもかんも手に入るからね今はぐふふふ
ふふ
ID:∞
ほんまリアルスキンプレイヤー︵一部の方︶様々やでぇ∼!
63:RIOに代わりまして戦術師がお送りします
>>61
ID:∞
ID:∞
ID:∞
宗教とは関係無いけど、国の兵団に所属して位を上げて行けばこの
職業には付ける
俺将棋好きだから参謀狙いかな∼
ま、別ゲーしてる気分だけど
64:RIOに代わりまして神父がお送りします
僧侶から神父になれました!
教団に所属してます!
目指すはクボヤマ枢機卿です!
65:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
>>63
へぇ∼、じゃ、俺は元帥目指そうかな
どこ所属? 俺もそこ行くよ
66:RIOに代わりまして炎魔術師がお送りします
>>62
ID:∞
あなたのプレイヤーネームは知ってるから今度連絡送るわね
他にも杖とか色々楽しみにしてるわ
67:RIOに代わりまして漁師がお送りします
毎回だけど、攻略板なんだがな⋮
709
68:RIOに代わりまして侍がお送りします
>>64
遂にレア職?になれたのかおめでとう!
クボヤマ神父ってプレイヤーズイベントの?
枢機卿って教団二番手くらい高位じゃない?
一応専用スレに報告しとけ
ID:∞
ID:∞
↓︻リアルスキン︼とある神父のトトカルチョ33︻ユニーク︼
69:RIOに代わりまして戦術師がお送りします
変態と魔女︵魔性の女︶がいる。
だめだ早くなんとかしないと
>>65
え、やだ⋮きもぃ
ID:∞
ID:∞
70:RIOに代わりまして戦闘士がお送りします
orz
orz
o...rz
71:RIOに代わりまして猟師がお送りします
せっかく情報提示してんのにこの流れ
攻略する気無いだろ
710
711
思考空間での一幕︵前書き︶
視点が色々と変わり始めます。短いです。
712
思考空間での一幕
シスターズをセーフティーモードにした俺は、意識の海の中に埋
没して行く。
聖なるオーラに包まれた、所謂仮死状態って奴?
シスターズ
もっと細かく説明すれば、固有思考空間へのアクセス。結構前に
いつの間にか並列思考が出来る様になっていた俺は、聖書の力に寄
って思考空間へのアクセスが可能になっていた。
セルフ精神と時の部屋と化した俺の精神世界には、誓約を結んだ
聖書と巨大な十字架が鎮座しており、より集中できて綿密な思考の
手助けをしてくれている。
ただし、戦闘中は使えませんけどね。
シスターズ
意識が一瞬ブラックアウトする訳だ、こんなの祈り特化した一室
に過ぎない。
オースカーディナル
誓いの十字架と聖書との誓約を今一度認識させる場所でもある。
はぁ、聖書さんが恋しいよ。
クロスたそクロスたそクロスたそ。
こんなドデカい十字架、早く捨て去りたい。
片手が塞がるって本当に嫌だね、攻撃力は申し分無いけどさ。
魔力ちゃんが嫌がって持とうとしないじゃないか。
さて、今頃俺は海の中を漂っているはずだ。
713
目が覚める時は誰かが俺を拾ってくれた時か、深海の生物に喰わ
れた時だろうな。
一種の賭けである。
フラリと寄った北の大地だが、思わぬ拾い物をした。
雪山族の一件があるまで邪神の事はすっかり忘れていた、何せ復
活させてしまったのは俺なんだから。
彼を面倒くさい状況に巻込んでしまったのは本当に申し訳ないが、
英雄の鼓動だって。そんなん絶対後々必要になって来る力じゃない
か。
結構他力本願で助かって来たからな、俺はただひたすら仲間を集
める事を意識して動こう。
あと、フォルに謝る準備も整えておかなくてはならないな。
早く仲間の顔が見たい。みんなどうしているんだろうか。
ケジメというか、ロールプレイというか。
リアルでの絡み以外は一切の連絡を絶っていたからな、それも皆
判っている様だったので何も聞いて来なかったが、また一緒に冒険
した時は道中暇つぶしの話として語ろうと思う。
俺が枢機卿になるに至ったまでの旅路の話をね。
さて思考空間内は暇だ。
暇だと言っても祈り続ける訳ですが、今回は置いとこう。
西海域の海を警護するギルドがある。
714
﹃遠洋﹄だ。
ギルドリーダーの釣王とは話が分かる仲である。
俺の実家が漁師など海産業をしているからな、俺の実体験を踏ま
えて色々と教授したことがあった。
それが切っ掛けで一度リアルでも海洋の生態系を学びに行こうと
誘われて、丁度仕事で沖縄に着ていた俺は、ホイホイと彼女の誘い
に応じてしまった事がある。
え∼なに、水族館デートですか?
とか思うじゃん?
普通に海域や水質毎に適した生態系とか、養殖産業についてにレ
ポートを調べに行っただけだった。
実家はハマチとフグの養殖だから、あんまりそう言うの関係無い
んだけど。
スピードチューナ
彼女は大型回遊魚と言う、クロマグロの様な回遊魚の養殖をゲー
ム内で企てているらしい。
どうやら無事成功しているようで、なによりだ。
話がズレたが、もしかしたら航海士として見事な手腕を見せてい
る釣王が方舟の手掛かりを掴む切っ掛けになるかもしれない。これ
は覚えておこう。
715
そう言えば、方舟内の世界の縮図を横目でちらっと見たが、聖王
都ビクトリアの一部にどす黒いモヤモヤが小さく蠢いている姿を見
た。
きな臭い匂いがする。
早い所、この戦いを終わらせてビクトリアの大教会へ急がなけれ
ばならないかもしれない。
うん。彼なら、やまんならきっと勝てるだろう。
それにしても、英雄の力って凄いな。
神時代、神ならずしてこの地に生きた英傑の事だろう。世界の源
となり人々を守る神が居るとすれば、英雄は地に残り残された人々
を守る者。
凄くカッコいい。
何だよ神父って、白髪もバレるし。
ってか納得いってねぇからな、白髪とか。
その内まじもんの神父みたいにてっぺんハゲになってしまうんだ
ろうか。
これは、製薬研究をしなくちゃ行けない。
神の腕を持った生産職を探そう、キヌヤさん当たりに紹介しても
らえればなんとかならないか?
RSMPも人口増加をたどってるしな。
そんなこんな考えがまとまりを見せなくなって来た時、俺の意識
を呼び起こす声が聞こえる。
716
お、誰かが俺を助けてくれたみたいだな。
はいはーい。今出ますよ∼。
717
思考空間での一幕︵後書き︶
神父の愚痴回でした笑
セカンドライフをしに来たRSMPのお陰で、この世界の技術は大
きく向上しています。プレイヤー主催イベントもちらほら見え隠れ
している様です。
農村を現代技術で繁栄させる!とかはそこそこちゃんとした知識を
持っていれば出来ると思いますが、現実の大地のファンタジー世界
の大地を比べては行けませんよ。土壌の検証から始めないと行けま
せんからね。
因に国を作るだの内政だのは、国内部に入り込む事難易度が超絶級
なのでほぼほぼ不可能です。
自作自演だったら可能でしょうけどね。王女を魔物に襲わせるとか。
そう言う悪事にはボロが出るでしょう。
718
海溝での決着︵前書き︶
今回後書きもストーリーの中に入っています。
719
海溝での決着
釣王と呼ばれるライフジャケットを着用した黒髪の女の子は、ク
ボヤマの提言に素っ頓狂な声を上げた。
﹁⋮一体どういう事かしら?﹂
一瞬美少女が驚く表情を見せてくれた釣王は、即行で元のブスっ
とした真顔に戻して聞き返す。それでも十分蛍光色のライフジャケ
ットにフレアスカートという異色の服装が似合う程の切れ目美人な
のだが⋮。
﹁アレを見てください﹂
﹁⋮おっきい船だわ﹂
クボヤマが海底に鎮座する方舟を指差す。未だ回りでは死海蛇・
留我と呼ばれる大王イカの睨み合い、そして魔力を吸い
イカルガ
帝種と伊
ディープホエール
取ってしまうイビルクラーケンと海竜王女リヴァイにマっくんと呼
ばれる巨大な深海鯨の取っ組み合いが勃発している。
怪獣大戦争だな。
そんな中俺達の間だけでは謎にシリアスな空気が産まれつつあっ
た。
﹁海竜の間で受け継がれる英雄との繋がりが、あの方舟に隠されて
いるらしいです﹂
720
﹁海竜からは何も聞いてないわ、ってちょっと⋮!﹂
付いて来てくださいと釣王の手を引いて強引に方舟へと向かって
行く神父。おいおい、女の子をそんな強引に扱うもんじゃない。
釣王も釣王で握られた手を凝視しながらテクテク付いて行く。元
々表情が少ない人なのか、ポーカーフェイスなのか知らんが、嫌が
ってないなら良いけど。
そんな様子をジッと見続けるマリア。
こわっ。
﹁たしかに釣王は西海域一の航海士じゃ、母なる海への貢献度も他
を凌いどるからの、もしかしたら方舟の手掛かりがつかめるかもし
れぬ﹂
鯨の応援から戻って来たリヴァイが言う。
俺も話に流されるまま、彼等について方舟内部へと再び向かう。
ディープホエール
外では相変わらずすったもんだの大騒ぎしているんだが、深海鯨
はイビルクラーケンの鋭い吸盤を物ともせず噛み付いている。
もしかして食べてんの?
﹁マっくんは海の浄化を司るからな、魔力も吸い取られるどころか
浄化しよる﹂
目にハートマークを浮かべてそうなリヴァイのウキウキした声が
聞こえる。
海竜種はその役目を担ってないのかと聞いた所、竜種と地神の役
割は完全に別れているらしい。自分で浄化しないくせに竜脈を汚さ
れたら魔力供給できないとかダメじゃね?
721
そんなこんなで船内へたどり着いた。
マリア司書が潜水艦に置き去りにされ一人寂しそうにしていたの
で、魔力が少しずつ回復しているリヴァイが潜水艦を方舟に隣接さ
せ、水圧に負けない様に魔力でカバーして移動させる。
うむ。重要な説明役ですからね、彼女。
﹁これは、対魔兵器ね。いや、対邪神ってところかしら﹂
世界の縮図を見た釣王が言う。
﹁神時代からの歴史しか大教会の資料室にも置いてないから知らな
かったわ⋮﹂
リヴァイから話を聞いたマリアが言う。
﹁記されている人種の紀元が神時代から始まったとすると、この方
舟はまさに紀元前と言う形になるんでしょうかね﹂
クボヤマも言う。
そうだな。
俺は家が浄土真宗だから何とも言えないが、例えるなら竜紀時代
とかそんなんでいいんじゃないのかと思う。
722
世界の縮図を囲みながら、それぞれが一様に思った事を口にする。
ただし、誰も真実にはたどり着かないまま。
﹁ふ∼む、一度話を整理しましょうか﹂
英雄との繋がり⋮。
﹃遥か昔、人は絶滅寸で迄追いやられていた事がある、その時の竜
族は世界の観察者としての責務を全うしていたらしい。ノア・アー
クと呼ばれる船大工がまだ幼き神子を託した一隻の方舟。その子を
守るべく船に乗った人々がのち英雄と呼ばれる人物になったそうだ﹄
リヴァイの話を思い出す。
﹁英雄を乗せた船、それがこの方舟の意味じゃないのか?﹂
そう、幼き神子とは今人種の仲で崇められている神の最大勢力、
女神の教団の女神﹃アウロラ﹄なんじゃないだろうか。
クボヤマ神父から聞いた話なので、詳しい内容はわからないが直
感的にそう思う。何より、英雄の鼓動が歴史に反応している気がす
る。
﹁英雄との繫がりとは、そのままの意味合いだったんですね﹂
クボヤマが言う。
少しずつ、方舟の全容が見え始めたとき、釣王が慌てた様に言っ
た。
留我がこれ以上戦闘を引き延ばしに出来ないっ
イカルガ
﹁いけない! 伊
て、深海鯨とイビルクラーケンの戦いも膠着し始めてる!﹂
723
﹃下等な種族が! 所詮王種、我の敵ではないわ!!﹄
方舟内まで響いて来る死海蛇・帝種の痺れを切らした様な叫び声。
その声の振動によって方舟が少し軋む。これが邪神の波動と呼ば
れるあの悪女ヴィリネスも使っていたものか。
﹁とにかく、俺は外に出るぜ!﹂
﹁後で追いつきます!﹂
どちらにせよ、船が動く前に壊されちゃ敵わないからな。
クボヤマの言葉を背中に受け、俺は方舟を飛び出した。
外では帝種の蛇に巻き付かれ苦しそうにする大王イカが目に入っ
た。応戦して足を絡めては居るが、力負けしている様子が一目で分
かる。
﹁援護する!﹂
くりくりとした大王イカの目にアイコンタクトを送ると、改めて
帝種に向かって英気を振り絞る。
ゲンノーンで攻撃できる点は、奴の目だ。
一瞬だが、奴の気を引いてくれた大王イカには感謝しなくてはい
けない。
俺は武器を奴の目に突き刺した。
724
奴の紫色の血液と体液が、海を汚す。だが海流に乗って流れて行
くので死海が遮られる事は無かった。
もう片っぽの目も潰しておこう。
だが、帝種は必死の抵抗で頭を振る。目に引っ掛けた武器のお陰
で弾き飛ばされる事は無かったが、そのかわり猛烈な邪神の波動を
俺と大王イカは至近距離で受ける事になる。
﹃グゴアアアア!!!﹄
言葉にもならない獰猛な声である。
大王イカは振りほどかれてイビルクラーケンに応戦している深海
鯨に激突した。
膠着していた戦いが急激に変わって行く。
﹁クラーケン!!! さっさと船を破壊しろ! 回収する必要は無
い!!﹂
帝種の声に従う様に、鯨の歯から開放されたイビルクラーケンは
太い足をしならせ方舟に叩き付けようとした。
邪神の影響に寄って破壊衝動が格段にアップされたイビルクラー
ケンの一撃である。耐えきれるのか。
﹁うおおおおおお! させない!!﹂
帝種の目の奥に武器を突っ込み一捻りする。
これは効くだろ?
725
案の定、激痛に身をよじる帝種を置き去りに俺はクラーケンと方
舟の間に飛び込んだ。すぐ復活するだろうが十分な時間は稼げたは
ずだ。
これだけは壊させていけない。
鼓動が教えてくれる。
ゲンノーンを手放して巨大な一撃を受け止める。
魔力を吸い取られれば一環の終わりだったが、今の俺は魔力では
なく英気。
全く別ベクトルの力で動いている。
イビルクラーケンの特殊能力を無効化できる。
だが、英気全開で踏ん張った所でその身体の大きさから、圧倒的
質量の違いから押されるのは自明の理。でも、少しでも時間が稼げ
れば良かった。
フリーズスタンディング
氷上に立つ勇気で足を凍らせて海底の岩盤にスパイクする。一瞬
動きが止まったが、氷には亀裂が徐々に入り始めている。
﹁北の英雄は退かない、流石です。ほんの数秒ですが、それが戦い
の命運を分けるのです﹂
巨大な十字架を背負った神父が加勢に着てくれた。
﹁オースカーディナル! 今一度誓おう、更なる誓約を!!﹂
ズン⋮!
726
神父が叫んだと同時に、彼の足は海底の岩盤に減り込んでしまっ
た。
まるで、圧倒的巨大な質量の鉄球を上から地面に落とした時の様
に重たい音が響き、地面が抉れる。
それに伴って神父の口から苦痛が漏れる。
ガリヤラ
﹁ぐっ⋮シスターズ・第四章! 異邦の地を行く使者!﹂
珍しく呪文を唱える神父。
胸ポケットから海水の中とかしったこっちゃないと言う風に、聖
書が躍り出てパラパラと捲れる。とあるページを開くと神父に光が
降り注ぐ。
発光する身体をゆっくりを動かし、岩盤に沈んだ足を戻す。
有り得ない事に、俺も耐えきれなかったイビルクラーケンの質量
を再び巻き返し始めた。
重い扉を開ける様に押し返して行く。
俺も負けじと力を込める。
だが、隻眼になった死海蛇・帝種が獰猛な声を上げながら方舟の
方に向かって来ていた。
﹁まずいです。今の私は素早く動けません﹂
﹁見れば判る!!﹂
またしても方舟との間に身体を滑り込ませる。
出した両腕が噛み付かれた、ここでワニの様に帝種が身体を回転
727
させれば、その鋭い牙により俺の両腕は無くなっていただろうが、
帝種はとにかく方舟を破壊する事にしか頭が働かないようだ。
それでも押されるんだが、まさに数秒。いやコンマ数秒の世界だ
ろうか。
方舟が動いた。
起動と共に波動が方舟を中心に全域に放たれる。
邪を払う効果があったのだろうか。
邪神の影響を受けて進化した死海蛇・帝種は、少し小さくなって
怖じ気づく様に逃げて行く所を大王イカに掴まり、鯨に捕食されて
しまった。
この場には邪が払われ、キングクラーケンになってしまった巨大
728
なタコが残された。黒かった身体は元の薄気味悪い生々しい灰色と
も黄ばんだ白とも言えぬ元の色に変わっていた。
﹁これなら、行けますね﹂
アークティックブロー
クボヤマの一言に頷くと、彼が足を押さえつけているうちに俺は
イビルクラーケンの眼前に行き、雪白熊の腕撃を放つ。
アークティック
巨大な雪白熊から貰った力を借りて思いっきりぶん殴る技。英雄
の鼓動で更にブーストが掛かった攻撃は、キングクラーケンの頑丈
な対面を容赦なくアッサリとぶっ潰した。
﹁起動するのにはなんとか成功したわ﹂
釣王が本気で疲れた顔でいう。
スタミナを消耗したのだろう、かといって食べる物なんてオクト
パースウィフトくらいしかない。それでも腹のたしになるならと、
リスの様に齧る釣王はすこし可愛かった。
729
﹁お陰で魔力ポーション中毒よ。はぁ、ペナルティが鬱陶しいわ⋮﹂
と嘆く彼女。
彼女が言うには、MPバーを5回も消費したらしい。
通常、体力・魔力回復ポーションはクールタイムが存在し、一度
使用すると30分以上時間を置かなければ再使用できない設定にな
っているらしい。
リアルスキンの世界では魔力過剰症としてハンターの死因ランク
トップに入る程危険な行為として、最初のチュートリアル的な初心
者訓練では必ず教えられるというより言い聞かされる話なのである。
最低ランクのポーションは30%回復で30分のクーリングタイ
ム。
上位ポーションになればなるほど、回復率とそれに伴っただけの
分数がクーリングタイムとなっている。
そして更に上位になると一日の回数制限も加わって来るらしい。
ノーマルプレイヤーにとってはデスペナルティと同じくらいのペ
ナルティを喰らうポーションペナルティと恐れられている。
ペナルティを軽減させる所までリアルスキンプレイヤー勢の薬師
の腕は届いているらしいが、実用段階まではほど遠く。そして手に
も入り辛いらしい。
方舟を起動させたは良いが、運用には更なる魔力を使うとの事で、
人間一人の力では運用は不可能だと釣王は言っていた。
730
﹁だが、起動だけでも破邪の効果があるなんてびっくりじゃの、ま
っくん入らずじゃ﹂
リヴァイの言葉に皆一様に頷いた。
今回勝利できたのも、方舟の力で帝種がそこらへんに居る死海蛇
に退化したお陰だった。
﹁ま、技術革新も進んでいるから。何かしらの目処が立てば報告す
るわ﹂
﹁私も個人でもその方法については探っておきますね﹂
そう言いながら、俺達はこの海域を後にした。
以前よりも力が増している様に感じるリヴァイが、協力な水流結
界を方舟が安置する場所に施し、時が来るまで守り続けると約束し
てくれた。
釣王の潜水艦に乗って、俺達は深い海の底からやっとの事で海上
に戻って来る事が出来たのだった。
731
海溝での決着︵後書き︶
方舟が起動した一瞬。
その方舟の波動は遥か先の邪神の統べる大陸まで極々微量だが伝わ
っていた。
ほとんどが感じる事の無いその波動。
だが、それを敏感に感じ取る物が居る。
真っ黒な部屋にて漆黒の巨大な椅子に鎮座する小さき存在。
﹁ふん。やっぱり海種族からの進化じゃ無理だったか。喋れる様に
なっても馬鹿は馬鹿だしな﹂
小さき者が視線を移すと、漆黒の闇からその者の眷属が現れ片膝
をつく。
﹁お呼びでしょうか﹂
﹁おい、人間共の大陸に占拠された邪神殿はどうなってる?﹂
サマエル
﹁はい、我が眷属を使い聖王都の欲に溺れた神官達を使い封印を解
こうとしております﹂
﹁いつできる﹂
﹁現法王の目が厳しいのでなかなか⋮﹂
ディーテ
﹁巨体野郎はどこ言ったかわかんねーし、変態は人に味方してるし、
732
うざってぇな﹂
子供の様な体躯からとんでもなく悪い言葉遣いで頬杖をつく。
﹁まぁ誰も力も借りん、俺は一人で残りの欠片を集めるからな﹂
ニヤリとしたその微笑みにはどこまでも深い闇があった。
﹁とにかく女神の力を削げ、法王の隙をついてビクトリアを邪気で
満たせ﹂
733
ローロイズへ︵前書き︶
視点がかわります。
734
ローロイズへ
北の大地からの船旅も一時は深海海溝にまで足を伸ばすはめにな
り、どうなる事かと思われたが、無事に海上へ戻って来れたので何
よりである。
北の大地で唯一凍らない港﹃ロフスクハーバー﹄では西岸部諸国
を転々とクルージングする予定だと語っていたが、語っていたクボ
ヤマ本人が聖王都ビクトリアに急ぎの用事が出来たとの事で、予定
の半分以上をすっ飛ばして釣王の船にてローロイズの港町へたどり
着く。
船旅は、俺に掛け替えの無い物をまた教えてくれた様な気がする。
終ってみれば、英雄としてやるべき事の全容が窺えた旅でもあった
のかもしれない。
と、言うか。
あの時雪山での出会い、アレも俺の定めだったと思う。
グラソン
出会ってなければ死に戻りし、クボヤマは雪山族の集落には来な
かっただろう、ただただ押し寄せるガーゴイルと蛮族とその親玉で
ある悪女ヴィリネスに驕られていただけだったと思う。
俺はプレイヤーなので死に戻りで蘇るが、一人でこの軍勢相手に
するのは骨が折れるどころか、諦めてしまうだろうな。
トラウマを心に刻み一生VRギアを被る事が無くなるかもしれな
い出来事だったと思う。
735
リアルスキンモードとはそれだけの世界を俺達に提供してくれて
いるんだ。
ここへ着て、運命と言う物を再実感した。
方舟の件もそうだ。
何かに導かれる様に俺達は世界を回っている気がした。
本当にそれで良いのか?
英雄が敷かれたレールの上をただ歩く?
答えは否だ。
レールの無い危険な道でも逃げない引かない退かない。
初期の孤高を突っ走ってた俺に比べたら、今の俺は本当に別人に
思えて来るよね。ゲームの世界でも心と言う物は確と胸に宿り受け
継がれて行く物なのだ。
決めた。
俺は魔大陸へ向かおう。
邪神の統べる大陸にもっとも近いとされる大陸。いや、神時代は
魔大陸は人に味方する平和を望む魔族。共に立ち向かった魔族の大
陸と呼ばれている。
だが、紀元前。竜紀時代。
邪神に統一され、圧政を強いられていた大陸とも言える。
736
邪の芽はどこにでもある。
俺の血がそこへ向かえと告げている。
今現在、混沌とした多種族大陸となっているが故に、邪神の影響
アラン
を受け易い大陸の防波堤になろう。
かつて英雄が北からの進行を阻止した様に。
◇◇◇◇◇
ローロイズの港町。大国の域へは踏み入れないまでも、海に面し
たお国柄貿易が盛んに行われているので様々な物資が流入し賑わい
を見せている。
洗練された街並というよりは、魔大陸から来た行商人や観光客が
737
わんさか道中を賑わせており、活気づいた良き未来を想像させる。
それも、最近ローロイズ王室では王位継承第7位のエレシアナ・
ケイト・アルバルトが王位を継ぎ。そのカリスマ性と広く世界を見
て来たその経験で港町に自由貿易・自由市を気付き上げたのだ。
国防の都合上と歴史背景から、過剰なまでに貿易を厳しくし、関
税を毟り取っていた昔のローロイズは見る影も無い。
せっかく海面していて、他の大陸と近いと言う他諸国には無いメ
リットを持ちながら、国防費を大量につぎ込んだ飛竜騎士団は腐ら
せていた。だが、空の魔物に対しては無類の強さを誇る飛竜騎士達、
国を挙げての飛竜船での貿易からスタートし、警護やらなにやらで
トントン拍子に事が進んだ。
安全面で保証されていて、尚かつ新しい顧客がいる大陸に目を付
けない商人は居ないだろう。
人がどんどん集まって来て港町の商店街はあっという間に拡大し
て行き、観光名所の一部となった。
もちろん、リアルスキンモードプレイヤーもこの機会を逃すはず
が無い。今まで渡航が困難だった大陸からの素材や商品が集まって
来るので、生産職が目を付け我先にと工房を開き、それに伴ってプ
レイヤーもわらわらと。掲示板では商業アップデートと呼ばれてい
る。
738
◇◇◇◇◇ ※視点がかわります。
﹁すごい活気ね。ビクトリアでもこんなに人居るかしら?﹂
﹁あの街は辛気くさいですからね⋮﹂
ローロイズの港町の商店街を人ごみを避けつつ俺達二人は歩く。
釣王は生簀を見に行かなきゃと言って俺達を降ろしたら即行大海
原へ。やまんは魔大陸へ向かう絶好の機会だと言わんばかりか、そ
のまま釣王の船に便乗して行った。
すっかり北の大地で雪崩から助けた時と別人の様な顔つきに変わ
ったやまんを見て、目的が出来たんだろう安心した。
英雄の目つきってカッコいいね。
人は変わって行く。邪神を倒すという目つきから脅かされた人々
を守ると言った目つきになっていたなぁ。
女神様のご加護があります様に。
﹁それにしても、そのデカい十字架、何とかならないの? ドスン
ドスンうるさいんだけど?﹂
横目で俺を見ながら少しずつ離れて行くマリア。
仕方ないだろ。
再契約というより、物理攻撃力・防御力を求めた結果。
739
オースカーディナル
誓いの十字架は更に重たくなった。
海底の岩盤を踏み抜く程にな。
ぶっちゃけ馬鹿でかい十字架を背負っている事に増して、足音が
ドスドス響くのだから、周囲の視線が偉い事になっているのは重々
承知である。
仕方ないのです。
これが枢機卿の試練なのです。
早い所、ビクトリアへ向いこの十字架を納めないとな。
マイハニー、寂しそうにしているんだろうか。
ビクトリアにはGoodNewsのギルド本部が作られている事
はすでにセバスからの通知で判っている。
その本部の中には俺専用の大聖堂が作られているらしく、その不
可侵領域に運命の聖書は安置されているらしい。
セバスに任せて良かった。うむ。
﹁あら!? クボヤマ神父じゃない! ずいぶん久しぶりね﹂
商店街の中でも大通りに面していてそこそこデカい建物の前で呼
び止められる。振り返ると茶髪フィッシュボーンのメガネ美人がそ
こにいた。
﹁まさか、キヌヤさんですか?﹂
﹁そのまさかよ∼! あの時はありがとうねクボヤマ! お陰で売
れに売れて今ではブレンド商会の服飾部門部長よ!﹂
740
店先で急に手を握られてぶんぶん振られる。
俺の身体は最強に重たいはずなのに、何故だかその重みは俺しか
感じない。
凄くしっかりした作りの看板を見てみると﹃呉服屋キヌヤ﹄と書
かれていた。
俺には下着専門店だった頃の記憶しかないが、大分成長したもん
だな。
リアルスキンプレイヤー勢が増えまくったお陰で、こういうゲー
ム内生活面での品質が大きく成長している。
俺もボクサーパンツ愛用してるよ。もちろんキヌヤ製な。
北の大地はあまりそう言う製品が出回ってなかったお陰か、かな
り初期型の飾り気の無いボクサーパンツだが、聖職者として変に着
飾ると言うのもね。
﹁え、クボ! キヌヤ呉服店っていったら流行の最先端をいくお店
よ! なんで知り合いなのよ!﹂
状況を知らないマリアが驚いた様にしている。
﹁あら、新しいシスターさん? いつも連れてた彼女はどうしたん
ですか?﹂
﹁別に連れた訳じゃないですが、彼女は私の同僚です。様があって
北に行っていたものですからね﹂
エリーは少し前に精霊魔法の修行に出てくると知らせが着てから
741
音信不通である。まぁ彼女も彼女で頑張っている事だろうし、マリ
アも衣服を見たがってそうなので冷やかしがてら寄って行こうか。
﹁最近のトレンドは、高耐性付きの衣類ね。お洒落も出来て、その
まま狩りデートにも行ける優れものよ﹂
そんな事を力説されても、狩りデートとか行きませんから。
購入者はノーマルプレイヤーが多いらしい。
狩りに出会いを求めるのは間違っている!
すっかりノーマルプレイヤーもリアルスキンプレイヤーの恩恵に
あずかる今日この頃なんだな。
と、思いつつも。
ノーマルプレイヤーはスキルレベル制なので、生産職へ常に一定
の品質の素材供給を賄っているんだから上手く噛み合ったもんであ
る。
ま、品質が散けないって大事だよね。
﹁クボ! これはどうかしら!?﹂
興奮しながら試着室から出てきたマリアの服装は、黒の網タイツ
と光沢のある銀装飾をあしらったミニスカートボンテージにヘソ出
しルックのなんて言うか知らんがボンテージ系の谷間を遺憾なく見
せつけたエロい服。
へー。谷間の所が十字架みたいになってるのね。
っておい。
742
何でボンテージあんの?
シスター用のフードもいつの間にかボンテージみたいな光沢を放
っている。フードから漏れるパーマがかかった長い金髪が更に妖艶
さをかもし出していた。
尼さんが妖艶さを出すっていう何とも言えない状況である。
﹁きゃー! 流石キヌヤだわ! 私の好みにピッタリね!﹂
﹁あのキヌヤさん。なんでボンテージなの?﹂
﹁あ、知らないの? エンチャントスキン・ボンテージよ﹂
似合う奴に似合う物を作る事が出来て爽快といった表情で笑うキ
ヌヤ。
生産職の鑑だとも言えますが、シスターなんだってば。
いや、似合ってるんだよ。
似合ってるんだけど、ある意味さっきまでのマリアと一緒で、隣
を歩くのが憚られるタイプなんだよな。
これでまた町中でドスンドスンやめてって言われた日には、とて
つもない感情が押し寄せて来そうだ。
﹁魔導士さん、私もボンテージにしようかしら﹂
﹁うんにゃ∼、君にはその紅色のドレスが似合ってるゼ☆﹂
743
﹁あらありがとう。ならこれにしようかしら?﹂
﹁下着コーナーにも行っとく? 行っとくぅ∼☆﹂
紅色のこれまた妖艶なドレスを着たジト目系美人が、そのジト目
で此方を見ながら彼氏と思われる男と話していた。
それにしてもあの紅色のドレス。
ほぼただの布じゃないか。
﹁あのドレスが気になります∼? アレは私が腕によりをかけて制
作した灼紅のドレスよ! 火竜の羽膜を使ってエンチャントしなが
ら織り込んでるから炎耐性が最高水準よ! かつ美しい! 着こな
せる人材が来店してくれて良かったわ!﹂
満面の笑みでお会計する場所へと向かって行くキヌヤ。
どうしようか。冷やかしって最初に言ったけど。
ガチで冷やかしなんだが。
そもそも俺、あんまりお金持ち歩かなくて済んできたから。
飯代くらいしかないんだけど。
744
﹁⋮あ、請求先は現法王のエリックでお願いします﹂
745
ローロイズへ︵後書き︶
世界情勢。という形で運営から公式NEWSとしてHPにて発信
されています。
︻ローロイズの王政が安定し、自由貿易・自由市が開かれる様にな
りました︼
︻これに伴い、アラド公国のブレンド商会が傭兵の国と提携した護
衛付き観光竜車事業を展開。誰でも簡単にローロイズへの旅が可能
になりました。料金の方はまだ未定ですが、自由市にはさっそくキ
Agricultural
reform
ヌヤ呉服店とグランツ道具店、全国農業改革ギルド・通称NARG
︵National
Guild︶が連ねています。海洋研究ギルド﹃遠洋﹄は先んじて
ローロイズ周辺の海域での活動に準じていた為、女王陛下から西海
域保安の称号を賜りました︼
と、こんな感じに。
西海域保安は海竜王女リヴァイアサンの称号獲得の為の足がかり
です。
大王イカのテイムもこの称号の影響です。
やまん視点編終了です。
書きたかった事は活動報告に書いてますが、上手く書ききれなか
ったので消化不良です。
これからは神父視点になります。
ですが、他視点ももちろん出てくるので、その際は視点がかわり
746
ますと明記します。
747
王宮にて
ローロイズの王宮に向かう道中、送迎の馬車の中からリアルスキ
ンプレイヤーの個人経営店が幾つか見えた。
黎明期プレイヤーの生産職の多くは、アラド公国のブレンド商会
に助けられた点が多かったと思うが、人口も増えた今ならば独り立
ちするプレイヤーも少なくないようだ。
シェアは圧倒的にブレンド商会の勝ち。
流石﹃神と対等に取引する男︵自称︶﹄である。
名実共に、神父のロールプレイヤーから本当の神父になってしま
った俺は、いつまでもハンターカードとアリアペイを懐に腐らせた
ままだ。
まぁ、この旅が終わればまた皆で旅が出来る時が来るだろう。
やりたい事は沢山ある。
生産職は俺の中でやってみたいランキング第1位だ。
だがしかし、エンチャントとか魔力が必要な技術がある時点でハ
ードルかかなり高い訳だ。
はぁ、結局廻り廻って隠居したい。
そう言う思考に落ち入ってるから白髪が増えるのかもしれないな。
で、さらに白髪が増す原因なのが、今向かっている王宮で待ち構
える女王エレシアナなのである。
748
正直良い思い出が無い、グリモワール魔法学校にて毎度の如く嫌
みを言われていた記憶しか無いぞ。
気になる所は、何故そこにユウジンがいるのか。
剣聖と呼ばれ武術指南をしているのか。
﹁はぁ⋮﹂
﹁何溜息ついてるのよ? 隣にこんな美人シスターが座っているの
に﹂
最近より自己主張が激しくなったマリア。
まぁ毎度の事なので簡単に受け流す事にする。
﹁私は以前、魔法学校に通っていたのを知っているでしょう?﹂
﹁出会った頃ね。あの時は心配したんだから! 私だって、は、初
⋮﹂
急に顔を赤くするマリアを余所に説明を続ける。
﹁現女王のエレシアナ・ケイト・アルバルトも同じ学校で同じクラ
スだったんですよ﹂
﹁貴方の人脈もここまでくれば笑えてくるわ。王族と御学友だった
なんて﹂
その学校生活で仲睦まじい関係を築けていたら、どんなに楽だっ
た事か。
749
﹁当時、王族の間でも私の名前は知られていたらしくて、明らかに
名声狙いで私を勧誘しているのが目に見えていたのでお断りしてい
たんですよ﹂
﹁⋮まぁ、そう言う事もあるわよね﹂
当時の彼女は何かに取り憑かれた様に焦っていた。瞳もその地位
の高さから周囲を見下ろした様な態度。
その時から、俺はNOと言える神父をやっていたわけさ。
思えば、インテリジェンス武器を作る事に躍起になっていた時期
だった。結果的にそれは叶わず、変態共の巣窟でエリック神父にボ
フォルトナ
コボコにされたり、腕が消し飛んだりするだけだったが、結果的に
聖書さんは運命の聖書に生まれ変わった訳だし今さら何も言う事は
ない。
強いて言うなら久しぶりに彼女に会いたい事と、如何にして謝る
か。
それが最重要課題である。
こんな王宮、社交辞令でさっさとおさらばじゃい。
また皆でバーベキューがしたいのである。
フォルも顕現させて皆でバーベキューしたい。
このゲームにバーベキューしに来たのかと問われれば、少し悩む。
セバスの料理は美味い。
それを越えるのが美食プレイヤーのケンとミキである。
750
話が蛇足したが、王宮の門を越えたのでそろそろ到着する頃だな。
上からは謁見の許可は取っているから一度言って来いとしか聞い
ていない。
いや、上と言ってもエリック神父しか今の直轄の上司と呼べる人
物は居ないのだが、毎度無理難題の様な事を言って来るので苦労す
る。
まぁ、それだけしか言われてないから、ローロイズ側から何か通
達があるんだろうな。俺は伝書鳩かよ。
﹁クボヤマ様。あの頃は⋮私が魔法学校の生徒だった頃は、大変ご
迷惑をおかけしました﹂
顔合わせ早々、女王陛下に謝られる。
751
空気感が重いよ!
跪いている俺よりも更に頭を低くして謝る姿は、至極土下座に近
い。
空気が重い理由は、彼女がそれを裏でこそっとする訳でもなく、
謁見最中の大臣やら家臣やらが大勢居る前で行ったからだ。
王族が、一介の神父に向かって頭を下げる。
その行為がどれだけの事を意味しているのか。
王座の隣で立つユウジンが爆笑を堪えてる姿が見える。
彼の目力が増し三白眼化している時、一件怒っている様に見える
が実はこれ、笑い堪えてる姿なんです。
そんなユウジンの顔を見て、顔を真っ青にしている女王の腹心達。
これは、あらぬ誤解を産んでいる気がする。
誤解も何も、王族が頭を下げているのは事実な訳で、ここをどう
切り抜けるかがローロイズを無事に抜けられるかどうか運命の分か
れ道なのかもしれん。
﹁無礼者!!! 女王陛下が頭を下げているというのに!!!﹂
一人の男から声が上がる、贅肉でぱっつんぱっつんにした服をプ
ルプルさせながら怒り心頭だ。何かに指示する様に腕を振るう。
﹁この神父を捉えろ! 女王陛下、陛下も王族としての心構えがな
っておりませんぞ! ここはローロイズ男爵が一人、ボンレス・ク
レハムが対応しましょう!﹂
752
声と共に、控えていたであろう兵士が謁見の間に入って来る。そ
の鎧の胸には男爵家の物と思われる紋章が刻まれていた。
﹁お、俺。神父に手を出した事無いぞ⋮﹂
﹁俺だって尼さんに手を出すなんて⋮﹂
小声でそう聞こえる。じりじりと近寄っては来ているが、それは
警戒しているのではなくお前がいけよとなすり付け合いが起こって
いるようだった。
ダチョウ倶楽部かお前ら。
聖職者ってこの世界で本当に大事にされてるな。ビクトリアが聖
王都と呼ばれてそこまで特産物も無いのにこの大陸のトップ5に入
る由縁も判る。
﹁さっさと行かぬか!﹂
クレハム男爵からの喝が飛ぶ、まぁそう言いなさんな。
この兵士達は救ってやらなければならない。
﹁顔を上げてください、女王陛下﹂
まずは元凶であるこの女からだ。
でもその懺悔、赦そう。
巨大な十字架・オースカーディナルを俺は背後に降ろした。
そう、ずっと背負っていたのである。それが誓いだからだ。
シスターズ
そして聖書を浮かせる。
753
﹁貴方の懺悔は女神アウロラに届いています。貴方の罪は全て赦し
ます。どうか顔を上げてください﹂
ドワーフの時よろしく。神の如き赦しである。
後命名された。
本来ならば、クロスたそを神に見立てて浮かべて、聖書さんをパ
ラパラとまるで神様がそこで聖書を読んでいるかのように見せかけ
る技術なのだが、今回はそれが無い。
セイントクロス
こんな糞重たい十字架を浮かせられる訳ないので、後ろに据えて、
極々微弱な聖十字。
淡い光を高く放つ巨大な十字架は、まさに神が宿っているようだ。
そしてポイントは俺がめくっているんじゃなくて、あたかも神様
がめくっている様に見せかけるんだ。
神父は神の仲介者であるがゆえ。
﹁感謝致します﹂
立ち上がり、再び礼を言う女王陛下。
光り輝くその光景に、周囲を囲んでいた男爵側の兵士達はひれ伏
した。
そしてその光景を唖然とした表情で見つめる男爵を振り返る。
﹁女神の元に、全てが平等に﹂
﹁は、ハハァアアアアア!!!﹂
754
本物の土下座をする男爵を尻目に、俺はなんとかこの危機を乗り
切ったのだった。
﹁そう言う冗談はやめてくれませんかね﹂
謁見も済み、俺はユウジンのプレイベートルームにて女王陛下に
悪態をついた。いや、もうここでは立場は関係無いので女王陛下で
はなく学友エレシアナと喋っているという感じである。
﹁いえ、私なりのケジメですわ。あの頃の私の目は本当に節穴の様
でしたから﹂
そういうエレシアナの瞳は、過去の他人を蔑む様な目ではなく、
王族としての誇りを感じ得た。ただし、ユウジンを見る時はなにや
ら目の色が変わっている様だが、気にしないでおく。
755
﹁んで、まんまと素行の悪い事で有名だったあの男爵を改心させる
切っ掛けに使われたと﹂
﹁あらやだユウジン様。本当に懺悔の気持ちで一杯でしたのよ?﹂
ユウジンが横から口を挟む。
それに微笑み返すこの女。心の中では絶対にテヘペロしているだ
ろ。
あの後男爵は、俺に大量のお布施を支払うとすっかり綺麗になっ
てしまった瞳で兵士達を労いながら帰って行った。
﹁あの方も根は悪くないんですが、目立ちたがりやで排他主義でう
るさかった物ですから﹂
﹁そう言えばユウジン。なんで王宮にプライベートルームなんて持
ってんの?﹂
﹁私が説明しますわ。以前縁あって助けて頂いて以来、何度かお世
話になっているので、その恩賞も含めた上でユウジン様には王国の
兵士指南役をやって頂いてます﹂
位は剣聖。
王を守る剣という立場だった。側近である。
﹁ああ、位高い方が面倒が少ないと思ったが、やっぱり面倒なんだ
けど﹂
全てを台無しにする様にユウジンが呟く。
756
﹁あらまぁ! ユウジン様、貴方のお仕事は私の傍に居る、ただそ
れだけじゃございませんこと? 本来ならば、王宮での行動には許
可と費用が必要になって来るんでしてよ?﹂
うっ。と痛い所をつかれて頭を抱えてしまったユウジンをそっと
抱きしめるエレシアナ。見たままの感想だけど、ヒモだな。
万人が万人そう言うよ。
ヒモだな。
これが王族の手腕なのか。
腕っ節と下衆さランキングではそこそこ上位入賞圏内に居るユウ
ジンを、見事なまでに外堀から埋めて行き、束縛している。
正直笑ってしまった。
久方ぶりに出会った友人は、大分変貌を遂げていたのである。
着流し浪人スタイルが、かっちりとした服に変わっている所を見
ると。
頭の中は自分の事しか考えていないだろうコイツ。
何から何まで外面を弄られてるなと感じた。
﹁このビクトリアとの通商条約の合意書は、私が責任もって聖王都
ビクトリアに届けますので﹂
エリック神父からの勅命は、この合意書を送り届ける事だった。
ビクトリアって本当に神官以外なんにも居ない所だけど、一体何
を通商するんだろう。
757
﹁後、是非とも護国竜に会って行かれてはいかがでしょうか?﹂
そうだ。
邪神について手掛かりになるかもしれない。
﹁はい、是非﹂
俺は快諾した。
758
王宮にて︵後書き︶
エレシアナが登場したのは﹃魔法学校の日常﹄です。
http://ncode.syosetu.com/n4162
cj/34/
忘れている方も居ると思いますので。
759
ローロイズにて
護国竜は緑色だった。
海竜王女リヴァイが青色の竜だとすると、護国竜は緑色の竜であ
る。この理論で行くと、飛竜部隊を束ねる火竜は赤色なんだろうな。
﹃その十字架、言わば教団の闇。早い内に背中から降ろす事だな﹄
王宮から帰りの馬車に揺られながら、護国竜の言葉を思い出した。
オースカーディナル
枢機卿になるためには、北の聖堂で幾つかの試練を受けなくては
行けないのだが、俺が選んでしまったのは﹃誓いの十字架﹄だった。
いや、その時の状況により否応無く選ばされたと言った方が良い
な。
枢機卿を誓う十字架と言う物があるのだが、オースカーディナル
は極めて難易度が高く、その誓約が厳しい物だった。
普通、高難易度クエスト程そのリターンは大きくなって来る。だ
がしかし、教団のクエストはハイリスクてもノーリターンが多い。
理由は、教団だからと言われればそれまでなのだが⋮⋮。
とにかく、その当時は空いているポジションは﹃特務﹄と呼ばれ
る地位しか無かったらしい。
何だそれは、急遽作られた様なポストだな。
そして、特務枢機卿は﹃オース・カーディナル﹄を持つ聖職者に
760
しか与えられないポストで、歴代でも一人しかその地位に就いた事
はなかったらしい。
枢機卿よりもランクを落とせば、資格はありつつもそこそこの地
位に就けたのだが、当時は時間が無かったからな。馬鹿な事に、力
を九割程捨てていた俺に一番必要な物がその契約による力だったか
らだった。
そんなこんなでこの糞重たい巨大な十字架を背負うハメになった
のだが、確かに、この十字架のみ、何かと戦う為に出来た十字架と
言った風なのだ。そのため、力を使う度に過剰な負荷が襲う。
まぁ、背負ってしまったのは仕方ない。
無駄に重たい十字架を背負って復路を乗り越えて、無事大教会に
納める事でその一時的な契約は切れる。
特務枢機卿も一時的なポストな訳で、他のポストが空けばそっち
に移れば良いと考えている。
﹁教会の、闇ですか⋮⋮﹂
﹁⋮上に上がれば変人になるか、腐敗するかよ。どこも一緒だと思
うわ﹂
俺の呟きに、マリアもポロっと言葉を漏らす。
それは知っている。
教団の名を利用した不正がまかり通ってる事が良くあった。名前
を利用した力技でどうにかなる時もあれば、その闇が意外と深く、
下手につつけば余計な事になりかねない状況もあって歯噛みした事
761
もある。
色んな人の力を借りなければ何も出来ない北への道中だった。
﹁トップがあの人でも、教団は一枚岩ではないですからね。ただ、
時代が進んだ時、教団の未来はどうなるのでしょうか、心配でもあ
りますね﹂
﹁老人が上にしがみついてるのがいけないのよ⋮。あなたも私も、
異例の出世だわ。最初は感激したけども、どう考えてもこれからの
風当たりが心配よ﹂
そう、エリック神父の事だから。
特権を無理矢理使った可能性がある。
例えどれだけの敵が教団内に居ても、エリック神父の地盤にヒビ
は入らないだろうが、そこに俺が愛弟子という形で乗っかってしま
った訳だ。完璧ではない俺には、必ず綻びがある。
こういう自分の隙を作ってしまう様な行動は辞めてほしい。個人
的な教えでさえ、地位的に厳しいはずだ。枢機卿なんて、もし俺が
下手したら監督責任というか、全てを引っ被るのはエリック神父か
もしれないのに。
俺が悪いんだって声を上げても、蹴落としたい奴の矛先は必ずエ
リック神父に向くだろうな。その時は、聖職者を辞してでもエリッ
ク神父の隣に立つ。
いやまず、自分が隙を見せなければ良いんだけどな。俺は意外と
感情的だから自分の行動に保証が出来ないのだ。
762
そうして教会に到着する。
祈りを済ませて宿舎でログアウトしよう。
ログインした。
早朝の祈りで、俺の使っている宿舎の小部屋に魔力を満たして行
く。
魔力を体内でコントロールする事は最早不可能というレベルにな
ってしまっている。結果的に体外コントロールの熟練度を日々向上
させていた。
その恩恵と言っても、オース・カーディナルの誓約である身体へ
の過剰な負荷を少々軽減する程度のハイヒールを常時身にまとう事
が出来るくらいである。
763
オートヒーリング
運命の聖書の﹃自動治癒﹄までは行かない物の、少々無茶が効く
身体は便利である。
海溝の戦いで、誓約を上書きした結果。
一瞬全身の骨が粉々になりかけた時は焦った。
元々INTという魔法技術系の出力、器用値が全くないのだから、
精神値を伸ばしに伸ばしまくるという方針だが、果たして意味はあ
るのかね。
フォール
だが、MIND依存という特性上、降臨は俺の絶対的な切り札で
ある。そして本当の顕現時に至ってのみ、運命の聖書はその特性を
発揮して俺の極小アウトプットを肩代わりしてくれ、尚かつ精神力
依存。
そう魔力共有見たいな形で、発動すると魔力がゴッソリ無くなっ
てしまうのである。精神値を鍛えれば鍛える程、フォルの力は増す。
運命の聖書がどういう効果を持っているのかは未だに判らない。
だって聖書さん時代は、回復役と心のよりどころをしていて貰っ
てたんだ。
良妻とは、見えない所で夫を支える。
そう言うもんだ。
しばらくの間、魔力ちゃんだけと一緒の状態が多かったんだが、
彼女達の立ち位置は変わらない。
フォルトゥナ
聖書さんは、運命の聖書になっても伴侶で。
クロスたそは、例え別居状態になっても嫁で。
764
魔力ちゃんは、俺を支えてくれる良き妻である。
ああ早く降ろしたいこの十字架。
堪らん!
さて、宿舎を出て外出する為に聖堂を通ると礼拝に来ている人が
そこそこ居た。
ローロイズの教会は、石像で作られた女神像がある訳でもなく、
代わりに竜に乗った小さな少女の石像が安置されている。
護国竜が居る国なんだ。
竜関連の神が居た所で何ら問題はない、いやむしろこの石像の竜
は、あの護国竜なのじゃないだろうか。真っ白な石像なので、色合
いが判らないから何とも言えないが、護国竜というくらいだから神
と言うより神格化されているだけなのかもしれないな。
宗教が違うのでよくわからないし、まぁそこで差異を考え出すと
始末に負えない。信者争いなんてするもんじゃない、そこに利益を
求めるなんて、聖職者失格である。命を尊ぶ者が戦火の火種を自ら
起こしてどうするんだと。
他国の宗教論は、魔法学校のレポート課題でもあるので一応纏め
ておくが、余計な事は一切書かないし、学校長以外には渡さない様
にしよう。
立場上、しがらみが面倒くさいのである。
これから先の、という見解もあるが、とりあえずブツクサ文句を
765
言って来る奴が居ない今の状況を楽しもうと思う。
ロールプレイもここまでくればロールプレイと言えるのだろうか。
否定派だったんだが、俺はすっかり代名詞な事は判っているんだ。
ユニークNPCなんて呼ばれている事もな。
さて、ローロイズを早めに出てビクトリアに向かわなければなら
ない状況で、俺は何をしているのかというと。
ユウジンから聞いた情報なのだが、リアルスキンモードプレイヤ
ーの間で通信用魔道具が開発されているらしい。
と言うより、彼の居たグラソン商会がその希少鉱石の提供をブレ
ンド商会と協力して行っていた為、戦闘要因として地味に鉱山へ潜
っていた事が多かったユウジンにもその話は転がって来る訳である。
ローロイズの大通りから少し脇道にそれた場所にある、ジンの魔
モニター
道具屋と書かれたドアがある。今までにも魔道具は生産職プレイヤ
ーの中でも開発されてきた。
メガホン
だが、ノーマルプレイで運営が使っていた様な映像用魔道具や拡
声魔道具を作る事は不可能であった。
完全にオブジェクトだと思われていたし、生産職のプレイヤーが
作る魔道具は、調理器具に魔法処理を施していたりだとか、構造が
簡単なギミックの道具くらいだったのである。
まぁ、メッセージの送受信くらいヘルプシステムで出来るしな。
マップだって言った場所のマップは蓄積されて行く訳だし、そもそ
も道具というより魔法装備や武器の生産に特化して来た背景がある。
766
生産熟練度の為に、浮くだけの浮遊の杖が一時期有名になった。
ハザードが好んで使用していたその杖は、ノーマルプレイ生産職の
間で無属性エンチャントの熟練度に加えて細部の加工も拘れば細部
加工の熟練度も上がるし、本当に本当に極々低確立なのだが、黄金
比職人という称号の獲得にも成功すれば、ノーマルプレイヤーの生
産職としては成功したも同然という風になっていた。
話がそれたが、小ぢんまりした店舗は会計カウンターの上に﹃一
瞬の閃き﹄と達筆で書かれた額が飾ってある。
﹁いらっしゃーい﹂
カウンターの椅子に座った小柄の店主が話しかけて来る。栗色の
髪を持った小人の様な雰囲気。大きなメガネを付けてカウンターを
散らかしている所を見ると、何やら作業中だったようだ。
﹁あ、作業の邪魔をしてしまいましたか?﹂
﹁いいやーそんな事無いよ。今日は何をお求めで?﹂
メッセンジャー
﹁通信魔道具が欲しくて﹂
﹁あ∼それは、作るのに少し特殊な魔結晶を切らしてて、材料待ち
でオーダー依頼だけ受け取ってるんだ﹂
そうなんだ。
最先端の技術って事だから需要に供給が追いついていないんだな。
﹁後、ウチ、オーダーメイドは紹介制なんだ。誰の紹介で?﹂
767
﹁すいません、すっかり忘れていました。これが紹介状です﹂
王宮剣聖の印で封された紹介状を出す。
流石王宮だ、紙ですら高級な物を使っている。
質感が素晴らしい。
﹁ゆ、ユウジンさんからの紹介状!? 一体これをどこで⋮⋮ヒャ
!? こ、言葉遣い失礼しました!!!﹂
紹介状を見た栗色の小人が中身を読んで更に驚いた声を上げた。
﹁いや、そんなに驚かなくても大丈夫です。対応も変えなくていい
ですよ﹂
﹁いえいえ! ある筋では有名ですよ! 貴方は!﹂
﹁ちょっと、どんな文が書かれているんですか? 読ませて頂けま
せんか?﹂
返答より先に、紹介文と俺を目を見開いて交互に見る小人野郎か
ら、奪う様に紹介文を手に取ると中身を読む。
﹃ジンお久。王宮の設備サンキュー。とりあえず古い友達の神父を
紹介したから、コイツに凄い魔道具作ってやってくれ。あと、いつ
もみたいに適当に接客してるなよー、コイツもう枢機卿でこの間の
アダマンタイトを手に入れたやつだし、グランツ商会とブレンド商
会の間も取り持ってるから、本人は大丈夫だが、回りがうるさいぞ。
あと、とにかくシンプルに使いやすく高性能で頼む。コイツ機械音
768
痴だから。良いの出来たらエレシアナもプライベート用検討するっ
てよ。頼むわ。ユウジン﹄
実にユウジンらしさが出る文章である。
俺はそのまま手紙を握りつぶした。
するとその音に反応する様にビクッと挙動する小人。
﹁⋮⋮ハハハ﹂
ニコリと微笑むと、遂には泣き出してしまった。
びっくりして背中を摩ってあげる、だがその時気がついた。
背中をさすってあげると感触があるのである。
キヌヤで売られているスポーツブラのラインの感触が。
こっちの方が衝撃だった。
769
ローロイズにて︵後書き︶
ユニークNPCと呼ばれていた事はすでに昔の事であり、今はロ
ールプレイのブームメントを起こす程の名誉ユニークNPCとされ
ている。
NPCでは断じて無いが、神父トトカルチョスレ住民の一人が﹃
ネタバレしたけどもうユニークNPCでよくね?﹄と発言した事か
ら、スレ住民の数々の思いを込めて﹃名誉ユニークNPC﹄と呼ば
れる様になった。
ネタバレ以降も、神父の動向を彼等は追っており、その行動を推
測してトトカルチョ戦争をすると言う恒例行事に発展して行く。
770
とある魔道具屋にて︵前書き︶
後書きもストーリに繋がります。
※2015/4/15
※感想でのご指摘を受けて一部種族名称を変更致しました。
※ホビ○ト↓リトルビット
771
とある魔道具屋にて
顔が怖い。
高校時代から良く言われて来た事だった。
でも泣かなくても良いじゃないか。
仕方ないじゃないか。
俺も泣いた。
スポーツブラの感触に感極まった訳じゃなくて、とにかく人の顔
を見て泣く少女を見て、自分の境遇を思い出して泣いたのである。
﹁⋮グス。そんなに泣かないでください﹂
マジで、こっちまで悲しくなって来るじゃないか。
ああ、嫌な記憶を思い出してしまった。
コンビニで弁当を温めてもらっていた頃。店員が手を滑らせて温
めた弁当を落としてしまった。
弁当を落としてしまった女子高生と思わしき店員に﹁え、なにし
てんのマジで?﹂と、ただそれだけ言っただけなのに、その女子高
生は泣いてしまったのである。
俺も帰ってから泣いたね。
﹁な、何故泣いているんですか⋮?﹂
772
ヒューマン
涙に濡れた俺の目を同じ様に潤んだ瞳で見つめかえして彼女は言
う。
黒目が大きいな、本当に人種なのか。
﹁悲しいのです。あなたが泣いている事が⋮﹂
﹁⋮ふぇ?﹂
俺の一言に対して、少し紅潮する彼女。
アレだな泣いてるのが恥ずかしくなって来たんだな、そろそろお
互い泣くのは辞めよう。生産性が水分と塩分くらいしか無い。
﹁さぁ立ってください。在庫が無いからと言って、私は怒ったりす
る様な輩じゃありませんので﹂
椅子から崩れ落ちる様に泣きを入れた彼女の手を引っ張って椅子
に座らせる。そして水筒に入れていたお茶を飲ませる。
﹁おいしいです﹂
﹁旅で北に行っていたのですが、途中美味しい紅茶を紹介して頂き
ましてね。タイムブレイクティーと呼ばれて、産地ではこの紅茶を
飲む為だけに休憩時間を設けている場所もあるそうですよ?﹂
そして超高級なのである。
それは内緒。
高級茶を水筒に入れて持ち歩いてるのはマリアには内緒である。
だけど、彼女も経費を酒に使い込んでるし良いよな。
773
今回も教団の皆様へのお土産として北の超高級紅茶を買って、こ
っそり作って水筒に入れておいたのである。
因にこの紅茶と紅茶を入れた水筒が俺の空間拡張スペースをかな
り消費している。精神修行で少しは伸びたと言っても、本当にちょ
っとだけしか強化されていないので相変わらずカツカツの状況でや
りくりしている事には変わりない。
その大部分は紅茶を入れた拡張水筒と、着替えと夜営セットなの
だ。
もはやスペースは無い。聖書なんて基本的に胸ポケットだし、ク
ロスは背負っている。なにより空間拡張の中に空間拡張できないっ
て厳しいよ。
お陰で紅茶はしばらく持つ。だが、容量を節約しなければならな
くなってしまった。恋文の様な見るだけで顔が赤くなる様な文章が
書かれたケータイ用の画像を収集する癖を持っていた姉を思い出す。
﹁パソコンが動かないんだけど∼、どうにかして∼﹂と、言って
いた。単純な話、ハードディスク一杯まで画像を収集するなんて頭
おかしいだろ。バカジャネーノ。
俺はその点、きっちり容量半分で紅茶を納めてるからな。
飲めば減るし、その点抜かり無いのである。
紅茶を飲んで落ち着いた彼女は、改めて自己紹介してきた。
﹁すいません取り乱しました。改めまして、ジンの魔道具屋の店主
をしています。ジン・クルという名前でRSMをプレイしています﹂
774
﹁あ、どうも。クボヤマです。見ての通り聖職者です﹂
﹁いつもユウジンさんには色々な販路を融通して頂いて助かってい
ます﹂
ミゼットヒューマン
聞いた話によると、彼女自身は人種小人族と呼ばれているらしい。
RIOの世界で良く聞く逸話がある﹃ドワーフには剣を打たせてミ
ゼットには細工をさせろ。そしてリトルビットは旅に出る﹄と言う
物だ。
何が言いたいのかさっぱり判らないが、酒場で良く話の例えに上
がっている言葉だったりする。﹃そしてお前の小人は夜中どこへ旅
立つ﹄と言って話の落ちにして笑うというのが恒例の様だった。
下ネタかよ。結局。
メッセンジャー
﹁通信魔道具はどれくらいで制作できるんですか? 材料が届く期
間も含めてです﹂
﹁ああ、それはマチマチなんですが。大体リアル時間で三日後くら
いですね。ブレンド商会の竜車搬送はかなり早くて便利です﹂
飛竜搬送は、種の数が少ないのと船を浮かせる為の浮遊石が高価
でかなり高額になるそうだ。それこそ、国がお金を出すレベルじゃ
ないと録に運用できない程。
その点走竜での搬送はコスパがあまり掛からない。まず竜車は馬
車を流用して作る事ができ、飛竜船の様に浮遊の魔法石が必要ない
からである。
そして餌代もあまり掛からないからな。
775
これは経験談である。
空の王者と呼ばれた飛竜は意外とグルメだそうだ。
その点、ウチのラルドなんて適当に良さげな魔物を平気で貪るか
らな。
だが、セバスの料理を長い間食っていたからかなり舌は肥えてい
る事が予想できる。でもその分、良い物を食べているから他の竜種
より体つきは一回り大きくなっている訳だ。
ひょっとして、飛竜種の強さって身体にいい物を食べているから
なのかもしれないな。ほら、爬虫類って死ぬまで成長し続けるって
言うじゃん。
あと、魔大陸に渡って行ったやまんの話を思い出す。
北の食べ物を食べて生活していたらいつの間にか北方人種になっ
て、今では完全に雪山族の体つきになってしまっていた話。
良くあるRPGは転職という物があるが、こっちでは進化か。
エルフになってしまったエリーの耳も、確かに兆候はあった。
﹁三日ですか⋮。申し訳ないですがご依頼はまたいずれこの国にき
た時にします﹂
明日にはローロイズを立って魔法都市を目指す予定だったので、
確実に帰って来てから受け取りますは出来そうにない。
とてもじゃないが、聖王都からローロイズまでリアル時間3日で
往復するなんて無理だしな。あちこち寄るのでもっとかかる予定だ。
﹁そうなんですか、残念です。あ、あの! また来てくださいね。
776
材料取り置きしておくので!﹂
﹁いえいえ、そこまでして頂かなくても。不良在庫になるかもしれ
ませんよ﹂
﹁いえ、クボさんの依頼断ったら良くない事が起こりそうなので﹂
﹁いや、そんな事無いのですが﹂
妙な先入観を抱かれてしまった様だった。
ユウジンめ、後でなんと言ってやろうか。
フケ
だがまぁ、確かに今の状況を省みると、要するに自分の雲脂が相
手にパラパラ掛かる状態だな。それは嫌過ぎる。
マジで嫌過ぎる。
改めて身の振り方を考えていると、店のドアが開かれる。
﹁ジン、ここに神父来てるか∼?﹂
﹁あ、ユウジンさん。ご無沙汰してます!﹂
入って来たのはユウジンだった。
﹁ん? お前どうしたんだ。いつもの剣聖の礼服じゃないけど?﹂
﹁これがいつもだアホ﹂
短く答えるユウジン。
そう、懐かしき着流し浪人姿である。
777
腰の帯刀もあの頃とそっくりだ。
﹁ユウジンさん、今日はいつもと服が違いますね。どうしたんです
か? オフなんですか?﹂
﹁そうだな。剣聖をしばらく辞めて、クボ、またお前と旅する事に
するよ﹂
店内に並べられている商品の感触を確かめながらとんでもない事
を口にした。せめて質問したジンに返してやれよ。
ほら、涙目じゃないか。
また泣くぞ。
﹁いやいや、どういう事だよ。主旨を言えよ⋮﹂
﹁ああ、これはジンにも関わる事だからな﹂
ユウジンは、涙目になったジンの頭を撫でてあやしながら言う。
端から見ていると完全に近所から道場に習いに来た子供をあやして
るみたいだな。
﹁最果ての採掘場が何者かに襲われたらしい﹂
エレーシオの鉱山から連なる山々を西へ向かうと山脈の端にたど
り着く。ローロイズにもっとも近い鉱山とされているそこが、最果
ヴァルカン
ての採掘場と呼ばれている。
因にこの鉱山帯は鍛冶神の神殿が直接奉られていた︵過去形︶の
で、鉱石類が豊富に穫れる。
778
と、言うか結構前に神鉄とれたしな。
死にかけたけど。
その採掘場が何者かに襲撃されて、占拠されてしまっているらし
い。そのお陰で鉱石の納品も遅れてしまっているらしい。このまま
だと三日どころか1ヶ月近く待つ事態になるかもしれんと。
他から鉱石を供給する事になるので、価格も割高になってしまう
だろう。
﹁なに? まさかそこに行けと?﹂
﹁そう言う事。ついでに材料もただで貰って来ようぜ﹂
容易に想像できるし、この男の魂胆も紹介文からも察する事がで
きる。
エレシアナの分も作る気だろ。
﹁いや、俺は中央聖都ビクトリアに向かわないと̶̶﹂
そう言いかけた俺の肩に組み付くユウジン。
耳元でボソッと言う。
﹁少しばっかり込み合った事情がある。邪神に関係する事だ﹂
﹁マジかわかった﹂
邪神というワードを耳にして、俺は即断する。
最果ての採掘場に行かなければならないと。もうアレだ、邪神関
係は潰しておかなければならないと思う。
未だ英雄の存在は全く持って判らないのだが、やまんの時の様に
779
運命と言う物がトラブルを運んで来るのだろう。
薄々そんな気はしているんだ。
薄々、薄々、誰がハゲだって?
まだ禿げてねーよ。
﹁おまえ白髪増えたな!!﹂
﹁帽子返せよ!﹂
悩んでいると、俺の脳内を読み取った様にユウジンが帽子を奪い
さる。そんな子供並みの冗談に割と本気で憤慨しながら狭い店の中
をドタドタと出て行く俺達。
﹁あ、ジン。お前は心配しなくてもいいぞ。とりあえず魔道具は依
頼だけ受けて制作は一旦中止にしておいた方がいい﹂
﹁あ、ちょっと! でも!﹂
﹁あ、心配しなくて良いですよ。材料を持ち帰ったらいの一番に作
ってくださいね!﹂
﹁あ、そう言う事じゃなくて∼!!﹂
閉められたドアの奥から﹃あ、が多い!!﹄と意味の分からない
声が聞こえて来たが、回復職である俺が居るから小林○薬いらずで
ある。
少し気分が高揚しているのは、ユウジンのこういうノリに合わせ
るのが久しぶりであるからと、また彼との二人旅にワクワクしてい
780
るからである。
そうして俺達は、この勢いのままでろくな準備もせず竜車に乗り
込み、後々苦労するハメになるのである。
先ず始めに、乗った竜車が南へ向かってしまった事が最大の失敗
であろう。
781
とある魔道具屋にて︵後書き︶
だが、採掘場行きの竜車に間違わず乗る物が居た。
いつも掛けているメガネは、度の入ったゴーグルタイプ。
小洒落たブラウスにチョッキを来てよく男と間違われるのでたま
のお出かけにはスカートをはいてたが、今回はツナギである
﹃生産職は、物の原点を知ってこそ、真価が判る﹄
別ゲーのVRMMOにて、師匠に教わった言葉だ。師匠とはRI
Oの世界でまた会おうと言って別れてから再会していない。師匠は
変な縛りプレイを好むが故に、このリアルスキンモードの有るRI
Oの世界では、お互いが偶然出会うまで再会禁止と定めていた。
私もそこそこ生産職として名を広める機会だ。
剣聖である彼と出会えたのは運が良かった。
でも鍛冶に携わる彼なら判るだろう。
彼も鉄を山にわざわざ取りに行ったとか。
そう、生産職は素材集めもまた重要な要素なのである。
どんな場所で、どういう所に、どういう具合に素材が転がってる
かなんて、素人には判らない。
最高傑作を作るには、己が危うい状況になったとしても、自分の
目で納得の物を掴みに行かなくてはならない。
私のポリシーを守る為に。そして。
782
あのダンディイケメン神父様に、私の最高傑作を作る為に。
783
イカレタ馬車上の戦闘
﹁なんで間違えるかな⋮﹂
違和感を感じたのは、景色が湾岸から一切変わらなかったからで
ある。迂回して回り道を通っているのかと思いきや、まさか逆方向
に向かっているとは、男二人だけの空間で懐かしい話に花が咲いて
いたのもまた一因である。
﹁いや、ぶっちゃけノリで乗ったけどよ。観光竜車なんてあると思
わなかったんだよ。文明開化早過ぎだろ﹂
この着流し浪人スタイルの男、この国の中枢に食い込んでおきな
がらやはり頭の中はひたすら自分の事ばっかりだったらしい。で、
結局飛竜の卵はどうなったのかと言うと、未だ切っ掛けは掴めない
らしい。
﹁魔力に変わり闘気で育てたと言うが、鬼闘気って自分で呼んでる
んだから、竜が産まれるとは思わない方が良いかもな﹂
﹁⋮たしかに。ってか、剣鬼って二つ名がついてから、必然的に剣
技に鬼と名前がつく様になったな﹂
冗談の一言だったのだが、思いのほか真に受けてしまったユウジ
ン。ノーマルプレイの攻略でも武術職は、魔力では無く闘気と言う
物を使いスキルを使う方式になっているらしい。
アップデートと呼ばれる物が行われる度、この世界にはなんだか
んだ色々な呼び方と使われ方をされる不思議な力が出来ている。
784
魔力、法力、闘気。
宗教とも密接に関わっていたりするのだが、その辺りの匙加減は
人それぞれである。武道もまた、宗教に近い様な物である故に。
ヒール、ハイヒール等の回復は基本的に法力と呼ばれる力を使い。
アクアヒールやナチュラルブレッシングは魔力を使う。
快気法は闘気。
回復スキルだけでも、種類は沢山ある。最近仕入れた知識と言え
ど、俺はそう言う情報に後手だと言う事を加味すると、またアップ
デートで呼び方が変わっている、もしくは、新しい物が増えている
かもしれないな。
謎だ。
運営の考えてる事はわからん。
話は脱線したまま少し戻るが、鬼闘気とは闘気の更に上位スキル
という立ち位置に落ち着いている。鬼の名を冠する事で心より鬼が
目覚めるという。
エグい性格とか、彼は元々心に鬼を飼っていたのだろうな。自身
に対しても鬼の様に厳しい、そして自身の門下生にも鬼の様に厳し
い師範と恐れられている。
そして本筋に話を戻すと、てっきり俺達が向かった竜車乗り場に
は、最果ての採掘場行きしか無いと思っていた。だが何故か観光用
の竜車がたまたま停車していて、どうせ乗るなら少し高級なのにし
ようとか言う金の亡者的考えから、観光用に作られた質のいい竜車
に乗り込んでしまったという訳だ。
785
で、なんか風が気持ちいいなと思っていたら、景色はずっと海を
映していてローロイズの海岸線沿いに南に少し下って来てしまった
という事になる。
あれ、これマズくね? と気付いてから降りた時には、そこそこ
な距離を移動してしまった。だが、出発したのが昼前であったから、
まだ間に合う。
﹁そう、誤差の範囲だ﹂
﹁そう言うのは、無事に採掘場に着いてから言え﹂
そう、絶対何かあるだろ。
このままハプニングが続くと、とんでもない展開が待ち受けてい
る。そんな気配がビンビンに漂って来ていた。
﹁あ、あのキャラバンに同乗さしてもらおうぜ﹂
﹁なんだか物々しくない?﹂
巨大な黒い馬に牽引される何の革を使用してあるのか判らないが
光沢のある巨大なキャビン。筋骨隆々の黒馬は、その巨大なキャビ
ンを三つも連ねて進んでいる。その姿はまた異質である。
﹁かなりの速度だから、これで巻き返せるぞ? おーい!﹂
786
そう言いながら馬車に向かって手を振るユウジン。
そして、馬車は俺達の前に停車した。
手を振ったユウジンに対して、御者席の男はどこまでも無表情だ
った。そして黒馬を止めると降りて来てキャビンの後部ドアを開け
る。オースカーディナルをキャビンの上に積み込むと、ユウジンと
馬車に乗り込んだ。
一番先頭を走っていた馬車は、人が乗れる様にされており、薄暗
い明かりの中でジッと座っている先客が居た。この馬車の護衛なの
だろうか。
いや、護衛だとしたら、外に一人も居なかったのがおかしいな。
あの筋骨隆々な黒馬なんだ、低レベルの魔物は近寄りもしないだろ
うな。だとすれば、俺達と同じ様なと途中で乗せてもらった人達で
ある。
それにしても、皆寝ているのか。
薄暗くて表情が見えないが、そこそこ広めに作ってるとは言え、
キャビンの中は空間拡張されていない限り、そこそこ近い距離感な
んだが、全く言葉がないこの状況が更に異質に感じる。
不気味過ぎて今すぐ下車したいのだが、既に馬車は走り出してい
る。
この馬車、一見丈夫に作られていて高級そうに見えるが、椅子は
堅いし揺れはダイレクトにケツに来る。乗り心地が凄く悪い。
﹁おい、なんかおかしくないか?﹂
﹁しっ。聞こえるだろ。しかし、窓が無いって言うのが辛い。これ
787
は本当にローロイズの停留所まで向かってるのか?﹂
﹁人が乗ってるんだから向かうと思うけどな。とにかく息苦し過ぎ、
おまえなんか話掛けろよ﹂
﹁この状況で? 馬鹿言うなみんな寝てんだろ﹂
おかしいどころか、不気味だっつってんだろ。
窓すらないキャビンの閉塞感に息が詰まると同時に、不安も出て
くる。
そしてユウジンがおかしな事を言い始める。
﹁いや、だとすれば皆目を開けたまま眠ってる事になるぞ﹂
ユウジンの視力はとんでもないくらい良い。して夜目も聞く。圧
倒的ステータスの下地に彼自身の努力の結晶でもある。コイツのス
テータスって今どのくらいなのだろうか。
デモンゴーレム
以前、悪魔鉱人形・アダマンタイトのぶん投げをまともに喰らっ
ても死ななかったコイツの生命力は、ゴキブリ並みにしぶとそうで
ある。
そんなことより、目を開けたままってどういう事だよ。
ああ、怖い。
聖書さん聖書さん。
シスターズ
そして聖書を胸元から取り出そうとした俺の右腕をいきなり掴む
物が居る。
788
一瞬だが身体が硬直した。
ビビらせんなよユウジン。
だがしかし、ユウジンは俺の左隣に座っているのである。
キリキリと首の関節が動き、俺の視線は右を向く。
ただ一線に一線に俺の目を見た男の乗客が、腕を掴んでいた。
﹁それ、ダメ﹂
﹁あ、はい。申し訳ございません﹂
ただ、注意されただけだった。
彼の視線は、ずっと俺の目を聖書を往復していた。
﹁あ、あの。ユウジンさん﹂
﹁お、俺に解答を求めるなよ﹂
周りを見ると、いつの間にか真っ正面の虚空しか見ていなかった
乗客の視線が全て俺に集まっていた。
﹁⋮餌を撒いていたが、早く釣れた﹂
﹁⋮こいつ、あの神父か﹂
﹁⋮いいや、まだ確定した訳じゃない﹂
﹁⋮どちらにせよ、ヤッテクッチマエ﹂
﹁⋮同意。クウ﹂
789
急に顔を掴まれる。そして蒼白で血管の浮き出た男の歯が俺を襲
う。得物を丸呑みにする蛇の様に開かれた口。顎が外れたというよ
りも、頬肉を引き裂きながら大きく開かれた口とグロい中身。
戦慄した。そして思わぬホラー展開に身体が硬直する。
バクンッ。口が閉じる音がする。
鼻先スレスレでユウジンが俺の襟元を引っ張った。
お陰でなんとか回避できた。それが無ければ俺の鼻は今頃無くな
っていたかもしれない。噛んだ勢いで、男の歯が何本が折れたり、
歯茎に食込んでしまったのが見えた。そしてその飛沫が顔に飛び、
異臭が鼻を刺す。
﹁これは、ヤバいな﹂
﹁オースカーディナル、キャビンに積んだままです﹂
﹁俺も刀は上に置いて来ちまったよ﹂
共に、武器はキャビン上の荷物置きに置いて来てしまっていた。
そして狭い空間で、乗客数人が俺達に群がる。
さながらエレベーターの中に押し寄せるゾンビのようだ。
﹁グオオオオオアアアア﹂
本性をむき出しにした様に汚い飛沫を上げながら、群がって来る
乗客達。
すぐに逃げ場は無くなった。
790
シスターズ
狭い車内であるから当然で有る。
とりあえず聖書を開く。
精神的にかなり増しになるからな。
と、言うより。常時シスターズによる回復魔法を掛けておかない
と今の身体はオースカーディナルの誓約により耐えられなくなって
いる。
たが、俺の拳骨は重たいぞ。
聖書の光によって明かりを確保した俺は、一番前に押し詰めてい
た男をぶん殴った。
重たい音がして、男は弾き飛ばされる。プロレスのロープの様に
バウンドするんじゃないかと勘違いする程、キャビンに張られた革
が限界まで伸びて、バツンと音を立てて破れた。
明かりが漏れるが、何故か日は沈みかけていた。
どれだけ長く乗っていたんだ俺達は。
﹁うおっ!﹂
破れた衝撃で、俺が推し縮める様に背中で圧を掛けていたユウジ
ンの後方の扉が開く。投げ出される様に外へ飛び出すユウジン。
﹁手ッ!﹂
掴んだ。
だが、押し寄せるゾンビと共に俺達も投げ出されてしまう。
馬車の速度はかなり早い。そして、もし地面に落ちて転がった先
791
は、大地を勇猛に踏みしめる巨体な黒馬の四本もある前足である。
マッシュポテトになった自分の姿が容易に想像できるぞ。
﹁鬼闘気! 波ッ!!﹂
叩き付けられる刹那、ユウジンが闘気の様な物を掌から地面に射
出した。
地面が音を立てて抉れる。
そして、その勢いで俺達は再浮上して、運良く黒馬の上に舞い戻
る事が出来た。
俺達と共に落ちた数人の乗客は当然の如く、四本の足と巨大な蹄
でマッシュポテトである。異物を物ともせず走り続けるこの馬、恐
るべし。
﹁クボッ! 後ろッ!﹂
後ろを振り返ると、この馬車の御者席に座っている無表情だった
ハズの男が、顔を真っ赤にして般若の様な形相で此方を見ていた。
﹁変わり過ぎだろ!!﹂
心臓を狙った刺突を剣の腹を叩き逸らす。バランスが崩れた所に
蹴りを叩き込んで馬車から落とす。運悪く、制御用の手綱に足が絡
み、顔面擂り下ろし状態に陥ってしまった敵。この世の物とは思え
ない悲鳴を上げて絶命した。
﹁とりあえず武器を取りに行くぞ﹂
ユウジンがロープに引っ掛かったままの足を振り落とす。そして
792
手綱を握ると馬を操り出した。
掛け声一発、馬車は速度を上げて行くのだが、後ろを振り返ると
空を飛ぶ魔物まで現れ出して俺らが武器を追っているのか、それと
も追われているのかよく判らない状況に落ち入っていた。
景色は湾岸だったのだが、いつの間にか夕暮れの山林地帯を走っ
ている。
採掘場はどっちだ。
793
イカレタ馬車上の戦闘︵後書き︶
ブラックアーミースレイプ
黒魔軍馬
﹃前足が4本、後足が2本の計6本足の軍馬。伝説の軍馬スレイプ
ニルの眷属である。性格は実直で、命令を確実にこなす様に品種改
良を受けて来た。筋骨隆々なその体躯は自分の身体より遥かに重い
物でも運ぶ事が出来る。魔大陸固有の種族である﹄
この二人の戦闘パート書くのも久しぶりですね。
波っ。出ました。
こ、これは、あの予感がしますね。
ゼ○ト戦士。
794
シスターは遅れてやって来る︵前書き︶
※神父視点ではありません。
795
シスターは遅れてやって来る
魔道具を作る上で必要な材料である鉱石がある。普通の鉱石より
数ランク上に当たる魔法鉱石と言う物が採掘され出したのは、この
鉱脈の東側、鍛冶の国﹃エレーシオ﹄近くの鉱山にて噴火が起こっ
てからだと言われている。
実際には、噴火手前の状態でギリギリ収まっているらしい。山の
神様が鉱山に巣くう悪魔を追い出すための噴火だと、噂している鉱
夫達から聞いた話だった。
それから、どういう訳か魔力を過剰に含んだ鉱脈へと姿を変えて
しまったらしい。鍛冶の国・魔法都市は、共に鉱脈域に接する国で
ある。そしてそのお国柄、魔法鉱石の需要は絶えない。
両国では、魔石とはまた質の異なる魔法鉱石を利用した一大事業
が巻き起こっている。それに食込んだのが丁度最果て域の鉱山を持
っていたローロイズである。ローロイズには、まだまだ成長の兆し
を見せる大きなマーケットがある。
そして同じく優秀な販路を持ち、大陸の流通の大部分を占める程
に成長したアラド公国のブレンド商会と手を組み、技術革新と企業
拡大を進めている。
元々アラド公国は、ローロイズ王位継承第8位の走竜種をこよな
く愛したと言われるとある王族が興した国であったと言われている。
当時末っ子の変態王子だと言われていたアラドは、竜と話す能力
796
を持っていたとされる。そして、飛竜よりも雑な扱いを受ける走竜
種達にもっとのびのびと住める環境を作る為に作ったのが農業大国
アラドである。
アラド健在の時は、ローロイズとの関係も良好だったとされてい
る。公国とされているのも当時の名残を受けているから。だが、長
い歴史の中で走竜種を排他的に見た派閥が大きくなり、アラド公国
とローロイズの間に亀裂が入り、立場も逆転して行ったりと様々な
出来事が起こるのだが、割愛。
話は戻って、色んな国が関わるこの鉱脈だが、一番先に利となる
のは大きなマーケットがすぐそこにあるローロイズの持つ最果ての
採掘場だった。
そしてこれを邪魔する者は当然出て来る。
誰の物か判らない悪意が、その採掘場には向けられ、現在進行系
で魔物に占拠されてしまっているのである。
採掘場にひしめく魔物達を、遠くの影から見据える小さな人影。
魔物の大群を見た竜車は早々に引き返して行った。一緒に帰った
方が良いぞと言った御者のおじさんに従っておけば良かったかも。
額に汗を流しながらそう思ったとある魔道具屋の店主である。
生産職プレイヤーだと言っても、自分で素材を取りに行く内に強
くなっているプレイヤーもいる。だが、彼女は道具職人で、しかも
器用特化であるミゼット族に変わっている。
小柄な人種は色々種類があるが、特出して力と豪快さを兼ね備え
たドワーフ族。器用さと魔力を兼ね備えたミゼット族。勇気と好奇
797
心の強い戦闘種ホビット族。
ミゼット族は戦闘補助担当の種族なのだ。
故に単独で魔物の巣窟へ向かう事等は滅多に無い。
装備自体は、最近潤っている財布を最大限に利用したキヌヤのオ
ーダーメイドである。このつなぎ、実はかなり丈夫なのである。
そして魔道具による幾つかのギミックを施して戦闘向けにアレン
ジしているのだが、幾分この大量の魔物を相手にする為には忍びな
い装備だった。
基本採掘メインで、もし敵にエンカウントしたらという場合を想
定した装備故に、数を相手にする場合どうしようもないのである。
かといって、大人しく逃げ帰る訳にも行かないのであった。
というか、神父クボヤマと剣聖ユウジンが先に到着して魔物を蹴
散らしてくれているという乗っかり系の打算があったから来た訳だ。
︵一体、どこに居るのかな? もしかしたら、既にやられちゃった
のかな︶
死に戻ってしまったという最悪の状況を考えてしまう。
頭を振ってその思考を飛ばす。
︵とにかく、探さなきゃ︶
自分も逃げ帰るという選択肢は既に無くなっていた。
今の自分は、ちっぽけなポリシーと泣き虫な自分の為に泣いてく
れたあの神父に最高の魔道具を作るという感情の上に成り立ってい
る。
798
得物はクロスボウである。
木製ではなく、魔法鉱石を使った合金製なのが特徴で、エンチャ
ントが掛けやすくかつ長持ちする。そして最大の長所は、形と威力
に対してのこの軽さだろう。
魔法鉱石の中でも浮遊石をボディに使用しているため、ミゼット
でも片手で取り回しが聞く等、かなり軽いのである。
飛竜船に使われる程の高純度と大きさではないが、そこそこ良質
な物を使っているので、強度も問題ない。
そして特製合金クロスボウに装着する矢であるが、これは先端に
爆破魔法鉱石を乗せてある。剣聖ユウジンがとある筋から回してく
れた魔法鉱石だった。
削られて剥き出しになった山の上の方にある比較的脆そうな箇所
である。アローボムで下に落とせばかなりの被害になるはずだ。
幸い捕われてる人も居ないみたいだから、とミゼット族のかなり
やはず
精密な身体の動かし方で、狙いを定める。矢羽根に施すエンチャン
トは風魔法、矢筈には火魔法。これで風の影響を受けず速度も威力
も更に出る。
金具が外れて射出された音がする。
耳のいい魔物には気付かれてしまった様で、此方を振り返り窺う
姿が見える。自分から見えているという事は、敵からも見えている。
すぐに身を隠すが魔物側から声が上がる。
と、同時にそれより更に大きいな音が轟いた。
799
爆破された瓦礫が崩れて魔物達に降り注ぐ、そして最後は意外と
大きな一枚岩が出っ張っていたようで、回転して更なる破壊エネル
ギーをまき散らしながら此方に飛来した。
魔物達の悲鳴と共に、転がって来る岩の方向が自分も巻込まれる
位置であると気付いてから、すぐさま走って飛び退いた。
木々をなぎ倒し、かなりの距離を破壊して岩は止まる。
﹁痛たた⋮﹂
そこその数を倒す事に成功はしたが、魔物はまだまだ健在だった。
と、いうよりも飛来した瓦礫が中途半端に小さく、挑発程度にしか
ダメージを受けなかった魔物達は激昂していた。
オークより身体の大きなゴブリンの様な魔物が、此方を指差し吠
えた。それに促される様に魔物達が此方へ向かって押し寄せて来る。
﹁きゃあああああああ!!!﹂
押し寄せる魔物を前にして女の子の様な叫び声を上げて走り出し
たジン。
血走ったゴブリンとオークの目を見ると捕まった後自分がどうさ
れるかなんて容易に想像ができる。
そのお陰で冷静な判断が出来なくなっていた。
最悪、竜車に引き返す用書かれた看板の前まで行けば、巡回に来
た竜車が居て逃げ切れるかもしれない、そんな考えが頭を過り道を
引き返して走る。
800
﹁ゴアアアアア!!!﹂
後ろから迫り来る咆哮に、怯んで転んでしまった。
猛烈な勢いで接近する軍勢を目の前にして、流れる涙はもちろん、
他の物も流れ出てしまいそうな程恐怖する。
﹁あーもう、竜車もやってなかったし、やっとの思いで徒歩で来た
のに何なのかしらまったく⋮気が滅入るわね⋮﹂
その一言と共に、ジンの目の前に薄らと光の壁が出来る。先陣を
切って走っていたゴブリンは進行を阻まれ、後続から押し寄せて来
る他の魔物達に押しつぶされたて内臓をまき散らす。
玉突き事故で死んで行く魔物達。
振り返ると、光沢のあるボンテージ衣装に身を包んだ女性が居た。
頭に被っているベールで辛うじてシスターを連想させるが、今の所
この結界魔法が神聖魔法であるという情報だけでしか教団関係者だ
と判らない。
もっとも、ただの魔道具職人であるジンには判らないのだが。
ユウジン
﹁あなた、向こうから来たみたいだけれど、ゴーグルの着いた帽子
を被った神父は見なかった? あと珍しい武器を持った友人と行動
してるらしいんだけど⋮﹂
叫ぶ魔物を無視して言う。
801
﹁えっと、私もその人達を捜しているんです﹂
﹁え、どういう事?﹂
話が見えないと言う風に聞き返す女。
ジンは自分の詳細を話した。
﹁お世話になっているユウジンさんに言われて神父様は、この採掘
場に向かったらしいんですが⋮﹂
﹁なるほどねぇ⋮。よっぽどの事があったのかしら。私は教会に報
告があったから後で遅れて来ると連絡入れていたのだけれど、まさ
か徒歩の私が早く到着するなんてね﹂
﹁私が出たのも昼過ぎなので、掴まっているかと思って攻撃してみ
たんですが⋮﹂
﹁逆に追われるハメになったと⋮﹂
やれやれと言う風に肩を動かした女性は、シスターマリア。大教
会の司書である。姿から一目で尼さんだと思わないが、シスターで
あると聞くと、被っているベールがどことなくそれを連想させる。
﹁何も言い返せないです⋮﹂
﹁あ、もう! 泣かないの!﹂
状況が状況なので何も言い返せず涙を溜めるジンに、マリアもた
じろぐのである。そして一呼吸置いてから、押し寄せて叫び声を上
802
げたままの魔物軍勢を振り返る。
﹁コイツらをどうにかしなきゃね﹂
依然として状況は固まったままである。
結界を取り囲む様に魔物達は密集している。
﹁あ、これくらいだったら、なんとかできます。かなり密集してい
ますので﹂
ジンは思い出した様にそう言うと、背負っていたリュックの中か
ら円柱状の筒の束を取り出した。七本の筒を一纏めにして、その中
心の筒から一本の紐が伸びている。
︵火竜
﹁どうしてもつるはしで掘れない時に使おうと思ってたんですが、
これを使いましょう﹂
それは、精製された爆発魔法鉱石を粉末状にして火竜土
の排泄物がしみ込んだ土を特殊加工された火薬︶とレッドスライム
の体液と混ぜた混合物である。どちらも扱いが難しい素材であるが、
レッドスライムの体液と混ぜる事によって安定化する。
ダイナマイトの様な物。
﹁なによそれ?﹂
当然ながら、RIOの世界に住むマリアは知らない劇物だった。
﹁火竜土って知ってます?﹂
803
﹁燃える土ね。天然物はかなり希少らしいけど、ローロイズでは人
工的に作る事が出来るらしいわね﹂
﹁それと爆発魔法鉱石と呼ばれる破壊属性の鉱石の粉末を掛け合わ
せた物です﹂
﹁かなり危険じゃない?﹂
想像だけでも理解できる。
火竜土はかなりの勢いで燃える事で有名なのだ。
﹁あまり数が用意できないので取って置きたかったんですが⋮この
結界ってどれくらい持ちますか?﹂
﹁爆発の程度が判らないけれど、ガーゴイルの業火くらいは防げる
わよ﹂
﹁よくわからないですが、多分それじゃ持たないのでなんとかして
ください﹂
いきなり図々しくなったわね。とマリアは呟く。
そして聖書を懐から取り出すと詠唱を重ね出した。
シス
﹁一級神聖結界を重ねるなんて、特級には及ばないけれど。できる
人なんて私くらいよね﹂
ターズ
以前ガーゴイルと戦っていた時は出来なかったが、クボヤマの聖
書の力を借りてから、何故だか多重起動が可能となっていた。
﹁十分です!﹂
804
ジンはそう言うとバラバラにした爆発物の導火線それぞれに火を
つけた。
﹁一瞬上だけ結界開けてもらえると助かります!﹂
﹁また無理難題を⋮⋮あ、できた﹂
意外と簡単に出来た結界操作に自分があっけに取られてしまうマ
リア。そして爆発物を周囲に散蒔くとジンは耳をふさいでしゃがみ
込んだ。
﹁耳塞いで下さい!﹂
別にしゃがむ必要は無いのだが、マリアもジンに習って耳を塞い
でしゃがみ込んだ。
︵⋮紫⋮︶
ジンが余計な事を考えている内に、凄まじい音と光が周囲に炸裂
した。
魔物達は一切の悲鳴を上げる事もなく、飛来した物に疑問を感じ
た傍から爆発の衝撃で消し飛んで行った。
﹁うわ、地面が抉れてる﹂
﹁わ、私も作っておいてですが、こんな威力が出るなんて思ってま
せんでした﹂
7連で張った結界は薄らと消えかかっており周囲は大きなクレー
805
ターの様な物が出来ていた、どれだけの衝撃があったのかが窺える。
その光景を見て、もし採掘で使うなら7本束ではなく一本にして
おこうと固く誓った小さな生産職であった。
806
シスターは遅れてやって来る︵後書き︶
竜種は、賢く清潔なので、トイレ文化を持っています。縄張りを
誇示する様な習性ではなく、竜種のマナーです。
巣を替えて居なくなった火竜のトイレに使われていた土は排泄物
が色々と混ざっていて火薬より爆薬に近い程のエネルギーを発しま
す。
ローロイズでも一応少量人口生産されていますが、天然物とは年
期が違いますね︵断言︶。
天然物は一年一回の収穫では計り知れない程の思い出が詰まった
一品ですので。
火竜の糞尿評論家ももちろん居ますよ。世界には。
807
神父は敵と共に来る
﹁この光景で鉢合わせしたらモンスタートレインっていってネトゲ
でも最悪のマナーだな﹂
馬車を駆るユウジンが笑いながら言う。
状況は依然変わらず、オースカーディナルとユウジンの愛刀であ
る天道を載せた馬車を追っている。
っていうか。
オースカーディナルを手放してもその誓約は俺自身が受ける訳で、
持っていても持っていなくても変わらず拷問の様な仕様である。
当初は乗り物の速度にも影響するんじゃないかと思ったが、俺自
身以外には関わらないらしい。要するに、うるさい足音と海溝で陥
没した岩盤はエフェクトの様な物だった。
なるほど、線引きが判らん。
ただでさえ鈍足なのに、追い打ちをかける様にこの誓約と来た。
海溝での戦闘時、状況的にどうしてもキングクラーケンに太刀打
ちできる程の堅さと力が必要だったから仕方ない。
シスターズ
オースカーディナルにスピードを求めてもこれ以上の誓約に聖書
は耐えきれないだろう。ログインした瞬間死に戻りなんて発生しか
ねない。
﹁なんか遠距離攻撃ないの?﹂
808
セイントクロス
﹁お前だって聖十字あるだろ﹂
﹁飛ばせなくなったんだよ!!!﹂
セイントクロス
そう、唯一の遠距離攻撃である聖十字だが、腕から数十センチま
ででしか発動できなくなった。これもオースカーディナルの影響で
ある。
セイントクロス
前のクロスたそだったら中規模の聖十字を量産して飛ばす程の安
心と信頼があった訳だが、この糞十字架、ただひたすら高威力の聖
十字が発動するのである。
威力特化は良いが、聖十字の凡庸性は唯一の遠距離攻撃だった所
なんだぞ。
マジでどうしてくれる。
﹁⋮⋮急に自分を見つめ直すとかソロプレイし出して、取り得なく
すとかもう神父やめたら?﹂
﹁うっさいな⋮⋮﹂
溜息をつきながら煽るユウジン。
こっちだって溜息つきたいんだが、マジで。
﹁しかたねぇな。あんまりこう言うのは趣味じゃないんだが、光剣
!﹂
握りこぶしを作った手から光が溢れ出し剣の形を作る。
809
﹁姫さんに剣聖の称号貰った時に使える様になったんだが、鍛えれ
ば空中に剣を何本でも精製できるみたいだから、一応鍛えとくか﹂
﹁なんだその超便利なスキル。刀いらなくね?﹂
聖なる力を帯びた光の剣を前に、お役御免と言った具合に聖職者
である俺の立場が揺らぎ、その事実に動揺してしまう。
﹁一応それなりに使えるけど、切れ味悪いんだよな﹂
てんとう
そりゃ、神鉄を鍛えた刀である天道には及ばないだろうけどさ、
手数が増えるって相当良いぞ。本腰の刀と比べるな、鈍ら刀で鉄を
斬るレベルにすでに片足突っ込んでるお前なら、大抵の魔物はまっ
二つに出来る筈だ。
手数と言う物は俺も初期に利用していた。
聖書とクロスを操れば両手分の手数になる訳だしな、今は無理だ
けど。
﹁おらっ!﹂
掛け声と共に光の剣を投げる。
御者席の男に命中したのか、弾けとんだ生首が脇道に転がって行
く。制御する者が居なくなった馬車は、指示を失いみるみる減速し
て行く。
横付けして飛び乗ると、残っていた乗客風のゾンビの様な魔物達
が、下から襲いかかって来る。俺はユウジンに刀を渡して御者席に
向かう様に指示する。
810
オースカーディナルを起こすと聖十字を発動した。
巨大な十字形の輝きが中に居た魔物ごとキャビンを消滅させる。
﹁乗れ!﹂
﹁おっけい!﹂
巨大な黒馬には男二人の乗るスペースが十分にある。無駄な者を
背負わなくなった馬は十分な速度を出せる様になっていた。
ぐんぐんスピードを増し、このまま引き離して逃げ切れるかに思
えたこの戦いもまた違った展開で終盤を迎える。
馬車で走っている間に日は落ちていた。夜中でも悠然と走る魔大
陸産のこの黒馬には確り見えていたのか、急に減速して止まった。
﹁おいおいマジかよ。なんかクレーター空いてるぜ?﹂
ドーナツ状に抉れた地面が月明かりに照らされて見える。
ここで一体何が起こったんだ。
﹁強行できるか?﹂
﹁この角度じゃ無理だ! 第一この馬も止まっただろ﹂
ならばどうする。
後ろからは迫り来る馬車と魔物達。
俺はこのクレーターを利用する事にした。
﹁ユウジン、俺が聖十字を発動させたら横に跳ぶぞ!﹂
811
黒馬が目視して減速した位置に差し迫る。
正面に構えた俺は、聖十字を輝度全開で発動した。
﹁今ッ!!﹂
ギリギリのタイミングで横跳びする。
ひしゃ
それと同時に鈍い衝撃と黒馬の重たい悲鳴。それに重なる様にし
て後からキャビンの骨組みが落下の衝撃で拉げる音が響く。
﹁とりあえず走りながら応戦だ﹂
クレーターを迂回しながら巻込まれなかった空を飛ぶ魔物の攻撃
魔術を捌いて走り出す。地味に厳しいんだよな、走りながら戦うの
って。
走るのとは己との戦いだ。
100回くらい諦めそうになるが、それを乗り越えるだけの精神
を持ち得ている。
AGI値的にこれのスピードが限界なんだが、ユウジンもう少し
速度落としてくれないですか? もう耐えられないよ?
それを知って知らずか、俺がついて行けるギリギリのスピードで
走って行くユウジン。もう辞めて、俺の持久力はゼロよ。
﹁相変わらず足音うっせーな﹂
﹁だったらもう少しスピードを落として!﹂
﹁あ、でもほら、追いつかれるし﹂
812
ドシンドシン鳴らしつつ。
敵との戦いはユウジンに任せて、俺は己との戦いに明け暮れるの
だ。
開けた場所にたどり着いた。
道の途中でデカい岩が転がって回りの採掘場入り口付近の木々を
粉々に蹴散らしてた様なのだが、落石事故でも起こったようだ。恐
ろしい。
﹁坑道に入ろう﹂
ユウジンに告げた。
空中を駆り、3次元的な攻撃を仕掛けて来る敵も、狭い坑道内に
入れば自ずと行動範囲を制限される。
案の定何の考えも無しに後を追って来た魔物を、待ち構えていた
813
俺はぶん殴ってぶっ飛ばす。コメディマンガの様に唾をまき散らし
ながら坑道の入り口に出戻りして絶命した仲間の死骸を見て、どう
やら相手は中に入るのに躊躇している様だった。
これは都合が良い。
まぁそれほど長い時間は持たないと思うけど距離を稼ぎつつ何処
かでまた足止めすれば良い。
シスターズ
暗闇の中を聖書の明かりだけで進んで行く。そこまで明るいとい
う訳ではないが、聖十字で明かりを作るともれなく出口を塞いでし
まう可能性があるからな。
不意に、遠くに光がゆらゆら浮いている光景を見て二人で身構え
る。
﹁クボ? あんたこんな所で何してる訳?﹂
﹁なんだ、マリアさんですか﹂
﹁あれ、ジン。なんでお前もここに居るんだ?﹂
﹁あはは。生産職たる者って奴ですよ﹂
ホッと胸をなで下ろす。カンテラを持ったマリアがジンと手を繋
いで戻って来ている最中だった。
ここから先へ行っても、どうやら鉱夫達の休憩所があるくらいだ
ったらしい。坑道内は占拠されておらず、採掘場入り口の開けた場
所に魔物は密集していたらしい。
一体何しに来たんだ。
814
集団デモかよ。
﹁ってかなによあなた。また面倒事運んで来たの?﹂
﹁いや、今回はユウジンが﹂
呆れた様な顔で呟いて来るマリア。
言い訳をするとお友達のせいにしないの、と嗜められてしまった。
﹁でもマリア。この採掘場、とんでもない気配がしますね﹂
﹁そうだな﹂
そう言って、ユウジンと二人で頷く。
通り道にあった大きなクレーター、採掘場の入り口付近にあった
どでかい落石の跡。確実に巨大な魔物の襲撃があったに違いない。
話に聞いていたが、やはり採掘場は魔の手が潜んでいたか。と思
っていたが、マリアの一言に俺達は大きな溜息をつく事になる。
﹁あれ、全部この子の仕業なんだって﹂
﹁ハハハ⋮⋮てへぺろっ﹂
照れた様に頭をかくミゼット族の女。
緊張していた糸が一気に緩んで行く。
﹁まぁでも、二人とも無事で良かったですよ﹂
ってか坑道内であの規模の爆発物を持ち歩くとか、正気の沙汰じ
815
ゃないな。意外と天然で恐ろしい少女に、魔道具の制作を一任して
良い物か思考が一瞬ぶれるが、もう頼んでしまった物は仕方ないし、
彼女も彼女で、採掘場へ来て巻込まれてしまったのは仕方ないと考
えている様だった。
﹁先が行き止まりなら、魔物の応援を呼ばれたら面倒になる、外へ
出よう﹂
ごもっともなユウジンの案に従って、俺らは再び開けた場所へ向
かった。
外に出ると再び密集している魔物達。
焚き火をしているオークやゴブリンが居るので回りは明るく照ら
されていた。そして、坑道の入り口から出てきた俺達を見張ってい
た翼を持った魔物が叫び声を上げる。
その声に従う様に魔物が全員此方を振り向いた。
これは大変マズい状況である。
816
神父は敵と共に来る︵後書き︶
神父は遅れてやってくるのではなく。
既に敵と居るのである。
新訳聖戦書の一部抜粋。
817
−幕間−麗しき長い耳
フラウ
進化の兆候が始まったのは、雪精霊と出会ってからだった。姫騎
士として研磨を行っていた私の身からすれば、次第に衰えて行くせ
フラウ
っかく鍛えたばかりの自分の筋力に非常に残念な気持ちで一杯であ
ったが、私の肩に座って微笑む彼女を見ていると、そんな気持ちも
次第に薄れて行った。
私は元々、日本のゲームに強い興味を持っていた。自分の故郷に
エルフの伝承が残っていて、それにあやかってエルフの姫騎士プレ
ヒューマン
イなどと言うロールプレイを学友と共に行っていた。初期RIOの
キャラメイクでは人族しか選べなかったというのに。実際成り切り
プレイは楽しかったんだけど。
そんな状況も彼と出会ってから一変して、更に深い形でこの世界
に関わる事が出来ている。ロールプレイの垣根を越えた、エルフそ
の物に私は進化しているのだから。
フラウ
雪精霊が今ここに居るのも、エルフへ進化した事も、私の心の根
底で精霊やエルフの存在を信じていた事が結果に成ったのかもしれ
ない。
﹁おや、いつ頃お戻りになられていたんですか?﹂
ギルド﹃GoodNews﹄。その中でも限られたメンバーしか
入る事の出来ないと言れた大聖堂内のベンチの一つに腰掛けて、こ
818
の世界の教会に良くある女神像の代わりに安置されている運命の聖
書をぼんやりと眺めていると、お洒落なティーセットを乗せたワゴ
ンをおすプレイヤーに母国語で話しかけられる。
﹁ただいま御門。エルフって本当に居るのね、感動したわ﹂
﹁エリー様、ここではセバスと呼んでください﹂
ミカドトウジュウロウ
学友である御門藤十郎は、セバスチャンという名前で一緒のギル
ドに所属してプレイしている。元々、エルフの姫騎士とうたってい
た頃から従者としてプレイするとお互い決めていたのだが、いつの
間にか執事姿が板について、今では色んな所を駆け巡ってこの世界
の経済に携わっているらしい。
本人は、勉強した事が使えて面白いなど言っていたが、生徒会長
として生徒会の会議でこの世界の裏の亡者と権謀策略を繰り広げて
来た時の雰囲気を出すのは勘弁してほしい。
非常に息が詰まる。
﹁あら、貴方だってわざわざ私の国の母国語を使わなくてもいいの
に?﹂
﹁貴方様の日本語は、話になりませんからね⋮﹂
学校生活は毎日がめまぐるしく、こうして体感時間が引き延ばさ
れている世界でセバスの紅茶を楽しむ事も、最近の日課だったりす
るのだ。こういう所で気軽にゲームを楽しめるのがRIOの良い所。
﹁あら、この紅茶美味しいのね﹂
819
一口飲んで、私は正直な感想を上げる。香りも味も上品かつ口当
たりも良い。それよりも、故郷の味をどことなく感じるのだ。
﹁タイムブレイクティーと呼ばれる、この世界の北に有る紅茶です。
珍しくクボヤマ様からティーセットと北の水付きで送って来たので、
エリー様が本日戻って来られてると聞いて準備した次第です﹂
﹁クボ⋮﹂
懐かしい名前を聞いて視線が自然と彼の聖書へと向かってしまう。
日本人にしては妙に神父服が似合う彫りの深い男性。彼と出会って
から、私は大きく変化したと言っても良い。
﹁あ、手紙も入ってましたよ﹂
﹁読んで﹂
﹁西沿岸を通って船で帰って来ます。グランドクエストみたいな物
があるので、ギルドの力を貸してください﹂
帰って来る。そのワードを聞いた瞬間に胸が高鳴るのが判る。茶
菓子であるスコーンを齧りながら、リアルで会ったクボの事を思い
出した。
多分クボは知らないと思う。彼が龍峰学園に卒業生の講義を行い
にやって来た時、講師名に久保山の文字が入っていた事に気付いた
私は、早速講義を受けに行った。もしかしたら目が合うかもしれな
いと思って熱烈な視線を送っては見た物の全くこっちに気付いた素
振りは見せず、そのまま終了してしまった。
820
久保山の講義は終り掛けの質問タイムみたいな物がなく、これか
らまた仕事なのでここで終りますとあっけなく立ち去ってしまった。
メールでも、滅多にリアルについて話さない彼との唯一の思い出。
随分と一方通行な思い出ではあるけど、思い出は思いでなのであ
る。
﹁一体いつ帰ってくるの?﹂
﹁西岸部を通っていればローロイズを必然的に通る事になりますか
ら、ユウジンさんも連れて帰って来るつもりなのでしょう﹂
﹁逆算して今頃どこだと思う?﹂
そう尋ねるとセバスは一瞬押し黙った。彼の頭の中では今頃凄ま
じい予想と演算が繰り広げられているのだろう。実際に、成績では
常にトップに立つ人で、私もテストではかなり彼に助けられている。
﹁何かに巻込まれる事を予測に入れると、絶対に何処かでトラブル
を起こしている筈です。なので、手紙の日付から逆算すると、今頃
やっとローロイズに到着する前にトラブルに巻込まれている所でし
ょう﹂
断言するセバスに少し吹き出してしまった。確かに彼と歩む旅で
何かに巻込まれなかった事は一度も無かった。最近遠出してソロで
尋ねてみたエルフの郷だけれど、ただ観光して精霊魔法に対する手
ほどきをしてもらって、そのままUターンしてギルドの有る中央聖
都に帰って来た訳だ。
﹁早く帰って来ないものかしらね⋮﹂
821
﹁お嬢様、こっちから出向くという手もございますが﹂
セバスはいつだってファインプレーだ。クボが良く口癖で言って
た言葉である。いつの間にか私も使う様になっていた。飲み終わっ
た紅茶を戻すと、改めてセバスに尋ねる。
﹁可能なの?﹂
﹁皆バラバラになってしまって、ギルドを一人で切り盛りするのも
なんだか腑に落ちないですからね。総責任者は彼なのですから、そ
ろそろ彼に丸投げしても良いかと﹂
ギルド登録自体は、彼の名前でしてますからね。とニコやかに言
ってのけるセバスは、クボと意外と仲良くしていてそう言う根本的
な部分で彼に簡単に背負わせて反応を楽しんでいる節がある。羨ま
しい。
クボもクボで、セバスに何かと雑用を任せていたので、持ちつ持
たれつという立場だった様に感じる。
私もそう言う仲でありたいんだけど、いつからだろうか、いつの
間にかただ守られるだけの立ち位置に成っていた様な気がする。
﹁逆にこっちから彼に会いに行くのね﹂
﹁そうです。ビクトリア内でも、教団が何やらきな臭い状況だと情
報が回って来ていますからね。予想だと最果ての採掘場と呼ばれる
場所で一悶着起こるかと思います。今世界でも重要になって来てい
る魔法鉱石の一般流通に関わる場所ですからね﹂
822
﹁わかったわ。ラルドを走らせてどれくらい?﹂
﹁そこそこ掛かりますけど、ローロイズ内でも足止めをくらうとし
て、ギリギリ間に合いそうです﹂
なら、ピンチの時に駆けつけて上げましょう。と私は立ち上がっ
た。大聖堂に置かれている彼の聖書を安置されている透明なボック
スから取り出すと、セバスが黒い神父服を渡してきた。
その目には、コレも貴方が持っていてくださいという意味が込め
られていた。私はそれを抱きしめて一瞬匂いを嗅ぐと、懐かしい匂
いに少し頬を染めながら空間拡張された小袋に入れた。
﹁その服装で行かれるつもりですか?﹂
﹁いいえ、着替えるわ。エルフの郷で貰って来た物があるの。可愛
いし防御性能も良いから﹂
セバスはワゴンをしまうと、準備して参りますとそそくさと大聖
堂を後にした。ワゴンをしまうくらいなら、わざわざ押して来なく
て良いのに。と思っているが、彼は常にそう言う細かなディテール
を意識している。ファインプレー故に。
大聖堂からギルドホームを通って自室に向かう途中、﹃Good
News﹄に新しく入ったばっかりの人達に話しかけられた。
﹁姫さん! 戻ってらしたんですね!﹂
﹁エエ、少し前に戻って来マシタ﹂
823
﹁これから狩りですか? それとももうログアウトですか? 珍し
くギルドに居るんですし、時間空いてたら新しいギルドメンバーに
何か話して上げてください﹂
﹁少し出かけて来マス﹂
﹁ほぉ、またですか。次はどちらへ行かれるんですか?﹂
﹁ギルマスを連れ戻しに行ってきマス﹂
824
−幕間−麗しき長い耳︵後書き︶
一度も触れる事の無かったエリー回です。
正ヒロインの座は渡しませぬよ?
セバスの予想はファインプレー
825
採掘場での戦い1︵前書き︶
更新がすこぶる遅れました。
本当に申し訳ありません。
826
採掘場での戦い1
地響きと共に、巨大な爬虫類が採掘場で蠢く魔物達を押し分けな
がら、その姿を表した。夜の闇に焚き火の明かりを背負いながら、
その巨体を映し揺れる影は昔︻かいじゅう︼の絵本で見た様な途方
も無い不安感を与える様だった。
あの絵本怖いよな。かいじゅう達のデザインが幼少期の俺にはと
てつもなく不気味だった。成長してからもかわらず手に取る事は無
かった絵本だったな。
全体的に暗いんだよ。
鋭い歯を見せながら、巨大な爬虫類はその銀色の針が密集した鬣
の様な物をキリキリと耳に痛い音を立てて鳴らす。
﹁バ、バジリスク⋮﹂
俯いたマリアが声を漏らす。その足はガタガタと震えており、今
にも座り込んでしまいそうなのをただひたすら耐えていると言った
風だった。俺の服の裾を握りしめている手まで冷や汗が滴っている。
﹁で、出来るだけバジリスクの目を見てはいけないわ⋮即死の魔眼
を持つ冥界の竜と呼ばれている魔物だもの﹂
シャアアアと辺りが凍り付く様な唸り声。だが、今の所それだけ
である。坑道の入り口でどうする事も出来ない俺達に対して、不自
然な程に唸りを上げ続けるだけのバジリスク。
827
バジリスクの上に何者かが座っていた。
アウロラ
﹁人間って面白いよね。大半が女神を信仰していると思えば、実際
は形だけ。冥界のゾンビ達より中身は腐ってる腐ってる。この間さ、
地獄の門に来た神父からさ、あれだけ女神に尽くしたんだから天国
へ連れて行ってくれと懇願されたよ。ま、地獄に落としたけどね。
俺は親父じゃないから多様な意思を持たない物達の方が好きだよ﹂
体操座りで朧げな視線を虚空に送りながら、紫色の衣を身にまと
った男はブツブツと呟いている。
﹁あ? 何言ってんだアイツ。とにかく、バジリスクとは目を合わ
せなければいいんだろ﹂
ブツクサ言ってる根暗は置いといて、とっとと殲滅戦に取りかか
りたいという意思を全面に出すユウジン。それに過剰反応する様に
体操座りの男。
﹁は、バジちゃんの魔眼は冥界のゾンビでも二度死ぬから。舐めな
いでもらいたいな、ってか人間の分際で何言ってんの? 馬鹿なの
? 死ぬの? あ、目、合わせたら死んじゃうんだっけ? プププ。
?﹂
さっさと死んだらぁ?﹂
﹁⋮あ
いつの間にか抜き身になっていたユウジン。身体から蒸気が吹き
出し始めている。蒸気に濡れた流しが肌に張り付いてその鍛え上げ
られた上半身を浮き出させる。
828
ってか、鬼闘気。随分とまぁ鬼らしくなってるじゃないの。
角が生えて、牙がのびて、皮膚も熱を持っているのか赤くなって
いる。
赤鬼だ。中級モンスターのレッドオーガとはまた違う。
本物の鬼って感じ。
﹁おっと、ダメだよ先走っちゃ。君たちのイレギュラー加減は俺も
耳にしてるからね。なんか銀髪が居ないけど、とりあえず目的はそ
この神父だからね。一筋縄では行かない事は判ってるからね。俺も
少し考えて来たよ﹂
普段は女を見るを問答無用で地獄に叩き落としちゃうんだけどね。
と、ブツブツと夜の静けさだからこそ聞こえる様なトーンで喋り続
ける男は、指をパチンと鳴らす。
急に、服の裾を引っ張られる感覚が無くなった。
後ろを振り返ると、マリアが死んだ様に倒れていた。
﹁マリアさん!﹂
﹁あれ∼? おかしいな。そこの貧乳の女のも頂いた筈なのに﹂
そう言いながら、手の上に浮く光る玉を弄び始める。
嫌な予感がする。
﹁一体何をしました?﹂
﹁あ、これ? コレね。魂だよ魂。そう言えば自己紹介遅れたね。
829
俺は冥界の王プルート。今からゲームをしないかい?﹂
クツクツと笑いながらゲームだなんだ言う冥王プルート。
﹁おい、コレってマズいんじゃないか?﹂
﹁⋮⋮貧乳って⋮⋮﹂
プルートは立ち上がって、バジリスクから飛び降りた。
このやり取りの中、集まっている魔物達は不自然な程に静まり返
っていた。よくよく見れば、四肢が欠損していたり、至る所に火傷
や裂傷を負っていたりとよくその傷で生きているなと言う風貌の魔
物が大勢いる。
コイツラ
コレ
﹁心配しなくても、魔物共には手は出させないよ。ただのギャラリ
ーだからね。ただし、魂は見ててもらうけど。少しでもゲームルー
ルから外れた行為をしたら冥界に連れて帰っちゃうよ∼﹂
馬鹿な事しないでね、と一言。
歯噛みする様な状況で、プルートは独特の口調で淡々と説明をし
て行く。
簡単に要約すると。
武器の使用禁止。プルートの用意した魔物と素手でかち合うそう
だ。
まま
彼曰く、本能の儘でこそ生物は美しいんだとか。
﹁まるで不可避イベントだな﹂
830
そうユウジンの言う通り、絶対に死んでしまう系のイベントに巻
込まれてしまったのかもしれない。いや、俺達プレイヤーは死に戻
りペナルティを味わうだけだが、マリアは違う。
死んでも生き返る事は無い。
セーブポイントとか、死んだらそこからやり直しなんて無い。
死んでも助ける。それに尽きる。
いつの間にか用意された、採掘場の端材を使ったステージに俺と
ユウジンは二人で上がる。特別席の様に設けられた場所にジンは動
かなくなったマリアに寄り添う様にして此方を見守っていた。
プルートは、バジリスクの背に座ってクツクツと笑いながら此方
を見つめている。まるで、自分の勝利を悟っているかのようだ。
この試合、勝てば終るのかと言えばそうではない。
プルートが繋いだ冥界への召喚魔法陣。そこから無限に湧いて来
る魔物と戦わなければならない。その辺の事情を詳しく説明してい
ない彼は、心の底で﹁ルールに明記していないけど破っては居ない
もんね﹂と思っていそうだった。
あくまで主導権はアイツが握っているから、俺らがその明記して
いないけど的な裏をついたやり方をすれば、癇癪を起こしてマリア
の魂を消滅させかねない。
一体どうすれば良いんだ。
簡単な話、冥界の魔物を全部殺してしまえば良い話なのだが。
831
﹁どーすんの?﹂
﹁刀が無いのが辛いが、やれる所までやるしかない﹂
そういうことだ。
戦いが始まった。俺とユウジンは交代したり、互いに有利に戦闘
できそうな場合は戦いを譲り合う作戦を立てた。インターバルを設
ける事で、少しでも体力の温存を図る。
先ず始めはユウジン。
﹁じゃ、手始めにバトルゴブリンからね。ハンター協会だっけ? それの指定ランクだと個体でDランク﹂
通常ゴブリン個体はGランク。ハンター協会の最低ランクはFラ
ンクなので、ハンターを志す程に鍛えた相手なら赤子の手を捻る様
に殺せる手合いなのである。
だが、ゴブリンは群れる。群れたゴブリンは規模にもよるが大体
50匹で一つの集落を形成するので、その場合はランクDとなる。
つまるところ、一つの群れ分のゴブリンだと言う事だ。
832
クラスチェンジ
バトルゴブリン・ゾンビ
﹃種族進化も行わず、ゴブリンの中でも強者として君臨していたゴ
ブリン。弱い種族なのだが、戦闘本能を強く持っていた個体故に一
時期小さな村を脅かす存在になっていた。孤独で小さな戦闘狂。長
い戦いの中、奇跡的に生き残ると緩やかに王としての風格を持ち出
す﹄
あれ、鑑定。
少しこの個体の記憶とか生前も含めてないか?
まぁどちらにせよ情報が多い事に濾した事は無い。
ステージの端の召喚魔法陣から出現したバトルゴブリンは、獰猛
な唸り声を上げながら本能の儘にユウジンに戦いを仕掛けて行った。
本能の儘、顔面を狙って飛び上がるゴブリンだが、ユウジンはア
ッサリと迎え撃つ。顔面をグーパンで強打されたゴブリンの首は不
自然に折れ曲がり、それっきり動かなくなった。
﹁第一ステージクリアだね﹂
いちいち癪に触る声が聞こえて来る。
無限ステージの癖しやがって!
バトンタッチである。
﹁小出しで行こうと思ったけどやめた。そう言えば君たち、イビル
クラーケンとか帝種とか仕留めてたね﹂
833
何やら不穏な事を言い出したプルート。
﹁じゃ、上級行っちゃうね。ネザーオーガちゃんカモーン﹂
真っ白な衣を身に纏った、真っ黒な鬼が召喚魔法陣から姿を現し
た。一般的なオーガとは違って図体は大きくなく、人間程の大きさ
で引き締まっている様に見える。
冥府之鬼
﹃冥界に落とされた生き物を管理する鬼。地獄の法力を操る。鬼種
の中でも特殊な部類に入る﹄
鑑定の結果を知った瞬間。金切り声を上げながら、冥府の鬼は嬉
々として俺に迫る。まるで、俺の事を獲物だと言う風に。
﹁あ、その子はね、少し前に来た人間の神父? アイツに散々手を
やかれたから、すっごい恨んでるみたいよ?﹂
なんて事してくれたんだ糞神父!
ってか俺だけレベル違うくない?
バトルゴブリンとは比べ物にもならない程の速度で、金切り声と
共に鬼の掌が俺の眼前に迫る。顔を狙っていると見た。
とにかく、脳は即死部位なのでガードしなければならない。
咄嗟の事に、判断を見誤った。
何もかもがフェイントだった。
834
鑑定には法力を操るとあった筈だ。
完全に勢いに押されて物理攻撃だと思っていた。
だが、腕の動きは下にズレて俺の胸の位置にある。
その掌には魔法陣の紋様が描かれていた。
掌から腕に沿って、魔力を流しながら淡く光るこの紋様は、簡単
に言えば無詠唱で魔法を発動する事を可能にする物だった。
近接と魔法を織り交ぜたその一撃に俺は完璧に対応を遅らされた。
﹁あの馬鹿⋮⋮﹂
﹁神父様ッ!!﹂
ユウジンの呟く声と、遠くでジンの叫ぶ声が聞こえた。
その瞬間小規模な雷光がほとばしり、胸ではなく心臓に直接響く
様な衝撃を感じて俺は意識を失った。
シスターズ
聖書、再起動しろ。
835
836
採掘場での戦い2
シスターズ
聖書によって意識が復元される。
あぶねー。
胸ポケットにいつも忍び込ませている聖書が功を奏した。
シスターズ
フォルトゥナ
そう、北への旅路で新しく聖書を見繕った俺は、精神修行と共に
間に合わせの技術を聖書に記していた。
フォール
大教会の資料室で全てを学んだと言っても良い運命の聖書には及
ばないが、降臨なら初期程度には使える様にと書き加えておいたの
だ。
いつの間にか、オースカーディナルの誓約に耐える為の常備薬と
してしか使っていなかったんだが、これでも降臨くらいは使えるん
だ。
シスターズ
しかも、聖書はどちらかというとマリアを気に入っている様だっ
た。まぁ確かに俺には既に一つの聖書をエリック神父から譲り受け
ている訳だし、あの旅路ではマリアも聖書の世話になる事が多かっ
た。
これこそ、百合と言う物なのだろうか。
俺もエリック神父に乗っ取って、フォルが無事に帰って来たらこ
の聖書をマリアに譲ろうかと常々考えていた訳である。
837
話がそれたが、北への旅路で培った物はまだある。
魔力ちゃんとの絆である。
ヌルヌル魔力と馬鹿にされた俺のアイドル魔力ちゃんだが、魔力
展開とその流動性に磨きをかけた結果、常に俺の回りを流動する層
となった。
一見過ごそうに見えるコレ、魔力障壁の劣化版という奴だ。マリ
アが得意としている防御結界も魔力障壁も、魔術や物理攻撃を弾く
効果がある。
流動する魔力に弾く力は無い、搦め捕って分散させるのが役目で
ある。
とことん近接特化した身体になってしまったと思う。
まぁ前衛職になりたかったんだけど。
もっとこう、スキルをババンと放ちながら勝利の余韻に浸ってみ
たいとか、そんな風に思った事は何度もある。
何度もあるのだが、やり直しは不可能なこのゲームである。
自分が持ってる物を磨いて行くしかない。
掌の術式のインパクトの瞬間、魔力ちゃんがそこを起点に流動し
衝撃を身体から受け流して分散させたお陰で、直接心臓を狙った一
撃を耐える事が出来た。
電気ショックの様な一瞬の痛みだけすんだので聖書での回復が間
に合ったのだ。それが無ければ今頃心臓が破裂していたんじゃない
かという程の衝撃だった。
838
心肺停止の際、開ききった瞳孔を見て仕留めたと勘違いした冥府
之鬼だが、再び目に光を灯した俺に僅かばかりの動揺を浮かべてい
た。
今度こそ仕留める。と甲高い金切り声を上げながら、次は双掌に
てもう一度あの一撃を放つ算段の様だった。
馬鹿だな。
明らかに武を持つ人形の魔物との戦いに少し高揚していたのだが、
興味が薄れた。
俺の戦い方は基本的に接近して殴るもしくは掴んで齧っていた柔
術などに持って行くスタイルなのだが、魔物相手にそれが出来るも
んか。
巨大なタコやトカゲ、獣類にどうやって人間用の技を掛けれるも
んか。実際だ、プレイヤーズイベントでしか俺が活躍できる場なん
てなかったんだよ。
まぁ痛い目見たけどな。
だが久々に人形の魔物で、しかも、完璧に俺の虚をついた攻撃を
仕掛けて来る相手である。楽しみだったんだが、ネタがバレればあ
まりにも直線的な攻撃に興ざめしてしまったのである。
オースカーディナルの誓約により、鈍足化してしまった俺である
が、お陰でその身に宿す力は人智を超えた物となっている。
遅くなった動きは経験でカバーすれば良い。これほどまでに直線
的な動きだと容易に攻撃のタイミングに合わせて迎え撃つ事が出来
839
る。
両手をクロスさせ鬼の双掌に合わせて手刀を手首にお見舞いした。
悲鳴を上げながらその勢いの儘前につんのめる鬼に勢いを殺さず
肘鉄を叩き込む。
ボッという地面に鉄球を落とした時の様な重たい音がした。
鬼の心臓の位置にぽっかりと空いた穴。
ボトリと倒れて鬼は消えた。リアルスキンモードにそんな仕様は
無いので、多分冥界に戻って行ってしまったのだろうか。
え、それってまた復活するってこと?
マジか。
﹁武器は取り上げたつもりだったんだけどね﹂
﹁ただの本ですが?﹂
コレこそルールの裏をついていると言えよう。もっとも俺の持つ
装備の中で、武器と言える物なんぞ無い。
全てが神に使える上で必要になって来る物なのだ。クロスと聖書
は断じて武器じゃない。本当だ。
﹁え、だってそれでぶん殴るんでしょ? ってか誰がどう見てのあ
の大きさの十字架は武器だよね﹂
840
とオースカーディナルを指差しながら述べるプルート。
それは断じて間違ってない。
これだから暑苦しい馬鹿でかい十字架は嫌なんだ。
クロスたそは戻って来るのだろうか。エリック神父に取り上げら
れてしまったからな。クロスたそと魔力ちゃんと聖書さんの三位一
体がそろってこそ、本来の俺って感じがするというのに。
早い所コイツをぶちのめして中央聖都ビクトリアに行かなくては
ならない。
プルートの口から行っていた地獄に堕ちた神父というのにも気に
なる。どこまで腐ってんだ教団の一部よ。
ま、その地獄でも散々暴れ腐っているらしい、そこはグッジョブ。
俺の生命維持装置代わりになっている聖書だけは奪われてたまる
物か。ここは連戦である。﹁さぁこぉいっ!﹂と野球部張りの気合
いを入れてうやむやにする所存。
﹁やる気ばっちりみたいだから、冥府の鬼の釜茹で番長のボイラー
さん。行ってみよっか﹂
姿を表したのは、先ほどの鬼より二回り程も図体の大きくなった
真っ赤に茹で上がった様な鬼である。その身から汗の様に蒸気と水
滴を吹き出している。
﹁いや、俺もそうなるけど、そこまで汗は吹き出ないから﹂
はて、どうだかな。
841
例の鬼闘気という物に少し似てませんかね。と考えていると、ユ
ウジンと一瞬目が合った。彼は何とも言えない様な顔をしながらこ
の鬼を見ていた。
あえて一言で表そう。
練習後のプロレスラーだ。
これでプロレス技の一つも掛けてくれれば、センスあるよ。
すぐさま鑑定する。
地獄鬼・釜番頭
﹃地獄に落とされた咎人に灼熱の苦しみを与える溶岩の釜を管理す
る。その鬼の中でも番頭の役職に就く鬼。暑さに強いが、万年サウ
ナの様な場所で過ごしているので大変汗っかき。皮膚は真っ赤にな
っているが、コレは灼熱が故。レッドオーガとはまた違った性質で
ある﹄
マジで汗っかきだった。
鑑定で弱点とかステータスとか見れれば良いんだけどな。
そう言えば未だ精密鑑定すら覚えてない。
まぁいいや、とにかく次は先手必勝で行く。
自分の持つ速度を最大限に使って、勢いを付けた拳である。だが
コレは当て身で本来の役目は掴んで転がる所にある。
汗でべたつくこの鬼に、あまり転がして仕留める様な手段は取り
たくないのだが、いくら強化されたと言っても物理で挑むのは些か
過信し過ぎだと思う。
842
こういうのは自分のフィールドに持ち込んで勝利するに限るな。
しょ
案外、このボイラーと呼ばれる鬼の動きは鈍い。と、言うより此
方の攻撃に対してあまり興味を示そうとしていないのである。
うてい
当て身をしてみて気付く。掴んだ勢いで思いっきり土手っ腹に掌
底を打ち込んで見たが、さほど有効打にはなっていない様だった。
そうかそうか。
そんなに耐久性に自信がおありですか。
少しゲスいが、コレお見舞いしていやるよ。
一枚しか身につけていない腰布を奪って投げ捨てる。地獄に住む
魔物の革で出来ているのか、恐ろしく丈夫だった。
関係無いわいと行った風に俺の腕が万力の様に力を込めて行く。
ブチブチ打ちと音を立てて引きちぎれて行く腰布。
後ろから裸締めの要領で腕を回し、後ろ髪を毟る様に掴んで首を
極める。首太すぎてかなり一杯一杯だが仕方ない。
そして鬼の股間から差だけ出された玉二つを掴む。一瞬だけビク
ッを震えた鬼。身体の硬直が緩くなった隙に一気に全身に力を入れ
て抱え上げた。
﹁んぬああああッ!!!﹂
イビルクラーケンの一撃を止める程の贅力だ。この鬼も、それ相
応の重量を感じるが、なんとか持ち上げる事に成功。
そしてここから重力に身を任せる様に頭から鬼を叩き付ける。つ
いでに玉は潰しておいた。汚い。
843
てんぐなげ
﹁天狗投か、ゲームの中でそれ極める奴初めて見たよ。まぁ、ゲー
ムだから出来るのか﹂
そう、首と股間を極めた状態で無防備の後頭部を地面に叩き付け
る技。一見飛行機投げに見えるのだが、決定的な違いは首と股間を
極めているのと、俯けではなく仰向けに相手抱え上げる事だ。
本来なら股間は握りつぶさないが今回は鬼相手なので。
だが本来、天狗投デストロイヤーは禁止技中の禁止技なのだ。
ブツ
ってか今頃なんだけど鬼にも物はあるんだな。
ま、そりゃそっか。
﹁うわぁ∼。お前、ゲスいね﹂
﹁魂を人質に取るよりマシだと思いますけど﹂
うん、俺の言ってる事、五十歩百歩と言う奴だな。
﹁まぁいいや。ボイラーさん達地獄釜の鬼は、灼熱に耐える程の耐
久を持ってるんだ、キン○マ一つや二つ潰れた所で何ら問題は無い
よ。ほら、この通り立ち上がって来るよ。流石に今のは効いたみた
いだけどね﹂
うそーん。
プルートの言葉に後ろを振り向けば、後頭部を押さえて首をコキ
コキと鳴らしながら立ち上がって来る鬼がそこに居た。鬼の回復力
で完全に拉げた玉は一応形を取り戻していた。
844
まぁ機能が備わってるかは知らんがね。
と、そう思いながら俺は変な液体でベトベトした手を服の裾で拭
った。
ユウジンの馬鹿笑いする声が聞こえて来る。
破れた腰布を体裁を整える様にしっかりと定位置で縛り終えると、
鬼は俺に向かって﹁次はお前が耐える番だ﹂と一言。
タックルを仕掛けて来る。
ってか喋れたのね。その事実に驚きながら素も直に従う分けない
じゃないかと言う風に、半身でギリギリ躱す。
だが、腕を掴まれてしまった。
図体が急に方向転換できないだろうと勘ぐっていたのである。
掴まれた手首を振りほどく。掴まれた時に、手首を縦にして振れ
ば相当な握力が無い限り、基本的にほどけやすいよ。豆知識な。
これで躱した。と思ったら、とんでもない事が起きた。
ボイラーが、プロレスのロープワークよろしく。大きくバウンド
して此方へ再び突っ込んできたのだ。ロープのバウンドに寄ってス
ピードを更に増してな。
ラリアット。鬼の豪腕が俺に首元にクリーンヒットする。
空中で三回転程勢い良く回ってうつ伏せに倒れ込んだ。例に寄っ
て倒れ込む際にとんでもない音が響いた。
845
てか、なんでロープが⋮⋮。
プルートの連れてきたと思われる魔物共が、大勢でロープを支え
ていた。ボイラーの重さに耐えきれず、腕が千切れたゾンビ系の魔
物もある。
倒れた俺にボイラーの巨体が降り注ぐ。普通のフォールをしよう
としているんだろうが、その巨体でそれをやられると、ひとたまり
も無い。
耐久値が増した身体が重みで拉げてしまう事は無いが、最悪窒息
死だろうな。
あくまで外側だけで骨とか内臓はすぐやられるんだし。
膝を立てる。身体が動かない程にダメージを蓄積させとくんだっ
たな。
この鬼も詰めが甘いぞ。
自重によってやられてしまえと思ったが、それを察したのかその
シスターズ
図体に似合わない俊敏な動作で、身体を捻らせ俺の膝を回避しつつ
ギロチンドロップである。
そう、また首に。
呼吸が出来なくなるが、潰れた喉をすぐさま聖書が治療する。相
手に悟られない程度に。
これで俺の闘争本能に火がついた。
乗っかってやんよ糞。
846
847
採掘場での戦い2︵後書き︶
物事は引き継がれる事によって、特別な価値を持ち始める。
それは既にこの世から去ってしまった故人でも同じ、意思とは継
ぐ物の心の中で輝きを放ち続ける物である。
4:30
※書いてて気付きました。なんで俺プロレスやってんだろって。0
1/24
848
採掘場での戦い3
降って来た太い腕を押し上げる、相変わらず重たい図体だこと。
堅い地面で受けたプロレス技は、軋んで威力を分散する事無く俺に
直撃する。下が草っ原とかそういうものだったらまだマシだったの
だが、更に斜め上を行く採掘場の踏み固められた凝固な地面なので
ある。
実際そんな中にギロチンドロップする事自体、自分の身体を痛み
付けてしまう要因になるのだろうが、この鬼は人間よりも遥かに頑
丈で丈夫な皮膚を持っているようで、全く異に返さない様に自重の
技を繰り出して来る。
人間は、転んだだけで怪我をする、脆い生き物だというのに。
戦いの前提が少しおかしいとはおもわんかね。
だが、生死を掛けた弱肉強食の世界で種族さなんて言ってられな
いのである。弱者は常に強者から捕食される機会を伺われていると
いうのに。
そう、強くなくては、種の差と言う物を超越しなければ、弱者に
日の目は無い。
その食物連鎖から逸脱できうる程の能力を身につければまた、話
は違って来るのだが、それがお互いがこうして立ち会ってしまった
ら、何としてでも窮鼠猫を噛まなければならない。
鬼のフットスタンプが来る前に素早く立ち上がる。
ズドン、と凄まじい音が響く。
849
ボイラー
俺だってそのくらいの音を出せるんだからな。
地獄鬼の足の甲の急所に向けて思いっきり踵を落とす。
重たい音が鳴り響く。
ちなみに、威力が出せるとは一言も言っていない。
ハッタリなのである。
ハッタリもとんでもない程のハリボテで、衝撃自体は自分に返っ
て来るというマゾ仕様。オースカーディナルめ、聖十字が撃てない
だけでここまで俺を苦しめるとわな。
つかみかかって来た鬼を躱して後ろに回り込む。
金的に一撃。
ダメージを与えた所にはさらなるダメージを重ねるのが鉄則。
流石に少し違和感を覚えたのか、前屈みになる鬼。
延髄ががら空きの所を大きな背中を駆け上ってフライングエルボ
ー。
後頭部には様々な神経が集まっている。いや、首元を通っている
んだが、そこに強い衝撃を受けると立っていられなくなるとか、め
まいがするとかそんなレベルではない。
即、半身麻痺。そんな事が起こりうるんだ。
いや、鬼に通じるかわからないけどね。
とりあえずギロチンのお返しを俺は弱点特化で攻めてやる事にし
た。エルボーを全力で放ったら、首元に再び腕を回して、頭から自
重を使った垂直落下。
850
ティー
ディーディー
﹁デンジャラス・ドライバー・天龍だっけ。まぁプロレス技のDD
Tだけど、お前の場合フライングエルボーも一緒くたにしてるんだ
ろう。天龍落としとかでいい?﹂
天龍落とし。
カッコイイじゃん。
そう、ただただ技を掛け合うとか鬼相手にする分けない。少しで
も優位な立ち位置に身を置く為には、小技を連続して重ねて行くし
かない。
角が地面に刺さる。
頭だけで逆立ちをした様な状況だ。
コレはチャンスとばかりに、再び仰向けに担ぎ上げる。
そう、もう一度天狗投の構えに入るつもりだった。
だが、担ぎ上げた瞬間、鬼の身体が激しく震え出した。鬼は足と
腕と首、振れる物を全て振って天狗投から逃れるつもりだった。釣
り上げられた魚の様に激しく動く鬼に、俺はそのまま押しつぶされ
てしまう形で背面プレスをモロに受けてしまった。
巨体の重さに肺の空気が全部外に出される気がした。いや、もっ
と大事な臓器が口からラクダの様に飛び出す程の重みをダイレクト
に感じる。
当然骨はほとんど折れている。口から血が吹き出るのは、肋骨が
折れて内臓に刺さっているからだろうか。心臓に刺さらなくて良か
った。
851
一点を狙った攻撃は、魔力ちゃんで受け流せるのだが、流石に全
体を覆った攻撃をされると受け流す事の出来るスペースが無くなっ
て、モロにダメージを貰ってしまう様だ。
シスターズ
改善の必要があるな。
とにかく、聖書。
君たちの働きに掛かっているぞ。
鬼が不意に俺の上から退いた。とにかく抜けてしまった空気を肺
に入れる為に一度血を唾液と共に吐き出すと、仰向けになる。
先に大腿骨からくっつけときゃよかった。
脱出経路という安全マージンを作らなかった俺が間違いだった事
に気付く、少しでも酸素が欲しいという生存本能を戦闘に狂ってし
まった理性が食い止めない。
鬼が退いてしまった方向に、視線だけを動かすと、いつの間にか
用意されているポールの上によじ上って此方を見据えていた。
マジか。
鬼の巨体が宙を舞う。
空中で回転はしなかった、だがその圧倒的な質量が頭から振って
来るのだ。その角の先端に、空中で様々なエネルギーを蓄積しなが
ら俺に飛来する。
言うならば、捨て身覚悟のミサイルヘッドプレス。
地獄の鬼という種族を超越したタフネスを兼ね備えているからこ
852
そ出来る技なのである。そう、灼熱の中で鍛えた絶対的な耐久値。
俺の土手っ腹に穴があいた。
部位欠損ペナルティなんて、久々だった。超回復と言っても良い
反則的な技術を持っているからこそ戦える部隊で、様々な誓約やら
聖書の弱体化が引き起こしたこの事態。
要するに、回復が間に合ってないのである。
いや、普通常に回復なんて出来ないのにさ。
相手のステージに立つとここまで脆い物なのか。要するに戦が始
まった時点で負け。戦争を回避しなければ、火種を決して回らなけ
れば勝利できなかったのかもしれない。
853
だけど、負けたらマリアが死ぬ。
どうすればいい、考えろ。
必殺のセーフティーモード。
要するに死んだ振りだ。
傷が繁栄されてない身体を見る。コートも全く汚れていない。そ
して、この空間では一時的にオースカーディナルの誓約が解除され
る。
﹁まったく、とんでもない使い心地ですね﹂
オースカーディナルをコンコンとノックする様に叩いて、語りか
ける様に独り言ちる。俺が最終的に秘策として考えているのは、オ
ースカーディナルと再び誓約を結ぶ事である。
シスターズ
北の大地に居た頃は、空中に飛んだり跳ねたり、オースカーディ
ナルに乗ったりしていた訳だが、今では身体の誓約に聖書が追いつ
かなくなって来た。流石スペアである。
854
フォール
やっぱり、急ピッチででっち上げるのは無理があったのか。降臨
すら使う事も無く終了してしまった。
まぁバレるしな、十字架光るし。
外では、仮死状態に落ち入った俺に対して騒ぎが起こっているの
だろうか。あんまり動かない屍の振りしている俺の身体を乱暴に扱
ってほしくないが、どうしたもんか。
﹁うーむ。再誓約ですか?﹂
オースカーディナルに語りかけても答えは返って来る事は無い。
返って来るのはきっちりと誓約を躱した際に身体に掛かる負荷だけ
である。
とんだ借金取りみたいだ。
まぁ、力を借りた俺が悪いんですが。
﹁でも、仕方ない。何事にも犠牲がつきものだ。コレでゲームプレ
イに支障が出なければ良いが⋮⋮。マジでログインして重さで死ぬ
とか勘弁してほしい﹂
シスターズ
そして、俺は最誓約の文を読み上げようとした。
だが、それを邪魔するかの様に聖書が目の前を小バエの様に飛び
回る。
シスターズ
激しく点滅し、まるで何かの襲来を教える様に警告して来る。未
だこの聖書の意思がイマイチ把握できなくて大変だ。いや、言う事
はよく聞いてくれるんだけど。
855
毎度の如く初めてのお使いの様な気持ちなんだよな。
レリック
ガリ
なんか危ない物が来てるならさっさと読んじまおう。とにかく目
先の戦いに勝つ事しか今は考えては行けない。
究極的に危ない思考だが、人命第一だ。
ヤラ
﹁オースカーディナル。もう一度誓おう、更なる誓約を。⋮⋮異邦
の地より渡りし聖者は、彼の地で再び授からん⋮⋮﹂
身体が崩れ落ちた。案の定、俺に身体は持たなかった。
そりゃ耐久は並みの神父だもんな。
シスターズ
一般的な前衛戦闘職に比べたら天と地程の差だよ。
聖書がクルクルと頭上を飛び回っている。淡く光る姿がどことな
く申し訳無さそうだった。
856
これは、ダメなのか。
身体の骨が重みに堪え兼ねて折れるとかそんなんじゃないぞ。
気を抜けばブラックホールに吸い込まれる様に消滅してしまうよ
うなイメージ。
俺はこんな過激な力を求めた訳じゃない。
ガリヤラ
﹁新約。異邦の地から来られし者よ、異邦の地での約束は忘れたの
オースカーディナル
か? もう一度会おう。そう誓ったんじゃなかったのか? 愛する
シスターズ
者の為に運命の車輪を廻せ⋮⋮﹂
女の子の声が空間に響く。
おかしい、この空間には俺と聖書と巨大な十字架しか居ない筈な
のに。
光が、視界の端で光が生まれる。
そしてその光が近づいて来る度に、どことなく懐かしい様な、と
てつもなく愛おしい様な感覚が俺を満たす。
十字架の誓約で、動く事もままならなくなってしまった俺の身体
が、光に包まれてどんどん安らいで行くのを感じた。軽くなって行
857
く。
﹁もう、一人で背負い過ぎなの﹂
﹁⋮⋮フォルトゥナ﹂
フォル
運命の車輪をカチューシャの様にその美しく長い金髪に付けた少
女が俺の頬にそっと触れると微笑んだ。
初めて会った時は、どことなくあどけなかったあの少女だったが、
いつの間にか少しあか抜けた様な、新神として成長したように感じ
る。
彼女の背後でキリキリと連動し続ける歯車。
それに呼応する様に回り続ける車輪。
﹁廻そう、親愛なる友の為に﹂
﹁先駆者であり、先導者。彼の地から再び異邦の地へ﹂
自然と言葉が出ていた。
心に、語りかけてくれている。
フォルトゥナ
この絶対的な安心感。
流石運命の聖書。俺の嫁。
﹃祝福されし者﹄
声が一つに重なる。
858
肉体的にも精神的にも復活した。
遠距離恋愛は辛いね。
﹁ありがとうフォル。じゃ行って来ます﹂
﹁うん、ここならいつでも会えるっぽいから頑張って来て﹂
殺風景な部屋でごめんなさい。
ってかオースカーディナルと二人っきりとか赦せん。
シスターズ
いや、そんな事よりも、外の様子だ!
聖書のセーフティーモードももう卒業だな。
今までありがとよ。
意識が復活した。
俺は膝枕されていた。
859
﹁クボ! 死んだかと思いマシタ!!﹂
柔らかい感覚が頭部を包む。
久しぶりだな。エリー。
膝枕される俺を中心に、セバス、ユウジン、ハザードが回りの魔
物に牽制をしている様だった。
﹁グッドタイミングだぜ! 回復厨のクボが逝ったら俺どうしよう
かと思ってたんだけど、その様子じゃ、運命の聖書のお陰って奴か
?﹂
完全に回復した俺を見て、ユウジンが言う。
・・・・・
﹁冥界の王か。神父、お前は本当に持っているな﹂
﹁ええ、本当ですよ。でも不死身の神父が死にかけているなんて衝
撃でしたよ﹂
クククと笑うハザートとウンザリした様にセバスが言う。
俺だってな、知らなかったんだよ実際。初めはただ採掘場を襲っ
た何かを倒す為に来た様なもんだったからな。
実際、罠だったみだいだけどな。
もっときな臭い匂いがあるのかと思っていた、それこそビクトリ
アの邪神の影絡みでな。
﹁コレを着てクダサイ。やっぱりコレがないと神父じゃありません
860
カラ﹂
そう言ってエリーが懐かしきあの黒い神父服を渡して来る。早速
だが早着替え、手慣れだ動作で身につけて行く。服自体の作りは簡
単な物なので戦場と言えどこんなふざけた事が出来るのである。
﹁おい、なんか湿ってるんだけど﹂
﹁手汗デス。気のせいデス﹂
﹁あれ、凪は居ないのか?﹂
あとラルドも。と俺は、キョロキョロしながら回りを囲む皆に尋
ねた。
﹁ああ、そこだよ﹂
と、ユウジンがバジリスクと睨み合っている巨大な深緑色のドラ
ラルド
ゴンを指差した。怪獣戦争さながら、一体何食べたらそこまでデカ
くなったと言える程の走竜種がそこに居た。
﹁ちなみに目は酔っぱらいが守ってるから﹂
とユウジンが呆れた様に呟く。
竜車の窓から、真っ青な顔をした眼鏡っ娘が肩で息をしながら顔
をのぞかせていた。
﹁おろろろろろろろ﹂
﹁あっ﹂
861
今回は汚物処理班が居ない。曝け出された汚物は、飛沫を上げて
竜車を汚す。セバスに説教されるぞ、俺知らないからな。
奇跡だ。
ぶっちゃけるとかなり奇跡が起きたんじゃないかと言える程、昔
のパーティが揃ったよね。
ってか、なんでここで揃うの?
もっとラスボス前とかで揃っても良かったんじゃないの?
いや、ありがたい。
号泣してしまいそうなくらい、皆が来てくれた事によって拓かれ
たマリア救出への道。もう不覚は取らない。
俺は既に死を超越している。
冥界デストロイヤーなんだ。
862
決着︵前書き︶
今回は5千文字程です。
863
決着
勝利条件は、拘束されたマリアの魂を奪還し、今だジンの腕に抱
かれて眠るマリアを救出する事。それさえ達成する事が出来れば、
ブレッシングフェイト
セーフティース
プルートを倒さなくても最悪この冥界の魔物地獄から離脱すれば良
い。
オペレーション
まぁ、天に召してやるがな。
オートヒーリング
﹃自動治癒・運命操作、運命の祝福﹄
ペース
自陣の受けた傷は、即回復。今まで、自分専用だった物が精神空
間に常駐してくれているフォルの手によって、効力範囲が引き延ば
されている。というより、俺が意識を向けて回復する必要がなくな
った。
運命の祝福は、即死攻撃を受けた場合、運命改変を行い一度だけ
無かった事に出来ると言う物だ。精神補正極大である。
ここへ来て、ちゃんと補助職として機能している様な気がする。
初期の能力よりも格段にパワーアップしている感じがするな。
でも前衛職です。
脱ぎ捨てたコートの腹部は、大きく破れて穴があいていた。神父
服に腕を通した事で、なんだか気分が高揚して来た。やっぱり長い
間お世話になった高性能神父服がないと神父として力を発揮できん
のではないか。
864
地獄鬼ボイラーに向き直る。鬼闘気で鬼化したユウジンとエリー
の精霊フェンリルが睨み牽制していた。
フォール
﹁ユウジン、降臨で十字架思いっきり光らせるから、刀取って来た
ら?﹂
﹁おっけ﹂
そう一言、ユウジンと俺は交代する。フェンリルの隣に立ちその
身体を撫でる。しっとりとしていて冷たい感触が伝わって来る。だ
が、清らかな暖かさを内側に宿しているようだった。
心強い。
﹁力比べですね。お互い本気出しましょう﹂
鬼に言う。
最初は降臨使わないでやる。
お互いが走り出し、巨体と小さな俺の身体が打つかり合う。身体
が軽い、あの無限の苦しみの様な重さから解き放たれた俺は、少し
だけスピードが復活している気がした。
打つかった衝撃で、俺ではなく鬼の方が後ろに仰け反った。
耐久値にプライドの様な物を持っていたこの鬼相手に、巨体と種
族の利を活かして来た相手に、相手の用意したステージで完全にプ
ライドを圧し折ったとも言える。
865
イビルクラーケンの足を受け止めた事があるから、体表の堅さな
ら自信あったんだが、完全にしてやられたからな。この角が邪魔な
んだよ。
角を握る。
嫌な予感がしたのか、角を握ると顔面に拳が飛んで来た。空いて
る手で弾いて受け流す、今までに無い焦り様である。
圧し折ろうとしたが折れなかった。
だが、折ろうとした試みが感触から伝わったのか、鬼の焦り方が
半端無くなって来た。どうしても折られたくないようだ。
腕を振り回して必死に脱出しようと暴れている。俺は角を掴んだ
まま上下に振った。重たい頭と頑丈な首をぐわんぐわんと揺さぶる。
脳を揺らしたお陰か、若干抵抗に勢いが無くなった。
フォール
﹁降臨!﹂
そのままの勢いで俺の腕力は更に上昇する。そう、オースカーデ
ィナルの誓約で状していたステータスが、更に降臨によって精神値
依存になったからだ。
そして根元から俺の腹に穴をあけたこの堅い角を圧し折る事に成
功した。
﹁グゴオオオオオオオオ!!!!!﹂
今まで一度も上げた事の無かった鬼の悲鳴である。
鬼の身体が萎んで行く。
866
あれだけ大きかった身体が、骨と皮と胃下垂のように垂れ下がっ
た内臓だけになってしまった。地獄の鬼っぽくなったな、素晴らし
く飢えている感じが伝わって来る。
ヘブンゲート
﹁天門﹂
すっかり以前の面影を無くしてしまった鬼の後ろに光の門が開か
れる。よぼよぼの顔面を蹴り飛ばして、天門の中に飲み込まれて行
った。
まぁ、勝負自体は面白かったし、天国で番頭でもやってると良い
よ。
温泉とか多分あるんじゃない?
そして一つの戦いが終った俺はプルートに向き直る。
﹁ははは、乱入戦って見てる方は面白いけど。当事者になるとアレ
だね。めっちゃ胸くそ悪いね。あーあ、せっかく用意したステージ
も崩されちゃったし、今激おこだよ激おこ。わかる?﹂
ブツブツと呟くプルート。
867
俺の回りでは冥界から次々湧いて来る魔物と仲間の混戦が巻き起
こっている。ハザードは杖と剣だけで無双し、エリーは精霊魔法で
回りを凍らせる。ユウジンは無事天道を取り戻して次々と一閃して
行く。
セバスはジンの元へ行き、マリアの様子を確かめていた。マリア
の身体から薄らと魂の尾が伸びている様に見える。
何だコレ、初めて見る物だ。魔力のパスとは違うもの。
弱々しく伸びる光、それはプルートの浮かべる彼女の魂に繋がっ
ていた。どうにかしようともがいているが、束縛された魂は、どう
する事も出来ないでいる様だった。
シスターズ
胸元が震える。
聖書が勝手に浮かび上がり、マリアの元へ向っていった。
シスターズ
視覚化された魂の尾は、聖書によって少しだけ光を増し、丈夫に
なっているかの様に思えた。
そうか、助けたいよな。君たちも。
﹁俺が誰だか忘れてない? 一つの世界を束ねる王だよ?﹂
そう言うと、プルートは腕を振るう。大混戦を巻き起こしていた
数々の魔物達が、力を失った様に倒れ、ボロボロと崩れ出した。戦
っていた仲間達も状況に狼狽えている。
だが俺には見えた。
腕を振るった瞬間、魔物達の身体の中からブラックライトの様に
ぼんやりと光る丸い魂が抜け出て行き、プルートの頭上に集まって
868
行くのを。
そしてその集まった魂が地面に浮かび上がった巨大な魔法陣の中
に沈んで行き、邪悪な輝きを放つ。
最初は地獄鬼よりも巨大な腕が魔法陣の中から飛び出した。そし
て巨大な手で、鋭利な爪で地面を捉えると、這い上がる様にしても
う片方の腕も飛び出してくる。
そして徐々に凶悪な顔と漆黒の角を持った頭が顔を出し、雄叫び
が上がる。
﹃ゴオオオオオオオ!!!!!﹄
地獄の底より響いて来る様な雄叫びと共に遂にトンデモナイ魔物
がこの世界に召喚されてしまった様だった。
﹁ベヒモス。コイツら食べていいからね﹂
プルートの声に喜ぶ様に声を上げるベヒモス。
直感だが、コイツはヤバイ。そう思った。
地獄の悪食・ベヒモス
869
﹃地獄に落とされて永遠の苦しみの中再び死んで行った者を主に食
べている。ベヒモスに食べられると輪廻転生に再び戻る事は無い。
魂の影も形も無い程に腹の中で消滅させられてしまう。※被捕食ペ
ナルティ有り。レベル、ステータス半減、才能消滅﹄
こいつはとんでもねぇ!
初めて見る項目。被捕食ペナルティって⋮⋮。
才能消滅って、失ってしまったら一体どうなるんだ。
だが、戦うしか無いのである。
幸い俺には中途半端な才能しかないから、失っても構わない。レ
ベルアップ時精神値上昇補正なんて無くても別に大丈夫だからな。
何かあれば、俺がデコイになろう。
﹁神父、召喚魔法陣の術者を倒せばベヒモスは強制帰還できる。俺
らで押さえてるからお前に冥王を任せたぞ﹂
﹁ですが、捕食されたらレベル、ステータス半減と才能消滅があり
ますが、大丈夫ですか?﹂
﹁大丈夫だ。俺には才能が無い﹂
870
そう一言。ハザードは召喚魔法を唱える。
ディーテ
﹁契約召喚・悪魔大王﹂
出現した巨大な魔法陣にハザードの指先から一滴の血が垂れる。
ぽとりと、召喚魔法陣に吸い込まれて行く。
ってか聞いた事ある名前だな。ディーテ。
コウモリの羽の様な物が四枚程、先に出て来て、羽ばたく様にし
て巨大な茶黒い色をした悪魔が夜の闇に躍り出た。
﹁ふむ。懐かしいと思えば、ハデスのせがれか。何をしておるこん
な所で、さてはサタンに冷やかされたな?﹂
﹁ゲッ、悪魔大王じゃないか。悪魔界からしばらく姿を消してたみ
たいだから死んだと思ってたよね﹂
﹁我が死ぬ事は無い。永遠の闇の中で永遠の時を過ごすのみ﹂
﹁ハハ、殺して上げようか?﹂
﹁ふむ、前より力が凶悪になってるな。今まではベヒモスすら手懐
けられなかった小僧が⋮⋮コレは邪神か﹂
お互いが知り合いだったのか、だがその仲は良さそうに見えない。
それに水を挿す様にハザードが口を挟む。
﹁おいディーテ。お前の相手はベヒモスだ。なんとかしろ﹂
871
﹁お前と血の契約はしたが、たったこれっぽっちじゃ一瞬しか加勢
できんぞ?﹂
ディーテの言葉に、ハザードは﹁それでいい﹂と一言告げた。そ
れに了承する様にディーテが構える。
痺れを切らせたベヒモスが四枚の羽根が目立つディーテに突撃し
て行く。そして捕食しようとその大きな口を目一杯に広げて喰らい
つく。
﹁この悪食は神すら喰らいかねん。扱いを間違えぬ事だな。ハデス
の不在もそうだが、何かがこの世の天秤を大きく揺り動かしている。
異邦の地から来られし者達よ、我は中庸を貫く。どちらにもつかぬ
が、居心地が良いのが好みである。上手くやられよ﹂
角を掴んで巨大なベヒモスの突進をいとも容易く受け止めると﹁
ハデスに尻でも叩かれろ﹂とベヒモスを振り回してプルートに放り
投げてディーテは消えた。巨体がバジリスクを押し潰す。プルート
は慌ててバジリスクの上から飛び降りていた。
俺はその混乱に乗じてプルートに接近する。
これは、魂をかすめ取るチャンス。
ユウジンもそれを判っていたのか、俺と共に並走する。
エリーのフェンリルが吠えて轟音と共に倒れこむベヒモスに氷塊
を落とす。
﹁夢幻封陣、ディメンション・ミニチュアバベル﹂
召喚した賢鳥・リージュアに乗って、上から六本の杖が巨大な魔
872
法陣と共にベヒモスを覆う。四代元素属性にプラスして光と闇。そ
の六属性で夢幻なのか。それとも六元なのか。
そして以前のプレイヤーズイベントよろしく、再びバベルの塔が
飛来した。このレベルの敵には世界くらいの遺物じゃないと効かな
いと見たらしい。
毎回思うんだけど。
どこでそれ拾って来るの?
ゲームのクエスト消化率がかなり高そうなハザードである。
ベヒモスは怒り狂っている様だった。巨体を転がされるなんてプ
ライドが許さないんだろうか。酷い金切り声や雄叫びを上げながら、
起き上がろうとジタバタ採掘場に土煙を巻き起こしている。
夢幻封陣が起き上がる事を地味に阻止しつつ空いた土手っ腹に攻
撃を加えて行く。セバスはジンとマリアを竜車の中に連れて行った。
凪が居る限り、そこは安全地帯だろう。ウィズが守っているからな。
ユウジンが恐ろしい殺気を漂わせながら、プルートに肉薄しその
首を一閃する。だが、プルートもギリギリでそれを感じ取ったのか
全力で躱していた。
ユウジンの舌打ちが聞こえる。
﹁あぶなっ! 死ぬかと思ったよ。俺死なないけどね﹂
873
ってかユウジン、マリアの魂の尾に擦りかけてるぞ。
あ、そっか見えてないのか。
マズくない?
魔力斬れるんだよな、アイツ。
﹁だーかーらーねー! 鬱陶しいよ? 俺は死なないから意味ない
んだよ?﹂
奇遇だな。俺も死なないよ。
攻撃を躱しながらもウンザリした様に呟くプルートに更なる連撃
をお見舞いして行く。オースカーディナルも使って攻撃を加えて行
くが、受け流される。
片手には魂を持っているので、未だに片手であしらわれている俺
達二人。
かなり格上だよ。
実際戦ってみて判る。
だが、せめてこの魂だけでも取り返せたなら。
フラウ
雪精霊がフラッと視界に入って来る。
﹁なにこれ?﹂
疑問を浮かべた様な顔をするプルートに、少女の笑い声の様な者
が一瞬響くと、その眼球を一つだけ凍らせた。
874
﹁うわっ!﹂
かなり魔力を失ってしまったようで、地面にそのまま落ちて行こ
うとする雪精霊を魔力ちゃんで摑み取って優しく浮かせる。
グッジョブ。これで隙が出来た。
ユウジンが魂を持っている左腕を切り落とす。
魂が零れ落ちる。
今にも割れてしまいそうな程の弱々しい魂を地面に落ちる前に慌
ててすくい上げる。だが、プルートの腕が、残っている方の腕が、
魂を取り返そうと差し迫って。
身体を攻撃との間に入れ籠む様にし、そのまま目の前にいたユウ
ジンにパスした。
結果的に俺の心臓を貫いたプルートの腕。
﹁脈々動いてるね。ククク﹂
後ろから貫かれて、そのまま心臓を奪われた。そして視線を下げ
るとさっきまで体内に収まってたはずの心臓が鼓動を刻みながら外
界に曝け出されていた。
初めて見たけど、意外とピンクなんだな。
﹁⋮う、ジン⋮⋮!﹂
875
︵魂を早く︶
声にならない。ユウジンに託した魂を早くマリアに持って行って
ほしかった。後は運命の聖書がなんとかしてくれる筈だと、念話を
送る。
俺の意識が途切れる前にな。
﹁あは、これ、握りつぶしたらどうなるんだろうね? ね?﹂
耳元で囁かれる。
んなもん、死ぬに決まってるだろ。
凍って使い物にならなくなったプルートの眼球が、ガリガリと嫌
な音をたてながら俺の方を向く。
﹁だけど、お互い様です﹂
体外に出た心臓をプルートが握っている事で、治療が出来ない。
新しい心臓を作るにも、まだ元の心臓が生きているから無理だろう。
血流が送られなくなって、意識が途切れる前に、決着を付けなけれ
ばならない。
殺す算段は別の思考回路で立てておいた。
せっかく、神すら食ってしまう程の悪食が居るんだ。
876
俺の力と、マリアの命。
天秤にかける程も無いね。
﹁飼い犬に手を噛まれるって、こういう事を言うんですね。糞ガキ﹂
プルートの俺を貫いた腕をしっかりと抱きしめて固定する。そし
てそのまま、丁度こちらを向いて雄叫びを上げるベヒモスの口の中
へ。
﹁ちょっ! くそっ! はなせ!!!! やめろ! やめろやめろ
やめろやめろやめろってば!!!!!﹂
焦り狂ったプルートを無視して、まるで泣きわめく赤子におしゃ
ぶりを与えるかの様に、ベヒモスの大きく暗い口の中で俺達二人は
飛び込んで行った。
877
878
決着︵後書き︶
作中でオースカーディナルのお陰で力が増しているとクボヤマは
思っていますが、実際はSTRに補正が掛かり、AGI、VIT、
HPはマイナス補正になります。著しく生命力が無くなるのですが、
それによってMIND上昇促進補正があり、精神値の臨界点を突破
する事が可能です。
イビルクラーケンの一撃を受けきる程の耐久値と勘違いしてます
が、耐久値は前よりも更に低くなって、ただ力が増したお陰でぶつ
かり合いがたまたま均衡して押さえたかに見えただけです。
降臨は、他ステータスを精神値と同じあたいにするので、オース
カーディナルによって更に伸びた精神値の分、力が増しています。
が、気付いてません。
要するにただの苦行です。全身に麻酔を投与して痛くないもんね
ーしてるだけだと判りやすいと思います。
お分かりかと思いますが、運、精神がかなり大きな要素になって
います。病は気からとかプラシーボとか思い込む力とは偉大ですか
らね。
お腹痛いと思っていればお腹痛くなって仕事もサボれます。プラ
シーボ効果で実際にお腹痛くなってるのでサボりじゃないですよ。
お腹が痛いんです。トイレ行ってきまs
879
奪われた心臓
暗がりの中、どろっとした様な物に包まれる。それが潤滑液の様
な物になって、俺の胸を貫いていたプルート腕は自然に抜けていた。
だが、奪われた心臓は未だ彼が握っている。
お互いが暗闇に包まれて、互いを目視できなくなる間際。プルー
トと目が合った。彼は壮絶に恨みを込めた目線をこちらに向けてい
た。だが不自然に口元は笑っていた。
ひとえ
これで終らないからね。と、彼の口は動いていた。
偏に握りつぶしてしまえばペナルティを受けずに済む物を、彼は
心臓を大事そうに抱えたまま、ベヒモスの腹の中の闇に溶け込んで
行った。
同時に俺も暗闇に包まれる。
この感覚が、落ちているのか昇っているのかすら判らない。
十中八九、落ちているのだろうが。
阿鼻叫喚する声が暗闇に響いている。喰われたモノの魂の叫びな
のだろうか。ベヒモスの腹の中は、一体どこに繋がっているのだろ
うか。
身体を何者かに掴まれる。
880
手を、足を、耳を、髪を、爪を。身体のありとあらゆる場所を無
数の手がまさぐる。まるで俺の身体を求めて争っているかの様だっ
た。
物理的に身体を削ぎ落とされている様な感覚と共に、身体中から
エネルギーが奪われる様な感覚も広がって行く。
この無数の手が、俺の力を削ぎ落としているのだろうか。
被捕食ペナルティの演出だとしても恐ろし過ぎるだろう。
眼球を抉られる感覚がある。
既に視界は真っ暗で何も見えないというのに。
強欲な手だ。
そして意識すらも無数の手によって散り散りに引きちぎられてし
まった。
881
目が覚める。
死に戻りの感覚は久しぶりだった。
ローロイズの教会にある宿舎のベッドから上半身を起こすと、自
分の胸部に視線を向ける。神父服を脱いで確認してみた。
穴は無い。
だが、恐る恐る手を当ててみる。
自分の身体なのだから、手を当てるまでもなく、脈打つ鼓動の感
覚が無い事に気付いていた。ただ単に手を当てたのは、その現実を
受け入れる事が怖かったからだ。
鼓動は、聞こえない。
クロス
ベッドから勢いよく立ち上がると、宿舎にいつでも祈れる様に掛
けてあるただの十字架を手に取って、その先端を勢い良く自分の心
臓に突き刺した。
血は、流れない。
俺の身体は、一体何が動かしているんだ。頭の中で様々な考えが
巻き起こる。だがそれと同時に心臓という掛け替えの無い物を失っ
た焦りが今になって押し寄せて来て、思考を鈍らせる。
ポケットから取り出した、運命の聖書は無事だ。俺は何かに縋る
様に、聖書を開くとベットに倒れ込みセーフティーモードを展開さ
882
せる。
﹁クボ!!﹂
意識の部屋に入った途端、フォルトゥナが俺を抱きしめる。俺は
絶望してしまった人の様に膝立ちになって精神世界に来ていたみた
いだった。精神が大分消耗している証拠である。
フォルトゥナの胸に抱かれて、俺はようやく落ち着く事が出来た
みたいだった。流石聖書さんと呼ばれた俺のバイブル。
﹁私の心臓が何処にあるか、わかりますか?﹂
﹁ベヒモスの体内で、プルートも命がけで冥界へと脱出した様なの。
私と絶対に切れない繋がりがある心臓の位置が冥界へ移動したのが
証拠﹂
でも、とフォルトゥナも泣きそうになりながら続ける。
ワールド
﹁立った今、貴方の心臓に永遠の死と呼ばれる種子が埋め込まれた
イーター
の。発芽までに二十四時間、貴方のエネルギーと吸った種は、世界
蝕樹と呼ばれる最悪の魔物に成長してしまう恐れがあるの。貴方の
死と引き換えに﹂
フォルも残酷な言葉だと知っていながら、覚悟を極めて言ってい
883
エネルギー
る様だった。俺の心臓に埋め込まれた種子は俺の膨大な精神値を吸
いながら成長して行き、その規模は世界樹と対になっていると呼ば
れる蝕樹へと成長してしまう程だと言う。
世界の魔素や人の生命、希望その他諸々吸い尽くせる物全てを養
分とする蝕樹。その性質は世界が枯れ果てるまで吸い尽くし、そし
てまた、己も枯れ果てて消えると伝説に残されているらしい。
あえて希望的観測を言うなれば、だ。
まだ世界は終っちゃいない。脈脈を歴史を刻んでいる状況でその
伝説は尾ひれがつき過ぎていると言えよう。
そう、失った心臓は取り返せば良い。フォルトゥナと話している
お陰で減ってしまった精神値が徐々に補正されて回復して行く。
それでも、絶対値は半減しているがな。
過ぎてしまった事はどうしようもない。
﹁24時間は短過ぎる⋮⋮。なんとかならないのですか?﹂
﹁運命操作で72時間にまで伸ばせるけど、貴方はセーフティーモ
ードで過ごさなければならないの﹂
要するに、一度仮死状態にして遠くに繋がる心臓へのエネルギー
伝達を最小限にして種子の発芽を鈍らせる事なら可能なんだそうだ。
容赦なく吸い取って来る種子に運命操作で抗っている状況らしい。
直接の心臓がこの場にあれば、まだ手立ては出来たという。
が、何を言っても取り返さない限り始まらない物だ。
884
猶予はない。
一度精神空間から出て、皆に状況を伝えなくてはならない。
目を開けると、俺のベッドの回りに皆が居た。エリー、マリア、
ジンがそれぞれ涙を溜めながら、復活した俺に抱きついて来る。
﹁良かッタ!! もう二度と目を覚まさないかと思ッタ!!!﹂
﹁クボ、ありがとう。ありがとう⋮﹂
﹁神父様あああああぁぁああ!!﹂
身体がだるい。デスペナルティにプラスして、被捕食ペナルティ
が加わっているのでそれはそうか。幸運だった所は、オースカーデ
ィナルの誓約も一部消滅した事だった。
力が半減した俺の身体に、あの誓約がのしかかっていたら目覚め
た瞬間死。という恐ろしい現象が起こりえたかもしれないんだ。
まぁ、フォルがそれをさせないだろうけどな。
885
﹁死に戻ってるのに目を覚まさないなんて、肝が冷えたぞ﹂
ユウジンが言う。だがしかし。
﹁いや、これを見ろ。みんなもこれを見てください﹂
俺はいつの間にか胸から抜けていたクロスを手に取ると、おもむ
ろに自分の腕に突き刺した。心臓にブッ刺すのは刺激が強いからな。
女性陣から小さな悲鳴が上がる。皆一様に、俺の身体のありのま
まを見て目を見開いていた。
﹁血が、出ない?﹂
様々な場所で治療を行って来た実績のあるマリアがいち早く異変
に気付き、俺の胸に耳を当てた。手首にも指を当てて脈を測ろうと
している。
﹁脈がないわ。一体、どうなっているの⋮?﹂
﹁奪われた私の心臓は、プルートが持っています。私の心臓からエ
ネルギーを吸い取り24時間で発芽する永遠の死と呼ばれる種子。
それは世界蝕樹と呼ばれる伝説の魔物に発展する可能性があります﹂
俺は説明する。
猶予は三日間だけであると。
﹁それまでに冥界に行かなければ⋮なのですが、タイムリミットを
三日間に引き延ばす為に、私は仮死状態にならなければならない。
886
みんな、頼めますか?﹂
俺は静かに皆に告げた。
﹁まかせとけ﹂
ユウジンが俺の手を掴みながら言う。その手から彼の熱い想いが
伝わって来る様だった。そうか、彼も至近距離で見て傷んだもな、
俺の心臓が奪われる瞬間を。
だがしかし、助太刀よりもマリアの魂を優先したのは俺だ。
責任を感じないでほしい。
ラルドの拡張された竜車内のベッドで俺は仮死状態、セーフティ
ーモードに突入した。可能な限り、種子の発芽を引き延ばすのが俺
の役割だ。
﹁さてと⋮みんなを信じて私は精神修行をするとしますか﹂
﹁私も手伝う∼!﹂
フォルの頭を撫でながら、広い空間へと出る。相変わらずオース
カーディナルが太々しく居座っているこの空間。
精神値上昇補正の才能が無くなった今、元の水準まで取り戻すに
は今までの五倍以上の時間が必要だろう。
次にこの空間から出る時は、心臓を取り戻す時である。
887
その時に戦いを避けて通れるのかと言ったら必ずしも通れる物で
はない訳で、事前に出来る限りの準備をしておかねばならない。
まぁ、実際に出来る事と言っても、精神修行のみしか出来ないん
だが。
それでもやるに越したことは無いからね。
才能を失ってしまったが、俺にはオースカーディナルと呼ばれる
とんでもないマゾ武器がある。これの誓約を極限まで我慢できる程
になれば、耐久値も攻撃値もかなり跳ね上がって入るんじゃないだ
ろうか。
フォルトゥナトレーナーの管理の元、俺はビルドアップと呼ばれ
る我慢大会に突入した。
888
奪われた心臓︵後書き︶
前回も説明しましたが、オースカーディナルの使い方は攻撃力が
上がるとかじゃなくて、誓約による更なる精神値の修行と言う物で
す。
本人は誓約をキツい物にして行けばして行く程、自身の力にフィ
ードバックして行くと勘違いしています。
そして次からはクボ視点では無くなりますので、ご容赦を。
889
冥界へ
﹁迷宮に行って、一体何をするつもりなんだ?﹂
﹁それは言えん﹂
ローロイズから、仮死状態に突入してしまったクボヤマを竜車に
ほそう
乗せて、その他パーティのメンバーは魔法都市アーリアに向けて魔
法鉱石の物流の為に舗装されたばかりの街道を疾走していた。
セバスが巨大化したラルドを駆る。スピードはもちろん、その持
久力も相応に増しており、最早走竜種の中でも上位に位置する存在
となっているラルド。この調子で行けば一日程で魔法都市へとたど
り着けるとセバスは目算していた。
そんな竜車のキャビンの上で、風に当たりつつ辺りを警戒してい
るハザードとユウジンである。
なぜ、魔法都市へ向かっているのか。
それは、ハザードが冥界へ行く当てがあると断言したからである。
クボヤマが眠りについて小一時間程話し合った結果。
冥界への行き方から模索しなければならないという絶望的な状況
の中、口数の少なかったハザードが決意した様に呟いたのである。
﹃冥界への行き方なら⋮ある。だが、魔法都市まで向かう必要があ
る。三日で間に合うのか判らない﹄
﹃ですが、他に方法の検討もつきませんので。ハザード様、貴方の
意見に賛成です﹄
890
﹃そんな方法があるの? 私は邪神の居る大陸にヒントがあると思
うのだけれど﹄
﹃マリア。どれだけ遠いかわかってるのか?﹄
﹃知ってるわよ⋮でも、他に方法が思い浮かばないの﹄
﹃大丈夫だ。魔法都市の迷宮に行けば判る。ただし、三日で間に合
えば良いが﹄
﹃今からラルドが飛ばせば、丁度1日半程で付けると思います。検
問や盗賊などの障害が途中に無ければですが﹄
こうして、魔法都市行きが決まった。藁にも縋る面持ちを隠しき
れない様だったが、とにかく行動しなければ始まらない。
最悪、死に戻れば良い。
という楽観的な考えは、皆の中には存在しなかった。
被捕食ペナルティと言う物の存在。
レベルやステータス半減というペナルティより遥かに重たい才能
消滅ペナルティ。これが何を意味するのかと言えば、強制キャラク
ターデリートを予感させる。
流石にゲームの世界でそれは無いだろう。
と思わない方が良いという結論である。
リアルセカンドライフとも呼ばれる本当に世界に存在している感
覚から言えば、かなり特殊な状況での強制キャラデリペナルティは、
この運営はやりかねない。
やりかねないのである。
891
舗装された道には商隊を狙った盗賊や、人の匂いを嗅ぎ付けた魔
物が虎視眈々と通り行く人々を狙っている訳だが、運がいい。
巨大化したラルドの存在は生半可な魔物と盗賊を寄せ付けずに済
んでいた。
妙な緊張感の中、竜車は進んで行く。
魔法都市への入国を済ませた一行は早速魔法学校内の迷宮を目指
す。特待クラスのアリアペイは有効だった。ただしユウジンとマリ
アとジンは持っていなかったので、ゲスト用アリアペイの発行の為、
学校長グリムの元へ無理矢理押し掛けた。
﹁ほっほ、久しいのぅ。儂の事は覚えておるか?﹂
﹁今そんな事してる場合じゃない。学校長、コイツらが暗黒迷宮に
行けるだけのアリアペイを発行して欲しい﹂
892
﹁何かあったのかね⋮⋮?﹂
教育者の域を超えた洞察力と観察眼を持つグリムは、ハザードの
顔を見てただならぬ事態を察した様に真剣な口調になる。
﹁クボヤマの心臓が冥王に握られている﹂
﹁プルートか。奴は陰湿じゃ、気をつけて行って来い﹂
ハザードの一言だけで大まかな情報が読み取れたのか、学校長は
すぐさまゲスト用のアリアペイを発行する。
﹁そこの侍は、クボヤマのアリアペイを使えるぞ。クボヤマが以前
いつでも学校に来れる様に共有化してるようじゃったからの﹂
﹁クボ⋮﹂
クボヤマのアリアペイを受け取ったユウジンに染み渡る様な深い
感情。彼は誓う、必ず助け出すと。
囚われた親友を助け出す為に。
﹁あ、おい。ブレンド商会からの入金なんかおおくねぇか?﹂
893
﹁ああ、とりあえず留守中にアリアペイに入れておけと言葉をもら
っていたんじゃった。貯金にもなるじゃろうから、儂が善意でぶち
込んでおいてやったんじゃ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
一行は、暗黒迷宮へと足を進めた。暗いのが少し苦手なのか、ジ
ンはマリアの腕に抱きついたまま雑魚悪魔を秒殺で仕留めなら奥を
目指す。
この時点で残す時間はあと一日を切っていた。
冥界へ行くまでで二日である。そして、冥界からプルートの場所
まで一体どれだけの時間が必要なのか。
かなりの不安が皆を一様に襲っているのだが、誰一人として口に
出す事はしなかった。口にするだけで、現実になってしまいそうで
怖かったからだ。
894
一番の心配を見せていたエリーも、固く口をつぐみ前だけを見据
える。とにかく余計な動きはしない様にと、徐々に中級へとクラス
を替えて行った悪魔達を凍らせて放置している。
だれも一言も喋らない時間が更に時間を加速させる。退屈な時は
秒針の速度がうんざりする程に遅く感じるのに、過ぎて欲しくない
時間だけはどうしても早く過ぎてしまう様に感じる。
時計はただただ一定の速度で刻み続けているだけなのに。どうし
ようもない苛立から何もかもに当たり散らしてしまいそうになるの
をエリーは堪えている。だがみんな同じ気持ちなのである。
﹁⋮⋮まだか?﹂
業を煮やした様に言うユウジン。声に苛立を隠すつもりは無い。
﹁⋮⋮⋮⋮ここだ﹂
かなり暗闇の中を歩いて来ていた様だった。
沈黙の中ハザードがようやく口を開く。
道を照らしていた光魔法の杖の光度を上げて先を照らす。
そこには、大きな空洞があり、四枚の翼を持った焦げ茶色の巨大
な悪魔が頬杖をついて寝転がっていた。
﹁珍しいな、お前からここに来るなんて。何かあったのか?﹂
ディーテ
﹁冥界へ連れて行け。悪魔大王、お前なら出来るだろう﹂
895
採掘場での戦いの時、ハザードがベヒモスに対抗して召喚した強
大な悪魔がそこに居た。その悪魔に向かって、ハザードが言い放つ。
全ての悪魔がひれ伏して、人間でも聞く人が聞けば、恐れ戦くその
存在にである。
りんしょく
﹁はっは。悪魔に何かさせたいのであれば、契約を結べ。吝嗇なお
前が、一体何を差し出すのか?﹂
召喚時が血の一滴だった事を根に持っているのか、嘲笑う様にデ
ィーテが言う。召喚とは違うその迫力に女性陣はゴクリと息を呑ん
だ。
ユウジンは、交渉が失敗すれば全力を出してねじ伏せるつもりだ
った様で、かなりの闘気をその身の内で練り込んでいる。
﹁良いだろう。俺の覚悟を見せてやる﹂
ハザードは荷物を降ろした。そのボロボロのフードを脱ぎ捨て巻
き付けていたバンテージや包帯を解くと、彼の身体に刻み込まれた
賢人の紋様が剥き出しになる。
﹁賢人の紋様だ。くれてやる﹂
﹁⋮⋮賢人の塔を昇り切ったもののみに刻まれる紋様か。何故その
ような物を?﹂
﹁良いから受け取れ。そして俺達を冥界のプルートの元へ連れて行
け﹂
ディーテの質問を無視するハザード。その表情はまっすぐとディ
ーテの赤く光る目を見据えている。
896
﹁いいのか? 賢人の能力が使えなくなるぞ?﹂
悪魔は誘惑の質問を投げかける。その言葉には人を惑わす呪いが
込められているのだが、ハザードはそんなディーテの言葉にも揺れ
る事無く視線で返事を返した。
﹁流石我と契約しただけあるな。良いだろう、契約成立だ。その賢
人の紋様は俺が弄らせてもらおう。だが、世界が認めたソレを我が
奪う事は不可能なんでな﹂
ディーテの真っ赤な目が不気味に光る。
ア
ア
ア
!!!﹂
ハザードの紋様が血の様に濃く赤く重たい光を放っている。
﹁ふぐッ、ぐ⋮あ
普段あまり喋る事の無いハザードが、うめき声を上げて膝を付く
と悲痛な悲鳴を上げた。シュゥゥと紋様から硫酸で物を溶かした時
の様な音が回りに響く。
赤く光っていた紋様は次第に輝きを失って行った。
﹁賢人の紋様に、魔人の印を刻んだ。ハザード、もう一度問う﹂
何故、賭けたのか。とディーテは静かに言い放った。嘲笑う様な
態度はそこには無い。悪魔の誘惑もなにも籠っていない、ディーテ
の真の言葉だった。
﹁友だからだ。仲間だから。それ以外に理由なんかあるか﹂
897
痛みに苦しみながら、ハザードはそう言った。
その性格と物腰から、ノーマルプレイヤーの時から人間関係で苦
労していた。味方はロバストだけ。信頼を置けるのは彼とそのギル
ドの一部だけだった。
だがそれは本当の信頼と呼べるのか。ロバストは、俺の事を判っ
ている様だったが、本当のそんなんじゃない。信頼信用と体のいい
言葉で表しては居るが、結局の所利用して利用されてしか考えてい
なかった。
気付いたのはリアルスキンモードに移行した時。ハザード自身は
一人旅でも良いと強がっていたのだが、一度彼等と共に度をしてか
ら、一人で過ごす事が怖くなった。
そして一緒に切磋琢磨する友人が出来る。一方的に敵意を抱いて
いた相手にもソイツを通して信頼を築く事が出来た。
何も喋らない彼だが、感受性は人一倍豊かなのだ。なかなか表に
現そうとしないが、彼は彼なりに葛藤し常に自分の心と向き合って
来ていたのだ。
共に歩む物には、友には自分の大切な物を賭けても手を差し伸べ
る。
ただ一緒に居てくれただけだったが、それだけでも十分だった。
万人に手を差し伸べる程の度量は無いが、せめて手が届く範囲は
真似したい。
898
いつの間にかそう、心に誓っていた。
だから、セバス達が神父を迎えに行くと諜報用の使い魔から情報
を手にしてから、逐一状況を確認して、採掘場に現れたのである。
恥ずかしかったので、たまたま通りかかった事にしてあるが。
﹁フッフッフ⋮⋮ハッハッハッハ!!!﹂
ディーテが笑い出す。腹を抱えて笑い出し、身を地面に転がした
物だから、かなりの振動と風圧が皆を襲った。
﹁そうか! 友か!﹂
﹁何がおかしい﹂
﹁いや、我が欲して止まない物である。悪魔の世界は殺伐としてい
てつまらんのでな。唯一の友は、人間を愛する変態であり、放浪癖
があるから会えん﹂
ディーテは笑い過ぎて流れた真っ赤な涙を指で拭いながら続ける。
﹁賢人よ。賢ければ賢い程人間はソコから離れて行く。ソレを忘れ
るな。その魔人の刻印は更なる力を授けるだろう。もうお前は人で
を纏う事が出来る﹂
あり、魔である。そして召喚コストは刻印で半分になって身体に
部位召喚
ハザードの答えに、自分の思っていた答え、いやそれ以上の物を
感じ取ったディーテは上機嫌に立ち上がった。そして身体に力を入
899
れて、その四枚の翼を大きく広げる。
﹁冥界の門を開くなど、この我には容易い事! 今の我は機嫌が良
い。特別サービスだ、プルートの居る冥宮に直接送ってやろう!!
!﹂
地面が暗い光を放ちながら大きくドロドロ混ざり合って行く。そ
して徐々に濁った泥水の泥が沈殿して行き、まるで水たまりの中に
ある様に冥界がその混ざり行く球体の中に映されて行く。
﹁さぁ行け! 友を救う時間はあと僅かなのだろう?﹂
ありがとう。誰にも聞き取れない声でハザードは呟いた。
そして、冥界へ。
下に見えるはプルートの居る冥宮である。
残る時間はもう20時間無い。
クボヤマが仮死から冷めて芽の吸収力が加速する事を考えると、
余裕を物故居ていられない。
もっと急がなければ。
900
901
冥界へ︵後書き︶
ディーテ﹁半分人で半分魔であるということは、我とも半分友達で
ある!﹂
友 達 宣 言 !!!
902
冥界vs福音の女神︵前書き︶
更新が連日遅れてしまいがちで誠に申し訳ございません。
903
冥界vs福音の女神
眼下に見えるは、冥王プルートが待ち構えている宮殿。ディーテ
の作り出した光に包まれて、神父を抜いたパーティはゆっくりと降
下して行く。焦る気持ちもあるのだがディーテの加護がしっかりと
身体に刻み込まれるまでは無理な動きは出来ない。
かといって、ゆっくりしたまま無防備で居続けるなんてもっての
他。侵入者に気付いた魔物達は宮殿の守りを着々と固め、対空の迎
撃範囲に獲物が入るのを今か今かと待ち構えているのである。
﹁加護は保って一時間だ。それまでに決着をつける﹂
﹁モシ、一時間を過ぎてシマウト?﹂
眼下を見渡しながらハザードが告げる。それに対してもっと詳し
い説明を求める様にエリーが尋ねる。
﹁死ぬ﹂
クエスト
ディーテ
本来、冥界へ行くには特殊な工程を辿り、人成らざる者へと進化
してからではないと来る事が出来ないのである。それを悪魔大王の
加護によって無理矢理来れる様にしている訳で、加護が解けてしま
うと肉体と魂の定着はあっさりと剥がれ、肉体は消滅し器を失った
魂は無限に広がる冥界をただひたすら漂う事になる。
﹁ソウナンデスネ﹂
904
ゾッとした表情を浮かべながらエリーもハザードに合わせて眼下
にたむろする魔物に目を向けた。
﹁ディメンション・砂漠の一枚岩﹂
ある程度の高度に達した時、弓隊が一斉掃射する。いち早く加護
が定着したハザードが亜空間から巨大な岩盤を出して塞ぐ。そして
そのまま、岩盤は高所からのエネルギーを十分に蓄え落下して行く。
まだ上空だというのに、岩の衝撃が轟音となって押し寄せて来る。
ユウジンはゾッとしていた。コイツともし戦う事があったら制空権
だけは絶対に渡さないと。
空からの質量兵器により、宮殿の魔物はかなりの損害を与えた模
様だった。それに合わせて各個遠距離攻撃を得意とする者は追撃を
打ち込んで行く。
精霊使いは、氷狼を駆けさせ。
意思を保つ魔本使いは、全元素を操る。
執事は警戒しつつか弱き乙女二人を守り。
賢人は魔人となりて冥界に降り立とうとしている。
そんな中、ユウジンだけは猛る心を押さえる事に必死になってい
た。精神値はクボヤマ程では無いにしろ、その才能、武芸の天凛に
よって全体的に高水準なステータス補正。自身も剣の道をかなり奥
まで進んだ達人と呼ばれる程だ。
だが心の中の鬼が、冥界へやって来てから、ディーテの加護を身
に纏ってから抑えが利かない程に暴れ回ろうとしていた。まるで、
そんな加護は入らないと、俺が魂に宿っている限りこんな場所で命
905
を落とす事は無いと、そう言っている様だった。
彼にも遠距離攻撃はある。だが、剣聖として発動できる光の剣は
反応してくれない。
︵クソッ。一体どうなってんだ︶
今にも胸から飛び出してしまいそうな物を手を当て押さえつける。
﹁上位クラスが集まって来ているぞ!﹂
ハザードの叫び声が聞こえた。眼下を見下ろすと、巨大な岩盤が
大きな音を立てて持ち上がっていた。全身からドロドロと煮えたぎ
るマグマの様な物を吹き出しながら、岩盤を持ち上げた魔物はお返
しとばかりの此方に向かって投げ返す。
﹁マジかよ⋮!!!﹂
当然ながら、ハザードの質量兵器に太刀打ちできる火力を誇るの
は、彼自身かユウジンもしくは凪しか居ない。
フュージョンエレメント
﹁あたしに任せて! ウィズ、全元素融合なら行けるわよね?﹂
その言葉に呼応する様に、魔本が光る。そして全元素融合にて混
ぜ合わせられた異色に輝く魔力の固まりは、岩盤日吸い込まれて行
く。
途端に、岩盤に脈打つ様な魔力振動が巻き起こり、その端部から
散り散りと無に消え去って行く。
﹁到達点までに消しきれないですって!?﹂
906
焦った様に凪が叫ぶ。
ハザードの放った岩盤を完全消滅させるには、些か時間が足りな
い様だった。それもそのはず、かなりの高所から放った岩盤は、轟
音と同時に着陸してもヒビすら入らなかった。
その密度を消し切る事が可能な魔本の性能なおかしい話だ。
そして半分程消し去ったとて、未だ岩盤の大きさは十分に自分ら
を押しつぶしてしまえる程だった。
此方に到着するまで最早一秒も無い。
ハザードの空間魔法も間に合わない。
﹁しゃらくせェッッ!!!﹂
唐突に叫んだユウジンが、神鉄で作られた刀をとんでもない速度
で振るう。
カタナ
まさに一刀両断。己の胸に居る鬼を開放すると共に、その鬼ごと
岩盤を断ち切るかの様に天道を目の前で一閃した。
岩盤が持つ速度やら衝撃やら何もかもをユウジンは両断する。
︵絶対に好きにさせねぇからな⋮⋮︶
同時に、己の心のうちに知らず知らずの内に本物の鬼が宿ってい
る事を確信した。
初めは﹃剣鬼﹄の称号による効果だとばかり思っていた鬼闘気な
ど鬼系のスキルだったが、この感覚は本物だった。
押さえたとて出て来てしまうこの力。ユウジンは腹をくくって前
907
面に出してあえてお互いを研磨するかの様に打つかり合う道を自然
と選んでいた。
﹁先に行くからな!﹂
心の鬼の、自分の故郷に帰って来てはしゃぐ様な感覚に引っ張ら
れながら、誰よりも先に眼下へ飛び降りた。
﹁おい、まだ高所だ!﹂
﹁綺麗に着地しまシタネ﹂
なんだかんだで、調子は上がっているユウジンだった。あっけか
らんとしているメンバーを余所に、彼は冥界で踊る鬼の心を開放す
るかの様に魔物達を切り捨てている。
﹁じゃ、俺も行く﹂
ハザードはそう告げて集団の中から飛び去った。冥界に召喚中は
連れて来れない。彼は杖を駆使して進んで行った。
﹁私達は例によって集団で行動しましょうか﹂
セバスが告げると、巨大化したフェンリルの背にマリアとジンを
乗せた。状況から邪魔でしかないこの二人だが、クボヤマを思う気
持ちは人一倍だった。それを判ってるからこそ連れて来たの出し、
マリアの結界魔法は冥界でもそこそこ役に立つ。
908
斯くして、冥界での決戦が始まった。ユウジンが雑魚とも呼べる
魔物を秒速で刻みながら道を切り開いている時、ハザードはマグマ
ネザーラーヴァ
を噴き出す巨人と一戦を交えていた。
﹁ゴポオ﹂
イフリート
﹁火の精霊とは違う、溶岩魔人か。特殊元素を身に纏っているな、
面白い﹂
彼もまた、冥界に来て意識を引っ張られているのだろうか。赤黒
い紋様を光らせ、ニヤリと危険な笑みを浮かべる。
﹁凍土の盾﹂
回りに居る魔物すら関係無いとばかりに、マグマを飛び散らせな
がら大きく腕を振りかぶって殴り掛かって来る溶岩魔人を、氷属性
と土属性の二本の杖を使い凍った土壁を出現させ防ぐ。
今回、剣は使わない。
二本の杖をそのまま浮かせて使用し、浮遊の杖・改を動かして凍
土の壁の上に着地すると、どうにかして壁を打ち壊そうとマグマに
更なる圧力を加える魔人を見下ろした。
﹁脳もドロドロになっているようだな。これなら簡単そうだ。せっ
かく冥界に来たんだからただでは帰らんぞ﹂
夢幻封陣。四大元素の杖が四本にプラスして光と闇の二極元素の
909
杖が六芒星の魔法陣を描く。四元封陣よりも強力な封印魔法である。
ベヒモスには対して聞いている様子は無かったが、この魔人には確
りと効いている様だった。
﹁象るのが邪魔だな。中の魔人には興味ない、能力だけ貰おう。テ
ロの杖﹂
︵ボコボコスルヨォッ︶
と、杖から聞こえた気がした。溶岩魔人は内側から連鎖爆発して
回りの魔物に甚大な被害をまき散らしながら人形を保っていられな
くなる。そしてそのまま危なげなく、杖に封じ込めた。
﹁お前、何しに来たんだよ⋮⋮﹂
そのままユウジンに追いつくと小言が飛んで来る。
﹁無論、冥王を倒し神父を救う為だ。あと、ベヒモスが欲しい。こ
れ以上に無いイベントだからな﹂
﹁絶対後者だろ。あ、ほらチンタラしてるから門が閉まったじゃね
ーか﹂
それは、お前も一緒だろ。とハザードは思ったが口に出さなかっ
た。自分たちの前には門は例え閉まったとしても意味を成さない。
門が門としての使命を果たす事が無いからだ。
﹁全力を出したいんだろ? なら出してやるよ!﹂
何かに語る様に叫ぶユウジン。その時、ハザードも強大な魔力を
910
感じ取っていた。魔力の才能が一切無いと言われたユウジンにであ
る。
︵これは魔力⋮⋮? いや、もっと他の別の力か?︶
﹁鬼闘気!! ガアアアア!!!﹂
﹁ディメンション・振り子の破城槌﹂
まさに鬼神の様な恐ろしい気を放出するユウジンに合わせる様に
ハザードも門を破る為の兵器を出す。だから一体、どこで手に入れ
たのかと。
門を固めていた魔物達はあまりの衝撃に消し飛んで行く。無理矢
理切り開かれた道を、氷狼に乗った4人が後を追って進む。
﹁そう言えば、クボヤマ様はどうやってこちらへ来られるんですか
?﹂
﹁私は何も知りマセンヨ?﹂
﹁というよりも、行きはよいよいでしたが、どうやって戻るんでし
ょうかね?﹂
﹁私に聞かないちょうだい﹂
﹁ちょっと凪サン? 本読んでるんじゃないデスヨ。ウィズに聞い
てくだサイヨ﹂
911
そう、未だにラルドの守る竜車に残されたクボヤマであった。
912
冥界vs福音の女神︵後書き︶
ただの補足。
第一回目のプレイヤーズイベントの後、プレイヤー達から剣鬼と
呼ばれた時、偶像崇拝の様に回りの人々の意思が彼に二つ名と言う
力を与えてます。それは称号とも呼ばれる特殊な力なんですが、リ
アルスキンモードでは称号を獲得しましたなんてメッセージは出ま
せん。
そしてある程度制御されたスキルとしての称号ではなく、思考で
あったり、種族であったりその辺も影響を受けて本人を変質させて
しまう物です。
自分の意志で進化する人もいれば、否応無く回りの意思で変わっ
てしまう人もいます。いつまでの変わらない人も居ますがね。
さて、魔と聖の二つの称号をもつユウジンですが、彼は特別誰か
に何かされた訳ではないのです。
︵例えば、ハザードの賢人の紋様をディーテに改造された︶のと違
って、お互いが己の身の内で混ざり合う事の無い物となってしまっ
ていたりします。
さて、どうなってしまうやら。
913
凪vsバハムート︵前書き︶
ぶっちゃけまともな小説をかく練習になってます。
一人称でもまともに書けませんが、読みやすい様に精進します。
今回は6000文字近いです。長めです。
914
凪vsバハムート
暗く広い宮殿の中で、プルートは膝を立てて王座に座っていた。
片手でお手玉を転がす様に未だ脈打つ神父の心臓を弄んでいる。
なかなか発芽の兆しを見せない種に、業を煮やして握りつぶそう
なんて考えも下が、奴には遥かなる絶望を身にやつして死んでもら
わないと気が済まない。冥界の王のプライドが許さなかった。
ベヒモスに喰われた能力は﹃地上への顕現﹄である。
普通は冥界から出る事の無いプルートが地上へ出る事が出来たの
アストラル
もこの力のお陰で、実際冥界では絶対的な権力を誇る冥王ですら、
幽星体の存在であるが故に地上への直接的な手出しが出来ないでい
た。
そう、神の一端であるが故に。
神の一端だと言っても、父ハデスとは違い幽星体の域を未だでな
い半魔半神と言った具合である。
彼は冥界の闇よりも深い渇望があった。
それは、地上への渇望である。
サタンという名の悪魔に、邪魔な存在を消せば地上に顕現できる
身体を作ってやろうと諭され、冥界の王が負ける分けが無いと高を
カラダ
括っていたのだが、呼び出したベヒモスをまんまと利用されて大切
な顕現体を喰われてしまった。
915
死者を裁き続ける毎日が、やっと終る。親父が居ない間に地上へ
とおさらばしてしまえばもう二度と合う事も無いと夢見ていた地上
への道が奴らに閉ざされた。
そして奴らは、冥界へ来た。最初は来れないと踏んでいた。もし
くは来た瞬間、身体と幽体は分離して死ぬ。だが、彼等は生存し、
宮殿をめちゃめちゃにしながら一直線に此方へ向かって来ている。
︵面白くないね︶
見飽きた宮殿の、更には座る事も反吐が出る程の王座に座りなが
ら、幾度と無くこの心臓を握りつぶそうとした物か。だが、堪えな
ければならない。
︵ククク、あんな奴らは発芽したモノに絶望して、ベヒモスに喰わ
れて消えてしまえば良い、ククク︶
彼等の存在にはらわたが煮えくり返りそうなプルートは、ただひ
たすら己が殺す者の事とその殺し方を想像してほくそ笑み、悦に入
る。まさに、捕らぬ狸の∼と言う物であった。
̶̶̶̶̶
916
最奥の大きくて重厚で骸骨が絶望に身を宿しているポーズが掘ら
れた悪趣味な扉をハザードの﹃振り子の破城槌﹄が破る。城門を一
撃で葬ったそれが、破るのに五回掛かった時点でこの扉の頑丈さが
伺える。
ワイズデバイス
﹁ッチ。賢人の哲器が大分無駄になったな﹂
舌打ちしながら亜空間に破城槌をしまうハザード。だが扉は開か
れた、その先の悪趣味な王座に座るのはプルート。
﹁⋮よくきたね。でも今度こそ死んでもらうんだけどね﹂
この神父の心臓ももうすぐ逝くね。と、生々しく心臓に浮かび上
がる根っこを見せつけながらニヤついていた。なかなか発芽の兆し
を見せなかった種子も、ここへ来て急速に心臓へ根を伸ばし始め、
後少しの所で発芽という所まで来ていた。
己の手の中で、脈打っていた心臓の鼓動の速度が、根の締め付け
によって弱まっているのを感じる。少し力を込めると、ビクンと今
にも弾けそうに動くピンク色の臓器。
917
妙な愛着が湧いてすら居た。この強力な精神エネルギーを宿した
心臓から発芽すれば、一体どんな魔物が生まれて来るのだろうか。
それを考えるとニヤニヤが止まらなかった。
﹁フェンリル!!﹂
それを目の当たりにしたエリーが怒声と共に氷狼の精霊を繰り出
す。エリーの感情も伴っているのか、辺りを乱雑に凍り付かせなが
らプルートへと迫る氷狼。だが、近づくに連れてその勢いは収縮し
て行き、鋭く身を包んでいた氷もパラパラと床に落ちて消えて行く。
スピリット
﹁これ、感情論って奴? 精神体に冥界は毒だね。ま、肉体よりか
頑丈に出来てるけど、今の僕の近くはマズいよね﹂
そう言いながら、力を失ってもなお主人の意思に従って噛み付こ
うとして来た氷狼を座ったまま乱雑に蹴り飛ばす。
﹁フェンちゃん!﹂
氷狼の精霊は、命令を果たす事が出来ず、悲しそうな目をして消
えて行った。いや、冥界にて存在が消えてしまう前にエリーが精霊
界へと引き戻した。
﹁ってか、一人によってたかって卑怯だと思わないの? ねぇ?﹂
改めてこちらを向いて立ち上がると、プルートの回りに三つの召
喚魔法陣が浮かび上がった。そして、冥界の強者が再び召喚される。
﹁きたか﹂
918
﹁んな事言ってる場合じゃねぇな。おい、凪。本ばっかり読んでん
な。お前もこっち側だろ﹂
﹁ん、出番? 早く続き読みたいからさっさと終らせてよね﹂
﹁いや凪様、数的に貴方は戦闘メンバーとして数えられています。
私はエリー様達と完全防衛に徹しますので、あしからず﹂
︵その通りです︶
ハザードが感嘆の声を上げる。
それを嗜める様に魔法陣から出て来た小柄な鬼を見据えながら言
うユウジン。
仲間のピンチ以外、冥界に興味すら示していない凪。
それを丁寧に補足してあげるセバスである。
﹁ベヒモス、バハムート、冥鬼さんを倒し切れたら、僕が相手して
上げるね﹂
そう言ってプルートは再び玉座に座った。
﹁判ってるだろうな﹂
とハザードは再び対峙した巨大な黒い化け物を見ながら言う。
﹁じゃ、俺は鬼で﹂
ユウジンは、甲冑を身につけたグレーの鬼を見据える。この鬼が
召喚された瞬間、自分の心の中の鬼が歓喜した。それに引きつられ
て高揚して行く。武者震いが起こりそうだった。
919
﹁え、あたしまさか、あのドラゴン? 本当にいってんの?﹂
マナス
凪は神智核を持った本−ウィズ−を片手に、召喚され宙に羽ばた
いて此方を見下ろすドラゴンを二度見しながら言う。
それぞれが最上位クラスの力を持っている事が伺えた。実際にバ
ハムートは冥界が好みのファントムドラゴンの最上位種で、冥鬼は
冥の名を冠する地獄鬼の最上位種である。
実際に冥王という立場は、それを纏める事の出来る頂点なのだが、
プルートからそのような雰囲気は全くと言っていい程臭って来ない。
三人がそれぞれを相手取って、外へと飛び出して行った。プルー
トが指を鳴らすと巨大な部屋の真ん中から魔法陣が出現してホログ
ラムの様に戦いを映し出していた。
920
ウィズ
魔本の力で空を舞う。
ファントム
ハバムートの飛行速度はかなり速い。幽体特有の慣性を感じさせ
ない動きをし、かなりの空中機動を誇っているようである。
それに追い縋る様に魔本による風魔法を駆使し、飛行する凪。
魔本による飛行性能は、魔法学校特待クラスの風魔術師であるエ
エンサイクロペディア
ウィズ
アレロよりも遥かに高い物になっていた。元々ヘルプ機能を詰め込
んでいた世界大全が前身の魔本である。
魔本の中にも色々と種類があるのだが、破壊付加属性が付属して
ある原典クラスの魔本は、ただ一つなのである。
それなら、最上位クラスの魔本をノーマルプレイから移行できる
んじゃないのかと言った考えもあるが、白紙の世界大全はただの壊
れない鈍器である。
そして、運営も流石にそう言う裏技はダメだと思ったのか、ノー
マルプレイのヘルプを無駄に凝った重厚な本タイプではなく、スク
リーンに浮かび上がるテキストにした。
そんな事があって、智慧の本と化した世界大全は、この世に一つ
ウィズ・エンサイクロペディア
しか無い原典としての価値を持つ様になった。
正式名称は﹃智慧の本・世界大全﹄である。自我を持つ本は聖書
とはまた違った意味合いを持つ。
﹁あーもう。特級クラスの風魔術制御でも追いつくだけで精一杯な
んてやってらんないわ!﹂
嘲笑うかの様に赤黒い冥界の空を舞うバハムートに悪態をつく。
エクストラレポート
ヴェ
﹃凪様。長らく解析を行っていました魔法学校の特級魔法ですが、
ルテクス
特級魔術概論の作成が完了しました。これにより術式ではなく魔法
921
の頂点への仮説が立ちます﹄
﹁あんたにしては意外と時間がかかったわね!﹂
﹃仮説が立つレベルまでレポートを仕上げていたら、色々な憶測も
浮かびまして、全ての謎を処理し終えてから仕上に入っていたらこ
んな時期になりました。申し訳ございません﹄
﹁あんたも結局本の虫って事だわ。私に似てるのね﹂
﹃はい、精神的影響は凪様に由来しています。ヨシト・ウィズ・シ
ウ
ミズと読んで頂いて構いません。何ならそっくり象る事も可能です﹄
﹁それはやめて﹂
ィズ
夢を打ち壊されたくない一心で、少女漫画の主人公そっくりの魔
ウィズ
本を想像してすぐかき消した。彼なら、イメージ通りの清水芳人を
演じれるだろうが、既に凪の前提に﹃魔本が演じる﹄という物があ
る為に、どうしても想像したくなかった。
どうせ私に似て影でこっそり本の虫と化している清水芳人なんて、
と想像したくなかったからである。
そんなマンガの世界の清水芳人が天才である事をそのままに、爽
やかな雰囲気を消し去ってかなり口数を少なくしたのが、ハザード
である。という事の方が凪からしてみればどうにも信じられない事
実だった。
彼を知れば知る程、コミュ障のくせに何なのかしらと一人で彼の
ギャップに憤慨した事もある。自分の汚物を文句を言わずに処理し
てくれた事にときめいたのは内緒だったが、彼程自己中心的な人は
922
初めてで、憧れの清水芳人に外見だけ似ているというのが許せない
時期もあった。
自己中心的というのは実にブーメランな感想なのであるが、なん
だかんだディーテの一見で彼の中の真を見た凪は、その評価を反転
させていた。
この辺はミーハーな高校生である。本の虫であるが故に、しっか
りした性知識やら恋のジンクスおまじない等もその頭には入ってい
るので、地頭にはかなりの知識も吸収されているが、基本的には脳
内少女漫画と言っても過言ではなかった。
最近ではダークヒーロー物の少女漫画が出始めて、王道よりかは
ウィズ
そう言う葛藤に悩むイケメンも良いかもしれないと心変わりし始め
ている凪につられる様に、魔本の挙動もどんどん自由になって来て
いた。
﹃続きですが、その仮説から新たに次元と重力の魔法則を導き出し
ました。現段階では重力魔法の初歩的応用が可能となっています﹄
﹁なんでもいいわ。やっちゃって﹂
そう言うと、風魔術で推進していた身体が不意に軽くなるのが伺
えた。重力制御にて空中機動がよりやり易くなっていた。
ついでに言うと、ウィズの行使する力は、人間の範疇である魔術
とは一線を画して、世界の魔法則を解析して行使している真の魔法
フュージョンレポート
フュージョンエレメント
である。魔術と魔法の線引きは、曖昧な線引きの中に確かな隔たり
が存在している。
エクストラレポート
﹃同時に、特級魔術概論と融合魔術概論の両立によって全元素融合
923
エクストラ
が特級化。これによって完成された滅魔法を行使できます﹄
全元素を合わせる事によって、言わばパレットの上の混沌の絵の
具状態である。それは限りなく黒に近い黒ではない何か。
闇属性の魔法と違って滅魔法は一つしか無い、ただひたすら相手
の存在を魔素に変換し空気中の魔塵にしてしまう恐ろしい魔法であ
る。
ただし、制限もあるのだが。
かなり上位に位置する重力魔法も当てにならないので、最大火力
を誇る滅魔法を当てるしか無い。
﹁いいわ。とりあえず雷魔法で動きを阻害してから確実に当てて行
くわよ﹂
﹃了解﹄
そう一言ウィズが返した瞬間。ハバムートに落雷が落ちる。光の
速さで衝突したエネルギーを躱す事も儘ならないまま、幽竜は一瞬
怯む。
普通の魔物であれば消し炭になる程の魔法ですら、その光量にた
だ驚いて一瞬動きが止まるだけだった。
エクストラレポート
だがそれが特級魔術概論を得て発動の根本を変える事に成功した
滅魔法の格好の隙となる。
自分の回りに展開した重力フィールドがそっくりそのまま滅魔法
の範囲となる。本来であれば、混沌に輝く魔力を相手に飛ばし消滅
させる物だったが、早くも重力魔法の応用を行使する魔本。
924
恐ろしい。
嘲笑うかの様に飛行していたバハムートは、凪の危険性を何段階
も改めて居た。
初めは追いつくだけで精一杯だった物が、慣性の法則を乗り越え
ウィズ
て、そして更には自身の存在を脅かすまでに発展を遂げている。
たまたま魔本のレポートが丁度仕上がって、パワーアップしただ
けであるが、それを知らない相手には急に強くなった様に感じてし
まうのである。
ウィズ
もっとも、魔本からすれば。戦いの最中に仕上がって勝利は確実
だと確信していた。だから凪を戦いの渦中に引き止めずに送り出し
ているのである。
そして狙いは幽竜の力の解析である。
竜種の中でもいくつかある頂きの一つに君利するバハムートであ
る。
この竜の知識をもっと知りたい。
なんだかんだ言って、この本の根本的思考は、凪の才能﹃探究心﹄
からより強く引っ張られているのである。
﹁魂を滅ぼす竜である我を滅ぼしに掛かるとは、恐ろしい娘。いや
本だ﹂
バハムートは空中で急停止して、此方を向くとそう一言告げて紫
ゲヘナブレス
色の炎を放つ。消される前に消してやるとばかりに、幽星体へと直
接的なダメージを及ぼす煉獄の炎が凪を襲った。
﹃私を盾にしてください﹄
925
﹁ヤバそうだけど、大丈夫でしょうね?﹂
﹃冥界にも法則はあります。それに乗っ取っても私の破壊付加属性
は破れません﹄
ウィズ
魔本の言葉を信じて、盾にする。確かに、相応の衝撃は通るが致
命傷には至らなかった。しかも、煉獄の炎を直接浴びた魔本はその
情報を取り込んで解析してしまった。
つくづく規格外だと、凪も思う。
﹁馬鹿なッ!!!﹂
バハムートは狼狽える。
ベヒモス
冥界へやって来たいかなる存在も、消滅させて来た炎である。冥
界その物の力を持つプルートには聞かないまでも、怪物や冥鬼を滅
ぼせる自信があった。
﹃幽星体の解析を完了しました。今の知識では存在昇華はなし得ま
せんが、消滅させる事は可能です。許可を﹄
﹁おっけー。やっちゃって﹂
重力フィールドが次第に縮小して行き、一本のラインが魔本とバ
ハムートを繋ぐ。
﹁魂核への直接攻撃だとッ!?﹂
更に驚くバハムートを無視して、その魂の核を繋ぐラインに魔本
は滅魔法をダイレクトで送り込む。そして魂の核は抵抗する事も無
926
く消滅し、バハムートは音も無く存在しなくなった。
﹃魂核から幽竜の知識を引き継ぐ事に成功しました。滅魔法が最上
位の消滅魔法になります。竜の知識を元に竜の魔法則を憶測レベル
ですが確立。これは期待ですよ、凪様﹄
のたま
そんな事を宣う魔本をシカトして、戦いが終わった凪は新たに蓄
積された知識に没頭しながらエリーやセバスが待機する場所へと戻
って行く。
927
凪vsバハムート︵後書き︶
久々に凪の出番でした。
真の化け物になっていますが、基本的に戦いよりも本。本よりも
少女漫画みたいな事になっているので、こういう時以外なかなか出
番はありませんが、何やらハザードと一悶着が起こりそう?
ゲロ
この物語と汚物は密接な繋がりがあります。
これからも出して行きます。
928
賢人vs化物︵前書き︶
書いてたらまた6000字超えました。
少し長いです、ごめんなさい。
今はMMO的イベントーだ狩りだー冒険だーと言うよりも。
長期クエストに参加しているという位置づけの方が判りやすいと思
います。
第二章はこんな感じです。
929
賢人vs化物
ハザードは、ベヒモスを誘導して広い場所へ出る。
ベヒモスも、自分を転がした存在である男を覚えているようで、
地獄の咆哮を上げながら大地を揺らして疾走する。
冥界は言わばベヒモスのホームである。
地上へ召喚された時と違って、無制限に力を発揮する事が出来る。
巨大な腕がハザードを霞める。
風圧によろけながらも、ギリギリの所でその攻撃を躱して駆け抜
けていく。無論、直撃すれば上半身が消し飛ぶことは当たり前。
ベヒモスはなかなか直撃しない自分の攻撃に沸々とわき上がる憤
慨を覚えていた。恐怖を呼び起こる咆哮もこの人間には効かないし、
制限か解除された攻撃の速さは人間に躱す事は到底無理な筈だった。
自分も支配する側であるという絶対的な自信を持っているが故に、
理解できない感情だった。
ペット
﹁所詮化物か﹂
ハザードが呟く。
ベヒモスにもそれが聞こえていたようで、反発する様に金切り声
を上げた。怒りで更に速度を増した攻撃を繰り出す。鋭い爪が、豆
腐を切る様に簡単に地面や冥界の建物を裂き、その凶悪な咆哮は振
動だけで至る所にヒビを入れる。
930
何故、当たらない。
確実に当たると思った攻撃も空かしていた。
一端落ち着かなければ、この人間には動きを一時的に封じられた
記憶がある。強大な悪魔を呼び出され、杖を使った謎の術によって
束縛された記憶が蘇る。
ベヒモスは一度立ち止まって落ち着くと、手足の指を地面に減り
ブレス
込ませた。今から繰り出す攻撃にはかなりの反動が有る。だが、決
して逃げる事の出来ない強大な息吹攻撃である。
ハラ
地面にスパイクさせた身体に十分な溜を作り、口からとんでもな
い量のエネルギーを放つ。これは、自分の体内に長年蓄積された輪
廻転生にも戻れぬ死者の魂の純粋なエネルギーである。
放つと自分が飢える事になるので滅多な事では使わないのだが、
この目の前の人間にはプライドが許さなかった。
喰らうよりも殺したい。
唯一の殺意が芽生えた相手。
アニマロア
大量破壊兵器よりも更に強大な攻撃﹃喰魂の咆哮﹄を放つ。この
咆哮は不過視であり、魂を刈り取る衝撃波となって押し寄せる。更
に凶悪な事に全咆哮へ波状するこの衝撃を避ける事は非常に困難だ。
だが、一瞬動きが止まったベヒモスの隙をついて、ハザードの土
属性の杖が冥界の地面を隆起させベヒモスの顎に直撃し、強引にそ
の大きく開かれた口を閉じさせる。
発動目前だった咆哮は不発。しかも、衝撃を飲み込む事が出来ず
931
純粋なエネルギーと化した死者の魂は、体内を暴れ回りベヒモスの
相応のダメージを与えるのである。
何故だ。何故だ。
何故ここまで自分の動きを理解している。
ベヒモスは未だ腹の中で暴れる衝撃に苦しみのたうち回りながら
も、鋭い形相でこの意味不明な男を視界から外さない。
﹁やはり、力だけは理から大きく外れている。もしくは理その物な
のかもしれん﹂
ハザードはそう呟いた。通常、上位クラスの物は自分の能力によ
って傷を負う事は無い。侍が刀で自分の足を斬る事もあると思うが、
それは刀の切れ味が余程の場合か、ただその侍が未熟者なだけであ
る。
リアルスキンにもレベルという概念はある。魂の研磨によってレ
ベルは上がり、相乗して肉体のパラメーターも向上して行く。これ
が、ゲームであるが故に。
そのレベルを半減させ魂に刻まれた才能を消滅させる。ましてや
自分の飼い主である冥王さえ喰い、力を削ぐ事が出来る化物。
大凡の予測はたった。
932
被捕食ペナルティという内容を見てから、ひょっとするとこれは
ユニークモンスターでもイベントモンスターでも無く、その理を超
えた場所にあるモンスターなのではないかと。
ノーマルプレイモードでいうと、絶対殺せないモンスターみたい
な形で、何らかの特殊な立ち位置がある筈だ、だがリアルスキンで
討伐可能。
そう懸念していたのである。
どうやら読みは的中じゃないまでも、そう遠くない。
プルートまでも飲み込み捕食してしまったり、自分の攻撃を受け
てダメージを負っている時点で、己の存在を超えた何かをその身に
宿してあるのは確かである。
せんがん
占眼を開いて、ベヒモスを観察して行く。
相手の行動のその先を見通してくれるこの眼は、占いの師メリン
ダから卒業と同時に受け継いだ物だった。
ハザードは一般的に賢人と呼ばれているが、その実はただの剣術
と魔術が得意な占い師である。ノーマルプレイモードで表すなら、
職業占い師で称号が賢人。
この占眼によって、行動を先読みしベヒモスの攻撃をギリギリで
回避していた訳だった。
﹁意外と弱っているな﹂
夢幻の陣が弱ったベヒモスを封じに掛かる。占眼を閉じ、いつも
の様に亜空間から質量兵器を落とす。
先を見通す眼は、全魔力をその眼に宿すので、ただの占い師であ
933
れば百発百中の凄腕になれるが、戦闘になれば一切の魔術が使用不
可になるので全く使い物にならないのだ。
だが、元から属性魔法に適正才能が無いハザードに、その制限は
通用しない。無属性以外の魔術は杖に頼り切っているハザードから
すれば、己で魔術が行使できないのが普通であるため何ら問題は無
かった。
ディメンション
空間魔法が使えなければ火力不足になってしまうのが十分な痛手
ではあるのだが。
マモン
﹁魔紋。部位召喚・豪腕。ディメンション・太古の巨杭﹂
ディーテ
悪魔大王によって改変された賢人の紋様から魔の力を呼び出す魔
紋を発動させる。そして部位召喚でディーテの豪腕を借りる。代償
は血液。だが一滴にもならない量で召喚する事が出来た。
そして力を増した腕に抱えるのは、一人旅していた時に朽ち果て
た王国で手に入れた壊れかけてほとんど風化しかけている王城のど
真ん中にそびえ立つ、石とは違う材質で出来た巨大な杭である。
だからなんてそんな所にお前は居るんだ。と思うだろうが、たま
たま霧の中を振らついていたら霧が晴れた先に朽ち果てた国があっ
たのだった。それは霧の国に霧魔法を学びに行く途中であった。
観光がてらレアな物は回収してその朽ち果てた王国を後にしたハ
ザードは霧の国で一悶着起こし、無事に霧魔法を獲得するのはまた
別のお話。
その朽ち果てた国は﹃古代クエスト﹄をクリアして行き、霧が晴
れる日時を特定する所まで来なければ不可能なクエストである。か
なり高い難易度と言われているが、その恩恵もまた比例して高いの
934
である。
ノーマルプレイヤーの間で、年に数回しかない霧が晴れる日は、
一種の祭りの様になるのであった。
さて、そんな巨大な杭を魔人化し豪腕を使う事によって持つ事が
可能になったハザード。これで火力不足も心配ない。いやむしろ質
量兵器に自身の火力アップがプラスされた形になっている訳で。
そんな物が、今動けないベヒモスの横腹を貫いた。まるで猟師に
撃たれた猪の様に必死で杭から逃げ出そうと前足後足をバタバタと
させている。だが次第にその動きは衰えて行き、痙攣して動いてい
るだけになっている。
口から荒い息と涎を垂らしながらその眼だけはギョロリとハザー
ドを向いていた。ハザードは目障りなその眼をとりあえず穿ち潰す。
それでも絶命しない化物。
ディメンションで亜空間から出した柱が幾重にも杭を打ち付け更
にベヒモスの体内を傷つけて行く。物理的には貫通して突き刺さっ
ハラ
てこれ以上叩いても意味ない様に見えるが、実際はこの杭は幽星体
のベヒモスの身体の内部にまで深く打ち付けられている。
何度目か判らぬ程、質量兵器を叩き付けた時。光を失ったが怨念
の籠った眼孔をこちらに向けている様に見えたベヒモスが震え始め
た。
︵そろそろか︶
ハラ
そう、杭は今まさにその無限の体内を貫かんとしていた。
そしてもう一度叩き付けた時、ベヒモスからこれまで上がった事
の無い悲痛な叫び声が上がる。
935
太古の巨杭を亜空間にしまうと、ベヒモスの横っ腹に空いた真っ
暗な穴から、数万の人の恐怖が同時に混ざり合った様な叫び声と共
に薄灰色の気体が冥界の空へと吹き出した。
ベヒモス
これが化物の体内に居た正体か、とハザードは思う。
だが、ハザードが思っていた物よりも遥かに強大な物であるとは
微塵も感じてなかった。それがハザードを追いつめるのである。
六本の杖を構え、冥界の空に広がる薄灰色の気体をどうにか杖に
封じようと試みる。だが、その動きに気付いた気体は風の様に此方
に来襲する。
ただの気体であるという余裕からハザードは初見で危険と思われ
る相手には常に開いていた占眼を開いていなかった。
故に本質に気付かない。今までの思考回路を辿れば少しは根本に
たどり着く事が、ハザードには可能なのに、吹き出た際に気体を少
し吸ってしまった事で、既にこの気体に思考を奪われかけているの
だった。
そして気体は何もかも奪う様にハザードを吹き抜ける。
﹁⋮⋮?﹂
景色が反転していた。
そして、それは自分が倒れているという事に気付くまでに数秒要
した。
妙に身体が軽い、まるで浮いているようだ。
いやまて、本当に浮いている?
936
視線を降ろすと、眼を開いたまま倒れている自分が居る。そして
半透明になって空へと昇って行く自分が居た。
本来ならば意識すら奪い取られて何も考えずに冥界を彷徨う一つ
の魂になる筈だったハザードは、幸運な事に最後の最後で﹃賢人の
意思﹄によって思考を取り戻すのである。
カラダ
そして邪魔な物を無くし、意思だけの存在になったハザードの思
考回路はかなり透き通っていた。
アストラル
﹁これが幽星体か﹂
このまま行けば肉体と魂は完全に切り離され確実に死んでしまう
というのに、ハザードは至って冷静である。
﹁ふむ。精神体をすっ飛ばして我々の域に来るなんてなんて奴﹂
気体が喋る。
いや、幽星体になったからこそ判る。
これは何万もの数えきれない程の魂の集合体である。
︵普通の人が見たら強行状態に陥るぞ︶
﹁いや、常人が可視できるステージに立てる筈が無いであろう﹂
どうやら思念すら読み取られているようで、思っただけで此方の
思惑が伝わっている様だった。だったら話は速く、元来の性格の儘。
ハザードは思った事を思ったまま言う。
937
﹁何でも良い。早く俺の物返せ﹂
﹁嫌だ、我々は無限に吸収し尽くすのみ。せっかくハデスの思惑か
ら逃れられたというのに﹂
ディーテ
あくまで引かない姿勢、強気で居るハザード。だが、ハザードに
残された物は魂に刻まれた悪魔大王との契約のみであった。体に刻
まれた賢人の紋様やら占眼は使えない。
だが、今のハザードにはこれで十分である。
背水の陣。これで無理だったら俺もディーテも終焉を迎えると腹
を括っていた。
もちろん、それは最悪のパターンで、勝機はあった。
例え自分を失ってもこの目覚めてしまった化物は消す。
﹁ディーテ。
聞こえてるんだろう。
これで最後の契約だ。
くれてやるのは俺の魂。
好きにしろ。
デモンズオース
悪魔降臨﹂
938
ハザードは、悪魔契約の中でも禁忌とされる言葉を呟く。それは、
その身全てを代償に悪魔を降臨させると言う物。どれだけ強靭な意
思を持つ物も、魂を差し出した所で持つ筈が無い。
そして魂の代償は悪魔に超純度の顕現能力を渡す。それにより一
国が破滅してしまう程の災厄を振りまく程の力を。
ハザードは現在魂核のみの存在である。
その純粋な姿に元々刻まれていたディーテとの繋がりである。
ディーテ
悪魔大王は、大王としてのその力を存分に振るう事が出来る。い
や、賢人の意思の力も乗っ取り更なる高みへと昇華できるのだ。
﹃ん? なんで意思が残ってるんだ﹄
全部くれてやったと思っていたが、未だ自我がある事に、ハザー
ドは驚く。
﹃我が残しといた﹄
赤目になり角が生え、二対の黒い羽を生やしたハザードが一人二
役するかの様に喋り出す。声はダブり二人で同時に喋っているかの
様。
﹃全部くれたんだ賢人の意思すら乗っ取れるんじゃないのか?﹄
﹃お前も数奇な運命にある。我もその行く末が気になっているんだ﹄
﹃どういう事だ﹄
﹃お前が我に差し出す物は友の誓い。ただそれだけで良いと言って
いる﹄
939
﹃⋮⋮ご大層な契約なんて必要ない。もう既に魂で繋がった盟友だ
ろう?﹄
﹃悪魔にそんな常識は無い﹄
﹃恥ずかしがり屋か。悪魔のくせに、まぁいい﹄
﹃そうだな。喋りが過ぎた。奴は無限。邪神とはまた異なる様々な
人の魂の集合体が神と同等の力を持った存在だ﹄
﹃付喪神という奴か。厄介だな﹄
﹃いや、今なら勝てる﹄
そう言うと、腕を広げる。
その瞬間、赤黒かった冥界が真の闇に包まれる。
ダークアンドダーク
悪魔大王の固有能力﹃暗黒の深淵﹄。
それは真なる闇を生み出し続ける能力で、魔法学校の暗黒冥宮が
ずっと拡大を続けている原因は住み着いた悪魔がディーテだったか
らであった。
無限は圧倒的とは言っても、出て来たばかり。そして、何よりベ
ヒモスが一度無限のエネルギーを利用して咆哮を放っていた。
かなりのエネルギーを使用しているのでそれによって若干力を削
940
がれているのが幸運だった。
無限が風になって向かって来るが、ディーテの暗黒世界の闇が捉
え吸収しようとする。
だが無限も抵抗し逆に闇を取り込もうとしていた。
互いに力が拮抗する。
気体と闇が拮抗している間に、ハザードは未だ倒れている自分が
背負うバッグから一本の杖を取り出すと、無限に向かって投げつけ
た。
﹃ほお、懐かしき。逝かれた悪魔じゃないか。確か名付けた記憶が
あるぞ﹄
﹃テロだ、忘れるな。お前に協力したいとガタガタ動いていたぞ﹄
気体に絡めとられた杖は、爆裂し、気体を散り散りにする。
それだけで、無限は消滅する事は無いのだが、力が散り散りに分
散した事によって闇がより有利に吸収を進める。
だがそれにより無限も焦ったのか、抵抗をより激しい物にする。
吸収して行く中にで、ハザードは奪われた自分の力を発見した。
賢人の紋様やら、今まで肉体に蓄積された技術やらが霧散した無
限の中に散らばっている。そこは抜かり無く闇で吸収して回収する。
それは肉体ではなく魂核に刻まれて二度と他に奪われる事が無い
永遠の技術となる。達人の体が覚えて無意識のうちに技を繰り出す
と言うが、それの上位互換と捉えてくれれば良い。
941
そしてそのまま魂に刻まれた技術は自分の才能になり、魔紋によ
り人ならざる者になったお陰で少し変質した才能﹃賢者の意思﹄の
下に統合された。
賢人と認められた時の称号の様な物ではなく、真なる賢者として
魂に刻み込められた才であった。
さらに無限の一部を吸収する事によって無限の中の膨大な知識の
一部を獲得し、右の占眼が変質。全てを見極める魔眼へと変わる。
そして、格段にパワーアップしたハザードを確認した無限は、魂
の集合体の中でもとりわけ有能な集合体を切り離し、自ら散り散り
に霧散して消えて行った。
このまま闇を広げれば捉える事も可能かもしれないが、冥界でこ
れ以上闇を広げるのは不可能だとディーテが告げた。
ハザードは幽星体から自分の肉体へと戻る。
そして一息ついて言った。
﹃おい。お前いつ帰るんだ? もう帰れ﹄
﹃お前酷いな。降臨したら死ぬまで戻れないぞ? しかもお前の魂
はなかなか死なない存在になったからな。ヨロシク我が友よ﹄
︵はぁ∼⋮⋮︶
﹃聞こえてるぞ我が友よ﹄
溜息も出る。
コイツ
だが不思議と嫌な気持ちではなかった。すでに一戦を共にした悪
魔大王はハザードの家族の様な存在になっていた。
942
943
賢人vs化物︵後書き︶
﹃古代の力﹄と言う称号は全ステータス補正2倍という破格の物。
難易度とボスは強いが、勝てば更に強くなれるのである。
ハザードが迷い込んだ時期はクエスト発動時期でもなくたまたま
だったため、ボスの出現はありませんでした。なので悠々とただ観
光しただけでした。
因に城の杭には裏ボスが仕込んでありましたが、時期じゃないた
めこれもただただ無用に封印を解いてしまっただけでした。
本来であれば、通常ボスを倒してから、裏ボスと言った形で進ん
で行くんですが、このお陰でボスが常に裏ボスになってボスが中ボ
スみたいな形になってしまい、難易度が劇的に上昇。恩恵も然るこ
とながら、霧が晴れる日の為に力を蓄える人達が沢山でてきてお祭
り状態になるのです。
ってことで古代系を獲得した人がいずれ出るかもね。それはリア
ルプレイヤーでもノーマルプレイヤーでもどちらにも可能性はござ
いますので、破格の性能の称号。敵キャラにならない事を祈るばか
りです。笑
ってか、ハザードさいつよ!
そしてズッ友になりました。
944
※補足です。ハザードより分離してディーテが降臨した訳じゃな
く、ハザードの体の中にハザードとディーテが居るので、一人二役
やってる様に見えてます。
945
ユウジンvs冥鬼︵前書き︶
お待たせしました。
次から神父視点です。
本当にお待たせしました。
946
ユウジンvs冥鬼
冥鬼と剣鬼ユウジンは互いに刀を打つけ合っている。
赤黒い甲冑を身につけた冥界の鬼頭。角は二本、背筋を伸ばして
立てば地面と水平になる程、真横に伸びている。
全体像は、やや細めの武人と言った印象である。だが、その身に
纏う魔力。いや妖気は、凄まじい程高密度に凝縮されていて、その
ひと太刀には相当の重みが合わさっていた。
ユウジンはその剛の力に少し圧倒されていた。
ステータスはかなり向上していると言っても、能力自体は人間の
物である。そう、リアルスキンモードの中で未だに﹃進化﹄と言う
物を味わっていない。
ある程度まで行けば、クエストという形で困難を乗り越えて行け
れば、人は順応しそれに適用して進化して行く。
それがリアルスキンモードなのである。
ノーマルプレイモードでは、初期設定にて人種や亜人種数種類が
選べる様になっている。そしてスタート地点の国が東西南北に広が
ったためそれに適応した人種にてゲームプレイとなるのだ。
人気はやはり北方人種。
次点で東方人種。
身体の作り、動かし方が少し違って来るのだが、ヘルプモードに
て順々に適応して行くのは可能。
話は置いて、圧倒的な剛の力を持つ冥鬼の攻撃を真っ向から受け
947
た場合、簡単に腕が折れてしまうだろうと予測したユウジンは、そ
の熟練した技術によって受け流す事に集中していた。
だが、受け流せどもひと太刀毎にガリガリと削られて行くユウジ
ン。
胸の内で弾き返せと、真っ向から挑めと言っている様に高ぶる鬼
を押さえながらだとかなり分が悪かった。
天凛の武と呼ばれる力が在るからこそ、進化するに至れなかった
のだ。人の身にて、武のみであるが高みへ昇れる才。
それが進化の邪魔をする。進化は人の無限の可能性、同時に彼の
才能も己の可能性を無限に広げるものなのである。
故に、彼に進化の兆しは訪れなかった。
︵委ねろってか? 嫌なこった。勝手にしろよ、俺も勝手にするか
らな︶
この鬼の心に身を委ねてしまえば、強くなれるかもしれない。だ
がプライドが許さなかった。自分以外の力を手に入れた所でだ、己
の考える極みには到底たどり着けないであろうという考えが頭の中
で固まっていたからだ。
﹁力負けしてるから力を貸してやるだって? いらねぇよ﹂
てんとう
そう言いながら天道を握りしめ真っ正面から構え、己の心に宿る
鬼に語りかける。
力だけじゃ、圧倒的劣位を覆せない。
948
誇りを守れない。
磨いて来た己の技術こそが、その絶対的な隔たりを凌駕する。
人間には紡いで来た歴史が在る。
そしてそれを発展させる思考力もある。
本能の儘に争う獣と比べるな。
鬼は戦う種族だって?
戦う為に考え、勝つ為に試行錯誤する人間様を舐めんな。
戦いに生きる人の凶暴性を知らない獣に何が判る。
﹁達人は心を制し、心を振るう!!﹂
その掛け声と共に、ゆっくりと上段に構えた刀を、凄まじい速度
で接近する冥鬼に振り下ろす。この動作、今までに何万回と繰り返
して来た。毎日だ、何が在ろうと毎日同じ動きを繰り返して来た。
動きを身体が覚えるというが、俺の持論は心に刻み込ませるとい
う事。戦う意思よりも遥かに先、﹃ただ剣を振るう﹄それのみに眼
を向け向き合い続けたユウジンのひと太刀は、完璧なタイミングで
冥鬼の兜に当たる。
冥鬼も負けておらず、ユウジンを超える圧倒的な身体能力から横
ばいに両断しようと振っていた刀を止め回避に専念した。
その結果、まっ二つにならずに済み、左の角と兜を犠牲になんと
か生き残った。
﹁見事だ。力は儂が上なはず、一体どういうまやかしか?﹂
949
角が一つ、根元から折れた事によって少し力を半減させる冥鬼。
そして割れた兜から黒髪の男が顔を出す。顔の特徴は一昔前の日本
人の様な印象だった。
﹁そして、貴殿に世界鬼の気が伺えるが、仲間か?﹂
﹁俺は人間だ。おまえもその顔、元人間か?﹂
﹁記憶は無い。儂は本能の儘に戦う。何かの為に戦うのか、その何
かも既に忘れてしまった﹂
冥鬼は中途半端に残った兜を投げ捨てる。
﹁力が欲しくないのか? 開放してやろう、その力﹂
角が折れてもなお、凄まじい速度と力で躍りかかる冥鬼。それに
合わせる様にユウジンも刀を振るう。相手の力が弱まって、同じス
テージにようやく立てるその状況がユウジンのプライドに触る。
だが、生き残るためにはそれも致し方ないと柔軟な考えて対峙す
る。心の鬼も冥鬼と切り結ぶ度に感情を高ぶらせる。
﹁別にいらねぇよ!! 他人の力なんぞな!!﹂
︵と、言いつつ俺も少し楽しくなって来てるのがな⋮⋮︶
そう思いながらいつの間にか両者の顔には戦いを喜ぶ表情が浮か
んでいた。同じ思考を感じ取ったのか、先ほどまで力任せだった冥
鬼の動きも見違える様に良くなって行く。
950
﹁ははははっ!! 戦いの中だが、平時より鮮明に見えるぞ!!﹂
﹁馬鹿力ゴリラの次は猿真似か!!!﹂
ユウジンの動きを見よう見まねで真似する、だがそれが嫌に様に
なっている。
戦いの最中、鬼の弱点は角であると判り切っているため、もう一
本を折りに掛かる。そして、見よう見まねで動く冥鬼の隙を誘い残
った角を切り落とす事に成功した。
﹁力の源は削いだ。これでお前の負けだろ﹂
﹁⋮⋮確かに、儂の身体から漏れ出す妖気を押さえる事が出来ん。
だが、何故か判らぬが、ひたすら貴殿に勝ちたい儂が居る﹂
そう言いながら上級種程の力にまでパワーダウンした冥鬼は突っ
込んで来る。まるで死を恐れない武士の様だった。純粋に戦いを楽
しんでいる様だった。
いつの間にかユウジンと冥鬼の立場は逆転していた。
斬り結ぶ過程で、角があった頃は深い闇に包まれていた瞳に輝き
が灯って行く。
だが、ユウジンはそんな冥鬼をあっさり切り捨てる。
﹁お、おい!﹂
狼狽えるその声は、自分自身に発した物だった。力を失いかけて
いる冥鬼を、心の鬼が自分の身体を奪い一閃したのである。
﹁思い出した⋮⋮儂は貴殿と同じ様に人間だった。だが、世界の意
951
思が俺を鬼に変えた。人斬り故に鬼と言われても仕方の無い生き方
だった⋮。鬼になり、さらに人を斬る様になった。だが、それもい
つしか虚しさに変わって行った⋮。せめて不殺を貫こうと、斬って
も斬れない木刀を世界樹から削り出したのを覚えている﹂
倒れながら告げる冥鬼の意思がユウジンの身体に吸い込まれて行
く。
実は角を斬り落とした次点で、力が自分の身体に流れて来るのを
感じていた。意気揚々と戦う心の鬼が冥鬼のエネルギーを取り込ん
でいる感覚。
ユウジンの頭に冥鬼の全てが吸い込まれて、走馬灯の様に映り出
す。
極東の侍が鬼となり、放浪を続けた先に見えたものが。
そして心の中の鬼は、ようやく自信の力の源を取り戻したという
ばかりにユウジンの身体を勝手に改変し始める。
自身の心から溢れ出す膨大な力を感じる。世界鬼とは、世界の意
思が作り出した心の鬼である。世界中の畏怖や羨望がごちゃ混ぜに
なって出来た膨大な力の塊である。
使い方によっては世界に災厄をもたらしかねない力なのだ。そし
てこの力の担い手は人であり、大抵の人は強大な力に打ち勝つ意思
を持つ事が出来ずに、自分の欲望の儘にその力を振るう事になる。
極東の侍はたどり着いた世界の果てにて、この世界の意思に相対
し膨大なエネルギーのみを持ち去って腹を斬った。再び力に驕る犠
牲者が出ない様に。
︵儂は極みに至らなかった。ただ、戦時に運良く敵将の首を獲った
952
一介の兵士︶
搾りかすの様に残った既に力を失った男の声が響く。
︵儂の意思もすぐに取り込まれてしまうだろう。だが、今確信した。
超えた先にある物に、貴殿は片足を踏み入れている。貴殿なら、儂
の意思を︶
僅かばかり残っていた冥鬼の意思も言葉を言い終わる前にユウジ
ンの中に取り込まれて消えてしまった。
そしてストッパーとなって改変に抵抗していた意思が完全に消え
去った事により、ユウジンの意思関係無く、世界の意思が彼の身体
を鬼その物に再構築して行く。
ユウジンは膝をつく。
リアルタイムで再構築される身体に必死に抵抗していた。だがし
かし、世界の意思への抵抗虚しく抗う術は無い。
︵こっちは必死で抗ってるのに関係無く力が溢れてきやがる!︶
もう喋る力すら無い。大量の汗を流しながら、心の中で必死に抗
っているつもりなのだが、果たしてこれが抗えてるのかどうかも判
らない。
天道を手にして、力を振り絞り自信の太ももに刺す。だがしかし、
愛刀は太ももの筋肉に弾かれてポッキリと折れてしまった。アダマ
ンチウムと呼ばれる神鉄で鍛えた刀が、いとも簡単に折れてしまっ
た。
それほどまでに人ではない何かに生まれ変わっているのか。もう
戻れない所まで来ているのか。
953
刀と同時にユウジンの意思も折れて行く。
全く持って運命とは恐ろしい物である。ただ刀を持った鬼がとん
だ置き土産を用意して待っていた物だ。
何かに導かれる様にこの冥界に来ているのも、そして今までただ
の能力だと思っていた鬼の力が、完全なる別の何かだったのも。
クボヤマ後で殺す。
あいつのせいじゃね? マジで。
意識すら保つ事が出来なくなりそうな時、ふつふつわき上がる物
は親友への愚痴だった。そう言えば、アイツ商会からの金を隠して
やがったな。
自分がアリアペイ持ってない事をこれ幸いとばかりに舐めた事を
してくれたお礼はきっかりしなければならない。
とりあえず生き返らせて殺す。
救って殺す。
物騒な事を思いながら、世界の意思に飲み込まれて行くユウジン
の意識。
このまま目が覚めれば、それは今までのユウジンではない何かと
なっていた可能性がある。
このまま取り込まれ再構築されればだが。
運命とはコロコロと変わりゆく。
954
彼の空間拡張された荷袋から一本の木刀が姿を現した。
ウッドオブアース
世界樹刀だった。
一番最初のプレイヤーズイベントでの優勝賞品である。愛刀であ
り神鉄で鍛えた名刀天道が出来てからはすっかり使わなくなったた
だの鈍器である。
︵まだ残ってるじゃないか、てめぇの意思!!︶
冥鬼はこの世から跡形も無く消えてしまったが、この木刀には紛
れも無い彼の意思が受け継がれていた。
木刀を手にする。
ユウジンの魂は、世界鬼の意思を通して作り手である冥鬼とも同
化していたので吸い付く様に木刀が手に馴染んだ。馬鹿みたいに重
かった刀が、自分の求める理想の物になる。
木刀には、不殺を貫き通し、この世を去った冥鬼の記憶が宿って
いた。強制する世界の意思に抗う様に、彼も同じ様に木刀を振り続
けた日々の記憶。
ユウジンは感づく。
世界の膨大な意思の数は力となって押し寄せて来る。だが、自分
にも決して負けぬ程積み重ねられた日々が在るという事に。
気付いたのだが、未だ人の理を出ていないユウジン。彼の意思が
思い通りにならないと判断した世界鬼は、そのまま飲み込んで冥鬼
の様に消し去ろうと潰しに掛かっていた。
955
﹁このままじゃ、マズイデス!﹂
フラウ
エリーが見ていられなくなったのか、苦し紛れに雪精霊をサポー
トに出す。例え雀の涙程度の雪精霊の加護でも、ユウジンの力にな
れば良いと考えていた。
実に甘い考えである。
プルートの嫉妬の炎は、しっかりとこの雪精霊を覚えていた。
﹁コイツが⋮!!﹂
フラウ
そう、地上で負ける切っ掛けになった雑魚。
サポート
羽虫をつまむ様に雪精霊を捕まえると、嫉妬に狂った眼で見つめ
る。冥界では本領を発揮する事が出来ない精霊達。
フラウ
上位精霊である氷狼ならまだしも、下位の精霊でそして補助が主
体である雪精霊を出す事は、完全にエリーのミスであった。
﹁フラウ!!﹂
プルートの手によって、フラウの透明に近い羽が毟られる。
そして雪精霊は四肢を引きちぎられ、その存在すらも保てなくな
り、完全に精霊体としても消滅してしまうかに思えた。
エリーも今にも泣きそうな絶望の表情を現し、口を押さえて何も
出来ないでいる。
﹁̶̶!?﹂
956
プルートの地面から白い炎が上がる。
雪精霊を放棄して彼はそれを回避する。
炎に包まれた雪精霊は、不思議な事に燃え尽きずに、安らかな表
情を浮かべて空中を漂う。そしてそれを抱きとめる様に黒い神父服
を身に包んだ男が輝く扉から出現した。
フラウ
﹁エリー、あとで説教です。雪精霊に無理させて。精霊中心に戦う
のはそれでも良いですが、私は前線で共に戦っていた頃が良かった
よ。でもよくがんばりました﹂
ブレッシングフェイト
そして現れた神父は倒れ臥しながらも心の中では戦い続けている
ユウジンに向かって﹃運命の祝福﹄を施す。
神父の声が荘厳で、敬語まじりになっている。エリーはクボヤマ
のそんな様子に、これはガチギレしているな、でもそこも魅力的だ
と赤くなる。
﹁後は任せてください﹂
957
ユウジンvs冥鬼︵後書き︶
冥鬼はありきたりでグダグダな設定で作られた物です笑
958
ゴッドファーザー︵前書き︶
時系列は少し前から始まります。
今回は8000文字超えました。
最近長くてすいません。
959
ゴッドファーザー
﹁あの、フォルトゥナさん? ⋮⋮これは一体?﹂
﹁いーの!﹂
胡座をかいて瞑想の姿勢に入る俺の上に体育座りする運命の女神。
彼女の小さな背中が、その重みが完全に俺に身を委ねる様にのしか
かる。
なんだかとても危険な香りのする構図なのだが、彼女が言うには
半減してしまったレベルとステータスを取り戻す為には、より効率
の良い鍛錬をしなければ行けないのだそうだ。
で、その結果がコレ。
確かにこれは、精神力が鍛えられマスネ。
今の俺には才能が消滅した﹃ただの人﹄であるため、今までに培
った精神値のボーナス補正は無い。精神値のみだが、半神に匹敵し
そうな程だったため、その量が半減した所で人の限界をとうに越し
ている状況だったが、それはそれでかなりの量が無駄になってしま
ったんだな、とへこむ。
﹁でもでも! 今なら取り戻せるの!﹂
と健気なフォルを見ているだけで俺はなんとかやって行けそうだ。
﹁オースカーディナルの本来の使い方は、誓約を超えた先にある物
なの。誓約によって力を得るんじゃなくて、重たい誓約を課せば課
すだけその精神値の見返りは大きく変わって来るの﹂
960
衝撃的な事実である。
攻撃力と防御力が上がると思っていた、オースカーディナルなん
だが、よくよく考えた所の単なるやせ我慢が上手くなるというマゾ
仕様だった訳だ。
知らずに使っていたからこそ何とかなっていた訳で。
﹁地力でクラーケン倒すなんて精神値に引っ張られた結果なの。魂
の力は存在力の証明なんだから﹂
と褒めているのかよくわからない感想をフォルから頂く。
とりあえず、超絶やせ我慢の結果なのだろう。
そう、俺は死を恐れない。めっちゃ怖いけど、リアルスキンモー
ドのプレイヤーの中で、一番死んでいるのは俺じゃないだろうか。
例えゲームの中でも死ぬのが怖い。と安定した生き方をするリア
ルスキンプレイヤーは多い。
﹁カーディナルの誓約を最大限にするの。瞑想するだけの精神は私
がなんとかするから、暴れる魔力ちゃんをしっかり支えてあげてね﹂
トリニティ
と、言いながらカーディナルの誓約を一気に上げるフォル。
他人が弄れるのかよそれ。
クロス
彼女の理論はこうだ。
聖書、十字架、聖体の三つが揃う事によって三位一体となる。こ
れは人間の神に至るまでの道であり、この儀式を行う事によって膨
大な精神値が加算され肉体から精神体をすっ飛ばし神へと生まれ変
わる。
961
クロス
長い年月をかけて聖なる魔力をしみ込ませた聖書。
同様に祈りを捧げて来た十字架。
そして修行によって洗練された聖体。
この三つが揃う時、人は神へと昇華する。歴代の法王の中でもこ
の真理にたどり着きそうなのはエリックただ一人だけなのだという。
﹁それを俺に教えていいのか?﹂
﹁どれかが欠けていると無理なの。それは天文学的な確立で、クボ
には無理なの。あと肉体から聖体に変質する時は、魂が肉体の束縛
から開放される時なの﹂
要するに、死ねってことか。
恐ろしい事と無情な現実を同時に俺に突きつけるフォルトゥナ。
そして、その儀式を簡略化。本来人のみでは無理なのだそうだが、
神だからできるんだと。神だからって理由は万能だ。
幸いな事に、オースカーディナルによって精神値の限界値は無効
化されている。そう、半神と言えるレベルにまで発展できる器は既
トリニティ
に出来ていた。
あとは三位一体の儀式によって爆発的に増加させるのだという。
それは、オースカーディナルの補正ボーナスよりも絶大な力となる。
本来であれば内燃させなければならない魔力を俺は常に放出して
デロデロさせていた訳で、その存在力は持ち主依存では無く、すで
おれ
に独自に個と言う物を持ち始めているんだとか。
そして聖体という代用の聞かない物を聖職者の聖なる魔力で代用
するンだとか。
962
そうかそうか、魔力ちゃん遂に出番です。
行ってらっしゃい。
﹁じゃ、魔力が膨大な精神力へと置き換わるの。クボは魔力ちゃん
をしっかりと支えてあげるの﹂
フォルが体操座りのままに首だけ動かして俺を見上げる。これが、
オースカーディナルじゃなくてクロスたそだったらな。このセーフ
ティーモードは俺だけの空間であり、嫁達をいちゃいちゃ出来る飛
んでも空間だった訳だ。
そう考えるとこの十字架マジでいらん。でもまぁこの機会に上手
く利用させてもらうとする。そして枢機卿の立場も捨ててやりたい
のだ。
邪神の尻拭いだけ終わらせたらとっとと世界を見て回りたいの、
未だ魔法学校へのレポートの提出すらままならない状況だという事
をすっかり忘れていた。
どうしよう。
もしかしたらみんな卒業まで行ってたりするんだろうか?
トリニティ
そんな思考もすぐに余裕が無くなる。
三位一体が始まった。
﹁ふぅんぬぐぉ!﹂
変な声が漏れた。簡易化されて、規模が縮小されているというの
に魔力ちゃんが俺の精神値に置き換わり器に蓄積されて行く。
なんだっけ。これ、パワーレベリングって言う奴。でもパワーレ
963
ベリングって強い仲間に強い所に連れて行ってもらって経験値を貰
う所謂﹃吸い﹄って奴だよな。
﹁ある意味それで合ってるの、余計な事は良いから、魔力の制御を
確りして!﹂
メルトダウン
フォルの応援を糧に、俺は必死に魔力を制御する。まるで自分の
身体が原子炉担っている様に感じる。気を抜けばすぐに炉心融解し
てしまう様な錯覚の中、精神値として膨れ上がった魔力ちゃんを自
分の中で循環させる。
INTが低い俺は、決定的に魔力を扱える幅が少なかった。だが、
フォール
MIND値になれば話は別だ。むしろMIND値を操る専門家でも
ある。
フォール
﹁降臨!!﹂
少しでも消費量を増やす為に発動する。
元々体外の魔素を掻き集めて精神値に変える技﹃降臨﹄が自分の
内包される魔力で可能なレベルとなっていた。
そう言えばMP量ってMIND値が主体だったような。半神並み
だった精神値という事は、俺の中の魔力はかなり膨大な数になって
いただろう。
使い道が無かった訳だが。
その量の魔力が精神値に置き換わっているって、一体どういう事
だ。
それを思い出すと、この儀式が果てしない苦行の様に感じて来た。
964
いかん。精神を研ぎすませなければ。
﹁全ての魔力が精神値に置き換わって、MPという概念を超越する
の。要するにMPゼロ。でも、魔力という概念が消える代わりに、
その身自体がMPとも言える様になるの﹂
﹁え、それってもしかして、MP使い切ったら死ぬ?﹂
﹁⋮⋮使い切る程の戦闘はこの先無いと思うの﹂
何故、君は少し間を置いたんだ。そして否定でも肯定でも無い答
えが返って来た訳だが、俺自身が魔力ってことか。
﹁言い当て妙という奴なの。MINDの塊と称した方が正しいわけ﹂
なるほど。常に降臨状態って訳だね。
俺の頭の中に最強という人文字が浮かび上がる、だが、降臨状態
でもエリック神父に叩きのめされた記憶も同時に蘇り、瞬時にその
馬鹿な思考をシャットアウトする。
何の為に北の聖堂へ足を運んだと思ってるんだ。
精神修行の為だろう。
半減しても膨大な俺の魔力が遥かに膨れ上がって精神値に変わっ
て行く。それを考慮すると、才能が無くなり、レベルが半減してし
まった被捕食ペナルティは運命だったと感じてしまう。
半減してないと、完全に俺のキャパシティを超えた世界に片足を
突っ込みかねなかったからな。
﹁元々、あなたの才能は無限精神値量産型なの。オースカーディナ
ルで人智を超える精神値のみ身につけれてはいたけど、それを操る
器がお粗末。肉体自体は幾度となく復元した継ぎ接ぎだったから、
965
修行以前に聖体になる可能性はほぼゼロ。今後とも軽々しく身を呈
しちゃダメなの﹂
フォルが悲しそうな声でいう。フォローも糞も無い事をバッサリ
言う彼女であるが、相応に俺の事を心配してくれていたようで。
﹁うん、それは約束できないけど。ごめんなさい﹂
俺も素直に謝る事にした。
悪い事をしたらすぐ謝る。
それが大事なんだ。
﹁もう⋮⋮でもそこが貴方の良い所なの⋮⋮﹂
そう言って再び身体を俺に預ける。
密着する事で、彼女の加護がより俺を助けてくれているのが判る。
ふむ、魔力ちゃん。
今まで活躍の場が無くて辛い思いをさせて来たけども。
これを乗り切れば一生物の強い結びつきを得る事になりそうだ。
だって俺の身体の構成が精神値に置き換わった魔力ちゃんになるっ
てことでしょ。
オッケー、即結納してやるよ。
そんな事を思っていると、急に魔力ちゃんから高揚した意思が流
れ込んで来た。そして急激に操りやすくなった魔力ちゃんをせっせ
と精神統一によって蓄積して行く。
966
̶̶̶
と、言う訳で今の俺は純粋なる精神力の塊。
ヘブンゲート
純粋なる精神体として生まれ変わった訳だ。
ヘブンゲート
天門に移動属性が付いた訳ではなく、天門によって天界経由で場
所を行き来できる様になっただけだった。
そして精密鑑定で俺を見ると皆驚愕するだろう。
なんせMINDしか無いんだからな。
HPもMPもSTRもVITもAGIもLUKもINTも何もか
もがMINDになってしまった。
馬鹿だろ。
主に俺が。
そして、間に合って良かった。常に降臨状態になる事に無事成功
967
したのは良かったんだが、如何せん必殺技が無くなってしまった。
セイントクロス
聖十字は?
いや、アレ既に小手調べにとりあえず放っとく的な立ち位置じゃ
ん。
だめじゃん。
セイントクロス
事実、俺の身体自体が聖十字を直接的に放出する様になったんだ。
それは以前の物とは比べ物にならない程の威力を発揮する訳だが、
それとこれとは話が別である。
何か新しいのが無いかなと思った所。
以前一度きりであるが、神鉄に憑依した悪魔を葬り去った一撃。
バラ
聖火である。
それを練習しようとしていた時、フォルが急に慌て出したのだ。
フラウ
﹁雪精霊ちゃんが危ないの! クボ! お願いだからそんなくだら
ない事やめて早く助けに行って! 今なら天門で一瞬なの!﹂
だ、そうだ。
くだらないってお前⋮⋮。
バラ
少しへこみそうになったが、天門の隙間からフラウが消滅させら
バラ
れる瞬間が一瞬見えた時、俺は躊躇無く聖火を放っていた。
アウロラ
ヴァルカン
以前は全く使う事の出来なかった聖火だったが、今では特に変わ
った様子も無く使用できた。
フォルトゥナ
そう言えば、運命の聖書って女神と鍛冶神の性質を同時に持ち合
わせているんだったな。
968
レイ
もしかしたら大分前から使える様にはなっていたのかもしれない。
そう考えると複雑な気持ちになる。
バラ
聖火は邪のみを滅する炎である。聖光と違い、一瞬で消滅させる
パワーは無いが、例え避けられてもその火の粉がまとわりつけば小
さい所から確実に燃え広がり消滅させる性質を持つ。
レイ
ちなみに、エリック神父は限定条件下で聖光を行使する事が可能
ヴァルカン
メギド
なんだってさ。こう言った神の技の担い手は基本的に一人に一つ限
定らしい。
と、言う事は、未だに鍛冶神の神火は誰にも使われていないのか。
彼の寂しがる姿が容易に想像つく。
俺は人ごみが嫌いだぜとか言いながら実際一人になると急に寂し
くなって此方を見つめるタイプだからアイツ。ある程度の仲になる
と急にガードが緩くなるタイプでもある。
男のツンデレとか受け付けてないんだが。
メギド
まぁいつか、神火の担い手が現れるだろう。それはプレイヤーじ
フラウ
ゃないかもしれないが、もし居たら邪神討伐に誘いたい。
敵か味方か判らないけどね。
バラ
プルートを撥ね除けて、聖火に包まれた雪精霊を抱きとめる。羽
を毟られた事によって大分力を失っているのが判る。
オートヒーリング
﹁自動治癒﹂
今の俺なら精霊すら治療してしまえる。もう無駄に名前の凝るの
は辞めた。自動治癒は自動治癒でそれ以外の何でも無い。効果範囲
が自分以外、そして肉体にも広がってしまったため、もう一括りに
してしまった。
969
断じて名前を考えるのが面倒だった訳じゃない。
自動治癒・運命操作も、今回の自動治癒も、なんら変わらないん
だ。
それで良いじゃないか。うん。
﹁神父ゥゥゥ。僕はずっと待ってたよねぇ!! ﹂
ベヒモスの腹の中で最後に見せたあの気持ち悪い微笑みを見せな
がらだが、眼は狂気に包まれたままのプルートは俺の心臓を握りし
めたまま一瞬で肉薄しようとする。
人の心臓を何だと思ってるんだ。
だが、以前感じた様な強大な力の差はプルートから感じ得ない。
トリニティ
むしろ、俺からすればお前らは弱点属性な訳で、勝負は一瞬にし
て決まる。三位一体は成功したが、未だ精神値に置き換わった魔力
ちゃんの放出が止まらない。
何故かというと、心臓という核となりうる重要な器が消失してい
るからだった。
大切な結納の席で、結納品を忘れてしまった俺。
そりゃ、魔力ちゃんも怒って出て行くわ。
判りやすく言うと、そんな感じである。
止めどなく放出される精神値。聖なる力である。
トリニティ
その向きを変えてやれば良い。その程度の制御が出来なかったら
とっくに三位一体は失敗に終わっていただろう。
﹁ッ!﹂
970
辛うじてその力の本流から抜け出せたプルートは、流石冥界の王
と言える。だがしかし俺の目的は別に在る。
﹁⋮⋮ハハハ! 自分で自分の心臓を消し去るなんてもしかして馬
鹿? 馬鹿なの? ハイ死んだ! これで貴様は永遠に冥界に取り
残されるのみだね!﹂
狂った様に叫ぶプルート。
﹁貴方は何を言ってるんですか?﹂
俺から溢れ出ていた力が止む。そう、放出していた魔力により消
し去ってしまったかに思えた俺の心臓であるが、その辺は抜かりな
い。綺麗に邪の芽を消し去ると、そのまま心臓を俺の中に取り込ん
だのだ。
元々魔素を絡めとるのが上手だった魔力ちゃんである。素早かっ
た。
トリニティ
そして結納の儀式は完成を迎える。
心臓が作り替えられて新しく核に置き換わる、フォルはそれを聖
核と呼んでいた。それが一体なんなのか詳しく理解する事が出来な
かったが、私同様に名前を付けてあげてとの事だった。
かなり安直だが、核をそのまま可愛く呼ぶとクレアって呼べそう
だから。
うん、魔力ちゃんの名前は﹃クレア﹄と呼ぼう。
聖核だからセイントクレアだね。クロスたそと若干似てるので、
そこは高級感を意識してクレア・ホーリーでもいい。
971
︵クリームシチュー見たいな名前ありがとう! やっと力になれた
!︶
︵わ∼、おめでとうなの! 魔力ちゃん⋮じゃなくてクレアちゃん
!︶
聖なる力の塊である俺の力の源﹃聖核・クレア﹄がここに誕生し
た。何やら俺の精神空間で二人とも騒いでいる様子だった。
︵クリームシチュー? そんな事より一瞬で決めるぞ!︶
バラ
俺は狂気に笑い続けるプルートに向けて、聖火を放つ。それは、
バラ
流れ出ていた聖力のままに放っていた最初の物とは全く持って質が
違った。
フォルとクレアによって完全に制御された聖火が、プルートの足
下から一瞬にして燃え上がる。
そしてそれは邪神の力を完全に燃やし尽くした。
﹁ぁ⋮⋮僕は⋮ただ地上に、渇望して⋮⋮﹂
972
﹁邪神に踊らされてはいけません﹂
﹁間違って⋮⋮?﹂
﹁間違う事は誰にでも在りますから﹂
果てなき精神統一から、俺の怒りは完全に邪神へと向いていた。
元々プルートも神の一人であるから、存在を消滅させる事は難しい。
この場で消滅させる事が出来たとしても、また復活してしまう。
神とはそう言う者なのである。
神の子と神は大きく違う。冥府の神ハデスは、我が子の成長を促
すべく、あえて冥界の一部を譲渡したのであった。
ハデスの不在の時、そこにつけ込んだのが邪神だったと言う訳だ。
無用な好奇心を刺激して、冥界での職務を放棄させてまで地上へ
の渇望を促進させた邪神の波動が全ての原因でもある。
﹃どうやら終わったみたいだな﹄
二重に響かせた様な声でハザードが姿を現した。
あれ、いつの間に彼はコウモリの翼の様な物を四枚も生やしてい
るの。疑問が浮かび上がるが、今はそれどころじゃない。
強大な悪魔の力を彼から感じたからだ。
﹃うわ、天敵。でも俺は敵じゃない。味方だ。友達の友達は友達っ
て言うだろ? だったら俺とも友達だ﹄
﹃良かったなディーテ。友達が増えて﹄
ディーテってまさかあのデカい悪魔か!
973
見た感じ、俺と同じかわからないが、ハザードも同化している様
に思える。
﹁あれ? クボさん戻ってたの?﹂
︵私とはまた異質の核が二つありますね。これは実に興味深い︶
もしかしてこれは彼女の本の声なのか?
﹃ん、俺らより先に核を持っていたとなると、先輩か?﹄
﹃おいディーテ。楽しんでんじゃねーよ﹄
﹃いいじゃないか、そのくらい許せ﹄
︵わー! お仲間さんが一杯なの!︶
︵は、初めましてっ! さっき生まれました! しぇ、聖核のクレ
アです!︶
﹃クリームシチューだな。ハザードの好物らしい﹄
﹃おい、人の記憶を勝手に見るな﹄
︵悪魔核に聖核ですか。実に興味深いですね︶
﹁えっと、あんたみたいに意思を持った存在って事でいいの?﹂
︵その通りです。あとクリームシチューとは一体⋮⋮興味深い。凪
様も昔家庭科の授業でとても素晴らしいクリームシチューをお作り
になって一時期クレアおばさんと呼ばれていたんですね︶
﹁やめてよ!﹂
︵わ∼、クレアちゃんの先輩なの∼?︶
︵しぇ、しぇんぱいっ!?︶
ハザードの一人芝居はさておいて。
974
緊張するクレアも可愛いがさておいて。
これは一体どういう事なんだ。
因にこの核達の会話は、思念を通して仲間だと認識している人ら
にも聞こえている。ディーテのみ、ハザードの声帯を利用して話し
ているようだが、ぶっちゃけ紛らわしいから辞めてほしい。
数秒思考してみたが追いつかなかったので、皆一様にパワーアッ
プしたと言う事で無理矢理理解した。
俺は井戸端会議に発展した彼等を纏める。
そんな様子を見ていたセバスが﹁ゴッドファーザー⋮⋮﹂と呟い
ていた。
おいセバス!
̶̶̶
﹃来たか⋮⋮﹄
975
ハザードが呟いた。
それと同時にとんでもないエネルギーが超スピードで冥宮に飛来
した。
﹁久しいな、ボッチ悪魔﹂
﹃ハハハ、息子の教育に失敗したお前に言われたくない﹄
﹁ぐっ﹂
いかつい顔をしたおっさんが、ディーテに核心を突かれ険しい顔
を作る。そして怒り心頭という面持ちで、すっかり座り込んでしま
ったプルートを睨む。
﹁ひっ! 父上!﹂
プルートは震え上がり泣き始めた。
﹁お前という奴は!! 冥界の仕事を任せれば責任を持つかと思え
ば、何を遊んでいる!!﹂
一喝。そして此方を振り向いた。
﹁愚息の暴走を止めて頂いて誠に感謝しています。このたわけが!
謝らんか!﹂
優しい顔で微笑んだかと思えば、強烈に怖い顔で息子を叱り出す。
忙しいおっさんである。
﹁良いんですよ、全ては邪神が悪いのです﹂
﹁そう言ってくれると助かります﹂
976
︵責任転換が上手デス︶
︵何が何でも丸く納めるつもりなんでしょうかね?︶
︵いや、多分あのおじさんの顔が恐いのよ︶
エリー、セバス、マリア。
聞こえてるんだけど。
軽く睨むと眼を背ける彼等。
﹁邪神討伐に力を貸して頂ければと思います﹂
﹁無論、冥府からは最高戦力を送り出しましょう。だがしかし、こ
の愚息の下に就かせていた者達も相当なくせ者でして、私は逃げ出
した無限を再び追わねばなりません﹂
そして、ハデスは未だ横たわるユウジンを見つめた。
﹁申し訳ないですが、私でも世界鬼はどうする事も出来ない。あれ
は地上世界の意思の塊。無限はなんとかできるんですが、世界の意
思は管轄外なのです﹂
﹁⋮⋮一体どうすれば﹂
﹁今の所は、彼自信が意思に打ち勝つしか方法はありません。です
が、﹂
とハデスは付け加える。
そしてユウジンが握りしめている無骨な木刀を一度見て言った。
﹁唯一抗う事の出来る切っ掛けが、この木刀となっています。世界
樹を削って作られたこの木刀を探って行けば、答えにたどり着ける
かもしれません﹂
ハデスは自分の経験と知識から苦し紛れにヒントを割り出す。
977
そう、結局の所ユウジンが打ち勝つしか無いのだ。
それでも、一つの希望が在るなら俺はそれを確実に摑み取りたい。
皆の意思も既に世界の果てと呼ばれる場所へ、そこにそびえる世
界樹の元へと向かう事が確定していた。
978
ゴッドファーザー︵後書き︶
魔力ちゃんも無事に嫁入り。
やりきった感がありますね!笑
なんだかごちゃごちゃしてきましたね⋮。
979
福音の女神、ギルドホームで︵前書き︶
他人事はアッサリと終わります。
神父視点なので。笑
980
福音の女神、ギルドホームで
ログインした。ベッドから身体を起こす。
︵おはようなの∼︶
︵おはようございます!︶
フォルとクレアの声が一番最初に響く。
ベッドの脇の丸いアンティーク調のテーブルの上に置かれたティ
ーカップにタイムブレイクティーを注ぐ。
セーフティーエリア
ステータスがMINDオンリーになったお陰で、空間拡張という
便利系の魔法が使えなくなった代わりに、精神空間に物を収納でき
セーフティーエリア
る様になった。
精神空間では、フォルとクレアが常に常駐している。何をしてい
るかと思えば、セーフティーエリアに収納された物をせっせと整理
整頓し、自分好みの空間に仕立て上げているそうだ。
俺の頭の中は、お前達のプライベートルームかよ。と言った風に、
今度はアレが欲しいだのコレが欲しいだのおねだり攻撃が一層の物
となった。
お陰で元々持ち合わせていなかったお金を散財している始末であ
る。かなり蓄えていたかに思えたブレンド商会からのお金も、糞学
校長のお陰でユウジンにバレて文字通り没収されてしまった。
それもかなりの金額をだ。
黙っていた俺は何も言えない。
981
ほら、アリアペイだけど、ユウジンも使える様にしていただろ。
それはアレだよ、いつか渡そうと思っていたんだよ。
という懇願も、言語道断の如くしっかりとユウジンの貰う筈だっ
た金額プラスアルファで持って行かれてしまったのだった。
ってことで、ここ最近は節制に節制をかかさないのである。
そして、ここからが大事な話。
世界樹の元へ向かった筈だった俺達、実を言うと結局行かずに我
がギルドホームに戻って来てしまった。
その前にユウジンが目覚めたからだった。
事の発端は、一度みんなログアウトして休憩してから戻って来よ
うと一区切り置いたお陰だった。実際に、プルートの一件でかなり
長時間ログインしていた訳で、休憩を挟まなければいけなかった。
それほどみんな熱中していた様だった。
マジで、異世界に居るみたいでどうしようもない。
そこで何気にリアルで絡みのある釣王に連絡を取ってみた。
﹃強制ログアウトさせてみれば?﹄
思いもよらない言葉が返って来て、一瞬思考停止に落ち入った。
そう言えばゲームの世界だったな、別にリアルでの自分がどうこう
なる訳でもないしと言う訳で。
982
俺はユウジンの自宅の道場へ出向いた。
自主練を行う門下生達を横目で眺めつつ、師範はかなり仕事をサ
ボってゲームに熱中している状況ってどうなの。という事を考えつ
つ、彼の自室へと赴いたのだった。
説明書を読みつつ、万が一の強制ログアウトをさせて行く。
﹃んあ? アレ、俺生きてんの? ってクボどうした?﹄
﹃強制ログアウト試してみた﹄
﹃なるほど。これってどうなの? 俺、ボス戦してたんだけど﹄
﹃向こうじゃ、寝たきりだよ。世界樹まで行かないとダメって言わ
れたんだ﹄
﹃世界の果てじゃねーか。どうやって行くんだよ﹄
そんな事を話しつつ、彼の道場で一試合する。
そして少しの素振りにて精神を立て直した彼は、今一度ログイン
し、何事も無く目覚めたのであった。
実にあっけなく終わった彼の騒動である。
俺の心配を返せ。
あと、釣王には後でお礼を言っておかなければ。
無茶な要求をされなければ良いけど。
目覚めたユウジンは、精神世界の中でひたすら素振りをしていた
んだと。俺にはこれしか無いという風に彼はひたすら素振りをした。
983
確かに、素振りをしている彼はただ一心に、魂に一振りを刻み込
むかの様に無我夢中である。押しつぶしに掛かる世界の意思を受け
流しながら彼は木刀と共に一つの極みに至った。
それが、剣の極である。
魂に刻まれた剣の技だと言う。
そして、ただひたすらに剣しか握れないという性質が加わった。
彼はこの世界で剣の極みに至り、世界の意思さえ敵わない強靭な精
神力を手に入れたのだった。
世界の意思を素振りに夢中になってシカトして置き去りにするな
んてユウジンさんマジで凄いと思います。
世界鬼はどうなったかと言ったら、ユウジンの軍門に大人しく下
ったらしい。多分そこには熾烈な精神争いが巻き起こっていたのだ
ろうと予想する。だが、彼の口から聞いた話だとこのままなのだ。
何とも拍子抜けなのである。
扉をノックする音がする。
﹁クボヤマ様、﹃リヴォルブ﹄のギルドマスター、ロバスト様がお
見えになられています﹂
﹁今行きます﹂
ギルド福音の女神で雇っているNPCが俺を呼ぶ。このNPCは
ブレンド商会が新たに着手した人材派遣会社から、派遣されて来た
メイドである。
984
アラド公国にて王家貴族の下で業務に携わっていた執事を顧問に
据えて教育を施し各地のギルドや貴族の下へ派遣するというサービ
スである。
乳母から従者、執事まで様々な使用人の分野での専門家派遣サー
ビスはそこそこ順調に運営できているそうだ。
実はこれには、ウチのギルドの筆頭執事セバスチャンが関わって
おり、使用人育成を補助するという形で、費用は全部ブレンド商会
持ちで、ウチのギルドは使用人達を雇っている訳である。
無論、リアルスキンモードプレイヤーも使用人に魅せられた人々
がウチの下に集っていたりする。ロールプレイヤーの一塊と化して
いる訳だが、もうリアルスキンプレイヤーは基本的にロールプレイ
ヤーなのだ。
ただ、リアルスキンモードプレイヤーの執事育成システムは、ま
だ始まったばかりなので重要な使用人業務は、アラド公国から既に
教育されて派遣されて来たNPCばかりなのだ。
相互扶助である。まぁ王族直下で使用人としていきなり学ぶより
も、ウチのギルドという比較的心持ちも軽い場所で学び、一度王族
直下で研修してアラド公国の貴族達の執事や、その他国の使用人業
務に携わって行く方が良いだろう。
ウチのギルド主要メンバーがギルドホームに揃った訳で、邪神討
伐の件は次の段階へと進み始めた。
英雄を集めようと策を凝らしてみたが、山田アラン以外の英雄の
存在が掴めなかった。英雄職へと至には、やはり相当な運命の巡り
合わせが必要となって来る様である。
そこで、物量作戦を考えついた訳だ。
そう、人海戦術。
985
初期からトップギルドとして君臨していたリヴォルブ。無事にリ
アルスキンモードへの移行が完了していたみたいで、そのトップ﹃
巨人ロバスト﹄との会談が今、福音の女神の会議室で行われようと
していた。
﹁来て頂いて本当にありがとうございます﹂
﹁おう、気にすんな。まぁ久しぶりだな、またとんでもない物に絡
まれてるんだって?﹂
﹁またってなんですか⋮⋮﹂
冗談を交えつつ、話し合いはスタートする。
だが、結局の所ロバストさんは快く承諾をしてくれた。
これがトップギルドマスターの器である。
﹁ってか、結局原因は自分なんじゃねーか﹂
﹁申し開きもありません﹂
﹁いや、それは良いんだけどさ。英雄だっけ?﹂
﹁はい、北国で偶然覚醒に立ち会った山田アランという英雄は、今
魔大陸の情勢を独自に探っている様です﹂
魔大陸は、邪神の勢力圏に陸続きで繋がっている大陸である。そ
れ故に過去に邪神によって圧政を強いられたり、戦争に巻込まれた
歴史がある。
その中から、それを良しとしない魔族が立ち上がり邪神封印時に
独立に向けて立ち上がった背景もある。
魔族や獣人など、様々な種族が織り成す大陸だが、彼等の感情に
は邪神を憎む同一の感情が根付いている地域でもあり、それは絶対
的な防波堤として機能している。
だがしかし、魔族と邪神の関わりは古くからの歴史もあり、未だ
986
水面下では邪神復活に向けて動いている勢力も在るんだとか。
防波堤であるが、邪神復活の兆しが出た今、一つの亀裂から大き
くひび割れし、そのまま決壊してしまう可能性も高い。そのため、
やまん̶̶山田アランの略称̶̶の水面下での動きや報告がかなり
重要な情報になって来ている。
﹁なるほどな。要するにチンタラ英雄を捜している暇は無いという
訳だな﹂
﹁はい、ですからギルドで連合を組み、邪神が復活し切る前に一気
に片を付けてしまいたいのが本音です﹂
﹁でもな、勝てるのか? トップを走っているであろうお前らでも
先日は厳しい戦いだったんだろう?﹂
﹁そこなんですよね⋮⋮﹂
この発案自体はまぁそれなりに良い案であると思うが、その内容
が有り得ない程足りていない。
マナス
と、言うよりも、俺が大局の舵を切る事自体が間違っている。
神智核と呼ばれる非常に頭の良い核を持つ凪も、彼女らは二人揃
って本の虫、全く持って邪神討伐に関心を示さないのである。
と、いうよりも、ウチには本当に馬鹿が揃っている。
ロールプレイヤー馬鹿共である。
エリー、ハザード、凪はいつだかのプレイヤーイベントでの大戦
犯である。
そしてユウジンはそんな事には興味ない程に剣の虫に成り果てた。
結局の所。
987
﹁とりあえずセバスチャンを呼んでください!﹂
戦闘以外では安心と信頼の実績を持つセバえもんに頼るしか無い
のである。
ドアの外で待機していたメイドにセバスを呼んで来てもらう様に
言う。ロバストとはプレイヤーイベントにてツートップを張った事
もあるのですんなりと話は進むであろう。
尽く他人任せになっている俺だった。
988
福音の女神、ギルドホームで︵後書き︶
早々と更新だ!
久々にあっさり3500文字程!
8000文字とか長過ぎ!
損だけかくなら二分割して更新しろ!
って感じですかね⋮?
989
中央聖都ビクトリア1︵前書き︶
頑張って更新します。
990
中央聖都ビクトリア1
﹁そうですね。まずは魔大陸へ行ってみるのはいかがでしょうか﹂
セバスの一言で、これからの進路が決定した。
下手に人海戦術等と言いながら、大勢引き連れて邪神の居る大陸
へ向かうと、確実にそのお膝元の魔族達を刺激するであろう。同時
に横断する魔大陸の情勢に大きな負担をかけかねないというのがセ
バスの意見だった。
事実、この世界はゲームであってゲームでない。様々な要素が絡
み合っている訳で、ハイ仲間を集めました。ボスを倒しに行きまし
ょう。じゃ、通用しない。
第一人海戦術とか言いながら、仲間達を輸送する手段と遠征に掛
かる諸々の費用を、一体どこから捻出するのか。
﹁そうだな、俺はセバスの意見に賛成だ。リアルプレイモードはそ
こまで甘ったるい物じゃないからな。今でこそノーマルプレイ時期
からギルドの運営についてはある程度予測を立てて改善して来たか
ら廻して行けているが、それすら回して行けない程のギルドは世界
に多数ある﹂
何をするにしても費用がかかる。
念願のギルドホームを手に入れました。だが、ただ集まれる場所
が欲しいからホームを作ったのでは、確実に維持費を払う事が出来
ずにそのギルドホームは潰れてしまうだろう。
クエストを定期的に受けてその報酬を当てる自転車操業ギルドは
991
世界に多数ある。ある程度の実績が積み上がればギルドが有る街の
ハンター協会と契約を結ぶ事によって固定で維持費の収入を得る事
が出来るが、そこに至れるギルドはなかなか少ない状況だ。
物作りや商会系のギルドは比較的生き残り安い。目的が維持費と
直結していたりするからだ。その商人の護衛とかでクエストがもう
少し出回ればなんとかギルドも上手いやり方が在ると思うんだけど
な。
実際傭兵の国だったり、そういう仕事はライバル業が多い。生半
可な実力では押しつぶされるであろう。
リアルプレイヤーが爆発的に増えたアップデートだったが、ノー
マルプレイモードに比べてかなり制限が厳しくなった部分も在ると
いう。
モンスターを狩ってドロップを売ります、それを卸します。でも
市場は飽和していますとか良く在る。だが、そこを上手く突いて一
定の品質ドロップを世に送り出すノーマルモードプレイヤーギルド
もある。
う∼ん。一概に何とも言えないんだよな。
ロバストさんのギルドはプレイヤーが多いのもそうだけど、元々
攻略メインの探求系ギルドだった部分で色んな地と開拓や発掘し、
色々な所で報奨金やら各国で公認ギルドとしての称号を貰っている
らしい。
それだけで全然賄える規模になって来ているという。
これは王道風で在りながら、特殊なパターンだろう。
最早ギルドの垣根を越えて、開拓協会的な人間の文化圏を広げる
為に尽力する団体へと様変わりしている。
そんでもって、ウチのギルドはセバスが居るからこそなんとか持
っている状況なのである。
992
まぁ大教会の正面に設立されてるからな。
女神教団の目の前に﹃福音の女神﹄とか、喧嘩売ってるどころの
問題じゃないんだけど、何故それが可能なのか。
俺が特務枢機卿という教団のナンバーツーでは無いが、別域でそ
れと同等の位に位置しているからだ。
癒着が激しい、マジでそれを考えると頭痛がして来る。
お布施も含めて、教団の魔物討伐業務を代わりに請け負っていた
りするからな。やってる事は普通のギルドやら傭兵の国の派遣社員
達とは変わらない。
だが、信用度が格段に違っている。
そしてその信用度を利用した商売をブレンド商会と手を組んでセ
バスがするもんだから自重しない程に、巨大化して行く訳である。
﹁先ず敵の情報を知る事から始めませんと﹂
そう短く告げたセバスには、妙な説得力があった。
﹁そうだな、先ずは敵陣潜入が一番都合いいだろう。邪神のお膝元
に近い所だが、神父、お前の信用度なら行ける筈﹂
﹁そうですね、クボヤマ様には特務枢機卿という教団の中でもまた
別枠の立場が在りますから、一番動きやすいですし﹂
ニヤリと二人して笑う。
コイツら、いつの間に仲良くなってんの?
﹁ちょっとまって、セバス。せっかく落ち着けると思ったのにまた
993
出張? あとロバストさん、貴方はどうするんですか? 一緒に行
きます?﹂
﹁ええ、とりあえず話は既に通してますんで、今日はそのままマリ
ア様が迎えに来られますので教団まで伺って来てください﹂
﹁ほら、俺巨人だし? 身体大きいからバレるって﹂
セバスの中では既に俺が向かう事は確定事項だったようである。
ほら、俺一応トップだよ?
それも見通して、俺にしか出来ない事をあっさりと告げる。
そして悪のりするロバスト。
貴方、確かに以前よりも遥かにデカくなってますけど、ヨゼフ・
デヴィスマック氏にはまだほど遠い体格ですよ。
﹁まぁ仕方ないですね﹂
俺も俺であっさりと承諾した。
やまんにも久々にあってみたいけど⋮⋮魔大陸は前々から気にな
っていた。世界の縮図で見た通り、海竜王女から聞いた通り、元々
獣人族と魔族の住まう土地に人族も住まい、多国籍国家の様な位置
づけになっているそうだ。
そして、邪神により圧政を強いられた過去を持つ民は、自由の意
思を持つとか。
魔大陸ドリームである。
﹁クボヤマ様、マリア様がお迎えに上がられています﹂
ギルドの会議室のドアをノックして入室した使用人がそう告げる。
その言葉と共にこの会議は解散した。
994
ってか、意味合ったのか⋮⋮?
結局の所、俺が現地出張という事実しか残っていない。
と、言うよりも邪神について俺達は知らな過ぎた。
それをはっきりさせなければならない様だな。
﹁クボヤマ、聞いたわよ。また出張ですってね?﹂
彼女は、相変わらずのボンテージ姿である。と、言うよりも昇格
して権限が強くなってからより一層尼さんらしく無くなってしまっ
た感がある。
今の状態で鞭なんか持ち出したら、一体どんなプレイになるんだ
ろうな。尼さん神に感謝しながら鞭を振るうんだろうか。そして鞭
に撃たれながら過激な性癖を持つ一人の男は昇天してしまうのだろ
う。
﹁なんか失礼な事考えてない?﹂
﹁いえ、全く。そんな事よりまたスカート短いですよね? いい加
減にシスターとしての⋮⋮﹂
アウロラ
﹁あ∼また説教? もう聞き飽きたわよ。これトレンドなんだから。
女神様もこれくらい表現の自由としてお許し下さるわよ﹂
﹁⋮⋮﹂
心の中で溜息をついているのは内緒だ。ただでさえ美人なのに、
そんな美人がもの凄い格好をしているから目立つんだよな。
未だ俺がギルマスだという事を知らなかったり、ただのNPCだ
と思っているギルドメンバーが羨望の眼差しでマリアを見る。
﹁すごく視線を感じるわ﹂
995
そんな事を言った所でな、お前一目を集めたいからその格好して
るんじゃないのかよとツッコミたくなる。実際は本気でボンテージ
が好きなんだろうな。
ギルドを出た所で、俺は意味も無くギルドを振り返る。
実際、ギルド自体を見るのは、この間冥界から戻って来た時が初
めてだったのだが、大教会の大聖堂に負けず劣らずの大聖堂には度
肝を抜かれている。
そしてだ、なんと宿舎と呼んでいた場所が俺のプライベートルー
ムになっていて、﹃始まりの教会﹄での宿舎をそっくりそのまま真
似て作られていたのには、かなり感動した。
そして少し成長した始まりの街の孤児院の子供達が、プライベー
トルームからほぼギルド全域の清掃業務を手伝っている。
それを見た俺は、この宿舎も孤児院にする事を決めた。
最初に、俺がこの世界にログインした当初、助けてくれたエリッ
ク神父の孤児院を見習ってである。
ってかあの教会で神父をしていたエリック神父。
絶対何処かにゲートがあるはずだ。
そんな事を思っていると、マリアがぽつりと話し始めた。
﹁クボ⋮⋮。その、助けてくれてありがとう﹂
﹁何言ってるんですか、当たり前ですよ﹂
﹁⋮⋮違うわよ。北へ向かう道中とか、後冥界での事も、全部よ﹂
﹁私はかなり楽しかったですよ﹂
﹁私もよ﹂
996
少し頬を染めたマリア。
何がそんなに恥ずかしいのか、多分船の上でゲロを吐きまくった
のを思い出して恥ずかしくなったんだろうな。
﹁どうしたんですか?﹂
﹁な、なんでもないわよ﹂
﹁アレですよ、貴方の嘔吐物もまるっと抱え込める程、私の中では
馴染んでいますよ̶̶ォッァ!﹂
﹁最ッ低!﹂
遠い目つきになった俺の鳩尾付近に一撃、とんでもない重さの拳
がめり込んだ。危うく吐きかけた嘔吐物を堪える。
聖核を宿して半端な攻撃じゃ削られない俺の身体にダメージを通
すとなると、余程純粋な魔力を乗せた拳に違いない。
﹁あ、私が貴方を呼びに来たのは、法王のプライベートエリアに貴
方を案内する為だったの。いつだったかしら、貴方が死にそうにな
った時って、精々またしぼられて来るといいわね!﹂
﹁えっ﹂
え!!!
997
中央聖都ビクトリア1︵後書き︶
頑張って更新します。
998
中央聖都ビクトリア2︵前書き︶
魔法と魔術とは括り方の違いでもあります。
魔法の中に魔術は含まれますが、魔術の中には魔法は含まれませ
ん。と言うのもまた一つ湾曲した解答で、魔法を人族がより使いや
すく導いて行ったものが魔導であり、それを更に細かく術として発
展させて行ってます。
判り辛いですね。すいません。
999
中央聖都ビクトリア2
何気に初めて出向く、中央聖都ビクトリアの大教会。
大教会の資料室には、高位の神聖魔法を盗み見る際に一度だけ来
た事があるが、それだけである。
エリック神父、いや、ここで言う所の法王エリック。
俺の恩師にあたる彼に呼び出され、俺は聖王国ビクトリアの中心
都市にある大教会の頂部へと足を伸ばしていた。
ちなみに、神聖魔法といっても異常状態耐性やら回復やらの高位
呪文である。結界や聖撃系は学んでない。
聖撃魔法とは、光属性の攻撃魔法の中でも、少し特殊な聖属性を
纏う攻撃魔法の事で、悪魔やアンデットには最強の弱点特攻魔法で
ある。
光属性魔法自体が対魔物相手に幅広く有利な属性で、それを更に
魔物の中でもアンデットや悪魔に対象をしぼったものが聖撃魔法と
いう。
幅広く有効な光属性魔法であるが、四大元素の属性魔法に比べる
とオールラウンドな分、弱点を突いた際の差が激しかったりする。
例えば、樹木系の魔物に対して光属性を放つより、火属性魔法を
放つ方が良いのである。
じゃ、無属性は? となるが、現段階で無属性魔法を攻撃魔法と
1000
して使っているのはウチのギルドの危険人物のみなので、説明する
事は無い。
質量兵器だって? なんでもありじゃないかそんなの。リアルスキンモードは現実で
の物理法則に多少乗っ取っていれば基本なんでもありなのである。
だがしかし、そこに魔法やら魔術という不確定要素やらも混在し
ており、究極物理法則の外を行く事も可能なのであるが、それは圧
倒的レベル差があってこそ成り立つ事であって、戦いのステージが
同じな場合、物理法則と言う物は重くのしかかって来る。
そんな事を考える俺は、聖撃魔法と言っても聖十字もしくは、聖
火しか使えないのであった。とことん物理方面な神父なのである。
仕方ないさ、魔術を扱うには魔力を使う。俺にはそんなINTが
無かったんだから、しかもINTも鍛えれば伸びるというのに、間
違った鍛え方をしていた俺には何も出来ない。
あれだけやった瞑想も、普通であれば体内の魔力の流れを感じ取
りそれを循環させて身体に馴染ませる行為であったりするのだが、
俺の場合ひたすら体内の魔力を体外へ放出して外の魔素を感じ取る
事を熱心にやって来たんだからな。
フォルが﹃結果的に魔素という魔力を更に細分化した物を感じ取
れる様に地力が育っていたのは良かったの﹄と言ったので救われま
した。
普通であれば、体内の魔力の流れを感じ取り、それが発展して体
内の魔素を操れる様になってこそ上位の魔術師として認められるそ
1001
うなのだが、俺はそんな物をすっ飛ばして魔素を操っていたそうだ。
そう言えば、降臨も体外の魔素を掻き集めて消費するスタイルだ
ったしな、何気に雪精霊であったり、聖書や魔物を外に広げた魔力
ちゃんを通じて感じ取れる様になっていた気がする。
そして、クロスを通じて聖なる魔力を飛ばす聖十字や体外に魔力
ちゃんを永遠に流し続ける修行が実を結んだ結果。
力の源が全てMINDに置き換わったお陰でINTによる稼働制
限が開放された。MINDのスペシャリストである俺が、聖核によ
ってその誇れる魔力を存分に扱う事が可能になったのである。
クレア
̶̶そう、溢れ出る聖なる力の奔流は、聖核によって制御され、
相手を飲み込む破壊力を生み出す。
﹁̶̶強く⋮⋮なりましたね!!﹂
元々聖撃魔法は、光属性を内包する。
それ故に、その攻撃速度は光速。
﹁コレを回避するなんて! 化物ですかッ!?﹂
法王エリックは、力任せに振る舞う俺の聖撃魔法を回避し、さら
に反撃を仕掛けて来る。
聖核に溢れる力の事を神聖力と名付けた。それは、透き通る様に
フォール
純粋な浄化の力であって、聖核によって体外の魔素を無限に置換で
きる機能も備わっていたりする。コレはクレアが降臨を元にして勝
1002
手に作った機能なので誰でも出来るだろう。
ブレッシング・レイ
故に、魔術や魔導などでは生温い程の力を持つ。
﹃神聖なる奔流﹄は、純粋なる魔法であってコレ以上も以下もな
い。
﹁最近貴方は巷でこう呼ばれているそうですね! ̶̶ゴッドファ
ーザー﹂
﹁この世界の噂の広まり方って本当に尋常じゃない位速いですよね
!﹂
﹁貴方は私の愛弟子として、有名ですからね! あと、私が広めて
います!﹂
﹁ありがたいお言葉ですが⋮⋮法王てめー!!﹂
﹁おっと、何故逃げるんですか? 接近戦は貴方の得意分野でしょ
う?﹂
遠距離での戦いは埒が明かない。
法王は接近戦を仕掛けて来る、だが俺は過去のトラウマから否応
無く距離を取ってしまう事を強いられている。そして、距離を取り
逃げ回りながらだと隙が出来やすく、動きが読まれやすいので光の
速度で放つ﹃神聖なる奔流﹄も躱されてしまうという訳だ。
今戦っている場所は、法王エリックのプライベートエリアである。
ああ、過去のトラウマが蘇るようだ。
だがしかし、今の俺にはフォルやクレアがついている。
︵そうなの!︶
︵が、がんばるです!︶
1003
そう意気込んだ所で、法王エリックの動きが停止した。
人が覚悟を決めた所で、一体どうしたというんだ。
﹁その神聖力の波動ですが、似ていますね。神の力に限りなく近づ
いた聖なる力と言う物なんでしょうか?﹂
﹁いいえ、コレは運命の女神フォルトゥナと聖核クレア。神と聖な
る力の塊が合わさった物です﹂
﹁そうですか。ああ、確かに﹂
法王な何かに納得した様に頷く。
アウロラ
﹁̶̶女神の力を受け継いでいるんでしたね﹂
どこまで知っているんだこの人は。
言い当てられた事実に、俺は返答が判らず息を呑む。
﹁流石新神の力ですね。ですが、この世界の人間ほぼ全てから信仰
されている女神の本元を知っておいた方がいいでしょう﹂
そう言った瞬間、法王の右手に一冊の白い本が生まれた。それは
俺の運命の聖書の様にシックな金具が飾られていたりとか、そんな
ものではなく、ただ純粋に白い一冊の本だった。
アウロラ・オリジン
﹁̶̶女神聖典﹂
今回、神聖なる奔流以外にも本気を出せば勝てると踏んでいたん
だが、どうやらかなり難しいようである。
運命の聖書と同じステージかつ、最上位の物が出て来たのだ。
1004
︵あ∼お姉ちゃんなの!︶
アウロラ
︵え、フォルちゃんのお姉ちゃん!? は、初めまして︶
黙れモ○チッチ共!
﹁そ、それは⋮⋮?﹂
レイ
﹁御察しの通りですよ。貴方が聖火を使用できる事は彼女を通して
把握していますよ。そして、そんな私も同じ様に限定条件かで聖光
を使う事が出来ます。それは、この女神聖典を顕現させている時で
す﹂
︵上から来るの!︶
ブレッシング・フェイト
﹁̶̶̶ッ! 運命の祝福!!﹂
眩い光に包まれて、俺の身体は一瞬で蒸発した。だが、聖核に施
した運命の祝福により一瞬で再構築される。
それは、一時期不死身と謳われていた頃の自分が受けると、その
身の回復さえ間に合わない圧倒的な力だった。
︵クレア! 大丈夫か?︶
︵フォ、フォルちゃんが守ってくれました!︶
︵クボは平気なの?︶
俺は二人が大丈夫ならきっと無事である。
﹁更に不死身性能が増しているようで何よりです。遠距離から攻撃
レイ
して来るなんて、ちょっと師匠より強くなった所を見せて驚かせて
やろうと言う意思が見えましたので、ノーモーションによる聖光を
お見舞いしてみました﹂
1005
﹁私も師匠としてのプライドと言う物がありますからね﹂と、テ
ヘペロする法王は、本当に洒落にならない。
確かに、少し勝てるとか思ったけどさ、死んだらどうすんだよ。
﹁⋮⋮おっかないですね⋮⋮﹂
﹁師とはそう言う物です﹂
それは貴方の理想でしょうが。
﹁どうします? これで私は貴方と同じステージですよ。⋮⋮お互
いに本気を出しましょうか﹂
そう言いながら法王は懐から十字架を取り出すと﹁クロス・マテ
リアル﹂と呟いて、額に当てた。額に当てられた十字架は吸い込ま
れる様に法王の額に埋まって行く。
︵クボ。信じられないかもしれないけど、今法王の存在が聖人化し
たの︶
フォルから衝撃の事実が告げられる。
くっそ、なんでもかんでも一つ上を行く法王だ。
︵俺の相手って、毎回途中で凄いパワーアップしたり、強いのだっ
たりするよね︶
︵それ、もう毎回で慣れたの︶
︵はいです∼︶
それもそうか。
それじゃ、今回も必死こいて生き抜きましょうかね。
1006
バラ
﹁聖火!﹂
再び消滅させんとする閃光を、同等の神の力である聖火を用いて
弾く。これで法王の聖光に対応できる事が証明された。
フォール
ルーツ
ホー
今まで﹃神聖なる奔流﹄の放出に使っていた力を、全身に満遍な
リー
クレア
フォル
く満たして行く。降臨状態よりも上の顕現よりもまたさらに上の聖
化である。俺は聖人になり得ない、だが聖核と聖書の力を借りて三
位一体になる事は可能なのである。
ヘブンゲート
本気を出した俺達の戦いは、光の速度で進行する。
天門を瞬時に展開し、後ろを取る。そのままチョークスイーパー
の要領で首を捕り圧し折ろうかとも考えた。
だが法王はそんなに甘くない。
まるで気付いていたかの様に後ろを取ったと思った瞬間、法王が
此方を向いていた。一瞬だが、天門での転移をミスったかと思った
が、それは無い。
フォルが管理しているからな。
だが、法王は此方を向いていて﹁及第点です﹂の一言と共に掴み
かかる事から咄嗟に殴る事に変更した俺の腕を利用してクロスカウ
ンターを顔面に決めた。
俺の拳は、またしても法王に届かなかった。
1007
同じステージに居る者同士の戦いは、物理法則に乗っ取って、俺
は相応の打撃ダメージを負ってしまった。聖人になった法王は、単
純なSTRダメージ無効の俺の身体に、MIND値にダイレクトで
強烈な一撃を与えて来る。
そして、俺の意識は吹き飛んだ。
̶̶̶
﹁ふむ。なかなか良い連携でしたね。北の聖堂へと旅路はお疲れ様
でした。では、仮で担ってもらっていた特務枢機卿の役職ですが⋮
⋮﹂
え、これでこの雄臭い十字架からも開放されるんですか?
マジですか?
﹁正式に特務枢機卿として認められます﹂
盛大にずっこけたよ。
法王の執務室で、ええ。
1008
﹁法王様﹂
﹁エリック神父でいいです﹂
﹁⋮⋮エリック神父。私は、もうお腹いっぱいなんですが﹂
もう勘弁してくれな俺に対して、少し影の入ったいつもと変わら
ない笑い方でエリック神父は告げた。
﹁ははは、何を言ってるんですか。もう引き下がれない所まで貴方
は来ているんですよ?﹂
﹁エリック神父だって、始まりの街の教会で神父やってたじゃない
ですか!﹂
﹁もちろん法王の責務はちゃんとやってますよ? 貴方もやればい
いじゃないですか﹂
この人は、更に魔法学校の理事も行っているし、各国に精通する
雲の上の人物なのだ。
そんな仕事人間と一緒にされたくないね。
これ以上駄々をこねるのは辞めておこう。
﹁貴方に贈る物が、ちゃんとした役職の他にもう一つあります﹂
エリック神父は、そう言いながら懐からあの懐かしきクロスを一
つ取り出して、俺に手渡す。
﹁⋮⋮クロスたそ﹂
﹁たそ?﹂
﹁いえ、何でも在りません﹂
危ない所だった。
1009
危うく、危ない人間だと思われてしまう所だった。
﹁無事に北の聖堂から帰還して、その道中の貴方の活躍は伺ってい
ます。お疲れ様でした。このクロスも再び貴方の元へ戻る時を心待
ちにしていたようですね﹂
おかえり。
̶̶ただいま。
そう、聞こえた気がした。
1010
中央聖都ビクトリア2︵後書き︶
嫁揃った。
1011
中央聖都ビクトリア3︵前書き︶
現実の教会と似せる部分も在りますが、大分独自ルールが当てハ
メられて居ますので、気をつけてください!!
1012
中央聖都ビクトリア3
﹁では、特務枢機卿クボヤマ。直属の上司である私からの指令です。
魔大陸へ行く前にやってもらい事が在ります﹂
﹁⋮⋮この教会に潜む邪神の影ですか?﹂
そう言うと、エリック神父は知っていたんですね。と言う風な表
情を見せた。
﹁方舟を知っていますか?﹂
﹁海竜王女に守護されている物ですね。ああ、なるほど。貴方もご
覧になったんですね、アレを̶̶﹂
どこまで知っているんだ貴方は。
あっさりと納得され、その事実に戦慄する。
﹁ですが、エリック神父程の方が一体どうされたんですか?﹂
﹁教団も一枚岩じゃないんですよ⋮⋮﹂
﹁でもその気になれば可能ですよね﹂
﹁私には法王としての決める権利は在りますが、実行する力は持ち
合わせていません。私の直下に補佐する枢機卿が居て、更に直下じ
ゃなくとも各地の支部にも枢機卿は居ますからね⋮⋮﹂
エリック神父は初めて疲れた様な顔を見せた。戦闘では嬉々とし
て俺の顔面をぶん殴った筈なのに、やはり人とのしがらみが強い部
分にはなかなか強い判断を下せない。もしくは得意分野では無いの
だろう。
苦手ではないが、得意ではない。と言った具合だ。
1013
聖王国ビクトリアには、中央聖都の大教会程ではないが、中央聖
都を取り囲む様に広がる七つの地域に教会が七つある。そしてその
教会のトップに一人ずつ枢機卿が君臨している。
トップ
それが教皇である法王エリックを直接的に補佐する部下達である。
彼等には、所謂決める権利は無いが、教団の教えの元に実行に移す
権利を持っている。実行に移す方法を特に定めていないのは﹃優秀
な者同士競い合いより効率化して行くためにやったんですが﹄とエ
リック神父は言っていたが、次第に耄碌して行って純粋な信仰心が
薄れて行った枢機卿達は、頑に自分の地位の保守に向けて動き始め
て、己の金勘定のみに優秀な爺に成り果てたのだった。
﹁コレばっかりはどうしようもないですね。私の様に果てなく続く
修行に耐えうる者でしたら、人種として更に進化し、老いに多少也
とも逆らう事が可能なんですが⋮⋮﹂
﹁え、エリック神父。今いくつですか?﹂
﹁秘密です﹂
そこで、唯一大きな枷が施されているが、実力による決定権と実
行権を持つ特務枢機卿を再び推薦した。
それが、俺だったという訳だ。
俺は要するにエリック神父の懐刀の様な形に収まりつつ在るらし
い。何せ各地を巡行して色々な所で目立って来た愛弟子であって、
既に自分のギルドを喧嘩を売る様に大教会の目の前に立てている。
それが成り立つ程の資金力を兼ね備えていて、他の枢機卿が口を出
せない程に地に足をつけている。
﹁でも、北への聖堂へ言っても枢機卿になれなかったら意味なかっ
1014
たですよね﹂
﹁私は勝ち目の無い賭けはしませんから﹂
﹁ああ、なるほど⋮⋮でも私の実力が足りてなかった場合は?﹂
﹁私が初めて稽古を付けてあげた時は既に相応の実力を身につけて
いましたから、あとはありきたりな理由を付けてあげれば必ずやり
遂げると信じていましたよ。せっかく進化した聖書を置いて出て行
った時はびっくりしましたけどね。ですが、クロスも聖書も無い状
況で、更なる成長を遂げて帰って来た貴方には本当に感心しますよ﹂
実に嬉しそうなエリック神父である。
俺がお土産に渡したタイムブレイクティーを上品に飲みながら彼
は続ける。
﹁本来であれば、北への旅路にて貴方達が必要としたお金を請求し
ようと思ったのですが、思った以上の成長振りだったので不問とし
ます﹂
笑顔がダークになる。
﹁えっと、明細貰えます?﹂
そう言うと、エリック神父が懐から取り出した一枚の丸められた
羊皮紙を手渡して来る。そして書かれている数字を見て度肝を抜か
れた。
割引されても凄い高かった記憶が新しいボンテージ服よりも、土
産物のお酒代がとんでもなく高価な物となっていた。
実際あまりお金を使用せずやって来れた旅だと思っていたんだが、
実際に船のVIPルームとか、食事代はサービスの様だったが、そ
1015
ういう物の値段をちゃっかり法王宛に請求されているのである。
﹁好き放題やってもらった分、今度は私が好き放題貴方を使う番で
すからね﹂
フフフ。と笑うエリック神父。
いや、笑えないから。
﹁待ってください、マリア。彼女の酒代がかなりの値段です。まっ
たくいつ買ったんだか⋮⋮﹂
﹁貴方の監督不足です﹂
﹁いえっさー⋮⋮﹂
一言で一蹴されてしまった俺には、彼に従うしか道は残されてい
なさそうである。そして、エリック神父は鈴を鳴らした。
執務室の扉が開いて、プリプリしたマリアが姿を現した。
﹁まったく、人が楽しんでいた時に一体なんなのかしら﹂
コイツ、酔っとるがな。
ほんのり顔を赤くして楽しみを邪魔された事にプリプリと怒るマ
リアは、その様子を楽しむ様に優しく微笑むエリック神父の顔を見
て、自分の置かれた状況にようやく気付いたようである。
ってか、今まで気付いてなかったんか。
恐ろしい子や。
﹁マリアさん⋮⋮? ⋮⋮その⋮⋮﹂
﹁今理解したから、言わないで﹂
1016
ほんのり赤みを帯びていた顔面が、急激に青くなって行くのがよ
くわかった。この女、昼から酒を煽っていたようである。そりゃ、
大変な目に散々あって、その後帰って来て溜まっていた仕事を片付
けてからの、久々の休みだもんな。
だがシスターが昼から酒を煽るってあかんよ。
そして、法王の前でそのボンテージもいかんと思うよ。
﹁マリアさん、似合っていますね﹂
﹁えっとこれは、ハハハ⋮⋮﹂
嫌みなのか、素直に似合っているのかよくわからない口調で告げ
るエリック神父。
﹁本来であれば許されない服装と、昼間からの飲酒ですが、許させ
る立場にして上げましょう。良かったですねちょっとした昇格です
よ﹂
と告げて、それを一瞬で理解し、素早く反応したマリアが﹁いや、
その!﹂と言おうとしたのを遮る様にエリック神父は告げる。
﹁特務枢機卿補佐。今後ともよろしくお願いします。あ、あと大司
書の仕事もきちんとしてくださいね﹂
酒乱シスターに制裁が加えられた瞬間であった。
﹁いやあああああああ!﹂
﹁え、そんなに私の補佐をするのが嫌なんですか⋮⋮﹂
激しく絶望した様な叫びを上げるマリア。
1017
地味にショックなんですけど。
﹁え、いや⋮⋮嫌じゃ、ないけど﹂
﹁あら? まだ顔赤いですけど、振らつきますか?﹂
﹁あ⋮⋮﹂
そんな様子を見ていたエリック神父が﹁あらあらまあまあ﹂と微
笑んでいた。
いいから手伝えよ。極度の緊張から吐き出すかもしれんぞ。
間に合わなくなっても知らんぞー!
﹁まぁいいわ! クボとどこへだって行ってやろうじゃない!﹂
起こそうとした俺の手を振りほどき、もうどうにでもなれと言う
風にマリアは立ち上がり決意した。
﹁そう躍起にならなくても、やる事は簡単ですよ。今回は特別に私
がやれる所までをやっておきましたから﹂
無事に特務枢機卿になった俺。
そして、北での一悶着、海での一悶着、ローロイズでの話と採掘
場と冥界での話。それらは、特務枢機卿の試練を受けた俺の動向と
して上層部の一部にはしっかりと上げられていた。
上げたのはエリック神父の息のかかった下の者達なんだが、それ
によって特務枢機卿の中でもコイツはヤバイと行った風に仕向けた
らしい。
そりゃ、目の前に大教会に劣らない建物を構える集団の頂点が、
1018
教会内でもエリック神父の愛弟子と言われ、更には特務枢機卿とい
う枢機卿達からすれば、自分と同じ位に属していて、誓約が課せら
れているとは言え、実力実行権を持つ奴が決定権を持つ者の直下な
のである。
皆が一丸となっていれば頼もしい筈、出来ない事をやってくれる
汚物処理的な意味合いを持つ特務であるが、いざ自分が汚物側に回
ると容赦なく処理されてしまう脅威となり得るのだ。
ならば、私の息のかかった者を特務枢機卿に仕立て上げよう。
と思った者もいたんだとか。だがしかし、試練は圧倒的に難しく
半端な者だと命を落とす危険もあり、その誓約もただの人間には超
えられない壁だった。
よこしま
﹁邪な雰囲気は感じ取っていましたが、一体誰がというのはまず判
りませんからね。下手に私が動いても隙を突かれかねないですし﹂
と、エリック神父は続ける。
﹁で、思った通り、邪神大陸と関わりのある者があぶり出せました﹂
冥王プルートと採掘場で一悶着起こしている状況はしっかりと観
察されていたようで、その様子を聞いた邪神の息の掛かった枢機卿
が一人、恐怖におののく様に魔大陸へと移動を開始したそうだ。
表向きじゃ、魔大陸への布教活動および、それに付随する向こう
の宗教の調査だとかなんとか言っているが、実査は単に怯えて逃げ
ただけである。
﹁枢機卿の一人オラン・リラ・サルマンは、前々から教団を金とし
1019
か見ていなかった節が在りますからね。まぁ金勘定と市民動向の読
みに長けていたから任せていたんですが、此方に恐怖するよりも邪
神に恐怖しろ、という話です﹂
﹁私からすれば、恐怖して逃げるくらいならば、初めからやるなっ
て感じなんですが﹂
﹁むしろ、恐怖できるからこそ私の存在の脅威にいち早く気付き逃
げたんですかね? そこは優秀なんでしょうか?﹂
エリック神父、マリア、俺の順番で溜息をつく。
丁度魔大陸に出張予定だったし良いかな。
﹁では、サルマンの後を追いつつ、魔大陸の何者と繋がっているの
か探りを入れたいと思います。魔大陸には先に向かった信頼できる
仲間が居ますので﹂
﹁実に頼もしいですね。では、よろしくお願いします﹂
その言葉を後に、俺とマリアはさっそく準備してサルマンの後を
追うべく出発した。
1020
中央聖都ビクトリア3︵後書き︶
デレがかけん。
エリック神父のデレだったらかけるのですが⋮笑
1021
中央聖都ビクトリア4
早速マリアと共にギルドへ戻って準備する。出来上がりつつあっ
たマリアも、聖王国のトップに君臨するエリック神父から直接指令
を受けたとなると、一瞬で酔いも冷めてしまったようだ。
そして俺の懐には、懐かしきクロスがしまわれていて、先ほど動
きのチェックは済ませてある。
実に良い。
改めてオースカーディナルと比べてみると一目瞭然である。第一
オースカーディナルが巨大すぎるのが悪い。
何だよ背負う十字架って、特務枢機卿のその身に背負う誓約の象
徴として掲げてるそうだが、そんなの体裁だけな気がして止まない。
﹁セバス、少し良いか?﹂
﹁はい、畏まりました﹂
そう短く告げて、ギルドのエントランスをそのまま通り過ぎ、セ
バスの執務室へ向かう。ギルドには出入り口が幾つか用意されてい
て、一般的なギルドメンバーやその客人達は開放されているエント
ランスからの出入りを義務づけている。
広く一般に開放されているこのギルドは、幾分宗教じみていると
の意見も在るが、ギルド内にはビクトリアの雑務依頼や魔物討伐な
どのクエストも広く扱っているのでそこそこの盛り上がりを見せて
いる。
1022
ケンとミキ
何より食堂にあの夫婦を雇う事が出来たのは良かった。福音の女
神のギルド食堂は飯が美味い事で有名なのだ。
そして、ギルド内にはホテルが完備されており、ギルドメンバー
はその個室を自由に利用できる。ただし、部屋の広さはランク毎に
決められていて、より良い空間で過ごす為には、ランクを上げなけ
ればならない。
まぁランク毎の平均収入も在るようだし、自分の収支に見合った
ご利用を促している。と、同時にAランクを使用するメンバーはウ
チの貴重な戦力という訳だ。
この技術はリヴォルブとも提携している。まぁ、有事の際には運
命共同体として頑張ってもらうという取り決めがなされているらし
い。
食堂もランク別なの?
という疑問を初めに感じたが、食堂はメンバー以外でも広く利用
できるそうだ。そう聞いて安心した。
で、コレは全て聞いた話で、セバスが独自で作り上げた者なのだ
とか。
本当に素晴らしいよセバス。
さらに、聞いた所によるとジンと共に魔導家電の開発事業を展開
させており、いずれは大規模モニターやこのギルドでの一大イベン
トを行って、各国へと中継するサービスを作り上げるそうだ。
いや、好きにやってほしいね。
1023
知らぬ所で膨れ上がって行くギルドを尻目に、ギルドマスターと
して登録されている俺は何をすれば良いのだろうかと日々日々疑問
を感じる。
﹃象徴でいいんですよ﹄とニコニコとした表情で告げたセバスで
あるが、一体なんの象徴なんだよ。そしてギルドの象徴が簡単にエ
ントランスをくっちゃべりながら往来する。
言わば社員の目の前に常に社長が居る状態。
ってか、そんな事しなくていいのに、俺は広くこの世界の人と絡
みたいのだ。
だってVRMMOだろうが!
と、心の中でツッコミと入れたのは、もう今まで食べて来たパン
の枚数くらい覚えていないのである。
話が大きくそれたが、執務室はセバスが各国のお偉いさんや商人
を相手にする時に使用する応接室と直結する彼のプライベートルー
ムである。
エントランスから厳重なセキュリティがかけられたゲートからセ
バスの執務室にアクセスする事が出来る。
これがエントランスからの入り口である。
まぁまず俺ら以外は使わない。
もう一つは、各国のお偉いさん達が使う入り口である。馬車を止
めれるスペースが中庭に用意されており、そこから一定ランク以上
の使用人が管理するお高い作りの門から入館するができる。
1024
俺は基本的にギルド内の大聖堂以外はあまり見た事無いので詳し
く知らないが、調度品などは全てブレンド商会とセバスの見聞きに
よる選りすぐりの物で、アラド公国の大公も唸る作りだと言う。
もうここまで行くと本当に俺は知らん。
第一、大聖堂はありがたいがぶっちゃけて必要としているのは、
孤児院と俺のログイン部屋くらいなのである。
ほら、どうせすぐ出張とか言ってあちこち飛び回ってるしなぁ。
﹁オラン・リラ・サルマンという人物を知ってるか?﹂
﹁ああ、サルマン様は何度か取引を求められた事がありますね﹂
セバスは少し考え込むと、思い出した様に言った。
﹁大教会の前に目立つ建物を建てて、あまつさえ別の神の名を語る
ギルドは烏滸がましい、だが、儂と取引するならばそれも認めてや
らん事も無い。と仰っていました﹂
﹁どんな取引?﹂
﹁まぁ有り体に言えば所場代を高額請求されたくらいですね。ギル
ドを創設する時期に事前に法王様には許可も頂いていましたし、聖
王国の事は大体調べ尽くしています。サルマン様は政治資金の為に
使われていた部分がありますし、それも過去の事で、サルマン様の
納める市は七都市の中でもそこまで規模が大きい訳でもないですか
らね。時代と共に耄碌した御仁の一人な様です﹂
敬っているのか貶しているのかよくわからない言い方でセバスは
断言した。
﹁そのサルマンが邪神と取引しているという情報は上がってる?﹂
1025
﹁資金繰りが低迷しているという事は、前々から調べはついていま
したが、邪神に関しては初耳です。我々が判るのは市場調査にて浮
かび上がった事実のみですから﹂
﹁なら、サルマンの動向を今すぐ調べ上げてくれ﹂
﹁畏まりました﹂
あ、できるの?
半ば無理を言って押し付けてしまう形になるかもと予想していた
が、すんなりと了承してくれた。
もしかして、そう言う部署かなんかも作ってるの?
諜報的な。
﹁では、今すぐ調べさせますのでしばらくお待ちください﹂
そう言うセバスに頷きで返答すると、俺は執務室を後にした。
執務室をセバスが使用しているという事自体、このギルドの実質
トップが誰だか察しがつくだろうな。
とりあえず食堂に顔を出してご飯を食べて何して待つか考えよう
と、エントランスまで戻って来ると、マリアが色んなひと達に囲ま
れていた。
﹁大司書ってなんですか!?﹂
﹁そのボンテージ服どこ買ったんですか!?﹂
﹁マリアさん今度デートしてください!﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮あ∼、この服はローロイズで買ってもらったのよ﹂
﹁誰ですか!?﹂
﹁彼氏ですか!?﹂
1026
﹁居るんですか!?﹂
﹁⋮⋮﹂
口の軽そうなチャラ男と大学生デビューしましたと言う風な髪型
の女の子二人が共に揃ってRPGの世界へやって来ましたという風
な格好でマリアを質問攻めにしていた。一人だけ鋭い目つきの男が
一言も喋らずにこのやり取りを眺めている。
﹁あ、クボ!﹂
﹁なにやってるんですか? マリアさん﹂
マリアは俺を見つけると、助けを求める様な声を出す。
話を聞いてみると、俺を待つついでにギルド内を見物していたら、
もの凄い勢いで質問攻めにあっていた所だったという。
御愁傷様で。
﹁今、相手方の動向を探っている所なので、しばらく待機です﹂
﹁その間何をしていれば良いの?﹂
﹁食堂に挨拶ついでにご飯を食べようと思っていました﹂
﹁良いわね。私も行くわ﹂
逃げる様に俺の傍に来るマリアを見て、チャラ男の方が噛み付い
て来る。
﹁ちょっと! マリアさんは俺と食事するんだ! 邪魔するな!﹂
﹁ちょっと剣志! どう見たってマリアさんの彼氏でしょ? 邪魔
しないの﹂
﹁ば、馬鹿! リアル名持ち出すなって。ここではウィルソードっ
1027
て名前で通ってるんだから!﹂
﹁いや、そんな⋮⋮彼氏だなんて﹂
﹁あ、別に彼氏彼女という関係ではありませんよ? 教団の同僚で
ふすッ!﹂
マリアに思いっきり鳩尾を殴られた。
相変わらず、STR依存の物理的ダメージは受け付けない身体に
なっているというのに、彼女の拳は重かったのである。
とりあえず、エントランスで騒いでいても仕方が無いので、食堂
へ出向いて空いたお腹を満足させる事にした。
何に対してイライラしていたのか判らんが、腹が満たされればそ
のイライラも少しは収まるだろう。
少し大所帯になってケンとミキに挨拶するのは、迷惑がかかるか
もしれないので、普通に食事だけ獲る事になった。
﹁へぇ∼、凄いですね。メニューが豊富で。私は兎肉のシチューに
します﹂
﹁じゃ、私は美豚のソテーにするわ。えっと⋮⋮コラーゲンたっぷ
りで、お肌に効果的⋮⋮ですって﹂
﹁皆さんもここは私が持ちますので、召し上がってください﹂
ウィルソード
そんな言葉に甘える様に、彼等は遠慮と言う物を知らずに頼み始
めた。マリアは、しつこく話しかける剣志にうんざりする様に付き
合っていた。
まぁ、隙をついて酒を頼もうとした罰だ。
もう少ししたら助け舟を出してやらん事も無い。
1028
﹁私は水魔導士のアオイ。パーティの回復薬です﹂
﹁わたしは炎魔導士のアカイアコ。アコって呼んでね。最大火力な
ら任せて!﹂
﹁俺はウィルソード。本名で呼んだら殺す。双剣使い。ってかおま
̶̶̶﹂
トウジュウロウ
﹁も∼、藤十郎にも喋らせなよ?﹂
﹁⋮⋮藤十郎。⋮⋮武術家﹂
パーティとしてはオーソドックスな4人組である。
まぁ盾役が居ない分、前衛職二人の機動力を活かす回避盾。それ
をサポートする回復役と前衛で倒しきれなかった際の最大火力とい
う以外と理にかなったパーティである。
凄く俺に噛み付いて来るウィルソードを止めるアコを眺めながら
時間は過ぎて行く。
そして、このまま彼等はなし崩し的に俺達の旅に同行する事にな
る。
で、思いがけない懐かしい名前を聞く事になるのである。
1029
中央聖都ビクトリア4︵後書き︶
火魔術師は、炎魔導士、焔魔法師と言う風に魔法の根源に近づく
に連れて名称が変わって来ますが、水のみ、癒しの属性を持ち合わ
せているため、変わりません。
より攻撃性が高くなると氷の上位属性やら、特殊属性として液と
アクアヒール
言う物があります。水はサポートと回復、攻撃も出来る属性ですね。
ヒール
異常状態治癒や回復などは使用できませんが、水の癒しはそこそ
こ使えます。
乱文失礼しました。
1030
中央聖都ビクトリア5
オラン・リラ・サルマンは、まだ魔大陸へ移動を開始して居ない
らしい。何者かに諭されたのか、俺がギルドへ戻って来ると、中央
聖都ビクトリアから逃げる様にして自分の治める市街へ。
セバスの予想では、第三者の介入が予測されるんだとか。
十中八九、悪魔の仕業だろうな。
法王が守るこの土地でも、耄碌してしまった老獪達は手に負えな
かった。忍び寄る魔の影に、人間の欲望なんぞひとたまりも無い。
如何に他を出し抜くかに執着心を置いた信仰心の欠片も無くなっ
た馬鹿に、悪魔の誘惑に耐えきれる程の精神力があるものか。
特にサルマンは、その傾向が強かったらしい。
この騒動をあえてクエスト風に言うと、特務枢機卿専用クエスト
﹃欲に溺れた枢機卿を粛清しろ﹄とかそんなんだろうな。
そう言う訳で、長旅の準備をする訳でもなく、ただ隣の市へと移
動するだけの作業なんだが、敵さんのホームだからな。
どんな罠が待ち構えているかも判らない。
俺はともかく、マリアだけは確実に死なない様にしなければなら
ない。
まぁ最悪一人で行って帰ってくれば良いだけの話なんだが、彼女
がついて行くと行って聞かないものだから仕方が無い。
1031
この光景をエリーが見たらなんと言うだろうか。
連日メールの嵐だろうな。
彼女は今リアルが少し忙しくて帰国しているらしい。どこだっけ、
フィンランドかノルウェーのどこかだった気がするけど、俺の思い
違いかもしれない。
サルマンを追って、彼の治める市街へ赴く上で、住人への被害だ
けは気をつけなければならない。流石に、治める枢機卿が民への攻
撃を良しとする筈が無いのであるが、追いつめられた鼠は何を仕出
かすか判らない。
そして、悪魔が彼の耳元で囁いている以上、市民への被害が無い
事は確実とは言い切れないのだ。
ヘブンゲート
天門を使えばすぐ移動できる距離であるが、そう簡単に手の内を
見せる事は辞めておこう。
邪神の存在が関わっている事が強いのだ。ただでさえ、コレまで
の旅路で仕出かした事が枢機卿達の合間で広がって、ゴッドファー
ザーの噂にまで発展しているんだ。
うん、情報は大事である。
派手にやらかす事は少し自粛しよう。
セバスと共に情報整理をしていたら少し出発が遅れてしまった事
もある。聖王国はかなり広い、だが中央聖都からその七つ都市への
1032
アクセスは容易である。
道が整備されているからな。その他の通行人に気をつけて飛ばせ
ばすぐつくであろうが、あまり派手な動きをしない様に、今回ラル
ドは連れて行かない事にした。
ラルドの竜車を使うと、すぐにバレる。
ラルド
もっとも、セバスが駆り出している事が多いので、ラルドも運動
不足になる事も少ないが、ウチの子は少々特殊個体と化している様
だった。
ランバーン
走竜種の進化とは言い切れない。竜とは既に完成された種族であ
ランバーン・ジェイド
る訳で、走る事に特化した流として、その他竜種の追随を許さない
のだ。
ランバーン
﹃走竜種﹄から、﹃翡翠走竜種﹄となっている。巨大化して、鬣
ステ
が雄大に伸び、名前の元になったエメラルド色の鱗は、更に深みと
輝きを増している。
ップドラゴン
発達した足と太い尻尾の一撃は、かつて走竜種を悩ませていた草
原竜を追い払う事くらい雑作も無いだろうな。
可愛いラルドは﹃ギュルル⋮⋮﹄と悲しそうな声を上げて、セバ
スが調達して旅商馬車に乗り込む俺とマリアを見送った。ラルドが
この安っぽい馬車を本気で引いたらすぐに壊れて空中分解するだろ
うな。
﹁⋮⋮いくらなんでも安っぽくないかしら?﹂
旅商馬車にのったマリアが、セバスに用意された服をその魅惑の
1033
ボンテージシスター服の上から着ながら文句を垂れる。
もちろん俺にも手渡されている。
俺はゴーグル付きの飛行帽を脱ぐとターバンを頭に巻く。
温度調節機能が施されている﹃守りの飛行帽﹄を脱いでターバン
を身につけると、少し頭が蒸れる感じがする。コレは飛行帽が恋し
いな。
﹁新情報ですが、第五都市の関所で検問が行われ始めました。なん
だかきな臭い匂いがしますね。とにかく検問の目的自体は読めます。
クボヤマ様を市街に入らせない為でしょう﹂
旅商人の格好へと着替えている理由である。
ヘブンゲート
普通の馬車で普通に向かう筈だったのが、いつの間にか潜入作戦
へと様変わりしている。ぶっちゃけ、天門があるから意味ないんだ
けどな。
﹁ですが、七つ都市にも中央聖都の様な結界が張ってありますので、
例え抜けられたとしてもサーチ&デストロイは免れないですよ﹂
そう言う訳である。
﹁で、設定は?﹂
﹁夫婦の旅商人です﹂
﹁わかった﹂
﹁ちょ、ちょっと! 夫婦ってどういうことよッ!?﹂
キャラバン
思わぬ所でマリアが噛み付いて来る。
人通りが多い時間帯を狙って行商隊に混ざって侵入する金魚の糞
1034
の様な計画なんだ、四の五の言ってる暇は無いのだがな。
﹁嫌ですか?﹂
﹁え⋮⋮嫌じゃ、ないけど⋮⋮﹂
﹁なら良いじゃないですか!﹂
と、俺も空かさず彼女の隣へ乗り込んだ。旅商馬車と呼んでいる
が、ほぼ幌馬車に似た様な物である。御者席もかなり密着してしま
う形になる。
彼女は自然に俺の腕に組み付いた。
﹁ふ、夫婦なら、こういう感じよね?﹂
﹁フフフ、そうです。マリア様はお上手ですね﹂
彼女のふくよかな胸の感触が、旅商人の服の下に着ているボンテ
ージ服のアクセサリーの刺と共に伝わって来る。まぁ夫婦ロールプ
レイなら致し方ないか。
ここはエリーでいう、役得という形で。
参考にする夫婦は、ケンとミキしか居ないのだが、あんまり参考
にならないな。
﹁他設定は?﹂
空かさずセバスにヘルプ要請。
﹁マリア様と共に酒商人という事で、その馬車には樽酒の良いのを
乗せております。特に売り物でもありませんので̶̶﹂
﹁飲んでもいいの!?﹂
1035
﹁̶̶はい、構いませんよ﹂
そう、セバスは微笑んだ。それと当時に興奮したマリアが更に腕
を締め付けて、服の刺が凄い食込んで痛い。どうしてSTR依存の
攻撃は通じない身体だと言うのに、こうも的確に痛いのだろうか。
彼女が俺と同じステージに立つ者、もしくは、聖職者は高いMI
NDを持つ。ある程度精神値が高いと通じる様になるのだろうか。
でも、相当高くならないと無理だろう。
そう言えば、シスターズを譲ったんだったな。
彼女の中でも少しは変化が起きているのだろうか?
﹁ならよりリアルに、護衛でもギルドの掲示板に依頼しようか?﹂
﹁もう律役しております﹂
俺の問いにすぐ答えるセバス。
流石セバス。
そうしてやって来たのは、
﹁おい! なんでてめぇが腕組んでるんだよ!!﹂
あの、少し前に一緒に食事したパーティだった。
噛み付く様に御者席に座る俺たちを指差すウィルソード。
彼を見た瞬間隣から大きな溜息と共に、俺の腕を強く握りしめる
感触が伝わって来た。下心で楽しむよりも先に、マリアの不安感が
伝わって来た。
1036
ウィルソード
本気で嫌だったんだな。
剣志君、御愁傷様。
今は夫婦ロールプレイという設定でもあるし少し驚かせてやろう。
﹁剣志さん⋮⋮あ、じゃなかった﹂
﹁殺すぞ!?﹂
﹁ウィルソードさん、私達は夫婦なんです。なので、あまり彼女、
マリアに執拗に絡むのを辞めて頂けますか?﹂
そう言った瞬間に愕然とした表情になるウィルソード。
﹁う、嘘だ! だって最初に違うって言ってたじゃないか!﹂
﹁それはそんなに簡単に夫婦だなんて言わないですよ。一応お互い
聖職者ですからね。ね、マリアさん?﹂
そう言いながらマリアの方を向いて、ニコやかに微笑みかける。
マリアも俺に合わせる様に若干顔を赤くしながら﹁そ、そうよね!
そうなのよ! ごめんねー!﹂とウィルソードに追撃した。
ウィルソードは膝をついて絶望を感じている。それを見たパーテ
ィメンバーは、腹を抱えて笑っていた。
﹁私が依頼したのは一定ランク以上のパーティなんですが、貴方達、
先ほどから些か礼儀が足りない様ですね? 高い前金を叩いた筈な
んですが﹂
俺に失礼な対応を取ったウィルソードとそれを宥めないパーティ
メンバーにセバスが噛み付いた。さっき指差していた時点でその指
を降りかねない雰囲気をかもし出していたけど、これリアルだった
1037
のか。
執事の鑑やでぇ、でも面白いから止めないけど。
﹁あ? おっさんが依頼者? そう言えばこの庭凄い広いな! 流
石福音の女神だぜ! こういう高額報酬依頼の為の窓口も開いてる
なんてな! ここはアレだろ? クエスト報酬の交渉の場だろ? 良いぜ、俺は諦めちゃいねぇ! 前金だけで良いぜ! マリアさん
を守り切って俺の彼女にするんだ!﹂
前金だけで良いぜ。の下りで、ギルドメンバーがお前何言ってん
の的な表情になった。だが、ウィルソードはべらべらと口を止める
気は無い様だった。
﹁前金だけで良いってのは、男の方は万が一があるかもしれないか
ら̶̶﹂
﹁黙りなさい!!!!﹂
セバスの怒声が響く。いつの間に抜いたのか、剣を仕込んだ杖を
ウィルソードの鼻先にちらつかせていた。
﹁あ、この人⋮⋮ギルマスの⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮いや、執務長のセバスチャンさんだな⋮⋮﹂
アオイが何かに気付いた様に青ざめ始める。そして、藤十郎は﹁
⋮⋮ウィルソードの馬鹿野郎﹂と言って、目をつむりながら答えを
口にする。
ってか、何気に今初めて喋っただろお前。
そして、ギルマスは俺だ。
1038
﹁先ほどからべらべらと、ここは交渉の場ではありません。そして
高額依頼に置ける接待の場でもありません。なぜ、下々の依頼にこ
の場を使わないと行けないのでしょうか? たかが日雇いハンター
如きに? そして、貴方が敵意を向けているお方を存じ上げていな
いのでしょうか?﹂
﹁え? その、これは、ちがって。でも、そっちのオッサンはただ
の神父でしょ?﹂
ギルマスだよ!︵笑︶
もう笑いがこみ上げて来た。
﹁福音の女神の創立者であり、私達のギルドマスターです﹂
あー、言っちゃった。
そして、目を閉じたまま頷く藤十郎。
お前、答えを知ってていたな。
﹁どうも。教団の特務枢機卿で福音の女神のギルドマスターをやっ
ています。今後ともよろしくお願い致しますね﹂
﹁へ、へぁぅッ!﹂
俺がニコリと微笑んで自己紹介をすると、ウィルソードの力の無
い声が帰って来た。いや、別に含みを入れた訳じゃないんだけど⋮。
1039
中央聖都ビクトリア5︵後書き︶
竜種は食事の質によって強さが変わります。
元々強いんですけどね。
走竜種は、走った分だけ更に発達して行きます。
走れば走る程にその身を更に走る為に強化して行く遺伝子がある
訳です。
で、竜が進化する事は、無くもない。です。
マリアとの既成事実が出来ました。
1040
第五都市への道中1
それから、あれよあれよという間に出発した。
ウィルソード達のパーティ﹃毎日がeveryday﹄は、ギル
ドメンバーではなく、観光と実利を兼ねてこの都市へ着てみたら、
居心地が良過ぎてそのまま居着いてしまっただけだった。
まぁ、なのでギルマスだったり執務長セバスの事を知らなくても
いいんだけど。依頼者に対する態度が問題ありだという訳で、セバ
スがハンター協会へ通じてペナルティを与えた。
いつになくキレていたセバスである。
何気に初めて見た。
少し面白かったんだけど、黙っておこう。
彼の逆鱗に触れてしまうと、社会的に殺される可能性大である。
枢機卿という立場に居ても、そんなの関係無しにどこぞの王族とか
引っ張って来られても困るし、何よりギルドの運営を彼一人に任せ
ている以上、俺は何も口出しできない。
そう、この旅商人とそれを護衛するハンターパーティに扮したロ
ールプレイでさえ断る事は出来ないのだ。
ノリノリでやるけどね。
彼等へのペナルティは、セバスの調査に同行しろという事らしい。
要するに、魔大陸へ出張する俺について来るという事だな。
1041
実際、パーティ﹃福音﹄は顔バレが激しいのと、自重しない連中
が数人居るお陰で、魔大陸へ行くまでの道中で目立ちすぎる。宣教
師と旅商人へ扮装し、秘密裏に渡航する為のデモンストレーション
なのである。
ウィルソード個人に対してもペナルティは課せられていて、それ
は依頼料と前金のカットである。
借金だな。パーティメンバーには正規の報酬が与えられる、ウィ
ルソードの財布から。ビクトリアの街でかなり散財していた彼は、
払える筈も無く、セバスが立て替えているので、返済し終えるまで
コイツはきっちり教育され、働かされそうである。
﹁なんで俺らは歩きなんだよ⋮⋮﹂
﹁も∼、そろそろ機嫌直したら? 今回はウィルが悪いよ!﹂
第五都市への道中、様々な旅商人に紛れながら進む中、ウィルソ
ードはずっと文句を言い続けていた。主に俺に対してであるが、セ
バスからのペナルティがかなりキツそうだったので、特に言う事も
なく逆に憐れみを感じている。
聖王国都市間には、グルグルと物流を巡回させている商隊が存在
する。そうして各地を満遍なく回り各地の物資を支えている訳だ。
その一つに紛れ込む様にして、商隊の最後尾から少し離れた位置を
ついて行く。
俺らの馬車の後ろからも、旅のハンターや、歩きでの旅商人等が
ぞろぞろとついて来ている。何か文句を言われるかなと思われたが、
多分ウチの馬車の護衛を利用されているんだろうな。
その証拠に、隊列の最後尾には護衛が少なかった。
1042
﹁昼間から飲むのは止めませんか? ⋮⋮お願いですから。職務で
すって﹂
﹁だって暇なんだものぉ∼! あんたも一口くらいいきなさいよ?
ねぇ?﹂
道中が暇過ぎたのか、マリアは即行馬車に積んである酒を伸び出
した。酒樽の他に、瓶に詰められた物も入っている。瓶に入ったエ
ールはかなり質のいい物で、瓶の底に一つひとつ温度調節の魔法陣
が刻まれており、マリアは飲んだくれのおっさんの様になりながら
酔っぱらってなだれかかって来る。
膨よかな女アピールを酔った勢いからか、終始俺の腕に押し付け
て来るのだが、地味に刺が痛くて非常に鬱陶しい。
ってか、飲酒運転に入るのかなこれ。手綱を握っているのは俺な
訳だが、そこの所どうなんだろう。
この状況で嘔吐しない事を祈るばかりだ。
ハラハラするので、回復魔法をこっそり施しておく。あと、彼女
のシスターズにも確り管理しておいてねとフォルを通じてお達しす
る。
︵わかっちゃいるけど、マリアずるいの∼! シスターズには少し
厳し目にする様に言っておくの!︶
︵ふぉ、フォルちゃん落ち着いてくださいぃぃ!!︶
毎日ログインしたら、瞑想の為に精神空間に出向いているだろう。
物も買い与えているし、俺の回りの女性はもっと我慢する事を覚え
てほしい。
1043
﹁うわぁ、お酒飲むと、人って変わるんだね。わたしまだだからわ
かんない﹂
﹁お酒はお淑やかに嗜む物ですよ。大学のサークルじゃまだなんで
すか?﹂
﹁まだ二十歳になってないからねぇ∼﹂
﹁⋮⋮嘘だ⋮⋮俺の、マリアさん⋮⋮﹂
﹁ウィルもさ、将来きっと良い人が見つかるって﹂
そんな様子を見ながら話すアコとアオイ。更に落ち込むウィルソ
ードを宥めるアコの声も聞こえて来る。そんな、道中であった。
向かう道中にて、魔物の強襲が起こる。市街には結界が施されて
いるが、市街を繋ぐ道には途中の中継地点をのぞいて結界等が施さ
れていない。そりゃ、常時起動させるだけでも莫大な魔石を使用す
るからな。
1044
それを賄える教団は、やっぱり巨大組織だと言う訳だ。世界中か
ら寄付金が集まって来る訳で、やはり宗教は強い。
さて、此方も商隊に紛れさせてもらっているので、その分働きま
しょうか。
﹁後方からの魔物は任せて頂いて結構です!﹂
﹁助かる!﹂
後方の馬車を操っていた一人の商人が、剣を抜きながら俺に言う。
この世界の商人は、一通り戦える人が多い。それでも商人故に安全
マージンは確実に獲りたいのであろう。
ハンター協会などに護衛依頼を出す訳だが。
今回強襲して来た魔物は、何かに従っている節がある。なかなか
の連携で、馬車を追い込み取り囲んで来ている。
不運だな。
﹁俺の出番だな!﹂
本格的な護衛の仕事っぽくなって来た事で、ウィルソードがやる
気を取り戻した。それに呼応する様に、彼のパーティメンバー他三
名は戦場に展開する。
回避盾の様な役割が強い彼のパーティは、一カ所に固まってしま
うとその利点を無くしてしまうからな。
取り囲まれる前に早い所、分散していつも通りの動きをする方が
1045
吉だろう。
ある程度のランクでこの中央聖都まで来れる実力は、まさに一流
に足を踏み出そうとしている可能性を感じた。
﹁デュアルファング! おいギルマス! てめぇも動きやがれ!﹂
﹁ファイヤスプレッド! だめよ! お忍びなんだから!﹂
﹁アクアベール。みなさん、それは言ってはいけない事ですよ?﹂
﹁⋮⋮馬鹿野郎が﹂
ウィルソードが舞う様に駆け抜けて、トリッキーな動きで双剣を
操っている、一瞬カポエイラかと錯覚したが、どうやらブレイクダ
ンスを取り入れた動きだった。
アコは緋色に輝く宝石がついた杖を振るう、恐らく高価な火属性
の杖だろう。その補正に後押しされた炎の魔法がその名の通り、広
範囲で魔物に襲いかかる。
アオイの生み出した水のベールは、俺とマリアを包む様にして戦
火の飛び火から守る。
藤十郎は珍しいな、技名を言わないプレイヤーだった。対人戦の
セオリーを判っている様だった。と、言うよりも身体の動きがほと
んど武術家の動きに近かった。ウィルソードのカポエイラ風のブレ
イクダンスとは一線を画した武術家の身のこなし。
似ているな。
いつだか戦ったあの中国拳法家の動きにそっくりだった。後でゆ
っくり話し手みたいな。
1046
﹁助かったよ! 随分とまぁ腕の良い護衛じゃないか!﹂
﹁ええ、でもこの魔物の動き⋮⋮些か奇妙じゃないですか? これ
ほどまで的確に包囲してくる魔物なんでいるんでしょうか?﹂
﹁それもそうだな⋮⋮。ここいらの魔物は市街に結界で入れない分、
地域毎に食物連鎖を築いていて、この街道を襲って来る魔物の規模
もしばらくここまでじゃなかったはずだ﹂
もちろん、群れでの狩りを得意とする魔物もいる。それは司令塔
となる魔物がいるチームだからこそ有り得る話なのだ。広大な領域
を誇る荒野に潜むコヨーテや、森に潜む小鬼。
集団で襲いかかる魔物が少ないのは、市街や中継所に結界が施さ
れている聖王国ビクトリアならではの生態系だった。
道中に枠のは、生態系から追い出されて来た雑魚か、意思を持っ
て他の地を目指す大物のどれかしかいないと言う。故に、俺の馬車
の前を行く馬車に乗る商人もこの魔物強襲の不自然さに気付く。
﹁例え群れを作る魔物がいたとしても、ここまでの規模は存在しな
い。商隊の隊列を組めば群れを作る程に頭の回る魔物は、襲って来
ないからな﹂
﹁聖王国の中央聖都と七つ都市は、構造的に魔物の湧き出る箇所が
点在してしまいます。それで囲ってしまえば巨大な生態系と組織が
築かれない利点があるのですが、今回はそれを無視した様に大規模
な強襲です﹂
﹁くそ! 倒しても倒しても切りが無ぇ!﹂
徐々に包囲網を狭めながらもその密度を増して行く魔物達。倒し
ても倒しても次からその穴に新しい魔物が補填されて行く。
1047
﹁何かきな臭い⋮⋮﹂
話をしていた商人は、徐々に気付いて来ている様だった。
コレがただの魔物の襲撃ではないと。
一番後ろを任されているまだ若い青年の商人であるが、少しのヒ
ントで疑問を感じるとは、なかなか切れ者で商人に向いているじゃ
ないか。
はいはいたまたま魔物が大量発生したんだと思う商人は、失格で
ある。セバスであれば失格の烙印を容易く押してしまうだろう。
常に疑問を感じ、それを読み解いて行く事こそ、経済を読み取る
要であって、商いに大切な要素であったりするのだ。
﹁もしかして、この先にある第五都市の結界が切れている⋮⋮?﹂
﹁可能性はありますね﹂
あえて仄めかしたが、ご名答である。あくまで俺の予想だが、老
獪のサルマンが道中で邪魔をして来ない事は無いだろう。ド派手な
神父の竜車かそれに準じた集団を狙えと魔物に命令を出せる存在が
いる。
そう、悪魔達との繋がりが決定的な物となる。
色々な情報を貰っているからこそたどり着けた答えであり、多分
間違ってはいないだろう。魔物をこの道に集める為に、一時的に市
街の結界を切ったのだろう。
まったく馬鹿な事をしてくれる。
1048
結界から弾き出される強大な悪魔を自分から受け入れてしまって
いる可能性を感じなかったのか。
俺を殺す方法をとらせる様に見せかけた罠じゃないか。順調に利
用されて教団の都市内部を食い荒らされているな。
このままでは一番危ないのは誰かって?
第五都市の市民である。
好き放題にさせてはなる物か。
﹁後方は私達がなんとかします。貴方達は前方へ移動して道を切り
開いてください。多分まだ中継地点の結界は作動している筈です、
この規模を真っ向から相手をしては時期に端から食い破られて行き
ます。退避しましょう!﹂
俺は﹃毎日がeveryday﹄に指示を出す。文句を垂れなが
ら従うウィルソードについて行くパーティメンバー達。
うむ、戦闘は普通に良い物を持っているな。流石そこそこ距離が
あるこの聖王国ビクトリアまで来れる奴らだった。
﹁おい、あんた一人でどうにか出来るのかよ!?﹂
慌てた様に言う青年の商人である。少し状況に慌てる節があるな、
どんな状況でも冷静になるべきである。焦っても良い事無い。マジ
で。
﹁マリアさん、撃ち終わったら結界をよろしくお願いします﹂
﹁ふぁあ∼い⋮⋮ぅぷッ⋮⋮﹂
1049
少し速度を上げた馬車に揺られて更に酔いが回ったマリアである。
おい、この状況でマジか?
マジか?
﹁出来るんです﹂
ブレッシング・レイ
神聖なる奔流を少し放出する。光の速度で一瞬だけ輝いたそれ。
一瞬の眩しさに目が慣れた頃には、既に後方から迫って居た魔物の
集団は消し飛んでいた。
熱殺菌した後に絆創膏で傷口に蓋をする様に、マリアが結界魔法
にて後続が出ても良い様にカバーする。コレで後ろは一安心だ。
ブレッシング・フェイト
ウィルソード達にはこっそり運命の祝福を施しておこう。精神値
を補正された一撃には意思の力が宿るからな。
﹁な⋮⋮あなたは、一体⋮⋮﹂
﹁貴方はなかなか筋が良いです。どうですか、ウチで修行してみま
せんか?﹂
そうして商隊は速やかに中継地点に到達した。
なんと被害は奇跡的にゼロである。
1050
そして、夜。
俺の部屋のドアをノックする音がする。
﹁どうぞ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁貴方ですか﹂
ドアを開けて姿を現したのは、藤十郎だった。
﹁無礼を承知ながら、我が師に打ち勝った神父様に、手合わせを願
いたい﹂
ほう。
意外と礼儀正しく饒舌なんだな。
1051
第五都市への道中1︵後書き︶
藤十郎って一体誰の弟子なんですか!?
一体誰の!
誰の弟子なんですかーーーー!?
予測は容易ですね笑
次回は、久々に神父の格闘パートです。
1052
第五都市への道中2︵前書き︶
中国拳法やら何やら言ってますが、実際にはこの世界の対人、対
魔物に合わせて変化させて行った物になりますので、実際の知識と
は関係ありません。
想像しやすい様に例えていたりはする訳で、実際に拳法も何も知
らなくても大丈夫です。
1053
第五都市への道中2
﹁参ります̶̶̶ッ!!!﹂
その声と共に、真夜中の中継所にある宿の裏庭で俺達は激突する。
特殊な歩法による物なのだろうか、一瞬で肉薄する藤十郎の拳を
紙一重で回避する。目でも追えるが、神聖力を回りに垂れ流し、動
きを掴む事にする。
この手合いは、視覚に頼ると痛い目を見る。様々なフェイクを織
り交ぜた独自の動きがあるからな。
ノーマルプレイモードでは無理な動きでも、リアルスキンでは可
能になる。
本気を出
もし藤十郎があの男の弟子であるとするならば、俺の戦い方を少
しは聞いているかもしれない。
事も悟る事が出来るのだ。
そして、あの男を知っている故に、現段階で藤十郎が
していない
﹁すごい存在感だ。まるで貴方が巨大に見えて来ます。これは殺気
とは違う様ですね﹂
こいつ、なかなか鋭い。
俺の神聖力を感じ取っているのか。
﹁師匠は元気ですか? 本気を出していいんですよ?﹂
1054
﹁はい。北への旅路ではお世話になったと言っておりました﹂
﹁それは、此方のセリフですよ﹂
お互いかそう言い合いながら、組み手は続く。
ちゃっかり俺の戦法は研究し尽くされているというか、教わって
いるらしく、なかなか捕まえさせてくれない。
だがな、俺はぶっちゃけ柔術を得意としている訳じゃないぞ。高
校生の時から習っているだけであって、剣道やボクシングも齧って
いる。
そして、ジャ○キーの映画が大好きだからな、それも独学で学ん
でいる。ジ○ッキーって本格的な武術じゃなくて、京劇の体術みた
いな感じだとか。
﹁本気を出さないのですか?﹂
﹁貴方も、あのクロスと聖書を使って無いじゃないですか﹂
藤十郎の拳が、猛烈な勢いに乗って行く。
フェイントを織り交ぜつつの翻子拳だ。
ぶっちゃけリアルの動きとは比べ物にならない程の速度である。
マンガの世界だな。
彼等は、一流に足が届きそうなパーティだが、藤十郎はパーティ
の中で唯一そのクラスへと踏み出しているだろう。
俺は、猛烈な速度で分身している様に思える腕を確り見切り、エ
リック神父直伝、クロスカウンターを繰り出す。
1055
﹁̶̶̶ッ!?﹂
藤十郎は、猛攻の中の隙間を縫って躍り出た拳に構える。
まぁ、急に現れた様に錯覚するだろうな。
﹁視覚に頼っている状況で、目を瞑ってはダメですよ﹂
そしてそれは当て身である。俺の動きの主体は基本的に柔術にあ
る、そのまま襟元を掴み、乱雑に放り投げる。
藤十郎は、空中でなんとか体勢を立て直し、両手両足を使い猫の
様に着地する。優れた体幹バランスだな。
﹁化物だな⋮⋮﹂
いつの間にか敬語では無くなり、その瞳は自分より格上の敵を見
つけた武人の色に変わっていた。そうだ、それで良い。
﹁師匠が言っていた以上だ﹂
そう言いながら、藤十郎は足に仕込んでいた武器を取り出した。
三節魂をバラして入れてあるのかと思ったが、彼が取り出した獲物
は二対のヌンチャクである。
中国拳法かと思ったら琉球古武術かよ。
って、そんな事を言っている暇はない。
縦横無尽の動きをするヌンチャクの片方を躱すと、すぐにもう片
方のヌンチャクが俺を襲う。そして、その武器分伸びた間合いを見
誤った俺の脇腹に鋭い衝撃を受けた。
1056
武器を持った相手って素晴らしくやり辛い。こちとら接近戦な訳
で、素手より広くなった間合いに対して、どうやって攻めるのかで
ある。
一つのヌンチャクならば、まだ無理矢理隙を作り出す事が容易な
訳だが、両手に持ったヌンチャクがお互いの隙をカバーし合い、攻
めあぐねてしまう。
その技術を持つ藤十郎が凄腕な訳だが。
﹁⋮⋮効いてないのか、化物め﹂
﹁STR依存の攻撃は通用しませんよ﹂
気軽に答えを告げる訳だが、信じれないだろうな。
藤十郎の攻撃は鋭い。そして自分の手足の様にヌンチャクを操る
技術を持っている訳だが、俺とは文字通りレベルが違う。
﹁かつて師匠が言っていた。武のみでは、境地へ至れないと﹂
﹁⋮⋮? 二三郎がですか?﹂
﹁ああ、それは教示される物じゃなく、己で探し当てろと言われた﹂
俺は、藤十郎の言葉に無言を持って返す。
それで伝わるだろう。
﹁貴方と戦えば、その境地にたどり着ける気がする̶̶̶﹂
そう言いながら藤十郎は、ヌンチャクを振るう。
残念ながら、もう間合いは計ってる。
間合いさえ判れば何が来たって一緒だ、少し長いだけの素手と変
1057
わらん。
﹁̶̶̶ッッッ!?﹂
急に彼の間合いが伸びたかと思うと、後頭部に一撃を貰う。
痛くはないんだけど、衝撃だけは伝わってくるんだよな。そして、
後頭部への一撃は、彼の師、二三郎の三節棍を思い出す。
﹁コレで手の内は全部だ。急所への一撃も通じないのかよ⋮⋮﹂
梢子棍である。二対のヌンチャクだと思っていた物を藤十郎は、
繋ぎ合わせて梢子棍にした。ひと纏まりになった分更に伸びた間合
い。
俺の後手に回って間合いを計り掴み技に活かすという習性の様な
物を逆手に利用された。ヌンチャクは見誤っただけだが、梢子棍は
本当に逆手を捉えた形だった。
そして無防備は後頭部へ遠心力を目一杯に溜めた一撃である。並
みの人間なら、即死だ。そして、二三郎とプレイヤーズイベントで
激突した頃の俺であれば、急所ペナルティによって死ぬ事は無いが、
昏倒して自動治癒するまで数秒無防備に落ち入ってただろう。
今は、当然ノーダメージである。
そしてそれを確認した藤十郎は俺の負けだと言わんばかりに手を
挙げ降参した。
﹁これ以上やっても無意味だ。結果的に何も学べなかったし、もう
終わりだ﹂
1058
や
何勝手に止めてんの?
殺り逃げって言うんだよそう言うの。
﹁何言ってるんですか? 戦いを始めたら決着がつくまで終わりま
せんよ。君が武人の目をした瞬間からそれは決定事項です﹂
﹁だが、実質攻撃が通用しない時点で勝敗は明確だ⋮⋮﹂
それを屁理屈というんだよ。
一つしてやられた借りがあるんだ。
ブレ
﹁君が、奥の手を見せてくれた様に、私が次は披露する番じゃない
ですか﹂
﹁⋮⋮﹂
無言という事は、是として受け取って良いんだな。
イエスなんだな。
そう言う事なんだろ。
実際、俺も少しムキになっているのは否めない。
そして、エリック神父が俺を甚振る理由が判る気がする。
ッシング・フェイト
︵クレア、少しだけ本気を見せよう。あとフォル、彼にこっそり運
命の祝福を掛けてあげて︶
︵は、はいです∼︶
︵も∼、クボも子供なんだから!︶
神聖力を開放し、天門を使い藤十郎の背後へ一瞬で転移する。
﹁⋮⋮ウソだろ⋮⋮﹂
1059
お仕置き完了である。
﹁そう言えば、確かに師匠は仏門へと入り頭を丸めて修行を行って
いた。精神修行に何があるのかと疑問を感じたが、そう考えると自
ずと先が見えて来る﹂
一度拳を交えた事で打ち解けた藤十郎は、饒舌だった。
﹁あれ、藤十郎は知らなかったっけ? JOKERのagimax
も、確か仏門を極めて韋駄天の称号を手に入れたってよ﹂
﹁あのギルドは様々なプレイヤーがいるけど、レベル上げ、称号獲
得に力を入れているわね。勢力圏はほぼ東よりだけれど、まぁ福音
の女神が西にあるから仕方ないっちゃ仕方ないと思うんだけど﹂
﹁私は一応女神教団入りしていますよ。一応ログインしたら礼拝を
欠かす事は無いです。信用度と言う物は重要ですからね。まぁノー
マルプレイヤー時代からの名残な訳ですが⋮⋮﹂
1060
第五都市への道すがら、俺らの会話にウィル、アコ、アオイが加
わって来る。中継所を過ぎた段階で、魔物の襲撃はぴったりと止ん
だ。そりゃそうだろうな、流石に一日以上結界を停止させておく事
なんて馬鹿でも考えない。
だが、平和そうに見えて、この不自然な静かさに少し不安を覚え
ていた。で、あるからこそ、こうして和気藹々︵わきあいあい︶と
お喋りに現を抜かしている訳である。
︵本気、出してしまった⋮⋮︶
︵も∼、セバスにも念を押されてたでしょ∼? 乗った私も私なん
だけどなの∼︶
︵は、はい∼。私はご主人様の意思に逆らえないので申し訳ありま
せんんん︶
心の中で独りごちると、フォルとクレアが言葉を返す。
反論の余地もない。
藤十郎との戦いの時、ついついムキになって本気を出してしまっ
た。でも中継所で、第五都市からもそこそこ距離のあるこの場所で
あれば、気取られる心配は無いだろうと思っていたんだが、実際の
所どうなんだろうな。
もう少し大人になろう。
現実逃避というなのセーフティーモードに落ち入りたかったが、
隣で二日酔いに頭を悩ませるマリアの介護が重要だったため、今日
は朝の礼拝すらしていない状況だ。
その状況にかなりフォルとクレアはぶすくれているが、仕方ない
1061
だろう。何やらシスターズを呼び出して説教すると息巻いているが、
止めて差し上げて。
彼女達は何ら悪くない。一番悪いのは、商人のロールプレイさえ
まともに出来ないこの女なのだから。
﹁そういえば、貴方達はリアルでも付き合いのあるメンバーなんで
すか?﹂
アオイのノーマルプレイヤー時代からの名残という言葉を聞いて、
気になってみた事を尋ねてみる。
﹁私とアコは同じ大学の友達で、アコとウィルは幼馴染み。で、藤
十郎はギルドへ来る途中仲間になったんです﹂
﹁で、いざ一緒に旅してみたら皆同じ大学に通ってるからびっくり
だよな∼﹂
﹁アオイちゃんてば、清楚な成りして意外とヘビーゲーマーだった
んだからこの∼!!﹂
﹁藤十郎と大学であった時はゲームの中と錯覚をおこしたぜ!﹂
アオイとアコは、大学で知り合った友達らしい。そして、アコと
ウィルは小学生からの幼馴染みで、藤十郎はたまたま同じ大学にい
たらしい。
出会ったのは皆この世界で。
世界って狭いねぇ。いや、現実の方な。
﹁因に、どこの大学ですか?﹂
﹁龍峰大学だぜ!﹂
﹁龍峰大学よ﹂
1062
﹁龍峰大学です﹂
俺も通っていた大学じゃないか。生徒総数が万を超える大学な訳
だが、それなら有り得る話である。ネトゲで出会うよりも、その大
学で待ち合わせする方が大変だ。
まぁ、俺は中退だけど。
こんな風にお喋りしながらの道中であるが、俺の懸念はやはり的
を得ていたらしい。強大な魔力が、とてつもない速度で俺らの元に
近づいて来ているのを感じた。それも、第五都市の方角からである。
﹁藤十郎⋮⋮気付いてますか?﹂
﹁⋮⋮それが何かは判らないが、とにかく胸がざわついて仕方が無
い﹂
俺は、一つ前を走る商人の青年に、この馬車を見ておいて貰えな
いかお願いしてみる。快諾してくれた青年は、今にも吐きそうなマ
リアにびくつきながら御者席へとやって来てくれた。
﹁お、おい。何やってんだよ?﹂
﹁⋮⋮馬車の警護を頼む﹂
俺達から何かを感じ取って尋ねて来るウィルソードに藤十郎は短
く告げる。
﹁また、てめぇら裏でこそこそやってんだろ! 昔の知り合いの伝
手とか知らないけどな! そう言うのずりぃからな!﹂
﹁原因は私ですから⋮⋮。一応言っておきます、とてつもない魔力
が私達の元へ向かって来ています。多分感づかれたのかと﹂
1063
﹁ここからの戦いは次元が違う。お前が着ても足手まといだ﹂
藤十郎、お前も何上から言ってんだよ。頼むから無愛想は止めて
くれ。まぁ本気で死地へと向かわせたくないのは判るし。だが、お
前もついて行けるか判らないレベルなんだ。
二三郎から﹃三回くらい殺してやって﹄との手紙が無ければ連れ
て行かないレベルだぞ。素直に従ってくれる女性陣を見習うんだ。
ヘブンゲート
﹁とにかく、時間はありません。行きましょう天門﹂
敵に見つかってしまってはこっそりするもしないもどの道一緒な
のである。ならば最初から全力前回だ。
﹁あ、待ちやがれ!!! 俺も一緒に連れて行け!!!﹂
そう言いながらウィルソードは、後先考えずに天門へと飛び込ん
だ。おいおい、少し前までの天門だったら即死だぞ。即死案件だぞ。
俺が聖核を持っているから制御できているだけで、コントロール
を一歩ミスるとこの中に入った物は即死だ。
かつて、この天門によってやられた名無しのロッソがそうであっ
た様に。一度昇天させている現実には、変わりないのである。
1064
第五都市への道中2︵後書き︶
投稿が遅れました。
申し訳ございません。
目的地を決めて起きながらですが、基本的に目的地に行く事はあ
りません。
クボヤマ視点ですので、状況は予測の範囲で、基本的に蓋を開け
てみないと判らないと言う物は多々あります。
1065
邪将ベラルーク
ヘブンゲート
天門にて転移した先には、背中から黒い羽を生やした褐色の屈強
な男が待ち構えていた。赤黒い戦いの模様が塗られた顔から鋭い視
線を感じる。
その背後に従えているガーゴイル達。
この時点でコイツらが邪神教の一門である事が容易に想像つく。
﹁ふん、貴様がそうか。よく魔物の軍勢から生き残れたな。まぁ、
人間界の魔物は軟弱でいかん。そう容易く死んでもらうと此方とし
ても興ざめだがな﹂
男は鼻を鳴らし、そう言う。
﹁あの魔物は貴方達の仕業でしたか⋮⋮と、言う事はサルマンは本
当に結界を切ったんですね﹂
予想は当たっていた。
となると、心配になるのは第五都市に住む住人である。
﹁サルマン⋮? ああ、あの腰抜けか。手みやげだ、ほら﹂
そう言いながら男は此方に向かって何かを放り投げた。
それは、サルマンだと思しき人間の生首だった。首元からスッパ
リ切られて、だらしなく口元から舌を出した生首が、ゴロゴロと足
下に転がる。
1066
﹁⋮⋮﹂
﹁な、生首!? ひェッ!﹂
藤十郎は僅かに顔を顰めただけだったが、ウィルソードはそれだ
けで怯んでいた。
まるで、俺達の目的がサルマンであると初めから判っていたよう
であった。まぁ元々サルマン自身、どうにもならなかったら粛清と
称して殺す予定ではあった。
だが、まだ他の可能性だってあった筈だ。
それはどうにでもならない時の最終手段であって、覚悟は決めて
いたが本来の目的は別の部分にある。
﹁貴方⋮⋮! 第五都市には、手を出していませんよね?﹂
ハッハッハ
﹁直接手出しはしてない。 が、この腰抜けがまんまと策に溺れて
結界を切ったお陰で、魔物の軍勢にのまれよったわ!
ッハ!!﹂
そう言い放ち、男は愉快そうに笑う。
実に不愉快だ。
胸の中からドロドロとしたとんでもない物がせめぎ上がって来る。
その話を聞いて、下手に想像してしまったのか、ウィルソードは
嘔吐する。
﹁ぉぇッ⋮ 目、目が合っちまった⋮ ゲームなのに、何だコレぇ
⋮﹂
オートヒーリング
この世界をゲームだと思わない方が良い。彼に自動治癒を施す。
エクストラヒール、オールリカバリーなど様々な高位回復系呪文を
1067
一緒にした呪文であり、患者を自動で選別しそれぞれに適した回復
を施す。
フォルトゥナースさんです。
︵治療は任せてなの! ずっとやってきたから慣れてるの∼︶
︵じょ、女医ですか!? 女医! 魅惑の単語です!︶
馬鹿な事を口走るモン○ッチ達は放っておいて。
ブレ
﹁コレを被っておいてください。致死の攻撃から一度だけですが身
を守ります﹂
ッシング・フェイト
未だ苦しそうにするウィルソードに飛行帽を渡しておく。一応運
命の祝福を施しておくが、万が一もあるからな。
絶対それに吐くなよ。マジで。
大事なんだから。
まぁいい、コレで藤十郎は一回死んでも大丈夫。
ウィルソードに至っては二回死んでも大丈夫だ。
ウィルソード見ているとすっかり胸の内からモヤモヤが消えてい
た。安全マージンを確り取った上で、さぁ出陣しようかと思った段
階で、隣を見ると藤十郎がいなかった。
﹁̶̶̶ッ!!﹂
ヌンチャクを両手に、縮地歩法にて一瞬でその男との距離を詰め
る。怒りにのまれている様に、めらめらとその怒りを自信の力に変
1068
えて藤十郎はヌンチャクを振る。
﹁矮小な腰巾着かと思えば、こんな所に生きの良い武人がおったわ﹂
藤十郎の猛烈な接近に狼狽える事も無く、その男は自分の名を一
言名乗ると、手をかざす。
グランド・アーム
﹁我が名はベラルーク。我が主、サタン様に仕える邪将の第三席。
我に殺されるのを光栄に思え̶̶̶豪腕の土塊﹂
藤十郎とベラルークと言う名の男の間に、魔法陣が出現し展開す
る。そして地面が隆起して巨大な拳を象る。
ブレッシング・レイ
ベラルークが手をかざすと、その巨大な拳は藤十郎へと押し寄せ
て行く。
慌てて神聖なる奔流にて拳を消し去ろうかと構えたが、その必要
は無かった。
地面と地面が轟音を立ててぶつかり合う。
だが、そこに藤十郎の姿は無かった。
地面を殴り、アーチ状になった巨大な拳の上を、まるで橋を渡る
かの様に駆け抜けて行く藤十郎が見える。
曲芸の様な足運びで詰め寄り、ヌンチャクは攻撃範囲を稼ぐ為に
梢子棍の形状になっている。いつになく本気だな。
﹁ふむ、なかなかやる﹂
対してベラルークは余裕だった。
1069
巨大な拳の魔法陣は未だ輝きを失っていない。
これはもう一撃あるな。
﹁魔術は不得手か? 体術のみでは超えられぬ壁と言う物が存在す
るぞ﹂
﹁̶̶̶しまッ﹂
ニヤリと笑ったベラルーク。案の定、振り子の様に拳は折り返し、
今度は裏拳で潰す様に藤十郎に襲いかかる。
﹁熱くなるのは構いませんが、怒りにのまれるのはいけません﹂
﹁⋮⋮﹂
天門をすぐさま展開し、俺は藤十郎を一瞬の内に小脇に抱えて再
び天門にてこの場を逃れた。小脇に抱えた藤十郎に説教する訳だが、
コイツふてくされてやがる。
﹁チッ。転移門を操るのは厄介だな﹂
悪態をつくベラルーク。
コイツらは躊躇無く必殺の一撃を放って来る。
そんな戦いに藤十郎はついて行けない。
﹁⋮⋮助けなくても避けれた﹂
隣で藤十郎がふてくされた様に言う。
勝負に水を挿されてさぞ虫の居所は悪いだろうが、立った今俺は
悟ったよ。
1070
コイツらは戦闘を舐めている。
﹁貴方は、武人である資格も自覚も足りません﹂
﹁⋮⋮﹂
ムッとした表情になる藤十郎に、俺は更に続ける。
﹁第一、先日私に勝てないと悟った段階で、貴方は負けを認め、戦
いを放棄しました。その時点で気付いておくべきでした﹂
﹁⋮⋮試合だったろ﹂
﹁いえ、死合いです。試合ではありませんよ、殺し合いです。大方
大学のサークルで日和ったんですか? 強さの境地を目指すだなん
だ言って、自分が死ぬ事を一番判っていない。まだこの状況に不快
を感じて嘔吐するウィルの方がマシです﹂
押し黙った藤十郎。
ウィルソードも此方を覗き込み話を聞いている。
﹁勇敢と無謀を履き違えるな。これはゲームじゃない、甘ちゃんが
⋮ッ!﹂
ウィルソードがボソッと﹁いやゲームだろ⋮⋮﹂と呟いた気がし
たが、ノリに任せて言い放った言葉なのでスルーした。
﹁いっそ潔く死んでデスルーラでもされてください。と、いうか今
から私が戦いますので見ておきなさい﹂
邪将? そんなもん、将軍級悪魔よりもマシじゃい。
冥界の化物よりもマシじゃい。
と、言うか冥王より同じ位とは到底思えない。
1071
藤十郎のレベルが思った以上に高かったから行けるかと思ってい
たが、精神的基盤で俺達の立つステージに上がって来れていない。
にさぶろう
かつて師匠が言った言葉を、俺の戦いを通してよくよく思い返し
てみる事だな。
﹁⋮⋮貴様。この我をいとも容易く倒せると言った風な口の聞き方
ではないか。神父風情が、戯れ言が過ぎるわ!﹂
まるで、ベラルークのことなんぞ眼中に無いと言った会話の流れ
に、苛立を隠せていない様子だった。そんなんじゃ程度が知れるぞ、
第三席。
﹁ガーゴイル共、行けい!﹂
﹃あいわかッ̶̶̶﹄
﹃我の猛火にていッ̶̶̶﹄
そう言いながら、猛然と羽を羽ばたかせて攻撃に移ろうとしてい
たガーゴイルであるが、一言を言い終わる前に、羽ばたく羽が二往
復目に入る前に消滅する。
ブレッシング・レイ
神聖なる奔流が一瞬の内に彼等を飲み込んでしまったからだ。以
前の様に急所から弱点属性の攻撃を加えて崩壊させる手間なんて無
い。まさに光が迸る一瞬の出来事であった。
﹁な、何をした!?﹂
﹁ガーゴイルにはあまり良い印象を持っていませんので、即行で退
場して頂きました。そして̶̶﹂
1072
天門にて、ベラルークの眼前に出現する。
﹁̶̶コレから一切遠距離攻撃は使いません。貴方の言う転移門も
です﹂
﹁グァッ!!﹂
そう告げて、彼の鳩尾にボディブローを叩き込む。
釜焚きボイラーさんの方が強靭な肉体をしていたよ。
﹁こ、このッ!﹂
腹を押さえてベラルークは後方へ飛び退く。
その動きに合わせて俺も一緒に飛ぶ。
要するに密着に近い状態で再び俺の拳は彼の顔面に、腹を押さえ
て甘くなった防御が故にクリーンヒットした。
バランスを崩して地面に転がる。呻く様に腹と顔を押さえる男が
立ち上がるまで俺は黙って待っていた。
﹁⋮⋮クク、ククク、ククハハハハッハッハ!!!﹂
ベラルークは笑いながら立ち上がった。
その目は充血して真っ赤になり、顔面は魔力を灯した紋様にて赤
黒く輝いていた。
見た事ある。ハザードの魔紋に似ている。
1073
邪将ベラルーク︵後書き︶
手ほどき回です笑
廃人プレイヤーのセリフですね笑
1074
襲来
﹁地を司る第三席の我が舐められ、こうもあっさりと地に転がされ
るとは、まさしく愉快なり。まったく見せつけてくれる。良かろう、
全力で相手して貴様が全力を出さなかった事を後悔させてやる﹂
そう言うと、彼は身に纏っていた上着を破り捨てた。屈強な肉体
が曝け出される。その身体には、顔と同じ様な紋様が刻まれていた。
﹁世界は魔素で満たされている。我ら魔族はそこから生まれた。唯
一無二の自然物、上等種族なのだ。そして我は地の魔素を受け継ぐ
者﹂
唱える様に言葉を紡ぎ始めたベラルーク。その言葉に呼応する様
に刻まれた紋様は赤く、赤黒く光り始めている。
魔力の流れを感じ取ると、彼の身体を循環する魔素が凝縮され高
密度に変わって来ているのが判る。
﹁̶̶̶!?﹂
俺は足下に違和感を感じ飛び退いた。足を見てみると、両足とも
オートヒーリング
くるぶしの辺りまで石化していた。
おかしい。
石化の状態異常も、自動治癒にて完全治療が可能な筈なのに、パ
リパリと未だ石化を続けている。
1075
﹁あ、足が!?﹂
﹁⋮⋮!?﹂
ウィルと藤十郎も、石化によって地面に固定されているようで身
動きが取れなくなってしまっていた。
︵フォル! 一体どういう事だ!︶
︵体内干渉型の石化じゃないの! 流動系の石が貴方の足をギブス
の様に覆っているだけなの! でも急いで破壊しないと壊死しかね
ないの!︶
なるほど。
着地と同時に、堅い地面に足をぶつけて粉砕を試みた。
覆っていた石はかなりの堅さを誇っていたようで、相当強い力で
ないと脱出は不可能だった。それこそ、両足の骨が砕ける程の威力
で破壊に掛からないと手に負えないレベルである。
と、言うか靴がオジャンになってしまった。どうしてくれる。
足を一瞬で治療し終えた俺に、ベラルークは続けて言葉を放つ。
クラストフロー
﹁地殻流動を凌ぐか。なかなかやるな貴様! 久々に全力を出せる
事を誇りに思う!﹂
腕を振るったベラルークの拳は、石で覆われていた。高密度の魔
素体に、高密度の魔力を通した石の攻撃は、流石の俺にもダメージ
は通る。
身体を反らして躱す。
1076
状況から察するに、カチコチになってしまった身体の防御力はか
なり高いだろう。殴った拳がボロボロになりそうだ。
クラストフロー
未だ地殻流動は健在で、俺は足裏の違和感を感じながら場所を移
動して戦闘する。
だが柔術ベースで有り、掴んでからが本来の力を発揮する俺の攻
撃は、彼の身を守る流動する石によって攻めあぐねていた。
攻撃が嫌らし過ぎる。
ヒット&アウェーなんて、柔術には無いぞ。
掛け逃げと言う物があったりするが、ルール無用のこの戦いで意
味も無く技をかけた所で急所に一発貰っておしまいなのである。
﹁文字通り、手も足も出ないだろう! 世界が何で出来ているか教
えてやろう。地、海、空だ。地は魔素を凝縮させる、そしてその密
度による攻撃は̶̶̶比にならない!﹂
凝縮なのに流動するってどういう意見だよと思っていたが、見て
いるうちに全貌が少しずつ見えて来た。最初は溶岩と似ている物か
なと思っていたのだが、どうやら凝縮して漏れた地面を操っている
に過ぎないみたいだった。
どういう事かというと、柔らかい物を手で握りつぶすと、指の隙
間からニュルニュルっと逃げ場を失った物が飛び出て来る。
そんな感じだ、多分。
俺の勘が告げる。
1077
̶̶̶バゴンッ!
バックステップで一端距離を取った俺に、本命が来た。地面が凝
縮されて最早地殻並みの強度を誇る岩盤となり、俺をサンドイッチ
の具だと錯覚させる様に挟み込もうとする。
ブレッシング・レイ
﹁神聖なる奔流!!!﹂
逃げ切れずに万力プレスを味わった俺の身体は、潰れる音と共に
ブレッシング・フェイト
クレア
一瞬で色々な臓器をごちゃごちゃにした液体に変わる。だがしかし、
運命の祝福によって聖核の保護がなされているお陰で、一瞬で復活
する。
そして、身体の再構築をしている最中に全身から力の奔流を放出。
高密度の岩盤を消し飛ばして、光の奔流の中から俺は生還した。
生還ではなく、復活だ。
同時に、潰れる時﹃ピチュン﹄って感じの擬音が聞こえたが、岩
盤のしまる音﹃バゴンッ﹄にかき消されて、回りにいる奴らには全
身から光を放ち生還した様に見えるのであろう。
だがその実は、一回死んでいるのである。
余談だな。
一回死んだ事で判った事がある。
1078
地殻流動という名前に惑わされていたが、実際この男からは、魔
力を展開、流動させる事が苦手な節が伺えた。
何が第三席だ。
地を司るだ。
魔素から生まれたんなら、全ての操作がお手の物だろう。たまた
ま魔素を扱う事に長けた生物だったってだけで、魔素から発生した
自然物って時点で世界を冒涜してる。
上等、下等など、それにかこつけて世界に生きる生命を蔑ろにし
た言葉もムカついた。邪神教、やはり滅ぶべきである。
﹁またその光か。鬱陶しい。鬱陶しいぞ。光すら通さない程、固め
尽くしてやる﹂
ベラルークは再び攻撃を仕掛けつつ、同じ肯定を繰り返す。
欠点がまた見つかった。
一連の攻撃には、溜めが必要な様だった。
︵フォル、クレア。ちょっといいですか?︶
︵なんなの∼?︶
︵はいです!︶
︵神聖力の展開で、今地面に凝縮されている魔力に干渉できたりす
るかな?︶
︵可能なの。相手は所詮、紋様によって効果を得てるだけ。核その
モノのクレアちゃんからすれば赤子も同然なの! そして私達の力
を魔素というものは扱うステージが根本違う訳なの!︶
1079
︵じゃ、クレア、頑張ってくださいね︶
︵ひゃ、はゃ、は、はいですううう!!!︶
クレリア
技名は立った今考えた。
聖域。
えっと、サンクチュアリでも良かったんだけど、せっかくクレア
が頑張ってくれている訳だし、なんとかクレアに因んだ名前にした
かった。
だが、クレア・サンクチュアリは安直である。そして長い、俺は
技名を唱える派。そしてそんな俺からすればブレッシング・レイと
かブレッシング・フェイトとかに比べてクレア・サンクチュアリは
噛む可能性がある。
特に、チュの部分とか。
結果、クレアとエリアを混ぜてクレリア。
我ながらいいセンスしてる。
︵⋮⋮︶
︵⋮⋮︶
さて、度肝を抜いてあげよう。
クレリア
﹁魔力の扱いが下手糞です。凝縮も展開も同時に扱えてこそ魔力で
しょう? 聖域!!!﹂
そろそろ顔に到達しようかとしていた、ウィルと藤十郎を覆って
いた流動する石であるが、聖域が発動した瞬間に力を失った様に砕
1080
け砂になってパラパラと風に舞って飛んで行ってしまった。
﹁な⋮な⋮!?﹂
この状況に言葉を失ってしまったベラルーク。
﹁一体何をしたああああ!!!﹂
狼狽えるベラルークに近寄って行く。意味不明な出来事に動揺し
後ずさる彼の鳩尾に確り踏み込んだボディブロー。飛沫をまき散ら
しながら踞り、ちょうど良い位置へ下がった彼の顔面をそのまま蹴
り上げる。
﹁何が魔素から生まれた上等生物ですか。神を冒涜しています。そ
してコレは消滅した私の靴の分!﹂
死んだカエルの様に仰向けになり失神したベラルークの急所に蹴
りを一発。この痛撃によって目が覚めたベラルーシは﹃グポォオォ
オ﹄と汚い悲鳴を上げながら丸くなる。
クレリア
生殖機能が備わっている奴が、何が自然から生まれた上等生物か。
彼の赤黒く発行していた紋様は、聖域の発動と同時に消え去って
いた。なるほど、こういうのにも作用するのね。
﹁藤十郎さん。あまり戦いと言う物をお見せできませんでしたが̶
̶̶﹂
このままこの男を完全消滅させ、戦いとは何たるかと言う物を彼
等に説こうとした瞬間である。
1081
空が、急に闇に包まれた。
強大なエネルギーを遥か上空から感じ得た。
それも、聖核を持ったエネルギーの塊である俺よりも遥かに強大
なモノを感じる。未だソコへ至れていない藤十郎やウィルソードは、
急に闇に包まれた空に首を傾げるだけであった。
﹁⋮⋮ハハハハ⋮⋮ハッハッハッハ!!! 神は我を見捨てなかっ
た! この雷は、我らが王、サタン様の力! 神よ! 我に慈悲を
! 救いの手を! この憎き神父に、裁きの鉄槌を̶̶̶﹂
寝そべりながらも狂った様に息を吹き返したベラルークが、その
両腕を空へと突き上げた瞬間、一本の雷が走る。
あまりの光量に目を覆う。そして今一度ベラルークの横たわる地
面を見据えると、人形の影だけが、そこに取り残されていた。
﹁おいおい! 神父さん! これはいったいどうなってるんだ!?﹂
﹁⋮⋮﹂
1082
ピシャピシャと狙いを定める様に落ちる雷は、明らかに俺達を狙
っていた。
一発でも貰ったらマズいよな。
ブレッシング・フェイト
﹁マズいですね、一度帰還しましょう̶̶̶̶ッッ運命の祝福!!﹂
天門を開き、彼等を引き連れて帰還しようとした瞬間、雷が二人
を包む。
瞬間的に俺は運命の祝福にて彼等の死を回避する。
﹁あ、あれ⋮⋮おれ今しんで? ってうわぁっ!﹂
﹁神父、あんたは̶̶̶!﹂
そして即行展開させた天門に二人を放り投げる。
転移場所と天門の制御はクレアとフォルに任せてある。
そして俺もそのままトンズラしようと思った瞬間、天門に雷が直
撃してしまった。天門は消滅し、轟音とあまりの衝撃に俺は十メー
トル程ぶっ飛んでしまう。
︵フォル! クレア! 無事ですか!?︶
︵大丈夫なの!︶
︵は、はい! フォルちゃんが守ってくれました!︶
声を聞いて安心したのも束の間。空から声が響く。
1083
﹁ハロー神父。 散々邪魔してくれるから、俺直々に殺しに来てや
った﹂
1084
襲来︵後書き︶
なんか、噛ませになった。
1085
対魔王戦
﹁てめぇが散々邪魔してくれるから、俺自らお前を殺しに来てやっ
たぞ﹂
空中にてそう宣った黒い衣服を身に纏った子供。彼は、そのまま
顎をクイッと動かすと、それが合図だったようで俺目がけて大量の
雷が襲来する。
一撃で天門を破壊する程の力を持つ雷撃である。それが、ぱっと
見ただけでも十数発以上纏めて連続的に俺を襲う。慌てて飛び退く
が全部を躱しきれる事が出来ない。
︵フォル! クレア! 自動治癒と聖域の発動を早くしてください
!︶
︵だ、ダメなの! 雷撃を受けた傷跡に理解不能な状態異常が発生
して、復元が出来なくなってるの!︶
︵く、聖域も雷撃の大本である空に近づかない限り、展開が出来ま
せんんん!︶
着地に失敗して転ぶ。
立ち上がろうとすると、力が入らずに転んでしまった。
﹁うぐッ⋮⋮﹂
﹁とんでもない生命力だな。本当に人間か?﹂
右腕と左足を付け根から、右足はくるぶしから消し飛んでしまっ
た半分ダルマ状態で呻く俺を見下ろしながら、彼は腕を組む。
1086
﹁ま、こんなもんだな。てめぇには、ただ憂さ晴らしだっただけだ
し。図に乗って勝てない喧嘩をしたベラルークも悪い。仕えない部
下を持つと大変だぜ⋮⋮さて﹂
まるで遊び過ぎて壊してしまった人形を見つめる子供の様な目で
俺を観察していた彼は、ニヤッと笑いながら続ける。
ココ
﹁第五都市を落としたお陰で中央聖都の結界も弱まってるし、あと
は一番厄介だった聖王都に封印された邪神の力を目覚めさせれば完
了ってこった﹂
﹁やはり⋮⋮人間の大陸にもあるんですね。邪神教﹂
﹁はは、むしろ、何故お前らの場所に無いと思ったんだ? 邪神教
はお前らが考えるより遥かに古いぞ。それこそ神時代よりもな﹂
不可思議な力が働いて、治りが遅かった手足も回復の目処が立っ
た。闇の空から放たれる雷には、聖なる力が働きにくい効果が備わ
っているようで、部位欠損以上の大けがを一瞬で治す事が難しいん
だそうだ。
コイツ、天敵だ。
﹁貴方は一体何者なんですか?﹂
﹁こっちからすれば、お前らが何者なんだって話だけどな﹂
嘲笑う様に質問に質問で解答される。
全く持って話が進まない。
まるで俺の事など眼中に無いかの様に、子供姿の何かは無防備に
1087
空に浮かぶ。小馬鹿にされているようだ。俺の腹の中でもふつふつ
と、ベラルークとの戦闘で昇華不良だったモノがわき上がって来る。
エリック
クレリア
﹁わぁお! 相変わらず化物性能だな! 奇人法王とはまた違った
力の使い方だ!﹂
オートヒーリング
雷の効果による邪魔もクレアが全力で聖域を発動させ中和させた
ブレッシング・
後、フォルが自動治癒にて身体を再構築させる。その時、俺の体内
から外に溢れ出した神聖力を糞ガキに放出する。
ま、あっさりと躱されたが。
レイ
それを皮切りに、糞ガキは上から雷を。俺はしたから神聖なる奔
流を張り合うかの様に連続で射出する。
どちらも光の速度でぶつかり合い、轟音が幾重にも渡って聖王国
の広々とした草原を駆け抜ける。
﹁邪神の力を取り込んだ魔王の雷をここまで防ぐなんて、本当にと
んでもねぇな。やっぱり殺しに来て正解だったぜ﹂
﹁魔王の雷⋮⋮って事は貴方が邪神教のトップという事ですか?﹂
﹁どうだろうな? まぁ、これほどまでに邪神の欠片を集めた奴は、
どこを探しても俺くらいしかいないだろうぜ?﹂
糞ガキはそう宣いながら魔王の雷を連射する。まるで子供が向き
になったかの様に、此方の弱点を執拗について来る辺り̶̶。
このままこの状況が長引くと、確実に俺が殺気の二の舞になる事
を知っている様だった。実際にジリ貧だしな。
1088
向こうは指先一つで何発も闇からの雷を射出できるのに、俺は連
発と言っても俺単体から必死こいて上空へ向けて神聖なる奔流を撃
ちまくっているだけに過ぎない。
︵クボ! 明らかにステージが違うの! エリック神父と同じ域に
存在する物なの。このまま無駄撃ちを続けると、その他の機能に影
響が出かねないの!︶
フォルから叱咤の声が響く。ゲーム的に言えば、MINDの塊で
マインド
ある。全ての技が膨大なMIND値によって賄われているに過ぎな
い。いくら大量に精神力を持つ聖核であっても、使いすぎればそれ
はいずれ枯渇する。
︵意外と早く、そのレベルの敵さんが来てくれましたね︶
︵よ、予想外なの︶
︵しゅ、しゅこし疲れましたぁ∼︶
いかん。クレアが疲れ始めている。
ってか聖核であるお前が疲れるって一体どういう事だよ。
クレリア
﹁聖域!﹂
﹁ん? その光線攻撃はもう終わりか? お次ぎは広範囲結界魔法
でガードってか? 生半可なモノは通じねぇから⋮⋮おろっ?﹂
神聖結界魔法であれば、即行でぶち破られて全く持って結界の意
味を成さなかったであろう。糞ガキは意表をつかれた様な声を出す。
クレリア
それもそのはず。
聖域は物理的なモノを弾く為にあるのではなく、魔力干渉によっ
て自分のフィールドを強制的に作り出す作用を持つ。
1089
クレリア
魔力によって作り出された攻撃は、聖域の前では無に等しい。ゆ
くゆくは自分に敵性を持つ相手にのみ適応される常時発動型へと改
善して行きたい所であるが、今は防御用の技としてこんな物でいい
だろう。
クレリア
てか、地を司ると豪語していたベラルークの魔力を圧倒する程の
聖域である筈なのに、この雷を完全消滅させる事は出来ず、逸らす
事しか出来ない。
﹁うざってぇけど面白いな! おらおらおら!﹂
どこまで壊れ性能の威力を誇る雷なんだよ。
このままでは、聖域もガリガリ削られかねないので即行手段に移
す。
セイントカーディナル
﹁天門! 誓約の聖十字!﹂
聖火はまだ使わない。
コイツは絶対に必殺技を持っている。俺の経験が告げるのだ。
基本的に戦闘って取ったもん勝ちが後だしジャンケンだからな。
正々堂々ジャンケンしましょうなんて無い。ジャンケンするまでも
なく一瞬で蹴りがつく、もしくは、後出して手の内を読み合いなが
ら探って行くしか無い。
そもそも、エリック神父と同域に存在するのであれば。真っ向勝
負で勝てる筈も無く、一瞬で勝負を決めなければならない筈。それ
も、一撃必殺の技を持ってしてだ。見切られたら確実に次は効かな
い。
1090
天門にて上空に転移した俺は、隙をついてオース・カーディナル
を放り投げる。相手も俺の弱点属性であるが、俺も相手の弱点属性
な筈だ。神聖な力を宿したオース・カーディナルならば物理的なダ
メージも与える可能性を見いだせるかもしれない。
断じて、この巨大な十字架をぶっ壊してくれたら良いなとか思っ
てないからね。
そして糞ガキは、転移した俺の動きにも余裕で対応して来る。な
んで一瞬で移動してるのに既にこっちを向いてるんだよ。あの時殴
られた記憶が蘇る。
だが、それがあったお陰で今の俺には隙がない。この状況でも攻
撃を放って来る奴がいる事を知っているから。
﹁雷落とした時から疑問だったけど。ソレ、ただの転移門じゃない
な? 転移門だとしたら確実にもっと時間がかかる筈だぜ﹂
﹁元々は邪を昇天させる為の攻撃技だったんですよ﹂
アビス・ダークネス
﹁なるほどね。ハァ、魔法じゃない理屈で動いてる奴が一番面倒な
んだよな⋮⋮まぁいいや。取り込んじまえば問題ない闇の深淵﹂
糞ガキの目から光が消える。光すら吸収し尽くしてしまうブラッ
クホールの様な瞳が対象を見据える。
すると、虚空から黒い腕の様な物が出現し輝くオース・カーディ
ナルを拘束する様に包み込む。糞ガキの下方に出現させ、オース・
カーディナルごと押し込めようとした天門も、同じ様に黒い腕が包
み込み、同時に消滅させた。
1091
﹁⋮⋮この糞ガキ﹂
﹁おいおい、誰が糞ガキだって? サタン様か魔王様って呼べよ。
格上だぞ?﹂
思わず悪態をついてしまうと、嘲笑うかの様だったこの糞ガキ。
いや、魔王サタンの表情が少し変わる。
NGワードでも出してしまったか。
十中八九、糞ガキって言葉だな。
アビス・ダークネス
﹁しかし、他にもやる事あんのにすげぇしぶとい奴だな。もういい
加減面倒だ。とりあえず一遍死んどけ? ̶̶̶闇の深淵﹂
瞳に現れたどこまでも深い闇は、全ての物を吸収する。冥界で現
れたベヒモスと同質もしくはそれ以上の力を宿しているコイツは、
正真正銘の化物だ。
幾重もの黒い腕が俺の身体を締め付ける様に包み込んで行く。こ
れに包まれてしまうと、何やらとんでもない事が起こりそうだ。
プレイヤーである俺は身体を奪われる心配は無いが、その身体の
力の一端を奪い尽くされている感覚がする。この世界で戦って来た
クレア
俺の身体の記憶というか、歴史というか、蓄積された経験が奪い尽
くされている様だ。
フォル
このままでは、聖書と聖核がヤバイ。
第一、この攻撃から推測できる。魔王サタンは、プレイヤーとこ
の世界の人を区別する事が出来る程、世界を知っている。
1092
俺が知っている人物の中で初めからプレイヤーの事を理解してい
た人物。それはエリック神父だった。
やっぱり化物はどこまで言っても化物で。俺がどう足掻いても勝
てる相手ではなかったのかもしれない。
だが、悪あがきだけはさせてもらう。
完全にジャンケンだと負け確定の状況だが、俺の愛する二人を吸
収されるくらいなら、俺は負けても良い。
セーフティーエリア
俺の中では、二人を守れれば勝利と言えるからな。
ホンタイ
︵フォル、クレアを連れて今すぐ私の精神空間から離脱してギルド
の大聖堂に安置されている聖書の中へ戻っておいてください︶
︵でも! 貴方はどうするのなの!︶
︵良いから早く! コレに取り込まれるとマズいのは判っているで
しょう?︶
︵⋮⋮わかったの。絶対またいなくならないでね︶
声だけなので表情は判らないが、雰囲気から伝わって来る物があ
る。フォルは頭の良い子だ、色々と考えた上で納得してくれて助か
また
か。
った。クレアは、どうすれば良いのか判らず押し黙っている様だっ
た。
それにしても
前科持ちだもんな、俺。
1093
とりあえず、戻って来いよ
でっかいの
まだ誓約は残ったままだろ?
。
﹁お? 俺と同質の力を、お前も持ってたんだな? 流石だぜ、ゴ
ッドファーザー﹂
フォルとクレアが念のために残してくれた力が有る。聖火を一発
分放てるだけの力。奔流に例えれば数十発分という意外と多そうに
見えて、実はなけなしの力。
バラ
俺を包み込んでいた黒い腕を、聖火によって燃やし尽くす。
浄化の炎はコレでおしまいだ。
オース・カーディナル
俺の意思に従って戻って来てくれた誓約の十字架を持つと、消滅
しかかっていた黒い腕を踏み台にして十字架で殴り掛かった。
﹁やけくそ君に敬意を評して、俺も一つ本気を見せてやんよ。まだ
ワウス
出力は万全では無いが、これでも八割くらいは出せるからな̶̶̶
災禍﹂
1094
異常気象に天変地異だ、神の災いだ。と大騒ぎするも、自分たち
の仕事を全うするべく今は亡き第五都市へ向かう商隊の最後尾を任
されていた一人の青年は、出会った一人の神父の言葉を反芻してい
た。
今の闇に包まれた天よりも、大事なのは今後の自分の身の振り方
なのだ。と商人故に判っちゃいるが、彼は聖王国の商人である。信
仰は誰よりも深い。
その神父が進めてくれたものに対して、断りを入れてしまうなん
て言語道断なのである。そう考えると自ずと答えは一つに決まって
いるのだった。
闇に染まった空に救いを求めても、手を差し伸べてくれる者はい
ないであろう。そう、今は自分自身で考えるべき時だ。
神妙な面持ちで闇の空を眺める青年は不思議な物を見た。
輝く神父と大きな十字架。
そして、何者かによって攻撃された神父は力を失った様に落下し
ながら大きな十字架と共に塵になって消えて行ったのである。
1095
1096
対魔王戦︵後書き︶
青年は思った。
︵神がヤバイ!!!!︶
笑
闇の深淵はもちろん拘束ペナルティがあります。
力を削ぎ落とされますので。
1097
エリックの敗北
咄嗟にオースカーディナルを盾にしたのだが、どうやら無意味だ
ったようだ。そのまま為す術も無く、俺は意識を失った。
そして、死に戻った場所はギルドホーム。ギルド内の大聖堂の奥
にある自室として私用している小さな部屋のベッドである。
少し気がかりがあったので、精神空間へ赴いてみる。フォルとク
レアが使っていた家具が並んでいる。その中で、圧倒的な存在感を
かもし出していた物が綺麗さっぱり消え去っていた。
﹁無い⋮⋮﹂
オラクル
ついでに言うと、今この場所にフォルとクレアは存在しない。一
時的に信託のリンクを切っている状態なので、二人とも運命の聖書
の中へと避難している事だろう。
戦いも過ぎ去ったので、そろそろ身体へ戻しても良いのかもしれ
ないな。
﹁クボ!﹂
﹁マスタァッ!!﹂
リンクを繋げると、勢い良く二人が俺に抱きついて来る。目に少
し涙が溜まっている所を見ると、相当心配かけたんだな。
﹁申し訳ありません。負けてしまいました﹂
1098
﹁いいの! ってか貴方の勝率ってそこまで高くないの﹂
﹁マスターが無事ならなんでもいいです!﹂
クレアマジ天使だな。
フォルも痛い所をつく。
よくよく考えれば、最近戦いで負けっ放しな気がする。他力本願
というか、回りがとんでもなく強くなっているので、例え俺が負け
たとしても人柱的にどうにかなってしまうのである。
コレをなんとかするべく北の聖堂へと旅立った筈なのに、全く持
って本末転倒と言う物なのである。まぁ、彼女達が無事ならそれで
良い。
﹁あ、カーディナルさん。いなくなっちゃったんだ⋮⋮﹂
クレアがぽっかりと空いてしまった空間を見つめながら言う。何
故だか判らんが、あの巨大な十字架はココのご意見番として丁重に
扱われていたらしい。特に、クレアは十字架に飾り物をして懐いて
いた。
俺が死に戻って、そして十字架が無いという事は、完全に消滅さ
せられてしまったという事だろう。
無くなってしまった今だから言えるが、北からの帰り道、彼には
大変お世話になった。ここまで成長できたのも、本当に彼のお陰な
のである。
﹁良い感じに纏めないのなの!﹂
﹁すいません﹂
1099
でも消滅してしまったのは仕方ない。
﹁マスターなんか少し嬉しそう⋮⋮﹂
フォル
クレア
実際に嬉しいんだから仕方ない。先ず、聖書と聖核がいない状態
で死に戻って、限界点まで上げたあの誓約が全く俺にのしかかって
いなかった。身体が軽い。
今まではクロスを二つ所持していた。教団には聖職者は個人用の
十字架と聖書をワンセットで必ず所持しておかなければならない。
それも、破損してしまう等、やむを得ない事情が無い限り他のクロ
スと聖書を持つ事を許されない。
オースカーディナルのお陰で、せっかくクロスたその所持を許し
てもらったのに彼女を持つ事を許してもらえなかったのだ。
コレは絶対にエリック神父の陰謀だ。絶対にそうだ。
あの子煩悩野郎目!
オース・カーディナルの所持者。特務枢機卿という立場を上手い
具合に使われ、クロスを返してもらえたが、未だに確りをクロスた
そで瞑想に至れていない。戦闘もこなせていないのである。
だがしかし、今は誓約も、その制限も解除された。消滅した。
ありがとう魔王。流石神。邪神だけど。
だが、殺された事は絶対に忘れないからな。いつか必ずお返しを
する事をここに固く誓ったのである。
1100
﹁クボ。シスターズから緊急要請なの。第五都市が大惨事だって﹂
﹁ああ、それはマリアに任せておきましょう。ウィルソードと藤十
郎を向こうへ送ったのでしょう? なら状況説明も大丈夫だと思い
ますよ。⋮⋮多分﹂
喋りすぎる男と喋りすぎない男。
果たして、情報伝達は上手く行くのであろうか。
﹁私は私でやるべき事があります。今すぐ大教会へ向かいます。エ
リック神父のところへです。多分魔王はすでに来ていてエリック神
父が交戦している事でしょう。混乱が予測されますし、これを気に
治安が乱れかねません。天門の準備は大丈夫ですか?﹂
﹁オッケーなの!﹂
﹁は、はいです!﹂
さっそくリベンジマッチをするべく。俺は交戦しているであろう
エリック神父の元へと転移した。精神空間からの転移はもう何度目
だろうか。
大分慣れたな。場所の捕捉はフォルに任せてある、流石です。
1101
ブレッシング・レイ
﹁̶̶̶ッ!? 神聖なる奔流!!﹂
転移した先で、黒い業火が俺を包もうとする。
一体何事か!?
﹁⋮⋮貴方でしたか﹂
後ろを振り返れば、いたる所を黒コゲされたエリック神父が膝を
ついて苦しい表情を浮かべていた。
我が目を疑った。そして、その状況へとエリック神父を追い込ん
でいる人物は、あの糞ガキ̶̶魔王サタン̶̶である。
﹁貴方ともあろう方が一体どうしたんですか!?﹂
﹁⋮⋮不覚を取りました﹂
オートヒーリング
急いで駆け寄って自動治癒を施すが、なかなか効きが悪い。それ
セントリーガル
でも、少しだけ和らいだ顔をしたエリック神父に少し安心する。
エリック
﹁情けないぜ法王。まぁ、人類最強も法定聖圏が無ければただの偉
い人ってことだな﹂
﹁⋮⋮私は最強なんて宣言した覚えはありませんけどね﹂
セイントクロス
﹁はは、耄碌したな。アレお前、今いくつだって確か̶̶̶̶才?﹂
﹁黙りなさい聖十字!﹂
1102
セントリーガル
不適に笑いながら、魔王は告げる。法定聖圏やら人類最強やら、
なにやら不穏な言葉が飛び交う中。とんでもなく重要な一言を糞ガ
キが言った気がしたが、エリック神父が咄嗟に飛ばした聖十字によ
って上手く聞き取れなかった。
﹁神父も出来たんですね、ソレ﹂
﹁貴方からはいつも学ばせて頂いてますから﹂
﹁それよりも神父。コレは一体どういう状況ですか?﹂
改めて今の状況を尋ねる。
﹁クボヤマ。第五都市は破壊されてしまったと言うのは本当ですか
?﹂
﹁はい。あの糞ガキ﹁̶̶聞こえてんぞ?﹂じゃなかった。魔王の
部下の策略よって、サルマンは自ら結界を断ち切り、それによって
第五都市は自滅しました⋮﹂
﹁なるほど。やっぱりそうでしたか⋮⋮てっきりサタンは魔大陸の
奥の闇から出て来れないと踏んでいたんですが、読み違えました﹂
遣り切れない様な表情で呟く神父を魔王は嘲笑う。
有る
セントリーガル
とでも思ってんの? そんなも
﹁だからお前ら人間は決めたがりだって言ってんだろ? 俺が魔大
陸から出て来れない理由が
ん俺に直接聞かない限り出ないだろう。法定聖圏は厄介だが、こう
セントリーガル
ココ
やって地道に腐らせてやればいくらでも付け入る隙は出来る。お前
は法定聖圏で人間界から動けない事を俺は知ってるからな﹂
セントリーガル
ご丁寧なご解説をありがとう。法定聖圏とは、聖王国全体によっ
て構成される大規模な魔術らしい。聖王国の都市の配置が魔法陣の
役割を果たしているとかなんとか。
1103
人類最大の魔法陣による恩恵は、範囲内のみであるが法王の名の
下に絶対の勝利を約束してくれるんだそうだ。
だが裏をかけば構成する都市の一つでも落とせば一気に力を失っ
て行く諸刃の剣でも有り得る。その状況を守る盾として教団があり、
統一教義の元に色んな権謀術数の線が重なり合い、人類は互いが互
いを攻撃できない様に雁字搦めになっている訳なのだが。
そういう裏の事情はあんまり考えないでおこう。
つまるところ、女神様のお陰でみんなハッピーな訳だ。
﹁これ以上戦闘を繰り返すのはなかなか面倒だ。化物二人を相手し
ていられる程こっちも万全を期していないからな。一番厄介だった
教団に封印されていた邪神の欠片もかすめ取ったし、後は直接俺が
手を下すまでもない﹂
そう言いながら、魔王は転移門を出現させてその中に消えて行く。
﹁俺は世界を魔で満たすぜ。俺らが安心して過ごせる未来が俺の教
義なんでな﹂という捨て台詞を残して。
くそ、一足遅かったようだ。俺はエリック神父の肩を支えながら
彼等が戦っていた教団の地下空間を後にした。
1104
師匠と愛弟子︵前書き︶
更新が遅れました。
1105
師匠と愛弟子
ビクトリア大教会の一部損壊と第五都市の壊滅。魔王サタンが残
した傷跡はこの地に住まう者に取って多大な物となった。
特に現法王であるエリックの病身に倒れた姿を見た教団関係者は、
この世の絶望と言った表情を浮かべていた。
人の口に戸は立てれない。
今回の騒動にて、様々な噂が尾ひれを付けて行き交い。最終的に
聖王都の堅牢な結界が破られたのは、法王エリックの病のお陰で女
神の加護が一部無くなってしまったからという物になっていた。
この噂はセバス調べだ。
ほぼ間違いないだろう。
当の本人は、療養という形で大教会の向いの建物のとある一室の
ベッドにて横になりながら聖書を片手にタイムブレイクティーを味
わっている。
﹁しばらく厄介になりますね﹂
ニコニコとしながら紅茶を飲むエリック神父はなかなか様になる。
法王であるときの彼は奇妙な雰囲気をかもし出しているが、ギルド
の裏に立てられた孤児院の一室にて寛ぐ姿は不思議と安心を感じさ
せる。
1106
﹁もちろん。聖王都の復旧が住むまでただ働きはしませんよ。この
それ
孤児院の世話は任せてください﹂
﹁いや、孤児院は別に良いんですが。別にここで休む必要性はある
んですか?﹂
﹁随分と嫌われてしまったものです⋮⋮﹂
と、言いながら涙を浮かべるエリック神父であるが、コレは嘘泣
きである。
もうね、雰囲気で判断つくんですわ。
﹁⋮⋮成長しましたね﹂
﹁ええ、おかげさまで﹂
彼は、紅茶を飲み干して一息つく。
﹁実際、少しばかりマズい立ち位置に落ち入ってまして。今流れて
いる噂に乗じて時間稼ぎをしているんですよ﹂
﹁病の件ですか?﹂
セントリーガル
﹁そうですね。実際にはただ少々身体に酷な攻撃を浴びてしまった
のと、サタン君に法定聖圏を一部破壊されてしまった反動が来てい
まして⋮⋮気を抜くと̶̶﹂
と、エリック神父は、そこで一端話を区切って身体ごと視線を俺
に向けた。
スッと、高尚な力の領域が部屋から消え去る。
その途端にエリック神父の少し小じわがありつつも未だ張りを保
つ肌から瑞々しさが無くなり、一気に皺が露出している部分である
手と顔に刻まれて行く。
1107
﹁こうなっちゃうんですよ﹂
﹁⋮⋮﹂
絶句である。
そして再び空間に圧倒的な存在感を放つ力が生まれると、エリッ
ク神父の顔は若かりし頃に戻った様に瑞々しさを取り戻した。
﹁法定聖圏とは、一体? ただ聖王都を守るべく築き上げた超巨大
魔法陣ではないんですか?﹂
その問いに、再び淹れ直した紅茶を一口。﹁この紅茶は教団でも
もっと輸入するべきですね﹂と前置きして答える。
﹁かなり昔の話になりますが、人間界の中心部として聖王都は築か
れました。その時絶対的な象徴となるべく女神様に相応しい街並を
セントリーガル
築き上げる事を、当時の法王は信託によって授かったのです。それ
が法定聖圏であり、法王の力の源でもあります﹂
﹃二度と希望を失わない為に﹄
セントリーガル
それが、初代法王の言葉だったらしい。大災害が起こっても唯一
不変でいられる程の巨大結界魔法陣が法定聖圏でもあり。法王の強
い意志の元に振るう事の出来る守る力でもある。
と、エリック神父は告げた。
﹁今回は全てが後手後手に回ってしまった結果と人間の心の腐敗が
1108
原因でもあります。いつからか、私は意思を見失いかけ別の物と混
合してしまっていたのかもしれません﹂
遠くを見ながらそう呟くエリック神父。その視線は儚く、ティー
カップを握りしめる手は少し震えていた。
﹁第五都市の復旧は私のギルドと開拓ギルドでもあるリヴォルブが
受け持ちます。力が不安定な内は、ここで休んでおいてください。
あと、別件もあるでしょう? と、いうかソチラが本題でしょう?﹂
﹁バレました⋮⋮?﹂
﹁なに少し自分の力が足りなかったばっかりに多大な犠牲を払って
しまって、此方にはそう言う素振りは見せない様にしつつも少しば
かり自分自身に遺憾を現す様な雰囲気を出してるんですか﹂
﹁い、言う様になりましたね。でも、自分自身の力不足には到底怒
りが収まりませんよ﹂
﹁それは私もですから﹂
頷く神父に俺も頷き返す。お互い、何も出来ずに終わってしまっ
た今回の騒動に対して深く思う事がある。だが、ソレとコレとは話
が別だ。
﹁時間稼ぎとは一体どういう事ですか?﹂
少し前に言った神父の言葉をサルベージして再び問う。大体時間
稼ぎするくらいなら、率先して第五都市の復旧や、聖王国の市民達
に安心感を与える為に前に出るのが教皇であり法王であるエリック
神父の勤めだろう。
﹁混乱に乗じて、私の反対勢力が大きく動いています。今迂闊に前
に出れば足下を救われかねません。責任問題でもありますからね。
1109
本当に今回の件は全てが裏目に出ていますよ﹂
﹁はぁ⋮﹂と溜息をつくエリック神父。
反対勢力は、サルマンという思わぬ生け贄に乗じて、不安定にな
った現法王の立場を下し、新たな法王を祭り上げているらしい。
﹁有力な枢機卿らから新たに推薦を受けているのはジュード・アラ
フと呼ばれる人物です。第一都市を治める枢機卿が一体どこから拾
って来たか判りませんが、一度だけお会いした事があります。法王
である私が一瞬見透かされている様な感覚に落ち入った不思議な目
をしている青年でした﹂
反対勢力は、簡単に言えば偶像崇拝よりも現神達により預言を元
に規律するべきだとする物達である。
女神像を偶像崇拝と見なすとは、どこまでも不敬な奴らだ。教団
の現勢力のやってる事と対して変わらないが、もう少し規律を厳し
くし、人を律して世界を平等にするべきであると唱える一波である
彼等に鞍代わりしてしまうと、聖王都からある種の自由が奪われて
ソレに伴って様々な不幸が起こってしまう可能性がある。
目先の不幸としては、マリアが酒を飲めなくなり。ボンテージス
タイルじゃなくなる。いや、俺としては規律されて嘔吐しないだけ
でもハッピーな出来事なんだが、自分のスタイルを崩されたマリア
を想像すると、少し可哀想な気がして来た。
﹁私としては、第五都市復旧を貴方に任せて、ついでにサルマンの
代わりの枢機卿の位置に正式に就いて頂きたかったのですが。オー
スカーディナルの誓約も消えてなくなってしまったらしいですし?﹂
1110
﹁絶対に嫌です﹂
どえらいもん
俺は、即答した。ついでに重大責任まで背負わされてしまうなん
て堪ったモノじゃない。本当に油断ならない。
エリック神父は﹁即答は酷いです﹂の言葉と共に、﹁ですが⋮﹂
と言葉を続ける。
﹁偶然か、はたまた必然か判りませんが。枢機卿に一つ空席が出来
てしまったのは確かです。私の息の物が復旧と混乱の鎮圧にばたつ
いている今、彼等はその席を確実に取りに来るでしょうね﹂
法王︵教皇︶の選別は枢機卿の中から行われる。法王に選ばれる
だけの格を持つ枢機卿は七人。そう、中央聖都を取り囲む七都市に
君臨する枢機卿から選ばれるのである。
﹁彼は危険です。直感ですが、あまり座を譲りたくはないのが本音
です﹂
そう言うエリック神父の目はいつになく本気だった。これは冗談
でも何でもなく、本当に危険性が増しているのかもしれない。
﹁まったく、面倒な事には面倒な事が重なりますね﹂
﹁本当ですね﹂
そう言いながら俺とエリック神父は笑いあう。
ポープスローン
﹁法王位選を行う為の枢機卿会議が行われるのは、もう少し後にな
るでしょう。今の所教団よりも堅牢なこのギルドに身を隠している
内は⋮⋮ですけどね﹂
1111
﹁いつまでも隠れている訳には行かないでしょう?﹂
﹁そうです。混乱もありますから、いずれは民衆の前で先導して行
かなければなりません。自分の役割を忘れた事は片時も無いですよ
?﹂
﹁ですが、それからどうするんですか? 確かに私は愛弟子ですが、
貴方の立場を守れる程の位に就いている訳ではありませんよ? 特
務枢機卿は法王の下でこそその実力を発揮する物だった訳ですし﹂
エリック神父は瞳を閉じて数秒程思考に耽る。そして、考えがま
とまったのか目を開けると俺に言った。
﹁私に考えがあります。これを期に教団の体制も少し変えて行かな
ければなりませんしね。それは̶̶̶﹂
エリック神父が放った一言に、俺は二つ返事で了承した。
現法王、エリックの一言には、それだけ重みがあり、俺にとって
1112
もそれだけ価値のある物だった。それはギルド福音の女神やギルド
リヴォルブ。
はたまた東の縄張りを治めるJOKERや、様々なプレイヤーと
この世界の住人を巻込んだ大騒動へと発展して行く。
1113
師匠と愛弟子︵後書き︶
次回からは、またプレイヤーズイベントになります。
たぶんゴタゴタして行くんじゃないかと思います。
頑張ります。
最近小説投稿の感覚が空いていまして、設定がどうなっていると
か凄くマチマチになって来ています。
暇があれば過去の文章を読み返して伏線を拾おうとしてます笑
ですが、伏線と言える程の伏線でもなかったりしますので。
懐かしい登場人物がまた出たぞーとかそんな感じでお願いします。
1114
枢機卿会議
広々とした会議室に、七つ都市を任されている枢機卿が集まって
いた。上座に据えてある椅子に座るのは現法王エリック。そして六
名枢機卿は、皆一様な面持ちで円卓に沿って座っている。
﹁法王様、今になって姿を現すなんて一体どういうつもりですか?
何故、姿をくらませていたのです? 何故、枢機卿会議を招集し
たのですか?﹂
エリック神父に一番近い位置に座っていた一人の枢機卿が、噛み
付いた。和やかな顔からは到底牙なんぞ感じ得ないのだが、急所に
近い所を抉り込んで来る鋭い物を持っている様だった。それに準じ
て数人の枢機卿が一斉に吠え出す。
﹁そうですぞ。第五都市の復旧すら終わっていないというのに﹂
﹁未だよくわからぬギルドの輩が第五都市にのさばっている状況、
早く聖王国主導にせねばなるまい﹂
﹁その為には早く第五都市の枢機卿を任命しなくてはならない﹂
今喋っているのが、エリック神父の言う反対勢力なのだろう。こ
の場で口を開く事を許されているのは、枢機卿会議の際に招集され
る七枢機のみだ。俺はエリック神父の後ろにて特務枢機卿兼補佐と
して静かに会議の行く末を見守っていた。
七人の枢機卿達は、各々が補佐役として、次代の枢機卿を担うで
あろう人物を後ろに付けて会議を行っていた。
1115
憶測だが、第一都市の枢機卿はエリック神父に一番近い位置で合
っているんだろう。時計回りに第一・第二・第三と言った形か。一
番始めに噛みつき、それに準じて口を開き出した枢機卿達も反対勢
力一波なのだろう。
エリック神父のもう片方を陣取る人物は第七席。この人はジッと
目を閉じて、話に耳を傾けている様だった。この人については話は
聞いている。味方だ。荘厳な佇まいが頼もしい。
第四席。エリック神父の真正面に対座している枢機卿は、勝手に
話し始める枢機卿達の顔色を見ながら終始おろおろしていた。この
人も味方だと言っていたが、少し心配になって来る。可愛いオッサ
ンという印象だった。
そして、俺の近くで瞳を閉じている少し浅黒い肌をした青年。彫
りの深い顔立ちに黒々としたカールの掛かった髪。彼も終始口と目
を閉じて、一切開く事が無かったのである。
﹁貴方達も知っているでしょう。邪神が復活している事。この教団
にも潜伏していたようで、第五都市を落とされ、大教会さえ崩され
かけました。私が姿を眩ませていた理由は、魔王サタンとの戦闘で
大怪我を負ってしまっていたからです。ある程度本調子を取り戻す
まで、身を潜めていました﹂
エリック神父のその言葉に、皆が驚いた反応を見せた。
﹁馬鹿な。あの狡猾なサルマンが邪神ごときに?﹂
﹁現法王もってしても、退ける事しか出来なかったのか⋮﹂
邪神の復活を知らなかった者は、改めて聞かされた事実に驚愕し。
1116
独自の情報網で知っていた者は、サルマンの事を言う。まぁサルマ
ンが友達だったんだろうな。
第一都市の枢機卿は、その細めを更に細めるくらいだった。
相変わらず表情が読めない。
﹁それはそれはとんでもない目に合われた様ですね。現法王でさえ
凌駕する存在。ですから、早めに第五席を任命し無ければならない
と思いますよ?﹂
第一都市の枢機卿が口を開いた。サタンと直接対決した俺達の事
をまるで他人事の様に切り捨てる。何が何でもこの枢機卿会議の時
に自分の子飼を任命したいんだな。
﹁それの件ですが。この度の責任を取り̶̶̶̶私が第五都市の枢
機卿になります﹂
エリック神父の一言に、この会議室の空気が一変する。座してい
る枢機卿全てが目の色を変え、何も言い出せずにいる。
淡々と自分の言いたい事だけ述べていた第一都市の枢機卿ですら、
口を開きかけてからかなり長い間を置かなければ喋り出せない程に
動揺しているらしかった。
﹁⋮⋮⋮⋮一体、どういうおつもりで?﹂
﹁貴方程の人物がまだ気付けないんですか?﹂
ポープスローン
﹁̶̶̶法王位選か﹂
ようやく第七都市の枢機卿が口を開いた。相変わらず目は閉じた
1117
まま。まるで呆れた様な声で重要な単語を口にする。
﹁その通り。この度、私は一度敗北してこの聖王国の在り方を考え
させられました。人類の希望として、作られたこの聖王都な筈なの
に。たった一人の魔王に揺さぶられ、主要都市の一つを落とされま
した﹂
﹁それが一体なんだと言うのです。災厄クラスの魔族であれば仕方
の無い事でしょう。また、立ち上がれば良いのです。諦めなければ
きっと神の導きがそこにはありますから﹂
第一都市の枢機卿が言い返す。深く信仰する一人の神父として、
熱く語っている様に見えるが、実際はどうだかな。彼等は邪神の力
の怖さをまだ知らない。そしてこの聖王都の意味さえ知らないので
はないか。
そう思える程に、そのセリフは滑稽だった。
立ち上がる度に、その裏では利権でがっちりと固められ、復興の
為に頑張る信者達を食い物にしていそうだった。
﹁今回、邪神教の勢力に攻め込まれた理由。それは教団内部の腐敗
が原因でした。サルマンは裏で邪神と取引をしていたのです。そこ
につけ込んだ邪神勢力が、彼に都市結界を一時的に切断させて、各
地で魔物の襲撃が起こっていたと報告が上がっています﹂
魔物の大部分は任務で第五都市に向かっていた特務枢機卿へと押
し寄せたので民間への被害はありませんでしたが。と付け加える。
﹁病身に伏している間、女神アウロラ様から信託がありました。一
度、一新するべきである、と。形は道であれ、私は決定したのです。
邪神に対抗できる叡智と強さを兼ね備えた者を次代の法王に据える
1118
べきだと﹂
皆、法王を目指すかそれに準じた富を得たい野心家である。それ
が戦って強い者を新法王に据えるという判断に者を申さない筈が無
愛弟子
であるそこの特務枢機卿が断然有
い。言葉の荒はあまり無いが、噛み砕けば罵詈雑言の様な声があち
こちで響いていた。
﹁そんな物! 貴方の
利では無いですか! 唯一実力によって執行を認められている枢機
卿を新法王へ据えると言っている様な物じゃないですか!﹂
﹁いいえ、神は平等にチャンスを与えてくれます﹂
﹁は、上手い事神を使いよって! こんな出来レース。それこそ神
が許してくださるのかな!?﹂
﹁どう考えても隠居して本家を継がせようとしている様にしか思̶
̶̶̶﹂
ダンッ!!!!!
今まで瞳を閉じていた第七都市の枢機卿が円卓を叩きながらその
決定
だ。
決定
は絶対であり。女神様からの信託で
目を見開いた。鋭い視線が罵詈雑言を唱えていたその他枢機卿を黙
らせる。
﹁法王の
もある。喋り過ぎだ馬鹿共が﹂
1119
低い声で、唸りを上げる様に告げる第七都市の枢機卿。
そこに痺れる憧れる。なんかハードボイルドっぽさを感じ得た。
﹁ですが、このままでは平等の匙加減が判りかねます。人は物差し
が無ければ物を計れません﹂
第一都市の枢機卿が落ち着いた口調で言う。あまり焦らない所か
ら想像するに、実力にも自信がありという事か。
第一都市の枢機卿からすれば、かねてから第五都市の枢機卿に据
えさせて、この度の災害の責任を取らせ法王を降ろしてからジュー
ド・アラフを法王に挿げるつもりだった筈。
それが、面倒な手続きもせず強い物に法王の座を任せると言って
いるんだ。それは法王の座は任せるが、そのコントロールは七枢機
がよりし易くなったと。そう考えるであろう。
よっぽどジュード・アラフに自信を持っているんだな。
エリック神父がニヤリと笑う。流石に今から告げるセリフには絶
句するんじゃなかろうか。
﹁物差しで測れる人物が、何が法王ですか。全ての信者は平等であ
るべきです。そして教団は今の所戒律を厳しく定めていませんので、
自由意志のもと全ての人がこの戦いには立候補できます̶̶̶﹂
1120
﹁̶̶̶次代の法王を決める祭典の始まりですよ。女神聖祭をここ
に開催する事を宣言します。各自準備をお願いします﹂
エリック神父の言葉に、第一都市の枢機卿の口元が少し痙攣する
のが判った。多分枢機卿らが推薦した人物を競わせるとでも思って
いたんだろうな。
第一都市の枢機卿は、平等がどうのこうの言って特務枢機卿であ
る俺を封じ込めたつもりだったのだろう。逆を突く様に、法王就任
の権利を全ての人に平等だと言って退けた。
半端に神を信じ、それによって生きている物に取って、苦渋を舐
めさせられた結果になっただろうな。自ら墓穴を掘った様なもんだ。
教団内で平等なのに、信者が平等でない筈無いもんな?
教団ゼロ化計画である。
of
Crusade
これはどう転んでも上手く行く様になっている。例え、俺が女神
聖祭の一番の催し物である﹃Battle
rs﹄で敗北してもな。
だが、今回に限り俺の敗北は絶対に無い。
1121
無いったら無いのだ。
これに優勝すれば、正式にクロスたそを譲ってもらえる。
遂に認められるんだ。
待っててねクロスたそ。
俺が勝ち残って法王の座を手に入れたら、絶対結婚するんだ!
1122
枢機卿会議︵後書き︶
of
Crusaders
−1−﹄
一人だけ、雑念を持って枢機卿会議に姿を現している神父様がい
る様ですね。
Battle
さてさて、導入部分も終わりましたし。
﹃女神聖祭
始まりますよ∼
1123
女神聖祭
̶̶̶̶女神聖祭とは。
四半期に行われる豊穣の感謝祭・謝肉祭とは違い国̶̶聖王国ビ
クトリアの事を指す̶̶が動く時、大きい変化を迎える時に行われ
る催しの事である。数ある祭りの中でも、群を抜いて古く、聖王国
が出来た時に行われた女神聖祭が人類史上最も古い催し物と記録に
残っている。
長らく行われなかったこの女神聖祭。
急ピッチで準備をし、RIO時間約一ヶ月程で開催に至る事が出
来た。
一ヶ月で全て各国の人が集結するお祭りの開催だって?
ゲームだから出来た事である。
奔走してくれたセバスチャンには大きくお礼を言わなければなら
あの青年
にも、大きな感謝と神の祝福を。
ないな。そして、セバスに従い彼がログアウトしている時に上手く
纏めてくれた
この世界に住む人や、プレイヤーも巻込んだこのイベントは、ギ
ルド福音の女神とブレンド商会︵アラド公国含む︶、流通国ローロ
イズとの共催になっている。今の教団は第五都市の復旧と枢機卿の
ゴタゴタでそんな余力無いからな。
ローロイズはどこから突っ込んできたんだっけ。そっか、ある特
殊な物をウチのギルドと開発していて、今回それを有効活用するべ
1124
くとかそんな流れで関わって来たんだっけ。あの女王。
協賛してくれたのは、鍛冶の国エレーシオ・魔法都市アーリア・
デヴィスマック連合国・その他諸々である。
ってかさ。
俺は知らなかった事なんだけど、女神聖祭の規模がどんな規模か
判断突くかな?
単純にお祭りってその街や市全体でやる物だと思うじゃんよ。
国を挙げてのお祭りでも、その国の重要都市でやるもんだと俺は
思っていたのだが⋮⋮。
どうやらこの女神聖祭は、中央聖都ビクトリアのみならずにその
回りを取り囲む七つ都市も含めての開催になるんだとか。
流石最古の祭り。
サイコ過ぎだろ。
流石に七つ都市全部使った祭りになるなんて思っても見なかった。
精々中央聖都のみだろうと思ったが、それだけ人類にとって非常に
特別な物らしい。
お陰で第五都市の復旧を任せていたギルドリヴォルブの方々がて
んてこ舞いになっていた。ウチのギルドは開催の準備に追われてい
た物でね。
1125
でも、鍛冶の国から派遣されたドワーフとリヴォルブと独自に繋
がっていた巨人族の方々が建設作業に当たってくれていたお陰で、
見違える程に様変わりしている。
街毎の移動手段も、アラドの走竜車やローロイズの飛竜船を配備。
そして魔法都市からポータルの提供も受けていたりと、様々な国が
優先的に協力してくれたお陰で開催へと至る訳だが。
少し疑問が残った。
エリック神父は今回の開催に対する声明を各国各地で行うべく移
動移動の繰り返しだったのだが、そのついでに始まりの国ジェスア
ルへと開催報告をする為の書類を作っておいてほしいと頼まれた。
随分と懐かしい名前が出たな。
始まりの国ジェスアル。
報告をしに行かなければならないなんて、一体どういう力関係な
んだと疑問に感じたが、俺の脳裏に運営の二文字が過った瞬間考え
るのを止めた。
あまり深く突っ込まない方が良いだろう。経済活動も何もかもプ
レイヤーやこの世界の人々に委ねてもらっているからな。詳しく調
べた所で、返答があるかどうかも判らないし。
いや、この運営だ。
確実に無いだろう。
物のついでに空鯨を一体借り受けて、そのまま私物化できないか
なとエリック神父に依頼してみたのだが、当日帰って来た返事は出
1126
来ないとの事だった。
だがしかし。
公認イベントとしてHPに載せても良いなら一体のレンタルは構
わないと。
まさかの返事来ちゃったよコレ。
そしてこの返事へ了承後に公式HPをチェックしてみると、由々
しき文字で﹃女神聖祭が今⋮始まる﹄と言う告知がなされていた。
アップデート前の前夜祭を楽しんでね。と。
お陰でプレイヤー陣の中では、まさかのアップデートが公式告知
されていると。コレは超巨大アップデートなのではないかと。
そう言った噂がながれ中央聖都の人口密度は加速的に上昇して行
った。アップデートと教団の関係性が疑われ、それを探るべくプレ
イヤー達の多くが教団に入信したんだとか。
やったね。
一杯儲がでるね。
と、言う訳でオリンピックさながらの超大祭が今始まろうとして
いる。
1127
モニター
﹃この放送は、魔法都市とローロイズ、ブレンド商会の協力の元に
制作された映像魔道具によって生放送されています。これを通して
私の声も貴方達に届いているという事ですね。̶̶̶どうも、法王
のエリックです﹄
エリック神父が開催前に挨拶をする。
それほども長くない挨拶だった。
俺が民衆に交じってエリーに手を引かれて出店や人が密集する広
場を人ごみをかき分けて移動していたのだが、メイン広場の上に設
置されたモニターにエリック神父が映った途端に、人ごみの流れが
止まった。
皆一様に画面に釘付けとなる。
もちろん俺も。
そうか、こうして集まった人は外からの人で、エリック神父を見
た事が無い人が多いのか。現法王ってだけで凄いありがたい存在な
んだもんな。
1128
そりゃ釘付けになる。
﹁ありゃ、孤児院に居たおっさんじゃねーか﹂
﹁私はあの人が子供達に釣を教えてる所を見てたから漁師かと思っ
てた﹂
﹁ままあれ! さんたのおじさん!﹂
ぽろぽろと彼と似た人物を見たという声が上がり始める。
あんた、なにやってんだよ。
of
Crusadersを勝ち上がった者は、
ずっこけそうになりながらも、ホクホク顔のエリーに支えられて
持ち直す。
﹃Battle
次代の英雄になる。是非ご参加をお待ちしております。優勝者には
地位でも名誉でも富でも何でも手にする事ができますので﹄
なんてお茶目に言っていた。
お茶目に言っていたが、その内実は時期法王としての器を探す為
であろう。
そんなのどうでも良いから。
俺はクロスたそを認めてほしいのである。
俺は今猛烈に燃えている。
燃えているぞ。
言葉が終わった後に、﹃うああああああおおおおお!!!﹄と国
中から叫び声が上がるのが判った。なんだかんだこの世界の娯楽と
1129
言えば、こういうのしか無いからな。
皆でトトカルチョでもして遊ぶんだろう。
スピードチューナ
﹁師匠! アレデス! 海牛ケバブ!﹂
﹁それもいいけど、俺は大型回遊魚のにぎり寿司が食べたいなぁ。
丁度釣王が生きの良いの水揚げしたから食べに来てって言ってたし﹂
﹁ムカッ! 釣女の話は今シナイ! だって明日から試合ばっかり
でまた急にいなくなっちゃうんデショウ? 確り肉を食べてくだサ
イ!﹂
それもそうか。
ってか本当に生きの良いのを食べたかったらローロイズに直接向
かえばいいしなぁ。体力作りの為に肉食べて備えよう。
﹁ムフフ∼♪﹂
﹁おい、ちょっ! わかったから走るなって!﹂
俺の右手を強引に引っ張りながら、いつもと少し違う水色の服を
ヒラヒラさせて走り出した。
まぁ最近全然構ってなかったしな。
たまにはこういうのもありだろう。
1130
女神聖祭︵後書き︶
補足的な何かを挟みました。
イベント毎ではしっかりエリーがデート権をかっさらっています。
まぁなんだかんだやる事やってんだと。
1131
女神聖祭 Battle of Crusaders −1−︵
前書き︶
難産でした。マジで。
※感想での指摘により一部種族名称を変更しました。
ホビ○ト↓リトルビット
1132
女神聖祭 Battle of Crusaders −1−
サバイバル
膨大な数へと膨れ上がった参戦者は、例によって生き残り戦でふ
るい落とされた。予選を生き残り、本戦トーナメントへと足を踏み
入れた本戦出場者は十六名。
クボヤマ、ジュード=アラフ、ハザード、ユウジン、ロッソ、D
UO、Agimax、Evebirthday、藤十郎、ウィルソ
ード、カリナ、ルーシー・リューシー、ゴーギャン・ストロンド、
アクシール、二三郎、エアレロ。
ハハハ、こりゃ何と言ったもんかな。
知ってるメンツがそこそこいて、逆に知らないメンツもちらほら
と。だが、大体コレはイベント毎になれば勝ち上がって来るメンツ
でもある。
どことなく、ヒエラルキーと言う物がこの世界でも形成されつつ
あるのかもしれないと感じさせる。まぁあればロールプレイ馬鹿野
郎達と、極振り・極論糞野郎だって事だな。
そんな中でもよくよく喰らいついていると思う藤十郎とウィルソ
ードの第二世代。直々に手ほどきしてやった甲斐があると言う物だ。
懐かしのメンバーをそこそこいて、それでいて名前すら聞いた事
無い連中も見受けられる。予選会を見ていたが、ゴーギャン・スト
ロンドと言う男。
ゴツい名前の割にリトルビット族なのである。だが、その膂力は
1133
リトルビット族を凌ぐ程、名前に沿った物だった。恐ろしい。
エアレロってどっかで聞いた事ある名前だな。誰だっけ。
そう言えば一つ気になる事があった。サバイバル予選は合計八回
行われ、その中の上位二名が決勝本戦へと行けるのだけど。
俺が予選で当たった相手は、あの赤髪のロッソだった。
未だ証拠を残さない、凄腕プレイヤーキラーギルド名無しのギル
ドマスターだっけな。とにかく、前回嫌な思いをさせられた相手で
ある。
予選で二人に残っても、一応形式的に戦いは続行される。だがし
かし、赤髪のロッソは﹃おめーとは決勝でやる事にしてんだよ。糞
神父ゥ∼﹄と一言。蛇の視線の様ないやに絡み付く目線を向けた後、
あっさりと場外に去って行ってしまった。
一体何がしたかったのだろうか。
よし、もう一度粛清いや、昇天させてやんよ。
おっとその前に、初戦はウィルソードだったかな。
とりあえず薄皮一枚でボコボコにして勘弁してやろうと思う。
俺がエリック神父にそうされて来た様にね。
1134
﹁あ、お疲れ様﹂
初戦を終え、控え室へと向かっていた俺の耳に、聞き触り妖艶な
女性の声が響く。コレは思わず振り返るよね。
﹁えっと、ルーシーさんでしたっけ?﹂
﹁そうよ。っていうかあんた、エグいわね。とんだ神父様ね﹂
﹁ははは﹂
このとてもフランクな女性は、﹃魔大陸から来た戦乙女﹄̶̶と、
マイクパフォーマンスされていた̶̶ルーシー・リューシーである。
顔と同じ位美しく黄金に輝く金髪がいかにも戦いの象徴であるか
の様になびいている。初見で見た場合はライオンの鬣かと思ってし
まった。
本人も獅子獣人であるそうなので、ライオンで間違いは無いのだ
が。
鬣があるのって雄ライオンじゃなかったっけ?
いや、鬣じゃなくて髪の毛なんだけどね。
ウィルソード
﹁奇剣舞闘士君、貴方の弟子じゃなかったのかしら?﹂
﹁ええ、まぁ私の教え子の一人です﹂
1135
﹁だったらなおさらだわ容赦ないわねぇ⋮⋮まぁ、私達獣人族も、
戦いになれば誰であろうと容赦はしないけど、一回殺して生き返す
様な真似は絶対にしないわ﹂
﹁私も師匠からそうやって教わって来た物でして⋮⋮﹂
﹁人間族はクレイジーだわ!﹂
一体なんで声を掛けて来たのだろうかと思ったら、ただの批評だ
ったのかな。確かに、少し熱が入ってしまったのは否めない。
泣を入れ始めたウィルソードに対して、予測可能回避不可能であ
る即死級の攻撃をお見舞いしてやった。もちろんちゃんとフォルの
力で即死回避したけども、戦闘中喰らいつこうとしない牙を失った
犬には興味ないのだ。
とにかく最善を尽くすべきなのである。
いやホント。足掻かないとこの世界ではすぐ生温ってしまう。
現実世界よりもシビアな環境である筈なのにな。ゲーム的な概念
がまだ抜けてないと見える。ウィルソードよ、そう言う時こそロー
ルプレイなんだ。
﹁まぁ確かに私の師匠は狂っている節がありますけども、ずっと戦
いに生きると言われる獣人族も一つの狂気ですよ。誰しもが心に宿
すものです﹂
﹁私達のは誇りよ! まぁいいわ。彼と貴方じゃレベルが違うもの
ね。次の貴方の戦いっぷりを楽しみにしてるわ﹂
それと。と話を区切ると、金髪美女獅子は俺の手を握りしめ、勝
手に歩き始めた。
1136
﹁ゴーギャンが貴方に合いたがってるの。ゴッドファーザークボヤ
マ、ここの控え室なら信頼できるから少し時間を頂いても良いかし
ら?﹂
声は妖艶なのだが、ニコやかに笑うその表情は純粋無垢な少女の
様だった。俺は手を引かれるままに彼女について行く。
本戦出場者用の控え室はかなり広い。
流石中央聖都ビクトリア。
ゴーギャン・ストロンドは、完璧に整えられたホテル最上階のス
イートルームの様な選手控え室で身体を動かしていた。上半身の肌
着は脱いでおり、小柄な体格からは想像できない程の絞り込まれた
筋肉が露見していた。
身体から少し湯気を立てながら、俺達の入室に気付いた彼は一瞥
すると再び一枚50kgと記されたダンベルを上下させる。
﹁もう⋮⋮ごめんなさいね? 彼、ああなると一段落つくまでずっ
とあのままなんだから。ってまた変な器具が一杯仕入れているわ。
これを運ぶのにどれだけ手間がかかっていると思うのかしらね﹂
リューシーは、俺の方を向くと肩を竦めた。
まぁ気持ちはわかる。トレーニング中は誰だってそう言う物だ。
この闘技場の控え室はかなり手の込んだ作りで、高価な絨毯も敷
1137
かれていた筈だったのだが、彼の部屋はソレが取っ払われ、代わり
に黒いマットの様な物が敷かれていた。
大方、トレーニング用マットだろう。
俺も持ってるし。
豪華な内装に無機質な黒いマット。
ソレに加えて使い方のよくわからないトレーニング器具の様な物
と俺もリアルで良く使用している様な使い方のわかるトレーニング
器具の様な物が並べられており、より一層混沌とした雰囲気を感じ
る。
﹁それにしても、やたら良い素材のマットなんでしょうか? 足音
一つしませんし﹂
それこそ、足と床が打つかる音ではなく、靴と床が擦れる摩擦音
さえ吸収してしまっている様だった。
﹁彼の趣味なのよ﹂
リューシーが言う。
﹁獣人すら涙目になるほどの筋肉馬鹿なのよ。いや、修練中毒者っ
て言ったら良いのかしら。何にせよ、自然と共に有る獣人族からす
れば奇妙な代物だわ。何だったかしら⋮⋮なんとか国じゃぽーね?﹂
﹁違うぞ。科学都市ジャーマインだ。コレ、高かったんだから﹂
一段落ついたらしい。彼女のミスを指摘しながら、上半身裸のリ
トルビット族。ゴーギャン・ストロンドが会話に加わって来る。
1138
﹁彼の国は地理的に魔素がほとんど存在しない。この大陸の連中や
ウチの所は魔素が無い場所に対して神の加護が無いだの見捨てられ
た土地だの口うるさいが、俺は彼等を尊敬しているよ﹂
﹁それは貴方だけでしょ。ゴーギャン﹂
﹁いや、生活の中で魔素を全く必要としないのはお前達獣人族も一
緒だろう? 魔族よりの亜人族である俺よりも、居心地が良さそう
だ﹂
﹁嫌よ。あんな所。自然がほとんど存在しないじゃない、気が滅入
るわよ。それに地面が堅くて足が痛くなりそうだし﹂
﹁それもそうだ﹂
ガハハハと笑いながら。ゴーギャンは先ほどまで使用していたダ
ンベルのプレートを外して隣へと積み重ねて行く。全部で12枚。
彼は片手で300kgを軽々と上下させていた事になる。
化物か。
﹁お待たせして済まなかった。改めて、ゴーギャン。ゴーギャン・
ストロンドだ﹂
﹁クボヤマです﹂
ゴツい手を差し出され、俺は何の疑いも無くその手を握り返した。
その瞬間とてつもない圧が右手にのしかかる。
ブチュッ。と音がして、手が爆発した。
ただ単に、彼が俺の右手を握りつぶしただけであった。だが、ま
るで彼の手の中で爆発が起こっているかの様に飛沫が飛散する。
﹁⋮⋮ッ!?﹂
1139
完全に気が抜けていた。悪い奴じゃ無さそうだと、自分の中で勝
手に思い込んでいただけに過ぎなかったのかもしれない。
即時修復して、戦闘態勢へと̶̶̶
﹁こりゃすげぇ! 本当に不死身なんだな!﹂
悪意
構えた俺とは裏腹に、ゴーギャンは修復した俺の手を見て歓声を
上げた。その表情、目、口調。どれをとっても今の彼からは
と言う物を感じ得なかった。
リューシーの方を向くと、顔を押さえてプルプル震えていた。金
色の髪の毛が逆立って来ている様子に、何やら恐ろしい物を感じる。
﹁貴方ってば!!!!!!!!!!!﹂
﹁茶目っ気だって̶̶ブッ!!﹂
一枚50kgのプレートが、ゴーギャンのこめかみを的確に捉え
る。響いた音は何故か﹃ゴインッ﹄だった。ぶっ飛んだ衝撃は、下
の黒いマットが一切合切吸収してしまう。
ソレよりも、ゴーギャンは良いとして。
リューシー⋮⋮君もそのプレートを軽く玩具の様に扱う事の出来
る側の人間なんだな。
1140
少しショックだったけど。
まぁ、獣人族だし。
白目を剥くゴーギャンと、流石にプレートは止めておいたのか、
素手でボコボコにし続けるリューシーを尻目に。
俺はふと、どうしてここにいるのだろうかと考えを廻らせた。
右手を潰されに来ただけだったのか。
1141
女神聖祭 Battle of Crusaders −1−︵
後書き︶
ゴーギャンは亜人族の中でも魔族寄りの更に特殊なお方です。
多分バトル展開は容易に想像がつくんじゃないかと思いますよ。
何故リトルビット︵小人︶なのか、という所も着目しておくんな
まし。
1142
女神聖祭 Battle of Crusaders −2−︵
前書き︶
※感想でのご指摘を受けて、一部種族名称を変更しました。
※ホビ○ト↓リトルビット
1143
女神聖祭 Battle of Crusaders −2−
ひよ
﹃噂に聞いていた程の人物かどうか知りたくてな。戦いの様子は見
ていた物の、実物を前にするとただの日和った神父様じゃないか?﹄
﹃̶̶̶俺はそんな物には興味ねぇ﹄
﹃おっと、背信者だとか、そういう風にも思わないでほしい。俺も
実際はただ一つ。俺の俺だけの俺の為だけの筋肉様にこの身を捧げ
ているんでな! ガハハッ!﹄
﹃⋮⋮つまり?﹄
﹃ほぅ⋮⋮やっぱりただ者じゃなかったか。現職特務枢機卿そして
次期法王候補よ。俺はお前を見定めに来た﹄
﹃⋮⋮﹄
﹃俺たちゃ混沌の大陸を生きる者だからな? 隣の大陸の情勢が気
になるってもんだよ﹄
﹃⋮⋮わかりました。ですがソレとコレとは話が別です。一発は一
発です﹄
﹃お前意外と強情だな! ますますおもしれぇ! 根本がアイツと
そっくりだぜ!﹄
﹃ちょっとゴッドファーザー! ゴーギャンも! こんな所で本気
1144
になってどうするの!?﹄
﹃おっと、そうだった。こんな所で戦ってもお互い本気は出せねぇ
し。この借りは次の戦いにまで取って置いてくれ。なんせ、次のお
前の相手はこの俺̶̶̶ゴーギャン・ストロンドなんだからな﹄
﹃わかりました。受けた恩は倍にして返しましょう。快く受け取っ
てくださいね?﹄
あの場でのやり取りを思い出す。口調は軽いノリだったが、ゴー
ギャンのその目はまっすぐと俺の芯を見つめていた様に錯覚した。
ただ者じゃない。
ただコレだけが事実として残る。
一体何をしに来たのか。手を潰された事もムカつくが、ソレを押
しのける程に彼の言葉が俺の頭の中を飛び回っていた。
1145
まぁ難しい事を考えても仕方が無い。実際に今日この後、彼と拳
を交えるのだ。その時に自ずと答えが導き出されるだろう⋮⋮。
俺は静かに力を解き放ち大きな控え室を一瞬で満たす。そして、
いつもの様に祈りの体制に入った。
ーーー
彼
を良く知らないもの。けれど、最後の表
﹁しかし、実に良く似ていると思わないか? 彼に﹂
﹁さぁ? 私はその
情には背筋が凍り付いたわ⋮⋮﹂
ゴーギャンは用意されたソファーに座らずに、トレーニング用の
ベンチに腰を落ち着ける。リューシーは未だ立ったまま腕を組みな
1146
がらゴーギャンの問いに答えている。
﹁姿を見ればわかるよ。一度緊張状態に落ち入った獣人族は、完全
に回りの安全が確認できるまで、それを解かないんだったっけな?﹂
・・・・
彼女は立ったまま。座らないのではなく、座れないのだ。
冷や汗を浮かべたまま全身の毛が逆立ち、敏感に辺りの気配を探
り続けている。
﹁⋮⋮はぁ、ダメね。彼の気配が今一層に膨れ上がったわ。コレは
貴方の責任よゴーギャン﹂
彼
を知っているなら、自ずと答えも出ている筈よ?﹂
﹁⋮⋮怒らせちまったかな?﹂
﹁貴方が
﹁それもそうだ。ありゃ表面上は取り繕ってるが、内なる炎は激し
さを増しているだろうな。やっぱ似てるよなぁ!﹂
﹁そんな事より、この後の試合はどうしようかしら。このまま棄権
する訳にも行かないし⋮⋮﹂
リューシーがもう何度目かのため息をつく。
なりわい
﹁戦闘を生業とした獣人族様が棄権だなんて、まさか怖じ気づいた
のか?﹂
ゴーギャンが﹃ガハハ﹄と笑いながら茶々を入れる。だが、そん
な様子とは裏腹に、彼女の瞳は今にも狩ると決めた獲物を仕留めに
入る、獰猛さが浮き彫りになっていた。
﹁棄権なんて馬鹿な真似する訳無いでしょう? 一度こうなったら、
敵を仕留めるまで手加減が出来なくなるのよ﹂
1147
﹁̶̶̶殺さない様にしなくっちゃ﹂
ーーー
﹃さぁ! 注目の本日ラストの戦い! ゴッドファーザークボヤマ
vs魔大陸から来た小さき巨人! ゴーギャン・ストロンドォォオ
オオオ!!﹄
マイクパフォーマンスにて観衆を沸かすのは、第一回公式プレイ
1148
ヤーズイベントの時にも進行役をやっていた方である。始まりの国
ジェスアルから派遣された一人でもある。
ジェスアル=公式︵運営︶という図式がもうとっくに俺の頭の中
では形成されている。もしかしたら運営のプレイヤー。要するにゲ
ームマスターなんかも既にこの世界に溶け込んでいるのかもしれな
い。
いや、確実にそうだろ。
確証はないが、確信はしている。
俺は時間通りにやって来ていたが、ゴーギャンは若干間を置いて
登場した。悠然と歩く姿。その一歩一歩が彼自身の強さを現す様に
重く響いていた。
﹁随分うるさい足音ですね﹂
﹁何だよまだ根に持ってんのかよ?﹂
皮肉を言う。ゴーギャンは軽く受け流すと小言を並べて来る。
むこう
﹁言ったろ? リトルビットの中でも俺は魔族よりの少し特別な奴
だって。まぁ、重さはパワーだ。魔大陸じゃ、俺の足音は有名でな。
敵さんが聞いたら逃げ出すから面倒事が少なくって助かってるぜ?﹂
﹃おおっと!? 開始前から火花が散っている! この二人、過去
に何か因縁が合ったのか!? 一体どうしたというのか!?﹄
俺は進行役の声にかき消される程、小さく息を吐いた。この男、
まっすぐとした目をしているが、どことなく飄々としていて思考が
読み辛い。
1149
見るからにパワーオンリータイプと感じさせるのだが、その飄々
とした余裕が俺に警告する。見た目で判断するなと。
だが俺は心に決めていた事がある。
コイツだけは。
コイツだけは同じ土俵で負かしてやりたい。
﹁お、何だ? 握手か?﹂
﹃おっとクボヤマ! 戦いの前に相手に握手を求めている! なん
と言うスポーツマンシップだ! 戦いの前であっても礼を欠かさな
い! まさにゴッドファーザー! コレこそ神父様の行いなのか∼
∼!?﹄
進行役はそんな事言っているが⋮
んな訳無いだろうが!
俺は握り返して来たゴーギャンの片手を潰す程の勢いで握りしめ
た。
﹁̶̶̶̶おッ!?﹂
自体を察したゴーギャンは一瞬驚いた様な顔をする。だが瞬時に
身構え負けじと握り返して来る。
﹁⋮⋮やるじゃねぇかッ!!!﹂
﹁お互い様ですね﹂
﹁ッチ! 涼しい顔しやがって! ちったぁ歯を食いしばって力を
1150
込めてみろってんだ!﹂
﹁ふむ。そんなに涼しい顔してます?﹂
煽り合いだ。
舌打ちをかましたゴーギャンは、額に青筋を浮かべている。握り
返す右手は、力を込めまくっているのか、膨れ上がっている。
﹃戦いは既に始まっていたああああああああ!!!!!!!!!!
! 何なんだこの戦いは!? おっとぉおお!? 床が陥没してい
る!? この握手に一体どれだけの力が加わっているというんだあ
ああああああ!?﹄
実況の声は俺達二人には到底聞こえない物となっていた。
それにしても、あの時握りつぶされた力の倍は出力を出している
のにあっさりと喰らいついて来る。
クレア
念を入れて聖核を練って置いて正解だった。
今回は放出はしない。
ぶん殴ってどっちが上か判らせてやる。
﹁埒が明かねぇよ!!!﹂
未だ握りしめたまま、ゴーギャンは床に腕を伸ばすと、闘技場の
フィールドとして使われている頑丈なタイル素材の隙間に指を突っ
込んだ。
一枚岩のフィールドではなく、頑丈なドデカいプレートをタイル
の様に敷き詰めてくっ付けたタイプの闘技場であるが故に、こんな
力技が可能なのである。
1151
物理的に人間にこのプレートに穴があく程の握力を持っている奴
なんて居ない筈なのだが、ゴーギャンはあっさりと左手の指を突っ
込む。
ボガッと音がして、握りしめる手にも一層の力が加わったと思っ
たら、目の前に急に壁が出来ていた。
﹃は、剥がしたァァアアアアアアアア!!!!???﹄
ハザードの質量兵器並みのエネルギーを持ったプレートが、押し
寄せる。俺が何の為に試合までの残り時間を祈りに費やしたと思っ
てるんだ。
﹁せいッ!!!!!﹂
﹃クボヤマは冷静だった!!! 上手く勢いを受け流し、巨大なプ
レートを後方へと放り投げた!!! ゴッドファーザーは意外にも
パワーファイターだったのか!?﹄
﹃そんなの最初からだろ!﹄﹃最初から柔術みたいなのと殴り合
いメインの戦い方だったろ!﹄﹃俺はDUOをボコボコにした神父
をこの目で見てんだぞ!﹄と、外野から歓声が上がる。コイツらは
第一回のイベントから見てた奴だな。
﹁おもしれぇ。俺と同じ土俵で勝負してくれんのか? それは意地
か? はたまた優しさか?﹂
ゴーギャンが笑いながら肉薄する。リトルビット族らしい、小回
りの効く短い四肢にて、低い所から抉り込む様に殴り掛かって来る。
1152
そのスピードは踏み込みで地面が抉れる程に化物じみている。
﹁意地ですよ!﹂
﹁ガハハッ! 正直者だな! ますます奴そっくりだぜ!﹂
と俺を殴る寸前、そう言いながらゴーギャンは闘技場の来賓席を
見据えた。身体を捻り一瞬だが狙いを逸らす事に成功する。
伸ばしっぱなしになった彼の右腕を、小脇に抱え首元に腕を廻し、
彼の尖った耳を引きちぎる位の力で握りしめる。そして、自分事彼
の力を利用して後転。
﹁あだだだだっ!!!﹂
耳を千切れんばかりに引っ張られているゴーギャンは、抵抗する
事も無く俺と共に転がり、そのまま足を返して俺がマウントポジシ
ョンを取る。
﹁耳を引きちぎるのはずりぃだろ!﹂
﹁貴方も検討外れな事を言いますね。人の手を不意打ちで握りつぶ
しておいて、自分が嫌な事をされたら文句を言うんですね。いや、
印象を履き違えてました。貴方は飄々としているよりも、ただ屁理
屈に生きているだけだ﹂
ゴーギャンの目の色が一瞬変わった。
そして、マウントポジションに入った俺はひたすら顔面に拳槌を
打つける。
﹃うおおおおおおお!!!! まるで怒れるゴリラの様だ!!!!
ゴッドファーザー!!! 今日は一層猛々しいぞ!!!!﹄
1153
うるせーな!!!!
パウンドしながら進行役を睨みつけようと顔をそらすと、馬乗り
似ちまってる
なんてな。先ずは
になっていたのにも関わらず、強大な力が膨れ上がった様な感覚が
下から広がり弾き飛ばされた。
﹁はぁ。まさかそう言う所まで
詫びよう。俺はお前を侮っていた。子供をあやす様にな﹂
今さっき、彼の筋肉が膨張し、確かに巨人の様な姿を型取ってい
た。
﹁せっかく同じ土俵で争ってんだ。正真正銘、対等に戦おうや。俺
はリトルビットの中でもスプリガンって魔族との混合種だ﹂
1154
女神聖祭 Battle of Crusaders −2−︵
後書き︶
スプリガン。粗暴な妖精族。普段は小人の姿をしているが、戦い
になると巨大化し巨人となりて辺りを灰燼と化す程の魔力を持った
魔族。同族には攻撃しないため、妖精族の守り手とされている。
今は希少種となり、森の奥深くに住まうとされる。妖精種との交
配が可能なのは同種もしくは、歴史的に妖精族の血を引くとされる
小人族のリトルビット、ミゼット、ドワーフのみである。
1155
女神聖祭 Battle of Crusaders −3−
̶̶̶解放。
それは見たまんまだった。スプリガンとの混合種だと名乗ったゴ
ーギャンは、自分の中の魔力を解き放つ。
リトルビットの小さな身体に凝縮されていた筋肉が、その本来の
質量に合わせた大きさへと変貌を遂げた様に思えた。
まさに巨人である。超絶巨大とは行かないが、それでも3メート
ルはゆうに超えるだろうな。
﹁この状態になると、スプリガンの血が騒ぐんだ。̶̶̶手加減は
できねぇぞ? 死んでくれるなよ?﹂
飄々としていた雰囲気から一点。より一層凶暴性を増し、鋭くな
った視線を向けると、巨人とは思えない程の早さで肉薄する。
リトルビットとしての速さを失わずに、コレだけの質量の物体が
高スピードで迫ってきた場合を想像してみる。
ダンプカー以上だ。
いや、電車に跳ねられた時の衝撃の方が近いのかもしれない。
﹁貴方こそ忘れない様に。ただの力だけで物事を制圧できると思っ
1156
たら大間違い他という事を﹂
流石に巨大化してしまった相手に柔術は使い辛い。いや、逆に掛
けやすくなっているのかもしれないが、このスピードを受け流し、
自分の力として利用できるかと言ったら、俺の柔術は達人の域まで
言っている訳じゃない。
簡単に言えば無理だ。
だが、相手が高スピードで、高質量で迫って来たとしても。
いくらでもやりようはある。
身体だけは丈夫に出来てるからな。
﹃クボヤマ! 巨大化し迫り行くゴーギャンにどう対応するのかァ
ッ!? あああっ!? クボヤマいきなりしゃがみ込み、両手を地
に着けた!? こ、これはッ̶̶̶!?﹄
﹁ハッ!!!!!!!!﹂
﹃と、止まったああああああああああ!!!!!!! 流石ゴッド
1157
ファーザー!!! 恐ろしい速度で狭い来るゴーギャン・ストロン
ドをピタリと止めてしまった!!! 一体何が起こったのか!? 激突の瞬間が速過ぎて見えませんでした!!! 二人が止まってい
る場所には大きな地割れが出来ている!!! この衝撃、計り知れ
ません!!! こっちにも爆風の様な物が飛んで来た様に錯覚しま
した!!!!﹄
相変わらず喋りが止まらない野郎だこと。まさしく実況向きと言
う訳だ。
ただいまの様子が、中継カメラを通して、闘技場の上空に空鯨と
共に浮遊している運営から化してもらった巨大モニターにスロー再
生で映し出されていた。
﹃さぁ、問題のシーンデス。うるさい実況に変わってワタシが解説
シマース!﹄
おい、マジか。
聞き覚えのある声が、闘技場に響く。
﹃彼が両手をつけマシタ。ここでストップ。この体勢、何処かで見
た事がありマス。相撲中継デスネ!﹄
﹃そして、スーパースローカメラですらコマ送りにした状況なのデ
スガ、次の瞬間には彼が消えてマス﹄
﹃謎は迷宮入りなのかあああああああああ!?!?!?﹄
﹃イイエ、コレはカメラに写りえない程のスピードで彼が動いた結
果にしかならないのでデス。つまり、ワタシもどういう事か判りま
せん!﹄
漫才でもやってんのかよ。
1158
思わず転びそうになるのを我慢する。
﹁寸分狂わず、俺の突進力を相殺するなんてな。てめぇもとんでも
ねぇ野郎だぜ﹂
﹁キングクラーケンとぶつかり合いをした経験がありますからねッ
!﹂
ガップリ四つのようになった体勢から、そのまま下手投げにて転
がしに掛かる。超絶重たい。身体が巨大化してる分、重心をズラす
のがかなり難しくなっているので、パワーのみになるのだが、先ほ
どのぶつかり合いで思いのほか力を消費してしまったので今ひとつ
決め手にはならなかった。
﹁良くわかんねぇ武術を使いやがって! マジで神父職なのかよ!
?﹂
﹁おぶッ!﹂
頭をわしづかみされ、そのまま押しつぶされる。投げようと踏ん
張っていた体勢だったので、簡単に叩き付けられてしまった。
そして逆にマウントポジションを取り返され、ボコボコと拳を連
続で叩き付けられる。もちろん両腕で顔面はガードしているのだが、
時間が経てば腕ごと粉砕されかねない。
ブレッシング・レイ
ヘブンゲート
神聖なる奔流にて力を放出すれば、彼を消し飛ばす事も可能だ。
むしろ、安全に行くなら天門にて転移すれば良いだけなのであるが、
コイツには身体のぶつかり合いで勝つ必要がある。
プライドから徹底的にボコボコにしてやらなければな。
1159
そう言う訳で、俺はガードしながらこっそり靴を脱いだ。足の指
を少し体操させて柔軟に動く様にする。
そしてマウントポジションを取り、俺を殴り続けているゴーギャ
ンのゴリラの様な背中の毛を、足の指で摘むと一気に引っ張った。
﹁あでぇぇええええええ!!!!!﹂
﹃く、クボヤマ! いつの間にか靴を脱ぎ捨てて裸足でゴーギャン
の背中の体毛を毟り取ったああああああ!!! これは痛いぞ!!
!﹄
実際には背中まで足が届かなかったので、腰付近の体毛なのであ
る。
毟られた部分に手を当てたゴーギャン。攻撃が止んだ。そしてマ
ウントポジションに押さえつけていた部分が浮いて隙間が出来てい
る。
脱出のチャンスである。
俺はゴキブリの様な素早さで、彼の下を這いずり出た。
﹁てめぇ! マジで馬鹿にしてんのか!? マジでキレちまうぜ!
?﹂
﹁戦いってのは生き残ってなんぼ何ですよ。馬鹿弟子にも見習って
ほしいですね。泣を入れるぐらいなら、卑怯な手を使ってでも生き
残って逃げろってね﹂
﹁⋮⋮へぇ。良く知ってんじゃん﹂
﹁同時に貴方の弱点もわかりましたけどね﹂
1160
そう。彼の弱点は、卑怯な所を突かれると、脆く崩れ去ってしま
う所。
故に彼は正々堂々と力で真っ向から勝負を仕掛けて来る。自分の
力を誇示して相手を同じレールに載せてこそ、彼は本領を発揮でき
るのでは無いか。
﹁⋮⋮それがどうしたんだよ。卑怯な手を使っても真っ正面からぶ
ち破ってやるぜ? この俺の筋肉でよ﹂
﹁いや、別に責めてる訳じゃありません。̶̶̶逆に私もそう言う
のは嫌いじゃないですよ?﹂
﹃く、クボヤマが脱いだあああああああああ!?? な、なんだあ
の背中の傷は!? と、いうか意外と絞り込まれている体つき。コ
レが今の神父のトレンドなのか!?!?!?﹄
ゴーギャンに合わせる様に俺もいつも着ている上着とカッターシ
ャツを脱いで上半身裸になる。
実況の近くで﹃キャァー役得デスゥー!﹄と聞こえたが気にしな
い。
﹁どういう事だ?﹂
﹁喧嘩に種族も何も関係無い。って事ですよ﹂
動きを確かめる様に軽く肩を回す。頭の中で俺の急な脱ぎっぷり
にざわめいているモン○ッチー共を無視しながら、ゴーギャンに近
づいて行く。
クレリア
﹁聖域・範囲指定。設定領域内を神聖なる奔流で満たせ﹂
1161
闘技場のバトルフィールドが、今俺達が立っている部分を残して
全て消滅した。この様子を見ていたゴーギャンが目の色を変えて驚
愕する。
﹁⋮⋮何故最初からソレをつかわねぇ⋮⋮?﹂
﹁貴方は正面から殴り倒したかったからですよ﹂
﹁まだ根に持ってんのかよ! マジでしぶとい野郎だな!﹂
長方形に残された小さなフィールド上で、俺達二人はニヤッと笑
った。
﹁あーあ。どうすんだこれ?﹂
・・
そう言いながらゴーギャンは巨大化を止めて小さくなって行く。
・・
﹁貴方もよく理解なさっているようで⋮。気絶して倒れた方が場外
負けですよ!﹂
﹁勘違いすんなよ。せっかくお前が真っ正面から殴りに来てんだ。
俺もてめぇのツラを殴りやすくする為だよ。あとな、コレは本気の
中の本気なんだぜ?﹂
ゴーギャンも本筋を感じ取っている様だった。予測だが、巨体化
は、スプリガンの血に従い、純粋な魔力とパワーを増大させる様な
物なのだろう。
だがこの戦いは違う。場外に倒れた方が負けなのである。
ゴーギャンの土俵に上がっている様に見せかけて、実際は俺の土
1162
俵なのだ。どれだけ身体が痛み付けられても、気絶しなければ、参
ったと言わなければ負けは無い。
そして俺は圧倒的なマインド値。
いや、精神力の塊と言える程の人間だ。
それに対抗する様に、ゴーギャンもリトルビットとしての本来の
身体に戻ったのである。だが、本気中の本気と言っていた。
もしかしたらスプリガンとしての凶暴性も兼ね備えているのかも
しれないな。リトルビットは自由を求めて旅をする。そして誰より
もその心は縛られない。
小さき種族故に、困難もより一層多くある。だが、それに打ち勝
つ程の心を持ち、おとぎ話や酒の会話に出る程に繁栄した種族なの
である。
ドワーフは頑固で。
ミゼットは柔和で。
リトルビットは自由なのである。
その精神も。
ゴッ!
1163
俺達は同時に殴り合った。
お互いが戦い方を判っている風に、お互いの拳を避けずに、構わ
ずに殴り続ける。
̶̶̶彼の拳の一発一発が重たい。
̶̶̶コイツの拳は妙に効きやがる。
̶̶̶響く様に俺にダメージを重ねる。
̶̶̶この痛み、懐かしいぜ。
̶̶̶確かな意思がそこに宿っているのを感じる。
̶̶̶真っ直ぐな目をしてやがるなぁ⋮。
̶̶̶̶̶̶本物だ。
1164
﹃殴り合いデスマッチ!! 最後まで立っていた勝者は̶̶̶̶̶
̶クボヤマあああああああああああああ!!!!!!!!﹄
1165
女神聖祭 Battle of Crusaders −3−︵
後書き︶
こんな展開じゃなかったんです。
なんかもっとクボヤマが最強必殺技を使ってそのままゴーギャン
がぎゃあああって負ける予定だったんです。
どこからこうなった?
1166
女神聖祭 Battle of Crusaders −4−
﹁いやーッ! 久々に負けたって感じがするぜッ!﹂
腹筋用のトレーニングベンチに座り、ゴーギャン・ストロンドは
白濁色の飲み物にてゴクゴクと喉を潤しながら吸収性の高そうな布
で汗を拭う。
場所は戻って、再びゴーギャンの控え室に呼ばれていた。例によ
ってルーシー・リューシーも甲斐甲斐しく彼にスポーツドリンクの
様な物を供給している。
何なんだろうな、あの液体。
プロテインを混ぜたスポーツドリンクなのだろうか?
︵粉タイプのポ○リ?︶
﹁ん? これか? コレは身体に必要なエネルギーを簡単に補給で
きる最新式の飲み物﹃アーミープロテインドリンク﹄だぜ。セント
ウカンパニーが独自に育てているパワービーンズの粉末から出来て
るらしいぜ﹂
要するに豆の粉。
スポーツドリンク以外にも、彼の足下には様々な食べ物が乗っか
った皿が用意されている。先ほどの戦いで消耗してしまったエネル
ギーを補給する様に、彼はそのアーミープロテインドリンクをガブ
飲みし、いかにもカロリーの多そうな食べ物を馬鹿食いしている。
1167
科学都市ジャーマインか。興味がわいた。
ウチが開発しているであろう魔道具よりも最新鋭の技術が向こう
に隠されているのかもしれないな。
話がそれたが、ここへ呼ばれた理由はゴーギャンから重要な話が
あると聞かされていたからだった。
﹁ここなら、特殊マットで音の振動が外部に漏れない。そしてルー
シーも居るからな。外への気配探知だった獣人の感覚程頼れる物は
無いぞ?﹂
﹁追加で。話の内容も何やらきな臭いですし結界でも張っておきま
しょうか﹂
クレリア
俺は聖域を発動する。
全てを浄化させる程の清い力がこの部屋を覆う。
﹁ほう﹂
﹁こ、これは⋮⋮凄いわね。戦いの前の気配以上だわ⋮⋮﹂
眉を潜めるゴーギャンと、何か納得のいかない様な表情を浮かべ
るルーシー。
﹁大方予想はついていますよ。邪神教関連でしょう?﹂
ニコリと微笑む。
その俺の表情を見て、ゴーギャンも口の端をニヤリを動かした。
1168
ーーー
ハザードは額から冷や汗を垂れ流していた。
︵些か相性が悪過ぎるよな。友よ︶
︵全くだ︶
お前と同化したお陰だけどな。と、ハザードは付け加える。
二回戦で打つかった相手は、神父の対抗馬として充てがわれてい
るジュード=アラフという人物である。
前情報は何も無かった分、一回戦の様子を思い出して頭を整理す
る。
神聖魔法を振るう至って普通の神官の様な戦い方だった。
1169
リアルスキンモードプレイヤー
︵だが、神聖魔法にあそこまでの破壊力を持たせる事は、並大抵の
実力じゃ不可能だぞ?︶
︵判ってる。問題はアイツがRSMPなのかどうかだ。未だ一言も
発してないからな。気味の悪い奴だ︶
︵お前も大概だな⋮︶
賢人の紋様が魔人の紋様へと変質してしまった事が、ここへ着て
ディーテ
裏目となっている。賢人としての資質も備えつつ、魂核レベルで同
化した悪魔大王の力も備えている。
それ故に神聖魔法が弱点なのだった。
つい
一撃一撃が身を削る様な攻撃と化す。
ドワーフ
﹁ディメンション・炭坑族の槌﹂
リージュア
賢鳥に乗って制空権を取りつつ、上から質量攻撃へと移る。悪魔
の力を使った攻撃は、無意味だった。
こういう手合いには無属性の質量攻撃を高所から叩き付けるに限
る。いや、普通は全てがそれで終わってしまう程の脅威であるのが
だ、一つ段階を超えた物はそれすら容易く凌駕して来るのである。
つい
いつだかのイベントにて闘技場を槌や石柱だらけにした様に、埋
め尽くす程の質量を打つける。宛ら、神の雷の様に思える。
1170
﹁人々の祈りは、神へと届くのか? ̶̶̶それは、是﹂
枢機卿会議の時から今の今まで無口を貫いていたジュード=アラ
フが、初めて口を開いた。
﹁私の祈りは届いたようだ﹂
̶̶̶彼は立っていた。
雨霰の様に降り注いだ質量兵器の中で、彼は一歩たりとも動く事
無く、ただ立っていたのである。
そして、その瞳には十字架が深く輝いていた。
1171
︵友よ。一体あれは何者だ?︶
︵こっちのセリフだ︶
おかしい。
狙いを定めだ筈だった。
リージュア
賢鳥からの投擲は、もう何度も繰り返している分、狙いを外す事
は滅多に無い。そして、例え相手が回避して外したとしても、回避
先を予測し逃げ場を無くす程の質量を叩き付けたのに。
相手は一歩も動いていない。
﹁奇跡か?﹂
思わず口から零れてしまった言葉だった。
﹁̶̶̶それは是。貴方は確かに私を狙っていた。だが、当たらな
かった﹂
ハザードが口を開くのを判っていたかの様に、独特の喋り方で告
げるジュード=アラフ。
悠然とした仕草で、彼が胸から取り出したのは一冊の聖書。ボロ
ボロになったその聖書は、彼の手の中でパラパラとページを勝手に
捲り続ける。
1172
﹁神の奇跡に前には、いかなる現象もその副産物と化す﹂
彼は続ける。
﹁過ぎたる物に、罪と罰を̶̶̶﹂
その瞬間、闘技場を埋め尽くしていた石柱と槌は、まるで長い年
月に晒され、風化した様にぼろぼろと朽ち果てて消えて行った。
広々と綺麗になった闘技場の中心に立つジュード=アラフは上空
に居るハザードを見上げる。
その十字架の刻まれた瞳がハザードを射抜いた瞬間、ハザードの
中でドクンと心を見通されている様な感覚に落ち入った。
リージュア
︵属性的に賢鳥じゃ不味そうだ︶
アドロイ
︵どうするんだ? 魔紋も仕えんぞ?︶
サモン
﹁こうするんだ。召喚・白像﹂
よくわからんが、神聖的な属性を持つ相手だ。無属性のままでは
マズいだろうという訳で、自分の持つ手札の中でも一番聖属性っぽ
い物を召喚する。
遥か昔を生きる巨象を倒し得た仲間だった。
エンシャントヒュージ
神父の話によれば、太古の巨象・レッサーは太古の神次代を悠々
と生きた動物だったそうだ。嘘くさいが神の国と呼ばれる場所に行
って帰って来た神父が行ってるんだからそうなんだろうな。
1173
︵神時代を生きる物の召喚物ならば対抗できる筈だ︶
︵こんなの持ってたんだな。でも、出してどうするんだ?︶
︵数で有利になってる。そして̶̶̶︶
﹁占眼発動﹂
占い師対神官の戦いが今、始まる。
チカラ
﹁一介の占い師に、その召喚は過ぎてるのでは? ̶̶̶それは、
否。賢人であるが故か。だが、私も神官であるが故、神と共にある。
̶̶̶それは、是﹂
アドロイ
巨大な白象の突進を身体を一歩動かす事によって難なく躱す。そ
の様子に白象は悔しそうな咆哮を上げる。
アドロイ
惜しいな。とハザードはその様子を見て歯噛みする。だが戦術は
間違って居なかった。白象でなければ、ジュード=アラフはその場
を一歩たりとも動いたりしなかったであろう。
同じ属性同士が干渉し合うと言う推論が正解した様だった。
︵ほら、早くしないとあの白象の保有魔力が無くなって消えちまう
ぞ︶
︵何も出来ない奴が口を出すな︶
︵口だけは出せるんだから、出してるんだろう?︶
実際、ディーテが言うのは至極真っ当な事だ。占眼を使うと、そ
の他に魔力を使用できなくなる。故に召喚の際、多めに魔力を明け
渡して、それを消費してもらう事で対策している訳だが。
1174
この方法は、召喚魔術の域を超えて少し無理矢理行っている様な
物だから。保有してもらってる召喚魔力を消費し尽くしてもらう程、
長く持つ訳でもなかった。
﹁アドロイ! そのまま体当たりを続けろ!﹂
白象を避ける事に手を尽くしているジュード=アラフを占眼で見
据える。そして先を読み、確実に勝てる一手を打つのみだった。
﹁̶̶̶̶̶̶?﹂
1175
気付けば両膝を突いて呆然としていた。
︵何が起きた?︶
︵友よ、今すぐその先を見通す目を閉じろ!!!!︶
アドロイ
心の中でディーテが叫ぶ。
だが、いつの間にか白象は消えており、眼前にはジュード=アラ
フが立っていた。
﹁先を見通すとは、神の如き力? ̶̶̶それは、否﹂
﹁それは、似て非なるものであって。人の境地であり、本質は全く
別の物なようだ﹂
﹁人でいてその努力、全く持って素晴らしき﹂
﹁だが魔に落ちてしまった事、由々しくはあるが、それもまた人﹂
俺は一体、何を見たのか。
ハザードは心の中で反芻する。
ディーテ
相棒の声はもう聞こえなくなっていた。
聞こえるのは目の前に立つジュード=アラフの言葉のみ。
1176
﹁神の目は等しく我らを見つめているのか? ̶̶̶それは、否﹂
︵ハザード!!!! 我が友よ!!!!︶
ディーテの声が、心に響く。ギリギリの所で魂から切り離されか
けていたハザードの意識が再び元に戻った。
賢人としての思考力が僅かコンマ数秒で、今の状況を整理する。
これは敗北確定である。魔人としての力も押さえ込まれている状
況なのだ。
だったら話は早い。
1177
俺には仲間が居る。
ゴッドファーザーと呼ばれる逝かれた神父が居る。
自分のやるべき事を見いだしたハザードは、魂を振るい上がらせ
て占眼の解放を全開にした。魔人としての力が押さえつけられてい
る状況で、運良くそれは、一瞬ではあるが魔人としての力を得て変
質した魔眼へと切り替わる。人の領域を超えて先を見据えるだけで
はなく、万物の動きを見据えるに至った。
﹁届かない光は必ずある。そこに光を伝えるのが我らの役目。貴方
の業は幾重にも重なっているようだ。珍しい。今一度清算するべき
であろう̶̶﹂
﹁̶̶̶神の名の下に﹂
そら
まるで物語を諳んじる様だった。さらさらと読み上げ祈るジュー
ド=アラフの姿は、まるで懺悔を聞く神父様の様。
1178
ハザードは、目の前に立つ一人の神父に仲間である神父とはまた
違った部類の強さの本質を感じる。切り替わった魔眼が、彼の瞳の
奥深くで笑う翼を持ち盾を槍を掲げた天然パーマの男を捉える。
そして、そのまま天から振り下ろされた雷によって消滅した。
ーーー
ハザードの敗北は、ギルド内でも多くの波紋を呼ぶだろう。
特に俺の中で。
安定して勝ち星を上げて来た筈のハザードがあっさりと負けてし
まった光景を、ゴーギャンの控え室で三人で見ていたのだ。
1179
試合後のモニターに映るジュード=アラフの余裕の顔を見て息を
呑む。
﹁様々な魔術を杖で操って、お陰に古代魔法の域に差し掛かってる
時空魔法の一つまで戦闘に仕えるレベルの手合いが、一介の神父に
負けるなんて初耳だわ﹂
﹁いや、俺は知ってるぞ。立った今敗北した彼が賢人だと世界に認
められている事をな⋮⋮﹂
どうやら息を呑んで見守っていたのは俺だけじゃなかったらしい。
ルーシーもゴーギャンにも、ハザードの実力は海を越えて伝わって
いたらしく⋮⋮いや、一回戦で無双してた姿を見ていたからかな。
二人揃ってこの結末に愕然とした何かを感じている様だった。
﹁どうやら、相性が悪かった様ですね﹂
﹁相性だ? そんなもんねぇだろ?﹂
ポロッと出た一言に、ゴーギャンが茶々を入れて来る。
デモンズオース
﹁彼は以前私を救う為に冥界でベヒモスと対峙した時、悪魔降臨を
使用して悪魔大王ディーテと魂核レベルで融合したんですよ﹂
﹁﹁はあああああああ!?!!??﹂﹂
耳を劈く様な高い声と低い声である。
オクターブユニゾンを果たしていそうだ。
1180
﹁ふぅ、落ち着いた。なるほどな。魔属性も身体に宿していた分、
相性が最悪になった形だったんだな﹂
﹁ええ、下手に賢人の力も半分混ざってますから。表裏一体の属性
にも関わらず、魔人としての攻撃性が発揮されなかったのも原因で
しょう﹂
﹁クレイジーだわ! やっぱり人間ってクレイジーよ!! ってか
ゴッドファーザー! 貴方の回りには逝かれた野郎共いないの!?﹂
﹁ハハハ、そんなことありませんよ﹂
メス
女共も立派に逝かれてますよ。
ええ、まったく。
﹁でも、あくまでイベント。死ぬ訳ではありませんから﹂
﹁それもそうだ。賢人の彼も大健闘したって事にしておこう﹂
そう言う事だ。
確かに彼の敗北にはびっくりしたが、よくよく考えてみれば。今
日一日デスペナルティを喰らうのみで、此方の戦力にはそれほど影
響は無いと見た。
﹁⋮⋮問題は、敵と味方の判別が未だついてないこの状況でしょう﹂
﹁俺達は魔大陸側のもんだから、てめぇらの状況は全く判らんぞ。
こっちの状況はあらかた伝えたしな﹂
﹁私も立場が色々ありますので﹂
﹁そりゃ難儀だな﹂
お互いため息をつく。ゴーギャンの溜息は呆れていた様にも見え
るが、実際俺だって呆れたいよ。
﹁どちらにせよ。敵は中にも外にも居ます。ジュード=アラフ。彼
1181
が自分の本業を確り理解している真人間である事を願うばかりです
よ﹂
1182
女神聖祭 Battle of Crusaders −4−︵
後書き︶
クボヤマ﹁本物っぽいのがでた。遂に﹂
1183
女神聖祭 Battle of Crusaders −5−
このままジュード=アラフが順調に勝ち上がれば、決勝で俺と対
戦する。準決勝の対戦相手が発表されているモニターを見ながら俺
は自分の控え室にて紅茶を啜る。
もちろん、いつもの紅茶な。
準決勝戦相手であるDUOは、最早頭の片隅に放り捨てられてい
る様な状態だった。それだけ、俺の注目はジュード=アラフとその
対戦相手アクシールへと向けられていたからだ。
ゴーギャンらから寄せられた情報は、懐かしき山田アランからの
物だった。
RSMPはリア
。現実で交友関係のあるユウジンや、常
一応お互いの連絡先は交換した物の、基本的に
ルで連絡を取り合わない
日頃からプレイしている常勤メンバー達をのぞけば、プレイヤー同
異世界
の様
士の係わり合いに置いて現実世界の物事を出す事は御法度となって
いる。
それで良いのかMMO。
でもまぁ、そんなもんか。
リアルスキンモードプレイヤーは、皆一様にこの
なゲームの中を思い思いに楽しんでいるのである。
流通状況や最近この世界が便利になって来ているのも、それは大
1184
体リアルスキンモードプレイヤーのお陰だ。各々専門知識を持った
プレイヤーがいたり、それがこのゲームの中の人々と手を組むと恐
ろしい程に発展する。
話が蛇足してしまったな。
山田アラン︵俺達はやまんと読んでいる︶からの情報を一言で言
うと﹃水色の長髪の女には気をつけろ﹄だった。
メッセンジャー
そのくらいテレパスで念話してほしかったのだが、やまんは未だ
テレパスを習得していない状況が目に浮かぶ。今度通信用魔道具を
彼にプレゼントしてあげよう。
魔大陸での情報収集と邪神勢力の境界線を見張っていたやまんは、
俺と同じく邪将の一人と対峙し、一瞬で敗北したらしい。当時の彼
の実力を省みると邪将を相手取るのは少し無理があるだろうな。
まったく、内部の問題も山積みな訳だが、ここへ来て邪神勢が素
晴らしく邪魔に思えて来る。
こないだ魔王が来たばっかりだろうが。
もうちょっと待ってからくれば良いでしょ邪将。
そもそも、魔大陸から出場している選手で、水色の長髪を持った
女性は一人も居ない。魔大陸から参戦し、決勝トーナメントまで残
った選手はゴーギャン・ストロンド、ルーシー・リューシー、アク
シールの三人。
その中で女性はルーシーとアクシールだった。共に金髪と黒髪。
そしてボンキュッボンである。
1185
何となく怪しく感じるのがアクシール。だが、俺もゴーギャン達
もこの女に関してはノーマークだった。彼女は一回戦で赤髪のロッ
ソを下し、二回戦は急な用事で参加できなくなったユウジンとの不
戦勝だったのだ。
俺は、唯一試合として行われた赤髪のロッソとの試合。ぶっちゃ
け興味なさ過ぎて見てなかった。ゴーギャンもトレーニングに集中
し過ぎて全く見てなかったし、ルーシーもそんなゴーギャンに世話
を焼いて気にしていなかったんだと。
アクシール、謎率急上昇である。
あやしい、とんでもなく怪しい。
だがしかし、大会運営側からすれば一度出場を決めた選手を怪し
いので降ろして調べ直すなんて恥ずかしい事は出来ないだろう。こ
の大会への出場はそれだけ綿密な審査があったのだ。
一先ず試合を全部見て研究してそうなバトルホリック野郎にジュ
ード=アラフとアクシールの様子を聞く事にする。もうそろそろハ
ザードも来る筈だし。
︵クボ、世界の時間が止まったのを確認したの。思考は停止から逃
れたけれど、クレアちゃんは耐えきれなかったみたい︶
頭の中にフォルの声が聞こえる。
視界の端に俺の次の対戦相手が立っていた。
﹁久しぶりだな﹂
︵ハロ∼愛しの彼はどうしてますか∼?︶
1186
トーンの低い声の後から、茶化す様な独特の声が聞こえて来る。
﹁あの、時間停止を乱用するのは自粛してくれません?﹂
﹁時間停止じゃない。ザ・ワ○ルドだ﹂
いや、そうじゃねぇよ。
︵この演出をする為にわざわざ扉の手前でスタンバってました︶
﹁おい、言うなよ!﹂
なんだこの二人、何しに来たんだ?
心の中でぼやいた筈なのに表情には確り出ていた様で、DUOが
コホンと席を一つして喋り出した。
﹁サタンと戦ったんだってな?﹂
何を喋り出すかと思えば、意外と最近の出来事でもかなり心にガ
ツンと来た出来事の話だったので、一瞬だけ返事に間があいてしま
った。その間を埋める様に一口紅茶を啜る。
﹁̶̶どこでそれを?﹂
﹁そんな事はどうでも良い。神父、貴様は奴を倒したのか?﹂
どうでも良いのかい。
そう言えば元からこんな奴だったな。さっきからこっちの話を少
しも聞いてもらえないこの状況に溜息がでる。
﹁負けましたよ。それも法王エリックと共に戦っている状況で﹂
1187
短く簡潔に告げた事実、DUOの眉間に一瞬だけ力が籠る。その
一言で状況をある程度読み取ったのか、サマエルが口を開く。
セントリーガル
︵法定聖圏はどうしたの? アレがある限り、彼は負けない筈じゃ
ない?︶
﹁それ故の、この女神聖祭ですよ﹂
︵⋮⋮ふ∼ン。彼も色々あったのね︶
サマエルは何かを知っている。含む様な言葉遣いからそれを感じ
る。それはDUOも同じだったのか、ムッとした表情はそのまま、
いつもの言葉を打つける様な口調で尋ねる。
﹁おいサマエル。お前何か知っ̶̶﹂
﹁待たせたな神父⋮⋮ッ!?﹂
微妙なタイミングでバトルホリック野郎事ハザードの入場である。
ジュード=アラフとの戦闘の際に負ったペナルティを抱えているの
か、彼はいつもの背中のリュックへと乱雑に突き刺してある杖の一
本にて身体を支えながら。
そして、DUOを視界に入れるや否や、全身の五感を引き締めて
すぐさま戦闘態勢を取る。赤く鈍く目は、魔紋まで使用している様
子が伺える。
どうやら本気の様だ。
﹁何故ここに居る﹂
﹁何だお前、いつかの中途半端野郎か﹂
1188
DUOは振り向かずに言い放つ。それが自分を遥か下に見ている
と感じたのか、ハザードは獰猛な獣の目つきでDUOに襲いかかっ
た。まるでプレイヤーズイベントでの雪辱を晴らすかの様に。
﹁止めなさい﹂
ヘブンゲート
ハザードが間を一瞬で詰める程の速度で肉薄し、それにあわせる
クレリア
様にDUOの腕に力が入った瞬間、俺は天門にて間に入りハザード
とDUOの腕を掴み静止する。
﹁邪魔をするな﹂
﹁向かって来るのは構わんが、迎撃だけはさせてもらうぞ﹂
まるで駄々っ子の様に力を込めるハザード。
と、挑発する様なDUOの言動。
もうね、子供かと。
そう言う子達には鉄拳制裁。
﹂
再び時を止められたら困るので早めに対策を取っておく為に聖域
この部屋では止めなさい
を展開する。そして一言。
﹁
目線をキツくすると、ハザードは何か言いたげに口をモゴモゴと
動かして鼻息を大きくついた後、まるで悪い事をした後の犬の様に
後ろに下がってしまった。
俺が掴んだDUOの腕もシュウシュウと音を立てて焼け爛れ始め
ている。彼は目で放せと訴えかけていた。喧嘩両成敗である。
1189
調度品いくらすると思ってんだ。
詳細な金額は実際知らないけど、かなりすると思うよ?
︵友よ。怒りに呑まれるな。そして̶̶̶̶久しぶりだな、我が友
よ︶
︵DUO。どのみちこの空間じゃ貴方に供給できる能力はたかが知
れてますよ? そして̶̶̶̶久しぶり、我が友よ︶
現在三人しか居ないこの空間にハザードともDUOとも違う声が
響く。悪魔達である。二人の悪魔は、懐かしむ様な慈しむな声色に
て互いを友と呼び合った。
︵わぁ∼、ディーテさんハローなの!︶
︵お、お久しぶりなのでしゅ!︶
︵うむ、こうして話すのも久しいな。色々な友に会えて今日は良き
日だ︶
︵なに耄碌ぶってるんですか貴方。ってクボヤマ貴方、そのかわい
子ちゃん達は⋮⋮なるほどね。ってますます彼に似て来たじゃない
の∼!︶
︵あ、新しい人なの! よろしくなのです!︶
︵よ、よろしくでしゅ!︶
︵あらま∼! 可愛いですね! 食べちゃいたいくらい!︶
﹁﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂﹂
ディーテの出現にテンションが上がって勝手に出て来たフォルと
クレア。こいつらの絡みは最早爺と孫なのである。それに違和感無
く混ざるサマエル。
1190
先ほどまでの剣呑としていた雰囲気から一遍。ガラッと変わって
しまった空気感について行けない俺達は三人仲良く溜息を大きくつ
いた。
お互い苦労してるんだな。
何となく判るよ。
1191
女神聖祭 Battle of Crusaders −5−︵
後書き︶
捕捉。
前回のプレイヤーズイベントでは、DUOはクボヤマに勝つ事し
か頭に無かったのと、勝利を味わいそのまま団体戦なのに引っ込ん
でしまったので、最後まで善戦したハザードの事を覚えていません
でした。
神父視点なので描写がかなり抜ける部分がありますが、補足説明
というよりも、書き足しをちょいちょい後書きにてやって行こうと
思います。
1192
女神聖祭 Battle of Crusaders −6−
セントリーガル
﹁法定聖圏は、今機能していません。各都市の結界は機能していま
すが、肝心の法王エリックへのダメージがどうしようもないからで
す。肝心の法定聖圏も、魔王サタンの策略によって破壊されてしま
いました﹂
︵エリックは大丈夫ですか!?︶
本題に入った所で、サマエルが焦った様に口を挟む。あまりにも
声が大き過ぎたのか、DUOの顔がかなり険しくなっている。
﹁大分回復していますが、この責任を取って彼は法王の地位を返上
する様です。そのお陰で此方は大変ですよ⋮﹂
ポープスローン
法王位選を含めたこの大会の運営。
それに対して邪神の勢力が入り込んでいるなんてね。
﹁いや、運営してるのは執事のセバスだろ﹂
溜息をついた所でハザードからの茶々が入る。一瞬息が詰まるが、
どうにか吐き切って話を進める事にする。
﹁私の話は良いんです。肝心なのは貴方達からのお話ですからね﹂
そう言うと、とことん打つかり合う二人は同時に声を上げた。
﹁アクシールは危険だ﹂
1193
﹁ジュード=アラフは危険だ﹂
声が被ったが確り聞き取れているので、あんまり喧嘩しないでく
れ二人とも。互いに睨み合いながらメンチを切り合う二人にもうど
ういう顔をしたら良いか判らなくなってきた。
﹁俺が先だ﹂
﹁俺だ﹂
そんな二人を尻目に、仲の良さそうな中の人達が勝手に話し始め
る。
︵相変わらずなんだからDUOも⋮⋮私が先に話でも良いですか?︶
︵うむ、譲ろう︶
普逆じゃないですかね。昔の因縁とかさ、ゲームのストーリー的
にそういう風な感じが主だったと思うんだが。
︵これは私が感じた事なんですが、あのアクシールという女。臭う
存在
んですよ。きな臭さとかそんなもんじゃなくて、邪の掃き溜めに居
た様な、ジャリガキ魔王とそっくりの匂いがね︶
﹁魔王サタンの息のかかった物だと言う事ですか?﹂
︵そう。時を司る悪魔である私だからこそ、巧妙に隠された
を感じ取る事が出来る訳です︶
﹁と、言うか。何故貴方達がそれを私に報告しに来たんですか? わざわざ時を止めてまで⋮⋮﹂
気がかりだった部分でもある。確かに何度も戦っているが、それ
で俺達が仲良くなったとか認め合ったとか言う事実は存在しない。
1194
互いにゲームを全力で楽しむという根底はあるかと思うが、家は
家で余所は余所を地でいく様な人達である。彼等の居るギルドもな。
︵貴方の気持ちも判るけど、今回はたまたま目的が重なっただけね。
彼も気になっていたみたいよ。自分が完膚なきまでに敗北した魔王
相手に迎撃戦を繰り広げた貴方が︶
﹁結果は負けてしまいましたけどね﹂
︵魔王は面倒事は避ける癖がありますからね、負ける事はしなくて
も長引くと思わせた事は相当な物ですよ。誇って良いです、ええ︶
DUOもどうやら個人的に動き回っていて、俺が魔王と対峙する
前に一戦交えていたようだ。自ずと荒野とかした第五都市への道中
で魔王と対峙した時を思い出す。
彼の言葉の端に、どことなく俺達プレイヤーの存在を知っていた
のは、DUOと戦っていたからだったのか。
敗北したDUOは、戦いの情報を聞き出す為に俺の元を訪れ、大
会の運営たる俺に魔王の匂いを漂わせるアクシールの情報を聞き出
そうとしていたらしい。
﹁なるほど、わかりました。それで、ハザードの方は⋮⋮?﹂
︵友よ、過去を気にするのはいかんぞ。まぁ戦いの全容は我が語ろ
う︶
どうもDUOが気になるハザードである。彼に変わってディーテ
が話し始める。
︵今回の重要人物の一人だったかな? 今回我らが敗北したジュー
ド=アラフと言う人物は︶
1195
﹁そうです、彼は法王候補として約半数の枢機卿の推薦を受けエン
トリーしています。エリック神父も彼の目には危険視している様で
した。実際戦ってみてどうでした?﹂
﹃奇妙だった﹄
ハザードも向き直り、一緒に発言した。ハザードの声帯を使って
発音するディーテの声は少し特殊になる。声色は一緒なのが、雰囲
気や質が全くハザードと違うからな。ダブって聞こえる。
﹁俺の攻撃方法は知ってるよな?﹂
﹁ええ﹂
高所からの質量兵器とワイズ・デバイス。手っ取り早いので最近
はその攻撃方法しか見てないが、本来ならば様々な属性武器を利用
した魔術、剣術展開にて無限の攻撃方法を持つハザードである。
才能をまるっきり持たない彼だからこそ人一倍努力し、その過程
も俺は見て来ている。だからこそ、彼はパーティの中でもほぼトッ
プの戦績を誇っている。
俺とユウジンなんて基本的に趣味に生きてるし、高確立負ける事
が多いからな。
﹁だったら俺が全力で高所からの質量攻撃をバトルステージ全域に
行ったとする。避ける事は可能か? 迎撃方法も一緒に答えるんだ﹂
ハザードにしては珍しく饒舌だ。まるで自分の攻撃の絶対性を確
かめる様なものぐさ。
﹁避ける事は不可能でしょう。迎撃は可能ですが﹂
1196
﹁だろうな? ̶̶だが、奴は立っていたんだよ。それも、まった
く微動だにしないでな﹂
モニターから見ていた風景が蘇る。確かに、彼はあの攻撃の中立
っていた。我が目を疑ったが、どうにか辛うじて迎撃し、避けた物
だとばかり思っていたのだが。
﹁攻撃が当たる直前、奴は神に祈ったんだよ。神頼みであの攻撃が
避けれるとでも? こんなふざけた話があるか!﹂
興奮したハザードが、身体を支えていた杖を床に打ち付ける。
﹁自分でも信じれないが、あれは奇跡の類いだ。神父、奴はあんた
に限りなく近い力をその身に宿している﹂
︵それについてだが、彼は攻撃もしくは防御する際に祈る様な仕草
をする。その時、その瞳には十字架が宿る。そしてその目はまるで
中に存在する我をも見通しているかの様だった︶
﹃やられる直前。俺の︵我の︶魔眼がある物を映し出した。̶̶盾
と槍を掲げた大柄の天使の姿を﹄
話を聞く限り。ジュード=アラフは、神に祈る様にして戦ってい
たらしい。まさにホンマモンのエクソシストみたいじゃないか。モ
ニター越しに見ていた様子に対してハザードが捕捉して行く。
1197
﹃奴は奇跡を扱うぞ﹄
ハザードの一言には、説得力がある。
そして、ジュード=アラフ。彼への謎は深まるばかりである。今
更ながら、教団の反対勢力に関してもそこまで有力な情報を仕入れ
て来なかった俺も悪い。
っていうか、ギルドの情報の要であるセバスチャンが﹃第五都市
の復興指揮﹄と﹃女神聖祭の運営の準備﹄に手間を取られていた事
も災いしている。
セバスにも限界があるんだな。
あ、高校生か。アイツ。
そろそろ脱セバス宣言をしなければならない時が来るのだろうか。
俺も情報に強くなろうと今心に誓うのである。
ふと気付けば、いつの間にかDUOは居なくなっていた。ハザー
ドは、ジュード=アラフとアクシールの試合を見る為に既に身内用
の特設席へと向かって行った。こういうのはモニター越しではなく、
自分の目で見るのが良いんだそうだ。
そりゃ、魔眼全開で見れば一目瞭然だろうな。
戦闘の分析は一部彼に任せておいて、俺はポケットからメッセン
ジャーを取り出してエリック神父を呼び出す。最初は謎の人物と化
していた彼の法王も、今では隠居目前のおじいちゃんに近い訳で、
心配事が少しでも減る様にとギルド内で匿っている時からメッセン
1198
ジャーを持たせておいたのだ。
﹁ほうほう、これが貴方の知人の工房で作られている噂の品です
か﹂と意気揚々とスマートフォンにどことなく形が似ている小型通
信用魔道具を弄り出すおじいちゃん。今では俺よりも機能について
詳しくなってしまった事が、素晴らしく嘆かわしい。
﹃どうも、クボヤマさん。どうされました?﹄
彼は教団の要人の為に用意された特設席に居るのだろうか。メッ
センジャーから聞こえて来る音に試合で興奮した人達の罵詈雑言や
奇声が全く入っていなかった。
﹃何だそれは?﹄という男らしいテノールが聞こえて来て。﹃こ
れは弟子が作った魔道具です。素晴らしいでしょう?﹄と言うエリ
ック神父の自慢げな声が入る。
ビンゴだな。どうやら第七都市の枢機卿も近くに居るようだ。
﹁今からそちらへ向かいますね﹂
俺は手短にそう言い残すと通話を切り、足早に彼の元へ急ぐ。
念話じゃダメなの?と、魔法を扱える人は思うだろうが、実を言
うと魔力のパスが繋がる行為はセキュリティが無いネットに繋がっ
たパソコンと同じ行為だと言えば判りやすいだろうか。
あとはあれだ。
まだまだ普及率が低いから宣伝用に使ってるだけ。
1199
1200
女神聖祭 Battle of Crusaders −6−︵
後書き︶
なかなか更新できずに申し訳ありませんでした。
今後の展開に悩みます。
更新期間が空くと、どんな内容で話を進めていたのかすら判らなく
なりますね笑
頑張って更新します。
1201
女神聖祭 Battle of Crusaders −7−︵
前書き︶
最近更新が遅れがちですね。頑張ります!
1202
女神聖祭 Battle of Crusaders −7−
ヴァックス・ハードハートは、第七都市を治める枢機卿である。
性格は厳格その物。法王エリックからの紹介では、頭の固さが売り
の人物だと言う事だった。スライムよりも柔らかい脳みそを持った
エリック神父と正反対の人物なのである。
﹁クボヤマさん。今、失礼な事を考えていませんでした?﹂
体格は中央に済む人種の中では比較的大柄な体格に入る方で、彫
りの深い顔立ちと白い素肌が、北の大地へ赴いていた頃を思い出さ
せた。確か、ハードハート家のルーツが期待の大地にあるんだった
っけな。
聖門に沿って北へ赴く事が枢機卿試験の中では重要視されている
ので、北国ルーツの人が居た所で些か問題なんて存在しないか。
﹁枢機卿会議振りだな。特務枢機卿﹂
俺が到着した途端、席を立ち上がって出迎えに来た法王と違って、
席に座ったまま顔をこちらに向けるだけの第七枢機卿。視線をこち
らに向ける動作の一々がいかにも偉い枢機卿であると思わせる。
実際に表向きは法王の右腕だと言われる偉い人なのである。俺も
特務枢機卿と呼ばれる枢機卿位に居つつ、枢機卿を物理的に捌く権
利を持つのだが、厳格で実直、余計な金策等せずとも、第七都市を
運営しうる程、民という名の信者に好かれているこの人に剣を向け
る事は無いだろう。
1203
﹁メッセンジャーを使えば今の所、誰からも聞かれる心配は無いと
思うんですが、第七枢機卿も交えてお話ししたかったので﹂
﹁⋮⋮何かあったんですか?﹂
幸い、この空間には敵対勢力は居ない。もう一人の枢機卿を除い
て、残りの枢機卿は基本的に第一都市の枢機卿の息がかかっている
が、本当に謎の中立が居るくらいだ。
もうすぐ始まろうとしているジュード=アラフ対アクシール戦の
煽りによる熱狂に紛れて会話は誰にも聞き取れない筈だ。
念には念を重ねる様にこの空間限定で聖域を発動する。
﹁ほぅ⋮⋮﹂
﹁また新しい技を開発したんですね。流石愛弟子﹂
これで問題ない筈。
話を進めよう。
﹁単刀直入に、ジュード=アラフとは一体どんな人物だか判ります
か? 第七枢機卿﹂
第一枢機卿の虎の子とも呼べる彼について、俺は一つの情報もま
ともに収集して来なかった。ただただ漠然と注意すべき相手である
という事と、いずれ決勝で打つかり合う人物であるという事を想像
していた。
そう、この大会は俺と彼に準備された物であると勝手に想像して
いた訳である。戦いの最中に見極めれば良いやなんて、甘っちょろ
1204
い考え方をしていた俺が憎い。そして、絶対優勝するぞとか餌に釣
られて参加を決めた俺も憎い。
エリック神父が一枚岩でない体系を取っていた教団の意味すら履
き違える程に、俺は妄想の世界へとスパーキングしていた訳だ。
色んな事情を耳にして、今気付く。
人間同士で争ってる場合じゃねぇ。
﹁やっと気付いたのか﹂
その言葉と共に、第七枢機卿は短く告げた。
﹁彼もまた、一人の神父である。第一枢機卿も同じだ̶̶﹂
﹁̶̶ヴァックス。ここからは私が引き継ぎます﹂
結論を一つひとつ並べる様に口にする第七枢機卿に割って入る様
に、エリック神父が口を開く。
﹁敵を騙すなら先ず味方から。第五都市へ向かってもらった時、貴
方達が行った戦法でもあります﹂
旅商人に紛れて邪将達と戦った時だな。
あれは俺が考えた訳じゃないけど。
﹁事実、敵対勢力に対して不覚を取ったのは私のミスです。邪神勢
がまさかここまで広範囲に攻めて来ているとは全く持って気付いて
いませんでしたからね。幾つか私の封印した邪神教跡地を廻って行
ったんですが、何者かによってその一つが破壊されていたんですよ。
いや、封印が解かれていたと言った方がよろしいですかね?﹂
1205
息が詰まる。
それって、アレか。国境の寂れた教会か?
﹁事が起こってしまったので、仕方ありませんが。私の疑惑はそこ
から生まれ始めていました。いいえ、クボヤマさん。貴方だけを責
めている訳ではございませんよ?﹂
そして、バレてる。
﹁サルマンの件もありますし、例えそれがたまたま偶然起こりえた
結果であっても、それ以上に作為的に封印が解かれている可能性の
方が断然大きいですからね﹂
そして、説教タイムも終わる。
﹁魔王襲来によって私は痛手を負いました。ですが、敗北を認めた
訳ではありません﹂
エリック神父の目に強い力が生まれる。この聖域すら自分のフィ
ールドに変えてしまう程の力がその眼孔から発せられている。
﹁いや、その。自分の老いを認めた上での選手交代みたいな感じじ
ゃなかったんですか⋮⋮?﹂
﹁貴方が無理矢理物事を解決するとき良く使う手ですよ。パフォー
マンスっていう奴ですね﹂
ニコニコしながら良い腐るエリック神父。
この目は! この顔は! 何度苦渋を舐めさせられた事か!
1206
﹁̶̶̶負けず嫌いなのは既に理解されているでしょう?﹂
口元を押さえて笑いを堪える第七枢機卿。
せっかくの荘厳さが台無しだぞ糞が。
﹁⋮⋮⋮⋮チッ⋮⋮﹂
﹁舌打ちは失礼だと思いますよ? 私法王﹂
馬鹿笑いし終えたエリック神父は、痙攣する様に震える腹を押さ
えながら俺に指摘する。俺はぶすくれた顔をしながら頬杖ついてジ
ュード=アラフ対アクシール戦の開始を待っていた。
﹁まぁ、無理も無い﹂
未だ元の表情を思い出せないのか、笑っているのかそうでないの
か判らない表情を向けながら要らないフォローをする第七枢機卿。
1207
あの後、俺は理解した。スライムが何で身体を構成されているの
か謎に包まれている様に、この法王の頭の中もスライムの様に謎に
包まれているという事を。
と、言うか。
本当に脳みそスライムなのは、俺だった。
﹁一体俺は何と戦っていたんだ﹂
﹁謎です﹂
﹁はぁ∼∼∼﹂
大きな溜息が漏れた。
そりゃそうだ。
邪教徒という人類の敵を前にして、教団内部で争っている暇はな
い。枢機卿会議を開いたのも、次期枢機卿を決めるためではなく、
本来の敵を浮き彫りにする新体系を作る為の物だった。
実際に時期枢機卿を決めるつもりだったようだが、これによって
話の分かる枢機卿は、自分が何をすれば良いのか自ずと理解できる
らしい。
知らんよ、俺特務だし。
所詮特務だし。
﹁まぁ、第一枢機卿は人類の為に尽力しつつも、上手い具合に民衆
を斡旋して自分の利益をかすめ取って行くと思いますし、野心もそ
こそこ持っていると思いますけど、私は別に反対ではないですから
1208
ね? それもまた良し。っていう訳です﹂
﹁うむ、サルマンの様に本当の意味で小賢しい奴も居るが、第一枢
機卿は、法王の左の席だぞ。シンボルとは別に、上に立つカリスマ
性も持ち合わせているものだ﹂
要するに、俺はピエロさ。
第五都市の復興と聖王国の経済活性化の主軸を担ったに過ぎない
のだ。
どこのオリンピックだアホ。
せめてどこぞの枢機卿にこの利権を横取りされない様にセバスに
注意を計らってもらわないと行けないな。
エリック神父の描くシナリオ︵俺の個人的な感情含む︶は、自分
は無事に隠居し、リアル技術を取り入れた最新式の第五都市へと移
り住み優雅に暮らす事だったのだろう。クロスたそをちらつかせて
である。
おけば俺は意地でも優勝するので、内政への口出しもし放題。
エグい。
エグ過ぎるぞ。
本当の敵を誘き寄せる事
さて、冗談はこのくらいにして。
本来の目的は
﹁魔王サタンは必ず訪れるでしょう。彼が邪域から出れないなんて
迷信はもう無いを確証を得ましたのでね﹂
深い痛手を負った訳ですが。
﹁戦力も万全だ。奇跡の子ジュードもようやく動かせる体勢が整っ
1209
ていると第一枢機卿からも連絡が入っている。法外な寄付金を要求
されたのだが、請求先はどうしたら良い?﹂
﹁福音の女神でお願いします﹂
エリック神父の空気を読まないポロリ発言に、気分を変える為に
飲んでいた紅茶を思わず吹き出してしまった。
﹁ちょっと待て! なんでウチなんですか?﹂
﹁お金持ってるじゃないですか?﹂
﹁私の金じゃございませんけどね!﹂
ってか第七枢機卿。
請求先は普通教団でいいだろうが、何故前振りした。
﹁まぁ、第一枢機卿なりの冗談なのでしょう。彼も私とは全く違う
方向性で人々の事を常に考えていますからね。ミカエルをジュード
へ譲ったのも覚悟の現れでもあります﹂
﹁判りました。とりあえず、お金は無理ですが地位だけなら良いで
すよ。法王の座は私が優勝した後に彼に上げますので﹂
あたかも、他人が言った冗談の様に話を濁すエリック神父。もう
騙されない。こういう風にまるで自分とは関係無い他人が冗談を言
ってる風に語らう口調はマジで質が悪い。
﹁貴方も言う様になりましたね⋮⋮﹂
﹁ぷっ⋮⋮まるで親子を見ているみたいだ﹂
荘厳だった第七枢機卿のイメージも。笑うと顔が耳まで真っ赤に
なるただのダンディーなオッサンであると証明された。
1210
お金も地位も全力で回避しなければ。
もう神父止めようかな。
一癖も二癖も。いや、千個くらい癖がある人物の狭間で、俺の心
は今にも折れそうになっていた。
1211
女神聖祭 Battle of Crusaders −7−︵
後書き︶
ようやく自分がエリック神父の上で踊らされていた事実に気付い
たクボヤマ。
彼は今後どうするのか、法王就任を回避できるのか!?
事の顛末やいかに。
しばらくの間、クロスたそが空気になっています。
ヒロイン復活までもうしばらくお待ちください。
1212
女神聖祭 Battle of Crusaders −8−︵
前書き︶
前話のセリフを修正しました。
﹁事が起こってしまったので、仕方ありませんが。私の疑惑はそこ
から生まれ始めていました。いいえ、クボヤマさん。責めている訳
ではございませんよ?﹂
←
﹁事が起こってしまったので、仕方ありませんが。私の疑惑はそこ
から生まれ始めていました。いいえ、クボヤマさん。貴方だけを責
めている訳ではございませんよ?﹂
1213
女神聖祭 Battle of Crusaders −8−
エリック神父は俺が思ったよりを極めて特殊な人物である様な気
がしてならない。それもその筈だ。出会った当初はただのお助けキ
ャラだった記憶もあるんだが、いつの間にかゲームのストーリーを
進めて行く上での根本的なキャラクターとなっている気がした。
法王ルート。
これだけは回避しなければならない。
彼の法王の行動を見て行くと、第一・第七の枢機卿の行動が極め
てまともに見えて来るだろう。極めて独善的だ。だが、その独善が
この平和を作り出しているのもまた事実だった訳だ。
こういう人が生まれて来るのは天文学的数字による確率じゃない
のだろうか。法王の法王たる由縁も、そこから判ってしまうのだ。
話がそれた。奇跡の子と呼ばれるジュード=アラフと恐らく邪神
勢であるとされているアクシールの戦いが今、始まった。今回は控
え室モニターではなく、特設席からの生観戦。隣にはエリック神父。
その隣には第七枢機卿が座って戦いの行く末を見据えていた。
﹁容易く私を凌駕するレベルまで、魔王サタンは強くなっていまし
た。一番厄介な私が守る邪神の欠片を手に入れて、意気揚々と帰っ
て行きましたが、私の性格から考えて、そんな事をさせると思いま
すか?﹂
1214
﹁絶対に、絶対に無いですね。それこそ、その欠片は偽物で、尚且
つベロベロに酔っぱらったマリアの嘔吐物でも袋詰して偽装し数日
熟成させた物をお見舞いしそうですよ﹂
魔王は本当に来るのか。と、言う質問に対して帰って来た答えで
ある。質問に質問で返すな馬鹿者が。嫌みを込めて数段破壊力を付
加させた返しを答えて上げる。
﹁流石に私もそこまでエグくは⋮⋮﹂
﹁特務司書が可哀想だ﹂
マリアのゲロ。この二人も容易に想像できるスペシャル精神攻撃
呪文だ。第七枢機卿はこのイメージを払拭すべく、しかめっ面をし
て頭を振りながら一応ではあるが、特務司書マリアのフォローを付
け加えた。
﹁私がね、北への旅路でどれだけ彼女のゲロ掃除をしたと思ってる
んですか﹂
﹁それは誰もが通る道です﹂
﹁その通り。人として、酒は嗜む。だが何事も限度が大事だと言う
事を、彼女は我々に指し示してくれた﹂
それは、あの狡猾でかつカリスマ性を持ち、左席まで上り詰めた
第一都市の枢機卿までも心に刻んでおく程だったという。レジェン
ドオブマリア。皆の聖母だね。それを判らなかったサルマンは、今
回の様な結果になってしまったと言う事か。
さて、上手いオチもついた所で、話の続きである。
﹁欠片は二つに分割し、片方を第一都市の枢機卿に預けてあります﹂
1215
邪神の欠片と言う物は、言わば教団の中の膿である。これを背負
いきれる者は限られて来る。
﹁ヴァックスは真面目過ぎます。彼の心の片隅にそれがあると、必
ず排除しようとして痛手を負うのが目に見えてましたから、彼が手
を出せない私と第一枢機卿。彼に預けたのです。ミカエルも付いて
いましたからね﹂
何より、膿をヴァックスに持たせるなんて私には出来ません。と
付け加えたエリック神父。法王よりも人々の近くに居る枢機卿の中
でもシンボルとされている第七枢機卿を汚してしまう事を躊躇した
様だった。
あえて汚れた部分を背負っても上手くやって行けるだろうと、第
一枢機卿に渡したのだろう。牽制の意味も含めてな。迂闊に邪神の
欠片を利用しようとすると、サルマンの二の舞。いや、それよりも
悲惨な事になっていたかもしれない。
﹁って事は、自ずと残りの欠片に気付いた魔王は再び聖王国へやっ
て来る。そう言う事ですか?﹂
﹁その通りです﹂
今すぐって訳じゃないんだな。
随分と間があいた様に思える。
﹁魔王は私が持っていると思ってましたから。他の可能性を考えて
各地を探すと思います。だが、見つかる筈もありません。ここにあ
りますからね﹂
﹁そうか、魔王は面倒事を回避する﹂
1216
﹁その通り﹂
一度攻めた場所をもう一度攻めるなんて面倒な事をアイツはやら
ない。ここにしかないという確証があってからでしか動かないだろ
うな。そこで、様々な人が集まる女神聖祭を開く事で、手下を送り
込める隙をわざと作る。
﹁無事、釣れましたよ﹂
ニヤニヤとほくそ笑むエリック神父。普段からは全く想像できな
い程の腹黒さに寒気がした。負けず嫌いもここまで来ると何処か別
次元の存在に感じる。
負けたら負けた分だけ自分を強化して新たに戦いを挑むユウジン、
ハザード、DUOとはまた違った方向で動く彼を見ていて、絶対に
敵に回しては行けないタイプの人間だなと思った。
第一枢機卿もそれを理解して居るのかもしれない。それを考慮し
て動いているのだとしたら実に天晴である。逆に敵対勢力として振
る舞わさせられているのかも⋮⋮。
試合が始まってすぐ、ジュードは目を開眼させた。最初から本気
な証拠だと言う事だった。何かを察知して横跳びに回避しようとす
るアクシールだったが、十字架の形に輝く瞳は、アクシールを掴ん
1217
で話さない。
﹁彼女は、神を欺けるのか? ̶̶̶それは、否﹂
その途端、アクシールの体面からパリッと覆っていた何かが割れ
て剥がれる様な感覚。そしてその後に、巨大な魔力が浮き彫りにな
り、それに比例する様長くも地味な黒髪が、鮮やかな水色に輝き出
した。
﹁あらま⋮⋮気付かれちゃった? それとも⋮⋮もうとっくに気付
いてたのかしら?﹂
そう呟きながら、チラリと視線をこちらに向けるアクシール。そ
して、彼女の変化に騒然とする観客。ある程度戦いを経験し実力を
持った高レベルの者は、臨戦態勢を取る。彼女魔力に当てられ意識
を失った人も居るだろうか。
だが、会場は魔力を感じ取れない人も多い。何かの催し物だと思
った観客が大多数を占めているようで、歓声が大いに沸いている。
﹃トランスフォームだ! 美女だ!﹄
﹃俺は黒髪も好きだが、今の色もぶっちゃけ好みだ!﹄
﹃うおおおおお! りびどおおおお!!!﹄
﹃ああああ!! ああああ!!!﹄
頭が痛い。それもこれも実況が﹃ああああ! ジュードの不思議
な攻撃を受けて、髪が水色に!? これはどういう事だ!? 感じ
立つ強大な魔力、これが彼女の真の姿なのか!? まさか、手加減
して本戦までやってきたのか!?﹄とか観客を煽る実況をするから
だ。
1218
だが、まぁ丁度良いだろう。ここから多分魔王降臨イベントが起
こる。下手に恐慌状態に落ち入るよりも、見せ物としてやっておい
た方が良いだろう。インパクトも大きいし、何よりもイベントとし
て楽しんで頂ければ幸いなのである。
ってことで、早速セバスに事の顛末を報告し、そのまま実況にも
これからの流れを伝える様に言っておく。
﹃了解しました、手配しておきましょう。あと、第一枢機卿ですか。
面白いですね。そっちの方も準備しておきましょうか。本当、貴方
様は騒動を引き寄せるのが上手ですね﹄
な、なんだ? 嫌みか? それは嫌みか?
セバスにそんな事を言われると傷つくんだけど。
一度呼び出されて再びステージ状に戻って来た実況は、顔色が少
し悪そうに見えた。だが、戦う者の一挙一動に合わせて観客を煽っ
て行くその姿には、プロ根性を感じた。
観客の警護には自ずとウチのギルドが配備されるんだろうな。混
乱時の避難誘導等含めて。そうすると、自ずと魔王完全包囲体勢が
作られて行くのが判る。
法王め、これを見越して⋮⋮!?
﹁邪神の手勢。先に言っておこう̶̶̶欠片は私が所持している﹂
﹁あら。手間が省けて助かるわよッ﹂
ジュードの言葉に目の色を変えて腕を振るうアクシール。腕の動
1219
きと一緒に、幾つかの魔法陣が浮かび上がり、そこから水がかなり
の勢いで放水される。
ガリガリとせっかく復元されたステージのパネルを削りながら、
迫る水魔法を前にしてジュードは至って変わらなかった。
﹁人々の祈りは、神へと届くのか? ̶̶̶それは、是﹂
全ての水は、ジュードに届かない。
﹁私の祈りは届いたようだ﹂
アクシールは舌打ちする。そう、奇跡の子ジュードの能力は、神
との対話である。大天使ミカエルを介して様々な奇跡を発現させる
物らしい。
一件最強じゃないかと思ったが、やはりこう言った力には制限が
ある様で、限定された空間における、自分の在り方を望む者の意思
を統括する事によってその在り方が決定される。
例えを上げると、死にかけの人が居る。天使を介した対話によっ
て、その人を救いたいと言う物が多かった場合、彼は息を吹き返し。
そうでない場合は、祈りは届かないとう。
何でも出来るとも言えるが、そこに彼の意思決定は存在しない。
まさに枢機卿その物を体現しているのかもしれない。基本的な意思
決定は全て上の者なのだ。
これを踏まえれば、彼に勝ってほしいと言う者が大多数居る限り、
彼は負けないのだろう。そしてその信者を扱う事に長けている神父
1220
であるからこそ、成り立つ能力なのだろう。
相応の落とし穴もあるのだがな。
その能力を知るエリック神父や、俺には絶対勝てない。そして第
七都市の枢機卿にもだろう。知名度が、信用度が大きく違って来る。
まぁこの時点では強キャラだろう。ぽっと出のアクシールなんか
に知名度も何も無い。変身した時点で、ある種熱狂的なファンが出
来たとする。
だが、出来たとしても一介の神父と比べちゃ行けねーぜよ。もし
かしたら、魔王サタンにだって一人で勝ててしまうレベルの能力で
もあるんだ。対人類の敵用最終兵器だ。
﹁ディープトレンチ。球体の中心は海溝並みの水圧よ。魔王様の外
敵は溺れ死んでしまいなさい﹂
攻撃が当たらないと理解したアクシールは、戦い方を変えた。腕
を振るうと大きな魔法陣がジュードの足下に出現し、大量の水が溢
れ出て取り囲み、球体を作る。中が見えるのかと思われればそうじ
ゃない。
海溝に言った時の頃を思い出す。光が届かないどこまでも深い水
の底。ジュードの姿もそれに包まれた。
﹁貴方達の切り札はこれでオシマイ。さ、次の方いらっしゃいな。
構ってあげるから﹂
此方を見ながらニヤリと妖艶な笑みを浮かべるアクシール。一部
1221
の自分たちに向けられた顔だと勘違いした変態共が熱狂の歓声を上
げる。今にもステージに飛び出してしまいそうな勢いだった。
だが、俺達は動じない。
未だ球体の中から彼の存在を感じたからだ。
﹁さぁ!﹂
アクシールも目立ちたがりやなのだろうか。確証は無いが、邪将
クラスである事は変わりないだろう。それもベラルークよりも格上。
どうしてハイレベルな奴らは変態が多いのだろうか。
彼女が勢いづいて声を上げた瞬間。
水の球体が弾けちった。
﹁ッッ!?﹂
実況が良い感じにアクシールによって閉じ込められた観客を煽っ
た結果。当然の如く観客はジュードの味方になる。マスコミの煽動
と一緒だな。
﹁勘違いしているな? ̶̶̶私が喋らなければ力を使えないと﹂
独特の言い回しで、彼は弾けた球体の中から姿を現した。彼の着
用する司祭服からは一切の湿り気も無い。
お喋りはパフォーマンスだろう。人々の意識をより此方に向ける
為の。
﹁それは否﹂
1222
そう言いながら、ジュードは十字架の輝く瞳をアクシールに向け
た。目が合ったアクシールは怯えた様に身体を竦ませる。
﹁う、嘘ぉ∼。何で生きてるわけ?﹂
﹁人々がそれを望まないからだ﹂
人々が今望むもの。大技を見に受け劣勢だと思われた彼の逆転勝
利だろう。
﹁神は、私に微笑んでくれるのだろうか? ̶̶̶それは、是﹂
バゴンッという岩を削る程の衝撃が、天からの稲妻が彼女を包む。
﹁浄化の槍﹂
それを一言に、彼はアクシールに勝利が決まったと言わんばかり
に背を向けるのである。パフォーマンスなのだろう、観客が大いに
沸き立った。俺はエリック神父と視線を合わせて動き出す準備をす
る。
これが試合だとしたら、彼女の敗北を求めるまでも、彼女を決し
て殺してしまう様な事を観客や人々が望むのであろうか。
彼の口調を借りるとするならば、それは否。
アクシールはまだ死んでいない。
そして俺は経験している、敗北した邪将の元へ魔王サタンが襲来
した事を。
1223
﹁⋮⋮アハッ﹂
仰向けに倒れたアクシールは笑い始めた。
﹁とんでもないわねぇ。奇跡の子。必要なのは奇跡すら通用しない
絶望よねぇ⋮⋮﹂
目だけが、ジュードでは無く此方を向いていた。
﹁ベラルークのひよっ子ちゃんは、偶然にも発現させたみたいだけ
ど、格上の邪将は、絶望を呼び寄せる事が出来るのよ﹂
一人喋り出したアクシールに会場が騒然としている。
﹁奇跡とは違って、絶望は偶然起きる訳じゃないんだから﹂
空が曇って行く。ゴゴゴゴという唸る様な音を響かせて、想像で
きる全ての絶望を塊にした様な鈍色が空を覆い尽くしていた。普通
は絶望する所だが、実況が﹃アクシールまだ何か隠していた!﹄と
言う風に演出の域であると観客に錯覚させているので助かった。
﹁アハハ!! アハハハハハ!!! アハハハハハハ̶̶̶魔王降
臨!!!!!﹂
曇天から降り注いだ稲妻の一撃によってアクシールは消滅した。
この稲妻は見た事ある。
1224
1225
女神聖祭 Battle of Crusaders −8−︵
後書き︶
最初にクボヤマの主観的な意見を述べていますが、法王に慣れる
器として何が必要なのか、ここからわかると思います。
そして、ジュード最強説浮上。︵嘘︶
さらに、再びクソガキ襲来。
もういっちょ、未だクロスたそ出ず。
やっとここまで来れた。
2ヶ月くらい掛かった気がする。
1226
女神聖祭 Battle of Crusaders −9−
轟音と共に押し寄せる黒雲。
頭の中に浮かぶのはあの糞ガキの姿だった。
﹁待機していてください﹂
セントリーガル
ニヤニヤと誤摩化してはいたが、実際の所エリック神父の負った
ダメージは大きい。法定聖圏すら未だ復旧できてないのが何よりの
証拠でもあるしな。様々なお膳立てや目に見えない思惑、動きがあ
ったとしても、実際動くのは特務枢機卿である俺の役目なのである。
消滅して影だけ残されたアクシールが居た場所を一瞥して、ジュ
ード=アラフも来るべき本丸へと視線を動かした。
﹁あ、クボヤマさん。これをお持ちください。貴方には翼が無いの
で空中戦は不向きでしょう? 応用力は私以上ですし、無事空のハ
ネムーンでもして来たらどうでしょうか?﹂
そう言って投げ渡されたのはクロスたそ。
あれ、前に渡されたクロスは?
﹁あれは分割した片方ですよ。ほら、オースカーディナルを持って
たじゃないですか。ほっぽり出して操を立てるだなんて、私は許し
ませんからね?﹂
﹁⋮⋮私、ゲイじゃないので﹂
﹁クロスはれっきとしたレディーですよ?﹂
1227
うっそーん。
目が丸になるとはこの事である。散々オッサンだ何だ捲し立てて
来たオースカーディナルなんだが、まさか。
うむ。過去の事は置いておこう。
健気に頑張ってくれていたオースカーディナルさん。
本当にありがとうございました。
俺は今まで助けてくれた君を忘れず、本懐と共に新たな道を歩む
つもりです。ってかアレだよ。オースカーディナルって特務枢機卿
を象徴する物だから、新たに作り直してもう一度北の聖門に丁重に
安置しておこう。
俺みたいな立場の人間が、再び生まれないとも言い切れないから
な。いや、確実に後追いで目指す奴が出て来ると思う。
⋮⋮応用か。
一先ず胸ポケットにずっと忍ばせていたクロスを手に取る。瓜二
つのそれは、近づけるとスッと一体化した。同時に、懐かしい感覚
が蘇る。
上空を見上げていたジュード=アラフが、突如背中から空色の翼
を生やしたかと思うと、大きな槍を掲げて飛び立った。よくわから
ない現象を目の前にして俺はエリック神父に説明を仰ぐ。
﹁あれは?﹂
トリニティ
﹁ミカエルの翼です。第一枢機卿の持つミカエルは、顕現させその
力を振るう事が出来るのです。まぁ、三位一体化には至らないので
人の身では持って数分でしょう⋮⋮彼も本気だと言う事ですね﹂
1228
なるほど。
判りやすい説明、ありがとうございました。
﹁イメージは掴めました﹂
それだけ言って、俺も特設席から跳び出した。このくらいの高所
なら落下しても屁でもないが、格好悪過ぎるよな。
クロスたそに念じる。
やっとこさ認められたし。今日は空の新婚旅行にでも洒落込もう
かね。
イメージするのは翼。それもクロスたそのイメージ、純白の。
形が変わって行く。前までは武器としてしか利用して来なかった
物だったが、たった今ジュードの翼を目視して羽ばたき方をトレー
スした。
魔力でクロスを浮遊させる事はずっと行って来た。自分の魔力が
しみ込んだ物だったからな。だが、自分の身体ごと浮かせるなんて
考えもしなかった。
クロスや聖書以外の物は石ころ、砂粒すら動かせなかったから。
よくよく考えてみると、三位一体を行って俺の身体は聖核によっ
て構成されている。言わば魔力がしみ込んだ身体。いや、魔力その
物が人の形を形成しているのだ。
飛べない筈が無い。
1229
オーナー
︵聖核の所有者がオースカーディナルから変わってクロスの所有を
認めたの。おかえり、クロスちゃん︶
︵は、初めまして! クレアでしゅ!!! ふぇぇ、また噛みまみ
たぁぁ⋮⋮︶
︵クボ、彼女の名前はどうするのなの?︶
クロスに決まってんだろ!
そう思った瞬間、クロスが俺の手に吸い込まれた。そして背中か
ら薄ら黄金を帯びた純白の翼が、出現する。武器化の時とは違って、
無機質な形ではなく、サラサラとした質の良い羽の手触りが心地よ
かった。
︵⋮⋮やっと、名前を呼んでもらえました︶
透き通る様な綺麗な声が、頭に響く。
待たせて、ごめん。
︵あの時、エリック様から貴方に手渡された時から、運命を感じて
おりました︶
俺もだよ。何たって、俺達には運命の女神が微笑んでくれてるか
らな。
︵私のお陰なの! うふふ! あ、クボ。急がないとジュードと魔
王の戦闘が始まってしまうかもなの︶
プライベートエリア
こうしちゃ居られなかった。次は精神空間でゆっくりお話でもし
よう。そう考えながら俺は飛翔する為に翼を羽ばたかせる。
︵時の停止を確認したの。現在完全な状態で身体を構成できている
1230
の、よって無効化に成功したの︶
さながら、エリック神父はいつだかくれたイヤリングを強化した
様な物だな。回りを見回すと、会場の端っこにある国旗を掲げてい
たポールの天辺に奴がいた。
DUOだ。
﹁俺も交ぜろ!﹂
︵ごめんなさいねぇ。彼、こうなると何言っても聞かないんです︶
﹁⋮⋮飛べますか?﹂
﹁問題ない﹂
そう言いながら、彼は空中をまるで道がそこにあるかの様に歩き
出した。
どうなってんだよ。
﹁ふん。俺は王だ。出来ない事等無い!﹂
︵限定的時止めの応用です。クラ○ト・ワークの様な物ですね︶
﹁⋮⋮﹂
DUOが台無しだとばかりに額を押さえた。ク○フト・ワークが
なんだか判らないが、とにかく空中を移動できる事は確かなようだ。
問題ないな、逆に助かる。
︵魔王に時止めは効かないから注意してね。奇跡の子も何となく効
いてないみたいだし。DUO、そろそろ貴方も覚悟を決めた方がい
いんじゃないですか?︶
﹁し、しかし。悪魔と吸血鬼は違う⋮⋮﹂
1231
何やら話し込んでいる彼等は無視をして、俺はジュードの元へと
急上昇して行く。
上昇するにつれて、黒色曇天が大きくなって行く。普通の人なら
ば、不安を容赦なくかき立てられる様な色なのだが、俺の頭の中に
は糞ガキにやられた記憶しか無い。エリック神父もやられていた記
憶しか無い。
要するに、仕返しする気持ち一色なのだ。無意味に絶望を煽って
も無駄だぞ魔王。今度こそ、こてんぱんにしてやる。
﹁来たか。特務枢機卿殿﹂
ジュードに追いついた。空色の翼をはためかせて、槍を持つ彼の
視線はさらに上空に浮き立つ黒雲を見据えている。
﹁ミカエルは後どれくらい持つんですか?﹂
﹁問題ない。早期決着をつけるのみだ﹂
そう言う意味じゃねぇよ。
何だ、コイツもすっとこどっこいか?
﹁魔王は狡猾で強大だ。そして奴はひと欠片を残して全ての欠片を
集めていると推測できます﹂
ワウス
そう、災禍の他に何かを隠し持っている。
1232
そんな予感がする。
﹁ハローハロー。まったく面倒くさい事を仕出かしてくれたな? 糞神父﹂
おちゃらけながらも見下した様な声が響く。
そして無数の稲妻と共に魔王サタンが姿を表した。
稲妻は断じて登場演出なんかでは無く、一発一発が轟音と共に俺
達に向かって飛来する。すでに戦いは始まっているのである。俺は
聖域にて逸らし、ジュードは槍で薙ぎ払って行く。
︵全く、始祖ヴァンパイアのままじゃ絶対的壁が存在すると何度言
ったら⋮⋮︶
DUOは黒こげになって浮いていた。厳密に言うと、サマエルが
空間を固定してその場に浮かせているのである。台無しだ!
アビス・ダークネス
﹁よし、御託は良いからさっさと死ね̶̶̶闇の深淵﹂
なんだこの魔王。偉くご立腹だな。
空中から出現した無数の黒い腕が俺達を包み込もうとする。俺は
純白の翼をはためかせてそれを弾く。ジュードも槍をぶん回して腕
を切り落として行く。
︵ああん! ちょっと! 何よこれ! 締め付けるぅ! すっごい
締め付けるわぁ∼!︶
⋮⋮台無しだ。
1233
﹁ひゅ∼やる様になったじゃん? どったのそれ。あとそこの変態
と雑魚。てめぇらには昔の好だ、邪魔しなければ生かしといてやる
よ﹂
口笛をひと吹き。以前は苦しめられていた技を物ともしなかった
俺に向かって小馬鹿にした様な称賛を上げる魔王。
﹁じゃ、復習と洒落込もうか。オラオラオラ!!﹂
腕を振るうと、以前と同じ様に膨大な稲妻が押し寄せる。最早狙
いが俺だけな時点で、この魔王がどれだけ怒っているのか察しが付
く。
面倒くさがりが人から言われて行動した時って、何故か常に怒り
ながら行動に移すよね。それと一緒。﹁もう、判ったやりゃいーん
だろうが、宿題!﹂見たいな感じがこの魔王からヒシヒシと伝わっ
て来る。
﹁オラオラオラ̶̶おろッ!?﹂
ブレッシング・レイ
夢中で稲妻を打ち続けている所悪いが、全部逸らしながら俺は本
体目がけて神聖なる奔流を放つ。ギリギリで身体を反らし回避する
魔王。だが、左腕を消し飛ばす事に成功した。
﹁この前と違って、私は飛んでるんですよ? 制空権はありません
よ糞ガキ、ちゃんと復習するなら同じ状況を用意しろボケ﹂
﹁私もいるぞ﹂
追撃とばかりに容赦なく槍を突き刺すジュード。想像とは裏腹に、
いとも容易く腹に突き刺さる槍。呆然と事態を受け止める魔王は、
1234
自分にダメージが通る事が理解できていない様子だった。
無くなった左腕と、穴があいた土手っ腹を見て、ポツリポツリと
喋り出す。
﹁ないないないない。俺は魔王だぜ? こんな事ある訳ないだろ﹂
そう言いながら手をかざし、小さなブラックホールの様な物を呼
び出すと、その中へと腕を突っ込んで中から何かを引っ張り出した。
魔物の腕だった。それも、至る所に齧られた痕があり、血が滴っ
て骨も見えていた。それの肉の一部を噛みちぎると、穴のあいた土
手っ腹に突っ込んだ。
ぐちゅぐちゅと音を立てながら、穴を生肉で埋めて行く。狂気と
して思えない現象に、ジュードも俺も顔をしかめている。
あらかた詰め終えると、残った腕の突き出した骨の部分を消滅し
た自分の腕に突き刺した。グチョッという不気味で軽快な音を立て
て、歪な魔王の形が出来る。
﹁ふぅ。落ち着いた。これでいい。俺は傷を負ってない。どこに傷
がある? 無いだろ。だから傷を負ってないんだ﹂
この間を使ってさっさと消滅させておけば良かった。独り言を呟
きながら狂気じみた行動を起こす魔王から目が離れなかったのだ。
そして改めて此方に向き直った魔王。目が合う。そして再び視線
を目から傷口に移した瞬間、俺は目を疑った。
1235
﹁⋮⋮傷が、無い?﹂
あれだけ歪で記憶からなかなか消える事の無いであろう身体が、
攻撃を受ける以前の魔王へと元に戻っていた。
﹁お巫山戯はこれまでだ。マジで俺、神父アレルギーだわ。絶望に
悶え苦しみながら死んで逝けや﹂
表面に出ていた怒りが、見えなくなっていた。
だが、確実に魔王は怒っている。
アレはマジの奴だ。
どうやら、今までは互いに肩ならしの様な物だったらしく、ここ
からが本番という訳だな。
1236
女神聖祭 Battle of Crusaders −9−︵
後書き︶
﹃おおっとクボヤマ神父が、特設席から跳び出した!?﹄
ワアアアアアア!!!!
﹃このままでは落下して̶̶̶̶つ、翼が生えたああああ!?!?﹄
ワアアアアアア!!!
﹃白と青のコントラスト!! 対するは黒一色! 自称魔大陸の王
! 魔王の名の冠する、魔王サタン! アクシール選手に代わって
乱入だああああ!!!!﹄
ワアアアアアアアア!!!!
一部、ハイレベルな人種︵と、魔力感知に長けた人々︶を除いて
民衆は大いにわき上がるのである。
1237
女神聖祭 Battle of Crusaders −10−
︵前書き︶
そう言えば、作中でギルドの事を[GoodNews]だと呼ん
でいる節もありますが、GoodNewsが登録名称で、シンボル
として運命の女神が居るので、通称福音の女神と呼ばれています。
私も気付かぬ内に自然に福音の女神がギルド名だとしていたので、
捕捉しておきます。
1238
女神聖祭 Battle of Crusaders −10−
本気を出した魔王は恐ろしかった。
合理的に殺しに来ている。
初めに稲妻の応酬である。
黒雲の真下に居る俺達に向かって、容赦のない連撃。
大太鼓を連続で叩いている時に、その打面とは逆方向に耳をくっ
付けて音を聞いてみると良い。稲妻の衝撃に連続する爆音さえも相
乗して身に押し寄せ続けるのだ。
そして、闇の深淵である。闇の奥深くから俺達を捉えようと、無
数の黒い腕が容赦なくつかみかかって来るのである。止まったらお
しまいだ。
前の自分だったら空中機動がゼロだったので人たまりも無かった
だろう。稲妻の対策は聖域を使って逸らしてあるので大丈夫。そし
て黒い腕も翼と化したクロスが弾き返しているので無問題。
だが、ジュードの方はキツそうだった。空色の翼をはためかせて
ジグザグに飛行するが、稲妻の精度は寸分の狂いも無く直撃する。
その度に槍で弾き返すのだが、それでは動きが止まってしまい、
黒い腕を払う事が間に合わずダメージを重ねている様だった。
見ていて疑問を感じる。
奇跡はどうした?
1239
攻撃を物ともしなかった奇跡が起こっていないのはどういう事だ?
人々はまだ、俺等の味方をしている筈だぞ。
かなりチート感が漂って来る相手を前にして、これからの逆転劇
に胸をときめかせる人々は大勢居る筈。そんな、これだけで絶望し
てもらっちゃ困るぞ。
デモンズプロパティオ
︵クボヤマさん。これが、サタンの隠された力。悪魔の証明です︶
悪魔の証明?
︵イエス。私もよくわからないのですが、物事の法則をねじ曲げる
力だったと思います︶
アレって言葉のあやみたいな感じじゃなかったっけ。
実際の悪魔の証明と言ったら、幽霊が居ない事が証明できないな
らば、居る。と言った屁理屈の大名称だった気がするんだが。
これが本当に能力として成り立つならば、とんでもなく厄介だぞ。
それも奇跡と同じ様にな。
だが説明がつく。辻褄が合う。
先ほどの目を疑う様な光景。
彼は腹に空いた風穴に肉を詰め込んで証拠隠滅行為をした。そし
てまがい物でも良いから魔物の腕を、消滅した左腕にくっ付けた。
事実が無かった事になった訳だ。いや、事実はそこにあるんだが、
彼はアリバイの様な物をでっち上げた。その結果、復活した。
1240
いやいやいやいや。
とんでもないってば、俺もよくわかんねーし。
﹁特務殿!! 上だ!! あの黒雲をどうにかしてもらいたい!!﹂
ジュードから必死の叫び声が聞こえて来る。彼の天使化も後どれ
だけ持つかも判らない。このままジリ貧である限り、俺達の勝利は
薄かった。
何より二人居る事を忘れ切っていた。迷宮入りしそうな勢いで、
よくわからない能力に対して思考を奪われていたのだ。
頭を振って切り替える。今、安定して攻撃を繰り出せるのは誰だ?
俺だ。
﹁天使の助言か。うざってぇな﹂
ジュードへの攻撃が薄くなる。そして攻撃に切り替えた俺を標的
にした波状攻撃が再び押し迫る。聖域を極大展開させ、上空の雲に
近い位置まで上昇する。
ミリ単位の制御によって必中となる稲妻も、運命を操作する女神
の力によってその軌道は逸らされる。聖域を無視して喰らいながら
押し寄せて来る黒い腕も、クロスの攻撃性を兼ね備えた翼が防いで
くれる。
俺は伴侶達の力を借りて、舞い上がり。必殺の呪文を唱えるので
ある。
1241
バラ
﹁聖火!!!!﹂
そう言えば、あの黒雲が力の源の様な役割をしていた。そんな事
を思い出した。そう考えると幾ら戦いを一度経験していたからと言
って、全くそれを活かせていない状況が馬鹿馬鹿しかった。
聖火の特性は、燃え広がる事。
汚れを知らない純白の炎は、次から次へと黒雲を飲み込み、焼き
尽くして行った。
そして空から太陽が顔を出した。
﹁くっ!﹂
初めて見せる、魔王の辛そうな表情だった。どうやら、あの雲が
ある種制空権を担う存在だった様で、空気中を漂うぼんやりとした
邪の気配がどんどん薄れて行く。
制空権を保てなくなった魔王は、重力に逆らわずに落下して行く。
そして、同時にジュードの方も天使化を保てなくなったのだろうか、
翼と槍が消えて落下して行く。
マズい。
魔王は落下くらいで死ぬ事は無いだろうが、ジュードは人間だ。
完全なる精神体となった訳でもなく、生身の人間である。この高所
から落下すれば、骨折どころじゃない。全身の骨が砕け散るぞ。
落ち行くジュードを追って、俺も急降下する。
1242
だが、距離がありすぎる。羽ばたいて推進力を得るも、どうしよ
うもない程。
︵糞っ、どうすれば!!!︶
心の中で悪態を付いた時、運命の女神様が俺に語りかけて来る。
︵クボ、天門使うの︶
運命の女神様は、冷静だった。
ヘブンゲート
﹁天門!﹂
俺は落下するジュードに転移し、手を確り掴んだ。
いやいや、いかんね。
最近どうも、熱くなりすぎると冷静さを失ってしまう。ってか騒
動の渦中に居ながら、騒動の展開に付いて行けてない自分が居る。
気を引き締めないと行けないな。
ジュードを抱えて、余裕を持ってステージに降り立つ。戦ってい
た場所は、丁度ステージの真上だったようで、魔王もその上で俺達
を待ち構えていた。
﹁やってくれるじゃねぇか﹂
﹁これで稲妻は無くなりましたね﹂
1243
俺は魔王を煽る。面倒くさがりでプライドの高い魔王は、いとも
簡単に引っ掛かるだろう。
﹁黒雲の力が無くなって俺が弱体化しても、お前等が強くなった訳
じゃねぇだろ?﹂
﹁いや、強くなってますし?﹂
﹁死ね﹂
まったく。有無を言わさず死ねと来たか。
これだからガキは困る。
だが、注意しなくてはならない。
まだ奴は持っているのだ、奥の手を。
ブレッシング・フェイト
﹁運命の祝福﹂
﹁またそれか、だが、まだ攻撃してない内は運命なんて変わらない
よな?﹂
危険を感じて、飛び退く。翼を搔い潜って来た黒い腕によって、
脹ら脛の筋肉が抉られる。
攻撃を受ける直前に感じ取った悪寒。
これが、悪魔の証明か。
多分であるが、あのまま回避せず、翼による迎撃を続けていたら、
搔い潜って来た黒い腕に握りつぶされていただろう。そしてデスル
ーラ。
﹁特務殿、サポートは任せて欲しい﹂
1244
天使化の疲労から未だ回復できずに居るジュードが、震える足で
立ちながら俺の隣に並ぶ。一応、奇跡の能力は使えるようで、身体
は付いて行かないまでも、闘士だけは十字架の形に光り輝く瞳に宿
っていた。
﹁まて⋮⋮奇跡?﹂
そう、奇跡だ。
例えば、魔法が無い事を証明できないから、有る。と屁理屈を言
われたとしてもだ。もし奇跡的にそれの証明が出来てしまった場合。
どうなる?
ん? どうなるんだ?
あれ?
とにかく、勝訴できてしまうんじゃないか?
俺は、無い頭を絞り出して結論に導く。
多分、似た様な対極に位置する属性が打つかり合って、打ち消し
合うであろうと。
屁理屈に対して、暴論で、奇跡を起こす。
よしこれでもう怖くないな。
﹁ジュードさん。私の奇跡を、祈ってください﹂
﹁了解した。任されよう﹂
1245
これによって、魔王によって限りなくバッドエンドに近づけられ
ていた俺の運命改変は、奇跡の力により相殺される事を祈ろう。
ワウス
﹁もう良いか? 面倒くさいからこれで終わりにするぞ̶̶̶災禍﹂
闇の深淵、悪魔の証明、そしてもう一つ。邪神の力をそのまま体
現したと言っても良い。災禍。一度喰らったので判る。これは、あ
りとあらゆる天災を一つに纏めて、尚且つそれが過ぎ去った状態へ
と強制的に変質させる力だ。
石であれば風化した様に朽ち果てる。それと同じ様に、以前の俺
も塵となって消滅させられた。そして避けるのは絶対不可能である
故に、どうしようもない必殺技であるのだが。
今回は違う。
﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂
ビンゴ。俺は立っている。災禍を確りを受けてな。
厳密に言えば、一度殺されて最復活した状態。
塵になった瞬間、運命の祝福によって復活し身体を再構築したの
である。よく使う手段だ。悪魔の証明で運命改変が無効化されてい
た今までは、そのままログインポイントへと強制送還されていたが、
ジュードの奇跡によって相殺する事に成功した様だった。
魔王は、目の前で起こった出来事が理解できないのか、口と目を
見開いたまま固まっている様だった。それもその筈。残りひと欠片
までたどり着いた邪神の力を使っても、俺を倒しきれなかったんだ
1246
からな。
ここへ来て、勝利の女神は俺に完全に微笑んでいる。
さっさと片付けてしまおう。さらばだ魔王。
バラ
﹁邪神教諸共、全て浄化し尽くして上げます。聖火﹂
純白の炎が、魔王の足下から火の粉を上げる。魔王はハッと正気
に戻って飛び退いても、燃え広がる火の粉は衰える事を知らない。
﹁クソッ!!! 何だこれッ!!! 消えろ!! 消えろよ!! 消えない事を証明できるなら̶̶̶﹂
﹁否、奇跡は起こりうる!﹂
悪魔の証明の力を用いて、聖火を打ち消そうと躍起になる魔王だ
ったが、それに気付いたジュードが、力を相殺する。
この展開に観客も付いて行けていない様だった。静まった中で、
魔王の叫び声だけが響く。そして魔王は燃えながら倒れ込むと、笑
い出した。
﹁プククク⋮⋮ハッハッハッハ!!! 笑えて来るぜ。てめぇ等は
今にも俺が死にそうになってるって思ってるんだろうな? 俺は魔
王だぞ?﹂
魔王は大きく息を吸うと、鼓膜が破れそうな勢いで大声を発した。
﹁俺は!!!! 魔王だぞ!!!!!!﹂
1247
思わず耳を塞いで顔を顰める。細くなった視界の端に、何者かが
ステージに飛び込んでくる姿を捉えた。
その乱入者は、赤い髪をなびかせて。
彼特有の気色悪いにやけ面を含ませながら。
片手に剣を握りしめていた。
﹁ロッソ!?﹂
赤髪のロッソが、前にも増した俊敏な動きで、此方へ向かって来
ていた。混乱に乗じたプレイヤーキルか? プライドをぼろぼろに
した俺への復讐か。と思って迎撃態勢を取ったが、予測に反して彼
は俺の一撃を回避してすり抜けた。
まるで、狙いが俺ではなく、初めから決まっていた様な動きだっ
た。
﹁ジュード!?﹂
そう、彼はジュードを初めから狙っていたのだ。慌てて十字架形
態に戻したクロスを振るう。神聖なる奔流は、ジュードを飲み込ん
でしまう可能性があるから。
キンッ。という硬い音がする。彼は持っていた長剣を後ろへ投げ
て、クロスを弾き返したのだ。そして、ジュードとロッソの影が重
なる。腰に差していたナイフを素早く取り出すと、ジュードの心臓
目がけて突き立てる。
︵フォル! 祝福は!?︶
1248
︵奇跡があるから彼には掛けれないの!︶
悪態をつこうと思った時。
またしても神様は俺に味方をする。
時が止まった。
今回は悪魔の証明も奇跡も互いに相殺し合っているので、ジュー
ドも魔王も動きを止めていた。当然ながら、ロッソもだ。
あと数センチで突き刺さりそうだったナイフも、ギリギリ寸前の
所で止まっていた。良かった。
︵後5秒ですからね?︶
﹁判っている。俺は未だ本当の王格になり得ていない。魔王を見て
いて理解した。だが、必ず追いつく。今はこれだけしかできないが
な。ッッ無駄ァッ!!!﹂
1249
DUOの右フックが止まっているロッソの顔面へとクリーンヒッ
トする。
これだけって、超絶ファインプレーだよ!!
﹁⋮⋮そして時は動き出す﹂
あれ、それってセリフ間違ってない?
そんな事はさておいてだ。
時が動き出した途端。ジュードに向かっていたロッソは、慣性の
法則に逆らう様に横に吹っ飛ばされた。ジュードも、何が起きたの
か判らない様に目を見開いたまま固まっている。
﹁ジュード! 無事か̶̶̶ぁあッ!!﹂
近づいた瞬間。ジュードの心臓部から、剣の切先が突き出て来る。
そして、確実に殺しに来ている様に、グリッと剣が回転する。
背骨やあばら骨に剣が擦れるガリッと言う音や肉を抉るグチュッ
と言う音が同時に聞こえ、ジュードもそれに合わせてうめき声を上
げた。
誰だ!?
ロッソの脅威は無くなった筈!?
﹁ギャハハ!! バァカ!! 甘っちょろいんだよバァカ!﹂
ロッソは、影の男ミストに支えられながら立ち上がり嘲笑った。
その顔は殴られた後が痛々しい程に腫れ上がっているが、彼は興奮
から痛みを感じていない様だった。
1250
そうか、影が重なったあの時。ミストがジュードの影に潜んでい
たのか。歯ぎしりがなるほどに歯を噛み締める。
﹁カ⋮⋮こ、、と⋮⋮特務、私は⋮いいから⋮⋮魔、王を﹂
瀕死の彼の言葉に気付かされ、魔王に目を向けた。すると、魔王
は首だけになりながらもまだ生きていた。
﹁おい、拾え﹂
魔王はロッソに命令し、それに従う様に髪を掴んで持ち上げた。
未だ聖火は魔王を燃やし続けている。
﹁うへぁ。バッチい。これ、触ったらどうなんの?﹂
﹁俺様と同じ状況になるからやめとけ﹂
﹁へいへい﹂
一体、どういう事だ。
いつの間にかミストは黒いオーラに包まれた塊を所持していて、
そのまま魔王の口の中へと放り込んだ。そうすると、彼を焼き続け
ていた聖火の炎は、ゆっくりとであるが、その勢いを落とし鎮火し
て行った。
﹁魔王降臨はな、邪神の魂を生け贄に俺様を呼び出す物なんだよ﹂
魔王が、首だけになりながらも俺に言い放つ。
﹁俺様は一つ嘘をついた。邪域から出れないんだよバーカ。だから
機会を待ってた訳だ。エリックがお膳立てしてくれる舞台をな!﹂
1251
衝撃的な事実を目の当たりにする。
﹁そんな面倒くさい事を貴方が⋮⋮﹂
﹁喉から手が出る程欲しい物がそこにあるんだぞ? するに決まっ
てんだろ。ま、面倒くさがりは装っておくがな。騙しの専門の悪魔
を騙そうなんて烏滸がまし過ぎるぞ人間﹂
くそ、展開に付いて行けない。
エリック神父の盤上で動いていたと思ったら、それより以前に、
魔王と対峙した時既に、俺達は彼の盤上で愉快に踊っていたという
のか。
﹁ま、俺をここまで追いつめた。それだけは評価してやろう。やけ
くそ君?﹂
言葉が俺の精神に重く突き刺さる。
俺は一体⋮⋮。
﹁これで邪神の欠片も揃った事だし。邪域に戻って本格的に邪神教
の活動開始ってわけだ。⋮⋮あ、ついでに言っとくけど。邪神の欠
片揃ったから俺は邪域から自由に出入りできるからな? まぁこの
辺に元邪神教会があった時点で察しは付くよな? どれだけの脅威
かちっとは自分の頭で考えろよ。おい、帰るぞ﹂
ぶっきらぼうに言うだけ言って、魔王はロッソに指示をする。ロ
ッソは舌打ちしながらも言う事を聞いている様だった。首だけ魔王
が作り出した黒い転移ゲートにロッソとミストの二人が共に入って
行く中。
1252
ロッソだけ、赤い髪の毛を揺らして振り返ると。
﹁あばよ糞神父。ここから先は完全な敵同士だ。徹底的に邪魔して
やるぜ? 絶対てめぇと同じステージまで上ってやっからよ? 精
々怯えて待っとけや﹂
ゲートが消滅する。
この時、攻撃すれば良かったのだと思う。ジュードの仇討ちとし
て有無を言わさず最大出力で暴れてしまえばどんなに楽だったか。
だが、俺の心は身体を縛り付けて話さなかった。
無惨な結末に、俺の心は未だに理解を示さないでいた。
会場には後味の悪い空気が残る。
結果的には魔王を退けた英雄として広く広められて、共に挑んだ
奇跡の子ジュード=アラフは名誉の戦死を遂げたと言われた。
だが、俺の中では不完全燃焼であり。
どうしても自分自身が許せなかった。
また、殺された。
次はデスペナルティで復活したりなんかしない。
もう戻って来ない。
この世界の人だ。
1253
俺はこの大会決勝戦にて、不戦勝で優勝する。
宣言通り、優勝したのである。
1254
女神聖祭 Battle of Crusaders −10−
︵後書き︶
魔王﹁え?傷?そんなもん無くない?腹?穴なんて空いてねーし。
腕?あるじゃん、ちょっとおやつに食べちゃったけど?﹂
魔王﹁傷? いやいや、何もして無いのに傷を負うなんて有り得な
くね?﹂
魔王﹁いやほら、なら証明してよ?俺がいつどこで何時何分何秒地
球が何回回った時怪我しましたかー?﹂
魔王﹁証明できないだろう? だったら傷なんて負ってねーよ! 悪魔の証明!﹂
魔王の体力が全快した。
1255
女神聖祭 Battle of Crusaders −終−︵
前書き︶
リアル回。
今まで隠し通して来たつもりのリアル話がメインになっています。
1256
女神聖祭 Battle of Crusaders −終−
女神聖祭は滞り無く終了した。
俺は法王就任を独断で放棄して、女神聖祭が終了してから即ログ
アウトした。
色々あった。個人的にかなり長いゲームプレイ時間だったと思う。
アレから数日間、俺はまだ一度もログインしていない。
ログインする気が起きないのだ。
ゲームの世界では英雄と呼ばれていても、現実世界じゃただのサ
ラリーマン。だ、なんて良くある事だと思うのだが。
ゲームの世界でも俺は自分自身を英雄視出来る自信が無い。
本当に助けたかった人。
そして助けれる距離だった人が、全然救えてないじゃないか。
異世界感覚て感情移入してしまったばっかりに、失意のどん底で
ある。
エリーの首が飛ぶ瞬間を見てしまった頃よりも激しく後悔してい
た。
でも、運営のホームページはたまに見るんだよな。
ゲームに、あの世界に未練はやっぱりあるようで、まだまだ試し
尽くしてない事だって、見た事無い世界だって、沢山ある。
1257
だが、VRギアをセットして起動する事が未だ出来ないでいた。
本日も、仕事前に公式HPだけはチェックするのである。
邪神アップデートだなんて巷では呼ばれている。
んだよ。確定路線だったのか?
マジで、俺は運営にも踊らされていたのか?
プレイヤーは基本的に運営に踊らされるもんなのだが、擦れてし
まった俺の心はひねくれた事しか言わない屁理屈発言機と化してし
まったのである。
自宅書斎にて、本日仕事で使う資料の確認を行う。
今日は午後のみ。母校である龍峰学園で講師を行う事になってい
る。
出ないやる気を無理矢理切り替えながら、一周回ってまたグダっ
てしまう精神に喝を入れながら、バスに乗って龍峰学園を目指す。
乗車して十数分。意外と近い場所に入り口はあるのだが、ここか
ら更に学園内モノレールへと乗り込んで、A地区A校舎を目指す訳
である。
皆は授業中なのだろうか。来賓だったり、通り抜けで利用してい
る人しか居ないスカスカのモノレールの中で座りながら、今日の晩
飯の事を考えていた。
ぐぅぅぅぅ。
︵あ、昼飯すら食べるの忘れてた︶
1258
やる気が出ていた頃が懐かしい。そんなに前の話でもないんだけ
れど、ゲームの世界に居ると、遠い前の話の様に感じる。蓄積され
る時間の幅が違うからかな。
A地区へ入った所で、モノレールを降りる。
︵確か区内地図では、A地区にも軽食を食べるスペースがあったと
思うんだが、どこだっけな?︶
キョロキョロと辺りを見渡せど、生徒数2万強を誇る龍峰学園で
も、授業中と重なれば人はあまりおらず。寂しい風景が出来上がっ
ていた。
たまたま急ぐ様に道を歩いていた金髪の女の子に声を掛ける。急
いでる所悪いが、俺も腹が空いていて堪らんのだよ。
﹁すまん。この地区に軽食が食べられるスペースって無かっただろ
うか?﹂
﹁し、﹂
﹁⋮⋮ん?﹂
﹁いえ、ナンデモありまセン﹂
片言の日本語を喋りながら、俺の知ってる人にどことなく似てい
るブロンド美女は微笑んだ。そして俺に残酷な現実を告げる。
﹁この地区は完全学区ですカラ、遊具施設すらアリマセンよ?﹂
﹁ええ∼! マジか。そうなのか⋮⋮﹂
気を落とす俺に、ブロンド美女はこう告げる。
1259
﹁貴方、卒業生じゃないんデスカ?﹂
﹁なんでしってるんだ?﹂
﹁あ、いや、なんでもアリマセン!﹂
若干喰い気味に話を遮られてしまう。それにしても、目、鼻、雰
囲気。俺の良く知ってる人物に凄く似ているな。
ゲームの世界でよく引っ付いて来たエリーの事を思い出す。懐か
しい。彼女も龍峰学園だって言ってたっけ。
﹁何か、顔に付いていマスカ?﹂
﹁ああごめん。俺の良く知ってる人に凄く似てたからさ﹂
と言っても、2万強を誇るのこ学園内で、探し人を見つける事は
非常に困難だろう。他人のそら似さえもコンテストとして学園祭で
一大コンテンツになってしまう場所だ。
ドッペルゲンガーだって探せば一人や二人見つかる筈なんだ。
﹁所で、お時間は大丈夫なんでスカ?﹂
彼女にそう言われて我に返る。
そう言えばそうだ。
﹁す、すまん! 呼び止めた俺が悪いんだが、ちょっと急ぎの用事
があったんだった! じゃ!﹂
俺は駆け足でその場を後にした。
講義室まで向かう途中、俺は何度か道に迷い、十分程遅刻してし
1260
まった。しかも、そのまま腹が減った状態でな。
マイクで俺の腹の虫が何度叫んだと思ってる。
何度気まずい雰囲気になったと思ってる。
そして、あのブロンド。
お前も講義受けてるんだったら一緒に連れて行ってくれよ。
ここ最近、やる事成す事全てが上手く行かない。
そう言う時もある物だが、少し受け入れがたいよな。
肩を落として帰路につく俺を呼び止める声がする。
﹁クボヤマ先生﹂
﹁ん? 俺は講師として招かれてるが、先生じゃないぞ﹂
そう言い返しながら振り返ると。
ブロンド美女がそこに居た。
﹁浮かない顔デスネ?﹂
相変わらず覚束ない日本語が、少し笑いを誘う。
思い出し笑いだな。俺の知ってる女の子は、日常会話はいつまで
経っても覚束ないのだけど、ヲタク知識というか。自分の興味ある
事に関しては誰よりも勉強熱心で、アニソンとかゲーム主題歌だっ
たりすれば凄く流暢な日本語でこなせるのだよ。
﹁今度は逆に笑ってイマス?﹂
﹁ああ、君にそっくりな子を知っていてね。まぁ、ゲームの世界の
話なんだけど、思い出し笑いしてしまったよ。すまん﹂
1261
そこで、俺の腹の虫が限界を訴えるかの如く激しく鳴り響いた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁フードコートでも行きまショウカ?﹂
﹁ああ、そうしよう﹂
彼女に手を引かれるまま。モノレールへと再び乗車し、C地区に
と地区と学区は段階毎に別れていて。それ
あるフードコートと呼ばれる系飲食店が立ち並ぶ学区へとやってき
た。
因にA−B−C−D
ぞれ教えているレベルの幅も違っていたりする。もちろん、Aが一
番頭がいい。
まぁ生徒の学校の楽しみ方は人それぞれで、不良の吹き溜まりの
様な学区もあれば、優等生が立ち並ぶ学区だってある。
A地区A学区を歩いていた彼女は、かなり勉強ができるタイプの
人間なのかもしれない。見習わなければ。
﹁あ、お金。ロッカーに忘れて来てしまいマシタ﹂
﹁いや、案内してくれたお礼に、俺が出して上げよう。こう見えて
そこそこ持ってるんだからな?﹂
年長者は年下に対して威厳を保たなければならないという日本独
特の考え方で、俺は彼女に軽食をプレゼントしてあげる。財布に幾
ら入ってたか覚えてないけど。
C学区のフードコードだぞ。学生の範囲内だ。安いもんだ。
1262
﹁ヤッタ! ならおすすめのお店がアリマス!﹂
そう言われてやって来たのは、コースで一人1万3千円するお店
だった。
﹁なんでこんなのが高校にあんだよ⋮⋮﹂
﹁最近は高級思考を持つリッチ生徒目線のお店が増えてるらしいん
デスヨ。生徒会でも良くこのお店を使って会議している程デス﹂
解説どうもありがとう。
どうせアレだろ。会議のお金は学園の予算だろ。
項垂れる俺の顔を覗き込んで、ブロンド美女が悲しそうな目で呟
く。
﹁お、お口に合いまセンカ⋮⋮?﹂
﹁そんなことないない。高いから上手い筈だ。是非行こう。俺の驕
りだ﹂
口車に乗せられてしまっているのだろうか。
完全に美人局に引っ掛かるタイプの人間だと思われてないだろう
か。
だが、これでこの子の笑顔が取り戻せるなら。
﹁⋮⋮安いもんだ﹂
1263
﹁その、ゲームで知り合ったワタシと良く似ている女の子について
知りたいデス﹂
彼女と何を話したかと言えば、それはそれはたわいも無い話だっ
た。
ふ∼ん。高校生に振る舞う料理でこの質なら意外と実利を兼ね備
えてるかも。なんて言う料理を真面目に分析してみるくらいの適度
な間で話しつつって感じ。
あら、意外と一緒に居て違和感を感じないな。この子。
﹁ん∼。ゲームの中じゃ大分会ってないからな。俺が今インしなく
なっちゃってるから﹂
﹁どうしてデスカ?﹂
これを話して、伝わるのだろうか。という風に言葉がのど元で詰
まってしまうのだが、まぁ知らない人だし、今日だけの付き合いだ
し別に良いだろうとのど元からゴーサインが出た瞬間。
1264
俺の溜まりに溜まってしまっていたゲームへの感情が爆発する様
に流れ出て来て、止めるのに一苦労するのである。
﹁⋮⋮そう言う事だったんデスカ⋮⋮﹂
﹁ははは。まぁ苦痛を感じて逃げちゃったんだけど。いまいちモチ
ベーションが上がらなくって。でもゲームをプレイしたいフラスト
レーションが溜まりに溜まってね? 悪循環さ!﹂
少し重たい話になってしまったみたいなので、空気を一変させる
べくおちゃらけてみる。だがしかし、彼女は真剣に悩んでいる。
え、そこ悩むとこ?
だってゲームの話だよ!?
﹁例えゲームでも、それだけ感情移入してるんデス。真剣デス!﹂
﹁そんなもんか? いや、まぁ、そうだよな⋮⋮﹂
ゲームの世界を全力で楽しむ為に俺は何をした。結構色々な事を
して真剣に楽しもうとしてたな。ゲーム内の事はゲーム内での連絡
手段で済ませてたし、旅をする際は一度装備をリセットして最初か
ら挑んだりだ。
やっぱり、思い入れが強いよなぁ。
未だゲームキャラじゃなく、向こうの世界の人を確り人として見
てしまう自分が居るんだ。
でもそう考えると。
ジュード、彼の事が。
﹁ワタシが思うに、ゲームの世界で個人を作り過ぎてたんじゃない
1265
デスカ? 大体、敬語の時点で無理してる感がプンプンしマス! 更にはMMOなのにプレイヤーとの関わりが無いじゃないデスカ!
そのワタシによく似た子? もっと大切にして上げるべきデス。
あとロールプレイは無理矢理する物じゃないのデス!﹂
わーお。ろ、ロールプレイ? でるよでるよ。
ここまで真剣に考えてくれるのは嬉しいのだが、着実に彼女は毒
されている。
そんな気がしてならないのよ。
最後に、彼女は俺の手を握りしめながら透き通った瞳でこう言っ
た。
﹁ギルドの皆様も、その世界で関わりを持った方も、何より貴方の
パーティの方々もそして、傍にいようとしてくれた、いや、傍に居
てくれたその女の子も。皆、貴方の事を待ってイマス。きっとデス﹂
そんな風に優しく言われてしまったら。
泣いてしまうじゃないか。
﹁ええいやぁ、この涙は不可抗力で﹂
﹁良いんデス。支えてくれる人は、沢山居ますカラネ⋮⋮師匠﹂
は?
涙が一瞬で引いた。
﹁お前、エリーだろ﹂
その一言を聞いた彼女は、テヘペロっと下を出して巫山戯た様に
言う。
1266
﹁バレちゃっタ☆﹂
何が透き通った瞳だ。前言撤回だ。
コイツの瞳は現代社会の汚れに大分浸食されてやがるぞ!
﹁おいもう付いて来るなって。俺んちまで来たら俺が掴まるだろ﹂
﹁いーやーデース!﹂
得てして顔見知りにとんでもない自分の恥部を曝け出して、そし
て泣いてしまった俺はこの日を黒歴史にして封印しようと心に誓っ
た。
だが、その心の中は澄み切っていた。
懐かしいエリーとの絡みも、まさかゲーム外へと波及する勢いに
まで至とは思わなかった。
でもなんだかんだ嬉しいのは内緒。
照れ隠しだふざけんな馬鹿野郎。
1267
﹁ほらもうここ俺んちだから。もう玄関だから帰れよ!﹂
﹁お、大きいデス﹂
﹁そう言うの止めて!! ご近所さんに誤解されちゃうでしょ!!﹂
﹁デモデモ! 釣王とは沖縄デートしたんでショウ!?﹂
﹁アレはデートじゃねーよ! 俺は仕事で行ったからたまたまオフ
会しただけだ!﹂
﹁デートジャン!!!﹂
﹁ノオオオオオオオオオオ!!!﹂
こういうのは最早じゃれ合いの一部である。
要するに、慣れだ。慣れ。
埒が明かないので、俺はエリーを夜が危険を誘き寄せるとどうた
ら。と適当に言いくるめてわざわざ来た道を戻って送って行く事に
した。
エリーもなんだかんだ満足そうで、良かったよ。
やたらを大きなエリー邸の玄関︵ただし、ドアまでは100mく
らい距離がありそう︶にてお別れの挨拶をする。
お別れの挨拶って想像してみ?
大抵がキスだろ?
俺等の場合はこうだ。
﹁じゃ、帰ったらすぐログインしてくだサイネ!﹂
﹁あーったあーった﹂
﹁本当!?﹂
﹁本当だよ!!!﹂
1268
ムードもロマンスの欠片もねぇ。
だが、このくらいの距離が丁度良い。
今日はいい日だ。
不調気味だったけど、最終的に有終の美を飾れたと自己評価する。
帰宅して。キーケースに着けていた合鍵が一つ、こつ然と消えた
事に対して猛烈な恐怖を感じながらも、俺はVRギアを頭に装着し
た。
﹁飯も食べた。明日の準備も終わらせた。何より、このVRギアの
為に購入した椅子。入念に手入れもしたからバッチリだな。何より
仮眠も取ってたし﹂
仮眠によってログイン時間が2時間遅れたのは内緒。
まぁ、別に良いだろう。学生もまだログインできる時間範囲内だ
し。
俺はVRギアのスイッチを入れる。
ブゥン。一昔前のブラウン管テレビを付けた時の様な音が響く。
﹃ようこそ、RIOの世界へ﹄
﹃ ﹄
1269
﹃ ﹄
﹃ ﹄
﹃ ﹄
⋮⋮⋮⋮。
﹃遅い!!! 貴方はまたそうヤッテ!!!﹄
﹃クボさんお帰り∼! 長い休暇だったね。魔法学校の書庫制覇し
ちゃったよ﹄
﹃お帰りなさいませ。本日お帰りになられるお聞きしたので、色々
と準備をして来ました。もちろんフードコートの食事より豪華です
よ﹄
﹃やっと戻って来たか⋮⋮﹄
﹃迷宮行かないか? 迷宮﹄
﹃食堂の新メニューとか試食してみないか?﹄
﹃ケンちゃんと私とエリーさんで考えたのぉ∼﹄
﹃アンタねぇ⋮教会の仕事ほっぽり出してどこ言ってたのよ。お陰
1270
で禁酒してまで仕事付けよ!?﹄
﹃おかえりなさい。クボヤマ﹄
﹃あ∼神父さまだぁ! また兎のシチューつくってよ!﹄
﹃よっクボ! 第五都市も細かい部分まで全部終わってっからよ、
今度立ち寄ってくれや﹄
﹃寿司屋、オープンした﹄
1271
女神聖祭 Battle of Crusaders −終−︵
後書き︶
エリー邸前。
クボ﹁お、大きいです﹂
エリー﹁アーッ!﹂
クボ﹁止めろ。振った俺も悪いけどさ﹂
次から第三章です!
やるせなくなってプチ引退。ネトゲでは良くある事ですよね。
久々にインしてみたら、意外と友録消してない方が多くって、色
んな方からお帰りって言われる事が凄く嬉しかった記憶があります。
クボヤマの失意を長々と描いてもしょうがありませんし。更なる
渦中へと引きずり込む予定です。
そしてやっとMMOっぽくやって行きますよ。今までゲームの世
界の人との繋がりを含めて描いてみたんですが、第三章からは邪神
アップデートと呼ばれる物に挑戦するクボヤマを含めて様々なリア
ルスキンプレイヤー達を描いて行きたいです。
1272
第二章。終
新作投稿しました!
﹁奈落に落ちた俺が超能力で無双する﹂
http://ncode.syosetu.com/n5083
du/
ぜひ一度ご一読を!
この一年ずっと更新しています。
グローイング・スキル・オンライン
http://ncode.syosetu.com/n7793
dh/
1273
邪神教アップデート!︵前書き︶
新章導入でございます。
べ、別に話数を稼ぐなんてしてる訳じゃないんだからね!
1274
邪神教アップデート!
邪神教アップデート。
巷でそう呼ばれている物についての簡単な説明なのだが、公式サ
イトを見る限りどうやら確定路線の様だったみたいで、彼の有名な
女神聖祭にて尽力したギルド福音の女神や女神教団の方々には敬意
表してこう言わせてもらう。
彼等は英雄であったと。
特に、黎明期の最前線を歩んで来たであろうゴッドファーザー・
クボヤマ氏。彼は常に時の中心人物だった。彼を中心にしてこの世
界は動いているのかと錯覚する程に、この世界の歴史は彼の行動に
よって激動を重ねたのである。
対魔王戦歴でも、犠牲となった物は僅か一人。いや、英雄である
彼の目線から物事を語るならば、犠牲者を出してしまった。そう言
えるだろう。他にも見えない部分で多大な犠牲を払って来ていたの
かもしれない。
だがこの文章はギルド福音の女神の中枢人物の一人からしか聞く
事が出来なかったため、確証を得る事は出来なかった。ただ、彼等
だ歩んで来た道は、その歴史は知り得た。
今は混世。世界には新しく邪神教と呼ばれる宗教団体が息を吹き
返し。その影響もあって世界各国に迷宮が出現するにあたった。そ
れが、邪神アップデートと呼ばれる物である。
1275
これに貢献した人物はギルド名無しの赤髪のロッソ。我らがゴッ
ドファーザーの敵として確立した人物でもある。一部では今の時代
への鍵となった人物として伝説化されている情報も上がっている。
だが、私は彼等プレイヤーキラーと呼ばれる集団の存在について
肯定的な人間にはなれない。例え邪神教アップデートが既定路線で
あったとしても、もっと他の方法があったのではないかと考えさせ
られるのである。
話がそれた。邪神教アップデートによる迷宮出現。メリットもも
ちろんある。プレイヤー達、そしてハンター達の探究心に大きな芽
を芽吹かせた。そしてそこから出る資源にて経済が発展するという
状況も出て来ているのである。だがしかし、凶暴化する魔物、その
被害によってより一層混沌とした世の中になってしまったのもまた
事実。
何より、魔王の沈静化。一番のメリットはここがデカいのではな
いだろうか。混沌とした世の中を見た後、魔王は再び遠い闇の中へ
と戻ってしまったらしい。これは公式HPによる情報だ。ソースは
以下略。
世の中を掻き乱すだけ掻き乱しておいて。とは思っているのだが、
新しい資源によってリアルスキンプレイヤーのモチベーションも急
上昇した事も好ましい事なのだろうか。
時代は着実に確立されつつある。リアルスキンプレイヤーもノー
マルプレイヤーもその在り方を弁えていたり、分別し、互いに協力
し合うような体勢が取られている。両者の間に垣根は多少ある物の、
世界は着実にその在り方を定着させつつある。
1276
私も福音の女神達の軌道を耳にしたのも、魔大陸に有る迷宮都市
の一部である。当時迷宮は迷宮都市、もしくは魔法学校の迷宮しか
無かったのだ。私はもちろん迷宮に籠っていたよ。そこでとある人
物と出会った。
ボロボロのローブを身に着けた賢者と言われるハザード氏である。
彼は新たな魔法の可能性を発見し、迷宮へ単独で潜っている様だっ
た。6人パーティで数日潜るだけでも厳しい環境なのに、彼は単独
で。
彼等の、英雄達の実力が見え隠れするのである。私もある種の憧
れを抱いたが、とてもじゃないが冥界へ赴いたり、海溝深くへ潜っ
たり、鉱山の噴火に巻込まれたりしたくはない。いやしたくても出
来ないので、憧れは憧れとしてこの文章に纏めて保存しておく事に
したのだ。
こうして、このファンサイトは生まれたのである。
カメラ
今の私の目的は、法王職という宗教職の中でも頂点に立ちながら、
各地を転々と旅し続けるゴッドファーザーをこの最新式の写影機に
てパパラッチする事である。
断じてアフィリ⋮⋮げふんげふん。
さて、長くなり過ぎたので、ここから先はフィリオ隊の迷宮探索
レポートでも読んで時間を潰してくれて結構だ。このように、何か
彼等英雄の手掛かりがつかめた場合、特設記事として投稿して行く
ので、毎日の観覧をよろしく頼む。
下記の掲示板でも情報を募集中だ。
−ギルド福音の女神ファンサイト管理人フィリオ−
1277
1278
邪神教アップデート!︵後書き︶
次回から神父登場。
無駄に作るのを止めて砕けた言葉遣いになっていると思いますが。
色々と心を入れ替えただけですので、ご容赦ください。
1279
現実逃避に余念は無い︵前書き︶
基本的にリアルスキン勢には、プレイヤーがつきます。
商人↓商人プレイヤー
農家↓農家プレイヤー
漁師↓漁師プレイヤー
ですが、基本的って言うだけであって、回り全てが使っている訳
ではありません。ので言葉の中には出て来る事は少ないです。
1280
現実逃避に余念は無い
頭の痛い悩みなんぞ、ロキ○ニン︵処方箋・痛み止め︶でどうに
か誤摩化してやって行くしか無い。小学生の頃は﹁痛くないもんね
∼!﹂で済んでいた身体の不調も、中学生くらいになれば﹁部活の
顧問が怖いから我慢しなきゃ﹂くらいになっていて、高校生くらい
なると﹁あ、やばい保健室だわ。これは痛い奴だわ﹂と保健室へ休
講し熱が無い事が発覚すると良く追い出された物である。大学生に
でもなれば﹁あ、自主休講だわ。これは自主休講﹂と言う風になっ
て居たに違いない。
大学、通った事無いんですけどね。すっ飛ばして社会人へと駆け
上がり、今年度でようやく二十三歳。早生まれだからな。
既に社会に出ている訳で、責任がのしかかる。そして、体調不良
を起こした時なんて目も当てられない。会社からは這ってでも来い
と罵られ、病院に行く機会も無く、それこそ頭痛薬や痛み止めすら
無い状況で、無理矢理誤摩化し用の無い状況を誤摩化しながらこな
して行くしか無くなってしまうのである。
え? 言いたい事がよくわからないだって?
てやんでぃ!
ゲームの世界でまで、責任を背負わされて堪るかって事だよ。俺
は誤摩化しどころか、大きな問題はどこ吹く風の如く、それぞれの
枢機卿に任せ切ってしまって、今まで拘束されて出来なかった事を
行おうとリアルスキン旅商人パーティの行商隊の荷馬車に混ざって
移動していた。
1281
﹁お兄さん、確かローロイズまでだったね?﹂
行商人プレイヤーが馬車の御者席から張り幕を開けて尋ねてくる。
一応中に空気が籠らない様に後ろの部分を開けてもらっていたのだ
が、少々熱気がこもって辛かった所もある。空気の通り道がきちん
と作られた事によって、それが一気に流れ、新鮮な空気に置き換わ
る。
行商人プレイヤーさんよ、貴方は神か。もしくはそれに準じた人
物か?
﹁何言ってるんだよ。あーやっぱり中は熱で籠るかい? 良かった
ら隣に座るかい? 少し楽になると思うよ﹂
いつの間にか声に出ていたようで、呆れられる。だが、慈悲を貰
えた。俺は二つ返事で御者席へと移動した。
﹁今の時代は竜車がメインだと思うんだが?﹂
馬車の御者席にて行商隊の一列や、回りの風景を見回しながら呟
く。それは隣の人にバッチリ聞こえていたようだ。
﹁ははは、アレは大手商会の高速流通用の物だからね。新規参入は
無理だよ。俺は最近リアルスキンモードに切り替えたばっかりだし、
せっかくノーマルプレイモードに培った技術も財産も、なかなか上
手くは使えないものさ﹂
この人はノーマルプレイで財産を溜めて、旅商人警護系のクエス
トをしながらノウハウを学び、リアルスキンモードに移行。そして
1282
新たな人生を歩み始めたハイブリッド勢だ。
﹁新聞読むかい?﹂
﹁売り物じゃないのか?﹂
荷台からガサゴソ、商業新聞の様な物を取り出すと俺に手渡して
来る。
﹁俺も読んでるしね、構わないよ﹂
﹁頂こう﹂
青空の仕立て、馬車に揺られて新聞を読む。この商人プレイヤー
は細かい流通を手掛け、上手く生き残っている様だった。大きな街
から商品を仕入れ、その土地に点在する村々への小規模流通。
それなら馬車で事足りるし、大きな商会からの援助もそこそこ受
けられるだろう。実に上手いな。いや、ノーマルプレイから着実に
自分のすべき事を考えた策略家だと言えよう。そう考えながら俺は
新聞の文章に目を移した。
﹁何々? バースデー商会、アラド商会と業務提携。極東への流通
経路を持つバースデー商会と提携した事で、東西の垣根が取り払わ
れつつある⋮⋮﹂
﹁ほぉ∼。東西がねぇ∼。でも俺には関係無い事だな﹂
﹁間違いない。でも誇りを持っていいと思うわ﹂
﹁ありがとさん。俺も上手い事やって行けそうだぜ﹂
粛々と馬車は進む。平和な日だな。旅日和だ。馬車の車輪がガラ
ガラなる音との中に、上空から飛竜の鳴き声が混ざり出した。そろ
そろローロイズへ着く頃だな。
1283
旅商人プレイヤーにお金を払う。そして物流都市へと発展を遂げ
たローロイズの中央街道を歩き始めた。様々な店が立ち並ぶ、それ
こそ以前来た時よりも更に店の数が増えてギュウギュウ感が増した
と錯覚しうる程に。
俺は着の身着のまま船着き場を目指す。今回俺が目指している物
はそこから更に海を渡った先にある、魔大陸なのである。
兼ねてからゴーギャン・ストロンドに一度来いよと言われていた
魔大陸。結局向かうと見せかけて、相手が此方にやって来る事が多
かったので、行けずじまいだった。次から次に問題が転がって来る
からな。
一つ一つ抱えてちゃ、身が持たないよ。と、言う訳で、いつも俺
の傍に居てお目付役と化したあのロールプレイ三人衆︵エリー、凪、
セバス︶がテスト勉強でお休みしているリアル時間一週間︵この世
1284
界ではそこそこ長い︶を利用して、全ての責任を第五都市の枢機卿
へと放り投げて跳び出して来たのである。
もちろん、セバスのみ。
旅に出るとは伝えてある。
さてさて、ハザードも既に先行して魔大陸の迷宮都市に向かって
いるようだし、色々人に会う為に魔大陸へ向かう。そんな感じなの
だ。やまんもどうしているかね。相変わらず魔大陸の何処かで正義
を貫いているのかな。
北魔大陸直通の貨物船へと乗り込んだ。一般客として乗り込んだ
のだが、途中船内放送で呼び出しを喰らってしまう。ローロイズか
ら西の海域を掌握する、釣王に。
﹁座って、いいから、はやく﹂
今まで寝転がっていた8人一組の二段ベッドが四つ並んだタコ部
屋から、一転してこの豪華な船長室へ。空間がゲシュタルト崩壊し
そうだ。
テーブルの上に並べられたのは、豪華な食事である。
接待プレイは正直好みじゃないんだけど。
旅根性が染み付いている俺は、何の裏があるかも判らないのに、
釣王の言葉に頷くと食べ物に齧り付き始めた。美味い物は食べてし
かるべき。
﹁なんで判ったんだ?﹂
1285
当然の様に疑問を打つける。
﹁客名簿。たまたま本船内での業務が堪ってたから。それをこなし
てたら偶然見つけたのよ﹂
運が悪かったようだ。こんな事なら、もっとボロい小規模な船に
しておけば良かった。下手に人に紛れようと一番大きな船に乗らな
ければ良かった。後悔してももう遅い。
﹁別に呼び出す必要は無いと思うが⋮⋮﹂
﹁いいのよ。私は貴方とお話がしたかったの﹂
﹁⋮⋮西海域における養殖基盤か?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮もうそれでいいわ﹂
俺の切り返しに、釣王は少しの間をおいてから肯定する。
おい、なんだその間は。無理矢理肯定しただろ。
﹁まぁ、海流の影響もあってあんまり養殖向きじゃないだろうな∼﹂
﹁でもスピードチューナだったら行けるって結果が出てるじゃない﹂
﹁いや、君の所の寿司屋、マグロだけじゃん安定して供給できる魚
って﹂
﹁回転寿司屋はまだまだ遠い未来の話なのかしら⋮⋮﹂
あえて言っておこう。
特に回転寿司屋である必要は無いのだ。
握って出せる店があれば良いじゃんか。
魚も時価で。
まぁ大体釣王とかち合うと、こんな話になる訳で。エリーが沖縄
1286
デートだと捲し立てて来たあの一件も、本当にこういう話をしなが
ら沖縄の綺麗な海辺を歩いただけなのである。
ムードもロマンスもへったくれもあるか!
俺が求めるのは、ロマンティックかつ情熱的で燃え上がる感じ。
そう、まさにこの豪華客船︵とは言い切れないどでかいゴツゴツと
した貨物船−客室付き−︶の甲板で、今日知り合ったばかりの人と
将来を語らいだな。
エンダアアアアアするのだ。
そうと決まれば、この船内にも酒場があった筈だ。こういう海の
荒くれ者しか居ない様な船ってさ、たまに宝くじで4賞を当てた様
な、福引きで3等を引いた様な女が居るよね。
楽しみが増えた。
そう、俺は禁酒を止めたのだ。
俺が法王となってからは俺がルールである。
結局の所まんまとエリックの手腕にやり込められた感が満載なの
だが、そこは後の祭り。権限を増した俺は、暴君と化す。
その度にマリアやエリー、その他大勢から制裁を喰らうのは、ま
た別のお話なのであるが、ポンッと振って湧いた休暇は自由に使わ
なくちゃね。厳密に言えばポンッと色々な物を放り投げて居るのだ
が、気にしない。
﹁はぁ∼美味しかったよ。面白い話も出来たしな。俺は酒場に向か
うから、じゃ﹂
1287
﹁あ、お酒ならここにも高級ワインが⋮ッ﹂
何やら引き止める声も聞こえた気がしたが、無視して酒場へと洒
落込む。俺が求めてるのは高級なお酒ではなく、酒場の雰囲気なん
だよ。あの混沌とした空気感。ワイワイと皆友達という感覚。
ルンルン気分でスキップする俺を見た人は一体何を思うのだろう
か。
僅かな美女への期待を胸に、俺は酒場の入り口を潜った。
1288
現実逃避に余念は無い︵後書き︶
新たな門出である。
いち、神父として身を清く守っていたクボヤマは、一周回ってこ
んな風になる。
自分の中で何かを受け入れ、何かを線引きした結果でもある。
※5話更新でした!! お疲れ様デーっす!! 今夜多分また更新
します。夜中3時頃。
1289
現実は逃げても追って来る
酒場の入り口を潜る。カランカランと、入り口に着けられた鐘の
音を耳にした客達が一斉に入り口を注目した。その視線を受け流す
様に、俺は飄々とカウンターの前まで足を運んだ。
﹁おっさん。ビールを貰えないか? 別に冷えてなくても良い。む
しろ、冷えてない方が俺は好きだからな﹂
これが通の飲み方って奴だ。そんな事を思わせるセリフを吐きな
がら、俺は銅貨をカウンターの上に置いた。
﹁⋮⋮﹂
沈黙を持って返答する酒場のマスターである。
﹁ねぇ、ちょっと。どうして無視するんだ? 俺は客だぞ。ビール
だビール。アレだよあれ、日本式じゃ喉越しに趣を置いてるが本来
は芳醇な⋮⋮﹂
ビールに対する蘊蓄を語り出そうとした時、面倒くさい気配を感
じたのか、酒場のマスターが一言で一刀両断する。
﹁ウチにそんな物はない﹂
そうですか。
じゃー何があるんだと言う事で、このマスターのおすすめする酒
を窺おうとした時、酒場の中で爆笑が巻き起こる。
1290
﹁ブハハハ! ビールって何だそりゃ!﹂
﹁エールの間違いじゃねーのか? どこの田舎もんだアイツ!﹂
口の回りに濃い髭を蓄えた、屈強な男二人組が小馬鹿にした様に
声を上げたのを皮切りに、酒場に居た酔っぱらい共が同調する様に
俺を馬鹿にし出す。
たぶん身長から舐められているんだろう。この船に乗る乗客ほと
んどは、魔大陸の迷宮都市へと向かうハンター達。つまるところ、
戦う、狩る事しか頭に無い荒くれ者達なのである。
もちろん商人ものせられているのだが、無駄な衝突を避ける為に
完全に別けられていたりする。俺もそっちで乗っておけば良かった
な。
後悔してももう遅いのだが、こういった手合いは大抵身体に恵ま
れている。それこそローロイズのある大陸からレベルの高い魔大陸
へとクラスを上げるので、そこそこ熟練したハンター達なのである。
﹁⋮⋮エールをくれ﹂
﹁銅貨三枚だ﹂
無視するに限る。酔っぱらいに絡むとろくな事が無いからな。俺
は人類最大の酔っぱらい、ゲロ聖母マリアの事を考えながらカウン
ターに銅貨を三枚置いた。
ってか、エールもビールも変わらんだろう。この世界に酒に詳し
いリアルスキンプレイヤーが現れる事を期待しよう。
1291
そのままカウンターに背中を預け、酒場を見渡してみる。先ほど
俺を小馬鹿にした男二人組は、その他大勢とテーブルで腕相撲を行
っていた。その筋肉を見せびらかしたい訳だ。
俺だって、脱げば凄いんだぞ。
別に悔しく何か無い。筋肉は量じゃない、質なのである。
歓声が上がった。どうやらまた一人、二人組の内一人が腕相撲で
相手を負かしたらしい。ガッツポーズを取る横で、悔しそうな顔を
するこれまた強そうな男がもう一人にお金を渡していた。
なるほど、賭け腕相撲か。
船内に娯楽施設と言えば酒場くらいしかない。魔大陸に着くまで
まだしばらく時間がかかる。各自各々時間を潰しているのだが、荒
くれ者達はなかなか寝付かない物だ。
賭け事と言う物は男を引き付ける。賭けというよりも、勝負事と
言った方が正しいのかもしれないな。
参加方式は、銀貨一枚。少し割高かもしれないが、最終的な勝者
が賭け金全て総取りの様だった。参加人数が増えれば増える程、金
の規模も大きく膨れ上がり、それに釣られた荒くれ者が更に集まっ
て行く。
︵上手い事考えたな。元締めは損金無しだから遊び感覚でも小遣い
感覚でも出来るじゃないか︶
そんな俺の視線を感じたのか。一番最初に小馬鹿にして来た一人
が、話しかけて来る。
1292
﹁よぉ田舎者の兄ちゃん。何ならあんたも一口どうだい?﹂
﹁⋮⋮遠慮しておくよ﹂
面倒事は起こさない事に限る。
だが、酒場に包まれた賭け腕相撲の雰囲気が、俺を掴んで話さな
い。
﹁おいおい! せっかくの祭りに水を挿す気か?﹂
﹁魔大陸目指してんだろ? てめぇみたいな腰抜け、さっさと死ん
じまうぞ!﹂
﹁違いねぇ!!!﹂
ガハハハと、再び笑い声が響くのである。そんな中、再び金の音
がなり、赤い髪ウェーブが掛かった髪が印象的な美女が来店した。
まさに男達の視線は彼女に釘付けだろう。それもそのはず、今ま
で野郎オンリーだったこの酒場に、紅一点。女が姿を現したから。
しかも美しいときた。
ローブを身に纏っていて、全体的なイメージは掴み辛いが、絶対
に何を着ても似合う。俺の好みを言うとすれば、タイトなドレス、
もしくはスーツかな。
これを待っていた!
あんな汗臭い野郎達は放っておいて、カウンターでエールを注文
する美女の目の前に銅貨を三枚滑り込ませた。
﹁なにかしら?﹂
﹁俺の驕りだよ﹂
1293
ラブロマンスへと洒落込むセリフ。今まで押し殺して来た俺のリ
ビドーは、欲望は、留まる事を知らなかったりする。今だったら余
裕で自伝を書けるね。法王失格。
﹁あら、ありがとう。なら、遠慮なく頂いておくわ﹂
そしてここから俺のトークスキルが炸裂する訳であるが、思わぬ
邪魔が入る。俺の彼女の間に、太い腕が割り込んで来る。
﹁酒はそいつの驕りでかまわねぇが、こっちで俺らと話さねーか?
そんな腰抜けよりもずっと興奮する話が聞けるぜ? へっへっへ﹂
鼻の下を伸ばしながら、俺を小馬鹿にした男は強引に彼女の肩を
抱くと、無理矢理引っ張って行く様にして酒場の奥へと歩き出す。
﹁おい、ちょっと待てよ。せめて俺が奢った酒を飲み切るまで俺の
ターンだろ﹂
そう言う問題じゃない。とエリーやマリア辺りからツッコミが来
そうなセリフなのであるが、今ここにあいつ等は居ない。
﹁ハッ! 聞いたか今の! 腰抜けでさらにドケチだとよ!﹂
俺の言った意味は、機会は平等にあるべきだと主張下に過ぎない
のである。お前等信仰心薄過ぎだろ。あ、もちろん自分の事は棚に
上げてますよ。
それにしてもこの男。声がデカい。
一羽の鳥が鳴くと、釣られて回りの鳥達がさえずる様に馬鹿にし
1294
た笑い声が次から次に聞こえて来る。注目を浴びて気を良くした男
は、さらに調子に乗りだした。
﹁酒だって? 一杯くらい俺がくれてやるよ!!﹂
そう言いながら持っていたエールの入ったジョッキを、俺の頭に
叩き付け蹴り飛ばした。ジョッキが粉々に割れる音と、俺の頭を打
ち付けた打撃音が同時に響き、蹴り飛ばされてカウンターの椅子を
壊しながら転げる音が痛々しく響く。この状況を見て悲鳴を上げる
様な物は居ない。
皆一様にして同じ反応を示す。
そう、やられた物に対する馬鹿笑い。
一種の見せ物の様に感じているのだろう。
﹁ここは腰抜けが来る様な場所じゃねぇ。失せな﹂
捨て台詞と共に唾を吐きかけられた。
﹁おい兄ちゃん。今日は散々だったな。ガドル兄弟に目を付けられ
たら、魔大陸に着くまで毎日甚振られるぞ。さっさと自分の部屋に
戻った方が良い﹂
流石にこの状況に同乗してくれた人がいた。人と言っていいのか
判らないが、狼の顔面を持った男の人が、俺の腕を掴んで起こそう
としてくれる。
﹁バンド! 放っておけ! お前また、しつけられてぇのか!?﹂
﹁グドルの旦那、流石に物を壊しちゃいけませんぜ。酒場に迷惑が
かかっちまう﹂
1295
あの男。グドルと言うのか。
ガドル兄弟とか言ってたな、兄と弟どっちだ?
俺は至って冷静だった。まぁこの程度で痛みを感じないからな。
そして、ちょっとの事では揺らがない精神力を持ち合わせている。
﹁何だと? マスターが迷惑だとでも言ったのか!?﹂
﹁だけどよ! 限度って物があるだろう!﹂
因に、酒場のマスターは一切口を開いていない。まるで酒場と言
う物はこうである。という風に事態のあるがままの行く末を見守っ
ている様だった。
プロ根性もそこまでいけば天晴だな。
﹁回りの皆もおかしいぜ! 何故この状況で笑っていられるんだよ
! 酔っぱらい!!﹂
﹁うるせぇ!!!!﹂
﹁キャゥンッ!﹂
バンドと呼ばれる狼人も俺と同様。殴られ蹴られ、エールを頭か
ら引っ被りながら俺の隣へ蹴り飛ばされる。バンドはエールを滴ら
せながら項垂れる。
﹁いつもこうだ⋮⋮。あいつらは気に喰わない事があるとすぐ手を
出す。人種なんて、獣人族よりも野蛮じゃないか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁あんたは悔しくないのかよ﹂
﹁全然。だって、あいつらの方が弱いからな﹂
1296
﹁⋮⋮は?﹂
主に心がな。
俺はその点、バンドの方が強い心を持っていると感じているよ。
手を出せば面倒事が押し寄せる。何らかの法則の様な物を、俺は
今までの経験則からヒシヒシと感じているのだ。
﹁久々の休暇なんだ。魔大陸に着くまでの辛抱さ﹂
休暇前、セバスとの約束を守り通さねばならないのだ。
一つ、面倒事を起こさない。
二つ、面倒事に首を突っ込まない。
三つ、面倒事を引き寄せない。
三つ目。何だよこれ。
俺の意思関係ないだろ。
そう言う訳で、たった今あったばかりの俺の為に立ち上がってく
れたバンドには悪いが、ここは心を無にして嵐が通り過ぎるのを待
つのみである。
﹁ちくしょう⋮⋮ちくしょう⋮⋮﹂
﹁腰抜けと負け犬! お似合いだぜ! 水遊びでもしてろ!!﹂
ここまで来るとその悪口が芸術の様に思えて来るな。一体どうい
う思考回路と教育を受けていればそんな言葉が出て来るのだろうか。
自分で買った分のエールは、零さない様にしていたので無事だっ
1297
た。それを飲みながらぼーっとくだらない事を考えていると、グド
ルの腕を振り切って、赤髪の女が此方に向かって歩いて来た。
﹁⋮⋮貴方は本当にそれで良いのかしら?﹂
しゃがみ込み、顔を近づけて小声で話しかけて来る。よく見れば、
髪の他に瞳も赤く染まってるんだな。その瞳は爛々と輝いているよ
うで魅力的だった。
﹁どういう意味?﹂
﹁そのままの意味よ。助けを求めている人が居るわ。貴方はそれで
良いの?﹂
何を言ってるんだこの女。
﹁誰も俺に求めてないんだけど?﹂
そう言うと、彼女は鼻で笑った。その鼻息が俺の顔にかかる。そ
れほどまでに接近しているのだが、一度疑惑を持った俺の心は、女
性特有の甘い香りを楽しむ余裕さえ失っていた。
﹁あら、本当に腰抜けになったみたいね。興ざめだわ﹂
その女は立ち上がり振り返ると、訝しげそうに此方に視線を向け
てイライラを募らせていたグドルに向かって言い放った。
﹁この人、貴方達馬鹿の相手をしてると、馬鹿が移るから関わらな
い方が良いって言ってるわ﹂
この女、躊躇無くダイナマイトの導火線に火をつけやがった。イ
1298
ライラを募らせていたグドルは、爆発した様に熱り立つ。
﹁言ってくれるじゃねぇかこの腰抜けぇええ!!!﹂
そして女があえて複数形で貴方達と表した事による連鎖爆発が巻
き起こる。グドルの怒りに引っ張られる様に、酒場の酔っぱらい共
が、拳を振り上げて俺に向かって駆け出して来た。
﹁ひぃいい!﹂
バンドが地を這う様に隅っこに逃げて行く。
﹁これで⋮⋮どうかしら?﹂
女は振り返ってニコやかに微笑むと、スッと爆心地から安全圏へ
と逃れた。つまるところ、カウンターの奥に居るマスターの隣であ
る。
どうかしら。じゃねぇよ!!!
俺は取り囲まれ、押さえつけられ、屈強な酔っぱらい達に飲み込
まれて行く。
1299
現実は逃げても追って来る︵後書き︶
クボヤマは、セバスの約束を守り通す事が出来るのか!?
1300
現実と嘔吐物は似ている。
﹁あ、アレは⋮⋮大丈夫なのか?﹂
筋肉の塊に包まれ、姿すら見えなくなったクボヤマを見ながら女
に尋ねる。狼人族であるバンドも、安全圏である酒場のマスターの
隣へ避難していた。
魔大陸へ向かう屈強なハンター達が、一斉に一人の男を襲った。
のしかかり、殴り掛かり、蹴りかかり、それで確りと攻撃は届いて
いるのかと言う程に意味の無い拳を繰り出す人も居た。
そんな流れ弾によって殴り合いの喧嘩は余所へと波及し、宛ら、
一体誰がどんな恨みで誰を殴っているのか判断がつかない混戦状態
へと突入している。
﹁いいのよ。多分﹂
胸元で腕を組み、意外と大きな胸を強調させながら、赤髪ウェー
ブの女は若干上擦った声で中途半端に肯定する。
︵多分って、確証がないままこの女はこの騒動を引き起こしたのか
⋮⋮?︶
やっぱり人種は恐ろしい。と再確認した瞬間だった。ありのまま
の出来事にどん引きしながらも、渦中の人物の生死を探るべく、バ
ンドは獣人族特有の人より格段に優れた鼻と耳をぴくぴく動かした。
1301
だが、強烈な酒の匂いと、男達の汗の匂い。そして狭い空間でド
ンチャン騒ぎしている騒音のお陰で、何の情報も得る事が出来ず仕
舞いだった。この場で彼に出来る事と言ったら、まさに神に祈るく
らいである。
一方で、隣に居る赤髪ウェーブの女の心音は、けたたましい音を
立てながら鳴り響いていた。自分でも判る、普通の人間だったら死
亡事故である。例え剣と魔法のゲームの世界でも、リアルスキンモ
ードはデスペナってしまう。
︵本当に、これで良かったのよね? 大丈夫よね? 彼は確か不死
身と言われるゴッドファーザークボヤマな筈。私の情報は確かな筈、
多分︶
自分が仕出かした事に対しての反芻確認。そして肯定に継ぐ肯定。
ただ、その肯定も極めて独善的な思考回路による肯定であると言う
事を忘れてはいけなかった。
︵ボロは出さなかった筈。ってか、彼が不遇を味わう狼人族を助け
なかった事がいけないんだからっ!︶
そこからの責任転換。彼女は無事、自分の精神を安定させる事に
成功する。彼女は姉妹でRIOのプレイヤーをしていた。クボヤマ
の情報は、姉の彼氏である某ギルドの焔魔術師から流してもらい、
この酒場まで追って来たのだった。
焦り癖を押し殺して、至って冷静に振る舞っていはいるものの、
心の中はもうぐちゃぐちゃ。せっかく安定を見せた精神も、数分も
すれば﹁本当に大丈夫なのかよ、おい?﹂と悪魔の囁きが巻き起こ
り、同じ事を繰り返す。
1302
︵でも彼は英雄よ? そう、英雄なのよ? 全てが丸く収まるに決
まってるわっ!︶
なかなか姿を現さないクボヤマ。積み重ねられて行く酔っぱらい
の筋肉。いつしか床には血反吐に混ざって嘔吐物も散らかっていた。
よぎ
それを目の当たりにした彼女の頭の片隅に、もんじゃ焼き食べたい
と言う思考が過る可能性は3%。残りの97%は再び不安に変わっ
て行った。
̶̶̶
揉みくちゃにされながらも、俺はセバスとの約束を頭の中でまる
で聖書を読み上げる様に唱えていた。一つ⋮二つ⋮三つ⋮。
怒り興奮した野郎共って何故上半身裸になるんだろうな。衣服に
包まれていない俺の顔は、さっきまで滴っていたエールの他に、ぬ
るぬるとした汗、血、その他色々な液体によってさながらエステサ
ロン如き様子となっていた。
落ち着け俺。
落ち着け俺。
1303
落ち着け俺。
既に、三つ目のもめ事を引き寄せないを破っている可能性を必死
に頭の中で否定しながら、聖書を読み上げる。気を紛らわせる為に、
フォルとクレアとクロスを引っ張り出してお喋りでも使用と試みた。
あいつら、裏切りやがった。
なんでこういう時だけいねーんだよ。
ってか精神空間であいつらだけでお茶でもしてるんだろうな。マ
スターである俺が、ホモホモパラダイスエステ状態に落ち入ってい
るというのに、何この格差社会。泣きそう。
例え、もめ事を引き寄せたとしても、全力でシカトする事によっ
て、嵐が通り過ぎるかの如く、いつの間にか晴れわたっている筈だ。
という希望的観測も、そろそろその一定ラインを踏み越えようと
していた。怒りのK点まで、あと数メートルと言う所だろうか。
いやいや我慢だ。
まだジャンプ台から飛んですら居ねーよ。
そう、心に決めた瞬間だった。
﹁てめぇ!! やりやがったな!! ぶっころおぼろああぉぉろろ
ろろ!!!!﹂
﹁うわッ! コイツゲロぶちまけて気絶しやがった!!﹂
﹁おいおい!! どーなってんだこりゃぁ! 一面がゲロまみれじ
ゃねーか!﹂
1304
超低級エステ、最後の仕上である。
ツーンとした匂いが部屋に充満した結果。
ええいやあ君から貰いゲロ状態。俺は体勢あるから良いけどな。
マリアのゲロなんてチャンポンした酒と色んなツマミがミックスさ
れた激臭だぞ。
だが、魔大陸を目指す屈強な男共も、各地でゲロによるテロが起
きている状態は耐えきれなかったのだろう。
つまるところ。
丁度一番俺に近い所に居た人物。
そう、一番最初に飛び込んで来たが、その後に様々な男が俺に集
結。そして一緒に潰された結果俺を差し置いてボコボコにされてし
まった哀れな噛ませ犬君。
グドル君が気絶しながら寝ゲロ。
気絶しているので、嗚咽さえ無い。
俺の顔面に、この男が今まで食べたと思われる胃の内容物が一挙
に押し寄せて来た。今の俺には、もう酒場の喧騒なんて聞こえなく
なっていた。
聞こえるのは、ペチャペシャと言う吐瀉音のみ。
その途端、猛然たる勢いで俺の心のボルテージはスタート位置か
ら滑り降り、もの凄い勢いで跳躍、怒りのK点を自己最高ベストで
飛び越えたのである。
1305
﹁いい加減にしろやあああああああああああああああ!!!!!!
!!!!﹂
最早気絶して嘔吐した野郎共が積み重なって出来た山を、さなが
ら噴火する様に俺は全力を込めて立ち上がった。噴火時に岩石が吹
っ飛ぶ様に野郎共が壁に叩き付けられて行く、マグマの代わりにゲ
ロ事巻き上げる。
﹁うわああああああ!!!﹂
キレた俺に戦いているのか、はたまた飛び散るゲロに対して恐怖
を感じているのか、最早どっちか判らない程混乱している酒場であ
る。
どっちでも良いわい!
﹁またゲロ処理か!? あ!? これだから酒乱は嫌いなんだよ!
酒くらい大人しく飲めや馬鹿共!!! 俺は! てめぇらの! 汚物処理班じゃねーんだよ!!﹂
﹁キレる所そこ!? 他に無いわけっ!?﹂
捲し立てる俺に、若干引きながらも冷静なツッコミを入れる赤髪
ウェーブの女。
そうだ、事の発端はコイツじゃねーか!
猛然たる勢いでカウンターを振り返るとその勢いで飛び散ったゲ
ロがカウンターに居た人達に降り注ぐ。
﹁きたなっ!?﹂
﹁キャウンッ!﹂
1306
この騒動を引き起こした割には、偉く小綺麗に纏まっている赤髪
ウェーブの女に、怒りのボルテージは上がって行く後で説教だな。
説教。
そして、飛沫が丁度鼻に直撃したバンドとかいう狼人。お前はそ
の不運を恨め。っていうかなんでお前もちゃっかり安全圏に居るん
だよ。
酒場のマスターは相変わらず事態を無言で受け止めていた。⋮⋮
あ、白目向いてる。御愁傷様!
﹁あ、兄貴ぃいいいいい!!!!﹂
吹っ飛ばされたグドルを抱きかかえながら、その怒りの矛先をこ
ちらに向けて来る男がしゃしゃり出て来る。
﹁ああ! こんなにぼこぼこになって、息してない!?﹂
寝ゲロは危険だからな。
ってかボコボコにしたのは俺じゃねーよ。この酒場に居る俺以外
の不特定多数に決まってるだろ。因果応報だろ馬鹿野郎。
﹁よくも! よくも!! 兄貴をゲロまみれにしやがって!!! てめぇただじゃおかねぇぞ!!!!﹂
﹁知るか!!! そりゃてめぇの兄貴自身のゲロだわ!! 喰らえ
何だが少し胃液で溶けたトマトの様だった物アタック!!﹂
﹁パヒュンッ!?﹂
1307
口を開き罵りながら向かって来る弟の方に、彼の兄貴の口から出
て来て俺の肩に乗っかっていた少し溶けた赤い野菜をその口元目が
けてぶん投げる。
俺は投擲系のスポーツが実は苦手なのだが、運命改変によってそ
の軌道を修正してやると、見事に弟の口の中へ吸い込まれて行った。
ま、在るべき所へ戻って行ったのだ、トマトの様な物も本望だろう。
気道を塞がれよくわからない声を発しながら弟は白目を剥いて倒
れた。
﹁やべぇぞあいつ!! 汚物処理班だ! 俺らも纏めて処理されち
まう!! 逃げろ!!! 逃げろ!!!﹂
誰かが発した聞き捨てならない叫び声。
喧嘩が波及して行くよりも、断然速いスピードで、酒場の荒くれ
共達の中に恐怖が伝染して行く。彼等は腰が抜けて這いずり回り、
ゲロまみれになりながらも、酒場の出口から一目散に逃げ出して行
った。
後に残された物は、汚物まみれになった酒場と汚物にまみれて激
臭を放つオブジェと化した寝ゲロアート共。
そして、安全地帯でのうのうとこの行く末を見守って居た者だけ
である。
﹁ピッ!?﹂
ゲロをまき散らしながら赤髪ウェーブの方を振り返る。目が合っ
た瞬間彼女が怯えた様に、いや、どん引きも入り交じった奇妙な怖
1308
がり方をした。
﹁説教だ! 説教!!﹂
俺は彼女の手を握りしめる。ヌルヌルしているので滑らない様に
確りと衣服ごと掴み、確りと説教が出来る場所を探して歩き始めた。
釣王の自室で良いや、ご飯喰わせてもらった所だな。
﹁ちょっと、手を掴まないで! やだっ! 洋服はダメッ!! こ
れ、キヌヤで買ったのよ!? ブランドよブランド! ちょっと放
してよ! ね? ね? お願いだから! いやあああああああああ
あ!!!!﹂
面倒だ。ジタバタ暴れる赤髪ウェーブを担ぎ上げて、俺は酒場を
後にした。残されたバンドは、この日を境に酒は飲んでも飲まれる
な、と心に誓ったらしい。
1309
現実と嘔吐物は似ている。︵後書き︶
新章、もしくは新しい展開には必ず用意しているゲロ回でした。
いかがだったでしょうか?
前にも増してパワーアップした描写をお届けで来たかなと思って
います。︵ホクホク︶
描写を確り書いてほしいという感想を何度も頂いていましたので、
ゲロ回は良い練習になります。
精進します!︵どの方向にとは言ってない︶
1310
北魔大陸の港町へ
﹁⋮⋮どういう状況なのよ? ってか臭っ﹂
釣王は、鼻を摘み今世紀最大のしかめっ面をしながら、俺に状況
説明を求めた。
﹁見て判らないのか?﹂
﹁判る訳無いでしょう﹂
即答される。
改めて自分の状況に着いて冷静になって考えてみよう。
全身は嘔吐物まみれ。そして肩に抱えた赤髪ウェーブの女も、所
々衣服に嘔吐物を付着させながら、シクシクと泣を入れていた。
﹁ふぇぇ。なんで、どうして。私がこんな目に⋮⋮﹂
なんじゃこりゃ。
﹁いや、俺はただ、コイツに説教をしたくて。釣王に説教部屋を借
りようと思ってここへ来たんだよ﹂
﹁⋮⋮大体察しはつくわよ﹂
呆れた様に釣王はため息をつく。俺から滴り落ちる嘔吐物を気に
しながらも、嘔吐物にまみれた赤髪ウェーブをとりあえず椅子に座
らせた釣王の心は素晴らしく寛大だと思う。
1311
﹁彼女がクボに向かってゲロを吐いたんでしょう?﹂
﹁やや正解﹂
﹁どこも合ってないわよっ!!!﹂
泣きながらツッコミを入れる赤髪ウェーブ。一体コイツの何がそ
うさせるのか。冷静になって考えてみる。釣王の視線も同じ様な目
つきだった。考えている事は一緒。
﹁その視線やめなさいよっ!﹂
埒が明かないと理解した釣王の﹁とりあえずシャワーでも浴びて
来たら﹂の一言で、俺達は一度シャワーを浴びる事にした。
﹁なんで貴方は同じ服を着てるのよ⋮⋮汚くないのかしら?﹂
俺は先にシャワーを浴び終えて、釣王と共に赤髪ウェーブを待っ
ていた。そして、ほかほかと湯気を上げながら、上機嫌に入室して
来た彼女に開口一番言われたセリフである。
﹁これ一着しか持ってないんだよ。ちゃんと洗濯したから問題ない﹂
そう言い返すと、汚い物を見る様な目つきでやや後ろに下がる赤
髪ウェーブ。俺の神父服は一張羅だし自動サイズ調整に自動修復付
きなんだ。一応洗濯したけど繊維にしみ込んだ嘔吐物なんて放って
おけば勝手に消えるんだよ。
まぁ気分の問題で洗濯はしたけど。
大体な、誰のせいだと思ってるんだ。
1312
思い返すとむしゃくしゃして来たのである。
﹁お前こそ、あと二回くらい洗濯した方が良いじゃないか? 俺の
服は特別製だけど、キヌヤのノーエンチャント装備だったら質がい
い分汚れとか匂いがこびりついたら目立つぞ﹂
﹁捨てたわよ!﹂
涙を流しながら叫ぶ赤髪ウェーブ。それほどまでに大切にしてい
た服だったのか。そんな物を酒場に着て来る方が悪い。諦めろ。
﹁漫才はいいから、話してよ﹂
釣王に言われて、俺達は事の顛末を話した。面倒事を起こさぬ為
に、誓いを立てている事。そして、この女に挑発されて見事面倒事
を巻き起こしてしまった事。
ともかく、騒動を起こしてしまったのだ。
﹁正直すまんかった﹂
﹁気にしてないわ。それより、今度ご飯いかない?﹂
﹁嫌だ﹂
あえて即答しよう。
こいつと飯を食べに行ったらどうなるのか簡単に予想がつく。魚
魚魚デザートに魚を食べて口直しに魚が出るに決まっている。酒場
前に料理を頂いたが、魚以外のラインナップが出ていた事に仰天し
たくらいだ。
1313
むぅ。と口と同時にヘソも曲げてしまった釣王だった。
さて、魔大陸まで一睡してればたどり着くだろう。乗船した際の
船内アナウンスによれば、魔大陸の港に着いたら目覚まし用の汽笛
がなるらしい。
もし寝坊したとしても乗客確認を確りしている釣王の運営する旅
客兼貿易商船だ。どこにも問題は無い、後は寝て待つのみだ。あの
酒場には、もう二度と立ち寄れないだろうしな⋮⋮。
﹁それより﹂
と前置きをして、釣王が赤髪ウェーブを指差して言う。
﹁彼女は誰?﹂
﹁さぁ? 今日初めて会ったばかりだけど⋮⋮?﹂
いきなり指を指された事に、きょとんと首を傾げる赤髪ウェーブ。
いやお前のその反応は全体的に間違っているぞ。
﹁⋮⋮また、知らないウチに⋮⋮エリーちゃんにメッセージ送って
おかなきゃ﹂
そして釣王、お前は何故。イビルクラーケンよろしく、邪神の波
動を受けた魔物の様な凶悪な威圧感を全面に押し出しているんだ。
あと、絶対メッセージするなよ。
﹁ふんっ、私の名前は̶̶̶﹂
﹁あれっ? 釣王。いつの間にリアルスキンモードにしたんだ?﹂
﹁ついこの間よ﹂
1314
何か言おうとした赤髪ウェーブを遮って、俺は釣王がリアルスキ
ンモードに変わっている事に気がついた。前までは磯臭さと生臭さ
が付くから絶対にしないわと宣言していた釣王も、遂にリアルスキ
ン勢の仲間入りと来た。
﹁規模が大きくなり過ぎて、ノーマルプレイじゃ管理できなくなっ
たのよ﹂
そして、コイツもあのローロイズの行商隊の人と一緒で、ある程
度財を築き上げてからの転向。何の不自由も無くこの世界に溶け込
んだ一人だと言う訳だ。
別に悔しくないもんね。
初めの頃の魔法三つ覚えるのに金貨一枚という大枚叩いて結局才
能が無くあまりそれを活かし切れていない状況だった時を思い出し
た。
メリンダさん、元気にしてるだろうか。
っていうか生きてるのかな。
﹁ふーん。でもそんなに塩臭くないな﹂
俺は何気ない仕草で釣王の髪を嗅いでみた。
ほんのり良い匂いがする。
磯臭さの欠片もない、まさに女の子の匂いって感じ。
﹁ちょ、ちょっと! いきなりそう言うのはダメよ﹂
﹁でもめっちゃ気にしてたからね。どこかに消臭剤でも開発してる
̶̶﹂
1315
﹁ちょっと! 無視しないでよ!﹂
おっと、すっかり赤髪ウェーブの存在を忘れてしまっていた。
﹁もういい! 魔大陸に着いたら待っててよねっ! またねっ!﹂
改めて名前を尋ねようとしたら、プンプンと頬を膨らませながら
も、本当に怒っているのかと思しきセリフをまき散らしながら、乱
暴にドアを閉めて出て行ってしまった。
待ち合わせ場所すら告げずにだ。お前、今のセリフから俺はどう
やってお前を待っていれば良いんだ。
また、厄介な人物と知り合ってしまった。これまでの経験より、
旅先で知り合う手合いは、基本的に何かしらの騒動を抱えている事
が多かったりする。
しかも、今回は彼女が台風の目であり、人工的に作り出すという
質の悪さ。せっかくの休暇が全て台無しになってしまいそうな予感
がする。
俺は決断した。
よし、逃げよう。
ここで、俺は選択を一つ見誤った事をさとる。どうせならプンプ
ンしながら出て行った彼女の後を追う様に、俺も自分の部屋へと戻
って行けば良かったのである。
﹁あ、そう言えばね? スピードチューナとクロマグロの類似性を
1316
調べてみたらね? ある一つの可能性に行き着いたのよ̶̶̶﹂
は、始まってしまった。
そして俺はこのまま、彼女のマグロ談議について、魔大陸へたど
り着いた汽笛がなるまでずっと聞き役に徹せられる事になる。約8
時間くらいな。
﹁マグロ⋮⋮クロマグロ⋮ゲロマグロ⋮メジマグロ⋮ゲロマグロ⋮
⋮﹂
汽笛がなり、北魔大陸の自由都市リトルディアにある港町へと無
事入港を果たした。長旅ご苦労様でしたと言わんばかりに、ハンタ
ー達を載せたタコ部屋からは、背伸びをしながら降りて来る人々が
沢山居る。
1317
同時に、馬車や竜車を積載できるかなり大きなスペースを準備さ
れた商業専用の搬入口からは、荷車を牽引する走竜種や馬達が乗組
員達によって誘導されていた。
明らかに、荷物を運ぶ駄獣や竜種達、そして荷物の数と比べて商
人の数が少なかったりするのだが、商業以外の俺達が使う通路から
ちらほらと出て来る商人達を目にすると、経費の節約に余念がない
のだな。と深く納得させられる。
ワラワラと下船して行く緑客達に混ざって、俺は白目を剥きなが
らフラフラと続いて行く。さながら、船旅に酔い完全にやつれてし
まった人の様に思えるが、これは在れだ、あまりにも長い時間、マ
グロとスピードチューナーの類似点とその可能性について話し込ま
れた結果である。
船内ではゲロに塗れ、聞きたくもない話を延々を聞かされた結果。
ゲロマグロという意味不明ワードが俺の頭の中で形成されHPとM
Pを同時消費しながら呪文の様に口ずさむ。ステータスはオールマ
インドだけど。
﹁ん? よぉ兄ちゃん。また会ったな﹂
赤髪ウェーブも、この人ごみならば俺を見つける事は困難な筈だ
ろう。だが念には念を入れて、そそくさと人々に紛れて移動しよう
と思ったその時。隣から声をかけられる。
﹁バンドか? お前、生きてたのか﹂
﹁そりゃないぜ、勝手に殺すなよ﹂
嘔吐物塗れの渦中、彼も余波を受けてダウンしたとばかり思って
1318
いたのだが、全然そんな事は無かったようだ。酒場では気付かなか
ったが、彼の体毛は光を浴びて銀色に輝いていた。
﹁それよか、カッコいい毛並みだな﹂
﹁ああ、親から貰った自慢の毛だよ﹂
彼は犬歯を剥き出しにしてクククと笑う。
な
と言うイントネーションになって
ク↓ボ
﹁そう言えば、酒場では迷惑かけたな。飯でも奢ってやるから一緒
にどうだ?﹂
﹁お、良いのか? 気前が良いな兄ちゃん!﹂
﹁クボだ。クボで良い﹂
ク→ボ←
彼には俺の名前は若干発音し辛いようで、普通では
のだが、どうしても
しまう様だった。
﹁いいづれぇな!﹂
﹁もうなんでも良いよ﹂
俺達は、美味い飯が食べれる店を探して、人でごった返す港町を
進んで行く。なんだか人の良さそうな奴とも知り合えたし、天気も
良いので良い休暇になりそうな予感がした。
1319
﹁ちょっと待ちなさいよアンタ!! ちょっと!! ねぇってば!
! 待ってってば!! お願い!! 置いて行かないで!! ねぇ
∼∼∼!!!﹂
1320
北魔大陸の港町へ︵後書き︶
釣王﹁椅子は捨てておいて﹂
釣王﹁ええ、そうね。魔海峡付近に投げ捨てて構わないわ。汚物だ
し﹂
釣王﹁あと絨毯も酒場の壁も設備も全部作り替えて頂戴﹂
釣王﹁請求先は福音の女神で﹂
あえて言っておこう。ボコボコにされて、他人の嘔吐物に塗れて、
面倒事の渦中に引き摺り込まれて、やっと休めると思ったら永遠と
女の子の話を聞かされる。
果たして良い休暇になっているのだろうか?
︵クボヤマの感覚は、完全に麻痺している︶
1321
乙女の尊厳と怒りの同情︵前書き︶
タイトルはわざと矛盾させてまーす。
1322
乙女の尊厳と怒りの同情
﹁やっぱりここはうめぇ!!﹂
自由都市リトルディアの港から、下船した人の流れに導かれるま
ま港町への大通りへ。いつしかその潮流は港町へ買い物に繰り出し
て来た人々の流れと混ざり合い、混沌とした様子となる。
日本で言うならば、基本的に列を作り歩いてしまう習慣が根付い
てしまっているのだ。それはリアルスキンプレイヤーが多く滞在し
ている向こうの大陸でも遺憾なく発揮されているので、こう言った
混沌とした人々の流れには今だ慣れない所が在る。
ひょいひょいと慣れた足取りで、人から魔族から獣人族から様々
な種族が往来する大通りを進んで行くバンドの後に続いて、大通り
から垂直に伸びる﹃港町食べ物横丁﹄と書かれた看板を潜ってゆく。
そして無数にある飲食店の中でも、更に路地裏の様な細い道の先
に、バンドの舌を唸らせる料理を出す店が存在する。
﹁はふっばふっはふっ﹂
と、ドッグフードを食べる犬の様な効果音を出しながら︵ナイフ
とフォークを確り使用しているので犬食いでは無い︶、恐らくこの
辺の近海で獲れたのだろう巨大なロブスターの様な魔物の料理を食
す。
いや、これは貪ると言った表現が正しい。
1323
俺は狼人種が海産物をナイフとフォークを使い貪り食う状況を目
の当たりにして、どうつっこんだら良いのか判らず戸惑いながらも、
ようやくやってきた自分の料理を口に運んだ瞬間。
そんな事は綺麗さっぱり頭の中から消えてしまったのである。
﹁やっぱり赤身系より青物だよ青物!﹂
店の中の水槽に入っていた綺麗な縞模様が美しい鯖の様な魚をチ
ョイスすると﹁どうするんだい?﹂と﹃うおまさ﹄の店主が聞いて
来たので、今日のおすすめをお願いした。
ネコ科獣人族の店主が、運んで来た料理。
一目で分かる、鯖の味噌焼きである。
﹁こ、この香りは西京味噌か?!﹂
鼻をくすぐる芳醇て香ばしい匂い。
思わず店主に叫んでしまった。
﹁お、お客さんよく知ってるね。これはウチの店で修行してた男が
作った最強味噌って奴さ。ウチののれんも分けたし、今頃リトルデ
ィアの自由区で店でもやってるんじゃないかい?﹂
是非行こう、自由区。
たしかゴーギャン・ストロンドもそこに居るって聞いた気がする。
道すがら、寄って行くのも良いかもしれない。
港町だからこそ、新鮮な魚を味わう事が出来るのだが、この店主
1324
は実に良い腕をしている。最早、イヌ科がネコ科の店の常連であっ
たり、ネコ科の店の名前が﹃うおまさ﹄であったり、のれんに魚を
咥えた猫の絵が書いてあったりした事はどうでも良くなっていた。
﹁な? この店。穴場だろ?﹂
﹁久々に美味いと思える店に出会ったよ﹂
ケンとミキの料理と肩を並べる程だ。
満足したのか、腹を摩りながら歩くバンドと共に、路地を曲がっ
て大通りの方へ向かっていると、反対側から聞き覚えのある声が聞
こえて来た。
﹁ちょっと! 放しなさいよ!﹂
赤いウェーブの掛かった髪をダイナミックに揺らしながら、どこ
ぞの顔見知りが顔面傷だらけの蛇面の男二人組と一悶着を起こして
いた。
﹁こんな所に居るんだろ? 姉ちゃんも物好きだなぁ、ほら一緒に
楽しもうぜ﹂
﹁キモっ! 私には大事な用があるの! いいから放しなさい!﹂
だらしのない顔をしながら、口元からぴゅろぴゅろと長い舌を出
し入れする蛇面の男に全身の鳥肌が立つ様な寒気を覚えながらも、
彼女は必死に掴まれた腕を引き剥がそうとする。
﹁お、おいアレ⋮⋮昨日のねーちゃんじゃねぇか⋮⋮?﹂
不安そうな顔をして、バンドが俺の顔色を窺って来る。
1325
﹁⋮⋮自業自得だろう﹂
彼女はリアルスキンモードプレイヤーだ。
放っておいても死ぬ様な事は無い。
踵を返して別の道を迂回しようと身体を反転させた時、バンドが
俺の肩を掴む。そして爪を立てる。
﹁アンタ。どうしてなんだ﹂
﹁助ける理由が無いだろ。アイツなら放っといても大丈夫だよ﹂
我ながらかなり冷たい声色だったと思う。バンドの中の正義感を
刺激したのだろうか、肩口に更に爪が食込む事で返事が返って来た。
﹁だからって、目の前で女性が⋮⋮!! しかも、知らねぇ仲じゃ
ねぇだろ!!﹂
﹁放してって言ってるでしょ!﹂
バンドが声を張り上げたと同時に、赤髪ウェーブもイライラが頂
点に達したのか、ローブを身に纏いながらもそこそこ自己主張の強
い胸を揺らしながら、蛇面の男の頬に思いっきりビンタを炸裂させ
る。
﹁ッッッ̶̶̶̶このアマッ!﹂
蛇面は、掴んでいた腕を乱暴に壁に向かってぶん投げた。例え胸
の遠心力をビンタの攻撃力に上乗せしたとしても、男と女の膂力の
違いは歴然だろう。しかも、彼女はの外見は魔術師。パワー型じゃ
ない。
1326
﹁きゃっ! 痛ッ!﹂
背中から壁に衝突し、苦痛の表情を浮かべる赤髪ウェーブ。その
状況を見て、居ても立っても居られなくなったバンド。
﹁あーもうっ! 俺は勝手にやってるからな! おい! そこの二
人、女相手に何つまんねぇことしてやがんだ!﹂
俺がただじゃおかねぇからな。と言いかけた所で、引っ叩かれた
方の蛇面の首がグリンと動き、血走った目でバンドを睨み上げた。
﹁キャゥン⋮⋮この人が、ただじゃおかねぇからなって言ってまし
た﹂
それで良いのか、犬っころ。
﹁何者だてめぇ! 俺様がどこの誰だか判ってんのか?﹂
﹁知ってるよ﹂
立った今男二人で寄ってたかって嫌がる女に無理矢理する下衆だ
って事が判ったからこういえるな。
﹁下衆だろ﹂
もうめんどくせーよ。
いい加減にしろよ。
魔大陸へ目指す途中、俺に押し迫る度重なるストレスが俺の中の
何処かで弾け飛んだ。フォルもクレアもクロスもいつまでガールズ
トークに花を咲かせるつもりだ。ちょっとは相手してくれても良い
1327
と思うぞ。
嫁達から除け者にされて。
船の中では酷い目にあって。
魔大陸で知り合った奴からせっかくいい店教えてもらって。
気分よく魔大陸観光でもと思った矢先に、これだ。
﹁デカい口叩いてんじゃねーぞ。お? 震えてんじゃねーか。口だ
けか?﹂
蛇面が懐からナイフを取り出して脅しを掛けて来る。自分でも気
付かなかった。俺の身体はプルプルと小刻みに震えていた。そして
爆発した時を知っているバンドは、ゾッとした表情で、数歩後ずさ
った。
﹁決めたぜ。刻んでやる! 二度とここを歩けねぇ様にしてやっか
らよ!﹂
威勢良く、蛇面はナイフを振り上げて此方へ飛びかかって来た。
セイントクロス
﹁一遍死ね! 怒りの聖十字!﹂
俺は怒りに任せて聖域を展開し、運命の祝福を蛇面に施す。蛇面
は、光り輝くオーラに包まれて居ると思うだろう。そして相手の急
な変化に驚愕して動きを止めた。そして人間大の聖十字を蛇面にみ
まってやる。
﹁ひ、ひいいいいいっっ!?﹂
1328
迫って来る光り輝く巨大な十字架に、蛇面は座り込んで顔を手で
覆った。そして、聖なる十字架によって燃やし尽くされる。
﹁⋮⋮⋮⋮ぽ⋮⋮﹂
迫る攻撃は運命の祝福による運命改変にて、無かった事にされる。
だが、確かに燃やし尽くされる感覚は刻まれていた様だ。魂の抜け
た様な声を出して真っ白に燃え尽き力なく座り込む蛇面。
﹁はぁ∼! スッキリした!﹂
俺は背伸びをしながらバンドの方を向き直った。そういえば、も
う一人の男は俺が光を放った瞬間一目散に逃げ出して行ったのであ
る。
﹁あんた、恐ろしいな⋮⋮﹂
口元をひくつかせながら、バンドは呟いた。
よし、魔大陸観光だ。
絶賛ストライキ中の嫁達に何かプレゼントでも買って宥めよう。
﹁おいクボ、彼女はいいのか?﹂
バンドに言われて振り返ると、未だ座り込んだままの赤髪ウェー
ブが、助けを求める様な視線を向けて此方を見つめていた。
﹁こ、腰が抜けた⋮⋮﹂
小心者もここまで⋮⋮とバンドが小さく呟いていた気がする。い
1329
や、お前もカテゴライズするならば同じだからな。彼の威厳を考え
た結果、ブーメラン発言に対して余計な事をするのは止めておいた。
﹁仕方ないな。ほら手を貸して﹂
﹁今はダメ!﹂
何なんだコイツは!
人がせっかく起き上がる為に力を貸してあげようと手を差し伸べ
たのに、顔を赤くして俯きながら首をブンブンと振って拒絶しやが
る。
﹁ん、この匂い?﹂
今度は口元では無く、鼻をひくつかせながら首を傾げるバンド。
それに気付いた赤髪は﹁言わないで!﹂と焦り出す。
俺に慈悲は無い。早く起きてくれないと、魔大陸観光に洒落込め
ないからだ。彼女の両脇を抱えると、彼女の身体が急に震え出した。
﹁くっ、ぅぅううううう∼∼∼∼﹂
ショワアアアアア。何とも表現しがたい音が流れるのである。﹁
あちゃ∼⋮⋮﹂とバンドは頬を指でかいていた。
洗濯確定。
はい、お疲れ様でした。
乙女の尊厳、魔大陸にて散る。
俺は怒りすら通り越して、もはや同情しか湧かなかった。
1330
1331
乙女の尊厳と怒りの同情︵後書き︶
一番ついてないのは誰だと思います?笑
フォル﹁クボ! また勝手に居なくなるからもうしらないの!﹂
クロス﹁せっかくのハネムーンなのですが、貴方はまた手放すので
すね⋮⋮﹂
クレア﹁ふぇぇ! み、みなさんおちついてくだしゃ、さい!﹂
プチ引退から久しぶりに十数日振りにログインしたクボヤマに待
ち受けていた一幕であった。
1332
現実逃避も、計画的に
バンドに案内してもらって、出来るだけ人目につかない裏路地を
移動して宿屋に向かった。彼が表現しては行けない匂いを発する衣
類を洗濯し、俺は洗濯物が乾くまで泣きじゃくるルビー・スカーレ
ットを宥める役割を担っていた。
﹁⋮⋮ふぐ、ひっく⋮⋮ぇぅっ⋮⋮ひっぐ、ぉぇっ⋮⋮﹂
赤髪ウェーブの名前は、ルビー・スカーレット。リアルスキンプ
レイヤーの日本人である。さながら外国人であるかの様な出で立ち
に赤毛であるが、顔立ちは元からこうなんだとか。
英語圏でルビースカーレットなんて名前を付けたら、中二病だな
んて言われ兼ねないだろうな。この世界でだからこそ、付けれるキ
ャラクターネームだろう。
御歳二十三歳。
なんと、俺と同級生なのであった。
御歳二十三歳。
ゲームの世界で嘔吐物塗れになり、あげく漏らす。
口にすると、更に泣き出しそうなので心の中に閉まっておこう。
涙ながらに彼女は語る。たまに嗚咽を鳴らしながら、彼女は聞いて
もいないのに自分の事をペラペラと語り出すのである。
こっちからすれば、嗚咽の度に嘔吐しないかどうか心配で、神経
1333
張りつめている訳で、彼女を宥めつつ、話を聞きつつ、エチケット
麻袋を構えると言った行動を同時に行う事は、些か普通の人間には
出来ない事じゃないか?
と、自分の置かれている状況に疑問を感じる程、どうでも良い事
なのである。
﹁せっかく⋮⋮財産捨ててまでリアルスキンプレイヤーになったの
に⋮⋮なんなのよこれぇ⋮⋮﹂
知らんがな。
以前までの俺ならば、神父として話しを聞き、改善策を一緒に考
えていたかもしれん。だが、今の俺は完全なる休暇中の身。オフシ
ーズンなんだ。この世界を観光メインでプレイしたいんだよ。
﹁なんでちゃんと手順を踏んで切り替えなかったんだ﹂
﹁ゲームだから何とかなるって思ったんだもん﹂
語尾にもんを付けるな二十三歳。
初めの頃にもユウジンがモードチェンジを果たしたが、基本的あ
の時の様な要領なのである。基本的な財産は、友達である俺が預か
っていたが、ネトゲの世界はパクリパクられが存在するので、始ま
りの街にある﹃預け屋さん﹄と呼ばれる貸し倉庫を借りて行わなけ
ればならない。
そうしないと基本的にアイテムは消える。キャラデリと同じ様な
物だからな。ステータスという概念が存在しない訳で、せっかく上
げたレベルすら無かった事になってしまうので、注意が必要なので
ある。
1334
ただ、そう言ったプレイヤーには魔術入門であったり、素材等は
換金された状態で、それぞれ今までプレイして来た内容に準じての
サポートが預け屋さんからある筈なのだが⋮⋮。
市民プレイヤー
と言う俺の初期段階の様な状態に陥ってしま
彼女の様に行き当たりばったりで切り替えを行ってしまうと、所
謂
うのである。
ちゃんと判っている人は、馬車に乗せてもらった時の商人プレイ
ヤーみたいに、人脈であったり、運営以外からの助力を貰える様な
状態で切り替えを行っている。信用度が大事だからね。
因にハンターが切り替えをしてもハンターランクと過去の実績は
引き継がれる。そうなると、前の実力との矛盾が生まれて来る訳な
のだが、スキルとは技術サポートの様な物で、基本的にプレイヤー
スキルを上手く使わない限り上を目指す事は難しい訳で、圧倒的レ
ベルなんていうギルドJOKERのデブみたいな事は考えない方が
良い。
デブはギルドというデカい母体を築き上げてから、切り替え。ギ
ルドにて形成したよくわからん人脈を駆使して商会を立ち上げたそ
うな。リアルスキンにした本人は糞ガリな訳だが、回りからは敬称
としてデブと呼ばれている。
彼女は持ち前の魔法スキルやハンターランクすら失った訳である。
悲惨だ。
こう言った被害に対して、運営はありのままの姿勢を保っている。
まぁ公式HPに切り替え概要は確り書かれてるし、リアルスキンの
世界は基本的に自己責任だ。
1335
﹁頼れる人は居なかったのか?﹂
﹁⋮⋮姉くらいよ﹂
落ち着きを取り戻したのか。彼女は宿屋のベッドの上で体操座り
をしている。表情は未だ暗い。俺は椅子に座ってタイムブレイクテ
ィーを啜りながら、話を聞いてあげていた。
﹁お金借りたら良いじゃないか﹂
﹁借りたし、お下がりの装備も貰ったわよ﹂
彼女は現在、リトルディアの港町にも出店していたキヌヤで購入
した︵俺が︶衣類を身に纏っていた。キヌヤの服は高い。俺もあま
りお金を持っていないんだが、最終手段である。教団の経費で落と
しておいた。
哀れな子羊に衣類をプレゼントして上げたって大義名分が通るか
な。財政管理の方は基本的に第一枢機卿一波な訳だし。
﹁装備貰ったんだったら、魔術入門書でも買えば良かったのに。ノ
ーマルプレイで魔術師だったなら、切り替え時の才能もそれに準じ
た物を得れる筈だ﹂
才能無し
の烙印を押される様にな
言い忘れていたが、初期設定にもあった才能と言う物である。俺
は色々あってハザードと同じ
ったが、切り替えプレイヤーにはノーマル時代のスキルに従って、
才能が与えられるのだ。
ちなみに、初めからリアルスキン勢には、リアルスキャンにて思
考と記憶を分析され、何かしら与えられる。
1336
よってハザードの才能無しとは才能が本当に無い。という訳でな
く、彼が体現している万能性による才能無しという結果だった訳だ。
俺は本当に無い。
﹁まだその時は魔術が使えなくなってるって知らなかったのよ﹂
話を進めるにつれて、落ち込んでいた顔色や態度が、次第につん
けんした元の彼女に戻って行く。だが、未だ体操座りだ。膝に押し
つぶされた胸がはみ出している。
﹁ん? そう言えば君、キヌヤのブランド物を着てたな﹂
確信をつかれたのだろうか。一瞬ドキッとした表情をした後に、
彼女は赤面しながらこう言った。
﹁⋮⋮キヌヤで服を買い漁っちゃったのよ﹂
1337
ク→ボ←
と独特のイントネーション
﹁洗濯物終わったぞ∼。⋮⋮何だこの雰囲気?﹂
ノックしてから、入るぞ
で部屋に入って来たバンドが、俺達の様子を見て首を傾げた。
一人は借りた金をブランド品を買いあさったブランド中毒者であ
り、そしてその事実に今気付かされて赤面しながら頭を抱え。俺も
俺で、もうコイツどうしたらいいのか判らないが故に頭を抱えてテ
ーブルに突っ伏していた。
因に、根本的なリアルスキンモードに切り替えた理由は、﹁貴方
達の話を聞いて、面白そうだったから﹂らしい。何やら、俺達のフ
ァンサイトが勝手に作られそして俺の動向を探っているというのだ。
トトカルチョスレの存在も耳にした。
もうパート113らしい。
恐ろしい世界だ。その状況で何故運営の公式HPを見ていない。
ゲーマー特有の自分の興味ない事にしか動かない状況を改めて思い
知った。
彼女は姉から︵厳密に言えば姉の彼氏の焔魔導士︶から、俺の行
動情報を横流ししてもらい、譲ってもらった装備をローブ以外全部
売りさばいて、俺の後を追って来たらしかった。道理で装備貰った
と聞いたのにローブしか無い訳だ。
﹁やっぱり、第一印象命よね?﹂
1338
ようやく耳にした酒場での一幕。その理由。俺がちゃんと話に聞
いた人物なのか試したかったのだと。
﹁その結果。装備を売っても絶対に売らなかったキヌヤのブランド
服を捨てた訳だ?﹂
﹁ふぐぅっ﹂
まぁ第一印象が大切だと言っている割には、君の第一印象は嘔吐
物劇場を巻き起こした大戦犯であり、それよりも強烈なインパクト
を先ほど俺に刻んだ訳だが、指摘するとまた泣き出しそうなの止め
ておこう。
﹁ねぇお願い。私も混ぜてよ、アンタの旅に﹂
﹁旅っていうか、ただの休暇なんだけど﹂
﹁何でも良いのよ。休暇中だけでもいい。私にはもうアンタしかい
ないの﹂
﹁面倒事を起こさないならな﹂
別に加わるのは構わん。今回の休暇は旅も含めて魔大陸観光なの
だから。旅は道連れ、この世界を共感できる仲間が居る事に越した
ことは無い。
﹁やった!﹂
小さくガッツポーズを決める彼女の胸がプルんと揺れた。俺の回
りにはここまで膨よかな人がいない。居たとしてもボンテージに身
を包みトゲトゲしている訳だ。普通の服装であるから思わず目が言
ってしまうのだが、その度に頭の中でぎゃーぎゃー乳談議を繰り広
げる絶賛ストライキ中のモン○ッチ達。
1339
こういう時だけ、凄くうるさいのだ。溜息が出そうになるが、最
近構ってもらえなかっただけあって、少し嬉しい俺が居る。
﹁そう言えばクボ、言い忘れていたけどこの宿港町でもかなりぼっ
たくる宿だって言ってなかったっけ?﹂
バンドがいきなり爆弾発言を投げつけて来る。
﹁おい! どうしてそれを早く言わない!﹂
﹁いやいや、何度も言ったけどよ。どこでも良いから一番近くの宿
屋に連れて行けって血相変えて言って来ただろう? 洗濯する代わ
りに俺の分も持ってくれるって言ってたしな!﹂
そうだった。
俺は頭を抱えて床に倒れ込んだ。
状況が状況だった訳で、小便臭い彼女を抱えて大通りまで出る訳
にも行かず、裏路地を使って一番近い宿屋を探してもらったんだっ
た。
﹁洗濯物が乾いたらすぐ出るぞ!﹂
この女の洗濯物がある程度乾くまでの時間、俺は終始この宿屋の
主人に交渉を持ちかけていた。何故一泊銀貨五枚なんだ。このレベ
ルだったら割と小綺麗にしているので、銀貨1枚くらいが妥当だろ
と。
だがしかし、客層を見て納得した。値段を高く設定しているのは、
比較的穴場にあるこの宿を利用する客層が、あまり表向きの仕事を
していなさそうな人ばっかりだったからである。
1340
プライベートエリア
面倒事の予感しかし無いので、俺は生乾きの衣類を精神空間に詰
め込んで、三人分の銀貨十五枚を支払って、この格好で外に出るの
は嫌だとごねるルビーを引っ張ってバンド共にそそくさと宿屋を後
にした。
そんなもんどっかの呉服屋の試着室借りて着替えれば良いだろ。
ここには本当に面倒事の予感しかしないのである。
そして、俺は完全に軍資金を失った。
ダリル
セバスに貰ったお小遣いは金貨一枚︵約100万ゴルド︶。それ
を銀貨に替え、使いやすい銅貨や魔大陸の紙幣に換金していたのに、
これでは観光するどころじゃなくなってしまった。
一番の理由は、ルビーの衣類をキヌヤで立て替えた事である。一
応教団に戻れば帰って来ると思うんだが、仕事をほっぽり出して休
暇だって行って来てるんだぞ、戻れる分けないだろ。
前途多難な魔大陸での旅路が、スタートする。
1341
現実逃避も、計画的に︵後書き︶
設定復活してたりします。
滅多に触れないゲーム設定的な部分にも触れる機会がありそうで
すね。
これにて三章の導入部分はおしまいです。
次から、神父︵法王︶が遂にクエストします。
セクハラ被害なんて、ネトゲの世界では頻繁にあります。運営も
チャットや会話でのセクハラに対して警告なんて一々やっていられ
ませんからね。一般のモラルとして、相互監視の一環として、PK
に対する処罰と同じ様な対策を講じては居ますが、人目につかない
場所なんて絶対に在る訳で、常にスパコン頭脳がゲームの中を見て
いるって訳でもありませんからね。ご都合主義かもしれませんが、
もしかしたらヤってる人も居るのかもしれませんね。この世界の住
人と結婚して子供すら作っているリアルセカンドライフを楽しむ人
達だっているかもしれませんし。規制がどうのこうのという部分に
突きましては主人公は知る由もないのです。まぁ、この物語はR−
15指定ですから、暴力的表現も、一部下ネタ的表現も、お下劣ネ
タ的表現も逆の範疇でしか在りません。基本的に恋愛要素よりも冒
険要素を多く持って行こうと思うので、ご期待されている方には申
1342
し訳ございません。ノーマルプレイは、そう言ったセクシャル系に
関しては通報窓口が用意されていますよ。リアルスキンも町中でそ
う言う事が在れば﹁痴漢です!﹂と叫べば誰かしら正義感を持った
方が助けに来てくれるかもしれませんしね。そう言った自己防衛も
含めてのリアルスキンでもあります。かなり前に感想にて質問を頂
いていたトイレはどうなってるの?なのですが、もちろんトイレは
ありますよ。夢の中で小便したら寝小便してしまった、という方も
居ると思いますが、そこはほら、最新技術でどうたらこうたらって
事にしておいてください也。
プレイヤー層の求めている物が、VRMMORPGで、リアルな
縛りが面倒で在るならば、ノーマルプレイをお勧めします。セカン
ドライフプレイで、リアルさの可能性の限界を求めているのであれ
ば、間違いなくリアルスキンをお勧めします。
邪神アップデートにつきまして、最初の大陸の要所要所に迷宮が
出現しています。レベル分けもされていたり、ノーマルプレイヤー
もレベル上げがし易い環境が整って来ていますね。そんな中でも、
最難関とされているのが、迷宮都市な訳です。ノーマルプレイヤー
の垣根も結構リアルスキンプレイヤーと変わらない立ち位置まで取
っ払われてはいますが、ハンター協会からのハンターランクで行け
る迷宮は限られています。迷宮都市は特Aランク指定ダンジョンと
いうカテゴライズに別れていますので、平均ハンターランクがA級
のフルパーティでなければ魔大陸へ行ったとしても、迷宮都市へ行
けません。魔大陸オンリーでは、釣王のお陰で比較的楽に行ける様
になっています。
1343
迷宮探索助成金制度を上手く使え
魔大陸にもハンター協会はもちろん存在する。広く一般から討伐
優先のハンターまで、仕事を斡旋する役割を担うこの協会は、この
世界の人々に無くてはならない物なのである。
巷で邪神教アップデートと言われている物も、このハンター協会
の躍進に大きく関係している物であるというのだ。
迷宮にて発見されるのは、邪神教がまだ盛んだった時期。つまり
かなり太古のアイテムが掘り起こされるのである。それは、希少鉱
石であったり、長い年月をかけて魔力がしみ込んだ装備や道具等で
ある。
アーティファクト系統と呼ばれそれはぽつぽつと世の中に流通し
始めた。その価値を定め、流通の一手を担う事になったのがハンタ
ー協会と提携する商会達である。
迷宮一番乗りに名乗りを上げたリヴォルブが一つの迷宮から伝説
級の武具を持ち帰ったと報告に上がってから、それはこの世界のハ
ンター達も巻込んだ、一攫千金を夢見る迷宮時代へと発展して行っ
たのである。
ハンター協会も膨大に増えたハンターのお陰で潤い、規模を少し
ずつ拡大して行っているのである。
さて、物事のインフラを準備する時期。それは商会にとって最も
重要な利権争いの時期でもあるのだ。ウチのセバスチャンは、その
1344
辺の事情にかなり詳しくなっていた。俺が邪神に敗北を喫してから、
混沌の時代が来る事を予測し、ハンター協会へ物流やその他事業提
携の打診を行っていたらしい。
要するに、一攫千金迷宮時代の構成に一枚噛んだ彼の資産は膨大
な物へと膨れ上がっているのである。
そして事もあろうか、彼の上司という存在でもある俺は、そんな
彼の努力の結晶である現ハンター協会の﹃迷宮探索助成金制度﹄を
利用し、今回の休暇に置ける魔大陸観光の資金に当てようと考えて
いる訳だ。
ハンター協会のクエストは多々ある物の、最近のトレンドとなっ
ているのは迷宮探索である。実利が一番大きいからな。
だが、この世界に迷宮と言えば俺が知る限りだが、魔法都市と迷
宮都市にしか無かった筈だ。人々は、未だ迷宮と言う物に慣れてい
なかった。
故に、現代知識における迷宮の大まかな攻略法等を知っているプ
レイヤー以外。そう、この世界出身のハンター達の命は、迷宮の養
分となってしまった訳である。
だが、ゴールドラッシュさながら。どれだけ人を消費しても次か
ら次に人が殺到する状態なのである。経済的視点から見ると、人口
の大幅減少は人類の危機とも言えた。
邪神教め!
そこで、未開の地探索ギルドとして一躍を担っていたリヴォルブ
1345
と連携して迷宮探索をマニュアル化。階層毎に別れている迷宮の地
図化等を行っていった。
人類一丸となって邪神の作り出した迷宮に挑む様な図が出来てい
る訳である。これは、リヴォルブとハンター協会の橋渡しとなった
人物であるセバス。彼が本当の勇者なのであろう。
スーパー高校生どころか、ハイパー高校生であった。
そして、色々と試された中で一番死亡者が少なく、かつハンター
やハンター協会も実利を得る事が出来る﹃迷宮探索助成金制度﹄が
確立されたのであった。
大まかに説明すれば、この制度を利用するハンター達は、逐一協
会へ迷宮探索レポートを提出しなければならないが、迷宮探索の準
備資金は協会側が負担してくれるという内容なのである。
探索によって出たアイテムは貰って良し。
この旨味があるだけで、ハンターはこの制度をガンガン利用する。
そしてハンター協会は集まった膨大なデータを元に迷宮攻略にお
けるサポート体勢を整えて行く。
あれ、ハンター協会に旨味が無いじゃない? って思ってる方を
居ると思うが、裏話をしておこう。これは全部セバスに聞いた話な
のだが、物流の流れが太くなる事に寄って商会はかなりの利益を得
て行く訳である。
ハンター協会からハンター達へ流れたお金は、ハンター達が盛ん
に消費する。薬代や武器の修理代、宿屋などその諸々、そして得た
1346
アイテムを売る時に商人を使うだろう。
そんなお金は、商会へ流れる仕組みになっている。
そして商会は、ハンター協会へ出資する。
セバスチャン、お前って奴は学校で一体何の勉強をしてるんだ。
戦闘に関してはいつもやられ役立った彼は、恐ろしい程の権力を
手にする様になってしまった。最早執事じゃない。
﹁では、クボヤマさまのパーティは助成金の利用という事で、利用
項目や規則等を記載していますこのマニュアルを一読して頂いて、
代表者のサインをお願いします﹂
﹁ここのパーティランクって一体どういう事だ?﹂
俺は、ハンター協会の受付から手渡された察しを軽く眺める。そ
こにはパーティランクEと書かれた項目を目にする。確か前は個人
1347
個人にしかハンターランクと言う物は無かった気がする。
﹁あ、そちらですか? 元々パーティでの戦力はそのパーティでの
最高ランク者が基準だったのですが、迷宮探索は危険なので規則改
定によって新しく追加された新基準となっております﹂
﹁ちょっとまって、それでなんで俺達がEランクなんだ?﹂
最低でもDはある筈だぞ。とうろ覚えの記憶を探りながら俺は受
付の人に尋ねる。ちなみにハンターライセンスは無くした。記録は
残っているらしいが、俺もルビーも再発行が必要らしい。
ちなみに銀貨一枚だった。二人で二枚。
﹁判断基準が六人一組となっております。え⋮と、今確認しました。
クボヤマ様のハンターランクはDから変動が無い様ですね。ルビー
様はCランク。パーティ基準でランク平均を割り出すと、Eランク
になります﹂
要するに、ランクを数字で5だとすると、皆で30という数字に
なる。それを六で割ると平均ランクが5という訳だ。まぁ色々と細
かい実績も加味して数値が変動するシステムなようだ。
連携が上手いチームだと、全員Bランクだとすると、パーティラ
ンクはB+∼Aだったりするそうだ。
﹁欲に目がくらんで少数で挑戦し、死亡してしまう事故が多発して
しまったので、迷宮攻略のみ新規定を設けさせて頂いております﹂
なるほどな。
そして、助成金というのはパーティランクに比例して設定されて
1348
いるのである。ランクEは、一日銀貨三枚。パーティ単位なので、
この世界は一ヶ月三十日だから、月単位で銀貨90枚貰える事にな
る。
﹁パーティメンバーの構成は随時変更可能となっておりますので、
ご安心ください。二人は危険だと思うので改めてパーティを集め直
して頂く事を推奨します﹂
受付さんからアドバイスを頂いた。が、しかし。迷宮よりも観光
だ。とりあえず月単位で銀貨を貰えるみたいなので、貰える分だけ
貰って、あとは適当に迷宮へと入って適当に規定レポートを報告し
ておさらばだと考えていた。
﹁二人で大丈夫だ。助成金は月単位での一括受け取りを希望する﹂
﹁申し訳ありません、現在のランクですと、魔大陸にある迷宮で行
ける箇所はありませんので、迷宮での活動規定に引っ掛かってしま
いますので助成金の申請をお受けする事が出来ません﹂
最初から言ってほしいよね。うん。
﹁ってかアンタ聞いた!? 私の方がランク上なんだけど!﹂
お前は受付の話を聞いていたのか。それどころじゃないのである。
現職法王の俺に向かって私の方がランクが上だと宣う魔術さえ使え
ない市民プレイヤー。
﹁ですので、改めてパーティを集めてから申請頂いた方が助成金も
含めて支給額も上がりますので⋮⋮﹂
申し訳無さそうに言って来る受付の人。判るよ、うん。死亡事故
1349
を最低限にする為には、確りとした基準とそれを遵守する事が必要
だ。ここは大人しく引き下がり、今日中にパーティメンバーを集め
た方が吉と見た。
ランクDである俺が目指せる最高パーティランクは、Cが良いと
こだろう。支給金額規定が迷宮攻略についてデカデカと用意された
専用の掲示板に張ってある。それを見てみると⋮⋮。
Eランク⋮一日銀貨3枚︵一人当たり銅貨50枚、つまり5000
ダリル︶
Dランク⋮一日銀貨6枚︵一人当たり銀貨1枚︶+支度金一月銀貨
10枚
Cランク⋮一日銀貨12枚︵一人当たり銀貨2枚︶+支度金一月銀
貨20枚
C+ランク⋮一日銀貨12枚+支度金一月銀貨20枚+ボーナス一
月銀貨20枚
となる。
Dランク以上になれば、支給額にプラスして支度金もつく。銀貨
十枚はされど十枚だ。食費代になる。月単位で考えると90枚、1
90枚、380枚、400枚とかなりの数字になる訳だ。
ってか思ったのだけれど、Eランクよりしたが無いって事は、俺
らは明らかにEランク以下だけど、お情けでEランクといった形か。
とほほ。と思わず言ってしまいそうな結論に、少し振らつく。い
かん、精神的ダメージが足にきてる。精神力は膨大にある筈なのに。
目的が決定したな。
一先ずパーティを集めなければならない。
1350
それも、迷宮に興味ないプレイヤー達である。
要するに名ばかり要員。
魔大陸にて、思わぬ自給自足の旅に。俺の頭はフル回転していた。
如何にしてお金を稼ぐかと、そして如何にして休暇を楽しむか。
この二つの為に俺は勇往邁進するのである。そこには、セバスの
上の立場でありながら平気でセバスの顔に泥を塗ってしまう行為を
行う糞野郎が居た。
そう、俺の事である。
1351
迷宮探索助成金制度を上手く使え︵後書き︶
この世界の人は、プレイヤーも原住民も含めて基本的に日々を生
きて行かなければならない。死ぬ事の無いプレイヤー達を集め、名
ばかりパーティを作った所で結果なんぞ目に見えているのだが、果
たして、そんなパーティメンバー達は見つかるのでしょうか?
乞うご期待。
1352
結局の所、類は友を呼ぶ︵前書き︶
ひょっとして私は、活動報告の使い方を間違えているのか⋮⋮?
改めましてコメ乞食です。皆様もっと私を蔑んでくださいませ。
1353
結局の所、類は友を呼ぶ
月受け取り指定にするには、パーティを自分で集めなくては行け
ない。それこそ、誰かのパーティに入ってみろ、自分の自由はおろ
か、毎回固定メンバーで迷宮探索に強制連行されてしまう。
鉱山で働かされる過酷労働者の様な立ち位置は、ご勘弁願いたい
訳である。いやだから休暇中だって何度も言ってるだろ。
だがしかし、現実は恐ろしい程に冷め切っていて、北の大地ヨロ
シク、極寒の吹雪の様に容赦なく俺達を襲う。ただの神父と魔法の
使えない魔術師と一緒にパーティ組んで迷宮に潜ってくれるお人好
しなんていなかったのだ。
そしてだ。
最終的に折れて、パーティ募集の方々に話しかけてみるも、回復
魔法が使える俺はまだ需要があるのかもしれないが、完全なる市民
プレイヤーであるルビー・スカーレットは、まるで腫れ物の様な扱
いを受けあえなく全滅。
﹁何なのよ! 私はCランクの魔術師なのよ!﹂
何にキレているのか全く判断がつかないよ。プリプリと怒り出す
この女はシカトして、俺は緊急対策を一人で練る事にした。
﹁おい、本当に魔術入門も持ってないのか?﹂
﹁ある訳無いでしょ? 私が今持ってるのはこれだけ﹂
1354
そう言いながら、テラス席のある喫茶店のテラスのひと席を不法
占拠︵勝手に座る行為︶して、彼女はテーブルに持ち物を広げた。
空間拡張されていない荷物袋には、僅かな下着類と銅貨が少し。
お前はこの荷物量で本当に魔大陸まで来たって言うのか。ピンク色
のシルクで出来た高級そうなパンティを摘んで持ち上げながら、俺
はため息をついた。
﹁ちょっと見ないで! ってか乙女の下着を目にしておいて何その
反応? ショックなんですけど﹂
﹁うるさい黙れ二十三歳﹂
二十三歳にしては物の捉え方が幼過ぎるだろう。現在俺が持って
いるのは大銅貨七枚︵銅貨70枚分、7000ダリル︶、そして今
彼女の荷物入れから跳び出して来た大銅貨一枚と銅貨七枚︵合わせ
て1700ダリル︶。女子高生のお小遣いだってもう少しあるぞ。
﹁一先ず魔術を覚えろよ、腰巾着。話はそれからだ﹂
﹁え? どうやって魔術覚えれるの?﹂
俺は大枚叩いてメリンダさんに無属性の魔法を教わった。だがし
かし、確り身に付いたなと自覚できるのは、魔力操作のみだろう。
しかも間違った捉え方で覚えている訳だ。
この世界で魔術を覚えるには、このように人に教わるか、自分で
文献を調べて学んで行くしか無い。俺は魔術に置ける才能がとこと
ん才能無し、聖書以外の本は何の実利も無い。
だがコイツは元魔術師系ノーマルプレイヤー。必ずと言っていい
程魔術の素質がある訳だ。
1355
﹁ノーマルプレイヤー時代は、どんな魔術を多用してた?﹂
かなり色々ある属性魔法である。火、水、風、土の四大元素と呼
ばれる物から、光と闇の二極。そして上位属性とされる氷、雷など
の派生魔法。希少魔法もあるぞ、影魔法や、最近ハザードが発見し
たと言われる霧魔法。
それを人種が使いやすく改良を施されたのが魔術であり、技術な
訳だが。まぁ色々とそれに対しても線引きがある訳で。
ハザードはこう言っていた。
﹃扱う術が確立されているのが魔術で、魔法というのもは力その物
だ﹄
話がそれた。
さぁ言え、言うのだ。
﹁マジックボルトよ!﹂
ぷるんと胸を張りながら、そう高らかに叫んだ。
何だその魔術、知らんぞ。
﹁それ、強いのか?﹂
﹁煩わしい詠唱を克服した無詠唱魔術で、尚且つ魔術の中でも瞬間
最高展開速度を誇り、ありとあらゆる魔術の随を結集させたという
のが、このマジックボルトなの!﹂
す、素晴らしい。
1356
﹁それで、属性は何だ?﹂
﹁無属性よ。この魔術に属性なんて余計な入らないわ⋮⋮﹂
フッ。と儚く視線を逸らすルビー。
前の俺ならば、ここでコイツはすげぇぞ、逸材だぞ。とやいのや
いの勝手な盛り上がりを見せて爆死して来た訳である。過去の経験
から言って、物事を慎重に確認するのは大事だ。
俺はメッセンジャーを取り出して、ハザードに通話をかける。
﹁え、何それ、ケータイなんてこの世界にあるの? 欲しい!﹂
我が侭を言う子供の様に、テーブルに身を乗り出して訴えて来る
この女は放っておこう。我が侭なのはその胸だけにしとけ。メッセ
ンジャーにハザードの顔が映る。薄暗い石造りの部屋に居る様だっ
た。
﹃おう神父。いや、今では法王か。⋮⋮なんだ?﹄
﹃︵友よ、これは我のこれも聞こえるのか?︶﹄
﹁バッチリ聞こえているよ。ちょっと聞きたいんだけど、マジック
ボルトってどんな魔術か判るか?﹂
﹃ああそれか⋮⋮﹄
つばを飲む。言葉を一瞬溜めたハザードは、自分の記憶を掘り起
こす様に視線を若干右上に向けてから話し出した。
﹃確かノーマルプレイヤーは、チュートリアルで必ず覚えさせられ
る無属性魔術スキルだったと思う﹄
﹁は? 無詠唱で最高速度を誇る魔術の粋じゃないのか?﹂
1357
俺の問いに、何言ってるんだコイツという様な顔をして、ハザー
ドは答える。
﹃どこで聞いたんだ。身体にある魔力の感覚を掴む為の基礎魔術だ
ぞ。ノーマルプレイヤーはその魔法で魔力感覚を掴み、様々な属性
魔術へと発展して行く。いや、最早魔術の中でもかなり魔法に近い
魔術になっているな。あ、そうか。故に詠唱を必要とせず、余計な
物を省いた結果、最高速度の展開率を誇るのか? そう考えるとな
かなか興味深い⋮⋮﹄
魔術について語る時のハザードは妙に饒舌になるのである。画面
の中で蘊蓄を語り出すハザードを、俺の後ろまで回り込んで来て、
肩口に胸を押し付けながら興味深そうに眺めるルビー。
﹁誰よこの人?﹂
﹁友達のプレイヤーだよ。確か彼も魔大陸の迷宮都市へ着ていた筈
だから、その内合えると思うぞ﹂
ルビーの存在にハザードは気付いたようで、眉を歪ませながら言
った。
﹃⋮⋮神父。俺は怒られても擁護できないからな?﹄
﹁どういう意味だ﹂
﹃そのままの⋮⋮ッ! すまんが切るぞ! 俺は迷宮都市に居る。
何かあったら来い! 南魔大陸だ!﹄
画面越しに見える。ハザードの後ろから装備を身に纏った骸骨が
襲いかかって来ていた。それに剣と杖で応戦するハザードを映しな
がら、メッセンジャーの通信は途絶えたのである。死亡フラグの様
な物を臭わせながら、ハザードとの通話は終了したのである。
1358
﹁⋮⋮迷宮ってなんだかヤバそうね﹂
一部始終を見ていたルビーがそう呟いた。だが、俺は通話が終わ
ってから冷静になって改めて理解した事に、否応の無い感情を抱い
ていた。
﹁お前それ初期魔術だろ!﹂
﹁え、そうよ?﹂
あっけからんと事実を肯定するルビーがいる。
この馬鹿女。事態は思ったより深刻である。
﹁チュートリアルで誰でも覚えれる雑魚魔術じゃないか﹂
﹁失礼ね。そんな事無いわよ。お姉ちゃんだって、貴方はこの魔術
の才能があるからっていつも私の後ろで微笑んでくれたのよ。それ
を馬鹿にするつもり?﹂
その話を聞いて、俺にはどうしてもその絵が想像できない。ひた
すら頭を過るのは、初期魔法のみで魔物を狩る妹の姿を見てダーク
に笑うそのお姉さんの姿である。
﹁つかぬ事尋ねるけどさ、お姉さんはどんな魔術師なんだい?﹂
﹁炎専門よ﹂
俺は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
ホント、同情するよ。
御愁傷様です。と彼女の肩を叩く。﹁え、いきなりなによ﹂と言
う彼女を放っておいて、俺は席を立った。
1359
目指すべき場所は、港町の市場である。
そこで掘り出し物の魔術本もしくは横流しされた魔術入門を手に
入れなければならない。パーティを集めるよりも先に、この女をな
んとか自立させなければこの先やって行けそうも無いと感じたから。
喫茶店の店員が後を追って来て、何も注文しなかった代わりに、
席料だけ払わせられた。残り、大銅貨五枚と銅貨七枚である。
再び、ゴチャゴチャと人が行き交う港町の大通りへと繰り出して、
その中でも露天商が敷物の上に各々の品物を並べる行商エリアへと
やってきた。さながら、フリーマーケット状態。店舗が建ち並ぶメ
インストリートに比べて、幾分人通りも少なくなっている。
そんな中、俺はとある露店で一先ずお目当ての物を発見したので
ある。その露店は、元は上質な灰色をしていたであろう汚れ塗れで
ほぼ焦げ茶色に染まったボロ切れを身に纏った小汚い男が座ってい
1360
た。
﹁なぁこれ、本当に大銅貨一枚でいいのか?﹂
﹁んあ?﹂
耳が遠いのであろうか。それとも寝ていたのであろうか。よくわ
からない奇声を発しながら顔を此方に向ける小汚い露天商。
﹁もういいや。この本をくれ﹂
﹁持ってけ持ってけ。この世界の人々は俺のお宝の価値に気付かな
い逝かれた奴らばっかりだまったく﹂
薬でもやっているのかコイツ。もしくは、アルコール中毒者。
ちなみにルビーは、鼻を摘みながら俺より数メートル後方で事態
を見守っていた。綺麗好きは良い事だけど、その行動はもはや差別
だぞ。お前は俺にとんでもない弱みを握られているのを既に忘れて
いるようだな。
﹁ちょっとまったぁあああああ!!﹂
大銅貨を露天商に手渡し、お目当てのボロボロの本を受け取ろう
としたその時。大声と共に俺は何者かの突進を背中に受けた。露天
商を巻込んで、俺は彼のお宝というがらくたの中に盛大に突っ込む。
﹁⋮⋮あ、すまん﹂
事態を目の当たりにした男の謝罪が一応帰って来る物の。
﹁俺のお宝があああああ!!!!﹂
1361
がらくたに命を掛けているであろうこの露天商は、絶望したかの
様に頭を抱えて絶叫していた。む、惨い。
﹁一体なんなんだ﹂
そもそも、誰なんだ。
俺は起き上がると、紺のズボンと白いワイシャツに赤茶色のチョ
ッキを重ね着している人物を見据えた。
﹁俺はエヴァン・後藤。俺も訳あってその魔術入門が欲しい、譲っ
てくれないか?﹂
﹁丁重にお断りだ﹂
別に名前を馬鹿にしている訳じゃない。だが、このエヴァン後藤
とゴロの悪そうな名前を名乗った男から、そこはかとなくルビーと
似た様な雰囲気を感じるのだ。そこをなんとか!と、暑苦しさを倍
増させながら大声で頼み込んで来る男を一瞥する。
﹁そもそもだ、俺はもうお金を払ってるから。なぁ?﹂
この本の所有権を主張しながら、俺は当然とばかりに露天商の方
を向く。
﹁⋮⋮あんたはいくら出すんだ?﹂
こ、コイツ!
マジか!
衝撃的な手のひら返しに、俺は言葉さえ失っていた。
1362
﹁俺の全財産! 銅貨三枚だ!﹂
俺と露天商は、二人揃ってずっこけた。そして転んだ場所は露天
商の自称お宝と呼ばれるがらくたの上。露天商は、レゴブロックの
上にボディプレスをした痛み︵たくさん尖った小物が並べられてい
たので︶に悶絶するより先に、この世の終わりの様な絶叫を再び魔
大陸の大空に向かってぶちまけるのであった。
1363
結局の所、類は友を呼ぶ︵後書き︶
﹁何故そんなボロ汚い本が、大銅貨一枚もするんだよおおおおおお
!!!﹂
悲報。馬鹿増える。
1364
思考回路が無事迷宮入り︵前書き︶
更新速度も落ち着きを見せる予定。でも1週間は流石にあけません
よ∼。
1365
思考回路が無事迷宮入り
﹁では、支給金は一括受け取りでよろしいですか? ではパーティ
ランクDの支給金は、クエスト報酬窓口とは別になっておりますの
でお間違えにならない様お気をつけ下さい﹂
戻って来た。
ハンター協会、北魔大陸自由都市の港町支部である。
俺はその窓口にて助成金利用の申請を無事に終えた。新たに申請
した内容でのパーティランクはDだった。運が良かった。市役所の
様に整理券を手にして助成金の支給窓口へ並び待っている間に考え
る。
ボス
このエヴァンという男。頭はとんでもなく低ランクなのだが、ハ
ンターランクはB。そしてその実績はランクBの大型モンスターを
全てソロ討伐。
思わぬ掘り出し物だった。
そう言えば先ほどの露天商での件は、ボロボロの魔術入門をルビ
ーと回し読みさせる事で納得させた。元から銅貨三枚しか持ってな
かったアホだ。飛びつく様にして条件をのみ、ルビーと共に目をた
こにして食い入る様に読み、道端で実践する始末だった。
ともあれ、新しい仲間と共に、俺は観光の資金源を調達する事に
無事成功したのである。一括受け取りで得た支給額は金貨一枚と大
銀貨九枚︵掲示板に載っていた額と価値は同じ銀貨100枚分と9
1366
0枚に当たる︶。
これだけあれば十分観光が出来るのである。
﹁早速ですが、不正利用につきましての罰則説明となっております。
パーティの方含めまして、ご一緒にご理解頂ければと思っています
ので﹂
そして即行で観光の道は閉ざされる。幾つかのパーティが、罰則
説明会の講習へと集団で案内される。各々が、新米ハンターらしい
様子である。一攫千金の冒険に胸を時めかせて入室していく。
獣人種オンリーのパーティだったり、人種・魔族種・獣人種の混
合パーティ等を見かけるのが、何とも魔大陸らしいと感じた。
﹁なんなんだ?﹂
﹁なにか貰えるのかしら?﹂
と、検討外れな言葉を発する二人を連れて、俺は後ろめたい気持
ちを引きずりながら重い足を前に進めるのであった。
罰則規定の他にも、マニュアルに書ききれなかった事細かな施設
内容。助成金以外でのサポートなどを係の人が説明して行った。
セバスらしい、事細かなサービスだこと。
まぁ当然ながら支給金を私利私欲の為に利用する詐欺が横行する
可能性を考慮した内容であったり、定期報告書の書き方、トラブル
1367
発生に置ける対処法と対処団体を設置し、罰則を出す権利は協会側
にある事等。
隣に座っていた二人はとっくに眠ってしまっていた。本当に、興
味ない事にはとことん興味ない様だった。試しに﹁キヌヤセール中
だってよ﹂と可愛い寝息を立てるルビーにこっそり耳打ちしてみた。
﹁今すぐ行きましょ! 今すぐよ!﹂
﹁静かにしてください!﹂
係の人に叱られ、その髪と同じ位に顔を赤くしながら座り込む。
人並みの羞恥心を持ち合わせておいて、どうして寝ていられるんだ。
そっちの方が恥ずかしいぞ。
﹁では、ありがとうございました。迷宮探索、頑張ってくださいね。
危険があればすぐハンター協会を頼ってください﹂
意外と時間がかかった説明も、係の人の挨拶によって締めくくら
れる。まるで新入社員の研修の様だった。そうすると、ここに居る
奴らはハンター協会の社員なのだろうか。
契約社員という立ち位置も、あながち間違っていないだろうな。
ゾロゾロと協会を後にする面々。
さて、俺達は何をするか。
予測であるが、セバスは虎視眈々と俺の愚行に目を光らせている
筈だ。どこで、なにをしても、あいつにはバレてしまう予感がする。
商会の情報伝達力は恐ろしい。ちゃんと迷宮攻略してある程度は報
告書に纏めておこうと、そう心に決めたのである。
1368
一先ず向かう先は、ここから南にある迷宮である。港町を案内し
てくれたバンドの帰郷もあって、南魔大陸にある自然国ナチュラヴ
ィアに向かう必要があるのだ。ゴーギャンよ、君に会うのはもう少
し先になりそうだ。
の
迷宮に向かうには迷宮案内用高速竜車を使う。これは助成金制度
例の神と対等に取引する商会
を受けた俺達迷宮攻略社員が利用できるサービスなのだ。
最早セバスと硬く手を結んだ
お陰で、アラド公国原産の走竜種達が、魔大陸でも様々な活躍を見
せている。ラルドは最初は体長三メートルくらいだった様な気もす
るが、少なくとも俺が法王になった時点では、三倍くらいの大きさ
になっていた訳である。
竜種、食べている物の栄養価によって個体差が存在する。
というレポートを読んだ事あるだろうか?
1369
これはセバスの書いた魔法学校卒業用のレポートで、アラド公国
の走竜達は試験的にこれを試され、無事二倍くらいの大きさまで成
長し、各地へ派遣されているのである。
﹁こんなにキャビン︵人を乗せる部分︶を繋げてるのに、こんなに
速いの!?﹂
そのスピードは、キャビンが五連結された竜車を引っ張っていて
も訓練された軍馬に楽勝できる程。大体一つのパーティが一つのキ
ャビンを使用できる六人掛けになっているので、四人で乗車した俺
達は比較的快適な竜車の旅を送る事ができる。
ルビーはまるで子供の様に、ローブをはためかせながらキャビン
の窓から身を乗り出していた。キャビン内にも吹き抜ける風に誘わ
れて、シルクのピンク。
﹁これなら南魔大陸まであっとゆう間だぜ﹂
﹁本来ならどれくらい掛かるんだ?﹂
まるで親の様な視線をルビーに向けながら、バンドが言う。
﹁前はこんな道はしかれてなかったからな。徒歩なら約二ヶ月、馬
車なら約二週間ちょっとって所かな﹂
ディスオーダー
南魔大陸の自然国は、かなり遠い所にあるようだが、高速竜車を
使用すれば大体一週間。その間に無秩序区と呼ばれるおっかない場
所の迷宮へと立ち寄ったとしても、2週間ちょっと掛かるくらいで
走破できそうな雰囲気だった。
﹁それにしても、俺は嫌な予感しかしねぇぞ?﹂
1370
﹁ああ、俺も同じ事を考えていたよ﹂
無秩序区なんて⋮⋮。と震え出す基本小心者のバンドである。だ
が、それは少なくとももう少し先の話だろう。
﹁⋮⋮うっぷ⋮⋮も、もう俺十分、頑張ったぜ⋮⋮?﹂
いや聞かれても困るんだけど。もう少し頑張れよ。
懺悔し慈悲を乞う様に、もはや青白さを超えて、チアノーゼの様
に紫色に染まってしまったエヴァンの顔は、既に決壊寸前を迎えて
いた。
﹁うわぁ! 唇噛み締め過ぎて血が、血が出てるぞ!﹂
﹁流石にこれは限界か。バンド、エチケット麻袋は?﹂
﹁そんなもん持ってる訳ねぇだろ!﹂
慌てながら避難しようと椅子の上に足を乗せるバンドである。行
儀が悪いのだが、この状況だ。そうも言っていられないのである。
﹁な、なにか適当な袋は!?﹂
ダム決壊まで後三秒。俺は未だ窓から顔を出して風と共に状態の
ルビーの座っていた位置に置いてあった適当な革袋を掴むと、中身
に何が入っているかも気にせず、口を広げてエヴァンの口元にセッ
トした。
﹁おぼろぅぉあああああああああ!!!﹂
竜車に乗る前にしこたま食べていた料理が、盛大に革袋の中へ。
1371
空間拡張もろくにされていない革袋は、水風船の様にパンパンにな
った。
﹁臭っ、なんなのよ⋮⋮あああああああ! 私の荷物入れ! 何よ
これ! 臭っ! え? どういう事? え?﹂
理解が追いついたルビーが号泣するのは、この十秒後であった。
無秩序区へ入ったが、基本的に高速竜車専用の通路を通るので面
倒事は少なかった。だが、迷宮街と呼ばれる迷宮の近く作られる街
には柄の悪い輩が多くたむろしていた。これは馬車や徒歩で通過す
るくらいなら迂回するだろうな。
そんな事を思いながら、竜車を降り、迷宮街に作られたハンター
協会傘下の宿へと入って行く。利用料が格安になっているし、ハン
ター資格を持った人達が集まるので、そこまでマナーが悪い人達が
居る訳じゃない。
1372
ハンター達は大抵荒くれ者だと相場が決まっているのだが、無秩
序区の人々は、皆一様に得体の知れない狂気を抱えている様に思え
た。
さて、いよいよ迷宮探索と行くのだが、無秩序区の迷宮について
さらっておこう。パーティランクD以上からの入場が認められてい
るこの迷宮の注意すべき点。それは、NPCだ。
何とも特殊な立ち位置にあるのだろうが、魔物達より質が悪い人
々が否応無しに迷宮から出て来た物に物乞いする。そして、強盗を
働く物も居る。
そう言った事により、情報がなかなか集まらず、魔物の強さはそ
こまでではない物のある意味危険区域指定を受けているのだ。
価値の高いドロップアイテムはこの無秩序区を統べるギャング達
の懐へと運ばれている。という噂すら飛び交っている。
しかもこれは宿屋の店主から聞いた話である。
そう、俺は下調べも何もせずにただ南だからといってこの迷宮を
選んだのである。
竜車でここに下車したパーティは、基本的に無知な奴とあえてこ
ういうのを選んだ変態しかいないそうだ。無秩序という言葉に惹か
れた中二病。
﹁うおおお。なんだかとってもバッドラックな街だな!﹂
﹁それを言うならドラッグジャンキーじゃないの?﹂
1373
ハードラックだ馬鹿共。
いや、ルビーの言ってる事は一理あるな。
パーティとは無関係なバンドは怯えた様に宿屋に居る訳で、俺達
三人は迷宮に必要な物を買いそろえる為に街を歩き回っていた。
﹁ねぇ、マニュアルにはポーション類って書いてるわ﹂
﹁必要ない﹂
﹁おい、怪我した時の包帯も必要だってよ﹂
﹁必要ない﹂
装備を買え。装備を。
﹁大丈夫よ。私には姉から貰った杖があるんだから!﹂
﹁俺もこの拳があれば十分だぜ!﹂
頭が痛くなる。
改めてコイツらの装備をおさらいしよう。
女の方は、キヌヤの衣類︵装備じゃない︶、初心者用の杖、ただ
のローブである。
男の方は、ただの衣類︵装備じゃない︶のみ。
そして俺の装備は、神父服、十字架、聖書のみ。
精神空間には嫁達が寛ぐ為の生活家具と魔道具。そしてまだまだ
残っているタイムブレイクティーなのである。
あれ、あまり変わらんじゃないか?
1374
1375
思考回路が無事迷宮入り︵後書き︶
セバス﹁ウチのマスターは絶対に悪用する。そして剣鬼もです。だ
から罰則規定は確りしておいた方がいいですよ。それに、締める所
は確り締めておいた方が、トラブルに落ち入った際は対応がとりや
すいですからね﹂
各ハンター協会重鎮達﹃おお∼∼∼∼∼。採用だ。是非、その案。
採用させてもらう!﹄
クボヤマ、冷静にゲロ処理。
1376
無秩序区の迷宮、第一層
マジック・ステイシス
﹃ルビー・スカーレット:人種族︵中欧大陸系︶
才能:無属性魔法︻魔素恒常︼
※ステータス表示は商業アップデート時に消滅しました。
︻魔素恒常︼
魔法、魔術を行使する事が出来なくなる代わりに、変換・増幅・
マジックストック
ドラゴンマジック
消費など魔力として活用する事しか出来ない魔素をそのままの状態
にしておく能力。﹄
マジックストマック
﹃エヴァン・後藤:人種族︵中欧大陸系︶
才能:︻魔性胃袋︼↓︻魔力貯蓄︼、︻竜魔法Ⅱ︼
※ステータス表示は商業アップデート時に消滅しました。
︻魔力貯蓄︼
︻魔性胃袋︼が︻竜魔法︼を習得した事により︻魔力貯蓄︼へと
変質した。食物から魔力を得る魔性胃袋の特性をそのままに、限界
魔力保有量は増加していないが別の体内器官へ魔力を蓄積させてお
ける能力。
︻竜魔法Ⅱ︼
ローロイズの護国竜から授けられる魔法。使用時、全ステータス
がINT依存になる︻竜魔法Ⅰ︼が魔法入門によって応用力の増し
た︻竜魔法Ⅱ︼となった。INT依存の他に幼竜程度の魔法を行使
できる﹄
聖核化してから使えなくなったと思っていた鑑定魔法であるが、
一部仕様を変更して使える様になっていたのである。これで精密鑑
1377
定と同レベルの鑑定能力な様だ。
何故使えたのかというと。
いつの間にかスキルアップしていたフォルの︻運命の女神の眼差
し︼と言う能力を俺が限定的に利用できたからである。
限定的と言っても、フォルが許可を出した時となっている訳で、
実質俺は神の目を得たと言う事である。
因に神様の力というのは、その信仰度によって変わって行く。い
つの間にか大きなギルドになり、有名になってしまったウチのギル
ド福音の女神の影響で順調に格を上げて行ってるらしい。
偉いぞ。
流石フォル。
プライベートエリア
精神空間に存在する彼女達の部屋なのであるが、そろそろ一人部
屋を作ってやるべきか悩み中である。どんな部屋と規模にすれば良
いか、今度彼女達に聞いておこう。
未だ真っ白な空間に、家具等が置かれたシンプルかつ面白構造に
なっているのでね。模しているのはエリック神父の黒壁から行ける
プライベートエリア。俺の部屋は狭い個室だからあるからな。
彼女達のスペースは、さながら豪華な花見大会みたいな感じ。
桜は無いが。
開示された能力を視ると、エヴァンはハンターランクよりも更に
1378
強キャラ感のある印象であった。竜車に乗る前に大量に飯を食べて
いた所を目撃した俺は、彼と能力の因果関係を容易に察する事がで
きた。
そしてルビーなのであるが、最早何も言うまい。その姉から貰っ
た︵お情けで︶と言う初心者用の杖は完全にお飾りなのであった。
﹁え? 魔素恒常? なんか強そうね。私レアキャラの予感!﹂
﹁やっぱ護国竜の言った事に間違いなかった。ほんで道理で腹が減
るスピードが速い訳だ⋮⋮﹂
勘違い馬鹿は放っておいて。エヴァンが言う腹の減るスピードと
言う物は、魔性胃袋と関係が深そうであった。食べた物をエネルギ
ーの他に魔力へと効率よく変換するわけだから、その分のエネルギ
ーへと吸収される量も邪魔されてしまうので、結果的に身体が足り
ないと叫ぶ様に腹の虫を鳴らす。
奥が深いのか、浅いのか。
よくわからんゲームだな。
俺達三人は迷宮一層目を進んでいる。出現する魔物は大した事無
い。迷宮の外で右往左往している浮浪者やチンピラと同じ様なゴブ
リンとコボルト。そして、無秩序区の人が身につけている様な小汚
い服を身に纏った骸骨やゾンビ達である。
これ、ここの住民の変わり果てた姿とかじゃないよな。そうだっ
たらここの設定を考えた奴出て来いと、メタ発言的思考。
恐らく、迷宮出現初期に興味本位で入って行った人物か、ゴール
ドラッシュ時期にお宝目当てで入って無事養分となった人達も含ま
1379
れているのだろうな。
迷宮さんも、このご時世リサイクルに余念がないのである。
﹁なんだか凄く汚いのだけど、迷宮ってどこもそうなのかしら?﹂
足下には糞尿。壁には血や腐った肉片含め魔物の死骸やそれ以外
の物が散乱している箇所が多々あった。
一層目でこれだぞ。
治安の悪さが映し出された様な感じが見て取れる。
﹁一体どれだけの乞食がここで死んだんだろうな﹂
﹁ちょっと、止めてよ﹂
何かに縋る様に道のど真ん中に倒れ、内臓を貪り尽くされた乞食
の死体がそこにあった。十字をきって呟くと、少し鳥肌を立てたル
ビーが俺の袖を掴む。
遺物や死んだ人は迷宮に吸収されて、とかそう言う類いは無い。
ただ事実が散乱しているだけである。この世界の人は死ぬ。
﹁俺達プレイヤーみたいにベッドの上で目覚める事は無い﹂
﹁そう⋮⋮﹂
少し冷たい声で、事実を呟く。迷宮の腐臭に満ちた空気とはまた
違った雰囲気なってしまった空間で、ルビーは察した様に短く言っ
た。
﹁実は、私も見てたの。あの戦い。最後だけだけどね﹂
1380
俺が最大の失態を犯した箇所をか。
﹁ゲームだからと言って、目を背け過ぎだと思うの私達。リアルス
キンモードにして気付いたのだけれど、この世界は生きている﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
俺はそれ以上何も言わない。それはルビーも同じだった。
リアルスキンプレイヤーは、基本的にプレイヤーキルをしない。
それはこの世界をもう一つの現実として見ているからだ。故に、現
実のモラルを当てはめて行動する。
だが、未だゲーム感覚を持って楽しむプレイヤーが大多数居る事
も事実であって、ただ純粋に楽しむのもありなのだが、ゲームだか
らといって悪戯にプレイヤーキルに手を出す人々も存在する。
運営も対策を考慮する程、このゲームでそれはかなりの危険行為
である。
でも許される。
いや、許されないのだが、誰も裁かない。
プレイヤーキルは、俺達プレイヤー間でのモラルの問題でもある
からだ。自己小意識の範囲だと思うんだが、そう言う行為を楽しむ
人の中では、この世界の人々に手を出すのはNGだという固定認識
があるものの、死なないプレイヤーだったらOKだというふざけた
考え方が存在するんだ。
一番始めにあった剣士のプレイヤーを思い出した。初期、リアル
1381
スキンモードプレイヤーが少数だった時期である。
まぁ彼のお陰で今がある訳だがな。
﹁俺は赤髪のロッソを許さないだろうな﹂
守れなかったあの時の自分に皮肉を込めて呟く。赤髪と聞いて、
ビクッと肩を震わせるルビー。君の事ではないのだが、俺の心の中
でその髪の色を見ると何処かモヤモヤした気分になるのは否定でき
ないので仕方ない。
公然の場で、唯一この世界の人を殺した人物である。
知られている中では、唯一の﹃人殺し﹄なのである。
彼は去り際にこう言った。
﹃ここから先は完全な敵同士だ。徹底的に邪魔してやるぜ?﹄
去り際のあいつの顔が。
今も俺の心の片隅で邪魔をしている。
﹁俺は引き金を引いた﹂
あの時大衆の目の前で行われた人殺し。これによってプレイヤー
キラーは本当の人殺しとしてこの世界に生まれ変わったのだ。ロッ
ソはプレイヤーキラー間の最後の壁を取っ払ったのだ。
﹁守りたい物があるのは良い事だが、全てを守るには手が幾らあっ
ても足りないぞ﹂
1382
エヴァンが言う。
リアル
﹁この世界をもう一つの世界だと。生きていると本当に思っている
なら、俺達が暮らす現実での戦争や紛争、身近な所なら犯罪だな。
それはどうなる?﹂
リアル
その通りだ。
現実での俺は、戦争や紛争・犯罪それこそ人殺しがあったとして
も、テレビのニュースでそれを知った所で何の感情も抱かないだろ
う。
自分は力が在るから。とかそんな中途半端な気持ちで気安くこの
世界を見ていたからこそ。救えるかもしれないとか範疇を超えた事
を思っていたからこそ。
まるで悲劇のヒロインを気取る奴の様に、俺もこの世界の主人公
リアル
を気取っていた。全く持って烏滸がまし過ぎる。
プレイ
﹁特別視し過ぎた。この世界も現実も変わらん。俺達はそんな中で
生活している。より、この世界の人との差が無くなっただけだ﹂
﹁全くその通りだな﹂
エヴァンという男は、思ったよりも深い人物なのかもしれない。
そう思わせる程、彼の言葉には現実味が籠っていた。
﹁ま、赤髪のロッソだっけ? 俺も耳にはしてるぞ。胸くそ悪いの
には変わらんからいつか出会ったら殴っとくよ﹂
﹁ボコボコにしといてくれ。そして俺が生き返らせてからまたボコ
ボコにするから﹂
1383
プレイヤー
そう、あの一件から。
俺達はまた一つ、この世界の人達に近づいた。
﹁アップデートが来たら俺達も殺されたらリスポーンしなくなるか
もな!﹂
﹁ちょっとエヴァン! 不吉な事言わないでよ!﹂
笑いながら言うエヴァンを、ルビーが顔を青くしながら否定する。
まぁ一番リアルスキンモードの恐ろしさを知っているのは彼女だか
らな。
﹁多分特殊状況における強制キャラデリートは存在するぞ?﹂
﹁うお、マジか?﹂
ベヒモスの腹の中に居た頃を思い出す。無数の腕がガリガリと身
体とその内側にある存在を削り取って行った。
﹁俺は一回捕食ペナルティを喰らっているからな﹂
﹁何だそれは? まさか、食べられたのか?﹂
﹁冥王プルートと戦った時? ファンサイトで読んだわよ﹂
ファンサイト、誰から情報を仕入れているんだ。あの時居たのは
フルパーティにマリアとジンを加えた八人。俺を抜いて七人。
﹁倒す方法が一緒に食べられるしか無かったんだよ﹂
﹁そんで、ペナルティって?﹂
﹁能力全部半分になって、才能が消滅した﹂
俺が、本当の意味で能無しになった時である。まぁ才能も特に大
した事無くて、複利の様に精神修行すればする程MINDが上乗せ
1384
されて増え続けて行くだけなので気にもとめていない。
﹁どーせ精神の塊になったしな。ってことでそんな物があるんだ。
絶対に強制キャラデリートもあるに決まっている﹂
﹁なるほどな。この世界は常に危険と隣り合わせだってことだ! 燃えて来たぜ﹂
﹁ちょっと怖い事言わないでよ。一人でトイレ行けなくなっちゃっ
たじゃない∼!﹂
ルビーが下半身をもじもじとさせ始めた。だから言っただろ、迷
宮に行く前に獲れは必ず済ませておけって。
俺みたいに身体が特別製なら良いんだけどな。
そう、精神体はトイレをも凌駕する便利機能を持っている。
﹁まぁ人間だから仕方ない﹂
﹁な、なんで貴方達は大丈夫なのよぉ﹂
﹁多分高効率で食物が吸収されてるから、残りカスが少ないんだと
思うぞ﹂
﹁俺はもはや構造が違うらしいしな﹂
あっさりと述べる。
本当に彼女はついていない。
1385
無秩序区の迷宮、第一層︵後書き︶
鑑定で視る事が出来る使用が変更されています。そりゃいつまで
も初期使用のまま便利能力を垂れ流しするなんて、運営はしません
からね。基本的に覚えた技術は忘れる事によって使えなくなります。
そして思い出す事によって再び使える様になる可能性もあります
が、前の様にそれが使えるかといったらブランクがあった分自分の
技術も下がっている訳で、そんな事の無いのです。
ルビースカーレットは、ノーマルプレイヤー時代馬鹿みたいに無
属性魔法というよりもマジックボルトを使いまくった結果、どうし
ようもない能力が身に付いてしまったのである。笑
一様レアスキルだが、人は呼吸や生活活動をするうちに魔素を魔
力として取り込んでいる、それが魔素のままである故に、魔力に変
換使用できないので、落ちこぼれクズの魔素女と化した。笑
エヴァン・後藤は、リアルではフードファイターだったのかもし
れない。リアルスキャンに都合良く食事から効率的に魔力を得る魔
性胃袋を獲得した。そして竜魔法の習得によって、それを溜めてお
ける器官へと変質。レアキャラ通り越して強キャラへと歩を進めて
いる筈なのだが、実際は﹁あれ? 今日は身体の調子がいいな。ソ
ロボス討伐よっしゃああ!﹂としか思っていなかったりする。
不運な女と、幸運な男。
1386
無秩序区の迷宮、第二層
一層目はマッピングされたデータがあったので、すぐ二層目に突
入する。一層目と違う所は、浮浪者の死体等が無くなって、少し綺
麗になった様に思える所だ。
ただ、迷宮。基本的には死体、死骸のありふれた場所なのである。
死体漁りに精を出すゴブリンやコボルトをエヴァンが文字通り足で
蹴散らしながら、俺達は特に何の困難も無く進んで行くのである。
二層目から、マッピングされたデータが怪しくなって来る。膨大
な量から蓄積され修正を加えられて行くマッピングシステムは迷宮
へ潜る人々の数が多ければ多い程、その真価を発揮する訳なのだが。
﹁あら? 有志が作ってる筈の拠点はどこだ? この辺の筈なんだ
けどな﹂
エヴァンが行き止まりになった壁をペタペタと触って行く。階層
毎に中央聖都でも使われている様な結界装置を仕込み、魔物の出現
がある程度押さえられた拠点と言う物が作られる。
迷宮へと潜る者にはかなり重宝するこの拠点。そうです、結界装
置のメンテナンスをするのは俺達社員なのです。まぁその分報酬は
貰っているので良いんだが。
﹁どうもこうも、行き止まりだから無いだろ﹂
﹁探求する人が少ないと、地図も正確な物が割り出せないのか。こ
れは困った﹂
1387
そして間違った地図を描いた物が居ると、こういう事が発生する
のである。社員確りしろよ。
地図の読み方から書き方まで、徹底的に教え込まなければ迷宮攻
略なんて夢のまた夢なんじゃないか。研修時間は三ヶ月でその間は
試用期間としてハンター達の腕を見るべきだ。
そうすれば私利私欲に塗れずよく働く奴隷になる。
さて、果たしてそれがモラル的に良いのかどうかは別だ。ただし、
実際はシステムこそ良い感じの仕上がりは見受けられる物の、結局
の所、ランク制にしても今の迷宮攻略は人手による物量作戦みたい
な物だ。人海戦術だ。
セバス。現場で命を落としている人間を救うには、もっと考える
べき事が必要なんじゃないか?と心の中で呟いた。
絶対に口にはしない。
余計な飛び火を喰らいかねないからな。
﹁ちょっと∼∼∼! なんで無いのよ、ぁあ! また波が!﹂
と尿意の波に苦しみながら、ルビーは不満を叫ぶ。
﹁俺からすれば二度目だ。もう何も感じないし減る物も無い﹂
﹁減るわよ!﹂
叫びになってない叫びを上げるルビーを尻目に、基本的に何とか
してやろう系人間。もはや主人公的性格のエヴァンは、一度汚れた
1388
乙女の尊厳を守るべく、壁をペタペタと触って行く。
だから無いって言ってるだろ。
﹁お、なんかここの石だけ押せたぞ。やっぱり拠点であってっぞ!﹂
石壁のとある部分をガコガコと押すこの男。罠でもあったら大変
危険なのだが、その辺は理解しているのだろうか。
だが、俺の予想に反して彼の良い分は正しかったようだ。ゴゴゴ、
と石がズレる音が響いて、目の前の壁が開いて行く。
本当にここが拠点なのか?
暗がりの中へ足を進めて行く。
明かりとなるカンテラは、ルビーが持っている。俺は光らせたク
ロスたそを明かり代わりに、拠点に置かれている筈のカンテラを探
して辺りを見回した。
俺達が全員中に入ったのと同時に、壁が音を立てて閉まって行く。
なんだかよくわからない所でハイテクだなと思いながら、俺は床に
倒れているカンテラを発見する。
それは割れていた。
嫌な予感が頭を過る。
﹁ちょっと待て、なんでカンテラが割られてるんだ? 本当にここ
は、拠点として̶̶̶﹂
隣に居たエヴァンに声を掛けた瞬間。
1389
ビンビンビンビン、と張りつめた糸を鳴らした様な音が部屋の中
に響いた。
俺は慌ててその音の方向とエヴァンの間に身体を滑り込ませる。
ドドドと三本の矢が俺の肩・腕・腹に突き刺さった。
﹁ひぇつ、う! く、ふぇぇ⋮⋮くぅぅぅぅぅ∼∼∼﹂
逃した矢の一本は後方に居たルビーの顔を霞めて、壁に突き刺さ
った。
石壁に突き刺さるなんて、矢にしては威力が高過ぎる。
﹁クボ⋮⋮矢がッ!? 大丈夫か!?﹂
乙女のダム決壊の知らせなんて何のその、また腰が抜けて座り込
んでしまったのかなんなのか知らないが、とりあえず使い物になら
なくなったルビーからカンテラを奪うと、エヴァンに渡す。
﹁熱っ! っておい、なんかこの装置みたいなの壊れてるぞ!﹂
﹁チッ! それが結界装置じゃないか?﹂
面倒くさい展開に、思わず舌打ちする。まだ二階層拠点だという
のに、この展開の速さ。迷宮探索なんてそこまで重要視していなか
ったが、これは意外と高難易度なのかもしれない。
邪心教め! 魔王め!
狭い空間で俺が全力を出すと、階層事消し飛ばしてしまう可能性
がある。それは避けるべきである。俺達と別口で探索を行っている
ハンターが居た場合を想定して考えると、聖域すら悪影響を及ぼし
1390
かねない。何より、ロマンが無い。
故にただの回復役と成り下がった俺にとって、エヴァンという前
衛はとても役に立つ便利な剣なのだ。
﹁矢が飛んで来る! 俺の後ろにいろ!﹂
﹁大丈夫だ。竜鱗がある! 俺にあのくらいの矢は効かない!﹂
先に言えよ。
骨折り損じゃないかくそったれ。
﹁先ず明かりだ。俺のクロスじゃ限界があるからな﹂
エヴァンが飛んで来る矢を弾きつつ、俺は刺さった矢を抜きなが
ら﹁カンテラの火をトーチになりそうな物に移せ﹂と言おうとした
所で、この馬鹿がとんでもない行為に移る。
﹁明かりだな! 火だな! まかせろ! おらァッ!﹂
この男は、魔物が居るであろう矢が飛んで来た方向へと、カンテ
ラを投げやがったのだ。﹁ぎゃ﹂と声がして、ゴブリンの背を少し
高くした様な人型の魔物に火が移り燃え広がる。
﹁この馬鹿! この後どーすんだよ!﹂
﹁すまん、咄嗟の出来事だった!﹂
頭痛がしてきた。
俺、もう階層事迷宮を消滅させても良いかな。
︵フォル、支援を頼む︶
1391
︵はいなの∼︶
運命の祝福を施す。
パーティへの自動治癒も忘れない。
火達磨になりながら転げ回る魔物のお陰で、前方の敵が映し出さ
れていた。女神の眼差しが魔物の情報を俺に的確に教えてくれる。
﹃ダンジョンゴブリン
迷宮へ迷い込んだハンター達を集団で襲うゴブリン。迷宮の力に
寄って通常のゴブリンよりも強い個体の集団であり、普通のゴブリ
ンをも襲う。ダンジョンゴブリン・リーダーが必ず存在する﹄
﹁雑魚は俺に任せて、ゴブリンリーダーを頼む!﹂
﹁判った! あのデカいのだな? ボス殺しは任せろ﹂
ソロボス討伐のみでハンターランクを上げて来たエヴァンは、そ
の経験によって一瞬でリーダー格のゴブリンを発見した。デカいか
ら判りやすいんだけど。
俺はクロスを車輪状態にして振るう。
名付けて運命の車輪。ロマンがある。
本物の運命の車輪は、フォルのカチューシャの様になっている。
彼女のチャームポイントを奪う訳にも行かないので、クロスたそが
フォルと共に生み出したのがこの車輪である。
純白の車輪︵自律機動︶。
さぁ、やっておしまいクロスたそ。
1392
﹁運命の車輪! 敵は全て、運命の元に捩じ伏せろ﹂
後は、ポーズを決めるだけなのである。まぁそんなDUOみたい
なふざけた真似は流石に恥ずかしくて出来ないが、ガリガリとゴブ
リンを轢き殺して行く様は、さながらロードローラーを彷彿とさせ
る。
そこまで大きくないんだけどな。
あれは押しつぶすだ。轢くじゃない。
﹁早速だが竜魔法Ⅱだ! えっと⋮⋮幼竜咆哮!﹂
意外と大量に湧いているゴブリン達を蹴散らしながら、リーダー
の元へ駆け抜けて行く。確か竜魔法ⅠはINT依存の身体強化で、
竜魔法Ⅱから竜としての能力が使えるんだっけ。
ギャオッ!と短く吼えたエヴァンの口には立派な牙が生えていた。
身体的特徴にも影響するのか。面白い。
幼竜の癇癪の様な鳴き声は、ダンジョンゴブリンを恐慌状態に陥
れる。十戒の海の如く割れたゴブリン群。その道の先にはリーダー
が居て、エヴァンはそこを駆け抜けて行く。
拠点の壁には穴があいていて、奥には更に広いスペースがあって、
ゴブリンの生活様式が形成されていた跡がある。
なるほど、この拠点は運悪く、ダンジョンゴブリンの巣窟の隣に
作られていた訳か。偶発的に大穴が空いたのか、それとも自ら掘っ
たのか。とにかく、この拠点は根本的にあってはならない位置に存
在している。
1393
報告書に忘れず記載しておこう。
エヴァンがリーダーの首をもぎ取る事によって、この戦いは終末
を迎える。リーダーを失ったゴブリン達は、逃げる様に雲散霧消し
ていった。
﹁追いかける?﹂
﹁面倒だからやめておこう﹂
死骸処理が、何よりも面倒なのである。
そんな事よりも、後ろからシクシクと鳴き声を上げる女。
﹁な、なに。ハンターの間では良くある事さ。⋮⋮多分﹂
と、お漏らしを目の当たりにしてしまったエヴァンは、何をどう
表現したらいいのか判らないと言った顔で、無意味なフォローを入
れる。フォローを入れた所でな、心の傷は消えないのさ。どうだ、
生々しいだろう。とエヴァンに視線を送る。最初は同情さえ湧いた
が、最早何も感じない。
﹁⋮⋮﹂
﹁アンタも何か言いなさいよ⋮⋮ぅぅぅ﹂
落ちを求めた所で、この現実は変わらないんだぞ。ツーンとした
アンモニアの匂いが立ちこめる、俺は最早慰めの言葉すら掛ける事
もしない。ただ、粛々と。
﹁⋮⋮時間が解決してくれるさ﹂
1394
彼女の涙腺も決壊するのである。
俺は悪くない。
みんなも、迷宮探索前には必ずトイレに行こうね。
俺の精神空間には、様々な家具と共に、宿屋で譲ってもらった桶
と洗濯板が新しく常備されている。こんな事もあろうかと買ってお
いたのだ。
俺の想定していた物は、再び嘔吐物塗れになる事だけだったのだ
が、やはりこの女。ルビー・スカーレットは、想像もつかない程俺
の斜め上を行く。
まさかお漏らしを洗濯する事になるなんてな。嫁達の中で、一番
大人びているクロスたそ︵俺と同じ歳くらいの雰囲気︶が、甲斐甲
斐しく彼女のパンティを洗って干している姿は、さながら奥さんの
様だった。
1395
素晴らしい。素敵だ。
じゃ、俺は迷宮探索という仕事に行って来るから、いってらっし
ゃいのチューを⋮⋮。
﹁はいはい、馬鹿な事言ってないでみんな待ってるのなの!﹂
後ろからぐいぐい押す様に、俺はフォルによって強制的に精神空
間から追い出された。いつの間にか俺のプライベートエリアが、プ
ライベートエリアで無くなっているだと!?
のっぴきならない状況である。
﹁⋮⋮ありがと﹂
目覚めると、ノーパン女が恥ずかしがりながらお礼を行って来る。
エヴァンはエロ耐性があまり無かったようで﹁洗濯するから寄越
せ﹂とルビーにパンティを請求し、一瞬乙女の尊厳とこれからの実
利を考えて、パンティを素直に差し出したルビーの湿ったパンティ
を見てから、豪快に鼻血を出して壁に頭を打ち付けている。
﹁煩ッ悩ッ退ッ散ッ﹂
ゴッゴッゴッゴッ。
どっちかというと、壁がへこんで来ているので意味の無い行動じ
ゃないかと思うが、それで本人が満足しているのであれば、俺はも
はや何も言うまい。
1396
精神空間にも、その内キッチンでも作ってやれば、俺は毎日彼女
達と食卓を交える事が出来るのだろうか。いや、そもそも一体どの
範囲まで設備投資が可能なんだ。
未だよく判らん線引きを真剣に考えても始まらないので、とりあ
えずやってみて出来たら出来たでそれでいい。と部屋の片隅に放置
されたおもちゃ箱の様に、思考の隅に放っておくのである。
二階層は得に何も無かった。
俺は﹁ピンク⋮⋮シルク⋮⋮ホカホカ⋮⋮﹂を繰り返し呟く男と。
その隣で、もじもじスカートを気にしながら歩く女を引き連れて。
迷宮三階層へと足を進めるのである。
1397
無秩序区の迷宮、第二層︵後書き︶
クボヤマの女性への対応が、完全に妻帯者になって来ている事に、
私自身驚きを隠せません。
1398
無秩序区の迷宮、第三層
エヴァンが壊してしまったカンテラの代わりに、ダンジョンゴブ
リンの巣窟で拾った木の棒に彼等の身につけていたボロ切れを巻き
付け、簡単なトーチを自作して持ち歩いている。
火を保つ為の油は、壊れてしまったカンテラの物をしみ込ませて
使っていて、火種はそのまま燃え続けていたゴブリンから移した。
プライベートエリア
今の所迷宮に光源が存在しない以上、明かりの代わりになる物は
必須アイテムなのである。俺の精神空間は、基本的に真っ白で明る
いのでランプ等の明かりを必要としない。
こんな事になるなら、資金をケチらずに大量に用意しておけば良
かった。基本的に、ハザードのディメンションの様に無制限化した
アイテムボックスとしても利用できるんだ。
家具とか紅茶とか買ってる場合ではなかったのだがな。
﹁空間拡張? なんだそれは!﹂
﹁無属性魔術なら、私も使えるのかしら?﹂
魔法入門に書かれている内容は、魔力の練度を上げる様な訓練内
容等であり、そう言った魔術の類いは書かれていないのである。
例によって魔術の魔の字も知らない様なノータリン共に、一から
説明する体力を俺は持ち合わせていなかった。
1399
﹁あまり深く考えなくても今まで上手く行って来たからな。魔力入
門を読んでから魔力の使い方の基礎は何となく判ったが、魔法と魔
術の線引きが未だわけわからん﹂
﹁私もさっぱりよ﹂
基本的にイメージが一番重要であったりする。俺も魔術について
は神から褒められる程に才能がないので、詳しい内容は判らないが
な。
﹁魔素恒常ってレアスキルな匂いがするのに。私は何故未だに魔術
が使えないの?﹂
武術家というカテゴライズであるとするならば、魔力が無くても
どうにかなる事を俺は知っている。修行を積む事によって一つの道
が示され、闘気という魔力と良く似た不思議な力を扱える様になる
からだ。
かの剣鬼は、鬼の様な強烈な闘気を振るっていたしな。
エヴァン後藤は魔術師だ。それで何故素手での戦闘を行うんだと
理解に苦しむが、俺も人の事を言えたもんじゃないので口を噤むの
である。
﹁リアルスキンは自分が思う様に行かないからな。武道家を夢見た
所で、俺は段を貰える程才能が無かったんだ﹂
リアル
まるで癇癪を起こした竜の様に力任せに戦う彼には、武術の才能
が無いんだと。それは現実でもそうで、学生時代は一応空手部の門
を叩いたらしいが、万年白帯と言われて居たらしい。
1400
﹁物を食べる時もそうだが、思考より先に身体が動くんだよなぁ∼﹂
そうひとりごちる彼の目は、どこか遠くを見つめていた。思い出
を回想しているのだろうか、リアルスキンのソロプレイヤーは俺の
知らない所で一体どんなドラマを繰り広げているんだろうな。
﹁マジックボルト! マジックボルト!﹂
そして隣では、スキル名を唱えながら杖を降り続けるノーパン女
の姿があった。﹁前は無詠唱でも出来たのに!﹂と泣き言を言いな
がら、彼女は無意味に杖を降り続ける。
﹁言っただろ。魔素恒常は魔法、魔術を行使する事が出来なくなる
代わりに、変換・増幅・消費など魔力として活用する事しか出来な
い魔素をそのままの状態にしておく能力だって﹂
﹁だからそれはどういう意味なのよ﹂
彼女はそう言いながら、もっと判りやすくしろと表情で訴えて来
る。これ以上判りやすい説明は無いと思うけどな。
﹁魔法、魔術は使えないって言ってるじゃん﹂
この言葉を、俺は何度言ったのだろうか。それでも彼女は諦める
事無く、自分が唯一知っている魔術を唱え続ける。精密鑑定と同レ
ベルの技術である﹃神の眼差し﹄。それはこれ以上情報は無いと言
っている事と同義である。
﹁迷宮を出たら図書館か何処かで調べるから待ってろ﹂
会話をぶった切りながら、俺達は迷宮第三層を進んで行く。図書
1401
館で調べると言っても、基本的に魔大陸に存在する図書館は金貨一
枚を預かり証代わりに使っている可能性がある。
支給金以外のお金は銅貨くらいしか持ち合わせていない俺達は、
果たして図書館へと辿り着けるのだろうか。
お金がいらない場所もあるけど、それは魔法都市。
わざわざ魔大陸から引き返すなんて選択肢は、俺には無い。
第三層へと突入したが、特に魔物が変わる事も無く、迷宮の構造
が変わる事も無く、なんら二層と変わらない状況が続いている。あ
えて違う事を上げるとしたら、浮浪者の遺体がほぼ無くなって、白
骨化したハンターらしき遺体が転がっている事である。
ほとんどの迷宮は、最大深層が把握されていない。と、言うか迷
宮の構造すらあまり判明していないので、良くあるRPGゲームの
迷宮の様な、最深層にはボスが居て倒す事によって攻略達成なのか、
コアと言う物が存在していてそれを破壊する事によって攻略達成な
のか。
イマイチ全容が掴めていないのだ。お宝が出るから人は迷宮へと
誘われる。基本的に攻略を考えている人はいないのかも知れない。
﹁そもそも、攻略されてる場所って基本的にお宝なんてあるわけな
いでしょ﹂
地図通りに進むと一つの小部屋へと辿り着いた。拠点化されてい
る訳でもなく、ただただ意味の無い小部屋としてぽっかりとした空
1402
間がそこには広がっている。
一体誰が何の為にこの小部屋を準備したのだろうか。ルビーが言
っている通り、基本的に地図に乗っている場所は人が訪れた事を示
していて、お宝が眠っていたとしても、既に回収されてしまってい
る。
たまたま魔物の住処として利用されている小部屋もある訳だが、
新しくお宝が配置されていたりする訳じゃない。
﹁なら、道が途絶えてる場所を積極的に狙うしかないな!﹂
急にテンションを上げたエヴァン。確かに、お宝目当てで攻略す
るとしたら攻略されていない場所を重点的に探って行くしか無い。
人の欲望によってこの地図は埋め尽くされている訳である。
﹁そうね! 迷宮と言えばお宝よ! 一攫千金のお宝を見つけて大
金持ちよ!﹂
捕らぬ狸の皮算用にならなければいいんだが。たまに出現する魔
物をエヴァンが蹴散らして、三層は既に最短ルートと言う物が一応
地図に載っているのだが、あえて地図の途切れを目指して進み続け
る。
﹁確り地図は記しておけよ? もし何かあった時、逃げ道を確保し
ておく事が大事だからな﹂
ヘブンゲート
今から先は、地図に記載されていない道である。エスケープルー
トだけは確りしとかなければならない。天門も使えるが、それは無
粋だ。ロマンが無い。本当にどうしようもない危険が無ければ俺は
1403
使わないだろう。
﹁わかってるわよ﹂
一々うるさい。と呟きながら、現在何もする事が無いルビーは、
自分に出来る事をするべくペンを片手に地図と睨めっこしている。
写真機とかあればいいんだけどな、ってかある筈だろう。
女神聖祭の時は何を使って何を放送して何で映していた。こうな
る事が予想できたなら、俺はド○えもんの便利道具を持ち込んでい
た筈。
しかし、今から取りに帰れる筈も無く。俺からすれば時代遅れだ
が、雰囲気感のある紙とペン一つで迷宮へと挑まなければならない。
﹁エヴァン、ルビー。ここからは迂闊に前に進むなよ﹂
緊張無く道を進む二人に俺は釘を刺す。マジでここから先は罠の
撤去どころか、位置すら記されていない未踏の地な訳だ。
エヴァンが踏んだ床の一つがカチッと音を立てた。
そのまま何かの射出音が響いて、俺の胸に矢が刺さった。
﹁⋮⋮こうなるからな﹂
﹁す、すまん大丈夫か!?﹂
﹁きゃー!? 思いっきり心臓部じゃないの!﹂
焦り騒ぐノータリン共に、俺は身を以て教えるのである。
1404
﹁ドアがあるぞ﹂
エヴァンはそう言って開けた。だから迂闊に開けるなよと言いた
い所だったが、幸いにして中に魔物は存在せず、奥の台座に安置さ
れている箱があるのみだった。
﹁こ、これはなにかしら!?﹂
﹁絶対宝箱だろ!!﹂
テンションの上がった二人に、俺の言葉は通じない。故に、何も
言わないのである。コイツらは一度死んだ方が返って教訓として受
け取ってくれるのではないかと、もはや俺の心は矛盾する様に荒み
きっていた。
﹁空かないわね! お宝よお宝ぐへへへへ﹂
﹁これ、丈夫かな? 力ずくで開けても中身壊れないかな?﹂
財宝の魔力とは、恐ろしい。目の色を変えながら﹁マジックボル
トマジックボルト﹂と意味の無い呪文を唱えるノーパンと。同じ様
に力ずくてこじ開けようとしている脳筋が居る。
この先の展開が容易に想像つく。
﹁竜魔法!﹂
﹁やっておしまい!﹂
竜の如き力を振るう事の出来る魔法を使用し、圧倒的にブースト
されたエヴァンの膂力によって、頑丈に施錠された鉄の箱は、拉げ
る様にしてその口を開いたのである。
1405
﹃バーカ﹄
一体誰が何の為にこんな物を仕込んだというのか。迷宮が作られ
た時代に生きた古代の人は、実にユーモラス。
箱の中にはそう記された石盤のみである。そして数秒後、ピシピ
シと亀裂が走り中に仕組まれて居たであろう魔力がボボボンと爆発
した。爆竹の様な爆発の仕方である、これは俺達をおちょくる為だ
けに設置されたかの様だった。
そしてそれと同時に、この小部屋の床が消えた。
﹁きゃあああああ!!﹂
﹁うおおおおおお!!﹂
馬鹿二人が正気に戻った時は既に、俺達三人はどこまでも深い闇
の中へと落下している。
﹁ちょっ! 火がっ! スカートに!﹂
この女は本当に運が悪い。箱を開ける際、エヴァンの代わりにル
ビーがトーチを持ったのだが、落下の表紙に手を離してしまい、ス
カートに燃え移ったのである。
キヌヤの衣類は上質で、良く燃える。それこそ耐火のエンチャン
トすらしていない服なので、それが仇になった。
風を切って落下して行く最中、下から吹き上げる様にして風が拭
いているのと同義なので、火傷を我慢して規模が小さいうちに火を
1406
握りつぶそうと試みたルビーの努力は、無駄になっている。
﹁ひぇぇ! なんなのよ!﹂
この女、ノーパンなのである。テレビで映しては行けない部分が
丸見えの状態で、彼女は落下する。そして光源は燃える火によって
十分。
﹁ぶばああああああああ﹂
エヴァンが鼻血を吹き出した。
いや、口からも血が出ている。
しかも白目向いてるぞ! マジかコイツ!
﹁スカートかせ!﹂
﹁クボっ!﹂
俺はクロスを翼の状態にして落下の体勢を立て直すと、ほぼ全部
と言っていい程燃えて灰になろうとしていたスカートをプライベー
トエリアへと放り込んだ。
︵わっ! こ、これはなんですかマスター!?︶
︵スカートだよ。不幸にも燃えた。鎮火しといてくれ︶
︵クボの目を通して見ていたんだけど、彼女、凄く不運なの⋮⋮︶
︵これでは、洗濯しても意味ないですね︶
嫁達から同情する声が聞こえて来る。
いやホント、同情するよ。
﹁あ、ありがと⋮⋮ん? きゃあああああ!!!﹂
1407
下半身すっぽんぽんの状態にようやく気がついたルビー。自由落
下につき、体勢の安定は取れない。どこをどう押さえていいのかわ
からず、顔を紅潮どころか真っ青にしながら、落下して行く。
毛は、薄かった。
1408
無秩序区の迷宮、第三層︵後書き︶
モロ。
1409
無秩序区の迷宮、深層
︵どれだけ落ちた? まぁ、ベヒモスの体内に比べたらマシだな︶
そんな事を考えながら、俺は二人を両手にぶら下げながら、翼を
羽ばたかせて地に足をつけた。落ちて行く最中、トーチは燃え尽き
てしまったが、翼状にしたクロスを明かり代わりしている。
純白の翼が闇の中に溶け込むのを阻止している。
人って明かりが無いと狂うらしいな。
﹁もう泣き止めよ。ほら、乾いたから﹂
そう言ってシクシクと泣いているルビーに、プライベートエリア
にて乾かしていたパンティを取り出して返す。彼女は無言で受け取
ると、いそいそと履いた。
そこには羞恥心等存在しなかった。
大分強くなったな。と親心にも似た心境を抱きながら、俺は再び
十字架状にしたクロスを浮かせながら歩き始めた。
﹁なんでこんな目に⋮⋮なんで、なんで﹂
トボトボと歩くルビーを右手で引っ張り、左手には顔中から血を
流し白目を剥いたエヴァンを引きずりながら先を目指す。
俺は保護者かよ。
そのまま一本道を進んで行く。
1410
﹁鼻が曲がりそう﹂
顔をしかめたルビーが俺に訴える。確かに、通路の上には天井が
見えない穴がいくつも存在していて、白骨化した死体の他にも真新
しい肉片が辺りに散らばっている。
トラップに引っ掛かったハンターの末路。この高さから落下する
と、幾ら鍛えられた身体を持っていても、人間は人たまりも無い。
現に、どれ一つとしてパーツが完璧に揃った骸骨が存在しないので
ある。
﹁帰り道が見つからない以上、先に進むしかない﹂
﹁そりゃそうだが地上まで戻るにはどれくらいかかるんだ⋮⋮腹減
ったぞ﹂
血を大量に失った事から、猛烈に腹がすき始めたと言い出すエヴ
ァン。自業自得だろと思ったが、彼の体質を考えるとそれも頷ける。
彼は落ちていた頭蓋骨を拾い上げると指てピンと弾いた。ちょっと
した衝撃でその頭蓋骨は砕けさらさらと風化して行った。
いくら何でもそれは食べれないだろ。
二人で何とも言えない表情をしていると。
﹃̶̶̶ああああああああああああ!!!﹄
頭上から、幾重にも反響し騒音と化した叫び声と共に、頑丈な鎧
を身につけた男達が数名、エヴァンの上に降り注いだ。
﹁エヴァン!!﹂
1411
鎧が拉げる音が痛々しく響く。人体が千切れる音が、潰れる音が、
体内の脂肪含む血肉という血肉、そして臓物が、鎧の隙間から飛沫
を上げて吹き出す。
ハンター達の武器がバウンドしてルビーの元へ。俺は真っ先に刃
となった一つの剣をギリギリで掴む。目の前で起きた惨状に、ルビ
ーは声すら出ない状況だった。
﹁̶̶̶ッぬあああああ!!!﹂
目を光らせて、膨大な魔力を帯びたエヴァンが、全身血まみれに
なりながら力ずくで立ち上がった。竜の膂力、竜魔法の真価が発揮
される。
ガシャガシャと、歪んだ装備を端に打ちまけ、身体に絡み付いた
腸をダンジョンゴブリン・リーダーの首を捥いだ時の様に引きちぎ
って行く。
﹁フッー! 何なんだ一体!﹂
空腹のイライラを打つける様に憤慨するエヴァンである。
転がって来た兜から覗く顔を見て俺は思う。
このひげ面、ガドル兄弟じゃないか?
思わぬ再開に十字をきって祈る事となった。
竜魔法により底上げされた彼の五感が、再び降って来る者の叫び
声を捉えたようで、上を振り向くと彼は俺に告げた。
1412
﹁次は⋮⋮助けるぞ! 流石に見ちゃ居られねぇからな! 生きて
たら治療を頼む!﹂
全身の血︵他人の︶を振り払い、彼の目は落下して来る者を捉え、
落下地点にて受け止める構えをする。
落ちて来る者は三人。
体格の良い鎧を身に着けた男。
修行僧の格好をした細身の男。
身軽な格好をした小柄な男。
誰が風魔術を使ったのか、落下の衝撃を軽減する様に下から上に
風の流れが出来ている。だが先ほどの落下事故にてその威力がわか
ると思うが、このくらいの風じゃ毛程にもならない。
﹁ぬんっ!﹂
降って来た質量三連攻撃をエヴァンの足の筋肉が最稼働してその
衝撃を吸収する。そこに、俺が纏めて祝福と自動治癒を施す。落ち
て来ると初めから判っていれば、俺は死と言う物を克服できる。
エヴァン以外三人の身体に聖書の文字が浮き出て覆う様なエフェ
クトが出る。その現象に俺は首を傾げた。
﹁今日はキテる!﹂
そう言いながら、デカいつるはしと斧を背負った体格の良い髭男
1413
がガッツポーズをとる。そのポーズに合わせてムキムキの豪腕が自
己主張して、身につけた鎧の接着部がギチギチと音を立てていた。
﹃パーティ名:TKG﹄
﹁俺達はたまにキテるグループ。略してTKGだ﹂
と修行僧の格好をして錫杖をついた細身で頬が窪んだ男が言う。
メンバーは温玉、半熟、煮卵の三人で、ノーマルプレイヤーらしい。
﹁ホントはリアルスキン勢の仲間入りをしたいんだけどね。推奨V
Rギアがどこも完売みたいでさ、でもでも半リアル勢としてヘルプ
機能は全消ししてるよ?﹂
小柄な童顔の男が長めの髪を弄りながら言い訳する様に呟いてい
る。あれ、何処かで見た事ある様な顔つきだな。と思ったら、ロー
ロイズに店を構えていた魔道具屋のジンと似た顔つきだった。
他人のそら似か、もしかしたら親戚か何かか?
ついでに、コイツらのステータスを見てみよう。
﹃温玉:人種族︵中欧大陸系︶
※女神の眼差しでは閲覧不能。
才能:斧使いの心得、鈍器使いの心得、火神の信仰、ダイナミッ
ク、闘争心、鍛冶、豪腕、歴戦の炭坑族の刺青﹄
﹃半熟:人種族︵東方大陸系︶
※女神の眼差しでは閲覧不能。
才能:錫杖使いの心得、基礎魔術︵風︶、応用魔術︵風︶、風神
の教え、拳法、法術、精神統一﹄
1414
﹃煮卵:人種族︵中欧大陸系︶
※女神の眼差しでは閲覧不能。
才能:盗賊の心得、調合師の心得、捕縛、アクロバット、逃げの
一手、繊細な手癖﹄
ノーマルプレイヤーのステータスは閲覧できなかった。そして才
能が沢山あるなと思ったら、こいつらが取得している技能が、その
まま才能として表示されているようだった。
ってかよくよく思えば、鑑定によって人の技能とかステータスと
かが丸見えだったらどんなセキュリティだよ。と初めの頃を思い出
す。良くも悪くも、そう言う部分での修正が加えられたのだろうか。
﹁ノーマルプレイヤーはステータスって見れるのか?﹂
そんな疑問には、﹁当たり前だろ。まぁ半リアル勢は基本自動振
り分けにしてるけどな﹂との答えが返って来る。ノーマルプレイも
着実に此方側へと接近しているか。感心するな。
﹁ちょっと、生産系の技能があるんだったら、即席でスカートとか
作れないわけ?﹂
俺の後ろにコソッと隠れながら尋ねるルビーに、
﹁パンティ丸出しだ!﹂
﹁せ、精神統一ッ﹂
﹁じぃ∼∼∼∼﹂
コイツらは三者三様の反応を見せる。煮卵はルビーの方を見なが
ら何かを考える様な仕草をした後に、うんうんと頷きながら清々し
1415
い笑顔でこう告げる。
﹁僕、調合師。スカートつくる人じゃないから無理かな﹂
﹁そ、そんなぁ!﹂
愕然とするルビー。作れないとは一言も発していないので、技能
が無くても作れはするのだろう。まぁ、この女はそれに気付かない
だろうけどな。
この迷宮へと入ってから。いや、彼女は魔大陸へやって来てから。
いや、このゲームを始めてから。いやもっとだ。彼女の不運は、俺
の知識の物差しじゃ測りきれないスケールで展開しているのではな
いか。
そう感じさせる程。
いやもうそうとしか捉えられない程に、ルビー・スカーレットの
涙はどれくらい魔大陸の大地に吸われて行ったのだろう。排泄物も、
込み込みで。
汚い話になるが、人は慣れる。
だが、慣れた所へこの仕打ち。
この迷宮を出た時、ルビー・スカーレットの精神は、一体どれほ
どの強化がなされているのか考えものである。
さらに奥へと抜けて行くと、頑丈な扉があった。確り施錠してあ
るようで、最悪エヴァンがぶっ壊して進むか等と恐ろしい事を宣っ
ていた気もするが。
1416
﹁助けてもらったお礼だ。ここは俺らが何とかしよう。煮卵﹂
﹁うん。今日はキテるから、絶対成功するよ﹂
温玉に呼ばれた煮卵が、ウェストポーチから数本の鍵開け工具を
取り出して、カチャカチャと音をたてながら鍵穴に差し込んで行く。
﹁⋮⋮ッしゃ!﹂
煮卵のガッツポーズと共に、ガチャンと言う音を立てて扉の施錠
が解かれた音がした。﹁罠があるかもしれない、俺達が先陣を切る﹂
と温玉の豪腕によって音を立てながら開いて行く隙間に、錫杖を突
っ込んで安全を確認しながら半熟が言う。
ああ、なんと迷宮探索らしい一言なんだ。もはや感覚が麻痺して
いると言った方がいい。このノータリン共と進むと溜息しか出ない
からな。
隙間から光が漏れ出して、半熟と共に入って行った煮卵の声が聞
こえて来る。
﹁マジでキテる! やった! やったよ!﹂
一体何があったのか。すぐさま後を追って扉の先へ向かうと、そ
こには金銀財宝が山の様に積み上げられていた。各々が雄叫びを上
げ、目の色を変えて宝の山にすがりついている。
﹁金よ金! これは金貨よね? ね?﹂
ルビーもパンティ丸出しで、山の様に積み上げられた金貨の一角
1417
へと飛び込んでいた。俺は半分呆れながらも、自分の方へと転がっ
て来た金貨の一枚を拾い上げた。
︵⋮⋮共通金貨と違う?︶
いつの時代の物なのだろうか。金貨には、王冠を頭に乗せ、狼を
凶悪にした様な魔獣に乗った羽を生やした男が彫られていた。
それにしても趣味が悪い金貨だな。
なんだか呪われてそう。
﹁煮卵! お前のバックパックは資材集め用に改造していたな! 持って来てるか?﹂
﹁うんうん、持って来てるよ僕。やっぱりキテる﹂
そう言いながら、煮卵はウエストポーチからバックを取り出した。
世界を旅する人の事をバックパッカーとよく言うが、そういう人達
がよく使っている高機能を携えた大型のバックである。
そのウエストポーチも拡張済みか。懐かしき空間拡張、出来れば
そのバックを一つルビーとエヴァンに持たせてやりたいが、ルビー
が魔力的な物を所持すると、魔素恒常によって付与されたエンチャ
ントが魔素化してしまう危険がある。
本当にこの女にはどう尽くせばいいのか。あの手この手考えてみ
るが、どう考えても新たなセクシー枠での雇用しか生まれない。
﹁ガンガンいれろ! ドンドンいれろ!﹂
﹁了解了解! 迷宮のレア資源の為にバックパックはスッカラカン
なんだからね! ここにある物はほぼ入ると思うよ!﹂
1418
﹁煮卵、温玉、強欲は身を滅ぼすぞ﹂
おい、お前が今懐に入れた宝玉。
人の事言えないだろ修行僧。
﹁食い物は!? 食い物は!?﹂
﹁ある訳無いでしょ! あ、私はあそこにある宝石貰うわ! ﹂
お前は何を探してるんだ。
財宝を革袋に詰めれるだけ詰めてしまったルビーは、他に詰めれ
る場所が無かったのか、パンティの中にしまい込むという暴挙に出
ていた。そこから零れ落ちる宝石が軽い音を立て転がっている。
今の彼女はそれに気付かない程魅了されていた。
宝石という魔力に。
落とした宝石に気付かないよりも、パンティ丸だしで、あまつさ
えその中に色々な物を入れる行為。人の欲望はとんでもない。
ルビーの先には、一つだけ豪華な台座に飾られた真っ赤な宝石が
安置されていた。台座同様、一際存在感を放つその赤い宝石からは、
邪悪な魔力が宿っているのを感じる。
︵クボっ! あの宝石からは邪神化した魔王と同質の力との繫がり
を感じるの!︶
フォルが俺に伝えて来る。
﹁おいまて! それに触れるな!﹂
1419
言葉は虚しく、彼女の指先は宝石に触れた。
邪神と同質の魔力を帯びた宝石だ。
ワウス
俺が思い出したのは、問答無用回避不可能の邪神の力﹃災禍﹄で
ある。一度は完敗した。二度目を受けた時は、ジュードの奇跡によ
って助けられた。
今、彼はいない。
そしてこれからもずっとだ。
﹁なによ? こんなに綺麗じゃない?﹂
宝石の感触を確かめながら振り返る。俺の心配を余所に、彼女は
平気そうにしていた。一体どういう事だ。訝しげに宝石を見ると、
宝石を覆っていた邪悪な魔力の存在が完全に消滅していた。
ピシッ。
亀裂が入り、宝石が砕け散った。
魔素恒常の結果なのか?
宝石に宿った邪悪な魔力は、魔素へと分解して自然に還ったのか?
﹁なんで砕け散るの!?﹂
考える暇無く、宝石が砕けた瞬間に宝物があった部屋の明かりが
全て消えた。急に訪れた闇に伴って俺達の騒ぐ声も同時に消える。
静寂な空間が、闇と共に一気に押し寄せる。
﹁⋮⋮なぁ、なにか音が鳴ってないか?﹂
1420
﹁ちょっと、怖い事言わないでよ﹂
五感の鋭いエヴァンが、ポツリと呟いた。
ルビーが身を震わせた様な声を上げる。
﹁ちょっと待ってくれ、俺も聞いてみよう﹂
ガチャッと床と装備が擦れる音がする。温玉がしゃがんで床に耳
を当てて音を聞いているのだろうか。
﹁⋮⋮確かに、聞こえる。これは̶̶̶足音か?﹂
温玉が呟いた。
エヴァンには既にはっきり聞こえている様だった。
﹁それも、かなりの大勢だ﹂
その音は、遂に俺達の耳に届く程大きくなった。
ゴゴゴゴゴゴゴ。と音の波が、大きなうねりとなってこの部屋を
揺らし始める。
何かが、来る。
1421
無秩序区の迷宮、深層︵後書き︶
ノーマルプレイヤー陣営登場。
そしてこの女は今日もコない⋮。
1422
無秩序区の迷宮、深層の軍勢
大勢の足音と共に、けたたましく太鼓の音がする。遠くから聞こ
えていたそれは、次第に近づき、混ざり合い、大きなうねりとなっ
て押し寄せる。
温玉が松明を取り出し、火をつけた。
明かりの届かない迷宮の深層である。
ゆらゆらと揺れる炎がいっそうの不安を煽る。
ならば火を、明かりを増やせば良い。
﹁急いでこの部屋から出るべきだ﹂
温玉に従って、それぞれ火を分けてもらい、俺達は隊列を組みこ
の宝物庫を跡にする。
部屋の角に申し訳無さそうに取り付けてあった扉を抜けると、石
造りの道が続いている。迷宮自体がほぼ石造りなのだが、この道は
ただ乱雑に石が重ねられならしてある訳でもなく、規則正しい配置
で組まれ、平にされていた。
﹁牢屋かしら⋮⋮?﹂
松明は嫌。と我が侭を言って、わざわざ貸してもらったカンテラ
を向けて左右を見回しながらルビーが言う。
通路の両端には鉄格子で区切られた小部屋がいくつも立ち並び、
1423
迷宮内と同様に白骨化した人間が横たわっていた。唯一違う所は、
鎖に繋がれているという事。
﹁十中八九な。邪神教関連の迷宮だから、当時の他宗教の神官とか
そう言う人を閉じ込めていたのかもな﹂
白骨化した遺体の手に握られている十字架を見ながら思う。教徒
の可能性もあるが、この世界で十字架をモチーフとしている宗教は
女神教団だけである。
だがしかし、神時代後より発展した女神教団だ。邪心教の歴史は
もっと古いとサタンから聞いていたし、時系列的な辻褄が合わない。
﹁静かに歩くんだ﹂
そう思っていたら、半熟が俺とルビーを窘める。いつになく真剣
な顔をしたノーマルプレイヤー三人は、辺りに神経を研ぎすませな
がら進んで行く。ダンジョンはこれが初めてじゃないらしく、そう
言う部分で俺達とは違って迂闊な手を踏まないのは、実に頼もしい。
先導するのはエヴァン。そしてTKGの中でも判断力のある温玉
が、桁外れの感覚を持つエヴァンから聞いた情報を元に、進むべき
道を判断して行く。
もちろん、しんがりは俺だ。
﹁扉が二つあるな。こっちは下りだ﹂
﹁こっちは上りだね﹂
二つの扉を慎重に開き、温玉と煮卵が安全確認の為に一度中を見
1424
に行き戻って来る。階段はどうやら上りと下りの二方向へ別れてい
て、彼等は揃ってエヴァンの指示を仰いだ。
﹁こんな所さっさと出たいわよ﹂
ルビーが口を挟む。だがエヴァンは一度目を閉じると、未だ鳴り
続ける音のうねりの中に身を投じて、決断した。
﹁下だ。上は不味い﹂
賛成だ。
彼等が慎重に事を運ぶ中、俺もしんがりを勤めながら迷宮内を探
っていた。
ロマンだ何だと、しのごの言っちゃいられない状況に落ち入った
ら困る。聖域を全方位へと展開し、邪悪な気配を探る。
結果的に、下にも上にもわんさか蠢く気配を感じるのだが、比較
的に下がマシだという言う訳である。
エヴァンの感覚は鋭い。
﹁ならどうやって脱出するのよ﹂
これ以上深層へ向かえば気が狂ってしまうわ。とルビーがエヴァ
ンに当たる。
﹁嬢ちゃん、ここはもう何階層かすら判らない程の深層だ。助けて
もらった恩を返す為に是非とも上を目指したい所だがな、一体どれ
だけ上を目指せば良いのかすら俺達にもわからん﹂
1425
戦えない
君を守りながら、
﹁ルビー。足音から察するに敵は軍勢だ。それも上の方から圧倒的
に足音が迫って来ているぞ。そんな中
どうやって上を目指す?﹂
真剣なエヴァンは、普段と違って理に適った事しか言わない。そ
こが謎の深さをかもし出している訳だ。押し黙ったルビーを差し置
いて、俺らは深層の更に深い所を目指し、階段を下る事を決意した。
﹁とにかく急ごう。更に数を増して、後ろまで迫る勢いだぞ﹂
階段を下りながら、エヴァンが言った。そう、既に足音の他に、
金属の擦れる様な音やがちゃがちゃと打ち鳴らす様な音も聞こえる
様になっていた。
階段を下り切ると広い道に出た。左右には柱が何本もそびえ立ち、
三階層ある高さを柱を起点にアーチ橋の様な形状が支えている。柱
の間には、道が通っていて、その奥は松明で照らしても確認できな
かった。このフロア全ての階層で同じ様な構造なのが見て取れる。
﹁ここでカチ合ったら⋮⋮不味いよね?﹂
﹁本当だな﹂
見渡しながら、煮卵と半熟が言った。
﹁だったら急がないとな。今は口をつぐめ、お前ら。安全圏まで私
語厳禁だ﹂
二人を温玉が制した所でエヴァンが立ち止まった。五感を張り巡
らせ、上下左右前方後方をぐるっと見回しながら言う。
1426
﹁どうやらマジで急がねぇとな⋮⋮﹂
そう言った瞬間、このフロアの三階に当たる場所の一つの通路か
ら、人間では発する事の出来ない叫び声が聞こえて来た。それは潰
れた声帯から大量の息と共に無理矢理吐き出したかの様な雄叫びだ
った。
﹁ひっ﹂
ルビーが身を震わせる。彼女だけじゃない、俺達も神経を研ぎす
ませる様に声の聞こえた先を振り返る。
柱の間の通路から鎧を付けた人間大の何かが姿を現した。暗がり
でよくわからないが、影で判るシルエットは猫背で、赤く光る目が
邪悪さをかもし出していた。
﹃ダンジョンオーク
邪神が作り出した魔物。迷宮深層に住み、姿を現す事が無いので
迷宮の封印と共に世界から忘れ去られた存在。地上にいる豚頭のオ
ークとは別種であり、これが本種である。人の絶望を表した様な醜
い姿をしており、殺しを好む﹄
眼差しを使用する。だが、その情報から一考する前に、一体のオ
ークを皮切りに大量のオークが通路という通路から姿を現して、見
下す様に此方を窺っていた。
﹁走れ! 全力だ!﹂
その恐ろしい光景に、呆気に取られていた中。エヴァンの一言に
よって俺達は正気に戻る。そしてエヴァンの叫び声に呼応する様に、
1427
オーク達が雄叫びを上げるのである。
驚き転びそうになるルビーを担ぎ上げ、俺はエヴァン達に続いて
走る。幸いな事に、先には三メートル程の大きな扉がある。
頑丈そうな扉だ。
閉めて内側からつっかえ棒か何かをしてしまえば、しばらくは持
つかもしれない。
﹁ふんぬぁ!﹂
身体から魔力を放出し、竜の膂力にてエヴァンが扉をこじ開ける。
そしてそのまま閉じる。エヴァンの力でしか開かない扉だ。
けたたましく鳴る足音の中。
俺らは扉の奥の部屋にて一息ついた。
﹁これで時間が稼げるな﹂
﹁うんうん。かなり重たい扉みたいだからね、内側から押さえなく
てもなんとかなりそうだよ﹂
温玉と煮卵は、そう言いながらTKG三人で扉を押さえるのに使
えそうな物が無いか探し始めた。余裕の表情をしているが、心の中
では不安要素を隠し切れていないのだろうな。
﹁何なんだ? この部屋は﹂
エヴァンが俺に尋ねる。
﹁わからん。だが、何かを奉っていた形跡がある﹂
1428
部屋の中央の床には、金貨の裏側に彫られた紋章と同じ物が描か
れていた。表は悪魔、裏は紋章。
﹁魔術? いや宗教的な何かがありそうだな﹂
半熟が作業をほっぽり出して、描かれている紋章を見下ろしなが
ら告げた。
﹁俺は仏門の信仰度を上げているが、真言が書かれた冊子、もしく
は板を肌身離さず持ち歩かなければならないんだ﹂
﹁ウチは礼拝していればいいんだがな﹂
戒律のかなり緩い神様ですし。
半熟は、それに近い意味がありそうだ。と興味深げに告げた。
迷宮と邪神教の関係性は、確実だ。魔王サタンが邪神の欠片を全
て回収する事によって邪神と至り、迷宮が各地で出現したのである
からな。
そして魔大陸の邪域に近い地域では、未だに邪心教を唱える一派
だっていると聞いていた。自ずと、迷宮の深層部の在り方が見えて
来るのである。
﹁推測だが、迷宮は̶̶̶﹂
俺が喋ろうとした時である。
ゴオンッ。と扉に何かを打ち付ける様な音が響いた。
俺達のいた部屋に反響し、大音量となって耳に押し寄せる。皆し
1429
かめっ面をして耳を塞ぐ。
﹁な、何だ!?﹂
﹁̶̶̶デカいのがいる!!!﹂
エヴァンが叫んだ。俺も聖域で確認すると、確かに大勢の気配に
交じって一つだけ大きな力を感じる。
﹁や、破る気か!?﹂
扉に、岩や崩れ倒れた柱の残骸等を運び押さえにする作業をして
いた温玉が、驚き扉から距離を取る。
ゴオンッ。ゴオンッ。
頑丈な扉は、少しへこみ始めていた。
﹁ねぇねぇ。扉よりも先に回りが持たないんじゃ⋮⋮﹂
ピキピキと音を立て始める扉枠を見て、煮卵が後ずさる。
へこみの隙間から、オークの雄叫びが聞こえて来た。それはまる
で指示をしている様な声で、その声に合わせて金切り声が連鎖して
あがる。
﹁お前ら、死に戻り覚悟で迎撃するぞ。構えろ!﹂
温玉がそう叫んだ。各々が戦闘態勢を取る。俺もルビーを柱の影
に隠し、クロスを鉾の形にする。人数が多いと車輪は邪魔だからな。
﹁デカいのは俺が相手する。みんな̶̶̶死ぬなよ?﹂
1430
エヴァンが身体から膨大な魔力を発しながら俺達を鼓舞する。膨
大な魔力がその量により青白く視覚化する程になっている。
﹁これほど頼もしいと思った事は無いぜ﹂
﹁俺は接近戦も行けるぞ﹂
﹁ならなら、僕は隠れてるね﹂
温玉、半熟、煮卵がそれぞれ声を上げる。煮卵は温玉から拳骨を
受けた。生産職である筈なのだが、彼も戦闘に参加するようだ。
﹁その鉾⋮⋮使えるの?﹂
﹁多分な﹂
不安そうに尋ねて来るルビーに適当に返しておく。
俺は基本的に力押しだ。
彼等には祝福も自動治癒も施している。
とんでもない奴が現れたら本気を出すかもしれないが、セバスの
約束は守らないとな。
都合の良い事を考えながら、他力本願思考のまま戦いの幕は開け
る。
1431
無秩序区の迷宮、深層の軍勢︵後書き︶
これ以上書くと一話六千文字くらいになりそうだったので一区切
り。
法王様、何気に聖域を使った索敵を行ってますね。
基本的にエヴァンが居なければ自分が戦っていたんでしょうが、
彼が居るのでただの回復役に成り下がっています。
1432
無秩序区の迷宮、深層の軍勢2︵前書き︶
5300文字くらいです。
少し長めになっています。
1433
無秩序区の迷宮、深層の軍勢2
崩壊音と共に、頑丈な扉が開かれる。最も、扉の蝶番がその構造
に従って開閉した訳ではなく、扉の回りの一枚岩の様な物で出来た
枠が抉れ、内側に向かって倒れて来たのである。
一番乗りに躍り出たのは、体長四メートル程もあるトロルだった。
オークとは違って金色に光るその瞳孔は、また異色の怖さがあった。
鎧の隙間から見える皮膚は暗い灰色で、松明の光から窺える質感は、
さながら象の皮膚を感じさせた。
破城槌に使われそうな太い木の丸太を軽く小脇に抱えて、倒れた
ドアの上に乗り、牙ではなく、人間の歯の様な引き裂くより噛み砕
く・磨り潰す事に進化した様な滓の詰まった黄ばんだ歯の並ぶ口を
大きく開き、咆哮する。
﹃ダンジョントロル
迷宮の奥に住まう魔物。寿命は長く、不衛生な魔物で、地上に居
る種族は苔生して緑色になっている訳で、本来の皮膚は分厚い灰色
をしている。迷宮の底にて武器を扱う術を覚えている。粗暴な性格
から、暇つぶしにオークを甚振り殺す事もある﹄
ボス
﹁コイツがここの主か!?﹂
エヴァンが叫びながら、誰よりも先にトロルへ向かって行く。
トロルが大振りした丸太を左手の裏拳で弾き返すと、かなりの衝
撃だったのか、門を破った丸太は木っ端微塵に砕けてしまった。俺
は破片がルビーに届かない様に聖域で逸らす。
1434
﹁̶̶̶ぉぉぉぉおおお!!﹂
走る勢いのままトロルの太い足と組み合って、雄叫びを上げなが
らエヴァンを押しつぶそうとするトロルに対し、エヴァンも同じ様
に声を上げながら全身に力を込める。
彼の膨大な食事量により溜め込まれていた魔力が、竜魔法へと使
用されて行く。魔力が溢れ出し輝く瞳、全身からは未だ幼いながら
竜の覇気が迸っていた。
そして、足を持ち上げられ、人型の象は叫び声を上げながら後ろ
に倒れた。その衝撃で何体かのオークが潰れる悲鳴が聞こえる。オ
ークの持っていた武器も壊れている事から、トロルの皮膚の頑丈さ
が判る。
﹁今日はキテる! 俺らは必ず生き残る! ̶̶あいつに続け!﹂
エヴァンの初手が俺達の勇気を後押しした。
温玉が両手に斧を掲げ奮起し、扉から侵入して来るオーク達に斬
り掛かって行った。TKGの残りも続き、オークの首を狩って行く。
﹁切りが無い! 精神統一する時間を稼いでくれ!﹂
押し寄せる数は膨大で、幾ら倒しても切りが無かった。攻撃力の
要であるエヴァンもトロル相手に未だ取っ組み合いを続けている。
業を煮やした半熟がそう告げ、温玉と煮卵がそれぞれ返事をする
と、彼の進行に居るオークをも相手し出す。
1435
﹁̶̶、̶̶̶、鎌鼬﹂
彼の錫杖がシャンと綺麗な音を鳴らした。
精神統一し、念仏の様に唱える呪文によって紡がれる法力が、無
数の風の刃を作り、前線に居るオーク達を切り裂いて行く。
温玉が避け損ねて足を切ったが、自動治癒がすぐさま治療する。
﹁こりゃすげぇ!﹂
治った足で何度か飛び跳ねると、温玉は再びオークに向かってそ
の大きな斧を振るう。彼の豪腕が、そこから生まれる強大な膂力が
斧へと伝わり、粗悪だが鎧を身に着けているオーク数体を、返り血
の中で豪快に笑いながら薙ぎ払い、強引にまっ二つにして行く。
﹁へいへい頭領! その柱の印を付けた位置を壊してくれないかな
!﹂
﹁こっちはこっちで忙しいわい!﹂
煮卵の提案に、文句を言いながらも温玉はオーク達の相手をしな
がら彼が指差した柱の方へと向かって行く。そんな煮卵はその小柄
な体格を活かした動きで軽快に指定した柱を登って行く。
︵なる程、取っ掛かりが無くてもロープを使ってあんな風に登れる
のか︶
柱に回したロープを握りしめて、走る様に柱を駆け上がって行く
煮卵のプレイヤースキルに感心してしまった。
﹁精神統一は既に終わっている。ここは俺に任せてもらおう!﹂
1436
温玉とオークの間に割って入った半熟が、錫杖を振り回してオー
クを昏倒させて行く。そして同時に唱える念仏は、鎌鼬を作り出し
﹁喝ッ!﹂と言う声と共に、彼の回りのオーク達を切り刻んで行く。
﹁上は準備オッケー。ねぇねぇ下はどうなの頭領?﹂
﹁今やるから待ってろ!﹂
上の部分が壊れて閉まっている意味の無い柱を登り切った煮卵は、
その頂部にローブを固く縛って温玉が根元の印をつるはしで壊すの
を待っていた。
﹁そうそう、僕は君たちみたいに力が無いからね!﹂
荷卵は、いつの間にかもう一本張られたロープを握っていて、そ
れはオークが密集している入り口付近の壊れて出来た突起に括り付
けられていた。そこから更にロープは伸びて同じ様な脆そうな柱に
結ばれていた。
﹁おら! ほら行くぞ!﹂
﹁了解了解! アトラクションだね!﹂
温玉のつるはしによる一撃で、柱の根元は脆くも崩れ去った。そ
して、荷卵が柱の上で思いっきりロープを引っ張り、倒れる柱の進
行方向を入り口に密集するオーク達へと向ける。
﹁きゃあああっっ!﹂
温玉が壊した柱の他に、ロープによって繋がれていた柱も引っ張
られる様にして同時に倒れる。まぁ元から脆そうだったんだけど、
1437
普通折るか。しかも二本同時に。
オーバーキル気味に轟音と粉塵を巻き上げながら崩れ、オークを
潰して行く二本の柱。柱の後ろに隠れていたルビーが、目の前で起
こったこの現象に耳を塞ぎしゃがみ込んでビビっていた。
もう替えのパンティ無いんだから。
頼むからここでは漏らさないでくれよ。
﹁良いチームワークだな﹂
俺は倒れる柱の衝撃から、上手く勢いを殺して飛び降りた煮卵に
話しかけた。
﹁こんなに上手く行くのはなかなか無いよ。やっぱり今日はキテる
ね﹂
そう戯けながら、彼はキョロキョロと戦いに使えそうな物を探し
て戦場を駆け巡り始めた。アクロバットの技能が、壁や柱を使って
縦横無尽に動く助けになっているんだろうか。
﹁ちょ、ちょっと! こっちに来てるわよ﹂
ルビー
オークは隠れた女を見つけると、目の色を変えて襲いかかって来
る。俺は鉾の形にしたクロスを振るって応戦しているが、もうゴチ
ャゴチャとして来たこの戦場に面倒くさいという感情が沸き立って
来ていた。
﹁離れるなよ?﹂
﹁⋮⋮わ、わかったわよ﹂
1438
俺の一言に、一瞬尻込みしたルビーは、どうしてそうなったのか
判らないが俺の腕に手を回して密着した。
﹁おい⋮⋮なんでそうなるんだよ。鉾持ってんだぞ﹂
﹁も、弄んだわね!?﹂
未だに思考回路が掴めないよ。
俺はそれでも放さない彼女に、溜息を一つついて、クロスを十字
架の形に戻した。
セイントクロス
﹁聖十字﹂
邪神の軍勢だとしたら、効果抜群だな。普段よりどことなく威力
が増していると感じる聖十字をどんどん放って行く。これくらいだ
ったら大丈夫だろう。
﹁よっしゃああああああ!!!﹂
オーク達のど真ん中で、彼等を潰しながらトロルと争っていたエ
ヴァンが、雄叫びを上げる。その手には強引に千切られたトロルの
首がも掲げられていた。
おのの
その様子を見た途端、オーク達が目の色を変えて戦き出す。
﹁はっ! コイツらビビりやがったぞ!﹂
温玉が逃げ腰のオークを追い込んで行く。
そりゃどれだけ傷を付けてもすぐに回復して向かって来る相手で
ある。そして戦力として投入しているトロルを一人で、それも素手
1439
で倒す奴がいる。
トロルが負けた事が、オーク達の心の中で勝てないかもという、
あの首を見て次は我が身だという恐怖心を呼び覚ました。
﹁おい、お前ら。̶̶̶次はどいつだ﹂
エヴァンがそう言いながらトロルの頭を握りつぶす。頑強な骨格
の中でも更に強固である筈の頭蓋骨が、血しぶき、眼球、脳等その
他諸々を吹き出しながら拉げて行く。
一番近くで見ていたオークは、恐怖やら彼の魔力による圧力やら
で瞬きすら出来ない。そして固まっていた軍勢の一番後方の一人が、
武器を投げ捨て後ずさって逃げ出した。
この戦いは俺達の勝利に思えた。
だがそこへ、新たな敵が出現する。
最初に逃げたオークの首が飛んだ。
﹁雑魚共、たった数人相手に何やってんだ!﹂
辛うじて聞き取れた。
オークに良く似たそいつは、しゃがれた声だが確かにそう喋った
のである。
ガシャガシャと質の良さそうな鎧をならしながら、悠々と此方を
睨みながら歩いて来る。二メートルに届きそうなくらい良い体格を
した大男である。オーク達の猫背姿とは違って、背筋を伸ばして歩
くその姿からは知性が感じ得た。
1440
﹃ブリッツ:ダンジョンハイオーク
邪神に作り出されたオークの上位種。古代人とオークを掛け合わ
せた存在。知性を宿し、狡猾でオーク達を指揮する﹄
そいつの声を聞いた途端。
オーク達の目が変わった。
﹁トロルがダメなら奴を出せ。神官共!﹂
ハイオークの声に合わせて、後ろから神官姿のオーク達がワラワ
ラと出現した。そして﹁やれ﹂と腕で指図する。
﹁な、なんだ?﹂
目の前で繰り広げられる光景に、温玉が呟く。
俺達が建っていた部屋の床の模様が、赤く輝き出した。
﹁呼び起こせ! プルフラスを!﹂
ハイオークのしゃがれた叫び声と共に、ぼろぼろになった部屋に
火が灯る。
強い魔力が集まり出していた。
﹁どうにかして奴を止めろ!!﹂
俺は叫んだ。
この状況は不味い。
思い出したが、実に似ている。
1441
プルートが冥界からその眷属を召喚する時の魔法陣。そして、邪
将達が魔王を呼ぶ時の魔力の流れに。
﹁煮卵! 半熟!﹂
温玉の声に合わせて、オーク達を切り裂きながら神官達を阻止す
るべく動き出す。エヴァンはオーク達を派手に吹き飛ばしながら、
新たに出現したボスクラスを目指して既に一人進軍している。
﹁壁を作れ! 豚共!﹂
ハイオークの声に合わせて統率が取られたオークは密集し壁を作
る。
それによって、俺達は攻めあぐねる。
あの神官達を倒さなければ、実に面倒な事になる。
オーク神官達が紡いでいる言葉を断ち切らなければ、魔王に次ぐ
力を持つ何かが召喚されてしまう。それこそ、ハイオークが叫んで
いた﹃プルフラス﹄と呼ばれるモノが。
﹁邪魔だどけ! ̶̶幼竜咆哮!﹂
エヴァンが咆哮を上げ先陣を切る。
それに続く様に温玉が叫びを上げて豪腕を振るう。斧を振るう。
半熟が錫杖を鳴らし振るう度に鎌鼬が旋風する。
煮卵は、何かを塗った投げナイフで確実に仕留めて行く。
﹁ちょっと、何がどうなってるのよ﹂
ルビーは既に状況を理解できていなかった。
1442
﹁そうだ。お前、この魔法陣の中心に立ってみろ﹂
﹁はぁ?﹂
俺は魔素恒常を思い出す。邪神の力を備えた宝石を木っ端微塵に
する程の強制力だった筈。未だよくわからん仕様だが、この迷宮に
対する切り札になるかもしれない。
彼女は意味がまだ判っていなかったようで、ぶつくさ文句を言い
ながらも黙って俺の指示に従った。
﹁それにしても何なのかしらコレ? でっかい絵よね?﹂
ルビーの興味はすっかり魔法陣へと移っているようで、自分がス
カートをはいていない事なんぞ、最早どうでも良いようだ。そこそ
こボリュームのあるケツをプリプリ振りながら、床に描かれた魔法
陣をペタペタと触る。
俺は立ってろとしか言ってないんだけどな。
部屋の外と中では、温度差が違いまくっている状況だった。
﹁あら、光が消えたわよ?﹂
彼女が暫し触れていると、魔法陣の赤い輝きが徐々に失われて行
った。
成功です、魔素は自然に返りました。
﹁何故だ! 神官共! さっさとしろ!!﹂
ハイオークの叫び声が響く。たが、それが成功する筈も無い。魔
1443
を尽く還す切り札と言っていい程の能力があるからな。
流れは此方にあるままだ。
キテる。キテるぞ。
﹁召喚陣は機能しない! 後は狩るだけだ!﹂
俺は戦う彼等を鼓舞する。
法王による絶対支援は任せて貰おう。
シンボル
巨大化させたクロスを浮かべる。それは人類の希望であって、女
フォルトゥナ
セントリーガル
神の証だ。神々しい程の光を放ち、絶対的な支援を行う象徴となる。
セントレギオン
﹁聖なる領域!!﹂
アウロラ
アウロラ
ただし、女神ではなく運命の女神だけどな。
元法王は、未だ女神と共にある。まぁ、そのお陰で法定聖圏を引
き継ぐ事無く、守りを現第五枢機卿である彼に任せられるんだけど
な。
聖なる輝きは、後光となって彼等を導く。
﹁ぁ⋮⋮ぁぁ⋮⋮何故、こんな所に⋮⋮﹂
ハイオークが呻く様にそう呟いた。
オーク達は聖なる光に縮こまり、踞っていて何も出来ない。
そして、エヴァンが大将首をもぎ取った。
文字通り、彼は驚異的な速度で接近すると、有無を言わさずハイ
オークの首を捥いだのである。
1444
血飛沫と共に硬直したハイオークの身体が、ゆっくりと地に倒れ
込んだ。静かな空間に、鎧が大きな音を立てて地に伏す。
その音が、俺達の勝利の合図になった。阿鼻叫喚の奇声を発しな
がら、オーク達は狂った様に逃げ出して行く。
﹁ハハハ⋮⋮勝った、勝ったよ!﹂
﹁うむ。俺達の勝利だ!﹂
煮卵は静かになった空間の床に座り込んで信じられないと言った
風に笑い始めた。そして同調する様に温玉が斧とつるはしを両手で
掲げる。
全員が安堵し、視線で勝利の喜びを分かち合おうとしていたその
時である。一息をつく間もなく、迷宮内で地響きが起こる。
﹁次は何だ!﹂
もう終わったんじゃないのかよ。とエヴァンが叫んだ。
どことなく嫌な予感がして、俺は後ろを振り返った。そう、迷宮
に対する切り札となった女が居る後方を。
﹁⋮⋮あれ? なんか奥の方に大きな魂が飾ってあって、触ったら
砕けたんだけど?﹂
コイツはマジで、次から次に厄介毎を運んで来る。
そうして、迷宮は崩壊した。
1445
俺達は迷宮崩壊の波にのまれて行くのである。
1446
無秩序区の迷宮、深層の軍勢2︵後書き︶
深層へ落ちた辺りから、ルビーがパンツ一丁だと言う事を頭に入
れてもう一度読んでください。笑
地上に自然発生している魔物と、迷宮に潜む魔物は違います。
1447
無秩序区の迷宮、臭!︵終︶
ダンジョンコア
﹁し、知らないわよっ! すぐ壊れるものが迷宮核な訳無いじゃな
いの!﹂
ルビー
等と言う意味の分からない言動を繰り返すこの容疑者は、パンテ
ィを曝け出したまま、俺達の疑惑の視線の中でたじろいでいた。既
に猥褻物陳列罪だ馬鹿め。
崩れ行く迷宮。まず先に探すべき物は、一番奥だと思われるこの
部屋から繋がる脱出経路。だがそんな物は一切無かった。
﹁引き返せというのか。ノーマルプレイヤーだぞ?﹂
半熟が文句を垂れる。そもそもノーマルプレイヤーには、ヒュー
ズが作り出した中継ポータルという便利な物が準備されている筈な
んだが、魔大陸に来てからそんなものは微塵も無かったらしい。
﹁どこまで未熟者なんだ。半リアルだぞ、元よりそんなモノは必要
としていなかっただろう﹂
﹁そうそう。歩いて来たなら歩いて帰る。ぶつくさ言ってないで早
く戻らないと﹂
温玉と煮卵の二人はそう言って、錫杖でガツガツと当たり散らす
様に壁を叩いている半熟を落ち着かせる。依然として崩壊音が響く
迷宮内で、余計な心配を煽る様な事を言わない方が良い。
﹁とにかく急ぐんだ、崩壊に巻込まれるぞ﹂
1448
﹁うんうん、せっかく大量の財宝を得たんだ。こんな所で死んでた
まるか!﹂
そう言いながら半熟を引き連れて、彼等は足早に部屋を出て階段
を上って行った。
この床に陣が描かれている部屋、教会風に例えると大聖堂に当た
るのだろうか。だがしかし、この規模から考えると神殿の様に思え
る。
邪神殿か。
言い当て妙だろう。
魔王が邪神となってから、迷宮が出現した事と辻褄が合う。
迷宮に巣くうオーク達は、邪教徒と言う存在。
信仰は、神を強くする。
災禍を司る邪神。
その力は欠片ですら強大だった。
それが信仰心を集める事による強化がなされれば、一体どれほど
の力になるのだろうか。
ロッソの存在も気にかかる。
赤髪の歪んだ笑顔を思い出すと、ムカムカして来る。
﹁クボヤマ、俺らもさっさと行くぞ﹂
エヴァンの一言に、俺は深い思考の中から正気を取り戻した。
いかんな、怒りに呑まれそうだった。
1449
﹁ねぇ、アンタ⋮⋮怖い顔﹂
不安そうな顔をするルビーを引き連れて、TKGの後を追うエヴ
ァンについて行く。崩壊音は未だは止まず、尚もその震えを大きく
させている。急がねば。
﹁どっちだ!?﹂
﹁上だ!﹂
﹁馬鹿馬鹿! そっちは、宝のあった方向だよ!﹂
所々崩れ落ちた細い通路を俺達は駆け抜けて行く。
ひたすらに上を目指して俺達は階段を上って行く。
回りの壁は崩壊して、細い階段だけが、空間に浮いていた。
焦りからか、TKG達は互いに罵り合いながら階段を上って行く。
歩の遅い温玉を半熟と煮卵が罵倒しながらケツを押す所を見ると、
本当に息の合ったパーティであると思う。
行きと違って脱出経路が明確に判っているのは、煮卵の存在が大
きい。逃げの一手と呼ばれる彼の盗賊技能が本気でヤバイと感じた
時、彼に脱出における最善の選択をさせる。
実に便利なスキルだ。
最初から使っとけよと思ったが、逃げ道が無い状況だと全く機能
しないんだと。都合の良い能力には、何事も制限が付き纏うのね。
﹁階段が!﹂
1450
崩壊音と共に、階段が崩れ去った。エヴァンが竜魔法による身体
能力で飛び越える。もちろんルビーには無理なので、俺はエヴァン
に向かってルビーを放り投げる。
﹁掴め! よし! ̶̶̶うおっ!?﹂
ルビーの手を掴んだ瞬間、竜魔法が消滅する。力を失ったエヴァ
ンが、バランスを崩して階段から落ちかけるが、彼の襟口を咄嗟に
掴んだ温玉のお陰で、間一髪落下せずに済んだ。
﹁危ない所だったな﹂
﹁助かったよ﹂
﹁それよりアンタ! 早く来て!﹂
ルビーがこっちに手を差し出す。
お前の手より、エヴァンの手の方が遥かに信頼がおけるんだけど
な。
﹁今行くよ!﹂
そして俺は跳んだ。彼女の手を掴む。
壊れた階段の取っ掛かりに足を掛けて登ろうとした時、誰かの﹁
危ない!﹂と言う一言と共に、身体に衝撃を感じた。
﹁オークか!﹂
﹁槍が! 槍が!﹂
エヴァンが回りを見渡す。叫ぶルビーの視線を追うと、背中から
槍が刺さり俺は階段の壁に縫い付けられている様だった。
1451
﹁先に行け! 階段の終わりはもうすぐだ!﹂
俺達に遠距離攻撃を防ぐ術は無い。
彼等に先を行く様に言う。温玉はジタバタ暴れるルビーを担ぎ上
げて階段を駆け上がって行く。
﹁待ってろ、今すぐ抜く!﹂
﹁心配ない!﹂
振りそそぐ弓矢と槍を弾きながら、エヴァンが槍を抜こうとする
が断った。
このくらいだったら自分で何とかなる。
﹁お前は行かなくていいのかエヴァン﹂
﹁仲間をおいて行けるか。後な、腹が減って無性にムカついてるん
だ﹂
﹁奇遇だな、俺もだ﹂
彼に手を握って支えてもらい、俺は身体から槍を抜く。
自動治癒によって傷はすぐに塞がる。
俺達は二人で階段の上に立ち、今にも崩れ行く神殿を眺める。
天井が何事も無いと言う事は、迷宮と神殿は作り分けられている
様だった。扉を抜ければ、そこは崩壊とは縁のない安定した空間だ
ろう。
だったら話は早い。
本気を打つけよう。
﹁今まで控えていたが、こうなったらもう関係無い。ボコボコにし
1452
てやる﹂
﹁オーク狩りだ。根絶やしにしてやる﹂
迷宮に影響があるかもと思っていたが、既に崩壊しているこの状
況で、控える理由なんて存在しない。完膚なきまでに消滅させるの
みだった。
ブレッシング・レイ
神聖なる奔流をまき散らし、壁の隙間や、まだ残っている通路か
ら槍や矢を放つオーク達をその空間事、文字通り消し飛ばして行く。
エヴァンも飛んで来る矢や槍を掴み、投げ返して行く。そして降
って来た岩石も投擲。オークが潰れ悲鳴をまき散らしながら奈落の
底へと落ちて行く。
﹃オオオオオオオオ﹄
空同音が響く。
これは迷宮の悲鳴なのだろうか。
﹁ぅぅ⋮⋮この振動に酔ったかも﹂
投擲物を投げていたエヴァンが、そう言いながら階段にしゃがみ
込んで下を窺うと、口を開いて嗚咽を上げ始めた。
﹁おいまさか⋮⋮﹂
ここへ来て、ゲロ落ちだというのか!?
嗚咽に交じって魔力が爆発的に増して行く。
魔力が混ざった嘔吐物だというのか?
1453
台無しだ、なんで残ったんだよ。そもそもコイツは深層に降りて
来てから何も口に含んでいない。出るとしたら胃液くらいだろ。
﹁ゴアアアアアアアアアア!!!!﹂
出たのは嘔吐物ではなく、破壊を巻き起こす魔力の塊だった。そ
の塊は、一本の槍とかして、迷宮の奈落の底を貫いた。
﹁なんか力が出ない。腹減った⋮⋮ぉぇっ﹂
あの高速竜車の中で吐いた後の様にげっそりとしてしまった彼に、
俺はイライラどころじゃなくなってしまった。魔力が尽きたのだろ
うか、そのままふらっと奈落の底に落ちる彼を支えて引き上げる。
﹁おいマジかよ! 結局コレかよ。馬鹿ばっかりだな!!﹂
轟音と共に奈落の底が真っ赤に染まった。今まで身体能力向上く
らいにしか使われず、長い間蓄積されたエヴァンの膨大な魔力が、
恐らく迷宮の底で大爆発を巻き起こしたのだろう。
逃げ場の無い破壊の力は、迷わずへと向かって来る。
俺は彼を担ぎ、急いで階段を駆け上がり、安定していた迷宮の内
部へと入る。
﹁無事だったか!﹂
﹁あれあれ!? なんで彼は顔を真っ青にしてぐったりしてるのか
な!?﹂
﹁破壊のゲロだ! 迷宮も崩れかねないぞ!﹂
御託はいいからさっさと逃げるぞ。
1454
と俺は皆を引き連れて上を目指して走り出した。
﹁うおおおおお!﹂
六人全員で、地上へ戻って来た。
迷宮の入り口には、無秩序区の浮浪者達が待ち構えていた。と、
言うより出てきた俺達の金品を狙うかの様に集団で群がって来る。
﹁ちょっと! 汚いわよ! どこ触ってんのよ!﹂
刺激的な格好をしているルビーは真っ先に狙われていた。
﹁難民共が! 下手に人権を持つとコレだ!﹂
﹁近寄るな! このこの!﹂
魔物と違って安易に殺せないので、まったく質が悪い。だがしか
し、先ずはこの迷宮から離れる事が先決だった。
﹁おい! 今すぐここから逃げるぞ! コイツらも避難誘導しろ!﹂
﹁血迷ったか! 助ける義理なんて存在しねぇ!﹂
構わず殴る温玉。
俺としても不可抗力なんだが、助けないは助けないで寝目覚めが
悪いんだよな。
無秩序区の空は相変わらず曇天で、鉛色の不安な空をしていた。
まるでここの人達の心を表しているかのようである。
1455
収集つかない状況を治める為の心得一。
神々しい光を見せつけて、いつもの様に教徒の心を安心させる事。
俺は、フォルトゥナの姿を象ったクロスを光を放ちながら空へと
向けた。
浮浪者達やそれ以外の視線が、一挙に集まる。
﹁一先ず俺に従えええええええ!!!!!!﹂
カッ、と迷宮の入り口が光る。
そして入り口から後ろの空間が、俺の怒声と共に、爆発した。
﹁か、神の怒りだぁあああ!!﹂
﹁命だけは、命だけは助けてくれぇえぇぇ!!﹂
﹁ひいいいい﹂
地面が、石や土を巻き上げながら空に向かって打ち上がる。
流石竜のゲロ。
俺は最早正気を失っていたとも言える。
人々を煽動して、事態の収拾を図ろうと思った矢先の出来事であ
る。
1456
その破壊の衝動は、無秩序区を覆っていた雲を消し飛ばす程だっ
た。
混乱の最中、俺はTKGや皆をつれて宿に引き返した。
そしてふてくされる様に寝た。
1457
無秩序区の迷宮、臭!︵終︶︵後書き︶
この日を境に、魔大陸では﹃あの大陸の神父を怒らせると不味い﹄
という噂が広まったのである。
1458
南魔大陸の大冒険−1−︵前書き︶
遅れました。
6/9 文を修正しています。
1459
南魔大陸の大冒険−1−
あれからハンター協会から来た調査団が、無秩序区の迷宮の爆発
した原因を調べる為に労力を費やしたが、結果は何も見つからなか
ったそうな。
白々しくハンター協会の人に尋ねてみたのだが、魔大陸での迷宮
最下層の到達は未だ達成されていないらしい。唯一最下層到達が行
われたのは、ローロイズの外れに出現した小規模迷宮で、迷宮核を
取り除いても特に何も起こらなかったらしい。
巨大な魔力を内包した迷宮核は、高額取引買収された。買い取っ
た奴はもちろんアラド公国のブレンド商会。裏には必ずセバスが居
て、一体その核を何に利用するのかは定かでは無いにしろ、どうせ
恐ろしい何かが研究製造されている筈だ。
そんな事を考えながら、俺は休暇の残りを過ごしていたのであっ
た。
無秩序区には、迷宮を目当てとしたハンターが入らなくなり、そ
れに伴ってハンター協会も撤退。唯一残されているのは高速竜車専
用の道と働き手の誰もいなくなったゴーストタウンのみとなった。
だがしかし、悪い事ばかりではなく。
﹃神の怒り﹄と呼ばれる爆発を俺の目の前で見ていた小汚い男。
そいつが中心となって無秩序区に再び人の住む場所を取り戻そうと
いう運動が起こった。
1460
再び秩序を取り戻したのだ。
今まで流れて来るハンター達の乞食ばかりしていた浮浪者達も、
汗水流しながら畑仕事やその他職種に従事した。そしてこの区には
秩序を乱せば、法王の怒りに触れる
格言が生まれるのである。
と行った具合に。
俺は以前の曇天の空の様な目の色ではなく、良い汗を流し希望に
満ちあふれた晴れ空の様な彼等の目を見て溜息をつく。
内心複雑なんだ。
結果オーライ?
だがしかし、夜な夜な涙が濡れているのは何故だろう。
そう、こんな筈じゃなかったんだよ。
ってか格言が何故固有名詞なんだ。
誰が神じゃなく法王ってバラした。ってかあの爆発を起こしたの
は、俺じゃない。断じて俺じゃない。竜の嘔吐物。
彼だよ彼。
隣で我武者らに食べ物を腹に詰め込みながら、味わうという言葉
を知らない男。
俺の溜息は、いつ止むのだろうか⋮⋮。
1461
ハンター協会への報告書には、何の前触れも無く地震が起きて、
爆発したと言いくるめておいた。報告書を読んだ協会職員のあの訝
しがる目を見たか。コレは絶対セバスに何か言い含められているだ
ろう。
これは、戻ったら怖いかもしれない。俺はもうしばらくというよ
り、ほとぼりが冷めるまで、魔大陸に居続けようと思う。
﹁ぉぇぇぇ! ぉぇぇぇ!﹂
﹁旦那! 竜車前は飯は控えた方が良いと言ったんだ﹂
﹁う∼んむにゃむにゃ﹂
次の場所へと向かう高速竜車内は、未だ騒がしい。ゲロ野郎とそ
れを懐抱する狼人は放っておいて、この状況を作り出した一番の立
役者、いや原因である人物。俺の膝を枕として使っているルビーの
綺麗な鼻を摘んだ。
⋮⋮これで許しといてやるか。
1462
何気なく髪を撫でてみた。赤く綺麗なウェーブの髪は、絡み付く
事無く水の様にほどけていく。俺の天然パーマとは大違いだな。
﹁⋮⋮臭っ⋮⋮﹂
充満したこの臭いは、断じて俺の匂いじゃない。
この神父服は特別製だからな。
俺達の竜車は相変わらずの騒がしさ。後方の別の竜車が、嘔吐物
を回避して走る。
無秩序区を後にした俺達は、さらに南へ向かう。
南魔大陸にある自然国ナチュラヴィアだ。
バンドの故郷と呼ばれる場所で、広大な自然と共に、魔族獣人族
が多く生きる国である。人種は北に比べてまだ少ないのであるが、
特に虐げられてる背景は無いと聞く。
自衛の手段が無いルビーを連れて行くべきかとも思ったが、休暇
を延長した俺について行くと言って聞かなかった。勝手に旅立って
もついて来るだろう。その方が危険である。
そして魔素恒常という能力が、どんな事を引き起こすかも判らん。
邪神勢はもちろん、この能力を知った奴らはここぞとばかりに彼
女を狙うだろう。この間の迷宮にて、彼女の魔素恒常の真価を目の
当たりにしたからな。
1463
傍に置いて置く方が吉。
いや、もしかするとこの女の不運は俺しか受け止めら無いのでは
ないかとさえ、思ってしまう。
全人類よ。
責任を持ってこの女を預かろう。
もちろん、自然国の観光も忘れない。
観光資金はどうするんだ。着服するのか?
幸いな事に、TKGは手に入れた金銀財宝を俺達と山分けする事
を望んでいた。﹁俺達はアンタらのお陰で命を拾った様なもんだ。
これくらい安いもんさ﹂という温玉の一言に残りも頷いて、パーテ
ィで半分にした。
それでもかなりの量だっだ。可哀想なルビーに適当な服を買い与
え、エヴァンには大量の食事。あとは今後に備えてある。
俺が使った額は、なんとゼロ。そう言えば、このゲームを始めて
からと言う物、旅の初めからお金というお金をまともに使ったため
しがなかった。いや、移動費やら宿のお金としては使うよ。
だが、自分個人として欲しい物にお金を費やした事がほぼほぼ無
い。
クロスと服と聖書は貰い物だし。旅立ってそうだ、パーティのお
金は全てセバスが管理していた訳で。
そろそろ俺も自分の為にお金を使う時が来たのかもしれない。か
1464
といって、何か欲しい物があるのかと言われれば、特に無い。
まぁいい。俺は思考を放棄した。
高速竜車から見える、悠々たる大自然。そこには金に換えられな
い価値があると信じている。今欲しい物が無くても、自然国で購買
意欲をそそられるかもしれないからな。
高速竜車は高く登った陽射しの下をぐんぐんと進んで行く。途中
並走する馬の様な魔物を見た。だがしかし、走竜種のスピードには
到底叶わないようで、どんどん距離を引き離して行った。
高速竜車用に敷かれた道のすぐ隣は、等間隔に置かれた自動魔素
充填式の簡易結界が等間隔で置かれている。魔物の出現を少なくす
るため、そして結界の間をすり抜けて移動して行く魔物の領域を邪
魔しない様にだ。
道路から十メートルでもそれると、そこには大きな樹海が広がっ
ている。空から見なければ規模が判らないが、青々と茂った森の奥
は見えない。
北と違って、豊潤たる大森林が形成され。世界指定保護区とされ
ている。かなり前から、景色が緑一色になった時点で、ここはもう
既に﹃自然国ナチュラビア﹄の領域なのである。
この樹海には、様々な生態系が存在していて。希少種や特殊な進
化を行った魔物達が存在しているらしい。未だ見つかっていない新
種の可能性だってある。
1465
様々な可能性が眠るこの大森林は、密猟者や資源を欲した欲深き
者など、敵も多そうなのだが、実際の所、その数は極少数でしかな
いとの事。
﹁そりゃ、昼間に樹海の浅瀬に入り込む奴は居るさ。だが、夜にな
れば魔物達が蠢き出す。地を治める獣人族や魔族以外は出て来れな
いだろうな﹂
樹海は人を飲み込む。いや、いつでも口を開いて待っているのだ。
迷宮の様にね。
﹁俺達も含めた巨大な生態系の前には、侵入者なんてただの餌だよ。
俺だって小さい頃、トロールに追いかけられたりしたんだ﹂
バンドが昔の思い出を笑いながら語って行く。
﹁日の登っている内はまだマシさ。だが、夜は専門の案内人を連れ
て行かないと、必ず迷う。そして夜の闇に喰われちまうぞ∼!﹂
﹁ちょ、ちょっとそう言うの止めてよ!﹂
バンドに脅かされたルビーが、俺の腕にしがみついて来る。それ
を見ながら、してやったりとこの狼人はくつくつと笑う。
﹁だがこの竜車があれば安全だ! 昼間は基本的にデカいのは出な
いからな!﹂
﹁よ、夜はどうなるの⋮⋮?﹂
怖いけど続きが気になる子供の様な顔をしながら、ルビーが聞く。
ワーフ
﹁オーク! ゴブリン! トロール! 糞魔狼にベアーだ! 奴ら
1466
だ∼い好き
だからな∼∼!!﹂
は狡猾で夜行性だ! 特に馬の旅路で夜は絶対に出歩くな。トロー
ルは馬が
﹁絶対夜は宿からでちゃダメね!!﹂
狼人であるバンドが、ふざけで怖い顔をすると洒落にならないく
らいの表情になるのだが、気付いているのだろうか。孤児院の子供
達が見たら確実に絶叫と号泣の嵐が巻き起こるぞ。
統べる大樹
オールツリー
の下に作られているから汚い魔
彼は、だが。と前置きをして語り出す。
﹁ナチュラヴィアは
物達は寄って来ない。そして、なにより森の支配者であるルーラー・
ホッドシーク・リューシーが治めているからな!﹂
彼の威光が大森林に安寧の日々を約束しているという事であった。
﹁リューシー⋮⋮?﹂
聞き覚えのある名前に、俺は首を傾げる。
﹁森の王族を知ってるのか、クボ?﹂
独特のイントネーションで俺の名前を呼ぶ狼人に、女神聖祭で出
会った黄金の獣人女性の事を思い出し伝える。
﹁ルーシー・リューシー⋮⋮長く伸びた金髪が美しかった﹂
﹁ちょっと! 誰よその女!?﹂
性別について一言も発していないのだが、どうして女性はこうも
センサーの様な物が発達しているのだろうか。少しでも臭うとピー
1467
ピーガーガー。
﹁麗しのルーシー様を知っているのか! 彼女の美貌はとても獣人
とは言えなくて⋮⋮それでいて、獣人特有の逞しさと⋮⋮﹂
﹁なら別人だ。俺が知ってるのは戦乙女と呼ばれていたからな﹂
軽くトリップしていたバンドが狭い竜車の中で転ぶ。
軋む竜車、打ち付けた鼻っ柱を摩りながら告げる。
﹁それもそれで合ってるよ。ルーシー様は、腕も立つ﹂
﹁だからだれよ!﹂
うるさいこの女は放っておいて、話を続けようとした所で長い事
放置していたメッセンジャーに連絡が入る。久々に見た様な気がす
るこのフォルム。
﹃お、これ。通じてるのか? 流石ブレンド商会。へんぴなもん作
ってんな!﹄
ピッと言う音と共に、見覚えのある顔がモニターに映し出される。
それは最強のリトルビット族、北魔大陸の自由都市を統べるゴーギ
ャン・ストロンドだった。
﹃相変わらずうざったい毛だな﹄
﹃あ? それがお前の素か? 現職法王さんよ﹄
罵り合いが挨拶代わりとなる。
﹃ほっとけ﹄
﹃右手の事まだ根に持ってんのかよ! マジでそっくりだなお前!﹄
1468
苦笑いするゴーギャンの後ろから知っている女性の声が聞こえて
来る。バンドも知っているのか、身を乗り出してメッセンジャーの
モニターを覗く。
﹃何してるのゴーギャン。ってゴッドファーザー!? またあなた
はへんてこな機械を買ったの!?﹄
﹃時代に乗り遅れるなよルーシー。今はハイテクの時代だぜ!﹄
夫婦漫才を繰り広げながら、モニターの端っこにルーシー・リュ
ーシーが映った。バンドが思わず﹁ルーシー様あああ!﹂と口走っ
たのだが、
﹃あらそこの狼人族は⋮⋮誰だったかしら?﹄
﹃盛大に素っ転びやがったぞ!﹄
一頻りの談笑を終えた後、ゴーギャンが真剣な顔になって話を始
める。
﹃無秩序区は散々だったな。怒りの法王さんよ。お前さんが俺の所
にいつまで経っても来ないから、一足先にナチュラヴィアに来ちま
ったよ。お前も向かってるんだろう? 統べる大樹の元に。少しば
っかり大切な話があるから、ついたら真っ先に王澍の広間を尋ねて
くれ﹄
﹃⋮⋮休暇中だぞ﹄
不満に満ちた顔で俺は呟いたのだが、ゴーギャンは皮肉を込めた
笑顔でこう告げた。
﹃あ∼。とんでもなく長い休暇だな。聖王都の連中もカンカンだっ
1469
て話だぜ?﹄
﹃⋮⋮何が言いたいんだ﹄
﹃こっちで一仕事準備してある。なに、すぐ終わる事だよ。それが
終わったら観光でも何でもしても良い。教団への業務申告は俺から
しておくぞ? かなり面倒くさい長期滞在だってな﹄
﹃すぐ行こう。待ってろ﹄
俺は喰い気味に二つ返事で了承した。
﹃よしきた。じゃ、最高の持て成しを期待してな!﹄
﹃え、何。クボヤマ来るわけ? なら色々と準備しておかなくちゃ
ね﹄
その返答に満足したのか、ゴーギャンはニコっと黄ばんだ歯を見
せつけて笑うと、そう告げてメッセンジャーを切った。
ルーシーの色々と準備しておくという一言。
これは、期待しても良いのだろうか。
自然国の王族のおもてなしに!
俺の頭には、想像もつかない程のおもてなしの事しかなかった。
﹁く、クボ! あんたは一体何者なんだ!?﹂
﹁ちょっと! さっきの金髪は誰よ!? 言いなさいよ本当の事!﹂
目が血走った狼人と一体何に怒っているのか判らないぽんぽこぴ
ー女が、二人して俺の肩を掴み揺すって来る。
ギチギチと軋む竜車内。
壊れたら弁償費用とか絡むから止してほしいのだが。
1470
﹁おいちょっとエヴァン。コイツらを落ち着かせるのを⋮⋮﹂
﹁⋮⋮横揺れが⋮⋮増して⋮﹂
ダム決壊。足下に色んな物が混ざった液体が零れ落ちる。
﹁ぎゃああああ!﹂
﹁ちょっとおおおおおお!!﹂
足に飛沫をもろに浴びて、騒ぎ出す二人の矛先はもちろん俺。
エヴァンだったら第二陣をまき散らしそうな程、ぐわんぐわんと
肩を揺さぶられる。
﹁うるせええええええ!!﹂
最近、怒りを押さえきれなくなって来ている気がするな。そして
怒りと共に身体も反応して輝き出す。青空の下、あまり目立つ事は
無いが、竜車のキャビンを突き抜けて聖なる光が上がる光景。
連結された竜車の前方に乗るTKG達には、この光景が一体どの
ようにして見えているだろうか。
怒っている最中も、俺は冷静に物事を客観視している訳で。いつ
の間にか、いつだか二分化された思考が俺の中で冷静な部分と獰猛
な部分に別れているみたいだな。そう錯覚する。
1471
騒がしい馬車の中で俺達は気付かない。
この振動によって竜車を繋いでいたキャビンの金具が、不幸にも
ポロンポロンと音を立てて道端に転がって行くのを。
そして、たまたま一番後ろの竜車に乗った事で、それは誰にも気
付かれる事無く、動力を失い、方向も失い、独立し車輪だけになっ
たキャビンは、簡易結界装置の間を通ってコロコロと樹海を目指し
ている事に。
1472
南魔大陸の大冒険−1−︵後書き︶
設定としてこの世界の神は、みんな天然パーマなんです。笑
1473
南魔大陸の大冒険−2−
﹁なんでこんな事になるの!﹂
鬱蒼とした森の中を歩きながら、ルビー・スカーレットが少しヒ
ステリーに叫ぶ。まだ昼間だというのに、大森林の樹海の中は薄暗
かった。生い茂った木々が太陽の光を遮っているのだ。
俺達を乗せていたキャビンは前方のキャビンとを連結させる金具
が弛み外れていた。それによって、よくわからない進行方向へと慣
性の法則によってひとりでに進み、中でわちゃわちゃやっている間
に樹海の丈夫な木に打つかった。
ついてない。だが一番ついていないのは、一先ず次の高速竜車を
待ち、乗せてもらおうと考えたのだが、馬よりも早い速度で運行す
る高速竜者だ。御者席に座る人から見ても、俺達はただの旅人とし
か映らなかったようだ。
統べる大樹
オールツリー
を目指す事にな
誰一人として、呼び止め叫ぶ声に耳を向ける事無く。敢え無く、
俺達はこの鬱蒼とした樹海を歩いて
った。高速竜車用の道路を歩こうという案も出たのだが、引かれて
しまえば元も子もない。そして確か中継地点も無いノンストップだ
った気がする。
大森林を大きく迂回しているその竜車道路を歩いて向かうなんて、
一体どれだけの時間がかかるのだろうか。二週間くらいは掛かりそ
うな予感がしたので、それをするくらいならば、バンドの案内の下
で、薄らと遠くにそびえ立つ統べる大樹まで樹海を突っ切った方が
1474
まだ良かった。
﹁嬢ちゃん、昼間と言えどあんまり大きな声を出さない方が良い﹂
バンドの一言と共に、森のどこからか雄叫びが上がる。
﹁太陽が昇ってる内に、行けるとこまで行こう。道案内は俺に任せ
な﹂
昼間と言えど、奥に行くにつれ影が濃くなる獣道を、バンドが先
導してくれる。本当に、彼が居てくれて良かった。一見その顔つき
から凶暴な狼人の様に見えるが、実際の彼は正義感が強く、世話焼
きである。
ルビーが漏らしてしまった時も、エヴァンが食べ過ぎて嘔吐して
しまった時も、彼が率先して洗濯と懐抱を行っているからな。
だが、人一倍恐怖心を持っている部分もある。今だって獣人であ
るが故に森の案内を引き受けてくれているが、彼の耳が小刻みに震
えている。
恐怖心は、危機感の現れだ。生きてく上で一番大事な要素である。
故に、バンドの選択するルートを疑う事は無い。
このメンツ、どうしても危機意識が薄い。身の危険よりも自分の
欲望に忠実な奴ばっかりだからな。案内と索敵はバンドとエヴァン
に任せて、俺は後方の軽快に当たろう。
おれたち
﹁この森を突っ切れば、獣人族のテリトリーまで三日でつくからな﹂
1475
こうして、長いようで短い俺達の冒険が始まるのである。面白い
物があれば良いんだがな。初めの頃はよく旅をしていたが、それは
仲間達に安全を約束されていた旅立った。
人の作った道を使い、中継所で夜営し、飯も美味い。今の俺達は
お金くらいしか持っていない。俺のプライベートエリアに雑貨は色
々と準備してあるが、こういう冒険をしてみたかったので、出来る
限り出し惜しみしておこう。
男と言う物は、冒険に憧れる物である。
はぁ∼ワクワクする。
日のある内に、俺達は出来るだけ歩いた。日が昇り切った後だっ
た事と、ルビーのお陰で進める距離はそこまで稼げなかったが、俺
とエヴァンはバンドの説明の元に、大自然の色々な物を堪能した。
それは天然水を溜め込んだ樹木であったり、そのまま齧ってもジ
ューシーな甘酸っぱい果実。南魔大陸原産の天然食品を歩きならが
食べ歩いた。
オウカ
﹁あの果実、輸入できないのか?﹂
﹁それは無理だぜ。王果のあの味は、捥ぎ立てじゃないと味わえな
い。かといって栽培しようとしても、南魔大陸じゃないと実がなら
ないただの木だからな。統べる大樹にも唯一自生している場所があ
るが、それは王家の所有地になってるから、今だけだぜ﹂
王果と呼ばれるとんでもなく美味しい桃色の果実。綺麗な丸い形
をしていて、大森林でもなかなか自生している場所が掴めないそう
1476
だ。そして一度実を落とすと、その場所には二度と実を付けない。
大変貴重な果実なのであった。ちなみに、エヴァンが﹁これ! めっちゃ良い匂いがする!﹂と言って見つけた。実に幸運な男だ。
﹁また食べたい! あれ食べた瞬間かなり腹が膨れたんだ!﹂
﹁リューシーはもてなしてくれると言っていた。王家まで行けば食
べられるかもな﹂
未だに味を思い出して涎を垂らすエヴァン。彼の腹が膨れるとい
う事は、魔力的な要素が凝縮されているのだろうか。王という名を
持つ果実だ。それはそれはとんでもない物なのだろうな。
俺は美味しいだけで特に何も感じなかったけど。
﹁虫がついてたかもしれないのに⋮⋮よく食べれるわね⋮⋮もうう
んざりよ⋮⋮ここに来てから虫、虫、虫だらけ! おまけに信じら
れないくらい大きいのよ! あちこち何かの糞だらけだし! こん
な事なら、迷宮に潜ってた方が良かったわよ!﹂
森を進み始めてから、ルビーはずっとこんな調子なのである。最
初の頃は、たまに頭に降って来る虫を、叫びたい気持ちを押し殺し
て我慢していた。
俺達が進んでいるのは獣道だ。静かに歩かなければ、幾ら安全な
ルートを選択しているからと言って未知の魔物や猛獣に遭遇しない
なんて事は無い。
だが、気付いてほしい。
ルビー・スカーレットはついてない女である。
1477
虫が頭に降って来る事から始まり、木の根には転び、蜘蛛の巣に
はひっかかり、上からは虫の他に鳥の糞。そして木の根に転んだと
思えば、その大事な服に動物達の排泄物がこびり付いていた。
我慢の限界などとうに超えていたのだろうか。次第に彼女の身体
から恐怖による震えは消えて行き、そして新たに別の形となってプ
ルプルと押し寄せていた。
そう、怒りだ。
それでも、最初に聞いた雄叫びにビビってひたすら声を押し殺し
ていた彼女は、いつしか無言で不幸を払いのける様になっていた。
まったく、逞しくなっちゃって。
俺達がカッコいい虫だ、うまい果実だ、この木から滴る蜜や水が
美味いだの。すっかり大自然を堪能している間、彼女はずっと息を
押し殺し、唇を噛み締めていた。
そして、今晩。
バンドが夜営に選んだ場所。
大きな樹木の枝分かれした根っこの部分にぽっかり開いた穴。そ
して、その前にて彼女は怒りを爆発させた。
﹁なんでそんな場所を選んだのよ! 木の根っこって、私は芋虫で
もモグラでもないわ! そんな場所で寝るくらいだったら、夜通し
寝ずに歩いた方がマシよ!﹂
﹁だけどな嬢ちゃん⋮⋮少人数で夜を歩くなんて、獣人族でもやら
ないぞ?﹂
1478
夜営に使う場所の確認から戻って来たバンドが、衣服に付いた土
泥や虫を叩き落としながら穴から出て来て、やれやれと言った表情
をする。
﹁おまけに、ここはカーバンクルの巣だった後がある。森の妖精の
加護で十分に満たされている。全然汚くない﹂
虫も獣も襲わない。
バンドはそう言っていた。
俺の目から見ても、確かに小汚い木の根っこに見えるのだが、ど
こか神聖な気配が漂っている。
カーバンクルは、宝石好きのリスの様な妖精らしい。
覚えておこう。
﹁とにかく、夜が来るまでにさっさと夜営の準備をしよう。大事な
荷物は全部この穴に入れとけよ? 悪戯好きのノームが持って行っ
てしまうからな﹂
そう言いながら、バンドは自分の鞄から鍋や皿を取り出して並べ
て行く。そして彼の持つバックパックに目を向ける。何処かで見た
様な⋮⋮。
﹁心配するな。どうせ飯作れないんだろ? 夜営は俺も心得てる。
この森は食べ物には困らねえからな!﹂
﹁いや、そのバックパック﹂
﹁お、これの名前を知ってるのか? そうそう。アラド公国で偶然
見つけてな。かなりの荷物が入るからな。綺麗好きの俺にはもって
こいだぜ﹂
1479
そう言いながら虫を払った手で鍋に付いた汚れを払い出すバンド
に、ルビーが﹁どこがよ⋮⋮﹂と諦めた様に呟いた。まぁなんにせ
よ、彼が居る事でかなり助かってる部分が居るんだから気にしない
方向で。
ルビーと共に穴の中へ入ると、全員で寝転んでも十分な広さが確
保された空間が広がっていた。以外と広いんだな、と素直な感想を
抱く。
﹁天井以外はね﹂
俺の声はルビーに聞こえていたようで、悪態をついて来る。確か
に、膝立ちがギリギリだった。狼人であるバンドなんか、四つん這
いで四足歩行しながら這い出て来たもんな。
﹁住めば都って言うだろ﹂
﹁ベッドよ、ベッドで寝たいのよ。あんな枯れ草を敷き詰めただけ
じゃ嫌なの﹂
視線の先を見ると、カーバンクルの寝床として使われていたのだ
ろうか。枯れ草が一カ所に溜められていた。指で触れると、そこか
らウゾウゾッと小さな虫達が、湧き出て来る。
﹁きゃあああああ!! ちょっと! ちょっとっ! バンド! や
っぱり無理よ! 一人で外に寝るわ!﹂
﹁暴れたらもっと虫が湧くだろ! ちょっとは落ち着いたらどうだ﹂
1480
手足をばたつかせるルビーを、俺は必死で押し止める。騒がしく
てかなわん。確かに、以前の旅と比べるとその質は格段に落ちてい
るのだが、一度嘔吐物塗れになったり、小便塗れになった俺からす
れば、なにも問題ないのだ。
﹁ぁんっ! どこ触ってんのよ馬鹿! いいから放してよ! もう
出る! 出してよ!﹂
﹁不可抗力だ。ってか暴れるからだろこの糞女!﹂
﹁言ったわね! あんたの服は自動修復だからいつも綺麗よね! でも私のは何も無いただの服よ? しかも、もう乾燥して落ちない
の!﹂
そんな押し問答なのか何なのかよくわからない口喧嘩へと発展し
た時。穴の入り口から赤くて綺麗な石が放り込められる。ルビーは
自分の髪とよく似た綺麗な赤い石を手に取ってマジマジと眺め、落
ち着いている。
マジで何なんだこの女。
さっきまで暴れていたくせに。
ちなみに、ルビー・スカーレットと言う女は、俺の目測ではDカ
ップはあるだろう。しかもくびれも悩ましい腰つきで、お尻はキュ
っと上がっている。とんでもなく目の保養になる女なのである。
だがしかし、天は二物を与えなかった。
頭がとんでもなくパッパラパーなのである。
普段こういう事を考えると、プライベートエリアでの説教が待っ
ているのであるが、そんな嫁達でさえ彼女には同情しているらしい。
1481
と、いうか。
あの時船の中で口説きかけていた俺を殴りたいのが、今の心情で
あったりする。
﹁うるさくてしょうがねぇ! クボ、何とかならないのか?﹂
﹁今の宝石で落ち着いたぞ﹂
入り口から顔を覗かせて、此方を窺って来るバンド。その表情は
俺と同じ様に呆れ切っていて、宝石にご熱心であるルビーを見なが
ら二人で溜息を付く。
﹁根本的な原因の一部は、お前にもあるんだぞ?﹂
﹁あの時は、まさかこんなだとは思わなかったんだよ⋮⋮﹂
それもそうだ。と俺達は苦笑いする。
洗濯の友なのだ。俺達は、パンティを洗濯し合った仲なのだ。そ
こから生まれる友情に、なんだか良く判らない感動の涙を感じなが
ら、バンドが言う。
﹁その宝石はカーバンクルが好きだと言われる、魔結晶だよ。それ
をカーバンクルの巣に砕いて撒くと、害虫がって一切寄らない森の
聖域になる。しかたねぇからくれてやるよ﹂
ほらさっさとやれ。そう言って料理の支度へと戻って行ったバン
ドだった。
﹁え、こんなに綺麗なのに⋮⋮﹂
﹁虫塗れで寝るのと、それを使って害虫駆除してから寝るの。どっ
ちがいいんだ?﹂
1482
バンドがお情けでくれた魔結晶を砕く行為に、未だ迷っていたこ
の女に究極の二択を迫る。名残惜しそうに、彼女はその辺の石で砕
こうとしたのだが、時間差で結晶が勝手に砕けてくれたので、余計
な手間をかけずに済んだ。
そして、飯が出来たぞ。というバンドの声に呼ばれて、辺りが徐
々に暗がりに包まれる夕刻、夕陽を背に大地の恵みを大量に使った
シチューに舌鼓を打つのである。
シチューか。
俺の大好物じゃないか!
1483
南魔大陸の大冒険−2−︵後書き︶
遅れました。
宝石じゃなく、魔結晶です。
この意味が、お分かりで?
1484
南魔大陸の大冒険−3−︵前書き︶
6/12
一部描写変更
﹁̶̶殺せ!﹂
﹁̶̶殺せ!﹂
﹁̶̶殺せ!﹂
←
﹁̶̶煮て!﹂
﹁̶̶焼いて!﹂
﹁̶̶喰っちまえ!﹂
に、しました。
1485
南魔大陸の大冒険−3−
完全に日は落ちた。樹海は月明かりさえ通さない闇と静寂に包ま
れた。唯一の明かりは、シチュー鍋をコトコト煮込む炎と低い木に
吊り下げたカンテラのみ。バンドのシチューが予想外の美味しさで、
俺達は樹海のまっただ中に居るという事をすっかり忘れていた。
﹁兎肉のシチューと味が似てる。コレは一体何の肉だ?﹂
﹁なかなか良い舌もってんじゃねーの。大正解、フォレストラビッ
トだ。ただし、この森の兎肉は質が違うぜ?﹂
早速おかわりを言い出したエヴァンの器に、多めにシチューを盛
りながら、バンドが嬉しそうに言う。始まりの街、そこの教会で俺
は孤児達に毎日の様に兎肉のシチューを作ってやっていた事がある。
だが、草原で穫れる兎の肉よりも深みがあり、柔らかい。大いな
る自然の恵みをふんだんに取り込んだフォレストラビットの肉は、
シンプルなシチューという煮込み料理にとてもマッチしていた。
最初は嫌そうにしていたルビーも、空腹に負けて一口食べてから。
このシチューを気に入ったようで、その小さい口にスプーンを何度
も往復させていた。
﹁さ、早く食べて夜を明かそう。夜が深まると本当に危険だからな﹂
﹁⋮⋮そうだな﹂
辺りを見渡すと、他に明かりは見当たらなかった。当たり前であ
るのだが、月明かりさえ覗かない樹海のまっただ中に居る状況はな
1486
かなか無いので不安を掻き立てられる。
昼間は大自然の恵みがこれでもかと言う程、満足させてくれたの
だが。南魔大陸の大森林は、百八十度姿を変え、次は俺達を飲み込
もうと手招きしている様に思えた。
俺達は焚き火もカンテラの明かりも消して、カーバンクルの巣穴
へと潜り込んだ。バンドが持っていた布を枯れ草の上に敷き、即席
のベッドを作る。無論、一番ふかふかしている位置にはルビーが寝
息を立てている。
その隣には何故か俺。
役得だって?
そんな馬鹿な。
たまに飛んで来る肘と膝に怯える夜を過ごしているんだぞ。
︵役得じゃないか、クボ︶
︵黙れ変われ︶
︵⋮⋮遠慮しておく︶
バンドの危機感がそう告げたのだろうか。片目を開けて現在進行
形でヘッドロックを喰らいそうになっている俺の姿を見て、バンド
は口を噤んで瞳を閉じた。
だが、突如として重く響く地鳴りが巻き起こる。一度閉じられた
バンドの目は何か危険を感じたのだろうか。カッと見開きキョロキ
ョロと音の出所を窺っている様だった。
1487
重く響く音は、どんどん近づいて来る。
それも、一つじゃない。
﹁なんの音だ﹂
当然の如く身を起こしたエヴァン。
﹁⋮⋮夜は色んな魔物が蠢き出す。だが、カーバンクルの巣穴なら
ば安全だ。森の妖精に手出しできないからな﹂
そういって、バンドは木の根の隙間から外を窺う。一緒に覗いた
俺の目には夜の闇以外何も見えないのだが、夜目が効く狼人の目に
は一体何が映っているのだろうか。
﹁ティ⋮⋮ティラスティオールの集団だ⋮⋮﹂
喉の奥から、口に出したくない事を捻り出す様に、小さい声でバ
ンドが呟いた。巨大な足音は、カーバンクルの巣穴の前の、俺達が
夕食を摂っていた場所辺りにて鳴り止む。
﹁ティラスティオール⋮⋮? それは魔物か?﹂
﹁シッ! 声を出すな。魔力を出すな。そうか⋮旦那達はこの大陸
が初めてだったな﹂
ポロッと口を開いたエヴァンを、バンドが凄い形相で止める。そ
して、ピンと耳を外に向け緊張の糸を保ったまま、言葉を続ける。
﹁魔族だ。トロールよりも大きく、力も強く、凶悪で、頭も回る。
奴らはトロールの様な姿をして、社会を築く。武器を扱い、時には
1488
罠も利用する﹂
ヴィヴァンソースウッド
元々大森林の中でも奥深くの薄暗闇の森と呼ばれる、地を治める
獣人族や魔族すら、誰も近づかない区域に生息しているそうだ。薄
暗闇の森は、深森地区を治めるダークエルフ達によって、入り口を
固く閉ざされていた筈だと彼は言っていた。
﹁俺が小さい頃から、おとぎ話として聞かされていた⋮⋮初めて見
る。だが、黒のエルフ達が塞いでいた筈じゃ⋮⋮﹂
恐怖心からか。この世の終わりだと言う顔をしたバンドは、独り
言を呟き呆然としていた。
﹁̶̶おい。なにか匂わねぇか?﹂
﹁̶̶ここだ。ここに火を焚いた後がある。この大きさは獣人か?﹂
﹁̶̶それとも、俺達を閉じ込めた糞野郎共か?﹂
外から、大きな声が響いて来る。
呆然とするバンド。それを黙って見つめる俺達の隙をついて、声
に目を覚ましたルビーが、寝ぼけながら外の様子を窺いに行く。
俺は慌てて彼女を引き止める。
モゴモゴと口元を動かしているが、バンドの説明からとんでもな
く不味い奴らが外に居るのは判っているだろう。それを﹁新聞は間
に合ってます﹂とかそんな調子で出て行かれたら、この女は無理矢
1489
理契約されてしまう。
そして、俺は穴の入り口から見てしまった。
﹁̶̶シチューだ。この美味そうな匂い。兎肉のシチューだ!﹂
﹁̶̶美味そうだ。腹が減ったぞ。剣や鎧は喰えねぇからな﹂
﹁̶̶まだこの辺りに入るんじゃねーのか? 探すか?﹂
重そうな鎧を要所に身に付け、象の様な巨大な身体と灰色の皮膚
を持ったトロルと良く似た生き物の姿。ダンジョンで目にしたトロ
ルよりも一回り大きく、筋肉質な身体をしている。要するに寸胴で
はなく関節がしっかり締まり、トロルよりも更に人間に近づいた様
な容姿だった。
だがその顔はトロルを更に凶悪にした様な、そんな顔だった。し
っかり言葉を話す所とその内容を耳にすると、知性が宿っているの
がよくわかる。
俺達が居た大陸にはあまり魔族と言う物を見かけなかった。邪将
も魔族の一種なのかもしれない。俺の中では悪魔の分類だと思うが。
ティラスティオール。たった三体で目の前に座っているのだが、
見つかってしまえばひとたまりも無いだろうな。
1490
﹁̶̶おい、飯つくれよ﹂
﹁̶̶なんで俺がつくんねーといけねーんだ!﹂
一体のティラスティオールが、もう一体を殴った。
性格は凶暴っと。
衝撃音がもの凄い。そして尻餅をついたお陰で地震が起こった様
に足下が震えた。その揺れと目の前の恐ろしさに、ルビーが﹁ピっ﹂
と可愛くて小さな悲鳴を上げた。
我に返ったバンドが、エヴァンも交じって入り口から窺っていた
俺達を、信じられないと言う表情で見ていた。
︵馬鹿野郎! 見つかったら殺されるに決まってる!︶
ごもっともだ。
慌てて奥へと引き下がろうとした時。
運悪く、ティラスティオールの内一体が、音を耳にしていた。
﹁̶̶なんだぁこの穴﹂
﹁̶̶カーバンクルの古巣じゃねぇか﹂
﹁̶̶獣がまた使ってるかもしれねぇ、手ぇ突っ込んでみろ﹂
巨大で太い手が、穴の中へと侵入して来る。俺達は息をひそめか
つ俊敏な忌み嫌われる黒い虫に酷似した動きで巣穴の奥へと逃げる。
どこが魔結晶で安全な空間になるだ!
1491
思いっきり気付かれてるし、中を荒らされてんじゃねーか!
悪態をついた時思い出した。
魔結晶を持ったのはどこのどいつだ。
魔力を秘めた宝石や迷宮核ですら魔素化させる、あのルビー・ス
カーレットじゃないか。って事は、時間差で魔結晶が割れていたの
は、魔素恒常によって魔素化した結果だったという事。何の加護も
働いちゃいないこの空間で、俺達はバンドが言うに最悪の生物と遭
遇したのであった。
﹁̶̶なんだぁこりゃ﹂
ティラスティオールは、バンドが敷いていた布を掴み勢い良く持
ち去る。そしてそれを皆で見ながら会話する。
﹁̶̶大物がいた⋮⋮いや違う、布か?﹂
﹁̶̶こりゃ見た事あるぞ﹂
﹁̶̶俺もだ!﹂
短い言葉で、意思疎通する。
﹁̶̶エルフの綺麗な布でもねぇ﹂
﹁̶̶だが獣人の使う毛皮でもねぇ﹂
1492
﹁̶̶人種だ、人族だ。俺はまだ喰った事ねぇッッ!!!﹂
我先に、と。彼等は三体揃って巣穴の入り口に押し寄せる。巨大
なギョロ目が中を覗く。枯れ草の中に慌てて隠れた俺達を手探りで
探る様に、巨大な手のひらが巣穴を叩き、中の物をぶちまけて行く。
バンドの尻尾が危うく掴まれる所だった。エヴァンが伏せている
場所のすぐ隣が押しつぶされた。一番奥の根っこの隙間に無理矢理
押し入った俺の方まで指先が届きそうだった。
巨大な手がしらみつぶしに巣穴を探って行く。そして、一番掴ま
っては行けない人物の細い足が、巨大な手に掴まれた。山盛りの枯
れ草の中に飛び込んでいたルビーは、身体中に付いた枯れ草をまき
散らしながら、ジタバタと暴れ叫びながら外へと引きずり出された。
﹁やだ! やめて! 潰れちゃう!﹂
逆さ吊りにされて捲れてしまったスカートを気にする余裕なんて
無い。小さな身体が、ティラスティオールの大きな顔に付いた巨大
なギョロ目の前に持って行かれる。
﹁⋮⋮お⋮⋮美味しくないわよ?﹂
三体の巨大な顔に囲まれれば、そりゃ暴れるどころじゃなくなっ
てしまう。涙目になりながらも、ルビーは交渉しようとしている。
馬鹿なんだか、頭がいいんだか。だが彼女は不運だ。
﹁̶̶人族は嘘つきだ! 服を毟れ!﹂
1493
﹁̶̶火にかけろ! この雌はとても美味そうだ!﹂
﹁̶̶それよりも、茹でてスープにした方が味が出るんじゃないか
?﹂
美味しそうだと言うのは、断じて比喩表現では無い。
﹁̶̶シチューだ﹂
﹁̶̶俺も今そう思ったんだ真似するなよ﹂
﹁̶̶そう怒るな。シチューだったら皆で分けれる﹂
三体仲良く邪悪な笑いを響かせながら、ルビーの服は全て毟られ、
彼女は縄にかけられた。そして彼等は意気揚々と歌い出す。
﹁̶̶薄暗闇の森の奥∼﹂
﹁̶̶食べれる物は木の根と皮だ∼﹂
﹁̶̶それもこれも誰のせいだ!?﹂
ヒューマン
ワイルドロープ
﹁̶̶人族!﹂
ダークエルフ
﹁̶̶獣人!﹂
﹁̶̶森人族!﹂
﹁̶̶獣人よりも柔らかく∼﹂
﹁̶̶森人よりも身が多い∼﹂
﹁̶̶食事を邪魔する奴は!?﹂
﹁̶̶煮て!﹂
﹁̶̶焼いて!﹂
﹁̶̶喰っちまえ!﹂
邪悪な歌を聴きながら、ルビーは素っ裸で、顔を恐怖により真っ
1494
青にしていた。これはいかんともし難い状況である。リアルスキン
モードは、喰われたら喰われた感覚がそのまま伝わる。一番最初に
キラータイガーに喰われかけた時の様に、そしてベヒモスにやられ
た時の様に。
︵このままじゃ、ルビーが美味しく頂かれてしまうぞ︶
︵助けなくてはな、俺が特攻するか?︶
︵だ、旦那ぁ。そいつは止めておいた方が良い!︶
︵トロルくらい単騎で倒せる︶
︵三体も居るんだ。エヴァン、止めておけ︶
︵じゃ、どーするんだ?︶
︵コイツらがルビーを食べている隙に奇襲を⋮⋮︶
︵クボォッ! それじゃ嬢ちゃんが死んでるぜ!︶
︵せめて、一体ずつになれば俺と神父で片を付ける︶
︵と、なると⋮⋮残りの一体か⋮⋮︶
︵こ、こっちを見つめないでくれよぉっ!︶
彼女をそんな目にあわせるのは酷だ。俺達は意気揚々と食事の準
備をするティラスティオール達を横目に、巣穴の中で救出作戦を練
る。
そして先ず一番手に、銀狼化したバンドが巣穴から勢い良く跳び
出して、ティラスティオール達の目の前を横切って駆け抜けて行く。
﹁̶̶おい、まだいやがった!﹂
﹁̶̶狼だ! 銀色の狼だ!﹂
﹁̶̶捕まえて鍋の具にしてやろう﹂
そう言って一体のティラスティオールが、銀色の狼を追ってドス
ドスと足音を響かせながら駆け出して行った。
1495
まず一体。
俺とエヴァンは、追って行った一体を見ながら、世間話をするテ
ィラスティオール達の後ろから、奇襲した。
1496
南魔大陸の大冒険−3−︵後書き︶
お色気担当。大活躍中です。早くこのシーンの挿絵が見たいです。
1497
南魔大陸の大冒険−4−
ティラスティオールの背中に飛び乗る様に俺とエヴァンは駆け出
した。俺達は刃物を持っていない。故に人体的特徴を捉えたこの魔
族へ攻撃する際は、首を圧し折って一瞬で決めると、お互い同意し
たのだが。
﹁̶̶何だコイツら!?﹂
﹁̶̶羽虫か! いや、人族だ!﹂
トロールよりも図体のデカいコイツらの首を圧し折る事は困難極
まりない。俺達はあっさりと掴まってしまったのである。俺達はそ
れぞれ足をもたれ、ルビーの様に逆さ吊りになってギョロ目の目の
前に出される。
金色の瞳が、いかにも闇の中で生活するのに長けた魔族だという
事を表現している。黄ばんだ歯をむき出しにして、嘔吐物を半年熟
成させた様な口臭を漂わせながら、ティラスティオール達は喜ぶ。
﹁̶̶人間の男が二人!﹂
﹁̶̶今日は運がいい!﹂
﹁⋮⋮̶̶あいつがいないと締まりが悪い﹂
﹁̶̶呼び戻せ!﹂
ここで三体になられたら不味い。察したエヴァンが竜魔法を全開
に解き放って敵の束縛から逃れようと暴れ出す。素手でのリーチは
短いが、腹筋によって身体を押し上げ、足を掴んでいた巨大な腕に
1498
しがみついた。
そしてあろう事か、汚そうなティラスティオールの手に喰らいつ
いたのである。
﹁̶̶いてぇっ!﹂
虫に噛まれた様に一体が手を揺さぶる。巨大な遠心力が働いて、
しがみついて居たエヴァンは耐えきれず、巣穴のあった大きな木の
幹に打ち付けられた。
﹁̶̶ゥゴッ!?﹂
打ち付けられた事により、肺から全ての空気を吐き出した様なう
めき声を上げて、彼は気を失った様にズルズルと倒れ込んだ。
﹁エヴァン!﹂
そして彼等の標的は俺へと移る。
﹁̶̶よくもやってくれたな! かせぇ!﹂
エヴァンに噛まれた方は怒り心頭と言う風に、顔を真っ赤にさ
せながらもう一体から俺を毟り取ると、八つ当たりを打つけるかの
様に地面に向かってフルスイングした。俺の意識はそこで暗転する。
﹁本当に良かったの? 今の貴方だったらさっきの一撃くらい無傷
なの﹂
1499
俺はプライベートエリアに立っていた。白い空間の一角︵例えで
あって、どこがこの空間の端っこか等到底判らない︶に絨毯やお洒
落なタンス、椅子と机が設置されている。
ただの旅人
。制限掛け
タイムブレイク
これは俺が買い与えた物だな。俺はテーブルの上に置かれたビス
を淹れてくれる。
法王
じゃなく
ケットを一つ口に含んだ。空かさずクロスたそが
ティー
﹁良いんだ。今の俺は
たくらいがリアリティがあってロマン溢れている﹂
﹁⋮⋮クボがそれでいいなら。私達は何も言わないの﹂
全てお見通しだと言う口調で、フォルが俺の顔を窺って来る。俺
はばつが悪くなって目を背ける。
﹁目で、語りかけるなよ﹂
﹁何も言ってないの∼﹂
そんなフォルとのやり取りを見ながら、クロスがくすくすと笑っ
ていた。はぁ、ふわふわした茶髪とその笑顔、優しい保母さんみた
いな感じだ。クレアとフォルの世話をしている状況を想像すると、
少し笑いが出た。
﹁もう! クレアちゃんはともかく私は貴方達の世界で言う女子高
なのなの
言わないの﹂
校生くらいの歳なの! 馬鹿にしない!﹂
﹁女子高生は
﹁マスター! わ、わたしもそれはあんまりです∼!﹂
二人のモン○ッチ達は、ピヨピヨ言いながら俺の回りをクルクル
1500
回っている。
﹁あ、クボ。そろそろ起きないとまずいの。損傷回復とクーリング
タイムも終了してるからすぐ起きれるの﹂
俺を通じて、フォルトゥナは外を見る事が出来る。まぁ、クレア
は俺の目を構成する核でもあるし、クロスも基本的に外に居るので
皆一様に外の情報を得る事が出来るのだがな。
一家団欒もそこそこに、俺もそろそろ起きよう。その前にティラ
スティオールから脱出する策を練らなければならないのだが、もう
時間が無いようだ。それは起きてから考える事にしようかな。
﹁⋮⋮クボ﹂
戻る直前。フォルに呼び止められた。
﹁あんまり気にしちゃダメなの﹂
俺はフォルに無言で笑顔を送り、精神空間から復帰した。
﹁クボ! クボ起きて!!﹂
視界が戻って早々、隣から肩を押される様な衝撃を感じて、振り
向いた。そこには全裸で手足を縛られて座るルビーが居た。剥き出
しの胸が近い。俺の視線に気付いたのか、彼女は身体をもじもじと
させる。
1501
﹁ちょっと! あんまり見ないで!﹂
﹁なんつーかもう。見慣れた様な、見慣れてない様な⋮⋮﹂
回りを見回すと、一面壁に覆われている様だった。いや、違う。
これはティラスティオール達が準備していた大きな鍋だ。そして俺
達は、その鍋の中に縛られていた。
歌が聞こえて来る。
﹁̶̶今夜は肉だ∼﹂
﹁̶̶シチュ∼だシチュ∼﹂
﹁̶̶男は不味いが女は美味い!﹂
﹁̶̶ちっこい狼逃したが∼﹂
﹁̶̶しらねぇ獣は∼﹂
﹁̶̶腹を下して下痢塗れ!﹂
下品な歌に、下品な笑い声。ルビーと違う方向を見ると、同じ様
に全裸で未だ気絶しているエヴァンが居た。コイツも剥かれたのか。
自分の身体を見る。
やっぱり身ぐるみ全て剥がされていた。
﹁ちょっとは隠しなさいよ⋮⋮!﹂
1502
﹁無理だ。慣れろ﹂
﹁無理言わないでよ! 慣れろなんていうけど⋮⋮﹂
ルビーは俺のブツを見ながら、ごくりと喉を鳴らした。
﹁意外ともっさりしてるのね﹂
﹁お前と正反対だな﹂
よくわからん反応と共に、俺も溜息を付く。ってか、おいモン○
ッチ共! お前ら一応この状況になるまで見てたんだろ! なんで
教えないんだ!
︵ただの旅人でしょ∼∼∼?︶
フォルの声が、頭の中で反響する。
﹁ちょっと、このままだと。私達本当にシチューにされちゃうわよ
?﹂
一々気にしちゃいられないのをやっと理解したのか、珍しくルビ
ーが話を進める。ま、視線は確り丘の上を見ちゃ居るんですがね。
これが本当の役得だ馬鹿野郎。
﹁そうだな。ひとっ風呂どころか、茹で蛸だ。⋮⋮バンドは?﹂
﹁逃げたのかも﹂
俺達の旅の仲間を一人思い出す。臆病だが、誰よりも正義感を持
ち優しい奴である筈の銀狼人のバンド。敢え無く捉えられてしまっ
た俺とエヴァンよりも先に、陽動として先陣を切ってくれた、そし
て成功させたバンド。
1503
彼は、無事なのだろうか。
﹁̶̶すまねぇ、逃しちまったぁ!﹂
どしどしと音を響かせながら、戻って来たティラスティオールの
一体の発言に、俺は胸を安堵した。バンドは逃げ切ったのだと。
﹁̶̶なに。人族二人、新しく手に入ったぜぇ!﹂
﹁̶̶よし、お前の松明で火をつけろ﹂
﹁̶̶今夜はシチューだ﹂
一体がバンドを追いかける時に持って行った松明の火を、鍋の下
に準備されている古木の枝に移す。パチパチと燃え広がる音と共に、
ほんのりとした暖かさをケツに感じた。
﹁ちょっと、火がついちゃったわよ!﹂
手足に食込む縄を切るものが無いか、ルビーが焦りながら回りを
キョロキョロと見渡す。残念ながら、そんなものは無い。お前の胸
がぷるんぷるん揺れているだけだ。あ、今視線が俺の下腹部をチラ
見した。
﹁待て、考えろ、こういう時はエヴァンを̶̶ッ!?﹂
上を見上げる。下ではない。断じてエヴァンのブツがとんでもな
い代物だったとかそんなものじゃない。野菜が丸ごと雪崩の様に押
し寄せて来て、水飛沫が顔に掛かった。
﹁ほ、本格的な料理だな﹂
1504
﹁馬鹿! そんな事言ってる場合じゃないでしょ!﹂
﹁こら、足をばたつかせるな!﹂
モロだぞモロ。俺はルビーの暴れる足をカニばさみする。今音を
立てたら不味い。逃げ出そうとしている所がバレてしまう。
﹁ちょっと汚いものくっ付けないでよ̶̶﹂
﹁̶̶なんだぁ!?﹂
一体が、騒がしい鍋の中を覗き込む。蛇に睨まれた蛙の様に、ル
ビーの身体が硬直した。視線だけは俺を向いて。彼女の冷や汗が、
野菜が沢山浮いた鍋の中に溶け込んでいる。
﹁̶̶なぁ、女は俺が喰っていいか?﹂
﹁̶̶何言ってんだ。俺が見つけたんだぞ﹂
﹁̶̶巣穴を見つけたのは俺だぞ﹂
三体が喧嘩をし出す。
ルビーの取り合いだ。
これで時間が稼げると思っていたのだが、もう遅い。尻が大分熱
くなって来た。そろそろ風呂の温度では無くなって来ているのかも
しれない。
﹁ねぇ、どうせ死んでしまうなら、悔いは残したく無いわよね?﹂
﹁どうした急に﹂
覚悟を決めたのだろうか。ルビーが壁の様な鍋の内側をぼーっと
見つめながら呟いた。下半身がモゾモゾと動いている。まさか⋮⋮。
1505
﹁小さい頃の話だけど、私、お風呂に入る時どうしても̶̶﹂
﹁話は判った。良く理解した。だけど待て。待つんだ。お前の家が
そう言う習慣があるとしても俺は否定しない。それはアレだ、身体
がリラックスしてるからだ。実に理に適ってるな。よし、ここまで
良いな? 一先ず過去の話は一端置いといて、今、リラックスする
べきでは無いと思う。乙女の尊厳だって崩壊している状況で、お前
が油断してどうするんだ?﹂
少しでも時間を稼ぐ様に、俺は言葉を繋ぐ。つなぎ目が途切れた
ら、俺は小水風呂というとんでも体験をする事になってしまう。
﹁もう無いわよ。そんなもの﹂
﹁ッ⋮⋮﹂
儚そうに空を見上げるルビーが、とんでもなく哀れに見えた。そ
して、一人芝居の中に入っているかと思える仕草で空を見上げるの
だが、星空一つ見えない闇なんだけど。そこがまた、どうしようも
ない程の哀愁を漂わせている。
﹁̶̶俺だって、悔いは残ってるさ。だけどな、それでも世界は廻
ってるし、誰か一人欠けた所で歯車なんて変わらないんだよ﹂
﹁⋮⋮﹂
真っ赤な瞳が、俺を見つめている。
迷宮の中でも少し触れた所だった気がする。
﹁でも、そこで諦めて。ふてくされるよりも、出来る所に目を向け
れば良い。例え怖くてもな、それこそ世界は止まらないから。̶̶
逃げてると、取り残されて行く気がするんだ﹂
1506
クエスト
一体誰に向かって放しているのか判らなかった。ピースが全部揃
っていないと、物語が終わらない。最初からやり直せると言ったゲ
ームの様な世界ではないのだ。
救えない物は救えない。
助からない物は助からない。
でもそれを可能な力が存在していたりする。どちらかしか選べな
い状況で、また別の第三の選択を示してくれる世界がある。
﹁̶̶そんな世界で諦めるなんて、申し訳が立たないからな﹂
主に自分に。
そう言い聞かせて奮い立つのである。
﹁ごめん、ぁ⋮⋮聞いてなかった﹂
﹁おい! 余計な出汁を加えるな!!﹂
ティラスティオールさん。美味しいシチューにとんでもない物が
混入しましたよ。奴らは未だに言い争いをしている。
もうダメだ。
別の意味で心が折れかけた時、夜の闇を切り裂く遠吠えが木霊し
た。
﹃ウォォォ̶̶̶̶̶ン!!!﹄
1507
1508
南魔大陸の大冒険−4−︵後書き︶
全裸回でした。
﹃これが本当の役得だ馬鹿野郎﹄↑純粋なる男思考回路の役得で
ある。
ティラスティオールとは、巨大なトロールという意味をもじって
マス。
1509
南魔大陸の大冒険−5−︵前書き︶
5300文字くらいあります。長めです。
1510
南魔大陸の大冒険−5−
狼の遠吠えが木霊する。そしてティラスティオールの三体は、音
へと顔を向けた。彼等の目には疾風の様に闇夜を走る銀の風に見え
ただろう。夜行性かつ、獣人族としての俊敏性を備えるバンドを捉
える事は、強大な膂力を持つとしても不可能である。
﹁̶̶さっきの飯が戻って来たぞ! 捕まえろぉっ!﹂
独特の声帯から発せられる変に間延びした様な声で、一体のティ
ラスティオールが叫んだ。それに呼応する様に他の二体も剣や斧を
それぞれ片手に持ち、銀狼を捉えに動き出した。
バンドはもう一度吼えた。それは、囚われてしまったクボヤマ達
からティラスティオールの意識を背ける為か。いや、自分を鼓舞す
る為である。
例え、ポテンシャルで素早さで相手を上回っていようとも、それ
を最大限に発揮できなければ、一瞬で掴まって、その力で身体を引
き裂かれていただろう。仲間を助けるための勇気が彼を突き動かす
のである。
﹁̶̶すばしっこいやつだ!﹂
振り下ろされる剣と斧。つかみかかって来るその巨大な手をくぐ
り抜けて、バンドは煮立つ音を立て始めた大鍋に向かって全速力で
体当たりした。
1511
﹁̶̶飯がぁ!﹂
バランスを崩し、倒れ零れて行く大鍋。それに絶望の表情をする
ティラスティオール達。幸い、大鍋外縁の直接火に触れていた箇所
は、自分の体毛のお陰で固く守られていた。大鍋が倒れる際に少し
尻尾が炙られ焦げ付いたが、そんな物見頃した後の虚しさを考えれ
ば勲章物だ。
﹁うおっ! バンド! 助けに来てくれたのか!﹂
﹁私信じてたのよ!!﹂
﹁ガボッ⋮ゴホッゴホッ!!﹂
クボヤマとルビーが全裸で喜んでいた。一体鍋の中で何をしてい
たんだと疑いたくなるが、今はそんな冗談を思っているよりも、こ
の状況を打開しなくてはならない。獣化を素早く解くと、腰に付け
ていた護身用のナイフ︵兼調理用︶で彼等の縄を解いてやる。
﹁さぁ、服を着るのは後だ。出来るだけ草で身を切らない場所を選
んで進む。早い所ズラがるべきだ!﹂
バンドは勇気を秘めた爛々とした瞳をクボヤマに向け、そして手
を握りしめて立たせる。後ろを振り返れば、凶悪なティラスティオ
ール達が迫って居た。
まさにギリギリだったという所だ。身体も、精神も。狼の遠吠え
1512
が響いたと思ったらティラスティオール達の声が聞こえた。銀狼と
いう言葉を耳にして、俺はバンドが戻って来てくれたのを確信した。
そしてけたたましい足音が遠吠えの方に向けて走り出した。だが
四足歩行特有の足音はそれを寄せ付けず、気付いた時には衝撃音と
共に大鍋が大きく傾き、中のスープ毎俺達を解放するのである。
その衝撃で、エヴァンが目覚めた。流される直前、かなりのスー
プを飲んでいたのだが、大丈夫なのだろうか。事実は、伝えないで
おこう。
﹁うおっ! なんで服来てないんだ?﹂
﹁説明は後だ。とにかく走るぞ!﹂
荷物は幸い、ティラスティオール達によって隅の方に纏められて
いた。ただ乱雑に放り投げただけだと思うが、この時ばかりは人ら
しく物を整理整頓してくれる頭が彼等にあった事に感謝した。
事態を読み取ったのか。エヴァンもブラブラと己のデカブツを揺
らしながら全力疾走する。ルビーだって同じ事だ。せめてパンツく
らい身につける時間が稼げれば良かったのだが、もう一度掴まった
ら脱出する手立ては無い。
俺らから出汁を取るなんてまどろっこしい事は考えずに、即火あ
ぶりの刑が待っているだろう。幸い、バンドの勇気によって再び活
路が見えた。大体戦闘を行う人員が少なすぎるのが第一の問題点で
ある。
﹁俺は回復職だぞまったく! エヴァン、しんがり頼めるか?﹂
﹁任せろ。幼竜咆哮!﹂
1513
魔力を高めたエヴァンの一撃が、炸裂する。それはあの破壊光線
には及ばないが、この緊急時を脱出するくらいの時間は稼げたと思
う。
﹁̶̶竜の咆哮だ!﹂
﹁̶̶火が来るぞ!﹂
﹁̶̶備えろ!﹂
ただ衝撃をとばすだけの幼竜の駄々っ子に、すっかり騙されてし
まったティラスティオール達である。そしてその隙に便乗して、こ
れ以上ルビーに不運を巻き起こされたくないため、抱きかかえて遁
走する。
南魔大陸の樹海。大森林のまっただ中そして今は真夜中の何時頃
だろうか。人族三人は全裸の逃避行として己の記憶に黒歴史を刻む
のである。
とにかくバンドの先導に寄って走り続けた俺達は、もうここが何
処だか判らないまま走り続けていた。方角すら判らない。統べる大
樹へと近づいているのか、遠のいているのか。
服を着用し、改めて荷物の確認をする。幸いほぼ全ての私物が戻
って来た。ルビーは今後を省みてパンツスタイルを取る。個人的に
可愛くないだのスカートが良いだの言っていたが、お前それ大自然
の中でも言えんの?
﹁葉の形が、若干変わってる﹂
1514
そこらへんに沢山生えている木を背もたれにして息を整えていた
エヴァンが、木から伸びるしだを見ながら呟いた。
﹁ダークエルフの治める森に入り込んじまったかも﹂
そんなエヴァンに向かって、バンドがばつが悪そうに言葉を返す。
﹁いや、助けられた身で贅沢言わないよ﹂
﹁そう言ってくれると報われるぜ﹂
とにかく、今更引き返すなんて出来ない。どちらに引き返せば良
いかなんてもう既に判らないし、そもそも後方で木々をなぎ倒しな
がら怒声を発するティラスティオール達の所まで再び戻るなんて愚
かな真似はする筈無い。
﹁前に進むしかないんだな﹂
﹁そうなる。このまま夜中にダークエルフの森を抜ける事は不可能
やじり
だ、奴らは必ず何処かで見張っているし、ひとたび自然を犯す様な
事が起きれば、彼等は鏃を俺達に向ける﹂
﹁大丈夫なのか?﹂
﹁交渉は俺に任せてくれ。とにかく、大森林で生きてるダークエル
フは普通のエルフと違って自然を侵す人族と魔族にあまり良い印象
を持っていない。もしかち合ったら出来るだけ黙って後を付いて来
てほしい﹂
さぁ、追いつかれない内に早く行こう。とバンドが先陣を切って、
僅かばかりの休息を取った俺達は再び進み始める。夜を通して歩く
事になるなんて誰が予想出来た。最初の頃、夜営は鍛錬の日々だっ
たので、こうして強行する旅というのも些か嫌いじゃないぞ。
1515
だが、闇は心を不安にさせる。
夜明けが恋しいのはみんな一緒だろう。
﹁頭がくらくらして来た⋮⋮﹂
﹁俺もだ⋮⋮腹が減った。これ、海老か?﹂
しばらく歩いていると、エヴァンとバンドはフラフラとした足取
りとなり、目はもうろうとして、真っ直ぐ歩けなくなっていた。エ
ヴァンなんか、一体何の幻覚を見ているのだろうか、芋虫を頬張っ
ている。
﹁ねぇ、一体どうしたのかしら?﹂
袖を引っ張りながらルビーが彼等の異変を訴えて来る。彼等の様
子がいつの間にかおかしくなっている事、ルビーに言われて初めて
気がつく。
﹁判らん。いつからこうなった?﹂
いつから彼等はフラフラと真っ直ぐ歩けない程、ダメージを負っ
た?
毒か?
いや、毒を受けた形跡はない筈。
鼻が利くバンドが、わざわざ毒草の茂る場所を歩く筈も無い。
﹁そもそも⋮⋮何処に向かって、歩いているんだ?﹂
﹁え?﹂
1516
急な俺の問いかけに、ルビーではなくバンドが答える。
﹁遥か彼方! 広大な草原と広大な密林によって作られた俺達の楽
園ホッドシークさ! いや、それは遠い神話の話で⋮⋮今はもう⋮
⋮﹂
ホッドシークという言葉が、俺の頭の片隅に残るって居る。
何だったかな、何処かで聞いた事のある、重要なワードだった気
もする。
思い出せない。
あれ?
今、何処に向かってたんだっけ?
惑わされるな。
休暇だ。今は休暇中だろ。
何処にも向かってない。俺は中央聖都のギルドホームで、優雅に
友人達とお茶をして、ケンとミキが記念すべき俺の復帰記念に珍し
い料理を作ってくれて、そしてそれに舌鼓を打ちながら、今後のギ
ルドの方針に付いてセバスチャンと⋮⋮
⋮⋮あれ。
セバスチャンって誰。
ケン、ミキ?
ギルド?
中央聖都⋮⋮女神聖祭か⋮⋮
1517
⋮ジュード、の事を俺は、知らなかった
そして死んだ
何故死んだ?
殺したからか?
俺は殺してない!!!!!
俺じゃない!!
いや、俺が殺した様なもんか⋮⋮
﹁クロス! クレアちゃんが危ないの!﹂
クレアとクボヤマが、プライベートエリアに寝かされる。いつも
とは違い、少し薄暗くなった空間で、実害の無かったフォルトゥナ
とクロスが必死に二人を治療していた。
﹁落ち着いてフォル、運命で抗えませんか?﹂
﹁ダメなの、核の中枢まで⋮⋮惑わしの呪いがしみ込みそうなの!
辛うじて遅らせているけど、これじゃクレアちゃんとクボの精神
汚染が止まらないの!﹂
フォルトゥナは半泣きになりながらも、運命の女神の力を使って、
必死に落ち行く精神を救おうと、悲惨な運命の歪めようと善処する。
だが、惑わしの呪いと言われるダークエルフの森林地区を守る巨大
1518
セントリーガル
な結界魔法は、人の作った聖王国にある法定聖圏を遥かに超える力
を持っていた。
惑わしの呪いの力は系譜を繋いで来たダークエルフ達の念が蓄積
されている。自然を愛する獣人には降り注がない呪いも、不幸な事
に人族と行動を共にしていた狼人種のバンドにも余波として振りそ
そいでいる。
﹁半神化しかかっても、まだ貴方は人の域にいますか⋮⋮﹂
クロスがぽつりと呟いた。
﹁普段ならば聖人へと段階を踏んでからの進化なの。でも、これ以
上無理して先に進めても、身体が持たないの。それこそクボが言う
絶対的ペナルティに引っ掛かるの、無粋は止めてよね﹂
キッと睨んだフォルに、クロスはすぐ謝罪の言葉を述べた。彼女
達の中でも既に序列は出来ているのだろうか。だが、彼女達の計画
の中で、色々と事を先に進めるのは確定事項な様で﹁その時が来た
ら、その時なの﹂というクロスの言葉でこの話は締められる。
﹁運命の祝福を⋮⋮貴方と、貴方が愛する方々へ﹂
未だ新神としての格しか持たぬ運命の女神は、その細く綺麗な両
手を握りしめ、ただひたすら祈るのみなのである。親愛なる彼の隣
に居る、魔法の根源たる存在。彼女の運命を信じて⋮⋮。
1519
﹁クボ! クボ!﹂
目を開けた。眼前には膝立ち状態の俺の顔を両手で掴み心配そう
に声をかけるルビーの存在が居た。魔素恒常か、そして精神汚染か。
思考回路が一瞬で鮮明化する。汚濁された精神力が、息を吹き返し
素早くフォルトゥナ達から情報を貰い把握する。
﹁どうやら、祈りは届いたようだ﹂
懐かしいセリフを口走りながら、俺は立ち上がった。いつまで膝
立ちで立ちすくんで居たかなんて覚えていない。
この森は呪われている。
ダークエルフの施した呪いだとフォルから聞いた。だが、俺達に
は魔素恒常が居る。さぁ、彼女が真価を発揮する時だ。
﹁この森は呪われているが、ルビー。お前の力なら彼等の精神汚染
を解く事が出来る。進行は俺が遅らせるから、頼む﹂
顔に触れているだけで良い。それだけで呪いの魔力が中和され、
魔素となって還って行く。どうやら運命は珍しく彼女に味方したみ
たいだな。散々不幸にあった分、廻って来る幸運は途方も無い代物
であったりする。
﹁は!? ここは何処だ!? 今何時だ!?﹂
﹁ウゲェッ!! 不味い! ペッペッペ﹂
無事に復活したエヴァンとバンド。
1520
後遺症はあまり見られなかった。
﹁無事旅の仲間復帰の記念パーティでもしたい所だが⋮⋮そうもい
かないみたいだな﹂
俺は素直に手を挙げてため息をついた。状況が理解出来ていない
エヴァン、バンド、ルビーが揃って声を上げたが、後ろから急に突
きつけられた鏃やナイフの存在を感じ取って、俺と同じ様に手を挙
げた。
﹁シンスィツ ヴァ セレプティコゥシ ズィズ ァス ケンロゥ﹂
﹁は?﹂
なんで言葉違うんだよ。プレイしてて初めての言語が違う種族に
であった事で、俺の脳内は一瞬パニックだよ。そして、意外な人物
が、口を開いた。
﹁戸惑う⋮森? ⋮の、養分⋮命⋮得る﹂
﹁すごいな。見直したぞルビー﹂
珍しく俺が褒めた事で気を良くし、その撓わな胸を大きく張った
彼女だが、その動きが敵には邪悪な物に移ったのだろうか。すぐさ
ま褐色の腕にある弓が、標的を代える。ルビーは、胸に向けられた
矢に怯えて収縮する。
依然として返答する事が出来ない俺達に業を煮やし、矢をつがえ
た弓を引いたダークエルフ。
﹁まて、下がれ。まだ射るな﹂
1521
だが放たれる前に制する声がした。
これは聞き取れる。
﹁迷って森の養分になるかと思えば、良く生き残った物だ。おまけ
に我らの領域への道もこじ開けられている﹂
顔の容姿はエルフ化したエリーに似ている。だが肌は褐色で、綺
麗な銀の長い髪を後ろで束ねたイケメンが、俺達の前へと進み出た。
蔑む様な目で、顔をジロジロと見つめている。
﹁銀狼の⋮⋮何故お前ら一族が人族と共に居る﹂
﹁仲間だからだよ﹂
﹁一緒に縛っておけ﹂
バンドは獣人でありながら俺達と共にする道を選んだ。
本当にすまん。
﹁⋮⋮お前か、特殊な体質をしてるみたいだな。魔力を打ち消すの
か?﹂
真っ赤な髪の毛と瞳を興味深げに触りながら眺めつつ、﹁おーも
るふぉす⋮﹂とよくわからない事を小声で呟くダークエルフ。
﹁この女、お前の所有物か?﹂
﹁違う⋮⋮仲間だ﹂
﹁そうか、王の元へ連行しろ! イルフクォ バラ スィルシン!﹂
俺達は、褐色のエルフ集団に縛られ森の奥深くへと連れて行かれ
た。
1522
1523
南魔大陸の大冒険−5−︵後書き︶
バンド回からの、色々展開が目紛しく変わる回でした。
っぽさを出してるだけで、文法とかを確り考えてる訳じゃないの
で、単語の意味を詳しく調べても特に意味ないので聞き流してくだ
さい。ただ、最近ある程度は一貫性を持たせようと努力はしていま
すの⋮。
駄文、失礼しました。
1524
南魔大陸の大冒険−6−
ふかもり
何処をどう進んだのかは、既に判らない。樹海の中でも更に深い
位置。ダークエルフの住まう深森の中枢である。日は差し込まない、
だが、一定間隔で精巧に作られた街灯の様な物が設置されていて、
森の自然を神秘的に照らしている。
俺達は、幾つも枝分かれした川を繋ぐ細い石造りの橋を何本か渡
り、トンネルの様に曲線を描いた木々の間を通り、ダークエルフの
王の元へ連れられて行った。ここまでで目に入った物は、極めて文
化的で清潔かつ精巧に作られていて、捉えられた最初のイメージと
一貫性
と言う
は裏腹に、木々と共に暮らすエルフという者達に感心を覚える様だ
った。
鍛冶の国といい、この森といい。特殊な人種は
ヴァルカン
ある種、独特な美しさを持っている様に思えた。鍛冶の国と言えば、
区画整理された街並を覆う技術の塊だった様な気がする。鍛冶神の
神殿も、遠き時代のドワーフが建てたと言うが、その神殿は巨大な
柱が黄金比とも言える様なバランスで配置されていて、荘厳で美し
かった。
このダークエルフの森も、暗い奥深くだと言う事を忘れてしまう
くらい、自然と調和した完璧とも言える程の美しさだった。人が多
く住まう俺達の大陸に居たエルフとはまた違った印象である。エル
フ達は美しい髪に美しい造形をしているが、何よりも褐色に皆銀髪
だと言う事が、普通のエルフよりも神秘さを増していた。
﹁見学ではない。王の御前だ、王だけを見ろ。人族﹂
1525
そう、捉えられている事を忘れてしまう程に。ある種惑わしの呪
いよりも強烈な魔力を放つ様に思える。そんな俺の思考を戻したの
は、俺達の言葉を話したダークエルフだった。
﹁あの時は気が動転していてダメだったが。交渉は俺がする、任せ
てくれ﹂
後ろに居たバンドがこっそり耳打ちする。
後ろ手を縛られ拘束されてはいるものの、歩く事は出来る。バン
ドは大理石の様な光沢を持つ綺麗な石で作られた床を二歩前に出て、
跪く。
﹁ヴァスィラス エンミスヴェン カムエ ティポタ マス﹂
﹁良い、彼等にも伝わる様に言え。銀の子よ﹂
長く綺麗な銀の髪を全て後ろでまとめ、複雑に編み込み左肩から
前に流した髪型をしている王が、顎をしゃくりながら言う。人族で
あれば凄く放漫に映る仕草も、ダークエルフの王となれば、それは
均整の取れた仕草で美しく思える。
俺みたいに傷だらけの顔身体とは違って、褐色ながらに淡い光を
放つかの様な肌である。日焼けによる物ではないんだろうな。
オ
﹁光栄です。まず、私達が木々を狙って来た訳ではない事を証明致
ールツリー
します。荷物をご覧になれば判ると思いますが、私は旅の者達を統
ヒューマン
べる大樹の元へ導く為に森へと入りました﹂
﹁何故、銀の一族が人族の案内をしている?﹂
﹁元は旅の道すがらだったのですが、不運な事に、私達を乗せてい
た竜車が壊れてしまったのです。樹海に投げ出された彼等を案内で
1526
きるのは、獣人である私のみ﹂
﹁何故、ここへ来た?﹂
﹁⋮⋮ティラスティオールに追われました﹂
痛み入る様な声で、バンドが呟いた。ティラスティオールと言う
言葉に、回りに居たダークエルフ達がざわめいている。
﹁それは本当か? ケラウノ﹂
﹁確かに、彼等が言っている事は本当でございます﹂
俺達をここまで連れて来た奴。ケラウノと呼ばれたダークエルフ
が手をかざすと、鎧を付けたダークエルフ達がデカい三つの首を持
ち出して来た。ティラスティオールの首だった。ルビーとバンドが
グロテスクな状況に顔をしかめる。
﹁彼等を追って、彼等が開けた穴を通って来ようとしていた所を仕
留めました﹂
﹁⋮⋮開けた穴?﹂
王の目つきが変わる。
これはよろしくない状況かもしれない。
既にルビーの能力の一部がこのケラウノと呼ばれるエルフにはバ
レている可能性があった。
﹁この者達の中に、我々の古くからの結界をも破れる力を持つ者が
居るのです。それが、この女性です﹂
そう言って、ケラウノがルビーを示す。王の目の色が少し変わる
のが判る。だが、一瞬だ、本の一瞬だが俺の目は間違いなくそれを
1527
捉えた。
﹁ほう、銀の一族とは昔から関わりがあった。だが、それも先々代
までの関係。銀の子、お前が人の地へと足を運んだのを我は知って
いる﹂
﹁⋮⋮ですが﹂
﹁我らが最も憎むべきを知っているのでは無いか?﹂
突きつけられた言葉の剣。
バンドは何も言い返す事が出来なかった。
﹁だが、恩もある。銀の子よ、お前だけは元の場所へ送り届けよう。
くれぐれも、次は自分の誇りを損じるな﹂
ふかもり
誇りとは一体なんなのか。ダークエルフに取って、守るべき物と
は自尊心、そしてその象徴であるこの深森なのだろう。王の言葉に
よって、俺達は背中に剣を突きつけられ、そのまま牢獄へと連れて
行かれそうになる。
﹁人族にして、珍しい才覚を持つこの女は残しておけ﹂
当然の如く、俺達に反論の予知は無い。
俺とエヴァンは、反旗を翻す機会を虎視眈々と窺っているのだが、
長い年月を重ねているダークエルフ相手に、その隙は見つからなか
った。
﹁おい、余計な真似をするな人族。お前らのお陰で獣人が一人死ん
でも良いのか? 戦火の火種になりかねないと理解しろ。逃げ道は
無い﹂
1528
エヴァンが苦い顔をした。
この状況では大人しく従う方が良い。
俺はエヴァンに目配せする。エヴァンも渋々納得した様に溢れ出
していたその膨大な魔力を押さえ込んだ。
﹁よい判断だ﹂
そう言ったケラウノの顔からは、見下す様な視線。
いや、完全に人族を見下している。
未だによくわからない、どうしてこんなにも溝が深いんだろうか。
南魔大陸にも人族は進出している筈なのだが。
﹁まってくれ!﹂
ダークエルフの兵達に連れて行かれるさなか、声が上がる。
バンドだった。
﹁俺も一緒に連れて行ってくれ﹂
覚悟を決めた目だった。俺とエヴァンは口を開こうとしたが、そ
の強い意志に押されて、一言も発する事が出来なかった。そしてそ
のままルビーを残して牢獄にぶち込まれてしまった。
1529
彼等が牢獄に連れて行かれた頃、そのままこの場に残った王とケ
ラウノは、ルビーを前にして二人話していた。話す彼等の表情を見
ながら、ルビーは不安によって心を押しつぶされそうになりながら
も、なんとか隙をついてこの場を逃げ出す方法が無いか考える。
﹁遠き日の事を思い出していた。多種族との境界線を断ち切るべく、
我も動かねばならん﹂
玉座から見渡せるその深い深い森へと目を向けながら、王は浸る
様に語る。
﹁良い機会だと思いませんか。オフェロス様﹂
﹁父で良い﹂
いつ頃だろうかと考える。自然と共に静かに過ごしていたエルフ
達が、戦乱の世に相見えたのはと。
それは、邪神の軍勢を前にして、我々人種と呼ばれる知恵を持つ
集団が立ち上がったときの事である。息子であるケラウノは、当時
まだ生まれていなかった。アウロラと呼ばれる少女の元に、立ち上
がった英雄達の事を思い出す。
1530
﹁彼女は美しかった⋮⋮﹂
蔓延る邪神の軍勢を前にして、希望の光となった彼女の姿。
﹁現世とは関わりを持たぬと言われる竜を従え、その汚れ無き純粋
なる意志の元に集められた我らは、英雄と呼ばれた。幾つもの多大
なる尊い命が失われたが、結果的に我らは勝利を手にした﹂
だが、と言葉を区切ってオフェロスは続ける。
﹁彼女が取り戻した世界を、どんどん奴らが汚して行くではないか
! 北の大陸を見ろ、元は我らの他にも根強く残っていた種族が居
た筈だ。獣の民達も、時の流れに従って、徐々に人の形へと近づい
て行った。銀狼の子を見ろ、美しい毛並みは受け継いでいるが、も
はや人族の治める大陸に毒されている。欲望が邪悪を生む。そして、
邪神の力は完全には消えていない﹂
王の言葉に従う様に、魔力を込められた木々達がざわめく。脈打
つ様に根が伸び、蔓が這い、葉が歪な形へと成長を遂げる。
﹁父上、それ以上は⋮⋮﹂
﹁すまない。だが、ティラスティオール達が薄暗闇の森を抜け出し
たのも、元を言えば人族のせいだろう。彼女の力を受け付いた法王
は何をしていた。エリックめ⋮⋮﹂
王の目には嫉妬が宿っていた。長い長い年月をかけて、嫉妬の芽
は深い森の奥で育まれている様だった。
﹁だからこそ、我らだけで事が起こる前に片付けてしまうべきです﹂
1531
﹁算段はあるのか?﹂
王の問いに、ケラウノはルビーを指差して答える。
﹁我々の呪いすら及ばさぬ、魔力を打ち消す力を持っていると思わ
れます。彼女を使えば、例え邪神であろうとも⋮⋮﹂
﹁ちょっと待ちなさいよ。アンタらの勝手に私を巻込まないで﹂
断片的にだが、彼等の言ってる事が理解できたルビーは、居ても
立っても居られなかった。
﹁黙れ小娘!﹂
ケラウノが白銀に光るエルフの鍛えた剣先を首元につける。切先
で薄皮一枚を切りながら、ルビーの顎を持ち上げる。抵抗も虚しく、
人の危機感と言う物が抗う術を持たぬ様に付き従う。
﹁黙って我々に付き従えば良い⋮⋮黙って⋮⋮﹂
エルフとて、そこまで残忍になりきれる事は無い。元を正せば、
清純なる森の守り手である彼等が、心の邪悪を許す筈等無いのであ
る。逆らう様な燃える瞳を前にして、ケラウノはその剣先を降ろす。
﹁我々が終止符を打つ。王の意思だ。これは王の意思なのだ﹂
﹁⋮⋮わかったわよ。ただし、条件があるわ﹂
ルビーの中で何か感じる物があったのか。とある交換条件と共に、
彼女は己の中で答えを決めた。
1532
1533
南魔大陸の大冒険−6−︵後書き︶
﹃ルビーが新たなクエストを受注しました﹄
うーん。。。
投稿が、遅れてしまい申し訳ないです。ボロボロっすわぁ。
完結させていずれしっかり全編書き換えします。
1534
南魔大陸の大冒険−7−
牢獄はそこまで小汚い物ではなかった。それがエルフらしいと言
えばらしいのだが、改めて鉄格子の内側から限られた外の景色を見
ていると、何だか落ち着かない。バンドとエヴァンと共に、入った
牢は少し窮屈だった。
﹁いや∼あんな奴ら。精々するぜ!﹂
壁に背中を預けながら伸びをしたバンドが、重く苦しい空気を返
る為に少し大きめの声で言った。牢番のダークエルフの一人が、舌
打ちしながら此方を睨むが、何のそのと言った風にバンドは口笛を
吹いている。
﹁⋮⋮良かったのか﹂
﹁ああ、一人だけ生き存えるよりマシさ﹂
エヴァンの問いに、昔を思い出しているかの様な顔をしてバンド
が返す。その表情は思いのほかスッキリしていた。昔何かあったの
だろうか。
とにかく、牢番が監視している限り、牢から逃げだす算段を立て
る訳にもいかず、スッキリした表情をするバンドを放っておいて、
俺はひたすら悶々とした時間を過ごした。
﹁この手かせ、魔力が封じてある。鉄格子を破る事も出来ん﹂
エヴァンが付けられた手かせを見せながら、こっそり状況を伝え
1535
てくれる。それを察してか、獣人族に伝わる民謡を高らかに歌い出
したバンド。その騒音に紛れて俺達は話し合う。
﹁脱走劇で良くあるのは、穴を掘るとか⋮⋮?﹂
﹁石造りならまだ良かったんだが、あいつら、牢の作りまで不思議
な鉱石を使ってるみたいだ。固いぞ﹂
こんこんと壁を叩きながらエヴァンが否定する。備え付けてある
トイレから無理矢理逃げる手法も考えたが、どう考えても人が通れ
る隙間は無い。と、言うか。ボットン式なのか、なんか凄い魔力で
綺麗にしているのかよくわからないトイレである。
もちろん、牢番からは丸見え。プライバシーのへったくれも無い
のであるが、同種族以外には手厳しそうな印象だったので、こんな
物だろうと無理矢理自分を納得させた。
力を解放する時なのだろうか。
セバスの約束を破るべきなのだろう。
否応無く押し寄せるこの状況で、俺の頭の中は深い思考の渦に囚
われて行く。このまま行けば、間違いなくバンドは死ぬ。だが、こ
こで無理矢理にでも力を使えば、獣人とダークエルフ達に溝が生ま
れてしまうのでは⋮⋮と右往左往していた。
ロマンだなんだ言っといて、いざ目の前で諸共だと言ってくれた
バンドに示しだって付かない。言わば、今世紀最大の恥である。
︽一人くらい⋮⋮仕方ないんじゃないか?︾
︽どうせリアルスキンモードで俺達は死なないんだからな?︾
1536
誰だ!?
突然頭の中に響いた声に、俺はキョロキョロと辺りを見回す。
﹁どうした?﹂
﹁いや⋮⋮何でも無い﹂
いかんいかん。あまりにも考えを廻らせ過ぎた。
良くない事を想像するより良い事を想像しないとな。
にっちもさっちもいかない状況が続いていたが、向こうで何かを
話していた牢番が、突然こちらへ来ると牢の鍵を開け始めた。
﹁運が良かったな。出ろ﹂
何人かの兵に囲まれて、俺達は再び歩かされる。
来た道を戻り、謁見の間だったと思われる扉の横の細い坂道にな
った通路を登って行くと、いつしか地面は石造りの固い床ではなく、
苔や草が茂った土に変わる。細い木のトンネルになった薄暗い一本
道を連れられて、そのまま少し開けた場所に辿り着いた。
後ろを振り向くと、トンネルの入り口以外、密集した木々がまる
で要塞の城壁の様な形を形成していた。天然の代物なのか、それと
もこれがダークエルフの技術なのだろうか。
呆気にとられていると、馬に乗った数人の騎兵が開けた空間にや
って来る。
先頭にはケラウノが居た。
﹁お前らの罪は、ルビー・スカーレットによって助けられた﹂
1537
短くそう告げて、連れて行け。と騎兵達に指示を出す。
俺は思わず声を上げた。
﹁まってくれ! 彼女はどうなったんだ?﹂
﹁ふん、実に優秀で勇敢で美しい女性だ。お前らには勿体無い﹂
鼻を鳴らしながらケラウノは告げる。
﹁彼女は我らと大義を成す。交換条件としてお前らの命を助けてや
れと言っていた。女性に助けられるなんて、男の名折れだな⋮⋮さ
っさと歩け!﹂
俺は愕然とした。
彼女に限ってそんな事は無いだろう。
あのルビー・スカーレットだぞ。
自分が助かる道が残されておきながら、安易に交換条件として俺
達を助けるなんて頭を使った真似が出来る分けないだろ。
エヴァンとバンドは、命が助かった事と彼女が自ら危険を省みな
い交渉を行った事に大して、何とも言えない表情をしていた。
しばらく歩くと、背の高い木々が立ち並ぶ場所へとやって来た。
相変わらず太陽は見えない。
さっきのトンネルを抜けた後の木が城壁を成していた物とそっく
り。いや、むしろ上位互換の様な城塞と言っていい程の木の砦の如
く。幹の太い大樹が密集して牢を作っている。
﹁アスファーリヤ!﹂
1538
ダークエルフの兵士の一人が、小さな穴からその砦の中を見回す
と合図を送る。
それに合わせてケラウノが馬に乗ったまま二∼三歩前に出る。
﹁アリケオス カーストロゥ イヤ エアニヒト﹂
ダークエルフ語で、呪文の様に何かを口ずさむと。地震と地鳴り
が起きて、地中に埋まっていた大樹の根が隆起した。そして地下ト
ンネルの様に、真っ暗な暗闇が俺達を呼ぶ様に口を開けている。
﹁行け。命は見逃す。だがそれから先は関係無い﹂
剣を背中を突き立てられ、俺達は歩くしか、前に進むしか道は残
されていない。松明一つ渡される事無く、俺達は深森より更に暗い
闇の中へと足を運ぶのである。
﹁精々死なない事だな﹂
﹁お前らも、ルビーの力を何か当てにしているようだが、覚悟しと
けよ。お前らが思っているよりも彼女の運̶̶﹂
﹁̶̶さっさと行け!!﹂
ケラウノの言葉と共に、強い地鳴りと共に隆起した根は元の地面
に戻って行く。帰り道は完全に閉ざされた。
元より、帰り道だとは思っていないがな。
﹁おい、このままだと俺達埋まるんじゃないか?﹂
﹁かもしれねぇ⋮⋮急げ!﹂
エヴァンにバンドが同調する。地鳴りは鳴り止まない、上からミ
1539
シミシという音を立ててぽろぽろと土が降って来る状況。これはど
う考えても生き埋めコースだったのかもしれない。
幸い深い地中へと誘われた訳ではなく、これは城壁の様に連なっ
た木々を通る為に用意された通路だと言う事で、通路の先には明か
りが見えた。それでも太陽の光が差し込んだ物ではなく、灰色の薄
暗い、闇よりマシだと言う程度の物である。
だが、今の俺達からすればそれは僅かな希望の光。
俺はクロスを浮かせて光らせる。
通路で転ぶ事が無い様に。
﹁﹁﹁だあああああ!!!!﹂﹂﹂
間一髪だった。
俺らが出たと同時に木の根が別れて作られた通路は全て元に戻っ
た。
薄暗い森の中、ダークエルフの街灯の様な人工的な明かりは存在
しない。そんな中で俺達は生い茂る木を背にして一息つく。
̶̶ドス̶̶ドス̶̶
先ほどの地鳴りとは違う。二足歩行の何かが此方へ向かって来る
様な歩行音が辺りに響く。それもかなり巨大な足音である。
﹁⋮⋮魔物か?﹂
怪訝な表情をしたエヴァンが呟いた。
1540
﹁⋮⋮あいつらハメやがった。ダークエルフめ、気高さの欠片も無
いぞ。ここは閉ざされた森̶̶薄暗闇の森だ﹂
恐怖に身を包んだバンドが、震える声でそう言った。
薄暗い森の木の影から顔を出したのは、トロールの様な巨大な顔
だった。
そう、ティラスティオールである。
﹁̶̶音がしてみれば。久しぶりの飯がいた﹂
物々しい声が響く。声の低音部分が間延びした様な声。三大テノ
ールが、歌ではなくそのテンションで喋りましたと言うくらいのク
ドい声。だが、美しさの欠片もそこには存在しない。
無意識の内に構えるのであるが、ティラスティオールは片手に持
っていた斧を振り下ろす事は無い。大きく息を吸って、宙に向かっ
て雄叫びを上げた。
﹁̶̶オオオオオオオオオオ!!!﹂
﹁̶̶我らが一族よ! 狩りだ! 久々の飯だ!!﹂
向き直ってぎょろっとした目で此方を窺うティラスティオール。
そいつの後ろの方で巨体が駆ける様な間隔を空けた足音がする。
それはどんどん増えて行き、広範囲からこの場に向かって移動し
て来ている。
﹁ひいいい、もう終わりだぁ! 食べられるぅ!﹂
﹁おい、さっきまでの勇敢さは何処に言ったんだ!﹂
1541
俺の腕にしがみついて来るバンドの尻を蹴ると﹁キャウン!﹂と
悲鳴を上げた。諸共だと言った強い意志は何処へ言ったんだ。いま
いち締まりの悪い状況ではあるが、そうも言ってられない。
﹁囲まれては面倒だ! 走って逃げ道を探しながら応戦するしか無
い!﹂
そう言ってエヴァンが駆け出した。
こういう時は一番勇敢な男だと思う。
﹁̶̶木の隙間をチョロチョロと﹂
﹁̶̶おい! そっちに逃げたぞ! 明かりをもってこい!﹂
機動力がまるで違う。トロールよりも素早い動きをするティラス
ティオール達であるが、小バエがハエたたきからひらりひらりと避
ける様に、時には木を盾にして、降って来る巨大な斧や剣を避けな
がら、蛇行する様に森を駆け抜けて行く。
﹁バンド! 出口はどっちだ!﹂
﹁それどころじゃねぇし、そもそも知らねぇ!﹂
銀狼化して、四足歩行特有の機動力を活かして、ぐんぐん距離を
離して行くバンドである。せこい。
﹁なるほどな!﹂
それを真似して、エヴァンも両手両足を使って大きな木々の根や
枝を飛び越えて行く。足の力ではなく全身の力を推進力にしている
ので、速度が飛躍的に増している。
1542
﹁ちょっとは人らしくやれよ!﹂
俺に四足歩行はとてもじゃないが出来ないのでクロスを翼状態に
して飛行する。あっという間にエヴァンを抜き去って行く。
﹁デッドレースじゃねーんだから! 助け合えよ!﹂
前方で銀狼化して真っ先に逃げ出したバンドが、木々を縫いなが
らアクロバティック高速飛行状態に突入した俺を見ながら吠える。
出足は疾風の如く逃げる為に動かされている状況でだ。
﹁お前が言うなよ!﹂
もう少しでバンドに追いつきそうな状況で彼の目の前にティラス
ティオールの一体が現れ、掴み掛かった。
﹁̶̶逃さないぞ飯いいい!﹂
﹁ひええええ!!﹂
﹁ゴッドファーザーアタック!!﹂
バンドの目の前に現れたという事は、当然俺の目の前にも現れた
という事である。
実際回避不可能だった。
仕方が無いので覚悟を決めて腕をクロスさせ、翼を収納し少し回
転を加えて貫通力を増した状態で突っ込む。
﹁̶̶うぼああああああああ!!!﹂
﹁汚えええええ!!!﹂
1543
ティラスティオールの背中から血や内臓と共に俺が突き抜け跳び
出した。顔中に脂肪や血飛沫が付着する。口元がモゴモゴすると思
ったら何だか良く判らないまるっこい臓器だった。
再び翼を出して飛行するが、純白の翼に、血まみれの黒い神父服。
フライングヒューマノイドさながらの状況を見て後ろからおって来
ているエヴァンが笑いながら叫ぶ。
﹁ハっ! どっちかというとミサイルだな!!﹂
エヴァンはバンド同様に、腹を突き破られ立ったまま絶命したテ
ィラスティオールの股を四足歩行でくぐり抜ける。魔力の補給つい
でだったのだろうか、それともかなりお腹が減っていたんだろうか、
彼は零れ落ちそうな臓物を摑み取って食べていた。
横ばいに襲って来た錆びれた剣と斧の二連撃を手足の跳躍によっ
てアクション映画の様に回転しながら身を翻して躱すと言った。
﹁魔力補給も済んだし、ギア上げるぞ!﹂
彼の胃の中で魔族であるティラスティオールの魔力を含んだ臓物
が消化吸収される。そして限りない高純度でそれは自分の魔力へと
変換され蓄積する間もなく消費される。
オールステータス魔力依存という竜魔法が、彼に力をもたらすの
である。もはや、彼は走るのではなく、跳躍を繰り返して俺とバン
ドのスピードに迫って来ていた。
﹁腹下しても知らないからな﹂
﹁人族が魔族を喰うなんて聞いた事ねぇ!﹂
1544
あの手この手でティラスティオールを蹴散らしながら、俺達は進
んで行くのだが。終わりは来る。もっと広い筈の森だが、真っ直ぐ
進んでいた訳ではない。
最初の城壁の様に生い茂った木々の所で俺達は行き詰まった。
ティラスティオールを閉じ込めているダークエルフの木々達だ。
慌てて進路を横に取ったが、既に回り込まれていた。
逆方向もダメだ。
来た道を引き返すこともままならない。
少し開けている場所にティラスティオール達がどんどん終結して
行く。その顔は醜い表情をしていて、まるで追いつめてどう料理し
てやろうかと邪悪な笑みを浮かべていた。
﹁̶̶小さいのが手こずらせやがって﹂
﹁̶̶久しぶりの飯だぁ!﹂
﹁⋮⋮三人をこの人数でどうやって分けるんだ?﹂
あの三体の前例に沿って、俺は揺さぶりをかけてみる。
﹁̶̶俺が見つけたんだ! 俺が人族の男を喰う!﹂
﹁̶̶俺が追いつめたんだ! 俺も一体丸ごと喰う!﹂
﹁̶̶ふざけるなよ! 俺も追いかけただろ!﹂
小突き合いが、小競り合いへ、そして本格的な喧嘩まで発展しよ
うとした時、一体のティラスティオールが余計な事を言う。
﹁̶̶喧嘩はよせ! 煮込めば良い。シチューにしてグツグツにな
1545
るまで煮込んで溶かせば、みんな一緒に味わえる⋮⋮ウエヘヘヘヘ
!!﹂
最高にうまい料理を思いついたと言う風に、笑うティラスティオ
ールなのだが、その笑い方は邪悪その物だった。そしてコイツらの
料理はシチューしか無いのか。誰が社会的な種族だと言ったんだ。
﹁̶̶その通りだ! 縄を掛けろ! 飯の準備だ!﹂
そう叫び、一体のティラスティオールが俺達に迫って来た。そし
て、乱暴に俺達を摑み取ろうとした瞬間。
﹁グルアアアッッ!!﹂
﹁̶̶ホグェッ!﹂
巨大な雌獅子がティラスティオールの身体にのしかかった。仰向
けに倒されたティラスティオールの喉元に噛み付いて唸りを上げ激
しい勢いで首元を喰いちぎった。
その一瞬の惨劇に、ティラスティオール達が武器を構えて此方を
窺った。それもそのはず、ティラスティオールと同じくらいの獅子
が上から降って来て容易く一体を葬ったのである。
狩る側だった今までに無い危機感を抱くのである。
﹁グルルルル!!﹂
雌獅子は、周囲を威嚇する様に牙を向け唸りを上げている。一体
の勇敢なティラスティオールが、その状況でも動き出して獅子に武
器を振り上げた。
1546
だが、再び巨大な乱入者によって、戦況は掻き乱される。
﹁̶̶ぬうう、スプリガン。何で貴様がここに﹂
﹁てめぇらは木の皮でも喰って過ごしてろ﹂
武器を振り上げたティラスティオールの頭上から、降って来たの
は大剣を担いだ魔族だった。そのまま落下の勢いに合わせて、ティ
ラスティオールのただデカいだけのお粗末な武器ごとその身体をま
っ二つに切り裂いたのである。
立ち上がって此方を向く。
その姿を俺は一度見た事があった。
女神聖祭にて殴り合った仲。
リトルビットとスプリガンの混合種。
ゴーギャン・ストロンド。
﹁ゴーギャン! 何故ここに?﹂
﹁てめぇがいつまで経っても来ないからだろうがアホ﹂
なら、もしかするとこの巨大な雌獅子は⋮⋮
﹁久しぶりねゴッドファーザー﹂
﹁この声、ルーシー様ぁ!﹂
バンドが先に情けない声で叫んだ。
そして、一息つく事もままならない間で、再び上空から声が聞こ
えて来る。
1547
﹁ーー、ーーー、ーーー、木枯らし!﹂
﹁うおおおお! 落下ペナルティ痛ぇ!﹂
﹁てかてか! 半熟一人だけ風魔法クッションにしたでしょ!﹂
一貫の終わりかと思った所で、希望の光が俺達を照らし出したか
の様だった。
戦闘員大量補充につき、絶賛旅人支援職まっただ中な俺は、実力
を遺憾なく発揮できる。
セントレギオン
﹁聖なる領域!﹂
1548
南魔大陸の大冒険−7−︵後書き︶
クボヤマ、さりげなく酷過ぎ。笑
1549
南魔大陸の大冒険−8−
﹁またまた木を倒すよ∼! 親方!﹂
﹁よしきた!﹂
お馴染みの戦法が巻き起こる。
巨木が倒れ地面を揺るがす。
﹁グルルルルル!!﹂
﹁オラオラ魔力の使い方がなってねぇぞ!﹂
音と混乱に乗じて、一体、また一体とティラスティオールを駆逐
していく。絶望的かに思えた状況だったが、ゴーギャンとリューシ
ーそしてTKGの面々が来た事に寄ってその運命は大きく此方へ傾
いた。
形勢は既に逆転していて、今度はティラスティオールが逃げる立
ち位置に置き換わっていた。エヴァンとリューシーの咆哮で、戦意
を喪失した彼等は、ひとりひとりと背を向けて遁走していく。
﹁なんとか助かった!!﹂
狼化を解いたバンドが、ぺたりと座り込みながら息をついた。同
じ様にリューシーも獅子化を解いて、この間の様な鎧を身に着けた
金髪美人へと姿を変える。
﹁一体どうしてここに?﹂
1550
魔力を引っ込めて元の筋肉質なリトルビットに戻ったゴーギャン
に尋ねる。
﹁お前がなかなか来ないから情報を探ってたんだよ。そしたら、コ
イツらが高速竜車道路ではぐれた事を知っていたみたいでな。獣人
族総出で探しまわったんだよ﹂
﹁この森の動物達に尋ねても、何の情報も得られなかったから、最
後の手段として、ティラスティオールを封じている森を探る事にし
たのよ﹂
ゴーギャンを補足するリューシー。
なるほど、多大なる迷惑をおかけしていたのか。
たまたま運良く、この森へ入る隠れ口付近に追いつめられたから
こそ、ゴーギャン達の到着が間に合ったそうだ。
﹁ってか⋮⋮なんで戦わないんだよ﹂
まっとうな疑問を抱くゴーギャン。
﹁回復職だから戦闘は苦手じゃないのか?﹂
﹁うんうん、この間の迷宮でも最強の後方支援だったよね!﹂
TKGが、ゴーギャンの問いに答える。
だがしかし、ゴーギャンは知っている。
﹁ナマ言ってんじゃねーよ。コイツは前衛特化の化物だぞ、それも
ガチンコの殴り合いで俺に勝てるくらいのな。現職法王さんよ﹂
ゴーギャンの俺を睨む眼孔が鋭くなる。それは、この状況で何も
1551
しなかった俺への怒りもあり、何よりも自分に打ち勝った人物が一
体何をしているのかという彼のプライドを刺激した怒りだろう。
俺は何も言い返せない。
TKG達は何か言いたげな表情をしていたが、ゴーギャンの雰囲
気にのまれてしまっていた。
﹁ゴーギャン。こんな所で怒りをまき散らさないの。幾ら荒んだ森
だとしても、木々が怯えている様に思えるわよ。一端オールツリー
に戻りましょうか﹂
溜息を尽きながらリューシーが場をなだめる。
流石ゴーギャンの嫁。助かった。
﹁確り話してもらうわよ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁返事は?﹂
﹁はい﹂
リューシーの背後に、猛然と佇む獅子が見えた気がした。恐ろし
い。
こんな物騒な森で再武装してきたティラスティオール達を相手に
オールツリー
するのも厄介なので、一先ず隠れ道を通って森を抜け出して、俺達
は彼女の案内に従って統べる大樹へと向かう事にした。
木々を登って、巨大な葉の上に出来た見えない道を進む。道以外
の葉に乗ると、遥か下の地面へと叩き付けられてしまう。それが見
えない道と呼ばれる隠れ道である。森の管理自体はダークエルフに
1552
一任してあるそうだが、獣人の王族には森を統べる責務があるとし、
こういう様々な場所へ繋がる隠された道が伝えられているのである。
誰がこの森を統べるのか、正直言ってよくわからん。
森の声を聞く種族ダークエルフなのか、それとも南魔大陸全土に
影響力を持つ獣人族なのか。
一般的な世論からすれば、獣人族に意見は傾くと思うが、絶対ダ
ークエルフからすれば癪だろうな。あの高慢な奴らだ。
だが、一番心配なのはルビーの事である。
彼女は今何処で何をしているのだろうか。
﹁おい、悠長に物思いしてる暇はないぞ。ホラ野郎﹂
自然国ナチュラヴィアの統べる大樹のとあ飲食店で、ゴーギャン
の一々刺のある物言いに、俺は困った顔をする。別に不満を持って
いる訳ではないが、今ここでその話をぶり返す必要性は何処にある?
﹁あ? 本気で言ってんのか。現職法王。自分は法王じゃないとで
も?﹂
﹁休暇中だ。ここへ来たのは法王としてじゃない、一人の観光客だ﹂
ゴーギャンにはとんでもない屁理屈を言っている様に聞こえてい
るようだ。この押し問答はそこそこ長い時間続いており、皆そろそ
ろ疲れた様な顔つきになって来ていた。
﹁ねぇねぇ。一体なんなのさ? 法王? 神父じゃないの?﹂
﹁ハッ、おまけに巻込んだ相手には何も告げずってか?﹂
煮卵の疑問に対して、ゴーギャンが唾を吐きかけて来る。
1553
﹁もうゴーギャン。良いじゃないの。みんな助かった訳だし﹂
﹁ダメだ、俺は許せねぇ。俺に勝った男がこんな軟弱者だなんて俺
が許せねぇんだよ﹂
リューシーもたじたじだ。
﹁ならバラしてやる。いいか、この猫被ってる白髪野郎はな。女神
聖祭の優勝者で、聖王国を治める法王様なんだ。後あれか、ギルド
福音の女神のギルドマスターで、不死身のゴッドファーザーと呼ば
れていて、俺とガチの殴り合いにも勝ちやがって、殺しても殺しき
れねぇ化物だぞ﹂
ばらばらと俺の個人情報を曝け出したみたいだが、支離滅裂にな
っていたし後半はスケールがデカ過ぎて良く伝わらなかった。
﹁全部白髪じゃない。あと殺されたら死ぬ﹂
﹁しゃらくせー!﹂
彼の体格の割に大きい手が俺の顔を鷲掴みする。そしてあの時の
右腕の様に一瞬で握りつぶした。回りの人達が、いきなり起こった
目の前の惨劇に身を構える。恐らく、脳髄をまき散らしながら死ん
だと思われただろうが。
俺はすでに死を克服している。
それは死に戻りとかそんなんではなく、例え避ける事が出来ない
運命の死線があったとしても、核に厳重に守られた精神が残ってい
れば、身体を再構成できるのである。
何たって、マインドオンリーだからな。
1554
どうも、幽霊さんです。
と、恍けてみても、回りからの視線は一様に何が起こったのか判
らないと言った風だった。
﹁ほらな。不死身だろ?﹂
﹁馬鹿じゃないの!? 普通の人に向かって絶対やっちゃダメだか
らね!﹂
背中を叩くリューシーを放っておいて、ゴーギャンは回りに﹁な
?﹂と確認をとる。
﹁いきなり何をする﹂
﹁俺はお前がナメプしてるのが気にくわねーんだ。一体何を考えて
るんだ﹂
﹁何も考えてねーよ。強いて言えば、魔大陸全土を観光する為だ。
迷宮に入ったのだって観光資金と足を得る為であって他に何も無い。
頼むからもう解放してくれ。ナチュラヴィアを観光したらこっそり
帰るからさ﹂
それだけを言い切ると、ゴーギャンは口を噤んだ。口の端がぴく
ぴくと動いている事から何か言いたげな事がありそうだったが、本
人が観光だと断言した以上、彼も何も言えないのだった。
﹁おいクボ、俺からも一言いわせてもらってもいいか?﹂
観光客が利用する木の上に作られた静かなレストランの中で、バ
ンドが立ち上がって俺の目の前に立つ。
﹁大馬鹿野郎!﹂
1555
そう言って俺の頬を思いっきり殴る。成人した獣人族の腕力は、
人種を大きく超える力を持つ。特に草食動物でない肉食動物由来の
バンドの拳は、俺を容易く吹っ飛ばした。
まさか殴られるとは思ってなかった俺も、ノーガードで横跳びし、
テーブルを壊しながら壁に突っ込む。店内で悲鳴が上がる。
﹁力が在るのになんでッ⋮⋮!!!﹂
これにはゴーギャンも驚いていた。
以前、バンドの拳は震えており、言葉を発しようとしているが、
自分の中で纏める事が出来ないのか、そのまま飲み込んで着席した。
﹁⋮⋮そういえば、嬢ちゃんは?﹂
温玉が思い出した様に尋ねる。
﹁連れてかれたよ。ダークエルフにな﹂
エヴァンが大量の焼かれた肉を食べながら答える。それに付け足
す様にバンドも答えた。
﹁確か、不思議な力があるんだって? それでダークエルフに協力
する代わりに、投獄された俺達三人を助けてくれたんだ。ま、逃が
された場所は薄暗闇の森だったけどな﹂
バンドの一言にゴーギャンが﹁ほらな?﹂と言った。
﹁てめぇも判ってるだろ。もう、今更何をやっても遅いんだよ。休
1556
暇だ何だ、法王としての立場だなんだ言ってるけどな。結果的にお
前は何かに巻込まれて、そして何の罪も無い奴らを巻込んで進んで
る事を知った方が良い。これは偶然とかそんなちゃちなもんじゃね
ぇ。ってかお前自身も判ってるだろ。まだ終わってないって事がよ﹂
まだ終わってない。その一言が俺の胸に突き刺さる。
﹁⋮⋮終わってなくても過ぎてしまった事はどうしようもないだろ﹂
﹁あ?﹂
﹁あの時、俺は誰の為に戦ってた? 誰の為でもなかっただろ!﹂
思わず声を荒げてしまった。
気付いた時にはもう遅かったのだ。
いったいいつから誰の盤上で踊っていたかすら判らない。だが、
気付いた時にはエリック神父の用意した盤上で俺は踊っているのだ
と、真の敵を見つけた、だが更に前から用意された敵の手のひらで
俺はもがいて居たとでも言うのか。
﹁結果、勝ちか負けか判らない中途半端な結果になった!!﹂
一番最悪だった。
今までやって来た事が全て、まっさらになるくらい。
﹁魔王サタンを退けた英雄? 人類を守った法王? ̶̶欲しくね
ーよそんなもん⋮⋮﹂
ただ、自分の目の前でもう二度と残酷な事が怒ってほしくなかっ
た。ジュードの事は何も知らないし、そこまで感情移入する必要も
無いという言葉もあった。
1557
﹁俺が一番気に食わねーんだよ。俺の事が﹂
何一つ終える事が出来なかった俺の事が、一番いけ好かない。
邪神教は復活してしまった。そして、迷宮が世界各地に出没して、
魔物の出現率も上がっている。
でも、世界はそこまで大きく変わっていない。
色んな人々が、対策を取って順応して行く。
﹁それがまた、情けないんだよ⋮⋮。もう放っといてくれよ。俺が
どんな立場でも、何も変わらない﹂
俯く俺に、ゴーギャンは冷たく言う。
﹁逃げんな。てめーで汚したケツくらいテメーでふけ﹂
俺は唇を噛み締めると、そのまま天門を顕現させ飛び込んだ。
天門から出た先は、真っ暗。
光さえ届かない闇の潮流の中だった。
行き先なんて指定してない。
ただ、何処か人の手が届かない場所で消えてしまいたかった。
そのまま俺は意識を失う様に、強制的にセーフティーモードへと
移行した。
1558
南魔大陸の大冒険−8−︵後書き︶
クボヤマ攻められ回。
ナメプのし過ぎにより、色んな人から怒られます。笑
色々と方向性に悩みましたが、とりあえず終着点は一つ決まった
ので。
それに向かって一先ず話を進める事にします。
伏線回収というか、今まで出て来てなんだったのアレ⋮⋮って奴
がこれから思い出した様に使われ出しますので、覚悟しておいてく
ださい笑
予想もつきやすいかと。
1559
クボヤマの人格
色あせた空間にただ一つだけ置かれた壊れ掛けの椅子。少し体重
をかけてしまえば、自重で折れて怪我をしてしまうだろう。だが、
そんな事は関係無いとばかりに、俺はその椅子に座り項垂れている。
今居る場所は、もう一つの精神空間。
ここにフォル達はいない。
本当に一人になりたい時、良くここに来る。
いや、違うな。
俺の心の中に、元から用意されていた空間だったのかもしれない。
締め付けられる様な重圧によって出来た偶然の産物ではなく、ずっ
と昔から用意されていた自分自身の自然な部分の様に感じた。
懐かしさ?
胸を締め付ける様な感傷が淡い色になって世界を作る。
自己との対話の真っ最中とでも言ったら聞こえは良いのかもしれ
ないが、コレはただの現実逃避である。
俺は弱い。
何一つ満足にこなす事の出来ない器用貧乏の中でもマイナーグレ
ード。
﹁どうしてこうなったんだろうな﹂
1560
自分自身に語りかける様に独り言を呟く。
返って来る言葉は無かった。
﹁何故、戦わない⋮⋮力があるのに⋮⋮か﹂
ゴーギャンとバンドの言葉が響く。
だが、彼等が思ってる程、俺は強くも何ともないのだ。
﹃おーおー、ふさぎ込んでるな。クボヤマ﹄
﹁⋮⋮その声は﹂
この空間に急に響く声。顔を上げると、その声の持ち主が居た。
鍛冶神と呼ばれる神、ヴァルカンが燃える様な天パな髪を揺らし
て目の前に浮かんでいた。
﹃また来るか? エラ・レリック﹄
不適な笑みを浮かべながら、手招きをするヴァルカン。
﹁⋮⋮いや、止めておくよ﹂
今の俺に、神の国へ行く資格は無い。人を救う事で崇められるの
が神ならば、大切な人を何度も取りこぼして来た俺が、向かう視覚
なんて無い。
﹃ふーん。勘違いも甚だしい野郎だな。良いから来い!﹄
﹁おい! やめろ!﹂
俺の意思を読んだのだろうか。ヴァルカンはそう言って、俺の腕
を掴むと急上昇した。天の国と言うに相応しい、ロケットなんか目
1561
じゃないくらいのスピードで俺はヴァルカンと共に、精神世界から
遥か上位の神の国へ強制連行された。
再び来た。雄大な自然が広がる景色。大空にはスカイホエールと
呼ばれる空飛ぶ鯨の群れ、そして大地にはエンシャントヒュージと
呼ばれる巨大な象が気ままに歩いている。
他に生き物は居るのだろうか?
﹁もちろん居るぜ。まぁ、この草原はアウロ̶̶じゃない、姉さん
の庭みたいなもんだからコイツらしかいないけどな﹂
そう言って巨大な象を撫でるヴァルカン。気持ち良さそうに声を
上げる象の迫力に、自分の悩みがちっぽけな物だと錯覚した。
いやいや、ダメだ。
こうやって流されて来たから、こんな結果になったんだ。
いつだってそうだ。
﹁こりゃ相当きてんな!﹂
﹁心を読むな﹂
﹁はは、ココじゃ筒抜けだから諦めるんだな﹂
﹁もう気はすんだか? とっとの元の場所に返せ。一人で落ち着い
て悩ませろ﹂
本心からそう告げた俺を見ながら、ヴァルカンが真剣な顔になる。
﹁一人で悩んで解決するのか?﹂
1562
﹁⋮⋮﹂
こういうのは時が解決するって言うのが相場で決まってるんだ。
﹁それは時間を置いて見なかった事にしてるだけだろ。根本的な解
決になってねぇよ⋮⋮親父殺した時みたいにな?﹂
﹁勝手に覗くな!!!!!!!!!!!﹂
ケラケラと笑いながら告げるヴァルカンが、俺の心の逆鱗を気安
く撫でる。古い友人もしくは一部の親戚しか知らない様な事実を覗
かれて、俺はカッとなって殴り掛かってしまった。
﹁俺は鍛冶神だぞ。最上位クラスの技巧神だ⋮⋮てめぇ、誰に向か
って手を挙げたかわかってんのか?﹂
﹁うるさい! 黙れ! かってに人のプライバシー侵害しやがって
メギド
! 放っとけって言ってるだろが、もうなんなんだよお前!﹂
バラ
﹁聖火!﹂
﹁いきなり必殺技かよ神火!﹂
鍛冶神の炎の性質を併せ持つ炎は、いとも簡単にマジモンの神の
炎に飲み込まれて逆に俺を襲う。そのまま神火に飲み込まれて地に
伏してしまう。
どうせなら、このまま燃え尽きても構わない。
﹁ココじゃ生と死なんて概念は無い。あとあれだ。放っとけねーん
だよ。可愛い妹が泣いてんだ̶̶おっと、遅かったな!﹂
一変して、優しい目で俺を見下ろすヴァルカンが、何者かの来訪
1563
に気付いた様に上を見上げて手を振っている。
倒れながら空を見渡すと、真っ白なスカイホエールが雄叫びを上
げながら此方に向かって降下して来た。
乗っていたのは、女神アウロラと。
目を真っ赤に腫らして涙を溜める運命の女神−フォルトゥナ−だ
った。
﹁やりすぎよヴァルカン﹂
﹁手加減したってば﹂
桃色の髪の毛を揺らしながら息をつくアウロラ。そして、白いス
カイホエールから勢い良く飛び降りだフォルは、有無を言わさず上
体だけ起き上がらせた俺に抱きついて来る。
俺を包んでいた神の火はいつの間にか消えていた。だが感触は残
っている。さっきはカッとしていて気付かなかったが、ヴァルカン
の炎はどの炎よりも暖かく包み込んでくれていた。
﹁クボ!!! ばかばか!!! みんな心配してるんだからね!!
!﹂
想像以上の力で抱きしめられる。
だが、俺は抱きしめ返すかどうか未だに悩む。
これ、規制引っ掛かんないよね?
﹁ちょっと待っててねクボ﹂
フォルはそう言うと、ヴァルカンの方へ向かって行った。
1564
﹁お前を困らせていた悪い神父は俺が退治してやったぞ∼可愛い妹
ポグッ!﹂
顔を気持ち悪いくらい柔らかくした様なニヤケ面を浮かべながら、
フォルを抱きしめようとしたヴァルカンは、股間を抑えながら沈ん
だ。物理的な痛みは存在するのね。
﹁クボをいじめないで! お兄ちゃんでも許さないんだからね!﹂
そう言うと、再び俺の方を振り向いて。駆け出して来て包容の続
きである。アウロラは﹁あらあらまぁまぁ﹂とは微笑ましい様子で
俺達を見ている。
もはやヴァルカンは視界に入っていない。
哀れ也。
﹁ぐぞおお、お兄さんは認めないぞおおお﹂
﹁ヴァルカン。あなた今めちゃくちゃかっこ悪いわよ﹂
そうだな。悶絶しながら言うと余計哀れに聞こえて来る。
﹁フォル、少し退いてなさい﹂
アウロラが俺に方に来て言った。フォルも名残惜しそうにしてい
たが、恐らく最高神である姉の言う事は聞いて、離れて行った。
﹁人に懺悔は付き物です。今一度、聖書を良く諳んじていた頃の貴
方の様に、全てを語り明かしてくれませんか? この世界に来ての
不安や出来事などではなく、全てです﹂
1565
その言葉を聞いて、昔の俺ならば全てを洗いざらい話して懺悔し
ていただろう。だが、彼女の言葉には現実の俺の過去も含まれてい
る。
﹁⋮⋮すいません。どうしても、言えないです﹂
コレばっかりは、言えなかった。
トラウマと言っても良い。
思い出す度に吐き気と涙が押し寄せて来るのである。要するに気
持ちのコントロールが出来ない過去だ。未だ現実と向き合えていな
いからこそ、今の俺が居るのもそうだ。
そして今判った。
それを乗り越えていないからこそ、俺はいつも重要な場面で躓い
てしまうのではないだろうかと。
いや、前から判っていたんだと思う。
俺がどうしてこんなにも人の死に対して、拒絶心というか、晒し
たくもない感情を晒して、突拍子もない行動に走ってしまう原因。
この葛藤も判ってるんだろ。神様達。
﹁思い出す度に涙が出てしまうのです。感情を押し殺せなくなって
しまうのです﹂
それこそ、その二ヶ月の間。
身につけていた物が触れなくなる。聞いていた音楽が聞けなくな
る。思い出す要因になる物が、全て怖くなってしまう。
1566
﹁長い闘病期間でしたね⋮⋮﹂
確信につく部分をアウロラが告げる。
やめろ、やめてくれ。
﹁でも、貴方が思っている程、貴方が全て悪い訳ではありません﹂
﹁そうだぞファザコン野郎﹂
﹁ヴァルカン、貴方は黙ってなさい﹂
﹁すいません﹂
思い出してしまう。
自分ではどうする事も出来ずに、記憶の片隅に閉じ込めてしまっ
た記憶が、
̶̶̶
1567
クボヤマの人格︵後書き︶
次、懺悔回。
1568
過去回想1
俺は親父を殺した。
直接的に殺した訳ではないが、根本的な原因として俺がその大部
分を占めていた事を忘れない。
だが、思い出したくもない記憶である。
過去はどうする事もできない。
かといって、それを背負って生きて行ける程。
俺は強くなかった。
̶̶̶
それは五年前、九月の暮れの事である。
防波堤の先端に立ちながら、俺は親父の故郷であるとある離島の
綺麗な海を見ながら黄昏れている。
胸中には言いようの無い感情が渦巻いていた。
どうする事も無かった親父の死。
後から発覚したその根本的な原因。
親孝行をするには、時間が短過ぎた。
そして、遅過ぎた。
1569
死因は癌。
それも身体中に転移してしまい、後は死を待つのみである末期癌
である
親父と最後に過ごした期間はわずか一ヶ月だった。
8月23日没。共に夏を越す事はできなかった。
今、俺の背中を見ている人は、たったそれだけでトラウマレベル
の事になるのか。と俺を情けなく思うだろう。
そうだ。
たったそれだけの事で、俺は簡単にも打ち拉がれて、この防波堤
から見える綺麗な海の底に身を沈めようと考えもするのだ。
ここまで落ち込む状況を説明するには、いささか長い時間が必要
になるだろう。
搔い摘んで説明すると。
俺はそこまで親父を好きではなかった。
むしろ、他人の親と比較して、ウチの親父はショボイとさえ思っ
ていた。
それでいて、自立する事もせず子供の我が侭はしっかり貫き通す
ものだから質が悪い。父と息子。なんら当たり前の事の様に思うだ
ろうが、今の俺からすればそれはとんでもなく親不孝だ。
なんだかんだサボリ癖があり、仕事をするのが嫌で一日中寝てい
1570
たいと言っていた親父に対して、確りとした家族愛と言う物を感じ
たのは、倒れた知らせが届き、すぐさま入院する病室に足を運んで、
病室のベッドに色々な管を繋がれて横たわる親父を姿を見た時だっ
た。
好きじゃなくても親は親だ。
見えない絆と言う物がそこにあって、その姿を見た途端に何故か
涙が出てしまった。
そこから勤めていた仕事を辞めて、毎日の様に島にある誰も住ん
でいない親父の実家から病院に通う日々を送っていた。
多分、自分の中でも親父と関われるのはこれが最後だと感じてい
たのだろう。
そして親父は俺の手を握りしめながら、駆けつけた親戚や友達に
囲まれて眠る様に死んだ。
お疲れさま親父。
一応覚悟していたが、もう二度と瞼が開く事の無い親父の姿を見
ると、涙が溢れ出た。声を上げて泣く訳でもなく、息を詰まらせな
がら咽び泣く訳でもない。ただ、ジッと動かなくなった親父の姿を
見ながら、静かに涙だけが溢れ出てきた。
今思えば、悲しみ以外にかなり利己的な達成感がそこにあったの
だろう。
親の最期の時を絶え間なくフォローし続け、見届けたという。く
だらない子供の達成感である。反吐が出る。
そんな俺を見ながら、たった一人の兄の死に感情を抑えきれなく
なった叔父が俺を思いっきり殴りつけた。
1571
﹃兄貴からは絶対に喋るなと言われていたが、俺には無理だ。この
親不孝者!﹄
親戚一同が騒然とする中で、そう言いながら叔父はもう一発。更
に一発と俺を殴りつけた。いきなりの事に防御も追いつかず、俺は
なすがままに殴られ続けた。
﹃おい、もうやめとけ。親父さんが死んでから態度を変えるお前も
筋違いだろう。でも俺も一発お前を殴りたかったから、すぐには止
めなかった。すまん﹄
程なくして、親父の親友だった男が叔父を止めに入った。
だが、言葉の意味が分からなかった。
そうして俺は事を起こした叔父と親友の男に支えられて治療室に
直行した。
その時、廊下で叔父が小さな声で﹃殴ってすまなかった﹄と謝っ
ていたが、俺の頭の中には謝罪の言葉よりも叔父の言っていた﹃親
不孝者﹄と言う言葉の方が強く印象に残っていた。
親不孝?
闘病の一ヶ月間。遅過ぎるが精一杯親孝行はしたつもりで居た。
﹃一ヶ月、お前は良くやった。兄貴も本当に幸せそうにしていた。
だけどな、弟の俺から、妻と子供を持つ親である俺から言わせても
らうと、お前は一ヶ月が返しきれないくらいの恩を受けてる筈だ﹄
治療を受けながら、俺は叔父から親父の事を聞いた。
主に、離婚してから一人で居る様になった親父の話である。
1572
﹃何故癌になったのか、お前は知ってるか?﹄
俺は首を横に振った。確か、癌だと聞かされたのは両親が離婚し
て連絡が取れなくなった一年後だった気がする。
﹃お前は何も判らなかったのか。そうか、そこまで頑に話さなかっ
た兄貴も悪いが、原因は離婚のストレスだよ。医者に連れて行った
俺が言われたんだ﹄
末期になる前に、一度親父は癌になっていた。
レベル3で、生きるか死ぬか曖昧な時期を、たった一人で生き抜
いていた。
因に俺があったその時は、高校受験を目の前に控えた中学三年に
なったばかりの時。
俺は手術も成功して、ベッドに横たわりながら﹃もう大丈夫だ﹄
という親父に向かって、龍峰学園へ進学したいと、その学費を賄っ
てもらえないかとお願いした気がする。
最初は心配していたが、大丈夫という言葉を聞いて安心はしてい
た記憶がある。
親父の親友であるこの男が言いたい事は、そう言う事では無いの
だろう。
息子である俺が、親父の異変に何故気付かなかったんだと。
﹃息子の前では大丈夫だというに決まってるだろ﹄
1573
無言で頷く俺に、次は叔父が口を開く。
﹃その高校の学費も、お前のケータイ代も、就職してから新生活す
る費用も、帰れなくなったお前の送り迎えも、全部親父がしてくれ
ただろ?﹄
そう、高校時代。俺は母親の元を離れてからちょくちょく龍峰学
園に近い親父の家にお世話になっていた。
父親だから当然だとばかりに。
そう言えば、龍峰学園で問題を起こした時も、尻を拭ってくれた
のは全て親父だった。
そんな事考えすらしない程、学園での生活は面白かったし、毎日
が目紛しかった。そして、そんな親父の事を省みる機会も無いまま
に、俺は就職してサラリーマンになってしまった。
﹃その頃から、再発していた事に気付かなかったのか⋮⋮?﹄
そう、都合の悪い部分は一切見ようとせずに。
俺は親父の元を再び離れた。
﹃⋮⋮⋮⋮い、いつから﹄
﹃一年前と少し前からだ。お前が就活すると、そのお金を工面して
くれと兄貴に頼む少し前から、もう兄貴は働けなるくらい身体にガ
タが来てたんだよ﹄
過去の記憶を遡る。
その頃は、サボリ癖があるだけだと思っていた。
1574
だから、ジッと家で寝ている親父に向かって俺も来年から働くん
だから負けない様に働けよと、発破を掛けに足を運んでいた事が何
度かある。
﹃人が困ってる事には口出すくせに、自分の事は一言も言わないし、
何とも思わない。親友の俺が頼んでも、病院すら行かずに動ける時
は働いていたんだ﹄
結果的に新生活費用は工面してもらえたので、親父は確りやれて
るんだなと思っていた。
﹃息子であるお前がまたちょいちょい様子を見に行ってるから大丈
夫だろうと思っていたんだがな⋮⋮﹄
そう言って、行き場の無い溜息をついた親友の男。
そして叔父が追い打ちをかける様に告げた。
﹃お前の学費も、就職の為の費用も、そんなボロボロの兄貴がどう
やって出したと思う? ̶̶頭を下げたんだよ。親戚中にな﹄
俺の中で、何かが砕け散る様な感覚が広がった。
そして、失われてしまったかけがえの無い時間。もう取り戻す事
の無い時間をコレでもかというくらい感じてしまい。
どうする事もできずに無惨に咽び泣いた。
事実を全て話した上で、俺達も悪かった所もあるとフォローの言
葉を掛けてくれてはいたが、今の俺にはその全てが無意味に思えた。
1575
表面上では、全て俺から見ていた親父は。
全く持って別の姿だった。
通夜も葬式も終わって、親父の寝かされていた布団をゴミ捨て場
持って行く時も、俺の心はここにあらずと言った風に呆けていた。
その布団にはとっくに親父の温もりなんかなく、遺体の冷たさだ
けが残っているのに、俺はそれでももう二度と戻らぬ親父の姿を追
って、過ごしていた。
涙は枯れ果てた。
悲しみなんかではなく、取り返しのつかない焦燥感がただただ押
し寄せて来るばかりだった。
何が家族愛だ。
コンマ1%も理解しちゃいなかったのだ。
サボリ癖があると思っていた親父は。
実は、癌が進行して腹水−癌による症状−が溜まり動けなくなっ
て寝ていただけであった。
俺に関する様々なお金を工面してくれた親父は。
親戚中に頭を下げ回って、俺のために借金してお金を準備してく
れていたのである。
色々と問題を起こして帰れなくなった時も。
親父は俺のためであれば問題なく車を出して駆けつけてくれた。
癌に蝕まれた身体を引きずって。
自分の過去の行いと、親父との関わりを考えると。
1576
一つの応えに行き着いた。
⋮⋮いつからだろう。俺が他人の親と親父を比べる様になったの
は。
まだ離婚する前。
散歩の時につないでくれた親父の手を思い出した。
死ぬ間際の骨と皮だけの手と違って、大きかった。
いつからか、俺は理想の父親像と言う物を持ち始め、それを親父
と比較して軽んじる様になってしまっていた。
それはある種の親離れと言う感情かもしれない。
だが、離婚と共に親父の元を一時期離れた俺は、そのまま親父と
言う物を何処か他人として見る様になっていた。助けになってくれ
る都合の良い人。
⋮⋮自分自身で親父の存在を殺してしまっていたんだ。
だから、何も気付けなかった。
それ以外の部分を見ようともしなかったのだから。
殴られた理由がやっと判った。
いや、殴られても済まないだと言う事も理解で来た。
1577
そして俺は、親父と共に過ごした闘病期間である一ヶ月でも、親
父と正面切って話し合う事さえ、見る事さえしなかった。
親父は、俺の理想の父親像と言う物を見てくれていて、何でもし
てくれていたと思う。親権は母親に持って行かれてしまったが、時
折顔を見せてくれる俺の為に精一杯親らしくあろうとしてくれてい
る。
そんな状況で俺は⋮⋮。
そうやって自分の中で折り合いを付けて、本当の意味で親父の死
と言う物を理解できた。
俺が殺したんだ。
自分勝手な理想を振りかざし、己の中から親父の存在を。
そして、様々な負担を強いて、本当の意味で死なせてしまった。
もっと早く気付けば良かった。
﹁もう、遅い⋮⋮⋮⋮親父はもう居ない﹂
そう言って、そのまま全身の力を抜いた。
そのまま藻屑になって消えてしまえば良いと。
1578
ーーー
だが、俺は生きている。
お世話になったからという理由で線香を立てに船に乗って来てい
たユウジンが、防波堤から飛び込む俺の姿を丁度見ていたからだっ
た。
船から海に飛び込んで、テトラポットの潮流に吸い込まれそうに
なる俺を間一髪で助けたそうだ。
﹁お前⋮⋮﹂
一発殴ろうかと思ったらしかったが、うつろな目で何かを呟く俺
をとてもじゃないが殴る事はできなかったらしい。
たしか、抱きしめられる感触があったかもしれない。九月暮れの
海ですっかり冷めてしまった俺の身体にはその暖かさが懐かしかっ
た。
1579
過去回想1︵後書き︶
⋮⋮駄文でした。
全てが終わってしまった状況で、自分の知らない所で誰かを傷つ
けていた話です。それを知ったクボヤマは自殺しようとして、でき
ませんでした。
社会人になったと言えど、まだまだガキの一人の青年に寄ってた
かって大人が何を言ってるんだと思いますが、実際にこういう出来
事があると、人は感情をコントロールできなくなり、次々攻撃でき
る人を攻撃し始めます。例えそれがお門違いであると判っていても。
そしてやり玉に上がってしまったクボヤマと、実際にそれが自分
のして来た事が事実であるが故に否定する事さえできずに抱え込ん
でしまったのです。
そして自殺する事によって終わらせようとしたその感情と記憶な
のですが、本人は生きながらえて普通に父親の使っていた家で生活
を始めます。その感情と記憶は、一体どこへいってしまったのでし
ょうか。
答えは次話で。
1580
クボヤマの人格2
ギルドのプライベートルームで刀を研いでいたユウジンの後ろか
ら、セバスが声を掛けた。
﹁なんか様か? セバス﹂
ユウジンは振り返る事もせず、砥石に刀を行ったり来たりさせな
がら反応する。
﹁クボヤマ様の事なんですが、魔大陸でもめ事を起こしてから消息
不明になってしまっていまして⋮⋮何か知りませんか?﹂
﹁何があったのか説明してくれ﹂
クボヤマというワードに研ぐ手を止めたユウジンが、刀に付着し
た汚れを拭いながら振り返って聞いた。
﹁魔大陸に居るゴーギャン・ストロンド様からの情報なのですが、
何とも観光中にやはり騒動に巻込まれたらしく⋮⋮﹂
﹁あの筋肉ダルマか! ってかクボ巻込まれたっていうか自分から
突っ込んで行ったんじゃないの? 難儀だな﹂
貴方も十分筋肉ダルマですよ。と前置きして、セバスは言う。
﹁ゴーギャン様が言うには、彼は全く戦わずに女神聖祭での失態に
ついて自虐した後、ゴーギャン様の一言で天門を使い何処かへ消え
去ってしまったそうなんです﹂
﹁なんて言ったんだそいつは?﹂
1581
セバスは一度溜めを作ると、
﹁てめーで汚したケツくらいテメーでふけ。だそうです﹂
その言葉に、ユウジンは豪快に笑った。
﹁そいつは酷い事言ったもんだ。あいつはずっと自分のケツを他人
に拭いてもらってた甘ちゃんだよ。だから拭い方も知らないんだ。
お前も判るだろ?﹂
﹁⋮⋮ええ、まあ﹂
彼の騒動を思い出して、セバスは首を縦に振る。
﹁行き詰まると突拍子もない行動に出るからこっちがヒヤヒヤする
んだが、周りに恵まれてる。あいつは親に似てお節介だからな、自
然と周りが返してくれるんだよ﹂
研がれた刀の刃を確かめながらユウジンは続ける。
﹁で、クボは何をやったんだって?﹂
﹁⋮⋮サポートだけに徹して戦わなかったそうです。いまいち理解
できませんが、これはどういう事なのでしょうか?﹂
そう言ったセバスに、ユウジンはまた笑う。
﹁ハッハッハ! 多分アレだな。プチ引退後もそうだが、少しナイ
ーブになってるのかもしれない。そう言う時はそっとしておけばな
んとか本人が折り合いをつけて戻って来るんだが、この世界はその
時間さえも与えてくれないんだ。必ず、何かを中心にして物語が起
1582
こる﹂
﹁はぁ⋮⋮? 一応、ギルマスの消息が判らないのは一大事なので、
クボヤマ様を一番知るユウジン様にご助力を頂きたかったのですが
⋮﹂
ナイーブですか⋮⋮。とセバスは一人でその単語の意味に思考を
働かし始める。
﹁突拍子もない行動と言えば、エリー様が首を跳ねられた時もそう
ですが、ジュード様が殺されてしまった件とも何らかの関連性があ
るんでしょうか?﹂
その一言に、ユウジンはため息をついて答えた。
リアル
﹁そうだな。あいつは現実で大切な人を亡くしてる﹂
﹁⋮⋮詳しく教えてもらう事は可能でしょうか?﹂
ユウジンは少し考えると、セバスならば信頼がおけるだろうと口
を開いた。
﹁あいつは自分自身を人殺しだと思ってるよ。それも潜在意識の中
でな﹂
人殺し。その言葉を聞いたセバスは息を呑んだ。
﹁⋮⋮クボヤマ様がですか?﹂
一人の神父として頂点へと上り詰めたお方だというのに。と考え
ながら尋ねる。第一、リアルスキャンは本人の記憶もスキャンする
ので、それがまかり通るならば神父なんかになれるはずが無い。
1583
﹁まぁ、それは仕方なかった事だ。だが、当の本人にとっては自殺
する選択に行き着く程の出来事になるくらいだったんだがな﹂
﹁そんな事が⋮⋮でもリアルスキャンでは⋮⋮﹂
﹁記憶のコピーだろ? なんであいつが神父なんだろうな。とも思
うが、俺はなるべくしてなったのかもしれないと思うぜ? ⋮⋮も
うちょっと研いだ方が良いなコレ﹂
切れ味に満足しなかったのが、愛刀を再び研磨する作業に戻りな
がらユウジンは続ける。
﹁あいつは甘ちゃんだ。胸に秘めておく事も、背負う事もどうすれ
ばいいか判らない野郎だ。でも大切な部分は確り理解している。そ
うやって足掻いた結果、記憶の片隅に大事に蓋をしてしまってある
んじゃないか?﹂
その言葉を聞いて、セバスは気付いた。
﹁ああ、だからですか⋮⋮。それでも断片的に漏れたそれが、他人
の。いや、仲間の死と言う物に対して敏感になっている訳ですね。
ある種のトラウマと言っても良いでしょう。その結果、自分でもよ
くわからない選択肢を選んでしまうという訳ですね﹂
﹁そこまでは知らん﹂
ビシッと断言したつもりだったが、ユウジンには一蹴されてしま
ったセバスである。
﹁まぁ、ここへ来て結構な騒動に巻込まれたし、結果的に誰が何を
して来たかすら判らない混乱状態のまま、本人は法王になっちまっ
たからな﹂
1584
﹁あの戦いの勝者は、一体誰だったのでしょうか。魔王の侵略を防
いだ点で言えばクボヤマ様でもありますが、実質迷宮は出現し、魔
物の凶暴化にも悩まされていますからね。ですが、迷宮の価値は人
から見れば宝の山。文明の躍進にも繋がります。確かに、当事者だ
ったクボヤマ様から見れば、混乱してしまうのも否めませんね﹂
そう言って、女神聖祭を思い出すセバス。
結論、一つの都市崩壊までに至った聖王国を丸っと復元させて、
尚且つ新しいインフラ設備に投資できるくらい、主催側としての成
果は申し分無かった訳で。
だが、内情を知る物としては結果的に退けただけで、根本的な状
況は解決しておらず、そのまま邪神として魔王が新たに力を得て、
迷宮を各地に出現させた。
その一方で、迷宮の出現は人々の夢へと至ってしまった。もちろ
ん情報統制だったり、デメリットを極力減らす為の政策を行った上
での物であるが。
﹁当然生きているエリー様の件ならば、少し衝撃的な事件だったと
いうだけで済ませられるかもしれませんが、ジュード様はもう二度
と帰って来ない。本当の意味でこの世界から無くなってしまわれた
⋮⋮それが重なってしまっているのですね﹂
そう考えると、セバスは何とも言えない気持ちになった。
﹁それでも世界は廻っているからな﹂
﹁⋮⋮途方に暮れてしまいますね﹂
その時を決して忘れる事はできない。
1585
例え風化して記憶の中から薄らいでしまう事はあるかもしれない
が、刻々と進んで行く世界に置き去りにされる感覚を想像すると、
身震いした。不器用故に背負う事も胸に秘める事もできない事の恐
ろしさ。
﹁にしても⋮⋮戦わない。か﹂
ユウジンはいつの間にか砥石をしまって打ち粉をポンポンと刀身
に打ち付けながら呟いた。
そして手入れ作業を終えると、立ち上がった。
﹁あいつ、逃げやがったな。今回はまた違うひねくれ方してやがる﹂
てんとう
完璧に手入れされた愛刀−天道−を数回振って、よしと満足げに
セバスを見ると言った。
﹁そろそろあいつにケツの拭き方でも教えてやらないとな﹂
ーーー
1586
﹁見たのか⋮⋮﹂
そう呟くと。アウロラ、フォルトゥナ、ヴァルカンの三人は何と
も言えない表情をした。これが俺の思い出す事のできない記憶の一
部分なのである。
俺は結局生き存えた。
﹁笑えるだろ? 親が死んで、自殺まで考える馬鹿な野郎だ﹂
そう独り言の様に呟くと、アウロラは無言で抱きしめてくれた。
その包容には、あらゆる物事を赦し、救ってくれる様な暖かさと
心地よさが入り交じっているのだが、俺は震える声で否定する。
﹁⋮⋮やめてください。貴方が例え赦しても、自分自身が許す事が
できないのです﹂
我が侭だという事は理解している。
5年経っても、どうする事もできない。
﹁何故、そこまで自分自身を縛り付けるんですか?﹂
﹁情けない話ですが、それを胸に秘める事も、それを背負う事も私
にはできません。私の心は決して強くないのです。ですが、それを
忘れるという事も絶対にできません﹂
故に、どうしたら良いのか判らず。
俺はその時の記憶を、心の片隅に小さく小さくしまい込んでしま
った。
そうしていないと、日常生活に支障が出てしまう程に、心の中の
1587
劇物の様になってしまったのだ。心にしまっていても、日常の様々
な要因がそのしまってある部分に突き刺さって来る。
例えば、当時カーステレオで流していた曲が聞けなくなったり。
街角でその曲が流れる度に身体が反応して躓きそうになる。
幸い、この世界にはそう言った要因が無かったんだが、人の死に
関わってしまう事で、大きく自分自身が揺さぶられてしまった。
﹁同じ⋮なんです。自分の事ばかりに目が言って、結局同じ事を繰
り返してるんです﹂
女神様なら判っているだろう。
過去があるから今がある。だが、
﹁今の私には過去の私をとてもじゃありませんが、許す事ができま
せん﹂
そして、再び繰り返した。
色んな舞台で踊らされる内に、確と倒すべき敵を見定めて戦った。
でも結果的に自己満の世界だったじゃないか。
そしてそれが原因でまた、死なせてしまった。
﹁クボ⋮⋮震えてる﹂
フォルがおどおどとした様子で呟いた。
気付かないうちに俺は震えていた。
もうこんな所まで来ていたのか。
1588
最期の選択だった、渦中からの逃亡。
ユウジンが聞いたらぶん殴られるだろうな。
全く情けない決断をしてしまったと思うと同時に、心の中には焦
りと不安が渦巻いていてどうしようもない。
﹁おい、過去をどういうするより、今のお前が̶̶﹂
﹁ヴァルカン。黙ってなさい﹂
イライラした顔で何か言いかけたヴァルカンをアウロラが制止す
る。
﹁だけどなッ̶̶﹂
﹁ヴァルカン﹂
食い下がったヴァルカンに対して、アウロラは振り返ると物々し
い雰囲気で凄んだ。全てを包容する様な暖かい空間が、一瞬で冷え
きった空気に一変する。
﹁ならば、これは神の助言です﹂
アウロラがこちらを向くと、再び後光と共に暖かい空気が流れ込
んで来る。
﹁過去、現在、未来。全てを大切にしなければ、後悔と言う物は必
然的に生まれて来る物です。それは人として当たり前の事で、誰し
もが思うこと。自らを戒め続けるなんて誰にもできない事なのです
よ?﹂
そう言って優しく微笑んでくれた。
1589
でも、
﹁でももだってもありません。重荷になるならば放り投げなさい。
それが今と未来を束縛し続けるならば、必要はありません﹂
それは判っていた。
そして気付く。
コレも俺の独りよがりであるという事に。
逃げ道
なのでしょうが、本当にそれで
﹁貴方はできるだけ此方の世界に現実での事を持ち込む事を嫌って
いますね。それも一つの
いいのでしょうか?﹂
女神の問いに、俺は押し黙った。
思えば、最初から逃げ道ばかり探して生きて来た。
結局の所捨てる事もできずに大切にするという事もできずに、た
だひたすら自分の中にしまい込んで、挙げ句の果てに自分の目にも
見えない様にして来た物だ。
全部逃げてるじゃないか。
過去が過去がと言っておきながら、それに向き合おうとしなかっ
たのは結局の所自分自身であり。
プチ引退時に気に病む必要の無い、気にするなと言ってくれた友
達の言葉に御託を並べて逃げ続けてるだけじゃないか。
一番最低なのは誰だ。
自分だ。
1590
﹁うるせぇ⋮⋮そんな事最初から判ってるっつってんだろ⋮⋮﹂
俺は俯きながら、いつの間にか頭の中に存在したもう一人の自分
に対して震える声で呟いた。
﹁ならどうしたら良い! 全て終わってしまった状況で! 俺に何
ができるんだ!! もう、なにもでぎないだろ⋮⋮﹂
﹁そんな事ないの!!﹂
フォルトゥナ
上手く言葉を発音できないくらい涙と嗚咽が溢れ出る。そんな中、
構わず俺を抱きしめる存在が居る、運命の女神だ。
﹁クボは私を生んでくれた! 私に息吹を与えてくれたの! 嫌な
過去ばっかり見てるけど、ちゃんと良い事も沢山あったの! ⋮⋮
ね、ちゃんと私を見て﹂
フォルも泣いていた。
涙に震える瞳が、ジッと俺の目を見据えている。
そうか⋮⋮選択は逃げ道だけじゃなかったんだな。
1591
俺の目はどうやら節穴だったらしい。
悩むべき事は、過去をどうするべきかではない。
今をどうあるべきかである。
﹁その通りです。守るべき物はまだまだ他にも沢山ありますよ。過
去から逃げる道を探すのではなく。今大切な物を守るべき道を選び
なさい﹂
アウロラがそんな俺達を見て微笑みながら言った。
﹁貴方のお父様も、貴方の中の父親像を最期まで貫き守り通したの
ですからね﹂
ヴァルカンもいつもの変な笑い顔に戻ってにやけている。
﹁俺の感想だけ酷くない? まぁいいや、そろそろ時間みたいだぜ﹂
彼がそう言うと、俺の身体が徐々に透け始めていた。
﹁さすが半神へと成り代わろうとしている器ね。ここに居る時間の
記録も大幅更新よ。もう貴方も早く私達の所へいらっしゃいな﹂
何やら不穏な言葉を発しながら女神アウロラが最期に言った。
﹁これは神の試練です。無事に自分を乗り越えなさい。̶̶今度は
何も失わずにね﹂
1592
1593
クボヤマの人格2︵後書き︶
ヴァルカン﹁にしても、良かったのか? あいつ、また邪神と戦う
事になるんじゃないか? 余計に物事をかき混ぜなくても﹂
アウロラ﹁何言ってんのよ。あーいう手合いには自分がどうとかこ
うとか思う暇すら与えないくらい仕事を与えてしまえば、なんだか
んだ上手い具合に行くのよ。暇があるとすぐ自問自答して自虐して
行く性質なんだから﹂
ヴァルカン﹁えっと、つまり?﹂
アウロラ﹁有能な人材は、頭がいいからそう言う事に落ち入りやす
い。無事一皮むけるまでは上の存在である私達が舵取りしてあげな
きゃね!⋮⋮ふふふ、無事に神化すれば、彼の師であるエリックの
性質もこの世界のシステム的に繰り上がり的に私の隣に⋮﹂
ヴァルカン﹁⋮⋮さいでっか︵負けるな社畜。頑張れ社畜︶﹂
フォルトゥナ﹁︵クボ、私が精一杯サポートするの!︶﹂
1594
胸に秘める−表に出せないが、内に確り持つ事だと思ってくださ
れば良いです。
背負う−それが自分の咎だと覚悟を持って生きて行く感じだと思
ってくれれば良いです。
同じ様な意味ですがニュアンスが私の中で少し違っています。
矛盾している様に思えるが、それはクボヤマの我が侭なのである。
作者はウー○ーワールドの特定の曲が今でも聞けません。
1595
追う者、追われる者
帰って来た場所は、真っ白なプライベートエリア。俺一人しかい
ない空間ではなく、そこには生活感を漂わせる家財道具があって、
せっせと家事をこなすクロスと一人ジェンガをして遊ぶクレアが居
る。
﹁ただいまなの! みんな!﹂
そして俺の隣には、満面の笑顔を見せるフォル。この空間を見る
と、悩みなんて一発で吹き飛んでしまう様な感覚がした。
﹁ただいま﹂
そう告げた俺にわああとジェンガをぶちまけながら抱きついて来
るクレアと、安心そうに僅かに微笑み返すクロス。
さて、実に名残惜しいが、俺には向かうべき場所が他にある。
﹁フォル、今すぐゴーギャン達の元へ向かうぞ、天門だ﹂
﹁判ったなの!﹂
そうして開かれた天門に俺は飛び込んだ。とりあえず、彼等に再
び詫びて置かなければならない。
今までナメプしてごめんなさいとな。
1596
ーーー
一方時は遡って。
ゴーギャンらは、居なくなってしまったクボヤマの事は一端置い
といて、エヴァンやバンドと共に連れ去られてしまったルビーを救
出すべく動き出していた。
﹁む? これは⋮⋮彼女が身につけていた衣服なんじゃないか?﹂
バンドの鼻が、ルビーの匂いだ。と彼女の痕跡らしき物を発見し
て、それを拾い上げながら半熟が呟いた。
﹁確かに、こんな森の奥深くに靴が落ちてるなんておかしい話でも
あるが、そう断言するにはいささか情報が少な過ぎるとは思わんの
か?﹂
他にも何か無いかと辺りを見渡しながら、温玉が言う。
ここは南魔大陸の大森林の中。獣人族であるバンドとルーシーの
助けを借りて、ゴーギャン達は、ダークエルフを追って道無き道を
最短距離で突っ切っている最中だった。
﹁酷いな、靴がぼろぼろじゃないか。それだけ過酷な道を歩かされ
ていたんだ。まぁ痕跡を残したとしても、目指す場所が同じなら一
緒だぜ﹂
ぼろぼろになった靴を見ながら、ゴーギャンが呟いた。
獣人族の偵察隊が知らせてくれたのである。ダークエルフは南の
方へ進路を取り、迷宮都市を目指していると。
﹁だが、一部の獣人族が動物の声を聞いて動きを予測できる様に、
1597
ダークエルフも木々の声を聞ける。私達の動きも一目瞭然、相手に
筒抜けになっているのよ﹂
その辺になっていた果実を捥ぎ、齧り付きながら言う。
﹁流石姫様⋮⋮可憐だ。ん? この先からも匂いがしないかエヴァ
ン﹂
惚れ惚れとした視線をルーシーに送りながら、バンドの鼻は再び
僅かな痕跡を嗅ぎ取った。同じ様に嗅覚を強化させているエヴァン
も同様の匂いを感じ取ったらしい。
﹁嗅ぎ分けはできないが、混ざってるな。ルビーの足の裏の匂い。
意外と独特なんだよなあいつ⋮⋮﹂
辟易しながら呟いて、彼等は匂いのある方向へと赴いた。
そこにあった物は、
﹁もう一足の靴だ。ご丁寧に確り靴ひもを解いて脱いでると来た。
こりゃ確実に動物に襲われて乱雑に剥がれた物じゃなく、何かの意
思の元に脱いだ証拠じゃないか?﹂
﹁ふむふむ! さすが親方、良い考察だね!﹂
拾い上げながら上機嫌に言う温玉をのせる様に煮卵がおだてる。
褒めても何もで音ぇぞ。と温玉は煮卵の背中を叩いた。
元々体格の小さかった煮卵は豪腕によっていとも容易く吹っ飛ん
で行き、近くの茂みに頭から突き刺さってしまった。
﹁⋮⋮あのさあのさ。今、そう言うのいいから。マジで⋮⋮﹂
﹁おい、遊んでないで急ぐぞ。どうやら奴さん、同じルートで行く
1598
つもりらしいな!﹂
せかすゴーギャンの後に続いて再び最短ルートの進路に戻った彼
等であるのだが、再び痕跡を発見するのである。
﹁おい、こりゃなんだ?﹂と温玉。
﹁上着だ﹂と半熟。
更に進んで行くと、何かが転倒した様な草が押しつぶされた茂み
に、ポツンと何も入っていない革袋が置かれていた。
﹁そのルビーって女、馬鹿なんじゃねぇの?﹂
そして程なくして見つかった脱ぎ捨てられたズボンに、ゴーギャ
ンは口を歪ませながら呟いた。
﹁女戦士である私から見ても、流石にプライドって物があるわよ⋮
⋮﹂
ルーシーも頭を抑えながら首を横に振って呟いている。
﹁ねぇねぇ、親方。コレってもしかして?﹂
﹁俺に振るなバカ﹂
そんな彼等に変わって半熟が言った。
﹁これでシャツまで捨ててあったら、あの女。痴女確定だな﹂
全員が溜息をついた。
その中をエヴァンは一人だけ冷静に分析している。
1599
﹁多分だが、連行されている途中で無い頭を振り絞って閃いたんだ
ろうな。もっと要所要所で痕跡を残すもんだが、あの靴が落ちてい
る場所から等間隔に落とされている。本人はバレない様にやってる
つもりが、ゴミ同然に馬にや人に踏まれてるじゃないか。そして見
ろこの革袋。特別な物は入ってなかったと思うが、中身物色されて
放り捨てられてるじゃないか。もはや馬鹿通り越して可哀想だぜ﹂
ただし、どうでも良い事を。
彼女だって必死に考えていたんだと思う。そして痕跡を残す方法
がコレだけしかなかったんだと思う。
﹁とりあえず。この道を進めば迷宮都市だ。なんだか奴さんの足は
少し遅くなってるみたいだぜ。これなら急げば迷宮内に入られて見
失うよりも先に何処かで追いつけるかもな﹂
落ちている箇所は、少し散らばっていて。何かと争った形跡があ
る。ゴーギャンは空気を一変させる様に言うと、再び統制と立て直
して先へと進み始めた。
ーーー
一方その頃。
ルビーを連れて森を移動中であるケラウノは、激怒していた。
﹁一体なんなんだ! 何故こうも邪魔ばかり!﹂
1600
いつにも増して遭遇する魔物を蹴散らしながら、ダークエルフ達
は迷宮都市への最短ルートを取り進んで行く。だが、最短ルートで
ある筈なのに、思う様に先へ進む事ができなかった。
森を移動し始めてから、ことあるごとにハプニングが連続して隊
列を襲ったからである。
﹁森の木々達は我らの呼び掛けにも答えないし、ましてや我らの足
を奪った!﹂
思い返す度に悪態をついてしまう。
歩かせていたルビーが疲れを見せ始めたので、それを口実に自分
の馬に乗せてやると、森に慣れている筈のダークエルフの馬が、顔
を出している木々の根に躓き転び始めた。
得体の知れない何かに怯える様に、馬は先へと進まなくなった。
まるで、森を怖がっている様だった。
﹁見知っている道の筈だ。何故こうも行く手を遮る物があるのだ!﹂
強襲する魔物達然り、獣人達が利用していたはずである獣道は深
い茂みによって閉ざされていた。それどころか、謎のぬかるみまで
いつの間にか出現している始末。
思った様に先に進めないのである。
﹁ねぇちょっと、どうするのよ。私に戦闘能力は求めないでよね。
切り札みたいな物なんでしょ? しっかり守りなさいよ﹂
魔物に向かって弓を引き続けるケラウノに向かって、ルビーは髪
1601
を弄りながらまるで他人事の様に呟いた。
﹁そしてこの女は、何故こんなに破廉恥な格好をしているのだ﹂
﹁混乱に乗じて脱げたちゃったのよ﹂
もう慣れた。と言う風に、何処か儚げな視線でルビーは空を見上
げて呟いた。ケラウノはその様子に頬を染め、ふとももをチラ見し
ながらうんざりとする。
︵⋮⋮クボヤマ達はきっと私を追って来ているはず。あの英雄よ?
今の彼は擦れていて少し情けない印象だったけど、いつだって私
を助けてくれた彼ならば、きっと私の残したメッセージに気付いて
くれるはず⋮⋮︶
馬に乗る途中で何かできる事は無いかと、無い頭を振り絞って考
えた結果。等間隔で自分の痕跡を残す事を閃いた。幸いダークエル
コイツら
に見られて減るもんじゃないもの⋮⋮︶
フ達はハプニングの連続で、混乱に乗じて衣類を脱ぎ捨てて来る事
に成功した。
︵まぁ、別に
彼女の羞恥心は、メーターを振り切った所まで成長している様だ
った。
﹁呆けてないで避けろ!﹂
戦いの余波によって弾かれた誰かの剣がルビーに向かって差し迫
る。ケラウノは敏感に察知して、自分の剣を抜きながらそのまま弾
き弾道を逸らした。
1602
︵⋮⋮ほ、本当に来てくれるのかしら。彼等︶
羞恥心だけ強くなったとしても、心の根底は変わらない。不安と
期待が行ったり来たりする状況で、股ぐらがヒュンとチン寒現象の
様な感覚に落ち入り、もじもじと尻込みしてしまった。
一見裸ワイシャツの様な姿に見えなくもないルビーのこの状況を
煮卵が目撃していたならば、﹁ねぇねぇそれどんなご褒美? どん
なご褒美?﹂とワクワクしながら叫んでいただろう。
だが、古くを生きるケラウノにはそう言う甲乙着け難い趣向は存
在しない。
﹁なんだ、恐怖で催したか?﹂
﹁んなわけないに決まってるでしょ﹂
﹁致し方ない。全員隊列を組み直せ! これより目的地まで少数精
鋭で向かう。ノトークス、お前が隊列をまとめ、この魔物共を陽動
迎撃しろ!﹂
ケラウノの一声で、ノトークスと呼ばれる短髪のダークエルフが
声を張り上げ陽動の為の隊列を組み直す。そしてケラウノはお互い
のバランスを考慮して戦力を分配させると、新たに三人程連れてル
ビーの手を引き戦いの最中から遁走した。
﹁ちょっと! 誰が催したのよ。催してるのはアンタの頭じゃない
の? まるでお祭りみたいだわ﹂
﹁心配するな。ダークエルフは気遣いも一流だ。サレエレ、彼女に
ついて行って護衛を頼む﹂
﹁⋮⋮はい﹂
1603
サレエレと呼ばれるダークエルフの美しい女性が、やや間を空け
てから返事をすると、ルビーを案内する様に森の茂みの奥へと連れ
て行った。
1604
追う者、追われる者︵後書き︶
信頼するクボヤマ、絶賛現実逃避中の頃の話でした。
1605
太古の火種︵前書き︶
⋮⋮カリカリカリカリカリカリ⋮⋮
̶̶キーンコーンカーンコーン。
﹁んじゃ、今日の補修はコレまで。完全学区の生徒は、とりあえず
全教科平均99点取るまで補修続くからな∼。あと先週の小テスト
返しとくぞ、満点取れなかった奴は明日の特別講義強制参加な﹂
本来であれば休みであるはずの土曜日に、授業の終わりを告げる
音がなり、教室に集まった数人の生徒が椅子の背もたれにどっと身
体を預けた。
﹁はぁ∼、やっと終わった。エリー、小テストはどうだった? こ
の地獄から抜け出せそう?﹂
﹁ワタシは⋮⋮まだまだ続くみたいデス⋮⋮﹂
返って来た小テストの点数欄は九十八点。たった一つ二点問題の
回答部分に無慈悲なチェックが入れられた箇所に目を落としながら、
項垂れている。
﹁その様子じゃ。エリーは来週も補修確定な訳ね⋮⋮﹂
チラ見できた彼女の答案用紙には、一つのチェックもついていな
かった。
﹁⋮⋮漢字間違えただけナノニ﹂
﹁ん∼、私は16年くらい日本に居るからね﹂
1606
﹁私の8倍も居るじゃないデスカ! ムゴイ!﹂
﹁いや、そうだけど。海外組でA地区のランクに居る事自体凄いか
ら。これは誇れる事よ?﹂
セバスチャン
当然ながら御門藤十郎は補修のほの字も知らない様な超エリート
だ。生徒会長という龍峰学園の激務をこなしながら、今日もすっか
りハマってしまったあの世界に⋮⋮
﹁執事の癖に⋮⋮執事の癖に⋮⋮一人だけゲームばっかりシテ⋮⋮﹂
﹁執事?﹂
﹁あ、いえ。何でもアリマセン﹂
私の執事ならリアルでの勉強も見てくれたら良いのに。
それを少しでもほのめかすと﹁エリーさん、現実とゲームの区別
は確りつけなければいけませんよ﹂と小言の様に毎回口走るのだ。
﹁執事と言えば、御門様。学園祭で執事服着てた時は本当に様にな
ってたよね! 人気過ぎて近寄れなかったけれど、私もエスコート
されてみたいなぁ∼﹂
﹁区別できてナイ! あの糞セバス! 何なのかしら! 私だけ放
ったらかしにして師匠と一緒に毎回毎回訳の判らない事ばっかり企
てて! ヒロインなのに除け者にされる私の気持ちも考えてるのか
しら!!﹂
﹁ちょ、ちょっとエリー落ち着いて! 後半母国語に戻ってなんて
言ってるか全く判らなかったわ!﹂
﹁す、すいませんデシタ。取り乱しマシタ﹂
ああ、師匠にあえない事がこんなにもストレスになるなんて。テ
スト前に確り勉強しておけば良かった。実際セバスは忙しさから勉
強こそ教えてくれなかった物の、効率のいい勉強法やテストの予想
1607
などは大方渡してくれた。
流石セバス。頼りになる。合間の休憩用にリラクゼーション効果
のあるお茶だって渡してくれた。流石に家まで来て淹れてくれるな
んて無かったが、メイドさん達に淹れさせたらかなり美味しかった。
そう、プチ引退から返って来た師匠をあれこれ行って外−聖王都
周辺のデートスポット−に連れ出しまくって浮かれてた私が悪いの
だ。テスト前だというのを忘れ果てて。
師匠は﹁そろそろテストじゃないのか? いいのか?﹂と心配し
てくれたが、私はそれを﹁A地区でも私はそこそこ上位の成績です
よ?﹂と言って無理矢理連れ出していた。
実際に合間に少し勉強すれば余裕だろうと高を括っていた。
⋮⋮おのれ、漢字め。
私と師匠の時間を引き裂くとは、許すまじ。
﹁血の涙を流しそうな顔をしてる所失礼だけど。エリー、朗報よ﹂
﹁ナニガデスカ⋮⋮ぐぎぎ﹂
﹁ちょっと、歯ぎしりしないでよ。せっかくの可愛い顔なのに、か
なり猟奇的になっちゃってるわよ。ほら、明日の貴方が強制参加の
講義なんだけど﹂
そう言って、特別講義のスケジュール表を見せてくれる。
そこには久保山の名前が記載されていた。
﹁東シナ海のタコ漁における潮の満ち引きの関係性⋮⋮一体コレが
何の役に立つのかしらね。それにしても、ねぇエリー⋮⋮なんで貴
方はこの講師にご熱心なのかしら? 龍峰学園ならもっと凄い講師
1608
だって、イケメンだっているはずなのに﹂
龍峰学園は独自のカリキュラムが組み込まれている。そして生徒
の見識を広める目的と刺激を与えるべく、定期的に本筋の授業とは
全く関係のない特別講義を行っている。
授業が、テストが命。という生徒には全くウケていないのだが、
稀にかなり面白い講師や有名な講師が来るので、そこそこ人気を呼
んでいる。
その中でも師匠の講義は人気を博している。そのお陰で何度も講
師として学園に呼ばれて私も役得なのだが、あまり人気になりすぎ
ると講義を受ける事すら難しくなって来るのだ。
﹁強制参加だから並ばなくても入れマス!﹂
﹁意外よね。コロンビア辺りにいそうな顔つきなのに⋮⋮﹂
友達はそんな事を宣っているが、彼の良さは外見でも地位でもな
い。まぁ見かけしか気にしない人には判らないと思う。
﹁⋮⋮家族を大切にしてくれそうナノデ⋮⋮﹂
﹁海外の人はそう言う人多いって言うわよね∼。ってかもうそんな
事考えてるの!? 私達まだ高校生よ!﹂
師匠は日本人だ⋮⋮多分。
何はともあれ。
これで地獄の様な補修も、もう少し頑張れる。
︵そう、リアルじゃ私が一番近い。ふふふ、釣王。貴方は沖縄、こ
っちは関東。心の距離は物理的距離に左右される! 万が一の死角
は存在しないのよ。貴方が沖縄デートだとしたら私はハワイだって
1609
タヒチだって、それこそコロンビアにだって何処にでも行くんだか
ら!!︶
※クボヤマが魔大陸を目指してからのエリーです。
1610
太古の火種
ケラウノに催したと勘違いされて、遠くの茂みへと連れて来られ
たルビーだった。後ろを歩くサレエレと呼ばれるダークエルフの女
の視線が圧力になる。
後ろめたい気持ちは全くなかったが、何故かこの女からは好意で
も興味でも何でも無い、むしろ嫌悪に近い雰囲気を感じていたので、
気が重かった。
﹁えっと、私別にトイレに行きたかった訳じゃないんだけど﹂
﹁あっそう﹂
振り返ると視界が反転する。
それと同時に背中に強い衝撃を感じて、呼吸が苦しくなる。
﹁かはッ⋮⋮!! な、に﹂
気付けば馬乗りにされて首を絞められていた。
ダークエルフは、身体の線は細いが普通のエルフと違って矢、ナ
イフ・剣を用いて戦う種族である。近接戦闘から遠距離攻撃まで器
ただの小娘
でしかないルビーが、例え女でも戦う者の膂
用にこなし、尚且つ森の木々を操る魔法を持つ者達だ。
今は
力に抗う術は無い。その内、血流が脳まで上がらなくなり、意識と
視界が朦朧としてくる。
﹁あら、どっちにしろ同じだったみたいね﹂
1611
ルビーの失禁を一瞥すると、狂った様に口先を曲げて呟くサレエ
レ。
︵く、狂ってる。私何かしたかしら⋮⋮?︶
この感じは何かに似ていた。だが、一体何に似ているかまでは辿
り着く事ができずに、ルビーは意識を手放した。
﹁一体何があった!?﹂
サレエレに担がれたルビーを見て、ケラウノが驚く。
﹁途中で魔物が出ました。追い払いましたが衝撃的だった様でこの
女、気絶して仕舞いました﹂
淡々と報告する彼女よりも、心配そうな表情でルビーを見つめる
ケラウノ。それがサレエレの心にそっと火を灯す。
̶̶̶
火種は、遥か昔から存在している。
と言うよりも、慢性的な鼻炎みたいなもんだ。
むしろ、そこがダークエルフ唯一の欠陥でもある。
1612
エルフ族は古くから伝えられて来た種族だ。
それこそ、神話の時を越える昔から、原始として成り立っていた
のかもしれない。
だが、世界に生まれたからには繁栄と滅亡を繰り返す。
そんなもんだ。
故に俺は一度負け、再び返り咲いた。
最初の歴史は知らんが、エルフ族も世界と同じ様に繁栄と滅亡を
繰り返して来たに過ぎない。
だが、おかしいと思わないか?
まるで凄腕の彫刻家が作り上げた様な造形で、長い年月をかけて
成人すると死ぬまでその美しさを保つ。
繁栄と滅亡を繰り返して、悪魔である俺も含めた全生物は、その
時代に適用する様に変化を続けて来た。
だが、あいつらは何も変わらない。
特にダークエルフ。
古き森に住まう奴らは、同じ髪、同じ瞳、同じ肌をしている。
悪魔と人間は大きな線引きで言うと、適応能力が高く、様々な環
境に順応できる様に作られている所がほぼ似ている。
最も、人間は頭で対応し、悪魔は自分の本質を変えて行くんだが、
人間達の脳みそは俺らよりも凶悪にできてるだろう。
故に俺は一度敗北を味わった訳だしな。
1613
それぞれの環境に適応した進化を遂げるのだが。
ダークエルフ。
俗世を捨てたあいつらは、何か別の法則の中に居るんじゃねーか。
そう思わせる程に、まだ俺が現役だった頃から変わっていないん
だ。
そして気付いた。
散り散りになった俺の欠片を集めて行くうちに、それぞれに分散
させていた記憶と共に思い出した。
奴らは世界と共に生きている。
生きとし生けるもの、俺の配下だって大きなスケールで考えれば
同じ事。
だが根本が違った。
森に生えてる木と同じ様に、奴らの魂は何者かの加護に寄って保
護されていた。
それこそ、世界と言う奴なのだろうか。
神として君臨する様になった今でも、世界と言う物は未だに広い。
俺は世界が欲しい。
丁度、邪魔する奴らはみんな天界で干渉不可みたいなもんだ。今
は、俺だけがこの世界で肉体を得ている。
死んでも生き返る身体でな。
魂ごとバラバラにされる前に、俺は一つの火種を発見していた。
1614
世界の危機にまるでこの世界から派遣された戦士達の様だったエ
ルフ共。
彼等の王は、その戦いで憎い英雄共に加護と力を貸した。
そして共闘した。
それが僅かなズレを生んだ。
共闘が、人間の文化の流入を許した。
ゴキブリよりもしつこい。もはや病魔の類いだと行っても良い人
間の流入が、完全なる種族に一つの変化をもたらしたのだ。
それは進化ではない、退化だ。
統一種族として不思議な力を持っていたエルフは分裂。
白いのエルフと黒いエルフ。
それぞれ違う特色がある。
白いエルフは、人と共に歩む事を決意した。
女神となったアウロラの導き手となり、人間の救う大陸へと向か
った。
その結果、ほとんど無限に等しい命を失った。
だが、ある種世の中のサイクルの中に溶け込む事で精霊の力を得
た。
黒いエルフ。
分裂から狂い始めたのかもしれない。
コイツらは何もかも中途半端だ。
1615
二つで一つだった物が一つなくなって、世界と言う物に森を通じ
て干渉できて寿命は長いがそれだけだ。
根本的なエルフの性質は残している物の、獣人共と通じなければ
生きて行けない。
根暗で、卑屈で、高慢で。
ティラスティオールの居る森に封印されていた俺の一部が自活し、
僅かながら長い年月を賭して浸食しと情報収集を行った。
そして火種は今もまさに燻っているのを確認した。
﹁森なんて焼き払っちまえば、良いだろぉ∼?﹂
いや、そんな物よりももっといい方法がある。
焼くならそっちだ。
﹁なんだぁ∼?﹂
話の続きだが。
ダークエルフの王は、女神アウロラに恋い焦がれている。
長い寿命の中で今もなお、その思いは俺の邪の浸食で膨れ上がり、
火種と貸している。
要するに恋い焦がれて、完全に近いが故に、それもまた完全に近
い気持ちとして、長く心の中に蠢いている。
人と共に生きる白いエルフなら、対処する方法を知っている。
だが、ダークエルフは違う。
1616
嫉妬の火種が、もう燃え移りそうな段階まで来ているだろう。
行っただろ、不思議な力で魂が繋がっていると。
恐らく無限に這った森の根の様なコミュニティーを元々は有して
いたんだろう。分裂と共に森の力に頼らざるを得なくなったが。
﹁ハッ! あれか、兄弟に女取られて引き蘢っちまったみてぇだな
! 想像するだけで笑いがとまらねぇ!﹂
一応、まだ世界の危機は続いている。
奴らが物語の中に出て来るのは既に既定路線だったんだわ。
﹁まだ終わってねぇんだな⋮⋮﹂
どうした?
﹁いや、俺もダークエルフと一緒なんだぜぇ。⋮⋮ククク﹂
お前も立派な火種を持ってるよ。
いや、既にとんでもない勢いで燃え出している。
その髪と瞳の色と同じ様にな。
⋮⋮あいつの事だろう?
﹁ああ﹂
⋮⋮終わってない。
終わってないからこそ、必ず再び対峙するだろう。
1617
俺はわかる。時代、背景は違えど。
再び戦う運命にある者。
﹁精々苦労してもがけよ。てめぇは向こうの世界でも追いつめてや
るからよぉっ!﹂
良いぞ。
その心に宿った憎しみの炎は、お前に絶大な力をもたらす。
この世に愛なんぞ無い。
あるのは憎しみの連鎖だけだ。
それを振り解くには、どちらか一方を消すしか無い。
先ずはダークエルフの森に火を放て。
﹁あんなでけぇ森が燃えたらさぞ豪快なキャンプファイヤーになる
んだろうなぁ?﹂
いや、俺が全力を出しても十分の一も燃やせなかった。
憎たらしい加護があるからな。
燃やすのは森じゃない。
森を通して力を得ている奴らの魂だよ。
﹁ふっひひ! じゃー都合がいい。丁度出来の良い妹から連絡が入
ったんだよ。ほら、俺の記憶を覗け。̶̶平和な奴らだろ?﹂
こ、これは便利だな。
一体いつになったら我らの文明の水準がここまで上がるのか。
1618
全く持ってぶっ壊しがいのある世界だ。
1619
太古の火種︵後書き︶
気付いたら1ヶ月以上たってた。
こわ。仕事の鬼でした。以上。
捕捉ですが、
魔王サタン=邪神ではありません、
が、邪神は邪神なのです。
1620
狂い
﹁隠れろ!﹂
エヴァンが叫ぶ。同時にバンドとルーシーの獣耳も何かを感じ取
った様に忙しなく動いていた。̶̶何かが来る。
﹁ああもう、嫌な匂いが一杯だぁ﹂
﹁こっちの影に隠れるわよ!﹂
基本的に頼りないバンドに溜息をついたルーシーは皆を木の陰に
誘導する。エヴァンが何かを感じ取った方向を注視しながら息をひ
そめていると、巨大な足音共に邪悪な森の住人達が隊列を組んで行
動している姿が現れた。
﹁ありえねぇ⋮⋮﹂
ゴーギャンが呟く。
とんでもない数だった。そして、彼等は滅多に纏まろうとはしな
い。多少の秩序を持つとは言え、魔族の中でも我が強い彼等が隊列
を組み森の中を行進するなんて。
餌があれば群がる。利害が一致すれば少数だが一緒に行動する。
森を良く知るルーシーもそう教えられて来た。
ざっと数えるだけで百以上。
森の奥深くに封印されたティラスティオールの集団の足音は、恐
ろしい程に大地を揺るがしている。
1621
﹁さっさとしろウスノロ! 貴様らはトロールと一緒か!? 違う
だろう! 頭があるなら使え! 文句を言った奴から一人ずつ殺し
て行くからな!﹂
罵倒が上がる。ティラスティオール達のデカい口が歪むが、彼等
は文句一つ言わずに男の声に従って前進している。それが、この男
の実力を示している物なのか。
戦いに敏感なゴーギャンは、一目見ただけでそれを感じ取ってい
た。
﹁誰が貴様らを解放した! 邪神様に決まってるだろう! さっさ
と進め! この先に貴様らを閉じ込めた仇がいる! ダークエルフ
は美味いぞ?﹂
上質な革製の背広に帽子をかぶった貴族の様な雰囲気をかもし出
すちょび髭の男は、杖を振り回してフワフワと宙に浮かびながら最
後尾を行く。
その手には黒い炎をメラメラとあげる珠を持って。
﹁あの方向は⋮⋮まずいかもしれないぞ﹂
険しい顔つきを見せながらエヴァン。
﹁そうかもだ。だが、最大のチャンスだ。危険だが距離を保って後
を追う。奴らがダークエルフ達とかち合ったら、その混乱に紛れて
嬢ちゃんを回収しよう﹂
1622
だが、ゴーギャンはそれを好機と捉えたようで、ニヤリと口を動
かしながらその集団の後を追って行く。
﹁ねぇねぇ、助けに行った時はあんまり考えてなかったけど、あの
巨人の魔物さ、本当はかなりヤバい奴? ヤバイ系? 親方はどう
思うのさ?﹂
﹁見ただけでわかるだろうが。腕相撲しても勝てる見込みが無い﹂
﹁慎重差二倍くらいありそうだからな﹂
これまで流れでついて来ていた半リアル勢の三人は、ややついて
来た事に後悔を覚えながらも前に進むのである。
−−−
<樹海の泉の畔>
憎い。ケラウノ様が気にしているこの赤毛の女が憎い。
本来なら、ケラウノ様の傍に仕える役目は私のはずだった。
それが私の役目。
ダークエルフの中でも私は女でありながら戦う力を持っていた。
だからケラウノ様の傍にいる事を許された。
1623
この女が現れてから。
どうしようもなく不安になった。
戦えない女よりも、私の方が優れている。
傍にいる資格は私が持っているはずなのに。
ケラウノ様は彼女を傍に起きたがるのだ。
私は与えられた役目をこなしていた。
なのに何故?
全てはこの女が来てからだ。
ドクン⋮⋮。
ケラウノ様の傍に眠るあの女を見ると何かが脈打つ音が聞こえる。
そしてけたたましくなる足音と共に頭に声が響く。
̶̶私の声が聞こえますか?
﹁ッ!?﹂
思わず身じろぐ私に、同胞のダークエルフが声をかける。
1624
﹁どうした?﹂
﹁いえ、何でもないわ⋮⋮﹂
ケラウノ様は私を見ようともしなかった。
̶̶貴方の気持ちはよくわかりますよ。
︵私の心の中に語りかけて来るのは誰!?︶
̶̶私はエルダーウッドっと申します。お見知り置きを。
エルダーウッド。その名前を聞いて私はやっと森の木々達と通じ
合えたのか。そう錯覚した。深森に住まう種族である私達は森と共
に生きて来て、通じ合う事が出来る。
ケラウノが強行軍を出してからと言う物、全く持って森との意思
疎通が出来なくなってしまっていた。それがここへ来て安心へと変
わる。
︵木々の中でも貴方はまだ若そうな声をしているわ。よろしくエル
ダーウッド、久しぶりの疏通にケラウノ様も安心すると思うわ︶
̶̶それは行けません。私はまだ若い。そう、若いのです。故にあ
る特定の心を持った者としか意思疎通が出来ないのです。申し訳あ
りません。
エルダーウッドを自称する声は、少し悲しそうにため息をついた。
特定の心とは一体なんなのだろうか。気になりはしたが、それより
も大切な事がある。意思疎通できる者が一人でも入れば問題は無か
1625
った。
︵問題ないわ。木々と連絡を取ってもらえる? 私達を追う者がま
だいるのかと、このまま真っ直ぐ行っても問題が無いのかをね︶
̶̶かしこまりました。
そう言って、エルダーウッドは少し時間を置くと話し始めた。
̶̶薄暗闇の森から、大変な脅威が迫って来ているみたいですね。
真っ直ぐこの泉に向かって直進しています。
︵それは大変。はやくケラウノ様に知らせなきゃ︶
̶̶お待ちくださいダークエルフ様! 今それをしてしまうと、私
と意思疎通が出来なくなってしまいます! ⋮⋮疏通が取れる特定
の心というのは、嫉妬の心なのですから。
︵嫉妬⋮⋮?︶
声の主は﹁そう、嫉妬です﹂と言った。確かに、あの赤毛の女は
視界に入れるだけでも憎い。私だけの居場所を奪った。
だが、憎いや嫌悪の感情はダークエルフは元々外界に対して持つ
一般的な感情である。外と内と完全に切り離す事で私達は一つの役
割を担って来た種族なのだ。
⋮⋮嫉妬?
有り得ない。
1626
寿命が長い私達が、特定の誰かに対してそんな気持ちを持つはず
は無い。例えば、私がケラウノ様の傍にずっといても、それをやっ
かみするダークエルフは居ない。それが私の役割と場所だったから
だ。
̶̶可哀想に、呪われた力を持つ女に貴方も狂わされてしまったん
でしょう。
︵ダークエルフは完全に調和のとれた種族。一人の人間に狂わされ
るなんて有り得ない。そう、ありえない︶
̶̶思い返してください。その女が来てから、貴方の心はどうでし
ょうか?
︵⋮⋮⋮⋮あわよくば、この手で殺してやりたいくらい︶
ケラウノ様が庇護しているから、私も中々手が出せなかった。首
を絞めてしまった時は、失敗したと思った。同時にあの時、ひと思
いにやってしまえればと。
̶̶だったら、闇の魔族を利用してやればいいのです。優れたダー
クエルフでも、守りきる事は難しいでしょう。その女に恐怖を埋め
込む事も、あわよくば殺す頃も可能では?
︵⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。︶
熟考に耽っていた私に、ケラウノ様から指示を貰った同胞が語り
かけて来る。
﹁サレエレ。そろそろ時間だと。動けるか?﹂
1627
私は立ち上がると迷わずケラウノ様の元に向かう。ケラウノ様は
気を失って眠っている女を心配そうに眺め、赤いウェーブの掛かっ
た髪をサラサラと手で遊ばせていた。
﹁ケラウノ様、もう行くのですか?﹂
﹁そうだ。余り長いも出来ないからな﹂
私は初めて同胞を裏切る言葉を吐いた。
﹁彼女も疲れておいでです。同胞にもまだ疲れが見えています。動
き出すのか彼女の目が完全に覚めてからでも遅くないと思います﹂
そう言うと、ケラウノ様は﹁それもそうか。人族の女は弱いもの
だ﹂と言って私の案を受け入れた。
ケラウノ様は明らかにこの女を基準に物事を考えている。
この女が来てから私達は狂いだした。
居なくなってしまえば、元に戻って再び同胞は木々の意志を聞く
事が出来る。
︵そうでしょ? エルダーウッド。全てはダークエルフ、ケラウノ
様のため︶
̶̶仰せの通りです。
1628
−−−
南魔大陸のどこかの土地である。大森林の形成する樹海ばかりで
はなく、岩肌剥き出しの荒れた地形も存在するのである。
縦に伸びる大きな岩が六本。
そしてその中心に地面を削って描かれた六芒星模様の陣形に魔力
が灯る。
漆黒にドクロ。嘆き叫ぶ様な人間の剥製。
中央から禍々しくデザインされたドアが浮上し、そこから赤と黒
でコントラストされた髪を揺らした男が現れる。
﹁てめぇと同質化するのは癪にさわるが、便利だわこれ﹂
赤髪のロッソは、限りなく邪神に近い存在となった魔王サタンと
共に、南魔大陸へとやって来ていた。
神父との戦いで彼が使う天門と言う物を覚えていた。彼に出来て
俺に出来ない言われなねぇ。と、ロッソは限定的な仕様があるもの
の同じ様な転移門を使用する事に成功したのである。
︵まぁ、制御できなかったら死ぬけどな︶
﹁それはてめぇがやれよ﹂
吐き捨てる様に言った魔王にこんな言葉遣いが出来るのはこのロ
1629
ッソと言う男だけ。
﹁⋮⋮戦いの場所は? もちろんあそこだよなぁ!﹂
端から見れば独り言で盛り上がっている危険な奴だと思われてい
るだろうが、この男はそんな事は気にしない。
﹁まぁ、かわいいかわいい妹が無駄に掻き乱してるだろうからなぁ。
俺はこのまま決戦の場所で準備させてもらうぜぇ﹂
そう言いながら彼は迷宮都市に向かって歩き出した。
︵お仲間はどうしたんだ? ほら、影の原始を扱う奴︶
﹁ああ、先行させてるぜ。敵さん邪魔な奴が多いからな。一人でも
削っておきたいんだとよ。全くマメなやつだぜぇ、ネクラだけどな
ぁ﹂
1630
狂い︵後書き︶
うおおおお、色々諸々忘れとる気がする。
あ、ツイッター始めました。@tera︳father
追記。
ダークエルフは完全に調和のとれた完全な種族。
=頑固引きニートだと思っていただけれおk。
1631
強襲
﹁くそ! 何故奴らが森から抜け出しているんだ!!﹂
目の前の惨状に、顔を歪ませながらケラウノが叫ぶ。
﹁散開しろ! 森の中という地の利を利用して対応しろ!!﹂
ルビー・スカーレットが目を覚ました。それと共に再び迷宮都市
の大迷宮を目指し隊列を進めようとした最中、地を揺るがす豪快な
足音が森の奥から鳴り響いたのである。
ティラスティオール。
トロールが更に凶悪になって知性を宿した魔族である。
薄暗闇の森
に封印したはずだった。
遥か昔の戦いでも手を焼いた一族は、この南魔大陸の大森林の奥
深くにある
邪神の影響を受け、ある意味長い寿命を手に入れた彼等も、ダー
クエルフには及ばない。このまま閉鎖された森でじわじわと朽ちて
行くのを待っていれば良かった。
﹁⋮⋮あいつらか﹂
ルビーの手を引いて退却するケラウノは、あの時逃がした二人の
人間と獣人の姿を思い出して口を歪ませていた。
今まで完全に閉鎖していた森から地力で脱出する手段は到底無い。
1632
僅かに漏れでたティラスティオールはまだ生きている事も予測でき
たが、この無尽蔵に広い樹海の中では脅威になり得ない。
それに、上に立つ物が居なければ、あの魔族は自我が強い。
︵邪神が復活したのは感づいていたが、これは急いで大迷宮に行か
ねば︶
手元には切り札がある。
美しい髪色を持つこの女。
ダークエルフの強大な呪いの結界を破る力を持つこの女が居れば、
遥か昔も潰す事が出来ずに封印するしか手立ての無かった大迷宮を
完全に消し去る事が出来る。
︵すべてが終われば⋮⋮この女は私が貰い受けよう︶
人間との混血。
ダークエルフの中ではかなり禁忌とされている事実である。
だが、世界を廻る魔素を管理できる能力があれば。
ダークエルフの血筋にその力が備われば⋮⋮。
ケラウノも、ダークエルフもまた。
害悪とされる邪神勢をどうにかする為に動いているのだった。
この力さえあれば、忌々しい人間共と再び手を取り合う必要も無
い。世界を管理するのは我々だけで十分だと、ケラウノは心に決め
ていたのである。
1633
﹁ちょ、ちょっと! どうなってるのよ! なんで彼奴らが!﹂
ルビーは目が覚めてから何が何だかわからないと言った風にケラ
ウノに手を引かれながら周りをキョロキョロと眺めていた。
ティラスティオールは彼女にとっても恐怖の対象である。
顔を見るだけで食べられそうになったのを思い出し、同時に色々
と女性としての大切な部分をクボヤマに見られていた事を思い出し
顔を赤くしていた。
﹁なんだ! また催したのか! 仕様がない奴だ!﹂
﹁違うわよ! 馬鹿じゃないのあんた!?﹂
大股で豪快に走り距離を詰めてくるティラスティオール。
そしてその巨体で跳ねた。
人間が持つには骨が折れる程の錆びれた大剣を、まるでナイフを
扱うかの様に片手に持ち、振り下ろす。
﹁くそっ! これだから魔族は厄介なのだ!﹂
ケラウノは握っていた手を放し、即座に弓を構え射る。
鋭い軌道でケラウノの矢は喉笛に噛み付いた。
﹁サレエレ! その女を任せた! 安全域に非難させるんだ!﹂
空中で絶命してその勢いのまま転がって来るティラスティオール
を踏みつけたケラウノは、腰につけていた剣を抜くと後を追って来
たティラスティオールに向かって行った。
1634
﹁ちょっと! この女は嫌よ!﹂
ルビーは抗議の声を上げるが、戦うケラウノには届いていなかっ
た。
﹁さぁ、こちらへ﹂
後ろを振り返ると、口は笑っているが目は笑っていないサレエレ
が手を差し伸べていた。この喧騒の中で、妙に落ち着いた雰囲気を
持っているこの女が、ルビーにはとても不気味に映る。
﹁嫌よ、覚えてるんだから。あんたと一緒に居るくらいなら、一人
で何とかする方がマシよ!﹂
ルビーはサレエレの手を叩いて拒絶すると、パンツに薄手のシャ
ツを羽織った無防備な姿で森の奥へと駆け出して行った。
﹁クフッ⋮⋮フフフ⋮⋮エルダーウッド。私、助けようと思ったの
にあの女が勝手にどこかに行っちゃったわ? どうやって殺される
のが見に行かなきゃ⋮⋮いや、キャー森の中は危険が一杯よーおい
かけなきゃー﹂
サレエレはそう小さく呟くと、ゆっくりとルビーが走り去って行
った方向へと向かって行くのである。
﹁サレエレ!! どこに行った!? くそっ、次から次に厄介だ!﹂
ティラスティオールを仕留めたケラウノはサレエレとルビーを探
1635
すが見つからなかった。魔族は次々襲って来る。流石に分が悪いと、
そのまま木の上に軽快に登ると、下で足踏みする魔族を尻目に、ケ
ラウノも森の奥へと駆け出して行く。
−−−
﹁̶̶女ぁっ! はうぁっおんなぁあああ!!﹂
﹁いやああキモイキモイ!!﹂
ルビーは森の中を一目散に逃げ回っていた。クボヤマからすれば
特に見慣れた下着姿であったのだが、その他からすればそうも行か
ない。
案の定。
ルビーを一目見たティラスティオールは、鼻息を荒げながら武器
をほっぽり出して追っかけて来るのである。手はわきわきと何かを
揉みしだかんばかりに動いている。
そんな様子を目の当たりにしたルビーは、青い顔をして必死に逃
げ回っていた。
︵なんで毎回こんな目に!︶
1636
自分の不幸を目の当たりにして、少し心が折れそうだった。でも
汚い魔族に身体を蹂躙されるのはもっと嫌だった。現実の時間とロ
グイン時間はかなり相違がある。強制ログアウトしてもキャラ自体
は残って食い荒らされてリスポーンするだけなので、精神的にショ
ックを味わう事は少ないが⋮⋮。
︵そんなことになればキャラデリ不可避だわ!︶
リアルスキンモードをプレイするプレイヤーは、大体強制ログア
ウトは好まない。そして、ルビーの心の奥にとある懸念もあった。
︵ログアウトして安全な場所に行ったとしても、実質この冒険から
はリタイアよね︶
クボヤマが再び自分を旅に同行させてくれるのか、少しだけ不安
だった。かなり迷惑を掛けていると自分でも思っているのだ。
彼は守る為に私を同行させたのだと、薄々感づいていた。
黎明期の、まだリアルスキンが浸透してなかった頃から興味がわ
いて、実際に会ってみたら想像していた英雄とは遠くかけ離れたオ
ッサンだった。
でも、彼はいつでも駆けつけてくれた。何とかしてくれた。
︵ここでリタイアするなんて、絶対に嫌!︶
何よりもクボヤマと離れたくなかったのだった。実際には、クボ
ヤマは邪神は邪神で放っておいて自由に旅したかっただけなのだが、
1637
この女はまだ気付いていない。
逃げ出したクボヤマを再び、戦いの中へと突き落とした事に。
それによってクボヤマが現在トラウマ爆発でにっちもさっちもい
かない状況になっている事をこの女は全く知らない。
姉の管理下に無いと尽く身内に不幸を振りまく女。それがルビー・
スカーレットと言う物なのだった。そして現在、一人で逃げている
彼女はその不幸を背負ってくれる人は、肩代わりしてくれる人はい
ない。
﹁̶̶やっと追いつめたぁ⋮⋮女ぁうへえへへ﹂
走り疲れたルビーは気を盾にして構える。そんなルビーを捕まえ
て嬲る妄想をしながらティラスティオールの一体はゆっくりと、ゆ
っくりと近づいて行く。
﹁こ、来ないで!﹂
状況は更に悪くなる。声を聞きつけたティラスティオールが集ま
って来たのだった。かなりの数が囲って食べるか嬲るかで言い争い
を行っている。これはしめたと思ったルビーだったが、意外な事に
言い争いはすぐに纏まった。
﹁̶̶先にいたぶればいい!﹂
﹁̶̶なら追いつめた俺が一番だ! もう待てねぇ! そっからは
お前らで考えろ!﹂
﹁嘘でしょ! もっと言い争いなさいよ!﹂
1638
汚い顔で笑いながらエリーはじわじわと囲われて行く。
そして、一体のティラスティオールが涎を撒き散らしながらルビ
ーへと手を伸ばした。
﹁ッッ!!﹂
1639
強襲︵後書き︶
少しモチベーションが上がるメッセージを頂きました。
やる気向上しています。リメイク版の方も、書き溜めはちょこち
ょこやってまして。後は今月片付けないと行けない仕事をやっちま
って⋮⋮と。
ツイッター相互フォロー募集中です。
絡みに飢えています⋮⋮。
@tera︳father
1640
動き出す竜と金獅子
ティラスティオールの魔の手がルビーに触れる事は無かった。閉
じた目をゆっくり開いて行くと、筋肉をぴくぴくさせながら巨大に
なった背中の毛モサモサの大男がティラスティオールと対峙してい
た。
﹁間一髪間に合ったぜ!﹂
ゴーギャンは両手が塞がってるので雰囲気だけでサムズアップし
た。
﹁え、誰?﹂
呆気にとられたルビー。ゴーギャンの後方から声が掛かる。
﹁嬢ちゃん! 無事だったか!﹂
﹁あれあれ、何その格好、何その格好!﹂
﹁⋮⋮煩悩退散﹂
温玉、煮卵、半熟がそれぞれを反応を見せながらやって来る。煮
卵はニコニコして懐抱する振りをしながらさりげなくルビーの身体
を触り、それを温玉が拳骨しながらルビーに持っていた上着を着せ
るのである。
﹁⋮⋮心配かけたな﹂
﹁本当に不甲斐ねぇ﹂
1641
そう言うエヴァンとバンド。
﹁エヴァン⋮⋮バンド⋮⋮生きてたのね。良かった﹂
久しぶりに見た見知った顔ぶれに、安心や何やらが入り混じって
ルビーは少し泣きそうになった。
助けにきてくれると信じてはいたものの、確信を持ってそれが言
えるのかと言えば、ルビーには無理である。
不安は常に彼女の傍に居た。
だが、目紛しく変わる状況の中で少しだけ忘れて居たに過ぎなか
った。
﹁あれ⋮⋮クボヤマは?﹂
当たりを見回してルビーは気付く。
黒い神父服を身に包んだ男がいない事に。
﹁それは⋮⋮だな、話せば長くなるんだが﹂
バンドはばつが悪そうに頬をかくが、ゴーギャンがティラスティ
オールを投げ飛ばしながら言った。
﹁んな事話してる場合じゃねぇぞ!﹂
首をならしながら背負っていた大剣を抜く。
その言葉に気を引き締める様に皆が武装して行く。
﹁んー、やっぱりお前の近くに居ると凄く腹が減るんだよな﹂
1642
﹁今そんな事言ってる場合じゃないでしょ!﹂
マジックストック
ボソッと呟いたエヴァンにルビーが反応する。
マジックストマック
ドラゴンマジック
エヴァン・後藤の持つスキル︻魔力貯蓄︼は、元々持っていた才
能であるスキル︻魔性胃袋︼が︻竜魔法︼を習得した事により変質
した能力である。
食物から魔力を得る︻魔性胃袋︼の機能をそのままに余剰に溜め
込んだ分の魔力を︻魔力貯蔵︼で別の体内器官に蓄積できる。
溜めれば溜めるだけINTもMINDも上昇して行く体質へと置
き換わっているのだが、彼の攻撃手段である︻竜魔法︼が燃費が悪
過ぎた。
全ステータスがINT依存。魔力の塊である世界の頂点に君臨す
る生物と言っても過言ではない竜の力を使うのである。
そして隣に魔力を魔素に戻して使えなくするルビーが居る。
腹の減りが加速するのは当たり前。
王果と呼ばれる純度の高い魔力を宿した幻の果物を食べて、しば
らく身体が持つと予想していたが、ここへ来てエヴァンは急な飢え
にさいなまれるのだった。
︵また胃液出す事になりかねない。何か食わないと︶
極度にお腹が減ると胃が痛くなる。結果、一度迷宮を滅ぼす程の
魔力の塊を口から放った事があった。
1643
エヴァンはそれがすっかり変質した体内器官から分泌される胃液
︵魔性胃袋の力を宿した︶だと信じていた。
そしてこれを使用した後は、とんでもない程の空腹。まさに、死
を覚悟する程の空腹が押し寄せて動く事が出来なくなってしまうの
だ。
︵あの時はすぐ町に戻って大量に食べれたけど、樹海でそれは流石
にな⋮⋮︶
出来るだけ回避したかった。かといって、ティラスティオールの
死体を貪るのも気が引ける。一度間食して、美味しくなかったのを
覚えていたからだ。
美味しければ魔力の質が悪くとも量も行けるのだが⋮⋮。
ティラスティオールの魔力は純度が高いかと言われれば、それほ
どでもない。
︵⋮⋮そう言えば、アイツはどうした? あの黒いモヤモヤを持っ
てたアイツ︶
襲いかかるティラスティオールの攻撃をかわしながらエヴァンは
己の獲物を見つけた。奴らを後ろから急かしていたアイツは、魔素
の、魔力の塊だったと竜の嗅覚がつげるのである。
ゴーギャンを軸に必死に交戦するTKGとバンドを余所に、エヴ
ァンは獲物を求めて疾走する。飢えてしまえば、喰らう事に関して
何ら疑問など持たなかった。
﹁⋮⋮⋮⋮臭うわね﹂
1644
エヴァンを横目に、リューシーも鼻をひくつかせながら、ルビー
に染み付いたとある匂いを辿って森の奥に消えて行くのである。
−−−
﹁エルダーウッド、出て来なさい﹂
̶̶はい、かしこまりました。
サレエレの呼び掛けに、どこからとも無く背広を羽織り帽子をか
ぶった男が姿を現した。
﹁ご機嫌麗しゅうございますな﹂
帽子を取り優雅に挨拶をする男の名前はエルダーウッド。サレエ
レの嫉妬する心に取り憑いた木の精を自称する男である。
自慢のチョビ髭をチョロチョロと弄りながら、エルダーウッドは
周りに目を向ける。日中でも薄暗い樹海の中である、今が夜だとわ
かるが月の位置から詳しい時間帯は把握できなかった。
﹁有象無象が紛れ込んでおりますな?﹂
﹁ええ、獣人の王族が居るの。流石に銀の一族ならまだしも、金の
1645
毛色を持つ王族は相手に出来ない﹂
そして北の自由都市を納める魔族。ゴーギャン・ストロンドまで
味方している。全く持って厄介な女だと、サレエレは顔を見にくく
歪ませるのである。
﹁行けませんぞ。麗しいご尊顔が台無しにございます﹂
﹁仕方ないわよ、これが嫉妬なのでしょ? 酷く憎い、殺してやり
たいくらいにね﹂
兼ねてからルビーを後ろからつけていたサレエレは、あの時ティ
ラスティオールにヤラレてしまえば良かったのだと常々思っていた。
全く魔族はこれだから使えない、さっさと犯してしまえばいい物の。
︵̶̶ゾクゾクしますな。これだから嫉妬は美しい︶
その様子を見て、エルダーウッドは帽子を口元に添えると、ニヤ
ッと口を動かした。そして表情を戻す様にチョビ髭を触ると、自分
の後方に意識を向けながら言う。
﹁邪魔者が私達に気付いているようですね?﹂
サレエレは、
﹁ッチ。厄介な﹂
ルビーが離れた事に寄って森の声が再び聞こえて来る様になって
いた。忘れてしまった物を思い出す様に少しずつ少しずつ。それが
何となく教えてくれる、一人の人間と金色の獅子が近付いていると。
1646
﹁私は余り相手取りたくないのだけど?﹂
﹁それは私も同じでございます⋮⋮木の精ですから?﹂
エルダーウッドはどうしても獣人との戦いを避けたかった。
﹁いいわ、酷だものね。力を貸して頂戴。私が獣人の方を引き付け
ておくから、人間の相手が終わったら助力を頼むわね﹂
﹁仰せのままに﹂
エルダーウッドはすっと闇に消えた。そしてサレエレは自分が有
利に事が運べる様な場所を探して移動する。
︵邪神様が言った通りですな。つくづくダークエルフは不幸な役目
を背負っている。そして、今回もまた同じ事の繰り返し。そうでし
ょう、邪神様︶
エルダーウッドは、懐から取り出した邪神の欠片を恍惚そうに見
ながら思案する。復活してからしばらく落ち着いていた邪神様が、
狂気に満ちた世界を望んでいる。
深い闇色の髪、生き血の様な赤黒い髪のコントラストが頭に浮か
ぶ。
︵素晴らしい、実に素晴らしい。あれはもうサタンとか言う糞悪魔
では無い。私がお仕えするには相応しい人物だ︶
様々な欲望。
中でも嫉妬に塗れたその心が素敵だった。
1647
︵あれ程の劫火を灯すなんて、人間はつくづく素晴らしいですな。
戦に負けて闇の森に巣くい、力を溜め続けて良かった。生まれて二
度もこんな心を持った方に会えるなんて⋮⋮︶
黒く燃える炎を懐にしまうと、エルダーウッドは正面を見据える。
相手は人間である。だがエルダーウッドには見えていた、そいつが
とてつもない膨大な魔力を内に宿している事に。
︵異邦人がやって来てから、まったく波乱が尽きん物ですな。異界
の技術はまさにとんでもない物だ。だがそれだけ嫉妬の芽も増えて
行く︶
思わず笑いそうになるが、チョビ髭を触って心を落ち着ける。
︵いくら希代の英雄並みの能力があったとしても。人間が人間であ
る限り、私達には付け入る隙がいくらでもあるわけで⋮⋮︶
まぁ保険も準備しているしな。とエルダーウッドは自分の懐をポ
ンポンと軽く叩いてその人間と対峙するのはただ待つだけだった。
1648
動き出す竜と金獅子︵後書き︶
聞こえる聞こえない。
は、さておき。
木々は誰に対しても平等に物を教えてくれます。
ダークエルフが意思伝達を木々のネットワークを通して行ってい
る様に、獣人もまた別の感覚で木々から情報を得ているのです。
ダークエルフは通信回線で獣人は井戸端会議のコミュニティ的な
感じ。
やっとエヴァンが戦います。
今までちょい役だけだったんですが、やっとピックアップできる
んですな。
彼の戦いを。
1649
護国竜と一人の侍
﹃⋮⋮腹を空かせておるか﹄
何かを感じ取ったローロイズの護国竜は、眠りから目を覚ますと
ポツリと呟いた。
﹃⋮⋮まだ殻から孵ってもおらぬくせに﹄
もた
この世に生きるものは全て、空かせた腹を満たす為にその身体を
擡げる。自然の摂理、魔素の塊を内包する竜種は文字通り成体にな
らずとも食物連鎖の頂点に居座る。
まだ幼く発達していなくとも、竜は竜として成り立っているのだ。
そして、護国竜ガイヤは遠く魔大陸の地で餌を求めて吠え続ける
我が子の叫びを感じ取っていた。
﹃殻から、孵ってもおらぬくせにな﹄
先を見通す澄んだ翡翠色の目を遠くに向けながら再び呟いた。
その瞳からは母性が感じられる。
﹁なんだガイヤ? 溢れ出んばかりの母性を身に纏ってるぞ﹂
﹁⋮⋮興が削がれた﹂
さっきまで澄み切っていた煌びやかな瞳も、その男の一声で鈍色
に変わる。
1650
﹁もうとっくに魔大陸へ渡っているかと思ったぞ﹂
﹁少し準備する物があってだな﹂
男は言う。
﹁飛竜の卵はどうなっている?﹂
その一言に、ガイヤは目を細めた。
﹁持って行くのか?﹂
﹁ああ、居るんだろ? ̶̶̶受け継いだ奴が、面倒事増やしやが
って﹂
どこでその情報を、とガイヤは心の中で悪態をつく。この男の所
福音
所属だったな。ローロイズもエレシアナの目が変わってか
属は、ビクトリアの大教会の目の前にあるもう一つの大教会
の女神
ら著しく発展を遂げたが⋮⋮、福音の女神は未だ底知れぬ何かを感
じさせる。
元々小さなパーティだったとガイヤは目の前の男から聞いていた。
パーティのリーダーは一人の神父。
上級精霊フェンリルを従えるエルフの姫君
世界に一つしか無い魔本を持つ魔法を極めし少女
その神父に集ったのが福音と呼ばれるパーティ。
それだけでも一国に一人でもいれば十分すぎる程の肩書きを持つ
賢人でも有り、魔人でもある占い師
傑物であるというのに、このパーティの男たちは更に上を行く。
1651
福音の裏側全てを担う黒い執事
心に鬼を宿す者
目の前に居る男はよく知っている。
思えば、こんな奴が竜の卵を孵化させるだなんて、到底不可能に
剣の鬼
と呼ばれ、次第にその
違い無い。たぐいまれなる剣の才を持ち、自身でそれを理解し情熱
を注ぎ続けている男は、民衆から
剣筋に鬼人の如き鋭さを宿し始めた。
護国竜ガイヤも初めのうちは気付かなかった。
意志は人を先に進ませる。
剣聖という立場も、否応無しに変質し、この男は更に強くなる。
一つの育ての親の様な目線を持っていたのだが⋮⋮、
︵この男は、この男は、とんでもなく可愛くない︶
出会い頭に﹃たぐいまれなる剣の才を持つ男よ﹄と告げたガイヤ
唯一無二だ馬鹿野郎
﹄
に向かって、その男はこう言い返したのだ。
﹃
言葉通り。
﹁本当に唯一無二だったか⋮⋮﹂
人は誰しも心に鬼を持つ。
それは太古、人斬りの侍に取り憑いた。
1652
そうする事で世界に鬼は溢れない。
当時はそう信じられていた昔話だ。
か
絶大な力を実に与えるが、災厄にもなりかねない力。
彼の侍も扱いきれなかった。
そんな代物を、目の前に立つこの男はただひたすら剣を振るう意
志を持ってして押さえつけた。まるで﹃お前らの意見は関係ねぇ。
俺は剣を振るうから黙ってろ﹄とでも言わんばかりの。
﹁あ? 何言ってんだ。こっちだって色々準備してんだよ。いいか
ら早く寄越せ﹂
﹁⋮⋮﹂
物思いにふけっていたガイヤは、我ももう年寄りかとしみじみ感
じてしまった。齢幾つかも既に覚えちゃいないのに。
﹁お前らの情報源は恐ろしい⋮⋮承知した、暫し待て﹂
ガイヤが目を瞑ると、男との間に魔法陣が浮かび上がる。そして
大きな飛竜の卵が魔法陣から姿を現した。
﹁まぁ、セバスは色々と苦労してるからな﹂
﹁手伝いと称して他国の内政までやらせた上に、その言い草か﹂
ガイヤは思う。あれは黒い執事ではなく、苦労執事だったと。
確か福音の女神のトップであり、あのエリックの後継者、現法王
である神父クボヤマは職務をほっぽり出して魔大陸でのトラブルに
巻込まれていると聞いている。
1653
︵それだけ癖の強い連中を纏めるのには並みの努力じゃ足りないか︶
戦闘力はそこまで無いと聞くが、それ以外の能力でフルカンスト
していそうな執事を思い浮かべて、全く表情が変化しない竜姿のガ
イヤの口が一瞬曲がった様に見えた。
﹁適材適所。ほら、俺戦闘員その一だし﹂
卵をしまう男に、ガイヤは聞く。
﹁確かに、我は一つの推測を持って子を現法王の居る魔大陸へと導
いた﹂
何かしらの運命にあれば交じり合うかもしれない。
あくまで、可能性の範疇だった。
﹁運命と呼ぶには本当に出来過ぎているが、魔法を受け継いだエヴ
ァンは、魔大陸に渡ってすぐクボヤマと合流したよ。そしてすぐ一
つの迷宮を潰した﹂
﹁無秩序区の迷宮であろう。アレは神父の怒りであったと報告が上
がってる。そして未だ竜魔法の初手しか使えないはずだがな﹂
チッチッチ。と男は指を振る。
食い殺そうかと思ったが、我が敵意を持たぬ人を裁く事は二度と
無い。
⋮⋮人でなければいい。
子に受け継がせた今、勝てるのかわからんが。
1654
﹁クボヤマにはやらかした事だけは報告を上げさせてたからな。セ
バスが鬼マインして﹂
M言語
がわ
と呼ぶ。そしてセバスの元
男が小型魔導通信機を見せる。ここ最近、魔導制御言語と言う新
たな技術が生まれた。民衆は
だ。
既読
で密かに作られているのがメッセージの送受信アプリ。
マイン
心と心を通わせる
̶̶通称MINE。
コンセプトは、
クボヤマは連絡無精に落ち入りやすいのでしっかり
かる機能搭載付き。三日既読が付かなければセバスが鬼マインして、
それでも気付かなければ全員出動。クボヤマを無理矢理にでも連れ
戻す密約が交わされていたりする。
因に、エリーは持って数時間でクボヤマにブロックされた。
世界をあるがままに楽しむ派であるクボヤマはゲーム内。RIO
の世界でこう言った最新式の通信機器を持つ事を嫌がる。
連絡が可能になったのは嬉しいと言っていたが、こう言ったアプ
リは﹁なんか違う﹂と必要最小限にしているのだ。
ビデオ通話はいいのかと突っ込まれれば、そう言う魔術だってあ
るからこれは有りだと。⋮⋮エリーは着信拒否されている。
﹁⋮⋮ふむ﹂
ガイヤは男の持つ魔導具を一瞥して呟いた。
﹁なんだ、欲しいのか?﹂
1655
﹁⋮⋮欲しくないと言えば嘘になるが、我は連絡する相手もおらぬ
し、使い方だってわからぬ﹂
普通の人からすれば、竜が魔導具を使うなんて考えもしない事だ
ろう。文字通り、人が使う物だという前提があるから。
そんな物はこの男には無い。
竜種が人の姿になれる事を知っているから。
﹁エヴァンに持たせればいいだろうが。使い方なら俺が教えてやる
よ、船の中でな﹂
﹁ふむ⋮⋮考えん事も無い﹂
ガイヤの表情が今日二度目の変化をおこす。
それに釣られて男も笑う。
﹁はっは! なんだかんだお前も親バカだな!﹂
﹁我が子が可愛くて何が悪い﹂
・・
そう言ったガイヤ。
彼女の元に魔法陣が浮かび上がる。
そして魔法陣に包まれたガイヤの身体は光を帯びて収縮して行き、
胸元の大きく空いた翡翠色のドレスを纏った妖艶な美女が、同じく
翡翠色の真っ直ぐな長髪を揺らしながら男の方へ近付いて行く。
﹁我、最新式が良い。エヴァンにもそれを持たせようすぐに準備し
ろ﹂
﹁気がはえーな。ってかこんなに美人だったなんて知らなかったん
だけど﹂
1656
少しつり上がった翡翠色の瞳が男を貫く。
妖艶な口元はニヤリと動く。
﹁驚く暇はないぞ、我が子の成長を見届けねば﹂
﹁まるで何しに行くかわかってる様な言い草だな﹂
ガイヤはチッチッチと指を振る。
﹁最早、今のお前にその飛竜の卵は孵化できん。そう言う事であろ
う?﹂
やり返された男は額に青筋を浮かべるが、ガイヤの言葉を聞いて
話が早いと笑みを浮かべる。
﹁悔しいけどな。でもなっちまったもんはしょうがねぇし、セバス
の予想ではこれから大きな戦いがある。邪神勢も動き出した筈だ﹂
それなのに、と男は付け加え。
﹁ウチのギルドマスターは絶賛家出中だ。まぁ本人は自由に行きた
いのに、周りがそれを許さないからな。今回は見送ったつもりだっ
たが向こうでも色々あったらしい、少し気合いを入れ直しに行く訳
だ﹂
﹁その為に色々と準備していたわけであるな?﹂
﹁そうだ。少し黒歴史をいじり倒してやろうと思ってな⋮⋮ぷ、ぷ
くくくく!﹂
男は思い出した様に笑い出す。
ガイヤは訳がわからず唖然としていた。
1657
﹁いや、こっちの話だ。すまん﹂
﹁よかろう。それより、早く魔導通信機を二台購入しに行くぞ﹂
﹁ってか、いいのかお前? ここから勝手に出て﹂
﹁今のローロイズは安定している、そう簡単に争う事も無かろうに﹂
ガイヤはふと立ち止まって男の方を向く。
﹁お前と呼ぶな。これでも竜種だ。ガイヤと呼べ﹂
﹁じゃ、俺はユウジンだな。人らしく名前で呼び合おうか﹂
1658
護国竜と一人の侍︵後書き︶
神様は天パ。
竜種はストレート。
遂に護国竜が動き出しました。
1659
竜の天敵。獅子は吠える
エルダーウッドは獰猛な魔物を相手にする様に、掛けて来るエヴ
ァンを引き付けながら手のひらに凝縮された闇魔法の波動をそのま
ま放出する。
彼は元々闇の森の木に潜む悪魔だった。
階級は下の方である。
だが、闇の森に封印されていた邪神の欠片の一旦に触れ、強大な
魔力を得た。邪神の欠片を回収したのは闇の中の王の一人、この世
に顕現する力を自分で兼ね備える悪魔サタン。
今世の邪神の欠片には悪魔の要素も含まれている。
運が良かった。
それが無ければ、ただの木に潜む下級悪魔であるエルダーウッド
は、ダークエルフの呪いでジワジワと消滅に至るしか無かったのだ
から。
﹁ーーギャオッ!﹂
幼竜の魔力が衝撃派となって、闇の波動をかき消した。
﹁小癪ですな。人の身体を持った小さな竜種﹂
お互いが魔素の塊、大きな魔力の渦を持つ。
竜と悪魔、共に純粋な魔素体である。
1660
ただ、違う事を上げるなら現世に実態を持つか持たないか。
闇の世界で生きる悪魔は、実態を持たない故に陽の光によって力
を削がれてしまう。
渇望する、嫉妬する。
自分たち程の強大な魔力をその身に宿しておきながら、実態を持
つ竜種に。
﹁驕りですな。今は闇夜の中、少し力は劣ろうとも、今の私であれ
ば幼竜なんぞ片手でも捻り殺せる﹂
ピラミッドの頂点に立ち、外敵の居ない竜種。
﹁そんな物、現世での話ですな﹂
暗黒界、幽界、天界。そして悪魔界。魔術では無く、根本にある
魔素をそのまま扱う力を持つ悪魔。法は術の上位に立つ。
﹁天敵と言う言葉を教鞭してあげましょう﹂
そう言ったエルダーウッドの周りには、無数の黒い渦を巻いた玉
が浮かぶ。ひとつひとつに、浸食し消滅させる闇の力を凝縮させて
ある。時空が歪む様だった。
それを見ても果敢に突っ込んで来る小さな竜種。
﹁世間知らずが﹂
エルダーウッドはそう一言呟いた。
1661
世間知らずが、とこの悪魔は言った。
エヴァンはそれを鼻で笑った。
︵今日もついてるぜ︶
コイツは俺を侮っている。
戦いという命を削る状況化で、相手を侮るなんてもってのほか。
不死身の肉体を持っているならまだしも、相手は実体のない悪魔。
付け入る隙はいくらでもある。
そして、魔力の質から幼竜だと勘違いしたエルダーウッド。
エヴァンの地力はそんな物じゃない。
ボス
竜魔法を持つ前から、ハンターランクB指定の大型モンスターを
全てソロ討伐。という実績を持っていたエヴァンは、純粋に強かっ
た。
対一、対多数の戦闘経験を持つエヴァンは戦いに大いに慣れてい
る。本能のままに戦う顕現したばかりの悪魔と違い。
戦い生き残る術を持っているのだった。
﹁喰らえば消し飛びますな﹂
1662
エルダーウッドの渦巻く闇の玉が飛んで来る。
様々な角度をつけて飛来する玉を両手両足と持ち前の柔軟性を駆
使して交わして行く。
︵まずは、遠距離攻撃をどうにかしないとな︶
食い物に関しての頭は良くない−主に食べる事優先になる為−が
戦闘に関しては、悩めるクボヤマにもズバズバ物を言える程である。
︵咆哮だけじゃ、少し厳しいか︶
自分が持っている遠距離攻撃は、幼竜咆哮のみ。
基本的な戦略は全ステータスがINT依存になった攻撃力で物理
ダメージを狙う、ただそれだけ。
単純であるが、玉を全て躱して肉薄する位しか今の自分には出来
ないと自覚もしている。そしてそれが可能である事も、さっきの玉
を躱した事で読み取れた。
﹁小癪な!﹂
森の木を飛び跳ね、狙いを絞られない様に縦横無尽に駆け巡りな
がら、徐々にエルダーウッドに距離を詰めて行く。
所詮下級悪魔だったか。
一抹の慢心がエヴァンの心の中に生まれた途端。
﹁ま、誘導だったんですがね﹂
1663
不意に、目の前に闇の玉が浮かび上がる。
エルダーウッドはにやりと笑う。
﹁チッ﹂
舌打ちしたエヴァン。このままでは顔面からぶつかりに行ってし
まう。球の威力は森の木々を当たった先から粉々にしているので察
しはつく。
一か八かの掛けに出た。
̶̶̶バクンッ!
﹁な!?﹂
﹁ぐおっ﹂
闇の魔力の塊を食べたのである。
エルダーウッドは驚愕の表情を浮かべた。
腹の中がよじれそうだ。
だが、闇属性でもそれは魔力の塊である。
竜には無い。
魔性胃袋の能力が無理矢理闇の魔術を変換し、貯蔵して行く。
苦痛は一瞬で終わった。
同時に、勝利が確定した瞬間である。
﹁中々、珍しい味だったぞ⋮⋮うっぷ﹂
大抵物は美味しく食べれるエヴァンの馬鹿舌も、闇の魔力は余り
1664
美味しくなかったのか、
結論、糞不味い。
珍しい味
という評価を与えたのだった。
そしてエヴァンは吐き気を催した。
あの時と一緒だった。
﹁オエエエエエエエエエ!!!!!!!!﹂
閃光が、口から迸る。
受け付けなかった魔力の一部が吐き出されるのと同時に。
今まで溜めていた分まで一気に吐き出されて、そのエネルギーの
奔流がエルダーウッドに直撃した。
﹁⋮⋮腹減った。やべぇ、俺の餌﹂
エルダーウッドが消滅してしまったら、俺の飢えが満たされない
とばかりに、エヴァンは空腹で振らつく足を動かして抉られた森の
咆哮へと向かう。
﹁⋮⋮恐ろしい人間だ﹂
負けたが、流石は悪魔。
その生命力は大分削り取られた物の、何とか存在自体は残ってい
た。
﹁そして、私を食べようと言うのですか?﹂
悪魔を食べるだなんて聞いた事が無かった。
人を誑かせて共食いさせる遊びは存在する。
1665
目の前の男に改めて恐怖する。
一瞬垣間見えた僅かな慢心、その心の隙を付いて致命傷を与えた
かに思えたが、目の前の男は、消滅の波動が詰め込まれた魔力の塊
を喰らいやがった。
逆に、自分が心を飲み込まれてしまった様だった。
竜でも人間である限り、悪魔は負ける事は無い。
固い心を持つ高潔な人間が居る事もあるが、人とは基本的に欲望
に塗れている物だった。
この男にはそれが無い。
心を感じ取る。
︽腹減った腹減った腹減った腹減った飯飯飯飯肉肉肉肉野菜肉果物︾
⋮⋮バランス良く食事をしなければ、身体を悪くするというのに。
コイツは、食べる為だけに戦っている。
獣の様な男だった。
﹁くそ、せめて顕現する寄り代があれば⋮⋮﹂
相性が根本的に不味かった。
魔素体である悪魔の前に、まさか魔素を喰らう事の出来る者が現
れるだなんて。
戦いのステージにすら立てていなかったのである。
嘆いても遅い、邪神の欠片の一部は出来れば取って置きたかった。
1666
これだけの嫉妬の塊を自分に使ってしまうなんて勿体無い。
あの女に、植え付けて、もっと寄り代として洗脳してやりたかっ
た。
﹁⋮⋮仕方ないですな﹂
これを使ったとしても、勝てるかわからないが。
そんな時、頭に声が聞こえて来た。
﹃̶̶エルダーウッド
契約を交わしましょう?﹄
ニヤリ。
とエルダーウッドは口を歪ませた。
−−−
<サレエレとルーシー>
﹁引いてはくれないのよね?﹂
そう言ったサレエレの顔は痛みに酷く歪んでいた。洗礼された戦
う力を持つダークエルフでも、獣人の王族の持つポテンシャルには
1667
歯が立たなかった。
金獅子の戦乙姫とも呼ばれるルーシー・リューシーは、その身を
大きな獅子に変化させる事無く、木の上から待ち構え、様子をうか
がっていたサレエレを仕留めたのである。
﹁ダークエルフ、何故森から出る﹂
言葉には重みがあった。
サレエレは唇を噛み締める。
﹁貴様らが勝手な事を言うから、我らが獣人の一族が魔大陸の大森
林の手が及ばぬ部分を管理していたのは知っているのか?﹂
サレエレは返さない。
それでもなお、ルーシーは続ける。
﹁放蕩していたとはいえ、唯一の繋がりを持った銀の一族を薄暗闇
の森に捨て置くとはどういう事だ﹂
﹁それは王命よ﹂
やっと口を開いたサレエレ。
﹁元より、貴方たち獣人族は人と関わり過ぎた。毒されている。欲
望は邪悪を生むわ。あの銀の子は人の大陸に行っていたそうじゃな
い? 貴方たちと同じで毛並みは受け継いでいるけれど、私には十
分に汚らわし̶̶﹂
﹁グルルルルッッ﹂
ルーシーは殺気を込めて喉を鳴らす。
1668
それに恐怖を抱いたルーシーは再び口を噤む。
・・・・・・・・・
﹁時は過ぎて行くのよ﹂
ルーシーは小さく本音を打つけた。一応関わりのあったダークエ
ルフ達も、元を辿れば一つの森に生きる仲間である。
その瞳には悲壮の色を映して。
﹁ケラウノ様は、人の血を混ぜようとしている。でも⋮⋮もうずっ
とずっと私が生まれる前から続いている風習を他の同胞が許す事は
無い﹂
時は過ぎて行くが、ダークエルフはずっとそうして来た。
外界との繋がりを極限まで削ってこの森の根本を管理して来た。
本能は、守ろうとしていたのか。
それとも、本能の更に奥底に燻っていた何かだったのか。
ルーシーはサレエレに残る邪悪な匂いを感じ取る。
﹁遅かったのよね﹂
﹁ダークエルフは変わるか滅ぶ、⋮⋮だって私がそうだもの﹂
サレエレの中に芽生えた嫉妬の火種は、自分自身を滅ぼす事に作
用した。
きっとこの火種はダークエルフ全体に燃え広がる。
﹁不思議よ、例え滅びてもケラウノ様があの女と結ばれない事に凄
く安心するの。ダークエルフがあるべき姿を持って朽ちて行く姿だ
1669
って、誇らしいわ?﹂
今度はルーシーが唇を噛み締める。
﹁もう少し、大人になりなさいよ。貴方たちは﹂
﹁今だからわかる、オフェロス様もずっと同じ。今の私とずっと同
じだったわ﹂
じゃあね。とサレエレは言った。
同性と壁の無い会話が出来て多少はスッキリしたのかもしれない。
﹁̶̶エルダーウッド、
契約を交わしましょう?
私の嫉妬の心が欲しいのよね?
愛おしいのよね?
その全てを受け取りなさい。
ダークエルフの全てをね。
1670
デモンズオース
悪魔降臨﹂
サレエレは禁忌を呟いた。
1671
竜の天敵。獅子は吠える︵後書き︶
精進します。
@tera︳father
フォローありがとうございますー。
1672
森を統べる悪魔
デモンズオース
﹁悪魔降臨﹂
サレエレは禁忌を呟いた。
嫉妬の心の黒いモヤモヤが、確りとした形を作る。
エルダーウッドが身体に入り込んで来るのがわかった。
思えば、種を守る為に変化を受け入れないダークエルフは、こう
言った邪悪な脅威から自らの種族を守る為でもあったのかもしれな
い。
走馬灯の様に意識が駆け巡り。
心の中の嫉妬が膨れ上がった。
︽憎い憎い憎い憎い!!!︾
そして溢れ出した闇の魔力の渦がサレエレを包み込む。
﹁⋮⋮なんて事を﹂
変わって行く同じ地に生きた者を見据えながら、ルーシーはそっ
と涙を流した。それを振り払うと、大きな金色の獅子の姿へと変貌
して行く。
悪魔降臨を行った者はその自我まで、記憶まで奪われる。
そして地力で地上に顕現できる程の力を持った悪魔は、その力を
百パーセント近い純度で再び地に降り立つのだ。
1673
闇が晴れても消えない肉体を持って。
流石に全力を持ってして挑まねば勝てぬだろう。
﹁グオオオオオオオオオ!!!﹂
自らを奮い立たせる為の遠吠え。
出来るなら、一人で戦いたかった。
それが獣人族である。
仲間の危険には同行するが、その逆は許さない。
︵最も彼は言っても聞かないと思うのだけど︶
﹁なんじゃこりゃ! どうなってんだルーシー!﹂
ティラスティオールの死体をぶん回しながら、血に塗れたゴーギ
ャンが森の中からドスドスと走って来る。スプリガンの特性を併せ
持つ希少種リトルビットの彼は、ティラスティオールと戦う為に身
体を大きくさせていた。
そんなゴーギャンも見上げる程、獅子に変貌したルーシーの身体
は大きい。
﹁デモンズオース⋮⋮一足遅かったみたい﹂
ルーシーの言葉を聞いたゴーギャンは目の色を変える。
﹁おいおい、ダークエルフが悪魔の力を借りる!? マジでどーな
ってんだこりゃ!! しかも、とんでもねぇ悪魔を降ろしちまった
1674
みたいだな﹂
目の前で渦巻く邪悪な魔力の流れ。
女神聖祭
人ではなく、ダークエルフの身体を寄り代にした悪魔の力は更に
強大な物へと膨れ上がって行く。そして、その中には
アイツ
の専売特許だろうが!﹂
の時に一度だけ見た、邪神の欠片と同じ力が宿っていた。
﹁邪神の相手は
﹁ゴーギャン、あの女の子は?﹂
﹁ああ、嬢ちゃんならあの三馬鹿に見てもらってるよ。アレでもこ
の戦いについて来れるくらいの腕は持ってるからな﹂
煮卵、温玉、半熟の三人は、ルビーの不運の巻き添えを位ながら
も安全圏へ逃がす為に奔走している。
﹁おい! これはいったいどういうことなのだ!﹂
﹁めんどくせぇのが着やがった⋮⋮﹂
戦いで木々がなぎ倒され、少し開けた森の中にケラウノもやって
来る。そして、ゴーギャンとルーシーを見ながら舌打ちした。
﹁北の王と南の王族が、何故ここに居る﹂
返事を聞くつもりも無いようで、浮かび上がった黒い物体を見な
がら。
﹁⋮⋮サレエレ? 君なのか?﹂
唖然として呟くと、激昂した。
1675
﹁貴様ら!!! サレエレをどうした!!! 悪魔と手を組んだの
か獣人の王族ルーシー・リューシー! 北の魔族ゴーギャン・スト
ロンド!﹂
その様子にルーシーが溜息を尽きながら言い返す。
﹁愚弄するか? 我らが森に生きる仲間を売るとでも? 我らの誇
り高き血筋、ダークエルフでさえも認めていると聞くが? オフェ
ロスの子よ﹂
獅子に睨まれて、ケラウノも一瞬おののく。だが、ケラウノも王
の血を引くもの、それだけで戦意を喪失する事は無い。唾を飲み、
一度心を落ち着けるとルーシーに聞いた。
﹁赤髪の女は、近くに居なかったか?﹂
﹁ああ、それなら̶̶﹂
﹁グルルルルッ!﹂
気軽に口を開いたゴーギャンを、一唸りでルーシーは黙らせる。
﹁おー、こわっ﹂ゴーギャンは肩をすくめて首を振った。
﹁貴方、人族の女をどうするの? ダークエルフが持っていても一
つもいい事は無い筈よ?﹂
乙女の敵だとも言わんばかりの視線で、ケラウノを射抜く。
﹁うぐ、それは教えられん。だが、邪神が復活した今、我々も動か
ねばならん。人に手を貸すくらい、いいではないか?﹂
1676
かつてもそうした様に。とケラウノは締めくくり再び黒い闇の物
体を見上げる。
﹁何を言ってるの? そう言う事じゃないわよ。この引きこもり!﹂
﹁我を愚弄したな! 混血が進み獣化出来る種族も少なくなった獣
人族に言われたくないわ!﹂
﹁何よ!﹂
﹁何だと!﹂
言い争いに発展した。
んなこと争っている場合ではない。
﹁おいおいおい、言い争ってる場合じゃないぞ。奴さん、そろそろ
お出ましみたいだぞ﹂
ゴーギャンの一言で口喧嘩は一旦ストップした。
そして、三人で上を見上げる。
渦巻く魔力の奔流が徐々に収束を迎え、ゆっくりになって行く。
空気が震える。
ドクンドクンと、お互いの心音が聞こえている様だった。
だが、一つだけ違う音が聞こえる。
頭上から。
地上に肉体を得た悪魔が、余りの嬉しさに身を震わせている様な
音。
﹁すまん、悪魔を取り逃がした!﹂
1677
エヴァンもルーシーの近くに立つ。
ルーシーは﹁仕方ない﹂とばかりに首を動かした。
﹃ふははははははははは!!! 素晴らしい、素晴らしいですよ!
!!﹄
女性の声が聞こえる。
サレエレの声と良く似ていて、ケラウノは反応してしまう。
それをルーシーに宥められる。
纏っていた魔力の奔流が消え去った。
闇の空にはメイド服を身に纏ったサレエレが居た。
﹁この矮小な悪魔めがアアアアッ!!!!!!!﹂
同胞に限りなくそっくりな悪魔。単純に降臨したベースがサレエ
レだったからにすぎないのだが、ダークエルフのケラウノからすれ
ばそれは埃を汚され、とても許すに値しない行いだった。
素早く弓を引く、そして魔力を込めた矢を放つ。
そして、木々に飛び乗り空に浮かぶ悪魔に肉薄し、腰に付けてい
た短剣を抜き飛びかかる。
﹁行く手を阻め﹂
悪魔が手をかざすと、木々から蔓が伸びてケラウノを捉えようと
する。
﹁いいや阻むな!﹂
1678
王者の貫禄か、森の木々を一睨みすると蔓が一瞬止まる。
﹁お前たちの主は誰だ?﹂
それを無理矢理従える様に悪魔は言葉を紡いだ。足を絡めとられ
たケラウノは、そのまま大きく投げられて森の木に背中を強く打ち
付けた。
﹁くふふ、ダークエルフの王族よりも私に従うのか⋮⋮蠢け闇の森
よ!﹂
まるで力に酔いしれる様に、ダークエルフの女性と契約を結び降
臨したエルダーウッドは腕をかざして森を操る。
手を一振りする度にざわざわと木々が音を立てて蠢いて、長く眠
っていたエント達が招集に赴く様に腰を上げ移動して来る足音が響
き渡る。
﹁ケラウノ!﹂
リューシーは人の姿をとると、全身を激しい痛みで動けなくなっ
たケラウノの元へ向かう。
﹁⋮⋮元より、ダークエルフの力は弱まっていた。我の願いも最早
聞いてくれぬか、ぐっ﹂
木の声が届かない状況の一旦はルビーにあるのだが、それは止め
の様な物だった。元より、通じ合っていたエント達とすら長らく会
話を交わしていない。
1679
それだけダークエルフの力は弱まっていたのだし、今回もやっと
声を聞き届けたかと思ったが、あっけなく目の前の悪魔に従ってし
まった木々達だった。
古木の悪魔であるエルダーウッドは木々を騙すなんて朝飯前。そ
してダークエルフの力ともどうかしてしまえば、自分が新たなダー
クエルフの王族だと偽る事なんて雑作もないのである。
﹁エントがくれば厄介だ、早めに決着を付けなければならん﹂
ケラウノは立ち上がる。もしかすれば救えるかもと思っていた同
胞の命。だが、アレは最早別物になってしまっている。
心苦しいが、同胞のためだ。
ざわざわと蠢く森の周囲からは同胞達の悲痛な叫び声が聞こえる。
戦っている。
今まで手を貸してくれていた森の木々達と。
﹁覚悟は決めた﹂
前を向く。リューシーも再び獣の姿に変化し、ゴーギャンも戦闘
態勢をとって大剣を抜いて構えている。
エヴァンは残された少ない魔力で、一撃に望みを託すべく魔力を
練っていた。状況から察して、あのエネルギーの奔流しか今の自分
に出来る術は無いと悟ったからだ。
﹁まだ楯突くのだな? 私降臨の手向けにしてやろう﹂
1680
エルダーウッドがそう言うと、木の蔓、葉っぱ、枝、根が土を巻
き上げて一つの大きな波の如く彼等に襲いかかる。
三人の王と一人の竜は樹海の津波に立ち向かって行った。
1681
森を統べる悪魔︵後書き︶
フォル﹁クボ! 燕尾服の悪魔が女の子に降臨してなんだかんだメ
タモルフォーゼした後、メイド服の女性の悪魔になっちゃったの!﹂
クボ﹁どうしてそうなった?﹂
1682
愚かなダークエルフ
﹁ぐ、糞ったれ⋮⋮﹂
王族にあるまじき、汚い言葉が出た。大量に巻き上げられた腐葉
土や入り混じった不純物を浴びて、口の中に入った物を吐き出す。
当たりを見回すと、森の木々が無くなっていた。津波の様な土流
に根こそぎ流されてしまっているかの様だった。
ケラウノの所だけ被害が少なかった。
何故だ?
目の前には巨大な獅子が居た。闇夜の中でも輝いて美しかった毛
並みは、土にまみれて茶黒く染まっていた。そして獅子の隣にはゴ
ーギャン・ストロンドがのそのそと起き上がる。
﹁畜生、なんで守ったんだ⋮⋮﹂
口を噛み締めて、動かなくなったリューシーを見ながらそう呟い
た。
﹁し、死んだのか?﹂
﹁なま言ってんじゃねーよ、まだ息があるだろ﹂
獅子の胸が小さく動いている。
まだ息があるが、でも弱々しい。
1683
﹁一人も欠けては⋮⋮いけないのよ⋮⋮﹂
彼女は虫の息で言った。
﹁ダークエルフは、森の記憶を受け継いでいる。それを渡してはい
けない。⋮⋮少し休むわね﹂
そう言って彼女は再び目を瞑る。
﹁わかったか? 一人で勝てる程甘くねぇし、お前にそれを背負う
だけの器も無い。馬鹿が一人先走るだけで、こういう結果を生むん
だ﹂
ゴーギャンは思い返す。
周りに翻弄され続けて捻くれた男の情けない姿。
下を束ねる立場にある彼はよくわかっている。
戦いと言う物を。
﹁まぁ、責任はお前だけにあるわけじゃねぇ﹂
気を取り直して何とかするぞ。
と、彼は再び大きな剣を背負っておき上がる。
﹁この身体は素晴らしい、ただの力に任せた顕現では歯が立たなか
ったそこの竜の一撃よりも、もっと強大な力を扱えてしまう。くふ
ふふ﹂
上空に浮かぶ悪魔、エルダーウッドが言った。
1684
﹁でも何かに邪魔されてますね、面倒くさい。ダークエルフの住ま
う深森は⋮⋮向こうの方でしたかな? 情報によればかなり消耗し
ているでしょうし、そのままエント達を向かわせよう﹂
脳裏に自分の父オフェロスの姿が浮かぶ。
場所を掴ませない強大な呪いが施されているが、全ての木々を操
られてしまえば人たまりも無かった。
﹁止めろ! 何故こんな事をする!﹂
そしてあの質量の攻撃を再び使われてしまえば、ダークエルフの
深森は一瞬で飲み込まれてしまう。
﹁何故⋮⋮?﹂
エルダーウッドは嘲笑うかの様に首を傾げて言い放った。
﹁元より敵対している筈だが? 敵につけ込まれる隙を作ったのは
貴方では? 愚かな愚かなダークエルフの王子﹂
サレエレがこうも嫉妬に溺れてくれたのは、予想外の広い物でし
たけど。とエルダーウッドは付け加える。
﹁我が同胞が、悪魔に負けるなんて事は無い! お前達が非道な手
段を使ったからであろう!﹂
見当違いなケラウノの叫び声に、エルダーウッドは腹を抱えて笑
う。
﹁はっはっはっは!! いいか? 教えてやろう! お前の言う私
1685
を降臨させた気高いダークエルフ様はな、心の中でずっと燃え滾ら
せていたのだよ、嫉妬というなの炎を!!﹂
﹁⋮⋮何を言っている?﹂
﹁下らん人間の女一人の為に、お前は同胞を巻き添えにした。知っ
ているか? サレエレというダークエルフが、お前が肌身離さず連
れていたあの女に深い深い嫉妬の感情を持ち合わせていたのをな?﹂
﹁そ、そんな事が?﹂
ダークエルフは恋という感情を理解できていなかった。
非常に長い時を生きる彼等には、時に悪い作用を生むその感情を
余り子に教えない。元より、現王であるオフェロスがある出来事を
境に自然に発生してしまうその感情すら呪いで封じ込めてしまった
からである。
エルダーウッドはサレエレを誑かした。
憎しみの中戸惑っていた彼女は簡単に落ち行くのである。
︵我が、あの女を欲したのは、単純にその力が欲しかったから⋮⋮
断じてその容姿に魅了されたという事実は⋮⋮﹂
心の声が自然に漏れていた。
﹁サレエレの嫉妬⋮⋮まさか⋮⋮それに悪手だった⋮⋮? た、確
かに連れ出してから森の声が全く⋮⋮オブッ!﹂
頬を平手打ちされる。
﹁しっかりしろ! 忘れるな、アレは悪魔だ。ダークエルフじゃな
いぞ。悪魔の前で心の隙を見せるなダークエルフの王子!﹂
1686
ゴーギャンが襟首を掴んで強く揺さぶりながら言う。
その揺れの中で思考は冷静さを取り戻して行くかに思えた。
ケラウノはゴーギャンを手で制すと、立ち上がった。
﹁すまん、助かった。責任は王族である我が取る﹂
目を瞑る獅子を横目に、色々と吹っ切れた表情をしたケラウノは、
指先を噛み切って血を地面に垂らしながら言う。
﹁ゴーギャン、少し時間を稼いでくれないか? 騙された木々達に
再び活を入れねばならん﹂
﹁へ、いい表情じゃねーか。でも足が震えてるぞ﹂
﹁こうして自分の責任を拭うのは初めてだからな﹂
森の中では管理者として絶対的な力を持っていたダークエルフ。
しかしケラウノは太古の戦歴を知らない。
自分の判断で他人が死ぬ事実を全く理解していなかった。
陽動作戦をとった時も、我らダークエルフならば、きっと生きて
合流できると本当に信じきっていた。
これは英雄とされた絶対的力を持つ父オフェロスの威光が大きい。
そしてその血を受けつくケラウノは、その尊い血を使い、再び森
の木々を従えるべく大きな呪いを扱う。
︵父上は意志だけで木々を操るが、我にはまだ操る者の証明をしな
ければならん︶
1687
﹁ま、世の中自分のケツすら更けない奴が一国の頂点やってたりす
るんだからな、任せとけ﹂
オーギャンは親指を立てて地面を蹴っ飛ばした。
・・・
﹁おい出て来いよ。運良く生きてるだろ?﹂
出て来たのはエヴァンだった。土がクッションになって無傷で生
きていた。だが、森の津波が来る際に、もう一度口からエネルギー
の奔流を吐き出していたため、極度の空腹で動けないのは確かだっ
た。
﹁腹が減って⋮⋮ん、これ王果じゃね?﹂
土で汚れているが、捥ぎ立ての魔力を宿しているのがわかる。
﹁うおおおおお!!! 超ついてる! 運がいい!﹂
﹁お前、バッチーな⋮⋮﹂
口を歪ませるゴーギャンを余所に、エヴァンは土なんて関係無く
王果に齧り付いた。腹が一瞬で膨れ、果肉が魔素に置き換えられ貯
蔵されて行く。
﹁俺もバッチリだ。時間稼ぎくらいならやってやるから、お前も早
くしろよな﹂
不敬罪で処刑されそうな言動をのたまいながら、エヴァンとゴー
ギャンはケラウノ前に出て構える。
﹁厄介ではなく、鬱陶しいですな﹂
1688
眉をひそめたエルだーウッドは、メイド服を閃かせて地に降りた。
王族を偽り無理矢理木を従わせている今、再び管理者として返り咲
かれると目障りだった。
さっきのでかなりの木々が死んでしまった。
これ以上、駒を失うのは避けた方がいい。
厄介だった竜の男。
さっきは負けてしまったが、力が増した今なら雑作も無い。
﹁蠢く木々よ。我の呼び掛けに答えろ﹂
第二ラウンドが開始される。
エヴァンとゴーギャンは襲い来る蔓や根を回避しながら、ケラウ
ノが攻撃されない様に時間を稼いで行く。
︽ボオオオオオオオ!!!︾
︽主が呼んでいるぞ!!!︾
︽戦いの時だ!! 盟約を果たせ!!︾
︽森の侵入者を叩き潰せ!!︾
地鳴りと共にエントの集団が集まって来る。
﹁これ以上もたん! それに何だあのデカブツ!﹂
﹁ありゃエントだ! 物理攻撃は通じねぇし、力も馬鹿強ぇぞ! ずっと眠ってたって聞いたのに、起こされて気が立ってやがるのか
!?﹂
焦るゴーギャン。
1689
エヴァンは冷静に切り札を早速使う事にした。
﹁すまん、森を少し消し飛ばしてしまうかもしれん!﹂
﹁何だっていいからやれ!﹂
迫り来るエントと木々にエヴァンは咆哮を一つ上げてその足を止
めさせると、竜魔法を一つ呟いた。
﹁ベイビーブレス!﹂
貯蔵された魔力を竜魔法を使用して吐き出す。今までは生命の危
機か、腹を下した時にしか出来なかった幼竜の切り札も、いつの間
にか制御できる様になっていた。
貯蔵魔力の残りを計算し、確り制御されて吐き出されたブレスは
襲って来るエントや木々を消し飛ばして行く。
﹁全く厄介ですね。迂闊に近づけませんよ。でも、軍勢は三六〇度
から迫ってますよ? どう対処しますかな? ̶̶ッッ!﹂
余裕の表情を見せるエルダーウッドの隣に、大きな丸太が幾重に
も振って来る。
﹁俺も今から本気出すぜ! どうやら騙すだけで余り上手く扱えな
いらしいな?﹂
そう格好付けたゴーギャンは倒壊してその辺に転がっていた大森
林のどでかい丸太を両手で持ち上げると投げて応戦していた。
﹁チッ﹂
1690
エルダーウッドは舌打ちをする。
戦い慣れたゴーギャンは、大技と物量作戦しか未だ出来ないと感
づいていた。
﹁まぁ、私が動けば良い事ですね﹂
﹁̶̶お喋りが過ぎるぞ?﹂
木々の操作に集中し過ぎていた。
気付けば全力で疾走したエヴァンが目の前に迫っている。
﹁くそ!﹂
大きな闇の波動を生み出す。
﹁グッ! やっぱり力が増してるな﹂
﹁くふふふ! 貴様でもこの規模の魔力は食べれないのだな!﹂
天敵の切り札が無効と知って、エルダーウッドは愉悦にウチ震え
た。お返しとばかりに波動を纏った右手でエヴァンを吹っ飛ばす。
﹁̶̶だからお喋りが過ぎるって?﹂
ニヤリと笑ったゴーギャンが言葉をかぶせて来た。
それと同時に。
﹁すまん、待たせた。︽森の木々よ、目を覚ませ。王は誰だ。もっ
と尊い血を持っていた筈だ。その証明をしよう︾﹂
1691
ダークエルフの言葉で紡いで行く。
﹁︽̶̶従うのは、我だけで⋮⋮︾﹂
﹁ケラウノ様、私です。サレエレです﹂
詠唱中に見知った声が聞こえて来た。
雰囲気やトーンから全て、長年聞いてきた付きのダークエルフで
あるサレエレの声だった。
時間が止まった様に感じる。
﹁サレエレ⋮⋮なのか? 悪魔の誘惑に勝ったのか?﹂
﹁はい。長らく眠っていた様な気がします。これは一体⋮⋮?﹂
馬鹿野郎!
悪魔降臨は意志すらのこらねぇ!
遠くでゴーギャンが叫んでいたのだが、耳には届かない。
覚悟は決めていた。
でも僅かでも彼女が元に戻るなら、それに縋りたいのも本心だ。
1692
馬鹿な自分の決断を、許してほしかった。
赦しを乞う様にフラフラと近付いて行く。
そしてまた、ケラウノは同じ過ちを繰り返す。
途中で止まってしまった詠唱。
もはやまた繰り返す余裕なんて無い。
ゴーギャンの叫びも虚しく。
サレエレ、の身体に降臨したエルダーウッドはニヤリと口を大き
く歪ませた。
﹁実に愚かですな。王族ならば覚悟を決めたら主旨貫徹せねばなる
まいに﹂
近付いて来たケラウノの腹を鋭く伸びた木の根が引き裂いた。
﹁⋮⋮ッッ⋮⋮﹂
ケラウノの身体が痙攣する。そしてだらんと力なくサレエレを包
容する様に倒れ臥した。
﹁ある意味、優しかったのでしょうな﹂
1693
エルダーウッドも、優しく抱きとめる。
美しい嫉妬を見せてくれたサレエレに経緯を表しての事。
﹁さて、彼女の意志もこれで貫きましたし。契約は満了しました。
これで晴れて自由のみですな!﹂
エルダーウッドは身体に蠢いていた嫉妬の炎が、役目を終えて綺
麗に収束して行くのを感じた。
燃え尽きるまでが美しい。
愛した男の近くに居る女が憎いあまりに悪魔と契約し、その愛し
た男を殺してしまう。
﹁何と言う悲しい物語でしょうな。脅威も無くなった事だし、この
森は晴れて邪神様の領土というわけで、私が統治しましょうぞ。そ
うだ、せっかく肉体を得たのだ、趣味に本を執筆しよう、悲しい愛
の物語でも﹂
さっきまで戦っていたゴーギャンやエヴァンは何処吹く風といっ
た面持ちで、エルダーウッドは汚れを払いながら歩こうとする。
ドス。と背中に衝撃を受けた。
肉体と精神は別々になっている様な物なので痛みは無い。
﹁この痴れ者の⋮⋮悪魔が⋮⋮ッ﹂
エルダーウッドは、背中に刺さっていたナイフを抜いて投げ捨て
る。
﹁まだ生きていましたか。ふむ、どうせならこっちの肉体の方が遥
1694
かに使い勝手が良さそうだ。彼女の炎が残っているうちにやってお
けば良かったですな﹂
サレエレの身体をもう使えないと言い放ったエルダーウッドは、
瀕死のケラウノの顔を掴むと口づけをする。
まるで物語の最後はキスで締めくくらねばと言っているかの様だ
った。
熱く口づけを交わす二人に向かって、空から光が降り注ぐ。
闇夜が昼間の様に明るくなった。
1695
愚かなダークエルフ︵後書き︶
やる気が出てるよ。最近
1696
他人から見れば呆気ない幕引き
間一髪だった。
フォルトゥナに座標指定してもらい、天門で遥か上空に出現する。
純白の翼を広げて当たりを見回すと、森全体が倒壊し、邪神のエ
ネルギーに満たされていた。
眼前には事の発端である悪魔が一人と、瀕死のケラウノが居た。
ゴーギャンはどうしようもないと言った面持ちで二人を黙ってみ
ていて、エヴァンとルーシーは倒れ臥している。
﹁まだ生きていましたか。ふむ、どうせならこっちの肉体の方が遥
かに使い勝手が良さそうだ。彼女の炎が残っているうちにやってお
けば良かったですな﹂
そう言って女の姿をした悪魔は、口づけをする。
フォルが頭の中で叫んだ。
﹃あれは乗り移ろうとしているの! 王族であるケラウノが居なく
なれば、大森林の管理者の血が途絶えてしまうの!﹄
なるほど、ピンチというわけだな。
断じて他人のラブロマンスなんかでは無いわけだ。
神聖なる奔流を打つけるとケラウノすら消滅してしまう危険があ
る。
ここで使うべきは?
1697
もちろん。
バラ
﹁聖火﹂
クレリア
同時に聖域も行う。
悪魔が影響を及ぼした範囲なら問題なく浄化できる。
﹁ぐあああああああああ!!! 燃える! 燃える! 何だこれは
! 一体何が!?﹂
ゴーギャンが何かに気付いたかの様に上空を見上げた。
﹁⋮⋮遅かったじゃねぇか、法王様よ?﹂
﹁ああ、待たせたな﹂
短く返事を返すと、ケラウノの前に向かう。
彼は苦しむ悪魔を悲しそうな目で見つめていた。
肌の色と髪の色を見る当たり、ダークエルフの女だった。
恋人だったのだろうか?
﹁⋮⋮彼女は戻って来ないのか?﹂
聖なる炎を見ながらケラウノが呟いた。
俺は首を振った。
﹁悪魔降臨は魂を代償にする。降臨したらもう二度と元には戻れな
い﹂
1698
そう言うと、ケラウノは﹁そうか﹂と一言呟いて目を閉じた。
まるで自分の罪を、死を受け入れる様だった。
﹁それはさせない﹂
ケラウノを回復させた。失った気力までは無理だが、これで一先
ず死ぬ事は無いだろう。そしてリューシー、エヴァン、ゴーギャン
とその場に居た人達を回復させて行く。
﹁一体貴様はなんなのだ﹂
回復したケラウノが俺に言い放った。
﹁こいつは現職法王様だよ﹂
何故か饒舌になったゴーギャンが俺の紹介をする。
﹁エリックはどうした?﹂
﹁隠居した。どっかの枢機卿でもやってのうのうと生きてると思う
よ?﹂
そう返すと、何故かゴーギャンが﹁アイツらしいや!﹂とゲハゲ
ハ笑い出した。そして、俺は気になる事をたずねる。
﹁ルビー・スカーレットはどうした?﹂
ケラウノは一瞬押し黙る。
﹁すまん。この戦いの混乱に乗じて見失った﹂
﹁あの嬢ちゃんなら俺達で保護してるぜ?﹂
1699
ナイス、ゴーギャン。
ゴーギャンの言葉の後、見知った声が森の奥から聞こえて来る。
TKG達だ。
森の奥といっても、倒壊した巨大な丸太や盛り上がった土の向こ
う側だったりする。
一体誰かこんな事をやったんだろうか。
察しはつくけど。
﹁ルビー・スカーレットの扱いには気をつけた方がいい。彼女の能
力は問答無用で魔素を還元する﹂
﹁よくわかっている、それで散々苦労したんだからな﹂
ケラウノは辟易していた。
⋮⋮まさか、この惨状の発端があのルビー・スカーレットだった
りするのか?
いやいや流石にそんな事は無いだろう。
頭に過った不安を解消すると、脳裏に声が響く。
﹃ありえないこともないの!﹄
﹃ひえぇ、怖いですぅ!﹄
﹃まぁまぁ、丸く収まれば全て良しですよ?﹄
フォル、クレア、クロスの三人が一様に声を出す。
こら、不安を煽る言葉を言うんじゃない。
まずな、見ればわかる、丸く収まってない。
溜息が出そうになった所で、エヴァンが未だ燃え続ける悪魔の元
1700
へ向かっていた。高純度の魔素体である悪魔を食べたいのだろうか。
﹁いやいや、腹壊すぞ﹂
汚れは取り除いているとは言え。
﹁やっぱり?﹂
エヴァンは至極残念そうな顔をするのであった。
﹁き、貴様⋮⋮﹂
悪魔と目が合った。
そして悪魔も何かを理解した様に大声を上げ始めた。
﹁法王か? 邪神様の敵か!? くふふふふ! こんな所で私を相
手しておいて、いいのか? 邪神様は既に大迷宮へ向かっているの
だぞ? ならば私は時間稼ぎだったのだ! これはただの死ではな
く名誉の死だ! ぐふふふはははは!!﹂
﹁お前ら勝手に理解し過ぎ。もっと詳しく説明してくれよ﹂
ここで追撃しなくても、悪魔は聖火によってもうすぐ燃え尽きて
しまう。精々好きなだけ情報を喋らせてしまおうか。
﹁全ての迷宮に繋がっている⋮⋮そして再び邪悪な眷属は迷宮から
外界を⋮⋮﹂
そう言いながら悪魔はダークエルフの女性の身体から消滅した。
残されたのは、邪神の力を持った黒い塊と二度と目を開く事の無
いダークエルフの死体だけだった。
1701
﹁クボヤマ! 今までどこに言ってたの!!﹂
パンツ一丁にシャツを着ただけのルビーが、俺に抱きついて来る。
脳裏で三人のブーイングが起こるが、役得なので無視した。
﹁すまん、待たせた﹂
そう一言告げて、ルビーの頭を撫でてやる。
彼女は俺の胸に顔をこすりつけてうんうんと言った。
胸元は少し濡れていた。
﹁ルビー、これを﹂
死んだダークエルフの胸元に浮かび上がった邪神の欠片を俺は手
に取る。
俺は心を犯される事は無いが、他の人が持つとたちまち心を浸食
され、食い物にされてしまう。
劇毒みたいな物だ。
神の力の一端を扱う俺でも、同じ力を持つこれを消滅させるのは
難しい。
サタンには何度も敗退し。
前法王であるエリック神父も分割して隠しておく事しか出来なか
ったから。
だが、今証明しよう。
封印しか出来なかった邪神を討ち滅ぼす手段がある事を。
1702
﹁え、何かしらこれ﹂
﹁ん? 邪神の欠片の一部。皆は危ないから離れててくれ﹂
そう言うと、ルビーは﹁なんで私には言わないのよ!﹂とジタバ
タしだした。
パンツ一丁でプンスカ怒る彼女を見ていると、なんだか俺もサト
リの境地に達している様に思えた。
オ
オ
オ
オ
オ
オ
オ
!!︾
﹁いいわよ、持てばいいんでしょう? どうなっても知らないから
ね?﹂
彼女は手で触れた。
オ
ドクンと世界が脈動した。
︽オ
欠片が叫び声を上げる。
これで確信した。
マジックステイシス
ルビー・スカーレットの持つ魔素恒常は、邪神に効果があると。
実際、神の力という魔力ではない物を扱う俺には魔素恒常は無効
だった。
俺が問題なく回復魔法を使う事が出来るからな。
相手の魔力に反応して回復を促す物だから、ルビーには効かない
がそれはもう諦めている。
邪神の力が俺と同じ物だった場合。
切り札にしていたルビーはどうしようもなかった。
1703
だがたった今実証された。
邪神の力は魔素による物だと。
それは極めて悪魔に似た力なのかもしれない。
だがそれが魔素である限り、ルビーがいれば問答無用で消滅する。
それなら自分自身の力で邪神を消滅させる事が出来るんじゃない
か?
それが出来てたら苦労はしない。
︽オオオオォォォォ⋮⋮︾
邪神の欠片は消滅した。
いや、現世に存在する為の魔素という寄り代を失ったに過ぎない
だろう。
実際に神を殺す事は神にか出来ない。
だた、邪神がいつまでも現世に拘ってちょっかいをかけて来る扉
を破壊して行ってるだけなのだ。
それだけでも世界の在り方はマシになる。
﹁嬢ちゃんの存在がバレないのか?﹂
ゴーギャンの問いに、俺は首を横に振って返す。
多分これで彼女の存在はバレた。
もしくは既にバレていたのかもしれない。
そうじゃない限りこんな所に邪神の欠片を持った悪魔が現れる事
1704
なんて無いからだ。
﹁⋮⋮守れなくてすまなかった﹂
死体を抱きかかえ、去って行くケラウノに俺は思わず声をかける。
﹁いや⋮⋮救ってもらったさ﹂
そう一言返したケラウノの背中はやりきれない気持ちが表れてい
た。
もし俺が、最愛の人を操られ、悪魔の寄り代にされて殺さなけれ
ばならない状況になったら、多分何も出来ないと思う。
今までそうだったわけだし。
死体となった女性の顔は安らかに微笑んでいる様だった。
やっぱりラブロマンスだったのだろうか。
俺もやりきれない気持ちがあるのだが、今回ばかりはどうしよう
もなかった。
﹁さて、俺は今から決着を付けに行く﹂
ついて来る人は居るか?
と聞こうとしたら。
﹁俺はいくぜ﹂
と、ゴーギャン。
﹁もちろん私もよ?﹂
と、リューシー。
1705
﹁その前に一度ご飯に連れてってほしいのだが﹂
と、エヴァン。
﹁わ、私を一人にしないでよね!﹂
これはルビーだ。
﹁無論﹂
﹁承知﹂
﹁いくいく!﹂
と、TKGのメンバーも俺について来る気は大いにある様だった。
こいつら、ワクワクを追い求めてるんだっけ?
﹁いやぁ、俺は一度親に顔を⋮⋮﹂
﹁あら、銀の一族はいつからそんな腰抜けに﹂
﹁いきますいきます! ちくしょー!﹂
バンドはリューシーに睨まれて涙を溜めながら夜空に吠えるのだ
った。
なんだかんだ仲間に恵まれているな。
一人旅から始まったけれど、いつの間にか。
これも運命の女神のお力添えではないか。
さて、俺にはまだやるべき事が残されている。
1706
他人から見れば呆気ない幕引き︵後書き︶
勘違いマックスですね。
次話、とても短いですが閑話挟みます。
1707
−幕間−王子は初めて愛に気付く
深森に戻ってみれば、あっけらかんとした様子だった。エルダー
ウッドと呼ばれる悪魔の脅威に晒されていた我々と比べて、ダーク
エルフの住まう森は実に平和そうに見える。
実際にそうだった。
外界からの敵意を断っていれば、そこで完結していれば脅威には
さらされない。外敵を惑わす強大な呪いが深森の周囲には張り巡ら
されているのだから。
美しき彫り物で装飾されたダークエルフの森の街並。
あの時、もしも助けが間に合わなければ。
脳裏に朽ち果てて行く深森の情景が浮かんだ。
セピア色の世界で、死に絶えた我らダークエルフが、嘆いている
のが見えた。
・・・・・・・
嘆いているのが。
戻って来たダークエルフは十指にも充たない。
命を絶たれてしまった同胞は、サレエレの様に故郷に埋葬される
事さえ無かった。
あの津波の様な土流に巻込まれてしまったのだろう。
抱きかかえたサレエレの表情は、微笑んでいる様に見えた。
1708
心に救う悪しき心を浄化してもらえたからなのか。
それ共、嫉妬の心の思うまま、我をいたぶる事が出来たからだろ
うか。
聞く事は叶わない。
森との意識が途絶えていた数日を経て、父オフェロスは息を引き
取った。
元より、普通のダークエルフよりも更に長い時を生きた父だった。
加護が無くなれば後は木々と同じ様に朽ち果てるのみ。
あまりにも多い数の同胞の死は、ケラウノの心を強く打った。
残ったダークエルフを纏め上げる程の器が俺にあるのだろうか。
今日も、サレエレと父を埋葬した場所へと赴く。
数日しか経っていない筈なのに、どこか時を遠く感じる。
徐々に取り戻して来たダークエルフの力を使う。
遥か、遥か昔、ダークエルフよりも長き時を続けて来た木々の意
識へ、飛び込んで行く。
そして、知った。
父親の焦れた人。
サレエレの本心。
1709
それに気付いたとき、ケラウノは初めて大粒の涙を流した。
これは悲しみだった。
もう一つ気付いた。
悲しみすら、初めての感情であるという事に。
今まで生きて来たのは何だったのか。
慢心と誇りのみ。
﹁我は、それ以外知らなかった﹂
ぽつり、と言葉が出た。
心の強さ、気高さとは一体どういう事なのか。
血がたぎる。
王族の血筋が、このまま朽ち果てて行く事を拒絶している様だっ
た。
心の嘆きはこれくらいにして、再び立ち上がらなければならない。
これから自分が守るべき物は、誇りではなく残るダークエルフ達
だ。
墓石に欠けてあるサレエレのナイフを腰に縛り付ける。
父の、王の剣を背負う。
1710
﹁我らは森を出て迷宮都市へ向かう。一族総出で準備をしろ!﹂
肉体と言う物は精神が統べる。
ケラウノは戦いを経て確実に力を増していた。
そして、王としてのあるべき姿を再び追い求める。
誰かに導かれるわけでもなく、自分の選択によって。
愛してくれた者の意志を継ぐため。
愛した者の意志を守るため。
1711
−幕間−女子高生二人のガールズトーク
﹁凪ちゃん⋮⋮ちょっといい?﹂
﹁え、何? どうしたの?﹂
龍峰学園の図書館。
何やら物々しい雰囲気を身に纏ったエリーは、本の山に囲まれた
仕事する気全くない図書委員、凪の所へ来ていた。
いつもは本の虫で周囲の話し声すら聞こえていない凪でも、恐怖
したのかいそいそと本を片付け始める。
背中に般若を背負っている雰囲気の人が目の前に来たら、そりゃ
そうなるわ。と凪は冷や汗と共に急いで本をしまう。
そして、学園内を走るモノレールへと乗り込んで、完全学区と呼
ばれるA地区からフードコートで溢れるC地区へとやって来た。
今居る場所は、生徒会御用足しのスイーツ屋。
︻きんぐすい∼つC地区駅前店︼である。
﹁あの、そろそろそれ止めてくんない? なんか喋り辛いんだけど﹂
﹁そうデスカ、申し訳ございまセン﹂
エリーはそう一言言うと、大きく息を吸って深呼吸した。
それだけで今まで纏っていた雰囲気が取っ払われて行く。
1712
﹁で、なんなの?﹂
安心して溜息を吐いた凪が少し覚めてしまったコーヒーを飲みな
がら、ようやく本題をたずねる。
﹁師匠成分が足りナイ、足りナイのデス!﹂
甘い者を豪快に頬張る奴がよく言うわ。
と目の前て高速で減って行くデラックスサンデーを見ながら凪は
心の中で思った。
無論、口には出さない。
﹁あたしさ、絶対久保山先生童貞だと思うのよね﹂
﹁!? ゴホッゴホッゴホッ!!!﹂
凪の爆弾発言にエリーが咽せる。
﹁あれ? 海外ってこういうの結構ルーズなんじゃないの?﹂
﹁性教育は日本で受けてマス!﹂
エリーもそれなりの感性を持っている。
一般的な日本の女子高生からすれば、お固い家柄故に少しかっち
りとした物であるが故、凪の急な話題にむせ返ってしまったのだ。
﹁そっちだってハザードさんはどうなったのデスカ!?﹂
凪のテンションが急降下して行く。
﹁⋮⋮何かあるわけないじゃない﹂
1713
悲しい事に、その一言が全てを表していた。
﹁ああ、すいまセン﹂
エリーも何となく謝る。
気になる男性はみんなゲームゲームゲームゲーム。
確かにRIOにはハマったけれど、一日中どっぷり浸かる程。
日本の女子高生は暇では無いのだった。
﹁デモデモ! この時間の浪費が! 師匠にまた悪いムシガ!﹂
﹁あー、その点私は大丈夫よねー﹂
引き蘢りだし。
と、言ってて凪は悲しくなるのだった。
エリーは横目で、少し前まではあんなネクラ!と罵っていた凪の
事をとんでもない奴だ。と思う。
凪も凪で、クボヤマの家に突撃したエリーの事をコイツはヤベー
と思っている。
お互いがお互いそう思っている事を知っているが故に。
﹁ぷくくく、あっはっはっは!﹂
﹁何でしょウネ! このやりきれないカンジ!﹂
笑い合うのだった。
1714
女子高生みたいな会話を繰り広げられている様に見えて、実際の
所二人とも曰く付き物件だったりする。
一人はオッサンマニアと影で言われていたり。
もう一人は本と結婚するんじゃないかと思われていたりする。
学業と僅かなプライベート以外は、RIOの世界に浸っている為
に、一般の女子高生からすれば十分イモ評価。
総生徒数二万を越える超マンモス校である龍峰学園は、分母がで
かい分変態の数も多い。それ故に、二人は意外と順風満帆な学生生
活を送れるのであった。
﹁そう言えば藤十郎が、そろそろ面倒な事になりそうだから来てく
れって言ってたわよ?﹂
コーヒーだけでは足りなかったのか、凪は︻手頃パンケーキ︼を
注文しながらエリーに話しかける。
﹁それは貴方にもデショウ?﹂
あ、私はアイスティーで。とエリーもついでに頼む。
﹁私がテスト期間に入ってすぐ、師匠は旅に出たんでしタッケ? 今頃どこほっつき歩いてるんデショウ?﹂
RIOと現実での時間軸はかなり違う。
テスト期間は合計三日。
完全学区と呼ばれるA地区では、期間は決められているが﹃授業
1715
を確り聞いていればテスト勉強する必要なし﹄と言われていて、テ
スト勉強期間が全くない。
そして休憩を挟む間もなく、普通の授業を行うかの如くテストが
6∼7時間ぶっ通しで行われるので、その分早く授業が終わり、空
いた日数を更に特別講話に当てる事が可能となっているらしい。
要するにキツキツのスケジュールで授業が進んでいる。
﹁なら、今夜当たりログインしてみる?﹂
﹁ソウデスネ! そろそろフェンちゃんとフラウに会っておかナキ
ャ!﹂
少し間を置いてエリーがたずねる。
﹁因に、魔大陸ってどういくんデシタッケ?﹂
﹁うーん、ここで話すよりさっさと帰ってログインして話す方が大
きく時間が取れるわね。そうしよっか﹂
二人は急いで会計を済ませると、足早にモノレールに乗り込んだ。
流石駅前店、行きも帰りも楽勝なのであった。
・・・
﹁そうだ、テレポートって使えマスカ?﹂
﹁んーアイツに教えてもらった空間魔法をウィズに解析してもらっ
てたんだけど、また特殊らしいのよね。でも多分出来ると思うわ﹂
1716
−幕間−女子高生二人のガールズトーク︵後書き︶
重大なミス。
セバスの本名は御門藤十郎なのですが。
ゲームキャラ名で藤十郎と使っている奴が居る。
そんなこともあるか。
1717
迷宮都市
ヘブンゲート
俺一人の移動であれば天門で済むのだが、これは空間系の魔術で
はなく、あくまで神の力の一端を利用しているに過ぎない。
フォルやアウロラ、ヴァルカンが言うには、この時点で既に俺は
半神の域へと到達しているらしい。ただ、聖体がボロボロな人の身
故に、成り切れてない不完全な存在なんだと言う。
聖体⋮⋮というのは、聖骸の事である。
要するに一回死なないと神へ昇華するのは不可能。
ゲームプレイヤーである俺は、死ぬ事が無い。
エリック神父なんかは、このまま老衰を迎えるならば問答無用で
女神アウロラからの導きがある筈だ。
あの人が死ぬかわからないけどもね。
後、神になれるから死ねと言われて死ぬ奴はいない。
それこそ無粋と言うもんだ。
でもな、あの運営だ。
捕食ペナルティと称して、レベル、ステータス半減、才能消滅ま
で実装している始末。ある状況で死亡したらアカウントデリートと
か普通にありそうで怖いのである。
ロールプレイではないが、一人の法王としてある程度の道を歩み、
共に戦って来た仲間が居る状況でそれは堪え難い。
1718
家庭用ゲーム機だとしたらコントローラー投げるレベルを越えて
いる。
キーボードクラッシュするレベルを越えている。
さて、無駄に話しが間延びしてしまったが、獣人であるリューシ
ーとバンドの案内に従って大森林をそのまま南下し、俺達は迷宮都
市へとやって来た。
ここまで来るのに長かった。
竜車を使えばあっという間についてしまうというのに、一体どこ
で歯車は狂ってしまったというのだろうか。
迷宮都市には入り口という入り口は無い。
幾つもの建物が迷宮を中心に連なって大きな都市を築き上げてい
る。
魔石やら、マジックアイテムやら、数々のお宝が眠ると言われて
いる迷宮都市は今もなお成長を続けているのだという。
そんな場所だから一攫千金を夢見た様々な奴らが集まり多種多様
な街並を。
門が無いという事は、そこでは完全に自己責任なのである。
﹁あ! ちょっと返してよ! 私のハンカチ!﹂
早速ルビーは僅かな私物の中からポケットに入れていたハンカチ
をひったくられる。
﹁くれてやれよそんなボロ切れ﹂
1719
﹁嫌よ! 私のよ!﹂
端から聞いていて、この言い草は酷いと思う人がいるかと思うが、
大森林を越えて迷宮都市に来るにあたって、何も無いと思ったか?
あの、ルビー・スカーレットがだぞ。
こ綺麗にしてもすぐ燃えるか、千切れるか、汚れるか。端から見
てて、本当に不幸な女だった。ハンカチだって汚れを払ったり汗を
拭いたりすれば一瞬で汚くなる。
﹁新しいの買ってやるから、迷宮に入る前に色々を準備しなきゃ行
けない物だってあるしな﹂
﹁だったらキヌヤね! あんたの権限を使って最高級の物にしてよ
ね!﹂
法王の権限なんて、有って無い様な物。特に、金銭関係にしてみ
れば、セバスの財布のヒモはトコトン固い。
安全を求めて腕にしがみつくルビーを尻目にポツリと呟いた。
﹁経費で落ちるかな⋮⋮﹂
そんな様子を見たゴーギャンが声にならない笑い声を上げて、腹
を抱えていた。よーし、それ以上笑うなら、この女をお前に押し付
けるぞ。
﹁確か、ハザードから連絡が来る筈なんだけどな﹂
俺達は一旦宿を取ると、各自別行動となった。エヴァンとTKG
1720
のメンバーは森で集めた適当な素材を売りに、リューシーとゴーギ
ャンはそれぞれ自分の顔がきく種族の集まりから情報を集めに。
バンドは、
﹁俺は戦うのは苦手なんだよ⋮⋮今日くらいそっとしてくれよ﹂
と部屋に籠っている。
俺もルビーを連れて束の間の休息へと赴いた。ハザードから︻逸
れ馬のモツ煮亭︼と呼ばれる小料理屋で待っているとメッセージを
貰っていたので腹ごなしを兼ねてたずねてみる。
﹁この魔道具の事?﹂
﹁お前は使えないからさわるなよ、壊れる﹂
通信用の魔導機器を操作するが、うんとも寸とも言わない。
﹁ってかあんた、これ既読付けたのはいつよ?﹂
えーっと⋮⋮。
確か竜車にのる前にハザードとビデオ通話した後の事だから。
﹁覚えてないけどめっちゃ前だわ﹂
﹁ねぇ、流石に私でも森を彷徨ってどれくらい時間が経ってるか理
解できるわよ﹂
俺の方に乳を乗せて呟くルビーは心無しか良い匂いがしていた。
宿代なら宿泊費でるだろうと奮発してそこそこ高級な宿にしたら何
とシャンプーとリンス、ボディソープまでついてる風呂があったん
1721
だった。
畜生、俺もひとっ風呂浴びておけば良かった。
﹁⋮⋮電話掛けてみたら?﹂
彼女の吐息が耳をぞわぞわさせた時。
轟音が響いて店の窓が全て弾け飛んだ。
﹁なんだ!?﹂
ルビーを庇いながら店の奥へと非難する。
声が聞こえて来た。
﹁兄貴ぃ! ここがあのハザードがよく使ってる店らしいですぜぇ
!﹂
﹁そうかでかした! 客は男と女のカップルが一人か、女はこっち
だ、男は潰せ!﹂
モヒカンにトゲトゲがついた肩パット装備したいかにもチンピラ
風情の連中が外からこちらを窺っていた。
﹁ひえええ、ハザードさん確かに金払いはいいんだけど毎回毎回な
んでこうも新しい敵ばっかり作って来るのぉぉぉ﹂
店主はカウンターの中で頭を抱えてうずくまっている。
﹁カッ、カップル!? ねぇ、あんたたち、今私達をカップルと言
ったわね!﹂
1722
コイツは何を言ってるんだ。
さては馬鹿か。
でもあれだ。
しょっちゅうゴタゴタに巻込まれてる気がするけど、それもそれ
は楽しくないかと言われれば、嘘になるしな。
さっさと無視してハザードに電話しようと、手に持った魔道具を
見ると。
液晶の部分に大きなガラスの破片が突き刺さってショートしてい
た。
プシューと煙を上げる様な音がして、ボンッ。
俺の通信用魔導機器−マギフォン−は粉々に。
﹁ちょっと、お、怒らないでよ?﹂
もう自重しないと決めた。
どんな時だって全力だ。
﹁ちょっとあんた達! 早く謝りなさい! 謝りなさいってば!﹂
﹁あ、何言ってんだこの女。たかが魔道具一個くらい、迷宮潜って
りゃでんだよ!﹂
俺の雰囲気を察したルビーが必死になっているが、もう遅いのだ。
オペレーション
そうか、初めて会った時も俺はブチ切れたんだっけ。
オートヒーリング
﹁自動治癒・運命操作﹂
死んでも死なないぞ。
1723
ブレッシング・レイ
どんなに辛い目にあおうが、生かしといてやる。
ダークアンドダーク
﹁よし死ね。これはマギフォンの恨みだ! 神聖なる奔流!﹂
﹁魔紋! 暗黒の深淵!!﹂
全力で撃った光の奔流は、チンピラ共かき消す前に直前に展開さ
れた闇の中に吸収されて行く。全てを飲み込む様に拡大する闇の壁。
だが、そんな物で俺の光は掻き消えない。
漏らした光がチンピラ共に擦る。
思わず舌打ちしたが、事の発端である男が来たので後は任せると
する。
﹁邪魔すんなよ﹂
﹁町を消し飛ばす気か? 暗黒の深淵でも抑えきれない程だ⋮⋮﹂
半袖のシャツとズボンから赤黒い紋様が身体中に浮き出ている。
俺は全く季節感が無いのだが、迷宮都市のある南魔大陸の南部は暖
かいのだ。
ビキニアーマーを身に纏った女戦士がいたのを思い出した。戦闘
タイプ、獣よりの獣人の女性で剥き出しの肌は体毛で覆われていた。
それが無ければしなやかかつ大胆な着こなしでとてもそそるのだ
が、生憎俺にはケモナー属性は無い。暑いからそういう格好になる
んだろうな。
光の奔流を打ち切ると、ハザードの正面に広がった闇はそれを包
み込む様に渦を巻いて収縮して行く。
1724
魔紋の行使で逆立っていたハザードの髪は、赤黒い紋様が薄れて
行くと共に元の落ち着きを取り戻した。負担が大きかったのか、口
をモゴモゴとさせ、チンピラ共に溜まった血を吐きかけると言う。
﹁失せろ、次は俺に掛かって来い。上手く消してやるから﹂
縮み上がったチンピラ達は、股間を液体で染めながらバタバタと
敗走していった。
﹁おっかないな﹂
﹁鏡を見ろよ、神父﹂
﹁俺は生き返らせるつもりだったけどな?﹂
﹁レッドナンバーを生かしておく価値もない。いっそ脳が恐怖を伝
達する前に消滅させた方がそいつらの為だ﹂
そう言うハザードは相変わらず無表情だった。
危険な奴だよ本当。
レッドナンバーとは処刑級の犯罪を犯したプレイヤーの事である。
犯罪歴があれば投獄、釈放されたとしても罪を償うまではステータ
スの名前表示が黄色になる。
更に罪を重ねるとレッドカード退場−アカBAN−と言う形で対
処がとられる。早急に対処がとられるかというと違って来て。
RIOの中に組織された犯罪を取り締まる集団が捕まえるまでは
ドントタッチ。犯罪者は権限で縛れと言う声もあるが、この世には
犯罪よりエグい事だって一杯ある。
まぁそこまでいくと神の鉄槌が文字通り振り下ろされるんだが⋮
1725
⋮未だそこまで世界を掻き乱す要因になってるのはあのロッソくら
い。
そしてロッソには邪神がついている。
神の鉄槌すら届かない所に居るんだな⋮⋮としみじみ思うわけだ
った。
﹁さて、時間が無い。女は宿に置いて来るべきだ﹂
ハザードはそう言いながら俺の袖を掴んで熱気に包まれる迷宮都
市の街道を真っ直ぐ中央に向かって走って行く。
﹁ちょっと待ちなさいよぉ!﹂
後ろでルビーの声がした。
1726
無属性の極み
﹁̶̶̶̶七星圏﹂
賢人の紋様を半身に浮かべながら、ハザードは呟いた。
四大元素を司る賢人の杖。
そして夢幻の二極属性を司る杖。
テロ
それらが六芒星の陣形を象る中心で、ハザードは言葉を紡ぎなが
ら一本の見た事無い杖を掲げる。
学園都市にある魔法学校の闇の迷宮にいたユニーク悪魔、
の持っていた爆発属性を封じ込めた杖が一瞬頭を過ったが、記憶
と違う。
﹁̶̶̶̶一発くらいぶん殴らせろ﹂
カコン、と音からして軽い素材で作られた杖が魔法陣の中心を穿
つ。
四大元素と二極元素を使った魔法陣。
﹁⋮⋮一つ元素が増してる?﹂
いつぞやベヒモス戦で披露した︽夢幻封陣︾とは違う。
彼は︽七星圏︾と呟いていた。
﹁古くから道を違えた戦友は、同じ道を歩く友に殴られてでも道を
1727
正される。良くある話しだ?﹂
﹁うん、まぁそうだな。漫画の世界では良くある事だよな﹂
俺は悟った。
コイツはとんでもない勘違いをしているのではないかと。
﹁どうしてこうなった?﹂
迷宮都市の奥深くで、俺は頭を抱えるのである。
−暫し遡って−
ハザードに腕を掴まれ迷宮都市をその中心へ、中心へと無理矢理
連れて行かれる最中、腕を振り払うながら。
﹁ちょっと、ちょっと待て! 時間が無いとかじゃなくて説明しろ
!﹂
そう叫ぶと、ハザードは信じられないという表情をした。
﹁今後に及んで、まだ説明だのなんだの求めるのか?﹂
全てを見通した瞳をしていた。
彼は言う。
﹁神父、貴様は何気なくこの魔大陸に来たのかもしれんが⋮⋮﹂
1728
それは俺が目を背けて来た事。
﹁他の奴らは違う﹂
魔大陸以外でもそうだ。
巷では迷宮アップデートだと言われている各地での迷宮出現も、
この世界の人々から言えば世界が浸食される一歩手前の状況だ。
幸いにして、プレイヤー陣の変態達が、技術の粋を費やし魔物が
巣くう迷宮すらも、ただのお宝の山にしてしまった。
プレイヤー、ハンター達からすれば、迷宮はお宝の山であるが、
世界に住む人々からすれば、危険極まりない代物であると言うのに。
﹁迷宮都市では俺の召喚獣が目を光らせている﹂
だから、俺達が連絡も無しに店に訪れた時、ハザードも遅れなが
らもやって来たというわけか。そんな事を思っていると、ハザード
が自分の服を捲った。
﹁急いで戻る途中、影魔法の使い手に奇襲を受けた﹂
腹に巻かれた包帯がどす黒く滲んでいた。
吐血の正体はこれだったのか。
自動治癒をすると、ハザードは若干落ち着きを取り戻した。
しかし、影魔法の使い手と言えば、いつもロッソの近くに居たミ
ストしかいない。
と、言う事は。
1729
﹁ロッソは⋮⋮邪神は⋮⋮﹂
﹁貴様が来る前からとっくにな﹂
言葉が出なかった。
大森林での騒動、もしかしたらロッソ達には筒抜けだった可能性
も。
﹁だったら最初からそう言ってくれれば﹂
その一言がハザードの逆鱗というか、よろしくない所に触れたら
しかった。
﹁現職法王が邪神が復活した状況で魔大陸入りすれば、誰だって討
伐に来たんだと思うだろう。それは一般の民衆じゃない、大陸の国
を治める上層部の話しだ﹂
止めの一言と共に、魔法陣が浮かぶ。
﹁セバスの言いつけを守らなかったお前が悪い﹂
治癒された事によって再び力を取り戻したハザードは無属性魔術
の一つの極みでもある転移魔法陣を展開させるのだった。
そして、場面は戻る̶̶。
1730
﹁これは俺の苦労の分﹂
ハザードの杖によるインファイト。努力の塊であるハザードは魔
術の才も然ることながら、剣と杖を扱う自分独自の接近戦闘技術ま
で確立させている。
﹁そう言うのはいいから話しを聞けよ!﹂
杖が来たかと思えば、剣先が服を霞める。
ステージが違う戦いは、文字通り次元が違う事により成り立たな
い。
レベルの差と言う物は戦闘力に大きく関わって来る事は、二三郎
セントリーガル
の弟子である藤十郎に稽古を付けてやった時に既に周知の事実であ
ると思っていたのだが⋮⋮。
﹁くっそ!﹂
おかしい。
クレリア
俺には聖域という不可侵領域の様な物がある。法定聖圏という、
邪神の欠片のほぼ九割九分を取り込んだ魔王でさえ、侵入する事の
許されない領域の個人バージョン。
空間を支配する制空権があるというのに、ハザードの攻撃な何故
こうも読み辛いのだろうか。
﹁呆けている間に、俺は自身を練磨していただけだ﹂
﹁おがっ﹂
1731
圏の陰に隠れていた軽そうな杖が俺のアゴを打ち付ける。
見た目に反して、急所に当たったとはいえ、その衝撃はかなりの
物だった。
久しぶりの痛み。
膝をついた俺は、アゴを抑えながらハザードを見る。
﹁何が起こったのかわからない。そんな様子だな⋮⋮?﹂
そう、もうナメプはしちゃいない。
クレリア
俺の身体は基本的な物理攻撃は無効化するし、魔素魔力を利用し
た魔術も纏っている聖域が弾く様になっている。
﹁一体その杖は何なんだ?﹂
剣での斬り傷は文字通り一瞬で治って無意味だった。
俺の問いにハザードは答える。
﹁境地だ。俺が不覚にも傷を負った影の使い手。奴も一つの境地に
至っている﹂
更に言葉を紡ぐ。
﹁リアルスキンプレイヤーのみ許された一つの極み﹂
ハザード曰く。
ノーマルプレイヤーの行き着く先は、亜種、上位属性の魔導師。
職業は千差万別あるのだが、そこで打ち止めらしい。所詮魔術スキ
1732
ルとはテンプレートの様な物に過ぎず、補助を受けて活用している
時点で枠組みからは抜けられないと。
しかし、リアルスキンプレイヤーは違う。魔力の循環から、扱い
方から、一から学ぶ必要性が出て来る。もう一つの身体は、この世
界に馴染むのだが、どう馴染ませるかは己次第。
そして、才能無し。
運営からボーナスすら与えられなかったハザードは、いつだって
自分の力で道を切り開いて来た。
﹁いいか? あれよあれよと他人に人生を決められる奴もいれば、
血の滲む様な千の、いや万の努力を経ない限りその運命を切り開け
ない奴も居る﹂
自分には不死身の身体なんて無いし、仲間だと慕ってくれる人も、
アドバイスしてくれる人も余り居なかった。そう告げているかの様
だった。
余り語られる事も自ら語る事も無いが。
ハザードは元々大手攻略ギルドのノーマルプレイヤーだった。
様々な属性武器を扱う器用貧乏な剣士。
それが第一印象だった。
彼が意識していたのはユウジン。
刀一本で渡り歩くユウジンに対抗する様に、ハザードは様々な武
器を手に取った。
だがそれでも届かなかった。
1733
当時、リアルスキンモードを語る人は誰もいなかった。
信憑性の欠片も無い、そんな世界に。
リアルスキン移行の為の手続き
すらなく。
ハザードは全てを捨てて来た訳だ。
初めてログインした俺と同じ様に、お金も力も知識も無い状況で。
﹁確かに神父、貴様が黎明期の第一人者かもしれんな。だが俺も同
じ時期を神父と共に歩んできた﹂
いや、彼は俺みたいな色んな人に助けられて右往左往した生き方
ではない。
法
だ﹂
流れのままに法王になってしまった俺とは違い、ハザードは本当
に己の力一つで今まで渡り歩いて来た。
﹁極めた物は根源を操る。̶̶̶̶すなわち
息を詰まらせている俺に、ハザードは容赦ない攻撃を浴びせる。
ずい
﹁今まで戦った髄は、全てここにある!!﹂
しげん
むげん
︽七星圏︾が理解で来た。
四元の先、六元、彼が操って来た基本属性はそれだけじゃない。
もう一つの物。
属性適正を持たないハザードは杖によって属性をコントロール術
を身につけて来た。だが、唯一使用できる魔術、魔導を彼は持って
いた。
1734
賢人の紋様が輝いている。
害悪は全く感じない、豊かな叡智だ。
﹁無限魔法。限りが無いから無限? いいや、無に限るんだ、俺の
場合﹂
聖域が強制的に削られて行く。
危険な思考の持ち主だが、それは限りなく自己練磨のための是。
ディーテ
闇に巣くう悪魔大王ですら破綻していると思わせる程。
だが、その根底は羨む程の光を持っている。
付け入る隙はなく、友として認めさせた。
﹁お手上げだな⋮⋮﹂
クレア
一体全体どういう訳かわからんが、ハザードの攻撃は俺に通る。
聖核に直接ダメージを与えている様だった。
︵クボも知っておいた方がいいの、人の技術は神をも凌駕する︶
フォルトゥナが頭に直接語りかけて来る。
深く理解した。
これだけ力を持っているのに何も出来ない俺は自分自身に嘆いて
いた。
こんな力なければいいのにと、法王である立場を捨てたいと。
ハザードは身を持って俺に教えてくれた。
そんなのくだらない。
1735
︵お姉ちゃんも言ってたでしょ? そんなくだらない事考えてるく
らいならもっと出来る事をひたすらやれって、とにかく動き出せっ
て︶
﹁⋮⋮ハザード﹂
﹁ああ可能性は無限大だ。最初に貴様がそれを見せた。そして俺も
それを証明してみせたぞ?﹂
ここは迷宮都市の大迷宮内部。
感覚からして、相当深い場所だろう。
奈落の底みたいな所から、俺は友の助けを借りてようやく本当に
立ち上がる事が出来そうだった。
﹁停滞してる暇は無いぞ、最初の貴様はもっと自由だった筈だ﹂
ただし、差し伸べられた手は荒々しく俺の顔面を捉えるのだ。
1736
無属性の極み︵後書き︶
勘違いしているのは、クボヤマだったと。
やっと迷宮都市に入り、大迷宮の中へとやって来ました。︵強制
的に︶
大森林のクボヤマの痴態は、MINEを通じてクボヤマ抜きのト
ークで共有されていそうですね。
アウロラ﹁ほらみて! 流石セバスチャン! 煮こごりも良かった
けど、今度は最新式のマギフォンよ!﹂
ヴァルカン﹁それ、こっちで使えんのかよ﹂
アウロラ﹁アンタ鍛冶神でしょ、それくらい何とかしなさいよ?﹂
ヴァルカン﹁ええ、無茶言うなよ﹂
アウロラ﹁取り急ぎエリックと繋ぎなさい!﹂
ヴァルカン﹁こっちに呼べばいいだろ?﹂
アウロラ﹁こっちに来る大前提として、肉体の超越があるのよ?﹂
ヴァルカン﹁もう十分大往生だと思うけどなぁあああ!!﹂
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1737
ルビーは再び攫われる
﹁もー! なんでいつも私はおいて行かれるわけ!?﹂
ボロボロになった小料理屋︻逸れ馬のモツ煮亭︼の前で憤慨する。
視線の先には、彼等が走り去って行った道。往来する人々によって
その残り香は既にかき消されてしまっていた。
﹁あ、これ⋮⋮魔道具の?﹂
騒動の余波で液晶に破片がブッ刺さってショートしていたクボヤ
マのマギフォンを手に取る。
まだパチパチと音を立てていたそれは、ルビーが触れるとまるで
止めでも刺されたかの様にピュンとひと鳴きして今度こそ本当に動
かなくなった。
﹁⋮⋮何なのよ一体﹂
うんともすんとも言わなくなった魔道具を片手に、ルビーは初め
て自分の体質と言う物に対して疑問視する。
﹁⋮⋮マジックボルト!﹂
虚空に手をかざし、ノーマルプレイヤーだった時代、一番使い慣
れていた魔術スキルを行使する。
だが、補助を受けて成り立っているノーマルプレイヤーモードと
全てが己の練磨次第であるリアルスキンでの魔術は、文字通り枠組
みから違っている。
1738
未だにノーマルプレイヤーが大勢居るのは、ゲームをゲームとし
て楽しみたい他にも、そう言った面倒な部分が嫌な人達が多いから
でもあった。
﹁マジックボルト! マジックボルト!﹂
ルビーは今一度、自分の無力を実感する。
そうなるとただの女性でしか無いルビーに取って、荒くれ者が多
いこの迷宮都市は、酷く恐ろしい物に見えて来た。
﹁プクク⋮⋮昔からそうだけど、本当にあの子ってば、後先考えな
いのよねぇ﹂
﹁自分の妹なんだからそう笑ってやるなよん、付き合ってて何だが
君ってかなりのドSだ∼?﹂
聞き慣れた声が二つ。
ルビーはハッと後ろを振り返る。
﹁⋮⋮何しにきたのよ? お姉ちゃん﹂
お姉ちゃんと呼ばれた女性は呆れた表情をしながら言い返す。
﹁家と全く同じ事を言わないでもらえる? 興が削がれるわぁ﹂
隣に立つ男はニヤニヤしながら、
﹁あれあれ? そこまで仲良しじゃないのん? でも端から見てて
面白いからオッケー!﹂
そう言いながらテンションを上げていた。
1739
﹁何言ってるの、姉妹愛は確かな物よ? ああ私の妹、無一文でこ
んな大陸までやって来て、挙げ句の果てにこんなにボロボロにまで
⋮⋮﹂
ルビーの卸したての服は、喧騒の余波で既にあちこち綻びが生ま
れていた。そんな様子に涙を溜めながら、姉であるガネッタ・スカ
ーレットはルビーに抱きつこうとする。
﹁近寄らないで! いやみったらしいわよ!﹂
﹁ちぇ、せっかくの再開なのに、ルビーは私を拒絶するのね。ああ
堪え難い現実よほむらぁ﹂
﹁やれやれ、姉妹喧嘩は余所でやってくれないかなぁ⋮⋮? これ
もこれで面白いからいいんだけどん?﹂
気合いの籠った泣き真似を終えたガネッタはルビーに見せつける
様にほむらと呼ばれる男に抱きつくと言った。
﹁あんたさぁ、英雄捕まえた気になってたみたいだけど、随分と金
払いが悪い英雄みたいね?﹂
抱きつかれた男が﹁おふぅいつも以上に過激なスキンシップぅ!﹂
と言っているのは聞いちゃいない。
﹁別にそんなんじゃないわよ﹂
﹁いい? 男を捕まえるならお金持ちにしなさいと何度言ったらわ
かるの? ウチの家訓は代々そうだって言ってたでしょ?﹂
男は﹁俺を目の前にそのセリフ⋮⋮そこに痺れる憧れるよガネッ
タ!﹂と言っているのだが二人の耳には届かない。
1740
﹁うるさい売女! 淫売! 売春̶̶̶﹂
ルビーの目の前でけたたましい音が鳴り響く。顔のすぐ真横を何
かが高速で突き抜ける感覚して意識を置き去りにする。
﹁ッ⋮⋮!!!﹂
男の向けた銃口からは煙が上がる。
それには明確な殺意が籠っていた。
﹁まぁこんなでも昔JOKERにいたし、ガネッタの妹ちゃんだか
全く誰に似たんだか
ら甘く見てたけど、些か口が悪いな﹂
男はそう言ってたため息をついた。
﹁貴方も私の妹に銃口を向けるのは関心しないわねぇ﹂
﹁え、いや、あまりにも口が悪いもんだからちゅいちゅい?﹂
﹁お小遣い減らしてほしいのかしらぁ!?﹂
﹁いやああ! ちょっと人前で縛り上げるのは⋮⋮! ぁ!!﹂
ルビーは未だ耳鳴りがする左の耳に触れる。
今、本気で当てるつもりだった。
︵理解できないわよ!︶
目の前で起こる亀甲縛りプレイも、突拍子も無く明確な殺意を向
けて来た由縁も何もかも、クボヤマが居なくなったルビー・スカー
レットはトコトン不幸な一般市民。
1741
ただ、それに尽きるのだった。
クボヤマは受け皿と言う物を想定し、別次元の力で構成される自
分自身の特性を生かしてルビーの強烈に何かを呼び込む力を相殺し
ていたつもりである。
それでも騒動に巻込まれるのはクボヤマの天命みたいな物。
SMプレイ勃発の最中、足早にこの場を立ち去ろうとしたルビー
に、やや頬を染めた姉であるガネッタが言い止める。
﹁あら、そういえばすっかり忘れてたわ。̶̶お兄様がお呼びよ?﹂
﹁お兄ちゃんなんていないわ!﹂
ルビーは突然の発言に激昂する。それの意味を知ってか知らずか、
ガネッタは悲しそうな声色で﹁貴方酷いわね、忘れてしまうなんて﹂
と言いながらも、その表情は酷く歪んでいた。
﹁あら、貴方。酷い顔よ?﹂
ルビー自身も、ハッとして顔を触る。
その様子を見てガネッタは更に高笑いする。
同じDNA。
こればっかりはどれだけ唇を噛み締めて神に願っても何ともなら
ない現実だ。
﹁ん∼男と女は騙し合い。凄い縁だよねこれ? まぁJOKERも
いずれ西の覇権は取りに行くつもりだったからさ、敵の敵は味方。
1742
味方の敵は敵っていうから?﹂
﹁あら? 騙し合いだなんて。私との情熱の日々は全て嘘なのかし
ら?﹂
﹁はっは! 事実は事実だよ! 君ならあるがままで受け止めてく
れるはずさ﹂
トップギルド、JOKERの中でも特にくせ者と言われている男。
焰の属性を関する魔導士ほむらはいつの間にか亀甲縛りから脱出す
ると、一つ笑ってガネッタを抱きしめた。
にあうつもりなんて無いから﹂
他人のラブロマンスなんか見てる余裕は無い。
犯罪者
そして、
﹁私は
ルビーはバッサリ斬り捨てると踵を返す。
だが、ガネッタの鞭がルビーを捉えしめ上げる。
﹁貴方、自分の置かれている立場がわかっていないようね﹂
鞭を引っ張るとルビーは悲鳴と共に顔面から転んでしまう。そし
てそれを悦に入った様に見ながらガネッタは言った。
﹁これは命令よ? さぁ、久々に兄妹全員揃うわねぇ。家族会議の
時間よ?﹂
﹁ねぇねぇ、それには俺っちも同行していいのかなぁ? 未来の家
族だからさ?﹂
﹁ふふふ、もちろんよ﹂
不適に笑うガネットとほむら。
1743
今回も、連れて行かれる自分自身を助けてくれる人はいない。
ただのルビーには何も出来ないのだ。
−−−
﹁なんか、あちこちで進んでるみたいだ﹂
﹁それより我が子がどこに居るのだ?﹂
迷宮都市の中でも一際大きな建物。迷宮都市から出た産物を扱う
事で名を上げて来た商人の豪邸の上に立った二人の男女が眼下を見
下ろしながらそれぞれ別の話しをする。
﹁⋮⋮ぶん殴れなかったか。一足遅かったみたいだな﹂
物騒な事を言うのは刀と木刀を腰に下げた着流しスタイルの短髪
の侍。
﹁いやしかし、余り関わるのも甘やかし過ぎ⋮⋮かもしれん﹂
頭がスパークしてるのは翡翠色のドレスを身に纏った翡翠色スト
レート美女。
﹁JOKERが彷徨いてるな。セバスは把握してるのか⋮⋮? ま
ぁ大丈夫だろうな。それより攫われちまったぞあの女﹂
1744
﹁使い魔が追ってるようだが、一応我も目にかけておくか?﹂
ようやく会話が成り立つ。
美女の瞳に魔力が循環するが、侍が手で制す。
﹁その必要は無いみたいだぜ﹂
顎をしゃくる彼の視線の先を見てみると。
遠くから一直線に彼等の方へと疾走して行く銀狼に乗った黒髪長
髪の男の姿があった。
﹁じゃ、邪神の影響で増えまくった魔物を蹴散らしに行く⋮⋮か?﹂
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシ
ャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシ
ャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシ
ャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシ
ャカシャカシャカシャカシャ̶̶̶。
﹁おおおお! 我が子ー! その勇姿ー! 念のために望遠レンズ
のオプションを購入しておいて良かったぞ﹂
隣を見ると、撮影用一眼レフ魔道具−竜仕様ver−を持った美
女が規制を上げながら連射モードの撮影ボタンを押し続けているの
だった。
侍は鼻で笑い呟く。
﹁はっ。もう使いこなしてら﹂
1745
1746
ルビーは再び攫われる︵後書き︶
とある幼女の質問
Q.りゅうしゅはおばかなのですか?
とある幼女の回答
A.なにをいっておる! 世界を守るべく日々戦い続けているのが
竜種と言う物じゃ! いいかの? 我も親から受け継いだこの海域
を守る為に日夜⋮⋮あ、まっくぅーん! え? もうデートの時間
? ごめんなさいぃぃ! うん、うん、すぐ行く!
あ、すまんの!
ちょっとこれから西の海域を救いに行かねばならん!
またのー!
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1747
仲間の座、ヒロインの座
﹁ほんっとに! 相変わらず何度も何度も世話かけるぜあの嬢ちゃ
ん!﹂
迷宮都市の石造りの建物を飛び越えながら、銀狼と化したバンド
は首を横に大きく振ってうんざりする。
﹁それよりクボヤマはどこにいったんだ?﹂
バンドの毛を鷲掴みにして振り落とされない様にバランスを取る
エヴァンは当然の如く疑問に思った事を聞く。
﹁仲間に連れられてとっくに迷宮の中だろうさ!﹂
バンドは歯噛みする。
一言くらい声を掛けてくれたら良いものの、獣人の国ナチュラヴ
ィアでもそうだった。勢いに任せてぶん殴ってしまったが、クボは
こういう所が本当に抜けている。
﹁自分一人で戦ってると思うなよおおおお!!!﹂
銀狼の悲痛な遠吠えが響く。
遠吠えの方角を、遥か上空を見上げれば、一羽の鴉がグルグルと
旋回していた。
﹁⋮⋮うーん、誰かの使い魔だよなぁアレ。本当に危機を知らせて
1748
くれたってのか?﹂
﹁ああ、クボヤマの友人が迷宮都市全域に目を光らせてるってよ⋮
⋮化物か﹂
真紅の髪の女性が危険
そしてその使い魔が教えてくれた。
スカーレット。バンドはそれがルビー・スカーレットのことであ
ると一瞬で気付いた。何しろ、ここまでの騒動の発端が彼女であり、
魔大陸に渡って来る所から迷宮都市に来るまでの全て、彼は巻込ま
れ続けているのだから。
﹁はぁぁ⋮⋮船の時間ずらせば良かったかなぁ⋮⋮﹂
今までを思い返して弱音を吐くバンドに、エヴァンが聞く。
﹁後悔しているのか?﹂
バンドは一旦黙る。
そして一つ溜息をすると言った。
﹁はぁ⋮⋮⋮⋮後悔なんてするもんかよ﹂
銀狼と竜の子は迷宮都市を駆け抜ける。
仲間を救う為に。
1749
−−−
GoodNews
<ギルド−福音の女神−の大聖堂にて>
神父
になぞらえ
聖王国ビクトリアの中央聖都にあるギルド−福音の女神−。
そのギルドは、ギルドマスターの本職である
て、大きな教会の形をした建造物でもある。
目の前に女神教団の総本山である大教会があるというのに⋮⋮。
当時、真っ向から喧嘩を売って行くスタイルで造られた建物は、
ハンター協会から認可を受けた指定ギルドだという事で、教団の老
獪達の口を封じる。
尚且つ。
強敵から絶対的な守備力を誇っていた女神教団とそれらが治める
都市の一部が邪神の軍勢によって壊滅させられ大打撃を受けるとい
う失態。
慌てふためくも、それぞれで利権争いをしている老獪達。そんな
中で邪神を返り討ちにしたのが、福音の女神のギルドマスターであ
る̶̶̶̶現職法王クボヤマだった。
1750
お気づきだと思うが。
中央聖都ビクトリアの中心に、そびえたるは二つの大教会︵その
内ひとつはギルドだけどね︶。その二つのトップに君臨するのがク
ボヤマなのである。
教団の老獪達は、最早何も言えない。エリックの隠し球でこそあ
れ、前職である特務枢機卿という立場ならば、いくらでもどうとで
も出来たものの⋮⋮。
彼等は馬鹿ではない。
自ずと理解していたわけだ。
虎の子ジュードが死んでしまった今、邪神に太刀打ちできるのは
彼しかいないと。
﹁あれ、セバスは?﹂
人気の無い大聖堂に少女が二人。
一人は赤毛で白いブラウスに赤いスカートとローブを身に纏った
少女。
もう一人はエルフによってデザインされたドレスタイプの戦闘服
を身につけた金髪の女性。
赤毛の少女が大聖堂に安置されている本に話しかけると、本が光
りだして答えた。
﹃セバスチャン様は、女神教団の本部に呼び出されているようです﹄
1751
本の返答を聞いて、少女は二人とも呆れた表情をする。
﹁あいつも大変ね⋮⋮﹂
﹁師匠がサボってるからデスカ?﹂
本は疑問に機械の様に返答する。
﹃クボヤマ様が消息を絶ってから、ギルドマスター代理権を持つセ
バスチャン様が呼び出される回数が激増しています。一応彼の皺と
白髪の統計も取ってありますが⋮⋮﹄
そう言った本に対して、赤毛の少女はバッサリ斬り捨てる。
﹁それはいいわ﹂
それを聞いた本は、
﹃本当に苦労かけますね⋮⋮セバスチャン様﹄
と心の中で囁いた。
﹁それより、例のアレは?﹂
﹃ハザード様より承った七つの元素を利用した転移魔術ですか?﹄
﹁あ、ナギちゃん。なんだかんだ上手くやっテルみたいなんデスネ
?﹂
もう一人の少女が口を挟むが、ナギと呼ばれる赤毛の少女は意に
介さない⋮⋮かと思われれば、その頬は少し赤く染まっていた。
﹁ウィズ⋮⋮余計な事言ったら燃やすから﹂
1752
﹃私はこの世界で唯一の破壊不可属性をかねそな﹄
﹁自滅論ぶn﹂
﹃大変申し訳ございませんでした。ささ、セバスチャン様に代わり
まして私がティータイムの準備をいたしましょう﹄
空中にぽっかり空いた穴から小洒落たテーブルと椅子と入れた手
の紅茶が注がれたティーカップがおりて来る。
﹁ありがとう﹂
﹁ありがとうゴザイマス﹂
赤毛の少女は紅茶を啜りながら言う。
﹁って違うわよ。時間が無いの、今はあなたと戯れてる場合じゃな
いわ﹂
行儀よく椅子に座って紅茶を楽しみながらも少女は、タンッと小
さく机を叩いて突っ込んだ。その様子を見てもう一人の少女はクス
そこ
にずっと居たんだから、そっちの方はどうなってるのよ
クス笑っている。
﹁
?﹂
̶̶そこというのは、大聖堂にある運命の聖書が安置されていた
台座だ。
﹃居心地は大変よろしゅうございましたよ? ̶̶天界への繋がり
は認識できますが、私が扱う魔力とはまた畑が違うという見解です﹄
﹁そっかぁ⋮⋮﹂
1753
飽くなき探究心を持つ少女は、とても残念そうにしている。
それを横目で見ていた少女も同じ様な面持ちだ。
﹁ここがクリアできれバ⋮⋮師匠のプライベートルームへいけると
イウノニ!﹂
﹃エリー様の精界への扉は既に開かれている筈が⋮⋮?﹄
﹁違うノ! そうじゃナイノ!﹂
三人のとある少女達
の間に加わる事を画策している様だ。
エリーと呼ばれる金髪の少女は、まずクボヤマが家族の様に慕っ
ている
﹃精界もまた、興味深い場所なんですが﹄
色々と思案した本は、言葉を入念に選んでからそう一言だけ告げ
た。
﹁さて、MINEにも書いてある通り、皆でギルマスの尻を拭う時
が来たみたいね﹂
﹁色々とウワサがありマスが⋮⋮正ヒロインは私のモノデス!﹂
飲み干したティーカップを戻すと、少女達は立ち上がった。
﹃座標はユウジン様から頂いてます。ですが、距離がありますので
暫しお時間を﹄
影が薄いながらも絶対的な力を持つ、この世界に一つだけの本が
光りだす。
1754
四大元素に二つの対極の元素。
そしてそれぞれの元となる七つ目の元素が交じり合い一つの術式
を構築して行く。
﹃長距離転移は骨が折れますね。私、破壊不能属性ですけど̶̶﹄
魔法陣では無い。
魔法陣を構成するスペルが、三次元的な動きで二人を包み込む。
それぞれ意味を持ったスペルが形を作る。
新しい構築式だったりするのだが、実は前例が居る。
﹃それではお二方、準備はいいですか? ̶̶コチラが魔素、世に
満ちたる根源の世界です﹄
1755
1756
仲間の座、ヒロインの座︵後書き︶
少し地の文の書き方を変えたりして。
@tera︳father
1757
−筆休め−キャラクター紹介コーナー︵前書き︶
クボヤマ﹁どーもぉーたまに来るよね、こういう筆休め回。ツイッ
ターで休載って発言したばっかりなのにね?﹂
ルビー﹁しょうがないじゃない? メッセージでなんか書けって連
絡が来る位なんだから⋮⋮書きなさいよ﹂
クボヤマ﹁ほらでも、作者に連絡したら仕事が偉い忙しいみたいよ
?﹂
ルビー﹁大体ね、作品の進行が遅いのよ! 店舗が悪いわ! もっ
とハチャメチャをね! 巻き起こしてストーリーを大きく進行させ
るべきよ!﹂
クボヤマ﹁わかった、わかったから落ち着け。でも今回はメッセー
ジでも散々言われてたキャラクター紹介をやって行くよ。最新のに
容姿を得にとか書かれてたので、その辺触る予定だけど⋮⋮ぶっち
ゃけルビースカーレットの出て来る第三章まで書ききれるかわかん
ねーってさ?﹂
ルビー﹁ちょっと!!! 何よ!!! なんで私が出ないのよ!!
!!!﹂
1758
−筆休め−キャラクター紹介コーナー
◇クボヤマ︵最初の時点では22歳、三章では23歳︶
本作主人公。VRゲーは初心者。元々RPGでは攻撃的な前衛職を
やっていたので、バトルは好き。
◇才能︵という名の初期設定的な奴︶
レベルアップ時MIND値追加上昇
◇種族
80kg
足がデカい。
人種族︵中欧大陸系と海洋国家群系のミックス︶↑リアルスキャン
で追加
◇体格
175cm
◇容姿
黒髪︵スポーティな天パ︶、茶色目︵目力は強い︶。
顔は彫り深めで濃いめ、作者のイメージではK−1ファイターのマ
ークハントをかなり細くしたマッチョ︵一般より太め︶。
今風ラノベのイケメンというよりも、若干オッサン臭を漂わせる男
前と言った風貌。
本人はもみあげと髭が濃い事を気にしている。
◇服装
一章↓黒い神父服。胸ポケットには聖書、十字架。
1759
シスターズ
二章↓焦げ茶色のコートに飛行帽とゴーグル。腰にはウエストポー
チ。背中に|誓いの十字架<オース・カーディナル>。新しい聖書。
三章↓一章と同じ服装。
◇武器
一章↓エリック神父から貰った十字架と聖書︵浮遊する︶
二章↓|誓いの十字架<オースカーディナル>と呼ばれる巨大な十
へ。十字架も
クロス
へ。そして
字架。クボヤマの三分の二くらいの大きさ。それと新しく適当な教
フォルトゥナ
会で貰ったシスターズと呼ばれる聖書。
クレア
三章↓聖書は
身体が聖核へ。デミゴッドクラスへ。
※クボヤマの武器は特殊なので登場人物として紹介します。
◇性格
目力が強く、目つきが悪かったり、第一印象が怖いと思われがちな
人生だったため、外面だけは良くしようと丁寧な対応を身につけた。
だが、内心ではかなり失礼な物言いが多かったりする。利他的な性
格ではあるが、自分は利己的だと思う様にしている。その為に苦労
に収集してい
が耐えなかったり、自分自身に一切金銭が身に付かない事案が発生
個人的
するが、ゲームでその事を気にする事は無い。
恋愛的な部分では、人並みの性欲もあれば
る秘蔵フォルダがパソコンの中にあったり、ネットの海に蓄積され
ていたりする。だが他人の感情を上手く読み取る事がかなり下手糞
︵特に女性関係︶なので、間違った方向へ思考が発展して行く事が
多い。
何故そうなってしまったのかというと、父親の死による心の蓋。ユ
ウジンのお陰で掛け替えの無い存在は理解できるがそれは家族愛だ
と自然に判断してしまっている。大切な物を失う恐怖がずっとあり、
どうにも出来ず蓋をして来た。RIOの世界はリアルにグロい事も
1760
起こりうるので、章の切り替えでクボヤマが奔放したり、仮引退す
る程錯乱したのは、それが原因でもあったりする。
自分にどうにも出来ない嫌な事があると、目を背けるタイプ。
−−−
◇ユウジン︵歳はクボヤマと一緒︶
他ゲーではyu−jinを使っている。
◇才能︵という名の初期設定的な奴︶
武芸の天凛︵成長した際に飛躍的に強くなる。サ○ヤ人︶
◇種族
人種族︵東方大陸系︶
※系統は中欧大陸系で固定だが、スタイルによって変貌する。彼は
82kg
基本和風なので。
◇体格
180cm
印象は、クボヤマよりもゴリゴリにしぼっているので細く見える。
◇容姿
椿油のシャンプーがかおる、黒髪︵後ろで束ねる︶。
最初はスポーツ刈りだったけど、やめた。
黒目。
鋭い目つきで真顔が怖い。
1761
額と胸に刀傷︵笑うと顔がさらに恐くなる︶。
PAP○WAの土方ト○ゾーっぽいイメージだけど、もっとボロ汚
い感じ。
◇服装
鼠色の着流しか紫色の着流しに、草履。
ローロイズの剣聖役では、白を基調にした豪華な礼服を身につけて、
テントウ
髪をオールバックにしている。
◇武器
元々量産品の刀だったが、天道と作ってからはそれ一本のみ。
◇性格
トコトン利己的で友達でも利用するタイプ。だが、仁義はしっかり
持っているので受けた恩は確り返す。剣道小僧だった時代からそう
いう風に教育されて来た。
自信家で好戦的だが、対女性関係になるとなかなか割り切れない物
がある模様。興味が無かったり迷惑を掛けられたりすると非情にな
れるが、エレシアナの様に礼儀をわきまえた上で純真な愛情を向け
られると、もうどうにも出来なくなる。
だが、ネトゲ廃人。
−−−
◇エリー︵女子高生︶
第一章ヒロインポジション︵何度かデートしたり、リアルで一番ク
1762
ヘゲ・ボ
ボヤマに迫っている。家に行った事もある⋮⋮玄関まで︶
◇才能
氷精霊の加護︵精霊魔法が使える︶
使える精霊はフラウ、フェンリル
◇種族
52kg
人種族︵北欧大陸系︶
◇体格
168cm
鍛えていた時は58kg。
エルフ化してから48kg。
◇容姿
長い金髪に蒼目。透き通る肌。
ちゃん。
イメージはまんまノルウェー代表スピードスケーターの
ッコ
エルフ化してからはエルフの特徴である尖り耳に。胸は美乳。
◇服装
プレートメイルをよく使っていたが、エルフ化して行くにつれて痩
せて行きスレンダーに。一章部分ではプレートメイルを身につけて
いるので、クボヤマとのデートは水色のフリルやリボンのついたド
レスとしても使えるワンピースを良く来ている。
◇武器
槍や長剣を使っていたが、筋力が無くなり魔力シフトして行ったた
め持てなくなった。名残でサーベルを使いながら精霊魔法を行使す
る。基本的に全て精霊にお任せだったりする。
1763
◇性格
日本文化に慣れ親しんだ女子高生。活発系アニメヒロインの影響を
受けて、自身もそう言う性格に育ってしまった。元々奥手な部分が
あり見知らぬ人が居る場所ではすこし内向的になってしまう。その
分、ゲーム内で大はしゃぎ。ロールプレイも、現実でコスプレをや
ってみたいが、なかなか出来なかったのでやりだした感じ。
学園でかなりモテる立ち位置に居るが、特別学区の生徒に手を出す
世界大全
なが龍峰学園では鉄の掟として語り継がれているので実際恋愛経験
は無し。専ら恋愛アニメがバイブルとなっている。
−−−
◇凪︵女子高生︶
地味にゲームの影響がリアルで起こっている人物。
元々ただ器用なだけの腐女子候補のヲタク。
チート
◇才能
探究心
作中で語られる事が無いが、大体色々やってみた結果
という運営も歯止めをかける程のチート装備が手に入った。そう言
う事が何となく上手く行くのが探究心の強み。
◇種族
43kg
人種族︵中欧大陸系︶
◇体格
155cm
1764
わりとプニプニしている。モデル体系ではない。
◇容姿
赤髪ショートヘア。
涼宮ハ○ヒが少女漫画にハマって少し落ち着くとそんな感じ。性格
的にはとあるの御坂○琴に似ているかも。混ざっている。
◇服装
尖り帽子にスカートとシャツの上からローブを身に纏っているので
あまり中の服装の色は見えません。髪型に合う服装もしくは目立た
ない色だったら何でも良いです。二章以降も変わらず。
◇武器
智慧核を持った魔本−ウィズ−。クボヤマが熱心に聖書や十字架に
語りかけているのを見て、見よう見まねで名前を付けてみると自律
進化した。
分厚いハードカバーで殴られると痛そうな本。
◇性格
元々流れに流される様な正確だった。エリー達の後ろに着いてなん
となくゲームを始めた程度だったのだが、RIOを通して性格が激
変した人物。本の虫になってしまった結果、エリーの居る特別学区
に繰り上がる程。自信もついて活発に。でも基本物語でも出番は少
なく、興味のある事にしか出向かない。ので出番が無い。
恋愛のバイブルは少女漫画。ハザードが愛読書の主人公に似ている
事から、少し気にしていた様だが、若干ツンデレが入っている様だ
った。最近では、なんか上手くなってそうな雰囲気がある。
1765
−−−
◇セバスチャン︵男子高校生、生徒会長︶
作者のミスで、現実での名前と同じプレイヤーネームの奴が居る。
本名は御門藤十郎。
◇才能
多彩︵ぶっちゃけ才能よりも他の能力が高過ぎるので埋もれた︶
◇種族
78kg
人種族︵中欧大陸系︶
◇体格
182cm
◇容姿
黒髪オールバッククールガイ。
髭こそ生えていない物の、雰囲気はまさに執事のセバスチャン。
高校生であるという雰囲気は毛頭無くなってしまわれた。
話しがすすむに連れて、執事という雰囲気から、敏腕貴族の様な雰
囲気になって行くが、彼は抗う様に執事服を着続ける。とあるのア
ウ○オルスに顔が似てる。
◇服装
執事服。帽子は無い。
◇武器
杖が仕込み剣に。内ポケットを拡張させていて、そこから銃を取り
出す様な仕草で杖とは別も剣を取り出す。※描写された事は無い。
セバスの本領は裏側にあって、生徒総数2万を越える龍峰学園の生
1766
徒会長をしてるだけあり、人を束ねることや謀略が上手い。
◇性格
パーティメンバーの尻を拭い続けて来た苦労人。だが、膨れて行く
規模に面白さを見出してどんどん自重せずに財を溜め続ける。そん
な性格。つかみ所が一杯あるくせに、中々掴ませない。
−−−
◇ハザード
ネトゲ廃人2、もともと別のパーティに居たが、放浪の末クボヤマ
達と再会して居座る様になる。
◇才能
無し。︵本来何かしらあるのに無し︶
◇種族
85kg
賢人種︵賢人の塔を上り詰めて至った︶
固有種。
◇体格
180cm
◇容姿
フェアリ○テイルのミ○トガンとバ○オハザード4の武器商人を足
して二で割った様な感じ。
黒髪黒目で目つきは鋭い。
1767
顔にも賢人の紋様があり、それをバンテージで隠している。
目つきが柔らかくなったら実はイケメン。
努力の才能を持っていて、ガタイはかなり良い方。
二章から、身体の半分が魔紋になり、青白い賢人の紋様と真逆の赤
黒い紋様が浮かぶ様になる。占眼を使うと目の回りに血管が浮かぶ。
◇服装
半袖半ズボンのアーミースーツの様な迷彩系の服の上からボロボロ
のローブを纏う。露出した部分は全てバンテージを巻いている。常
に大きなバックパックを背負って、纏めて杖を差し込む︵十本くら
い︶。よく使う剣と杖はバックの側面に2本ずつ吊るしてあって、
ナイフはバックの側面4本ずつに取り付けてある。
◇武器
常に手に持っている杖と両方の腰に差してある属性剣と、バックパ
ックにある武器全て。空の杖も交じっているが、基本的に武器全て
は属性武器。だが、基本的な戦い方は召喚する賢鳥や烏とディメン
ションによる質量攻撃。
その他にもぶっちゃけ隠された能力が一杯あるバカキャラ。
今の所、七星圏や夢幻封印、四元封印、そして法を扱う無限がでて
きた。
召喚獣は賢鳥、烏、白象、色々。
◇性格
元々順位を気にする、嫉妬する、結構嫌な陰キャラだったが、RI
Oでメリンダと出会ってから彼女を師であり母であると思う程、ひ
た向きな性格に育った。努力を重ねるナイスガイに。だが、一つ大
事な物を失った様にアホキャラというか少しズレた感覚が身に付い
てしまった。
仲間のピンチには悪魔に魂を売り渡す事もいとわない。仲間が道を
1768
逸れたら殴ってでも正す。そんな暑苦しい漫画に出て来そうな感じ
になって来ている。
根本には探求、強さを求め続ける事があり、なんだかんだ凪と似て
いる。
また追加します。
書いてほしい人いたら上げておいてください⋮⋮。
1769
−筆休め−キャラクター紹介コーナー︵後書き︶
ツイッター
@tera︳father
クボヤマ﹁フォロー募集ちゅう!!!!!﹂
1770
東からの暗躍者
迷宮都市のとある区内に立ち並ぶ商業用倉庫。無造作に積まれた
木箱が乱雑に置かれていて、辺り一面にはおびただしい量の血痕が
ある。
迷宮都市特有の温暖な気候によって、血溜まりからは生々しい匂
いが鼻にこびりつく。
﹁久しぶりだな、我が最愛の妹ぉ﹂
死体の頂点に君臨しているのは赤と黒のコントラスト。
混沌と呼ばれる時代を生み出した張本人。
とある法王の宿敵と言われる存在。
邪神と融合を果たした名無しの盗賊団、赤髪のロッソである。
﹁ッ⋮⋮気安く呼ばないで!!﹂
ルビーは柄にも無く牙を剥き出しにして叫ぶ。姉であるガネッタ
の鞭が身体に食込むのもどうでも良い。
̶̶こいつだけは許せない。
﹁お姉ちゃんもお姉ちゃんよ! こんな男とつるんでよくも正気で
居られるわね!﹂
1771
荒げるルビーにガネットは肩をすくめる。
﹁あら、貴方が生きてるのは誰のお陰かしら?﹂
﹁⋮⋮ぐっ﹂
見透かす様な視線と口調にルビーは押し黙ってしまう。
﹁まぁ喧嘩すんなよ妹達よ。ザクロ⋮⋮じゃなかった今はガネット
だっけか? ベニはまだ23歳だろ?﹂
﹁⋮⋮ガネッタよ。ちょっと、人の彼氏居る前で本名暴露しないで
くれる?﹂
﹁カッコ可愛い名前じゃん! 俺っち、ネット外でのデートもどし
どし受けちゃうよ? よ?﹂
バカップルを演出する二人は放っておいて、ロッソはルビーの目
の前に出向く。
ジロっと光を全て飲み込む様な黒い瞳が見下ろす。
﹁何よ⋮⋮﹂
そっと、包容が身体を包んだ。
﹁ダメなお兄ちゃんを許してくれ﹂
ゲームの世界だが、その包容はとても暖かかった。
﹁⋮⋮何よ今更﹂
例え過去に、現在にどんな事があろうとも、血の繋がりと言う物
は切っても切れない時として次元すら歪めてしまう強大な絆を持っ
1772
ている。
そこに溺れる様にして、ルビーの意識は混濁していった。
ある筈の無い物がま
まるで光の届かない深海の更に奥深くへと誘われる様に。
抗う事は叶わない。
デモンズプロバディオ
見えちまう、感じちまう、いや、マジで存在しちま
﹁けっひひ、悪魔の証明はマジで使えるぜ。
るである様に
うんだからよぉ。奇跡を孕む糞野郎は既にこの世に去ねぇし?﹂
立ち上がったロッソは口を酷く歪ませて笑う。
そんな様子を見ていたほむらが、魔銃で肩をトントンとほぐしな
がら、
﹁で、約束通り連れて来たけど、そっちの約束はどうなんのさ?﹂
﹁ぁあん?﹂
﹁忘れてもらっちゃ困るぜよ? 覇権を西から東の新天地へ。この
1773
世界はまだまだ狭いからねん? いつまでも黎明期の名残を残して
おくつもりは毛頭ないって事よ。ウチのギルドマスターなんか、と
っくに異変に気付いてるし、興味津々だし、リアルスキン勢に鞍替
えして着々と準備を整えてるんだぞん?﹂
﹁てめぇ、リアルスキンか?﹂
ほむらの発言に、ロッソの瞳がギラつく。妹でもあるガネッタで
すら、おののく程の威圧感が広い倉庫に立ち込める。
だが。
﹁のんのん、ノーマルプレイの半リアル。流石に生身で邪神と融合
おにい
したクレイジー野郎に会いに行くつもりも無いさ? ̶̶いいかい
? これでも未来の義兄さんだからこその精一杯の譲歩って事よん
? こっちにゃ時を越える韋駄天と時を止める吸血鬼がいるんだか
ら﹂
﹁⋮⋮チッ﹂
現邪神、以前は魔王だったサタンには古き友人であると共に強大
な敵であった二人の悪魔が居る。三大悪魔なんて彼等を特定する様
な形容詞は無い。
ただ闇を生み出すボッチ。
時を操るオカマ。
悪魔の存在と言う物に大きく関わり、悪魔が居る事の証明にもな
り、尚且つ邪神の魂を全て回収し新たに悪魔から半神へ、そして神
へと成り代わろうとしているサタンでも。
本気で戦って無事で居られる確信は無かった。
1774
どちらとやり合えば、必ずどちらかが介入して来る。
三竦みというか。
余計なお世話だと言うか。
﹁⋮⋮余計なお世話だぁ????﹂
唐突にロッソが口を開いた。
﹁お⋮⋮お兄様?﹂
﹁あーあー、ウチのギルマスも良くやってるよ有れ。なんか上位陣
の中でも更に頂点の部類って本当に独り言多いよね。マジで怖いわ
このゲーム。でもアレだよなぁ、リアルスキンに移行しなきゃいけ
ないんだもんなぁ? 妹さんであのレベルなんだから、ガネッタっ
てもっとレベル高いでしょ? ならいいかなぁ⋮⋮﹂
未だに残る、魔王だった時の極一部の欠片。
深い眠りについたサタンの身はほとんど置き換わろうとしている
のに。
何かが邪魔をする。
﹁でもな、今は俺がお前でお前が俺だ﹂
﹁世界に破壊と絶望を望むのが貴様で﹂
1775
﹁俺はそこまでしても立った一人の男を殺したい﹂
﹁燃え上がる劫火を宿す切っ掛けってのが必要なんだろうが、ぁあ
?﹂
﹁それが契約⋮⋮いや生け贄だ﹂
﹁俺の魂を燃やし尽くせよ、喰らい尽くせよ﹂
﹁何傍観して躊躇してやがんだ?﹂
﹁いい加減目を覚ましやがれ、糞ガキ﹂
唐突、̶̶̶̶ボコボコボコ。
と言う音を立てて辺り一面に飛び散りすっかり乾いてしまってい
た血が、色めき立つ。生々しい響きを浮かばせながらドロドロとマ
グマの様に蠢きだす。
﹁ひゃーこわ。ザクロちゃん、敵さんお出迎えだからよそ者の俺ら
は傍観に徹してようね﹂
﹁あなたも、ここではガネッタと呼びなさいよ⋮⋮﹂
何かを察してか。
ほむらはガネッタを抱き寄せると天井に向かって発砲した。
銃口から伸びる真っ赤に光るロープは、倉庫の梁を掴むと伸縮し
1776
二人を一気に頭上へと引っ張り上げる。
﹁うっはー、まるで火山の噴火口に居るみたいだよ﹂
倉庫内に置かれていた死体、箱、全ての物質を赤黒い闇の中へと
溶解させて行く様子は、火口というより地獄の底のイメージが近い
だろう。
﹁あれ⋮⋮は、̶̶̶ぉぇっ!!!﹂
﹁おっと大丈夫かい? ここじゃちょっと刺激が強そうだ。じゃ、
俺達はもう帰るから、今度再会する時があったら、新時代、新世界
でね∼!﹂
ほむらはそのまま懐から何かを取り出すと、握りつぶした。
二人の身体を魔法陣が包むと、フッとかき消す様に消えて行った。
﹁⋮⋮新世界、新時代でかぁ?﹂
﹁̶̶̶ギャハハハハハ!!! いいぜいいぜぇ! まずは胸くそ
悪い今の時代、この世界を終わらせてやるよ!﹂
狂気で埋め尽くされた瞳が意識を失ったルビーを捉える。
1777
マジックステイシス
﹁魔素恒常⋮⋮あいつらぁ、まさかこんなもんが切り札だと思って
んのかぁ? 古代の大迷宮核なんて、ただのエネルギーの塊でしか
ねぇ、霧散してようが、固まってようが、何でも良いんだよ。こい
つにはもっと別の役割が有る。けっひひ、俺とアイツを繋ぐ運命の
糸ってか?﹂
蠢く赤黒い何かは、そのままルビーの真下へ移動すると、ズブズ
ブと彼女を中へ取り込んで行った。
﹁あん? いうこと聞かねぇ奴らだな。めんどくせぇから服もまと
めて取り込んじまえよ⋮⋮まぁどっちでも良いけどな﹂
のこされた服は、当然ながら赤黒く染まって行く。まるで無惨に
惨殺されたかの様にそこに落ちているだけ。
そしてルビーを良く知る人物がそれを見た際、一体どう思うので
あろうか。
突然、ドアが弾け飛んだ。
﹁うおおおおお̶̶̶̶̶̶!!!!﹂
銀色の狼人が吠えた。
隣の黒髪長髪男の制止も聞かずに跳び出した。
1778
東からの暗躍者︵後書き︶
更新間隔空きましてすいません。
これよりちらほら更新期入ります。
ツイッターよろすく。
@tera︳father
1779
ロッソvsエヴァン1
﹁幼竜咆哮!﹂
バンドを捉えた赤黒いドロドロとした液体を、エヴァンが衝撃波
で吹き飛ばす。
﹁イテテ⋮⋮。もう少し優しくしてくれたって良いだろ?﹂
﹁贅沢言ってる場合か!﹂
頭や腰を抑えながら逃げ戻って来るバンドに呆れた様子を見せな
がらも、エヴァンは冷静に周りを見渡した。
危険だとは耳にしていたが⋮⋮。
まさかラスボスが出て来るなんて。
﹁その服を身につけていた女性は?﹂
何が来ても対処できる様に構えながら目の前に立つロッソに聞く。
﹁ぁん? ってか誰だお前。あの女のお友達ぃ?﹂
﹁そうだと言ったら?﹂
ロッソはニヤッと笑いながら言い放った。
﹁ぎゃっはぁ! 見たまんまだけどぉっ?﹂
﹁てめぇえええええええ!!!!﹂
1780
小馬鹿にした様子に激昂したバンドが何の考えも為しに突っ込ん
で行く。そしてそれを取り囲む様に赤黒いドロドロが蠢きだす。そ
の触手は、まるで新しい餌が来た事を喜ぶ様にしているのを見て取
れた。
ドラゴンマジック
﹁̶̶竜魔法!﹂
青白く発光したエヴァンがバンドの前に一瞬で躍り出て鼻っ面を
蹴り飛ばした。エヴァンに掴み掛かった触手を気合いで撥ね除ける
と、気絶したバンドを抱えて再び入り口の方まで舞い戻る。
﹁へぇ、賢明な判断だなぁ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
エヴァンは倉庫の外にバンドを寝かせると、再び中に戻って来た。
無言の沈黙が、不穏な空気を生む。
﹁ここまで胸くそ悪いのは久しぶりだな﹂
呟いたその一言と共に、ボッとその場から消えた。そして、触手
も何もかもを置き去りにしてロッソの真横に一瞬で移動する。
既に右手は振りかぶられている。
﹁あれ? お前にとって俺はラスボスみたいなもんなんだけどぉ?﹂
﹁安心しとけ、ジャイアントキリングなら得意だ⋮⋮ッ!?﹂
全てを喰らい尽くす竜の一撃は、空を切った。
久々の本気。仕留めた筈だったのに。
1781
違和感がエヴァンを襲う。
﹁馬鹿ですかぁって言ってんの。その辺のエリアボスと俺を同等に
考えるってのが根本的に間違ってるんじゃねーの?﹂
ロッソは余裕の表情で自身が掌握した赤黒いドロドロの中から姿
を表した。
間近に見ていたエヴァンは冷や汗をかく。
﹁⋮⋮すまんなバンド、もしかしたら巻き込んでしまうかもしれん﹂
﹁あぁ?﹂
一言。バンドの方を向いてそう呟くと。
おれ
﹁悪いな、竜からすれば、その辺の奴らって全部雑魚なんだ﹂
エヴァンは自身の身体に貯蔵された魔力を解き放った。
迷宮都市へ来て腹に詰めまくった対象の食物は魔力に変換され溜
められている。そしてバンドに乗ってまでそれを温存して来た。
竜魔法の強みとは全ステータスが魔力依存。
そしてエヴァン特有の体質が合わさると。
ほんの数分だが、
頂点、̶̶最強を約束してくれる。
1782
−−−
﹁む、いかんぞ﹂
﹁⋮⋮ガイヤ﹂
カメラを抱えて跳び出そうとした妖艶なドレスの女性は、着流し
と刀を身につけた短髪の男に窘められ、頬を膨らませる。
﹁む∼! でも我が子! じゃが我が子!﹂
﹁これじゃどっちが子供かわかんねーよ⋮⋮﹂
女性の名前はガイヤ。
元はローロイズの護国竜である。
﹁でもアレでは身体が崩壊してしまうぞ﹂
眩く発光しながら高速で動き回り、ロッソに攻撃を当てて行くエ
ヴァンの姿を見ると、心配でどうにかなってしまいそうだった。
﹁プレイヤーは不死身だ。流石にこの概念だけは崩れないし、揺る
がない﹂
﹁それは理解しておるんだが、やっぱり我が子のこうした姿を見る
とな⋮⋮[rec]﹂
いつのまにかビデオを回し始めたガイヤを見ながら、ユウジンは
もう何度目かの溜息をついた。
1783
﹁それにしても、邪気ガンガン削ってるぞ、すげーな⋮⋮﹂
﹁元々竜とも喰い喰われるかの世界で戦って来た手合い。いや、天
敵と言った方が判りやすいかもしれぬ。竜種も抗う為に知恵を振り
絞ったのがもうとうに昔の話しであろう﹂
ユウジンは気になる一言を聞く。
﹁神様とは違うのか? 天敵ってか宿敵って﹂
﹁天敵と宿敵の違いもわからぬか。まぁ、まさに天の敵であると共
に、邪神側も宿敵として見定めておろうな﹂
﹁あれ、竜種立ち入る隙がない様に思えるけど?﹂
﹁たぶんじゃが、主らの概念でいくと、三界という言葉がある。そ
こ
を統べるものが竜であり。更に下の階層に悪魔が居るというだ
れと同じ様に天界を統べるのが神じゃとしたら下界と呼ばれる
こ
けの事﹂
そこに力関係の隔たりは存在しないという。
然ることながら、時代は進み混沌として。
いつの日だろうか、邪というイレギュラーを抱えたまま世界は廻
っている。
﹁当然ながら三竦みなんて存在しない。誰がどうなろうと世界の在
り方は変わらん。崩壊しても崩壊せずともそれが世界であり、我ら
が生きる場所﹂
﹁誰がどうなっても何も問題ないとか殺伐としてるなこの世界﹂
﹁⋮⋮ユウジン、お前にもあるであろう?﹂
何をだ。とユウジンは返す前に自分で気付いた。
1784
﹁⋮⋮まぁ無いと言えば嘘になるな﹂
﹁人の身はその得体の知れない力を多く孕む。だからほら、我もこ
んな状況に﹂
カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシ
ャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシ
ャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシ
ャカシャカシャカシャカシャ̶̶̶!!!
﹁それは親バカなだけだろ。でもなんかその話しを聞いたらアレだ
な、介入する気分じゃなくなったわ⋮⋮ピンチヒッターで行くか、
うん﹂
﹁差し詰め、負けそうになる重要な部分で重要なヒントだけを残し
て消えて行く謎の覆面キャラであるな?﹂
﹁いいや、ギルマスのアホ面を録画してネットに上げて爆笑する委
員会だ﹂
﹁お、恐ろしい事を考える。むー、でもいいなぁいいなぁ、そっち
の世界か言ってみたい欲求も無いと言えば嘘になる。果たして我が
生きている内に世界水準はどの体のまで上がるんだろうか、世界が
何度か廻らないと無理なんだろうか?﹂
﹁お前らが高度AIだとしたら、天晴だよ。むしろ邪神ってのがお
っそろしいわ。そう言う技術がここで革新されたら逆輸入してくる
可能世もなきにしもあらずってことだよな⋮⋮﹂
ユウジンはそれを想像してゴクリとつばを飲んだ。
現段階でそれに一番詳しそうな奴は、同じパーティに居たあのガ
リ勉魔女しか居ない。龍峰学園の中でも完全学区ってきもい奴らの
巣窟に居る奴らだ。
1785
後で聞いとこう。
不穏な想像は頭を振って吹き飛ばす。
あんまり余計な手出しは止めとく様にセバスに言っておいた方が
良いかもしれない。何やらMINEのトークによると、女子高生二
人がヒロインの座がどうとかこうとか余計な事を気にしてる様だし。
﹁ユウジン、今度から我の事は超監督と呼べ。もしくは超絶カメラ
マン﹂
﹁はは、悶絶−自分の息子の様子に−カメラマンの間違いだろ﹂
別の所で関係無い物語は進む。
̶̶世界は止まらない。
−−−
﹁ッチ! めんっどくせぇなぁ!﹂
﹁どうしたさっきまでにあっさり避けないのか!﹂
超スピードで肉薄し、連撃を浴びせて来るエヴァン。
ロッソはイライラしながらも、それをなんとか受けきっていた。
魔王サタン十八番の雷撃−倉庫内バージョン−も圧倒的なスピー
ドで動き回るエヴァンを追う事が出来ない。
1786
正面から来たかと思ったら、次の瞬間には後ろ、右、左。
瞬きする暇なんて無い程。
︵それでも余裕か畜生︶
エヴァンは心の中で悪態をつく。こいつのイライラは決して翻弄
されているからではなく、あくまで目の前の小バエが鬱陶しい。そ
んなレベルであると。
対して、エヴァンは後が無い。
全解放、魔素魔力が生命の源になっているこの世界で全ての魔素
を解放する事はまず無い。
リミッターと言う物が存在して、ある程度で気を失う様に出来て
いるのだ。だが、エヴァンの能力が限界を突破して蓄えておける分、
そのリミッターまでぶっ壊れてしまっている様な物。
もし、魔素が無くなったらどうなるのか。
一抹の不安が頭を過る。
︵くっそ、ダメだ⋮⋮考えるな!︶
ほんの一瞬だった。
一瞬動きに惑いが生じた瞬間をロッソは逃さない。
﹁けっひ! 握ったぞ、心臓ぉ﹂
1787
̶̶̶̶ドクン。
動きが止まってしまった。
﹁⋮⋮は?﹂
・・・・
﹁てめぇが人間である限り、俺に勝つ事は不可能だ﹂
身体が動かなくなった。
まるで根っこの部分を何かに掴まれた様な気持ち悪い感覚がする。
﹁何を⋮⋮しやがった⋮⋮﹂
ロッソは脳裏に焼き付く様な気味の悪いにやけ面をしながら、
1788
アビス
﹁ざぁんねん、教えませぇん̶̶深淵へ落ちろぉ﹂
ロッソは右手を握る。
その瞬間、エヴァンの視界も黒く染まる。
1789
ロッソvsエヴァン2
﹁⋮⋮⋮⋮嘘だろ⋮⋮﹂
意識を取り戻したバンドは目を疑った。
今まで共に戦って来た旅の仲間が、まるで廃人のように両膝をつ
いて途方も無く上を見上げていた。
そのすぐ前には口を大きく歪ませて笑うロッソの姿。
どんな困難もその強運で生き残って来た猛者である。
あのエヴァンが、やられちまった⋮⋮?
﹁ギャッハッ!! いい気味だぜ竜の子!! そうか、読めて来た
ぞ。陸海空をおさめる竜は、相当馬鹿みてぇだなァ! こんな竜の
なりそこないをこの俺様の元へ差し向けるなんてなァッ!!!﹂
ロッソは大きく両腕を広げて虚空へ向かって叫ぶ。
倉庫の天井は、戦いの顛末を表す様に穴だらけ。
﹁⋮⋮ノーマルプレイは確かに厄介な安全装置だが、リアルスキン
なら、魂だけなら消せるかもなァ。ゲームの世界から、二度と起き
上がる事は無いと来た﹂
︵何言ってるか全くわかんねーが、このままだとエヴァンが殺され
ちまう︶
1790
どうやらロッソはまだバンドの意識が復活した事に気付いていな
いらしい。勝利の快感に、いや、殺戮の快感に酔いしれている様だ
った。
︵⋮⋮う、動け!! うごけえええ!!!︶
足が震える。
すっかり感覚の無い下半身に違和感を感じた。
︵な、情けねぇ⋮⋮。俺は漏らしちまってるのか⋮⋮?︶
今まで危険な目には何度もかち合った。
荒くれた強大に奴隷の様に扱き使われて、大森林ではダークエル
フや凶悪な魔族に殺されかけた。
自身の事を臆病者で情けない奴だと、とうの昔から判っていた事
だ。
でも仲間のピンチに立ち上がれない程、情けない根性をしている
つもりは毛頭なかった。
全ての誇りを捨て去ってでも。
無様に尻尾撒いてでも。
この目の前の男とはやり合ってはいけない。
本能が、獣人の本能ではなく、生物としての基本的な構造が警戒
信号を鳴らしている。
1791
﹁お? やっぱ、ガタ来てたか? 情けねェな、身体が崩壊してる
じゃねーか⋮⋮でも、このまま死に戻りされるのも厄介だな。̶̶
・・・・・
隣の世界を知らない理由は、まさに知らないからだ。だが、俺は知
っている。って事は、それが理由にはならねぇよなぁ!!﹂
デモンズプロパディオ
次元すらねじ曲げてしまいうる力がロッソの周りに集まって行く。
悪魔の証明の真価が発揮されようとしていた。
彼の過去に何があったのはか判らない。
歪んだ性格が生み出した屁理屈だらけの歪んだ世界観。
サタンと各レベルで融合を果たし、邪神へと生まれ変わろうとし
ているロッソは、鬼に金棒を越える程の力を手に入れていた。
・・・・・・・・・
出来ない理由が無い。
それは、万能そのもの。
リアル
や
現実を知り生きるロッソは、とんでもない事を起こそうとしてい
た。
ヤ
﹁ケッヒャッヒャッヒャ!! これで殺れる。殺れるぞォッ!!﹂
燃え尽きてしまった様に身体がボロボロ崩壊して行くエヴァンに
向けて、得体の知れない力を集めた右腕を今⋮⋮。
1792
̶̶̶̶̶̶振り下ろす。
﹁動け、動け動け動け!! うおおおおおおお!!!﹂
バンドは四足歩法を用いて、今の自分が持てる最大限のスピード
でロッソに肉薄する。完全に気分が高ぶっていたロッソは、その侵
入者に気付けなかった。
いや気付く筈も無い。
バンドは最初から登場していたのだから。
﹁あ? 何だ犬ッコロ。一体いつの間に⋮⋮最初からいやがった奴
かァッ!﹂
﹁ひいいい! 俺の一番槍は記憶にすら残ってなかったのかよ!?﹂
エヴァンの襟元を加えると全速力で切り返し、倉庫の出口を目指
す。
崩壊しつつ有るエヴァンの身体は、既に先端からボロボロと零れ
始めていた。
NPC
﹁もしかして住人じゃね∼の? 丁度良い! この力を当てたらど
うなるか試してみるぜェ∼!!﹂
﹁̶̶̶̶それはさせねぇな﹂
1793
バンドを追うロッソの間に、一人の侍が姿を表した。
ロッソの頭上に浮かぶ得体の知れない歪んだ力を一瞥すると。
﹁覇ッ!!!!!!﹂
﹁あ?﹂
世界樹を削いで作り上げた木刀で、歪んだ空間を一閃した。
不殺を誓ったとある鬼の傑作であるが故に、人を斬り殺す事は不
可能だが、それ意外であれば斬るという意志がそのまま力になる。
不完全な力の塊は、呆気なく霧散する。
﹁銀の子よ、こっちへ!﹂
翡翠色の長髪が似合う妖艶なドレスの女性が手招きする。
理解が追いつかなかったが、なりふり構っていられないバンドは、
必死な思いで彼女の方へと走る。
﹁ユウジン!! こっちだ!! 飛ぶぞ!!﹂
﹁おう!﹂
さっきまで女性が居た場所に、巨大な竜が翼を広げて待ち構えて
いた。
侍は竜の背中に飛び移り、竜はバンドとエヴァンを前足で確り掴
むと大きく翼をはためかせる。
1794
﹁うおおおおお! 何だこりゃー!﹂
巨大な翡翠色の竜は、一つ羽ばたいただけで遥か上空へと急上昇
した。
﹁あっぶねぇー! アレはマジでヤバかったなガイヤ!!!﹂
上の方から侍の声がする。
ガイヤと呼ばれた竜は、低く唸りを上げながら言った。
﹁グルルル! 今は一刻を争う、ふざけてる場合では無いぞユウジ
ン! 銀の子よ、詳しくはあやつの力の届かぬ所まで離れてからだ
! 確り捕まっておけ!﹂
竜は更に加速する。
何らかの加護が働いているのか、風の衝撃をダイレクトに浴び続
ける事は無く。
まるで母の胎内に居る様な安堵が心の中に伝わって来る。
暖かかった。
﹁何かわからねぇが⋮⋮助かったぜ⋮⋮﹂
バンドは離れて行く迷宮都市に視線を向けながら、ホッと息をつ
いた。
1795
−−−
﹁⋮⋮チッ。まだこの程度じゃダメかァ﹂
獲物を取り逃がしてから、ロッソは未だ倉庫内に居た。
手を握ったり開いたりしながら、
さっき掴みかけた得体の知れない大きな力について思案する。
感覚はまだ残っている。
﹁おい糞ガキ、聞こえてるか? もしかしたら叶わない願望が一つ
叶うかもしれねぇぞ? ギャッハッ!﹂
狂った笑い声と共に、ボコボコボコと赤黒い粘性を持った液体が
ロッソの足下に湧き出て来る。
転移門を召喚する必要なんて無い。
目指す先は下。
﹁まずはこの力でアイツを二度と生き返らない様にしてやるよォ⋮
⋮﹂
迷宮都市の真下に無限に成長を続ける大迷宮へと、沈んで行く。
1796
1797
ロッソvsエヴァン2︵後書き︶
ロッソの力が偶然にも大きく変質しました。
ツイッター←
@tera︳father
︵小説と関係無い事も呟きだしました。笑︶
何か有ればこちらで!
あと、平行してまた新しく書き始めました。
http://ncode.syosetu.com/n355
5dg/
オッサンのドタバタほのぼのハートフルボッココメディーファンタ
ジーです。
色々とカオスな世界観です。
1798
秘密
﹁使い魔から連絡が入った﹂
殴り合いを終えた俺とハザードは、迷宮の小部屋で休憩していた。
大迷宮はプレイヤー勢も多くなだれ込んできていて、有志によって
こう言った休憩スペースが作られている。
腹が減ったと言ったら、ハザードが冒険者の飯と言う物を準備し
てくれるんだとか。ぶっちゃけ、プライベートスペースに行けば、
皆のクロスたそが飛び切り美味しい料理を準備してくれたりもする
のだが⋮⋮。
﹁どうやら、神父のツレの女がロッソに囚われて、エヴァンが敗北
したらしい﹂
ハザードは妙に饒舌にお喋りしながら調理を開始している。
ん、ちょっとまて。
﹁エヴァンが負けた!? ありえねぇ﹂
﹁相手が邪神なら仕方ない。間一髪で助けに入ったユウジンからの
MINEが来てる筈だが⋮⋮?﹂
大事な事をさらっと言いやがるコイツはまさに危険人物。
因に俺のマギフォンは既に木っ端微塵になっている。
﹁エヴァンはどうなったんだ? ゴーギャンは? TKG達は?﹂
1799
捲し立てる俺に、ハザードは津屁を人振りすると、使い魔が記憶
した映像が小部屋の壁に映し出された。
﹁⋮⋮これは﹂
﹁わからんが、悪魔の能力に人が勝てる見込みは無い﹂
人を誘惑する事に、心を掌握する事に長けた悪魔の攻撃に対抗す
るには不屈の精神を持つか俺の様な最強MINDにビルドするしか
無い。一般人ではほぼ無理。
﹁でも、幸運が。エヴァンは竜と幸運がついてる筈じゃ⋮⋮?﹂
﹁見てみろ神父。竜としての膨大な魔力を有しているが、心身は所
詮人の身だ﹂
そう、対抗しうる力を備えては居るが⋮⋮竜としての絶対的な驕
りを持たないエヴァンには、人としての葛藤の心が備わっている。
放漫さが少しでもあれば良いんだが、あれで居てエヴァンは優しい
人間だったりする。
﹁迷いで動きが一瞬遅れたな⋮⋮臆したか?﹂
﹁そうか、もう奇跡は存在しない﹂
思い出してしまった。
奇跡の性質を持つジュードはもう死んだ。
⋮⋮⋮⋮。
1800
﹁おい神父!﹂
︵クボ! しっかりするの!︶
ハザードとフォルに呼ばれて意識が戻った。
ダメだな、まだ精進が足らんみたいだ。
﹁たかが幸運では、悪魔の証明は覆せないか﹂
﹁⋮⋮厄介だな﹂
デモンズプロパディオ
あのハザードも、ロッソが使用した悪魔の証明には舌を巻く様だ。
そして映像も歪んでしまう様な力がロッソに集まって行く。
使い魔が怯え震えているのが映像からもわかった。
﹁あれはヤバイな神父﹂
﹁⋮⋮﹂
ロッソはついに、更に一つ上の領域へと力を伸ばした様だった。
フォルに尋ねてみる、アレは一体なんなんだと。
︵次元の力⋮⋮? 私達はクボのリアルを共有しているんだけど、
同じ様に魔王サタンと邪神とロッソの価値観が共有された結果、多
分大きな歪みを生んだと思うの︶
歪み⋮⋮?
︵ほら、この世界とは別の世界が広がるって事が⋮⋮それこそ次元
1801
の話しで実際に判ってると思うけどリアルスキンという名が持つ意
味は、次元転写って言う偉大なる主神、世界の原点様が邪神に̶̶︶
ちょ、ちょっとまって。
まったくわけがわからないんでせうが⋮⋮?
そんな俺の様子に。
フォルトゥナは大きく溜息をついている様だった。
︵ゲームであってゲームではない。発展して行くこの世界というの
は⋮⋮ちゃんと現実に存在しているの︶
頭が真っ白になった。
﹁おいハザード⋮⋮このゲームの世界がm;hふぇがhぐぁrhら
hdjkふgsh﹂
﹁な、何だ今のは? 神父、一体何をした?﹂
﹁いやだから⋮⋮jslhがrぐfhgさjkhれl;frgrj
w⋮⋮ってことだよ﹂
﹁は?﹂
︵クボ、無駄なの。神言って言う声の言葉を用いてる表現になるし、
何より禁則としてこの場で発声する事も不可能なの。因にリアルス
キンの場合、覚えようとしても記憶にすら残らないの︶
じゃ、どうして俺は理解できる?
︵迂闊だったの。私達はもうとっくに気付いてると思ってたから⋮
⋮たぶん、共有している事象のまま、私達の知識もフィードバック
してるの。貴方はもう人であって人じゃないこの世界では⋮⋮って
1802
いう制限付きなのだけど︶
考え込む俺に、珍しく狼狽えた様子を見せたハザードが心配そう
に言葉を投げかけている。だが、それどころじゃない俺には全く持
って聞こえちゃ居なかった。
ただ一つ。
本当にフィードバックと言う物が確かな情報なら。
ロッソをこのまま放置しておくと、愉快にゲームプレイどころじ
ゃなくなってしまう。敗北に喫したエヴァンなんか⋮⋮。
リアルでも殺されていたかも。
ゾクッと背中に寒気が走った。他人の死の恐怖、己の死の恐怖。
今まで忘れていた物が一気に押し寄せて来る様だった。
﹁̶̶̶̶おい!!!!!!!!﹂
いつのまにか、ハザードが俺の肩を揺さぶっていた。
﹁何をしている神父! お前は今何を見ている!!﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
1803
どうにか言葉で伝える方法は無いか。
フィードバックされているなら、それ相応の知識だって帰って来
ている筈だ。そして、神言外で禁則に当たらない様に伝える手立て
は⋮⋮。
﹁̶̶神託だ﹂
﹁は?﹂
言葉が崩壊しない様に慎重に選んで行く。
ことわり
﹁̶̶邪神̶̶次元を̶̶破壊̶̶即ち̶̶shrh̶̶違う̶̶
理̶̶﹂
﹁今更神に何を⋮⋮糞っ! 待ってろ﹂
マギフォンを起動する時間すら惜しかったのか、ハザードは杖を
両手に持って迷宮の地面に俺が発するワードをガリガリと書き記し
て行く。
﹁̶̶根源̶̶文字、通り̶̶私達̶̶全て̶̶htれr̶̶滅ぶ
̶̶⋮⋮っぷはぁっ!! ⋮⋮ハァ⋮⋮ハァ﹂
俺は大量にかいてしまった汗を袖で拭った。
そして地面に記された文字を読む。
;あgslkgj⋮⋮すまん﹂
﹁⋮⋮うわ、あんまりわかんねぇ﹂
﹁神父、コレは一体﹂
﹁禁則にtrlthfds
﹁いや、ノイズ音が入って上手く聞き取れないだけだから大丈夫だ﹂
ハザードには俺の言葉はピーーーーーというモスキート音の様な
1804
ノイズとして聞こえている様だった。
﹁⋮⋮邪神、次元、破壊、即ち、理、根源、文字通り、私達全て、
滅ぶ⋮⋮一部判らん所が有るが、コレで良いのか?﹂
よく見るととんでもない予言みたいな感じになってた。
でも、コレが精一杯だった。
﹁邪神がヤバイのは判った。私達全てが滅ぶ⋮⋮これはシナリオの
一部か?﹂
﹁gsh;gれ﹂
﹁⋮⋮違うって事で良いのか?﹂
俺はめんどくさくなって首を縦に振るだけになった。
そうか、ボディランゲージで何とかなりそうだ。
﹁解読を急ぎたいのもやまやまだが⋮⋮とりあえず、悠長に構えて
る暇は無さそうだ﹂
ハザードが後ろを振り返った。
音が、聞こえる。
﹁叫び声が聞こえる。これはリアルスキン勢か? それとも⋮⋮こ
の世界の住人か? どちらにせよ、悲劇を起こしてるのは敵である
事には間違いない﹂
俺も少し振らつきながら立ち上がって声のする方向に視線を向け
る。
﹁⋮⋮ロッソは既に下に潜った。こっちに来てるんで良いよな?﹂
1805
﹁ああ、だから神父。俺も後から追う。先に行け﹂
﹁すまん﹂
ハザードと強く視線を合わせると、奴は笑っていた。
それだけで強く信頼されているのが伝わって来た。
﹁はは、本当に変わったよなおまえ﹂
﹁俺も驚いてるさ⋮⋮﹂
ファーストコンタクトとは大違いだった。
ハザードは思いもよらない言葉を俺に投げかけた。
・・・・・・
﹁そうだ、凪にデートに誘われた。無事に生き残れたら、その⋮⋮
精霊使いの娘も一緒に連れてダブルデートに付き合ってくれないか
?﹂
﹁え?﹂
﹁いやほら、俺⋮⋮色恋沙汰ってか人との交流に疎くてな。ツイ○
ターとかm○xiとかやってみても、全く上手く行かないんだ﹂
1806
﹁っぷははは!﹂
何故か笑いが漏れた。
コレから命の削り合いが始まろうとも言うのに、緊張感の欠片も
無かったが、コレもハザードなりの示し方なのだろう。
﹁オッケー。そろそろ相手してやらないといい加減家に押し掛けら
れそうだったからな。コレが終わったらデ○ズニーランドにでも連
れてってやるか﹂
﹁⋮⋮地味に楽しみだ。行った事無いから﹂
﹁俺だってねーよ﹂
そして俺はハザードと拳を合わせる。
﹁⋮⋮いっちょ世界救って来る﹂
﹁ふん、なら俺は神父が二度とこぼさない様にサポートに徹する﹂
余計なお世話だ。
そして天門を開くと直通で次の階層へと俺は降りて行く。
1807
−−−
本当は気付いていた。
神父が言いたい事。
間一髪で救われたエヴァンとやら。
神父達にである前は一人で全てこなして来たから。
俺は誰よりも世界を歩き。
色んな物を得た。
だから判る。
神父の残した神託の意味も何となくな。
誰よりもこの世界をゲームではなく。
もう一つの現実だと考えていた。
だから理解した。
次元を超越したトンでもない代物である事。
救って来ると言いながら。
きっと神父、お前は自分の身を犠牲にするつもりだろう。
俺の職業を賢人だとか、魔術師だとか。
勘違いしてると思うが⋮⋮。
占い師の目に、ごまかしは通用しない。
限界を超えた物を視たお陰で身体にガタが来ているが。
1808
ハッピーエンドを飾るなら。
神父、主役が生きてないとな。
仮引退は流石にみんな寂しがる。
俺だって寂しいしな。
⋮⋮視力が
⋮⋮耳も
⋮⋮感覚は
ギアを外せば元に戻るだろうが
これから世界が変わる
運命を女神がついているなら
俺にも少しくらいわけろ
1809
秘密︵後書き︶
読み辛くてすまん。
ぶっちゃけ作中で一番好きなキャラはハザードです。
@tera︳father
ツイッターよろしくお願いします。
最近改活劇ってか面白みが少ないので、そんな成分を多く含めた
新しいのちょくちょく書いてます。やっと良いとこ書き出せた。
︽能力チート?−いいえ、超絶バッドステータスです−︾
http://ncode.syosetu.com/n3555
dg/
どたばたほのぼのハートフルボッコメディファンタジーです。
1810
異変に気付く者
︽̶̶座標を取得しています。座標を取得しています︾
﹁これが魔素化? 流動体だから魔力っていったらいいの?﹂
﹁わかりまセンガ⋮⋮精霊界というのも似た様なモノなのデショウ
カ?﹂
ギルドの大聖堂にて、特大の魔法陣に包まれてからどれだけ時間
が経ったのだろうか。エリーと凪は煌めく宇宙空間の様な世界に居
た。
コレが魔素で構成される世界の在り方。
それは美しかった。
宇宙をほとばしる流れ星、彗星の一部になって駆け抜ける様な気
分である。構成される服も、身体も何も無い。
そこには意識しか無いのだが、それぞれの意識が脳神経に干渉し
て、まるで素っ裸で浮遊している様な、感じたこの無い快感が全身
を駆け巡る。
﹁不思議ね、なんだかワクワクしてくるわ。常日頃から魔素や魔力
を無意識の内に使用している私達が、いざその一部に溶け込むとな
ると⋮⋮こんなに素晴らしい物だったなんて﹂
エリーから視た凪は、目を蘭々に輝かせて、見えるもの全てから
世界を構成する魔素を学び得ようとしている様だった。
1811
﹁⋮⋮気持ちいいデス。このまま眠ってしまっても﹂
︽それはいけませんよ、エリー様︾
ウィズが脳内に直接警告した。
この空間で意識を保つという事は、自分の身体が完全に魔素化し
て、世界に溶けてしまわない為のプロテクト、言わばタグ付けが必
要になる。
それを可能にしてるのウィズの魔法陣。
魔素化、流体化、そして指定座標での再構成。
要するに身体にタグ付け、保護化して、大事な個人のプライベー
ト要素だけを保存し、身体という入れ物を新しい座標にて新しく再
構成する。
そしてそこへ保護した意識を流し込む。
普通のテレポートというなの転移魔術とは根本的な部分が違って
いる術式でもある。
歴史のページを塗り替える程の魔術、いや新しい法則の様な物を
駆使して動かしているのに、当の女子高生二人組はそれぞれが暢気
に好きな事を考えているのだ。
﹁⋮⋮なるほど、少しでも間違えると、世界と同化しちゃうんデス
ネ?﹂
︽厳密に言えば、世界を構成する魔素の一部として永遠にそこに漂
1812
い続けます︾
﹁まぁ簡単に言うと死よね、万が一にもウィズがミスる事は有り得
ないけど﹂
︽この世界の根源に干渉できる人物は、例外を除いて凪様くらいで
す︾
﹁⋮⋮例外?﹂
﹁一つは師匠に決まってるデショウ?﹂
デミゴッド
︽その通りです。クボヤマ様は半神の領域へと立ち入られています。
私でも不可侵の領域になります。̶̶最も特別な存在が故に、世界
を構成する魔素に対しても幾つかの制限が掛けられている様です︾
エリーは師匠が褒められた事で自分の事の様に胸を張っていた。
色艶形ともに女子高生にしてはかなり美しいタイプのエリーの白い
胸をみながら、凪も自分のモノの確認をする。
必死に寄せたり、腕をギュッと組んで谷間を作ってみたりするが
⋮⋮現状は余り芳しくない。
﹁元からちんちくりんなのは自覚していたけど⋮⋮同級生にこうも
差を見せつけられると⋮⋮なんかへこむわね﹂
﹁ハハハ、まず人種が違いマスシ? 私からすればナギさんの細い
スタイルがかなり羨ましいのデス。今の内から相当努力しないと、
若さを保つ事が厳しくナッテキマスカラ⋮⋮﹂
︽なんとも、悲しい女子高生の会話ですが、私は大きいのも中くら
いのも小さいのも全て守備範囲です⋮⋮冗談です︾
1813
﹁冗談に聞こえないのよねアンタ﹂
﹁ワタシは師匠以外の評価なんて気にしちゃイナイノデス﹂
︽さて、もう一人の人物ですが⋮⋮宿敵ロッソ様は本格的に邪神と
化した魔王サタンと完全に融合成されました。同化した核が二つの
精神を持っているハザード様と違って、ロッソ様の魔素の形は完全
に姿を変えています︾
︽̶̶最も、人の身でありつつも悪魔の証明というチート能力がご
ざいますから⋮⋮自分だけこの世の常識から逆らった行動をとられ
る危険性は前々からございました︾
﹁ほんっと! 何なのかしらアイツ。私は大体間に合わないし﹂
凪が悪態をつく。
探究心
。
︽探究心は、戦いとは無縁ですから。無理矢理引きずり出されない
限り、戦いよりも他の事を重視します︾
いつだか発覚してリアルにまで影響を与えた才能
凪が物語に余り干渉出来ないのは、一つの観測者として世界に存
在を認められた証でもあった。
怳が重なって出来た心の歪みでもあ
﹁今回も、一波乱ある気がシマス﹂
エリーがぽつりと告げた。
クボヤマの奔放は、小さな
る。
1814
ユウジンから聞いた話し、元々どうしようもなかった心の蓋が、
膨れ肥大した膨大なMINDに埋め尽くされて、見えなくなってし
まったバグである。と、エリーは感じていた。
龍峰学園で話しを聞いたときも、言葉の節々にその意識を感じた。
どこかで誰かが救ってあげないと。
手を差し伸べてあげないといつかあの人はダメになってしまう。
是非自分がその役割を担いたかったのだが⋮⋮。
﹁どんどん先へ行ってしまって⋮⋮追いつけマセン﹂
﹁守るもの一杯有りそうよねギルマス﹂
﹁もちろんその一部には私も、貴方も入っていると思うんデスガ⋮
⋮一番になりたかったナァ⋮⋮なんて﹂
少ししょんぼりとするエリーに、凪が微笑みながらこう言った。
ハザード
﹁まだまだコレからでしょ? そうだ、今度あの人とデートに行く
予定なんだけど、ギルマスも誘ってダブルデートに仕立て上げない
? なんていうか私も実際は少女漫画知識だし、なんか上手くでき
る自信が無くて⋮⋮﹂
﹁アハハ、賛成です。この戦いが終わったら、少しは落ち着くんじ
ゃないデショウカ? そうなったら私がモーレツアタックを掛けて
振り向かセマス﹂
無邪気な笑顔を取り戻したエリーの表情をみて、凪の顔にも自然
と微笑みが浮かぶ。女の子には考える事が一杯有る、それも女子高
生ならもっとだ。
未来のワクワクドキドキシチュエーションを想定想像しながら二
1815
人は魔素の宇宙を流れ星の様に渡って行く。
運命
という名未だ解明不可能、不可思議な力は、
︽奇跡の力は失われましたが、必要な構成物はまだクボヤマ様が抱
えています。
エーテル
きっと私達をハッピーエンドへと迎えてくれるは⋮⋮z̶̶̶̶危
険、危険、世界の構成魔素に解析不能断裂を確認しました︾
﹁え?﹂
﹁な、何ガ﹂
身体を覆うプロテクトがより一層強くなり少し窮屈に感じる。
分析解析統計演算、パーフェクトと言っても良いこの元ヘルプ機
能が突然警告信号を発した。それは、どうしようもない状況に遭遇
した事を表していると同義だった。
﹁ウィズ! どうしたの!?﹂
ウィズを良く知る二人に、戦慄が走った。
︽申し訳有りません、取り乱しました。観測地域は南魔大陸南方、
獣人の領域である大森林を抜けた⋮⋮迷宮都市です︾
迷宮都市という名前を聞いて、息を呑む二人。
︽残留魔素から予測演算します。̶̶非情に小規模な戦いですが、
判りやすくレベルで判断するならば300オーバー、そして解析結
果ですが、次元断裂、世界の歪みを引き起こした張本人は名無しの
ロッソ︾
1816
そして解析結果はすぐに凪とエリーにフィードバックされる。
違和感は、両者ともすぐに感じ取った。
﹁あの⋮⋮コレッテ⋮⋮﹂
﹁ええ、この感覚は﹂
︽そこから先は原因不明の領域へと至りますのでお控えください。
解析するだけでもラグや破損が大きくてフィードバックにも最大限
の安全マージンを確保していますので︾
背筋に寒気が走る程の感覚。
心地よさの中に、ドロドロとした悪意と共に、良く有る感覚が広
がっていく。
それはまるで夢から覚めた様な感覚。
当たり前の様に感じて、当たり前の様に普段から接して来た。
ありふれた日常の感覚だった。
︽世界の常識が、根本から崩れ去りかねません。̶̶fさhlrへ
1817
jksrlskg̶̶現段階のリソースでは表現不可能︾
﹁早く⋮⋮早く移動できないのデスカ!?﹂
﹁エ、エリー落ち着いて!﹂
︽申し訳ございません。安全マージンの確保を優先しておりますの
で︾
一つの琴線に触れたウィズの音声はかなりノイズ混じりになって
いて、返答はかなり機械じみた冷酷な物だった。
エリーと凪は、大切な人の無事を願いながら。
ただひたすら待つ事しか出来なかった。
1818
異変に気付く者︵後書き︶
@tera︳father
ツイッターとかよろしくお願いします。
最近新しいの書いてます。
ドタバタほのぼのハートフルボッコメディーです。
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是非どぞ。
1819
それぞれ
﹁恐慌⋮⋮ですか?﹂
戦いの最前線から遠く離れた場所。人の住む大陸、そして人の治
める領域の中でも特に堅牢、人類の最終シェルターと言われてもあ
ながち間違いではない場所。
聖王国ビクトリア。
そして女神教団の総本山の一室に、一人の執事が居た。
﹁現段階では起こりうる⋮⋮という事だけです﹂
眉をひそめたセバスに、第五都市の枢機卿が紅茶に舌鼓を打ちな
がら告げたのである。
﹁各地に出現した迷宮は、依然として変わらぬままですが﹂
﹁⋮⋮迷宮は魔物を吐き出す為の物では無かった。と、言う事です
よ﹂
第五都市の枢機卿の勿体ぶった言い方に、この人はいつでも変わ
らないお方だと思いながらも、もう少し完結に話してくれ方がいち
いち頭を使わずに済むのに、と心の中で苦笑しておく。
﹁権謀術数は貴方の得意分野ではないですか﹂
﹁はは、良くご存知で﹂
心の内を先読みされているのか、それとも本当に見透かされてい
1820
るのか。どちらにせよ、長い時を法王として過ごし、人々を支えて
来たこの人には叶わない。
﹁女神様からの、御神託で?﹂
﹁当たらずとも、遠からず。と言った所ですかね﹂
元法王。いや、現第五枢機卿は。
﹁歴史は繰り返すと言いますが、今回の変化はかなり大きな物にな
りそうです﹂
と、それだけ告げ再び紅茶の香りを楽しむ作業に戻ってしまった。
﹁⋮⋮何かが起こるのですか﹂
迷宮都市の本来の目的は、邪神勢力の侵略に使う物ではない。あ
くまで、それは副次的な役割である。かの第五枢機卿はそう言って
いた。
どちらにせよ、何かが起こった場合。
最悪のケースは、なだれ込む魔物や時代の変革に人々がついて行
けず、そのまま何も出来ずに共倒れを起こしてしまう事だったりす
る。
その為に魔物を食い止める為の商会を通した様々な流通経路を構
築したのだ。
どっちにせよ、こちらにはそれしか無い。
なにかを未然に防ぐのは依然として最前線でしのぎを削る彼等の
1821
役目であり。
﹁私の役目は、その後にございますし。家主が戻られる頃を見越し
て最良の状態にしておく事こそで﹂
そう答えたセバスに対して、第五枢機卿はニコリと微笑みを見せ
た。
﹁ええ、その通りですね﹂
第五枢機卿は未だに女神と繋がっている。
現役を大きく離れ新たにニュータウンと化した第五都市で気まま
な生活を送っていても、その心の在り方は、世界を人々を安寧に導
く為に存在している。
その微笑みは、諦めの境地なのか。
それとも、愛弟子を信頼する微笑みなのか。
−−−
﹁我が子は脱落か﹂
迷宮都市から遠く離れた所。
1822
竜翼の推進力は、一度の羽ばたきによって何里をも越す。
どこかの丘の上で、ガイヤはボロボロと四肢の大部分が崩壊して
しまっているエヴァンを心配そうに見つめていた。
﹁⋮おかしい﹂
一緒に助けに入ったユウジンが言う。
﹁なんで死に戻りが来ないんだ?﹂
リアルスキンでも死に戻りは適用される。文字通り死ぬ様な痛み
の後に、気付けば一番最近ログアウトした地点に戻されるのだ。も
しくは登録してある宿屋だったりする。
崩壊しかかったエヴァン。
治療するにも手の施し様が無い。
﹁おいエヴァン! こんなになっちまいやがって⋮⋮目を覚ませよ
おいっっ!!﹂
バンドが涙を流しながら旅の仲間の身を心配する中で、ユウジン
は冷静に状況を考えていた。
普通この段階まで来たら、不死身でもない限りデスペナルティが
発生してすぐに戻される筈なのに、エヴァンには未だそれが来なか
った。
̶̶この状況は、一度経験した事がある。
1823
世界の意志と戦った時の事、ユウジンは深くにも精神世界に閉じ
込められて、自分ではログアウト不可能な状況に陥った。それこそ、
死に戻りもしない。
ある意味、仮死状態を自ら作り出したクボヤマと同じ様に、ずっ
と眠り続けていたのである。
あの時は、クボヤマが直接ユウジンの部屋へやって来て、推奨ヘ
ッドギヤを強制ログアウト。無事リアルの世界へ戻って来たユウジ
ンは、精神を立て直して再び世界の意志へと挑んだ。
そして、勝利した。
悪魔の干渉は、心を直接縛る。魔王サタンと呼ばれる最上位クラ
スの悪魔の力を有しているロッソだ。性格から省みれば、とんでも
ない呪縛に⋮⋮。
﹁⋮⋮悪魔、古の悪魔達は、それぞれ闇の根源を司る﹂
ガイヤが思い出しながら口を開いた。
﹁闇は無限に増殖し、闇の中で時は流れず、如何なる現象も闇の中
では無意味と化す﹂
ディーテ、サマエル、サタン。
三本柱とでも言えば良いのか。
反転した世界の中核をになう存在。世界の一部である冥界や暗黒
界とは、文字通り次元が違う根底を成す世界の者達だった。
1824
﹁⋮⋮大局を動かすモノ﹂
﹁そういや、ハザードが冥界に無限がいたって言ってたな⋮⋮世界
の意志と似た様なもんなのか?﹂
﹁我が語るのも烏滸がましい話しになりえる。竜を君臨者だとすれ
ば、強大な個だとすれば⋮⋮更に大きな集まり、力の源とでも言え
ば良いのか﹂
それはあくまで竜側の解釈。
地上の絶対強者として君臨する魔素の塊からの言葉。
﹁人々の信仰心と言う物が大きな力になる。それが神だ﹂
﹁だとすると、邪神は邪な心か?﹂
皮肉めいた言動のユウジンに対して、ガイヤは首を横に振る。
﹁いや、それも一つの信仰心であるが故に⋮⋮お前も理解している
んじゃないのか?﹂
﹁そうだな。パースを当てはめて行くとしたら⋮⋮世界の意志、生
物としてのあるがままを捉えた者が信仰心とは真逆を行く﹂
プラスとマイナスというよりも、向きの問題。
すごく曖昧で不可思議な物。
﹁無限は⋮⋮我も判断がつかぬ﹂
﹁それはアレだな情○統合思念帯だな、ハザードがまんまそんなも
んだって言ってたし?﹂
あっけらかんとしたユウジンの物言いに、ガイヤは首を捻る。
﹁情報統合思○帯? なんだそれは﹂
1825
﹁えっと、俺はゲーマーだからあんまりしらねぇけど﹂
ユウジンは、お前に判る様に伝えるとなると⋮⋮と言って一度思
考を挟んで間を奥と、納得いった様に告げた。
﹁向きを持たない意志の集合体?﹂
﹁なるほど、どこにも属さないという訳だな﹂
しばしば災厄として世界に降り掛かる大きな得体の知れない力。
その担い手を背負う物がその時代には必ず現れる。
特徴として無限とは、その限りではない。
何をどうするか、それらは全て存在する多数の意志によって決め
られる。
一つ間違えれば一番質の悪い存在だった。
だから、冥界の悪食ベヒモスの腹の中に永遠に閉じ込められてい
た。
﹁そんなことより我が子! 我が子! ユウジン! 何とかするの
だ!﹂
﹁えええ、どうしたら良いのコレ⋮⋮色々考えて蛇足したけどさ、
根本的な解決が全く判らねぇ!!﹂
母性を全身から撒き散らしながら喚き散らすガイヤに向かって、
ユウジンは顔をクワッと豹変させながらそう言うのである。
﹁ウオオオオオオ!!! エヴァァァァン!!﹂
ガイヤとユウジンが起死回生の飛竜の卵を思い出すまで、このカ
1826
オスな三竦みはしばらく続く事になる。
−−−
﹁フォルトゥナ!﹂
︵はいなの!︶
俺は戦いに備えて出来るだけ戦力を温存する事にした。体力と言
っても神聖力と言う精神力。
雀の涙一滴も無駄遣いは避けるべきだと。
そう言う意見をフォルトゥナから貰ったので、現在は大迷宮を下
へ下へと全速力で下っている。
走る体力?
この俺に体力という常識は無い。
︵真っ直ぐ向かえば見えて来るはずなの!︶
クレリア
定期的に聖域をソナーの様に発信して、俺の力をになう聖核クレ
アの元へフィードバックされた情報を解析したフォルが道案内をす
1827
る。
大きな縦穴はクロスの翼で滑空して行く。
̶̶̶̶ドンッ!!!
上の方から大きな破壊音が鳴り響いた。
もうそこそこ下の層まで降りて来た筈なのに、時折ミシミシパラ
パラと迷宮を揺るがす衝撃が伝わって来る。
﹁⋮⋮ハザード﹂
︵往生してる暇はないの!︶
思わず上層の方を見上げてしまう俺をフォルが叱咤する。
︵お姉ちゃんも気付いてた! こんな事って有り得ないの! 邪神
がプレイヤーと完全融合して違う世界の常識を身につけたの!︶
珍しくフォルが慌てている。
で、女神様はなんて?
1828
︵⋮⋮エリック神父と一緒に傍観の姿勢をとってるみたい。多分、
完全に命運は託された。そう言う事なの︶
﹁えぇー、丸投げされても困るんだけど﹂
̶̶風呂敷は自分で畳みなさいね?
̶̶ま、いけすかねぇけど、実際俺らが直接手出ししちゃダメだ
しな。
声が聞こえて来た。
いやいや、世界滅亡の危機っていうか。
お前ら⋮⋮ちょっと楽観的すぎないか?
1829
・・・・・
・・・・・・
̶̶いいえ、受け入れなければならないのよ。
̶̶大体さ、俺らの役目とか千年くらい前に終わってんの。
̶̶でも⋮⋮
̶̶ああ⋮⋮
̶̶私︵俺は︶この世界が好きだけどね︵な︶。
﹁いやいやいやいや! 丸投げとかアホかっちゅーに!﹂
︵でもエラ・レリックには特別な掟、誓約が有るから、仕方ない事
なの︶
﹁なんで邪神は大丈夫なんだよ!﹂
1830
︵現世に留まり続けてるからなの︶
﹁はああああああああ!?﹂
俺は、神に見放されたのか?
︵私は見放してないなの!!!!︶
1831
それぞれ︵後書き︶
ユウジンの所は作中ではかなり端折られた所。笑
クボヤマ、ここぞという時に神に見放された。笑
クボヤマ﹁ギャグパートじゃねーから!!!!!﹂ドンッ
@tera︳father
ツイッターとかよろしくお願いします。
最近新しいの書いてます。
ドタバタほのぼのハートフルボッコメディーです。
︽チート能力?−いいえ超絶バッドステータスです−︾
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是非どぞ。
1832
ハザードの戦い︵前書き︶
※少しグロい表現があります。
※6:55分追記!
ってかアレですね!600万PV行ってたんですね!いつのまにか!
ユニークアクセスは88万くらいです!目指せ百万!
PVは一千万までがんばるモチベーションが生まれました。
応援してくださってありがとうございます。
後書き見てくださる方少ないかもなんで前書きでした。
@tera︳father
みんな絡んで︵マジ暇
本日はまだ更新します。
1833
ハザードの戦い
﹁貴様らには魔術を使う事すら惜しい﹂
その一言と共に暴力が舞った。杖をしまったハザードは、いつだ
か見かけたロッソのパーティーメンバーだった男達を斬り捨てて行
く。
思ったよりも数が多かった。
アレから人数を増やしたのだろうか。
﹁⋮⋮聞いてねぇぞ! 魔術さえ押さえ込めばいいんじゃないのか
!?﹂
狼狽する声が聞こえて来る。
﹁聞こえなかったのか? 魔術すら使わずとも、貴様らくらいなら
どうにでもなる﹂
不用意に接近して来た一人の首を跳ね飛ばした。
所詮雑踏である。
徒党を組めば如何なる相手にも勝てると、そう考えてるに違いな
いが、レベル1がどれだけ集まった所で、所詮雑魚はどう足掻いて
も雑魚。
膂力も、速さも、経験も何もかも、一人でひたすら研磨して来た
ハザードには全く持って及ばないのである。
1834
二本の長剣が敵を切り裂いて行く。
肘から先が無くなった者もいれば、
剣を持つ為の指が全て無い者も、
とうに目が見えない者や、
錬剣アルケミア
。
自分を支える足が無い者まで、
右手には
魔剣アーチェ
。
左手には
﹁彼の錬金術師が作り出した合成剣は、どんな物でも分解する﹂
ハザードはそう言いながら右手を振り下ろした。
敵が身につけていた迷宮都市産の貴重なレア装備は、剣の切っ先
に触れた瞬間分解され、文字通り身体を強制的に二分する。
1835
﹁大敵と言われた魔人アーチェの名を冠する剣は、どんな敵でも両
断する﹂
振り切った右手の遠心力を使って、そのまま左手に持つ魔剣を横
ばいに振り抜く。咄嗟に構えた敵の大斧は、頑丈な鋼鉄で出来てい
るというのにガキガキと無理矢理引き裂かれる様な音を立てて構え
る敵ごと両断した。
ワイズデバイスと呼ばれる賢人の武器とは違った性質を持つ二つ
の剣。
長い時間を掛けて研ぎすまされたハザードの剣は、超性能武器の
力を借りてユウジンに届かんとしていた。
﹁遠距離だ! 前の奴らがやられてる隙にやっちまえ!﹂
迷宮の狭い空間で、縦に並んだ敵達が壁を作り、隙間からボウガ
ンを発射する。隙間を縫ってハザードに接近する程、敵のボウガン
の腕は確かな物だった。
﹁無意味だ﹂
最短距離を真っ直ぐ貫かんと迫って来るボウガンの矢に対して、
ハザードは臆すこと無く突っ込んだ。
二つの剣をクロスさせ、目前に迫った矢を三等分にするとその勢
いのまま目の前に居た敵を両断しながら、押しのけながら前進する。
﹁ば、化物⋮⋮!!﹂
1836
﹁失礼だな﹂
恐れ戦いて敗走して行く雑魚達。
もうハザードの独壇場だった。
﹁濃霧﹂
﹁⋮⋮む﹂
迷宮内という無機質な空間で、突然辺り一面を覆い尽くす程の霧
が発生する。いやに鼻に纏わり付く水滴、かなりの濃度の霧である
事は確かだった。
﹁久しぶりだな賢人﹂
﹁⋮⋮何者だ﹂
霧が晴れて行く。
まつ毛についた霜を振り落とすと、そこには一人の男が居た。
﹁ま、どーせモブだし。でもムカつくな﹂
少しふてくされる男。
ハザードは記憶を遡りながらこの男の正体を探っていた。
﹁⋮⋮思い出したぞいつだかの﹂
ハザード自身が神父のパーティに加わってから初めてのプレイヤ
ーズイベント。あの名無しのロッソ達との初めての遭遇。
胸くそ悪い記憶を思い出してしまった。
こいつはそこでエリーの首を跳ねた⋮⋮。
1837
﹁蛮族の男か?﹂
﹁ごめーとう!! あの後すぐ侍にやられちゃったから俺名前すら
出て来なかったんだよね? ムカつくな、ムカつく﹂
すぐ鼻息を荒くする蛮族の男。
手斧を片手に小躍りする姿が気色悪い。
﹁影の男、ミストが出て来ると思っていたんだが⋮⋮配役を変えた
方がいいかもしれんぞ?﹂
﹁ムカッ。マジでお前殺す。首跳ねて転がした所を八つ裂きにして
やるよ﹂
あの時は凪の磔刑というなの拷問魔法に発狂して死んで行ったが、
今回も同じ様にしてしまおうか⋮⋮。ハザードは凪の顔を思い浮か
べて少し顔を赤くした。
﹁俺にはシャドーって名前があんだよ! 死ね、毒霧!﹂
シャドーは指で口元をなぞると、頬を膨らませて緑色の霧を吐い
た。危険を感じたハザードは後ろに飛ぶ。すると、霧が掛かった一
帯が大きく爛れ始めた。
﹁ケケッ! なんであんなに大勢居た配下が居ないと思う? 全部
俺が溶かしちゃったからさ! クケケケケ﹂
目を充血させたシャドーは、毒霧を吐いた後すぐに壁伝いに四足
歩行で接近していた。身軽な動きと四足歩行する姿が相まって、ま
さに人の世を捨てた蛮族。
1838
至る所に施された刺繍が躍動する度に淡く発光する。
﹁⋮⋮紛らわしい名前だ﹂
シャドーの癖に霧の魔術を用いる。
そして傷を負わされたミストは、影の魔法を。
﹁死ねぇアアアアア!!!!!﹂
斧を振り上げ、跳躍。血に飢えた獣そのものであるかの様に、シ
ャドーは殺意の明確に籠った一撃を振るう。
﹁̶̶モブはどこまで行ってもモブだ﹂
﹁はえ?﹂
肉薄したシャドーは、力を失った様にハザードを素通りして倒れ
臥した。
﹁目測を見誤ったか?!﹂
すぐさま起き上がって振り向くと、ハザードはそこには居なかっ
た。
ハッとして前を向く。
﹁いいや、完璧な一撃だった。かつての俺だったら一撃貰ってたか
もしれん﹂
1839
﹁舐めやがって⋮⋮!﹂
すぐに攻勢に移ろうとするシャドーにハザードが言う。
﹁あんまり動かん方が良い﹂
﹁へぇ?﹂
シャドーは胸の当たりに違和感を感じた。
トクン⋮⋮トクン⋮⋮。
心音が体内を通した内側からではなく、何故か外側から聞こえて
来たからだ。
胸を抑える。
﹁俺の皮ァァァ! 肉がぁァァ!!﹂
胸部だけ。
胸部の肋骨以外の全てが、削ぎ落とされていた。
まるで人体模型の様だった。
スカスカになった内容物。
腹膜が破けてしまえば何もかもが零れてしまってもおかしくない。
そんな状況に、シャドーの頭は一瞬でパニックに陥った。
1840
﹁だから、動かない方が良いと行った﹂
ハザードは錬剣と魔剣を納めながら続ける。
﹁影の男はどこだ?﹂
﹁アアアアアアアアアアアア!!!!﹂
﹁⋮⋮しまった、遣り過ぎたな﹂
動けば動く程、定位置から零れ落ちそうになる臓物を、シャドー
は必死に抑えようと足掻いている。もちろん、出血は止まない。
血溜まりが出来てもなお、顔がどんどん青ざめて行ってもなお、
自分のモノを必死に集める姿は、酷く醜く見えた。
﹁イヤダァァァァ! 俺の肉、皮!! 全部ゥゥゥ!!﹂
過去、斬撃属性を宿した烈風の渦の中心で身体の全てを削り取ら
れて行った記憶が、フラッシュバックしているのかもしれない。
もう消滅させてやろう。
そう思った刹那の出来事だった。
﹁かっ、ぺっ? ⋮⋮おぶ⋮⋮ォォォォブゥゥゥゥウ!!!!﹂
シャドーの身体がしゃっくりをしたように一度痙攣した。空気が
漏れる様な音が、彼の隙間から出る。気道から口腔と通って発声す
るのではなく、彼の胸から直接音が聞こえていたのだ。
そして、剥き出しの心臓が大きく収縮し始めた。
身体が押し固められ、ケチャップをかけるときの様な情けない音
1841
を発しながら潰れて行く。
血溜まりがドロドロと何かを形作る。
この光景は見た事があった。
﹁̶̶̶̶̶ッッ!!!!﹂
飛び退く。
そう⋮⋮不幸な事に、戦っていた場所が丁度ロッソの通り道だっ
たという訳だ。
﹁⋮⋮あん? なんだてめぇ⋮⋮ってかシャドォー! いつの間に
死にやがったテメー?﹂
足下のナニカをみながらロッソが汚い物を視る様な表情をしてい
る。
そしてニヤッと笑うと右手に力を集中させ始めた。
1842
﹁ギャッハッ!! 丁度良いや、いま死に戻りしてる途中っぽいけ
ど、これ当てたらどうなんのぉ∼?﹂
パリパリミシミシと言う空間を歪める様な音が響く。
そして、ロッソはその手を振り下ろした。
︽あああああああああああああ!!!!!︾
空間が大きく歪んで行く、それと共に激しい音が、断末魔が、シ
ャドーの走馬灯の様なものが歪んだ空間の中に、取り込まれる様に
映し出されていた。
1843
ハザードの戦い︵後書き︶
覚えていたかな?
第48話部分に登場したエリーの首をぶっ飛ばした蛮族だよ?
名前とか諸々決めてたけど今まで中々出す事が出来なかった。
ついに出た。︵死にキャラ︶
@tera︳father
ツイッターとかよろしくお願いします。
最近新しいの書いてます。
ドタバタほのぼのハートフルボッコメディーです。
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是非どぞ。
1844
ハザードの選択
̶̶戦慄した。
ぐちゃぐちゃに潰されたもう人とは思えない死体から、無理矢理
意識だけを⋮⋮いや、魂を引っこ抜かれているかの様だった。
ロッソの狂った様な叫び声と、シャドーの断末魔が重なり合う。
ハザードにはただただ息を呑んで事態を見ている事しか出来なかっ
た。
︽ウオアアアアア̶̶̶!!!!︾
変死体から実態が浮かび、もみくちゃになりながら歪んだ空間に
吸い込まれて行くシャドーから、色んな光が発せられていた。
走馬灯なのか?
まるで夢の中に、記憶の中に、シャドーというなのパズルをぶち
まけた様だった。そしてそれも、余す事無く歪みの中に吸い込まれ
て行く。
ビデオの撒き戻りの様に最近の記憶からどんどん古い記憶まで、
そしてついに、ロッソは有り得ない領域にまで手を染めてしまった。
﹁ギャッホゥ!! おいおいおいおいコレマジやべぇぞ!? ̶̶
はは、リアルのアイツの記憶じゃねーかっ﹂
﹁ッッ!?﹂
1845
消え行くパズルのピースの中に、ヘッドギアを装着して眠るシャ
ドーの姿があった。そして、場面はどんどん変わって行く。
残虐性、ゲームの世界でまで人殺しの快感に溺れいく男の始まり
は、飼っていたオウムの首を手で圧し折って殺した時だった。
小動物の殺傷は、どんどん大きくなって抑えきれなくなって行く。
そして、惹かれ合う様にロッソに巡り会ったのだった。
﹁おうおうおう懐かしいなぁ!! これ、マジで逝っちまったのか
?﹂
愉快痛快に顔を歪ませて笑うロッソ。
有り得ない狂気に、ハザードは震えを感じていた。
如何なる戦いでも、冥界で無限とやり合った時も、精神は透き通
る様にクリアな色を見せていたハザードだが、一応仲間とも言える
存在を容易くぐちゃぐちゃにしてしまったロッソに、いや、確証を
得なかったが、本当にリアルでの殺人を犯してしまったこの男に、
ただならぬ恐怖を感じるのだ。
﹁ひっさびさだったぜ、この感覚̶̶̶中坊の頃以来かなぁ﹂
有り得ない力の行使を存分に味わったロッソはそう呟くと、思い
出した様にハザードの方を向き直る。
﹁⋮⋮殺人鬼め﹂
ぽつりと呟いたハザードの言葉を耳にしたロッソはまた笑う。
1846
﹁ギャッハハ!! そういやてめぇはアイツの仲間だったなぁ⋮⋮
殺したら、クッケケ、こ殺したらどんな顔するかなァ⋮⋮アァッ!
!!﹂
フラフラと歩み寄るロッソが加速した。
﹁ディーテ!!!!﹂
︵委細承知した!!!!︶
魔紋と賢紋が輝く。ハザードの足は一瞬でどす黒い魔人の足に変
質する、そして魔人の持つ脚力で大きく跳躍し後退する。
目の前が、̶̶ドゴッォ!!
崩れ去った。
大迷宮の床が、壁が、天井が、まるで木片の様に破裂して飛び散
る。
︵我が友! 逃げろ! 逃げの一手を打て!︶
﹁うるさい、黙れ﹂
︵なっ!?︶
賢明に心に語りかけるディーテ。
友を思う悪魔大王の叫びも虚しく。
̶̶̶ハザードは心に決めていた事があった。
1847
﹁負けても良い。ただ、物語のバトンくらいは繋がせて貰う﹂
̶̶̶それは、一つのエゴかもしれない。
︵⋮⋮最早何も言うまい。我が友よ、そして我が友の友のために、
我が輩も死力を尽くそうぞ︶
魂で繋がっているディーテには、ハザードの揺るがない意志が良
く読み取れた。記憶も共有している、彼は握りこぶしに誓っている
のだ。
﹁最も、負けるつもりは毛頭ない。みんなでディズニーいくんだ﹂
ハザードは本気だ。
一つの杖を地面に叩き付けると、バックパックの中から杖が六本
浮かび上がり、そしてハザードの周りに配置される。
﹁あん? 何やっても一緒だよばぁーか﹂
砂煙の中からヒタヒタと迫って来るロッソ。
﹁̶̶̶七星圏⋮⋮無限魔法﹂
﹁お?﹂
1848
ロッソは身体に急激な負担を感じた。縛り付ける様なそれでいて
全身を削り取る様な、殴りつける様な原因不明の攻撃。
﹁何しやがったァァァアアア!!!﹂
﹁貴様、神父に一度も勝てなかったよな? ̶̶̶俺は一度だけ勝
利したぞ?﹂
目を血走らせて激昂するロッソに向けて、ハザードは不敵に顔を
歪ませた。
ワウス
﹁災禍!!! 滅びろォ!!!﹂
魔王サタンが邪神の欠片を集めている際によく使っていたありと
あらゆる災厄が一瞬にしてその身に押し寄せ風化させてしまう力。
ダークアンドダーク
﹁暗黒の深淵!!!﹂
ハザードらしい戦い方。一遍に収束する力には、無限の闇の広が
りを意味するディーテの力をぶつけて相殺する。そうして相手の手
札を裁きつつ、己の秘技で迎え撃つ。
それがハザードのやり方だった。
ロッソが止まった。
﹁めんどくせぇな⋮⋮雑魚が調子に乗りやがって﹂
︵くるぞ!! 構えろ我が友!!︶
﹁占眼しかないか!!﹂
1849
ハザードの瞳が白くなる。師であるメリンダから受け継いだ占い
師の先を見通す眼。刻々と迫り来る運命に抗う為に、ハザードは何
度も使用していた。
過ぎた力には相応の負担がかかる。
そして、視るものによっても同じだった。
デモンズプロバディオ
﹁悪魔の証明。̶̶ただ闇を永遠に出し続けるだけのボッチ野郎が、
どうして存在を担う俺に勝てると思う? はっは、証明できねぇな
! 俺はお前でお前も俺で、同じ闇の穴から生まれた存在だ!! だがはい、明確な違いが存在する。俺は邪神でお前は違う﹂
︵我が友よ、対抗しうる理由が無いぞ彼奴̶̶̶我が輩達の間に大
きな溝を作ってしまった︶
常識が塗り替えられた訳ではない。
サタンもまたディーテが生み出し続けて来た闇の中でしか生きら
れない存在だったのも事実。闇に影響し合うサタンとディーテはお
互いがお互いを必要としている。
ただ、明確な差を突きつけた。
相性が悪かったのだ。
﹁⋮⋮視ろ、確りとだ﹂
大局を大きく動かす悪魔の能力に対して、同じ様に運命を除く事
の出来る瞳を持つハザードは必死に対抗していた。
︵もう止めろ我が友。我が友!!!!︶
1850
ハザードの眼はもう随分前に未来を見通した時から、限界を迎え
ていた。そして、眼には亀裂が入りそこから血の涙が溢れ出してい
た。
﹁俺は⋮⋮友達が馬鹿にされて、黙っていられる程の愚か者じゃな
い﹂
きっとある筈の綻びを突く。
﹁同じ闇から生まれたんなら⋮⋮もっと⋮⋮﹂
﹁残念、̶̶̶死刑﹂
ロッソも待ってくれる程、お人好しではない。視る事に集中し過
ぎて動きが止まっていたハザードに肉薄すると、災禍が渦巻いたそ
の右手を振り下ろそうとする。
︵暗黒の深淵! 七星圏! 我が友! ハザードしっかりしろ!!
!︶
かつて一人の神父の補助を行う小娘達を思い出し、ディーテも同
じ様にハザードの代わりに能力を行使しようとする。
無理矢理起動させた力は不完全で、何よりも格下宣言により深ま
り過ぎた溝。ディーテの努力も虚しく一つの災禍に全てのまれてし
まった。
︵⋮⋮これまでか⋮⋮切り札を使う間もなかったのか︶
諦めかけたその時。
1851
遥かにしたから全てを消し飛ばす光の奔流がほとばしった。
﹁うおおおおおお!!!﹂
慌ててガードするロッソだったが、神聖な光は彼の力を大きく削
ぐのに役に立ったらしい。同時に、彼の気を大きく引く事に成功す
る。
﹁ギャッハハハ!! この光、この力!! 下に嫌がったのかテメ
ェエエエエエ!!! ギャハッギャハッ! 殺してやるよ神父様ヨ
ォオオオッッ!!!﹂
抉られた迷宮の大きな穴へとロッソは飛び込もうとする。
そこでハザードは我を取り戻した。
﹁礼を言うぞ神父。心が折れかけていた⋮⋮あの光は本当に暖かい﹂
︵切り札をここでつかうのか!?︶
ディーテの問いにハザードは頷いた。そして狂った様にゲラ笑い
を浮かべるロッソの方を向く。元々ここへ来て視力なんかとうの昔
に無くなりかけていた。
運命を占った代償だった。
でも守る為なら、何だってやってやる。
﹁解放するぞ! ̶̶む︵我が友後ろに気をッッ!︶̶̶ぐっ⋮⋮
?﹂
胸から剣が生えていた。
1852
心臓が、一度大きく揺れた。
震える身体を動かして、後ろに視線を向けると。
ミストがハザードの影から出現し、彼の身体を貫いていた。
﹁この機会を幾度となく待ち望んでいた﹂
その影の男も大きな怪我を追っていて満身創痍だった。
二人はクボヤマが迷宮都市にやって来る前に大きな戦いをして、
二人とも満身創痍になっていたのだ。
﹁⋮⋮気が、付かなかった﹂
﹁諸刃で懐に突っ込んで影に侵入するなんて、思いも寄らないだろ
うからな。クフフフ、クフフフフフ﹂
影の男も口からツーっと血を流して青ざめた顔をしているが、そ
れ以上にハザードを確実に仕留めた事に対する喜びが大きい様だっ
た。
﹁舐めんなよ﹂
﹁̶̶ッ!?﹂
ハザードの瞳に光が戻る。
見えてない筈なのに。
﹁聖なる軍勢だっけな、それとも自動治癒か。どちらにせよ運が良
かった。心臓が潰れていても、少しは動ける﹂
﹁こ、コイツ⋮⋮﹂
1853
剣が胸を貫いたままだったが、ハザードは大きく身体を反転させ、
ミストを殴った。そして、そして情けなく尻餅をついたミストに向
かって呪文を唱える。
﹁ディメンション・奈落の揺り籠。̶̶貴様は殺す価値もない。永
遠に苦しめ﹂
ディメンション・ゲートから一つの種が零れ落ち、ミストの膝の
上で芽吹いた。とんでもない速度で、ミストの傷口や穴という穴か
ら蔓が体内へと侵入して行く。
﹁ひっ!? い、いやだ!!﹂
抵抗も虚しい。奈落の揺り籠と言う物は、冥界でプルートが育て
ていた植物を一つくすねて保管していた物であった。
クボヤマがやられた物よりもランクは落ちるが、冥界さんの植物
は魂を喰らって成長し続ける。そしてこの種は小さな治癒能力を持
っていて、半永久的に宿主から魂を削り続けては回復させ、を繰り
返すのだ。
﹁⋮⋮限界か? いいやまだ後少し時間があるな﹂
︵⋮⋮本当に出すのか?︶
﹁ああ、心を読めばわかるだろ﹂
︵はぁ、これも定めか?︶
﹁まぁバトンは必ず繋ぐ。人質を取られた状況じゃ、戦いにくいだ
ろうからな﹂
︵ここまでか、いやそれでこそ我が永遠の友である︶
1854
ディーテとハザードの会話はここでストップする。
無限
だ。
無限の極みに辿り着いた時、再びアレと邂逅を果たした。
冥界を逃げだした
そして、あの時逃がした事を盾に、ハザードは一つだけ願いを聞
いてくれる様に話しを付けた。
一応自分の力の一端を扱う程の才覚に。
無限も興味を示す。
そして、力を一度だけ貸す事に同意した。
﹁聞こえてるか?
今が願う時だ
1855
俺の願いはただ一つ
ロッソに囚われた女を
安全な場所へ
解放してやってくれ﹂
︽対価は?︾
﹁あの時取り逃がした俺の全てを持って行け﹂
1856
突風というのか。
地下に大きな風の様なものが吹き抜けた。
﹁̶̶̶̶̶未来に福音を̶̶̶﹂
ハザードの抜け殻は確かにそう言っていた。
そして、ディーテを含むハザードの持ち物は全て。
何もかも。
そう、何もかも。
無限に取り尽くされてしまった。
数多ある意志の内の一つに。
ハザードに帰る場所はもう無い。
そして抜け殻は優しく微笑んでいた。
1857
﹁ちょっと⋮⋮なんで何も着てないのよ。ってか一体ここはどこな
のよー!﹂
1858
ハザードの選択︵後書き︶
⋮⋮やってしまった。
今日はもう書く気起きないっす。
寝たら復活するかもだけど。
@tera︳father
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1859
ルビーの真意
﹁̶̶̶えっ?﹂
エーテル
未だ転移中。世界の構成魔素の中を行く二人であるのだが、凪が
急に声を上げた。それに驚いたエリーが聞く。
﹁ど、どうシマシタ?﹂
﹁いや⋮⋮何でも無いけど﹂
凪が感じた違和感。
包み込む様なとても優しい感覚。
︵もしかしてアイツの超不思議よく判らないパワーで世界の構成魔
素の中に干渉して来てるとか?︶
そんな事を考えながら凪は周りをキョロキョロと眺めていた。
どんどん募って行く彼への気持ち。
こんな筈じゃなかったんだけど。
だなんて、初めの内は思っていた。
︵デート⋮⋮何着ていこうかしら︶
バイブル−少女漫画という名の単行本−はもちろん彼に良く似た
主人公が出て来るマンガの初めてのデートの服を丸パクリする予定。
1860
︵なら、さっさと戦いを終わらせなくっちゃ︶
決意を確と心に決めた小さなチート魔術師。
本気を出せばかなり心強いのだが⋮⋮。
︽⋮⋮⋮⋮⋮⋮︵ハザード様⋮⋮︶︾
−−−
﹁は、ハザード⋮⋮?﹂
聖なる光の奔流に乗せて、ハザードには支援の光を渡した筈だっ
た。一体何が起こっているのか、ロッソの位置はフォルトゥナが捕
捉していた。
万が一にも、全てを消し去る光の奔流がハザードに敵意を向く事
はありえない。
なのに⋮⋮繋がっていたはずの絆の様な物が、あの時お互いの健
闘を祈る様にぶつけ合わせた拳から、消え去って行く様だった。
1861
﹁⋮⋮フォル﹂
フォルトゥナは何も言い返さなかった。そう、先ほど俺は意識の
共有、フィードバックと言う物を覚えた、フォルトゥナの神の目が
見た物を直接見る事が出来る様になっていた。
色々と制限があるが、もっと速く気付いていれば⋮⋮。
救えた命だったのかもしれなかった。
︵いいからさっさと行くの。せっかく人質取り返したのに⋮⋮︶
ハザードが逃げ切る為の支援は、ミストの不意打ちによってあっ
ても無くても変わらない状況に陥った。
だがハザードは生き残った。
運命の女神が付いているんだ、傍に居るんだ。
﹁そう簡単に死ぬはずないだろ⋮⋮ッ﹂
拳を握りしめる。
唇を噛み締める。
血は出なかった。
彼には、こうなる事が判っていたのだろうか。メリンダから受け
継いだ未来を見通す瞳には、一体どんな未来が見えていたのだろう
か。
﹁⋮⋮何が、運命の、女神だ﹂
︵クボ!!! ルビーを探すの!! 迷宮の奥底に魔力の流れが全
く感じない箇所があるの!!!︶
1862
﹁̶̶̶うるさいッッ!!﹂
︵ひ!!!!︶
上を見上げる。俺が消し飛ばした迷宮のドでかい縦穴の先からは、
脳裏に強烈に残る、一々癪に障る声だった。
﹁ギャッハッハッハ!! 神父ぅ∼会いたかったぜぇ!! 殺した
くて殺したくて⋮⋮この日を何度夢見た事かぁ!!!﹂
そう言いながら、酷く顔を歪ませて笑いながら、ロッソは赤と黒
の頭髪を大きく揺らしながら俺の数メートル先に着地した。
やはり光の奔流の直撃を受けていたようだ。身体中あちこちから
プスプスと煙を上げているのが見て取れたが、どれもダメージを受
けている様には感じ得なかった。
﹁いい加減、ドタマに来たぜ﹂
神聖なる奔流が、右手からほとばしった。
断じて認めたくないのだ。
︵もぉ∼∼∼∼∼∼!!!!!!!!!︶
1863
−−−
衝哮が鳴る、̶̶̶ゴウッ!!
誰かが大きな力を使用したらしい。
﹁ちょ、ちょっと何なのよこの揺れ!!﹂
それは大迷宮の最下層を彷徨うルビーのもとにも伝わっていた。
迷宮の骸が身につけていた唯一風化していなかった服の切れ端を、
何とか大事な部分を包み隠せる様に身体に結びつけたルビーは、己
が安全だと思える範囲まで走って逃げる。
普通、この恰好のか弱い女が地上を歩いていればすぐに連れ去ら
れて慰み者にでもされてしまうのだが、ここは迷宮都市直下の大迷
宮。
そして、そこの最新部なのである。
人なんか滅多に立ち入らない。
﹁こ、こここ、ここって迷宮の中よね? なんか暗いし、臭いし、
あの時行った迷宮と同じ感じするし﹂
無秩序区の迷宮。たしかルビーはそこでも散々な目に陥っていた。
クボヤマが隣にずっと居てくれたから何とか、助かったに過ぎない
のだが。
1864
肝心の英雄様は、ヒーロー様はいなかった。
﹁もー! どこほっつき歩いているのよアイツ! いっつも肝心な
所にいないんだから! ぼやぼやしてると迷宮の怪物達に⋮⋮﹂
そこまで言いかけて思い出した。
迷宮の奥には魔物が大量に蠢いている事実。
﹁⋮⋮ッ﹂
急に震えが来た。震える身体を押さえつける様に腕を回し、辺り
を見回す。魔物らしき気配は無かったので安堵の溜息をつく。
そして、薄暗闇の中で体感時間で数刻程前の事を思い出す。
狂気に包まれた兄、ロッソの事である。
とうとう、ルビー自身も引くに引けない所まで着てしまっていた。
後少しで、辿り着けるかもしれなかったのに、いざという時に自分
に力が無い事をさとる。
﹁⋮⋮絶対に、許さない﹂
だなんて
一度会ってみたかっ
彼女も彼女で、一つの意志によって動いていたに過ぎなかった。
興味があったから
だなんて、ふざけた理由で雲の上の神父に会いに行く事なんて
じゃなければ
た
しなかっただろう。
﹁好きにはさせないし、絶対に居場所は突き止める﹂
運命は、初めからそうなる様にルビーに見えない手を差し伸べて
1865
いるかの様だった。幸か不幸か、運命に抗う力と言う物は、それに
伴う幸運か奇跡を持つ者にしか有り得ない。
﹁⋮⋮彼が居るもの﹂
善と悪、区別はつかないが、必要なピースは必要な分だけ勝手に
揃う。ファーストコンタクトと言うものは、自分の感情とは違う部
分で起こりうる。
﹁そう、彼が⋮⋮居る、もの﹂
心に痛みが走った。
短いようで長かった旅の思い出が蘇る。
そして、いつだって傍に居てくれた彼の事も。
いつしか彼は傍に居て当たり前の様な存在だった。
﹁どうしよう、本当の事言っちゃったら、嫌われちゃうかな?﹂
普通の人ならば嫌われて当たり前の事の様な気がする。いや、そ
うとしか思えないし、自分でわかってて因縁のある彼を利用しよう
とした。
ルビーは迷宮を少しだけ歩いて、小さな窪みに座り込んだ。もう
淡くは無い一つの感情と共に、憎悪、憎しみも同じ位抱えている。
﹁⋮⋮懺悔出来る訳ないじゃない﹂
彼は一人の神父である。自分一人だけ救われるなら、至極単純な
行為であるが、これまで積み重ねた物が邪魔をするし、全てが上手
1866
く行くならば、違う在り方を求めたかった。
歯車は既に噛み合って大きく物語は動き出しているし、ルビー自
身ももう止まれない所まで来てしまっている事を自覚している。
薄暗い迷宮の遥か底で、心の隅から小さな悲鳴が上がっていた。
1867
ルビーの真意︵後書き︶
ルビーの真意でした。
ま、結構早くから元々どす黒い事で動かそうとは思ってました。
その割にドタバタしてしまうキャラだったけど。
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1868
神父vs邪神1
クボヤマの突き出された右手の先から、眩いばかりの閃光がほと
ばしり、薄暗い迷宮内をまるで昼間と錯覚してしまう程に辺りを照
らす。
﹁芸の無い奴だなぁ﹂
容赦なく頭部を狙って放たれた閃光。
少し頭を傾ける事でロッソは躱す。
次は自分のターンだと言わんばかりに、
ロッソの右手にこの世の全ての災禍が集まる。
ヘブンゲート
﹁̶̶天門﹂
﹁ッッ!?﹂
聞き覚えのある声が、ロッソの後ろから聞こえた。
エネルギー
彼が咄嗟に振り向いた時、既にクボヤマは拳を握りしめ̶̶
ブレッシング・レイ
﹁神聖なる奔流﹂
特大の閃光を放っていた。
神聖なる奔流の原点はクボヤマが持つ無尽蔵の精神力。
困難に立ち向かえば立ち向かう程。
そして、彼は乗り越える程に強さを増して行く。
1869
﹁これで終わる程、甘くはない筈だ﹂
今まで誰にも見せた事無い険しく鋭い視線で、大迷宮にぽっかり
空いた巨大な穴を見据えながら、クボヤマはそう呟いた。
ピシピシピシと次元を歪める音がする。
歪な空間からボタボタボタと血の様な液体が吹き出して、徐々に
人の形を織り成して行く。
今の内に全力で叩いておくべきだ
敵役の変身変化に付き合ってあげる程、現実は甘くない。
クボヤマの心の中は、警告を鳴らしていた。世界のルールを曲げ
る様な力を持つ魔王サタンの悪魔としての能力。その一端が変質し
て、RIOとリアルの境界線をいつ取っ払われてもおかしくない状
況だった。
幸いな事にロッソは狂気にのまれ、クボヤマ自身を殺す事に執着
している。悟られずに、時報時期になられない様に叩くなら̶̶今
のウチ。
バラ
﹁今の内に終わりにしてやる̶̶聖火﹂
クボヤマの究極技。彼の持つ力の根底には、運命の女神フォルト
ゥナがいる。その運命の女神は、この世界の女神アウロラと鍛冶神
ヴァルカン、二人の力を受け継いだ存在だった。
メギド
全てを燃やし尽くす神火。
1870
レイ
全てを浄化してしまう聖光。
バラ
二つの性質を併せ持つ聖火は、全ての邪悪を浄化し燃やし尽くす
力を持つ。光が届かない地の底でも、メラメラと浄化の焔を揺らす
のだ。
零れたガソリンの上を滑る様に、赤黒い血みたいな液体に聖なる
焔が燃え広がって行く。
̶̶終わったのか?
燃え上がった聖火は、血溜まりを完全に蒸発させた。完全にロッ
ソの力が、存在が浄化された手応えを感じて、クボヤマは息を付い
た。
︵⋮⋮大丈夫なの?︶
﹁ああ、かなり疲れたけどな﹂
意外と呆気ない幕引きだったかもしれない、クボヤマと同じ様な
神の領域に達していたロッソが、こんなに簡単に終わるハズあるの
か、強い抵抗があると感じていたのだが⋮⋮。
﹁過信し過ぎたんだろう自分の力を。どちらにせよアイツがプレイ
ヤーである限り根底の邪神そのものを消し飛ばすか封印しなきゃい
かんのか?﹂
︵理論上というか。性質上ではクボヤマの聖火でも邪神を消し去る
事は可能なの︶
1871
心の中に直接話しかけて来るフォルは、お兄ちゃん⋮⋮もとい鍛
冶神の力を受け継いでいるから、可能であると言っていた。
﹁でも、ずっと昔も封印するだけで精一杯だったんだろ?﹂
︵あの時私は生まれてなかったけどエラ・レリックにある歴史を読
めば、先の時代が邪神にどれだけ後手後手だったかがよくわかるな
の︶
今は通信手段が確立され、遠方でも用意に連携、人と人とが手を
とりあえず今の時代であるからこそ、大局レベルで先手を取る事が
可能になり、神の力の源である人々の自由意志も善の心も深刻な状
況にならずとも突き動かされるのだ。
その代わりに、どちらにも向かない意志も生まれてしまったが̶
̶。
クボヤマは﹁まぁどっちだって良い。ルビーを、ハザードを取り
返しに行く﹂と、そう言いながら少し前に吹いた風の向かった先を
見つめるのだ。
﹁ルビーの位置はわかるか?﹂
エーテル
︵構成魔素とに紛れるから外界に居ると絶対に掴めないけど、迷宮
内なら無駄に濃い魔素溜まりが無理矢理平均値に戻されている箇所
を割り出せるの︶
﹁まぁ、多分デスペナルティだってある筈。⋮⋮先にルビーだな、
野垂れ死なれたら寝目覚めが悪い﹂
1872
神聖
︵⋮⋮でも判ったでしょうクボ。半神である貴方の力が、ここまで︶
﹁良いんだ。判ってる﹂
心配するフォルトゥナの忠告を遮って進む。
を三回も使用し、最後は一番負担の大きい聖火。
久しぶりに感じた身体への大きな負担、ほぼ全出力に近い
なる奔流
生半可な覚悟じゃ、決してロッソを消滅させる事は不可能だった
だろう。それだけ、ロッソの力は悪魔と邪神の力を、大きな変容を
経て増大していたのだった。
﹁一番下に居るのか。無限だっけ⋮⋮確かにルビーが居なかったか
ら全力を出せた物の⋮⋮﹂
ヘブンゲート
ぶつくさと文句を口走りながら、クボヤマは天門を開き、ルビー
の存在を感じる方向へ転移した。
̶̶ピシピシピシ。
あちこち
彼方此方が大きく抉れ、大規模な戦闘の痕跡が残された迷宮内の
どこかで、時空が割れる様な音が鳴り響く。
1873
̶̶ドロッ。
歪められた次元の隙間から赤黒い液体に包まれた一人の男が姿を
表す。
﹁あっぶねぇ、調子のりすぎたぁ⋮⋮ぎゃは﹂
大きく肩で息をしながらも、その男は楽しそうだった。
バラ
﹁やっぱ転移自由に使えんのが厄介だぜぇ。後、聖火だっけ?﹂
迷宮の汚い通路に大の字に寝転がりながら、男の笑い声は、次第
に大きな物になって行く。
﹁クフフ、アハぁっ、ギャハッギャハハッハッハッ!!!﹂
一頻り笑った男の表情からは、狂気の色が消えて行く。
そして男はこうひとりごちた。
﹁̶̶判ってるよ。デスペナ喰らったら彼奴らに一日猶予もたしち
まうってぇ? あーあーはいはい、今からやりゃいいんだろ?﹂
﹁なに? 下らんお遊びだと? ハゲじゃねぇのお前、いたぶって
いたぶって⋮⋮そうだよ。あいつ、かなり消耗してそうだからな﹂
そして男は目を瞑って集中する。﹁血の繋がりは切れる事はねぇ﹂
とそう呟きながら、一人の血縁者を発見した。男には判っていた、
あの神父は必ず我が愛しの妹を助けに行くと、連れ戻しに行くと。
1874
決して切れない二人の繋がりの中に、一人の神父は雁字搦めにな
っている。⋮⋮つくづく良い仕事をしてくれる妹だ。と言いながら、
男はズブズブと再び下の階へと潜って行く。
1875
神父vs邪神1︵後書き︶
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1876
神でもなく人だから︵前書き︶
何気にクボヤマ視点に戻ってます。
1877
神でもなく人だから
﹁⋮⋮何してんの?﹂
ルビーは、小さな窪みに身を隠す様に体操座りして塞ぎ込んでい
た。ボロ切れを身につけている意外は、怪我を負っている様な印象
は無かったので、ホッと一息つく。
﹁ふぐ、ふぇぇぇ∼∼∼﹂
﹁お、おい﹂
強気な性格がらしくない。
俺の姿を認識したルビーは、その赤い瞳から大粒の涙を流しなが
ら抱きついて来る。こういう時って突き放すのは無粋だと思う。そ
んな理由で納得しながら、俺も優しく抱きしめて上げた。
﹁なんで、もっと早く来てくれないのよ⋮⋮﹂
涙を拭く様に、俺の胸の辺りにぐりぐり顔を押し付けるルビー。
彼女の俺を抱きしめる手に、より一層力が籠るのが判る。
﹁すまん﹂
プレイボーイでも何でも無い俺には、気の聞いた言葉なんて言え
るはずが無い。昔みたいに取り繕った敬語での受け答えなんて、表
面的で中身がスカスカだ。
1878
そう考えて絞り出す様に出た言葉は、すまんの一言だけだった。
﹁ああもう。なんで、なんで⋮⋮何だか、アンタの顔見たら凄く心
が落ち着いて行くの﹂
そりゃ、神父だしな。初期の頃は、聖書をひたすら読む事でわけ
のわからんこのゲームの世界で心の余裕を保って来た訳だ。
﹁神父の性質上。精神面を保護するバフがかかるし﹂
そう答えると、
﹁違うわよ馬鹿。そう言う事を言ってるんじゃないの﹂
さらに俺を抱きしめる腕の圧力が増すのだった。
あ、こいつ今匂い嗅ぎやがった。
﹁あ、あの⋮⋮色々あって汗臭いと思うんだけど﹂
﹁気にしないわ﹂
密着した状態で見上げて来るルビーは、えらく扇情的だった。そ
ういや、色々忙しい、かなり多忙を極めてるってか巻き込まれ続け
て来たから、こういう女の人の肌って言うのがとても懐かしかった。
まぁ、こういう絡みを見せて来る奴。
一人は昔フルプレート身につけてたし、もう一人はトゲトゲとか
狂気が色々付けられた特殊な衣服を身につけていたから、それどこ
ろじゃなかったんだよな。
1879
﹁は、はは⋮⋮﹂
思い出したら、自分の女難に呆れ返って口から魂が出そうだった。
︵もー! そう言う意味では私が一番先なの!︶
そうやって喚き散らすフォルトゥナ。
モンチッチー共は、俺の最愛なる妹である。
︵ガ̶̶̶̶̶ン!!︶
フォルの叫びと共に、のど○慢大会のあの鐘の音が二回なる音が
聞こえた様な気がした。
﹁ねぇ、ここって﹂
﹁迷宮の最深部かな、どうやってここへ来たか覚えてる?﹂
そんな問いに、ルビーは﹁やっぱり﹂と一言漏らして再び俺の胸
に顔を埋める作業にいそしみ始めた。
﹁サービスカットはもう終わりだアホ﹂
﹁何よ、こんな幼気な女の子を放ったらかしておくって言うの!?﹂
幼気な少女は、大迷宮と呼ばれるこんな場所の最深部で五体満足
で生きて行ける筈が無い。何よりも裸一貫で送り込まれた状態で、
着る物を確保した上で、発狂せずに生き残れるなんて⋮⋮。
あれ、意外と胆据わってないか。
﹁ね、ねぇ。なんか着る物無いわけ?﹂
1880
過激な冒険の度重なる不幸で、羞恥心の欠片も持ち合わせていな
いと思っていたこの女にも、やっぱり大事な所だけを申し訳なく隠
したその恰好は恥ずかしかったか。
上はボロ切れを前で結んだ、乳バンド。
下はこの角度だから見えないが、後ろから見たらほぼアウト。
そういやその恰好で体操座りしてたな⋮⋮。
呼び覚ませ、意識はして無かったけどたぶん視界には入っている
だろう俺の記憶。だが、抵抗虚しく意識の中に居るモ○チッチー質
が大事な領域にシチューこぼしてお釈迦にしやがった。
﹁̶̶ッ﹂
頭の中を鋭い針で刺された様な一直線の痛みが響く。
一瞬の動揺に、ルビーが心配そうにこちらを見て言う。
﹁ねぇ大丈夫? 顔⋮⋮汗も凄いし﹂
﹁ああ、いや大丈夫。うん﹂
レディーは優しく扱え、との抗議が頭の中で響く中。俺は神父服
の上着を脱ぐとルビーに着せてあげる。エリック神父に貰った黒い
神父服は、コートタイプなので前を確り絞めておけば見られる心配
も無い。
あれ、何で俺そんな変な事心配してんだ。
今更、ルビーの裸体なんぞ見飽きたっちゅうのに。
1881
でも朧げにしか思い出せないという事は、絶対頭の中のモン○ッ
チー共がなにか細工をしたに違いなかった。
︵︵ぎく︶︶
⋮⋮今度、拳骨だな。
﹁汗臭いのは我慢しとけ﹂
﹁ううん。⋮⋮ありがと﹂
俺の神父服を着込みながら、ルビーは何故か顔を赤くさせていた。
少し袖が余っているが、胸の辺りは俺も筋肉で割りかし胸囲がある
方だから大丈夫みたいだった。
うーん、これで自動修復機能はパーになったかもしれんが、世に
腹は代えられんし、またエリック神父に作ってもらえば良いだろう。
﹁絶対脱がないから中に何も着てないのかと思ってたんだけど、一
応カッターシャツは中に着てたのね﹂
﹁セバスが襟元のワンポイントが印象をがらりと変えるんだって言
って聞かなくてな⋮⋮﹂
前まではキヌヤのランニングシャツの上に、コートを直で着てま
した。だからゴーギャンストロンドと戦った時もコート脱いだだけ
で良かった。
あんまりハードに動くと、自動修復機能が無いシャツだとすぐに
破けてしまうのだ。あと、首回り、腕周りの太さから合うサイズが
少ない。
1882
俺で少ないんだからロバストとかこの世界の身体がデカい人達は
全部特注になるのだろうか。
﹁アハハ、なんかその恰好、疲れたサラリーマンみたいね。クール
ビズよクールビズ。良く駅で見かけるタイプ﹂
ルビーが俺の恰好を見て笑っていた。
外に出ない家事手伝いが何を言ってるんだ。
﹁歳、一緒だろ。誕生日的に俺の方が年下かもしれんぞ﹂
﹁でも白髪﹂
くそぅ⋮⋮。実は密かに気にしている事を、この女はオブラート
に包む事も無く言いのけて来るのである。
少し間をおいてルビーは言った。
﹁でも、その⋮⋮悪くないわ。その位の方が甲斐性があって素敵よ﹂
﹁社交辞令いらないんだけど﹂
彼女は慌てだす。
﹁ほ、本当よ! ほら、私なよなよしてる人好きじゃないし、その
⋮⋮アンタ見たいなガッチリしてて、その、ハンサムだし﹂
﹁ごめん最後よく聞こえてなかった﹂
﹁うううるさい馬鹿!!!!﹂
顔面ビンタ、ルビーの攻撃って何気に防御性能貫通してくるんだ
けど。その辺どう思ってるのか知らんけど、いきなりビンタするの
はダメだと思う。
1883
﹁ね、ねぇ。どうするの?﹂
歩き出した俺の手を握りしめながら、顔を赤くしたルビーがふわ
っとした質問を投げかけて来る。因に俺から握ったんじゃないから
な、いつのまにか握られてて、離れられてもやだから握り返した。
まぁ、悪くない暖かさだよね。
﹁一度上を目指さないと、ハザードの身体もまだ残ってると思うし﹂
﹁⋮⋮ハザード?﹂
彼はまだ死んでない。
囚われてるだけだ。
根拠は無いけど、俺の中の何かがそう結論づけていた。いや、認
めなかったと言う方が正しいのかもしれない。ただ、あの時交わし
た男同士の約束は絶対に死守すると心に決めている。
何が、こぼさない様にサポートするだ。
それなら自分を犠牲にしても良いのか。
﹁アンタ。ねぇちょっとアンタ。̶̶最近ずっとそんな顔してた﹂
﹁え⋮⋮?﹂
いつのまにか何かを噛み締めた様な顔をしていたようで、ルビー
が俺の腕を揺さぶりながら不安そうな顔をして言った。
﹁⋮⋮ねぇ、約束して﹂
1884
約束?
突拍子も無い事に、思わず足が止まった。
﹁前の迷宮の時も、そんな顔してた。でも、全部が全部あなたの責
任じゃないの﹂
悪い事をしてしまった犬の様に、シュンと俯くルビーの頭を優し
く撫でてあげる。
﹁安心しろ。異世界チートで言うと、俺は最強の能力を持ってるか
ら﹂
﹁な、何よそれ。信じていいの?﹂
俺の一言に、若干あきれ顔を見せたルビー。
うん、その顔が一番似合っている。
﹁いざという時は、任してくれ。⋮⋮今回も俺は駆けつけただろ?﹂
﹁⋮⋮うん﹂
珍しくしおらしい様子に、一度心が高鳴った気がした。だが、そ
んなもすぐ忘れたと言わんばかりに、俺は頭を抱えるハメになった。
適当に進んだ先が、上ではなく̶̶̶̶迷宮核のある最深部の大
部屋だったのだ。ちょっと、ナビしっかりしてよ。
何故か、フォルトゥナの声は帰って来なかった。
﹁ほらもうお前と居るといつもこうだよ。絶対触んなよ?﹂
﹁何よ! せっかくいい雰囲気だったのにアンタ馬鹿じゃないの!
?﹂
1885
﹁何言ってんだアホ。良いから触んなよ!﹂
﹁それ前振り? 触れって言ってるの? なら触っちゃおうかな﹂
﹁ちげーよ! ちょ、まってお願いだから止まって!﹂
握った手は、いつのまにか離れていた。
大部屋を照らす様に鈍く輝き蠢く丸い巨大な玉。無秩序区の迷宮
で見た物よりも、ずっと大きくて、とんでもない力を内に秘めてい
るのがヒシヒシと伝わって来た。
ほ、本当にルビーの力だけでこの巨大な迷宮核を消せるのか
夫婦漫才の様な押し問答をやってる暇は無い。
ロッソとの戦いで大きく力を使ってしまった今の自分に出来るの
か。準備を整えた方が良いかもしれないが、このチャンスが再び来
る事はあるのだろうか。
不安を一つ孕んでしまった結果。
半神で有るが故に大きな一つのミスをおかした。
1886
それは̶̶ドクンッ。
﹁何が神だ、ギャハハハハハ!! ついに、ついに握ってやったぜ
神父ぅ!!! これがテメェの心かぁっ!?﹂
大部屋の、上。
空間に、亀裂。
﹁余計な抵抗しても無駄だっつのぉ!!!﹂
﹁グッ﹂
必死で抗う。
心臓を、握りつぶす、よう⋮⋮に
ろっその手が
こころを
1887
るび̶̶̶̶
1888
神でもなく人だから︵後書き︶
半神設定ここで生きた。
@tera︳father
ツイッターどうぞ。
1889
兄妹︵前書き︶
新作!!
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※三人称視点
1890
兄妹
︽そろそろ到着致します̶̶ご準備ください︾
ウィズのアナウンスが鳴り響いた。アレからも、あまりよろしく
ない警報がウィズから鳴り響き、エリーと凪の胸中はすっかり不安
で埋め尽くされていた。
︽考えうる限りの安全域になりますが、くれぐれもお気をつけくだ
さいエリー様︾
凪は、自分がいるとして。
エリーは最悪の場合、守る事が出来ないかもしれない。
主人の﹁ちょっと私も心配しなさいよ﹂という声を無視して、ウ
ィズは心から言った。
﹁大丈夫デス、私もすぺしゃるあーつを考えて来ましたから﹂
エリーは見てと言わんばかりに力こぶを作る。
そして彼女の腰には、しばらく見ていなかったサーベルが帯剣さ
れていた。
﹁ほら、マッスルメモリーってあるじゃないデスカ? リアルスキ
ンに変えた初期、まだ自分の身体がエルフ化していく前は、鎧だっ
てつけれてましタカラ﹂
凪は、この女腹筋割ったのか。と衝撃を隠せなかった。
1891
空気をあえて読まなかったウィズは、
﹁腹筋割れてるんですか?﹂
とぶっ込んだ。
﹁⋮⋮もともと筋量は多い方デスシ、現実にフィードバックは無い
と思いマシテ﹂
﹁⋮⋮ふーん﹂
凪は改めてエリーの姿を見直したが、確かに前よりカッチリして
いた。女子力が物理方面に割り振られた様な、そんな感じ。
﹁で、デモ! 新しく何かするとしたらこういう所しか残されてい
ないじゃないでデスカ! 大体みんな勝手に先に進んで! わ、ワ
タシなんてヒロインポジションもポッと出の̶̶﹂
﹁それで筋肉付けたら意味内じゃないの。もっと可愛くなりなさい
よ﹂
少女漫画脳の凪は、大体そう言うが。
実際の所、最前線でクボヤマと絡む為には己の力をさらに増すし
か無い。
そして、幸か不幸か̶̶
クボヤマは自分より顔が濃く、それでいてアスリートの様な体系
の女の子がめっちゃタイプだと自負している。
付き合う女の子が全員そうであるかはわからないが、いつまで経
1892
ってもグラビア界の黒船を追い求め、自室のクローゼットにはたん
まりそれが隠してあるのだ。
気付かぬ所で、エリーは一歩リードしているというのに。
前線に立てないだけで、ヒロインの座も奪われたままだった。
頑張れエリー、負けるなエリー。
無理矢理クボヤマの実家に入ろうとせず、ドアを叩いてジッと待
っていればクボヤマは開けてくれるというのに⋮⋮。
−−−−−
﹁ちょっとクボヤマ!!!﹂
倒れ込んだクボヤマに駆け寄るルビーだった。まるで死んでしま
ったかの様に沈黙するクボヤマ、どれだけ揺さぶっても反応が返っ
て来る事は無かった。
﹁ギャハッ! 流石だぜ、愛してるぜぇ妹ぉ!﹂
そんな二人を嘲笑う様にロッソは近付いて行く。
1893
正直彼は運気なんて信じていなかったが、今回ばかりは宝くじが
当たったかの様に錯覚してしまう程、自分のラッキーを喜んだ。
﹁アンタなんかに̶̶̶̶̶キャッ!!!﹂
ルビーを蹴り飛ばしたロッソは、首を鳴らしながらクボヤマに近
づく。
﹁半分神でも半分人間だもんなあッッ!!!!!﹂
そして大きく蹴り上げた。
聖核と言う物が心臓の代わりを務めているクボヤマの身体だが、
その器である肉体自身は元々鍛え続けて来た彼の物なのである。
筋肉ダルマであるロバスト、ゴーギャン・ストロンド等と素手で
渡り合える程の密度を持つ身体は、重たい音を立てて迷宮の地を揺
らす。
﹁特別な力が無かったらまるでマグロだなぁ!! ぁぁ、いや、既
にマグロみたいなもんか̶̶もうとっくの昔に融合してると思った
ぜぇ﹂
本来であれば、ロッソは次元を歪める程の力を初手で使い、奇襲
をかけてクボヤマを殺すつもりだった。それは文字通り、シャドー
に試した時と同様に。
明らかに、激昂していたクボヤマの力を恐れた魔王サタンの残存
意志が、そう告げていたのだ。
1894
気を抜けば殺されるぞ。と。
現に、ロッソはクボヤマの猛攻を浴びて一度消滅しかけている。
だがその心配はもう無い。
ロッソの余裕が生まれていた。
﹁ギャッハッ! 最高にいい気分だぜぇ、なぁ神父?﹂
当然ながら返事はない。
心を掌握してしまえば、いくらとてつも無い力を持っていようと
も、意味は無い。人間が悪魔に勝つ為には、同じ様に悪魔を心に宿
すか、一点の隙も内容に心をプロテクトを固めるしか無い。
﹁や、やめてよ!﹂
転がったクボヤマに蹴りを入れ続けていると、ルビーが間を割っ
て入ってくる。ロッソは口を歪ませながら一度蹴る足を止めた。
必死にクボヤマを庇うルビーを見ながら言う。
﹁反吐が出るぜぇ、所詮男に寄生して生きるしかできねぇ奴らがよ﹂
ロッソはルビーの顔を見る度に、一つの記憶が蘇って腹の底から
煮えくり返りそうだった。彼女は自分が殺した母親に似ていた。
﹁まぁ、俺を心底恨んでるみたいだがなぁ̶̶それなら殺しに来い
よぉ、いつまで待たせてんだよぉ﹂
嘲笑うかの様にロッソは言う。
1895
ルビーは悔しさで口を噛み締める。
﹁探してたわよ、いつまでも逃げ回ってるアンタを、通報してやる
んだから̶̶覚悟しておきなさい﹂
﹁ギャッハハ!! 笑わせてくれるぜ。大体今回もその男に頼ろう
としてたんだろ。わかんだよてめぇらの魂胆なんかよッッ!!﹂
狂気の標的はルビーに変わる。
叫ぶ暇もなく彼女は蹴り跳ばされてしまった。
それも、大の男に思いっきりだ。
﹁あの女も̶̶こうやって強がりやがったぜぇ!!﹂
その女とよく似ているルビーを見ると、どんどん記憶がフラッシ
ュバックしてくる。胸くそ悪いが、殺しの快感を得たあの日の記憶
あんた、何様のつもり?
が蘇る。
出て行きなさい、邪魔
﹁ぎゃっは! 反抗的な目をするとすぐに殴って気やがった!﹂
﹁ギャハハッ! ガキだから何も出来ないと甘く見てやがったなぁ
!﹂
1896
冗談はよして、本当、誰に似たのかしら
け、警察よぶわ̶̶
﹁親父なんて誰もしらねぇよなぁ!!﹂
⋮⋮気がついたら、ルビーの顔は痣だらけになっていた。
殴ってしまっていた。あの女に似てるから。
﹁ぁ﹂
笑いがこみ上げてくる。
﹁最高だったぜぇ⋮⋮中坊で人殺して射精しちまったよぉ、どうだ
ぁ、お前も見てるはずだぜ、ガキだったけど覚えてるはずだぜぇ?
同じ部屋の片隅で踞ってたんだからなぁ!! ギャッハッハハハ
!!!﹂
﹁いやあああああああああ!!﹂
耳を塞ぐ。思い出した。と、言うよりもあの時母親に暴行を受け
てフラフラだった、朧げだった記憶が、ロッソの言葉で鮮明に移り
変わって行く。
̶̶あの日。
中学生に上がったばかりの兄は、目の前で母親を殺した。
1897
1898
兄妹︵後書き︶
次回、ルビー回入ります。
一人の少女の物語です。
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1899
−幕間−賢人の塔︵前書き︶
おもっくるしい話しが続いてるので、一端休めを挟んでみました。
いつかやろうと思ってたハザードのソロ賢人の塔アタックです。
1900
−幕間−賢人の塔
̶̶賢人の塔。
遥か昔からジャスアルの国の外れにそびえ立つと言われる歪な形
の建物だった。
塔の入り口は常に解放されている。
ひょっとしたら、誰かが住んでいるのかもしれない。
ひょっとしたら、まだ住んでいるのかもしれない。
憶測が、噂となり。
そして、尾ひれを付けて人から人へ。国から国へ、海から海へ、
大地から大地へと繋がって行った。
夢を追うもの、
実力を試すもの、
欲望に満ちたもの、
悲壮を背負ったもの、
復讐に燃えたもの、
巨大な塔は、何人たりとも受け付けないようにそびえ立っている
ように見えて、万人を受け入れた。
その多くが、帰って来なかった。
いや、もしかしたら誰かはひょっこり出て来たのかもしれない。
1901
無事生き残った人が居て、いつまでも秘密を語らずに居るのでは
ないか。
そんな噂も広まる程に。
̶̶賢人の塔はそびえ立ち続けている。
⋮⋮随分と長い時が流れた。
燃える様な夕焼けが、巨大な塔を照らし輝いている。
その後ろには巨大な影が闇を作る。
二つの色が交じり合う事は無い。
火、風、大地、水、この世を構成する全ての内ひとつとして。
賢人の塔は自然の一部になっていた。
カラス
烏が夕陽を背に飛んでいる。
極々ありふれた風景なのだろうか。
̶̶違った。
その烏はバサバサと一人の男の肩に止まった。
久しい光景だった。
1902
ム
ずっと夢の彼方に、世界の一部として忘れ去られてしまったのか
と思っていた。
人が来るだけでも異様な光景だというのに。
その者は、異様な佇まいをしていた。
見た事も無い口の大きく開いた袋に、十数本の杖を刺し、懐には
剣を数本身につけていた。
そして何より̶̶、不思議な魅力を感じた。
その男は一人でここへ来た。
扉は開かれている、ずっと、ずっと前から開かれているのだ。
誘われるように、その男は扉を潜った。
いや、確かな意志を持ってして。
この賢人の塔を踏みしめたのだ。
−−−
1903
潜ってどれくらい立ったのだろうか。
ディメンションゲートに入れている食料は、朽ちる事が無い。
・・・・・・・
真っ暗な道をランプの明かりを頼りにして進んで行く。
周囲に特別な物は無い。
太古から存在しているこの賢人の塔は、未だ誰にも踏破された事
がないという。
一体誰が、どういう意味で作ったのかはわからない。
ただ、不思議な魅力に引き付けられた人達が、ここで数多くその
命を散らした事だけが確かだった。
人骨なのか、なんなのか最早わからない白くて細い何かを踏みし
めると、硬い音ではなく圧力鍋で煮た魚の骨のようにぼろぼろと。
・・・・・
もう慣れた感覚だった。
サモン
﹁召喚、̶̶ラトラス﹂
小さな鼠が姿を表す。そして足の周りをチョロチョロ動き、伝っ
て肩口まで登ってくる。こんな狭い場所は烏のコーライルは出せな
い。
ラトラスには抜け穴だったり、罠だったり、そう言った通路の下
調べを行わせる。
白骨化した死体が永遠と残されている空間だ。
それだけの物が設置されているに決まっている。
1904
そして戻って来たララトラスは、俺を案内するように歩き出した。
小さな鼠のチョロチョロとした動きに従って、進んで行く。
﹁む⋮⋮仕込みボウガン﹂
ラトラスが伏せの仕草をしたので、俺も真似て布施をする。這い
つくばって歩いていると、左手が地面のスイッチに当たったのか。
ポスッと乾いた音がして、壁に矢が突き刺さった。
﹁有能だ、ラトラス﹂
そう告げると、鼠は誇らしく鼻を鳴らしたようだった。
踏破方法は予め考えて来ておいた。
賢人の塔の情報は、伝説で語られるような物しか無いが、それで
も入り口から数歩進んで逃げ帰って来た人物は大勢居たらしく。
̶̶気が狂いそうだった
口を揃えてこう書かれていた。
と。
この永劫の暗闇が、どこへ向かっているのかもわからない程の狭
い道が、幾重にも張り巡らされているこの罠が、人々を疑心暗鬼に
させるのだろうか。
メリンダ師匠からは別に制限は無いと言われていたし。
仲間を集めて来ても良かったのだが⋮⋮。
1905
余りそんな気分にはなれなかった。
一人で実力を試してみたいという気持ちもあったのだが、何より
人と上手くコミュニケーションを取れるかがわからなかった。
返ってそれが功を奏したのかもしれない。
だが、どうしてもただそれだけが⋮⋮。
気が狂う原因にはなると思えなかった。
﹁⋮⋮ここを登れというのか?﹂
ラトラスが飛び上がりながら、上を示した。
まだ迷路の様な道は幾つもあり、階段だって上に下に大きく別れ
ている。
だが、ラトラスは上を、真っ直ぐ上を示している。
天井は闇になっていて既に視認は不可能だ。
﹁散々登って天井に突き当たったらだったら、どうするんだ﹂
時間がかなり無駄になるかもしれない。
だが、俺はメリンダ師匠から譲り受けたこの不思議な鼠に頼るし
か無かった。
幸いな事に、蔓が無造作に伸びている。
⋮⋮ここを登り続けるのか。
﹁⋮⋮?﹂
1906
上を見つめていると不思議な感覚が押し寄せた。
何かが手招きして俺を呼んでいる様な。
ラットは流石に登れないので戻しておいた。
そして俺は蔓に手をかける。
ブチブチと音がして石壁の隙間に根を張った蔓が剥がれ落ちた。
これは、確かに恐怖を感じるな。
もし、上に登る道があるとしても。
見えない闇の中を、ランプを掲げても先が見えない空間を、いつ
千切れるかもわからない蔓を伝って登っていく。
遥か上方に、そこ知れぬ雰囲気を追って。
1907
−幕間−賢人の塔︵後書き︶
何気に二年くらいかかってやっとかけました。
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1908
−幕間−賢人の塔2
どれだけ進んだのだろうか。
息を付く暇すら無い。
気を許せば、変な蔓でも掴んでしまったら。
俺は暗い闇の底に一直線に消えて行くだろう。
道を照らすのは、バックに括り付けたランプの灯りのみ。
朧げな灯りが、深い孤独から、俺を守ってくれる。
使い魔のラトラスが示した道は本当に合っているのか。
もう何度も反芻した。
でも、一度登りだしたらもう下を見る事は出来ない。
深い深い、闇が⋮⋮思わずつばを飲んだ。
ゲームの世界で、これだけ恐怖心が膨れ上がるなんて絶対に無い。
バーチャルゲームが発売された当初は、たしか大きなゴーグルを
付けて、ジェットコースターに乗るゲームが大きく話題を呼んだ。
美少女ゲーム。いわゆるギャルゲーも大きく反響を産んでいた。
日本は、何故か他国から変態だと言われる技術だけ大きく進歩す
るのだ。
そしてついにVRMMOという名の、ビッグタイトルが発売され
1909
る。
俺はRVFと言われる、バーチャルファイト系のゲームを良くや
っていた。
大きなコロシアムの中心で一対一で向かい合い、スタートのゴン
グが鳴ると同時に命を削る戦いを行うのだ。
自分でアレンジしたスキルや武器を用いて戦う。
リアルファイトさながらのゲームは、スリリングで楽しかった。
負けた時は死ぬ恐怖というよりも、敗北の悔しさの方が強い。
それはゲームだから。
自分自身が死ぬ事がないからだった。
それとは全く違う感覚が襲ってくる。
どうしようもない焦燥感と共に、もしかしたら下に散らばってい
た白骨達は、大きく砕けていたし、ここから落ちて全身の骨が折れ
てしまった人達なのかもしれない。
賢人の塔と呼ばれているから。
知恵を試す場所なのだろうかと思っていたが、とんだ勘違いだっ
たようだ。
半分に割ってみないとここの構造なんてわかりっこ無いが、幾ば
くにも罠や魔物が設置された場所があるのだろう。
そして無駄な道もあれば一人しか通れない道もある。
こうして深い孤独を味わって思った。
この塔は⋮⋮一人で来いと告げているのだ。
1910
真っ暗な孤独の中、一人で危険域に踏み込む勇気があるのか。
気が狂う⋮⋮なるほどな。
これは一つのメッセージだ。
太陽の国だと言われるジャスアル。
どうしてこんな辺境に賢人の塔が経つのか。
何となく繋がりが見えて来た気がした。
﹁⋮⋮恵まれていた⋮⋮のか﹂
散々自問自答は繰り返して来た。メリンダ師匠の元で修練に励ん
で変わったつもりでいたのだが、未だに人と関わるのが億劫な自分
がいた。
彼女が、師匠が、何を伝えたかったのか。
最終試験の答え。
﹁それは、登りきってみないとわからないな﹂
深い闇の中で考えていても切りが無い。
俺には支えてくれた人が居る、こんなどうしようもない人間をな。
さっさと登りきってから考えよう。
俺は見よう見まねで覚えた占い師の目を言うのを使用する。
ずっと先が見通せる訳ではないが、最善の一手くらいはわかるだ
ろう。
そして一本ずつ、剣と杖を残すと、後は全部亜空間に閉まった。
1911
初めからこうしておけば良かった。
必要なものは最小限に。
身軽になって再び上へ上へと登って行く。
̶̶光が見えた。
自問自答の果てに、多々ひたすら闇を進んだ。
そして辿り着いた。
石で作られた一つの部屋。
﹃⋮⋮何を望み、何を為す﹄
中央には老人が佇んでいた。
俺は闇の穴から這い上がると、陽の光を浴びる老人に言う。
﹁もし、全てを破壊する力が欲しいと言ったらどうする?﹂
長い間休憩も為しに塔を登らされていたんだ。
少しくらいやり返したって良いと思った。
老人は言った。
﹃⋮⋮それが望みか﹄
冗談が通じないタイプだった。
1912
俺は一つ溜息をついて言葉を返す。
﹁初めは⋮⋮一人で頂点を、強さの頂きを目指そうと思っていた﹂
﹃⋮⋮思っていた?﹄
才能無しだといわれても、一つの才能を持ち合わせていないと、
そう目の前で断言されても、諦めきれなかったし、何でもやる覚悟
でいた。
自分の全てを犠牲にしてもな。
でも今は違う。
﹁恩返しが、したいんだ﹂
﹃⋮⋮ほう﹄
俺をずっと心配してくれたギルマスに。
手引きしてくれたあの神父に。
悔しさを教えてくれた侍に。
新しい生き方を教えてくれた師匠に。
﹁知りたいんだ、もっと多くを﹂
人との付き合いなんて最低限で良いと、
ギルドはただ強くなる道具だと、
仲間は利害の一致だと、
腹が減るのは生物だからだと、
恋心を抱くのは病気みたいなものだと、
1913
気付けば色々なものを否定して来た人生だった。
ゲームの世界ではない、リアルでも。
俺はいつだって一人だった。
認めていたのは唯一ロバストだけだったし、俺は依存していたん
だな。
﹁一つ抜ければ、世界はこんなに明るくて、こんなに広い﹂
賢人の塔からは景色が一望できた。
遥か雲の上に位置するその部屋は、光を阻むものが無い。
﹃⋮⋮では、知って何を為す﹄
﹁⋮⋮それは﹂
言葉が詰まった。
﹁そこまで大きい事は考えてないな﹂
人によって自分の世界の広さは違う。
俺がかなり狭かったように。
懐が広い奴だってごろごろいる。
﹁ただ知りたい、恩返しがしたい。それだけだ﹂
理由なんて無い。
そんなものに理由なんて必要ない。
﹃⋮⋮リージュアよ﹄
1914
老人がそう呟いて口笛を吹いた。
何も遮るものがないその口笛の音色は、どこまでも伸びて行く。
鳥の鳴き声が聞こえた。
老人の傍らに、巨大な鳥が姿を表した。
﹃⋮⋮乗るが良い﹄
俺は一つ頷くと、その鳥の上に乗った。
羽毛はかなり暖かく、心地よかった。
大きく羽ばたく音がする。
そして大空へ。
﹁すごいな﹂
どこまでも続く山脈、
どこまでも続く森、
どこまでも続く川、
どこまでも続く道。
﹃⋮⋮世界は、広い﹄
その通りだ。
﹃⋮⋮同時に、狭い﹄
俺の事か。
﹃⋮⋮この光を、景色を、感動を失うな﹄
1915
﹁わかった﹂
﹃⋮⋮合格じゃ、賢人の力はきっと主の役に立つじゃろう﹄
鳥は大きく旋回すると、元来た方向へと戻って行く。
そして、しばらくこの老人と俺の修行生活が始まった。
1916
−幕間−賢人の塔2︵後書き︶
あくまでハザードの解釈。
そして闇の中に一人で居て数日経っています。
魔法学校の暗黒迷宮が屁でもなかったのはこういう経緯があるか
ら。
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1917
紅子︵前書き︶
※お待たせしました。
※割と重め注意です。
1918
紅子
̶̶汚いアパート、狭い2DKの片隅が唯一の居場所だった。
朝から電話の音はうるさいし、金切り声を上げて電話相手を罵る
母親の顔も見たくなかった。
お姉ちゃんは、小学校のクラブで遅くなるって言ってた。
お兄ちゃんは、出来るだけすぐ帰ってくると入ってたけど、最近
になって遅くなる日が増えたというか。
段々家にも寄り付かなくなっているように思えた。
自分の歳だと、そろそろランドセルを背負ってもおかしくない。
髪の色にあった、紅いランドセルを背負って、お姉ちゃんと小学
校に行ける日を夢見てたんだけど、それはまだまだ先の事みたいだ
った。
夕方、母親は知らない男の人と一緒に出て行った。
その時間帯になると、小学校から帰る子供達が沢山いる。
窓から眺めてるだけでも楽しかった。
それだけ、私の居場所は限られていたんだから。
ドアが蹴られ、開く音がする。
当然、母親は鍵なんか掛けない。
1919
﹁あ? あの女のガキか?﹂
﹁⋮⋮﹂
いきなりの事に、何も出来ず、カーテンを握りしめていると。
耳中にピアスをして、金髪の男がズカズカと部屋に上がり込んで
くる。
﹁へぇ、そっくりじゃねぇか﹂
そういって男が舌なめずりをした。
思わず背筋に悪寒がはしる。
﹁いやっ!﹂
﹁いいからこい!﹂
多分七歳だった私に、大の大人に抵抗する力なんて無い。
部屋の隅から玄関まで引っ張られて行く。
そんな時だった̶̶、
重たい打撃音が響く。
﹁̶̶アガッ!﹂
金属バットを持ったお兄さんが、汗だくで佇んでいた。
﹁てめぇ! やりやがったな!﹂
﹁うるせぇ! 出て行け!﹂
容赦なく振った金属バットが、骨を圧し折る音を奏でた。
金髪の悲鳴がアパートに響く。
1920
﹁⋮⋮お兄ちゃん、怖い﹂
金髪の男も怖かったが、同時に容赦なく金属バットを振るうお兄
ちゃんにも、恐怖を感じていたのは事実だった。
﹁今日は帰ってこねぇから、ザクロに言っとけ。あと、鍵閉めとけ
よぉ﹂
﹁⋮⋮うん﹂
一瞬だけ悲しそうな表情をしたお兄ちゃん。
すぐに動かなくなった金髪の男を引きずると、家から出て行って
しまった。
言われた通り、玄関の鍵を閉めると。
全身の力が抜けた様に座り込んでしまった。
いつのまにかテーブルに三色パンが置いてある。
お兄ちゃんが買ってきれくてたみたいだった。
私の好きな奴。
どこにでも売ってそうな菓子パンを見ていると、今日はまだ一食
も食べていなかったので、思い出したようにお腹が鳴りだした。
⋮⋮お兄ちゃん、悲しそうな目してた。
それだけが心に残っていた。
知らない人から助けてくれたのに、私は少し拒絶してしまった。
安心感からか、それとも別の何かなのかわからないが。
何故か涙が出た。
1921
母親の前で泣くと怒られるから、涙を流したのは久しぶりだった。
﹁⋮⋮べに、どうしたの?﹂
﹁お姉ちゃん⋮⋮﹂
鍵が開く音がして、黒いランドセルを背負ったお姉ちゃんが入っ
てくる。
そしてキッチンの隅で踞って、泣きながらパンを食べる私を抱き
とめた。
これが私の毎日だった̶̶。
̶̶そして、翌日から。
その日々は、がらっと変わってしまう。
目覚めた時には既にお姉ちゃんは学校へ行っていた。
一緒に寝ていた布団、抱きしめているのはお姉ちゃんではなく、
代わりのクマさんの人形だった。
1922
テーブルには少し焦げたベーコンエッグがラップしてあって、メ
チンして食べてね
モが置いてあった。
電子レンジに入れようとしたところで、ドンドンと扉を叩く音が
響いてくる。
思わずお皿を落としそうになった。
﹁ちょっと! 開けなさい! 入るんでしょ!!﹂
母親の声だった。
開けないと何をされるかわからないので、すぐにドアを開けてあ
げると、思いっきり頬を叩かれた。
﹁待たせないで! 薄のろ!﹂
よたよたと歩きながら、母親はキッチンの椅子に座る。
そして電子レンジに入れていたベーコンエッグを食べ始めた。
﹁お母さん、それ私の⋮⋮﹂
いつもは文句なんか言わずに、部屋の隅で踞ってるけど。
何故だか今日は言い返したい気持ちで一杯だった。
なんで私がいつもこんな目に会わなきゃいけないのか。
お兄ちゃんが悲しそうな目をしたのも、お姉ちゃんが女の子なの
にお下がりのぼろぼろで黒いランドセルを背負わなきゃいけないの
も。
1923
全部全部この人のせいなんだって。
﹁なに? 文句あるわけ?﹂
﹁お姉ちゃんが私に作ってくれたものなの!﹂
﹁何言ってんの、メモにあんたのなんて一言も書いて無いじゃない
!﹂
﹁あうっ!!﹂
思いっきり頬を打たれて鼻血が出てしまっていた。
紅い。
涙が出てくる。
当時の私は、人一倍身体が小さかった。
大の大人に、勝てる訳が無い。
抵抗するだけ無駄だった。
でも、この女のせいで。
﹁ほんっと、ムカつく目をしてるわね﹂
皿が飛んでくる。
身体を丸くして、頭を庇うが、そのまま腕に打つかってお皿は割
れて破片が飛んで来た。
左腕が痛い、ジンジンするどころじゃない。
そして母親は痛がる私を見て言った。
﹁片付けなさい﹂
震える手で、私は命令に従って割れたお皿を片付け始める。
1924
従わなかったらどうなるかわかんないし、今の私には出来るだけ
波風をたてないように耐えるしか無いんだ。
悔しさで、私が唇を噛み締めているのを、笑って見ている声が聞
こえて来る。
再び誰かと電話しだし、ガキが逆らって悔しそうに泣いてると笑
い話の種にしている。
﹁うるさい! 電話しないで! 手伝ってよ!﹂
キレやすいのは同じ遺伝子だからかな。
電話中の母親に破片を投げつけると、素肌に擦って血が出ていた。
﹁ご、ごめんなさい̶̶あぐッ!!﹂
やってしまったと気付いた時には遅くて。
椅子が飛んで来て、身体に打つかった。
そのまま後ろに投げ出されて、壁に後頭部を打ち付けてしまった。
立てない、朦朧とする、逃げなきゃ。
﹁この糞ガキ!!!﹂
いつのまにか、包丁を握りしめた母親がジリジリと近づいて来て
いて。
私は為す術も無くただ震えている事しかできなかった。
﹁その顔に一生消えない傷をつけてやろうかぁ̶̶ッ!?﹂
母親の表情が変わった。
1925
手元から包丁が落ちて床に刺さる。
ぶるぶると痙攣しながら母親の視線が後ろへ向いて行くと。
﹁⋮⋮アンタ⋮⋮﹂
全身血まみれで、目を真っ赤に充血させたお兄ちゃんが居た。
余りの全容に、声にならない悲鳴が出た。
そして、お兄ちゃんは母親の薄っぺらい服を掴むとぐいっと引っ
ぱり、手に持っていた刃物を深く押し込む。
血溜まりがどんどん広がって行く。
そして部屋の隅で倒れていた私の方にも⋮⋮。
逃げれない。
押し寄せてくる。
嫌だ。
来ないで。
紅い液体の上に、母親が人形のように突っ伏した。
凄い形相で兄を見た後、己の血で染まった瞳で、睨み続けている。
まるで、お前のせいだと言わんばかりに。
﹁べに﹂
﹁嫌だ来ないで!!﹂
怖い、何もかも。
手を差し伸べる手が、真っ赤に染まった何かに見えて̶̶。
1926
﹁̶̶なんで、違う、違う、こんなの違う﹂
鮮明に浮かび上がって来た記憶。
だが、同じ日が幾つも繰り返されてるように感じた。
同じループ、同じ結末の記憶が、永遠に繰り返されている。
それくらいのデジャブを感じていた。
﹁まぁいいや。どんな記憶だろうが事実はかわらねぇ、⋮⋮もっと
も、これ以上愛しの妹ちゃんを殴るつもりもねぇよ﹂
ゴミを捨てるように。
ルビーはロッソに放り投げられる。
混乱していた。
1927
̶̶あの日、兄は母親を殺した。
いや、違う。
̶̶私が殺されそうになったのを助けていた?
植え付けられた様な複数の記憶に、一本筋が通って行く。
あの時の菓子パンは、イチゴとチョコと餡子のいろいろ味が楽し
める物で⋮⋮。
﹁⋮⋮ぁ⋮⋮お兄ちゃん⋮⋮﹂
私という砂上の楼閣は、押し寄せる感情という波によって、脆く
も崩れ去って行く。
﹁まぁ、だから何だって話しだ。どうせそうするつもりだったし、
俺は俺で人から憎まれる生き方しかするつもりはない﹂
1928
﹁なんで⋮⋮﹂
﹁あの女の血を継いでっからだぁ﹂
ロッソは顔を歪めて身体を掴み震わせる。
﹁身震いすんだよぉ、あの忌々しい女の顔を見てるだけでなぁ、お
前らが生まれるまでは地獄だったぜぇ、だけどなぁ、それを黙って
みてるだけの俺も⋮⋮あの女の血が流れてるって確信させちまう﹂
ルビーは何も言えず、見てる事しか出来なかった。
昔と同じように。
﹁でもなぁ、狂気に浸ってみたら落ち着くんだよぉ、⋮⋮それだけ
は感謝してるぜぇ、ヒャッハハッハ!﹂
すっかり変わり果てた兄。
根本には自分が居る様だった、否定してもどうにもならない。
今まで信じていた物は、崩れ落ち。
新しく見えて来た事実は̶̶、
どうしようもなかった。
1929
そして、自分の身体に同じ血が流れている事も。
痛む身体を動かして、未だ目を瞑ったまま倒れ臥すクボヤマに近
付くと。
一度だけ彼の手を握りしめた。
この世界で、何度となく私を救ってくれた手。
自然と涙がこぼれた。
それは彼女の頬を伝ってクボヤマの手に落ちる。
﹁お兄ちゃん、愉しみはとっとくタイプなんだぜぇ!﹂
﹁もう、どうでもいいの﹂
﹁あ?﹂
ルビーは立ち上がると、
﹁彼がやられるくらいなんだから、これを壊しても意味ないのよね
? どうせそうなんでしょ?﹂
目の前に佇む巨大な迷宮の核を指して言う。
﹁巨大な魔素が世界に溢れるくらいだなぁ、まぁ迷宮の暴走は止む
けど、俺が負ける事はねぇ̶̶よっ!?﹂
ルビーの質問に返していたロッソが急に後ろへ飛ぶ。
先ほどまで彼が場所には、ボロボロになりながらも拳を握りしめ
て立っているクボヤマが居た。
1930
1931
紅子︵後書き︶
あくまで、ルビー視線ってことです。
1932
三種の神器︵ヒロイン︶︵前書き︶
久しぶりの更新です。
1933
三種の神器︵ヒロイン︶
﹁⋮⋮プライベートエリア?﹂
目を開けると、フォルトゥナが居た。
そしてクレアにクロスも居る。
三人が目に大粒の涙を溜めながら俺に抱きついてくる。
咄嗟の出来事に、反応が遅れた。
だが、何とか恐る恐るだが彼女達を抱きしめる事が出来た。
﹁一体?﹂
﹁邪神による精神汚染なの﹂
俺の質問に、フォルがすぐ回答する。
﹁クボの心は邪神に、悪魔に掴まれてしまったの。悪魔は元々人の
心を惑わし喰らう生き物、彼は邪神であり魔王であり悪魔でもある。
いわゆる史上最悪の敵ってやつなの﹂
﹁わ、私がしっかりしてないからですぅ!! ふえぇぇ﹂
﹁申し訳ありません。私にはどうする事も出来なくて⋮⋮﹂
クレアが涙を流し、そんな彼女をクロスは後ろから優しく抱きし
めていた。
1934
なるほど、俺の心臓を司る役割を持っているのは聖核であるクレ
アだ。
今回の事を大失態だと思っているのだろう。
﹁クレア! 私の責任でもあるのっ! 運命を司っておきながら、
悪魔の証明如きに手こずって! ふぐ、ふぇ⋮⋮﹂
﹁フォルちゃん⋮⋮うぇぇん﹂
﹁皆が泣いてるのに、私は何も出来ないだなんて⋮⋮シクシク﹂
﹁おいおいおいおい、ちょっと三人そろって泣かないでもらえます
? いやほんと﹂
今回の失態はロッソがやられたのを確り確認してなかった自分自
身の責任だ。
正直言って皆に泣かれると俺が泣きたくなる。
情けなくてな。
﹁正直、心を握られたのも⋮⋮戸惑ったからなんだ﹂
完全に隙を付かれた。
ハザードが死んだと不意に確信してしまって、このまま戦いを終
わらせる為に迷宮の巨大な魔核をルビーの力で本当に消して良い物
か、迷ってしまった。
﹁⋮⋮ダメだな俺﹂
思い返すのは、結果的に人を死なせてしまった過去だった。
泣いて、喚いて、許されて。
1935
女神アウロラの包容と共に背中を押されたけど。
﹁結局誰かが死んだじゃないか﹂
﹁クボ⋮⋮﹂
手足が震えてくる。
覚悟は決めた筈だった。
行動に伴う結果がどんなものでも。
後ろを振り向かないと決めた筈だった。
なのに。なのに。
﹁どうしても気になっちまうんだ。死なない結果は無かったのかっ
て⋮⋮﹂
神を司る職務に就いてるなら、ジュードの霊に合って話しがした
かった。
それも、ただ許すとかそんな言葉が欲しいだけの自分のエゴだけ
ど。
﹁これで良かったのかよって⋮⋮﹂
自分で発する言葉に囚われて行く感覚。
闇を孕んだ黒く重たい鎖が、身体に巻き付いていく。
そして身体を、心を飲み込んで⋮⋮。
1936
̶̶パンッ!
衝撃が、顔を襲った。
厳密に言えば、左の頬。
視線を向けると、唇を噛み締めて涙を堪えきれないフォルトゥナ。
俺は、⋮⋮ぶたれたのか?
﹁そうやってうじうじする所嫌いなの! 男ならシャンとして! 自分のケツは自分で拭け! 一回決めたら振り返るな! 覚悟決め
て先に進め! ⋮⋮独白してるのに、せっかく弱音吐いてくれたの
に⋮⋮﹂
言葉に勢いが無くなって行く。
﹁なんでずっと一人で背負おうとするの⋮⋮? 今まで一緒に歩い
て来たんじゃないの⋮⋮? 勝手に道を踏み外したって言われて⋮
⋮貴方と一緒に居る私達はどうなるの?﹂
﹁あ⋮⋮いや⋮⋮﹂
﹁一人で完結しないで。自分が歩んだ道を否定しないで⋮⋮私達だ
って悲しいの⋮⋮ぐすっ⋮⋮支えさせてよ、好きな人が苦しんでて
何も出来ないのはヤだよ⋮⋮﹂
﹁フォルちゃん泣かないで!! ふぇぇ﹂
1937
﹁マスター⋮⋮私は弱い所があっても良いと思います。だから人は
神に祈るのです。私を、十字架をかかげて祈るのです。そんな弱い
部分を少しだけ背負ってあげることはできます。だから、もっと信
じてください。自分を﹂
思考が戻って行く。
そうだ。
大事な事を忘れていた気がした。
ジュードも、ハザードも。
俺には到底想像もできない様な固い意志を持っていた筈だ。
そして俺はその彼等の上に立っている。
彼等の作ってくれた道を、俺はあーだこーだ駄々捏ねて。
なんてことをしてしまったんだろう⋮⋮。
自己嫌悪に陥りそうになる。
﹁またなのぉーーー!!!﹂
﹁ごめんごめん﹂
フォル、クレア、クロスの鯖折り攻撃で何とか精神が保たれた。
そうだな、無駄には出来ないな。
誰の意志も、もう無駄にはさせない。
このまま、ロッソを倒して全てを終わらせよう。
﹁ちょっと待つの、引退は絶対しないでなの﹂
﹁え? ああ、うん﹂
1938
﹁また居なくなっちゃうのは寂しいですぅ!﹂
﹁心配すんなって﹂
﹁⋮⋮本当ですか? とクロスは見つめる振りしてちゅー﹂
﹁﹁あああああああああ!!!!!!﹂﹂
﹁ちょま! お前ら、ちょっと落ち着け戦いの最中もがもがもが̶
̶!!!﹂
﹁⋮⋮コタツから出たら、すぐ出てく﹂
﹁﹁﹁はぁ∼い﹂﹂﹂
1939
得体の知れない求愛の波状攻撃を抜け出して。
このもんち○ちー達をコタツに押し込めてやった。
戦いの最中だってのに、おちおち盛っちゃいられないって。
﹁ぶっちゃけ、このゲーム自体、本当にゲームなのかどうか怪しい
んだけど﹂
﹁う∼ん。それは私の口からは何とも言えないの?﹂
﹁何故疑問系?﹂
﹁それについては私の権限の及ばない特殊な契約の元に行われてる
っていうか、うん﹂
それはそれでもう答えを言ってる事と同義じゃない?
いや、まあ確信した訳ではないけど。
直感だがハザードは死んだ。
全てを犠牲にして、囚われていたルビーを救ったんだろう。
観測者でもあるフォルが、運命線を読み上げていた。
そんな能力があるなら、何とかして生き返らせれないのかな。
﹁無理なの、私はあくまで観測者。そして運命線は常に枝分かれし
ているし繋がってもいる。行き先不明で常に横線がランダムに足さ
れて行くあみだくじみたいなものなの﹂
﹁無理げーか⋮⋮どうしようもないんだな⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮可能性の範囲で行くならば帳消しには出来るかもしれな
1940
sが̶̶だめなの、正体不
い。でもクボには出来ないし、もちろん神にも難しい事なの﹂
﹁せめて、方法だけでも﹂
﹁⋮⋮あのね、邪gさlkjhsがg
明のノイズがはいってるの﹂
取れる方法が無いとしたら、とにかくロッソを倒す事に集中しよ
う。
俺が倒れた今、ルビーは一人だ。
彼女の恰好を思い出すと、悪寒がした。
やばい、レイプされる!?
﹁あ、他の人の事考えてるの。これは三人でお仕置きが必要なの⋮
⋮?﹂
﹁まて、コタツから出るなよ? 目を怪しげに光らせるな。ルビー
は流石に不憫だろ!﹂
﹁⋮⋮確かに、あの不幸さ加減は運命をどう改編しても結びつくの
は同じ結末で同情するの。でも、彼女は強いの。盲目的に、クボを
信じ続けた一人なの。だから⋮⋮私達も祝福できるの﹂
﹁あっそう、なに、俺が彼女作るのって君らの許可がいるのね⋮⋮﹂
VRゲームの中にログインしてまでリアルで彼女が出来ましたっ
て報告しなきゃならんのか!
流石にそれはどうかしてるぜ!
でもなんだかんだ来ちゃいそうな予感がする。
否めない。
1941
うん、なんつーか俺もこのゲーム大好きだからなあ。
﹁行ってくる﹂
﹁皆で力を合わせるの﹂
﹁クレアはチューで浄化できました! デミゴッドの浄化の力で頑
張りますです!﹂
﹁あらあら、みんなお盛んねぇ﹂
⋮⋮最初に遣り出したのは、どこのどいつだ。
まあいい、調子崩れるからさっさと倒してくるか。
もう迷わない。
容赦もしない。
⋮⋮絶対に倒してやるぞ。
1942
三種の神器︵ヒロイン︶︵後書き︶
新作投稿しました!
﹁奈落に落ちた俺が超能力で無双する﹂
http://ncode.syosetu.com/n5083
du/
ぜひ一度ご一読を!
ぶっちゃけ色々と忘れている節があります。
でも元々穴だらけな処女作ですし、もういいですよね?
このまま勢いで完結まで持って行きますよ∼?
この一年ずっと更新しています。
グローイング・スキル・オンライン
http://ncode.syosetu.com/n7793
dh/
よろしければ読んでやってください。
ちなみに、時系列的にはこの物語のかなり後にリリースされたゲー
ムって形になってます。
作中ではほんの少ししか振れられませんけども。
1943
同じ位の文量で更新してますので。
1944
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n4162cj/
『Real Infinity Online』VR初
心者ゲーマーがテラ神父
2017年2月21日12時12分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
1945
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